約 2,287,759 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3153.html
谷口こと、コードネーム『ジャッカル』がハルヒに瞬殺されたその日の夜、 4人の男女が一同に会していた。 世界のカップルを撲滅させることを目的とした「しっと団」の緊急会合である。 「たにぐ……もとい、『ジャッカル』がやられたというのは本当か?『スネーク』。」 「『ジャッカル』は、涼宮ハルヒにやられたようですな。」 『スネーク』と呼ばれる男は、淡々と説明をする。 「チッ……役立たずが。」 「そう言わないの『フォックス』君。彼がダメってことぐらい、分かってたことじゃないの。」 「しかしだな『キラー』、まさかここまでの役立たずだとは……。」 「彼はちゃんと役に立ってくれましたよ。」 『トゥモロー』は穏やかにそう言った。 言い合っていた『フォックス』と『キラー』、そして『スネーク』が『トゥモロー』を見る。 「彼に涼宮ハルヒを倒すことなんて期待していません。 彼の役割は涼宮ハルヒをセントラルタワーにおびき出すこと。 この計画を伝えれば彼女のことです、きっと首をつっこむはずです。」 「しかし『トゥモロー』。彼女を呼び出す必要はどこに?」 『スネーク』が疑問を呈した。それに『トゥモロー』は、不敵な笑みを浮かべながら答えた。 「彼女がいないと意味ないんですよ……」 谷口が電波なことを言った翌日、俺とハルヒは部室で古泉、長門、朝比奈さんに昨日あったことを伝えた。 「ふぇ~、まさかそんなことがあるんですかぁ~?」 「もし本当なら、これは問題ですね……」 「……。」 古泉の言う通りだ。冗談にしちゃタチが悪すぎるぜ。 「というわけでみんな!当日はそこに乗り込んで、計画を阻止するわよ!!」 「ひぇ~、で、でも危なくないですかぁ?」 「何言ってるのみくるちゃん!私達がやらないで誰がやるのよ!!」 警察の人とかに任せればいいんじゃないか? 「何言ってるの!警察に言ったって信じてもらえるわけないでしょ! 私達がやらなきゃ!」 「あのなあハルヒ。最近ではネットにウソの爆破予告があったって警察は動くんだぞ。 事情を説明すればきっと……」 「私も彼女と同意見。」 「……長門?」 長門の意外な発言に驚く俺。 長門なら、警察も動いてくれることぐらい知っているはずだが…… 「ほらね!有希もこう言ってるのよ!当日はいつもの場所に集合! その後みんなでセントラルタワーに乗りこむわ!」 やれやれ……どうやら俺達がやることに決定しちまったらしい。 まあいざとなったら長門がいるし、大丈夫だとは思うが……。 帰り道、俺は長門と古泉と一緒に歩いていた。ハルヒと朝比奈さんは別の方向だから道は別だ。 さて……ハルヒもいなくなったことだし、ハルヒの前じゃ聞けないことを聞くとするか。 「古泉、今回の件についてどう思う?」 「さて、僕はなんとも……ただ、『機関』でそういう動きが無いことだけははっきり言えます。」 「なるほど。つまり今回は『機関』は関係無いということか。」 「いえ、そうとも言い切れません。」 ん?どういうことだ。機関では動きが無いんじゃなかったのか? 「それはあくまで『機関』全体としての動きです。個人の行動までについては把握できていません。」 「つまり『機関』の人間もその……「しっと団」とやらのメンバーの可能性があるってワケか。」 「ええ。もちろん、あくまで可能性としての話ですけどね。」 可能性であってほしいね。『機関』の連中はなんというか、べらぼーに強そうだからな。 「長門は、どう考えてる?」 少し気になることがあった。先程の長門の態度だ。 警察に相談することを止めたのには何か理由があるのだろうか? 「……先程から「しっと団」という組織に関して情報探索を行っている。」 「マジか。それで何か分かったか?」 「無理。何物かによって情報プロテクトがかけられている。」 「つまり長門さんの力による介入を、何物かがブロックしているということですか?」 「そう。そしてそのようなことが出来る存在は限られている。 私と同じように、情報統合思念体と繋がりのある存在……」 「ってことは、長門と同じ対有機なんちゃらが「しっと団」にいるってことか?」 「そう。」 おいおい……冗談じゃねぇぞ。 さっきは長門がいるから大丈夫だと思ったが……こりゃそう安心も出来ないんじゃないのか? 「大丈夫。私が守る。」 頼もしいぜ長門。 「ふふ、それは無理というものだよ。」 ん?誰の声だ。聞き覚えがあるよな無いような…… とそこで、前方から歩いてくる男の存在を確認した。お前は……! 「生徒会長!」 「これは奇遇ですね。こんなところで会うとは。」 古泉があいさつをする。しかし会長は鼻で笑い流した 「とぼけるのはよしてもらおうか。貴様らが計画を阻止しようとしていることは知っている。 そして今の俺は生徒会長ではない。「しっと団」メンバー、コードネーム『フォックス』だ。」 ……またコードネームか。頭が痛くなる。 「『トゥモロー』は涼宮ハルヒがセントラルタワーに来ることを望んでいる。 だから今は始末することは出来ない。忌々しいことだがね。 だが貴様らは別だ。この場で始末してやろう!」 おいおい、まさかこんな街中でバトルするつもりじゃないだろうな! 通行人だっているんだぜ!? 「大丈夫。情報操作は得意。」 そうかい。そりゃ安心だね。別の意味で不安だがなっ! 「まずは貴様からだ!古泉一樹! 知ってるぞ!貴様最近、そこのヒューマノイドインターフェイスといちゃいちゃしてるらしいな!」 「おや、ご存知でしたか。」 「忌々しい!喜緑君は私がいくらアピールしてもまったくなびいてくれないというのに! 何故貴様だけ……!!」 うっわあ……流石は「しっと団」。全身から負け組のオーラがこれでもかと言うくらい出ている…… 「それはあなたの魅力が足りないのでは?」 「黙れ!そもそも身分をわきまえろ!宇宙人なんかと付き合ってどうする!」 言いたい放題だな……って長門さん?何をしているのですか? 長門「…@@@@@@」 とその時であった!会長が古泉に攻撃をしかける! 古泉はとっさに右手で防御し……防御したら 「うわあああああ!!!」 会長が遥か彼方へ飛んでった。……なんだこれ。 「………」 古泉も口をあけたまま呆然としている。珍しい表情だな。 長門「……古泉一樹の右腕をブースト変換、ホーミングモードにした。」 つまりアレか。野球大会の時のバットと同じようになったってわけか。古泉の右腕が。 しかしそこまでせんでもよかったような気もするが…… 「問題無い。それに、私と古泉一樹の関係をとやかく言われたくは無かった。」 なるほど、宇宙人と付き合ってどうするとか言われたのに腹が立ったってワケか。お熱いことで。 長門を怒らせるのはマズいってことがよーく分かった。 「と、とにかく、これで「しっと団」は残り3名ということですね。」 ようやく落ち付きを取り戻した古泉がそう言った。顔が若干赤いのは見逃してやる。 さて、クリスマスイブは2日後だ。いよいよ「しっと団」との決戦が始まる! ……って煽り文句をつけてみても、なーんかカッコつかないな。やれやれ…… 続く!
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/669.html
…━━━━もうすぐクリスマスがやってくる…。 …街中が恋とプレゼントの話題で騒がしい。 ところで…「手編みのマフラーとかセーターとか…貰うと結構困るよね…」なんて言う輩を希に見掛ける昨今…… 実を言うと俺は、そういったプレゼントに僅かながらも、密かに憧れを抱いていたりするのだった━━━━━… 【凉宮ハルヒの編物@コーヒーふたつ】 吐息も凍る様な、寒空の朝… 俺は、相も変わらずいつもの公園でハルヒを待っていた。 つい先程まで、自転車を走らせる事により体温を気温と反比例させる事が出来ていた俺だが、公園に辿り着いてから暫くの間に指先は痺れる様な寒さを感じ始めていた。 (まったく…こんな日に限って待たせる…) 大体…ハルヒの奴はいつもそうだ。 来て欲しい時に来なくて、来て欲しくない時に限って現れる… 「まったく…俺に何か恨みでもあるのか…」 「ん?何か言ったかしら?」 「…………へ?……うおっ!?!」 気付かぬうちに側に居たハルヒに、俺は思わず驚きの声をあげる。 そして…その驚きの声を辛うじて挨拶に差し変えた。 「お…おおはよう!だな…」 「うん、おはよう。…何慌ててんのよ?…………まあ、良いわ。あのさ…これ、前のカゴに入れてって?」 「あ?ああ…」 ハルヒが差し出したのは、見覚えがあるデパートのロゴの入った紙製の手提げ袋だった。 その半開きになった口の中には、いくつかの青い毛糸と…編み針?…そして、編みかけの『何か』が見える…。 「ハルヒ?これ…」 「ああ、マフラー…もう少しで完成なのよ!だから、学校で仕上げちゃおうと思って…」 「ああ、そうか…」 気の無い返事をして見せたものの… 俺は今…… 猛烈に感動していたっ!! だって、そうだろ!? このハルヒに限って『手編み』など絶対に有り得ないと思っていたが、今まさに…その『手編み』のマフラーを制作中なのだ! しかも、この場合のプレゼントの相手は禍いなりにも『彼氏』であるこの俺だろう! この世に生を受けて十余年… 遂に俺の首に手編みのマフラーが巻かれようとしているっ! ところで…コレはクリスマスプレゼントなのか? だとしたら少し気が早い気もするが、セッカチなハルヒなら十分ありえる話だ…。 俺は逸る気持を押さえきれずに、自転車の後ろにハルヒを乗せると力一杯ペダルを踏み始めた。 「ち…ちょっとキョン!何、急いでんのよ?」 「ん?急いでなんかないさ!それより、いつもの販売機に寄るだろ…?」 「え?…まあ、寄るけど…」 「奢ってやるよ!」 「はあ?」 「だから、奢ってやるって!」 「…うん。…………(キョンが元気いっぱいだと、微妙な気分になるのは何故かしら)…」 「ん?何か言ったか?」 「べ…別に何も言ってないわよっ!」 やがて、いつもの販売機にハルヒを乗せて到着した俺は、自転車から降りる瞬間にハルヒに気付かれない様、そっとカゴの中の袋に目をやった。 先程の通りに半開きになった口から、編みかけのマフラーが見える。 俺は、思わずニヤケそうになるのを必死に堪えながら販売機に向かうと、コーヒーとカフェオレを買いカフェオレをハルヒに手渡した。 「ほら…飲めよ」 「あ、ありがと…」 「大変だったろ?」 「え?何がよ」 「編みモノ」 「…うん。まあね…」 「そうか…」 大変だったんだろうな……だが! だからこそ手編みは良いのだ! その『大変』な作業により編み込む想いの数々…これこそが手編みの醍醐味だ…! 俺はコーヒーを一気に飲み干すと、ハルヒを自転車に乗せ、再び全力でペダルを踏み始めた。 学校に着いて…授業が始まっても、俺の意識は黒板へと向く事は無かった。 (今、この時も…おそらくハルヒは俺の為に一生懸命にマフラーを編んでいる…) 考えただけで、顔の筋肉が弛緩む。 そして、振り返って様子を伺ってやりたくなる…が、今は止めておく。 楽しみは後回しにしたほうが喜びが大きいからな。 (さて、今のうちにマフラーを受け取った時に言う言葉でも考えておこうか…) 俺は、ハルヒがどんな顔をしてマフラーを俺に手渡すのか考えてみた。 そして…やっぱりハルヒの顔が少しだけ見たくなって、気付かれない様にそっと振り返えった。 伏し目がちに手元を見つめながら、忙しく編み針を動かすハルヒが見える… もうそれだけで俺は、胸の中にジンワリとこみあげて来るモノを感じていた。 様子から察するに、おそらく完成は放課後くらいだろうか…。 長い一日になりそうだ。 昼休みになっても、ハルヒの手は止まる事は無かった。 俺は何か労いの言葉でも…と考えながらも、(やっぱり、そういうのは後にとっておこう)と思い直して、ただ振り返ってハルヒを見つめるだけにする。 そんな俺の様子に気付いたハルヒが、手元と目線はそのままに俺に語りかけてきた。 「なあに、キョン…どうしたのよ…」 「えっ…ああ、いや…その…毛糸の色、良いな」 俺は上手い言葉が思い付かずに、適当に見つけた言葉を返した。 ハルヒは、そのまま話を続ける。 「そう。この毛糸を見付けた時ね?この色は絶対にアタシに似合うって思ったのよ。 丁度…良さそうなマフラーが売って無くて、がっかりしてた時だったから…すぐに自分で作る事を決めたわ!」 (何……と?) 「あら、キョン?どうしたの?固まっちゃって…」 「……………いや、何でも………無い」 …やっぱり…ハルヒはハルヒだった…。 俺は、今朝からの浮かれまくった自分を思いだし、激しく自己嫌悪に陥りながらも姿勢を元に正しながら冷静に考えてみる。 (そういえば、ハルヒの得意なセリフの一つに「無ければ自分で作ればいいのよっ!」ってのがあったな…) おそらく今回も…街へマフラーを買いに行ったものの、気に入ったものを見付けられずに結局自分で作る事を思い付いたんだろう。 (なんてことだ…まったく…俺ときたら…) やがて…授業が始まっても、俺の意識は黒板へと向く事は無かった。 今朝からの激しい期待感を失った事に因る倦怠感が全身を漂っている…。 ああ…長い一日になりそうだ…。 そして…放課後… 部室に行くと、既にそこには古泉と朝比奈さん…そして長門に…ハルヒも居た。 「あら…古泉君。素敵なマグカップですねぇ…」 朝比奈さんが、古泉の持ってきたと思われるマグカップを、何やら羨ましげに眺めている。 そして、毎度お馴染のニヤケ面で古泉がそれに応えている…。 (ふん、たいしたマグカップじゃ無いじゃないか…) 俺は意味もなく腹立たしくなり、二人の前を軽く挨拶をしてすり抜けると、ストーブの近くの椅子に腰を下ろした。 ハルヒは教室より引き続き、忙しく編み物に興じている。 そして俺の存在に気付くと、先程と同じく手元と視線はそのままに「見てなさい?もう少しで完成するわよっ」と得意気な口調で話しかけてきた。 俺は「ああ…そうか」とそっけない返事をしながら、ストーブに両手をかざす。 そんな俺とハルヒの様子に気が付いた古泉が、ハルヒの方に視線を送りながら「キョン君のですか?羨ましいですね?」とでも言わんばかりに俺に微笑みかけてきた。 俺は「違う違うっ」と手を鼻先で二三度振ると、古泉が「それは残念」と両掌を天井に向けるのを待って、ポケットから携帯を取り出して開いた。 とりあえず…授業中に来ていた分のメールを確認しようとディスプレイを見るが…なんだか面倒だ……そしてダルい…。 俺は何もしないまま、携帯を閉じると机に上体を伏せた。 ふと気が付くと、視界に本を読む長門が映る…。 (ああ…こいつは、こんなダルさとは生涯無縁なんだろうな…) やがて、俺は足元に当たるストーブの暖かな感触に眠気を覚え…そっと目を閉じた。 「…ョン…」 「ん…?」 「…キョン……」 「なん…だ…?」 「起きなさいよっ!バカキョンっ!」 ハルヒの怒鳴り声に慌てて体を起こすと、既に部室の中にはハルヒ以外に誰も居なくなっていた。 「あれ?みんなは…どうした?」 「とっくに帰ったわよ!……それより…ねえ、見て?遂に完成したわよ!素晴らしい出来栄えだと思わない?」 「ああ…まあな…」 「いっその事…もういくつか作って、アタシのブランドでも立ち上げてネットで売り捌いてやろうかしらっ?」 ハルヒは、出来上がったばかりのマフラーを俺に見せながら満面の笑みを浮かべていた。 (手編みは貰い損ねちまったが…まあ、いいか…) 俺は「良かったな」とハルヒに軽く微笑みかけると、立ち上がって帰り支度を始めた。 ハルヒは既に支度を終らせていた様子で、コートをはおり手袋も着けている。 そして…俺がコートを着終わるのを見計らって、出来上がったばかりのマフラーを首に巻き始めた。 (確かに…ハルヒに似合う色だ………あれっ?) ハルヒがマフラーを首に巻き始めたその時…俺は、ある事に気が着いた。 ハルヒの作り出したマフラーは………恐ろしく長い…! 戸惑う俺をよそに、ハルヒは手早くマフラーを巻くと、俺に余った長い部分を差し出した。 「…はい、キョン」 「ん?な、なんだっ?」 「アンタの分よ……」 そう言いながら、ハルヒの顔がみるみるうちに赤くなってゆく…… そして…とりあえず言う通りに、余った分を首に巻いた俺を見て「ふふっ、暖かい?」と照れた様に笑った。 「暖かいが……物凄く恥ずかしい……」 「ええっ?何よ!この場合『恥ずかしい』じゃなくて『嬉しい』じゃないのっ?」 俺達は暗くなり始めた部室棟の廊下を、二人三脚の様にぎこちなく歩く…。 しかし…全くハルヒの奴ときたら、とんでもない事を思い付くものだ。 こんなところを誰かに見られたらと思うと、恥ずかしくてしょうがない……… ただ…マフラーからハルヒの匂いがして、少し幸せだったりするが… 「こらっ!もっと嬉しそうにしなさいよっ!…えいっ!」 「ぐあっ!ひ…引っ張るなっ、首が締まるっ!」 「あははっ!面白~いっ!…えいっ!」 「ぐあっ!し…洒落にならん…」 「…えいっ!」 「グァ……」 「…いっ!」 「…ァ」 「……」 「…」 「」 「なあ、ハルヒ…」 「なあに?」 「ありがとう…な」 おしまい
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2661.html
後編 3月1日。桜並木の下で同じ学年の女子たちが泣きながら友人たちとの別れを惜しんでいた。 今日は卒業式、あたしは式の後すぐに部室棟へと向かった。朝のうちにみんなに言ってある、式が終わったら部室に集合するように、と。 あたしが扉を開けたときにはもうみんな集っていた。 みくるちゃんは一年前に卒業してたけど、今日はあたしたちの式を見に来ると言っていたので部室にも呼んでおいた。みくるちゃんは一年ぶりの懐かしいメイド服を着てみんなにお茶を配っていた。 有希は相変わらず座って本を開いていた。キョンと古泉くんは会議用の机に着いて話をしていたようだった。 あ、古泉くんのブレザーのボタンが一つ外れてる。やっぱり古泉くんだし、女子に目を付けられてたんだろうな。きっと第二ボタンを寄越せと迫られたに違いない。 キョンは、やっぱりボタンはきちんと全部付いたままだ。そりゃあ古泉くんはともかく、キョンがそこまで女にもてるはずないもんね。 それからあたしたちは学校を出て、みんなでSOS団最後の市内探索を行った。 その後はカラオケに行ったりして日が暮れるまで遊びつくした。 楽しかった。今日だけじゃなく、このSOS団のみんなと過ごした高校の3年間全てがとても楽しいものだった。 それだけに、これでお別れになってもうみんなと会えないと思うと、胸が痛くなるほどに心苦しかった。1年生の頃、夏休みが終わらなければいいなと思ったことがあった、あれを何倍にも強くしたときのような気持ちになった。 でもまた高校の3年間を繰り返したいとは思わなかった。輝かしい思い出はもうそれだけであたしの心を一杯にしてくれた。 古泉くんも、みくるちゃんも有希も、キョンもみんな掛け替えの無いあたしの友達。一緒に過ごした月日はあたしが忘れない限りいつでもあたしの中にある。だからもう一度繰り返す必要なんてない。あたしはもう満足だった。 別れ際、キョンの制服のボタンを一つ貰っておいてやった。どうせ誰にも欲しがられなかったあまり物でしょ、哀れだからあたしが貰ってあげるわと言って。キョンはぶつぶつ渋りながらも、制服のボタンをちぎってあたしに差し出した。 もうみんなと、キョンと会えないんだ。だから一生大切にするよ、キョンの第二ボタン。 それから月日は流れた。あたしはその間いろいろな事があったように思うが、実は悲しいほどにほとんど何もなかった。 卒業して大学に入ってから、あたしはすぐに大学での生活に物足りなさを覚えた。 何も面白いことなんてない。 新入生歓迎の合同コンパではたくさんの男が言い寄ってきたけど、どいつもこいつも判を押したみたいに同じ顔をしていた。男も女も、私の目には八百屋の店先に並んでるカボチャぐらいにしか映らなかった。 授業が退屈なのは高校までと一緒だけど、自由な時間が多いのがあたしにとってはかえって苦痛だった。どうせ一緒に遊ぶ友達なんていないからだ。 大学のサークルには全部仮入部してみたが、これも成果なし。どれもこれも普通すぎるくらい普通の人間が集っているだけだ。 なければ自分で作ればいい。そう思っても、その言葉を伝える相手すら今のあたしにはいなかった。こんなことなら、大学のランクを下げてでもキョンか古泉くんと同じ大学に行ってればよかったかもしれない。 そう、あたしにとって大学のネームバリューなんてどうでもいいことだった。別に将来出世してお金持ちになりたいわけでもないんだから。 あたしにとって大切なのは人生を楽しむことだったはず。それもただ娯楽に酔うだけの楽しみじゃない、もっともっと素敵な物を見つけて、この世界で誰もできないような愉快な体験をすることがあたしの目的だったはずだ。 なのになんで今あたしは一人でいるんだろう。これじゃあの頃と、高校に入ってSOS団を作るまでの一人ぼっちだった頃となにも変わらない。 高校でも結局宇宙人も未来人も超能力者も見つからなかった。 でも、あの3年間はそんなこと気にならなくなるくらいに楽しくて、毎日が輝いていた。 それはなぜ? 真っ暗だったあたしの世界に光を与えてくれたのは誰? 孤独な世界で一人立ち尽くしていたあたしに手を差し伸べてくれたのは一体誰? 気づけばあたしはまた一人ぼっちだった。 あたしは朝起きなくなった。起きたくなかったから。 大学にも行きたくなかった。ずっと一人でいたかった。 本も読まなくなってテレビも見なくなった。身の回りの全部に対して関心が持てなくなっていた。 3月、後期の授業が終わって留年の告知を受けたとき、もう大学は中退することにした。 家では部屋に閉じこもって、食事も母さんに部屋の前まで持って来させた。 なにやってんだろう。こんなの駄目だよ。はじめはそう思っていたが、やがて自分の事にすらあたしは関心を失っていた。 そこから先の数年間は毎日同じことの繰り返しだった。 起きては寝るの繰り返し。ネットの遊びを覚えてからは退屈しなくなったが、結局は同じこと、あたしは動物園のオリの中にいる動物と同じように、ただ毎日起きては部屋の中だけで動き回ってまた眠ることを繰り返していた。 ある日父さんが怒ってあたしに出て行けと怒鳴った。 あたしは言われた通りに、何も持たずに家を出た。 玄関の扉に向かって小声でごめんなさいと呟いたが当然返事は戻ってこなかった。 あてもなく街をぶらついた。 寒かった。寂しかった。辛かった。 もういっそ死のうかと思った時だった。あたしはその光景を見て最初夢を見ているんじゃないかと思った。もう頭がおかしくなって、幻覚を見てるんじゃないかと考えた。 キョンがいた。ちょっと身長が伸びてたけど、顔つきもしゃべり方もあの頃と変わらないままで、キョンがあたしに話しかけてきた。 そして、キョンはあたしと一緒に暮らしたいと言った。彼の優しさが身に染みて、あたしは思わず泣き叫びたいほどの気分になった。夢なら覚めないで欲しかった。 それからの生活はあたしにとって楽しいものになると思った。 だけど、実はそうじゃなかった。 辛かった。すごく苦しかった。 両親になら迷惑をかけるのも気にならなかった。怒鳴られて家を追い出されても構わないと思えた。 でもキョンの迷惑になることはあたしにとってこれ以上無く心苦しいことだった。 もしキョンがあたしを怒って、もうどうでもいいと放っておかれたらどうしようと考えた。それはあたしにとって最も恐ろしいことだった。そうなったらあたしはきっと生きていく気力すら無くしてしまっただろう。 何度も頑張ろうとした。何度も何度も、あたしの壊れた心に火を灯そうとした。早くキョンに迷惑をかけないで済むようにしようと思った。 だけど上手く行かなかった。部屋に引き篭もっている生活を楽しいと思ったことは一度もない。だけどそれ以上の事をする気力がどうしても湧いてこなかった。 でもキョンはそんなあたしを一度も怒ったりしなかった。あたしはキョンが眠った後、彼に向かって何度も頭を下げて感謝した。こんな優しい人、世界中探してもキョンだけだ。こんなにあたしを大切にしてくれる人なんてきっとどこにもいない。 部屋の掃除をしろと言われたときも、彼があたしのためを思って言ってくれているとわかった。だから頑張ろうと思った。頑張って、キョンを喜ばせたいと思った。 だけど、いざ片付けを始めようとしたとたんに体から力が抜けていった。信じられない、ただ床に落ちたゴミを掃除しようとしただけで、強烈な倦怠感と疲労に襲われて動けなくなってしまった。 何事に対しても気力が続かない、これがあたしの病気、以前両親に連れて行かれた病院でのカウンセリングで言われたことを思い出した。 『無気力疾患』そう呼ばれる状態だそうだ。あたしは今、心の燃料が全くゼロになって、何もすることが出来ない状態でいると医者から聞いた。その事を改めて思い知らされた。 あたしは泣いた。声を上げてわんわん泣いた。こんな、落ちてるゴミを拾ってゴミ箱に入れるという簡単な事すら満足にできないのがどうしようもなく情けなくて。 あたしが何も出来ずにいる間にもうキョンが帰宅する時間になっていた。必死の思いでなんとか部屋中の物を全て集めて見つからないように隠した。こんな子供みたいな手段で誤魔化せるわけないと知りながらもそれ以上のことがあたしには出来なかった。 もう殴られてもいいと思った。キョンにとことんまで怒られて、呆れられて、そして家を追い出されればいいやと思っていた。こんなあたしに生きてる価値なんてないと理解していたから。キョンにも見捨てられていいと思った。 そうなったらもうあたしがこの世界で生きていく理由なんてない、だからひっそり誰にも見つからないように死んでしまおうと決めていた。 だけどキョンはあたしを許してくれた。あたしに対して怒る気持ちが無いわけじゃなかったんだと思う。それでもキョンはあたしに手を上げることも、出て行けと罵ることもしなかった。 それからもキョンはあたしのために色々なことをしてくれた。あたしは彼のおかげで変われた。救われた。もう全く役に立たなくなって、捨ててしまうしかないと誰もが思うだろう壊れたあたしを、キョンは拾いあげてぴかぴかに磨いて修理してくれた。 いくら言葉を尽くしてもこの恩を伝えることはできないと思う。あたしのキョンへの思いを伝えようとしたら愛しているという言葉すら軽すぎるほどだった。 告白しようと思っていた。 こっそり仕事を探していた。それが見つかって働けるようになったら初めての給料でキョンにプレゼントを買って、好きだって、ずっと一緒にいたいって伝えようと思っていた。 そんなある日、両親が訪ねてきた。 あたしを連れ戻しに来たと言った。当然あたしはそんなのに聞く耳を持つつもりなんてさらさらなかった。 あたしは今の生活に満足している。キョンが帰れというならいざ知らず、父さんと母さんがなんと言おうと関係ない。絶対に帰らないつもりでいた。 キョンだってきっとあたしとの生活をまんざらでもないと思っているだろうとあたしは感じていた。あたしは迷惑の掛けっぱなしだが、それも最近ではだいぶキョンのために色々なことが出来るようになってきた。 だからキョンさえ「いいよ」と言ってくれるなら、あたしはいつまでもずっと一緒にいたいと思っていた。 でもキョンはあたしを両親の元に引き渡すと言った。あたしは愕然とした。世界が足元から崩れていくような感覚があった。 キョンはあたしといて楽しくなかったの? あたしはずっとキョンと一緒にいたかった。でもキョンはそう思ってなかったの? でもそれも当たり前だ。あたしがキョンにしてることなんて、生活の全てをまかせきりにしてキョンに負担と迷惑をかけることだけだった。 キョンもひょっとしてずっと我慢してたのかもしれない。別にあたしのことをどうも思ってなくて、本当にこれでようやく解放されると思っていたのかもしれない。 あたしは大人しく両親に連れられて家に帰った。久しぶりに見たあたしの部屋はきれいに片付けられていた。でも、あたしにはここが自分の家とは思えなかった。あたしの帰る場所はもうキョンの元だけだと思っていたのに。 でもそう思っていたのはあたしだけ。キョンはあたしに家に帰ったほうがいいと言った。 元の生活に戻ってからは全てが順調だった。 会社に入った時は、中途採用ということで紹介され、その日にあたしのための歓迎会まで開かれた。 大学生だった頃、朝起きて大学に行くことが苦痛でしょうがなかったのに、今あたしは普通に早起きして出勤していた。 職場の人たちもみんないい人ばかりだった。働いてお金をもらえることにはとても充実感を感じられたし誇りに思えた。 だけど、全然幸せじゃなかった。 今だからわかる。人って絶対に一人では生きていけない生き物なんだ。 野生のウサギは一匹でもたくましく生きていけるが、人に飼われてかわいがられたウサギは、ある日いきなり一匹だけで放置されると寂しくて死んでしまう。 あたしもそう。中学生のとき、一人で尖がってたときは孤独なんて全然平気だったけど、人のぬくもりを覚えてしまったから、もう一人ぼっちの孤独には耐えられないんだ。 たとえこうやって働いてお金を稼いで、色んな人からよくしてもらっても辛かった。もう一度あの頃に、無力なあたしだった頃に逆戻りしても、またキョンと一緒にいたいと思った。 そうだ。それがいいよ。全てうっちゃって、会社も辞めて、家を飛び出して、またキョンのところに戻ろう。きっと優しいキョンはまた暖かくあたしを迎えてくれる。 ねえ? いいよねキョン。あたしキョンのことが好きなの。もう一人ぼっちで生きていくのはいやなの………… 『俺はお断りだ。なんでまたお前の世話をしてやらにゃならんのだ面倒臭い。もうニートなハルヒの世話をするのは懲り懲りなんだよ』 キョンの声が聞こえた気がした。 そんなひどいことをキョンがあたしに対して言ったことは一度もない。でも内心はずっとそう思っていたのかもしれない。 キョンはあたしに言った、実家へ帰るべきだと。つまりもう一緒にいたくはない、と。 本当はすごく迷惑してたんだ、あたしが気づかなかっただけで、キョンはあんな生活ちっとも楽しくなかったんだ。 じゃなかったら引き止めてくれたよね。でもそうじゃなかった。キョンはあたしを手放した。あたしはキョンがいなくちゃ生きていけない、けどキョンにとってあたしは必要なかった。 気づいたら部屋に入ってきた母さんが金切り声のような悲鳴を上げていた。あれ? なんであたしの腕からこんなに血が出てるんだろう? どうしてあたしは右手にカッターナイフなんて握ってるんだろう? なんでもいいか。だってもう生きてたって辛いだけだもん。みんなに迷惑かけるだけだもん。 もっと早くこうしてればよかったのかな。 キョンもあたしの事なんて早く忘れて、いい女の子を見つけて幸せになってね。 あたしの意識はそこで途切れた。 俺の聞き間違いでなければ、電話口から響いたハルヒの母親の言葉は確かにこう聞こえた。『ハルヒが自殺した』と。 公衆電話から掛けているようだった。俺が落ち着いてください、何があったのか詳しく話してくださいと言うと、母親はひどく取り乱してまた泣き出してしまった。 ぶつりと電話が切れた。俺はどうしていいかわからなかった。 とりあえずハルヒの家に掛けてみたが誰も出ない。 受話器を置いてしばらくその場で立ち尽くしていると、また電話が掛かってきた。すぐに出た。電話口から聞こえてきた声はハルヒの父親のものだった。 「久しぶりだね、妻はだいぶ混乱しているようだ…………まあ私もそうだが……まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった…………」 「ハルヒはどうしたんです!? その……自殺したと、聞いたんですが…………」 「医者の話では命に別状は無いらしい。部屋で手首を切って血を流しているハルヒを妻が見つけたんだ、すぐに病院に連れて行った、今は眠っている。妻は腕から血を流すハルヒを見たショックでだいぶ錯乱しているようだ」 ハルヒは生きている。それを聞いて俺は腹に溜まった息を吐き出した。 だがよかったとは言えないだろう、ハルヒが手首を切って自殺しようとしたという話だ。 「一体……何があったんです……?」 「…………わからない。私には何もわからない。ハルヒは会社に勤めるようになって、全てが順調だったのに……。昨日だってハルヒは朝早くに働きに出て夕方に普通に帰ってきたんだ……なのになぜ…………?」 「とにかく俺も今すぐそっちに向かいます。ハルヒがいる病院は市立病院でいいんですね?」 父親は「ああ」と言った、それだけ聞いて俺は電話を切った。そして服も着替えずに家を飛び出して駅に向かった。新幹線に乗れば今日中には向こうに到着できるだろう。 その時、俺がどうしてハルヒのいるところに行こうと思ったのかはよくわからない。ただ、俺が行かないといけない気がした。 病院に着いたときにはもう夜も遅かった、その日はもう面会時間を過ぎていたが、身内だと言って入れてもらった。 個室のベッドに横になったハルヒは腕に軽く包帯を巻かれているだけだった。傍らにはハルヒの両親もいた。ハルヒは仰向けになっているが眠ってはいないようだった。 「ほらハルヒ……、キョンくんが来てくれたわよ……」 「……………………なんの用?」 ハルヒは天井を見たまま口だけ動かして言った。 とりあえず大事ではないようでよかった。自殺未遂の原因も今はどうでもいい。ただハルヒが無事だったことが嬉しい。 「あたしの事を聞いてわざわざ向こうから来てくれたの? ご苦労なことね……」 「当たり前だろ。お前が怪我したって聞いて家でのんびりしてられるか」 そう、当たり前の事だ。電話してやれば古泉や長門も朝比奈さんもすっ飛んで来るに違いない。 「…………大きなお世話よ……」 ハルヒはぷいっと寝返りを打つようにして、俺に背中を向けた。 「ちょっとハルヒそんな言い方……!」 「キョン、あんたにとってあたしって何なわけ? 別に家族でもなんでもない、高校の同級生でただの友達ってだけでしょ?」 「そ、そりゃあ……そうだが…………」 違う。そうじゃないだろう俺。ハルヒは俺にとって特別な存在だ。決してただのお友達だとかいう関係じゃなかったはずだ。 「あんたにも色々迷惑かけたわね、もういいから、帰ってよ。あたしの事なんてほっといて…………」 俺は大人しく病室を後にした。今日はハルヒも精神的に参ってるんだろう。明日また出直そう。今日は実家の方に泊まることにするかな、最近親と妹にも会ってなかったからな。 そう思って病院を出ようとした時だった。何もないはずの場所で何かにぶつかって俺は足を止めた。 「うぷっ……」 なんだこりゃ? 病院の出口には見えない透明の柔らかい壁みたいなものがあった。 振り向いてカウンターを見ると受付の人がそこにいた、ただし眠っている。さっきまで今日の診察に関係したものと思われる書類を眺めていた受付係の人は机に突っ伏すようにして寝息を立てていた。 よく見ると、その奥には床に転がって眠っている看護師の姿もあった。どうして? 手術用の吸引麻酔がガス漏れでも起こしたのか? まさか……。いや、まさかじゃない、間違いなく原因はハルヒだ。俺は走ってさっきまでいたハルヒの部屋へと戻った。 しかし、そこにハルヒの姿はなかった。いるのは椅子に座ったまま目を閉じて眠っているハルヒの両親だけだ。 「どこに行ったんだハルヒ……」 心当たりはあった、思いつきたくも無かったが……。ハルヒは自ら命を絶とうとしている。それもきっと突発的な理由じゃあなく、本当にどうしようもなく死にたいと思っていたんだ。 だからあいつはきっとまた死のうとしている。だったら向かう先は大体見当が付く。屋上だ。 俺は廊下を思いっきり走った。病院内では走らないで下さいとの立て札が見えたが無視した。どうせみんな眠っちまって起きないんだから。 エレベーターが動いていた。それも一直線に上へ上へと進んでいる。乗っているのはハルヒで間違いないだろう。俺は階段を使って上がることにした。 1段抜かしで階段を駆け上がりながら俺は思った。なんで俺だけ眠らされていないんだ? 他の人たちはみんな寝ていた。それはハルヒが自分のすることを邪魔されたくないと思ったからだろう。 なら俺は? なんで俺だけをハルヒは無意識のうちに邪魔者の中から除外していたんだ? さっき部屋で会ったときも、あれほど邪険に扱って、さっさと帰れと文句まで言っていた俺をなぜ? そんなの決まってる。ハルヒはきっと本当は俺に帰ってほしくなんかなかったんだ。そして、本当は死にたくもないんだ。俺に止めてほしいと、助けてほしいと願っているんだ。 毎日デスクワークばかりで運動不足だった俺の体が屋上階に辿り着いたときには、ハルヒの乗ったエレベーターはとっくに屋上へと着いた後だった。 まだ手遅れじゃないはずだ。外への扉を開けたとき、ひんやりとした空気が流れ込んできた。空には月も星も見えない、その真っ黒な空の下、安全用に張られたフェンスの向こう側にハルヒの姿があった。 「ハルヒ!!」 俺が声を掛けると、ハルヒは振り向いて俺を見た。 「なによ……まだいたの?」 半分だけ開いた気力の感じられない目を向けて、小さな声でハルヒが言った。 「ハルヒ……聞いてくれ。俺はお前が好きだ、本当はずっと一緒にいたかった。だから死ぬな。また一緒に暮らそう」 「…………キョン、ありがとう。でも無理しなくていいよ。今、あたしが死にそうだから、それを止めたくて言ってるだけなんでしょ?」 ハルヒは目に涙を浮かべて、自嘲するようにして言った。 そう思うのも無理はない。だが本心から思っていたことだ。俺はハルヒが好きで、ずっと一緒にいたいと思っていた。 今のハルヒは何を言っても聞く耳を持ってくれないだろう。だから、俺は言葉じゃなくて別の方法でハルヒに俺の気持ちをわからせることを選んだ。 「……っ!? ちょっとキョン! あんた何してんの危ないわよ!!」 俺はハルヒの立っている場所から離れたところのフェンスを乗り越えて外側の縁に足をかけた。 下を見ると吸い込まれそうになった。滅茶苦茶高い。落ちたら間違いなく即死だろう。たとえすぐ目の前が病院でも関係ないくらいの大怪我をするに違いない。 そう、神様が奇跡でも起こしてくれない限り。 「ハルヒ、俺はお前を愛してる。その証拠としてここから飛び降りてやる」 「はあっ!? 馬鹿言ってんじゃないわよキョン! 昔のアホなドラマの見すぎなんじゃないの!? なんであんたが死ななきゃいけないのよ!!」 大丈夫、多分助かる。ハルヒが本当に俺に死んでほしくないと願っているなら、絶対に死なないはずなんだ。 とはいえ、本能的な恐怖は拭い去れない。足元に広がる光景はあまりに説得力を持って俺に死の予感を訴えかけてきた。勝手に足がガタガタ震えているのがわかった。 「ね、念のため聞いておくが、ハルヒも俺の事嫌いじゃないよな? 好きとまでは行かなくても、死んでほしいと思うほど嫌っちゃいないよな!?」 「な、なに言ってんのよ……!? そりゃあ、あたしだって……あたしだってあんたのこと好き! 大好きよ! 本当はずっと一緒にいたいって思ってるわよ!! でも……それじゃあんたが迷惑するだろうと思って…………!」 「そりゃあ嬉しいな。だけど、ひょっとして今俺が死にそうだから、無理して嘘ついてるんじゃないだろうな?」 「なに言ってんのよバカ! 本気よ! あたしはあんたとずっと一緒にいたいって思ってたのよ!!」 「だったらそこで見てろ! もしお前が本当にそう思ってるなら、俺は助かるはずなんだから!!」 こんなことしてなんになる? しかし滅多にありゃしないぜ、お互いがお互いを本当に想っているかを確かられることなんて。俺は覚悟を決めてロープ無しバンジージャンプを決行しようとした。 だがその時ハルヒの様子が変わった。ハルヒは俺の頭がおかしくなったことを嘆く意味か、それとも本気で俺のことを心配してか、ついに声をあげて泣き出してしまった。 「う……うええ、ひぐっ、わかったわよ。あたし信じる、キョンのこと信じるから、死なないで……お願い…………」 「は、ハルヒ……」 ハルヒは金網を掴んだまま、その場に泣き崩れた。 「す、すまないハルヒ……その、少し悪ノリが過ぎたかもしれん」 考えてみればハルヒは俺が落ちたら当然に死ぬと思っているんだ、そりゃあ泣くだろう。俺の安全がハルヒの力によって保障されている(かもしれない)ことをハルヒは知らないんだから。 「バカ……本当にバカ。死んじゃったらどうにもならないじゃない……このバカキョン……」 ハルヒ、今まで飛び降りようとしていた奴の台詞じゃないぞそれ。 俺は慎重にフェンスをよじ登って内側に戻った。ハルヒも同じ様にして戻ってきたが、こっちを見るなりいきなりダッシュで向かってきて、俺に体がくの字に曲がるほどの強烈なボディーブローをかましてくれた。 「うごっ!?」 「それはあたしを心配させて泣かせた分の罰よ! ドロップキックじゃないだけ有り難く思いなさい!」 今までのしおらしい態度は全部フェイントかよ、せめて平手打ちくらいにしておいてほしかったな。 そう思って顔を上げると、そこには涙を浮かべて真っ赤になったハルヒの顔があった。 「でも……嬉しかったわ。……だから、これはその分のご褒美よ…………」 そう言って、ハルヒは俺に顔を近づけた。 『ベタ』 「平べったい」が語源、誰もが予想できる展開やオチを指す。「ベタな話」「ベタなギャグ」など、お約束とも言われる。まあ具体的には今俺がやってることだ。 昔、ハルヒと共に迷い込んだ灰色世界での事を思い出した。しかし閉じた目を再び開いたときの俺の視界に映ったのは、夢オチを知らせる自分の部屋の天井ではなく、頬を赤らめてこっちを見るハルヒの顔だった。 それからの事を端的にまとめて話そう。 ハルヒは会社を辞めた。会社側としてはハルヒの仕事の能力を高く評価していたから、引っ越してもそこから近い支社にいてほしいと要求したとの話だった。 だがハルヒは自分の意思で退社することにした。給料は一年目にして俺よりも遥かに高額だったのに勿体無い。ハルヒがいらんならそのポストを俺によこせと思ったほどだった。 そしてハルヒはまた無職となって、俺と二人で暮らすようになった。 まあただ今のハルヒは世間的にニートと呼ばれる部類の人間ではなくなった。とあるところに永久就職することになったからだ。もちろんその職場に定年退職なんてない。死ぬまで一緒にいること、それが俺とハルヒの共通の仕事になった。 そういうわけで当初の目的とは全く違った形ではあるが、俺のニートハルヒ更正プログラムはこうして終わりを告げたのだった。 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2754.html
ハルヒがニート略してハルヒニート その1 その2 その3 終章・前編 終章・後編
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2419.html
涼宮ハルヒのデリート 誤解なんてちょっとした出来事である。 まさかそんなことで自分が消えるなんて夢にも思わなかっただろう。 キョン「あと三日か・・・。」 キョンつまり俺は今、ベッドの上で身を伏せながらつぶやいた。今を生きることで精一杯である。 なぜ今俺がこんなことをしているのかというと、四日前に遡ることになる。 ハルヒ「キョンのやつ何時まで、団長様を待たせる気なのかしら?」 いつもの集合場所にいつもと変わらない様子で待っているメンバーたち。 団長の話を聞いた古泉が携帯のサブディスプレイをみる。 古泉「まだ時間まで五分あります。」 と、団長に伝える。 ハルヒ「おごりの別に、罰でも考えておこうかしら。」 っと言ってSOS団のメンバーは黙り込んだ。誰一人として口を開こうとしない。その沈黙を破ったのは、ベタな携帯の着信音だった。 ハルヒ「あとどれぐらいで着くの?団長を待たせたんだから・・・」 っと言われ「一方的に電話をきった。ベタな展開だったら俺が切るのだが、なにしろ相手があのハルヒだから仕方がない。 かわりに古泉に電話をかけた。 古泉「僕に電話とは、あなたも罪な人ですね。涼宮さんが嫉妬しますよ。」 ウザイ、何勘違いしてんだこのホモ男。 古泉「冗談です。僕に電話をかけたぐらいですから、何か理由があるのでしょう?」 やっぱりコイツと話すのは少し気が引けるな。 キョン「今日は、急用があるから探索にはいけないとハルヒに伝えてくれ。」 古泉「その用とは?何の事ですか?」 キョン「どうしても言わなくてはいけないのか?」 古泉「・・・。まあ別にいいでしょう。あなたの休日まで追及はしません。」 キョン「じゃ、頼むぜ。」 電話のやり取りを終えた古泉はハルヒに用を伝えた。 ハルヒ「仕方がないわね。じゃあ、今日は二人のペアで北と、南に分かれて不思議を探しましょう。」 ~ハルヒ視点~ ハルヒとペアになった、いやなってしまった朝比奈さんは午前中ずっとハルヒの不機嫌オーラを感じ、おびえながらハルヒの後についていったそうだ。 午前中の散策が終わりいつもの場所へ向かう途中朝比奈さんがあるものを発見してしまった。 みくる「あれって、キョンくんじゃないですか~~?」 ハルヒは朝比奈さんの指す方向に素早く振り向いた。 ハルヒ「散策をサボっておいて、何をやってんのかしら?」 しばらくハルヒが何かを考えていると思うと、頭の上の電球が光った。 ハルヒ「キョンを尾行するわよ、みくるちゃん。キョンの休んだ理由がわかるし、不思議なところへいけるかも知れないし。」 みくる「で、でも~~、長門さんと、古泉くんのことはどうするんですか~~?」 ハルヒ「そんなの後で電話しておけばいいじゃない。」 っと言って、彼の尾行を始めた。何度かみくるちゃんから「やめましょうよ~~。」っと言われたがすべて無視した。 彼の行き先はいつもの駅から一駅離れたところだった。 ハルヒ「なんでわざわざこんなところにくるのかしら・・・。」 みくる「やっぱり、やめませんか~?キョンくんには彼なりの事情があると・・・。」 言いかけていた彼女の口をふさいだのは、ハルヒの手だった。 みくる「何するんですか~?」 ハルヒ「誰かに手を振っているわ。ここからじゃよく見えないから別の場所へ移動しましょう。」 っといってハルヒは朝比奈みくるの手をとり移動した。 みくる「あれって、女の人じゃないですか~?」 ハルヒの目に移ったのは、キョンが親しげにその女性と話しているところだった。 そして、気づいたらそこから走って逃げ出しているところだった。 走るのをやめて歩いていると、後からみくるちゃんが追いついてきた。 みくる「きっと彼女じゃないと、思いますよ・・・。」 ハルヒ「あったりまえじゃない、あのキョンに彼女ができるわけないじゃない。ただ少し暗くなってきたから早く帰りたいなと思って・・・。」 わかりやすい嘘をついてしまったと思い、すこし悔しがった。駅あたりで二人が別れた。 ハルヒの後姿はどこか悲しげな表情にみえたそうだ。 ~キョン視点~ 妹のダイブによって起こされた俺は、いつもの強制ハイキングコースを心行くまで楽しんでいた。 学校にいく間、谷口のナンパ話を聞かされた。まったく飽きないやつだ。 谷口「でだな、やっぱりゲーセンのやつらを狙うのはよくなくてでなあ・・・。」 キョン「お前のそのナンパ話はこうで96回目だ。」 っと口を挟む。まったく朝から暑苦しいやつだ。熱心に語ってきやがる。 谷口「そういや、お前なんで土曜日の探索に行かなかったんだ?」 キョン「・・・。なんで、お前が知ってる?」 谷口「ギクッ!!!忘れてくれ・・・。」 そんな話をしているとすぐに学校に着いた。靴を履き替え教室に向かうと、何から話そうか考えた。誰にって、そりゃハルヒにきまってんだろ? 絶対追求してくるに違いない。 しかし、予想に反してハルヒは何を言ってこなかった。それどころか、教室に入ってきた俺をまるで何もいないかのような反応を見せた。 キョン「ど、土曜はすまなかったな。急に休んだりなんかして・・・。」 しかし、ハルヒは何の反応もしない。気まずい、ククラス全体が注目してる。 キョン「休んだ事を怒ってんのか?」 ハルヒ「・・・・・・。」 無反応のハルヒに気まずさを感じていたら、チャイムがなりホームルームが始まった。 まったく、休んだぐらいでそんなに怒るかよ・・・。 結局午前中はハルヒと何も話さず、不機嫌オーラを受け続けていた。 昼休みは教室を抜け出しどこかへいってしまった。 谷口「お前、涼宮になんかしたか?」 キョン「いや、何もしていない。何で怒っているか知りたいぐらいだ。」 本当に何を怒っているんだろうな、ハルヒのやつ。 そして授業の終わりに二人のムードに耐え切れなくなった谷口が、あろうことかハルヒに話しかけてしまった。 ハルヒ「何よ谷口。あんた宇宙人でも見たの?」 じとっとした目で、谷口を睨む。 谷口「キョンと喧嘩するのはいいが、クラスのムードまで暗くするな!」 っと強気で言った。ああ、谷口、お前死んだな。相手を考えろ、相手を。 しかし返ってきた返答は、最悪なものだった。 ハルヒ「キョンって、誰?」 教室が完全に凍りついた。その中を凍らせた原因のハルヒが通りすぎていった。 マジかよ? なにかあったかも知れんと思い、逸早く部室へ向かった。 キョン「長門!これは一体どういうことなんだ?」 俺は部室の隅で静かに本を読むインターフェイスに問いだした。しかしまた返って来た返答は最悪だった。 長門「あなたが悪い。」 ・・・・。俺は言葉を失った。一体何をしたんだというのか。あの長門からこの言葉を言われると正直つらい。 すると後ろから古泉が入ってきた。 キョン「お前ならわかるか?俺がハルヒから無視されている理由。」 よく考えてみれば、長門がああ言っているのだから古泉に聞いても仕方がなかった。 ふわりと自分の体が倒れるのを感じ、殴られたとわかった。我ながら格好悪い。 古泉「あなたがそんな人だったとは、失望しました。涼宮さんが無視するのもよくわかります。」 一体どういうことだ。何が起こっている?これもまた異世界なのか? とりあえずこの日は家に帰った。あんなことを言われてあの場にいれるほど、俺も狂っちゃいない。 一体何が悪いのか考えているうちに眠りに入った。 朝だ・・・。妹のプレスを食らう前に起きた。とりあえず再びハルヒに誤っておこうと思い学校へ向かった。 向かう途中ずっと考えていた。そもそも俺をいないものだと言うほど嫌っているのに、どうやって誤ればいいのか。 それに理由もわかっていない。・・・そうだ、朝比奈さんに聞こう。 昼放課に朝比奈さんを呼び出した。 キョン「あの、俺って何かハルヒに悪い事いしましたか?」 真剣な口調で話す。彼女なら何か知っているのだろうか? その言葉に驚いたような様子をみせ、真剣な顔つきで話始めた。 みくる「あの、始めに言っておきます・・・。」 キョン「はい?」 みくる「ごめんなさい。」 パ~ンという音が響いた。そう、ビンタされた。そして朝比奈さんはどこかへいってしまった。 あの、朝比奈さんに殴られたのは相当ショックだった。 結局午後の授業にはでずに欠席した。この日は何もかもにやる気がでず。ベットで眠ることにした。 朝、自分の体の異変に気づいた。 -あと3日で自分は消える 何でわかるかって?分かってしまうからしょうがない。これしかないな。 今の状況に絶望した自分は学校を休んだ。だってあと三日で死ぬとわかっていて何をすればいいかなんかわからん。 夕方、古泉が家を訪ねてきた。しぶしぶ話を聞くことにする。 古泉「いい加減にしてください。とにかく明日、涼宮さんに謝る事です。何度閉鎖空間を潰したことか・・・」 キョン「・・・。俺が何をしたっていうんだ?」 古泉「とぼける気ですね。まあ、いいでしょう、言ってさしあげますよ。先週の散策あなたは休んだ。そしてわざわざ僕たちから離れるようにして彼女に会った。それに対して涼宮さんは失望しているのですよ。」 キョン「待て!それは・・・。」 古泉「ともかく、明日は学校に来て謝ってください。それで済むことですから。」 俺は終始まともな話ができず、家に戻った。 「あと三日か。なんとしてでも・・・」 彼女に会っただと。とんだ誤解だ! 次の日は一日中ハルヒにかけた。全て無視されて、だんだん自分が消えていくのを感じ、孤独感に襲われた。 手紙をつかってみたりもしたが、やはり無視された。 ・・・。一体全体どうなっているんだ? 帰り際、しかたなく古泉と少し話をすることにした。 キョン「全て無視されている。もう俺が消えたみたいに。」 古泉「どういうことです?もう、とは?」 キョン「古泉、俺はあと二日、いや明日いっぱいまでしか生きられない。」 古泉「・・・。なんで分かるのですか?」 キョン「分かってしまうのだからしょうがない。っということだ。」 古泉「・・・なるほど、どうですか。僕の憶測ですが・・・、土曜にあなたが彼女にあったことが原因でしょう。」 キョン「そのことなんだがな・・。実はそれお袋なんだ。俺の。」 古泉「!?・・・それが本当ならものすごい間違いですね・・。」 キョン「まあ、俺の親は若いときに俺を生んだからな。」 古泉「で、その誤解により、あなたに失望し悲しんだ。あなたがいなければ悲しまなかったのに、とでも考えたのでしょう。」 キョン「だったら、すでに消えているべきじゃないのか?」 古泉「そうですね、あなたに謝ってほしかったのではないんですか?」 キョン「・・・(違うだろ)。まあそんなことよりこれからどうするかだな。」 古泉「そうですね。今のままでは、この世界にも失望して改変されかねませんからね。」 キョン「しかし、俺の書いたものまで目にはいらないとなると、どうすればいいんだ?」 古泉「分かりません。でも、あなたのやる事を信じたいと思います。」 いつまでも本当にクサいやつだな。しかも顔が近い、キモイ。どけろ 古泉「僕にできることがあれば、何でも協力しますよ、親友として。」 キョン「わかった。」 っといって別れたのはいいがさっぱりどうしたらいいのかわからん。 このままでは、本当に消えてしまう。何かいい方法はないのか? 長門に頼るか?いや、今回は自分で考えるべきか? 人間はこういう大事な日に限ってすぐに寝てしまうものだ。 次の日結局何も浮かばず、半日をすごしてしまう。 今いるのは部室だ。ここでなんとかしなければ、消えてしまう。 ふいに長門が何か語ってきた。 長門「あなたはもう答えを知っているはず。答えは過去にあり、現在に関係する。」 そのことを信じていいんだな、長門。・・・。 最後になるかもしれない部活は、ハルヒに俺が認識されないまま終わった。 帰り際、あるひとつの答えにいきついた。唯一の接触できるチャンス、そして最後の切り札。 キョン「古泉、親友としてのお前にひとつ頼みがある。」 古泉「なんでしょう?できる限りのことをいたしますよ。」 キョン「それはだなぁ、夜に東中にきてくれと手紙にかき、渡しといてくれ。」 古泉「なんのことだか、分かりませんが、それが望みならやっときます。」 そう答えは今日という日つまり七夕。答えは三年前。 東中に着くとハルヒをベンチで待つ。懐かしいな、この場所。丁度暗く顔をしっかりと見えない。 しばらくするとフェンスを乗り越え、ハルヒがやってきた。 ハルヒ「やっぱり、ジョン・スミスだったのね。」 そう、最後の切り札はこれだ。そして予想どうり接触することができた。 ジョン「どうだ、高校は?」 するとハルヒ今までの活動を話始めた。 ハルヒ「やっぱり、宇宙人はみあたらないわね。でも、SOS団っていうね・・・。」 俺も、(俺は話から消えていたが)今までの活動を思い出していた。 ハルヒ「ジョン泣いているの?」 俺の顔には涙が流れていたらしい。あと十五分の命だ。 ハルヒ「私何か大事なことを忘れている気がする。」 ふいにハルヒが言ってきた。思い出してもらうチャンスかもしれない。 ジョン「今からいうことを真剣に聞いてくれ。」 ハルヒはキョトンとした顔だったが、気にせず話をつづける。 キョン「昔、キョンと呼ばれていた男がいた。彼は普通の人生に飽きていた。そこに自分と同じ考えの女の子が現れた。 彼女は不思議を追い求めて彼を振り回した。しかし彼はそれを迷惑と思わず、むしろ自分の人生が楽しくなるのを感じた。・・・」 もう涙が止まることはない。 ジョン「しかし、ちょっとした誤解で二人はもう二度と会わなくなってしまった。」 ハルヒ「それがジョンあなたなの?」 ジョン「ああ、SOS団か・・・楽しかったな。」 嘘と真実がまざりメチャクチャになってきた。 ハルヒ「わたしが忘れていることって、まさか?」 ばらばらだったピースが合わさった。しかしもう時間がない。 ハルヒ「女の子はわたしなのね。」 キョン「ああ、誤解が解けないのが残念だったな。」 ハルヒ「・・・。」 キョン「ハルヒ、約束してくれ。俺がいなくてもこの世界に失望しないことを。」 ハルヒ「・・・、わかった。って、何その死ぬ前みたいな言葉。それに体が・・・」 体が消えてきた。くそ!時間がない。 キョン「じゃあな、ハルヒ。消える前にお前のポニーテールが見たかった・・・。」 こうして俺、キョンはこの世界から消えていった。 思えば、普通の高校生として生きていくよりはよかったんじゃないのかと、思えた。 その後ハルヒは古泉から誤解について説明された。 俺が消えた世界では、俺の体は残っていないので失踪っということになっている。 妹よ、兄が消えた事に悲しんでいるか? 世界が改変されることが起こらず、いやそれどころか閉鎖空間すら発生しなかったそうだ。 SOS団は今も健在しており、ポニーテールの団長様はなんとかやっているようだ。 ハルヒ「・・・。あれから一ヶ月ね。本当にどこへいったのかしら・・・。」 ハルヒが俺の席をみてつぶやく。 みくる「・・・・。きっと帰ってきますよ。」 ハルヒ「でも、目の前で消えていくのを見たのよ!わたしだって信じたい、帰ってくると。」 古泉「いい加減にしてください!] 急に叫んだ古泉に、二人は意表をつかれた。 古泉「そんなこといっていたら、彼が帰りづらいじゃないですか。」 部室が静まりかえった。・・・・。どういうことだ? 古泉「実はですね。先日警察に身柄を確保されましてね・・・。」 っといって、ハルヒに新聞を渡す。確かに新聞には俺の写真がうつっている。 古泉「いると信じなくては、いるものもいあくなってしまいますよ。」 するとハルヒの顔にいつもの120ワットの笑顔が戻った。 次の日、俺はベットの上で横になっていた。 なぜ俺がこの世界に戻ったのかというと簡単なハルヒの思い込みだ。 まったく便利な能力だな。まあそれのせいで、消えていたわけだが・・・。 さてまずは最初に一ヶ月の幽霊生活。これでもハルヒ話してやろうかな。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6134.html
第五章 α‐9 火曜日。 いつもの坂を登りながら登校する。昨日は頭を悩ませることが色々あったな。長門も古泉も気になっている新一年生の少女。そして長門が言うには、身に覚えのない電話を長門にかけていたらしい。さらに俺は新一年生とともにSOS団の入団試験を受けなきゃいけないらしい。そんなこともあって忘れるところだった。何で1時限目から数学の小テストがあるんだ。人間が一番頭の活性してない時間に小テストをやらせる先生がいるのか。もっとも俺は授業中寝てばかりでいつ頭を活性させてるのか分からんが。 忘れずにいたのはきしくもハルヒのおかげであろう。何の気まぐれか知らないが、昨日ハルヒはテスト範囲を教えてくれたのだからな。寝る前に少し予習しておいてよかった。 1時限目が終わると、俺の元に谷口がやってきた。 「よう、キョン。どうだった?」 何でこいつは自信たっぷりな顔をしてるんだ。すると国木田も寄ってきて、 「昨日谷口がめずらしく教えてくれって来てさ。まさか二人で点数を賭けの対象にしてたんじゃないだろうね」 まさか。何でクラス最下位を走る二人が競わなくちゃいけないんだ。しかし俺は俺で、いつもよりすらすら解くことができたさ。今日も眠いのか、後ろで机に突っ伏しているハルヒのおかげか。まあまあだ、と告げると谷口は、 「へっ、そんな事いってられるのも今のうちだな」 気に食わない素振りを見せた。 「そういやキョンは僕に聞きに来なかったね。自力で勉強したのかい?それとも・・・」 何かに気づいたように国木田は口ごもり、後ろの席を見た。 「はっ。まさかハルヒに教わったってのか?こいつもどういう風の吹き回しだ」 おい谷口よ。ハルヒが目覚める前に逃げたほうがいいぞ。いわんこっちゃない。騒いでたせいかハルヒは起き、こちらを睨んだ。さあさあ早く行け谷口。しかし俺にもその眼光が向いてるのは気のせいじゃないよな。 それでも眠そうにしているハルヒに向かって、俺は、 「よう、今日も寝不足か?」 そう問いかけると、目をこすりハルヒは、 「あんたと違ってたくさんやることがあるのよ」 「なにか。SOS団の入団試験を考えてたのか」 「よく分かったわね。帰ってから家で仕上げてきたわよ。あんたの分の問題も考えてこなきゃいけなかったし」 少し笑顔を取り戻しながらハルヒは言った。俺に入団試験を受けさせるのがそんなにうれしいのか。 「そういえばそうだったな。そっちの範囲は教えてくれないのか?」 「何言ってるの?すでにSOS団員なんだから教えなくてもいいじゃない。SOS団の活動内容を思い出せば簡単に解ける問題にしたし」 そのSOS団の活動内容が未だに訳分からないから聞いてるんだがな。数学の小テストも終わったことだし、今度はそっちの予習でもしておこうか。・・・だめだ、さっぱり予想つかん。そうそう、こいつに言うことがあったな。 「なあ、ハルヒ」 「なによ」 今度は不機嫌そうな顔をしているハルヒにこう言った。 「さっきの小テスト、ばっちりだったぞ。お前のおかげで」 するとハルヒは、 「あたりまえじゃない!」 と、みるみるいつもの笑顔を取り戻していった。相変わらずだな。 その後の授業は、いつものように寝たり起きたりを繰り返しながらだった。もう一つの懸念が頭にあることを忘れていなかった。 昼休みになり、弁当を持って文芸部室へ向かった。 「おいおい今日もかよ」 悪い、谷口、国木田。どうも最近急ぎの用事が次々とやってくるからな。 扉を開けると、定位置に座る長門が見えた。昨日と同じでないのはニヤケ顔をした古泉がいたことだ。 「お待ちしておりましたよ。では私から説明してよいでしょうか?」 古泉は長門に目をむける。こくん、とわずかに頷いた。 「僕の方が言えることは少ないでしょうし」 「で、どうだったんだ。機関とやらは調べたのか」 「ええ、新入生の身辺調査を改めて行いました。結果をお教えしましょうか?」 もったいぶらなくていいぞ。 「昨日この部室に訪れた方々を重点的に調べさせていただきました。その結果シロでした。怪しいと思えるところはありません。」 「じゃあなんだ。人間一人増えたようにみえたのも俺たちの見間違いか?」 「それは・・・」 と古泉は、意見を望むように長門の方を見た。少し間をあけた後、 「昨日部室にて有機生命体が増加した原因は未だ分からない。現在も解析中」 少し申し訳なさそうな顔をして長門はそう言った。何もそんな顔しなくていいぞ。お前にも分からないことがあるんだろう。すると古泉は、 「長門さんが分からないとすると、やはりあの九曜という宇宙人が何か一手かっていそうですね」 しばらく考えた後、長門は、 「恐らく」 今度は悔しそうな顔だ。無理もない。自分の力を上回るかもしれないやつがいて、しかもそいつが同じ宇宙出身ならなおさらだ。 「了解しました。入団試験を受けに昨日の新入生たちが何人か来るでしょう。まして九曜がかかわっているのでしたらそのおかしな人は来るはずです。警戒する必要がありそうです」 ああそうだろうな。向こうから何か攻撃を仕掛けるかもしれないんだ。 それと確認しなくちゃいけないことがもう一つあったな。 「携帯もってきたぞ」 長門に渡すと、それを手にとり考えていた。考えてるというより、またお前の親玉と何かやりとりしているんだろうな。すると、 「・・・・・・情報統合思念体にアクセスし見解を求めた。あなたの携帯にはあの時私にかけた痕跡は見られなかった」 ほら言っただろ。長門は首をかしげ、本に手をかけた。 一通り話し終えると、俺は弁当を出した。古泉もまだだったんだな。 「ご一緒させていただきます」 たまにはこいつと食うのも悪くないかもしれない。今日もかわいい一年を見つけたよとか言うような谷口たちではなく。ハルヒが本気で入団試験を俺に受けさせようとしていることを思い出し、今日あった会話を古泉に話すと、 「涼宮さんがそうおっしゃるのなら問題ないでしょう。あなたを信頼しての業です。」 こいつはこういうやつだったな。時計を見るとこいつと談話している時間がない。弁当をかきこみ、古泉も柄になく乱雑な食べ方だった。なにやら視線を感じる。 「・・・・・・・・・」 本を閉じてこっちを見ている。長門だ。 「おや、長門さんお腹すいているのですか?何か差し上げましょうか?」 気を利かせたのか古泉が言うと、 「・・・・・・・・・」 無言でわずかに首を横に振った。 「どうやら僕では役不足でしたね」 と俺を見ながら不適なスマイルを顔に浮かべた。なんだってんだ。 「長門、なにか思いつかないか?ハルヒが考えそうな試験問題なんだが」 そう尋ねると、 「あなたに足りない感情を補うため、涼宮ハルヒはそれに関する問題を出題する可能性がある」 前にもこんなことがあったな。長門はこれから自分が発言する言葉に人間らしい意味を持たせているんだろう。本をまた手に置きこういった。 「あなたは鈍感」 長門、言うようになったな。 「おや、これは手厳しい」 うるさい古泉。お前もだ。 β―9 火曜日。 いつもの坂を登りながら登校する。喜緑さんが言うに、長門が倒れてから四日たつのか。四日前確かに俺は長門に電話をして無事を確認したのにな。そうこう考えてると、 「おーい、どうした。しけたツラして」 この時間よく会ういつもの二人がやってきた。 「少し寝不足なのかい?まさか遅くまで勉強してたんじゃないだろうね。1時限目の数学の時間は小テストがあるし」 国木田、何で今思い出させるんだ。もう少し早く言ってくれても良かったじゃないか。とはいえ今の俺に勉強する余裕などないがな。 「なんだって、マ・マ・マ、マジかよ」 変な驚き方をするな谷口。二人で最下位争いしようじゃないか。 1時限目終了のチャイムがなる。予想通りさっぱりだったな。近寄ってきた谷口は、 「どうだった?」 聞かんでも分かるだろ。俺もさっぱりさ。 「俺も、とは何だ、俺も、とは」 何だお前は出来が良かったのか?そうこうやりとりしていると、国木田もやってきた。 「谷口は谷口で、試験中ずっと頭を抱えてたじゃないか。あきらめたように途中で寝ちゃうしさ」 ほら見ろ。やっぱりお前はお前だ。国木田はそんな谷口を見ているヒマがあったのか。 「ぼくはまあまあかな。涼宮さんと比べるとまだまだだろうけどね」 と、俺の後ろを見た。テストの途中から机に突っ伏してるな。谷口とは違って余裕があるからなんだろうが。二人が去ると、俺はハルヒに話しかけた。 「よう、今日も寝不足か?」 そう問いかけると、目をこすりハルヒは、 「そりゃそうよ。有希は今日も学校に来てないらしいし。心配で眠れやしないわ」 どうやらハルヒは隣のクラスの担任に聞きにいったらしい。それから喜緑さんと連絡をとり、喜緑さんは引き続き看病しているとか。 「まあ心配だな。早く治ってほしいが」 「そうよね。学校が終わったらまた皆で見舞いに行きましょ」 もっとも見舞いに行っても何もできないかもしれない。あの九曜が攻撃しているんだからな。 4時限目まで俺は憂鬱だった。ハルヒも同じようだ。ずっと突っ伏したままだった。 昼休み、教室で弁当を即効で食い終え古泉のいる九組へと向かおうと廊下を歩いていると、後ろから俺の名前を呼ぶ声がした。 「やあキョンくん、探してたっさっ」 鶴屋さん、わざわざ探して下さっていたのか。あんなお願いをしてるから本当はこっちから出向かなければならないのに。それでも鶴屋さんは気さくに話を続けた。 「また見たがっているって聞いてびっくりしたっさっ。山に埋まっていたあの棒で良いのかいっ?」 昨日の俺の説明でうまく伝わっていたんだ。 「ええ、それがどうしても見たくって。でもとても貴重な骨董品ですよね。ええと・・・最近SOS団で考古学について研究してまして。それで・・・」 いかん、もっとうまく言い訳を考えておけばよかった。そんな俺を察して鶴屋さんはやさしく答えてくれた。 「それ以上はいいっさっ。もとはといえばキョンくんが見つけたんじゃないっかい。親御さんも快く了解してくれたっさっ。さっそく持って来たっさ」 そんなはずないだろう。いくら俺がそこにあると解ったとはいえ、鶴屋家所有の山で発見し、共にそれが鶴屋家のご先祖様が残した遺産物だと分かったのに。きっと頼み倒したか、怒られるのを承知で持ち出したに違いない。 「キョンくんはこれから用事があるのっかい?それならみくるに渡しておくっさっ。放課後用事があって部室に持っていけそうにないんだっ。」 「ありがとうございます」 やはりこの人は大物だな。すでに鶴屋家次代当主の資格を得ている気がする。 「それよりも・・・」 「なんですか、鶴屋さん」 「あれは未来人の忘れ物か、宇宙船の欠片か、どっちか解ったかなっ。どっちにしても面白そうだねっ。キョンくん、SOS団員皆に優しくするんだよっ」 そう言って鶴屋さんは去っていった。 「おや、あなたの方から訪れていた頂けるとは」 古泉は、昨日部室に会った本を読んでいた。 「場所を移動しましょうか」 「ああ」 俺と古泉は中庭へとやってきた。あいているテーブルに向かい座ると、 「この本はSF小説のようです。登場人物は次元を超えてワープすることができるようですね。それよりこんなものが挟まっていました」 と、古泉は俺に差し出した。長門、やはり俺たちにヒントを出してくれたんだな。それにはこう書いてあった。 E≠hf 何だこれは。まちがいなく数式と捉えていいだろうな。しかし雪山で出してくれた時のとは違って、空白の部分がない。あったとしても今度はどこに当てはめればいいのかも分からない。どういうことだ古泉。 「似たような式を見たことはあります。ただおっしゃるとおり、これをどうしたらよいものかと考えているのですよ」 確かに、古泉ばかり攻める訳にいかない。前回とは違い、そのままの式なんだ。ましてや不等号になんぞなってる。 その後古泉はその不等式とにらめっこ状態で、俺は他に何か手がかりを探そうと、本を読みあさった。SF小説なんだか恋愛小説なんだか解らない。いつぞやハルヒが出した幻想ホラーといったジャンルのように混ざっている気がする。そんな甲斐もなく、中庭には昼休み終了のチャイムが響き渡っていた。 →「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐10 β‐10へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3115.html
事件が起きたのは、高校3年生の春だった。 SOS団に引きずりこまれて約2年が経過し、もうすっかり身体のリズムがSOS団に順応してしまった。 そして俺は、1つの決心をした。ハルヒに告白をすることを。 なあなあで来た俺達の関係を、1つの形にしようと思い立ったってわけさ。 部活終了後、俺は他の3人を先に帰らせてハルヒと二人きりになった。 「なによあたしだけ残して。言っておくけど、くだらない用事だったら死刑だからね。」 「ハルヒ……俺と付き合ってくれ。」 「……え!?」 「お前が、好きなんだ。」 「……このバカキョン!!言うのが遅いのよ!あたしだってアンタのこと好きだったんだからっ!」 と、まあこうして俺とハルヒはめでたく付き合うことになったわけだが、 翌日、部室でとんでもない事実を告げられた。 「よう。ハルヒは掃除当番で遅れるんだとさ。」 「あなたに伝えたいことがある。」 いきなりなんだ。またハルヒ絡みか? 「そう。……涼宮ハルヒの能力が、完全に消失した。」 「な、なんだって!?」 いきなりだなオイ!そんなに突然消えるもんなのか!? 「いきなりでは無い。徐々に減少傾向にあった。おそらく昨日の出来事がトリガーになったと思われる。」 ああ、昨日の……って、確かまだみんなには話して無かったと思うが? 「終わった後二人で残ったことを考えれば、想像はつきますよぉ。 ようやく、って感じでしたもん♪」 なるほどね。朝比奈さんですら予想できていたならば、長門や古泉にとっちゃ確信的なものだったんだろう。 ん?そういや、さっきから静かなヤツが一人いるな。 今までの言動を考えたら、こういう時こそ多弁になる男のはずだが。 「古泉、やけに静かだな。悪いもんでも食ったのか?」 「いえ……そういうわけではありませんよ。」 と言って古泉は笑顔を作る。だがその笑顔は、いつもより30%減って感じだ。 「よくわからんが、お前もようやく閉鎖空間から解放されたんだろ?もっと喜べばいいんじゃないか?」 「ええ……そうですね。あの……」 古泉が何かを切り出そうとしたその時 「やっほー!!遅れてごっめーん!!」 けたましくハルヒが入ってきた!相変わらずのテンションだな。 能力を失ってもハルヒはハルヒだ。俺はそんなハルヒを好きになったんだからな。 「あ、そうそう。あたしキョンと付き合うことになったから!」 まるでいつも通りイベントを持ってきた時のように軽く発表した。 おいおい、もっとムード的なものが……まあバレバレだったんだけどさ。 「おめでとうございますぅ!お似合いだと思いますよぉ!」 全力で祝福してくれる朝比奈さん。 あなたに祝福されれば嬉しさ120%というものですよ。 「……おめでとう。」 淡々とつぶやくように祝福してくれる長門。まあここまではいつものテンションだ。だが…… 「おめでとうございます。心から祝福させて頂きますよ。」 その古泉の笑顔は、やはりどこか陰りがあった。 散々俺達をくっつけようとしてたくせにどうにも元気が無い。 まさかハルヒのことが好きだったのか?……それは無いだろうな。 と、柄にも無く古泉の心配をしているうちに、部活は終了となった。 明日は土曜日。不思議探索は無い。 代わりにハルヒと二人きりで約束をしてある。つまりハルヒとの初デートの日ってことだ。 「エスコートはアンタに全部任せるわ!光栄に思いなさい! あたしを楽しませないと死刑だから!じゃあね!」 そしてハルヒと俺は別れた。まさか、これが生きたハルヒを見る最後の姿だと思いもせずに…… その夜。俺達は病院に集まっていた。 「なんで……なんでこんなことに……」 朝比奈さんは泣いている。長門もどことなく沈んだ雰囲気だし、古泉にも笑顔は無い。 そう、ハルヒは、死んでしまったのだ。 ハルヒは俺と別れた後、突然通り魔に襲われたらしい。 胸を刺されて、病院に運ばれたが既に息は無かったそうだ。 家でのんびりくつろいでた俺は、突然長門からの連絡を受け、病院までやってきたってわけだ。 「……ウソだよな。なんの冗談だよ。面白いジョークだよな。はははは……」 ほんと笑えてくるよ。くだらなすぎてな。タチの悪いドッキリだぜ。 「なあ?みんなもそう思うだろ?一緒に笑おうぜ?ははは……」 笑うヤツは、誰もいない。 「みんなも笑えよ……笑えよ!ほら!!」 「落ちついて。」 「落ちついてられるか!!こんな状況で!!ハルヒが死ぬわけないだろ!あの団長がよ!!」 「落ちついて!」 長門が珍しく声を荒げ、俺の肩をつかむ。 「……これは、事実。」 はは……マジかよ。 俺の笑いは、涙へと変わっていった。 「……お話があります。」 今まで黙っていた古泉が口を開いた。なんなんだ。今はお前なんかの話を聞く気分じゃねぇんだよ。 「彼女を殺した通り魔は恐らく機か……」 古泉が言い終わる前に、俺は古泉を殴っていた。 「キョン君!」 朝比奈さんが悲鳴をあげる。だが知ったことじゃない コイツは今何を言おうとした!?機関の人間がハルヒを殺しただと!? 俺は倒れた古泉に駆け寄り、二発目を当てようとする。 ……!!長門!離せ! 「お願い。落ちついて。」 「落ちついていられるか!ハルヒは機関に殺された!そうだろ!?」 「古泉一樹は悪くない!」 「いえ……僕が悪いんですよ、長門さん。」 古泉が起きあがった。 「通り魔は恐らく機関の人間です。知っての通り涼宮さんは閉鎖空間を作り、僕等がその処理にあたる。 僕はSOS団の団員であるということに誇りを持っていますから、彼女を恨んではいません。 しかし、そうでない人間も確実にいるのです。彼女を恨んでいる人間も…… それでも彼女には能力があり、手出しは禁じられていました。世界がどうなるかわかりませんからね。 でもその能力が消えたことで、彼女に手を出す人間が出ることは不思議じゃありません。」 古泉は長々と話す。だが弁明という感じでは無い。ひたすら自分を責めているような感じだ。 「その可能性に気付いていながらこのような結果になってしまったのは全て僕の責任です。 僕を責めるなり殴るなり好きにして貰って構いません。なんなら、殺しても……。」 「もういい。お前を責めたところでハルヒは戻っては来ないからな。」 そうだ。古泉を責めたところでしょうがないんだ。 重要なのは、俺はこれからどういう行動を起こすべきか。 「ハルヒを取り戻すには、自分で行動を起こすしかないんだ。」 「取り……戻す?」 朝比奈さんが尋ねる。だが今は、それに答えるわけにはいかない。 俺は1つの決意をした。したからにはもう、1分の時間も惜しいんだ。 「みんな、もう俺はSOS団には来ない。 あいつがいないSOS団なんて意味無いし、なによりやることが出来たんだ。 悪いけど、もう帰らせてもらう。」 そう言い残し俺は去った。そうだ、俺がやらなきゃいけないんだ……! ~~~15年後~~~ 俺はあの後ハルヒの通夜にも出ずに、ひたすら勉強を続けた。 寝る間も惜しんでの受験勉強により、赤点スレスレから校内トップクラスにまで成績を押し上げた。 そして国内でも1,2を争う大学に入学。そのまま大学院に進み、異例の若さで教授にまでなった。 俺は今コンピュータサイエンスを専門としている。あの時からこの分野だと決めていたからな。 そしてつい先日、ようやく俺は研究を完成させたのだ。 さて、そんな中街を歩いていると、懐かしい人物に出会った。 「お前……古泉じゃないか?」 「あなたは……。お久しぶりです。」 「元気でやってるか?」 「ええ、それなりにやらせて頂いてます。あなたの方は凄い活躍ですね。 コンピュータサイエンスの権威として名前を聞きますよ。」 「そうかい。……あっ、もうこんな時間じゃないか。悪いけどここで失礼するよ。」 「お急ぎなのですか?」 「ああ。」 俺は古泉に喫茶店の金を渡して、こう言った。 「ハルヒが待ってるんだ。」 「え?」 古泉が素っ頓狂な声をあげる。 「今、なんと?」 「だから、家でハルヒが待ってるんだよ。遅れるとうるさいんだ。アイツは。じゃあな。」 呆然と立ち尽くす古泉を尻目に、俺は家へと急いだ。 「ただいま!」 俺は家のドアを開ける。やべぇな。遅れちまった。 『遅い!!罰金よ罰金!!』 やれやれ、予想通りのセリフだな。意味は無いと思うが一応弁明しておくか。 「いやさっき古泉と会ってな。つい話し込んでしまって遅くなった。」 『古泉くん?懐かしいわね。あたしも会いたいわ。……でもそれとこれとは話は別よ!』 「へいへい」 相変わらずあの時と変わらないな。 そうだ、「変わらない」のさ。研究室となった部屋にある、一台の大きなパソコン。 そのディスプレイ一杯に映し出されるのは、高校の時そのままのハルヒの姿。 そして左右に設置されたスピーカーからは、高校の時そのままのハルヒの声。 そう、これが俺の十年以上の研究の成果。 コンピュータ人格プログラム『涼宮ハルヒ』だ。 続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2380.html
悲劇は唐突に訪れる。 それは、わたしが高校1年、お兄ちゃんが大学3年になった春に起こった。 その日、わたしはわたしの両親、お兄ちゃん、そしてお兄ちゃんの恋人のハルヒさんといっしょに旅行に出かけていた。 最初、お兄ちゃんとハルヒさんのふたりで行く計画だったのだが、わたしがどうしてもついて行きたいと我侭を言ったために、 わたしのお守り役として両親が同伴することになったのだ。 当初、お兄ちゃんはぶつぶつと不満を言っていたが、ハルヒさんを正式に紹介するいい機会だとわたしが説得すると、渋々納得した。 お兄ちゃんは、大学を卒業すれば、すぐにでもハルヒさんと結婚する気でいたようだし、わたしもそのことは薄々感づいていた。 「ああ、この人がわたしのお姉さんになる人なんだなあ」 と、ハルヒさんを見ながらのんきに考えていたのを昨日のことのように思い出す。 わたしはお兄ちゃんのことが好きだった。もちろん恋愛感情という意味ではない。やさしくていつもわたしを守ってくれるヒーローのような存在だった。 でも、ハルヒさんを見ながら、わたしもお兄ちゃんと別れる日が来たんだなあと、少し寂しく感じたりもしていた。 何気ない日常。 それが今ではとても貴重な宝物のように思える。 こんな日常が永遠に続くと思っていたわたしの思いを打ち砕く悲劇が訪れることになる。 突然、前方より大型トラックがわたし達の車に突っ込んできた。 一瞬目の前が暗くなり、恐る恐る目を開けると血まみれのハルヒさんがわたしとお兄ちゃんに覆い被さっていた。 その後のことは気が動転していてよく覚えていない。気がつくと、わたしは病院のベッドで横になっていた。 この事故で、わたしの両親は即死。ハルヒさんは意識不明の重体となったが、わたしとお兄ちゃんは奇跡的に無傷だった。 「ハルヒが、ハルヒが俺達を助けてくれたんだ」 このとき、お兄ちゃんが泣きながら何度もそうつぶやいていたのが、印象に残っている。 わたしとお兄ちゃんは、精密検査をした後、異常なしということで2~3日で退院することになった。 でも、お兄ちゃんは病院に泊まりこみでハルヒさんが目を覚ますのを見守っていた。 ハルヒさんの両親や長門さん、朝比奈さん、古泉さんが心配して帰るように言ったが、お兄ちゃんはずっと付き添っていた。 事故から2週間ぐらいたったころ、ハルヒさんは目を覚ました。その時のことは今でもよく覚えている。 「ハルヒ! 大丈夫か! 俺のことが分かるか!」 お兄ちゃんが必死にそう叫ぶと、ハルヒさんは少し寂しそうな顔をしてお兄ちゃんに微笑みかけた。 「キョン………、あんたなんて顔してんのよ。妹ちゃんが心配してるじゃない」 「ハルヒ………、よかった……」 お兄ちゃんはハルヒさんが意識を取り戻したのを見て、人目もはばからずに涙をポロポロと流した。 病室に安堵感が漂った。ハルヒさんは助かった。このときわたしもそう思った。 しかし、この後ハルヒさんはわたし達の期待を裏切るようなことを言い出した。 「キョン、よく聞いて、あたし達もうお別れよ」 ハルヒさんの言葉を聞いて、周りにいたみんなが驚愕の表情でハルヒさんを眺めた。 引きつった表情でお兄ちゃんがハルヒさんに言葉をかける。 「な、ハルヒ、何言ってんだお前」 「あたしね…、神様に会ったの。そして5分……5分だけあんたに別れを告げることを許してもらったの」 普通ならこんなことを信じるはずも無いが、なぜかその言葉には抗えない力がこもっているように感じた。 「あたしね……、誰よりもあんたのことが好きだった。みんなあたしの我侭に愛想を尽かして、あたしから離れていったけど……、 あんただけはずっとあたしの傍にいてくれた」 ハルヒさんはいまにも消え入りそうな声でお兄ちゃんに話しかける。 「ねえ、覚えてる、あんたの告白の言葉」 「ああ、覚えてるさ! 『ずっと一生お前の傍にいたい』だ! そのときお前はOKしてくれたじゃないか! だから……だから……」 「ふふふ、ごねんね。あんたとの約束、どうやら守れそうにないわ」 「ばかやろう! 団長が嘘ついていいのかよ!」 お兄ちゃんはそう叫びながら、ハルヒさんの手をぎゅっと握り締めた。 ハルヒさんは、すすり泣くお兄ちゃんの方に顔を向けて、静かな声で言った。 「ねえ、キョン。最期にもうひとつだけあたしの我侭を聞いてくれる」 「最期って何だよ! お前の我侭なら何でも聞いてやる! だから最期なんて言うんじゃない!」 「妹ちゃんを悲しませるようなことはしないこと。きっと幸せにしなさい。約束よ。破ったら許さないんだから」 「わかった、約束するよ。だから、お前も早く元気になれ!」 ハルヒさんは、お兄ちゃんの返事を聞くと、やさしく微笑んで、意識を失った。 それと同時にハルヒさんの主治医が病室に入ってきて、わたし達は病室の外に出された。 その夜、ハルヒさんは亡くなった。 ハルヒさんの葬式にはわたしも参列した。娘を失って辛いはずなのにハルヒさんのご両親はわたし達に恨み言ひとつ言わなかった。 そのことが、わたし達兄妹だけが助かったことに後ろめたさを感じていたわたしにとって、多少の救いになった。 警察から事故の原因は運転手の居眠りと説明された。 しかし、運転手には資力が無く、雇い主である会社は違法な営業実態を問われ倒産に追い込まれたため、十分な補償は受けられず、 わたしたちのもとには僅かな額の保険金が支払われたに過ぎなかった。 本当はもっと多くの保険金が支払われるはずだったのかもしれないが、当時のわたし達にはそのことを知る術が無かった。 そして、ハルヒさんの葬式の日を境にお兄ちゃんは変わってしまった。 お兄ちゃんは大学を辞めると、家計を助けるためにと、ほぼ毎日早朝から深夜まで、何かにとりつかれたかのように働きだした。 不景気だったため、雇ってくれるところはなかなか見つからず、派遣労働等の過酷な労働を強いられているのは一目でわかった。 そんなお兄ちゃんの姿を見て 「わたしも高校を辞めて働こうか」 と言うと、お兄ちゃんはやさしくこう言った。 「ばかなことを言うんじゃない。お前は自分の幸せのことだけを考えていればいいんだ。お金のことは全部、俺に任せておけばいい」 「でも、わたしお兄ちゃんのことが心配で……」 「大丈夫だ。俺はそんなにやわじゃない。それにハルヒとの約束もあるしな」 正直、わたしはこの言葉を聞いて、ハルヒさんを恨んだりしたこともあった。 ハルヒさんが最期にあんなことをお兄ちゃんに言わなければ、お兄ちゃんがこんなに苦しむことは無かったのにと。 しかし、お兄ちゃんといっしょに働いている谷口さんの話を聞いて、わたしは自分の認識がいかに自分勝手であったかを痛感した。 あれは、お兄ちゃんのあまりの状況を見るに見かねて、谷口さんからも説得してもらうようにとお願いに行ったときのことだった。 「谷口さんからも説得していただけませんか。仕事を休むようにって」 「ああ、俺もそう言ってるんだが、涼宮との約束だと言って聞かないんだ」 「そんなあ、それで体を壊したら元も子もないじゃないですか。ハルヒさんは勝手過ぎます」 「俺もそう思う。俺もキョンにそう言ったんだ。するとな、キョンはこう言うんだ。 『俺はハルヒに感謝している。もしあのとき、ハルヒがああ言ってくれなかったら、俺はハルヒの後を追って自殺していたかもしれない。 残される妹のことを考えずにな。でも、俺にはまだ守るべき大事な人がいるとハルヒは教えてくれたんだ。だから、ハルヒのことを悪く言うのは止めてくれ』 ってな。正直、この言葉を聞いて俺はキョンを説得できなかったよ」 谷口さんの言葉を聞いてわたしは涙が溢れてきた。 ハルヒさんは最期の死ぬ間際になっても、お兄ちゃんやわたしのことを思ってくれていたんだと、ようやくこのときになって気がついた。 それから、わたしは、お兄ちゃんを安心させるために、一生懸命勉強した。 勉強嫌いだったわたしは、死に物狂いで勉強し、何とか東京大学に合格することができた。 わたしが合格したことをお兄ちゃんに告げると、お兄ちゃんは自分のことのようにとても喜んでくれた。わたしも嬉しかった。 大学に進学できたことだけが嬉しかったわけではない。これでお兄ちゃんの負担を少しでも減らしてあげられると思ったからだ。 しかし、悲劇が再び訪れた。 わたしの引越の準備を終えた夜、お兄ちゃんは突然倒れた。 原因は過労だという。病院に搬送されたとき、お兄ちゃんを診た医師は「いままで立っていたことが不思議だ」と言っていた。 おそらく強い精神力で何とかいままでがんばってきたが、わたしが大学進学を決めたことで緊張の糸が切れ、 蓄積していた疲労が一気に溢れ出したのだろう、というのが医師の見解であった。 お兄ちゃんが入院した病院はハルヒさんが亡くなった病院、そしてお兄ちゃんの寝ているベッドはハルヒさんの使用していたベッドだった。 わたしは予感めいたものを感じていた。お兄ちゃんはこのまま目を覚まさないんじゃないかと。 そんな不安を払拭するために、わたしは徹夜でお兄ちゃんの看病にあたった。 お兄ちゃんが入院して七日目のことだった。わたしは連日の看病に疲れて、病室で眠ってしまっていた。 深夜に目が覚めたため、お兄ちゃんの顔を見ながら、三年前の事故以前にあった様々な出来事を思い出し、物思いに耽っていた。 その日は、なんとなく懐かしい、子供の頃の風景を見ているような、そんな感じがしたのを覚えている。 いままでお兄ちゃんと過ごしてきた色々な思い出が走馬灯のように頭に浮かんでは消えていく。 思い出の中のお兄ちゃんは笑顔だった。 「そういえば最近、お兄ちゃんの笑顔を見たことが無いなあ」 そんな思いが頭をよぎった。 おそらくこのとき、わたしはお兄ちゃんとの別れの時が来たことを、無意識のうちに感じ取っていたのだろう。 突然、病室のドアの向こうに人の気配を感じた。 音も無く病室のドアが開き、女性がひとり病室に入って来た。わたしは入ってきたその人物を見て自分の目を疑った。ハルヒさんだ。 わたしは声をあげようとしたが声が出ず、体も動かなかった。 ハルヒさんがお兄ちゃんのベッドの傍まで来ると、お兄ちゃんはハルヒさんに手を引かれてゆっくりと起き上がり、ベッドから抜け出した。 「待って!」 そう叫んで、わたしはお兄ちゃんのもう片方の腕にしがみつく。 「行かないで! わたしを置いて行かないで! ひとりになるのは嫌! お兄ちゃんを連れて行かないで!」 わたしは、お兄ちゃんの腕にしがみついたまま、必死に叫んで、お兄ちゃんとハルヒさんに訴えた。 お兄ちゃんは、わたしの方を振り向くと、とても悲しそうな、すまなさそうな表情でわたしを見つめてきた。 わたしは、そのお兄ちゃんの顔を見ると、呆然としてしまい、思わず手を離してしまった。 なぜ、わたしはこのとき手を離してしまったのだろう。 いや理由はわかっている。 あの日から、お兄ちゃんはわたしのためにずっと辛い思いをしてきた。そしてわたしはそんなお兄ちゃんの姿を一番身近で見てきた。 もう、わたしのためにお兄ちゃんが苦しむ姿を見たくなかったから。お兄ちゃんはようやく大好きだったハルヒさんの元へ行くことができるのだから。 だから、だからひとりになるのは辛いけど、お兄ちゃんの好きにさせてあげたかった。 わたしが泣きながら笑顔をつくると、お兄ちゃんは少し安心したような表情でわたしに微笑みかけてから、ハルヒさんに手を引かれて病室を出て行った。 病室を出て行くとき、ハルヒさんはわたしのほうを振り返り、とても、とてもやさしく微笑んでくれた。 その微笑は、わたしのこれからの将来への祝福や、わたしのもとからお兄ちゃんを連れ去ることへのすまなさ、 そういった言葉では全て表現できない様々な感情が含まれているような感じがした。 翌朝、目を覚ますとお兄ちゃんは亡くなっていた。 お兄ちゃんの葬式は、お金が無かったため最低限のことしかできず、参列者もいなかった。 ただ、お兄ちゃんといっしょに働いていた谷口さんが線香をあげに来てくれただけだった。 そのときに谷口さんが言った言葉はいまでも覚えている。 「みんな薄情だな。高校のころはSOS団なんていってよくつるんで遊んでいたはずなのに、古泉も長門も朝比奈さんも来ないんじゃあ、キョンも浮かばれないな」 谷口さんは空を見上げながらつぶやくように言った。 「本当の友人ってものは死んじまってはじめてわかるものなんだなあ」 そうやって、わたし達兄妹を見守ってくれた谷口さんも二日後には亡くなった。 派遣先の事業所で安全管理ができていなかったため事故に巻き込まれたのだという。 わたしはいま早朝の駅にいる。 朝早いので人通りは無い。駅からは、高校に通学するために通いなれた道や、お兄ちゃんがSOS団のメンバーとよく行っていた喫茶店が見える。 この景色も今日が見納めだ。もうこの町に戻ってくることは無いだろう。 家は借金と生活費に充てるために売却してしまったし、頼る人もいなくなったこの町には、もうわたしの居場所は無い。 そして、この町に帰ってくる理由も、もう無い。 ただ、わたしはこの町を去るにあたって、ひとつだけ問いたいことがある。 お兄ちゃんは三年間ずっと不幸だったのか? もちろん、わたしと二人で過ごした三年間のお兄ちゃんの境遇はとても悲惨なものだった。 だから、他の第三者が客観的な視点で見れば、おそらく不幸だったと答えるだろう。 では、お兄ちゃんにとって、この三年間は、まったく楽しいことは無く、不幸の連続だったのだろうか。 わたしはそうは思わない。 たまに、数ヶ月に一回程度、わたし達はいっしょに夕食を食べることがあった。 そんなとき、わたしは高校での出来事や将来の夢についてお兄ちゃんと語り合った。 将来、弁護士になってわたし達のような境遇に置かれている弱者を救うんだ、とかそういったたわいない話だ。 でも、そんなわたしの話を聞いてくれるお兄ちゃんの表情は、とてもやさしくて、わたしは好きだった。 わたしは信じたい。この三年間の中にも、きっとお兄ちゃんの安らげる時間があったのだと。そしてそのひとつが、わたしとの憩いのひと時であったと。 幸せとはいったいなんだろう。 わたしはまだその答えを出せないでいる。 でも、わたしは幸せにならなければならない。お兄ちゃんのためにも、ハルヒさんのためにも。 そして天国で待っているお兄ちゃんとハルヒさんに、ふたりのお陰で、わたしがどれだけ幸せだったかを話してあげたい。 そうしなければ、ハルヒさんが身をていしてわたし達をかばってくれた事や、お兄ちゃんのこの三年間の努力が無駄になってしまうから。 ハルヒさんのしたこと、お兄ちゃんのしたことは決して無駄ではなかったと証明したい。 だからわたしは幸せを見つけようと思う。 美しいこの国で ~終わり~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3881.html
・涼宮ハルヒの再会(1)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2522.html
高校を卒業してから、はや1年。 あのうるさいハルヒと別の大学に行ったおかげで 俺はめでたく宇宙人も未来人も超能力者もいない普通の日々を手にいれた ハルヒいわく「SOS団は永久に不滅なのよ!」とのことだが、 活動の根城であった文芸部室では現在、北高の新1年生数名が文芸部として活動している。 あるべき姿に戻ったとも言うべきだが、いまの部室にはガスコンロや湯飲みはない。 朝比奈さんが着ていた華やかな衣装も、コンピ研からかっぱらってきたパソコンもない、 普通の部室になっている。 昔のハルヒなら「ここはSOS団のアジトなのよ!」と部室を強引に不法占拠しただろうが、 楽しそうに活動する現部員、つまり後輩の様子を見ているとそんな気にもならないらしい。 拠点を持たない現在のSOS団にはどこか勢いがないと言うか、ごく普通の仲良しグループとなっている。 いつもの喫茶店に集まり、みんなで市内探索をしたり、イベントに参加したり・・・ そんな活動からも、最近は遠ざかっている。 それぞれの団員が新しい環境で忙しいのだろうか、 あのハイテンションの団長様からは、もう1年も召集命令がかかってこない。 実際、俺も忙しかった。 溜まっていたレポートをようやく仕上げ、自室でシャミセンを抱えてベッドに倒れこんだ。 ああ、疲れたさ。 人間というのは考え込むと突然憂鬱になることがあるそうだが、今の俺もちょうどそんな感じで、 何か釈然としない気分となりながら、激動が続いた高校時代の思い出を頭に描いている。 何気なく外に出た俺は、ハルヒの支離滅裂な行動を苦虫を噛む様な顔で振り返りながら、 朝比奈さんの素晴らしいお姿をもっと堪能していればよかったと後悔の念を抱き、 木漏れ日が射す道を、高校時代、毎朝苦しめられたあの坂を上っていた。 平日の学校だというのにどことなく静かで、相変わらず安っぽいプレハブ校舎が風情を醸し出している。 桜舞い散る校門を、卒業式以来久しぶりに通る。 おもむろに懐かしくなってきた俺は、かつて騒然とした毎日を過ごした場所を1箇所1箇所巡ってみた。 教室に入ることはできないが、セキュリティの欠片もないこの学校を見回るのは造作もないことだった。 古泉に能力を聞かされた中庭のテーブル。文化祭でハルヒと長門が観客の度肝を抜いた体育館。 なんだ、ほとんど何も変わってないじゃないか。 自然と口元が緩む。何もかもが懐かしい。 様々な場所を歩き回った俺は、校門を出る前によく分からない気持ちに駆られ、あの扉の前に来ていた。 そう、現在はSOS団のプレートが外されて、正規の活動を行っているあの、 文芸部部室の扉の前に。 4月の上旬、今は授業中。 かつてのハルヒのように、授業をサボってまでクラブ活動に精を出すような奴はいないだろう。 部室に鍵がかかっているのは当たり前のことである。 しかし、憂鬱というよりは懐古の面持ちが強くなっていた俺は、かつての思い出の1ページをさらうように、 いるはずのない朝比奈さんの着替えを目撃しないために、軽く扉を2回叩いた。 当然、反応はない。 俺が1番に来るとは珍しいじゃないか、と自分に懐かしく言い聞かせ、ドアノブに手をかけた。 ガチャリ・・・ 鍵はかかっていなかった。 まったく、部活動時間外にはしっかり施錠するのが部長の仕事だぜ。 ハルヒもその辺だけはしっかりしていたんだから、そこは見習っておくべきだな。他はともかく。 扉を明けると同時に、懐かしい言葉が浮かんできたのでつぶやいてみた。 世界を大いに盛り上げるための、 「涼宮ハルヒの団。」 つぶやきを言い切る前に、 扉の向こうから俺の高校生活をクソ面白いものに変えやがった声が聞こえた。 どこか色っぽいような顔で俺に微笑みかけたそいつはまさしく、 涼宮ハルヒだった。 なにやってんだお前はこんなところで・・・ と言いたくもなったが、ハルヒの顔を見ていたらどうも言葉が出てこなかった。 どうやら俺が忙しい日常の中で、もっとも再び見ていたいと思ったのは、こいつの顔だったようだ。 おかしい話だよな、こいつと会ったらもっと忙しくて面倒なことに巻き込まれるんだぜ。 でも、ひとつ言えることは、忙しさの中にも楽しさと、そして心のやすらぎを得ることができたということ。 いろんな思いが交差する中、最終的に俺の全思考回路がハルヒに向ける言葉として選んだものは、 「よう」という一言だった。 「あんた、よく覚えていたわね」 とハルヒがつぶやいた。 どちらかと言えば勘が鈍いほうの俺だが、これが何のことかは一瞬で思い当たった。 少しの間をおいて、はにかみながらハルヒにこう返す。 「団長、1周年おめでとうございます」 ハルヒの目が、かつてのように輝いた。 「ふん、相変わらずあんたはバカね」 これは思わぬ反応だった。と、同時に久しぶりに聞くハルヒ節がなぜか心地よく感じた。 「どうせあんたは卒業して1周年とか考えてるんでしょうが違うわよ! 今日はSOS団設立からちょうど4周年でしょ!だいたい1周年だったら卒業式から逆算しても 日にちが合わないじゃないの。ふん、あんたにしてはいい事言ったけど詰めが甘いわねー!」 まぁ、そういわれてみればたしかにそうか。 ただ雰囲気的には1周年って感じはするがな。もう4年経つのか。早いもんだ。 あらためて部室を見回してみると、随分閑散としている気がする。 現文芸部の作成した会誌や読書コンクール作品などが整えられて机の上に置いてあり、 至極まじめに活動している様子が見受けられる。 そういえば俺たちもハルヒ編集長の指示によって文芸部(ではないが)の会誌を作ったっけな・・・ 朝比奈さんのかわいらしい童話や長門の淡々としたエッセイ、鶴屋さんの大爆笑必至のアレ。 コンピ研の部長氏が目を充血させてまで書き上げたようなパソコンゲームなんとかの記事。 そしてできれば忘れたい俺の恋愛(というのかどうか分からんが)小説。 「あんたの恋愛小説にはもうちょっと期待してたんだけどねー、期待して損したわ。」 余計なお世話だ 「そういやお前、大学の方はどうなんだ?また変な団作ってんじゃないだろうな」 相槌を打つ程度に聞いてみるが、返答の内容はだいたい見当が付く。 「作ってないわよ。あたしはSOS団の団長なの。新しい団を作るつもりも入るつもりもないわ」 恐らく、ハルヒの高校生活はとても楽しいものだったのだろう。 そのひとつがSOS団の存在、ひとつというより大きなウエイトを占めているのは間違いない。 はじめて会話したときの、あのどこか不満気で釣り上がった表情だったハルヒはもうどこにもいない。 あいつはおそらく、高校生になって劇的に日常が面白くなるとは考えてなかったはずだ。 期待はするけど、どこかで晴れない気持ちが芽生えてたはずだ。 でも。 それが、この3年間だったもんな。 個性的な仲間たち。数々の不思議な体験、胸が躍る冒険。 地味な事件のひとつひとつさえ、とても面白かったんだろ、なぁ、ハルヒ。 なんで分かるかって? 何度でも言うさ。 俺も楽しかったからだ。 「なーににやついてんのよ!また変なこと考えてるんじゃないでしょうねっ!」 「また」って、俺がいつお前の思う変なことを考えたんだよ。 だいたいお前が思う変なことってのは、一般人にとってどれだけ驚異的な発想なんだろうね。 ・・・とは思うものの、1年の時の冬に雪山で変な空間に閉じ込められたときに、 「風呂を覗くな!」みたいな主旨の事を言っていたっけな。 こういうところでは意外に乙女ちっくというか、古泉に言わせれば常識的な考えを持っているんだよな。 バレンタインデーでもそうだっけか。義理義理義理義理言っておいて毎年ちゃんとくれて、 年々チョコの内容がグレードアップしていったのはなんだったんだろうな。 最後の年のバレンタインデーなんて大きさも凄ければ、 団長様直々にお書きなされたカードみたいのまで入ってたっけな。 まぁ古泉のも同じ大きさでカードが入ってたみたいだが、何て書かれてたは知らん。 ただ、俺に宛てたカードに書いてあった言葉は今でも覚えてるぜ。 1年の時に貰ったのは、チョコにバレンタインデーとぶっきらぼうに書いてあっただけだったが、 あのカードに書かれた文字を俺は生涯忘れることはないんじゃなかろうか。 なんて書かれてたか?それはだな、 禁則事項。ずーっとな。 ちなみに俺はそのカードを今でも大切に財布に入れてる。 クレジットカードやどこぞの会員証よりも優先順位が上な、一番目立つところに。 「ふん、まぁいいわ。でも、あんたよく覚えてたわねぇ。ちょうど電話しようかなーって思ってたんだけどさ。 団長様は授業真っ盛りの学校に団員を集合させる気だったのかよ。 「ちがうわよ。集合場所はここじゃなくていつもの喫茶店。」 喫茶店か、あそこには色々とお世話になったもんだな。 おそらく俺は、この部室に来なかったら図書館か喫茶店に向かっていただろう。 その先でも結局こいつに会ってたことになるんだな。 巡りあわせ、か。 ハルヒに出会ってから、俺はこの言葉をつぶやく機会が減った。 理由はお分かりのとおり、「自分の思いを実現する力が涼宮ハルヒにはある」というバカげた話を、 一般人とはかけ離れた奴から耳にしてしまったからな。 俺の中で、ほぼ必ず「巡りあわせ」はこの言葉に置き換えられた。 ただ、今の状況はハルヒがそう願ったから、というわけではないような気がする。 それとは別に・・・、なんだろうな。言葉にはしづらい内容だ。 「とにかく、せっかくの記念日なんだからねっ!みんなで集まりましょうよ!」 ハルヒの目がまた輝きだした。ホント、楽しそうなときののこいつはいい顔するねぇ。 SOS団専用スマイル。俺は勝手にこう名づけてるんだが、その名のとおり一般生徒には なかなかお目にかかれない特上のハルヒスマイルだぜ。 「それじゃ、喫茶店行くか。みんな集まってのSOS団だからな。」 別に深い意味があって言ったわけでもなく、そんなすぐに急いで行こうという意図があったわけでもないが、 「えっ・・・ちょ、ちょっと待ちなさいって!えっと・・あの、その・・・ふ、風情のない奴ねあんたもっ!」 と、全力で部室から出ることをわざとらしく拒否しやがった。なにがしたいんだ、こいつは。 「とにかく・・・たまにはいいでしょ、あたしとあんた二人で懐かしむのも・・・。あんたは団員その1なんだし・・・」 ハルヒが顔を赤らめている様子を想像した諸君、残念。 いきなり後ろ向いて細い声になるんだから顔までは見れなかった。 どんな顔してたんだろうな。 間髪入れずにハルヒは振り返り、俺のいる方へと近づいてくる。 よくみると、紙袋を後手に隠しながら歩いてくるのが分かった。 「ハルヒ、お前後ろに何隠してんだ?」 頑張って俺に見られぬように隠している紙袋に入っている物体について、 わざと先に聞いてやった。 「!!!!・・・ちょ、ちょっとあんた、そういうのは気付いても言わないのが男心ってもんでしょうが・・・」 立ち止まってハルヒはそっぽを向いた。 予想通り。この反応が見たかった。 たまにはいいだろ?俺のほうがお前を困らせてやっても。 「・・・バカ。」 そう言いながら、ハルヒは紙袋から包装された物体を取り出した。 「なんだこれ?」 おそらく万人がそういう反応をせざるを得ない、意外な代物が飛び出してきた。 年季を感じさせる、例えるならば中学生が3年間一度も買い換えずに使い込んだ筆入れのような、 財布だった。 先ほど意外な代物と言ったが、俺はこの財布に見覚えがあった。 喫茶店の代金を払うのは大体が俺の仕事のようなものになっていたので、見かける機会は少なかったが、 それはハルヒが使っていた財布と見て間違いはなかった。 「・・・お、お礼の言葉はないのっ!?団長直々の贈与品なんだからおとなしく謝辞を述べなさいっ!」 なんだそのめっちゃくちゃな理屈は・・・。 と思いつつも、何でまた財布なんだろうな。それもハルヒ本人の使っていた。 その辺はまた後で聞くとして、まず最大の疑問を投げかけてみた。 なんでまた、これをわざわざ包装してるんだお前は。 「プレゼントってものは普通包装してあるでしょ!当然の事しただけよっ・・・。」 まぁ・・・たしかにプレゼントって物はだいたい包装してあるものだが、 そもそも渡す本人が日常的に使っていたものをプレゼントするってのはかなりのレアケースなんだろうか。 いや、そんなことより根本的におかしいだろ。なんというか。 つーかこいつはもしかして包装紙だけをわざわざ買いに行ったのか? 包装紙を売ってる店なんて聞いたことないから、 大方近所のデパートの店員を脅してかっぱらってきたんだろうな。 そう思ってくしゃくしゃになった包装紙を眺め、さてどこの店の包装紙だ?と店のマークを見回したが、 なかった。店のマークも、特徴も。 それにどこか、一般小売商などのものにしてはやけに包装紙にムラが目立つ。 まさかこいつは、わざわざ包装紙とリボンを手作りしたのか? ・・・聞いたらそっぽ向きそうなので、これは言わないでおくか。 「・・・大学の同級生が財布をくれたのよ。だからそれはもういいの。あんたにあげるわ。」 要するにいらないものを恵んであげますよってことか。 フリーマーケットに売りに行くって選択やそのまま放置しておくって選択肢はないのかよ。 俺ならたぶん捨ててるな。 「けっこう使い込んであるけど、あんたのそのボロい財布よりはマシでしょ」 お前に言われたくはねーな、と言いたいところだが実際俺の財布も年季が入ってるからな・・・ でも一応まだ使えるっちゃ使えるぞ。これでもけっこう愛着あるんだからな。 「えっと・・・今まであんたには色々お金出してもらってたからさ。 その・・・なんというかお礼よお礼。借りた恩はちゃんと返すのが義理人情の世界でしょ。」 いつからSOS団は義理人情の世界になったんだよ、と思いつつ、 俺のハルヒへの投資は金以外にも、睡眠時間とか平凡な生活の終焉とか色々あったな、 お返しは財布1個で足りるもんじゃねーぜ、という気もするといえばするな。などと考えていた。 「そのかわり、あんたの財布はあたしが預かっておくわよ!ちゃんとありがたくあたしの財布を使いなさい!」 ああ、そういうことか。要するに俺の財布が欲しかったんだな、こいつは。 そんな質のいいもんでもないが・・・こいつなりに何か考えがあるんだろう。 ってことは大学の同級生が財布をくれたってのもたぶんデマカセだな。 相変わらず素直じゃないヤツだ。 「まーた!なーにニヤニヤしてんのよ!・・・べ、別に深い意味があるわけじゃないんだからっ!」 ん、またニヤニヤしてたのか?俺は。 別に意識あっての行動ではないんだがな、どうもクセになってるらしい。 外の景色が春らしく、穏やかな陽気で静けさの中にあるように、 文芸部室もまた静かになっていた。この空間には俺とハルヒしかいない。 それにしちゃやけに静かだな。 「さっ!キョン!おとなしく財布を渡しなさいっ!ついでにあんたの財布の中身も拝見させてもらうわよぉ♪」 ハルヒは強引に俺のパーカーのポケットに入っている財布に向かって腕を伸ばしてきた。 全く、ほんとにむっちゃくちゃな奴だなこいつは・・・ ん?俺の財布の中身・・・ これはまずい。 俺が理性を最大限に働かせて、財布の略奪を必死に阻止しようとしたときにはすでに、 ハルヒの手を伸ばした先にあった。 「ふぅーん、さぁーてさてっ!雑用キョン君の財布にはなーにが入ってるのかしらっ!」 俺は一瞬目を覆いたい気分になったが、もうどうしようもないのでハルヒを見つめた。 そもそも略奪を阻止したとして、アレだけを財布から抜くのなんて無理だろう。 これはしてやられた。 「・・・ちょっ、あんた・・・これ・・・」 ハルヒの顔が紅潮していくのが分かった。もうホント、これ以上ないくらいに分かりやすかった。 「あ・・・あたしは別に、それ、本気のつもりじゃ・・・っと、その、冗談よ!2ヶ月はやいエイプリルフールなのっ! あ、あんたもそれ見て冗談にしちゃきついなとか・・・い、いってたじゃないの! もう1年以上経つのに・・・それを・・・財布に入れてるって・・・」 どうしよう、ほんとにこれ。 団長様直々のお言葉だったので入れておきましたとか? どう考えても言い逃れにしかならない。 俺は・・・ 俺が3日間意識を失っていたときに、寝ずに俺を看病してくれていたハルヒ。 世界が改変され、北高から姿を消したハルヒを全力で探し始めた俺。 バレンタインデーで年々グレードアップするチョコを俺にくれたハルヒ。 どこかでポニーテール姿のハルヒを望んでいる俺。 雨の日の帰り道、結果的に相合傘を望んだハルヒ。 ・・・鍵をそろえよ、か。 俺はこの状況とは無関係な、そんな言葉を思い浮かべていた。 あの時、俺は自分で意識したわけでもないのに、気が付いたら仲間を集めていたっけ。 気が付いたら。 もしかしたら、そんなはずはないとは思うが、 俺は全ての騒動や日常の中で、平行してもうひとつの鍵をそろえていたのだろうか。 涼宮ハルヒ、という鍵を。 「なぁ、ハルヒ」 「なによ」 口を開くまで時間がかかった俺の、やっとひねり出した言葉に、ハルヒは間髪入れずに返してきた。 この辺はこいつらしいな、とつくづく思う。 色々な言葉が思い浮かんできたが、なぜか俺は突拍子もないものを選び取ってしまった。 「俺、思うんだけどさ。曜日によって感じるイメージはそれぞれ異なるような気がするんだよ」 ハルヒが「はぁ?」という反応をしている。 まぁ、そりゃそうだろ。この場面でこんな言葉を投げかける奴は宇宙探しても俺ぐらいだろう。 「色でいうと月曜は黄色。火曜は赤で水曜が青で木曜は緑、金曜は茶色、日曜は白、だな」 ハルヒは変な顔を少しゆるませて、「ってことは、月曜が0で日曜が6になるわよね。」と返答する。 懐かしい会話が、立場を入れ替えて喋る形になったが、 俺はこの部分をあえて自分で言った。 「俺は月曜が1って感じがするけどな」 ハルヒはきょとんとした顔で、 「そりゃあんたが日曜になにもしてなくて、学校が始まる月曜が週の始まりのように感じたからでしょ」と答えた。 この場違いな問答で、俺は何かが分かったような気がした。 もちろん、そこまで深い意味を持って投げかけた質問なわけでもない。 「あんたの意見なんか誰も聞いてない、じゃないのな。」 ここら辺は俺の記憶力を素直に褒めるべきだな。 普通は4年前の会話を一字一句覚えているなんて、ありえないことだろうが。 その後のハルヒの一言が、後ほどかなり大きな意味を持つことになってしまったからな。 前後の会話はなんとなく覚えていたよ。ここまで鮮明だとは思ってなかったが。 「え、あたしそんなこと言ったっけ?」 ハルヒが首を傾げながら俺の問いかけに答えた。 ひとつ考察してみると、過去の記憶を探るうえで、局地的な言葉の存在を忘れることは 誰にでも多々あることで、それほど珍しいものでもない。 だが、俺にはハルヒがなぜ、その言葉を忘れてしまったのかがなんとなく分かっていた。 出会い、SOS団を作り、多くの出来事を越え、歳月が経った俺たちの関係。 そこには見えない信頼関係が出来上がっているように思える。 今のハルヒは、俺の意見を無視することはあっても全否定することはなくなった。 初対面と3年の付き合いでは、そりゃ内面の意識も変わるだろう。それは信頼関係とみて間違いない。 でも、ひとつひっかかることがある。それがさっきそろえた「涼宮ハルヒ」という鍵だ。 信頼関係というなら、俺と古泉の間にもあるようにハルヒと朝比奈さんの間にもある。 つまり、部員全員が信頼関係で繋がっているはずだ。それが、SOS団だろう。 じゃあ、俺とハルヒとの間には信頼関係をある意味で越えている何かがあるのだろうか。 そうでないと、ここまで鍵をそろえた理由が説明できない。 そして、何よりも謎になるのはこのカードを財布に入れていた俺である。 今思えば、俺はなんでこのカードを財布に入れているんだろうか。 まずそこが矛盾点になる。 ハルヒの顔が不意にうつむいた。 そして、おもむろにこう呟く。 「あんたも回りくどい奴よね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」 強気に聞こえたその言葉は、どこか恥じらいの成分を含んでいた。 回りくどい、か。脳内の俺を説明するならこれほど端的な言葉もねーな。実に分かりやすい。 ・・・ どうして、もっとはやく気づかなかったんだろうな。 回りくどく考える必要なんてこれっぽっちもないじゃないか。 俺は、ハルヒと2人になった閉鎖空間のときと同じように、手をハルヒの肩に乗せ、ぐっと引き寄せた。 「な・・・なによっ」 ハルヒの顔が、凄く近くにある。 あの時よりももっと近く、遠めに見たら抱き合っているようにしか見えない距離にまで引き寄せた。 今までハルヒと過ごしてきた日常の中で、顔が今くらい近くに来たことは、何回かある。 ただ、今までと違うのは、体も凄く近くにあるということ。 いつぞやハルヒが言った「黙って溜め込むのは精神に悪いわよ」という言葉。 それを倣うように、左脳をフル回転させて思考した考えを忘れ、 ハルヒの言った「はっきり」の一言で浮かんだ思いをヘタクソな言葉に乗せて、俺は言った。 「ハルヒ」 「どうやら俺はお前の事が好きみたいだ」 ・・・ 結局少し回りくどい言い方になってしまった。 どうして俺はこうなんだろうな。まぁ、そこは個性として考えてくれればありがたいよ。 「・・・バカ」 俺の腕の中で、ハルヒはそう呟いた。 「すまん」 これ以上先、言葉は必要なかった。 あの時感じたときと同じように、ハルヒの唇は温かくも湿りをもっている。 ________________________ | |本命、かも。 |________________________ 回りくどくなく、やたらストレートだったこの言葉。最後にやや照れ隠しのように記された団長のキメ台詞。 そういえば渡される前の日にハルヒが国語辞典を読み漁ってたな。こいつに穏やかってのは変だが。 ともかく、こうして俺はここでハルヒを立ちながら抱きしめ、唇を重ねている。 時が止まって欲しいとも感じたさ。体中に幸せを感じていたからな。 そんな状況下で、全く予期せぬ事態が発生した。 ガチャッ! 扉が勢いよく開いた。 こういう間の悪い奴を俺は一人知っている。 そのT君はアホなので変な方向に勘違いしてくれて助かったが、この状況はそうともいかない。 ドアノブをまわす音から扉が開くまで幾分かの間があったので、ハルヒから体を離すには充分だった。 離れるハルヒの顔が、どこか名残惜しそうな、そんな雰囲気を醸し出している。 それにしても、誰だ。いきなり。 だいたい今は授業中だろ。文芸部は今でも実は地下で突拍子もない活動をしてるのか? 授業が終わるまでも、あと30分くらいは時間があるはずだ。 すると、 パァン!という小さな火薬音と共に、これまた見覚えのある顔の奴が出てきた。 今のはおそらくクラッカーだろう。 「おやおや、ちょっと入室するにはタイミングが早すぎましたかね?」 古泉だった。 すると、ガタリ、という音と共に掃除ロッカーから長門が出てきた。 こりゃまずい、古泉はともかく長門は顛末全部分かってるんじゃないだろうか・・・ 古泉の後ろからは、なぜかメイド服を着ている、(大)と(小)の間くらいに成長した朝比奈さんが出てきた。 朝比奈さんの位置づけはとりあえず(中)ってことにしておこう。 「これはいいアダムとイヴですねぇ」 古泉がいつものニヤケ面を100倍増長させたような顔で皮肉を言うと、 「涼宮さんにもこんなところがあったんですねぇ!キョンくんを部室に呼び出すなんてぇ」」 「んなっ!ち、ちょっとみくるちゃん、違うって!これは、あの、その!偶然よ偶然!」 朝比奈さん(中)がほほえみながらハルヒをちょんっと小突いた。 意外な光景だった。 というか、朝比奈さんはわざわざ未来からやってきたのだろうか。 それにしても、ハルヒにちょっかい出すなんて、朝比奈さんは色々と成長していくんだな、と感心した。 体の方も順調に朝比奈さん(大)に向かって邁進しておられるご様子。 「・・・これはドッキリだったのか?」 そうつぶやくしかなかった。そりゃそうだろ。 「いえ、僕たちは特に打ち合わせなんてしていませんよ。」 と古泉が答えた。 じゃあなんだっていうんだ、その準備のいいクラッカーといい朝比奈さんの姿といい。 「よく分かりません。ただ、なんとなくです。クラッカーを用意させていただいたのも、 ただの僕の気まぐれです。なんとなく、皆さんと会える気がする。ただ、そう考えて北高を訪ねただけです」 少し動機は違うものの、古泉がここを訪れた理由はなんとなく俺と似ている。 懐かしい気持ちもあったが、少しだけこいつらに会える気がしていた。 よくもまぁ、とんでもないタイミングで出てきやがったがな。 でもこの理屈じゃ朝比奈さんとお前はともかく、長門の説明が付かないだろ。 掃除ロッカーに入ってるとか、こうなることを知ってないと無理だ。 「長門さんは何かが起こる気はしていたようですよ。もしかして、お二人を驚かせたかったのでは?」 そんなはずがあるかい。 と思いながらも、無表情とは少し違った、どこか笑いの成分をわずかに含んでいる顔つきをしている長門を見た。 長門はピクリとも動かずに、一言 「子供が丈夫に育つ事を願う」 ・・・ こいつ、なかなか痛いツボを突いてきやがる・・・ ハルヒはまだ朝比奈さんとじゃれあってる。いい景色だ。 それはいいとして、この恥ずかしい状況を少しでも逸らすために、この偶然性への疑問を問いかけた。 「・・・古泉。ハルヒはたしかにお前ら全員を集めるつもりでいた。これは間違いない。 ってことは、いつもの通りハルヒがそう望んだからお前らと、そして俺がここに来たという理屈も通る。 だが、あいつはバレンタインデーの時のこともあったが、こういう恥ずかしい結末になるのを 一番嫌がるような回りくどい奴だぞ(俺が言えることではないが)。 だとしたら、この状況はなんなんだ?起こりえないことが起こっているんじゃないのか?」 俺の長い長い問いかけに対し、古泉は意味をすぐに理解したのか、こう返してきた。 「涼宮さんが完全な神ではないから、と説明することも可能でしょうが、私は違うと思いますね。」 じゃあなんなんだよ。いい加減頭が混乱してきた。 「簡単なことです。涼宮さんが望み、あなたが望み、僕が、そして朝比奈さん、長門さんが望んだから。 これで説明がつきますよ。望む、の捉え方を少し変えて考えてみてください。」 俺が望み、他のみんなが望んだこと。 ああ、そういうことなのか。 文芸部の部室。かつてここはSOS団の拠点であり、根城であり、我が家だった。 団員は、すでに全員がこの北高を卒業している。 SOS団は団長の「永久に不滅」の言葉どおり、解散はしていない。残り続けている。 いつもの喫茶店がいつもの喫茶店であるように、この部室もまた、姿かたちは変わっても、SOS団の「家」だ。 俺たちとって文芸部部室は、もう駅のホームのようにただ通り過ぎるだけの場所ではなくなっていた。 みんなで過ごした日々を、決して忘れたくない。 環境は変わっても、その思いがあるからこそ、この部室に来る意味がある。 SOS団の創立記念日。この日だからこそ、みんな特別な思いを抱いているはずだ。 ハルヒが現実にしたわけじゃない。それぞれ思っている思いが合致したからこそ、 こうしてSOS団の面々はここにいる。もう一度、部室でみんなと一緒にいたい。それが「望み」なんだろう。 この不思議な団結力が、信頼関係ってやつなのかな。 それにしても、思わぬ展開になってしまったけど。 「なぁーんだ!電話する手間がはぶけたじゃない!みんな来るなんて!」 ハルヒは何事もなかったように、元気な声で団員を見回した。 「ちょうどいいわ、こんな機会もうないでしょうしね。やーっぱSOS団の活動拠点はここじゃないと!」 そういってハルヒは部室の隅にあった勉強机を自分のホームポジションに移動し、 その机の上であぐらをかいて、「第何回か忘れちゃったけど、定例会議の開始よ開始!」と笑顔で言った。 現在の時刻は3時50分。あと30分もすれば、正規の部員が部室に戻ってくるだろう。 不法侵入で通報されないためにも、30分でここから立ち去らないといけない。 メイド服の朝比奈さんは、どこからともなく水筒と湯飲みを取り出し、団員についで回った。 長門は教室の隅でハードカバーの本を読んでいる。ページをめくる音以外たてずに。 古泉はこちらを向いてニコニコしながらも、ときどきハルヒの意見に相槌を打っている。 30分。わずかな時間であっても、SOS団の活動に支障はない。 団長の名言「時間より中身」、ってな。 この状況を作り出した巡りあわせ、というより団員の不思議な団結力。 俺は心から誇りに思うよ。 SOS団は、最高だってな。 おわり えぴろーぐ 楽しい時間は、あっという間に過ぎた。 チャイムの音が聞こえると、団長の声のもと一斉に俺たちは学校を出た。 ・・・誰かに泥棒と間違われていないことを切に願う。 当初の予定通り、市内探索を行うことになった。 久しぶりだな、この感覚。1人で出歩くことはあるが、団員みんなで回るのはやっぱり楽しい。 そういえば、学校前の坂を全員で下ったことはあんまりなかったな。 「さぁて、ひっさしぶりの探索だから、相手も油断しているでしょうね!チャンスだわ!」 ハルヒは先頭をいつもの大股歩きで邁進している。元気な奴だ、全く。 さらに「本日の予定を説明するわよぉ!」 と高々に声を張りあげ、気の遠くなるようなハードスケジュールを宣言した。 おいおい、喫茶店や図書館、公園はともかく阪中の家って完全に逆方向じゃねーか。 「大丈夫よ!もう阪中さんには連絡しておいて、快い返事をもらったわっ♪」 いや、そういうことじゃなくてな・・・。まぁいいか、ルソーは元気にしてるんだろうかな。 ハルヒの言う場所の1箇所1箇所がそれぞれ思い出の1ページのようで、思わず顔が緩む。 全ての箇所を回り終えたころ、すでに時計の針は9時を過ぎていた。 まだ4月も上旬ということもあってか、夜になると横風が冷たい。 もうちょっと着込んでこればよかったかな、とも思うが、そもそも家を出る時にはこんなことは想定してなかったな。 「今日は楽しかったわねー!やっぱSOS団はこうでなくちゃ!」 ハルヒの顔が今日一番の満面の笑みになっている。ああ、俺も楽しかったさ。 で、いつまでその白ひげを付けてるつもりだ? 「んなっ、ちょっとぉ・・・!あんたもっと早く教えなさいよねっ!」 そういってハルヒは恥ずかしそうな顔をしながら、 口元についているシュークリームの残りカスをぺろんと舐めた。 駅に着いた俺たちは、名残惜しい感情を隠しきれないような顔でそれぞれ別れを告げた。 朝比奈さんは大きく手を振りながら改札の向こうへ、古泉はニコニコしながら駐輪所へ、 長門はそのまま自宅の方角へとテクテク歩いていき、ハルヒは「じゃあねー♪」と言ってみんなを見回す。 「んじゃあな。」と俺は軽く手をあげ、振り返って歩き出した。 5分くらい歩いただろうか。路地を抜けて公園の前を通りかかったとき、 後ろから誰かが俺の服をつまんでいるのが分かった。 そこにいたのは、 さっき駅前で別れを告げたばかりの、 ハルヒだった。 部室の時のように、顔を赤らめながら俺を見上げたハルヒは、消え入るような声で、 「・・・財布、まだ交換してないでしょ。」とつぶやいた。 ああ、そういえばそうだったな。あの時はいきなり古泉たちが現れて・・・ 「それに・・・ま、まだ・・・答えてないでしょ、あ、あんたの・・・こ、こっ、こく・・・」 とりあえず、道の真ん中でそんな話するのもなんだから、どっか座ろうぜ。 そう言った俺はハルヒの手を引き、公園にある大きなベンチに座った。 ハルヒは俺の手を握ったまま、顔を逸らして言葉を続けた。 「まったく・・・あ、あんたもいきなりすぎるのよっ・・・。その・・・心の準備ってものがね・・・」 3年間、俺は心の準備を常にお前によって無視され続けたけどな。 「そ、それとはまた話が別よ・・・!その、あの・・・。」 吹く風にかき消されるような、ハルヒらしからぬ小さく弱い声。 ハルヒの萌え部位がポニーテール以外にもあったということを、もっと早く知りたかったぜ。 谷口の話では、中学生時代、こいつはされる告白をすべて承諾していたらしい。 2週間とか直後に「普通の人間の相手をしている暇はないの」と言ってフッていたみたいだが、 どんなにつまらない奴の告白も受け入れていた。 おそらく、そのときもハルヒらしくサバサバと受け入れていたのだろう。 ところが今はどうだろう。 中学時代のハルヒがいちいちこんな風に恥ずかしそうにしていたとはまったく考えられない。 俺は超能力者でも未来人でも宇宙人でもないから、 ハルヒの頭の中をインチキして覗くことはできない。できたとしても覗こうとは思わないけどな。 でも、ひとつ分かることは、 ハルヒが俺のことを特別な存在だと考えてくれているということ。 それが何よりも、 嬉しかった。 「もう・・・、ひ、ひとの言おうとしていた台詞を先に言うんじゃないわよ・・・」 ハルヒはそう言って、俺に寄り添ってきた。 「あ、あたしのほうが、あ、あの、あんたのことを・・・・」 それ以上は言葉が出なかったみたいなので、俺はちょっとからかってみたくなり、 「団長が団員の心配をするのは当然だよな」と冷静にツッコミを入れた。 「う・・・ち、ちが・・・。そういうことじゃなくて、その、団員とかじゃなくて、あたしは・・・」 これ以上はちょっとハルヒが恥ずかしすぎるみたいで可哀想なので、 そのままぎゅうっと抱き寄せてやった。 「あ、あたしはさっきみたいな中途半端なのは嫌いなんだから・・・ちゃ、ちゃんと心を込めなさいよ」 お前もな。 部室のときよりも、柔らかく。 俺たちは唇を重ねた。 「だ、団長と下っ端のヒラ団員だけで行う特別定例会議は・・・か、必ず週3回以上行うわよ!」 「都合が悪くて週2回しか無理だったらどうするんだ」 「んなことがあったら罰ゲームよ罰ゲームぅ♪団長の命令は絶対なんだからねっ!」 そんなことを話しながら、俺たちは寄り添って夜空を見上げた。 罰ゲームか。 どんな罰を受けることになるんだろうな。 できることなら、一度も罰ゲームを受けないで済むようであってほしい。 谷口よ。 お先に失礼させてもらうぜ、悪いがな。 お前のお得意の女子ランクの判断基準がどういうものなのかは知らん。 でもな、 俺はどんなランクよりも上に来るような、 自慢の子を見つけたぜ。 ハルヒを家まで送り届け、特上の笑顔を堪能したあと、俺は自宅へと向かった。 今ほど幸せな気分であったことは、人生においておそらくなかっただろう。 家に帰る道の途中、長門のマンションの横を通りがかった。 長門、卒業してからなにしてたんだろうな、と気にはなったが、 なにせ今は頭の中がハルヒでいっぱいなので、深く追求するのはやめた。 すると、マンションの入り口に誰かが立っているのが見えた。 遠目には誰だかほとんどわからなかったが、マンションの光で周囲が照らされている位置まで来て、 そこにいる人物が他でもない長門であると分かった。 「お前、なんでまた外に出てるんだ?誰かを待っていたのか?」 「私が待っていたのはあなた」 意外な言葉が返ってきた。 なんだ、せっかくいい気分だというのに、また情報思念統合体だか何だかの騒動に巻き込まれるのか? 「これ」 長門はそう言ってひとつの封筒を俺に渡した。 「家に帰ったらあけてみて」 そう言って長門は、自室へと帰っていった。 _________________________________ | | 無視できない重要な問題が発生した。 | あなたは明日の午後1時13分に、隣町の駅前から南南西徒歩10分の | 距離にある建物の裏口から中に入って、 | その建物の1階にあるコインロッカーを開けなければならない。 | | 涼宮ハルヒを必ず連れて行くこと。ただし、涼宮ハルヒに詳細を伝えてはいけない | |_________________________________ ・・・・・・・・・ ・・・マジかよ、長門。今度は何が起こるんだ? 今までもいろいろなことに巻き込まれてきたが、少なくともこの1年間は平穏だった。 久しぶりにゴタゴタ巻き込まれることになりそうだぜ。 ただ、なんだろう。 このワクワクする気持ちは。 ともかく、長門がそういうなら従うしかない。 それにしてもハルヒを連れて行かなければいけないって、珍しいケースだな。 部屋に戻り電気を消して布団に入った俺は、色々と忙しかった一日を振り返りながら、 枕の下にかつてハルヒとツーショットで撮った写真をおいて、眠りについた。 翌朝。 まずはハルヒを呼び出さないといけない。詳細は隠さないといけないそうだから、そうだな・・・ 名目上は・・・特別定例会議、か。 「もしもし、どしたのキョン?え、今日会いたいって・・・?え、うん・・・別にいいけど・・・わかった、12時半に駅前ね。」 これから何が起こるかはまったく予測がつかない。 ただ、ハルヒと一緒ならなんとかなりそうな気がする。 「おっまーたせっ♪ってあれ、あんたが先に来るなんて珍しいじゃないの」 まぁな。朝から落ち着かなかったから集合時間の30分前にはここに来ていた。 さて、団長さん。一番最後に来た者は罰金、だな。昼飯代が浮いたぜ。 「んなっ、ちょ、キョンズルいわよあんた!まぁ・・・別にいいけど、今日・・・お弁当作ってきたから」 なんという桃色の図式なんだろうかこれは。 ハルヒの料理の腕前がたしかなのはクリスマスパーティの頃から周知の事実なので、これは期待できる。 ありがとな。 「お、お礼なんて別にいらないわよ!それよりも、一体どこに行くつもりなの?」 どこへ、か。詳しくは俺もわからないんだけどな。 とりあえず長門の指示通りに動くしかない。 「はぁ?詳しくわからないってなんなのよそれ。まぁ、たまにはあんたの行きたいところへ行ってもいいけどね」 なんとかハルヒに詳細を話さないように説明し、俺たちは隣町行きの電車に乗った。 「隣町って特に目立つような店も遊ぶようなとこもないわよねぇ、どこかあったかしら」 そんなこと言われても俺も詳しくは知らないし、 そもそも隣町には滅多に行くことなんてないから地理も分からん。 「・・・どうしよっかな、「あーん」ってのはベタよねぇ。うーん、キョンが・・喜ぶような」 ぼそぼそと小さい声でハルヒが何かつぶやいていたようなので、 「ん、なんか言ったか?」と聞いてみたが、 「んな、な、なんでもないわよ、なんでも!」とお茶を濁される。 気になる。これは気になる。 そんな会話をしているうちに、電車は隣町の駅へと到着した。 さて、ここからが本番だ。 時間は現在ちょうど1時。あまりのんびりしているヒマはない。 南南西の方角、詳しい指定はされていないのでまっすぐ、とにかく直進すればいいのだろう。 長門、これからなにが起こるのかはわからないが、 できれば頭を使わなくて済むようにしてくれよ。 レポート仕上げの疲れで頭の方はあまり調子がよくないからな。 ハルヒから特に要求されたわけではないが、 俺たちはお互い手をぎゅっと握り締めながら、指定地点へ向かって歩いた。 1時13分。 おそらく、ここだろう。駅から歩いてきた方角にある建物で、 裏口がこちらを向いてるのはこの大きな教会のような外観の白い建物だけだ。 中に入ってみる。綺麗な内装だな、どこか神秘的な感じさえする。 これはなんの建物なんだろうか。 なぜか、ハルヒは中に入ってからやたらとそわそわしている。 「ちょ・・・ここって・・・ね、ねぇ、キョン、わ、わたしたちにはまだ早いってば・・・///」 ハルヒは突然顔を赤らめた。 ここはどこなんだ? 「バ、バカ・・・。こんなところに連れてくるんだったら、さ、最初からそういいなさいよぉ・・・」 ハルヒはやたらと恥ずかしそうにしているが、とりあえず一刻の猶予もない。 俺はハルヒの手を引いて、コインロッカーがあるというところへ向かって駆け出した。 長門から渡された封筒には同封物として、ここのコインロッカーに対応していると思われる鍵が入っていた。 コインロッカーを発見した俺は、封筒から鍵を取りだし、番号を照らし合わせる。 69番か・・・えーっと、69、69はっと・・・ あった。 コインロッカーというにはあまりに大きなサイズのロッカー。 大きな駅に置いてある、人間1人がなんとか入れるくらいの大きさのロッカー。 って、まさかここから人かそれに順ずる何かが出てくるってことはないよな。 というか、勘弁してくれ、そういうのは。 俺はおそるおそる、ロッカーの鍵を開け、扉を引いた。 とんでもないものが飛び出してくるとか、 異世界への扉が開くとか、何年か前へ遡行するとか、そんな予想をしていた。 中に入っていたのは、また封筒だった。 この中に過去と未来を繋ぐデバイスでも入ってんのか? それとも、また別の場所に行って何かをしろという指令書でも入ってんのか? なにが出てきても驚かない覚悟をもって開いた封筒の中には、 さらに小さな封筒が2つ入っていた。 そのうちひとつには、 「祝電 長門有希」 と書かれている。 封を開けて字面を読んでみると、短く1行でこんな言葉が書いてあった。 「子供が丈夫に育つ事を願う」 ・・・・・っておい。 ・・・そういうことかい。 「・・・なぁハルヒ、ここなんていう場所だか分かるか?」 俺はやれやれとした顔でため息混じりにハルヒに問いかける。 「え・・・あ、あんたが連れてきておいて・・・な、なに言ってんのよ・・・け、結婚式場でしょ・・・」 これは皮肉交じりなんだろうか、それとも、マジで祝福してるんだろうか・・・ 掃除ロッカーの中で顛末を聞いていたとはいえ、的確な皮肉と言うかなんというか。 これは長門の意思なんだろうか。あえてこんなドッキリ作戦で皮肉を言おうと思ったんだろうか。 それにしても、長門。 お前はなかなか痛いところをついてくるな・・・。 終わり