約 2,287,733 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2670.html
―同日、同時刻― どうも、みなさん。古泉一樹です。 僕は今、自分の家でくつろいでいるところです。 日曜日の朝、天気もいいですし、今日は楽しい一日になりそうだ。 これからの時間を思うと胸が高鳴ってきます。 ピンポーン! おや、少し早いようですが、どうやら来たようですね。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 古泉一樹の場合― 「ちょっと早かったね。おはよう、みーちゃん(※朝比奈みくるのこと)」 「あなたに早く会いたかったの。おはよう、いっちゃん(※古泉一樹のこと)」 「嬉しいよ。とりあえず上がって」 「はぁい、お邪魔しまぁす」 とりあえず家に入ったみーちゃんと、テレビの前のソファーに腰掛ける。 「今日いい天気で良かったね。家にずっといるのはもったいないかも」 「そうだね。じゃあ朝はのんびりして、昼くらいから出かけよっか?」 「うん。私もそれでいいよ。とりあえずお茶でも煎れてくるね」 「ありがとう。みーちゃんのお茶はおいしいからね」 みーちゃんの煎れてくれたお茶を二人で飲む。 「いっちゃんはいつもおいしそうに飲んでくれるからとても嬉しいの」 「みーちゃんのお茶がおいしいのさ。ホントは部室でもそうしたいけど、ばれちゃうからね」 「うふふ、しょうがないよね」 なんてイチャイチャしながら過ごす日曜の朝は幸せだなぁ。 プルルルルル…… 「あれ?いっちゃん、電話鳴ってるよ」 電話?……まったく、誰からでしょう。 ディスプレイを覗いてみると、そこには『涼宮ハルヒの犬(※キョンのこと)』の文字が。 ちっ。……あいつかよ。 プルルルルル…… プルルルルル…… 「キョンくんから?あれ?出ないの?」 「いや、出るよ」 まったく……仕方ないですね。 「……もしもし、どうかしましたか?」 『都合悪いのか?ならやめとくが』 おっと、声に出てしまいましたか。 「結構ですよ。それよりご用件は?」 『ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?』 ええっと、どうだったかな?適当でいいか。 「先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?」 『今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ』 まったく、そのくらい自分でなんとかしてほしいですよ。 「……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど」『くそっ、無理だ。他に何か――』 そう、無理です。自分でなんとかしてください。 『……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――』 ああ、もうめんどくさいですね。 「ご武運を」 プツッ。 「キョンくんは何て?」 「向こうの涼宮さんが来て困ってるってさ」 「うふふ、キョンくんは少しくらい困ってる方がいいよね」 「やっぱりみーちゃんもそう思う?」 はははっ、と二人で笑い会う。 「放っておいていいの?」 まぁ確かにこっちの涼宮さんにばれてしまうと良くはないんですけどね。 「まぁなんとかするんじゃないかな?」 「そうね。私達二人ともオフなのは久しぶりだし、キョンくんなんかどうでもいいよね」 「ははっ、そうだよね」 そうこうしていると、また電話の呼び出し音が鳴る。 ディスプレイにはやはり『涼宮ハルヒの犬』の文字が。 やれやれ、しょうがないですね。……めんどうだから無視しようかな。 ふと、みーちゃんの方に目をやってみる。 「出てあげてもいいよ」 そう言われちゃしょうがないですね。 「……もしもし、どうにかなりそうですか?」 『説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む』 「わかりました。すぐに新川さんを向かわせます」 『サンキュー、よろし――』 プツッ。 「だいじょうぶみたい?」 「うん、タクシーを向かわせればオッケーってさ」 「良かったぁ。いっちゃんが呼び出されたらどうしようかと思ってた」 「もちろんそのときは無視するよ」 再び二人で、はははっ、と笑い合う。 そんなある晴れた日のこと。 ◇◇◇◇◇ ―同日、同時刻― 今日は日曜日。朝からとても天気がいい。 普通の場合こんな日には外に遊びに出たくなる。私でも。 一人でぶらぶらと公園などを歩く。その後、図書館に行き、本を借りる。それを再び公園で読む。 そんなふうに過ごす日曜日は幸せ。 しかし、今日は約束がある。遊びに出るのはそれからでも十分。むしろ二人で行くのもいい。 とりあえず来客があるまで私は家で待機する。ちなみに私は長門有希。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 長門有希の場合― とりあえず彼女が来る前に部屋の片付けや、掃除をしておかないといけない。 力を使えば簡単。でも自分でちゃんとやった方が気持ちいいと彼女に教わった。 実際にやってみるとそうだった。だから私は時間があるときはきちんと手で行うことにしている。 あらかた片付けが終わった後、私は座って携帯電話を手に取る。 電話を掛けるのか?否、私から掛けるのではない。もうすぐ掛かってくる。そう、彼から。 本当は私の方から掛けたい。彼に掛けたい。ああ、エラーが生じてしまった。修正。 最近彼は涼宮ハルヒと遊んでばかり。俗に言うイチャイチャ。悔しい。 涼宮ハルヒがうらやましい。うらやましい。エラーが発生。修正。 その瞬間、電話が鳴った。正確には音は鳴っていない。鳴る前にとった。早く彼の声が聞きたいから。 「何?」 彼は驚いているだろう。こんな様子を想像するのは楽しい。こんなことができるのも私の力。 涼宮ハルヒは私の力のことを知らない。だから私のこんな遊びも知らない。二人の秘密。 ふふっ、楽しい。エラー。修正。 『あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?』 涼宮ハルヒと遊ぶ約束。悔しい、私と遊んで欲しい。でも言えない。またエラー。修正。 「いい」 『迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?』 彼が心配してくれている。彼は私にとても優しい。彼の気遣いは嬉しい。 「問題ない」 『……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな』 「だいじょうぶ。……私も楽しみ」 『そっか、ならいい。じゃあまたな』 「また」 プツッ。 彼との電話が終わってしまった。もっと長く話せない自分が悲しい。またエラーが。修正。 そうだ、彼女が来る準備をしなければ。 とりあえずお湯を沸かしてお茶の準備をする。時間的にはちょうどいいはず。 ピンポーン! 準備が完了するとほぼ同時にインターホンがなる。「有希ー、あたしよー。来たわー」 もう一人の涼宮ハルヒが到着したようだ。オートロックを解除する。 彼女が上に来るまでの時間を使って、湯のみを準備してお茶を煎れる。 ピンポーン! お茶を机に運んでいると玄関のインターホンがなる。 「おはよう、有希。入るわね」 彼女は勝手に入ってくる。いつもそう。別に悪い気はしない。 「おはよう」 「あら、お茶煎れてくれてたのね。いつもありがとう」 そう言って彼女はお茶に手をつける。 「うん、おいしいわ。みくるちゃんのもいいけど、有希のもちょっと違っていいわね」 「そう」 私もお茶に口をつける。おそらくそれなりにおいしいはず。 お茶を飲み終わると彼女が話しかけてくる。 「で、あんな感じで良かった?」 「良かった。彼の様子を見ているのは楽しかった」 実は先ほどからの彼の様子を、私の力を使って全て見ていた。 そのため、彼女が突然彼の家におしかけたのも知っていた。 いや、知っていたのは違う理由。 「有希の言った通りにおしかけてみたけど、あいつホントに焦ってたわ」 心から愉快そうな顔で彼女は言う。 そう。今日彼が涼宮ハルヒと会う約束があるのを知っていて、あえてこの涼宮ハルヒをけしかけたのは私。 「計画通り」 そう言って私も少しだけニヤリと笑う。 涼宮ハルヒにとられた彼に、この涼宮ハルヒと一緒になってこんなふうにときどきイタズラをする。 そうやって彼に接するのも楽しい。 「じゃ、次はどうする?」 「次は……もっと激しく」 「有希も言うようになったわねー。私も楽しみになってきたわ」 私もとても楽しみ。彼女はいつも面白いアイデアを出してくれる。 「次は私も行く」 「お、いいわね。やってやりましょ」 そうして二人で笑い合う。エラー。修正。 そんなある晴れた日のこと。 ◇◇◇◇◇ ―同日、同時刻― 今日もよく晴れてるわねー。日曜日でこんないい天気だと気分もいいわ。 こういう日にはやっぱり外でデートが一番よね。 でもあいつ外出るのめんどうだとかいいそうね。まったく、めんどくさがり屋なんだから。 なんてことを考えながら道を歩いて行くと、そろそろあいつの家が見えてきた。 それにしてもあいつちゃんと起きてるかしら? あ、ちなみに私は涼宮ハルヒよ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 涼宮ハルヒの場合― ピンポーン! 玄関のチャイムを鳴らすとドアが開いて中から元気そうな声が聞こえてくる。 「はーい!あ、またハルにゃんだー」 「おはよ、妹ちゃん。キョンはもう起きてる?」 ん?今妹ちゃん『また』って言わなかった? 「さっき起こしたんだよー。呼んでくるねー」 そう言ってどたばたとキョンの部屋へ走って行く。 それにしても、あいつやっぱり寝てたわね。ちゃんと起きてなさいよ。 などと考えると、すぐに妹ちゃんが戻ってきた。 「キョンくんが『とりあえず待ってて』だって」 何やってんのよ。部屋に乗り込んでやろうかしら。 ピンポーン! 家の中に入ろうと靴を脱ぎかけたときに、どうやらお客さんが来たみたい。 来たのは……みくるちゃん? 「あ、どうもおはようございますぅ」 「おはよ、みくるちゃん。どうしてここに?」 「えぇっと、あの、ちょっと涼宮さん時間いいですか?10分くらいですけど」 「ん?別にいいわよ」 「じゃあ、ちょっと外で歩きながらお話しましょう」 そういうと、みくるちゃんは妹ちゃんに何かを告げて家を出ていく。あたしもそれに付いていく。 歩きながらしていたみくるちゃんとの話はとても重要な話とは思えなかった。 わざわざ呼び出すほどの話じゃないわね。……これは、きっと何かあったのね。 そういえばさっき妹ちゃんが『また』って言ったわね。それに玄関に女ものの靴もあったし。 なるほど、これはもう一人のあたしが来てるのね。で、みくるちゃんは時間稼ぎかしら。キョンも大変ね。 「ところでみくるちゃん、古泉くんと付き合ってるの?」 「ふぇ、な、何で知ってるんですか!?」 「何でって。見てたらばればれよ。気付いてないのキョンくらいね」 「ひぇぇ、キョンくんには内緒にしといてくださぁい」 「ん、いいわよ。そのほうがおもしろいし」 10分ほどそうやって他愛のない会話をしながら歩いて家に帰ってくると、家の前にキョンが立っていた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 そんなストレートに言われると照れるじゃない。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 みくるちゃんはキョンの耳元で何かを少し話した後、大慌てで走って去って行った。 「……そんな、古いず、古いず……」 キョンが変な顔で何か呟いている。 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 頼まれごと?また未来がどうのとか言われたのかしら。 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 家に入ってお茶の準備をする。 「家の人はいないの?」 「ああ、朝からどっか出掛けたらしい」 「ふーん。ま、だからどうということはないけど」 「あ、お茶煎れてくれてる間に部屋片付けとくから、出来たら呼んでくれ」 そう言ってキョンは部屋に向かい、代わりに妹ちゃんがやってきた。 「私も手伝うー」 「そう、ありがとね」 「ねえねえ、ハルにゃん。今日なんで何回も来たの?」 何回もって、もう一人の方のことかしら。まずいわね。 「さ、さぁ。ちょっとそういう気分だったのよ」 「……ふふふっ。私が全部知ってるとも知らずに……」 「い、妹ちゃん?今何か言った?」 「えー?何も言ってないよー」 そ、そう。気のせいだったのかしら?気のせいよね。……まぁいいわ。 そうこうしている間に準備が整った。 「じゃーキョンくん呼んでくるねー」 その間にテーブルにお茶を煎れた湯のみを並べていく。 「お、ハルヒありがとな」 キョンと妹ちゃんがやってきて三人で座ってお茶を手に取る。 「ねえねえ、キョンくん。さっきハルにゃん部屋にいたよね?なんでー?」 ブフッ! キョンがお茶を吹き出して顔面蒼白になっている。 「な、な、何の話だ?ハルヒは今来たとこだろ?」 「そ、そうよ。勘違いよ。あたしは今来たのに」 「……ふふふっ。二人とも誤魔化すの下手なんだから……」 「い、妹ちゃん?何か言った?よね?」 「んー?なんのことー?」 あれ、ホントに幻聴かしら。動揺したらだめよ。しっかりしなさい。 あ、そういえば昨日買っておいたあれがあるはず。「キョン、冷蔵庫開けるわよ」 「ん?ああ、いいぞ」 いちおう聞いては見たけど返事は聞かずに冷蔵庫を開けてあれを取り出……って、ないわ。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「は?い、いや、俺は食べてないぞ。まじで」 「ごめーん、ハルにゃん。私がつい食べちゃった。てへっ」 「そうなの?まぁしょうがないわね」 「……って言っとけば誤魔化せるわよね。ふふふっ……」 「い、妹ちゃん?今度こそ何か言ったわよね?」 「うん。プリンおいしかったよーって」 あれ、そうかしら?何か全然違うこと言ってた気がするけど。 「ま、まぁいいわ。後でキョンに買って来させましょ」 「って、俺かよ!」 そうして三人で笑い合う。ある晴れた日のこと。 『エピローグおまけ』 ―完―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4914.html
トリップ ◆1/dtGJfhU6.F ◆TZeRfwYG76(企画用) ◆Yafw4ex/PI (旧トリップ仕様) 以下のSSは全て文字サイズ小の環境で編集しています 背面が灰色になっているSSがあるのは仕様です(等幅フォントを使いたいので書式付き設定) 更新SS 11/22 未来の古泉の話 11/6 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 7食目 「ふわふわ」「天麩羅」 10/25 罪の清算 「朝比奈さん大活躍(微糖)」 「かんざし」 「時限爆弾」 言いたい事は言えない話 停滞中の連載SS 甘 1 甘甘 2 カカオ → IFエンド 「これもまた、1つのハッピーエンド」 注意! 欝展開あり 3 甘甘甘 4 HERO 5 「お酒」「紙一重」 *微エロ注意 森さんと古泉の話 カプ:森古泉 注意! 森さんのキャラがオリジナル設定になっています 「大須」 「お地蔵さん」 「古泉の墓の前で」 昼休みの雑談 コメディー カプ:長キョン 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 1食目 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 2食目 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 3食目 「鏡」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 4食目 「歯茎」「スパイス」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 5食目 「オニーク」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 6食目 「番外編 ハロウィン・クッキー」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 7食目 「ふわふわ」「天麩羅」 完結したSS 長編 涼宮ハルヒの誰時 涼宮ハルヒの愛惜 1話 「銀行」 2話 「蛍光灯」「メリークリスマス」 3話 「結婚」 4話 「酔い覚まし」 5話 図書館 6話 「誓い」 7話 「就職活動」 8話 「台風」 9話 ハルヒの選択 前編 10話 ハルヒの選択 後編 注意! 森さんのキャラがオリジナル設定になっています 注意! 物語が進展するにつれて、カップリングが変化します 未来の過去の話 注意! 森さんのキャラがオリジナル設定になっています 1話 2話 3話 4話 「FINAL FANTASY」 5話 「あ し た」 長編 クロスオーバー オリキャラ注意 涼宮ハルヒの欲望 1 『魔界塔士Sa・Ga』 カプ:長キョン 涼宮ハルヒの欲望 2 涼宮ハルヒの欲望 3 涼宮ハルヒの欲望 4 涼宮ハルヒの欲望 5 安価 涼宮ハルヒの失踪 カプ:ハルキョン 鶴屋さん要素あり 短編 色んなキャラの話 「北風」「手袋」「魔法使い」「アレキサンドライト」「階段」 「二の腕」 「雪合戦」「ヤンデレ」 キョンの話 「死と生」「彼岸花」「ハンガー」「風車」「弥七」「花火か夏祭り」 オリキャラ注意 「殺し屋 キョン」 朝倉の話 「山月記」 「ブルマの朝倉」「橘 佐々木 九曜」「エロ」 長門の話 「喧騒」 長門と朝比奈の話 「赤えんぴつ」 国木田の話 国木田が溜め息をつく話 喜緑さんの話 「胆汁」 世界はそれを、何と呼ぶのでしょうか? 部長氏の話 「復讐」 「振られんぼ」 キョンと古泉の話 「銀河鉄道の夜」「トトロ」「ハルキョンについて語る古泉」 オリキャラ注意 「二日酔い」 「辞書」「手紙」 パジャマ☆パーティー キョンと佐々木の話 君、思えど 願いを言える日 キョンと鶴屋さんの話 *微エロ注意 「もみじ」 キョンとみくるの話 うさみくる 「ラピスラズリ」 ティンクルスター *微エロ注意 「コランダム」 「双天使」 キョンと朝比奈さん(大)の話 「オープンキャンパス」「三十路」 新川さんの話 「新川×キョン妹」 鶴屋さんの話 鶴屋さんに隷属 ~お姉さんには逆らえない~ *微エロ注意 カプ:ハルキョン 「学校に行きたくない○○」 「大雨」 プリンのスレタイ 「ほ か ろ ん」 オリキャラ注意 「ハルマゲドン」 「雪解け」 カプ:長キョン 「秋雨」「春雨」 オリキャラ注意 「メモ帳」 「夢」 ハロウィンのお話 トリック・オア・トリック ミッション・イン・ハロウィン カオスな話 ハルヒ「か~っかっかっか~~!」 「 」で区切ったタイトルのSSはお題SSになります お題とはテーマを頂き、それにそって書いたSSの事です お題一覧 50音順 赤えんぴつ 秋雨 秋空 朝比奈さん大活躍(微糖) 朝比奈みくるが本気で怒りそうなこと あした 新川×キョン妹 アレキサンドライト アワビが大量で困っています 烏龍茶 エロ 大雨 大須 オープンキャンパス お酒 お地蔵さん オニーク 階段 鏡 風車 学校に行きたくない〇〇 紙一重 樺太 かんざし 喫茶店の紅茶 北風 北高保健室からのお知らせ 喜緑「朝倉さんを知りませんか?」 給食 興味から芽生える愛 銀河鉄道の夜 銀行 くせ毛 クリスマス クロネコヤマトの宅急便 蛍光灯 結婚 喧騒 古泉の墓の前で コランダム 殺し屋キョン 佐々木とロードローラー 時限爆弾 辞書 失望 死と生 就職活動 主人がオオアリクイに殺されて一年が過ぎました 新製品 ロッテ 雪見だいふく <たまごプリン味> 睡眠 スパイス 銭湯 双天使 台風 橘 佐々木 九曜 胆汁 誓い 仲秋の名月私を月に連れてってを佐々木で 鶴屋さん〇隷属 手紙 手袋 天麩羅 道路工事 図書館 トトロ 長門の好きなお茶 二の腕 ニャホニャホタマクロー 歯茎 花火か夏祭り ハルキョンについて語る古泉 春雨 ハルマゲドン ハンガー 彼岸花 氷点下 ファッションセンターしまむら 復讐 浮沈艦 二日酔い ブルマの朝倉 振られんぼ ふわふわ ベットの下 ボート ほかろん 魔法使い 三十路 水戸黄門 メモ帳 メリークリスマス もみじ 約束 弥七 山月記 ヤンデレ ヤンデレキョン 夕立 雪合戦 雪解け 夢 幽霊 酔い醒まし ラピスラズリ リンゴ 13日の金曜日 FINAL FANTASY iPhone MacBook Pro 総数 100オーバー
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/639.html
秋の風が吹き始めたある日の黄昏。 一人の女性が町に来た。 ――いや、帰って来たと言うべきだろう。 女性はこの町にすんでいたのだから。 女性は考える。 『彼』は、『彼女』は元気だろうか? 涼宮ハルヒの誤解 第一章 目撃 今日は土曜日。市内探索パトロールの日。普段なら楽しいはずの出来事。 しかし、あたしの顔は不機嫌の極みだった。 「遅い!あー、なにしてんのよあいつは!」 それもそのはず、キョンがまだ来ていないからだった。 「もう集合時間を十分も過ぎてるってのに!」 さっきから電話を何度もかけているがつながらない。嫌な予感がする。 「おかしいですね。いつも最後に来るといっても、集合時間には間に合っているのに」 補足のようなこのセリフはSOS団副団長・古泉君のもの。 「……」 無言を貫く無表情の有希。 「何か、あったんでしょうか?」 オドオドと言ったのはSOS団のマスコットキャラみくるちゃん。 みくるちゃんの一言で、さっきの嫌な予感が具体的な形をとる。 『何か』――事故。 あたしは思いっきり息を吸って 「そんなわけないでしょっ!」 怒鳴っていた。通行人がこっちを見ているけど気にしない。 ただみくるちゃんを睨んでいる。 「ごごご、ごめんなさい」 涙目でみくるちゃんが謝っている。古泉君が珍しく迷惑そうな顔をして みくるちゃんを見ている。 そんな顔するなんて意外。 「大丈夫ですよ。寝坊でもしたのでしょう」 さっきまでの顔を跡形もなく消して、古泉君が苦笑まじりに言う。 「そう……。そうよね!来たらバツゲームを敢行するわ! 一人につき一個とっておきのを考えときなさい!」 強がりにもほどがある。 こうやって何か用意しておけばキョンがくるような気がしたの。 苦笑しながら。いつもみたいに。 あたしの携帯が鳴る。 発信元は『キョン』。 早まる心臓の鼓動を感じる。 深呼吸して、携帯に、でる。 『ああ、すまん。ハルヒか?』 キョンの声が聞けた。ものすごい安心感。次に怒り。 「何やってんの!今何時だと思ってるわけ?言ってみなさいバカキョン!? 十秒以内に来なさい!いいわね?バツゲームを用意してあるから、覚悟しなさい!」 電話の向こうで重いものが混じった苦笑が聞こえる。 『バツゲーム用意してるなんて言われたら行きたくなくなるな。 ところで、今日行けなくなった』 ……は? 「どういうことよ?」 『急用が入っちまったんだよ。家族の方の用事でな。ほんとすまん』 家族の用事ねえ? なんだか言いにくそうだったから聞かないでいてあげようかしら? 「いいわ。月曜日にバツゲームで許してあげる」 『……』 電話の向こうで大きなため息。 「どうしたの?」 『何でもない』 「次はないからね」 『わかってるよ。本当にすまんな』 「いいわ」 電話を切ってみんなに予定の変更を伝える。 「今日はキョンは休みだって。だから今日の最後は古泉君ね?おごりよろしく」 古泉君がきょとんとした後、苦笑する。 「そう言えばそんな決まりがありましたね。いつも彼が払うもので忘れてました」 喫茶店で班分けをし、あたしはみくるちゃんとだった。 みくるちゃんを引っ張り回して、そろそろ集合時間というとき、あたしは見た。 キョンを。 あたしの知らない女の人と一緒にいるキョンを。 楽しそうに、親しそうに話している二人を。 なんで? 家族の用事じゃなかったの? 嘘つき。バカ、バカ、バカ。 あたしはその場から全速力で逃げ出した。 昔のあたしだったら、殴って、拉致ってたんだろうけど、そんな気力もない。 後ろからみくるちゃんの声が聞こえるけどそんなことは、どうでもよかった。 気づくと集合場所にいた。そこには有希と古泉君がいて、 古泉君は携帯を見て渋い顔をしている。 「待ってくださあい」 後ろからみくるちゃんが来て、やっと二人はあたしがいることに気づいたらしい。 「どうしたんですか?」 古泉君が聞く。 でもあたしは見たものを話したくなかった。 見間違い、人違いと思いたかった。 そんなあたしの希望をみくるちゃんがあっさりと、粉々にする。 「キョン君が、なんか女の人と楽しそうに歩いてたんですけど……。 それを見た涼宮さんが急に走り出して……」 やっぱり見間違いじゃなかったんだ。 あたしはもう口に何かを出す気も起きず、うなずいて肯定する。 古泉君の顔にはまぎれもない、怒りが浮かんでいた。 有希も表情は変わっていないけれど、雰囲気が重い。 「……すいません。用事が入りましたので午後は帰ります」 怒りを押し殺して古泉君が言う。 あたしは言う。 「もう今日は解散でいいわ」 <幕間> 遅いですねえ。あんまり涼宮さんを待たせないでもらいたいのですが。 今はイライラしてるだけですけど、事故とかそう言うものを連想されたら困るんですよ。 下手したら閉鎖空間が…… 「何かあったんでしょうか?」 ……朝比奈さん? なんでそんな絶妙なタイミングで空気読まない発言をするのですか? 怒りますよ? ……冗談です。女性相手に拳を振り回す気はありません。 おっと、涼宮さんの携帯に電話ですか。 どうやら一安心のようです。 午前中長門さんを図書館に連れて行き、集合時間の三十分前に駅前で待機。 突然機関からの連絡。閉鎖空間ですか。 朝比奈さん今度は何をしでかしたのでしょうか? いっそのこと駐在員を交代してもらいましょうか? 考えていると朝比奈さんの声がします。 顔を上げて初めて涼宮さんがいたことに気づきました。 その顔を見てただ事ではないと思いましたよ。 案の定、話の中身は今まで聞いてきた中で最低最悪。 さすがにこれは怒りますよ?僕でも。 彼が涼宮さん以外を好きになったとしても止めません。仕方ないことですから。 でも、こんな露骨にばらしていいことでありません。 ゆっくりゆっくり知らせていくべきこと……。 僕は出来る限り怒りを殺して『アルバイト』に向かいました。 第二章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/986.html
9月11日 いつものように朝が訪れる。 朝比奈さん(長門)が言っていた元に戻せるようになる時まであと24時間を切った。 俺は鏡の前で最高の笑顔を作ってみた。 鏡に写る例の古泉スマイルともようやく今日でお別れである。 天候は快晴。 この調子なら今夜の満月はきっと綺麗なことだろう。 俺は軽快なステップで学校へと続く長い坂道を登っていった。 昼休み。 いつものように古泉(俺)の周りに集まる女子の群れ。 当然今日も俺は弁当など用意していない。 だが食いきれないほどの昼食が俺の目の前にある。 なんで古泉がこんなにモテるのかは知らないが、 これは古泉が特定の彼女を作っていないことも原因の1つであろうだろう。 谷口にこの状況を分けてやりたいぜ。 特に何事もなく時間は過ぎていった。 俺は古泉として振舞うことにもうそれほどの苦痛を感じていなかった。 もうこれで最後と思えばこそ最後くらいより古泉らしく演じてみようという気にもなっていたからだ。 放課後──。 部室に委員長を連れていき今日参加するメンバーを待った。 長門(古泉)、朝比奈さん(長門)、鶴屋さんが来て、 最後にハルヒ、俺(朝比奈さん)の後から 谷口、国木田までついてきた。 「す、すいません……どうしても来たいって言ってたので……」 俺(朝比奈さん)がとてもすまなそうに委員長に謝っていた。 「いえいえ、お友達の方もぜひ一緒に来て下さい。 人数が多い方がきっと楽しいでしょうから」 委員長の人の良さには頭が下がる。 「あら、あなたがわたしたちSOS団を今日のパーティーに招待してくれた子? でかしたわ! じゃんじゃんお呼ばれしてあげるわ!」 ハルヒは遠慮というものを知らないのか、 初対面の委員長の頭をなでなでしながら喜んでいた。 「いや~、朝比奈さん今日の制服も素敵ですね。 あ、僕谷口です。いつぞやの野球大会のときのことは覚えていますか? そう、あのとき貴重なホームランを打ったあの谷口です!」 朝比奈さん(長門)は少しだけ谷口の方を向いたが、 何も得るものがないと判断したか、完全無視という選択肢を選んだ。 「ちょっとキョン。 わたしたちはこれから浴衣に着替えるからあんた達は外に出てなさい」 ん……お、おい! 長門(古泉)! お前もまさか一緒に着替えるとかいうんじゃないだろうな! 「あったりまえでしょ。 みんなで着なきゃ着付けるのも難しいんだからね」 そうじゃない……その長門の中身は古泉なんだ…… ハルヒは俺達男供を投げるように追い出した。 「おわーっ! 相変わらずみくるのおっぱいすっごいねぇ~。 こんなに大きくしていったい地球をどうするつもりさ~?」 「……」 「こらー有希! なんでそんな端っこで着替えてるの! もっとこっちで着替えなさいってっば!」 「え、いや……わたしはここでいい……、あ、ダメ。 ちょ、じ、自分でやる……自分でやるから……」 官能的なやりとりが扉の向こうで繰り広げられているのを、 谷口がじっと耳を凝らしながら聞いていた。 俺もひそかに聞き耳を立てていたのは別に男として自然なことだろう。 「じゃーん! どう?」 数分後、浴衣姿でハルヒが登場した。 「とてもお似合いですよ」 別にお世辞ではない。 ハルヒの浴衣はつい先日の夏休みのときの物であった。 鶴屋さんの浴衣もスレンダーな体にピタッと合っていてこれまた絶品である。 委員長の浴衣も質素な色合いでありながらよく持ち主を引き立てている。 いかにも和服美人といった様相でお似合いである。 長門(古泉)の顔がかなりのニヤケ面で固まっている。 さすがの古泉でも応えたか。 この話はあとで詳しく取り調べさせていただこうか。 「月見といったら浴衣よね。 でも月見には餅つきをするウサギさんも欠かせない要素だと思うの」 そう言われて最後に現れた朝比奈さん(長門)だけは なんとバニーガール姿である。 「………」 朝比奈さん(長門)は自分の大きく開いた胸元のあたりがスースーするのを気にしている様子である。 「うおぉぉぉぉ~~!」 谷口の鼻の下がみるみるうちに伸びていった。 「うぅぅ~……」 俺(朝比奈さん)だけが何か言いたそうにしていた。 これから委員長の家まで歩いていくのにその格好はないだろ…… でも……正直たまりません。 それにしてもハルヒが大きな2つの袋を持っているのが気になった。 「涼宮さん、その2つの袋はいったい……? もう片方はさっき着ていた制服でしょうけど」 「ああ、これ? これはね、うっふっふっふ……内緒よ! 気にしないで。 それでは…レッツゴーーー!!」 「お、おー……」 案内された委員長の家はそれはそれはわかりやすいくらいの大金持ちって感じの家であった。 庭は俺ん家が200個くらい入りそうなほどでかく、 広大な池の中には100匹ほどの色とりどりの錦鯉が泳いでいた。 遠くに見える洋風の屋敷もなかなか壮大な雰囲気である。 なるほど、これならパーティー会場にはもってこいといった感じだ。 一瞬たじろぐメンバーたちを尻目に、 ハルヒと鶴屋さんはいかにも自分の家のようにスタスタと中へ入っていった。 なんであなたたちはこんな屋敷に無料で招待されて平気な顔が出来るんだ。 それに呼ばれたのは古泉(俺)だろうが! それを差し置いて入るなっつの。 でっかい洋間に通された俺達ではあったが、 まだ夜までは時間が少しあった。 俺達はゲームをしたり、 パーティー用の食事を作るのを手伝ったりして時を過ごした。 「……そして、こうしてピンポン玉くらいの大きさに丸めるんです」 委員長に習いながらみんなでお月見団子を作ってみたりもした。 ハルヒはごつくてデカいだんごを作り、 朝比奈さん(長門)は完全に均一性の取れたまんまるのおだんごを作った。 俺(朝比奈さん)は小さくてかわいいおだんご。 長門(古泉)は普通のただの丸いおだんご。 鶴屋さんは一つ一つのおだんごをウサギさんやらネコさんやらの形にしていた。 みんなで無計画につくるもんだから 形もバラバラでとんでもない数のおだんごになった。 どうやったら食べ切れるんだろうか。 そして全部の準備が整って、 空に満月が浮かんだのを確認していよいよパーティーが始まった。 庭に置かれた大小のテーブルの上には豪華絢爛、 目を奪わんばかりの食事が所狭しと並べられていた。 「じゃあ、みなさんどうぞごゆっくりご自由にお楽しみください」 委員長の一声と共にいっせいにみんなが料理へと飛びついた。 まず長門(古泉)が手始めとして場を盛り上げると言い出した。 長門(古泉)はコインマジックを披露した。 長テーブルの上にコップを置いてその中にコインを二枚入れる。 その上からさらにコップをかぶせ、上から布で覆いつくす。 長門(古泉)が口元でボソボソと呪文を唱え、 「……物質転送完了」 の声と共に布とコップを1回転させ、布をはずすと…… なんと2つに重ねられたコップの上の段と下の段に1枚ずつのコインが入っている。 コインが一枚上のコップの中へと移動しているのだ。 「すっごーい! 有希って実は超能力者か宇宙人!?」 ハルヒは素直に感動して大きな拍手をしていた。 よくある手品なんだろうが、俺もどういう仕掛けになっているのかわからないのでこれは素直に凄いと思った。 次の手品はスプーンマジックだった。 ハルヒにスプーンを持たせ、その上から布をかぶせる。 また長門(古泉)が口元でボソボソと呪文を唱え、 「……マッガーレ!」 の声と共に布を取るとハルヒの持っていたスプーンが手も触れていないのにくにゃりと曲がっていた。 「すごぉっ!!」 会場にいたみんなが拍手喝さいを長門(古泉)に送った。 俺(朝比奈さん)が手品に使った布を何度も裏返しながら不思議そうな顔をしていた。 谷口と国木田のくだらない即席漫才を聞きながら、 少し落ち着いた場の空気を尻目に朝比奈さん(長門)が俺のそばで問いかけてきた。 「今回の涼宮ハルヒの行動の意味がわからない。 食事を取らなければ人は死んでしまうと聞いている」 昨日までのハルヒのダイエットのことだろう。 「わたしも食事という形でわざわざ栄養を取る必要は無いが、 人間の生活形態にあわせていつも食事をとることにしている。 少なすぎるといけないから体の容量よりも常に多めに取っている。 それなのになぜ涼宮ハルヒはわざわざ食事を制限していたのか」 「ハルヒはな……痩せたかったんだよ」 「だからそれはなぜ? 痩せるということは飢えるということ。 彼女にとって得るものは何も無い。 それに彼女の体型は人種の平均値から見ても痩せ型といえる。 なぜ?」 うーん、なぜって言われてもな。 俺にはわからんよやっぱり。 女心ってやつは。 宇宙人製アンドロイドのお前だっていつかはわかる時がくるさ。 朝比奈さん(長門)の順番が回ってきた。 女の子達は別にやらなくてもいいと言ったが、 「やる」 といって聞かなかったのでやらせてみることにした。 長門(古泉)がさっき手品をやったようにこいつも手品(ズル)でもやるのかと思いきや、 「少し準備する」 といって朝比奈さん(長門)はさきほど自分たちで作ったおだんごを大量に机の上に並べ始めた。 大皿に山と積まれたおだんごの前に座り、 「全部で300個ある。 5分で全て食べきる」 と言ったとたん、だんごを口に入れ始めた。 ひとつずつ着実にではあるが、 掃除機のような物凄い勢いであの朝比奈さん(長門)の小さな口に吸い込まれていく。 俺(朝比奈さん)がそれを見て少し青ざめている。 明日朝比奈さんが体調を崩してなければいいのだが。 見事4分58秒で全て平らげた朝比奈さん(長門)は誇らしげに少しだけうなづいた。 それをみた鶴屋さんはまたなぜか大爆笑していた。 「あっははははっ! み、みくる~~っ! あんたそんなキャラじゃないさ~! 無っ責任だな~! あっははっ! あーっはははーっ!」 どうも鶴屋さんの言動はところどころに意味不明な点がある。 「まだまだお料理はたくさんありますから皆さん遠慮なく召し上がってくださいね」 委員長が庭に置かれた大きなテーブルの上に新たな料理やおだんごを並べに来た。 ハルヒは目の前にうず高く積まれたおだんごの山を見て何か躊躇しているような仕草であった。 俺が少し助け舟を出してやるか。 「涼宮さん。食べた分は動けばいいんです。 明日はスポーツの秋を楽しみましょう。 卓球でもバレーでもサッカーでもアメフトでも受けて立ちますよ」 「言ったわねぇ。古泉くん! その発言にはきちんと責任取ってもらうんだからね! そうね、明日はプロレスなんてどう?」 責任取るのは古泉だからな。 俺はもう知らんぜ、へっへっへ。 ハルヒはおだんごを1つつまんで豪快に一口で飲み込み、 晴れ晴れとしたいつもの笑顔をして親指を立てた。 そして堰を切ったように次々とおだんごへと手を伸ばしていった。 俺も負けじと手を出す。 こういうものは得てして大してうまいものではないのだが、 ハルヒの嬉しそうな表情を見ているだけでなんとなくおいしいような気がしてくる。 ついに俺の宴会芸の順番がやってきた。 俺(朝比奈さん)を連れて前に出る。 演目は昨日決めたばっかりのアレだ。 「えー、彼には朝比奈さんの物まねをやってもらいます。 さあ、どうぞ」 「え、え、う、あ、あの~ふえぇぇ~」 俺(朝比奈さん)がみんなの視線ですっかり赤くなり、 ついにはしゃがみこんでしまった。 それを見てみんながどっと笑う。 特に鶴屋さんは腹を抱えて笑っている。 こういうのは笑いにつられるというものがあるから、 たとえつまらなくても彼女のように大笑いしてくれる人がいると助かる。 いや、それにしても本当にこの俺(朝比奈さん)の物真似は完璧だね。 なんせ本人がやってるんだからな。 それにこうすることによって最近の俺(朝比奈さん)の挙動のおかしかった点の言い訳が成り立つ。 つまり物真似の練習だったといえばいい。 ハルヒはそれを見てニンマリと笑い、 さきほどから気になっていた袋から衣装を取り出して俺(朝比奈さん)に渡して命令した。 「なんとなくこう来るのは予想してたのよね。 キョン! これを着てもーっとみくるちゃんに近づきなさい!」 ハルヒが取り出した衣装。 それは見たことのある形状をしていた。 赤くて小さい布地、網タイツ、蝶ネクタイに、シッポおよびカフス、そしてウサギ耳。 待て待て待て待て待て! どこからどう見てもバニー衣装だ。 おかしい。さっきから朝比奈さん(長門)が赤いバニー衣装を着ているから、 同じタイプのバニーは部室にはないはずだ。 「ああ、これ買ったの。この前の大食い大会の商品券で」 こんなことに使われるとは思いもよらなかった。 ハルヒが右手にデジカメを構えて100Wの笑顔を見せた。 やれやれ。 こういう笑顔のハルヒには逆らえん。 「あ、古泉くんの分もあるからね」 ……はい? 古泉の物真似と関係ねえだろ! それを聞いて長門(古泉)が少し青ざめた表情をしていた。 見ると俺(朝比奈さん)はすでにハルヒに無理やり着替えさせられていた。 大きめのサイズにしてあるといってもそこは女性用だ。 あきらかに胸の部分の布地が足りず、 エロティックがあふれ出ていた。 股間のモッコリも目に余る醜態である。 「さあ! 早く着替えて! なんならあたしが着替えを手伝ってあげようか?」 ウサギ耳を振り回しながらニヤニヤとハルヒが笑った。 その後の展開は言うまでも無いだろう。 バニーガールの衣装を着た古泉(俺)と俺(朝比奈さん)が、 二人仲良く物真似芸を披露しながら周りを爆笑の渦に巻き込んでいた。 恥ずかしさと情けなさで涙が出そうだ。 実際俺(朝比奈さん)のほうはとっくにもう泣きじゃくっている。 その姿がまた朝比奈さんらしくておかしさをかもし出している。 最後に全員で記念撮影し、 俺たちの恥辱は歴史に永遠に刻まれることとなった。 そうこうしているうちに時間が経ち、 お月見パーティーはお開きとなった。 委員長とその家族にお礼を言って俺達は帰路についた。 ハルヒは歩きながら丸く空に浮かぶ満月を見て何か哀愁のようなものを漂わせていた。 こうして黙って上を見上げている仕草を見ると、 なかなかのいい女に見えてくるから不思議だ。 「あたしさぁ……昔、月面にはきっと何か生物がいるって信じてたのよね」 「おや? 今は信じていないんですか? 涼宮さんにしてはずいぶん一般常識的な意見ですね。 よく月にはウサギが住んでいてオモチをついているというじゃありませんか」 ちょっとハルヒをからかってみる。 「何言ってるのよ! 子供じゃないんだからね! 月面に生物がいないことくらいは見ればわかるじゃない」 少しムキになりながらハルヒが反論してきた。 そうか、いくらハルヒでもそのくらいの常識はあるんだな。 「月面じゃあ生き物は生きていけないわ! 空気も水もないからね。 だから月の地面の下じゃないとダメなのよ! あれだけの広さだもの! 月の内部にはきっと何かいるはずよ! 月星人は地底に都市を作ってそこで生活してるのよ。 そしていつか地球を我が物にしようと虎視眈々と狙っているに違いないわ」 前言撤回。とことんバカだこいつは。 だが、ハルヒがそんなことを本気で願っているとそんなことが現実に起こりうるから怖い。 もし、月星人とやらがいたとしても俺たちの目の前に現れるのだけは御免こうむりたい。 ハルヒが家に帰るのを見送って、長門(古泉)が話しかけてきた。 「今日は一度も閉鎖空間は出ませんでしたよ。 どうやら僕たちは最悪の事態を乗り切ったようですね」 そういうと俺にホテルの鍵を渡して長門(古泉)は帰っていった。 今日もこのホテルか。 まあいい。早く疲れを取って寝たい。 駅前の公園前の広場についたとき、 隣にいるのは朝比奈さん(長門)だけとなった。 別れ際に朝比奈さん(長門)に確認した。 「長門、明日のいつぐらいになれば元に戻せるんだったっけ?」 「明日の午前6時12分48秒が来ればわたしの情報操作基礎分野と物質転換分野の能力はほぼ完全に修復する。 わたしたちの体に乗り移った情報と機能を全て元の肉体へ転送する。 それを用いればわたしたちは全てを元に戻すことが出来る」 「ってことは明日起きたら俺は自分の家で目を覚ますってことか。 じゃあ、その時間がきたらすぐに戻しておいてくれよな」 朝比奈さん(長門)は小さくコクリと頷いた。 俺は今日も長門(古泉)指定のビジネスホテルで一夜を過ごした。 今日は楽しかった。 ただ、楽しんでいただけだった気がする。 でもこれでよかったんだろう。 そしてやっと古泉の体とおさらば出来る。 短い間だったがご苦労さん。 二度とこんなことは起きないことを願っているよ。 明日になれば俺は自分の部屋で目覚めることだろう。 そしていつもの俺の生活が待っているのだ。 ───… 「うぅ……」 俺は窓から入る強い日差しで目が覚めた。 ホテルの一室にいた。 手元の時計を見ると時間は午前7時を指していた。 いつもならもう一寝入りするところかもしれないが、 俺はそこに一つの疑問を感じていた。 「おいおい……」 なぜ俺はホテルにいるんだ? 急いで洗面所に行き、鏡の前に立つ。 「長門……どういうことだ」 鏡の中に古泉一樹のしょぼくれた顔があった。 朝比奈さん(長門)が言っていた能力の制限は9月12日の午前6時12分に切れるはずだ。 もうその時間をとっくに過ぎている。 まさか朝比奈さん(長門)がまだ寝ているとかそんなオチじゃあるまいな。 どちらにしてもそろそろ俺たちを元に戻してもらわないと今日という一日が始まってしまうんだが。 朝比奈さん(長門)の携帯に電話したが繋がらない。 いつもならすぐに取るくせに。 もしかしたら長門に何かあったのかもしれない。 嫌な予感が頭の中をよぎる。 このホテルは長門のマンションに程近い。 急いで着替えて長門のマンションへ直行した。 オートロックの扉の前で708号に呼びかける。 すぐにプツッという音がして相手に繋がった。 「………」 「長門! 起きてるのか? どうして俺たちがこのままなんだ?」 「………」 「もうお前の言ってた時間は過ぎただろ? もし忘れてたのならすぐに俺たちを元の体に戻してくれ」 「………」 相変わらず朝比奈さん(長門)からの返事は無い。 まさか……… 「長門……まさか元に戻せなくなったとかいう話は無いよな? あの0.0004%がまさに現実になったとかそんなバカなことをいうわけじゃないよな?」 「………」 しばらく無言の空気が流れたあと、 ついに長門の部屋との通話プツッという音と共に切れた。 それ以降何度長門の部屋の番号を押しても繋がらなかった。 どうなってるんだよ長門! お前のその態度は明らかにそれを肯定してるみたいじゃないか! 昨日の話はなんだったんだ。 こうなったら最終手段だ。……早いな最終手段。 幸い今の時間は朝の通勤に出かける人が少なくない。 すぐにサラリーマンらしき中年男性が扉を開けて出てきた。 まるで互いにここの住人であるかのように軽く会釈し、 閉まりそうになった扉にすばやく足を突っ込みストッパー代わりにした。 俺ももうハルヒのことをとやかく言えないな。 708号室の扉は固く閉ざされていた。 明らかにここにいるくせにインターホンを押しても長門は出てこなかった。 何度も扉にこぶしをドンドンと叩きつける。 「長門! 開けてくれ! いるんだろ!?」 ドアを叩きながら大きく叫ぶ。 そのうちに隣の住人が出てきてこちらをじろじろと見てきた。 こんなことに構ってはいられない。 「長門! 長門!」 こぶしが赤く染まり、少し皮がむけてきたところで ようやくカチャリという音がして小さく扉が開いた。 「……入って」 朝比奈さん(長門)がうつむき加減で俺を部屋の中へと誘導した。 「長門、これはいったいどういうことなんだ? なんで俺がまだ古泉のままなんだ。 お前にしてもそうだ。朝比奈さんになったままじゃないか。 昨日約束しただろ? 時間がきたらすぐに元に戻すって。 本当に俺たちを元に戻すことが出来なくなったのか?」 朝比奈さん(長門)は何も答えず、無言のまま奥の部屋へと進んでいく。 後をついて行きながらも、俺はさっきから目のやり場に困っていた。 朝比奈さん(長門)はなんと昨日の夜と同じバニー姿だった。 しかもきちんとウサギ耳まで頭に乗っけている。 よっぽどこの服を気に入ったのか、 いや、もしかしたらただ単に昨日から着替えていないだけかもしれない。 それもそれでどうかと思うが。 俺はリビングのコタツ机の前に座った。 バニー服の朝比奈さん(長門)は台所から持ってきた急須で茶碗にお茶を注いで俺の前に差し出した。 俺はお茶には手をつけず朝比奈さん(長門)の答えを待った。 しばらくして、朝比奈さん(長門)はゆっくりと話し出した。 「朝比奈みくるから来るエラーの蓄積量については予想される範囲内で収まった。 制限されていたわたしの能力は同期に関するごく一部の能力を除いてほぼ完全に修復した。 わたしたちを元に戻すことは可能」 よかった……。 元に戻ることはできるのだそうだ。 この朝比奈さん(長門)が言うんだからそれは嘘では無いだろう。 だがそれでも元に戻そうとしないのは朝比奈さん(長門)の意思であるのに相違ない。 いったいなぜ? 「元に戻すことは出来る。 ただし、もし元に戻すとこれから先、 わたしの身に起こる異常事態に私自身が対処することが不可能になる」 「異常事態?」 「わたし内部に今膨大なエラーが蓄積された状態になっている。 12月18日にこれらが引き金となって異常動作を引き起こすことが確実となっている」 これから先に起こる自分の異常動作まで知っているのか。 しかも日付まできちんとわかっているらしい。 「わたしのこの異常動作により、あなたは元よりこの世界の全ての事象に多大な影響を及ぼすだろう。 特にあなたは世界でただ一人その時空改変から取り残された者として、 その時空改変の修正を行わなければならない」 俺だけ取り残される時空改変? しかも俺がそれを直さなければいけないというのだから、 全く想像もできない。 長門の力も借りずにどうやってそんな時空改変とやらを行えというのだ。 俺にそんな力は無いぞ。 「それはいったいどんな出来事なんだ?」 「詳しくは説明できない。 その時代のわたしには同期できないので詳細は不明。 説明したところであなたの記憶を消去しなくてはならない。 なぜならこれはこの世界における不可避な規定事項であるから。 たとえ今消去しなくてもいずれ異常動作を引き起こしたわたしにより、 あなたの記憶から消去されるであろう」 長門は人の記憶もあっさりと消したりできる存在だったのか。 相変わらず恐ろしい能力の持ち主だ。 「その異常動作はすでに未来からの情報により知りえていたが、 どのような原因で引き起こされるのかは不明だった。 過去それについての回避行動が、 考えられる全ての原因に対してさまざまな方法で施されていた。 しかしどのような方法を用いてもその異常動作を回避するに至らなかった。 なぜならそもそもその異常動作が引き起こされる可能性すら見つけ出すことが出来なかったから」 つまり長門はだいぶ前から未来との通信で異常動作が起こることに気づいていて、 それではまずいと思い、いろいろと考えてきたわけか。 でも未来でそうなるのならどうやっても同じ結果にしかならないんじゃないのか? 「わたしがこの4日間、能力に制限が設けられていたのも実はこの回避行動の一環。 過去の自分によりそのように制限されていたからであった。 あの9月8日、涼宮ハルヒの力によってこの改変が行われたときに、 9月12日までの4日間朝比奈みくるとなって過ごさなければならないように、 自動的に能力を制限するよう時限プログラムが施されていた。 先ほど制限の解除と共にその記憶が蘇った」 なんだって? 長門は自分の力を自分で制限していたというのか。 「朝比奈みくるの姿になることで蓄積されるエラーの中に、 異常動作を回避する可能性を見出していたから。 そして今一つの結論を得るに至った。 いまのわたしはこの朝比奈みくるの姿のままであれば、 蓄積されたエラーが引き金となって異常動作を起こしたくても起こせない。 情報統合思念体との同期による連絡が直接できないというこの状態では、 わたしの能力に限界があるから」 朝比奈さん(長門)は俺から視線を離さずまっすぐと前を向いて話し続けた。 「だがわたしはこの体において能力の制限を受けていたことによって、 逆に本来持つべきではない知識を得た。 それは情報統合思念体より独立することによる可能性。 それによって逆にこれから先のわたしの異常動作はほぼ確実なものとなった。 なぜならわたしは情報統合思念体より独立して行動を起こし、 世界を改変する方法を発見してしまったから。 つまり、今回の騒動こそがわたしの中に積み重ねられていたエラーの引き金となって、 12月18日の異常動作を引き起こすに至る直接的な原因となった。 そしていまが最後の分岐点に来ていることに気づいた」 つまりその12月18日の異常動作を避けようとして逆にそれが避けられなくなったって訳か。 まるで急に道路に飛び出してきて車の目の前で動かなくなるネコのような間の抜けた話だ。 「だが朝比奈みくるによりもたらされた影響により、 わたしの決断がどちらを選んでいいものか揺らいでいる。 世界を元に戻すべきか、それとも元に戻さず12月18日のエラーを回避するべきか」 「なあ、長門……。 朝比奈から受けたその影響ってのは具体的にどんなものなんだ?」 「……朝比奈みくるの中に内存する、 異性としてのあなたに対する気持ち」 一瞬頭の中が凍りついた。 朝比奈さんが俺をいったいどんな気持ちで見ているか知らないが、 あの冷静な長門がここまで混乱を覚えるほどの気持ちを俺に対して抱いているというのだろうか。 しかもその中に異性として俺を意識している部分があると……。 これは非常に気になるところだ。 「あなたに選んで欲しい。 危険を犯してもこの世界を完全に元の姿に戻すか、 あるいはこのままにしてわたしの異常事態を回避するか」 朝比奈さん(長門)が俺に何かを委ねるような視線を送ってくる。 「長門……そんなもの迷うことは無いんだ。 俺や古泉や朝比奈さんは自分の体を持って生きてきた人間なんだ。 長門にはあまり人間体に対する執着はそんなに無いかもしれないが、 俺たちは自分の体というものを持っているんだ。 それは俺たち人間にとっては唯一のものなんだ」 「あなたはこの異常動作の危険性がどれほどのものか知らない。 あなたはその事態に陥ったとききっと後悔……」 「長門!」 俺は朝比奈さん(長門)の言葉をさえぎった。 「お前の言い分はわかった。 でも俺は本当の自分に戻りたいんだ。 朝比奈さんの体だってお前のものじゃない。 古泉だってそうだ。 お前や俺の一存で勝手に決めていいことではないんだ。 それにお前がどんな異常動作を起こすのかは知らないが、 規定事項だってわかっているなら元に戻すしかないじゃないか。 どうせ避けられない事態なんだろ? それはわかっていることじゃないか。 任せとけ。 そのときが来たら俺がなんとかしてやる。 異常動作? 世界改変? なんでもこいだ。 俺が一人で背負わなければならないならその運命さえも背負ってやる」 でもそれは違うんじゃないか? お前は言い訳してるんじゃないのか? 本当はお前は元の姿に戻りたくないんじゃないか? 朝比奈さんの姿が実は相当気に入ってしまったとか言うんじゃないだろうな。 朝比奈さん(長門)は頭の上に乗せたウサギの耳を指でつまんでまた離した。 ピョコンとウサギ耳が頭の上でかわいく揺れる。 「……わからない。 でもわたし個人は元の自分の容姿に戻りたく思っていない」 やっと長門が少し素直な一面を見せた。 自分個人の意見を長門は許されていないのだろうか。 こうやって会話して意思の疎通をするのが本当に疲れる。 「なんでそんなふうに思うんだ……? お前だって自分の体に戻りたかったはずじゃないのか? その体ではいろいろと不便は無いのか?」 一瞬朝比奈さん(長門)の目線が俺の方を向き、 また俺から目線を離してうつむきながら答えた。 「あなたがこの朝比奈みくるの容姿を好んでいるから」 な……なんだって? 俺が朝比奈さんのことが好きだから朝比奈さん(長門)は元に戻りたくないという。 それってつまり……つまり…… この朝比奈さん(長門)は俺に好まれたいと望んでいるわけで…… ……これってある意味遠まわしな告白ってやつか? 俺はこの朝比奈さん(長門)から朝比奈さんと長門、一度に二人分の告白を受けてしまった。 「長門……」 なぜか俺は朝比奈さん(長門)の顔が見れなくなっていた。 だからといって違うところに目をやろうとすると 朝比奈さん(長門)の大きく開いた胸元やふとももに目が奪われそうになる。 「えっと……なんだ。 そ、その……長門にはあのいつもの長門の姿の方が似合うんだよ。 読書好きな寡黙な少女っていう子ならあの姿の方が自然なんだ。 俺はあの長門の方が……そうだな…… わ、わりと好みなんだよ。うん! 俺は断然あっちの方の長門を推すぜ!」 精一杯の言い訳に聞こえるかもしれない。 実際俺は長門の意外な告白にかなり戸惑っていた。 たしかに俺は朝比奈さんのことが好きといえば好きかもしれない。 でも長門のことだって、ハルヒのことだって好きといえば好きなんだ。 あくまでLOVEという意味ではなくLIKEと言う意味でここは考えている。 ああ、俺はいつまでも優柔不断でこんなときになんと答えたらいいかよくわからないバカ男なんだ。 自分の本当の気持ちには気づいているくせにとことん正直になれないんだよ、俺ってヤツは。 長門がうなづいて少しだけ残念そうに答えた。 「そう。 わかった……元に戻す。 しかし、この会話記憶は全て消去する」 「え……!?ちょ…」 長門の声が微かに聞こえたかと思った瞬間、 気づくと俺はベッドの上にいた。 目の前にはよく見慣れた天井。 近くの壁に貼られたポスターは俺が張ったものだ。 そこは俺の部屋だった。 さっきまで俺は長門の部屋にいたような気がするが気のせいだったのだろうか。 起きる寸前朝比奈さん(長門)の声が聞こえたような……。 いや、気のせいだろう。 きっとそんな夢を見ていただけに過ぎない。 現にもう、その夢の内容なんか覚えちゃいないしさ。 今は俺はそんなことより重要なことがあるだろう。 急いで階段を降りて洗面台へと向かう。 眠たそうにハブラシを咥えている妹をどかして、 鏡の正面に立つ。 「ふぇ……ふぉんふんふぉうはひふぁあほ?(キョンくんどうかしたの?)」 ああ、4日ぶりに鏡の中のこの顔に会うことが出来た。 ついにようやく俺は俺の体を取り戻すことができたのだった。 ~~エピローグ~~ 「なあ、あいつらってできてるのか?」 ようやく訪れた俺にとってのいつもの昼休みの時間。 谷口はじーっと2つ隣の席の二人を恨めしそうに横目で見ていた。 後藤と葉山が仲良く1つの机で仲良く弁当を広げていた。 「ああ、あの二人……最近付き合いだしたんだよね。 元々葉山さんは後藤のこと好きだったっみたいだしお似合いのカップルだと思うよ」 そっけなく答えるが、国木田はこういう情報にはやたらと詳しい。 実は谷口以上に男女交際には憧れを抱いているのかもしれない。 それとは対照的に俺たちは男三人で仲良く1つの机を囲んで弁当を食っていた。 昨日までの古泉(俺)のハーレム状態が嘘のようだ。 実際嘘でもなんでもなく今日も古泉はあのハーレムを形成していることだろう。 「はぁ……俺もハーレムとはいかないが、せめてあの二年の朝比奈さんと一緒に弁当を囲んでみたいぜ。 一生に一度でいいからさぁ……」 谷口が弁当の玉子焼きを箸で突き刺して空中でクルクルと回していた。 谷口は知らない。 つい昨日まで、俺の中身がその朝比奈さんであったことを。 よかったな。お前の一生に一度のお願いはもうすでに叶っているぞ。 「ところでキョン。お前は涼宮とは一緒にメシ食ったりしないのか?」 「なんで俺があの女と一緒にメシを食わなきゃならん」 だいいちアイツはほぼ毎日食堂でメシを食う。 俺は弁当組だから一緒に昼飯を食ったことはない。 ……いや、朝比奈さんが俺になった初日に一緒に食堂で食ってたらしいが俺の記憶にはないことだ。 「キョンの俺って一人称……なんだか久しぶりに聞いた気がする。 ここんところずっと女っぽかったのに」 国木田の的確な指摘には何も答えず、 さっさとメシを食い終えた俺は弁当を鞄の中に突っ込み教室を出た。 廊下である人物とすれ違った。 「委員長……」 思わず口に出してしまった。 俺は今もう古泉の姿ではない。 月見パーティーのときに会っているから全くの初対面ではないが、 いきなり声をかけて相手が思い出せるほどの仲とはいえなかった。 「あら。昨日はありがとね」 なぜか頭を下げられる。 俺が何かお礼を言われるようなことをしたのかよくわからない。 むしろこちらこそお礼がしたいところなのだ。 俺は頭を下げてその姿を見送っていた。 食堂にハルヒの姿を見つけた。 ハルヒは大盛りの日替わり定食とカツどんとカレーにざるそばという、 見ているだけで胸焼けのしそうな組み合わせの昼飯をものすごい勢いでかっこんでいる。 「ふぁ、ひょん(キョン)。はんはもほうははふほふ?(あんたも今日は学食?)」 いや、もう食った。 それよりも物を食いながらしゃべるな。汚い。 「なによ。あんたに分けてあげる分は無いわよ」 ああ、そうしてくれ。 ハルヒはあれだけあった目の前の食事を綺麗に平らげて両手を合わせた。 「ふぅ、ごちそうさま」 だがまだ食い足りないのか食堂の券売機の方を見て買い足しに行こうか迷っているようなそぶりである。 本当にこいつがダイエットなんて考えたのか信じられないような様相だ。 「ハルヒ、何事も腹八分がいいと言うだろ」 「じゃあ、もう少し食べてもいいって訳ね」 ハルヒは嬉しそうに笑うと券売機の方へと向かっていった。 まだ八分に到達していないってのか。 やれやれ。 放課後、部室に入ると珍しく古泉が一人で本を読んでいた。 「やあこんにちは。 今回あなたにはだいぶ助けていただきました。 おかげでこうして元の姿を取り戻せました。 心からお礼申し上げますよ」 俺はこの前こいつの体に入っていたんだなぁと、 なぜか懐かしさを感じながらパイプ椅子を組んだ。 「なあ、古泉。長門になってみていつもと一番変わった点は何だった?」 「そうですねえ……スカートがスースーするってことくらいですよ。 せっかくの貴重な体験だったんですけどそれを楽しむような余裕はありませんでしたよ」 ハハッとわざとらしくハニカミながら答えて笑う古泉の姿を見て、 ようやく俺が古泉でなくなったということを実感できた。 「お前になってて感じたんだが、委員長はお前のことが好きなんじゃないか? なんかそんな感じだったが」 「ああ、僕の後ろの席にいるあの子のことですか? まさか……彼女は僕に好意など抱いていませんよ」 「なぜそんなことが言い切れる。 毎日お前の分の弁当を用意してくるし、 わざわざお月見パーティーにまで招待してくれたし、 俺が忘れた宿題だって見せてくれたぞ。 何の好意も持たない人間がこうまでするか」 「もしそう感じたのなら中身を好きになったのかもしれませんよ。フフ……」 んなわけあるか。 初日からあんな態度だったわい。 「じゃあ、彼女はもしかして『機関』の人間か?」 「ほほう……どうしてそんなことを考えるのですか?」 そうでなければおかしいだろう。お前が授業中に呆けていたりするようなキャラだったらわかるが。 「ふふふ、残念ながら違いますよ。彼女は『機関』の人間ではありません。 ですが『機関』とは全くの無関係とは言えないかもしれませんね 『機関』の知り合いの知り合いというだけで莫大な数の人間がその範囲内に入るのですから。 それだけ僕の所属している『機関』は無関係という関係はありえないくらい巨大な包囲網を持っているのですよ 本当のことはこれ以上言えません。でもどうしても知りたいですか?」 どうせ聞いても本当のことは教えてくれないんだろ。だからあえてこれ以上は追求しないよ。 「たとえば……そうですね。こんな風には考えられなくは無いですか? ……昨日の日付は覚えてますか?」 「9月11日だろ」 「それです。その日付がどんな意味のある日であるかはあなたもよくご存知のはずです」 9・11……もしかして……。 数年前、あのアメリカで起こった歴史的出来事の日。 おそらくこれから先の現代史の歴史の教科書には深々とその名が刻まれるであろうあの事件の起こった日が、 偶然にも昨日の日付とぴったりと同じであった。 「その日がたまたま世界最後の日と重なるということも考えられなくはありませんでした。 涼宮さんの考えそうなストーリーですから」 「それで委員長にも協力を要請したってわけか。 そうやって俺をうまくハルヒに誘導させようとした、と」 「いえ、別にそうとは言ってません。 もしかしたらそんな風な考え方もできなくはないのでは?と言いたかっただけなのですよ。 そう簡単に僕が本当のことを言うと思いましたか? どっちにしてもお月見パーティーが今回の解決のきっかけにはなりませんでしたしね」 明らかに関与を認めているようなくせしてきっちり最後にしらばっくれやがった。 まあ、その方が古泉らしくていいだろう。 それにしても、さっきから古泉が読んでいるハードカバーが妙に気になる。 「これですか?いえね、そこの本棚に置いたあったのですが、 読んでみるとこれが意外に面白いんですよ。」 すっと本を持ち上げてタイトルを俺に見せた。 睡眠薬のようなカタカナがゴシック体で踊っていた。 ああ……知っている。 これはSOS団創立当時に長門が俺に読めと渡してきたSF長編だ。 俺も2週間かけてそれを読んだが、 結局のところその本の真髄は全く理解することが出来なかった。 少なくとも高校生にオススメできる本ではないと思う。 「なあ、その本は特にどの辺が面白いんだ?」 古泉はちょっとだけ考えるような仕草をして答えた。 「う~ん、そうですねぇ。よくよく考えると変なお話なんですよね。 文章は説明不足でわかりにくいですし、話の構成も下手ですね。 あとこういうジャンルのお話は、僕はあまり好みとは言えないんですけどね。 でも読んでいると不思議と心が踊るといいますか…… 懐かしい気持ちにさせてくれたりして。 そういえばなんで面白いんでしょうかね。 まあ、しいて一言でいえば……」 またしばらく悩んで一言だけ答えた。 「……ユニーク」 ──数日後。 いつものように文芸部の部室に集まった5人は特にすることもなくただ個人個人の好きな時間を過ごしていた。 朝比奈さんがいつものようにお茶を入れてくれたお茶を飲む。 いつものあの朝比奈さんの味がする。 部室に飾られているハンガーラック。そこには今まで朝比奈さんが着た衣装の数々が並べられている。 そこに新たにブレザーが加わっていた。 そういえばあの入れ替え初日、俺たち四人が長門の家に集まったとき 『機関』が朝比奈さんに渡したブレザーが余っていたのだ。 もしかしたらいつかまた着てみる機会があれば着てみたいという気持ちがどこかにあるのだろうか。 朝比奈さんの方を見つめつつ俺は一つの懸案事項に頭を悩ませていた。 彼女は俺の秘密を知っている。 俺の秘密、それは男の秘密。 ベッドの下のダンボールの底の方に大事に隠されているビデオや本のことだ。 俺が元の体に戻ったその日、 それら全てが姿をくらましている事に気づいてしまった。 もしかしたら親が見つけたのかもしれないが、 うちの親だったらそのことで必ず俺に説教してくるはずだ。 どちらにしても朝比奈さんは俺の秘密を知ってしまったはずだ。 しかし朝比奈さんの素振りはそんなことはまるでなかったかのように俺に接している。 本当に俺のあの宝物を見たのか、それとも知らないのか。 なんとしても真相を知りたいがもちろん朝比奈さんにそんなことを聞くことなど出来ない。 一生朝比奈さんの胸のうちに仕舞っていてくれることを祈る。 「ようやく1キロ減ったわ。なんで体重って全然減らないのかしら」 結局ハルヒのダイエットは完全にやめさせることは出来なかった。 だが俺は一つだけ条件をつけるようにハルヒに約束させたのだ。 それは、隠れてダイエットをしないこと。 もしダイエットをしたいのならみんなで協力して痩せていこうという話だったのだ。 ハルヒも馬鹿正直なところがあるのか、 それとも自分の努力を認めて欲しいのか、 1キロ太っただの痩せただのという話をいちいち俺たちに聞かせてくるようになった。 体重の話題が普通の話題になったおかげで部室内では体重の話はそんなに禁句ではなくなった。 それにしてもいつもあれだけ昼間食っていてよく1キロも痩せるもんだ。 こいつは一日にいったいどれだけのカロリーを消費しているのだろうか。 「みくるちゃんはこの前量ったときは前よりさらに2キロも太ってたのよね。 だからみくるちゃんまであと1キロよ!」 「ちょ、ちょっとなんでバラすんですか~? 絶対言わないって約束したのにぃ~。 それにもうわたしそんなに太ってないです~」 「な、なあんですってー! じゃあ今何キロなのよ! 教えなさい! あ、こら逃げないの! ちょっとキョン! みくるちゃんを抑えて! そこの体重計で量るから!」 「ふぇぇ~ん」 たしかに朝比奈さんが元に戻ったときは少しふっくらしていた。 もちろん本物の朝比奈さんには責任はない。 この前の大食い大会もそうだが、だんご300個の早食いをしたりしたのは長門の仕業なのだ。 それに長門のことだから普段の食事の量だってかなり多めになっていたのではないか? たったの4日で2キロも太るのはなかなか出来ることじゃない。 長門の方を見ると自分のせいじゃないとばかりにひたすらに無言で本を読み耽っていた。 今回の騒動でまた最後は長門の力に頼ってしまったな。 元に戻れたのはお前のおかげだからな。 元に戻せないかもと言われたときはひやひやしたが 結局なんでもなかったみたいだしな。 いや、よかったよかった。 窓の外をみると外の景色が少し赤みを帯びてきていた。 この街にも本格的に秋が訪れようとしていた。 「あれ? おかしいわね。たしかに昨日冷蔵庫に入れたはずなんだけど……」 ハルヒはさきほどから部室の冷蔵庫の中の物を掻き出しながら『あるもの』を探していた。 その『あるもの』は卵、牛乳、砂糖、カラメルなどをたっぷりと含んだ あま~く高カロリーなお菓子である。 「ちょっとぉ、どうしてないのよ! たしかにこの中に置いてたはずなのに!」 ハルヒのこの宝探しは徒労に終わるに違いない。 なんせお前の探しているものは俺の胃の中にある。 ハルヒが手を止めてじろっとこちらを睨んでいる。 むしろ感謝して欲しいぜ。 少しはお前のダイエットに協力してやったんだからな。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 ──涼宮ハルヒの中秋── ──完──
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4637.html
午前中。休み時間とは名ばかりの、次の授業への移行時間かつ執行猶予時間の際。 俺は……古泉は登校しているのだろうか、長門はどうしているだろうかなどを自分の席に着いたまま黙考していた。 「どうしたんだい? あまり元気がないみたいだけど。なにか悩みでもあるの?」 国木田はこちらへと近づきつつ俺に問いかけ、俺は背後にハルヒが居ないことを確認すると、 「……悩みが多すぎるのが悩みだな。正直まいってるよ」 「ふうん。てかさ、涼宮さんも何だか元気がないみたいだね。ひょっとしてケンカした?」 普通は聞きにくいようなことを飄々と聞いてきた。国木田よ、俺とハルヒはケンカするほど仲が良いわけじゃ……。 いや、あるのか。いつも俺がボッコボコにされてるが。国木田はなおも飄々と、 「聞きにくいって? もしかして、キョンと涼宮さんのケンカは犬も食わない感じになってるの? それなら、僕がそれを聞いちゃったのは野暮だね。ごめん、謝るよ」 謝られたが、考えてみれば野暮なことはないよな。そして、 「……勝手に俺たちを夫婦にするのはよしてくれ。それより、ハルヒが元気ないって?」 あいつが? ……俺には、息巻いて不思議探索に精を出そうとしていたようにしか見えなかったが。 「キョンは気付かなかったの?」 「……俺には世界を作り変えちまいそうなほど元気に見えたがな。もしハルヒがそうだってんなら、多分、俺がまだポエムを書いてないのが原因だろう」 「おいおい、いい加減早く書いちまえよな? お前なら、いままで恋愛経験がなくても関係ねえ。涼宮とのアレコレでも書いてりゃいいじゃねえか」 谷口がどこからか沸いてきた。谷口、俺はハルヒと、それこそ人に言えないようなもんしかしてないぜ。 「それは大胆だねキョン。ここは学校だし、そういった情事的な告白は自重した方がいいんじゃない?」 俺の言葉に国木田がひどい齟齬を発生させちまった。こいつが耳年増なことを言ってるのは、人畜無害そうなツラしてるのが原因だろうか。谷口は国木田に、 「バカ言え。こいつにそんな甲斐性があったら困るってよ。ムッツリな奴ってのはそんなんじゃねえ」 「誰がムッツリだ。おいお前たち、いや、アホその一とその二。妙な勘違いしてやがると俺の怒号より先に、ジェットエンジンを積んだ地対地ハルヒミサイルがアホを感知して飛んできちまうぞ。俺はそれの巻き添えを喰らいたかないね」 「勘違い、ねえ」と声を揃える二人。もといアホ供。そのなかでも特にアホな方が、 「……しかしもう一年になるんだな。お前と涼宮が、一緒に過ごすようになってから」 ――この谷口の台詞は、まんま俺が自分の部屋のカレンダーを見て思った言葉と一緒だった。 四月。ハルヒと出会った日付に、俺が記した印。 記憶をなくしちまった異世界の俺は……その印を見て、何を思っているのだろうか。 「俺はなキョン。涼宮とお前が出会ったのは良いことだったと思ってんだ。あいつが奇行をするのは変わっちゃおらんが、中学の頃のそれとはダンチだぜ」 右手を肩の位置ほどまで掲げながら、やれやれとばかりに話す谷口。 ――俺は話の内容より、谷口の姿を改めて見たことによって一つ思い浮かんだことがあった。すぐさまそれを聞こうと、 「……そういえば谷口。お前は、ハルヒとずっと一緒のクラスだったよな?」 「ん? ああ、中一の時から現在進行形でそうだろ。なにを今更言ってんだ?」 「聞きたいことがあるんだが」 もしかして、こいつはハルヒが異世界を作っちまったヒントを知ってるんじゃないだろうかと思った俺は、「あいつさ、中学の頃から宇宙人やら諸々を探し回って、不思議なものと会いたがってたんだろ? それでさ、なにか……他に変わったことしちゃいなかったか? もしくは、あいつの悩みでも願いでもなんでもいいんだ。教えてくれ」 そうだ。異世界じゃそういったハルヒの願いは叶ってる。その世界がそんなイレギュラーな事態になってるんなら、他に……何かがあるはずなんだ。若干の期待を込めつつ聞いた俺に谷口は、 「知るか」 という端的な答えを出した。冷たい言い方に俺がすこし傷ついていると、 「中学の涼宮の行動はオールラウンドに変わってたぜ。それこそ全部が変だったもんで、それがあいつの普通になってたくらいだ。……そりゃ今でも変わんねぇが、高校に入ってから変わったもんが一つあるな」 谷口は、話の後半部分になるとニヤニヤした顔を俺へと向けて話していた。やめとけ。マジモンのアホみたいだぞ。 とは言わず、それは何だと聞き返すと、 「高校に入ってから涼宮に告白したヤツがいたんだが……涼宮は断ったらしい。中学の頃じゃ考えられねーよ。でな、東中出身のヤツらの間じゃ眠り姫伝説ってのがあったんだ」 もちろん眠り姫ってのは涼宮だ。と続けて、 「眠り姫ってのはつまるところ、涼宮が寝ぼけたこと言いながら正気の沙汰とは思えん行動ばっかやってたからさ、皮肉で付けられたあだ名だよ。そんで、あいつが目を覚ますのは、あいつにちゃんとした男が出来たときだって言われてた」 また谷口は俺をアホ面で見ながら、 「涼宮が男をとっかえひっかえしてたのは、いつまでたっても現われやしない王子様を探してたんじゃねえかって噂が立っててさ。で、あいつは眠ったまんまで王子様が誰だかわからねーから、とりあえず全員オーケーしてたんだろって話だ」 「馬鹿言え。ハルヒが王子様を探してる? あいつが全員の申し入れを受けてたのは、単に断るのがメンドーだっただけだろ」 「それは違うんじゃないかな? そっちのほうが面倒じゃん。涼宮さんなら、斬り捨て御免でサヨナラすると思うけど」 「だが……」 ……と俺は言いかけて停止した。谷口の話を聞いて、一つ不安な考えが頭をよぎっちまった。こいつらとハルヒの恋愛観について侃々諤々としてる場合じゃない。 眠り姫。 スリーピング・ビューティ。 まさか……あの、閉鎖空間から抜け出たときの行動をやれなんて言わないよな? ……俺がなんとも言えない気持ちになっていると、 「でもさ、涼宮さんはその人の告白を断ったんでしょ? じゃあ、もう涼宮さんは王子様を見つけちゃったの?」 「――なっ!」 思わず驚嘆の声を発した俺に、 「何驚いてんだよキョン? いつになく素直な反応じゃねえか」 「うん。まるで好きな人に彼氏がいたのが発覚したみたいな反応だったね」 アホがアホなことを言ってきた。こいつらにアホ言うなとは無理かもしれないと思いつつ、 「お前等がアホらしいこと言ってるからだ。あいつに男なんかいやしないし、第一、今でもハルヒは天真爛漫な行動してるじゃねえか。谷口の予測も外れてるってことだ」 そう言うと、谷口は何故か盛大に嘆息した後に、 「噂は噂だ。与太話でしかねえよ。けどな、じゃあなんで涼宮はそいつの告白を断ったと思う? 俺が言うのは業腹だが、そいつは中々の良識人だったぜ。見た目だって悪かねえ」 「そりゃSOS団があるから……」 「ああ、わかった気がするよ。谷口の言いたいこと」 俺の言葉を途中で止めた国木田は、 「涼宮さんは、今度は王子様と一緒になってキテレツな行動をやり倒してるんだね」 「そういうこった」 俺の目の前に二つのアホ面が広がった。 つまり、こいつらは俺が王子様だと言いたいらしい。なんとアホな。谷口、国木田よ。俺が王子様に見えるんなら、俺が跨っている馬はハルヒだぞ。むしろ、俺がじゃじゃ馬に乗っかってるから王子様に見えるのか? 何処をどう見たら、無残に振り回されまくりの俺の格好がそう思えるんだろうね。 俺はそんなことを考えながら二人を追っ払い、少々残念な気持ちをそのまま溜息として吐き出していた。 実を言うと俺は、谷口がこの異世界問題の解決の糸口を持ってきてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていたのだ。 そう。長門が世界を改変し、俺以外のみんなの記憶が消えちまった時、あいつは俺とハルヒを引き合わせるキッカケをもたらしてくれた重要人物だったからだ。そして、この谷口は―― 残念以外のなにものでもなかった。 そして昼休みになる。俺はいつものトリオでの昼食会を辞退し、文芸部室へと足を運んでいた。 理由なら沢山ある。長門の様子だって気になるし、ポエムだって書かなきゃならない。教室じゃ恋のポエムなんぞ書けるはずもないため、どうせなら部室で長門と肩を並べながら頑張るのも良いかなと考えたのだ。長門にとっても、戦友がいたほうが退屈しないで済むだろうしさ。古泉は……まあ、気にならないわけではないが来てないとしても俺にはどうしようもないことだし、そもそもあいつが学校にまで来れない理由というのがわからん。よって、俺は数ある懸案事項の中で、ポエム作成と長門についての問題を優先して選択し対応することにしたのだ。 そんな雑多なことを考えながら部室へと到着し、扉を開いた俺は…… 「うお」 室内の長門の様子を目に入れて思わず声を漏らす。 「……今日は、本読んでないのか」 長門はこちらへと振り返ることもせず、顔を窓際へと向けたまま、自分の席に閑寂と着座していた。 「長門?」 俺が呼びかけてみても、一ミリの返答すら返ってこない。 「……機関誌借りていいか?」 「…………」 沈黙を了解の合図とした俺はかつての長門を見習い、ポエムの作成に温故知新的な希望をもって小説誌を開いた。 ……が、何故か俺は自分の小説ではなく、長門の小説を読み返したいと思いながらボンヤリとページを捲っていた。 「………ん?」 長門の小説を探していた俺は、機関紙が検索を終えてパラリと閉じられたことに違和感を感じた。なぜなら、俺はあいつの小説を見つけることが出来なかったのだ。 そして何度か再検索してみるものの、一向に長門の小説は姿を見せない。 というより、ない。 それが俺の勘違いでないというのは、目次として記されている作品掲載順序と実際の順番の不一致が証明してくれている。 そう。本来ならあるべきはずの場所に、あいつの小説がポッカリと消えてしまっているのだ。 「………?」 ――なにかがおかしい。嫌な予感がする。何か……とてつもなく大きなものが俺を待っている気配が、この部室内からですら漂っている。 「長門」 もちろん返事はない。しかし、それがもちろんのことになったのはつい先程のことだ。これも、本来なら変なんだ。 「……機関誌なんだが、お前の小説は何処へ行った?」 「…………」 無言で部室の隅を指差す。俺はまるで札を貼られたキョンシーの如く何も考えず諾々とその指示に従い、長門が指差す先へと歩き出した。 「………?」 壁に突き当たった俺は、またもや沈黙と疑問符を浮かべることとなった。 ここには、円筒状のゴミ箱しか置かれていない。 行動の選択肢が一つしかなかったため、俺は何を思うわけでもなく、ゴミを漁るというあまり宜しくない行動に出た。 ……そして思わぬ収穫物を手に入れた俺は、ここで、やっと意識を取り戻すこととなる。 「――誰が……こんなことしやがった」 俺が手にしているのは……長門の小説だ。見事なまでの手際で切り取られたであろう数枚の紙の姿に、俺はそれを認めることが出来ないでいた。 いや待て。待て待て。わからん。不愉快よりも、不可解さが先に来る。 何が起きてる? いつ始まった? どうしてこうなってる? 真っ白になった頭の中で数々の疑問がひしめく中……俺は思わぬ言葉を、紛れもない長門の声で耳にする。 「わたしがやった」 ……は? なにをだよ。 「それ」 俺は手元を見る。そこにあるのは、もちろん…… 「―――長門っ!?」 質問するには不明なことが多すぎた。俺は長門を一瞥し、そして普段とは違うこいつの雰囲気を認識するやいなやすぐさま駆け寄り、あいつの肩を掴みながらあいつの名前を叫ぶ。 「……なっ……お前、どうして……」 そして長門の双眸と目を合わせた俺は……そこにあるものを感じ、狼狽を隠せずにいた。 「今のわたしには、必要ないものだったから」 そう話す長門の瞳の中には…… 何も、存在していなかった。 今つくづく思う。昨日までのこいつには、いや、初めて出会ったときだってそうだ。無感動ながらも、確かに何かが存在していたのだ。 しかし、俺の目の前にいるこの長門には……何もない。あの黒い瞳はまるで乾いた氷のようにくすみ、光を失ってしまっている。初めて俺は……こいつの姿に虚無というものを見て、例えようのない戦慄を覚えた。 何かが起きてる。それは間違いない。この長門がおかしいってのも間違いない。 じゃあ、何で……長門はおかしくなっているんだ? 《あの日》を思い出したからといって、流石にこうまでなるとは考えにくい。ってことは、なにか他の原因でこうなっちまってるんだ。考えろ。どこかに……ヒントがあったはずなんだ。 昨日は何があった。なにかおかしかったところは?(帰り際にあったな)もしかして、長門は誰かに妙なことでもされたのか?(長門が?)じゃあ誰に?(あいつはどうだ)大体、長門をこんな風にして何の得がある?(ある。あいつには)今日何かおかしなところはあったか?(あいつは来ているか?)機関誌は……(最近あいつがずっと読んでたな)。 「……ふざけるな」 これは俺の馬鹿げた思考に対する言葉だ。くそ。何考えてんだ俺は。わかってるじゃないか。 古泉が……こんなことするわけねえだろうが!(機関はどうだ?) ――いい加減にしろ。そうだ、原因を考えたところでどうなるわけじゃない。今必要なのはトルストイ的思考方法だ。 まず、現在一番優先すべきことはなんだ?(そりゃもちろん長門を元に戻すことだ)それを果たすには?(思いつかないね)じゃあどうする。(何が出来る?)俺に出来るのは……(俺に出来ないなら……) 「喜緑さん……!」 あの人なら何か知っているはずだ。確証はないが、もとよりここで俺が無為に思考を巡らせるよりは彼女に何かしら聞いてみた方が上策というものだろう。 だが、ここの長門はどうする? 下手に校舎内を引っ張って連れて歩こうものなら、ハルヒが追尾してきたりだとか俺が破廉恥な輩だという無用の心配が生徒や教師間に蔓延ってしまうかも知れん。そんなもんに構ってる暇などありゃしない。 俺が行動を決めかねていると部室の扉がガチャリと音を立て、 「……おや」 立ち尽くす俺の姿に少々驚きつつ、見慣れたハンサム顔が進入してきた。 「いえ、長門さんが心配だったのでね。僭越ながらここへやってきたわけです。お邪魔なら引き返しますが」 何も聞いちゃいないのに訪れた理由をいつものスマイルで話す古泉に、 「古泉、これ頼む! あと、長門もだ! 俺は今から喜緑さんの所に行ってくる! 理由はすぐ解るはずだ!」 「……ど、どうしたんですか?」 俺は古泉の胸元に長門の小説を押しやり、されるがままにそれを受け取った古泉は当惑しながら俺に説明を求めた。 「何がどうなってるかは知らんが、事態は風雲急を告げまくりだ! よろしく頼……」 一目散に扉へと駆け出していた俺は途中で足と言葉を止め、唖然としている古泉を見ながら、 「……古泉。俺は、お前を信じてるぜ」 たとえ『機関』が――いや、誰が長門をこうしちまったとしても……古泉は、目の前の長門を守ってくれるはずだ。 俺はそれ以上足を部室に留めることなく、一路喜緑さんの元へと駆け出した。 とは言うものの、俺が目指したのは生徒会室だった。目的地に着いた俺はすぐさまドバン!と無作法にも勢いよく扉を開き、 「……なんだキミは。ここはそちらのイカガワシイ部室と違い、ひどく真面目に学内活動に取り組んでいる場所なのだ。無礼な入室の是非は推して測るべきだと思うがね」 突然の闖入者に呆れ顔の生徒会長。少しも怯んだ様子が見受けられないのは感嘆だ。 「そういえば、機関紙の上稿の件があったな。詩集は完成したのかね? もっとも……キミのその様から鑑みるに、期日の延長でも哀願しに来たと考えるのが妥当な判断だが」 肩で息をしている俺に、会長は訝しげに言い放つ。 「……それも頼んでおきますよ」 ちゃっかりしたことを言う俺に、 「ふん。その程度の用件でわざわざ参られては、こちらが困るというものだ。期日を設定したのはそちら側だろう。そもそも今の私は、奇怪な団体に付き合ってる暇など皆目持ち合わせてはいない。この度の生徒会からの要求も実の所、便宜上の活動内容が欲しかっただけなのだ。詩集とやらはあのお祭り女が勝手に決めたことだ。今回、生徒会側はキミたちに契約不履行の罰則を何も提示してはいない。勝手に四苦八苦でも七難八苦でも起こしていたまえ」 会長があまりにも正当なことを言っているのでちょっと逆らおうと思った俺は、 「……少しばかり要求を急ぎすぎだった感は否めませんがね。せめて二学期から活動を求められれば良かったんですが」 「ふん」 いわれのない非難を受けて呆れ返ったような息を吐き、 「キミは喜緑くんの、折角の厚意を無下にするつもりかね。当初の生徒会側の申し入れを提案したのは彼女だ。……理解したのなら、早く退出したまえ。こちらは昼食をロクに摂れぬ程忙しい身なのだ」 「待ってくれ。俺はそれで来たんじゃないんだ……いや、ないんです。喜緑さんはいないんですか?」 「ほう。キミが我が生徒会秘書と謁見したいというのは何故だ」 答えてるヒマはない。いるかいないかどっちかだけ答えてくれ……という俺の質問は愚問だった。清濁併せ持つというか本来黒い会長がこの喋り方だってのは……。 「会長。どうやら彼はわたしに火急の用があるみたいです。すみません、少し席を外していて頂けないでしょうか?」 「……む。私とてヒマではないのだが。キミも良く知って……」 会長にニッコリと微笑む喜緑さん。これ以上会長が話しを続けていたらどうなるかわかったものじゃない。 「……よかろう。だが、手短に済ませたまえ」 絵に描いたような渋々とした風情で歩き去る生徒会長。生徒会活動に精力的なあの人の邪魔をするのは少々気が引けるな。 「構いません。わたしたちはここで、お弁当を食べていただけでしたから」 一転して会長に越権行為疑惑が浮上した。ちくしょう。権力を傘にきて、喜緑さんにちょっかい出してやいないだろうな。 「いえ。会長は素晴しい殿方ですよ?」 明るく言い放っているが、この人は会長の本性を知っているのだろうか。知らないとは思えないが……。 ――って、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。 「喜緑さん! あなたに聞きたいことがあるんだ! 長門の様子なんですが……」 急に笑顔のトーンを落とし、喜緑さんは悲しむ口調で、 「……はい。彼女に異変が発生しているのは知っています……その原因も」 ――よし、ビンゴ。当たりだ。原因が判明すれば、後はなんとでも対策は講じられる。 「……あいつはどうしちまったんですか? 多分、誰かに干渉されて――」 喜緑さんはゆるやかに首を横に振り、 「そうではありません。彼女は……禁を破り、死を願ってしまったんです。そして情報統合思念体からの処分を受け、現在の状態に保持されています」 「な……。あいつらが、長門を――?」 ――待て。思念体にとって長門は……世界人仮説を解明するとかいう、進化の希望だったんじゃないのか? それがあいつらの最重要目標だったはずだ。なのに、禁を破っちまったからといってホイホイとあんな状態に変えちまうのか? いや……もしかして、解明の作業には影響しないのだろうか? だがな、だからといって長門をあんな風にしちまうのは許され――って、 「ちょっと待ってください。長門が……死を願っただって? 死にたいなんぞを思ったってことですか?」 喜緑さんは視線を落としながら軽い困惑の色を顔に貼りつけ、 「……はい。長門さんのパーソナルデータが消去されていることから、それは間違いありません」 「長門のパーソナルデータが消えた? ……何となく意味は掴めるんですが、どういうことなんです?」 俺の質問に、喜緑さんはまるでカマドウマ事件をもたらした際のたじろぎ気味な雰囲気で、 「言うなれば……彼女はもう長門さんではないんです。現在の彼女は、いままでの長門さんの行動形式を思念体から暫定的に付加された、素体が一緒なだけの別人なんです。そして……」 更に沈み込み、唇を噛み締めるような様子で…… 「――もう、わたしたちが知っている長門さんが帰ってくることはありません。……彼女の中に存在する思念体は長門さんのものですが、これからどうしようとも……あの長門さんと同一のパーソナルデータが形成されることはありませんから……」 「………うそだろ」 ……喜緑さん。頼むから、そんな顔をしないでくれ……。それじゃ……。 まるで、打つ手がないみたいじゃないか……。 ――打つ手が……ない? いや……あるのか……? 「…………」 俺は揺らめく意識とおぼろになった現実感の中で、懸命に思考を成り立たせようと煩悶していた。 ……大人の朝比奈さんは言っていた。今日、長門の為に《あの日》へ飛ばなければならない、と。 だが、行ってどうなる? ――そう、そこなんだ。この現在は過去の延長なんだから、過去の空白を埋めても今が変わるわけじゃないはずだろ。 つまり……それは、長門がこうなっちまう現在を変えろってことなのか? だが、それは危険なんだ。俺たちは、歴史がどう変わるかなんて予想出来やしない。大人の朝比奈さんにいいようにされちまう可能性があるんだ。それに……。 長門が復調することは、大人の朝比奈さんにとって不利益なんじゃないか? 思念体は俺に、世界の矛盾を消して元の姿に戻さないかと提案してきた。それは、大人の朝比奈さんが消えちまうってことだ。ああ。そうだよ。そもそもが宇宙人や未来人や超能力者の上の繋がりは、純粋な利害関係で目的が一致してたから互いに敬遠していただけだ。思念体が長門を見限った今、『機関』や朝比奈さんの『未来』があいつを助けようなど考えるわけがない。 ……だが、最も頼りになる奴らは、長門を助けることに微塵の躊躇もありはしないんだ。 ――俺たち、SOS団には。 そして、今は俺の判断が一番重要な意味を持っているんだ。長門や古泉、恐らくは朝比奈さんも背後の黒幕から行動を制限されている。俺の行動如何によって、事態はあらゆる方向に進行してしまうのだ。世界の分岐点とやらがあるのなら、今が一番大事なポイントだ。 よく考えろ。俺に何が出来る? 俺の朝比奈さんに大人バージョンの彼女の存在を打ち明けてみるか……もしくは、博打だがハルヒに俺がジョンスミスだと名乗り出るかだ。危険度を考慮すれば前者だが、効果を考えるなら後者だ。どっちに………。 「………くそ」 どちらを選んだとしても、あまり良い結果が出るとは思えない。 ……それに現在俺の中では、上の奴らに向けているものとは別の怒りが大きくなり、思考することを邪魔している。 ――長門。お前は今大変な状況だが、一つ……言わせてくれ。 なにやってんだ。お前は。 死を願っただって? んなもん、願い事でも何でもねえ。お前は、死ぬほど悩んでたんだろうが。それで死にたくなったんなら、なんでこうなっちまう前に俺に言わねえんだ。いや、俺じゃなくてもよかった。ハルヒでも、朝比奈さんでも……古泉でも。そうさ、お前は一人で抱え込み過ぎるから《あの日》を起こしちまったんだろうが。……いや、それは俺が気付くべきだったよな。お前は何も悪かない。 けどな、長門。俺は誓ったんだ。お前に二度と……あんな思いはさせないと。 それはSOS団のみんなだって一緒だ。だから、俺たちはお前の悩みでも何でも共に背負って行きたいんだよ。 だが、お前がそれを教えてくれなきゃ……俺たちは、寄り添いようがなだろうが……。 長門。お前に一番必要なのはさ、自分が抱えてる悩みを仲間に伝えること――――。 ――ドクン。 ……この瞬間、俺の心臓がまるで今始めて鼓動し、その存在を知らしめるかの如く高く鳴り響いた。 「まさか……」 頭の中では、一人の少女の……笑わない仮面が笑ったような笑顔の映像が勝手にフィールインされていた。 「――喜緑さん! あいつは……朝倉はいないんですか!? いや、とにかく聞きたいことがあるんだ!」 慌てふためく俺を見ることなく、喜緑さんは視線を落としたまま、 「朝倉さんは……現在、思念体内に存在していません。彼女のパーソナルデータのバックアップも、失われています……」 「…………」 ――決まった。 俺は、行かなければならない。二度と行きたくはなかった《あの日》に。 そして俺は……二度と会いたくはなかったヤツに、今一番会いたいと感じている。 そう。朝倉は……長門の願いを、あいつの悩みを聞いているんだ。 ……《あの日》はまだ、終わっちゃいなかった――。 第三楽章・臨
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5721.html
土曜日。天気は晴れ時々曇り。そう、いつも通り合いも変わらず、不思議が目の前にあるのに不思議を探索すると言う、灯台元暗しを実現している活動日である。 「素敵な息ですぅ~」 あなたの方が素敵ないきですよ。朝比奈さん。むしろあなたの息があれば、酸素などいりません。 「いいじゃないあんた!」 ハルヒ、もう少し声を抑えた方がいいんじゃないのか?まだリハだぞ。何テイク取るかわからんが、声が枯れたら元も子もないだろ? 「にゃん」 長門のセリフはこの一言だけか。長門らしいっちゃ長門らしいが、なんでもう撮影用の猫ドレスとネコミミカチューシャつけてんだよ。本番だけでいいだろうが。 「いや~、SOS団の皆さんは、本当にカメラ映えしますね」 と、折りたたみ式のイスから立ち上がって、SOS団三人娘の演技を絶賛している人は、撮影監督である。 監督と言っても随分と若い。俺の主観ではあるが見た所、まだ30代前半くらいか。体格も細めだし、監督ではなく俳優にも見える。 「それでは三十分休憩取ります。休憩後に撮影入ります」 さて、いつも通り普通の土曜日であるが、ただ一つ、いつもとは違い、普通ではないことが目の前で繰り広げられている。 息をデザインするガム・ロッテACUO そんなキャッチコピーを持つガムの販促CMが作られ、あまつさえSOS団女子三人が出演するなど、少し前の俺には想像もつかなかった。 「皆さん本当に楽しそうですね。朝比奈さんなんかは、絶対に恥ずかしがると思ったのですが」 「息が近い。顔を近付けるな。古泉」 お前もこのガム食え。そうすりゃ少しはお前の気持ち悪さが緩和するだろうしな。だからって息吹きかけんなよ。条件反射的に舌引っこ抜くからな。 「これはこれは手厳しい。どうせならあなたが出ても良かったのですよ?涼宮さんだってそれを望んだはずです」 「悪目立ちしてたまるか」 これだからツンデレは……やれやれですね。と聞こえるような小声で囁いた古泉の舌を抜こうとペンチを探してみたが、生憎、撮影スタッフにしか扱えないらしく、諦めることにした。 事件の始まりは、いつだって涼宮ハルヒである。 なおそのハルヒだが、今は休憩時間と言うこともあり、長門の猫ドレスを朝比奈さんと共に弄っている。 ハルヒ、わかってるだろうが、ここは往来の激しい街中だからな。 「……む、なによキョン。いつもみたく剥いたりしないわよ。有希だし」 朝比奈さんだったらするのかよ。 「ふん、まぁいいわ。撮影が始まったら、あたしの超女優っぷり、しっかり目に焼き付けなさい」 どこか不機嫌気味に、ハルヒは二の腕に装着した「超女優」と書かれた腕章を示しながら踏ん反り返った。 「SOS団のCMを作るわよ!」 ハルヒがそうやってのたまわったのは数日前だった。 「今までなんで気が付かなかったのかしら。そうよ!TVCMを全国、いや、全世界に流して、SOS団の知名度を上げてやるわ!」 何をバカなことを言ってるんだか。そんなCM誰が見るんだよ。見る以前に、どうやって公共の電波に流す。と言うSOS団ただ一人の常識人として、至極全うな意見を述べたのだが、 「CM……?……ああ!コマーシャルですね!……え、え、え、え、え、ええ!?」 「…………」 「実はですね涼宮さん。僕の叔父の弟の奥様の兄の斜向かいの家の息子さんがTV業界で働いておりまして」 「古泉君さすが!じゃあさっそくアポ取って」 「かしこまりました」 「かしこまりましたじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 そんな心の叫びを部室中に解放した事も、今となっては懐かしい。良いか悪いかは別問題だがな。 「それがどうして、ただの販促CMなんだか」 「おや?あなたはSOS団世界侵略の先駆けとなるであろう大変名誉あるCMの方がよかったですか?」 「そんなわけあるか。ただ、目的が変わってると思ってな」 古泉もとい「機関」がアポをとった人物こそ、ディレクターチェアで、撮影のためにスタッフと最終打ち合わせをしている監督だ。 機関がアポを取ったところ、その時彼が抱えている仕事の一つに、ロッテACUO販促CM作成があったらしい。 それならばと、彼は自身の作品にSOS団メンバーを出演させることを思いついたのであった。 本当は世界の中心人物であるハルヒだが、社会的には、どこにでもいる一般人。そんな奴をTVになんか出せるのだろうか?と思った。 だが、なんと彼は、その翌日、ハルヒがCM撮影を思いついた二日後に、東京にあるTV局からSOS団部室まで足を運んだのだ。 凄まじい行動力である。 監督はハルヒ達を一度見ただけで気に入り、すぐさま出演を依頼した。 最初こそハルヒは、自分達のCMを作らせるつもりであったはずなのに、なぜ彼が作るCMを手伝わなければならないんだと憤慨していたが、そこは根本的に騒ぐのが好きなハルヒである。 ハルヒは監督におだてられ、のせられるうちに、面白そうだと思ってしまったのだろう。その日の活動終了後には、CMのコンセプトまで話し合っていた。いや、、お前がCMを決めるなよ。そこは監督とスタッフに一任しろよ。 そしてあれから一ヶ月。本日はCM撮影当日である。 「手段が変わっただけで、目的は変わっていませんよ。涼宮さんはこうやって楽しく騒げればいいのですから」 あなただってそうでしょう?と繋げる古泉を無視し、俺は少し曇り始めている空を見て溜息を零した。 やれやれ。悪かったな、その通りだよ。 そのCM内容だが、まあ、その内お茶の間に流れるだろうから、わざわざ説明する必要はない。適当に確認してくれ。 概要だけ語らせてもらえば、なんたらなんたらとか言う俳優が、ガムを噛みながら服屋へ買い物に来る所から始まる。 だが目当ての商品が無く、彼が女性店員に溜息を吹きかけた時であった。なんとその女性が朝比奈さんに変化する。 それを見た他の店員が彼に詰め寄ると、今度はその店員がハルヒになる。 そして最後に、店の外にいる三匹の猫に息を吹きかけると、三匹全てが長門になる。 一応言っておくが、その三匹は長門が三人に増えたわけではなく、三回に分けて撮影した別撮りになる。分身ぐらい出来そうだが(むしろ本人はするつもりだった)そこは全国の茶の間に流す以上、派手なことはできない。 さて、SOS団女子三人が出演していて、俺と古泉が何故出ないかと言うと、単純に五人全員が出られるほどの尺が無かったからである。30秒だからな。 だが監督曰く反響があったら第二段第三弾と続編を作るつもりらしく、その時には出演するかもしれんな。 いや、俺は出たくないけどな。古泉は出るかもしれんが。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 いきなり撮影スタッフの輪の中から響く朝比奈さんの悲鳴。朝比奈さん!どうしましたか!? 「ちょ、ちょっとあんた!大丈夫なの!?」 ハルヒまで声を荒げている状況に、俺はただ事でないことを察知し、古泉と共にその人だかりまで駆け出していった。 「ハルヒ!どうした!?」 「キョ、キョン。これ……」 ハルヒが青い顔して指差す先にあったのは、頭から血を流してアスファルトに倒れこんでいる主演俳優だった。 わけの分からない状況に、俺は突発的に猫ドレス姿の長門に目を向けた。 「約五分二十三秒前。彼が涼宮ハルヒ及び朝比奈みくると会話を開始した。会話は撮影経験の無い涼宮ハルヒ達を心配する内容であり、重要性は無かった。だが」 「それで?」 「彼は会話中も、しきりに目を擦っていたり、肩を回していたり、とても疲労感を感じていたと思われる。そして着席していた席から立ち上がった瞬間、体勢を崩して地面に頭を強打した」 「おそらく過労による昏睡でしょうね。多忙な芸能活動が祟ったのでしょう。それでよろしいですか?」 「良い」 長門の状況説明が終わった頃、彼のマネージャーらしき人物が、電話を握り締めて救急隊を呼び始めた。救急車は後どれくらいで到着するだろうか。 「でもキョンくん……CMはどうなるんですか?主演俳優さんがいないんじゃ、撮影なんか……」 朝比奈さんは血の気を失せさせた蒼白な顔をさせながら聞いてきた。良い返事が思いつかない俺が恨めしい。 「まぁ、中止するしかないでしょ。言い方は悪いけど、せっかくSOS団の知名度を上げるチャンスだと思ったのに。残念ね」 「いや、中止にはしない」 監督が顔から重い空気を発しながらも、目だけ光を失わずに述べた。 「主演がいないのならば、主演が写らないカットだけを撮影し、主演が全快するまで撮影を進めておく。それがTVだ」 軽快なフットワークと行動力を持った監督であるが、発言からかなりの重さを感じる。こういう人がTVを作っているのか。 「しかし監督、いくらなんでも主演俳優が退場しては、撮影が」 「絵コンテを見る限り、主演が必要なのは最初の数カットと最後だけだ。彼が息を吹きかけて店員を彼女達に変身させる所は背面しか映らないだろ?そこにだけ代役を立てる……そうだな」 監督はスタッフや周囲の野次馬達を見回し、数秒後に俺に視線を向けた。 「君、確かキョンくんと言ったね。背格好も近いし、代役に立ってくれないか?」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「はい、それでは本日の撮影は以上です。お疲れ様でした」 監督が撮影終了の号令を出した瞬間、津波のようにドッと疲れが押し寄せてきた。 「だらしないわねキョン。あんたなんかセリフ一個もなかったじゃない」 「誰だって、カメラの前に出されたら緊張するだろうが」 こういう華やかな世界は俺に合わないさ。もしやいつぞやの映画撮影の時は、朝比奈さんもこんな気分だったのかもしれない。 それにしてもこいつはさほど緊張した様子もなく、カメラの前でセリフを言っていたし、やはり性格によるのか? 「疲れたでしょうキョンくん。お茶です」 そう言ってペットボトルのお茶を手渡す朝比奈さんをただただ感謝だ。 朝比奈さん、あなたの手にはヒーリング能力があるのでしょうか?そこらへんの自販機から買ったであろう150円の緑茶でありながら、この充足感は素晴らしい。 ちなみに長門だが、撮影が終了した直後に、いつも通り読書をして背景に溶け込んだ。つーかそんなに気に入ったのか?その猫ドレス。 ああ言う衣装って、スタイリストさんに頼めば買い取りとかできた気がしたな。後で教えてやるか。 「素晴らしい役者っぷりでしたよ。これならSOS団による映画は、あなたが主演で決まりでしょう」 「古泉。いつから俺のイエスマンになったんだ。それと主演なんかお断りだ」 セリフ一つ無い代役でもこんなに疲れたんだ。30分だか1時間もカメラの前に立ってたまるか。 「まぁ、それはともかくとして、色々ありましたが、これで安心できます。……本当は主演俳優が退場したとき、涼宮さんは閉鎖空間直前までストレスを膨らませたのですよ」 「あいつは目立ちたがりだからな。ここまでお膳立てされて中止じゃ、仕方ないだろ」 「……やれやれですね。教えられるならば、教えてさしあげたいのですが。これはあなたが気付くことです」 なんかバカにされてる気がするのは、俺が疲れているからだろうか。 「しかし、このガムは爽快感がありますね。さすがはロッテと言ったところでしょうか。あなたもどうです?」 古泉が手渡してきたので、何気なく一粒、口の中へ放り込んだ。 「うお、なんかつめてー。シーハーする」 俺が食べたのはグリーンミント味。ミントの成分が配合されているため、口の中が爽やかになる。焼肉屋で食べるのど飴みたいだな。 「はぅ!」 「あ、すいません朝比奈さん。匂いましたか?」 呼吸を多めにしていたからか、そばに居た朝比奈さんに匂いが飛んで行ってしまったようだ。 「い、いえ、その……素敵な息ですぅ……ほへぇ……」 ん?朝比奈さんが急に頬を染めて、脱力したぞ。やっぱり朝比奈さんも疲れたのだろう。 「…………」 「うお!な、長門!?」 人の気配を察知して背後を振り向いた瞬間、数メートル先で読書をしていたはずの長門が、いきなり背後に現れた。びっくりした。心臓が飛び出るかと思ったわ。 「長門、どうかしたか?」 「何も」 それだけ言って、長門はまた読書に戻った。その場で。俺のすぐ目の前で。 だが俺の頭の動きに合わせて、少しずつ身体をずらしている気がする。立ちながら読んでるから、重心が安定しないのか? 「ちょっとキョン!みくるちゃんと有希に、なんてことすんのよ!」 「はぁ!?俺が何をした!ただガム喰っただけだろうが!」 わけがわからない。ガム食べただけで、なんでハルヒはこんなに頭に血が昇るんだ。こいつもこのガムが食べたかったのか? 「落ち着けよハルヒ。ガム喰えガム」 「いらないわよ!こんなの!」 とても自称「超女優」が発して良い言葉とは思えない。CM出てたのに「こんなの」はないだろ。 「つーか顔が近い!暑苦しい!放れやがれ!」 「うるさいうるさいうるさい!このエロキョン!」 「……はい、もしもし古泉です。やっぱりですか。えぇ、申し訳ございまさん。僕のせいです。僕が彼にガムさえ渡さなければ……」 古泉が機関の上司、おそらく森さんに電話で平謝りしている中、ハルヒの機嫌はいつまでも直らなかった。つーか顔近っ!
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/617.html
涼宮ハルヒの誤解 第一章 涼宮ハルヒの誤解 第二章 涼宮ハルヒの誤解 終章
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/52.html
涼宮ハルヒの消失 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成16年(2004年)8月1日 本編247ページ 表紙絵:朝倉涼子 タイトル色:薄黄緑 初出:書き下ろし 初出順第12話 裏表紙のあらすじ紹介 「涼宮ハルヒ?それ誰?」って国木田よ、そう思いたくなる気持ちは分からんでもないが、そんなに真顔で言うことはないだろう。だが、他のやつらもハルヒなんか最初からいなかったような口ぶりだ。混乱する俺に追い討ちをかけるようにニコニコ笑顔で教室に現れた女は、俺を殺そうとし、消失したはずの委員長・朝倉涼子だった!どうやら俺はちっとも笑えない状況におかれてしまったらしいな。大人気シリーズ第4巻、驚愕のスタート! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page30 第二章・・・Page73 第三章・・・Page103 第四章・・・Page160 第五章・・・Page195 第六章・・・Page223 エピローグ・・・Page246 あとがき・・・Page252 映画 2010年2月6日劇場公開予定 →涼宮ハルヒの消失(映画) 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第7巻に収録第32話『涼宮ハルヒの消失 ~第一章~』 第33話『涼宮ハルヒの消失 ~第二章~』 第34話『涼宮ハルヒの消失 ~第三章~』 コミックス第8巻に収録第35話『涼宮ハルヒの消失 ~第四章~』 第36話『涼宮ハルヒの消失 ~第五章~』 第37話『涼宮ハルヒの消失 ~第六章~』 第38話『涼宮ハルヒの消失 ~第七章~』 コミックス第9巻に収録第39話『涼宮ハルヒの消失 ~第八章~』 第40話『涼宮ハルヒの消失 ~第九章~』 第41話『涼宮ハルヒの消失 ~第十章~』 第42話『涼宮ハルヒの消失 ~最終章~』 番外編『涼宮ハルヒの消失 ~エピローグ~』(漫画オリジナル、鶴屋さんが参加する原作の鍋パーティーはこの後の巻で、雪山症候群で別に描かれるが、この話ではSOS団だけの鍋パーティー) ぷよ版 涼宮ハルヒちゃんの憂鬱コミックス第3巻に収録? 涼宮ハルヒの消失のパロディ少年エース連載第17回、2009年1月号(ピンときました、この展開。(非4コマ)-幕間『みくるちゃんの憂鬱』-幕間『鶴屋さんの憂鬱』-ピンときました、この展開。(非4コマ続き)-幕間『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱-幕間『古泉一樹の消失』-ピンときました、この展開。(非4コマ続き)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん シャミセン 朝倉涼子 谷口 国木田 キョンの妹 あらすじ 12月18日、ハルヒはクリスマスパーティを企画し、部室を彩り朝比奈みくるをサンタクロースに着替えさせる。ここまでは日常風景だった。 だが、翌日の12月19日、キョンは信じられない事実を目撃する。朝学校に来てみると、クラスでは風邪が蔓延していた。昨日まではそうではなかったのに。その上、キョンの後ろの席も、なぜかぽっかり空いていた。そしてキョンは、とんでもないものを目撃する。昼休み、女子の歓声の中教室に入ってきたのは、なんと五月に長門が消滅させたはずの朝倉涼子だった!そして、その朝倉の席は、キョンの後ろだという。キョンの後ろとは、ハルヒの特等席ではないか。そう言ったキョンに国木田がとんでもない発言をする。「涼宮ハルヒ?誰だい、それ。」 後に繋がる伏線・謎 事件の約1ヶ月後(1月2日)、長門の暴走を停めにキョンがみくる、長門と共に去年の12月19日に時間遡行(涼宮ハルヒの陰謀にて)。 上述で再消滅させたはずの朝倉が教室に入ってくる。(その上キョンを抹殺しようとした記憶もない(とぼけてるだけ?)) 刊行順 ←第3巻『涼宮ハルヒの退屈(原作)』↑第4巻『涼宮ハルヒの消失』↑第5巻『涼宮ハルヒの暴走』→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1023.html
第三章 7月7日…とうとうこの日が来てしまった。 俺は何の対策も考えていない。 何かいい考えは無いかと考えている間に午前の授業が終わった。 昼飯は一年の時と同様谷口や国木田と食べている。 卵焼きを突いていた谷口がこんなことを言い出した。 「涼宮って去年の7月7日おかしくなかったか?俺学校の帰り道で東中の前通るんだけどさ、 俺去年の七夕の日学校が終わってゲーセンによってから帰ったんだ。たしか8時ごろ、 東中の前を通ったら涼宮が校庭でずっと立ってたんだ、しかも雨が降ってたのに傘もささずに。あれなんか意味あるのか?あいつのやることはやっぱよくわからん。」 「ふ~ん、そうか」俺は平然を装った。なんとなく動揺しているのを見られるのはまずい気がした。 心の中では適当に済ませばいいなんて考えていた俺をもう一人の俺が殴っていた。俗に言う心の中の天使と悪魔と言うやつである。 そして悪魔のほうが天使にぶっ飛ばされたわけだが、天使が勝ったところでどうにかなるわけでもなく俺は途方に暮れていた。 午後の授業もあっという間に過ぎ、とうとう部活の時間だ、今日だけはあいつと顔を合わせたくないのだが行かないほうがめんどくさいことになる気がするので文芸部室へと足を運んだ。 すると足取りが重かったせいか俺が部室に着く時には全員がそろっていてハルヒが嫌な笑みを浮かべた。 この瞬間俺は背筋が凍りつくような寒気を感じた。 このときの俺はこれから何が起こるかなんて知るよしも無かった。 ハルヒは全員がそろったと言うことでこう言った。 「今日は七夕で不思議も油断しているかもしれないわ!今日はこれから久しぶりに市内探索しましょ!!」 なんだって?最近驚いてばかりってのに驚きだ。市内探索?今から? 実は今までに5回市内探索が行われたのだが、結局一度もハルヒとなることは無かった。 そしてハルヒは例のごとくどこにしまっていたのか爪楊枝を取り出し例のごとく俺たちは爪楊枝を引いた、 そして驚いたなんと俺とハルヒがペアになっていたのである。 その瞬間明らかに長門、古泉両名の顔が明らかにゆがんだ。 ハルヒは言った。「何であんたとペアなのよ。まあいいわ、足手まといにならないようにしなさいよ!」いかにもハルヒらしい発言が聞けて俺は安心した。 「わかってるよ。」そう言い返しておいた。俺はなんかうれしいかった、それが何故かはわからないが。 そして夕方5時過ぎに俺とハルヒは学校を出た、そして行くあてはあるのかと聞いてみたするとハルヒは当然のように「東中。」 俺はそうか何しに行くんだ?とわざと聞いてみた。 するとちょっと怒ったように「あんた昨日の話聞いてたの?あたしは人を探しているのよ!」と答えるハルヒ。 俺は何故か行ったらまずい様な気がした、しかし断る理由も無く、思いつきもしなかったため「冗談だ、なら急ごう」そう言ってハルヒの前を歩いた。 北校から中学まで30分ほどで着いた。着いたはいいがまだ部活やら補修やらで残っている生徒がいるようだこれでは中に入れない。 「どうする?ハルヒ。」と聞いてみる。 「そうね、今入るのはまずいわねどこかで時間を潰しましょう。近くにちょうどいい公園があるわ、そこに行きましょう。」 あの変わり者のメッカか…こいつも好きらしいな断る理由も無い。 「わかった。」と答えた。 公園に着くと二人でベンチに座った。傍から見れば完全にカップルだ。 お似合いに見えるかは置いといてだな。 「だいだい8時ぐらいまでは待ってなきゃだめだろうな。」と俺。 「そうね、後2時間ぐらいね」とハルヒ。 「なんか話しでもするか。」 そして俺たちはしゃべり続けた。 新しいクラスがつまらないこと、朝比奈さんのコスプレ衣装の希望、これからのSOS団の活動内容について、新しい担任がむかつく事 そしてあっという間に2時間が過ぎた。 ハルヒが時計を確認し「そろそろ時間よ、行きましょう」そして後についていく俺。 学校に着くとさすがに真っ暗で携帯のライトで周りを照らした。 そしてこの後俺は信じられない光景を目の当たりにする ハルヒがライトを向け俺の名前を呼ぼうとしたときだ。 「キョ… 涼宮ハルヒがいきなり倒れたのだ、俺は焦った。 こんなに焦ったのはハルヒが消失しちまったとき以来だ。 焦りながらも俺は古泉に電話を掛けた、後から考えればナイスな判断だったと思う。 「古泉!!ハルヒが倒れた!!!!」 「どうしました落ち着いて下さい。」 「北校でハルヒが倒れたんだよ!!」 「わかりました15分…いや10分で向かわせます。」 「わかった。早くしてくれ」 こんな感じだったと思う、あまり覚えていない。 たぶん10分ぐらいで救急車が着たんだろうが俺には3倍ぐらい長く思えた。 そして機関御用達の病院にハルヒは検査入院ということで入院した 第四章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1942.html
第二章 涼宮ハルヒの選択 1 長門の部屋でカレーを食べて、少しだけ話した。といっても、俺が長門に話しかけていただけだ。それを長門は頷くなり、首を振るなり、ボディーランゲージで答えていた。たまにそれだけでは伝えきれないのか、ぽつりと言葉を使った。サラダは長門が「得意」だというレタスに、トマトの二つだけしか盛られていなかった。別にそこまでの料理でもないのに、長門は水色のシンプルなエプロンを着ていた。カレーを混ぜるのに使っていたおたまとエプロン姿の長門は、熊と熊に咥えられた鮭ぐらいにはまっていた。いつでも木彫りにできるくらいに。サラダには、和風ごまドレッシング――俺が一番好きなドレッシングだ――をかけて食べた。缶カレーを長門の食いっぷりを見ながら食べた。テレビもコンポもない無機質な部屋で――テレビもコンポも無機質なのだが――、俺たちは二人だけの時間を過ごした。ハルヒも朝比奈さんも古泉もいない、長門の任務なんかとは関係ない時間だった。 俺は長門と緩やかな時間を過ごして、長門のマンションを出る頃には午後十一時を過ぎていた。エントランスから自動ドアを抜けて、耳が痛くなるような寒さが俺を襲ったが、やはり寒さというのはゆっくりと身体を侵食していくらしい。街灯だけが頼りの帰り道を足早に歩いていて、長門の部屋のこたつで暖まった身体が少しずつ冷えていった。それだけじゃなく、長門と一緒にいたことで高まっていた言葉にしがたい高揚感も、少しずつ冷めていった。冷静になっていく思考は俺を激しく混乱させた。なぜ長門にあんなことをしてしまったのだろう、なぜ俺はあんな恥ずかしいことを言っていたんだ、なんて取り返しのつかないことを振り帰ることになったからだ。それから、俺は長門とは別のことを考えた。それは、部室で古泉と朝比奈さんが言っていたことだった。「あなたの好きな人が変えられている」、古泉はそう言っていた。それじゃあ、と俺は思う。もし変えられていたとしてだ、俺の「変えられる前の」好きな人は誰だったんだ? 俺は誰が好きだったんだ? 長門じゃないとしたら誰が考えられるのだろう? 最初に思い浮かんだのは、朝比奈さんだった。今日の俺の朝比奈さんを見る目を考えれば猿でも分かるだろう。涙する姿に心を動かされ、髪をかきあげる仕草に興奮する、ありえないことじゃない。次に思い浮かんだのは、鶴屋さんだった。階段でのあのちょっとした時間で鶴屋さんの魅力に引っ張られていたし、あの台風が近づいてきて手前でコースを変えたときのような去り際の寂しさはそう考えるのに十分な根拠だった。三番目に思い当たったのは古泉だった。あのスマイル野郎と抱き合って、愛を語り合っている場面が一瞬フラッシュバックしたが、きっと何かの強迫観念――もしくはPTSDかもしれない――だということで結論づけた。というのは冗談で、本当に三番目に思い浮かんだのはハルヒだった。それにしても、今日のハルヒの様子は異常すぎた。俺が下駄箱で話し掛ければ動揺していたし、それじゃあと教室で話し掛ければやたらと憤慨していた。憂鬱そうな顔で、溜息をつき、今にも消失してしまいそうな覇気の無さだった。いつもの暴走超特急はどこにいったのか不安になったが、退屈な様子ではなかったので、恐らく何らかの陰謀があるかもしれなかった。俺はその陰謀に対して、受身で待つだけだ。 俺は記憶の確認のために、ターニングポイントとなったところだけでも正確に辿ってみることにした。俺が積極的に――ハルヒにばれないように――行動を起こしたのは数えるほどしかない。一年の時に三回、二年の時に二回だ。最初は神人たちが暴走する学校で、キスをしたときだ。キスに関しては夢だったということになっているが。次はちょうど今日、長門の世界改変によって変わった世界で、俺は元の世界に戻る選択をした。俺がこの世界、つまり、神様、宇宙人、未来人、超能力者――実は異世界人もいるかもしれない――なんてのが交錯するふざけた世界を選んだんだ。その次は、未来人との戦いだった。八日前から来た朝比奈さんを守りつつ、怪しげなチップを確保したり、亀を投げ込んだり、訳の分からないことをさんざんやった。二年が始まってすぐに起こった事件が四つ目だ。俺とハルヒが誘拐されたのだ。誘拐したのは古泉の所属している機関とやらの敵対組織だった。俺たちは鉄格子の窓が一つあるだけの完全に閉じられた牢獄で、ハルヒと手錠で繋がれ、どうしようもない状況の中で、必死に脱出を試みた。片手はハルヒと繋がっているし、自由に身動きできない状態で、俺たちは突破口を探した。徐々に体力は失われていき、水分補給もできずに、死に物狂いで探した。なんとか脱出に成功して外に出ると――その経緯についてはここで話すには長すぎる――、そこは山の中だった。俺たちは絶望した。それでも、俺たちは生きなければならなかった。小川の音が聞こえると、朦朧とする意識の中で、ハルヒを背負い、必死に音の鳴るほうに向かった。そこで水分補給を済ませ、俺たちは川を辿って降りていった。三日歩き続けて、俺たちは小さな集落に出ることができた。俺とハルヒは声なき声で叫ぶと、自然に抱き合っていた。まるでB級映画のラストのような、何の意味もない、歓喜のための抱擁だった。その後、そこのおばあちゃんに介抱して貰い、俺たちは一命を取り留めた。考えるだけで、腹が立ってくるできごとだ。最後はヨーロッパ旅行の時だった。鶴屋さんの別荘だという白亜の城は、時間を経て持ちえる威厳と荘厳さに満ちていた。到着して最初の夜に、ハルヒの「雰囲気を味わいましょう」なんて一言で俺たちは全員服を着替える羽目になった。どこかの姫のようなドレスで着飾っていたハルヒと長門、それに朝比奈さん。本物のティアラまで付けてたからな。タキシード姿の正装というなんとも堅苦しい服装を強いられた俺と古泉。古泉はタキシード姿がやたらと似合っていた記憶がある。全ては鶴屋さんによって、俺たちが出国する前から手配されていたと言うから恐ろしい。 ここで俺の思考は止まってしまった。引っかかることがあったのだ。俺とハルヒが誘拐された牢獄の中で、ハルヒは何かを言っていた気がした。だが、虫食いされた記憶を埋めるには周辺の情報が足りなかった。確かに記憶というものは曖昧で、不確実なものだ。だが、そのハルヒの記憶は「忘れてはいけない記憶」に感じた。 記憶の確認をし、長門のことを思い、ハルヒのこと考え、再び長門のことを思い始めたところで、俺は家に着いた。家の玄関から光が漏れていて、まだ寝ていないようだった。俺は小さく息を吐いて、ドアに手を掛け開けた。 「キョンくーん! ……うぅ」 俺がドアを開け、玄関に入った途端、妹が抱きついてきた。顔は涙で一杯だった。いつから玄関にいたのかは分からないが、寒そうに身体を震わせているのを見ると、相当な時間が経っているようだった。 「どうして泣いてるんだ?」 妹を落ち着かせるために、抱きついている妹の頭を撫でながら尋ねた。 「あのねぇー……お母さんが帰ってこないの。それにお父さんも。だから、あたしずっとキョン君が帰ってくるのを待ってたのぉー」 「ちょっと待て」 俺はポケットから携帯を取り出すと、母親に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。俺がなぜ家にいないのか問い詰めると、母親は「言うの忘れてたわ」とあっけらかんと伝えてきた。十年ぶりに催された同窓会に参加しているそうだ。新幹線で向かったので、泊りがけの予定だそうだ。携帯の受話口からは周囲の人の騒ぐ声が漏れていて、母親の話す声も携帯を離さないと耳が痛いほどだった。俺は両親が高校生から付き合いだということを知っていて、高校はこの街ではなく都会出身だということも知っていた。電気、ガスを消し忘れるな、鍵を閉めろだのお決まりの忠告を聞き流し、俺は電話を切った。 「今日はお母さんは帰ってこないらしい」 電話中もしっかりと抱きついたままだった妹に言った。 「うん。それより、おなかすいたぁー」 「何も食べてないのか。そうだな、何が食べたい?」 「チャーハン!」 妹はなんの躊躇もなく言った。 「分かった」 俺は玄関の鍵を回しながら言った。 「よし久し振りに作ってやるか。だから抱きつくのはやめろ。このままだとリビングにもいけない」 「うん!」 妹は俺から離れると、笑顔を見せて、ぱたぱたとリビングに走っていった。 「せわしないやつだな」 俺はやれやれと溜息をついたが、もう数年もしたら甘えてくることも無くなるのかと思うと、少しだけだが寂しい気持ちになった。 「まだぁー?」 ダイニングキッチンで騒ぎ立てる妹を無視して、俺は仕上げの作業に入っていた。既に十二時を過ぎているというのに、妹は眠くならないのだろうか? 「キョン君のチャーハン大好きなのぉ、だから早くぅ!」 「だから、少しは待て」 「うぅー!」 確かに妹は俺の炒飯が大好きだった。中学の時はよく作ってやってたし、その度に大げさなまでに俺の炒飯を賞賛していた。炒飯をおいしくする方法は簡単だ。ネギをたくさん入れれば良い。入れ過ぎても駄目なのだが、初心者にはそれで十分だ。他にも隠し味に醤油を入れたり、うまみを少しだけ入れたりすれば良い。 俺はガスを止めて、大皿に炒飯を盛り付けた。それを妹の前に置くと、妹はもの凄い勢いで食べ始めた。 「もう少し落ち着いて食べろ」 俺は向かいの椅子に座ると、頬杖をつきながら、忠告した。 「うん!」 妹はいつも返事だけいい。そして、返事をして無視をするのだ。無視つもりはないんだろうがな。妹の食いっぷりをぼんやりと眺めていると、妹は1.5人前をすぐに食べ終わった。 「おいしかったぁー」 妹は本当においしそうな笑顔を浮かべて言った。 「それは良かった」 俺は妹の空になった皿を取って、立ち上がりながら言った。 「キョン君、ありがとぉー」 「もう食ったんだし、遅いから寝ろ。小学生は寝る時間だ」 「うん!」 本当に返事はいい。俺はなかなか温まらない水道水に腹を立てながら思った。妹は俺が皿を洗っている間にリビングからいなくなっていた。本当にちょっと目を離すといなくなる。別にいなくなっても構わないのだがな。俺の妹はいつ兄離れするのだろうか、ということを、石鹸で熱心に洗っても消える気配を見せないネギの匂いに腹を立てながら、俺は思っていた。 俺が消灯を済ませて、自分の部屋に入ると、俺のベッドには妹が寝ていた。俺がベッドの横に立ち、毛布を引き剥がすと、 「あ、キョン君」 まだ、寝ていなかった。二つ結びにしていた髪を解いて、身体を丸め、横になっていた。 「自分の部屋で寝ろ」 「えぇー、お母さんいないからやだぁー」 確かに妹は母親と一緒に寝ていた。 「お前、来年は中学生になるんだぞ? 一人で寝れないと駄目だろ?」 「今日はやだぁー」 「わがままだな」 「今日はキョン君と寝るの!」 幼い顔で怒ってるのを表現するのは難しいみたいだ。怒ってるのにかわいい顔のままだ。 「今日だけだぞ」 俺は折れることにした。こんな深夜に泣かれても困るし、それに俺は早く寝たかった。 「ほら詰めろ。一人用なんだから狭いんだ」 「うん!」 妹が落ちないように、壁側のほうに妹を行かせた。俺が妹に背を向けるように布団に入ると、妹は俺の背中を突付いてきた。 「なんだ」 「キョン君、なんかお話してぇー。ねむれないー」 「俺は眠れるから問題ない」 俺はそう言って、毛布を深く被った。 「いじわるー」 確かに、俺も眠れそうになかった。今日は色々とありすぎた。そのことを考えると、今日は眠れないだろうと思った。俺は妹が寝ているほうに身体を捻ると、 「分かったよ。どんな話がいい? 童話か? ミステリーか? サイコか? 哲学でもいいぞ。それに……そうだな、宇宙人や未来人や超能力者の話もできるぞ。あと、神様もな」 「かわいい話がいいー」 「かわいい話か……難しいお題だ」 俺は全力でかわいいものについて考えた。 「そうだなぁ……パンダの話なんてどうだ?」 「パンダかわいいー」 妹は頬を緩めた。パンダなら良いようだった。 「昔々――」 「なんかそれっぽいねぇー」 「それがいいんだ」 俺は妹は諭した。物語は始まりが一番肝心だからな。 「昔々、といっても最近のことだ。山奥の、そのまた奥に雌のジャイアントパンダがいたんだ。そのパンダは少し変わっていて、皆と違い、白黒じゃなかったんだ。全身真っ白。まるでホッキョクグマみたいな真っ白パンダだった。名前はリンリンっていう。リンリンは他のパンダと変わっていることで皆と馴染めなかった。リンリンも一緒にいようとはしなかったんだけどな。だから、リンリンはいつも孤独だった。ここまではいいか?」 「うん」 「リンリンはとても美しいパンダだった。それに、真っ白なパンダということで希少価値が高かったから、人間がリンリンをわざわざ山奥まで捕まえに来たんだ」 「リンリンかわいそう」 「かわいそうだけれども、やっぱりパンダじゃ人間に勝てない。だからリンリンは簡単に捕まってしまって、動物園に送られてしまった。普通のパンダだったら嫌がるんだけど、リンリンはむしろ嬉しかったんだ。動物園に行ったら、ライオンやら象やら今まで見たこともない動物と会えるから。リンリンは白黒のパンダを見飽きていたんだ。でも、リンリンの思いとは裏腹にリンリンは他の動物とは会うことができなかった。いつも同じ顔にしか見えない人間だけが相手だった。飼育員さんは優しかったし、問題なかったんだけど、リンリンはどんどんストレスを溜めていったんだ」 「ストレス社会、だね。テレビでもやってた」 「その様子を見た飼育員さんはもう一匹のパンダを一緒に飼うことにしたんだ。そのパンダが動物園にやってきたとき、リンリンは驚いた。そのやってきた雄のパンダはなんと真っ黒だったんだ。リンリンは驚いた後、とても嬉しくなった。ああ、あたしの寂しさを理解してくれるはずだってね。真っ黒のパンダも一緒で真っ白のリンリンを見たとき、とても驚いた。すごく綺麗なパンダだ、だけどどうして真っ白なのってね」 「真っ黒なパンダはなんて名前なの?」 「ユウユウ。リンリンと違って平均的なパンダだった。次第にリンリンとユウユウは仲良くなっていった。それに伴って、リンリンのストレスも解消していった。でもリンリンの問題は根本的には解決していなかったんだ。リンリンはこの柵を越えて、ライオンやら象やらに会うことを望んでいたからな」 「リンリンかわいそうだね。みんなからは嫌われて、ライオンさんにも会えないなんて」 妹は悲しそうな顔をして言った。 「リンリンはどうしたらこの柵を越えることができるのか、一生懸命考えた。考えて、考えて、一つの答えを見つけた。ユウユウと力を合わせれば逃げ出すことができる。でも、それを実行することはならなかった。リンリンの元いた国がリンリンを返せって文句を言ってきたんだ。だから、リンリンはあの山奥に戻らなければならなくなった。リンリンはもの凄く悲しくなった。ユウユウと別れるのが嫌だってのもあったし、ライオンやら象やらに会いたかったんだ」 「あたしは会いたくないな。だって、ライオンさんに食べられちゃうかもしれないし、象さんに踏み潰されちゃうかもしれないよ」 「でもリンリンは会いたかったんだ。別れる最後の日、ユウユウはリンリンに聞いた、そう、ちょうど同じ事を聞いたんだ。『どうしてライオンやら象に会いたいんだ? ライオンは凶暴だから食べられちゃうかもしれないぞ』ってね。リンリンは答えた。『だって、面白いじゃない』。リンリンの答えは単純だった。白と黒しかないパンダの模様、みんな同じ形、全てに飽き飽きしていて、もっと面白いものが見たかっただけだったんだ」 「ちょっと分かりにくいなぁー」 妹は少し眠そうな声で言った。眠らせる話には国会答弁のような単調さが必要だということは分かっていた。 「そうだな、例えで表現してみようか。海って普通は塩辛いだろ?」 「うん」 「リンリンが望んでいたのはイチゴシロップのような甘い海だったんだ」 「そしたらかき氷をいっぱい作れるね」 「でも、そんなものは物語の中にしかないだろ?」 「どこかにあるかもしれないよ?」 「あるかもしれない」 俺は少し考えた後、しっかりと答えた。 「ねぇー、キョン君。もう少し近づいていい? 寒くなってきちゃった」 妹はそう言うと、俺の許可を取ることもなく、俺の胸の中で小さな身体を丸めた。 「寒いならちゃんと布団を掛けろよ」 俺は妹に深く毛布を掛けながら言った。 「キョン君、もうお話はいい」 胸のほうから小さな声が聞こえた。 「どうしてだ?」 「だって、キョン君リンリンのお話してる時、悲しそうな顔してるもん」 「そうか」 物語の終わりは、もう少し先だった。でも、終わりについて俺は何も浮かばなかった。 「もう寝るね。キョン君温かいし、早く眠れそう」 「もう寝ろ」 俺は妹と向かい合っていた身体を仰向けにし、そのまま脱力した。妹は俺の脇に抱きつくような格好で、眠りに入った。まだ痛んでいない髪をベッドに広げて、しっかりと目を瞑っていた。俺は妹の柔らかい髪を指で弄びながら、捕らえがたい安心を感じていた。それをもっと明確にしたくて、ゆっくりと目を閉じた。しかし、明確になる事はなく、妹のぬるい体温とともに漠然とした安心が流れてくるだけだった。 俺は眠くならなかった。むしろ、徐々に意識ははっきりとしていった。動いて妹を起こすわけにはいかないし、やることもないので、さっきの物語の終わりについて考えた。リンリンはあの後どうなるんだろうか? しかし、俺はすぐに考えることができなくなった。オチは考えていたのだが、物語を終わらせることができなかったのだ。次に俺は長門のことを考えようとした。だが、長門のことも考える事はできなかった。あまりにも鮮明すぎたのだ。暗い場所が見えないのは当然なのだけれど、同様に明るすぎる場所もぼんやりとして見ることはできないのだ。 結局、俺はハルヒのことを考えることにした。考えると、ハルヒの笑顔がフラッシュバックして、ハルヒの怒った顔が目の前に浮かんだ。偉そうに指を振る姿も浮かんだし、あの傘を渡した時の気恥ずかしそうな表情も明確に思い出すことができた。古泉は言った『俺の好きな人が変えられている』。俺は『本当の好きな人』が目の前まで来ているような気がした。違う、来ているんじゃない。俺の『本当の好きな人』は俺の中にいた。そう思うと、またハルヒの笑顔が俺の前に浮かんで、俺はその笑顔に触ろうと、懸命に手を伸ばした。でも、それに触る事はできなかった。 「ハルヒ」 ハルヒの笑顔は深夜に走るバイクの音とともに、音の無い部屋に溶けていった。俺はそれを防ぐことはできなかったし、する必要も無いように思われた。もう説明の必要はないだろ? 俺の好きな人がハルヒではないからだ。 「長門」 俺はその名前が持つ安心感に抱かれながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。抱きつく妹の体温を感じながら。いつか見た長門の笑顔が、遠ざかるバイクのエンジン音のように、尾を引いていった。 俺は妹に起こされることもなく、目覚めた。目覚めると、いつもより早く起きたのは全身に感じた寒さによるものだと分かった。俺の身体に一枚も毛布がかかっていなかったからだ。妹は毛布を巻き込むようにして占有していた。俺は震える身体を両腕で押さえながら、上半身を起こすと、ガラス窓にあたる水の音に気付いた。 「雨か」 寒さで完全に覚醒してしまった意識の中、小さく呟いた。俺は妹を起こさないように、丁寧にベッドから降りると、机の上に置いてある正方形の小さな置き時計で時間を確認した。余裕があることが分かると、一つ大きく伸びをして、部屋を出た。 リビングでヒーターのスイッチを入れ、朝飯の用意をするためにキッチンに入った。雨音はだんだんと強くなっていた。冷蔵庫から材料を取り出し、調理に取り掛かった。朝食を作り終えると、自分の部屋に戻って、妹を揺すり起こした。 「あ、……キョン君」 妹は焦点の定まらない瞳を、俺の半分くらいしかない手で擦りながら言った。 「ご飯だ。もうできてる」 「う、うん」 妹はぼさぼさになった髪をほぐしつつ、ふらふらとしながらベッドから降りた。 「キョン君があたしより早く起きるなんて珍しいね。眠れなかったの?」 俺が階段を下りているときに後ろから妹が言った。 「お前が毛布を占有してたからな」 「そんなことないもん!」 「ま、そんなことはいいよ」 リビングに入ると、妹は長方形のダイニングキッチンに、俺は冷蔵庫に向かった。 「何飲む?」 「オレンジジュース!」 「オケ」 妹専用のプラスチックコップに並々とオレンジジュースを注いで、妹の向かいに座った。 「今日ねぇー、キョン君の夢見たの」 「忘れろ」 俺は焼きすぎてしまったウインナーを頬張りながら言った。 「それが、なんか忘れられそうにないタイプの夢だったのぉ」 「たまにあるな」 「ハルにゃんとキョン君が一緒に遊んでた。キョン君たまにハルにゃんに叩かれてたよ」 「ハルヒも出てきたのか」 「うん。でも、ハルにゃん楽しそうだった。すごく綺麗で、あたしもあんな風になりたいなぁって思ったの」 「ハルヒを目標にするのは人生を棒に振ることになるぞ。朝比奈さんにしておけ」 「それから場面が急に変わっちゃったの。今度はキョン君もハルにゃんもすごく恥ずかしそうにしてた。なにをしてたかは分からなかったけど、あたしとても嫌だった。何かキョン君を取られちゃいそうで」 「何でハルヒに俺を取られるんだ?」 「うぅー。もういい、キョン君嫌い!」 妹はたいそうご立腹のようで、皿の上に残っていた醤油をかけすぎた玉子焼きを一口で平らげた。 「一つだけ言っておくが、ハルヒを目標にするのはやめて、朝比奈さんにしろ。そうすれば将来は約束されたもんだ」 「それじゃだめなのぉ!」 「分かったよ」 俺は諦めて、残っていた牛乳を一気に飲み干し、立ち上がった。すぐに皿を片付け、二階に行って制服に着替えた。十二月に入って朝比奈さんから貰った白のマフラーを使おうかと迷ったが、それが朝比奈さんの手製であることがばれた時に大惨事になることは目に見えていたのでやめた。谷口にばれたら、盗まれるか、焼却処分されるに違いなかった。学校の覇権を握っているという、朝比奈後援会の方々にもひどい嫌がらせを受けるかもしれなかった。俺はこのマフラーを朝比奈さんがどんな思いで縫ってくれたのか一通り妄想した後、リビングに戻った。妹も既に着替えていて、俺はリビングテーブルの上に置きっぱなしになっていた家鍵を取って、家を出ることにした。 霧雨になっていた雨を傘で遮って、登校した。かじかむ手を腹からの息で温めつつ、歩を進めた。教室に入ると、ハルヒが俺の顔を見て、ニッと笑った。昨日の不機嫌さはどこにいったのかというほどの笑顔だった。 「どうした、不満は解消したのか?」 俺は鞄を机に掛けながら話しかけた。 「なんだか馬鹿らしくなっちゃったのよ」 「馬鹿らしくなった?」 「そう。なんかあたしらしくないなって思ったのよ。ウジウジして、イライラして、一人で抱え込んで」 「イライラしてるのはいつもだろ」 「それはつまんないことしかないからよ。でも、今回のイライラは全然別物なの。元はと言えばあんたが悪いんだからね!」 「俺が原因なのか? ぜひ説明してほしいな。俺がイライラする事はあっても、お前がイライラする事はないはずだ」 「あんたとぼけるつもり? それとも頭悪い? あ、それは元からか」 ハルヒは納得したように手を打った。 「すまんな。頭が悪いのは生まれつきだ。そんなことは恐らく俺が生まれる前から決まっていたことだろうよ。それより問題なのは、どうして俺が原因なんだってことだ。それを教えてくれ」 「あたしからは言えないわよ! あんたがもう一回言ってみれば?」 ハルヒの声は語尾にいくにつれて小さくなっていった。 「俺が何か言ったのか」 「そうよ!」 しかし、俺が何を言ったかは見当がつかなかった。この記憶は消されてしまっているのだろうか? 「そうか。何を言ったかは覚えてないが、思い出したら後でもう一回言うよ。それでハルヒに確認を取るようにする」 俺がそう言うと、ハルヒは「えっ」と大きな目をさらに大きくしてあからさまに驚いた。 「あんたが覚えてないならいいわよ!」 ハルヒの声は震えていた。もう少し俺が何を言ったのか情報を得ようとハルヒと話そうとしたが、運悪く担任の岡部がジャージ姿で入ってきた。暖房も完備してない馬小屋のような校舎にジャージ姿は寒すぎるだろうと心底思った。俺たちの会話が途切れてしまって、ハルヒは後ろで寝始めた。俺もやることもないし、蛇足の一週間の二日目であることも考慮して、体力温存のために寝ることにした。机に突っ伏しながら、俺がハルヒに何を言ったのか必死に思い出そうとした。ハルヒを一日鬱状態にさせるほどの言葉を俺が発したってことは確かだ。俺は何を言ったんだ? 根っこのない木のような不安定な記憶はどこを辿れば見つかるのだろうか? 今日も俺は昼飯をかきこみ、部室に向かった。もちろん長門に会うためだ。廊下の窓ガラスに大粒の雨がぶつかって、けたたましい音を鳴らしていた。湿った廊下に上靴の足跡を残しながら、俺は長門の元へと急いだ。 部室のドアを開けると、やはり長門はパイプ椅子に座って本を読んでいた。そのいつも通りの姿に安堵しつつ、長門にゆっくりと近づいて、本棚に寄り掛けてあったパイプ椅子を広げた。どかっと座り、何も話すこともないのに長門に話しかけた。 「長門」 「何」 「いや、別に話すことはないんだがな」 「そう」 俺はそこで話す話題を思いついて、長門に訊くしかない話題だと確信した。 「えーっと、今日の朝、ハルヒが言ってたんだけどさ、俺がハルヒのやつに何かイライラするようなことを言ったらしいんだ。長門は分かるか? 俺の記憶がいじられてるみたいで、俺には分からないんだ」 「……」 長門は何も答えなかったが、本をめくる手の動きを止め、何かを考えているようだった。 「禁則事項なんてことはないよな?」 「ない」 「それじゃあ教えてくれないか?」 「あなたは何も言っていない」 「そうか。ってことは、あれはハルヒの妄想だってことだな?」 「……そう」 長門はやけに間を置いて言った。といっても、長門にとっては普通なのだがな。 「ま、どうでもいいか。ところで何を読んでるんだ?」 俺が尋ねると、長門は本を胸の前まで上げて、表紙を見せてくれた。『Nesnesitelnalehkostbyti』。タイトルが英語でもなかったので、全く見当もつかなかった。 「日本語にするとなんて読むんだ?」 「存在の耐えられない軽さ」 「それなら知ってる。有名だしな。長門でも恋愛小説を読むんだな」 「たまに」 長門はそう言うと、本を膝の上に戻し、再びページをめくり始めた。じゃまをするのも悪いと思ったので、立ち上がり、パソコンを起動した。ネットサーフィンをしていると、頭に入ってこないゴシック文字に戸惑った。隣で本を読んでいる長門がどうしても気になってしまった。昨日の手を繋いで帰った光景が思い出されるのだ。長門はどう思っているんだろうか? そもそも手を繋いで帰ろうと誘ったのは長門のほうからだ。 俺たちが教室よりかは幾分暖かい部室で、それぞれの時間を過ごしていると、ドアが開いて、俺はディスプレイから目を外した。 「あ、キョン、こんなところで何してるの?」 ハルヒが部室の入り口で立っていた。ハルヒはそのまま部室にずかずかと入ってくると、俺の後ろからディスプレイを覗いた。 「何だつまんない。エロ画像でも漁ってるのかと思ったのに」 ハルヒは心底残念そうに呟いた。 「長門がいる前でそんなことするか」 俺はブラウザを閉じながら言った。 「ちょっと貸しなさいよ」 ハルヒは俺の肩に寄りかかるようにして、マウスを奪おうとした。取られるのも癪だったので、とりあえず抵抗してみた。 「早く貸しなさいよ! このパソコンはあたしのなの!」 「このパソコンは朝比奈さんの涙の結晶だ」 俺は肩に押し付けられるハルヒの形の良い胸に気付いていたが、ここで反応すると、逆に冷やかされる可能性があったので何も言わなかった。俺が諦めて立ち上がると、ハルヒは俺を突き飛ばして、団長専用椅子に勢いよく座り、その長く直線的な足を組んだ。 「たく、突き飛ばす必要も無いだろ」 俺はズボンについた砂を払いながら立ち上がった。 「つまんなかったからよ。それに、有希と二人で何してるのよ? 昨日もここに来てたでしょ」 「暇つぶしだ。それに、教室よりこっちのが暖かいからな」 ハルヒは「ふーん」と何か企んでいるような顔をすると、 「有希に会いに来てたんでしょ? あんた有希のこと大好きだからね」 「さあな」 俺はハルヒの考え通りにいくのが気に食わなかった。 「どうだかね」 ハルヒはやれやれといった感じに、古泉の仕草を真似た。そして、立ち上がると、 「やっぱいい。あたし教室に戻る」 「人からパソコンを奪っといて使わないのかよ」 「あんたも有希と二人のが嬉しいでしょ?」 「そうだな。平穏な昼休みを過ごせる。昼休みくらいゆっくりさせてくれ」 「バカキョン! 死んじゃえ!」 ハルヒは一メートルも幅がないところで完璧な回し蹴りを俺の腕にクリーンヒットさせた。その勢いはすさまじく、俺が壁に叩きつけられるほどだった。ハルヒはそのまま走って部室を飛び出していった。長門が近づいてきてしゃがむと、俺の様子を伺っていた。 「問題ない」 長門の真似をした俺は、問題大ありの左腕を押さえながら立ち上がった。長門も立ち上がると、俺を気遣うような瞳で――少なくとも俺にはそう見えた――じっと見つめた。 「気にするな。ハルヒのやつも気が立ってたんだろう」 「……そう」 俺は気遣ってくれた長門の頭を優しく撫でた。 「ごめんな、本読むの邪魔しちゃって」 長門は首を横に振った。 「俺もそろそろ戻らないと」 「わたしのこと好きじゃない?」 「えっ?」 「さっき涼宮ハルヒがあなたのわたしに対する好意について訊いたとき、あなたは何も答えなかった」 「なんだ、そんなことか。昨日も言ったが、俺は長門のことが好きだ。変わらないよ」 「本当?」 長門は小首を傾げた。俺の好きな仕草だった。 「もちろん」 俺ははっきりと言った。 「そう」 長門はほとんど唇を動かさずに言って、またパイプ椅子に座り、本を読むことに戻った。 「俺、教室に戻るわ」 俺がそう言うと、長門は俺をじっと見つめて、見送ってくれた。部室から出ようとしたときだった。開けっ放しになっていたドア、その横で、ハルヒが立っていた。俺と目が合うと、ハルヒは走って逃げてしまった。何か思い詰めた瞳だった。追いかけようにも、俺程度の足の速さじゃ追いつくこともできない。ハルヒが視界から消えて、冷静になって初めて、俺と長門の会話がハルヒに訊かれていたことに気付いた。なぜだか俺は取り返しのつかないことをしてしまった気がした。 教室に戻ると、ハルヒは机に突っ伏していた。話すのも気まずいので、俺は何もなかったふりをして、椅子に座り、時間が過ぎるのを待った。一番近い席にいるはずのハルヒがいない気がするほどの距離を感じていた。振り返ればハルヒは確かにいるだろう。俺にはそれができなかったし、怖かった。ここで話したら、俺とハルヒの距離は永遠に埋まらない気がしたからだ。何も話さない、何も言い訳をしない。それが今俺にできる全てだった。 心にわだかまりを感じながら授業をこなし、帰りのホームルームが終わると同時に教室を飛び出た。一刻も早くハルヒから離れたかった。あのままずっと一緒にいたら、俺は何か言い訳をしてしまいそうで、気が狂いそうだった。 部室に行くと、長門と朝比奈さんがいた。冬用のメイド服に身を包んだ朝比奈さんは白の毛糸で編み物をしていた。 「涼宮さんは変わりありませんか?」 朝比奈さんは器用に動かしていた指を止めて、言った。 「あいつはいつも変わってますよ」 「そうですよね」 朝比奈さんは溢れる笑みを浮かべて、頷いた。さっきあったことを朝比奈さんに言ったらどうなるだろう? 怒られるだろうか? それとも泣かれるだろうか? どちらにしろ、俺には先ほどあったことは朝比奈さんに言うべきではないように思われた。これ以上問題を複雑化する必要はない。 騒ぎを起こす奴がいない部室は、ひどく静まり返っていた。雨音だけが激しさを増していった。この雨で道端に留まっていた落ち葉は全て洗い流されるだろう。今日はサッカー部や野球部の声も聞こえなかった。世界があの時の閉鎖空間のような灰色に移り変っていた。どうすれば、俺はこの世界から抜け出せるのだろうか? 長門との会話を聞かれただけで、この喪失感はなんだ? あれは俺の本当の気持ちを言っただけだ。ハルヒに聞かれたからといって何が問題だ。確かに、俺が長門と付き合うようなことがあれば、SOS団は今のままではいられなくなるだろう。そしたら、どうなる? 俺は堂々巡りの思考を続けた。 その日、ハルヒと古泉は部室にこなかった。 長門と二人で帰った後、俺はベッドで横になっていた。すでに両親も帰ってきていた。夕飯を少しだけ食べた。ぼんやりと天井を見上げて、ハルヒがなぜ俺と長門の会話を聞こうとしたのか考えていると、一つの答えが出て、すぐにそれを否定した。ハルヒは俺と長門の関係を疑っていた。しかも、それは今に始まったことじゃない。一年くらい前から、ちょうど世界改変された後からだ。確かに、俺はその時から長門のことを気にかけていた。再び長門が世界を改変しないように。 俺が、ハルヒと長門について考えて、眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。 *** 目覚めると、俺は部室にいた。長机で制服を着て寝ていた。こういう時の俺の落ち着きようは異常と言うほかなく、とりあえず周囲を見回した。予想通り、窓の外は灰色で、部室の様子は今日の放課後と全く変わっていなかった。ハルヒはどこにいったのだろうか? ハルヒがいるという確証は無かったが、過去の経験から、そしてなんとなくこの世界にハルヒがいるだろうと思った。 俺がパイプ椅子から立ち上がると、石をぶつけたような音が鳴って、窓の方を見ると、赤い玉が浮いていた。 「古泉!」 俺は窓まで駆け寄って、勢いよく窓を開けた。風は入ってこなかったが、じわりと冷気が入り込んできて、肩が震えるような寒さを感じた。 「古泉、またなのか?」 古泉と思われる赤い玉はぐにゃぐにゃと形を変え、人の形になっていった。嫌味なほどの笑みをたたえた顔が形成されると、古泉は俺に話しかけた。 「またです」 「というか古泉、久し振りだな」 「そうですね。あの僕が怒って出て行った日以来です」 「あれについては今言及してる時間はない。後でゆっくり話そう」 「そうしてくれると嬉しいです」 「それじゃあ、今の状況について説明してくれるか?」 「今回の閉鎖空間は非常に特殊です。まず、『神人』がいません」 「あの化け物がいないってことは時間制限がないってことか」 「そうですね。それで一番重要な点なんですが、今回の脱出方法は長門さんも朝比奈さんも、もちろん僕も知りません。あなた自身に見つけてもらうしかなさそうです」 「俺が見つける、か。ところで、この世界にハルヒはいるんだよな?」 「涼宮さんはこの世界にいます。この世界で、あなたを待ち続けています」 「それなら良かった。俺だけこの世界に残されてるんだったら、脱出方法はないだろうからな。ハルヒの場所が分かるなら教えてくれないか?」 「涼宮さんは教室にいますよ」 「俺たちのクラスで良いんだな?」 「そうです」 「古泉、そろそろいなくなるな」 古泉の身体は徐々に原型を留めず、再び赤い玉へと戻りつつあった。 「前回、一年の時と比べても、この世界に他者が介在することを拒んでいるようですね、涼宮さんは。もうそろそろ時間です」 「俺はまたそっちの世界に戻るよ。安心してくれ。ハルヒの奴も絶対に戻してみせる」 「期待しておきます」 赤い玉は一瞬揺らいだかと思うと、灰色の世界に消えていった。 「ごめん、古泉。俺、自信ないわ」 古泉がいなくなった後、窓を閉めながら呟いた。今、ハルヒと会って話すことができるだろうか? 長門との関係を訊かれたら俺はどう答える? 古泉が言っていた通り、俺は教室に向かった。太陽も月もないこの空間で、どこから光が入ってくるのだろうか、廊下の窓からは月明かり程度の光が漏れていた。夜の学校というのは心地良いものだ。誰の声も聞こえない、埃も舞っていない。だから、空気が清潔なのだ。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。普段使っていない肺胞まで染み渡るような充足感が俺を追い込んだ。本館までの長い廊下と階段は、死刑台の道のりより遠く感じた。 教室のドアを開けると、ハルヒは自分の机――一番後ろの窓際だ――で寝ているようだった。俺は自分の席に座り、うつぶせたままのハルヒが起きるのを待った。薄い窓ガラスごしにグラウンドを見ながら、いつかのハルヒとの思い出を思い起こした。俺の目の前には、制服姿のハルヒがいた。繊細な髪に黄色のカチューシャを付けていた。髪の間からは白くて小さな耳が覗いて見えた。細くてこれ以上ないくらい洗練された指はしっとりと机の上に置かれていた。ぼんやりとした薄暗いこの空間が、空間とハルヒとの境界を曖昧にして、ハルヒは抽象的な美しさを誇った。 どのくらい待ったのだろうか? ハルヒはゆっくりと顔を上げた。顔を赤くして、ばつの悪そうな様子だった。 「キョン」 「何だ?」 「また来たわね」 「そうだな」 「これ夢なのよね?」 「もちろん」 「嫌な夢ね」 「ああ、最悪だ」 俺とハルヒは目を離すことなく話した。 「あたし、さっきまで長い夢を見てたの。キョンが出てきたわ」 「忘れろ」 「それが忘れられそうにないような夢だったのよ」 「たまにあるな」 どこかで聞いたことのある台詞に感じたが、何かは分からなかった。 「キョンとあたしが一緒に遊んでた。すんごく楽しそうで、ああ、あたしもあんなに楽しそうにキョンと遊びたいなって思って、少しだけ嫉妬した。その後、場面が変わってあたしとキョンは向かい合って、恥ずかしそうにしてた。どっちも何か言いたそうな感じなのに、何も言わないの」 俺はハルヒの夢が妹の夢と同じだということに気付いた。 「夢の中で見る夢か。どちらが夢なんだろうな」 「どっちでもいいのよ」 「そうかもな」 「そうよ。夢は夢でしかないわ」 「夢は夢でしかない」 俺はハルヒの言葉を繰り返した。 「ねえ、キョン」 ハルヒは似合わないほどに甘い声で呼びかけた。 「何だ?」 「あたし、キョンに言っておかなきゃならないことがあるの」 「どうしても今言わなければならないことなのか?」 「夢の中でしか言えないわ」 「言ってみろ」 ハルヒはグラウンドのほうを見た後、俺をしっかりと見据えた。 「キョンはあたしのこと、好き?」 「好きではないと思う」 俺は自惚れでなく、ハルヒの言ってくることが分かっていた。だから、解答も用意できていた。 「そう。あたしは夢の中でもキョンに振られるのね。でも、よく考えたら当然よね。ここにいるキョンは『あたしの中の』キョンなんだもんね。せめて夢の中だけでもって思ったんだけど」 俺は勘違いをしていた。ここにいる俺は「ハルヒの中で作られた」キョンなんだ。俺がどう言おうと、現実にはならない。 「じゃあ、俺も訊いていいか?」 「いいわよ」 「ハルヒは俺のこと、好きなのか?」 「分からないの」 ハルヒは首を横に振った。肩まで伸びた髪が、一本一本明らかに揺れた。 「そっか、じゃあ訊かないことにするよ」 「キョンにしては優しいわね。やっぱり、『あたしの中の』キョンだからかしら?」 「もう一つ訊いて良いか?」 ハルヒはくすっと笑うと、「どうぞ」と言った。今まで見たハルヒの笑顔の中で、一番優しい笑顔だった。 「今日ハルヒが言ってたことなんだ。俺がハルヒに何かを言ったって。俺はハルヒに何を言ったんだ?」 俺が疑問に思っていることだった。 「それはね――」 「それはね?」 「キョンとあたしが指輪を買いに行ったときのことよ。二日前、夢の中だから三日前になるのかしら、とにかく十二月十七日よ。日曜日にあたしたち二人で街中に出かけたときのこと。あたしがわがままを言って、キョンに指輪を買ってっていったの。もちろん、キョンは嫌がるわよね。だからあたしは言っちゃったの。無意識だったわ。『あんた、あたしのこと好きじゃないの?』。そしたらキョンはなんていったと思う? 『好きだが、指輪とは関係ない』。きっとキョンも無意識で言っちゃったのよね。あからさまにしまったって顔をして、その後、『何も聞いてないよな?』って言った。あたしはキョンに合わせてあげた。『何も聞いてないわよ。早く指輪を買いなさい』。合わせてあげた、なんて言ってるけどあたしも恥ずかしかったのよ。その後、キョンはしぶしぶ指輪を買ってくれたわ。安物だったけど、初めてキョンに貰ったものなのよ」 ハルヒは楽しそうに話していた。俺はナゾナゾが解けた気がした。 「そうだったのか」 「これよ」 ハルヒが俺の前に左手を出すと、ハルヒの指には指輪がついていた。ハルヒの言う通り、デザインもシンプルというより陳腐なもので、露店で売っていそうなほどの安物に見えた。 「安物だな」 「あんたのことを気遣って安物にしたのよ」 ハルヒは俺をじっととした目で見つめ、 「でも、大切なものなのよ」 ハルヒは左手をしっかりと右手で包み込んだ。 「現実の俺に会ったら殴っといてくれ。お前はハルヒが好きなんじゃないのかって」 「そうするわ。キョンごときで生意気よ」 ハルヒは笑った。つられて、俺も笑った。 「さて、そろそろ夢の中にいるのも飽きてきたな」 「そうね」 「何をするか分かってるか?」 「もちろん。『あたしの夢の中の』キョンとキスをする、でしょ?」 そう言うとハルヒはゆっくりと目を瞑った。薄明かりの中、長いまつげで顔に陰が落ちていた。俺も目を瞑ると、ハルヒにキスをした。直後に世界がハルヒを中心に収束していった。 *** ひどく混沌とした意識の中、俺は目を覚ました。ベッドで横になっていた。俺は身体を起こし、ベッドから降りると、机の引き出しを開けた。そこにはハルヒが見せた指輪と同じものがあった。俺はその指輪をはめなければいけないことに気付いていた。理由は分からなかったが、俺はその指輪が全ての問題を解決してくれる気がしていた。 左手の薬指にはめると、タイムジャンプした時のような眩暈と不安と嘔吐感が襲って、俺はその場にしゃがみこんでしまった。そして、俺は全ての混乱の始まりを知った。 頭の中を暴走する膨大な情報の中で、妹に話したリンリンの話が執拗に誇張された。リンリンはあの後どうなるのだろうか? 落ちは考えてあった。真っ白の身体のリンリンと真っ黒な身体のユウユウ、それは表面に覆われてる体毛は違うが、その中に隠されている皮膚の色は同じだ。リンリンはそれをライオンに教わるんだ。だから、寂しくない。それで、どうなるんだ? リンリンの抱えている問題の本質はそこじゃない。 それでも、リンリンの物語は終わるだろう。全てに満たされた、暖かい春の日のような穏やかな終わりを願った。