約 2,287,963 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2499.html
まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5133.html
涼宮ハルヒの呪縛-MEGASSA_MIMIKAKI+冥&天蓋こんにゃく百合カレーmix-Relinquished 掃除で遅れた俺は、既に全員揃っているであろう部室へ向かっていた。 扉を開けるとハルヒが怒鳴る。 「遅いわよミョン! …あれ?」 ? 「ちょっとミョン! …あああれ?」 部室の空気が北極並に凍りついた。ハルヒのエターナル(以下略)が炸裂した! 俺はミョンじゃないんだが。どうした、滑舌が悪くなったか? 「よく分からないけど、ミョンって言ってもミョンになっちゃ…ああーーーーーっ!!」 ハルヒはぐしゃぐしゃ髪を掻きむしり悶絶している。意味が分かりません。 「つまり、『キョ』の発音が『ミョ』になっちまうということか?」 「そうなのよ! なんとかしなさいよ!」 「じゃあ試してみるか。Repeat after me. 教科書」 「教科書」 「京都」 「京都」 普通の単語には影響ないのか。 「巨乳」 「……」ガシッボカッ 痛い痛い、無言で殴るな! 「このエロミョン!!」 「「……」」 長門「……変態」 駄目か。 長門「無視しないで…」 「駄目みたいね。ああもうなんとかしなさいよ!」 そう言われても、俺に何が出来る…。 長門(涙目)「無視しないで…お願い…」 「あああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁあぁあこんにゃくぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ!」 混乱したハルヒは髪を掻き回しながら廊下へと疾走していった。 「馬鹿! 廊下へ飛び出すな! もしかしてもしなくてもナイスタイミングでパイプ椅子を運ぶ会長が…!」 バッシャーンガラガラガラガラ 「ハルヒー!」 「きゅーん…」 「あーあ言わんこっちゃない」 「す、涼宮さぁん! あ、あの、私、保健室に連れていきます!」タタタ… 因みに共に気絶した会長は廊下放置されたが、後にボンテージ姿の喜緑さんに回収されていった。何するつもりなんだろうあの人…。 「古泉一樹…、私が勇気を振り絞ってツッコミを放ったのに無視された…」グスン 「それは可哀想に」ナデナデ 「ううっ…」ポロポロ 「僕も空気ですから…」 「古泉一樹…泣かないで」 「長門さん…」 しばらくして朝比奈さんが戻って来た。頭を打ったのか、ハルヒの頭上に星が4つ程「ピヨピヨ」という効果音を伴いながら輪になって回転していたが命に別状はないとのこと。 「あ、あの、ミョン君…ふぇぇぇぇぇ?」 朝比奈さんもですか…。 「ごめんなさいミョンく…」 「……」 「…ぅぅぅ…」 伝染している、まさかハルヒの仕業か…? 「ずみまぜん…」 な、泣かないで下さい。ときに古泉に抱かれている長門よ、どうなってんだこれ。 「(重要な出番ktkr!!)涼宮ハルヒは自分だけが『ミョン』と呼んでしまうことが恥ずかしく、それならばいっそ皆が『ミョン』と呼んでしまうようなればいいという改変を行なった模様」 なんで元に戻るように改変しなかったんだよ…。 つまり、 「今日から貴方の名前はミョン」 「マジか」 「マジ(ざまあwwwwwwwwww)」 「勘弁してくれよ」 「無駄(メシウマwwwwwwwww)」 「はぁ…」 (はっ、いけないいけない。私の愛しのキョン様が…) 「ふ、ふっかーつ!」ピヨピヨ 威勢良く扉を開けて保健室から戻って来たたハルヒであったが、ふらふらしているし、何やら効果音が聞こえる。 「大丈夫かハルヒ、星が回ってるぞ」 「だだだだだだだだ大丈夫!」ピヨピヨ 長門(涼宮ハルヒは思考力が低下している、キョン様に接近するチャンス!) 「ふらふらじゃないか、家まで送ってやるよ」 「え? あ、う、うん、ありがと!」ピヨピヨ 「という訳だから先に帰るよ、じゃあな」 バタン 長門(涙目)「うぅっ……」 古泉「……」 「彼は無意識に人を傷つける…間違い無く女性の敵…」ポロポロ 「そう言われましても……」 意気揚々と学校へ向かう妹「翌日っ!」 なのね「阪中」 妹「逆になってるよー」 あれ? どうなってるの?「阪中」 妹「…」 教室へ向かう。ハルヒはまだ来ていないようだ。重たい足取りで自分の席へ。 「ハァ、参ったなぁ。今日から俺は『ミョン』なんだよな…。なんだよ『ミョン』って、力の抜ける擬音だなぁ、…みょん」 「ミョン君、落ち込まないの」 「朝倉…」 朝倉は長門からの連絡を受けたのか、俺が『ミョン』になったことに驚いていない。 「いくら抵抗しても無駄だからね。仕方ないわよ、ミョン君」 「ああ、相手がハルヒじゃ仕方あるまい…だが俺を『ミョン』と呼ぶ奴は許さん!」ガバッ 「え、ちょ…」 俺は怒りに任せて朝倉を机に押さえつけ、「アレ」を取り出した。 「痛いのが嫌なら大人しくしてろよお嬢ちゃん…」 「…ん、うう…///」 just a moment... 「はぁ……」 「いけないコだ…、俺をここまで本気にさせるとはな」 満足感と達成感に溢れた俺の目の前に、呆れた様子の谷口と国木田が現れた。 「何でお前が朝倉の耳掃除してんだ? (う、羨ましくなんかない! 決してない!)」 悪いか? だが俺の綿棒の手さばきは半端無いぞ? 既に俺の手に「墜ちた」朝倉はすやすやと穏やかな寝息を立てて眠っている。 「しかも綿棒って、耳かきじゃないのかよ」 綿棒なめるなよ。 「なぁミョン…あれ?」 当然のことながら、谷口もハルヒの呪縛に囚われているのである。 「何故だぁぁぁぁぁ! ミョンがミョンになっちまう!」 谷口が頭を抱えている。 「意味が分からないよ谷口君」 ここでようやく国木田が喋った。 こいつがハルヒと同じことを言うのが忌々しく感じられたので、立ち上がると悶絶している谷口に接近し、指先に渾身の力を込めて脇腹を突いた。 「ぅぼぁ」 倒れて床を転がる谷口。俺はそれを見届けて席に座る。 「容赦ないね…」 「俺だってこういう時もあるさ」 「でも、谷口君が悶える姿って本当に愉快だよね」 「国木田!?」 黒い…、国木田の笑顔が、黒い。 「ついでに僕も追撃しちゃお。『冥闇符:チャックアイ=テルーゾ』」 ズガァァァァァァァァァァァァァン 謎の呪文によって放たれた紫炎は龍の如く谷口へと突っ込んだ! 「国木田ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(断末魔)」 ピチューン 某魔女「弾幕はパワーだ…」 「国木田、お前の方が容赦無さすぎる」 「ん? そうかなぁ」 「そうかなって…」 「先に謝るよ。ごめん、どうやら僕も『ミョン』としか言えないみたいなんだ」 国木田は申し訳なさそうな表情をしている。この正直者め。 「はははそうかそうかミョンか…ならば貴様も生かしてはおけん!」グサッ 「な…んで…」ドサッ 「まさかこのナイフ(提供朝倉)を汚す時が来るとはな…残念だよ。ラ=ヨダソウ=スティアーナ…」 だが谷口と国木田はまだ残機が残っていたので、3分後には何事も無かったかのように復活した。 チャイムが鳴ると同時にハルヒがやって来た、珍しく遅刻寸前だった。 「おはよ」 「おう。ケガは大丈夫なのか?」 「勿論よ。なーんかミョンって違和感あるわね…」 「ミョンなぁ…あんまりミョンミョン言われるとゲシュタルト崩壊を起こしそうだ」 岡部「朝倉ー、起きろー」 朝倉がまだ眠っている。残念だが、俺の超絶テクニックに墜ちると1時間はぐっすりなんだぜ。 山根(あの男…何をした…!) 岡部「そういえばミョン…ん、ミョン?」 「おんどぅるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいとこんにゃくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 「ミョン!?」 なぁハルヒ、言い間違えるのも恥ずかしいが、言い間違えられるのも恥ずかしいんだぜ…。 「rrrrrrrrrrrrrrr!!!(裏声)」 遂に耐えきれなくなった俺はホームルーム最中の教室を飛び出した。 手ぶらで来た為に行くあてもなく、自分でもどこか分からない程に徘徊していた。 石を蹴って歩く。あそこの電柱まで行ったら100点…側溝に落ちた。ゲームオーバー。 「くそぅ…どいつもこいつもミョンミョン言いやがって…」 カラスが「アホー」と鳴く中、俺は夕焼けを眺めながらとぼとぼ歩いていた。 ふとポケットから綿棒のケースを取り出す。 「綿棒の残りが少ないな…補充しないと」 綿棒「なんで耳掃除を究めようと思ったんだ?」 「なんかこう…至福の時じゃないか」 綿棒「確かにな。だがいきなり襲うのはどうかと思うぞ、誤解を招く」 「耳掃除を耳かきで簡単に済ませようとする人を見ると勿体無いと思ってしまうんだ」 (見たことあるのか…) 「そういう人達に耳掃除の素晴らしさを伝えるには、少々力ずくになっても仕方ない」 (そうか…?) カオス擬人化保守。じゃないよ、嘘だよ、全然違うよ。 「ところで綿棒よ」 綿棒「ん?」 「お前も『ミョン』としか呼べないのか?」 綿棒「どれどれ…ミョ、ミョン、ミョン…」 「……」 綿棒「……ミョン」 「そうか」 綿棒「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」 「だが綿棒は俺の人生だからな、許す」 綿棒「ほっ…」 そうして綿棒ケースをポケットに戻したその時だった。 救いの手がさしのべられた。 「どうしたんだいキョン、えらく落ち込んでいるじゃないか」 佐々木がいた。 「佐々木…お前、今…!」 「キョン? 何かあったのかい?」 当の本人は不思議そうな表情だが、俺にとってはまさに救世主(メシア)! 彼女の背後にある夕日はまさに後光! 「佐々木ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」ガシッ 「うわっ、何だい、いきなり路上で抱きつくなんて…苦しいじゃないか…///」 「佐々木ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 有り難う佐々木! お前は…お前はこんな時でも俺の味方なんだな! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ佐々木ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」 「どうして泣いているんだい…。ま、先ずは落ち着いてくれないかな…///」 電柱の影から見守る九曜「───計画──通り──」 画面の向こうのみくる「今私のことを空気って言った奴、体育館裏に顔貸しな」 顔だけの谷口「はい」 みくる「ピギィィィィィィィィィ!! 本当に顔を貸してきたでしゅ…! ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 鶴屋侍「現れたな妖怪カヲダケ! 今日こそあっしが成敗してくれるっさ!」 空中を漂うカヲダケ「ウケケケケケケ…朝比奈たんの(゜ρ゜)ハァハァ…」 鶴屋侍「喰らうが良いっさ、月夜の静寂をも乱さぬ斬撃…。鶴屋流剣術奥義・蒼月静風斬!!」ザシュッ カヲダケ「ギャアアアアアアアアアアアア!!」 鶴屋侍「妖怪、討ち取ったりぃ!!」 カヲダケ「残像だ」 鶴屋侍「!? そんな…馬鹿なっ!」 カヲダケ「クケケケケケケケケケ…無駄無駄無駄ぁ!」 鶴屋侍「な、なんだって…あたいの奥義が…効かない…?」ガクッ カヲダケ「ほっほっほっ、キミの攻撃パターンは全て学習済みなのサ!」 鶴屋侍「くっ…」 みくる「つ、鶴屋さぁん…」 カヲダケ「ヒャッハー! 命が惜しけりゃその娘を…げふぅっ」 SP「………」 カヲダケ「な、何だこのごつい体格の人達…」 SP「………」 カヲダケ「いぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 ドゴォォォォォォォォンバキガスドキャグルォメチャイヒャアルデヒドケトンナンプラァァァァァァ… 鶴屋さん「いやぁ…情けないねっ…結局護衛の助けを借りちゃったさ…」 みくる「でも…鶴屋がいなかったら、もう駄目かと思いました…」 鶴屋さん「みくる…」 みくる「鶴屋さん…」 「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」」 人々を震撼させた妖怪カヲダケの恐怖から解放された二人は抱き合い、大きな声で泣きました。そして二人が流した涙は雨となって乾いた大地を潤し、やがてそれが全ての生命の源である母なる海となり(以下略) 終われ 古泉「だがそう簡単には終わらないのだよアンダーソン君」 「おい古泉一樹」 「ただ言ってみたかっただけですよ長門さん…」 「貴方の言動は時折理解出来ない。まだ話は続く、『ミョン』問題は解決していないから」 俺は佐々木の部屋にいた。 そして愛を育んでいた。 「佐々木…」 「キョン…」 ※注 耳掃除です 屋根裏の九曜「──全て──順調───」 天蓋「くーちゃん、ちょっといらっしゃい」 九曜「───!!!」 天蓋「さっきからなにしてるのかなー?」 九曜「──────」フルフル 天蓋「おかーさん、みーんな知ってるんだからねー…」ゴゴゴゴゴゴ 九曜「───ぁ─ぁぁ───」ガクガクブルブル 穏健派「天蓋さんが何やら騒がしいですね」 主流派「どうしたの?」 天蓋「聞いてよ! またくーちゃんがイタズラしちゃったのよ!」 急進派「あー、さっきからのてんやわんやの原因は天蓋さん家の娘さんだったのか…」 天蓋「言ったでしょ!? 情報操作でイタズラはしちゃいけないって!」 九曜「─────」 天蓋「くーちゃん!!」 九曜「──ごめん───なさい…─」グスン 佐々木の部屋で談話していた時だ。携帯に着信が、ハルヒからであった。 「キョン! 遂に治ったわよ!」 「おお! ホントだ! やっぱり馴染みのあるのじゃないとな」 「疲れたわよ、もうあの苦しみから解放されたからもう安心! ってことで、また明日! じゃね!」 電話を切ると、佐々木が寂しげな笑みを見せた。 「佐々木…」 「いいさ、キョンが元の生活に戻ることが出来るなら」 「だが…」 俺は真っ直ぐ佐々木を見つめた。 「な、何だい」 「まだもう片方が終わっていない、やらせてくれ」 「キョンは相変わらずみたいだね、仕方ないな…」 そして俺は佐々木をベッドに寝かせると、綿棒を取り出した。 長門「貴方のお陰で、出番が減った。責任をとって欲しい」バシッ 古泉「キモティー☆」 「しかし、あの時貴方が構ってくれたことは…嬉しい…」 「長門さん…」 「古泉一樹…」 (嗚呼ぷにぷにで滑らかな白い肌…それに長門さんは僕の理想とするょぅι゛ょ体型に近い…。やはりこれは触ってこそ分かる…。見た目以上の破壊力…!) 「ここここ古泉一樹…」 「はい…、なんでしょうかぁ…」 「あああ貴方の様子がおかしい…。しし心拍数が上昇している。ぃぃ言わば『興奮状態』…ななななななな何故…」 「どうして、震えて、いるんですか? おかしくなんか、ありませんよ、あはは」ガシッ 「いいい嫌…やややめて…はははは放して…」 新ジャンル「ロリコン古泉」 バアン! 「私の長門さんに何してるのよ!」 「朝倉涼子…」 「もう大丈夫よ長門さん」 「こ、これは…! 朝倉さんはょぅι゛ょ体型とは異なるタイプ、しかしスカートから覗く紅色に染まったムチムチ太股もまた威力抜群…!」 「ひ、ひひ非常事態…、ここここここ古泉一樹がかかかかか覚醒している…」ガタガタ 「うわぁ…」 「にににににににに逃げ…」ガタガタ 「下品ですが…不覚にもbokkiしてしまいました…」 「ひぃぃっ…」 「そうと決まれば朝倉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 新ジャンル「変態ヒート古泉」 ズドォォォォォォォン 「だ、誰ですか! 僕のおにゃんにゃんタイムを邪魔するのは!」 「ミョン君(当時)に言われてね、古泉君が暴走する危険性があると」 「国木田君!!」 「な、何故気付いた…」 新ジャンル「冥王国木田」 「「「それはない」」」 「…やっぱり?」 九曜「──うぐっ───ひっく───」 喜緑「ほら、もう泣かないの、ね?」 「──お姉ちゃん───」 (涙で潤んだ目で私を見つめている…あぁ駄目よ私、理性を保って…)クラクラ 「───?」 (く、首を傾げないでぇぇぇぇ! もうらめぇぇぇぇ! お姉さんおかしくなっちゃうぅぅぅぅぅぅ!) 「──お姉ちゃん──どうしたの─?」 (あああああああああああっ…!)ビクンビクン 主流派「喜緑江美里が周防九曜に萌え死にしたそうだ」 穏健派「えみりぃぃぃぃぃん!」 天蓋「くーちゃんがまた一人癒しちゃったわね☆」 喜緑(く、悔しいっ! でも萌えちゃうっ!)ビクッビクッ 佐々木に別れを告げ、その後学校に鞄を取りに行ったので帰宅した頃にはすっかり夜になっておった。いやぁ今日は疲れた…。 「ただい…ふぉ!」 ハルヒ「キョーンキョンキョンキョーン♪ やっぱり『キョン』が一番よね!」 妹「ねー!」 「なんでハルヒがいるんだ、しかもパジャマ姿で!」 「泊めさせて貰うわよ!」 「ハルにゃんお泊まりー!」 俺は突然のことに困惑しながらも、笑みが溢れてしまった。今夜も俺のハイパー綿棒が炸裂するのか、大活躍だな。 月明かりが照らす部屋には俺とハルヒ、二人きりである。妹? 既にお休みさ、俺の超絶技巧でな。今日は俺の綿棒さばきで3人も幸せにしちまったぜ。 ハルヒは窓から見える星空を眺めていた。 「Beautiful...」 「Yeah.」 「Hey,KYON!! Let s go catching stars!」 流石団長様、今日も考えがぶっ飛んでます、絶好調です。 「How?」 「hmm...えーっと」 「『えーっと』なんて英語はないぞ、ハルヒの負けだな」 「うっさいわね…」 何故か知らんが「英語しか話せない」ゲームをしていたのである。途中、冗談半分にパンツの色を訊いたら「SHINE!!」という返事を頂いた。何で「輝け」なんだ? カヲダケの亡霊「ローマ字読みしてみろよ…」 ん? さっきの声は何だ? まぁいいか。 「そうだ、あたし達が行けないなら星を呼べばいいのよ!」 「まだその話題は続いてたのか、って星を呼ぶ?」 もしそうなるとしたら…星が接近してきて恒星の熱で地球どろどろで人類滅亡で地球温暖化もアルマゲドンもビックリの… 「待て待て待て待て待て待て待て待て」 「ダメ?」 そんな甘えたような声でもダメなものはダメ。 「じゃあ、隕石を手に入れればいいのよ!」 「星から離れてないか? ほい、反対側も」 ああそうさ、耳掃除の真っ最中だ。膝枕してんだぜ? 羨ましいだろ。 「じゃあ隕石を呼べばいいのよ!」 「だーかーらー」 カヲダケの亡霊「畜生ー! 羨ましくなんかNEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」 「はぁ…」 ハルヒが眠っている。そう、ハルヒも俺の耳掃除テクニックに墜ちたのだ。起こさないようにそっとベッドに寝かせる。また一人、幸せにしちまったぜ。 鶴屋侍は、苦戦していた。突如として現れたそいつに、手も足も出なかった。 「はぁ…はぁ…」 「貴方の剣術はなかなかのもの。しかし…」 ぼろぼろの鶴屋侍に対し、相手は呼吸すら乱れていない。 「速さが足りない!」 「も、もう一回いくっさ…!」 鶴屋侍が地面を蹴る。 「……」 「はあああああああああああ!!」 「残念でなりません、貴方ともあろう方がこの程度なんて」シュッ 「うっ……」 相手の攻撃をまともに喰らい、地面に倒れた。 「これが峰打ちじゃなかったら、今頃胴体が真っ二つですよ」 「く……」 峰打ちは実力が無い者への手加減、屈辱である。鶴屋侍は砂利を掴んだ。 「出直して来なさい」 そう言い残して立ち去ってゆく。 「待って下さい!」 「なんでしょうか」 「あ、貴方は…一体…」 彼女は振り返ると、微笑んで答えた。 森「ただのメイドですよ」 アクション時代劇、SAMURAI-CRANE カミングスーン… 「なぁハルヒ、何だこの予告編」 「次回の映画よ!」 「いつの間にこんなの撮影してたのか。やけにクオリティ高いなぁ」 「なんてったって今回は鶴屋さんの全面バックアップだからね! そうだ、アンタもミョンって名前で出しちゃおうかしら!」 妙「え、俺こんな名前なの?」 「そうよ! それで『ミョン』って読むの!」 妙「まてこら悪夢再燃させるな」 「結構しっくりくるわね…」 妙「おいおい、あの時言ってたことと違うじゃねぇか」 「あの時はあの時よ。うん、妙(ミョン)に決定!」 妙「うわあああああああああああああああああああああさしみこんにゃくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」 そう、悲劇は繰り返される。 エンドレス・ミョン
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1886.html
例年に比べて少しくらい気温が高かったらしい夏も終わり 通学路の坂、キョンに言わせるとハイキングコースにも涼しさが到来してきた。 季節は秋。 キョンの奴は「うだるような夏がようやく終わってくれた…」なんて呟いてたけど 私に言わせれば夏の方がよっぽど面白い気がする。イベントが多いからね。 まぁ、秋は秋でイベントがあるからいいんだけど。 今日は古泉くんとみくるちゃんは実家の用事、有希は遠い両親に会いにいくらしく休み。 キョンは馬鹿だから先生に呼び出されてるらしい。 つまり私は今一人。理由も言わずに部室の鍵を閉めて帰ったら キョンが混乱するだろうし仕方がないから残ってあげてるって訳。 「あぁつまんない…何で団長のアタシが待たされなきゃいけない訳? 全部キョンのせいなんだから…来たらどう罰を科してやろうかしら? …そうだ、あの馬鹿面見るために隠れていきなり驚かしましょう!!」 そんな事を考えて私は部屋を見渡した後、みくるちゃんのコスプレ衣装の裏に隠れた。 衣装ならたくさんあるし、黙っていればバレないからね。覚悟しなさいよキョン!! その後10分くらいしてようやくキョンが部室に来た。 本当はすぐ出て行こうと思ってたけどキョンが一人の時は何をしているのか気になったし 少し隠れてキョンの観察をすることにした。変態なことしてたら許さないんだから!! 「ん?何だ、今日は皆来てないのか…俺が一番最後かと思ってたんだが…」 なんて阿呆みたいに呟いた後、何とあろうことか団長席に座ったの。信じられない。 後でとっちめてやろうなんて考えてるアタシの耳にその後とんでもない言葉が飛んできたわ。 「ハルヒまで来てないとはな…最近気になって仕方ないし話せなくなるからな。助かった…」 気になる?私を?どんな風に? 「アイツ可愛いよな…」 な……嘘…キョンが私を? 「抱きしめたくなるの何度我慢した事か…偉いぞ俺…」 信じられなかった。いつも振り回しているのに。 そう思ったら嬉しくなったと同時に身体が熱くなった。そう、今まで感じた事の無いような熱さ。 いや、正確に言えばキョンが気になり始めた時に感じた時の熱さと似ている。 でも今度の熱さは私にもしっかり分かった。 性欲。 キョンは私を異性として見てくれている。 恋愛なんて一種の気の迷い、精神病なんて思ってたけど違うのかもしれない。 アタシもキョンを抱きしめたい…それ以上も… そう考えた私は動きが早かった。いい?感謝しなさいキョン。 今からアンタは妄想の中でだけでもアタシに抱かれるの。 アタシはスカートの下から手を入れパンツ越しに秘部を撫でた。 ぐっちょり濡れているのが分かる。これが愛液…キョンを思って出た愛液… アタシの初オナニーの相手はキョンになった…嬉しくてたまらない… 気持ちよくてたまらない…秘部が熱い…ウズウズする… どこかで聞いた覚えのあるオナニーの仕方を思い出しながら必死に指で秘部を刺激する。 そしてもう一方の手で胸を触る…乳首が起っていてまるで自分の身体ではないような感じだった。 しかしアタシはうかつだった。初オナニーだったからかもしれない。 興奮していつしかキョンのいる部室だってことを忘れて一心不乱にしていたせいで 声が漏れて… 「ハルヒ?」 手を元に戻して「隠れてたのよ!!顔が熱いのは熱かったから!!」って言えばいいのに… でも狂ったアタシは止められなかった。 キョンの前で、キョンの顔を見ながら必死に秘部を刺激していた。 よりよい快感。キョンはアタシの前で顔を赤らめて顔を背けている。 止めないと。分かってるのに。アタシの理性じゃ快感には勝てない。 「キョン…キョン…キョン~…もっと…んぁ…」 衣類は乱れ、目の前で愛する人に見られ、二人きりの部室。 そんな状態の中で喘ぎ声なんか止められなかった…ただもう感じるしかなかった… 嫌われたくない…でも…止められない… そしてアタシはとうとう最大まで火照った体をさらけ出しながらキョンにこう言った。 「いい?アタシはね、アンタが好きなの!! アンタを考えながら今生まれて初めての自慰をしてしまったの!! だから…責任を取りなさい!!アタシが好きならだけど… もし好きならだけど…今回だけはアンタの好きにさせてあげるから…」 「本気か?」 え? 「本気でハルヒは俺のことを思って?」 そうよ… 「…嬉しいよハルヒ…俺もお前が好きだ!!だから…好きにしていいか?」 うん… 「初めてだから下手だけど勘弁してくれよ?」 「大丈夫よ…アタシはアンタってだけで大満足なんだから…ん…胸…そんなに強く…」 キョンはアタシを抱きしめると床に寝かせ、キスを一通りした後アタシの両胸を揉んでいた。 「んぁ…いい…キョン…ん…あぁ…」 乳首を指で弾かれる。それだけの行為でアタシの欲求は高まる。 胸を舐められる。それだけの行為でアタシの全てをキョンに委ねたくなる。 「キョン…下も…」 アタシがそう言うとキョンはアタシのパンツに手をかけそっと脱がした。 「凄ぇ…めちゃくちゃ濡れてる…俺が…」 「濡れてるとか言わないでよ…ねぇ…早く…」 分かったよ、と呟くとキョンはアタシのアソコを指で刺激した。 「んん…ぁあ…ヒィ…」 指入れるぞ、そう言うとゆっくりアタシのアソコに指をくねらせていった。 「ぃ…あぁ…ぁん…指…アタシの中に…」 キョンはアタシの一通りの喘ぎ声を聞き終えると自分のモノを出し 「なぁ、入れて…いいか?」 「ん…いいわよ…今日安全日だから……生でも…でも赤ちゃん生まれたら責任取りなさいよね…」 「責任って…」 そう言いながらもキョンはアタシのアソコに軽くモノを触れさせると少しずつ入れていった…」 「ん…痛ッ…や…駄目…ん…血…痛いよ…」 「わ、悪いハルヒ!!大丈夫か?今日はやめ…「やめないで…ちょっと待ってて…」 「分かった…」 その後数十分の間動かさず硬直状態だったけどアタシの「そろそろ…大丈夫そう…」って声で キョンは少しずつ腰を動かした。少し痛かったけどそれ以上にキョンのモノがあるってだけで。 それだけでアタシは満足できた。 「ハルヒ…しまりが…凄い……」 「馬鹿ッ…何言ってんのよ…んぁ…駄目……もうイキそう…」 「俺もだ…抜いた方がいいか?」 「駄目…アタシの中で…中で出して!!」 その声を合図に二人とも同時にイッた。 「キョンの…こぼれたのおいしい…」 「おいハルヒ、床舐めることないだろ…」 「いいじゃない…おいしいんだし…」 こうしてアタシたちの初体験は終わった。 いまでもたまにアタシたちは部室・教室で、普段はキョンの家でしている。 最初夏の方が好きって言ったっけ?あれ、撤回ね。 キョンさえ居ればどの季節だって最高なんだから!!
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5446.html
夏休みも終わって進学期が始まり、しばらくがたった。 俺は秋の訪れを感じさせる涼しげな風にあたりながら、学校へ向かっていた。 今日は偶然というべきだろうか? 俺は登校途中でハルヒと出会った。 ハルヒ「あらキョン。」 キョン「よお、ハルヒ。」 ハルヒ「ええ。」 お前の挨拶は二語だけか? 俺は黙ってハルヒの隣をついていった。 キョン「…。」 ハルヒ「…。」 俺とハルヒの間には季節はずれの蝉すら泣けないほどの沈黙が流れた。 それもそのはず、ハルヒがさっきからしきりに下を向いているからな。 キョン「ハルヒ、なんだか元気無いみたいじゃないか。」 ハルヒ「…。」 キョン「何だ、様子が変だぞ。何か悩みでもあるのか?」 ハルヒ「ゴメン。」 俺は言葉を失った。 なぜいきなり謝られないといけないんだ? それってどういう意味だ? ハルヒ「ゴメン。別に悪い意味でいったわけじゃないのよ。ただ、キョンがそんな心配性だなんて思わなかっただけ。」 キョン「おい、何が言いたいんだ!?」 キョン「・・・。」 ハルヒらしくない。 そう思ったが、口に出せなかった。 口に出したところでハルヒが混乱するだけだ。 ハルヒ「じゃあたし、先行くわ。キョンも後から来るのよ!」 ハルヒは俺にそう言い渡して、先行ってしまった。 俺はポカンと口を開けたまま、しばらくそこにたたずんでいた。 キョン「…。」 さて、場面は変わっていつもの2年5組の教室である。 まあ、別名俺のクラスと言ったところか。 今日はいつもよりも学校に来る時間が早かった。 俺は自分のすぐ後ろのハルヒの席を見たが、そこにハルヒはいなかった。 キョン「…珍しいな。」 俺がそう呟いた時だった。 「どうかしたの?」 ふと誰が後ろを向いている俺に対して正面から話しかけてきた。 キョン「…阪中。」 俺は振り向くと同時に不意に目に入ったその人物の名前を声に出してしまった。 阪中「涼宮さんのことが気になるのね?」 キョン「…別にハルヒの朝の様子がおかしかったから、それでちょっと心配してただけだ。」 俺は阪中が変な冷やかしをするような人じゃないと信じていたが、それでも人間の防衛本能のせいか阪中の妙な言葉にイライラした。 だが、それもどうやらしばしの間だけで、ストレスはすぐに解消されることとなった。 阪中「涼宮さんならきっと屋上よ。キョンくんが行ってあげるのが一番なのね。」 そうかい、どうやらハルヒは俺が知らなきゃいけないことを何故か隠しているようだ。 あくまで阪中から聞いた話による推測ではあるが…。 まあ、善は急げだ。 俺は早足で屋上へ向かった。 阪中「あ、キョンくん待って!」 俺と阪中はハルヒのいる屋上へと急いだ。 キョン「ハルヒ!」 ハルヒは俺の目の前にいた。 ハルヒはしばらくした後、ようやくこちらの存在に気付き、近寄ってきた。 ハルヒ「キョン・・・。それに・・・。」 阪中「涼宮さん、心配したのね。」 俺より先に阪中が喋り出した。 ハルヒ「ふーん。」 キョン「ハルヒ・・・。」 そこまで言ったところで俺は言葉に詰まった。 前と同じ聞き方をしたところで「しつこい」と追い返されるだけだろう。 だからと言って、他に何かハルヒが話してくれそうな問い方があるのか? キョン「・・・。」 でも、このままじゃダメだ。 何か…何か言わなければ・・・! キョン「ハルヒ、お前は俺のことがそんなに頼りないか?」 ハルヒ「…はあ?ばっかじゃないの?」 キョン「誰が馬鹿だと?」 ハルヒ「あんたよ。妙なところで心配性なのよね、ホント。」 すまん、どうやら早くもスイッチが入ってしまったようだ。 キョン「…そういう強がりが余計に心配かけているんだよ!馬鹿野郎!!」 俺がそう言ったとたん、ハルヒも阪中もビクッとした。 キョン「俺達はSOS団の仲間だろう!?お前が何やら様子がおかしいのはまる分かりなんだ。」 ハルヒ「そう…。じゃあ言わせてもらうわ。」 ハルヒはそれからとんでもないことを口走りやがったのである。 キョン「は?今、何と?」 ハルヒ「だから、SOS団をそろそろ解散にしようかと思うの。」 キョン「な、何でだ!?」 ハルヒ「飽きちゃったのよね…。ありもしない不思議を探そうだなんて。」 ハルヒ? お前の言っていることが俺にはよく分からんぞ? ハルヒ「毎日毎日同じ退屈した日々の繰り返し。正直飽きちゃった。」 キョン「おい、待てよ…。ハルヒ、お前は何を言ってるんだ? お前SOS団の活動、いつも楽しそうにしてたじゃないか。 俺の胸がむしょうにそわそわしてきた。 これはそろそろまじでやばいなと俺の本能が知らせている合図だ。 ハルヒ「…とにかく、あたしは今日からSOS団には参加しないわ。今後のことは残ったメンバーで話し合って。」 そう言って、ハルヒは屋上を出ようとする。 畜生・・・このまま行かせてたまるか! キョン「待ちやがれ!ハルヒ!!」 ハルヒは屋上の出口の前で止まってくれた。 やれやれ、間一髪だったな・・・。 キョン「お前の言ってることは嘘だな。」 ハルヒ「なっ…あんたに何が分かるっていうのよ!?」 キョン「ハルヒ…、お前が立ち上げたSOS団をこんな簡単に解散させようと思うはずないんだよ。もっとちゃんとした、SOS団に居づらくなった決定的な理由があるんだろう?」 俺は鋭い目でハルヒを睨んだ。 ハルヒ「うっ…。」 阪中「涼宮さん。何があったの?。」 ハルヒ「……。」 キョン「…俺達は仲間だろう?団長さんが仲間を頼れないなんて、情けない話だぜ?」 ハルヒ「……キョン。…あたし、怖かったのよ。SOS団のメンバーがあたしを嫌っているんじゃないかって。」 どうして今更そんなことを気にするんだ? ハルヒ「分かんない。でも、何だかふと気になるようになって…。」 俺は正直この時驚いたね。 あのハルヒが他人の目を気にするなんてね・・・。 キョン「ハルヒ。お前には分かるか?『仲間に嫌われる』というのがどういうときか。」 ハルヒ「……。」 ハルヒが普段じゃ決して見ることの出来ない不安そうな表情で俺を見つめてくる。 キョン「ハルヒが本気で嫌われたくないとか考えているなら、もっと仲間を頼れ!俺達を信じろ!」 そうだ、俺はハルヒに今までどうりにいてほしいんだ。 キョン「俺は少なくともお前のことを嫌いになりたくねぇ!」 ほんの一瞬、辺りから何一つ音がしないのを感じだ。 静まり返る中、俺はハルヒに言ってやった。 キョン「世界をおおいに盛り上げる涼宮ハルヒの団…。団長がいないと始まらないぜ。なあ、ハルヒ。」 阪中「…キョンくん…。」 ハルヒ「…キョン。勝手な行動をとった団長を許すの?」 キョン「ああ。」 そうだ、もっと俺にSOS団の楽しさを教えてくれよ。 放課後、ハルヒはSOS団にいつもどおりにやってきた。 いつもと同じ放課後の何気ない元文芸室での活動だったが、なんだろう? ひとつだけ違う点があった。 キョン「ハルヒ・・・。」 ハルヒ「な、何よ?」 キョン「今日はポニーテールなんだな。」 ハルヒ「・・・。」 ハルヒはしばらく間をおいて、言った。 ハルヒ「今日から再スタートだから、記念にってね。」 ―END―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/985.html
瞼を開けると目の前に広がるのはいつもの自分の部屋の天井ではない。 昨日と同じくここはビジネスホテルの一室だ。 目を覚ました俺は、すぐさま昨日と同じく鏡の前に向かった。 俺が誰であるのか確認する必要があったからだ。 グレゴール・ザムザのように毒虫にはなってはいないことは確かだが、 人間のままなら安心かというとそうでもないのだ。 洗面台の鏡に映る自分の姿は…… 普段は頭もよく人当たりもさわやかなハンサム好青年。 しかしその実体は謎の組織の一員にして限定的超能力者、古泉一樹。 ──うむ、異常なし。 3日目ともなると何も感じないね。 むしろまた別の人になっていなかったことに少しの安心感を覚えていた。 ふと一瞬だけ、変な考えが頭をよぎる。 ──俺はもしかしたら本当は生まれつき古泉だったりしないか。 それを何かの勘違いや思い違いや記憶喪失などで今はそう思えないだけで、 本来はこの姿があるべき姿だったと考えられなくもないのか? 普段なら考えもしない気味の悪いことが頭の中に浮かんでは消えていった。 何をバカなことを……いや、本当はそういうことを一番恐れているんだろうな、俺は。 昨日の朝比奈さん(長門)の話によると俺たちを元に戻せない可能性が僅かではあるがあるらしい。 このまま俺は古泉として一生を過ごすことが確定的になったとき、 俺はいったいどのように生きていけばいいのだろうか。 もはや元より俺は古泉だったとして第二の人生を送らなければならないのではないか? はっきり言って今、俺は元々俺であると主張する自信はない。 つい二週間ほど前の終わらなかった夏休みを思い返してみてもそうだ。 あのときまさか俺は一万うんぜん回もの夏休みを経験しているとは体感では全く気づきもしなかったのだからな。 人間の主観性というものは意外と当てにならない物だ。 地下の食堂で朝食を取り、急いでホテルをチェックアウトし学校へ向かう。 外は9月だというのに朝から蜃気楼の立ち上るような暑さだ。 今日も30度を越える真夏日になりそうだ。 その中を必死に汗をかきながら坂を登っていく。 本当ならこんな日は休んでしまいたい。 今日はいろいろやらなければいけないことがあるのだ。 まだ学校の始まる時間には余裕で間に合うが、 早めにクラスに着いて、今日のやるべきことを考えなくては。 何せ長門(古泉)いわく、なんでもハルヒは今イライラの最高潮にあり、 早くハルヒ機嫌を直さないと俺たちが元に戻る前に世界が消滅する可能性もあるらしい。 この一見平和に見える街の風景が明日にも崩壊の危機に面しているとは誰が知るだろうか。 今日やらなくてはいけないこと。 まずそれはハルヒの機嫌を直すことだろう。 だが何が機嫌を悪くしてるのかはちっともわからない。 そのためにはまずハルヒの様子を伺うことが大切だ。 昨日の夜も機嫌が悪かったようだし、 もしかしたら学校に来ていない可能性もある。 まずはその辺りから確認することにした。 古泉(俺)のクラスの9組は3階の一番端にあるクラスだ。 1年5組の教室はさらにその1つ上の階にある。 まだ朝のHRまでは時間があるので5組の様子を伺いに行く。 まだハルヒは来ていないようだったが、いつも俺が座っている席に俺(朝比奈さん)がちょこんと座っていた。 なにやらおぼつかない様子で辺りをキョロキョロしていたが、 何もすることがなくただ時間が過ぎるのをじっと耐えているようである。 こちらの様子には気づいていないようだ。 あえて挨拶するのも変なのでそのまま通過することにした。 長門(古泉)のクラスはすぐ近くにある。 5組を通り過ぎてそのまま長門(古泉)のクラスを確認する。 窓側最前列の席が長門(古泉)の席であるが、 席に鞄も置いてある様子もなく、まだ長門(古泉)は学校に来ていないようだった。 そういえば長門(古泉)は昨日の話だと来れないかもしれないと言っていたな。 朝比奈さん(長門)も確認しておきたいが、おそらくあいつが休むことはないだろう。 それに二年生の教室はこの校舎の向かいにあり、特に用もなく二年生の校舎をうろつくことは ハルヒのような非常識人間を除けば普通はしないことだ。 今のところ確認できたのは俺(朝比奈さん)だけか。 階段を下りようとしたところで、バッタリとハルヒに出会った。 「あら、古泉くんおはよう。こんなところで何してるの?」 一瞬だけ心拍数が跳ね上がった。 古泉のクラスは下の階にある。 授業の始まる前の時間帯に古泉がこの階を通りがかることはたしかに不自然である。 「おはようございます涼宮さん。えー、ちょっと僕の友達に用があっただけですよ」 あっけなく「あ、そう」とだけ言い残しハルヒはそのまま5組の教室へと向かっていった。 このときほんの少しだけであったが、ハルヒの様子に違和感を感じた。 違和感といってもほんの微かな引っかかりであったが、 半年間この女の前の席に座って後ろからの強烈なオーラのようなものを浴びせられていた俺には、 なんだかそのオーラのようなものが少し減っているような、そんな雰囲気を感じ取っていた。 気のせいかもしれないが。 9組に入ると昨日と同じくクラスの女子のほとんどがこちらに挨拶してきた。 古泉(俺)はこのクラスでは全ての女子と仲がいいらしい。 これがコイツの本当の超能力は女にモテる能力に違いない。 特によく古泉(俺)話しかけてくるのが後ろの席に座るこのクラスの委員長である。 「おはよう、古泉くん」 「おはようございます。今日も朝から暑くて大変ですね」 挨拶を返し、にこやかに目を細める。 そして歯を見せるように笑いながら、ほんの少しだけ首を傾ける。 俺もそろそろ3日目になり、この古泉スマイルもなかなか様になってきていると思う。 「ねえ古泉くん、三時間目の数学の宿題ちゃんとやってきてる?」 「え?あ……」 昨日も一昨日もホテル泊まりでそれどころではなかったといいたいところだがこのクラスは特進クラスだ。 宿題をやっていないと後で教師に何を言われるのかわかったものではない。 「んもう、しっかりしてよね。……今回は特別だからね」 そういうと、委員長は自分のノートを取り出しそっと手渡してくれた。 綺麗な字で数式の証明と細かい式が書かれている。 宿題の範囲は完璧に抑えられているようだ。 彼女は古泉に対して好意を抱いているのだろうか。 俺としては彼女はとてもいい人なのでぜひともその思いを遂げさせてやりたいものではある。 この親切も委員長にとってのポイント稼ぎに繋がるといいんだが、 いかんせん俺は本当の古泉ではない。 あと数日したら元の俺に戻る存在なのだ。……99.9996%ぐらいの確率で。 この記憶はおそらく古泉には受け継がれず俺個人が抱えることになるのに、 俺は彼女に嘘をついているような心境だ。 本当に申し訳ない。 そんなことを考えつつも、とりあえず今はこのノートを写す作業に取り掛かった。 今はそれどころではないのだ。 サンキュー委員長。 あとで元に戻れたら何か礼くらいしようと思う。 戻れなくてもこれはこれでアリなのかもしれないが。 一時間目が始まり、俺はずーっと考えていた。 ハルヒのストレスの原因は何か…… 考えられる要因はいくつかある。 この数日間、俺たち4人は中身が入れ替わっている。 こんな怪しい状況にも関わらずハルヒにはそのことは当然のように内緒だ。 もしかしたら俺たちが何か隠し事をしていることを直感で感じ取っている可能性もある。 仲間はずれにされたような気になっているのかもしれない。 あるいは無限に続いていた夏休みが終わってしまい、いまさらながらに休みがまた恋しくなっているのか? ハルヒはあんだけ遊んでもまだ遊び足りないっていう態度だからな。 長かった休み明けで憂鬱になるのは誰にでもあることだ。 しかし何より一番大事なことはこの4人の入れ替えとハルヒのイライラが同時にほぼ発生したということだろう。 この2つはおそらく無関係ではない。 つまりその場合4人の入れ替えはハルヒのイライラと関連性があるということだ。 そして気になるのが昨日朝比奈さん(長門)が言っていたことだ。 朝比奈さんの言動がハルヒに影響を与えたかもしれないということ。 それは朝比奈さんが無意識的に思っているところで、 朝比奈さんに直接聞いてみてもすぐにはわからないかもしれないが、 数日前にハルヒと朝比奈さんの間で何らかのやりとりがあったということは考えられる。 とにかく俺(朝比奈さん)に事情を説明してここ数日間で何かあったか聞いてみるしかない。 一時間目の授業の終わりの鐘が鳴るのを聞いて、 俺は1年5組へと急いだ。 もちろん俺(朝比奈さん)話を聞くためだ。 5組を通りかかる振りをしながら軽く中の様子を伺う。 俺(朝比奈さん)とハルヒがなにやら会話していた。 二人はそこそこ話が弾んでいるらしく、 俺(朝比奈さん)がうふふと口の前に手を置きながら笑い、 ハルヒもそれにあわせてニンマリと笑っている。 楽しそうだ。 二人はとても自然な感じで話し合っていて、 そこにいる俺が少しオカマっぽい笑い方をしていることなど気にもかけていない様子であった。 いったい何の話をしているのか聞き耳を立ててみると、 妹がアニメに出てくるキャラクターの動きを真似しようとして壁に頭をぶつけただの、 どうしたこうしたというなんとも他愛もない話だった。 いつもの俺もこんな感じで話をすることはある。だが何もこんなときに…… 体の中に焦りとも違う何か妙な感情が浮かび上がるのを感じつつもそのまま様子を伺ったが、 なかなか俺(朝比奈さん)とハルヒの会話は終わりそうにない。 無理に連れ出すことも出来なくはないが、授業の合間の休み時間は短い。 それにここでハルヒの機嫌を損ねるのは余り得策とはいえない。 この調子ではまたの時間にするしかないようだ。 9組への帰りの途中、長門(古泉)のクラスを覗いてみた。 机の横のフックに鞄はかかっておらず、長門(古泉)の席は空席になっていた。 今日は来ていないのだろうか。 そうすると昨日からまだハルヒの精神不安定が続いているということになる。 今朝ハルヒに会った様子ではそれほど機嫌を悪くしているように思えなかった。 今もそうだった。 だが、現実としてハルヒが現在も閉鎖空間を頻繁に発生させているのであれば それに対して何かしらの処置を施さなければいけない。 こういうとき今までの俺たちはいったいどうしてきただろうか。 古泉は前に言っていた。 中学時代のハルヒは常に精神が不安定な状態で、 数時間おきに閉鎖空間で巨人を生み出しているハルヒは、 さぞ凄まじいまでのストレスの塊であったことだろう。 そのストレスによる発生する閉鎖空間から世界の崩壊を救うために組織されたもの、 それが古泉を含む人間たちで結成された『機関』であった。 今までの小規模な閉鎖空間であればSOS団内でなんとか解決できたかもしれない。 しかし『機関』ですら対処のしようのない規模の問題をいったいどのように解決すればいいのだ。 9組の手前の廊下に差し掛かったところで廊下の向こうに朝比奈さん(長門)を発見した。 隣にいるのはあの元気印の上級生鶴屋さんだ。 なにやら二人で楽しそうに話をしている様子だ。 いつもなら普通の光景だが、よくよく考えるとこれは少し不思議な光景であった。 あの朝比奈さん(長門)が人と話している。 それも僅かではありながらも笑顔を交えながら。 彼女の中身を知るもののみにわかるこの不思議さ。 あの長門が感情を表に出すという仕草を形なりにも出来るようになっているという変化は 成長と見るべきか異変と見るべきかこれは大いに興味が注がれるところであった。 長門にとって朝比奈さんの体に乗り移るという現象は 無表情な宇宙人にとって、感情表現を体得するいい機会になったのではないか。 とにかく長門は朝比奈さんに成りすますことに徐々に慣れてきているようであった。 「うわーお、一樹くんっ!久しぶりっ!元気してたっ?」 遠くからこちらを見つけて威勢良く右手を振りながら鶴屋さんが駆けつけてきた。廊下は走らない! 「次の授業は教室移動なのさっ。みくるもこのとおりっ! ……んんんん?あれあれっ今日はどうしたのかなっ? めがっさ重そ~な悩みを抱えた顔してるね!お姉さんにちょろ~んと話してみないかいっ?」 表情を読まれている。 しかしこれはちょろ~んと話せる内容ではないのだが。 「はは~ん、わかったっ! 一樹くん、ハルにゃんのことで何か悩み事を抱えているにょろ?」 このにょろにょろ語使いの上級生は他人の心が読めるのだろうか?少し怖くなってきた。 もういっそのこと全部ばらしてみたくなった。 この人ならなんとなくだが俺たちの秘密を最後まで厳守できるような気がする。 「だって一樹くんいっつもハルにゃんのことっばっかり考えて行動してるじゃないのさっ! 今回もきっとそうなんでしょっ?んっ?」 古泉がハルヒのことを第一に考えて行動していたとは知らなかった。 人の隠れた一面とはなかなか他者の視点からは見えないということか。 ここは一つ、元気属性ではハルヒに似ている鶴屋さんなりの意見を聞いてみるか。 「最近、涼宮さんの様子がおかしいんです。 何かに退屈してるのかずっとイライラしている様子でして…… 本人は普通に振舞っているのでなかなか聞きづらいのですよ。 ……どうしたらいいでしょうかね? まさにお手上げ状態といったところです」 「うぷぷぷ、うまっあーっはっはっはっはー。く、くくくぅ…… ごめんよう、いやぁっなんでもないっ!なんでないよっ!! こういうときこそ一樹くんの出番じゃないさっぷっ! ハルにゃんはきっとまた一樹くんが何か楽しいことをしでかすのが待ちきれないんじゃないのかなっぷぷぷ!」 なにがそんなにおかしいのか。 「じゃ!あたしはもう時間だからいくね!頑張ってねーっ! あ、何か面白いイベントをやるときはあたしも呼んどくれ!何でも協力するからさっ!」 元気よく言い放ち、鶴屋さんは奥にある美術室へとスタスタと歩いていった。 朝比奈さん(長門)が美術室の前でこちらを振り向いて小さく口元を微笑ませながら手を振っていた。 その仕草はまるで天使が初めて地上の人に出会ったかのように初々しく神々しかった。 とにかく鶴屋さんがいうにはこういうときは古泉(俺)がなんとかしなくてはいけないらしい。 ──そうだ。 思い起こせばこの前の夏休みの合宿もそうだった。 古泉たち『機関』の人間はハルヒの退屈しのぎにはとても積極的であった。 ハルヒの機嫌が悪くなることがないように、 またハルヒが変な思い付きを実行に移さないようにするため、 何か行動を起こす前にあらかじめ先回りしてこちらからイベントへ導いていたのだ。 さらに今冬には雪山で合宿するという企画まであるらしい。 古泉たちだけではない。 コンピ研の部長の家で巨大カマドウマを倒したこともあった。 あれがSOS団に持ち込まれた初めての相談依頼だったな。 あれは長門の企画だったらしいがSOS団の存在意義を世間に知らしめたおかげでハルヒは上機嫌であった。 朝比奈さんはメイド服を自ら着てお茶汲み要員になったりバニーやナースの衣装を着たりなど、 ハルヒの言いなりになりながらも機嫌取りに終始している。 ハルヒ自身も自分の退屈を紛らわせるために野球大会に参加したり、 夏休みに団員全員を連れて遊びまわしたりもしている。 元はといえばこのSOS団自体がハルヒの退屈しのぎのために作られた物なのだから、 そういうみんなが行動を取るのは当然ともいえる。 そして俺だ。 俺はどうだった? 俺はハルヒの退屈を紛らわせるために自ら何かを企画したことがあっただろうか。 別に俺はハルヒが進化の可能性だとか神様だとか時間の歪みだとは思わないし、 そのせいでハルヒのために何かしろという上からの命令はない。 だが、SOS団という組織が退屈な毎日を打破するためのハルヒの望みであるとするならば、 そこの一員はハルヒの退屈しのぎをするというのが使命…… つまり運命の神様がいるとすればこういいたいのだろう。 次は君の番だと。 全く、ふざけるな。 である。 ハルヒ、お前は何様のつもりなんだ? ちょっと気に食わないことがあるとすぐに機嫌を悪くする。 それは宇宙人いわく、情報爆発を引き起こし、 超能力者いわく、世界を存亡の危機に陥れ、 未来人いわく、時空間に大きな歪みを作る。 まるで超新星爆発クラスの超巨大駄々っ子だ。 そんなところまで面倒見切れん。 しかし、ここは俺がやらねばなるまい。 残された時間は余りない。 古泉の話ではもって明日までだという。 すると今日か明日には何かハルヒの退屈しのぎのイベントを起こさなければいけないのだ。 これはもういまさら論議しても始まらないことなのだ。 クラスに戻ってからも授業のことなど何も頭に入らなかった。 ──何かハルヒにとって楽しいこと…… 考えれば考えるほど俺の頭の中は深みに嵌まっていった。 もともと俺の頭は深く考えて何かいい案が出てくるようには出来ていない。 そもそも今この場所で今日明日に開催されるアウトドアイベント情報など知るすべなどなく、 俺の頭の中では古泉の企画したような殺人偽装事件などは考えられるはずもないのだ。 ハルヒの今までの行動パターンからいって季節ものの企画には食いつきやすい。 秋といえば……ベタなところでスポーツの秋とかはどうだろうか。 前にやった野球のように無茶苦茶な現象を引き起こすことになるかもしれないが、この際は仕方がない。 だが果たしてスポーツをやってハルヒのストレスを解消できるのかは甚だ疑問である。 大食いの秋は昨日やったがハルヒのストレスは増大しているようだし、 アイツが自分で言い出した企画にも関わらずストレスを溜めるとはいったいどういうことなんだ。 ぐるぐると考えだけが積み重なって螺旋状の複雑な図形を作りながら浮かんでは消えていった。 はっきり言ってこんなことをしているのは時間の無駄であった。 あっという間に時間は過ぎていき、 4時間目の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。 昼休みだ。 周りの席からこちらに向けて集中的な視線が浴びせられる。 昨日、一昨日のパターンから言ってお弁当攻撃が予想されていた。 誠にありがたいことではあるが、今はやらなければいけないことがある。 俺(朝比奈さん)にどうしてもハルヒのことを聞いておかなければいけない。 授業の合間の休み時間ではおそらく時間も足りないであろうし、 ハルヒが一緒では聞けないし呼び出しするのも不自然だ。 よってハルヒと俺(朝比奈さん)必ず別行動になるこの昼休みに狙いを絞ったのだ。 しかし周りの女の子たちは古泉(俺)の机を中心に周りを固め始めていた。 麗しき乙女たちに囲まれてみんなの持ち寄ったお弁当を食う。 こんな機会がこれからの人生でいったい何回訪れるであろうか。 とりあえず昼飯を食ってからでもいいかな?そんな不謹慎な考えが浮かび始めた瞬間、 「古泉くん」 ふとそのとき後ろの席から声が掛かる。 「ちょっと話があるの……すぐ終わるから一緒に来てくれないかな……」 助かった。冷静に考えれば楽しい時間は高速で過ぎていきあっという間に昼休みは終わる。 今朝宿題を見せてくれた恩もあるし、彼女のいうことに逆らう理由はない。 委員長の誘いに連れられた形でなんとか古泉包囲網を突破することができた。 教室を出て行くとき、背中に痛い視線を浴びていたが今はそんなこと気にならない。後で古泉に回しておくツケだ。 階段を登る委員長の後をついて行く。 着いた場所は屋上に出るドアの前だ。 四ヶ月前ここでハルヒに部活作りに協力しろと命令されたっけね。 滅多に人が来る場所ではない。 だからこそ内密の話、例えば愛の告白なんかをするのに向いているかもしれないな。 ただ周りに転がっている未完成な美術品のせいで少しムードは足りないが。 委員長は両手をもじもじとさせながら足元に転がっているマルス像に目線を落としていた。 「あ、あのね、古泉くん……」 委員長が上目使いでこちらに熱い目線を投げかけてきた。 なぜか顔が耳まで赤くなっている。 こっちまでなぜか顔が赤くなりそうだ。 「明日の夜にうちのお庭でお月見パーティーをやることになったの。 あ、明日は満月で暦の上でも中秋の名月の日だからってことでね。 うちは毎年この日に友達とかを呼んでパーティーをするの。 それで……それでね…… 古泉くんに来てもらえないかなぁって……」 委員長はそこまでいうと少しうつむき加減で目をそらした。 明日はもうそんな日だったか……中秋の名月ってたしか旧暦の8月15日だったかな。 ここのところ実家にも帰れない日が続いていたので気にもかけなかったな。 それどころではないのだからな。 しかし明日そんな時間があるのだろうか。 長門(古泉)の話ではハルヒの機嫌が持つのが明日くらいが限界だと言っていたが、 それまでに機嫌を直していたらいけるかもしれない。 だが……今ここでこれからどうなるかわからない明日の約束が出来るはずがない。 ここはうまく丁寧に断ろう。委員長には悪いが俺とお月見したところで本物の古泉と仲良くなれるわけではない。 それに古泉の知らない記憶をこれ以上増やしても古泉にも悪いだろうしな。 口に出すのをためらっているとこちらの言葉をさえぎるように委員長が先に声を出した。 「あ、あ……そ、それでね、古泉くんの他にも涼宮さんやSOS団の方々も一緒にどうかなって ……迷惑だった……かな?」 「え?ハルヒもですか?」 思わずハルヒと呼んでいた。 古泉ならここは涼宮さんと呼ぶところだ。 意外な展開につい言葉が漏れてしまった。 「うん……だって、古泉くん……涼宮さんと一緒じゃないとダメなんでしょ? それにせっかくだからたくさんの人に来てもらったほうが楽しいかなって思って……」 いや、むしろこれはありがたかった。 ハルヒと一緒でもいいのだったらこの提案は天の助けともいえる。 そう、このとき俺の頭の中に天啓ともいえるべきいい考えが思い浮かんでいたからだ。 真っ暗な夜道にポツンとある街灯の明かりのごとくいささか頼りない考えではあったが、 しかしそこに一筋の光明を見出したのだ。 これを利用しない手はない。 「いえいえ、そういうことでしたらぜひ喜んでご招待させていただきます。 そうだ! 何かパーティの宴会芸でもSOS団の団員達で披露させていただきますね。 あと一つご相談なんですがSOS団とは直接の関係者ではないんですが、 僕の友達の一人も一緒にお呼びしてもいいでしょうか?」 友達とは鶴屋さんのことだ。 委員長は満面の笑みで首を縦に振った。 「うん。みんなで来てくれるとうれしいわ。それじゃあ、いっぱいお料理作って待ってるからね!」 委員長は 階段を元気よく降りて行った。 俺は委員長が見えなくなるのを見届けてから5組の教室へと向かった。 5組を覗くと予想通り俺(朝比奈さん)と谷口と国木田が机を囲んで弁当を食っていた。 「ふぇ? 古泉くん? きゅ、急にどうしたの?」 箸にウィンナーを挟んだまま動かなくなっている俺(朝比奈さん)の背中を軽く叩き、急いで立つように促す。 谷口が疑うような怪しい目つきでこっちを見ている。 急いでいるので形にはあまりこだわってはいられない。 構わず俺(朝比奈さん)の腕を引っ張り強制的に教室から連れ出す。 さきほどと同じく屋上へと続く階段を駆け足で登っていく。 「古泉くんって……キョンくんですよね? な、なんだか私にはさっぱりで…… そんなに急いでどうしたんですか?」 「実は話したいことがあるんです……」 俺(朝比奈さん)が落ち着くのを待ってから昨日の朝比奈さん(長門)から聞いた話を聞かせた。 要点をまとめるとハルヒのことで何か思い当たることはないかどうかだ。 「そう…だったんですか………長門さんが私の記憶から……そんなことまでできるんですね」 俺(朝比奈さん)はおもちゃを奪われた赤ん坊のように今にも泣き出しそうな表情をしている。 長門に知られると何かまずいことでもあるのだろうか。 「それでハルヒに何か言った記憶はありますか」 「涼宮さんが不機嫌になる原因が私にあったとは知りませんでした。 無意識に自覚している、と言われましても私自身そんなきっかけになりそうなことを話した覚えなんてないんですけど…… それにわたし、涼宮さんと二人きりのときにそんなに長くお話しなんてしてないです……」 「長門は言っていました。それは朝比奈さんとして俺には話せないことだと。 たぶんそれはすごく言いにくいことなんです。 でもそれがわからないとハルヒのイライラの原因がわからないんです。 朝比奈さん、言いたくないことは重々承知しています。 でも今はどうしてもそれを知らなければならないんです」 「うーん……」 俺(朝比奈さん)は考え込んだままじっと目を瞑っていたが、 ときどき顔を赤くしてはそのたびに首を振るばかりで何か思いついたような表情は最後まで見せなかった。 どうやら本当に覚えがないらしい。 「そういえばこの前の日曜日……ハルヒと一緒になりましたよね?」 朝起きて俺たちの体が入れ替わっていることに絶望を覚えたあの9月8日。 その前日の日曜日に、俺たちSOS団の面々は恒例の不思議探検パトロールに全員で参加していた。 この探索自体はいつものとおり何事もなかったんだが、 午後の回でグループ分けをしたときに朝比奈さんとハルヒがペアになった。 このとき二人の間で何があったかはハルヒと朝比奈さんしか知りえないことだ。 「ええ、あのときはデパートに行ってきました。夏休み明けで新しいお茶が欲しかったのでそれを買いに…… その後は集合の時間までは近くの川原を二人でお散歩しました。特に変わったことは何も起こりませんでした」 「そのとき少しくらいは二人で話とかはしましたか?」 「ええ、しましたけど……どんな内容だったかはほとんど覚えてません。もちろん禁則に触るようなことは何も……」 まあ、いちいちそんな細かいことなど覚えていないのが普通だろう。 俺だって昨日どころか今日の授業だって先生が何を話していたかなんてほとんど覚えちゃいないぜ。 だが、記憶の奥底に眠っていたからこそ長門がそれを知りえたのだ。 「未来に教えてもらうことは出来ないんですか?」 「ええ……未来からは何の指示も……こちらの申請も全て審査中です。 おそらくこのまま……この申請は通らないと思います」 俺(朝比奈さん)はガックリと肩を落とす。 ここで朝比奈さん(大)が出てきて「これはこういうことだったのようふふ」なんて教えてくれれば早いのにな。 とりあえずここは手詰まりだ。 あとは朝比奈さん(長門)に直接教えてもらうしかない。 この俺(朝比奈さん)の直接の許可があれば朝比奈さん(長門)に教えてもらうことくらいは出来るだろう。 俺(朝比奈さん9はまだ考え込むような表情を見せていた。 「ああ、そうそう。明日古泉のクラスの友達の家でお月見パーティーをすることになったんですが……」 「あっ!!!」 ふと急に俺(朝比奈さん)の顔が急に血の気が引いたようになった。 もしかしたらハルヒのことで何か思い出したのか!? やっぱり朝比奈さんとハルヒの間には何か因縁のようなものがあるのか!? 思わず俺(朝比奈さん)に詰め寄り肩を握る。 次の瞬間背中が一瞬にして凍りついた。 「こんなところで何やってんの、あんたら」 氷点下273℃くらいの冷たい言葉が浴びせられた。 …………おい。 なんでこんなところにお前がいるんだ。 普段ならまだ食堂で残り物の恩恵にあずかろうという時間ではないか。 「なんか嫌な予感がして早めに教室に戻ってみたのよね。 そしたらキョンはいなくて食べかけのお弁当が置いてあるだけ。 谷口に聞いたわ。古泉くんと二人で出て行ったって。 それで何やってるかと思えば古泉くんと二人きりで暗い階段の踊り場で肩を寄せ合ってる。 ……あんたアナル萌えだったの?」 ハルヒ…… 仮にも若い女の子がいうセリフじゃねえだろ。 黙ってハルヒの方を振り返ると鉄板をも貫きそうな目でこっちを睨み付けていた。 主に俺(朝比奈さん)を。 俺(朝比奈さん)は古泉(俺)の体に隠れながら震えるばかりだった。 俺が何かを言わなくてはならない。 「違うんですよ。ちょっと話せば長くなるんですが……」 「うちのSOS団にガチホモ団員はいらないわ」 俺もいらん。 落ち着け。ここで取り乱してはいけない。古泉を思い出せ。 あのわざとらしいまでの芝居じみた笑顔を。 「誤解です。涼宮さんを不愉快にさせたのでしたら謝ります 僕はずっと前からも、そしてこれからも完全ノーマルですから」 ハルヒは疑いの目でじーっとこちらを見ている。 ここで焦ったら負けだ。 「明日の夜は中秋の名月なのをご存知ですか? 簡単にいうとお月見の日ですね。 その日に僕の友達に一緒にお月見パーティーをしないかと誘われましてね。 しかもSOS団の全員でいけるみたいなんですよ。 まあ、普通は月を見ながらおだんごを食べたりするだけのものですが、 僕たちなりに違う盛り上げ方ができればと思いまして……面白く宴会のような形で開催できないかと」 急にハルヒの目が強烈な輝きを取り戻した。 「へぇ~。 お月見パーティーねぇ……そんなものがあるのねー…… ねえ古泉くん! それはもちろんタダよね!? やっぱりお餅ついた杵でウサギ追っかけたりするの!?」 それはなんというふるさとの歌だ。 お月見が毎年そんな動物虐待のイベントだったらグリーンピースが黙っているわけがないだろう。 「せっかくパーティーに誘われたのなら、何か宴会芸の一つでもやらなきゃいけないわね。 キョン! ヘソで茶を沸かすくらいのことできるわよね?」 俺をなんだと思ってやがる。ヤカンか。 「ふぇ?え、え、えーっと……たぶん…できません……よね?」 そこはたぶんじゃなくていい。万一にでも出来るようになってほしくない。 未来の力でなんとかされても困る。 「実は僕たちだけでちょっとしたネタを考えてまして…… 今僕たちがしていたのはそれの打ち合わせだったんです。 パーティーはついさっき決まったことなので後で涼宮さんにもお話しようと思ってたのですが、 さきほどクラスにはいらっしゃらなかったもので……」 「ああ、そうだったのね。なーんだ。変な勘違いしてたみたい。ごめんね古泉くん。 そうよね、いくらなんでもキョンが急にホモになるわけないわよねぇ。 ところでどんなネタをやる予定なの?」 「中身は明日になってからの方が楽しみではありませんか? 先に知ってしまうと面白さが半減してしまうと思いますが……」 「それもそうね。ん? ははーん……ニヤリ。ま、期待してるわよー! なんせ古泉くんはSOS団の副団長兼宴会部長なんだからね!」 古泉のいないところで勝手な役職を増やすな。 ところでなんだその途中の含み笑いは。気になるじゃないか。 ハルヒは何かいいことを思いついた子供のようにニ段飛ばしで階段を降りていった。 「朝比奈さん、そんなわけで宴会芸をやることになってしまいました」 「ふ、ふぇえーー!? そ、そ、そんなの無理ですよー!! いきなり明日だなんて絶対無理ですー!!」 「大丈夫です。いい方法があるんですよ。これなら何も準備が要りませんし、 絶対に失敗しませんから。……おそらく。 それにこの宴会芸は最初から俺たちでやるつもりだったんです」 そう、このネタなら間違いなくこの朝比奈さんにも出来る宴会芸だ。 そして受け狙いも……まあ、おそらく大丈夫だろう。 そのためにお笑い要員の鶴屋さんを呼ぶんだからな。 俺は俺(朝比奈さん)に宴会芸の内容を教えた。 「……本当ですかぁ~? そんなのでいいんですか? そんなにこれってなにか面白い芸なんですか?」 面白いかどうかは別として悲しいくらいまでに完璧だ。 きっと鶴屋さんは大爆笑に違いない。 教室に戻るともう昼休みはもうあと一分で終わろうとしていた。 古泉(俺)の机の周りに出来ていたバリケードのようなハーレムは全て解散となっており、 周りの女子の視線もいくらかクールダウンしたものになっていた。 結局お昼は何も食っていないがここは仕方ない。 席に着こうとしたとき後ろの席の委員長が何か含みを持った視線を投げかけてきたが、 こちらは何も言わずにただうなずくだけにしておいた。 次の授業の準備をしようとしてふと気づいた。 机の上にサンドイッチが二つ置いてあったのだ。 誰が忘れて行ったかは知らないがありがたく頂戴する。 うまい。 腹が減るとなんでもうまいというがこれを作った人は天才だね。 放課後、部室に入るといつものメイド服姿の朝比奈さん(長門)が一人で分厚いハードカバーを読んでいた。 じっと目線を本に落としたまま、こちらの様子などまるで気にしていないようであった。 「長門……朝比奈さんはそんな本は読まないぞ」 そういって朝比奈さん(長門)の手からさっと本を奪い取って栞を挟む。 そのまま長机の向かい側に本を放り投げた。 一昨日と同じやり取りだ。 朝比奈さん(長門)はこちらを向いて何も語らない目でじっと俺を見つめていた。 そんな目で見ても無駄だ。 とにかく今はそれどころじゃないってことを理解してくれ。長門。 ゆっくりと扉が開き、次に入ってきたのはなんとハルヒだ。 いつも扉を親の仇のように壊さんばかりの勢いで扉に体当たりをかますこの女が 今日は珍しく普通にドアを開けて入ってきた。 ついに扉が親の仇ではないことに気がついたか。 最後に俺(朝比奈さん)がやってくるのを見てハルヒはキリッとした顔で団長椅子の上に立ち上がった。 「さーて、全員揃ったようね。……ってあれ?有希は?」 「今日は朝からお休みです。なにやら風邪を引いてしまったみ……」 「そんなことより!」 長門の風邪をそんなこと呼ばわりか! なら俺に聞くな! 「今は秋よね?」 そしてまたこのパターンか。 「ええ、秋ですとも。 夏でもなければ春でも冬でもありません。立派に秋と言えるのではないでしょうか」 「はい、みんな秋といえば?」 「読書の秋」 瞬時に返答した朝比奈さん(長門)は立ち上がり、さっき俺に奪われた分厚いハードカバーを読み始めた。 ハルヒは朝比奈さん(長門)の方をちらりと一瞥すると、 次にギラリと俺(朝比奈さん)の方を睨んだ。 「え……えっと~。お月見は明日だから……紅葉の秋……とかですか?」 俺(朝比奈さん)は自信のなさそうにうつむいている。 「みんなぜんっぜんわかってないわねぇ! 秋といえばスポーツの秋に決まってるでしょう! 我がSOS団がこんな小さな部屋に立て篭もって何もしないということはありえないのよ!」 俺が昼間に考えたベタな選択肢と同じものを選んできやがった。 「この四人でですか? 今日これからではメンバーを集めるのは難しいと思いますが……」 これが古泉(俺)としての精一杯の抵抗だった。 普段の俺だったら一人で外でも走って来いと言うところなんだがな。 「何言ってるのよ。卓球だったら二人でも出来るじゃない。 さ、みくるちゃんも着替えて着替えて! ほーらキョン立て! 早く準備して!」 もはや決定事項になってしまったようだ。 今日のSOS団の活動は卓球になりそうだ。 朝比奈さん(長門)は後から着替えてから来るらしいので、先に卓球台を確保しにいくことになった。 「そうだ、卓球するのにはラケットも必要ねえ」 用意してないんかい。 あいかわらず行き当たりばったりの団長さんだ。 まあ、ハルヒのことだから卓球部が練習してるところを無理やり奪うんだろうなと思っていたら、 目の前を行進していたはずのハルヒが急に視界から消えていた。 足元を見るとハルヒが廊下にうつぶせになって倒れていた。 ハルヒ!? こんなところで何してんだ? おい、しっかりしろ! なんとか動き出したハルヒは廊下に四つん這いの姿勢でまた立ち上がろうとしたが、 生まれたての小鹿のごとく足を滑らせるようにしてまた倒れこんだ。 見ると顔面は蒼白と表現するしかなく、しかめっつらで呼吸が荒くなってきていた。 「大丈夫か!? 救急車を呼ぶか!?」 「ん……大丈夫……。ちょっと立ちくらみがしただけだから…… あれ……? 目の前が暗くて……見えない……」 いったいどうしちまったんだ。 さっきまで元気に人の練習の邪魔をしに行こうなんて言ってたやつが。 こんな状態で運動など出来るはずがない。 ひとまず保健室に連れて行かなくては。 俺(朝比奈さん)は後ろでおろおろするばかりで役に立ちそうに無い。 「このままハルヒを保健室に連れて行くから朝比奈さん(長門)を呼んで!」 「え!? え!? でも……」 「いいから! 早く!」 ハルヒは担ごうとした俺の手を払いのけるようにして抵抗してきた。 「大丈夫。いいから……」 何を嫌がってるんだ。 こんなところで寝ているやつが大丈夫なわけ無いだろ。 だが抵抗する手にいつものハルヒほどの力は無い。 これなら無理やりにでも運んでいけるはずだ。 ハルヒの脚を左腕でささえ、首を右腕で支える。 いわゆるお姫様だっこの状態だがこれなら暴れられても運べる。 案の定ハルヒは微力な抵抗をしたが、すぐに具合の悪さが優先したかおとなしくなった。 保健室のドアのところに先生の不在を知らせる札が垂れ下がっていた。 中には寝ている病人もおらず、 ベッドが2台ほど空いたままになっていた。 その手前の方のベッドにハルヒを持ち上げて寝かせ、上から布団をかぶせた。 ハルヒの表情は苦しさを訴えていた。 すぐにも救急車を呼ぶべきかもしれないがひとまず保健の先生に診てもらってからにしよう。 「ちょっと先生いないか探してくる。このままおとなしく寝てるんだぞ」 「古泉くん……さっきからまるでキョンみたい」 ……やばい。 俺さっきこいつのことハルヒって呼んでなかったっけ? しかも口調も完全に俺の口調だったような気がする。 「……待って。行かないで」 弱々しくハルヒが声を出す。 ハルヒがこんなに弱っているのははじめて見る。 孤島で古泉の作った殺人ミステリーに巻き込まれたときより弱っている。 不意に保健室に無言の時が訪れた。 その静寂を打ち破って、急にガラリと扉が開かれた。 全身ピンクのナース服に身を包んだ看護婦さんが立っていた。 いや、今は看護婦じゃなくて看護士っていうんだっけ? どちらにせよその人は本物の看護士でもなんでもない人だ。 長い髪をたなびかせてハイヒールの足音をカツカツと立てながらこちらに歩いてくる。 頭に載せたナースキャップが少しだけずれているのもポイントだ。 胸の部分がこのナース服の規格にあっていないのか、今にも布がはち切らんばかりに張り詰めていた。 その姿にはどんな死人も一発で死のふちから呼び戻す魔力(男のみ)と、 どんな健常者でも退院の日を拒むような神々しさ(男のみ)がそこにはあった。 右手に持った不釣合いなコンビニ袋がなければ俺も思わずクラリと倒れるところだった。 それくらいこの人のナース服は攻撃力が高い。 「みくるちゃん……」 「動かないで。これを」 朝比奈さん(長門)がコンビニ袋から取り出したものは120円くらいの菓子パンと牛乳300ml。 しめて250円くらいの物であった。 ところで長門。どうしてナースのコスプレをする必要性があったんだ。 ハルヒに卓球するから着替えるようにと促されて着替えた服がこれですか? あとで詳しく事情を聞くとして、どこで買ってきたのかそのパンと牛乳をハルヒに与えるのはどういうわけだ? まるでハルヒのこの病状を最初から知っていたかのようだ。 「食べて。おちついてゆっくり」 ハルヒは朝比奈さん(長門)から手渡されたパンを躊躇いながらじっと見つめていたが、 少しずつちぎって口の中に放り込んでいった。 そんなにまずそうな顔をするな。 朝比奈さん(長門)の買ったパンだぞ? その120円のパンは売るところに売れば1000円以上の価値を持つパンなんだぜ。 「少しずつ。この牛乳と交互に」 そういわれるままにゆっくりとハルヒは食事を取り終えた。 飯を食えば治るのか? ハルヒは貧血か何かだったのか? とにかくパンを食べたハルヒはすぐにさきほどまでよりだいぶ顔色がよくなり、 目が見えないといっていたのも治ったようだった。 それにしてもなんで朝比奈さん(長門)はハルヒの倒れるところを見ていないのにそれがわかったんだ? それにそのコンビニ袋に書かれているコンビニはこの学校の近くにはなく、 坂を下りて駅の近くにまで行かないとたどり着かない。 まるであらかじめ準備していたかのようだ。 「ごめんなさい」 この場面でこのようなセリフを聞くとは思わなかった。 どうみても迷惑をかけているのはハルヒの方なのに、 謝ったのは朝比奈(長門)さんであった。 朝比奈さん(長門)がハルヒに向かってごめんなさいと言ったのだ。 「なんでみくるちゃんに謝られなきゃいけないのよ…… 別にあたしはなにも気にしてなんか無いんだから」 「先日のわたしの不用意な発言があなたの自尊心を傷つけたのならここに謝罪する」 「とにかくみくるちゃんは関係ないんだから……」 ハルヒは何も言わずに体を回転させ、ベッドに横向きに寝転がった。 ハルヒはそれ以降声をかけても何の反応も示さなかった。 朝比奈さん(長門)と俺(朝比奈さん)と3人で部室に戻り詳しく話を聞くことにした。 すると朝比奈さん(長門)の口から意外な事実が告げられた。 「涼宮ハルヒは今日の朝から何も食べ物を口にしていない」 「え……!?」 「その前の日も、口にしたのは朝に食べたリンゴ一かけら程度」 朝比奈さん(長門)はどうやらハルヒの毎日の食事まで観測しているらしい。 「わたしは涼宮ハルヒがなぜこのような自虐行動をとるのか原因がわからなかった。 しかし、朝比奈みくるの潜在意識の中からはこれに対する答えが導き出されてきた。 彼女は朝比奈みくるの発言を受けて以来、 自己の体重を減らすことを念頭に置いてそのような行動をとっているらしいということを認識するに至った」 そうだったのか……。 体重を減らす、つまり…… ハルヒはダイエットをしていたのだ。 ハルヒにとっての秋は大食いの秋でもスポーツの秋でも月見の秋でもない。 ダイエットの秋だった。あんまり聞かないが。 あのハルヒがなぜダイエットなんかしなくてはならないんだ? 何のために? 誰のために? しかもその方法がリンゴ一口しか食べないなんてふざけるにもほどがある。 素人にもわかる明らかに危険な減量法だ。 「しかしわからない。なぜ彼女はあのような行動にでるのか」 「長門、お前はこのことをずっと知っていたのか。 なんですぐに教えてくれなかったんだ? そうすれば閉鎖空間があんなに発生する前に止めることが出来たかもしれないじゃないか」 「そのことが閉鎖空間の発生と結びつかない。 なぜ食事を取らないと閉鎖空間が発生する?」 この宇宙人製の人間型端末は人間のストレスの仕組みを全然理解して無いらしい。 「長門、朝比奈さんの中でハルヒがダイエットするきっかけになったと推測するセリフって再現はできるか?」 朝比奈さん(長門)はじっと俺(朝比奈さん)の方を見つめていた。 話してもいいのかと聞いているようであった。 「お、お願いします。わたしにもなんであそこで謝らなければいけなかったのかわからないので聞かせてください」 「そう。了解した。 ただし推測される発言が幾多にも跨っている可能性があるので前後の会話と併せて聞かせる。 ……朝比奈みくると涼宮ハルヒが川原を散歩しているときのことだった。 並木通りのベンチに腰掛けた二人はしばらく何も話はしていなかった。 突然暇ねえと小さくつぶやいた涼宮ハルヒが急に後ろに回り込み朝比奈みくるの胸を揉みしだいてきた。 朝比奈みくるは必死に抵抗するも涼宮ハルヒの力には叶わずたちまち両胸は涼宮ハルヒの手に落ちた。 周りの通行人に聞こえるような大きな声で涼宮ハルヒが質問した。 あ~ら、みくるちゃんまた胸が大きくなったんじゃない? このこの。 涼宮ハルヒの問いに朝比奈みくるは顔を赤く染めるだけで何も答えない。 ただ揉んでいるだけの行動に飽きたのか涼宮ハルヒは指で乳首の」 「ちょ! あ、あああの~!……そ、その辺の描写は余り細かくしないでくれませんか?」 俺(朝比奈さん)が泣きそうになりながら朝比奈さん(長門)の腕にしがみついていた。 朝比奈さん(長門)は淡々と文章を読むがごとく平坦な口調で語っていた。 俺としてはもうちょっと臨場感溢れる演技を期待したいところだ。 「そう。了解した。 胸をひとしきりもみ終えた涼宮ハルヒは朝比奈みくるに質問した。 こんなに胸を大きくして地球をどうするつもり? 朝比奈みくるは答えた。 す、好きで大きくなったわけじゃありませんよう。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 今ブラジャーのサイズって何カップくらいあるわけ? 朝比奈みくるは答えた」 「答えちゃだめーー!! フツーにだめー!!」 フツーに!?? 俺(朝比奈さん)が必死に朝比奈さん(長門)の口を押さえた。 俺(朝比奈さん)はこっちの視線を感じたのか、その顔がどんどん赤く染まっていく。 でもまだどの部分がハルヒの機嫌を悪くしたのかがわからない。 ここで止めるわけにはいかないのだ。 今わかったことは朝比奈さんの胸がいまだに成長期であることだけだ。 続けてください長門先生。 これ以上続けるのを嫌がる俺(朝比奈さん)を必死になだめ、 朝比奈さん(長門)にはいつでもストップをかけられるようにゆっくりしゃべってもらうことにした。 「そう。了解した。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 みくるちゃんの前世って知ってる? ンモーって鳴いてた動物よ。 朝比奈みくるは答えた。 牛じゃないですよぅ。いじわるしないでください~。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 そういえばみくるちゃんの背ってわたしよりちょっと低いくらいだよね? 朝比奈みくるは答えた。 あ、たぶんそうかもです。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 ちなみに体重って今何キロあるの?みくるちゃん。 朝比奈みくるは答えた。 え、わたしの体重ですか? 最近2キロも重くなっちゃたんですが、よんじゅ……」 「わわっわっわあわああ!ストップです! もういいです! わかりました! わかりましたからあ!」 俺(朝比奈さん)が目に大粒の涙を浮かべながら朝比奈さん(長門)の口を止めた。 誘導尋問というやつか。 ハルヒは最初に相手の嫌がる質問からだんだんと聞きやすい質問へと絶妙なタイミングで相手を誘導し、 朝比奈さんの体重を聞きだしていた。 もうこれでわかった。 誰の目にも明らかであろう。 ハルヒは朝比奈さんの体重を聞いて愕然としたのだ。 で、40何キロだったんだ? 「朝比奈さんはつまりこの部分がハルヒの不機嫌の原因になったと考えてたわけか」 おそらく最近2キロ増えたというその体重よりハルヒの体重が重かったのだ。 「そういえば確かにこんなやり取りでした。 あのとき涼宮さんの表情が一瞬曇ったような気がしたんです。 2キロも、という発言はいらなかったかもしれないって気づいたんですが、 その後の涼宮さんの態度はいたって普通だったのですっかり忘れてしまいました」 このハルヒの行動からはもう一つのことが考えられる。 それはハルヒが朝比奈さんとの入れ替えを願ったということだ。 ハルヒには常識的な部分と非常識的な部分が混在すると古泉は言っていた。 ハルヒは自分が朝比奈さんになりたいと心のどこかで願ったとしても、 そんなことが出来るわけがないともう一人のハルヒに否定されるのだ。 そんな矛盾がどこかで願いに捻りを起こし、 今回の俺たちの入れ替え騒動に繋がったのではないか。 ハルヒに直接聞くわけにはいかないので、あくまでこれは推測の域を出ないのではあるが。 「朝比奈さん……でもこれちっともいつもどおりじゃないですよ。 昼休みに聞いたときはこの日何事もなかったように言ってましたけど」 「え、でもでも……涼宮さんはわたしと二人きりになるとよくこういうことをしてくるんです。 ただこのときは体重を聞かれてたんですね。そこがいつもと違うなんて気づかなかったです」 俺は心に決めていた。 次にもし中身が入れ替わることがあって自由に相手を選ぶことが出来るならハルヒになろう。 その前にこの鼻血を止めなくてはならないな。 俺は一人でハルヒのいる保健室へと向かった。 今いるSOS団の団員を代表して団長に直訴するためだ。 ハルヒはベッドに寝っ転がったままではあったが、 眠ってはいなかったようだ。 不機嫌そうに天井を見つめている。 「ダイエットでもしてたのですか? どうやらまともに食事も取っていないように見えるのですが」 「……そうよ。わるい?」 「なんでこんな無茶なことをしようなんて考えたんですか?」 ハルヒは寝たままムスっとした表情で憮然と答えた。 「知ってた? みくるちゃんってあたしより4キロも軽いのよ」 えええ!? ハルヒより4キロも軽いのか! ちょっと前は6キロも軽かったのか! ってあぶねえ。 思わず口を割りそうになった言葉をごくりと飲み込んだ。 あとはハルヒの体重を聞けば朝比奈さんの体重がわかってしまうな。 そんなもの聞く勇気は俺には無いが。 「朝比奈さんは涼宮さんよりも背が低いですから」 「でもあんなに巨乳なのに……それで4キロよ? しかもあんなに可愛い顔してるのに!」 顔は体重に関係ないだろ。 それだからこそお前が勝手にSOS団のマスコットに選んだんだろうに。 可愛いからって拉致ってきたのに今度は可愛いからって嫌いになるとか意味がわからないぞ。 やっぱりお前朝比奈さんに嫉妬しているのか? 「みくるちゃんは嫌いじゃないわよ。むしろ好きなくらい。 ただ……キョンが……」 俺? どうしてここで俺が関係あるんだよ。 そこでハルヒはまた黙ってしまった。 ハルヒは別にスタイルは悪くない。 むしろかなりいいほうだ。 かなり力はあるくせに意外なほど筋肉はついてないし、 背も高くはないし女子の中では体重は平均からやや軽い方だと思われる。 もしこの状態からいきなり4キロもの減量をしたら体調を崩すのは当たり前だ。 とにかくこいつのダイエットと世界が均等な価値であるはずがない。 頼むからやめてくれ。 「涼宮さん……彼も僕と同じことを願っています。 みんなすごくあなたのことを心配しているのです。 どうか無理に体調を崩すような真似はしないでください。 あなたは我がSOS団の団長なんですからね」 この瞬間頭に浮かんだセリフを言うべきかどうか、 俺は悩んでいた。 このままではハルヒを説得できるとは限らない。 もう一押しが必要なんだ。 言うぞ! 言え! 言え! 言っちまえ! 「それに……涼宮さんはそのままでとっても可愛いですよ さっき持ち上げたときもビックリするくらい軽くて驚きました。 むしろこれ以上やせてしまわない方がずっと素敵です」 うおぉぉぉぉぉ! やめろおぉぉぉぉぉ! しゃべった口ががムズ痒くなるようなセリフだ。 歯が浮くとはこのことだ。 もし目の前にどこでもドアがあったら今すぐオホーツク海に飛び込んでカニに体を切り刻んでもらいたい。 この体が古泉の体でなかったら絶対に言えないだろう。 もしこんなことを俺が言ったら次の瞬間にはハルヒの強烈な右フックをお見舞いされる。 古泉ならこんなことをいうこともあるだろうというSOS団の共通認識がこんなセリフを可能にした。 長門に元に戻してもらう際に記憶の消去をお願いできないだろうか。 「ちょ、ちょっとぉ、どこからそんなセリフが出てくるわけ? もうわかったわよ……恥ずかしいから変なこというのはやめて」 さすがのハルヒも顔を赤くしていた。 俺は自分がどんな顔をしていたのかわからなかったが、 きっと古泉(俺)のハンサムなニヤケ顔も真っ赤だったに違いない。 「でも……キョンもやめてほしいって思ってるのは本当?」 「ええ、本当ですとも。涼宮さんが体調を崩したのを見てとっても慌てていましたよ。 まるで我を忘れてしまったかのように焦っていました」 嘘ではない。 だからこそこうして目の前でお前を説得しているのだからな。 「そうね。もうこんな無茶なダイエットはしないわ。 あ~あ、悔しいけどスタイルではみくるちゃんには勝てないみたい。 それにいきなりあんな巨乳になるなんてできないしね……ところで」 ハルヒは急に顔を赤くしてこっちを睨み付けた。 「キョンにはこの話絶対にしないでよ!」 うん、それ無理。 なぜそこにこだわるのかはしらんがとにかくよかった。 ハルヒはもう無茶なダイエットをやめると言ってくれた。 本当にやめるかどうかは知らないが、ここはこいつの言うことを信じてやらないといけないだろう。 「でもこのままじゃなんか物足りないわ。 ねえ、もっと何か食べるものないの?」 いきなりだな。おい。 帰り道で偶然一緒になった鶴屋さんを誘って全員で駅前のお好み焼き屋に行った。 ハルヒの命令で俺(朝比奈さん)のおごりになったのは言うまでも無い。 後でこっそり長門(古泉)からもらった三千円を渡しておいたので正確にはおごりではないが、 ハルヒと朝比奈さん(長門)が物凄い勢いで追加注文するので会計はあっという間に三千円を軽々とオーバーしていた。 ちょうど食い終わってお店を出たところに長門(古泉)がいた。 俺たちが食い終わるのを待っていたのだろうか。 「あら、有希。今日は病気で休んでたみたいだけど大丈夫? 外から見かけてたのなら入ればよかったのに。キョンのおごりが増えたのにさ」 ハルヒはいじわるそうに笑うと長門(古泉)に手を振ってそのまま走って帰っていった。 走るのは食後の運動のつもりだろうかね。まったく。 長門(古泉)が話があるようなので俺たちは近くの公園へ行き、 近くの自販機で缶コーヒーを買ってから適当なベンチで腰掛けた。 座った瞬間長門(古泉)がふーっと息を吐きコーヒーを一口飲んだ。 「疲れたので今日はいつものしゃべり方で失礼しますね。 さきほどようやく涼宮さんの精神状態が安定してきました。 昼間はあっちで閉鎖空間を潰したと思ったら次はこっちでといった感じでして、 今日は一日中閉鎖空間の中でした」 おかげでこっちも大変だったんだ。愚痴はお互い様だぜ。 そして俺は今日あったことを長門(古泉)に説明した。 長くなりそうだったので朝比奈さん(長門)の乳揉み話は全て省略した。 「涼宮さんが体を壊すほどのダイエットをしていたと……なるほどね、ふふふ……」 「何がおかしい」 「失礼しました。彼女にそんな女の子らしい一面があるとは思いもよりませんでしたから。 以前ならダイエットなんて考えられないようなことです。 彼女は他人の目を気にするとかそういうことに関しては特に無頓着でしたからね。 これも女性としてきちんと成長してきた証として見てあげるべきでしょうね」 世の中の女性がみんなこんな無茶なダイエットを経験してるわけじゃないだろう。 「いえいえ、結構よくある話なんですよ。 ダイエットは女性なら誰でも一度は通る道です。 あの朝比奈さんだって2キロ増えたことを気にしてたみたいじゃないですか。 女性はみんな少なからずそのような意識を持っていると思うべきですよ」 古泉が得意げに女を語っていた。 まあ、だからこそあんなにモテるんだろうけどな。 「思えば涼宮さんからそれを伺わせるシグナルはいろいろと出ていたのです。 それに気づかなかった僕たちにも責任はあるでしょう。 そしてそれはこれからの僕たちの研究課題です」 僕たちの『たち』の部分には俺は入らないからな。絶対。 「大食い大会も朝比奈さんを太らせたいと願っていたのでしょうかね。 全く動じない朝比奈さんを見て逆に腹を立てていたとは。 それに自分はかなりの空腹状態にも関わらず、 みんながカレーを思いっきり食べているのをただ見ているだけというのはさぞかし辛かったでしょうね。 僕は涼宮さんの心理状態はかなり読めているつもりでしたがまだまだでしたね」 長門(古泉)に明日のお月見パーティーのことを告げると、 そのことを知っていたのか、あるいはなにやら思いついたのか、 こちらの提案を断り自分ひとりでやりたいことがあると言ってきた。 裸芸でもなんでもいい。とにかくハルヒの機嫌を損ねないもので頼むと言ったら、 任せてくださいと自信満々であった。 それから俺は今日泊まる部屋の鍵をもらい、長門(古泉)とその場で別れた。 その夜は体が入れ替わって以来、最も落ち着いた夜であった。 そうさ、明日はお月見じゃないか。 明日くらいは古泉の姿も思いっきり楽しもう。 窓から夜空を見上げるとほぼ満月に近い丸い形の月がこうこうと街を照らしながら光っていた。 月は何も飾りつけをしていないのに、ただそこにあるだけで十分美しかった。 ──4章へつづく── 第4章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2918.html
俺が北高で過ごした七転八倒の高校生活から9年が過ぎた。 我が青春のすべてを惜しみなく奪っていったあのSOS団も自然解散とあいなり、宇宙人・未来人・超能力者と連中にまつわる 頭の痛くなる事件の数々から晴れて解放された俺はあの頃希求してやまなかった健康で文化的な最低限度の生活ってやつを取り戻していたわけだ。 「つまらねぇ」 おいおい俺は何を考えている。 赤点ぎりぎりの成績にお似合いの大学へ進学し、大きくも小さくもない身の丈に合った企業に就職し…… 特別なことなんて何もない、まともな人間にふさわしい普通の生活だ。これ以上何を望むってんだ? 「まるで靄のかかったような……実感の湧かない生っ…!」 馬鹿馬鹿しい。 この俺が『特別な世界』でどんなに無力で場違いな存在かはあの頃散々思い知らされたじゃないか。 明日も早いんだ。こんなとりとめもないことを考えるくらいならさっさと寝ちまおう。 俺は自分に言い聞かせると、畳の上に放置していた今日の朝刊を押し退けて布団に潜りこもうとした。 「……冗談だろ?」 何げなく目を落とした紙面の一角に、俺の目は釘付けになっていた。 『涼宮ハルヒ 逝去につき以下の通り葬儀・告別式を執り行います』 「もしもしあの、新聞を見まして…亡くなった涼宮ハルヒさんというのはどういった…」 あのハルヒが死んだなどと、事実であろうはずがない。お世辞にもありふれた名前であるとは言えないが、 浜の真砂ほど日本国民をひっくり返せば同姓同名の気の毒な涼宮ハルヒさんがいてもおかしくない筈だ。 そんな事を考えながら俺は死亡広告に記載された連絡先に電話をかけていた。 『……その声は、あなたですね?お待ちしていました』 間違いであって欲しい。そんな思いを裏切った電話口の声はあの頃と何も変わっていなくて。 「古泉か」 『ええ、お察しの通り。お久しぶりです』 「どういうことだ」 『ご覧になった通りです。……亡くなられたのは、あの涼宮さんですよ』 次の日俺は仕事を休み、ハルヒの告別式が行われるという郷里の鶴屋邸に向かった。 葬儀委員長なる肩書きを背負って忙しげにしている古泉を捕まえて型通りの挨拶を済ませ、祭壇へ歩み寄って焼香をする。 詳しい事情の一切省かれたあの広告に加え、電話した時古泉も口をつぐんでいた事から尋常な死に方ではない ──『機関』だか何だかの抗争に巻き込まれたとか。葬式を鶴屋さんの屋敷でやるというのも臭いしな── 最悪遺体の欠片も残っていないんじゃないかと覚悟はしていた。 「ハルヒ……?」 しかし棺からその一部を覗かせたハルヒの死に顔は安らかというか、まるで。 「お時間よろしいですか?」 忙しいのはお前の方だろう、古泉。それでこれからどうなる?できれば焼き場での見送りまで参加させてもらって色々と確かめたいところだが。 「いえ、今日はこのまま限られた参列者の方々と通夜に移ります。あなたにはこちらに加わって頂きたいのですが」 それは構わんが普通は通夜の後に告別式というのが筋じゃないのか?あいつの葬式らしいと言えなくもないが、何から何まで妙なことばかりだ。 「それでは少々お待ちください。本日の喪主をご紹介しますよ」 喪主だと?俺はハルヒの家族の事など何も知らない。場所を貸してる鶴屋さんという線もあるだろうが、俺はむしろ別な可能性を…… 「ヤッホー!よくぞここまで辿り着いたわね。褒めてあげるわ! ……ってリアクション薄いのね。少しは驚きなさいよバカキョン!」 ご丁寧に『超喪主』の胸章をぶらさげたそいつに俺は昔とそっくり同じ反応を返してやったよ。 やれやれ。 それにしても趣味が悪いなハルヒ。 本人がピンピンしてるのに神妙な顔で集まったあんな沢山の人たちに悪いと思わんのか? 「まああたしの為に遠くから来てもらって申し訳ないとは思ってるわよ。 みんなの顔を見ておきたいっていうのがそもそもの目的だしね」 それだけのためにあんな広告まで打ちやがったのか。 端から期待はしてないが少しはNOと言えるアナリストを目指した方がいいぞ古泉。 「すいません……うっ」 いつものニヤケ顔はどこへやった古泉よ。そこまで恐縮することもないぞ? 何で、お前はそんな泣きそうな、──まるで本当にハルヒが死んだような顔をするんだ── 「これは正真正銘あたしの葬式なのよ、キョン。あたしはこれから数時間後に死ぬ──死ぬ手筈になってるの」 通夜の席が設けられた屋敷の一室にはすでに見知った顔が並んでいた。 高校を卒業して実家の家督を継ぎこの屋敷の主人となった鶴屋さん。俺とハルヒの担任だった岡部。10年でずいぶん老けましたね先生。 喪服姿の艶めかしい奥様になった阪中に、当時はさんざん迷惑をおかけしたコンピ研部長氏。 相変わらずなアホ面に精一杯のシリアス成分を配合してるのは谷口じゃないか。そして、 「お前も来てたのか、佐々木」 他の面々と少し距離をとって座る佐々木は無言で目礼すると、俺にも席につくよう促した。 「皆さんお揃いになったところで、改めて説明したいと思います」 古泉が口火を切った。いつもの微笑みとも先刻の泣き顔とも違う固い表情だ。 「まずはこれを見てもらいましょう。涼宮さんの頭部を撮影したMRI写真です」 「正常な物と比較しないと判りにくいかもしれませんが、明らかに脳全体に白い病変が確認できるかと思います」 「……訳が分からねぇよ!涼宮の体に何が起こってるって言うんだ!?」 「谷口君、そして皆さん。涼宮さんの病名は……アルツハイマーです。極めて進行が早い、若年性のタイプの」 「既に脳細胞の多くが死滅。認識能力・学習能力に不可逆のダメージが出ています。 現在涼宮さんが彼女を彼女として定義している特異な人格を保っているのも奇跡的な状態 あと数年で確実に廃人、そして死を迎えるでしょう。我々の医学ではそれを防ぐ術はありません…」 岡部の喉からくぐもった嗚咽が漏れるのが分かった。俺はといえば、ただ何も言えず古泉の顔を見返すことしかできない。 「そして涼宮さんは、己を保っていられる間に自分の手で生涯を閉じることを選択されました。 僕は彼女の決断を尊重し……そのための手段を提供しました。 我々の用意した装置はスイッチ一つで彼女の体内に昏睡と心筋の麻痺を 引き起こす薬剤を注入し、無痛の心臓発作によって死に至らしめるでしょう」 「決行は今夜過ぎ。それまでの数時間、僕とここにお集まり頂いた皆さん 一人ずつ順番に涼宮さんと最後の時を過ごすことができます。 ……それぞれが決めて下さい。彼女を止めるか、それとも黙って見送るか 心の決まった方から涼宮さんのもとへ」 「最初は、僕が行きます」 こうして今はまだ生きているハルヒの通夜が始まった。 俺達それぞれがハルヒとの最後をどう締めくくるかという、答えがたい課題を突きつけられた形で…! ~一人目 古泉一樹~ 「やっぱり最初は古泉くんだったわね」 僕が涼宮さんが最期を過ごす場所として用意した鶴屋邸の「離れ」に入ると、 彼女は普段と変わらぬくつろいだ調子で第一声を放ちました。 ……それはそうでしょう。他の皆さんは急に事情を知らされたばかりで、少なからず混乱している。 それにここまでお膳立てさせて頂いたからには一番槍の名誉くらいにはあずかっておきたいですしね。 「そう、今回は話の分かる友達がいてくれて本当に助かった……感謝するわ」 貴女の世話を焼くのは僕の使命でしたからね。9年前も、そして今も。改めて礼にも及びませんが 「何というか、逆だと思うのよ。死んでからみんなに集まってもらっても当人には何が何だかわからない… せっかく集まってもらうなら、死ぬ前に会い、話があるなら話しておくべき……」 なるほど。 「死ぬ前に話すならあの高校時代の仲間たち。そこでこうして古泉くんに無理を言ったわけ」 そんなことは構わないんですが、涼宮さん…本当に、これでいいんですか? 「本当に……これで死んでしまって…っ」 「もちろん!」 涼宮さんは、あの頃時折彼や長門さんにだけ向けていた穏やかな笑みを見せてくれました。 「掛け値なし……あたしはこのまま死にたいの」 僕はずっと迷ってきました。こんなことを…… 10年以上の付き合いの、僕を友達と呼んでくれる人の死に手を貸すような真似をしていいのか…? 平静を装ってこんなことができる僕は…本当に冷たい人間なんじゃないか?と 「それは違うわね。冷たい人間がこんな面倒に首を突っ込んだりする?冷たい奴っていうのは、いつだって傍観者なの」 「古泉くんは、温かい人よ」 「……一つだけ、一つだけ約束してもらえませんか」 僕にはもう貴女を止めることはできません。でも、これから僕以外のみんなが、それぞれのやり方で引き止めようとするでしょう。 少しでも心が動いたら。やめよう、延期しようと思ったら、意地で死んだりしないで下さい…! 「それを…誓ってくれませんか」 死ぬときは、心から死ぬ…… 「次、行ってください…考えの決まった方…!」 ハルヒの下から戻ってきた古泉の呼びかけに、まず呼応したのは。 「あたしが行く。いくら病気でも、ああして元気なのに…まだ命の灯があるのに、死ぬなんて間違ってるのね」 あたしが涼宮さんを止めてくる… 二人目は、阪中…… 阪中がこの部屋を出ていって20分。重い沈黙を破ったのは谷口だった。 「俺も阪中と同意見だっ…」 「認めねぇ。そりゃああいつ自身の決断を尊重すると聞けばもっともらしい話だと思うが… 人が一人、それもあの涼宮が死のうって時に…そんな物分かりのいい事を俺は言いたくねぇっ……」 確かにお前の言う通り、俺たちの誰もハルヒに死んでほしいなどと考えてはいないさ。 だが……あのハルヒが正常な意識のもとで下した結論ならば、そうそう翻るとは思えないじゃないか。 どんな言葉をあいつにかければいいって言うんだ? 「涼宮じゃねぇっ……俺だ!俺が涼宮に生きて欲しいんだ!俺は俺の気持ちを尊重して行かせてもらうっ…」 相も変わらず空気の読めない三国一のバカ、谷口。 うつむいた目を赤く腫らして帰ってきた阪中と入れ替わりに離れへ向かう 奴の背中を見送りながら、残された俺はひどく悲しい予感にとらわれていた。 谷口の言葉は真っ直ぐで、その想いは誰より純粋だ。何の嘘も飾りもない心情をぶつけるにちがいない。 ……だが、それでもハルヒの心を動かすには至らないだろう。 心と心の不毛なすれ違い……ハルヒが最期に望んでいるのは…もっと別の何かじゃないのか……? 二人目阪中 三人目谷口 四人目岡部 いずれも説得ならず…… 「当然の結果だね。あの団長さんが人に説得なんてされるものか」 「勝負だよ、勝負!生き死にを賭けた真剣勝負っ…」 五人目、コンピ研部長に秘策あり 「この僕が倒すっ……止めてくる…」 「あの高校時代に受けた精神的苦痛と敗北感…忘れようにも忘れられないっ…!死ぬ前に僕と勝負し」 「いいわよ?」メキメキ…「おおおおおっ!ギブギブ!」 勝負という言葉を口にした刹那、僕の頭は万力のような握力で締め上げられた。 蹴りが飛んでこなかっただけまだマシだが、相変わらずムチャクチャだ!人の話を聞けっ! 「勝負とは口に出したその瞬間から始まるのよ。敗者が後から何を言おうと 言い訳でしかないわ。…顔色が悪いわね。何か飲む?」 顔色が悪いのは君のせいだよ。 僕の心の声を盛大に無視した団長さんは離れの一角に置かれた机からグラスを取り出した。 「ジュースでいいわよね」 お心遣いはありがたいので果物鉢のリンゴを素手で握り潰すのはやめてください。おたくはどこのエリック一家だ。 「日の当たらないオタク暮らしでちゃんとビタミン摂ってないからそんな青白い面になるのよ。 …それで何の話だっけ?コスモクリーナーなら渡さないからね」 通夜の席に下品な男は無用だ。早く本題に入らないと。僕の精神が保ちそうにない… 「最初に言った通りだ。あの頃の無念を晴らすため、この僕と決着をつけてもらおうっ…」 「フフッ…それでそんな物わざわざ持ってきたわけ?」「そうさ」 僕は携えてきた二つの鞄からノートPCを取りだし、卓上に広げた。 「The Day of SagittariusⅢ…こいつで生き死にを賭けた勝負だ」 「生き死に……?」「そうだ。もしこの勝負で僕が負ければ」 鉢に盛られた果物に添えられたナイフを取り、自分の喉元にあてがう。 …例え手は震えていても、僕の心が震えることは決してないだろう。 「死のうっ……その代わり僕が勝ったら…君は生き抜くんだ。何があろうとも」 死にたい人間を殺しても意味はない。僕が勝ったら君の命は僕が預かる… 「面白いわね。辛気臭い話や説教が続くと気が滅入ってくる… それより割り切って勝負に持ち込まれた方が気も楽…」 「でも、ちょっとそれは無理ね」 「どうしてっ……!?」 「あたしにはもう…そんな難しいゲームは分からないのよ…」 くうっ…… 「同じゲームは使うが…別の種目だっ……」 「余計な要素は一切なし…純粋な一対一の勝負っ……」 ハルヒ対コンピ研部長 その決着はThe Day of SagittariusⅢ タイマン一本勝負… (ククッ……) 本来ならば、誰が相手であろうと僕に圧倒的に有利な勝負だ。 この僕自身が高校時代に設計したゲーム……システム自体はベーシックなものだが、 デバッグ作業と合わせての累計プレイは数百時間ではきかない。 たとえ類似のメジャータイトルをどんなにやり込んだプレイヤーを相手にしても 当たり判定のわずかな癖から処理速度の限界まで知り尽くした僕の優位が崩れることはないだろう。 (だが……相手がこの涼宮ハルヒとあっては話は別っ…) かつて僕は彼女が率いる素人集団SOS団に絶対の自信をもって挑み、敗れた。 今にして思えば、こちらが策に溺れ油断を生じたこと、相手方に超級ハッカー長門有希が 「偶然」属していたことも含めて、彼女はあの時勝利を引き寄せる何かを持っていたのだ。 (それでも僕は勝つ…倒さねば彼女、涼宮ハルヒが死ぬ) 「引き分けは勝負なしよ」 PCが立ち上がりゲームサーバーに接続するまでの僅かな時間。 彼女はディスプレイに目を落としたままさりげない風に言った。 「もし引き分けたら勝負なし…再戦もなし。アンタは生き…あたしは死ぬ」 「それが…唯一あたしに残された道なのよ」 「……いいだろう。引き分けたら、好きにしろ…勝手に死ぬがいいっ……!」 ハルヒvsコンピ研部長 最終戦 ・使用するのは両軍の旗艦隊のみ ・分艦隊ルールなし ・補給艦なし EN自動回復制 ・パラメータ固定 ショスタコービッチの交響曲第7番「レニングラード」。 壮重なクラシックを模したチープな電子音、僕のような人間にとっては子守唄より聞き慣れた調子とともに コンピ研連合軍旗艦『ディエス・イラエ』は二次元の海に姿を現した。 そしてこの深遠なる宇宙の闇の向こう、我が艦隊に付属する申し訳程度の索敵範囲の外に 倒すべき敵『ハルヒ☆閣下艦隊』がその威容を潜めているのだ。 ……実のところ、今回の勝負の肝は極めてシンプルだ。 僚艦も居なければ分艦隊もない、両者の戦闘能力も全く同じとあっては賢しらな戦略なぞ何の役にも立たないではないか。 リアルタイムシミュレーションではなくシューティングゲーム…… あるいは航空機同士の遭遇戦のようなものだ。闇の中を手探りで相手を求め合い、先に仕掛けた方が確実に勝つ。 団長さんは例の性格から言って画面の正面、僕のスタート地点に向けて迷わず直進してくるだろうな。 それならこちらは索敵艇を展開して動かず待ち構えていれば、彼女の艦隊が推進剤を消費している分有利に戦えることになる。 (……と、普通なら考えるだろうがね) あえて大迂回っ……! 彼我のスピードを頭に入れながらマップ端を進み、すれ違うであろう頃合いでスペースキーに手をかける。 命を賭けた戦い、まっとうにやって絶対確実な勝利など得られるものか…… The Day of SagittariusⅢ完成版 ディエス・イラエ艦隊に実装された全ENを消費して使用する特殊兵装……! (索敵モードOFF!!) 拓ける視界。効果はわずか数秒間だが、必要にして充分。 (読み通りぃ!あとはENが回復次第回頭即追撃っ…) 僕は見たのだ。この世を去ろうとする彼女自身の姿のように、背中を向けて疾走していく紅い艦列を。 かつてSOS団に我がコンピ研が敗れた原因を鑑みれば、つまるところ彼らには僕のイカサマを 看破しそれを逆手にとって挽回する時間的余裕があった。この一点に尽きる。 今回はイカサマのタネこそ前と同じだが、彼女がそれに気付ける時はすなわちこの僕が背後に忍び寄り致命の一撃を加えた時だ。 一対一の同条件下、奇襲を受けた側に逆転の目はない…… まして一度自分の目で確認した真後ろは索敵を行ううえでの心理的盲点 (今の彼女は死角に回られたことに気付かぬ剣客のようなもの 天才というべき相手を殺すのに二度目三度目はない 天才は初太刀で殺す これが鉄則……) EN回復っ…!刺す…無防備な背を… 「どこに隠れてる?何か企んでんのかしらね」 …どこまで直進する気だ。いつまでも最大戦速で進まれてはなかなか攻撃に移れ…? 「あらもうマップの端。前にいないってことは後ろね。……見っけ!」 ああ!? こともなげに船首を返したハルヒ艦隊の前に僕の鼻っ面が向けられている。 無為な追跡のためにENを浪費した状態の艦隊が… 「バカなっ…!?」「地獄の業火に焼かれなさいっ!」 放たれたビームの光状が僕の艦隊を灼く。おっとり刀で応射するが僅かに艦船の減りが早いのはこちらの方だ。 (突っ込むしかないっ……ビームではラチが開かぬ 魚雷を至近距離で当てれば逆転もあるっ……!) 砲撃を浴びながら肉薄する。相手が退いてくれればビームの撃ち合いでも押し返せるかっ…? 「なっ……」 紅い艦隊は退かず、逆に前進してきたのだ。両者が交錯し、刺し違えるように互いに魚雷を放つ。 暗転。画面に浮かぶドローの文字。 (止められなかった…僕は彼女の死を……) コンピ研部長 敗北に等しい引き分けを得る 「終わったわね?」「……ああ。まるで最初から君の掌で踊っていたようだよ」 僕の策を見抜いていたのか?それともただの偶然か?彼女が引き分けという結果を望んだからこうなった? 凡人の僕が運命に翻弄される木の葉なら、彼女の才気はまるで天上を進む星のようで… 「認めるよ。君に朽ちて死ぬなんて似合わない …消えろっ……高みのまま…」 人は自由に生き、自由に死んでいきたい…ただ、彼女はそれをやろうとしているだけなんだ… 恥じることはないっ…!死のう…時 満ちたなら……! 五人目コンピ研部長が去る 残りは三人… 「久しぶりだねっ!」 「久しぶり。今度のことはあなたにも面倒をかけてごめんなさい」 「気にすることないさっ。元SOS団名誉顧問としてこのくらいのことはさせてもらうよ。……早速だけど、行こうか?」 「行く……?」 「ハルにゃんが人が何を言おうと気にしない子でも、もう無理っ……オリられない… いくら生き延びたくなっても、もう自分からの撤回は不可能…でも大丈夫さっ」 「あたしがハルにゃんを……拉致するっ…!」 変則通夜 六人目っ…鶴屋さんっ…! 「……」 「とぼけることないさっ…!生きたくないはずがない… イツキ君のお仲間とは別口で、あたしん家のこわーいお兄さんたちを待機させてるさっ。 ここはあたしの屋敷、何が起ころうと誰にも文句は言わせない……」 「救ってあげるさ!あたしが……」 「鶴屋さん。あなたは優しい人だからこう思っている……アルツハイマー なんかになってしまってなんて涼宮ハルヒはかわいそうだ……と」 「そんなことっ……」 「なるほどこんな病気になったのはツイてない…最悪ね。でもそう一概に言えるもんでもないのよ。 あたしに言わせればむしろ鶴屋さん…あなたの方がかわいそうなのに」 「……!」 「……どうでした?ハルヒは…何と…?」 部長氏に続いてハルヒの下に向かった鶴屋さんが戻ってきた。 すでに面会を済ませた人々はあえて顔を上げようともしなかったが、俺は難しいと知りつつ聞かずにはいられない。 「いや~~駄目さっ。変えられなかった、考えは…」「そうですか…」 落胆を隠せない俺を見かねたか、自分に言い聞かせるためか鶴屋さんは確かな口調で続けた。 「ただ……突破口はあるかもしれないよっ。ただ死にたいだけなら懐かしい顔を集めようなんて考えるかい? この通夜はハルにゃんの生への希求が仕組んだ…最後のSOS……」 ちょいと二人で話せないかなっ、という鶴屋さんの誘いで俺たちは庭に面した廊下へ出た。 暗い中にも良く手入れされているのが分かる格式ある庭園だ。 「……??」 鶴屋さんは意味ありげに目配せすると、素足のまま庭へ降りてみせた。そんなことしたら高級そうな服が… 「何というか、縛られてるよねっ。あたしは今無理してやってるだけさ。 靴をはかずに庭へ降りる……こんなちっぽけな事ひとつ取っても、縛られてる…」 「これがハルにゃんなら何にも気にせず歩くだろうね。気が向いたら歩けばいい。何の不都合があるもんかい」 俺に背を向けたまま鶴屋さんは話し続ける。……なんて弱々しい背中なんだ。 あの頃いつも闊達で飄々としていた鶴屋先輩が。こんな立派な屋敷の主で 本当なら俺なんて声もかけられないような人が、今だけはひどく小さく見えた。 「何もかも持ってるみたいで、その実何も持っちゃいなかったのさっ。 あたしは成功をただ守るだけの番人……自由に生きることも、自由に死ぬこともできない」 (悲しい時に泣けず…笑いたい時に笑えず…棺よ。鶴屋さん、あなたは棺の中にいる) 「それでも、たとえ不自由な生であってもあたしには捨てたりなんてできない。不自由なりに自分の務めを果たしてきたことが誇りでもあるしね…ジレンマさっ。 自分が自分として生きられないから死ぬ…そんなハルにゃんの気持ちを受け入れきれない…だから救えない」 ああ、この人も俺と同じだったんだ。不自由な、実感なき生をそれと知りつつなお生きている。 「強いて言えばハルにゃんと同じ匂いのする……あの子しかいないかなっ」 先ほどまで居た部屋の戸が開き、漏れてきた光が俺と鶴屋さんを照らす。 ……佐々木。 変則通夜最終面談 キョン&佐々木 「…………」 ハルヒの生死を決めるこの変則通夜最後の回、俺は行き詰まった沈黙の中に居た。 「僕と彼女は元来キョンを通して知り合った仲だ。それなら君を交えて三人で話すのが筋じゃないかね」 との言に従ってはみたが、肝心の佐々木は離れに入って簡単に挨拶を済ませたきり 安楽椅子に腰掛けたハルヒの横顔を見つめて黙ってしまった。 当のハルヒは俺たちに構う風も見せずくつろいだ姿勢のままだ。 これだけ見ているととても死を前にした人間とは思えないが、肘掛けに置かれた腕に 取り付けられた点滴のような設備が否応なしに俺を現実に引き戻す。…自殺幇助装置。 俺が止めなきゃ、ハルヒが死んじまうっ……でも、どうすればっ…… 「……ぷっ、あはははは!キョン!あんた変な顔っ」「く……くく…くくっ、すまないね、ふふ」 唐突にハルヒが吹いた。つられて佐々木も笑い出す。 どうやら思索の沼に嵌まりこんだ俺の顔が二人の笑いのツボを刺激したらしい……っておい!これでもこちとら真剣なんだよ! 「ぷぷぷっ……まあいいわ。だいたいそんなに黙って悩むことないでしょ?動けば何かが変わるもの…… 変化の中でまた考えながら進んでいけばいいのよ。まどるっこしいったらありゃしないわ」 そうは言っても失敗したら死ぬのはお前なんだぞハルヒ。 あの頃はピンチになれば長門や未来の朝比奈さんが示唆を与えてくれたが、今の俺には何の指針もないんだ。 ……いや、これは言い訳だな。かつてハルヒの居ない、長門も古泉も朝比奈さんも普通の人間になっちまった世界へ 放り出されたとき、俺はなりふり構わず動いたじゃないか。元通りの仲間たちみんなに会うためによ。 今の俺はただ保留してるだけっ……くそっ! 「いい、キョン。失敗した時のことなんて考えなくていいの。 もっといい加減になればいい……真面目であることなんて悪癖よ。 それがあんたを止めてきたのね。この9年間」 ……分かるのか。ハルヒ達と別れてからの俺のこの停滞が。 だが、俺はお前みたく強くて何でもできる人間とは違うんだよ。 今だってお前が死んじまったらと思うと怖くて何も話せなくなっちまう。 「強い者も弱い者もないのよ。弱くても、才能があろうとなかろうと輝いてる人間はいっぱいいるでしょ? 要は勝負してるかどうかか……その結果人生そのものが失敗に終わったっていい。まるで構わない…あたしはそう思う」 「成功を求めるな、と言ってるわけじゃないの。成功か失敗か、そんな結果に 囚われて立ち止まってしまうこと、熱を失ってしまうこと。こっちの方が問題…」 繰り返すっ……失敗を恐れるな… 俺がハルヒの言葉に喉を詰まらせていると、佐々木がゆっくりと口を開いた。 「……涼宮さん。まず最初に、僕はキョンたちと違って君の生死そのものにさしたる関心は持っていないことを告白しなくてはならない。 見たところ君は鬱病でもノイローゼでもないようだ。ならば僕にはあえて君を止めるべき理由がない。 だがその前に聞いておきたい。我々が生きるということはつまるところ、 生きている理由、死ぬ理由をさぐり求める営みのようなものだと僕は考える。 そこで君はこうして死を受け入れるに至って、何らかの思想、教えのようなものを見い出したのかい?」 「『さぐり求めるということは、自分の求めるものだけを見、自分の求めるものだけを考え、 結局何も心に受け入れることができないということになりやすい。 これに反して見い出すとは自由であること、心を開いていること、世界をありのままに受け入れることである。 世界を愛することを学ぶためには、自分の希望し空想した何らかの世界や自分の考えたような性質の完全さと この世界を比較することはもはや止め、世界をあるがままにまかせ、世界を愛し、喜んで世界に帰属するためには、 自分は罪を大いに必要とし、歓楽を必要とし、財貨への努力や虚栄や、極度に恥ずかしい絶望を必要とした』 …まあ、こんなところかしらね。言葉で伝えるのは疲れるし、難しいけれど」 「世界をあるがままに受け入れると言ったね。ならば君がアルツハイマーになったということも 君の人生の一部として受け入れるべきではないのかな? それで初めて涼宮ハルヒの人生が完結するというもの……違うかい」 「もちろん人は放っておいても死ぬんだから、あたしも通常それに合わせる…… でもあたしはこれから数年間、半ば眠ったような意識で人の世話を受け、わけのわからないまま死ぬことになる。 幸いあたしは古泉くんやみんなの助けでこうして自分を保ったまま死ぬ道を見つけることができた。 だから死ぬ……結局、好き嫌いの話なのよ。命より自分が大事。充分よ。もう、充分……」 ハルヒが装置のスイッチに手を掛ける。やめろ、まだもう少しだけ……! 「まだだっ……!ハルヒ!何で諦めちまうんだよ!まだ話したいことだって沢山ある! 長門と朝比奈さんは居ないけど、まだあんなに仲間がいっぱい居るじゃねぇかっ……」 古泉の話ではハルヒの能力は随分前から発揮されなくなっているらしい。 だが、そいつを今目覚めさせることができれば…… 世界を受け入れる?お前のいなくなる世界なんてくそくらえだっ…! 「悔しくないのかっ…?無念じゃないのかよ!ハルヒっ……!?」 呼びかける俺をハルヒが顔を上げて見返す。……ハルヒは、泣いていた。 「無念……当たり前じゃない。死ぬのは悔しい…」 「でも、これが生きてる証なの。人生なんて上手くいかないこと、理不尽なことばかり… それでもそんな中で願いを持つこと、同時に今ある現実と合意すること…それを教えてくれたのはキョン、あんたとSOS団だったのよ」 「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人……不思議なことは一つも見つけられなかったけど、代わりにあんたと二人で有希と、 みくるちゃんと、古泉くんを見つけた。不思議を見つける代わりにみんなと出会えた。それでよかった。きっと不思議そのものが見つかるより……」 「ハルヒ……」 薬液がチューブを通してハルヒの体内に送り込まれていく。 ハルヒの命の鼓動を止める薬が…… 「WAWAWA……うぉっ!?涼宮!涼宮ぁ!!」 俺が大声を出したから気付いたのか。谷口を先頭に仲間たちが一斉になだれ込んできた。 「みんな勘がいいのね……」 「涼宮さん!涼宮さん!」「涼宮っ…!」「ハルにゃん……」 ハルヒは、最後に笑ったように見えた。 あれからもう二年になる。 俺は会社を辞め、古泉と行動を共にするようになった。 ハルヒの死によって『機関』の仕事もなくなったように思っていたが、今後起こりうる世界を変えるような存在の出現や 未来、宇宙からの介入に備えるための組織として細々ながら存続していくらしい。 これが本当に俺の進むべき道だったのかはわからないが、ハルヒの言う通り人はいずれ死ぬのだ。 それなら少しでも自分の意に沿う方向で生きればいい。 ……思えばこの二年、何かにつけてハルヒのことを考えている気がするな。 ハルヒがまだ生きていた空白の9年間よりはるかに多く。 「それは涼宮さんがあなたの中で生き出したということでしょう。 彼女は常にあなたの心の中に在り、共に歩み、共に笑い、共に苦しんでくれる永遠の同伴者に」 ……よくわからないが、そういうことなのかもしれないな。 「ご存知ですか?」 古泉は少しだけ胡散臭さの抜けた笑顔で付け加えた。 「人はそういった存在を、神と呼んでいます」 「……佐々木か」 「やあキョン、君もこれから彼女のところかい。そういう事なら同道しようじゃないか」 「なあ佐々木。お前はもしハルヒと同じ立場になったらどうする?」 「……僕か。僕は生きるだろうね。どんな状態になっても、見苦しくても最期の一秒まで生きる……」 「ハルヒとは違って……か?」 「違う?」 「僕も彼女と同じなのさ。誰もがそれぞれ自分らしく生きて、自分らしく死ねばいい。何の違いがあるというんだい」 佐々木は笑った。その表情がハルヒの最期の笑顔と重なる。 「…ああ。ハルヒには向こうで少し寂しい思いをさせるかもしれないが、俺たちは生きようじゃないか」 涼宮ハルヒの通夜編 キャスト 赤木しげる 涼宮ハルヒ 金光修蔵 古泉一樹 健 阪中 鷲尾仁 谷口 浅井銀次 岡部先生(特別出演) 僧我三威 や【禁則事項】 原田克美 鶴屋さん 井川ひろゆき キョン 天貴史 佐々木(友情出演) スタッフ 超監督・主演 涼宮ハルヒ 助監督 古泉一樹 映像技術 長門有希 撮影 周防九曜 総合演出 喜緑江美里 大道具 橘京子 メイク・衣装 朝比奈みくる カメラの三脚を手で押さえる係 ポン☆ジー藤原 撮影協力 鶴屋邸 西宮市営霊園 原作 福本伸行『天 天和通りの快男児』竹書房
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5245.html
トリップ ◆1/dtGJfhU6.F ◆TZeRfwYG76(企画用) ◆Yafw4ex/PI (旧トリップ仕様) 以下のSSは全て文字サイズ小の環境で編集しています 背面が灰色になっているSSがあるのは仕様です(等幅フォントを使いたいので書式付き設定) 更新SS 11/22 未来の古泉の話 11/6 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 7食目 「ふわふわ」「天麩羅」 10/25 罪の清算 「朝比奈さん大活躍(微糖)」 「かんざし」 「時限爆弾」 言いたい事は言えない話 停滞中の連載SS 甘 1 甘甘 2 カカオ → IFエンド 「これもまた、1つのハッピーエンド」 注意! 欝展開あり 3 甘甘甘 4 HERO 5 「お酒」「紙一重」 *微エロ注意 森さんと古泉の話 カプ:森古泉 注意! 森さんのキャラがオリジナル設定になっています 「大須」 「お地蔵さん」 「古泉の墓の前で」 昼休みの雑談 コメディー カプ:長キョン 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 1食目 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 2食目 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 3食目 「鏡」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 4食目 「歯茎」「スパイス」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 5食目 「オニーク」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 6食目 「番外編 ハロウィン・クッキー」 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 7食目 「ふわふわ」「天麩羅」 完結したSS 長編 涼宮ハルヒの誰時 涼宮ハルヒの愛惜 1話 「銀行」 2話 「蛍光灯」「メリークリスマス」 3話 「結婚」 4話 「酔い覚まし」 5話 図書館 6話 「誓い」 7話 「就職活動」 8話 「台風」 9話 ハルヒの選択 前編 10話 ハルヒの選択 後編 注意! 森さんのキャラがオリジナル設定になっています 注意! 物語が進展するにつれて、カップリングが変化します 未来の過去の話 注意! 森さんのキャラがオリジナル設定になっています 1話 2話 3話 4話 「FINAL FANTASY」 5話 「あ し た」 長編 クロスオーバー オリキャラ注意 涼宮ハルヒの欲望 1 『魔界塔士Sa・Ga』 カプ:長キョン 涼宮ハルヒの欲望 2 涼宮ハルヒの欲望 3 涼宮ハルヒの欲望 4 涼宮ハルヒの欲望 5 安価 涼宮ハルヒの失踪 カプ:ハルキョン 鶴屋さん要素あり 短編 色んなキャラの話 「北風」「手袋」「魔法使い」「アレキサンドライト」「階段」 「二の腕」 「雪合戦」「ヤンデレ」 キョンの話 「死と生」「彼岸花」「ハンガー」「風車」「弥七」「花火か夏祭り」 オリキャラ注意 「殺し屋 キョン」 朝倉の話 「山月記」 「ブルマの朝倉」「橘 佐々木 九曜」「エロ」 長門の話 「喧騒」 長門と朝比奈の話 「赤えんぴつ」 国木田の話 国木田が溜め息をつく話 喜緑さんの話 「胆汁」 世界はそれを、何と呼ぶのでしょうか? 部長氏の話 「復讐」 「振られんぼ」 キョンと古泉の話 「銀河鉄道の夜」「トトロ」「ハルキョンについて語る古泉」 オリキャラ注意 「二日酔い」 「辞書」「手紙」 パジャマ☆パーティー キョンと佐々木の話 君、思えど 願いを言える日 キョンと鶴屋さんの話 *微エロ注意 「もみじ」 キョンとみくるの話 うさみくる 「ラピスラズリ」 ティンクルスター *微エロ注意 「コランダム」 「双天使」 キョンと朝比奈さん(大)の話 「オープンキャンパス」「三十路」 新川さんの話 「新川×キョン妹」 鶴屋さんの話 鶴屋さんに隷属 ~お姉さんには逆らえない~ *微エロ注意 カプ:ハルキョン 「学校に行きたくない○○」 「大雨」 プリンのスレタイ 「ほ か ろ ん」 オリキャラ注意 「ハルマゲドン」 「雪解け」 カプ:長キョン 「秋雨」「春雨」 オリキャラ注意 「メモ帳」 「夢」 ハロウィンのお話 トリック・オア・トリック ミッション・イン・ハロウィン カオスな話 ハルヒ「か~っかっかっか~~!」 「 」で区切ったタイトルのSSはお題SSになります お題とはテーマを頂き、それにそって書いたSSの事です お題一覧 50音順 赤えんぴつ 秋雨 秋空 朝比奈さん大活躍(微糖) 朝比奈みくるが本気で怒りそうなこと あした 新川×キョン妹 アレキサンドライト アワビが大量で困っています 烏龍茶 エロ 大雨 大須 オープンキャンパス お酒 お地蔵さん オニーク 階段 鏡 風車 学校に行きたくない〇〇 紙一重 樺太 かんざし 喫茶店の紅茶 北風 北高保健室からのお知らせ 喜緑「朝倉さんを知りませんか?」 給食 興味から芽生える愛 銀河鉄道の夜 銀行 くせ毛 クリスマス クロネコヤマトの宅急便 蛍光灯 結婚 喧騒 古泉の墓の前で コランダム 殺し屋キョン 佐々木とロードローラー 時限爆弾 辞書 失望 死と生 就職活動 主人がオオアリクイに殺されて一年が過ぎました 新製品 ロッテ 雪見だいふく <たまごプリン味> 睡眠 スパイス 銭湯 双天使 台風 橘 佐々木 九曜 胆汁 誓い 仲秋の名月私を月に連れてってを佐々木で 鶴屋さん〇隷属 手紙 手袋 天麩羅 道路工事 図書館 トトロ 長門の好きなお茶 二の腕 ニャホニャホタマクロー 歯茎 花火か夏祭り ハルキョンについて語る古泉 春雨 ハルマゲドン ハンガー 彼岸花 氷点下 ファッションセンターしまむら 復讐 浮沈艦 二日酔い ブルマの朝倉 振られんぼ ふわふわ ベットの下 ボート ほかろん 魔法使い 三十路 水戸黄門 メモ帳 メリークリスマス もみじ 約束 弥七 山月記 ヤンデレ ヤンデレキョン 夕立 雪合戦 雪解け 夢 幽霊 酔い醒まし ラピスラズリ リンゴ 13日の金曜日 FINAL FANTASY iPhone MacBook Pro 総数 100オーバー
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1838.html
「バンドを結成するわよ!」 そんな声が聞こえた途端、俺は何度目か数えるのも忘れてしまうほどの偏頭痛に襲われた。 ただ今、耳の張り裂けんばかりの大声でバンド結成宣言をブチ上げてくれたのは 我らがSOS団団長涼宮ハルヒその人である。 毎度毎度のことながらハルヒがこのように突発的な思い付きを宣言する時は 決まって何かの騒動に巻き込まれることになる。 それはこのSOS団という得体の知れない団に1年半以上も身を置いてきた俺にとっては 火を見るより明らかな話なのである。 今度は一体何だって言うんだ? 「で、いきなりまたどうしたんだ?」 俺は、これまた毎度毎度になるお決まりの質問を投げかける。 するとハルヒは、満面の笑みで答える。 「文化祭のステージに立って演奏するのよ!」 俺はこれまたこの1年半で何度目になるかわからない溜息をつく。 ふと顔を上げると、すっかりお馴染になったSOS団のメンバー達が思い思いのリアクションを取っている。 朝比奈さんは、急なハルヒの宣言にオロオロしている。 何かイベントとなる度に、またけったいな衣装を着させられ、晒し者になるのを恐れているのだろうか。 俺としては、新しい衣装のバリエーションが見れるのはそれはそれで何とも魅力的な・・・と妄想は置いておこう。 長門は、じっと置物のような静けさを保ったまま、ハードカバーの分厚いSF小説に目を落としている。 その姿には正直リアクションなんてものは認められない。まあ、いつものことだがな。 古泉は、相変わらずのニヤケ顔を浮かべてやがる。 こいつも長門同様、ハルヒの突然の宣言に驚きを見せていない。 ・・・というか急に目配せをするな。俺に向かって微笑むな。気色悪い。 さて、俺も周囲の観察ばかりしていないで、いつものようにクールなツッコミ役に戻らなければならないな。 「ちょっと待て、ハルヒよ。俺達は既に自主制作映画を文化祭で上映する予定じゃないか」 そうなのである。我々SOS団は今年の文化祭に出展するための映画を現在鋭意制作中なのである。 一応去年の映画の続編という位置づけらしい。 が、相変わらず超監督様の考える脚本・演出方針は俺には到底理解不能であり、 相も変わらず頑張りすぎのバニーガール服やウェイトレス服を着させられ、 未来から遣ってきた戦うウェイトレスという普通の感受性を持っているならば 間違いなく失笑モノの役を演じさせられている朝比奈さんのオドオドした姿には同情の念を禁じえない。 まあ、そのキワドイウェイトレス服と舌足らずな台詞回しに俺が微妙に萌えているのはナイショだ・・・。 そして、その映画の撮影自体が超監督の気分と創作意欲の赴くままに行われているため、いつクランクアップするのかは全くの未定である。 仮に無事クランクアップに辿り着いたとしても、その後俺には地獄の編集作業が待ち受けていることは確実であろう。 ちなみに文化祭まではあと1ヵ月と少しというところだ。 「文化祭まではあと1ヵ月しかないぞ。今撮ってる映画だっていつ出来上がるかわからないんだ。 普通に考えて、バンドなどやっている時間なんか無いだろう」 俺は極めて常識的な反論を述べた。しかし、そんな俺の常識論がハルヒに通用しないことはわかりきっていた。 「何よ、1ヵ月もあれば十分じゃない。これしきのことで音を上げるようじゃ団員として失格よ」 ハルヒがそう言ってくるのは予想していた・・・。 「それにバンドをやるったって、俺は楽器なんか何も出来んぞ。」 うむ。これまた常識的な反論だ。しかしハルヒは全く意に介さない。 だったら今から練習すればいいじゃない。1ヵ月あれば楽器のひとつやふたつ余裕でしょ。」 そりゃあお前や長門にとっては余裕だろうが・・・。 「とにかく!コレはもう決定事項なの! 私達SOS団が文化祭のステージをジャックして、 熱い演奏を繰り広げてオーディエンスの魂を揺さぶるのよ!」 この急展開に俺の魂はもう色々な意味で揺さぶられっ放しなのだが・・・。 「そうすれば、私達の宣伝にもなるし――」 既に宣伝の必要もないほどSOS団は有名だ。得体の知れない怪しい集団としてだがな。 「この学校のどこかに潜んでいる宇宙人、未来人、超能力者にもいいアピールになるわ!」 その必要はない。何故ならそれらは既に皆この場所に集まっている。 「さあ、そうと決まったらまずはパート決めね!」 そんな心の中でのツッコミもハルヒに聞こえているはずはなく、 どうやらSOS団でのバンド結成と文化祭出演がいつの間にか正式に決定してしまったようだ・・・。 さて、バンドのパート決めである。 ハルヒがボーカル&リズムギター、長門がリードギターというのは最初から決まっていたらしい。 2人とも去年の文化祭での経験者だしな。 思い起こせばハルヒ&長門が急遽乱入したあのENOZのライブは確かに凄かった。 ここだけの話、普段音楽なんて殆ど聴かない俺でも少し感動してしまったしな。 あのライブの反響はかなり凄まじかったようで、その後、高い評判と共にENOZのデモテープは校内で瞬く間に大量に出回り、 ENOZの面々は北高生なら知らないものはいない程有名人となった。 メンバーが皆3年生のため、今はもう卒業してメンバーは皆バラバラの進路に進んだそうだが、現在でも活動を続けているらしく、 地元のライブハウスでは定期的にライブを行っているらしい。自主制作でCDを出すなんて噂も耳にした位だ。 もしかたらいつの日か彼女達がメジャーデビューするなんてこともあり得るかもな。 それにあの時、まさに熱唱と言っていいパフォーマンスを見せたハルヒは少し輝いて見えた。ほんの少しだけだぞ? そういえばあのライブの後、ハルヒは「今度はSOS団で出よう」的なことを言っていた気がする。 あの時はただの思い付きからの発言でその内ハルヒ自身も忘れているだろうと思っていたが・・・甘かったか。 それで肝心の残りのパート決めの方であるが―― 朝比奈さんがキーボード兼コスプレでの舞台の飾り、古泉がベース、俺がドラムということになった。 ドラム!?俺に出来るのか!?まあ、キーボードでもベースでも同じことなのだが・・・。 因みに俺のこのパート配置の理由はハルヒ曰く、 「なるべくフロントには見てくれがイイ人材が立ったほうがウケがいいでしょ。 だからキョンは後ろでドラム叩いてなさい。」 だとさ。いじけるぞ、チクショウ・・・。 そして、そんな勝手極まりないパート配置に未経験者達の反応はというと―― 「ふええ~。楽器なんか出来ないですよ~。」 と、嘆く朝比奈さん。確かに彼女にはコスプレはともかくキーボードは荷が重そうだ。 女の子なら誰でもピアノとかそれなりに弾けそうなイメージがあるがこの人の場合はカスタネットやタンバリンの方が似合いそうだもんなあ・・・。 「ふむ。さすが涼宮さん、すばらしいパート配置ですね。」 とは偉大なるイエスマン古泉の弁。というかお前、ベースなんか出来るのか? 「未経験ですね。でも男は度胸、何でも試してみるものですよ。きっといい気持ちですよ。」 非常に前向きな姿勢は素晴らしいが、今の台詞に鳥肌が立ったのは俺だけか!? さて、パートが決まってからは、まさに急展開であった。 楽器と練習場所が必要ということになると、ハルヒは朝比奈さんを連れ、軽音楽部の部室に向かった。 数分後、満足げな笑みを浮かべたハルヒと目に涙を溜めた朝比奈さんが戻ってきた。 ご機嫌なハルヒは開口一番―― 「楽器と練習場所は確保できたわよ。親切な軽音楽部の部員さんが私達に貸してくれるわ。 ああ、楽器はもらっちゃってもいいみたいだけどね。」 と、のたまった。 この際、ハルヒが軽音楽部の部室で何をやらかし、朝比奈さんがどんな被害を受けたのかは聞かないでおこう・・・。 そして肝心の演奏曲についてハルヒは―― 「去年ENOZでやったGod Knows...とLost MyMusicはセットに入れましょ。 あとオリジナルも必要だろうから私が何曲か適当に作っておくわ。」 と、のたまった。コイツは作曲まで出来るのかよ。 ホント勉強といいスポーツといい才能には困らない奴だよな。少しぐらい俺に分けてくれたってバチは当たらんぞ。 バンド名はこれまたハルヒの案により『SOSバンド』に決まった・・・。そこ、笑っていいぞ。 もう少しマシなネーミングがあってもよかったとは思うが、ハルヒ的にはあくまでも 『S(世界を)O(大いに盛り上げるための)S(涼宮ハルヒの)ロックバンド』でなければならなかったらしい・・・。 こうして我らがSOSバンドは、本格的に文化祭に向けての練習を開始したのである。 さて、とある日の放課後、SOS団の面々はとある空き教室に集まっている。 この教室はどうやらハルヒが練習場所として元々の所有者である軽音楽部から強奪してきたものらしい。 楽器も全て用意してある。勿論これらも全て軽音楽部の部員から強奪したものであろう。 全く、コンピ研からPCを強奪したときから何も成長しちゃいないな・・・。 「さあて、こうして楽器も練習場所も揃ったことだし、早速練習をはじめましょ!」 ハルヒが満面の笑顔で言い放つ。 「ちょっと待て。練習を始めるのはいいが俺や朝比奈さんや古泉は全くの楽器未経験者だ。 いきなり曲を演奏できるわけはないだろう。」 今日の練習に際し、俺達はハルヒから曲の詳細も何も聞かされていないし、楽譜も受け取っていない。 まあ、楽譜があったところで音楽の成績が良くても3である俺には理解不能であろうが。 「そんなのは後でいいのよ。今日はパフォーマンスの練習よ。」 パフォーマンス?俺達はバンドじゃないのか?それともライブはライブでもお笑いライブに出場するつもりなのか? 「いい?ライブにおいて重要なのは演奏の質も勿論だけど、観客の視覚に訴えるパフォーマンスやアクションなのよ。 いくら演奏が上手くても、ボーっと立ちっぱなし、下向きっぱなしじゃ面白くないでしょ?」 まあ確かにな。しかしだからといってパフォーマンスか。 「そこで今日は演奏中のパフォーマンスの練習よ。まずは有希!」 相変わらず無言で突っ立っている長門。肩からは大層重そうなギターをぶら下げている。 なんでもギブソンという有名なメーカーのギターでかなり高価なものらしい。生憎俺には価値はわからないが。 そしてなぜか長門は、映画の衣装であるあの黒ずくめの魔法使いの格好である。確かに去年のライブはこの格好だったが・・・。 小さな身体に不似合いな大きなギターを肩からぶら下げ、黒ずくめで佇む長門の図は何だかシュールだ。 「そうね、有希は黒魔術にご執心の不気味なギタリストという設定でいってもらうわ。 演奏中は黙々とギターを弾いているけどギターソロになるやいなや、歯で弾き出すのよ! そして、最後にはギターに火をつけ、アンプに叩きつけて破壊、アンプも爆破させる! ってのはどうかしら?」 ちょっと待て。黒魔術にご執心まではいいとして、何だ歯弾きってのは。虫歯になるぞ。 それに爆破なんて起こしたらステージどころじゃないぞ。文化祭も中止だ。 しかしそんなハルヒの無理な要求にも長門は眉ひとつ動かすことなく首肯した。 といっても俺にしかわからないような首を2ミリほど動かしただけのものであるが。 「次はみくるちゃんね。そうね、みくるちゃんにはまずバニーの衣装でステージに立ってもらうわ。 可憐な萌え萌えキャラクターながら、凄まじい演奏をテクニックを持つっていう設定よ。 その反面、キーボードを逆さから弾いて最後にはナイフを鍵盤に突き刺すという狂気の演奏をしてもらうわ!」 ずいぶん物騒だなオイ。というかあの天使のようなお方にナイフなんか扱えるのだろうか・・・。 ツッコむところはそこではないだろうとは言わないでくれ。俺も現実を見つめるので精一杯なんだ・・・。 朝比奈さんは相変わらずオロオロとした様子で「ふ、ふぇ~、そんなコワイことできませ~ん・・・」 と、おっしゃている。しかし朝比奈さん、バニーの衣装を着てステージに立つのはアナタ的には構わないのでしょうか・・・? 「古泉君はベースよね。それならライブ中ずっと全裸で演奏する変態ベーシストって設定はどうかしら。 もしどうしても恥ずかしいなら靴下ぐらいなら着けてもいいわよ」 それはもはや警察沙汰だ。というか靴下を着けるって何だよ。履くんじゃないのか。 それに着けるなら着けるで一体どこに? 古泉も古泉だ、「いいですねぇ」なんて普通に受け入れてるんじゃねえ。 次はドラムの俺の番だ。どんなムチャなことを言われるかとドキドキしていると―― 「キョンはドラムでしょ。だったら、ドラムセットごとグルグル空中で回転するぐらいのことは必要ね」 と、当たり前のように言い放ってくれた。なんじゃそれは、サーカスの見世物か俺は。それ以前に物理的に不可能だろ・・・。 「で、お前は何もやらんのか?そのパフォーマンスとやらは」 呆れ果てた俺はハルヒに疑問を投げかけた。するとハルヒはフンと鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべ 「私はボーカルだからね。フロントマンがそんな小賢しいことしてもしょうがないわ。」 と、当たり前のようにのたまってくれた。じゃあそんな小賢しいことをさせられる俺達は何なんだ。 まあ、こんなトンデモな発言の連続にさしもの俺もこれ以上反論する気力を失ってしまったのだ。 もうなるようになれ・・・。 さて、肝心の演奏の方であるが、流石というべきかハルヒと長門は上手いのだコレが。 長門の指は目にも留まらぬ速さで動きまくり、素人の俺が聴いても凄いとわかるようなフレーズを次々に弾きこなす。 もはやマーク・ノップラーやブライアン・メイどころじゃない。 メロディアスなソロ、攻撃的なリフ回し、どれをとっても非の打ち所がない。 きっとコイツはどんなにハルヒに高度な演奏の要求をされても2秒後には完璧に実践してみせてしまうだろう。 そしてハルヒである。コイツはやはり歌が上手い。 相変わらずの月まで届きそうなほどの澄み切った声である。音程もリズム感もばっちりで俺も思わず聴き惚れてしまう。 それにギターもかなり上手くなっている。正確無比なコードカッティングを次々にキメている。 去年の文化祭の時には「殆ど担いでるだけ」なんて言ってたけど、あれから練習でもしたのだろうか。 それに比べ、肝心の俺達未経験者組はというと――ひどい有様である。 朝比奈さんは、ハルヒの歌と長門のギターにあわせ、何とかキーボードの鍵盤を適当に押さえているだけである。 「ブーカ、ブーカ」と非常にマヌケな音だ。 「ちょっと!みくるちゃん!そこのコード間違ってるわよ!」とハルヒに怒鳴られても 「コ、コードってなんですかぁ~?キーボードのコードならちゃんとコンセントに刺さってますよ~」 と、流石に俺でもわかるコードについて何ともベタな勘違いをしている。 俺のドラムも酷いものだ。ハルヒが言うにはまずリズムキープが出来ていないらしい。 何度も言うように、俺は昔から音楽の授業は苦手だったんだ。 小学校の合唱のときも適当に口パクでお茶を濁していたし、リコーダーのテストだってよく出来た試しがない。 そんな俺にドラマーとして十分なだけのリズム感を求める方が間違っているのだ。 大体、両手両足をバラバラに動かすのなんて無理だ。全部一緒になっちまう。 辛うじて古泉のベースは何とか形になっているもの、俺と朝比奈さんの奏でる不協和音でバンド全体のアンサンブルは滅茶苦茶だ。 ハルヒの機嫌も目に見えて悪くなってきている。 「ああ、もう!2人とも酷すぎるわ!特にキョン!あんた真面目にやってるの?」 勿論真面目にやっているとも。両手両足が一緒に動いてしまうのは仕様なのだ。如何ともし難い。 「こうなったらいっそアバンギャルドなノイズ音楽というコンセプトに変更したらどうだ?」 「だから、アホなこと言ってないで真面目にやりなさい!!」 おお怖い、怖い。もう少しで鉄拳が飛んできそうな勢いである。 ともあれ、前途多難なSOSバンドの滑り出しに俺も正直不安を隠しきれない。 本当に文化祭に間に合うのだろうか? そこからの数日は壮絶を極める多忙な毎日であった。なんせバンド練習と映画撮影の掛け持ちだ。 平日は授業終了後すぐに映画の野外ロケに出かけるかバンド練習、そして土日は丸ごと野外ロケに費やされている。 もはや家にいる時間より、SOS団の活動に費やされる時間の方が長いくらいだ。 そんなある日、バンド練習のため、軽音楽部から強奪した空き教室にSOS団の面々は集まることになっていた。 するとそこで俺は驚くべき光景を目の当たりにすることになる。 あれから、俺のドラムの腕は全くと言っていいほど上がっていなかった。そりゃあ1日や2日でいきなり上手くなるわけはないのだが。 ああ、今日もまたハルヒにヘタクソと怒鳴られるな、と思いながら俺は教室のドアを開けた。 するとそこには古泉がいた・・・。いや、古泉がいるのは別にいいのだが。問題は古泉がしていることだ。 俺より先に教室に来て自主練習に励んでいたと思われる古泉の演奏は凄いことになっていた。 「バチン、バチン」と鋭い音をはじき出すベース。その音を紡ぎ出している古泉の指は目にも留まらぬ速さで動いている。 正直言ってムチャクチャ上手い。最初からコイツはそれなりに形になってはいたが、いつの間にこんなに上手くなったんだ? 呆けている俺に気付いたのか、古泉はアンプのスイッチを切り、俺に視線を向けるとニコリと気味の悪い笑みを浮かべた。 「おや、いらしていたのですか?ああ、今の演奏はですね、スラップと言って親指で弦を弾くようにして演奏する ベースギターの奏法の1つでして・・・。」 俺は古泉の薀蓄を無視して言葉を投げる。 「そんなことはどうでもいい。お前いつの間にそんなに上手くなったんだ?楽器なんか未経験って言ってたよな?」 古泉はニヒルな笑みを崩さず、 「それには深いワケがあるようでして・・・。」 と、なんとも歯切れの悪い反応を寄越してくる。 そして驚きはそれだけではなかった。そのあとすぐにやってきた朝比奈さんのキーボード演奏である。 もうお分かりかもしれないが、朝比奈さんの演奏も凄いことになっていた。 ついこの間までは、指一本で鍵盤を押さえるというどこかのイギリスのニューウェーブバンドの女性メンバーのような 素人丸出しの演奏しか出来なかった朝比奈さんが今では10本の指を駆使し、流麗なフレーズを弾きこなしている。 俺は古泉にしたのと同様の質問を朝比奈さんに投げかけた。しかし彼女も、 「それがよくわからないんです・・・。」 という曖昧なお答えを俺に寄越したのみであった。 その後、その日はクラスの掃除当番で遅れていたハルヒと長門がやってきて全員での練習が行われた。 ベースとキーボードの目を見張るような上達のおかげか、バンド全体のアンサンブルもかなりマシな ものになってきている。俺のドラムは相変わらずヒドイが。 「うん、今日の演奏はなかなか良かったわね!みくるちゃんも古泉君もその調子よ! 映画の撮影も順調だし、我がSOS団が文化祭を牛耳る日も遠くはないわね。」 やっとまとまってきた演奏にハルヒも上機嫌である。 「それじゃあ明日もまた放課後はこの教室に集まって練習よ。私も新しいオリジナル曲を作らなくちゃいけないし 今日はそろそろ帰るわ。それじゃあ解散!」 そう言い残すとハルヒは颯爽と教室を出て行った。 「さて、今度こそ詳しく事情を話してもらおうか」 俺は古泉に詰め寄った。 「お前と朝比奈さんは全くの初心者だったはずだ。いつの間にこんな上手くなったんだ?」 古泉は少し真剣な顔になり、抑えた口調で 「別に特別な練習をした訳ではありません。 あえて言うならば今日この教室に来てベースギターを手に取った時から上達したとでも言いましょうか・・・。」 と答えた。 「それじゃあ何か?今日いきなり上手くなったとでも言うのか?」 「そうですね。まさにそういうことになるかと」 訳がわからん・・・。俺は質問の対象を変える。 「朝比奈さんも同じですか?」 朝比奈さんは肩をすくめ、答える。 「そうです・・・。私も今日この教室に来たときから・・・。 何て言うのかな・・・キーボードを目の前にしたら自然に演奏の仕方がわかったっていうか・・・ 自然と指が動いたというか・・・そんな感じでした」 ますます訳がわからん。それともアレか? 長門のようにいわゆる未来人的だったり超能力者的な力でも使って弾き方を一瞬で覚えたのか? 「そんな力私にはありません・・・」 「同じく僕もですね。しかし、このようになった原因はあなたなら判るのではないですか?」 こうなった原因?俺に判るわけなんて・・・まさか・・・。 「ハルヒの仕業か?」 俺は最も考えたたくない、しかし同時に最も信憑性のある原因を思いついてしまった。 「はい。僕は今回の件は涼宮さんが原因ではないかと踏んでいます」 そうだった・・・。ハルヒの「力」のことを俺は失念していた。 去年の映画撮影の折、朝比奈さんの目から得体の知れないビームを発射させ、 猫に人語を喋らせ、土鳩を真っ白な鳩に変え、秋の川沿いの遊歩道を満開の桜で覆いつくしたのは 誰でもない、涼宮ハルヒがそうなるよう無意識に願ったからなのであった。 今回の状況もそれに似たものなのだろうか。 古泉は静かに語りだす。 「涼宮さんは、僕達の余りの稚拙な演奏に大いに不満を感じたのでしょうね。 そしてその不満以上に、何とかバンドの演奏を素晴らしいモノにしたいという思いが強かったのでしょう。 その結果、僕と朝比奈さんは一晩にしてプロ並みの腕前を持つミュージシャンに改変されてしまった・・・ ということでしょう」 「そうですね・・・。私もそうなんじゃないかって思います」 もう1人の当事者である朝比奈さんも同意した。 確かに古泉の説には一理ある。俺はこの説にさらなる確実性を求め、 最も信頼に足る答えを出してくれるだろう存在へ話を振ってみた。 「長門、お前はどう思う?」 黒魔術師の衣装のまま、それまで一言も発することのなかった長門が静かに答えた。 「涼宮ハルヒが情報の改変を行ったのは事実。 その結果として短時間で朝比奈みくると古泉一樹の演奏技術が向上した。」 参ったねこりゃ。これは本気でハルヒの仕業ということで確定の赤ランプが灯ってしまった。 しかし、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。 そう、朝比奈さんや古泉とは対照的に俺のドラムの腕は全く向上していない。 今日も曲のテンポを乱す度何度ハルヒに睨まれたことやら、というほどだ。 ハルヒは俺達の楽器の腕に不満だったんだろ?バンド全体のレベルを上げようと思ったんだろ? そしたらなぜ俺だけヘタクソなままなんだ? その疑問は予想していましたとばかりに張り切って古泉が答える。 「それはですね、あなたが涼宮さんにとって重要な存在だからですよ」 は?重要な存在だと? 「そうです。涼宮さんはあなたのことを誰よりも信頼している。 だからこそ、どんな無理なことを自分が言い出してもあなただけは自分についてきてくれると思っている。 つまり、あなたならば自分が手を下さずとも、きっと努力の末上達して素晴らしい演奏をしてくれると思っているのです」 いくらなんでもそれは買い被りだろう。 「それでも涼宮さんにとってはそうなんです。 これからの涼宮さんの機嫌如何によっては例の閉鎖空間も発生しかねません。 今後の世界の命運は、あなたにかかっていると言っても過言ではありません。」 文化祭の出し物ごときで世界の危機かよ。情けないな、世界。 「それだけ涼宮さんは今回の文化祭のステージを楽しみにしているということでしょう。 実際、練習初日は我々の演奏の余りの酷さに、その夜小規模ながらも閉鎖空間が発生したのですよ?」 そうだったのか・・・。 「とにかくあなたが涼宮さんの期待に応えることが必須なんです」 古泉の説は正直トンデモ過ぎて俄かには信じられないものだった。 しかし長門も朝比奈さんもどうやら古泉の説に信憑性を感じているらしい・・・。 俺も随分重い責任を背負ってしまったものだ。ああ、頭が痛くなってきた・・・。 ハルヒの力によって楽器の腕がいつの間にかプロ並みになってしまった朝比奈さんと古泉のおかげで 我がSOSバンドの演奏も当初に比べればかなり聴けるものになってきた。 しかし毎日のように続く映画撮影とバンド練習。 前者では雑用係としてこき使われ、後者では一向に上達しないドラムの腕にハルヒからお怒りを受ける。 そんな日々に俺は体力的にも精神的にも限界に来ていた。正直かなりしんどい・・・。 そしてついに決定的な事件が起きてしまった。 文化祭本番もあと2週間程に迫ったある日、SOS団の面々は軽音楽部から強奪した空き教室で バンド練習に励んでいた。今演奏している曲はLost My Music―― ハルヒが去年の文化祭で熱唱した曲のうちの1つである。 あまりにも壮絶な4人の演奏に俺も何とかついていっている。 一応俺だって教則本を読んでみたりとドラムの腕を向上させようと努力をしている。 しかし、やはり限界がある。今だって段々と他の楽器と合わなくなってきている。 まだ両手両足も一緒に動いてしまうし・・・。 もしSOSバンドがメジャーデビューするとしたら俺はアルバム一枚で解雇だろうな。 独裁的なボーカリストとギタリストの兄弟に4文字言葉でこき下ろされて・・・。 って長門はそんなことは言わんだろうし、ハルヒと長門が兄弟なんて事実は無いが。 なんとなくふと思っただけさ。 すると、突然ハルヒがギターをかき鳴らしていた手を止め、腕を上げ、大きく振っている どうやら演奏を中止しろ、という合図らしい。 バンドの音がピタッと鳴り止むとハルヒは俺の方に振り向いた。おお、怒ってる怒ってる。 「ちょっと!キョン!また遅れてるじゃない!」 そう怒鳴るな。唾が顔にかかるだろ。 「そんなのどうでもいいわよ!全く、コレで今日あんたのせいでやり直しは何度目だと思ってるの!?」 俺だって努力してるんだがな。 「結果の伴わない努力に意味は無いわ! 有希やみくるちゃんや古泉君はあんなにいい演奏をしてくれるのに!」 今日のお前はいつに無く攻撃的だな。一体どうしたんだ? 「全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!」 いつもだったらコレぐらいのハルヒの暴言は心の中でツッコミを入れるだけで流すことが出来ただろう。 しかし、何度も言うが今の俺は体力的にも精神的にもヘトヘトだ。 そんな状況で俺も少し気が立っていたのかもしれない。 『全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!』 この言葉を聞いた途端、急に視界が紅く染まったそうな錯覚に陥り、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してしまった。 「じゃあどうしろっていうんだよ!!俺はドラムなんかやったことはないんだ!! いきなり一丁前の演奏をしろだなんて無理があるんだよ!!」 俺の怒鳴り声に場は静まり返る。 古泉と朝比奈さんは呆気に取られた表情だ。長門の無表情さもいつもより機械的になっているようにさえ感じる。 「大体な、俺は普通の人間なんだよ!! お前や長門や朝比奈さんや古泉とも違う一般人なんだよ!!才能に恵まれている奴等とは違うんだ!! そんな俺に1ヶ月でドラムをマスターするなんて無理に決まってるだろうが!! お前の我侭には付き合いきれん!不満だって言うなら解雇にでも何でもしやがれ!!」 朝比奈さんは「けんかはだめなのです~・・・」と震えながら小声でつぶやいている。 古泉は今にもハルヒに殴りかかってしまいそうな俺をいつでも止められるよう、身構えている。 長門は相変わらず静観してことの成り行きをよりいっそう機械的な目で見守っている。 そんな状況が視界に入っていながらも俺の怒りはまだ収まらない。 沸騰したマグマが煮えくり返っているかのように身体の奥が熱い。 そして俺が続けざまに次の怒りの言葉を吐き捨てようとした時・・・ ズンガラガシャーン!! 思わず目を閉じてしまうほどけたたましい音が俺の耳に入った。 目を開けるとそこは天井だ・・・って天井? どうやら俺は仰向けにひっくり返っているらしい。 視点を戻すと、そこには俺の前に仁王立ちしているハルヒ、そしてその後ろにはグチャグチャに崩れたドラムセット。 そしてヒリヒリと痛い俺の顔面。鼻血も出ているかもしれない。 ここまでの状況から推理するにどうやら俺はハルヒにドロップキックをお見舞いされたらしい。 ドラムセット越しにか。どうやらさっきの音はハルヒがドラムセットに突っ込んだ音だったようだ。 ってハルヒよ、痛くないのか・・・? 何だか急に冷静になってしまった俺と対照的に、尻餅をついたまま見上げるハルヒはワナワナと震えている。そして・・・ 「このバカキョン!!!!」 耳をつんざくような怒鳴り声。俺はもう一撃ドロップキックを食らうこと覚悟した――が ハルヒはそのまま背を向けるとスタスタと歩いていき、乱暴にドアを開閉する音のみを残し、教室から出て行ってしまった。 シーンと静まり返る教室。 どうやら事態は最悪の展開を迎えてしまったようだと、俺は急激にクールダウンしていく脳ミソで考えていた。 「やってしまいましたね」 その静寂を破ったのは古泉だった。 「これでは去年の映画の時と全く同じ展開ですよ。あなたはもっと冷静な人だと思っていましたが。 おっと、この台詞も2度目ですね」 ああ、そういえば去年も同じようなことがあったな。 「状況もあの時とまさしく一緒です。閉鎖空間を生みかねない行動は慎んでほしかったのですが・・・」 五月蝿い。俺だって我慢の限界だったんだ。 「それでもです。前にも申したようにあなたは涼宮さんにこの上なく信頼されているんです。 その信頼を裏切るような真似をしてもらっては困るのですよ」 ドロップキックが信頼の現われってことか? 「まあ確かにあなたの気持ちもわかります。今日の涼宮さんの怒り具合は少々異常でしたし・・・。 とりあえず現段階では閉鎖空間の発生は確認されてないようですが・・・安穏とはしていられません。 去年と同様になるべく早いうちに仲直りしてください」 俺の意志は無関係なのか?お前はハルヒが良ければ俺のことなどどうでもいいって言うのか? せっかく収まりかけた怒りが古泉の発言のせいで再燃してしまった。 俺は古泉にまたもや感情的な言葉を吐き捨てる。 「とにかく無理なものは無理だ。俺は解雇されたってことでいいだろう。 ハルヒのドロップキックもそれを肯定したってことで俺は理解した。 アイツの我侭に付き合うのも限界だ。後は勝手にやってくれ。 ドラマーも軽音楽部の部員から適当に代役を立てればいいだろう。 お前はせいぜい灰色空間で巨人相手にハルヒのご機嫌取りでもしてろ」 再燃した怒りは止まらない。 「そういう訳だ、俺は抜けさせてもら・・・」 パシンッ!!! 乾いた音が静まり返った教室に響く。 その音が朝比奈さんが俺の頬を叩いた音だと気付くまで数秒かかった。 その細腕で平手打ちを食らったところでさっきのドロップキックに比べれば蚊が止まったくらいの痛みしか感じないはずである。 そのはずなのに、何故だろう、叩かれた頬がどんな屈強なレスラーの平手打ちを食らうよりもヒリヒリと痛いように感じるのは・・・。 見れば朝比奈さんは目に涙を溜めている。 「そんな言い方はあんまりです!!涼宮さん、泣いてましたよ!?」 そうなのか・・・気がつかなかった。 「涼宮さんは決してキョン君に悪気があった訳じゃありません!私にはわかります! 涼宮さんは本当にキョン君のことを信頼しているんです!絶対です! 確かにちょっと言い方は酷かったかもしれないけど・・・。 それでもキョン君だけは涼宮さんの気持ちをわかってあげなきゃいけないんです!」 朝比奈さんがここまでストレートに己の感情を吐露するのは初めて見る。 その驚きに俺の怒りは再度クールダウンしかけてきている。我ながら単純な精神構造をしていると思う。 「キョン君はそんな投げやりなことは言いません!言わないんです!」 そう言い終えると、朝比奈さんも駆け足で教室を出て行ってしまった。 俺と古泉と長門。3人だけになった教室は朝比奈さんが出て行ってしまったことでまた静寂さを取り戻した。 「すいません。僕も少々言い過ぎました」 その静寂を破ったのはまたしても古泉だった。幾分申し訳なそうな口調である。 「結局のところ、これはあなた自身の問題なのかもしれません。 僕がいくら口を挟んだところで肝心なのはあなた自身の意思。 今日、家に帰ったらもう一度よく考えてみるといいかもしれませんね・・・」 そんな言葉を残し、古泉も出て行ってしまった。 残されたのは俺と長門。 それまでずっと機械的な目をしてことの成り行きを見守っていた長門に 冷静になった俺は急に質問を投げかけたい気分になった。 「なあ、俺の言ったこと。お前も間違ってたと思うか?」 数秒の無言の後、長門は静かに答える。 「わからない。 でもあなたが涼宮ハルヒに信頼されていること、そして涼宮ハルヒに とって重要な人物であるということは確か」 「ということは、お前も俺がハルヒの信頼に応えるべきだと思っているということか?」 「情報統合思念体の方針からすれば、それが望ましい。 現在の涼宮ハルヒの精神状態では危険な情報爆発を生む可能性がある」 やはり、お前もそうなのか。 「ただ――」 長門は言葉を続けている。 「ただ?」 「一個体としての私は、あなたを信頼している。 あなたならこの状況を打破できると、信じている」 そう言い残すと長門も教室から出て行ってしまった。 教室に残されたのは俺1人。ドロップキックと平手打ちを食らった顔面がヒリヒリと痛む。 それ以上に胸の奥がヒリヒリと痛む、そんな錯覚にするにはリアル過ぎる感覚を俺は感じていた。 1人教室に残された俺。 朝比奈さんの、古泉の、長門の言葉が頭から離れない。 そしてハルヒ。朝比奈さんはアイツが泣いていたと言っていた。 もしそれが本当なら、俺がハルヒを泣かしたことになるのだろうか・・・。 そんな自問自答をしてみても、熱くなってみたり冷めてみたりとさっきから忙しすぎる程 グルグルと回っている俺の思考回路じゃ考えもまとまらない。 とりあえず俺も帰ろう。それで古泉の言うようにもう一度良く考えてみよう。 そう思い、俺はドアに向かってトボトボと歩き出した。 ふと視線を落とすと、床に何かが落ちている。 ほとほと疲れきっている今の俺の洞察力では本当ならそんな落し物には気付かないはずだった。 しかし何故だろう。自分でも不思議なのだがなぜかその落し物はまるで俺の視界の範囲内に 急に現れたのかのように、それでいて最初からそこにあったかのように床に転がっていた。 それは1枚のMDだった。MDにはラベルが貼られている。 『文化祭 新曲』 とシンプルに、それでいて勢いに任せて書きなぐったような字で書いてある。 そこまで確認して、俺はこのMDの落とし主が誰であるかすぐに思い当たった。 このMDはハルヒのものだ。 あいつはバンド結成&文化祭出演に際し、オリジナル曲の作成を宣言していた。 これはきっとそのオリジナル曲のデモテープか何かなのであろう。 これまた自分でも不思議なのだが、俺は無意識の内に当たり前のようにそのMDを拾い上げ、鞄の奥に滑り込ませていた。 家に帰り、トボトボと自分の部屋への階段を上がる。 途中、俺の帰ってきたことに気付いた妹に声をかけられたようだが、正直返答する気力もない。 そんな憔悴しきった俺を見かねたのか、 「キョンくんどうしたの、何だか元気がないよ~?」 妹は妹なりに心配してくれているらしい。 すまんな。俺にも色々と事情があったんだ。それでも心配してくれるのは兄としてちょっと嬉しいぞ。 俺は妹の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。 「キョンくん、くすぐったいよ~」 どこぞのマンチェスターの不良兄弟にもコレぐらいの兄弟愛を見せてほしいものだ。 部屋に入り、バネの壊れたブリキのおもちゃのごとくベッドに座り込んだ俺は鞄の中からさっきのMDを取り出す。 この中にはハルヒが作曲したオリジナル曲が入っているに違いない。 よく見ると、ラベルには『文化祭 新曲』という文字以外にも小さな字で何やら書いてある。 どうやらそれはハルヒが考えた曲のタイトルのようだった。 1.パラレルDAYS 2.冒険でしょでしょ? 3.ハレ晴レユカイ …何ともハルヒらしいぶっ飛んだタイトルばかりである。 そして俺はまたもや無意識の内に自分のポータブルプレイヤーにそのMDをセットしていた。 ――結論から言うと、ハルヒの才能には感服するしかない。 俺が聴いた3曲はどれもまだあくまでもデモテープの段階であり、 内容としてはハルヒがギターやピアノの弾き語りでメロディーを口ずさんでいるものだった。 歌詞も殆ど出来上がっていない未完成な演奏ながらも、その3曲をバンドで演奏した時のイメージもありありと浮かぶほどだ。 そんな俺の脳内イメージ基準では、どの曲もオリコン10位以内になら入ってしまいそうな程、そのクオリティは高い。 しかしハルヒはこの短期間に3曲も仕上げてしまったのだろうか?アイツの突発的な性格は俺もよくわかっているし、 バンド結成宣言をブチ上げるまでに書き溜めていた曲ということはないだろう。 この2、3週間映画の撮影とバンドの練習に追われていたのはハルヒも似たようなものだ。 (勿論、体力的・精神的な疲弊の度合いは俺の方が上ではあるが) そんな短い、しかも多忙を極めたこの期間にこれだけクオリティの高い曲を書いたハルヒ。 一体お前をそこまで突き動かしているものは何なんだ? それともお前にとって、このただの思いつきの産物としか思えないバンド活動はそこまで大切なものなのか? 俺は完全に冷静さを取り戻した思考回路をフル活用してこの青春の悶々とした悩みについて思索を巡らせている。 すると少しずつ、ハルヒに対する罪悪感が生まれてきたような気がする。あくまで少し、だがな。 「しかし全部で5曲か・・・。 いくらなんでも未だ初心者レベルの俺にはやはりちとキツイのではないか?ハルヒよ」 そんな独り言を嘆いたところで答えは返ってこない。 悶々とした夜は更けてゆく・・・。 明くる朝、そんな悶々とした気分は晴れることもなく学校へと着いた俺はクラスの教室の前で立ちすくんでいた。 俺の懸案事項はただ2つ、ハルヒは学校に来ているのか? もし来ているならばどう接したものか?ということである。 考えていても仕方ないと思い切ってドアを開けると・・・ なんのことはない。ハルヒはいつもの席に座っていた。 ちなみに予想はついているかもしれないが一応補足しておく。 俺とハルヒは2年時も同じクラスであり、そしてなぜか席の配置も1年時と全く同じなのである。 古泉が言うには 「涼宮さんがまたあなたと一緒のクラスに、そしてまたあなたの真後ろの席になることを望んだからですよ」 とのことらしい。 その割には国木田や阪中といった面々、 そしてハルヒ自身もあんなにウザがっていた谷口も同じクラスなのは一体どういう訳だか。 ハルヒは頬杖をついて窓の外を眺めている。 その行動自体はいつものことだが、やはり今日は不機嫌なオーラがどことなく出ている。 その証拠に俺が前の席に腰掛けてもハルヒは何のリアクションも示さない。 これは触らぬ神に祟りなし、だな・・・。 その後4時間目の途中まで、ハルヒは窓の外を見つめたままであったようだ。 ようだ、というのは俺は前の席なもんだから後ろの様子がよくわからないからである。 やはりハルヒはまだ怒っているのか・・・そう確信を強めた時、 バイブレータの振動が俺の携帯にメールの着信を告げた。 送信者は古泉。 「昼休みに中庭まで来ていただけませんか?」 だとさ。 昼休みである。俺は古泉の呼び出しに応じ、中庭へと歩を進めている。 ちなみにハルヒは昼休みになるや否やどこかへ行ってしまった。 しかし古泉には昨日散々叱責を受けたはずだが。まだ何か言い足りないことでもあるのだろうか。 中編へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3615.html
「で、最初は誰から接触すればいいわけ?」 ハルヒは机の上に座ったまま、俺に言う。 さて、誰からにしたものか。本来であれば、俺の世界と全く同じようにしたいところだが、このハルヒはそれを却下したし、 そもそもこいつが力を自覚している時点で、どうやってもおなじようにはならんおかげで、正直それで大丈夫なのかという 不安があるのも事実だ。 だが、ここでふと思いつく。 とにかく、3人に接触して平穏かつ良好な関係が築けると証明してやればいい。それだけなら、何も3人同時に 一緒である必要はないはずだ。その後、ハルヒに納得させた上でもう一度最初から――今度は3人同時に接触して、 SOS団を結成すればいい。 そう考えると、まず一番接触しやすい奴から選ぶべきだな。宇宙人は、あのハルヒの情報統合思念体に対する警戒心から考えて、 一番最後にすべきだろう。未来人ははっきり言って知らないことも多いことを考えると、予定外な事態に陥る恐れもある。 こうなると最初は超能力者――古泉か。機関はまだうさんくさいところも多いし、わからない点も多いが、 同じ時代の人間という点、さらに超能力はハルヒが作り出した閉鎖空間内だけという限定的なものだ。 普通に接触する限り大した弊害が発生するとも思えない。 ……1番手があのインチキスマイル野郎なのは少々引っかかるが。 「超能力者……ねえ」 ハルヒはジト目で俺を見ていた。とは言っても、何もやっていないわけではなく俺の指示通りに時間平面を構築中なんだそうだ。 全く長門並のことをやれるハルヒって言うのも妙な気分だぜ。 「で、具体的に必要なものはあるわけ?」 「閉鎖空間とその中で暴れる神人を倒せる力をそこらへんの人間にばらまけばいい」 「閉鎖空間と神人って?」 ハルヒはそう首をかしげた。そういや、ハルヒはそのことは知らないのか? 「お前さんがキレると、別の誰も入って来れない――今俺たちがいるところみたいな空間を作り出して、 そこの中ででっかい巨人を暴れさせている」 「あー、あれのこと」 思い当たる節があると、ポンと手を叩くハルヒ。 「なんだ知っているのか?」 「うん、たまに頭に血が上ったときとかストレス解消代わりに暴れさせているの。無人だから誰の気兼ねもなく暴れられるし、 結構スカッとするものよ」 「お前な……」 あっけらかんと言うハルヒに、俺はただただ呆れるばかりだ。 「俺の世界だと、お前は無自覚にそれを作っているから、誰かが止めてやらなきゃならん。そんなわけで、 その役割を与えられた超能力者がいるって訳だ」 「ふーん、あんまり関係のない人間を巻き込むのは気が進まないけど、まあ仕方ないか」 そう言ってハルヒは目を閉じて、何やらつぶやき始めた。恐らく情報操作って奴だろう。 こんな一美少女高校生にゲーム感覚に作り替えられる世界ってのもいろいろな意味で問題があると提言しておきたいね。 そんなわけでSOS団団長改め創造神ハルヒ様の作業完了後、俺たちもその時間平面――世界に入ることにする。 時間は俺とハルヒが北高に入学したときからだ。もちろん、二人とも北高に入学する設定にした上でだ。 ちなみに俺は全く別のボンクラ高校に入学する予定だったので、それをいろいろ改変して北高に入学させるのに苦労したと ハルヒに散々愚痴られたけどな。 ◇◇◇◇ 「東中出身、涼宮ハルヒ! この中に超能力者がいたら今すぐ来なさい! 以上!」 俺の背後で威勢のいい声が響く。もちろん入学式、最初の授業での自己紹介だ。 俺の自己紹介の後、ハルヒは事前の打ち合わせ通りの言葉で自らをアピールした。宇宙人と未来人は前に述べたとおり、 余り手を広げるのは得策ではないということで上げていない。ああ、ちなみに異世界人はもともと言う予定はないぞ。 なんせ、今の俺が異世界人だからな。もうここにいるってこった。 周りの人間は苦笑・あるいは戸惑いの視線を一斉にハルヒに向けるが、ほどなくして担任の岡部の空気の流れを断ち切る 咳き込みとともに、自己紹介は続行された。 俺はハルヒをちらりと見ると、厳しい視線のままじっと黒板の方を見つめていた。そういや、初めてあったときは ロングヘアーだったっけ。このハルヒは俺の世界のハルヒと違ってどんな理由でこの髪型にしたんだろうな。 しかし、俺はすぐに別の視線を感じてそちらへと振り返った。そこには―― 「……ちっ」 思わず舌打ちしたくなるような女が一人。朝倉涼子だ。二度も俺の殺害を試みた猟奇殺人鬼である。 柔らかで人当たりの良い笑みをこっちに向けてくるが、俺はできるだけ視線を合わせないように軽くうなずく程度の挨拶を 返しておき、全く別の方向に顔を背けた。 俺とハルヒの正体――実態と言った方がいいか――をこいつに知られるわけにいかない。なおかつ、こいつから命を狙われる心配 までしなきゃならん。ある意味、最大の要注意人物だ。 ◇◇◇◇ 俺とハルヒは昼休みこっそりと非常階段へ移動して、状況確認を始める。 「で、あんな感じで良かったわけ? クラス中の空気が固まっていたけど」 「本来なら、あれに宇宙人・未来人・異世界人がプラスされていたんだ。それにくらべりゃ、ショックも少ないだろうよ。 それにハルヒが超能力者に興味津々であることも十分に示せたわけだしな」 そんな話をしながら、俺は校庭や周辺の民家を見渡す。ハルヒの言うとおり、どこに情報統合思念体の手先が いるかわからんおかげで警戒しっぱなしだぜ。万一、この話を聞かれれば一瞬にして全てがパアになっちまうからな。 「安心して。監視はうまい具合にあたしがごまかしているから。で、あんたのいう古泉一樹ってのはいつ現れるのよ。 休み時間の間に学校中廻って見たけど、該当するような人物はいなかったけど」 「その前に機関の方はばっちり組織化されているんだろうな? それがいないと古泉も現れなくなる」 「それは問題ないわ。過去3年間のあたしの周辺を活動している連中に、インターフェース以外にもう一つの組織が 増えていたから。見たところ、普通の人間だから恐らくあんたの言っている機関っていう連中でしょ。 しっかし、こいつらインターフェース以上にしつこいわね。3年間まるでストーカーのようにあたしを監視続けている。 今だって遠近距離からこっちをじっと見ているし、クラス内にもエージェントらしき人間もいるわ」 なるほどな。なら状況は似通っているわけだ。となると、古泉はのちに転校してくることになるはず。いや待てよ…… 「古泉が転校してきた理由に、長門と朝比奈さん――ああ、宇宙人インターフェースと未来人がお前に接触してきたことが 理由に挙げられていたっけ。それで転校を迫られたとか」 俺はふと思いつき、 「なあ、今ならまだ俺のいうSOS団を作るのはまだ遅くないんだがやってみる気はないか? お前が文芸部室を乗っ取れば、 そこに長門有希がいるし、2年に行けばきっと朝比奈さんだって――」 「しつこいわよ。さっきも言ったとおり、あたしは全員まとめて接触なんていう危険なことはしたくないの。 それにあんたの所の世界がのほほんと進んでいるからといって、成功例として見ている訳じゃない」 むすっと否定しやがるハルヒ。全くこのハルヒも変わらず頑固者だよ。 しかし、このままでは古泉は北高に転校してくるのか? あの時の話しぶりだと予定を繰り上げてまで来たとか言っていたが。 俺はしばらく考えてみたものの、未来の事なんて予知できるわけもないので、 「とりあえずタネは蒔き終えているんだ。後は芽が育つのを待とうぜ」 「全く脳天気な考え方ばかりだわ。ま、確かにこっちも動きようがないから待つしかできないけどさ」 素直にハイと言えんのか、こいつは。まあいい。古泉に対してはしばらく様子見でいくとしよう。 俺はその他の話に移る。 「情報統合思念体の方はどうなんだ? 何か動きを見せているのかよ?」 「今のところは見ているだけね。わざわざインターフェースを同じクラスに送り込んできているけど、 目立って何かをしようとはしていないわ。連中のことだからどんなことが起点になって考えを変えるかわかったもんじゃないけど」 「クラス内ってのは朝倉のことか」 ハルヒは俺の問いかけに、ちらりと視線を外し、 「そうよ。あいつ今まで何度もあたしを襲ってきた目を離せない要注意人物なんだから。何だか知らないけど、 あたしが能力を自覚している・していない関係なく攻撃してくるみたいね。鬱陶しいったらありゃしない」 「あいつは情報統合思念体の中でも過激派に属しているらしいからな。ハルヒを突っついて、何の蛇が出てくるのかみたいんだと」 俺は朝倉の事について、あっさりと教えてしまった。このハルヒになら別に隠す理由はないからな。多くの情報を渡して 共有しておいた方が何かと動きが取りやすくなるだろうし。 その情報にハルヒは思案顔で、 「なるほどね。あいつらも一枚岩じゃないってことか。そうなると、朝倉は一部勢力の意思で動くけど、その動きに過剰反応して、 あたしのことがばれたら今度は情報統合思念体全体が……ああっ、もうややこしいわねっ! もっとわかりやすく動きなさいよ!」 俺に言われて困る。だが、ハルヒのいらだちももっともだ。これではろくに反撃もできない。 しかし、そんなときのための長門のはずである。 「俺の世界じゃ、朝倉は長門――六組の生徒だが、それのバックアップってことだった。朝倉の一方的な行動はできるだけ 奴らの内部で処理させる動きを取った方がいいと思うぞ。こっちから反撃もろくにできないしな」 「わかっているわよ。とにかく、その古泉一樹って奴が来るのを待っていればいい訳ね」 そうハルヒは言いながら教室に戻った。 俺はそれを確認すると、独自の行動を開始する。どうしても確認しておきたいことがあったからだ。 まず向かったのが、一年六組――長門有希の確認だ。さっき朝倉の対処は長門に任せればいいと言ったが、 肝心の長門がいなければ話にならない。 おれは教室の入り口から覗いてみると、ハルヒ以上に誰も寄せ付けないオーラを拡散させて、教室の一席でもくもくと 本を読みふけっている長門の姿が確認できる。 ほっ。これでさっき言ったことに問題はなくなるな。頼むぜ、長門。朝倉が襲ってきたら助けてくれよ。 後もう一人。長門は情報統合思念体なんだからいる可能性は十分にあったが、問題は朝比奈さんの方である。 この世界にも未来人はいるのだろうか? 俺は朝比奈さんのいる二年二組へ向かい、教室内を見渡す。見知らぬ下級生が覗いていることに、一瞬注目を浴びてしまうが、 その視線を強引に無視していると程なくそれは収まる。その間に、俺は朝比奈さんの姿を確認したが―― いなかった。鶴屋さんは別の女子生徒の環に入ってけたけたとあの豪快な笑いを見せているが、朝比奈さんはいない。 なぜだ? やはりハルヒの介入がなければ未来人は存在しないことになるのだろうか? だがこれで一つ決定してしまったことがある。 この世界――今の状況でSOS団の成立はなくなった。 事情を知らん人間が隣で聞いていたらこう言うかも知れない。似たような人を探して来いよ、ハルヒならすぐ見つけてくるさと。 だが、俺にとってSOS団はもう誰一人の変更も許さない。朝比奈さんでなければならないのだ。 俺は激しい脱力感に身を引きずりながら、自分の教室の席に戻る。ハルヒは人の気も知らず、仏頂面で外を眺めているだけ。 ……一ヶ月か。昨日自宅で過ごしたが、今まで通りの家族がいて、俺の部屋も全く変わらない形であったため、 別の世界に来ているという印象はなく、それなりに安心して過ごすことができた。 学校でも谷口・国木田コンビは健在だったおかげで、弁当をともにする関係は維持できる。そう言った意味で違いは そこまで大きくないのだが…… たった一つ、そしてもっとも必要なSOS団が存在しないこと――もちろん、俺が北高入学時にはまだできていなかった からなくて当然だが、あの長門の読書モード、朝比奈さんの温かいお茶、古泉とのボードゲーム……この世界にはこれらが 一つも存在していない。 それを認識したとたん、俺は寒気を伴う寂しさに襲われて思ってしまう。 ――あのSOS団の部室に帰りたい。 ◇◇◇◇ 一ヶ月の待機後、ようやく変化が訪れた。俺の記憶通りに、古泉が転校してきたのである。ただ出会いは異なっていた。 俺がSOS団ホームシック状態のダウナーな気分で自転車を駐輪場に止め、とっとと早朝強制ハイキングコースに 入ろうとしたとき、予想外の組み合わせに声をかけられた。 「おはよう」 振り返ってみれば、そこには朝倉涼子の姿があった。いつもどおり柔らかな笑みを浮かべている。 問題なのはその背後にいる人物だ。さわやかな容姿に、細身の身体、身長は俺よりもやや高く、柔らかい笑みと目、 モデルに採用すればそれなりに注目を浴びられるレベルであろう北高男子生徒。 「おはようございます」 続けて来たのは、あのニヤケスマイル顔の古泉だ。朝倉と古泉、まさかこんなコンビでファーストコンタクトになるとはな。 明らかに俺の知っている展開とは違う。そもそもこの二人には接点というものが全くなかった。 やはりこの世界は俺の時と同じように動いてはいない。欠けているものが多すぎるんだから無理もないんだが。 「ああ、おはよう。背後のは彼氏か?」 俺はできるだけ古泉と初対面であるという様子を取り繕った。正直、古泉だけならいろいろ初接触時のやり方について、 自分なりにシュミレートしていたんだが、朝倉がセットというのは全く考えていなかった。 少しでも不審な行動や言動を取ればたちまち正体を見破られかねない。 朝倉は半分困り顔で手を振り、 「いやだなぁ。あいにくまだ独り身よ。この人は古泉一樹くん。今日、わたしたちの学校に転入してきたんだって。 でも、うちの学校って駅から遠いでしょ? 道に迷っちゃったらしくて困っていたところにわたしが通りかかったのよ。 この制服で同じ学校の生徒だろうと思ってわたしに声をかけてみたんだって」 淡々とした説明だった。道に迷って偶然会ったのが朝倉。普通なら違和感を憶えることもないだろうが、 宇宙人と超能力者が偶然に出会える可能性はいかほどものもだ? 少なくとも、年末ジャンボの五等より高いって事はないだろう。 結論。朝倉の言うことを信じない方が良さそうだ。となると、何らかの目的で俺に接触しようとしているってことか。 「こちらはどなたですか?」 「ああ、さっき話した彼よ」 「ほう、この人が……」 朝倉と古泉の会話を聞くに、どうやら事前に俺の話をしていたようだな。ますます狙って二人そろって接触してきたとしか 思えん。さて、どうしたものか。 俺は一つよろしくと頭を下げると、3人で学校に向けて歩き出す。 古泉は朝倉の背後から俺の顔をのぞき込むように顔を近づけて、 「お噂は聞いています。あの涼宮ハルヒさんと大変親しいようですね。かなり気むずかしい性格のようですが、 何かコツでもあるんですか?」 「別に親しいってわけじゃねえよ。ただあいつが一方的に俺を振り回しているだけだ」 やれやれと俺の嘆息。これは実際事実だからな。この一ヶ月間、SOS団を設立したわけでもないのに、24時間態勢で あちこち引っ張り回され、おかげでホームシック気味が少しだけうんざり分に変換してくれたほどだ。 力を自覚していても、あの突拍子もない行動力は全く変わってねえ。もっともその動機は不思議な何かを探す好奇心ではなく、 不思議な何かから身を守るための警戒心であるところが大きな違いであるが。 これに朝倉は意外そうな表情を浮かべ、 「あらそうかしら? わたしが話しかけてもなーんにも答えてくれない涼宮さんが、あなたとなら気軽に話しているじゃない。 コツがあるなら本当に教えて欲しいな」 さらなる朝倉からの追求に、俺はここは一旦考える素振りを見せる。高校入学式で初めて出会って一ヶ月間程度の設定である以上 昔から知っているような態度を悟られるとまずいからな。 上り坂の角度が急になった辺りで、俺は軽く頭を振る。 「解らん」 それに朝倉は柔らかな笑いを一つ返し、 「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。 一人でも友達ができたのは良いことだわ」 そういや、以前――俺の世界の時も同じ事を言われたな。あの時は委員長になったから委員長らしいことを言っているんだろうと 思っていたが、今思えばハルヒの安定化を望んでいたのかもしれん。一応長門のバックアップってことらしいから、 情報統合思念体主流派の遠くから見守り政策に沿って動いているはずだし。 ――結局は暴走して俺を殺そうとしたが。 「友達ねぇ……」 俺は首をかしげる。 俺にとってハルヒってのは何なんだろうか。元の世界だと友達って言うよりはSOS団団長だな。 俺は雑用係としてこき使われているだけであり、またハルヒの暴走に歯止めをかけている唯一の良心と言ってもいい。 じゃあ、今いる世界のハルヒと俺は何なのだろう? 友達じゃないのは確実だ。馴れ合っているわけでもなく、 一つの目的に向かって共同歩調を進めている。協力者と言った方が適切かも知れない。 そんな俺の複雑な気分を無視して朝倉は話を続ける。 「その調子で涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから、 みんな仲良くしていきたいじゃない? よろしくね。これから涼宮さんに何かを伝えるときは、 あなたから言ってもらうようにするわ」 「さしずめ、あなたは涼宮さんのスポークスマンと言ったところのようですね」 おいコラ古泉。俺の反論台詞を封じるんじゃない。お前はしばらく黙っておいてくれ。 朝倉は俺の渋い顔を見て、納得していないことを悟ったのか、両手を可愛らしく合わせて、 「お願い」 あの時と全く同じ事を言われた。まさか古泉とセットの状態で言われるとは思わなかったけどな。 俺が溜息+肩を落としていると、今度は頼んでもいないのに古泉が今度は自己紹介を始めた。 「初めまして。僕は古泉一樹と申します。今日付で北高の一年九組に転校することになりました。 これからいろいろとお会いする機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いします。特に――涼宮さんに関しては」 ……やっぱりハルヒ絡みで近づいてきたようだな。意図をビンビンぶつけてきやがる。 俺はしばらく黙っていたが、やがて立ち止まって二人の顔を見渡し、 「何が目的だ?」 「……はて、それはどういうことでしょう?」 しらばっくれる古泉を俺は睨みつけ、 「とぼけんなよ。どう見ても、二人してハルヒに対して興味津々じゃねえか。だったらハルヒに直接接触した方がいいだろうに、 なぜか俺にそんなことを言ってきている。なら、俺に聞きたいこと、あるいは言いたいことがあるんじゃないのか?」 「あら、思ったより自意識過剰なのね」 返ってきたのは朝倉の淡々とした声。わずかながら嘲笑じみた笑みも篭もっている。 「あたしがさっき古泉くんに涼宮さんのことを話しただけなの。彼はそれに興味を持っただけ。 どうしてそんなに警戒しているのかな?」 ぎくりと俺の心臓が破裂するほどにふくれあがり、全身に冷や汗が流れ出た。まずい、俺の疑心暗鬼が作り出した妄想に 大きなミスをやらかしてしまったのか? 「なーんてね♪」 そこで朝倉がぺろっと舌を出して、びっくりカメラでしたーと言わんばかりのおどけっぷりを見せた。 この野郎、からかいやがったな。 ここで古泉が朝倉をフォローするように、 「あなたのおっしゃるとおり、僕たちはちょっとあなたに話があります。それもそうそう信じてもらえるかどうかわからないような レベルの話でしてね。唐突に出会っていきなり言うのも戸惑いを増幅させるだけなので、今日はちょっとばかり挨拶をと」 「…………」 俺はいらだちを込めたうめきを上げる。古泉らしいと言えばそうだが。 こんな話をしている間に、すでに北高の校門に到着してしまった。話ながらだとハイキングコースも短く感じるな。 ここで古泉は手を振って、 「では僕は転入手続きなどで寄るところがありますので、ここで失礼させていただきます。さっきの話の続きはまた、 そうですね。今日の放課後にでもしましょう」 そう俺たちから離れていった。 朝倉はいつもの笑みを浮かべて、 「じゃあ、わたしたちは教室に行きましょう」 そう二人で自分のクラスへと足を向けた。 ◇◇◇◇ 「ようハルヒ」 「…………」 始業ぎりぎりに来たわけではないが、とっくに席について数十分状態に自分の席で気難しい顔つきで座っているハルヒに 声をかけてみるが、まるっきり無視されてしまった。 と、ハルヒの視線が微妙に朝倉に向けられていることに気が付く。 ハルヒは朝倉が自分の席に座ったタイミングで、はあっとため息を吐くと、 「朝っぱらから朝倉と二人で登校するとは随分堂々としているわね。あんた、あいつらの危険性を本気で認識しているわけ?」 「おい、教室でその話は――」 「大丈夫よ。ごまかしているから」 気にするなと手を振るハルヒ。なら、遠慮する必要もないんだな。 「朝倉から接触されたんだよ。超能力者と一緒にな」 「あんたの言う古泉――一樹だっけ? ついに転校してきたの?」 ああ、どうやら二人で何やらたくらんでいるみたいだがな。 ハルヒはキッと俺を睨みつけると、 「何か余計なこと言わなかったでしょうね? 今のところ、奴らに動きはみえないけどさ」 「挨拶されただけだよ。もちろん、お前絡みについて散々思わせぶりなことを言っているけどな。続きは放課後だそうだ。 たぶんお前さんについてだろうよ」 「ふーん、ってことはどうやら機関ってのが本格的に動きそうってことね。あんたの狙ったとおりに」 「さて、それはどうかな」 俺はかいまつんで、自分の時との違いを説明してやる。あの時は、長門→朝比奈さんと告白されて、 むしろ古泉は俺の方から問いつめたような展開だったからな。朝倉と一緒に来るなんて想定外も良いところだ。 「本当に大丈夫なわけ? どうも信用ならないのよね、あんたの言っていることは」 何今更なことを言いだしやがる。とはいえ、ここまで違ってくると不安になるのは俺も同じだ。 ………… いいや大丈夫だ。出会いが違っても、古泉は古泉だった。あのうさんくさいスマイルも周りくどい言い回しもあいつそのもの。 ならば、俺の世界と同じように古泉との関係を築けるのは不可能ではないはず。 俺は頭を振って仕切り直すと、 「とにかく、俺ができるのはアドバイスまでだぞ。これをどう生かすのかはお前がやることだ。 このままだと放課後に古泉から自分は超能力者だとカミングアウトされることになる。ついでに朝倉からも 自分は宇宙人だと言われる可能性もな。どう動くつもりだ? 向こうが動いた以上、こっちも様子見って訳には いかないんじゃないのか?」 それに対してハルヒは得意げな笑みを浮かべて腕を組むと、 「もちろん考えているわよ。向こうの動きを待つ必要はないわ。まず古泉一樹って奴をこっち側に引き入れて、 それをコネに機関って組織を乗っ取る。見れば、結構大きな組織に成長しているみたいだからね。 うまく扱えば、あたしの隠れ身として使えるかも」 おいまさか機関を自分のものにする気か? 関係ない人間を巻き込みたくないって言っていたのはどこへいっちまったんだよ。 「関係ない人間を巻き込んでリスクを増やすのは嫌なだけ。これだけ大きな組織になれば、使いようによっては ことをうまく進められるかも知れない。昼休みにこっちから仕掛けるわ。まずは古泉ってやつの身柄を確保する」 どうやらがぜん乗り気になってきたらしい。もっとも俺の世界とは違い、どうやらこのハルヒは機関を道具として 使うつもりのようだが。 俺はイマイチ釈然としないものの、それに同意して頷くことしかできなかった。 ◇◇◇◇ 俺は昼休み弁当も食わずに非常階段のところでハルヒを待っていた。二人で行くのも微妙だから、ハルヒがとっつかまえて ここに連れてくるんだそうだ。今頃、九組へ傍若無人に乗り込み、その辺の生徒を適当につかみ上げて、 転校生はどこかと聞き出した後、恐らく顔の良いあいつのことだろうからお弁当がらみで女子に囲まれているところに ダイブするかのごとく中心部に飛び込み、そのまま有無も言わさずにここまで引っ張ってくるだろう。 一気に九組の女子全員を敵に回したのは確実だろうな。いや、相手が相手だから野良犬にでもかまれたと思って諦めるか? 東中時代を知っている奴がいれば、飽きるまでの辛抱よ、ぐらいで済ますかも知れんが。 「ヘイ、お待ち!」 一人の男子生徒の袖をがっちりキープしたハルヒがやってきた。しかも、出前でも持ってきたような言葉まで言ってやがる。 全く力を自覚していても基本的な性格はかわらんね。 「一年九組に本日やってきた即怪しすぎて第1候補にしておけない男子生徒、その名も古泉一樹くん!」 朝に自己紹介なら済んでいるからもうしなくて良いぞ、ハルヒ。ただ、古泉はそんな俺の考えを無粋だと判断したのか、 改めて俺の方に握手の手をさしのべて来て、 「古泉一樹です。どうぞよろしく」 俺は自分の名を名乗りつつ、その握手に答える。 ハルヒは俺たちの手を遮るように割り込み、両手を上げて、 「あたし、涼宮ハルヒ! 古泉くんは知らないだろうけど、現在絶賛超能力者を募集中なのよ! で、その第1候補にあなたが選ばれたってわけ」 「んで、そんなこいつの偏執的妄想の確認のため、お――あんたはここに連れてこられたって訳だ。 済まないな、昼休み中だってのに」 「いえ、特に予定はありませんでしたし、転校生のせいかクラス中からの奇異の注目を浴び続けることに少々うんざりしつつ していましたので、ちょうど良い余興かと」 淡々と古泉はいつものインチキスマイルを浮かべ続ける。 しかし、ハルヒ。いきなり超能力者と決めつけて古泉に接触するなんてちょっとまずいんじゃないか? 少なくとも俺の世界の時は、怪しい転校生と決めつけてSOS団に入れさせようとしただけなんだが。 超能力が使えるんでしょ、的な熱烈視線をハルヒから浴びせられ、古泉は困ったなと頬をぽりぽり書いている。 実際に使えるのは事実だが、ハルヒにそれを教えるわけにも行かんだろうからな。ん、ということはこの時点で、 機関はハルヒが力の自覚ができていないと認識しているのは確実か。 ハルヒはあの泣く子も逃げ出す強力熱視線を向け続けていたが、古泉のニヤケ微笑みを崩すのはすぐには無理かと判断したようで 「ふん、黙っていれば疑惑が深まるばかりよ。絶対に化けの皮をはがしてやるわ。今日からあたしたちと一緒に行動してもらう。 その中で隙を見つけてみせるから!」 めっちゃくっちゃな言い分だが、これぞハルヒと言えるだろう。 古泉は困ったポーズをとり続けていたが、 「一緒に行動するのはいいんですが、具体的にどうすればいいのでしょうか?」 「とりあえず、登下校は必ずあたしと一緒にいなさい。昼休みもここで必ず集合。お弁当もここで取るわよ。 キョン、さっきからマヌケ面で聞いているけどあんたも一緒だからね」 うおいちょっと待て。これから俺のスクールデイズはハルヒ分100%かよ。ただでさえ、俺の後ろでむすーっと しているってのに、今度は唯一ハルヒからの解放時間である登下校と弁当タイムまで没収なんて残酷にもほどがある。 ああ、さらば谷口・国木田、お前たちとの平穏な弁当時間は、唐突だがハルヒによってボッシュートされちまったよ。 あと今日放課後の古泉・朝倉との密談も後回しだな。 そんなわけで俺・ハルヒ・古泉の奇妙な関係で結ばれたグループが誕生した。 ◇◇◇◇ その日の放課後、SOS団もないため全員帰宅部である俺たちは、終業のチャイムが鳴ったとたんに 一斉に学校から飛び出していく。もちろん古泉も一緒だ。 「部活なんてやっても無駄なんていわないけど、あたしにとっては必要ないものね。ここの学校の部活は普通のばっかりだし。 もっと超常現象研究会とかあるけどさ、他人がやったのとか写真とか集めているだけで自分で実戦しようとしないのよ。 そんな研究に何の意味があるのかと問いかけたいわね。やっぱり自分でやれるようになってこそおもしろいものじゃない」 「そうですね」 ハルヒは古泉をまくし立てるように話ながら、下校の下り坂を下りていく。俺はその後ろをコバンザメのようにくっついて歩く。 当の古泉はイエスマン状態になってはいはいと頷くばかりだ。ただたまには聞き返したりもする。 「涼宮さんは全ての部活に仮入部されたと伺いましたが」 「そうよ」 「何か良い部活はなかったのでしょうか? 僕のつたない耳のみの情報網でも涼宮さんは文武両道に 大変優れた方であると聞いていますので、どこの部でも快く受け入れてもらえると思いますよ」 そう、古泉が来るまでの一ヶ月間の間、俺はつじつまあわせになるかもしれないと考え、ハルヒに全ての部活への仮入部を させていた。俺の時とできるだけ同じようにしておきたかったというのが一番の理由だ。ハルヒの奴はツマランを連発して 文句ばっかり言っていたが。 「はっきり言って全然ダメね」 「ほう、その理由とは」 「ミステリー研究部はただの推理小説マニアの集まり、UFO研究会なんて新聞記事をスクラップしたのを 見てニヤニヤしているだけよ。実際に探しに行こうとも思わないんじゃ、活動自体が無意味ね」 「なるほど」 古泉はニコリと答えるだけ。 ハルヒはその後も一方的にべらべらとしゃべり続け、古泉はうんうんとうなずくだけの下校タイムとなった。 ◇◇◇◇ 「じゃあ、僕はここで」 「うん! じゃあ、また明日の朝ここでね! あ、何かあったら電話で連絡するから」 別れ際に早速明日の古泉の予定を乗っ取るハルヒだ。何というか、いつも見ていたとはいえ、改めてみると とんでもない傍若無人ぶりだな。今更だが。 古泉は特に問題ないという感じで、気色悪い笑みを浮かべると手を振りながら人混みの中へ消えていった。 ハルヒはその姿が見えなくなった時点で、ふんと偉そうに胸を張り、 「なっかなか、人間的にできている人みたいね、古泉くんって。話しやすいし」 どうみても一方的にお前が話すのを、うんうん頷いているだけにしか見えんが。お前にとってはこれ以上ないくらいに やりやすい相手かも知れないけどな。だからこそ、良心ストッパーの俺の存在が重要になるって構図だ。 まあそれはさておき。 「で、初接触の感想はそれだけか? これからのプランはあるんだろうな? 俺が後できるのはせいぜいお前と古泉の間に入って 微調整してやることぐらいだからな」 「わかっているわよ、そんなこと」 ハルヒはふふっとあくどい笑みを浮かべて、 「当面の目標は古泉くんをあたしの部下に仕立て上げた後、機関って組織の乗っ取り。これで行くわ」 どうやら目的がはっきりして楽しくなってきたんだろうか、ここ一ヶ月むすーっとしっぱなしだったのは打ってかわって、 俄然やる気になってきたようだ。 ん、待てよ? ひょっとして俺も明日の朝、ここでお前と待ち合わせなきゃなならんのか? 「あったり前でしょうが。発端はあんたなんだから、きちんと責任を持って付き合ってもらうわよ。遅れたら死刑!」 ハルヒの笑顔を見ていると、明日から始まるドタバタ非日常が頭の中に浮かんできて疲れが何だかましてくる気がするよ。 ……やれやれ。 ◇◇◇◇ 「遅い! 罰金!」 翌日、眠い目をこすって俺的登校予定時刻-30分(ハルヒ指定時刻)にやってきてみれば、ハルヒと古泉は すでに到着済みだった。ハルヒに至っては待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組んで俺を睨みつけているときたもんだ。 ただ、久方聞いていなかった懐かしい言葉を言われて、ちょっとほっとしてしまう俺もどうかしていると思うがね。 「まだお前の言っていた時間にはなっていないぞ」 「あたしを待たせるなんて数十光年早いのよ。もっときっちり早く来なさいよね」 無茶苦茶な理論を並べるな。大体光年は時間じゃない。 そんな俺たちに古泉はただニヤニヤしているだけだった。 んで、俺たちはプンプンしながら歩くハルヒを先頭に、学校への道のりへと足を踏み出す。と、ここで隙を見つけたとばかりに 古泉が俺に急接近してきて、 「昨日はすみませんでした。まさか、初日の昼休みから涼宮さんに声をかけられるとは想定していなかったもので」 「放課後の話の件か。気にしてねえよ。ハルヒの思いつきはいつものことだからな」 「しかし、この分ではしばらく例の話はできそうにありません。こちらも時間を調整しますので、決まり次第あなたに連絡します」 「こら! 二人で何こそこそしゃべってんのよ!」 俺と古泉の密談に気が付いたのか、ハルヒがこっちにつばを飛ばして怒鳴ってきた。 ◇◇◇◇ 昼休みだ。 ハルヒは弁当とボードゲームを取り出し、 「昨日あんたと電話で話したときのものを用意してきたけど、本当にこれでいいわけ? 家の倉庫を引っかき回して、 オセロしか見つからなかったんだけど」 「ああ、それで十分だよ。あいつは思いの外ボードゲーム好きみたいだからな」 以前、ダイヤモンドゲームなんていう骨董品に含まれそうなほどのゲームで俺に対戦を挑んできたほどだ。 暇つぶしの方法としてはそれなりに気に入っているんだろうよ。 ハルヒの持ってきたのは、ボードは折りたためる小型のタイプで、磁石でくっつけるタイプだから狭い非常階段でも 問題なくできるだろう。さてさて、あとは古泉が素直に来ていることを祈るだけだが。 ずかずかと目的地に向かうハルヒに、俺も弁当を持って付いていこうとする。おっと、その前にメシの友だった 谷口と国木田に一声かけておいて―― だが、察しの良いことに二人はにやけたツラをこっちに向けて、国木田は手を振り、谷口は手を合わせてナームーとか ほざいてやがる。人をなんだと思っているんだ。 俺はそんな二人を無視して、とっとと非常階段へ向かった。 到着してみれば、すでに古泉は弁当を持ってスタンバイ状態だ。 「あれ、もう来ていたんだ」 「ええせっかく誘われたので、待たせるのも失礼かと思いまして。授業が終わり次第すぐこちらに」 「へえ、感心感心。ほらバカキョン、あんたも古泉くんの姿勢をきちんと見習いなさいよ」 んなこと言われても困る。 さて、ここからお弁当+お遊びタイム開始だ。本来なら文芸部室でしているようなことだが、SOS団がないんだから 仕方がないか。 ハルヒは古泉についてあーだこーだ聞き出そうとしている。やれ出身校は、誕生日は、趣味はなどなど。 まあ、初対面の人間が親しくなり始めてから聞くような内容だな。それを面倒くさがってマシンガンのように 質問攻めで聞き出そうとするのはハルヒの傍若無人ぶりがあってこそだし、それにネガティブな反応を見せず、 かわすところはかわして答えるところはさらっと答える古泉は、まあ確かに良いコンビかも知れない。 ……ただ、古泉のこの振る舞いは演技らしいが。 で、昼休み終了後、ハルヒは弁当とボードゲームを片づけずつ、 「古泉くん、弱すぎよ。本当にこれ好きだったわけ?」 「いつまで経っても強くならないのがあいつの特徴だ。俺の世界じゃ、お前じゃなくて俺の相手をしていたわけだから、 わざと負けている訳じゃないと思うが」 そんな俺の返答に、ハルヒはふーんと余り納得していない様子であった。 ◇◇◇◇ それから二週間、同じような日が繰り返された。 朝、古泉と一緒に登校し、昼休みは弁当喰ってボードゲームに興じ、下校も3人で返る。 たまにゲーセンとかによってUFOキャッチャーや太鼓のゲームに興じたりもした。休日はハルヒがいつもの駅前に 俺と古泉を呼び出して一日遊び倒して廻る。 ハルヒはことあるごとに超能力者であることを見破ってやるわと、古泉に勝負をけしかけていたが、 元々そんなものを持っていない古泉がそれを発揮することもなく、一度も勝利することなく全敗街道まっしぐらである。 とは言っても、ハルヒも古泉の超能力がどういうものだか知っているんだから、ただの演技に過ぎないが。 ただSOS団ではないとはいえ、俺は今の生活が多少マシになってきていると感じていた。 古泉・ハルヒとつるんで一緒に遊んでいることはそれなりに楽しくなってきていたし、まあ退屈になることもほとんどなくなった。 休日も、無駄遣いにならない程度に楽しめている現状だ。唯一の問題点と言えば、出費の大半が大半が俺の罰金おごりのおかげで 懐具合が寂しくなる一方ぐらいである。軽い問題ではないけどな。 あと、少しハルヒの様子が明るくなってきたのも感じている。古泉が来るまでの一ヶ月間のむすーっ状態はどこへやら、 ハルヒは毎日が楽しくて仕方ないようで、情報統合思念体の脅威をほったらかして、古泉と俺との遊びに時を忘れるほどに のめり込んでいるようだ。以前に聞かされた長門のパトロンの目的を聞いている以上、少々脳天気すぎやしないかと たまに不安にもなるが、逆に俺の言っているSOS団の存在――古泉のみでもハルヒは十分に楽しめると言うことが 立証できているようで、内心俺もほっとしている気分である。 しかし、当然ながらそんな日々はいつまでも続くわけがない。保留となっていた古泉・朝倉からの話とやらをされるときが ついにやってきたのだ。 いつものようにハルヒ・古泉と一緒に下校する際に、こっそりと古泉からくしゃくしゃに丸められた紙を手渡された。 古泉と別れた後にその内容を読んでみると、 【今日の午後七時に甲陽園駅前公園に来てください】 そう書かれていた。この内容は長門からもらったものに似ている。 もちろんこの内容はハルヒの目にも入っていて、 「……どうやら、向こうもぼちぼち動きを見せるのかしらね。あんたの世界だと、こういうイベントはあったの?」 「イベントって……まあいい。確かにこの時期に呼び出しは受けた。古泉にではなく、何度か言っているインターフェースの 長門からの呼び出しで、自分は宇宙人だと告白されたよ」 「なるほどね。キョンをあいつら側に引き込むって事か……」 あごに手を当てて思案顔になるハルヒだが、それはちょっと違うぞ。 「今回がどうかはわからんが、前の長門の告白は……そうだな、どちらかというと俺に対して警告がしたかったように思えた。 実際にその後に朝倉のおかげで、命の危機にさらされたからな。後は俺はハルヒにとって重要な人物になっていることも 伝えようとしていたようだし」 「あんたが重要な人物ねぇ……確かに、今のあんたはあたしにとって重要な情報源ではあるけど、 あんたの世界じゃあたしは力を無自覚だし、あんたは何でもない平凡な一般人。そんな重要だとは思えないわ。 自意識過剰なんじゃない?」 「知らねえよ。あの話しぶりじゃ、俺がSOS団を結成した――ようは、宇宙人・未来人・超能力者を集めるきっかけを 作ったかららしいけどな」 ハルヒはうさんくさそうな目で俺を見つめるばかりだった。 ◇◇◇◇ 夏が近くなったというのに、やたらと冷え込む夜に俺は指定された公園へとやってきた。 できるだけ、俺の世界の時と同じようにしておこうと思い――特に意味はないんだが――一旦家まで戻って 当時と同じ服装に自転車でここまでやって来ている。 公園に設置されている時計の針は六時五〇分をさしている。まだ古泉の姿はなかった。 ちなみにここで話した内容は即座にハルヒに報告するように手はずを整えている。ただし、録音やこっそりと携帯で 会話の内容を伝える案はハルヒによって即座に却下された。今日、俺がここに呼び出された理由について、 俺が知っているわけがないというのが機関、ひいては情報統合思念体の認識であるはず。事前に準備をしていたら、 怪しさ大爆発で即刻ボロが出るだけだと。事実確かにそうだろうな。あの時はかなり適当――というか理解できなかったが、 今回はできるだけ話の内容を理解して、憶えなければならない。かといって興味津々全開で質問しまくるのも却下だ。 凡人一般人の俺があの電波話を聞かされたときに取るべき態度というのは、理解できん知らんが正しいのだから。 こいつは難題だぞ。いかん、何かテスト前みたいな緊張感に身が震えてきた。 「あら、早いのね」 突如かけられた言葉に、俺は驚いて身を震わせてしまった。いきなり失敗だ。何をそんなに緊張しているんだと突っ込まれたら どうする。落ち着け落ち着け…… 俺は平静さを保つふりを心がけつつ、声の主の方へ振り返った。見れば、古泉・朝倉コンビが北高の制服のまま、 それぞれの笑みを浮かべてこちらに手を振ってきている。 さて……ここからが本番だ。 「まいっちゃった。まさか涼宮さんが一直線に彼の元にたどり着くとは思っていなかったから。 何か感じるものがあったのかしらね?」 一瞬、知るかとか返しそうになったがすんでのところで喉の奥に引っ込める。ハルヒのことを何も知らないのに、 その反応はないだろうからな。だから、こう返す。 「……何の話だ?」 俺の反応に朝倉は一瞬きょとんとすると、ああそうかとポンと手を叩き、 「そうね。最初から話さないとわからないか。ちょっと長い話になるんだけど、結構冷えてきたからわたしの家で話さない? あなたはどう?」 「僕としては、円滑に話を進められればどこでも問題ありません」 淡々とその提案を受け入れる古泉。 朝倉の家か……あの時思ったのとは別の意味で、「マジかよ」だな。壁という壁にナイフコレクションでも 飾ってあったりしないだろうな? 俺はうろたえつつも狼狽しないように心がけていたつもりだが、それを緊張と受け取ったらしい朝倉はにこやかな笑みで 「そんなに緊張しなくても良いよ。罠とか仕掛けている訳じゃないし、取って食べたりしないから」 お前に言われると洒落になってねえよ、マジで。 とは言っても、ここでべらべらとしゃべるわけにもいかんだろうから朝倉の提案に乗って、マンションへ向かうことにする。 そろそろ本格的に冷えてきたしな。 たどり着いた先は、あの長門も住んでいるマンションの505号室。朝倉の部屋だ。 「遠慮なく入って。気にすることはないから」 そう朝倉は自室に俺たちを招き入れる。俺は古泉と一旦顔を見合わせるが、大丈夫ですよと言ってずかずかと上がっていく 古泉の後に続いて、玄関から部屋の中に入った。 部屋の構造自体は長門のものと一緒だったが、あの殺風景で何もないリビングとは違い、テレビやタンス、戸棚など ごくごくありふれた内装になっている。部屋の真ん中には冬にはこたつに変身するだろうテーブルが置かれていた。 俺と古泉はあらかじめ準備されていたようにテーブルのそばに置かれていた座布団の上に座る。 「ちょっと待っててね。せっかくのお客さんだから、茶菓子だけっていうのも殺風景だし、夕食もまだでしょ? 簡単なものを作るわ」 いつの間にやらエプロンを身につけた朝倉が、髪の毛を整えるようにばさっとそれを振り上げ、台所で料理作業を始める。 何というか、本当に生活感あふれるその姿に、俺は一瞬感心と好意じみた感情を持ってしまうが、即刻頭からそれを振い落とした。 あいつは二度も俺を殺そうとした危険人物だぞ、あっさり篭絡されてどうする俺。 「いいですね、朝倉さん。器量よし、気配りよし、性格よし、おまけに才色兼備。付き合うなら彼女のような人物が 理想的だと思いますよ」 「……そう……かもな。俺の友人がAAランク+を付けていたよ」 谷口のランク付けを持ち出して、できるだけ俺の感情を出さないように心がけた。 ところが、これに古泉はどんな曲解解釈を行ったのか、 「おっと失礼しました。あなたにはすでに涼宮さんがいましたか。別に浮気の勧めではありませんので、 気を悪くしたのであれば謝りますよ」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。あのな、俺とハルヒは何でもないんだよ。元の世界ではSOS団団長と雑用係であって ここではただの協力者だ。そもそも恋愛感情自体をハルヒは否定しているんだから、そんな関係になるはずもない。 例え――絶対にあり得ない話だが、俺がハルヒにストレートな恋愛感情を持ったとしても、けっ飛ばされて終わるだけさ。 ――と言ってやりたいんだが、そうもいかん。仕方なく、 「どいつもこいつも勘違いしているようだが、俺はハルヒに引っ張り回されているだけであって、 別に男女の付き合いとかそんな関係じゃない。朝倉は確かに……まあいいやつかもしれないが、あいにく今はそういう気分じゃ ないんでね。ハルヒともどもお前に譲っておくよ」 「何の話?」 気が付けば、湯気が立ち上る鍋を持つ朝倉の姿が。その中からは醤油風味の良い香りが漂ってきた。 もう作ったのか? さすが宇宙人と言えばいいのか。 濡れたタオルをテーブルに敷き、その上に置かれた鍋の中には厚切り大根やはんぺん、こんにゃく――おでんが浮かんでいる。 「あまり待たせるのも問題だから、あり合わせで作ってみたの。食べてみて」 そう俺たちの前に皿と箸を並べ始める。 朝倉の手料理。ナイフやカッターの刃でも仕込んでありそうで、口にもしていないのに口内に鉄の味がじんわりと広がった。 そんな俺の気持ちなんて全く気づかずに、古泉はいつもの笑顔でごちそうになりますと言って、箸を進め始める。 「あなたも遠慮せずに食べちゃって良いわよ」 そう言って朝倉も自分の料理に手を付け始めた。毒は……入っていなさそうだな。いやまあ、朝倉の宇宙人的変態パワーなら 俺を殺すのにそんな回りくどいことはせずに、血管に直接毒を注入してくるだろうが。 俺は一応の礼儀のつもりで軽く頭を下げ、無言のまま箸を取りおでんを口に運ぶ。 「…………」 何だろうか。きっと感涙して津波が俺の背後から迫ってくるような旨さなんだろうが、あいにく朝倉に対する警戒心からか 味わうことに全く集中できず、まるでインフルエンザに冒された舌で物を食べている感覚だ。 しばらく3人とも黙ったまま箸を進める。俺もようやく雰囲気に慣れてきて、味も認識できるようになってきた。 うん、素直にうまいと言っておこう。 だが、このままただ朝倉料理の試食会を続けているわけにも行かない。 鍋の中身が半分になったぐらいで、俺は一旦箸を置いて、 「で、俺に用事ってのは何なんだ? メシを食べさせてくれるのは嬉しいが、それだけなら全部喰ったら とっとと帰らせてもらうぞ。俺も暇じゃないからな」 俺の言葉に、古泉と朝倉は顔を見合わせると二人とも箸を置いた。どうやら余興は終わりのようだな。 さて、どう来る? 最初に口を開いたのは朝倉だった。正座したまま、てを膝の上に置き優雅に語り始める。 「ねえ、涼宮さんのこと、どう思っている?」 「またハルヒのことか。さっき古泉にも言ったが俺とハルヒは――」 「そうじゃなくて」 凛とした朝倉の声。それは冷たくとがり俺の口を止めるには十分すぎる圧力を感じた。 そして、次に朝倉は核心について語り始める。俺が以前に長門にされた話だ…… 「涼宮さんは普通じゃない。そして、わたしも彼も」 ――朝倉涼子の正体と目的。つまり情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用インターフェースであり、ハルヒの観察。 ――情報統合思念体の存在とその説明。 ――この地球に現れた正体不明の情報フレア、涼宮ハルヒ。 ――そのハルヒには、情報統合思念体の自律進化の可能性があること。 ――そして、最初の情報爆発以降この3年間何も動きを見せなかったハルヒに、強い影響を与える人物が現れた。俺のことだ。 俺はぼんやりと長門から初めて聞かされたトンデモ話に重ねてその話を聞いていた。あの時は全く理解できず、 また受け入れるつもりもなかったっけな。 一通り朝倉が説明を終えるのを見計らって、俺は古泉を指差し、 「こいつも同じだって言うのか?」 「それは違います……」 続いて古泉が自分が超能力者であることを語り始めた。 ――自分は機関に所属している超能力者であること。 ――三年前突然超能力を持ったことを自覚し、同時にその役割を知らされたこと。 ――今、自分たちのいる世界は三年前にハルヒが作り出した物かも知れない。 ――機関はハルヒを神のようなものとして考えている。 ――そのため機関上層部は神の不興をかうことなく、ハルヒが平穏無事に過ごして欲しいと願っている。 ――自分の超能力は特定の条件下でしか発動しない。 ――ハルヒのストレスが最高潮に達したとき、現実から隔絶された閉鎖空間を作る。 ――その中で神人と機関が呼んでいる巨人が暴れるため、それを狩る能力をハルヒから与えられた。 ――ここしばらくは閉鎖空間も発生せず世界は落ち着いている。 ざっと話されたのはこんな感じだ。古泉から超能力者をカミングアウトされたときと実際に閉鎖空間に招き入れられたときに 話したことと同じだな。わかりにくいたとえ話はなかったが。 二人が話し終える頃には、熱々だったおでんも冷たくなりつつあった。俺はただそれを黙ったまま聞いていただけである。 一度聞いたことのある話だったから復習みたいなもんだったからな。呆れや衝撃よりも、そういやそうだったっけぐらいの なつかし話を聞かされた感覚だ。 しかし、この余裕の反応がちとまずかったらしい。二人は呆然と俺を見つめている。やばい。俺を凡人だと認識している以上、 もっとオーバーなリアクションを取った方が良かったか? 「驚きましたね。突然こんな話をしたというのに、あなたは全く驚いている様子がありません」 「ホント。もっと唖然とした態度を取るかと思っていたのに。ひょっとして――」 朝倉はすっと目を細め、こちらを勘ぐる口調で、 「もう知っていたとか?」 ぎくり。俺の心臓が飛び出るほどに激しく鼓動した。まずい……これはまずい…… だが、今までの超常現象遭遇体験のおかげか、自然と口が開いた。 「……俺がそんなヨタ話を信じているように見えるか?」 自分でも驚くほどにけだるい声を上げていた。全力全開で呆れているぞ、俺はとアピールするには十分すぎるほど。 これに朝倉はニコリとちょっと困り気味の表情を浮かべて、 「だよねー。いきなりこんな話をされても困っちゃうわよね」 「ですが、今僕たちの話したことは紛れもない事実です。あなたが信じようと信じまいとその現実は変わりません」 珍しく真顔の古泉に、俺はやれやれと嘆息する。演技・本気、半々で。 さあ、ここからは俺のターンだな。聞きたいことは山ほどあるんだが、あいにく初めて聞かされた馬鹿話を 俺は余り信じていないフリをしなければならない。それをコミで聞くことは…… 「とりあえずだ。おまえらの真剣ぶりはよくわかったよ。それを考慮して今の話を信じるかどうかは 家に帰ってのんびり風呂に入りながらでも考えておいてやる。でだ、今から話すのは信じたからではなく、 どちらかというと興味本位でエンターテイメント的に受け入れた上での質問だ」 我ながらよくわからん前置きをしつつ、続ける。 まず確認しておきたいことが一つ。 「何で俺にそんな話をしたんだ? 俺はどこにでもいるような平凡な一般人だ。そんな話をされても正直言って困る。 だが、言った以上何らかの目的があるってことになるんだが」 「つまりですね、あなたは涼宮さんに誰よりも近い位置にいるということです。 そのため、僕たちの協力者になって欲しいんですよ。機関が望んでいる涼宮さんの安定に貢献していただきたいと」 そう古泉が答えた。朝倉も同意するように頷く。 てか、朝倉は頷くはずがないんだがな。平穏どころか俺をぶっ殺してハルヒの動揺を誘おうとしたんだからむしろ逆だろ。 そう突っ込みたくなるが、とりあえず言えるわけもないので腹の中に飲み込むしかない。 「ようは俺にお前らの仲間になれと?」 「そういうこと。あと涼宮さんの情報も逐一提供して欲しいわね」 朝倉の言葉に、俺は腕を組んで考えるフリをする。やれやれ、以前はただのカミングアウトに過ぎなかったが、 この世界ではちと状況が違うようだ。俺が機関、あるいはインターフェースの手先になれってことだからな。 だが、こんな話をあっさりと飲むわけにも行かん。ハルヒと相談する必要もあるからな。 「わかった。風呂の中でお前らの話を信じられたら、検討しておく」 この話はここまでだ。これ以上聞いておく必要はないからな。ここらでおいとまする頃合いだろう……ボロを出す前にな。 ………… ………… ……いや、一つだけ聞いておきたいことがある。さっきの話の中に欠けている物があったからな。 しかし、聞くべきか? 信じていない奴が聞くことなのか…… しばらく悩んだが、結局俺は聞くことにした。これは俺の命に関わることだからな。 「情報統合思念体と機関、その中はきちんと思惑は一致しているんだろうな? 実は反乱勢力があって、 そいつらがいきなり襲ってきたりするのは勘弁だぞ」 「……痛いところをつかれましたね」 古泉は鋭い目を俺に向けた。朝倉も笑みを隠し、真剣な表情に移行している。 「実のところ、機関の思惑は一致していません。大半が先ほど伝えましたとおり、涼宮さんの安定を願っていますが、 中には涼宮さんの力に注目し、それを利用したり負荷を与えてどういった行動を取るのか知ろうとしている強硬派もいます。 もちろん、機関内部でそう言う人たちは少数派であり、多数派によって厳しく監視していますので 即座に何かをしでかすと言うことはありませんが、彼らがあなたに何かの危害を加える可能性はゼロではありません」 「あら、あなた達も一緒なんだ。わたしたち情報統合思念体も一枚岩ではないわ。主流派は大人しく涼宮さんが変化を起こすのを 見ているけど、中にはわざと問題を起こして強制的に涼宮さんに変革を起こそうとする急進派もいる」 二人の説明に、俺はため息を吐く。ようは俺の世界と同じって事だ。つまりこの先俺は命を狙われる可能性がある。 ハルヒの付随物としてめでたく俺も認定されてしまったわけだ。 だが、古泉と朝倉はまた笑みを浮かべると、 「ご安心下さい。機関は24時間態勢であなたと涼宮さんの安全を確保しています。強硬派の好きにはさせません」 「あたしたちも同じよ。急進派の動きはわたしたちの方で食い止めるから気にしなくて良いわ」 そう言うわけにも行かないがな。特に、朝倉の発言と行動には大きな矛盾があるわけだし。 おっともう一つ聞くことがあった。これはなにげに重要なことだ。 「機関と情報統合思念体の主流派ってのは、きちんと思惑は一致しているのか? そこにも齟齬があるとか言うと 話がややこしくなってくるんだが」 俺の指摘に、二人は顔を合わせて意思の疎通を図り始めた。そして、古泉が口を開く。 「それも残念ですが、完璧にとはいきません。目的が似ているから、暗黙の協力関係が成り立っているだけです。 状況によってはこの先どうなるか、それは涼宮さん次第ですね」 ◇◇◇◇ 俺は夕飯のごちそうを終えると、そそくさと朝倉のマンションから立ち去った。自分の秘密を悟られることなく、 相手からできるだけ情報を引き出す。その重圧による疲労のせいか、俺の足はとんでもなく重くなり、自転車のペダルも まるで後部の荷台に力士でも乗せているかのような重みを持っていた。 宇宙人と超能力者が同時に俺に接触して、そして正体と目的を明かす。しかも、片方は嘘をついている可能性が高い。 俺の世界の時とは明らかに異なっている。未来人がいないことやハルヒの力の自覚の時点でいろいろ根本から異なっているんだから そう言った違いが出てくるのは当然の話とも言えるが、ならばそれによってこれから起きることの何が異なってくる? 朝倉の言っていることが嘘ではないのなら、次に待ち受けているはずの朝倉襲撃イベントはなくなるはずだ。 それがなくなれば、次にあったのは――ええと、古泉との閉鎖空間ツアーか。それがあるかどうかはハルヒ次第だな。 ここのハルヒは意図的に閉鎖空間を作ってストレス解消に暴れているわけだし。その次はハルヒが世界に絶望して 改変してしまおうとすることになるが、これは絶対にあり得ないと言って良い。力を自覚している以上、そんなことを やれるような奴じゃない。あれは無自覚だからこそできる芸当だろう。 そうなるとその後の野球大会やら七夕になるが、今から考えて結構時間が空く。そこまで本当に何も起きずにいるのか? イベント発生率が最大だったこの期間に何も起きないというのは正直想像しがたい。 ならば言えることは一つ。今後起きることは予測不可能と言うことだ。明日何か起きるかも知れないし、 ひょっとしたらこのまま情報統合思念体はハルヒの力の自覚を悟ることもなく、平穏無事に事が進むかも知れない。 「遅かったわね」 考え事に没頭していたせいか、気が付けば自宅前までたどり着いていた俺を自宅の玄関先で待ち受けていたのはハルヒだった。 寒いせいか、私服に薄めのコートを羽織ってずっと待ってたわよと言いたげな顔つきで立っている。 「なによ。人がこの寒い仲間っていたのに、朝倉の家でのんきにご飯までごちそうになっていたわけ? 本当に状況を理解してる?」 そう俺を睨みつけてきた。何でメシを食っていたってわかるんだよ。まさか超パワーでのぞき見していたんじゃないだろうな? 「あんたの口からぷんぷんおでんの臭いがしているのに、いちいちそんなことするなんて労力の無駄よ無駄」 確かに俺の全身からはおでんの臭いがプンプンだ。これじゃ気が付かれて当然か。 ハルヒは、歩きながら話しましょ、と言って歩き始める。俺は仕方なく自転車から降りて、手押し状態でその後を追った。 「今は機関の目を捲いているし、情報統合思念体の監視もごまかしているわ。気にせず、何を見てきたのか教えて」 俺はハルヒに宇宙人・超能力者についてカミングアウトされたことについて適当に話す。すでに知っていることだったのか、 最初は大して興味を示さなかったハルヒだったが、情報統合思念体と機関も一枚岩ではなく、ハルヒに対して強硬姿勢を見せる 連中もいることを話すとやや顔色を変えた。 「やっぱり……そう言うことを考えている連中も今回もいるって訳か」 ハルヒは立ち止まり、すっと空を見上げた。その目はどことなく悲しげで――寂しげでもある。 そして、続ける。 「今まで何度もどうすればいいのか試行錯誤を繰り返してきた中で、必ずそう言う連中があたしにちょっかいを出してきた。 その結果、あたしが力を自覚していることが見破られ、最後はリセットをかけることしかできなくなる。 正直言って、あんたの存在を見つける前はうんざり気味だったわ」 「…………」 俺は何も答えられない。 「あんたを連れてきて、その話を聞いたとき最初は疑問だった。だけど、この二週間久しぶりに何もかも忘れて 楽しめた気がするのよ。今までずっと――どこか情報統合思念体におびえて隠れていないとならなかったから。 だからあんたや古泉くんと遊びまくっているとそんなこと全部忘れられた。あたしは今の状況が続いて欲しいと思っている。 古泉くんもいい人だしね。そして、あたしがそんな脳天気な状態でも誰もちょっかいを出しても来なかった」 ハルヒはここまで言うと、俺の方に振り返りふふっと笑みを浮かべて、 「あんたの言うとおり、超能力者の作ったのは間違いじゃなかったかもね。機関ってのがあたしを監視しつつも、 手を出してくる脅威を旨くさばいているのかもしれない。情報統合思念体も意図はわからないけど、静観している。 こんな状態は初めてよ。ありがとう、あんたのおかげで久しぶりにちょっと希望が持てるようになったわ。 あ、でも乗っ取る野望は捨てた訳じゃないわよ? どうせなら完全にあたしの手中に収めた方がいいしね」 俺はその屈託のない笑みに俺は思わず目を背ける。いや、やましいことはないんだがなんつーかこっぱずかしい。 だが、俺の言っていることを信じてもらえたのは、素直に喜んでおくか。俺の世界がそんなに簡単にぶっ壊れないと言うことを ハルヒが一部とは言え認めたも同然だからな。 ハルヒは俺の方を振り向いたまま離れ、 「そろそろ遅くなってきたから帰るわ。じゃあ……また明日、いつもの場所で古泉くんと一緒に」 そう言ってハルヒは小走りに家路についた。 そうか。ハルヒもこの世界がうまくいきつつあることを自覚しているんだな。それにしても、このハルヒは今まで どのくらい苦難の道を歩んできたんだろうか。ずっと一人で情報統合思念体と戦い、その干渉から逃れようと もがき続けていたのか? それがどのくらいの重圧なのか、俺には想像すら付かない。 まあ、どのみち今の状況が続けば、俺の仕事も思ったより楽に終わりそうだ。とっとと終わらせて あのSOS団団長涼宮ハルヒの元に帰らないと、罰金額が増加の一途をたどりそうだしな。 ……しかし、甘かった。 ◇◇◇◇ 翌日の朝もここ二週間と何も変わらなかった。朝、ハルヒ・古泉と一緒に登校して、授業を受ける。 しかし、昼休み前に状況が一変する。 教室中に広がる悲鳴。そして、それをかき消すヘリコプターから発せられるもの凄い轟音と暴風に窓が激しく軋んだ。 「……なによなになに!?」 ハルヒが飛び上がって、窓から離れた。俺も抜ける腰を必死に支えて、逃げるように窓から離れた。 なんせ、俺たちの教室の窓に張り付くようにあの――戦争映画かなにかで出てきそうな戦闘ヘリがこちらを睨んでいるんだから。 そして、やがてその機体前面下部に付けられている回転式の機関銃みたいなものが火を噴く―― ~~涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(後編)へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1879.html
なによ。何をいまさら謝ってるのよ。遅いのよ、このバカ! 衝動のまま、あたしはよっぽどそう怒鳴りつけようとした。振り払おうと思えば、あいつの手を振り払う事だって出来た。でも――。 「確かに、俺はバカだった…バカげた勘違いをして、そのせいでお前をひどく傷つけちまって…すまん、本当にすまん…」 キョンの奴、いつになく真剣に謝るんだもの…。自分で先にバカとか言われちゃったら、こっちだって怒りづらいじゃないのよ。 「本当はな? 本当は俺、お前の心遣いが嬉しかったんだ。 昨日の友達の葬式からずっと、俺はなんだかモヤモヤした不安を抱えながら過ごしてた。今日の不思議探索も、家でじっとしてたら今よりもっと気が滅入っちまいそうだから、ただそれだけの理由で参加しに来たんだ」 うつむいたまま、消え入りそうな、か細い声で呟く。あたしには今のキョンが、なぜだかやけに小さく見えた。 「気持ちが沈んでるのは分かってても、自分ではどうする事も出来なくて。お前の言った通り、俺は心の病気とやらに罹ってたんだろうな。 だからハルヒ、お前が俺の事を気に掛けてくれたのが嬉しかった。いきなりホテルに連れ込まれた時はそりゃもちろん驚いたけど、本心じゃすごく嬉しかったんだよ。 けどな――。もしも、もしもだ。 ここにいるのが俺じゃなかったら? そう思ったら、その嬉しさが逆に、心をキリキリ締めつけ始めたんだよ」 そうして再び口を開いたキョンの独白には、明らかに自嘲の色が混ざっていた。 「もしも今日のクジ引きでコンビを組んでたのが、俺じゃなくてハルヒと古泉だったら? もしも落ち込んでたのが俺じゃなくて、古泉の野郎だったら? ハルヒの奴は同じような手段で慰めたりしたのか?ってな」 「ちょ…なに言ってんのよ、キョン! そんな事あるわけが」 「俺だって分かってたさ、そんなのは邪推だって! だけど、それでも…」 一瞬、語気を鋭くしたかと思うと、キョンの奴はあたしの手に重ねていた手を、自ら離してしまった。その手で自分の顔を覆って、うめくように呟いた。 「それでも一度心にまとわりついた疑念を、俺は振り払う事が出来なかったんだ。 お前に優しくされるたびに、俺は逆に、針で突つかれたような気分になって…お前の善意を、わざとひねくれて受け止めて。正直、ビックリしたよ。俺ってこんなに卑屈な人間だったんだな、ってさ」 乾いた笑いを洩らして、それからキョンは、疲れた顔であたしを見上げた。 「すまなかったな、ハルヒ。お前に投げられて、逆になんだかスッとしたよ。自分がどれだけバカだったか、ようやく実感できた。 それだけ伝えたかったんだ。もうどこへでも行っていいぜ? 俺なら大丈…」 「どこが大丈夫なのよ、このバカっ!」 くだらないセリフを聞き終えるまでもなく、あたしはキョンの脳天にチョップを振り下ろしてやったわ。そしてあいつがひるんだ隙に耳たぶを引っ掴み、今度こそ大声で怒鳴りつけてやったの。 「自己陶酔はそれで終わり? だったら、今度はこっちの番ね!」 宣告するなり、有無を言わさず。 あたしは引っ張り上げたキョンの頭を、空色のブラウスの胸の中に、ギュッと抱きしめてやったのだった。 「まったく! あんたはいつも斜に構えてばっかだから、感情表現ってのが下手くそなのよ。だから心に余計な重荷を抱え込んじゃうのよね」 「お、おい。ハルヒ、これは…?」 「なによ。どうせ言葉で何を言ったって、あんたはひねくれた受け取り方をしちゃうんでしょ? だから態度で示してあげてんの。 言ったはずよ、あたしがあんたを治療してやるんだって。言ったからには、あたしは断固としてあんたを治すの! どんな手段を使ってもね!」 ぴしゃりとキョンの反論を押さえ込み、それからあたしは、最上級の微笑みであいつに語りかけた。 「だから、キョン。病気の時くらい、あたしを頼りなさいよ。 これもさっき言ったはずでしょ、今この時、この場所でだけは、あたしの事をあんたの好きなようにさせてあげるって。 分かった? 分かったなら今は、あたしの胸に不安でも卑屈さでも、何でも委ねちゃいなさい。全部受け止めてあげるから」 「ハルヒ、お前…怒ってないのか?」 「団長様を舐めんじゃないわよ。心が苦しい時とか、つい思ってもない事を口走っちゃったり、そういう気持ちくらいお見通しなんだからね!」 あたしの、自分で言うのも何だけど天使のような慈愛の言葉に、キョンの奴はしばらく戸惑いの表情を浮かべていた。けれども、やがて両の目蓋を閉じ、あたしの胸に深く顔をうずめてくる。 「ん、素直でよろしい。 それじゃ、これは団長としての命令ね。さっさと普段のキョンに戻りなさい。下っ端のあんたがそんなんじゃ、みくるちゃんや有希や古泉くんに迷惑が掛かるんだから」 「………ああ」 そうして小刻みに震えるあいつの背中を撫ぜ、胸の中から響いてくる小さな嗚咽を聞きながら、あたしは心の内で、いつものあいつの口癖を真似ていたのだった。 やれやれ、本当に世話の焼ける団員なんだから――ってね。 それにしても、まあ。 いつもはあれだけ減らず口ばかり叩いてるくせに、一度タガが外れたらこんなものなのかしら男の子って。図体ばかり大きくっても、こいつも中身はまだまだ子供ね。 「ハルヒ…」 「うん? なあに、キョン」 「お前の身体って、なんだかいい匂いが(バシッ!)」 訂正! 訂正訂正! こいつの中身はエロエロ大王だわ! 「どさくさに紛れてなに言いだすのよあんたはッ!?」 「いってーな! なんだよ、褒め言葉だろ?」 「ほ、褒め方がヘンタイっぽいのよっ! いきなりそんなコト言われる方の身にもなってみなさいよ、このバカっ!」 予想してなかった所に不意打ちを喰らって、あたしは思わずキョンの奴に手を上げてしまっていた。もうほとんど条件反射。パブロフの犬も爆笑ね、これは。 そんなに強く引っぱたいたつもりはなかったんだけど、中腰の姿勢であたしの胸にすがっていたキョンは、よろけた拍子に後頭部をしたたか壁にぶつけてしまった様子だった。う~っ、そんな恨みがましい目でこっち見なくたっていいじゃない。今のは事故よ事故! 事故なんだから! そりゃ『今だけはあたしのこと好きなようにしなさい』って言い出したのはこっちの方だけど、でもあたしだって初めてでやっぱり緊張してるんだし。あんただって、少しはムードを盛り上げる努力とかしなさいよ! ほら、その、キ、キ、キスとか、さ!っていうかキョン、あんた、まだあたしに――。 などと、あたしが形容しがたい感情の変転に心を振り回されていると。キョンの奴はその表情を、唐突に苦笑いに変えた。 「やれやれ、今のも本気で褒めたつもりだったんだが。どうも人生ってのはままならないもんだ」 「なによ、キョンったら大げさね。こんな事くらいで人生語っちゃって」 「いや、まあ何というかだな…」 言いづらそうに語尾を濁して、キョンは頬を掻きながら視線を逸らした。 「これ、本人からは『内緒ですよ?』って言われてたんだけどな。実は俺、午前の探索の時に忠告を受けてたんだよ、朝比奈さんに」 「へっ? みくるちゃんから、忠告?」 ええと、それからこいつが語った所によると。 午前の間に、みくるちゃんからキョンにアドバイスがあったそうなのよ。いわく、 「あのね、キョンくんの事も心配なんだけど、わたしとしては涼宮さんの事も心配なの。キョンくんがいつもの調子じゃない事を、彼女、すごく気にしてるように見えたから。 だからキョンくん、本当に元気出してくださいね? それと、もしかしたら涼宮さん、ちょっと強引な方法でキョンくんを励まそうとしたりするかもしれないけど…広い心で受け止めてあげてね? お願い」 という事らしい。 へえ、あのみくるちゃんがそんなお姉さん的発言をねぇ。まがりなりにも先輩、って事なのかしら。外見からは、とても年上とは思えないんだけど。 うーむ、でもあたしがキョンの事を気にしてる間に、みくるちゃんはあたしとキョンの両方を心配するだけの余裕があったわけだから、ここは素直に敬服しておくべきかしら。うん、そうね。次のコスは女教師物なんかが良いかも………って、えっ? ええっ!? という事は? ロボットみたいにぎくしゃくした動きでキョンの方へ首を向けたあたしは、おそるおそるあいつに訊ねかけてみた。 「じゃ、じゃあキョン、あんたひょっとして…気付いてたの?」 「やれやれ、やっぱそうだったのか。長門が午後のクジ引きの爪楊枝を差し出してきた時点で、妙な感じはしてたんだけどな」 少し困ったような顔で、キョンの奴は大きく肩をすくめてみせた。 つまりまあ、そういう事だ。 午前の探索の間に、あたし、有希、古泉くんの3人は、キョンを元気付けるための作戦を立てた。その際、古泉くんは 『彼の場合、変なお膳立てをしてしまうと、かえって反発しかねません。ここはあくまで偶然を装うとしましょう』 というアドバイスをくれて、あたしと有希もそれに同意。午後の班分けの時に有希に協力して貰って、作戦は決行されたわけよ。 ところが一方、同じく午前の探索の間に、みくるちゃんはキョンに 『もしかしたら涼宮さん、ちょっと強引な方法でキョンくんを励まそうとしたりするかもしれないけど――』 とアドバイスしていたわけで。キョンの奴には、あたし達の“お膳立て”はバレバレだったらしい。 はー、道理でキョンの奴、あたしの言葉をひねくれて捉えてたわけだわ。 あたしだって時々、親の気遣いなんかを「余計なお世話っ!」とはねのけてしまう事があるもの。心を病んでいたキョンが、みんなの心配を逆に、自分が弄ばれてるように錯覚して受け止めてしまったとしても無理はないわね。 けど、それにしたってこれは…ねえ? さっきまでキョンの治療をしてあげるとか言っていたあたしだけど、今はむしろ、自分の方が虚無感とやらに襲われてる気分よ。 「なんだかなあ…。あたし達SOS団全員、お互いに良かれと思って、その実は足の引っ張り合いをしてたわけか…」 「俺も結局、せっかくの朝比奈さんの忠告を生かせなかったし。結果的にはそういう事になるかもな」 だからって、もちろんあたしは、みくるちゃんを責めたりする気にはならないわよ。みくるちゃんはみくるちゃんで、あたし達のためにいろいろと気を使ってくれたわけだしね。 ただ、何と言うか…廊下で向こうからきた人をよけてあげようとしたら、あっちも同じ方向に動いてきたみたいな? そんな苛立ちと虚しさを、さすがのあたしもひしひしと感じざるを得なかったわね。さっきまであれやこれやと、さんざん気を揉んできただけに。 「なんか、急に疲れがどっとわいてきちゃったわ。もしかしてあたし達って、ずっとこんな風にうまく行かないのかしら」 「おいおい、さすがにそれは…ん、いや待てよ? だとしたら、あー…」 あたしの嘆息に苦笑しかけて、キョンは急に真剣な顔になると、なにやら考え込み始めた。ちょっと、いったい何なのよ? 「なあハルヒ、お前は普通じゃない体験をしたいんだよな?」 「はぁ? 何よいまさら」 「そいつは一言で言うと、映画や小説の主人公みたいになりたいって事か?」 「ええ、そうね! あたしにはやっぱり、主役級の大活躍こそがふさわしいもの!」 鏡を見るまでもなく、この時のあたしは宝石みたいに瞳をキラキラ輝かせてたはずよ。そんなあたしに向かって、キョンの奴はどこか呆れたような表情を見せた。ちょっと、自分で振っといてその態度は何よ!? 「それじゃ仕方がないな。お前の行く手には、常に何らかの障害が立ちはだかるってこった」 「えっ? どういう事よ、それ!?」 「だってそうだろ。俺が映画で見た冒険家は、お宝にたどり着くまでにゴロゴロ転がる大岩に嫌ってほど追い回されてたし、名探偵は後ろから角材で殴られたり、覚えのない冤罪の汚名を被せられたりしてたもんだ。 逆の視点から見れば、映画やら小説やらの主人公ってのは、そういうトラブルをどうにかして乗り越えていくからこそ魅力的なんじゃないのか?」 愉快じゃないけどキョンの指摘は確かで、あたしは頷かざるを得なかった。 「それはまあ…そうかもしんないけど」 「つまりだ、お前が主役級の大活躍って奴を追い求めてる以上、必然的に何かに妨害されて、どうにも思うように事が運ばないって状況が訪れるわけだな」 そのセリフから一拍置いて、すっと目を細めたキョンは、なにやら挑戦的にあたしに問いかけてきたのだった。 「さて、どうするんだ団長さんよ? これからもいろいろと邪魔が入るとして、それでもまだスーパーヒロインを目指すのか?」 ああ、この顔だ。少し皮肉っぽい口元。諦観の混じった眼差し。小首を傾げて、どこか挑発するようにあたしに訊ねかけてくる。 あたしに向かって、こんな顔をする奴はそうはいない。あたしの大っ嫌いで、そして大好きな――いつもの、キョンの小憎たらしい表情だ。 「ずいぶん大層なご口上ね、キョン。あたしを試してるつもりかしら?」 キョンの奴が復調したからには、何も遠慮する事はない。あたしは腕組みをして、キョンの頭の真横の壁にドン!と片足を踏みつけると、大上段から丁寧に答えてさしあげたわ。 「妨害? 邪魔? 望む所よ、来るなら来たいだけ来ればいいわっ! この涼宮ハルヒ様の前を塞ぐような連中はね、たとえ緑色の火星人だろうが青っちろい海底人だろうが、みんなまとめてボッコボコにして…あげ…」 そう、あたしは大見得を切るつもりだった。それにやれやれとキョンが呟くのが、いつものあたし達の小気味良いパターンのはずだった。のに。 「…ハルヒ?」 けれどもその時、キョンの顔を見た瞬間。 あたしはなぜかセリフを途中でノドの奥に詰まらせて、ホテルの一室に、馬鹿みたいに呆然と立ちつくしてしまったのだった。 次のページへ