約 2,287,852 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/523.html
涼宮ハルヒの入学 version H 涼宮ハルヒの入学 version K
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2661.html
先ほど言ったと思う。 これからは何との交流が待っているのか。 それが楽しみだ、と。 こうしてとりあえずのハッピーエンドを迎えたからにはもうそれほど無茶なことはないだろうと思ったからだ。 ここで言う無茶なことってのは誰かに危険が訪れたり、世界におかしな現象が起きたりってことだ。 きっとハルヒはもうそんなことは望まないはずだ。 だってそうだろ?こうしてSOS団がいる。ハルヒがいる。少なくとも俺は幸せだったからだ。 悪夢はもう終わった。いや、あれは悪夢ではなくいい経験ですらあった。そう考えて俺は安心しきっていた。 だからその前触れに全く気付かなかった。 ハルヒのあの言葉を完全に失念していた。俺はあのとき微かに聞こえた言葉の意味を理解していなかった。 ひょっとすると、この悪夢はまだ始まってさえいなかったなのかもしれない。 ◇◇◇◇◇ 少年は空を見上げていた。 おそらくはもう会うこともないであろう少年の姿を思いながら、少しずつ赤く染まる空を見上げていた。 そのとき彼の携帯電話が着信を告げ、彼はそれに答える。 その電話は彼の良く知る少女から呼び出しだった。 その少女の楽しそうな声を聞きながら彼は思った。おかしい、と。 なぜなら、彼が想うその少女は、今は別の少年と共にいるはずだから。 そう、彼が先ほどから思い浮かべていたその少年と。 不安を胸にしまいながらも、少女の言葉に従い、彼は自分の過ごし慣れた場所へ足を向ける。 文芸部、もといSOS団の部室へと。 『涼宮ハルヒの交流』 ―最終章 後編― とりあえず俺の元気そうな様子にみな安心したのか、病室であるにもかかわらず、5人での会話は盛り上がる。 これからのSOS団について、これからの俺の仕事について、先ほどの三人の盗み聞きについて。 とは言っても長門はいつものようにあまり喋ることはなく、時々相づちを打つ程度だったが。 それでも今の俺からはそんな長門もなんとなく楽しそうに見えた。 話が一段落した後にハルヒが提案する。 「キョンも病み上がりだし、あんまり無理させてもあれだし、ちょっと休憩しましょ」 ……休憩?病み上がりだからゆっくり寝させてあげましょうって発想はこいつにはないのか? いや、ないんだろうな。 「そうですね。では何か飲み物でも買ってきますよ」 古泉が椅子から立ち上がる。 「今度はちゃんと買ってくるんだろうな?」 「もちろんですよ。信用がないようですね」 当たり前だ。こいつは信じられん。 「そうね。一人でみんなの分は持てないだろうから有希も古泉くんと一緒に行ってきて。 あたしはこいつの家族にキョンが目を覚ましたってことを連絡してくるわ。 みくるちゃんはこいつが変なことしないように見張ってて。あ、変なことされないようにね」 しねぇよ。何だよ。変なことって。 そういえばこんなことになって親は心配してるだろうな。……申し訳ない。 「じゃあ連絡は頼むな。元気だと伝えてくれ」 「ま、心配しなくていいわ。変なことは言わないから」 そう言ってニヤリと不気味に笑う。 こいつは言う。間違いなく変なことを言う。まじでやめてくれ。 「それでは行きましょうか。長門さん」 「行く」 長門は古泉の後ろについて部屋を出る。 「じゃあ、また後でね」 ハルヒも二人に続いて部屋を飛び出し、二人とは反対の方向に走り出す。 ……何だ?この感じは? 何かが変?いや、違う。少し前にも同じことがあった気がする。 同じこと?何か忘れているのか? 何だ?思い出せ。この感じは重要なことのはず。とんでもないことになるんじゃないか?あれは確か―― 「どうかしましたか?具合良くないんですかぁ?」 朝比奈さんの言葉で思考が中断される。 「いえ、問題ありませんよ。少し考えごとをしてただけですから」 「それなら安心です。良かったですぅ……」 呟くように言葉を発して、朝比奈さんはそのまま思いつめた顔でうつむく。 「……?朝比奈さん?」 少し間があり、小さく頷くと、朝比奈さんは真剣な表情でバッと顔を上げた。 「キョンくんは異世界に行ってたんですよね?」 「ええ、そうですけど。……ひょっとして嘘だと思ってます?」 「いえっ、そんな。……キョンくんが異世界に本当に行ってたことは知ってるの。……知ってたの」 「知ってた?どういうことです」 「詳しいことはわからないんだけど……、キョンくんが異世界に行くということは既定事項だったの」 なんだって?既定事項? 「てことは元々俺は異世界に行くことになってたってことですか?」 「そうなんです。そしてそのことを私は前から知っていました」 「なら、先に教えてくれるってのはできなかったんですか?結構大変だったんですよ。……って、すいません。」 つい声が大きくなってしまった。 朝比奈さんはまたうつむいてしまう。 「……ごめんなさい。詳しくはわかりませんがそれをあなたに先に教えることは禁則事項だったんです。 おそらくは……キョンくんが何も知らないまま行くということが大事だったんだと思うの」 そう言われてみればそうかもしれない。もしそのことを知っていたなら俺の行動は全く違っていたはずだ。 そうだとしたら、俺が異世界に行ったことが無意味だということにもなりかねないということか? 「なるほど、それは朝比奈さんの言うとおりかもしれません」 「でも、それを伝えられなかったことをキョンくんにちゃんと謝っておきたかったんです。ごめんなさい」 まったく、正直な人だな。言わなかったらわからないってのに。 そういえば、と、今の話を聞いてみて思い出した。 これだけ大量のお見舞いの品を持ってきたってことは、今日俺が目を覚ますって知ってたってことだよな。 この量は朝比奈さんからの謝罪の気持ちなのかもしれないな。 「それと、もう一つ謝らないといけないことがあるんです」 まさか、これからまた何かあるのか? 「キョンくんが異世界でどんな風に何をしてきたのかについて私は何もしりません。 でも、キョンくんがこっちに帰ってから何かがあるということはわかっていました」 つまり、その何かってのはさっきのあれ、告白のことですか? 「実は上からの指令で、キョンくんに問題が起こりそうになったらそれに対処するように言われていたんです。 それについても詳しくは聞かされていないのでよくわかりませんけど……。 それでさっき部屋の外で古泉くんと会って、キョンくんから目を離さないように話したんです」 ってことは、その指令のせいでさっきの告白が筒抜けだったってことですか!? くそっ、許せん。未来人め。なんという羞恥プレイだ。 「本当にごめんなさい。まさかいきなり告白するなんて思ってなかったの」 まぁそりゃしょうがないか……。 「ってことは、とりあえず何も問題は起こらなかったってことですよね?」 「……今のところは、そうみたいです」 未来人は何を考えてんだ?何が見たかったんだ?俺が一体何をするってんだ。 ……いや、そんなことしないっつーの!って、どんなことだよ。 「あのぉ、どうかしましたかぁ?」 いえいえ、なんでもないです。なんでも。 どうやら不審な様子が思いっきり出てしまっていたようだ。気をつけないと。 「正直言うと何が起こるのか少し怖かったんですけど、何もなさそうで安心しましたぁ」 そうですね。そんなこと言われると俺も怖くなってきます。 「まぁきっとなんとかなりますよ。特にどうしろって言われてないってことはそんな無茶なことはないでしょう」 「そうですね」 朝比奈さんも俺の言葉に頷き、ニコッと笑う。 「あまり心配し過ぎも良くないですよ。気楽に行きま――」 ガチャ、ドンッ!! 突然轟音を上げてドアが開かれた。 俺の知り合いでこんな荒い開け方をするやつは一人しかいない。しかもノックなしで。 「あら、みくるちゃん。キョンの調子はどう?」 「別にどうということはないぞ。健康だ」 びっくりして固まっている朝比奈さんに変わって答える。 「あらそう。ま、とりあえずは元気そうね」 ん?なんかおかしなこと言ってないか?さっきから元気だったろ? なんだろう、この違和感は。 「まぁいい。うちの家族はなんて言ってた?」 「家族?なんのこと?」 「は?何言ってんだ?俺の家に連絡してくれてたんじゃないのか?」 「連絡?……ああ、連絡ね。したした。ちゃんとしといたわよ」 いや、してないな。こいつはしてない。今まで何やってたんだ? なんか変だぞ。この感じは少し前にも……。あれは―― 「そんなことはどうでもいいのよ。それより……」 そこで最悪に不気味な笑みを浮かべ、 「あんたにおもしろい客を連れてきたのよ」 と言った。 嫌な予感がする。 たぶんこの嫌な予感は当たっている。 さっきの言葉、『じゃあ、また後でね』という言葉が頭に浮かぶ。 そう、さっきの言葉だ。 しかし、もう少し前にも聞いたような気がする。 あれはいつだったか。思い出せ。思い出すんだ。あれは……。 ……って、あのときか! しまった。なんでこんな大事なこと忘れてたんだ。ぐあっ、最悪だ。 あの時ハルヒは、『後でね』と確かに言ったんだ。 そう、このハルヒが。 「じゃ、呼んでくるわね」 「おい、ハルヒちょっと待っ――」 遅かった。 ハルヒはドアを勢いよく開け、 「いいわ。入りなさい」 と声をかけた。 満面の笑みを浮かべたハルヒの後ろから入ってきたのは、ほんの数時間前に別れたはずの『俺』だった。 見つめ合う二人。 止まる時間。 「ほら、挨拶しなさいよ」 『俺』がハルヒに引っ張られて前に出る。 「あ、キョンくんもお見舞いに来てくれたんですかぁ?」 って、朝比奈さん知ってるんですか?まさか、これも既定事項? 「……どうも朝比奈さん」 『俺』は朝比奈さんの方に軽く挨拶した後、俺の方に向き直る。 「……よぉ」 「あ、ああ」 はい、挨拶終わり。 戸惑う二人を楽しそうにニヤニヤ眺めるハルヒ。 しばらくの沈黙の後、『俺』が話しかけて来る。 「とりあえず元気そうで安心したぜ」 「ああ、おかげさまでな。心配かけてすまなかったな」 『俺』が首を振って答える。 「俺はいい。けど長門は心配してたぜ」 「そうだな。長門には本当に世話になった。こっちでちゃんと元気でやっていると伝えてほしい。 あと、弁当うまかった、ありがとう。って言っといてくれないか」 「ああ、長門に言っとくよ」 「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」 こっちのハルヒと全く同じこと言いやがる。しかも同じ表情で。 話を変えるためにとりあえず状況を『俺』に聞いてみる。 「で、どうしてお前がここにいるんだ?」 「よくわからん。とりあえずハルヒに無理矢理連れて来られた」 「どうやってこっちに来たんだ?」 ハルヒは得意気にふふっ、と笑う。 「あんたが出入りしたおかげで異世界への行き方がわかったのよ」 ぐあっ、俺のせいかよ。いや、実際はこっちの世界のハルヒのせいだが。 「とりあえず、今はちょっとまずいん――」 「ひええぇぇぇええぇ!!」 突然朝比奈さんが絶叫する。 「キョキョキョ、キョンくんが、キョ、キョンくんが二人いるぅぅうぅ!!」 って今まで気づいてなかったんですか? 「あ、朝比奈さん、とりあえず落ち着いて下さ――」 コンコン。 「入りますよ」 挨拶と同時に入って来る古泉と長門。 「ああ、涼宮さんももう戻って来て……なっ!?」 ガッシャーン!! 古泉の手の中にあったジュースの缶が激しい音をたてて床を転がる。 ああ、なんという混沌とした状態だ。とりあえずみんな落ち着くんだ。 「こ、これは一体どういうことですか?何があったんですか!?」 二人の俺を見比べ、尋ねる古泉。 さすがの古泉も取り乱しているようだ。長門ですら少し目に動揺の色が見える。 とりあえず落ち着け、クールになれ古泉。今説明してやる。 「簡単に言うと、ここのハルヒとそっちの『俺』は異世界からきたハルヒと『俺』だ。で、合ってるよな?」 『俺』の方に目を向けると頷いて肯定する。 「どうやらそのようだ。俺はハルヒに無理矢理ここに連れて来られた」 「無理矢理って何よ。人を誘拐犯みたいに言わないでよ」 「いや、大差ないだろ。いきなりこんなところに」 「いきなりとかどうでもいいのよ。ついてきなさいって言ったらわかったって言ったじゃない」 「まぁ、それは言ったが……」 とりあえず二人で遊ぶのはやめてくれ。 「古泉、この状況はどうだ」 「おおよそしか把握できていませんが、正直あまりよろしくないですね。僕らの方の涼宮さんは?」 「まだだ。たぶん俺の家に電話中だろう。帰って来る前になんとかしないと」 「長門さん何か手はありませんか?」 「ないことはない」 「ではそれをすぐにお願いします」 「あまり推奨できない」 「とにかく時間がないかもしれません!お願いします」 必死だな、古泉。 「……わかった。情報連結解除開――」 「って、ちょっ、待て待て長門。それはダメだ」 長門、まさかお前までパニクってんのか。落ち着け、長門。お前もクールになれ。 それはさすがにまずいだろ。別の方法を考えよう。 「………」 「長門?」 「……今のはジョーク」 前言撤回。余裕ですね、長門さん。 さすがの古泉も口を開けて完全に固まっている。ちなみに朝比奈さんはとっくに固まっている。 「そうだ、あの見えなくなるフィールドみたいなやつは、どうだ?」 「私の権限では涼宮ハルヒという個体に対して力を行使することは許可されない。つまり……」 つまりなんだ? 「私には打つ手がない」 でもこれは違うハルヒだぞ。ならいいんじゃないのか? 「それでも無理」 なんてこった。こっちからは何もできないってわけか。 「とりあえずお前ら一旦帰ってくれないか?」 いちおう二人に言ってみる。 「嫌よ。せっかく遊びに来たのに」 「んなこと言うなって。また来ればいいじゃねえか」 「そんな簡単に言うけど結構疲れるのよ」 知らねえよ。俺の方が疲れるぜ。 「あのなハルヒ。こっちのハルヒに知られるのはまじでやばいんだ。頼む」 「そんな心配することないわ。あたしの方だってなんともないんだし」 「とりあえず迷惑っぽいし帰ろうぜ。何か起こってからじゃ大変なんだし」 さすが『俺』。話がわかるぜ。 「何かって何よ。そんなにたいしたことないかもしれないわよ」 「あのなぁ……たいしたことないって、あの古泉の様子を見てみろ」 そう言って『俺』は古泉の方を指差す。 古泉は完全に機能が停止している。目が虚ろだ。 「な、あのくらい大変な事態なんだよ。わかるか?」 「……わかったわよ。しょうがないわね。帰るわ!じゃあまた――」 ガチャ! ……例えて言うなら地獄の扉が開いたような気がした。悪夢はまだ終わらないのか? ひょっとしたら俺たちの交流はここからが始まりなのかもしれない。 ◇◇◇◇◇ エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3644.html
七章 夕日の光が病室の中にまで及んで、妹ちゃんの心なしか寂しそうな寝顔に差し込んでくる。 この肌寒い時期にもかかわらず、その光は暖かみにあふれていた。 あたしはカーテンを閉めた。間もなく日が沈もうとしている。だけどあいつは来ない。 「キョンくん、どうしたんですかね…」 しらないわよ、みくるちゃん。こっちが聞きたいくらい… 何よ。昨日は来るっていったじゃない。朝からずっと待ってるのに……… 「まだ具合が悪いのかも…」 そうなのかな、昨日最後に会ったときは顔色よかったけど… 「有希、どう思う?」 じっと妹ちゃんを見ていた有希はかすかにこちらに顔を向けた。 「…今のわたしにはわからない。しかし彼に何らかの異常が起こっているのは確か… 行ってあげて。あなたが行くのが最も適切」 異常か。ま、確かにこんな所でずっと待ってるなんてあたしらしくないわね。 引きこもっていじいじしてたら許さないんだから!! それからは早かった。あたしの持ち前の脚力のお陰で目的地にはすぐ到着した。 昨日と同じようにチャイムを押す。………出てこない。 あたしの指に連動して続け様に鳴る音に憤りを感じ始めた頃、あいつは玄関のドアから顔を出した。 「あんた今まで何やってたのよ!!今日は妹ちゃん達の病室に来るんじゃなかったの?!!」 「…スマン、寝てた」 「はぁ!!!?…何よ。まだ体の調子悪いの?」 あたしの問いに答える気はない様子のキョンは思案顔をして、そのあと意を決したように言った。 「まあ、とりあえず…入れよ」 「あのね、あたしはあんたを迎えに来たのよ!」 「頼む、少しでいい、話があるんだ」 表情から、その話の内容を読み取ることは出来ない。しかし キョンの目には確かに決意のような、力強さが宿っっていた。それが何に対する決意かはわからない。 だけどそれは確実にキョンを取り巻いていた。だからあたしは断ることが出来なかった。 どこか儚げで、それでいて並々ならぬ意志を纏ったキョンの後につき、あたしは玄関に上がった。 今日は何故かリビングに通された。ソファに座るように促されたので遠慮なく座ることにする。 「…で、何よ、話って。言っとくけど、つまらないことだったら承知しないわよ」 言うまでもなく、あたしは家族の見舞にも来ないで家で寝てた上に、未だ急ぐ素振りも見せず、 自宅でくつろごうとしているキョンに憤りを感じていた。 「なあ、ハルヒ、俺とお前が出会ってから三年近くになるな」 横にいるあたしに目を合わせず前にあるテレビを見据えながらキョンは穏やかな声で言う。 「だから何よ、思い出話なら病院でたっぷり聞いてあげるから!!」 「ははは、相変わらずだな、お前は。いっつも強引で…だけど…お前も変わったよな。」 はぁ?一体なんなの?さっきから何こいつ語ってんの?ていうかこいつあたしの言ってること聞いてる? 「俺も変われたかな、ハルヒ。」 「知らないわよ!そんなこと!!!!」 あたしのイライラは頂点に達していた。 わけわかんない!何でこいつはこんな時に悠長に話してられるのよ! キョンは、ふうとため息を一つ吐くとこっちに振り向き言った。 「ハルヒ…俺、お前に会えて本当によか…うわあああ!!!!」 突如響いたキョンの悲鳴。それは断末魔の叫びと称しても納得出来る程、苦痛に満ちていた。 見るとキョンはソファから落ちて尻餅の状態だ。 「あ……あ…さ…朝…く…な、何でお前が…ここに…」 キョンの顔から汗が吹き出ている。力強かった目の瞳孔は開きっ放しで、肩は軽い痙攣を起こしていた。 素人目で見てもこれは普通じゃない。 「ち、ちょっと!朝?みくるちゃんのこと?何?どうしたの?」 「くるなああぁ!!!!」 キョンは尻餅の状態のまま、回りにある様々なものをこちらに投げてくる。 新聞紙、座布団、テレビのリモコン。それらが部屋一体を飛び交う。 「また俺を殺しに来たのか!お前なんかに…お前なんかに殺されてたまるかぁぁぁぁ!!!」 なんなの、これ…わけわかんない…キョンはあたしの方に目をむけているが、あたしを見ていない。 「キョン!キョン!やめて!あたしはハルヒよ!どうしたの?!ねえ!!」 「だまれぇぇぇ!!」 ガシャン!!! 「キャアアア!」 嘘…シャレになってない。気がつくとテーブルの上にあった、 ガラス製の灰皿はあたしの後方にある窓の残骸の中で、変わり果てた姿で存在していた。 どうすればいいの、どうすれば…その時ある台詞が頭の中をよぎった。 そして次の瞬間にはあたしはその台詞を吐き出していた。 「ひ、東中出身涼宮ハルヒ!!ただの人間には興味ありません! この中に宇宙人!未来人!異世界人!超能力者がいたら、あたしの所に来なさい! もう一度いいます!あたしの名前は…涼宮ハルヒ!!!以上!!!」 何でこの台詞を言ったのかはわからない。無我夢中だったから… ただ、この台詞はとても大切なもののような気がしたから…あたしにとっても、キョンにとっても。 キョンの動きが止まった。お願い、いつものキョンに戻って… その目にはちゃんとあたしが映ってるだろうか。 「……はあ、はあ、くそ、目障りだ…消えろ、ハルヒにまとわりつくな…消えてくれ。 …………ははは…もう来やがったか…いくら何でも早すぎだろ。」 脈絡があるとはとても思えない言葉を羅列すると、キョンは階段をかけ上がっていった。 ぺたん、と膝をつく。もう何がなんだかわからない。 早すぎるって何が? 思えばここ最近は色々なことがあった。キョンに殴られて、何故かすぐに仲直り出来て、 キョンの家族が事故に会って、でもあいつは来なくて… ああ、ダメ、これ以上考えたらいくらあたしでもパンクしちゃう。 あたしは思考を停止させた。ただボウッと固いフローリングにヘタレこむ。 だけど一旦停止した思考は階段から降りて来たキョンによって 強制起動させられた。キョンの顔色はもう元に戻っている。 「なんなの?ねえ…答えて!いい加減にしてよ!わけが分からない…答えてよぉぉ!」 やば、顔の内側から熱いものが込み上げて来る。 気が付くとキョンはあたしを抱き締めていた。昨日の未遂をいれると、これで三回目。 だけど今の抱擁は今までで一番弱々しい。 「ごめんな、本当にごめん、ハルヒ。やっぱ俺…ダメみたいだ。勝てそうにない…約束守れなくて…ごめんな…」 勝てない?何のことを言ってるの? 「ハルヒ、俺…お前に会えて本当によかった…」 キョンは震えた声で言う。そんなもうお別れみたいな言い方やめてよ。 「だから…今日はお別れを言うためにお前を呼んだ。」 ッッッッッ!!!! 体中に電撃が走った。もう何度目になるかわからない疑問。 「何でよ!説明してって何回も言ってるじゃない!イヤだ!お別れなんて絶対!答えて!答えろ!」 もう自分でも何言ってるかわからない。それが言葉なのか嗚咽なのかすら…そんな叫び。 「教えてよ……ねえ!!……お願いだから…」 「勝手なことを言ってるのは分かってる…だけど言わせてくれ…お…ら…えろ」 「え?」 「俺の前から消えろ!!!!二度と俺の前に姿を表すな!!!!出てけ!!!!」 その能力があたしの内に宿ったことに気付いたとき、最初に思ったのは、 「ああ、あたしもいつの間にか打たれてたんだ」だった。 脳に飛び込んでくるあたしのものとは別の意志。瞬間的に見える灰色の町と蒼白い巨人。 あたしのこれまでの家族環境は、この変化をドラッグの副作用と勘違いさせるのに十分だった。 同じ中学で彼氏でもある谷口くんに、両親のことがバレて別れたばかりで、 消沈していたあたしは、この状況を簡単に受け入れた。 これからはあたしもあの人達と同じ道を歩いて行くんだ… そんな諦めに近い感情があたしを支配した。 それからしばらく、あたしはフラッシュバックの恐怖に耐えながら、 気が狂いそうな自分を必死でつなぎ止め、自室ですごしていた。 この時、自殺を考えなかったのはあとになって考えてみれば、 涼宮ハルヒがそれを許さなかったからなのかもしれない。要するに人材不足の回避。 彼女の無意識の思惑通り、両親が刑務所に連れて行かれるのと同時に、あたしは機関の存在を知った。 そこにいる人達はあたしの素性を知っている。クラスや近所…そして谷口くんが忌み嫌って避けたあたしの素性を。 だけどこの人達はそんなあたしを受け入れてくれた。 警察から両親のいなくなったあたしを、いとも簡単に引き受けて養ってくれた。 やっと自分の居場所が出来たんだと、この能力をくれた神と称される涼宮ハルヒに、あろうことか感謝さえしてしまった。 神様は非情だ。居場所を与えてくれたと思ったら、すぐにそれを奪っていく。 センパイを奪い、本当の古泉くんを奪い、そしてタックンを……… だから復讐する。一番大事な人を、タックンと同じ方法で… なのに、何であなたはあんなに楽しそうなの?ニセモノの自分がそんなに好きなの?古泉くん……… あたしは走っていた。自分が今、泣いているのかどうかも分からない。 ただキョンが言った言葉、それだけがあたしの全てを動かす。 キョンが意味もなくあんなことを言うはずがない。きっと理由があるんだ。それはわかってる。 だけど、そんな理性はキョンに拒絶されたという事実の前では、何の役にも立たなかった。 やがてあたしは、吐き気をも引き起こしそうな疲労と共に足を止めた。足がガクガクする。 このあたしがここまで完全に息が上がっているのだから、相当な距離を走っていたんだろう。 あたしは震える手でケータイを開いた。 「もしもし、古泉ですが。」 「ヴゥ…古泉くん!!キョンが…キョンが!あたし…あたしぃ……!」 涼宮さんのあまりに悲痛な嗚咽混じりの声に、オレは寒気すら感じた。 先程のパーティ会場でのことを思い出す。まさか…いや、そんなはずはない!! 「落ち着いて下さい!涼宮さん!今、自分がどこにいるかわかりますか?」 「わからない、遠い何処か…わからないよぉ…もう、何もわからない…」 だめだ、完全に混乱している。こちらで探し出すしかない。 「朝比奈さんと長門さんにはこちらから連絡します。あなたは決してそこから動かないで下さい。」 それからオレは森さんと新川さんに頼んで、パーティ会場にいる同士に事情を知らせ、協力を促した。 しかし、協力を申し出たのは森さんと新川さんを除けば、田丸兄弟だけ。 他の同士はもう関わりたくないようだ。当然だ。 今救おうとしてるのは自分達を散々振り回し、時には命の危険までをも、もたらした少女である。 むしろ今のオレ達の方がイレギュラーな存在なんだろう。 傍観に徹してくれてるだけでも、ありがたいと言うべきだ。 だけど、止まれないんだ。止まるわけにはいかない。仲間だから…もう二度、仲間を…仲間を失いたくない!!! 「こちら、森と新川。涼宮ハルヒを発見したわ。場所は――――」 あれから長門さんと朝比奈さん、さらにたまたま出会った鶴屋さん、 谷口くん、国木田くんにも協力を願い、捜索を決行した。 思ったより時間はかからなかったが、あたりはすっかり寝静まっている。 涼宮さんはオレ達の町の数十キロ離れた公園で発見された。 足にかなりの負担がかかっているらしく歩くことも、ままならない状態とのことだ。 何が彼女をここまで追いやったんだろう。いや原因は分かってる。 …彼だ。涼宮さんからの電話の内容でそれは推測出来る。なら、次にやるべきことも自ずとと決まってくるだろう。 「了解しました。協力してくれた方々にも連絡お願いします。僕は…確かめたいことがありますので。」 彼の家、本来ならば訪れることに一考を要する時間帯だが、オレに迷いはなかった。 呼び鈴を押してもおそらく出ないだろうと想像はつくが、一応押してみる。 …………やはり出ない。 ならばとオレはピッキング器具を持ち出し、ものの数十秒で玄関のドアをこじあけた。 こんな状態でも機関仕込みの技術を落ち着いて行使する自分に少々驚いていた。 中は闇に包まれていた。何度か訪れた彼の家。 雰囲気が異様に感じるのは、現在の時間帯のせいだけではないだろう。 まずはリビングへと侵入すると、彼はソファに倒れ込むように寝ていた。 よほど熟睡しているのか、口からはヨダレを垂れ流している。 オレは彼を起こす前に、それに気付くことになる。暗闇の中、彼の手の中で月の光に照らされて怪しく光る「奴」の存在に。 これは…注射器?! ドクン! ――神を殺さないか?―― ――何故裏切った!古泉ィ!!―― ――ハハハ、今の俺はとても清々しい気分なんだ―― 頭にこびりついてくるその声を必死にふり払い、彼の右腕を確認する。 彼は右利きだということは、とっくに知っていることなのに、最初に右腕を確認する辺り、 少しは想定していた事態とはいえ、相当に気が動転していたのだろう。 一瞬、「それ」がなくてホッとしてしまった。しかし、すぐにそれを後悔することになってしまう。 「あ…」 彼のもう片方の腕にはおびただしいほどの注射跡が存在していた。 細菌が繁殖しているのか、それは紫色に変色していて痛々しさに拍車をかけていた。 ドクン! 「ん…春日…もう一度…俺に……春日…ハルヒ…」 「あ…ああ…ぅあああああぁぁぁぁ!!!」 オレの絶叫に構うこともなく、彼は寝言をつぶやいているだけだった。 八章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5959.html
涼宮ハルヒの切望Ⅴ―side H― 昨日から始まった二年五組大捜査網。 でも結局、今日もあたしは……ううん、あたしたちはキョンを見つけることは出来なかった。 昨日、国木田の提案で二年五組全員が手伝ってくれて、今日も町内くまなく探したのに見つけることが出来なかった。 ほんとにどこにいるのよ……この町内は全部探し尽くしちゃったんだから……もう探す場所なんてないわよ…… あたしは公園のブランコに座って、少し揺らしながら伏せ目で心の中で呟いていた。 どうしてなのよ……何なのよ……もう訳わかんない…… 空が朱色から藍色に変わりつつある時間の境界線。 夜が来れば寂しさがより一層助長されてしまうことが解っているのに…… それでもあたしはキョンの家に戻らなければいけない。 だって、妹ちゃんとキョンの両親がそれを望むから。 だけど本音は戻りたいけど戻りたくない矛盾した気持ちが心の中を渦巻いちゃってる。 たぶん、それは夕べ見た夢が原因。 あんなリアルで、でも現実じゃなかった夢想。 あれをキョンの部屋にいると今日も見てしまうんじゃないかと思うと怖かった。 どうすればいいの……? あたしは空が漆黒の闇に包まれるまでブランコに座ってそれを眺めるしかできなかった。 それでもあたしはキョンの部屋に戻ってきた。 残念だけど、不意にキョンがあたしを迎えてくれるんじゃないかという期待は見事に裏切られたけどね。 え? どうしてそんな風に思ったかって? それはね、キョンの部屋に電気が点いていたからよ。 ――すまんハルヒ、お前にでかい迷惑かけちまったみたいだな―― そう言って苦笑で迎えてくれるのかと思っていた。 でも現実は違った。 あたしを出迎えてくれたのはみくるちゃんと妹ちゃん。 なんだか二人とも、あたしを同情と憐みの瞳で見つめている。 「涼宮さん……こんな遅くまで心配しましたよ……」 遅く……? 言われて、部屋の時計に視線を移せば、時刻は午後十時を回ってしまっていた。 そうね……寝る時間にはまだ少し早いけど、平日の夜に帰ってくる時間からすれば遅いわね…… 「ううん……違うの……ハルにゃんがどこにいたかは知ってるの……」 え? 妹ちゃんの消え入りそうな声に虚を付かれるあたし。 「そうですよ、涼宮さん。でもあたしたち、涼宮さんに声をかけることができなかったんです。ですから、もしかしたら涼宮さん、今日は戻ってこないんじゃないかと心配したんです」 そっか……あたし、そんなに落ち込んでちゃってたか…… 思わず寂しげな自嘲の笑みを浮かべる。 「ね、ハルにゃん、今日はみくるちゃんも一緒に三人でキョンくんのベッドで寝よ」 「わたしもそれがいいと思います。もちろん、わたしたちではキョンくんの代わりにはなれませんが、一人より二人、二人より三人の方が心強いですし」 あ~あ……小学生にまで心配されるあたしって…… 最初は妹ちゃんのためにここに泊まっていたはずなのに、なんだかたった三日であたしのためにみんながここにいるみたい…… でも、いいか。 「分かったわ。じゃあ今日はみんなで川の字になろうね」 ちょっと無理した笑顔であたしは了承した。 すると、妹ちゃんにもみくるちゃんにも笑顔が戻ってきたんだよね。 ……なんて思ったけど一睡もできなかった。 あたしが真中で両脇にみくるちゃんと妹ちゃん。 二人とも寝返りはうつけど基本的にはあたしに寝顔を向けてくれていた。 え? なんでそれを知っているのかって? そりゃそうでしょ。 だって『一睡もできなかった』んだから。 暗い部屋の中、あたしはただ天井をずっと眺めていた。 昨日見た夢をまた見るかもしれないと思うとやっぱり怖かったんだよね。 本当は夢の中でもいいからキョンに逢えたら、という心も芽生えたんだけど、目を瞑った瞬間にだめだった。 逢いたい…… 顔を見なくなってたった四日なのに…… 恋愛感情なんて精神病の一種、一過性のものだと思っていたのに…… 部屋の中が白みがかったころ、あたしは腕で目を覆っていた。 その脇から、隠すことも堪えることもできなかった光のしずくが頬を滑り落ちていったけど…… だけどね。 一睡もしていないあたしなんだけど、その日の朝、目はばっちり冴えていた。 「行くわよ! みくるちゃん!」 「ま、待ってくださぁ~い!」 あたしはどこか思いつめた表情だったかもしれないけど鼓舞するように声をあげてみくるちゃんを呼んだ。 そう、今日は有希が報告を持ってきて来るんだから。 理想はキョンを見つけて一緒に連れてきてくれること。 でもこれは無いことは分かっている。 もしキョンを見つけたなら学校じゃなくて、キョンの家であり、あたしたちが居ることを知っているここに来てくれるはずだから。 だからと言って悲観する必要はないもんね。 あたしたち二年五組の大包囲網と古泉くんの知り合いのプロの探偵事務所の探索と(まあいちおーは素人じゃない)警察の捜査網をもってしてもキョンを見つけられなかったとなると、あとは有希に頼るだけ。 でもって有希は普通の人間じゃない。 捜索範囲だってあたしたちなんかじゃ足元にすら及ばないほどの広大さを誇るんだから、せめてどこにいるかくらいは見当をつけてくれていればいい。 そうすれば後はみんなで探しに行く。 ただそれだけよ! 朝は早くまだ七時半なんだけど。 北高は七時には開くからもう校門も学校の玄関も開いていた。 あたしとみくるちゃんが向かう先は通称旧館・部室棟の一角に位置するSOS団本拠地。 たぶん、だけど、でもなんとなく確信を持っちゃってる。 これだけ早くても古泉くんと有希がそこにいるってことを。 「お待ちしていましたよ。涼宮さん」 やっぱりね。 「ご無沙汰」 「ふ、二人とも早すぎますぅ~~~あ、今、お茶入れますね!」 古泉くんと有希を見とめたみくるちゃんが少しびっくりした表情を見せた後、即座にいつもの給湯ポイントへと向かう。 メイド服には着替えなくてもいいわよ。 「あ、はぁ~い」 みくるちゃんの明るい返事を聞いてあたしは古泉くんと有希に向きなおった。 「申し訳ございません。残念ながら僕の方では彼の消息はつかめませんでした」 別に構わないわ。あたしたちだって見つけられなかったんだから古泉くんを責めるつもりなんてないし。 それに何より、 「で、有希は?」 あたしは喉をごくりと鳴らしてから切羽詰まった表情で問いかける。 しばしの沈黙。 というか、有希が珍しく、わずかだけどどこか困った風な表情を浮かべている。 どういうこと? やがて有希は、これまた意を決したような色彩が少しだけ浮かんでいる声色で、 「……うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が生じるかもしれない。でも聞いて」 そして有希は語り始めた。 「その前に、今日、一つ情報操作を敢行したことを言っておく。それは涼宮ハルヒが所属するクラス。古泉一樹が所属するクラス、朝比奈みくるが所属するクラス、そした私が所属するクラスの一時間目の授業を自習にしたこと」 いいわよ。つまらない授業よりもキョンの消息の方が何百万倍も重要なんだから。 で? 「まず結論から言えば、彼の現在の所在地は解明した」 ほんと! どこにいるの? 「分からない」 がくっ 「あの……長門さん、今の彼の所在地が解明しているのに、どこにいるのか分からないって……」 「言ったはず。うまく言語化できない、情報の伝達に齟齬が生じるかもしれない、と」 古泉くんの苦笑のツッコミに、しかし有希は淡々とまったく焦ることなく対応している。 ん? てことはどういうこと? 「現在の彼の所在はこの時空ではない、という意味。わたしに解明できたのはここまで」 「ええっと……長門さん……それは長門さんにもキョンくんがどこにいるのか分からない、と言っているのと同じだと思うんですけど……」 みくるちゃんも苦笑を浮かべているわね。 まあ、正直言ってあたしも有希の言っている意味が分かんない。 しかし有希は、 「その認識は半分正しく、半分間違い。わたしは彼の現在の居場所は特定できないが、どこにいるのかは分かっている」 ふむ。つまり、これが有希の言う『うまく言語化できない』ってことなのね。 てことは、あたしたちなりの言葉に直すしかないんだけど…… 有希が言った言葉で重要なキーワードがあったはずよ。 というか、それはこれね。 『キョンの居場所がこの時空ではない』 ……随分と飛躍しているし。 これじゃあ未来か異世界か、って言っているようなもので…… あ、違うな。 未来は省けるわ。だって有希は宇宙人であって未来人じゃないし、それに未来に行っているなら未来人のみくるちゃんが何かを知っていても不思議じゃなくなる。 でも、みくるちゃんも今回のキョンが消えた理由は知ってなさそうだった。 てことは…… え!? 今、キョンが居るのは異世界ってこと!? なんで!? 思わずあたしは声をあげていた。 「そう……これがわたしが言った『彼の所在地は解明できているけどどこにいるのかが分からない』ということ……」 ――!! そうか……有希はそれを言いたくなかったから回りくどく言ったんだ…… でもちょっと待って。 何で有希はキョンが異世界に飛ばされたことは解明できたの? 「それは、あなたに許可を取り、SOS団活動休止の許可をもらったその日の夜、探索中に彼の痕跡を次元断層の狭間で見つけたから」 次元断層? 「次元断層とは空間と空間の狭間にある断絶。限りなくゼロに近いものであってもそこには確実に存在する。よって空間には連続性がなく、異世界に移動するのは、積み重なった空間平面を三次元方向に移動することで可能になる。そしてそれは偶然という未確定の事態によって意図的でないにしろ、起こり得ることもある」 なるほど。確かに世の中、偶発的にとんでもない体験することもあるし。 というか今、あたしの目の前に宇宙人と未来人が居るし、異世界人にも逢ったことあるわけだから何かの拍子にキョンが異世界に飛ばされたのだとしても不思議はないのかもしれない。 んまあ、その『何かの拍子』が解明されない限り、自由気ままに異世界に行ったりなんて不可能なんだろうけどね。 ふと古泉くんとみくるちゃんに視線を移せば、二人とも茫然としているし。 そりゃそうよね。完全に一足どころかとんでもない方向に飛躍した話になったんだから。 って……ということは…… 「ま、まさか……有希……あんたには異世界に移動する力はない……って、こと……?」 だって、もし有希が異世界に移動する力があるならとっくにキョンを探しに行っているだろうし、というかあたしたちにも声をかけているはずだし…… 重く沈黙するこの場。 どれだけ沈黙していたかは分からない。永遠のような刹那の時間。 そして……有希が口を開く…… 「あなたの見解は正しい……異世界探索はわたしの器量と能力をはるかに越える事象……この三日間、ずっと試みてみたが次元断層を越えることはできなかった……」 いつもの淡々とした平坦な声じゃないあまりに重々しい呟き。 有希のセリフに今、この部屋が暗転して衝撃の戦慄に支配された…… 涼宮ハルヒの切望Ⅵ―side H― 涼宮ハルヒの切望Ⅴ―side K―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5019.html
涼宮ハルヒのOCGⅡ う、嘘だろ・・・。目の前には麗しの上級生朝比奈さんがいる。いつもなら俺を癒してくれるその笑顔も、今だけは俺に何の効力も持たなかった。何故かって? 俺のライフポイントは0。朝比奈さんは8000。んで今は朝比奈さんの先攻2ターン目。さて、何でこんな状況になったのか、まずはそれを説明しなければならんな。5分前に遡るとしよう。 古泉の関係者の売却と、長門の情報操作のおかげで文芸部室には大量のカードが集まっていた。前者はどうもハルヒの力らしいが、今回ばかりは俺にプラスに作用したぜ。デッキを調整しなおした俺は、何故かデュエルができるらしい朝比奈さんと決闘することになった。ゆっくりとデッキをシャッフルする朝比奈さん。何をやらしてもこの人は絵になるな、うん。そしてジャンケンは朝比奈さんが勝って俺は後攻になった。まずはお手並み拝見と行くぜ。というかこの時気づくべきだったんだろうな。朝比奈さんがいつもと違う種類の笑みを浮かべていたことに。 「えーっと私の先攻です。ドローします。ドローフェイズ、スタンバイフェイズ、メイン入ります。」 なんか本格的だな。俺は正直ドローフェイズなんて意識したことなかったぜ。対象を取る云々もよくわからん。 「手札から大寒波を発動します。終末の騎士を召喚。効果でデッキからゾンビキャリアを墓地へと送ります。手札を一枚デッキトップに戻してゾンビキャリアを蘇生します。6シンクロしてゴヨウ・ガーディアンを特殊召喚します。ターンエンドです。」 まて、俺の前にいるのは誰だ?長門でもハルヒでもなくて、いつも甲斐甲斐しくお茶を淹れるSOS団マスコットキャラのメイドさん、朝比奈さんだぞ。初ターンに6シンクロという戦術と普段の姿にギャップがありすぎる。前言撤回、お手並み拝見なんてしてる場合じゃない。というか未来のデュエルレベルってどうなってるんだ? 「俺のターン、ドロー。」 とはいえ大寒波をいきなり食らってるのでこちらも何もできん。とりあえず魂を削る死霊をセットしてターンエンドだ。こいつなら戦闘破壊もされないしな。ターンエンドです、朝比奈さん。 「では私のターンですね。ドローして、メイン入ります。増援を発動、デッキから終末の騎士を手札に加えます。」 手つきはいつもの朝比奈さんなんだが、表情が違う。いつかの公園で自分が未来人であることを告白したときのような真剣な表情だ。 「終末の騎士を召喚。効果でD-HERO ディアボリックガイを墓地に送ります。ディアボリックガイの効果発動、墓地のディアボリックガイを除外してデッキから同名カードを特殊召喚します。さらに手札から緊急テレポートを使います。デッキからクレボンスを特殊召喚します。」 また、シンクロですか朝比奈さん。というかあなたに闇属性は似合いませんよ。 「そ、そうですかぁ?闇属性はとっても強いですよ。8シンクロでダークエンドドラゴンを特殊召喚。効果でキョン君の裏守備モンスターを墓地に送りまあす。」 やばい、これでかなりのダメージを食らうことになる。初手の大寒波がかなり効いてるな。まあでもこのターンは何とかもつだろう、多分。 「墓地の闇が三体なので手札からダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚します。バトルフェイズです、全部通れば私の勝ちです。キョン君ゴーズかクリボーありますかぁ?」 とこれで冒頭のシーンに戻るわけだ。2ターンキル。完璧にやられたね。いつのまにか俺たちの周りにいたハルヒや長門もこのデュエルを見ていて、朝比奈さんが俺をあっという間にノックアウトした瞬間、二人とも唖然としていた。(といっても長門は少し目を見開いただけだが)そりゃそうだわな、誰だってドジっ子メイドの朝比奈さんがこんなデッキを組んでくるとは思わないさ。 「すごいじゃないみくるちゃん!次はあたしとやるわよ!」 ハルヒが朝比奈さんを引っ張ってとなりの席に連れて行く。いつもなら「やめてください涼宮さぁ~ん」と可愛らしく言っているのだが、 「ふふっ。受けてたちますよ涼宮さん。」 一瞬朝比奈さん(大)かと思うほど落ち着いていたね、人は見かけによらないとはよくいったもんだ。 「あなたは私と」 そうだな長門、よしやるか。そういえばお前は何のデッキを使ってるんだ? 「ライトロード」 そうか・・・。墓地に裁きの龍が落ちることを願うとしよう。てかなんでライトロードにしたんだ? 「デュエルが早く終わるから。私たちにとって時間は貴重。それに今の時代はワンキル。」 やれやれ。そういえばハルヒは剣闘獣だったっけか?国内ベスト8のデッキがこの狭い部室に全部そろうとは思わなかったぜ。朝比奈さんは想定外だったが、体育祭といい百人一首大会といいSOS団は何をやらせても秀逸だよな、まったく。 「私の先攻。始めていい?」 ああ。構わないぜ。それでもまあ、タイムトラベルをしたり、謎の山荘に閉じ込められたり、誘拐事件が起こるよりはよっぽど平和だ。団員全員が無事で、みんなが楽しく過ごせているんだ。こういうのも悪くない。 「手札より大寒波を発動。墓地にライトロードが4種類いるので手札から裁きの龍を特殊召喚。コストを払って効果発動。手札からもう一体裁きの龍を特殊召喚。ライトロードマジシャン・ライラを通常召喚。3体で攻撃。何もなければ私の勝ち。」 ああ・・・制限改訂が待ち遠しいね。 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1084.html
第三章 ハルヒを家まで送り、新川さんに駅まで戻っていただいた。 空は暗く、星が出始める。 忘れてた愛車にまたがり、家路を急いでいた時、道の端に人が倒れていた。 俺は善人ではないので無視した。今日も星が綺麗だ。 「待て。怪我人を無視とはいい度胸だ。」 そんな言葉をほざく元気があるなら、大丈夫なのだろうが、優しい俺は親切に反応してあげた。 「おぉ、大丈夫か?酷い怪我だ。救急車呼ぶか?」 よく見ると、本当に酷い怪我だった。ズボンが擦り切れて、足も擦り傷で真っ赤だ。 顔を見ると、額から血も出てる。しかしこの顔どこかで見た。 「お前は!?俺と朝比奈さんの邪魔をし、今日も朝に戯言をほざいた奴ッ!!」 「今頃気付くな。早速だがお前にこれを渡す。大事にしろ。」 そいつは俺に銀色のギザギザを渡した。 「何コレ。もしや『禁則事項です』か?」 「残念。それに見せ掛けた御守りだ。」 紛らわしい。何の為に渡したのだろうか。 「これは、お前が『禁則事項』の時『禁則事項』な事をする有り難い『禁則事項』な品だ。」 よくわからないです。 「とりあえず救急車呼ぶぞ。」 「いや、大丈夫だ。1人でなんとかする。呼ばなくていい。」 「だが断る。」 俺は救急車を呼び、そいつを殴って気絶させ、病院送りにした。 そういえば、何であいつ怪我してたんだろうな。どうでもいっか。 家に帰り、御守りを開けた。罰当たり?知るか。これが御守りなワケない。 中には基盤みたいな物が入っていた。どうやら携帯のminiSDにぴったりなので、入れてみた。 当然、使用出来なかった。 翌々日 谷口は学校に来なかった。ハルヒは何事もないかのように普通だった。 放課後古泉が、「谷口君は精神状態が昔から不安定だったそうです。」などと言っていた。 ハルヒは、「そうなの?今まで気付かなかったわ。」と素っ気なかった。 今日は全員で帰る。ハルヒは先頭で朝比奈さんと談笑。 長門はその脇で黙々と歩く。俺と古泉はその後ろだ。不意に古泉が耳打ちする。 「現在、谷口君は機関で預かってます。会いに行きますか?」 「いや、いい。」 今はまだ適切ではない。事が収まってからの方が良いかも知れん。 「そうですか。」 「そういえばナイフはどうした?あの時は逆上して忘れてたが。」 「それがですね………無くしました。」 俺はてっきり機関で回収してるものだと思っていたので驚いた。 「あの後丹念に探したのですが、見つかりませんでした。」 「……ってことは?」 「誰かが拾った可能性があります。」 これ以上ハルヒのせいで死人が出るのも本当に申し訳ない。 「急げ古泉。機関を総動員させろ。」 「言われなくともやってます。あなたこそ、彼女を落ち着かせる行動をとって頂ければいいのですがね。」 古泉は軽蔑と呆れが混じった目つきで睨んできた。そんな目で見るな。 一週間後 ハルヒはめっきり大人しくなった。俺はもう安心だろうと思う。 古泉も「最近の死亡者の中に、例のナイフ関連の被害者はいませんでした。」と言っていた。 そういえば、古泉がかなりやつれていたけど、どうしたんだろうね。 ハルヒは呪いのナイフなんか忘れてる。 いや、もしかしたら谷口の一件で、ナイフ恐怖症になったのかも知れない。 実に愉快。谷口には感謝しなくてはいけないな。 しかし、まだ谷口は学校に来ていない。そろそろ会いに行きますか。 鼻歌混じりで帰る自分に気付き、かなり恥ずかしかった。 翌日 終わった。 母さん、俺は今日が人生ラストデーになるかも知れません。いままで有難う。 朝、げた箱に手紙が入っていた。 生憎、俺は手紙と相性が悪く、高校に入り手紙で良い思いをした事は無い。 内容は、『午後5時あなたの教室で待ちます。』だとさ。 綺麗な文字だというより、はっきりとした読みやすい文字だった。達筆には変わりない。 どこかで見た字体。行くべきか、行かぬべきか。少し悩む。 教室に入り、自分の席に着くと既にハルヒがいたので挨拶をした。 「よう。」 ハルヒは外を見たままだった。思わず目の前で手をひらつかせた。 「あら、いたの?」 「どうした。不眠症で朝ボケか?」 「あぁー今日ねー、部活、休みね。」 「悩み事でもあるのか?あるなら言ってもいいんだぞ。」 「まーそのうち言うんじゃない?」 ハルヒは一日中こんな感じだった。 放課後部室に行くと長門がいた。 「今日は部活無しだとよ。」 「知っている。」 「じゃあ、何でいるんだ?」 「あなたは?」 「俺か………ヤボ用だ。」 「……わたしもヤボ用。彼女も。」 「彼女?」 「キョン君。」 「朝比奈さん……」 朝比奈さんはいつもと様子が違っていた。何故かは知らんが、俺は少し恐怖を感じる。 「これからこの世界の左右を分ける大きな別れ道が生じます。 キョン君なら既に分かっているかもしれません。」 俺の死神が笑っているらしいな。もうすぐ魂が手に入ると。 「どうでしょう?涼宮さんを制御出来るのはキョン君だけです。 これまで未来の固定化が出来たのもキョン君のおかげです。」 「だけど、俺の死は規定事項なんですよね。」 朝比奈さんは一瞬、意を突かれた表情になるが、直ぐに首をふるふると振った。 「それが規定事項であろうが無かろうが『鍵』であるキョン君は『扉』である涼宮さんの開閉が出来ます。 つまり涼宮さんをコントロール出来るのは、キョン君だけなの。 悪く言えば、キョン君はこの世界の支配者です。動かして下さい。未来を在るべき姿へ。 わたしは一時的に未来に避難します。 次に会う時は、あなたと涼宮さんが作った未来の朝比奈みくるです。 規定事項なんて夢幻に過ぎないの。それだけ未来が在るから。 本来なら未来人が現代人に関わるべきではなかった。知らなければ良かったの。全て。」 朝比奈さんは言い尽くしたようにふぅっと息を吐く。 「そろそろ時間です。行って下さい。」 逃げちゃだめ? 「ここで逃げでも、必ずその時は来る。逃避不可能。あなたに賭ける。」 「長門……分かった頑張って行ってくる。」 俺は教室へ向かう。決着をつける為に。 着いた。携帯を見ると時間ピッタシだった。 俺はゆっくりとドアを開ける。 「遅い。罰金ね。」 夕日がそいつを明るく照らし、俺は冷や汗を流す。 手元にはナイフ。全てはシナリオ通りという事か。 「どうしたの?そんなに恐い顔して。」 それはお互い様だろ お前だって顔が強張ってるぞ。せっかくの笑顔が台無しだな…… 「そうね…」 偽りの笑顔が解け、うつむく。かなり可愛い顔だが、俺は気にくわん。 ハルヒらしくない。俺はお前の笑顔が……あれ?何言ってんだ俺。 「今から独り言を言うわ。軽く聞きなさい。」 「どうぞ、お気に召すままに。」 「前に言ったでしょ。信頼出来る人を殺すのはどんな気持ちかって。 やっぱり苦しいよ。そんな気持ち。殺るよりなら自分がやられた方がマシ。 でも………もう遅い。だから逃げて!!」 「ふざけんな。独り言だろ。俺に振るな。」 「ふざけてるのはどっちよ!!あんた死にたいの!?」 死にたい訳ない。 「じゃあ早く逃げなさいよ!!」 「だが断る。」 「なんで………なんでなのよ。」 ハルヒの目が潤んでいるのが分かる。今にも溢れそうだ。 まぁこいつの気持ちが分からんでもないが、俺はここで逃げ出す訳にもいかない。 「この俺が最も好きな事のひとつは、自分が強いと思っている奴に「NO」と断ってやる事だ。 それに、前に言ったろ、好きな奴の隣で死ねるなら幸せ者だって。」 「……っバカ!!」 ハルヒが走って来る。ナイフを持ちながら、俺の心臓めがけ。 避けきれない。死を覚悟した。 人間は死を覚悟したり、極限状態に陥ると、スローモーションに世界が見えるという話は本当である。 反射的に携帯を持った手が動く。 ナイフは俺の携帯とキーホルダーに当たる。 しかし、ハルヒの力は思いの外強く、携帯は弾かれる。今度こそ終わりだ。 「ごふっ……うぐぅぅ。」 鈍い音と共にうめき声が聴こえる。俺じゃない。俺はここに立っている。ってことはハルヒしかいない。 ハルヒは目の前でうずくまっている。 「な、長門!?」 無情な瞳が俺を見る。 「何故この様な事を?」 ナイフが手に刺さってるぞ。 「質問に答えて欲しい。あなたは私の助けがなかったら約98.801%の確率で死亡していた。 あなたは逃げるべきだった。逃げていたらあなたの死亡していた確率は、約23.333%」 逃げても意外と高い。某野球ゲームでは、危険域である。 「あなた達有機生命体は生への執着が異常に強い。だが、あなたは逃げなかった。何故?」 心のどっかで分かってたような気がした。もしかしたら助かるのかもしれない。 いつものようにお前が来て助けてくれると思ってたのかもしれん。 「それは?」 無表情が少し緩む気がした。 「信用?」 「……信頼かな。」 「どう違うの?」 「さぁ、どう違うんだろうか。」 「………あまり頼らない方が良い。わたしは、常にあなたの期待には添えれない。」 「そうだな。俺は今まで長門に甘えすぎた。感謝しなきゃな。なんか礼でもするよ。」 長門は手に刺さったナイフを抜き、血が流れる手をもう片方の手で抑える。 「……それなら今度、晩御飯を御馳走して欲しい。」 長門にしては、何と人間くさい言葉だろうと、驚いた。 「いいのか?そんなもんで。」 「いい。」 「そうか。」 「そう。」 ハルヒはすやすやと眠って(気絶して?)いた。 「わたしの拳からナノマシンを注入した。暫くは起きない。」 これは酷い。 「これで全て終わったのか?」 「根本的な解決には至ってない。」 長門は俺がこの言葉を発することを知っていたかのように即答した。 「今からあなたと涼宮ハルヒの脳波を利用し、精神を同期させ、仮想現実空間でのメンタルケアを行う。」 言ってることがよく分からないのですが。 長門はしばらく黙り、ふと思いついたような目つきで俺を見直した。 「夢。あなたは彼女の夢に入る。そこであなたは彼女の精神を安定させる。」 つまり、俺がハルヒの精神科医になるという話らしい。 「事態は一刻を争う。 現在彼女は錯乱状態。瞬時に時空間を改変してもおかしくない状況。今すぐ行って欲しい。」 俺にそんなテレパシー能力が有るはず無い。 「出来る。あなたは手段を持っている。」 どこに? 「携帯電話。」 はっとした。もしかしたら、あの未来人が渡した変な基盤じゃないか?俺は急いでそれを取り出す。 「そう。それはあなた達有機生命体が将来、意思疎通をするための基本理念。それを利用する。」 よく分からないから早くやってくれ。 「ひとつ注意する。今回は、あなたの脳波を彼女に送る。 それは彼女の脳に伝わるり、仮想現実空間へ入るが。 あなたは閉鎖空間のように感じるが、危険性が極めて高い。そこは、彼女の願望が暴走する場所。 そこは、涼宮ハルヒの思念を反映し易い状況である。 もし、そこであなたが閉じ込められたり、死亡すると、あなたの精神自体が幽閉、もしくは、死亡する。 タイムリミットは通常約2時間。しかし、ナノマシンの効果で3時間の延長が可能。 それを過ぎたら、私が直接抑えるが長続きはしない。せいぜい、30分程度。」 何やら相当危険そうだ。俺が困惑していると、 「大丈夫。頃合を見計らってわたしも行く。」 「分かった。じゃあ行こうか。」 俺は基盤を長門に渡したら、長門は拳を握り、 「あなたにも眠ってもらう。」 なんですと!?なんでいつもの咬むタイプにしないの? 「その方が効果的と聞いた。」 誰だよ。 「古泉一樹。」 次会ったら必ず殺す。 「彼から伝言を預k」 「要らない。」 「だが断る。『あなた達の体は僕が責任を持って預かります。ぼ く が。』」 次の瞬間。長門の拳が飛んでくる。 「ちょ、おまっ………アッー!!」 腹に痛みが走り、薄れゆく意識の中で走馬灯が駆ける事は一切なく、ふと思う。 ナノマシンじゃない。コークスクリューだ。 第四章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6554.html
プロローグ 秋。 季語で言うならば7、8、9月に属するその季節も、時代の進行というか価値観の違いというかで、俺の中では9、10、11月が秋だと認識されている。しかしどういうわけか、今年は秋があったのかどうかを疑うような気温で、これもまたお偉い団長様が何かしでかす予兆ではないかと疑ったが、奴の精神専門である古泉曰く 「彼女の精神状態はとても良いままですよ。閉鎖空間も今のところ、大規模で発生しておりませんし」 らしい。しかし、ハルヒは温厚平和な日常が嫌いなはた迷惑な奴だ。いつ何をしでかすか分からん。秋といえば読書、芸術、食欲。映画が芸術に入るのなら、まだ2つも不安要素が残っている。これは何か来るぞ、と俺はノストラダムスの予言が今更になって頭上に降り注いでくるかもしれないと言った心持ちで待機していた。 つまり俺は、涼宮ハルヒという人物に出会ってから、確実に用心深い人間へと成長していたのだ。 ど素人が作った映画が公開し終わってから早3日。クラスの全員がそろそろ文化祭の余韻が無くなってきた頃辺り、俺はハルヒが授業中良からぬことを作戦立てているのを気配で察知した。これは数々の不思議体験、いや面倒くさい事柄を身を持って味わってきた俺だから分かるものだ。古泉や朝比奈さんより早く感づける自信がある。無論、長門には勝てないが。 「‥‥‥で、今度は何を企んでいるんだ」 「ふっふーん」 教えてくれないのかよ。 「今日のミーティングで発表するつもりよ。キョン、絶対に来るのよ。1秒でも遅れたら罰金だからね!」 ‥‥と、こちらの顔を一度も見ずにせっせと、まるで鶴の恩返しの鶴のようにこいつは何かを作っている。細長い紙の先端の穴の空いた場所からはリボンが、白紙の部分にはSOS団のサインが‥‥。 俺の勘も捨てたもんじゃないな。しかしこの勘がテストの時だけ怠けるのはいただけない。テストで良い点を取っているハルヒが妬ましい。 「じゃっじゃーん!お待たせ!!」 ドアを豪快に開けるハルヒに、誰も待ってねえよ、と思わずハルヒの後ろから声を出しそうになったが、律義にも独りでオセロを研究している超能力者、メイド姿の未来人、本に目を向けている宇宙人らは待っていた。古泉、その薄気味悪い笑みをこっちに向けるな。 「今日のミーティングは、こんな秋ならではの! ‥‥」 キュキュッキュー、とホワイトボードに文字をでかでかと書くハルヒをよそに、俺は古泉の前に座ってから荷物を床に下ろした。一生懸命戦略を練っていたようだが、生憎俺は負けん。お前は序盤で石を取りすぎるんだ。 「何が始まるんでしょうね?」 こいつがこう言う時は、大抵何が起こるか分かっている。だから俺は答える必要無しと最高裁判所の裁判官になったつもりで判断し、無言で目の前にあるオセロを1つずつ取り除いてやることにした。古泉も一緒になって、オセロを手元に戻していく。 「お茶をどうぞ、キョン君」 そう言ってお茶を差し出してくれるSOS団唯一の目の抱擁役である朝比奈さん。夏に別荘でメイドを目にして以来、どうやらメイドというものにいっそう影響を受けたらしい。本当に可憐で愛らしい。先輩とは思えないですよ朝比奈さん。 市販で買ってきたお茶よりも美味い緑茶をすすりながら窓際を見ると、黙々と本を読んでいる宇宙人がそこにはいた。その表情のまま蝋で固められてしまったかのように無表情のままページを捲っていくその様は、大地震が起きてこの学校が瓦礫の山と化しても、微動だにしない文学少女といったような雰囲気を釀しだしていた。といっても、長門ならこの学校が崩れる前に何とかしてくれるだろう。 「いい!? 我がSOS団は読書の秋を記念して―――‥」 すぅーっと、ビックボイスを叩き出そうとするハルヒ。またろくでもない考えを思いついちまったようだ。 「‥――SOS団主催、読書大会を始めようと思います!!」 ……相変わらず文字感覚のバランスが悪い奴だ。会って文字だけ下にいってやがる。 まあそれはともかく。馬鹿みたいにでかい声でそう宣言した後、やはり授業中作ってたのは栞だったのかと俺はひどく痛感した。よりによって読書がくるとは‥‥まあ本を書けと言われるよりはましか。 しかし、その全く持って伝統も歴史もない、部活としてもまともにOKサインをもらっていないこのSOS団が主催する大会が、後々とんでもないことを引き起こすとは誰も知りなどしなかった。 ‥‥もちろん、3学期に文章を書かさられるハメになることも俺は知らなかったことは周知の事実である。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅰへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5762.html
あの日の午後。あたしは有希と映画を見に行った。 なんてことはないコメディ映画。 どうしても見たかったわけではないが、何かしらの理由をつけて有希と遊びに行きたかった。 もちろん有希は、いつも通りのなんともいえない反応。 そりゃそうよね、コメディ映画のくせに中途半端だったし。 面白ければ、有希は決まってこう言う。 ユニーク、って。 最近は暇さえあれば、有希を引っ張って色々出かけている。 動物園や遊園地、ウィンドウショッピング、今日の映画だってそう。 なんだかデートみたい。 分かってると思うけど、あたしに同性愛の趣味はないわよ? 一緒に行った場所は、本当はあいつに連れて行って欲しかった場所。 もう無理だと分かっていても望んでしまう。 あたしってばしつこい女よね。 でも胸の内くらいならいいじゃない。 もちろん有希をあいつの代わりにしているわけじゃない。 有希は大事な大事な親友。 みくるちゃんや古泉君、鶴屋さんだって大切な友達。 でも、今のあたしがほんとの意味で心を開けるのは、有希だけ。 寡黙で無表情。何を考えてるか分かるようになるまで、随分とかかったわ。 だけどそんな有希と一緒にいるときのあたしは、とても穏やかでいられる。 でもその日の有希は、最初から用事があったらしく、映画を見終わった後に帰ってしまった。 まったく、あたしを残して用事とはいい度胸ね?次はないんだから。 ……さぁて、暇になった時間で何をしよう。 そういえばこの間、新しい小物屋さんが駅前の外れに出来ていた。 とりあえずはそこを見てくることにしよう。 それからのことはその後決めればいい。 でも、それは間違いだった。 結論から言えば、おとなしく家に帰ればよかった。 なぜなら、あたしが一番会いたくない人に出会ってしまった。 そして最低な行動を。 嫉妬って、本当に醜いわよね。 あの日の午後。私は橘さんと一緒に休日を過ごしていた。 「あっ!これこれ!これは佐々木さんに似合いそうですよ」 ぐいぐいと橘さんに手を引かれ、店先まで連行される。 「本当だ。確かに可愛いね。でも私に似合うかな?」 今日は朝からずっとこんな調子。 以前は一緒に行動することが多かった。 でも近頃は休みになると彼と遊びに行くことが多くなった。 今日は彼とは会わない、そう言った途端に連れ出され、今に至る。 「佐々木さんなら何でも似合うのです!」 褒められてるのかどうかよく分からない。 けど、橘さんの感性は彼に近いものがある。もちろん悪い意味で。 「佐々木さん!これもこれも!」 そう言いながら次々に品物を持ってくる。 私が彼ならこう言う、やれやれ。 周辺の店をあらかた回った辺りで、橘さんの携帯が鳴った。 「はい、橘です!」 元気に電話に出た橘さんの顔は、みるみると不機嫌になっていく。 時間にして二、三分といったところかな?通話を切り、肩をガックリと落とした橘さんは、ゆっくりとこちらを向いた。 「……お仕事が入りました」 橘さんの言う仕事は、私に関連したもの。内容は聞いたことがない。 「なんで今?」 「……大人の都合なんて分からないのです」 うわぁ、すごい落ち込みよう。さっきのテンションから比べると、軽くマイナスには到達してると思う。 「せっかく佐々木さんと久しぶりに遊びに来れたのにぃ」 「また来ようよ、ね?なんだったらお仕事終るまで待ってるよ?」 落ち込む橘さんを慰めるように声をかける。 私と遊びに行くのをここまで楽しみにしていてくれたのは、正直悪い気はしない。むしろ嬉しい。 「どれくらいかかるか分かんないんで、今日は解散したほうがいいと思います」 溜息混じりにそう言う。 「でも!また遊びに行きましょう!約束なのです!」 「もちろんだよ」 そう答えてあげると、橘さんは嬉しそうに微笑んだ。 その橘さんの笑顔は相変わらず眩しい。 名残惜しそうな橘さんの背中を見送る。 ぶんぶんとこちらに手を振っている。 周りの視線が少し痛い…… 結局お互いの姿が見えなくなるまで、橘さんは何かしらのアピールをしていた。 今はまだ午後三時。 さて、どうしようかな。彼に連絡を取る? ダメ。彼は今日友達と遊びに行くと言っていた。 彼と一緒にいるのは、私の友達でもある国木田くんと、もう一人は……よく知らない。 今日は家の合鍵を忘れてしまったために、夕方まで家にも帰れない。 ……そうだ、駅の近くに新しく出来たお店に顔を出してみよう。 そして、せっかくだから少し装飾品を見てみよう。 彼の気に入ってくれそうなものがあればいいけど。 とはいえ相手は唐変木。そんなアピールも無駄になることだろう。 お店が私の視界に入ってきた。 可愛らしい小さな店。店構えは上々。 これは少しは期待していいかも。 中に入ると、装飾品というよりは小物が大半を占めていた。 しかしそれがなかなかいい。値段もお手頃。 これはいい発見をした。今度彼も連れてきてみよう。 小さな店だから店内も狭い。私の他にいるお客さんは三名。 カップルと、女の子。 ん?あの子どこかで見たことある。そう思っていると、その子がこちらを見た。 「あっ」 視線があった途端のこのリアクション。間違いなく向こうは私を知っている。 思い出さないと。こちらだけ覚えてないなんて相手に悪い。 あちらはあちらで、少し居心地悪そうな顔をしている。 ダメ。出てこない。喉まで出かかっているのに。彼女には申し訳ないが、名前を聞こう。 「あの、悪いんだけど、どこかで会った事あったけ?」 そう言うと彼女はとても困った顔をしてしまった。どうしよう。 「お、お互いに面識はないわ。でも、知ってるわ」 イマイチ分からない。 「えっと、デジャブ?」 私の言葉に彼女は首を横にふる。 「あたしは涼宮ハルヒ。あなたは……キョンの彼女よね?」 恐る恐る聞いてくる彼女。 どおりで知っているはずだった。名前を聞いてすぐに思い出した。 もうひとりの力を持つ少女。 世界を自分の思いのままに出来る、私よりも強力な力を持ち、彼が所属するSOS団なる部活の部長。 あれ?団長だったけ?この際どっちでもいいや。 それにしても何故私のことを知っているのだろう? 「私は佐々木。キョンに聞いたの?」 聞いた話だと彼女は自分自身の力のことを知らない。 それと同時に周囲の出来事も気付いていない。 「え?そ、そう。そんな感じよ」 ぎこちない笑顔を浮かべて返事をしてくる。 「涼宮さんってことは、キョンがお世話になってる部活の人だよね?」 「……そうよ」 もしかしたらこれはチャンスかもしれない。 彼女には興味があった。 同じ力を持った、つまり同じ境遇の人物。 普段は状況も立場も違うから直接は会えない。 以前、涼宮さんに会ってみたいと言ったら、橘さんに酷く怒られたことがあった。 彼女は危険だ、と。 でもどういう人間なのかを知るいい機会。 「涼宮さんはこの後予定は?」 「え?ないわ」 初対面でこんなことを言うの変だけど、お互いの取り巻きがいない今が、唯一の機会。橘さんごめんね? 私はダメもとで言ってみた。 「もしよかったら、そこの喫茶店で少しお茶でもしない?」 「あたしと?」 予想通りの反応。私も逆の立場だったら同じような反応をすると思う。 「無理にとは言わないけど」 「……別に構わないわ」 「よかった、それじゃ行きましょ?」 そう言って店を後にした。 買い物はまた後日。そのうち彼と見て回ることにしよう。 なんであたしはここにいるんだろう。 相手はいわゆる恋敵。 ううん。恋敵どころかすでに勝敗は決している。 あたしの完敗。 恨んでいるというわけではない。 ただ、羨ましい。あの人は私じゃ手に入れることの出来なかったものを手に入れている。 気持ちが揺れる。久しぶりに気持ちが不安定になる。 「私はアイスコーヒーで。涼宮さんは?」 「同じものを貰うわ」 おまけにここはいつも団活で使う喫茶店。複雑な気分にもなるってもんでしょ? 本来ならここはあたしのテリトリー。それでもなぜか居心地が悪い。 とっとと用件を聞いておさらばしましょ。うん、それがいい。 「で、何のようなの?」 少し口調が強かったかも。恋敵だと思ってるのはあたしだけなのに。 「大した事じゃないんだけど、普段部活でのキョンってどんな感じなのかな、って」 あたしにそれを言わせるの?そんなの本人に聞けばいいじゃない!? それともなんかの嫌がらせ?ふざけないで! ……だめ、落ち着かなきゃ。これじゃただの八つ当たりじゃない。 この人は……あたしがあいつのことを好きだったなんて、知らないんだから。 「どんなって、いつも通りじゃない?」 目線を外してぶっきらぼうに答える。 どうしてこういう態度をとってしまうんだろう。 「そうなんだ。キョンが部活が楽しいって言ってたから、少し気になってたんだ」 あっそ。それは良かったわね。 「それにしてもあたしとは初対面でしょ?よくお茶なんかに誘えるわね?」 「だってキョンが入ってる部活の部長さんでしょ?悪い人だとは思えないから」 部長じゃなくて団長よ!……あたしはこの人とは合わない。イライラする。 それ以前に、あたしの前であいつの話をしないでよ! 佐々木さんは確かに可愛い。 あたしと違っておしとやかに見えるし、なにより私があいつと過ごした一年間より、ずっとずっと長い時間を過ごしている。 ねえ有希?あたしはどうすればいいの? このままこの人のノロケ話に付き合ってあげたほうがいいの? でも無理よ、そんなのピエロじゃない。 じゃあ言ってやればいいのかな?あたしの方があいつを、キョンを好きだって。 そんなことを言えばきっと……今あるキョンとの関係も崩れる。 ただでさえギリギリのバランスの上に成り立っている。次に傾くことがあれば、それは修復不可能になってしまう。 そもそも、あたしがキョンにちょっかい出してたのは、迷惑をかけたいからじゃない。 あたしを見ていて欲しいから。それだけ。 「涼宮さんは学校楽しい?」 「……あんまり」 ここ最近はずっとそう。あいつに告白してからというもの、全てがぎこちなくなってしまった。 そういえばなんかの本で読んだっけ。 友情を超えてしまった愛情は、友情に戻すのは簡単ではない。 完全にそんな感じ。もちろん表面ではいつも通り。 そうしないと有希が心配する。 「……佐々木さんはキョンのどこが好きなの?」 あたしはなにを聞いてるんだろう。相手からノロケ発言を言わせるようなことを言って。 ほんと、馬鹿みたい。 「えっと、その、私にもよく分からないの。でもあえて言うなら、一緒にいた時間が長かったぶん、離れてみたら急に気付いた」 何よそれ。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃない。 「そんなとこかな。ほら、キョンは朴念仁だし、とりわけ容姿がいいわけじゃないでしょ?」 「それには同意だわ」 実際そうよね。変に達観したようなそぶりを見せて、でも抜けてて、優柔不断で、……あたしはそんなやつのどこが良かったんだろ? 「やっぱり他の人にもそう思われてたんだ。ほんと、変わんないだから」 「中学の時もあんな感じだったの?」 気付けばあたしはこの人の話に付き合っていた。 話を聞けば、中学時代のキョンも今と全く変わらない。あいつは体格以外で成長しているところないんじゃないの? 「……佐々木さんは、ほんとにあいつのことが好きなのね」 そう言われた佐々木さんは、顔を赤くして頷く。 だって、あいつの事を話している時の表情が嬉々としているもの。 かなわないなぁ。 有希、どうやらあたしの完敗で間違いないみたい。 でも、次に佐々木さんが言った言葉で一瞬にして空気が変わった。 あたしが変えてしまった。 佐々木さんはにこやかに言った。 その言葉には、嫌味も嘲笑もない。純粋な興味の言葉。 「涼宮さんは彼氏とか好きな人はいるの?」 あたしは次の瞬間、手に持った水を佐々木さんに浴びせていた。 佐々木さんは突然のことに呆けていた。 あたしも自分の行動にビックリよ。 でも、体が反応した。今思えば、あたしは少し泣いていたかも。 このときほど感情的になったことは、ここしばらくないと思う。 想像してみてよ。まるで昼ドラみたいな展開よ? あたしは佐々木さんに謝ることもなく、その場を後にした。 あの喫茶店には行きにくくなるわね。 どう考えてもあたしの行動は悪いことだと思う。 佐々木さんは嫌味な気持ちで言ったわけじゃないのは理解している。 でも、あの言葉をあの人の口から言われたら……我慢が出来なかった。 驚いた。こういうかたちで水をかけられたのは、生まれて初めて。 私の言葉が彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。 正直、怒るようなことを言ったとは思えない。 思えば彼女は、私の話を辛そうに聞いていたようにも見えた。 なぜ? 話の内容の大部分は彼のこと。 なら、答えは一つ。 ……好きだったんだ。彼のことが。 これは迂闊だった。自分の行動、言動を思い返す。 最低だ。本当に最低。人の気持ちも考えずノロケ話をして、挙句の果てのあの質問。 今日話して分かった。 彼女は私と同じ特殊な力を持つとはいえ、一人の普通の女の子。 それを身をもって知った。 喫茶店の店員からハンドタオル借りて、服を拭く。 これ以上ここにいる理由はない。会計を済ませ、店外へ。 外に出て人通りの少ないところを歩いていると、見覚えるのある顔がこちらに走ってくる。 「さ、佐々木さん平気ですか!?」 橘さんだ。ツインテールを振り乱し、息を切らしながら私の手を握る。 「え?平気だよ?」 彼女には全て筒抜けだと分かっていても、つい強がりを言ってしまう。 「平気なわけないじゃないですか!!相手はあの涼宮ハルヒなのですよ!会うんだったらせめて、せめて一言ぐらい言って下さい!」 「ご、ごめんね」 あまりの剣幕に少しひるんでしまう。 「情報が早いね」 なんとなくは見張られていると思っていたけど、こうも迅速に情報が伝わっていると少々不気味でもある。 「佐々木さんのことなら何でも知ってますよ!」 そう言って控えめな胸を張る。……これは人のことは言えないか。 でも、あまりにも堂々とストーキング宣言するのはどうかと思う。 「あっ!服が濡れてますよ!どうしたんですか!?」 濡れた上着を指さして言ってくる。 「す、少し落ち着いて」 興奮した彼女は扱いづらい。 「すぅーーはぁーー。……はい!落ち着きましたよ!それで涼宮ハルヒと何をしてたんですか!?」 変わらぬテンションで言ってきた。 仕方なく、私は洗いざらい話した。 たまたま会って、お茶をして、話をして、怒らせて、水をかけられた。要点を抑えるとこんな感じ? それを聞いて橘さんが言った言葉が、 「ただの逆恨みじゃないですか」 身も蓋もない。 「だってそうじゃないですか。佐々木さんは悪くないのです」 「……そう簡単な問題じゃな」 「そんなことより!」 私の言葉を無理矢理中断させると、彼女は言葉を続けた。 「分かっているのですか?佐々木さんは涼宮ハルヒを敵に回したのですよ?」 「敵って、そんな大げさな」 「大げさじゃないです!相手は佐々木さんが力を付けるまでの間だとしても、紛れもなく神(仮)なのですよ!」 詰め寄るようにそう言ってくる。話は止まらない。 「佐々木さんは涼宮ハルヒを怒らせたんですよ?もしかしたら、もしかしたら佐々木さん、消されちゃうかもしれないのですよ?」 そうだった。もし私のことが邪魔だと彼女が思えば、私はこの世界から消える。まるで最初からいなかったように。 「軽率です!軽率すぎます!」 「ごめん」 「どれだけ心配してると思ってるのですか!」 彼女は私の身を真剣に案じてくれている。とても嬉しい、けど…… 「……私は涼宮さんに酷いことを言っちゃったよ」 そのことが自分に重くのしかかる。 もし自分が同じことを言われたら? 水をかけたかどうかは分からないけど、憤りを感じるのは間違いない。 そしてきっと、好きだった、ではなく、まだ好きなんだと思う。 でも、どうしよう。 私個人としては涼宮さんに謝りたい。 でも、彼女の性格からすると、火に油を注ぐような行為だと思う。 「とにかく!涼宮ハルヒとはなるべく接触しないで下さい!」 橘さんの目尻に涙が浮かんでいる。 そのあと、少し話をして橘さんと別れた。 今夜また電話をすると言っていた。私がこの世界にいるかの確認らしい。 一人になった私は考えた。 涼宮さんは魅力的な女の子だった。 私よりも彼と一緒にいる時間が長い分、浮気をするかもと思ったけど、そこは彼を信用している。 一度彼に相談した方がいいのだろうか。 でもそんなことをすれば、涼宮さんは彼と会うのが辛くなると思う。 我が身可愛さで彼女を傷つけたままなのはいけない。 しかし下手な行動、言動をすれば、私どころか世界も終ってしまう。 けどこのまま謝らないのは悪い。 ただ謝ることさえも自分達の力が邪魔してくる。 橘さん、これが神様の力なの? この力を得ることで当たり前の人間としての行動すら制限される。 彼女に会ってたった一言、ごめんなさい、こう言いたいだけなのに。 結局私は彼に連絡を取らなかった。 当の彼は、遊びに行ったという証拠にと、三人で写った写メールを送ってきた。 そんなことしなくてもちゃんと信じてるのに。 そして予告どおり、日付をまたぐ少し前に橘さんから連絡がきた。 「……こんばんは……佐々木さん、ですよね?」 「そうだよ、橘さんは私に連絡したんじゃないの??」 泣きそうだった声を和ますために、軽く冗談を言う。 「だって、だって……」 そのまま泣いてしまった。 橘さんは私のことを神様だと言ってくるけど、こういう反応を見る限り、友達のそれだと思う。 このあとは泣きじゃくる橘さんをあやし続けておしまい。 おかげでなんだか少しだけ元気が出た。 後回しにしていいと言うわけじゃない。 でもいますぐ涼宮さんに会いに行くのはよくない。 だから少し時間を置いてみよう。 いずれ時が解決してくれる 映画で聞いた台詞。 でも、そんな考え方は絶対間違っている。 解決できるのはあくまで当の本人達。 最後は必ず自分の口から謝罪をしたい。 それしか私には出来ないから。 時間帯は夕方。さっきの出来事を思い出しながら足を進める。 フラフラと着いたところは有希のマンション。 まだ帰ってきているかは分からない。 インターホンを押して有希の部屋に繋げる。 用事があると言っていた。 それでも自然に足がここに向かった。 返事がないインターホンをもう一度押す。 お願い、出て……。 「……」 繋がると、いつも通りの無言が返ってくる。 「……あたしよ、上げてもらっていい?」 自分の声に抑揚がないのが分かる。 ガラス戸が開いた。電子ロックが外れたみたい。 エレベーターのボタンを押していつもの階へ。 エレベーターを降りると有希が目の前に立っていた。 「出迎えなんかいいのに」 有希は無言のままあたしの手を取って、自分の部屋に連れて行ってくれた。 部屋に入ったあたしは、無言で机に突っ伏した。 何も聞かずにお茶を入れてくれる有希。 ……ありがとう。 どれくらいたっただろう。まだ数分かもしれないし、一時間経っているかもしれない。 あたしは突っ伏した体勢のまま有希に話し始めた。 「……さっきね、あいつの、キョンの彼女にあったわ」 有希は何も言ってこない。これはいつも通り。 でもあたしの言葉には必ず耳を傾けてくれている。 「もちろん偶然よ?有希と別れた後に、たまたま店先でね。そしたらお茶しないかって」 一つ一つ話す。いつもの喫茶店で話した内容を順番に。 たまに有希は、そう、と相槌をしてくる。 「あたしね、その話を聞いてて辛かった。でも、段々あの人のこと認めていたのよ」 全部本心。あたしは有希の前ではウソはつかない。まぁ、くだらないのならいくらでも言うけどね。 「この人が相手なら仕方ないかって、でもね、最後の最後に我慢が出来なかった」 どうしよう、涙がこぼれてくる。近頃は涙腺が脆くって困るわ。 「だって、こう言ったのよ!あたしに彼氏いるのって!好きな人はいるのって!あたしがこれだけ我慢して聞いてやってるのに!」 顔を上げ、怒鳴るように言った。全部吐き出したかった。 有希に怒っているわけじゃない。 聞いてくれるのは、言っても許してくれるのは有希しかいないから。 「ふざけんじゃないわよ!どの口で言ってるの!?あたしがどんな気持ちでおとなしく身を引いたと思ってるのよ!」 感情が溢れる。有希も呆れていると思う。 今あたしが言っているのはただの愚痴。それも嫉妬にかられたつまらない愚痴。 涙で前がグチャグチャになる。正面にいるはずの有希は歪んで見える。 ひと通り愚痴を言うと、スイッチが切れたようにテンションが下がった。 「気付いたら水をかけてたわ。もう最低。キョンにあわせる顔もないわ」 言いたいことを言ったあたしは、また机に突っ伏した。 嗚咽をあげて泣いてるわけじゃない。でも今は確かに泣いている。 悲しいから?辛いから?悔しいから? 分からない。泣くことで何かが変わるわけでもない。 でも泣いた。今はそれしか出来ないから。 ふと、後ろから抱きしめられた。 「……」 何も言わずに、力強く抱きしめてくる。 有希は優しいわね。 どれくらい泣いたかしら。たぶんここ何年かで一番泣いたと思う。 みっともなく目元を腫らし、鼻をすする。 「いつも悪いわね」 「いい」 最近は辛いことがあると、いつも有希に愚痴っている。 その度にあたしの傍にずっといてくれる。 ほんとに助かる。 冷めきったお茶を一口で飲み干す。 泣きすぎたせいで水分が体からだいぶ抜けた。 それを見た有希が、すぐに次のお茶を入れてくれる。 飲むたびに入れてくる。 ゴメン有希、さすがにもう飲めないわ。 時間も遅くなってきた。有希にお礼を言って帰ると伝えた。 「そう」 わずかに頷きながら有希がそう言う。 あたしはヨロヨロとその場から立ち上がる。もう体中の力が抜けきっているって感じ。 「また明日」 有希のその言葉に苦笑いで返す。 「えぇ。また明日」 有希の部屋を出る。外はもう暗くなりだしていた。 気持ちがスッとしない。 明日からはいつもの学校。 たぶん……あいつの顔をまともに見ることなんか……出来ない。 もしかしたら、今日のうちに佐々木さんから聞いているかもしれない。 そう考えると、余計に会いたくない。 家に帰り、お風呂に入る。 今日は食欲がない。 夕食を食べずに布団に入る。 目を瞑ると、今日のことが自然に頭によみがえる。 そして、あたしは思った。 とても馬鹿げている。 でもこう思ってしまった。 キョンさえいなければ……こうはならなかったのに、って。 ~To Be Continued~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/894.html
涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4204.html
涼宮ハルヒの経営I 目次プロローグ 1 章 2 章 3 章 【仮説1】その1 【仮説1】その2 【仮説2】その1 【仮説2】その2 【仮説3】その1 【仮説3】その2 【仮説4】その1 【仮説4】その2 【仮説4】その3 【仮説4】その4 【仮説5】その1 【仮説5】その2 4 章 5 章 6 章 エピローグ おまけ 未公開シーン(外部リンク) 関連作品(時系列順)長門有希の憂鬱Ⅰ 長門有希の憂鬱II 長門有希の憂鬱III 涼宮ハルヒの経営I 涼宮ハルヒの常駐(◆eHA9wZFEww氏による外伝) 涼宮ハルヒの経営Ⅱ(外部サイトへ) 古泉一樹の誤算 長門有希の憂鬱IV 共著:◆kisekig7LI ◆nomad3yzec イラスト:どこここ Special thanks to どこここ データそのほか青空文庫版 元テキスト(Nami2000データ形式)