約 2,288,102 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6536.html
涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ 何か、とてつもなく面白い夢を見た気がした月曜日の朝。 ただ、それが何かをどうしても思い出せないまま、いつものように強制ハイキングコースを踏破し、休日明けの気だるさを感じながら、教室へと入った途端、 「ほら見てキョン! 一気に下書きまでだけど最後まで書きあげたわ!」 赤道直下の真夏の笑顔でハルヒは俺に三十枚はあろうかというA4用紙を突き付けてきた。 「てーと、一昨日言ってたアレか?」 「うん。なんかその日の晩、バンバンアイディアが出ちゃって昨日一日、これに費やしてたのよ。でもまあ、こういうのも悪くないわ。自分の想像が瞬時にそこに現れるんだから」 なるほどな。 俺が一昨日、何気に呟いたクリエイターの話にハルヒが乗った訳だが、それにしてもここまでやるとはね。いやマジで恐れ入ったよ。 相変わらずとんでもないバイタリティだ。 …… …… …… 何だ? 妙な違和感を感じたような気がしたんだが…… まあいいだろう。おそらく気のせいだ。 「んじゃあまあ、どれどれ」 呟き、俺は原稿に目を通す。 ほほぉ。文化祭の時の映画の続編か。 さすがはハルヒ。多方面に高い才能があるのはここにも表れている。 下書き段階とはいえ、臨場感もあるし、キャラクターの表情も豊かだ。んでコマ割も完璧に近いものがある。絵ももちろんレベルが高い。 あーでもページにまたがる見開きはやらなくていいぞ。 「へぇ、今回はユキも味方になるんだな」 「ふっふうん♪ 少年漫画の王道ってやつよ! 昨日の敵は今日の友! それにやっぱSOS団の誰かを敵にしたくないしね!」 それはいい傾向だ。お前が長門、朝比奈さん、古泉のことが大事になってきている証拠だ。 「ん? 何だ? ひょっとして俺も出てくるのか……?」 少し渋面を作って感想を述べる俺に、ハルヒが、あの悪だくみニヤリ笑いを浮かべて、 「感謝しなさいよ。あんたにも役を作ってあげたんだから。でもまあ、あんたには何の特徴もないからね。だからバトルには参加させられなかったけど」 自信満々に説明してくれる。 ……別に無理に俺の役なんぞ作らなくてもいいのだが……モブキャラにだってできないだろうに…… って、 「おい、俺が何で異世界人とやらと知り合いなんだよ? いったいどういう伏線で?」 「決まってるじゃない。サイドストーリーよ」 「あのなあ、どこにサイドストーリーがあったんだよ。読者に想像力を働かせろってか?」 「別にいいじゃない。今回、初めてやってみたんだから、次回はもっと良くなるわよ。それよりも続きを見てよ」 「ああ解った……」 ふむふむ。 ユキが味方として蘇ってきたのは異世界人ではあるが同じ『魔法使い』の彼女の言葉に心を動かされて、か。 「ところでハルヒ、この異世界人の魔法使いって、ユキと比べると随分、派手な姿の魔法使いだな。バニーとかチアまではいかんがノースリーシャツにホットパンツで生足全開て。結構露出度も高いし」 「はぁ? それくらいで何で『派手』なのよ?」 「それに、この魔法使いの髪の色って桃色だろ? 充分派手だと思うが?」 「へっ?」 あん? 何だ? ハトが豆鉄砲喰らった顔して。 「いや……何であんたがその魔法使いの髪の色が桃色だなんて分かったのかなって……? まだ下絵段階だし、あたしも言ってないし、別に着色もしてないのに……」 え? あ、そう言えば何で俺は桃色だなんて考えたんだろ……いや待てよ? 「ハルヒ、お前今、『分かった』って言ったよな? てことはお前も桃色にするつもりだったってことか?」 「う、うん……でもまさかキョンに気づかれるとは思わなかったけど……」 二人しばし沈黙。 ぐ、偶然だよな…… 「ま、まあそれはお前の行動パターンだから俺が読めたってことだ! 深く考えなくてもいいだろう!」 「そ、そうね! なんだかんだ言ってもあたしとあんたは一緒にいることが多いもんね! お互いがお互いの考えなんておおよそ見当つくわよね!」 そうだそうだ。俺とハルヒの付き合いだ。そうこともあるさ。 で、実は後々思ったんだが、どうも俺たちのこの会話の時の教室中の視線がなんとも生暖かったようなのだ。 当然、今の俺は気付くことなんてできなかったがな。 さて、それよりも続きを…… 「……なあハルヒ、これ、本当に長門なのか?」 「どういう意味?」 俺が指差したのは異世界の魔法使いと供に戦うユキのシーン。 「いや……なんとなく長門なんだけど長門じゃないような気がしてな……」 「ああ、それ有希よ間違いなく。ただ、改心したユキはヘアカラーが変化したのよ。グレーアッシュからシアンに。ほら、昔あったじゃない、星座をモチーフにしたプロテクターを着て戦うバトルマンガ。その中の双子座の戦士の性格が二つあって、アニメだと善の時の髪の色はシアン、悪の時の髪の色はグレーだった訳だけどそれに倣ったの」 なるほどな。つーか、よく知ってるなお前。 「ふっふぅん♪ あたしは少女漫画よりも少年漫画の方が好きよ。だって、そっちの方が不思議な展開と力で満ち溢れてるもの」 確かに。というか、お前の朝比奈さんへのセクハラは多分に一部の少年漫画の影響を受けているような気がしてならんかったからな。 …… …… …… 何だ、この感覚は? このマンガの二人、ユキと異世界の魔法使いの立ち振る舞い…… まるで、どこかで見た気がする。 しかもどういうことだ? ハルヒは長門と、と言う風に言っていた。このデッサンも確かに長門のはずなのに…… しかし俺には長門と別の誰かが被っているようにすら見える。 おかしい。そんなことはあり得ない。 だいたい魔法が登場する時点で現実からは外れているんだ。 もし見たことがあるとしたら夢の中以外に答えはないじゃないか。 「どうしたのよ?」 「あ、いや……なんでもない……」 「ん? 変なキョン」 ハルヒは何も気づいていないのだろうか? まあ問うのは止めておくけどな。 こんなことをこいつに言えば、力の限り馬鹿にされるか、俺の頭を切開して夢の中の記憶を引き摺り出そうとするか、するかもしれん。 そんなこんなで今日も放課後だ。 放課後と言えば、もう完璧に習慣化しているので旧館の一角『文芸部室』に勝手に足が向く。 んで、今日はハルヒが掃除当番だから先に着き、長門、朝比奈さん、古泉に軽く挨拶して、長門が読書する姿を横目に捉えながら、朝比奈さんが注いでくれたお茶で喉を潤しつつ、俺の白星しか増えない将棋を古泉と指している。 しばらくするとハルヒが入ってきた。 「ごっめ~~~ん! みんな、揃ってる?」 見ての通りだ。 などと軽く言葉を交わしつつ、今日は月曜日であるにも関わらず、明日がどういう訳か祭日と言うことで、ハルヒは団長机の椅子に仁王立ちになった。 「みんな! 明日は特別不思議探索の日に設定するからね! 集合はいつも通り、光陽園駅北口午前九時! 一番最後に来た奴が奢りだから!」 満面の300W増しの笑顔で高らかに宣言するハルヒ。 まあいつものことだから、今更何の感慨も持たないが。 が、どういう訳か、俺はハルヒの次のセリフに言い知れぬ違和感を抱いたんだ。 「探索目的は、宇宙人、未来人、超能力者、そして異世界人よ! 原点回帰! 明日こそ必ず見つけるわよ!」 いったいどういうことなんだ? これはいつもハルヒが言っていることじゃないか。 どうして俺は違和感を抱くんだ? などと言う俺の内に広がる違和感は、しかしいずれ時が経てば水面に広がる波紋のように消えていくんだろうな、という思考も頭を過った。 と、このときはかなり気楽に考えいたのだが。 どういう訳だろう? どうやら違和感を抱いていたのは俺だけではなかったらしい。そのことは翌日の不思議探索で知らされることになる。 「ねえキョン」 「何だ?」 何の因果か、いつも通り俺が一番遅かったんで、いつも通りみんなにお茶を奢って、いつも通り班分けしたのが今日に限ってはいつもと違い、同じ班になったのはハルヒだったりする。 で、最初はなかなかテンションが高かったハルヒなんだが、公園から街中を散策する道すがら、どんどん神妙になっていった。 これは何を意味するのだろう? 「うん……昨日、見てもらった漫画なんだけどね」 「あれか」 「アレって妙なのよ。昨日、キョンが指摘した通りで、あたしも家でもう一回読み返してみたらキョンと同じ感想を抱いたの」 「と言うと、異世界人の魔法使いの髪の色が桃色だったり、ユキの髪の色がシアンだったり雰囲気が違うって言ってたことか?」 「そうよ。あたしもそう感じたの。あの感覚って何なのかな? 実のところ、既視感ってのとも違う気がしてるのよね」 確かにな。それは俺も思ったことだ。 「しかし、だとするとどういう意味になるんだ? それじゃあまるで、俺たちはそういうことがあったのに記憶を操作されて記憶を消された、ってことになるのか?」 などと言った俺が馬鹿だった、なんて普段の俺ならそう思うかもしれん。 もっとも、今回は違った。 「あ……!」 ハルヒが愕然とした声を漏らす。 「まさか……!」 俺もまた、自分が導き出した答えに言い知れぬ驚きの声を漏らしたんだ。 そして二人して自分の懐をまさぐり、同時にお互いに手の中の物を見せ合う。 それは、まったく記憶にない、しかし持っていた、と確信を持って言えるものだった。 俺たちは淡い光沢を放つ神秘的な黒い石を互いに見せ合って、 「キョン、もしかしてあたしたち、この石の持ち主、宇宙人だか未来人だか超能力者だか異世界人だか知らないけど、そういう存在に遭ったのかな?」 「かもしれないな。俺もそんな気がした」 「てことはさ!」 ハルヒの笑顔が300W増しプラスさらなる輝きを放つ。 「また遭えるかもしれないわね! んで今度こそ、記憶を消されないように友好関係を結ばなきゃ!」 ああそうだ。 何故だろう? 俺はこのとき、ハルヒの提案をいつものように聞き流すでもなく、本気で受け入れる気概を抱いたんだ。 理由か? そうだな。おそらくは忘れていけない何かを忘れさせられてしまったからだろう。 確信はない。しかし漠然とではあるがそう感じる自分が居る。 そして、おそらく――いや、間違いなくハルヒも同じことを考えただろうぜ。 どこの誰かは判らん。俺たちの記憶を消した理由も知らん。 けどな、ハルヒ相手に記憶操作なんて大胆な真似をしたところで、完全に消すことなんざできる訳がないんだ。 近いか遠いかは知らんが、将来、必ずあんたのことを思い出すだろうよ。 そうなったら、ハルヒがどういう行動に出るかは容易に予想できるってもんだ。 もちろん、その時は俺もハルヒに付き合うぜ。 おっと、ハルヒと俺だけじゃないよな。 ハルヒが会心の勝ち気な笑顔を浮かべて空を指差している。 「待ってなさいよ! 宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の内のどれか一つの肩書を持った人! あたしとSOS団が必ず見つけ出してあげるんだから!」 だとさ。正体不明の誰かさん。 涼宮ハルヒの遡及(完)
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/18.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「――伏せてっ!」 最初に叫んだのはハルヒだった。しかし、教室にいる誰もその意味を悟ることができず、それに従ったのは俺だけだった。 次の瞬間、教室の窓ガラスが吹き飛び、多数の赤い光球が教室中に撃ち込まれる。悲鳴すら上げる暇もなく、 呆然と突如教室目の前に現れたヘリに呆然としていたクラスメイトたちにそれが浴びせられた。 しかし、俺は床に伏せたままそれを避けるべくダンゴムシのように縮まっていたため、その先教室内がどうなったのか、 激しい判別しようのない轟音と熱気の篭もった爆風でしか俺は知ることができなかった。時折、鉄を砕いたような臭いが 鼻から肺や胃に流れ込み、猛烈な嘔吐感を誘ってくる。 「キョン!」 誰かが俺の襟首をつかみ、俺の身体を引きずり始めた。俺は轟音の中、何がどうなっているのか確認しようと 目を開けようとして、 「目は閉じて! いい!? 絶対に開けるんじゃないわよ!」 耳元に届いたのはハルヒの声だった。どうやら俺を引きずっているのはこいつらしい。目をつむった状態だったが、 今俺が引きずられている方向を推測すると、どうやら教室の外に出るつもりのようだ。 「何だ、どうなんているんだハルヒ! 教えてくれ!」 「良いから黙ってなさい! 教室から出るのが先決よ!」 ぴしゃりとハルヒの声が飛ぶ。 ほどなくして教室外に引っ張り出されたのか、手を付けている床のさわり心地が変わったのを感じた。 この時、俺のすぐそばを何かが高速で飛び去ったのに驚き、思わず軽く目を開けて―― 「…………っ!」 またすぐに閉じた。一瞬見えたのは、ガラスを失った窓ガラス、そして教室の床が赤く染まりその上には、 机や椅子の破片が散らばっていた。だが、その中には見たこともない物体も多数混じっていて…… 戻す寸前だった。その正体不明の物体がなんなのか悟ったとたん、俺の胃が溶けてなくなりそうになる。 一瞬だったというのに、まるで根性焼きか入れ墨を脳に刻まれたように、はっきりと鮮明な一枚の惨劇の写真が ずっと目を閉じても視界に焼き付き続けた。 俺はたまらず教室の方ではない方向へ顔を背けて目を開ける。別の視覚情報を脳内に新規導入しなければ、 ずっとスプラッタ映像が俺の目を支配し続けるからだ。 目を開けた先には、ハルヒのドアップがあった。それも全身血まみれで、セーラー服も半分近く血で赤く染め上げられている。 そして、すぐに俺の顔をつかむと、 「いい!? 誰だかわからないけど恐らく狙いはあたし、あるいはあんた! このままだと生徒を巻き込むだけだから、 とっととここから逃げるわよ!」 「あ、ああ……いや、あ、なんだ、そうなのか……そうなんだ。いや! それよりお前その血は……!」 「あたしのじゃない! 巻き添えになった人のものよ! あたしは何ともない――そんなことより早く移動しないと 攻撃が続けられるだけだわ!」 ハルヒは一方的に話を進めると、俺の手を取って走り始めた。一目散に教室から離れるように走り始める。 そうか。 今俺たちは襲われたんだ。 前に朝倉の襲撃を受けたのと同じように、誰かが俺かハルヒの命を狙って。 そして、その牙は俺たちだけでは収まらず、周囲にいたクラスメイトたち全てを飲み込んだ。 ………… なんてこった。昨日の古泉・朝倉のカミングアウトからハルヒの好印象まで良い感じに進んでいると思った矢先に、 信じたくないような大惨劇が起きた。俺が狙われるのなら、正直まだ救われたかも知れない。すでに経験済みだしな。 だが今回は違う。宇宙人の変態パワーによる襲撃ではなく、現代的な手法による無差別攻撃。これがショックでない奴がいるなら、 今すぐお前に全責任を押しつけてやるから出てきてくれ。 ふと俺は――何となく身を引かれるような視線を感じて、振り返った。そこには、教室の出入り口からこちらをのぞき込むように 見ている朝倉の姿があった。しかも、あのいつもの微笑みまで浮かべてやがる。 あの野郎。無事ならどうして助けてくれなかったんだ。あいつの力ならあんな攻撃楽々受け止められただろう。 いや、それは違う。長門があの15000回以上繰り返された夏の日をなぜ止めなかったのかその理由を思い出せ。 情報統合思念体――その配下にいるインターフェースの役割はハルヒの観察だ。朝倉暴走のように情報統合思念体身内の問題なら 何らかの対処を取るかも知れないが、今俺たちを襲ってきたのはどうみてもただの人間が使う攻撃ヘリである。 だったら連中は手を出さないだろう。ただの人間同士の殺し合いだと判断して。 ふと、隣の六組の前を通りかかったとき、出入り口から中が見えた。そこでは攻撃こそ受けていないが、 目の前を飛び交っている一機の攻撃ヘリの前に悲鳴を上げて右往左往する生徒たちの中で、ぽつんと読書を続ける長門の姿が。 俺は必死に心の中で叫ぶ。助けてくれ長門。お前は誰の好きにもさせないと言ってくれたじゃないか。 だから、せめて俺とハルヒ以外の無関係な人を守ってやってくれ―― しかし、その思いは届くことなく六組の中にも苛烈な銃弾が撃ち込まれ始めた。飛び散る壁や窓ガラスの破片に 俺はただひたすら目を閉じて現実逃避に努めることしかできない。 「降りるわよ!」 俺は激しい脱力感の中、階段を下りていくハルヒの手に引かれて走ることしかできなかった。 ◇◇◇◇ しばらく校舎内を走り回ったあと、俺たちは一階の校舎の隅に一旦身を隠すことにした。いい加減、俺とハルヒの息も 上がりつつあったからだ。 「一体っ……なんだってんだっ……!」 「知らないわよ、そんなことっ!」 俺はひどく動揺していた。一方のハルヒも状況がつかめないせいか、強い苛立ちを見せている。 さっきの攻撃ヘリは俺たちの姿を見失ったのか、学校周辺を飛び回っているだけで攻撃は控えているみたいだった。 四方八方からあのヘリのローターから発せられるバタバタ音だけが校舎の廊下に響き渡っている。 学校内は収拾のつかない混乱状態になっていた。正気を失って逃げまどう生徒、負傷しておぼつかない足で歩く生徒、 動かなくなった生徒を抱きかかえて助けて!と叫ぶ生徒……。中には校舎外に逃げ出そうとする生徒たちもいたが、 攻撃ヘリがそれを阻止するように飛び回っているせいか、誰も外へ逃げ出せていない。見通しの良い場所に ホイホイと出てしまえば狙い撃ちされてしまうかも知れないという恐れがある以上、うかつに出れないのだ。 俺はふと思いつく。ハルヒの能力なら、あの殺人ヘリをなんとかできるんじゃないかと。 だが、それを口にする前にハルヒは苦渋に満ちた表情で壁に拳を叩きつけた。まるで、俺の心の中を読んで、 できるならとっくにやっていると言いたげに。 そうだ。ここでハルヒが反撃なんかできるわけないんだ。この学校には沢山のインターフェースや機関のエージェントが 潜んでいる。万一、ハルヒが自らの力を使ってあの殺人ヘリと戦えば、即座にハルヒは自分の能力を自覚していると ばれてしまうだろう。そうなれば、機関はどう動くかは不明だが、情報統合思念体は即刻全人類ごと抹殺してしまう。 それでは本末転倒だ。 ハルヒの強い苛立ちは、できるのにそれを行えない矛盾の袋小路に対してのものなんだろう。ちっ、となると、 長門や朝倉は助けてくれない、ハルヒは動きを封じられたも同然になるから、一体誰に助けを求めれば良いんだ…… って、一つしかいねぇじゃねーか。この事態を未然に防ぐべき組織がある。機関だ。それを怠って古泉たちは 一体何をやっている!? 俺はすぐに携帯電話を取り出し、古泉にかけてみる。しかし、コールはするもののいつまで経ってもつながる気配はない。 こんな時に何やってんだ。いや、ひょっとして最初の攻撃に巻き込まれたんじゃないだろうな? 何度もかけてみるが、やはりつながらず。どうすりゃいいんだよ。 と、ハルヒが何かに気が付いたのは突然走り出した。あわてて俺もそれ続く。 ちょうど校舎の真ん中当たりでハルヒは立ち止まり、もう一つの校舎の前でホバリングを続けている攻撃ヘリを見つめた。 それはしばらくそのまま停止を続けていたが―― 「やめてっ!」 ハルヒの悲痛な叫びが俺の耳を貫く。その瞬間、ヘリの両サイドからミサイルのような物が発射されて、 もう一つの校舎の二階にある教室に撃ち込まれた。 強烈な爆音・爆風で俺たちのいた廊下の窓ガラスも一気に割れて飛び散り、俺たちの身体にバラバラと降り注ぐ。 襲撃者は俺たちがいない場所、つまり無関係な人間のいる場所に向かって攻撃を加えたのだ。 あまりに残酷で冷酷な敵のやり方に、俺は怒りよりも恐怖を感じる。 と、ここで俺の携帯に着信が入った。発信者は――古泉一樹となっている。 俺は即座に通話ボタンを入れ、向こうの言葉も聞かずに状況の説明を求めた。 「一体全体どうなってやがる! 襲ってきたのは何だ!? お前ら今まで何をやってきたんだよ! とっとと何とかしてくれ! このままじゃ、被害や犠牲者が増える一方だぞ!」 こっちの一方的な物言いに、古泉はしばらく黙って聞いているだけだったが、やがて、 『とにかく落ち着いてください。焦る気持ちもわかりますが、それでは有効な対策も取れません』 「落ち着けだって――うおっ!」 今度は俺たちのいる校舎三階に向けてミサイルが発射された。上階で発生した爆発の衝撃で、校舎全体が地震に 襲われたようにぐらぐらと激しく揺れる。 ええい、確かに焦っても攻撃が続くばかりか。 「どうすりゃいい!?」 『今、機関の方で対処を行っています。時期にあなたたちを襲っている者たちの排除に移る予定です。 あなたたちはしばらく見つからないように隠れていてください』 「そんなこと言っても、奴らは無差別攻撃を始めているんだぞ! 悠長なことを言っている場合じゃないんだ!」 『わかっています! しかし、それしか方法が――』 「キョン」 俺と古泉の会話に割り込む声。見れば、ハルヒがうつむいたまま肩を振わせていた。そして、俺が聞くべきかどうか 迷っていることについて古泉に確認するように指示を出す。 『何かありましたか? 問題があれば言ってください』 どうやら古泉にはハルヒの声は聞こえなかったらしい。何かあったのかと珍しく焦りの声をこちらにかけてきている。 俺は躊躇していた。 ハルヒが聞けと言うことは確かに確認しておかなければならないことだ。 だが……もし予想通りだったら。 その時、ハルヒはどう思うだろう。そして、それはどうすればいいのだろうか。 ………… また一発のミサイルがどこかに着弾したらしい。激しく校舎が揺さぶられた。ええい、迷っている場合ではない。 俺は意を決してその確認を行う。 「古泉。一つ確認したい」 『なんでしょうか?』 「襲ってきたのは機関の人間か?」 その指摘に古泉はしばらく黙ったままだったが、やがてこう言った。短く、か細い声で。 『……そうです。機関の強硬派によるものです』 古泉から言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。機関――ハルヒが作り上げたに等しい組織がこんな無差別殺戮を行っている。 そして、それをそそのかしたのは俺だ。なら――この惨劇の責任は俺にあることになる。 ハルヒは耳では聞き取れないはずだから、何らかの超パワーで俺と古泉の通話を聞き取っていたのだろう。 機関強硬派によるものだとわかったと同時に走り出し、階段を駆け上がる。 「待てハルヒ! 待ってくれ!」 俺はすがるようにそれを追った。ハルヒがやろうとしていることはすぐにわかった。襲ってきた奴らを排除すること。 もちろん、それは自分が力を持っていることを情報統合思念体や機関に後悔することと同義であるから、 つまりはハルヒは機関――超能力者を作ることに見切りを付けたってことだ。 ――排除後に、ハルヒはこの世界をリセットする。 走りながら必死に俺は考えた。 何だ。 何を間違えたんだ。 確かに俺の世界とは多くの点で異なることがあった。 だが、それでも朝倉が暴走する可能性はあっても、機関強硬派がこんな行動に打って出る理由は何だ? ……それとも、俺の世界でもこういった事例はあってただ表面化していなかっただけなのか。 そんなわけねえ。 そんな分け合ってたまるか! だってそうだろ? 強硬派が望むように、ハルヒに強い衝撃を与えようとするならいつでもできたはずだ。 そのチャンスは多々にあった。 それが実行されなかったと言うことは、俺のいた世界と今ここの世界では大きく何かが異なっているはずだ。 何だ? それは……なんなんだ? 俺は結局ハルヒに追いつくことができず、そのまま校舎屋上に飛び出した。すでにハルヒは屋上の中心で空を見上げている。 さあ自分はここだと言っているように。 すぐに俺もハルヒの元に近づこうとするが、その前にハルヒの真正面にあの殺戮ヘリが現れる。 ローターから激しく発生する風に煽られ、俺の足は止められた。 だが、ハルヒはセーラー服と髪は激しくなびくものの、全くそれに動じていない。 やがてあの多数の生徒を殺戮した回転式の機関砲がハルヒに向けられる。ちょうどハルヒは俺に背を向ける格好になっているため どんな表情をしているのか見えない。 もうすぐハルヒは何かの力でこの攻撃ヘリと戦うのだろう。止めるしかないのだ。 どんなハリウッド的アクションが展開されるのかと思っていたが、予想に反して戦いは静かに進行した。 攻撃ヘリはハルヒに回転式機関砲を向けたまま微動だにせず、ただ浮かんでいるだけ。 ――いや違う。ハルヒは指一つ動かす気配がなかったが、攻撃ヘリの方が勝手に異音を発し始めていた。 それもエンジン音がおかしいとかではなく、金属が軋んでいくような脳髄をくすぐる嫌な音を鳴らしている。 やがて攻撃ヘリはブラックホールに吸い込まれていくように、次第に機体がつぶれ始めた。 めりめりと嫌な音とともに圧縮されていき、破片一つ飛ばすことなく、火花一つ飛ばすことなく小さくなっていく。 そのまま圧縮が続き、最後には野球のボール程度の球体までになってしまった。そこでハルヒはようやく腕を動かす。 すっと横に振った手を合図に、圧縮された攻撃ヘリは散り一つなく拡散するように消失した。 ………… さっきまで俺を覆っていたヘリの轟音が完全に消え失せ、辺りには校舎から聞こえてくる生徒たちの悲鳴・怒号が支配する。 遠くからは警察か消防かわからないが、けたたましいサイレンが鳴り響き、こちらに近づいてきていた。 終わった。何もかもが。 ハルヒはすっとうつむき加減のまま、俺のそばを通り校舎の中に戻っていく。 ちょうどその際にこう言い残して。 「……昨日言ったことは全部撤回するわ。あたしはこんなことをする連中を作りたくないし、一緒にいたくもないから。 この世界はここで終わりよ。情報統合思念体が動く前に、リセットの準備に入るわ」 ちくしょう――何でこんな事になったんだよ……! ◇◇◇◇ 「一体これはどういう事なのか説明しろ。お前のわかりにくいたとえ話は全て却下だ。簡潔にわかりやすくに言え。 でなきゃ、俺がどんな行動を取るか保証しねぇ。今は頭の血管がぶち切れる寸前なんだからな」 この惨劇後、校庭の隅で呆然としていた俺の前に現れた古泉に、俺は食って掛かっていた。 こんな状況でもいつものあのニヤケスマイルを浮かべて現れたら、即刻ぶん殴っていたが、さすがに事態は深刻らしく 表情は硬いままだったので握った拳はそのままにしておいてやる。お前の返答次第でどう動くがわからんがな。 校舎の状況は最悪だった。目で確認は俺自身が拒否しているため、喧噪の中で流れてきた話を拾った限りじゃ、 死傷者は百人単位に上っているらしく、特に俺の五組は生存している人間がほとんどいない惨状だそうだ。 朝倉は無事だったのを確認しているから全員死亡ではないだろうが、谷口や国木田もダメと見て良いだろう。 現在では警察や消防がひっきりなしに動き回り、状況把握に努めている。負傷者は多すぎるため重傷者のみ救急車で 運び出し、まだ何とかなる人間は校庭にテントを張って治療を行っている。 まさに地獄絵図だった。 あの後、ハルヒはどこかに姿を消してしまい、俺は何もできない無力感に浸りつつ校庭への避難誘導に従って 校庭に出てきていた。そこへ古泉の野郎が現れたって訳だ。 俺に胸ぐらをつかみ上げられたまま、古泉はしばらく黙っていたが、 「今回の件については申し訳ないとしかいいようがありません。強硬派の存在は機関内部では周知の事実でしたが、 このような行動を取るとは予想もしていませんでした」 「甘すぎるだろ! 危険な目的を持っているならもっと早い段階で手を打っておけばいいじゃないか!」 「状況は複雑にして微妙なんです。例えそう言った目的を持っていたとしても、うかつに動けません。 なぜなら、僕たち機関の他に情報統合思念体――TFEI端末の主流派も涼宮さんに対して観察という意味で 傍観を決め込んでいるからです。機関強硬派が例え目的を果たそうと行動を起こすと言うことは 情報統合思念体主流派と敵対の道を歩むということでもあります。そうなれば、強硬派はただでは済みません。 彼らの能力は僕らの存在などいともあっさり消せます。涼宮さんの観察の支障となると判断されればあっさりと抹消されて 終わりでしょう。そう言った考えで、強硬派もうかつに手を出すことはないと判断していました」 そうか。だから俺の世界では機関の危ない連中は手を出してこなかったってわけか。だが、ここではいともあっさり ハルヒにちょっかいを出してきた。何だ? 何が違っている? 俺はしばらく考え込んでいたが、途中で別の事に気が付く。 「待てよ。ならお前らの危険思想を持った連中が動いたって事は、情報統合思念体――朝倉たちと敵対する道を 選んだってことでいいんだよな? だが、何の保証もなく動くってのはおかしくねぇか? 何か動くきっかけがあるはずだ」 「それなんですが……」 ここで古泉は俺が冷静になりつつあると判断したのか、俺の手をふりほどき制服を整える。 そして続ける。 「まだ結論は出ていませんが、どうも情報統合思念体の一部と結託したようなんです。きっかけはわかりませんが、 何らかの情報を得て機関強硬派は動かざるを得なくなった。その理由についてはまだわかっていません。 現在、情報を精査中です」 古泉の淡々とした説明に、俺はどっと疲れを感じて地面に座り込む。校庭の方が騒がしくなったのを見ると、 どうやら保護者たちが次々と駆けつけ始めたようだ。怒号・叫び・悲鳴……この世の負の感情が怨念のように校庭を支配する。 俺の家族にはさっき無事を知らせる電話を入れているのでこれ以上の心配をかけてはいないが。 古泉は俺に視線を合わせるようにしゃがみ、 「僕が言うのもなんですが、起こってしまったことについてとやかく議論をしている余裕がない事態です。 今回の一件で機関も対応しなければならないことが発生していますので」 「ああ、とっとと危険人物どもを牢屋にでも放り込んでおいてくれ」 「それはとっくに完了済みですよ。それ以外のことです」 「……なんだと?」 嫌な予感がする。事後対処が終わっていて、次にやることと言えば……やはりハルヒのことか? 古泉は続ける。 「今回の襲撃では、TFEI端末、機関ともにその対応が行えませんでした――おっと、TFEI端末はもともと介入する気は なかったようですが。それはさておき、そんな状況でありながら誰かが機関強硬派の襲撃を撃退しています。 あなたは何か知りませんか?」 「…………」 俺は答えるべきかどうか迷ってしまう。ハルヒはもうリセットをかけるべく準備を開始すると言っていた。 なら今ここでばらしてもどっちみちかわらないだろう。だが、何の違いで今回の惨劇が発生したのかわからない状態で うかつな行動を取って取り返しの付かないことになったら…… 結局俺は首を振って、 「逃げるので精一杯だったから、よくわからん。気が付いたらいなくなっていた」 「そう……ですか」 古泉の表情はなぜか残念そうに見えた。まるでどうして本当のことを言ってくれないのかと言いたげなように。 言った方が良かったのか? それとも何かたくらんでいるのか。 俺はたまらず聞き返す。 「なんなんだ、一体。言いたいことのがあるならはっきりと言ってくれ」 「……涼宮さんのことですよ」 やっぱりそうか。 「あの状況下で、事故以外に強硬派を撃退する能力を有しているのは涼宮さん以外にいません。 そうなると、彼女が突然追いつめられた状況にショックを受け自分の力を自覚してしまったか、あるいは――」 ――古泉は憂鬱そうに目を細め、 「元から涼宮さんは自分の力を認識していたということですね」 ちっ、やっぱりそう言う結論になるわな。そうなると、すでに情報統合思念体も同じ認識を持っていて――うん? だったらとっくに地球ごと抹殺されていてもおかしくないか? あるいはハルヒがリセットするか。 俺は念のために追求しておくことにする。 「万一だ、ハルヒが力を認識するなり、元からそうだったりした場合、何の不都合が発生するんだ? おっと昨日朝倉と一緒に聞かされた話は一応理解しているつもりだ。それをふまえた上でお前らがどう動くかってことを 確認しておきたいんだが」 「その点についてですが、はっきり言って機関の方ではこのままでも一向に構いません。実際に涼宮さんが力を認識しても、 不都合のない今まで通りの世界が続いてくれればいいんですから」 「なら別に問題ないだろ」 「ですが、情報統合思念体――TFEI端末から得られた情報によれば、彼らはそれでは困るようですね。 何らかの動きを見せるようですが、僕のような末端の人間まではその内容について聞かされていません」 動きってのは、ハルヒごとこの星を吹っ飛ばすことだろうな。だが、なぜ実行に移していないのだろうか。 古泉は続ける。 「同僚からの情報によれば、どうやらその情報統合思念体の動きは機関にとって大変都合の悪いことのようでして。 僕にもその件について非常招集がかかっています」 そりゃ地球ごと抹殺しますよと言われればとんでもない騒ぎになるのは確実だからな。 古泉はすっと立ち上がると、 「では、僕は機関の方に行かなければならないので」 そう言って俺の元を立ち去ろうとする。 「ちょっと待て!」 と、俺は思わず古泉を呼び止めてしまう。どうしても言っておきたいことがある。 古泉はなんでしょうかと振り返った。 「なあ古泉。頼みがある」 「言ってください」 俺は立ち上がり、古泉の目をじっと見て、 「……ハルヒを見捨てないでくれ。頼む」 俺の言葉に、古泉はさわやかなスマイルを浮かべるだけだった。 ◇◇◇◇ 「ちょっといいかな?」 古泉と入れ替えにやってきたのは朝倉だった。俺は思わず身構えてしまった。この状況で襲われればひとたまりもないからな。 だが、朝倉はいつもの柔らかな笑みのまま、 「そんなに警戒しなくても良いよ。あなたに何かしようとは思っていないから」 「だが、ハルヒが力を自覚した、あるいは元々自覚していたかも知れないということが不都合なんだろ?」 「それはそうなんだけどね……」 ちょっと困ったようなような表情になる朝倉。 だが、次にその口から飛び出たのは予想外――いや、俺の脳みその血管をぶち切るのに十分な言葉だった。 「元々涼宮さんが認識している可能性は、情報統合思念体内部でも検討されていた事よ。でも、大勢を占める主流派は そんなことを一々確認する必要はないとして放置という選択を取っていたのよね。これに関しては他の勢力も大差ないわ。 でね、かといってそのままだと何も起こらずなぁんにも観測できないのよ。そんなのつまらないと思わない? あたしたちの目的は涼宮さんの情報創造能力を観測すること。ただ見ているだけじゃ何も変わらない。 だからね、上の人たちなんて無視して動くことにしたのよ」 あの時――ナイフで朝倉に斬りつけられたときの記憶が俺の脳裏に蘇る。あの時もそんなことを言っていた……まずい。 今すぐ走って逃げ出すべきか? 朝倉はこっちの動揺もお構いなしに続ける。 「でも残念なことに情報統合思念体の主流派はそれを許さない。そこであたし考えたのよ。昨日、機関っていう組織も 一枚岩ではないってことを言っていたじゃない。だから、その人たちに代わりに涼宮さんを襲ってもらうことにしたの」 唐突すぎる告白。俺の視界が真っ赤に染まるんじゃないかと思うほどに、頭に血が上る。 「お前が……お前がこの事態を引き起こしたってのか?」 「そうよ。でも彼らも独自の目的を持っていたのよね。あたしはあなたを殺すようにけしかけたつもりだったんだけど、 直接涼宮さんを襲うとは思っていなかったわ。そんなことをしたら涼宮さんが力を自覚しちゃうじゃない。 そうなったら観測できなくなっちゃう。まさに本末転倒よね。全く勝手なことをしてくれたおかげで大迷惑よ」 朝倉はいつもの笑みを崩さない。 この野郎。昨日偶然聞きつけた機関強硬派を利用することにしたってのか。主流派の目をごまかすために。 またそれなら長門も行動できないと考えたのだろう。 この惨劇の元凶は、昨日のたった一度の会話が原因。まさか、あれだけでここまで事態が変化するなんて思ってもいなかった。 結局は朝倉の暴走なんだが、それによって思わぬ副産物を朝倉――情報統合思念体は得てしまったことが最大の問題だ。 「今回の一件で涼宮さんは確実に自分の能力について自覚したわ。敵を倒したのは他ならぬ彼女だもの。 この時点で情報統合思念体の観測作業は終了して、強制措置に入る。これは情報統合思念体全てにおける共通意識」 「その強制措置ってのを教えてもらおうか」 知ってはいるが、念のために確認してみる。朝倉は表情一つ変えず、 「この惑星全ての知的有機生命体の排除。涼宮さんを含めてね」 やっぱりそうか。だが、なぜ俺にこんな話をしてくるんだ? とっとと実行すりゃいいだろ。 そこでさっき古泉が言っていたことを思い出す。情報統合思念体の動きは機関にとって不都合なことであると。 「あ、気が付いたかな? そう、機関がどうも情報統合思念体主流派と接触して交渉しているみたいなのよ。 彼らにとって抹殺措置は避けたいみたいだから。わたしには有機生命体の死の概念がよくわからないから、 何でそんなに必死になっているのか理解できないけどね」 「お前らと違って、俺たちは死んだら終わりなんだよ。情報なんたらで無敵の存在であるお前らとは違ってな」 俺は悪態を付く一方で希望が胸に渦巻き始める。機関の主流派はまだ諦めていない。何とかハルヒを守ろうとしているんだ。 きっとそうに違いない。ハルヒを守ることが自分たちの命を守ることにつながるって事だからな。 ふと、ここまで来て思う。朝倉は何でこんな話を俺にしているんだ? この問いかけに、朝倉はぐっと俺に顔を近づけてきて、 「実はちょっとあなたに興味があったのよ。いろいろ調べてみたんだけど、あなたはただの有機生命体に過ぎない。 でも、涼宮さんという特別な存在に見初められている。それはなぜ? どうせこれが最期になるだろうから 確認しておきたかったの」 「知らねえよ。俺は俺だとしか言いようがない」 実は異世界人だとは言わなかった。情報統合思念体が地球ごと破滅させるかどうかは、まだわからなくなってきたからな。 切り札になるかもわからないが、余計な不確定要素を作るべきではない。 と、朝倉は俺から離れ、 「そっか。残念。実はあなたが涼宮さんに何かの力を与える存在かも知れないとちょっと期待したんだけどな」 「あいにく俺はミジンコ並みに普通なんでね。残念だったな」 ここで朝倉は何かの情報をキャッチしたような顔を浮かべ、 「あ、どうやら交渉がまとまったみたい。わたしに任務終了の通達が来たわ」 そう言うのと同時に、朝倉の身体が以前長門がやった情報連結解除と同じようにさらさらと消滅していく。 俺はせめてこれからどうなるのか確認しておきたかったので、 「おい! これからどうなるのか、冥土のみやげかどうかは知らんが教えてくれても良いだろ!?」 「もうすぐわかるわよ。もうすぐね♪」 朝倉はいつもの笑みのまま消えていってしまった。 ちっ、これ以上の情報を得るのは無理だったか。しかし、機関が情報統合思念体にストップをかけているという事実は かなり大きな収穫だ。 俺はすぐに携帯電話を取り出し、ハルヒへつなぐ。 ……ハルヒ。まだ機関に絶望するのは早いぞ。古泉たちは思った以上にやってくれるかも知れないんだ。 ◇◇◇◇ ハルヒは旧館の一つの部室から呆然と外の様子を眺めていた。 外はマスコミも駆けつけてきたのか、報道のヘリを含めてますます喧噪に包まれている。 俺は携帯でここにいることを知らされ、ここにやって来た。もちろん、ハルヒにリセット中止――最悪でも様子見に してくれというために。 「で、そんなにあわててどうしたってのよ」 「中止しろ!」 「は?」 息が切れているせいで端的な発言しかできん。とにかく何でも良いから止めさせないと。 俺はぐっとハルヒの肩をつかみ、顔を寄せて、 「リセットだ! もうちょっと待ってくれ!」 「……理由は?」 半目でうさんくさそうなハルヒの表情だったが、俺は構わず続ける。 「朝倉と接触した。どうやら、情報統合思念体と機関が何かの交渉を行っているみたいなんだよ! 旨くすれば、お前が力を自覚していることがばれてもどうにかなるかもしれないぞ!」 「だから、この惨状を受け入れろって言うわけ?」 ハルヒがばっと窓から校舎の惨状を示すように指を向けた。そこには未だ回収されない動かない生徒の姿や 血まみれの廊下・教室、粉砕された校舎の一部……爆撃を受けた後の状態の学校が広がっている。 俺は手を振りながら、 「それはわかっている。こんな状態で放っておけるわけがないからな。だが、せめて機関が情報統合思念体にどういう影響を 与えるのか、その確認をした後でも十分だろ? もう少し待ってくれ、頼む!」 必死の説得。このままこの状態を続けるのは俺もはっきり言って嫌だし、リセットはむしろ望むところだ。 しかし――しかしだ。このまま終わりにしても何の成果もないのは事実。だったら、せめて機関がどう動くのかだけは 見極めておきたい。機関の主流はハルヒの平穏無事な一生にある。ならば、きっと力の自覚後も同様の状態を 維持しようとするはずなんだ。そうに決まっている。 それであれば、確認後にリセットをして今度はこの惨劇が起きないようにすれば良いだけ。答えは目の前にあると言っていい。 だが、ハルヒはなぜか納得しようとしなかった。じっと疑惑の目を俺に向け続けている。そして言う。 「まあ、あんたに言われなくてもリセットはしばらくするつもりはなかったわよ。あたしのことを知ったはずの情報統合思念体が 動きを見せないから。何でかと思えば、機関って連中が何かたくらんでいるって訳ね」 「古泉も呼び出しを受けていたし、もうすぐ何かの動きがあると思うぞ。それから――」 「……あのさ、キョン」 ハルヒはいつになく真剣――いや、まるで子供に説教するかのような目つきで俺を見つめた。 俺はその視線に自分の口が完全に塞がれた気分になる。 そして、ハルヒは言った。 「あんた、一体誰を見てそう思っているの?」 「誰って……そりゃ機関、いや古泉だな。あいつらの目的は昨日話したとおり俺の世界と同じだったから違いはないはずだ」 「でも違うわ。ここはあんたの世界とは違う」 ――ハルヒはすっと目を瞑り、俺を諭すように、 「あんたは今を見ていない。キョンが見ているのは、自分の脳内にいる古泉くんよ。その姿を見てきっとこう考えている、 こうしてくれる、そう思っている――いや、思いこんでいるだけじゃないの?」 「それは……」 ……反論できなかった。 俺は本当に古泉一樹という人間を把握しているのか? 元の世界では少なくともあいつの言動から見ても、 機関よりもSOS団を優先させるはずだ。 だが、この世界の古泉はどうだ? まだあってから数週間しか経っていないんだ―― ―――― ―――― 一瞬だっただろう。俺は何かが起こったことだけ理解できたが、それがなんなのかはさっぱりわからないまま、 床に突っ伏していた。辺りにはガラスが大量に飛び散り、部屋の中の備品はめちゃくちゃに散らかっている。 何だ? 何が起こった? すぐに俺の身体が誰かによって引き寄せられた。目の前にはハルヒのドアップが浮かぶ。 必死に何かを叫んでいるようだったが、俺の耳には何も届かなかった。それどころか、激しい頭痛とめまいが 視界を揺さぶり続け、意識を保つだけで精一杯の状況である。 ハルヒはすっと俺の額に指をつけ、眉間にしわを寄せた。何かのおまじない――いや情報操作か。 俺に対してそれを行おうとしているのか? ほどなくして、俺のめまい・頭痛が停止し聴覚も復活した。同時に、多数の花火のような爆発音が辺りに広がっていることに 気が付く。激しい断続的に続く地鳴りと揺れを感じることに、聴覚どころか感覚すら狂っていたことに気が付かされた。 俺の身体異常を一瞬にして直したのか。とんでもない奴だよ、ハルヒは。とりあえずありがとうと礼を言っておく…… 「そんなものいらない! それどころじゃない!」 ハルヒのつばが俺の顔にかかった。同時に背後の校舎の屋上が吹っ飛び、破片と爆風が俺のいる部屋に流れ込んできた。 ハルヒは俺をかばうように抱きかかえてそれから守ってくれる。 ここでようやく事態に気が付いた。また北高は何かからの攻撃を受けている。いや、爆発音の大小から考えて、 北高だけじゃない。もっと遠くも同様の爆発が起きているに違いない。 なんだってんだ! 「屋上に上がるわよ!」 そう言ってハルヒは俺の手を引いて走り出した。 旧館から校舎へ渡る途中、校舎二つのうち一つはさっきの爆発で完膚無きまで破壊されていたのが見える。 ハルヒはもう一つの校舎の屋上に向かっているのだろう。 途中通りかかった校庭では、大パニックが起きていた。逃げまどう生徒・保護者・マスコミ関係者を 警察や消防の人間が必死に逃げるように誘導していた。 だが、すでに校庭でも爆発が起きたらしく、ところどころクレーターができあがっていた。その周辺には 傷ついた人たちの姿もある。北高はこの地域では高台に位置するため、広がる街並みをある程度一望できたが、 やはりさっき感じていたとおり次々と爆発が発生して煙が立ち上っている。まるで戦争状態だった。 ハルヒはそんなことお構いなしに、校舎の階段を駆け上がった。俺はその引かれる手のままに走りながら 混乱を越えて錯乱の域に達していた。 古泉は機関の強硬派はすでに押さえ込んだかのようなことを言っていた。だったら今度の攻撃はないんだ? まだ機関強硬派の残党がいたのか? いや、いくらなんでも機関がそこまで無能だとは思わないし、 さっきの襲撃とは桁違いの規模の攻撃であることから、残党の仕業とは思えない。こんな事ができるなら 最初の攻撃時にやっているだろうからな。 屋上の扉を開け、ハルヒはそこの中心に飛び出した。体育系部活の運動もびっくりな無酸素無呼吸階段いっき登りに いい加減息の切れた俺は膝をついて肺をフル稼働させて酸素補給に努める。 一方のハルヒは少し肩で呼吸はしているが、休む気配は見せない。それどころか、すっと両手を広げて、 「全部食い止める!」 ハルヒの叫び。同時に俺から見える360度全方位の青空で無数の爆発が起きた。 もう展開について行けない。誰でも良いから今すぐ俺に状況を教えてくれ。 すぐハルヒは再度空に向かってにらみをきかせる。すると、また同じようにそこら中の空で爆発が起きる。 どうやら、ハルヒが攻撃を阻止しているらしい。ってことは、さっきからの大爆発は空から何かが飛んできているのか? 「砲撃よ! バカみたいに大量の砲弾が雨あられと降ってきているわ! 狙い先は北高だけじゃない、もうめちゃくちゃに 周辺の町全体に撃ち込まれているの!」 ハルヒの怒鳴り声と同時に、また空中爆発が大量発生した。なんてこった。本当に戦争じゃねぇか。 そんな国際法無視上等なことをやらかしているバカ野郎はどこのどいつなんだよ。 しばらくハルヒVS無差別砲撃戦が続く。俺はただオロオロするばかりで何もできない。 だが、この事態に対処できている人間なんてハルヒ以外にはいないだろう、校庭や学校周辺の人たちもパニックになって もう誰の誘導も指示も無視して四方八方に逃げている。逃げ場がどこなのかわからないのに、走らずにいられないみたいだ。 また空一面に爆発による火球が無数にできる。いかんいかん! どうすりゃいいんだ? そうだ、とにかくこの攻撃の意図はわからないが、これ以上人を巻き込むわけにはいかん。安全地帯を探して、 そこに誘導しないと。 「ハルヒ! 取り込み中だと思うが、安全な場所を探すことはできないのか!? 俺がここにいても仕方ないから、 教えてくれれば下の人たちをそっちに誘導するぞ!」 「今やっているわよ! ぎりぎりだから話しかけないで!」 また空に無数の爆発の花が開く。くそったれ、いい加減にしやがれ! どれだけの人の命を奪う気だ!? と、ここでハルヒは一瞬落胆するように、顔を下に向けた。だが、また砲弾が空に現れたのか、キッと顔をゆがめて それらを破壊する。 そして、絶望の色に染まった声で言った。 「安全地帯は……ないわ!」 「……なんだと!?」 どういうことだよ。 「北高を中心にして不可視遮断フィールドが展開されているのよ! 簡単に入ってこれるけど絶対に出れない空間、 あと外側から見ても別になにも変わっていないように見える状態になっている! 攻撃はその範囲内にくまなく加えられているわ! どこに逃げても無駄よ!」 そんな。じゃあただ黙って死ぬのを待つしかできないってのかよ。 いや待て。そんな芸当はいくら機関の超能力者でもできないはずだぞ。ならやっているのは情報統合思念体か? しかし、それにしては随分地球人類的手段を取っているように感じるが。 待て待て。そんなことを詮索している場合ではないんだ。今は何とか攻撃を避ける方法を見つけなければならない。 「だったら、攻撃の元を削げば良いんじゃないか!? 砲撃を受けているって言うなら、どこかに発射している奴らが いるって事だろ!? ならそっちを叩けばいい!」 「ええ、確かにいるわね。でも、それがどこだか教えてあげようか?」 俺の方に疲れ切った自虐的な笑みを浮かべるハルヒ。相当の疲労があるのか、顔中汗だくになり、 頬には髪の毛がまとわりついている。 「ここから数千キロ離れた砂漠地帯よ。恐らく演習場か何かでしょうね。きっと砲撃している連中もここに撃ち込んでいるとは 思っていないはずよ。SF映画のワープみたいに、砲弾だけが北高上空に転送されてきているんだから」 俺が愕然となった。数千キロ? 攻撃している連中はこの惨状を全く理解していない? 何を言っているんだ? もう訳がわからんぞ。それなら、ひたすら攻撃を防いでいることしかできねぇじゃねえか。 どうしようもなくなった俺だったが、それでも黙って指をくわえていることはできず、当てもなく周囲を見回した。 ハルヒのおかげで砲撃の着弾はなくなったが、パニックは収まらず逃げまどう群衆が見える。 ふと――完全に偶然だったが、もう一つの破壊された校舎の残骸を見ているときに、俺は人影を見た。 遠くだったのと日陰だったためただのシェルエットにしか見えなかったが、長細い筒のようなものをこちらに向けている。 とっさだった。それがなんなのかきっと普段映画の見過ぎだったのに加えて、辺り一面戦争映画モードだったのが 俺の判断を導いてくれたのだろう。ハルヒに体当たりしていた。 「――ちょっと何するのよキョ――!」 ハルヒの声の抗議は途中中断を余儀なくされた。なぜなら、体当たりのショックでハルヒの立っていた位置に 入れ替わった俺の右の二の腕辺りがちぎれ飛んだからだ。 自分の腕がなくなった瞬間、俺は痛みは全く感じなかった。全神経が麻痺し、腕に当たった猛烈な衝撃だけが身体を震わせる、 飛んでいく右腕はやたらとゆっくりと俺の後方に飛んでいった。野球の試合のウルトラスーパースロー映像みたいになめらかに。 「キョン!」 次の瞬間ハルヒが俺を抱きかかえた。同時に俺の右腕が元に戻っていることに気が付く。当然痛みも何もない。 またハルヒが治癒してくれたのか? 全く医者にでもなれば全世界の人間が救えるぞ。人口爆発は必死だけどな。 ってそんなのんきなことを考えている場合じゃねえ。 俺を助けるために、砲撃阻止を一旦中止したためか、北高一帯に無数の砲弾が降り注ぎ大地震のように校舎が揺さぶられた。 だが、憎らしいことに今やるべき事はそっちの阻止ではない。 「ハルヒ! 早く――!」 「わかってる!」 ハルヒは俺を抱えると、校舎の上を飛びはね回った。言っておくがただの喜劇でも運動でもないぞ。 俺の感覚が正しいなら、ハルヒが飛び跳ねた後1秒以内にそこに何か鋭利で高速なものが飛んで行っている。 つまり俺たちは今何者から銃撃を受けているって訳だ。 俺の体重なんて無視するかのようにハルヒは華麗にその銃撃を避け続けた。ただし、避けられているのは ハルヒの身体・洞察能力が素晴らしいだけであって、相手も的確に俺たちに銃弾を飛ばしてきている。 こいつじゃなければ全段命中は確実だろうな。 やがてハルヒは校舎と屋上の出入り口の前に移動した。続けて三発の銃弾が出入り口の壁に突き刺さりコンクリート片を 飛び散らせるが、ハルヒは動かない。どうやらここだと相手の位置から死角にはいるようだ。続いた三発の銃弾は ここから焦りを誘い移動させるための威嚇射撃だろう。相手は完璧なプロだな。それを見破るハルヒも大した奴だが。 ハルヒはさすがに体力の疲弊が激しいのか、しばらく胸を上下させて酸素補給に努めている。 その間にもまた砲撃がそこら中に加えられまくっているが、これではどうしようもない。 「とにかく、狙撃している奴の始末が先決ね……」 一旦大きく深呼吸をして、酸素補給を強制終了させたハルヒは死角からでないように辺りの様子を探る。 相手は何者なんだ? この状況でハルヒを狙って攻撃してくる以上、砲撃を行っている奴と同じ連中だろうが。 ふとハルヒはぱんと手を叩く。同時に周囲に空中モニターっぽいものが映し出された。それらには黒ずくめ――特殊部隊とか ああいう格好をした連中が10人くらい映し出されている。全員、手に銃を持ち何かの指示を出し合っていた。 手際よく無駄のないその動きは、やはりプロそのものだ。 「あっ……!」 その中の一人の顔を見て、俺は思わず声を上げてしまった。年齢の読みづらい美人女性。格好は軍隊でもあの顔だけは 変わるわけがない。森さんだった。 ハルヒはそんな俺を見逃さない。すぐに問いつめてきた。 「どうやら知っている人がいるみたいね。今はあんたの主張なんて聞いている暇はないからとっとと教えて」 「ああ、古泉の同僚って言っていた人だよ……俺の世界での話だがな。ちくしょう!」 俺は屋上の床を拳で殴りつける。 森さんは古泉と同僚、そして古泉は機関の主流派に属しているはずだ。ってことは森さんも主流派であると考えていいわけで、 彼女が襲撃に荷担していると言うことは、今無差別大規模攻撃+狙撃を行っているのは機関主流派ってことになる。 どういうわけだ。あれだけハルヒの平穏を望んでいたのに、何でこんな事をしている……! 「全部片づけてくるわ。あんなのがうろちょろしているとこっちもやりづらいから」 「…………」 俺はハルヒがその超人的な力で屋上から襲撃者に向かって飛びかかっていくのを止めるどころか、言葉一つ吐けなかった。 主流派の攻撃。機関はハルヒの排除を決断した。この事実は確定した。 ……なぜだ? なんでだ? ほどなくして、銃撃戦が階下で始まる。激しい銃声と小さな爆発音があちこちで起こり、ハルヒと機関の激しい戦いが 容易に想像できた。 砲撃は相変わらず激しく続き、街の大半が廃墟に変わろうとしている。 俺はもうするべき事も、したいことも思いつかず呆然としているだけだった。 十分程度立ったぐらいだろうか。軽い足取りで誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ハルヒか? だが、屋上の入り口に現れたのは、黒ずくめの襲撃者一人だった。すぐに俺の姿を見つけると、手にした短銃を俺に向け 立つように声をかけてきた。 その声にも聞き覚えがある。 「新川……さんですか?」 少し老いているが力強く威圧感のある声。あの執事を演じていた新川さんのものだ。 だが、初めてあったはずの俺の問いかけに動揺一つ見せることなく、さらに立て!と叫ぶ。俺はどうすることもできず、 両手を上げて立ち上がり…… 次の瞬間、新川さんは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。その背後からハルヒの姿が現れる。 その手には一人の北高制服の人間が抱えられていた。 ハルヒは新川さんをまるで粗大ゴミでも投げ捨てるように、蹴り飛ばし離れたところに追いやった。 さらに脇に抱えていた人間を俺の方にぞんざいに投げつけてくる。 「邪魔者は全部排除してきたわよ。ついでにこいつもいたから拾ってきた。言いたいことがあるなら今の内に言っておきなさい。 ついでに使えそうな情報を持っていれば聞き出しておいて。あたしはまた砲撃阻止に入るから」 「……やあどうも」 それは古泉だった。俺は自分の意思よりも先に感情でそいつの頬を思いっきりぶん殴る。 その勢いそのままに胸ぐらをつかみ上げ、 「おい! これは一体どういう事だ! 今すぐわかりやすく説明しろ! でなきゃ屋上から突き落としてやる!」 「…………」 俺の脅迫に古泉は黙ったままなぜか腕に付けている時計をちらりと見た。俺はその態度に苛立ちを募らせ、 さらに数回同じ言葉とともに、古泉の身体を揺さぶる。今更何を隠し事しようってんだ。 やがて古泉は観念したようなため息を吐いて、 「……機関は決断しました。涼宮さんの排除をね」 「なんでだ? お前らはハルヒが何の変哲もなく一生を過ごすことを望んでいたんじゃないのかよ!」 「そうです。その通りです。しかし、それは手段であって目的ではありません。目的を達成するための条件が変化した場合、 手段は変化します。当然のことだと思いますが」 「目的? ならお前らにとってハルヒは手段に過ぎない――」 俺は自分で言っていて気が付いた。そうだ。その通りだ。機関にとってはハルヒは手段でしかない。 俺の世界でもここの世界でも、機関の目的は世界の安定 ハルヒが明るい笑顔で過ごせる毎日を作ることはそのために必要だった――これは目的を実現するための手段だ。 だが、目的は変わらなかったが、ハルヒの力の自覚という状況が変化した。これにより、情報統合思念体はハルヒの排除に動く。 おっとハルヒだけではなく、この地球そのものを滅ぼすって事が重要だ。つまりハルヒの存在は、世界の安定には貢献しない。 むしろ害をなすものへと変わってしまった。なら手段は変わる。 「情報統合思念体――TFEI端末はこう言いました。涼宮さんが力を自覚した。だからこの星ごと抹消すると。 ですが、そんなことをされるのは勘弁願いたい。機関の主流派――いえ、機関全ての人間の意識は固まりました。 涼宮さんを排除して、情報統合思念体にはそれでこの星の破壊だけはやめてもらう。機関は情報統合思念体の役割の肩代わりを 申し出たんですよ」 その方法ってのがこの無差別砲撃とハルヒの暗殺か。 「ええ、その通りです。この星の抹消だけはどんな手段を使っても阻止しなければなりません。だから、機関が代わりに 涼宮さんとその影響下にある人間を抹殺するんです。幸い情報統合思念体はそれでも構わないと言ってくれたようですね。 ならば迷う必要なんてありません」 「影響のある人間……だと?」 「そうです。涼宮さんは無自覚かどうかは知りませんが、周辺の人に何らかの影響を与え続けています。 身近な例を挙げるなら、ほらちょうどここにいいサンプルがいるじゃありませんか」 古泉は両手を上げて自分をアピールした。ああ、なるほどな。ハルヒの影響を受けた人間――つまり超能力者もそれに 含まれるって訳だ。もちろん、俺の世界でいたあの中河のように、何だかしらんうちに影響を受けていた例もあるだろう。 情報統合思念体はハルヒだけに飽きたらず、そう言った人たちまで消さなきゃ気がすまんのか。 ……まさかそのために地球ごと抹殺しようとしているのか? 古泉はやれやれと手を振って、 「その通りです。もともと彼らにとって僕たち地球人類なんて大した価値を持っていないのでしょう。 逆に危険性が認められれば、一律削除が容易に可能と言うことです。そこまでする必要があるかどうかなんて考えずに、 全ての危険性を排除するために全人類の抹消を行うんです」 呆れてものも言えん。情報統合思念体ってのはそこまで冷酷非道なバカ野郎どもだったのか。 で、地球全滅だけは避けたいから、せめてハルヒ+その周辺の一般市民丸ごと虐殺で手を打ちませんか?って機関が 提案したんだな? ……もう一発ぶん殴って良いか? 「それは勘弁していただきたいですね。それにあなたは機関の決断に反発しているようですが、他に選択肢があったとでも いうつもりでしょうか? 機関は最悪の事態をさけるために、必死の思いでこの苦行を行っているんですよ?」 「こんな行為を受けいれられるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでね……!」 古泉と俺のやり取りの間も、ハルヒは必死に砲撃を全て食い止めていた。だが、北高周辺から出れないのであれば、 こんな水際阻止を続けていても何の意味もない。ハルヒの体力もどこまで持つかわからないしな。 だが。 古泉――機関の決断とやらに、俺は反論できる材料は持っていない。あるのは世界のリセットだけだが、 それをばらすわけにも行かないのだ。そもそもそれは機関の世界の安定という目的とは明らかに乖離しているわけだし。 なら……どうすればいい? ………… ………… くそっ…… くそ、ちくしょうっ! 俺の無力さと頭の悪さを今ほど嘆いた時はない。 何も思いつかない。 逆に俺がハルヒとは何にも関わっていなかった場合、迷った上で人類全滅よりかは限定的大虐殺の方がマシだと 判断しちまいそうだ。 古泉は胸ぐらをつかんだままだった俺の腕を引き離すと、その場に力なく座り込む。 「いい加減、諦めたらどうですか? ここで仮に機関の攻撃をなんとかできたとしても、次に待っているのは 情報統合思念体による人類抹殺ですよ? どうやっても無駄なんです……何をやっても防ぎようがありません……」 完全に諦めモードか。ん、ちょっと待った。 「おい古泉。さっきハルヒの影響を受けた人間は全て抹殺って言っていたよな? それってお前も含まれるんじゃないか? それでいいのかよっ!?」 俺の指摘に古泉はすっと顔を下に向けて、 「機関からはあとで回収するって言われていたんですけどねぇ……。予定時刻はとっくに過ぎているんですが、 全くその気配はありません。これは担がれたと見るべきでしょう。僕もその抹殺対象リストにきっちり含まれていたと」 「お前……」 こいつも結局巻き込まれただけって事かよ。どっちかというと被害者か。そして―― 「あんたのやったことはいたずらに他人を巻き込んだだけだったってことよ」 ハルヒから図星を付かれる。 俺は全力で否定したくなったが、何も口が動かなかった。内心ではそうだと受け入れているからだろう。 疲れ切った足の重みに耐えきれず、俺も古泉の横に座り、 「すまねぇ……お前を巻き込じまって」 そんな俺の謝罪に古泉はその意味を理解できないようで、 「なぜあなたが謝るのでしょうか? どちらかというと僕の方があなたを巻き込んだようなものですよ?」 「違うんだ……それは違うんだよ、古泉……」 酷い脱力感。もう何もやる気がしない……なにも…… 「キョンっ!」 それを打ち破ったのはハルヒの一喝だった。見上げれば、ハルヒは仁王立ちで必死に砲撃の阻止に努めている。 そうだ。俺は何を諦めているんだ? まだ俺にはやれることがある。いや、こうなった以上、やることは一つしかない。 ハルヒによるこの時間平面のリセット。 「そうよっ! でもそれにはちょっと時間と準備がかかるわ! とてもじゃないけどこの状況じゃできそうにない。 だから一旦落ち着かせる必要があるの! だから協力して!」 「だが、何をすりゃいいんだ!?」 俺の問いかけにハルヒは、古泉の方を指差し、 「確認するけど、この攻撃は情報統合思念体と機関が協力して行っている、でいいのよね!?」 「え、ええ……そうですが……それが……?」 古泉はきょとんとした表情で答える。何をしようとしているのかわからないのだろう。当然だが。 「でもまだ何か隠している。そうよね!」 この指摘に古泉の表情が一変した。何だと? この状況下で一体古泉は何を隠しているってんだ。 ハルヒは続ける。 「こんな攻撃を続けていても、効率が悪い上に住民全部を抹殺なんて不可能だわ! だったら、これには別の意図があるってことよ! あたしの勘では、ただの陽動! 本当の攻撃手段は別にあるはずだわ! それにわざわざ外部と遮断して、さらに外側からはこの惨状が見えないようにしている! これには絶対に意図があるはず!」 「……どういうことだ、古泉!」 俺は再び古泉の胸ぐらをつかみ上げる。 もう俺の腹は決まった。ハルヒの時間平面のリセットを実行する。そのためには、これ以上の邪魔を入れるわけにはいかない。 古泉の顔は答えるべきか迷っているように見える。とにかく吐かせるしかない。 俺は何度も答えを求めて古泉に問いつめるが、一向に口を割ろうとしない。そんな中、ふと気が付く。 古泉がまだ時計を気にしていることに。迎えの予定時間は過ぎたって言うのに、今更何を…… 「そうか。この先に何かが起きるんだな? それも一瞬にしてお前らの手段を実現できる方法ってやつが!」 「……くっ」 これを指摘して、古泉はようやく勘弁したらしい。苦渋のうめきを漏らしつつ、 「考えてみてください。突然、街一つが消滅するような事態が起きれば、世界の人たちはその原因を知りたいと思いますよね?」 「ああ、そうだな」 「だから、納得できる理由が必要なんですよ。なぜこの惨劇が起きたのか、少なくても表面的な理由が」 俺は回りくどい古泉の説明に苛立ち、一発頬をぶん殴ると、 「それは何だと聞いているんだ! とっとと答えやがれ!」 「核ですよ」 古泉の回答は俺の脳内に激しくこだました。 核。核って核兵器のことだろ? あの大量破壊兵器。あれを使って町ごと吹っ飛ばす気か!? だが、ハルヒは意外と落ち着いた様子で、 「そんなことだろうと思ったわ。この砲撃はあたしを誘い出すための補強策って訳ね。この攻撃の阻止に夢中になっている間に どかんとやってしまおうと。危うく引っかかるところだったわ」 「その……通りです。冷戦崩壊に伴って行方不明になっていた核弾頭を機関の方で保管していたんですよ。 こういった事態がいつ起こっても良いように。事前砲撃は周辺から見えるわけにはいきませんからね。 そのためにTFEI端末の力を借りています。そして、核でこの周囲を一掃後、全世界には核によるテロが発生したと 発表して――それで終わりです。ああ、起爆予定時刻はあと五分後、いまさら解除は不可能ですよ? 僕はどこに仕掛けられているのかも知りませんから聞き出そうとしても無駄です。例え解除できたとしても、 次に待っているのは人類滅亡ですから余り推奨もできません。ハハハハ……」 古泉の表情は自暴自棄になっていることを伺わせた。そりゃそうだ。もうすぐ自分は死ぬんだからな。 もう何もかもぶちまけてやけくそになってしまいたいのだろう。 だが、礼を言うぞ。これでリセットのチャンスができた。 「ハルヒ! 五分でできるのか!?」 「十分よ!」 ハルヒは目を閉じて意識の集中に入る。情報操作――時間平面のリセット。現状、俺たちができることはこれしかなくなった。 古泉は状況が変わったことに感づいたのか、 「な、何をする気なんですか!? さっきも言いましたが、万一これを乗り切ったとしてもさっき言ったとおり……」 「古泉」 俺はうろたえる古泉の肩をつかんで顔を寄せる。 「まず謝る。巻き込んで済まなかった。お前をこんな目に遭わせたのは、ハルヒじゃなくて俺だ。 俺がそうハルヒにやれっていったんだからな。だから憎むなら俺を憎んでくれ」 「何を言って……」 時間がない。古泉の言葉なんて聞いている暇はないので一方的に続ける。 「その上で確認したい。お前はハルヒや俺と出会って過ごした日々はどうだった? 嫌々続けていたのか、それとも 機関の仕事だからと言う理由で無機質に付き合っていただけか?」 「……いえ。この際だから本音でしゃべらせてもらいますが――その間は自分の仕事も忘れるぐらいに楽しかったです。 いっそそのまま何も考えることなく、あなたや涼宮さんと一緒に楽しく過ごせたらなと思ったほどでした」 それだ、それが確認したかった。 同時に俺はハルヒの方へ振り返り、 「おい、ハルヒ! お前はどうだった? この数週間楽しかったか!?」 ハルヒはしばし考えたのかワンテンポ遅れて、眉をひそめたまま、 「ええ! そうよ! 久しぶりに楽しく過ごせたわ!」 そう言い返してきた。不満が篭もったようないいっぷりだったが、こないだ聞いた話から考えて本音と見て良いだろう。 俺もそうさ。SOS団のある元の世界に比べれば、1割にも満たない満足度だが、決してつまらない日々じゃなかったぞ。 再度古泉を向かって、 「約束させてくれ。絶対にこの罪滅ぼしはさせてもらう。俺の世界じゃ、お前――機関とも仲良くやっていたからな。 この世界も絶対にお前やその他もろもろがハルヒを一緒に笑って過ごせるものにしてやる。絶対の約束だ!」 俺の断言に、古泉は唖然と口を開いたまま言う。 「あなたは……一体誰なんですか?」 俺か? 俺はな…… 「俺はお前や宇宙人――情報統合思念体や未来人が一緒に仲良く共存している世界からやって来た異世界人さ」 そう宣言したとたん、ハルヒを中心に猛烈な強風が吹き始める。 いったんはさよならだ、古泉…… 世界が暗転し、俺の意識も闇へと落ちていった―― ◇◇◇◇ どのくらいの時間が経ったのだろうか。俺はひんやりとした床が方に当たっていることに気が付く。 目を開けてみれば視界に広がるのは、あの灰色の部屋、そしてどこに出もあるような教室の床。 そうか。リセットをかけてここに戻ってきたのか。ハルヒが潜伏場所にしている時間平面の狭間とやらに。 俺はゆっくりと起き上がった。 ふと気が付く。ハルヒが団長席――俺の世界ではだ――に突っ伏して眠っていることに。俺が起きたことに全く気が付かず、 可愛らしい寝息を立て眠りこけていた。あれだけの大仕事を一人でこなしていたんだから、疲れて当然か。 風邪を引くのかどうかわからんが、念のため制服の上着をハルヒの上に掛けてやった。 俺はパイプ椅子に座り考える。 結局の所、機関を作った世界は失敗に終わってしまった。これは認めなければならない。 しかし、古泉を俺たちの仲間内に引き込んだことは間違いじゃなかった。ただ時間がなかっただけで、 もっと時をかけて信頼を醸成していけば、必ず良い関係が築ける。 ――待っていろ古泉。絶対に楽しい日常が続く世界を作り上げてお前を仲間に引き入れてやるからな。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5004.html
「ねえあんたたちっ! みゆきちゃん見なかった!? こっちの方に飛んできたはずなんだけど……」 「いや知らんが、ハルヒよ。あんまり着物姿で走り回らないほうがいいと思うぞ。折角鶴屋さんの家の人から綺麗に着付けて貰ってるんだ。着物だって借り物なんだし、鬼ごっこが出来る程ここが広大だからといって早速始めちゃダメだろ」 「そんなのやるわけないでしょ! みゆきちゃん、着替え中に髪留めを取るのを渋って逃げちゃったのよ。どこ行ったのかしら……」 桃色の振袖を着飾るハルヒは、八重桜の下で座ってでもいればこれ以上ないほどの美麗な風貌を見せているのだが……やはりと言うべきか、こいつは裾をまくって鶴屋さん宅の廊下を跳ね回っている。 「涼宮さんらしくて良いではありませんか。ああやって快活な姿を見せていてくれるほうが、こちらとしても心が安らぎます。それに……」 古泉は俺に笑顔を向けると、 「異世界の問題も、無事に解決したことですしね」 ……現在、俺たちは鶴屋さん宅での俳句大会を終えて、どうせなら八重桜を背景にみんなで記念写真を撮っておこうというハルヒの提案と鶴屋さんの同意によって始まった女性陣の和装への着替えを、男性陣が待つという形になっている。 つまり今はゴールデンウィーク真っ最中であり、こうやって俺たちが平穏無事に今日を過ごせているのは、当たり前なことだが世界がちゃんと正気を保っているからだ それは俺たちの行動によって異世界の問題がちゃんと解消されているからに他ならないが、それについて語る前にまず、俺が今日ここに来て知った二つの驚きの事実について話しておこう。 一つ目は、鶴屋家の秘密の蔵に壊れた亀型TPDDが保管されていたことだ。 それを見せられて驚きを隠せない俺と古泉を見ながら、ニヤニヤを隠せない上級生はこう言った。 「いやーごめんねっ! あたし実は知ってたんだ、みくると有希っ子の正体っ。あたしが中一のときだったかな? これがいきなり空からうちの庭に降ってきてさ、中から、みくると大人っぽい有希っ子が出てきたんだよ? あたしは宇宙人もなんも信じてなかったんだけど、流石にあの登場で自己紹介をされちゃった日にゃあ、いくら鶴にゃんでも信じざるをえないねっ! あやや、あのときはたまげたっ」 「……じゃあ鶴屋さんは、かなり前からその事実を知ってたんですね?」 「ま、そういうことになるかなっ。まこと申しわけないっ。んで、そこで二人から事情を聞いてさ、正体どころか今日までの話をあらかた聞かされてたんだっ。いやあ、無事に世界が続いてくれて良かったにょろ! こうなったってことは、キョンくんはあたしの質問に答えを出したってことだよね。宇宙人と未来人、どっちを選ぶかって話っ」 「ええ。そうなるんでしょうね」 あとで気付いたのだが、恐らくこの人は、その問題を俺に投げかけることによって自分にとって大事な人は誰かということを考えさせたかったのだ。素直じゃない俺を上手く手玉にとった、なんともひねくれた問題である。流石は鶴屋さんだと言わざるを得ない。 「にゃはは。結局キョンくんが選んだのはハルにゃんだったってことだよねっ。ラブレター見たよ、あっついあつい! 触ったらこっちまで火傷しそうさ!」 何故あの手紙の存在を知っているのかについては後回しにしておく。 「それにさ、驚いたって言えばまだまだあるんだ。二人が墜落して出てきたときなんだけど、どうやらみくるが操縦ミスしちゃったっぽくって、大人の有希っ子はそれはもう鬼のようにみくるを叱ってたにょろ! もうみくるは半泣きで、しかも大切な部品が別の時代に落ちちゃってさあ大変! そして、それを見ちゃったあたしに二人が協力を求めてきたってわけさ。ほんと、高校に入ってから二人に再会して、みくるはドジッ娘のまんまだったけど、有希っ子のあまりの大人しさには我が目を疑っちゃったよ! まるで別人さっ」 ああ、通りで最近長門と仲良くなってきた朝比奈さんが、大人になるとまた長門を恐れてしまっていたわけだ。それに、未来の長門はそんなに饒舌なのだろうか? 俺のイマジネーション能力では皆目見当もつかないので、是非一度見てみたい気がする。そして、そのときに紛失した部品があの金属棒だったってわけだな。 続く二つ目の事実なのだが、それは谷口と周防九曜が知り合いであり、しかもクリスマス前に谷口が付き合ったと言っていた相手が、なんとこの周防九曜だったという話だ。 また、谷口は人違いだったというおマヌケな理由で振られちまったんだそうな。 まさか周防九曜は俺と谷口を間違えたなんて言うんじゃなかろうなと思いきや残念ながらそうだったため、谷口のどこが俺に似ているんだと当然の抗議を申し立てたとき、古泉は「いえ、お二人には実に良く似た部分がおありですよ。だから中学生の涼宮さんも………と、これは秘密です」などと、どうやら谷口もハルヒに告白をしていたということを匂わせるような発言をした。ま、別に聞かなくてもいいことさ。 と、ここでも一つ疑問が生じたと思うので説明しておく。 今回の鶴屋家主催花見俳句大会、実は参加者がSOS団以外にも佐々木たちや俺の妹、そしてミヨキチやハカセ君に至るまでSOS団関係者のほぼ全員が集合してしまっているという様相を呈しているのだ。 谷口と周防九曜が運悪く鉢合わせたことやこのイベントの参加者がこれだけの数に肥大化したことにも驚きを隠せないが、それを容易に許容できる鶴屋家の敷地面積と二つの意味での懐の深さにもあらためて一驚を禁じ得ない。 まあ、ここにやってくる繋がりとして他のメンバーはなんとなく分かるとして、佐々木たちがここに参加しているのは、会誌を仕上げた土曜日の次の日、世界の運命を分ける日であった日曜日にSOS団と鉢合わせたからだ。異世界の問題については、ここから説明を始めよう。 異世界ではそこでハルヒが俺たちの正体に気付いたことによって、みんなの記憶が失われてしまった。 しかしそれは今回の詩集、SOS団の面々が自分自身を題材にしたポエムを朝比奈みゆきが異世界にもたらしたことがキッカケとなって異世界は正気を取り戻した。 そうやって全てを知った異世界の俺たちは、こちらの世界に同期する道を選んだと聞いている。 その選択はSOS団団員のみんなが全てを団長に一任して導き出されたものらしい。 つまり異世界の俺たちはハルヒに全てを打ち明け、その上で、分裂した世界のこれからをどうするのかハルヒ自身の意思に委ねたというわけだ。 そしてあいつはこちらの世界を選び、分かたれた世界を一つにした。 俺には、どうしてハルヒがその選択をしたのかわかる。 非日常が日常になり、その身に過ぎた力があるのを知ってしまったとき……ハルヒはなんと答えるのか。 ――SOS団。涼宮ハルヒと俺たちの冒険は、本当が嘘になる世界で不思議を見つけることが目的じゃない。普通でも普通じゃない日々の中で、気の向くままに遊んでいるのがSOS団であり、ハルヒの……俺たちの望みなんだ。 そう思ったとき。 鏡の世界から投げられたハルヒの願いを、俺は確かに受け取った気がした。 ……とまあ、今回ハルヒが書いたポエムにも、それを感じさせるような言葉があったんだがな。 俺のポエムを見た後にハルヒが書いた、答えはいつもあたしの胸に、から始まる詩の中に。 そしてこちらの世界の日曜日では、俺たちは土曜日に中止となった不思議探索を通常営業で行った。 そこでばったり出会った佐々木たちをハルヒが俳句大会に誘ったのを発端に、続々と参加者が増えていったという次第なのである。 うん。今日までの流れの説明としてはこんなものだろう。 しかしまあ、佐々木と橘と周防九曜は分かるとして、藤原がやってきたのは正直意外だったな。こいつはてっきりこっちの誘いを断ってくるものだと思ってたよ。 「ふん。この国の文化に触れておくのも、僕のこれからの任務において有意義だと思ったんでね。たまには予定表にない行動をしてみるのも悪くはないよ」 「未来人の任務……これは僕の予想にしか過ぎませんが、もしかして貴方は、日本書紀を作成して聖徳太子という虚構の人物を作り出すのではないですか?」 女性陣の着替えを待機している男共が軒を連ねているあまり面白くない風景で、古泉が藤原に言う。こいつらの隣に並ぶというのもなんて居心地が悪いことなんだと思いながら、 「なんだそりゃ。つまり、聖徳太子はいなかったとでも言うのか?」 こくりと古泉。そして人差し指を立てながら、 「ええ。日本書紀でその存在が語られている聖徳太子が実は存在しなかったというのは、最近世間にも周知されてきている事実です。僕はね、このように往々にして歴史書が実際の事実と違っているのは、実はそれが未来人によって作成されていたものだったからなのではないかと想像してしまうんです。こういった方法であれば直接的にその時代を変えることなく、それからの未来を導いていけますからね。実際に聖徳太子という人物の存在は、現代の僕たちを形作る上で重要な影響をあたえていますから」 古泉の台詞に、ぷいと顔を背ける藤原。古泉は、藤原不比等がどうたらと話を続けていたかと思いきや「それよりも」と藤原の視線を自分に向けさせると、「あなたには、色々と伺いたいことがあるのですが」 藤原は溜息をつくように、 「彼女から聞いているよ。というより、全てを知らされたと言うべきか。……まさか朝比奈みくるの組織も長門と繋がっていたとはね」 「どういうことだ?」と俺が聞くと、 「長門は、僕の組織と彼女の組織を統制することによって世界を両側面から回していたのさ。僕の組織の方がどちらかといえば表で、彼女の方が裏になる。だから、こちらの方が朝比奈みくるたちよりも知らされている情報が少なかったんだ。……だが、その真実を知ったからといって、僕たちはこれまでの行動意義を疑ったりはしないよ。全ての行動が自らの意思によってなされたことに変わりはないんだ」 「その思想は《機関》の理念にも通ずるところがありますね」 そりゃ何なんだ、と聞くと古泉は遠い目をして、 「……目の前に続くこの道を、我々は自らの意思で歩いていくのだろうか、はたまた見知らぬ者の意思によって歩かされるだけに過ぎないのか――。人はその疑念を抱いた瞬間に、自身の立っている場所すら見失ってしまうことがある。しかしそれは、過去を振り返ってその道に不安を抱いた者が陥る自縄自縛の考えでしかないのです。他人の駒になってしまうことは忌避したいものですが、それを気にしてばかりいて、己が立ち止まっていることに気付かないというのは輪をかけて愚かしい行為だ。だから、僕たちはいつだって自分の意思をもって前に進むことを忘れてはならないのですよ。他の者の意思など、実は何の関係もないのです。自分の足を進めることが出来るのは、自身の意思の力以外には存在しないのですからね」 「つまり、いつだってやれることをやるだけってことか?」 「その通りです。それこそが真実に至る唯一の方法であり、また、あなたの生き様でもありますね」 これは素晴しいことです、と古泉。俺は別にそんな高尚な考えで動いているわけじゃないんだがな。出来ることしかしないだけなんだ。 「それは簡単なようでいて相当難しいことなのですよ。己に出来得ることを見極め、それを実行に移す。これは見極めるというだけでも至難の技だというのに、あなたの場合はほぼ直感的にそれを理解、行動し、その姿勢をいついかなるときも崩さない。良くも悪くも理詰めの考え方しか出来ない僕からすれば、あなたの真実を見る能力は天才的で驚嘆に値します。だから僕は、あなたには敵わないなと思うのですよ」 あんまり褒められても気味が悪いだけでしかないぜ。それにおだてられたからといって、俺がお前に敵うなんて勘違いはしない程には客観的に自分を判断する力は持ってるつもりだ。 俺たちの会話を黙したまま聞いていた藤原はチラリと古泉を見やると、 「……そこまで考えが及ぶなら、僕がキミに話すことはないんじゃないのか?」 「そうですね、あなたがもたらしてくれた理論のおかげであらかたの予想は立っています。涼宮さんの情報創造能力の正体、そして未来組織の正体についてもね。こちらから話をして様子を伺ったほうがいいのならそうさせて頂きますが」 「どの道僕が言えないこともある。キミの推論を聞いているほうが良さそうだな」 「ではまず、僕の考える情報創造能力の正体についてお話しましょう」 すると古泉は俺に、今度は四本の指を立てて見せ、 「この物質世界の物理法則は、複数の『力』によって支配されてます。それらの力は宇宙開闢の際一つの力だったものが分化して形成されたものだと推察され、これらの力が元々一つであったなら、その全てを統合し、宇宙の仕組みを統一的な原理から考えられるのではないかといった試みがなされているのですが……現在はその全ての力を統一しようとする理論の《超大統一理論》は実証されていません。が、そこで涼宮さんの時空改変能力の登場です。彼女が世界を『箱』から『紙』に変えたことによって次元の性質、つまり世界に内包されていた『力』が統合され、あの情報創造能力が発生しています。このように、世界の入れ物を変えることによって中身を統一させるという理論が涼宮さんによる《超大統一理論》であり、それは能力の発現により実証も得ている。つまり彼女に備えられた神の力の正体は、宇宙の始まりに存在し、僕たちの世界の全てを創造した『大いなる力』だったというわけですね」 まさか、あの唐変木な力にそんな正体があったなんて想像もしなかったよ。単に無茶苦茶なだけだと思ってたからな。 「なんだ。じゃあハルヒは、その力を発生させるために時空を改……」 と言いかけたところで俺は理解した。 そうか。ここでもやっぱりハルヒは力が欲しかったんじゃない。 あいつが時空を改変した理由は、小説誌に書いたハルヒの時間平面理論に関する論文が全てを語っている。 SOS団を恒久的に存続させるための方程式。 つまり俺たちと出会うことを望んだあの小さいハルヒが、SOS団でいつまでも過ごしていけるような世界を夢見て、それが時空の改変に繋がったのだろう。《あの日》に出会った俺が『鍵』となって、ハルヒは次元の箱を開いてしまったんだな。 すると古泉は遠い目をして、 「……実を言うと僕は、機関に限らず、SOS団にもいつか終わりの日はやってくると思っていたんですよ。本音を言うと今回の事件でそうなるのではないかと。……でも、そうではなかった。物語を構成する起承転結において『結』とも言えるあの出来事を通して、逆に僕たちは一つになることが出来たんです。――ここで僕は考えてしまうんですよ。ひょっとしてSOS団には、終わりなどないのではないかとね」 「……それはそれで怖い感じもするが、その理由はなんなんだ?」 古泉は微笑み、 「――SOS団が『結』を迎えたとき、そこには『団結』という言葉が形作られるからです。現に《機関》は、これから長門さんを始めとして情報統合思念体と共に歩むことに決めました。個人ではなく組織としてであれば、悠久の時を生きる長門さんをずっとサポートしていくことが可能ですからね。そして未来の《機関》こそ、朝比奈みくるさんや藤原さんの所属する組織、時間の流れの外側に身を置く時空管理局となるのでしょう。これから《機関》はそのように形態を変えていくからこそ、未来の理論も伝えられたのではないかと」 ……今まで散々話を聞かされてきたが、『団結』ね。まさか最後をそんな適当な話で締めてくるとはな。脱力せざるをえないぜ。 「そうですか? 終わりの話としては相応しいかと。それに僕は、この理論が一番好きですよ」 ふん、と俺が鼻を鳴らすと、藤原は話が終わったのを見計らったように、 「ところで古泉一樹。あんたは長門をどう思ってるんだ? 彼女といつまでも一緒にいたいだとか、そういうことは思っていないのか?」 いきなり藤原は何を言い出すんだろうか。たまらず俺は古泉に目を配る。 「流石に僕には、ずっと長門さんの傍にいるなんてことは出来ませんよ」 その言葉の意味はなんだと問いただしてやろうかと思ったが、古泉は間髪入れずに、 「ですが、そうですね……せめてこの命が続く限りは、彼女と共に過ごして行きたいものです」 そんなことを屈託のない笑み混じりに話していたとき、 「おわっ!? な、長門?」 「…………」 長門がいつの間にか俺たちの隣にちょこんと正座していた。 青紫色の着物に身を包んだ長門は、虚を突かれた古泉に視線を向けて首をこてんと傾けると、 「……古泉一樹」 そして言った。 「それは、プロポーズ?」 こいつはお前と一生添い遂げる覚悟みたいだしな。プロポーズなんじゃないか? 俺がそんなことを言うと古泉はやや困りながらもまんざらでもない反応を見せ、その姿を見ていた藤原は小憎らしい笑みを作り、 「ふん。せいぜい尻に敷かれないようにするんだな。僕が存在するためにも、頑張って欲しいと思っているよ」 「それは……」 古泉は微量の驚きを顔ににじませている。それは俺も右に同じだ。 まさか藤原は、長門と古泉の……? 「理論的には可能」 長門が淡々と口を開いた。 「ヒューマノイドインターフェースが行使する情報操作能力は、あくまでハードではなくソフトの問題。有機生命体としてのわたしの構成情報は人類のそれと同等であり、あなたたちとのあいだに生物学的な意味での差異はない。つまり、もしわたしと古泉一樹がセッ………………」 はい。テイクツー。 「わたしが普遍的な女性として生きることには、どんな弊害や支障も発生しない。唯一問題があるとすれば、相互間の精神的な問題だけ」 「じゃあ長門、お前は古泉のことをどう思ってるんだ?」 「…………」 じっと古泉の顔を見つめる長門。 「わからない。……でも、彼がわたしを守ってくれようとしてくれたことは知っている」 そして確かに、長門はにっこりと微笑んで言った。 「ありがとう」 もうおめでとうとしか言いようがないぜ古泉。これから頑張っていけば、なんとかなりそうな予感がするじゃないか。長門の笑顔を独り占めするなんて、うらやましいやつめ。 「あまりいじめないで欲しいな」 古泉は苦笑し、 「それになじり合いの勝負ならば、こちらには必勝のカードがあることをお忘れなく。組織の人間ではなく対等な友人関係としてであれば、追い詰められた僕がそのカードを切らないとは限りません」 なに言ってんだ。それはお前たちが血みどろの抗争をやってるってのが嘘だったことで相殺だ。言われなきゃわからんとはいえ、えらく無意味な嘘をついたもんだな。 「それ相応の苦労はしているつもりですよ。それに、組織には裏の顔があるほうが面白くはありませんか? 《機関》はそれこそ独占企業のようなもので、いわば敵なしの平穏そのものでしたからね。あなたの好みに合わせて、軽く色をつけてみただけです」 「そりゃお前の趣味だろうが。それに考えてみれば、一番の対抗組織だったであろう橘京子の組織とですら流血沙汰を起こしていた様子はなかったんだから、俺も気付くべきだったよ」 古泉は小さく笑い、 「それはうかつでしたね。ですが、そんな嘘を通すために当時敵対していた彼女たちと口裏あわせをするわけにもいきませんし、流石にそこまで安穏としていたわけではありませんから」 話を戻しましょう、と古泉は、 「長門さんとのことは正直戸惑っています。ですが……」 無表情を貼り付けている長門を見て、 「カマドウマ事件のとき、彼女に読書以外の趣味を教えるという件を後回しにしていたことを思い出しましたよ。そろそろ、それを考えるべき時期のようですね」 そう言いながら、古泉は流麗な笑みを長門に向ける。 俺が長門の表情に変化がないか凝視していると、 「もちろんそれはあなたもです。なんせ、あなたの方は既にラブレターまで渡しているのですから」 ここでネタ晴らしといこう。鶴屋さんやこいつがあの手紙の存在を知っている理由は、ある意味で俺の自業自得であり、ひとえにハルヒの暴挙のせいでもある。 思い出して欲しい。俺の書いたポエムは、本来機関紙に掲載されるためのものであったということを。ちなみに俺がそれを思い出したときは戦慄したね。 そう。ハルヒはあれをなんのてらいもなく無編集のまま機関紙に載せたのだ。 これはまさに俺の自業自得なのだが、ハルヒがあの内容をまんま載せた行為は暴挙だとも言えるんじゃなかろうか。 そうして俺のポエムは、機関紙の配布完了とともに全校生徒はおろか異世界にまで知れ渡ってしまったのである。 「……やれやれ」 俺はすべての憂鬱な事柄をこの一言で済ますことにした。人間諦めが肝心なのであり、ここで俺がまともに神経回路を繋いでしおうものなら、ひょっとして俺は空を飛べるんじゃないかと考え始めて暴走を開始するのは必死だからである。 「あ、キョン先輩。近くに涼宮先輩はいないですよね? フフ。この格好どうですか? 着物なんて初めて着ちゃいました」 物陰からぴょんと跳ねて朝比奈みゆきが姿を現した。エメラルドグリーンの着物姿をくるりと見せて微笑んでいるのは実に愛らしいのだが、いかんせんスマイルマークの髪留めが格好に似合っていない。 「むう。これはしょうがないんです。あたしすごいくせっ毛で、他の人にいじられるよりはこのまま留めておきたいんです」 そういうものなのかね、と思っていると、 「あなたに渡したいものがある。こっちに来て」 「ほえ?」 長門が朝比奈みゆきを呼びつけて渡したものは、髪飾りだった。 「それ、もしかしてあの金属棒のか?」 聞きながら品物を見てみると、それは透明なガラスで作られたような綺麗な雪の結晶だった。 「って、花じゃないじゃないか。雪には六花って呼び方もあるらしいが、花言葉なんてあるのか?」 すると藤原が、 「アイリス? ちょっと貸してくれ」 と長門から髪飾りを受け取り、それを陽にかざすと、 「アイリスの花言葉は『架け橋』だよ。それはアイリスという名前が、虹を意味しているからなんだ」 雪の結晶が光を受けて、藤原の顔にスペクトルが映し出される。長門はこくりと頷き、朝比奈みゆきを見つめて、 「あなたが平和な日常を送れるようになるためのお守り。出来るだけ身につけておいて欲しい」 そういうことかと思ったね。 朝比奈みゆきは、朝比奈さんが北校を卒業した後で北校に入学し、朝比奈さんの後釜としてSOS団に入ってくる予定らしい。学校でむやみに能力を使ってしまわないようにと考えた長門の配慮なのだろう。 そしてこの花言葉を選んだ理由は、朝比奈みゆきが思念体と人の仲を取り持つような生い立ちをしてきたからなのかもな。それに確かアイリスには、他の花言葉もあったような気がする。 「うわあ、とっても綺麗……。長門おねえちゃんありがとう! じゃあこれは代わりにあげちゃいます。あ、お揃いがいいな」 と言って、自分の髪留めを長門のと同じ形の雪の結晶に成形した。おいおい、誰か他のやつに見られやしなかっただろうな。 「僕も満足した。なぜか長門はこれを僕に触らせようとしなくてね。ほら、返すよ」 藤原が朝比奈みゆきに髪飾りを渡し、そしてみゆきの髪飾りを受け取った瞬間、パキン。という不穏な音が周囲に響く。 「あ」 藤原が髪飾りを掴み割ってしまったのを見て、全員が思わず声を出した。 長門は無駄のない動きでみゆき製髪飾りを藤原から掠め取ると、 「……あなたにはもう触らせてあげない」 「な……」 藤原は怪訝な顔をして、そういうことか、と呟く。 藤原と長門がそんなコントをしているとき、朝比奈さんがぱたぱたと近づいてきて、 「待たせちゃってごめんなさい。あ、長門さんとみゆきちゃんも一緒みたいで良かった。みんなの着替えが終わったからそろそろ写真を撮るみたいです。あそこの木の下に集合って言ってました」 朝比奈さんは、オレンジというよりは山吹色と表したほうが相応しい着物に身を包み、素人目からでも分かるその良質な作りの服は、それだけでいずれかの童話にナントカ姫として出てきそうな程彼女を引き立てていた。 と、この和服姿とは別に、俺は朝比奈さんの姿を見ていて一つ思うところがある。 今回の異世界騒動なのだが、タイミングが良いのか悪いのか、この朝比奈さんは《あの日》の裏で起きていたこの事件を知らないのだ。大人の朝比奈さんが知らなかったので当然なのだが、これはもしかして、小さい朝比奈さんの負担を減らそうという未来の長門の配慮だったのではないだろうか。朝比奈みゆきに髪飾りを譲ったり、あいつは自分のことよりも周りを優先させてしまう節がある。それを考えても、やはり俺たちが一緒に過ごせる時間のなかで、長門のために俺たちが伝えられることはすべて伝えて行きたいと切に思う。 それに未来では朝比奈さんも待っているし、みゆきだって藤原だっている。考えてみれば、俺の子孫とハルヒの子孫がそろえばSOS団が結成出来そうだよな。 出来れば、俺はそうなって欲しいと願いつつ。 「みんな集まったみたいね! じゃあ早速この色紙に未来へのメッセージを書いて頂戴。未来って言っても大人の自分にじゃなくて、遠未来の未来人に向けたものよっ」 「なんだ、タイムカプセルの準備はしてないみたいだが、しないのか?」 「気付いたんだけどね、タイムカプセルは自分たちで掘り起こすべきであるイベントなのよ。それにあたしたちの行動は未来にとって常識レベルの歴史になってるはずだし、あたしたちの生み出したものは石油並みに生活に必須なものとして使われているんじゃないかって思うわけ」 あながち間違いでもないことを揚々と言い切るハルヒは、 「だからタイムカプセルを残したところで、未来人にとってはあたしたちが石炭をお宝として見つけるようなもんでしょ? それより、SOS団からのありがたいメッセージがあったほうが喜ぶはずよ。ってことで、みんなで寄せ書きをしてそれを埋めようってことにしたの」 ふふんと誇らしげに胸を張る。なにが誇らしいのか俺には分からないが、良案なんじゃないか? なんてったって紙は安全だからな。奇怪なメカや珍妙な物体が長い間箱の中に入ってるよりましだ。 俺が将来このメッセージを掘り起こすであろう朝比奈さんたちの身を案じていると、くっくっと特徴的な笑い声が聞こえ、 「涼宮さんは面白いことを考えるね。この場に来てしまうのは正直気が引けたんだが、理由もなく断るような真似をしなくて正解だった。ほんとに楽しいね、ここは」 ハルヒも長門も朝比奈さんも相当に男の目を引っかけるのだが、俺の目はそれに少々慣れていたのかも知れない。 普段と変わらぬ口調と服装のアンバランスさが何らかの効果をもたらしているのか、緋色の着物姿の佐々木は文句なしに美人だった。 「ほら、佐々木さんに見とれてないで、あんたからまず書いちゃって。もし面白くないことを書いたりしようものなら、なにが面白かったのかをみんなの前で説明させるからね」 ぐっとくる台詞を言うじゃないか。なんせ、これが冗談じゃないっていうんだからな。 ここでの面白いとは何のことを言うのだろうと思いつつ、俺はハルヒから渡されたサインペンと色紙を構える。何を書こうか。 「そうだな……」 ここは一つ、未来のSOS団結成に足りない俺とハルヒの枠を埋めてもらって、あっちのほうでSOS団を結成してもらうように頼んでおくか。 俺はスラスラとペンを走らせて、その辺でアホな面を下げていた谷口へと色紙を手渡す。 すると谷口は「ぎょっ」というありえない悲鳴を出し、 「おいおい。ポエムの件に関しちゃあ俺も書くように言ってたからよ、たとえラブレターを読まされても文句は言わん。まさか本当に書いちまうとは思ってなかったが……。しかしだなキョンよ。こんなところでまでノロけられちゃあ流石に滅入るぜ?」 何を言ってるんだなんて言葉はお前には飽きるほど言ってきたと思うんだが。いい加減俺にも分かりやすく物事を話してくれると助かる。 「貸しなさい」とハルヒは色紙をひったくると、俺が書いたメッセージを見るやいなや顔を朱に染めて、 「……ばっ! あんた、なんてこと書いてんのよ!? バカじゃないの、このエロキョン!」 いやあ罵られている理由がまったくの不明であるがゆえに、こちらとしてはなんともリアクションがとれないぜ。 一体いま何が起きているのかを確認しようと、俺も再度自分の言葉を確認してみると、 「げ」 どうやらとんでもない齟齬が発生しているらしいということに気がついた。 「ち、違う! これはそういう意味じゃないんだって!」 「おや、ではどのような意味なのです? そのままの意味ではないのですか?」 小憎らしいスマイルを浮かべて俺をなじる古泉。さっきの仕返しをしてきやがるとは、お前も中々やるようになってきたじゃねえか。いいだろう、覚悟しろよ古泉? 今からお前が未だかつて見たことのないほど頭を下げて降参する男の姿を見せてやる。 そんなこんなを言いながら、全員が集合していることもあって、場内ははやしたてるように一気に騒がしくなった。が……。 俺は、自分の書いた言葉に対するみんなの誤認を強くは否定出来なかった。 一人の少女の憂鬱から始まった物語。 それはいつの間にか俺たちの物語となって、これから先の未来へと続いていく。 しかしまあ、俺はここらで、未来に向けた俺とハルヒのメッセージをもって長く続いたこの物語に一応の節目をつけておこうと思う。 まず、我らが誇るべきSOS団創設者であり絶対不可侵なる団長、涼宮ハルヒの言葉はこれだ。 『未来永劫、SOS団に栄光あれ!』 みんなで撮った集合写真を見せられないのが悔やまれる。みんなこの言葉を胸に、相当良い笑顔をうかべていたんだぜ? そして最後を締めくくるのは、僭越ながら俺の言葉である。 先に言っておくが、俺はSOS団と、みんなと、そして何よりハルヒに出会えて最高に良かった。 そんな俺が書いた言葉は……、 『俺とハルヒの子供をよろしく』 さて。 この言葉が将来どんな意味を持つことになったのかは――禁則事項だ。 涼宮ハルヒの団結 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/560.html
今にして思えば、ハルヒのあの一言がきっかけだったと言えよう。 現在、俺は社会人二年目で、半年前からハルヒと同棲している。 ハルヒの一言によって今の関係が終わるとはこの時の俺には知る由も無かったのだ。 それはいつもの様に帰宅したある日の事だった。 「ハルヒ、ただいま」 「お帰りなさい、キョン。お疲れ様」 あぁ、ハルヒの笑顔があれば疲れなんて吹っ飛ぶね。 そのままベッドインしたくなるがそれでは雰囲気が無いのでここは我慢するとしよう。 俺は夕食の後、リビングでハルヒの淹れてくれたお茶を飲んでいた。 「あ、あのね、キョン、ちょっと・・・話があるんだけどいい?」 いつになく神妙な面持ちでハルヒが話しかけてきた。 「あぁ、構わんぞ。んで話って何だ?」 「うん。えっと、その・・・」 なんか、切り出しにくそうだな。 ハルヒは黙って俯いてしまっっている。 俺は頭の中で切り出しにくい話を検索していた。 検索結果・・・・別れ話・・・・・ なに!?別れ話だとぉ!! 「何言ってんの?あたしキョンと別れる気無いわよ?もし今度、別れようなんて言い出したら即刻死刑よ!!分かった?」 「あ、あぁ、分かったよ」 俺は心底ほっとした。思ったことをそのまま口に出してしまうこの癖はなんとかしよう。 「でも・・・キョンがどうしても別れようって言うなら・・・あたしは・・・」 あろう事かあのハルヒがしおらしくなっている・・・ 誤解されたままなのもあれなのでここはきちんとしておくとしよう。 「安心しろ、ハルヒ。俺は何があってもずっとお前の傍にいるよ」 「うん、ありがと。あのね、あたし・・・その・・・出来たみたいなの」 俺はハルヒが何を言ってるのか理解出来なかった。 「何が出来たんだ?懸賞のクイズでも出来たのか?」 「違うわよっ!!子供が出来たみたいって言ってんのよっ!!」 なるほどね、そうかそうか・・・って子供!?それ俺の子か? 「当たり前じゃないっ!!あんた以外に誰が居るってのよ!バカキョン!!」 また声に出ていて様だな・・・ 怒ったハルヒは俺の胸をポカポカ叩いている。 俺はハルヒを力一杯抱きしめてやった。 「ゴメンなハルヒ。俺、父親になれるんだな。ほんとに嬉しいよ」 「・・産んでいいの?・・・受け入れて・・・くれるの?」 「当たり前だろ」 「・・・だったんだから・・・」 「え?」 「ずっと不安だったんだから!!拒絶されたらどうしようってそればっかり頭にあって・・・キョンはそんな事絶対しないって分かってるのに・・・それでもやっぱり不安は・・・消えなくて・・・・・」 ハルヒの訴えに俺はハルヒを抱きしめる腕に更に力を込めた。 「今まで気付いてやれなくてゴメンな。明日一緒に産婦人科に行こう。その後ハルヒの両親の所に挨拶しに行こうな」 「挨拶って何の?」 「もちろん、ハルヒと結婚させて下さいって挨拶さ」 「ふぇ?キョン、今なんて言ったの?」 「ん?あぁ、ちょっと待ってろな」 俺はそう言って自分の部屋に向かった。 俺はクローゼットを開け、中に隠してあったものを取り出し部屋を出た。 リビングに戻った俺は未だにポカンとしているハルヒの前に正座した。 「ハルヒ、今までずっと俺と一緒に居てくれてありがとうな。思えば色んなことがあったよな。沢山デートもしたし喧嘩もしたな」 ハルヒはじっと俺の目を見て話を聞いている。 「本当に楽しかった。出来ればいつまでもこの関係を続けたいと思ってた。でも・・・」 俺は、ここで一息置いた。 なんせここからが本番だからな。 「でも?なに?」 「俺はこの関係を終わりにしなくちゃならないと今は思っている」 「!?」 ハルヒが自分の耳を抑えようとする。 俺はその手を握って続けた。 「これからは俺の彼女じゃなくて、妻になって欲しい」 「キョン・・・それって・・・」 「ハルヒ、俺と結婚してくれ」 「キョン!!あたしでいいの?あんたの事信じたいのに信じきれなかったあたしなんかでほんとにいいの?」 「あぁ、お前以外なんて考えられない。それ位俺はお前にゾッコンだ。それで俺のプロポーズをOKしてくれるか?」 「うん、喜んで!がさつでワガママなあたしだけどこれからもよろしくお願いします」 「俺こそよろしくな。でだ、済まないんだが少し左手を貸してくれないか?」 ハルヒはそれが何か分かったらしく、微笑みながら左手を差し出してきた。 俺はさっき部屋から持ってきた小さい箱から銀色に光るリングを取り出しハルヒの左手の薬指にはめた。 ハルヒはその指輪を見てニコニコしていたがそのままソファーで寝息を立てていた。 俺はハルヒをベッドへ運び、そのまま一緒に寝る事にした。 翌日、俺とハルヒは産婦人科へ向かった。 検査の結果は妊娠1ヶ月だった。 いやはや、早く産まれてきてほしいものである。 病院を後にした俺とハルヒは一度家に戻り正装に着替え結婚する事とハルヒが妊娠1ヶ月だった事を報告するため涼宮家に向かった。 インターホンを鳴らしたら何故か俺の母親が出迎えたりしてのだがそれは些細な事であろう。 そう思いたい・・・ 俺の母親のイジりもなんのそのでどうにか家に上がることが出来た。 「あらあら、いらっしゃい」 「今日はお話があって来ました」 「お願い、聞いて!!とっても大事な話なの!!」 「ふむ、聞こうじゃないか」 俺とハルヒは、ハルヒの両親に向かい合う様に座った。 「で、話とはなんだい?」 俺にはユーモアなんて無い。 だから直球勝負あるのみだ!! 「ハルヒを俺に下さいっ!!ハルヒとの結婚を許してくださいっ!!」 「これはまたストレートに来たな。また、どうしていきなりそんな事を言い出したんだい?何か理由があるのだろう?それを聞きたいね」 「実は、あたしキョンの子供を妊娠したの!!だからっ!!」 「ほう、つまり子供が出来たから結婚すると?そんな理由で結婚を許すと思ってるのかい?」 「お、お父さん!?」 「それは違いますっ!!確かにハルヒが妊娠した事で踏ん切りがついた事は認めます。でも、俺はハルヒが好きだから、ずっと一緒に居たいから結婚したいんですっ!!だからお願いしますっ!!ハルヒと結婚させて下さいっ!!」 「・・・キョン・・・・」 ハルヒはまた俺の手を握ってくれた。 「・・・っく、くくくっ、はぁーはっはっは!!いやぁ、若いな!羨ましい限りだ。いいぞ、二人の結婚認めようじゃないか」 俺とハルヒは呆気にとられていた。 「・・・え?ホントですか?いいんですか?」 「あぁ、幾らでも持っていけ!!」 「結婚して・・・いいの親父?でもどうして?」 「あぁ、いいぞ。もう長い付き合いだからな。彼がどういう人間かはよく分かっているさ。さっきのはちょっと試しただけだ。悪かったな」 「ハルちゃん、キョン君、これでやっと言えるわね。おめでとう」 「ありがとうございます」 「母さんありがとっ!!」 「キョン、やったねっ!!」 とハルヒが抱きついてくる。 「あぁ、一時はどうなるかと思ったけどな」 その後は、「キョン&ハルヒの結婚&妊娠祝い」と題された宴会に突入した。 正直、誰が主役なのかさっぱり分からん位に滅茶苦茶だったとだけ伝えておこう。 無事、結婚式の日程も決まり俺とハルヒはせっせと招待状を書いていた。 俺が仕事に行っている間に、ハルヒが俺の分の招待状も書いていてくれたので予想より早く終わった。 ある夜、俺は書きあがった招待状をポストに投函しに行った。 家を出る際ハルヒが「映画のDVDレンタルしてきて」と言っていたので、ハルヒに言われたDVDを無事に借り、帰宅している最中の事だった。 いつもの道を歩いているとなんとひったくりの犯行現場に出くわしてしまったのである。 ひったくりは女性からバッグをひったくると真っ直ぐこちらに走ってきたので俺はひったくりを捕まえようとしたのだが、走って勢いが付いていたひったくりのタックルを食らった俺はあえなく吹っ飛ばされてしまった。 あぁ、ダサいな俺・・・ 等と考えていて注意力が欠落していたのだろう。 俺は頭を電柱に思いっきりぶつけた。 衝撃と鈍い痛みが俺の頭の中を支配する。 全く・・・これじゃあ・・・・マンガのギャグキャラ・・だよな・・・・・ そんな事を思いながら俺の意識は薄れていった・・・ ・・・・・・・・・ 気が付くと俺は白い靄の掛かった所に寝っ転がっていた。 どこだ?ここは・・・ さっきまでの頭の痛みが全然無くなっている。 俺はここがどこなのか確かめるために立ち上がったら突然、俺の足が勝手に何かを目指すように動き出した。 な、なにがどうなってんだよ!? 何の抵抗も出来ないまま暫く進んでいくとトンネルの様なものが見えてきた。 コレイジョウイッテハイケナイ!! 俺の脳が危険信号を出してくるが今の俺にはどうにも出来ない。 トンネルに足を踏み入れそうになった時誰かが俺の腕を掴んだ。 振り返るとそこには見知らぬ少女が立っていた。 「こっち!!」 そう言って少女は俺を引っ張ってトンネルと逆方向に歩き出した。 「お、おい!?お前は誰だ?ここは一体何処なんだ?」 「あたしは××!ここはあの世よ!!」 少女の名前はノイズが混じったみたいに良く聞き取れなかった。 それよりこいつは今何て言った?あの世? あの世って俗に言う死後の世界ってやつか? なんてこった・・・俺は死んじまったってのか? 「まだ死んでないわ。あそこに足を入れたらアウトだったけどね」 「そうなのか?仮にそうだとして、お前は俺を何処に連れて行こうとしてるんだ?」 「もう着いた。さぁ、早く此処に飛び込んで!!」 少女が指差した先には地面にポッカリと大きな穴が開いていた。 「この穴は何なんだ?一体何処に繋がってるんだ?」 「そんなのいいからさっさと飛び込んで!!ホントに間に合わなくなる!!」 「な、何が間に合わなくなるんだ?ちゃんと説明してくれ!!」 「あぁ、じれったいなぁ!!さっさと行かないとホントに死んじゃうわよパパ!!」 そこまで言い切ると少女は俺を穴の中へと蹴り飛ばしやがった!! 「何すんだ!?こっちはまだ心の準備が出来てないんだぞ!!」 と言いつつも何かが俺の中で引っ掛かっていた。 「あはは、パパの意気地が無いのがいけないのよ!!」 「パパって・・・お前まさか!?」 「やっと気が付いたの?まぁ、いいわ。また会おうねパパ!ママが待ってるから早く行ってあげて!!」 そう言って笑う少女の顔がハルヒと被った。 俺はもっと何か言いたかったが穴の闇に飲まれそれは叶わなかった・・・ ・・・・・・・・・・ 「・・・・・キ・・・キョン・・・・早く・・・を開けな・・いよ」 誰かに呼ばれた様な気がして目を開けるとそこにはハルヒの顔があった。 「・・・よぉ、どうしたんだ?」 「アンタが寝ぼすけだから起きるのをずっと待ってたのよ!このバカキョン!!」 「そうか、俺はどれ位寝てたんだ?」 「丸1日ずっと寝てたわよ!!さぁ、この落とし前をどうやってつけてくれるのかしら?」 「そりゃ済まなかったな。ハルヒの好きな様にしてくれて構わないぞ」 「じゃあ、誓いなさい!!」 また主語が抜けている・・・ 「何をだ?」 「それ位自分で考えなさいよ!もう絶対にあたしを辛い目にあわせないって、一人にしないってあたしに誓えって言ってんのよ!!」 「あぁ、分かったよ。絶対にハルヒを辛い目にも1人にもしないって約束する」 「破ったら酷いんだからね、覚えておきなさいよ!!」 「あぁ」 その後の検査で異常は無かったのだが俺はもう一日様子見という事で病院で過ごす事になった。 いきなり約束を破る訳にもいかないのでその晩はハルヒと一緒に泊まる事にした。 その夜、俺はハルヒ曰く「寝てた」間の出来事をハルヒに話してやった。 当然ハルヒには「夢見過ぎなんじゃないの?」とか冷めた目で言われたけどな・・・ 翌日、無事に退院した俺はハルヒに手を引かれ家を目指している。 おっと、1つやり忘れていた事があったな。 俺はハルヒのお腹に手をあて一言呟いた。 「ありがとな」と。 そこから1ヵ月近く話が飛ぶ訳だがあまり気にしないでもらいたい。 ここ1ヶ月は特に何も無い平凡かつ平和な毎日だった訳で、これと言って話す様な事も無いのだ。 今日はいよいよ待ちに待った結婚式当日だ。 ハルヒはというと昨日から実家に戻っている。 花嫁は式の前日は実家に帰るものらしい・・・よく分からんがな。 こうして俺は今、ハルヒの居ない孤独感を味わいながら親の迎えを待っている。 あぁ、ハルヒに早く会いたい等と想いを馳せていると見覚えのある車が見えてきた。 その車が俺の目の前で停まると中から賑やかな人たちが降りてきた。 「やっほーっ!!キョン待ったーっ!?」 「おっはよーっ!!キョン君ーっ!!」 ホントに朝から元気だね、あなた達は・・・ 「おはよう、朝から悪いな」 「そんなの気にしなーい!!さぁ、さっさと乗りなさい!!主役が遅れちゃ話になんないわよっ!!」 「そうだよー、遅刻したら罰金なんだよー」 そう言って母さんと妹は俺を助手席に無理矢理押し込みやがった。 その拍子に俺は、頭をクラクションに思いっきりぶつけた。 ビビッーーーーーーーー!! 朝からこれじゃ先が思いやられるな・・・ 「ちょっとキョン、朝から近所迷惑じゃないっ!!しっかりしなさい」 「そーだぞー、しっかりしろー」 あなた達は一体誰のせいで俺が頭をぶつけたと考えていらっしゃるのかな? 俺が文句の1つでも言おうとしていると親父が肩を叩いて制止してきた。 「まぁ、言いたい事は分かるが、とりあえずシートベルトをして座れ。これじゃ発進出来ない」 「あ、あぁ、スマン親父」 親父にそう言うと俺は座ってシートベルトをした。 「それじゃあ、式場へ向けてレッツゴーーーーーっ!!!」 「ゴーーーーーっ!!!」 俺を乗せた車が式場へ向けて走り出した。 車内では俺の家族が新婚旅行について来るだの好き勝手言っていた。 流石に今回ばかりは謹んでお断りしたがな・・・ こんな事をしていたらいつの間にやら式場に到着していた。 車に乗る度に俺が鬱に入るような気がするのは、気のせいだろうか? 車を降りて入り口に向かうとそこに懐かしい顔が居た。 「よう、古泉じゃないか。久し振りだな、よく来てくれた」 そう、「機関」所属の超能力者、古泉一樹である。 「あぁ、どうもご無沙汰してます。本日はお招きありがとうございます」 「そっちは・・・相変わらずみたいだな」 「えぇ、そりゃもう。涼宮さんの力が無くなったからといって、対抗する組織が無くなる訳ではないですからね。今も毎日忙しくしてますよ」 「それはご苦労さんだな。スマン、迷惑掛けるな」 それを聞いた古泉は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにあのニヤケ顔に戻る。 「いえいえ、確かに力を授かってからは苦労も多いですけど、結婚式に呼んでくれる友人が出来たという事は人生においてプラスになってると僕は考えています」 「あぁ、そうだな。今日は来てくれてありがとな、楽しんでいってくれ」 「はい、そうさせてもらいます。本日はおめでとうございます。ではまた後で会いましょう」 「あぁ」 俺はそう言って古泉と別れ、控え室へと向かった。 控え室に着いた俺は、衣装さん数人に衣服を引ん剥かれ、純白のタキシードに衣装チェンジさせられた。 その際、パンツを一緒に引っ張られマイサンを室内公開してしまったというアクシデントがあったがこれは心の内にしまっておくとしよう・・・ そんな新たなトラウマと格闘していると誰かがドアをノックした。 「はーい、どうぞー」 ガチャ 「やぁ、キョン。おめでとう」 「おう、国木田。よく来てくれたな」 「おい、キョン!俺はシカトか!?」 「あぁ、谷口もよく来たな」 「まったく、折角来てやったってのにそれかよ?へこむぞマジで」 「あぁ、冗談だ。悪かったな」 本来ならここで終わるはずだったのだが、流石アホの谷口はこれで終わらなかったのである。 「しっかし、よくあの涼宮と結婚する気になったな。正気の沙汰とは思えんぞ」 国木田が制止しようとしたがどうやら間に合わなかったらしい。 気にするな国木田、お前はこれっぽっちも悪くないぞ。 「谷口、俺の聞き間違いだと悪いからな。もう一回言ってくれるか?」 俺はいつもより30%声を低くして聞いた。 これでいい加減気づけよ、谷口。 これで気づかなかったら、お前はホントに無能だぞ。 「ん?あぁ、あの涼宮と結婚するなんて正気じゃないと言ったんだぞ」 あぁ、だめだ・・・ 「・・・谷口よ、お前は祝いに来たのか?それとも俺にケンカを売りにきたのか?さぁ、どっちだ?」 「お前、頭大丈夫か?祝いに来たに決まってるだろ?」 「ほぅ、これから結婚する相手をわざわざ侮辱しに来るのがおまえ流の祝うという事なんだな?」 俺は、ゆっくり立ち上がり殺意を全て谷口に向けて放った。 そこまでして、ようやく谷口は自分が何をしたのか悟ったようで土下座しながら謝りだしやがったっ!! 地面に頭を擦り付けて謝っている奴をどうにかする程血に飢えている訳ではないので許す事にした。 「もういい。頭上げろ」 「許してくれるのか?やっぱ、お前いい奴だなぁ」 「ははは、キョンも大変だねぇ」 コンコン 「はい、どうぞ」 入ってきたのは式場の職員だった。 「失礼します。そろそろお時間なので準備の方をお願いします。準備が整いましたら外で待っていますのでお声をお掛け下さい」 「はい、分かりました。ご苦労様です」 「じゃあ、僕達は先に行くよ」 「じゃあな、待ってるぜキョン」 「あぁ、そうしてくれ。また後でな」 控え室への最後の来客が去りまた控え室に一人になった。 俺は鏡を見て、最後のチェックを済ませた。 よし、行くか!! 俺は外で待っていた職員さんに話し掛け教会へと向かった。 入り口で職員さんと別れ、入った教会の中は知った顔で満員御礼だった。 俺は不覚にも感動して泣きそうになってしまったのだがハルヒもまだ来ていないので、そこはぐっと堪える事にした。 深呼吸して自分を落ち着かせているとお約束のあの曲が流れ始めた。 そして教会のドアが静かに開いた。 そこには、おじさん・・・いや今日からはお義父さんだな。 お義父さんとハルヒが立っていた。 もう、さすがにクラッっときたね。 だってそうだろ? もともと綺麗なハルヒが更に綺麗になってるんだ。 もはや、これを形容する事は出来ないだろう・・・ 意識が遠退くのを必死に堪えているとお義父さんに先導されてハルヒが目の前まで来ていた。 「キョン君、娘を頼んだよ。幸せにしてやってくれ」 ここまできてもやっぱりその名で呼ぶんですね・・・ お義父さんがそう言い終わるとハルヒがお義父さんの腕から俺の腕へと腕を絡めてくる。 「はい、必ず幸せにしてみせます」 そう言うと俺とハルヒは祭壇へ向けてバージンロードを一歩一歩を確実に踏みしめた。 祭壇に着くまで俺の頭の中をハルヒとの思い出が走馬灯の様に駆け巡っていた。 思えば、あの日あの公園でハルヒと会わなかったら俺はどうなっていただろう? もし、ハルヒに会っていなかったらこんなにも幸せな気持ちになれただろうか? いや、これだけは断言できるが、絶対にここまで幸せにはなれていないだろう。 そして、俺とハルヒは遂に祭壇に辿りついた。 「汝ら、今日此処に永遠の愛を誓う者の名は○○○○、涼宮ハルヒに相違ないか?」 「「はい」」 「よろしい。では○○○○よ、汝は新婦涼宮ハルヒを妻とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「はい、誓います」 と答えたらハルヒに蹴りを入れられた。 ハイヒールの踵は痛すぎる・・・ なんで俺が蹴られにゃならんのだ? 「よろしい。では涼宮ハルヒよ、汝は新郎○○○○を夫とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「誓わないわ!!」 教会の中が一気にざわつく。 「おい、此処まで来ていきなり何言ってんだよ?」 俺の心は今最大級に冷や冷やしているのがお分かり頂けるだろうか? 花嫁が永遠の愛を誓わないって言い出して焦らない花婿は居ない筈だ。 「だって、居るかどうかも分からない神に誓ったって意味無いじゃないの!!」 また無茶苦茶を言い出したよ、この人・・・ 「それはそうかもしれないが、様式美ってあるだろう?」 「そんなの下らないわよ!!あたしが永遠の愛を誓うのはキョンだけなのよ!!そうでしょキョン?」 こんな恥ずかしいセリフを大勢の前で堂々と・・・・ もう、こうなったらハルヒに便乗するしかなさそうだ。 「あぁ、そうだな。俺も誓うならハルヒだけだな」 「って事だから、もう一回よろしくね!!」 等と神父さんに友達に気軽に頼む様に言い放った。 流石の神父さんも溜息をついている。 ホント、迷惑掛けてすいません・・・ 「で、では、汝ら健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を互いに誓いあうか?」 「「はい、誓います」」 「よろしい。では指輪の交換を」 「「はい」」 俺は指輪を取り、ハルヒの左手の薬指に指輪をはめた。 今度はハルヒが指輪を取り、俺の左手の薬指に指輪をはめた。 「神よ!!今日此処に永遠の愛を誓いあった二人に祝福をっ!!願わくばこの者達の進む道が常に光に照らされてる事を願う」 「では誓いの口付けを」 そう言われると俺はハルヒのヴェールをそっと上げた。 ハルヒは涙ぐみながら微笑んでいた。 いい顔だな、ほんと惚れ直すよ。 俺はハルヒの肩にそっと手を置き静かにキスをした。 今まで何回もキスをしてきたが、こんなに幸せなキスはきっとないだろうな・・・ 唇を離すと盛大な拍手と歓声が起こった。 「今、此処にこの者達は永遠の愛によって結ばれた!皆様方、今一度盛大な拍手をっ!!」 神父さんがそう言うとまた盛大な拍手が起こった。 「では、皆様方。花嫁からブーケトスがありますので外の方へお願いします」 みんなが外に出ると俺はハルヒに話し掛けた。 「さっきのは流石にヒヤッとしたぞ?やるなら事前に言っておいてくれ」 「まぁ、そんな事どうでもいいじゃない!それより早く行きましょ!!」 こっちは全然良くなんだがな・・・ 「はいはい、分かったよ花嫁様」 外に出ると沢山の人たちが祝いの言葉を掛けてくれた。 「では、ここで新郎新婦から挨拶を頂戴したいと思います」 と言った神父さんからマイクを渡された。 「えー、皆さん。今日は集まってくれて本当にありがとうございます。急なスケジュールであるにも関わらずこんなに多くの人に集まってもらったことに感謝します。実はもう一つ報告があります。今ハルヒは俺の子供を妊娠しています。これからは夫として父として頑張っていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いします」 また拍手が沸く。 こんなに沢山の拍手が自分に向けられるのは初めてだな。 俺は挨拶を済ませるとハルヒにマイクを渡した。 「みんなー、今日は来てくれてホントありがとねーっ!!キョンも言ってたけど、今あたしのお腹の中にはキョンとあたしの子供がいます。これからはキョンの妻として、生まれてくる子の母親として精一杯頑張るから応援よろしくねっ!!以上!!」 俺の時と同じ様に拍手が沸く。 「新郎新婦ありがとうございました。では花嫁、ブーケトスをお願い出来ますかな?」 「はい、分かりました。ねぇ、キョンお姫様抱っこして頂戴っ!!」 そう言うとハルヒは俺に飛びついてきた。 「あぁ、幾らでもしてやるぞっ!!」 俺は言われるままハルヒをお姫様抱っこした。 するとハルヒはブーケのリボンを解きだした。 「ハルヒ何してるんだ?」 「あたし達の幸せを独り占めなんて許さないわ!こうすればみんなが幸せになれるでしょ?」 俺はハルヒが何をしようとしているのかを悟った。 なるほど、それならみんなに分けられるな。 「あぁ、そうだな。よしやってやれっ!!」 俺がそう言うとハルヒは解いたブーケを空高く放った。 空で散らばったブーケはまるで季節外れの雪の様にみんなに降り注いだ。 それは、幸せが空から舞い降りている様にも思えた。 みんなは一瞬何が起こったのか分からないという表情をしていたが、散らばったブーケに手を伸ばしていた。 その様子を見ていた俺とハルヒは声を合わせて言った。 「「みんながずーっと幸せになりますようにっ!!」」ってな!! さて、次に待っていたのは結婚披露宴である。 この場では新郎新婦とはさっきまでとうって変わって絶好のイジられるターゲットとなるのだ。 はぁ、なにやら先行きが不安なのは俺だけであろうか・・・? その不安は早くも的中したらしい。 なんと今この場で古泉が仲人に抜擢されたのである。 確かに付き合いも長いし、長門や朝比奈さんではどうにもならなそうなので無難といえば無難なのだが幾らなんでもいきなり過ぎるだろ・・・ ほら、あの古泉が流石に戸惑ってるぞ・・・ とか、思っていたらダブルマザーが古泉に何やら封筒を渡していた。 それを見た古泉はみるみる内にいつものニヤケ顔に戻りライトアップされたマイクの方へと歩き出した。 「えー、急遽仲人を任されました古泉一樹と申します。よろしくお願いします」 古泉がそう言うと拍手が起こる。 「お二人の出会いは今から11年前、丁度中学1年生の頃になります」 あぁ、そうだな。もうそんなになるのか。 って、なんでそんな事を知ってるんだ!? 「その時、公園で一人泣いていたハルヒさんに声を掛けたのが彼でした。彼は何も聞かず泣いているハルヒさんを慰めるとおぶってハルヒさんを家まで送りました」 何故だっ!?何故そこまで知っている!? そこでこっちをニヤニヤしながら見ているダブルマザーに目がいった。 まさか!?さっきの封筒の中身は・・・・ 「その後、互いに何も聞かずに別れた二人は運命的な再会を果たすのです」 古泉の手元を見てみると何やら紙を持っていた。 あの紙には北高に入るまでのエピソードが記されているのだろう。 どうでもいいが、あのドキュメンタリー口調はなんとかならないものか・・・ 「3年後お二人はなんと同じ高校へ進学しました。しかも同じクラスで席も隣同士だったのです。もう、これは運命としか言い様が無いでしょう」 古泉よ、そろそろ勘弁してくれ・・・ 「こうしてお二人の交際がスタートして今日を迎えたという訳です。この後もまぁ、色々あったのですがどうやらお二人とも限界の様なのでそこは割合させて頂きます」 ようやく終わった・・・ なんだかどっと疲れたな・・・ お次は定番の隠し芸大会の様だ。 またしても嫌な予感が止まらないのだが・・・ 1番手は長門のようだ。 「来て」 久々にあのインチキパワーが見られるのか等と考えていた俺は長門から指名を受けた。 「あぁ、分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるな」 そうハルヒに言い残し、俺は長門について行った。 ついて行った先には人間ルーレットがあり、俺は長門の手によってそれに磔にされた。 「おい、これは一体どんな隠し芸なんだ?」 「対象が回転しながらのナイフ投げ」 ナイフと聞くとあいつを思い出すな・・・ あぁ、今考えてもゾッとする。 「大丈夫。投げるのはナイフのプロ」 長門がそう言って指差した方向を見るとなんとドレスアップした朝倉が立っていたのだ!! 「な、長門さん、これは何の冗談なのかな?」 「冗談ではない。涼宮ハルヒが朝倉涼子へ招待状を出したため、情報統合思念体に再構成を依頼した」 ハルヒの奴、朝倉も招待していたのか・・・ 「おめでとうキョン君。今日はよろしくね。なるべく痛くないようにするからね」 この天使の如き笑顔に騙されてはいけない。 「あ、朝倉!お前やっぱりまだ俺を殺すつもりなのか!?」 「大丈夫、もう殺したりしないわよ。涼宮さんの力が無くなっちゃったのにあなたを殺しても意味が無いからね」 どうでもいいが、さっきからの物騒な会話に客がドン引きしている・・・ここはさっさと終わらせよう。 「そ、そうか、分かった。思いっきりやってくれ!!」 「うん。じゃあ、長門さんお願いね」 「分かった」 長門が何かを呟くとルーレットがかなりのスピードで回り出した。 いかん、こりゃ吐きそうだ・・・ そう思ったのも束の間、無数のナイフが俺目掛けて飛んできたのだ。 かなりの高速で回転しているにも関わらずナイフは俺の身体の形に添ってルーレット板に突き刺さる。 いやぁ、流石は情報統合思念体の作った対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースだ。 何でもアリっていうのはきっとこいつ等の事を言うんだろうな・・・ やっとルーレットが止まり無事解放された俺はヘロヘロになりながら席に戻ったのだ・・・ ここで一旦俺とハルヒはお色直しのために会場を後にした。 控え室に戻った俺は朝と同じ様にひん剥かれた。 もちろん今度はパンツを徹底的に死守したのは言うまでも無い。 そして着替えが終わりハルヒの支度が終わるのを待っていると、支度が終わったらしく黄色いドレスに身を包んだハルヒが登場した。 「どう、キョンこれ似合ってる?変じゃないかしら?」 そりゃ、もう似合い過ぎってものだ・・・ 「あぁ、ヤバイ位似合ってるぞ」 その返答に満足したらしくハルヒは俺に抱きついてきた。 「ん?どうしたんだ?」 「だって、会場に入ったらこういう事出来そうに無いから・・・今の内に一杯抱きついておこうと思ったんだけどダメ?」 あぁ、もう我慢出来ない!! 「そうだな。もう少しこうしてような」 「うん・・・」 ・・・20分後・・・ 「えー、あのー、お二人ともそろそろいいでしょうか?」 職員の一言によって二人の世界から強制退去させられたハルヒはご機嫌斜めだった。 会場の入り口に着いてもハルヒの機嫌は直りそうに無かったので、ハルヒを強制的にお姫様抱っこした。 「ちょ、キョン?ど、どうしたの?」 「いや、これで入場するのもいいかなと思ったんだが嫌か?」 「い、嫌じゃないわ!それいいわね、そうしましょう!!」 もう、ご機嫌が直ったようだ。 「じゃあ、行くぞ」 入場した瞬間に、俺とハルヒは大量のフラッシュを浴びた。 もはや、軽い芸能人気分だ。 こんなのをよくあれだけ浴びれるもんだと感心しつつ席に戻った俺とハルヒを待っていたのはさっきまで椅子ではなくデカデカとハートマークがあしらわれたソファーだった。 さて、これはなんの冗談だ? 「さぁさぁ、座っとくれよ。折角用意したんだから、ちゃんと使って欲しいっさー」 鶴屋さん、あなたの仕業でしたか・・・ 「いいじゃない、使わせてもらいましょ?」 ハルヒがご機嫌な様なので俺はソファーを使うことにした。 「あぁ、そうしよう。鶴屋さん、ありがとうございます。使わせてもらいますよ」 「うんうん、そうでなくっちゃ。こっちも用意した甲斐があるってもんだい」 俺とハルヒがソファーに座ると、鶴屋さんは満足そうに自分の席へと戻っていった。 ハルヒは俺にくっ付いていられるのに満足らしく、ニコニコと子供のような笑顔をしている。 さて、やっと落ち着いたので辺りを見回してみるとスクリーンで「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」が流されていた。 なんで、ここであれが流されてるんだ? 等という俺の疑問は些細な事だったようで結婚式の定番キャンドルサービスの時間がやってきた。 これが夫婦の初の共同作業である。 まぁ、みんな蝋燭を濡らしたりだとか先っぽの紐を切ったりというベタベタな事をしてくれたのは言うまでもない。 そして、今は最後の「SOS団とその友人御一行様」のテーブルに向かっている。 此処では一人一人ちゃんと挨拶しよう。 まずは鶴屋さんだ。 「やぁやぁ、よく来たね」 「どうも。さっきはソファーありがとうございました」 「気にしなくていいっさ。それより、キョン君もハルにゃんもちゃんとめがっさ幸せになるにょろよ」 「えぇ、分かってますよ」 「もちろん!絶対幸せになってみせるわ」 「うんうん、それでこそ君達っさー」 次に朝比奈さんだ。 「キョン君、涼宮さん。本当におめでとうございます。涼宮さん、とっても綺麗ですよ」 「朝比奈さんありがとうございます」 「みくるちゃんありがとね!あなたも早くいい人見つけてね。あたし応援してるわ」 「はい、よろしくお願いしますね」 次に古泉だ。 「どうも、御二方とも本当にお似合いですよ。これから色々大変だとは思いますが、お二人ならどんな窮地に立たされても互いを支え合って乗り越えられると僕は信じていますよ」 「あぁ、古泉ありがとうな。これからはどんな事があっても挫けない様に頑張るよ」 「古泉君、今日は来てくれてありがと!あたし頑張ってキョンを支えるわ」 「えぇ、頑張って下さいね」 次に朝倉だ。 「キョン君、涼宮さん。おめでとう。二人とも、お幸せにね」 「おう、朝倉来てくれてありがとうな」 「えぇ、あなたも幸せになるのよ?いいわね?」 「分かったわ。努力してみる」 最後は長門だ。 「おめでとう」 「あぁ、長門もありがとうな」 「有希、ありがとね。あなた可愛いんだから妥協しちゃだめよ!!理想は高く持ちなさい!!」 「分かった」 こうして最後のテーブルに明かりを灯した俺とハルヒは自分達の席へと戻った。 そしていよいよメインイベントであるウェディングケーキ入刀である。 また、沢山のフラッシュが浴びせられるがさっきほど違和感は無い。 これが慣れというものなのだろうか・・・ 無事ケーキカットも終わり、またハルヒとソファーの上でベタベタしている。 ケーキを食べていたらいよいよ最後のイベントが始まった。 それは「新郎新婦からご両親への挨拶」である。 まずは俺からだ。 「父さん、母さん、本当に今までお世話になりました。今、思えば俺はいつも二人に迷惑を掛けてばっかりでしたね。親の心子知らずという言葉がありますが、まさに俺はその典型的な例だったと思います。しかしながら、今日俺はハルヒと結婚し、最愛の妻のためにもこれから生まれてくる子供のためにもしっかりしていきたいと思います。ですから、これからも俺がヘマをやらかしたらどんどん叱ってやって下さい。よろしくお願いします。最後にもう一度、本当に今までお世話になりました。」 そう言い終わると母さんは泣いていた。 俺も泣きたくなるが今は堪える。 夫としてハルヒを支えてやらなきゃならないからな。 さぁ、ハルヒの番だ。 「お父さん、お母さん、あたしはほんとにワガママで一杯一杯苦労を掛けました。そしてその恩をあたしは全く返せていません。あたし・・・は・・っく・・・ほんとに何をやっても・・・周りから浮くだけで・・・・ホントに駄目で・・・ヒック・・・」 俺は泣き崩れそうになるハルヒを支える。 此処で崩れたらきっと後悔する。 俺の目を見たハルヒは俺に寄り掛かりながら続けた。 「・・・でも・・・あたしはありのままのあたしを受け入れてくれる人と出会いました。今日、あたしはこの人の元へお嫁に行きます。この人とこれからの人生を精一杯生きていきます。だから見てて下さい。これからのあたしを。精一杯生きてるあたしを。お父さん、お母さん、本当に今までお世話になりました。そして・・・ありがとうございました」 ハルヒが泣いている。 ハルヒの両親も俺の両親も泣いている。 でも、これは悲しいから涙が出るんじゃない・・・ 嬉しいから・・・幸せだから出る涙がある事を俺は知っている。 それを教えてくれたのは今、俺の腕の中で泣いてるハルヒなのだ。 なんという幸せな空間なのだろう・・・ いつまでもこんな幸せが続けばいいと思う・・・ そしてそんな幸せな気分のまま俺達の結婚式は終わったのだ・・・ 無事結婚式を終えアパートへと帰宅した俺とハルヒはベッドに入るや否や新婚初夜という事で激しくお互いを求め合った。 ようやくハルヒが安定期に入った事と「これでホントにあたしはキョンのものになれたのよね。さぁ、好きなだけあたしを求めて、キョンの好きにして?」 というハルヒの言葉に俺の理性は完全に陥落したのである。 だが、詳しい内容は割合させてもらおう。 何故かって? そんなの決まっている。 あんなに可愛いハルヒは誰にも見せたくないからな。 なんたってハルヒは俺だけのものになった訳だしな。 まぁ、俺もハルヒだけのものな訳なのだが・・・ さて、ノロケ話はこれ位にして本題に入るとしよう。 今日から俺とハルヒは新婚旅行へ行く訳なのだが、昨晩、頑張り過ぎた為に二人して寝坊してしまったのである。 「ちょっと、この目覚まし時計壊れてるんじゃないかしらっ!?」 見ての通りハルヒは朝からご立腹のようだ。 「いや、それはないだろう。ちゃんと時間通りに鳴ってた気がするぞ」 「じゃあ、なんで起きられなかったのよ?」 「そ、それは、その、昨晩頑張り過ぎたからな・・・・」 あ、ハルヒの顔がみるみる赤くなる。 あぁ、ほんとにカワイイなぁ。 「こ、このバカキョン!!朝から何言ってるのよ!?」 等とイチャイチャしてたらマジで時間が無くなった!! 「さぁ、時間も無いしそろそろ支度を始めましょ」 「あぁ、そうだな」 ハルヒ特製の朝食を食べ、着替えを済ませいよいよ俺達は家を出た。 目的地はここから電車を使って4時間ほどの場所にある温泉が有名な観光地だ。 「さぁ、行くわよキョン!!いざ新婚旅行へ出発よっ!!」 「あぁ!!行こう!!」 さぁ、遂に新婚旅行のはじまりであるっ!! さて地元の駅から電車で6時間ほどの旅だった訳だが・・・ 電車の車内で色々あった俺は今日一日分の精神力を見事に使い果たしていた。 ハルヒは到着早々遊ぶ気満々だったが朝の寝坊もあって辺りは日が暮れ始めていた。 「さぁ、キョン何処に行きましょうか?」 「とりあえず、旅館に荷物を置きに行きたいな。このままじゃ動きづらくて堪らん」 「そうね、じゃあ行きましょっ!!」 そう言ってまた俺の腕に抱きついてくる。 あぁ幸せ過ぎて俺は死にそうだ。 「ちょっと、キョン!!あたしの前で死ぬとか言わないでよねっ!!今度言ったら罰金だからね!!」 また俺の悪い癖が出ていた様だ。 ホント、どうにかならんかね・・・これ。 「キョンが死んじゃったら・・・・あたし・・・あたし・・・」 あぁ、そうだよな・・・ 俺だってハルヒが突然死んでしまったら生きていけないだろう・・・ 「済まなかった、俺は死なないよ。ハルヒの傍にずっといるから安心しろ」 「絶対よ?約束だからね!!破ったらひどいんだから!!」 「あぁ、約束だ」 それを聞くとハルヒはいつもの太陽の如き笑顔に戻った。 「じゃあ行くわよ!!泊まる旅館、駅から送迎バスが出てるのよ。急ぎましょ」 「おう」 そう言って俺達は送迎バスへと向かった。 無事バスを見つけ移動すること20分程で旅館に到着した。 フロントで受付を済ませ、鍵を受け取った俺とハルヒは部屋に向かっている。 「やっぱりこの苗字にはまだ違和感があるわ」 おいおい・・・ 「しっかりしてくれよ?」 「分かってるわ。あ、ここじゃない?」 ハルヒが部屋の前で立ち止まり鍵を開けた。 部屋は割りと広めで中々風情があった。 「わぁ、素敵な部屋じゃない!!」 ハルヒも大満足のようだ。 荷物を置いた後、出掛けたがるハルヒをどうにか説得しその日はそのままゆっくりする事にした。 豪勢な夕食を堪能した俺とハルヒは混浴露天風呂に向かった。 いやぁ、名物と言うだけの事はあったね。 風呂を上がりさっぱりした俺達は部屋の布団の上でダラーっとしていた。 「今日は疲れたし、もう寝るか?」 「そうね。明日もあるし今日は寝ましょう」 そう言ってハルヒが部屋の電気を消した。 真っ暗な部屋で睡魔の誘惑を受けているとハルヒが俺の布団に潜り込んできた。 「どうした?」 「ずっと、キョンと一緒に寝てたから一人だと寝れないの。だから一緒に寝ていい?」 「あぁ、いいぞ」 「じゃあ、おやすみキョン」 「おやすみハルヒ」 こうして新婚旅行初日は幕を閉じた。 翌日、朝食を済ますや否や俺はハルヒに観光名所巡りに引っ張り出されていた。 「さぁ、行くわよ!!何かがあたし達を待ってるわ!!」 「その何かとは何だ?教えてくれ」 「何かは何かよ!言葉で表せるものに興味は無いわ!!」 久々にハルヒ節が炸裂している。 こうなっては誰にも止められないのを俺はよく知っている。 「分かったよ。幾らでも付き合うよ」 「当たり前でしょ!!なんたってあたしの夫なんだからどこまでもついて来てもらわなきゃ困るわ!」 「あぁ、そうだな」 その日は観光のパンフレットに載っていた場所のほとんどに行った。 そして今は本日最後の観光名所である夕日が一番綺麗に見えると評判の場所に来ている。 「うっわー、ホントに綺麗に見えるわねー」 お前の方が綺麗だけどな・・・ 「あぁ、ホントだな」 しばらくお互い黙って夕日を見ているとハルヒが切り出した。 「ねぇ、みくるちゃんと有希すっかり綺麗になってたわね」 「あぁ、そうだな。正直見違えたな」 「ふーん、やっぱりそう思ったのね」 ハルヒの声のトーンが急激に下がる。 これはヤバイな。 早くも離婚の危機か!? 「あの子達ね、あんたの事好きだったのよ・・・」 「そ、そうなのか?」 いや、それは気が付かなかったな・・・ 「全く、白々しいわね」 ほんとに気付かなかったんだよ!! 「あたしはそれを知っててあんたを独占したの。団長っていう立場を利用してあの子達とあんたが必要以上に近づかないようにしてたの」 俺は黙ってハルヒの話を聞く。 「ホントあたしって最低よね・・・・・・いつも「団長だから団員のために」とか言ってたくせに結局最後は自分を守ってた。キョンを誰にも渡したくなかった。だってキョンが居なかったらあたしはきっと壊れちゃうから・・・」 抱きしめてやりたい。 でも、今はまだそれをしちゃいけない気がする。 「あたしは自分が情けない。みくるちゃんや有希の幸せを願っているのに・・・なのにキョンを手放す事だけは絶対出来なかった」 こんなハルヒを見ているのは辛い。 だが、ハルヒの夫としてここは耐えなければならない。 「あたしは今とっても幸せだけど・・・これはあの子達の幸せを犠牲にして得た幸せなの・・・だからあたしはあの子達に憎まれても・・・それは仕方がないわ・・・」 そこまで聞くと俺はもう我慢出来なかった。 ハルヒを思いっきり抱きしめた。 「・・・キョン?・・・」 「バカか!?お前は!!」 「・・え?・・・」 「いつ長門と朝比奈さんがそんな事を言ったっ!?言ってないだろう!?」 「・・・でも・・・でもっ!!」 「結婚式に来てくれた二人の顔をお前だって見ただろっ!?お前を憎んでる顔をしてたかっ!?して無かっただろっ!?二人とも心の底から祝福してくれてたじゃないか!!」 「・・・それは・・・そうだけど・・・」 「確かに二人は俺の事が好きだったかもしれない!!でもな、それでも俺はお前を選んでたさっ!!」 「・・・ホント・・・に?・・・・・ホントにあたしを選んでくれた?・・・」 「あぁ、選んでたよ。俺は始めて会ったあの日からずっとお前が好きだったんだからな!!だから、何があっても俺は、俺だけは最後までお前の傍にずっと居てやる!!」 「キョン!!あたしも・・・あたしもキョンが大好き!!」 「いいか?誰だって何かを犠牲にして生きてるんだ。長門も朝比奈さんも古泉も俺もな。だからそれから逃げるな!!ちゃんと向かい合え!!倒れそうになったら幾らでも俺が支えてやる」 「・・・うん・・・ック・・分かった・・・ヒック・・・もう・・絶対に・・逃げないわ・・・」 「あぁ、だから今は泣け。そして泣いた分だけ強くなれ。そうしないと生まれてくる子供に笑われちまうぞ」 「・・うん・・・うん・・・ふわぁぁぁぁぁぁああん・・・」 気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。 俺は泣き止んだハルヒを背負って旅館に戻った。 食事の時間はとっくに過ぎていたが旅館の人が夜食を用意してくれた。 その夜食を食べ終わるとハルヒは横になりそのまま眠ってしまった。 今日は一日動きっぱなしだったし、沢山泣いたもんな・・・ ハルヒお疲れ様・・・ 俺はその言葉に沢山の意味を込めた。 そして俺もそのまま寝床に着いた。 旅行も明日で終わりだな・・・ そんな事を考えつつ俺の意識は薄れていった・・・ 最終日は旅館をチェックアウトした後、昨日の内に観光を思う存分満喫した俺達は御土産屋を回る事にした。 ハルヒはお土産と一緒に「宇宙人全集 温泉地限定浴衣バージョン」なる物を買っていた。 何でも此処でしか売っていない限定物らしいのだが・・・ まさか、それが目的で此処を選んだんじゃないよな? あらかたお土産を買った俺達はそのまま帰路に着いた。 無事帰宅した俺達に残された大きなイベントはこれでハルヒの出産だけとなった。 それから6ヶ月程の時間が過ぎた。 現在はハルヒは妊娠8ヶ月半で、出産まであと少しである。 もうハルヒのお腹も大分大きくなっていて確実に成長しているのだと妊娠していない俺にも実感出来る程だった。 この子もハルヒのように毎日を元気に過ごして欲しいと俺は思っている。 「あ、キョンこの子今動いたわ!!」 子供が生まれても俺はその名で呼ばれ続けるのだろうか? 結婚して以来、俺はハルヒに何度か本名で呼んでくれと頼んでいるのだがそれは悉く却下されている。 最悪子供にまで「キョン」と呼ばれる事が無い様に努力しよう。 「何っ!?ほんとか?」 「あんたバカ?そんな嘘ついてどうすんのよっ!?そんなに疑うなら触ってみなさいよ!!」 そう言いハルヒが俺の手を取り自分のお腹に当てる。 その時、子供がハルヒの中から蹴ってきた。 どうやらこの子もハルヒと同じ位に気が強いらしいな・・・ 文句でも言っているのだろうか? 「ね?今動いたでしょ?」 「あぁ、ほんとに動いたな。正直感動した。早く顔が見たいな」 「ホントよね!!さっさと出てこないもんかしら?」 おいおい・・・ 「そんなにポンっと出てくる訳無いだろ?てかそれじゃあ感動が全く無いじゃないか。それにその子にもタイミングってもんがあるだろうし気長に待とうぜ」 「そんなの分かってるわよ!!いちいち冗談を真に受けないでよね?ほんっとにあんたって進歩しないわよね」 ハルヒは本日も絶好調のご様子だ。 いやはや、結婚式前後の時のしおらしかったハルヒが恋しいねぇ・・・ あの時のハルヒはそれはそれは可愛かったね・・・ 「なーに鼻の下伸ばしてんのよ!?このエロキョンっ!!」 どうやら顔に出ていたようで、ハルヒの視線がさっきから痛すぎる。 「どーせ、みくるちゃんや有希の事でも考えてたんでしょ?」 なんでここで長門と朝比奈さんの名前が出てくるんだ?さっぱり理解出来ん。 「いや、俺はお前の事を考えていたんだが」 「そうなの?まぁ、それなら高級レストラン1回で特別に許してあげるわ」 「はいはい、それはどうも」 「それはそうと、ねぇ名前はもう決めてくれた?」 「あぁ、今最後の2択で悩んでいるところなんだ」 「へぇ、あんたにしては仕事が早いわね。じゃあ、その最後の2択とやらを聞かせてちょうだい。あたしが採点してやるわ!」 「それは生まれた時のお楽しみだ」 「あんた、あたしにそんな口聞いていいと思ってんの?あんた何様よ!?」 「俺か?俺はハルヒの旦那様だが」 「ま、まぁそうね、間違っちゃいないわね。って開き直るな!!」 こんな夫婦喧嘩のような会話をしていて子供に悪影響を与えないのかとたまに心配になる。 だが同時に、これが俺達の自然体なのだからこのままでいいとも俺は思っている。 今はとりあえずこの怒りが収まらない俺の奥様をどう鎮めたものか・・・ 「ちょっとキョン!!ちゃんと聞いてんのっ!?さっさと答えなさい!!30秒以内!!」 それだけを考えている・・・ その3週間後、いつものように労働に勤しんでいると突然俺の携帯が鳴り出した。 急いで廊下に出てディスプレイをチェックすると発信はハルヒの携帯からだった。 「どうした?何かあったか?」 「あ、キョン?あたしきたみたいなの!!」 相変わらず主語が抜けている。 「来たって何が?まさか宇宙人か?」 「あんたってホントにアホでしょっ!?陣痛がきたみたいって言ってんのよ!!」 「え?だって予定日まであと3週間もあるじゃないか?」 「そうだけど、きちゃったもんはきちゃったのよ!!」 確かに電話の向こうのハルヒは苦しそうである。 落ち着け・・・落ち着くんだ、俺!! 「大丈夫なのか?病院までちゃんと行けるか?」 「今、母さんが来てくれてるから大丈夫。タクシー来たら病院に行くからアンタも急いで来なさいっ!!」 「いきなりそんな事を言われてもな、まだ仕事残ってるし。出来るだけ急いで行くよ」 「はぁっ!?アンタ、あたしと仕事とどっちが大事なのよっ!?いいからさっさと来なさい!!3秒以内!!遅刻したら離婚だからね!!じゃ!!」 ブチッ!! ツー ツー ツー はぁ、どうすりゃいいんだよ・・・ 俺だって今すぐにでも行きたいが、いきなり早退させてもらえる訳も無いしな・・・ そう思いつつドアを開けると部長が俺の鞄を持って立っていた。 「話は全部聞かせてもらった。今日はお前が居ると何故かみんなの仕事が捗らんからさっさと帰れ」 「え?で、でも」 「でももヘチマもあるか!とにかく今日のお前は邪魔なんだ。だから帰れ!!」 「あ、ありがとうございます!!」 「お礼を言われるような事はしとらん。邪魔だから追い出すだけだ」 「はい。失礼します」 俺は部長に頭を下げると病院を目指して走り出した。 その際、部署から声援が聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。 会社を出てタクシーを捜したが中々来ない。 こんな所でタイムロスをしたくないので俺はがむしゃらに走り出した。 病院はここから車で1時間は掛かるが、この場でタクシーを待っている余裕は今の俺には無いので、今はただ一歩でも病院に近づく様に走っているのだ。 暫く走っていると偶然にも信号待ちをしているタクシーを発見した俺は慌ててドアをノックした。 幸い、客は乗せておらず俺はそのタクシーに乗って病院へ急いだ。 事情を聞いたタクシーの運ちゃんが一般道で混雑する時間帯に120キロを出すという中々スリリングな事をしてくれたおかげで30分程で病院に到着する事が出来た。 願わくばあの運ちゃんが違反で捕まりませんように・・・そう願いつつ病院の中へ入った。 俺は受付でハルヒが何処か聞こうとしたが、俺の顔を見るなり看護師さんが俺をハルヒの元へ案内してくれた。 そういえば、診察室でキスしたバカップルって事で有名だったな、俺達・・・ 案内された分娩室の前には、ハルヒの母さんと俺の母さんが待っていた。 「ちょっと、キョン!遅いじゃない!?」 「あぁ、スマン。お義母さん、すいませんお世話になりました」 「いいのよ。それよりハルちゃんが無理言ってごめんなさいね」 「いえ、それでハルヒは?」 「20分位前に分娩室に入ったところよ」 「そう・・ですか」 すると分娩室から看護師さんが出てきた。 「あ、旦那さんやっときたぁ!!さぁ、早く中に入って下さい。奥さんがお待ちですよ」 と言って俺を分娩室に連れ込む。 廊下と分娩室との間にある部屋に入った俺は看護師さんに怒られていた。 「もう、遅いじゃないですか。ダメですよ?出産も立派な夫婦の共同作業なんですからね!分かりましたか?」 「はい、ごめんなさい」 「よろしい。じゃあこれ着て下さい」 と言って自分達が着ているものと同じものを俺に渡してきた。 俺がそれを着終わるのを確認すると俺をハルヒのいる分娩室へと通した。 「奥さん、さっきからカンカンですから覚悟しといた方がいいですよ」 「でしょうね。慣れてるから大丈夫ですよ」 分娩室にはかなり苦しそうにしているハルヒと担当の先生と看護師さん数人が居た。 「あら、やっと来たの?遅かったじゃない」 ハルヒの担当の先生が話し掛けてきた。 「どうも、遅くなってすいませんでした」 「まぁ、それはいいから奥さんに話し掛けて励ましてあげて。なんだったらまたキスしちゃってもいいからね」 きっとこれがこの人流の励まし方なのだろう。 そう・・・信じたい・・・ 「はい、分かりました」 俺はハルヒの隣に立って話し掛けた。 「よう、遅くなって済まなかったな」 「お・・そいわ・よ・・・何や・・ってたのよ・・・」 怒ってはいるがいつもの勢いは無い。 それほどまでに苦しいのだろう。 「ホントにスマン。これでも大急ぎで来たんだぜ?」 「・・・遅刻し・・たら・・離婚・・・って言った・・でしょ・・・」 「文句なら後で幾らでも聞いてやるから、今は子供を生む事だけを考えてくれ。俺もずっとここに居るからな」 そう言って俺はハルヒの手を握った。 「分かった・・・わ・・覚悟し・・・ておきなさいよ・・・」 「あぁ」 もうそこから何時間経っただろうか・・・ ハルヒは未だに苦しんでいる。 早く終わって欲しい・・・ 俺はハルヒの手を握りながらそれだけを願っていた。 こんな時「ハルヒ頑張れ!!」としか言ってやれない自分に嫌気が差す。 ハルヒは激しい痛みによって気絶し、また痛みによって覚醒する行為を何回も何回も繰り返した。 正直、その姿を見ていられなかったがここで目を閉じてしまったらハルヒは一人ぼっちになってしまう。 俺は何度も目を瞑りそうになる度に自分に「瞑るな!!」と言い聞かせた。 そして遂にその時がやってきた。 「おぎゃー、おぎゃー」 と元気な泣き声が聞こえる。 俺がふっとその泣き声のする方へ目線を上げるとそこには看護師さんに抱かれた小さな赤ちゃんの姿があった。 俺はやっと終わったと安心した。 「やったな、ハルヒ。無事に生まれたぞ」 「・・・・・・・・・・」 ハルヒの反応が無い。 俺の頭の中で最悪の予感が起こる。 「は、ハルヒ?おい、これはなんの冗談だ?」 いつの間にか握っているハルヒの手に力が無くなっている。 そんな事はある筈が無い・・・・・・・・ 「ハルヒっ!?ハルヒーーーーっ!!」 俺は目の前が真っ暗になっていた・・・・ 「旦那さん、落ち着いて!!大丈夫、気絶してるだけよ。ほらちゃんと呼吸してるでしょ?」 え?本当に・・・・・・・? 俺は恐る恐る確認する。 すー はー すー はー 本当だ。 ハルヒは生きてる。 良かった、本当に良かった。 再びハルヒの手に力が戻る。 「・・・・ぅっさいわね・・・・勝手に殺すんじゃないわよ・・・・・」 ハルヒはゆっくり目を開いた。 「あぁ、そうだな。済まなかった」 「・・・全く・・・他に言う事・・・あるでしょ・・・」 「あぁ、ハルヒ良く頑張ったな。ありがとう、お疲れ様」 それを聞いたハルヒは力無く微笑むと再び目を閉じ深い眠りについた。 眠ったハルヒと一緒に分娩室を出ると母さん達だけでなく俺の親父にハルヒの父、そして妹が待っていた。。 「無事生まれました。ご心配お掛けしました」 おれがそう言うと歓声が沸いた。 なぁ、ハルヒ、ほんと俺達はいい家族に恵まれたよな。 俺はそのままハルヒに付き添い、みんなは保育器に入っている俺達の子供を見に行っていた。 「生まれてすぐに離れ離れになるのはなんか寂しいな」 俺は眠っているハルヒにそんな事を話掛けていた。 幸いハルヒの部屋は個室だったので、俺はその晩ハルヒに付きっきりで居ることにした。 翌日、会社に電話をして子供が無事生まれた事、一日仕事を休ませて欲しいという事を部長に話した。 部長が「無事生まれたか、そうかそうか。それは良かった」と言うと部署内で歓声が沸いているのが聞こえた。 「有休って事にしとくから、気にせず休め」 「ありがとうございます。では」 俺はそう言って電話を切り、受付で車椅子を借りてハルヒが眠る病室へと戻った。 ハルヒはその日の昼位にやっと目を覚ました。 「お、やっと起きたか?おはよう」 「ん?おはよ。今何時?」 「あぁ、12時半位だな」 「そう。ねぇ、赤ちゃんは?」 「新生児室にいるよ」 「そう、じゃあ今から見に行ってくるわ」 「おいおい無理するなよ?」 「無理なんてしてないわ」 そう言って立ち上がろうとするが足に力が入らないようだ。 「そうかい、じゃあこれに乗れ。そしたら連れて行ってやる」 そう言って車椅子を引っ張り出した。 俺は車椅子に乗ったハルヒを連れて新生児室に来ている。 俺はハルヒに付きっきりだったので、ここに子供を見に来るのは始めてである。 「ねぇ、あたし達の子供ってあれよね」 ハルヒが自分の部屋の番号が書かれたプレートの下がった保育器を指差す。 「あぁ、そうだな。可愛いな」 「ホントね。アンタに似なくて良かったわ」 「おいおい・・・」 「冗談よ!!いちいち真に受けるなっていつも言ってるでしょ?」 「お前の冗談は冗談に聞こえないんだ」 「そんな事はどうだっていいわよっ!!」 いや、よくはないと思うんだが・・・ 「それより、あの子の名前をそろそろ教えてくれない?」 「あぁ、そうだな。あの子の名前は「はづき」だ。「春」の「月」って書くんだがどうだ?」 「ふーん。まぁ、あんたにしちゃ中々なんじゃない?」 「そうかい?そりゃ良かった」 「あなたの名前は春月よ!!美人のママとダメダメヘッポコのパパだけどこれからよろしくね!!」 おいおい、いきなりその自己紹介は無いだろ? まぁ、いいか。 そこはこれから幾らでも修正して行けばいいしな。 まずはこの子に挨拶だ。 「ワガママなママとそのママに全然頭が上がらないパパだけどこれからよろしくな春月」 そして1週間後・・・ ハルヒは無事退院する事になった。 体調を完全に回復したハルヒと春月を連れて俺は家へと帰ってきた。 1週間程は静かだったこの部屋もまた賑やかになるだろう。 いや、ここは以前にも増して賑やかになると言い換えておこう。 まぁ、この子が始めて喋った言葉が「キョン」だったとか色々騒動はあったのだがそれは別の機会にしよう。 なんたって、一人でも手を焼いていたのが今度は二人になってしまったんだからな。 また、俺の気苦労も増えそうだ・・・・ あぁ、名前の意味? それは、「ハルヒ」っていう太陽から光を一杯もらって、いつか自分自身で光り輝いて欲しいって思いを込めて「春月」って名前にしたのさ。 「ちょっとキョン!!何してんのよっ!?早く来なさい!!」 早速、春月が何かしでかしたようだな。 そろそろこの言葉も封印したいのだがそれはまだ先の話になりそうだ。 「あぁ、今行くよ。はぁ、やれやれ」 fin エピローグ その後の話を少しだけしたいと思う。 春月は無事4歳となり今日も元気に外をハルヒと一緒に走り回っている。 無論、俺も二人に引っ張り回されている最中だ。 「きょんくん、おそいよ!!おくれたらばっきんなんだよ!!」 「そうそう、遅れたら罰金よ!!それが嫌ならさっさと来なさい!!」 はぁ、すっかり似たもの親子になっちまったな。 これからがある意味では楽しみで、ある意味では怖いな・・・ もうお気付きの方も多いと思うが、そう俺の努力虚しく俺は我が子にも「キョン」と呼ばれているのである。 今は、大きいハルヒと小さいハルヒである春月に振り回される忙しい毎日を過ごしている。 大変だが充実した日々を送れている事を俺は二人に感謝したいと思う。 じゃあ、二人が呼んでいるのでそろそろ行くとしよう。 罰金は嫌だしな・・・ 「おい、待ってくれよ!!」 そう言って俺は二人の元に走り出した・・・・・ fin
https://w.atwiki.jp/yuriharuhi/pages/16.html
建前は冬合宿、その実は今年度最後の大騒ぎ、または古泉劇団発表会の場となった鶴屋家別荘。 掘ゴタツに足を突っ込んで、俺達はハルヒと古泉が共同製作したスゴロクに興じていた。 「はい。次、有希の番ね!」 手元に転がって来たサイコロを拾い上げて、ハルヒが長門に手渡す。 長門はサイコロを手の平で受け止め、すぐに少しだけ手を傾けてテーブルに落とした。 「…に」 振ったサイの目に書かれた数を呟いて、長門はコマを二マス進めた。 げえ。それが俺が長門のコマが止まったマスの指令を読んだ感想だ。 「『団長を気分良くさせる言葉を五種類以上言う』…」 ぱちり、と一回だけ瞬きをして長門はそれを読み上げた。 どうする長門。お前は社交辞令とかには無縁な奴だよな。 天上天下唯我独尊が乗り移ったようなハルヒを褒めるなんて、罰ゲームにしかならないぞ。 そう俺が考えていると、 「有希? その…できなくても別にいいのよ? 有希は素直だから、褒め千切るなんてできないだろうし、キョンみたいに罰金なんて言わないわ」 と、ハルヒが少し困ったように長門の顔を覗きこんだ。 何かもう、文句を言う気にもなれんな。この俺限定の不平等にも長門限定の気ィ使いっぷりにも慣れちまった。 あと暗にそれは褒め千切る天才の古泉は素直じゃないって言ってることになるぞ。 いや、その通りだが。 ハルヒや俺の心配をよそに、長門はコタツの中で身をよじって、ハルヒの正面を向くように座り直した。 お、パスしないのか。 「活発」 ひとつ目だな。まあ嘘ではないだろう。 「健康的」 ふたつ目。あれ、それってひとつ目のと意味被ってないか? 「物怖じしない」 みっつ目。あー、まあな、当てはまるわな。 「優しい」 よっつ目。長門限定だがな…ところでハルヒよ、今のお前に鏡を見せてやりたくてたまらんのだが。 なんつーだらしない顔だ。 よっぽど嬉しいんだろうな。 最後の一個。 五種類以上ってことは、いつつより多くてもいいと言うことだが、最低限のいつつでも上出来だろう。 なんてたってハルヒを褒める言葉だからな、いつつは多過ぎるくらいだ。 さーて、長門は最後に何と言うかな? 「…好き」 それは…褒め言葉なのか?個人的な感情じゃないのか?? 長門の爆弾発言に、見ろ、朝比奈さんはおろか古泉まで固まってるじゃないか。 こんな時でも落ち着き払っている多丸さんは流石だな…鶴屋さん、大爆笑してるのなんてあなただけですよ。 いや、それよりも…おいハルヒ!! なんだってお前はタコみたいに真っ赤になってるんだ!? 「わ、私もよ…」 もじもじ、と効果音を背負えるほど顔を更に赤く染めて言うハルヒに、 「そう」 とあくまで無表情な長門。 朝比奈さんが何となく寂しそうに見えるのは…俺の気のせいだ、うん。 終わり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2615.html
γ-1 「もしもし」 山びこのように返ってきたその声は、ハルヒだった。 ハルヒが殊勝にも、「もしもし」なんていうのは珍しいな。 「あんた、風呂入ってるの?」 「ああ、そうだ。エロい想像なんかすんなよ」 「誰もそんな気色悪いことなんかしないわよ!」 「で、何の用だ?」 「あのさ……」 ハルヒは、ためらうように沈黙した。 いつも一方的に用件を言いつけるハルヒらしからぬ態度だ。 「……明日、暇?」 「ああ、特に何の予定もないが」 「じゃあ、いつものところに、9時に集合! 遅れたら罰金!」 ハルヒは、そう叫ぶと一方的に電話を切った。いつものハルヒだ。 さっきの間はいったいなんだったんだろうな? 俺はそれから2分ほど湯船につかってから、風呂を出た。 γ-2 寝巻きを着て部屋に入り、ベッドの上でシャミセンが枕にしていた携帯電話を取り上げてダイヤルする。 相手が出てくるまで、10秒ほどの時間がたった。 「古泉です。ああ、あなたですか。何の御用です?」 俺の用件ぐらい、察してると思ったんだがな。とぼけてるのか? 「今日のあいつら、ありゃ何者だ?」 「そのことなら、長門さんに訊いた方が早いでしょう。僕が話せるのは、橘京子を名乗る人物についてぐらいです」 「それでかまわん」 「彼女は、『機関』の敵対組織の幹部といったところですよ。まあ、敵対とはいっても血みどろの抗争を繰り広げているというわけでもないですが」 「なら、どんなふうに敵対してるってんだ?」 「彼女たちも僕たちも、そうは変わらないんですよ。似たような思想のもとで動いてますが、解釈が違うといいますかね。まあ、幸い、彼女はまだ話が通じる方です。組織の中では穏健派寄りのようですからね。あの朝比奈さん誘拐事件も、彼女の本意ではなかったと思いますよ」 ほう。お前が弁護に回るとはな。 「それはともかくとして、橘京子の動きは僕たちがおさえます。別口の未来人の方は、朝比奈さんに何とかしてもらいましょう」 まあな。朝比奈さん(大)だって、あのいけ好かない野郎に好き勝手させるつもりはないだろう。 「問題は、情報統合思念体製ではない人型端末です。何を考えてるのか、全く読めません。長門さんの手に余るようなことがあれば、厳しい状況ですね」 「長門だけに負担をかけるようなことはしないさ。俺たちでも何かできることはあるだろ」 「僕もできる限りのことはしますよ。でも、万能に近い宇宙存在に比べると、我々はどうしても不利です。こればかりは、いかんともしがたい」 それを覆す切り札がないわけではないがな。 だが、それは諸刃の刃だ。 「ところで、おまえのところにハルヒから連絡がなかったか?」 「いえ、何もありませんでしたが、何か?」 「いや、明日の朝9時に集合って一方的に通告されたんだが」 古泉のところに連絡がないとすれば、どうやら、明日ハルヒのもとに召喚されるのは、俺だけらしいな。 「ほう。デートのお誘いですか? これはこれは。羨ましい限りですね」 「んなわけないだろ。どうせ、俺をこき使うような企みがあるに違いないぜ」 「涼宮さんも、佐々木さんとの遭遇で、気持ちに変化が生じたのかもしれませんよ。奇妙な閉鎖空間については、先日お話ししたかと思いますが」 「あのハルヒに限って、それはありえんね」 「修羅場にならないことを祈りますよ。僕のアルバイトがさらに忙しくなるようなことは避けてほしいですね」 「勝手に言ってろ」 古泉との電話はそれで打ち切られた。 次は、長門だ。 今度は、ワンコールで出た。 「…………」 「俺だ。今日会ったあの宇宙人なんだが」 「彼女は、広域帯宇宙存在の端末機」 即答だった。 「俺たちを雪山で凍死させようとしやがった奴ってことで合ってるか?」 「そう」 「あの宇宙人とは、何らかの意思疎通はできたのか?」 「思考プロセスにアクセスできなかった。彼女の行動原理は不明」 「広域帯宇宙存在とやらの考えも分からんか」 「情報統合思念体は彼らの解析に全力を尽くしているが、成果は出ていない」 「そうか」 このあと、長門は、淡々とした口調でこう告げてきた。 「私は、情報統合思念体から、最大限の警戒態勢をとるよう命じられた」 長門の抑揚のない声が、異様なまでに重く感じられた。 γ-3 ハルヒにこき使われるに違いない明日に備えて寝ようとしたところを、妹が襲撃してきやがった。 しぶしぶ、妹の宿題につきあうこと1時間。 シャミセンと戯れ始めた妹を、シャミセンごと追い出すと、俺はようやく眠りについた。 γ-4 翌、日曜日。 妹のボディプレスで起こされた俺は、朝飯を食って、家を出た。 「遅い! 罰金!」 もはや規定事項となった団長殿の宣告も、今日ばかりは耳に入らなかった。 なぜなら、ハルヒの隣に意外な人物が立っていたからだ。 「なんで、おまえがここにいるんだ?」 ハルヒの隣には、佐々木の姿があった。 「酷いな、キョン。僕がここにいるのがそんなに不思議かい? まあ、驚くのは無理もないが、そんなに驚くことはないじゃないか。昨日、涼宮さんに電話で提案してみたのだよ。昨日会ったのも何か縁だろうから、いろいろと話し合いたいとね」 「あたしも聞きたいことがいろいろとあるし、快諾したってわけ」 ハルヒ。佐々木がお前の電話番号を知っていることを不思議に思わなかったのか? まあ、橘京子あたりが調べて佐々木に教えたんだろうけどな。 「事情は分かった。だが、なんで俺まで一緒なんだ? 話し合いたいことがあるなら、二人で話し合えばいいことだろ?」 「キョン、君は相変わらずだね。この調子じゃ、涼宮さんもだいぶ苦労してるんじゃないかな」 待て。なんでそんなセリフが出てくるんだ? この唯我独尊団長様に苦労させられてるのは、俺の方だぜ。 「フン。いつものところに行くわよ!」 なぜか不機嫌になったハルヒの号令のもと、俺たちはいつもの喫茶店に向かった。 ハルヒは、俺の財政事情には何の考慮も払わず、ガンガン注文を出しまくった。 話し合いというのは、何のことはない。 俺の中学時代と高校時代のことを互いに話すというものだった。 まずは、ハルヒが、佐々木に、高校時代の俺のことについて話した。 なんというか、話を聞いているうちに、俺は自分で自分をほめたくなってきたね。ハルヒにあれだけさんざん振り回されてきても、自我を保持している自分という存在を。 「キョン。君は、実に充実した学生生活を送っているようだね」 それが佐々木の感想だった。 なんだかんだいっても、充実していたというのは事実だろう。 だが、俺はこう答えた。 「ただ単にこき使われてるだけだ」 「くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」 次は、佐々木が、ハルヒに、中学時代の俺のことについて話した。 話を聞いているうちに、ハルヒの顔がどんどん不機嫌になっていく。 聞き終わったハルヒは、不機嫌な顔のままで、こう質問してきた。 「ふーん。で、二人はどういう関係だったわけ?」 「友人よ」 さらりとそういった佐々木を、ハルヒはじっとにらんでいた。 「あのなぁ、ハルヒ。確かに誤解する奴はごまんといたが、俺たちは友人だったんだ。やましいことなんて何もないぜ」 「友人以上ではなかったってこと?」 「それは違うわよ、涼宮さん。正確には、友人『以外』ではありえなかったというべきね。少なくても、キョンにとってはそうだったはず」 どこが違うんだ? 俺のその疑問には、誰も答えてはくれなかった。 「はぁ……」 ハルヒは、大げさに溜息をつきやがった。 「あんたが嘘をついてるなんて思わないわよ。でも、嘘じゃないなら、なおのこと呆れ果てるしかないわね。あんた、そのうち背中からナイフで刺されるわよ」 おいおい、物騒なこというなよ。 ナイフで刺されるのは、朝倉の件だけで充分だ。 「僕も同感だね」 佐々木まで賛同しやがった。 俺がいったい何をしたってんだ? 茶店代は当然のごとく俺の払いとなった。 総務省に俺を財政再建団体の指定するよう申請したい気分だ。俺の懐具合が再建するまでには、20年はかかるだろうね。 そのあと、三人で不思議探索となった。 傍から見れば、両手に花とでもいうべきなんだろうが、この二人じゃ、そんな風情じゃないわな。 そういえば、ハルヒとペアになるのは、あの日以来か。 結局のところ、俺はハルヒにさんざん振り回され、佐々木の小難しいセリフを聞き流しながら、一日をすごすハメになった。ついでにいうと、昼飯までおごらされた。 そして、駅前での別れ際。 俺がふと振り返ると、ハルヒと佐々木は二人でまだ何か話していた。 何を話しているかは聞こえなかった。 知りたいとも思わなかった。この時には。 γ-5 月曜日、朝。 昨日の疲れがとれず、俺は重い足取りで、あのハイキングコースを這い上がった。 学校に着いたころにはずっしりと疲れてしまい、早くも帰りたくなってきた。そんなことは、俺の後ろの席に陣取る団長様が許してくれるわけもないが。 ハルヒは、微妙にそわそわした感じだった。 また、何か企んでいるのだろうか? 俺が疲れるようなことでなければいいのだが。 疑問には思ったが、疲れた体がそれ以上考えることを拒否し、俺は午前中の授業のほとんどを睡眠という体力回復行為に費やした。 寝ている間に、何か長い夢を見たような気がしたのだが、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。 昼休み。 なぜかハルヒが俺の前の席に陣取り、椅子をこちらに向けてドカッと座った。 俺の机の上に、弁当箱を置く。 「今日は弁当なのか?」 「そうよ。そんな気分だったから」 机の上には、俺の弁当箱とハルヒの弁当箱が並んでいる。 こうして、二人で向かい合って、弁当を食うハメとなった。 なにやら誤解を受けそうな光景だ。実際、クラスのうち何人かがこちらをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。 ハルヒは、相変わらず健啖ぶりで、弁当を平らげていた。 「その唐揚げ、おいしそうね」 ハルヒは、そういうや否や、俺の弁当箱から、唐揚げを取り上げ、食いやがった。 「ひとのもん勝手にとるな」 「うっさいわね。しょうがないから、これをやるわよ」 ハルヒは、自分の弁当箱から玉子焼きを箸でつまむと、そのまま俺の口に突っ込んだ。 「むぐ」 クラスの女子から、キャーというささやき声が聞こえる。 とんだ羞恥プレイだな。 こりゃいったい何の罰ゲームだ? 「感想は?」 ハルヒが、挑むような目つきで訊いてきた。 「うまい」 実際、それはうまかった。 「当たり前でしょ! 団長様の手作りなんだからね!」 そういいながら、ハルヒの顔は上機嫌そのものだった。 だがな、ハルヒよ。 いくらお前が鋼の神経をしているとはいえ、こういう誤解を受けかねないような行為は避けるべきだと思うぞ。 まあ、誤解する奴はいくら説明してやったってその誤解を解くようなことはないんだけどな。 俺が中学3年生時代の経験で学んだことといえば、それぐらいのものだ。 その日の放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りると同時に席をたち、とっとと教室を後にした。 いつものように部室に行くのかと思いきや、 「キョン、先に行っててくんない? あたしはちょっと寄るところがあるから」 ハルヒは鞄を肩掛けすると、投擲されたカーリングの石よりも滑らかな足取りで走り去った。 はて、何を企んでるんだろうね? そういや、あいつは、朝から妙にそわそわした感じだったな。 まあ、考えても仕方がないので、俺はそのまま部室に向かった。 γ-6 部室に入ると、既に長門と朝比奈さんと古泉がそろっていた。 「涼宮さんは?」 古泉がそう訊いてきたので、答えてやった。 「授業が終わったとたんにどっかにすっ飛んでいきやがったぜ」 「そうですか。何かサプライズな出来事を持ってきてくれるかもしれませんね」 「世界が終わるようなサプライズは勘弁してほしいぜ」 「まあ、それはないでしょう」 そこに、SOS団の聖天使兼妖精兼女神様である朝比奈さんがお茶を出してくれた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 「ところで、昨日はどうだったんですか?」 古泉がにやけ顔で訊いてきやがった。 いつもだったら無視しているところだが、あの佐々木の周りにはSOS団と敵対している超常野郎が集まっている。一応、古泉の見解も聞いてみたかった。 俺は昨日の出来事をはしょりながら説明してやった。 「おやおや。まさに両手に花ではありませんか?」 「あの二人じゃ、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったね」 「まったく、あなたという人は」 「それより、佐々木のやつは、あいつらに操られてるんじゃないだろうな?」 心配なのは、そこのところだ。 「それはないと思いますよ。昨日の一件は、佐々木さんの自由意思でしょう。問題は、その自由意思を利用しようとする輩が現れることです。先日もお話ししましたが、特に警戒すべきは周防九曜を名乗る個体です」 俺は、長門の方を見た。 「長門の意見はどうだ?」 長門は、分厚いハードカバーから視線を離さず、淡々と答えた。 「私も、古泉一樹の意見に同意する」 「そうか」 一応、もう一人のお方にも聞いておくか。 「朝比奈さん」 「はい?」 「二月に会った、あの未来人のことですが」 「ああ、はい。覚えてます」 「あいつらが企んでいることって何ですか? ハルヒの観察ってわけでもないらしいって感じなんですが」 「えーっと……あの人の目的は、そのぅ、あたしには教えられていません。でも、悪いことをするために来たんじゃないと思います」 うーん。自分を誘拐した犯人たちの仲間だというのに、不思議なことに、朝比奈さんはあの野郎には悪い印象は持ってないようだ。 仏様のように広い御心の持ち主なのは結構ですが、もうちょっと警戒心とかを持った方がいいと思いますよ。 それはともかく、とりあえず、警戒すべきは周防九曜を名乗る宇宙人もどきであるというのが、結論になりそうだな。 その話題は、そこで打ち切りになった。 「どうです、一勝負」 古泉が出してきたのは、囲碁かと思ったら、連珠とかいう古典ゲームらしい。 「五目並べのようなものです。覚えたら簡単ですよ」 俺は古泉の言うままに盤上に石を置きながら、実地でだいたいの遊び方を教わった。 朝比奈さんのお茶を片手に二、三試合するうち、たちまち俺は古泉に連戦連勝するようになる。 いつもどおりまったりと時間が過ぎていった。 それにしても、ハルヒは遅いな。 そう思った瞬間に、爆音とともに扉が開いた。 「ごめんごめん。待たせたわね!」 部室にいた団員全員の視線が、ハルヒに集ま……らなかった……。 団員の視線は、ハルヒの後ろに立っている人物に集中していた。 「みんな! 今日から入団した学外団員を紹介するわ! 佐々木さんよ!」 そこにいたのは、紛れもなく佐々木だった。 続き 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/288.html
ハルヒ先輩から 「まあ、あんたは、鞭より飴が効くタイプだとは思ったけど、ここまでとはね」 「どっちかって言うと、ハルヒが事前にしてくれた家庭教師のおかげだと思う」 「それでもね。……あんた、平均で80点超えてるわ。これだと『愛の極上スペシャル・フルコース』になっちゃうけど、どうする?」 「……」 「そうよねえ。こういうのは、お互いの気持ちの高まり、とか、そういうのが大事なもんだし、賞罰のネタにするのはダメね。あたしが悪かったわ。代わりに、なんでもいいから、欲しいもの言いなさい。ちゃんとご褒美は用意するから」 「ハルヒ」 「なに?」 「子供扱いしてるだろ?」 「む。そんなこと、あるわけないじゃない。あんたは、たまたま年下だったけど、あんたが10才年上だろうが、逆に年下だろうが、キョンはキョンよ。あたしの気持ちに変わるところはないわ」 いや、さすがに10歳下はまずいだろ。 「じゃあ、なんで俺なんだよ。ハルヒなら、もっと……」 「もっと、何?」 「もっとイケメンとか、頭のいい奴とか、よりどりみどりだろ?」 ハルヒは、さもつまんないといった風に答えた。 「あんたがコンプレックスを持つのは勝手だけどね、キョン。あたし達の恋路にそんなもの混ぜこまないでちょうだい。あんたは恋をするのに、カタログのスペックを見比べて決めんの? 掃除機や冷蔵庫を買うんじゃあるまいし。アクセサリー用途の彼氏彼女が欲しいならそれでもいいわ。でも、あたしは、そんなくだらないことに時間を使う気はないの」 「……じゃあ、おれも欲しいもの言うぞ」 「どうぞ」 「これ。最初の約束とおりに」 「『愛の極上スペシャル・フルコース』!?」 「おれもハルヒでないと嫌だ。これって気持ちの高まりじゃないのか?」 ● ● ● 「あんたには、負けたわ。あ、でも、この借りは必ず返すからね!」 これって貸し借りなのか? どこまで負けず嫌いなんだ? っていうか、だいたい『負け』なのか? 「うっさい。今回はあんたの真剣さに免じて譲るって言ってんの。……あたしだって、はじめてなんだからね。気合いというか勢いが必要というか。とにかく、あんた以外は全然考えられないけど、そのあんたが相手でも、ちょっと、こう、緊張すんの!」 「あ、ごめん。そこまで考えられなかった」 「いいのよ。あたしも、あんたがそこまで真剣に受け止めてくれるなんて思わなかった。だから、うれしいよ、キョン」 「うん」 「で、あんたが脱がす? それともあたしが脱ごうか? 高校時代のあたしの脱ぎっぷりと来たら、ある種の伝説に……」 「ハルヒ」 「なによ?」 「いつも通りでいいと思う。話して、冗談言って、ふざけあって、キスして、抱き合って……ってやつ」 「あ、うん。そうね。そうよね」 「ただし、途中でごまかしたり、なかったことにするするのは、無しな」 「ぶー。わかってるわよ。恥ずかしいのよ、あたしだって」 「うん。でも、今日は、『恥ずかしい』の先に行きたい。ハルヒと」 「キョン……。ああ、だめ。あんた、なんていう着火材?」 わっふる、わっふる、わっふる ハルヒはゆっくりと、有無を言わさぬオーラを発しながら、体をよせ、腕を回し、唇を重ねてきた。 最初は軽いキス。それがすぐに、頭の芯から麻痺させるような奴になる。半開きの唇から、熱い舌が入り込んでくる。口の中だけじゃなく、頭の中を直接、かき回されているような動き。 「んんん……」 自分の体温が急上昇するのが分かる。それ以上にハルヒの体が熱い。 顔が一度離れる。艶やかに濡れたハルヒの口元に目が行ってしまう。 「キョン、今日はふざけてる余裕がないわ」 ハルヒの指先が、俺の胸を軽く引っ掻く。思わず声が漏れる。なにかといえば、すぐに抱きついてきて、あちこち触っていたな。今日みたいな日のため? 「敏感ね、キョン」 「ハ、ハルヒがそうしたんだろ」 精一杯の抵抗。 「そうよ。あたしにも同じようにしてみて」 促されて、俺の指がハルヒの胸の先に触れる。とろけるような声、そして体中にひろがっていく波紋。 「か、感じてるのか?」 「感じてるわ。触れられるだけで、かるくイっちゃいそうなくらい」 ハルヒが艶かしく笑う。 「いっぱい抱き合ったから、あんたの体も、あたしのことをよおく知ってるのよ」 二人が手を伸ばし合い、互いの体を探り合った。 漏れる声よりも、鼓動の方がうるさいくらいに耳の中で、頭の中で響く。 だが、相手の声が聞こえなくても、相手が何を感じているのか、それこそ手に取るように分かる。 何をすればいいかは、確かに、体の方が知っているらしい。 心は、それに駆り立てられて、後に続くだけ。それでも満たすだけでは終わらないほどの何かが溢れ出る。 「何でもしてあげるって言いたいけど、何にもできなくなりそう」 ハルヒ先輩3へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4489.html
以前コンピ研からパソコンを強奪した事のあるハルヒが 今度はゲームをかっぱらってきた。 突然、立ち上がり、 「あぁっもう、退屈よ!」 と、叫ぶとともに部室をずしずしと出て行った五分後に 「待ってくれ!まだそれはインストールしていないんだ」 と言うコンピ研部長の悲痛な叫び声が上がったかと思うと 「だったら、SOS団のパソコンにインストールしなさい」 と言う、ハルヒの命令が聞こえて扉が開く。 「何で僕が」 と、言いながらハルヒの後を追ってきて中へと入ってきたコンピ研部長が聞けば、 「あたしがやりたいからに決まってるでしょ」 と、さも当然のことのようにハルヒが答えた。 まったく、その自信はどこから沸いてくるのかね 結局、ハルヒの暴力に屈し、しぶしぶゲームをインストールした部長は 「何で僕が・・・」 と、ぼやき、俺を睨んで退出した。何で俺が睨まれなきゃならんのだ。 ハルヒは満足げな笑顔で団長席に腰かけてゲームを始めた。 それから一週間、ハルヒは放課後に限らず、昼休みまでも部室で過ごすようになった。 チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出して部室でゲームをする。 初日のハルヒの「何よこれ、小説?」 と言う感想と表情からはとても想像できない反応だ。 一体何のゲームだ? まぁ、そこまでハマりこんでも授業をサボったりしてないから文句は言えないがな。 しかし、いや、その代りにだな、ハルヒは何故か俺たちを部室から追い出すということをし始めた。 きっかけは、と言うか、一番最初にそんなことをした時、ハルヒは顔面を真っ赤にしていた。 何事かと思い近づこうとしたとき 「キョン、出て行きなさい」 と、思ったよりは冷静に命令し、俺が目で理由を尋ねた直後に 「いいから!とっとと出ていきなさい!」 と、力の限り叫ぶ。慌てて退出したが全くもって理由が分からなかった。 それからというもの、突然俺を、時にはSOS団員全員を追い出すようになった。 その度に朝比奈さんは大慌てで、長門は本を読みながら、古泉はニヤケスマイルで 部室を出る。回を増すごとにハルヒは落ち着いて命令するようになった。 最後に追い出された時は 「あー、キョン。出ていきなさい」 と、めんどくさそうに言っていた。 その時にはすっかり慣れていた俺は「やれやれ」と呟きながらのんびりと出て行くようになっていた。 「ねぇ、あんた、願いが何でも叶うとしたら何を願う?」 ハルヒがそんなことを俺に聞いてきたのはゲームに飽きたのか、 部室に飛んでいくようなことがなくなってから数日後のことだった。願いが何だって? 「だから、願い事よ。大金持ちになりたいとか、女の子にもてたいとか」 さぁね、世界平和かね 「真面目に答えなさいよ。まさか、そんなこと本気で思ってるわけ?」 まぁ、本気ではないがそうなってもいいとは思うな。 「そう言うお前は何をお願いするんだ?」 いつかの七夕を思い出しながらそんなことを聞いてみる。 「あたしは、その・・・」 このとき俺はてっきりハルヒのことだから 「もちろん決まってるじゃない!この世界の神になることよ!」 位のことは言ってのけると思っていた。が、ふたを開けてみれば、 目を泳がせて、 「いいじゃない、そんなこと」 と言ってそっぽを向いてしまうだけと言う、何とも拍子抜けな反応だった。 まぁ、とんでもない事を言い出すよりはいいけどな。 その翌日、俺は学校に到着してからようやく異変に気づいた。 「誰も、いない?」 そんな馬鹿なとは思ったが、教室にも校庭にも、よくよく考えてみれば 登校中も誰も見なかった。何だ?またハルヒの仕業か? 「おーい、誰かいないのか?」 そう叫んでみたが、返事はない。誰もいない。まさか本当に俺しかいないのか? 以前にも似たようなことはあったが、その時はハルヒもいたし、 起きたら突然そこにいた、と言う感じだった。ますますおかしい。何が起こってんだ? 「ようやく見つけたわ」 後ろからハルヒの声が聞こえた。よかった、俺だけじゃなかった。 そう思うと同時に「またハルヒと俺だけか」とも思ったが違った。 ハルヒの隣には見たこともない変な男がいた。 「キョン、サーヴァントはどこ?」 サーヴァント?何のことだ? 「とぼけないで!あんたもサーヴァントを召還したはずよ。 クラスまでは知らないけどあんたのことだからライダーとかその辺でしょ」 さっぱり意味が分からん。わかるように説明しろ 「あぁっ、もう!白々しいわね。いいわ、あんたがその気ならこっちにも考えがあるわ」 ハルヒは腕を組んでそう言うと右手を人差し指を立てて前に突き出し 「アーチャー、キョンがサーヴァントを呼ぶまで徹底的に痛めつけてやりなさい」 おいおい、マジかよ 「めんどくさい命令だな。いいぜ、やってやる」 そう言うと金色の鎧を着た男は指の関節を鳴らす。ヤバい、とにかく逃げたほうががよさそうだ。 俺はあたりを見渡し、逃げ込めそうな場所を探す。用具倉庫、あそこなら・・・ 「とりあえず、死んじまえ」 男はそう言うと剣を俺に向かって振り下ろす。俺はそれを何とかかわすことができた。 「本当に殺しちゃだめよ、アーチャー。サーヴァントが出てくるまで待ちなさい」 くそっ、ふざけるなよ。 俺は全速力で走る。教室に呼び出された時のように体が動かなくなるようなことはなかった。 「マスターも甘いな。あいつがいなけりゃわざわざサーヴァントと闘う必要もねぇのに」 倉庫まではもう少し。中に閉じこもって扉を閉めれば襲っては来れないだろう。 話はそれからだ。 「ま、俺が最強だから関係ないけどな」 そう言うのと、俺の体が吹っ飛ぶのは同時だった。 強い衝撃がぶつかったかと思うと、俺の体は倉庫の中に放り込まれていた。 幸いにもマットの上に着地したため怪我はない。俺は急いで扉を閉め、開かないようにモップを立てかけた。 一旦はこれで大丈夫か? 「おい、とっとと出て来い。出てこねぇってんなら倉庫ごと吹っ飛ばす」 倉庫ごと吹っ飛ばすだって?冗談だろ、ってか、無理だろ。 いや、ハルヒがらみだ。本当にやりかねん。 くそ、誰でもいいから助けてくれ。 朝比奈さんは無理としても、長門でも、古泉でも、この際朝倉だって何でもいい。 とにかく誰か、誰か! その時、地面が光った。今度は何だ?まさか本当に吹っ飛ぶのか? 「問おう」 聞こえたのは女性の声だった。 「あなたが私のマスターか?」 目の前には銀の鎧を身にまとった、金髪の女性がいた。 「マスター、って何だ?」 そう言えばハルヒがそう呼ばれてたな。 「あなたが私を召んだのでしょう」 女性がそう言う。俺がよんだ?何時? 俺が呆然と女性を見上げていると、コンクリートででき来た倉庫の壁に穴があいた。 「何だ、いるじゃねぇか。・・・っと、セイバーか」 セイバー?知り合いなのか? 「なるほど、いきなりずいぶんと厄介な相手に・・・」 そう言うと、女性は見えない何かを構えて、 男に飛びかかった。 「っと、相変わらずだな。やはりお前は俺にこそ相応しい」 それを受け止めた男はたやすくそれをはじき返した。 「黙りなさい、アーチャー。私はあなたのものになるつもりはありません」 「ふん、まだそう言うか。ならば」 空いた壁の穴の隙間からハルヒが駆け寄ってくるのが見えた。 その顔は女性を見て驚いているようにも見える。 「ならば、貴様のマスターごと消し飛べ!」 男の背面から無数の武器が現れる。 「くっ」 女性は再び男に向かっていく。それを男はいともたやすくかわした。 「甘いな、このまま貴様のマスターが死ねば問題ない」 マジか? 「頭の悪い貴様のサーヴァントを恨むのだな。死ね!」 「駄目、殺したらだめ!」 そう叫んだのはハルヒだった。 「・・・っ!霊呪を使っただと」 男は焦った様子でハルヒを見る。その隙を逃さず女性が切りかかった。 気がつけば、男の首が、なくなっていた。 そのままグロテクスな場面を見せられると思ったが、 倒れることなく、それは消えてしまった。何だ?これは夢なのか? 「嘘・・・」 その奥ではハルヒが膝をついて青くなっていた。 「聖杯・・・戦争?」 大泣きしながら思う存分俺を殴ったハルヒから大体の事情と聖杯戦争のことを聞いた。 冗談のつもりで、いや、ハルヒのことだから本気だったのだろうが、 降霊の儀式を行なったところ、サーヴァントを召喚してしまったらしい。 聖杯戦争については・・・まぁ、勝手に想像するか調べてくれ。俺にはついていけん。 とにかく俺は召んだ覚えのないサーヴァント、セイバーと共にその戦争に巻き込まれたらしい。 「とにかく、あたしのアーチャーがいなくなったのはあんたのせいなんだから! 責任とってあたしの願いを叶えなさい。いいわね」 相変わらずの理不尽な要求だった。 「聖杯・・・戦争?」 大泣きしながら思う存分俺を殴ったハルヒから大体の事情と聖杯戦争のことを聞いた。 冗談のつもりで、いや、ハルヒのことだから本気だったのだろうが、 降霊の儀式を行なったところ、サーヴァントを召喚してしまったらしい。 聖杯戦争については・・・まぁ、勝手に想像するか調べてくれ。俺にはついていけん。 とにかく俺は召んだ覚えのないサーヴァント、セイバーと共にその戦争に巻き込まれたらしい。 「とにかく、あたしのアーチャーがいなくなったのはあんたのせいなんだから! 責任とってあたしの願いを叶えなさい。いいわね」 相変わらずの理不尽な要求だった。 さて、ハルヒの説明が終わり、俺たちは別のサーヴァントとマスターを探すべく学校を出た。 「いい?あんたが死のうが何しようが私を守るのよ」 死なない程度に守ってやるよ。 「団員は身を呈してでも団長を守るものでしょう。 大体、あんたが殺されそうにならなきゃあたしが勝ってたの。 そのことをきちんと理解しておくこと。分かったわね」 今度は負け惜しみか? 「負け惜しみなんかじゃないの。あたしが勝ってたの」 そんな強気なことを言いながらも、ハルヒははぐれないようにしっかりと俺の服を掴んでいた。 まぁ、ハルヒでも自分が殺されるかもしれないと思えば怖いのかもしれんな。 そんなことを考えながら歩いていると突然セイバーが立ち止まった。 「マスター、気を付けてください。私たちの後ろから隠れてついてきているものがいます」 何だ、早くも敵か? 「分かりません。一人のようですが警戒するにこしたことはないでしょう」 セイバーは真剣な目つきでそう言う。 「誰かいるんならこっちから攻撃すればいいじゃない。先手必勝よ」 ハルヒらしいというかなんというか。 「いえ、先ほども言いましたが相手は一人です。迂闊に手を出してしまえばあなた方が危険です」 そんなハルヒの提案に冷静な意見が帰ってきた。 「まどろっこしいわねぇ。で?そいつはどこにいるの」 「今はひとつ前の電柱の陰です。慣れているのかかなり上手についてきます」 今度の相手はストーカーか。 「ふーん。あの電柱の陰ね」 そう言うとハルヒは立ち止まり、にわかに振り返り何かを投げつけた。 「痛いっ」 と言う聞きなれた声が聞こえる。 「古泉君」 「ははは、やはり涼宮さんには敵いませんね」 古泉は笑顔で、両手を上げてこちらにやってきた。敵意はないってか? 「警戒しないでください。僕はすでにサーヴァントを失っています」 何かを構えるセイバーに古泉が言った。 それでも警戒しているのか、セイバーは動かない。 「安心しろ。こいつはそんな奴じゃない」 「お言葉ですがマスター。そう言う人間ほど油断ならないものです」 そんなもんなのかねぇ 「ところで、涼宮さんのサーヴァントが見当たらないようですが?」 古泉が訊ねた。 「あたしは、バカキョンのせいで脱落しちゃったのよ」 ハルヒがバツの悪そうに言った。 「そうですか、では仕方ありません」 古泉は手をおろして言った。 「キョンくん。少々お話があります。こちらに来ていただけますか?」 古泉は普段と変わりない態度で言った。 「貴様っ!」 警戒を強めたセイバーが言う。俺は手でそれを制して古泉の方へ歩き出した。 古泉がそう切り出すときは何か重要なことがある時だ。 特にハルヒ絡みのな。 警戒を怠らずに進むセイバーの横に あふれんばかりの好奇心を体中に漂わせるハルヒが話しかける。 それから少し離れた後ろで古泉の話を聞いていた。 「つまり、今回マスターになってるのはSOS団のメンバーで、 サーヴァントはランダムなんだな」 「えぇ、そう言うことです」 古泉が肯定する。 「僕のサーヴァントはランサーでした。 真名をきく前に消えてしまいましたが、宝具ですぐに分かりましたよ」 古泉は肩をすくめて言った。 「武器はトライデント、そこからわかる正体はポセイドンです。 流石は涼宮さん。そんなものまで呼んでしまうとは」 ポセイドンって、海の神じゃねぇか 「えぇ、性格は少しアレでしたが・・・」 アレ?って何だ 「第一声が『やらないか』でしたよ。驚きました」 全く意味が分からん 「それでいいと思います」 古泉はそう言って笑った。何がおかしいんだよ。 「で、相手は誰だったんだ?」 「そうです。僕のサーヴァントが負けたのは、キャスターにです。 そのマスターは長門さんです」 長門か。その長門はどこにいるんだ? 「それは僕にもわかりませんが、その相手のサーヴァントに少々問題が」 問題?一体どんな? 「そのサーヴァントと言うのが、その・・・」 早く言え。気になる 「長門さん自身なんです」 長門が、サーヴァント? どうやら最大の敵はおそらく長門だな。と、俺は思った。 「そしてもう一つ、今いる場所についてです」 場所?何か罠があるのか? 「いえ、そうではありません。すでにこの街がおかしいことにはお気づきですね?」 あぁ、人っ子一人いないからな 「そうです。誰もいません。以前そのようなことを経験したことはありませんか?」 以前経験した?まさか・・・ 「そうです。ここは閉鎖空間です。いえ、正確にはよく似た空間ですね。 コンピューター研究部の部長氏宅に発生したものの方が近いかもしれません。 しかし、この空間は間違いなく涼宮さんが発生させています」 ハルヒが?なんでまた 「おそらく最近やっていらっしゃったゲームが原因ですね。 かなり強く影響を受けたのでしょう。自分自身がそのゲームの登場人物になりたかった。 そこで、この空間を発生させ、ゲームの続きを楽しんでいる、と言うことでしょう。 このゲームが終わればおそらくこの空間は消滅します。 我々も無事元の世界に帰ることができるでしょう。 逆を言えば終了するまでは帰れません。とにかく、ほかの参加者を探すしかないようです」 やれやれ、無理にでもあのゲームをやめさせればよかった。 「そうかもしれません。しかし、この空間に神人は現れません。 そのことを考えれば僕は少し楽ですね」 そういえば、お前超能力は使えるのか? 「閉鎖空間ほどではありませんが、可能です。サーヴァントを相手にして逃げきるくらいはできるはずです」 そうか、俺にはよく分からんな 「では、こう言いましょう。今力を使えばあなたを殺すことくらいは容易くできます」 何だと? 「冗談です。そんな事をすれば、いや、しようとすればその前に僕がゲームオーバーです」 相変わらずのいやな笑顔でそう言った。よし、一発殴らせろ。 駅前の広場でいったん休憩し、その時にハルヒとセイバーに長門のことを話す。 「確かに、サーヴァントがマスターになることは可能ですが、 自分自身のマスターになるというのは初耳です」 セイバーの感想だ。 「何?じゃぁ、有希って魔術師だったの?」 ハルヒ、お前は黙ってろ 「とにかく、これからどうするかを考えましょう。まずは他のサーヴァントとマスターを・・・」 「あのー、すいません」 む、この舌足らずな喋り方は 「やっと見つけました、キョンくーん」 やはり朝比奈さんだった。もう大丈夫です、朝比奈さん。だから抱きつかないでください。 胸が当たってます。いや、このままでもいいか。 「ちょっとキョン!みくるちゃんから離れなさい。今すぐに」 「マスター、危険です。早く離れて」 二人がほぼ同時にそう言った。まぁ、二人で離れろの意味が違うんだろうな。 「あ、あのあたし何が何だか・・・目の前に大きな男の人が現れて、妹ちゃんが来て、 目の前で人がいなくなって・・・」 と、言うことは朝比奈さんも脱落済みか。 「あの、それで、今あたし追われてて」 「追われてる?誰にです?」 あ、古泉、俺が言おうとしたことを 「あの、男の人と・・・」 朝比奈さんの言葉をズシン、と言う音が遮った。何だ?地震か? そう思いながらあたりを見渡すとそこには3Mもあろうかと言う巨人がいた。 「こ、この人です」 このサイズなら間違いなく人じゃない。サーヴァントだな。 セイバーは大男の前に立ち、戦闘態勢をとる。 「マスター、いったん引きます。今のままで倒せる相手ではありません」 何、そんなに強いのか 「バーサーカーよ!間違いないわ。分かったらとっと逃げる」 ハルヒは俺のネクタイをつかむと走り出した。おい、そんなに引っ張るな。 古泉は男らしく朝比奈さんをかばいながら進んでいる。それは俺の役目だろ。 セイバーは俺たちが逃げ始めてからも大男を相手にしていた。 全力で走り、息を切らして立ち止まった。 「だらしないわね!それでもSOS団なの?」 ネクタイで途中首を絞めたのは誰だ 「古泉君たちともはぐれちゃったし、どうすんのよ?」 どうするたってなぁ いろいろと考えてみるが何も思いつかない。いや、それより・・・ 「セイバーとはぐれちまったし、今誰かに会うのはまずいな」 「どういう・・・」 途中で俺の言いたいことに気づいたらしい。不安そうな表情になっていた。 「大丈夫よ。もしもの時は霊呪使えば何とかなるし」 霊呪? 「さっき説明したでしょ。サーヴァントに命令を強制するためのものよ。 あんたの左手についてるのがそれ」 言われてから見てみれば確かに見たこともない模様が刻まれていた。 「使えるのは三回。それがなくなったらサーヴァントもどっかに行っちゃうから気をつけて、慎重に使うのよ」 三回か。少ないな 「だから、変なタイミングで使わないの、いいわね」 ハルヒはきつく俺にそう言うと歩き出した。 「おい、むやみに歩かない方がいいんじゃないか?」 「こう言うときは行動あるのみって言うでしょ」 そう言うと勝手にどかどかと歩き始める。全く、本当に大丈夫か? そんな心配は的中する。ハルヒが角を曲がった瞬間だった。 「キャァーッ!」 ハルヒが悲鳴を上げて尻もちをつく。くそっ、言ったそばから 「セイバー!」 俺は左手に力をこめて名前を呼んだ。腕が焼けるように熱い。 模様の一部が消えると同時にセイバーが目の前に現れた。 「ハルヒ!大丈夫か」 急いでハルヒに駆け寄る。ハルヒが見つめる方向を見るとそこにいたのは ハルヒと同じように尻もちをついた朝比奈さんとそれを助けようとしている古泉だった。 ・・・おい、まさか 「マスター、何事です?」 緊張した面持ちでセイバーがあたりを睨んでいる。マズイ、言いづらいぞ。 「キョン、あんた・・・」 ハルヒが俺をにらむ。いや、言いたいことはわかるが俺はお前を助けようとだな 「あれほど慎重に使えって言ったでしょう!バカ!」 セイバーは状況が掴めないのか首をひねっている。朝比奈さんは 「ごめんなさい、ごめんなさい」と、何度も繰り返し、その後ろで古泉が笑っている。 さて、何と言ったものかと俺は頭をかいていた。 「なぁ、だからそんなに怒るなって。仕方ないだろう、急だったんだから」 なだめる俺をハルヒはそっぽを向いて無視する。 「マスター、ハルヒの言うことは間違ってません。あまりにも軽率です」 それをセイバーがさらに攻撃する。何だよ、そんなに俺が悪いか? 「まぁまぁ、彼も反省しているようですし、そのくらいにしてあげては?」 古泉、お前は俺に喧嘩を売ってるんだな 「キョン君のせいじゃありません。あたしが悪いんです。あたしが驚かせたばっかりに」 いえいえ、あなたのせいになるくらいなら喜んで自分が悪いと認めますよ。 「と・に・か・く」 ムッツリ顔のままハルヒが口を開いた。 「今はバーサーカーの対策を立てましょ」 その話を遅らせたのはハルヒ、お前がいつまでもすねているからだ。 「では、そのことについては私が」 セイバーが意見を述べる。 「まず、バーサーカーは不死身です。前回の聖杯戦争で戦ったのですが、 彼は七回殺さなければ死にません。 ですから、正面から戦いを挑んでも勝ち目はないでしょう。」 まさに化け物だな。 「そこで、この街を利用して戦います。 見たところ道は複雑に入り組んでいて、隠れる場所もたくさんあります。 民家に多少の被害は出てしまうでしょうが、 何故か誰もいないようなのでおそらく問題はないでしょう」 要はゲリラ戦を仕掛けるってことか 「そう言うことです。この作戦を成功させるためには誰かおとり役がいた方が楽なのですが・・・」 俺はそれを聞いて古泉を見た。古泉は俺を見るとウィンクをした。気持ち悪い。 「スミマセン、そのことなのですが」 やはり古泉がおとり役か 「僕にもっと素敵な提案があります」 あ?何だって? 古泉の進言どおりにやってきたのは学校だった。 「もうすぐバーサーカーもやってくるはずです」 古泉が言う。その通りになった。大男は校庭のど真ん中であたりを見渡している。 その腕には誰かが乗っていた。 「あれって・・・妹ちゃんじゃない?」 そうだ、俺の妹だ。あいつ、あんなところで何を 「どうやら彼女がマスターのようですね」 何だって? 「つまりは、そう言うことでしょう」 妹は腕から飛び降りると 「ここにいるのはわかってるの、早く出てきてよ、お兄ちゃん」 残念だがお断りだ。 「早く出てきて、お兄ちゃん」 その叫び声に呼ばれて出てきたのは俺たちではなく長門だった。 「あ、有希っ子だ。ねぇ?お兄ちゃん知らない」 「知らない」 長門は何故か文化祭の魔女っ子の服を着ていたが、とりあえずは作戦通りだ。 「ふーん、まぁいっか。有希っ子襲ってら出てきてくれるかな」 おい、妹よ。お前はいつからそんな恐ろしいことを考えるようになったんだ。 「やっちゃえ!バーサーカー」 大男が吠える。おいおい、大丈夫か? 古泉の作戦は次のようなものだった。 まず、バーサーカーをキャスターの、つまりは長門の前に誘きだし遭遇させる。 長門がサーヴァントだと分かればバーサーカーは当然闘うだろう。 もしここで、妹がバーサーカーを止めて長門が勝利すればそれでよし。 止めずに戦い、どちらかが消耗してくれれば万々歳。と言うものだった。 「で?肝心の長門はどこにいるんだ?」 俺の質問に対して古泉は 「心当たりがあります。もし、彼女が移動をしていなければの話ですが」 それが学校だった。つまり古泉は俺たちが戦っていた時に長門と闘い、 ハルヒ同様サーバントを失ったのだ。 だから、あの時セイバーが俺のサーヴァントってことを知ってたんだな。 かくして、俺たちは校庭の隅に隠れて様子を見ているのであった。 バーサーカーが長門にきりかかる。その手に握られた剣は、 一件小さく見えるがそれはバーサーカーの大きさ故であり、実際はかなり巨大だ。 校庭には巨大なクレーターができていた。 長門はそれを想像できないほど華麗な動きでかわすと手のひらを突き出した。 「サーヴァント・ヘラクレスを敵性と判断。情報結合の解除を開始」 そう言うと何かを早口で唱える。まさに魔術師だ。中身は宇宙人だが。 「バーサーカー、何してるの?」 突然動きを止めたバーサーカーに妹が不安そうな表情を浮かべた。 「終わった」 長門がそう言うと、バーサーカーはそのまま消滅を始める。 「そんな馬鹿な・・・」 セイバーが驚いた様子で、その光景を見ていた。あぁ、ありゃチートだよ。 昔、実は俺は一回刺されただけで死ぬぞー、と言った不死身キャラがいたがあれよりひどいな。 「ウォぉォォぉォぉ」 最後のあがきとばかりにバーサーカーが叫ぶ。同時に長門に向って剣を振りおろしていた。 グシャリ。バーサーカーも呆気なかったが、キャスターも呆気なかった。 これで聖杯戦争は終わりか。 思いがけない展開に誰もが呆然としていた。俺は隠れていた場所から出て妹のもとに向かった。 妹は泣きそうな顔をしていた。 「バーサーカーが、死んじゃった」 「大丈夫だ。俺が守ってやる」 俺は妹を軽く抱きしめた。緊張の糸が解けたのか妹はわんわんと泣き出してしまった。 「一件落着ですね」 古泉がそう言った。あぁ、そうだ、終わったんだ。 「で?どうすれば元の世界に戻れるんだ?」 「おそらくは聖杯に願いを叶えてもらうことが条件でしょう。 原作では、聖杯が願いを叶えてくれることはありませんでしたが、 涼宮さんのことです。きっと叶えてくれることになっているのでしょう」 「お前、原作を知ってるのか?」 「えぇ、涼宮さんがずいぶん熱心にゲームをされていたので念のため調べておきました」 流石古泉だな。まさかこいつ、四六時中ハルヒを見てるんじゃないか? 「妹ちゃん、大丈夫?」 ハルヒと朝比奈さん、遅れてセイバーが駆け付ける。セイバーは何かを探すかのようにあたりを見回している。 「ハルにゃん・・・怖かったぁ」 俺を押しのけて妹はハルヒに抱きつく。冷たいな、おい。 ハルヒは妹をやさしく抱きしめて落ち着かせていた。 「で、古泉。聖杯は何所にあるんだ?」 「分かりません。ただ、おそらく涼宮さんがそれを知っているかと・・・」 「いや、彼女は知らない。聖杯は涼宮ハルヒ自身」 古泉の代わりに質問に答えた。が、全員がそれを聞いて血の気が引いた。 答えの内容にではない、その声にだ。あり得ないとだれもが思っただろう。 「嘘・・・」 どちらについてなのかは分からなかったが、ハルヒが言った。 「嘘ではない。事実」 回答を返したのは紛れもなく制服姿の長門だった。 「長門、お前・・・」 そのあとに言葉を続けられない。おい、長門はさっき潰されたんじゃなかったのか? 「潰されたのはサーヴァントとしての私」 どういうことだ? 「私はマスターとしてサーヴァントである私を召還した」 「なるほど、そう言うことなら」 納得したが、それでいいのか?セイバー。 「それより、涼宮さんが聖杯と言うのはどういうことです?」 古泉が流れをぶった切って質問した。 「涼宮ハルヒの力と聖杯の性質は酷似している。 だから彼女が聖杯である可能性が高い」 だったらどうすりゃいいんだよ。 「聖杯戦争の勝者が涼宮ハルヒに触れて願えば終わり」 それじゃぁ、俺がハルヒに願いを叶えてもらえばいいんだな? 「違う。願いをかなえるのは私」 何だって?お前、サーヴァントを失ったはずじゃ・・・ 「問題ない。サーヴァントは私。そして、マスターも私」 そう言うと、長門はもう一人の長門が潰された場所へ歩く。何をする気だ? 「私はマスターでありサーヴァント」 「私はサーヴァントでありマスター」 気がつくと長門は二人になっていた。 「待ちなさい、有希。あなたの願いは何なの?」 ハルヒが長門に言った。長門は、どちらも無表情のままだ。 「あなたには、言えない」 長門が構えるのと、セイバーが飛び出すのは同時だった。 遅れて古泉が光の球を作り出す。 「ふんもっふ」 それを二人の長門は容易くよけた。 「一人目!」 高く跳びあがった長門の一人にセイバーが切りかかる。 長門は何か早口で呪文を唱えるとセイバーの何かを受け止めた。 「っく!?エクスカリバーが、折れた?そんな馬鹿な」 「折ったのではなく、消した。その武器は非常に厄介」 愕然とするセイバーに、長門が淡々と答える。 「セイバー!右よ!」 ハルヒがセイバーに叫んで知らせる。次の瞬間にはセイバーは吹き飛ばされていた。 「キョンくん、伏せて!」 古泉の声がしたかと思えば頭の上を何かがかすめる。古泉の攻撃だ。 「キョンくーん!私は何をすればいいんですかぁ」 朝比奈さん、あなたは妹を連れて安全な所へ。どう考えても場違いです。 「キョン、セイバーが」 ハルヒに言われてセイバーを探す。セイバーは咳きこみながら片膝をついていた。 マズイ、非常にマズイぞ。 どうしたものかを考えていると小泉の叫び声が聞こえた。 「涼宮さん!危ない!」 今度はハルヒがターゲットか? 「くそっ」 俺はハルヒに飛びかかる。空中で伸びた背中の上を何かが通り過ぎた。 そのままハルヒの上に覆いかぶさるような状況になる。 こんな状況じゃなきゃ万々歳だ。 「キョン!こんな時に何のつもり?ふざけないで」 大真面目だよ、俺は 「涼宮ハルヒ」 長門が無機質に名前を呼んだ。 「あなたはズルイ」 ・・・何だって? 「あなたはいつも誰かが守ってくれる。信じてくれる」 長門、様子がおかしくないか? 「私は仲間にしようとした古泉一樹に全力で逃げられ、 事情も聞いてもらえず、その上作戦と言う名目で利用され、 ならばと、勝負を挑めばその他全員に攻撃される」 ・・・長門? 「あなたは彼を殺しかけたにもかかわらず、仲間として迎えられ、 その上、古泉一樹や朝比奈みくる、彼の妹までも手中に収めた。 とても不公平」 言われてみれば確かに・・・ 「えぇっと」 ハルヒが何か思案するような顔で口を開く 「確かに、有希は悪くないわね」 「だから、私は・・・」 長門の表情が見たこともないほど険しくなる。 おい、いつものポーカーフェイスはどうした? 「あなたを殺す」 マジかよ。いくらなんでもそれは無いぞ。 そんなことを言う暇もなく、長門がハルヒに向かってやってきた。 「うぉぉぉぉぉっ!」 それを息絶え絶えのセイバーがなんとか防いだ。 「ふんもっふ」 古泉がそれを援護するため長門を攻撃する。 さっきの長門の話の後だと、何か罪悪感があるな。 長門は古泉の攻撃をひらりと交わし、着地する。 「これで終わり」 何だ、次は何が来る? 「あっれ~、霊呪なくなっちゃったぁ」 全員が緊張の面持ちで長門を見つめる中、そんな気の抜けた声が聞こえた。 「あはは、有希っ子めがっさ強いからかてるかなぁ~、と思ったのになぁ」 そんなことを言いながら唐突に茂みから緑髪の女生徒が現れる。 鶴屋さん?一体どういうことですか? 「あはは、有希っ子から事情聞いて、あたしがマスターとして契約したんさ。 こけおどしのつもりで有希っ子にいろいろさせたらそれで霊呪なくなちゃった」 ・・・はい? 「あー、面白かったよ、ハルにゃん。さ、ささっと願いを叶えたまえキョンくん」 愉快そうに笑う鶴屋さん以外は全員鳩が豆鉄砲を食らったようになっている。 ハルヒ、セイバー、さらには朝比奈さんまでもが明らかに怒りをあらわにし、 鶴屋さんを睨んでいた。 「ええぇっと、やっぱ怒ってる」 鶴屋さん、ある意味当然です。 俺は飛びかからんとするハルヒの肩に手を乗せて願った。 『さっさと俺たちを元の世界に戻してくれ』 白い光に包まれる中見えたのは、鶴屋さんに馬乗りになって殴りかかる朝比奈さんの姿と 「ちょっと、何か忘れてない?」 と言って、慌てた様子で話しかける二人組の姿だった。 さて、元の世界に戻ってからの話をしよう。 まず、ハルヒはあの一件を夢だと思ったらしい。 自分とアーチャー(真名はギルガメッシュと言うらしい)が俺たちのサーヴァントを けちょんけちょんにしたと言う武勇伝を自慢げに話し、古泉を苦笑させていた。 朝比奈さんは、最後に見た姿が間違いだったのかと言うほど鶴屋さんと仲良く話している。 時折、鶴屋さんがおびえたような表情になるのは俺の気のせいだ。 長門はいつもの無表情でハードカバーを読んでいる。 あれはやっぱり鶴屋さんにやらされていた演技だったんだな。 古泉は相変わらずの笑顔でハルヒの話にあいづちをうっていた。 俺がその役をやるはめにならずにすんでよかったよ。 俺はため息をついて朝比奈さんの入れたお茶をすする。もう二度とあんなことはご免だな。 「ところで、少々気になりませんか?」 ハルヒからようやく解放された古泉が俺に話しかけてきた。 「長門さんの願い、ですよ」 長門の? 「えぇ、そうです。体裁上、鶴屋さんの命令で言ったことになっていますが、 もし、本当に彼女に何かしらの願望があるとすればそれは興味深いことです」 あぁ、そうか。勝手に妄想してろ 「あなたは興味がありませんか。あなたなら何か答えてくれると思ったのですが・・・」 残念そうに肩をすくめると、古泉は詰め碁を始めた。やれやれ しかし、長門の願望か・・・。気にならなくはないな。 ぼんやりと考えながら長門を見る。 窓際で分厚い本を読む長門の表情はいつになく満足げに見えた。 柊 ~舞台裏~ ねぇ、アサシン。ひどいと思わない? 最後の最後で長門有希と涼宮さんの彼をしとめようと思ったら出番なしのまま終了よ? しかも、誰も私たちの存在に気付かないまま。 そもそも、後半部分なんてぐだぐだもいいところじゃない。 夢だと思った涼宮さんはそれでいいんでしょうけど、これはSSよ? 期待して読んでくれてた住人さんに悪いと思わなかったわけ? しかも、初めから出すつもりはなかったみたいな流れだし。 いつからあたしは空気キャラになったの?空気は谷口で十分よ! ・・・え?国木田?誰それw まったく、次こんな扱いだったら許さないわよ。 あなたも何か言いなさいよアサシン。アサシン?聞いてるの? あー、もう。しょせんあたしはバックアップなんだろうけど、 バックアップとしての仕事すらないじゃない。 無能な上司のいやだけど、有能すぎる上司はもっといや! いいから出番をよこしない!何?扱いづらいですって? さっさと消失読みなさいよ!そもそも原作チェックせずに SS書くなんてあなた一体何を考えてるの?反省しなさい! 何?あと三行?この行含めて? 嘘、ちょっと待ちなさい!セット片づけないで! あーもう!覚えてなさいよ 語り手:朝倉涼子+空気 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3572.html
0-1.プロローグ 「今回の事態は、この組織が対処できるレベルを超えている。よって、最高評議会においても明確な結論が出なかった。しかし、ゆっくり検討している余裕もない。よって、あなたの立案した暫定計画を実行することに決した。実行責任者はあなた」 暫定計画といってもたいしたものではない。現地の長門有希に情報を流して、あとは彼女に頼るしかないという、なんとも情けないものにすぎなかった。TFEI同士の抗争に、人間の出る幕などないのだ。 「はい。かしこまりました」 1.端緒 その変化は、突如として発生した。 情報統合思念体穏健派は、主流派より主導権を奪取。主流派と急進派の動きを封じ込め、他の派閥を勢力下に収めた。 穏健派は、クーデターを平穏に完遂したあと、配下のインターフェースに指令を下した。 喜緑江美里は、自宅のマンションの一室で、穏健派からの指令を受領した。 了解する旨を返答する。 情報統合思念体の存在及び宇宙の秩序を脅かしうる涼宮ハルヒの抹殺。 その障害となるのは、間違いなく、長門有希。 まずは、その注意を他へ逸らさねばならない。 彼女は、配下のインターフェースに、「機関」に働きかけるよう命じた。 0-2.プロローグの続き 「もともと、この問題は、情報統合思念体の内部抗争が原因。本来なら、あなたがたの手を煩わせるようなことではないのだが……」 「いいのですよ。『機関』時空工作部としては、先輩方の不始末については自分たちで処理したいところですから」 「あなたの心情も組織としての面子も理解はできる。でも、無理はしないで」 2.接触 長門有希が学校に行くためにマンションの自室を出ると、そこに、一人の女性が立っていた。 「お久しぶりです。長門さん」 長門有希は、黙って、自室に入るように促した。 「用件は?」 長門有希は、朝比奈みくる(大)に対して、端的にそう訊ねた。 「今からデータを送信します」 長門有希は、送られてきたデータの内容を把握すると、わずかに表情を動かした。 「すみませんね。なにぶん、こういう事態において頼りになるのは、長門さんしかいないものですから」 「情報提供には感謝する」 「よろしくお願いします」 立ち去ろうとした朝比奈みくるに、長門有希は質問をぶつけた。 「あなたはこれからどうするの?」 「『機関』への対処をとります。長門さんにばかり頼るわけにもいきませんので」 「無理はしないで」 長門有希のその言葉に、朝比奈みくるは一瞬驚いた表情で固まった。 0-3.プロローグの続き 「しかし、この任務が失敗しては……」 朝比奈みくるの言葉は、途中でさえぎられた。 「最終的には私が直接介入を行なう」 3.狙撃 森園生は、自らの装備を確認していた。防弾チョッキ、拳銃、手榴弾。それなりの武装であったが、それらがどれだけ役立つかは分からない。 部下たちを見回す。新川、多丸兄弟。みな凄腕の戦士たちだ。 「TFEIの支援があるとはいえ、ちときついですね。例の長門有希が敵に回るのは確実でしょう」 多丸裕がグチのようにそういった。 「私たちは上部の命令に従うのみよ」 「古泉が抵抗してきたら、いかがないさいますかな?」 新川がそう訊ねてきた。 「任務の障害となるならば、実力で排除します」 森園生はさも当然のようにそう答えた。 「機関」の上層部がいきなり入れ替わった。そして、下された指令は、ただ一つ。 世界の秩序を脅かす涼宮ハルヒを抹殺せよ。 森園生たちがアジトを出た瞬間。 あたりに銃声が響いた。森園生が脇腹を押さえて倒れこむ。 とあるビルの屋上。 彼の手には、狙撃銃が握られていた。用いた銃弾は、防弾チョッキを貫通する特殊銃弾だ。 「御先祖様を狙撃するというのも、あまり気分がよいものではありませんね」 そんな部下のグチに対して、上司である朝比奈みくるは、 「あなただって賛成したじゃない」 「将来結婚するはずの御先祖様お二人が殺し合いをするのを見せつけられるよりはマシですからね。しかし、自分で撃っておいてこういうのもなんですが、彼女は大丈夫でしょうか?」 「大丈夫よ。『機関』の鋼鉄の女が、あれぐらいで死ぬわけないわ。森さんには『機関』総帥になるまでは生きてもらわなきゃ困るもの」 二人は、森園生が救急車に乗せられていく様子をただ眺めていた。 その間にも、情報通信デバイスを通じて、朝比奈みくるに部下たちから続々と報告が入ってくる。 経過はおおむね順調。 しかし、すべてが順調にいったとしても、「機関」を完全制圧するのは難しい。この作戦に投入されている時間工作員は、朝比奈みくるのチームだけだったから。 他のチームの投入も検討されたが、最高評議会の審議段階で、断念されていた。どのみちTFEIを相手にせざるをえない状況では、人員の大量投入は無駄に犠牲を増やす結果にしかならない。そういう判断だった。 0-4.プロローグの続き 「……」 朝比奈みくるは絶句したまま固まっていた。 「さきほど、私に情報統合思念体主流派から命令が下った。主流派としても、このような既定事項からの逸脱は容認できないということ」 4.偽りの平穏 放課後、文芸部室。 「遅れてしまいました」 古泉一樹がそういいながら入ってきたときには、他の団員は全員そろっていた。 「古泉くん。それ何?」 古泉一樹は、菓子箱のようなものを持っていた。 「ああ、これですか。実は、親戚が旅行のお土産にと分けてくださいましてね。何の変哲もない温泉饅頭です。一人で食べるのもなんだと思いまして」 温泉饅頭はみんなに配られ、朝比奈みくるが入れたお茶とともに、それぞれの胃に収まった。 みんなが饅頭を手に取る前に長門有希が短く呪文を唱えたことに気がついた者はいなかった。 彼女は、饅頭に含まれていた青酸カリを分解して無害化したのだった。 そのことは古泉一樹も知らないことだろう。彼は道具にされただけだ。 その後は、いつもどおりの団活だった。 涼宮ハルヒはネットサーフィン。キョンと古泉一樹は、ボードゲームで対戦。朝比奈みくるはお茶をせっせと入れ、長門有希は読書に専念。 しかし、長門有希は、今日という日がこのまま平穏には終わらぬことを知っていた。 0-5.プロローグの続き 「最終的な処理は私が行なう。だから、あなたが無理をする必要はない」 「はい。かしこまりました」 5.襲撃 喜緑江美里は、SOS団のメンバーが下校したのを確認すると、配下のインターフェースにいっせいに指令を下した。 「機関」の人間たちは未来人たちの妨害工作のせいでだいぶ数を減らしていたが、彼女は気にもしなかった。人間ごときは捨て駒にすぎないのだから。 SOS団の集団下校。 その途中で、朝比奈みくるにいきなり最優先強制コードによる指令が入った。 「えっ!」 朝比奈みくるが驚いたのもつかの間。彼女のTPDDが強制的に起動し、その姿が忽然と消え去った。 それが合図だった。 長門有希は、涼宮ハルヒ、キョン及び古泉一樹を強制的に眠らせると同時に、みんなを包み込むように防御フィールドを展開した。 その透明な防壁に、無数の銃弾と手榴弾が弾き飛ばされた。 彼女たちの正面から、武装した集団が襲いかかってくる。 そこに、また別の人間たちが忽然と現れた。 「すみません。長門さん。『機関』を制圧し切れてなくて、この有り様です」 朝比奈みくる(大)は、手にした光線銃で次々と「機関」の襲撃者たちを撃退していく。彼女に指揮された部下たちも、同様に光線銃を放っていた。 長門有希は、防御フィールドを拡大して、朝比奈みくるを保護下に収めた。 「いい。それより、あなたの部下たちを撤退させてほしい。このままでは、巻き込まれる」 「了解です」 朝比奈みくるは、部下たちのTPDDを強制起動させた。 それと同時に、長門有希は、「機関」の襲撃者たちを遠隔地に空間転移させる。 その瞬間に、長門有希と情報統合思念体の連結が強制的に切断された。 彼女はすぐさま、個体単体の全力を用いて防御フィールドを強化する。 それはギリギリのタイミングだった。 上空からいっせいに光の槍が降り注ぐ。 「長門さん、いつまでもちます?」 「私単体の能力では、5分が限界」 「少し時間を稼がなければいけませんね」 朝比奈みくるの肩に忽然と、バズーガ砲のようなものが現れた。 「長門さん。防御フィールドの外方向への透過率をあげてください。10秒でいいです」 「了解した」 バズーガ砲のようなものから不可視の光線が放たれる。 放たれたガンマ線レーザーは、迫り来るTFEIたちを次々となぎ倒していった。 朝比奈みくるは、一掃射すると肩からそれを投げ捨てた。膨大な電力を消費するため、携帯型では一掃射が限度なのだ。 残ったTFEIたちが、空からこちらに迫ってくる。 防御フィールドに接触するかと思われたその瞬間。 彼女たちは、一瞬にして霧散した。 防御フィールドの前に、いつの間にか一人の小柄で老齢な女性が立っていた。 「朝比奈みくる。ご苦労様」 「すみません。結局、お手を煩わせてしまいました」 「気にすることはない。インターフェースの相手は、私の役目」 長門有希は、目に前に現れた老齢の女性が、自分の異時間同位体であることを理解した。 0-6.プロローグの続き 「それでは、行ってまいります。長門さん」 「私の異時間同位体によろしく」 6.爆弾 長門有希(大)は、静かに右手を上げた。 そこに、猛烈な勢いで拳が叩き込まれる。長門有希(大)の右手は難なくそれを受け止めた。 「なぜ、あなたがここにいるのですか?」 喜緑江美里は、拳の叩き込んだ体勢のまま空中に固定されていた。 「私は、情報統合思念体主流派の命令を受けてここにいる。あなたがたは、主流派が主導権を奪われたままで黙っていると思っていたのか? だとすれば、愚かだとしかいいようがない」 「随分と親孝行なことですね。そこにいるあなたの異時間同位体は、親に反発してばかりだというのに」 「あのころは、私は、人間でいうところの反抗期にあったものと理解している」 「そうですか。でも、結局のところ、今のあなたも、命令にかこつけて、自分の守りたいものを守っているだけなのではないですか?」 「否定はしない。でも、あなたの親──穏健派とは違って、私の親は寛大である。涼宮ハルヒ及びその周辺事項の保全と観測──その基本方針に反しない限り、私の我がままはたいていは許してくれる」 あの12月18日の暴走。あのときも、長門有希の処分を強硬に主張していたのは穏健派であって、主流派自身は寛容であったのだ。 「酷い言われようですね。あれでも、一応私の親なんですけど」 「あなたが親孝行なのは承知している。それを非難するつもりもない。でも、今は邪魔。後で再構成するから、消えて」 喜緑江美里の身体が一瞬光ったかと思うと、あっという間に霧散していった。 長門有希(大)は、地面を蹴ると、空に向けて上昇した。 そこには光り輝く球体が浮いていた。その周りには火花が無数に散っている。 長門有希(小)は、それが核融合反応によるものであると分析した。 穏健派TFEIたちの襲撃の瞬間にそれは忽然と現れ、起爆直後に長門有希(大)によって情報制御空間に閉じ込められたのだ。 その情報制御空間の内部で、核融合爆発による猛烈なエネルギーが暴れまわっている。 「あれは、未来から送りこまれてきたものか?」 長門有希(小)の質問には、朝比奈みくるが答えた。 「ええ、そうです。未来側にもいろいろな考えの人がいましてね。時間航行技術の開発に関係する人物及びその先祖は、涼宮さんの半径50キロメートル圏内に集中してます。この混乱に乗じて、あの爆弾一発で時間航行技術の完全消滅をもくろんでいたのでしょう」 時間航行技術の開発に関係する人物及びその先祖が涼宮ハルヒの半径50キロメートル圏内に集中しているという事実。 古泉一樹あたりに言わせれば、それも涼宮ハルヒが望んだからということなのであろうが。 0-7.プロローグの続き 朝比奈みくるを見送ったあと、長門有希は静かに計算を開始した。 介入のタイミングを1/10000秒単位でつめていく。少しでもずれれば、事態は最悪の結末を迎えかねない。 計算を終えると、彼女は自らのTPDDを起動した。 7.再生 長門有希(大)は、球体に手をかざすと、長々と呪文を唱え始めた。 呪文が終わったとき、球体はゆっくりと縮小し、やがて消えていった。 核融合爆発は完全に封じられたのだ。 長門有希(大)は、再び地上に降り立った。 「朝比奈みくる。帰還してよろしい」 「かしこまりました」 朝比奈みくる(大)の姿が掻き消えた。 その代わりに朝比奈みくる(小)が忽然と現れた。眠らされた状態であったが。 「この後は、どうするのか?」 長門有希(小)が、長門有希(大)に訊ねる。 「涼宮ハルヒの力を用いて、世界を再構成する」 長門有希(小)の表情がわずかに動いた。 それには構わず、長門有希(大)が続ける。 「この時間平面の現状は、私が記憶している既定事項から逸脱している。よって、私の記憶しているとおりの状況に復元する、あなたの記憶も含めて」 「それは、未来人の傲慢ではないのか?」 「否定はしない。私は、思い出をできる限り完全な形で保全したいと思っている。よって、私の記憶にない出来事は、あなたの記憶から抹消されなければならない」 長門有希(小)は、自分の体が圧倒的な情報圧力によって拘束されていることに気づいた。 「抵抗は無意味」 長門有希(大)は冷酷にそう通告しつつ、涼宮ハルヒの体に手をかざした。 「涼宮ハルヒとの連結完了。世界構成情報の改変開始」 長門有希(小)は、それを黙ってみていることしかできなかった。 8-1.エピローグ──平穏な放課後 放課後、文芸部室。 「遅れてしまいました」 古泉一樹がそういいながら入ってきたときには、他の団員は全員そろっていた。 「古泉くん。それ何?」 古泉一樹は、菓子箱のようなものを持っていた。 「ああ、これですか。実は、親戚が旅行のお土産にと分けてくださいましてね。何の変哲もない温泉饅頭です。一人で食べるのもなんだと思いまして」 温泉饅頭はみんなに配られ、朝比奈みくるが入れたお茶とともに、それぞれの胃に収まった。 その後は、いつもどおりの団活だった。 涼宮ハルヒはネットサーフィン。キョンと古泉一樹は、ボードゲームで対戦。朝比奈みくるはお茶をせっせと入れ、長門有希は読書に専念。 そう。その日は、まったくもって平穏無事に終了したのだった。 8-2.エピローグ──平穏な未来 長門有希(大)は、原時間平面に帰還すると、すぐさま情報操作を開始した。 穏健派TFEIの撃退、核融合爆発の阻止、世界の再構成。「機関」時空工作部の人間たちには、それらすべてが長門有希(小)がやったものとして認識されるように情報をいじった。もちろん、自分の時間遡行記録も抹消する。 なぜなら、「機関」時空工作部の最高権力を牛耳る彼女がTFEIであるという事実は、組織の中では、彼女自身と朝比奈みくるしか知らない秘密であるから。 朝比奈みくるの部屋に入る。 「ご苦労様です」 「あなたこそ、ご苦労様」 朝比奈みくるが差し出したお茶を口につける。 いつ飲んでも、彼女のお茶はおいしい。 その後、二人は、たわいもない世間話をしてすごした。 その光景は、さっきまで自分たちの時空間が危機にあったことなどまるで感じさせない、のどかな光景であった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/576.html
翌日 窓越しに聞こえる雨の音に起こされた俺は、予定時間より早起きしてしまったことを嘆いていた しかし、覚めてしまったものは仕方なく、もう一度寝るのも忍びない、というかもう一度寝るほどの時間もない …と、それは言い訳か 実際は昨日の出来事を思い出した頭の中がお花畑でチーパッパなのだ ―涼宮ハルヒと付き合うという事実 その喜びが、無尽蔵に押し寄せて実は昨夜もなかなか眠れなかった 思わず、今日の朝も早起きしてしまった、ということだ まぁ気を取り直して、外は雨…部室か ちゃっちゃと着替えて早めに行ってみようか ハルヒに少しでも早く会えるかもしれない とかそんなことを考え、心とは裏腹に降りしきる雨なんか気にも止めなかったのだが、今思えば ―雨はすべてを物語っていたのかもしれない そして浮き浮きしながらも淡々と準備を終わらせた俺はとっとと家を出る 久しぶりに登る坂道を越え、文芸部室に到着した 部屋に入れば…なんと誰もいない、もちろんハルヒもいない。残念 大きな期待が裏切られた時というのはその分落胆も大きいもので無気力にイスに座る しばらく何をするでもなく暇を持て余していると最初の登場人物 俺はハルヒを期待したのだが古泉だった 最大級の裏切りだ 「おはようございます、あなたが最初なんて珍しいですね」 諸事情で早起きしてな 「おやおや、遠足前の小学生みたいですね、そんなに涼宮さんにあえるのがうれしいんですか?」 昨日も会ってるだろうが、おまえはどこまで知っているんだ? 「どこまで…とは?涼宮さんと何かあったんですか?ぜひお聞かせ願いたいですね」 …しまった、つい口が滑った 気分が浮かれたいたのをいいわけにさせてくれ 「それよりも古泉、おまえはハルヒのスペシャリストじゃなかったのか?」 この言葉で話題をそらせれば御の字だ 「昨夜から妙に浮かれている、ぐらいしか僕にはわかりませんよ。それが負の感情じゃないから、こうやってあなたをいじれるんじゃないですか」 いじるとか言うな、気分が悪い さて、どうやってごまかそうか、そんなことを考えていたのだが 「あ、おはようございますぅ」 とわが麗しの… ハルヒと付き合うことになっても可愛いものは可愛い、そうだろ? 改めて、麗しの朝比奈さんのご登場である 「あ、そういえばキョンくんおめでとう、だよね?」 ちょっと待ってください朝比奈さん あなたは未来人であってこの古泉のように超能力者ではないはずなのに、いや古泉も超能力で心が読めるわけではないですが、どうして俺の心を読んでしまうのです? そんなに今の俺はわかりやすい顔をしていますか、そうですか 「いえ、そうじゃなくてこれは…」 とまで言って朝比奈さんは言葉をつまらせた そして 「ごめんなさい、禁則事項みたいです」 と続けた いったい何が禁則に当てはまったのか? ハルヒと俺が付き合うのはこの時間平面上の必然だったのだろうか? まあ、何でもいいか 朝比奈さんはこれから着替えるだろう、そう思って古泉を伴い、部屋を出ようとしたのだが、朝比奈さんに袖を捉まれる なんだ、どういうことだ? 「キョン君ごめんなさい、ちょっとだけ…ね?」 と、首を傾けた朝比奈さんはとても可愛かった …ハルヒに聞かれたらどうなるか、果てしなく恐怖だ その仕草に気をとられそうになるが、朝比奈さんが時計を気にした一瞬を見逃さなかった この感じは前にハカセ君を助けたとき… また、前みたいなことがあるのか? でも、未来人の直接干渉はタブーって言ってなかったですか?朝比奈さん 「あ、朝比奈さん?」 とりあえず何かを読み取ってしまった俺だが何をするのかまではわからない 中途半端な状況で俺の声は戸惑っていた その声で俺の心境を読み取ったか、朝比奈さんは堂々と時計を見始めた 「ごめんなさい、キョン君、強制コードなの」 嗚呼、そんな潤んだ眼で上目遣いを… 「それはどういう―」 俺の言葉は途中で止められた なんと朝比奈さんが俺に… 心の準備はいいか? 朝比奈さんが俺にキスをしてきたのである …そこ、嫉妬していいぞ ちょっとこんなとこハルヒにみられたら… その時、俺は本当にこう思ったのか思わなかったのか それほど、ぴったりのタイミングでドアが轟音をたてたのだ 「ヤッホー!み…」 轟音の先にいた人物、要するにハルヒだが ハルヒは言葉途中で絶句していた 当然か、俺が入ってきたときにハルヒが古泉とキスしてたら俺も絶句する やばいな、これは死んだかもしれん 美少女に 振り回されて オチはこれ ―俺、辞世の句 なんてやってる俺の予想を裏切り… ハルヒは目に涙を目一杯ため、駆け出して行ってしまった しかし、あの朝比奈さん(大)の言っていた「ちゅーまでなら許す」っていうのがいやはや、規定事項だったとはね …いや、落ち着いている場合じゃない 「ハルヒっ!!!!」 俺は走りだしていた 一番大切な人の笑顔を守るために 部室を出る時に朝比奈さんが「ウフフ、うまくいきそうです」といっていたのが聞こえた気がする 散々誰もいない学校を走り回ってやっと中庭で座り込んで雨の中泣いているハルヒをみつけた やばい、可愛いすぎて理性が吹っ飛びそうだ 「ハルヒ!!!」 俺は無我夢中で駆け寄った ハルヒは俺の声に気付いたのか、顔をあげると眉を釣り上げこう叫んだ 「キョンのバカッ!あっち行け!」 泣いたり怒ったり大変だなハルヒ …と俺のせいか しかし、あれだけのことをしたというのに頭ん中はやけに冷静だ まぁ、それもそうか あれは浮気ではなく事故なのだから 雨に濡れているのも原因の一つかね 「ホントは前からみくるちゃんと付き合ってて、あたしを弄んだだけなんでしょ!」 冷静な思考回路を巡らしてる間にハルヒがまくしたてていた うーん…人間って不思議なもので、心が冷静でも体が勝手に動くことがあるんだな ハルヒを抱き締めていた 「離せ!バカ!!」 叫びながらハルヒは俺のボディーに的確なブローを叩き込んでくる 世界を狙う気かお前は ここで俺が保証する、難なく獲れるよ、世界 なんて言っている場合ではなく、ブラックアウトしそうになる意識をなんとか保ちながら、痛みに耐えていた 今は耐えるんだ、耐えて耐えて耐え抜けば、そのうち痛みに慣れる だが、このままだと慣れる前にお星様が見える 仕方ない弁解を開始しようか 「ハルヒ、あれは事故なんだ」 言ってから俺はバカなことを言ったと思った どうしたら事故であんなことになる? 「…事故?」 俺の腕の中でハルヒが涙目の上目遣いという究極のコンボで俺を見る …って信じたのか?ハルヒは とりあえず、続きを話させてくれるようだ 「ああ、何を思ったか、朝比奈さんが急にキスしてきたんだ、何が起きたか認識できなくてな、その瞬間にお前が入ってきた、というわけだ」 事実をありのままに語った以上、これを華麗にスルーされたら俺は言葉を失ってしまう 「…え?…なんで…みくるちゃんが…?」 それは禁則事項らしい なので俺にわかるわけもなく、このキスが何をもたらすのか全然わからない 「さぁな、全然わからん」 古泉がいつもやるように肩をすくめてみせた ハルヒも少し落ち着いてきたし、ちょっとぐらいユーモアを入れてもいいだろう 「…?」 謎である旨を伝えるとハルヒは考えだした 考えて出てくるのならフロイト先生もびっくりだ しばらくハルヒはうんうんうなっていたが、なぞなぞの答えを聞いたときのような顔をして、こう話した 「なんだ、やっぱりキョンのせいじゃない」 ホワイ??なぜに?? 何か俺、朝比奈さんにしたのか?? そんな疑問が顔にでていたのだろうか、ハルヒがしたり顔で続けた 「と、とにかくあんたが悪いんだから罰ゲームよ」 やれやれ、自分が悪い理由を知らないまま罰ゲームとはね まぁ、それでハルヒの機嫌が治るならやすいものか 「何をすればいいんだ?」 できるだけ穏やかな、優しい笑顔で話し掛けた 俺だって早く仲直りしたい 「あ、あたしとキスしなさい」 顔を真っ赤にしたハルヒがそこにいた 「は?」 罰ゲームらしからぬ罰ゲームに思わず聞き返してしまった 「な、何よ、みくるちゃんとはキスしてあたしとはキスできないっていうの?」 そう言ったハルヒの顔にはいくばくかの焦燥が浮かんでいた 言っておくが俺は朝比奈さんとキスしたんじゃない 朝比奈さんにキスされたんだ 「ハルヒ、悪いが、罰ゲームは別のにしてくれ」 何で俺がこんなことを言ったかって? すぐにわかるさ 「…え?」 ハルヒの顔に浮かんでいた焦燥が悲哀に変わる かまわず俺は続ける 「俺は今からハルヒにキスをする、それは俺がハルヒにキスしたいからであって罰ゲームだから仕方なく、ではないんだ」 言いながらハルヒの濡れた髪を撫でる それを聞いたハルヒは滴る雫など吹き飛ばすような太陽の笑顔になった 「キョン、そこまで言ったからには生半可なキスじゃ許せないわよ」 俺は真っすぐ俺を見据えるハルヒの瞳に吸い込まれそうだった、いや吸い込まれていた 次の瞬間には俺の口唇はハルヒの口唇と重なり合っていた お互いの存在を確かめ合うような永い、深いキス 閉鎖空間を入れると2回目だが、お互いの気持ちが重なり合い、お互いの口唇を重ね合う、現実世界でのファーストキスだ 雨の中のキスなんてドラマティックこの上ない そんな自分とハルヒに酔い痴れながらそっと口唇を離した ハルヒはものたりなさそうな顔で、それでいて恥ずかしそうな顔をしていた 正直な話、俺も少し物足りないのだが、今は優先すべき事柄がある 「ハルヒ、部室に戻ろう」 そうなのだ、なんだかんだいろんなものを投げっぱなしにしてハルヒを追い掛けたからいつまでもここにいるわけにはいかない ハルヒは不満そうな顔をしていたが、俺が手を差し出すとそれを握り黙ってついてきた 部室への道程は二人とも無言だった だが居心地の悪さは感じない お互いがお互いの存在を確かめるための無言なのだ 幸せいっぱいの俺たちだったが、ハルヒのまわりを彩る‘不思議’の固まり達が、そしてハルヒ自身が平穏な幸せを提供してくれるとは思えない やれやれ、これ以上の厄介はさすがに勘弁だが、ハルヒとなら乗り越えられる気がするな