約 2,288,104 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5841.html
涼宮ハルヒの遭遇Ⅱ さて、こういう場合はどういう言い訳を思いつけばいいのだろう? なんせ、俺はポニーハルヒに向こうの世界の俺のあだ名のことを問い詰めようと両肩を掴んで詰め寄っていたんだ。しかもポニーハルヒの表情は少し頬を染めて上気気味だったんだぜ。 その静止画像を見てしまえば、俺とポニーハルヒがイケナイことをしている場面に見えないこともない訳で、となるとこの後の展開がどうなるのかという想像をするのもたやすいってもんさ。 事実、今現在俺は自分の予想した通りの展開に陥っている訳だが…… 「で、これはどういうことなのかきちんと説明してくれるわよねぇ? キョぉン?」 ぎりぎりと俺のネクタイを締め付けるハルヒパワーは現在天井知らずで、おそらく今年、どんな猛暑が来ようともこの熱さには絶対に勝てないことだろう。 って、ちょっと待て。これは本気でやばい。窒息の危険を俺は完全に感じてしまっている。 「こ、古泉! 頼む! 助けてくれ!」 長門に頼もうものならちと手加減というものを知らなそうだし、ポニーハルヒはいきなりの展開にオロオロ状態な訳だから役に立ちそうにない。 となれば俺が古泉に助けを求めてしまうってのは消去法で確定的な選択肢だ。 が、古泉はいつもの俺たちの小競り合いを見つめる興味深げな面白そうな笑みを浮かべることなく、思いっきり苦笑を浮かべているだけである。 しかし、その表情は如実に「すみません。僕にもあなたを助け出すなんて無理です。ここは自力で乗り越えてください」と語ってやがる。 「きょぉ~~~ん、古泉くんは関係ないでしょぉ? どうせあんたが古泉くんの人の良さと有希の無口なのをいいことにこの子を連れ込んだことをやり過ごそうとしただけなんでしょぉ?」 ハルヒはちっとも笑っていない目で満面に笑みを浮かべながらさらに俺を締め上げる。 いや……悪いがその考えは全く逆だ……お前にこの子を見られたくないから古泉と長門が隠そうとしたんだ…… と言えればどれだけ楽かは分からんが、言ったところでハルヒが俺の言葉を信じるわけがない。それは長門のお墨付きだ。 じゃあどうする? このままでは俺は明日の朝日はもちろん、今日の夕日どころか、昼休み終了のチャイムさえ聞けそうにないぞ。 「あ、あの……そっちのあたし! キョンくんに乱暴しないでください……!」 って、え……!? その意外な助け船はこの場にいる人間の中では一番頼りになりそうになかったはずの、しかし精一杯勇気を振り絞った感ありありの声だった。 「パラレルワールドから迷い込んだですって!?」 「は、はい……」 明るい声を張り上げながら、ハルヒは爛々と輝く瞳で今一度マジマジとポニーハルヒを見定めている。 どうやらポニーハルヒは恥ずかしそうなのだが、こっちのハルヒがそんなものに構う訳ないよな。それも自分自身なんだ。自分が自分に気を使うなんてまずないだろうぜ。 「やれやれ」 俺は嘆息して、そのまま古泉と長門に視線を移す。 長門は無表情の中に少しだけ悔恨を隠しきれない表情を浮かべているし、古泉に至っては完全に無言でしかしその瞳はひたすら俺に謝り続けている。 まあ仕方ないよな。 俺だってハルヒが立ち去ったことで安堵してしまったんだ。長門と古泉が同じ思いを抱いて注意力も霧散させてしまったって仕方無いことだ。 「素晴らしいわ! そっちのあたし! ね、キョン、すごいと思わない? 今まであたしたちが逢いたくてたまらなかった宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の内の一人なのよ! これで興奮してこなきゃウソってもんよ!」 ポニーハルヒから、まるで瞬間移動したかのように俺に詰め寄りながら口角泡を飛ばすこっちのハルヒ。 で、あたしたち、って何だ? 俺は別にそういった連中との遭遇を――待ち望んだことはないとは言わないが、それはもう中学を卒業する時に一緒にそういう夢を見ることからも卒業していたんだ。 だいたい異世界人と遭遇するのは今回が初めてだが宇宙人、未来人、超能力者とはもう逢っているんだ。 お前みたいに、そこまで興奮することもなければ驚愕することだってないぞ。申し訳ないがお前と喜びを分かち合ってやることはできん。 「なあハルヒ。そっちのハルヒはこっちに遊びに来たわけじゃない。迷い込んで来たわけだから、そんな嬉しがるような表情を見せちゃ悪いんじゃないか? お前もこのハルヒを向こうに帰してやる方法を考えてやろうぜ。そっちの方が彼女も喜ぶってもんだ。それにこっちのハルヒは世界が違うだけでお前でもあるんだ。お前だって自分が喜ぶことをしてやりたいと思わないわけじゃないんだろ?」 「ん、まあそうなんだけどさ。でも仕方ないじゃない! あたしにとっては四年ぶりの不思議遭遇なんだし、ちょっとくらい浸ったっていいじゃない!」 俺のツッコミにハルヒが会心の笑顔のままで、しかしどこか拗ねたような口調で返してくる。 四年ぶり、か…… ハルヒのその言葉を聞いて俺の胸の内には夏の夜空の下のグランドが浮かぶ。 もしかしたらハルヒの不思議遭遇はそれが最初だったのかもしれんな。 などと感慨深げにもなったりしたのだが―― 「そう言えば、そっちのあたしさ」 「え? な、何ですか!?」 いきなり振られて思いっきり戸惑うポニーハルヒ。 「そんなにおっかなびっくりしなくてもいいわよ。別にあたしだってあたしにイロイロしようなんて思わないもん。んなの自分がやればいいし、そうじゃなかったらみくるちゃんにやってもらうから」 はい、朝比奈さんはお前のおもちゃじゃないんだぞ。 俺はジト目の横目でツッコミを入れるがむろん、ハルヒは気にしない。 「それよりも気になったのは、あなたがこいつのことを『キョン』って呼んだことなのよ。向こうの世界のこいつもキョンって間抜けなあだ名なの? あとそっちのキョンとはどんな関係なの?」 「あ……うん……その……彼が『キョン』って呼んでもいいって言ってくれたし……」 戸惑うような口調はそのままなのだが、しかしポニーハルヒはどこか純情乙女の恥じらいの表情で、向こうの世界の俺との関係を話してくれた。 なんでもポニーハルヒはこっちのハルヒと本当にまったく正反対で、しかし内気すぎるがゆえにうまく人と接することができず高校入学から一ヶ月で、やっぱりこっちのハルヒ同様、クラスから孤立してしまったらしい。その間にやはりというかなんと言うかポニーハルヒの前の席になったのは向こうの世界の俺だったらしいのだが、その俺も入学式翌日から三日ほどは話しかけてくれてはきたがやっぱりうまく受け答えできなくていつしかそっちの俺もポニーハルヒに話しかけることを諦めたそうだ。 で、一ヶ月経って、このままじゃいけないと一念発起して、今の髪型・ポニーテールで登校した。 だが、もうクラスの誰もポニーハルヒを気に留める者はおらず、髪型のことを聞いてきてくれるクラスメイトはいなかったとか。 泣きそうになって落ち込んできたところに、向こうの俺が教室に入ってきて座った途端、振り向いて声をかけたんだとよ。「髪形変えたのか?」ってな。 ポニーハルヒは相当びっくりして思わず、あっちの俺の目を見て「うん……」と答えたところ、俺が「似合ってるぞ」と笑顔を向けてくれてかなり嬉しかったってさ。 それが高校入学以来、ポニーハルヒが初めて成立した会話とも言っていた。 んで、それがきっかけになって、以来、少しずつあっちの俺と会話出来るようになり、いつしか二人一緒に行動するようになっていったんだとよ。 あと長門との出会いも一緒に話してくれた。 もちろんこっちの長門じゃない。あっちの世界の長門のことだ。 あっちの世界の長門も文芸部室にいて、こちらと同じ文芸部部長という肩書を持っているらしく、ただその肩書は単にポニーハルヒと向こうの俺が入るよりも先に文芸部に入ったがために強制的に持たされた肩書だそうだ。向こうの文芸部も前の年の三年生が卒業して部員0、休部が決まっていたクラブなのだが向こうの長門が入部したことによりその危機を免れたとのこと。 このあたりはこっちの世界と似たようなもんだな。まあパラレルワールドは並行世界。似たような、それでいて違う世界がパラパラ漫画のように空間を隔てていくつも存在している世界なんだから詳細はともかく全体的な設定が似ていたとしても不思議はないんだろうぜ。 おっと、向こうの長門とポニーハルヒの出会いのいきさつだが、ポニーハルヒは元々、小説執筆が趣味らしく、入学当初から文芸部に入りたかったらしいのだが言うまでもなく思い切りを持てなかったんだってよ。 それで向こうの俺と一緒に行動するようになって、去年の文化祭での代理ヴォーカルのお礼にを言いにきた諸先輩方に一人で対面する気概が持てなかったこっちのハルヒ同様、一人じゃ思い切りを持てなかったもんで、そいつと一緒に文芸部室のドアをノックしたとか。 んで、むろん、このポニーハルヒを向こうの俺が放っておける訳もなく、一緒に文芸部に入部したそうだ。 向こうの世界の長門の裏設定は知らんが、こっちの長門と性格はどうやら違っていて、頼りがいがあり優しい笑顔がトレードマークの部長さんだそうで、向こうの俺に続いて、向こうの長門もポニーハルヒを受け入れてくれたんだってさ。 と言う訳で、こっちの世界の長門にポニーハルヒが縋ってしまったのも仕方がないというわけだ。 この後は、その後一年間のポニーハルヒと向こうの俺と長門との文芸部ライフや俺と親睦をどんどん深めていく話へと向かうのだが…… 「それでね……ずっと彼のことを名字の『さん』付で呼んでたんだけど、クラスのみんなが彼のことを『キョン』て呼んでたんで、思い切ってあたしもいいかな?って聞いたら、彼がちょっと困った表情を浮かべてたけど優しげに『いいよ』って言ってくれて……『その代わり俺もお前のことを下の名前で呼ばせてもらうぞ』って言って……って、あの……そっちのあたし、いったいどうしたんですか……?」 「いいえぇ~~~なんでもぉぉぉ」 ポニーハルヒの思い出話というかほとんど惚気話にしか聞こえない邂逅が進んでいくに連れてハルヒは殺意にも似たなんとも表現し難い雰囲気のボルテージを上げていったのである。 と言うか、ハルヒはポニーハルヒの思い出話の中の俺が「似合ってるぞ」と声をかけたシーンの時にいきなり俺に裏拳をかまし、『二人一緒に行動するようになった』ってところくらいでブルドッキングヘッドロックを敢行して、その後の話の間中、俺に脇四方固めを仕掛けて今現在ぎりぎりと俺を締め上げているのである。 ちょ、ちょっと待て……ポニーハルヒに優しげな声をかけたのは俺じゃなくて向こうの俺だ……あと一緒にいるのも俺じゃない……つか、俺も前にお前のポニーテールを褒めてやったじゃねえか……いや、マジで死ぬ……頼むから勘弁してくれ…… 「あ、でも良かった♡」 そんな俺とハルヒの絡みあいをちょっと戸惑い気味に見学していたポニーハルヒが急に安堵感を如実に表した表情で微笑みかけてくる。 これのどこが良かったんだ? このままだと俺はハルヒに殺されてしまいかねないのだが…… 「何が?」 と言う訳で声を出せない俺の代わりに問いかけたのは肩越しにポニーハルヒをどこか睨みつけているこっちのハルヒである。 その声もとってもドスが利いているのだが、どういう訳かポニーハルヒの笑顔は崩れる気配を全く見せない。 ポニーハルヒの思い出話とこの世界に現われてからの行動を鑑みればこっちのハルヒにビビって怖じ気づきそうなものなのだが…… 「だって、こっちのキョンくんとあたしも仲良さげなんだもん。だから安心した」 うぉい! よくもまあ臆面もなく朗らかな笑顔でんなことを口にできるもんですな!? 俺のツッコミは声にならなかったが、その言葉を聞いてこっちのハルヒが即座に思わず俺を開放してくれた。 んで、 「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしとキョンは別に……と言うか仲が悪くなくて当然でしょ! だって、あたしが団長でこいつは平団員の同じ団所属なんだから仲悪い訳ないじゃない……! って、古泉くん! 何? その微笑ましいものを見るような顔は!」 「いえ、とんでもない。微笑ましいものを見るような、ではなくて本当に微笑ましいものですから」 「それはフォローになっていない。トドメ」 ハルヒの狼狽言い訳に古泉が応えて、長門が珍しくツッコミを入れた。 と言うか、俺もこんなハルヒは面白いとさえ思っている。さっきの首絞めのクレームなんざ銀河の彼方に葬り去れそうなくらいだ。 なんせ何も言い返せなくなって真っ赤になって言葉を失ったハルヒなんてそうそう見れるものじゃないからな。 そんな微笑ましいやり取りには当然時間制限があり、午後の始業チャイムが聞こえてくればお楽しみは放課後まで我慢しなくちゃないはずだったのだが今日は長門が情報操作してくれた。 どんな情報操作をしたのかと言うと俺とハルヒのクラスと長門のクラスの午後からの授業を全て自習にしたことである。 表向きな理由はハルヒのご機嫌どりでポニーハルヒと一緒に居させてやりたかったからだ。まあ、せっかくハルヒの目の前に現れた異世界人なんだ。心ゆくまで堪能させてやればいいさ。 できれば黙っていたかったんだがバレてしまったものは仕方がない。古泉と長門も開き直って黙認することにした。 むろん問題がないわけじゃない。ハルヒには『ある』と思ってしまえば現実になってしまう世界を都合よく改変できるというハタ迷惑な能力を持っているわけだから、これでハルヒは『異世界』を認識してしまったことになり、今後、わらわらと異世界人がそこら中の別世界から現れるかもしれんからな。 しかし、俺も古泉も長門も、ハルヒが別の認識を持ったことに気付いたから気にしないことにしたんだ。 何かって? それは俺が言ったことさ。 ――ポニーハルヒは遊びに来たんじゃなくて迷い込んだ―― 異世界からこっちの世界にはそう簡単に来れるはずもなく、奇跡に近い確率をくぐり抜ける、それも自分の意志ではない『偶然』というあやふやな事態が起こって初めて遭遇できる出来事であることをハルヒが理解してくれたんだ。 つまり、今回のことは文字どおり『たまたま』、異世界人と巡り会えたと思ってくれたってことさ。 こういう認識ならそんなもん、テレビや雑誌で報道される胡散臭い不思議現象とそう変わらない認識でしかないし、それが今回は(待ち望んでいたとは言え)珍しく自分の目の前で起こったってだけでイレギュラー事態としか思わんだろしな。 ハルヒは不思議な事柄はあると思っていながら逆にあり得るはずがないとも思っている訳で、ハルヒが望み、またあり得ないと思っているのは『自由に行き来できる異世界人』であり、そうでなければ常識として定着されるわけがない。 これが古泉と長門が黙認した理由だ。世界が揺らぐ心配がないからこそ放置したんだ。 もっともハルヒも含めて俺たちは是が非でもポニーハルヒを元の世界に帰してやらなきゃならないって気持ちは一致しているがな。 しかしだな。俺たちの午後からの授業を全て自習にしてまでポニーハルヒを保護しなくちゃいけないのは何故か。朝比奈さんは構わないだろうけど、それでも俺たち以外にポニーハルヒを見せたくないのであれば、この文芸部室に幽閉しておけば済む話だ。ここならSOS団以外、誰も入ってくるはずがない。来るとしても部外者しかおらず、当然ノックする。そんなもの鍵をかけて居留守を使えば済む話だ。古泉発案の傀儡生徒会長は俺たちが集まっていない限り来る訳がない。 と言うことはだ。もう一つ、このポニーハルヒを俺たちで保護しなくちゃならない理由があるわけだが、それを俺が知ったのはもうちょっと後になってからだ。 涼宮ハルヒの遭遇Ⅲ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1383.html
新学期が始まり、一ヶ月程過ぎた5月のある日。 SOS団の私室と化した元文芸部室で、 いつものように、朝比奈さんの淹れてくれた美味いお茶を飲みながら、古泉相手に将棋をしていた。 古泉が次の手を考えてる間、ふと顔を上げてSOS団メンツを眺めた。 長門はいつもの場所で本を読んでいる。 朝比奈さんはハンガーの前に立ち、コスプレ服を整頓したり掃除している様だ。 平和な部室。それというのも、いつも何かをしでかすハルヒが居ないからだ。 どこにいったのやら。どうせまたろくでもないことを考えなら校内を徘徊しているのだろう。 視線を元に戻す。古泉が駒を握り、手を進めたと同時に扉が勢いよく開かれた。 我らが団長様の登場である。ハルヒはニコニコとご機嫌な顔つきをしている。今度は何を思いついたんだ? そして俺は久しぶりに驚かさせられる事になる。 一応言っておくが、俺は今までに散々色々な事に巻き込まれ、ちょっとやそっとのことでは驚かない自信がある。 だが、今回のハルヒには意表を突かれた。ハルヒの横には小柄な少女が立っていた。 そんなに校内をうろついた事はないが、その少女を今まで見た記憶がない。 推測から言うと、新入生って所だろうか。俺が驚いたのはハルヒの次の言葉だ。 ハルヒは少女の手を引いて中に入ると、立ち止まりこう言った。 「皆、注~目!紹介するわ。新しい団員よ!」 今、なんて言った?WHAT?新しい・・団員!? 続いて横の少女が自己紹介を始める。 「新しくSOS団に入る事になった伊勢 海奈でーす。よろしくお願いしまーす」 伊勢と名乗った少女をよく観察する。見た目は本当に高校生か?というような童顔である。 さらに胸はぺったんで、長門といい勝負かもしれない。 総合的に考えて、妹と同じ年齢だと言われても驚かない様な容姿である。 ハルヒの指示で現SOS団の自己紹介が始まる。俺の番はハルヒによって遮られ、案の定キョンと紹介された。 しかし、そんな事はどうでもいい。普通の部活動ならロリ属性の一年生が入団しましたー。ですむだろう。 だが、ここはSOS団は普通の部ではない。未来人、宇宙人、超能力者が一同に集まるというおかしな集団なのだ。 という訳で、ここには俺を除いて普通の一般人はいないし、入団することもないだろう。 ということは、目の前のロリ少女も普通ではないはずなのだ。 ふと周りのSOS団メンバーの顔を見る。 長門は無表情の中にどこか怪訝な顔付きをしている。 古泉はぱっとみれば、いつものニコニコハンサムスマイルだが、どこか影りがある気がする。 朝比奈さんは慌てた様な、どうしたら良いのか分からない様な困った顔をしている。 ハルヒだけが能天気にニコニコ笑っている。お前はいいよな、悩みが無さそうで・・。 思い返すのは2ヶ月程前の朝比奈(みちる)さん拉致事件である。(参考原作小説陰謀) 古泉の機関に敵対する組織。その尖兵である可能性もあるのである。 メンバーの紹介後、ハルヒは伊勢にある程度のSOS団活動の簡単な説明をし、 既に時刻が日暮れ時な事もあり、その日の活動は解散となった。 ハルヒ達が帰った後、ハルヒを除いたSOS団メンツの集会が行われた。 内容は言うまではないとは思うが、伊勢についてである。 集まっているのは俺、古泉、長門の3人だ。 朝比奈さんの伊勢の見張りという事でハルヒと一緒に帰っている。内容は後で連絡するつもりだ。 「で、伊勢の正体についてだが・・何か心あたりはあるか?」と俺が2人に聞く。 「こちらにはなんとも言えない、といった感じですね。敵対組織の情報はある程度聞いていますが、 その数も少なくも無く、完全に特定はできません」と古泉。続いて長門が、 「ある程度は理解した。でも・・ありえない存在」 どういうことだ?という俺の更なる問いに、長門が続ける。 「彼女はこの世界に存在するはずの無い存在」 よく分からないな・・存在しているのに存在するとは・・幽霊とか、そういう類のものなのか? 「違う。貴方にも分かるように言えば・・彼女は別の次元の存在」 つまり・・、異世界人ってことか? 「そう」 俺は初めてハルヒを知ったあの強烈な自己紹介を思い出していた。 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところまで来なさい。」 現在そのハルヒの望み通り宇宙人、未来人、超能力者はSOS団に所属している。 ということは、1年越しで異世界人がやってきたということになる。 けれど妙だ、最近のハルヒは、今のSOS団の活動に結構満足している様子だった。 時には、ハルヒの気まぐれかもしれないが、まったく謎に関係のない事もしている。 そんなハルヒが、今頃になってそんな事を望むのだろうか?俺の問いに答えたのは、やはり長門だった。 「今回は、涼宮ハルヒが望んだ事ではない」 そうなのか?だったら、なぜ伊勢は俺たちの前に現れたんだ?古泉の敵対組織に関係あるのか? 「敵対組織に関係あるのかは分からない。でも伊勢海奈が自ら望んで私達の前に現れた事は事実」 「今まで割りと大人しく影で行動していた彼らが、とうとう表まで出てきたんでしょうか」 「わからない」古泉の問いに長門が答える。 いくら長門が万能宇宙人だとしても、未来との同期を止めた事で先のことは分からない。 結局伊勢が異世界から来たであろう、ということくらいしか分からなかった。 古泉は機関で情報を集めてみますといい、その日は解散になった。 完全に日も落ち、薄暗い道を歩いていた時。 「あの、---さんですか?」ふいに後ろから名前を呼ばれ立ち止まった。 自分の本名など久しぶりに聞いたので一瞬自分のことかわからなかった。 が、次の言葉で気づいた。「それとも、キョンさんと呼んだ方がいいでしょうか?」 振り返る。薄暗い夜道を照らす街頭の下に、一人の少年が立っていた。 北高の制服を着ているその少年は、俺と同じぐらいの年頃だろうか。 古泉の様に気持ち悪いほどのハンサムスマイルとはいえないが、それなりの笑顔で俺を見ている。 「こんばんは、キョンさん」そういいながら俺に近づいてくる。 「1年2組の鏡野と言います。時間が無いので手っ取り早く説明しますね」 俺は黙っている。というよりはいまいちよく分かっていなかっただけだが。 「僕はこの世界の人間ではありません。もう伊勢海奈には会いましたよね?彼女と僕は同じ世界の人間です。」 次々に喋る。その表情はどこか焦っているように見えた。 「彼女の動向に注意してください。彼女は・・」鏡野と名乗った少年は次に恐ろしいことを口にする。 「涼宮ハルヒさんの命を狙っています」一瞬、頭の中が真っ白になった。 なんだって?伊勢がハルヒの命を狙っている?そんなもん狙ってどうすんだ?新手のギャグか? いきなりの爆弾発言に完全に動転してしまい、何がなんなのか分からなくなる。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4759.html
電気を付けたら部屋が明るくなりました、みたいないつも通りの放課後。俺はいつも通り占領もとい借りられた文芸室に足を運んだ。にしても太陽もたまには休めばいいのにどうしてここ最近晴天続きなんだ。 真夏の太陽を恨みながらドアを開けると、そこにはチューリップの花のように可憐なメイドがのんびりお茶を沸かしてい・・・なかった。 ただ部室の真ん中で怯えた朝比奈さんが団長様に気圧されていた。 ハルヒ「だから答えてちょうだい!どうやって瞬間的に私の前に姿を現せたのよ!?」 みくる「あうあうあうあうあう」 ハルヒはなんで怒っているんだ?いや、というより爆発寸前の太陽ような笑顔だな。それに「不思議を見つけた」みたいな楽しさを感じる・・・まさか。 少し会話(というより恐喝)を思い出そう。朝比奈さんが突然姿を現した、だと。しかもハルヒの目の前で。 俺が頭痛を感じていると古泉が営業スマイルのまま近寄ってきた。 古泉「事態は深刻です」 なら深刻そうな顔をしろ、仮面か? 古泉「これは失礼。しかし涼宮さんの前ではこの顔でなくてはなりません」 そういやそうだったな。ある程度の事情は察したが状況を詳しく説明してくれ。 古泉「僕にもよくわかりません。僕がここに来たころにはすでにああいう感じでした。」 そうかい。とりあえず止めるためにハルヒのところへ行った。 キョン「ハルヒ、何があったか知らんが少し落ち着け」 ハルヒ「あんたは黙ってて!みくるちゃん、教えなさい!」 みくる「・・・」 まあ予想はしていたが相手にされなかったわけだ。馬の耳に念仏とはこのために作られた言葉なんだと感心した。 古泉「まあこんな感じです。僕が止めても無駄でした。」 無意味に近づいてきた役に立たない超能力者を無視し、部室のすみにいる無口な宇宙人の所へ行った。 長門は椅子に座ったまま、相変わらず俺が一生読まなそうなぶ厚い本を読んでいた。俺が話しかけようとした時長門が顔を上げてこちらを見た。 長門「対処法が見つからない。」 実は俺の耳に耳せんを付けていたため聞き間違えました、というわけはなくそのつぶやきをはっきりと聞いた。 長門「現在の涼宮ハルヒの力が今までより強まっている。おそらくとても興味をそそがれる不思議を発見したから。」 ハルヒの声がうるさくて聞き取りづらかったがこんなところか。 キョン「でなんで対処法がないんだ?眠らせて記憶を消せば」 と言いかけて当たり前のように非現実的な事を話す自分に落胆した。 長門「今彼女は朝比奈みくるの不思議について知りたがっている。それを邪魔する事象を物理的にも精神的にも排除する。」 ということは今のあいつにはとんでも能力が効かないということか? 長門「そう」 ん?じゃあなんで朝比奈さんはすぐに暴露しないんだ。その「排除」は「朝比奈さんの暴露への抵抗」には適用されないのか、と珍しく難しいことを思い付いた。 長門「朝比奈みくるは彼女の信頼下にある。ゆえに傷つけるような行動をしたくないのだと思われる。」 暴れん坊将軍も逃げ出すようなこの光景を見てよく言えるな、とは口には出せない。 おや?見つめつづければ吸い込まれそうな長門の眼に、わずかだが懇願の光が見える。まさかな。 とそこへ古泉がまた近寄ってきた。顔が近いぞ離れろ。 古泉「これは失礼。このまま放っておくと未来人について明らかになるのは間違いないでしょう。」 キョン「一応聞いておくが、ハルヒが秘密を知るとどうなるんだ?」 古泉「自覚のない神が覚醒します。」 キョン「わけわからん。」 AAでも張りたいぐらいだ。30文字以内で答えよ。 長門「AAとは何か知らないが、端的にいえば力の暴走。彼女の中の常識が塗り替えられ、世界が彼女の思うがままになる。」 さすが長門、どこぞのイケメンと違い頼りになる。 しかしそれは厄介だな。そんなことができれば本当に世界がSOS団になってしまう。 長門「あなたの心も操作される。」 キョン「まじめに対策しないとまずいことだな。」 さてとあの闘牛をどうにかしないと。いやフクラミのではないぞ。 長門「そうなれば私とあなたが結ばれない。」ボソ 長門が小さい声でなにかをつぶやいた。もう一度確認したら、なんでもない、と返され読書に戻ってしまった。 まあさほど重要なことではなさそうだから、今は事態の鎮静化をしよう。 ふとハルヒ達の方に目をやると みくる「キャアアア!」 キョン「うおおぅ!」 急に朝比奈さんが俺に抱き着いてきた。とうとう愛の告白を受けてしまったか、と妄想を一瞬だけ広げた。一瞬だぞ。 現実に戻ると朝比奈さんが眼に涙をためて、俺に助けを求めてきたことを察する。とそこへ宇宙人からも危惧される人物が作曲中のベートーベンみたいな顔で近寄ってきた。朝比奈さんはあわてて俺の後ろへ移動して震えていた。うーんかわいらしい。 ハルヒ「キョン!そこをどきなさい!」 キョン「絶対断る」 ハルヒ「じゃあ横に移動しなさい!」 ここでからかってみることにした。いや動かないよりマシだろ。 キョン「わかった。」 ハルヒ「わかればよろしい。」 キョン「ほらよ。」 俺は体の向きを変えずに長門の方に移動した。すると朝比奈さんが一緒に移動した。 ハルヒ「み~く~る~ちゃ~ん!」 そして今度はいらいらした顔でどなった。その後も俺を巻き込んで大声を浴びせ続けた。 みくる「キョンくん」 小さな声が後ろから聞こえた。なんですか朝比奈さん。礼なら後でしてください。 みくる「それもありますけど、違います、テヘ。」 と舌をだしてウインクした。効果は抜群だー! とそこにトビラを開ける音がした。 この部屋内には団員が揃っているはずだ。鶴屋さんかな、しかしそれはそれで困るが。 キイイ そこに見えたのは朝比奈さんである。 俺と目があった直後朝比奈さんは弥生人が生きた恐竜に出会ったみたいな顔をしたまま扉を閉めた。ってなんで朝比奈さんが二人いる? みくる「あの時の私だ」 ん?ということはあなたは未来の朝比奈さん? みくる「正確にはえ~と3日後です。なぜここに来るように言われたかわ知らないんです。」 ではせめてこの後起こることはわかりますよね?ハルヒに生返事をしながら、震える小猫の答えを待った。 みくる「私は掃除当番での仕事で遅れて部室に来たんです。で部室に行く途中で鶴屋さんに会いました。」 あながち俺の予想は外れてなかったんだなぐへぇ。 ハルヒ「キョン!私が大人しい内にどきなさい!」 襟首を引っ張っといてよく言えるな。あっ朝比奈さん、俺の服を引っ張るのは嬉しいですが服が伸びてしまいますよ。 なにやら外が暗くなってきた。あれ天気予報じゃ晴天白日のはずだが。 みくる「あっすいません。で私と鶴屋さんで部室に行ったんです。で最初に私が入ろうとしてすぐに気づいたんです。」 襟首にかかる力がふいに消えたからようやく応答できる。 キョン「朝比奈さんがもう一人いることですね。」 みくる「そうです。で私が二人で図書室に行くよう頼んだんです。鶴屋さんは突然のお願いを承諾してくれました。」 ふと止められる気のない目覚まし時計のようなハルヒの声のベクトルが別のほうに向いてることに気づいた。 ハルヒ「今の会話にあった『キカン』て何よ!怪しいわね、電話の内容的に『機関』て書くんでしょ!教えなさい古泉くん!さもないと」 なんか部室のトビラの前で副団長の権利が云々と話を続けているが、それ以前になぜ古泉が新たな犠牲者に?その解答はすぐ隣の椅子から聞こえた。 長門「古泉一樹はおとりになっている。その間に朝比奈みくるから情報を聞き入れて。」 なるほどな、二人ともありがとよ。では朝比奈さん続けてください。 みくる「えーと図書室に着いた頃に黒い雲が雨を降らしました。夕立みたいな感じです。」 言い終わらぬ内に雨が降ってきた。たしかに夕立だな。 だが俺は言葉に表せられない不安がよぎる。この風景はいつぞやの冬の遭難と似ている。 ふと俺は長門を見た。長門は外の雨、いや雲を見上げている。その眼に僅かな不安を感じたのは多分俺だけだ。 みくる「キョンくん。キョンくん!聞いてますか!?」 キョン「すいません、ぼーっとしてました。」 みくる「もう。しばらく図書室で私たちは勉強してました。でも勉強中に未来から指令がきて、すぐに私は鶴屋さんを連れて部室に戻りました。」 朝比奈さんがぷっくりと頬を膨らませている。急所に当たったー!効果は抜群だー! ショックで廃人になりかけた俺に長門が手を引いてきた。両手に花だぜ。 長門「情報統合思念体にアクセスできない。」 キョン「なんだと。」 長門は冗談を言わない奴だ。とすればまさか今の状況は。 長門「冬の遭難時と似ている。私や涼宮ハルヒ、朝比奈みくるは能力を使用できない。」 さっきの予感はこれか。しかも学校でかよ。下手すりゃ一般人に被害が出るじゃねえか。 俺が打開策を考えようとしたところで後ろから猪が襲ってきた。 ハルヒ「なーにみくるちゃんや有希を誘惑してんのよバカキョン!離れなさい!」 いきなり横に突き飛ばすな。ベクトルを操作する力の開発なんて受けてない俺は倒されるがままに朝比奈さんの体に俯せで倒れた。 いてて大丈夫ですか朝比奈さん。て何顔を赤くしてるんです?俺は倒れる直前に手を床の方に突き出して覆いかぶさらないようにしましたよ?ん、なんで床がこんなに柔らかいんだ?・・・て キョン「柔らかい!?ゲフッ!」 あれーおれいまはらをけられたきがするぞ。しかもあさひなさんに。 ハルヒ「いい加減にしなさい!」 キョン「事故だ!過失だ!冤罪だ!」 ハルヒ「過失でも立派な犯罪じゃない!」 それもそうだ。とりあえずハルヒ裁判官に無罪を説得するために腰を上げると そこは部室じゃなかった。山の頂上付近の石をご想像してもらえるとありがたい。妙にゴツイ石や岩が辺りに広がっている。CGではない、その証拠に石を持ち上げてみたが重い。 一瞬で風景が変わっている。WHY? まあ唯一の救いは団員が全員すぐ近くにいることだ。朝比奈さんは倒れたまま、てか気絶してないか? にしてもここはどこだ?いつぞやのかまどうまの時と似ている気がするが。 長門「そう」 いつも通りの長門の反応にほっとした時、ガンッと言う音がすぐ後ろの方で聞こえた。俺は地面から物理法則を無視した物体が湧いてきたか、と考えながら振り返ると そこに赤い装飾をまとった大きめの石を両手で持っている古泉がいた。そしてそのすぐ下の床に倒れているハルヒ。 キョン「古泉!!」 俺は我を忘れて古泉の胸倉を掴み押し倒した。馬乗りになり、奴の顔を殴り飛ばそうとしたところで誰かに腕をつかまれた。顔を上げるとそこには長門がいた。 長門「彼の行動は正しい。」 キョン「友達を石で殴ることが正しいのかよ!」 長門「聞いて。」 長門の眼にほんのわずかだが水の膜ができている。そんな目をしないでくれ。俺は長門の言うことを聞くことにした。 長門「まず涼宮ハルヒに超現象を知覚されてはいけない。これは彼女が認識し興味を持たれてはいけないことを示す。」 つまりこの空間を記憶に残される前に気を失わせる必要があったんだな。 長門「私は古泉一樹に涼宮ハルヒを殴り気絶させるよう指示した。古泉一樹は最初拒絶したが、私の考えを理解したと思われる。指示通りに動いた。」 そうなのか。だが同時に俺は聞かなければならないことができた。 長門「私という個体は、あなたに彼を恨んでほしくないと願う。」 承知した。だがな長門 キョン「石で殴るというのは理解できん。俺たちは部員で友達だ。それに他の二人はともかく長門は人間にはできないことをするのは簡単だろ。」 なんで宇宙的マジックで傷つけずに気を失わせなかった、と言いかけて俺は思い出した。長門は言っていた、冬の遭難の時と似ていると。 長門「私や涼宮ハルヒの能力は今失われている。彼女をおとなしくするには絶好の機会だった。だが同時に穏便な方法で処理できなかった。」 事情は察した。だがこれだけは確認させてくれ。おまえはハルヒを傷つけるのになにも感じなかったか? 俺は立ち上がって長門の顔を凝視した。長門は俺の眼を10秒見つめた後ハルヒの方を向き、電波話以外では滅多に動かない口でたった6文字をつぶやいた。 「ごめんなさい」 俺は長門の両肩に手を置いた。俺の中を安堵と喜びが走り回った。なぜか?長門が人間らしい感情を少しずつだが着実に持ち始めていることに決まっているじゃないか。 長門の顔を見た。若干驚きの顔をしていたが嫌そうな顔をしていなかった。 みくる「ふぁぁ。皆さんおはようございます。」 俺は瞬間的に長門から離れた、いやまた何か誤解を受けるのは嫌だからな。やあ朝比奈さんおはようございます。 みくる「あわわわわ!てなんですか、ここどこですか~!?」 ブーン ずいぶん懐かしいセリフを聞いたが、今はこの状況を打破する方法を考えなければならない。 ブーン 古泉「ようやく落ち着いてもらえたようですね。押し倒された時別の意味で興奮しましたがそれはともかく、いやいやすいません。」 キョン「おまえに謝られてもちっともさっぱり全然お世辞にしか聞こえない、不思議!」 古泉「今のは聞こえなかったことにしておきましょう。とりあえず状況を整理しましょう」 みくる「ひゃあ!涼宮さんが倒れてる!キョンくんキョンく~ん!」 古泉「ここでは異能力を使えない。この空間の創造主は少なくとも涼宮さんではない。なぜなら彼女の意志で作られたのなら、気絶前と気絶後で何かしらの変化が」 みくる「キョンくん!古泉くん!長門さん!」 俺たちは見事にスルースキルを発動しつつ、古泉の話を聞いていた。 ブーン さっきから遠くで聞こえる虫の音がしつこいなあ。 古泉「あなたが僕にうっとおしそうな顔をするのは珍しいですね。どうしたんですか?」 いや珍しいことではないだろ。だが今は違う。 キョン「さっきから虫の音がうるさいんだよ。殺虫剤カモーン。」 古泉「それは変ですね。この空間には人間以外入れないはずですが。」 みくる「なんで皆さん無視するんですか~!私の言うこと聞かないとミンチにしてやりますよ~」 古泉「長門さんは虫の音が聞こえましたか?」 長門「聞こえない。だが向こうに」 みくる「私泣きますよー!」 古泉「聞こえませんか、僕もです。」 キョン「待て長門。今なんて言った?」 長門「聞こえない、と言った。」 違う、そのあとだ。よく聞こえなかった。 長門「向こうに何かいる。」 俺たちは長門の見ている方向を凝視した。そこには 「ブーンブーンブーン」 擬音語を言葉にしたような音を出す、どこかで見た気がするAAが空を飛んでいた。 あれはなんだ、敵か? 古泉「どうもそのようですね。そして同時に倒さなければならないでしょう。」 キョン「だがどうやって倒すんだ?」 ブーンという声が突然大きくなってくるとともにそいつも大きくなってきた。つまり キョン「接近してきてる。みんな逃げろ!」 俺たちはあてもなく走った、俺は倒れているハルヒをおんぶしながら。意識のない人間は重いと聞いたことがあるが、ハルヒは軽かった。 AA「時間の果てまでブーン!」 よくわからないことを叫んだかと思ったら、奴はいつのまにか俺たちの頭上10mにいた。 奴の大きさはこの距離で一般男性の平均身長ぐらいはありそうだ。 長門「あれは生物ではない。」 なぜそんなことがわかる? 長門「今までの経験と言語化できない決定」 無理矢理訳すと『女の勘』ということか。だが生物でないならなんだ。 長門「わからない」 古泉「僕の方にも質問してくださいよ、のけものみたいじゃないですか。」 空気と化した朝比奈さんよりはマシだろうよ。セリフがあるのとセリフすらないのはかなり違うぞ。 古泉「思うに長門さん、あれはゲームの敵と同じようなものではないでしょうか。あれに殺意を感じません。」 キョン「なるほどな。だとするとプログラムに従って動いてるんだな。」 となるとプログラマーがいることになる。だが疑問がある。 キョン「なんでこんなことをするんだ?危害を加えたいならさっさと攻撃すればいいのに。」 古泉「僕にもわかりません。」 言い忘れたが、話している間も俺たちは常に奴の動きを見ている。て誰に言ってんだ俺。 ん?なんかさっきよりも奴が近づいてないか? 古泉「このまま待機してても拉致があきません。少し刺激を与えましょう。」 と言いながら古泉は大きめの石を拾い奴に石を投げ付けたが、奴はその石から逃げるように体を曲げた。そして落下してくる石は俺の眼の前でだんだん大きく キョン「あぶね!古泉気をつけろ!」 長門「彼に石をあてないでもらいたい。」 古泉「すいません二人とも。」 古泉は観音様にお願いするかのように謝罪した。あとで缶コーヒーをおごれ。 古泉「いやです。ですがわかったことがあります。あれは石をあてられたくないようです。みんなで石をあてましょう。」 ほういい度胸してんな、あとで覚えてろ。とりあえず古泉の提案に生返事して、奴に石を当てることにした。 ――あれからおよそ30分―― 結論からいうと、全然当たらない。 長門「あれとの距離はおよそ8m。当たらない距離ではない。」 古泉「ですが当たりません。困ったものです。」 キョン「どっか高台はないのか」 古泉「辺りを見ればわかりますがそんなところはありません。」 おまえはいつでもスマイルだな、奴もそうだが。 古泉「一度あれと話してみたいです。」 長門「あれは生物ではないから有機生命体の言語を理解できるか困難。」 長門、冗談と本気を区別できるようになったら人間として完璧だから頑張れ。 長門「そう。」 俺達は休憩することにした。だがハルヒでないほうの神は俺たちをいじめたいらしい。俺の顔の右5cmを何かが火花を散らしながら正面から通過した。その直後にパーンなんて音がした。まるで花火のような キョン「朝比奈さん!なにやってんですか!?」 気づけば正面約十mの位置で朝比奈さんは鬼のような形相をしていた。しかもロケット花火をセットしていた、オレタチニムケテ。 みくる「ひどいですみんな。私が見えてないかのようにふるまって。グスッ」 キョン「朝比奈さん!別に無視してたわけではないんです!」 古泉「そうですよ。僕たちは空気を見てるんですから。」 キョン「バカヤロウ!んなこと言ったら」 みくる「私なんてどーせ役立たずで雑用係のロリロリメイドでしかないんだ、うわーん!」 朝比奈さんは泣きながら俺たちに向けてロケット花火を打ち続けた。ていうかどこに花火を持ってたんだ?それ以前になぜもっている?。 俺たちはとにかく逃げ回った。朝比奈さんはようしゃなく打ち続けている。 とにかく花火をなんとかしなくては、と考えた時ふと打倒朝比奈さん策を思い付いた。それは石を花火に投げつけ、ひるんだところで朝比奈さんを止める。完璧だろ。 俺は足元に落ちてる石を発射前の花火に向かって投げた。石は花火に当たると、上の方をむいて転んだ。朝比奈さんが方向を直そうと花火に近づいたとき、花火は無意味な方向へ発射された。 古泉「よくやってくれましたキョンくん。」 ん?なんのことだ?今から俺は朝比奈さんを止めに入るのだが。 古泉「えっ、まさか偶然だとは思いませんでした。感服です。」 なんだ、と思い上空を見た、いや正確には地面から8m上の空間を見た。 例の奴が赤く点滅していた。その後粉々に砕けて消えた。そういうことか、俺SUGEEEEEE! 長門「空間が壊れ始めている。この空間から脱出する。」 キョン「力は戻ったのか?」 長門は無言でうなずいた、口の両端をナノ単位で上に向けながら。 長門「今回はあなたのおかげ。私の見込んだ通りの人。」 キョン「俺はそんなすごい人じゃないぞ」 長門「・・・・大好き」 キョン「えっ・・・・」 古泉「とりあえず脱出しましょう。長門さんお願いします。」 長門「・・・KY。わかった。」 なんだこのとてつもなく不安な感じは。なにか重要な問題を忘れたような。まあ気のせいだろ。 長門「△*■Μэ⑲㏄∑¥∴」 キョン「なあ古泉。さっきから聞こえる爆音はなんだ?」 古泉「この付近で火山でも噴火してるのでしょう。」 長門「∂◎#@キョン・古泉・ハルヒ・長門・朝比奈」 朝比奈さん?あっ キョン「長門!ストップ!」 遅かった。俺たちは部室に戻っていた。ハルヒ・長門・古泉・俺は部室の机に隠れるように帰還、朝比奈さんは・・・ 俺は朝比奈さんを止めようとしたがもう遅い。朝比奈さんがセットした花火はいきよいよく放たれ、部室の窓を破っていった。 ――その後――――― ハルヒ「キョン、今日あたし何してた?」 あの後長門が朝比奈さんを眠らせ、情報操作を行った。 ガラスは割れなかったことにし、ハルヒは部室の机でうたた寝していたことにした。 ハルヒの傷も治した。未来の朝比奈さんは時間転移でどこかに行った。なにしに来たんだろう。 部室から出た直後に、今回の事をほとんど知らない朝比奈さんに会った。で今団員全員で帰路についてるわけだ。夕焼けがきれいだな。 キョン「椅子にもたれてグースカ寝てたじゃないか」 ハルヒ「あーもー一生の不覚よ!キョン、今日は夜も部活するわよ!」 冗談じゃない。俺にも休息をだな。 古泉「いいんじゃないですか?このまま放置したら閉鎖空間が発生してしまいます。」 キョン「だまれイエスマン。今日は疲れたんだ。」 ハルヒ「なんで疲れてるのか知らないけどわかったわよ。ところでさ。」 ん、珍しく声を小さくしてどうした?愛の告白なら喜んで受け入れるぞ。 ハルヒ「バカキョン!そんなんじゃないわ!私の頭に傷はない?」 キョン「別にないが。」 顔が真っ赤だぞ、とは言わなかった。 ハルヒ「・・・・・・そうよね、夢よね。」ボソッ キョン「なんか言ったか?」 ハルヒ「別に。」 さてお別れの交差点に入ったので俺たちは解散した。今日は朝比奈さんの黒い部分が見えたからよし。だがそれよりももっと印象に残ったのが 「・・・・大好き」 自分の顔が熱をおびるのがよくわかった。 俺は家に着くとまず顔を洗った。俺が夕飯を待ちわびるべく部屋に戻ったところで、妹が電話の子機を持って追いかけてきた。 キョン「誰からだ?」 妹「長門さーん」 キョン「・・・そうか」 妹「キョンくん顔赤いよーどうしたのー」 俺は妹を部屋の外へ放り投げたのち子機を耳にあてた。 キョン「長門か?」 長門「・・・そう。今から私の家へ来てもらいたい。あなたに今回の事件で聞いてもらいたいことがある。では。」 電話が切れた。さて健全な男子学生ならどう反応したらいいのかね。告白(?)された後に家に呼びだされるという状況に。 ―――数十分後――― 俺は長門の家の前に着いた。恐る恐るインターホンに指を乗せた。家に呼び出されたのはあくまであの件について聞くためだ、俺は自分にそう言い聞かせながらインターホンを押した。 「おーともなーいせかーいにーまーいお」 呼び鈴なのだろう、歌が途切れると長門の声が 「やあこんばんは。2時間ぶりですかね。」 なんで古泉がいるんだ。俺は安堵と残念感を同時に味わいつつ キョン「そう」 と無口な宇宙人のまね事で答えた。 古泉「おそらく僕とあなたの用件は同じはずです。鍵は空いてます、入ってください。」 キョン「なんで開けっ放しなんだよ。」 インターホンが沈黙したのだろう、返答はなかった。 俺はとりあえず中に入って長門達の下へ歩いた。 長門は俺を見ると顔を俯かせた。 長門「座った。」 古泉「長門さん、『座って』ですよ。」 長門「間違えただけ。」 長門は緊張してるのだろうか?珍しい。 俺達3人がONLY ONEインザハウスな机を挟んで腰を下ろすと長門が口を開いた。 長門「今から話すことは情報統合思念体の調査結果である。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない、実際コミュニケーションとは」 キョン「あー長門。知識豊富なのはよくわかってるから今回の事件について教えてくれ。」 長門「そう。キョンが言うなら。」 えっ?長門が俺のことをあだ名で読んだだと。 古泉「顔が赤いですよ?とうとう僕のあなたへの愛に気づいてもらえましたか。」 キョン「断じてそれはないしそっちの趣味も一切さっぱりからっきしないぞ。」 長門「二人とも聞いて。」 長門は全て話した。まずあの空間と物体の作成者は、冬の遭難時の犯人と同じだそうだ。 動機はまさにヒトラーが民主主義を唱えるかのようなものだった。 長門「彼らの目的はない。動機は『退屈』だったから。ただ彼らの言いたいことを我々は完全に解析できていないからなんともいえない。」 前回はハローの代わりに吹雪を降らしてきた。今度は退屈しのぎに数人を異空間射撃ゲームかよ。何考えてんだかさっぱりわからん。 そして朝比奈さんがなぜ未来から来たのか。どうも未来の一組織が情報統合思念体の急進派と手を組んでいたらしい。 長門「涼宮ハルヒにあえて未来人を認識させることで、どのような変化が表れるかを調べていた。朝比奈みくるはその組織に騙されていた。ちなみに今は急進派及びその組織は厳正な処分を下されている。」 朝比奈さんが図書室でされた指令は、急進派が捕まった後正規の組織が指示したもののようだ。 ん?だが疑問が残る。その疑問を代弁するかのように超能力者は言った。 古泉「未来人や急進派はあの頭の愉快な思念体の行動を知らなかったのでしょうか?彼らの目的は彼女の変化の観察ですよね?邪魔が入るとわかってたら計画自体に意味がありません。」 長門「それについては情報統合思念体も困惑している。もしかしたら彼らは未来人にすら認知されない行動力を持っているのかもしれない。」 奴らがその思念体と手を組んで空間に閉じ込められた状況を観察した、という可能性はないのか? 長門「ありえない。あれと会話することも困難であるのに、計画を立てることは不可能。」 キョン「あまりに馬鹿にされる思念体に全俺が泣いた。」 長門「あなたは一人しか・・・ジョーク?」 キョン「よく気づいた。」 ――――その後―――― 古泉「では用も済みました。僕はこれで失礼します。」 古泉は帰った。長門の告白は気になるが俺も帰ることに 長門「・・・・」 帰ろうした俺の腕の裾に小さな力がかかった。振り向くとそこにはハムスターをつまみあげるように裾をつかむ長門が俺の目をじっと見つめていた。そして長門の顔が少し赤い。 俺たちは時間の経つのを忘れたかのように見つめ合った。顔に熱を感じる。ああ今なら認めるぜ、今まで自分の心から逃げてきたからな。 キョン「・・長門。」 長門「・・・有希と呼んで欲しい」 キョン「・・・有・・希」 長門「・・・キョン」 俺はいつのまにか長門を抱きしめていた。長門も俺の腰に腕をまいていた。 おっ長門、いや有希の胸から鼓動をはっきり感じた。こいつは宇宙人なんかじゃない。それに俺は言った、冗談と本気を区別できたら完璧だと。 「おまえは人間と変わらない、いや人間なんだ。」 「・・・異能力をもってるけど、いいの?」 「この世界では当たり前なんだ。気にするな。」 「・・・そう。」 「そうだ。おまえは人間で、俺の『彼女』になるんだ。」 「・・・・なら二つだけ約束して欲しい。」 「なんだ?俺にできることならいいぞ。」 「あなたにしかできない。まず私のことを呼ぶ時『おまえ』ではなく『有希』と呼んで。」 「ああ。」 「もうひとつは・・・私の事を支えて欲しい、いつまでも。」 「もちろんだ!じゃあ俺からも一つ。いつまでも俺を支えてくれ、有希。」 「・・もちろん。」 「有希。大好きだ。」 俺たちは口づけを交わした。 あの後俺はすぐに家に帰った。お互いに何を話せばいいかわからなくなったからだ。今となっては名残惜しい。 ―――次の日―――― 放課後俺たち団員は1+1=2というぐらい当たり前のように部室に集まった。 俺は古泉とスピードをし、朝比奈さんはなぜかナースになっていた。ハルヒいわく、風通しがいいのだそうだ。実際そうらしいので特に異論はなかった。無口な少女はいつものぶ厚い本ではなく、俺でも読めるレベルの恋愛小説を読んでいた。ハルヒ?あいつはいつもの通りだ。 ハルヒ「なんか昨日から変なことを考えるのよね。」 今日ハルヒの様子はずっと変だった。何か考え事をしていたのだ。なんだ、今度は危ない水着を朝比奈さんに着せるつもりか?「風通しがいいのよ」とか言って。 ハルヒ「させたいけど違うわよ!なんか古泉くんに石で殴られた、てのを考えちゃうのよ。まさかそんなことあるわけないとはわかってるんだけど。」 みくる「えっ・・・」 古泉「僕がそんな恐れ多いことをするわけないじゃぎゃッ!」 古泉よ、慌てすぎで舌噛むなんて入れ歯を装備したライオンより滑稽だぞ。 ハルヒ「てなわけで古泉くん。悪いんだけど今日だけ副団長の活動停止を行うわ。帰って。明日からはいつも通りのあたしになるから。」 古泉「・・・わかりました。ではみなさんまた明日お会いしましょう。」 そういやあいつに落とし前をつけるのを忘れていた。明日にしよう。 さて古泉が帰ったから朝比奈さんでも誘ってトランプでも ハルヒ「ちょうどいいわ、キョン!ここらへんではっきりしてもらいましょうか!」 キョン「なにをだ」 ハルヒ「なにって・・その・・・あんたが誰を好きなのかを・・」 そんなことか。見れば朝比奈さんや読者中の少女も俺を見ている。ハルヒには悪いが速答させてもらう。 「俺は有希の彼氏だ。」 ―――完―――
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3661.html
3.役割 イライラするような、それでいて情けないような気持ちで1日の授業を終えた俺は、部室にハルヒの鞄を取りに行った。 どうせこれから1週間、SOS団は休業だ。団長不在だし、長門と古泉は学校自体を休んでいる。 朝比奈さんは登校するだろうが、部室によるくらいならまだハルヒの病室でメイド服を着るだろう。 あの優しいお方ならそうするさ。 受験生だと言うのに、冬のこの時期に毎日部室に通ってくださっているくらいだしな。 さすがにほとんど勉強しているけど。 朝比奈さんは今のところ、卒業後も時間駐在員としてとどまると言っていた。 朝比奈さん(小)が朝比奈さん(大)になるまでに、本人にはどれくらいの時間が過ぎているんだろうね。 そう思いながら部室の扉を開けた。 「キョンくん」 そこにいたのはまさに今俺が考えていた、かつての部室専属メイドであったお方だった。 ちょっと予想外だった。今回の事件に、未来的な事柄は絡んでいない。 何故朝比奈さん(大)がここに? 「少し久しぶり、かな? 私にとってはそんな前じゃないんだけど」 にこやかな笑顔で朝比奈さんは挨拶した。 「お久しぶりですね、俺にとっては。何故ここに? 今のハルヒの状況はご存じなんでしょう」 そう言うと、朝比奈さん(大)は顔を曇らせた。 「ええ、もちろん。今、わたしも病院に向かっているはずですから」 そう言って顔を上げて俺を見た。 「でも、この時間のわたしにできることはないの。 いえ、このわたしにできることもないと言っていいわ」 うつむいて目を伏せたまま、話を続ける。 「今後どうなるか、詳しく話して頂くのは、やっぱり禁則事項なんですよね」 聞くまでもない。未来的なヒントをくれたことはほとんどないのだ。 むしろヒント無しでやらされたことばかりだった。 未来へのヒントとして暗示されたものは、あの『白雪姫』くらいなものか。 「その通り。禁則事項です。どうしても伝えたいことがあってわたしはここに来ました」 「せめてヒントだけでも……ですか」 あのときの言葉を思い出しながら言った。俺にとっては恥ずかしくも懐かしい記憶だ。 「ヒントというよりは、キョンくんにお願いです」 お願い? 意外な言葉だ。 「ええ、お願い。キョンくんは、キョンくんの気持ちに正直に。それだけです」 俺の気持ちに正直に? 「詳しく言えないのは解ってくれてると思う……だけど、これだけは伝えたかったの。 あんまり考えすぎないで。自分に正直に、ね」 俺は自分を偽っているつもりはないが、今後、何か気持ちを無視した選択が起こりうるということか。 「これは未来人としてのお願いじゃないの。 キョンくんと涼宮さんの友人である、朝比奈みくるとしてのお願いです」 これには驚いた。朝比奈さん(大)は規定事項を優先してばかりだと思っていた。 そんな気持ちが顔に出てしまったらしい。朝比奈さん(大)はくすりと笑って言った。 「わたしはこの時間のわたしと、ちゃんと繋がってます。 だから、今のわたしだってSOS団を大事に思う気持ちはあるんです」 「いや、俺はそんなつもりじゃ……。」 頭を掻くしかない。 「それではもう時間だから。その鞄を届けに行くのでしょう?」 そう言いながら部室の外に向かっていった。もちろんそのつもりです。 「がんばってね」 何を、と聞こうと振り返ったときには、もう誰もいなかった。 俺はしばらく朝比奈さん(大)の言ったことを考えていた。 俺の気持ちに正直に。 これは未来人としてではなく、朝比奈みくるとしてのお願い。 俺の『気持ちに正直に』動かないと、朝比奈さんの未来には良くないというのは考えるまでもないだろう。 そうでないと、朝比奈さん(大)はここに来られないはずだ。 それでも、朝比奈さん(大)は未来人としての立場よりも、俺とハルヒの友人、つまりSOS団の一員としての言葉としていった。 『この時間のわたしにできることはないの』 ああ、そうか。確かに朝比奈さん(大)は朝比奈さん(小)と繋がっている。 朝比奈さん(小)は今かこれからか、俺と同じような無力感にさいなまれているのかもしれない。 「そういうことか」 つぶやいて苦笑する。俺も同じだ。さて、朝比奈さんを慰めなくてはならないときが来るのかね。 今は考えていても仕方がない。 ハルヒの鞄を持つと、俺も入院したことのあるあの病院に向かった。 病院では、相変わらず長門がベッドの側の椅子にちょこんと腰掛けていた。 傍らで朝比奈さんがハルヒを見つめていたが、俺が入ると頭をぴょこんと下げてくれた。 「こんにちは。ハルヒのお袋さんはいないんですか?」 「お仕事があるから、と今日はお帰りになりました。 目が覚めたら直ぐに連絡すると伝えてあります」 そうか。娘がこんなことになってさぞかし心配だろうな。 「長門、ハルヒの様子は?」 最大の懸案事項を聞いてみる。 「変わらない。情報生命素子は検索を中断することはない。 現在、約9.8%終了していると考えられる」 およそにしては細かい数字だが、長門からしてみればコンマ10桁くらいの精度で予測できるのかもしれない。 「お前は休まなくていいのか」 ずっとつきそう気らしい長門に聞いてみる。 「このインターフェースは睡眠・休憩を必要としない。行動の模倣のみ」 なるほど。人間の振り、か。でも長門は人間らしいと思うがな。ところで飯は? 「本来は必要ない。わたしという個体が要求すれば、機を見て接種する」 空腹と食欲ってやつかな。まさに人間的だ。 「食べたいものがあったらおっしゃってくださいね。用意しますから」 朝比奈さんが長門に言う。長門を苦手としている朝比奈さんでも、何かがしたいのだろう。 「わかった」 長門も短く答えた。 自分にできること、か。朝比奈さん、あなたはたぶん十分役に立っていますよ。 むしろ俺が居心地が悪い。 ここにいてもどうしようもないからだ。 ハルヒについていたいというのは単なる俺のわがままだ。 「それでも、涼宮さんはキョンくんに側にいて欲しいと思ってますよ」 朝比奈さん、モノローグを読まないでください。 そう、確かに側にいてやるくらいしかできないよな。 例え俺の自己満足であっても、な。 数日、そんな日が続いた。 俺と朝比奈さんは、毎日面会時間終了までハルヒの病室に行った。 機関関係だから、面会時間なんかどうでもなりそうだったが、どこかで切り上げないと離れられなくなりそうだった。 長門は朝から晩までずっとハルヒの側にいた。 本も読んでいないので、持って来るか聞いたが、わずかに首を横に振るだけだった。 長門なら、ハルヒの状態を観察しながら読書するなんて朝飯前だろう。 そんな気にならない、ということか。 ハルヒが倒れて4日目、古泉が現れた。 心なしかやつれた気がするが、今はニヤケ面が戻っていた。 「深刻な顔をしていても事態が好転するわけでもありませんからね」 そう言ったが、平常心を保とうとするポーズなのは俺にもわかった。 かなり辛い日々だったんだろう。 「休んでなくて大丈夫なのか」 いくら俺でも、この状況なら古泉にだって労りの言葉くらいかけてやる。 「ええ、ある程度の休息は取れています。やはり涼宮さんが気になりますので」 そうか。さすがは副団長だな。 「それに、あなたと少しお話がしたかったので」 俺と? 何かわかったのか。 「ええ、少しいいですか」 朝比奈さんと長門のいる病室じゃまずいのか、エレベータの前にある椅子に移動した。 「以前、僕が涼宮さんの精神状態がある程度わかる、とお話したと思いますが」 そりゃ、お前はハルヒの精神分析の専門家だろうが。さんざん聞かされたぞ。 「今回は特殊な例でして、さすがに僕たちにも良く解らなかったんですよ。 ただ、凄いストレスを感じている、としか」 そうだろうな。今ハルヒが置かれている状況なんて、凡人の俺には想像もつかん。 ハルヒはどんな苦しみに耐えているのだろう。 「それでも、涼宮さんはまだ自我を失っている訳ではないので、 やはり感情という物があります」 ああ、それで? 「ここ最近、今まで解らなかった涼宮さんのある感情がはっきりしてきているのですよ。 僕の中でね」 「もったいぶらずに言え。それは何だ?」 「不安、です」 「不安?」 「ええ、涼宮さんは今、とても不安を感じています。無理もありませんが」 そりゃそうだよな。何か訳のわからないものに自分の精神構造を解析されているわけだ。 外界との反応を遮断されてな。いや、反応できなくなっているだけか。 不安を感じない訳がない。 「ええ、そうなんですが、もうひとつ僕に判ることがあるんです」 ハルヒの精神でか。何だ? 「閉鎖空間に入ると強く感じられるのですが……はっきり言いましょう。 彼女はあなたを呼んでいます」 は? 俺をか? 閉鎖空間にか?? 「閉鎖空間は涼宮さんの精神活動によるものです。 別に、彼女はそこにあなたを招待したいというわけではないでしょう。 おそらく、彼女はあなたなら自分の不安を取り除けると思っているのでしょう」 おいおい、随分買いかぶってくれた物だな、ハルヒよ。 お前の不安の原因を取り除けるのは、SOS団の中では長門だけだ。 しかも1回限りのチャンスだぜ。長門なら大丈夫だろうけどな。 「僕以外のいわゆる超能力者たちも涼宮さんが誰かを求めていることは気づいています。 それがあなただと判るのは、僕がSOS団の副団長だからでしょう」 古泉が続ける。しかし何故俺なんだ? 一応聞いてみた。 「今更それをおっしゃるのですか? この間のあなた達の行動を僕が知らないとでも?」 いや、お前らが覗いていたのは知ってるよ畜生。聞いてみただけだよ。 だがな。 「俺にどうしろって言うんだ」 吐き捨てるように言った。俺は無力だ。古泉のような事後処理すらできない。 「今は知っておいて欲しい、と言うのが僕の希望です。涼宮さんがあなたを求めていると」 「誤解を招くような言い方はよせ」 「失礼。でも事実ですから。では僕はこれで」 俺の反論を軽く流して、古泉はそのままエレベータに乗って行ってしまった。 病室に戻っると、長門が何か食べていた。カレーパン? 「わたしが作ったんです」 なんと朝比奈さんお手製のカレーパンであった。 カレーが好きな長門が病室でも食べやすいようにと考えたのだろう。 本当に愛らしいお方だ。 そんな朝比奈さんを見ながら、朝比奈さん(大)の言葉を思い出していた。 『わたしにできることはないの』 そんなことありませんよ、朝比奈さん(大)。 このカレーパンは、長門にとって嬉しい物に違いない。 朝比奈さんの存在は、ちゃんと俺たちを支えてくれている。 今度朝比奈さん(大)に会ったらそう伝えよう。 今回の事件が終わったら、朝比奈さん(大)は現れるのかなと考えながら、俺はハルヒのそばに立った。 相変わらず眠っているだけのような顔。 しかし、その内部はかなり疲弊しているんじゃないだろうか。 疲れすら表に出せない程。 思わず俺はハルヒの手をとって握った。 「……ハルヒ」 呼びかけても答えはない。 「辛くないか?」 辛くないわけがない。その結果が閉鎖空間だ。 「俺は何ができるんだ……?」 「キョンくん……キョンくんがいることは、涼宮さんに伝わってます、きっとです!」 振り返ると、長門と朝比奈さんが俺を見つめていた。 長門は何も言わなかったが、俺を案じてくれているのはその瞳から感じられた。 俺は何も言えなかった。 家に帰ってからも、俺は色々と考えていた。 朝比奈さん(大)の注意事項とも取れるような『お願い』。 古泉は、ハルヒが俺を呼んでいると言った。 だが、ハルヒは俺の呼びかけに答えない。 聞こえているのかどうかもわからない。 俺の気持ちに正直に。 朝比奈さんのセリフを思い出す。 正直な気持ち? そんなの分かり切ってるさ。 ハルヒのために、SOS団のために何かしたい。 長門はハルヒの容態変化を観察しつつ、根本的な原因を排除しようとしている。 古泉は今回のことで大量発生してしまう閉鎖空間で闘っている。 朝比奈さんは、主に長門を、そしてできれば俺や古泉も支えようとしている。 みんな、自分でできることをやっている。 俺はどうだ? 「情けねぇな」 俺にできることなんか何もないんだ。 ただ、長門が助けてくれるのを待っているだけだ。 格好つけてみたってあがいてみたって結局それだけ。 「すまん、ハルヒ。やっぱり俺は雑用しかできないみたいだ」 自嘲気味に言った。 みんな頑張ってるのにこんなマイナス思考で悪いな。 4.窮地へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/671.html
~涼宮ハルヒの恋人~ 「ねぇ、キョン?」 とある秋の一日。 4限目の授業が中盤に差し掛り、俺が睡魔と空腹という二匹の魔物を相手に何とか互角に渡り合っていた最中である。 俺の後ろの席の女子生徒、つまり我らがSOS団団長・涼宮ハルヒが、 いつもの様に俺の背中をシャーペンで突いてきた。 団長様はまたトンデモ計画をお考えになったらしい。 (やれやれ…)といつもの様に思いながら 「なんだ?ハルヒ」 そう言っていつもの様に振り返る。 だがそこから先はいつもとは違った。 俺が身を捩り、ハルヒの方を向いたその刹那、 「ガタッ」という椅子の動く音と共に、ハルヒの顔が急接近してくる。 「なッ――」 俺が驚き声を出そうとしたその時、ハルヒは俺に―― …キスしていた。まうすとぅまうすだ。 そこ、早くも「アマァイ」とか言わないでくれ。 さて…人間が緊急事態に対処するにはどうすればいいんだっけか。 そうだ、まずは落ち着くことが大切だったな。 そしてもちつくには杵と臼と…もち米が必要だな。…いや待て違う。違うぞ俺。 落ち着くには…まずは状況整理だ。 1.ハルヒ俺を突く 2.俺振り返る 順番に箇条書きしてみました。 3.ハルヒ俺にキス なんだコレ?…ハルヒが俺にキス?幻覚だろ? しかし俺は幻覚を見てしまうようなアブナイ物には手を出してない。誓ってだ。 とか考えていると、ハルヒが上目遣いで顔を真っ赤に染めながら 「好き…」とか言ってきやがったな。 ここで俺はやっと事態を認識し、はっとクラスに目を向ける。 教師を含めクラス全員がこっちを向いて口を半開きにしている。 谷口に至っては上も下も全開じゃないか。 「その…付き合って」後ろから声。 俺はまたはっとなり、いつもよりか弱くなった声の主へと顔を向けた。 そこには俯いて真っ赤な顔をしたハルヒの姿がある。 「ハルヒ…?俺をおちょくってんのか…?」 訊ねた途端、目の前の完璧な美少女(性格除)はムッと不機嫌顔になり、 「そんな訳ないでしょ!さぁ、返事を聞かせなさい!10秒以内!」 と言い放った。さっきまでのか弱さが嘘のようだ。 というか告白早々ご機嫌斜めってどうなんだ、ハルヒよ。 「10…9…8…」 カウントが始まった。 しかし、本気でハルヒは俺をそんな風に思ってくれているのか? …俺はどうなんだ? 確かに今となっちゃハルヒの居ない日々は退屈で、考えられないモノなのかも知れない。 でもそれは恋愛感情とは別だろう…だが。 「5…4…3…」 あの日、閉鎖空間での出来事。 あれが何を意味するのかなんて知った事じゃないが、あの時確かに俺の中には妙な感覚があった。 その感覚が日に日に増していくのも感じたが。 それは兎も角、またあんな空間へ連れ込まれちゃたまらない。ここはちゃんとした返事をするべきだな。 「2…1…」 「あぁ、俺も好きだ」 やけにサラリと言えた。 「…本当に?…まぁいいわ、決定ね。つ、付き合いましょう」 誰か俺を世界を救う勇者だと崇めてくれ。今の俺ならりゅ○おうも楽勝で倒せただろう。ゾ○マはちょっとキツイが。 なんたって授業中の急な告白にその場で応えたんだからな…って、授業中? 俺は再びクラスの方を見た。 そこにはさっきよりも美しい表情でこっちを見つめる連中の顔が並んでいた。 しかし女子は…何やら少し視線が冷たい。 …というか、怖いから。絵的に。 そんな連中を見てもハルヒは全くお構いなしで、薄い赤に染まった笑顔をこちらに向けていた。 「やれやれ…」 キーン…コーン…カーン…コーン そうして、何だか半信半疑な状態のまま4限目の授業が幕を閉じた。 (ハルヒは本気なんだろうか…?) 俺は未だに状況を把握し切れないまま、空腹という名の魔物を退ける準備に入る。 だが、これから襲ってくるであろう空腹以上の敵が何なのかを俺が予想するのは簡単だった。 そう。俺はこの昼休み、クラスメートの鮮やかなまでの冷やかしに耐えなければならないのだ。 というか既に絶頂だ。 さて、予想通りだが谷口がニヤニヤしながら弁当を持って俺の席に近づいてくるのが見える。しかしそこは谷口。 「キョン、やるなお前!!見損なったぞ!」 お前にそっとして置いて欲しいなんて事を望んだ俺が間違いだった。 タイミングの悪さ、あからさまな日本語ミス。すべて完璧だ。 こいつは天才かも知れん。勿論分野は不明だ。 「チキンなキョンなら応えられないと思ってたんだけどなぁ」 そう言って国木田までもが笑顔で俺の席に着く。 最近こいつにも毒がある気がするな…。 「やれやれ…」 俺は今日何度目になったか分からないその言葉を呟きながら、机にかけてある鞄から弁当を取り出す。 「キョン…」 …この世に神なんて居ないな。うん。 後ろから俺を呼ぶハルヒの声。いつに無くしおらしい声だった。 今俺とハルヒが話すと会場の冷やかしムードが全盛期を迎えるだろうに。 「どうした?」 振り向くと、頬を赤らめたまま上目遣いなハルヒ。 (いつもこうしてりゃ反則的な可愛さなんだがな…) ちなみに、視界の端で谷口が思いっきりニヤニヤしている。 古泉とはまた別の意味で気持ち悪い。やめろ、やめてくれベストフレンド。 「お…お弁当作ってきてあげたから。の、残さず食べなさいよ!」 ハルヒはそう言って俺の目の前に異常なデカさの弁当箱を突きつけた。 告白直後に手作り弁当。幾らなんでも準備が良すぎだろう。いや、嬉しいが。 団長様の突然のご好意に戸惑ったのか、俺はこんなことを口走っていた。 「ちょ…お前これ量多すぎじゃないか?」 …しまった。言った後後悔した。 スマン古泉。バイトが増えるかもしれん。 何で今日に限って頭の回転が悪いんだ、俺。 それを聞いてハルヒはいつもの不機嫌顔になる。 「な、何よ…!折角あたしがキョンの為にたくさん作ってきてあげたのに…」 横で谷口が「何てことを!」という表情で口(勿論上下だ。もう注意する気にもならん)を空けたまま俺を見ていた。 国木田も「何やってんの…」という目で俺を否定している。 流石に謝るべきかもしれない。 …というか、何故クラスの皆は一方的にハルヒの肩持ちをするんだ。しかも皆心なしか俺を睨んでいる。 俺は何か妙な事やっちまったか…? 「あー…ハルヒ」 「…何よ」 ハルヒはいつもの様に俺を睨んだつもりらしいが、その表情にはどこか寂しさが見え隠れした。 「その…すまなかった」 「………」 ハルヒはまだ俺を睨んでいる。なんとその眼にはうっすら涙が溜まっていた。 あぁ、ハルヒ。お前にはそんな表情は似合わんぞ。ということで… 「弁当、貰っていいか?」と生死を分かつ大勝負に出る。 「……当たり前でしょ…米一粒でも残したら死刑だからね!」 どうやらあのままだと俺は本当に死んでいたらしい。 ハルヒは俺に死刑宣告を放ったあと、そっぽを向いてしまった。 俺がクラスメートの放つ含みの有る視線を全身で受け止めたのは言うまでもない。 ハルヒの弁当を受け取り、「やれやれ…」と、谷口と国木田の方を向く。…居ない。 二人のベストフレンドは非常に爽やかな笑顔で俺の席を遠くで眺めていた。 …なんだ?これはつまりアレか…? できればそういう気遣いはして欲しくないんだが…。 まぁこうなると半ば覚悟してしまっていた俺は、ハルヒの方に向き直る。 「…!…何よ。まだ何か用?」 いや待てハルヒ、それが数分前にできた恋人に言う台詞か? まぁ十分有り得るが。 「よかったら弁当…い、一緒に食わないか?」少し緊張してしまう。 「…ほんと?」 「え?…あぁ」 ハルヒは急に太陽の様に輝く笑顔になった。 なんだ?コイツはこれを言って貰えなくて拗ねてたのか? 「どう?あたしなりに上手くできたとは思うけど」 だろうな。普通に美味い。性格以外完璧なだけはある。口が裂けてもこんな事は言えないが。 「美味いよ。ありがとな」 「…そ」 お、照れてるなw かくいう俺も相当恥ずかしいんだが。 「じゃあこれから毎日作ってきてあげるわ。感謝しなさいよね…」 「あ、あぁ…すまんな」 「いちいち気にしなくていいわよ…馬鹿」 不機嫌な声を装いつつも、その表情は微笑んでいるように見えた。 そんなこんなで、端から見ればまさにカップルな雰囲気のまま昼食を食べ終え、今担任の岡部によるホームルームが始まったところだ。 (そういえば今日は個人懇談で四限だけだったか…) この際昼休みの存在などにツッコむのはマナー違反だ。誰にでもミスはある。居直りだ。 心なしかHR中もクラスの連中がこっちをチラチラと見ている。恥ずかしいったらないな。 しかし冷やかしも幾分大人しくなり、安堵と共に再び眠気との激闘が幕を開ける。 「ねぇ、キョン…?」 えーと………デジャヴ? 確か数分前に聞いた事があるような気がする。 まぁ正体が何なのかは分かっている。 「なんだ…ハルヒ…?」 眠気を押し退けつつ訊ね返す。 「…キスして」 どうやら俺はおかしな夢を見ているらしいな。 一応空模様を確認した――青い。閉鎖空間ではないみたいだな。一安心だ。 「すまん寝ぼけてた。もう一回言ってくれ」 「バカキョン!キスしてって言ったの!今すぐ!」 クラスの動きが止まり、教室は静寂の空間に変わる。 ハルヒが何やら叫びやがったな…内容は…あー… ―――!!! 「な、なな何言ってんだハルふぃ!」 噛み噛みだちくしょう。 「…嫌?」 …急に大人しくなりやがった。台詞だけ見た奴は長門と勘違いするかも知れない。 ハルヒは再び反則技:上目遣いで俺に挑んできたが、流石に恥ずかしすぎる。 ここは男らしく華麗にサラリと受け流す作戦で行こう。 「大概にしろ!…今はHR中だろ」 少しキツかったかもしれない、しかし現状打破にはこれしか無いんだ。スマン古泉。 (お詫び次第では許してあげない事も無いですね) 何か幻聴が聞こえたがこれも勿論無視だ。…というかどういう意味だ。 「…じゃ、放課後ならいいのね!!?」 どうやら俺の作戦は全て裏目に出てしまったらしい。 今やハルヒは調子を取り戻し、恥ずかしいことを平気で大声に出している。 脅すような裏のあるニッコリが俺を捕らえて離さない。 「…まぁとにかく、その話は後だ」 辛うじて返した言葉がこれだ。しっかりしろ俺。 「…先に帰ったら殺すわよ。バカキョン」 あのー涼宮ハルヒさん?脅してまで唇を奪う…もとい奪わせるのはどうなんでしょう? 「お前ら、イチャつくのは構わないが、大声を出すのは感心しないな」 笑い声が起こる。岡部にまで冷やかされてしまった。 明日からの授業を想像しただけで恐ろしいが、今更どうしようもない。やれやれ…。 放課後、俺はハルヒが掃除当番を終えるのを教室の外で待っている。 (今日は無茶苦茶だったな…) 今更だが自分の頬をつねってみる。 痛ぇ。やっぱりアレも夢じゃないんだよな…。 そうこうしている内に、ハルヒが教室から出てきた。 「お待たせ!じゃ部室に行きましょう」 「あぁ…」 「何よ、元気ないわね!…ほ…とに…あた…こと…きなの?」 「え?」 「………何でもないわよ!」 言ってハルヒは俯いてしまった。 何て言ったのか訊き返そうとも思ったが、ハルヒが急に不機嫌になっていたので遠慮した。 『それでは、準備が出来次第『…2人が来る』』 ガチャ… ハルヒらしくない元気の無い扉の開け方。 部室には他のSOS団が全員揃っていた。 「………」 「え…あっ、涼宮さん!遅かったですね」 いつもの三点リーダと癒しのオーラが俺とハルヒを迎えてくれた。 「うん。掃除当番。それよりみくるちゃん何話してたの?」 「ふぇ!?…な、な何でもないですよぉ~」 「そ…」 ハルヒにしては素っ気無い対話。 それにしても朝比奈さんは何をあんなに焦ってらっしゃるんだ。 さっきのアレは密談か何かだろうか。 しかしそんな妄想も一瞬で振り払われた。 古泉が、普段見せないような、冷ややかな笑みを浮かべ、俺を見つめていたのである。 「キョン君。トイレに行きませんか…?」 表情をいつもの柔和な笑みに戻し、古泉が言う。 「あ、あぁ…」 何だってんだ。今日は。 そうして俺は古泉によってトイレに拉致され、面と向かう形になり、古泉が話を切り出した。 「…あなた、涼宮さんに何をされたんです…?」 何を言い出しやがったコイツは。まさか知られてないだろうな…。 「…どういうことだ?」 「彼女のあの落ち込みよう…あなたが関わっているとしか思えないのですがね。何たって恋人な訳ですし」 知ってやがった。 一瞬、俺は銀河系の神秘を垣間見た気がした。 「…ちょっと待て古泉。お前何故それを知ってる?」 「フフフ…風のたy「嘘はいいっての」」 「そうですね。では単刀直入に申しましょう。あなたは今日、涼宮さんと恋人になったにも関わらず、 彼女の好意を素直に受けず、すこし厳しく当たってしまわれたのではないですか?例えば…」 「何言ってんだ古泉…?」 言葉とは裏腹に、一気に焦りと不安が俺を襲った。 ハルヒの不機嫌の原因は俺の行動だったのか。 というか、本当は気づいてたんじゃないか?俺。 「おやおや、あなたは真性の鈍感男ですか?…分かっているはずですね?」 …しかしここまでストレートだとはな。たった三行で。しかも俺も小学生並みの反論しかできんなんて笑い話にもならんな。 というか、一緒に弁当食ったのは不機嫌解消のネタにはならんのか。やれやれ… 「あぁ…そうだな」 「では、あなたのやるべき事ももうお分かりですね」 「あぁ…分かってる」 覚悟を決めた。 「やけに素直になりましたね。一つ僕とも愛を「断る」」 やはりHRの時に聞いた幻聴は幻聴じゃなかったのかもしれないな。 「そうですか…残念です」 本気で残念がるな、気持ち悪い。 「実は、皆さんにはもう作戦を提案してあります。僕自身はバイトで帰る、ということで」 「あぁ、すまんな」 「お礼ならk「断る」」 「そうですか…」 とりあえず嫌な予感がしたから断っといたが、「k」の先がが何なのかは考えたくもないな。 話が決まったところで俺たちはトイレから出て、今も不機嫌モードであろう我らが団長、 涼宮ハルヒの居る部室へと向かった。 作戦について小声で話し合いながら、俺たちは部室に戻った。 それと同時に古泉は何やらハルヒにだけ見えないタイミングで全員にウィンクを送った。 多分これが開始の合図なんだろう。…何故か緊張してきた。 「………」 長門は顔を上げ5mm頷く。果たして今日こいつは喋るのだろうか? 「…喋る」 喋った。 「…何、有希?」 あ、ちなみにこの台詞はハルヒの台詞だ。 最早長門と全く区別が付かんな。 「…何でも無い」 そういうと長門は読んでいた本を閉じる。 「あ、ぇと…涼宮さん!」 相変わらずの慌てっぷり。癒されます。 「何?みくるちゃん」 「今日は私と長門さんで買い物に行くので、その…ここで帰らせて頂いても…」 「…わかったわ」 朝比奈さんも相当な罰を覚悟していたのだろう。 安堵の息を漏らすのを俺は聞き逃さなかった。毎度お疲れ様です。 「じゃ、帰りますね」 「………」 「じゃあね。また明日」 ハルヒの言葉に見送られ、長門と朝比奈さんは部室を後にした。 「さて、涼宮さn「古泉君も帰るなんて言い出すの?」」 ハルヒの強い口調に古泉は少しタジったが、すぐいつもの胡散臭い笑顔を作り、 「はい…何分急なバイトが入りまして」 「…わかったわ。また明日」 「はい。では」 部室を出る時、古泉が俺にアイコンタクトで 『本当にバイトが入らなければ良いですが…』 と言っている気がした。って何で俺は古泉と眼だけで会話してんだ、気持ち悪い。 『愛・コンタクトですね!』 背筋が凍る…勘弁してくれ…。まぁ、今回は借りがあるから水に流してやるか。 さて、問題はこれからだな…。 ハルヒは相変わらず不機嫌オーラを振りまいている。 こいつの機嫌を何とかしないと、古泉に借りができてしまうな。 それどころか世界の危機に発展するかも知れない… いや、それとこれとは違う。 俺はハルヒにそんな力が無かったとして、告白を断っただろうか。 俺は「世界の為」に告白を受け入れたのか? …答えは分かりきっていた。 俺はやっぱり… 部室に戻って10分が経った。 しかし、俺自身の本当の気持ちを理解してしまってからたった数分の間で、 ハルヒはやけに遠い存在になってしまっていた。 ――恐怖。 それそのものだった。 告白は嘘だったんじゃないかと思うくらい、ハルヒの眼は死んでしまっていた。 話しかけても眼を合わせてくれない。やれやれ…甘々の予定だったのにな。 それでもここで退くわけにも行かない。 「――なぁ、ハルヒ…」 「何?」 暗く、温かみの無い返事。 入学当初のハルヒを見ているようで、俺の胸はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。 「その、一緒に帰らないか…?」 断られるかも知れない。それならこの場ででもいい。 場所なんてどこでもいいさ。兎に角2人で話をつけなきゃならない。 「………別に。構わないわよ」 奇跡的にもOKを貰えた。言ってみるものだ。 …まだ眼は合わせてくれなかったが。 俺とハルヒは互いに無言のまま、部室を片付けて足早に校門を出た。 気まずい空気だが、一緒に帰る許可を貰ったからか、もう焦りは無かった。 しかし、どう切り出したものかね…。 打ち明ける方法を必死で考えている内に、ハルヒと分かれる分岐点が近づいてきた。 …もう、いい加減にしろ俺。覚悟なんてあの時トイレで決めてたはずじゃ無かったのか? 「ハルヒ…」 「………」 返事が無い。 まぁ帰りに誘っといて一言も喋らないんじゃ、嫌われたってしょうがないよな…。 正直に申し上げて、今俺は泣きそうだ。 ハルヒが俺にとってどれほど大事な存在なのかを痛感した気がする。 「ハルヒ…俺の眼を見てくれ」 「………嫌」 その声は儚く、寂しげな涙声だった。 「頼む。少しだけでいい。お前に言わなきゃいけないことがある」 「うるさい!!」 俺はショックを受けた。目の前で俺を睨んで立つ少女は、殆ど裏声でそう叫んだのだ。 「何が『言いたいことがある』よ!!あたしが色々言ってもろくに反応もしなかったくせに!!」 「その事だ…本当にスマン。ハルヒ」 「うるさいうるさい!!本当はあたしのこと好きでも何でもないんでしょ!!」 「そんな事ない!!」 「嘘ね!!」 「嘘じゃない!!」 いつしか2人の間で叫び声が飛び交っていた。 「嘘に決まってるわ!!毎日毎日アゴで使われて、休みの日も朝から呼び出された挙句奢らされて… ………嫌いになるに…き、決まってるよね…ヒクッ…ぇう…」 「…?…ハルヒ…?」 お前はそんな事――― 「も、もうあたし、ヒクッ…帰るね…」 そう言ってハルヒは俺にまた背を向け、そのまま走り去ろうとした。 「待て、ハルヒ」 そういって俺は、その少女の細くて華奢な腕を掴んだ。 「…は、離してよ…!ぅうっ」 「そうもいかない。勘違いされたまま帰られたら俺が困るんでな」 「………」 「ハルヒ、聞け」 もしお前が居なかったら、俺は退屈な毎日に絶望してただろう。 お前が居るから、毎日が楽しい。 その為なら少しくらいの苦労は耐えられる。 それにな、ハルヒ――― ―――俺には、お前に何されても毎日笑ってられる理由があるんだぜ――― 「お前が、好きだ」 世界の為とか、そんなものはどうでもいい。昼間のとは恐らく違う、心から出た言葉。 ただ、俺は今目の前に居るお前に心底惚れちまったんだ。きっとな。 「………本当に?」 あぁ。 「本当に本当に本当なの?」 あぁ、誓ってだ。 「………キョンの馬鹿!馬鹿ばかバカ!!!」 そう言って俺の胸に顔を埋め、肩を連打しながら大声をあげて泣く少女。 涙を通して人間らしい温かみが伝わってくる。 なんだ、考えてみればハルヒだって普通の女じゃないか…。 「あたしが…ヒクッ…どんだけ寂しい思いしたと…ぇぐっ…思ってるのよ!」 「遅くなって、すまなかったな」 しばらくして、ハルヒは顔を上げた。 まだ涙をボロボロこぼしながら、それでも今までで一番の、輝く様な笑顔でこう言った。 「そうよ!遅刻した罰として、これから先ず――っと、日曜日はあたしに一日服従よ!!」 やれやれ…いよいよ俺に休暇ってもんは許されないのか…。 まぁ、それもそれでいいだろう。 やっぱり恋人になってもこいつには敵わない。 「あと…やっぱ恋人になったんだし…ね?」 ハルヒはそう言って甘えた眼で俺を見た後、猫の様に俺の腕に抱きついてきた。 笑顔のハルヒの頬ずりが、心地良かった。 それと―――SOS団の皆には大きな借りができちまったらしい…土曜日はまた俺の奢りかな。 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2180.html
『涼宮ハルヒのロバ』 プロローグ 社交的と内向的、楽天家と悲観論者、朝型と夜型、男と女。人類の分類基準は人それ ぞれだが、俺に言わせればそんなものは数十万年前からひとつしかない。 「引きずっていく奴」と「引きずられる奴」だ。 かくいう俺はもちろん後者であり、保育園から高校まで、自慢じゃないが「長」と 名のつくものには一度もなったことがない。そのかわり和の精神を貴ぶ正統派事なかれ 主義者として、わざわざリーダー役を買って出た御苦労様に逆らうということも滅多にない。 その怠惰で享楽的とも言える生き方はSOS団においても続いてきたわけで、高校入学以来 ハルヒという暴君に唯々諾々と従ってきた俺が突然反旗を翻す時がやってくるなどと 誰が予想したろう。けれども人間とは永遠の謎であり、かつまた無限の可能性を秘めた 存在でもあるわけで、神の啓示を携えた大天使は確かに俺の頭上に舞い降りたのだ。 昨夜の9時40分頃、晩メシ後の風呂につかっていた俺の頭に。フロイト先生もびっくり。 まあ、そうは言っても別にハルヒをリコールしようというわけではないし、SOS団を 乗っ取ろうというのでもない。そんな疲れる情熱は100万回生まれ変わっても俺の頭に わいてくるはずがない。そう、俺はただ妹のアンパンマンシャンプーで頭を洗いつつ スコッと決心したのだ。SOS団をやめよう、と。 Ⅰ.長門改造計画 なぜ急にそんな気になったのかと聞かれても困るし、理由はそれこそ山ほどあるのだが、 そのへんについてはおいおい話していこうと思う。今はただ、そう決心したとたんに俺の 心が開放感に満たされ、春風に舞うタンポポの綿毛のように軽くなったことだけ理解して もらえればいい。さすがに少しは寂しい気分になるかと思っていたのだが、こんなことなら もっと早く決断すればよかった、という感じだ。俺は自室のカレンダーに退団宣言から 退団まで、推定五日間に及ぶ大計画表を一気に書き上げ、その最終日に「自由解放記念日」と 大書きして赤丸で囲んだ。この世を去るまでの幾歳月、親の名前は忘れても俺がこの日を 忘れることはないであろう。うむ。それから歯を磨いて寝ちまったのだが、翌朝むっくり 起き上がるとそのまま計画表に直行し、項目をひとつ書き加えた。アメリカのビジネス エリートは就寝前に明日の予定に目を通すそうだが、歓喜の興奮状態から醒めた脳は 睡眠中も活動を続けていたらしく、退団決行前にすませておきたいことをひとつ思い 出したからだ。 SOS団を去る前に俺がすませておきたかったこと。ちょっとした心残り。それは朝比奈 さんの次期コスプレ衣装の選定、ではなく(その件に関しては『退団後も院政を敷き影の 影響力をふるう』と計画表にある)、SOS団でもっとも頼りになり、かつなんとなく危なっか しいヤツ、つまり長門だった。初めてこいつに会った時から、俺にはどうも納得のいかない ことがひとつあったのだ。けれども俺の「長門改造計画」の実現には、ある人物の協力が 不可欠だった。短気で強引で自己中心的だが、行動力だけは十人前。SOS団メンバーの 誰ひとり正面切ってまともに逆らえない奴。そう、あの悪夢の三日間はある大安吉日の 放課後、そいつに声をかけることからはじまったのだ。 「ハルヒ、おまえ長門の家に行ったことあるか?」 「ないけど、何?」 「今からあいつんちに本返しに行くんだが、おまえちょっとつきあわないか」 「そんなの明日学校で返せばいいじゃない。なんであたしがつきあわなくちゃ なんないのよ」 「又借りしてる本の返却日が明日なんで、今日返さないとまずいんだよ。嫌ならいいが、 長門の部屋にあいつと二人きりだとなあ……」 「スケベ」 「じゃなくて、間がもたん」 ハルヒは妙に納得した様子で、ぶつぶつ言いながらも結局ついてくることになった。 お礼に夕食おごれだの、何でそこまでだの、まるで仲良し高校生カップルのような微笑ましい 会話を続けつつ長門のマンションにたどりつくと、部屋の主はふだんより0.5mmも大きく 見開いた目で「激しい驚き」を表現しつつ俺たちを迎え入れた。通されたのは最初に 宇宙人の告白を聞いた時と同じ、コタツがひとつきりの殺風景な居間だ。一応訪問の口実 にした本も持ってはきたが、返却日が明日というのは真っ赤な嘘なので、長門は俺たちの 突然の来訪の理由がわからなかったに違いない。普通なら「どうしたの? 何か用?」と 聞くところだが、こういう時には滅多に自分から話しかけようとしない長門の習性が ありがたい。物問いたげな瞳に気づかぬふりをして出された茶をすすっていると、 トイレ経由で居間に到着した人間爆弾の声が響き渡った。 「何これ? 有希ってば、どっか引っ越すの?」 「いや、聞いてないな」 「だって、じゃあ、何よこの部屋? 空っぽじゃない」 「よけいなものを置かない主義なんだろ。シンプルでけっこうじゃないか」 「バカ。カーテンもない部屋で、どうやって着替えるのよ。だいたい有希、なんで家で 制服着てるわけ?」 「俺は別に異存はないぞ。なんなら制服のまま布団に入ったっていい。それはそれで風情が あるというもんだ」 「変態。あんたの趣味なんか聞いてないわよ!」 俺の背中に蹴りを入れると、ハルヒはそのまま他人の家のガサ入れに入った。悠然と 茶をすする俺と「何これ!」「信じられない!」とドアを開けるたびに叫ぶ刑事を交互に 見ながら長門は困惑の度を深めているようだ。3杯目のお茶を飲み干した頃ようやく 戻ってきたハルヒはすっかり冷たくなった湯飲みを一気にあけ、有無を言わさぬ調子で 宣言した。 「いつまで飲んでんの、キョン! 出かけるわよ! 有希もほら、支度して!」 「出かける? どこへ? 俺、そろそろ帰りたいんだが……」 「買い物よ、買い物。ぶつぶつ言わずに窓の寸法はかって! ぐずぐずしてると店が 閉まっちゃうじゃない。夕食は外で食べればいいわ。デパート探検の経費として、 特別に部費から出したげる」 何が特別だ、おまえも食うくせに。まさかその調子でしょっちゅうどこかの「探検経費」を 捻出してるんじゃないだろうな。 部屋の寸法をなぜかすべてミリ単位で正確に記憶していた主のおかげで準備は一瞬で 終わり、ハルヒは俺と長門をタクシーにひきずりこんで駅前のデパートに乗りこんだ。 その後俺に課せられた肉体労働については正直あまり思い出したくない。ピンクのパジャマに ドライヤーはいいとして、速乾性タオルにアイロンに体重計、洗濯ネットに姿見に…… 睫毛はさみ器? 女子高生の一人暮らしにあんなにモノが必要とは思わなかった。 「こらこらこら、手伝うのはいいが、金出すのは長門だぞ。そんないっぺんに買えるわけ ないだろうが」 「うるさいわね、だからタオルは私が買ったじゃない。あんた、有希があんな殺風景な 部屋に住んでて平気なの?」 「だからもう十分だろうが!」 「まだ半分よ!」 「だいじょうぶ、この国の紙幣を再構成するのは」 言うな長門、言うなそれ以上。俺はまだネットに実名を晒されたくない。 どんどん増えていく手提げ袋の重さにあえぎながらも、俺は花柄の座布団に座った情報 統合思念体がキティちゃんのカップで茶をすする様子を想像して持ちこたえた。そう、 俺はこの長門のボスにあたる奴がどうも好きになれないのだ。長門を人間「ぽく」作りながら、 人間らしい感情を持つことを渋っているように見えるケチな根性がどうにも気にくわない。 そいつがもしスタートレックのスポックみたいな奴なら仕方ないが、そうでなければピンクの パジャマで茶を運んできた長門を見て少しはあわてろ、そして反省しろと言いたいのだ。 もちろん長門家の会話がコタツを介して行われるはずがないのはわかっている。けれども 普通の女子高生のような部屋に住むことで、せめて長門には感じてほしいのだ。未来から 来たネコ型ロボットがドラ焼きに固執していいなら、「超高性能ヒューマノイド型インター フェース」はもっともっとワガママに生きていいはずだ、ということを。 長大な買物リストを手にデパート中を走り回ってパジャマからスリッパまで一通り 買いそろえたハルヒは両手一杯の荷物にあえぐ俺を尻目に涼しい顔でのたまった。 「できればトースターも欲しいとこだけど……いいわ。ロバが貧弱だから、それはまた 今度ね。最後にぬいぐるみだけ買って帰りましょ」 誰がロバだ。貧弱で悪かったな。おまけになんだって? ぬいぐるみ? それのどこが 必需品だ! すでに前方視界の確保さえままならないというのに、このうえどうやって そんなかさばるものを持てと言うのだ! ……しかしまあ、谷口ランキングによれば 長門も一応Aランクの美少女なわけで、ピンクのパジャマでテディーベアを抱きしめる 長門というのも、それはそれでいいかもしれ……。ハルヒの冷たい視線に気づいた俺は あわてて長門に耳打ちした。 「すまん。何でもいいからひとつ買ってやってくれ。なんならふたつでもいいぞ。 金は俺が出すから」 「何よキョン、そんなにお金余ってるなら、私にも何か買いなさいよ」 「おまえには朝比奈さんという等身大着せ替え人形があるだろうが!」 玩具売り場へ移動をはじめたSOS団分隊はしかし、寝具コーナーの前で早くも停止した。 なぜかそこにそれらしき動物集団を発見したからだ。いつものようになぜか俺に指示をあおぐ かのような視線を向ける長門に大きくうなずいてやる。餅にしか見えない犬だのボールにしか 見えないヒヨコだのの前で長考に入るかと思われた長門は、意外に早くひとつのぬいぐるみを 選び出した。不恰好な棒のように見えたそれは、どうやらキリンらしい。まぬけな顔と長い 首の下に、頭とさして変わらないサイズの胴と申し訳程度の足がついている。値札には抱き枕 とあるが、正直テディーベアとはかなりひらきがある。 「何この顔、バカみたい。有希、本当にこんなの欲しいの?」 その意見には完全同意だが、他人が気に入ったものをバカ呼ばわりするな。 「これでいいんだな?」 「いい」 小さな身体で巨大なキリンを抱きかかえた長門(想像してくれ)と共にレジへ向かうと、 なぜかハルヒが同じものを持ってついてくる。 「あたしにも買ってよ、このバカキリン。いいでしょ、それぐらい。半日つきあったのよ」 「しつこいな。バカバカ言う奴に買われちゃキリンが迷惑だ。シッシッ!」 ご機嫌斜めを通り越して垂直爆撃に移ったハルヒは自分が持っていた袋まで俺に押し つけてさっさと出口へ歩き出したが、正義の信念に貫かれた俺は甲子園出場が危ぶまれる ような部内イジメにもひるまなかった。朝比奈さんの悩殺ショット流出未遂事件を思い おこすまでもなく、ハルヒの機嫌が最悪になるのはあいつが完全に悪い時と決まっている。 もしかすると今晩あたり、キリンの星のお姫様が黄色いパジャマで恩返しに来るかも しれない。 (この子を怪物から救ってくださった御恩は一生忘れません) (いやあそんな、当然のことをしたまでですよ) (お礼に一晩、私を抱き枕に……) いかん、これでは谷口と同レベルだ。思わず思い描いたお姫様役が朝比奈さんという のも男子高校生として健全すぎる。怪物役のキャストが決定済なのはいいとしても。 買いもらしたものがあるというハルヒと出口で合流してデパートを出た俺たちは、近く のファミレスで夕食をすませ、戦利品の山をマンションに持ち帰った。時間が時間だった ので、小柄な長門のかわりにカーテンだけ吊って今日はこれでお開きである。買物の山の 前に立ちつくしてそれらをどう扱うべきか思案している様子の長門は、個々の品物の用途 についてはおおむね理解しているのだろう。そしておそらく、それらを無理やり長門の 部屋に持ちこんだ俺たちのおせっかいな行為の意味も。けれどもハルヒセレクトの青春 一人暮らしセットが万能端末である長門の生活をどれほど快適にしてくれるかは怪しい かぎりだ。コンビニ弁当を買ってたぐらいだから魔法のテーブルクロスは持ってないの だろうが、乾いた髪を一瞬で「再構成」できる長門にとって、ドライヤーなど使いにくい 肩たたきでしかないだろう。 「わかってるさ……」 思わず口をついて出た言葉に長門が顔を上げる。 「?」 「いや……なんでもない」 おまえの部屋をいくらピンク色に飾りたてても、それでおまえの心のリミッターを はずしてやれるわけじゃない。ピノキオが人間になれたのは、ゼペットじいさんの愛の おかげだ。そんなことはわかってる。でも今お前が接触している人間という奴は、実に 無力な存在なんだ。人間には1秒でギターをマスターすることもできなければ、椅子を ヤリに変えることもできない。そして誰かを傷つけずに、誰かに優しくしてやることも できないんだ。どんなにそいつの幸せを願っていてもな……。 律儀でストイックな長門にいつも助けられる一方の俺。結局、俺の計画はその負い目を 軽くしたいという自己満足でしかなかったのだろうか。けれどもマンションのドアが 閉まる直前、キリンを抱いたまま俺を見つめる少女は、かすかに「ありがとう」と ささやいたような気がした。 Ⅱ.退団宣言 SOS団脱退計画の第一段階をとりあえず無事終了させた俺は、その翌々日、ハルヒ以外の SOS団メンバー全員を駅前の喫茶店に呼び出した。自由参加の部活から俺が抜けることを ハルヒに拒否できるはずはないが、外堀から埋めておくに越したことはない。いわゆる 根回しというやつである。ハルヒは珍しく学校を休んでいたので本当は部室でやっても よかったのだが、授業を休んだハルヒが部活に来ないとも限らない。こうして喫茶店に 座っていてもいきなり窓から装甲車で突っこんでこないか心配なぐらいだ。いつも市内 探索の打ち合わせをしているテーブルには、急な召集にもかかわらず、ほどなく全員の顔が そろった。日頃団の活動に消極的な俺が召集をかけたことにメンバーは一様にとまどって いる様子。特大のメニューを囲んで談笑しつつ、ちらちらと順番に俺をふりかえる顔が なんとなく可笑しい。全員の飲み物を注文し、ついでに欠食児童の疑いが濃い長門に チョコレートパフェをとってやると、俺はソーダのグラスをマイクがわりに挨拶をはじめた。 「えー、本日はお忙しいところをお集まりいただき、誠にありがとうございました。 ただいまより『涼宮ハルヒ被害者友の会』第一回会合を行いたいと思います」 古泉と朝比奈さんが思わず顔を見合わせ、長門は俺を凝視する。 「被害者……友の会? ひょっとして僕たちもその会員なんでしょうか」 「そのとおり」 「わたしも? わたしもですか?」 「もちろんです、朝比奈さん。あなたは栄えある会員第一号、いや、この会自体が あなたのために存在すると言ってもいい」 「なるほど。それで? 本日の議題をお聞かせ願えますか?」 俺は胸を張ってこたえた。 「ズバリ、SOS団をいかにしてつぶすか」 「えーっ、つぶしちゃうんですかぁ? どうして、どうしてですか?」 古泉がくっくっといつもの含み笑いをはじめる。 「いや失礼。驚きました。まさかあなたがクーデターとは。さすがの涼宮さんも、あなた が造反をおこすとは夢にも思っていなかったでしょう」 朝比奈さんはかわいらしい唇をすぼめながら途方にくれ、長門はパフェのアイスを すくったまま凍りついている。唯一俺の言葉を本気にしていない様子の古泉に向き なおると、俺は続けた。 「なんとでも言え。俺は本気だ。SOS団は解散すべきだ。それもできるだけ早く。おまえは そう思わないのか、古泉。ハルヒの気まぐれで胡散臭い超能力者になるまでは、おまえも 普通の中学生だった。そうだな? 頭もよければ運動神経もよく、おまけにツラまで いいという人類の敵みたいな奴がハーレムも作らず毎日シケた部室で俺とゲームに 明け暮れているのはなぜだ? ハルヒとあいつの巨人のせいだろうが。あいつさえいなけりゃ おまえは今ごろ光陽園学院あたりでかわいい女の子に囲まれながら楽しい高校生活を送って いただろう。これが被害者でなくてなんだ?」 「朝比奈さん、あなたもそうです。ハルヒもうらやむ美貌と体型の持ち主であるあなたが 大事な青春時代を禁則事項とやらのために自由に彼氏も作れない時代で島流しになってる のはなぜです。みんなハルヒとSOS団のせいじゃないですか」 「長門。統合なんたら体に生み出されて3年というのが本当なら、おまえはまだよちよち 歩きの保育園児だ。『お空はどうして青いの?』なんて微笑ましい質問でパパを喜ばせ、 クマさんやゾウさんのぬいぐるみに囲まれて毎日全力で笑ったり泣いたりしているはずの おまえが、なぜママもパパも絵本もカーテンもない部屋でしこしこハルヒの監視役なんぞ やってる。て言うか、まずそのアイスを食べろ! たれてるぞ!」 「なるほど、お話はごもっともです。でも僕はこれでけっこう今の生活を楽しんでるんですが」 「そう言うと思った。おまえならそう言うだろう。おまえも長門も朝比奈さんも、 ハルヒの気まぐれから地球を守るという崇高な使命のため北校にいるんだからな。 しかし宇宙人と未来人と超能力者が寄ってたかってハルヒのご機嫌とりに明け暮れても、 それで平和が保たれるという保障はあるのか? 俺とハルヒがあの空間に閉じこめられた 時だって、帰ってこられたのは奇跡みたいなもんだ。あの気まぐれ団長が正真正銘、 混じりっけなしの普通人である俺の言うことをいつまでも素直に聞くとは思えんし、 俺も王子様役を無理やりやらされるのはもうごめんだ。第一、こんな独裁制はハルヒの ためにならない。あいつが将来銀行に押し入って朝比奈さんみたいな行員にナイフを つきつけ、『人質の命が惜しければ今すぐ宇宙人を出せ!』などと言いだしたらどうする? 支店長さんは警察と病院のどちらに電話するべきか、さぞかし悩むことだろう。あいつ だっていつかは退屈な世界と折り合いをつける方法を見つけなくちゃならないんだし、 その可能性はゼロじゃない」 「なるほど、わかってきました。つまりあれですね、この前のライブのことをおっしゃって るんですね」 ニヤけた顔して相変わらず鋭いやつだ。そういえばあの日、こいつは俺のとなりに いたっけか…。 「そう、あれも解決法のひとつかもしれん。あとで聞いたらハルヒのやつ、演奏してる間は けっこう充実感みたいなのを感じてたらしい。観客席で火星人の団体が縦ノリしてた わけでもないのに、だぞ。軽音部の連中がお礼に来たときのハルヒの顔を見せて やりたかったよ。まるで銭形警部に感謝状もらったルパンみたいにうろたえてたぞ……」 そう、すべてはあの日からはじまったのだ。雨宿りの学生で一杯の体育館で、突然 はじまったENOZの演奏。その思いがけないレベルの高さに浮かれて大騒ぎしている 北高生たちの中で、俺はただ呆然とハルヒを見つめていた。マイクに噛みつきそうな 顔で叫ぶように歌うハルヒ。驚くほど真剣な顔で歌い続けるハルヒを。そして周囲の 歓声をどこか遠い場所のものに感じながら、思い出していたのだ。ハルヒはいつだって 真剣だったことを。現実に譲歩して、その情熱の軌道をほんのちょっぴり修正する気に さえなれば、いつでもこの世界に歓声で迎えられる奴なのだということを。 「あいつの御機嫌をとるため、俺たちは今までがんばってきた。国連事務総長から御手製の 肩たたきサービス券、CIAとFSBから盗聴器つきの花束をもらってもいいぐらいにな。 しかしあいつのワガママを実現してやるのが本当にあいつのためになるのか? 俺たちは 何か勘違いをしてたんじゃないか? 最近のあいつを見ていると、SOS団のあることが かえってあいつの『更正』を邪魔しているような気さえする。たとえば長門が……って、 また長門に頼ることになるが……ハルヒと一緒に軽音に移ってくれれば、あいつもカタギの 人間として人生を楽しめるようになるかもしれない。映画スターでもツギハギ天才外科医でも 何でもいい。派手好きのあいつが気に入る商売が見つからないとも限らないだろう。高校を 出ればどのみちSOS団はなくなるんだし、俺たち全員がやめると言えば、いくらハルヒでも 解散するしかない。ちがうか?」 「お話はよくわかりました。わかりましたがしかし、正直賛成はしかねますね。あなたが 今言ったようなことは実際、『機関』も考えなかったわけではありません。でも残念ながら リスクが大きすぎる。それはあなたにもおわかりでしょう。涼宮さんが卒業した時点で サポートが不可能になるなら話は別ですが、僕たちのうちの『誰か』が彼女と同じ大学に 進んだとしても不思議はないし、我々の力でそれを実現するのは十分可能です」 恐ろしいことをさらりと言うな! おまえは魔女か! 「あなたと涼宮ハルヒの学力差を埋めることは不可能ではない。涼宮ハルヒがあなたに 合わせるのはさらに容易」 だからそういう問題じゃないと言うのに! 婉曲的表現もかえって痛いぞ! 不可能を 可能にするな! 「だって、キョンくん、だめです、そんなの。涼宮さんと別れてさみしくないんですか?」 別れるも何も、教室のあいつは俺の背後霊なんですよ朝比奈さん! 悪霊にとり憑かれた 人間が墓場のデートを控えようとしてるだけなんです! 俺は全身脱力した気分で椅子にくずれ落ちた。議論の行き詰まりを全員が感じ、 喫茶店に気まずい沈黙が流れる。……いいんですよ、朝比奈さん。そんなにおろおろ しなくても。すべては結局、ここにいない誰かのせいなんですから…… 「……ところで涼宮さんにはもうこの話を?」 「いや……明日学校で言うつもりだが」 「そうですか。それならすみませんが、少し待ってもらえませんか」 「なんだ、懐柔工作か? 時間稼ぎか? 言っとくが俺はもう」 「いえ、とんでもない。僕たちにあなたを引き留める権利はありませんよ。ただ 涼宮さんは今、少々加減が悪いのです。かなりタチの悪い風邪にかかったらしく、 体力が落ちている。できれば今はショックを与えたくないんです」 初めて聞く話に俺は少々戸惑った。あの原子力駆動娘が風邪なんかひくだろうか? 策士の古泉が言うことはイマイチ信用できない。歯磨きのCMみたいな嘘くさい笑顔の裏で また何か企んでるんじゃないだろうな……。けれどもちらりと目をやると、バナナ殲滅に 移行した長門は無言で小さく頷いた。 「わかった。ハルヒの病気が治るまでは言わない。それでいいか?」 「けっこうです」 結団以来の平和な会合ではあったが、ハルヒの抜けた善男善女の集まりが地球征服の計画で 盛り上がるはずもない。友の会の初会合は結局そのまま終わってしまい、俺はむくれた顔の まま喫茶店を後にした。もっとも、むくれた顔は半ばパフォーマンスで実際にはそれほど 気落ちしていたわけではない。異能者三人組がSOS団をやめるはずがないことは初めから わかっていた。SOS団をつぶそうと言ったのはハッタリで、ハルヒの「社会復帰」について 三人が少しでも考えてくれればそれでよかったのだ。けれどもハルヒが病気と聞かされた せいか、隠れて事を進めていることがなんとなく後ろめたい気もする。俺の退団について ハルヒがゴネるに違いないというのもある意味おごった考えなわけで、直接本人に言えば 案外あっさり承認されたかもしれないのだ。もっとも、それはそれでちょっと……。 自宅の前に立つ人影に俺が最後まで気づかなかったのは、そんな考え事に浸っていたせい かもしれない。 「おひさしぶりね、キョンくん」 「!」 にこやかな顔でそう言ったのは、俺の癒しの天使のパワーアップバージョン、 朝比奈さん(大)だったのだ。 「ごめんなさいね、いきなりで。今、ちょっといい?」 「いいですいいです、たくさんいいです。あなたに会えるなら風呂の最中だって エウレカですよ」 「それはちょっと困るかな……ふふ。なんだか怖い顔してたけど、あの会合の帰り?」 「そうです。その帰りです。でも知ってるんでしょう? と言うか覚えてますよね? ハルヒの病気のおかげで退団が伸びそうで、ちょっと焦ってるんです。もしかして 今日はその件ですか? それとも…… 朝比奈さんに会えるのはうれしいけど、 あなたが来てくれるのは何かある時ばかりだからなあ。もしハルヒ関係のことなら、 悪いけど今は遠慮したいんですが……」 「ふふふ、そうね。あの日のあなたもそんな感じだった。でも今日は涼宮さんと 言うよりあなたのために来たの。ちょっと座らない?」 朝比奈さんにすすめられるまま、俺は公園のベンチに腰をおろした。これがもし 普通のデートなら、カマドウマの集団がのし歩く公園でもハッピーなのだが……。 「あの日わたし、おろおろしちゃって何も言えなかったでしょ? でも心の中では ずっと思ってたの。今日のキョンくんはキョンくんらしくない。なんだかとっても 無理してるみたいって」 「そりゃ無理もしますよ。ハルヒというブラックホールから脱出しようとしてるん ですから」 「ダメよ、ダメ。お姉さんに嘘ついても」 朝比奈さんはそう言ってまた天使のような笑みを浮かべた。この朝比奈さんに言われると 身に覚えのないことでも全力でゴメンナサイしたくなる。たいして歳が離れてるわけでも ないだろうに、この人といると妙に心がなごむから不思議だ。しかしこの朝比奈さんにも やっぱり誤解されているような気がする。いつもの俺と違うというのはわからないでも ないが、つまりは窮鼠がネコを噛むかわりに示談をもちかけているだけなのだ。 「そうね、私も嘘つきかも。あなたがもうすぐまた涼宮さんをめぐる事件にまきこまれる のは本当。でもそれを乗り越えるには、あなたが自分で見つけなきゃいけないことが あるの。涼宮さんと、そしてあなた自身を救うために」 「なんだかいつも以上にややこしそうですね」 「ごめんなさい。これ以上は言えないの。でもひとつだけヒントをあげるね。どうしても わからなかったら、この言葉を思い出して。『風車の騎士』。それがあなた自身の言葉だった ことを。たぶん今夜、事件がおきる。そして誰かがあなたを迎えに来る。そこから逃げないで ほしいの。あなた自身のために」 「………」 金色の小さき鳥というやつがまた一枚、はらりと朝比奈さんの髪に落ちた。さらさらと 散っていく枯葉の軌跡は時間の流れだ。美しい人との逢瀬の時間という奴は、なぜこう いつも短いのだろう。 「……行ってしまうんでしょう?」 「そうね」 「他の時間の俺に謎をかけるために?」 「ふふふ」 「最後にひとつだけ聞いていいですか?」 「私に答えられることなら」 「3年後の高卒求人率ってどれぐらいですか?」 朝比奈さんはウインクしながら「メッ」という仕草をすると、その瞳の残像だけを 残して消えていった。 Ⅲ.異変 今夜事件が起きる。そして迎えが来る。そう予告された夜に、俺は携帯を持たずに家を 出た。昼間朝比奈さんと話した公園を通り過ぎ、近くの神社の石段をのぼる。一段一段、 自分の決断を確かめるように階段を踏みしめながら。朝比奈さんの誠意は疑いようがないし、 彼女の期待に応えたいのは山々だが、このままではまたなし崩し的にSOS団に連れ戻されて しまうのは目に見えている。いくら受身人生がモットーの俺でも今度ばかりはそう簡単に 折れるわけにはいかないのだ。どこの誰かは知らないが、その迎えとやらが俺を見つけ られないところにいれば、巻きこまれることもないだろう。ハルヒは今、病気だと言うし、 朝比奈さんが俺と「ハルヒの」危機と言ったことが気にならないと言えば嘘になる。しかし ハルヒには超能力者と未来人と宇宙人がついているのだ。めっきり普通人の俺に出番が まわってくるとは思えない。あいつらに任せておけば大丈夫。大丈夫なはずだ……。 夜を明かすつもりで持ってきた寝袋を敷いて地面に腰をおろすと、俺は暗い拝殿を 眺めた。毎年初詣に来ているというのに、ここの神様はどうも俺に冷たいようだ。 古泉が言うようにハルヒが荒ぶる神なら、先輩として一度シメてやってくれればいいのに。 人気のない境内は静まりかえり、巨大な神木の葉が風にそよぐ音だけがかすかに聞こえて くる。夜の森に縁取られた夜空には満月が浮かび、かすかにたなびく雲のベールへ穏やかな 光を投げかけている。静かだ…… その時、暗い林の奥から夜の静寂を破って奇妙な音が聞こえてきた。芝刈り機の親玉の ようなその音は、闇の中をどんどん近づいてくる。ここはチェーンソーの殺人鬼のジョギング コースだったのか、なんて無理な想像をするまでもない。上って来たばかりの参道を 見下ろすと、長い石段を巨大なオフロードバイクで駆け上がってくる馬鹿がいる。 馬鹿は石段を一気に上りつめると神聖な境内に罰当たりなスキッドマークの弧を描いて 停止した。振り向きながらヘルメットのバイザーをはねあげたのは…… 「古泉!」 「探しましたよ。話は後です。乗ってください」 「なんだなんだいきなり。いやだね、断る! 令状もってこい!」 「残念ですが、時間がないんです。乗ってください、早く!」 「今度は一体なんだ? 怪獣か? 隕石か? カマドウシか? どうせまたハルヒがらみ だろう。生憎俺はテスト勉強で忙しいんだ。世界の危機なら間に合ってる。他をあたってくれ!」 俺はハルヒに選ばれた存在、なんて珍説に執着している古泉のことだ。どうせまた妙な 事件に無理矢理巻きこんで俺の脱退宣言をうやむやにしようという胆だろう。考える暇を 与えず一気にもっていくのは悪徳商法の基本だ。その手に乗るか、古泉イツキ! 俺の決意が固いと見てとったのか、古泉はヘルメットを投げ捨てるとエンジンを切り、 バイクから降りた。突然生まれた静寂の中、妙に静かな声で言う。 「涼宮さんが泣いています」 「ハルヒが……なんだって?」 「涼宮さんが泣いています。あなたのいない閉鎖空間で。世界の危機は僕たちが なんとかします。でも残念ながら、今、涼宮さんを救えるのはあなたしかいない。 一緒に来てください。事情は走りながら説明します」 そのまま返事も聞かずにバイクを始動させる。 「さあ!」 「くそったれ!」 そう言いながら結局乗ってしまうのはなぜだろう。そうさ俺は訪問販売に弱いんだ。 古泉の背中をそのままバックドロップにもっていきたい衝動をこらえながら服をつかむ。 さすがにこいつに抱きつきたくはない。しかしヘルメットはいいのか? 特に俺の分が ないのが気になるぞ? だいたいここからどうやって降りる? まさか…… 「しっかりつかまっててください、少々とばします」 安い映画のようなセリフを吐くと、古泉はいきなり石段につっこんだ。その後数十秒間 に関してはなぜか記憶があいまいだが、走馬灯がどんなものか思い出せないまま、 ひとつの言葉を反芻していたことだけは覚えている。 ハルヒが……泣いている? 「涼宮さんは今、長門さんが作った閉鎖空間の中にいます。前回涼宮さんが 閉じこめられたものに似た空間に。そしてそこから出られないでいる」 「ちょっと待て。なぜハルヒがそんなところにいる。て言うか、なぜ長門が そんなものを作ったんだ。まさかあいつ……」 「そうではありません。僕たちが頼んで作ってもらったのです」 タクシーをつんのめらせながら大通りに飛び出したバイクは暴走族も道を開けそうな勢いで 車の間を縫っていく。古泉が強引に車体を傾けるたびにステップから火花が散っていく。 いや、火花はいいが、タイヤはもつのか? ズルッといかないか? 遠心力と重力のベクトル、 考えてますか? おまえ確か原付免許しか持ってなかったんじゃ……。赤信号の交差点に 向かってなぜ…なぜ加速する! と思った瞬間、停車していたポルシェをジャンプ台に古泉は 滅茶苦茶なショートカットを決めた。着地の衝撃で古泉の背中に頭をしたたかにぶつける。 古泉……その話とやらが終わるまで、俺を生かしておいてくれるんだろうな。 「今日のあなたの退団宣言は『機関』上層部に衝撃を与えました。あなたがSOS団を やめれば涼宮さんはまた特大の閉鎖空間を作りかねない。僕たちにも対処できない ほどのね。そこで機関は先手を打つことを考えたのです。前回涼宮さんが閉鎖空間を さほど恐れなかったのはあなたが一緒にいたからです。けれどももし、『あなたがいない 閉鎖空間』もあるとしたら? そういう世界を一度体験すれば、無意識に閉鎖空間を 作り出す彼女の力にもブレーキがかかるだろう……そう考えたのです」 「なんだかえらく単純だな……って速い! 速いって!」 「単純だからこそ効果的なんです。僕たちは閉鎖空間に入れるけれど、閉鎖空間を 作る力はない。しかし長門さんにはそれができる。擬似的なものですけどね。 キョンくんのため、と言ったらふたつ返事で引き受けてくれましたよ」 「なんでそこで俺なんだ」 「あなたの退団を拒めないとなれば、涼宮さんはまたあなたを『拉致』して閉鎖空間に 閉じこもる可能性が高い。それも前回と違って二度と出られない世界に」 「……」 交差点を曲がったところでサイレンを鳴らしたパトカーが追いすがってきた。ヘル メットのない頭にガンガン響く声で停車を命じながらぴったり後に張り付いている。 「どうする、古泉! マキビシないぞ!」 「心配ありません。我々の仲間です。彼らがいた方が走りやすくなりますから」 ただの戦隊マニアでないのは知ってたが、警察まで抱きこんでいたとは恐れ入る。 おまえの機関とやらは本当に何でも屋だな。今度うちの風呂釜直してくれないか…… 「長門さんが作った空間の中で、涼宮さんを起こすところまでは順調でした。けれども 涼宮さんが目覚めたとたん、問題が起きた。長門さんが固まってしまったのです」 「固まった?」 「ええ、まるで実行不可能なタスクを実行中のパソコンのようにね。本来ありえないこと ですが、涼宮さんは長門さんの空間の中からさらにそれを覆う閉鎖空間を作り出して しまったのです。その第二空間が今、長門さんの第一空間を押しつぶそうとしている。 長門さんはそれを防ごうとして、オーバーロード状態になってしまったのです」 「長門は? 長門は無事なのか?」 「しばらくは携帯のメールを通じてかろうじて連絡がとれました。しかし今はそれも 途絶えています。たぶん、僕たちに時間はあまり残されていない」 「もし長門の空間が潰れたら、中にいるハルヒは……」 「おそらく無事ではすまないでしょう」 「………」 「仮に長門さんが持ちこたえたとしても、事態はさして変わりません。長門さんは今、 第二空間の圧力のせいで自分の空間の制御がうまくできない。薬はもちろん、水さえ 飲めないところに涼宮さんはいるのです。空気があるのは確認済みですが、気温も おそらくかなり低い。しかも昼間話したように、ウィルスの影響で彼女はもともと かなり弱っていました。精神的にも体力的にも、かなり追いつめられているはずです」 「……おまえらはそんな状態のハルヒを閉鎖空間モドキに閉じこめたのか」 「そうです。涼宮さんに長門さんの空間がまがい物であることを感づかれたらこの計画は 意味がなくなる。涼宮さんの意識が朦朧としている今は千載一遇のチャンスだったんです。 それでも当初『機関』が予定していたのは15分ほどの隔離だったのですが……」 「……くそったれ」 「くそったれ、です」 スロットルを全開にしたバイクがまたウイリー気味に加速する。もしかすると古泉は この計画に反対だったのかもしれない、と俺はふと思った。あまり認めたくはないが、この 秘密主義のニヤケ男はハルヒのために俺が知らないところでとんでもない苦労をしているの かも、と思うことがある。だからといって、こいつの「機関」とやらを好きにはなれないが……。 サイレンを止めたパトカーが急にUターンしたと思うと、古泉はタイヤをきしませながら バイクを停めた。大きな窓にタイルの壁。それは今日俺が退団宣言をしたばかりの喫茶店だった。 準備中の札がかかったドアを開けると、古泉はどんどん店の奥へ入っていく。ここまでくると バカバカしくて、ここもおまえんとこの店子かと聞く気にもなれない。用途不明の機器と ノートパソコンの一群が並ぶ厨房の横を通り過ぎ、のたうつケーブルにおおわれた廊下の 奥の部屋に入ると、そこに見慣れた顔がいた。 「長門……!」 バイプ椅子に腰掛けた長門は俺の声にも反応せず、置物になったかのように微動だに しない。色白のせいもあってふだんから人形みたいと言われることの多いやつだが、 今は本当に人形になってしまっている。セリフの平均が2秒弱でも、表情の解読に 訓練が必要でも、長門はけっして人形ではなかったことにようやく俺は気づいた。 「今は接触が途絶えていますが、長門さんは死んだわけではありません」 「ああ……わかってる」 凍りついた長門を見ていられず、俺は目をそらした。なぜだか長門は今の自分の 姿を見られたくないのではという気がする。 「それで、俺は何をすればいい?」 古泉は一瞬躊躇したのち、俺の目を見据えるようにして言った。 「煉獄へのダイブ……第一空間に入ってもらいたいのです」 長門の第一空間を覆ったハルヒの第二空間は、いまやわずか数ミクロンの膜状にまで 圧縮されながら巨大な圧力で第一空間を押しつぶし、侵食しようとしている。ハルヒの 閉鎖空間に入れるはずの古泉たちも、なぜかこの薄い壁は越えることができない。しかし その第二空間も俺だけは中に通すだろう。長門はその動きにシンクロする形で侵食を 防いだまま俺を中に入れることができる。ハルヒが自宅から移動を始めた直後に発生した 第二空間の影響で長門はハルヒの現在位置を見失っているが、第一空間内でハルヒが 行きそうな場所は限られている。ハルヒを見つけ出して必要な援助を与えれば、ハルヒは 精神的に安定するだろう。それによって第二空間の圧力が弱まれば、長門が第一空間を 解除する隙が生まれるはずだ…… それが古泉の計画のあらましだった。 「その第一空間とやらはそんなに大きいのか? 長門が一種の閉鎖空間を作れるのは わかるが、それってせいぜい教室サイズじゃないのか? 前に朝倉が作ったのも そうだったし、街全体を覆うようなものを作れるとは信じられんが……」 「学校を包むぐらいのことはできるそうですが、それより大きい時は情報制御空間の情報 密度を部分的に変えるようなことを言っていました。蜘蛛の巣のような細い空間のネット ワークを作っておいて、対象が位置している部分だけそれを元の形に復元する、という 感じですか。復元は半自動的に行われるものの、その位置情報が今の長門さんには 伝わらない、ということのようです」 「なんだかよくわからんが、全体を同時に復元できるわけじゃないんだな。そうすると 遠くに見えるものも実際には壁の内側の絵みたいなもんなのか?」 「だと思います。近づけば遠ざかる壁ですから、実感することはないでしょうが」 「しかしなぜそんな大きな空間が必要なんだ? ハルヒの家の周囲だけで十分だろう」 「涼宮さんが移動をはじめてしまったからです。教室サイズではすぐに違う空間である ことがバレてしまいますからね。長門さんが第一空間を拡張する前に第二空間が発生 していれば、実際そうなるところでした」 「なるほど」 「ここまできて言うのもなんですが、中に入るかどうかはあなた次第です。誰もあなたに 強制はできない。今の第一空間はかなり危険な場所のはずだし、入口は一方通行です。 第二空間はあなたが中に入ることは許しても出ることは許さないでしょう。第二空間の 圧力が弱まった時なら、あるいは出られるかもしれませんが、それはやってみなければ わかりません。一番いいのは第二空間を消滅させてから第一空間を解除することです。 けれどもそれは前回以上に難しい。前回あなたが戻ってこれたのは、涼宮さんがこの世界 へ戻ることに同意したからですが、今回は逆に第一空間に『とどまってもいい』と思わせ ねばならないのです。第一空間への恐怖をなくして第二空間を消滅させる。そんなことが 本当に可能なのか、正直僕にもわかりません。けれどももし可能だとしたら、それが できるのは……」 「わかった。やるよ。もともと俺の退団騒ぎからはじまったことだ。長門をあのままに しておくわけにもいかないし、俺が責任をとるさ」 「そう言ってもらえると助かります」 そう言った古泉の顔にはしかし、いつもの笑みはなかった。 「いいですか、覚えておいてください。大事なのは涼宮さんを眠らせないことです。 涼宮さんが眠ったら、すべておしまいになるかもしれない。ですから用意した薬も 眠くなる成分の入っていないものだけです」 「ちょっと待て。逆じゃないのか? ハルヒが眠れば第二空間の活動も弱まるはず だろう。て言うか、消えるんじゃないのか?」 「確かにその可能性もないとは言い切れません。しかし第二空間は涼宮さんが 無意識に作り出したもの。レム睡眠状態ではむしろ活性化する可能性が高いと 『機関』では見ているんです。僕たちの『仕事』も夜が多いですからね。一応 即効性の睡眠薬も用意してありますが、これは最後の手段と思ってください」 古泉がくれた「最後の手段」は体温計サイズのスティックだった。首筋にあててボタンを 押すとガスの力で薬が血管に入り、数秒で意識がなくなるとか。こんな便利なものがあるなら 早く教えてほしかった。これさえあればハルヒとのつきあいもずいぶん楽になるだろうに。 最後の手段といわず、最初の手段として団の備品に箱ごと校費でそろえたいぐらいだ。 机の上に並べられたのはちょっとした登山並の装備。秘境探検をベースキャンプの サポートもなしにやろうというのだから当然だが、水だけでも8リットルもあるので すべてをリュックに詰めるとかなりの重さになる。用意された防寒用のジャケットを はおり、古泉の手を借りながらリュックを背負う。 「前から聞きたかったんだがな、古泉」 「なんでしょう」 「ハルヒはおまえたちにとって、いわば超特大の核爆弾みたいなもんだろう。 巨人退治がいくら楽しくても、いつ気まぐれに世界を終わらせちまうかわからない 奴がいたんじゃたまらん」 「たしかに」 「いっそあいつがこの世からいなくなってくれれば、とは思わないのか? おれが 救出に成功しちまったら、かえって困るだろうに」 さすがに怒るかと思ったが、古泉は笑って首をふっただけだった。 「実は最近、立体四目並べという面白いゲームを入手しましてね」 「?」 「目下『機関』内では7連勝中です」 「だから何だ」 「お手合わせを楽しみにしてますよ」 今度は俺が笑う番だった。 「首を洗って待ってろ」 Ⅳ.夜のキリン ふたつの空間の壁を同時に抜けて内側に入るための固定ポイント。そのひとつは喫茶店 裏口のドアに作られていた。古泉が開けたドアの外には、あたりまえの景色がひろがって いる。しかしそろそろとつきだした両手は、すぐに見えない壁につきあたった。ハルヒの 閉鎖空間で北校を囲んでいたものとはまったく違う、岩のように硬い壁。試しにノック してみても、指が痛くなるだけでまったく音がしない。二つの空間が恐ろしい力で押し合いを している場所というのは本当らしい。やれやれ、本当にここを抜けたりできるのか? そう思った瞬間、手のひらで無数の泡がはじけるような感触がして、両手が見えない 壁の中に沈みはじめた。肌にカミソリを当てられたようなぞっとする感触とともに、両腕が ゆっくりと壁を抜けていく。服やリュックもどうやら俺の一部と認識されているらしい ことを見届けて古泉と目配せを交わすと、俺は一気に壁をつきぬけた。目をつぶって 数歩進み、抜けたばかりのドアを振り返ってみたが、古泉の姿はない。いや、あるはずが なかった。「あちら側」から見た時と違って、そこにあるのは灰色の壁に描かれた単なる 黒い長方形だったからだ。俺が出てきた建物は、全体がまるで巨大なペーパークラフトの ような単純なハリボテになってしまっていた。 「……アッチョンブリケ……」 長門のやつ、よほど苦労しているのだろう。道も建物も街灯も、周囲はすべて灰色の 折り紙細工。幸い心配していた寒さは冷凍庫というほどではないし、身体に異常はない ようだが、積み木細工の街を眺めていると、なんだか人形になったような気分だ。道路の マンホールも絵だし、建物の窓も絵。道路脇の並木にいたっては円筒ですらなく、 十字型に組み合わされた面によってかろうじて立体になっている。切り紙細工のような 平たいガードレールの断面をのぞいた俺は、それにまったく厚みがないことに気がついた。 試しに胸ポケットのボールペンをあててみると、豆腐を切るほどの手ごたえもなく 金属製のペン先が切断されて道に転がった。 「まいったな……」 この分ではうまくハルヒを見つけられたとしても、全身傷だらけになっているかも しれない。腕組みして大げさに天を仰いだ俺は、間抜けなことに背中のリュックの重さを 忘れていた。あっと思った時にはもうバランスをくずし、とっさにガードレールに手を…… 「ぉわっっ!!」 一瞬で血が沸騰し、頭の中が真っ白になる。しょっぱなから包帯人間かよ! けれどもおそるおそる目を開けてみると、俺の手にはまだ指がついていた。そっと指を 曲げ伸ばしし、ドキドキしたままの心臓をおさえながらよく見ると、俺が手をついた部分だけ ガードレールが本来の厚みにもどっている。長門……? 長門か? たしか古泉の話では 長門も俺の所在地は感知できるという話だった。どうやら必要に応じて少しだけこの手抜きの 世界をリアルにしてくれているらしい。しかしハルヒの第二空間と押し合いながら同時に それをやるのはキツイはず。あいつに余計な負担をかけるわけにはいかない。 「すまん、長門」 古泉との打ち合わせに従って入口を逆行できないことを確かめると、俺は最初の目的地に 向かって歩き出した。幸いハルヒの居場所の第一候補について、俺と古泉の意見は一致 している。前回俺とハルヒが閉じこめられた場所、北高だ。ふだんなら自転車で数分の距離 だが、今日はそれを徒歩で行かねばならない。このクソ重い装備を背負いながらではかなり こたえそうだ。まったく、ハルヒのデパートめぐりといい、最近はこんなのばっかだな……。 ぶつぶつ言いながら歩きだすと、案の定、いくらも行かないうちにリュックのベルトが肩に くいこみだす。何度もリュックを背負いなおし、千鳥足の行軍を続けた末に、俺は意気地なく 道にへたりこんだ。 「ヘイ、タクシー!……なんて、あるわけねえか」 周囲は人どころか猫の子一匹いない無人の街。そんなものがあるはずがない。 もし運良く自転車か何かが見つかったとしても、さっきのガードレールのことを思えば 危なくてとても乗れた代物ではないだろう。古泉のやつ、なぜ北校付近の「壁」に直接 ポイントを作らなかったのだろう。新兵訓練キャンプじゃあるまいし、この前「待った」を 却下したこと、まさかまだ根にもってんじゃないだろうな。根性で運ぶのはいいが、あまり 到着が遅くなっては意味がない。ハルヒに飲ませる薬や上着などの重要装備はともかく、 水は半分ここに置いていった方がいいかもしれない。どうしても必要になった時は、また 取りにくることもできるだろう……。俺は観念してリュックをおろし、荷物の整理に とりかかった。真冬の寒さと思ったが、歩いてきたせいか少し暖かく…… 暖かく? 首筋にふきつける妙に生暖かい風に気づいた俺はあわてて振り返り、凍りついた。 「ブルルルル……」 そこにいたのはキリン。全身をぼんやりと光らせながら、まぬけな顔で俺を見つめる、 巨大なぬいぐるみのキリンだったのだ。実物大、と言うには小さいキリンの身長はおよそ 3m。脚もせいぜい俺と同じぐらいの長さしかない。本物のキリンに比べれば、えらい 短足だ。それでも長門に買ったものに比べればサイズも形も本物に近く、ちゃんと自分の 足で立っている。と言うか、歩いている。 「こいつに乗れ……てことか?」 「ブルルルル!」 本物のキリンがそんな声で鳴くのか怪しいかぎりだが、そういえば長門を動物園に 連れて行ったことはなかった。とぼけた顔は相変わらずだが、これなら噛みつかれる 心配もなさそうだ。前足で地面をかきながら俺を見つめる様子は、俺が乗るのを待って いるようにも見える。ためしに背中にさわってみると、いかにもぬいぐるみらしく、 ふわふわと暖かい。長門から見るとこいつは小さな独立したプログラムみたいなもの なのだろうが、俺が転ぶたびにあわてて対処するより、こいつに乗せてしまった方が かえって楽なのかもしれない。 「よし。いっちょ遠乗りといくか」 俺はリュックを背負ったままキリンによじのぼり、手綱を握った。キリンは小さく いなないて機嫌よく歩き出す。短い足でパカポコと進む速度はせいぜい時速10Km ぐらいか。それでも歩くよりはずっと早いし、不思議なことに目的地もちゃんと 理解しているようだ。胴が太いおかげで座り心地はいいし、なにより尻が温かい。 これならなんとか北高まで荷物を運べそうだ。 「天の助け、地獄にホットケーキだな。どうせなら『アグロ!』とか叫びつつひらりと またがりたかったが……。そういやおまえ、何ていうんだ? おまえと相棒になるなら、 名前ぐらいつけてやらないとな。キリン、キリンか……そうだな、『キー坊』でどうだ?」 「ブルッ」 どうやら気に入らなかったらしい。 「だめか? そうか…… じゃあ…… 『キンキン』?」 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ 無視かよ、おい。 「ようし、わかった! 俺も男だ! 愛馬に恥はかかせねえ! 闇より暗い夜を抜け、 星の涙の海こえて、ハルヒたずねてどこまでも。 ゆくぞっ! リンリン!!」 「ブルルルルッ!」 案外ノリやすいタイプなのかもしれない。おまえ、本当に長門が作ったのか? 思わぬ移動手段を確保できたおかげでようやく人心地がついた俺はあらためて周囲を見回した。 空がかすかに明るいせいか、真っ暗というわけでもないが、街灯にも建物にも明かりは灯って いない。延々と続く灰色の景色を見ていると、いい加減気が滅入ってくる。おまけに寒い。 ハルヒは今、パジャマ姿のはずだし、こんなところにいては風邪を通り越して肺炎になって しまうかもしれない。ダウンジャケットの前を合わせながら、俺はキリンの首をたたいた。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル…」 不気味なゴーストタウンに響く妙にのどかな足音を聞きながら、手持ち無沙汰になった俺は 現状の分析をはじめた。第一空間に入れたのはいいが、古泉の指令の実行は正直絶望的だ。 この薄気味悪い世界にいるハルヒにファウスト博士よろしく「時間よ止まれ!」と言わせる ことなどできそうにない。ここにはハルヒの巨人もいないしハルヒの空間と違って夜が明ける こともない。もしどうしても外に出られない時は古泉がくれた睡眠薬を使うしかないが、それで 第二空間が消えるとも限らない。古泉の予想が正しければ第二空間は逆に勢力を増し、俺たちは 押しつぶされることになるのだ。永遠の夜の世界に二人で取り残されるのと、眠ったまま死ぬ のと、ハルヒはどちらを選ぶだろう? 「あたし寝るから、あんた空間支えてて」か? そう いやうちのばあちゃんも「お昼寝からさめたら極楽だった」が理想の往生とか言ってたな……。 俺は思わず苦笑いした。ハルヒの死は俺の死でもあるというのに、俺はやけに落ち着いてるな。 しかしこのキリンの上では深刻になれったって無理な話だ。ニコニコ印の能天気な顔を見て いると、何もかもバカバカしくなってくる。お姫様を救いに行くのは白馬の王子と決まって いるのに、これではまるで…… 「そうか…そういうことか」 とつぜん朝比奈さんの言葉の意味に気づいた俺はキリンの頭を見上げた。しかし それが何だと言うのだろう。「風車の騎士」の正体はわかったが、それが今の俺たちに 関係があるとも思えない。それともこの言葉にはもっと他の意味があるのだろうのか…… 「ブルルル」 「?」 機嫌よく歩いていたキリンが突然立ち止まったのは北校の近くの商店街だった。ハリボテの 作りが粗くてはっきりしないが、学校帰りに時々立ち寄るたこ焼き屋らしき店も見える。 虐待した覚えはないが、さすがに重かったのだろうか。 「どうした? 疲れたか? メシか? 登校中の買い食いは校則違反だぞ。生憎おまえに 食わしてやれるものはあまりないんだが……」 相変わらず舞台セットのような周囲を見回しているうちに、俺は小さな自動販売機に 気がついた。そういえば以前ここで長門にコーヒー牛乳をおごってやったことがある。 自分が飲むついでに軽い気持ちで放り投げてやった紙パック。長門はなぜか飲もうとも せず、長い間握りしめていたっけか……。キリンから降りて近づいてみると、ガラス窓 の中に見本が並んでいるはずの販売機は、例によって窓もボタンもイラスト式のハリボテ になっている。 「すいませーん、つり銭出ないんですけどー」 なんとか気分をもりたてようと、ツッコミ役もいないところで虚しいボケをかます。 と、一瞬販売機の窓に明かりがともり、ゴトンと音がした。見るとさっきまでなかった はずの取り出し口が開き、コーヒー牛乳のパックが転がっている。意外なことに とりだしたパックは本物そっくりで、振ってみるとちゃんと液体の音がする。 持参した水に限りのある今は、たしかにパックひとつでもありがたいが…… 「長門よ、無理するな」 天を仰いでつぶやくと、パックをポケットにしまい、またキリンにまたがる。 北校まではもうすぐだ。キリンは素直に歩き出し、校門に向かう最後の角を曲がった。 夜の学校は怖いところときまっているが、それは何かが出そうな雰囲気のせいだ。 けれどもハリボテの学校の雰囲気はちょっと違う。うまく言えないが、いってみれば中身が 空っぽの包帯男のような不気味さだ。扉を開けても開けても虚空が広がっているだけの予感。 けれどもこの巨大なハリボテは空っぽではない。どこかに必ずハルヒがいるのだ。寒さに 震えながら俺を待っているはずのハルヒが。校門をくぐったキリンは中庭まで進むと歩みを 止めた。校舎はこれまで見た中では一番手のこんだ作りになっているが、窓は相変わらず 描かれたもので、中の様子はわからない。もしかするとハルヒが点けているのではと期待 していた明かりもなく、どこもかしこも真っ暗だ。校門を抜けたとたんにハルヒがとびついて くると思っていたわけではないが、北校に行けばすぐ会えると思っていたのは甘かったかも しれない。 「ハルヒーッ!」 大声で呼ぶ声は鉛色の空へはじき返されているようで、耳をすましても返事はない。前回 最初にハルヒと会った中庭にも、最後にハルヒと走った運動場にも、人影は見当たらない。 俺はリュックからライトを取り出し、部室棟に入った。長門のサポートのせいか、電気の 消えた校舎内でも俺の周囲だけほんのり明るいのが救いだ。けれども階段をかけあがった 俺は、部室のドアを見てへたりこんだ。幾何の図形のように簡略化されたドアは、またしても 壁に描かれた絵だったのだ。開くはずのないドアをたたき、ハルヒの名を呼んでみたが、 中に人がいる気配はない。前回はここに入ることでハルヒも少し落ちつき、校舎を探検する 勇気が出たのだが……。開かないドアを前にがっかりしたハルヒの姿が目に浮かぶ。ハルヒが 作った閉鎖空間、ハルヒが作った巨人は、外見はどうあれハルヒの忠実なしもべだった。 しかしこの世界はハルヒを愛していない。ハルヒを苦しめるために作られた世界なのだ。 ハルヒがもしここに来たなら、そして誰かが探しに来ることを期待していたなら、貼り紙 くらい残してもよさそうなもんだが……バカか俺は。ハルヒはベッドに寝ている状態で いきなりこの世界にほうりこまれたんだ。紙だのペンだのを持ってるはずがないじゃ ないか……。俺は急に焦りはじめた。 もしかするとあいつはもう北校に見切りをつけて移動してしまったのかもしれない。 しかし北校じゃないとしたら、あいつはどこだ? 一応古泉は他にも候補地を教えて くれたが、ほとんどは俺が行ったことのないところだ。おまけに一番近いところでも ここから1時間はかかる。それまでハルヒが耐えられるだろうか……。 「ハルヒ……ハルヒ! 返事しろハルヒ!」 落ち着け。落ち着け。俺がパニクってどうする。まだ部室を見ただけじゃないか。 教室も見てないし、教員室だってまだだ。もしかしたら、そう、体育館かも……。 ドアに額を押しつけながら必死で頭を働かそうとしていた俺の目に、そのとき何かが とびこんできた。ぼやけた視界の中に浮かぶ微かなノイズ、廊下のキズ。廊下の……キズ? この手抜きワールドの廊下に? 暗い廊下にしゃがみこみ、震える手で触れてみると、 キズはわずかに動いた。「キズ」じゃない。「黒いヘアピン」だ。 夢遊病者のようにゆっくり歩き出したはずが、気がつくと階段を踊り場まで一気に 飛び降りていた。勢い余って壁に体当たりなんて小学校以来のバカをくりかえしながら ダウンヒルのレコードを書きかえる。靴のまま教室棟にかけこみ、3段とばしで目指すのは 最上階だ。ハリボテを作るのが精一杯の長門がたとえヘアピン一本でも余計なものを作る はずがない。ハルヒはここにいる! ここに! 廊下に並んだ教室のドアは、またしても 壁に描かれた絵。けれども1年5組の壁には……四角い穴が! 高校入試の合格発表を見た 時のように、思わず手前で立ち止まり、息を整える。暗い教室に並んだ机にライトの光が 伸びていく。教室最後尾のハルヒの席には……いない。しかしそのすぐ前の俺の席から、 小さな影がゆっくりと立ち上がった。 Ⅴ.風車の騎士 泣いてんのか? なんてセリフは本当に泣いているやつには言えないものだ。ハルヒは 泣いていた。俺の胸にしがみつくように頭を押し当てたまま、声もあげずに。暗くてよく 見えなかったが、俺にはなぜかそれがわかった。小さな肩が震えているのは熱のせいか 寒さのせいか。パジャマ姿のせいもあって、なんだかいつもより幼く見える。てっきり パンチがとんでくるものと思っていたが、こんなに心細げなハルヒを見るのは初めてだ。 来てよかった、としみじみ思う。 「遅くなってすまん」 かすかなためらいを感じた時にはもう、ハルヒの背中へ手がのびていた。抱えてしまった 後で今更のように生々しい肌の感触にどきりとする。んなこと言ったって、しょうがねえだろう。 普段のこいつとの身体的接触は、回し蹴りやカツアゲネクタイ止まりなのだから。 ハルヒはそれでも黙ったまま、嗚咽をこらえるように弱々しく俺の胸をたたくだけだ。 そっと背中をたたき、頭をなでてなだめながら、しがみついて離れないハルヒに無理やり 自分のダウンジャケットを着せる。ガードレール式でないことを確認して椅子に座らせた。 「ケガしてないか? 寒くないか? 腹へってないか?」 3度首を横にふったハルヒは、 「何か飲むか?」 と聞くとはじめてうなずいた。けれどもリュックをとりにいこうとすると、俺の腕を つかんだまま離そうとしない。すぐ戻るから、と言いかけてコーヒー牛乳のことを 思い出した俺は、ハルヒに腕をとられながら苦労してパックにストローを差した。 「ほら」 砂糖入りだから少しはカロリー補給にもなるだろう。ついでに薬も飲ませるか、と 思ってポケットの錠剤をさぐっていると、ハルヒがパックを握ったまま固まっている。 「どうした」 「……飲めない」 まさか吸う力も残ってないとか言うんじゃないだろうな。青くなりながらハルヒの 手元を見ると、コーヒーパックはいつの間にか白い積み木に変わっている。たのむぜ 長門~。おまえは実にたよりになる奴だが、時々妙に融通がきかないのが困る。俺は ハルヒの手から積み木を取りかえすと念力30秒でコーヒーに戻し、両手でパックを 握ったままハルヒにストローをくわえさせた。 「飲めるか?」 「ん…」 「うまいか?」 「んー」 やれやれ。どうやら飲んだとたんに砂になったりはしなかったらしい。 よほどのどが渇いていたのだろう。ハルヒは俺の手ごとパックを握りしめるようにして むさぼるようにコーヒーを飲んでいる。なんだか生まれたての子猫が必死で母猫の胸を 吸っているようだ。授乳をする母親というのはこんな気分なのだろうか……。ズズッと コーヒーを飲み干すと、ハルヒはようやく落ち着いたのか、切れ切れに話しだした。 「目がさめたら……変な世界で……誰もいなくて……」 「うん」 「学校に行けば、あんたがいるかも…… あんたに会えるかもと思って……」 「ああ」 「でも行き違いになるかもしれないし、怖くて… 急いで……」 「そうか」 「学校にきても、あんたいなくて、帰っちゃったのかもと思って…… 部室の前に ピンを置いてきたけど……教室で待ってても、いつまで待っても……」 「わかった。わかった。もういい。悪かったな。悪かった」 「遅い……遅いわよバカ! あんたなんか銃殺よ、バカ!」 やれやれ、結局こうなるのか。先ほどよりやや勢いを増したハルヒの打撃に上体を 揺らされながら、俺はもう一度ハルヒを抱きよせ(打撃を防ぐためである。念のため)、 そのうちハルヒが裸足なのに気づいた。こいつは裸足のまま学校まで歩いてきたのか。 あの暗い道を、たった一人で。突然頭に上ってきたもので額が熱くなる。 (古泉に立体4目並べで負ける奴らが計画なんか立てんじゃねえよ!) ヂヂヂッと音がして突然教室の蛍光灯がついた。この世界で見るはじめての明かりだ。 ハルヒの緊張がとけて第二空間の圧力が減ったせいか、俺たちの合流に気づいた長門が サポートの度合いを強めたからか。いずれにしろ良い兆候には違いない。しかし残念ながら 第二空間が消滅するところまではいかなかったようだ。俺と合流できただけでハルヒがそこまで 安心するはずもないが、安全確実にここから出られる道は絶たれたことになる。こうなったら ダメもとで出発地点のドアまで行くしかない。第二空間の圧力が減って逆行が可能になっている ことを願うだけだ。俺はハルヒに移動を告げた。 「心配すんな。俺がついてる。大船タンカー、超ド級戦艦に乗ったつもりでいろ」 「イカダじゃないの」 ハルヒ……おまえ回復早過ぎないか。俺の母性愛と正義の怒りをどうしてくれる。 しかしそれがハルヒの精一杯の強がりであることはすぐにわかった。出発前に俺が小用を すませようとすると、ハルヒが腕を握ったまま行かせてくれないのだ。 「それぐらい我慢しなさいよ。あたしだってしてるのに」 「なんで? いけばいいじゃないか」 「いってもムダよ。水出ないもの」 「いいじゃないか。水ぐらい」 「バカ!」 「トイレ用の紙とか消毒式の濡れティッシュならリュックにあるぞ」 「嫌なの!」 俺はキリンと並んで路傍の花に水をやることもできるが、ただでさえ病気のハルヒに 我慢させるわけにはいかない。二人で男子トイレの手洗いを試してみると、奇跡的に 水も復活している。それでもイヤって、いったい何が不満なんだ? 「だって……どうすんのよ!」 「何が」 「どうすんのよ……」 「だから何が!」 「あんたがまたいなくなっちゃったら……どうすんのよ!」 泣きたいのか怒りたいのかわからない涙目で俺をにらみつけるハルヒ。どんな顔を すればいいかわからず(なに赤くなってんだ!)絶句する俺。正直ちょっとジンときた。 ハルヒがそこまでヘコんでいたとは……。しかしそうも言っていられない。俺は心を 鬼にして言った。 「じゃあどうすんだ? やめるのか? この先かなり長いぞ? それとも一緒に入るか?」 俺の靴を履いたままハルヒは女子トイレの前で逡巡している。熱でふらついている奴を いじめたくはないが、ここはしょうがない。よもや一緒に入るとは言わないだろう、と 思っていると、ハルヒは突然真っ赤な顔で俺の腕をつかんだままドアに手を…… 「バ、バ、バカ! なにやってんだ!」 「中に入れやしないわよ! 隙間から手をつなぐだけ!」 「嫌だって!」 「あたしだって嫌よ!」 「おまえが嫌なことさせるのが嫌なの!」 結局、俺は妥協案として女子トイレの前で即興の歌を大声で歌い続けることになった。 ♪おーれはいーる、こーこにいーる、しけいはこーわいよー……… やれやれ。 突入ポイントに戻るための移動手段はもちろん長門技研製キリン号一馬力だ。しかし キリンと顔を見合わせて絶句しているハルヒを見て俺は大事なことを思い出した。 しまった。長門にこいつを買った時、ハルヒはそばにいたんだった。まさかとは思うが 長門とこの空間の関係をハルヒに感づかれてはまずい。 「紹介しよう! 俺の相棒、『リンリン』だ。荷物が重くて困ってる時、天に向かって 神様、仏様、長門様~と唱えたらなぜかこいつが走って来てな。いや~、世の中には 不思議なことがあるものだなあ。あはは、あはは、あははは」 苦しい言い訳を試みる俺の横で、ハルヒはなぜかツッコミを入れることもなくじっと キリンを見つめている。 「これ……有希のじゃないわ。あたしのよ。有希のはもっと尻尾が短かったもの。 あの日あたし、引き返して同じのを買ったの。あんたは知らないでしょうけど……」 「知ってるさ。あんなばかでかい包み抱えて何が『フランスパン』だ。まったく、 長門もおまえも妙な趣味してるよ」 「ブルルル!」 ハルヒはそれでもキリンを見つめたまま、そっとその首をなでている。 「キョン……有希がどうしてあのキリンを選んだかわかる?」 「知らん。キリンマニアなんだろ」 「バカ。あんたってホントバカね」 「悪かったな。バカでなけりゃ誰がこんなとこまで来るか」 のんびり世間話なぞしてる場合ではない。出発地点まで戻るにしても、それまでに ハルヒがダウンしてはすべてが終わりになりかねないのだ。トイレ騒ぎのおかげで ハルヒにはまだろくに食事もとらせていない。俺は古泉リュックをあさると体温計を とりだした。 「舌下型、だそうだ。わかるな? 食べるなよ」 その間に素足のハルヒに靴下をはかせる。動くのもおっくうなのか、キリンにもたれた ハルヒは素直にされるがままになっている。最後に妹に靴をはかせてやったのはいつ だったろう。コーヒー牛乳の時といい、今回のミッションはなんだか保父試験みたいだ。 ピピッと鳴った体温計を見ると40度3分。38度で小学校を休ませてもらった時の喜びが 忘れられない俺には想像もできない数字だ。すぐにでも出発したいが、さて、こいつを どこに乗せよう。普通なら後だろうが、座っているのもつらそうなハルヒに背中につかまれと 言っても無理かもしれない。リンリンの背中に頬をうずめるようにもたれているハルヒを見て 俺は一瞬迷った。ふだんのこいつならこの程度の高さ、俺を踏み台にしてでも一瞬で飛び乗る ところだが……。バカバカしい、何意識してんだ、こんな時に。俺はハルヒにそっと忍び寄って 背中から一気に抱えあげると、パンツを食べられたような顔で振り向いた目を見ないようにして どさりとキリンの首元に乗せた。そのままハルヒの後によじのぼって荒っぽく肩をひきよせ、 両腕と手綱で囲むようにして抱えこむ。 「もう! こっちは病人なのよ。もっと、や……やさしくしてよね!」 なんだその微妙な反応は。こんな時に古いリクエストを持ち出すな。こっちまで赤くなる。 もぞもぞするな! こっち見るな! 誰もとって食いやせん! いいからそこでおとなしく…… おとなしくしてろ。こんな時ぐらい……そうさ、こんな時ぐらい。 フウ……。やれやれ。えーっと……なんだっけ? ほらみろ、忘れちまったじゃないか。 そうだ、たしかこのへんにチューブ入りの栄養食が……。 「ほら」 「……いらない」 「いいから食え。もたないぞ」 無理やりハルヒの手に握らせて、待ちかねている様子の愛馬の尻をたたく。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル!」 リンリンは増えた重量をものともせず、大きく首をふりながら歩き出した。 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ…… 揺れるキリンの上でハルヒは黙ったまま素直に俺の胸に頭を預けている。短い髪の下に 見え隠れするうなじと小さな肩。団長席の上であぐらをかいている時はやけに勇ましい ハルヒの背中が、今日はなぜかひどく華奢なものに見える。いつもこんな風にしおらしく していればこいつだって……。いやいや、油断は禁物。案外朦朧とした意識の中で、遅刻 した騎兵隊の処刑方法を考えているのかもしれない。病気が治ってもしばらくこいつには 近寄らない方がよさそうだ。 ゆっくりと脇を流れていく景色に目をやった俺は、周囲の様子が出発時よりいくぶん リアルになっているのに気づいた。ずっと消えたままだった街灯も、ゆっくり脈打つような 光を放ちはじめている。ほとんど消え入りそうな点から明るい光球に、そしてまたゆっくりと 淡い蛍に……。第二空間の圧力が弱まったせいだとすると、俺と会えたことでハルヒも少しは 安心したのだろうか。ぼんやり手綱を握っていると、ずっと押し黙っていたハルヒが急に 口をひらいた。 「キョン……SOS団、やめるんでしょ?」 驚いた。いや本当に。なぜおまえが知ってる? そんなはずが…… 「誰に聞いた? 古泉か?」 「ううん。聞こえたの。病院から有希の携帯にかけた時、古泉くんとみくるちゃんが 話してるのが。でもあたし知ってた……あんたがSOS団に乗り気じゃないってこと」 「楽しんでるさ、それなりにな」 「ううん、それぐらいわかる。あたしだって。だから今日は……もしかしたらキョン、 来てくれないかもって思ってた」 「来るさ。来るに決まってるだろ」 「どうして? SOS団、やめるんでしょ?」 「関係ないだろ、そんなもん。それに……やめたよ。退団はやめた」 「やめた?」 「ああ」 「どうして?」 「どうしてって、そりゃ……思い出したからさ」 「何を?」 「お前が誰で、俺が誰か……かな」 「なにそれ」 「なんでもない」 「言ってよ、ねえ」 これじゃまるで誘導尋問じゃないか。刑事さん、俺はやってないよ。 「お願い」 ふだんの会話の9割が命令口調の奴に「おねがい」と言われた人間の気持ちをわかって もらえるだろうか。「言いなさいよ!」じゃないのだ。そりゃあねえだろう、ハルヒ……。 けれどもこいつは俺の退団宣言を知っていたのだ。それでも待っていたのだ。あの暗い 教室で、たった一人で、来ないかもしれない俺を。俺は深いため息をついた。 「決まってるだろう、お前が誰かなんて。わざわざ2年の教室から上級生をさらってきて お姫様に仕立てて喜んでる奴だぞ? みんなが楽しく暮らしている平和な世界に怪物だの 巨人だのが出てくるのを心待ちにしてる危険人物だよ。宇宙人だの未来人だの超能力者 だのが本当にいると信じてる妄想狂のはた迷惑人間さ。そんな奴、世界中探しても一人 しかいないだろうが。おまえは風車の騎士、ドン・キホーテさ」 「ドン・キホーテ? じゃあ、あんたは? サンチョ・パンサ?」 勘弁してくれ。なんで俺があんな小太りのオッサンなんだ…… そう。それはたぶん、あの自己紹介に度肝を抜かれた日から、もうはじまっていたのだ。 ロングヘアーの美少女が素朴な憧れの対象ではなくなるのと入れかわりに、いつの間にか 俺の中に生まれていたもの。100Mを13秒で駆けぬけたハルヒが駆け寄る友人もなく 腰をおろすのを見た時、非常階段の上でじっと空を見つめるハルヒを見つけた時に、 ゆっくりとまわりはじめた気持ち。ばかでかいきらきらした瞳でにらみつける生意気な 猫のような顔を眺めながら、心のどこかで俺は思ったのだ。こいつの笑った顔が見たい、と。 お調子者の谷口さえ近づかない変人にこいつを変えてしまったもの、独りでいることを 寂しいとも思わなくさせてしまったもの、泣き顔も笑顔も素直に他人に見せられなくして しまったもの。それがこの退屈な世界やそこに埋もれていく自分への不安と不満だという なら……こいつの不思議探しの旅とやらを手伝ってやってもいい、と。それなのに俺は 「受身でない自分」に恐れをなして、そいつをどこかにしまいこんできた。ハルヒに 引きずられて「しかたなく」SOS団にいることに慣れてしまった。だからENOZの演奏を 聴いてハルヒが現実世界でも十分やっていける奴であるのを思いだしたとたん、自分の 平凡さに愛想がつきたのだ。ハルヒの小さな社会復帰を喜びながら、初めての気持ちを もてあましているあいつを抱きしめてやりたいような衝動を感じながら、いつかハルヒが 俺を必要としなくなる日が来ることを思わずにいられなかった。だから一人になりたいと 思った。SOS団の外でもハルヒにとって意味のある人間になりたいと思ったのだ。あいつと 出会うまで、自分に何の不満もなかったこの俺が! けれどもSOS団を作ると決めた時の ハルヒの顔、あの笑顔を見た時の気持ちは、そんなセコい引け目のために捨てていいもの ではなかった。ハルヒのそばにいてやることと、自分のちっぽけさにつぶされないための 悪あがきは、なにも両立できないわけじゃない。ハルヒの御機嫌をうかがう異能者三人組 ではなく、ハルヒのストレス解消を代行する巨人でもなく、ハルヒがもっと他の誰かを 必要としていたなら、俺のちっぽけな思いなど、カマドウマに食わせてやればいい。 未来の自分のために、今のあいつを独りにしてはいけなかったのだ。 「おまえ、前に俺と学校に閉じこめられた夜のこと覚えてるか?」 「あたりまえでしょ」 「じゃあ、そこからどうやって帰ったかは?」 「……」 「よし。じゃあ、今から言うことも忘れろよ。ソッコーで削除しろよ。いいな! 俺は……俺はおまえのロバさ。ロバのロシナンテだ。ワガママで、きまぐれで、無鉄砲な 御主人様を乗せて、ため息をつきながら歩く痩せたロバさ。おまえは俺が嫌々SOS団を やってるって言ったけど、そうじゃない。そりゃそう思われてもしかたないが、そうじゃ ないんだ。高校に入って同じ教室の後の席にポニーテールのドン・キホーテが座っている のを見た時、俺は思ったのさ。こいつはどうやら本物のバカみたいだし、ほっといたら 全力疾走で世界の果てまで行っちまうかもしれない。世界の果てをのぞこうとして、 そこから落っこっちまうかもしれない。そんなら俺が……つきあってやるのもいいんじゃ ないかってな。俺がそばにいてやれば、こいつはアマゾンの奥地かどこかで野垂れ死に しないですむかもしれない。退屈な世界にも何かを見つけられるかもしれない。宇宙人 でも未来人でも超能力者でもない自分を好きになれるかもしれない。不思議探しの旅の 果てに、おまえが何かを見つけられるのか。そんなことは俺にはわからん。でもどんな バカでも……やっぱ一人で行くのは寂しいんじゃないかってな……」 カッポ、カッポとリンリンの足音が夜の道にこだまする。俺のたくましい腕の中で 感動に打ち震えているはずのハルヒは、しばしの沈黙の後ポツリと言った。 「馬。」 「は?」 「ロバじゃなくて馬。ロシナンテは馬よ。ロバに乗ってるのは従者のサンチョ・ パンサのほう」 「ほえっ? なんだそりゃ? うそだろう、ロバじゃないのか? だっておまえ…… まいったな。詐欺だ! ロバだと信じてたのに!」 バツの悪さに赤面しながらも、俺は苦笑せずにはいられなかった。やれやれ、 素面じゃ言えないような恥ずかしい話をしてやったというのに、こいつは何も感じて いないらしい。ま、いかにもハルヒらしいと言えばハルヒらしいが……。 「それにあんたはロバじゃなくてキリンでしょ。背の高い、……しい目をしたキリン。 そうね、もしかしたら『麒麟』かも」 「何の話だ。誰の目が細いって?」 「あたし、なんだか眠くなってきた。ちょっと寝るわ」 ハルヒはまたもや会話の流れを無視してそう宣言すると、ドスのきいた声でつけ加えた。 「寝てる間に触ったりしたら、死刑だからね」 「へいへい」 「起きた時……起きた時、勝手にいなくなってたりしたら……」 今度はちょっと涙声。 「安心しろ。ちゃんと運んでやるさ。まともな世界までな」 俺はもう一度ハルヒの額に手をあてた。まるで抱きしめているように見えるのは いたしかたない。古泉には悪いが、ハルヒを寝かせるなという指示も守れそうにない。 冬山の遭難者じゃあるまいし、熱にうなされている奴をひっぱたいて起こすわけにも いかないじゃないか。 「そのかわり、運賃払えよ。言っとくが深夜割増料金だからな」 「なにそれ。ケチ」 夜空はいつのまにか煌く星々に覆われている。まばゆい光を放つナトリウム灯の向こうに 広がるのは幾千の窓の灯、ネオンの海。俺の胸をくすぐるように急にモゾモゾしはじめた ハルヒは辛そうにあえぎながら片足をもちあげると、キリンに横座りになった。やれやれ、 今度は何だ? 尻が痛くなったのか? お姫様ごっこか? 熱がある時ぐらい、ちょっとは おとなしく…… 「じゃあ……前払い」 思わず右ストレートに備えた俺の首に両手をのばすと、ハルヒはそのまま懸垂をはじめ、 そして次の瞬間……俺は前回確認しそこねたこと、ハルヒもやはり、その瞬間には、 人並みに頬を染めながら目をつぶるのだということを知った。 エピローグ その後の顛末については特に話すこともないと思う。第二空間の圧力が消滅した瞬間に 長門は第一空間を解除し、ついでに俺とハルヒをそれぞれの家まで「飛ばした」。つまり 俺は自宅で、ハルヒは自分のベッドの上で「目を覚ました」わけだ。どうやってそんな 芸当をやってのけたのかはわからないが、古泉によると長門と超能力者集団との「夢の コラボレーション」の結果だとか。直後に古泉からかかってきた電話でハルヒと長門の 無事を知った俺は、フロイト先生に笑われる心配もなく安らかな眠りについた。 なにしろその時はまだ知らなかったのだ。ほどなく完全復活したハルヒといれかわりに、 それからまる三日間、新型インフルエンザとデスマッチをするはめになるとは。 ようやく風邪が直った日の放課後、久しぶりにSOS団の部室に顔を出すと、ハルヒを のぞく全員が俺を待ちかまえていた。大げさに両手を広げて俺を迎え入れた古泉は、 「立体4目並べ」らしき箱を差し出しながらウインクし、いつものニヤケ顔でのたまった。 「おっと、ぼくは何も聞きませんよ。どうやってあの空間から脱出したのかなんてことはね。 今回の件からは僕も色々と学びましたし、あなたがまたSOS団をやめるなんて言いだしては 困ります。それに『機関』にはもう個人的意見を提出済みですから。あなたが涼宮さんと 同じウィルスに感染した理由についてはね」 何が「学んだ」だ、この野郎。いっそお前にもうつしてやろ……うぐぐ。今度の勝負は 絶対昼メシかけてやるからな! 特大の向日葵のような笑みを浮かべた朝比奈さんは、ハルヒが先に復帰して感激が 薄れたせいか、前もって結果を「知って」いたせいか、前回のように派手に抱きついては くれなかった。理不尽な話だ。それだけが……ウッ……それだけが楽しみだったのに! もし朝比奈さん(大)からの情報漏洩のせいだとしたら、俺は断固!「当社比3割増」の 胸による補償を要求したい。 「キョンくん、ホントに、お疲れさまでした。面会謝絶って言うから、みんな心配してたん ですよ。それからこれ、わたしからのプレゼント。キョンくんの全快祝いです」 そう言いながら天使が差し出したのは見慣れた黄色い物体だ。朝比奈さん、 なぜあなたまで! それとも今年はキリン年なのか? 「ごめんなさい、変なもので。ホントはこれ、涼宮さんの全快祝いだったんだけど、 涼宮さん、もう持ってるって言うから。でも妹さんはきっと喜びますよ。だってこのキリン、 キョンくんにそ」 「ほんと、バッカみたい。みくるちゃんがくれるなら、買うんじゃなかったわよ」 いきなり現れて天使を羽交い絞めにしたのはもちろん我らが神、正確には厄病神だ。 「キョンのやつ、有希には買ったのに、かわいい団員のため粉骨砕身したあたしには ねぎらいひとつないんだから。エコヒイキもいいとこよね」 まだ風邪が完全に抜けていないのか、腕組みした顔がかすかに上気している。 「言っとくがあれはお前のキリンじゃない。俺のだ」 「はあ? 何言ってんの、あたしが買ったんじゃない!」 「そういうセリフは金を返してから言え。おまえが食費とタクシー代と言ってよこした 団の財布、70円しか入ってなかったぞ。ヤケ食いした上にパフェまで頼んだのは誰だ? それが妙な『フランスパン』見逃してやった仏様に言うことか。さあ返せ!すぐ返せ! 俺はキリンと寝るのが好きなんだ!」 「べーっ!」 妙に嬉しそうな顔で敵が逃走したのを見届けると、俺はハルヒの閉鎖空間に絞め 殺されかけたばかりの眼鏡少女に歩み寄った。 「世話をかけたな、長門。おまえのキリンのおかげで助かったよ……と、あれはハルヒのか」 「あれは私のキリン。私が情報制御空間内に構築した。尻尾と全長の比率も正確。彼女が 言ったことは正しくない」 勘弁してくれ、長門よ。どうしておまえまでそんなことにこだわる? まったく、 どいつもこいつもどうかしてるぞ! その後、俺が正式に退団宣言を撤回したこともあって、SOS団にはまたいつもの支離 滅裂で行き当たりばったりで意味不明な日常がもどってきた。唯一変わったことといえば、 SOS団の女子メンバー+αが以来あの素っ頓狂な抱き枕と共に夜を過ごすようになった ことぐらいか。俺は良識あふれる人間だから、もちろん藁人形も丑の刻参りも信じない。 けれどもあれからどうも寝苦しい夜が続いているのは、朝比奈さんの胸にのぼせたからか、 長門のふとももにはさまれたからか、妹のよだれのせいか。それともやはり、あの細い 割に怪力の誰かに毎晩首を絞められてるせいか、と思うことがないでもない。 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4826.html
文字サイズ小でうまく表示されると思います 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない そして今、また一人…… 優しい太陽の日差しと、どこまでも続く水平線。 バニーガールに似ていて決定的に何かが違う衣装を着せられたままの朝比奈さんが、吹き付ける 風になびく髪を気にしながら海を眺めて微笑んでいる。 長門はと言えば木の陰に座りいつものように本を読んでいて、古泉とハルヒは何やら地面に地図の ような物を書きながら目的地を探しているようだ。 ハルヒ率いるSOS団のメンバーは海に遊びに来ている……んだったらよかったんだけどな。 今、俺達5人は海に浮かぶ小さな島の上にいる。 何も知らない人が見れば救助を待つ遭難者に見えるだろうし、実際そうだと言えなくも無い。 しかし俺達は見渡す限りの大海原に浮かぶこの島に取り残されてしまったのではなく、この島に乗って ここまで来たのだ……とまあ、我ながら理解不能としか言えないこの説明で現状が把握できるような人は、 今すぐハルヒの前に行きなさい、以上! ……それはたった、10分程前の事だった。 「船のように走る……島?」 その情報を聞いたときのハルヒの顔は、今まで見たことの無い程に生き生きとしていた。 俺達がゲームの世界に閉じ込められてしまった……という事は前回の話を読んでもらっていればわかるん だろうが、この話を先に読んでいる人に説明するならば、だ。 ゲームセンターに遊びに来た俺達5人は、ごくごく普通の高校生にも、謎の宇宙人にも、可愛い未来人にも、 怪しい超能力者にも理解できない不思議な何かによって、俺達はゲームの世界に閉じ込められてしまった……。 つまり何故こうなってしまったのか、当事者である俺達の誰一人わからないでいるわけだ。 現在の状況は、塔の上にあるという楽園を目指すというこのゲームをクリアする為に、俺達が街で情報収集を した中で古泉が聞いてきた話にハルヒが文字通り食いついたところだ。 「ええ。この世界では海賊が多くて船は出せないそうなんですが、そんな島を見たと言ってる人が居たんです」 俺達は持ち寄った情報を交換していたのだが、ハルヒの興味は古泉が聞いてきた船のような島に釘付けになっている。 「詳しい場所は!」 「残念ながらそこまでは……ですが、船が出せない状況という事ですから見たというのはこの島の近くでしょうね。 北東の島にも街があるそうなので、そこまで行くことができれば詳しい事もわかるかもしれません」 話についていけないみたいで、朝比奈さんはおろおろしている。 「キョン君、つまりここって大海賊時代であってますか?」 いや、それは色んな意味で無いと思います。 ……それはそれで面白そうですが。 さて、そこからのハルヒの行動は早かった。 さっそく町を飛び出し、俺達が追いかけて町を出た時にはすでに近くにあったヤシの木によじ登っているのを見た時は、 正直このまま何も見なかった事にして帰りたくなったぜ。帰れないんだがな。 なんでこいつは高いところが好きなんだ? 俺達の見上げる視線を受けながら船のような島とやらを捜索する事数秒、 「見つけた!あれに間違いないわ!」 発見。ここまで古泉の話が終って1分くらいだったろうか。 お前はいったいどんな視力をしてるんだ。 ヤシの木から飛び降りたハルヒは、さっそく船のような島が見えた場所への道を探し始めた。 塔の扉の先にあったこの島は500メートル四方程度の大きさしかない。 長門が聞いてきた情報によれば、近くに見える島へ行くには洞窟を抜ける必要があるそうだ。 それらしい洞窟は確かにあるが、果たしてその洞窟はどこにつながっているのか? 目的地へと通じているのか? 何てことはまあ些細な問題なんだろうな。 迷いなく洞窟に向かって走り出したハルヒの後姿を、のんびりと追いかける事にした。 「足元に気をつけてくださいね」 先頭を歩く古泉がそう言い終える前に、俺の後ろを歩いていた朝比奈さんがつまづいて俺に寄りかかってくる。 「あっ、ごめんなさい」 いえいえ、お気になさらず。 暗い場所は苦手らしい朝比奈さんは、俺の腕を掴んで歩く事になった。 洞窟は海の下を通っているせいか空気が冷たく、ひんやりとしている。 「ここでもし、海水が漏れてきたりしたら誰も生き残れないでしょうね」 古泉が面白そうに笑えない事を言い出した。 お前、そんな事言うとだな。 「そ、そんな怖い事言わないでください」 ほらみろ、朝比奈さんが脅えてるじゃないか。怖がる朝比奈さんが、さらに力をこめてしがみついてくる事で、 腕に感じられる柔らかな感触については古泉に感謝の念を禁じえないね。 しかし実際には洞窟は海底の堅い地層を掘った物らしく、今にも崩れそうといった感じには見えない。 だからといってのんびりする理由もない。 早く通り抜けましょう……できればハルヒが迷子になる前に。 洞窟に入った時は聞こえていたハルヒの走る音は、どうやらすでに洞窟を抜けてしまったらしくもう聞こえてこない。 ……それにしてもこの世界に来てからのハルヒは楽しそうだ。 今までどんなに望んでも手に入らなかった非日常が、ここではバーゲンセールの用に続いているんだから無理も無いが。 あいつ、この世界から出たくないとか言い出したりして。 俺はそんな不安を感じ出していた。 洞窟を抜けると 「遅い!」 勝手に一人で先に行ったハルヒの第一声がそれだった。 ハルヒの声は怒ってたが、器用な事に顔は顔は笑っている。 噂の島ってのはあったのか? ハルヒはこれ以上ない程に胸を張ってから、自分の後ろに見える小さな島を指差して高らかに叫んだ。 「あれよ!我等がSOS団初の船舶、その名も「みくるちゃん号」!」 「ふえ?」 間の抜けた声で驚く朝比奈さんの名前が付けられたその船舶とやらは、海にぷかぷかと浮かぶ直径7メートル程の島だった。 島の中央には立派なヤシの木があり、それ以外は草地しか無い。 質問は2つだ。 「何よ」 なんで島に朝比奈さんの名前が付けられたのか、もう一つは確かにこの島は浮いてる島らしいがどう見ても船舶には見えな いんだが。 俺の質問を鼻で笑ってから、ハルヒは一人島に飛び乗った。 「いい?見てなさいよ~」 ハルヒが島の中央にあるヤシの木に力を入れると、 おおおお!? なんと、ヤシの木が僅かに傾いた方向へと島が動き始めたではないか! 「涼宮さん凄いです~!」 「これは驚きですね」 速さでいえば自転車くらいの速さだろうか、意外に早いスピードでみくるちゃん号は波を掻き分けて進んでいく。 その後、ハルヒは思い通りに島を操縦してみせてから得意げな顔で戻ってきた。 「どう?みくるちゃん号の性能は」 「素晴らしいです」 頼む古泉、ただでさえ制御不能なハルヒをこれ以上調子にのらせないでくれ――まあ制御できた事など一度としてないんだがな。 原理は不明だけど確かに凄いな……で、なんでみくるちゃん号なんだ? あたりまえでしょ?とでも言いそうな顔で溜息をついてからハルヒが答える。 「い~い、船の名前は古来より女性の名前を付ける事が多いのよ」 それなら、お前や長門でもいいじゃないか。 むしろ、お前の性格なら自分の名前をつけそうなもんだ。 「私の名前じゃ、船が沈んだ時にSOS団の士気が落ちるじゃない」 俺達に士気なんてものがあったのか。 っていうか勝手に人の名前を付けておいて、船が沈むとか不吉な事を言うほうが士気に関わるんじゃないのか? 当然の事ながら俺の発言は聞き入れられる訳もなく、島の名前はみくるちゃん号に決まったようだ。 ――その後、俺達を乗せたみくるちゃん号がハルヒの舵により快適なスピードで大海原を走り出し。ごくごく自然な流れで、地図も 持たずに海に出た無謀な俺達は迷子になったというわけさ。 船旅における航海士と海図の必要性を実体験によって認識できたのは稀有な人生経験と言えなくもないかもしれないが、 その経験を生かす事無くこのまま干からびるなんて事がないように祈ろう。 どうやら朝比奈さんはこれもイベントの一つだと思っているらしく、慌てた様子もなくのんびりと海を眺めている。 真実を伝えて混乱する姿を見てみたい気もしないではないが、今はそんな余裕はないよなぁ。 古泉とハルヒは現在地から見える島と、今までの航路を地面に書いているようだが、地形を覚えようと意識していたわけでは ないのでうろ覚えみたいだ。 最大の問題は、肝心の目的地が最初の街で聞いていた「北東の島」というなんともアバウトな情報だけだという事。 せめて現在位置と北がわかればなんとかなりそうな気もするが、残念ながら空に太陽は高く星は見えない。 かといって北極星が見えるような時間では視界が取れないから、目的地が定まらない現状と変わらずみくるちゃん号を動かす のは無謀だ。 っていうか、その前にこの世界に北極星があるのかすらも疑わしいぜ。 禁じていた溜息を無理に抑え込む元気もない。 長門。 木陰で本を読んでいる長門の横に座って、ハルヒ達に気づかれないように視線を向けないまま小さな声で話しかけてみた。 長門は読んでいた本は広げたまま、俺のほうへわずかに顔を向けてくる。数値にして2センチ程。 長門にしてはオーバーリアクションなのかもしれない長さだな。 GPSとは言わないが、何か地図みたいなものはないか?あと、できれば方位がわかる何かもあるとうれしいんだが。 我ながら他力本願だとは思うが朝比奈さんや古泉は一般人ではないとはいえ、そこまでドラえもん的な能力は持っていない。 というか朝比奈さんにいたっては地図があっても迷子になりかねない。 これは決して個人、もしくは女性差別的な思考ではなくそれこそが朝比奈さんの個性であり魅力なのである。 などと考えている余裕もない。 もう宇宙人に頼み込むしか手はないというのが、手持ちの飲み物をハルヒに全て強奪された上に太陽に照らされ続けた結果、 すでに体内の何%かの貴重な水分を失いつつある俺の結論だ。 「……」 長門はどこからかシャーペンを取り出すと、本の最後の白紙ページに迷い無く地図を書き始めた。 機械的にページの左上から絵を描くというよりもプリントアウトするかのような不自然な動きで――実際、プリントアウトなのかも しれないが――地図はあっさりと完成した。 しかもご丁寧に方位だけでなく街や塔の場所に現在位置まで記入してあるではないか。 ……もしかして、データを解析したらMAPがあったとかか? 長門は小さくうなずき、首元から小さなネックレスを取り出した――ってさっきまでそこにネックレスなんてなかったぞ? 「磁石」 長門に渡されたネックレスの先には小さな細長い金属がついている。磁力を使った健康関係の商品らしく、裏側にはご丁寧に SとNの記入までしてある。 これって今「創った」のか? よく見てみれば、長門の着ていた服の襟の部分が無くなっている。 長門は質量保存の法則をあっさり無視した事を肯定しつつ、長門は何事も無かったかのように読書へと戻った。 最初の街で長門がどこからともなく見つけてきたその本には、俺には読めない単語が並んでいる。 もしかしたらそれは世界中の誰にも読めない文字なのかもしれないが、俺にとって読めない文字である以上それが何語なのか なんてことは俺にとってはどうでもいい事だ。 などという哲学的なようでどうでも言い事を考えている間も、長門は最小動作で読書をするという世界記録を狙っているような 動作で読書を続けている。 それにしても熱心だよな。長門ならバーコードを見ただけで内容も値段も把握しそうなもんなのに。 面白いか? 以前、俺が長門に部室でしたのと同じ質問をしてみる。 あの頃の長門はまだ眼鏡をかけていて、今よりもほんの少しだけ無表情だった。 無表情ランキングなんてものがあるなら1位はぶっちぎりであの頃の長門だろう。 当然2位は今の長門だ。 もしもあの時と同じ返答がくるとしたら、 「ユ」 ユニークか? 長門が答えるのに合わせて、先に言ってみた。 俺はこの対ヒューマノイドインターフェイス?とやらがいったいどんな反応が返ってくるかと期待したのだが、長門は小さくうなずく だけだった。 まあ長門らしいといえばそうかもしれない。 ――その後、俺はMAPと磁石をハルヒに渡し(さっさと出しなさいよ!と理不尽に怒られた)みくるちゃん号は一路、北東の町 へと進み始めた。 「海底の城に空気の実……あの!キョン君やっぱりここって大海賊時代なんじゃ」 俺の服の袖をひっぱりながら、わくわくした顔で聞いてくる朝比奈さんには申し訳ないが、 それは無いです、きっと。 著作権的な意味でも無いはずです。 「あう……そっか、大海賊時代だったらエアエアの実とかですよね」 叱られた子犬のような顔も素敵ですよ。 そういえばこの人は未来人だったな、あの漫画の結末もやはり禁則事項なんだろうか?もしくはまだ連載中なんだろうか。 いつものように情報収集を終えた俺達は、一度みくるちゃん号に戻りこれから先の目的地を決めている最中だ。 青龍ってのは多分ボスだよな、最初のボスが玄武だったし。 「おそらくそうでしょう、つまり他にも朱雀と白虎がいる。という事になりますね」 俺と古泉はゲームでのパターンからこの先の展開を予想していた、ここまでの展開から想像する限りは鬱展開には進みそうに ないのはありがたい。 塔を昇っていき、途中の世界をクリアする事で先に進めるようになり最上階にラスボスが居るってところだろうか。 「あんた達、さっきからなんでそんな事がわかるの?」 俺達の会話を聞いて不思議そうな顔でハルヒが聞いてくる。 パソコンの時といい、ハルヒはインドア関係には疎いようだな。 玄武、青龍、白虎、朱雀ってのはゲームではありがちな名前なんだよ。四字熟語みたいなもんでセットで使われる名前さ。 「へ~たまには役に立つじゃない」 たまに、は事実だが余計だ。 「今の情報から言えるのは、南の小屋に住む老人から情報を集めて空気の実を手に入れる。その後、海底の城で青龍と戦って クリスタルを手に入れる……といったところでしょうか」 古泉もなんだかんだで楽しそうだな。 竜王ってのもどこかにいるんだろうな、多分それは途中でわかるんだろう。 最初の世界もそうだったが、基本的なRPGで助かった。 「決まりね、じゃあさっそく南の老人に会いに行きましょう!」 操船は古泉に代わり、ハルヒはみくるちゃん号の先に立って地図を見ている。 当然、浮き島に手すりなどという物があるはずもないのにだ。 そんなとこに立ってると海に落ちるぞ? と言ってやるべきなのかも知れないが、ハルヒが海に落ちたところであっさり這い上がってくる姿が容易に想像できるので、俺は 何も言わない事にした。 これが朝比奈さんなら別だし、長門ならそれ以前にハルヒとは別の意味で心配する事も無い。 「あんた、なんか失礼な事考えてない?」 突然振り向いたハルヒが俺に向かって問い詰めるように聞いてくる。 別に何も。 超能力者かお前は? もう間に合ってるぞ。 半眼で睨んでくるハルヒは、そうする事で相手の心が読めるかのように俺をじっと見ている。 なんだか本当に思考を読まれているんじゃないのか?と思い始めた所で、 「キョン君キョン君、古泉君が呼んでますよ」 古泉に呼ばれたというオフィシャルな理由により、俺はハルヒの追求から逃げる事に成功した。 「これは異常事態かもしれませんよ」 俺の顔を見て古泉はいきなりそんな事を言い出した。 ゲームに閉じ込められてから一度でも異常事態じゃない時があったのか、初耳だな。 「いえ、そうではなく今の涼宮さんについてです」 ハルヒが? ハルヒは相変わらずみくるちゃん号の先頭で地図と海とを見比べている。 別に普通だと思うが。 俺には普通にいつもの暴君にしか見えないぞ。 「そうなんです」 古泉は正解です、とでもいいたげにウインクしてみせる。 やめろ気持ち悪い、朝比奈さんならともかくお前にそんな事されたくはない。 「普通なんですよ、あの涼宮さんがいるのに」 何を言ってるんだ……それはいい事なんじゃないのか? 俺が不思議そうな顔をしているのを見て、古泉は楽しそうに微笑んでいる。ええい気色悪い。 わかるように説明しろ。 「涼宮さんは最初の世界で、自分にも僕や長門さんのような超常的な力が欲しいと願っていました……が、それは叶わないでいる。 海で遭難した時も助かったのは貴方のおかげです、戦闘でも物理法則が乱れてしまう様な事も今のところありません」 まあ俺の盾はどう考えてもチートだけどな。 俺としては終わりかと思ったゲームが続いていたり、この浮き島の存在その物がハルヒの想像だと思ってるんだがな。 終わらない夏休みみたいな事になってなければいいんだが。 「ゲームが続いていたのについては長門さんに聞いたところ仕様だそうです、全部で5つの世界があるようですよ。それにこの浮島 については僕が話すまでハルヒの知識には無かったはずです」 確かに浮き島の話を聞いた時のハルヒは、聞いたことがあるって感じじゃなかったな。 ……そうだとしてそれが何故、異常事態なんだ?今までだって何もかもがあいつの望んだ通りになってた訳じゃないし、たまたま 不調なだけかもしれないだろ? 「その可能性も否定できません。ですが前にもお話したようにこの世界には神人の気配が無い、そしてこの世界は一つの物語と して成り立っているのに涼宮さんの知識にはない出来事ばかりが起きている」 わざと難しく説明しているとしか思えないな。 結論から言え。 「まだそこまでは」 いつもの営業スマイルで古泉はごまかす。 「ですが、何かわかった時には貴方へ最初にお伝えします。必ず」 できれば伝える前に解決して、事後報告って事にしてもらいたいもんだ。面倒な内容なら秘密裏に処理してもらえたらなおいい。 俺みたいな一般人にできる事なんて限られているって事をそろそろ理解してくれ。 「見えたわ!あれが老人の住む島じゃない?」 ハルヒが指差す方を見ると、米粒ほどの大きさの島が見えた。 目を細めて見ていると、近づくにつれて島に建つ小さな小屋が見えてくる。 本当にどんな視力をしてるんだよ、お前。 「凄い……凄い綺麗です……」 「本当、これは凄いわね」 島の外周は風を避ける為らしくヤシの木が綺麗に並んでいたが、その向こう側には一面の向日葵の花が広がっていた。 「まさに壮観ですね」 爽やかな向日葵畑を歩く羽つきバニーガール姿の朝比奈さんは、どう考えても違和感があるはずの取り合わせの はずなのにとても絵になっていた。 製作者さんよ、画面保存機能のショートカットは何キーなんだ? 向日葵は全て太陽に向かって顔を向けている……と思ったらそうでもないんだな。 全て同じ方向を向いていたが、それは太陽とは違う方向だった。何かのヒントとかかもしれないな。 綺麗に区画分けされた向日葵の先は少し高くなっていて、小さな小屋が見える。 朝比奈さんが景色に感激しながらゆっくりと歩くペースにあわせて、俺達はその小屋へと向かった。 「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」 ハルヒが家の扉を叩いてしばらく待ってみると、中から小さな老人が出てきた。 真っ白い髪の毛と髭が繋がってしまっていて、お揃いのような白い着物のような服を着ている。 老人は俺達をぐるりと見回した後、 「空気の実は真ん中のヤシの木になっている」 退屈そうにそれだけ言って小屋に戻っていってしまった。 初対面で自分の目的にとって有意義な他人には極端に愛想のいいハルヒも、これでは愛想を振りまく出番すら無い。 「なんなの?」 怒るタイミングを逃してしまったのかハルヒは怪訝な顔をしている。 「人嫌い……なんですかね」 流石の古泉もこの対応には困ったようだ。 まあ情報は手に入ったんだし、いいとするかな? 俺達がみくるちゃん号へと戻ろうとすると、 「あ、あの!私、おじいさんと少しお話してきてもいいですか?」 何故か朝比奈さんが立ち止まりそんな事を言い出した。 普段は自分から何かしようとしない人だけに、ハルヒも驚いた顔をしている。 「え、う~ん。そうね、時間をかければ何か聞きだせるかもしれないし……みくるちゃんの色気に期待するわ。 みくるちゃん一人じゃ不安だし古泉君、一緒に残ってあげて。私とキョンと有希で空気の実を捜してくるから」 長門と古泉はお前の指示通り行動するだろうが、俺の意見は聞くまでも無いのかよ。残すなら俺にしてください。 「わかりました、それではここで待ってますね」 あっさり承諾して古泉は朝比奈さんの隣に立つ。 古泉、朝比奈さんに変な事するなよ? とハルヒのように釘を刺したい所だが、朝比奈さんの恋人でもない俺が言うのは どうかと思うので古泉を睨むだけにしておく。 「大丈夫ですよ、お早いお帰りを」 俺の視線の意味がわかっているのかわかってないのか、古泉はいつもの笑顔で手を振っていた。 みくるちゃん号に戻った俺達はさっそく地図を広げた。 「真ん中のヤシの木ってのには心当たりがあるの、ほらここ」 ハルヒが指差す場所には小さな島があり、その中央にはヤシの木が描かれていた。 「ここだけなのよ、こんな印があるのは」 確かにそれっぽいな、というかわざとわかるように長門が書いておいたのかもしれんが。 妙に可愛いデザインのヤシの木の絵を見た後に、それを描いた長門へ視線を送ってみる。 しかし、すでに定位置で読書に戻っていた長門の表情からは、何一つ考えを読み取る事はできなかった。 いつもの事だけどな。 「じゃああたしが指示するから、キョンあんたは船を動かして。有希は敵が来ないか警戒。いい?」 僅かにうなずいて長門は開いたばかりの本を閉じて立ち上がると、さっそく周りをきょろきょろと見回し始めた。 「有希もやる気ね!じゃあしゅっぱーつ!」 さっそく規則的に辺りを見回す長門が、俺にはイージス艦のレーダーに見える。 実際、索敵範囲はイージス艦級かもしれんが。 言われるままにヤシの木に力を入れて、みくるちゃん号は再び大海原へと進み始めた 「まずは北北西に進んで、指示があるまでずっとよ」 へいへい。 長門のペンダントを木の板に乗せ、地面に掘った穴に海水を満たした上にそれを浮かべただけのお手製簡易方位磁石を 見ながら、俺はなんとなく北北西であろう方向へヤシの木を押す方向を変えた。 快適なスピードでみくるちゃん号は進んでいき、振り返って見ると朝比奈さんと古泉を残した島はどんどん小さくなっていく。 そういえば、朝比奈さんは何故残ると言い出したんだろう? 向日葵の種を分けてください~などという、朝比奈さんらしいファンシーな理由だろうか? それならその場で言えばいいんだろうし、わざわざ残る必要なんてない。 そもそもゲームの登場人物にそんな質問に答える知識はないだろうし、何を聞いても「空気の実は真ん中のヤシの木に なっている」と答える気がするな。 視線を前に戻すと周囲を見回している宇宙人の姿が目に入る。 長門。 こいつはこいつであれからずっと、健気にレーダーとしての任務を忠実に繰り返している。 疲れたら休んでもいいぞ。 俺がそう話しかけても左右を規則的に見回し続け。 「大丈夫」 そう答える一瞬止まっただけで、また索敵に戻ったようだ。 そっか。 朝比奈さん一人居ないだけで、みくるちゃん号は一気に味気なく感じるから不思議だな。 ヤシの木までどことなく寂しそうにすら見える。 まったく、彼女の存在がいかに大きい物かを再認識させられてしまうね。 「あれね」 地図を畳みながらハルヒがそう言った時、俺にも一本だけ長いヤシの木が立つ小さな島が見えてきた。 この辺りには小さな島がやたらと多いので普通に探したら大変だっただろう、どうやらハルヒのナビは優秀だったようだ。 そろそろ島に接岸するところになって、 「私一人でよさそうね……船を止めて待ってて。取ってくるから」 そう言い残しハルヒはまるで新大陸を発見したコロンブスのように一人で島に乗り込んでいった。 まあ、コロンブスなんて名前しか覚えてないがなんとなく、だ。勢いよく走り出したって事が伝わればそれでいい。 等とどうでもいい事を考えているうちに、ハルヒは木の根元に辿り着いた。 そのままさっきみたいに木登りを始めるかと思ったが、一旦立ち止まる。 遠くから見た時にはわからなかったが、木の太さはハルヒの体よりも一回り近く太いようだ。 上の方は細くはなっているが、いくらハルヒでもこれは道具無しじゃ無理だろう。 長門、船を見ててくれ。 うなずく長門を残して、俺も島にあがった。 「あ、キョン。ちょ~どいいところに」 俺の気配に気づいたハルヒが嫌に微笑んでいる。……肩車で届く距離とも思えないがどうするつもりだ? これは道具がいるな。 俺も真下に立って見上げてみたが、木の高さは低く見積もっても軽く10メートル以上はあるように見える。 「そうね」 意外にもハルヒはあっさりうなずくではないか? 表情にこそ出さなかったが俺は驚いていた。 こいつなら「そんな回り道してる時間はないわ!キョン、気合で取ってきなさい!」とでも言いそうな気がしていたんだが。 もしかして古泉が言っていた異常事態っていうのは、ハルヒが一般人化しているということなのか? 大歓迎だぞ? 「キョン、ちょっと木の真下で木の方を向いて立ってて」 ハルヒはそれだけ言って木から離れていく、俺の身長で高さを計るのか? 俺の身長は知ってるか? まあ、多少の誤差はどうでもいいんだろうけど。 「大丈夫よ、じゃあ行くわね」 はいはい、別に計るのに合図はいらないと思うんだが。 嫌な予感を感じる時間すらない。 俺の腰に突然かかった衝撃と荷重に崩れる間もなく、続いて俺の肩を踏みつけてハルヒは一気にヤシの木の上部に 飛び上がった。 頭上で、ガスッ! という音を聞いて肩をさすりつつ見上げると 「見るな!」 上空から降ってきたハルヒの靴が俺の視界を塞いだ。 顔を塞ぐ前に見えた物については不可抗力だ! 決して意図して見上げたわけではない! っていうか事前に説明しろよ! それとお前がスカートで木に登ったりするからいけないんだ! 朝比奈さんがここに居ない事に俺は少しだけ感謝した。 ……結果的に偶然視界に入っただけとはいえ、多少の罪悪感もある。 俺は間違ってもハルヒが視界に入らないように注意しつつ、念の為ヤシの木から靴を投げても届かないくらいに離れてから 振り向いた。 ヤシの木に突きたてたレイピアにハルヒはぶら下がって足だけで靴を脱いでいた、そのまま靴下も脱ぎ終えると器用に レイピアから幹に移動してするすると登っていく。 この島の原住民でもそこまで器用じゃないと思うぞ? ここは無人島っぽいが。 「キョン! これ!」 一番上まで登りきったハルヒが、何か果実のような物を投げてきた。 足元に落ちたそれは不思議な形の木の実で、皮はとても堅くこのままではとても食用にはできそうもない。 「空気の実ってそれかな?ちょっと試してみてー」 わかった! 確か空気の実なら海水に浸せば酸素を出すんだよな?とりあえず俺はみくるちゃん号に戻ることにした。 戻ってみるとあいかわらず長門はみくるちゃん号の上で一人ぽつんと立って、左右を見回しながら索敵中だった。 俺が視界に入っても何の反応もない。もしかしたら近づく前に索敵されていたのかもしれない。 疲れないか? なんとなく返答は予想できるんだが聞いてみると、 「大丈夫」 こいつは言われたら断わる事を知らないからな。 本を読んでいてもいいんだぞ? 提案してみたらどうなるんだろうか? そう思って言ってみたのだが……。 長門は一旦止まると木の根元に置いていた本を拾い、今度は本を読みながら左右に体を振り始めた。 よけい疲れないか? 「大丈夫」 本を見ていたら警戒にならない気がするが、まあいい。 ハルヒを木の上に残してきた事を思い出した俺は、さっそく例の実を海水に浸してみた。 それはもう泡が出るとかそんなレベルではない、海面を押し下げる程の勢いで実から空気が噴出しているようだった。 まるで抵抗はないくせに風船を水中に無理やり入れているみたいに海面が凹んでいる、何せ実を持つ手が濡れていない。 あきらかに物理法則を無視している気がしなくもないが、長門に聞いても俺が理解できるようには説明してもらえないだろうから 聞くまでもないだろう。 俺にわかるのはこれが空気の実に間違いないって事と、早く戻らないとハルヒが怒り出すって事だけだ。 ――念の為、ありったけの空気の実を収穫した俺達はさっそく老人の島に戻った。 船を操縦していると老人の島の上で手を振る朝比奈さんの姿が見えてきた。 隣に立つにやけ顔の古泉も見えてきたがそれはどうでもいい。 「おかえりなさい!どうでした?」 「ふふ~ん、これよ!」 ハルヒは自慢げに空気の実の小山を見せびらかす。 「これで海底の城に行く準備はできましたね」 古泉とハルヒはさっそく地図の上で海底の城がありそうな場所を探しはじめた。 それなら長門に聞けばいい……とは流石に言えない。が、もし見つかりそうになかったらこっそり聞くことにしよう。 そんな事よりもだ。 朝比奈さん。 「はい、なんですか?」 空気の実を手にとって、まじまじと見ている朝比奈さんにこっそり聞いてみる事にした。 あの老人に用って、いったい何だったんですか? 軽く聞いたつもりだったのだが、意外にも朝比奈さんは表情を曇らせてしまった。 突然の事にフォローする言葉を考えてみたが思いつかないでいると、 「キョン君には伝えておいた方がいいのかも……。あの、涼宮さんには内緒にしてくださいね?」 手で口元を隠しながら朝比奈さんが寄ってくる。 背伸びしても俺の耳までは届かないようなので少ししゃがむと、朝比奈さんは小さな声で 「あの……この世界ってゲームじゃなくて、本当に存在する別の世界みたいなんです」 ……驚くべきなんだろうな、ここは。 「その、急にこんなこと言われても困っちゃうでしょうけど……本当なんです」 深刻そうな顔でそう続ける朝比奈さん。 うわ~そうだったんですか! 驚きですね! とでも言うべきなのかもしれないが、嘘はいつかばれるものだろう。 朝比奈さんなら騙しとおせる気もしなくはないが、つかなくていい嘘はつくべきではない。多分。 先に言いますね、ごめんなさい。 「え?」 最初の白い場所に来た時に気づいてました。 鳩が豆鉄砲をくらった顔ってのは多分こんな感じなんだろう。 朝比奈さん、ぽかーんと口を開けたまま固まっているその顔も可愛いですよ? 作戦会議の結果、地図の配置からすると現在地の北西には重要な物がないので怪しいという結論に至ったらしい。 長門にこれは正解のルートなのか? と、そっと視線を送ってみたが特に反応は無かった。 「それじゃあ海底城目指して出発!」 ハルヒのいつもの号令でみくるちゃん号は大海原を進み出した。 目的の海域まではさっきの真ん中のヤシの木に移動した距離の2倍程、時間で言えば10分程で到着するはずだ。 それにしても本当にどうやって動いてるんだろうな、この島。長門なら普通に知っていそうだな、後で聞いてみよう。 ハルヒの指示で古泉が操船、長門がまた警戒に指名されたので 警戒は俺が変わるよ、ずっとじゃ大変だろうし。 と、立候補した。イージス艦から一般人まで警戒レベルは落ちるが、こんな小さな島を狙って何か来るとは思えないしな。 「じゃあキョンでいいわ。さぼらないで見張ってなさい」 へいへい。 船の先頭はハルヒの定位置になっているから俺は後方を見ていればいいだろう、俺は島の最後尾に座ってのんびり と海を眺める事にした。 忙しい毎日を過ごしているとのんびり海でも眺めていたくなるって言うが、あれは日常に戻れる保障がある時にしか 当てはまらないもんだな。 現実世界に戻れるかどうかわからない今の俺には、海を見て癒されるだけの精神的余裕は無いらしい。 「キョン君」 みくるちゃん号の動く音で気がつかなかったが、俺の隣に朝比奈さんが来ていた。 朝比奈さんはいつもの笑顔でそっと俺の隣に座る。 こっそりとこの世界の秘密を教えてくれた後、すでに俺がその事を知っていたのを聞いてしばらくの間怒った顔をして いたのだが、どうやらご機嫌は治ったらしい。 いつも優しい朝比奈さんの怒った顔というのは中々見られるものではなく、こっそりと脳内に焼き付けておいたのは秘密だ。 すみませんでした、ずっと黙っていて。 「いえ、いいんです。もしも最初に聞いてたら私パニックになっちゃっただろうから」 確かに。 そのままハルヒにもバレてしまったらどうなっていたかと思うと……。 実際どうなったんだろうな? 思い出したくも無いが、あの時と同じならば異世界に放り込まれたハルヒはやはり大人しくなるのだろうか? まあ、リスクが大きすぎて試してみる気にはなれないが。 ハルヒだけはまだ気づいてないみたいです。あいつに気づかれるとどうなってしまうか誰にもわからないですから、秘密に しておきましょう。 「わかりました」 あ、そういえば。どうして気づいたんですか?これがゲームじゃないって事に。 「あのお爺さんの時間軸が……えっと禁則事項に関わるので詳しくは言えないですけど、あのお爺さんは私達と同じだったんです」 爺さんが俺達と同じ? 朝比奈さんは真剣な表情でうなずく。 「お爺さんも違う世界、それが私達の居た世界とは違うかもしれませんが、少なくともこのゲームの世界の存在ではなかったんです。 他の町の人やモンスターは時間の流れが無いデータ上の存在でした。でもお爺さんにはちゃんと時間の流れが存在していたんです」 なんというか未来人らしい判断理由だな。 えっと、つまりあの爺さんは俺達みたいにこの世界に迷い込んでしまっている……って事ですか? 「はい。TPDDの反応が……っとその」 朝比奈さんが不自然に話を止めるってことは、 禁則事項なんですね? 「はい、すみません」 大体わかりましたから大丈夫ですよ。 っていうかそもそも、大体わかってしまう事自体は問題じゃないんだろうか? もしかしたら、他にもこの世界に迷い込んでいる人が居るのかもしれませんね。 それが事実だったら大変だな。 俺達はハルヒの暴走で不思議体験に巻き込まれる事に慣れてしまっているからいいが、普通の人がこんな世界に取り残され たら発狂するんじゃないか? 「あ、いけない……あんまり一緒に居ちゃダメなんでした!」 朝比奈さんは慌てて立ち上がりハルヒの様子を伺っている。 どうやら目的地探しに一生懸命でこちらには気づいていないみたいだ。 あの、何があるんですか? 「え?」 何度か朝比奈さんに言われてますけど、俺と朝比奈さんが一緒に居ると何か起こるんですか? 貴女にはまだ言ってませんが、大きい朝比奈さんにも何度か同じ事を言われてるんです。 俺とハルヒをしばらく見比べてから朝比奈さんはにっこり笑って、 「隠し事してた人には内緒です」 と言いながら離れて行ってしまった。 ……大きい朝比奈さんも秘密にしてるって事は、もしかして永久に秘密ってことなのか? ん、なんか速度が上がったような気がする。 一定の速さで進んでいたみくるちゃん号だが、少しずつだが速度が上がっているような気がする。 そんな急がなくてももうすぐ目的地に着く頃だと思うんだが。 古泉、スピードを落とせ。 あいつが海に落ちる事はないだろうが、これ以上あいつのテンションがあがるのは困る。 「……そうしているつもりなんですが……すみません、手を貸してください」 珍しく真剣な声で話す古泉に驚いて振り向いてみると、古泉は進行方向とは反対にヤシの木を倒していた。 それなのにみくるちゃん号は意図せぬ方向にますます加速して進んでいく。 急いで立ち上がり俺もヤシの木に力を加えたが、島は減速するどころかどんどん加速していく。 何だ? 舵が壊れてしまったのか? 「みなさん、この木に捕まってください!」 古泉が叫んだ時、俺達がどこに向かっているのかがようやくわかった。 進行方向に見える大きな渦に向かってみくるちゃん号はどんどん引き寄せられていっている。どうする?長門に頼んでみるか? そう考えてみたが長門もヤシの木を掴んでいた、片手は本を開いたままだったが。 こいつが冷静って事は危険はない……そうだよな? な? 恐怖のあまり震えている朝比奈さんを抱きしめるハルヒ、ヤシの木を倒し最後の抵抗を試みる俺と古泉。 ヤシの木に片手を触れただけの長門を乗せたみくるちゃん号は大きな渦の中を回りながら加速していく。 渦の外周を勢いよく回りだした中で何故かのんびりと本のページをめくる長門の姿が見えた気がした。 いよいよ渦の中心に飲み込まれようとした時、俺達に降りかかろうとする海水の壁は……。 ――いつまで経っても一定の距離から近寄る事無く、みくるちゃん号は巨大な泡に包まれたまま海底に沈んでいった。 「……わ……わー! 凄い! 凄い! 凄いです!」 その光景に最初に歓声をあげたのは、一番怖がっていた朝比奈さんだった。 ハルヒと古泉は幻想的な海中の風景に言葉をなくしたまま立っている。長門は相変わらず読書中だ。 俺? 俺はあれだ。ヤシの木にもたれて休憩中だ。決して腰が抜けて立てないわけじゃないぞ? 巨大な空気の泡に包まれたみくるちゃん号は、ゆっくりと海底目指して沈み続けている。 遥か上空、いや海上には太陽に照らされた海面が薄っすらと見えていて、さっきまでの渦の恐怖がまるで夢だったかのようだ。 ハルヒも今は島の中央に立っている、ここで落ちたりしたら戻る事はできそうにないのは自覚しているらしい。 俺もようやく立ち上がり、今更だが海中観察に参加する事にした。 海面からの光は徐々に弱くなり、遠くの方は暗く見えずらくなっている。 その間もゆっくりと沈み続けていたみくるちゃん号だが、そのスピードはどんどん遅くなっていきついには殆ど止まってしまった。 「あ、あれ?どうしたんでしょう?」 「変ね、さっきまではちゃんと沈んでたのに」 僅かな間だが、一瞬完全にみくるちゃん号が止まってしまった。 何かをめくる音がして、その後何事もなかったのように再び沈み始める。 一斉に俺達が振り向いてみると、長門がさっきまでと同じようにヤシの木の根元に座って本を読んでいる。 いつもと違ったのは、長門の片手は常にヤシの木に添えられていて、本をめくるときだけヤシの木から離していた。 長門の手が木から離れるたび、みくるちゃん号は僅かに揺れて沈む速度を落としている。 木に触れている間だけ沈むって事なのか? 試しに俺も木に触ってみたが、特に速度に変化はなかった。 「違うようですね、何か特別な条件があるんでしょうか」 「有希じゃないとダメなのかな?」 長門は別に特別な事をしているようには見えないんだけどな。 もしも長門が船を潜行させてくれているのなら、ここで停止する意味がわからない。もしかして何かイベントが起こるとかなのか? 直接聞くわけにもいかないのでじっと長門の様子を伺ってみたが、片手で不自由そうに読書を続けているようにしか 見えなかった。 誰かが服をひっぱる感覚に振り向くと、朝比奈さんが白い顔で俺の服を掴んでいた。 「どうしました?」 ぱくぱくと口を動かしながら震える指で朝比奈さんが指差す先には、 ……うそだろ? そこには信じられないほどに巨大な魚がこちらに向かって泳いでくるのが見えていた。 遠近法ってやつで大きく見えるだけだと思いたいが、残念ながら俺の頭脳はそこまで楽観的にはできていないらしい。 例えるとしたら、滑走路に立っていたら1k程先から飛行機がこちらに向かって加速してくるのが見えた、そんな感じだ。 たまたま進行方向がこっちに向いている、と考えてしまいたいがそうではないだろう。 まだかなりの距離があるにもかかわらず魚の姿は異様な程大きく見える。 実際のサイズをどんなに過小評価しても、みくるちゃん号など俺達ごと一口で飲み込まれてしまうに違いない。 鯨かな……鯨にしては縦に細長いよなって魚の種類はどうでもいいっ! とにかく逃げないと俺達は餌として食べられるの だけは確かだ。 急いで海上と同じようにヤシの木を倒してみると、海の中をふわふわと進み始めた。 「古泉君、迎撃してみて!」 ハルヒは古泉と代わってヤシの木を押しながら指示を出す、朝比奈さんと長門――本を読みながら――も一緒になって 押しているが魚が迫る速度には到底及ばない。 ぎりぎりで避けようにも速度が全然足りないぞ? 「……だめみたいですね」 古泉の赤い玉は魚に向かって正確に飛んで行ったが、特に変化は無くダメージを与えられたようには見えない。 俺達の中で古泉以外に遠距離で戦えるのは朝比奈さんくらいだが、古泉の赤い玉程の威力はないし海中で弓は殆ど意味が ないだろう。 だからといって接近戦ができる相手じゃないぞ? どうみても。 「どど、どうしましょう?」 やはり朝比奈さんには期待してはいけないようだな。 すがりついて聞かれると男らしく答えたい所なんですが、どうしたらいいかはむしろ俺が聞きたいです。 みくるちゃん号の移動速度は海中ではそれ程出ないようだ、まさか巨大な魚に食べられるのもストーリーの内なのか? ピノキオみたいな展開なのか? 間違ったら確実にゲームオーバーだぞ? 断言しよう、今ほどゲームの攻略サイトを見たいと願った事はない。 「なんとか目くらましをしてみます!」 古泉が両手を上に伸ばして赤い玉を作り出す。 それは見ている間に古泉の頭上でどんどん巨大化していき、みくるちゃん号を包む泡よりも大きく膨らんだ所で止まった。 古泉がそっと手を前に降ろすと、玉はそれに従い魚の進路を塞ぐ位置で静止する。 そいつをぶつけるのか? 「それで倒せるのでしたらそうしたいところですが……残念ながら巨大化させても威力は変わりませんし、こうすると殆ど操作 できないんです。ですから僕には魚の視界を塞ぐ事しかできません。ですがそうしたところでこのままでは」 玉ごと俺達も一緒に食べられたらそれまで。 「その通りです。僕は玉を維持しなくてはいけません、皆さんでなんとか逃げる方法を考えてください」 古泉の表情は一見いつもの営業スマイルなのだが、そこにいつもの余裕がないのが感じられてしまった自分が嫌だ。 「わかったわ、任せておいて!」 ハルヒが満面の笑顔で自分の胸を叩く。 魚がここまで来るのにそんなに時間は無いぞ? 無駄に自信いっぱいで請け負っているが何か考えがあるのか? どうするつもりだ? ハルヒはヤシの木の根元、長門の隣に積まれた空気の実を一つ手に取った。 「この空気の実が多過ぎるから沈む速度が遅いと思うの、だからあの魚が迫ってきた所でこの実を捨てちゃえば みくるちゃん号は一気に沈んで逃げられると思わない?」 なるほど、確かに効果はありそうだな。でもな? それで助かったとして、今より浮力を減らしてどうやって海上に戻るんだ? 「それはそれよ、いざとなれば泳げばいいじゃない。いい? 緊急事態では現状を生き残るのが最優先なの! 緊急避難なら 自分の命を守るって名目だけあればどんな罪でも許されるの! 後悔は後で悔やむから後悔なの! 助かった後の事は 助かった後に考えればいいのよ!」 わかったようでわからない説明だ。ハルヒはといえば早く自分のアイデアを試したいのか、うずうずしている。 しかし他に何かいいアイデアがあるわけでもないな。 わかった、タイミングが勝負だぞ? 「それは任せて、このあたしが最高のタイミングを指示してあげるわ!」 俺と朝比奈さん、今回ばかりは読書をやめて手伝う長門の3人は両手いっぱいに空気の実を抱えてハルヒの合図を待った。 念の為に残した空気の実は5つ。最悪の場合には一つずつ持って海に逃げる為だ。 「だ、大丈夫ですよね?うまくいきますよね?」 不安で脅える朝比奈さんの手は震えている。 大丈夫ですよ、なんとかなりますよ。 何の力も無い一般高校生の俺には、不祥事が発覚した政治家の参考人招致の如く適当な事しか言えない。 が、それで朝比奈さんの不安が僅かでも解消されるのであればいくらでも適当な事を言い続けよう。 長門はいつものように無表情だった。 何か緊張をほぐすような事を言おうかと思ったが、思いつかないしそれ以前に緊張していないだろうから必要も無い だろうな。 「みんな構えて!」 いよいよ時間もないらしい、空気の実を持つ手が汗ばむのがわかる。 迫ってきた巨大な魚は、すでに古泉の巨大な赤い玉よりも大きくなっていた。 空気の実を投げてすぐに効果が出るかはわからない、ここはハルヒの悪運にかけるしかないな。 俺達の視線を一身に受け続けているハルヒが、 「今よ!」 自分も空気の実を投げながら叫んだ。ハルヒの声にあわせて俺達も空気の実を海中へと投げる。 海水に穴を開けるように空気の実が進んでいくと、みくるちゃん号を包む泡が目に見えて小さくなった。 「嘘」 ……嘘だろ? 「そんな」 「……」 最後の沈黙は長門。 変化はただそれだけだった。 島を包む泡が小さくなっただけで、浮島は下降することなく海中で静止している。 流石の古泉も青い表情でこちらを振り向いて固まっていた。時間が無いのを思い出したのか、古泉が再び両手を 赤い玉へと向ける。 「ふんもっふ!」 気合を込めて両手を突き出す古泉に押されるように、巨大な赤い玉は魚に向かって進んでいく……が、その速度は あまりに遅くてとても巨大な魚を退治する様な効果があるとは思えない。 このまま玉ごと俺達は飲み込まれておしまい……そんなバットエンドが頭をよぎる。 神様! もう二度とバットエンドのCG回収なんてしません! などという悠長な事をしている場合じゃない、神様よりも長門様だ! 長門はどうしてる? SOS団の秘密兵器は空気の実を投げた体勢のまま、無表情で立っていた。 嘘だろ? こいつにも予想外の事態だとでもいうのか? 魚がいよいよ目前に迫り、その巨大な口を開いた時 「きゃー!」 みくるちゃん号はまるで生きているかのように急速に下降を始めた! 間一髪ってのはこの事だろう。 ぎりぎりの所で回避は間に合い、みくるちゃん号は魚の通り過ぎる勢いで多少島は揺れたもののそのまま急速に 沈み続けていく。 獲物を食べ損ねた魚はすぐに旋回してこちらに向かってこようとしたが、 「どうやら……助かったようですね」 みたいだな。 魚は潜行できずにどんどん海上へと浮き上がっていっている。 よく見ると俺達が投げた空気の実をいくつか飲み込んでしまったのか、腹部が異常に膨れあがっていた。 全部偶然か? それともイベントだったのか? 「よかった……私たち助かったんですね」 半泣き、というか本気で泣いている朝比奈さんがしがみついていたヤシの木からよろよろと立ち上がった。 その途端にみくるちゃん号の下降が止まる。 「え? え?」 あまりのタイミングのよさにみんなの視線が朝比奈さんに集まる。 「わ、私何もしてないです。怖くてヤシの木にしがみついてただけで……」 「みくるちゃんそれよ!」 ハルヒがいつもの元気を取り戻して朝比奈さんを指差した、というかつきつけた。 思わず悲鳴をあげて、朝比奈さんの視線がつきつけられた指に集まり寄り目になる。 「ヤシの木を掴んで下にひっぱればよかったのよ!」 ハルヒは俺達をかきわけてヤシの木に近づくと、木の幹を掴んで下に引っ張るようにしゃがみこんだ。 その動きに合わせるようにみくるちゃん号は下降を始める。 「なるほど!長門さんが手を添えて読書をしていた時も腕の重さで僅かですか加重がかかっていたから、島は沈み続けて いたという事ですね」 俺が試した時は木に触っただけだからダメだったって事か。 「ナイスよ、みくるちゃん! 船に貴女の名前を付けて大正解だったわ!」 「え……あ、そんな」 ハルヒと古泉の説明を聞いてもいまいちわからなかったようで、朝比奈さんは表情に疑問符を混ぜたまま微笑んでいる。 「ただいまをもってみくるちゃんをSOS団、団員から団長補佐に大抜擢するわ! 2階級特進よ! これは栄誉な事よ? 町内や親戚中だけでなく末代まで語り継がれるに違いないんだからね?」 お前の補佐が昇進って新手のいじめかよ、2階級って事は団長補佐は副団長より上もしくはそれ以外の階級がある事に なるのか? ……まあ突っ込むのはやめておこう、なんだか面倒ごとが増える気がする。 あ、朝比奈さんの末代となるといったい何十年先の話になるんだろうな。 一人で盛り上がるハルヒと困った顔の朝比奈さん、適当に相槌を打つ古泉……。 そんないつもの光景の中で、やはりいつものように問題点に気づくのは俺の役目だったらしい。 それは長門の事だ。 さっきの渦といい今回の魚といい、本当に危険だったのにも関わらず長門は何もしないでいた。 ハルヒの観察が目的だとは聞いているが、こいつは本当の意味での危機にはいつも人外の活躍をあっさりやってのけて くれてきた。 そのおかげで俺の心臓は土に還る事無く今も体内に血液を送り続けてくれている。 でも今の長門はいつものような読書好きの最終兵器って感じじゃない気がするんだが……。 なあ長門。 いつの間にか定位置で読書に戻っていた長門が、俺に僅かだが顔を向ける。そんな仕草はいつも通りなのだが違和感は 消えない。 もしかして、今のお前はいつもみたいに何もかも全部わかっている……ってわけじゃないのか? 「……」 質問の意味がわからないのか、長門は何も答えない。 その、いつもの長門にはどんな異常事態が起きても対処できるって感じの自信があるような気がしてたんだが。 あまりにも無責任な押し付け的発言にしか聞こえないだろう、俺もそう思う。 捨て猫を拾ってしまったとか、テスト前に筆記具を忘れたのに気づいたとか、同じクラスの誰それが好きになってしまった~とか そんな感じの普通の相談であれば俺を頼りにしてもらっても構わない。 しかし、だ。 野良猫が流暢に日本語を喋ったとか、テスト週間に彼氏が閉鎖空間に閉じ込められたとか、同じクラスの委員長に放課後 呼び出され突然命を狙われた~とかそんな感じの相談をされても俺には何も出来ないんだ、すまん。 って俺が謝る事かどうかはわからんが。 しばらく黙ったままだった長門が、読書に戻る間際に呟いた。 「情報統合思念体と限定的にしかコンタクトできない今の私に、貴方の言う危険排除的行為は限定的にしか出来ない」 本に目を戻した長門の表情が悲しそうに見えるのは俺の罪悪感からなのか、本当に長門が悲しいのかは判断できそうにない。 っていうか俺が無茶を言ってるだけで長門が悪いんじゃないしな。 最初の街で不調な事を聞いてはいたけど、まさかそんな深刻な状態だったとは思ってなかったぜ。 命の危険から助かったはずの俺が、この先の事を考えて再び青い顔でしゃがみこんだのは仕方が無い事だ。うん。 「……どうやら見えてきたようですね」 しばらく潜行を続けたみくるちゃん号から、ついに海底が見えてきた。 岩地や珊瑚といった自然の景色の中に、一際目立つ人工物が見える。 海水越しで歪んで見えてはいるが間違えようも無い日本建築、巨大な城が海底にあった。 またあの魚やまだ見ぬ巨大海洋生物が出て来ないとも限らない、俺達は急いで城へと 「待って、あっちに町が見えるわ」 ハルヒが指差す方には僅かな明かりが見えた、海底に明かりを放つような物……くらげとかだったら嫌だな。 「建物も見えるしちゃんとした町みたい、先に武器を揃えましょう」 そうだな、城の情報が聞けるかもしれない。 少しでも情報はあったほうがいいに違いないな、実はさっきの魚がボスなんて事じゃなければいいんだが。 「さっきの魚でも相手に出来るような武器が欲しいわね」 そんな武器がもしもあってもお前にだけは渡さん、俺はそう心に誓いながらみくるちゃん号の進路を町の方へと変更させた。 ――みくるちゃん号を海底の町の入口に止めると、最初に降りたのは予想通りハルヒ、空気の実を掴んだまま島から 飛び降りていった。 空気の実の効果は絶大で、空気の層は大きくハルヒを包みこんでいてどうやら海水に濡れる事はないようだ。 それにしても普通は躊躇うだろ? 恐怖ってもんを幼稚園辺りに置き忘れてきたんじゃないのか? 「みんな早くきなさい!ゲームなんだから大丈夫だって」 ……そうか、こいつはまだここがゲームなんだと思ってたんだったな。 「涼宮さんに不審に思われる前に僕達も続きましょう」 続いて古泉、 「……」 長門、俺と順番に降りて 「あのキョン君、手を貸してもらえますか?」 朝比奈さんが最後に降りて俺達は海底の町へと入っていった。 「有希、またどんな武器がいいか見てくれない?」 ちいさくうなずく長門。 頼むぞ長門、なるべく殺傷能力が低そうな武器を選んでやってくれ。ああでも、敵を倒せないのも困るな。 火力と安全を天秤にかける俺を無視して、 「決まりね、じゃあみんなは情報収集! 私達ですんごい武器を大量に仕入れてきてあげるから期待してなさい! 10分後に ここで集合! 時間厳守だからね?」 別れて行動する事になった、らしい。 ってまさか買うのは武器だけかよ?防具も買えよ! 長門を引っ張って武器屋を探して走っていくハルヒ、あいかわらず俺達の意見は聞く気はないようだ。 っていうか俺はいつまで盾だけ装備してればいいんだろうな。 「では僕は向こうに行ってみます。朝比奈さんは一人じゃ危ないですし、キョン君と一緒に向こうをお願いしますね」 お前がキョン君と呼ぶな!と普段ならそう思うところだが、むしろよく言った古泉! 以心伝心ってやつをちょっと信じそうになったじゃないか。 もしもお前が本気で望んでいるのなら、今度いっちゃんと呼んでやってもいいぞ。 古泉が近くの店に入っていくのを見届けてから じゃあ俺達も行きましょうか。 「はい」 俺達は2人並んで海底の町を歩き始めた。 今までは落ち着いて見る時間も余裕も無かったが、この海底の街では上を見上げれば小魚が群れをなして泳いでいたり、 回りの岩陰には色彩豊かな珊瑚があったりと生涯見ることもないような凄い景色が広がっている。 これがゲームだってわかってても、綺麗な物を綺麗だと思って問題なんてないよな。 「凄く綺麗なところですね~」 そうですね。 まさか朝比奈さんと海底散歩が出来るなんて思ってもみなかったよ、本当。 数時間前までは俺達はごくごく普通に電車に乗って隣町まで移動して、ゲームセンターを楽しみにしてたんだとは 到底思えない展開だ。どっちがよかったかと聞かれたら迷うところだな、これで危険はなく平和に元の世界に戻れるという 確証があるのなら正直悪くない面白さなんだが。 なんとなく会話が途切れて、俺達は無言で歩いていた。 途中、朝比奈さんが立ち止まった事に気づいた俺は、数歩進んでも朝比奈さんが歩き出そうとしないのを見て立ち止まった。 「キョン君、あの「へへへ、線が交わった所だぜ兄ちゃんよ。交わったへへへへー線だぜ。へへ」 朝比奈さんが何か言おうとした瞬間、俺と朝比奈さんの前にふらふらと割り込んできた男はでかい独り言を言って、また ふらふらと立ち去って行ってしまった。 なんだ?今の……。 「なんだったんでしょうか……」 何かのヒントでしょうね、きっと。 それが何の事なのかはまだわからないですけどね。 「え、本当ですか?」 朝比奈さんが嬉しそうに微笑むその顔を見たら、このゲームの製作者は間違いなく泣いて喜びます。 今の内容を覚えておくと、後で役に立つと思いますよ。 「ま、待ってください。えっと、メモを持ってきてたと思うんだけど」 小さな可愛らしいバックからメモとペンを取り出して 「えっと……へへへ……なんでしたっけ?」 そこは覚えてなくていいと思いますよ? でもそこが貴女らしいと思います。 あえて訂正しない事にしよう、後で朝比奈さんがメモを朗読する時が楽しみでもある。 確か、線が交わったところだぜ~だったと思います。 「線の……線の交わった……」 俺が言ううろ覚えなセリフを真剣な顔でメモを取る朝比奈さん。 その様子をなんとなく見ていると、メモのページに色々書かれている文字が見えてしまった。 偶然ですよ、偶然。日付とお弁当の内容なのだろうか?色んな料理の名前が書かれている。 あれ? 俺の名前が書いてあるような……。 何が書いてあるのか確認しようと少し顔を寄せると 「あ」 俺の視線に気づいた朝比奈さんが急いでメモをしまってしまう、その表情は怒るというより驚いているといった感じだ。 「見、みミ」 う、これは隠しても仕方ないよな。 少しだけ。 指で小さいというジェスチャーをしながら俺は素直に謝る事にした。 さらにショックを受けた朝比奈さんは後ろを向いて、そのページに何が書いてあったのか確認している。 そのまま10秒ほど固まっていたが 「な、何行目まで見ちゃいました?」 後ろを向いたまま泣きそうな声で聞いてきた。よく見ると肩が小刻みに震えている。 えっと、そこまで詳しくは覚えてないんですが……ここは少なめに伝えた方がよさそうだな。 すみません、ベーコンとポテトのオムレツってとこだけです。 確かページの一番上にはそう書いてあったはずだ。 「よ……よかったぁ……」 まるで携帯電話を洗濯してしまったと思ったら洗濯機の裏に落ちていた、くらいの安堵感を感じさせる声を出しながら 朝比奈さんは振り向いた。 すみませんでした。 何故そこまでショックを受けているのかわからないが、きっと未来人独特の理由があるんだろうな、多分。 「あ、いえ私が悪いんです。もっと注意深く行動しないとダメって何度も言われてるんですけど」 困った顔で笑っているが、朝比奈さんにそんなダメ出しをしているというのはいったい誰なんだろう? そのメモ内容って禁則事項だらけなんですか? 「あ、そうでもないんですけどそうなんです」 すみません、長門や古泉の説明くらい意味がわかりません。 「えっと、これは本当にただのメモです。でも私は過去の情報を全てじゃないですけど知っているので、万一の事を考えて 過去の歴史を変えてしまわないようにメモとか私的な文章はその時代の人に見せちゃいけないって事になってるんです」 なるほど、意識して書いた文章ではなくても歴史を変えてしまう事があるかもしれないからか……。 でも待てよ? 以前、夏休みの宿題の時に見せてもらった朝比奈さんのノートって、色んなメモがそこら中に書いてあったと思うん です……って朝比奈さん? 突然、顔面蒼白になりついには声を上げて泣き始めた朝比奈さんをあやしていると 「キョン……あんたまさか……」 純度150%、明確な殺意がこもったハルヒの声が俺の背後から聞こえてきた。 100%よりも50%多いのはまず半殺し、その後殺害するという意志の表れだとかなんとか。 恐る恐る振り向いて見ると、長門を連れたハルヒが大きな袋から何かを取り出そうとしているのが見える。 それにしても最初から見張っていたかのようなタイミングだな。 これが偶然だと言いはるのであれば、さっきの魚を回避できた時よりも偶然なのかを疑うね。 「涼宮さん違うんです! 全部私が悪いんです!」 真っ赤に目を腫らして涙声で朝比奈さんが謝っても効果があるはずもなく、むしろ逆効果だった。 ハルヒは仕入れたての武器を構えて俺を再び睨んでいる。 右手に持ってるそれは青竜刀ってやつか? 叩き切るのを目的としたような無骨なデザインだな。それだけでも十分に 危険なのだが、反対の手に持ってるのは凶悪さではさらに上を行っている。 黒く光る金属の塊、アメリカさんの娯楽映画でよくみかけるそれは…… ま、待て落ち着け! ハルヒ、まずはその物騒なマシンガンを降ろせ! 銃は剣より強し、って誰の名言だったっけな? その中に盾を混ぜても銃より上になるとは思えない。 「サブマシンガンよ!」 名前なんてどうでもいい! その後、圧倒的な火力の前に無実にも関わらず無条件降伏させられた俺は、やっと泣き止んだ朝比奈さんのたどたどしい 嘘によって無事開放された。 その間には情報収集を終えた古泉も戻ってきていたのだが、当然援護に入るわけでもなくのんびり微笑んでいやがる。 お前、まさかこうなる事を最初から予測していたのか? 長門はと言えば、ハルヒから「調整する」と言ってサブマシンガンを受け取り、まるで長年愛用してきた私物であるかのように 手早く分解して整備している。 もしかしてこれは万一にでも俺が射殺されてしまわないようという長門なりのフォローだったのかもしれないな。ありがとう長門。 ――かくして刑は宣告される。 「理由がなんだろうと女の子を泣かせたんだから罪は罪よ! ゲームが終わるまで荷物持ち、いいわね!」 武装を充実させたハルヒはその実力を試したくて仕方が無いらしく、 「さあ! 青龍をやっつけに行くわよ!」 ある意味、目的に相応しい名前である青竜刀をぶんぶんと振り回しながら先頭を歩いている。 黒光りする金属の塊、サブマシンガンはどう考えても似合わない朝比奈さんに渡された。 「みくるちゃん、今度キョンが変な事したら撃っちゃっていいからね。あたしが許可するわ!」 などと言ってハルヒが押し付けたのだ。 古泉と長門は相変わらず装備無し。 俺には新装備が支給された――予想通りまた盾だったよ。 ああ、それと俺には大量の荷物が追加された。それは大きな袋に入っているのだが、長門のおかげらしく殆ど重量を感じない。 中身はジュースやお菓子、後はサブマシンガンの弾なんかが入っているらしい。 ハルヒ。一応言っておくが、目的は青龍が大事にしている赤い宝玉を手に入れる事だからな? それもイベント的に見て重要そうだから、だというだけの盗賊まがいの理由で探しているんだが。 「そんなのついでよ、宝探しもいいけどボスを倒すほうが楽しいに決まってるじゃない。ドラゴン殺しよ? ドラゴン殺し!」 どうやらこいつに戦闘を回避するという発想は無いようだ、青龍ってのが戦うのを躊躇うような友好的な奴じゃないといいが。 町で聞いた内容をまとめると、青龍は赤い宝玉を大事に守っている。 竜王ってのは地上で隠居していて青い宝玉を持っていたらしい。 どうやらその二つがイベントアイテムらしく、例の「線の交わった所」というヒントは今のところ何の事かわからない。 と、こんな所だ。 空気の実のおかげで海底を歩く事ができる俺達は、何事もなく海底の城に辿り着いた。 ――城の門は開いたままで門番の姿はなく、門の上には 「竜宮城……ですか」 乙姫様でも居るのか? 年代を感じさせる木の看板に、達筆な文字で竜宮城と書かれていた。 城の名前を見て色々考えている俺と古泉を無視して、ハルヒはさっそく城の中へと入っていく。 「鯛やヒラメはみんなまとめて活造りにしてあげるわ!」 せめて踊らせてやれ。 城の中は外見とは違って質素な造りだった。考えてみれば海中にあるんだから調度品があっても流れていってしまうもんな。 迷路らしい迷路もなく、単純な通路を進んでいくと 「……卵?」 巨大な人間ほどの大きさの卵が並んでいる部屋に出た、大きな広間を横切るように一列に並んで卵が置かれている。 「奥にも部屋があるようですよ」 同じような部屋が奥にもあり、そこにも卵が一列に並んでいた。さっきの部屋と違うのは卵の並びが縦に並んでいる事 だけのようだ。 その奥にも部屋があったのだが 「うわぁ……」 その先の部屋は床一面に卵が並べられていた。 全部で100個以上はあるだろう、まさかこの中から宝玉を捜すって事なのか? 「ねえキョン、これって割っていいの?」 ぺしぺしと卵を叩きながらハルヒが怖い事を言い出す。 それはまずいだろ。 ゲームの中とはいえ無用な殺生はしないほうがいいに違いない。 なんとか割らずに済む方法はないだろうか? と考えていると――ピシッ――ハルヒが触っていた卵が突然音を立てて 亀裂が入った! 驚いて距離を取った俺達が見たのは、卵の中から這い出してくるヤドカリもどきだった。 何がモドキかと言えば 「この辺りの海は生態系そのものが巨大化しているのかもしれませんね」 何をのんきな事を? でかかったのだ、単純にサイズが。流石にあの魚程ではなく大型犬サイズなのだがそれでも十分に怖い。 しかしハルヒはそう思わなかったらしく、躊躇う事無く青竜刀を叩きつけやがった。 あっさりと貝は真っ二つに割れて宿を失ったヤドカリは逃走していく。 「雑魚の相手をしてる時間はないわ。これからどうすればいいのかしら」 あれが雑魚なのかよ。 あまりに一瞬の出来事だったが、正直俺ではあのヤドカリにも勝てないのは間違いない。 「全部の卵を確かめていたら大変ですね、今までの情報の中で何かヒントがあるはずです。聞き逃してしまっているのなら、 一度町まで戻らないといけませんが」 「あ、ヒントなら!えっと……」 朝比奈さんがメモを取り出して、さっきの事を思い出したのか慌ててメモ隠しながらこそこそとページをめくる。 そんな怪しい動作をするとですね? 「みくるちゃ~ん、何か見せられないような事を書いてるのかな~?」 声色は優しいが、絶対に中身を見てやるという意思を感じさせる声をかけながらハルヒが朝比奈さんに近寄っていく。 俺の予想通り、最悪の人物に興味をもたれてしまったようだ。 「あ、ありました! ヒントは、へへへ、線が交わった所だぜ兄ちゃんよ。交わったへへへへー線だぜ。へへ……です!」 「そんな事はどうでもいいの」 いいのか。 あっさりとヒントを無視されて驚く朝比奈さんは、自分が獲物に選ばれている事に今更ながら気がついたようだ。 「団長補佐たる者、団長に対して隠し事を持ってはいけないわね」 ああ、あれはもう謎解きの事は記憶の片隅にも残っていない目だ。 絶望的な表情を浮かべて逃げ場を探す小動物のような朝比奈さんを、大型肉食獣さながらの威圧感でじわじわと追い つめるハルヒを見ながら、 「こう見えて謎解きには少し自信があるんですよ」 任せた。 俺達は先にゲームを進める事にした。 線……っていうとなんだろうな。ただの石造りの大部屋には卵があるだけで、床に線が書いてあるわけでもないようだ。 「もしかして卵の下に線が書いてあるのかもしれませんよ?」 なるほど、ありそうだな。 俺はハルヒが結果的に割ってしまった卵のかけらを避けてみた、が。 何もないな。 殻の下には他の床と特に変わりはなかった。 長門は謎解きって得意なのか? 長門ならナンプレやピクロスなんてノータイムで埋めそうな気がするんだが。 しかし意外にも長門は首を横に振った。それこそノータイムで。 そのまま長門は何も喋らなかったので仕方なく そ、そうか。 と俺が言う事になったようだ。 「人の心はかくも複雑である、という事なんでしょう」 古泉は無責任にわかったような事を言っているが、案外それが正解なのかもしれない。 と、なるとだ……もしかしてこの卵そのものが線って事か? 「素晴らしいです、きっとそれが正解ですね!」 古泉がわざとらしい拍手をしながら歓声をあげる。 お前、実は全部わかってて言わなかったんじゃないよな? 今更だが、これが全部お前達の機関の仕業だというなら俺は喜ぶぞ?もう十分に楽しんだ、今からでも現実世界に帰してくれ。 「卵の大きさからすると……横の軸をA、縦の列を1とするならば……縦は2いや3ですかね……」 残念ながら古泉からネタばらしの告白はなく、俺達は目的の卵探しを淡々と続けた。 ああ、朝比奈さんはハルヒにあっさりと捕まって、今は床を転がりながらメモの争奪戦が行われている。 すみません朝比奈さん、あいつの興味をメモからゲームに戻すには俺達が頑張るしかないんです。 しばらく耐えていてください。 ――数分後。 「これが目的の卵のようですね」 古泉がそう言って選んだ卵は、他の卵と見た目では何も変わらなかった。 「じゃあ俺が触るから、お前はヤドカリだった時の為に攻撃準備。長門は少し離れててくれ」 「了解です」 俺は2人がそれぞれ離れたり、手のひらに赤い玉を浮かび上がらせたのを確認してからそっと卵に手を触れた。 硬い質感の殻に触れると、それはあっさりとひび割れて砕け散り、 「ビンゴ、本物ですね!」 砕けた卵の中には、赤い玉が真珠のように殻の中央に置かれていた。 そっと玉を手に取ると、 「誰だ。俺の玉を盗んだ奴は?」 部屋の奥の壁から大きな声が響いてきた。 「何? 見つかったの?」 今更だがハルヒがやってきた。戦利品らしいメモは、すでにボロボロで解読不能になってしまっているがどうでもいいらしい。 一緒に涙目の朝比奈さんも居るのだが、ただでさえ肌の露出が多い衣装がはだけてしまって最早、直視するだけで こっちが逮捕されそうな感じになっている。 「ええ、ボスの登場のようですよ」 古泉は何故か楽しそうに答えるが、俺としてはそんな楽観的にはなれそうもない。 逃げたほうがいいんじゃないのか?どう考えても悪いのはこっちなんだ、あの声は謝れば許してくれるって感じじゃないぞ? 極めて常識的な提案をしてみた。無駄だとは思うが今ではそれが俺の義務のようにも感じている。 「だったら後腐れなく、ここで退治するまでね」 窃盗犯が強盗犯になる理論をそんな力強く言われてもなぁ。 「でもでも、空気の実がいつまで効果があるのかわかりませんから、キョン君が言うように逃げたほうがいいんじゃ」 確かに、信用材料が「ゲームだから」という理由だけでは命を賭ける気にはなれないぞ。 ハルヒも酸素がなくなるのは多少困るらしく、一瞬考えた後 「そうね。じゃあ海上までおびき出して、そこでやっつけましょう」 何故そこまでやっつけるのにこだわるんだろうね、こいつは。などとのんびり話している時間はなかったようだ。 壁の一部が開いて、巨大な蛇に腕と髭と鬣が生えた様な姿、いわゆる骨董品に描かれている龍が生き生きとした 動きで現れた。 あまりにも非現実すぎる光景にこれってCGじゃないのか? と思ってしまうのは、俺がゲームのやりすぎなんだろうな。 一旦退却と決まった以上、ここに留まる理由はない。 逃げるぞ! 俺達は一斉に走り出した。それを見た青龍も巨体をくねらせて結果的に卵を次々と壊しながら追いかけてくる。 部屋を抜けるのは俺達のほうが早そうだが、卵という障害物がなくなったらすぐに追いつかれてしまうだろう。 どうしても走るのが遅い朝比奈さんをフォローする為、 古泉! 「了解です」 俺は上着を脱いで朝比奈さんを包み抱えて走り出し、古泉は赤い玉で青龍を牽制しだした。 「キョ、キョン君?」 すみません! 驚いた声をあげる朝比奈さんは今回ばかりは無視だ。 詳しい説明をしている時間はないし、それ以前に今の朝比奈さんの服装を長く見ていたら俺の理性のほうが青龍なんか よりよほど危ないんですよ。 「貴様っ! 俺の宝玉を投げるな!」 青龍は感性の法則を無視して飛び回る古泉の赤い玉を追いかけていく、これはもしかしていけるんじゃないのか? 「どうやら、宝玉と僕の赤い玉を間違えているようですね」 古泉は青龍の手が、ぎりぎりで届かないように赤い玉を操作して時間を稼いでいる。 ハルヒと長門はそろそろ城の外に出た頃だろう、俺達もそろそろ逃げたほうがいい。 最後の曲がり角まで来た古泉は、時間稼ぎの為に赤い玉を今走ってきた通路の奥に向かってまっすぐ飛ばして 自分も逃げ出した。 「早く乗って!」 城のすぐ外ではみくるちゃん号が待機していた、長門とハルヒがヤシの木を掴んで待っている。 俺は朝比奈さんを先に島に乗せて、自分も急いで島に登った。 古泉急げ! 島は少しずつ浮上を始めている。 「お待たせしました」 最後に出てきた古泉の腕を掴んで、 いいぞ! ハルヒ達3人が一気にヤシの木を引っ張り上げるのと同時に、重力を感じるほどに急加速で浮上していくみくるちゃん号。 直後に城から怒り狂った青龍が飛び出してきたが、すぐに小さくなりついには見えなくなっていく。 楽しそうにヤシの木を引っ張っているハルヒにその事を伝えたら、本気で減速しかねないので俺は黙っておく事にした。 ――だが、その事を直後に後悔する事になる。 3人の手でひっぱられたみくるちゃん号はどんどんと上昇速度を加速させていき、遥か上に僅かに見えていた太陽の煌きは あっという間に広がっていって おいハルヒ、ちょっと減速し 俺が喋り終える前に 「いけーー!」 海面を突き抜けてみくるちゃん号は空を飛んだ。 あーもう、どうにでもしてくれ。 勢いだけで海中から飛び出したみくるちゃん号はその後勢いを失い、当然の如く引力に引かれて落下をはじめた。 幸いなのか垂直に飛び出していたらしく、下には海面が見えている。 ああ、こんな状態で冷静でいる自分が嫌だ。 これはハルヒと一緒にいる時間が長い為にみられる症状だと断言できるが、労務災害として認定されるのかね? されるんだとしても誰に請求すればいいのかわからないがな。 「ひぃえええ~~」 可愛い声でヤシの木にしがみつく朝比奈さんみたいに正気を失ってしまえたら、今より少しは楽になるのだろうか。 だが、俺が悲鳴をあげたところで可愛くもなんともないので、やはりこれは朝比奈さんの役目なのだろう。 他の奴らはといえば、何故かここでも余裕で本を読む長門、それ以上に余裕で何にも掴まらないまま仁王立ちで 笑っているハルヒ。 気づいてないだろうがな、スカートは落下中は慣性に逆らう事無く浮き上がって……突っ込むのはやめておこう、 言っても無駄だしそんな時間も余裕もない。 俺と古泉は一般人らしく地面に伏せて海面との衝突に備えた。古泉は一般人ではないが。 みくるちゃん号ほどの質量を持つ島が数メートルの高さから海面に叩きつけられた時の衝撃を想像して、そうする事に 意味は無いが思わず目を閉じる。 不意に重力に引っ張られて落下していく感覚が消え……そのまま待っても続いて来るはずの衝撃はいつまでたっても 来なかった。 「……あれ?」 みくるちゃん号は何事も無かったかのように海面を漂っている。 何故か不満げなハルヒ。 「拍子抜けね。水飛沫がこう、ど~んってあがるのを期待してたんだけど……まあ現実はこんなもんよね」 いや、現実なら俺達は落下の衝撃で海面に放り出されて波間を漂ってると思うぞ。 「怖かったです~」 さっきから泣きっぱなしの朝比奈さんだ、ここまで可哀想だと彼女にそろそろ何かいい事が起こらないかと願ってしまう。 「はいはい泣かないの、有希を見てみなさい。この余裕。団長補佐ならこれくらいの余裕を持ってなきゃだめよ?」 長門は海中からの脱出中もずっと読書を続けていたよう……ん? よく見ると長門の左手が、ハルヒから死角になる位置で地面を触っている。 長門にしては1ページを読むのに時間がかかっているなと思っていたがそうではないようだ。 何をしてくれていたのかはわからないが後で聞いてみよう。 「無事脱出できた事を喜びたいところですが……僕の赤い玉がたった今、破壊されました。あれが宝玉では無い事に 気づかれてしまったようですね」 ってことは俺達を追いかけてくるって事か。 「なになに? さっきのドラゴンと戦えばいいの?」 だから何で戦いたがるんだお前は、その闘争心を別の事に活かせよ。 「そうなるのも時間の問題でしょうね。ですがここでは足場も狭いですから、どこか陸地に向かうべきだと思います」 「そうね……じゃあ、あの島なんてどう?」 ハルヒが指差す先には小さな島が見えていた、確かにみくるちゃん号の上で戦うよりはよほどましだろう。 でもあれでは逃げようが無い。 古泉にはこれ以上提案する様子がないようだ、暗に俺に言えと言われている気がして気に入らないが仕方ない。 海底の町で朝比奈さんと2人っきりにしてもらった借りもあるからな。 ハルヒ、ここから最初の島に戻れないか? 「え? なんでよ?」 う、ここで退路を確保するなんて理由ではこいつは動かないだろうな……。 「時間短縮にもその方がいいかと思います、このゲームはまだ先がありそうですが、効率的に進めれば今日中に クリアできるでしょうし」 ナイス古泉、今日はずいぶん協力的じゃないか。 「もちろんクリアして帰るわよ、中途半端なんて絶対嫌だからね!え~っと……あの島が地図のここなら……えっと」 ハルヒの闘争心をボスからクリアにうまく誘導する事に成功した俺達が、視線を合わせ心の中で小さくガッツポーズを したのは言うまでも無い。 塔に着いても青龍が現れなければ、そのまま塔に逃げてしまえばいいもんな。 あ、しまった。クリスタルを手に入れないと塔の上には進めないんだったっけ? 腕を水平に伸ばし、親指と小指を広げたりしながら島と島を見比べていくハルヒはなんというか素人には見えない。 それってなんか意味があるのか? 「後方公開方よ、常識でしょ?」 さらりと言いやがる。 どこの国の常識だ。独裁国家、ハルヒハルヒ帝国とかか? 「そうよ」 自分が独裁者だという事を認識していたのか、そうかそうか。 「まあ冗談はいいとして、前に大きな図形を書きたくて勉強したの。便利よ?これ」 ああ、今更だがお前があんなに巨大な文字を書けた理由がわかったよ。正しくは書いたのは俺で、指示したのはハルヒだが。 自作宇宙人語で「私はここにいる」だっけか?俺は文字の意味をハルヒからではなく、長門に教えてもらったんだが一つ 疑問が残っている。あの文字はハルヒが適当に書いたのが宇宙人語の文字とたまたま一緒だったのか、それともハルヒが そうであると望んで書いた適当な文字が宇宙人語になってしまったのか……。 まあ、どっちでもいいさ。たまごが先か鶏が先かみたいな答えが出ない話になりそうだ。 どうせ本人には聞けない質問だしな。 地図と海とを何度か見比べて、 「わかったわ、ここからほぼ真南に進めば塔のある島に辿り着くはずよ。時間で言うと3分半ってところね」 「了解です」 古泉は待ちかねたようにヤシの木を倒し、みくるちゃん号は海上を再び進みだした。 「どうやら役者が揃ったみたいね」 ハルヒの予測で言えば、塔のあった島まで残り1分という所で不吉な呟きが聞こえてしまった。 こいつが何か言い出す時は予想の斜め上の出来事が待ってるんだ。だが、なんの対策を取る事もできないとわかっては いるがせめて心の準備はさせて欲しい。 なんのことだ? ハルヒの邪悪な笑顔を見た途端、最悪の想像通りだった事に気づいた俺は聞き返した事をに後悔した。 「ドラゴンがお待ちかねよ!」 そう言いながらハルヒが指差す先には、塔の姿とその前に居座る青龍の姿が見えていた。 ……やれやれ、戦闘回避は失敗に終わったか……。 「待ちわびたぞ人間、さあ俺の玉を返せ!」 青龍はご丁寧に俺達が全員上陸するのを待ってから話しかけてきた。 意外にいい奴じゃないか、今更だが悪いのは完全に俺たちなんだし戦うのは気がひけてくる。 「いやよ。それよりあんたクリスタルって持ってないの?この世界でクリスタルの話題がでないから困ってるのよ」 お前、人の宝物を盗んでおいてその態度はないだろう。 「何をふざけた事を……その宝玉こそがクリスタルの片割れだ。貴様などが持っていていい物ではない、さっさと返さねば 海の藻屑となってもらうぞ!」 「あ、これがクリスタルなんだ。じゃあますます返せないわね! 残りの片割れってのを渡しなさい! でなきゃ剥製にして 部室の入口に……いいわねそれ! 決定、あんた剥製にしてお持ち帰りにしてあげるわ!」 ……最早どっちが悪党なのかわからないとすら言えない、間違いなくこっちが悪党だ。 こいつに機械の体を手に入れる為に宇宙を旅した少年の動機を教えてやりたい。 いつもの笑顔でいる古泉といい、この会話に僅かも参加の意思を見せない長門もたまには反論しろよ。 俺達は悪党なんじゃなくて、そこの履歴書には「触らなくても危険」と書いてあるに違いないハルヒだけだと言ってやれ。 聞く耳は持ってないだろうがな。 ああ、朝比奈さんは下がっていてくださいね?危ないですから。俺が朝比奈さんをかばう位置に移動していると、 「やれるものならやってみるがいい!」 我慢の限界がきたらしく、大きく吼えて青龍はこちらにむかって突き進んできた。 すまんな青龍、俺達もこのゲームを終わらせなきゃいけないんだ。 何故かすまない気持ちでいっぱいになった俺は、しぶしぶと盾を構えた。 長門印の盾には慣性の法則を無視するかのような力があるのは前の世界で実証済みだ。 俺は青龍の突進をなんなく防ぐ事に成功する。 しかし、止めたはいいのだがこの盾はその後はただの壁でしかない。 何故突進が止まったのか不審に思った青龍が再び力を篭めると、あっさりと俺は突き飛ばされてしまった。 「頭部は傷つけちゃだめだからね!」 無茶な事を言いながらハルヒの青竜刀が青龍の腕をあっさりと切り離した。 グロテスクな光景が広がるかと思ったがそこはゲームらしい。 切り取られた腕は地面に落ちた後、霧のように消えてしまい傷口もそのままで出血する事はなかった。 古泉の赤い弾は青龍の肌に弾かれてしまい、殆どダメージが与えられないようだ。 仕方なく後退して、止めの指示を待つ長門の護衛に専念している。 「わ、わ、ごめんなさい~」 目をつぶったまま銃を乱射するというとんでもなく危険な行為を続ける朝比奈さんだが、弾は味方に当たる事無くまるで ビデオを逆に再生しているかのように青龍の体に浴びせられていった。 何気に一番ダメージを与えているのはこの人だったのではなかろうか。 「いいわよみくるちゃん! どんどんやっちゃって!」 ハルヒと朝比奈さんの猛攻に青龍は一方的に痛めつけられていく、なんというか……すまん。 結局、いいところ一切無しで青龍は動かなくなった。 長門によって青龍の遺体は消去してもらおうとすると、ハルヒはやはり抗議してきやがった。 どうしても青龍の頭部を持ち帰りたいらしい。 聞こうじゃないか、持ち帰るとして誰が運ぶんだ? ……いや、聞くまでもないから聞かないでおこう。 「生物ですから諦めましょう」 という古泉の説得にしぶしぶ諦めたようだ。ハルヒの中でゲームと現実が混ざり始めているような気がして怖いんだがな……。 「まあいいわ……後はなんだっけ、クリスタルの片割れを探すの?」 どうやらゲームを進める事に意識が向いてくれたらしい。 「地上に隠居している竜王が持っているという玉が怪しいですね」 また強盗か、できれば犯罪行為はハルヒ一人でお願いしたい所だ。 「あ、あの。探してるのってもしかしてこれでしょうか?」 そう言っておずおずと朝比奈さんが差し出したのは、青龍から強奪した赤い玉の色違いのような青い玉だった。 「みくるちゃんこれ、どこで見つけたの?」 ハルヒが青い玉を太陽に透かしたり、傾けたりして調べている。 「あのお爺さんがくれたんです」 ああ、例の向日葵の島の老人か。 「という事はあの老人が引退した竜王だった、という事ですね」 説明役が楽しくて仕方ないのか、古泉はご機嫌だ。 「へ~これとさっきの玉が揃えば……」 ハルヒがどう見てもただの球体にしか見えない二つの玉を合わせると、急に玉は溶けるように一つになって、そこには 前の世界と色違いのクリスタルが残っていた。 まるで海の様な青色のクリスタルが、ハルヒの手の上で太陽の光を受け輝いている。 「よ~しこの世界もクリア! 次行きましょ、次!」 高々とクリスタルを掲げて真夏を体言しているかのような笑顔のハルヒ。 それを見守るように微笑む古泉。 こっそりと俺に「しばらく上着を借りていてもいいですか?」と聞いてくる可愛い朝比奈さん。もちろんいいですよ。 読む本が無くなったのか何もしていない長門。お疲れさん、全部終わったら今度また図書館に連れて行ってやるからな。 全部ってのが何の全部なのかは俺にもわからんが。 こうして二つ目の世界をクリアした俺達は意気揚々と再び塔へと戻って行った。 やれやれ、残る世界は確か3つだったはずだったよな? 涼宮ハルヒの欲望 Ⅱ ~終わり~ 涼宮ハルヒの要望 Ⅲへ その他の作品
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/20.html
キョン「なあハルヒ、お前将来の事とかちゃんと考えてるのか?」 ハルヒ「なによいきなり、あんたらしくない」 キョン「少しは現実的に考えろよ、元気なのはよろしいがそれだけじゃ生きていけんぞ」 ハルヒ「あたしはね、現実的とか普 キョン「そんな事を言ってられるのは中学生までだ」 ハルヒ「そ…それは…そうだ、古泉くんはどうなのよ」 古泉「僕も涼宮さんにはちょっと付き合いきれませんね、非常に残念ですが…」 キョン「ということだ、朝比奈さんも長門もここに来る事はないだろう」 ハルヒ「えっ…ちょっとどういうことなの!?説明しなさい!」 キョン「じゃあな、後は1人で頑張ってくれ」 古泉「それでは失礼します」 ハルヒ「待ちなさい!これは団長命令 バタン! ハルヒ「………なによみんなして…うぐっ…悔しい…」 ハルヒ「キョン大好きっ!うりうり~♪」 キョン「ハルにゃんもかわいい~♪」 古泉・みくる・長門「…」 そして… 古泉「皆さん、同盟を組みましょう、このままでは危険です」 みくる「ああ、いいぜ、だが恨みっこはなしだぜ」 長門「わかった…」 翌日 ハルヒ「みくるちゃ…熱っ!!」 みくる「ひゃ!お茶こぼしちゃいました~☆てれりこてれりこ(爆)」 古泉「あっと!すみません、足が引っかかりました」 ハルヒ「もう…なんなの…」 長門「…」バンッ! ハルヒ「痛…もういい、帰る!」 古泉・みくる・長門(…成功) キョン「あれ?ハルヒはいないのか?」 古泉「さっき帰りましたよ…それよりたまには僕と遊びませんか?」 キョン「そうだな…たまにはオセロでもやるか」 キョン「実は俺も昨日夢見たんだ」 ハルヒ「??どんな夢よ」 キョン「俺が見た夢はな、学校の敷居内にお前と二人で閉じ込められてな・・・最後にキスする夢だよ」 ハルヒ「それ!私も見た!!さっき言ったけど・・・実は悪夢じゃないんだ」 キョン「いや悪夢だろお前とキスする夢なんて、お前もう俺の夢に出てくんなよ気持ち悪いから」 ハルヒ「・・・・・・」 キョン「おいハルヒ、窓から飛び降りてくれ」 ハルヒ「は?何言ってんの?」 みくる「と、飛び降りた方がいいとおもいまぁ~しゅ☆」 長門「涼宮ハルヒは窓から飛び降りる」 古泉「そうですね、僕も賛成します」 ハルヒ「ちょっと…みんなどうしたの?」 一同「涼宮ハルヒは窓から飛び降りる…涼宮ハルヒは窓から飛び降りる…涼宮…」 ハルヒ「ねえ、悪い冗談はやめてよ」 キョン「うるさい、飛べ!飛び降りろ!」 みくる「今すぐ飛び降りてくださ~い!!」 ハルヒ「ほ…本気なの?」 古泉「言っても無駄なようなので僕が突き落とします」 キョン「よし、俺も手伝うぞ」 ハルヒ「ちょ…やめて!本当に落ちちゃう!あ…危ない!ねえ!」 キョン「3、2、1…それっ!」 ハルヒ「あっ……… ドサッ 突然飛び降りた事になっていたハルヒが完治して学校に来ている あのことは忘れたのか久しぶりに部室にやってきた ハルヒ「やっほー!涼宮ハルヒ復活!!」 「…」 ハルヒ「団長が復活したのよ?もっと喜びなさい!」 キョン「ああ喜んでるよ…またおまえを痛めつけられるんだからな…」 キョン「なあみんな、嬉しいよな!?」 みくる「はい、また涼宮さんをいじめられるなんて…すごく嬉しいです!」 ハルヒ「え…?」 古泉「まだわからないんですか?」 古泉はハルヒの腹を殴った ハルヒ「ごはっ…げほ…」 古泉「おっと、声を出されては困りますね、口を塞がなくては」 ハルヒ「ん…んん!」 みくる「怖いんですか~♪それぇ!」 朝比奈さんはハルヒの首を絞めている ここでついにハルヒはあの時のことを思い出してしまったようだ そしてハルヒは失禁したのだ そこで俺達は手を止めた キョン「さてどうする?」 古泉「…そうですね、目を離していた時机に後頭部を強打…という事にしましょう」 キョン「それはいいな、じゃあ早速…」 そしてハルヒが気絶したと職員室に駆け込み、ハルヒは救急車で運ばれていった 翌日ハルヒは学校に来なかった またしばらく入院することになったか不登校なのか… しかし俺達は奴を引きづり出していじめるつもりだ ハルヒ「私ついていくよ~ど キョン「ついてくんな」 ハルヒ「目を見てこr キョン「見たくねーよ」 ハルヒ「私覚悟~しt キョン「キモイからさっさと消えろ」 ハルヒ「… …Gyao」 キョン「キメェwwwwwwww」 ハルヒ「私のプリン食べた?」 キョン「知らん」 ハルヒ「私のこんにゃくゼリー食べた?」 キョン「うざい」 ハルヒ「私のフルーチェ食べ」 キョン「死ね」 ハルヒ「・・・」 キョン「あ、朝比奈さ~んちょっとお茶行きませんか~?そうそう古泉と長門も誘って! ハルヒ?さぁあいつは今日は見てませんねそれはそうと行きましょうよさぁさぁ」 ハルヒ「あぁ・・・くやしい・・・・くやしいのに・・・(ビクンビクン」 岡部「時間がないから自己紹介は名前だけなー」 ハルヒ「涼宮ハルヒ ただの人間にはky」 岡部「はい次ー。」 キョン「なあハルヒ」 ハルヒ「何よ?」 キョン「おまえのポニーテール、やっぱ全然似合ってないな」 ハルヒ「!………ふぇえんっ、キョンなんて嫌い!大っキライ!!」 「おいハルヒ、目のした蚊に食われてるぞ」 「そうなのよ、痒くて痒くて堪んないのよ」 「ちょっと待ってろ、今薬塗ってやるから」 「ほら、目閉じろ・・・」 「へっ、変なことしないでよね/////」 「ほらっ、動くなよ」 「うん・・・・・」 「はい、塗りおわったぞ・・・・」 「ありがとう、キョ・・・・・・・目がっ!!目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「涼宮さんどうしたんですかぁ?。めがっさめがっさなんていっちゃってwキョンくんに薬塗ってもらえるなんて、羨ましいですぅ」 「・・・・・・・何塗ったの?」 「タイガーバーム」 ハルヒ「な……なんなのよぉ……!? なんでみんなそんなこと……わわ私、違うわよぉ……!!」 キョン「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 長門「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 古泉「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 ガチャ みくる「あ、もうみんな来て……な、なにしてるんですか?」 バッ キョン「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 長門「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 古泉「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 ハルヒ「……や……ヤ~リマン、ヤ~リマン」 みくる「……!?」 みくる「なな、なんなんですか……? やややや、ヤリマンってなんですかぁ……?」 キョン「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 長門「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 古泉「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 ハルヒ「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 みくる「そ、それにさっきはみんな涼宮さんに言ってたじゃないですか……!!」 ハッ!! キョン「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 長門「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 古泉「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 ハルヒ「ちょちょっと!! なんで私のほうに……!? ちょっとみくるちゃん!!」 みくる「ヤ~リマン、ヤ~リマン」 ハルヒ「ハッ!?」 ハルヒ「キョン!」 キョン「ん?どうしたハルヒ?」 ハルヒ「一度しか言わないからよく聞いてなさいよ。……キョンあたしと付き合いなさい! (やったわ!とうとう言ってやったわ////)」 キョン「はあ?何言ってんだお前は?」 ハルヒ「だ、だからあんたのことが好きだって言ってんのよ! (もうバカキョン!察しなさいよ////)] キョン「そういう意味でなくてだな。どうして俺がお前なんかと付き合わねばいかんのだ」 ハルヒ「え?」 キョン「大体だな俺はもう長門と付き合ってるんだ。お前と付きあえるわけが無いだろ」 ハルヒ「う…嘘」 長門「本当」 ハルヒ「有希!」 長門「彼と私は随分昔から恋人関係気づかなかったのはあなただけ」 ハルヒ「そ、そんな…」 長門「鈍すぎる。憐れ」 ハルヒ「有希!あんた…」 古泉「実は僕たちも付き合ってるんですよ」 ハルヒ「!?」 みくる「あのー涼宮さん本当に気づいてなかったんですか?」 キョン「気づいてたら毎日毎日俺たちを部室に集めるだなんて無粋なこと出来やしませんよ」 みくる「それもそうですね。でも、よかったです」 ハルヒ「な、何がよかったの?」 みくる「だってこれからは涼宮さんに気兼ねなく遊びに行けるじゃないですか」 ハルヒ「え…?」 古泉「そうですね。いや~よかった。まさか涼宮さんそれでも僕たちの邪魔をするだなんて言いませんよね?」 ハルヒ「え?あの、その、もちろんよ…」 長門「よかった。これからはいつでもあなたに甘えられる」 キョン「おいおい、長門。俺はいつだってよかったんだぜ」 古泉「さあ、自由になったことだしダブルデートといきませんか?実は知り合いがオープンしたばかりのレストランのディナー券が4枚あるんですよ」 キョン「お、ナイスだ古泉!長門、いや有希もそれでいいか!」 長門「(コクリ)」 みくる「わぁ~楽しみですぅ~」 古泉「では行きましょうか。あ、涼宮さんはお気になさらずにSOS団の活動に励んでください」 キョン「じゃあなハルヒ。お前もいつまでも馬鹿やってないで恋人でも見つけるんだな」 ハルヒ「待ってキョ バタン! ハルヒ「一体何なんだってのよ、もう………。グスン、また一人になっちゃった…」 長門「あなたには羞恥心が足りない…」 ハルヒ「…」 長門「聞いてるの…」 ハルヒ「申し訳ありません…善処します…」 長門「早朝、この部室でしている自慰行為の声も大き過ぎる」 ハルヒ「…今後注意します…」 長門「何より彼に対する好意が露骨…過剰…目障り…」バキ! ハルヒ「…」 長門「…この状態が続くようなら薬の投与を増やさなければならない…」 ハルヒ「…」 みくる「でもでも長門さん、これ以上増やしちゃうと致死量越えちゃいますよぉ?」 長門「構わない」 ハルヒ「…」 みくる「え~?でもお~このブス死んだら私達とキョン君との接点、無くなっちゃいません?」 長門「問題ない…彼は私の虜…もうこの女は用済み…」 ハルヒ「…」 長門「…ふひっ!ころす…ころス…殺す…死ね!死ね!死ね!」 ハルヒ「なんか甘いもの食べたいわね・・・・・・・・・!!!キョン!!ゼリー買ってきなさい!」 キョン「わかった、行ってくる」 ハルヒ「何よ、妙に聞き分けがいいじゃない」 キョン「・・・・・・」 キョン「ほら、買ってきたぞ」 「朝比奈さんには杏仁豆腐。長門、おまえにはムース。あと古泉、バナナプリンで我慢してくれ」 「あと、ハルヒは一口ゼリーだ」 ハルヒ「なかなか気が利くじゃない、そっれじゃあいっただっきまーす!」 ハルヒ「いっただっきまーす!」 パクッ ムシャムシャムシャ ハルヒ「蜂蜜の味かしら?なかなか美味しいわ」 「これなんて名前なの?」 キョン「カブト虫の餌」 ハルヒ「ねえキョン・・・・・夢のなかでしてくれたこと覚えてる?」 キョン「記憶にございません」 ハルヒ「ほら、ポニーテール好きだって言ってキ、キスしてくれたじゃない///」 キョン「記憶にございません」 ハルヒ「あっ、映画撮ったときさ、みくるちゃんが【キョン】「記憶にございません」 ハルヒ「じゃ、じゃあs【キョン】「記憶にございません」 _ __ _ 〈 r==ミ、くノ i 《リノハ从)〉 从(l|^ ヮ^ノリ キョンキョ~ン ヾ ノ ハつ京ハつ くっヽ_っ キョン「なんだ…用なら後にしてくれないか」 _ __ _ 〈 r==ミ、くノ i 《リノハ从)〉 从(l|#゚Д゚ノリ キョンってば!聞きなさいよ!! ヾ ノ ハつ京ハつ くっヽ_っ キョン「………」 _ __ _ 〈 r==ミ、くノ i 《リノハ从)〉 从(l|゚ ー゚ノリ キョン……ねぇ… ヾ ノ ハつ京ハつ くっヽ_っ キョン「…もういい、出て行く」 _ __ _ 〈 r==ミ、くノ i 《リノハ从)〉 从(l| T-Tリ キョン…うぅ… ヾ ノ ハ京ハ くOUUつ 「この中に、宇宙人、未来人、超能力者がいたら私のところに来なさい。以上」 「…涼宮」 「何よ」 「鏡を見てみろ、宇宙人が映ってるぞ」 ハルヒ「みくるちゃん、お茶!」 みくる「はぁ~い、ただいま」 キョン「おいハルヒ…上級生に頼むならもう少し丁寧な物言いをしたらどうだ。すみません、朝比奈さん」 ハルヒ「あたしは団長だから一番偉いの。学年なんて関係ないわ」 みくる「お待たせしました、どうぞ…キョン君はこっち、涼宮さんはこっちです」 キョン「ありがとうございます。美味しいですよ」 ハルヒ「なにこれ、あたしのは水じゃないの?!」 キョン「えぇ?」 みくる「ふふ、生意気な下級生はカルキ臭い水道水でも飲んでろですぅ」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5454.html
公園で古泉と長門に別れを告げた俺だが 何となく立ち去りがたいものを感じたのでもう一度戻ってみた てくてく歩く長門になら追いつけるかもしれないと思ったからだ 長門にさようならなんて言われてしまっては帰るにも帰れない 何かもう一言かけたいというのか、もう一度顔が見たいというのか とにかく心に切ないものを感じていたので長門のマンションに急いだ マンションまでの短い距離を急いだが、長門に追いつくことはできなかった もう部屋に入ってしまったのか? まさか家にまで押し掛けるわけにもいかない しょうがないから帰ろうかと思った時に、俺の胸に危険信号が鳴った 急いでさっきの公園に戻り、近くに自転車を止めてから足音を忍ばせて接近した いた! 長門と古泉はまださっきの場所に座っていた 古泉がしきりに長門に何かを話しかけ、長門は短く応えている 距離が遠くてよく分からなかったけど、常夜灯の小さな明かりの下で 長門の白い歯が見えた、ような気がした おいこら古泉 てめえドサクサに紛れて何やってるんだよ 思わず殴りこもうかと思ったけどそんな事ができるはずがない もう少し近づこうと、俺はそろそろと移動した その時突然、後ろから肩を叩かれた ヤバい!警察か? 公園の植木の影に隠れて横移動している俺の姿は 紛れもなくのぞきかストーカーのものだった しかも目標地点には爽やかな高校生カップルが 俺は1リットルぐらいの冷や汗をかきながらおそるおそる振り向いた すでに頭の中には明日の新聞の見出しが踊っている 「コラっ!おイタしちゃダメでしょう」 あれ?この声には聞き覚えがあるぞ? 振り向いた俺の目に飛び込んできたのは ミス銀河系と謳われてから幾久しい 栗色の長い髪を垂らした絶世の美人だった 朝比奈さん… もちろん(大)の方の朝比奈さんだ 「いいからこっちに来て」 突然現れた朝比奈さんは、俺を公園の外に連れ出した 「ちょっと歩きましょうね、キョンくん」 だんだん明るくなる早朝の街を、2人で肩を並べて歩いた 「それはそうと、大活躍でしたね」 いえ、俺が何の役に立ったのか、最後まで分からずじまいでしたよ 「あなたが涼宮さんの側にいること、最後まで離れなかったこと それがあなたの大活躍だったんです」 はあ…でもけっこう離れてた時間も多かったですけど 「大丈夫ですよ。必要な時にいてくれたから」 ありがとうございます でも朝比奈さんも大活躍だったとか 「あれが大活躍だったのかしらね でも最後の時間跳躍には本当に驚きました いくら涼宮さんの力とはいえ、まさか7億年前に行っちゃうだなんて 人類最長の時間移動です あの時の記録は私のいる現代でもまだ破られていません あなたは7億年前の世界なんて想像がつく?」 7億年前と言うと…恐竜時代ぐらいでしょうか? 「ふふっ、それはもっと最近の話 私が行った世界はね、まだ生命は海中にしかいなくて、そして氷河期だったわ とても寒かったし、一緒に行った藤原くんは気絶しちゃうし もしかしたら帰れないんじゃないかって思ったのよ」 そこでちょっと質問があるんですけど 以前にあなたは4年前の次元断層よりも過去には遡行できないって言ってませんでしたか? それに、あの異世界から出発したのになぜ地球の7億年前に行けたのですか? 「あっ!そうね、そうよね? いやだわたしったら、どうしてそんな事に気がつかなかったのかしら? やっぱりそれも涼宮さんの力なんだと思うわ 涼宮さんは別の世界の7億年前なんか知らないから たぶん手近な所で地球の7億年前に連れてってくれたと思うのよ」 やっぱり朝比奈さんはこの年になっても朝比奈さんか あの状況をしっかり楽しんできたのか それともただ能天気なだけなのか しかしハルヒの超絶パワーにも呆れたもんだ あいつが本気で世界を変えようとしたらいったいどんな風になるのだろうか 「そのすぐ後に、『早く帰って来なさい』って声が聞こえて 気がついたら元の場所に戻ってたのよ いったいどんな仕組みなんだろうなぁー 涼宮さんの頭の中って」 そう言って口元を押さえて笑う朝比奈さんはとても美しい 長い髪からはシャンプーの香りが鼻を優しくくすぐってくる 未来のシャンプー製造職人はなかなかのセンスを持っている人らしい ちょっとだけ顔を近づけて、その甘い香りを楽しもうとした 「キョンくん、あなたのおかげで未来は正常な姿に戻りました ちょっと時間差になると思うけど、改めてお礼の手紙が届くはずです あなたは自分の意志で涼宮さんを選びました 私たちのような、周りからの干渉でこうなってしまったのかもしれないけど 私はあなたの気持を尊重します 仕方がないからそうしちゃいましたなんて、思ってはいないよね?」 もちろんですよ朝比奈さん 俺は何の後悔もしていません 「だったらもう他の人の人生に干渉しちゃダメ 世の中の全ての人があなただけを見てるわけじゃないのよ それは長門さんだって同じ あなたは長門さんの正体を知っていて、彼女の性格も分かっているから 自分のせいなんじゃないかって、自分を責めているかもしれない だけどそれはね、長門さんにとっては迷惑以上の何物でもないの あなたは優しいから、みんなにそう思うのはとてもいい事だけど そうやって長門さんに干渉すればするほど、彼女の心に傷を残すのよ それは分かる?」 うっ そうなんでしょうか 「あなたが基本的に間違っているのは 長門さんが人間じゃないって勝手に思い込んでいる事です 長門さんは宇宙人製のアンドロイドだから、それは自分だけしか知らない秘密だから 長門さんには普通の恋愛はできないかもしれないから だから自分が守ってあげなきゃとか それはあなたが勝手にそう思い込んでいるだけの事です」 朝比奈さんは本気で怒っているようだった ゆっくり歩きながら、前方は見ずに俺をじっと見ていた 「もしもあなたが涼宮さんと付き合いながら、長門さんともうまくやろうなんて まさかそんな事は考えてないと思うけど、おそらく今のあなたの頭の中には 涼宮さんと長門さんの顔が交互に浮かんでいるはず だからあなたは自分の心の隙間を埋めるために 長門さんとのつながりを残そうとしている じゃあ長門さんの気持ちはどうなるの?」 朝比奈さんの声が大きくなった 新聞配達らしき自転車に乗った青年がこっちを見ている それに気付いた朝比奈さんはすぐに声を潜めた 「長門さんもたぶんあなたの事が大好きなはずです でも彼女は自分の事は良く分かっている 涼宮さんの監視目的のためだけに作られた人造人間が 目的を忘れて恋愛にうつつを抜かすだなんて そんな事は絶対にできない だから長門さんは必死で我慢していたはず あなたはその事をよく知ってるでしょう? 長門さんが暴走して世界を作り変えてしまったのはなぜ? 涼宮さんの監視に飽きたから? それならただ単に涼宮さんの能力を消去するだけでよかったはずでしょう? もしくは涼宮さん自体を消してしまえばいい なのに彼女はなぜあんな複雑な世界を構築してしまったの? 学校まで代えさせて古泉くんまで放り出して 私は赤の他人になってしまって他に誰も知り合いがいなくて そんな複雑な世界にしてしまったせいで結局あなたに気付かれてしまい 彼女の目的は達成できなかった もちろん彼女自身が本気でそれを求めていなかったからなのかもしれないし あなたに頼るほどに迷っていたのかもしれない だけど考えてみて ただ涼宮さんの監視に疲れただけだからと本気で思ってるの?」 長門…… 長門… まさかお前…… そこまでして 俺と? 「情報統合思念体が長門さんを処分しようとしたのはなぜ? その時にあなたは彼女に何て言ったの? 作り変えた世界で、長門さんはあなたに何て言ったの? ここまで言われないと分からないの?キョンくん」 俺はガックリとひざをついた まさか…長門が俺の事を想ってくれていたなんて? ああ その時に俺が気付いていれば いや、俺は気付いていた なのになぜ行動できなかったんだろう? ハルヒの事を考えたから? SOS団の事を考えたから? それとも? 「あなたは長門さんに対して、1つだけとても失礼な事を考えている 私はそんなあなたを絶対に許せない あなたは気付いていないかもしれないけど あなたは長門さんを 人間じゃないと頭から決めつけている そういうのをこの世界では何て言うの?」 朝比奈さん ごめんなさい 俺は… 俺は大変な事をしていました 長門を苦しめていたのは全て俺の責任です 俺は長門を 差別していました あいつは人間じゃないと差別していました 少なくともハルヒの方がまだ人間だからと もしかしたらそう思っていたのかもしれません それは間違いでした たった今気がつきました 本当にごめんなさい 「その言葉は長門さんに言ってあげて あのねキョンくん 彼女はあなたが思ってるほど、弱い人間じゃないのよ 自分に与えられた条件の中で、それでも必死で生きていこうとしている 自分がどんな存在であっても、受け入れてくれる人がいるかもしれない それがキョンくんだったらどんなによかったでしょうね でもキョンくんは自分に言い訳ばかりして 自分で勝手に長門さんのためだとか思い込んで1人でいい気分に浸ってるし 女の子ってそんな簡単なものじゃないのよ バカにしないでほしいわ 私だってもちろんそうよ ドジでおっちょこちょいだけど 自分自身と未来を守るために必死で戦ってるつもりです 涼宮さんだってそうでしょう? 十年前の夜中に、たった数十分出会っただけのジョン・スミスを探して 彼の声と雰囲気だけを手掛かりにして十年間ずっと探し回っていた あなたにそんな事ができる? これは禁則だから言えないけど あなたがこんなに優柔不断じゃなかったら 私たちの任務はどんなに楽になっていた事か」 すいません朝比奈さん 俺は泣き出していた 1人でカッコつけていた自分に腹も立っていた 俺は長門が好きだった 寡黙でおとなしくて本が大好きで小さくて そしていざという時にはものすごいパワーで俺を守ってくれる そんな長門に俺は優しい言葉などかけたことがあっただろうか いや言葉なんかじゃない お前は人間なんだよって 一言声をかけるだけでよかったんじゃないのか? そしたら長門もあんな変な暴走を起こして ややこしい世界を作らずに済んだのかもしれない 長門が世界を作り変えてしまったのは 人間として俺に接してほしかったからなのか? たったそれだけの事を俺に気付いてほしいためだったのか? 「ごめんね、ひどい言い方をして でも私もあなたと同じだったかもしれない この時代の長門さんはちょっと近寄りがたくて、ずっと避けていたから あっこれは禁則ね」 ってことは朝比奈さん 長門は朝比奈さんの時代にもまだいるんですか? 「それも禁則事項です では元の場所に戻りましょうかキョンくん」 俺は朝比奈さんに手を引かれて公園に戻った まだ泣いている俺の背中を、朝比奈さんは何度もさすってくれた 「長門さんみたいな透明フィールドが使えれば便利なのにね あっこれは言わない方がよかったかな?」 公園ではまだ長門と古泉が話し込んでいた 古泉は身振り手振りを交えて長門に話しかけ、長門はそれに応えている 遠すぎて何を言っているのかは分からなかったけど こう見えても長門評論家歴1年を超える俺だ 微妙な体の動きで感情が分かる 長門は明らかに笑っていた 古泉のつまらないジョークに反応して肩を震わせていた 「あれを見てどう思いますか?」 はい もう俺の出番はないです 「古泉くんは長門さんをどんな風に思ってるのかな?」 あいつの事もちゃんと分かってます 古泉は、長門がアンドロイドだからって差別するような人間じゃないです いや、あいつはロボットにだって本気で惚れられる正直な男です 「ね、分かったでしょう?時間は確実に次の流れに向かってるの だからこれ以上あなたが介入すべきではない 時間の流れってそんなものなのよキョンくん わたしたちが頑張ってるような大きな時間変動で狂ってしまった歴史 修正しないと未来が大変な事になってしまうようなものもあれば 多少のブレは寛容される部分もあるの 何もかもを完全に歴史の教科書通りにしようとして私たちが介入したら 歴史は複雑に切り刻まれて大変な事にあります それこそ時間軸全体がバラバラになってしまう 時の流れってそんなものよ 細かく管理されているように見えても、中には大らかな部分もあるの そこをちゃんと見極めるのが、我々の腕の見せ所ってわけです それと、これも禁則事項なんだけど 長門さんと古泉くんがこのままお付き合いする可能性は今のところまだ低いです もしかしたら、またあなたの出番が回ってくるかもしれない」 そんな事言ってしまっていいんですか? 「禁則だからあまり言えないけど まだまだ長門さんを巡ってはチャンスがあります だってそうしておかないと 長門さんをお嫁にもらいたがってる人たちの未来がなくなっちゃうでしょ?」 えっ? 朝比奈さん? そこんとこをもう少し詳しく 「長門さんは誰かだけのお嫁ではないの みんなのお嫁さんになれるわ 彼女は時間にも空間にも、何に対しても制限を受けない存在よ その気になったら自分をいくつもコピーする事だってできるんだから それを配って歩いたら、世界中の長門は俺の嫁問題は解決ね むしろ彼女なら喜んでそうするかも」 朝比奈さんはそう言って無邪気に笑った この人は…やっぱりすごい人だ 藤原が言った言葉をまた思い出した あの、藤原に聞きましたけど、あなたは歴史に名を残す人だって 「それはまだ禁則にすらなっていない言葉なの 私も彼の言葉はまだ覚えてるけど、残念ながらそれはもっと未来のようです ちょっと楽しみにしてるんだけどね」 そんな話をしているうちに長門が立ち上がった 古泉が肩でも抱いて一緒に帰るのかと思っていたが、そこでそのまま別れた 立ち去る古泉の後ろ姿に向かって、長門はずっと手を振っていた もちろん長門は俺たちがここでのぞいている事ぐらい百も承知のはず しかし何も言わずに、チラリと俺たちが隠れている繁みを一瞥してから ゆらゆらと歩いて帰っていった 「さあキョンくん、そろそろ時間です 実は今日はイレギュラーで来ちゃったから予定の行動じゃないの」 俺を叱るためだけに来たんですか? 「そうよ。だから次の任務に行かないと。服も着替えないといけないし いろいろ言ってごめんなさいね、悪気はないから」 いえいえ朝比奈さん 叱ってくれてありがとうございます これで明日から、長門にちゃんと話せると思いますから 「私に言われたことは内緒よ」 もちろんです 「じゃあ行くね、キョンくん 改めて手紙が届くと思うけど、ちょっと私は混乱してるので注意して下さい」 そう言うと朝比奈さんは俺の目の前であっさりと消え去った すっかり朝になってしまった街の中で、俺はすっきりした気持ちでいた 明日長門にきちんと謝ろう そして元気よく『頑張れ』って言ってやろう SOS団は団員全員がハッピーエンドにならなくては それがハルヒの格言だからな 頑張れよ長門! 長門有希! 足音を忍ばせて自分の部屋に戻った時はすでに朝だった 今から寝たら起きられないのが目に見えている 仕方がないので椅子に座ってマンガを読んでいると すぐに妹が起こしに来た 「あっ!キョンくんがもう起きてるー!お母さーん!大変大変! キョンくんの頭がおかしくなったぁーっ!」 おかしいのはお前の発育状態だぞ妹よ そろそろ第2次性徴が始まってもおかしくない年頃だろ 顔を洗って歯を磨いて朝飯を食い、途中で妹と別れて通学した 北高への長い坂道を登り、ようやく学校についた ハルヒがもう来ていて、頬杖をついて窓の外を眺めていた 鶴屋邸で過ごした一夜の事もあるし、ちょっと声をかけづらい雰囲気ではあったが、無視するのも心苦しいところだ よっ、ハルヒ 「…おはよう」 おいハルヒ 気持ち悪いぞ お前がそんな常識的な人間の挨拶をするなんてな 「……」 また道に落ちてるバッタの死骸でも食ったのか? 「うるさい!」 いくら一線を越えてしまった関係とはいえ、朝っぱらからダークモード全開のハルヒにガソリンをぶっかけるほど俺は好戦的な種族ではない 黙って自分の席につき、やがて間違いなく訪れるであろう、強烈な睡魔と闘う術を模索していた 土日にあれだけ眠ったにも関わらず、昨日は徹夜だった俺に天使の攻撃が襲いかかるのは簡単に予想できた 果たして予感は的中し、1限の途中から脳内に羽毛布団が侵入してきた 朝比奈さんの母性を思わせるような柔らかな感触が、俺の睡眠中枢を優しく刺激する その時背中に強烈な痛みを感じた おいハルヒ、シャーペンでつつくのはいいけど、今のは貫通してたぞ明らかに 「……」 午前の授業はずっとそんな調子だった 睡魔に負けて船を漕ぎそうになると背中をハルヒに刺され 何度か頭をボカリと殴られた 教室中に失笑が湧き起こり、教師はサジを投げた悲しい視線で俺を見ていた もちろん何一つとして頭に入るはずがない 何とか耐えて昼休みになった いつものようにアホの谷口と能天気な国木田が弁当を持って来る 「よおキョン、ずいぶん眠そうだったな。徹夜で2ちゃんねるでもやってたのか?」 このアホを黙らせる適確な言葉を探していると、突然2人が凍りついた 国木田はポカンと口を開き、谷口は干しブドウと間違えてゴキブリを口に入れてしまったような顔をしている 「たたた谷口、きょきょきょ、今日は2人でご飯食べようか」 「あ、ああそうだな、ひ、久しぶりに屋上にでも行ってみるかな?」 何だこの2人は? ハルヒのアホがついにお前らにも伝染してしまったのか? 「これからもずっと仲良くしていこうね谷口」 「や、やあ、それは、とてもいいことだなぁー」 逃げるように教室を出ていくアホ2人 そして教室中の視線が俺の後ろの机に向けられている 俺は特定の金曜日の夜中にいきなりアイスホッケーの面をつけた怪人に襲われたような気分になり、恐々後ろを振り返った そこにはハルヒが朝と同じ仏頂面で座っていた いつもは休み時間になると超特急で人様に迷惑をかける材料を仕入れに行くこの女が、座ったまま人差し指でトントンと机を叩いていた そして机の上に乗った物体を見た瞬間、俺は世界の終焉を予感した ピンク色のハンカチで包まれたプラスチックの容器 世間一般では弁当箱と呼称される物体だ 男子のほとんどが質実剛健アルマイトの弁当箱を持っているが、女子の多くはこういうファンシーな入れ物を使う そして俺を恐怖のどん底に突き落とす原因は、全く同じものが2つあった事だ つまり俺にも食えという事か 「朝ちょっと早く目が覚めちゃったのよ。あんまりヒマだったから」 春うららかな穏やかな今日この頃なのに、教室の気温は氷点下を記録している 今ごろ地球のどこかに記録的な低温で農作物に致命的なダメージを被っている地域があるかもしれない 世界中の農業従事者の皆さん本当にごめんなさい その原因を作ってしまったのはこの俺です 「いらないのなら持って帰ってシャミセンのエサにでもすればいいわ」 いやいやハルヒさん いただきます つつしんで拝食させていただきます ハルヒの料理の腕前はすでに承知のとおりだ まさか毒を盛るって事もないだろう 2段重ねの弁当箱の上の段には、タコのウインナーと卵焼き、海老フライにマカロニサラダ、そして下の段には白いご飯が詰められており、ちょっと歪んでいるがふりかけで大きく『K』と書いてあった 嫌な予感がしてハルヒの弁当を見ると 全く同じ内容でご飯には『H』と書いてある ハルヒは耳たぶまで真っ赤に染めながら 「味は保証しないからね」 と叫んでガツガツ食べ始めた 釣られて俺も箸を取り、おずおずと食べる 後ろを向いた俺の背中に、教室中の好奇な視線の槍が突き刺さる ついつい先日の長門と周防の戦闘シーンを思い出す そして朝倉の最後の笑顔もだ 背中を槍で貫かれるってのはこんな気分になるものなのか 痛かったろうな…長門、朝倉… 真っ赤な顔をしたハルヒは3分もかけずに完食し、釣られた俺も急いで平らげた 予想通りなかなかの味だったのだが、残念ながらゆっくり味わう余裕すらない 俺は母親が作ってくれた弁当をどうしようかと悩みながら弁当箱に蓋をした 「気まぐれだからいつまで続くか分からないけど しばらくお弁当はいらないからって、お母さんにそう言っといてよね」 はいはいハルヒさん どうもありがとうよ お言葉に甘えさせてもらうけど、あんまり無理するんじゃないぞ 耳まで真っ赤に染めたハルヒはなかなかかわいい風情だった 大急ぎで弁当箱をしまってカバンにしまう そしてダンと音を立てて立ち上がり、疾風のように飛び出して行った おいハルヒ、俺を1人にするな この凍りついてる教室に、せめてキアリクでもかけてから行ってくれ 結局その日が終わるまで、俺に口を利いてくれる生徒は1人もいなかった と言うよりほとんど寝てたので、何の授業だったのかも覚えていない 俺を起こす役のハルヒも午後はずっと眠っていたようだ 気がつくと6限のチャイムが鳴っていた すでに教師すらいない しびれクラゲにも劣らない、ハルヒの強烈なマヒ攻撃からやっと解放された生徒たちは それ以上の被害を被る前にそそくさと逃げ出し始めている 自分のカバンをむんずと掴んだハルヒは俺に向かって 「今日は部活休むから!」 と言って立ち上がった 部活と言うものはな、学校及び生徒会から正式に認可された最低5人以上の団体で、それなりの予算を割り当てられて学校生活をより良くするために存在する組織なんですよと言いたいのだが 「みんなによろしく言っといて。それと後で電話ちょうだいね、以上」 やっぱり何も聞いてないねあんたは おいハルヒ 「何よ!」 弁当ありがとう、うまかったぞ 「ぅぐっ…」 世界選手権クラスの競歩選手も真っ青な速度でハルヒは出て行ってしまった アホの谷口に絡まれる前に俺も教室を飛び出した 俺にもちょいと急ぎの用事がある 本当は昼休みのうちに済ませたかったのだが、ハルヒのマヒ攻撃の影響を俺も受けてしまい、教室を出ることができなかったので、ハルヒが部活を休んでくれたのは好都合でもある 渡り廊下を歩き、ギシギシきしむ部室棟の階段を上がり、俺は文芸部のドアをノックした 「……」 いつもと同じ無言の応答がようやく俺に世界平和を感じさせてくれる しかし今日は少し緊張もしていた 「……」 長門が送ってくれる心地よい無視 こいつを美術部のデッサンのモデルに選べばどれだけ楽な事だろう なんせ『動くな』と言うよりも『動け』と言われる事を苦手にするような女だから、絵を描く者は心ゆくまでこの読書姿を楽しむことができるはず よお長門、体の具合はもういいのか? 「…その質問には今から14時間36分22秒前に答えたはず」 そうか またお前に会えてよかったよ 「……」 なあ長門 「…なに」 ちょっと話したい事があるんだけど、本読みながらでいいから聞いてくれないか もし聞きたくなかったら耳のスイッチ切っといてくれてもいいから …いや、すまん。最後のセリフは忘れてくれ 「……どうぞ」 そうか、俺がこういう言い方ばかりするから長門を苦しめていたのか やっぱり朝比奈さん(大)の言うとおりだったな。改めないと あのな長門、もう知ってると思うけど 俺、ハルヒと付き合う事になった 「……」 それで、その・・・いろいろ考えたんだけど 俺は本当にハルヒの事が好きなのかなって 目をつぶって考えてみたんだ 誰の顔が一番多く浮かんでくるかなって 「……」 もちろんハルヒの顔がたくさん浮かんできたけど、それと同じくらい長門の顔が出てきたんだ 「……」 実は朝比奈さんの顔もかなりの頻度で出現しているのだが、そんな無駄口を叩いてしまうとまた数百年後から怒鳴り込みに来られるのが目に見えているのでそれは言わない 俺はハルヒの事が好きなのか、それとも長門が好きなのかなって でもこういう結果になったんだし、何も後悔はしていないつもりだ ハルヒもたぶん、俺の事を好いてくれてると思う ごめんな、俺、何言ってるのかさっぱり分からんだろう? 「構わない…続けて…」 俺はもしかしたら長門の事が好きだったのかもしれない もし、違う状況で出会ってたら、俺は本気で長門を好きになっていたと思う こんな事を言うべきじゃないと思うんだけど、本当にごめん 「…別にいい…あなたはそうすべきだった 涼宮ハルヒもずっとそれを望んできた 情報統合御思念体も、古泉一樹の組織もその点では意見は一致している そしてあなたは私と交際すると後で必ず後悔する事になる なぜなら私は…」 いいか長門、最後まで聞いてくれ 俺が言いたいのはそんな事じゃなくて、お前にももっと自分の世界を拡げてほしいって言うか、もっともっと人生を楽しんでほしいんだよ 俺はお前の事はかなりよく理解しているつもりだ なんせ生きるか死ぬかの経験を共にした仲だからな お前もいろいろ悩んで、つらい思いをしたと思う だけど長門、お前はもっと人生を楽しめる人間だ いろいろ制限がある存在だってのは分かるけど、そんなの気にしちゃいけない 俺はハルヒと真面目に付き合う、これは決して軽い気持ちじゃないつもりだ だからこそ長門、お前もたっぷり人生を楽しんでほしいんだ そのためなら俺は絶対お前を応援するぞ お前が高校生活をもっと楽しめるために、俺は何でもするつもりだ ハルヒだって同じ気持ちだと思う あいつなら絶対こう言うよ 「SOS団員は必ず全員がハッピーエンドを迎える事!」ってな 長門、お前にはそれができるはずだ なぜならお前も俺たちと同じ、ただ普通の人間だからだ 「………」 お前の親玉の事とかお前の任務とか、そんなのは俺たちにはどうでもいい事だ 今ここにいるお前はごく普通の高校生だ 高校生なら普通に恋愛なんかもしてもいいはずだ お前の親玉もそう思ってるはずだよ絶対に 親なら自分の子供が楽しく暮らしているのを見て、それを喜ばないはずがないだろう? 「…私たちの間には、あなたが考えているような血縁関係は存在しない」 それは違うぞ長門、と言いかけて俺は何かに気がついた 長門の表情が変わっていた 何かがおかしい 長門がその小さな肩を震わせている 開いた本に目を落としてはいるが、その視線は文字を追ってはいなかった 「…ありがとう…あなたの気持は十分伝わった」 長門、これ以上は余計な事かもしれないけど、お前って結構人気あるんだぞ 隠れファンクラブとかもあるらしいしな 谷口いわく、お前のランクはAだ(マイナーは敢えて省略する) これはちょっと禁則に触れるんだけど、お前を嫁にしたがっている男は相当いるらしいぞ 「それは…本当?」 ああ本当だとも お前の情報処理能力でも気付かない事もあるんだな ああこれも言ってはいけない事だ なあ長門 「なに?」 俺の今までの行動とか発言で、お前が人間じゃないからってバカにするような事をしていたら、それに対しては心から謝りたい もしも俺がお前を苦しめていた事があったら、本当にすまないと思う だけどこれからは、お前はごく普通の女子なんだって思うようにするから 今までの事は許してほしい 「……」 ごめんな長門 「いい…そのような状況に該当する言動をあなたはしていない あなたは私をいつも大事に思っていてくれた、それは今も同じ でもありがとう、私は……嬉しい」 そうか、長門 これからも仲良くしような 長門の顔が秒速1cmほどの速さでゆるゆると持ち上がり、かくんと落ちた 「もう少し聞きたい事がある」 何だ長門?何でも聞いてくれ 「私をお嫁にもらいたがっている人の事」 長門?やっぱり興味があるのか? 「……少しだけ」 詳しい事は未来の朝比奈さんに聞かないと分からないんだ 禁則事項なんだけど、ぽろっと漏らしてくれた それより未来の自分に同期してみた方が…あっこれも禁則か 「あなたの禁則事項がまた増えた」 長門はそう言ってかすかに頬を染めた 俺の長門観察日記に新しいページが加わった 長門…ついにお前は…… 笑ったな 「…それも禁則」 俺の心の中の重い物がいっぺんに消えていった 昨日と言うか今日の早朝、朝比奈さん(大)に問い詰められて初めて気付いた事だったが、長門はそれを笑って受け入れてくれた これでよかったですか?未来の朝比奈さん あとは長門の好きなようにさせればいいんですよね 俺はハルヒと2人で優しく見守ってやりますよ もちろん悪い虫がついたらハルヒが容赦しませんから 新しく芽生えた感情に戸惑う長門の横顔を眺めながら、俺は少し眠ろうと思った 今日はハルヒも来ないし、わずかな平和を楽しまないと そう思っているとカチャリと扉が開いた 「やあどうも。昨日は遅くまですみませんでした」 古泉はいつもの笑顔で俺に笑いかけ、次いで長門にも笑顔を向けた 「……こんにちは」 「こんにちは長門さん。おや?涼宮さんは?」 学校には来てたけど部活は休むって言ってもう帰った 「そうですか、涼宮さんもきっとお疲れなんでしょう 我々と違って、彼女にとっては全てが初体験の世界でしたからね あちらのチームSOSと対決してあらためて考えたのですが 我々ももっと早い段階で涼宮さんに全てを告げておくべきだったのかもしれませんね。 今ごろになってそう考えます」 おい古泉 どっちが後始末が大変なのか分かっての発言なんだろうな 俺やお前はそれでいいかもしれないけど朝比奈さんはどうするんだ? ハルヒが思いつきで適当にいじった過去を修正しに飛び回る苦労を考えたら 俺には決していい方法だとは思えん 「冗談ですよ。ところで妙な噂を耳にしたのですが」 またかいお前 せっかく世界がつかの間の平和に戻ったのに さては緑色の火星人が素っ裸で攻めてきたとか? 「いえいえ、もう少し小さい話題です 実は今日の昼休みの事ですがね、とあるクラスでとある男子生徒が 後ろに座っている、真っ赤な顔をした女子生徒と向かい合わせで 彼女の手作り弁当を楽しそうに食べていたと」 ぐっ もうそんな噂が流れてるのか 「はいそれはもう 学校中を矢のような速度で駆け巡りましたよ まさに今世紀最大のニュースです 今ごろ男子生徒の半数がホームセンターで五寸釘を買い集めているでしょうね それに国内の藁の供給が追い付くかどうか、はなはだ不安でもあります かくいう僕も、帰りにホームセンターに寄らないと 一応知り合いを当たってはみますが、この時期に藁など手に入りますかどうか」 ふん 好きに言ってくれ あの…まさかとは思うけど 長門も知ってるのか? 「……知っている。学校中が動揺している 面白がっている者が教師も含めて239名、驚いてるのは345名、悲しんでいるのは…」 分かった長門、もうやめてくれ はあ… やれやれ クソ古泉はいまいましい笑顔を振りまきながら長門と目配せをしている 長門は古泉に優しい目を向け、頬をほんのりピンクに染めた ダメだこりゃ 俺の居場所がない もう帰ろうかな俺 [[リンク名 涼宮ハルヒの共学 エピローグ]] エピローグに続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5198.html
中国の故事だか何に由来するのかは知らないが、俺は光陰矢のごとしなる言葉がこの世にあることを知っている。 意味は、時間は矢のように早く過ぎるとかそんな感じだったように記憶している。 あいにく俺は古代日本語が苦手であり、ついでに古代中国に何があったのかも知らないものだから、光陰って何だ? とか訊くのはよしてくれ。 長門に訊けば由来から実体験ぐらいさせてもらえるのかもしれんが、今はやりたい気分ではないのでやめておく。そのうち気が向いたら辞書で調べるさ。 それはそうと、今は六月である。 去年の今頃というと、それはおそらく俺が白昼夢以上に夢っぽい空間からハルヒと一緒に生還した一週間後くらいであり、それと同時にまさしく悪夢だった中間試験が終了した頃だろうと思う。 それから我ながら大声で笑いたくなるような試験の結果が告知されるとともにハルヒによって草野球大会への出場が告知されたりして、一生のうちにも稀な忙しさを誇る感じの日々だったように記憶している。 そんでもって草野球大会が終了してからもいろいろ、つまり三年前のハルヒとかカマドウマとか孤島ミステリーツアーとかだな、あったんだが、ここでいちいち思い出に浸っていると時間がなくなっちまうので今詳しく話すのは控えておくとする。 というように、光陰矢のごとしなどという脳みその隅っこに埋まってよほどの衝撃がなければ出てきそうにない単語が都合よく出てきたのは、やはり俺主観の時間の流れの早さに由来するのではないかと最近疑いを持つようになっている。 日常、つまりハルヒが何も言い出さないときは時間というのはやたら遅くたらたら流れているように感じるのだが、ハルヒが一旦何かを言い出すと途端にスピードアップしたように感じる。そんでもって今の俺が、ああ時間の流れるのは早いなあとか思っているってことはつまりハルヒが何か言い出さないときのほうが少ないわけで、それは俺の小賢しい頭に巣くっている無数の非日常的思い出がしっかり示してくれているのさ。 さて話が逸れてしまった。 今は六月である。 佐々木とか橘京子とか未来人野郎――藤原とかいう苗字だったかな――とか、あと周防九曜が一気に出現した騒動でいろいろあった四月五月はやっと過ぎ去ったわけで、まだ俺の脳内からトラウマが消えないのはどうしたことだろうと誰かに愚痴をこぼしたいのだがそれはいいとする。そんなのが終了して嵐の後の静けさというか嵐の前の静けさというか、秩序のようなものがSOS団周辺に戻っていた。 ついでに紹介しておくと、四月に他の部活動がまっとうなやり方で新入生を勧誘している間に我がSOS団が実施した、ハルヒ作の某国立大学入学試験よりも難解かつ理不尽な入団試験に合格した新入生は一人としておらず、まあいてくれても困るので俺としてはほっとしたがな。長門も朝比奈さんも古泉も、ついでに俺とハルヒも普通らしい普段の精神状態に復帰し、長門は読書、朝比奈さんはメイド、古泉はボードゲームといったようにまるでどこかの昔話のごとく平和な感じに平凡で不変な状態を維持し続けている今日この頃である。 世界の物理法則を百八十度くらいねじ曲げてくれたハルヒもようやく静かになったか、と思っていた。適度に暴れる、俺に言わせれば一番安全な状態である。その暴れ方も以前に比べればマシなもので、映画撮影をカオスの極地に追い込んだり時間を逆戻りさせたりということはなく、ハルヒの持つスペシャルパワーを使わない暴れ方になっていた。古泉の言う「普通の女子高生」なるプロフィールがハルヒに定着するのも時間の問題かと思っていたのだが。 どっかの誰かがそれを許さなかったらしい。 そんな最中、起こってくれた。 * 「ねえキョン、そろそろ来る七夕に向けて準備をしないといけないと思わない?」 時は六月半ばのとある木曜日、中間テストが続々と返ってくる悪魔週間のまっただ中、俺には理解不能だがおそらく客観的に見れば古典という授業が終わった直後の休み時間だった。 解放感を味わうために座った状態で背伸びした俺の肩を、二年生になってまで飽きもせず俺の後ろの席を占領し続ける女が何の前兆もなく引っ張った。 やめてくれ。 お前のその強力のせいで脱臼でもしたら治療費はお前が出してくれよ。 「そんなのはあたしのせいじゃないわよ。あんたの肩がひ弱だからいけないの。それにほら、今だってバカみたいにぼーっとした顔してるじゃない。そんなだから身体に力が入らないのよ。しゃきっとしなさい。顔の筋肉に力を入れるの」 こんなひねくれの境地のようなことを本気で言う人間は俺の知り合いに一人しかおらず、また世界中を探してもいろんな意味で世界遺産以上の価値を誇る女であり、その名前を涼宮ハルヒといった。 そんなムチャクチャな。 「ムチャクチャじゃないわよ。あたしは状況を冷静に判断して物を言ってるんだからね。悔しかったらあたしが最初に言った言葉を二秒で反復しなさい。ぼーっとしてなければ解るはずよ。はいスタート」 …………。 「はい不合格」 俺の答えを待たずして不合格の印を押したハルヒは笑いながら怒るという芸当を披露している。 「仕方ないわね。もう一度まったく同じことを言ってあげるから、耳の穴かっぽじって今度は一語たりとも聞き逃さないようにしなさい」 ハルヒは不敵に笑いながら、 「来る七夕に向けて準備するわよ!」 と、そう宣言したのだった。 繰り返しなさい、とハルヒが言っている。最初に言ったやつとはずいぶん変わっているがこれはツッコんでやるべきなのだろうかとか思いながらも、反復しなければこの休み時間を無駄にしてしまいそうなので俺はハルヒが言ったとおりに繰り返した。 「合格。もっとしっかり聞いてなさいよ」 「ああ、できるだけ努力する」 「じゃあ本題だけど、あんた、自分が今言ったことの意味はしっかり理解できてるわよね?」 俺だって人並みの耳と脳は持ってるんだ。耳から情報を取り込んで脳で処理しなきゃ、それは聞いてないのと同じだぜ。俺の場合、古典の授業なんかがその典型的パターンだな。 「解ってるならいいわよ。あたしね、つくづく思ってたの。七夕とかクリスマスとかの大イベントって何で一日しかやらないのかしらって。前後一週間くらい七夕ウィークとかクリスマスウィークとかにするべきよ」 「それじゃありがたみが減るだろ」 「そんなんじゃもったいないわ。せっかく大きなイベントなんだから、それなりの日数は取るべきよね。七夕だってそろそろやってもいい頃よ」 自分勝手もここに極まったような言い分だが、まあそうなれば織り姫と彦星も空の上でさぞかしありがたがることだろうよ。だがキリストの誕生日はどうしようったって一日限りだぜ。キリストがそう何回も生まれ変わってたらそこらじゅう神様で溢れかえるに違いない。 「とにかく、あたしは個人的にでも七夕を長期間楽しむことにするわ。クリスマスツリーだって十二月の第二週には飾るんだから、笹だって六月の半ば頃には飾ってもいいはずよ。そうじゃないと不公平よ。許せないわ」 誰を許さないつもりなのか。いや、それはいい。ハルヒの言う個人的ってのに俺や長門や朝比奈さんが組み入れられてるだろうこともいいとしよう。 「それでお前、七夕には何が必要か知ってるんだろうな。えらそうなこと言って、そんなのも知らなかったらロクでもないぜ」 「知ってるに決まってるじゃないの。あたしはこういうイベント事に関してはね、あんたよりもずっと深く理解してるつもりよ。それに去年だって同じことやったし」 ああ、去年ね。確かにそんな記憶がある。あの時は朝比奈さんに連れられて三年前に行って、そこで中一のハルヒと会ったんだったな。犯罪まがいのことをした末に世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしくと叫んだ――のは別の時だったか。 回顧録に思考を飛ばす俺をよそに、ハルヒは自慢げに鼻を鳴らした。 「でもねえキョン、あたしだって去年より進歩してるのよ。去年は学校裏の私有地の竹林で笹を取ってきたんだけどね、今年は違うのよ。どこで取ってきたと思う?」 「さあな。私有地の竹林から公有地の竹林に変わったんじゃないのか?」 「違うわよ。今年は鶴屋さんのとこの山から笹をもらってきたの。もうすごかったわよ。あの山、笹から竹まで立派なやつがわんさか生えてるんだもん」 「まさかとは思うが、お前普通の竹を取ってきたんじゃないだろうな。七夕に使うのは笹だし、そうじゃなくても部室は狭いぜ」 「安心しなさい。しっかり部室に収まる程度で適度に立派なやつを選んで持ってきたから。あたしだってそんくらいは考えるわよ」 どっちにしろ鶴屋さんにお礼を述べておく必要があるだろう。あの方にとっては、自分ちの山の笹竹の一本や二本があるかないかなんてのは、俺の自宅にアリがいるかいないかぐらいのもんだろうが。 「じゃあキョン、放課後までに願い事考えとくのよ。善は急げだから」 その用例は少し間違っているのではないかと考える俺に向かってハルヒは「みくるちゃんと有希と古泉くんのところに行ってくる」と言い残して、韋駄天走りで教室を飛び出していった。 願い事ね。 確か十六年後と二十五年後に叶えてもらいたいやつを書かないといけなかったんだっけ。ベガとアルタイルまで光が届く年数だ、とか。ハルヒの考えそうなことだ。 俺は去年俗物を頼んだ覚えがあるが、はたして今年は何と書けばいいのだろうか。今すぐにと言われたら『ハルヒの暴走を止めろ』とか『周防九曜の類の連中とは金輪際顔をつきあわせたくない』とか願うんだろうが、未来の自分の願い事というハルヒ説を重んじるなら今さらそんな願いをしたところで無意味だからな。どうせ十六年後とか二十五年後の俺はその前の年と変わりばえしない日々を送ってるんだろうよ。 もっとも、十六年後や二十五年後にはハルヒやその他の連中は俺の近くにおらず、そんでもってハルヒが暴走していないと仮定しての話だが。 * 放課後はすぐにやって来た。 そういえば部室に向かう途中に鶴屋さんと出くわした。相変わらず快活な挨拶をしてくれて、俺も笹のお礼を述べておくと、 「いいよいいよっ。あの山のなら竹でも笹でもどんどん持ってっておくれっ。あたしはハルにゃんの思いつきをちっと齧らせてくれればいいからさっ」 とまた、こちらが恐縮したくなるような度量の大きさを見せつけてくれた。つくづく感心するお方だ。朝比奈さんと並んで先輩の人気度ランキングナンバーワンだな。 さて、SOS団アジトもとい文芸部室に足を踏み入れた俺を待っていたのは、夏バージョンのメイド服に衣替えした朝比奈みくるさんに長門有希の等身大人形のような読書姿、古泉一樹のハンサムスマイルだった。ハルヒは清掃当番なので俺は先に行って待っていろと指示されている。待ってるだけで短冊を書くのはダメらしい。竹なら部室の隅に準備されてるのに。 なるほど鶴屋家所有の山に生えているだけはあるような、青々と茂る笹の葉を満載したぶっとい笹竹である。このちっちゃい部室には場違いな感が否めないでもないが。 「キョンくん、こんにちは」 扉を開けた俺を一番に出迎えてくれたのは、俺の精神的栄養源かつ目の滋養になってくださっている朝比奈さんだった。相変わらず何も知らないガキに天使だよと紹介したらあっさり信じ込んでしまいそうなくらいに可愛らしい笑顔で、ああ俺も自然と笑顔になっちまいそうだ。 未来から来ているという付加効果なしでも充分SOS団に必要な存在だろう。今さらながら、彼女をスカウトしてきたハルヒの目は確かだったな。いろんな意味で。 「すぐにお茶を淹れますね」 そう言ってパタパタと急須に向かう朝比奈さんの微笑ましい姿を横目で見ながら俺はパイプ椅子に腰を降ろした。 しかし朝比奈さんには悪いですが、いくら夏バージョンとはいえそのメイド姿は暑そうですよ。去年みたいにナース服にしたらどうです。いや、俺の好みとしてはメイドのほうがいいんですけどね。 ただでさえ暑い六月半ばである。人の気も知らずにいつまでも停滞を続けやがる梅雨前線のせいで、この文芸部室は暑いにプラスしてじめじめしていて蒸し風呂状態である。ストーブが冬に来てくれたのは嬉しかったが、どうせならクーラーも欲しいな。オンボロ扇風機程度じゃあ、このだるい部室内空気を引っかき回してるだけだ。 俺は視線をずらし、奥のパイプ椅子にひっそりと鎮座している小柄な読書娘を見る。長門はいつものように完全に固体化しており、はたしてこいつよりも動作の少ない生物が地球上に存在するのか疑わしくなってくるね。 部室が暑いと言ってもこいつは別格である。そもそも暑いとかいう概念がないんじゃなかろうか。あるいは変温動物のように体温調節機能を獲得しているのかもしれん。どっちにしろチートだ。 「いや、もう夏ですねえ」 俺が鞄から取り出した下敷きをうちわにして扇いでいると、本当は暑いくせに暑そうな素振りを一切見せないハンサム男が話しかけてきた。 「まったく驚きです」 これ以上暑苦しくなりたくなかったので無視してもよかったのだが、とりあえず反応してやることにする。 「何にだ」 「四季の過ぎ去るのがこんなにも早い、ということにですよ。同じような話は春にもしたと思いますがね。この一年、細かく言うと涼宮さんに出会ってこの部活に入ってからですが、僕としては多忙を極めたような日々でした。裏方、『機関』のことに加えてSOS団の涼宮さんのことにも気を配らねばなりませんでしたから。たぶん僕の人生のうちでベストスリーにランクインするほどの忙しさだったでしょう。しかし、その割に何故こんなにも早く時間が過ぎ去ってしまうのか、それが不思議でならないんですよ。あなたはそう思いませんか?」 当然のようにオセロを持ち出してきて俺にコマを配布し始める古泉に、俺はまあなと答えた。 「ハルヒが何かやらかす度にこっちの時間も狂っちまうんだから、今ほど時の流れが早くなったり遅くなったりすることもないだろうよ。冬なんか総じてえらい目に遭ったが、そのくせ冬の時間の流れは一番早かった」 「それはなかなか面白い思考ですね。今ほど時の流れが遅くなったり早くなったりするときはない、ですか。それに冬という視点で見るのもなかなか面白いです」 いかん。どうも古泉のご機嫌を取るようなことを言っちまったらしい。俺は朝比奈さんが運んできたほうじ茶を啜りながらこいつの説明地獄からどうやって逃れようかと考えるが、たぶん無理だろうという結論に至ってげんなりした。 「僕はね、時々思うんですよ。春はあんなことがあった、夏はあんなことがあった、秋はあんなことがあった、冬はあんなことがあった、とね。まあ春というのは先日の佐々木さん方面の話ですが」 ああ解った。解ったからその話はもうしないでくれ。当分奴らとは顔を合わせたくないんだ。 「おっと、それは申し訳ありません。あなたに関して言えば彼らは迷惑以外の何者にもならないような人たちでしたからね。実際迷惑をこうむったと思いますが」 「まあな。だが、迷惑ならハルヒが俺をSOS団に引き込んだ瞬間から始まってるぜ。というかそれが一番の原因だろ。SOS団にいなけりゃ俺はまっとうな高校生生活を楽しんでただろうし、橘京子や九曜に迷惑をかけられることもなかった」 古泉は怪訝な顔になりながらもスマイルだけは崩さずに、 「SOS団にいたせいで、ということですか。……ではもう少しつっこんだ訊き方をしますが、あなたはSOS団に引き込まれたことを後悔していますか? 今すぐでも、この団体を去ってしまいたいのですか?」 だから、そんなことを面と向かって訊くな。何にもないときにおいそれと人に――特に古泉に――言いたいことではない。 俺の無言をどう取ったのか、古泉は自嘲気味に小さく笑い、 「すみません。話を元に戻すことにしましょう。あなたが相手だと話が逸れやすくてね。それで僕が言いたいのは、僕の頭の中では春や夏という季節ごとの分類でSOS団の出来事がまとめられているという点なんですよ。SOS団にまつわるさまざまな出来事を思い返す度に、僕の思考には四季が結びついているわけです。野球大会は夏、映画撮影は秋、ラグビーの試合観戦は冬といったふうにね。たとえば、訊きますが夏には何をしましたか? しっかり覚えているでしょうか」 「そりゃお前」 忘れようにもSOS団の活動で俺が死ぬときに忘れ去ってそうな事件なんか一つもあるわけがない。そんなヤツがいたら健忘症を疑ったほうがいいだろう。 夏には無限ループの夏休みをやって、あと野球大会とかカマドウマの一件もあったし、朝比奈さんに連れられて三年前にも行った。そしてお前がやらかした孤島のインチキ殺人事件だ。 「その通りです。ならば秋はどうでしょう?」 「秋は映画撮影に尽きる。コンピ研とネット対戦とかもしたが、まあ秋はハルヒも割と静かだったしな」 「では冬は?」 「……待て、何をしたいんだよお前は」 「そんなに大したことではありませんよ。ちょっとした実験です」 含み笑いのような笑いを浮かべる古泉に不気味さを覚えながらも、俺は冬の記憶を辿る。 冬は本当にいろいろあった。何が一番印象に残ってるかと言われればそれはもちろん長門のエラーだかで世界が変わっちまったことだが、それ以外にも雪山の山荘とか中河のヒトメボレ騒動とかいろいろあるぜ。 「なるほど。つまりあなたは僕が季節を言うだけでその季節にSOS団で何があったかを明確に思い出すことができるんですね。あなたの場合は全部が全部衝撃的だったということもあるわけですが、しかし朝比奈さんや長門さんに訊いても同じ答えが返ってくると思いますよ」 「どういうことだ」 「SOS団の活動は四季と深く結びついている。こういうことです」 古泉の嬉々とした声を聞きながら、俺はああとか思った。 そもそもハルヒが行事的イベントを好んでやり出すからとかいうのもあるんだろうが、それでもSOS団の活動には季節に関係していることが多い。夏には市民プールとか合宿とか夏らしいことを、秋には文化祭関連で一幕あったし、冬は雪山に行っている。知らないうちに季節が一回りしたことも驚きだが、俺の脳内記憶装置に季節ごとのフォルダができているのはそこらへんが関係してるのかもな。 だから何だって話だが。 「僕はそう考えると途方もない想いに駆られますね。このまま同じように高校二年、三年を過ごして卒業したとき、四つの季節フォルダに一年ごとのSOS団の活動録ができあがっているかと思うと、まだやり遂げてもないのに達成感が湧いてきます。朝比奈さんがこのまま行くと今年で卒業してしまわれるのが非常に残念ですが、とにかく今のベストの状態で終わりを迎えたいものです。もちろんそんなのはきれい事に過ぎませんけどね」 俺は古泉の言葉に妙な引っかかりを感じた。 「何だ、今はベストの状態なのか?」 古泉はオセロ盤にコマを置いて俺の白を一枚裏返し、それから自分の手のひらを裏返して、 「さあ。僕は『機関』の一端末でしかありませんから、上の実状がどうなってるのかははっきりとは解りかねますがね」 「お前、知っててわざと伏せてんだろ」 「どうでしょうかね。……まあ僕に言わせるのなら、涼宮さんの面だけで見たら悪くはない状態だと思いますよ。閉鎖空間の出現頻度は今のところかなり少なくなっています。《神人》ともご無沙汰で、いやこんなに会っていないとそろそろ会いたくもなりますよ」 そりゃ病気だ。早めに治療してもらった方がいい。ああ思いついた。閉鎖空間ノスタルジア症候群なんて病名はどうだろう。 「それはそのうち学会に発表することになったら考えさせてもらいますよ。今のところ発表する気はありませんが。それで、確かに涼宮さんの精神は落ち着いています。その面だけで見たらベストと言ってもいいくらいにね。それは我々超能力者にとっては非常にありがたいことなのですが、しかしです。いま問題視されるべき存在は涼宮さんだけではなくなってきているんですよ。あなたもお気づきでしょう。我々の敵と呼ぶべき存在」 けったいな話をしながらも、古泉はオセロのコマを裏返した。 敵と言うべき存在ね。俺の心当たりはなくもない。 そんなのは言うまでもなく周防九曜である。 他にも問題のある連中に持ち合わせはあるのだが、とりあえず誰かを敵視しろと言われたら俺はぶっちぎりでこいつを敵視するね。他の連中ならまだ会話程度は成立するが、九曜の場合はコミュニケーションが成り立たん。会話という意思伝達の概念がないってのがマジな真相さ。 佐々木の一件で現れた広域帯宇宙存在天蓋領域のインターフェース。それが九曜の正体である。 春以前にも雪山の山荘ではずいぶん派手な歓迎会をしてくれやがり、長門を発熱させるようなとんでもないバケモノだ。あんなヤツとは二度と関わりを持ちたくないと思った俺の心情も察して欲しい。 地球外生命の知り合いなら、長門と喜緑さん――と朝倉は微妙なところだが――だけで充分だ。 俺の話を黙って聞いていた古泉は曖昧な表情を作って、 「まあ、確かに周防九曜は敵視すべき存在でしょうね。しかし、です。悔しいことに彼女は僕の手に負える存在ではありませんよ。いいわけめいて聞こえるかもしれませんが、あまりに大きすぎる獲物に狙いを定めても失敗するだけなんです。長門さんには申し訳ありませんが、彼女のような強大な敵は長門さんに任せるまでです。もちろん助力はしますけど。しかし、僕が懸案しているのはその他の人物です」 俺は次なる敵にピントを合わせた。 「佐々木や橘京子や藤原とかいう未来人野郎か」 奴らもまた、出てこなくてもいいのに出てきた連中である。 橘京子は古泉の『機関』の敵対勢力で、藤原は朝比奈さんとは別種の未来人だっけ。 佐々木はともかくとして、橘京子や藤原のような連中に遠慮はいらん。リング外で一万回ぶっとばしてやりたいくらいだ。 「そうですね。彼ら二人に的が絞られます。立場上ということも関係していますが、そのうち僕が気にかけているのは橘京子のほうですよ。長門さんのような強力な存在があと二、三人こちら側について援護してくれれば気にかける必要もなくなるのですが、そんなことはなさそうなのでね。長門さんには周防九曜が、朝比奈さんにはあの未来人がいるのと同じように僕には橘京子がいて、それぞれ自分だけで手一杯なんですよ。この間の一件で一応のことそれぞれ和解していますが、事実上敵対は続いています。証拠に、あちらはまだ佐々木さんを中心として形だけ結束していますからね」 ああアレか。Aに敵対する勢力がどうのとかいうやつだ。あっちが形だけ結束してるのに比べりゃSOS団がはるかにマシなものだってのは、たぶん客観的に見てもそうなんだろうね。涼宮ハルヒという巨大権力の下、宇宙人と未来人と超能力者が団結してるんだからな。俺が何なのかはいまいち解らんが、そんなことはもうどうでもいい。 「つーことは、まだ裏で激戦を繰り広げてたりするのか? 敵対する組織同士で」 「いえ、少なくとも僕のところについて言うならばそんなことはありませんね。今のところ橘京子のほうからの動きは見られませんから。いたって静かですがお互いを観察し合う状態、つまり春以前の冷戦状態に逆戻りです。それだけに何かきっかけがなければお互い攻撃することはないと思いますが、ただし油断はできませんよ」 じゃあ話を変えるが、藤原はどうなんだ。橘京子が黙ってたってあいつがいつまでも黙ってるとは思えないぜ。そして、しかもそうなると朝比奈さんが負けそうな気がしてならないんだよな。不思議なことに。 「そんなことはありません、と僕は思ってるんですけどね。それぞれ実力に見合った相手と敵対しているわけですから。彼も性格がああでも所詮は朝比奈さんと同じ未来人です。そして、未来人がどんなふうかは朝比奈さんを見れば解るでしょう?」 古泉は、パイプ椅子に座って編み物をしている朝比奈さんに目をやった。 可愛さは学園内ナンバーワンだが、こうしている限りではとても未来人とは思えん。いや、素性を隠してるならそれが普通か。 「彼女は何も知らされていない、というのは前にお話しましたね。過去の人間に未来がどうなっているかを予測させないためです。そこの理屈はどの未来にとっても同じはずですから、これはあの未来人にも言えることだと思いますよ。彼もまた未来からはほとんど何も知らされていないのでしょう。ついでに、こちらで何か動きがなければ未来からは干渉してこないところもね。そして今、橘京子の一派はすぐに動き出す様子もないし、天蓋領域は長門さんたちに監視されているため大きな動きがある可能性は少ない。そして未来人も動けないために、涼宮さんの周囲は不気味なほど静まり返っているわけです」 「なるほどな」 俺は息を吐いた。 「とりあえず、今すぐにこれ以上何かが起こるってことはないと思っていいのか?」 「その通りです」 古泉はいつもの微笑を二割り増しにして答えた。 嵐は過ぎ去ったのだ。 危険極まりない周防九曜やその集団は、今や長門のところが見張ってくれている。 橘京子の一派は強行派ではなく、一件を終えて静まっている。 藤原とかいう未来人野郎は事態を動かすだけの力を持っていない。 「このまま静かになってくれるといいんですがね」 古泉がぽろっとこぼした。 「涼宮さんの精神が落ち着くのに始まって、そこからすべての組織が収まってくれれば、それほどいいことはありませんよ」 俺も同感である。 一番最初に大問題だったのはそもそもハルヒなんだ。 四年前に始まり、その変態パワーを使って周囲をさんざん巻き込んでくれたが、高校二年生になった今ハルヒはようやく静かになりつつある。 前みたいな憂鬱と暴走の大きな谷と山の繰り返しがだんだん小さくなって、もう少し経てば平地になってくれるかもしれない。そうなったとしたら俺はきっと妙な寂しさを覚えずにはいられないだろうが、それでも世界が収まってくれるのならそれでいい。 だったら、と思うのだ。 ハルヒが事態のすべてを引き起こした原因だったのだとしたら、その原因が静まればそれを取り巻く周りも静かになってはくれないのか。覆水盆に返らずっていうアレか? そんなことはない。事実そうなりつつあるのだ。二年生の春にあった佐々木の一件を最後にして、ここんとこは事件らしい事件は何も起こってない。だったら、このまま何も起こらずにすべてが収まらないのか――。 「ただしね」 古泉は言って、おもむろに一枚のオセロのコマを手でつまんだ。 「ひっそり静かなのと大荒れなのは表裏一体なんですよ。たとえば、このコマは今は白を表に出しています。しかし、これがちょっとしたことでもあれば裏返るかもしれない。そうすれば、今まであなたの味方だった白は突如として姿を変えて黒になるわけです。しかし、もしかしてちょっとしたことが何もなければ永遠に裏返らないのかもしれません。一方で、すぐに何かがあったらすぐに裏返るのかもしれません。……いえ、我ながらこれは喩えが悪かったですね。とにかく、いつ大荒れになるのかを予測できないのが僕には無念でならないのですが――」 「ごっめーん!」 古泉の言葉はいきなり部室のドアを押し開けた人物の派手な謝罪によってかき消された。古泉は俺に向かってお得意の肩をすくめるポーズを取ると、持っていたコマをパチンと盤に置き、白を一枚裏返してから今までそんな真面目な話などしていなかったかのように挨拶をした。 「おや涼宮さん、どうもこんにちは」