約 2,288,107 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3601.html
第二十ニ章 ハルヒ ビジネスジェット「Tsuruya」号は、滑走路に滑り込んだ。 機体が制止すると共に、お馴染みの黒塗りハイヤーが側にやってきた。 「とうちゃ~~く!さあ、客室の皆さんは、とっとと降りるにょろよ!」 通常の旅客機ならば1時間半は優に掛かる行程を、僅か50分でかっとんで来た「Tsuruya」号の搭乗口に立ちながら、客室乗務員姿の鶴屋さんは俺たちを促す。俺たちはぞろぞろと昇降口から滑走路に降り立ち、黒塗りハイヤーに向かった。だが、その前に。 俺は、昇降口に立ちこちらを見送っている鶴屋さんのところに駆け寄った。 「鶴屋さん?」 「何かなっ?」 「今回はご協力ありがとうございました。このご恩は一生忘れませんから」 「……良いってことさ。こんな事しか、あたしは出来ないからねっ!そんな事改めて言われると照れるっさ!キョン君もこれから頑張ってねっ!あ、それから」 鶴屋さんは、とびっきりの悪戯を思いついた子供のような笑顔でウィンクしながら、こう言った。 「ハルにゃんをよろしくねっ!もう離しちゃだめだぞっ!」 黒塗りハイヤーは俺と古泉、長門を乗せたまま高速道路を滑るように走っていく。運転手は新川さんだ。 以前俺が3日間入院していた『機関』御用達の病院が目的地だ。そこに、ハルヒはいる。あの時、駅で倒れ昏睡状態になったハルヒは、一旦ホテルに運び込まれたものの意識が戻らず、現在は件の病院に入院しているのだという。ハルヒの両親も、入院した当初は昼夜通して看病していたとの事だが、全く覚醒の兆しがない事から、最近では日中のみ、母親のみの付き添いになったと、古泉が説明してくれた。 「ということは、今行くとハルヒのお母さんに会う事にならないか?」 「そうですね。ではこうしましょう。緊急検査のためということで、涼宮さんを別の病棟に移し、そこであなたと涼宮さんを引き合わせる様に手配します」 「そっか。だが、俺がハルヒに出来る事なんて限られてるぞ。しかもアイツは意識がないんだろ?」 「大丈夫です。涼宮さんはあなたをずっと待っているのですから、必ず何らかの反応があります」 いつものスマイルで俺にそう断言した後、古泉はぽつりと呟いた。 「……悔しいですがね」 その言葉を忘れようとするように携帯を取りだし、いずこかへ電話する。多分、病院への手配だろうな。 高速から見える風景が、段々と馴染み深いものに変わってきたとき、ハイヤーは高速を降り一般道に入った。窓から見える風景が、懐かしい。あの引っ越しからもう1年経ったのか。ぱっと見は全く変化がないようにも見えるこの町だが、自分の記憶と違う部分もあちこちにある。僅か一年とはいえ、変わっていることを実感した。そんな俺の個人的な感慨を無視したように、ハイヤーは病院の裏口に滑り込んだ。 「こちらです」 先導する古泉の後を歩く俺と長門。既にハルヒは特別病棟の個室から検査室に移動しているとの事だった。 俺たちは一般入院患者や見舞客の目を避けるように、検査室とやらのある病棟に向かった。 「現在、涼宮さんの状態に変化はありません。身体、脳波共に異常ありません。ただ、未だに目を覚まされておりません。『閉鎖空間』も現状維持のままのようです」 「……現在、涼宮ハルヒに特別な異常は認められない。肉体的には全く正常。精神的な乱れも特に無い」 古泉の報告を長門が補強してくれた。分かった。あとは俺が何とかするしかないんだな。 「……そう」 「期待してます……ああ、こちらですね」 古泉が『第3検査室』と書かれたプレートが下がったドアを開けると、そこにはベッドに横たわるハルヒが居た。若干痩せた感じはするが、まるで眠っているかのようなハルヒの顔。しかし、その腕には点滴用のチューブが刺さり、長期間意識が戻らないという古泉の話を裏付けていた。 「……ハルヒ」 思わず俺は、目の前に横たわっている少女の名前を呼んだ。反応は、無い。 「ハルヒ、俺だ」 ベッドの脇の簡易なパイプイスに座り、ハルヒの手を取る。その手は冷たかった。 「戻ってきたぞ」 ハルヒの手が、以前よりも小さく細く感じる。 「そろそろ起きろ」 トレードマークのカチューシャは付けておらず、ベッドの脇に掛けられている。 「遅刻するぞ」 綺麗な寝顔。あの時見たロングヘアは短く切りそろえられ、見慣れたショートカットになっていた。 「今回の罰金はお前だからな」 そんな俺の行動を見ていた古泉と長門だったが、しばらくすると俺とハルヒから視線を外した。 「僕たちは、席を外します。後はあなたにお任せします」 「……頑張って」 そう言って退室する古泉と長門に、俺は目線で感謝の合図を送った。 まるで眠り姫のように微動だにしないベッドの上の少女。一年前にコイツに告白したときも、寝顔を見ながら色々考えていたっけ。少女の寝顔は、その時と同じで綺麗だ。ただ、目を覚まさないことを除けば。 いつの間にか、そんな少女に俺は語りかけていた。 なあ、ハルヒ。お前、いつまで寝てるんだよ?腕からチューブ生やしてさ…… しかも医者が異常なしって言ってるんだぞ?端から見てればギャグだぜ、これ。 そろそろ目を覚ましてくれないか?俺、お前に謝らなければいけない事が一杯あるんだよ。 古泉とお前のことを誤解してたこと。お前と同じ大学行けなかったこと。パーティをすっぽかしたこと。 それから、それから…… 俺の言葉にも全く反応を示さないハルヒの手を握り、いつの間にか俺は泣いていた。 何が『神の鍵』だ。俺は、今こうやって目の前に横たわっているハルヒに、何にも出来ないじゃないか。 ちくしょう、ちくしょう…… どのくらい経ったのか。泣き疲れた俺は、涙を拭きながら改めてハルヒを見た。ハルヒは俺が入ってきた時と全く変わらない。華奢なその身を俺の前に横たえている。 ただ、一つだけ違いがあった。ハルヒが……泣いている?閉じられた両目から、涙が流れていたのだ。 反応してくれた! 俺はハルヒの頬に手をやり、耳元で呟いた。 「ハルヒ。俺はここだ。お前の側にいるから、早く起きろ。起きて、いつもの笑顔を見せてくれよ」 ぴくり、とハルヒの体が反応した。 未だ瞑ったままのハルヒの両目からは止めどなく涙が溢れ、その端正な口から譫言のような言葉が漏れた。 「……キョ……カキョン……んと…に……」 ハルヒ!気付いたのか??ハルヒ??俺は必死になってハルヒの耳元でハルヒを呼び続けた。だがハルヒは譫言を繰り返すだけで、一向に目を開けようとはしない。 「ハルヒ!ハルヒ!」 いくら耳元で叫んでも、目を覚まさない。ハルヒの口からは、意味の成さない譫言が流れるばかり。 「どうかしましたか?」 「……」 おそらく部屋の外で待機していたであろう古泉と長門が慌てた様子で入ってきた。ぶつぶつと譫言を繰り返し涙を流し続けるハルヒを見て、古泉は「担当医を呼んできます!」と廊下に走り出ていった。 「……涼宮ハルヒの体内反応の活性化を確認。体温上昇中」 まるで計測機器のように、正確に現状を報告する長門。 だが俺は、そんな彼らの行動など気にも留めず、ひたすらハルヒの耳元でハルヒを呼び続けていた。 『白雪姫って、知ってます?』 『Sleeping Beauty』 突然、頭の中にこの言葉がひらめいた。もう2年半以上前、初めてコイツの作った『閉鎖空間』に二人きりで閉じこめられたときに、脱出のヒントとなった言葉。朝比奈さん(大)と長門のヒント。 これか。これしかないか。 「……宮さん…反応を……っちです……」 開け放たれたドアから、古泉が医者を伴って近づいてくるのが分かる。俺のすぐ脇には長門がいる。 だが、かまうものか。 俺は、譫言を繰り返すハルヒの口を強引に自分の口で塞いだ。 ハルヒ、戻ってきてくれ……その想いと共に。 第二十三章 スイートルームへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5461.html
これは湾岸ミッドナイトと涼宮ハルヒをドッキングしたものです。 オリジナル要素が含まれますが、そうゆうのが嫌いな人はスルーしてください。 (このSSはあくまでフィクションです。現実で高速道路の暴走や違法改造を推奨するものではありません。) では、お楽しみください。 1.涼宮ハルヒの湾岸(Z編)・・・・・・・・・・ハルヒサイド 2.涼宮ハルヒの湾岸(ブラックバード編)・・・・・・・・・・キョンサイド 3.涼宮ハルヒの湾岸(再会編)・・・・・・・・・ハルキョンサイド
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/15.html
涼宮ハルヒの軌跡 プロローグ 涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(前編) 涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(後編) 涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(前編) 涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(中編) 涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(後編) 涼宮ハルヒの軌跡 情報統合思念体からの独立(前編) 涼宮ハルヒの軌跡 情報統合思念体からの独立(中編) 涼宮ハルヒの軌跡 情報統合思念体からの独立(後編) 涼宮ハルヒの軌跡 SOS団(前編) 涼宮ハルヒの軌跡 SOS団(後編) 涼宮ハルヒの軌跡 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2219.html
「涼宮ハルヒ」 SOS団員2号にして読書好きの無口系キャラでこの銀河を統括するなんたらかんたらに作られた宇宙人、という 普通に書き並べても長文になってしまうまこと複雑なプロフィールを持った少女、長門有希が 同じく詳細に語ったりするとそれだけで文庫本1冊ぐらいにはなりそうなこれまた面倒くさいプロフィールを持つ 唯我独尊、傍若無人でSOS団団長の女、涼宮ハルヒに問い掛けたのは、 SOS団員全員が部室に揃っている、特に何も起きていない平和なとある日の事である。 その言葉を聞いた時、俺は「珍しい」と思った。 なんせこいつが自分から意思表明をすることなんか殆ど無いからな。 明日は家を出る前に傘を持っていった方がいいかもしれん。 にしても何を言うつもりなんだろうな。あまりハルヒにヘタな事を言ってほしくはないのだが、 長門がこうやって自主的な意思表明を行うことなど、今ではともかく 初顔合わせの時には考えられなかったからな。邪魔をしたくはないね。 ふと前を見ると古泉の奴も会話の行方が気になっているらしく、 オセロは自分の番である筈だが手を止めている。時間稼ぎしたところで戦局は火を見るより明らかだぜ。 まあいい、俺もハルヒと長門の会話の行方が気になるところだからな。 朝比奈さんもそうであるらしく、マフラーを編みながら、ちらちらと二人の方を伺っている。 うーんこの人の行動は本当和むね。 「なに、有希?」 微笑を浮かべたハルヒが答える。普段の俺の話もそれくらいの態度で聞いてくれないものかね。 話は変わるが、ハルヒは最近前にも増して長門の事を気遣っている。 雪山で長門がぶっ倒れた時から特にだ。 無理も無い気はするけどな。長門がどっか行くかも知れないという事も言ったし。勿論その時に黙って見てる気なんてないが。 どうもハルヒは団員の事情や健康に敏感な性質である。 映画の時に調子こいたりもしたが、基本的にこいつは団員の事を無下にする事はない。 朝比奈さんに対するイタズラは、お姉さんに対する甘え、みたいなもんだろ。多分。 …ホント、俺の事も少しは気遣ってくれないもんかね? で、長門にそんなハルヒの事を言ってみたところ、長門は 「そう」 と言っただけだった。わかってるのかねあいつは。 そんな事を考えていた時に長門が口を開いた。 「前から実行したい事があった」 前から実行したい事?なんだそりゃ長門、そんなのは初耳だぞ俺は。 って別に俺に言う意味なんぞ小学生の時に作った俺の自由工作の価値ほどもないか。 「あなたを」 あなたを?う、いかん。嫌な事を思い出してしまった。 まさか「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」とか言わないだろうな。いや出方見れないかそれじゃ。 「これから“団長”と呼称したい。許可を」 ………………………今なんつった長門? 見ると、古泉は笑顔のまま目を見開いて驚くという芸当をやって見せ、 朝比奈さんは口を開けてほえーとか言ってらっしゃる。 そして言われたハルヒは、まるで洞窟に閉じ込められて必死で穴を掘ったところ光が見えたような表情と 目の前で大魔神が海を割き現れたのを見たような表情が混ざってよく分からないことになっていた。 いやこいつの場合大魔神が現れたら狂喜乱舞か? ちなみに長門が無表情であることは言うまでも無い。 「ゆ…有希?どうしたの急に?」 突然の提案にハルヒは困惑しながら長門に問い掛ける。 「返答を」 長門はその問いには答えずハルヒの返事を待った。 「えー、ああ、その、うん」 なにがうんなのだろう。ハルヒはいつもの態度からは考えられないしどろもどろなレアな顔をしている。 あーとカメラはどこにやったっけ? 「だめ?」 長門が少し、ほんの少しだけ表情に不安な色を浮かべた。 ハルヒもそれを察知したのか、慌てて手を前に出してブンブン振って否定する。 「あ!いや、違う、違うのよ有希!なんで急にそんな事言いだしたのかちょっと気になったっていうかね!だから気にしないで!」 長門はそれを聞いてなるほどといった風に話し出した。 「あなたは冬の合宿の際、倒れたわたしの看病をわたしが就寝するまで行った。 しかしわたしはその時は通常はそうするものなのだと認識していた。 だが実際の統計上、あなたの行った看病は明らかに平均のレベルを逸脱しており、 単なる義務行為以外に重大な理由がある事を推測させた。 だがわたしにはそれがなんであるかまではその時は正確に掴めなかった。 あなたが時折わたしの方を確認している事も知っていた。 それは「心配」という感情に似たものを感じさせたが、 わたしがあなたに心配される理由があるとは思っていなかった。 だが彼があなたがわたしの事を心配しているのだと教えてくれた。 あなたがわたしを友人だと思っていてくれている事も。 友人関係に当たる者はお互いの事をフルネームでなく名前単独や渾名やそれと分かる特別な名称で呼ぶ。 故にわたしはあなたの事を“団長”と呼びたい。許」 許可を。と言いたかったんだろうな。しかしその言葉が発される事はなかった。 なぜかって?見りゃ分かるだろ。ハルヒが長門を鯖折りでもしてんのかというぐらいに強く抱きしめてやがるからだよ。 抱きしめられる長門の顔を見ながら俺は思った。 …長門は、もしかしたら、いやもしかしなくとも、ハルヒのやつに罪悪感を感じていたんじゃないのか、と。 おかしくなって、世界を変えちまったことに対して。 なあ長門、別に気に病むことはないんだぜ、結果的に皆元に戻ったじゃないか。 それに、俺はあの世界で認識したんだよ、この日常の大切さを。 あの事件が無きゃ俺はこの思いを認めないまま過ごしていただろう。だから、だから長門。 …そんな泣きそうな顔しないでくれよ。 やがてハルヒは長門を抱きしめるのをやめて、長門の肩に手を置き、言った。 「大丈夫よ有希。有希がどっかに行っちゃうなんてあたしは絶対許さない。何があっても守ってあげる。 だからなにかあったらあたしに絶対言いなさい、…あたしはSOS団団長で、あんたの友達なんだから」 少しだけ目を見開く長門。全く今日はレアなシーンばかり見れるな。 ハルヒは、長門の肩を左手で抱き寄せて、右手で握り拳を作り、正面を向いて仁王立ちしながらこう言った。 「ううん、有希だけじゃない。みくるちゃんも、古泉君も、ついでにキョンも、 全員SOS団の仲間なんだから。みんな何か困った事になったら遠慮なくあたしに言いなさい。 何が来ようとも全部ぶっ飛ばしてやるんだから!!」 お前に本気でぶっ飛ばされたら、多分相手は地球の引力を振り切って二度と落ちて来ないぞ。 「分かった!?みくるちゃん!」 「は、はいっ!」 いきなり自分に声が向けられて思わずビクッとする朝比奈さん。が、 その顔は神話の全神々が出て来ても一蹴しそうな優美な微笑みだ。 「古泉君!」 「肝に銘じておきます」 いつも通りに見えるスマイルで答える古泉。 しかし若干柔らかめだ。 まあ実際はこいつの行動で俺達が困った事になり解決しているのだが。 それにこいつに全てを言うとそれこそ世界は崩壊の危機なのだが。 だがまあ、 「…キョン!分かった!?」 「…分かったよ」 …そんな事よりも、こいつがちゃんと俺らの事を考えててくれたって方がよっぽど重要だろ? 最後にハルヒは、もう一回長門と向き合って、言った。 「…わかった?有希」 「………わかった、団長。ありがとう」 その言葉を聞いた途端、ハルヒはもう一回長門を抱きしめた。 そんな傍から見たら異様な光景は俺からは何故だかとても微笑ましく見えた。 長門。心配なんかしなくてもいいさ。 無敵のSOS団は全員おまえの味方だからよ。 ハルヒ、何も一人で背負い込まなくたっていいぞ。 お前に荷物持たされる準備なら、俺はいつでもOKだぜ? 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3678.html
■シーン1「虹がまいおりて」 暑くもなくさむくもない季節の、うららかな陽気の午後のひととき。ひなたぼっこをするにはうってつけの日よりです。 ですが、SOS団の団長である涼宮ハルヒは、ひまそうに部室でパソコンとにらめっこしています。 「なんてたいくつなの。せっかく授業が早くおわったっていうのに、なんにも楽しいことがないなんて」 ほおづえをついて、きげん悪そうにしていると、コトリと湯のみが置かれる音がしました。SOS団のマスコットである、みんなと一つ学年が上の朝比奈みくるが、いつものようにおいしいお茶をくんできてくれたのです。 「涼宮さん、そういう時はお茶でもゆっくりのんで、おちついてください。たまにはこういうのもいいと思いますよ」 「ありがと、みくるちゃん」 そう言われてハルヒは、ほどよくあついお茶をずずいと飲みながら、部室をぐるりと見わたしました。 お茶をもってきたみくるちゃんは、いつものふんわりとしたメイド服。動いているだけでも、部室の中があたたかくおだやかになります。 部屋のすみっこでは、同じ学年で、もともと文芸部員として部室にいたユッキーこと長門有希が、ゆったりともの静かに本を読んでいます。 パソコンのモニターのむこうでは、やはり同じ学年で、SOS団の副団長をつとめるキリリとりりしいイケメンの男子、古泉一樹くん。 そしてハルヒと同じクラスで前の席に座り、SOS団の雑用係をさせられているキョンが、公民館のえんがわで、のんびりしているおじいさんたちのように囲碁をしていました。 ハルヒの目の前では、まったり、ゆっくりとした時間が、春の小川のように、たゆたゆとながれているようでした。 けれども、ハルヒにはそれがたいくつでたいくつでしかたがありません。顔をむすりとしてしまうと、自分ひとりだけおいてきぼりにされた気分になりながら、さっきから何度更新しても、全く画面が新しくならないインターネットのニュース画面を見ていました。 (もう、たいくつでたいくつで、今にも干からびてしまいそうだわ!) その時、ぐうぜん目にとまったのは、ニュースの記事にのっていた、大きくてきれいな虹の写真でした。 それを見ていると、むかし絵本で読んだ、虹の下に、宝ものがうまっているというおとぎ話を思いだしました。 「こんなおっきな虹の橋が、どかーんと、今すぐここにあらわれたりしないかしら」 今日は雲も少ないおだやかな日より。雨なんてどこにもふっていないのに、大きな虹が出てくるはずがありません。 いつもなら、そんなことがあるはずがないと、どこかうたがいながら思ってしまうことです。 でも今日のハルヒは、たいくつすぎて、強く、強く、本当におこったらいいなと思ってしまいました。 その時でした。 「ひゃぁ!」 みくるちゃんのかわいらしい、小鳥のような悲鳴が部室にひびきます。 「どうしたの、みくるちゃん?」 「す、涼宮さん。う、うしろ……」 「ハ、ハルヒ、まて!まつんだ!」 キョンがよびとめましたが、ハルヒはすでに後ろをふりむいたあとでした。 「な、なによこれ?!」 それを見てしまったとき、ハルヒの目は、ぎっしりつまった宝石ばこの中身のようにキラキラとかがやきました。 後ろの窓にあらわれていたのは、部室と同じくらいはばのある虹でした。それも、さわれそうなくらいハッキリしたものです。 ハルヒは急いで窓をあけて、身をのりだそうとしました。ですが、だれかがハルヒの体をはがいじめにしてしまいました。 「ちょっとエロキョン!なにしてんのよ!どこさわってんのよ!」 ハルヒは力まかせにあばれます。ですが、キョンはしっかりと組みついて、手をはなそうとしません。 「やめろハルヒ。とびおりる気か?!あぶないだろうが!」 「なに言っているのよバカキョン!ここにしっかりと虹があるのが見えないの?!」 キョンは必死に見えないと言いはっていましたが、ハルヒの目の前にははっきりと虹が見えていました。それにみくるちゃんにも見えているようです。古泉くんとユッキーはだまったままでした。 ハルヒはキョンのうでをふりほどくと、窓から身をのりだして虹に手をふれました。 「すごい、すごいわ!この虹、ほんとうにさわれるのよ!」 ハルヒはみくるちゃんの手をつかんで虹にさわらせます。びくびくとおびえたようすのみくるでしたが、ほんとうにさわれるとわかると、ぱあっとバラのつぼみがほころぶような笑顔を見せたのです。 「ほ、ほんとうにさわれちゃいましたぁ」 みくるの次は古泉くんとユッキーです。二人の手をつかむと、ハルヒは強引にふれさせます。二人とも、その虹がさわれることをみとめると、ハルヒは勝ちほこった顔でキョンを見下ろしました。キョンは顔をおさえたいつものようすで首をふっています。 「キョン、アンタもこれにさわって、この圧倒的な現実をみとめなさい!」 ハルヒは強引にキョンをひっぱりあげると、むりやり虹をさわらせます。 「わかった。もうわかった!」 とうとう、キョンもその現実をみとめてしまったようです。 さっきまでのふきげんを、とおいとおい宇宙のむこうになげすてたハルヒは、つくえの上に立ち上がって、声高らかに言いました。 「この虹の橋のむこうには、きっと見たこともない世界が広がっているのよ。そしてこのSOS団は、そんな世の中のふしぎを、ときあかすために設立された団体なのよ」 「で、どうするんだ?」 もう、どうにでもなれと言いたそうに、キョンはつぶやきます。 「当たり前のことを言わせないで!これからさっそく出発するに決まっているじゃない!」 こうなったハルヒには、世界中、いえ、宇宙中のだれもさからえません。 みくるちゃんは、ハムスターのようにおどおどしながら。 古泉くんはいつものあいそ笑いをうかべて。 ユッキーはいつものポーカーフェイスをくずさずに。 そしてキョンは、やれやれとあきらめた顔をして、虹の橋を先頭に立ってつきすすむハルヒのあとを追っていったのです。 「どうします?これはゆゆしき事態ですよ」 すこし顔をくもらせながら、古泉くんはキョンに耳うちします。 「どうするもこうするもねえよ。こうなったら、やらせるだけやらせて、てきとうなところで言いくるめるしかないだろう」 ほかにどうすることもできないと、キョンはあきらめてしまったようでした。 「さあ行くわよ!これからわたしたちの、大ぼうけんがはじまるのよ!」 ■シーン2「ハルヒの大ぼうけん」 おもいえがいた大きな虹の橋が、本当に現れてしまう。その事をきっかけに、ハルヒは気がついてしまいました。ハルヒが心の底から、なんのうたがいももたずに願ったことは、本当に現実になってしまうことに。 ながれ星が雨のようにふってほしいと願えば、本当に空いっぱいに星がふりそそぎました。 魔法の使える世界に行きたいと願えば、たちまち魔法の世界に行けましたし、SF映画のように宇宙をとびまわるのも思いのまま。 小人のように小さくなったり、怪獣のように大きくなってみたり。 今まで読んできた物語の世界や、自分が思い描いた世界だけではありません。 自分では考えつきもしない、ふしぎな世界を冒険したりもしました。 ハルヒはSOS団のみんなと、時がすぎていくのもわすれて、夢のように楽しい世界を、思うぞんぶん遊びまわったのでした。 「さあ行くわよ。今度のあいては見た目はどうしようもなく弱そうだけど、ずるがしこくて見た目よりずっと強い、異次元大魔王よ!」 まっ白い全身タイツを着たような体に、幼児のらくがきのような顔をした、手ぬきにしか見えないような姿の異次元大魔王が今度の敵です。 見た目とちがって、大魔王は宇宙全部をふるえあがらせるほど強く、その強さの前に、たくさんの勇者たちがたおされてしまっていました。 でもハルヒのSOS団は宇宙最強です。 なんといっても今のハルヒは、ウルトラでスーパーにグレイトな“超”勇者さまです。 みくるちゃんはハルヒが作った映画と同じ、戦うウエイトレスに。 古泉くんもエスパー戦士イツキになり、ユッキーも宇宙人で大魔法使いになっていました。 ただ一人、キョンだけは一般市民の代表としていつもと同じでしたが、とにかくSOS団はぜったいに無敵なのです。負けるはずがありません。 SOS団は、大魔王のずるがしこくて、あくどいワナに苦しめられながらも、あらゆる困なんを、 みんなの知恵と勇気でのりこえて、とうとう大魔王の場所までたどりつきました。 大魔王の強さはウワサ以上で、今まで出会ったことがないような、ものすごい敵でした。 みんなはボロボロになって、今にも負けてしまいそうなくらい追いつめられてしまいました。 「みんなあきらめないで、みんなの力をわたしに全部ちょうだい!それがあのへちゃむくれのちんちくりんを、こてんぱんにやっつける最後の方法よ!」 「わ、わかりましたぁ……」 「私たちの最後の力を、涼宮さんにあずけます」 「……、うけとって」 なんの力ももたない一般市民代表のキョン以外の三人の力が、超勇者ハルヒにあつまります。そして、最後の力をふりしぼってハルヒにあずけた三人は、力なくその場にくずれ落ちてしまいました。 「みんなの力、みんなの想い、たしかに受けとったわ!異次元大魔王、これでもくらいなさい!」 ハルヒはみんなの力を剣の先にあつめて、異次元大魔王につき立てます。 ですが、魔王は固いバリアをはってしまい、剣がなかなかささりません。 「こんのぉ!」 その時です。 ハルヒだけではどんなに力をこめてもやぶれない、固いバリアにヒビが入りました。 だれかがハルヒの背中を後押ししてくれたのです。 「いくぞ、ハルヒ。これで終わらせるぞ」 「うん!」 全宇宙で最強の超勇者ハルヒと、一般市民の代表のキョンが力をあわせれば、たおせない相手はいません。 二人でにぎった剣はバリアをつらぬき、大魔王にせまります。 大魔王は必死にヤリをとばして反撃しますが、二人の勢いをとめることはできません。 グサリ! 「ぐえぇぇ!」 異次元大魔王は、悲鳴をあげてたおれ、ぶくぶくとあわのように消えていきました。 この宇宙に、ついに本当の平和がよみがえったのです。 ■シーン3「大ぼうけんとひきかえに」 「やったわ、キョン!やったわ、みんな!」 うっすらと笑顔をうかべたキョンの顔をみて、ハルヒがうなずいたとき、おどろおどろしい大魔王の部屋は消え去りました。 そして気がつくと、そこはまっ赤な夕陽にてらされた、どこかものさびしい丘の上に変わっていました。 「やれやれ、やっと終わったな」 キョンはその場にすわりこんで、そばにあった大きな岩にもたれかかります。 顔をむすりとふくらませて、ハルヒはキョンにつめたく言い放ちます。 「ちょっとキョン。このくらいでへばってどうすんのよ!?まだまだこれからよ。これからが本気の本番なのよ!」 「そうか。そうだったな。そいつはすまなかった」 ふうと、大きなため息をついてへたりこむキョンにがっかりしたハルヒは、近くにいるはずの三人を探す事にしました。 ハルヒは大魔王をやっつけて手に入れた、七色にかがやく大きなくん章をもっていました。 いつも無口なユッキーはとにかく、みくるちゃんも古泉くんも、きっといっしょによろこんでくれるはず。 足どりも軽く、ハルヒはパタパタと元気よく走り回りながら、三人をさがしました。 「みくるちゃーん!ユッキー!古泉くーん!どこー?!」 やがてハルヒは、丘の中ほどでなかよさそうに寝そべっている二人の姿を見つけました。みくるちゃんと古泉くんです。 「ちょっとちょっと!二人とも、いつのまにそんなになかよくなっていたの?!」 二人をひやかそうと、かけよってきたハルヒでしたが、ようすがおかしい事に気がつきました。 二人とも、返事どころかピクリとも動こうとしないのです。 ハルヒは寝そべっている二人のようすをよく見て、手にしていたくん章を落としてしまいました。 「みくるちゃん?古泉くん?」 あわててかけよったハルヒは、みくるちゃんの体をゆすりました。 でも、何の反応もありません。 同じように古泉くんの体もゆすってみましたが、みくるちゃんと同じように、身動き一つしないのです。 「ちょっと二人とも、冗談でしょう?!」 ハルヒはあわててみくるちゃんのうでをつかみ、脈をとりました。 でも、なにも感じられません。 今度は胸に耳をおしつけてみました。 マシュマロのようにやわらかい胸からは、服ごしからでもまだ、あたたかい温もりは感じられるのですが、心臓が動いている音がしないのです。 そしてそれは、古泉くんも同じでした。 そうです。異次元大魔王をやっつけるためにハルヒにわたした力は、本当に残っていた力の全てだったのです。 そして力を出しつくしたその直後に、みくるちゃんも古泉くんも、こと切れてしまっていたのです。 「いやぁぁ!」 ハルヒの悲鳴が、あたりにひびきました。 ハルヒは必死になって、二人に心臓マッサージをほどこします。 けれども二人は息をふきかえすどころか、体がどんどんつめたくなっていくばかりです。 その時です。ハルヒの前に人影がさしました。 思わずハルヒが見上げると、そこに立っていたのはユッキーでした。 「ユッキー、よかった。無事だったのね!わたしといっしょに、みくるちゃんと古泉くんに、心臓マッサージをするのよ!」 けれども、静かにユッキーは首を横にふりました。 「もう手おくれ。この二人にも、私にも、残されている時間はない」 「ユ、ユッキー?何を言っているの?」 ぼうぜんとおどろいているハルヒに、ユッキーは静かに続けます。 「でも、今ならまだ間に合う。だから、あの人のところに行ってあげて、涼宮ハルヒ」 それを言いおわると、ユッキーはハルヒに人さし指をむけて、何か信号のようなものを頭の中に送ってきました。 そしてその直後、ユッキーは光のこなつぶになって、ゆっくりとふきながされるように消えてしまったのです。 「ユッキー?ユッキー?!ユッキー!」 ハルヒはぶんぶんと手をふり回して消えていくユッキーをつかまえようとしました。 けれども、ユッキーは影さえのこさずに消えてしまったのでした。 たてつづけにおこる、わけのわからないできないできごとで、ハルヒの頭の中は、ぐつぐつとにえたぎるスープのようになってしまいました。 けれども、ユッキーが最後に伝えた言葉は、ぐさりと胸につきささっています。 その時、ハルヒははっとしました。ユッキーが伝えたかった言葉の意味がわかってしまったのです。 ハルヒは必死になって来た道をかけ上がっていきました。 「キョン!ちょっと返事しなさい!キョン!」 ぜいぜいと息をつきながら丘の上にあがると、先ほどと同じような様子で、キョンは岩にもたれかかっていました。 「バカキョン!ちゃんと返事しなさいって言っているでしょう!」 その時、ハルヒはキョンのまわりに、不自然な水たまりができている事に気がつきました。 ついさっきまで、そんなものはどこにもありませんでしたし、雨がふったあともないのに。 「キョン?!キョン!」 水たまりを無視してあわてて駆けよると、パシャパシャと足元ではねたしぶきが体にかかります。 するとハルヒの着ていたまっ白な超勇者のバトルドレスに、まっ赤なはん点もようがえがかれてしまいした。 しずんでいく、まっ赤な夕陽にてらされて、水が赤い色になったのではありません。 それはまちがいなく、キョンの体からながれ出た血でした。 キズ口は右足のふとももの辺りから。 ハルヒをかばって異次元大魔王の攻撃をうけたとき、右の太ももの太い血管をヤリでつらぬかれていたのです。 「バカキョン!何やっているのよ!」 ハルヒはスカートのすそをやぶり取ると、キョンのキズ口をしばります。 けれども、ながれ出てしまった血はあまりにも多く、すでにキョンの体の温もりはほとんど失われてしまっていました。 キョンはハルヒがもどってきた事がようやくわかったようでしたが、そのひとみはぼんやりしてさまよっており、もう何物も見ていないようでした。 キズ口をきつくしばりあげ、必死にキョンの体をゆするハルヒ。 目から涙がぼろぼろとながれ落ち、体もガタガタとふるえています。 そんなハルヒに、キョンは苦しそうにのどを動かしながら、かろうじて一言を、しぼりだすようにつぶやきました。 「ハルヒ……、すまねぇ」 必死にキョンをおこそうとよびかけるハルヒでしたが、それはまったくむだでした。 泣きじゃくるハルヒの目の前で、キョンのまぶたはゆっくりととじられてしまい、か細くあえいでいたのどは、とうとうその動きをとめてしまいました。 一般市民の代表で、SOS団の雑用係のキョンは、その大切なつとめを終えて、ハルヒのうでの中で息を引きとったのです。 「いやあぁぁ―――!」 ハルヒの痛々しいさけび声が、血のようにまっ赤な夕陽にてらされた、だれもいない丘の上にすいこまれていきました。 ハルヒは、SOS団のみんなの死を受け入れることができませんでした。 これはなにかのまちがいだと、かたく信じ、みんなを元にもどそうとしました。 何といっても、ハルヒの力は無限です。かなわない願いなんてあるはずがありません。 いままで何度も、バッドエンドをむかえてしまった物語をハッピーエンドに書きかえてきたように、ハルヒはその力をおしみなく使います。 まばゆく、あたたかい光が世界中にあふれ、さびしい丘はここちよい春のにおいがたちこめる、花いっぱいの場所に変わりました。 キズだらけになって、ボロボロだったみんなも、よごれ一つないきれいな服と、どこにもケガのあとがない、健康な体にもどりました。 「さあ、みんなおきて。また、ぼうけんの続きをしましょう!」 でも、だれも返事をしてくれません。 たしかに、目の前に寝ころんでいるみくるちゃんも、ユッキーも、古泉くんも、そしてキョンも、みんな体は元どおりになっています。 でも、どんなにゆすってみても、耳元でさけんでみても、頭から水をかけてみても、だれも目をさますことはありませんでした。 「みんなひどい!そうやって活動をストライキしようなんて虫がよすぎるわよ!」 怒ったハルヒは、ずぶぬれになって寝ころがっていた、キョンのほおをいきおいよくはたきます。 けれども、それでもキョンは目をさまそうとしません。 ハルヒはおそるおそる、キョンの胸に耳を当ててみました。 そして、キョンの胸から何の音も聞こえてこないことに気がつくと、大きな悲鳴をあげて、もう一度世界を光につつんでしまいました。 ■シーン4「ひとりぼっちにしないで」 それからハルヒは、何度も何度もみんなをめざめさせようとしました。 みんなが好きそうな世界を用意したりもしましたし、見ただけでとろけてしまいそうなくらいおいしそうな料理を、うでによりをかけて用意したりもしました。 ほかにも時間をまきもどしてみたりもしましたし、とにかく思いつく全てのことをためして、ハルヒはみんなを起こそうとがんばりました。 でも、どんなことをしても、どれだけハルヒががんばってみても、みんなが目をさますことはありませんでした。 それでもハルヒはあきらめずに、みんなを起こそうとがんばりつづけたのでした。 ハルヒはほおにつめたい光を感じて、まぶたをあけました。まわりは墨でぬりつぶしたようにまっ暗です。 小高い丘の上、ひゅうひゅうとおだやかな風の音がきこえてきます。 ここがどこであるか、一瞬、ハルヒにもわかりませんでした。 SOS団のみんなといっしょに学校をとびだして、数えきれないくらいドキドキするような大冒険や、夢のように楽しい時間をすごして、最後に悪者をみんなでやっつけて……。 それが終わったあと、どのくらい時間がたったのでしょう。 気がつくとハルヒはここにいました。 まわりには草木もなく、ぽつり、ぽつりとくちてしまった建物のあとがのこっているだけの、つめたい月の光にてらされた、さびしい丘の上です。 ハルヒは歯をくいしばり、おきあがると、かたわらの少年をだきおこしました。 キョンのなきがらです。 何度も、何度も、もう数えきれないくらいハルヒは、みんなをおこそうとがんばりました。 でも、どれだけみんなの体を健康にしてあげても、それはたましいの入っていないぬけがらのままでした。 そして、ぬけがらは、あっという間に、なきがらになってしまいます。 どんなにがんばっても、みんなはなきがらのまま、目をさまそうとはしません。 それでもハルヒは、SOS団のみんなの、一番大好きなキョンの死を、受けとめられずにいました。 キョンはまだ生きていて、いじわるく眠っているだけだと、そう信じているのです。心から。 「こんなにさむいんだから、おきなさいよキョン。こんなところで、いつまで寝ているつもりなのよ。本当にカゼひいちゃうわよ」 返事をしないキョンに話しかけ、たちあがろうとしてよろけて、たおれてしまいました。 一瞬、気を失ってしまいましたが、何とか目をあけます。 空を見あげると、ふりそそぐような満天の星がかがやき、月がきれいにまるく見えました。 ハルヒがみんなでいっしょに見上げるために、星をいっぱいあつめて作った、だれもみたこともないくらいロマンチックな星空です。 ハルヒは寝ころんだまま、キョンにだきよりました。 「キョン見て。とっても星がきれいよ」 ハルヒが話しかけても、キョンはまぶたをとじたままです。 キョンのつめたくかたい体をだきしめながら、ハルヒはふるえていました。歯の根があわず、がちがちと鳴ります。 しかし、しばらくそうしていても、いっこうにキョンの体にぬくもりはもどってきません。 ハルヒのほおに涙が伝い落ちました。 「返事をしてよ。キョン!」 ハルヒは大声でさけびました。 こらえきれなくなったハルヒは、思わずキョンの体にのりかかって、首に両手をかけてしまいます。 けれども、手で直にふれたキョンの体からは、呼吸も、脈も感じられません。 それどころかキョンの体は、ハルヒの手の方がこってしまいそうになるくらい、つめたく、かたくなっていました。 「キョン!みくるちゃんも古泉くんもユッキーも死んじゃったのに、どうして、わたしをひとりぼっちにするのよ!目をあけて―――!」 ハルヒは泣さけびました。 「みくるちゃん、古泉くん、ユッキー!キョンをめざめさせて。わたしを助けて。ひとりぼっちにしないで」 声をしぼりだし、夜空にむかってさけびつづけました。しかし、もちろん返事はありません。 「みくるちゃん、古泉くん……」 ハルヒはあらためてみくるちゃんと古泉くんの最後のすがたを思いだしてつぶやきました。もう、涙もかれはてました。 「ユッキー……」 光のつぶになって消えてしまったユッキーのことを思いだすたび、ふかい穴をのぞくような気持ちにおそわれます。 そのときでした。ユッキーが消えていく前にもらった最後の信号が、はっきりと頭の中に光景になって見えてきたのです。 ハルヒが見た光景。それは、自分以外の四人が話しあっているところでした。そしてそれは、ハルヒにとって、とても信じられないものでした。 「もう、だめです。ぼくはこれ以上たえられない……」 泣きくずれ、うずくまってふるえていたのは、いつもクールな表情を変えない古泉くんでした。 みくるちゃんは、いっしょに半べそになって、背中からだき支えながら、けんめいに小泉くんをはげましています。 「これ以上の……、ニンムのケイゾクハ、困難と判断する……。このインターフェイスはともかく、ワタシの能力はもう、ゲンカイ」 ユッキーはもっと信じられないことになっていました。 声はこわれたラジオのスピーカーのように割れてしまい、体のあちこちから、パチパチと放電の火花をちらせながら、映りの悪いアナログテレビのように、体が何まいにもわかれてブレてしまっていたのです。 「みんな、まだだ!まだこらえてくれ!」 そんな三人に、必死によびかけていたのはキョンでした。 「たしかに、オレたちは体は大丈夫でも、心はもう限界だ」 そうです。ハルヒは楽しかったことの、特に楽しかったことだけをおぼえていましたが、細かいことは、きれいにさっぱりわすれていしまっていました。 でも、ほかのみんなはちがっていたのです。 みんなはハルヒから、そこなしの元気を受けとって、つかれ知らずの体になっていました。 だからハルヒに、気がとおくなるような、とてつもなくながい時間をつれまわされても、なんとかついていくことができたのです。 でも、体は大丈夫でも、心はちがっていました。みんなはそのながい時間の記憶をもったまま、ハルヒの遊びについていっていたのです。 そのつらさは人間はもとより、宇宙人のインターフェイスとしてつくられていた、ユッキーの限界さえこえるものだったのです。 そのつらさにとうとうたえられなくなって、みくるちゃんは泣き出し、古泉くんも、ユッキーも、とうとうこわれてしまったのです。 ですが、それでもキョンだけはがんばっていました。 「これだけハルヒが好きかってに世界をいじくってしまったんだ。ハルヒにオレたちがつらい顔を見せて、きげんを悪くしてしまったら、本当にとりかえしがつかないことになっちまう」 そのキョンの言葉を、だまって三人は聞いていました。 「だから、本当にハルヒがあきてしまうまで、オレたちはいっしょに笑顔で遊んでやらなきゃならないんだ」 それを聞くと、みくるちゃんは、もっとポロポロと涙をこぼしてしまいました。 「それに……、もしかしたらハルヒは、これからずっと永遠に、こんな力を持ったまま生きていかなきゃならないのかもしれない。何となく、そんな気がするんだ」 「たしかに、その可能性は高いと思います」 ようやく、古泉くんも顔をあげました。 「長門はどう思う?朝比奈さんも、どう思いますか?」 ユッキーは返答できないと無言のままでした。みくるちゃんはおずおずとうなずきます。 「だったらオレたちは、あいつを一人ぼっちにさせないようにできるだけいっしょに遊んでやらなきゃならない。あいつをひとりぼっちにしてしまったらどんなことになるのか、考えたくもない」 その言葉を聞いて、三人はキョンのところに集まりました。 「了解した」 「やりましょう。われわれ、SOS団の全員の力がかれはてるまで」 「みんなでいっしょに涼宮さんと遊びましょう!」 「よし、いくぞ!」 ハルヒがしらないところでおこっていた光景が目に、ハルヒが知らなかった、みんなの言葉が耳に焼きつきました。 みんな、むりにむりを重ねて、自分といっしょに遊んでくれていたのです。 そして体ではなく、心の、たましいの力を全て使いはたしてしまったせいで、みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、そしてキョンも、二度と目をさますことはないのだと、ハルヒはわかってしまったのでした。 「すまねえ、ハルヒ」 キョンが最後に口にした言葉が、胸のおくからわきあがり、ハルヒは胸をえぐりとられるような痛みにおそわれました。 どんな時でも、どんな場所でも、それが夢の中であったとしても、一度も自分を見すてなかったキョンが、そんな言葉を口にしてしまった事の重さ。 とても受けとめられるものではありません。 「いやぁ―――!」 ハルヒは髪の毛をぐしゃぐしゃにかきみだして泣きさけびながら、みんなにあやまりはじめました。 「みくるちゃん、もうお人形がわりにして遊んだりしません。古泉くん、お金をいっぱい使わせるようなおねがいごとばかりしてごめんなさい」 「ユッキー、文芸部の部室をかってに乗っ取ってしまってごめんなさい。お母さん、お父さん、ほかのみんなにも、ひどいことをいっぱいしてごめんなさい」 もう、いなくなってしまった三人に、今までめいわくをかけてきた人たちに、ハルヒは泣きながらあやまり続けました。 「ごめんね、キョン。今までむちゃくちゃなことや、めんどくさいことを全部おしつけて、いつもこまらせて……。ゆるしてなんて言いません。でも、おねがいだから目をさまして。わたしをひとりにしないで!」 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。 何がいけなかったのでしょうか。 なんでも自分の思うとおりになればいいと、願ってしまったのがいけなかったのでしょうか。 やがて、ながす涙も、さけぶ力もなくなったハルヒは、キョンのつめたくかたい体にすがりつきました。 キョンの体に、自分の体温が全てすい取られていくようでしたが、それでキョンがおきてくれるのならそれでもかまいません。 もしだめなら、このまま自分も凍えて死んでしまってもいいんだと、ハルヒはそのまま、ふかい、ふかい、ねむりの底にしずんでいきました。 ■シーン5「そして、いつものあの場所に」 「……なさい、ごめんなさい。ごめんなさい」 おえつをもらしてうつぶせに机にふせていると、背中のむこうから、小さくとおく、チャイムの音がきこえてきました。思わずハルヒは顔をあげます。 「ふえ?」 ビクリとしておきあがると、ハルヒの目に、電源が落ちてまっ黒になっていた、パソコンの画面が目にとびこみます。 あと少しでしずみきってしまう夕陽にてらされて、まっ黒な画面には、ハルヒの顔がうつっていました。 見れば顔は涙でぐしゃぐしゃ。まくらにしていたうでも、ぐしょぐしょにぬれていました。 「ゆ、夢だったの?!」 ハンカチをとりだして顔をふこうとしたとき、肩にかけられていた男ものの上着が、すとんとすべり落ちました。 だれかがそのままではカゼをひいてしまうだろうと心配して、かけてくれていたのです。 そのだれかは、すぐわかりました。キョンです。 いつものようにうつぶせではなく、パイプいすに、うとうとともたれかかりながら、キョンは気持ちよさそうにねていました。 もちろんいつものシャツに、ゆるくといたネクタイの姿で。上着がだれのものであるのか、ほかに考える必要はありませんでした。 部室を見わたしましたが、ほかにだれかがのこっている様子もありません。 みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、みんなほかに用事があって帰ってしまったのでしょう。 そしてキョンは、ハルヒを起こすのもかわいそうだし、一人にしておくのもあんまりだからと、のこって、起きるのをまってくれていたのにちがいありません。 「キョン……」 さっきまで見ていた夢のことが、ありありと目にうかんできます。いえ、もしかしたら、今もまだあの夢の中なのかもしれません。 キョンのおだやかな寝顔を見ていると、ハルヒの心に太陽が、いえ、銀河がうまれたみたいな気持ちがわきあがってきました。このまま思い切りだきしめてしまいたい気持ちで心も体もいっぱいです。 でも、そのときでした。 「……、かわいいぞ」 そのキョンの寝言をきいたとき、ハルヒはカチンと固まってしまいました。キョンの口から、今まできいたことのない女の人の名前がとびだしてきたからです。 じつは、その名前はキョンの妹ちゃんの名前で、キョンは妹ちゃんが七五三のときのことを思い出していただけだったのですが、ハルヒにはそんなことはわかりません。 ハルヒの心に、めらめらと怒りのほのおが、もえあがってきました。 せっかくまっていてくれたのなら、きもちよさそうに寝ているのを、じゃましないでまっている気づかいをしてくれるのなら、どうして自分が悪夢でうなされていたのに、おこしてくれなかったのだろうと。 こうなると、愛しさあまって憎さ百万、いえ一億倍です。 ハルヒはかけてもらっていた上着を、きれいにたたんで机の上におくと、あどけない寝顔をしているキョンの後ろに立ちました。 そして油断どころか無防備そのものの、キョンの背後から、するどいチョークスリーパーを、万力のような力で首すじにガッチリ決めたのです。 「オトメの痛み、思い知れ!」 悲鳴にならない悲鳴をあげて、キョンはくずれ落ちてしまいました。 ハルヒは、ぐしぐしとそでで目元をぬぐうと、泣きはらした顔を見られないよう足早に、部室からたちさってしまいました。 かわいそうなのはキョンです。 自分一人で勝手にふてねしてしまったからといって、このままカゼをひいたらかわいそうだと、 せっかく上着までかけてあげて、おきるまでまってあげていたのに、この仕打ちです。 むりやり夢の世界からひきずりおろされ、げほげほとむせこんで、息もたえだえになってしまったキョン。 苦しさのあまり、部室のゆかの上で、いも虫のように転がり続けていました。 「まったく、下っぱなんだから、おきて、まっておかないキョンが悪いのよ!」 うつむいたまま玄関まで走りぬけ、靴をはきかえながらハルヒはつぶやいていました。 そして校門をはしりさりながら、キョンの首すじに、技を決めた感かくを思い出していました。 それはやわらかくてあたたかく、脈も息もあって、ここちよいにおいのする生きている人の体でした。 「そうよ。やっぱり、あんなのは夢に決まっているわ!」 でも、夢の中のはずの、みんなの体がつめたくてかたかった感じを、はっきりと体はおぼえていました。 「ただいま!」 いつもの言葉づかいで、家のドアを乱ぼうにあけると、ハルヒはお母さんを無視して自分の部屋にまっすぐむかい、制服もきがえずに、ベッドに顔をうずめてしまいました。 (あんなところで寝ちゃったから、あんなひどい夢をみちゃったのよ!ちゃんとしたところで、ちゃんと寝れば、ちゃんといい夢を見られるんだから!) こうしてハルヒは、自分の家に帰っても、学校でのつかれから、そのまま寝てしまいました。やっぱりあれは悪夢だと決めつけて。 でも、あれは本当に、ただの夢だったのでしょうか? 「がはっ!ごほっ!っつ、ハルヒのやつ……、なんてなんてことしやがる」 ようやく息をととのえたキョンは、ようやく現実の世界に帰ってきました。すると、キョンの携帯電話に古泉くんから連絡が入ってきました。 「古泉、てめえ、よくもオレだけおきざりにしやがったな」 どうやら古泉くんたちは、キョンにだまったまま、三人で部室からはなれたようでした。近くのファミリーレストランからかけてきたようです。 「どうした?また閉鎖空間が発生したって言うんじゃないだろうな?それともほかになにかおきたのか?!」 「いえいえ。涼宮さんと、どう進展されたのか気になったので」 「進展もなにも、こっちは寝てただけだったのに、あやうくしめ殺されるところだったんだぞ!」 キョンはかんかんに怒っていましたが、古泉くんはゆるやかにそれをうけながします。 どうやら三人によると、この日は閉鎖空間の発生が少しあったものの、時間をまきもどしたあとも、情報操作がおきたようすもなかったようです。 もう、これ以上のこっていても仕方がないと、キョンは部室の戸じまりをして帰る事にしました。 まどのカギとパソコンの電源が落ちているのかをチェックして……。 「ん?なんだこりゃ」 キョンはハルヒのすわっていた足元に、なにかが落ちているのに気がつきました。 それは、ずいぶんと古ぼけた、大きな金ぞくの円ばんでした。よくみると、おもちゃのくん章のようにも見えますが、キョンにはそれがなんだかわかりません。 「またハルヒのやつ、へんなものもってきてたんだな」 ハルヒがもってきたものでしょうから、それがなんなのかキョンにはわかりません。 しかし、正体がわからない以上、すてるわけにもいきません。ですので小物入れの中に、そのくん章をかたづけてしまいました。 「まあ、こいつがなんなのか、明日にでもきいてみるか」 ですがキョンは、ハルヒにかけられたチョークスリーパーのことで頭がいっぱいになっていて、そのくん章のことは、きれいさっぱりとわすれてしまったのでした。 ☆おわり☆
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2951.html
1 後ろの席の奴が、俺の背中をシャーペンでつついている。 こう書けば、下手人が誰かなど説明する必要はまったくないと言っていい。 なぜなら、俺の真後ろの席に座る人物は、この1年と3ヶ月余りの間に幾度席替えがあろうと、いつも同じだからである。 「あのなぁハルヒ。」 「何よ」 「そろそろシャツが赤色に染まってきそうなんだが」 「それがどうかしたの」 クエスチョンマークすら付かない。涼宮ハルヒは今、果てしなく不機嫌である。 去年も同じ日はこいつはメランコリー状態だったなぁと追想にふけることにして、俺は教室の前方より発せられる古典の授業と、後方より発せられるハルヒのシャーペン攻撃をしのぐ。思えばこの日は俺の今までの人生の中で最も長い時間を過ごしている日で、それは俺がタイムスリップなど無茶なことを2回もしているからに他ならない。 俺の、そして恐らくはハルヒの人生でも印象深い日。今日は七夕である。 去年と違うのは、こいつの憂鬱の原因を知っていることだが、かといってまさか「俺はジョン・スミスだ」などと言う訳にもいくまい。切り札はとっておかねば。というわけで、やはり俺はハルヒに小突かれ続けなきゃいかんらしい。今日は早めに学校を出て俺の家でSOS団七夕パーティーをやることになっているんだが、この機嫌で大丈夫なのかねぇ。ともかく、早く朝比奈さんのお茶が飲みたいね。俺にとっちゃ「かいふくのくすり」以上の効き目があるからな。あれは。 そんなこんなで終業のベルが鳴り、俺はさっさと部室へ退避する。 「はぁーい。」 ノックに応えてくれた朝比奈さんはすでにメイド服に着替えていて、いつものごとく俺に熱いお茶を淹れてくれた。俺は団長机に腰掛けてパソコンの電源を入れ、SOS団公式(学校的には非公式)サイトを開く。 「内容がない」というサイトのカウンタが回らない根本的な原因にようやくハルヒは気づいたようで、数週間前から活動日誌を団員持ち回りで更新するという面倒な行為を始めたのだが、長門が更新した回は数秒で読み終わるか、読み終えるまでに数時間はかかるとてつもなく長ったらしいコンピュータの話になるかの両極端だし、朝比奈さんが書いた文章はハルヒによって却下され代わりに写真をアップロードされているし(俺が気づいて削除したのはつい3日前だ)、古泉は古泉で長々しいミステリ論ばかりだし、ハルヒに至っては言いだしっぺのくせにサボるか、意味わかんない方程式だのを書くかなので、まともに日誌と呼べるのは俺が更新した分だけなんじゃないか? 「カウンタの回りが数倍にアップしたんですし、いいじゃないですか」 「そうは言うがな。古泉。」 「涼宮さんも満足げですし、問題ないですよ。彼女の精神の安定に寄与していることは間違いありません。精神自体はここのところ不安定ですがね。ま、今日はさらに安定しないでしょう」 まさにその通りだよ。痛む背中をさすりながら、今日のハルヒの様子を説明してやる。テーブルに座って本を読んでいる長門にお茶を渡すと俺の隣に来た朝比奈さんは、 「七夕は色々ありましたもんね」 と話しかけてきた。 「そりゃそうですね。タイムスリップしたり、世界を再改変したり――」 俺の回想はドアがノックなしに勢いよく開く音で中断された。一瞬の間。 「やぁ、ごめんごめん。遅れちゃった」 おい待てお前。さっきまでの不機嫌はどこいったんだ。去年と同じように竹を担いだハルヒが、にんまりと笑いながら入ってきた。全く、谷口によく似た人間をアシスタントにしている某番組のナビゲーターよりも態度がコロコロ変わる女だ。 「今年もみんなで願い事を書くのよ。毎年メッセージを送り続けなきゃ織姫と彦星だって忘れちゃうわ。」 今年もってことは、その竹もまた私有地の裏林からパクってきたのか。 「バレなきゃいいのよバレなきゃ。」 ハルヒは窓際に竹を置くと、俺を押しのけて団長席につき、中をゴソゴソと引っ掻き回し、短冊を取り出す。 「ちゃっちゃと書いて、早めにキョンの家に行きましょ」 実を言うと、俺の違和感は、この時からすでに始まっていた。 さて、何を書こうか。ヒントを得ようとハルヒのをみると、「彦星とさっさとくっついちゃいなさい」「織姫とさっさとくっついちゃいなさい」と書いてあった。 こいつにしてはなかなかロマンチックじゃないか。 「ちょっとキョン!なに見てんのよ。馬鹿なことしてないでさっさと書きなさいよ」 見えるように置いとくのが悪い。大体なに照れてんだよ。 「べっ、別に。」 ちなみに他の3人はというと、駄目だ、去年と似たり寄ったりで参考にならない。悩んだ挙句俺は、「毎日楽しい日々を過ごせますように」「無事に天寿を全うできますように」と書いたのだが、 「ふーん」 俺の短冊を見たハルヒは、なぜか複雑そうな顔をしている。 恐らく、この短冊が最終的な引き金だったんだろうな。 2 この後俺たちは全員そろって俺の家に移動して、何かの記念日を建前にかなりの頻度で開催されるSOS団的パーティーを楽しんだ。いつもそうだが、ドンチャン騒ぎである。途中で妹が乱入してきたのでなおさらだ。ハルヒがいつかの孤島の反省から酒をNGにしていなかったらと思うとゾッとするね。ツイスターやら2台つなげたノートパソコンやらありとあらゆる物が部屋の中に展開され、これを見て楽しくなさそうという感想を抱くものは一人もいないだろうな。 だが、なんだろう。この違和感は。 みんな楽しそうだったにもかかわらず、俺は漠然とした違和感を持ち続けていた。その正体をつかんだのは、すでにパーティーが始まってかなり経ってからだった。 それはほんの些細な違い。だが俺には、ハルヒのが無理をしてハイテンションを装っているように感じられたのだ。これはハルヒの精神分析医になれそうな古泉も同意見なようで、階下に飲み物を取りに部屋を出た俺は、古泉の「トイレに行ってきます」という声を聞いた。 「涼宮さんの様子がおかしいのはあなたもお解りでしょう。いやな予感がします」 廊下での会話だ。 「一体何が原因なんだ?」 「先ほど部室で言いそびれましたが、涼宮さんの憂鬱の原因は単なる七夕の思い出ではないのでしょう。彼女ははあなたを疑っているんですよ。」 「どういうことだ?」 「あなたにはお解りのはずですよ。とにかく、気をつけてください」 それだけ言うと、古泉は戻って行ってしまった。分かるような分からないような。どうすりゃいいんだ? 結局、その後しばらくして、パーティーはお開きとなった。帰っていくときのハルヒにも、無理している感じは残っていた。 自分の家でこういう行事をやることにはメリットとデメリットがあり、メリットは家に帰る手間が省けること、デメリットは騒ぎで部屋が見事にカオス状態と化すことである。いつもお嬢さまと少年執事に散かされた部屋を片付けるメイドさんの気持ちが良く分かる。しかし、帰るのと片付けるのではどっちが手間がかかるんだろうね。そんな事を考えながら部屋を片付けていると、くそっ、ノートパソコンの電源が付きっぱなしじゃねぇか。「キョン、あんたが明日持ってきて」と命令し、俺の反論は都合よく聞かずに放置してってんだから、電源ぐらい切って帰れてーの。 電源を切ろうと本体を開くと、テキストエディタが起動していた。 YUKI.N あなたはあなたの思う通りの行動をとればいい。 実に長門らしい、簡潔な文章である。だが長門がこういうメッセージを残すということは、何かが待ち構えていることと同義なのだ。 風呂に入り、俺は床に就いた。異様なプロフィールを持つ3人からの追加連絡はなかったからな。 3 うん、「また」なんだ。済まない。また俺はここに来ちまったようだ。 もう今度はレム睡眠談義は不要だろう。 ――キョン、起きて―― 予想通りというべきか、俺の夢にハルヒの声が乱入してきた。あまりいい夢ではなかったから惜しくはないけどな。 また首を絞められるのは嫌だと思いつつ、そんな思念だけで起きられるものなら俺は毎朝学校に行くときに苦労しない。結局、めでたく俺はまたしてもハルヒに首を絞められる運びと相成った。 さすがに目を開く。やはりというか―― 記憶そのままの奇妙な光に照らされた学校であった。 セーラー服を着たハルヒが俺の顔を覗き込む。ということはと思い、自分の体を確認してみると、やはり着ているものはスエットではなく制服だった。 「何なのかしら、ここ。去年と同じよね?」 「どうやらそうみたいだな」 さすがに2回目ともなると、ハルヒも驚いていない。 「キョン、とりあえず部室に行かない?」 その意見に否やはなかった。どうせそこ以外に行くところはないしな。パソコンを起動したらまた何かあるかもしれん。 荒々しくも手っ取り早い方法で職員室から「ぶしつのカギ」を手に入れ、部室棟へと向かう。 「あんたと話したいことがあるの。」 部室に着くなり、ハルヒはこう切り出した。普段は見せることのない、寂しそうな、不安げな、弱気な表情である。 「あんた、あたしに何か隠してない?」 さて、何のことだろう。心当たりがないのではなく、ありすぎて何のことだか分からないのである。 「この間、あんたが休みの日にみくるちゃんや有希や古泉君と一緒にいるところを見たのよ。それと、」 そう言いながら、ハルヒはそれ取り出した。 それは、 1年前のこの日、長門から受け取り、4年の時を過ごした、ハルヒの考えた宇宙人語が書かれた短冊だった――。 「あたし、昨日あんたの家に勉強教えに行ったでしょ?あのとき、あんたがトイレに行ってる間に、何気なく箪笥の引き出しを開けてみたら、これが出てきたの」 なるほど、疑うというのはこのことだったのか、古泉。しかし、自分の迂闊さのせいでまたしても世界崩壊の危機に直面することになるとは。 どうする?俺。だが、答えはすでに俺の胸にあった。 「この短冊に書かれている記号はね――」 「今から4年前にお前が東中の校庭に書いた、馬鹿でかいミステリーサークルのと同じ記号で、意味は『私は、ここにいる』だろ?」 このとき俺には、全てをブチ撒ける覚悟ができていた。世界がどうなろうともうどうだっていい、と思っていたわけではない。全てを曝しても、こいつは世界を変えることはないという自信がなぜかあったからだ。 「4年前の今日、東中に侵入したのはお前一人じゃない。女の子を担いだ高校生が一人いて、お前の線引きを手伝った」 ハルヒの表情が、不安から確信へと変わってゆく。 「俺は、ジョン・スミスだ」 4 「やっぱりね」 それから俺は、ほとんどの真実をハルヒに話した。ただ、こいつが神だとか進化の可能性だとか時間の歪みだとかというところは、改変された世界のこいつに対してもそうだったように、世界を変化させる力があるらしいことだけにとどめておく。俺にだってどれが本当なのかわからないしな。 殺風景な部屋で長門の電波話を聞かされたことから始まり、マッドな朝倉の襲撃、大人版朝比奈さん、閉鎖空間と神人、七夕の時間遡行、カマドウマ、15498回も繰り返された夏、映画撮影、改変された世界、それらにまつわる未来人・宇宙人・超能力者の組織・・・ 話していると、それぞれの光景が脳裏によみがえってくるようだった。俺の大切な思い出たち。それを今まで、目の前にいるこいつは知らなかったのだ。 そういえば、この閉鎖空間に神人は出現していないな。前回ここに来たときはもっと早く現れていたが、つまり、ハルヒの精神状態はイライラではなく、2人でここに来た理由もイライラではないのだろう。 言うべきことを全て言い終え、さてどうしたものかと考えていると、 「今度はあたしからも伝えることがあるの。」 って、まさかハルヒにも、俺に隠していたことがあるのか? 「そうよ。でも、あなたがジョンだって分かってない限りは伝えられない話なんだけどね。」 一呼吸おいて、 「あんたが去年の夏と冬から来たっていう4年前の七夕、なんであたしはあんな大きな図形を書こうとしたかわかる?」 あたしは宇宙人とか、未来人とか、超能力者が目の前にフラッと出てきてくれることを誰よりも望んでた。中学に入って、いろんな、そのときのあたしが考えられる限りの全ての方法で、何とかして特別な存在を見つけようとしていたの。 でも、何も出てこなかった。それに、周りの人たちが私を避けるようになった。そりゃそうよね。小学生のときのあたしがあれを見てもきっと避けてたと思うわ。だから、野球観戦に行ってから色あせたように感じてたあたしの日常は、限りなく無味無色になってしまったの。誰も自分のちっぽけさに気づいてない。誰もあたしのことを解っちゃくれない。だからね、あたし、決めてたの。 ――あの七夕の日、あの校庭にメッセージを書いて、そこに屋上から飛び降りて、全宇宙にメッセージを発信してやろうと。 家の自分の部屋には遺書をちゃんと残したし、もう図形を書いて飛び降りる以外にすることはなかったはずだった。 でも、校門をよじ登ってるとき、予想外のできごとにあった。あんたと出逢ったわけね。あのときのあんたほど、私の印象に残った人間はあんた本人以外ないわよ。「やれやれ」とかいいながらも、あたしを手伝ってくれて、宇宙人も未来人も超能力者もきっといると言ってくれた。 だから、あたしは、死ねなかった。やることが残ってしまったの。やるなら最後まで徹底的に不可思議な存在を探してやろうと思った。高校に入って、高校生になったあんたに出会うまで、ジョン――キョンはあたしの唯一の心の支えだったの。だからSOS団を作れたのも、今こんなに楽しい毎日を過ごせてるのも、ぜんぶキョンのおかげ。 このときの俺がどんな表情をしていたか、キャプチャー職人がいたらアップロードしてほしいぐらいだね。しばらくの沈黙の後、ハルヒは再び口を開いた。 5 「それからね、あんたの話を聞いて一つ不思議なことがあるのよ。あんたが前に会ってた佐々木って子、あの子もここみたいな、閉鎖空間って言うんだっけ?を持ってるのよね?」 「それはまず間違いないな。なんせ俺が実際に入ったんだからな。」 「実はね、あたし、あの子の顔を見たことがある気がするのよ。」 「確かに4月の頭に駅でお前と佐々木が出会ったときも、初対面にしては2人とも変だとは思ったが。でも、お前は佐々木のことを何も知らないんだろ?」 「そうよ。でも、・・・ううん、説明すれば分かると思うわ。あんたはあたしに変な能力が発生したのは今から4年前だって言ったわよね?あれは忘れもしないわ。」 中学に入って、あたしが世界に訴えようとする行動を始めて周りから避けられ始めて少しした日の夜、変な夢を見たの。 なんか自分がワープしてるような感じがする、変な空間を猛スピードで移動してる夢だったんだけど、自分が進む先に女の子が一人いたの。その子が移動するスピードはあたしより遅くて、しばらくして追いついたのね。そしたら、その子があたしの方を向いて、 『全てを君に託すことにしたよ。君ならうまくできると思うよ。よろしくね』 って言ったの。あたしは意味がわかんなくて、とりあえず『うん』って言って、もう少しまともな答えをしようと考えたの。でも、気が付いたら、その子はあたしよりずっと後ろの方にいた。 彼女は一回うなずくと、全身から、白い、まばゆい光を発したの。その光はあたしの方に向かってきて、次の瞬間、あたしは光に包まれた。その光が自分の中に入ってくる感覚が気持ち悪くて、そこで目を覚ましたの。 「その女の子が佐々木じゃないか、ってことか。」 「そう。今でもその夢は鮮明に記憶に残ってるの。去年あんたとここに来たのが夢じゃないって解ったから、あたしが覚えてる夢で一番はっきりしてるものに昇格したわ。もしかして夢じゃなかったのかしら。」 「その可能性もあると思うぞ。」 口ではそう言ったが、俺はその記憶が夢であるとは微塵も思っていなかった。ハルヒもそうなのだろうが。そうなると、ハルヒの能力がどこから来たのか、説明がつくことになる。そしてその能力がどういう形態をしているのかもな。 「いや、俺は夢じゃないと確信している」 何故だかは解らない。ただ、自分の心中に反することを言ったことに心が疼いたのだ。もう、こいつに対して隠すべきことはほとんどないのだ。俺の部屋のベッドの下のようなものを除いてはな。いや、それすらも隠すべきではないのかもしれない。って、なに考えてんだ、俺。 6 「あんたがジョンだって可能性は、入学したときからずっと考えてたのに、いざ本当となると結構混乱するのね。てことは、SOS団の名前の由来も知ってるわけよね。」 「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく、だろ?」 「そう。でも、本当はもう一つ意味をかけていたの。SOSそのままの意味よ。この団なら、色のないあたしの日常を救助してくれるんじゃないかってね。」 「・・・」 俺は、しばらくの間、言葉を返せなかった。毎日が限りなく退屈に感じられる日常とは、どのような心地がするものなのだろうか。今、こいつは幸せなのだろうか。いや、何かあるからこそここに俺を連れてきたんだ。それは何だろうか。それはずっと俺が感じているモヤモヤと同じなのかもしれない。 「あたし、バカよね。」 「いきなり何を言い出すんだ」 「だって、去年この世界から帰ってきたあとの喫茶店で、あんた真相を言ってくれたじゃない」 ああ、軽く一蹴された挙句、財布持ってないからと奢らされたあの喫茶店での会話か。 「しょうがねえよ。あんな話を突然されて信じるような奴がいたとしたら、そいつはオレオレ詐欺に何回も引っかかるだろうよ」 「自分で望んでたくせして、目の前の真実をむざむざ見逃すとはね。でも、今なら例えあんたがどんな突飛な話をしても、信じる自信があるわ。」 俺が感じているモヤモヤは、今までにない速さで輪郭を形成しつつあった。 「そんな事を言うなら、俺もカマドウマ並みの阿呆だな。」 「コンピ研の部長の家に出たっていうあれ?」 「はは、それに違いない。真実をブチ撒けたのに、まだお前に話せていない大事なことが2つもあるからな。」 「一つ目。俺もかつてはお前が望んでいたような世界を望んでいたんだ。だが、俺はそれを早々に諦めてしまった。だから、高校に入ってお前を見たとき、正直お前の生き方が羨ましくなった。かつて望んでいたような世界が現実になって、やれやれと不平をたらしながらも、俺はこの日常が楽しくてしょうがないんだ。」 「心配しなくても、そんなこと解ってるわよ。あんたを見てれば解るの。」 しばしの沈黙。 なぜここで沈黙かって?モヤモヤが完全にはっきりした俺にとって、二つ目の『大事なこと』を告げるのには勇気が要ったからだ。ハルヒはハルヒで何かをしようかしまいか迷っている表情をしている。 俺が少ししかない勇気をかき集めて口を開こうとしたまさにそのとき、ハルヒが言葉を発した。 「そんなこと、言うなら、あたしにも言うべきことがあるわ。・・・あたしね、あん――」 「おっと、俺の二つ目がまだ言い終わってないぜ。 ハルヒ、好きだ。」 「ちょっとキョン!先に言わないでよ!あたしだって、・・・あんたのことが、・・・好きなんだから・・・」 こんなに赤くなったお互いを見たことはないと断言できる。だが、そんなことは、今の俺たちには関係ないね。 「キョン。」 「ハルヒ。」 ごく自然と、真っ赤なハルヒの顔が接近してくる。ハルヒが接近してきたか、俺が接近したかなんて、もう、俺にはわからない。 俺たちは、唇を重ね合わせた。 さまざまな思念が、奔流となって、俺の頭の中を駆け抜ける。やがて、その全ての思いが、一点へと収束していく。すなわち、こいつ、涼宮ハルヒを愛しむ想いへと。こいつとずっと一緒にいたい、そう思った。 永遠とも思える時間のあと、不意に俺は重力の消失を感じた。そういえば今いた場所は閉鎖空間だったか。 ってことは、次に気が付くのは、自分の部屋の、自分のベッドの上か。 この予想は間違っていなかった。予想通り、次の瞬間にいた場所は、俺の部屋の、俺のベッドの上だったが、二つの点で、前回閉鎖空間から戻ってきたときと異なっていた。 つまり、一つ目は俺「たち」が制服を着たままだったことで、もう一つは今の表現からお解りの通り、俺とハルヒは抱き合い、唇を合わせたままだった。 さて、ここから翌朝までは、記述を差し控えさせてもらおうか。 7 翌朝、俺がハルヒを家族に見つからないように外に出すのに、負傷した女スパイを導く某ダンボール使いの潜入のエキスパート並みの細心の注意と行動を要したのは、言うまでもないだろう。 鞄を取りにハルヒの家に立ち寄った後から学校に到着するまで、俺らが手を繋いだままで登校したせいか、「俺とハルヒがくっついた」という噂は、ハルヒと朝比奈さんがバニーガールの衣装でビラ配りしたあの伝説の事件の噂よりも早く広まった。授業中も俺のほうを向いてはニヤニヤしていた谷口は、 「キョンにはお似合いだと前から思ってたぜ。てかお前にはあいつ以外に合う奴がいねえだろ。」 などと言っていた。つーかお前も早く彼女つくれよ。 その日の古泉との会話である。 「僕にとって、一番興味深かったのは、涼宮さんが言っていたという佐々木さんの話ですね。」 「あれは俺も俺なりに考えてみたんだが、佐々木がハルヒにあの能力を渡したってことなのか?」 「簡単に言えば、そうなるでしょう」 「だが、それなら橘京子たちの組織はもっと昔からあってもいいようなもんだが」 「そこですよ。ちょっと推測してみましょう。佐々木さんのような人が、自分のイライラを制御する組織を必要とするでしょうか?答えはノーです。僕たちの『機関』も、彼女たちの組織も両方とも涼宮さんが創り出したと考えるのが妥当でしょう。」 「よく意味がわからん」 「涼宮さんがあの能力を得たときのことを考えてみましょう。突然能力を得たと知った、彼女の無意識下の理性は、どう考えるでしょうか?ここで二つのパターンが予想されます。一つは、自分を制御してくれる存在があれば大丈夫だろうという、どちらかという楽観論的な思考です。そしてもう一つの思考パターンは、自分がこの能力を持つことは危険だ、だから元の持ち主に戻すべきだという、若干悲観論的な考え方です。」 「ってことは、」 「僕たち『機関』は、涼宮さんの前者の理性を反映し、橘さんの組織は後者の理性を反映しているのですよ。だから、涼宮さんの理性がせめぎ合っていたように、僕たちも敵対していたのでしょう。」 古泉は続けて、 「ですが、これからは、橘さんのほうの組織は衰退していくでしょう。涼宮さんの中で、自分は『能力』を持っているべきだ、という考えが強くなるからです。彼女が能力を持っていたからこそ、僕たちはここに一同に会することができたのですから」 「まだ解らんことがある」 「どうぞ」 「なぜ佐々木は『能力』をハルヒに渡したんだ?」 「これも僕の推論ですが、佐々木さんは世界が自分の思い通りになって欲しくなかったんでしょう。そして、4年前、何かで世界が自分の思うように変わってしまうのを見てしまう。彼女はこの能力は自分には必要ない、もっとこの能力にふさわしい人のものであるべきだと考えたのでしょう。」 「それがハルヒか。」 「そうです。涼宮さんは不可思議な現象を誰よりも望んでいました。だから彼女に『能力』が授けられたのでしょう。ともかく、そのように考えた佐々木さんは新しい世界を創造し、そこに1日前の時点の全てをそっくりそのまま移動した、このように考えると辻褄が合います。」 「ハルヒが言ってた移動する感覚はこのことか。待てよ、すると、未来人が4年前より前に遡れないのも・・・」 「その通り。世界が存在しないのなら、遡りようがありませんからね。」 その後のことを、少し話そう。 それからも、ハルヒが事の真相を知っていること、俺とハルヒが一緒にいる時間が増えたことをを除いては、以前と同じSOS団的な日々が続いた。相変わらず違う時空の未来人やら天蓋領域やらとドタバタも続いたが、今度は本当に5人全員で切り抜けてきた。夏休みの合宿第2弾やら、映画やら、バンドやら、相変わらずである。 以前、長門や古泉や朝比奈さんが心配していた「ハルヒが真相を知ることによる弊害」は起こらずに済んだ。その理由を一番端的に表しているのは、ハルヒの 「こんなすごいこと、他の人に知らせたらもったいないじゃないの。これはあたしたちSOS団だけの秘密なんだからね!」 という科白だろう。 ――時は変わって7年後、今日は7月7日、いわずと知れた七夕デーだ。 今日は、7年前と同じく、SOS団パーティーが開催される。 今年の七夕パーティーは、SOS団のパーティーでは史上2番目に壮大なパーティーになるはずである。 ここまで言ってしまえば分かる人は解ると思うが、史上最大は去年の今日である。 スペックの異様さを除けばほぼ普通の人間になっている長門や、以前のように偽りではなく、屈託なく笑うようになった古泉とはしょっちゅう会っているが、朝比奈さんには去年の今日、久しぶりに会った。記憶そのままの朝比奈さん(大)の姿で。彼女によると、自分がこのパーティーに参加するのは「既定事項」であったそうな。 以前は七夕になると、決まってブルーになっていたハルヒだが、今はそんなことは全くない。 何でかって?決まっている。 ――今日は、俺とハルヒの、結婚一周年の記念日だからだ。 P.S おっと、書き忘れたことがある。実は今日のパーティーは、ハルヒの妊娠祝いも兼ねているんだ。しかし、名前を考えるってのは、妙に気恥ずかしいな。 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3431.html
ATTENTION SSを御覧の際は 部屋を明るくし、画面に近づきすぎないよう、 ご注意ください。 ・第一話 長門有希の憂鬱 ・第二話 古泉一樹の溜息 ・第三話 キョンの動揺 ・第四話 鶴屋さんの退屈 ・第五話 一年五組劇場 ・第六話 喜緑江美里の陰謀(※未掲載) ・第七話 朝比奈みくるの暴走 ・最終話 涼宮ハルヒの深淵 ・おまけ挿絵1 おまけ挿絵2
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6524.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅰ 『ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい』 と、高校入学の初顔合わせの自己紹介の場で、至極真剣な表情でのたまった女がいたとするならば、たとえ、そいつがどんなに可愛くてスタイルが良かろうとも、大多数の男はコナをかけるのに二の足どころか三の足、四の足を踏む……いや、それ以前に、決して関わらないようにしよう、と心に固く誓うことだろう。 むろん、俺もそうだった。いや、そのはずだったんだが…… 「こらキョン! あんた聞いてるの? 今、大事な話をしてるところなのよ!」 「心配するな。ちゃんと聞いている。明日の不思議探索パトロールのことだろ」 「そうよ。で、あたしが何て言ったのかも聞いてたの?」 それはまだだろ。と言うか、それを今から言う気だったろうが。 「あら、ちゃんと聞いていたのね。意外だわ。なんとなく失礼なモノローグを頭の中に流しているように見えたから聞いてないかと思ってた」 む……なかなか鋭い奴だ…… 「んじゃまあ続きだけど」 気を取り直したハルヒが再び勝気満面の笑顔に戻って、 「明日の不思議探索のテーマはUMAと心霊現象よ! と言う訳で、午前9時にいつもの駅前集合ね!」 んまあ、関わっちまったもんは仕方がない。などと開き直っている俺がいる。 あの十二月の出来事で俺は自分の気持ちに気づいてしまったんだ。冒頭のような感想を持っていた入学当時の俺が今の俺を見たら何と言うのか、なかなか興味深いことでもあるのだが、今の俺から言わせれば当時の俺なんざつまらない奴に映ってしまうだろうから、人間、変われば変わるものだと妙にしみじみしてしまう。それはハルヒにも言えることだし、長門、古泉、朝比奈さんも同じだな。みんなSOS団発足当時と比べれば明らかに変わったと言っても過言ではないだろう。 ん? ああ、ハルヒが何で宇宙人、未来人、異世界人、超能力者って言わなかったか、ってことか? そりゃそうだろ。 なんたってハルヒはもう、俺たちの正体を知ってしまったからだ。 長門が宇宙人、朝比奈さんが未来人、古泉が超能力者で、自分に新しい世界を創造できる力があるということをな。知らないことと言えばハルヒは自分が想像したことを現実化できる力を持っている、てことくらいだ。 むろん、俺がジョン・スミスだということも知っている。もっともだからと言って俺たちの関係が変わる訳じゃない。 むしろ、ハルヒが望んでいたのはこういう団体なんだから最近は機嫌が最高潮にいい日しかないくらいだ。 さらに加えるなら、ハルヒは異世界人との邂逅も果たしている。 ただ、異世界人は少し勝手が違っていて、この世界の存在ではないだけに、ハルヒが望んでもハルヒの力の影響を全く受けないものだから、そうそう出会えるものではないらしい。なんたってハルヒもこの世界の存在だからな。てことはこの世界じゃない世界まではその力が及ばないって訳だ。 とと、話を戻すが、どうして今だに不思議探索なんぞをやっているかと言えば、ハルヒの不思議への欲求が目的対象を見つけたからと言って、それで弱くなることはないからだ。見つけたなら次の不思議へと突っ走る奴だしな。 だから探索目標が変わったのさ。 ところがだ。 ハルヒの夢が叶った現実を快く思わない人間というものもいるんだよな。 ……いや違うな…… その人たちは別段、ハルヒを悲しませようとか困らせようとかなんて微塵も思わなかったはずだ。それは断言してもいい。 ただ、都合が悪かったんだろう。自分たちにとってではなく、少なくともハルヒと俺にとっては……いや、もしかしたらSOS団にとってもか? だからこそ、心を鬼にせざる得なかったんだろうな。 俺は今、心からそう思う。 てな訳で、話は今回の不思議探索パトロール当日の午前七時半ぐらいから始まるだろうか。 いきなりで申し訳ないが、ちょうど着替えが終わった俺は目を丸くして口をぽかんと開けて絶句した。 「さて、質問があるけどいいかしら?」 なぜなら、俺の目の前には見覚えはあるのだが、もう二度と会えないと思っていた人物が、文字通り、突然、現れたから。 癖っ毛でやわらかそうな腰まで届こうかという頭髪を、一度、さらりと掻きあげて、 「あなたはあたしの知ってるキョンくん、よね?」 「ア……アクリルさん!?」 艶やかな髪をふわりと揺らす彼女を俺は見紛うはずがなかった。 「ふぅ、よかった。今度こそ蒼葉(あおば)の補正がうまくいったみたい。やっと、ちゃんと目的地に着いたのね」 苦笑とも自嘲ともとれる笑顔を浮かべる彼女を俺は忘れるはずがない。 容姿端麗、プロポーション抜群、山吹色のノースリーブシャツに、スカイブルーのホットパンツ、までならなんとも艶めかしい姿を想像できても、ヘアカラーが桃色でマントを羽織ってた日にゃ、コスプレ会場以外であれば絶対に頭を疑われるような風体だったりすることだろう。 しかし、あくまでそれはこの世界で、のことだ。 本来、彼女が住む世界ではそこまでの違和感はないはずである。 なぜならば。 この人は異世界に生きる魔法使いだからだ。 言っておくが嘘でも冗談でもないぞ。 彼女が出した名前、蒼葉さんとは、ハルヒの創り出した閉鎖空間で出会い、その後、俺がハルヒに関わってしまったばっかりに得体のしれない存在に目を付けられて蒼葉さんと彼女が住む世界に飛ばされてしまったことがあったんだ。その時は、ハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉の尽力と蒼葉さんとこの御方の協力で俺を元の世界に戻してくれたのである。その時に使用したのが『魔法』だったし、俺は彼女が魔法を振るう姿もこの目でしかと見た。 だから間違いない。 しかし、彼女たちは言ったはずである。自分たちと俺たちが再会する可能性は皆無に等しいと。 なら、どうして今ここに現れた? 「はい、モノローグ説明ごくろうさん。オリジナルキャラクター登場シリーズでしかも連作っぽいから色々と面倒なのよね」 「いや、それは言ったら身も蓋もないと思うのですが?」 「仕方ないでしょ。あなたは大丈夫でも、オリジナルキャラクターを快く思わない人も決して少なくないみたいで、賛否両論。しかも両極端だし……って、いつまでもこの話題で引っ張るわけにもいかないわ」 それもそうですね。んじゃまあ話を戻しますけど、 「どうしてアクリルさんがこの世界に……?」 当然の疑問をぶつける俺。 「うん。ちょっと困ったことが分かったんでどうしてもこっちに来なきゃいけなくなったのよ。なかなか大変だったけどね。ここに着くまでに何度別の並行世界に辿り着いてしまったことか……まあ何にせよ、ようやくうまくいって良かったわ」 困ったこと? 「覚えてる? キョンくんをこっちの世界に戻すときに話した後遺症のこと」 「ああ……あれですか……」 俺は思わず苦虫をつぶした顔をした。 それは仕方がない話で、蒼葉さんとアクリルさんが俺をこっちの世界に戻す際に使った魔法、まあ、それしかなかった訳だから仕方ないっちゃ仕方ないことではあるのだが、その魔法=召喚術の影響で俺はハルヒと、そして今は長門にも絶対服従の責務を背負ってしまっているのである。その所為で毎日、どうにも苦労が絶えないんだ。なんせあの二人にまったく逆らえなくなってしまったわけだからな。どんな無茶でも聞いてしまっている俺が忌々しい。何度か本気でこの世界に戻って来なければ良かった、なんて考えてしまったほどだ。 そんな俺の表情が目に入ったアクリルさんがウインクをしつつの笑顔で続ける。 「それを是正しに来たのよ」 って、なんですと!? むろん、俺は驚嘆と希望で、比喩表現ではあるが胸が朝比奈さん並に膨らんだ気がしたぞ。 「で、何でこんな格好しなきゃいけないの?」 「ええっと……アクリルさん、ご自身の姿形をちゃんと自覚していますよね……?」 ここはアクリルさんが本来住んでいる世界ではない。 桃色の髪もマントも肩当ても標準装備のはずがない。ならばこっちの世界の流儀に合わせてもらわないと後々面倒なことになる。 しかも、このアクリルさんから「今回は別に慌てる必要がないから、少しこの街だけでいいんでこっちの世界を案内して」とせがまれたのである。 理由か? んなもん決まっている。ただの好奇心だ。 というか、俺だってもし、絶対に元の世界に戻れる保証があるなら、アクリルさんの住む世界を案内してほしいと思うことだろう。 それだけ『異世界探検』という行為は胸を躍らせるものだ。それはアクリルさんも同じなんだ。 しかしだからと言って事情を知っていれば『異世界人スタイル』で割り切れるだろうが、圧倒的大多数の事情を知らない人間が見ればアクリルさんは異様な姿にしか映らないことだけは確かなんだ。しかも案内を頼まれたということは俺はご一緒しなければならず、万が一、SOS団以外の知り合いに見られてしまえば、次回の登校からは疎外感たっぷりの視線に晒されるであろうことは想像に難くないんだ。一応は社会性を大事にしたい俺としては、それは是が非でも避けたいので変装をお願いしたのである。 という端的な説明をアクリルさんにはもっと丁寧かつ慎重に伝えた。 「分かったわよ。なら仕方ないわね」 ふぅ、どうやら理解してくれたようだ。証拠に彼女は髪を黒く染め、黒のカラーコンタクトを嵌めている。 「……別にあたしはどっちでも構わないんだけど」 ん? 何か言いました? 「ああ、聞こえても聞こえてなくても大丈夫よ。大した話じゃないから」 そうですか。 おっと、それとアクリルさんって呼び方も変えていいですか? 「何で?」 「蒼葉さんなら違和感ないんですけど、この世界、と言うよりこの国ではカタカナ名前はまだまだ稀なんです。怪しまれないためにも別の呼称の方がいいかと」 「ううん……そんな大袈裟なことでもないと思うんだけどなぁ……だいたいキョンくんだってカタカナ名前じゃない」 大袈裟なことになります! その髪の色と名前は明らかに不自然なんですから! あと俺は本名じゃなくてニックネーム! 「ふうん、そうなんだ。でもまあ郷に入っては郷に従え、ね。キョンくんの提案を受け入れましょうか。で、あたしのこと、何て呼ぶことにするの? あ、キョンくんの本名はいいわ。覚えても多分、今回の任務を終えて向こうの世界に戻ってしまえば、もう会えない可能性の方が圧倒的に高いし」 なんかアクリルさんの態度がどうにも釈然としないんだがまあいいとしよう。 世界が違うんだから常識が違うのかもしれん。 って、向こうの世界にも『郷に入っては郷に従え』なんて言葉があるんだな。 「そうですね。『さくら』さん、というのはどうでしょう? この国の代表的な花でみんなに愛されています」 「なるほど。その花の色が桃色な訳か」 ぎく。 「気にしなくていいわよ。別に怒ってないから。そもそも向こうの世界でもあたしの一番の特徴はこの髪の色なんだから今さらってやつよ」 その割には少し目が怖いような…… あっそうか。そりゃそうだよな。俺だって慣れてしまっているところはあるが『キョン』って呼ばれるのはあまりいい気しないもんな。それと同じだ。 「何か思い当るところがあるみたいね。ま、いいけど。ところでとりあえず今日はこっちの指定で案内してもらえないかしら?」 「え? どこに?」 「んと……前にキョンくんが魔石を通じて交信していた相手で、あたしからは顔とかはよく見えなかったんだけどキョンくんと抱き合ってた女の子が居るところ……名前なんだっけ?」 だ、抱き……!? 「そ。あの女の子の名前」 …… …… …… 『抱き合っていた』はスルーですかーそうですかー。 「どんなツッコミを期待していた訳?」 い、いえ……別にそう言う訳では……!? 「だったらあの子の名前教えて。もう会うことない、って思ったから覚えてないのよ」 そう言えば蒼葉さんも同じようなことを言ってたな…… 「ハルヒです。あ、そう言えば今から集合なんですけどアクリ……じゃなかった、さくらさんもご一緒にどうです?」 「ん? お邪魔じゃないの?」 「いや……そういうんじゃないんで……その……他のツレもいますから……」 「なんだ。みんなで遊びに行くってやつか」 「まあ……似たようなものです……」 俺は苦笑を浮かべるしかない。遊びに行くことで間違いはないのだろうが、普通の高校生がやるような遊びじゃないしな。 「んじゃあ早速、行くわよ」 「へ?」 そんな俺の心の内を知らないアクリルさんは俺の手を取って、窓を開けた。 って、まさか! 「集合場所までの案内よろしく!」 満面の笑顔を浮かべて、アクリルさんは開け放した窓から飛び出した。 「レビテーション!」 真っ青に晴れ渡った空の下へと、俺たちは舞い上がったのである! つか怖っ! 速っ! て、手を離さないで下さいね! ね! 涼宮ハルヒの遡及Ⅱ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2816.html
その日がいつであったかは思い出せない。ただ何となく印象的な日だった。 いつものように変わらない部室で、変わらない日常を送っていただけだ。日々のどか、時々ハルヒ、ただそれだけだ。 そしてその日はどちらかというとのどかな部類に入るのだろう。俺たちは部室でいつもの役割を果たしていた。ハルヒはグチグチいいながらパソコンにかじりつき、何かまた予定を立てようとしている。どうせろくでもない、と思う矢先にこちらに強烈な眼光が飛ぶ。 やれやれ、人の気持ちを読む能力でも持っているのか?こいつは。 無言でまたパソコンに向き直るハルヒをよそ目に、俺はお決まりのカードゲームを古泉としていた。そして朝比奈さんは横であみもの、長門は読書。 いつもとほとんど同じ。ただ何となく話していた話題が家族の事に及んだだけだ。話しているのは主に俺、古泉、たまに朝比奈さん、長門は短い返答をよこすだけだ。 始めは親の趣味やら簡単な親族自慢、自分の位置づけなどなど。古泉と朝比奈さんの話はおおよそほとんど作り話だろう。まず第一に小泉は小泉八雲の子孫な訳はないし、朝比奈さんは話すまえに「ええっとぉ」と人差し指を唇にあてながら数分悩んだ末に話している。所々話に辻褄があっていなかったですよ、朝比奈さんとつっこんでやりたい位だった。 長門はただ「いる。」とか「少しは。」とかこっちからの質問に答えるだけだ。無論宇宙の話は出てこない。考えるまでもなくただの嘘っぱちだ。 結局本当の事を話すのは俺だけか。なんて思っていると、俺に朝比奈さんが問いかけてきた。 「キョン君のお父さんは、どんな人なんですか?」 この問いに答える時、俺は少しだけ躊躇する。そしてそんな躊躇した自分をたまに少し嫌になる。 「ほとんど覚えていませんね。」 一瞬の沈黙。 古泉は苦笑してカードに目を落としている。長門はページをめくる手を少し止めた後、又いつものように本を読み出した。一番驚いているのは、目を丸くする朝比奈さんのような気がする。 「え…」 やっぱり説明してやらなきゃならのかなぁ。 ふと周りを見渡す。朝比奈さんは少し目を潤ませ、古泉と長門はそのまま。団長が頬杖をついたまま、口を小さくOの字に空けてこっちを向いていた。そういえば、さっき小さく声を上げたのはハルヒだったような気がする。 「小学生中学年くらいのときに震災にあって、その時に父親は瓦礫の下敷きになって死んだんですよ。だから、俺の中で父親のはっきりとした記憶はないんです。不思議なものですよね、それくらい大きくなっているんだったら、少しくらいはっきり覚えていてもいいような…。でも、何でか中学高校とくるうちに記憶が遠のいてしまって。」 しゃべり終わっても、周りにこれといった動きは無かった。ただ朝比奈さんだけが明らかに動揺して、 「あの、ええと、じゃあ…」 といっておどおど手首を口元で返していた。ようやく言葉を思いついたのか、小さく言った。 「すいません、ごめんなさい。私、そんな事教えて…知らなくて」 「いえ、いいんですよ。」 少し笑って答えられた。俺も少しは大人になれたのかな? 「仕方ないことなんです。別に親父が悪い訳でも、誰が悪い訳でもない。実際、保険金も何とか下りて、母親も実はそこそこ稼ぎをもっているんで、生活は安定してるんですよ。」 ああ、うう…といいながら朝比奈さんは泣きそうになっている。 本当に、この人は優しいんだな、なんて思った。 「じゃああんたは」 と唐突にハルヒはいった。 「父親を入れた、一家の団欒とかも何も覚えちゃいないの?」 こいつにぶしつけに言われると、俺はなんかムっとする。 「ああ」 適当な感じを出しつつ答えておく。 「父親と遊んだ事も?」 「ああ」 「しかられた事も?」 「ああ」 「誉められた事も?」 「ああ」 「じゃあ、例えば…」 「おい、ハルヒ」 少し最後は低い声で答えた。 「何でお前にそんな詮索を受けなきゃならないんだ?」 「それは、その、…私は団長だから、」 ムスっと唇を突き出すまではいつもと同じだが、また「団長なんだし…」と言ったきり押し黙ってしまった。 「団長だったら、人の過去を洗いざらいしゃべらせてもいいのか?」 「そんなんじゃないわ、私はただ団員の精神状況を把握したくて」 そんなもん把握してどうする気だ。 「団員が正常かどうか判断するのは、団長の役目なの!」 じゃあお前は何か?俺は父親が早くに亡くなった事で何か妙な異変を持ってしまったとでもいうのか?俺は割と普通に今までやってきたつもりだし、実際お前に比べれば全然事件なんざ起こしちゃいない。俺はきわめてまともだ。 「そういう意味じゃないわ!」 「じゃあどういう意味だ?」 「キョン君」 気づくと朝比奈さんが後ろで、困った顔をフルフルと振っていた。 「お二人とも、冷静になってください。」と付け加えるように古泉が言った。 俺はきわめて冷静なつもりだがね。 「嘘よ」 ハルヒは憮然としていう。手を腰に当てて立ち上がっていた。 「あなたがみくるちゃんにしゃべっている時、何だか不自然だったもの。何よ、無理して笑って、声色まで変えようとして」 ハルヒの言葉の端々が俺の心にとげをさすようだった。何故だろう、ふつふつと言葉で表しづらい感情がこみ上げて来るようだ。 「本当はつらいんじゃないの?」 「違う!」と言いたい衝動にかられた。そのかわり俺はギュッと唇をむすぶ。 「悲しいんじゃないの?」 こいつはなんのつもりなんだ? 古泉が「涼宮さん」と言い掛けるとそれを静止するように奴は言い放とうとした。 「本当は父親にいて欲しいって」 「ハルヒ!」 俺は叫んでたちあがっていた。 一歩大きく踏み込んでハルヒに向かい手を振りかざそうとする。 振りかざせない。 気づくと長門が俺の手を止めていた。いつぞやかの高速移動か。 無言で大きな瞳を俺にむけている。 そして、搾り出すようにして小さく言った。 「ダメ…」 俺にしか気づけない悲しそうな表情を読み取り、俺はふと我に返った。 その時には、朝比奈さんが何事か泣きつついいながら俺の足元にしがみついていた。古泉は微笑をくずして真顔で俺を見据えている。 「何よあんた!」 事件の当事者が俺の目の前にやってきて、ふんぞり返った。 「団員のくせに私にたてつく気!?」 少しは落ち着いたが、以前俺は感情の高ぶりの中にいる。後少しで殺意がにじみそうな目で、目の前の女を見据えた。 「あぁ!だったらどうした?」 「そ、そんなに…」 珍しく言いよどむハルヒ。その言葉がいかにも弱弱しく、俺から敵意が消えた。 そしてその顔を至近距離で感情抜きに見たとき、俺はある事に気付いた。ハルヒが少し涙ぐんでいる。 「もう、知らない!」 そういって俺を避けて足早に部室を後にした。 その後の事になる。部室にはハルヒ以外のいつもの面子が少々落ち着かない様子でいる。 俺は泣き止んだ朝比奈さんの出してくれたお茶を飲みながら、さっきの事を回想した。 なんだ、結局俺は… 「これで二度目ですよ?」 古泉が少しきつい口調で言った。 「確かに、あなたの気持ちは分かります。それにこちらもその事情は事前に調べていましたから、もっと上手く止めに入るべきだったでしょう。そして、僕はあなたの気持ちが実際ちゃんと把握できている気でいます。」 そういってため息をつく。 「僕も似たような境遇ですから」 …それは初耳だな。 「別に涼宮さんはあなたに害意があっていった訳じゃなく、彼女なりに気にしてしたからです。あなただって再三に渡ってそういってきたじゃないですか、涼宮さんに人を害して喜ぶ気質があるわけがないと。あの人はあなたに対しては丁寧になれない。だからあんなぶしつけな言い方になるだけで、あれが彼女流の気にする仕方なんです。」 ああそうかい、別に気にされてもうれしくないね。自身五体満足な上に家族までちゃんとそろっていながら、それで何が気に食わんのか異常パワーで世の中ひん曲げながる奴に、俺の気持ちが分かる訳がない。 「気づいていらっしゃらなかった訳ですね」 一体何にだ。 「…」 古泉が珍しく間を貯める。 「この事をあなたに告げるべきかどうか、機関では議論が分かれていました。僕らもつい最近知ったことですから」 だから、一体何をだ? 「知ったら、後悔しますよ。」 そんな事は聞いてみないと分からない。俺の後悔までお前に心配してもらう必要などまるでない。 そう俺が言うと、古泉は軽く目を閉じ、そして目を見開き決意したように言った。 「涼宮さんのお父さんは、あなたと同じように亡くなられております。」 俺はその言葉に脳天をつんざくような衝撃を感じた。一瞬で頭が真っ白になったような気分だ。 「私達の機関には涼宮さんの夢を担当して調べている人間がいます。その担当者達が夢の内容を正確に吟味した結果、さらに新たな事実が発覚したのです。」 一同が古泉を凝視した。 「涼宮さんのお父さんが亡くなられた事が、僕らが言った三年前の事件そのものなんです」 しばらく間を置いて、朝比奈さんが軽く引きつるような悲鳴を上げたのが聞こえた。 「恐らく涼宮さんがあなたをこの団に引き入れたのは、その事からでしょう。あなたから同じ匂いのようなものを感じたのです。そして、だから…」 ふっと、古泉が息を漏らす 「あなたなら、自分を理解してくれると本能的に思ったのでしょう。」 俺は混乱する頭を抱えながら、必死に状況を整理しようとした。 だが、あいつは、単純にこの世をおもしろくないと思ったから変な能力を身に着けてしまったんじゃないのか? 「確かにそれも引き金の一つのようです。ただ、その悩みの最中、認めたくない父親の死という出来事が起こってしまった。そしてまだ幼い自分は何もできない。そこで彼女の混乱はエスカレートした。中学校の頃のエキセントリックさは、それを引きづったものなのです」 確か「私は待っているだけの女じゃない」、ハルヒはそういった。 「何もしなければ状況はますます悪くなる、彼女の最初の思い込みです。そしてトラウマになった記憶を思い出したくない。それ故に何者にも過去を遡らせない能力を持った。はたまた、多くの過程を経て、恐るべき思い込みが世を変える能力を生み出していった」 「あなたの話は正しくはない」 長門が急にいった。 「ただ、それに準じた可能性はある」 「僕は一つの仮説をいっているだけに過ぎません。」 そこから先の話は知らない。なぜなら俺は部室を飛び出していた。驚く部員をそっちのけ、俺はこんな話を聞いている場合じゃない事に気付いたのだ。 ハルヒを探した。俺はあらゆる校舎を駆け巡り、グランドをすみまで見渡した。そうこうしている内にやっと見つかった。 ハルヒは、俺がいつぞやかにしょっ引かれた屋上につながる階段にいた。 息を切らし、俺はあいつを見る。 しばらくすると、そんな俺に気付いてハルヒは俺を見た。 何て事だ! ハルヒは泣いていた。こんな悲しい顔をしたあいつを見た事はなかった。そしてそれは、俺の一番見たくないハルヒの顔なんだと自覚した。 俺達はしばらく無言のままだった。夕日が差す中、そしてやっと俺は言うべき言葉を思い出した。 「すまない」 真っ先にそういった。 「本当に…」 古泉から詳しい事情を聞いた事を言うべきだろうか?いや、それは不自然すぎる。勘のいいハルヒなら何でそんな事を古泉が知れるのか見破ってしまうかもしれない。 それよりも、言葉で何かいうよりも… そんな事を思いながら、俺はハルヒに近づいていた。 最初はそこからどうする気もなかった。ただ近づかねばならないような気がしただけだ。 そして… ゆっくりハルヒを抱きしめた。 ハルヒもそれに任せていた。思った以上に小さい肩が、腕のなかで確かな感触を俺に伝えていた。 それからどれ位たっただろう。ハルヒの涙をぬぐってやると、俺はあいつをひとまず部室につれてきてやった。 だがそこには誰もいなかった。だが今の俺達にはその方が都合いいような気がした。皆が気を利かせたということだろうか。 そして俺達は言葉すくなに帰り道をたどった。ハルヒは顔を下に向けていて、表情をみせない。そのままずっと歩き続け、別れ際になって初めて 「私のほうもごめん」 そうハルヒが言った。 「事情は分かっちゃったんでしょうね。あんなに取り乱した訳だし」 俺は黙っていた。 風が俺とハルヒの間を通り抜ける。その吹きぬける音が消えたとき、ハルヒはつぶやいだ。 「許してくれる?」 顔を下に向けながら俺に聞いた。答えなんて始めから決まっている。 「ああ」 今度は、ちゃんと相手に届くように言った。 もう、お前の事を責める気なんかありはしない。 「うっ」 と少し嗚咽しながら、ハルヒは顔を見せないように俺の肩に顔を埋めた。 するにまかせながら、俺は今度は、朝比奈さんの時のように動揺しないでそこに佇んだ。幸い人通りもなかった。 どれ位時間が経っただろう、俺達は別れて道を進んだ。 そして次の日の朝、あいつはいつものように俺の後ろの席にいた。俺がはいって来るのを一瞥すると、すぐに雲に見入った。 一応声をかけてやる。 「気分はどうだ?」 目だけを動かし「ふぅ」とハルヒは息をはいて 「何その聞き方?…普通に決まってるじゃない」 そっけなく答えてまた雲に見入る。 やれやれ、またいつもと同じか。 でも分かっている。何かは変わった。 俺とハルヒの間にある壁、それはもう今は存在していない。
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/352.html
ハルヒ先輩8から 「ちょっと、キョン。こっち向きなさい」 「なんだ、ハルヒ?」 「ネクタイ、曲がってる」 「ああ、すまん」 「はあ。この先、思いやられるわね」 「返す言葉もないが……って、ハルヒ、にやけてる」 「そう、喜びが心の奥底から、ふつふつとね」 「公道で人の袖を握るのはいい。だけど肩で笑うの、やめろよな」 「幸せ過ぎて、いけないことの一つや二つ、故意にやってしまいそうね」 「思いっきり確信犯だぞ」 「キョン、言葉は正確に使いなさい。確信犯というのはね、自分では義賊と思ってる犯罪者のことをいうのよ。あたしの場合は愉快犯よ!」 「どっちでもいいが、あんまり遊んでると式に遅れそうだぞ」 「構わないから待たせておきなさい」 「いや、どっちかっていうとおれは構うぞ。卒業式くらい平穏にすまそうな、ハルヒ」 「いいわ。で、その後は、あんたと二人で夜の卒業式ね」 「だから、『夜の』とか『大人の』とか、むやみに付けるのやめろよ。……というか、もう、そういうの、必要ないだろ?」 「そうね。高校生も廃業だし、公営ギャンブルもやりたい放題よ、キョン!」 「いや、あんまり、興味ないし。それと大学生も学生だから、基本ダメだし!!」 (数日前) 「卒業式? って誰の?」 「キョン、あんたの」 「おれの? ……で、ハルヒがなんで?」 「あんたの学校行事はことごとく制覇するのが、あたしの夢なの」 「おれの行事を制覇して何の意味が? ……それに、もう行事は卒業式しか残ってないぞ」 「あとは、あんたが一人前いれば、残りの人生、海賊の腕にとまったオウムのように安泰よ」 「……いや、行き先に暗雲立ちこめるのが、おれにもかすかに見える。それにオウムがとまってる海賊の腕は、なんだか義手っぽいぞ」 「どんな荒波に飲まれようと、あたしに舵を任せておけば問題なしよ!」 「なんというか、それには異論は無いけど……だいたい卒業式なんて、つまらなくないか?」 「なんで?」 「おまえ、また『委任状』とかとって、また父兄として参加するつもりだろ?」 「そ、そうよ。今回は『白紙委任状』を取ってあるけど……」 「そんな超法規的措置は出番が無いぞ。あたりまえだが、卒業生と父兄の席は離れてるし、やることと言えば挨拶みたいなのばっかりだ」 「そうなの?」 「そうなのって、ハルヒ、卒業式は? ……いや、愚問だった」 「あんたは在校生として出てるはずよね」 「おれの前にいる元卒業生は、見事にさぼってたな」 「周りでびーびー泣かれると、うっとうしくて。そんなにボタンが欲しいなら制服ごと中身ごと持って行けばいいじゃない!……って気持ちになりそうだから」 「……なるほど。……おまえなりに自重したんだな」 「……あ、あたしだって、周りの雰囲気に、全く完璧に流されない、という訳じゃないわよ……」 「出てたら誰よりもびーびー泣いてそうだな、意外にも」 「とにかく! あたしには涙は似合わないし、別れを惜しむ暇もないの!」 「……で、ほんとに卒業式に来るのか?」 「何よ、嫌なの?」 「そうじゃなくて。今言ったとおり『びーびー泣いて』、『制服ごと中身ごと持って行』ったりするんじゃないのか?」 「うっ! キョン、あんた、意外とスナイパーね……」 「的がこんなに至近だと外れる気がしない。……おれはいいぞ。ハルヒが泣いてる姿、嫌いじゃないし」 「な、泣いたりしないんだからね! 覚悟しなさい!」 「……何の覚悟だ? だいたい、同級生なら『卒業→離ればなれ』ってシチュエーションになるが、おれたちの場合、『卒業→同じ大学へ通う』んだから、むしろ距離は近くなるんだぞ」 「そうよ、あたしの思うツボよ! ……2年も待ったんだからね」 「ああ……うん、そうだな」 「そうよ」 「……聞いてもいいか?」 「なに?」 「ハルヒは……いつまでおれと一緒に居てくれるんだ?」 「……あんたがあたしに愛想を尽かして……『もういい』って言うまでね。……言わせないけど」 「……よかった」 「な、なにが良いのよ?」 「手」 「手?」 「ほら」 「こ、こら。引っ張るな! もう、何、笑ってんのよ! キョン、待ちなさーい!」 ハルヒ先輩 ハルヒ先輩2 ハルヒ先輩3 ハルヒ先輩4 ハルヒ先輩5 ハルヒ先輩6 ハルヒ先輩7 ハルヒ先輩8 ハルヒ先輩9