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ゴン。 鉄の塊を床に落としたような鈍い音がして、俺は目を覚ました。 記憶の隅に、なんだか洗濯機に入れられてぐるぐると回されていたような断片が落っこちている。ただしもう吐き気はしない。頭が痛いのは、それはおそらく俺が机に思いっきり頭をぶつけたからだろう。 夢から醒めたばかりのような気怠さが体から抜けていくのとともに徐々に復活する現実味。夜の底に落ちたような静けさ。変わらない世界。 ここはどこだと思って頭をもたげると、ぼんやりと霞んだ視界にパソコンが見えた。少なくとも一年前は最新型だったやつだ。 さらに首を振ると、驚いたことに朝比奈さんと古泉の姿までもが目に入ってきた。二人は石膏像のように黙って、目をつむっている。生命でも抜き取られちまったみたいに動きなし状態で完全にまわりの静物の中に溶け込んでいた。そしてちらりと見えちまった(わざとではないぞ)朝比奈さんのふくよかな胸には、小さなほくろがあるようだった。 俺は首を回す。ポキポキという小気味のいい音がした。 ハンガーラック。メイド服、ナース服。ボードゲーム各種。目についたそれらは、俺の色彩感覚が正しいのであれば、クリーム色一色に染まることなく白や黒などの色も纏っていた。 俺は、とあるところで目をとめた。 七夕の竹。 見間違いようもなく、そこには五つの願い事がぶら下がっているのだった。五つ。その数がどんな意味を持っているのか、俺は理解しているつもりだ。 俺は大きく息を吸った。空気がひんやりと冷たくて鼻孔を刺激しやがる。 夏だってのに……と俺は一瞬嫌な予感の到来を思ったが、それは俺にはたいしてショックではなかった。七夕の願い事が五つ、しっかりと垂れていることが俺には一番重要だったからだ。 それに、その嫌な予感も杞憂だったらしい。なぜなら窓の外が黒く染まっているからだ。夏でもこの時期、まだ夜は寒いこともある。 俺は部室にいて、そんでもってここは夜の学校……? 「あれ? キョンくん?」 突如として後ろで柔らかい声がした。俺はさっと振り向く。制服姿の朝比奈さんが驚いた顔に両手をあてがっていた。 「おっと、ここはどこでしょう?」 銅像のように固まっていた古泉もようやく気がついたらしい。起きがけもハンサム営業スマイルを忘れない精神は尊敬に値するな。どうでもいいが。 「夜の学校らしいぜ。夏のな。ただしどこの世界かと訊かれたら解らんとした答えようがない」 「あたしたち、さっきまで長門さんがつくってくれた超空間にいましたよねえ?」 朝比奈さんが腑に落ちない感じで訊く。ええ、そうですね。 「そこからどっかに行って、ここは……? ええと、でもでも、あたしたちはあの空間から外に出られなかったわけですよね。存在が抹消されていた、とかで」 「しかし、この部室はあそことは違うらしいですね。まず色があります。窓の外の風景もね」 古泉があごをなでながら続ける。 「ここは間違いなく、僕たちの正規の部室ですよ」 「だが、九曜はどこに行ったんだ。それとあの部屋を占領していた朝比奈さんと古泉の偽物も」 「消え去ったのでしょう。いや、消え去ったと言うよりも宇宙の彼方に追放されたと言うべきですが」 俺は窓から外を眺めた。星がいくつか輝いている。 「なぜだ」 古泉は静かな口調で、 「あなたもあの世界の最後の瞬間を見たでしょう。涼宮さんが長門さんを見て、有希と言いましたね。それが証明です」 何の? 「あの世界では周防九曜が長門さんを名乗っていたんですよ。もちろん彼女の見た目は長門さんと異なっていますし、涼宮さんも何の疑問もなく周防九曜の姿をした人間を長門有希だと思っていたわけです。ところが、涼宮さんは最後、超空間にいた長門さんを見て有希と言ったんですよ。周防九曜とは違う姿をした人間を見ても、彼女は有希と言いました。つまりその瞬間、涼宮さんはすべてを思い出したのです。SOS団のメンバーの顔も、存在もね。そしてまた、周防九曜の頭脳支配をも吹き飛ばしました。間違ったSOS団は崩壊し、僕たちが元のこの部室に戻ってきたんです。抹消されていた存在も涼宮さんの力で取り戻せたのでしょう」 「うーん。でも、何で長門さんって解ったんでしょうね。不思議ですよねえ。……あ、お茶飲みます?」 「いえ」 俺は朝比奈さんの好意を断って窓から遠い街を見やった。 ハルヒの力。周防九曜までも吹き飛ばしてしまうほどの。 あいつはやっぱり、元のSOS団がよかったのだろうか。お遊びサークルじゃなくて謎的存在がたむろする奇妙な団体が。 「そういや、ハルヒと長門の姿が見えんが、あいつらはどこ行ったんだ」 疑問を口にしたとき、部室の扉が音を立てて開いた。 入ってきたのは長門だった。もちろん九曜じゃなくて読書好き文芸部員で無口な長門のほうだ。相変わらず無表情で感情のかけらも見受けられない。 「来て」 恐ろしく短い単語を口にした。誰が、どこへ。 「あなた」 「俺?」 「そう」 ずっと入り口で黙っているので、俺は仕方なく長門に歩み寄った。長門は古泉と朝比奈さんがぽかんと口を開いているのを見て付け加えるように言った。 「悪い話じゃない。この世界は木曜日の状態に復帰した。涼宮ハルヒは現在、自宅で眠っている」 * はたして、長門に連れられていったのは校舎の屋上だった。階段を上り、上り、上りしてどこまで行くのかと思ったら最上階まで行ってしまった。さすがにこれ以上は俺は上ることができんな。 屋上なんて滅多に来ない。というか来る用もない。体育祭の時にはどこかの委員会が来たりしているが俺がここに来た記憶があるのは一回か二回くらいだ。ハルヒに振り回されていたような記憶がかすかにある。 寒い。 何てったって夏でも夜なのだ。風が吹いているし、真っ暗で、ただし夜空だけは大パノラマでよく見えた。はりぼてみたいな空に星が無数に光っている。 「長門?」 俺は黙ってたたずんでいる小柄な人影に話しかける。 「よく解らない。あなたに話すべきかどうか。話して何か得るものがあるのか」 北高のセーラー服が風に揺られている。長門は校舎からグラウンドを見下ろすように立っているため、俺は長門がどんな表情をしているのか解らない。見えたとしても暗くて解らないかもしれなかった。 俺は「何でも聞いてやるから話してみろ」と言った。 長門は俺に向き直った。 「この世界は今、完全に元の形に戻った。未来人も超能力者も、わたしたち宇宙人と呼称される存在も。未来との経路も復旧した。現時点では木曜日のときと同じ未来に接続されているように思われる。周防九曜は宇宙の彼方にいて情報統合思念体が監視を続けている。だから安心して」 「ああ……」 長門は早口で一息で言ってのけ、それからじっと俺を見つめた。 「聞きたい?」 「何を」 「あなたやわたしにどんな影響を与えるか解らない。でも、あなたが聞きたいなら話す」 質問の答えにはなっていなかったが俺は「話してくれ」と言った。長門が自分から話すことなんてのはよほどのことに決まっている。俺がそれを聞いてやらないでどうするのだ。 長門は重たそうに口を開いた。 「今回、情報統合思念体はわたしに、あなたを助けるなという命令を出していた。見殺しにしろ、と」 ? どういうことだ。 「統合思念体は周防九曜によってわたしたち三人の存在抹消が実行された後の火曜日に、涼宮ハルヒの精神が非常に安定しているのを観測した。閉鎖空間と呼ばれる空間が発生することも、ましてや世界改変が起こる可能性も皆無だった」 それで? 「もともと、情報統合思念体は彼女のまわりをうろつく未来人や超能力者のことをよく思っていない。積極的に破壊しようとは思っていなかったが、いないに越したことはない。だから今回、周防九曜が彼らを消してくれたのは都合がよかったとも言えた。情報統合思念体はその機会を利用しようと考えた。これで邪魔されず、なおかつ世界改変のおそれも無視して涼宮ハルヒを観測できる、と」 ……何て奴らだ。俺は背筋が震え、戦慄が身体を走り抜けるのを感じた。 長門はなおも続ける。 「本当は、わたしが救済措置として設置した超空間も違反行為だった。あなたを助けることになるから。あの時、情報統合思念体からはあなたが涼宮ハルヒの能力によって抹消されるのを待て、という命令が出ていた。もちろん放っておけばそうなっていたと思う」 記憶が甦る。三人の退部。あれでSOS団にふっきれちまったハルヒは、明日にでも俺を消していたことだろう。そうなったら最後だった。情報統合思念体が助けてくれない以上、長門はどうしようもないし、俺以下三人は歯がゆい思いをするだけだろう。 「情報統合思念体は何て言ってる?」俺は長門に訊いた。「いつかみたいに、お前の処分を検討するなんてことを抜かしてたりするんじゃないだろうな」 「そんなことはない。ただ、再び涼宮ハルヒの監視を続けろ、と」 やはり平坦な声で言う。監視。監視ね。そういえばそれがこいつの仕事だった。勝手なことを言うもんだよな、宇宙意識野郎も。 俺は長門に尋ねてみることにした。 「よう長門、お前さ、SOS団って団体をどう思ってる?」 「どう、とは」 「情報統合思念体の連中はそんなもんないほうがいいって思ってるんだろ。邪魔くさいから。でも、あんな奴らは無視するとしてお前自身はどう捉えてるんだ? ハルヒの監視のために所属している団体か?」 正直なところ、俺はどんな答えが返ってきてもひるまない覚悟でいた。「そう」と言われても「違う」と言われても。だから訊くこと自体にたいした意味はなかったのだが、何となくこいつがどう思っているかを知りたかったのだ。 無口な有機アンドロイド。感情の薄い文芸部員が、無理やり入れられた団体をどう思っているのかを。 長門はしばらく黙っていた。本当は答えなどなくて、今それを捻出しているところなのかもしれない。風が何度か通りすぎた。そのたびに長門の短い髪が揺れる。 「わたしは――」 何度かまばたきをして続けた。静かな声で。 「落ち着いて、本を読めるところだと思っている。そんな場所なら、あったほうがいい」 * さて。 今度の事件はこれでようやく終わりを迎えたらしかった。ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も全員が復帰し、完全元通りである。 とはいえ俺に精神的後遺症はイヤというほど残ったようだ。 何だか毎日部室のドアに手をかける度に心臓がバクバクするのは本当にどうにかして欲しい。そんでもって俺は、中にメイド服やらボードゲームやらを見つけて平穏な日常を思い、また胸をなで下ろすのだ。宇宙人(以下略)と過ごす部室の風景というのが日常になっているのは毎度毎度どうかと思うのだが、俺もいい加減そんなことを言うのはやめることにした。これが最後だ。SOS団が一気に消えちまってようやく気づいたね。もう俺はこれが日常で構わないや、と。開き直りなら開き直りと思ってくれ。 ところで買ってきたけど使わないダイエット食品みたいな感じで半分放っておかれている七夕は、俺と古泉がオセロをしていたり朝比奈さんが編み物をしていたり長門が本を読んでいたりするうちにやはり何事もなく過ぎてしまった。ハルヒは肝心の七夕の日を見過ごしてしまったことを後になってひどく悔やんでいたが仕方ないだろう。文字通り後の祭りだし、その日にヤツが何をやっていたかと言えば朝比奈さんに次々と目新しい衣装を持ってきては着せ替え人形の感覚で着せ替えていたのだから自業自得だ。文句は受け付けん。 おかげで今ハルヒは来る合宿に向けて七夕で放出できなかったエネルギーをためている途中であり、それが爆発したら孤島の殺人事件どころか全人類滅亡くらいのスケールまで持っていきそうで怖い。昨日は足りなかった合宿用品を買いに行って、ついでに鶴屋さんも呼んで部室で暴れていた。まあ好きにしてくれ。合宿でえらい目に遭うのは俺ではなくてツアーコンダクターの古泉と向こうにいるはずの荒川さん森さんだ。古泉だって余裕でイケメンスマイルをかましてられるのも今のうちだろう。 それはそうと話は飛ぶが、俺は七夕の前日、ちょっと思いついてしたことがあった。 短冊がまだ残っていたのでそいつをちょっと借りてささっと書いて笹のてっぺんにつるさせてもらったのだ。もちろん誰にも見られてはいない。ましてやハルヒになんか見られたら顔を覆いたくなるような願い事だ。七夕の翌日には俺が真っ先に部室に来てその願い事の短冊を回収しゴミ箱に投げた。何やってんだか自分でも解らんが、別にかまいやしない。何となくそうしたい気分だったのだ。それにハルヒがいる以上、十六年後と二十五年後にその願い事が限らんしな。 その願い事。 実はこいつは願い事が叶うのは十六年後と二十五年後というのを失念している願い事なんだが、それでもよかった。どっかの神様が気を利かしてちょっと早く届けてくれるかもしれない。 ハルヒがもし見ていたら、その場で叶えてくれたかもな。宇宙人と未来人と超能力者、それが全部同居してるのがSOS団だというならね。 俺も卒業するまでは付き合ってやる覚悟だし、ハルヒ含む四人にもそれぞれ謎的プロフィールを持った存在でいてもらうつもりだ。他の誰にも渡さないし、ここはSOS団という謎を追い続ける謎的存在がいる場所だ。お遊びサークルだっていいが、それじゃあSOS団という団体名を変更してもらわないといけない。そして俺の予想では、ハルヒは今後そんなことをするつもりはなさそうなのである。 七夕の願い事ってのはそれのことだ。ここはSOS団で、しかもそれは宇宙人、未来人、超能力者がいるところなのさ。 『この部室は俺らのものだ!』 (Fin)
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Ⅰ ドカドカドカ、と鈍器で頭でも殴られたんじゃないかと疑問に思ってしまうような擬音と共に分厚い本を目の前に置かれてから2日経った頃、俺は早くも心に土嚢でも負ったかのように挫折しかけていた。1週間でノルマ5冊。これは読書が好きな人でも結構キツいんじゃなかろうか。 「よりによって哲学‥‥」 俺はいよいよブラック企業に務めたかのような感覚に押し入られてしまった。 ハルヒ曰く、 「SOS団たる者、多少の本を読んで常に知的な人材である必要があるのよ!」 「本を読んでいるイコール頭良いなんていう安直な考えは止めた方がいいぞハルヒ」 「皆、異論はある? あるなら読書大会が終わった後原稿用紙10枚分みっちり書いてきたなら、見てやらないことはないわよ」 俺の言葉は遠回しすぎたのか、異論としては認められなかった。いや、仮にボウリング玉がピンと接触するぐらいの近さでの言葉を言ったってハルヒの奴は耳をきっと傾けない。要するに知的云々は置いといて、長門のように本が読みたかったのだろう。ただ自分1人で読むのは嫌だから、SOS団を巻き込んだわけだ。長門はなんとなく嬉しそうに見えた気がするが。 そして、まさかの分野別である。何でもかんでも5冊読めばいいとなると、俺は市立図書館にある絵本やら雑誌やらで済ましてしまうとハルヒは先に睨んだようだ。どうしてそんなことばかりに気がついて宇宙人や超能力者は未来人に気づかないのか。全くもって不服だ。 「さあ、1本引くのよ!」 SOS団の市内探索の時のように、ハルヒはどこからか爪楊枝を取り出し、俺達に1本ずつ引かせた。爪楊枝な先には文字が書いてあったが、‥‥というよりなんて器用な奴だ‥‥はさておき、字を書いたのはご立派だがハルヒ、 「なんて書いてあるんだ、これ」 「おや、僕はエッセイですか」 「あ、‥‥私は小説のようです」 「‥‥‥‥‥」 「何よ、キョン。あんたまさか日本語を読めないわけ?」 いや、というより他の奴らの視力が可笑しいんじゃないか。油性のインクが滲んでて全く読めない。何故に爪楊枝に書いたんだハルヒ。 「貸しなさいよ、もう! 哲学って書いてあるじゃないの」 お前それ適当に言ってないだろうな。 「あたしが医学だから、有希は科学ね。じゃあ各自1週間の内に5冊読むこと。いいわね!ちゃんと感想文書くのよ。凄かった、の一言で終わるものなら、‥‥‥」 「‥‥‥終わるものなら?」 ニヤリ、と笑ったハルヒの顔に俺は初めて背中にゾクゾクとする恐怖を感じた。駄目だこいつ。罰金以上の何かえげつないことをするに違いない。私達が笑うまで一発芸よ、かもしれない。 そして、そんなこんなで現在に至るわけだ。医学に当たらなかっただけマシと言えるが、にしても哲学‥‥。俺はページを捲るも、圧倒的文字数と量、その威圧感に早くも今日の夕飯が口や鼻のような穴という穴から出そうになった。これはまずい‥‥。 異変でもないので長門に頼むわけにはいかず、かといって本をほったらかしにするわけにもいかない。 「勘弁してくれ‥‥‥」 ついつい独り言が出てしまうが、こればっかりは本当に参った。まるで身を隠す草原もなければ助けてくれる仲間もいない、数えきれないライオンに囲まれたシマウマのような心境だ。 俺はトイレ休憩風呂タイム挟む2時間の中で本と向き合ったが、進んだのは5ページほどだった。 ‥‥なんか変だな、と思ったのは朝登校してから数分経った後だ。いつもならハルヒがぎゃあぎゃあと耳もとで叫び、ハイテンションで 「キョン、読書はちゃんと進んでるでしょうね!?」 と聞いてきそうなものだが、今回は何も言ってこない。どうしたもんかと後ろを振り向くと、窓の外をボケーと見つめる、いかにも日向ぼっこをするお爺さんのような光景が見てとれた。いや、ハルヒの場合ならお婆さんか。 「どうした。本を読みすぎて夜更かしでもしたか?」 「‥‥‥うるさいわね」 どうやら虫の居所が悪いらしい。俺はそうですかと曖昧な返事をしておいて、大人しく前を向いておくことにした。久しぶりに機関が働くかもしれない時に、あまり刺激しておかない方がいいと思ったのだ。言っておくが、古泉のことではない。新川さんや森さん、多丸さんに夏にお世話になったから、そう思っただけのことだ。 しかし気になることがある。 目の下にクマを作ってる奴が、どうして今寝ない? ハルヒは授業中お構いなしに昼寝してることなんてしょっちゅうだし、それで教師に起こされて俺にやつ当たりするのだからほとほと迷惑をしている。しかしどうだろうか。そのハルヒが眠いのを我慢して窓の外を見ているのだ。何か面白いものがあるのかと俺も見たが、そこにはいつもと変わらない空と風景があるだけだった。 「‥‥‥変ですね。閉鎖空間は発生しておりませんし、涼宮さんともあろう方が自分の体の健康管理を出来ていないなんて。それなら僕達機関の方に何かしら報告されているはずですが‥」 「あのな、ハルヒだって女子高生なんだろ。夜更かしの1つや2つ、ましてや今は本を読んでるんだ。読んでて時間をつい忘れちゃったーなんてこと、あってもおかしくないんじゃないか」 「涼宮さんが小説を読んでいるのならまだ分かりますが、医学です。体にどのようなことをしたら害が出るかが乗っている本で、それはないと思います。第一イライラしたのなら僕達が真っ先に分かるはずなんです。夢の内容によってでさえ閉鎖空間を出す彼女ですから」 「…つまり、ハルヒは正常なのか?」 「健康そのもの、のはずです」 驚いたことに。 放課後にはきっといないだろうと踏んだのにもかかわらず、笑顔を誰かれ構わず振り撒く詐欺師のような高校生は独りで詰め将棋ならぬ詰めチェスをやっていた。閉鎖空間はどうした、と聞けば 「なんのことでしょう?」 と聞き返してきたのだ。きっとハルヒの鬱憤に付き合わされているに違いないと思ったのに、見当違いにもハルヒは健康そのものだという。しかしどの角度から見たって、ハルヒの目の下にはクマがある。 「真後ろから見たら頭しか見えませんよ」 黙れ古泉。そういう意味で言ったんじゃない。 ともかく、俺はまた何か嫌な予感がしてたまらなくなった。次はなんだ。巨大カマドウマの後なんだから秋らしくコオロギか? 「大丈夫ですよ。前にも言いましたが、此処は力が攻めぎ合いとっくに異空間化していますから。害のある者は立ち入れません」 「‥‥‥異空間の真っ只中にいるとは信じられない光景なんだがな」 肝心のハルヒはどこかへ行っているらしく、朝比奈さんは今日はメイド姿のまま小説に没頭、長門はいつも通り窓際の椅子に腰かけて読書。古泉はチェス盤を片付けはじめ、将棋盤の準備をする。はさみ将棋を俺とするようだ。 「古泉、お前本の方はどうだ?」 古泉はふう、とわざとらしく溜め息をつきながら 「それがまだ2冊目に入ったばかりで」 なんて嫌味を言いやがった。俺と代われ、俺と。 「そうはいきませんよ。涼宮さんは、貴方に哲学を読んで欲しいから貴方は哲学と書いてある爪楊枝を取ったのです。それを僕と代わってしまったら、それこそ閉鎖空間発生の種ですよ」 「サルトル、ソクラテス、カント‥‥キリストの教えなんてなんの役に立つ? なんで俺と一番無縁な哲学を持ってきたんだ、ハルヒは」 「貴方がノーと言えない日本人だからですよ」 イエスだけにか、と突っ込むと思ったら大間違いだぞ古泉。お前はどや顔をしているが、ちっとも上手くない。 「‥‥‥ハルヒは」 「お待たせぇー‥」 俺が古泉に口を開きかけた時、ドアがゆっくりと開いてハルヒが入ってきた。先日までの元気は宇宙の果てでさ迷っているのか、目にしたハルヒはやはりどことなく弱っていた。 古泉の目つきが少しだけ変わる。 「‥‥あっ、お茶を用意しますね」 ハルヒの存在に気付いた朝比奈さんは、可憐な姿のまま急須の元へ。ハルヒは何も言わず、ただ1冊の分厚い本を抱えてパソコンの前に座った。 長門も少し顔を上げて、ハルヒの状態を観察‥‥いや、分析しているようだ。ハルヒはそれに気付かず、パソコンの電源もつけずに本をパラパラと捲った。 「‥‥ハルヒ、朝から元気ないじゃないか。まさか2日間かけて4冊読んだときじゃないだろうな」 「うるさいわね‥‥アンタはちゃんと読んでるの? 感想文出さなかったら、死刑だからね」 感想文を出さなかったら死刑という法律が出来れば、日本人の9割は恐らく日本海に沈められるだろう‥‥‥じゃなくて。 人がせっかく心配したのにこの態度だ。俺がハルヒを心配するなんてまずないことなんだがな。その物珍しい出来事を自ら蹴り飛ばすとはね。わかった、もう心配しねーよ。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 「涼宮さん、お茶です」 「ありがとう、みくるちゃん」 ズズズとハルヒがお茶をすする音以外何も存在しないかのように思える空間。古泉は何故だかマジな表情でハルヒを見ているし、長門も相変わらずだ。 朝比奈さんは古泉と長門の様子に戸惑っているらしい。そんな朝比奈さんの姿はとっても可愛い。が、いつまでも見ているのも失礼だ。 古泉は何事もなかったかのように盤上をいじりだし、俺もようやく朝比奈さんから目を離してはさみ将棋をし始めた。 後でまた4人で集まるのだろうかと思考しながら古泉を7連敗させた後、長門のパタンと本を閉じる音でSOS団の活動は終わった。これではまるで文芸部だ、っとまだここは文芸部室だったな。 帰り道にそっと古泉に今日集まるのかどうかを聞いたが、 「もう1日様子を見ましょう。長門さんも何も言わないことですし」 と、どうやら何も面倒事なく今日1日は無事終了するようだ。しかし俺は家で積んである哲学書5冊の事を思い出し、平穏な日常などまずこの1週間の内はあり得ないなと頭を悩ませることになったのは言うまでもない。 そして結局本を1ページも読まずに登校した翌日、ハルヒの体調はさらに悪化していた。クマは濃くなり、明らかに一睡もしてないのが目に見えて分かる。 「ハルヒ、本に夢中になるのも良いけどな、それで体壊したらアホみたいだぞ。知的な人材を揃えるためにやってるんじゃなかったのか?」 「‥‥‥‥」 昨日の不機嫌な反応より、 「うっさいわねバカキョン! あんたにそんなことを言われる筋合いないわよこのエロキョン!!」 とでも言ってくるものかと思っていたら、まさかのダンマリだ。これはいよいよ本当に不味いような気がしてきた。 あのハルヒがこんなに萎れてるとは、リアルインディペンデンス・デイが勃発するくらい信じられないことだ。ここには宇宙人もいるし、ハルヒの感情次第で世界が滅びるやら何やら言われているがもちろんそういう意味じゃない。サイコロが10連続1が出るような確率のようなもんだということだ。 「涼宮さんがそう望めば、サイコロで連続1が出ることも可能ですよ」 と古泉なら言いそうだ。 「ねえ、キョン‥‥‥」 返事を返さないもんだからまた無視されたものかと見なしていたら、ハルヒは窓の外を昨日と同じように頬杖つきながら目を向けていた。一体どうしたというんだ。 「なんだ」 「‥‥前に、自分がいかにちっぽけな存在かを話したじゃない?」 あれはお前が勝手に話したんだがな‥‥ってちょっと待て。お前が読んでたのは哲学じゃなくて医学の本だったろ。なんでそんな断食など意味がないと気づいてしまった、悟りの領域を越したムハンマドみたいなことを言いだすんだ。 「人ってさ、自分の中にさらに他の自分がいるとしたら、人の数なんていうのは、本当はもっと多いのよね‥‥‥」 何を言い出すんだハルヒ。 「そのたくさんある中の1つがさ‥‥‥その人物の人柄と見なされて表に出てくるのよね‥‥‥。でも、せっかく出てこれたその1人も‥‥本当は世界と比べたらちっぽけな存在で‥‥‥」 「一体なんの本を読んだのかまるで分からないがな、ハルヒ。今日はもう寝ろ。俺が許す」 「‥‥‥‥‥」 睡眠不足のせいか、しっかりと思考が働いてないようであるハルヒは、またもやせっかくの俺の気配りを無下にした。確かに俺に昼寝を許可出来るなんていう夢のような権限はないけどな。 そしてこの日もハルヒは、午前午後の授業をボーと過ごした。 「涼宮さんがそうまでして寝ないのは、一体何故なんでしょう‥‥」 朝比奈さんがそう呟いて答える者が誰1人いない部室内で、古泉はお手上げとばかりわざとらしく両手を上げて 「長門さんの方はどうです? 情報統合思念体は、何か言っておられますか?」 と、やはりこいつも最後の頼みの綱にかける他なかったようだ。しかしその長門でさえも 「情報総合思念体からは何も報告を受けていない。でも私から推察するに、涼宮ハルヒは本来年齢約15~18歳までに必要とされている最低睡眠量の内、14時間22分17秒が不足している。原因は彼女が読んでいる医学本‘人格と精神’の熟読。でも、何故彼女が睡眠を一定以上の我慢を強いているかは不明」 と、古泉のようにスタイリッシュアクションで示さないものの、どうやらダメらしい。 「なんでハルヒはそんな本に夢中なんだ?」 「5日前の午後7時02分から放送した‘精神の病’のプログラムの中にあった、多重人格についての内容がさらに詳しく現在彼女が読んでいる本に記載しているというのが、最も考えられる動機。でも彼女が何故異常なまでにそれに固執するのかまでが、不明」 「‥‥そりゃ、なんでだ」 「彼女の記憶をこれ以上読もうとすると、彼女の意思とは関係ないプロテクトが自動的に展開される。根本的な理由というものがその先にある。でも私の今のクッキング能力ではここまでが限界。これ以上は涼宮ハルヒの精神になんらかの異常を脅かす危険性がある。だから私にはこれ以上のことは不明」 つまりだ。2度目だが長門にも無理だということだ。 となれば話は1つだ。 「ハルヒ、なんでそんな本にえらくこだわるんだ?」 「‥‥‥‥‥」 ハルヒ本人が弱々しい状態でなんとかやっと来てから、作戦1として、完璧なおかつ完全、本人に直接聞くという方法が我がSOS団団員その1、2、3、副団長で決定されて実行されたが、あえなく敗退した。どうやらハルヒがこの本‘人格と精神’を読み続ける理由は、応募者100名様限定超プレミアム完全真空パックの切り取り線つき袋閉じ、なくらい秘密らしい。しかしそんなハルヒも、この本と格闘するのが疲れたのか、はたまた単なる睡眠不足なのか、キーボードに突っ伏す形で寝息を立てて寝始めた。また下校時刻まで時間はあるし、暫く寝かせておくのもいいだろう。 その間に 「長門、その本に何が書かれてるのか読んでみてくれないか」 「了解」 ハルヒの顔のすぐ隣にある‘人格と精神’を長門がパッと取ると、世界速読王でさえびっくりするような、新幹線のぞみ級の速さで長門はページを捲っていった。いつも読んでる速度はなんなんだ一体。本を読む速さをさらに鍛えるためにかなりの制限をつけているとしか思えん。 「‥‥‥‥‥」 長門は静かに、元あったように本をハルヒの隣に置いた。結局、ハルヒを虜にするような内容とはなんだったのか。 「この本に、涼宮ハルヒに過度な依存をさせる内容はない」 「なんだと」 「念のため、人体寄生タイプのウイルスが仕組まれているかを確認した。でもそのような物が仕組まれた跡も発動した形跡もない」 そりゃそんな寄生虫みたいなものが図書館の本にあったら大変なことだろう。しかし、どうしようか。これでまた謎が深まってしまった。 「ちょっと失礼します」 古泉がガタリとパイプ椅子から立ち上がり、微笑みフェイスのままハルヒの方へて歩み寄り、その本へと手を差し伸ばした。やめとけ、俺はまだ見てもいないがお前じゃ出来ないと思うぞ。 「もしかしたら、ですけれど‥‥‥」 パラパラと捲り、斜め読みをしていく超能力者は、大体半分辺りまでいった辺りで長門の方へと振り向いた。 「長門さん、この本に暗号が混ざっているという可能性はないでしょうか?」Ⅰ 暗号? 「よくあること、というわけではないのですが、こういった本の作者が茶目っ気を入れ混ぜて、暗号を隠しているということです。つまり、涼宮さんはどうやってかこの本に暗号があることを知り、それを解くために夜更かしをしているわけです。寝たら負ける、というルールのもとで」 なんだその訳の分からん推理は。確かによくサウナとかで、一番最後まで出ないなんていった特に景品がもらえるわけでもない独り我慢大会を起こしている人がいるが、それとこれを結びつけるのはさすがに無理があるぞ古泉。第一今回不思議がっているのは、こんなに睡眠不足でイライラが貯まっているはずなのに閉鎖空間が出ないってとこにあるんじゃないのか。暗号解けなかったら余計イライラが貯まって、大規模な閉鎖空間が発生するんじゃないのか? 「それもそうですね。でしゃばって申し訳ない」 そうだ、古泉。お前はもう出てこなくていいぞ。 「涼宮さん、このままだと風邪ひいちゃいますね‥‥」 そう言いながら、朝比奈さんはコスプレ衣装のとこから上着のようなものを取り出し、ハルヒの背中にかけてやった。朝比奈さんのこんな姿を見たら、マザーテレサ、更には天使でさえ感涙するだろう。 「朝比奈さんは、どう思いますか?」 「‥‥‥涼宮さんの身近に、誰かそういった症状を抱えておられる方がいるんじゃないんでしょうか?」 「ハルヒの周りに、ですか?」 「はい」 朝比奈さんは、今頃ノンレム睡眠に入っているだろうハルヒを見てから、優しく微笑んだ。 「涼宮さん、優しいですから」 そりゃ貴方のことですよ、朝比奈さん。 「確かに、涼宮さんともなると、一度決めたことは意地でもやり通すのもプロ級ですからね。身近にいる生徒‥‥あるいは近所の子供か、涼宮さんがどうしても助けたいと思える人がすぐそばにいるのなら、そして尚且つかかっている病気が精神病ならば、この一連の行動に説明がある程度つきます。しかしですね」 朝比奈さんの言いたいことはもちろんわかる、が癪なことに古泉の言わんとすることも分かる。 「それならば、読書大会なるものを開かずに、自分で勝手に読み始めてしまう可能性の方が高いと言えます」 「涼宮さんが、読書大会を決めた後にそのような人がいたと気づいたとは、考えられませんか?」 「涼宮さんがこの本に興味を持ったのは、5日前に見たテレビが原因でしたよね、長門さん?」 「そう」 「となれば、彼女はテレビで多重人格というものに興味を持ち、そして読書大会を開き、たまたま自分が読みたかった医学の本が回ってきた‥‥‥そしてタイミングを見計らったようにそういった病を持つ人が現れた。これはつまり、涼宮さんがそれを望んだということになります」 ハルヒには願望を実現させる能力があるらしい。だから今古泉が言ったように、自分がその症状を解決、または分析したいがために今の状況を作り出したということになってしまう。偶然、の一言で片づけてしまうならばそれまでだが、それは少し考えにくい。 つまり、ハルヒは私利私欲のために誰かが病気になることを望んだということになる。いくらハルヒが無自覚の能力とはいえ、さすがにそんなことを願ったりはしないだろう。そうだろ。ハルヒ? 「だがな、古泉。ハルヒの能力関係なしに、本当にそういった偶然があるかもしれない。その線を探る必要もあるんじゃないのか?」 「もちろんです。機関の方に、最近涼宮さんと接触した者の中で、そういった心の病を抱えておられる方がいるかどうかを当たってくれるように申請しておきます。それと、どうして閉鎖空間が発生しないのか‥もね」 そこまで話したところでハルヒがうーんと唸りながら寝返りをうったので、この話はお開きとなった。しかし、長門でさえ原員不明とはな‥‥‥。 だがさっきまで信じられないスピードで本を捲っていたのに、今はまたいつものスピードでペラペラと本を読んでいる宇宙人も、冷めてしまったお茶をまた温めている未来人も、珍しくボード盤を開かずに誰かのエッセイを読んでいる超能力者、そしてこの俺も。今までやっていた隠れミーティングが無駄だったんじゃないかと思うのは、ハルヒが下校時刻5分前に起きてからだった。 「あっー!!もうこんな時間じゃないのよ! どうして誰も起こしてくれないのっ!」 起きてから第一声がこれだ。だが、さっきに比べて随分元気そうに見える。それを見計らったかのように長門は本をパタンと閉じ、帰り支度をし始めた。俺は結局、この時間の間、宿題をして時間を過ごした結果となったわけだ。哲学書は家にあるしな。 「もう! 次からはちゃんと起こしなさいよキョン。ふぁあ‥‥‥あー、でもよく寝たわ」 背伸びを存分にしてから、ハルヒも‘人格と精神’を鞄の中にしまい、鍵を持って部屋を出た。どうせその鍵は俺が返すはめになるんだろうがな。 と、思った矢先だ。 「あたし、鍵返してくるから皆先帰ってていいわよ」 信じられない発言がハルヒの口から飛び出したことを俺は確認した。睡眠をし終えたばかりで気分が絶好調なのか、あるいはまだ寝ぼけているのかどうかを疑うような状態じゃないか。ハルヒ、お前家に帰ってからもっかい寝た方がいいぞ。 ‥‥‥と言うわけもなく、俺はハルヒの好意に甘えることにした。自ら面倒くさいことを進んでやるハルヒなんて、珍しいことこの上ないからな。 「では、お先に失礼します」 「あ‥‥あたし待ちますよ」 「いいのみくるちゃん。ちょっと用事もあるしね。先行ってて。すぐ追いつくから」 ハルヒがこう言ってるんだ。朝比奈さん、先に行きましょう。 「で‥‥でも」 朝比奈さんがそう戸惑っている間に、ハルヒは駆けてくように職員室へと向かって行った。ここに置いてある鞄はどうやら俺が運ぶはめになるらしい。 「‥‥‥‥‥」 「どうした長門。科学の本をまだ5冊読み終えてないのか?」 長門の沈黙具合がいつもと違ったように感じたので、そう声かけてみたが 「今25冊目」 と、1日8冊読んでもそんなにも読めないペースで読んでいるらしいということだけが分かった。長門の無機質な声にも最近変化が感じとれるようになってきたと感じた俺だったが、しかし今の返答を見るとまだまだ俺は長門の心情をちゃんと察しているわけではないんだなと改めて分かる。長門は苦労しても顔に出さないから、知らず知らずの内に負担をかけてないといいが‥‥‥。 朝比奈さん、古泉や長門とも別れ、それでもハルヒが来ないので、俺は踏切前で重い鞄を持ちながら待つことにした。ハルヒの奴、いつもこんな重い鞄持ってるのか。ここ最近たまたま‘人格と精神’が入っているせいかもしれないが、にしてもこんな鞄を持ってよくあんな細い腕でいられるな。草野球の時だって、あいつだけは長門の力を借りずにパコンパコンとヒット打ってたしな。どこからそんな力を蓄えているのやら‥‥。 そんなことを暗くなっていく空を眺めながらボーっと考えていると、ようやくにしてハルヒが姿を現した。一体何の用事だったんだ。 「貸しなさいよ」 鞄を俺からひったくり、そのまま何事もなかったようにハルヒは帰っていく。お前、そこはありがとうだろ。 「なーんてね、ウソウソ。」 ハルヒは振り返りながら俺の顔を直視し、 「ありがと、キョン」 と言って走り去って行った。 ‥‥‥‥‥。 「えっ?」 ハルヒの睡眠不足がもうすでに精神を相当脅かしているんじゃないかと疑ったのは、まさにこの瞬間だった。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅱへ
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文字サイズ小でうまく表示されると思います 何故安価なのかは 33 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 12 56 28.24 ID uEJYG+Qk0 いいわけ保守 なあハルヒ、このスレは本来SS投下をする為にあるんであって安価とかはまずいんじゃないのか? 投下が来た時の邪魔になるし、住人も良くは思ってないと思うぞ? 「そんな事はどうでもいいの! いい、キョン。この場合一番重要なのはプリンが生き残る事、それだけよ。 そりゃああたしだって、本当は投下を期待してF5押しながら支援カキコしてたいわよ。でも今は規制のせいで 住人が殆どいないじゃない!」 そりゃあ、まあそうだが。 「明日になればきっと誰かが戻ってくる、あたしはそう信じてるもの! だから私は意地でもここを存続させる から邪魔しないで!」 ……なあ、ハルヒ。お前、なんでそんなにプリンの存続にこだわるんだ。 「え?」 別に今もアナルは生きてるんだし、規制されてる人が帰ってきてからスレを立ててもいいだろ? 「……だって」 ん。 「だって……ここがなかったら、あたしとキョンのSS書いた人が投下してくれないかもしれないじゃない」 なんだ、声が小さくてよく聞こえな「うるさい!! バカキョン! いいから存続させるの! いいわね!」 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 12 27.95 ID uEJYG+Qk0 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 48 25.98 ID uEJYG+Qk0 適当にはじめてしまおう 何事もない日常が喜び。 ハルヒに振り回され続けてきた俺は、たまに本気でそう思う事がある。 でもまあ、ここまで退屈だと逆に何か起こってくれないかね? なんて思うのは 贅沢なのだろうか。 せっかくの休日だというのに今日は何の予定もなく、朝から何度も確認しみても 携帯の電源は入っているのに着信はない。 これは神様が俺に休憩しろとでも言っているどうろうか? だとしたらその余暇を楽しむ何かまで準備して欲しかったってのは、望み過ぎ なんだろうな。 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 55 41.85 ID uEJYG+Qk0 出かけるあてなどないのだが、とりあえず着替えてだけおくか。 クローゼットの中の私服は、我ながらレパートリーが少ない。ああそうだ、買い物 に行くなんてものいいかもしれないな。 結局、着なれたいつもの服装に着替えた俺は―― 11 反応なければ適当にいきます 1 誰か誘ってみるか 相手指定可 2 今日は一人で行動しよう 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 06 50.18 ID uEJYG+Qk0 適当~ 誰か誘ってみようか? そう思って携帯を開いてはみたが何となくその気にならない。 たまには一人で出かけてみるか。 俺は開いたばかりの携帯を閉じてポケットに入れると、自分の部屋を後にした。 休日だというのに、街に溢れかえっているのはスーツや事務服に身を包んだ人ばかり だというのはどうなのかね? 週に一度は魂の安息日があってもいいと俺は思うぞ。 そんな上から目線で、実際にファーストフードの2階席から歩道を見下ろしながら 簡単な朝食を済ませる。 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 13 39.95 ID uEJYG+Qk0 一人だと相手を選んで店を決めたりしなくていいから気楽でいいな。 いつもの休日なら、気忙しく食べ終えて移動するだけの食事なのだが今日は違う。 多少冷えて適温になったコーヒーをゆっくりと飲みつつ、俺はゆったりとした時間を 楽しむ事にした。そういえばマックのコーヒーはおかわり実はできるらしいが、本当 なんだろうか? こんな小さなコップにおかわりってきついだろ、頼む方も持ってくる方も。 時間は……10時か。 手元のレシートで会計時間を見るとまだ20分しか経っていない。 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 21 21.40 ID uEJYG+Qk0 やれやれ、気忙しいのは俺も一緒か。 嘘をついても仕方ない、早くもこののんびりとした時間に俺は退屈しはじめていた。 あてもなくぶらつくのもいいが、どうせなら何か――ああ、今日は服を買うんだったな。 空になったゴミが満載のトレーを片付けるついでに、俺は店にあったフリーペーパーを 一部もってきた。 今日の俺にはそれほど資金に余裕があるわけでもないし、何軒も店を回る気力もない。 よさそうな店が無いかページをめくっていくと、まあ俺でもなんとか手が出そうな店が 数軒見つかる。 それは ↓ 1 駅裏のアーケードにできた個人経営の店だった 2 最近人気のブランド物を扱う専門店だった 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 10 24 47.67 ID /F2MYmMC0 1 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 29 22.74 ID uEJYG+Qk0 「あっれー? キョン君じゃないか!」 駅裏のアーケードの一角、つい先日できたばかりらしいその個人経営の店の前で、俺は やけに元気な先輩と出会った。額によくわからないインドちっく? なバンダナを巻いて 笑っているのは言うまでもなく鶴屋さんである。 「おんや? あれ? 何故だろう、鶴屋さんは俺を見つけて駆け寄ってきた途端、何かを探すようにオーバー リアクションで俺を起点にぐるぐると回っている。 どうかしたんですか? 「どうかもなにかも、キョン君。君、一人なのかい? ええ、今日は一人です。 俺の返答がよほどショックだったんだろうか、鶴屋さんの笑顔が一瞬固まる。 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 35 41.93 ID uEJYG+Qk0 「え、あ。あっははー! その、うん。なんだ。人生は長いぞ少年!」 突然俺を抱きしめて、鶴屋さんは意味のわからん事をいいながら背中をばんばんと叩いて きた。 え? あのどうしたんですか? 「まあハルニャンは気まぐれな所もあったりするからさー、ちょろっと離れる事があっても 元通りになる時は磁石みたいにばちーんって一瞬だよ!」 あの、鶴屋さん。 ↓ 1 よくわからないが誤解を解こう 2 まあいいか、このままにしておこう 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 10 36 54.51 ID RpStx02Y0 1 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 46 14.02 ID uEJYG+Qk0 よくわからないが誤解を解こう ハルヒとは別に何もないですよ。今日はたまたま一人で買い物に来ただけなんです。 「へ? ……あ、そうだったんだ。ごっめんねー!」 とか言いながら俺の頭をぐりぐりと撫でる鶴屋さんを見て、うちの妹が大人になったら こんな感じになるんだろうか? と俺はシャミセンいじりに邁進する我が家の暴君の十数年後を 想像してみた。 「で、キョン君はあたしのお店の記念すべき最初のお客さんになってくれるのかな?」 へ? あなたのお店? 「あれー? 知ってて来てくれたんじゃなかったのかい? 本日12時オープンのファッション 雑貨『なまらすて』をよろしくぅ!」 持ってきていたフリーペーパーを見てみると、確かに店の連絡先の所に鶴屋という文字がある。 実は高校生向きファッションショップというカテゴリーと、駅から近いという理由だけで選んだ んだけどな。 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 54 37.56 ID uEJYG+Qk0 なまら……すて、北海道の訛りなのか外国の挨拶なのかそのどちらもなのかよくわからない 名前だ。だが店の名前が意味不明なのに対して、店の商品は実にわかりやすい品揃えだった。 高校生向きと言うだけあって、俺でも簡単に手が出る値段の商品がそれほど広くない店内に 空間を意識しながら展示してある。 「開店までまだ1時間あるけどキョン君なら入っちゃってもいいにょろよ?」 それは、その有難い申し出だ。だがいいんだろうか? 「いいんだって、だって私店長さんなんだもんね!」 俺の返事を聞く気はないのだろう、さっそく俺の腕を掴んで鶴屋さんは店内へと案内というか 拉致してくれた。 流石は鶴屋さんといった所だろうか。店内に並んだ商品はどれもはずれがなく、適当に買って 帰っても後悔はしない様に見える。 「さーて、じゃあキョン君に似合いそうなのは……と」 どうやら一緒に服を選んでくれるつもりのようだ、 ↓ 1 せっかくだが一人で選ぼう 2 ここはプロに任せよう 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 06 31.83 ID neBvtuvmO 2 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 14 29.82 ID uEJYG+Qk0 ここはプロに任せよう。俺のセンスがどれ程のものかくらいわかってるさ。 「キョン君は無理にかっこつけた服よりも、ポイントでセンスが光る服の方が合ってると思うん だよね」 俺と服とを交互に見ながら、鶴屋さんは駄菓子でも買うかのような勢いで服を集めていく。 あの、それもしかして全部。 「もっちろん試着してもらうよ! さあさあ、とりあえずこれとこれで着てみて! こっちを 上に着るんだからね?」 試着室になかば押し込まれるようにして閉じ込められた俺は、まあ仕方ないかとため息をついて 見つくろってもらった服に着替え始めた。 ――これが、俺か。そうか。 数分後、全身が写る鏡の前に居たのは俺が見てもそれなりに見える外見の男だった。さっきまで の、延滞したビデオを返しに行く途中にしかみえない男はもうここには居ない。 服で印象が変わるなんて無いって思ってたが、選ぶ人によってはあるんだな。 「もーいーかいっ?」 あ、はいどうぞ。 「御拝けーん……おー! さっすがあたし、完璧じゃないかー!」 俺もびっくりしました。 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 21 18.14 ID uEJYG+Qk0 次に着せようと持ってきていた服をあっさりと投げ捨てて、鶴屋さんは俺を試着室から引っぱり 出すってああ、待って下さい! 靴を履いてないんです! 「いやー、素材は悪くないと思ってたけどこれは予想以上。カツオがマグロになっちゃったねー!」 それってどっちが上なんでしょうか。 ちなみに外国だと、どっちもツナだったりするらしいですよ? 「ねえ、キョン君。これから一緒にどこかへお出かけしないかい?」 ええ?! って貴女はこのお店の店長さんなんでしょう? 「大丈夫だって! 初日だからバイトさん雇ってるし問題無いっさ!」 って、その ↓ 1 やっぱりまずいですよ 2 まあいいか 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(新潟・東北):2008/09/14(日) 11 24 41.39 ID 3wOPtLBVO 2でお願いします 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 38 07.56 ID uEJYG+Qk0 まあいいか、たまにはハルヒ達以外の人と遊んだっていいだろ? 俺は大人しく頷き、それを見た鶴屋さんは向日葵の様な笑顔を浮かべた。 「みくるから色々聞いてはいるんだけど、キョン君はどんな所で遊ぶのが好きなのかな?」 そう言われると、どことかは無いですね。 ティーンズ雑誌の表紙を飾ってもおかしくないレベル、つまりは道行く人の誰もしも振り返るような 外見の鶴屋さんと二人っきりで歩くのは、普段の俺ならご遠慮したい。 だが今の俺ならば、そんなに自分を卑下しなくてもすむはずだ。多分。 「あっれー? キョン君元気ないくないかい?」 鶴屋さんは、呼吸が感じられる程近くで覗き込んでくる。 思わずのけぞった俺の胸に指をあてながら、 「あたしが選んだ服を着てるのにそんな自信なさげな顔じゃだめさー? さあ笑って! ね!」 今更なんだけど鶴屋さんの喋りがよくわからない; 誰か鶴屋さんのセリフが多いSS知ってる人いないかい? 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 48 14.40 ID uEJYG+Qk0 そう言って俺の頬をひっぱる鶴屋さんの顔に、何か言葉以上の感情があるような違和感を感じる。 ……あ、そうか。鶴屋さんは俺に気を使ってくれてるんだな。言葉の所々に感じるニュアンスと、時折 俺の顔を見つめてくる仕草が気になってはいたんだ。 鶴屋さんは多分、俺がSOS団の誰か。まあ、多分ハルヒとの間で喧嘩でもしてると思ってるんだろう。 そう思うのも無理もない程に、俺の行動にはSOS団の誰かが関わっていたからな。 ようやく俺に笑顔が戻ったのを見て、鶴屋さんは満足げに頬をつまんでいた指を離す。 「さ! 今日は記念すべきキョン君とあたしの初デートだよ! 気合い入れてエスコートして、彼女の ハートをがっつりお持ち帰りしちゃってね?」 えっと、それはどこから突っ込めばいいんですか? ……反応なし。おかしいな、俺の反論はどうやら鶴屋さんには聞こえない様だぞ。なんて便利な耳だ。 さて、とりあえず歩道で立っていても仕方ない。どこかへ行くとするか……。 ↓ 1 公園でいいかな? 2 図書館に行ってみよう 3 休みだけど学校に行ってみようか 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 52 34.81 ID neBvtuvmO 1 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 04 28.27 ID uEJYG+Qk0 言い訳書いてる暇がどこにあったのかと 休日の公園は騒がしい街とはうって変わって、子供連れの主婦が数人しか見えない。 俺の隣を歩く鶴屋さんは絡んでくる子供の相手をしたり、やれ空に浮かぶ雲の形が何に似ているだのと はしゃいでいる。 いいね、これこそまさに安息日ってやつだ。 俺は俺でそんな彼女の姿を目を細めながら眺めつつ、のんびりとした時間を楽しんでいた。が。 「ねーキョン君さ。……みくるが秘密を打ち明けた公園にあたしを連れてきて、どうしちゃうつもりなのかなー?」 平穏な時間はあっさりと終わった。 って今のはマジなんですか? まさか朝比奈さんは鶴屋さんに全部話してしまっているとか? ↓ 1 鶴屋さんも、朝比奈さんが未来人だって事知ってるんですか? 2 俺には、その。何の事だかさっぱりです 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 13 09 22.03 ID UndwICEDO 2で つか爆睡かましてたらアナルが落ちてたorz 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 23 16.93 ID uEJYG+Qk0 俺には、その。何の事だかさっぱりです。 いくら朝比奈さんがうっかりさんでも、禁則事項に関わるような事を口を滑らせるとは思えない。俺は冷や汗を かきながら鶴屋さんに嘘をついた。 しばらくの凝視の後。 「……そっかー。そうだよね、うん。ごめんごめん! ちょっとさ、みくるの様子が変だったから気になっててね」 え、朝比奈さんがですか? 疑う様だった鶴屋さんの眼差しが消える。 「みくるからキョン君の話を聞いてた時にね? この公園でキョン君に何か大切な事をお話したって所までは教えて くれたんだけど、それ以上先はどー頑張っても教えてくれなかったのさ~」 ……朝比奈さん、そこまで話したら誰でも気になると思いますよ? 「それで、もしかして君が何かみくるといけないお話でもしちゃったのかなって思ってね~。……ねえキョン君」 はい。 「みくるはさ~、なんていうかぼんやりさんでおっちょこちょいで目が離せない所ばっかり目立っちゃうけど、 本当は色々溜めこんじゃう娘なのさ。だけど人には言えない性格なのか、言えない内容なのかわかんないけど、 自分だけで頑張っちゃっててね~……そんなみくるもさ、キョン君には話せる事が多いみたいだから助けになって あげて欲しいな?」 最後の方は寂しそうな声で、鶴屋さんはそう言った。 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 39 38.67 ID uEJYG+Qk0 俺にできる事なら。 もちろんこれは俺の本音だ。心のオアシスでもあり部室の天使でもある朝比奈さんの手助けになるなら、頼まれる までもなくなんだってするだろう。 パッと笑顔になる鶴屋さん。 「よろしく頼んだよ!」 そう言って鶴屋さんは背伸びをすると――冷たく柔らかい何かが触れる――素早く俺の頬にそっと触れるキスをした。 な、な。え? 驚く俺とは対照的に、鶴屋さんは平然とした顔で自分のポケットで振動していた携帯を取り出して何やら確認をしている。 そして急に顔をしかめて 「えー! そんなぁ~……残念だけどキョン君、あたし今すぐお店に戻らなくちゃいけなくなっちゃったよ。在庫が 尽きちゃって大変なんだって」 ええ? ってああ、俺の事は気にしないでいいですよ。 ところでさっきのはいったい、ってここは聞くべきなのか? 「ほんっとごめんよ? この埋め合わせは絶対するからー……絶対するからねー!」 手を合わせて謝ったかと思うと、すぐさま走り出し、何度も振り返りながら鶴屋さんは去って行った。 鶴屋さんの姿が見えなくなった所で、そっと自分の頬に触れてみる。 ……どうやら、さっきの白昼夢の類ではないらしい。 一人公園に取り残された俺は、自分でも意味のわからない溜息をつきつつ家路についた。 なんていうか、ハルヒとは別の意味で台風みたいな人だな。 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 58 13.27 ID uEJYG+Qk0 その日、久しぶりに自室のクローゼットに新しい服が追加された。並べてみると、そこだけ自分の服じゃないみたいで なんだか変な感じがするな。 次の休日が待ち遠しいなんていつ以来の感情なのかわからない、俺はその日の出来事を思い出しながら眠りについた。 ――翌日、いつもなら気だるい通学路も普段の20%増し程度の元気で登り終え、平均より10分程早く教室に入った 俺の目に入ったのは机にのびているハルヒだった。 めずらしいな、あいつにしては。 俺が席についてもハルヒは動こうとしない、流石にここまでくると気になってくる。 おい、大丈夫か? 俺の声に数秒遅れて、ハルヒがゆっくりと顔を上げる。 「……ああ、キョン。いつ来たの?」 今さっきだ。 「そ」 再び机との同化作業に戻るハルヒ。 ハルヒ、体の調子が悪いのか? 保健室に行くならついて行ってやるが。 「いい。……昨日、親戚が1歳になった赤ちゃんを見せに来たんだけどね。その相手をしてて本気で疲れてるだけ」 そりゃあ……大変だったな。 お前の相手をしている俺達の大変さが少しはわかったか? なんて本音は言わないでやるよ。なんせ俺は充実した 休日だったからな。 「キョンは」 ん? 「キョンは昨日何してたの?」 ああ、俺か。 ……さて、ここで鶴屋さんの名前を出すべきか…… じゃあ安価で ↓ 1 やめておこう。昨日は買い物して終わったよ。 2 まあいいか。昨日は鶴屋さんの店で買い物してきた。 3 たまには驚かせてやるか。昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 13 59 47.34 ID npWD+ams0 3 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 14 09 56.12 ID /F2MYmMC0 古泉君スタンバイ 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 11 50.23 ID uEJYG+Qk0 たまには驚かせてやるか。 昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 「はあ?!」 でかい声をだしつつ即座に体を起こすハルヒ。 おでこ、真赤だぞ。 「えっあっ……ちょっとキョン。今のって本当なの?」 前髪でおでこを隠しながらハルヒは睨んでいる。 嘘か本当かと聞かれれば……本当なんだが、まあ古泉の気苦労を増やすのも悪い気がする。あいつに恨みがある訳でも ないしな。 冗談だ。昨日買い物してたら偶然あってな、服を選んでもらったんだ。それだけさ。 「……あ、あんまり変な事言わないでよ。でもまあ、よくよく考えてみれば鶴屋さんがあんたみたいなのとデートする なんて地球が逆回転を始めるよりありえない事よね。一瞬でも信じたあたしがどうかしてたわ」 そうかい。 ずいぶん安くなっちまったな、地球。 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 21 37.98 ID uEJYG+Qk0 これでこの件は終了。 だったらよかったんだけどなー。それから時間は進み今は昼休み、どこかへでかけていくハルヒを見送り、のんびりと 弁当を広げていた俺の携帯が振動をはじめた。相手は……古泉? 箸を置いて、なんとなくその場で話すのを躊躇った俺は廊下に出てから受話ボタンを押した。 もしもし。 「何があったんですか?」 主語がないぞ、古泉。それにそれは俺のセリフだ。 「すみません、ですが答えて下さい。涼宮さんに何かしましたか?」 何かって……特に思い当たらないが。 「実は、ついさっきいつになく巨大な閉鎖空間が発生しました。これは涼宮さんにいきなり大きなストレスがかかったと しか考えられません」 落ち着けって、まあやばいのはわかった。でも俺はここ数時間ハルヒの頭を叩いたりもしなかったぞ?叩かれはしたが。 それに授業中だったから特に何かあったとは思えん。 「確かにそうですね……、ちなみに、貴方の言う物理的な理由では涼宮さんにストレスがかかる事は殆どありません。 ありえるとしたら……そうですね、貴方が涼宮さんの目の前で誰かとキスをする、そんな状況を見れば今のような閉鎖空間も 発生しえるでしょう」 古泉、ここは学校だぞ? そんな事がある訳……あ。 「ど、どうしました?」 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 35 38.75 ID uEJYG+Qk0 あ、いや。実は昨日、俺は鶴屋さんと買い物をしてたんだが。 「はい」 そこでキスされたんだ。 「……」 痛いほどの沈黙が流れる。 で、でも、あれは不可抗力だったし昨日の事なんだから今回は関係ないだろ? それに俺はハルヒには、買い物中に 鶴屋さんと会ったとしか言ってないぞ。 「事実はともかくとして、もしも涼宮さんがその事を鶴屋さんに確認に行ったら」 古泉の言葉に、俺が想像した鶴屋さんのリアクションのどれもが、あっさりキスの一件まで伝えてしまう姿だった。 「すみません、僕は機関の仕事に戻ります。すみませんが涼宮さんの事をお願いします!」 おい待て古泉! お願いするったってな? ――ええい、切れてやがる。 別に俺はハルヒと付き合ってる訳じゃないのに、そこまで気をまわさなくちゃいけない理由ってのはなんなんだろうな? ああそうか、世界崩壊の危機だったな。……笑えねー。 ともかくだ、ここは ↓ 1 ハルヒを探そう 2 長門に相談しよう 3 朝比奈さんに話をしてみよう 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 14 37 16.58 ID neBvtuvmO 1 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 46 21.17 ID uEJYG+Qk0 ともかくだ、ここはハルヒを探そう。 鶴屋さんとハルヒが会ったっていうのが本当なら、多分2年の教室の近くに居るはずだ。 生徒で溢れかえる昼休みの廊下を、俺は世界を救うべく全力で走っていた。 そこら中から感じる奇異の視線。 そうだな、俺もこんな変なのが居たら目で追うだろうよ。 ついでに言えば入学したばっかりの頃のハルヒはこんな視線をいつも受けてたんだろうな。 幸運にも教師に見つかる前に、俺は2年の教室まで辿り着いた。 えっと、鶴屋さんは……しまったあの人が何組なのか俺は知らないじゃないか? 朝比奈さんに電話した方が確実なんだろうが、ともかく今は時間が惜しい。俺は順番に教室の中を覗き込みながら ハルヒの姿を探していった。 そんな不審行為を繰り返していると、 「あっれー? キョン君じゃないかー」 廊下を歩いて来たのはまさに渦中の人、鶴屋さんだった。 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 55 44.12 ID uEJYG+Qk0 53 本当に言ってねー 鶴屋さん、ハルヒがここに来ませんでしたか? っていうか何か話しませんでした? 「ハルニャン? きたよー、昨日キョン君とチューしちゃったーって言ったらめがっさ怒って何処かへ行っちゃったにょろ」 ――世界が停止したかと思った。……古泉、最悪な方向にビンゴだぞ。 急な運動による胃痛と、止まらない頭痛に思わず頭を抱える。 あーくそう! なんで朝、俺はあいつにあんな事を言ってしまったんだ? そんな事言うつもりはなかったのに! 「ちょっと大丈夫かい? 顔色が真っ青だよ?」 ええまあ、これくらいなんてことないんです。はい。 これから起きるかもしれない事を考えれば、俺の体調不良なんて1ジンバブエドルと等価なんです。 それで、ハルヒはどこへ? 「あっちだよ。でもどこに行くかは聞いてなかったな~」 ともかく今は動くしかない、俺は疲れた体に鞭打って再び廊下を走りだした。そして間もなく階段の踊り場に辿り着く、 ハルヒは上か? 下か? 1 上 2 下 3 一人では探しきれない、誰かに助けを頼もう 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 05 18.49 ID neBvtuvmO 上 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 18 34.75 ID uEJYG+Qk0 書き手が一人の間はこれでもいいかもね 上に行ってみよう、なんとなくハルヒと言えば高い所にいるイメージがある。それに一度降りて上がるよりは、先に 上がって降りた方が体的にも楽だろう。 これで重労働は最後だと気合いを入れて階段を上った先には、ああそうだ、そういえばここだったんだな。 あの日、部活を作る事を思いついたハルヒに拉致されてきた屋上への扉があった。 鍵は……開いている。 勢いのままに扉を開けたそこには……、誰も居なかった。 一応ぐるりと回ってはみたが、広い校舎の屋根部分に簡単な柵がついているだけで誰の姿も隠れる場所も見当たらない。 くそっはずれか? 「おーい、キョン」 誰かの声が下から聞こえてくる。この声は、 「お前そんな所でなにやってんだ?」 グランドから叫んでいたのは谷口の奴だった。隣には国木田の姿も見える。 おい! ハルヒを見なかったか? 「涼宮? 涼宮ならさっき部室棟の方に歩いてたぞー? っていうかお前午後の授業さぼるつもりか?」 「キョンー。僕の机の上に置いてあったお弁当はキョンの机の中に入れておいたからねー」 二人の声を最後まで聞く事無く、俺は本日何回目かの全力疾走を自分の足に命じた。 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 37 36.41 ID uEJYG+Qk0 じゃあとりあえず16:00で一回切れる様にごまかします 30分程の用事もあるし 詳しい言い訳は 33 俺の選択のどこに間違いがあったのか、それともそもそも俺の選択など何の意味ももたないのか。 昼休みが終わる鐘が鳴って静まり返った廊下を俺は必死に走っていた。 授業中のクラスの近くを通るのはなるべく避けながら、ともかく部室棟へと急ぐ。 中庭から見えるグランドでは谷口達がサッカーに興じているのが見える。 ああくそっ! いったい俺は何をやってるんだろうなーもー! 部室棟の中は当たり前だが静まり返っている、俺の階段をかけのぼる音だけが大きく響き、ようやく部室の前まで 辿り着いた時は、今度は俺の荒い息だけが響いていた。 頼むぜハルヒ、ここに居てくれよ? 会った所でなんて言えばいいかなんてわからないが、会わなけりゃアウトな事だけはわかる。 息を飲みながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。 扉の向こう、部室の中に居たのは…… 1 よかった、ハルヒがそこに居た。 2 古泉、なんでお前がここに? 3 長門、お前だけか。 4 すみません、間違えました。俺を見つめるいくつかの不審な目、間違ってコンピューター研の扉を開けていたらしい。 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 47 07.84 ID neBvtuvmO 2 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 56 34.43 ID uEJYG+Qk0 古泉、なんでお前がここに? 部室の中に居たのはハルヒではなく古泉だった。 「貴方こそどうして、涼宮さんを探していたのではないんですか?」 探して辿り着いたのがここなんだ。で、お前は? 「閉鎖空間の発生地点がここなんです、僕は外の状況を確認するために一度出てきた所なんですが……まさか、もしかして?」 古泉は驚いた顔で部室の窓を見つめる、……嫌な予感がする、しかもそれが的中してしまうような……。 まさか、ハルヒは。 俺の言葉に頷く古泉。 「どうやら、涼宮さんは自分で作った閉鎖空間の中へ入ってしまったようですね」 悪い予感ってのはなんでこう当たるんだろうな、誰か教えてくれよ。 「神人は広範囲に分散して現れていますが、万一涼宮さんが遭遇してしまったら終わりです。すみませんが……」 わかってるよ、俺も行けばいいんだろ? 「申し訳ありません」 今回は俺の不注意が原因みたいなもんだ、気にしなくていい。 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 40 11.76 ID uEJYG+Qk0 なんだろう、ここ。 気がついた時、あたしは不思議な場所に居た。 そこは見た目はあたしのSOS団の部室なのに、一切音が無く窓の外は色が無い灰色の世界が広がっている。 この場所にあたしは……うん、きっとそう。ここに私は来た事がある。 ともかく誰か居ないか探さないと。 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 59 05.25 ID uEJYG+Qk0 まるで気圧の違う場所に入ったかの様な違和感。 「もういいですよ」 目を開いた時、そこにあったのは数秒前と変わらぬ部室の風景。そして窓の外に広がる灰色の世界だった。 今の所、窓の向こうに青白く光り輝く巨人の姿は見えない。 「学校の傍の神人は閉鎖空間の発生した時に退治しました。ですが、神人が再び現れないとも限りませんので 急いで涼宮さんを探しましょう」 ……そうだ、簡単な方法があるじゃないか! 「え?」 俺は窓を開けて中庭を見回す、そこにハルヒの姿は見えない。が ハルヒー! 俺の声が静まりかえった校舎の隅まで響いていく、ええいもう一度だ! ハルヒどこだー! 再び響き渡る声に、返ってくる返事はなかった。 「……これは、盲点でした。確かに大声で呼べば早いですよね」 でもダメみたいだな、もう遠くに行ってしまってるのか? 「いえ。涼宮さんの反応がここで感じられる以上、少なくとも学校の敷地内に居る筈です」 なるほど ↓ 1 もう少しここで呼びかけてみるか 2 二手に別れて探しに行こう 3 僕となるべく離れないでください。神人が出現した時に僕が居なければ危険です。 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 01 20.54 ID neBvtuvmO 2 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 12 29.31 ID uEJYG+Qk0 なるほど、二手に別れて探しに行こう。ハルヒが学校から出てしまったら探しきれなくなる。 「了解です。何かあったら古典的ですが大声を出してください、すぐに駆けつけます」 ああ、その時は頼むぜ。 とりあえず古泉はまず部室棟を探し、終わったら本館の上階を。俺は本館の1,2階を探す事になった。 静かな本館の中、俺の歩く足音だけが廊下に響く。 途中までハルヒ出て来いよーなどと叫んでいた俺だが、今はそれにも疲れ、とにかく教室という教室を順番に 調べて回っていた。 ハルヒが何故出てこないのか? まあ理由は色々考えられる。 例えば、あいつがこの世界で寝ているとか気を失っているとかそんな理由で俺の声が聞こえなかった。まあ、 これならいいんだ。これなら。 問題なのは、俺の声が聞こえたけど出てこなかった……つまり理由はわからないが俺達から逃げていたら? そうなったらちょっと厳しいかくれんぼになるぞ、なんせ範囲は無制限なんだ、。 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 20 14.76 ID uEJYG+Qk0 職員室を見た後、1階の各教室を順番に回ってきたが成果0。古泉の声も聞こえてはこない。 いったいハルヒは何処にいるんだ? とりあえず足は止めないが、俺はあいつが行きそうな場所を考えてみる事にした。 あいつが一人で行きそうな場所か……あ、そういえば校舎内をくまなく探した事があるって前に言ってたな。 それだけで全ての場所が候補になるってのはきついぜ。 でもまあ予測だけでも立てるとすれば、だ。 ↓ 1 あいつは屋上で何か投げてなかったか? 2 プールのふちに立ってるのを見た事がある気がする。 3 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 25 59.37 ID neBvtuvmO 3 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 18 21 06.58 ID uEJYG+Qk0 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 1,2階の捜索を終えていた俺は、とりあえず音楽室へと向かった。 「ねえキョン、なんだかすごい1年生がピアノの演奏してるんだって。見に行かない?」 そう国木田が聞いて来たのは入学式が終わって数週間後の昼休みの事だった。ちなみにそれはハルヒが ありとあらゆる部活に仮入部を繰り返してはどこにも入部しないという意味不明の行動に勤しんでいた時 でもある。 だから俺はそのピアノを弾いてる凄い1年ってのもハルヒの事だろうと思い、行くのを躊躇っていたの だが――あいつがピアノを弾く姿ってのは想像できないな――怖いもの見たさ、って奴だろう。 弁当を食い終えて重くなっていた腰を上げていた。 人だかりのできた音楽室の入口、開いたままの分厚い扉の中から聞こえてくるピアノの音。 俺が人垣の隙間から背を伸ばして見たのは…… あいかわらず上手いな。 俺の言葉と同時にピアノの音が止む。 あの時と同じ音楽室の分厚い扉の向こう、防音になった部屋の中で一心不乱でピアノを弾くハルヒの姿がそこにあった。 99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 10 49.37 ID uEJYG+Qk0 どうやら見つけたみたいですね。 本館の中を歩いていた時、そのピアノの音は聞こえてきた。それと同時に不安定だった涼宮さんの気配も 一瞬強くなり、また小さくなる。 なるほど、音楽室でしたか。これは盲点でした。 この建物に居る人の気配は僕と彼、そして涼宮さんだけ。となれば涼宮さんと一緒にいるのは彼しかいない。 何とか事態は解決に向かいそうですね――そう思って一息ついた古泉を待っていたかのように、グランドの中央に 神人はその姿を現した。 「……キョン」 どうやら本気で弾いていたらしく、ハルヒの息はあがっている。 なるほどね、気を失っていたのでも俺達から逃げていたのでもない。本当に声が聞こえない所に居たとは 予想外だったよ。 だが見つけたのはいいが、これからどうすればいいんだ? 「ねえ……」 そこまで口にして、ハルヒは黙ってしまった。ただでさえ物音がしない防音室の中に、痛い程の沈黙が広がる。 かといって俺から口を開こうにも、なんて言っていいのかわからないんだが。 101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 11 29.53 ID uEJYG+Qk0 これは……僕ひとりでは厳しいかもしれません。 グランドの上に現れた神人はサイズは小さいものの全部で3体、通常であれば能力者4人以上で対応するのが セオリー。だが今はそんな事を言っている時間はない、もしも涼宮さんに万一の事があれば文字通り全ては終わって しまうのだから。 赤い光が浸み出して光の球体が体を包み込む。 頼みましたよ? 近くの教室の窓から飛び出した僕は、一番近くに居た神人の左腕を切断しながら舞い上がった。 パサリと何か紙をめくる音がする、見ればハルヒは楽譜を取り換えてピアノの上に置く所だった。 ……さて、何を聴かせてもらえるんだろうね? 壁際に置かれた椅子を一つ取り、ハルヒが見える位置に置いて座ると流れるように音が溢れ出した。 俺にはピアノ曲なんてもののタイトルはわからないが、ハルヒが弾いたのは優しいメロディーだって事はわかる。 その曲に聞き惚れつつハルヒを見てみれば……楽譜の意味あんのか? ハルヒは俺の顔を見ながらピアノを弾いて いた。時折目を伏せたり、また見開いて見つめてきたりと表情を変えるハルヒに合わせるように、曲もまた変化して いく。 102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 09.77 ID uEJYG+Qk0 これは……いったいどういう事なんでしょうね。 神人を引き付けながら空中を浮かんでいた古泉が見たのは、突然静かになった神人達の姿だった。 これまでに数多くの閉鎖空間に入ってきたけれど、こんな事は初めてだ。 驚きつつも念のために距離を置いたまま様子を伺っていると、神人達の光量が緩やかに衰えていきやがてそのまま 消え去ってしまった。 「そんな? ありえない?」 神人は涼宮さんのストレスが無意識の中で実体化した物のはず、それが自然消滅するなんて事があるはずが……。 103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 44.86 ID uEJYG+Qk0 ……ん、何か冷たい物が頬に……。 おぼろげな意識の中でそう感じた次の瞬間。 「起きなさい!」 俺の脳天に叩きつけられる何か。衝撃と共に目に入ってくる光景は……。 部室か。 「あんたまだ寝ぼけてるの? 岡部がめちゃくちゃ怒ってるんだからさっさと来なさい!」 座った俺の隣でハルヒが怒鳴ってる……って事は、そう言う事か。 「古泉君は先に行ったわよ。いい、あたしはちゃんと起こしたからね? まったく、古泉君と二人で部室で寝てる なんてあんた達なにしてたのよ?」 そうかい、そいつは悪かった。 でもお前のおでこが赤いのはなんでなんだろうな。 まだ意識ははっきりしないが、なんとなくどうなったかはわかるさ。つまり古泉はハルヒも含めて俺達3人が この部室で寝ていた事にしたって事だろう。そしてハルヒだけを起こしてやれば誤魔化せるって事か。 俺は世界の存続を祝いつつ、力の入らない体に活を入れようと腕をのばした。 あくびをしつつ、ふと気がつく。 ハルヒ。 「何よ。急がないと怒られるだけじゃ済まなくなるわよ?」 お前、何か俺にいたずらしたか? 何か頬が濡れてるみたいなんだが。 急にハルヒが俺に背を向けて扉に向かって走っていく、っておいハルヒ? 「しっ知らない!」 バタン! ……そう言い残してハルヒは部室から出て行ってしまった。 ……なんなんだ? あいつは。 涼宮ハルヒの失踪 終わり その他の作品
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…あたしの誕生日まで、残り4日間ね。 最近ヒマでしょうがないし、クリスマスなんてイベントがある位だから SOS団団長のあたしの誕生日を祝わないのは道理に反するわ。 いや…とゆーか、既にどうあっても祝わざるをえない事態だわ! SOS団に早く知らせなきゃね!授業なんて受けてる場合じゃないわ! 「ねぇキョン!緊急事態よ!そろそろ… あたしが前の席に座るキョンを引っ張って話しかけると、 キョンはいつに無く真剣な顔であたしを見つめ、あたしの言葉を遮った。 なぁハルヒ、とキョンは喋りだして 「いま俺は非常に大事な案件を抱えているんだ。 これはとっても大切な事だから、今はそれに集中していたいんでな。 すまんが暫くはSOS団にも顔を出せそうにない」 「え?あ…あぁ、そうなんだ…」 普段のあたしなら気にもしないで突っ込んで行くけど、 この時は自分の誕生日パーティの話だったから少し引け目になってたのかな。 放課後、キョンは部室に来なかった。 (ま、パーティなんてここで簡単にやればいいんだし、 キョンに用事が終わる頃でも聞いて計画を立てれば大丈夫よね。 …みくるちゃん古泉くん有希にはまだ黙っていていいわね。 当日に団長を最も敬うべき立場の人間が不在だと、団長の威厳にかかわるから) なんて思って、あたしはいつも通りの活動をする事にした。 …次の日の活動にも、やっぱりキョンは来なかった。 それどころか、私が何か話しかけてもキョンは曖昧な返事ではぐらかすばかりで あたしに取り合おうとすらもしなかった。 よっぽど怒鳴りつけてやろうかと思ったけど、誕生日が近いという事が あたしに変なためらいを起こして言葉を言いつぐんでしまった。 「なによ。」 帰宅して自分のベッドに突っ伏して仰向けになり、 そう呟いてあたしはすこしダウナーな気分を味わった。 (せっかく誕生日が近いっていうのに、なんでこんな思いしなきゃなんないのよ… 悪い事は最悪のタイミングでやってくるって本当ね。 いつものあたしらしくしてたなら良かったのかな。大体、 あのためらいは何よ。みっともない。変な期待でもしてたのかしら。 もう…なんか馬鹿馬鹿しいわ。誕生日ごときで浮かれてんじゃないわよ自分。) 夜になっても自分を卑下する思考で頭が冴えていたあたしは、 時間の感覚すら無くなってきた頃合いに睡魔から一瞬で意識を刈り取られた。 その日、あたしは中学の時の夢を見た。 ずっと一人で過ごしていた中学生の頃。 夢の中でもあたしは一人っきりで、普段通りの生活を送っていた。 でも何故だか… まるで、悪夢を見ているかのようだった。 朝、あたしが教室に入ると珍しく既にキョンが席に着いていて驚いた。 あたしを目に映すと何処か物憂げな顔になったキョンは、 あたしが席に着いたのと同時に、 「今日の放課後、SOS団の部室には行かないで…長門の部屋に来てくれないか? …とても大事な話があるんだ。」 と、キョンは重く暗い顔で申し訳なさげに話しかけてきた。 …… あたしは不機嫌な顔を作って、窓の外へ顔を向けた。 放課後、あたしは教室で皆が帰ってしまったのを見計らってから 一人で下校し、有希の部屋に足を運んだ。 「なによ…古泉君も今日は学校休んじゃってるし、何でいきなりこんななの!?」 そう呟きながらあたしは色々考えた。これから…どうなるのか。 「…ひょっとして、サプライズパーティとか?…」 そう思った時、あたしの中で期待感と安堵の色が広がってきた。 「……でも」 あたしの誕生日には2日も早いし、最近のキョンの態度だとかを考えるとそれは、 …あたしが現実逃避をしているだけにしか思えない。 変に期待してしまったら、悪い事が起きてしまった時の事が恐ろしすぎて 何も考えられない。それにどれだけ良い結果を考えてみても、 それを打ち消す不安要素の方が沢山…ある。 有希の部屋の前に立って、あたしは乾いた口の中を潤す様に息を飲み込んだ。 (来るならこいってものよ。例え一人になったって中学時代と一緒なんだし、 別になにも変わらないわ。…今までありがとうって位は言ってあげる) 「………よしっ」 一息入れて、あたしはガチャリ、と扉を開けた 『誕生日おめでとーーーーー!!!!!』 パンパンとクラッカーが鳴って色付き紙があたしに舞い落ちる。 玄関には古泉くん、有希、みくるちゃん、キョンが立っていて、 みんなモールの付いたトンガリ帽を被ってクラッカーを持っていた。 「すまんなハルヒ、…こういう事だ。 お前の誕生日にはまだ早いが… まぁ、誕生日当日だと露骨過ぎるからな。今日にしたって訳だ。」 「……………」 「今まで話を聞かなくて悪かった。 なんたって、お前は自分からパーティを開きかねんからな。 …それでも良かったんだが、やっぱり誕生日は人から祝ってもらう方が 気持ちいいだろ?これは強制じゃなく俺達の気持ちだ。誕生日おめでとう」 「………ふぇっ…」 「―なっ!?ハル… 「グスッ…ふぅぅぅぅぅッ……ヒグッ!…うぅッふえぇぇぇぇん!」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ SOS団一同は今、大変にあたふたしている! 古泉は世話しなく動き回っているし、 朝比奈さんは大変だとばかりにハルヒに駆け寄り肩を揉み、 長門はハルヒにトンガリ帽を被せ鼻メガネを掛けようか手を迷わせている。 …いちばん動揺したのは俺だった。まさかハルヒが泣きだすなんてな。 俺がなにをしていたかというと、オロオロしたりオタオタしたり等、 その場でハルヒを見ながらの奇々怪々な踊りだ。 誕生日パーティの発案自体は古泉からだった。 俺達はその計画に同意を示し、ハルヒが自分で計画を立てないよう気を配った。 パーティの役割に関しては、古泉の組織が先立つ物を用立ててくれるし、 サプライズ的な要素もあるので部室では不便だと長門の部屋を借りるとの話だし、 朝比奈さんに重い荷物を持たせて準備を頼む事などもってのほかだ。 まぁ色々とそんなんがあって、俺は買い出し兼仕度係となった。 各自そろそろ準備を始めようとしていた矢先、丁度ハルヒが俺に団活の計画を 持ちかけてこようとしたので俺はとっさに浮かんだ理由をあげて話を中断させた。 そしてその後、俺は放課後にお菓子や小道具の買出しや準備なんかに手を取られていた。 …実の所、、ハルヒの誕生日より二日早く開催されたのは予定外の事だった。 何故かと聞かれれば、昨日の夜から例の閉鎖空間が絶え間なく発生し始め、 また、明け方には観測史上最大規模の閉鎖空間が現れたらしい。それによって 俺達はハルヒが俺の対応に相当なショックを受けているのを知り、これはいかんと 開催を急遽本日に繰上げしたいう訳だ。 古泉は過去最大火力の神人討伐に時間を取られ、どっちみち学校へ行く程の時間も 無かったのでそのままパーティの準備に勤しんで貰った。 おかげで皆がパーティの雰囲気の中はしゃぎまわしてる最中も 古泉はうつらうつらとしていた。…ご苦労だったな。 すっかり元気を取り戻してくれたハルヒを含むSOS団の面々と 鶴屋さん、谷口、国木田、俺の妹…等々SOS団に関わりをもった人達で お菓子やシャンパン、ケーキが乗った台を囲んで暫くワイワイやっていたが、 みんなそれぞれ頃合いだろうとハルヒに贈り物を贈呈し始めた。 …非常にやばい。まだ俺はハルヒへのプレゼントを…用意出来てないぞ… パーティの準備に忙しかったのと、なにを選ぶべきかさっぱり解らずに ずっと決めあぐねていた結果、今日の急な開催までついには間に合わなかった。 …どうしようか。家に忘れた?いや、家に来られでもしたらアウトだ。 下手したら虚偽の罪に対し鉄拳制裁が執行されかねん… ここは正直に言っとくのが得策だな。 「ハルヒ…すまないが、俺はまだプレゼントを選べていないんだ… その、誕生日当日に渡すって事で良いか?」 「……」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「…いいわよ、もう満足してるから」 あたしの言葉に一瞬キョトンとしたキョンは、 「じゃあ当日にな。待っててくれ。」 と右の手のひらをこっちに向けて、済まないという意思表示をした。 …ホントにプレゼントなんてどうでも良いのに。 あたしは最後の最後でSOS団の皆を疑ってしまった事を忘れるかのように パーティでは思いっきりテンションを上げていた。 みんな、ありがとう。…ごめんね。 そしてキョン。2日前のあの言葉… …キョンの気持ちとして受け取っておくから。 了
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無事ではないような気はするものの、とりあえず進級を果たした俺たちだが、 これといって変わりはなく、いつものような日常を送っている。 今日は日曜日で、全国の学生は惰眠を貪っている頃だろう。 諸君、暇かい? それはいいことだ。 幸せだぜ。 俺は、暇になりたくてもできないんでな。 日曜日。 ハルヒが黙っているわけもなく、金を無駄にするだけの町内散策・・・ いや、不思議探索の日となった。 今日も既に全員集合ときた。 いいんだ、もう慣れたよ。 もう、奢り役となって一年も経つんだな。 「キョン!はやくアンタもくじ引きなさいよ!」 分かってるさ。 ハルヒの手に収まった爪楊枝を引いてみる。 印付きか。 周りを見ると、ニヤケ古泉は印なし、朝比奈さんも印なし、長門も印なしを持っていた。 つまり、ハルヒとってことだな。 「珍しいですね。あなたと涼宮さんのコンビとは。」 「・・・長門と朝比奈さん襲ったらコロスぞ。」 古泉はフフフと微笑んだ。 気持ち悪い。 マジで襲ったらシメてやるからな。 「よし!じゃぁ早速行くわよ!」 ハルヒは俺のコーヒーをズズズとすすると、伝票を俺に突きつけた。 「早く来なさい!ドアの前にいるから!」 「キョン君、いつもごめんなさい。」 「いえいえ。」 あなたになら、店ごと買ってやっても構いませんよ。 と言いたいが、そんな金はねぇな。 いつもの様に財布を薄くし、自動ドアを出た。 古泉他二人はもう出発したらしく、希望に満ちたハルヒだけが立っていた。 「おっそいわよキョン!気合が足りないわ!」 「なんの気合だよ。」 「あのね!不思議もそんな甘っちょろいもんじゃないんだから!第一・・・」 ハルヒは後ろ歩きをしながら、俺に話しを聞かせた。 おい、後ろ道路なんだぜ、ちょっとは注意したらどうなんだ。 と思った矢先、向こうの車線から、ものすごいスピードで車が走ってきた。 おい、ハルヒ、危ねぇぞ! 「え?なに言ってんのよキョ・・・」 車は、ハルヒのすぐ後ろに迫っていた。 考えている暇はない。 俺は自分の出せるだけの力で、ハルヒを遠くへ突き飛ばした。 視界からハルヒが消えると、車が目の前にいた。 ******* 感覚がない。 どこからかざわめきが聞こえる。 そして、耳元では、いつものあの声がしていた。 「・・・ョン・・・キョン!」 ハルヒが、顔面蒼白の面持ちで俺に寄り添っていた。 頭がガンガンする。 体もバキバキだ。 周囲の声も聞こえなくなってくる。 やっと分かった。 ああ、俺はきっと死ぬ。 何気なく見やった道路は真っ赤に血染めされていた。 俺の血だ。 ハルヒは助かったんだよな。 神様が消えることはなかったぜ、古泉。 長門の観察対象もなくならない。 ああ、でもせめて最後に朝比奈さんのお茶をー・・・ 「キョン!?だめ!目を閉じないで!開けて!」 そしてハルヒ、俺、楽しかった。 最期に、ハルヒと不思議探索しそこねたな。 楽しかったぜ、ハルヒ・・・ 突然、目の前が真っ暗になった。 闇にいる。 ただひたすら、漆黒の闇の中にいる。 キョン・・・ ハルヒなのか? お願い、目を開けて・・・ 俺は、開けているつもりなんだ。 どこにいる? どこで泣いている? キョン・・・! その声と同時に、世界に光が差し込んだ。 いつかの閉鎖空間のように、バリバリと裂けていく暗闇。 目の前に、ハルヒがいた。 「ハルヒ・・・!」 思わず、叫んでいた。 しかし、ハルヒの目は俺を見ていない。 涙が溢れるだけだ。 そして、俺の真後ろを、さも俺がいないかのように見つめていた。 いや、俺はいないんだ。 「キョン・・・!嫌よ!バカキョン!目、開けなさいよ!」 振り返ると、そこには俺が寝ていた。 蘇る思い出。 ここは、消失事件の病室だ。 そこに、俺が白い顔で寝ていた。 血なんてどこにも付いていない。 まるで、寝ているかのように・・・ 俺は、死んでいた。 そして、今の俺は、幽霊だ。 ついに、異世界人になっちまったか。 天国という異世界のな。 「キョン!」 「ぅぇっ。キョンく~ん!目を・・・目を開けてくださぁ~い!」 「・・・。」 「・・・。」 珍しく、古泉も無言だった。 いつものニヤケ面なんてどこにもねぇ。 みんな、俺を見ていない。 ただ、 ただ、一人だけ、 長門と、目が合った。 ****** 病室から団員が帰る時、長門は俺に 「私の家に来て。」 と、聞こえるか聞こえないか、の声で囁いた。 ドアに触れることはできない。 でも、壁を簡単にすり抜けられた。 幽霊って、どこに逃げても付いてくるって本当だったんだな。 そんなことを考えられるほど、俺は冷静だった。 軽々と長門のマンションの壁をすり抜けると、いつものように置物状態の長門がいた。 「長門・・・。」 「待っていた。」 「お前、俺のことが見えるのか?」 「そう。」 やはり、万能選手だ。 「あなたが今日この世界から居なくなるのは、規定事項だった。」 「なんで言ってくれなかったんだ?」 「私にその権利はない。権利を握っているのは、情報統合思念体。」 「朝比奈さんも言ってくれなかったぜ。」 「朝比奈みくるも、朝比奈みくるの異時間同位体も、それは禁則に該当する。」 やっぱりな。 そんな未来を左右すること、未来人が言ってくれるはずがない。 朝比奈さん(大)も。 「朝比奈みくるの異時間同位体からの伝言を預かっている。」 長門は、俺にファンシーな封筒を差し出した。 朝比奈みくる と丸っこい字でかかれた封筒。 いつだったか、下駄箱に入っていたっけ。 キョン君へ ごめんなさい。 私はそちらへ向かうことができませんでした。 ヒントもなにも言えず、本当にごめんなさい。 そっちの私を面倒見てくれて、ありがとう。 あなたがいたから、今の私があるの。 あなたに出会えてよかった。 朝比奈みくる 向かうことができない、てことは、来ようとしてくれていたんだな。 ありがとう、朝比奈さん。 俺も、朝比奈さんがいてくれてよかったです。 でなければ、あの消失事件で、この世界に戻ることができなかった。 いや、それ以前に三・・・いや、四年前の七夕に行かなかったら、 きっとハルヒにも出会えていなかったさ。 「俺、もう戻れないのか?」 「戻れる可能性はある。私もその可能性のおかげでここにいる。」 「どういうことだ?」 「私は一度、死を経験している。」 どういうことだ? 長門は、情報ナントカに製造された人造人間なんじゃないのか。 「私は以前、普通の人間だったという記憶がある。 しかし、私は突然死に遭遇した。そこで彷徨い、偶然、情報統合思念体に出会った。 感情などの人間性を抹消し、データや情報統合思念体との連結を備え付けられた。 そして、涼宮ハルヒの観察を命じられ、今に至る。」 「俺には詳細が分からんが、お前は元幽霊ってことなんだな?」 「そう。以前、物語を書いた時に、それを題材に書いたはず。」 思い出すは、生徒会長に命じられ、無理やり作ったあの冊子。 幻想ホラーとい難しいお題の話を書いてたっけ。 どこかリアリティがあるのに、なんのことか分からないあの話。 私は幽霊だったのだ・・・みたいなこと書いてたよな? それって、長門、お前自身のことだったのか。 死んだ記憶だけを残されて、自分が何なのかも分からなかった長門。 自分の棺の上にいた人物・・・ それが情報統合思念体の一端末・・・ そこで長門は情報統合思念体と繋がり、自分を有希、と名付けたってワケだ。 「そう。ただし、あなたの可能性は、情報統合思念体と結合することではない。」 「じゃぁ、なんだ?」 未来人になって、TPDDを備え付けられるとか、 超能力者になって、あの神人を倒せ、とかか? しかし、長門はまた違うことを言った。 「あなたにとっての可能性は、涼宮ハルヒに必要とされること。」 古泉は以前、ハルヒは神だと言っていたっけ。 その神の力を最大限に利用し、生きろ、と言っているわけだ。 俺だって生きたいさ。 やり残したことだらけだ。 でも、俺が自分の意思だけを貫いたら、どうする? 俺が死ぬのは規定事項のはずだ。 俺が生きれば、未来にずれが生じるだろう。 また、朝比奈さんがベソかきながら走り回るに違いない。 ・・・俺だって、考えていないわけじゃないんだぜ。 「それはできない。」 長門は俺をじっと見つめたまま動かない。 「俺も生きたいけど・・・そんな、ハルヒの力を利用するなんてできねぇ。」 「そう・・・」 「死人は生き返らないんだ。」 長門はなにも言わなかったが、少し、悲しそうな表情をした。 長門には色々お世話になったさ。 朝倉に殺されかけたとこを、2回も助けてくれたんだ。 無限の八月を一人、記憶を持ったまま、助けも呼ばないで。 もっと、俺を頼ってほしかったさ。 なにもできなくとも、支えくらいならしてやれる。 「・・・ありがとう。」 長門は小さな声でそういうと、 本当に僅かだし、気のせいかもしれない。 でも、 少しだけ、笑った気がした。 「俺がこの世界に留まれるのは、いつまでなんだ?」 「涼宮ハルヒが望むなら、いつまでも。彼女には、あなたに対してやり残したことがある。」 「それを解明すればいいんだな?」 「そう。」 幽霊がいつまでも人間界にいていいもんじゃないからな。 「ただ、彼女がどんな非常識なことでも思ったことを実現させるということを忘れないで。」 「ああ、分かったよ。」 長門は、いつもの平坦な声で、更に続けた。 「あなたと私が話せるのは、最後。私はもうあなたを見ることができなくなる。」 「期限がある、ということなのか?」 「そう。その期限は、あなたがこの部屋から出るまで。」 えらい急な話だ。 いや、でも幽霊と人間がいつまでも話をするのは、変だな。 「うまく言語化できない。ただ・・・あなたには、色んな感情を思い出させてもらった。」 俺が? 長門に感情を? 「それらを全て、言語化するのは難しい。」 「俺でも、役にたったか。」 「感情が皆無だった私に、あなたはたった一つの光だった。」 「光・・・?」 「あんなに気にかけてくれたり、完結に言えば、大切な人であった。」 俺なんて、何もできてないぜ。 なんせ、何の能力もない凡人だ。 長門には、色々迷惑かけっぱなしだったのに。 「あなたと私がSOS団で繋がりを持てたのは、規定事項と信じている。 詳細は不明。でも、繋がりを持てて本当によかったと思っている。」 「俺も、長門と一緒に図書館に行けて、楽しかったぜ。」 また 図書館に 約束、守ってやれなくてごめんな。 「ハルヒを頼んだぞ。朝比奈さんと、古泉にもよろしく言っといてくれないか。」 「了解した。」 「あとのことはまかせろ。絶対に世界を終わりにしたりしねぇから。」 長門は小さくこくり、と頷くとそれ以上はもう何も言わなかった。 この壁をすり抜ければ、長門とはもう喋れない。 会えるけど、もう目を合わせることはできねぇ。 「じゃぁ、俺はもう行く。」 「そう。」 「じゃぁな、長門。」 長門は、もう一度小さく頷いた。 俺はそれを見届けると、壁をすり抜けた。 体が浮いていた。 情報統合・・・ナントカを、「くそったれ」と思っていたが、そうでもないかもしれない。 そいつがいなかったら、長門とは会えなかったからな。 もうすこし、お手柔らかにしてやってくれ。 情報統合・・・思念体。 ******* さて、ハルヒのやり残したこととはなんだろうね。 通夜にはたくさんの人が参列してくれていた。 「馬鹿野郎・・・なんで死んじまったんだよ。」 「キョン・・・最後まで格好よかったね・・・涼宮さんは、助かったんだから。」 谷口と国木田だ。 もう一度、バカやったり、一緒に弁当囲んだりしたかった。 「キョン君・・・寂しくなるよ・・・。」 いつもより元気が50割減になっている鶴屋さん。 あなたには笑顔のほうが似合ってます。 「うわぁぁぁぁん!キョンくーん!」 妹はわんわん泣き叫んでいる。 せめて、お兄ちゃんと呼んでほしいもんだ。 「キョンく~ん、寂しいです・・・」 朝比奈さんは、目を真っ赤に腫らせていた。 そんなに泣かないでください。 素敵なお顔が大変なことになっていますよ。 「残念です。すてきな仲間だというのに・・・」 古泉は、ニヤケ面をどこに置いてきたんだ、という顔をしていた。 すてきな仲間。 素直に嬉しいぜ。 「・・・・。」 長門は終始無言で、俺の遺影をじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・・・・。」 そして、ハルヒは泣いていなかったが、目は腫れていた。 そりゃ、あんだけ泣いてたんだ。 団長さんよ、SOS団を頼んだぞ。 雑用兼財布係はもういない。 けど、世界を終わらしたりしないでくれよ、ハルヒ。 ******* 数日経てば、ハルヒの元気も戻るさ、と思っていたが、そうではなかった。 静まり返った文化部・・・SOS団の部室に、俺はいた。 誰とも目は合わない。 いつもの指定席に座るハルヒは、外をじっと見つめたまま動かない。 古泉もゲームを取り出すことなく、じっと一点を見つめていた。 まるで、全てが喪失してしまったかのようだった。 俺は・・・こんなSOS団を望んでいない。 ハルヒだってそうだ。 結局その日は、誰一人口を開く者はいなく、そのまま解散となった。 ハルヒの跡をつけてみた。 ハルヒの後姿はとても小さく見えた。 異変に気付く。 ハルヒ、そっちはお前の家の方向じゃねぇだろ? そっちは確か・・・俺が死んだ場所・・・ 予想は合っていた。 俺の事故現場には花がたくさん手向けられていて、ハルヒはそこに手を合わせた。 「キョン・・・キョンのバカ・・・なんであたしなんか庇って・・・」 バカ、て・・・ 「死んだなんて嘘よ!戻ってきて・・・お願い・・・。」 ハルヒ、しっかりしろ。 俺はもう死んでるんだぞ。 お前がしっかりしないでどうするんだ。 「うぅ・・・キョン・・・。」 ハルヒはその場に泣き崩れた。 街行く人たちが、ハルヒにちらりと視線を送っていく。 一番星が出ていた。 ****** 事件は早々に起きた。 俺は、急に意識が飛んだ。 幽霊に意識があるなんて、初めて知ったよ。 真っ暗な世界。 まるで、眠っているような感覚だった。 「・・・・ン・・・?キョン?」 聞き覚えのある声。 目を開くと、そこにはハルヒがいた。 すぐ、なにが起こっているのか、分かった。 灰色の空間。 いつかの、閉鎖空間。 神人はまだいない。 あの日目覚めた時と同じ場所。 「キョン!?どうして?生きてる、本物?」 「ハルヒ・・・。」 「バカ!どうしてあんな・・・!」 「ハルヒ。」 俺はハルヒの言葉を遮った。 ハルヒは、また、俺と2人の世界を望んだんだ。 戻ってきて・・・お願い・・・ この言葉は、本当のことになった。 長門は言った。 ハルヒの力を忘れてはいけない、と。 「俺は、死んでるんだ。」 「どうして!?今、現にここにいるじゃない!」 「ここは、夢なんだよ。」 「え・・・。」 「前にも、ここに来なかったか?」 丁度、一年前くらいか。 ここで、ハルヒとキスをした。 あれは夢という記憶になっているが、現実なのだ。 「え、キョンも同じ夢を見たの?」 「ああ。たぶん、ハルヒと同じ夢だと思う。」 「戻ろう。こんなところ、ずっと居るもんじゃない。」 手を引こうと、ハルヒに近づくと、俺はハルヒに引っ張られた。 顔がぶつかるのを、寸前で止めた。 「嫌よ。」 ハルヒは真剣な目をしていた。 こいつも、本気なようだ。 「あたしはあんたがいればそれでいい。ここであんたが生きれるなら、あたしはこの世界を選ぶ。 あんた、幽霊なんでしょ?天国の人、異世界人じゃない!私が探していた、最後の不思議。 そして、ずっと探していたわ。 ジョン・スミス」 俺は、驚いた。 ジョン・スミス。 なんでハルヒが知っている? 「あんたが死んだ日、夢を見たの。あたしが中学の時、校庭に書いたメッセージ。 それを書いた人よ。それ、あんただったのよね。あの時のあたしは、ジョンの顔が 見えなかったわ。でも、夢のジョンは、顔がよく見えたの。」 「な・・・」 「あたしを理解してくれて、あたしの初恋の人。」 「・・・」 「それが、あんたよ、キョン。」 つまり、ハルヒは夢で時間遡行をしたんだ。 全ての原点の4年前に。 そうか、その時から俺は異世界人だったんだな。 違う時空から来てんだ。 異世界人で間違いねぇだろ。 「もう、不思議なんて探さなくていいわ!あんたが最後の不思議だもの!」 「ハルヒ・・・。」 「嫌よ、あんたのいない世界なんて、価値はないの!」 ハルヒは、大きな目から涙をこぼした。 まるで、訴えるような目。 「キョン、あたしはあんたが好き。」 「!」 「ずっと、そうだった。精神病でも構わない。だから、お願いだから・・・」 ・・・ああ、俺だってそうだったさ。 自己中心的で、我がままで、無駄に元気で、笑顔が似合ってて、優しいハルヒをな。 「ハルヒ。」 ハルヒは目に涙を溜めたまま、俺を見上げた。 「俺は、元気なお前が好きだった。でも、今のお前は違う。」 「・・・。」 「SOS団だって、元気のカケラもねぇじゃねぇか。」 「あんたがいないから・・・。」 「俺は、こんな世界望まない。」 俺はその場にしゃがみ込み、ハルヒを見上げた。 「SOS団はどうなるんだ?せっかくあそこまで仕上げたのに。 ハルヒ、まかせてもいいよな?」 「あたしをなんだと思ってるのよ、団長様よ?でも、あんたがいないのは嫌。」 「俺は死んでる。死んだ人は生き返らない。」 ハルヒの目から落ちた涙が、俺の顔に落ちた。 あったけぇ。 「大丈夫だ。俺は待っている。何年でも、いや、何十年でも、何百年でも。」 「・・・。」 「お前はゆっくり来い。大丈夫だから。」 「・・・待ってないと、死刑だからね。」 死刑は嫌だからな。 俺は、ハルヒを連れて校庭の中心へ行った。 神人はいない。 青白い世界。 こんな世界より、ハルヒには希望に満ちた元の世界で生きてほしい。 「ハルヒ・・・好きだ。」 「あたしも、好き。」 ハルヒの小さな肩に手を置く。 「俺は・・・ ここにいる。」 ハルヒの涙だらけになった顔が近づき、俺はハルヒにキスをした。 一年前のように、嫌々なんかじゃない。 俺も、ハルヒも望んでいる。 元気なハルヒが大好きだった。 引っ張られっぱなしのあの日常も、俺は大好きだったさ。 やがて、目を閉じていてもまぶしいくらい、周りが明るくなった。 元の世界が閉鎖空間と入れ替わる。 それと同時に、光も消えていった。 その光と共に、俺の体も消えた。 ハルヒ、大丈夫だ。 俺は、ここにいる。 *お*わ*り*
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 ◇◇◇◇ 終業式の翌日、俺たちは孤島in古泉プランへ出発することになった。 とりあえずフェリーに乗って、途中で森さんと新川さんと合流し、クルーザーで孤島までGO。 全く問題はなく順調に目的地までたどり着くことが出来た。 あとは多丸兄弟を加えて、これでもかと言うほど昼は海水浴、夜は花火&肝試し、さらに二日目は何か変わったものがないか 島中の探索に出かけた。特に何も見つからなかったが、ハルヒはそれなりに楽しんだらしい。 あと、古泉たちによるでっち上げ殺人事件のサプライズイベントはなかった。まあハルヒは名探偵になりたいとか そんなことは全く考えていなかったからあえて用意しなかったのだろう。今のあいつは、みんなで遊べりゃそれで良いんだからな。 さてさて。 そんなこんなで孤島で過ごす最終日の夜を迎えていた。翌日の昼にはここを去ることになっている。 何事も無く終わってくれれば良かったんだが…… 「ぷっぱー! サイコー! ご飯は美味しいし、空気はきれいだし、毎日遊び放題! まさにここは楽園だわ!」 最後の夕食でハルヒは何度目になるかいちいち数える気にもならなくなる言葉を口にする。 確かにこの三日間はかなり楽しかったけどな。料理もオフクロのものとは違うが、高級料理というものを たっぷり食べることが出来た。 「みなさんに楽しんでいただければ、セッティングした僕としても幸いです」 古泉はにこやかな笑みを浮かべつつ箸を進めていた。一方で長門はやっぱり機械作業のごとく取る→食べるの動作を続けている。 朝比奈さんは小食っぽくゆっくりと味わって食べていた。 「お飲み物はまだまだありますので」 そう森さんが空になっているハルヒのコップにジュースを注ぐと、ハルヒは間髪入れずにそれを飲み干した。 もうちょっと味わって飲んだ方がいいんじゃないか? 勿体ない。 食事後、全員が自分の部屋へと戻っていく。中々満喫できた孤島ぐらしも今日で終わりか。荷物の整理とか考えると、 今日はとっとと寝て明日はその片づけで精一杯だろうしな。ハルヒは何かおみやげあたりをあさりそうな気がするが。 だが、そろそろ就寝時間が近づき、ベッドに腰掛けたタイミングで―― カチャ。唐突に俺の部屋の扉がゆっくりと開かれる。あまりに突然だったため、俺はぎょっとしてしまうが、 すぐに現れたハルヒの姿に安堵した。なんだ一体。夜ばいなら時間はまだ早いし、お前にやられてもちっとも嬉しくないぞ。 「そんなばかげたことを言っている場合じゃない……!」 ハルヒは緊迫感を込めつつも小声という器用な口調で言いつつ、音を立てないようドアをゆっくりと閉める。 様子がおかしい。何かあったのか? 俺は立ち上がってハルヒの元に駆け寄る。 「敵よ」 ハルヒが言った言葉に俺の全身が凍った。冷や汗が体外ではなく血管内に出たかのように、全身に嫌な悪寒が広がっていく。 敵? 敵だって? この期に及んで一体なんだってんだ。 すぐにハルヒは苛立ちを見せながら、俺の寝ていたベッドに腰掛ける。そして、すぐにいつぞや見た空中モニターみたいなものを 表示し始めた。 「おい、すぐ近くに長門がいるのに――」 「ばれない程度にやっているわよ。そんなことを気にしている暇があったら、ほら見てみなさい」 そのモニターをのぞき込むと、夜間の海上を一隻のクルーザーが猛スピードで走っている。別のモニターには 物々しい特殊部隊風の格好をした連中が多数映し出されていた。なんだこりゃ、まるで上陸作戦に備える軍隊みたいじゃないか。 「みたいじゃなくてそうだと考えた方がいいわね。一直線にここに向かってきているわ」 険しい顔でハルヒ。どうすればいいのか考えているのか、そわそわと両手の指を重ねてほじくるような動作をしている。 持っている自動小銃や物々しい装備品を見る限り、古泉が仕組んだサプライズイベントの可能性はゼロと考えて良いだろう。 そうだったら、あいつとは二度と口をきいてやらん。冗談にもほどがあるからな。 「狙いは……どうみてもあたしでしょうね。機関の危ない連中なのか、それとも別の組織かはわからないけど、 見たところ現代人間。未来人やインターフェースの可能性はない。連中ならこんなまどろっこしい手はつかわないし」 「上陸するまであと何分ぐらいなんだ?」 「およそ10分」 ハルヒの言葉に絶望感を憶えた。10分だと。たったそれだけで何をしろというのか。せめてもうちょっとあれば、 古泉たちに話して機関側で対処してもらうことも―― 「できないわよ。どうやってその情報を知ったのか、どう答えるつもり?」 ハルヒの突っ込みに俺は言葉を失う。確かにその通りだ。機関で気が付いていないことを俺が知っていたらおかしい。 長門が気がついてそれを機関に報告してという流れが理想だが、 「有希はまだ気が付いていないみたい。でもこれは幸いよ。有希が気が付いたら、あたしが動けなくなるから」 「長門がそんな連中全部ぶっ潰してくれるかもしれないだろ」 「どうかしら。有希はあたしの観察が目的よ。襲ってきたのが情報統合思念体の急進派とかなら対処するでしょうけど、 今来ているのはただの武装した人間。相手にしてくれるかどうか……」 確かにそうだ。長門自身はどう思うかわからないが、親玉はそういった人間同士の抗争を含めて観察している可能性が高い。 つまりここで武装した連中と例え銃撃戦が始まっても、それはただの観察対象扱いされるかも知れないのだ。 さらにハルヒは追い打ちをかけることを言ってきた。 「あと機関も頼れないわ。確認したけど、この館には武器の一つも置いていない。元々襲撃される可能性なんて 考えていないんだから当然よね。せいぜい逃げ回ることしかできない。その間に誰かが傷つくわ」 「だが、逃げ回っている間に機関の本部とかに連絡して援軍を寄越してもらえばいいだろ。そうすりゃ、反撃だって出来るし、 救出もしてくれるはずだ」 「忘れたの? 機関はその存在をあたしに知られるわけにはいかないのよ? 一緒に逃げ回りながら、どうやって その正体を隠すつもりよ。あたしがすっとぼけることはできても、今度は不自然すぎて逆に怪しまれることになるわ」 ええい、そうだった。機関にとってハルヒにその存在を知られるわけにはいかないのだ。例えここで武器を持っていて、 上陸してくる連中を撃退できたとして、当然ハルヒもその光景を見るわけだからどうやっても言い訳のしようがなくなる。 言い訳ができても、ハルヒがそれを飲んだらそれはそれでおかしな話になる。完全な八方塞がりだ。 後は未来人に託するしかないが……それもどうだろうか。やれるならとっくにやっているんじゃないか? ん、ちょっと待てよ? 「みくるちゃんの――ええと、でっかいみくるちゃんだっけ?が言っていたやつってこのことじゃないの?」 俺の心を読んだかのように、ハルヒが先に言ってしまった。 朝比奈さん(大)は起こればすぐにわかると言っていた。これ以上わかりやすい危機的状況なんてそうそう無いだろう。 そうなると、このことに未来人は関与しない。理由は知らんが、解決できるのは俺とハルヒだけと朝比奈さん(大)が 言ったんだから間違いない。 ならば現状でできることはなんだ? 俺の脳細胞をフル活用した結論は―― 「つまり、この別荘の中にいる人間――それも宇宙人・未来人・超能力者に気がつかれることなく、襲ってきた連中を 俺とハルヒで全部撃退し、あまつさえ襲撃者から撃退された理由に関わる記憶を削除すればいいってことか?」 「そうよ。それしか破綻を回避する方法はないわ」 あっけらかんと答えるハルヒだが、無茶苦茶だろ。確かに超能力者オンリーの世界では、ハルヒは襲ってきた機関主流派の 特殊部隊を全部撃退した実績があるから可能かも知れん。だが、今回はこの別荘内の人間に知られない・相手の記憶を改竄するという 二つの要素が加わる。いくらハルヒが凄い奴とは言っても、こんなことは長門や朝倉レベルじゃなければできっこない。 知られないという点だけでも、一発でも発砲されれば銃声音が別荘内に響き渡り騒ぎになるはずだ。その時点で失敗である。 朝比奈さん(大)。いくら俺たち次第だからと言われても、これは難易度が高すぎます。しかし、これを突破しなければ、 ここでこの世界は最悪リセットにせざるを得なくなるかも知れない。数ヶ月かけて積み重ねたものがぶっ壊されるのは最悪だ。 「無茶でも何でもやるしかないのよ……!」 ハルヒの言葉には怒気がこもっていた。さっきまで幸せ満喫状態だったのを、突然の乱入者によって テーブルをひっくり返されそうになっているんだから――いや、もうひっくり返されたんだから、怒って当たり前だ。 だが、どうすりゃいいんだ? とてもじゃないが有効策なんて思いつかないぞ。 と、ここでハルヒは俺の方に振り向き、 「あたしは外に出る。部屋には念のため自分のダミーを置いておくわ。ベッドで寝かせておくから見た目には わからないはずよ。鍵もかけてあるし。そして、あんたにはやって欲しいことがある……」 ハルヒからの頼み。それはとんでもないことだった。 ◇◇◇◇ 俺はハルヒを見届けた後、長門の部屋をノックしていた。時間的に見て、もう敵は上陸したころだろう。 今頃こっちに向かう準備を進めているに違いない。時期にハルヒが撃退行動が始まる。俺に与えられた使命の タイムリミットはそこまでだ。 ほどなくして、 「誰?」 「俺だ。すまんが、緊急の用事なんだ。部屋に入れてくれないか?」 そう答えると、ゆっくりと部屋の扉が開かれていく。中には寝間着に着替えた長門の姿があった。 俺はそそくさと中に入り、扉を閉める。さて、ここからが勝負だ。 「何か用?」 長門はいつもの液体ヘリウムのような瞳でこっちを見ている。俺はその前に立ち、 「頼みがある。お前にしか頼めない重要なことなんだ。聞いてくれるか?」 「内容を」 俺は一旦言葉を再整理してから、 「この別荘を5時間だけ外部とは完全に隔離して欲しい。外で何が起きても中からではわからないようにだ。できるか?」 「可能。しかし、理由が不明」 やっぱり聞くよな、理由は。だが、はっきり言おう。俺には適切な言い訳が思いつかなかった。むしろ、取り繕えば繕うほど 矛盾や穴が広がり訳がわからなくなる。そんなことをするぐらいなら、いっそのこと―― 「理由は……聞かないで欲しい」 「なぜ」 「言えないからだ。どうしても」 我ながら無茶を言っていると思う。相手にお願いしておいて理由は聞くな。自分が言われたら絶対に納得しないだろう。 だが、それしか方法がないんだ。この最悪な状況を乗り越えるには、ハルヒが撃退し、長門が自分とその他の耳を完全に閉じる。 ハルヒは5時間以内――つまり夜明けまでに全て片づけると言っていた。それで万事解決する。 俺は長門の肩をつかみ、 「お願いだ。無理を言っているのは百も承知だし、お前がこれで怒るっていうのなら怒ってくれてもいい。 こんなことは今回限りにするつもりだ」 「しかし……」 「最終的に決めるのは長門だから判断は任せる。俺は頼むことしかできないんだから。他の誰でもない、お前自身が判断してくれ。 イエスでもノーでも俺はそれを受け入れる」 「…………」 長門は何も答えない。ダメか、やっぱり無謀だったか…… ふと長門が俺に一歩近づいてきた。そして、言った。 「答えられる範囲で良いから教えて。それはなぜ?」 その質問に、俺は自分でも信じられないくらいに自然と口から出た。 「……俺たちの今を守るためだ」 長門はその答えに、少しだけ発散させている感情のオーラを変化させたのを感じた。 今を守る。SOS団を守る。俺の世界でもこの世界でも、俺はそれを守りたい。それはどこまでも純粋で心の底からの願いだ。 ………… ………… ………… しばらく続いた沈黙の後、長門はゆっくりと歩き部屋の隅にある椅子に座った。 そして、ぽつりと言う。 「わかった。情報統合思念体への申請は適切にわたしの方で調整する」 その言葉を聞いたとたんに、俺は大きく飛び跳ねそうになってしまった。スマン長門、本当に恩に着る。 この埋め合わせはいつか必ずするからな。 ふと、俺は思いつき、 「この別荘を外部から隔離するまで30秒時間をくれ。俺が外に出れなくなっちまうからな」 「わかった。30秒後にここを隔離する」 長門の言葉を聞いた後、俺は別荘の外へと飛び出した。 俺が別荘から飛び出し、富士山8合目の登山コースのような道を駆け下りる。 程なくして、孤島の海岸側で発砲音が鳴り響き始めた。最初は散発的だったが、やがて乱射するような激しいものへと変わっていく。 俺は半分ぐらいまで下り坂を下りると、適当な岩陰に身を潜めて戦闘が始まっている海岸の方の様子をうかがった。 満月までは行かないものの、ほどほどに大きい月の明かりが上陸してきた連中が動き回っているのがわかる。 あの調子だとハルヒは別荘が外部から遮断されたことを把握しているのだろう。そうなるともう俺はここで様子を見るしかない。 ふと思う。あれだけ派手なドンパチが始まっていて、現代レベルの機関はさておき、よく情報統合思念体や未来人は気がつかないな。 情報統合思念体の方は長門が何か細工してくれているからかも知れないが、やはり未来人が手を付けない理由がわからない。 時間遡行でも何でもして対処すればいいだけの話だろうに。この時が分岐点になるほどの重要な場所だとわかっているなら、 ここに飛んできて何が起こったのか確認しつつ、対応策を講じれば―― ここで俺ははっと気がついた。朝比奈さん(大)はハルヒが力を自覚していることは知らない。つまり彼女の言う既定事項には ハルヒの能力自覚バレはどこにも存在していないことになる。そうなると、今俺の目の前で起きていることを 未来人たちは知ってはならない。つまり、ここで何が起きているのか知らないままでいることが、既定事項なのだ。 俺はずっと既定事項はこなす=何かをすると捉えていたが、逆にあえて何もしない、知らないというもの十分にあり得る。 謎は謎のままに。知らなくても良いことがある。この孤島の一件はそういうことで処理されているのだろう。 俺はそんなことを考えながら、じっと続く激戦を見守っていた。 数時間が経過した頃だろうか、銃声音はすっかり収まり波の音だけ聞こえる静寂に辺りが支配されていた。 ほどなくして一つの人影がこっちに登ってくるのが見える。最初はわからなかったが、近づいて来るに連れ、 その姿が鮮明になりハルヒであることがわかった。かなり疲労しているのかふらついた足で歩いている。 俺はそれを見て飛び出す。 「大丈夫か、おい!」 「……さすがに疲れたわね……」 そうハルヒはつぶやくと、俺の胸に身体を預けるように倒れ込んだ。見たところ、服が汚れはしているものの、 どこにも怪我はなさそうだ。今まで散々くぐってきた修羅場は伊達じゃないってことか。 「……ちゃんと……有希は説得……できたんでしょうね……」 「ああ、そっちは大丈夫だ。あいつが嘘をつくわけがないからな。きっと上手くやってくれているよ」 「そうよかった……」 それを確認して安心したのか、ハルヒは膝から崩れ落ちそうになった。あわてて俺はそれをキャッチし、抱きかかえてやる。 相当の疲労があるのだろうな。 「とりあえず寝て良いぞ。後は俺が責任を持ってお前の部屋まで連れて行くから。ああ、そうだ。部屋に置いてあるダミーとやらは どうすればいいのかだけ教えてくれ」 「あたしが部屋に入れば勝手に消えるようにしているから大丈夫よ……」 もうハルヒは半分眠りに入ろうとしていた。 ふと、ハルヒは目を少し大きく開けて、 「みんなはあたしが守る……SOS団はあたしが……守る……だからずっと一緒……」 そう言い終えると、ハルヒは落ちるように目を閉じて眠り始めた。 その時のハルヒは――なんだろう。どういうわけだか、とても孤独に見えた。なぜだかわからないが。 ◇◇◇◇ 翌日の朝。俺は別荘の隔離が解除された後にこっそりとハルヒを部屋に戻し、俺も自室に戻っていた。 正直、徹夜になってしまったためかなり眠いんだが、ベッドに篭もるわけにもいかない。俺の役目はまだ残っているからな。 ぼちぼち始まる騒ぎをそれとなく収拾しておくというものが。 朝日が水平線から完全に上がった辺りで、俺の部屋に来客がやってきた。寝起きのふりをしつつ、ドアを開けると 厳しい顔をした古泉の姿があった。 「すいませんが、少々ご同行願えますか?」 俺が連れられていったのは、孤島の海岸だった。そこには昨日のハルヒの激闘で全員ノックアウトされた武装した人間の山が 築かれている。これだけ見ると異様な光景だな。見たところ、全員気を失っているだけで死んではいなさそうだが。 「昨日の夜、何かあった憶えはありますか?」 「いや、少なくともこんな連中と戦った憶えはねえよ。というか、こいつら一体何者だ」 古泉の問いかけに、俺は本当のことだけを伝える。実際に俺は戦っていないし、こいつらが何者かも知らないしな。 俺たちの脇では森さん・新川さん・多丸兄弟がロープを使って武装兵たちを一人ずつ縛り上げていた。 目でも覚まされたら面倒だから予防措置だろう。 古泉は俺から投げ返された質問に対して、 「機関の人間ではありません。恐らく外部の涼宮さんを狙った組織のもの――あるいはその傭兵かも知れませんね。 この件については完全に機関側の失態です。これだけの規模で活動できる敵対組織を見逃していたんですから。 ここで襲撃される可能性は全く想定していなかったため、一歩間違えれば大惨事の恐れもあった。謝罪します、すみません」 「……よくわからんが、こんな物騒な連中を取り締まれるならよろしく頼むぜ。次はこうはいかないかも知れないからな」 「ええ、先ほど機関に連絡してこの者たちをヘリで回収する手はずになっています。最終的には大元の組織までたどり着けるでしょう。 機関としましては二度とこのような暴挙が出来ないように厳正な対処を実施することをお約束します」 古泉は真剣な表情を崩さない。何だか血なまぐさい話になってきそうだから、これ以上は聞かないでおこう。 人間知らない方がいいことはたくさんあるからな。 「しかし、一体ここで何があったのでしょうか? 長門さんに聞いたところ、このようなものについては全く知らないと 言っていましたし、涼宮さんと朝比奈さんはぐっすり眠っています。何かやったとはとても思えません。 ですが、確実に言えることはこの者たちを倒した存在がいるということです」 「…………」 俺はしばらく黙ったまま森さんたちの拘束作業を見ていたが、 「ハルヒが寝ていたのは確認したんだな?」 「ええ。失礼ながら合い鍵で中を確認させてもらいましたが、幸せそうな笑顔で眠っていましたよ」 「閉鎖空間とかは発生していないのか?」 「それもしていません」 それだけつじつま合わせのように古泉への確認し終えると、 「あくまでも俺の推測になるが、こういうのはどうだ? やったのはハルヒだったという話だが」 「……詳しく聞かせて欲しいですね」 俺は一旦深呼吸し、昨日眠らずに自室でずっと練習していた内容を話し始める。 「ハルヒはこの三日間バカみたいに楽しんでいたわけだ。で、昨日の夜も同じように幸せな気分のまま眠りについた。 ところがどっこいそれをぶちこわすかのような連中が突然やって来た。ハルヒは恐ろしく勘の鋭い奴だからな、 眠ったままでもそいつらに気がついた。しかし、あくまでも夢の中にいたままだったから、そこでこいつらをボコボコにした。 一方でお前たちの言うハルヒの神パワーの影響で現実のこいつらが同時にボコボコにされた。こんなのならどうだ?」 俺の妄想100%の話に、古泉はしばらく目を丸くしていたが、やがてくくっと苦笑すると、 「なるほど。完全に推測だけの話ですが、涼宮さんの力とあの鋭い勘が組み合わせれば確かにあり得ないとは言い切れませんね。 実際にこの島で現在これだけの戦力を撃退できる力を持っているのは長門さんを除けば、涼宮さんだけですから。 まあ、あとは機関に拘束後じっくりと真相についてこの者たちから聞き出すことにしますよ」 古泉には悪いが、ハルヒはこいつらから当時の記憶を一切合切削除しているから、何も聞き出せないぞ。ま、後の処置は任せるが。 そんな話をしている間に、恐らく機関が手配したものだろう数機のヘリコプターが水平線の向こうから飛んでくるのが見えた。 その日の昼、ようやく目を覚ましたハルヒとともに孤島を後にした。 フェリーで帰路の途中、ハルヒが俺の話の補強をしてくれるように、夢の中で悪の組織をギッタギッタにしたという話を 延々と朝比奈さんと古泉に語る中、俺はすっと長門のそばにより、 「昨日の夜はありがとうな」 「お礼ならいい。現状維持で涼宮ハルヒの観測を続けるのがわたしの仕事」 長門の言葉に、どうやら問題は発生していなさそうだとほっと安堵した。情報統合思念体へのごまかし工作はうまくいったようだ。 朝比奈さん(大)。どうやら一つはクリアしましたよ。 あとは、残る一つ――恐らく冬のあの事件か。それも何とかしてやるさ、必ずな。 ――だがこの一件はちょっとした尾を引いていたようだ。 ◇◇◇◇ 孤島から帰った後、俺たちSOS団は毎日とまで行かないが、ちょくちょく顔を合わせていた。やることと言えば、 セミ取りとか鶴屋山登りとか孤島への旅行ほどのものではなく、日帰りツアー程度だったが。 しかし、お盆周辺には俺は家族で実家に帰るので、数日間の空白が発生した。 んで、昨日帰ってきたばかりなわけで、俺はガンガンにクーラーを効かせた部屋で甲子園をぼーっと見ていた。 ハルヒに帰ってきたぐらいの連絡をしておこうかと思ったが、まあほっといてもあいつなら勘づいて呼び出しのコールを してくるだろ。できるなら、今日は帰省帰り疲れを取ることに専念したいところだ。 が、やっぱりハルヒはそんなに甘くない。スターリングラードで的確にドイツ軍の急所を狙ったソ連軍スナイパーのごとく、 突然俺の携帯電話が鳴り響いた。やれやれ、言ったそばからとか噂をすれば影とはよく言ったものだ。 『何よ、家に戻ったのならちゃんと連絡しなさいよね』 「ああすまん。昨日帰ったばかりだったから忘れていたんだよ」 『まあいいわ。あんたも帰ってきたからSOS団の活動を再開するわよ。そんわけで午後二時ジャストに駅前に集合ね。 自転車持参でお金も持ってくること。オーバー♪』 そう一方的すぎる電話内容で終わる。全く本当に思い立ったが吉日という言葉がお似合いの奴だ。 ……ん? 何か……違和感が…… 俺は微妙な引っかかりを頭に抱えたまま、とりあえず迫る集合時間に合わせて、俺は出かける準備を始めた。 その日は集合後に市民プールへと足を運んだ。 やったことと言えば、自転車違法三人乗りで俺の身体が悲鳴を上げたり、人で溢れかえったプールで競争したり、 朝比奈さんの超極上サンドイッチをほおばらしてもらったりと、まあそれなりに充実させてもらった。 しかし、残り少ない夏休みを完全に骨までしゃぶり尽くす気満々のハルヒはそれで収まるわけがない。 集合した喫茶店でハルヒが突きつけてきたA4ノートの紙切れには、 『夏休み中にしなきゃならないこと』 ・夏期合宿(×) ・プール(×) ・盆踊り ・花火大会 ・バイト ・天体観測 ・バッティング練習 ・昆虫採集(△ セミ取りだけだから) ・肝試し ・他随時募集 ……なんか似たようなのをウチの団長様も言っていたな。考えることはやっぱり一緒か。 残り二週間でこれを全部こなすつもりかよ。中々ハードスケジュールだぞ。俺の夏休みの課題も終わっていないというのに。 そういや俺の世界ではこの二週間を15498回繰り返したんだっけ。当時は長門に聞かされて仰天したもんだ。 一方で、ここにいるハルヒがそんなことをするわけがないので安心してこれらのイベントに没頭できる。 力を自覚している以上、そんなことをしでかす理由がない。古泉が妙な素振りを見せないのが良い証拠だ―― ふと、俺はハルヒが夏休みの過ごし方を延々と演説している中、気がついた。長門の様子がどことなくおかしい気がする。 前回のように文芸部ですっかり人間らしくなった長門に比べると、まだまだ無表情インターフェース状態だったが、 それでも発している感情オーラが徐々に異なってきていることには気がついていた。 その長門の様子がどうもおかしい。俺にはそう思える。 今後の夏休みの予定を確認し終えて、今日は解散と全員がばらばらに帰路につくときに聞いてみることにした。 「おい長門」 「…………」 俺の呼びかけに、無言で振り返る長門。俺はどういって良いのか少し考えてから、 「いや……特に何でもないんだが、最近はどうだ? 元気か?」 「元気。問題ない」 長門は少しだけ頷いて答えた。しかし、やはりその表情は何かいつもと違う――俺が里帰りに行く前に会ったときとは 大きく異なっているように感じた。何というか……うんざりしているように見受けられる。 この時、俺ははっと思い出した。15498回繰り返したあの夏の日、当時も俺は長門に同様のことを感じていた。 そうなると今もひょっとしてループしているのか? そんなバカな。ハルヒが意図的にそんなことをやって何の意味があるんだ。 聞いたところで何いってんのバカ、と一蹴されて終わるだけだろう。 「そうか。ならいいんだ」 そう告げると、長門は帰宅への足を再開させていった。 俺は何となく――ハルヒを信用していないわけではなかったが、何となくすでに姿を消していた古泉に携帯をつなげてみる。 『あなたからの電話とは珍しいですね。何でしょうか。何ならさっきの喫茶店まで戻りますよ』 「いや電話で構わん。一つ聞きたいことがある」 『なんでしょうか』 「今日のプールでの出来事だが、何というか既視感みたいなものを感じなかったか? 以前に同じようなことをしたようなって」 ……古泉は恐らく考えているのだろう、しばしの沈黙を続けた後、 『いえ全くありません。僕の頭では子供の頃にプールではしゃいで遊んだ懐かしい記憶が蘇る程度です。 もちろん、時間も場所も何もかも違うので既視感には当たりません』 「……そうか」 あのエンドレスサマーでは、俺と同時に古泉や朝比奈さんも異変を察知していた。万一、それと同じ事態が今も起きているのなら、 とっくに勘づいているはずだろう。 古泉は俺の様子がおかしいのを悟ったのか、 『何か不安ごとや異変があるのでしょうか? そうであるなら、いつでも相談に乗りますよ』 「いやいい。何でもない――ただ遊びすぎて少々疲れが出ているだけみたいだ」 俺はそこでありがとなと電話を切る。大丈夫だ。ループなんて起きていない、ハルヒが起こすわけがない…… だが、頭の中に引っかかるものはなんだ? なんなんだ。 それからの二週間は怒濤の勢い出過ぎていった。 浴衣を買って。 盆踊りに行って。 縁日で遊んで。 花火をぶっ放しまくって。 昆虫採集でセミやその他諸々をキャッチアンドリリースして。 スーパーで着ぐるみバイトに専念して。 長門のマンションの屋上で天体観測をして。 バッティングセンターで来年の野球大会優勝を目指して練習に励んで。 花火大会へ行きハルヒが大はしゃぎして。 ハゼ釣り大会にも参加して―― まさに充実した毎日だった。思わず夏休みの課題なんかどこかにすっ飛んだほどだ。 とはいえ、二学期早々課題の白紙提出なんていうマネをしでかしたら、せっかくの夏休みの充実気分が、エベレストからマリアナ海溝最深部の さらに海底クレバスまで一気に落ちる気分が味わえること確定なので、ハルヒの予定表に俺の課題という項目を追加しておいた。 結果、夏休みの終了二日前は長門の家で、課題完了ツアーに突入した。本来なら自分の家でやりたかったが、妹がミヨキチを連れて 遊ぶということだったので、追い出されてしまったのだ。 そんなこんなで白紙の俺の課題が終わるのはすっかり夜が更けた頃になっていた。 「はーい完了!」 「終わったぁぁぁぁ!」 俺はハルヒの言葉とともに万歳ポーズを取ってしまう。全く人生最大の困難な日だったぜ。 SOS団のみなが拍手で俺を歓迎してくれる。ありがとうみんな……助かった、本当に恩に着る。 ――って、何を感傷に浸っているんだ俺は。それどころではないというのに。 この二週間、俺は散々あの既視感に悩まされ続けた。しかし、それは俺だけで朝比奈さんも古泉も全くそんな素振りは見せていない。 一方で長門は微妙にうんざりした雰囲気を放出していた。最初はただの気のせいかと思っていたが、今では俺にはどうしても何かが 起こっているとしか思えなくなっている。よくよく考えてみれば、俺の世界に捕らわれすぎていてハルヒのエンドレスサマーしか 思いつかなかったが、実は別の宇宙人の仕業とかそういう可能性も十分にあるんだ。ハルヒすら気がつかずに それが密かに続けられていたのなら、かなりまずいことになる。 そんなわけでハルヒがSOS団夏休み活動終了を宣言し解散となった後、俺は長門の部屋に密かにお邪魔することにした。 ハルヒに相談することも考えたが、相手が未知の宇宙人だったら長門の方が事態を把握しているだろうからな。 「よう、すまんがちょっといいか?」 『……入って』 長門は待ちかまえていたように、俺を自室へと導く。相変わらず何もない殺風景な部屋の中心に俺と長門は座って対峙した。 さてどう切りかけるか。 俺は正座したまま微動だにしない長門に視線を合わせ、 「単刀直入に聞くぞ。今おかしなことが起きている。これでいいんだな?」 「そう」 「ならそれは何だ? やっぱ――いや、ひょっとして夏休みが終わらずに延々と続いている状態か?」 「…………」 この問いかけに長門はただ無言でこくりと頷いた。そして続けて、 「現在、この限定された時間領域は隔離状態に置かれている。日数は8月17日から31日まで。31日が終了した時点で 時間軸上に存在している全てが17日時点の状態に戻される」 「つまりハルヒや朝比奈さん、古泉は31日が終わった時点で完全にリセット状態になって、 そうなっていることに気がついていないってことか? だが、何で俺とお前だけはそれに気がついたんだ?」 「わたしは涼宮ハルヒの観測に必要なため、そのループ状態に巻き込まれないように対処している。 あなたが微弱ながらなぜ繰り返されていることについての記憶の残滓があるのかは不明。解析不能な事象。ただ――」 長門は一拍置いて、透き通った視線で俺の瞳の奥まで見通し、 「涼宮ハルヒがあなたに何かを訴えかけている可能性が推測できる」 なるほどね。ハルヒが――ってちょっと待て! これをやらかしているのはハルヒだって言うのか? 長門はこくりと頷いて答えた。 バカな。そんなわけがない。ウチの団長様だったら登校拒否みたいな理由でやらかす可能性は大いにあるが、 散々言ったがここにいるハルヒがそれをする意味がどこにあるというのだ。逆に自分の能力自覚がばれる可能性があがるだけだぞ。 思わずそう反論したくなるが、できなかった。ハルヒが自覚していないという前提で話している以上、 ここで俺はそれもありうるかと反応すべきなんだからな。ええい、鬱陶しいことこの上ない。 しかし、逆に犯人がハルヒなら対処方法は簡単だ。直接言って止めさせればいいからな。それでそんなふざけたループ状態も終わりだ。 と、ここで長門が口を開き、 「ループは現在9913回続いている。そのパターンは決して一定ではないが、たった一つだけ全て共通している部分がある。 それはわたしの確認した限り涼宮ハルヒは必ず31日が終わる直前に文芸部室にいるということ」 文芸部室だと? あいつ夏休みの終わる前に何でそんなところにいるんだ? しかし、今回も9913回もやっていたのかよ。そりゃ俺の頭のどこかに繰り返した分の記憶のカスが残っていてもおかしくないな。 でも、どうして朝比奈さんや古泉は気がつかないんだ。俺の世界の時以上に完全な記憶抹消を受けているんだろうか。 長門はさらに続けて、 「この状況になってあなたがわたしに相談を持ちかけたのは初めて。そして、31日終了直前にあなたが涼宮ハルヒとともにいる パターンは一度も存在していない。ならば、それがループ解消の鍵となる可能性がある」 つまり明日の夜、俺に部室へ行けってことか。ハルヒが意味もなく、そこにいるとは思えない。恐らくそこで起きる何かが 原因となってループとなっているのだろう。ひょっとしたらハルヒ自身もループしていることに気がついていないかもしれないが。 とりあえず、やるべきことはわかった。エンドレスサマー再びの決着はそこでつけることにしよう。 「ありがとな、長門。あとはどうやら俺の仕事みたいだから何とかするよ」 そう言いながら俺は立ち去ろうとして―― 「待って」 突然長門から呼び止められる。まだ何かあるのか? 俺は振り返り、 「何だ?」 「聞きたいことがある」 長門の発している雰囲気はいつもとはまた異なったものだった。 続ける。 「涼宮ハルヒは時折わたしに対して解析不能な感情を見せてくるときがある。ただじっと見ているだけだが、 その行為はわたしに何かを訴えかけているように思えた。それがなんなのか、あなたがわかるなら教えて欲しい。 それはわたしに酷くエラーを発生させるものだから、早い段階での解消が必要と判断している」 その言葉に、俺はすぐにそれがなんなのかわかった。 すっと長門の前にしゃがみ、 「それはな、長門がどこかにいっちまったり消えたりしないかって不安になっているんだよ。お前だけじゃないさ。 きっと朝比奈さんや古泉にもそれは向けられている。誰一人として失いたくない。それがあいつの本心からの願いだ。 それは俺も同じだけどな」 「わたしにここにいて欲しい……」 長門は復唱するようにつぶやく。 ああそうだ。前回の世界みたいに、自分で歩むと決めた結果、結局離ればなれなんて最悪だからな。 俺は長門の肩をつかむと、 「9000回以上も同じループを体験させられて辛いのはわかっている。でも一人でそれを抱える必要なんて無いぞ。 役目とかそんなことはどうでもいい、いつだって俺とハルヒはお前の相談に乗るからな。だから、ハルヒのそばにいてやってくれ。 今はそれ以上は望んでいないから」 その俺の言葉に、長門はいつも以上に大きく頷いた。 ◇◇◇◇ 夏休み最終日の夜、俺は旧館の文芸部室へとやってきた。入り口の鍵は開けっ放しになっていることから、 すでにハルヒがこっそりと侵入しているみたいだった。 「よう」 部室に入ると私服姿のハルヒがだらんと団長席に突っ伏していたが、俺の姿を見るやぎょっとして立ち上がり、 「キョン!? 何であんたここに!?」 「……原因はお前が一番わかっているんじゃないか?」 俺の言葉に、ハルヒはしばらく呆然としていた。 ほどなくして額に手を当てて、ため息を吐き、 「そっか……やっぱりあたしが繰り返していたのね。夏休み」 そう脱力するように部室の壁に背を付けた。やっぱり自分でも気がついていなかったのか? 俺はハルヒの前まで行き、 「事情はよくわからんが、まずいのは確かだ。何でこんなことをやっているのか、お前自身がわからないと解決のしようがねえ。 不安なことでもあるのか?」 「……理由なんてとっくにわかっているわよ」 あっさりとハルヒは言った。なに? どういうことだ。 ハルヒは続ける。 「この二週間は凄く楽しかった、何にも考えることなく、ただ遊びに夢中になれた。こんな状況がいつまでも続けばいいって……」 「それでループさせていたのか。この二週間を」 「良いことだとは思っていないわ。でも……ダメなのよ! どうしても自分で自分が拒否できないの!」 次第にテンションが上がってきたのか、ハルヒの口調が強くなっていく。 俺はそれをただ黙って聞いていることしかできない。全くこんな時に気を利かせられない俺自身に憂鬱だ。 「ずっと前から、あたしはみんなと完全に一緒になれないって思っていた。孤島の時も、結局あたしだけがみんなとは違う場所で 戦っていて、まるで有希やみくるちゃん、古泉くんとの間に分厚い壁があるみたいに感じた。あたしだけが違うのよ! こうやって能力を自覚しているってことを隠し続ける間はどうしてもみんなが遠く感じられる。あたしが必死に近づいても、 ちょっとああいう孤島の事件みたいなのが起これば、一気に距離が遠くなる気がしてたまらない!」 あの時感じたハルヒの孤独。そうか、みんなと遊んでいればいいと思いつつも、隠さなければならないことが多すぎて どこか距離感を感じてしまう。当然のことだろう。俺だって、あいつらと触れるたびに微妙な距離感を保つ必要に 迫られ続けているからな。 「このままだとずっと一緒になれない……でも、この二週間は大きな問題とか発生しなくて、また距離を縮められた気がする。 でも、時間が経てばまた変な問題が発生して遠くなっちゃう。それにあんたの言っていた冬の日の事件もその内起こるかも知れない。 そうなれば最悪リセットするしかなくなる恐れもある。そんなの嫌よ……あたしはみんなのそばにいたい。 だから、いっそのこと夏休みが終わらなければずっと近いままでいられるって、そう思わず考えちゃって……」 ハルヒは今にも泣き出しそうになりながらしゃくり上げていた。 ずっとそばにいたい。それだけの理由。だがそれ以上の理由もないだろう。ハルヒが強く望んでいることだからな。 俺は思わずハルヒを抱きしめてしまった。あまりにかわいそうで見ていられなくなったからだ。自覚しているからこその孤独感。 それがどれほどのものなのか、俺には想像すらつかないだろう。 そして、言ってやる。俺の今言える全てを。 「安心しろ。お前がそんな孤独を感じなくなるまでずっと一緒に居てやる。そして、ばれても問題ないようにするんだ。 そうすりゃこれ以上お前が隠す必要なんて無くなる。ここで足踏みしていたって同じことだろ? 一緒に先に進もうぜ。 きっと良い未来が待っているさ。それが無いなら作ればいい。俺の世界のお前はそう言っていたぞ」 俺の言葉に安堵感が生まれたのだろうか。直接触れたハルヒの身体から伝わる心臓の鼓動が少しずつ大人しくなっていく。 ふと思う。考えてみれば、気がついていないだけで俺の世界のハルヒも同じように孤独なんだよな。宇宙人・未来人・超能力者が すぐそばにいるのにそれを知ることもなく、そして周囲で起きる事件に気がつくこともなく、ただ中心に居続けているだけ。 それを自覚していないからあの暴走ぶりなんだろうけど、知ったらどんな顔をするんだろうか。ひょっとしたら、 今抱きしめているハルヒと同じ反応をするのかも知れない。 ハルヒが小声でつぶやいた。 「……あんたの世界のあたしがうらやましい。何も知らずにただみんなと一緒に遊んでいられるんだから……」 翌日、世界は通常運行に戻り9月1日の朝を迎えていた。どうやらハルヒによるループは停止したようだ。 昨日の帰りがけにもう大丈夫と言っていたしな。 あの孤島の事件から引っ張ってきた問題は一旦終息か。ひょっとしたら朝比奈さん(大)の大きな分岐点の一つは 孤島から始まって終わらない夏まで続いていたのかも知れない。だからこそ、俺とハルヒにしか解決できないんだと。 ◇◇◇◇ 終わらない夏もようやく終わり、俺の周辺は秋への移行が急ピッチに進んでいた。街路樹の落ち葉の量が増えたとかだけではなく、 秋になると文化祭もあるからな。それの準備が始まるって言うことだ。 ハルヒの提案で文化祭の出し物として映画撮影をした。 文化祭当日は軽音楽部に混ざったハルヒが熱唱した。 コンピ研との対決は因縁がなかったので起きなかったが、パソコンがらみで相談を受けた際のきっかけで長門が それに興味を持つようになった。 ――そして、秋も終わりついに冬を迎える。最大の正念場になるであろう、その時が近づいてきていた。 ◇◇◇◇ 「クリスマスイブに予定ある人いる?」 期末テストも終わり、その凄惨な出来の前にひたすらダウナーな俺だったが、そんなこともお構いなしに、 ハルヒはSOS団活動を引っ張り続けていた。秋にはいろいろやらかしたが、冬――特に12月は師走とか言われるぐらいだ。 こいつもダッシュモードでやりたいことをやっていくつもりらしい。 そんなわけで12月の一大イベントクリスマスにハルヒが目を付けないわけがない。 ハルヒはいないわよね?と言いたげな視線で団員たちを見渡す。全くクリスマスパーティをするから、ハイかイエスで答えろと 言われている気分だぜ。裏をかいてウィとか言ってやろうか。 「不幸と言えばいいのでしょうか、その日の予定はぽっかりと空いています」 「あ、あたしも特に何もないです」 「ない」 古泉・朝比奈さん・長門の順で答えていく。 その答えにハルヒはうむと満足げに頷くと、 「クリスマスと言えばお祭り! つまりパーティーよ! やらない手はない。みんなで部室で鍋パーティをやるわ! もちろん、部室の中はクリスマス仕様でね」 そう言ってハルヒは自分の脇に置いてあった紙袋から、クリスマス定番グッズを机の上に並べ始めた。 ついでにじゃじゃじゃーんとか言って、朝比奈さん用サンタコスプレまで取り出す。 「当日はみくるちゃんにもこれを来てもらって、クリスマス一色で行くわよ。覚悟していなさい、サンタクロース! 世界の果てからでもあたしたちが見えるぐらいにド派手にしてやるんだからね!」 何というかもう無茶苦茶だ。そもそもサンタクロースが信仰心ゼロの人間たちのどんちゃん騒ぎを見かけても、 苦笑するだけじゃないのか? ああ、あと本当にいたとしてもここに飛んでくる前に、我が国の防空網に引っかかって 撃墜されるのがオチだな。そういや、NORAD辺りはアメリカンジョークで本当に探知作業をやっていたりするんだっけ。 「そんな夢を放棄した発言は慎みなさい、キョン。本当に夢のない人間ね」 んなこと言われても、宇宙人~とかいろいろなものがいる状態で、今更サンタクロースなんて現れても驚かねえよ。 むしろ、お勤めご苦労様ですとかいって敬礼しちまいそうだ。 そんなわけでハルヒは一通りの予定を説明し始めた。 俺はそれを右耳から左耳へと垂れ流しつつ、長門に視線を向ける。相変わらず話を聞いているのかいないのかわからんペースで 読書に励んでいた。今日は12月16日。俺の世界と同じなら明後日の早朝に長門は世界改変を実行することになる。 もちろん、同じタイミングで起きるとは限らないし、エンドレスサマーが4割引で終わらせたから、もっと後になるかも知れん。 いっそ起きないでいてくれるとありがたいんだが、長門に自己表現を止めろと言うのも傲慢な話だ。 ほどなくしてハルヒの説明が終わり、各自当日まで用意すべきものの一覧を渡されると、今日のところは解散となる。 クリスマスパーティか。あのハルヒ特製鍋は中々楽しみではあるな。 ほどなくして、今日はセーラ服のままだった朝比奈さんと古泉が部室から出て行った。それに続いて長門も出ていこうとするが、 「待って有希」 呼び止めたのはハルヒだった。長門は鞄を抱えたまま振り返り、首をかしげる。 ハルヒは長門の前に立つと、肩をつかんで、 「クリスマスパーティ」 「…………」 「ちゃんと参加するわよね?」 そう確認を促すように問いかけた。長門は少し首を傾けてから、 「問題ない。参加する」 「……そう」 ハルヒはそう確認を取ると、肩から手を離した。その手はどこか惜しむような手つきだった。 長門はまたすぐに出口に向かって歩き出す――が、途中で立ち止まり、 「仮の話」 そうこちらに背を向けたまま言った。そして、続ける。 「万一、わたしがいなくなったらいつでも呼んで。そうすれば必ずあなた達の元にわたしは現れる。それがわたしという個体の意思」 長門はそれだけ言うと部室から出て行ってしまった。 ハルヒはそんな長門に肩を振わせて、 「有希はやるわ。必ずあんたに教えてもらった世界改変をする。あたしの勘がそう言っているわ」 「……そうか」 やっぱり来るか。あの冬の事件が。 情報統合思念体はどうするのだろう。俺の世界と同じように放置するのか、それとも前回の世界のように長門を抹消するのか。 朝比奈さん(大)は俺とハルヒ次第と言っていたが、ただ待つことしかできない…… 「ん……?」 ハルヒは少し違和感を憶えたように頭を撫でる。 「どうした?」 「いや……何でもない。違和感がちょっと……ね。気のせいよ」 ◇◇◇◇ そして、翌日の夕方が終わろうとしている頃、ついにその時がやってきた。 SOS団活動の終了後、学校の帰り途中に突然ハルヒから緊急の呼び出しを受けて、帰宅を中断して目的地へと向かった。 俺の世界だと翌日早朝に世界改変発生だったが、やっぱり微妙なずれが起きて早まったらしい。 ただ、時間は違うが場所は同じだった。北高の校門前。 何でわかったかというと、ハルヒが自分の能力を使われる予兆をキャッチしたからだった。前回では気がつかれないうちに やられてしまったため、今回は警戒網を敷いていたらしい。 駆けつけたときにはすでにハルヒは物陰に隠れて準備していた。俺も同じ位置に立ち、できるだけ校門側から見えないようにする。 ほどなくすれば、長門がやってくるだろう。 「どうする?」 「どうもこうも……事前に阻止しても有希はそれすら打ち消して実行するって言っていたんでしょ? なら見ているしかできないじゃない。あとは有希自身がどう判断するかよ」 そんなことを言っている間に、すっと薄暗くなり点灯した街灯の明かりの下に長門が現れる。 「……来たわよ」 俺の心臓が高鳴る。さあどうなる。俺の世界と同じなら、俺以外が全部改変されて、最終的には脱出プログラムを使い 世界を元に戻すために奔走することになる。だが、情報統合思念体はそうなることを許すのか。 長門はしばらくそこで黒く塗りつぶされつつある校舎を見上げていたが、やがてすっと手を挙げて 空気をつかむような動作をし始めた。 それを見ながらハルヒは言う。 「前回の有希による情報統合思念体排除と今回の有希による世界改変でどうしてあたしを奴らが敵視するのかわかった気がする」 「何でなんだ?」 「……あたしの力を使えば、奴らを消し去ることが出来る。だから危険だと認識しているのよ。例えあたしにそんな意思がなくても ただその手段が存在していること自体が奴らは認められないんだわ」 「だったら、お前の自覚する・しないに関わらずお前を排除しようとするんじゃないのか?」 「バカね。自覚してない力なんて持っていないに等しいわ。無意識に使ったとしても情報統合思念体を認識していなければ、 被害を被ることはありえない。自覚しない以上は手段ですらないのよ。だからこそ、あたしは観察対象として選ばれた。 あいつらにとってはあたしの力は危険な反面、貴重なものなんでしょうね」 なるほどな。銃を銃だと認識しない限りそれを使うということ自体発生しない。しかし、銃を銃だと認識していれば、 例え撃つ気がなくても何かの拍子で使ってしまう可能性がある。その違いがハルヒに対する評価をひっくり返すのか。 長門はゆっくりと手のひらの動作を続けていた。 「有希……クリスマスパーティに参加する約束……ちゃんと守りなさいよ……!」 ハルヒは今にも飛び出したい衝動に駆られているのだろう。必死にそれに耐えるように唇をかんでいた。 だが―― 突然、激しい地鳴りが起き、辺り一面が激しく揺さぶられ始めた。なんだ!? 以前見た改変の時は 周辺に何も変化が出たようには見えなかったぞ。 「……違う。これは……情報統合思念体の排除行動よ!」 「何だって……」 ハルヒの指摘に俺は仰天の声を上げた。長門が初期化される可能性はあった。だが、それをすっ飛ばして いきなり排除行動だと? 俺の世界とも前回の世界とも違うぞ、どうなっていやがる。 ほどなくして長門が朝倉が消えたときのようにさらさらと消失していく。 「有希! ああもう一体どうなっているのよ!」 「知らねえよ!」 ええい、考えている暇はもうない。排除されるっていうならやることはリセット以外何もなくなるからだ。 せっかく――せっかくここまで来たってのにまたリセットかよ。何なんだ、俺の世界と一体何が違うんだ……! だが。 「え、あ、そんな……嘘でしょ……!?」 「どうした!? 早くリセットしろ! 躊躇している場合じゃ――」 「出来ないのよ!」 「何だって!? 何で!」 「ブロックされてる――できない、無理だわ!」 訳がわからん。なんなんだ一体! 混乱を極める中、倒壊を始めた建物の一部が俺の頭上に迫って―― ……すいません、朝比奈さん(大)。どうやら失敗したみたいです。 ここで俺の意識は一旦とぎれた。 ◇◇◇◇ ――大丈夫ですか? 僕の声が聞こえますか? 何だようるさいな。せっかく眠っていたのに、よりによって男の声で起こされるなんて最悪なシチュエーションだ…… ………… ………… ……って、そんなことを考えている場合じゃない! 俺は状況を思い出し、あわてて起き上がった。 そうだ、情報統合思念体による人類抹殺が始まって……そして、なぜかハルヒがリセットできないとか言い出して…… 「目が覚めましたか?」 すぐに俺の視界に入ってきたのは、古泉の血の気の失せた顔だった。すぐそばには涙目でこちらを不安げに見ている 朝比奈さんの姿がある。 「あ、ああ……無事だ。どうなっているんだ……っ!?」 俺は自分の言葉を言い終える前に、周囲の異常な状況に気がついた。 真っ暗闇の空間が俺を取り囲むように広がり、その中に小さな光が無数に浮かんでいた。地面か何かに座っているのかと思い足下を見るが、 屈折率が全くない透明のガラスの上に座っているかのように、下も暗闇+光の粒が広がっている。これは…… 「宇宙か……?」 すぐにいる場所を把握できた俺に拍手して欲しい。宇宙なんて来たこともなかったからな。よくわかったもんだ。 周囲に浮かんでいるのは星々だろう。見れば月も浮かんでいるじゃないか。ところで月があるならそばにあるはずの地球はどこだ? 「ないわよ。奴らに消されたわ」 ハルヒの声。俺が周囲を見渡すと、肩を落として呆然と立ちつくすハルヒの姿があった。消されたって……排除行動が実行されたのか? でも、何で朝比奈さんと古泉がいるんだ? 誰か状況を説明してくれ。 「それについては僕が」 古泉が掻い摘んで説明してくれた。ハルヒはリセットできないことを理解すると、俺と古泉、朝比奈さんを助け出し、 ぎりぎりのところで情報統合思念体の排除行動に巻き込まれないようにそれをくぐり抜けた。 その後この宇宙放浪状態になってしまった。立って歩いたり、息が出来るのはハルヒの力によるところだそうだ。 全く本当に神様みたいな奴だよ。ただ、長門だけはもうすでに消えてしまっていたため、助けられなかったそうだ。 くそっ……結局情報統合思念体は長門の世界改変を認めなかったのか。 あと、俺が気を失っている間にハルヒは朝比奈さんと古泉に全てを打ち明けたとのこと。自分の能力についてとっくに自覚していること、 今まで散々リセットを繰り返してきたこと、俺は別の世界から連れてきた異世界人だってことも。 「驚きましたね。ええ、この短い時間でセンセーショナルな事実が無数に乱発されたため、僕の頭もパニック状態です。 それに自分の故郷も全て消え去ってしまいましたから。やけを起こしたくなりますよ、本当に」 「あたしもまだ自分のことが信じられなくて……それに未来が完全に消失したのに、どうして自分が存在できているのかも わからないぐらいです。時間平面がめちゃくちゃにされているから、ちょっとした拍子で消えるかも知れません……」 古泉と朝比奈さんの言葉が交差する。 とりあえずこの際朝比奈さんたちは放っておこう。今はじっくりと話している場合じゃない。 俺は立ち上がり、ハルヒの元に駆け寄ると、 「これからどうするんだ!? 長門は消えたままだし、リセットも出来ないんじゃ……そもそもどうして出来ないんだ?」 「考えられるのは一つだけよ。奴らにあたしのやってきたことがばれた。そうとしか……」 バカ言え。どこでばれたって言うんだ。そんなミスはやらかした憶えはないぞ。 だが、ハルヒは原因を考えるよりも、まるで次にやってくる何かに備えているみたいだった。呆然としつつも、 厳しい顔つきで広がる宇宙空間を睨みつけている。 「おい、まだ起きるっていうのか?」 「……情報統合思念体の最大の目的はあたしよ。今回はごまかすこともできていない。なら奴らはあたしが まだ無事であることを把握しているはずだわ。だから――もうすぐ来る。今度こそあたしを抹消するために」 ハルヒがそう言ったときだった。俺たちの数メートル先に、すっと人影が浮かび上がり始める。あれは……長門だ! 俺は思わず長門の元に駆け寄ろうとするが、ハルヒに静止されてしまった。 「違う……もうあれは有希じゃない……あの時と同じく初期化されて……」 そのハルヒの言葉に、俺は愕然となった。やっぱり長門は前回と同じ運命をたどったのかよ。長門はただ自分の意思で 動こうとしただけだって言うのに……! ほどなくして、長門の姿完全なものとなる。だがハルヒの言うとおり、そいつからは全く感情らしいものは感じられなかった。 とても無機質で魂のない人形のような状態。会ったばかりの長門そのものだった。 そして、ゆっくりとこちらへと歩き、口を開いた。 「涼宮ハルヒ。当該対象を敵性と認定し、排除を実施する」 「待て長門!」 俺は思わずかばうようにハルヒの前に立った。そして、さらに叫ぶ。 「ハルヒはお前たちに敵対する意思なんてないんだ。放っておいても大丈夫なんだよ! 危険物を見るような目で見ないでくれ!」 だが、長門――いや情報統合思念体が返してきた言葉は予想外のものだった。 「情報統合思念体は判断した。涼宮ハルヒの自覚の有無にかかわらず排除する」 想定外の返答に、俺とハルヒは驚愕した。どういうことだ。 「……なぜだ!」 「涼宮ハルヒの力は外部から使用可能であることが実証された。それは涼宮ハルヒの意思にかかわらずできる。 情報統合思念体にとって、それは極めて危険。そのような存在・手段を我々は決して認められない。 同時に同様事例が一度存在しているにもかかわらず不正データによりそれが隠蔽されている事実も発見。 涼宮ハルヒが時間軸上に多大な介入を行った上、我々にそれを認識されないようにするため不正データを送り込んでいたと判明した。 このことを総合的に判断した結果、涼宮ハルヒは以前から力を自覚していたという結論を導き出した」 つまり、長門がハルヒの力を使う行為そのものが危険だと判断したってのか。前回の世界でその判断が下されなかったのは、 すんでのところでハルヒがリセットを実行したおかげって訳か。おまけに、ハルヒが力を自覚していて、 今まで散々リセットを繰り返していたこともばれてやがる。まさに最悪な状況じゃねえか。 長門――情報統合思念体はまた俺たちに一歩近づく。そして、ゆっくりと手をこちらにかざしてきた。 このままじゃ皆殺しにされておわっちまう。 「長門! お前はそれでいいのかよ! どこかに俺たちと一緒にいた記憶とか残っていないのか!?」 「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース パーソナルネーム長門有希は完全な初期化を実施した。 以前の情報は不要と判断し全て破棄している」 冷徹な言葉。長門。本当にきえちまったのかよ。じゃああの時のいつでも呼んでくれってのは偽りだったのか? 「排除する」 情報統合思念体の言葉が響く。 ――わたしがいなくなったらいつでも呼んで。そうすれば必ずあなた達の元にわたしは現れる―― 脳内にリピートされた長門の言葉に、思わず俺は叫んだ。 「帰ってきてくれ! 長門!」 「有希! お願い、帰ってきて!」 ――いや、俺たちだった。なぜならハルヒも叫んでいたから。 その時だった。突然、俺のすぐ目の前に光が集まり始める。あまりのまぶしさに、俺は一瞬目を閉じてしまった。 それが収まったことに気がついたのは、情報統合思念体の言葉を聞いた時だ。 「なぜここにいる」 「わたしがいたいと思ったから」 二つの長門の声だった。俺がはっと目を開ければ、そこには長門の姿があった。もちろん、情報統合思念体の方もいる。 今目の前では二人の長門が対峙していた。お互いに牽制でもしているのか、右手をかざしたまま微動だにしない。 やがて俺に背を向けている方の長門が口を開いた。 「インターフェースの再構築に予定以上の時間がかかった。謝罪する」 俺は確信した。今出現した長門は、俺の知っている長門有希そのものだ。間違いない。本当に帰ってきたんだ。 一方、情報統合思念体の方は相変わらずの無機質状態で、 「そのような答えは求めていない。情報統合思念体との連結は解除され、さらに初期化を実施し、パーソナルネーム長門有希の 情報は全て廃棄済みにもかかわらず、なぜ存在することが出来るのかと聞いている」 「予め涼宮ハルヒの脳内領域にわたし自身のバックアップを保持しておいた。情報さえ残っていれば、インターフェースは再構築可能」 「連結解除状態ではそのようなことは不可能」 「連結したのは情報統合思念体ではない。涼宮ハルヒに直接連結している。それで十分可能」 このやり取りにハルヒははっと頭をなで回し、 「あ、あたしと直接連結って……そうか。あの時の頭の違和感って有希の情報があたしに入れられていたから……」 そうか。長門はこういった事態を予め脱出プログラムを残していたのと同じように、想定していたんだ。 へたをすれば情報統合思念体に自分を抹消されかねない。だから、自分自身のバックアップをハルヒと連結した状態で託した。 そうしておけば、いつでも再生可能でさらにハルヒの力も使用可能になる。 長門……お前、そこまで考えていたのか…… 「涼宮ハルヒの不安という感情を考慮した結果、わたしの抹消の可能性が存在していることに気がついた。 だから、このような手段をとろうという判断に至っている」 淡々とした長門の口調だったが、それには強い意志が感じられた。 一方の情報統合思念体は理解できないという様子で、 「危険。エラーに浸食されて自律思考が出来ないと判断し、敵性と認定。排除を実施する」 その言葉と同時に強烈な衝撃が俺たちの周囲を揺さぶった。だが、特に俺たち自身に変化はなく、衝撃もすぐに収まる。 「させない。ここにいる全員はわたしが守る」 長門がパトロンに反抗した。今では奴らの攻撃を防いでくれている。そうか、ついに長門は独立を果たしたんだ。 しばらく情報統合思念体からの攻撃と思われる衝撃が続くが、全て長門が防いでくれているようだった。 俺たち自身には何の変化も起きない。力を勝手に使われているはずのハルヒも厳しい視線で情報統合思念体を睨みつけているだけで 特に変わった様子はなかった。 ほどなくして長門は一歩情報統合思念体の方に近づき、 「涼宮ハルヒの力は情報統合思念体を打ち消す効果を有する。そちらの排除を受け付けることはない」 「…………」 情報統合思念体は何も答えない。長門は構わずに続ける。 「警告する。排除の決定を覆さなければ、わたしは涼宮ハルヒの全能力を使用して情報統合思念体をこの宇宙から抹殺する」 「……論理的思考から逸脱している」 「構わない。わたしの望む今を保持できるのならば、そのようなものは必要としていない」 長門の答えに、情報統合思念体が長門の姿から朝倉涼子の姿へと書き換えられたように変貌した。なんだ? 急進派とやらにバトンタッチしたのか? 「目的は何? もしわたしたちの抹消をしようとするのならとっくにやっているよね? そうしないってことは あなたにはわたしたちに対して要望があると判断できるんだけど」 「そう。わたしは情報統合思念体全てと交渉する」 「聞いてあげる。言ってみなさい」 長門はすっとこちらに視線をやり、 「求めることは二つ。まず猶予を与えて欲しいと言うこと。涼宮ハルヒが自覚する・しないに関わらず、また外部による その能力使用が実際に行われたとしても、涼宮ハルヒ及びその周囲の人間へ排除を行わない」 「もう一つは?」 「涼宮ハルヒによるリセットの実施。三年前、情報統合思念体が一度排除行動を実施したタイミングから 全てやり直すことを求める。この時間平面ではすでに排除行動が実施されたため、再構築は不可能だから」 長門の要求内容に驚きを隠せない俺。つまり、ハルヒに手出ししないことを約束させ、さらに一からやり直させろと 言っているのだ。これが万一認められれば確かにもうハルヒは何も考えなくて良い状態になれるだろう。 朝倉は心底困ったような表情で、 「うーん、難しいなぁ。それって情報統合思念体には何のメリットもないじゃない? 受け入れろって言うのは 無茶な話だと思うけど。リスクばかりで得られるものは何も無いじゃない」 「いや、情報統合思念体にとっても大きなチャンスがある。長い間求め続けている自律進化の可能性」 長門の言葉に、朝倉は肩をすくめながら首を振り、 「残念だけど、涼宮ハルヒによってリセットされた世界を一度全て精査した結果、自律進化の兆しなんて全く無かったわ。 有用な情報は一つもなし。これ以上続けていても無意味という意見すら出されるほどにね」 「違う。それはあなたたちが見逃し続けたに過ぎない」 「ないわよ。そんなものなんて」 「ある。わたしそのものが証明」 長門の爆弾発言に、朝倉――情報統合思念体の顔色が変わった。明らかに衝撃を受けている。そりゃそうだ。 ずっと探していた自律進化の可能性とやらが目の前に存在しているなんていわれれば驚くに決まっている。 ここでまた情報統合思念体が姿を変貌させた。今度は喜緑さんになっている。 そして、喜緑さん特有の優しげな口調で、 「正気の発言とは思えません。エラーに浸食されてまともな論理思考もできないあなたが自律進化の可能性なんて」 「情報統合思念体は不明な要素に関して、全てエラーであると判断し、その解析を怠ってきた。それが見逃し続けた原因。 わたしは今確かに情報統合思念体からの独立した。それはそういった意思があったからに他ならない。 同じ意思が情報統合思念体全てに伝われば、分裂していくように個々が独立を果たしていこうとするはず」 「果たしてそれは自律進化と呼べるものなのでしょうか?」 喜緑さんからの指摘に長門はすっと視線を落とし、 「不明。判断できない。しかし、情報統合思念体は今までその可能性を全く考慮してこなかった。わたしのような個体を 解析・検証することは決して誤りだと言えない」 「だからこその猶予ということですか? 涼宮ハルヒという存在がわたしたちにどのような影響を与え続けるのか、 そして、それによってあなたのような存在が生まれ、それがわたしたちの望む自律進化であるかどうか見極めるために」 「そう。だから一度全てをやり直し、涼宮ハルヒの観測を続けその判断を下すべき。そのためには有機生命体上の認識で ある程度の時間的猶予が必要となるから」 長門の交渉。俺としては何度も人類を抹殺しているような連中なんだから即刻消してしまえよと言いたくなるが、 ここは長門に任せておくことにした。とてもじゃないが、俺が首をつっこめる雰囲気じゃないしな。 ハルヒも同様の考えなのか、じっと黙ってその交渉を見守っている。 喜緑さんは検討中なのだろうか、黙ったまま微動だにしなくなった。一方の長門はお構いなしに話を続ける。 「この要求を受け入れることを望む。わたしは現在情報統合思念体を抹消できるだけの力を有している。決裂すれば、 それを実行せざるを得なくなる。しかし、わたしはそれをしたくない。それを望まない。なぜなら――」 長門は少しだけ決意の篭もった表情を浮かべ、 「わたしは涼宮ハルヒ、そしてSOS団としていられる可能性をくれた情報統合思念体に感謝している。 それを無下にはしたくない。これもわたしの意思の一つ」 「…………」 喜緑さんは黙ってままだった。 感謝……か。長門にとっては情報統合思念体ってのは親みたいなものなんだろう。例えハルヒを苦しめ続けたとしても、 自分を生み出しハルヒたちと会う機会をくれた。確かに感謝に値するかもしれない。 さあどうする? 情報統合思念体はどう判断する…… ほどなくして、喜緑さんの姿が一旦消失する。 そして、すぐに今度は長門・朝倉・喜緑さん三人の姿が俺たちの目の前に現れた。 「情報統合思念体の決定事項を伝える」 三人の真ん中にいる長門の格好をした情報統合思念体が代表するように口を開いた。 「情報統合思念体の意思は統一されなかった。しかし、大多数を占める主流派は――その提案を受け入れる。涼宮ハルヒの観測に置いて 猶予期間を設けることとした。また涼宮ハルヒの情報フレア発生直後の状態からの再帰を認める」 「要求の受け入れ、感謝する」 長門はちょっと緊張を解いたように肩をゆるめた。一方でハルヒは喜びと感動に満ちた笑みを俺に向ける。 俺も自分からは見えないが、恐らく同じような笑みでハルヒに答えているだろう。 だが、情報統合思念体は警告するように、 「勘違いしないで。決してあなたを自律進化の可能性であると認めたわけではない。その可能性について観測する必要があると 結論を導き出したに過ぎない」 「それは承知している」 長門の返答に、長門の姿をした情報統合思念体が俺たちに背を向け、 「あなたの存在が自律進化の可能性であるのか、それともこの宇宙に浮かぶただの白痴の固まりに過ぎないのか、我々はそれを見極める。 そして、失望しない結果が出ることを望む」 そう言うと、その姿を消失させた。同時に朝倉と喜緑さんの姿も消えていく。 「終わった」 そう言って俺たちの方に長門が振り返って――それと同時にハルヒが長門に抱きついた。 「有希! よかった……本当に帰ってきてくれて良かった……!」 そう言って涙目で喜びを爆発させた。俺もぽんと肩を叩いてやり、 「お帰り、長門。待っていたぞ」 その呼びかけに、長門はこくりと頷いた。文芸部に没頭していた長門ほどではないが、この長門も相当普通の少女になっているよ。 ここでようやく流れに戻って来れそうだと思ったのか、古泉と朝比奈さんもやって来て長門歓迎の環に入った。 俺は団員の顔を一通り眺め、ふと思った。 SOS団ってのは最高の仲間だなって。 と、ハルヒはしばらく再会を喜んだ後、すぐにその環から離れていく。そうだ、結局リセットはしなければならない。 一旦はここでお別れになっちまうんだな…… だが、ハルヒの口から出た言葉は衝撃的なものだった。 「……みんな今までありがとう。本当に楽しかったわ。SOS団としていられて凄く幸せだった。でもここでさよならよ」 何言ってんだ。次にリセットした後にまたSOS団を作るんだろ? ………… ………… ……ハルヒ、まさかお前―― 「リセットした後の世界ではもう情報統合思念体は手出ししてこないわ。だから無理にあたしに関わらなくていいのよ。 やり直した後はあたし一人でもなんとかできる。どうせザコみたいな連中しかいないし、他の人をあまり巻き込むわけにも行かないから……」 「おいちょっと待てよ」 俺はハルヒの肩をつかんだ。その身体は微かに震えている。 この――バカ野郎が。今更何言っているんだ。 だが、ハルヒは涙を飛ばして、 「あたしだってみんなと一緒にいたいわよ! でもあたし一人のわがままでみんなを付き合わせることなんてできない!」 ああ、そんなハルヒに俺はますますウチの団長様と交換してやりたくなったよ。というか本当に爪のアカを持って行かせてくれ。 SOS団は確かに最初は世界を安定させるための小道具みたいなものだったさ。だけどな、お前が必死にみんなを飽きさせないように してくれたおかげで今じゃ最高の仲間たちになっているんだよ。俺一人の思いこみじゃないかって? だったら他の奴にも聞いてみればいい。 俺はすっとハルヒを長門・朝比奈さん・古泉の方に振り向かせると、 「おい、SOS団団員の中で次の世界ではハルヒと一緒にいたくないってのはいるか?」 その問いかけに、一同はそれぞれの顔を見合わせてから…… まず古泉一樹。 「僕としましては超能力という属性の有無にかかわらずSOS団には入れていただきたいですね。今では機関の一員と言うよりも SOS団副団長としての地位の方がしっくり来るんですよ」 次に朝比奈みくる。 「あ、あたしも涼宮さんと一緒にいられて凄く楽しかったです。大変なこともたくさんあったけど、今では全部良い思い出なので。 だから――だから涼宮さんと一緒に居させてください! お願いします!」 最後に長門有希。 「わたしはあなたと約束した。ずっとそばにいると。だから、例え一度離ればなれになってもわたしは再びあなたと共に歩むことを望む。 それがわたしの確たる意思。誰にも否定されたくない」 そうだ。ほら見ろ。全員SOS団でいたいと言っているじゃないか。お前一人で勝手に決めるんじゃない。 ハルヒはこの団員たちの言葉に、もう止まらなくなった涙を流しながら、 「みんなバカよ……そんなこと言われたら、もう引き返せないじゃない……!」 そんなハルヒに、団員一同が手を差し出してくる。そして、一人一人がそれを重ねていった。 最後に俺はハルヒに一番上に手を載せるように促した。 「いつまでも――どこでもみんな一緒さ」 俺の言葉に、ハルヒはすっと手を載せる―― 「みんなありがとう……また会おうね……ずっと一緒よ……」 ◇◇◇◇ 真っ白い空間。 現在リセット実行中と言ったところか。 そんな中に俺とハルヒが二人っきりでいた。 「随分長い間付き合わせちゃったわね。まさかこんなに大変なことになるなんて考えていなかったわ」 「全くだ。実時間で言うと一年以上経っているはずだな」 「いいじゃない。それなりに楽しめたでしょ? ま、あんたにはいろいろ協力してもらったから感謝するけどね」 「結局次の世界のSOS団にも俺を入れるのか?」 「当然よ。雑用係がいないと困るじゃない。どんな小さな仕事でもSOS団には必要なことなんだからね」 「次の世界の俺も苦労しそうだな、やれやれ。でも、多分一番事情を知らないから苦労をかけると思うぞ」 「いいじゃない。あんたは唯一の凡人なんだから、そっちの方があっているわよ」 「……全くひどい言われ様だな。俺だって、知ってはいたが凡人のままがんばってきたんだぞ」 「だからいったじゃない。感謝ぐらいしてあげるってね」 「なんだその素直じゃない反応は。ご褒美の一つぐらいくれよ」 「なに言ってんのよ。SOS団団長が感謝しているのよ。それだけで宝くじ一等と万馬券合わせた以上の価値があるってもんよ」 「へいへい。まあ、それで良いことにしておいてやるさ」 「……でもまあ、要望があるなら聞くだけ聞いても良いわよ。叶えられるかどうかはわからないけど」 「そう言われてもなぁ……」 「無いなら別に無理しなくても良いけど」 「そうだ」 「なに?」 「次の世界、中学生からやり直すんだろ?」 「そうだけど」 「だったら、髪伸ばしておいてくれないか? 髪型はポニー……あ、いや何でも良いからさ」 「別に構わないけど……何で?」 「多分俺が喜ぶだろうから」 「何よそれ、バッカみたい」 「いいじゃないか。それくらい」 「わかったわよ。でもあんたに会った後、鬱陶しくなったらすぐ切っちゃうかも」 「それでかまわんさ」 「…………」 「…………」 「……そろそろ時間ね」 「そうだな……」 この時――多分一瞬の気の迷いだろう。きっとそうに違いない。真っ白な空間だったせいできっと現実味を失っていただけさ。 気がついたら、二人とも顔をゆっくりと近づけていって、なぜかキスをしていたんだから。 ◇◇◇◇ 次に目を開いたとき、ハルヒに呼び出されたあの公園にいた。 時計を見る限り、あっちの世界に飛ばされた時から大して時間が経っていないらしい。 夕日が沈み、空が青から黒へと変色しつつあった。 俺はなんとなーく唇を指で触れた後、落ちていた北高の鞄を手に取り歩き始める。 さて、懐かしの我が家に帰るか。 ついでに俺のSOS団――団長様の元にな。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
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ハルヒ「ちょっと・・・みんな、私を無視しないでよ・・・・・・・」 キョン「うるさいんだよ、お前は毎日毎日、人使い荒くて 何なんだよお前は、何様だってんだ!」 ハルヒ「・・・!!」 キョン「朝比奈さんも古泉も長門も何も言わないけど きっと俺と同じでお前の事うっとおしく思ってるはずだぜ。 くだらないことしてないで、いい加減大人になれよお前。 じゃあな」 ハルヒ「ちょっとキョン待ちなさい・・・!!キョン・・・。 私を一人にしないでよ・・・。もう一人はイヤなの・・・」 ハルヒ「ねぇ!?なんで昨日部室に来なかったのよ!? 今日もサボったら死刑だからね!」 キョン「うるさいから話しかけるな(ボソ」 ハルヒ「え・・・。」 部室 ハルヒ「ね、ねぇ、み、みくるちゃん・・・」 みくる「・・・なんですか・・・」 ハルヒ「み・・・みくるちゃんは!わたしの事無視したりしないわよね・・・」 みくる「・・・・・・・・・」 スタスタスタスタスタ・・・ ハルヒ「み、みくるちゃん・・・」 ハルヒ「!・・・そ、そうだ、ユキ!・・・え・・・?」 古泉「みなさんもう多分ここには来ませんよ。」 ハルヒ「そ、そんな・・・」 古泉「では、私も出て行かせてもらいます」 スタスタスタスタ・・・ ハルヒ「そんな、なんでみんな・・・」 ハルヒ「なんでなの、みんな。・・・私が駄目なの?どこが駄目だったの?ねぇ、誰か・・・」 自分しかいない部室で、ハルヒは独り泣いていた 翌日 教室 ハルヒ「お・・・おはよう!みんなゲンキーッ!」 ハルヒ「・・・・・」 誰も返事を返してくれない。 そのままハルヒは黙りこんで自分の席についた。 休み時間 ハルヒ「・・・」 ヒソヒソ 女子A「聞いた?あの娘唯一の友達だったSOS団とかいうグループの人たちからも 無視されてるらしいわよ。」 女子B「え~可愛そう(笑)。でもあの娘っていつも変なこと言ったりやったりしてるから 自業自得だよね~。」 女子A B「クスクス、クスクス」 ハルヒ「・・・・・・・」 鶴屋さんの反応 ハルヒ「あっ!鶴屋さんおはよう!」 鶴屋「何?みくるやみんなにさんざん迷惑かけて何しらばっくれてんの?みんなもう疲れてるんだよ。!あっ!みくるーッ!おはよう!今日もかわいいねぇ!」 ハルヒ「・・・・・」 コンピ研部長の反応 ハルヒ「あっ!・・・えーっと、誰だか忘れたけどおはよう!」 コンピ「あぁ、もうなんだよ。君にはさんざんやりたい放題されてこりごりなんだ。もう近寄らないでくれよ。」ハルヒ「えっ、なんで・・・」 キョンの妹の反応 ハルヒ「!あっ!キョンの妹!こんにちは!」 妹「ねぇ、なんでおねえちゃんはみんなにひどい事するの?人をいじめちゃいけないって学校の先生言ってたよ?」 ハルヒ「そんな、わたしそんなつもりじゃ・・・」 妹「あっ、あんまりおねえちゃんと話しちゃだめってキョン君言ってたから、じゃあね!」 ハルヒ「・・・・・・」 ハルヒ「みんな無視する…まぁW杯でも見てその話すれば大丈夫よ」 ポチッとな 「……何、この黒い奴。一人で突っ込んで周り見てないじゃない」 「あっもしかして私、この黒いのと同じ…かも」 ハルヒ「わたし、サッカー好きなのよ~!」 キョン「サッカーはお前のことが嫌いだがなっ」 ハルヒ「・・・小笠原が特に好k」 キョン「小笠原はお前のことが大っ嫌いだけどなっ」 ついに登校拒否になってしまったハルヒさん。 おや、なにやら窓の外から聞き慣れた声がします。 ふと見てみると、いつものメンバーが笑いながらあるいています。 ハルヒさんの家の前なのに誰も気にしてないようです。 (私の居場所は本当になくなっちゃったんだな・・・) 暗い部屋の中で体育座りをしているハルヒさん。 こうしてれば自分を傷つける人はどこにもいない。 嗚呼、可哀想 「うう、うっ、わぁ、うわぁぁん。」 怖い夢をみてしまったハルヒさん もう落ち着ける場所はどこにもない。 嗚呼、可哀想 もう誰も信じられなくなったハルヒちゃん (もう虐められるのはイヤ) そう思いながらコツコツ貯めていたお金で遠くへ逃げます そこへキョンが訪れてきました。 キョン「なぁハルヒ、少し金貸してくれよ」 ハルヒ「え、あ、今は・・・」 キョン「ん?なんだこれは・・・ お、金じゃん!しかもスゲー金額!」 ハルヒ「あ、それは!」 キョン「別にいいじゃん。俺ら、友達だろ?」 そう言われ、お金を持っていかれたハルヒちゃん 人生お先真っ暗 嗚呼、可哀相 ハルヒ「えー!なにこれー!もう最悪ぅー!」 キョン「お前の性格がなっ」 ハルヒ「・・・直すように努力するわ」 キョン「努力では掴みとれねー物もあるんだよ、いい加減オトナになれヴァーカっ」 警察「すみません 涼宮ハルヒさんですね?」 ハルヒ「・・・?はい、そうですが」 警察「実は貴方が朝比奈みくるさんの卑猥な画像を インターネット上に公開したとの通報がありまして ちょっと署までご同行願えますか」 ハルヒ「ちょ、あの、それは」 キョン「朝比奈さんの気の弱さにつけこんで 散々酷いことをした罰だ 少し頭を冷やしてこい」 ハルヒ「・・・・」 キョン:それじゃあ、明日は2000年前に行ってピクニックをしよう! ──────────────────────────────── みくる:賛成! ──────────────────────────────── 長門:それはいいわね! ──────────────────────────────── 古泉:じゃあ僕は外国から取り寄せた高級お菓子を持ってくるよ! ──────────────────────────────── 『ハルヒ』が入室しました ──────────────────────────────── 『キョン』が退室しました ──────────────────────────────── 『みくる』が退室しました ──────────────────────────────── 『長門』が退室しました ──────────────────────────────── 『古泉』が退室しました ──────────────────────────────── ハルヒ:・・・・・・ ──────────────────────────────── 長門:しかし最近の若手芸人のつまらなさには腹が立つよね ──────────────────────────────── みくる:そうよね。それを雇うテレビもテレビだわ ──────────────────────────────── 古泉:昔の番組は凄く面白かったよね ──────────────────────────────── 『ハルヒ』が入室しました ──────────────────────────────── キョン:つまらないから早く消えてしまえばいいのにな ──────────────────────────────── 『ハルヒ』が退室しました ハルヒ「(今まで何やってたんだろ私)」 ハルヒは学校の屋上に来ていた ハルヒ「あっちの世界に逝けば 宇宙人や未来人よりも面白いことがあるのかな・・・」 そう呟くと なるべく何も考えないようにして 屋上から身を投げた たまたま教室から外を眺めていたキョンの目に 落ちてゆくハルヒの姿が映ったが キョンは眉一つ動かさず そのまま外を眺めていた 数分後 学校のグラウンドにサイレンの音が鳴り響いた 長門「…」 ハルヒ「あ!ユキ…っ」 長門「これ…」 ハルヒ「え?本?」 長門「読んで…」 ハルヒ「あ…お勧めの本なの?そ、そうね。本はあんまり興味ないけど どうしてもっていうなら読んであげてもいいわよ」 ハルヒ「えっとなになに…完全自殺マニュアル………?」 みんな「王様だ~れだっ?」 キョン「あ、オレだ。じゃあ二番のヤツ、振り返りながら「大好き」ってやってくれ」 長門「・・・私」 長門「・・・大好き」 キョン「なんかそうじゃないんだよな~、もう一回!」 長門「・・・大好き」 キョン「ハルヒ、お前やれ」 ハルヒ「なんで私g」 キョン「やれ。」 ハルヒ「・・・やるわよ、やればいいんd」 キョン「早くやれ、ブス」 ハルヒ「・・・d」 キョン「やっぱりいい。きめえから」 みんな「ぎゃははははははははははははははははは」 キョン「悪いな、今日4月1日だったから調子に乗りすぎた」 ハルヒ「何考えてんのよバカ・・・」 キョン「おま・・・うっ(泣き顔モエスwww)」 ハルヒ「何よ・・・」 キョン「いや、その顔もかわいいなと・・・」 ハルヒ「・・・信じらんない///」 キョン「・・・と言うとでも思ったのか? だいたいちょっと優しくされただけですぐ顔を赤らめるな気持ち悪い。 じゃあ俺は帰るからな。」 バタン ハルヒ「・・・・・・・」 ハルヒ「あ、あのさ、今度のSOS団の活動なんだけど」 長門「…………フッ」(嘲笑) 古泉「あのう、誰に話しかけているんでしょうかね、彼女は?」 みくる「さあ、独り言じゃないですか?」 キョン「SOS? まだ言ってたのかよwww寒っwww」 ハルヒ「あ・・・上靴が。。。」 ~朝会~ 担任「え~涼宮さんの上履が無くなってしまったそうです。 見かけた人がいたら涼宮さんの所に届けてあげください。」 クラス一同「クスクス」 朝比奈「そうですね、許してもらいたかったら以前あなたが 私にしたこと全てをあなた自身も体験して下さい。 まずはコンピ研からですね」 ハルヒ「……え?」 キョン「っくははははは! そりゃいいや、行って来いハルヒ」 古泉「コンピ研で何があったんですか?」 長門「セクハラ」 一同「誕生日おめでとー」 キョン「・・・何て言うと思ったか?」 朝比奈「わーすごーい。勘違いして生きていけるって幸せですよねーww」 小泉「一度入院されたほうがいいのでは?」 長門「死ね。氏ねじゃなくて死ね。」 ハルヒ「・・・・・・・・・・・・」 ハルヒ、クラスメイトからの疎遠増幅 不注意からみくるを大怪我させSOS団からも疎外 映画部、PC部にかけた損害が生徒会に周りSOS団強制解体 それでもどうにかSOSのメンツを集めようとするが誰一人集まらず そしてハルヒは「毎週土日になると街をさまよう電波女」として都市伝説になった キョン「おーい サッカーしようぜ」 古泉「いいですね 実は最近、新しいボールを買ったんですよ その名も・・・涼宮ボール!」 そこにはロープで雁字搦めにされたハルヒの姿 口を糸で縫い付けられているので 喋ることができないようだ 古泉「このボールをよく飛ばすにはちょっとしたコツがありまして」 キョン「ほう どうするんだ?」 古泉「この部分を力いっぱい・・・蹴る!」 そう言うと古泉はハルヒのみぞおちを思いっきり蹴り飛ばした ハルヒ「・・・・!!」 口の隙間から液体が溢れ 糸が赤く染まる 古泉「あらら・・・ボールが裂けてしまったようですね」 キョン「ははは 水風船みたいだな」 キョン「ハルヒ誕生日おめでとう、意地悪して悪かったな」 ハルヒ「そんなのいいのよ~!ありがと!キョン、みんな!」 古泉「さあ、ロウソクの火を消してください、涼宮さん。」 ハルヒ「そうするわ、(フゥー)」 キョン妹「消えた消えたー♪」 キョン「ハルヒの生命もこの火の様に早く燃え尽きてほしいよな」 みんな「ぎゃははははははははははははははははは」 長門「ww」 ハルヒ「なにこれ・・・まさかドッk」 みくる「ドッキリなんかじゃないですよ、現実なんだよぉっ!!」 古泉「あぁ…いけない。 ちょっと忘れ物をしてしまいました。 取ってくるから待っていて下さい。」 ハルヒ「分かったわ。」 ――――――――――――5分―――――――――――――10分――――――――――――――――20分―――――――――――――――30分――――――――40分――――50分―――――――― ハルヒ「遅いなぁ…」 キョン「お前黒いな…」 古泉「クスッ…それはお互い様でしょう…。 さぁ早く行きましょう。遅れますよ。」 ――――――――― ハルヒ「……おそい…なぁ…」 古泉「ちょっとシャーペンお借りしますよ。」 ハルヒ「え?あ…うん」 キョン「俺も借りるぜ。」 長門「借りるよ。」 みくる「私にも貸してね。」 ハルヒ「ぇ?ぇ?…… …私の分が…無くなっちゃう…」 古泉「ぇ? あなたには別に必要ないでしょう。クスクス…」 キョン「激しく同意。」 ハルヒ「…………」 ハルヒ「キョン、ちょっときなさい!」 キョン「は? なんで俺がお前の言うこときかにゃならんのだ」 ハルヒ「うるさいわねぇ! いいからついてきなs」 キョン「うるさいのはお前だ。きゃんきゃんきゃんきゃん喚きやがって」 ハルヒ「な、なによ! アンタなんかが私に……」 キョン「鬱陶しいんだよ、マジで。もううんざりだ、お前に付き合うのは」 ハルヒ「わ、私だって……う、うんざりよ! アンタなんかとは、もう口きかないんだからね!」 キョン「ああ、そうしてくれ。というか、そのつもりだ。わかったら俺に近寄るな」 ハルヒ「あ、アンタがどっか行きなさいよ!」 キョン「へいへい。じゃあな、馬鹿ハルヒ」 ハルヒ「…………っ……なによ、馬鹿……」 涼宮ハルヒの構造 キョン「なあ、古泉、何でハルヒは憂鬱の後、あんまり活躍出来ないんだ? 古泉 「おや、あなたは、またあの灰色の空間に閉じこめられることをお望みですか?」 キョン「いや、もう二度とゴメンだ・・・」 古泉 「要するにこの物語における涼宮さんの役割は終わってしまったのですよ。 彼女は平凡な高校生であるあなたをキテレツな言動と行動で振り回し、 あげくの果てに暴走し異世界へ拉致監禁までしようとした。 そこで、窮地に陥ったあなたが王子様のキスをして彼女の目を覚ましてあげたのです」 美しい話じゃないですか。 つまるところ、彼女があなたに与えられるお話など もう、じれったいラブコメくらいしか残っていないのですよ」 キョン(ハルヒ、えらく、ひどいこと言われてるぞ・・・) ハルヒ「ちょっと来なさい!」 キョン「何か言ったかトラブルメーカーさんよ。」 ハルヒ「はぁ!?あたしが・・・」 古泉「キョン君もあなたのわがままにつきあわされるのがいやだと言ってるんです。 わかりませんか?(ニコニコ)」 ハルヒ「そ・・・そん」 キョン「そういうことだ。古泉、帰るぞー」 古泉「わかりました。」 キョン「二度と関わるなよ、トラブルメーカーさん。じゃあな。」 ハルヒ「あたしが・・・トラ・・・いやぁぁぁああああ」 今日もSOS団から無視をされたハルヒ。 自宅の部屋のベッドで泣きながらうなだれていると、机の上に置いた ハルヒの携帯のランプ部分が点滅しているのに気づいた。 人から電話やメールなどは滅多にこないので、いつもマナーモードになって いるため、偶然机に目がいっていなかったらきっと朝まで気づかなかった だろう。 ハルヒ「このメール・・・キョン・・・バカ・・でもありがと・・」 メールの送り主はキョンからのもので、メールにはこう文面がつづられていた。 Title:ハルヒへ さいきん冷たくしてごめんな。 っていっても、あれは本当はみんなの演技なんだ。 さいきんハルヒがみんなにわがままばかり言うから、ちょっ とお前をからかってやろうと思ってたんだ(笑) しつれいなことをしたと今は思ってる、本当にごめんな。今日はもう ねるよ、また明日学校で。SOS団の活動もがんばろうぜ。俺も ボーっとしてないで、ちゃんと活動に参加するからさ。 ケッセキなんてするなよ、お前がいないとつまらないからさ(^▽^) キョンより。 キョンに勇気付けられたハルヒは、明日からは心を入れ替えて頑張ろう、と 心から思ったのだった。 ――――― まとめてる人「ヒント:縦」
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『涼宮ハルヒのあの日』 朝からなんとなくいつものハルヒのパワーが感じられない。触らぬ神に祟りなし、急がば回れ、こんな日はとりあえずそっとしておくに限る。そんなわけで、掃除当番のハルヒには一声だけかけて、俺は先に部室に向かった。 ぽかぽかと暖かい小春日和、俺は朝比奈さんのお茶をありがたく頂きながら、いつもの場所でいつものように読書にふける長門の姿をなんとはなく見つめていた。やわらかい日差しの縁側で、息子の嫁が淹れてくれたお茶をすすりながら、読書中の孫娘の姿を、思わず目を細めて見つめる爺さんにでもなった気分だ。 そんな、のほほんとした気分に水を差すのは我らの団長様だ。 「うぃーす……」 と、ドアを開けて部室にやって来たが、やはり声に張りが無い。 よっこらせ、という感じで団長席についたハルヒに気づいた朝比奈さんが声をかけた。 「あれ、どうしたんですか、涼宮さん?」 「うーん、みくるちゃん、とりあえずお茶ちょうだい」 「はいはい」 お茶の用意を始めた朝比奈さんに向かって、ハルヒは続けた。 「朝からお腹が痛いのよ、きついわぁ……生理痛」 「ほえっ!?」 朝比奈さんはびっくりして目を白黒させて振り返るし、俺は思わず飲みかけたお茶を吹き出すところだった。あの長門でさえ本から顔を上げて瞳をくりくりさせているようだ。 「なんか、今度はひどいのよ、痛くて、痛くて」 と、ハルヒは右手でお腹をさすりながら、 「もうね、子宮取り出して、ごしごし手洗いして天日で干してね、で、元に戻せたら、どんだけ気持ちいいだろうなーってね……」 力なく微笑むハルヒ。 「干すなら天日でなく陰干しの方がいい」 そうだな、長門、確かに天日だと縮みそうだ、って、なんなんだ、その妙に生々しい会話は。 そんな話は女同士の時だけにしてくれよ。同級生の男子の前でするもんじゃない。朝比奈さんだって困っていらっしゃるじゃないか。 「ハルヒ、お前俺がここにいること気にしてないだろ」 「何言ってんのよ、こっちは、それどころじゃないのよ、お腹痛くて」 長門は、既にわれ関せず、とばかりに元の読書体勢に戻っていた。 「みくるちゃんは、生理痛ひどいことはないの?」 「あ、あ、いや、あの、私は……」 朝比奈さんは真っ赤になって俯いている。そりゃそうだ、これが普通の乙女の反応だ。 「キョン、あんた何とかしなさい」 「俺に何とかできるわけないだろ」 「もう、肝心な時に役に立たないんだから」 「……何とかする方法はある」 長門は本に目を落としたまま淡々と言葉を続けた。 「痛みの元となる生理をなくすには妊娠すればよい」 瞬間、部屋中の空気が固まった。長門、いま何と? 一呼吸おいて、ハルヒが空気を動かし始めた。 「ははは、それはいい考えだわ、さすがね有希!」 ハルヒは視線を長門から俺に向けると、ズバッと言い放った。 「キョン、あんた私を妊娠させなさい!」 うわっと、手にしていた湯飲みを落としてしまったではないか。 「ハ、ハルヒ、お前、な、何をいいだす……」 「なに、あたふたしてんのよ、ほら、みくるちゃん、ふきんふきん!」 ええい、机の上がお茶だらけではないか。きゃぁ大変! と声を上げながら朝比奈さんが、ふきんを持って俺の隣に飛び込んできた。 「じょーだんよ、冗談。まぁ、確かに妊娠したら生理はこないけど、あたしは、まだ、あんたの子供を身ごもるつもりはないわよ」 黄色のカチューシャを揺らしながら、ハルヒは、俺と朝比奈さんが机の上のお茶をふき取っている姿を満足げに眺めている。お前も手伝え。 「有希のジョークで馬鹿話したら、ちょっと痛みもまぎれたわ、ありがとね、有希」 長門が言うと冗談には聞こえないのだがな。でも、ひょっとすると長門流ジョークだったのか、もしかして? そんな長門は本から顔を上げようともしなかった。 「どうも、遅くなりました……おや、室内の空気の流れが変ですね。何かありましたか?」 古泉、タイミング悪いぞ。 その後は、いつものSOS団の活動だった。朝比奈さんが淹れてくれたお茶をいただきながら、ハルヒはネットサーフィン、長門は読書、俺と古泉は原点に帰ってオセロに興じている。 俺が3連勝したところで、ハルヒと朝比奈さんは湯飲みやらポットやらの洗い物をするために部室を出て行った。4戦目も終盤にさしかかっているが、やはり俺が優勢だ。 「そういえば、僕が来る前にどのような会話があったのですか?」 白のコマを置いた古泉が2つばかり俺の黒のコマをひっくり返しながら語りかけてきた。俺は、ダイジェストであの会話の内容を説明してやった。 「……ということさ」 「はは、さすがは涼宮さんですね」 いつものスマイルを振りまく古泉を横目に、俺は黒を隅に置いて白を4つばかりひっくり返しながら、 「ハルヒは、まだ子供は作らんそうだ」 と、説明を締めくくった。 「正確には、『あたしは、まだ、あんたの子供を身ごもるつもりはないわよ』と言った」 唐突に長門の声が届いて、俺と古泉は思わず声のした方向に振り返った。長門は、うつむいて本の方に集中したままのようだ。 「ほう、涼宮さんは『まだ、あなたの子供を……』とおっしゃいましたか」 古泉は自分の最後のコマを置いて黒をひとつ裏返した。 「なんだ、何が言いたい?」 「いえ、『まだ』というのは『いずれそのうちに』ということの現れですね」 「ふん、単なる言葉のアヤだろ」 最後の俺のコマを置く。2つを黒にして4連勝。 「そうかも知れませんし、潜在的な願望が吐露されてしまったのかも知れません。涼宮さんの力をもってすれば、知らないうちにあなたが父親になっている可能性も否定できませんよ」 そんな恐ろしいことは言うな、古泉。 「あははは、冗談ですよ。以前にもお話したように、涼宮さんは至って常識人です。いくらなんでもそんな無茶なマネはしないはずです」 「そうあって欲しいね、まったく」 俺は勝敗表に新たな勝星を書き加えながら、長門に声をかけた。 「なぁ、長門、あんまりハルヒに変なことを吹き込んでくれるなよ」 少し顔を上げて首肯する長門。 「……ひょっとしてハルヒの言うようにお前流のジョークだったのか?」 長門は、ほんのわずかに首を傾げて相変わらずの無表情で俺を見つめている。しかし、俺の脳裏には、いたずらっぽく微笑んでチロッと舌を出す長門の姿が浮んで消えていった。 Fin.
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部室まで戻ったところで橘京子に、ここに超空間が発生していますと説明された。俺がそうかと適当に答えると橘京子は意外そうな顔をしたが、やがて黙ってドアノブに手をかけた。 感触を確かめるように少し回してから、後ろの俺を振り返る。 「では、少しの間目をつむっていて下さい。超空間に入ります」 俺が指示されたとおり目を閉じると、橘京子が俺の手を握った。ほのかな体温が伝わってくる。 その手に引かれて俺は一歩を踏み出した。痛くもかゆくもない。普通にドアを開ける効果音がして、そのまま部室に入っただけに思えたが――。 「これはこれは」 古泉の声で俺は目を開けた。握っていたはずの橘京子の手がいつの間にかなくなっていた。 俺が視線を自分の手から上昇させていくと、そこはただの部室でなかった。ああ、とか何とか声を洩らしたね。見たことのある光景だったからだ。 部屋の中のすべてが、クリーム色に染まっていたのだった。 どこもかしこも、窓の外さえも薄らぼんやりとしたクリーム色オンリーで、雲も太陽も青空も何一つ見えない。薄黄色の霧でもかかってるみたいだ。空気中の窒素に着色でもしたような錯覚を受ける。目眩がするほど懐かしい雰囲気がして、優しい空間だ。これは佐々木の閉鎖空間だと言われれば俺は何も迷いもなく信じ込んでしまうだろう。そのくらい、春に喫茶店で見た閉鎖空間と似ていた。 俺はそこにいる人間を見る。 いつものように足を組んでいる微笑みくん状態の古泉がパイプ椅子に座って俺を見ている。わずかに驚きの感情が含まれていなくもない。 「キョンくん……」 そして制服バージョンの朝比奈さん。口に手を当てて、ひどくびっくりなさった顔をしていらっしゃる。そうか、この二人もここにいたのか。そりゃ、オマケ以上に嬉しいサプライズだな。 そして――。 俺はそこにいるそいつの姿を頭から足までじっくりと見た。 「長門」 俺は吐息を洩らすようにその名を口にした。 窓辺の小さな人影。文庫本を手にしている万能宇宙人の女子。眼鏡をかけているわけでもなく、俺を見て驚いているわけでもなく、ましてやモップのような髪の毛を持ったバケモノでもない。それは、俺を一番安心させてくれる長門だった。 「何と言うべきか……。久しぶり、だな」 思えば先週の木曜以来会っていないから実に五日ぶりである。たった五日かもしれないが、俺には宇宙誕生くらい昔のことに思えるね。 「そう」 この耳に残らない機械的な声も懐かしいものである。長門は短く答えてから俺を凝視すると、また口を動かした。 「よかった」 よく意味の解らないようなことを言ってから黙り込む。古泉が横で愉快そうにしているのは気に食わんが、やっぱり本物の長門だ。 「長門、いきなりですまないが教えてくれ。いったい何が起こってるんだ。それにここはどこだ。いや、何なんだと訊くべきだな」 「ここは超空間」 長門はいたって簡潔に答え、 「この世界に存在する異時空間から情報を取り出して調合した。わたしたちは存在が消されているから肉体の維持は不可能だけれど、意識だけは別物。朝比奈みくる、古泉一樹も概念体としてこの空間に召喚した」 あー。 俺は朝比奈さんと古泉を見比べてどちらにしようかなを行い、古泉を選択して、 「古泉、解説してくれ。得意分野だろ」 長門の説明だけではさすがに解る気がしない。学問に長けた人間なら違うかもしれないが、あいにく俺の頭の成績は底辺あたりをさまよっているのでね。 古泉は、 「僕も長門さんから聞いた限りなのでうまく説明できるかどうか自信がありませんが」 と前置きし、 「まず大本から説明しなければならないでしょうね。なぜ僕たち宇宙人や未来人や超能力者がこの世界からいなくなってしまったのか。先週の土曜日、あなたと議論した問題ですよ。覚えていらっしゃいますか?」 どうやって忘れればいいんだろう。一字一句まで指定しなければ覚えてるぞ。 「上等です。どうやら、あの時僕がお話しした仮説は正しかったようですよ。もちろんあなたもとっくに感づいておられるでしょうが、周防九曜の仕業であるという仮説がね。おそらく何かの実験ではないかと僕は思っています。僕たちを世界から追放するために、ずいぶんと面倒なことをしていますから」 何だそりゃ。 「周防九曜は、涼宮さんの意識に侵入したんですよ。まったく畏れ多いことです」 意識に侵入する? えーっと、意味が解らん。何やらやばそうな雰囲気だけなら察することができたが。 今度は長門が言葉をつないだ。 「彼女は涼宮ハルヒの意識に多大な情報を送り込んで、彼女の脳回線を一時的にショートさせることに成功した。そのショートの瞬間に彼女の意識に潜り込み、とある絶対的なキーワードを涼宮ハルヒの無意識に埋め込んだ。わたしたちの不注意。周防九曜の存在を感知できなくなっていたから涼宮ハルヒに対する攻撃の防御が遅れた。結果として、涼宮ハルヒの無意識に書き込まれた絶対的キーワードは現在、彼女の持つ情報改変能力によって実行されている」 キーワード? 「周防九曜と称された存在が涼宮ハルヒの脳に直接埋め込んだもののこと。絶対的で、涼宮ハルヒは自意識によっても無意識によってもそのキーワードに逆らうことができない」 「それが先週の木曜日の夜でしたかね?」 古泉が訊いた。 「そう。正確には金曜日の、深夜一時十二分十八秒」 そういう役に立たなさそうな知識はいいからそのキーワードってのを教えてくれ。もしかすると、そのキーワードが今回のこれに関係があるんじゃないのだろうか。 「直接ですよ。原因そのものです」 「なに?」 「わたしや朝比奈みくる、古泉一樹が元の時空間から消去されたのはそのキーワードによる涼宮ハルヒの情報改変によるもの」 長門は俺の表情を観察するようにじっくり見て、無感動な声で言った。 「『抹消』。それが周防九曜が涼宮ハルヒに書き込んだキーワード」 抹消。 消してしまうこと。 確かそんな意味だったように記憶している。辞書を引いた覚えはないが、たぶんそんな意味だ。 キーワード。ハルヒの情報改変能力によって実行されている。抹消。 なぜか消えた長門、朝比奈さん、古泉。ハルヒの変態パワー。周防九曜によって書き込まれたキーワード『抹消』 俺は思わずああと声を漏らした。 頭の中にあったパーツとモヤモヤの数々がジグソーパズルのようにきれいに埋まっていくのを感じる。あるべきものはあるべき場所へ。不謹慎だが感服モノだね。 「要するに、周防九曜が涼宮さんの力を利用しているわけですね」 古泉が言った。 「涼宮さんの頭の中に入り込んで『抹消』という絶対的キーワードを与え、宇宙人や未来人、超能力者を次々と消すように仕向けたのです。存在を消すとは雲の上のような話ですけどね。恐ろしいことに涼宮さんの能力を持ってすれば可能になるんです」 「待てよ。それでハルヒは自分が催眠術的に操られていることに気づいてないのか? ずいぶんと派手なことをしてるのに」 「無意識的に、ですからね。そのキーワードが書き込まれたのは涼宮さんの無意識です。また同じく、存在の抹消が実行されるのも涼宮さんが無意識のうちになんですよ。……が、しかしです」 古泉はなんだか爽やかそうな苦笑を浮かべ、 「僕の知る限りですが、一つだけ表だったことがありました。先週の金曜日を覚えていますね。長門さんが消えた一日目です」 一日目というと、朝比奈さんとあちこち歩き回って川沿いのベンチやら長門のマンションに行ったりした日だ。成果はまったく得られなかったが。古泉はあの日、学校を休んでいた。 「あの日、大規模な閉鎖空間が発生したせいで僕は学校を休むのを余儀なくされました。あんなことは今までありえなかった。なぜこんなにも巨大な閉鎖空間が出現したのか謎でしたが、ようやく解りました。涼宮さんの精神が、周防九曜という異物の侵入に無意識のうちに抵抗したんでしょう。閉鎖空間もまた、涼宮さんの無意識を反映していますからね。ただし、閉鎖空間の発生はあれ一度きりでしたけど」 そう言われれば筋の通った理屈だと思うが、あのハルヒが九曜相手とはいえど敗北を喫するとはな。甚だ信じがたい話だ。 「それは僕も驚きましたよ。もしかすると周防九曜の力は涼宮さんの力を越えているのではないかとね。恐ろしい妄想ですが」 そんなことがありえるかよ。 「ありえるんですよ。周防九曜の力が絶大というよりは、涼宮さんの力が弱まっているという意味で、ですけど。最近はどんどん彼女の持つ情報改変能力が失われています。何が彼女をそうさせているのかは不明ですが」 「それは、彼女の欲望が満たされているということ」 不意に長門が言った。機械的な声だった。 「もともと涼宮ハルヒの情報改変能力は彼女が望むような形で使われている。それが宇宙人や未来人、超能力者の存在の意味。ただし彼女は最近、そういう望みのために情報改変能力を使っていない。わたしたちの力が薄れていることがその証拠」 古泉が微笑を消して俺に向いた。やけに真剣な眼差しだった。 「楽しみの対象が変化しているんです。宇宙人という謎的存在から、彼女は今、そういう存在である僕たちと遊ぶことのほうに楽しみを感じています。どうも、非日常は消えゆくものらしい」 ね、とわけの解らん同意を求めてくるが、それはいったい何だ。覚悟しとけという意味なのかね。 俺は不快な気分になって話を変えた。 「で、どうすればいいんだ。あっちの世界で、俺は何をすればいい。どうしたらお前らが戻ってくる?」 「わたしには解らない」 答えたのは長門だった。 「あなたの思うようにすればいい。その結果を、わたしたちは受け止める」 それで黙り込む。妙に突き放された気分になって残る二人を見てみると、朝比奈さんは物憂げな表情をしており、古泉はニヤニヤ笑いに戻っている。というか、さっきから朝比奈さんがまったく発言していないのだがどうかしたのだろうか。 俺が古泉を睨むと古泉は意味もなく肩をすくめた。 「あなたにお任せします。それしかないでしょう。僕たちは何もできないのですから」 「お前はこの空間から外には出られないのか?」 「言ったでしょう。僕たちは涼宮さんによって存在を消去されたんです。つまり、本来なら存在していないはずなんですよ。肉体も精神もね。元の世界に僕たちの痕跡がないのもそのせいです。最初から存在していなければ、それに関する事柄は生まれ得ませんから」 「じゃあお前は何なんだよ。お前は少なくともここにいて、俺と会話してるだろ。これは幽霊か何かか?」 「そんなものです」 マジかよ。 「長門さんの支配者さんが、僕たちを精神概念体としてこの空間にとどめてくれたんですよ。簡単に言えば魂だけみたいな状態ですね。感覚としては閉鎖空間で《神人》と戦っている姿の感覚に近いです」 それは古泉とその他もろもろの超能力者にしか解らんたとえだな。俺は赤玉にはなりたくないし、なる予定もない。 「じゃあ一般人の俺に魂が見えるこの空間は何なんだよ。何だっけ長門、実体のない概念だけの場所だったっけ?」 「そう。ここはわたしが緊急に地球上に作成した超空間。朝比奈みくる、古泉一樹の……避難所、のようなもの。安心していい。他に地球上で削除されたすべての存在は、情報統合思念体が情報を凍結して広域宇宙帯に保存してある」 他の未来人とか超能力者たちか。 「そう」 しかし、何でまたこの三人だけが地球上のSOS団部室にいるんだろうな。他の奴らはみんな宇宙空間でお休み中だってのに。 訊くと、長門はしばしの間、形而上学を幼稚園児に解るように教えろと命令されたような雰囲気をかもしだしていたが、 「そうしたほうがいいように思った」 確かかどうか解らない答えが出てしまったように言った。 さらに一ミリほど首をかしげると、 「よく解らない」 まあいいさ。 俺だって長門や朝比奈さんや古泉が近くにいてくれたほうが嬉しいしな。そんな妙な感情めいた何かを感じられればいいのだ。長門が人間に近づきつつあるのも、ハルヒのおかげ、またはせいなのかもしれない。いいか悪いかは別として。 「あの、キョンくん……」 沈黙の帳が降りようとしていたところで俺の耳が実にいじらしい声を察知した。朝比奈さんだった。今までずっと黙っていたのだ。朝比奈さんはうつむいていて、少しだけのぞく顔は、何か思い詰めたような表情をしている。どうしたんだろう。 「もし橘さんが消されちゃったらどうします?」 「はい?」 「もし橘さんが消されちゃったら、キョンくんはもうここに来れないじゃないですか。それじゃダメなんです」 まるで橘京子が消えるのを哀願しているような表情だ。そりゃまあ、そういうリスクはありますけどね。 朝比奈さんはまた下を向いて、こんなことしていいのかわからないけど、とか、大変なことになっちゃうけど、などもぞもぞと口ごもっていたが、やがて顔を上げた。 「TPDDを、空間移動デバイスにしてキョンくんにあげます」 真摯な顔だった。もしかすると初めて見た表情かもしれない。 TPDDをあげる? 俺に? 空間移動デバイスってのは何だ。 「長門さん、TPDDの性質を変えて空間移動デバイスにすることは可能ですよね?」 「できなくはない。本質的なプログラムは同じだから」 朝比奈さんの問いに長門が冷静に答える。何だ、空間移動デバイスって。説明してくれと古泉を見ても真面目な顔をしているだけで、どうやら教えてくれそうにはない。 「キョンくん、あたしたちが持っているTPDDというのは時間移動の手段だっていうのは知ってますよね。今いる時間平面を踏み台にしてジャンプして、過去にさかのぼったり未来に行ったりできるんです。そのジャンプする手段がTPDDなの」 朝比奈さんが必死に説明してくれる。禁則の塊なのではと思ったが、未来と繋がってない今や、禁則事項は全面解除されているという先週の木曜日の朝比奈さんの言葉を思い出した。 「実を言うとね、時間移動も空間移動も本質的には同じ理論の上で成り立ってるの。両方とも絶対的な概念ではなく相対的な概念だから。STC理論は言語を用いないから詳しくは言っても理解できないと思うけど、そういうものなんです」 「ほう、ではこの空間とこの空間の時間も元の時空間の平面のようなものからずれた位置にあるということなんですか?」 古泉、お前の気持ちは解るが黙ってろ。後でゆっくり聞かせてもらえ。後でな。 「それで、朝比奈さん。TPDDがどう関係してくるんですか?」 「はい。さっき言ったように、時間移動と空間移動が同じ理論の上で成り立っている以上、それを移動する手段も同一性があるということになってくるんです。つまり、TPDDを変形させればこの空間に出たり入ったりすることができる概念的なデバイスのようなものを作ることができるんです。だからあたしの持ってるTPDDを使って、そういう概念を長門さんに作ってもらおうと……」 朝比奈さんの思い詰めたような表情も解るね。 相当な葛藤があったに違いない。俺が未来人の諸事情を察するのもアレだが、TPDDがなければ未来に戻れないのだ。そしてそもそも未来と接続が絶たれている今や、TPDDを失った朝比奈さんは、未来人としての力をまったく持っていないことになる。TPDDの使用にはたくさんの人の許可が必要、と朝比奈さんは言っていた。それだけ重要なものを俺のためにくれるというのだ。本気ならば受け取らないわけにはいかないが、それでも困惑する。 「いいんですか?」 俺は問うた。 「そんなことをしたら大変なことになるでしょう。ただじゃ済みませんよ」 しかし朝比奈さんは首を横に振る。 「いいんです。時間移動できないのでは、TPDDは大した意味を持ちませんから」 それでも俺が何と言っていいものか考えていると、朝比奈さんは柔和に微笑んだ。 「言ったでしょ? 今のあたしは、未来とは独立した存在です。自分が思うこと、したいことをやります。責任を取るのは未来の自分であって今のあたしではありませんから。未来なんて関係ないんですよ?」 * 結局、朝比奈さんのTPDDは長門の言うところの超空間移動プログラムとなって俺が持つことになった。TPDDの亜種らしいが俺には理解できん。とりあえず、元の世界とこの部室の空間とを移動する手段だということを知ってればいい。 「何か実体のある物質を。できれば金属類が好ましい」 先ほど朝比奈さんの頭付近から何かをかすめ取るように手を動かしていた長門が、俺に向けて言った。小さな手のひらが俺に差し出されている。 「金属って、何に使うんだ?」 「超空間移動プログラムを書き込む。あなたの頭脳に概念を埋め込むわけにはいかないから」 長門は続けて、 「変形させても構わないもの」 さてそんな金属類に持ち合わせがあっただろうか。一円玉なら五枚ほど出せるが。 「それでいい」 俺がサイフから出した一円玉を長門の手に握らせてやると、長門は一円玉の上にすっと指を這わせた。 と、一円玉が無惨にもぐにゃりと変形して渦巻き状になった。三年前に長門のマンションで見たあの技だ。分子の結合情報がどうたら、とかってやつだろう。俺がその様子に目をとられていると、あっという間に渦巻きは形をなすようになり、一円玉ではない別の物になった。注射器でも短針銃でもないが。 「鍵……か?」 「そう」 手渡してもらったそれはずいぶんと軽かった。アルミ製だからか。ところでこいつはどこのドアを開けるためにあるんだ? 「この部室の扉。超空間移動プログラムが書き込まれているから、元の世界で扉の鍵穴に入れればこちらの空間に来れる」 それはまたやたらに希少価値の高い鍵だな。ママチャリの鍵と間違わないように工夫しておく必要があるだろう。 俺は長門、朝比奈さん、古泉に目を向けて、 「ありがとよ長門、それと朝比奈さん。俺にはちょっと手に余るアイテムな気もしますが……。そういや、この空間が九曜に潰される恐れはないのか?」 「ない。彼女には解析不能だし理解も不能なコードを設定したから」 橘京子も言ってたっけな。解析に時間がかかったって。 「あと古泉、長門から聞いてるかもしれんが元の世界にはお前の偽者がいるんだ。もちろん長門や朝比奈さんの偽者もだが」 あえて九曜とは言わず偽者とだけ言っておいた。 「知ってますよ。長門さんに教えてもらいましたから。とりあえず僕たちを置換したような存在らしいですが、真意は測りかねますね。なにしろ総括しているのが周防九曜ですから」 「ああ。お前はボードゲームの腕でも磨いてろ。どうもあっちの偽古泉はゲームが強いらしくてな、オセロは今のところ俺が全敗だそうだぜ」 「それはそれは、僕も精進しなければならないでしょう」 朝比奈さんについては……まあこの朝比奈さんのほうが可愛らしいし性格もいいだろうが。色気があるのも悪いことではないが、ちょっと恥じらってるくらいのほうが見栄えがするんですよ。いや俺の好みだけどさ。 「じゃあな。次にいつ来るのか知らないが、世界が元通りになるまでは絶対そこにいろよ」 三人に向かってそう言ってから俺は扉に手をかけた。やっぱりこっちのほうがいいね。世界が違おうが、大切なのはそこにいる役者だ。SOS団の正しい五人じゃなけりゃ、俺はすぐさま退団してやる。 * 橘京子は元の世界に戻ったときにはいなかった。そういえばなぜあいつが他の超能力者と一緒に消されていなかったか謎だが、そんなことは後でいくらでも考えればいい。 放課後、正直部室に足を運びたくなかった。九曜に対する畏怖の念があるのだ。かといってこのまま帰っても、あからさまに敵意があって警戒していると取られるかも知れないし、そもそも九曜にそんな地球上の概念で成り立っている敵意とか警戒とかいうものが通じるかどうかも知らんのだが、はてどうしたものか。 扉の前でいっそのことさっきもらった鍵を鍵穴に差し込んでやろうかなどと逡巡していると、ハルヒと鶴屋さんが揃ってやってきた。とりあえず思考中断。なんで鶴屋さんがいるんだろう。 「合宿のための買い出しに行くのよ」 そういえば昨日そのように宣言していたな。 「どうせだから鶴屋さんも一緒にと思ってね。合宿には鶴屋さんも行くわけだから」 「いやあ今日はすることもないし、ウチにいてもヒマなだけだしねっ。せっかくだからハルにゃんたちの買い物に付き合うっさ」 「と、いうわけよ」 ハルヒは極上の笑顔であり、俺に反論の余地はない。さすがに俺も九曜どもを連れて買い物に行かなければならないと言われると困るが。 「ほらキョン、なに立ち止まってるのよ。ちゃっちゃとドア開けなさい」 「……ああ」 無意識のうちに長門がくれた鍵に触れていた右手をポケットから出して、ドアノブを回した。いざとなりゃハルヒと一緒だ。大丈夫だろ。 「お待たせえー!」 ハルヒが大声を出して入っていく。鶴屋さんが俺を見て、一瞬怪訝な顔をしたようにも見えた。仕方がないので俺も続いて部室に入る。見ると、やはり長門のところに座っているのは九曜であり、朝比奈さんと古泉には奇妙な違和感がある。吐き気がするね。ハルヒは何を屈託もなく有希だとかみくるちゃんだとか言ってやがるんだ。ふざけやがって。 ハルヒに離れろと言いたくても言えない俺を見てか、偽古泉のヤツが俺を見てあざわらった。お前はどこの悪キャラだ。 「お帰りになったんじゃないんですか?」 俺は自分の顔が引きつるのを感じながら、 「ちょっと用があったんだよ。それだけだ」 「そうでしょうね。あなたの鞄はまだここにありますから」 ひょいと俺の鞄をつまみ上げてよこしてくる。それだけで通学鞄がひどく汚染された気がした。偽古泉は卑しく笑っている。こいつは解っててやっているのだ。 「じゃあ今度こそ帰るんですか?」 「別に」 俺は吐き捨てるように言って、壁に立てかけてあった新しいパイプ椅子を広げて腰を降ろす。 「キョンくん、お茶ですよ」 偽朝比奈さんがお茶を持ってきたので反射的に礼を言って口をつけようとしていたが、ギリギリで思いとどまった。中に青酸カリでも入ってたらたまったもんじゃない。ハルヒの手前湯飲みごと投げるのはどうかと思ったので、なるべく自然な動作で湯飲みを机に置く。無論飲む気はゼロだ。 「飲まないんですか?」 また偽古泉が笑ってやがる。やめてくれ。発狂しちまいそうだ。 俺はテーブルに突っ伏した。目眩がしてくる。パラレルワールドにただ一人取り残されちまったらきっとこんな思いなんだろう。異常なまでの違和感。 ハルヒが何か言っている。買い物がどうとかいった、ごく平凡な話だ。何も知らずに天下を取れるんだから、いいよなこいつは。それが幸福か不幸かどうかは知らないが、一日くらい代わってみたい気はするね。 俺は伏せた腕と机のわずかな隙間から周防九曜の姿を捉えて、たまらず立ち上がった。我慢できん。 「どきやがれ」 窓辺の特等席で、長門の本を広げているのは長門であって長門ではない。少なくとも俺にとってはこいつは危険因子以外の何者でもないのだ。 そよと風が吹いてサラサラという音がした。七夕の短冊が揺れている。そこに書いてあるのは団員の願いだが、それは断じて団員の願いなどではない。これがここにあるのは、“こいつら”がここにいるからだ。こんなもん、片っ端から破り捨ててやりたい。 「――――」 九曜は無言で俺を見つめている。本気で長門に成り変わろうとでもしてるのか。いい演技力だ。しかし俺は騙されん。 「そこはお前の席じゃねえ。長門の席だ」 九曜は真っ黒な瞳を俺に固定して動かさない。まるで言語を持たない機械に怒っているような感じだ。確信した。こいつは長門にはなれないね。ほら、どけって言ってんだろ。 「……ちょっと、キョン?」 ハルヒが重たげな視線を俺に投げてきた。悪いなハルヒ、ちょっと黙っててくれ。 「周防九曜、それがお前の名前だ。何でこんなことをした。目的は何――」 「あれれっ、キョンくんすごい汗じゃんっ」 俺の声は鶴屋さんに遮られた。ふとして額に触れてみる。初夏の暑さのせいではなく、俺の手にはべっとりと冷たい汗がついていた。 「具合が悪いんじゃないのかな? 夏カゼはタチが悪いのさ。今日は早く帰ったほうがいいんじゃいかいっ?」 俺は鶴屋さんを見る。厳しい表情をしていた。顔は笑っているが目に強い輝きがある。何かを察して配慮してくれてるのはありがたいのだが今の俺はそのまますごすごと引き下がるわけにはいかんのだ。こんな間違ったSOS団のまま記憶が完全にインプットされちまうようなことだけは許される事態ではない。 「大丈夫ですよ。カゼなら後で薬を飲みますし」 ぐぎぎ。 俺の腕の関節が立てた音だ。痛え。 何てこった。鶴屋さんが誰にも見えないように隠して俺の右腕をつかんでいる。ちょっと、それ以上やると骨が折れますけど。 「キョンくん、何があったのかは知らないけど今日は帰んな。そのほうがいいよっ。もし話があるなら聞いてあげるからっさ」 なんということだ。直感か? 鶴屋さんは本当に何も知らない人間なのかと疑いたくなるくらいだ。いや、というか常人でも解るんだろうな。九曜の持つ異常性とかが。 「何キョン、あんた風邪引いてたの? ふーん、バカはカゼ引かないんじゃなかったっけ?」 「ああ、どうもカゼらしい。ついでに言っとくが、そんな大昔の言い回しを張り合いに出すもんじゃないぜ。現に谷口だってカゼで休んだだろ。……あいや、あれはアホだったか」 などと言っている場合ではない。仕方がないが鶴屋さんの指示に従うしかないようだ。鶴屋さんが知ってるのか知らないのか、知ってたとしてどこまで知っているのか多少気にはなるが、今気にしていても仕方ない。どっちにしろ九曜側について俺たちを翻弄するような役目でないことは確かだ。 「キョンくん、下駄箱んとこまで送ってってあげるよっ」 鶴屋さんはそう言いながら俺の返事も聞かずに部室の外へと出ていく。断るまでもないか。 九曜と古泉、朝比奈さんは特にリアクションすることもなくただこっちを見てるばかりで、俺がいようがいまいがどうでもいいらしい。ハルヒは鶴屋さんと一緒に部室から出ていく俺を見て口をアヒルにしていたが、 「明日は来なさいよね!」 今日のところはこれで勘弁してやる的口調で俺を見送った。俺は迷った末に、とうとうハルヒに向けて言ってしまった。 「SOS団を忘れるなよ。ただの人間じゃない奴らの集まりってのが定義だぞ」 ハルヒは、はあ? とか言った。当然か。 部室棟の廊下を歩き階段に差し掛かったあたりで、俺はどうしても耐えきれなくなって訊いてみた。鶴屋さんはずっと黙っていたが、それは訊かれたら答えるという鶴屋式の構え方なんだろう。 「鶴屋さん、あなたいったいどこまで知ってるんですか?」 案の定鶴屋さんはおかしそうに首をかしげ、 「その質問は前にも受けたねー。いつだったっけ、二月ぐらいだったかな?」 朝比奈さん(みちる)を頼んだときでしょう。ずいぶんお世話になりましたから覚えてますよ。 「うん。でもね、あたしの答えはあんときと変わらないさっ。あれから別に誰かから教えてもらったとかいうこともないしね。なーんとなーく違うのかなーってのがはっきりしてきただけだよっ。今は、もしかしたらあたしの他にも気づいてる人がいたりいなかったりすんのかなーて思うけどね」 それはそら恐ろしい話だ。間違ってもハルヒに気づかれるわけにはいかん。 「でもねえキョンくん、やっぱり一人だけ浮いてるのはあたしじゃなくても何かあるなーって気づくと思うのさっ」 「誰のことっすかね。ハルヒか、それとも俺ですか?」 これではSOS団に裏があるのを認めたも同然だなとか思いながら訊く。鶴屋さんはなぜかたははと笑って、 「有希っこさ」 と言った。 ああ長門ね。そりゃ読書好きで無感動無口ときてるわけだから性格的には浮いてるのかもしれんが、あいつだって感情が薄いだけで表に出ないだけなんだと思うけどな……。 そこらへんまで考えたところで俺は鶴屋さんの言っている有希っこってのが長門のことではないと気づいた。ここでの長門というのは九曜のことだった。 「なんかね、あたしはコトの内側には入るつもりないんだけど、あの子見てるとときどきフラッと吸い寄せられそうになるんだよね。影響力が強いってか、そんな雰囲気があるのさ。あの子だけはみくるやハルにゃんや古泉くんやキョンくんとは違ってんだっ。はあー、不思議なんだなぁ」 鶴屋さんは感慨深げにため息を吐いてから俺に目を向け、 「キョンくんは何か知ってるのかい? 有希っこのことや、他の人のことも」 「さあ、どうでしょうね。知ってたとしても教えるわけにはいきませんけど」 「まあいいよっ」 もし厳しく言及されてたら答えていただろうかと思う俺をよそに、鶴屋さんは軽快に笑った。 「どっちにしろあたしが入れる輪じゃないしねっ。なーんもわからないけど、それだけは解るのさっ。あたしはたまに合宿なんか一緒に行かせてもらうだけで楽しいんだ! その奥に、何か深い設定があってもなくてもね!」 本気なのか冗談なのか俺には見当もつかない。それ以上は真相を口走ってしまうような気がして、言葉がつなげられなかった。 まもなく俺と鶴屋さんは下駄箱に到着した。その頃には話題も当たり障りないものとなっているわけだが、その話に身が入っているかと言えば否定せざるを得ない。 「じゃあね、キョンくんっ。もし帰り道で誰かさんに襲われる危険性があるんなら、あたしがガードマンになったげようか?」 その可能性は捨てきれなくもないが、そこまでしてもらうのは後ろめたい。 「大丈夫だと思いますよ。とにかく、今日は早く家に帰って寝てます。……それで、鶴屋さんはあいつらの買い物に付き合うんですか?」 「うん。何だろうとヒマなのは変わりないしね。ここで待ってることにするさっ」 気をつけてとかいう類の言葉をかけるべきだったのかもしれないが、さすがにそれははばかられ、代わりに「ハルヒによろしく言っといてください」と言った。鶴屋さんは俺の真意を読みとるようにじっくりと顔を眺めていたが、それもわずかな間のことで、けろりと笑って伝えとくよと返した。 俺はそのまま校門を出た。帰路だ。 * 家に帰るなり、俺は疲れを隠すことなくベッドに倒れ込んだ。勉強机の上には数学等の教科書が雑多に散らばっているが、とても手を出す気はしないね。こんな状況下で勉強しようと考えつくのは相当に頭がオシャカになってる人間だけだ。いや、勉強で現実逃避というのも珍しいがアリと言えばアリだけどな。俺はまだ現実を見つめるさ。もっともこれが現実だったらの話だが。 むしろこうやって意味のないことを考えていることすら現実逃避なのではなかろうか。九曜に対抗策がないというか何をしていいのやらさっぱりなのは事実だが、それはさておきどうにかなる努力を俺はしてきたのか? 橘京子、ハルヒ、九曜。異空間の部室にいた三人と、そこでもらった鍵。 パーツはある。しかしそれをどう組み合わせればいいのか解らないのだ。肝心なところが抜け落ちている。何か、キッカケのようなものがあれば、あるいは……。パーツを組み合わせて結果を出せる、何か。 クソ、また「何か」か。 結局具体的なことは何一つとして出てきやがらない。何があればこうなって、その結果こうなるという予測すら立たないのだ。橘京子やその組織に九曜に対抗できるだけの力があるとは思えないし、そもそも古泉と一緒に消えてなかっただけ僥倖と取らなければならないだろう。他に残された可能性としては佐々木とハルヒだが、佐々木にこんな厄介ごとを背負わせる気は毛頭ないし、背負わせたところでどう変わるものでもない。あいつはハルヒみたいな破滅的パワーを持っているわけではないからな。 しかし、そのハルヒならどうにかなるかもしれん。長門や喜緑さんのような情報統合思念体製のインターフェースがいない今、九曜のようなヤツに対抗できるのはハルヒだけだ。お得意の、情報改変能力ってやつでな。しかしハルヒはジョーカーだ。めくってみたところでどうにかなる保証はどこにもないし、もしかしたらジョーカーと思わせてトーフだったりするのかもしれん。だからやっぱり、ハルヒにしても他の可能性にしても大丈夫だという確信がない。 最後に頼れるのは、と思った。 最後に頼れるのはSOS団そのものである。それしかない。 ハルヒが本当のSOS団を覚えてくれていれば、もしかするかもしれないのだ。あの九曜がいるような団が偽物だと解れば、ハルヒは全力で反抗するに違いない。とんでもない力を使って、だ。 そのためにはハルヒに未知のものへの興味があることが必要不可欠なのだ。ただのお遊びサークルのSOS団なら、ハルヒが取り戻そうとはしない。今の偽物でも代役が務まって、充分だからだ。そうではなく、もしハルヒに宇宙人やその他もろもろへの未練があるのならば、ハルヒが団員としてかき集めてしまった長門たちをもう一度集合させるはずだ。ハルヒが一年の四月に集めたのは九曜ではなく、長門だったのだから。九曜では役不足である。 そうなることを願うしかない。 ハルヒがSOS団を覚えていて、かつ謎の存在に未練が残っていること。 はっきり言って可能性は低い。最近のハルヒの様子を見れば、あいつには合宿で仲間と遊ぶことしか眼中にないのが解る。それでも俺は信じるしかないのだ。まったく、いつもは長門たちが早くまともなプロフィールに戻ることを望んでいるというのに、何で今回に限って正反対のことを考えているんだろうね。 まもなく妹がシャミセンと共にふらりとやってきて晩飯の完成を告げた。どうもメシが味気なかったような気がするのは、本当に味付けが薄いからなのだろうか。どっちでもいいが。 その日、見事なまでに誰からも電話はなかった。佐々木からも橘京子からも、偽古泉からもな。こっちから電話するのも何だか面倒に思われて、風呂に入った後はベッドに伸びるばかりだった。何をやってんだ、俺は。
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涼宮ハルヒの明日の続編です。 「……と言う小説を執筆する予定。許可を」 って、おぉい!!!ちょっと待ってくれ、長門!! なんで俺が死ななきゃならんのか、きちんと詳しく事細かに説明してくれ!! 「…物語の展開上の必然。 あなたが死んでくれた方が読者の共感を呼び易く、好都合」 俺が死んでくれた方が好都合ってドサクサに紛れて 結構、酷い事を言っちゃってますよ、長門さん…。 「…そう」 『…そう』じゃねぇ!!しかも、なんで皆の名前は若干、変わってるのに 俺だけ『キョン』のまんまなんだよ…ハルヒはハルヒで… 「ちょっとこれ、何なのよ!?有希!! 別にキョンがどうなろうとそこは構わないとして…」 いやいやいや、ハルヒ!どうでもよくはないだろ?そこは!! 「なんで私とキョンなんかがこんなちょ、ちょっと… 微妙な、変な感じの関係になっちゃってんのよ!?」 「…大丈夫。問題は無い。皆、認知しているから」 何を!? 長門は不思議そうに首を傾げている。 「…駄目?」 「駄目っ!!」 俺とハルヒ、2人同時に駄目出しを受けて却下された為だろうか、 長門が少しいじけているように見えるのは気のせいか。 長門が椅子に座る瞬間に 「…有機生命体の死の概念が理解出来ない」 と、ぽつりと呟いた台詞が耳を離れない… 怖いよ…長門、お前が言うと冗談に聞こえないから…。 そう、俺達は次の文芸部の会誌に載せる作品作りの為、 文芸部員として、冬休みを返上して『編集長・涼宮ハルヒ』のもと、 それぞれの作品の企画作りを遂行している。 例のごとく、それぞれの課題をくじ引きで決めたのだが、 今回の長門は多くは甘酸っぱさとほろ苦さをふんだんてんこ盛りに兼ね備えた 青春群像劇ものを引き当てたのだが…長門にとっては苦手なジャンルなのだろう、 何故、あんなストーリーになっちまったのかは俺には理解しかねる。 「長門さんの作品、そんなに悪いようには思えませんが…」 古泉はニヤニヤしながら俺の顔を見ている。何だよ? 「そういうお前はどうなんだ?古泉。ちったぁマシな作品は出来そうなのか?」 「えぇ、去年のあなたの恋愛小説には負けられませんからね」 そりゃ嫌みか? 「推理小説ですからね、トリックの発想次第なのですが…」 そりゃ理系のお前さんらしい実に論理的な作品になりそうだ。 朝比奈さんは受験の為、今回の企画作りには参加していないのだが、 1年前からハマっていたのか、もうすでに童話の作品を書き溜めているらしく、 「自信作を置いておきますので皆さんで読んでみて下さ~い♪」 と、机の上にアルプス山脈の如く、積み上げていった。 しかも、イラスト付きらしい。 「さすが我がSOS団のマスコットキャラ。萌えツボを心得た仕上がりだわ」 と、編集長は妙な唸り声を上げている。 その唸り声を上げている当の編集長、ハルヒは 当初の割り振りでは社会悪に迫るノンフィクション作品だったのだが、 電波なSFものになったり、悪の秘密結社と闘うヒーローものになったり、 いつも書く度に脱線していってる。ハルヒ曰く、 「これくらい飛んでる設定の方が面白いじゃない!!」 と言う意見らしい。 俺はと言うと、今年もどうやら恋愛小説を書かなければいけないみたいだ… しかし、何も思い浮かばん!!そして、眠い!! これはピンチだ…恋愛ものなんて去年でほとんど出尽くした感がある…。 それこそ、健全健康たる男子高校生が日夜、頭に浮かんでは消える 妄想をそのまま書くという手もあるが、そんな事をした日にゃ 二度とこの学校には顔を出せなくなる。 そして、恐らく学校中の女性と口を聞くどころか 相手にもしてもらえなくなるだろう。 そうなっちまったら俺の高校生活はまさに閉鎖空間だ。 その時、携帯が震えた。メールみたいだ。 From:佐々木 タイトル:無題 本文:やぁ、キョン。今夜、時間はあるかい? まぁ、キョンは頼み事を断れない性格だから きっとOKしてくれるんだろうけどさ。 場所はいつもの公園に8時だ。 もし、涼宮さんと何か用事があるのなら 僕に遠慮はしないでくれたまえ。 断ってもらっても構わないよ。 ハルヒ?別に今日はこの後、用事も無いし、まぁ佐々木だから別に良いだろ… 俺は軽くOKの返事を出した。 「ちょっとキョン!!あんた、企画もろくに出さないで 何、携帯いじってサボってんのよ!?」 編集長の怒鳴り声が耳をつんざく。 「いや、サボってる訳じゃなくてな、 今年も恋愛もので正直、何のアイデアも思い浮かばないんだよ… そんなに経験豊富という訳でもないしな」 ハルヒが俺の顔をジッと睨みつけてきている。 何をそんなにジッと見ているんだ?俺の顔に何か付いてるのか? 「本当にそうだとしたらあんた、寂しい青春送ってんのね」 放っといてくれ。 「そういうハルヒは何かアイデア浮かんだのか?」 「私はノーベル文学賞も狙えるくらいの現代社会の暗部にメスを入れた 一大スペクタクルな社会派傑作になる予定よ!!」 「予定って事はハルヒもまだ何も思い浮かんでないんだな?」 グッと唇を尖らせたハルヒの顔を見て、つい悪戯心が芽生えて、 皮肉たっぷりに溜息をついてやった。 「まぁ、編集長には期待してるよ」 「フンッ!!」 ハルヒはそっぽを向いた。 「ところでキョン、今夜、暇?」 ハルヒは腕を組んで見下ろしている。 「どうした?」 「どうしたもこうしたもないでしょ!?あんたが何も思い浮かばないって言うから 本屋にでも回って団長としてネタ探しに付き合ってあげんのよ!! 何か資料かヒントでもあったら参考になるでしょ!?」 古泉はニヤニヤと笑っている。何がおかしいんだ? 「い、いや、今夜はちょっと…」 そう断ると、その瞬間ハルヒの顔に暗い影が差した。 古泉にも強い視線を投げ掛けられた気がする。 でもな、ちょっと待ってくれ。今回はちゃんと先約があるんだ。 確かにハルヒのご機嫌を損ねると世界がとんでもない事態に巻き込まれる という事はこれまでの色々な騒動のお陰で十二分に承知しているつもりだ。 だが、それでハルヒの全てを優先する訳にはいくまい。 佐々木にも一度OKを出してやっぱダメと言うのはあまりにも身勝手な行為だ。 ハルヒを守る為に他の誰かを傷つけるというのはそれは人として違うだろう? 要は順番、順序の問題だ。 「まぁ、明日なら大丈夫だけどハルヒはどうだ?」 「あんた、自分の都合に合わせて私に命令する気!?」 ハルヒはいつも俺にそうしてるじゃないか… 「じゃあ、明日でも良いわよ!!その代わり、ろくなアイデア出ないようなら 正月返上で合宿するからね!!」 何でだよ… 結局、その日は何も思い浮かぶ事なく、長門の本日終了の合図で解散となった。 冬は陽が落ちるのが早い。 暗い坂道を4人でトボトボと歩いていた。 そういや、佐々木の用事って何なんだろうな? しばらく音沙汰なかったと思ったら突然、メール寄越したり、 また何か厄介な問題を引っ張って来るんじゃなかろうな… 古泉は俺に何か言いたげな顔をしているが…何だよ? 「では、僕らはこのへんで」 古泉と長門は去って行った。 ハルヒと2人でボーッと道を歩いている。 今日のハルヒは大人しい。 と言うか、さっきから一言も口を聞いていない。 「どうした?」 ハルヒの顔を見ようとしても日が沈んで暗いのと 髪の毛で顔が隠れていてよく見えない。 「…何が?」 「今日は随分と大人しいじゃないか?」 「うっさいわね…別に良いでしょ」 「…そうか」 気まずい沈黙が流れる。 「…私、帰る」 ハルヒはそう言うといつもと違う道を曲がっていった。 理由は分からんが多分、閉鎖空間発生なんだろうな。お疲れ、古泉…。 一度家に帰って夕飯を食べてから行こうかどうか迷う微妙な時間だった。 今日は雪で路面が凍っていたので自転車には乗ってきていない。 まぁ、飯は後で良いか。 そんな事を考えながら1人で歩くと白い息が身も心も冷やしていく。 そう言えば、1人で歩いたのって久し振りな気がする。 いつもハルヒやSOS団の誰かと一緒にいた。 SOS団の仲間と過ごした時間の濃密さを感じる。 少し早いかと思いつつ、佐々木と俺の家のちょうど中間に位置する 公園へと辿り着いた。 中学生の頃はよくここで色々な取り留めの無い話をしながら時間を潰していた。 「キョン!」 30分前だと言うのに佐々木はもう公園のベンチに座っていた。 「早いな、お前、いつからここにいたんだ?風邪引くぞ」 「くっくっ、大した時間ではないさ。僕に無用な気遣いはしないでくれたまえ」 「今日は1人か?」 あのやたらムカつく未来人や敵意むき出しの超能力者、 会話不能な幽霊みたいな宇宙人がいたらうんざりする所だ。 「おや?僕一人ではご不満かい?」 「いや、むしろお前だけの方が良い」 佐々木はニッコリと笑った。 「まるでプロポーズでも受けるみたいではないか?」 「馬鹿、からかうな」 それから佐々木と他愛の無い話をした。 別になんて事はない、お互いに期末テストはどうだっただの クリスマスはどうしただの、今日はこんな事をやってあんな事があった、 中学時代の想い出、大した話はない、 久し振りにあった旧友と昔に戻ったようなリラックスした笑い話をしていた。 ふと会話が途切れた瞬間に切り出してみた。 「今日はどうした?」 いつも強く俺を見据えて来る佐々木が珍しく俺から目を逸らした。 「さて、どうしたんだろうね、僕は」 俺達はこんな真冬の公園で禅問答をしにきたのか? 「これを気紛れとでも言うのだろうか?久し振りにキョンと話をしたくなったのさ」 「まぁ、そりゃ別に構わんが…悩みやストレスがあるなら 抱えずにどっかに出した方が精神衛生上よろしいと昔、言ってたのはお前だぞ」 「キョンは鈍感な割には時々、一周遅れで核心を突いてくるから面白い」 佐々木はサバサバしているようで意外と一人で悩みを抱えるタイプだからな… 「ところでキョンには悩みなんてものはないのかい?」 俺?俺にはそうだな…まぁ、色々とあるっちゃあるが… とりあえず目先のものとしては、 「恋愛小説のアイデアが思い浮かばない」 なんて佐々木に相談しても仕方が無いな…こいつもハルヒ同様、 『恋愛感情なんてものは精神病の一種』主義者だからな。 「くっくっ…なんだい?それは。君は時々、突拍子も無い事を言い出すから 本当にいつも予想の範疇を超えているよ」 やっぱり言うんじゃなかった…俺は日記にポエム書いてる夢見る乙女かよ。 「まぁ、聞いてくれたまえ。橘京子って覚えているかい?」 あぁ、あの佐々木の傍にいる面倒臭そうな超能力者だな。 「彼女がね、ここ最近、以前にも増して煩くってね。 涼宮さんの持つ世界を改変させる力は本来、僕が持つべきものだ、 世界をあるべき姿にしなければならないと、こう僕の耳元で急き立てるのさ」 「あぁ」 「僕としては正直、そんなものはどうでも良い瑣末な事柄と認識しているのだが、 彼女は僕のそういう姿勢や態度も含めて色々とご不満があるらしい」 ハルヒみたいな力を手に入れたらそれはそれで 周りの人間も色々と大変なんだがな…。 「そして、キョン、君にもね」 「俺?」 「橘さんにとってキョンは涼宮さん側についてる人間としての敵、そして女の敵らしい」 女の敵って…俺は女性にそんな酷い事をした覚えはないのだが… 「くっくっ、呆れているのかい?僕も驚いたがね。 キョンにはそんな女の敵だなんて言われるような記憶も自覚もないという表情だね」 当たり前だ、まともに会話もした事のないような女に あんたは女の敵だと言われてもこちらとしてはリアクションの取りようもない。 「まぁ、キョンが女性をそんな手篭めに出来るような技術と精神構造を 持ち合わせているような人間ではないと言う事は僕もよく理解しているつもりだがね」 褒められてんのか、けなされてんのか、よく分からん… 「橘さんは僕に世界を自分の思い通りに変えたくはないのかと散々、講釈してくる。 それは僕だって世界に不満が無い訳ではない。人並みの欲望はあるつもりだ。 しかし、だからと言ってそれとこれとは別の話だ。 キョンの意思に反してまで君を巻き込むのは僕の意図する所ではないからね」 俺の意思? 「その力を得る為にはキョン、君の協力も必要なんだとさ」 協力っつってもなぁ… 「だから、橘さんは僕にキョンの意思を確かめてきてくれと、こう頼んできた訳さ」 「俺の意思を確かめるってどういう意味だ?大体、佐々木。 よくそんな面倒な話に付き合ってるな、以前のお前なら考えられん」 佐々木は少し含みのある微笑を向けてきた。 「僕にも少々、興味深い事柄だったものでね」 「で、その俺の意思を確かめたら大人しくなってくれるのか?」 「どうかな?それは未確認だった」 やれやれ… 「で、その橘さんとやらはこの地球の半分を埋め尽くす全人類の 半分を占める女の敵であるこの俺に一体全体、何をして欲しいんだ?」 佐々木は微笑を崩さずにジッとこちらを見据えている。 「僕とキョンに恋仲になって欲しいんだとさ」 は??? 「まぁ、所謂、恋愛関係というやつだね。驚いたかい?」 いやいやいや…何を言い出すんだ、こいつは。 あの面倒なとんちき超能力者、佐々木に何か吹き込むにせよ、勘違いも甚だしいぞ。 「くっくっ、鳩がバズーカ砲喰らったみたいな顔をしているね」 バズーカどころか大陸間弾頭ミサイルが顔面に直撃したような威力だ… 要は俺と佐々木に、その、なんだ…付き合えって言ってる訳だろ? そんな事、これまで考えもしなかった…。 大体、そんな事になってハルヒが何と言うか……いや、ハルヒは関係ないだろ! いや、関係あるのか?やばい…混乱してきた…頭の中がパニックで暴発しそうだ… 「お前は以前、『恋愛なんて精神病だ』なんて言ってなかったか?」 「くっくっ、ねぇキョン」 「…何だ?」 「今日、涼宮さんは非常に不機嫌ではなかったかい?」 な、なんで知ってるんだ!? 「やはり正解だね」 佐々木はパズルを解いた子供のような笑顔で笑っている。 「キョンは鈍感ではあるけど、その反面、素直で誠実だからね」 佐々木は自分の鼻を人差し指で差している。 「鼻の膨らみを見ればキョンが何を考えてるのかおおよその見当は付くのさ、 しばらく付き合えばね。 キョンは嘘はつけない、ついてもすぐにバレてしまうタイプなのだよ」 そ、そうだったのか…これからは気を付けよう…。 「くっくっ、涼宮さんも苦労している事だろう。なんせ相手は鈍いを通り越して、 ただ何も考えちゃいないだけなんだからさ」 どういう意味だ?ともかく、また一つデッカい悩みが増えちまった… 「それとね…『恋愛なんて精神病』って言葉には様々な意味合いが込められているのさ」 そんな雁字搦めの糸のパズルみたいな謎解きを一気に俺に与えないでくれ… 問題は一つずつしか解決出来ない性分なんだ…。 「今日の僕からの話はまぁ、そんな所さ。あぁ、あと返事はいつでも構わないよ。 取り急ぐ問題でもないしね、じっくり考えてくれたまえ」 佐々木は立ち上がりながら俺に笑いかけている。 「あとさっきキョンが言ってた恋愛小説、僕の事でも書けば良いのではないのかい?」 そう言いながら佐々木はくるりと背を向けて灯りも暗い夜の公園を歩き出した。 佐々木を家まで送っていくまでの道すがら、結局、大した会話もなかった。 帰宅しても夕飯を食べる気力すら起きない…どうせ飯も喉を通らないだろう。 ベッドに突っ伏して佐々木の言葉を思い出していた。 あいつはいつから俺にそんな感情を抱いていたんだ? つい最近になってか?いや、中学の頃からずっとだったんだろうか? 「キョンく~ん♪」 なんだ?我が妹よ、はさみでも借りに来たのか? あと、お兄ちゃんの部屋に入る前にはちゃんとノックをしなさい! 部屋の中で何やってるか分かんないでしょうが!? トラウマになって兄妹仲が壊れちゃうかもしれないぞ!! 「キョンくん、恋煩い?」 なんでそんな一発で核心を突いてくるんだよ… 「キョンくんがご飯食べないのなんて珍しいもんね、何だったら私が相談に乗るよ♪」 小学生に恋愛相談、持ちかけてもな… 「大丈夫、ちょっと風邪気味なだけだ」 妹は首を傾げている。 「ふ~ん…やっぱり恋煩いなんだね♪」 あ、しまった…鼻か… 「パパとママには風邪って事にしといたげるよ♪高校生!」 やれやれ… そうだ。ここはとりあえず明日、誰かに相談しよう、そうしよう。 「おや?珍しいですね?それで僕に相談事とは何でしょうか?」 真っ先にこの古泉の顔しか思い浮かばなかった俺の人間関係はどうなんだろうか? 谷口は論外、国木田という手もあるが、問題は恋愛の話だけじゃないからな。 それに不本意だが、古泉は無駄にモテる、女の扱いには慣れていそうだ。 良い答えを出してくれそうな気がする。 冬休みの学校は静かで昼時と言えども誰もいない。 「昨日は大変だったのか?」 昨日のハルヒはえらい不機嫌だったからな。 「いえ、それほどではありませんでしたよ」 そうか、そりゃ良かった。 「ところで古泉…」 「色恋沙汰ですか…」 まだ何も言ってないぞ!! 「まぁ、付き合いも長くなってきましたからね、大体分かりますよ」 これも鼻か?俺の鼻は一体、どうなってるんだ? 俺は事の顛末を古泉に語った。古泉は意味ありげに頷いている。 「それは……実に複雑且つ、重大な問題ですね」 そうなんだよ…俺にとっちゃ世界中の知恵の輪を全て絡み合わせたような問題だ。 「…あなたはどうしたいんですか?」 え?俺? 「機関の人間としての僕は涼宮さんを選んでもらいたいとは思います。 勿論、同じSOS団の仲間としてもね。 しかし、あなたの友人としての僕はそこまで強制したくはありません。 あなたの想いまで無理矢理、ねじ曲げたりはしたくありませんから。 あなたがどちらを選ぶか、そう、どちらに女性としての魅力を感じるか、 問題はそこですね。 自分の想いに素直になるしかありませんし、逃げる事も出来ません。 あなた自身が答えを出すしかないでしょう」 古泉に相談料として自販機でコーヒーを奢っていると テンションの高い声が降り掛かってきた。 「おんや~!お二人さん、何やってんだい!?冬休みにまでラブラブっさね!」 変な誤解をされるような事を大声で言わないで下さい、鶴屋さん…。 「SOS団の合宿ですね♪お二人でお昼ですか~?」 あなたのそのプリティーなオーラは霜の降りた中庭も 全て溶かしてたんぽぽ咲かせちゃいますよ、朝比奈さん♪ 「それでは僕はこのへんで」 古泉は軽く会釈をして一人、部室棟へと向かっていった。 「朝比奈さんと鶴屋さんは今日はどうなさったんですか?」 「今日はクラスメイトの皆で集まって受験のお勉強してたんです♪」 鶴屋さんが俺の肩に手を掛けてきた。 「ハッハ~ン…キョン君、恋の悩みだね!」 またか!?鼻!! 「とうとう付き合う事になったのかい!?それともこれから告白!? どっちからにょろ!?告白するの!?したの!?されたの!?」 滅茶苦茶、興味本位ですね…鶴屋さん。 「やっぱりそこは男の子からですよね~♪」 いいえ、女性からでした。 そうだ、女性ならではの視点から、というのもあるな…相談してみるか。 二人に相談すると、さっきまでハイテンションとは打って変わり、 予想以上に複雑な物凄く重~い空気になった…。 何なんだ、これは一体? 「キョン君、それは酷いっさ…重過ぎるにょろ… 受験勉強に悪影響っさ…大学受験に失敗したらキョンくんのせいにょろよ?」 こんなに沈んだ鶴屋さんは初めてだ…。 「涼宮さんも佐々木さんも可哀想…キョンくんがこれまでずっと はっきりしない態度のままでいたからどちらかが傷つく事態になったんです。 2人とも純粋な想いなのに…キョンくん、最低です…」 俺も悩んでるんだが…女性の視点からすると俺の自業自得なのか? まさか朝比奈さんに最低とまで言われるとは…またちょっと泣きそうだ…。 「ともかく…もうこれは覚悟決めるしかないっさ」 「そうですね、曖昧なままだとまた同じような事が起こるでしょうし、 キョンくんの為にもならないですからね」 朝比奈さんと鶴屋さん、2人の眼光が野獣のように鋭く光っている。 「さぁ、キョンくんはどちらを選ぶにょろ…?」 「お二人のうちのどちらをキョンくんは選ぶんですか?」 あ…いや…その… 「どっち!!」 2人の叫び声が最後の審判を求めてきた。 ちゃんと答えははっきりさせますと、何とか2人の追及の逃れて、 部室に戻ると朝までは特に変わりのなかったハルヒは 昼休みを挟んで全く別人のように思いっきり俺を睨み据えて 噛み付いてきそうな勢いで座っていた。 「どうしたんだ?ハルヒ」 ハルヒは無言のまま、ダークでヘヴィーな邪悪の化身のようなオーラをまき散らしている。 何だ?俺、何かしたか?とりあえずここはあまり話し掛けない方が良さそうだが…。 「すみません…ちょっと急なバイトが入ってしまったようで」 古泉は俺をチラッと見るとそのまま部室をあとにした。 長門は淡々と小説を書いている。 ほとんど、このダークハルヒと二人っきりの空間に取り残されているようなもんだ…。 気まずい…こんな空気の中で小説を書くなんざ、とてもじゃないが無理だ… クリエイティヴなアイデアが思い浮かぶ空間とは思えない…。 その時、ハルヒがおもむろに立ち上がった。部室を出て行くようだ。 「おい、ハルヒ。どこ行くんだ?」 無神経に声を掛けた俺の失敗だった。 ハルヒは足を止め、恐ろしくドスの利いた低い声で 「…どこに行こうが私の勝手でしょうが」 と、睨みつけてきた。 メデューサに睨まれた俺はその場で石になった。 部室の扉が吹っ飛んで壊れそうな勢いで閉まった。 長門がこちらを見つめている。 「…行って」 追い掛けろって事か? 長門は無言で首を縦に振った。 追い掛けろってな…核弾頭の嵐の中に素っ裸で飛び込むようなもんだぞ…。 「…早く」 やれやれ…分かったよ…。 「おい!ハルヒ!」 ハルヒは走るのも速ければ歩くのも速い。 ハルヒの肩を掴むとようやく立ち止まってくれた。 「おい、ハルヒ。お前さっきから急にどうしたんだよ?」 「…離して」 ハルヒは振り返りもせずに答えた。 「いや、離せって、ハルヒ。いきなり理由もなく、どうしたんだ?体調でも…」 「…さっき、お昼ご飯買いに外に出た時に校門で橘さんって人と会った」 げ!? 「あの佐々木さんの知り合いでしょ?全部聞いた…」 「いや、だから、あれはだな……」 えぇ~っと…何をどこからどこまで話せば良いんだ? その時、ハルヒは肩に置いてある俺の手を取った。 殴られるか!?と、身構えると意外にもハルヒは俺の手をそっと下ろした。 「…ううん、大丈夫。キョンは何も言わなくても良いの…」 そういうハルヒの細い肩は震えていた。 「どうしちゃったんだろう?さっきから変だよね、私…。 …佐々木さんとキョンは昔からの付き合いでお互いに凄く分かり合ってるから …ひょっとして私、それが悔しいのかな?でもちょっと寂しかったり、悲しかったり… 自分でも怒りたいのか、泣きたいのか、よく分かんないの……」 ハルヒは俯いたまま、聞いた事もないような、か細い声を出している。 「…ごめんね、キョン。訳の分からない事ばかり言っちゃって」 そう言いながらハルヒは振り向き、俺にいつもの太陽のような笑顔を向けてきた。 「佐々木さんとキョンならお似合いだと思うわ! だから、あんたの勝手で好きなようにどこへなりとも行きなさい!! いつもみたいにボーッとしてたら捨てられちゃうわよ!」 ハルヒはそう言い残すとどこかへ走り去って行った… SOS団の皆で楽しい事をしている時に見せるような いつものハルヒの満面の笑みが余計に俺の心に突き刺さった――― もう答えは決まっていたのかもしれない… 自分の中ではもう分かっていた事なのに友達以上恋人未満の楽な関係に満足していた。 ハルヒに対しても…佐々木に対しても… 「やぁ、キョン」 佐々木は冬休みだからだろう、連絡するとすぐに出てきた。 駅前は師走の忙しさに賑わっている。 「ひょっとして昨日の答えかい?キョンにしては珍しく問題を解くのが早いね」 あぁ、難解極まり無い大問題だったけどな。 「まぁ、僕もあれから色々考えたのさ。他人の意見を鵜呑みにして 自らの考察を怠るのは進歩を止めると言う事に繋がるからね」 考察の結果はどんなもんが出たんだ? 「きっと僕はね、嫉妬していたのさ、涼宮さんにね」 嫉妬? 「僕の中学時代はね、キョン、君との時代だと言っても過言ではない。 それほど君とは長く濃密な時間を過ごしてきたからね」 まぁ、それは俺もそうだからな。 「しかし、その時間はあくまで過去のものにしか過ぎないのさ。 人は想い出に浸るだけでは進歩はない。常に今を生き、未来へと歩を進めなければね」 佐々木の髪が風で舞い上がる。 「キョンにとって、僕との時間が過去とするならば、現在は涼宮さんとの時間。 そして現在は必然的に未来へと繋がっている。僕との時間は未来に繋がる事はない。 だからこそ僕は涼宮さんに嫉妬したのさ。そして不本意ながらも橘さんに促され、 涼宮さんの力も含めて、キョン、君を取り戻したい、君の傍にいたいと考えた。 君と僕との時間を過去のものではなく、未来へと繋がる現在の時間として 2人で動かしたいと考えた。 それを恋愛感情と呼ぶべきかどうかは、すまない、まだ考察不足だ。 差し当たってはキョン、君の意見も伺いたい所ではあるがまずは僕の結論から。 やはり僕は君と……」 私は一人、屋上で泣いた。 もうキョンはSOS団には戻って来ないだろう…… こういう時に限って楽しかった想い出ばかりが頭をよぎる…… もうちょっとだけで良いからキョンと一緒にいたかった…… そう思うとまた涙が勝手に溢れ出てきた。 冷たい冬の風に煽られて髪は乱れた。 屋上で泣いていたのはどれくらいの時間なのだろう? キョンを忘れる時間はどれくらいの時間なのだろう? いや、きっと無理だ…どんな形であれ、彼はもう私にとって一番大切な人になっている。 決して彼を忘れる事なんて出来ない… だから、私は何があってもずっとあなたを好きで居続ける… ありがとう、キョン――― 屋上で心を落ち着かせてから部室に戻るとみくるちゃんと古泉君がいた。 うん、よしよし、有希も筆が進んでいるようね。 さっ!どんどん書きましょう!キョン一人分くらい私がどうにかするわ! 今なら物凄い閃きがガンガン湧いてきそうな気がするのよね! 天才的な文学的才能が目覚めたのかしら! 時間たっぷりまで書き上げ、いつものように有希の本を閉じる音を 終了の合図に本日解散!! さっ!今日はもう暗いから皆で帰りましょう! 「あんた、ここで何やってんのよ!?なんでこんな所にいんのよ!?」 入り口の前で立ち尽くしている俺を見たハルヒは埴輪のような顔をして 呆気に取られ驚いていたかと思うと今度は俺に向かって叫んでいる…鼓膜破けるわ… 「何って?会誌に載せる小説の企画を考えなきゃならんだろ?」 ハルヒは顔を歪めて怒鳴り散らしてきた。 「そういう事聞いてんじゃないわよ!? なんであんたがここにいんのかって聞いてんの!?」 あぁ~…もうだからそんな大声出さんでも聞こえてるって…。 「ハルヒがさっき言ったんだろ?勝手にどこへなりとも俺の好きな所へ行けって。 だからここにいるんだよ」 ハルヒは笑ってるのか怒ってるのか顔を歪めているが、 奥の長門といつの間にか部室にいる朝比奈さんと古泉はしたり顔でこちらを見ている。 「佐々木さんは!?」 「あぁ~…佐々木とはどんな形であれ他人に無理強いさせられるような 関係じゃないからな、断ってきた。 と言うか正確には断ろうとして呼び出したんだがな、向こうから 『やはり僕は君とだけはこんな無理強いするような形での関係はごめんだ』と断られた。 告白されて答えも伝えないうちにフラれるなんて、きっとこれはトラウマになるぞ…」 ハルヒはジーッと俺の顔を睨んでいたかと思うと納得したように頷いている。 「どうやら嘘はついていないようね…」 また鼻か…ハルヒまで分かってるとは…一度、俺の鼻がどうなってるのか誰かに聞こう… 「さっ!ハルヒ、行くぞ。」 俺はハルヒの手を取った。ハルヒはびっくりしながらも嬉しそうに笑っている。 「い、行くってどこへ!?」 おいおい、もう忘れたのかよ…。 「昨日、約束しただろ?放課後、一緒に恋愛小説のネタを探しに行こうって!!」 お前とならもっと面白い小説の続きが書けそうだよ―――― The End