約 2,287,717 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2411.html
まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2814.html
(分裂αパターン終了時までの設定で書いてます。) 朝、八時。 いつもならもう少し早く起きているところなのだが、何故か今日だけは寝坊した。 別に遅刻の可能性を心配するほどの遅れではない。HR前にハルヒと会話する時間が減る程度の話だ。 早い時間に登校すれば新入部員選抜についていろいろと面倒なことをぬかすだろうから、ちょうどいいと言うべきだろう。 眠気のとれない朝にきびきびと行動しろというのはとても酷だ。 トーストに目玉焼き、煮出しすぎて苦くなったコーヒーを腹に流し込み、だるい感じで家を出る。 犬がやかましいほど吠える家の横を過ぎ、大通りを歩く。 いつもより遅く家をでたからなのか、普段見る顔が少ないな・・・いや、高校生自体が少ない。 もしかすると、俺は思ったよりもヤバイ状況なのではないかという思考が頭を掠めた。 時計代わりにしているケータイを取り出そうとポケットをあさったが、無い。 ・・・寝ぼけて忘れてきたらしい。 余裕かましてたらたらと飯を食っている場合ではなかったな。 現在時刻も分からず、周りを見回しても北高の生徒が見つからない。 遅刻を覚悟するべきだろう。 ちなみに言うが、北高に通いはじめてからこれまで一度も遅刻したことなどない。 SOS団の集まりではいつも五分前どころか三十分前行動をしなければいけないくらいなんだからな。 久しぶりに、全速力で大通りを駆け抜ける。 効果音をつけたくなるほどの速さではないが、俺にしてはかなり急いでいるつもりだ。 こんなに走るのはいつ以来だろうか・・・などと考えているうちに、坂が見えてきた。 俺たち北高生を苦しめる早朝ハイキングコース。 通学路の最後の砦。最後の試練とも言うべきか。 持てるすべての力をふりしぼり(おおげさか?)坂道を駆け上がろうとしたその時。 ついさっきまで誰もいなかったはずの俺の眼前に 人が・・・急に現れたような感覚がして 止まれず・・・・衝突した。 「痛ってぇなこの野郎!!・・・って」 「痛た・・・って、あ!!」 「おまえは・・・」「あなたは・・・」 『昨日の!!』 俺がぶつかったのは、昨日文芸部室(現SOS団アジト)に来ていたあの子だった。 ハルヒの話を聞いたあと、自ら拍手を始めたただ一人の女子。 そんな無垢な少女に「この野郎!!」などと汚い言葉を吐いた自分を責める気持ちである、が。 その前にするべきは・・・早く起き上がることだった。 長門と同じくらいの背丈。体重は長門よりも軽いはず。 なのに一年生のころのハルヒと張り合えるくらいの胸を有している彼女は、 真っ直ぐ走る俺の真横から来たそいつは今、俺の上にかぶさっている。 大きすぎず、かといって物足りなさを感じるほど小さいわけではない胸が俺の体に・・・って!! そんなふしだらな考えをしている場合ではない。 通行人の視線が・・・ものすごく痛いからだ。 「頼むから、早く起き上がってくれ。周りの目が気になるから・・・」 俺の言葉で自分たちの置かれている状況に気がついたのか、急に驚いて飛び上がった。 「あ!!・・・・・ご、ごめんなさい」 「いや、こっちこそ悪かったな」 むしろ、ありがとうと言いたいくらいである。おかげで眠気が覚めたしな。 「急いでいたんだ。寝坊してな・・・ケータイ忘れてくるくらい寝ぼけてた」 俺のことを心配してくれたのか、 「そうなんですか・・・・大変だったんですね」 と気遣ってくれた。やはり、昨日来た一年生の中では一番優秀なのかもしれない。 「それで・・・今何時か分かるか? ケータイも腕時計も無くて分からないんだよ」 そう俺に言われて、左腕につけた腕時計をちらっと見た。 小さめの、かわいらしいアナログ時計だ。 「えっと・・・八時十七分です」 遅刻三分前だ。生活指導の教師が玄関で睨みを効かせてるころだろう。 この坂道だ。全速力でもどうなるか・・・・分かったものではない。 っと、不安がるばかりの俺の思考を、その女子の言葉が遮った。 「走りましょう、先輩!!」 久しぶりに「キョン」以外の名称で呼ばれたような気がするが。 「あ、あぁ」 日差しを跳ね返すアスファルト。くぼみにできた水溜り。 木々に芽生えた若葉。それにとまる虫たち。 まさしく春の風景というべき様子の坂道を駆ける。 ・・・初々しい後輩と共に。 「はぁ・・はぁ・・・」 「何とか間にあったな・・・ぎりぎりだ」 「そうですね、先輩・・・あ、先輩の名前って何でしたっけ」 「ん、名前か?」 「はい。先輩の名前って何ですか?」 ・・・ついに来た。俺の名前を出せる瞬間が!! 皆様、発表しよう。俺の、俺の本名は・・・!! 「・・・あ!! 思い出した!! たしか、「キョン」でしたっけ?」 少し遅かったようだ。 「え、いや、それはあだ名で・・本名はだな、」 「いいえ。団長さんが「キョン」って呼んでいるんですから、見習わないと」 そんなとこ見習わないでくれよ。 「じゃあ、また会いましょうね、キョンさん」 「あぁ・・・またな」 俺の名前を出せる日はいつになるのやら。 ・・・って待て。あいつの名前を俺は聞いていないじゃないか。 「おーい、後輩」 「何ですか? キョンさん」 「お前の名前、まだ聞いてなかっただろ」 「あたしですか? あたしは、[わたぁし]です」 [わたぁし]・・・以前かかってきた電話の主が名乗っていたかな。 「この前の電話はお前か」 「えぇ。 近くに住んでいる先輩に番号を聞いたんです」 誰だ。他人の電話番号を知らない奴に教えるなんて・・・。 個人情報保護法ってのがあるのによ。 「秘密です。言わないようにって言われたので」 ますます気になるが・・・。 「それよりも、ちゃんと名を名乗ってくれ。[わたぁし]じゃわけが分からん」 「あ・・・やっぱり説明しなきゃだめですか」 「説明って、どういう意味だ?」 「[わたぁし]って言うのには理由があるんですよ。えっと・・・生徒手帳どこにしまったっけ・・・あ、あった」 生徒手帳を出した後輩は、顔写真の貼ってある方を俺の目の前に出した。 そこに書いてあった文字を見る。 「渡 舞衣。普通なら[わたり まい]って読むんですけど」 「[わたし まい]って読むわけか」 それで一人称を「あたし」にしないとややこしいわけだ。 [わたぁし]と強調するのは「わたし」と区別するため、か。 お互い、変な名前なんだな・・・ホントに。 「そういうことです。それじゃ!!」 そう言って、一目散に駆け出していった。 元気があって初々しい。一年生の鑑だ。 ・・・さて、俺もそろそろ教室に向かわなくてはいけないな。 チャイムが鳴ってしまう前に。 谷口や国木田、そして我がSOS団の長。 涼宮ハルヒの居る教室に。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1537.html
こんにちは、涼宮ハルヒです! ……って言うよりは、涼宮ハルヒの中にある、4年前になくなった、現実的で、乙女チックな心があたしなの。 あたしはご主人様が幸せになったら消えちゃうんだけど、それがあたしの喜びだからいいわ。 だからね、あたしの役目は一つ! いつも素直になれないご主人様の背中を押してあげること! いっつも、いっつもご主人様の心はキョンくんでいっぱいなんだけどね、それが態度に出ないみたいなの。 むしろ、気が無いみたいな態度を取っちゃってる。 それをあたしが応援して、ご主人様を幸せにしてあげるの! ……あ、言ってるそばからキョンくんが登校してきたみたい。 「よう、ハルヒ。今日はなんだか機嫌が良さそうだな。顔がニヤついてるぞ」 ふふふ、いつもと違うご主人様を演出することで、キョンくんに興味をひかせちゃった。 あたしは《涼宮ハルヒ》の一部だから、体や表情や言葉も思い通りなの。 ま、ご主人様はあたしに気付かないけど。 「う、うるさい! ニヤけてなんかないわよ!」 あちゃ~、ここから世間話にでも発展すると思ったのに……。 ご主人様は意地っ張りだなぁ、もう。 「む……そんなに厳しくするなよ。ちょっと話をしようかなって思っただけだ。嫌なら黙っとく」 ありゃ、キョンくん拗ねちゃったよ。……ご主人様、ガッカリしてる場合じゃないよ、キョンくんと話すチャンスだよ。頑張って! 「あ、え……キョ、キョン! あたしは暇だから相手してあげるわ! 光栄に思いなさいっ!」 よく頑張った! ご主人様、偉い! 「じゃあ、いろいろ話すか。今日、妹がな……」 よかった……キョンくんと喋れてご主人様、とっても幸せそうだ。心臓の鼓動も早いしね。 しばらくはご主人様一人でもだいじょぶそうだね。じゃあ、あたしはしばらく休憩しよっと……。 「じゃーな、ハルヒ」 「あ、うん……」 どうしたのかな、ご主人様の元気がないような気がする。 何か悩みごとかなぁ……。ご主人様がいつもの日記を付ける時に調べちゃおう。 「はぁ……どうしよ。嫌だなぁ……」 ご主人様、どうしたのかな? 「このあたしが本気で好きになっちゃうなんて思わなかったわ……はぁ」 ありゃ、やっと気付いたんだなぁ。キョンくんが好きだってことに。 ほんとはずっと前から惹かれてたくせに、ご主人様は認めないんだもん。 「うじうじするのはあたしらしくないし……告白しちゃおっかなぁ……」 そうだよ、ご主人様! 頑張って! 「でも、面と向かってキョンにフラれちゃったら悔しいし……話せなくなりそうだし……はぁ」 ご主人様は『キョン』と名前をつけたぬいぐるみを持ち上げた。 「ねぇ、『キョン』。どうしたらいいか教えなさいよ」 ダメだよ。ぬいぐるみに聞いても答えてくれるわけないから! ……もう、しょうがないなぁ。ご主人様の思考に少しだけ働きかけて背中を押してあげようっと。 「……あ、そうよ! 面と向かって言えないなら手紙があるじゃない! 我ながらナイスアイデアね!」 あたしのアイデアだけどね。……まぁ、あたしも《涼宮ハルヒ》だけどさ。 ご主人様の筆は止まることなく進んでいた。 言いたいことはたくさんあったんだ、あたしが手伝う必要無いよね。……え? そこまで、5分程動き続けた手は止まり、ご主人様は机に突っ伏してしまった。 「あたし、キョンに『普通は大事なことは面と向かって伝えろ』って言ってたわよね……、だいぶ昔に」 そういえば、そんなこともあったなぁ……。 「でも、やっぱり恥ずかしいし……」 もう…あとちょっとだから頑張ってよ! 『好きです』って書けばいいじゃない! 「……すぅ……すぅ」 うわぁ……寝ちゃってるよ。まったく、ご主人様ったら……。 あたしが全部書いちゃおうかな。いいよね、ご主人様の気持ちは全部わかっちゃってるし。 体、寝てる間に借りちゃいま~す。じゃあ、始め! 《キョンへ あたしね、実はあんたが……中略……だからね、あたしと付き合いなさいっ!》 よし、出来た! ご主人様の気持ちを詰め込んだ、《涼宮ハルヒ》らしい文になってるはず! あ~あ、あたしも疲れちゃったなぁ。ちょっと眠って、ご主人様と同じ時間に起きて反応見ようっと。 うん……と、朝かぁ。体が起きてるし、ご主人様の方が早かったんだなぁ。 「あれ? あたしちゃんと書いてから寝たのかしら……。まぁいいわ、けっこう良い文に仕上がってるし」 よかったよかった。ご主人様も満足してるし、あとは結果が楽しみだなぁ。 学校に一番に行って、キョンくんの引き出しの中に手紙を押し込んだご主人様は、とっても不安そうだった。 こういう時があたしの出番だよね。 ――大丈夫、必ず成功するから―― と、心の中に直接話しかけてあげた。 「……うん、大丈夫。キョンなら優しく対応してくれるわ」 ほら、落ち着いた。……あれ、キョンくん? 今日は早いなぁ……。 「よう、ハルヒ。珍しく朝早くに起きちまってな」 「あ、あら、そうなの。あたしも早く起きちゃったのよ、奇遇ね」 うわ、すっごいドキドキしてるみたい。音が今までにないくらいに大きいよ。 キョンくんが椅子に座って、引き出しに手を入れた。手紙に気付いた……って、えぇっ! ご主人様、逃げちゃダメだよおぉぉぉ! ……あ~あ、屋上まで来ちゃった。意気地なしなんだから。 「はぁ……教室、戻り辛いな。サボっちゃおうかな」 ダメだよ、ちゃんと返事聞かなくちゃ! 「でも、結局キョンとは会っちゃうのよね……戻ろう」 すると、いきなり屋上のドアが音を立てて開いた。 「ハルヒ! 探したぞ!」 「キョ……キョン!?」 追っかけて来てくれたんだ。たぶん、手紙も読んでくれたんだよね。 「お前の気持ち、すごくうれしかったんだけどな。……なんで逃げたんだよ」 「それは……こ、怖かったのよ。フラれたり、あんたと今まで通り出来なくなるのが……」 が、頑張れとしか言えない! ご主人様、もう一回『好き』って言いなさい! 「でも……好き!」 「俺も、ハルヒのこと好きだぞ。自分でも気付かないくらい前からな」 よかったぁ……これでご主人様は幸せだね。 ……あたしも消えよう。 これからはキョンくんがご主人様に乙女チックな心や、現実的な心を教えてくれるだろうし。 「キス……していいか?」 「……うん」 ありゃりゃ、キスシーンはあたしには刺激が強いから退散しちゃお。バイバイ、ご主人様! 「ありがと、あたしの中のあたし」 ご主人様は胸に手を当ててそう言った。気付かれてた? そんなわけ無いよね。 あたしは足から消えはじめた。ご主人様の中に完全に溶け込むから。 ギリギリ、キスする所が見えちゃうなぁ。 ……お幸せに。 おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1076.html
それは何でも無い、普段通りのただの日常の筈だった。 涼宮ハルヒの方舟 ~プロローグ~ 何なんだ?此処は… 白。白。シロ。辺り一面真っ白な世界。 何も無い。何も… 長門、一体俺はどうすればいいんだ? ハルヒ。これもお前の望んだことなのか? なぁ…ハルヒ……… ・第1話 ~夢~ ・第2話 ~ヒーローと目撃~ ・第3話~もう1人~ ・第4話~計画~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1810.html
なによ。何をいまさら謝ってるのよ。遅いのよ、このバカ! 衝動のまま、あたしはよっぽどそう怒鳴りつけようとした。振り払おうと思えば、あいつの手を振り払う事だって出来た。でも――。 「確かに、俺はバカだった…バカげた勘違いをして、そのせいでお前をひどく傷つけちまって…すまん、本当にすまん…」 キョンの奴、いつになく真剣に謝るんだもの…。自分で先にバカとか言われちゃったら、こっちだって怒りづらいじゃないのよ。 「本当はな? 本当は俺、お前の心遣いが嬉しかったんだ。 昨日の友達の葬式からずっと、俺はなんだかモヤモヤした不安を抱えながら過ごしてた。今日の不思議探索も、家でじっとしてたら今よりもっと気が滅入っちまいそうだから、ただそれだけの理由で参加しに来たんだ」 うつむいたまま、消え入りそうな、か細い声で呟く。あたしには今のキョンが、なぜだかやけに小さく見えた。 「気持ちが沈んでるのは分かってても、自分ではどうする事も出来なくて。お前の言った通り、俺は心の病気とやらに罹ってたんだろうな。 だからハルヒ、お前が俺の事を気に掛けてくれたのが嬉しかった。いきなりホテルに連れ込まれた時はそりゃもちろん驚いたけど、本心じゃすごく嬉しかったんだよ。 けどな――。もしも、もしもだ。 ここにいるのが俺じゃなかったら? そう思ったら、その嬉しさが逆に、心をキリキリ締めつけ始めたんだよ」 そうして再び口を開いたキョンの独白には、明らかに自嘲の色が混ざっていた。 「もしも今日のクジ引きでコンビを組んでたのが、俺じゃなくてハルヒと古泉だったら? もしも落ち込んでたのが俺じゃなくて、古泉の野郎だったら? ハルヒの奴は同じような手段で慰めたりしたのか?ってな」 「ちょ…なに言ってんのよ、キョン! そんな事あるわけが」 「俺だって分かってたさ、そんなのは邪推だって! だけど、それでも…」 一瞬、語気を鋭くしたかと思うと、キョンの奴はあたしの手に重ねていた手を、自ら離してしまった。その手で自分の顔を覆って、うめくように呟いた。 「それでも一度心にまとわりついた疑念を、俺は振り払う事が出来なかったんだ。 お前に優しくされるたびに、俺は逆に、針で突つかれたような気分になって…お前の善意を、わざとひねくれて受け止めて。正直、ビックリしたよ。俺ってこんなに卑屈な人間だったんだな、ってさ」 乾いた笑いを洩らして、それからキョンは、疲れた顔であたしを見上げた。 「すまなかったな、ハルヒ。お前に投げられて、逆になんだかスッとしたよ。自分がどれだけバカだったか、ようやく実感できた。 それだけ伝えたかったんだ。もうどこへでも行っていいぜ? 俺なら大丈…」 「どこが大丈夫なのよ、このバカっ!」 くだらないセリフを聞き終えるまでもなく、あたしはキョンの脳天にチョップを振り下ろしてやったわ。そしてあいつがひるんだ隙に耳たぶを引っ掴み、今度こそ大声で怒鳴りつけてやったの。 「自己陶酔はそれで終わり? だったら、今度はこっちの番ね!」 宣告するなり、有無を言わさず。 あたしは引っ張り上げたキョンの頭を、空色のブラウスの胸の中に、ギュッと抱きしめてやったのだった。 「まったく! あんたはいつも斜に構えてばっかだから、感情表現ってのが下手くそなのよ。だから心に余計な重荷を抱え込んじゃうのよね」 「お、おい。ハルヒ、これは…?」 「なによ。どうせ言葉で何を言ったって、あんたはひねくれた受け取り方をしちゃうんでしょ? だから態度で示してあげてんの。 言ったはずよ、あたしがあんたを治療してやるんだって。言ったからには、あたしは断固としてあんたを治すの! どんな手段を使ってもね!」 ぴしゃりとキョンの反論を押さえ込み、それからあたしは、最上級の微笑みであいつに語りかけた。 「だから、キョン。病気の時くらい、あたしを頼りなさいよ。 これもさっき言ったはずでしょ、今この時、この場所でだけは、あたしの事をあんたの好きなようにさせてあげるって。 分かった? 分かったなら今は、あたしの胸に不安でも卑屈さでも、何でも委ねちゃいなさい。全部受け止めてあげるから」 「ハルヒ、お前…怒ってないのか?」 「団長様を舐めんじゃないわよ。心が苦しい時とか、つい思ってもない事を口走っちゃったり、そういう気持ちくらいお見通しなんだからね!」 あたしの、自分で言うのも何だけど天使のような慈愛の言葉に、キョンの奴はしばらく戸惑いの表情を浮かべていた。けれども、やがて両の目蓋を閉じ、あたしの胸に深く顔をうずめてくる。 「ん、素直でよろしい。 それじゃ、これは団長としての命令ね。さっさと普段のキョンに戻りなさい。下っ端のあんたがそんなんじゃ、みくるちゃんや有希や古泉くんに迷惑が掛かるんだから」 「………ああ」 そうして小刻みに震えるあいつの背中を撫ぜ、胸の中から響いてくる小さな嗚咽を聞きながら、あたしは心の内で、いつものあいつの口癖を真似ていたのだった。 やれやれ、本当に世話の焼ける団員なんだから――ってね。 それにしても、まあ。 いつもはあれだけ減らず口ばかり叩いてるくせに、一度タガが外れたらこんなものなのかしら男の子って。図体ばかり大きくっても、こいつも中身はまだまだ子供ね。 「ハルヒ…」 「うん? なあに、キョン」 「お前の身体って、なんだかいい匂いが(バシッ!)」 訂正! 訂正訂正! こいつの中身はエロエロ大王だわ! 「どさくさに紛れてなに言いだすのよあんたはッ!?」 「いってーな! なんだよ、褒め言葉だろ?」 「ほ、褒め方がヘンタイっぽいのよっ! いきなりそんなコト言われる方の身にもなってみなさいよ、このバカっ!」 予想してなかった所に不意打ちを喰らって、あたしは思わずキョンの奴に手を上げてしまっていた。もうほとんど条件反射。パブロフの犬も爆笑ね、これは。 そんなに強く引っぱたいたつもりはなかったんだけど、中腰の姿勢であたしの胸にすがっていたキョンは、よろけた拍子に後頭部をしたたか壁にぶつけてしまった様子だった。う~っ、そんな恨みがましい目でこっち見なくたっていいじゃない。今のは事故よ事故! 事故なんだから! そりゃ『今だけはあたしのこと好きなようにしなさい』って言い出したのはこっちの方だけど、でもあたしだって初めてでやっぱり緊張してるんだし。あんただって、少しはムードを盛り上げる努力とかしなさいよ! ほら、その、キ、キ、キスとか、さ!っていうかキョン、あんた、まだあたしに――。 などと、あたしが形容しがたい感情の変転に心を振り回されていると。キョンの奴はその表情を、唐突に苦笑いに変えた。 「やれやれ、今のも本気で褒めたつもりだったんだが。どうも人生ってのはままならないもんだ」 「なによ、キョンったら大げさね。こんな事くらいで人生語っちゃって」 「いや、まあ何というかだな…」 言いづらそうに語尾を濁して、キョンは頬を掻きながら視線を逸らした。 「これ、本人からは『内緒ですよ?』って言われてたんだけどな。実は俺、午前の探索の時に忠告を受けてたんだよ、朝比奈さんに」 「へっ? みくるちゃんから、忠告?」 ええと、それからこいつが語った所によると。 午前の間に、みくるちゃんからキョンにアドバイスがあったそうなのよ。いわく、 「あのね、キョンくんの事も心配なんだけど、わたしとしては涼宮さんの事も心配なの。キョンくんがいつもの調子じゃない事を、彼女、すごく気にしてるように見えたから。 だからキョンくん、本当に元気出してくださいね? それと、もしかしたら涼宮さん、ちょっと強引な方法でキョンくんを励まそうとしたりするかもしれないけど…広い心で受け止めてあげてね? お願い」 という事らしい。 へえ、あのみくるちゃんがそんなお姉さん的発言をねぇ。まがりなりにも先輩、って事なのかしら。外見からは、とても年上とは思えないんだけど。 うーむ、でもあたしがキョンの事を気にしてる間に、みくるちゃんはあたしとキョンの両方を心配するだけの余裕があったわけだから、ここは素直に敬服しておくべきかしら。うん、そうね。次のコスは女教師物なんかが良いかも………って、えっ? ええっ!? という事は? ロボットみたいにぎくしゃくした動きでキョンの方へ首を向けたあたしは、おそるおそるあいつに訊ねかけてみた。 「じゃ、じゃあキョン、あんたひょっとして…気付いてたの?」 「やれやれ、やっぱそうだったのか。長門が午後のクジ引きの爪楊枝を差し出してきた時点で、妙な感じはしてたんだけどな」 少し困ったような顔で、キョンの奴は大きく肩をすくめてみせた。 つまりまあ、そういう事だ。 午前の探索の間に、あたし、有希、古泉くんの3人は、キョンを元気付けるための作戦を立てた。その際、古泉くんは 『彼の場合、変なお膳立てをしてしまうと、かえって反発しかねません。ここはあくまで偶然を装うとしましょう』 というアドバイスをくれて、あたしと有希もそれに同意。午後の班分けの時に有希に協力して貰って、作戦は決行されたわけよ。 ところが一方、同じく午前の探索の間に、みくるちゃんはキョンに 『もしかしたら涼宮さん、ちょっと強引な方法でキョンくんを励まそうとしたりするかもしれないけど――』 とアドバイスしていたわけで。キョンの奴には、あたし達の“お膳立て”はバレバレだったらしい。 はー、道理でキョンの奴、あたしの言葉をひねくれて捉えてたわけだわ。 あたしだって時々、親の気遣いなんかを「余計なお世話っ!」とはねのけてしまう事があるもの。心を病んでいたキョンが、みんなの心配を逆に、自分が弄ばれてるように錯覚して受け止めてしまったとしても無理はないわね。 けど、それにしたってこれは…ねえ? さっきまでキョンの治療をしてあげるとか言っていたあたしだけど、今はむしろ、自分の方が虚無感とやらに襲われてる気分よ。 「なんだかなあ…。あたし達SOS団全員、お互いに良かれと思って、その実は足の引っ張り合いをしてたわけか…」 「俺も結局、せっかくの朝比奈さんの忠告を生かせなかったし。結果的にはそういう事になるかもな」 だからって、もちろんあたしは、みくるちゃんを責めたりする気にはならないわよ。みくるちゃんはみくるちゃんで、あたし達のためにいろいろと気を使ってくれたわけだしね。 ただ、何と言うか…廊下で向こうからきた人をよけてあげようとしたら、あっちも同じ方向に動いてきたみたいな? そんな苛立ちと虚しさを、さすがのあたしもひしひしと感じざるを得なかったわね。さっきまであれやこれやと、さんざん気を揉んできただけに。 「なんか、急に疲れがどっとわいてきちゃったわ。もしかしてあたし達って、ずっとこんな風にうまく行かないのかしら」 「おいおい、さすがにそれは…ん、いや待てよ? だとしたら、あー…」 あたしの嘆息に苦笑しかけて、キョンは急に真剣な顔になると、なにやら考え込み始めた。ちょっと、いったい何なのよ? 「なあハルヒ、お前は普通じゃない体験をしたいんだよな?」 「はぁ? 何よいまさら」 「そいつは一言で言うと、映画や小説の主人公みたいになりたいって事か?」 「ええ、そうね! あたしにはやっぱり、主役級の大活躍こそがふさわしいもの!」 鏡を見るまでもなく、この時のあたしは宝石みたいに瞳をキラキラ輝かせてたはずよ。そんなあたしに向かって、キョンの奴はどこか呆れたような表情を見せた。ちょっと、自分で振っといてその態度は何よ!? 「それじゃ仕方がないな。お前の行く手には、常に何らかの障害が立ちはだかるってこった」 「えっ? どういう事よ、それ!?」 「だってそうだろ。俺が映画で見た冒険家は、お宝にたどり着くまでにゴロゴロ転がる大岩に嫌ってほど追い回されてたし、名探偵は後ろから角材で殴られたり、覚えのない冤罪の汚名を被せられたりしてたもんだ。 逆の視点から見れば、映画やら小説やらの主人公ってのは、そういうトラブルをどうにかして乗り越えていくからこそ魅力的なんじゃないのか?」 愉快じゃないけどキョンの指摘は確かで、あたしは頷かざるを得なかった。 「それはまあ…そうかもしんないけど」 「つまりだ、お前が主役級の大活躍って奴を追い求めてる以上、必然的に何かに妨害されて、どうにも思うように事が運ばないって状況が訪れるわけだな」 そのセリフから一拍置いて、すっと目を細めたキョンは、なにやら挑戦的にあたしに問いかけてきたのだった。 「さて、どうするんだ団長さんよ? これからもいろいろと邪魔が入るとして、それでもまだスーパーヒロインを目指すのか?」 ああ、この顔だ。少し皮肉っぽい口元。諦観の混じった眼差し。小首を傾げて、どこか挑発するようにあたしに訊ねかけてくる。 あたしに向かって、こんな顔をする奴はそうはいない。あたしの大っ嫌いで、そして大好きな――いつもの、キョンの小憎たらしい表情だ。 「ずいぶん大層なご口上ね、キョン。あたしを試してるつもりかしら?」 キョンの奴が復調したからには、何も遠慮する事はない。あたしは腕組みをして、キョンの頭の真横の壁にドン!と片足を踏みつけると、大上段から丁寧に答えてさしあげたわ。 「妨害? 邪魔? 望む所よ、来るなら来たいだけ来ればいいわっ! この涼宮ハルヒ様の前を塞ぐような連中はね、たとえ緑色の火星人だろうが青っちろい海底人だろうが、みんなまとめてボッコボコにして…あげ…」 そう、あたしは大見得を切るつもりだった。それにやれやれとキョンが呟くのが、いつものあたし達の小気味良いパターンのはずだった。のに。 「…ハルヒ?」 けれどもその時、キョンの顔を見た瞬間。 あたしはなぜかセリフを途中でノドの奥に詰まらせて、ホテルの一室に、馬鹿みたいに呆然と立ちつくしてしまったのだった。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/58.html
涼宮ハルヒの分裂 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成19年(2007年)4月1日 本編290ページ 表紙絵:涼宮ハルヒ(付替えカバーも涼宮ハルヒ) タイトル色:赤色(付替えカバーは紫色、全体色も紫色) 初出:書き下ろし 初出順第26話 裏表紙のあらすじ紹介 桜の花咲く季節を迎え、涼宮ハルヒ率いるSOS団の面々が無事に進級を果たしたのは慶賀に堪えないと言えなくもない。だが爽やかなはずのこの時期に、なんで俺はこんな面子に囲まれてるんだろうな。顔なじみのひとりはいいとして、以前に遭遇した誘拐少女と敵意丸出しの未来野郎、そして正体不明の謎女。そいつらが突きつけてきた無理難題は、まあ要するに俺をのっぴきならない状況に追い込むものだったのさ。大人気シリーズ第9弾! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page101 第二章・・・Page155 第三章・・・Page219295ページに涼宮ハルヒの驚愕に続くとあり、上巻であることがわかる。 アニメ 全編未アニメ化 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第16巻に収録第76話『涼宮ハルヒの分裂I』(原作P5-原作P70、最初から佐々木と会話するまで) 第77話『涼宮ハルヒの分裂II』(原作P70-原作P100、佐々木と会話している場面はプロローグ終了まで) コミックス第17巻に収録第78話『涼宮ハルヒの分裂III』(原作P101-原作P156、第1章から、第2章の風呂で謎の女性との電話をするところまで(α1)) 第79話『涼宮ハルヒの分裂IV』(原作P156-P169P、172-P173、P175-204、第2章の謎の女性との電話をするところから(α1)佐々木と電話する(β1)を経て古泉に電話をし(β2・3)橘・佐々木・藤原・九曜と会談し佐々木の閉鎖空間に入るまで(β4)) 第80話『涼宮ハルヒの分裂V』(原作P169-P172、P173-P175、P204-P235、P252-253、第2章佐々木の閉鎖空間の橘の会話から九曜VS喜緑さんを経て(β4)、古泉に電話をする・翌日は休日(α2・3・4)を経て月曜日まず長門に天蓋領域のことを聞き、キョンがハルヒから数学の小テストのヤマを教えてもらう場面を経て、SOS団部室に新入部員希望者が殺到している場面まで(α5) 第81話『涼宮ハルヒの分裂V』(原作P235-P251、P254-P295まで、第3章の新入部員希望者にハルヒが演説した場面(α6)を経てキョン中3時代の回想(夢):キョンと佐々木の雑談&目を覚ました後の国木田・谷口の雑談を経て部室に行き長門の不在に気づき長門のマンションへ全員へ向かうまで(β5・6) 第82話『涼宮ハルヒの驚愕I』(P294-P295、長門のマンションに向かう直前の古泉とキョンの会話(β6)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん シャミセン 谷口 国木田 キョンの妹 コンピュータ研究部部長 生徒会長 喜緑江美里 佐々木 橘京子 藤原 周防九曜 『わたぁし』 あらすじ 後に繋がる伏線 刊行順 ←第8巻『涼宮ハルヒの憤慨』↑第9巻『涼宮ハルヒの分裂』↑第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5828.html
「はぁ…はあ…、くっ…!」 俺は走っていた 息を切らしていた …… ああ…やっぱみんな揃ってやがる… …… …疲れた 「キョン…遅い!!罰金ッ!!」 高々に罰金宣告を放つ団長様。 「…俺がいつも最下位っていうロジックは変わらないわけだな…、」 「遅れてくるあんたが悪いんでしょ!?」 「まあまあ涼宮さん。彼も疲れてるようですし、このへんにしておきましょう。」 「そ、そうですよぉ。キョン君息まで切らしてるみたいですし…。」 古泉と朝比奈さんが仲介に入ってくれる。 「ふん、頑張ってきたことを認めたって、あんたがビリなことには変わりないんだからね!」 「…そんなことわかってるぜ。別に事実を否定しようとは思わん。だから、早く中へと入らして休ませろ…。」 そんなこんなで、俺たちは喫茶店へと入る。 椅子へと座る。 …… ふう… やっと一息つけたぜ。 「やはり、昨日の疲れはまだとれませんか?」 口を開く古泉。ハルヒはというと、長門や朝比奈さんと一緒にメニューを眺めている。 「当たり前だろう…そういうお前こそどうなんだ?内心はかなりきつかったりするんじゃないのか?」 「…確かに、きつくないと言ってしまえばウソになります。ですが、その疲労もあなたと比べれば 大したことありませんよ。あそこに残り、最後まで涼宮さんと一緒に戦い続けた…あなたと比べればね。」 「さ、あたしたちのは決まったわよ!男性陣もとっとと決めちゃいなさい!」 そう言ってメニュー表を渡すハルヒ。 「何に決めたんだ?あんま高価なもんは勘弁してくれよ、払うのは俺なんだからな。」 罰金とは即ち、全員分の食事をおごること…SOS団内ではそういうことになっている。 もっとも、それを毎回支払うのは俺なんだが…。 「あのね、あたしだってそこまで鬼じゃないわ。せめてもの慈悲として、一応1000円は 超えないようにしているもの。あたしが頼むのはね、そこに載ってる…これよこれ!」 「…このチョコレートパフェ、値段が800円なんだが…」 「つべこべ言わない!そんくらい払いなさい!そもそも、遅れてくるあんたが悪いんだから!」 何が、あたしは鬼じゃない…だよ…。それどころか、棍棒を装備した鬼といえる。 「…キョン君、財布が苦しいようでしたら、いつでも相談してきてください。 機関でそのへんはいくらでも工面できますから…。」 ハルヒに聞こえないよう小さく耳打ちする古泉…って、マジか!?それは非常に助かる… 「いつもいつも払ってもらってゴメンねキョン君…なるべく私安いのを頼むから…!」 そう言って朝比奈さんが指したのは…この店で最も安い120円のオレンジジュースであった。 「私も…朝比奈みくるに同じ。」 「奇遇ですね。僕もそれを頼もうと思ってたところなんですよ。」 長門、古泉が言う。 …つくづく、俺は良き仲間に恵まれたと思う。なんだかんだで3人とも俺に気を使ってくれている。 まったく、どこぞの天上天下女に… 一回みんなの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。 「え、えぇ!?みんなオレンジジュースにするわけ!?」 動揺するハルヒ。 「みたいだな。ちなみに、俺自身もそれを頼もうと思ってる。」 「あんたの注文なんか聞いてないわ!!」 そうですか… 「だってみんなオレンジジュースな中、あたしだけデザートっていうのもバカらしいじゃない!? しかも結構でかいから食べ終わるのに時間かかるし…!!あぁ…もう!!じゃあ、 あたしもオレンジジュースでいいわよ!!良かったわねキョン?みんな安い物選んでくれてさ!」 これは驚いた。なんと、俺たちは意図的ではないにしろ、あの涼宮ハルヒ自らの決断を… 覆してしまった!!歴史的瞬間とはこのことか!こんなの今までなかったことだぜ…? …なるほどなぁ、ようやくハルヒも人の痛みがわかる道徳人間へ進化したってわけだ。 「何ボケっとしてんの!?そうと決まれば、早くみんなの分注文しなさい!」 前言撤回。俺の勘違いだったらしい。 …… 「じゃ、いつものクジ引いてもらうわよ!」 SOS団恒例のクジ引きである。不思議探索にて二手に分かれる際、 その人員采配として、この手法が導入されている。 …… 皆、それぞれハルヒからクジを引く。 「おや、僕のには印はないようです。」 「私にもないです。」 「ん?俺もだな。」 ということは… 「え…!?じゃあ、あたしと有希!?」 「そういうこと。印があったのは私とあなただけ。」 …珍しいこともあるもんだ。まさか、組み合わせが俺・古泉・朝比奈さんとハルヒ・長門に分かれるとは。 「有希と二人っきりなんて、なかなか無い機会よね~今日はよろしくね有希!」 「こちらこそ。」 ジュースを飲み干し、会計を済ませた俺たち。そういうわけで俺たち5人は…不思議探索とやらに励むのであった。 「いつも通り、5時に駅前集合ね!」 そう言って、長門とともに商店街のほうへと歩いていくハルヒ。 「なるほど、涼宮さんたちはあちらに向かわれたようですね。我々はどうしましょうか?」 「そうだな、とりあえず俺は…落ち着いて話ができる場所に行きたいな。 朝比奈さんはどこか行きたいところはありますか?」 「いえ…特にないですよ。お二人の好きなところで結構です♪」 「そうですね…では、図書館にでも行きませんか?あそこでしたら静かに話をするには悪くない上、 暖房も聞いていますし…ちょうどいいのではないかと。さすがに、また喫茶店やファミレス等に入るのも… あなたたちには分が悪いでしょう?」 「いや、俺は別に…それでも構わんが。」 「でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。 話してばかりで何も頼まないようでしたら、お店の人に迷惑がかかるかもしれませんし…。」 …確かにその通りだ。朝比奈さんの指摘もなかなか鋭い。 「決まりですね。では、図書館へ向かうとしましょう。」 俺たちは歩き出した。 「それにしたってなぁ…ハルヒのヤツも、今日くらいは集合かけんでよかったのにな… いくら今日が日曜で不思議探索の日だからって…。ついさっき、12時間くらい前か? 俺たち…この世界の危機に立ち会ってたんだぜ!?」 「仕方ないですよ。涼宮さんは…神に纏わる一切のことを忘れてしまったのですから。 昨夜の一連の記憶がないんです…二日前から今日にかけての日々は涼宮さんの中で 【いつも通りの日常】として補完されているはず、つまり【無かった】ことにされているんです。 であれば、日曜恒例の不思議探索を、彼女が見逃すはずはありません。」 「…まあ、それもそうだよな…あいつ、覚えてないんだよな…。」 …… 「それにしたって、今朝お前に…家まで車で送ってもらったことに関しては、本当に感謝してるぜ。 脱力しきって動く気すらなかったからな…とても家まで自力じゃ帰れなかった。 それと…朝比奈さんもいろいろとありがとうございました。」 「感謝なんてとんでもない。当然のことをしたまでです。」 「そうですよ…私たちなんか、キョン君と涼宮さんが闘ってる間、何もできなかったんですから… むしろ、今か今かと二人を助ける時を待ってたくらいなんですから!」 「古泉…。朝比奈さん…。」 …古泉・朝比奈さん、そして長門の三人にしてみれば、これほど歯痒い思いもなかったかもしれない。 できることなら、神を消し去るそのときまで…俺やハルヒと一緒に闘い続けたかったはずだ。 「…それにしても、三人ともよく俺とハルヒが倒れてる場所がわかったな。」 「前例がありましたのでね、推測は容易かったです。」 「前例?」 「以前、あなたが涼宮さんと二人で閉鎖空間を彷徨われたことがありましたよね。 あそこから帰ってきたとき…気付けば、あなたはどこにいましたか?」 「どこにって…自分の部屋のベッドだな。お前にも前にそう話したはずだぜ。」 「そうですね。で、そのあなたの部屋とは…即ち、涼宮さんによって 閉鎖空間に呼ばれた際、あなたが現実世界にて最後にいた場所というわけです。」 「まあ…そういうことになるな。ベッドに入りこんで眠った直後、俺は閉鎖空間にいたわけだからな。」 「その理屈を今回の事例にも当てはめた…ただそれだけのことです。」 「…なんとなくわかったぜ。」 「今回涼宮さんが閉鎖空間を形成するに至った契機となったのは…長門さんが隣家を爆破した、 あの瞬間です。とは言っても、あくまでそれはキッカケにすぎません。決定打となったのは… 朝比奈さんが涼宮さんをかばい、敵からの攻撃を被弾した…あのときでしょうね。」 「わ…私ですか…?」 …血まみれになった朝比奈さんを思い出す。 …… 確かに、精神的ストレスとしては十分なものだったかもしれない。 「その時点での涼宮さん、及びあなたの立ち位置はどこでしたか? 涼宮さんの家の前でしたよね。それさえわかれば、後は何も言うことはないでしょう。」 「俺たちが現れる場所も、つまりはハルヒの家の前だと。」 「そういうことです。」 「…なるほど、簡単な理屈だな。それにしても朝比奈さん、昨日は無事帰れましたか?」 「それはもちろん!森さんがちゃんと私たちを送ってくれましたから!それにしても… 彼女の見事なハンドル捌きにはあこがれちゃいます!私もあんなカッコイイ女性になりたいです…。」 …新川さんの運転もやけに上手かったな。その証拠に、 ハルヒ宅から俺の家に着くまでの時間も…随分短かった気がする。…機関はツワモノ揃いだな。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 闇だった 意識を失った俺を待っていたのは …闇だった …… 俺はどうなるんだろうか?このまま永遠に目を覚まさないのだろうか? …そんなことがあってたまるか…!俺は…生きてハルヒに会わなきゃいけないんだ…! …… 誰か…助けてくれ…っ! …… …? 何か声がする… 誰かが俺を呼んでいる …… 古泉…? 長門…? 朝比奈さん…? ……みんな…? 「ッ!!」 …… 「こ…ここは…?」 「!?目を覚ましたんですね!!」 「キョン君…!!無事で…何よりです…!」 「…本当に良かった…。」 …… 仲間たちの姿が…そこにはあった。 「俺は一体…」 「本当によくやってくれましたよあなたは…涼宮さんと一緒にね。」 「涼宮…。」 …… 「そうだ…ハルヒは!?」 すぐに立ち上がり、辺りを見渡す。なんと、横にハルヒが倒れているではないか。 …… ハルヒ…また会えたな…っ! 「おいハルヒ…大丈夫か!?ハル」 言いかけて口を閉じる。 …… 『明日にでもなれば…神だの第四世界だのそういうことを一切知らない、 ちょうど三日前の状態のあたしがいる…と思うわ。』 そうだ…。このハルヒは、昨日今日のこのことを覚えていない。神に纏わる全ての記憶を。 『ええ…残念だけど。でも、あたしはそれでいいと思う… 普通の、一人の少女として生きるのであれば、こんな記憶…邪魔以外の何物でもないもの。』 わかってるさ。そのほうが…ハルヒは幸せに生きられるもんな。 …とはいえ、それはそれで悲しいもんだ。もう、【あのハルヒ】には会えない…ってのは。 「涼宮さん、まだ起きないんですよね…。どうしましょう?」 「キョン君も起きたところですしね。呼びかけてみましょうか?」 「!待ってくれ古泉…!ハルヒは…このままにしておいてやれないだろうか?」 俺は…事ある事情を話した。 …… 「なるほど…言うなれば、涼宮さんは三日前の状態に戻った…というわけですね?」 「…ああ、そうだ。だから」 「言いたいことはわかりました。涼宮さんはこのままにしておきましょう… それもそのはず、前後の記憶がないのであれば 今ここで起こすわけにはいきませんからね。 『どうしてあたしはこんな外で寝ていたの?』、このような質問をされてしまっては 不都合なことこの上ないでしょうから。」 …さすが古泉。お前の理解力には脱帽だぜ。 「となれば…。朝比奈さん、長門さん 頼みがあります。」 「な、何でしょう!?」 「これから二人で涼宮さんを背負って…彼女の部屋、できれば寝床まで 連れて行ってもらえないでしょうか?少々きついとは思いますが…。」 「あ、そっか…目を覚ましたときにベッドの上にでもいれば、 涼宮さん自然な状態で起きられますもんね!私…頑張ります!!」 「了解した。涼宮ハルヒはきっと部屋まで連れて行く。」 「お、おい古泉!?ハルヒくらい俺一人で背負って行ってやるぞ!? 何も長門と朝比奈さんに頼まなくても…しかも、長門は未だ能力が使えないだけあって 体は生身の人間なんだ。いくら二人がかりとはいえ…それなりの負担にはなっちまうぞ!」 「だ、大丈夫ですよキョン君!すぐ着く距離ですから!」 …? …… そういえば 俺は…ここがどこかをよく把握してなかった。起きたばかりで、いささか余裕がなかったせいか? 隣には見慣れた家がある。いや、見慣れたとかそういう次元の問題ではない…か。 そりゃそうだ。なぜなら、それはさっきまで俺たちが一緒にいた家なんだからな。 …つまり、俺たち二人はハルヒの家の前で倒れていた…というわけだ。 「いや…、それでもだな…。」 「今は涼宮ハルヒのことは私たちに任せて、あなたは休息をとるべき。あなたは今、心身ともに衰弱している。」 「何言ってやがる長門?俺はこの通り…」 …どうしたというんだ?足に力が入らない…?気のせいか、体もふらふらする。 「キョン君…私からもお願いします、どうか今は休んでください! 自分では気付いてないのかもしれないけど…すっごく疲れきった顔してるんですから!」 何…!?今の俺の顔はそんなに酷いというのか。 「彼女たちもそう言ってくれてるんです。ここは素直に従ってくれませんか?」 「あ、ああ…わかった。じゃあ、ハルヒをよろしく頼みます…朝比奈さん、長門。」 「はいっ!任せてください!」 「では朝比奈さん、長門さん…涼宮さんを運び終えたら、しばらくの間、彼女の家で 待機してていただけませんか?こんな夜遅くに女性が一人外を出歩くのは…危険ですからね。 長門さんも今は普通の人間なわけですし。というわけで、これから森さんに電話を入れます。 彼女の車がここに来たら、それに乗り…家まで送っていってもらってくださいね。」 「古泉君…ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます!」 「それと、すでに新川さんには電話を入れてあります。彼にはキョン君を送っていってもらいましょう。」 「古泉…すまんな。」 「いえいえ、こんなときのために機関の面々はいるようなものですから。」 「じゃあ、長門さんはこっちをお願いします!」 「了解した。」 ハルヒの肩を担ぎ、彼女の家へと入ってゆく二人。 「おや、もう来たみたいですね。」 ふと、道の横に黒塗りの車が停まっているのが見える。 「…いつ呼んだんだ?」 「3分前くらいでしょうか。あなたが目を覚ます直前くらいですね。」 …相変わらず仕事が速い新川さんである。 「さて、森さんにも電話を入れました…じきに彼女もココに来るでしょう。では、車に乗るとしましょうか。」 新川さんの車に同乗する俺と古泉。 「今日は本当にお疲れ様でした。帰ってゆっくりとお休みください。」 「…どうもです。新川さんも、夜遅くお勤めご苦労様です。」 「ははは、あなたの偉業と比べれば、私の働きなど足元にも及びませんよ。」 フロント席から俺に話しかける新川さん。 …… 「古泉…大丈夫か?そういうお前も随分疲れてるように見えるが…。」 「おや、そう見えますか?だとしても、弱音を吐くわけにはいきませんね。 これから僕は一連の事後処理に追われるわけですから。」 「これからって…まさか今からか??」 「ええ、そうです。」 「……」 時計を見る。今は午前の2時である…。 「新川さんの車で本部に帰ったら、ただちに仕事のスタートです。神は一体どうなったのか、 涼宮さんの能力の有無は…、調べるべきことは山ほどありますよ。」 …確かに、それは気になる。何よりも、神がどうなったかということが。 「…僕個人の勝手な推測で言わせてもらうと、神は消滅したのではないか?そう考えてます。現に今、 この世界に何も異変が起こっていない…それがその証拠かと。仮に時間を置いて世界を滅ぼすつもりで あったとしたら、地震や寒冷化などといった何らかの前兆が観測されてしかるべきはずですからね。」 「…そう信じたいものだな。」 「場所は、ここでよろしいですかな?」 気付けば俺の家の前まで来ていた。 「新川さん…ありがとうございました。そして古泉…大変とは思うが、どうかほどほどにな。」 「はい、心得ておきます。では、お休みなさい。」 「おう、またな。」 …さて、家に入るとするかな。…合いカギもってて助かった。 …… 部屋へと戻った俺は…ベッドに倒れ込んだ。…もはや何も考える気がしない。 気付くと俺は寝ていた。 …? 携帯が鳴っている。はて、目覚ましをセットした覚えはないのだが…。 …ああ、なるほど。電話か。窓からは日が射している…起きるには十分な時間帯、というわけか。 とはいえ、昨日あんなことがあったばかりだ…正直言うと、まだ寝ときたい。 …電話? …… まさか…ハルヒに何か!? 「もしもし、俺だ!」 「こぉ…んの…!!バカキョンッ!!今どこで何やってんのよッ!!?」 「おわ!?」 …驚くのも無理ないだろう…?まさかの本人ですか。 「は、ハルヒ…?何の用だ??」 「はぁ!?まさか忘れたとは言わせないわよ!?今日は不思議探索の日でしょうが!!」 「…今何と言った?不思議探索だと!?なぜ今日するんだ??」 「あんたがそこまでバカだったとはね…今日は日曜でしょう!?」 …確かに今日は日曜日だ。なるほど、いつもこの曜日、 俺たちSOS団は町へと出かけ、不思議探索なるものをしている。…だが 「昨日あんなことがあったばかりだろう?それでも今日するのか??」 「あんなことって何よ??いい加減夢の世界から覚めたらどう!?」 …しまった。そういや、ハルヒはこの三日間のことは…覚えてないんだっけか?? 「とにかく!!今すぐ駅前に来ること!!いいわね!?」 「…ちょっと待ってくれ。今すぐだと!?いくらなんでも急すぎやしないか??」 「何言ってんのよ!?今日の3時に駅前に集合ってメールしたじゃない!!」 「そ、そうだったのか??」 「まさかあんた、今起きたとかいうんじゃないでしょうね…?失笑通り越して笑えないわよ…。」 「わかったわかった!!今すぐ行くから!!じゃあな!!」 電話を切る俺。 …マジだ。メールが来てやがる。って、今3時かよ!?こんなに寝てたのか俺!? …… 幸いだったのは、俺が着ているこの服が外出着だったってことか。 もちろん、いつもなら寝間着なんだがな…昨日が昨日なだけにそのまま寝ちまった。 とりあえず、これなら財布・カバン・自転車のカギを身につけ、上着を羽織りゃすぐにでも直行できる。 身支度を終え、部屋を飛び出す俺 「あ、キョン君!やっと起きたんだね!」 廊下にて、妹に見つかる。 「私がどれだけ叫んでも、キョン君ぐっすりだったんだよ? でも今日は休日だから!さすがにドシンドシンするのは勘弁してあげたの!」 ドシンドシンとは…寝ている俺めがけ、トランポリンのごとくヒップドロップをかます 妹特有非人道的残虐アクションのことである。もっとも、妹にその気はないらしいが… って、俺は妹の叫び声でも起きなかったのか。どんだけ熟睡してたんだ? 「ちょっと疲れててな…起きるのがすっかり遅くなっちまった。とりあえず、俺は今から出かけてくるぞ。」 「ええー?今からお出かけ?あ、わかった!SOS団の人たちと何かするんだね?」 「…お見通しってわけか。ああ、そうだぜ。」 「行ってらっしゃ~い。あ、でもキョン君今日まだ何も食べてないじゃない?大丈夫~?」 しまった。そういや今日…俺はまだ何も食べていない。あれ?デジャヴが? …あー、昨日もそうだったか。そのせいで俺たちは…あの後マックへと行ったわけだ。 だが、今回はそうもいくまい。なぜなら、不思議探索をやるこの日に限って…しかも昼3時までに 昼食をとっていないなどというのは、ハルヒ的に考えられないからだ…! まあ、別にいいか。食べてる時間などないし…。それに、昼飯なら探索時にどこかで適当なもん買って 食えばいいだけだろう…。外に出た俺は自転車に跨ると、すぐさま駅へと向かった。…全速力でな。 …… 駅前の駐輪場に自転車を置いた俺は、すぐさまハルヒたちのもとへと走るのであった。 ------------------------------------------------------------------------------ …ちょっと回想してみたが。ホント、昨日今日と忙しい日々だった…。 …… おお、ちょうどいいところに店が。 「ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」 「いいですよ。何か買うんですか?」 「ちょっと飯を…な。今日まだ何も食べてねえんだよ。」 「え、そうだったの!?それなら私、あんなこと言わなかったのに…。」 あんなこと…?ああ、あれか。 『でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。』 「いえいえ、いいんですよ朝比奈さん。古泉や朝比奈さんが何も頼まない横で俺一人だけ 何か食べるというのも…なんとも心苦しいですから。何より、二人が手持ち無沙汰でしょうしね。」 「別に私…そんなこと気にしませんよ?」 「ありがとうございます。でも、俺は飲食店に入ってまで大それた食事をとるつもりはないんですよ。 だから、軽い食事でOKなんです。」 「な、ならいいんですけど…。」 「では、我々はキョン君が食事をとり終わるまで暇を潰しておくとしましょう。 朝比奈さんは…何かコンビニで買うものはあったりしますか?」 「いえ…特にないですね。」 「なら、雑誌でも見ていきませんか?女性誌やファッション誌、漫画など… 未来から来た朝比奈さんには、この時代の雑誌はなかなか興味深いものと思われますよ。」 「!それもそうですね!面白そうです…!」 「というわけで…私たちは立ち読みでもしときますので、あなたはどうかごゆるりと。」 「すまんな古泉。」 とはいえ…あまりにマイペースすぎても2人に申し訳ないので、一応それなりのスピードで食させてもらうとする。 …… おにぎりと肉まんを買い、外に出た俺。 さて、食べるか…。 「ん?まさかこんなとこであんたと会うとは。」 「こんにちは。あ、それ肉まんですか?私はアンまんのほうが好きですね!」 …… いかん、うっかり手にしていたおにぎり&肉まんを落としそうになった。 「…どうしてお前らがここにいる…!?」 藤原と橘が、そこにいた。 「どうしてって…単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。」 「私も同じく!」 『単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。』 …こう言われては、俺もどうにも言い返せないではないか… なぜなら、コンビニに飯を買いに来ることはごく自然なことだからだ。当たり前だが。 「そうかよ…ならいいんだがな。それにしたって、俺は忘れたわけじゃねえぞ! よくも…朝比奈さんを血まみれにしてくれたな!?」 「ああ、あれか。あのことで僕たちに文句言われても困るんだがな。やったのは九曜だし。」 「もっとも、その九曜さんは今ここにはいませんけどね。」 「そういう問題じゃねえだろ!?九曜とか何とか関係ねえ、連帯責任だ!」 「うるさいやつだな…第一、九曜にそうさせたのはどこのどいつだ?」 「あれって言わば正当防衛みたいなものですからね。私たちが非難される所以はどこにも ありませんよ?誰かさんが家を爆破したりしなきゃ、こんなことにはならなかったんですから。」 …確かに、もとはと言えば、偽朝比奈さんに唆された俺が藤原一味を敵だと思い込んだことが 全ての発端か…そのせいで、長門や古泉は連中に対して先制攻撃に打って出ちまいやがった…。 「ま、どうせ異世界から来た朝比奈みくるにでも騙されてたってとこなんだろ?」 「……」 言い返せない。 「あらら、図星みたいですね。せっかく藤原君があなたに『朝比奈みくるには気を付けろ。』 って忠告したのにもかかわらずね。人の話はちゃんと聞かないとダメですよ?」 「?何のことだ?」 「え?藤原君が言ったの覚えてないんですか??」 …? 「それなんだがな、橘。実はそんときの記憶、こいつから消した。」 「ええーっ!?どうしてそんなことしちゃったんですか??」 「僕や九曜が暗躍してることを知られたらいろいろと面倒だろ?そう思って 消したんだよ。それにこいつ自身、結局僕の忠告に従わなかったしな。」 「そのときは従わなくても、途中で考えが変わったりしたかもしれないじゃないですか! 藤原君のせいで…キョン君が私たちを敵だと思い込んだようなものですよ…!? 結果として、私たちは朝比奈みくるを討てなかった!どうしてくれるんですか!?」 「おいおい落ちつけよ…いずれにしろ、目の前にいるこいつの働きのおかげで 世界は救われたんだから…結果オーライ。それでいいじゃないか。」 「そういう問題じゃないでしょ!?いつまでもそんなルーズな性格だと またいつか、同じようなミスをしちゃいますよ!?」 「わかったって…わかったから。すまんかった橘…」 「わかればいいんです。」 さっきからこの二人は… 一体何の話をしてるんだ??…俺にはわからない。 ただ、【怒る橘】と【それに頭を下げる藤原】との対比に驚愕したのは言うまでもない。 「そういうわけで、それじゃキョン君も仕方がないですよね。 今回は双方に落ち度があったと…そういうことにしておきます。」 どうやら、俺にも落ち度とやらがあったらしい。まあ…今となってはどうでもいいが。 「何はともあれ、昨日今日は本当にお疲れ様でした!キョン君。ほら、藤原君も言う!」 「…何で僕がこいつなんかに?今お前が言ったんだから、別にいいだろう。」 「よくないです!こんなときに意地張っちゃってどうするんですか!?だから藤原君は…」 「わかったわかった…言えばいいんだろ?…お疲れ様でした。」 「あ、ああ…。」 「さて、じゃあ私たちは買い物に行くとしましょうか。じゃあねキョン君!」 颯爽とコンビニの中へと入って行く橘と藤原。…まったく、嵐のような二人だったな。 何がどうだったのか…結局よくわからなかった。 …って、これはまずいんじゃないのか??もし…中で立ち読みしてる古泉と朝比奈さんが あの二人と鉢合わせでもしてしまえば…!!俺と違って事情を知らないだけに… 非常にややこしいことになるのは間違いない!!最悪の場合…喧嘩沙汰になるぞ!? …… 用事を済ませたのか、中から出てくる二人。 「それにしても、最近の藤原君はコンビニ食ばかりですよね…?気持ちはわかりますよ。作る手間が省ける分、 楽ですもんね。でも、それも程々にしておいたほうがいいかなーと。栄養が偏りますし。」 「何でお前なんかに心配されなきゃならない!?関係ないだろ!?」 「関係なくないです。また何か共同作業があったとき、体調でも崩されたらたまったもんじゃありませんから。」 「そういうお前はいいのか??自分だってコンビニで弁当買ってたじゃないか…。」 「私は た ま に だからいいんです。それに、私がコンビニを利用するときって たいていは雑誌やライブチケットの予約ですからね。今だってほら…予約してきました!」 「…EXILEのライブ…か。この時代の人間じゃない自分にはよくわからん…。」 「今すっごく人気のグループなんですよ!?一回藤原君も未来へ帰る前に聴いておくべきです。」 「はぁ…そうかよ。」 …… 「あれ?キョン君まだそこにいたんですか?」 「…何やってんだあんた?僕たちが中へ入ってから出て来るまでの間、 おにぎりの一つさえも食ってなかったのか?…呆れるな。」 「そうですね…肉まん冷えますよ?じゃあ、私たちはこれで。またねキョン君!」 「ふん、意味不明なやつ。よくあんたのような人間が世界を救えたもんだ。」 「何言ってんですか!?さっさと行きますよ??」 そう言い残し、去って行く藤原と橘。 …… 突っ込みたいことは山ほどあるんだが…今は自重するしかない。とりあえず外から中を眺めていたが… 結局、両者が互いに鉢合わせすることはなかった。運が良かったんだろうな…要因は2つ。 1つは古泉・朝比奈さんが立ち読みに夢中になっていた…ということ。 もう1つは藤原・橘の二人が雑誌コーナーに立ち寄らなかった…ということ。 この2つが掛け合わさり、見事に衝突は回避。めでたしめでたし…というわけだ。 …… いや、全然めでたしじゃない…無駄に時間をロスした分、一刻も早く食事に手をつけねばならない… 「食べ終わったようですね。」 「ああ…おかげ様で、ゆっくりと食べることができたぜ。」 「それはよかったです!私も私で、ゆっくりと雑誌を眺めることができました!」 「何を読んでたんですか?」 「ファッション誌をね。特に、可愛い衣服やアクセサリーなんかは… 見ててほしくなってきちゃいました!この時代の衣料品もなかなか興味深かったです…!」 「気に入ってもらえて嬉しいです。勧めた甲斐があったというものですよ。」 「そういう古泉は何を読んでたんだ?」 「芸能系の雑誌をちょっと。政治の裏金や特定企業・芸能事務所間の癒着及び秘密協定等… 普段なかなかお目にかかれない記事に白熱していた…といったところでしょうか?」 …なるほど。各々の性格を考慮すれば、二人が本に夢中になっていた…というのも頷ける。 「二人とも満足そうで何よりだぜ。」 「そうですね。…では、行くとしましょうか?」 図書館へ向け、再び俺たちは歩き出した。 …… …どうする?朝比奈さんに…あのことを聞いてみるか? 事態が落ち着いた今なら…もしかしたら答えてくれるかもしれん。 「朝比奈さん…ちょっといいですか?」 「?何でしょう?」 「長門から聞いたんですが、昨日朝比奈さんは…時間移動したそうですね?未来へと。」 「!」 「もし差し支えなければそのこと…教えてくれませんか?」 「……」 彼女は答えない。…やはり、何か触れてはいけないことを…俺は聞いてしまったのだろうか? 「あなたが答えないのは禁則事項のせい…というわけではないようですね。」 「…!」 古泉の言葉に…かすかではあるが動揺する朝比奈さん。 「もし禁則事項で話せないのであれば、すぐさまあなたは【禁則事項】という名の言葉を口から 発するはずですよ。未来人からすれば、それは永久不可侵に通じる絶対のルールであるはず。 現代の我々から言わせれば、ちょうど犯罪是非の境界線認識に近いものと言ったところでしょうか。 朝比奈さんのような実直誠実なお方がそれを破るとは考えにくい…だから、尚更言えるんです。 あなたが答えないのは…単に個人的な問題によるもの、とね。」 「……」 …… 操行してる間に、俺たちは図書館へと着いた。…とりあえず、3人で空いてるソファーに座る。 …空気が重い。 あんな質問、するべきじゃなかったのかもしれない…。俺は後悔の念に打ちひしがれていた。 事態が落ち着いた今なら…世界が救われた今なら答えてくれる…!そう安易に妄信していただけに… 「…話します。」 一瞬、空気が浄化されたような気がした。二度と口を利かない、 そんな雰囲気があっただけに…。彼女のこの一言に、俺は救われた。 「確かに、私はあのとき…未来へと帰っていました。それは事実です。」 …… 「…覚えてるかしら?二日前、私たちがファミレスに集まって話したことを。」 「?…はい。」 「私…あのときは本当にびっくりしちゃいました。涼宮さんの誕生が46億年前に遡ること、これまで幾つもの 世界が存在したということ、フォトオンベルトによりこれから世界が滅ぶこと…どれも信じがたい内容ばかりで、 正直長門さんから初めて聞かされたときは耳を疑いました…。そんなときであっても、 あたふたしてる私とは対照的に、古泉君は凄く冷静で…決して取り乱したりはしませんでした。」 「…朝比奈さん、それは違います。とても内心穏やかだったとは…言えませんね。 むしろ、発狂したいくらいでした。世界は近年になって構築された…この近年説が覆された。 僕を含む機関の面々がこれまで妄信してきた価値観が…根底からひっくり返された。 長門さんの話を【事実】として受け止めるには…あまりにハードルが高すぎましたよ。その証拠に、 キョン君は知ってるはずです。僕のあのときの…ファミレスでの説明はお世辞にも良いものとはいえなかった、 ということをね。当然です、僕自身混乱していたのですから。」 「…何を言ってるんだお前は??十分上手く説明してたように…俺には思えるぞ?」 「本当にそう思っていただいているのであれば、嬉しい限りですね。ですが、よく思い出せば わかるはずですよ。僕が…事あるごとに、しょっちゅう長門さんへ助けを求めていたことがね。」 「そりゃ、全体の説明量から言わせれば、長門の方が多かったかもしれんが…。」 「おわかりですか?朝比奈さん。あのときの僕は正常とはほぼかけ離れた状況にあった…ということが。」 「…古泉君の内心がそうだったとしても、それでも古泉君は…外面をちゃんと取り繕ってたじゃないですか! キョン君が今言ってたように私からしても、とても説明に不備があったようには思えませんでした…!」 ?朝比奈さんは…さっきから一体何を言おうとしてるんだ?今話してることが… 未来へと時間移動したこととどういう関係が?…それにしてもこんな会話、俺はどこかで聞いた気が…。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいたときだ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 ・ ・ ・ 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 ------------------------------------------------------------------------------ …… おそらく彼女は昨日、ハルヒの家で俺に話したことと…全く同じことを言いたいのかもしれない。 「朝比奈さん…まだそんなこと言ってるんですか??昨日も、俺は言ったじゃないですか!? 朝比奈さんがいたからこそ、長門や古泉の説明を最後まで粘って聞くことができたって!」 「そっか…キョン君にはこのこと昨日話したもんね。二度も似たようなこと言っちゃってゴメンね? そんなつもり私もはなかったんだけど…ただ、【未来へと時間移動した】理由を言うには 今の話はとても欠かせないものだったから…。」 「…そうだったんですね。いえ、自分は全然気にしてませんよ。どうか、話を続けてください。」 「…ありがとうキョン君。」 …… 「ここまで遠回しな言い方をしてしまったけど…つまりね、私はみんなの役に立ちたかったの…! 長門さんや古泉君のような…目に見えるような働きを…、私は果たしたかった! いつも私だけ何もしないのは…もう嫌だったから…!」 「……」 「未来へ時間移動…その行動の契機となったのは、ファミレスで…長門さんが言ってましたよね? 涼宮さんが倒れた今回の騒動には…未来人が関与してるんじゃないかってことを…。」 『あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。』 『…未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。』 …確かに長門はそう言っていた。 「だから私は思ったの。もし犯人が…私と同じ未来人であるのなら、私にはその犯人の情報を つかむ義務がある…と。SOS団で唯一時間跳躍ができる人間が私なんです… もしかしたら、みんなが知りえない情報を私なら…未来で手に入れられるかもしれない! そしたら、涼宮さんの役にも立てるかもしれない!そんな強い思いが…私に生まれたの。」 …… 「だから、朝比奈さんはその情報を得るため、未来へと時間移動したんですね…?」 「…はい、その通りです。」 …… 「でも…現実は非情だった。私は…いろんな人に話を聞いた。幾多の幹部の方にも話を伺った。 それでも…私が求める情報を、誰も教えてはくれなかった。まるで…みんな私に何かを 隠してるかのように…ふふっ、こんなふうに考えちゃいけないのにね。私って…ダメだね。」 …いや、朝比奈さんの今の考えは、おそらく当たってる。 なぜなら、犯人の名前そのものが…【朝比奈みくる】その人だったからだ…。 いくら別世界の住人とはいえ、彼女が【朝比奈みくる】なる人物と全くの同じ姿・形・名前をもつ 人間であることは事実…上層部の連中からすれば、これほど躊躇してしまう存在もなかったかもしれない。 ましてや、世界の存亡にかかわる…現代で言う国家最高機密に指定されていてもおかしくない情報を 彼女に話すことなど言語道断 このような認識が幹部たちの間で成立していたとしても、何らおかしくはない。 「でも、私はあきらめなかった。何度も何度も上層部の方とコンタクトを取ろうともしたし、 電話をかけたりもした…そして、ようやく上司からある情報を聞けたの…。」 上司…大人朝比奈さんのことだ。 「その情報っていうのがね…藤原君たちに任せておけば大丈夫、というものだったの…。」 「……」 言葉に詰まる俺。 …… 結果的に、ヤツらが【朝比奈みくる】の暗殺に向けて暗躍していたのは…事実だったからだ。 「最初聞いたときは、私には何のことだか訳がわからなかった…それもそうよね?キョン君たちからすれば、 彼らは敵なんだもの…そんな彼らがいくら世界を救うとはいえ、その過程でキョン君や涼宮さんたちを助ける だなんて…私にはにわかには思えなかった。…結局、私が未来でつかめた情報はこれだけ。だから、 私にはなんとしてもこの情報の真偽を確かめる必要があった…。藤原君がこの世界に来てるということを知って、 ただちにこの時間へと遡行したわ。そして、彼に連絡をとった…」 ……ッ ようやく話が繋がった。 『…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。』 『パーソナルネームで言うところの、藤原。』 …この長門の言葉はそういうことだったのか。 「でも…彼は私の質問に対して、まともな返答はしてくれなかった… 一応何度か連絡はとってみたんだけど…結局、私は何も情報を聞きださず仕舞いに終わった…。」 …… もしかしたら、藤原のヤツは朝比奈さんの【声】を警戒したのかもしれない。 標的である【朝比奈みくる】と全くの同一の声…彼女を相手にしなかったのはこのせいか…? 「…私がね、昨日涼宮さんの家で元気がなかったのも…さっきキョン君から時間移動のことについて 聞かれた際に沈んでいたのも…そのせいなんです!だって…そうでしょう…っ? 犯人が未来と関係あるっていうのなら…きっと未来で何かしらの情報がつかめると、そう思ってたのに! 今度こそ…みんなの役に立てると思ってたのに…。結局、時間跳躍した意味もなかった。 藤原君からも何も聞き出せなかった。私には…みんなと会わせる顔がなかったの…。」 彼女が涙声になっているのは言うまでもない。もしかしたら、泣いているのかもしれない。 …… まさか、彼女にこんな事情があったなんて…思いもしなかった。 ハルヒや自分のことで精一杯だった俺には…彼女の苦しみなんて気付きようもなかった。 ------------------------------------------------------------------------------ 「キョ…キョン…!!みくるちゃんが…!!みくるちゃんがあ!!!!」 「しゃべるな!!お前だってケガしてんだろ!!?」 「違う…!!あたしはケガなんてしてない!!…みくるちゃんが…あたしを…あたしをかばって…!!!!」 …… え? じゃあ、ハルヒの服にべったり付いているこの血は何だ? …… 全部…朝比奈さんの血…… …!? 「う…ぅ、ぅぅ……!」 悲痛な様で喘ぐ…彼女の姿がそこにあった 「朝比奈さん!!!!しっかりしてください!!!!…朝比奈さん!!!!」 「ょ…ょかった…すず…涼宮さんがぁぶ、無事で…!」 「朝比奈さん!!?」 「わた…し…やくにた…てたかな…ぁ…ぁ…!」 理解した 彼女は秒単位という時間の中で自らハルヒの盾となった あのとき奴の一番そばにいた…彼女は ------------------------------------------------------------------------------ 尚更、あのときの彼女の心情がわかる。幾度と奔走した挙句、成果を上げられなかった彼女は… あのとき死す覚悟だった。そこまで彼女は追い詰められていた。 そうでもしないと、自分でも納得のいかない段階まで来てたってのか…!!? …っ!! 「朝比奈さん!すみませんでした…!!」 急に立ち上がり、何事かと思えば…彼女に向け、土下座をする古泉。 もちろん、ここは図書館。館内のあらゆる一般人の視線を…ヤツは浴びることになった。 「ど、どうしたんですか古泉君!?何で…何で私に土下座なんか…!?」 「僕は…正直に、あなたに包み隠さず話さなければならないことがあります…!」 「…??」 「僕は…あなたを、一時的ながらも…疑っていたんですよ…。あなたを、犯人だと!」 「っ!」 「この局面においての未来への時間移動、我々の敵であるはずの藤原氏への電話連絡、未来技術応用による 涼宮さんの卒倒等…いくつもの状況証拠により、あなたを… 一時的にでも犯人だと、僕は疑ってしまった! 朝比奈さんに…そんな重い事情があるとも知らずに僕は…ひどいことを考えてしまった!! 最低ですよ本当に…。深く、深くお詫び申し上げます…。」 「……」 …… 「古泉君…顔を…、顔を上げてください…。」 「朝比奈さん…?」 「…確かに、それを聞いたときはショックでした。でも!それを言うなら私にも非があります…! だって…考えてもみれば、世界がどうなるかもわからないこの局面で…みんなに何の相談もせず、 勝手に時間移動をしてしまった。状況的に疑われても仕方ないことを…私はしてしまいました。 だから、責められるべきは迂闊で軽率な行動をしてしまった…私にあります。古泉君は…涼宮さんのことを、 みんなのことを一生懸命考えてた…!だから、一つでもあらゆる不安要素は潰しておきたかった! 仲間想いの優しい副団長さんだと…私はそう思いますよ…?」 「…許して…くれるんですか?」 「許すも何も…当たり前じゃないですか!私のほうこそ…ゴメンね。」 「朝比奈さん…!ありがとうございます…っ! …そうだ、朝比奈さん。」 「な、何でしょう??」 「僕はですね…その点においては、彼を…キョン君のことを尊敬しているのですよ。」 「お…俺…??」 急に自分の名前を出され、驚く俺。 「彼はですね…僕と長門さんが朝比奈さんの…、一連の状況証拠を並べている時に際してまでも 朝比奈さんの無実を訴えて止まなかった。朝比奈さんが無実だと…信じて止まなかった。それどころか、 そんな問題提起をする僕や長門さんに対して逆上しそうになったくらいでした。…それだけ彼は仲間のことを 心底信じていたというわけですね。ここまで純粋で素朴な人間は…なかなかいないでしょう。」 「キョン君が…私のためにそこまで…?!ありがとう…キョン君…。」 「ま、待ってください朝比奈さん!そんなこと言われる所以、自分にはありません… むしろ、謝りたいくらいなんですから…。もっと早く、もっと早く朝比奈さんのそういう事情に気付いていれば… 朝比奈さんがここまで精神的に追い詰められることもなかったかもしれない…。だから 謝ります、朝比奈さん。」 「……」 …… 「どうしてキョン君にしても古泉君にしても…みんなここまで謙虚なんですかね…? もうちょっと自分を持ち上げたっていいのに…。ふふっ、なんかおかしくなってきちゃいました♪」 「確かに…ちょっとおかしな状況かもしれませんね。僕も自然と笑いが…。」 「古泉よ、どうおかしいのか?お前の得意分野、解説でぜひ説明してくれ。」 「いやぁ…さすがに、こればかりは僕にも解説不能です。」 俺たちは笑いに包まれた。…さっきまでの重い雰囲気は、一体どこにいったんだろうか。 …… 良い仲間に恵まれて、本当に自分は幸せだな…。出過ぎたマネかもしれんが、 おそらく他の2人も似たようなことを考えてるのではないかと…。俺は強くそう感じていた。 いつまでも、こんな時間が続けばいいなと思った。 いや…どうも、そういう問題ではないらしい。さっきから周りの視線が…痛い。 どういうことなんだろうな?俺たちは、すっかり忘却してしまっていた…っ! 【ここは図書館だ。】 何でかい声で笑ってんだ…迷惑にも程があるだろう…? そういうわけで、俺たちは図書館を後にしたのさ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2793.html
「明日からの不思議探索だけどさ、中止にしたから」 は? 「ちょっとね……あたしが参加できなくなっちゃったから」 ほほう。 「だから、また来週に延期するわ」 なるほどなるほど。 「ごめん……」 ブツッ――ツーツーツー…… 本日は金曜の夜で、明日からは楽しい楽しい週末が始まる。当然土日併せて2連休だ。 もちろん、そんなチャンスを我らがSOS団団長殿が見逃すはずもなく、いつもの不思議探検と言う名のSOS団お遊びツアーが 開催するべくハルヒは何やら悪巧みをしていたようだったが、それを自ら中止するとはどういう風の吹き回しだ? 念のために古泉や朝比奈さんに連絡してみるが、やはり困惑の返事が返ってきた。 ま、あの一度やると決めたらまっすぐ一直線の団長様だ。土壇場でやっぱやめなんて今まで一度もなかったし、 あるとも思っていなかったら、無理もない話だが、緊急事態として臨戦態勢に入ると断言する古泉は大げさすぎやしないか? ちなみに長門はいつものどおり、そうとだけ言って変化を見せなかった。姿を見れればある程度何を考えているのかわかるが、 あいにく声だけでは長門のボディーランゲージによる感情発信をキャッチすることはできないからな。 そんなこんなで週末を迎える。 多分、俺の人生の中でも屈指に入るだろう、壮絶に多忙な二日間の始まりだった。 ◇◇◇◇ そんなわけで週末完全フリーになった俺だったが、家で寝て過ごすのももったいないと思い、 一人で街に繰り出すことにした。せっかくの団長様からのプレゼントだ。有意義に使わせてもらった方がいい。 今の内に、買っておきたい本や服もあるからな。 休日景気でごった返す路地を歩いていた俺だったが、どうも落ち着きがない自分に気がつく。 いつもいつもあの変わり者集団に囲まれていたせいか、一人で歩いていても、ちょっと大きな声が耳に届くと、 前からハルヒの命令口調の怒鳴り声が飛んできたと身体が誤動作を起こしてしまったり、黙って歩いていると、 隣から古泉がどうでもいいうさんくさい説明を始めて来るんじゃないかと変な心構えができてしまっていたり、 背後を振り返っても長門がいないことに違和感を憶え、超絶プリティな朝比奈さんの私服姿が俺の隣にいないことへの 理不尽さに腹を立てる。 「やれやれ」 俺の口からいつもの言葉が飛び出た。気がつかないうちに、俺の身体はSOS団の一部として完全にできあがってしまったらしい まるで禁煙中の禁断症状ではないか。そんなそわそわ状態に、俺は諦めて家に帰ろうかと思った瞬間だった。 「ん……?」 現在、俺は繁華街の中心部近くにある交差点で信号待ちをしていた。だが、その対向にある歩道を俺から離れるように 動いていく4人組の集団が目にとまる。 ……俺は視力はそんなに悪くないし、あの集団を見間違えるわけもない。ハルヒ・長門・朝比奈さん・古泉のSOS団-俺だ。 だが、どうしてあの4人がここにいる? そもそも不思議探索ツアーはハルヒの奴が一方的に中止を宣言したじゃないか。 その後、やっぱやる宣言の連絡は俺の携帯には届いていないし、他3名からも同様の話は来ていない。 なのに、どうしてあの4人が群れをなして街を歩いている? ホワーイ? ――ツンツン。 待てよ? 急遽再開が決まって集まったが、未だに俺に連絡が取れていないってことか? しかし、俺の携帯は電池切れにもなっていないし、電波状態は極めて良好だ。向こうからかければ確実に着信できるだろう。 ――チョンチョン。 もしかして……俺はハブられているのか? 俺なんていなくなっても、他の3人がいればいいとハルヒは思ったのか!? そんな……そんなどうして今更になって!? ――ちょっと聞いているの? くそっ……一体俺に何の不満があったってんだ。確かに、俺は宇宙人でも未来人でも超能力者なかったさ。 だがな、これでも凡人としてはMVPに選ばれるほどの働きを見せてきたはずだ。それをここにきて切り捨てるとは あんまりじゃないか。 ――どうかしたの? いや待てよ? もしかしたら、今までもこういう事はあったのかも知れない。俺だけほっぽいて4人だけで集まるというのは 結構あったんじゃないだろうな? それで……ってさっきから誰だ、俺の服を引っ張っているのは。 俺はさっきから接触してくる背後の人物へ振り返る。そこにはハルヒがいた。 「……なんだハルヒか。すまないが、今はお前に構っている暇じゃないんだ。俺は今おまえに――」 そこまで言って気がついた。俺は今誰と話している? 「何よ悩みごと? 考えるのは結構だけど、こんな人混みの中でぼーっと立っていたら変人扱いされるわよ?」 目の前で俺を諭すように言っているのは、当然ながら私服姿のSOS団団長涼宮ハルヒである。 「…………」 三点リーダ四連発な沈黙をしてしまう俺だったが、これに関しては全俺が俺に対して拍手喝采しておきたい。 なぜなら、普段ならここで「うお!」「は、ハルヒぃ!?」という間の抜けた声を上げてしまっただろうしな。 万一、そんな驚嘆を上げてしまえば、事態収拾が極めて困難なものになっただろう。 俺は必死に異常活発している心臓の鼓動を押さえにかかる。目の前のハルヒに悟られないように口の中で 数回の深呼吸を行った。 よし――もう大丈夫だな。 俺は転んでもいないのに、前進にまとわりつく違和感を払いたいのか、つい服のほこりをはたくような仕草をしながら、 「何だ、ハルヒか。驚かせるなよ」 「驚いたのはこっちの方よ。こんな路上の真ん中でなにぼーっとしてんの?」 見れば、気がつかない間に俺は横断歩道の中に足を踏み入れていた。歩行者用信号はすでに青点滅を始めており、 あと30秒も立ては俺のすぐ隣に停車している乗用車どもから激しいクラクション攻撃を仕掛けられていただろう。 俺なしSOS団の存在を確認しようと、つい身を乗り出してしまっていたらしい。 「ほらっ! こんなところにいたら轢かれるわよ。とっとと歩道まで戻りなさい」 そうハルヒは俺の腕を取ると、強引に歩道に向かって歩き出した。俺はそれに抵抗せずに黙って歩いていったが、 ハルヒの視線がこっちを向いていない隙にSOS団俺なしバージョンの姿を確認する。 幸い――幸いなことなんだろうな。とりあえず、あのもう一人のハルヒの姿はすでに人混みの中に消えてしまっていた。 そうなると、今俺の視界内にいるのは、俺の腕を引っ張っているハルヒだけとなる。 もう理解できるだろうが、ようは今俺はハルヒを二人目撃したって言うことだ。しかも、服装に違いはあれど、 顔から体型までそっくりそのままの二人をだ。 ………… ………… ………… やれやれだ。こいつは面倒なことになってきたようだぞ。 「んで、何でおまえがここにいるんだ? 不思議探索を中止にしたぐらいだからてっきり急用でも入ったのかと思ったぞ」 「……不思議探検を中止? あたし、そんなことを言った憶えないけど。そもそも今週やる予定もなかったはずよ?」 俺の問いかけに、ハルヒは予想外の答えを返してきた。なんだなんだ? あれだけ張り切って何をしようかと 黒板に向かって熱弁を振るっていたのはお前じゃないか。それを知らないとは何を言ってやがる。 だが、ハルヒがそんな嘘を言って何の得があるというのか。大体、このバカ正直路線まっしぐらな奴が あからさまな嘘をつくわけがない。 ……これは合わせておいた方がいいかもしれん。 俺は額に手を当てて、考える素振りをしてから、 「ああ、すまん。それは先週の話だったな」 「全くその歳で物忘れが激しいなんて危ないわよ? 勉強でも何でもしてたまには頭の方も活性化させて起きなさい」 えらい言われようだが、ここは我慢だ。目や顔つきを見る限り、俺の目の前にいるハルヒは不思議探索の中止を知らないと 見ていいだろう。この場合は逆にその事実を知られる方がまずい。 ってなわけで、とりあえずこのハルヒをあのハルヒ――ええいややこしい、ここにいるのは一人でいるからハルヒ(少女)で 向こうはSOS団-俺のところにいるからハルヒ(団長)と呼ぶようにする。 とにかく、このハルヒ(少女)を少しでもハルヒ(団長)から離れたところに連れて行かなければならない。 それもこのシックスセンスどころか、サウザントセンスぐらいありそうなハルヒ(少女)に悟られることなくだ。 平凡で退屈な週末が、いきなり核ミサイル搭載巨大機動兵器機動阻止クラスの特Aランク任務になったぞ。 よし、まずは何かいいわけを…… 「まあいいわ! ここであったが100年目よ! せっかくだからあたしの買い物につきあってもらうからね!」 「ちょっと待て! 俺にも用事が……」 「何よ! 団長命令よ! ほらほらとっととついてきなさいっ!」 そう言ってハルヒ(少女)は強引に俺の襟首をつかんで歩き始めた。それもハルヒ(団長)が去っていった方にである。 「待てハルヒ! そっちは……!」 「まずはあたしの用事を済ませるわっ! 安心しなさい。その後にあんたの予定にもちゃんと付き合ってあげるから」 もの凄い力で引きずるもんだから、抵抗もできやしねえ。 ここにきて一瞬、目の前にいるハルヒ(少女)は偽物なんじゃないかという疑念が生まれる……というか今更だな。 だが、今更そんな考えが浮かんだというのも、ハルヒ(少女)の身振りを見ても全く偽物には見えないという証明だろう。 同様にもう一人のハルヒ(団長)も偽物だと思えない。SOS団メンバーが偽物を見破れないわけがないからな。 仮に超宇宙的パワーで偽装しても、長門までだませるとは思わない。 結局、俺はハルヒ(少女)の行きたいところについて行くことにした。とにかく、ハルヒ(団長)とこいつを接触どころか ニアミスすらさせるわけにいかねえ。どうせろくでもないことになるに決まっている。俺が何とかするしかない。 ふと、脳裏にこんなことが過ぎる。 誰のためにせっかくの休日をそんな面倒なことに費やすんだ? ……答えは簡単さ。他でもない、ハルヒのため、俺たちSOS団のためだ。 ◇◇◇◇ まずハルヒ(少女)に連れ込まれたのは、大型のショッピングセンターだった。 その一角のコーナーで何やら買い物をあさっている。だが、ここまで連れてきたのにどういうわけだか、 俺は非常階段前で待機させられていた。おいおい、これじゃ何で俺を連れてきたのかわからんぞ。 「おっまたせー!」 ハルヒ(少女)はようやく買い物を済ませると、俺の元に戻ってきた。でかい上に厳重に密封された紙袋を抱えて。 「で、一体何を買ってきたんだ?」 「ふふん、秘密よひーみーつっ!」 そんなハルヒの(少女)笑顔は白い歯を見せて、超新星爆発クラスの輝きを放っている。 こりゃまたろくでもないことを思いついたな。ただ紙袋の大きさを見る限り、服か何かだと思われる。 そうなると朝比奈さんの新コスプレかもしれない。それなら俺も大歓迎――いや、朝比奈さんの意思を優先させて善処した考えに 達するものと申し上げておこう。 そのまま俺たちは階段を下り――当然荷物は俺が持たされる形で、ショッピングセンターから出る。 「次はどこに行くんだ? 言っておくがあまり金の持ち合わせがないから、やれることは限られているぞ」 「そうねぇ……」 ハルヒ(少女)はあごに手を当てて考え始めた。これはチャンスか? 今なら俺の要望をうまく呑ませて、 ハルヒ(団長)から離れた場所に誘導できるかも知れん。 「なあハルヒ。とくに行く当てがないなら、俺の用事を済ませたいんだが」 「用事って何よ?」 俺は深く突っ込まれて、一瞬言葉に詰まってしまうが、 「えーあー、そう――勉強、参考書を買いにここにまできていたんだよ。買っていかないとオフクロに怒られちまう」 「参考書? あんたが? ふーん、へー」 おいなんだその疑惑に満ちた視線は。俺だって勉強するときはするさ。今日は買いに来たつもりはなかったが、 最近オフクロからのプレッシャーが厳しくなってきたんで、そのかわし先として利用するのも悪くない。 ……べっべつに勉強したくないって訳じゃないんだからな! 「なにぶつぶついってんのよ。仕方ないわね。じゃあ、ちょっと離れたところに大きい書店があるから行きましょ。 この団長様がきっかりといい奴を選んであげるから、まっかせなさい」 お前に選ばせたら、変わりにUFO本や怪奇本でも買わされそうだ。 俺の危惧も無視して、ハルヒ(少女)は悠々と歩き始めた。俺はそれについて行きながら、周囲に警戒心を配る。 ハルヒ(団長)ならず、長門・朝比奈さん・古泉の姿を発見次第、すぐにルート変更を試みなければならないからな。 そんな状態を続けつつ、500メートルほど歩いた辺りで、 「ちょっと、さっきからなにきょろきょろしてんのよ」 ハルヒ(少女)が振り返って言ってきた。 なんて奴だ。さっきから俺はハルヒ(少女)のわずか後方を歩いていたので、振り返らないと俺の表情なんて わからなかったはずだ。だが、一度も振り返らずに、気配だけで俺の警戒心を悟るとは、聖人かこいつは。 「いや、あの――」 言葉に詰まってしまったせいで、俺はとんでもない失態を犯す。 「古泉たちがいたりしないか――なんて……」 言ってから気がつく。なんてやばいごまかし方をしちまったんだ。この流れではハルヒ(少女)が 古泉たちを呼ぶべく電話をかけるに違いない。そして、どうにかして接触しようとするだろう。 だが、向こうにはハルヒ(団長)がいる。ましてや、ハルヒが二人いるという状態を古泉たちが察知していなければ、 向こうも不自然な反応を示すだろう。それを見逃すハルヒ(団長)ではない。 だが、ハルヒ(少女)は、 「ふーん。あんたも古泉くんたちがいた方がいいの? でもせっかくの休日なんだから、見かけても邪魔しちゃダメよ」 ……これは予想外だった。てっきりハルヒのことだから、俺にあった時点で不思議探索をするわよっ! 全員集合! とかいう気分になりそうなものだと思っていたが。 だが。 よくよく考えてみれば、ハルヒは何かをやる――特に外出の場合は、事前に予定を立てた上で必ず告知している。 告知の仕方には大いに問題はあるが、それをやらずにいきなり休日に呼び出したりしたことはなかったはずだ。 そう言った意味ではハルヒ(少女)の返答には違和感はないと判断できるな。 しかし、ハルヒ(少女)は別の事を思いついたらしく、ぽんと手を叩くと、 「言われてみれば、今日あんたとあたしが出会う確率なんて皆無に等しかったのよね。 でも、お互い予定も知らなかったのに、ばったりとこんな人がごったがえす場所で遭遇できた。 これはすごいことだと思わない!? 確率だけで言えば、天文学的なものになるはずよ! ふふん、今日は何かあるわね! きっと宇宙人とかがあたしに接触を試みようとしているに違いないわ! よし決めた! 今日はあんたと二人で不思議探索をするわよ!」 おいおい、いくらなんでも短絡的すぎるだろ。同じ地域に住んでいるんだから、ばったり会ったって不思議はないと思うが。 「バカね! いい? この地域でこの人口密度で偶然会うなんて考えられないわ! これは絶対に何かある。 待ってなさい! 絶対に不思議なものたちからの接触を取り逃がしたりしないんだから!」 俺の参考書探しはどうするんだよ? 「あとよ、あとで! 今は一分一秒も逃せないわ。とにかく行くわよっ!」 そう言って、ハルヒ(少女)はまた俺の腕をつかんで歩き出した。やれやれ、行動力はいつもの通りだな。 二人に分裂しているなら、パワーも半減化してくれよ。 そのまま、また俺たちは繁華街の中心に向かって歩き始めたが―― ――右側を見て。 突如、俺の頭に長門の声が響いた。俺は反射的に首がそちらへ向く。 右手にはビルや商店が建ち並んでいるが、俺のいたのはちょうどその隙間のあるところだった。 人一人が歩けるぐらいの細い隙間だったが、障害物などは全くないために建物の向こう側の道路が見えた。 そして、そこに一人の影が通る。 「…………!」 俺は叫び声をぎりぎりで押さえ込んだ。 それはハルヒ(団長)だった。続いて、その後ろを長門が続いていく。ちらりと視線だけをこっちに向けているようなので、 さっきのは俺にニアミス寸前だと警告を発してくれたのだろう。助かるぜ、長門。 さて緊急事態発令だ。ワーニンワーニン。 まず現状を把握しよう。現在、俺とハルヒ(少女)が歩いているのに併走するようにハルヒ(団長)のSOS団俺なしがいる。 ただ併走しているだけなら、お互いの姿を確認できる確率は低いが、実は俺たちと向こうの道は、 この先数百メートルの場所のY字交差点で合流しているのだ。このままでは交差点で額をごっつんこすることになる。 向こうのハルヒ(団長)が止まってくれればいいが、こっちからではどうしようもない。 ならば、ハルヒ(少女)の歩みを止めるしかない。 ここからY字交差点まで目算200メートル。ハルヒ(少女)の歩く速度を考えれば、あと180秒で交差点までつくだろう。 俺は腕時計で現在時刻をチェックし、時間を計り始める。 方法としては、何がある? 適当な言い訳でハルヒに方向転換させるか? だが、あの意気揚々の調子じゃ 例えジュラルミン盾を持った機動隊の壁ですら押しのけて進みそうだ。 ――あと170秒。 なら、何か話して遅延させるというのは? いや無駄だ。Y字交差点の信号は切り替わるまで60秒ぐらいはかかるだろう。 そうなると、例えここで遅延工作を行っても最低でも60秒の遅延を行わなければ意味がない。 いや待て。信号越えて歩いていく間の時間も考慮しなければならない。そうなると――ああ、無理だ。 どのくらいの遅延を行わなければならないのか、想像もつかない。 ――あと150秒。 大体、ハルヒ(団長)がY字交差点で俺たちの道に向かってきたらどうするんだ? ここからでも、Y字交差点の人の姿は くっきりとは行かないものの、それなりに判別は可能だ。見覚えのある人間ならすぐにわかるだろう。 ――あと125秒。 ああ、ちくしょう。どうすりゃいい? いい手が思いつかない。いっそここで腹痛のフリでもしたら? 待て、騒ぎを聞きつけたハルヒ(団長)がやってきかねん。 ――あと110秒。 ――あと100秒。 ――あと90秒。 ――あと80秒。 ――あと70秒。 ダメだ。思いつかねえ。もう目の前にY字交差点が来ている。万事休すか!? ――あと60秒。 と、ちょうどまた建物の隙間の前を通り過ぎていたんだが、そこの壁に何か張り紙があることに気がつく。 幸いなことにここの隙間は向こう側に通じていなかったので、ハルヒ(団長)の姿はない。 ――あと50秒。 その張り紙に書かれていた内容に、俺はひらめく。これにかけるしかねえ……! 「おい待てハルヒ!」 俺は前を歩くハルヒに向かって、できるだけオーバーに声を上げて呼び止めた。 ただならぬ俺の口調に、ハルヒ(少女)は振り返りつつ、 「ちょ、何よ。そんな大きな声を上げて」 うまい具合に立ち止まってくれた。後は、ハルヒ(団長)から見えないようにこの路地にハルヒを連れ込めれば…… 「変な張り紙があるんだ。見てくれ」 「なによ?」 俺たちはそこに入り、張り紙を見る。 『右を見ろ』 張り紙に書かれていたのはこれだけだった。ちなみにこの場合の右というのは、隙間の奥の方を指している。 「見ろよ、何かすごく怪しくないか」 「…………」 俺が煽るように言うと、ハルヒ(少女)は真剣なまなざしで黙ったままじっとそれを見つめている。 ハルヒ(少女)はその張り紙を無造作に引きはがすと、それを太陽に好かしてみたりし始めた。 だが、とくに変わったところはない。 正直、早いところこの張り紙の内容に従って、奥まで行ってほしいわけだが、こんなときだけ変な慎重ぶりを発揮しないでくれ。 しかし、妙な素振りを見せるわけにも行かん。自重だ、がんばれ俺。 やがて、ハルヒ(少女)は張り紙を持ったまま、隙間の奥に向かって歩き出したので、俺はほっと胸をなで下ろした。 俺たちが行き止まりまで隙間を進むと、そこにも張り紙が。 『左を見ろ』 奥に向かって左手側を見ると数メートルぐらい進める隙間があった。 今度はハルヒはその張り紙をはがすと、左手に進む。そこにもやはり張り紙が。ついでになぜか薬局かなにかの店頭に 置かれていそうな空気で含むタイプの人形が置かれている。頭にマジックで藤パンとか書かれているが、何だ? 『上を見ろ』 「はっ、なるほどね」 ハルヒ(少女)はここで脇に手を当てて、得意げにため息を吐く。 何がなるほどなんだ? 「古い引っかけ――まあ、コメディよ、これは。古すぎてほこりをかぶっているぐらいにね」 「どういうことだ?」 ハルヒ(少女)は指を次の張り紙が貼られているであろう上の方を指しながら、 「右を見ろ、左を見ろ、上をみろ、でしょ? なら次に書かれているのは『ざまーみろ』に決まって――」 『今時そんなギャグをやるわけねーだろ、ボケェ』 俺とハルヒ(少女)が見た先にあった張り紙の内容だった。一瞬二人とも目が点になるが、 「ぬんがー!」 完全にこっちの動きを読まれたことにぶちきれたのか、それともあまりのくだらなさに憤ったのか、 ハルヒは目の前に置かれていた。空気の人形をボコスカ殴り始めた。ちょうどいいサウンドバックになっているようで なんとか百烈拳とか流星拳のようにパンチの雨あられをお見舞いしている。 ふと、俺の背後に人影があることに気がついた。恐らくこのくだらない仕掛けを作った人間だろう。 わざわざ二人のハルヒ遭遇を回避させてくれたんだ。敵であるとは思えない。 俺はパンチからスリーパーホールドに切り替えて、人形を締め上げるハルヒ(少女)に気がつかれないようにバックして、 その人物の前まで行く。 「こんにちは、森園生です」 って、森さんかよ。大きめのトレンチコート、その下にはネクタイ・スーツ、肩に掛かるぐらいの髪、 視線が見えないような濃いサングラスとまるで別人だ。何だか、ノートに向かって削除削除ゥ!と叫び出しそうな迫力がある。 男にしか見えん。 「事情は把握しています。すでにもう一人の涼宮ハルヒさんは別の場所に誘導しました」 「助かります」 俺は内心だけで大きくため息を吐いた。 森さんは続けて、 「古泉と連絡を取れるようにします。これを」 俺は森さんから透明のイヤホーンを渡された。簡単な説明によると、無線機らしく透明度が高いものなので、 ぱっと見た目では付けていないように見えるものらしい。中に何の機械も見えないが、もとはただのガラス細工で それに長門が何か仕掛けを施しているとのこと。長門様々だな。 「わたしはここで引き上げます。あとは隙を見て古泉たちと連絡を絶やさないでください」 森さんはそう俺に告げると、外に出て行った。 俺はすぐにイヤホンを耳に装着すると、古泉の声が聞こえてきた。 『聞こえますか? 聞こえたなら、小さな声でいいので答えてください』 (ああ、聞こえるぞ) 俺は目の前に立っている相手にも聞こえないような小声で返答する。 『よかった。とりあえず、このままにしておきます。あと、涼宮さんの現状についてはこちらでも把握しています。 何とか二人を接触させないように努力していますので、そちらもお願いします』 (了解だ。そろそろハルヒも平常心を取り戻すだろうから、話はまた後でな) 『わかりました』 とりあえず、向こう側とこっちの意思疎通はできたって訳だ。それだけでも大進歩だな。 俺はまだボカスカ暴れているハルヒを止めにかかる。 「おいハルヒ、いい加減にしておけ」 「まったくもう! 誰よ、こんなくだらない仕掛けしたのは!」 ぜいぜいと息を切らせながら、ハルヒ(少女)は最後の一発と言わんばかりに空気人形の額にデコピンをかます。 「で、さっきのは誰?」 「は?」 ハルヒ(少女)の指摘に俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。頭に血を上らせていたってのに、ちゃんと俺と森さんの接触を 確認していたんかい。 俺はすぐに、 「ああ、さっきの人か。おまえが奇声を上げて暴れていたいたから、見に来たんだよ。事件でもあったのかって」 「ふーん」 ハルヒ(少女)は、暴れた際に吐いたほこりを落とすように、ぱんぱんと服を叩くと、 「あーもう、下らないことで時間を喰っちゃったわ! すぐに行くわよ、時間ないんだから!」 そう言って俺たちは路地から出た。 ◇◇◇◇ 俺たちは通行量の多い道路の歩道を歩く。ハルヒはあちこちきょろきょろしながら、あいつの望むものを探していた。 一方でニアミスが近くなれば、古泉の方から連絡があるはずだから、さっきに比べれば気が楽になっていた。 おかげで余裕ができたせいか、腹が減っていたことに気がつくぐらいだ。 が。 『ちょっとまずいことになりました』 突然古泉の声が耳元で響いた。 (何かあったのか?) 『油断しました。どうやらどこかでそちらとニアミスしていたようです』 (なんだと!?) 『ですが、涼宮さんの姿を確認したわけではないようです。こちらの涼宮さんがあなたの姿を見たと』 (別にそのくらいなら大丈夫だろ。何とかごまかして……) 『それも女の子と一緒に歩いているところを見たと言っていまして』 俺の身体から一気に血の気が引いた。最悪ではないだろう。もう一人のハルヒ(少女)の存在に気がついたわけではないんだから だがはっきり言おう。俺が女連れで休日ぶらぶらしていたなんて、ハルヒ(団長・少女問わず)が聞きつけたらどうなる? ……考えたくもない事態が発生してしまったようだ。 (で、俺はどうすればいいんだ!?) 『涼宮さんの行動パターンは決まっているでしょう。すぐにあなたの携帯電話に――』 古泉の言葉が終わる前に、俺の携帯が鳴り出した。ここで着信音をマナーモードにしておいたことについては、 俺自身をほめてやりたい。おかげで、俺の前を歩くハルヒ(少女)にはそれをきがつかれなかったんだからな。 『とにかく出るしかありません。ここで納得できる理由をあなたに言わなければ、 涼宮さんは意地でもあなたを見つけ出そうとするでしょう』 ぞっとする話だ。何も知らないハルヒ(少女)を連れて、俺を追撃しているハルヒ(団長)から逃げ回る ――それもハルヒ(少女)に悟られずにだ。無理に決まっている。 (どうすりゃいいんだ!?) 古泉に返した言葉だったが、つい声量が上がってしまっていたらしい。前を歩いていたハルヒ(少女)が、 「え? 何か言った?」 と、こちらに振り返る。いかん、ごまかさなくては。 「……なんだ? 何も言ってねえぞ」 すっとぼける俺にハルヒは、じーっとジト目視線をぶつけてくる。この状態で純粋無垢な瞳を向け続けるのはきついぜ。 あと、なりっぱなしの携帯にも気がつかないでくれよ、頼むから。 数秒それが続いたが、やがてハルヒ(少女)は眉毛をつり上げて、 「全く今日のあんたは何かおかしいわよ。そわそわしているみたいだし。もっと集中して探さないと、 不思議なものたちのメッセージを見つけられないんだから。しゃきっとしなさい、しゃきっと!」 そう言ってまた俺に背を向けて歩き出した。今俺の寿命は確実に10%引きになった。労災は誰に申請すればいいんだ? 『そちらでの応答は難しいですか? そろそろ涼宮さんの忍耐力が臨界に達しそうなんですが』 (出れたらとっくに出ているさ。そっちのハルヒを少しでもなだめてくれ。こっちも何とかする) 俺は一旦通信を終了して、考え始める。 今俺がやるべき事は目の前にいるハルヒ(少女)の気づかれない状態で、ハルヒ(団長)と携帯電話で話すことだ。 さっきより難関だぞ。ハルヒの目の前で電話するという手段はないこともないが、その場合俺の話し相手がハルヒ(団長)で あることを悟られないようにする必要がある。いや、それだけじゃない。俺が話してもハルヒがさして興味を見せない相手と 電話しているように振る舞わなければならない。だが、相手もハルヒ(団長)だ。そんなオフクロと電話しているような話し方では ハルヒ(少女)はごまかせても、電話相手のハルヒ(団長)はごまかせない。 ――一旦、着信が終了したが、またすぐになり出す。古泉め、一瞬にして失敗したな。 次のプランだ。何とかハルヒ(少女)を俺の目から離れた場所に置く。姿が見えてもいい。声さえ聞こえなければ 会話内容は悟られないから、その後に勧誘電話とか妹からだったと言えばいいのだ。 問題はどうやってハルヒ(少女)を引き離すかだ……そう言えば、本気で腹が減ってきたな。 俺は空腹にピンと来る。厳しい――が、今はこれに賭けるしかない。 「なあハルヒ。腹減っていないか?」 「……そう言えばちょっと空いてきたかも」 そうハルヒ(少女)は自分の腹をさすって、空腹を確認した。よし第一ポイント通過。次。 「じゃあ、その辺りのファーストフードにでも入らないか?」 「でも、そんなことをやっている場合はないわよ。善は急げっていうでしょ? 不思議なことが逃げちゃうじゃない」 「だが、急がば回れとも言うぞ。それに腹が減っても戦はできぬともな。俺はもう腹がぺこぺこなんだよ」 ハルヒ(少女)はあごに手を当てて考え始める。ファイナルアンサー後のようなプレッシャーの中、 知らぬ間に浮かんでいた額の汗を俺はぬぐった。 やがてハルヒ(少女)はほうっとため息を吐くと、 「仕方ないわね。じゃ、どこかで腹ごしらえしましょ。あんま時間内から簡単なところですませるわよ」 そういって手近な店に向かって歩き出した。よし、第2ポイント通過。 ここで、店に入ってトイレに行くフリをすればいいという人もいるだろうが、それは甘い。 トイレのような密室空間に入ると、ハルヒ(少女)の動きがわからなくなるため、どこで聞かれているかわからないという 不安がつきまとう。さらに休日の昼時という状態のため、どこも店は混雑気味だ。トイレの待ち行列ができていた場合、 それを待たずにハルヒ(団長)の堪忍袋が切れるだろうな。 だからこその第3ポイントだ。ハルヒ(少女)が俺から見える位置で、なおかつ声の聞こえないほどの距離を取る方法。 それはすぐ目の前にある銀行のATMが鍵となる。 俺はポケットから財布を取り出すと、財布の中をのぞき、 「あ、すまんハルヒ。俺、金が足りねえ」 「は? バッカじゃないの。そんなからっぽの財布で街に出てきていたわけ?」 「家できちんと確認したつもりだったんだけどな……」 できるだけ困ったような表情を俺は取り繕う。いいか、冷静に行けよ、俺。焦ることはない。慎重にだ。 「で、どうする気? お金ないんじゃ、ご飯も食べられないわよ」 「すまんハルヒ! ちょっとだけ金かしてくれないか?」 大げさにハルヒ(少女)の前で手を合わせる。すぐ隣には銀行のATMコーナー。頼むよハルヒ(少女)。 たまには俺の望んだとおりに動いてくれ。 ハルヒ(少女)は想定外の頼み事をぶつけられたせいか、珍しくあわて気味に財布の中身を確認し出す。 すると、険しい表情で、 「そうは言っても、今日はあたしもあんまり……仕方ないわね。ちょっと降ろしてくるから、そこで待っていなさい」 そう言ってハルヒ(少女)は銀行のATMコーナーに入っていった。 よっしゃ! 完璧と言っていいほどにオールグリーンだ! あとはこっちのハルヒ(団長)を何とかして、 『くぉらぁ! キョン、何で電話に出ないのよっ! 団長をこんなに待たせるなんていい読経しているわねっ!』 臨界点突破寸前のハルヒ(団長)のすさまじい怒声が、俺の耳どころか周辺に飛び散った。 その音量に周りの人たちの視線が俺の方に一斉に集まる。 目立つわけにも行かないので、俺はATMの操作中のハルヒ(少女)の姿を確認しつつ、物陰に入る。 「いや、すまん。いろいろ取り込んでいてな……」 『取り込み中? 一緒にいた女の子と? えーえー、理由はちゃぁぁぁぁぁぁんと聞いてあげるから言いなさい。 しっかりと脳に刻み込むまで聞いてあげるから』 何がそんなに不満だというのか。別に休日に女の子と二人っきりで歩くってのは、世界各国独り身男子のあこがれだぞ。 と、ここでATMにいたハルヒ(少女)が操作を終えたようで、金を取り出しているのが目に入る。 いかん、よく考えてみれば自動が売りのATMにそんな時間がかかるわけがない。とっととハルヒ(団長)を納得させなければ…… 俺は必死に考えるが、迫るハルヒ(少女)と迫ってくるハルヒ(団長)のプレッシャーで思考回路がショート寸前だ。 ええい、なるようになれ! 「すまんハルヒ。とりあえず、誰かと会っていた訳じゃないんだ」 『じゃあ、あのすぐ隣で話していた女は誰よ?』 「えーとだな。事情を説明するとややこしくなるんだが……」 『話してみなさいよ』 視線はなくても、声だけでなんつー迫力だ。並の人間なら聞いただけで泣いて謝りかねない。普段からハルヒ眼力に 慣れていてよかったよ。 「あー、商店街を歩いていたら、突然羽の生えたような格好の女の子がぶつかってきてな。 そいつが俺の手を引いて走り始めたんだよ。何があったのか聞いてみれば、何と露天の鯛焼きを盗んできたんだと。 何で俺がそんなことに巻き込まれなきゃならんのかと思いつつも、放っておく訳にもいかないから、 手近な喫茶店に身を隠そうとしていたんだ」 ……なにも考えずにいったら、寄りにもよってとんでもない言い訳が飛び出してしまった。何を考えているんだ、俺の口。 当然ハルヒは、全く信じられないという口調で、 「はあ? あんた何いってんの。そんなの信じられるわけないじゃない。大体それって――」 ここでハルヒ(団長)は息を呑んだような声を上げると、 「はっ!? そうか! ツッコミね! ツッコミを待っているのね! そうはいかないわ、絶対にツッコんであげないんだから!」 ブツッ――ツーツーツー…… ………… ………… 何だかわからんが、変な対抗心を出してくれたらしい。そこで電話を切ってしまった。 とりあえず……乗り切ったのか? これでいいのか? 「だれと電話してたのよ」 突然、ハルヒ(少女)の声が飛んできたので、内心でうおわっと叫んだ。それでも口に出さないんだから、大したモンだぜ俺! 俺は携帯電話をしまいつつ、 「妹からだよ。ちょっといろいろあってな」 「そう」 幸いなことにハルヒはそれ以上追求することなく、ファーストフード店に向かい始めた。 やれやれ。最大の山場を越えられたようだ。 ◇◇◇◇ その後、俺とハルヒ(少女)はいつも通りに不思議探索ツアーを実施した。 公園、路地裏、排水溝とそれはもういろんなところに行ったね。ハルヒ(少女)の気まぐれで途中から古い古本屋めぐりになり、 次は怪しげな中古なんでもショップツアーとなった。 そういや、ハルヒと二人でこんなに歩き回ったのはずいぶん久しぶりだな。別にデートとかではないが、 それなりに楽しかったよ。時間を忘れるほどに。 ただ、やっぱり他の連中もいないと少々物足りなかったのも事実だったが。 その後、ハルヒ(団長)から電話がかかってくることはなかった。気になったので古泉に確認を取ってみたところ、 もうかけることはないから大丈夫とだけ言われた。ニアミスも機関のこちらの追跡体勢が整ったため、もう起きることはないとも。 ま、いろいろやってくれているみたいだから、感謝しておこうか。 ところで、ハルヒ(少女)から出任せで借りる羽目になった万札だが、トイチだと法律違反の利子を付けられたことを 記しておく。この領収書はどこに渡せばいいんだ? ◇◇◇◇ そんなこんなで日が傾きある時間になった。これで俺の超高度任務は終わりって事になる。 俺たちは帰路につくべく、駅に向かって歩いていた。 が、しかし、事態はそんなに単純ではなかったことに、古泉からの連絡で気がつかされる。 (こっちは終わったぞ。今駅に向かっている) 『ちょっと待ってください。そのまま涼宮さんを帰らせるつもりではないでしょうね?』 (そのつもりだが、何か問題でもあるのか?) 『いいですか? 今涼宮さんは二人いるんですよ? このまま家に帰らせたらどうなると思います?』 またまた俺の全身から血の気が引く。まずい、すっかりこの街内だけの話として捉えていたが、 事態が解決した訳じゃなかったんだ。このままハルヒ(団長・少女)を帰らせれば、当然家で遭遇と言うことになってしまう。 だが、どうしようもねえぞ。まさか帰らせないわけにもいかん。 そんな俺に古泉が浴びせてきた言葉は、もう冷酷非道以外の何物でなかった。 『その通りですよ。涼宮さんを家に帰らせるわけには行きません。どうにかして、この街でとどまらせる必要があります』 (無茶を言うな。そんな手があるとは思わねえぞ) 『あります。一つだけ』 ……いやな予感がするが言ってみろ。 『あなたとそちらの涼宮さんでホテルに泊まればいいんですよ。安心してください。そこそこの部屋を機関の方で用意しています』 待てい。一体どんな思考パターンを介せば、そんな結論にたどり着くんだ? どんな理由でハルヒを篭絡しろっていうのか。 無理に決まっている。却下だ却下! 『ですが、他に方法はありません』 (例えば、お前の方のハルヒを誘ってどこか合宿にでも行けばいいだろ。ちょっと怪しげなシチュエーションの館でも用意すれば、 ホイホイと乗り気になるだろうよ) 『機関の組織力が高いと言っても、涼宮さんの望む舞台を数十分で用意するのは無理です。 さっきも言いましたが、あなたが涼宮さんをホテルに連れ込むという方法しかないんですよ。 そして、こちらの涼宮さんには家に帰ってもらいます』 連れ込むとか言うな。 『失礼しました。しかし、機関の頭脳を全て費やして出せた回避方法はそれだけです』 (……だが、どうやればいいのかわからんし、ハルヒが了承すると思えん) 『大丈夫だと思いますよ。涼宮さんは団員――特にあなたについてはきっちり世話をするタイプです。 冬の一件の時、涼宮さんは寝袋を持ち込んで病室に泊まっていたことを憶えていますよね?』 (あれは事故の結果だろ) 『その事故と同じレベルの理由を涼宮さんにぶつければいいんですよ』 (……それを俺に考えろと?) 『ええ』 他人事だと思って簡単に言ってくれるな、古泉の野郎は。 しかし、他に理由がないというのも事実かも知れない。 そして、何よりこのままハルヒ(少女)を家に帰したくない――というか、ハルヒ(団長)と遭遇させたくないのは、 れっきとした俺の本心だ。 それを避けるためなら―― 「ハルヒ」 俺はふんぎりを付けて、ハルヒ(少女)に声をかける。事情を知らないハルヒは不思議そうな顔をこっちに向けてくる。 ………… ………… ………… そのまま、二人の間に沈黙が流れた。俺がなかなか口を動かせない間、ハルヒはじっと無表情で俺を見つめていた。 ええい! 時間をかけるとますます言えなくなりそうだ。なるようになれ、強行突破! 「ハルヒ。今日はお前を家には帰さない」 「は?」 俺の言葉にハルヒ(少女)は目を白黒させる。だが、そんな表情をいちいち見ている余裕はない。 「しばらく二人っきりになりたいんだ。ホテルを取ってある。さあ行こう」 「はあ!?」 そう言って、俺はハルヒ(少女)の手をつかんで、歩き出した。 なんで~どうして~俺がこんな事を~♪ 思わず自作の歌を歌いたくなる心境だ。 ……ただ、どういう訳だかハルヒは積極的ではないにしろ、俺の手を拒絶するようなことはなかった。 ◇◇◇◇ 「キョン……これは一体どういうことなのか説明してもらいましょうか……!?」 ハルヒ(少女)が俺に青ざめた顔を向けてきた。ちなみに俺の顔は真っ赤っかである。当然、怒りによってだ。 俺は少しハルヒ(少女)から離れて古泉に抗議しようと思ったが、さきに動いたのはハルヒ(少女)の方だった。 「あ・ん・たねぇぇぇぇぇぇ! きっと深い事情があるだと思って黙ってついてきたけど、こんな――こんな!」 そうわめきながら、俺を強烈に締め上げ始める。 全身が悲鳴を上げて痛みに意識が飛びそうになるが、俺はぎりぎりで保っていた。古泉をぶん殴るまでは 死んでも死にきれんからな! 不幸中の幸いと言えばいいのだろうか。ハルヒ(少女)は激怒のあまり大声でわめいているせいで、 俺が古泉と通信してもその耳に届くことはないだろう。 『何かありましたか?』 (ああ、お前をぶん殴るという重要な用事ができた) 『……よかれと思ってやったんですが……』 本気で言っているのなら、マジで半殺しの刑だ。 古泉の指示に従ってやってきたホテルは、中クラスと言ったものだったが、問題は確保されていた部屋だ。 入ってみてびっくり仰天、ベッドが一つしかないのである。 (ふざけんな。いくら何でも冗談にもほどがあるんだよ!) 『いっそのこと、そこで添い遂げていただければ、一気に事態解決するのではないかと踏んだんですが』 (何でも良いから、とっとと適当な理由をでっちあげて、別の部屋を用意しろ! もちろんベッドは二つでな!) ◇◇◇◇ そんなこんなで、ホテル側のミスという形で片づけられ、俺たちはベッドの二つある部屋に案内された。 しかし、やはりハルヒ(少女)は俺から数メートルの距離を維持していて、警戒心バリバリである。 幸い、部屋には素直に入ってくれたが。 「で、これは一体どういう事なのか、きちんと説明してくれるわよね。ここまで黙ってついてきてあげたんだから。 本当に下らない理由だったはあんたをぶん殴ってすぐ帰るわよ」 「…………」 ハルヒはベッドの上であぐらをかいて俺への追求を始めてきた。当然ながら、俺の返答は詰まってしまう。 本当のことなんて言えるわけないし、かといってハルヒ(少女)をこんなところに連れ込むような適切な理由は さっぱり思いつかん。まさか、若い男子の青春的理由なんてぶつけたら、半殺しにされたあげく帰ってしまうだろう。 「……すまないが言えないんだ」 俺の結論はこれだった。自分の気持ちを正直言う。つまり本当の理由は言えない。これが偽ることのない俺の本心。 もちろんそんな理由でハルヒは引き下がるわけもない。 「納得できないわよ。そんなんじゃ」 「言えないんだ。どうしても」 もう俺はこういうしかなかった。次第にハルヒは眉毛をつり上げ始める。「帰る」という言葉が飛び出すのは時間の問題だろう。 俺はおもむろにハルヒ’少女)の肩に両手をかけ、 「理由は言えない。俺のわがままであることは確かだ。だが――すまないが――俺と一緒に……いてくれ……!」 自然と俺の言葉に力が入った。 ハルヒ(少女)を家に帰したくない。 なぜか? 世界を守るため? そんな理由じゃない。 もしも。 もしもハルヒは自分が二人になっていることに気がつけば。 一番傷つくのはハルヒ自身だと思うから。 ……俺はそれが一番いやだったから。 それが俺の嘘偽りのない、純粋まっすぐな気持ちだ。 ハルヒは、しばらく睨みつけるように俺と目を合わせていたが、やがて観念したように、 「わかったわよっ……。理由はわからないけど、いつもぼーっとしているあんたがそこまで思い詰めているなんて 普通じゃないことは理解できたわ。いいわ、一緒に居てあげる。でも、少しでも変なことしたら許さないからね!」 安心しろ、そんな気はさらさらないからな。 ◇◇◇◇ 俺たちは二人で食事を済ませ、テレビを見たりしてだらだらと過ごしていたが、やがてハルヒはベッドに潜り込んで 眠り始めてしまった。俺はそれを確認すると、浴室まで移動し、古泉との通信を始める。 (こっちは無事に終わったぞ。そっちはどうだ?) 『こちらの涼宮さんは無事に自宅に到着しました。機関の方で確認済みです』 そうか、やれやれ。何とか今日は乗り切れたって訳だな。 (ええ、僕らは) は? 『失礼しました。何でもありません。で、今後の予定ですが後であなたにお知らせします。今の内にゆっくり休んでください』 (わかった) そこで通信終了。俺もベッドに戻る。 ハルヒはどんな夢を見ているのか、幸せそうなツラで寝息を立てていた。全くお前には本当に手間をかけさせてくれるよ。 俺は明かりを消してベッドに潜り込んだ。起きてまだ同じ状態が続くなら明日も忙しくなるだろうからな。 ふと、もう一人のハルヒ(団長)のことが脳裏に過ぎる。 あの電話以降、ハルヒ(団長)は俺に接触してこようとはしなかった。あれだけ拘っていたのも関わらずだ。 なぜだろうか? 古泉たちが俺がいなくてもいいようにうまくやったんだろうか。 その理由について、俺は夜が明ける前に知らされることになる。 ~~一日目-Bへ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1007.html
―――― 修学旅行 一日目 そうこうしているうちに修学旅行初日を迎えてしまった。あれからというものハルヒは 憂鬱とは無縁の一週間を過ごしていた。だからって俺をこき使うのだけは勘弁してほしい んだがな。離陸前の飛行機の中でもハルヒは、 「この飛行機落ちないかしらね。」 とか言っていた。ホントに落ちるから勘弁してくれ。俺はまだこの年では死にたくない んだがな。しかしハルヒとなら墜落しても次の日の新聞には”飛行機墜落、生存者4名” という見出しが紙面を飾りそうだ。そんな気がするのはなぜだろうか。 飛ぶこと数時間。俺たちは台北に降り立った。空はどこまでも青く透き通っていた。二 年生約三百五十人がひとつの飛行機で台湾に行くのは無理なため関西国際空港からの直 通組と広島空港経由組、福岡空港経由組に別れ台湾桃園国際空港へ向かうことになった。 俺とハルヒ・長門が所属する一組、古泉が所属する九組は福岡空港組であったために台 湾への到着は一番遅く、入国手続きを済ませ集合場所となっていたメインターミナル向 かうとそこは北高生であふれていた。 点呼と簡単と簡単な連絡を済ませた後、空港ビルの外へ出た。九台のバスに分かれて乗 り込み最初の目的地である台北101ビルへと出発した。バスガイドさんはなかなかの美 人で早くも谷口が話しかけている。それを眺める俺の横で、 「ニヤついてるんじゃないわよ。バカ・・・」 とハルヒがつぶやいたように聞こえたのは気のせいだろう。そんな台詞は何百回と聞か せられたからな。 バスから眺める台北の街には数々の高層ビルがそびえ立ち大阪や東京と比較してもまっ たく遜色はない。その高層ビル群の中でも頭ひとつ抜け出している台北101ビルは地上 508メートルで現在世界で最も高いビルである。ビルは台湾ならどこからでも見えるの ではないか?と思うほど空を真っ二つに割るようにそびえ立っていた。 ビルに入ると岡部が簡単な注意事項、夕食の集合時間をを告げ、俺たちは自由行動とな った。 「ねぇ、キョン。」 ハルヒが俺に話しかけてきた。 「どうした?ハルヒ?」 「一緒に展望台に行かない?」 正直な話、高いところはあまり好きでは無い。馬鹿と煙は高いところがなんとやら。ハ ルヒもバカとは言わないものの変人ではあるから高いところが好きなのだろう、などと思 いながら 「あぁ、いいぜ。」 とハルヒの申し出を快諾した。ここで断って不機嫌モードに入ろうものなら台北の街が 閉鎖空間に包まれてしまうかも知れぬ。海外にまで来て古泉に神人退治をさせるのもどう かと思うからな。さすがの俺もそこまで腐っちゃいないつもりだぜ。一応な。 八十九階の展望台へはエレベーターであっという間に着いた。さすが東芝エレベータ。 日本の技術は世界いt(ry 展望台から眺める台北の街は壮大そのもので俺とハルヒは口を開くことも無く眺めてい た。ふとハルヒに目をやるとハルヒは腕を組み、その目は感動しているというよりはなに かに期待しているような目であった。しばらくハルヒを眺めていると、ふとハルヒと目が 合った。ハルヒはニヤッと笑うと、 「何見てんのよ。このエロキョン。」 と言い放った。別に変わった目で見ていたつもりも無いんだが。ただ見とれてただけだ、 とでも言おうと思ったがやめておいた。 ハルヒは黙っていれば美少女である。それは一年半の間そばにいる俺が一番知っている。 これまで怒った顔、困った顔、泣き顔といろいろなハルヒの顔を見てきたがやっぱり笑顔 が一番似合うな。ハルヒには。こんな美少女と一緒に修学旅行を楽しめる俺は意外と幸せ 者なのかも知れない。 「キョン。夕食を食べたらもう一回ここに来ない?それまで下に戻って買い物でもしまし ょう。」 このビルの地上五階から地下一階まではショッピングモール、レストラン街となってい る。早くも俺の財布から諭吉さんやら一葉さんが逃げ出してしまうかと思ったが、さすが のハルヒもそこまで鬼ではないらしくウインドウショッピングを楽しむことができた。 夕食時間になり、四階のレストラン前に集合する。 「食べ終わったら私のところに来なさい!来ないと死刑よ!」 わざわざ台湾で殺されたくは無いんだがな、などと思いながら 「あぁ、わかったよ。」 と答え夕食にかぶりつく。台湾料理というのもなかなかいいものではないか。うん。中 華とは一味違った辛さ、うまみ。うん気に入った。 夕食を食べおわり谷口、国木田と談笑していると 「キョン!アンタ約束忘れたの?展望台に行くわよ!」 と見事に拉致されてしまった。谷口、国木田の両名は 「本ッ当に仲がいいね。」 「キョン。台湾に来てまでいちゃいちゃするのはどうかと思うぜ?」 と、気の抜けたことを言っているが俺は身の危険を感じたね。不機嫌なハルヒなら地上 五百メートルであろうと俺を突き落としかねないぜ? 危険を感じながらもハルヒに引っ張られ昼と同じようにエレベータに乗り込み展望台へ 向かう。ハルヒは俺を引っ張っているときになんかブツブツ言っていたな。八十九階の展 望台に到着し俺とハルヒは窓際に近づき外を見る。 展望台からの眺めは昼とはガラッと変わり百万ドルの夜景となっていた。ハルヒの態度も 昼とはガラッと変わり”女の子”の目になっていた。こんなハルヒをみたら俺でなくても 抱きしめたいと思うだろう。俺のそんな目に気づいたのかハルヒは、 「もう。スケベ。」 とつぶやいた。なんなんだろうね。コイツは。それ以外に言うことは無いのだろうか。 あっという間に集合時間となりホテルへとバスで向かった。ホテルは男子は一クラス当 たり二部屋の大部屋、女子には二人につき一部屋の個室が与えられた。何だこの待遇の違 いは。立ち上がれ、男子。今こそ女子の部屋に突撃するのだ。とは谷口の言葉。ちなみに その谷口は夜中に部屋を抜け出したのが岡部に見つかって職員部屋送りになった。バカめ。 ところで俺たちの部屋で”マッガーレ!”だの”ふんもっふ”だの変な声が聞こえると国木 田が言っているんだが・・・。気のせいだよな。 ――――一日目終わり 二日目1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6033.html
エピローグ 朝起きれば何故だかハルヒの声がして、その理由が掴めぬまま独りもだえた後に学校へ行く支度をした。あー、眠いねえ。 いつも通りえっちらおっちら坂道を登っていき、朝っぱらから元気な谷口と合流。とるに足らない会話をした。しょうもない内容でも話していれば坂道の苦も幾分か忘れることが出来、気づけば教室前に着いていた。無意識ってのも凄いもんだな。 「キョン、客だぞ」 「ん? 俺にか?」 ドアに手をかけた所で谷口からそう言われた。俺に用なんて、誰だよ。古泉ぐらいしか思い浮かばん。 だがそれは以外にも長門だった。 「どうした、長門」 「‥‥‥昼休み」 それだけ言って立ち去っていく。なんだなんだ。なんかまたハルヒが起こそうとしてるのか? 「おいキョン」 「なんだよ」 「昼休みに、あの長門有希と何する気だよ」 「さあな‥‥‥」 わき腹を小突かれ、顔見ればニヤニヤしている。変態め。 そして俺はようやく長門にこの話を聞かされたのだ。涼宮ハルヒの分身。にわかにも信じがたい話だった。長門の創作じゃないだろうな。 「‥‥今のは本当なのか?」 「全て実際にあった出来事。世界を改変した際に、全員が違和感をもたないように私が自主的に記憶を作り替えた。今回ばかりは涼宮ハルヒ個体のみの記憶の改変を施すにはかえって時間がかかるため、あなたも含めた全員の記憶を統一したキーワードに沿った記憶となっている」 「そのキーワードってなんだ‥‥?」 ウインナーを取り上げながら聞いた。長門も食うか? 「‥‥‥日常」 長門はそう言った後、フルフルとわずかに首を横に振った。そうか、いらないか。 「にしても、じゃあなんで俺たちはその閉鎖空間に最初からいたんだろうな。その、もう一人のハルヒっていうのは俺たちを特に歓迎してたわけでもないんだろ?」 「涼宮ハルヒが深層心理の中で、団内のメンバーと離れることに拒絶に近い反応があったためと思われる」 なるほど。古泉や朝比奈さん、長門との結びつきもしっかり強くなってたんだな。一緒に映画まで作った中だし。 「ちなみにそれはこっちのハルヒのことか?」 一呼吸置いてから 「両方」 とだけ長門は短く呟いた。 ハルヒはハルヒに違いないということ、か。 長門から急にされた話ではあったが、そんな話も放課後になるまでの間に特に疑いもしなくなっていた。自分が体験していない出来事を語られるのは何だか歯がゆい気がしたが、まあなんだ。過去の俺は頑張ってたというわけだ。 「‥‥キョン!」 「なんだ」 「なんだじゃないわよ! あんた一冊も本を呼んでないってどういうことよ!!」 読書大会のことなんてすっかり忘れたんだよ。確か一週間かそこらか前に言われた気がしなくもないが、まあ曖昧だ。長門が作ったからだろう。 「何有希をチラチラ見てるのよ! あんたが本を読まなかったのは他でもないあんたのせいでしょ!」 古泉は相変わらず微笑んでいるだけだし、朝比奈さんはメイドさんの格好したまま古泉と同じく笑っている。読書の達人長門は‥‥‥まあ言わずとも分かるだろう。 「罰よ! 古の時代から悪しきものにはペナルティーを与えるのが規律なんだから!」 最初からこうなる展開になることを予期していたかのように、ハルヒはポッケから折りたたんであるルーズリーフを取り出し、それを広げた。裏からでも分かるぐらい、罰ゲームがびっしりと書かれている。やれやれ。 「さぁーて、どれにしようかしら。みくるちゃん、古泉君、有希達も選ぶのよ!キョンの罰ゲーム」 な、4つもやるのか!? 「当たり前でしょ! みんな10冊以上読んでるんだから!!」 朝比奈さんは顔からして、あんまりキツくないものを選ぼうとしながらも、鬼畜極まりないものしかないらしく悩んでいた。古泉は 「恥ずかしいセリフ10連発なんて良さそうですね」 などと言って、助けてくれそうにない。長門は黙々と何かを選び、本の世界に舞い戻った。しれっとしてはいるが、校庭の真ん中でヒゲダンスとか選んでいそうで一番怖い。 ハルヒは何だろうか。まあ俺のインスピレーション的に、おそらくは‥‥‥ 「あたし達全員が笑うまで一発芸よ!!」 ‥‥ほらな。こういう奴なんだこいつは。大人しく哲学書読んでる方がマシにさえ思える。 俺は一週間の猶予が与えられ、それまでに 古泉の選択した恥ずかしいセリフ十個、 長門の選択した校庭のど真ん中で百だか千だかの風になってを丸々一曲熱唱、 朝比奈さんの選択した誰にも言えないほど恥ずかしい過去を語る、 ハルヒの全員が笑うまで一発芸をし続ける の準備する羽目となった。これはひどい。人生経験上地獄の一週間となりそうだった。 ‥‥‥‥ 「おそらく、私はまたあなたの記憶を消すかもしれない」 「何故だ」 「あなたに‘涼宮ハルヒ’の能力を応用出来るという事実をまた知らせてしまったから。未来の私は今話した内容ごと忘れさせると思われる」 「‥‥‥どうして忘れさせる内容を話した? どうしてハルヒの能力を使えることを俺が知っていると困るんだ?」 「‥‥‥‥‥‥」 ‥‥‥‥ 知ったこっちゃねーや。長門は何か抵抗しているようにも見えたし、それが言えないならば、俺はいつ言われても受け入られる状況にしておくまでさ。長門が記憶を消そうと、何をしようともな。 でも長門、 どうせ消すんだったら‥‥その、なんだ。 皆の考えた罰ゲームの分も含めちまって この一週間以内に、頼むぜ? 完 消失へ続く