約 2,287,932 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3119.html
五章 俺は今日も早朝のハイキングコースをいつものように歩いている。ただいつもと違う事が二つ。 一つ目は今日が終業式ということ。だがこれは大した問題ではない。それよりも二つ目のことだ。 俺の体が絶え間なく『奴』を要求してくること。途中誘惑に負けて何度もカバンの中に手を伸しそうになった。 そう、今俺の鞄には注射器が眠っているのだ。っといっても、もちろんまたそれに手を汚すことはしない。 にしても、もううんざりだ。静まれ俺の体。あいつに会いたい。あの笑顔を…… 「キョン!!朗報よ!!」 教室につくと何故か俺の席に座っていた ハルヒは、俺の望みと寸分違わぬ100WATの笑顔で俺に、唾を吐き出しながらそう叫んできた。 こいつの言う朗報とやらが、俺にとって良い方向に作用することは、とても稀なケースなのだが… 今回はその稀なケースに事が進んで行くようだ。 それが朗報の内容を聞かなくても、無条件で確信出来る。 ああ…この笑顔のお陰で俺の中にいる『奴』の存在を忘れられる。 アンダーグラウンドから、いつもの日常に戻って来たような安心感だ。 「何惚けた顔してんのよ!」 おっと、安心が顔にも出てたようだな。 「…で何だ?朗報というのは?」 いつもの口調を演出し、答える。 「みくるちゃんよ!みくるちゃんが帰って来たの! 昨日みくるちゃんから電話があってね!もうこっちの時代に来てるらしいわよ!」 何てこった!こりゃ本当に朗報だ!まさかこいつからこんな良い報せが届くとは… 思わず顔がニヤけてしまう。だけど一つ気になるな。 「だがハルヒ、何でまた朝比奈さんが帰って来る事になったんだ? また力が戻りました、だなんてオチは、夢オチだけにしてくれよ?」 そう思いたい。これ以上懸案事項を増やされたらマジでどうにかなっちまう。 だけど朝比奈さんが戻って来る理由なんて、これくらいしか考えられない。 「何よ、表情と言ってる事が一致しない奴ね!ホントは嬉しいくせに!」 ああ嬉しいね、この上なくだ。 「少しの期間だけよ!何かね?みくるちゃんがホームシック…… いや、ホントは向こうが地元だからこんな言い方も変かもしれないけど、 そんなのになっちゃったらしいのよ。何でもシロクジ中、あのテレパシーみたいな力で 『ふぇ~~~ん、皆に会わせてくださぁ~い』って上の連中に頼み込んでたんだって!」 それで上の連中がついに折れたって所か。 まあ、あんな天使のような朝比奈ボイスでも夜な夜な聞かされちゃ精神も参るか。 「ま、あたしの能力が消えて、少しは未来人達も少しは融通が利く用になったんじゃない? それともあたしが世界改変した時に、『みくるちゃんが意味もなく時間遡行しても 問題のない世界になりますように!』みたいな感じでチョロっと改変しちゃったのかもね?無意識的に!」 古泉みたいなことを言いやがった。ま、確信犯ではないようだ。 「とにかく!!今日の放課後は久々に全員集合よ!」 そう言うとハルヒは自分の席に戻って行った。放課後か…あの人の出してくれるお茶を、また飲める日がやってくるとは。 そんな楽しみにしてる反面 彼女に――他の奴等もそうだが――『奴』に冒されている自分を晒す事に、罪悪感を覚える俺もいた。 でも俺は嘘をついて会うんだろうな。嘘で固めて、その嘘が真実になるまで。 そうだ、今日はあいつにも用があるんだ。 終業式も滞りなく終わり、放課後、俺は屋上で春日を待っている。………来たようだ。 「どうしたの?突然呼び出して。」 本当に不思議そうな顔をしやがる。 「ほらよ」 そう言って俺は注射器と袋に入った粉を春日に渡した。 「ないと思ったらキョンくんが持ってたんだ。」 「お前が俺の鞄に入れたんだろうが…」 怒りを押し殺した声で俺は言う。ここで怒りに任せるのは少し気が引ける、 春日のお陰でハルヒとの関係を元に戻すことが出来たことは確かだ。 「あたしはこんなのやってないし、必要ないからいらないんだけど…ありがとね。」 俺の問いには答えず春日は述べた。 「ああ、捨てるなり何なりしてくれ。もう俺に関わるな。 何でお前がこんなもんを持ってたのかは聞かないし警察にも言わない。」 吐き出す用にそう言うと、春日はクスッと笑った。 その顔が一瞬邪悪に染まったように見えたのは、気のせいだろうか。 「そうだよね。通報したらキョンくんまで捕まっちゃうもんね。 涼宮さんにプロポーズまでしたゃったんでしょ?その関係を崩したくないもんね? 例えそれが、この注射器によって作られた関係だとしても。」 …………!!!俺の中で怒りがたぎる…しかし、それを望んだのは俺自身だ。 俺の何処に向けたらいいか分からない怒りは、 「困ったことがあったら、また力になるよ」と、のたまった春日が去った後の、 屋上の床に意味もなく拳と共に打ち付けられた。 そして何よりもあの注射器を名残惜しく思ってしまった自分にたいして腹がたった。 俺は、本当にあいつらと嘘をついてまで今まで通り過ごしていいのか?その資格がお前にあるのか? 憂鬱とはまた違う気分で部室の扉の前につく。 おや、ハルヒが不敵な笑みで仁王立ちしているな。 「遅い!ふっふ~ん。キョン!この扉の向こうにはだ~れがいると思う?」 こいつが今まで出して来たハルヒクイズの中では、底抜けに簡単だな。 「朝比奈さんと長門と古泉だろ?」 「ぶっぶ~!はずれ!さあ!早くはいるわよ!」 そう言ったハルヒが扉を開けた。少しは躊躇もさせてくれよ。 何はともあれ、俺はハルヒのお陰で迷う事なく扉をくぐることが出来た。 しかしその先で待っていたものは、 「ひゃ~~いぃ、キョンく~ん」 という幸せスペルではなかった。 「おおー!やっと来た!キョンくん、ひっさしぶりだねぇ!元気だったっかなぁ!?」 一瞬、朝比奈さんが未来で洗脳でもされて性格を変えられたのかと、 思ってしまった。いや、紛れも無い、鶴屋さんである。 「あっれ~?何か肩透かしな顔してるよ?お姉さん悲しいにょろ~」 鶴屋さんがニッと笑いながら横にずれると、そこには 「キョ…キョンくん…グスン!お久し振りでしゅ……」 涙をこれでもかと溜めながらも笑みを作り、誰かを抱き締めている朝比奈さんがいた。何一つ変らないメイド姿。 いや、体型が朝比奈さん(大)に近付きかけている。さしずめ、朝比奈さん(中)といったところか。 見ただけで俺の中の毒素を全部取り除いてくれるようなその笑顔は、ハルヒにも負けず劣らずだ。 いかん、俺まで涙が出て来た。 「な~に泣いてるのよ?キョン! あたしからみくるちゃんに乗り換えてみる?」 そう、いじわるそうに言うハルヒの目をよく見ると、うっすらと涙のあとがあることに気付いた。 こいつ、さっきまで泣いてやがったな。こりゃ昨日の電話とやらでも泣いていたと見た。 「いやいや、この歳で今生の別れをした人と再開出来るとは 思ってもいませんでした。」 古泉はいつものスマイルだ。いや、当社比三割増しだな。 長門は…あれ?いないのか? 「あそこよ、あそこ!」 へ?ハルヒが指差す方向には朝比奈さんしか………うお!まさか朝比奈さんの腕の中で小さくなってるのは! 長門はこちらに気付くと、まるで早送りしてるような足取りでいつもの定位置に座り、本を広げた。 表情はもちろん無表情だ。いや、心なしか顔が赤い…か? 古泉が耳打ちしてくれた。 何でも、ハルヒ達がしばらくの間、再開の喜びを分かち合っていると 突然読んでいた本を机に置き、無言で抱き付いたらしい。 その光景を想像すると実に微笑ましいが…顔が近いぞ? そんなやり取りをしているとハルヒが選手宣誓にも取れるような馬鹿でかい声で、俺達を促した。 「とにかく!皆!いくわよ!せ~の!」 「「「「「お帰り!」」」」」 「みくるちゃん!!!!」 「「朝比奈さん!」」 「みくる!!」 「あ……ひな…くる…〃〃」 突然のことだったが、皆示し合わせたように息ピッタリだ。長門はまあ、察してやろう。 そう、このときは、もう『奴』のことなど、これっぽっちも考えていなかった。 そうだ、やっぱり俺にはこいつらが必要なんだ。本当にいい仲間に巡り合えた。 それからは、皆思い思いの、いつもどおりのことを始めた。 朝比奈さんはお茶の準備に取り掛かり、俺とハルヒは勉強道具を取り出し、 長門は本を読みながら古泉のチェスに付き合っている。おい、古泉。舐められていることには気付いているんだよな? ちなみに鶴屋さんは、 「これからどうしても外せない用事があるんだよ~」 と嵐のように去って行った。 それはともかく、ハルヒに勉強を教えてくれるよう、促した時少し曇った顔をしてたな。 すぐに笑顔に戻り、いつもと変わらぬ鬼コーチっぷりを発揮してくれたから気のせいとも言えなくもないが、少し気になるな。 帰り道、俺は古泉を隣りに歩いている。前にはハルヒと長門と朝比奈さんが同じく歩く。 ちなみにハルヒとはプロポーズしたものの、キスはおろか 手をつないで帰ったりすらしていない。全ては受験を終えてからということらしい。まあ、俺もこれには同意だ。 「どうですか?勉強の方は?今日もはかどっていたようですが。」 古泉はいつもの笑顔で俺に話しかけてきた。そういえば俺の暴力事件 のあと、こいつと二人でちゃんと話すのは初めてだな。 「そうでもないな。分からないことだらけさ。ハルヒにも申し訳が立たん。」 そう言うと、古泉は少し考える素振りを見せて意を決したように言った。 「涼宮さんは、今の状況を維持させるべきか迷っているようです。 ああ、あくまでも婚約の話ではなく、受験勉強の話ですよ。 もともと、彼女は東大など興味はなかった。ただ、真面目なことをあなたと一緒に成し遂げたかっただけです。」 「超能力属性をなくしても、やはりお前はあいつの精神分析を買って出るんだな。」 皮肉を混ぜて言う。 「いえ、これは涼宮さんが話してくれた事です。だから、今この場でのことは黙っていてください。 とにかく、涼宮さんはそんな思い付きの行為の為に、あなたを苦しめていることに気付いてしまったのです。この間の件でね。 それに高校三年の冬という時期は、涼宮さんでなくとも最後の思い出づくりにイベントの一つでもと、誰もがそう思うでしょう。 そんな大切な時間を削ってまで、大学受験に精を出す必要があるのかと。」 ――俺の時間を返せ!!―― 「そうか、じゃああの時の俺の言葉は本当に最低だったんだな。」 「まあ、僕はその時の会話を詳しくは知りませんが、あえて言っておきましょう。 ええ、最低です。」 ふふ、ありがとう、古泉。 「つまり、もう一度俺の口から大学受験がしたいと ハルヒと一緒に目指したいと。はっきり言えということだな。」 「はい、話が早くて助かります。これは言わば、一生を共にするあなた達が協同で挑む、最初の関門です。 僕はあなた達の成功を心から祈っています。」 今、あたしの隣にはみくるちゃんと有希が歩いている。後ろではキョン達が話し込んでるわね。 これならあいつには聞こえないかな。謝らなくちゃ。この二人に。 「みくるちゃん、それに有希。今日はごめんね。せっかくみくるちゃんが帰ってきたのに お祝い事の一つもしないで黙々と勉強始めちゃって。」 二人は驚いたように口をポカンと開けている。有希もこんな顔が出来るようになったのね。 「な、なに言ってるんですか。そんなの全然気にしてないです!東大なんてすごいです!憧れちゃいます! そして、それを目指してる涼宮さんとキョンくんはもっとすごいです!」 ふふ、未来でも東大は健在なようね。 「ありがと、みくるちゃん。……でもね、もういいかなって思えてきちゃったの。」 ふえ?って顔でみくるちゃんはまた驚いてる。有希はもう元の顔でこっちを見てるわね。 「だってあいつったらいくら教えたって成長しないし! 東大に入って偉い教授になろうだなんて思ってないし!………ただあいつと何かをしたかったってだけだもん。 キョンがいつもウザがってた、単なる思い付きよ…」 「じゃあそれを最後まで続けてください!」 う、何か押しが強いわね、このみくるちゃん。 「まだ言ってなかったっけ、この前のこと。」 そう前置きしてあたしは話し始めた。キョンに殴られた事、その後の事。 治り掛けの口の中がまた痛んだような気がした。有希も俯いて暗い顔をしている。 「そんな、キョンくんが…」 「あ、キョンを責めたりするのはやめてね。もうこれはこれで話はついたから。 ただ、気付いちゃったのよ。ずっとあいつはストレス溜め込んでたんだなって。 そう考えたら、段々と今の状態に意味がないんじゃないかって思えてきたの。」 ここまで言って深呼吸をしていると思わぬ方向から声が聞こえてきた。 「あなたは、今まで決めたことは最後までやり遂げて来た。 それがあなた。そんなあなたにわたしは惹かれてきた。 考えて。そして答えて。彼との共同作業はあなたの中で、どれほどの優先事項なのか。」 有希が珍しく自分から話しかけてきた。 「そうです。涼宮さんの思い付きはそんな簡単なものじゃないです。どうあっても覆らないはずです!」 「………」 あたしは口を紡いでしまった。みくるちゃんも有希も本気で心配してくれている。 だけど、勘違いよ、それは。あたしはそんな強い人間じゃ…… 「ハルヒ!」 後ろから声をかけてきたキョンのお陰で、あたしは次の言い訳を言わなくて済んだ。 「ハルヒ!」 俺が声をかけるとハルヒは暗い顔をすぐに怒った顔に変えた。おいおい、無理するなよ。 「何よ!」 「今日、このあとも勉強付き合ってくれないか?」 そういうとハルヒは驚いた顔のあと、振り返り長門と朝比奈さんに顔を向け、一つ頷いたように見えた。 そして振り返りなおしたハルヒの作り物の笑顔がすこしだけ真実味をおびたように感じた。 「いいけど!あんたン家だからね!受講代として夕飯を頂戴するわ!」 「ああ、すまんな。ただ親と妹は夜から出かけるからメシは早めになるぞ?」 もうすでにハルヒは腕を組んで仁王立ちだ。 「構わないわよ!そんなの!ほら!早くしなさい!皆また明日ね~!」 ハルヒは手を振りながらもう片方の手で、俺を引きずり――比喩じゃないぞ、これ。本当に引きずられている。 あり得ない程の靴の磨り減り具合だ――皆と分かれた。ハルヒ。明日は土曜日だぞ?最近は探索だってしてないじゃないか。それに週明けは冬休みだ。 そのあとの食卓では母親とハルヒから俺の脳細胞腐敗理論を聞かされたり――いやマジで今の俺には笑えない冗談だ―― しながらも楽しい時間を過ごすことが出来た。昨日は食卓でも気が沈んでいたが、これもハルヒのお陰だ。 「じゃあね~、キョンくん、ハルにゃん!おべんきょーがんばってね~」 妹たちを見送りながら俺は思っていた。 俺がハルヒを呼んだのは古泉に促されたからだけではない。 一人になってまた『奴』からの誘惑に戦うのが怖かったからだ。 「それじゃ始めようかしらね。」 今は俺の部屋だ。部屋にはいるなりハルヒは勉強することを提案してくれた。 「ああ、そうだな。ハルヒ 、ちょっといいか?」 「何よ、変なことしようだなんて思ってないでしょうね!いい?!恋愛は受験の敵なのよ! そこらへんの判断が出来ないようじゃ…」 ハルヒの喜々とした声は、それの半分ほどの周波数しかないんじゃないかと、 思えるほど小さい俺の声に遮られた。 「ありがとう」 ハルヒは目を点々と瞬きしながら状況の把握に全勢力を置いてるようだ。 俺は続ける 「お前のお陰で俺はここまでやって来れた。自信はぶっちゃけないが、最後まで精一杯やりきろう。 お前と一緒に東大を目指したい、心からそう思っている。」 気がつくとハルヒは涙を流していた。 「な、何よ…今さら…そんなの…当たり前でしょ!…… 分かりきった事…言ってんじゃないわよ…」 やれやれ、分かりきっていた表情にはとても見えないんだがな。 数十秒、沈黙が支配したあとハルヒは口を開いた。 「ねえ、抱き締めて…」 「何だ、お前がそういうことは受験が終わるまでしないって言ったんじゃないか。」 「うるいわねぇ…いいでしょ?抱き締めるくらい…あんたが…変なこと言い出すから…」 目の前にいるのはただのいたいけな少女だった。守りたい、こいつを、こいつに阻む全てのものから守りたい。 例えこれが、『奴』によって作られた関係だとしても。その少女の背中に手をゆっくりと回そうとした、そのときだった。 けたたましく下の階から電話が鳴り出したのは。おいおい、ムードぶち壊しじゃないか。 俺は渋々階段を降り始めた。後ろを見るとハルヒも付いてきてるようだ。 顔はもちろん不機嫌顔。頼むから後ろから足で突き落そうとかしないでくれよ。 電話は俺が以前お世話になった病院からだった。イヤな予感がする。 「〇〇さんのご家族の方ですね?実は……」 俺は次の言葉を聞いて受話器を落としてしまった。あのな、 俺は今まで不服にもハルヒの部下として宇宙人、未来人、超能力者達と日々行動を共にしてきたわけだ。 そんな中にいたからこそ大抵なことでは驚かないし絶望も感じない。だけどそれはカマドウマ退治や 異世界に飛ばされるなどという、非現実的な出来ごとに対して耐性が出来たのであって、 今回のような、至って現実的な、それでいて無慈悲で理不尽な出来事に対しての耐性は一般人と、さして変らないだろう。 いやこんなことが起きて平気な奴など、長門を除いた対有機生命体コンタクト用インターフェイスくらいだな。そう信じたい。 要するに俺は今、猛烈に動揺している。 「ちょっとキョン!どうしたっていうのよ!」 ハルヒもただならぬ俺の様子を察知したのかすごい剣幕で尋ねて来る。 「妹達が……交通事故に……?」 ぶらぶらと電話機に支えられてぶら下がった受話器からは、病院の関係者の声が遠めに響いていた。 六章へ
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/12.html
「なによ。ずいぶんとご機嫌ね?」 カーペットに寝転んでTVを見てるのは親父。いい大人が日曜の朝からアニメ見ておもしろい? 「そうとも。気分がいい。だが、お前には負けそうだ」 「どういう意味かしら?」 「年頃の娘の幸せそうな姿を見るのは親冥利に尽きるが,男親としては寂しさに悲しさが添加されるようだ」 「な・に・が・言いたいのかしら?」 「ハル、お父さんと遊んでいいの? 思ったより時間過ぎてるわよ」 と助け舟を出したのは母さん。どっちにとっての助け舟かしらね。 「ええ、うそ。やばい。じゃ、行ってくるね」 「まて娘。行きがけの駄賃だ」 そういってバカ親父が何か放ってくる。と、と、と、キャッチ。え、あたしの携帯? 夕べ、居間でテレビみながらメールして、そのままだったんだ。 「心配するな。何も見てない。それから充電なら、しといた」 何も聞いてないでしょ! ……見てたら殺すけどね。 「楽しんでこい。だが、孫はまだいらんぞ」 「母さん、グーで殴っといて。いってきます!!」 「はいはい、いってらっしゃい」 ああ、もう! だから親父が家にいると、調子狂うのよ! 今日だって、ほんとだったらキョンに迎えに来させるはずだったのに。キョンの奴、「俺はかまわんぞ」って言ってたけど、あたしがかまうの! あんなセクハラ親父、見せられないわよ。こんなあたしを見せたくない、ってのもあるけど。 「いっちまったか」 「お父さん、さみしそうなのに、何だかうれしそうですね」 「何故だか当てたら、母さん、デートしよう」 「そうですね。とてもいいお天気で、お洗濯日和だこと」 「わかった、ヒントを出そう。これ、なーんだ?」 「お父さんの携帯でしょ。……あなた、まさか? またハルに怒られますよ」 「俺の娘のくせして、機械に弱いからな、あいつ」 「機械に弱いというより、せっかちなんですよ、お父さんに似て」 「『携帯なんて電話とメールができれば十分よ!』って、どこの親父かと思うよ」 「で、何したんですか?」 「あいつはマニュアルなんて絶対読まないからな。自分の携帯の機能も知らないんだ。母さん、最近の携帯にはGPS機能というのがあってな」 「はあ。なんだか、わかっちゃいましたよ」 「さすがだな、母さん。デートしよう」 「はいはい。でもハルの邪魔しちゃ駄目ですよ」 「それぐらいの慎みはある。だが歯止めが効かない恐れもある。だから、母さん」 「デートというか、お守りじゃありませんか。……すこし支度に時間がかかりますよ」 最悪よ、最悪。 集合場所(じゃなくて今日は待ち合わせ場所よね)には約束の10分前に着いたわ。予定では30分前につきたかったとこだけど。 物陰から恐る恐る覗くと、キョンの奴はまだそこにはいなかった。そこにはね。 「なにしてるんだ、ハルヒ」 「!」 いきなり背後から声かけないでよね! 「あたしがどっかのスナイパーなら、撃ち殺してるところよ……」 じとっとした目でにらんでやる。 「おれも今来たところだ。どっちにしろ、今日は俺のおごりだから、安心しろ」 缶コーヒーを二つ持って後ろから登場したキョンは、はあ、とため息をつく。でも、不機嫌というわけじゃないわね。まあ、これはもう癖みたいなものね。多分。 「あんたの情けは受けないわ」 キョンの奴は一瞬あ然として、それから吹き出した。 「な、なんで笑うのよ!」 「いや、すまん。というか、おれはおまえに情けをかけた覚えは一度だってないぞ。まあ、かけられた覚えもないが」 まだ笑ってるし。何がそんなにおかしいのかしら。 「し、知ってるわよ、そんなこと」 少しくらいは、優しくしてくれてもいい、と思う時もなくはないけどね。まあ、いつだって、ある意味「やさしい」のだけれど。特殊すぎて、時々腹が立つわね。 「出掛けに何かあったか?親とやらかしたとか?」 それに、普段は極端に鈍いくせに、時々ムダに鋭い。わざとやってるんじゃないかしら。 「親父と、ちょっとね」 「ケンカか?」 「ケンカというか、いたぶられた、わね」 なに、その「お前がか?」みたいな顔は。むかつくわね。 「まあ、おまえの親だもんな」 「どういう意味?」 あたしじゃなけりゃ、頬をはられて一発で退場ものよ。 「別に。まあ、強いて言えば、俺にも据えられる腹がなくはない、ってことだ」 「意味分かんない。ああ、言わなくいい!」 あたしは、このバカの手を引いて歩き出す。この場で、これ以上の言葉は不要だわ。 「用意できたか。じゃ、出発!」 「ハルとは2時間遅れですけど」 「小娘には、それくらいのハンディはやらんとな。俺も鬼じゃない」 「……これで、結構仕事ができるっていうんだから、不思議ね」 「うん。多分世の中には2種類の人間が要るんだな。一つは壊す人間、もう一つは修復する人間。壊す人間がいるから新しいことが起こるし、直す人間がいるから毎日が続いていく。俺やハルヒは壊す方だし、おまえや、えーと……」 「キョン君」 「そうそう、そのキョン君は、直す方の人間だな」 「苦労しそうですね」 「俺は仲良くなれそうな気がする」 「不憫になってきますよ、キョン君が」 「なあ、おまえの家って、普通か?」 「はあ?なに?」 「ああ、NGワードだったか。いや、ただ家族仲とか、どうだと思ってな」 「それを知って、あんたはどうしてくれる訳?」 「ふう。確かにできることしかできないけどな。手順を踏めば、もう少しできるかもしれん」 「どういう意味?」 「いや、とにかく、雑用係にも、愚痴ぐらいは聞けるって話だ。おまえが話したいこと限定でな」 「いまは雑用係に用はないわ」 「そうか。じゃ、暫定彼氏志望者じゃどうだ?」 「・・・」 「……黙るなよ。情けないが、これでも、なけなしの勇気なんだ」 「出直してきなさい。あと『志望者』ってのは、外してきて」 「へ?」 「あー、もう、うっさい。あんたが変だから調子狂うわ。どうしちゃったのよ、今日は?」 「知らん。……父親って聞いたらかな?」 「言っとくけどね!」 「……おう」 「あたしは親父似だからね!」 こ、こらキョン、なんでそこで笑うのよ!バカにしてんの!? 「おまえはキョン君に何度か会ってるんだろ?」 「ええ。よくハルを送って来てくれますし、遊びに来たことも何回か」 「拗ねてるように聞こえるかもしれんが、初耳だ」 「ええ、はじめて言いましたよ。拗ねてるんですか?」 「正直言うと拗ねてる」 「私は感謝してますよ」 「俺だって感謝してるよ。娘と軽口を言い合える日が来るなんてな。うれしくて頬刷りしたくなる」 「愛情表現が相変わらず下手ですね」 「いまのは冗談だぞ、母さん」 「私のも冗談ですよ」 「ハルヒの中学時代を思うとな」 「あら、『俺はハルヒを信じる。信じて待とうと思う』と言ってたじゃありませんか」 「父に二言はない。が、つらくなかったと言えば嘘になる」 「ハルヒ似のお父さんが、よく切れずに我慢しましたね」 「それ、ほめてくれてるんだろうが、ハルヒが俺に似てるんだ」 「どっちもどっちですよ」 「いや、時間の順序とか、遺伝とか、そういうのがあるだろう」 「冗談ですよ」 「で、母さん。映画と買い物と、どっちがいい?」 「映画見てから買い物するか、買い物してから映画を見るか、ですね」 「買い物はいいが、あまり荷物になると、映画も見にくいし、第一フットワークが悪くなる」 「あら、その後、追いかけっこでも?」 「娘と彼氏を追い回す、いかれた親父か。悪くないな」 「一生、口を聞いてもらえなくなりますよ」 「まあ、荷物なんか預けてもいいし、送らせてもいいか」 「とりあえず映画見てから、買い物で時間をつぶしましょうか」 「で、キョン君って、どんな奴なんだ?」 「そうですねえ。一言では言えないけれど、やさしい子ね」 「最近の男はみんなやさしいぞ。中には例外もなくはないが」 「ハルがどんなわがまま言っても、照れ隠しに怒っても、許してくれる。でも、ハルのためにならないと思ったら、嫌われようが苦言するし本気で怒ってくれる」 「ほんとはその役をやりたかったんだ」 「お父さんは何をやっても、真剣に怒っているときも、どこか楽しげですもの」 「そうでもない。特に娘に『楽しんでる』『好きでやってる』といわれのない非難を受けることほど悲しいものはないぞ」 「ハルはお父さんにはそうあって欲しいのよ。でも私はハルがちゃんと涙を流せる女の子に育ってうれしいわ」 「……」 「どうかしました?」 「いや、黙ったら少しは悲しげに見えるかなと思って」 「自分で解説が必要なら、まだまだですね」 「キョン君に聞いといてくれ。ハルヒの叱り方」 「『親のプライドが微塵もない』ってハルの声が飛びそうですねえ」 「あいつときたら、父親をグーでなぐるんだぞ。俺のお仕置きビンタはスウェイでかわすくせに」 「そんなの教えたの、お父さんじゃありませんか」 「父親のこめかみにハイキックするんだぞ。父親に関節技つかう娘が他にどこにいる?」 「それでも少しも効いてない振りして笑っているからですよ。あ、でもハイキックはキョン君に叱られたみたい。『スカートの中とかいろいろ見えるだろ』って」 「……」 「なんですか、そのOh, my god!! みたいな身振りは?」 「感情表現が下手なんだ」 「『別に減るもんじゃないでしょ!』ってハルが言い返したら、『減るんだよ。俺のHPとかLPとか、なんかそんなのが』とキョン君が」 「そんな話したのか?」 「ええ、ハルが声帯模写付きで話してくれたのよ。『自分のものでもないのに何言ってんのよ!』とか、ぶつくさ言ってたわね。あら、私の声真似もなかなかいけてた?」 「ハルヒが母さんにいじめられている映像が、何故だか頭に浮かぶんだが」 「ええ。ハルが照れ隠しに不機嫌ぶるのがかわいくて、ついついからかちゃうんだけど」 「今度そういうことがあったら、喜びは二人で分かち合おう。写メで送ってくれ」 「そんなに変なのか、ハルヒの親父さん」 今日は日曜、俺的には近頃すっかり定番となった市内、もとい「市街探索」だ。参加者は、土曜に定例で行われる市内探索と違って、団長と団員その一。今、二人は移動中、電車の中で隣り合って立っている。 前の日の探索の終わった後か、その夜の電話などで、日曜の集合時間とだいたいの行き先が決まる。目的は「市内探索」と大同小異、つまりあってないようなものだが、参加者によってはいくらかの意見の相違はあるかもしれない。あっても別にかまわん。他人と付き合うのは、いやそういう意味じゃないぞ、異なる意見の持ち主と共にいること、なんだろう。多分な。 「変ってもんじゃないわ。あれはヘンタイの域に達しているわね」 「さっき、ハルヒは親父さん似だ、と聞いたような気がしたんだが」 「何か言った!?」 「いや、続けてくれ」 「娘を叱る時まで、おもしろ半分なのよ。一応、顔は怒ってる訳。でも、目がいかにも 『怒り顔、演じてます』って感じにニヤケてるの」 「気のせいじゃないのか?」 「ないわよ。叱り終わったら、さっさと隣の部屋へ行ったの。で、こっそり後付けてみたら、突っ伏して、文字通りお腹を抱えてるのよ!『すまん、母さん。限界だ』だって。母さんもその時ばかりは離婚を考えたって。あたしもそれで一時、人間不信に陥ったわよ」 突っ込んでいいのか、笑っていいのか、わからんぞ、ハルヒ。 「ある時、また親父のひどい悪ふざけで、何だったかは忘れちゃったけど、すごく頭にきて、親父のこめかみにハイキックをあびせたの。ああ、昔の話だし、あんたに会う前だし、部屋着に着替えてたし、スカートじゃなかったんだから、ノーカウントよ。……話もどすわ。とにかく親父の側頭部を蹴ったの。クリーンヒットだったわね。で、親父どうしたと思う? 屁でもないって顔でせせら笑ってるのよ。レバ—打ち→ガゼル・パンチ→デンプシー・ロールでとどめ刺そうとしたら母さんに止められたけど。ったく、思い出すだけで腹立つわ」 「子どもみたいだな」 おまえみたいだ、とは言わなかった。いかに俺でもそれくらいの空気は読める。というか、そう言った際の「不幸な俺」の映像を思い浮かべることはできる。 「そうよ、ガキなのよ、ガキ!」 「しかし父親と殴り合ってる中高生は、ざらにはいないと思うぞ。男女問わず」 「誰と誰が殴り合ってるのよ!? 向こうがこっちに一方にやられてるんでしょ。直ちに修正しなさい!」 「いや、ハルヒのケリを頭にくらって立っていられること自体、想像しにくいんだが。お前の親父はレスラーか何かか? 首まわりがお前のウエストより太いとか?」 「フツーのサラリーマンだと言い張ってるけどね。ああ、でも『相手の攻撃をよけてもいい格闘家がうらやましい。どんな技でも一度は受けるのがプロレスラーだ』とか、ふざけた台詞を吐いてたことはあったわ」 「ハルヒ、それに似たようなセリフ、俺もマンガで読んだことあるぞ」 「ああ、そうなの。それ知ってたら、その時突っ込んでやったのに」 やれやれ。なんだかハルヒの無駄な攻撃能力の育成環境を垣間見た気がする。 「お父さん」 「なんだ、母さん?」 「ロードショーじゃなくて名画座、というのはいいんですけど」 「すまんな。実は古い映画が好きなんだ」 「それは知ってますけど、この3本立て」 「ルトガー・ハウアー特集。『ブレードランナー』(1982年)、『ヒッチャー』(1986年)、『聖なる酔っぱらいの伝説』(1988年)。うむ、確かに右肩下がりだな。いい役者なんだが、この後、いい映画と役にめぐまれなかった」 「それはいいんですけど」 「あとサム・ペキンパーの『バイオレント・サタデー』(1983年)とリチャード・ドナー 『レディ・ホーク』(1985年)があれば完璧だったんだが」 「お父さんの見た映画は大抵見るようにしてるんですけど」 「それは、なにげにすごいな」 「『ヒッチャー』って、デートで見に来るような映画だったかしら?」 「ご立腹はごもっとも。しかし、いささか都合があってな。これ」 「携帯?」 「実は今さっき、ハルヒの携帯に特殊なメールを送った」 「大丈夫なんですか?」 「問題ない。このGPS機能のおまけだ。そのメールを送ると、ハルヒの携帯から、現在いる位置情報を知らせる返信メールが俺の携帯に来る。すると、地図の上にハルヒの現在位置が表示されるというシステムだ」 「いくら熱々カップルでも、メールが入ったら気付くんじゃないかしら?」 「恋する乙女の手を煩わすまでもない。今朝、ハルヒの携帯をいじって、『GPSメールを自動返信』モードにしといた。もともと迷子や徘徊老人の位置把握に使う機能なんだ」 「おもしろがって、その説明をハルにしないでくださいね。種明かしとか言って」 「駄目か?」 「そんな肉を川に落とした犬のような目で見ても駄目です」 「あいつの怒った顔を見るのが、唯一の生き甲斐なんだ」 「寂しい老後ね。いずれは出て行く娘ですよ」 「キョン君に婿に来てもらえばいい。あいつは話せる奴だ、多分」 「まあ、会ったこともないのに」 「もうすぐ会えるさ。だが今はまずい」 「どうしてです?」 「演出上の都合だ。さっきチェックしたところ、あいつらも映画を見るらしい」 「ロードショーを、ですか?」 「そう。だからあの界隈をうろうろしたくない」 「お父さん、嘘と尾行は下手ですものね」 「そうなんだ。よくサラリーマン社会でやっていけると思う」 「では、こうしましょう。交換よ」 「携帯をか。で、どうする?」 「お父さんはルトガー・ハウアーをご覧になって。私は買い物と尾行を楽しみます」 「母さん、今日はデエトだぞ」 「発音を気取っても駄目よ。デートなら、嘘でも私とルトガー・ハウアーを見る必然性を力説しなきゃ」 「ダシに使ったみたいで悪かった。素直じゃないんだ。ツンデレなんだ」 「本当にルトガー・ハウアーが見たかったのね」 「そっちじゃない。いや、完敗だ。最初から勝てる気がしない」 「では集合時間を決めましょ」 「12時半に○○屋(本屋)の哲学・思想書コーナーでどうだ? 誰も近づかん。その時間でもすいてるぞ。なんなら合言葉も決めようか」 「じゃあ、私が『ハルヒ』といったら、あなたは『キョン』ね」 「逆にしないか? 父親の男心も察してくれ」 「いいけれど、ダメージという点では同じじゃないかしら」 「本当だ。ハートブレイクだ、母さん」 「はいはい。じゃあ、また後でね」 「映画、よく見るのか?」 キョンが尋ねる。映画館でする質問じゃないわね。間抜けっぽい。キョンらしいといえば、キョンらしいけど。 「そうでもないわ。親父は家にいると絶えず何か見てるけど。多分、その反動ね」 キョンはいつものように少し困った風に笑う。あたしの方がもっと自然に笑ってるわね。それは多分、こいつの前だから。以前は少し悔しい気がしたけど、今は認めてあげるのもやぶさかじゃない。というくらいには、寛大になれた気がする。「寛大」というには、ほんとは程遠いけどね。はあ、自分につっこむ癖がついた気がするわ。誰のせいかしらね。 「で、今日の映画、おもしろいんでしょうね?」 「正直よくわからん。ふつうの映画とごくふつうの映画とへんな映画とすごくへんな映画があったんだが」 「なによそれ?」 「今、この辺りでやってる映画だ。あとは、怖い映画とすごく怖い映画だったな」 「すごく怖い映画がよかったわね」と言ってやると、キョンの顔に少しだけど焦りの色が見える。そこはポーカーフェイスで華麗にスルーでしょ。いつもみたいにやる気なさそうな顔でいいのよ。あたしはニヤリと笑ってやる。 「まあ、ヒロインが白血病で死ぬとかでない限り、暴れ出さないわよ」 声には出さないけど、やれやれ、って言ってる顔ね。 「まあ、『暴れる』と口で言ってるうちは大丈夫か」 うっさいわよ、キョン。 「ハルヒ」 「キョン。……母さんの言うとおりだった」 「何がです?」 「映画だ。『ヒッチャー』。確かにデエトで見る映画じゃない」 「そうですよ」 「ごついおっさんが、若い者を延々と追いかけ続けるんだ。自己嫌悪だ」 「あらあら」 「殺しても死なないんだよ、そのおっさん」 「ルトガー・ハウアーですから」 「それでさらに、若い者を延々と追いかけ続けるんだ。自己嫌悪だ」 「お昼、どうします?」 「携帯、とりかえてくれ」 「はい」 「ピ。ピ。ピ。……おいおい」 「どうしました?」 「あいつらだ。高校生らしく、ファストフードで済ませると思ったんだがな」 「この地図、小さいわ。どの辺りにいるのかしら」 「ここだ。こじゃれたイタメシ屋なんかあるところだ」 「よくそんな細かいところまでわかりますね」 「この辺りのメシ屋、ゲーセンの類いはすべて暗記した。基本だ」 「少年課の刑事さんみたいね。娘に似て、無駄に高いスペックね」 「娘が俺に似たんだ。……無駄に高いか?」 「キョン君が奮発したんですよ、きっと」 「イタメシ屋か? ランチだと1500円からある」 「そこまで覚えてるの?」 「基本だ……無駄に高いかな?」 「ええ、きっと。でも、嫌いじゃありませんよ」 「よかった。凹むところだった」 「で、鉢合わせはまだ避けたいの?」 「劇的な登場と行きたいもんだ」 「すてきな昼食と、わたしたちもいきたいわ」 「ガキが来そうにないそば屋があるんだが。そのイタ飯屋からすると駅を挟んで反対側だ」 「落ち着いて食べられそうね。天ざるなんて、どうかしら?」 「人におごりたくなるほど、うまいのが食える」 「すてきね。ごちそうになるわ」 「イエス、マム」 映画は可もなく不可もなく、といった感じだった。 泣かせどころが2〜3カ所、笑いどころが5〜6カ所。まあ,普通に「へんな映画」だったわ。 それも、前半はハラハラドキドキ手に汗にぎって見てたのに、後半はグーグーいびきかいて寝てる奴ほどではなかったわね。呆れるのを通り越して、笑えたわよ。 言い訳がまた古典的というかベタというか、「明日が楽しみで、夕べ寝られなかった」と。あんた、何時代の人間よ? 思いついても普通口に出来ないわよ。事実なら、なおさらね。 まあ、あたしも終わり三分の一は寝てたし、この件はこれ以上追求しないわ。あんたも忘れなさい。いいわね、キョン? いいのよ。こういうのは何を見るかより、誰と見るかが,重要なのよ。自爆?どこの誰が? へえ、あんたも言うようになったわね。でも、顔真っ赤にしてちゃ説得力は1ピコグラムもないわよ。うっさい。トマトとか言うな。指をさすな。小学生か?! ……ああ、待って。以後、恥ずかしいこと言う度に一回、グーで殴るから。はい、どうぞ。 ……ヘタレ。いくじなし。 まあ、食事は、おいしかったわね。 「ほんと、食べてる時は幸せそうだよな」 わるい? おいしいもの食べて幸せになるのは当然よ! 何食べても見境なく笑ってたら多幸症だけどね。あんたも、あんなにおいしいお弁当、持ってきてるんだから、笑顔で幸せを噛みしめて食べなさい。あれは、いつ取られるかわからんから、周囲を警戒してる表情だ? 上等よ、表へ出なさい! あ、そ。確かに混んでるしね。随分、並んでるわね。で、この後どうするの? はあ、誘ったの、あんたでしょ。しょうがないわね。ほら。何かって? 見てわかんない? 怪しげな収蔵品を展示してる博物館というか室内テーマパークの割引券。新聞屋が置いて行ったのよ。うっさい。行くの?行かないの? あたし?行くに決まってるでしょ。じゃあ、早く来なさい! 「で、どこで劇的な登場をするんです?」 「俺の計算だと、黄昏どきの展望台だな。みんな景色を見るふりをして、お互いを見ないお約束だから、若いアベックの宝庫だぞ」 「そこに乗り込むの?」 「命知らずだろ? 惚れたか?」 「あの二人、照れ屋だから、いっそ観覧車にするかもね」 「だから町の中にあんなもの建てるのは反対だったんだ」 「ロンドン・アイ、ふたりで乗ったわよね?」 「テームズ川は、心のふるさとなんだ」 「いいところでお父さんが現われたら台無しよね」 「馬に蹴られるような真似はしない。登場はその直後だ」 「『口づけを交わした日は、ママの顔さえも見れなかった』」 「なんだ、それ?」 「歌の歌詞ですよ」 「クールな自分を見失いかけた」 「ふつうですよ」 「目がきょどってないか?」 「ふつうよ」 「まあ、観覧車には爆破予告の電話をするとして、だ」 「いいけど、オカマ声はやめてね」 「母さん、念のため言っておくが、あれは悪ふざけだ」 「知ってるわ」 「信じてくれ」 「はいはい」 「結局、私たちが乗ることになったのね、観覧車」 「何事も予習復習だ。俺は照れ屋なんだ」 「行き当たりばったりも素敵よ。期待以上の事が起きるかもしれないし」 「たしかに。ぎちぎちのスケジュールだと、そもそもサプライズの生じる余地がない」 「どうしたの? 『しまった』って顔して」 「今のをハルヒに伝えるの忘れてた。ああ、親らしいこと、何もせずじまいだ」 「平気よ。どうせ聞く耳もたないもの」 「だが、母さん。あれは、ああ見えて勝負パンツをはいていくような娘だぞ」 「『お父さんの親心は、おじさんの下心』よ」 「なんだ、それ?」 「ことわざですよ」 「新しい自分を見つけ損なった」 「よかったですね」 「声、うらがえってないか?」 「大丈夫」 「しかし、こんな密室に二人きりで向かい合って、恥ずかしくて死ぬんじゃないか?」 「同じ側に隣り合って座る手もあるわね」 「ああ、それならお互いの顔を見なくて済む」 「こんなに近くにいるのに、もったいないわね」 「俺たちも、いいかげん素直になろう」 「あら、私はずっと素直ですよ」 「わかってる。我が家でツンデレは、俺と娘だけだ」 「三分の二いれば、憲法も変えられますよ」 「そうなのか?」 「違ったかしら」 「眼下の下界を見ろよ。人間がアリのようにたかってる」 「夜景には早いけれど、きれいね」 「母さん、吊り橋効果って知ってるか?」 「ええ、保健の時間に習いました。たしかシャクターの情動二要因説(1964)やダマジオのソマティック・マーカー仮説(2000)と一緒に」 「そうなのか?」 「違ったかしら」 「さあ、たっぷり楽しんだな」 「そうですね」 「あとは、若い連中をからかいに行くだけだ」 「ひかえめにね。『やーい、やーい』は、やめてね」 「あれ、嫌がるんだぞ」 「されるのが嫌というより、『これが自分の親』と思うのが嫌みたいですよ」 「うまいぞ、母さん。『親』と『嫌」をかけたんだな」 「いいえ」 「他に禁則事項はないかな?」 「女の子だから、残るような傷はちょっと」 「顔以外の傷は、見たらクーリング・オフは認めんぞ」 「ハルが小さい頃は、毎日、なま傷だらけで。きれいに治ってよかったわ」 「男の子がするような遊びしかしなかったからな」 「息子の方がよかったの?」 「息子だったら、俺が殺されてるか、殺してるよ」 「そうなの?」 「ああ、俺が息子だったらそうしてる」 「ふふ、ハルヒが女の子でよかったわ」 「心底そう思う。だが、うまく伝わらないんだ」 「表現方法を変えてみたら?」 「今度そうする。だが、恥ずかしくて死にそうだ」 「それもいい手かも」 「生まれ変わったら試してみる」 「あの子たち、この中にいるの?」 「隣のビルとつながってるチューブみたいのがあったろ。あれが展望台なんだ。今だと、夕日が正面でロマンチックだ」 「このロビーで待つの?」 「あそこの色の違うエレベータが展望台直通のやつ。あいつらは事がすんだら、あそこから出てくる予定だ。そっちに喫茶があるから、座れるし、お茶も飲める」 「ハルヒ、それとキョン君だったかな? Comment allez-vous?(コマンタレブー)」 「な、なにしてるのよ!?こんなところで」 「母さんと二人で青春してるんだ」 「まさか、つけてきたの? 最低!!」 「自分ばっかり幸せになれると思ったら大間違いだぞ。幸せは分かち合うもんだ」 「母さんまで、この悪魔に魂売ったの!?」 「キョン君、君はまだやり直せる。いっしょに日本へ帰ろう!」 「キョンに指一本でも触れたら承知しないわよ!」 「ラブラブだな、このツンデレ娘」 「親父にだけは言われたくないっ!」 「じゃあフラクラか?」 「娘相手にどんなフラグ立てようっての?」 「死亡フラグ」 「覚悟はできてるようね!」 どうしたらいいのか、いや何がはじまったのか、見当もつかず途方に暮れていると、いきなり襟首をすごい力でひっぱられた。 ハルヒ?は前にいるよな、ってハルヒの母さん? おまえのアレは、母親ゆずりだったのかよ。 「少し離れて見てましょうね。キョン君までケガしたら大変」 「止めなくていいんですか?」 普通は娘の心配をしませんか? 「もう無理よね。こんなにおもしろいもの」 ああ、最後の頼みの綱だったが、この人も駄目だ。 「仕事で家を空けることが多いせいかしら。会うと愛情表現が過激になっちゃうみたいなの」 ころころ笑うところじゃありません。 「ハル、今日はキョン君も呼んで夕食よ。母さん、本気出すから、早くしとめて帰りましょう」 ハルヒは顔は敵(父親)に向けたままだが、親指を立てて(いわゆるサム・アップだ)、多分「OK」の返事をした。 「いつもは、本気じゃないんですか」 と、当たり障りなくて、どうでも良さそうなところに突っ込んでしまう。 「そう毎日だと家計がねえ。普段はどうしても時間とか値段とか効率を考えてしまうの。今日はそういうリミッターなしだから、楽しみにしててね。『さすがハルヒの母さんだ』ってところをお見せするわ」 すみません。俺にはお見せできるようなものが何もないみたいです。 「いいのよ、そんな」 「今はこれがせいいっぱい……」 どこかで聞いたようなことを言って、俺は闘争オーラの震源地へ、びびりながらも2歩、3歩踏み出した。 「一家団欒のところお邪魔してすみません」 「キョン君、下がっていろ。手負いの娘が何をするかわからん」 「このバカ親父!!」 俺はすうと息を吸い込んで、低く押さえ込んだ、しかしよく通る声の出し方で言った。 「おいハルヒ、やめとけ」 「うっさい、邪魔するな!!」 「やめないとな・・・別れるぞ」 「「!!」」 音速の壁を越えて父と娘が同時に俺につかみかかってきた。ああ、ハルヒのお母さん、後のことはお願いします。 「お、親の前で、だ、だ、だれが、あんたと、つ、付き合ってるみたいなこと言うな!!」 「……」 「親父、何黙ってるのよ!!」 「いや、突っ込もうか、おちょくろうか、嬉しいような、寂しいような、複雑な心持ちでな。ところでハルヒ」 「なによ!?」 「キョン君、もうオチてるぞ」 「あ」 親の前だとか、いきなり既成事実だとか、パニっくって力の加減ができなかったとか、言い訳はしたくない。結局、意識を失ったキョンは親父が蘇生させて、そのまま親父がおぶって帰った。あたしが、と主張したんだけど、 「若い兄妹を売る奴隷商人に見られたらかなわん」 という訳のわからない親父の言い分が通ったのだ。無理を通せば道理が引っ込むって奴だわ。 母さんは母さんで、キョンの家へ電話をして何やら調子の良い嘘話をこさえて(確かにうちの娘が息子さんの首を絞めましたので、夕食を食べていってもらおうかと、とは言えないわよね)キョンの親御さんを説得し、その前に電話してあったのか、話が終わって建物の外に出ると、タクシーが私たちを出迎えていた。親父とキョンと母さんが後ろに乗って、あたしは一人、運転手さんのとなりの前の席。母さんが無言でそう促したのに従った。 キョンといるところをうちの親に見られて、ううん、うちの親をキョンに見られて、どうしようもないくらい動揺してたのは確か。怒りをあおった親父に乗ったのも,混乱と照れを隠すため。そこにキョン、あんたまで乱入してきて、さすがの私もオーバーフローよ。パニックにもなるわ。でも、あんた、あたしを止めようとしたんだよね。それくらい、分かるよ。分かる過ぎるくらい。あんたがどういう奴で、あの場面に居合わせたら、何を考えて、どうしようとするかぐらい、百もお見通しよ。だから,今は自分が情けない。 「おい、こいつ。なかなかやるな」 バカ親父が何か言ってる。もう黙っててよ。娘が泣いてるのに、責任ぐらい感じなさい。 「『こいつ』なんて呼ばないでよ。ちゃんと『キョン』って名前があるんだから」 「『キョン』は、ちゃんとじゃないだろ……。わかったよ。キョンはすごい奴だ」 「『キョン君』でしょ」 「はいはい。キョン君は、なかなかのもんだ」 「キョンが目覚ましたら、その無駄口、ふさいでよね」 「混乱に混乱を、か。ベタだがなかなか思いつかん。思いついても普通は選択せん。ずいぶんと修羅場をくぐってるのかな、この若者は?」 「知らないわよ」 「おいおい、知らなくていいのか?」 「知ってても、あんたに言う必要ないわ」 「そりゃそうだ」 親父はそっぽを向いて、アヒルみたいに口をとがらせる。子どもみたい。恥ずかしいから止めて。 「昔、父さんの親友二人がな、ちなみに男と女で、そのうち夫婦になるんだが、ちょっとしたレストランで痴話喧嘩を始めた。気性の荒い二人でな、飛び交うのは怒号だけじゃすまなくなって、両方が同時にナイフとフォークを握りしめて立ち上がった。俺はそいつらの向かいで飯を食ってたんだが、店中の人間が父さんを注目しているのに気付いた。『止めてくれ』ということらしかった。その国の言葉は、まだあんまり得意でなかったんで、細かいことはわからんが。父さんは、とっさに自分たちが食事していたそのテーブルを蹴り飛ばしてひっくり返す手を思いついた。でかい音と衝撃で、気をそげるかもしれんと思ったんだ。だが、実行は躊躇した。テーブル・マナーはいくらか教えてもらったが、犬も食わないケンカにテーブルを蹴飛ばしても可、なんて常識はずれもいいところだからな。もう一度、他の手はないか考え込んだ。父さんも若かったから口では『常識なんてくそくらえ』と言っていたが、いざそんな場面に投げ込まれると、自分が骨の髄まで常識に染まってるのを思い知ったよ。結局、父さんがテーブルを蹴飛ばすよりも早く、女のフォークが男の胸にぶすり。……ハルヒ、全然信じてないだろ、今の話」 「親父、その話、怪談になってる」 「しょうがない。母さん、胸の傷を見せてやれ」 「バカじゃないの。刺されたのは男でしょ」 「そうだ。言ってなかったが、母さん、昔は男だったんだ」 「だったら、あたしはどこから生まれたのよ」 「そりゃ、おまえ、コウノトリをおびきよせて孕ませたんだ。だが、そのコウノトリは本当はハゲタカだったんだ」 「母さん、このバカ、いますぐ捨ててきて」 「父さんは、この若者、気に入っちゃたな。お前が捨てるなら、俺が拾うぞ。お前にオトされるようじゃ、少々線は細いが、なに海兵隊に2年もぶち込めば、口で糞たれる前と後にSir.をつける立派な若造になる」 「訳わかんない。捨ててないし、勝手に拾わないで」 「今時の若いもんを見直したってことだ。……よし、来年は冬コミにサークル参加するぞ」 「はあ?」 「サークル名も決めた。涼宮家を大いに盛り上げるソフィスケイトされた大人の団、略してSOS団だ。ガキは入れないから安心しろ」 「母さん、親父が壊れた。新しいの買っていい?」 「はいはい」 はいはい、じゃないでしょ。誰か何とかして。キョン、いいかげん目をさましなさいよ。や、やっぱ駄目。寝てなさい。目が覚めても寝たふりしてて。 気がつくと、事態は修羅場から、魅惑の食卓へと激変していた。 俺たちはナプキンなどつけ、出ては下げられ、また出ては下げられていく何枚もの皿の上の料理を食べている。 「お、おい。ハルヒ」 「なによ。ちょっと、顔が近いって」 「すまん。しかし、これ家で出てくるような料理じゃないぞ」 「あの人は無駄になんでもできるのよ。若い頃、フレンチの店、してたこともあるみたいだし」 「まじか?」 「金持ちのじじいに金出させて、店出したんだって。シェフもギャルソンもソムリエもピアニストも全部自分ひとり。テーブルも一つっきりで予約のみ。親父と出会うまで続けてらしいんだけど。本人の話だし、あてになんないわ。『日本じゃないのよ』とか言ってたし」 「まじか?」 「小学校も途中までしか行ってないとか、14の時には日本にいなかったとか。そういう『伝説』みたいなことしか、自分のこと言わないの。たしかに語学は親父よりできるみたいだけど、発音はきれいだし。親父は何語しゃべってもカタカナね。あれでよく通じるわ。まあ母さんの方が、娘をからかわないだけマシだけどね。最近そうでもないけど」 そこで何故「じとっ」とした目で俺をにらむ? 「わかんないなら、いいわ。あ、親父、醤油とって」 「フレンチに醤油はないだろ?」 「何言ってんの?このソースにも使ってあるわよ。だったらソイ・ソースとって」 「それ醤油と同じだ。母さん、このソースだが……」 「ええ、使ってますよ、お醤油」 「……キョン君、お互い苦労するなあ」 「はあ」 「愚かしくもバカバカしい店があるんだが、憂さを晴らしに今度飲みに行かないか?新しい友情のはじまりだ」 「キョン、知らない親父に着いて行っちゃ駄目よ。死刑だから」 いや未成年だし。そんな店、行きたくないし。友人は選びたいし。親は・・・選べないんだよな。 「母さん、娘がグレた。次のと交換していいか?」 「次の、って何よ?」 「……教えない。だが、眼鏡っ子で巨乳とだけ、言っておこう」 「むー、巨乳は垂れるんだからね!」 論点が違う!・・・よな? おわり (別の日の食卓にて) 「そういえば、あたしが親父の頭を蹴って、親父が平気な振りして笑ってた話をしたら、キョンの奴、なんて言ったと思う?『子どもみたいだな』『でも、そういうの嫌いじゃないぞ、オレは』だって。ばっかじゃないの!」 「おお、心の友よ!!」 「あんたはジャイアンか!?」 ほんとにおわり ▲ページのトップへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3023.html
四章 時刻は夜11時。俺は自宅にてハルヒの作ってくれたステキ問題集を相手に格闘中だ。 「やばい、だめだ。全然わからん。」 朝はハルヒに啖呵を切ったものの、今では全くもって自信がない。 今の時期にE判定を取るようじゃ、どう考えても結果は目に見えている。 そもそも俺よりも頭のいいあいつが、それに気付かない訳がないのだ。 ただ遊ばれているだけなのか? …………ハッ!いかんいかん!俺の中の被害妄想を必死でかき消す。 頭を一人でブンブン振っていると、俺の右手に違和感があることに気付いた。 俺の右手はいつのまにか机の引き出しの中に伸びている。 手は引き出しの中の『奴』を掴んでいた。 そのことを俺の頭が理解した途端、俺はバネにはじかれたように机から遠ざかった。 「はぁ、はぁ…」 これ以上ないくらいの恐怖を感じながらも、俺の手はまだ『注射器』を握り締めている。 「何で…何でこんなことになっちまったんだ…」 俺は力なくそれを床に叩き付けた。 あれは、きのう… 「ど、どうしたの?キョンくん?」 下駄箱で春日が俺をその大きな瞳で見ていた。 その時の俺が普通じゃなかったのは言うまでもない。 「クソ!俺はハルヒを!!バカだ!最低だ!なあ、春日! 明日から俺はハルヒにどう接すりゃいい?!」 突然激昂した俺に、春日は動揺したように言った。 「ちょっ、待って!話は聞くから取り敢えず落ち着いて!場所は…公園でいい?」 ここは公園。俺と春日はベンチで並ぶように座っている。 事情を知らない人が見たらカップルに間違われるかもしれない。 ここで俺が春日の肩に手など回せば完璧だな。だが生憎、俺にそんな余裕はない。 「どうしたの?涼宮さんと何があったの?」 春日とは朝の挨拶以外はほとんど話したこともなかったが、話は本気で聞いてくれるようだ。 俺は今までのことを呼吸をするのも忘れてぶちまけた。 ほとんど話したこともない女子に、こんな長々と話すのは俺のキャラじゃないんだがな。 今はとにかく誰かに話を聞いて欲しかった。春日は俺の話を真剣な目で黙って聞き、 俺がたまに同意を求めると目を優しくさせ、「そうだね」と相槌を打ってくれた。 「どう思う?!」 その最後の言葉を俺が吐き終えると俺の興奮は冷めていった。 が、代わりにいいようのない虚無感が襲って来る。 何もやる気が起きない。ふう、と俺が久々に肺に酸素を運んでいると、 春日は俺の質問には答えず、ベンチからすっと立ち上がった。 「ねえ!今からうちに来てみない!?ほら!いーから、いーから♪」 ハルヒにも負けないような笑顔を見せながら俺の手を引っ張る。 「お、おい、どういうことだよ?」 言葉ではこう言ってるが、俺は大した抵抗もせず、フラフラと春日のあとを付いていく。 正直、どういうことかなんてどうでもいい。全てが色褪せて見えていた。 春日の家につくと、すぐにリビングに通された。両親はいないようだ。 「それじゃ、早速あたしの意見をいうね?明日にでも涼宮さんに謝って? あたしは今までのキョンくんの頑張りを教室でいつも見て来た。 だからキョンくんがその反動で、涼宮さんについ当たっちゃった気持ちもわかるよ。 でも男の子から殴られるってことはあたし達女子にとっては、 とても耐えられないことなの。 好きな男の子からなら尚更…きっと今涼宮さんは泣いてるよ? お願い!涼宮さんを元気づけられるのは、あなただけなの!」 いつもなら『好きな』の所で何らかの反応をして見せるんだろうが…当然、どうでもいい。 わかってる、わかってるんだ。俺がこれから何をしなければならないのかくらい。 「だけど…俺は自分が怖いんだ。 あいつに会ったら…またあいつを殴っちまうんじゃないかって…」 今の俺は誰がどうみても、とてつもなくヘタレなんだろうな。 さすがにこれは春日も愛想を付かしてしまうか。と思っていると、 「ちょっと待ってて!」 と言ってリビングから出ていってしまった。 「おまたせ!」 戻ってきた春日の手には小さな怪しく光る注射器が握られていた。 夕日の逆光のせいでシルエットになっている春日と注射器はシュールで、とても気味が悪い。 「おい、それ何だよ。」 「ん?かくせーざい♪」 力なく問い掛ける俺の質問に、特に悪びれる様子もなくそう答える。 その態度と質問に対する答えは、俺を動揺させるには十分だった。今日一番の揺れの観測だ。これはさすがに力なく「そうか」で済ますことは出来ない。 「な…な……何を言ってるんだよ!馬鹿らしい! それをどうするつもりだ?! 俺にヤク中になれっていってるのかよ!」 「何言ってるの?たった一回だけだよ! 今のキョンくんは自暴自棄になっちゃって、自分に全く自信がない状態なの! そんな、どうしたらいいか分からない時のための、一生で一度だけの切り札! これさえあればどんどん自信がついてくるんだよ? まるで自分がスーパーマンにでもなっちゃったみたいに!」 いやいや、まてまて、おい。WHY!?いやマジでWHY!? 「覚せい剤だぞ?!そんなもん一度やったら、 二度と抜け出せなくなっちまうことくらい俺でも知ってる! 悪いな。邪魔した。俺はもう帰る。」 ここにいちゃいけない!そう警告している本能に言われるまま、俺は部屋を出ようとした。 「また涼宮さんを傷つけるの?」 その言葉に俺の足はいとも簡単に止められた。 「自分が何するかわからない、怖いって言ったのはキョンんだよ? このまま会っても今の溝がもっと深まるだけ… 涼宮さんのことを想うなら、これを使うべきじゃない?」 何度もいうがこの日の俺は本当にどうかしていた。 たったそれだけの言葉で気持ちが傾いて来やがるんだからな。 「だ、だけど!それを打っちまったら、俺は…」 「依存症なんて意志の弱い人だけ。あたしは知ってるよ?キョンくんがそんなに弱くないってこと。」 確かに、俺は薬物依存など意志が金箔よりも薄い奴がなるものだと思っている。 「それと、キョンくんが、誰よりも涼宮さんを愛してるっていうこと。」 春日は終止、優しい目で言う。でも…だけど… いや、もしこれを使えばまたハルヒと…楽しい日常を…こんな押しつぶされそうな気持ちも… 「いいの?涼宮さんを泣かせたままで… また仲良くしたいでしょ?何にもなかったように…」 「何もなかったように…俺は…俺はあいつと…また笑いあいたい…」 「うん、そうだよね。これさえあればその全てが叶うんだよ?」 ああ、藁をもすがりたいとは今の俺のためにあるんだな、なんて思っていると、 俺の口は勝手に動きだした。 「本当に…本当に一回だけなら大丈夫なんだな。」 「それはキョンくん次第だよ。でも…あたしはそう信じてる。」 その言葉を聞き、俺は春日から注射器を取り上げた。 おい、いいのか俺。本当にいいのか?顔からは脂汗が吹き出ている。 脳細胞を除いた体中の細胞がその全総力を結集して、奴の進入を拒んでいる。当たり前だ。 腕に針を刺すだけでも抵抗があるんだ。そのうえ、その針の中には悪名高い奴がたっぷり詰まっているんだからな。 だがその警告すら脳が一喝すると、あっさり解けていった。 腕に針先を添え、深呼吸をし、俺は………刺した。 想像以上の痛みを覚えたため慌ててピストン部分を押す。 次の瞬間、何とも言えない感覚が俺を襲った。…いや包みこんだ。 まるでこの世の全てが俺を受け入れた感覚。酸素は溶け、 俺に混ざっていき、俺も溶けて酸素に混ざっていく。 今、この瞬間のために俺の人生があったのではないかと錯覚してしまうほどだ。 今なら日本の裏側にあるブラジルのニーニョさんが何回ドリブルしたかも分かってしまいそうだ。 いや、その気になれば世界の改変でさえも… 「……ん!キョ…ん!キョンくん!」 ハッ!、意識が飛んでいたようだ。 「どう?キョンくん?」 「ああ、とても清々しい気分だ!」 一瞬春日が顔をしかめた気がした。 「これならきっとハルヒにもちゃんと謝れそうだ!」 ほんと、依存症とか、何を心配してたんだ?俺は! 俺がそんなもんになるはずない!なんてったって俺は あれだけハルヒに引っ張り回されたり、耳を疑うようなトンデモ体験をして来たんだ! 今さらそんなんでヒイヒイ言うようじゃ、SOS団万年ヒラ団員の名が廃るぜ! 「そう良かった。あっ、もうこんな時間だね。送って行こうか?」 春日がすっかり調子を取り戻した笑顔で言った。 いつのまにか七時すぎになっていたようだ。 「いや、自転車だし、大丈夫だ。」 「そう、はい!カバン!!」 飛び切りの笑顔で見送りした春日に俺も飛び切りの笑顔で、手を振った。 それから家に帰ってからだ。カバンの中に注射器と粉の入った袋を見つけたのは。 いつ入ったんだ。あいつが…入れやがったのか… 「はあ…はあ…」 床の上の注射器が怪しく光っている。 なんで今日あいつに話に行ったとき返さなかった。クソ!あいつ…俺をどうする気なんだ! いっそ警察に…いや!俺も捕まっちまう!そうしたらハルヒが……… もうハルヒを傷付けたくない!古泉とも約束したんだ! いや、でもこのままじゃいずれ…よそう、こんな考えは… それにしても…何だ、この感じは? 昨日は奴を拒んでいた体中の細胞が、今は奴を渇望している。 もう…逃げられない… 脳細胞があきらめかけたその時、ケータイが鳴りだした。 着信………長門 長門の 名前を見て、俺は心底安心した。今の長門には何の力も無いのにな。 やれやれ…すっかり長門に対して頼り癖がついてしまったらしい。 「もしもし、長門か。」 「そう。」 ………沈黙。いやいや「そう。」じゃなくて!そっちから電話をかけて来たんだから、 会話のキャッチボールは長門から投げるべきだろう。 だけど、それが余りにも長門らしくて、俺はまた安心した。 「あなたに謝らなければならないことがある。」 その言葉を聞いて、俺は考えを改めた。なるほど、さっきの沈黙は、 どう切り出すかを考えていたのか。 「いや、謝らなければならないことなら思い当たるんだけどな。」 「昨日、私はあなたの涼宮ハルヒへの第一撃目を、阻止することが出来なかった。 感情が………邪魔をした。」 そうだ、いくら長門でも今は普通の女子高生なんだ。俺がいきなりキレて暴れだせば そりゃ呆然とするだろう。 「いや、お前は全然悪くない。逆に俺が謝るべきだ。あのままじゃ、 俺はハルヒをリンチしていただろうからな」 「でも、私があの時もっと早く対処していればこんなことにはならなかった。」 一瞬にして顔が冷や汗でいっぱいになった。こんなことだと?もしかして全部気付いているのか? 「お、おい、俺はもうハルヒとはちゃんとケジメつけたんだ。 今日も部室で見てたろ?何だよ。こんなことって。」 「私にはわからない。だからこそ教えてほしい。何があったの? とても胸騒ぎがする。あの注射跡は何?」 全てを気付いてるわけではなさそうだ。だけど勘づいている。こいつから胸騒ぎなんて言葉が 出てくるとはな。 「だから、あれは献血で…長門、お前は知らないだろうが、俺はハルヒと古泉に約束したんだ。 もう二度とハルヒを苦しめたりしないってな。」 どの口がいってやがる。 「………」 無言だ、 「そ、そうだ!長門!手、大丈夫か?かなり力入れてたからな、 ケガ無かったか?」 「肉体の損傷は問題ない。ただ…」 「ただ、何だ?」 今なら長門が電話の向こうで思案している顔が、はっきりと分かる。 「あんな思いは…もうたくさん…」 俺ははっとした。そうだ、傷ついたのはハルヒだけじゃないんだ。こいつは、長門は 俺の暴力を目の当たりにしてしまったんだ。その心の傷は、計り知れない。 「ああ、本当にごめんな、もう二度と傷つけない。」 「そう、あなたを……信じたい。信じていいの?」 すがるように聞いて来る長門。ここは瀬戸際だ、全てを話すか、このことは俺の中に秘め、無かったことにするか。 そうだ、もう二度とやらなけりゃいい!『奴』の誘惑なんかに負けなければ今までどおりの平穏は、 守られるんだ 「ああ!」 「そう…なら…信じる。」 そういうと長門は電話を切った。 ふう、この注射器はもういらないな。ありがとう、長門。お前のおかげでこいつの誘惑に、負けずにすんだよ。 何を考えているかしらんが、お前の思い通りになんかなってたまるか!春日! 俺は!俺の欲望に打ち勝つぞ!! 「もしもし?古泉です。お久し振りですね。 実はですね………おお…察しがよろしいようで。そう、機関の創立6周年パーティについてです。 はい、もうそんな時期になるんですよね。 全く、今はもう存在しない機関だというのに。はい、もちろん主催者は今年も、森さんです。 彼女らしいといえばらしいですね。ええ、そこであなたも招待しようということになりまして………… いえいえ、あなたは今でも、そしてこれからも我々の仲間、いわば同士です。 そろそろ河村のことも、気持ちの整理がついたのではないですか? …はい、そうですか!それは皆さん喜ぶと思います! それでは、今週の土曜に。いつもの場所と時間で。 待っていますよ?春日さん?」 五章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5310.html
火曜日、朝。 ただの夢なのかそれとも悪夢なのか、そもそもこれは夜に見ているものなのだろうか、もしかしたら白昼夢のただ中にいるのではという感じの夢を見たあげく、妹の容赦ない目覚まし攻撃で俺はどうやらあれは夢であり、こっちが現実らしいという自覚を得た。内容は気持ちのよろしくない夢を見たという輪郭程度しか残っていないが、こちらで目覚めても俺はまだ夢の中にいるような気分だった。 朝食を喰って鞄をひっさげ家を出て、北高に続く地獄坂を登る俺の足取りは、ここ一年で最悪級の重さだった。どうせなら今日一日くらい仮病を使いたかったのだが、考えてみれば仮病は先週の金曜日に強行したばかりであるのでそうも言っていられず、俺はせめて不快感と疲労感を顔の全面に押し出して山登り集団に混ざった。 さて、学校に到着して最初に向かったところと言えば部室棟に他ならない。どうせ受け入れなければならん事実は早々に知っちまったほうがいいのだ。たぶんこう考えていられるうちは、俺は大丈夫だろうよ。 古泉のボードゲームがなくなっていたりした場合、俺はどういう反応を取るだろうかという何の役にも立たない想像をしながら、順当に部室に辿り着いた。こういうときばかり谷口や国木田とも会わない。仕方がないので俺はしばし呼吸をととのえ、注射器を目の前にした子供のように目を閉じて扉を開いた。 「あれっ?」 とまあ、のっけにそんな言葉が出たのも無理はないと思って欲しい。あとは絶句である。 いや、そう言うと語弊があるかもしれない。ただ言葉がでなかったのだ。隅々まで目をやっても、俺は三点リーダ状態から抜け出すことができなかった。 何が起こったのか。俺の頭はようやく稼働し始めた。 まず、俺は時間遡行でもしちまったんじゃないかと疑った。しかしそれはホワイトボードに書かれている文字によって否定できる。「明日合宿用品買い出し、費用各自持参」とハルヒの字で書いてある。昨日、俺とハルヒと古泉の三人の部室でハルヒが宣言した通りだ。つまり今日は昨日の明日であって、時間遡行ではないらしい。 次に俺は世界が変わっちまった可能性を考えた。しかしそれもどうかと思う。世界改変をやってのけるようなヤツは今、周防九曜ぐらいしか存在しないのだ。ただしあいつがそんな芸当をできるという保証はないし、それも今日のこのタイミングで今さら、とも思う。 最後の可能性として、俺はすべてが終焉を迎えてしまったということを考えた。俺の代わりに誰かが事件を解決してくれたとか、あるいは犯人――周防九曜が侵攻を中止したとか。 だってなあ。そうじゃなけりゃ、説明がつかんだろ。 部室には、長門の本、朝比奈さんのハンガーラック及びコスプレ、古泉のボードゲーム各種がすべてあったのだ。 何だそりゃ、と思ったね。気抜けしたと言えばその通りである。古泉のボードゲームが消えていたらどうしようなどと悲観的なことばかり考えていたから、さすがに元通りになっているというのは考えも及ばなかった。いまだに俺の頭の中と外にはハテナマークが飛び回っているが、力の篭もっていた肩からは力がどんどん抜けていった。 改めて部室を見回す。インスタントコーヒーのパックは茶葉の缶に戻っているし、立方体のようなハードカバーは十年も前からそこにあったかのように整然と本棚に並んでいる。古泉の持ち込んだボードゲームは昨日と同じ場所にあるし、中央の机には団長の三角錐がある。鶴屋山原産の七夕の笹には叶うかどうかも解らない五つの願いがぶら下がっている。まるで元通りである。俺は何か悪い夢でも見ていたのだろうかと疑いたくもなってくるね。もしかすると、先週の金曜日から催眠術か暗示にかけられて幻覚を見ていただけだったのかもしれん。思い出せばそんなもんだ。俺の中学校三年間並にあっけなく、そのあっけなさを疑いそうである。 「しかし、ほんとに元通りだよな……」 だが、疑うべきところは一つもないのだ。デスクトップパソコンはしっかり鎮座していて何代も前のものではないし、ここに人員が集まればそれで間違いないと思えるくらいに不自然な点はない。しかし俺の内部に魚の小骨が喉にひっかかって取れないようなわだかまりみたいなのが残っているのは、これがあまりにも唐突すぎたからなのだろうか。 なぜか元に戻った部室。俺が相応のことをしていれば納得もするだろうが、俺は本当に特に何もしていないのだ。それなのに、何故? 昨日の夜から今朝にかけて「何か」があったことは確かなのだが……。 まあいい。どうせ長門や古泉はいるんだろうから、昼休みか放課後にでもゆっくり話を聞かせてもらおう。 俺はどうも釈然としない気持ちのまま、気分を浮つかせることもできずに部室を後にした。 * いかんな。 冷静に考えなければならないだろう。長門の本があったり急須があったりボードゲームがあるだけでは本人が戻っているという確たる証拠にはならない。ここで全員元通りだと思いこんではアウトである。都合がよすぎることの裏には高確率で怪しいことがあるし、視覚情報による思いこみは最初っから疑ってかからなければならん。探偵が推理を行うときの基本事項である。 部室のあらゆるアイテムが元に戻ったように見えた。少なくとも俺の記憶、俺の目を信じるとするならば。 しかし俺は探偵などではない。古泉ほど思慮深い頭を持っているわけでもないから、せいぜい俺は探偵のパシリ止まりさ。考えすぎるのは性に合わん。行動に移すほうが案外、何倍も楽なのだ。 そしてその行動の予定なら立っている。別段難しいことではない。長門や古泉のクラスに行ってみればいいのだ。そこに奴らがいたら何が起こったんだと問いつめればいいし、いなかったらいなかったで対抗策を打つ必要がある。 俺はそんなことを一限二限を聞き流しながら考えていた。次の休み時間になったら行けるかと思っていたが、その計画はあえなく破錠した。 後ろのハルヒが俺を離さなかったからである。 「キョン、夏合宿に必要なものって、何だと思う?」 こいつの目の輝きは夏が近づくにつれて増していくようだった。考えていることはどっかの田舎の小学生とたいして変わらん。 「さあな。合宿を楽しむ心の余裕なんじゃないかな」 俺の適当な解答にハルヒはしかめっ面をして、 「そんな抽象的なことを言ってるんじゃないの。もっと現実的で具体的なことよ。バーベキュー用の木炭とか紙コップとか紙皿とかね。いいキョン? 心意気なんてのは後からついてくるものなのよ。合宿を楽しもうとしても肝心の合宿地がなければ合宿は楽しめないでしょ?」 そうかい。俺なら部室で合宿でもいっこうに構わんぜ。それに木炭ならガスコンロで代用可能だし、紙コップや紙皿だって向こうにはもっと豪華なグラスや食器類がいくらでもあるだろ。 「そんなんじゃ雰囲気が出ないでしょ。考えてみなさいよ、屋外のバーベキューで陶器の皿使って食事するヤツがどこにいるのよ。こういうのは雰囲気と心持ちが大切なんだから」 「さっきはそういうのは後からついてくるものなんだとか言ってなかったか?」 「いいのっ。とにかく今日はどっか大型のホームセンターとかに行かないとダメよ。木炭を買わないといけないし、紙コップも部室にあるやつだけじゃ足りないしね。行ってみたら他に欲しいものも見つかるわよ」 そういうのを無駄遣いと言うのだ。 「キョン、あんた他に夏合宿でやるのに必要なものとか思いつかない?」 「あー、UFO召喚の儀式」 と言ってから我に返った。ついワケの解らんことが口をついて出た。何を言ってるんだ、俺は。 「うーん。それもやってもいいけどさ。キョンに団員としての自覚が芽生えてきたのはいいことだけど、あいにくスケジュールが埋まっちゃってるのよ」 「構わねえよ」 投げやりに言って俺は前を向いてほおづえをついた。窓ガラスに映る俺は不機嫌なツラをしていた。 何を俺は今さら団員の自覚なんぞを獲得しているのだ。まったくもってどうでもいい。 ハルヒが俺の提案を却下したことが、俺の胸の奥に魚の小骨のようにチクチクと突き刺さっていた。なぜハルヒはそんなにもあっさりと非日常を捨てやがるんだ。 俺にはできない。 古泉に諭されて、ハルヒと話して、佐々木と語って、俺もようやく認める気になった。どうしようもない、自然の摂理みたいな不条理さによる葛藤の渦が俺の中にできあがっちまっていたのだ。俺の心理は今や非日常の基盤の上に成っている。中学生の頃とは違う。そして、それの崩壊は論理基盤の崩壊、ゲシュタルト崩壊と同意なのだ。しかもマジで壊れようとしている……。 俺は、憂鬱だった。 * 昼休みになった。 昼休みになったので俺はようやく動く気力を得た。というか、動かねばならなくなった。堂々巡りの俺の思考を断ち切るために俺は勢いよく立ち上がった。 「あ、おいキョン。俺昼飯は学食にしようと思ってるんだけどよ」 「そりゃいい。国木田も連れていってやれ。俺は部室で喰う」 谷口を一秒で処理すると鞄の中から弁当を取り出して教室を飛び出した。 長門がいるのだとしたら昼休みは部室にいるに違いない。もし教室にいたとしても俺が望めばそうしてくれるのが長門流なのだ。さんざん世話になった。 階段は一段とばしである。鬱屈して暗くなった頭を振り回して、廊下も駆け抜けた。 文芸部というプラカードがぶら下がっている部室の前で俺は立ち止まり、一応のことノックして、中から「どうぞ」と男の声がしたのを確認してから俺はドアを開いた。足を踏み入れるとともに、妙にどろっとした空気に包まれた気がした。 「どうしました」 そこには――、 「どうしたの、キョンくん」 古泉が、そして朝比奈さんがいた。 まるで俺が来るのを待っていたかのように。 * 「朝比奈さん……」 俺の口から声が洩れた。 パイプ椅子に座ってこちらを見ているそのお方は朝比奈さんで間違いなかった。栗色の髪の毛に可愛らしい顔、他の何者に真似できるものではない。視線をずらせばハンガーラックやコスプレ一式も朝に見たままの状態でちゃんとある。本当に戻ってきたのか。 「長門は」 窓辺にある長門の特等席に目をやる。しかし、そこに長門の姿を発見することはできなかった。本棚には長門本があり、七夕の短冊も長門の分が復活しているというのに。肝心の長門はどこにいったんだ。 俺が次に発する言葉をどうするか迷っていると、 「長門さんならいましたよ。廊下を歩いているのを見ましたから。珍しく部室には来てませんけど」 古泉が平淡な口調で言った。 「本当か!」 「本当です。どうしたんですか、そんなに驚くべきことでもないでしょう」 バカな。これが驚かずにいられるか。お前も金曜日から長門がいなくなってるらしいのは知ってるだろ。土曜日曜月曜とさんざん考え倒したあげくに、今日になったら突然長門が復活してるんだ。これは驚かないほうがおかしい。とすると、お前の頭はおかしいんじゃないのか、古泉。 「何を言ってるんでしょうかね。長門さんなら金曜日から今日までずっといますよ。おかしいのはあなたの頭のほうじゃないんですか?」 「なっ」 古泉にバカにされるのは稀以上に珍しいことだが、そんなことはどうでもいい。仕返しなら後日いくらでもしてやる。 「まさか、朝比奈さんもそうなんですか? 朝比奈さん、昨日も部室にいましたか?」 「いたけど、それがなあに?」 「古泉」 俺は嫌な予感を押し殺して再度古泉に問う。 「お前は昨日、この部室で何をやってた。パソコンをいじったりしてないか?」 「さて。昨日はあなたとオセロをしていましたけどね。ついでに、僕が全勝しましたよ」 最後の情報はどうでもいい。 「部室でオセロしてたってのは本当か?」 古泉は薄気味悪い笑いを浮かべて、 「はい」 俺は後ずさりして、今さっき入ってきたばかりの扉にもたれかかった。 何てこった。 刃物を手にした殺人犯に追いつめられた、悲劇の主人公のような心境である。全身の力が抜けて、そのまま床に尻餅をついた。古泉と朝比奈さんは俺の存在を無視するかのようにこちらには目もくれない。 違ったのだ。決定的な食い違いがあった。そうそう都合のいいことなんてありゃしない。皮肉にも、すべてが元に戻ったみたいな錯覚を受ける物品だけを設置しやがったのだ。そしてそれはやはり錯覚に過ぎず、砂上の楼閣のようにあっさりと崩れ落ちた。絶対に必要なものは、この部室には一つもない。戻ったかと思ったら古泉も朝比奈さんも、昨日や一昨日の記憶を持ってやがらない。 「まだだ」 しかし、古泉や朝比奈さんの記憶が正しくなかったとしても俺にはまだできることがある。後悔している暇などない。俺は床に手をついて立ち上がると、団長机にあるデスクトップパソコンに向かった。SOS団サイトに誰かのメッセージが残っていてくれればそれだけで心強い。古泉や朝比奈さんに証拠としてそれを示すこともできる。 パソコンが起動するまでのわずかな時間に、俺は二人に訊いた。 「古泉、お前は何者だ。ただの人間じゃないだろ。『機関』という言葉に聞き覚えはないか?」 俺の質問に古泉はまったく動じず、将棋の駒を二、三手動かしてから振り返った。 「さあ、何を言ってるんでしょうかね。僕はただの人間です。機関という言葉なら知っていますが、それがどんな意味を持つのかは知りません」 そう言った。俺は舌打ちして制服姿でパイプ椅子に腰掛けている上級生に向き直り、 「朝比奈さん、あなたは何者ですか。未来人ですか?」 朝比奈さんも全然動揺する様子を見せなかった。編み物の手を止めないまま、 「未来? 何のことでしょう。あたしはあたしですよ?」 「TPDDは? 時間平面とか禁則事項とか知らないんですか?」 「知りませんけど」 「STC理論はどうだ。全部あなたが教えてくれたことなんですよ」 「……キョンくん、どうしたの?」 朝比奈さんにまで頭を疑われた。ハルヒが消えたときに味わった恐怖が、全身を撫でるように走り抜けていく。 これは何だ。世界改変か? 俺を残して世界が変わったなんてのは金輪際ごめんだぜ。ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も、味方がいなくなって一人になったときどんなに大変かを、俺は知っている。 「おい古泉、長門は何者だ。あいつは宇宙人じゃないのか? 俺を朝倉から守ってくれたり、幽霊モドキを退治したりしてくれただろ。違うか?」 しかし古泉は面倒くさそうに首を横に振った。 「何を言っているのか解りませんね」 「じゃあ説明してやる。お前や長門がどんな人間だったのかを、すべてだ。古泉、お前はこういう話が好きなんだろ? ファンタジックで興味深い話だと思うぜ。どうだ、聞く気はないか?」 いくら記憶がないと言っても古泉のことだ、てっきり乗ってくるものと思ったが、 「けっこうです。そういうことなら勝手に一人語りでもしててください。僕は将棋をしていますので」 何ということだ。俺は驚いた。性格まで変わってるのか。古泉は微笑オフの状態で、ほおづえをついてつまらなさそうに将棋盤と対峙している。 やっぱりこいつは古泉ではない。昨日、ここで俺と一緒にいた正常な古泉は、消えちまったのだ。 おそらく、周防九曜によって。 消されちまったのか? いや、じゃあ目の前のこいつらは……。 パソコンが立ち上がった。 目的のページはすぐに見つかった。マウスをロゴマークに重ねると、やはりどこかのページにリンクされていた。クリックしてパスワードに『涼宮ハルヒ』と入力し、そこに昨日のままの文章があることを確認する。ひょっとしたらメッセージが変わってやしないか、と思ったがダメだったか。 俺は古泉と朝比奈さんをパソコンの前に呼んで、 「古泉、それに朝比奈さん、この文章に見覚えはありませんか? あるいは、長門がこんなページを作っていたのを見たとか」 「さあ、僕は知りませんね」 「あたしもです」 それだけを業務連絡でもしているかのような淡々とした口調で答えて、俺が他に何か聞くことはないかと考えているうちに二人ともパソコンの前から去ってしまった。 おかしい。二人ともまるで性格が変わっちまってる。感情が薄くなってるというか冷たいというか。確かにこいつらは本当の朝比奈さんや古泉ではない。性格が違うのは当然だ。こいつらは朝比奈さんや古泉ではないのだから……。 そこまで考えて、俺は何か引っかかりを感じた。 待てよ。じゃあこいつらはいったい何なんだ。 世界改変か。別の世界の古泉や朝比奈さんか。 ありえん。こいつらは性格まで変わっちまってるのだ。世界改変で長門の性格が変わったのを一度だけ見たことがあるが、それはその必要があったからで、こいつらの性格を変えたところで何の利益も生まれん。性格を変える必要などない。 じゃあ、こいつらは何者なんだ。俺の目の前で一人将棋を、編み物をしているこの二人はいったい誰なんだ。 朝比奈さんではない朝比奈さん。古泉ではない古泉。 俺の記憶の奥底で何かが騒ぎ立てている。以前、俺はこんな経験をしたことがある。 そうだ。朝比奈さんではない朝比奈さんと、俺は会った。 年末の雪山の夢幻の館で、算式の解読のために長門が俺たちに見せた幻影。 あの朝比奈さんには、左胸のホクロがなかった――。 「朝比奈さん、左胸を見せてくれませんか?」 俺がとっさに言うのと同時に、背後で部室の扉が開く気配がした。長門かハルヒか、まあどちらでもいい。 朝比奈さんはふふんと妖しく笑うと、ためらいもなしにセーラー服を脱ぎだした。その横では、古泉が何事もないかのように将棋を指している。やはりこれは朝比奈さんではないし古泉でもないのだ。こんなことはありえん。 朝比奈さんがセーラー服を脱ぎ終わり、ブラジャーの状態で豊かな胸を俺に見せつけてくる。失神モノではあるが、今は失神している場合ではない。抱きつきたい欲望を抑えて、胸を凝視する。 その左胸にはホクロが――。 なかった。 俺は言葉を失い、顔を引きつらせて後ずさりした。朝比奈さんが、そして古泉がこちらを見て不気味に笑っている。 こんなところにいてはいかん。 本能だ。朝比奈さんの胸を間近でもう少し眺めていたいなどという願望はカケラもなかった。早く逃げ出したほうがいい。この二人にどんな魔法が使えるのか知らんが、一般人の俺が太刀打ちできるようには思えない。 振り返って扉に手をかけようとしたところで、何かにぶつかった。部室に入ってきたハルヒか長門にぶつかったのだろうと思ったが、違った。俺はそいつの顔を見て驚愕し、戦慄が体を駆け抜けたのを感じた。気持ち悪い汗が滲んだ。 「お前――」 絶対零度の雰囲気をまとっているそいつは、衝突した俺に目もくれずに無言でたたずんでいた。 光陽園学院であるはずの制服が、北高のセーラー服に変わっている。 「やあ、長門さん」 古泉がそいつに声をかけた。長門だと? こいつが? 俺の思考は混乱しながらも、ようやく一つの答えをはじき出した。 犯人がようやくはっきりしたのだ。 「そうか……。やっぱりてめえが……」 「――わたしは――――観測する。力を――――わたしが」 観測する、じゃねえ。しらばっくれんな。長門を、朝比奈さんを、古泉をどこにやったんだ。代わりとばかりにこんなバケモノみたいな朝比奈さんと古泉を作りやがって。そして自分は長門になったつもりか。いい加減にしろ。 俺が罵詈雑言を並べ立てるのも無視して、そいつはひたすら突っ立っている。モップみたいな髪の毛で、大理石のような双眸で。 周防九曜が、ここにいた。 俺は弾かれたように部室を飛び出した。後ろを振り返らずに走り出す。 俺のたいしてアテにならない直感が、あいつと一緒にいるのは危険だとしきりに叫んでいたからである。あの幽霊以下の存在感を誇る九曜の後ろで、偽朝比奈さんと偽古泉が俺を見て嘲笑うような表情をしていたのも正直怖かった。相手は地球上の礼儀と一般常識が一切通用しない連中だ。あの朝比奈さんと古泉が何者なのかはっきりとは解らないが、九曜の手下的存在であることは間違いない。だとしたら、雪山で長門が見せた幻の朝比奈さんよりも遥かにタチが悪いだろう。 部室はひたすら遠ざかる。俺が人並みの速度で逃走したところで九曜が相手では逃げようもなさそうだが、俺の目がとらえる限りでは部室の扉が開いて中から誰かが出てくるようなことはなかった。 一安心か。 「おわっ」 後ろを振り返りつつ走っていたら、前方不注意でまた人にぶつかった。悪いな、と手を合わせて立ち去ろうとしたが、俺はその顔を見て立ち止まらざるを得なかった。 九曜が先回りしていたのでも、ハルヒが俺の腕をつかんでいたのでもない。まったく予想外な人物だった。北高のセーラー服をまとった女子。俺は牽制すべきかと一瞬思って距離を取ろうとしたが、今さら牽制してどうにかなるものではないと思い直して足を引っ込めた。 なぜお前が北高のセーラー服を着てるんだなど訊くべきことは山ほどあったが、意外なことに俺の口をついて出たのは疑問ではなかった。 「遅え」 絞り出すような声が出た。憎悪が破裂した水道管のごとく、止めどなく溢れ出した。 「遅えんだよっ!」 ドラマなんかでよくある、襟首を掴む力なんてのは俺には残っていなかった。そいつの肩に手を置いて俺は俯いた。その肩を突き放せば、そいつは窓ガラスに体当たりすることになったのだが、俺はしなかった。 ヤツは何も言わなかった。まるで俺に怒れと命令でもしているかのように、である。皮肉なもんで、俺は相手に言い訳する気がないのを知ると憎悪や怒りの類が醒めちまったのを感じた。 しばらくして俺は顔を上げた。 「橘京子。お前は何か知ってるんだろ。だからここに来たんだ」 その女――北高セーラー服仕様の橘京子はうっすらと微笑んだ。古泉のような超能力者と一緒にこいつまで消えてなかったのはなぜか。まあそんなもんはさしたる問題ではないが。 橘京子は廊下の壁にもたれかかったまま、 「ええ。空間座標と侵入コードをようやく解析できました。コードが複雑になっていたのでずいぶんと時間がかかってしまいましたけど。今日はあなたにそれを伝えるために来たんです」 だから、それってのは何のことだ。てめえは人をじらすのが趣味なのか。 「まさか」 橘京子は苦笑し、 「けど行けば解ると思うわ。そこにはあたしよりもずっと説明上手な人たちがいますからね。詳しい説明ならその人たちから聞いてください。あたしはそこまでの案内役です」 「馬鹿。遅えんだ。早く来やがれ」 橘京子は黙って頭を下げた。その頭頂をかかと落としで叩き割ってやりたかったが俺はやらなかった。とっとと案内して欲しかった。 橘京子が俺をどこかに案内するらしい。こいつが案内役になるというと、あそこしか思い浮かばないのは俺の頭が変なのか。そんなことはないだろう。超能力者、とりわけ橘京子の専門はあそこしかないのだから。 俺は充分に息を吸って、 「佐々木の閉鎖空間にでも連れていくつもりか?」 春の喫茶店で連れて行かれたクリーム色の空間を思い出す。ハルヒの閉鎖空間に比べれば平和的だったが、行こうと誘われて行きたい場所ではないね。 橘京子は胸のうちを読まれてしまったような表情をして、 「ええ。そんな感じの場所です。勘が鋭いんですね。ただし制作者は佐々木さんではなくて、別の人ですよ。だけど、なぜかあたしの持つ能力で入れるように作られていたの」 まさかハルヒと佐々木以外で意図的にあんな空間を作りたがる奴がいるとは思ってもみなかったが、今の焦点はそこではない。わざわざ橘京子が入れるようにしたのもとりあえず無視だ。 「それはどこにあるんだ。俺を連れてく気なんだろ? 前置きはいいから、とっとと案内してくれ」 「案内するまでもないんですけどね」 橘京子は俺が走ってきた廊下の向こうを指さし、 「その空間が発生しているのは部室です。もちろん、あなたがたSOS団の部室ね」 俺はハッとして息をのんだ。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる……』 そういうことだったのか――。 部室に発生した異空間。橘京子が侵入できるのに佐々木が作った閉鎖空間ではなくて、創造主は別の人間らしい。そしてこの長門のメッセージ。わたしはここにいる。ここというのはピンポイントで部室のことなのだ。 間違いない。その空間には長門がいる。 「じゃあ行きましょうか。あなたもあちらの人も、早く会いたいでしょうからね」 「待てや」 橘京子が何でしょうと振り返る前に、俺はヤツの頭をはたいた。ヤツが驚きの色を隠せずにこちらを見ると、俺は言ってやった。 「お前が遅いせいで消されちまった二人と、それから俺の心配料をまとめて一発でいいにしてやる。ありがたく思うといいぜ」 とか言いながらも、俺は本当は顔を三発ぐらいぶん殴ってやりたかった。これでも、レディーに気を遣ってやったんだよ。 橘京子はまた黙って頭を下げると、俺が走ってきた廊下を引き返し始めた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3882.html
・・俺はただあいつに、笑っていてほしかっただけなのかもしれない。 涼宮ハルヒの再会 (1) いろいろありすぎた一年を越え、俺の初々しく繊細だった精神は、図太くとてもタフなものになっていた。 今の俺ならば、隣の席に座っている女の子が、突然『私、実はこの世界とは違う世界からやって来ているんです』などと言いだしたとしても、決して驚かないだろう。 愛すべき未来人の先輩や無口で万能な宇宙人、そして限定的な爽やか超能力者たちとともにハルヒに振り回されて過ごしたこの一年間は、俺があと何十年生きようとも、生涯で最も濃密な一年になるはずだ。 と言うより、そうなってくれないと困るな。 これ以上のことは、さすがの俺も御免こうむりたい。 いくらなんでも毎年毎年、クラスメイトに殺されかけるような事態は起こらないはず・・・と、思いたいな、うん。 北高に入学してから丸一年がたち、SOS団の団長及び団員はみな、無事進級した。 まぁ、“無事”などという表現が必要なのはどうやら俺だけだったようだが。 もっとも、万が一俺が留年し、一年生をやり直すなどという事態になれば、ハルヒの雷が落ちるのは間違いなかったわけで、そうなれば古泉の機関も黙ってはいなかったであろう。 来年、俺が留年しそうになったら頼むぜ、古泉。 「申し訳ありませんが、あなたの学業のことに関しては、機関はノータッチを貫かせていただきますよ。」 冗談だ。俺もお前や、お前の機関にできるだけ借りなんて作りたくないからな。 「それは結構。では、とりあえず今度の中間テストの結果を楽しみにしておきますよ。」 ふん、誰がお前にテストの成績なぞ教えてやるものか。 「いえいえ、あなたの口から直接伺えるとは僕も思ってはいませんよ。あなたもご存知の通り、この学校には僕や生徒会長の彼以外にも、機関の息のかかった者はおりますので、ご心配なく。」 いやいや、逆に心配になるんだが。 一体お前の機関にどこまで俺のことを調べられているのやら。 「おや、興味がおありですか。では少しお話ししましょうか、あれはたしかあなたが中学2年生の6月・・・」 「おい、こらちょっと待て、誰が話せと言った。」 それは、この約3年間の月日をかけて、ようやく記憶の片隅に追いやった、二度と思い出したくないエピソードだ。 勝手に引っ張り出してくるな。 「そうですか、それは残念ですね。やはり記録として活字で上がってくるものを確認するのと、本人のリアクションを見ながら確認するのでは、だいぶ違いがあるのではと思ったのですが。」 「いいか、その話は二度とするな。特にハルヒの前では絶対にだ。」 「それはもちろん分かっていますよ。僕のほうとしましても、いたずらに涼宮さんの心をかき乱すようなまねは避けたいですしね。」 ハルヒだけではない、この場に朝比奈さんがいなくて本当によかった。 あんな恥ずかしい話を朝比奈さんに聞かれた日には・・・ ああ、いや、これ以上考えるのはやめにしよう。 軽く思い出すだけで、激しい自己嫌悪に襲われる。 とにかく、あの二人に聞かれなかっただけ良しとしよう。 俺が部室に着いた時にはもう、いつも通りのポジションで本を広げていた長門には、話の触りを聞かれてしまったが、あいつのことだ、とっくに承知のことなのだろうし、仮に知らなかったとしても何ともないだろう。 先ほど、古泉の野郎があの話をしそうになったときに、長門がこちらをジトっとした目で見ていたのはなにかの間違いだろう、うん、そうに違いない。 その後、いつもより少し遅れてやってきた朝比奈さんのいれてくれたお茶を飲みながら古泉とゲームをし(当然俺の全勝だったのだが)、同じく遅れてきたハルヒによって朝比奈さんがおもちゃと化すのをなんとか止め、長門が本を閉じるのを合図に帰宅する、というこの一年の間にすっかり定着したこの日常を、俺はいたく気に入っていた。 だってそうだろ。 未来人や宇宙人、自分の望み通りのことをおこせるトンデモ少女(古泉の機関に言わせると“神”か)なんていう、ありえない肩書きをもっているとは言え、学校でもトップクラスの美少女たちに囲まれて、毎日の暇な放課後に色を加えることができるのだ。 まぁ、リーダーである団長様がアレなので、今の俺のポジションを羨む野郎なんてのは、つい一月ほど前に入学してきたばかりの新一年生にしかいないだろうが、人って生き物は慣れてさえしまえば、あとはなんとでもなるものである。 最初にも言ったが、俺はハルヒ絡みのことではちょっとやそっとじゃ驚けない体質になってしまっている。 宇宙人、未来人、超能力者が揃い踏みのこの空間で普通に過ごしている俺にとってみれば、身の危険さえ迫らねば、あとのことはたいてい黙って見過ごすことができるだろう。 そう、それがハルヒ絡みのことであれば、だ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1429.html
ハルヒVS朝倉 激突 1話 ハルヒVS朝倉 激突 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4386.html
「ただの人間でも構いません!この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に興味のある人がいたらあたしのところに来なさい!以上!」 これはハルヒの新学期の自己紹介の台詞だ それを俺が聞くことができたのはハルヒと同じクラスになれたからに他ならない ハルヒが泣いてまで危惧していたクラス替えだったが俺は相変わらずハルヒの席の前でハルヒにシャーペンでつつかれたり、その太陽のような笑顔を眺めたりしている どうやら理系と文系は丁度いい数字で分かれるようなことはなく、クラス替えであぶれた奴らがこの2年5組に半々ぐらいで所属していた 教室移動で離れることもあるが、大半の時間をハルヒと過ごすことができる これもハルヒの力によるところなのか定かではないが、この状況が幸せなのでそんなことはどちらでもよかった 「キョン!部室にいくわよ!」 放課後俺はハルヒと手を繋いで部室に向かう やれやれ、こんな幸せでいいのかね 「いやはや、やっと肩の荷が降りましたよ、これで涼宮さんの精神も安定するでしょう」 放課後の文芸部室で囲碁の真っ最中、見事なウッテガエシを決めた俺に対し、にやけ面が盤面の状況など興味ないと言いたげに口を開く 認めたくはないが、今回の出来事の発端としての発言をしたのはこいつだ 図らずともこいつの言ったようにことが動いていて癪に触る ちなみにハルヒは長門、朝比奈さんを連れて新入生に勧誘のビラ配りをしている 長門と朝比奈さんはそれぞれ、去年の文化祭で着たウェイトレスと魔法使いの格好でだ また問題にならなければいいが 「末長くお幸せに」 古泉の含み笑い3割、いつもの微笑1割、谷口が今朝俺に対して見せたニヤニヤが6割のムカツク面にどんな嫌味や皮肉を言ってやろうかと考えているといつかのデジャヴのようにドアが勢い良く開いた 「いやぁー!ビラ全部はけたわよ!やっぱりSOS団の一年間の活動は無駄じゃなかったわね!!」 相乗効果で100万Wにも1億Wにもなりそうな笑顔でハルヒが部室に戻ってきた 無駄じゃなかった…か、そうだな、俺もそう思うよ…もちろんいろんな意味でな 「ハルヒ」 俺の呼び掛けにその笑顔のまま俺の方を向く この笑顔がずっと俺のものだなんてまだ実感がわかないな 「これからもよろしくな」 その俺の一言に笑顔に少し赤みがかる そして最高にうれしそうな笑顔で 「当ったり前じゃないの!あたしを幸せにしなかったら死刑なんだからね!!」 びしっと差した指は真っすぐ俺に向けられている いつか俺とハルヒが結婚した時にでも俺はジョン・スミスの正体とSOS団の連中の肩書きでも話してやろうかな、と思った FIN
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2669.html
「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6131.html
「涼宮ハルヒのビックリ」(ネタバレ注意?) 「涼宮ハルヒ。」の続編を予想して書いてみました。処女作品なのに長編SSで、しかも稚拙な文章のためあらかじめご了承願いたいです。 第四章 涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐7 β‐7 「涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐8 β‐8 第五章 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐9 β‐9 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐10 β‐10 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐11 β‐11 第六章 「涼宮ハルヒのビックリ」第六章 エピローグ 「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがき また下記のサイトにて個人的見解も述べています。よろしかったらどうぞ。 ttp //www31.atwiki.jp/kyogaku/
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1431.html
(作者の都合によりいきなりクライマックス) ハルヒを孤立させるため、キョンの篭絡を計った朝倉 しかし天性のニブチンであるキョンはなかなか朝倉になびかない。 業を煮やした朝倉は正攻法、搦め手を含めてキョンへのアタックを続ける。 そのうちにだんだんキョンのことが好きになってしまうが、朝倉は認めようとしない。 あくまでハルヒを孤立させるためという建前を貫き通していた。 そしてハルヒの誕生日前日、朝倉はわざわざ翌日をキョンに告白する日に定め、 彼につきまとう。なぜかキョンもその日に限って朝倉と仲良くしていた。 ハルヒはそんなキョンに素直になれず、悪態をついてしまう。 そして誕生日当日、キョンと朝倉が仲良くしている姿を見るのがイヤだったハルヒは 学校を休んでしまう。 ハルヒ「あーあ、今日は誕生日だってのに、なにやってんだろ私・・・」 学校をサボッたハルヒは、ベッドの上でゴロゴロしていた。 不意にハルヒの目から涙が流れる。 ハルヒ「やだ!私、別に悲しくなんか・・・キョン・・・バカキョン・・・ アイツ、とうとう朝倉と付き合うのかな・・・」 とうとうハルヒの目から大粒の涙が溢れ出してきた。 ハルヒ「キョン・・・なんであんなヤツと・・・バカキョン・・・うぇ・・・・グスッ・・・・」 ハルヒは耐え切れなくなり、ついに大きな声を上げて泣きはじめた。 その日、キョンは早めに学校に着いたが、一向にハルヒは教室に現れなかった。 昨日朝倉と急接近したせいか、それとも他に理由があるのか、 キョンは妙にそわそわしていた。 朝倉「キョン君、おはよ!」 キョン「あ、ああ。おはよう。昨日はサンキューな」 朝倉「別にお礼なんていいわ。私も楽しかったし」 その日はなぜか朝倉も少し浮かない顔をしていた。 キョンはその日の授業をうわの空で聞き流し、午後の授業が終わると急いで部室に向かおうとした。 朝倉「待って、キョン君」 キョン「ん、どうした?」 朝倉「少し話があるの・・・いいかな?」 キョン「・・・ああ、かまわないぞ」 一方、ハルヒはその日一日を泣きながら過ごしていた。 キョンのことを思い浮かべては涙を流すの繰り返しである。 そのせいで夕方ころには目を真っ赤に腫れ明かしていた。 不意にハルヒの携帯が鳴り出した。着信先を見ると、朝倉からである。 ハルヒ「フン、どうせキョンと付き合うことになったことをみせつけたいだけなのよ」 ハルヒは朝倉からの電話を無視していたが、あまりにもしつこくかかってきたので 着信8回目にしてついに出てしまった。 ハルヒ「うるさいわね。なんか用?」 朝倉「とんだご挨拶ね。・・・今からちょっとだけ顔を貸してもらえない?」 ハルヒ「おあいにく様!こっちは体調不良で寝てるの。また今度にしてちょうだい」 朝倉「ウソおっしゃい。どうせ仮病でしょ?川沿いの公園のベンチで待ってるから。 絶対くるのよ!」 ハルヒ「もしかしてキョンも一緒にいるのかな・・・」 キョンのことを思い出すと、また泣きそうになる。 ハルヒ「・・・しかたないわね。このままずっと寝てるわけにもいかないし」 ハルヒは朝倉に会いに行く決意を決めると、すばやく準備をして家を出た。 朝倉「遅いよ」 ハルヒ「あんたが突然呼び出したりするからよ。んで、何の用?さっさと済ませちゃってよ」 ハルヒは覚悟を決めていたが、朝倉を前にするとやはり心が痛んだ。 朝倉「・・・そんなに構えなくていいわ。たぶん、あなたにとってはいい話だろうから」 ハルヒ「どういうことよ?」 朝倉「なんだか、どうでもよくなってきちゃった」 朝倉の言葉に、ハルヒはわけがわからずに聞き返した。 ハルヒ「はぁ?意味わかんないわよ」 朝倉「キョン君のことよ」 キョンの名前を出されて、ハルヒは一瞬ビクっとした。 朝倉「私ね、はっきり言ってあなたのことが嫌いだった。私と同じぐらい、いやそれ以上に 勉強やスポーツができて、顔もかわいいあなたのことをね」 ハルヒ「・・・・・」 朝倉「はじめはね、クラスで孤立してるあなたを見て安心してたの。 でもね、サークルを作ってキョン君と仲良くし始めたあなたを見て、 なぜかすごく憎らしく思えてきたの」 ハルヒ「それで私を目のカタキにしてたってワケ?とんだ迷惑ね」 朝倉「その通りよ。だからあなたからキョン君を奪おうと思ったの・・・ 別に本気で好きだったわけじゃないのよ。ただあなたを困らそうとしただけ」 ハルヒ「・・・・・」 朝倉「それでね、さっきキョン君に告白してきたんだけど」 ハルヒ「!?・・・やっぱり」 朝倉「でもね、断られちゃった。彼、ちゃんと好きな人がいるらしいわ」 ハルヒ「どうして・・・?だってアンタたち、昨日だってあんなに仲良くしてたじゃない」 ここまでくると朝倉は笑顔を崩し、ハルヒを睨みつけるような表情で言った。 朝倉「そうよ。私だって彼の気持ちは私にあるんだって思ってた・・・ 昨日はね、彼、私にシルバーアクセサリーについて詳しく聞いてきたのよ。 私、よくショップを回ったり、時には自作したりもしてるからね。人並み以上には 詳しいと自負してるわ」 ハルヒ「・・・あ!?」 朝倉「心当たりがあるようね。彼にねだったことでもあるの?・・・その通りよ。 彼は今日のあなたの誕生日のために、わざわざこの私に教えを受けてたってわけ。 バカにしてると思わない?」 ハルヒはそれを聞くと、自分の勘違いを深く恥じた。 ハルヒ(キョン・・・まさか私のために、そこまで考えてくれていたなんて・・・) 朝倉「彼に告白を断られた後、そのことを聞き出したわ。まったくピエロもいいとこよ」 そういうと、朝倉はハルヒに近づいてきて、ハルヒの頬を張りつけた。 朝倉「おめでとう!これで彼はあなたのものよ!お幸せにね!」 そこまで言うと、朝倉は走ってその場を去った。 ハルヒは唖然とした顔で、走り去る朝倉の後ろ姿を見つめていた。 朝倉「なによ、人をバカにして!別に本気だったわけじゃないけど ヘンに気を持たせるような素振りを見せなくてもいいじゃない」 朝倉がマンションの下までくると、そこには長門が立っていた。 長門「・・・これ」 長門が缶ジュースを差し出すと、朝倉はひったくるようにして 手に取り、一気に飲み干した。 長門「・・・あなたは、彼のことが」 朝倉「言っとくけどね。私は涼宮さんが憎かっただけなの。 キョン君のことなんて本気じゃなかったわ。彼が私になびいたら、 さっさとフッてやるつもりだったの」 長門「あなたは素直じゃない。でも、以前よりは本音を言ってくれるようになった」 そういうと、長門はゆっくりとハンカチを差し出した。 朝倉「なによ・・・みんなでバカにして・・・ホント、私だけバカみたいじゃない・・・」 その夜、朝倉と長門はマンションの屋上に上がり、街の光を眺めていた。 朝倉「今頃、あの二人仲良くやってるだろなあ・・・ あーあ、こんなことになるんだったら最初から正攻法で攻めるんだった」 長門「私は、あなたがうらやましい」 朝倉「こんなヘソ曲がりで陰険な私が?えらく持ち上げてくれるわね」 長門「あなたは人を惹きつける明るさを持っている。彼だってあなたの明るさには惹かれてた。 ただ、あなたは素直じゃないだけ」 朝倉「あなただって、私の本性は知っているでしょう?明るさなんて表面上だけのものよ」 長門「表面上だけでも、それは立派なあなたの個性。私にはそれがない」 朝倉「言ってくれるわね。私だって、あなたのその素直な性格がうらやましいわ」 長門「そう」 朝倉「そうよ。素直さにかけては、私やあの涼宮さんなんて足元にも及ばないわ」 長門「・・・そう」 朝倉「そんなにうれしそうな顔しないでよ」 その後、朝倉とハルヒはよくケンカするようになった。 しかしそれは以前のような水面下だけのものではなく、 お互い本人を前にしての口ゲンカである。 似たもの同士、少しは互いを理解できたというべきか。 朝倉も少しずつではあるが本心を明かすようになり、 以前とのギャップに篭絡されたヤツは男女問わず多いようだ。 次学期の委員長にはハルヒも立候補するつもりのようだが、 人望の面で圧倒的に不利である。 その差をどう埋めるつもりなのか、少し気になる。 まあどちらが勝っても対した問題ではない。 願わくば、この友情が末永く続きますように。 終わり。