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今にして思えば、ハルヒのあの一言がきっかけだったと言えよう。 現在、俺は社会人二年目で、半年前からハルヒと同棲している。 ハルヒの一言によって今の関係が終わるとはこの時の俺には知る由も無かったのだ。 それはいつもの様に帰宅したある日の事だった。 「ハルヒ、ただいま」 「お帰りなさい、キョン。お疲れ様」 あぁ、ハルヒの笑顔があれば疲れなんて吹っ飛ぶね。 そのままベッドインしたくなるがそれでは雰囲気が無いのでここは我慢するとしよう。 俺は夕食の後、リビングでハルヒの淹れてくれたお茶を飲んでいた。 「あ、あのね、キョン、ちょっと・・・話があるんだけどいい?」 いつになく神妙な面持ちでハルヒが話しかけてきた。 「あぁ、構わんぞ。んで話って何だ?」 「うん。えっと、その・・・」 なんか、切り出しにくそうだな。 ハルヒは黙って俯いてしまっっている。 俺は頭の中で切り出しにくい話を検索していた。 検索結果・・・・別れ話・・・・・ なに!?別れ話だとぉ!! 「何言ってんの?あたしキョンと別れる気無いわよ?もし今度、別れようなんて言い出したら即刻死刑よ!!分かった?」 「あ、あぁ、分かったよ」 俺は心底ほっとした。思ったことをそのまま口に出してしまうこの癖はなんとかしよう。 「でも・・・キョンがどうしても別れようって言うなら・・・あたしは・・・」 あろう事かあのハルヒがしおらしくなっている・・・ 誤解されたままなのもあれなのでここはきちんとしておくとしよう。 「安心しろ、ハルヒ。俺は何があってもずっとお前の傍にいるよ」 「うん、ありがと。あのね、あたし・・・その・・・出来たみたいなの」 俺はハルヒが何を言ってるのか理解出来なかった。 「何が出来たんだ?懸賞のクイズでも出来たのか?」 「違うわよっ!!子供が出来たみたいって言ってんのよっ!!」 なるほどね、そうかそうか・・・って子供!?それ俺の子か? 「当たり前じゃないっ!!あんた以外に誰が居るってのよ!バカキョン!!」 また声に出ていて様だな・・・ 怒ったハルヒは俺の胸をポカポカ叩いている。 俺はハルヒを力一杯抱きしめてやった。 「ゴメンなハルヒ。俺、父親になれるんだな。ほんとに嬉しいよ」 「・・産んでいいの?・・・受け入れて・・・くれるの?」 「当たり前だろ」 「・・・だったんだから・・・」 「え?」 「ずっと不安だったんだから!!拒絶されたらどうしようってそればっかり頭にあって・・・キョンはそんな事絶対しないって分かってるのに・・・それでもやっぱり不安は・・・消えなくて・・・・・」 ハルヒの訴えに俺はハルヒを抱きしめる腕に更に力を込めた。 「今まで気付いてやれなくてゴメンな。明日一緒に産婦人科に行こう。その後ハルヒの両親の所に挨拶しに行こうな」 「挨拶って何の?」 「もちろん、ハルヒと結婚させて下さいって挨拶さ」 「ふぇ?キョン、今なんて言ったの?」 「ん?あぁ、ちょっと待ってろな」 俺はそう言って自分の部屋に向かった。 俺はクローゼットを開け、中に隠してあったものを取り出し部屋を出た。 リビングに戻った俺は未だにポカンとしているハルヒの前に正座した。 「ハルヒ、今までずっと俺と一緒に居てくれてありがとうな。思えば色んなことがあったよな。沢山デートもしたし喧嘩もしたな」 ハルヒはじっと俺の目を見て話を聞いている。 「本当に楽しかった。出来ればいつまでもこの関係を続けたいと思ってた。でも・・・」 俺は、ここで一息置いた。 なんせここからが本番だからな。 「でも?なに?」 「俺はこの関係を終わりにしなくちゃならないと今は思っている」 「!?」 ハルヒが自分の耳を抑えようとする。 俺はその手を握って続けた。 「これからは俺の彼女じゃなくて、妻になって欲しい」 「キョン・・・それって・・・」 「ハルヒ、俺と結婚してくれ」 「キョン!!あたしでいいの?あんたの事信じたいのに信じきれなかったあたしなんかでほんとにいいの?」 「あぁ、お前以外なんて考えられない。それ位俺はお前にゾッコンだ。それで俺のプロポーズをOKしてくれるか?」 「うん、喜んで!がさつでワガママなあたしだけどこれからもよろしくお願いします」 「俺こそよろしくな。でだ、済まないんだが少し左手を貸してくれないか?」 ハルヒはそれが何か分かったらしく、微笑みながら左手を差し出してきた。 俺はさっき部屋から持ってきた小さい箱から銀色に光るリングを取り出しハルヒの左手の薬指にはめた。 ハルヒはその指輪を見てニコニコしていたがそのままソファーで寝息を立てていた。 俺はハルヒをベッドへ運び、そのまま一緒に寝る事にした。 翌日、俺とハルヒは産婦人科へ向かった。 検査の結果は妊娠1ヶ月だった。 いやはや、早く産まれてきてほしいものである。 病院を後にした俺とハルヒは一度家に戻り正装に着替え結婚する事とハルヒが妊娠1ヶ月だった事を報告するため涼宮家に向かった。 インターホンを鳴らしたら何故か俺の母親が出迎えたりしてのだがそれは些細な事であろう。 そう思いたい・・・ 俺の母親のイジりもなんのそのでどうにか家に上がることが出来た。 「あらあら、いらっしゃい」 「今日はお話があって来ました」 「お願い、聞いて!!とっても大事な話なの!!」 「ふむ、聞こうじゃないか」 俺とハルヒは、ハルヒの両親に向かい合う様に座った。 「で、話とはなんだい?」 俺にはユーモアなんて無い。 だから直球勝負あるのみだ!! 「ハルヒを俺に下さいっ!!ハルヒとの結婚を許してくださいっ!!」 「これはまたストレートに来たな。また、どうしていきなりそんな事を言い出したんだい?何か理由があるのだろう?それを聞きたいね」 「実は、あたしキョンの子供を妊娠したの!!だからっ!!」 「ほう、つまり子供が出来たから結婚すると?そんな理由で結婚を許すと思ってるのかい?」 「お、お父さん!?」 「それは違いますっ!!確かにハルヒが妊娠した事で踏ん切りがついた事は認めます。でも、俺はハルヒが好きだから、ずっと一緒に居たいから結婚したいんですっ!!だからお願いしますっ!!ハルヒと結婚させて下さいっ!!」 「・・・キョン・・・・」 ハルヒはまた俺の手を握ってくれた。 「・・・っく、くくくっ、はぁーはっはっは!!いやぁ、若いな!羨ましい限りだ。いいぞ、二人の結婚認めようじゃないか」 俺とハルヒは呆気にとられていた。 「・・・え?ホントですか?いいんですか?」 「あぁ、幾らでも持っていけ!!」 「結婚して・・・いいの親父?でもどうして?」 「あぁ、いいぞ。もう長い付き合いだからな。彼がどういう人間かはよく分かっているさ。さっきのはちょっと試しただけだ。悪かったな」 「ハルちゃん、キョン君、これでやっと言えるわね。おめでとう」 「ありがとうございます」 「母さんありがとっ!!」 「キョン、やったねっ!!」 とハルヒが抱きついてくる。 「あぁ、一時はどうなるかと思ったけどな」 その後は、「キョン&ハルヒの結婚&妊娠祝い」と題された宴会に突入した。 正直、誰が主役なのかさっぱり分からん位に滅茶苦茶だったとだけ伝えておこう。 無事、結婚式の日程も決まり俺とハルヒはせっせと招待状を書いていた。 俺が仕事に行っている間に、ハルヒが俺の分の招待状も書いていてくれたので予想より早く終わった。 ある夜、俺は書きあがった招待状をポストに投函しに行った。 家を出る際ハルヒが「映画のDVDレンタルしてきて」と言っていたので、ハルヒに言われたDVDを無事に借り、帰宅している最中の事だった。 いつもの道を歩いているとなんとひったくりの犯行現場に出くわしてしまったのである。 ひったくりは女性からバッグをひったくると真っ直ぐこちらに走ってきたので俺はひったくりを捕まえようとしたのだが、走って勢いが付いていたひったくりのタックルを食らった俺はあえなく吹っ飛ばされてしまった。 あぁ、ダサいな俺・・・ 等と考えていて注意力が欠落していたのだろう。 俺は頭を電柱に思いっきりぶつけた。 衝撃と鈍い痛みが俺の頭の中を支配する。 全く・・・これじゃあ・・・・マンガのギャグキャラ・・だよな・・・・・ そんな事を思いながら俺の意識は薄れていった・・・ ・・・・・・・・・ 気が付くと俺は白い靄の掛かった所に寝っ転がっていた。 どこだ?ここは・・・ さっきまでの頭の痛みが全然無くなっている。 俺はここがどこなのか確かめるために立ち上がったら突然、俺の足が勝手に何かを目指すように動き出した。 な、なにがどうなってんだよ!? 何の抵抗も出来ないまま暫く進んでいくとトンネルの様なものが見えてきた。 コレイジョウイッテハイケナイ!! 俺の脳が危険信号を出してくるが今の俺にはどうにも出来ない。 トンネルに足を踏み入れそうになった時誰かが俺の腕を掴んだ。 振り返るとそこには見知らぬ少女が立っていた。 「こっち!!」 そう言って少女は俺を引っ張ってトンネルと逆方向に歩き出した。 「お、おい!?お前は誰だ?ここは一体何処なんだ?」 「あたしは××!ここはあの世よ!!」 少女の名前はノイズが混じったみたいに良く聞き取れなかった。 それよりこいつは今何て言った?あの世? あの世って俗に言う死後の世界ってやつか? なんてこった・・・俺は死んじまったってのか? 「まだ死んでないわ。あそこに足を入れたらアウトだったけどね」 「そうなのか?仮にそうだとして、お前は俺を何処に連れて行こうとしてるんだ?」 「もう着いた。さぁ、早く此処に飛び込んで!!」 少女が指差した先には地面にポッカリと大きな穴が開いていた。 「この穴は何なんだ?一体何処に繋がってるんだ?」 「そんなのいいからさっさと飛び込んで!!ホントに間に合わなくなる!!」 「な、何が間に合わなくなるんだ?ちゃんと説明してくれ!!」 「あぁ、じれったいなぁ!!さっさと行かないとホントに死んじゃうわよパパ!!」 そこまで言い切ると少女は俺を穴の中へと蹴り飛ばしやがった!! 「何すんだ!?こっちはまだ心の準備が出来てないんだぞ!!」 と言いつつも何かが俺の中で引っ掛かっていた。 「あはは、パパの意気地が無いのがいけないのよ!!」 「パパって・・・お前まさか!?」 「やっと気が付いたの?まぁ、いいわ。また会おうねパパ!ママが待ってるから早く行ってあげて!!」 そう言って笑う少女の顔がハルヒと被った。 俺はもっと何か言いたかったが穴の闇に飲まれそれは叶わなかった・・・ ・・・・・・・・・・ 「・・・・・キ・・・キョン・・・・早く・・・を開けな・・いよ」 誰かに呼ばれた様な気がして目を開けるとそこにはハルヒの顔があった。 「・・・よぉ、どうしたんだ?」 「アンタが寝ぼすけだから起きるのをずっと待ってたのよ!このバカキョン!!」 「そうか、俺はどれ位寝てたんだ?」 「丸1日ずっと寝てたわよ!!さぁ、この落とし前をどうやってつけてくれるのかしら?」 「そりゃ済まなかったな。ハルヒの好きな様にしてくれて構わないぞ」 「じゃあ、誓いなさい!!」 また主語が抜けている・・・ 「何をだ?」 「それ位自分で考えなさいよ!もう絶対にあたしを辛い目にあわせないって、一人にしないってあたしに誓えって言ってんのよ!!」 「あぁ、分かったよ。絶対にハルヒを辛い目にも1人にもしないって約束する」 「破ったら酷いんだからね、覚えておきなさいよ!!」 「あぁ」 その後の検査で異常は無かったのだが俺はもう一日様子見という事で病院で過ごす事になった。 いきなり約束を破る訳にもいかないのでその晩はハルヒと一緒に泊まる事にした。 その夜、俺はハルヒ曰く「寝てた」間の出来事をハルヒに話してやった。 当然ハルヒには「夢見過ぎなんじゃないの?」とか冷めた目で言われたけどな・・・ 翌日、無事に退院した俺はハルヒに手を引かれ家を目指している。 おっと、1つやり忘れていた事があったな。 俺はハルヒのお腹に手をあて一言呟いた。 「ありがとな」と。 そこから1ヵ月近く話が飛ぶ訳だがあまり気にしないでもらいたい。 ここ1ヶ月は特に何も無い平凡かつ平和な毎日だった訳で、これと言って話す様な事も無いのだ。 今日はいよいよ待ちに待った結婚式当日だ。 ハルヒはというと昨日から実家に戻っている。 花嫁は式の前日は実家に帰るものらしい・・・よく分からんがな。 こうして俺は今、ハルヒの居ない孤独感を味わいながら親の迎えを待っている。 あぁ、ハルヒに早く会いたい等と想いを馳せていると見覚えのある車が見えてきた。 その車が俺の目の前で停まると中から賑やかな人たちが降りてきた。 「やっほーっ!!キョン待ったーっ!?」 「おっはよーっ!!キョン君ーっ!!」 ホントに朝から元気だね、あなた達は・・・ 「おはよう、朝から悪いな」 「そんなの気にしなーい!!さぁ、さっさと乗りなさい!!主役が遅れちゃ話になんないわよっ!!」 「そうだよー、遅刻したら罰金なんだよー」 そう言って母さんと妹は俺を助手席に無理矢理押し込みやがった。 その拍子に俺は、頭をクラクションに思いっきりぶつけた。 ビビッーーーーーーーー!! 朝からこれじゃ先が思いやられるな・・・ 「ちょっとキョン、朝から近所迷惑じゃないっ!!しっかりしなさい」 「そーだぞー、しっかりしろー」 あなた達は一体誰のせいで俺が頭をぶつけたと考えていらっしゃるのかな? 俺が文句の1つでも言おうとしていると親父が肩を叩いて制止してきた。 「まぁ、言いたい事は分かるが、とりあえずシートベルトをして座れ。これじゃ発進出来ない」 「あ、あぁ、スマン親父」 親父にそう言うと俺は座ってシートベルトをした。 「それじゃあ、式場へ向けてレッツゴーーーーーっ!!!」 「ゴーーーーーっ!!!」 俺を乗せた車が式場へ向けて走り出した。 車内では俺の家族が新婚旅行について来るだの好き勝手言っていた。 流石に今回ばかりは謹んでお断りしたがな・・・ こんな事をしていたらいつの間にやら式場に到着していた。 車に乗る度に俺が鬱に入るような気がするのは、気のせいだろうか? 車を降りて入り口に向かうとそこに懐かしい顔が居た。 「よう、古泉じゃないか。久し振りだな、よく来てくれた」 そう、「機関」所属の超能力者、古泉一樹である。 「あぁ、どうもご無沙汰してます。本日はお招きありがとうございます」 「そっちは・・・相変わらずみたいだな」 「えぇ、そりゃもう。涼宮さんの力が無くなったからといって、対抗する組織が無くなる訳ではないですからね。今も毎日忙しくしてますよ」 「それはご苦労さんだな。スマン、迷惑掛けるな」 それを聞いた古泉は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにあのニヤケ顔に戻る。 「いえいえ、確かに力を授かってからは苦労も多いですけど、結婚式に呼んでくれる友人が出来たという事は人生においてプラスになってると僕は考えています」 「あぁ、そうだな。今日は来てくれてありがとな、楽しんでいってくれ」 「はい、そうさせてもらいます。本日はおめでとうございます。ではまた後で会いましょう」 「あぁ」 俺はそう言って古泉と別れ、控え室へと向かった。 控え室に着いた俺は、衣装さん数人に衣服を引ん剥かれ、純白のタキシードに衣装チェンジさせられた。 その際、パンツを一緒に引っ張られマイサンを室内公開してしまったというアクシデントがあったがこれは心の内にしまっておくとしよう・・・ そんな新たなトラウマと格闘していると誰かがドアをノックした。 「はーい、どうぞー」 ガチャ 「やぁ、キョン。おめでとう」 「おう、国木田。よく来てくれたな」 「おい、キョン!俺はシカトか!?」 「あぁ、谷口もよく来たな」 「まったく、折角来てやったってのにそれかよ?へこむぞマジで」 「あぁ、冗談だ。悪かったな」 本来ならここで終わるはずだったのだが、流石アホの谷口はこれで終わらなかったのである。 「しっかし、よくあの涼宮と結婚する気になったな。正気の沙汰とは思えんぞ」 国木田が制止しようとしたがどうやら間に合わなかったらしい。 気にするな国木田、お前はこれっぽっちも悪くないぞ。 「谷口、俺の聞き間違いだと悪いからな。もう一回言ってくれるか?」 俺はいつもより30%声を低くして聞いた。 これでいい加減気づけよ、谷口。 これで気づかなかったら、お前はホントに無能だぞ。 「ん?あぁ、あの涼宮と結婚するなんて正気じゃないと言ったんだぞ」 あぁ、だめだ・・・ 「・・・谷口よ、お前は祝いに来たのか?それとも俺にケンカを売りにきたのか?さぁ、どっちだ?」 「お前、頭大丈夫か?祝いに来たに決まってるだろ?」 「ほぅ、これから結婚する相手をわざわざ侮辱しに来るのがおまえ流の祝うという事なんだな?」 俺は、ゆっくり立ち上がり殺意を全て谷口に向けて放った。 そこまでして、ようやく谷口は自分が何をしたのか悟ったようで土下座しながら謝りだしやがったっ!! 地面に頭を擦り付けて謝っている奴をどうにかする程血に飢えている訳ではないので許す事にした。 「もういい。頭上げろ」 「許してくれるのか?やっぱ、お前いい奴だなぁ」 「ははは、キョンも大変だねぇ」 コンコン 「はい、どうぞ」 入ってきたのは式場の職員だった。 「失礼します。そろそろお時間なので準備の方をお願いします。準備が整いましたら外で待っていますのでお声をお掛け下さい」 「はい、分かりました。ご苦労様です」 「じゃあ、僕達は先に行くよ」 「じゃあな、待ってるぜキョン」 「あぁ、そうしてくれ。また後でな」 控え室への最後の来客が去りまた控え室に一人になった。 俺は鏡を見て、最後のチェックを済ませた。 よし、行くか!! 俺は外で待っていた職員さんに話し掛け教会へと向かった。 入り口で職員さんと別れ、入った教会の中は知った顔で満員御礼だった。 俺は不覚にも感動して泣きそうになってしまったのだがハルヒもまだ来ていないので、そこはぐっと堪える事にした。 深呼吸して自分を落ち着かせているとお約束のあの曲が流れ始めた。 そして教会のドアが静かに開いた。 そこには、おじさん・・・いや今日からはお義父さんだな。 お義父さんとハルヒが立っていた。 もう、さすがにクラッっときたね。 だってそうだろ? もともと綺麗なハルヒが更に綺麗になってるんだ。 もはや、これを形容する事は出来ないだろう・・・ 意識が遠退くのを必死に堪えているとお義父さんに先導されてハルヒが目の前まで来ていた。 「キョン君、娘を頼んだよ。幸せにしてやってくれ」 ここまできてもやっぱりその名で呼ぶんですね・・・ お義父さんがそう言い終わるとハルヒがお義父さんの腕から俺の腕へと腕を絡めてくる。 「はい、必ず幸せにしてみせます」 そう言うと俺とハルヒは祭壇へ向けてバージンロードを一歩一歩を確実に踏みしめた。 祭壇に着くまで俺の頭の中をハルヒとの思い出が走馬灯の様に駆け巡っていた。 思えば、あの日あの公園でハルヒと会わなかったら俺はどうなっていただろう? もし、ハルヒに会っていなかったらこんなにも幸せな気持ちになれただろうか? いや、これだけは断言できるが、絶対にここまで幸せにはなれていないだろう。 そして、俺とハルヒは遂に祭壇に辿りついた。 「汝ら、今日此処に永遠の愛を誓う者の名は○○○○、涼宮ハルヒに相違ないか?」 「「はい」」 「よろしい。では○○○○よ、汝は新婦涼宮ハルヒを妻とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「はい、誓います」 と答えたらハルヒに蹴りを入れられた。 ハイヒールの踵は痛すぎる・・・ なんで俺が蹴られにゃならんのだ? 「よろしい。では涼宮ハルヒよ、汝は新郎○○○○を夫とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「誓わないわ!!」 教会の中が一気にざわつく。 「おい、此処まで来ていきなり何言ってんだよ?」 俺の心は今最大級に冷や冷やしているのがお分かり頂けるだろうか? 花嫁が永遠の愛を誓わないって言い出して焦らない花婿は居ない筈だ。 「だって、居るかどうかも分からない神に誓ったって意味無いじゃないの!!」 また無茶苦茶を言い出したよ、この人・・・ 「それはそうかもしれないが、様式美ってあるだろう?」 「そんなの下らないわよ!!あたしが永遠の愛を誓うのはキョンだけなのよ!!そうでしょキョン?」 こんな恥ずかしいセリフを大勢の前で堂々と・・・・ もう、こうなったらハルヒに便乗するしかなさそうだ。 「あぁ、そうだな。俺も誓うならハルヒだけだな」 「って事だから、もう一回よろしくね!!」 等と神父さんに友達に気軽に頼む様に言い放った。 流石の神父さんも溜息をついている。 ホント、迷惑掛けてすいません・・・ 「で、では、汝ら健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を互いに誓いあうか?」 「「はい、誓います」」 「よろしい。では指輪の交換を」 「「はい」」 俺は指輪を取り、ハルヒの左手の薬指に指輪をはめた。 今度はハルヒが指輪を取り、俺の左手の薬指に指輪をはめた。 「神よ!!今日此処に永遠の愛を誓いあった二人に祝福をっ!!願わくばこの者達の進む道が常に光に照らされてる事を願う」 「では誓いの口付けを」 そう言われると俺はハルヒのヴェールをそっと上げた。 ハルヒは涙ぐみながら微笑んでいた。 いい顔だな、ほんと惚れ直すよ。 俺はハルヒの肩にそっと手を置き静かにキスをした。 今まで何回もキスをしてきたが、こんなに幸せなキスはきっとないだろうな・・・ 唇を離すと盛大な拍手と歓声が起こった。 「今、此処にこの者達は永遠の愛によって結ばれた!皆様方、今一度盛大な拍手をっ!!」 神父さんがそう言うとまた盛大な拍手が起こった。 「では、皆様方。花嫁からブーケトスがありますので外の方へお願いします」 みんなが外に出ると俺はハルヒに話し掛けた。 「さっきのは流石にヒヤッとしたぞ?やるなら事前に言っておいてくれ」 「まぁ、そんな事どうでもいいじゃない!それより早く行きましょ!!」 こっちは全然良くなんだがな・・・ 「はいはい、分かったよ花嫁様」 外に出ると沢山の人たちが祝いの言葉を掛けてくれた。 「では、ここで新郎新婦から挨拶を頂戴したいと思います」 と言った神父さんからマイクを渡された。 「えー、皆さん。今日は集まってくれて本当にありがとうございます。急なスケジュールであるにも関わらずこんなに多くの人に集まってもらったことに感謝します。実はもう一つ報告があります。今ハルヒは俺の子供を妊娠しています。これからは夫として父として頑張っていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いします」 また拍手が沸く。 こんなに沢山の拍手が自分に向けられるのは初めてだな。 俺は挨拶を済ませるとハルヒにマイクを渡した。 「みんなー、今日は来てくれてホントありがとねーっ!!キョンも言ってたけど、今あたしのお腹の中にはキョンとあたしの子供がいます。これからはキョンの妻として、生まれてくる子の母親として精一杯頑張るから応援よろしくねっ!!以上!!」 俺の時と同じ様に拍手が沸く。 「新郎新婦ありがとうございました。では花嫁、ブーケトスをお願い出来ますかな?」 「はい、分かりました。ねぇ、キョンお姫様抱っこして頂戴っ!!」 そう言うとハルヒは俺に飛びついてきた。 「あぁ、幾らでもしてやるぞっ!!」 俺は言われるままハルヒをお姫様抱っこした。 するとハルヒはブーケのリボンを解きだした。 「ハルヒ何してるんだ?」 「あたし達の幸せを独り占めなんて許さないわ!こうすればみんなが幸せになれるでしょ?」 俺はハルヒが何をしようとしているのかを悟った。 なるほど、それならみんなに分けられるな。 「あぁ、そうだな。よしやってやれっ!!」 俺がそう言うとハルヒは解いたブーケを空高く放った。 空で散らばったブーケはまるで季節外れの雪の様にみんなに降り注いだ。 それは、幸せが空から舞い降りている様にも思えた。 みんなは一瞬何が起こったのか分からないという表情をしていたが、散らばったブーケに手を伸ばしていた。 その様子を見ていた俺とハルヒは声を合わせて言った。 「「みんながずーっと幸せになりますようにっ!!」」ってな!! さて、次に待っていたのは結婚披露宴である。 この場では新郎新婦とはさっきまでとうって変わって絶好のイジられるターゲットとなるのだ。 はぁ、なにやら先行きが不安なのは俺だけであろうか・・・? その不安は早くも的中したらしい。 なんと今この場で古泉が仲人に抜擢されたのである。 確かに付き合いも長いし、長門や朝比奈さんではどうにもならなそうなので無難といえば無難なのだが幾らなんでもいきなり過ぎるだろ・・・ ほら、あの古泉が流石に戸惑ってるぞ・・・ とか、思っていたらダブルマザーが古泉に何やら封筒を渡していた。 それを見た古泉はみるみる内にいつものニヤケ顔に戻りライトアップされたマイクの方へと歩き出した。 「えー、急遽仲人を任されました古泉一樹と申します。よろしくお願いします」 古泉がそう言うと拍手が起こる。 「お二人の出会いは今から11年前、丁度中学1年生の頃になります」 あぁ、そうだな。もうそんなになるのか。 って、なんでそんな事を知ってるんだ!? 「その時、公園で一人泣いていたハルヒさんに声を掛けたのが彼でした。彼は何も聞かず泣いているハルヒさんを慰めるとおぶってハルヒさんを家まで送りました」 何故だっ!?何故そこまで知っている!? そこでこっちをニヤニヤしながら見ているダブルマザーに目がいった。 まさか!?さっきの封筒の中身は・・・・ 「その後、互いに何も聞かずに別れた二人は運命的な再会を果たすのです」 古泉の手元を見てみると何やら紙を持っていた。 あの紙には北高に入るまでのエピソードが記されているのだろう。 どうでもいいが、あのドキュメンタリー口調はなんとかならないものか・・・ 「3年後お二人はなんと同じ高校へ進学しました。しかも同じクラスで席も隣同士だったのです。もう、これは運命としか言い様が無いでしょう」 古泉よ、そろそろ勘弁してくれ・・・ 「こうしてお二人の交際がスタートして今日を迎えたという訳です。この後もまぁ、色々あったのですがどうやらお二人とも限界の様なのでそこは割合させて頂きます」 ようやく終わった・・・ なんだかどっと疲れたな・・・ お次は定番の隠し芸大会の様だ。 またしても嫌な予感が止まらないのだが・・・ 1番手は長門のようだ。 「来て」 久々にあのインチキパワーが見られるのか等と考えていた俺は長門から指名を受けた。 「あぁ、分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるな」 そうハルヒに言い残し、俺は長門について行った。 ついて行った先には人間ルーレットがあり、俺は長門の手によってそれに磔にされた。 「おい、これは一体どんな隠し芸なんだ?」 「対象が回転しながらのナイフ投げ」 ナイフと聞くとあいつを思い出すな・・・ あぁ、今考えてもゾッとする。 「大丈夫。投げるのはナイフのプロ」 長門がそう言って指差した方向を見るとなんとドレスアップした朝倉が立っていたのだ!! 「な、長門さん、これは何の冗談なのかな?」 「冗談ではない。涼宮ハルヒが朝倉涼子へ招待状を出したため、情報統合思念体に再構成を依頼した」 ハルヒの奴、朝倉も招待していたのか・・・ 「おめでとうキョン君。今日はよろしくね。なるべく痛くないようにするからね」 この天使の如き笑顔に騙されてはいけない。 「あ、朝倉!お前やっぱりまだ俺を殺すつもりなのか!?」 「大丈夫、もう殺したりしないわよ。涼宮さんの力が無くなっちゃったのにあなたを殺しても意味が無いからね」 どうでもいいが、さっきからの物騒な会話に客がドン引きしている・・・ここはさっさと終わらせよう。 「そ、そうか、分かった。思いっきりやってくれ!!」 「うん。じゃあ、長門さんお願いね」 「分かった」 長門が何かを呟くとルーレットがかなりのスピードで回り出した。 いかん、こりゃ吐きそうだ・・・ そう思ったのも束の間、無数のナイフが俺目掛けて飛んできたのだ。 かなりの高速で回転しているにも関わらずナイフは俺の身体の形に添ってルーレット板に突き刺さる。 いやぁ、流石は情報統合思念体の作った対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースだ。 何でもアリっていうのはきっとこいつ等の事を言うんだろうな・・・ やっとルーレットが止まり無事解放された俺はヘロヘロになりながら席に戻ったのだ・・・ ここで一旦俺とハルヒはお色直しのために会場を後にした。 控え室に戻った俺は朝と同じ様にひん剥かれた。 もちろん今度はパンツを徹底的に死守したのは言うまでも無い。 そして着替えが終わりハルヒの支度が終わるのを待っていると、支度が終わったらしく黄色いドレスに身を包んだハルヒが登場した。 「どう、キョンこれ似合ってる?変じゃないかしら?」 そりゃ、もう似合い過ぎってものだ・・・ 「あぁ、ヤバイ位似合ってるぞ」 その返答に満足したらしくハルヒは俺に抱きついてきた。 「ん?どうしたんだ?」 「だって、会場に入ったらこういう事出来そうに無いから・・・今の内に一杯抱きついておこうと思ったんだけどダメ?」 あぁ、もう我慢出来ない!! 「そうだな。もう少しこうしてような」 「うん・・・」 ・・・20分後・・・ 「えー、あのー、お二人ともそろそろいいでしょうか?」 職員の一言によって二人の世界から強制退去させられたハルヒはご機嫌斜めだった。 会場の入り口に着いてもハルヒの機嫌は直りそうに無かったので、ハルヒを強制的にお姫様抱っこした。 「ちょ、キョン?ど、どうしたの?」 「いや、これで入場するのもいいかなと思ったんだが嫌か?」 「い、嫌じゃないわ!それいいわね、そうしましょう!!」 もう、ご機嫌が直ったようだ。 「じゃあ、行くぞ」 入場した瞬間に、俺とハルヒは大量のフラッシュを浴びた。 もはや、軽い芸能人気分だ。 こんなのをよくあれだけ浴びれるもんだと感心しつつ席に戻った俺とハルヒを待っていたのはさっきまで椅子ではなくデカデカとハートマークがあしらわれたソファーだった。 さて、これはなんの冗談だ? 「さぁさぁ、座っとくれよ。折角用意したんだから、ちゃんと使って欲しいっさー」 鶴屋さん、あなたの仕業でしたか・・・ 「いいじゃない、使わせてもらいましょ?」 ハルヒがご機嫌な様なので俺はソファーを使うことにした。 「あぁ、そうしよう。鶴屋さん、ありがとうございます。使わせてもらいますよ」 「うんうん、そうでなくっちゃ。こっちも用意した甲斐があるってもんだい」 俺とハルヒがソファーに座ると、鶴屋さんは満足そうに自分の席へと戻っていった。 ハルヒは俺にくっ付いていられるのに満足らしく、ニコニコと子供のような笑顔をしている。 さて、やっと落ち着いたので辺りを見回してみるとスクリーンで「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」が流されていた。 なんで、ここであれが流されてるんだ? 等という俺の疑問は些細な事だったようで結婚式の定番キャンドルサービスの時間がやってきた。 これが夫婦の初の共同作業である。 まぁ、みんな蝋燭を濡らしたりだとか先っぽの紐を切ったりというベタベタな事をしてくれたのは言うまでもない。 そして、今は最後の「SOS団とその友人御一行様」のテーブルに向かっている。 此処では一人一人ちゃんと挨拶しよう。 まずは鶴屋さんだ。 「やぁやぁ、よく来たね」 「どうも。さっきはソファーありがとうございました」 「気にしなくていいっさ。それより、キョン君もハルにゃんもちゃんとめがっさ幸せになるにょろよ」 「えぇ、分かってますよ」 「もちろん!絶対幸せになってみせるわ」 「うんうん、それでこそ君達っさー」 次に朝比奈さんだ。 「キョン君、涼宮さん。本当におめでとうございます。涼宮さん、とっても綺麗ですよ」 「朝比奈さんありがとうございます」 「みくるちゃんありがとね!あなたも早くいい人見つけてね。あたし応援してるわ」 「はい、よろしくお願いしますね」 次に古泉だ。 「どうも、御二方とも本当にお似合いですよ。これから色々大変だとは思いますが、お二人ならどんな窮地に立たされても互いを支え合って乗り越えられると僕は信じていますよ」 「あぁ、古泉ありがとうな。これからはどんな事があっても挫けない様に頑張るよ」 「古泉君、今日は来てくれてありがと!あたし頑張ってキョンを支えるわ」 「えぇ、頑張って下さいね」 次に朝倉だ。 「キョン君、涼宮さん。おめでとう。二人とも、お幸せにね」 「おう、朝倉来てくれてありがとうな」 「えぇ、あなたも幸せになるのよ?いいわね?」 「分かったわ。努力してみる」 最後は長門だ。 「おめでとう」 「あぁ、長門もありがとうな」 「有希、ありがとね。あなた可愛いんだから妥協しちゃだめよ!!理想は高く持ちなさい!!」 「分かった」 こうして最後のテーブルに明かりを灯した俺とハルヒは自分達の席へと戻った。 そしていよいよメインイベントであるウェディングケーキ入刀である。 また、沢山のフラッシュが浴びせられるがさっきほど違和感は無い。 これが慣れというものなのだろうか・・・ 無事ケーキカットも終わり、またハルヒとソファーの上でベタベタしている。 ケーキを食べていたらいよいよ最後のイベントが始まった。 それは「新郎新婦からご両親への挨拶」である。 まずは俺からだ。 「父さん、母さん、本当に今までお世話になりました。今、思えば俺はいつも二人に迷惑を掛けてばっかりでしたね。親の心子知らずという言葉がありますが、まさに俺はその典型的な例だったと思います。しかしながら、今日俺はハルヒと結婚し、最愛の妻のためにもこれから生まれてくる子供のためにもしっかりしていきたいと思います。ですから、これからも俺がヘマをやらかしたらどんどん叱ってやって下さい。よろしくお願いします。最後にもう一度、本当に今までお世話になりました。」 そう言い終わると母さんは泣いていた。 俺も泣きたくなるが今は堪える。 夫としてハルヒを支えてやらなきゃならないからな。 さぁ、ハルヒの番だ。 「お父さん、お母さん、あたしはほんとにワガママで一杯一杯苦労を掛けました。そしてその恩をあたしは全く返せていません。あたし・・・は・・っく・・・ほんとに何をやっても・・・周りから浮くだけで・・・・ホントに駄目で・・・ヒック・・・」 俺は泣き崩れそうになるハルヒを支える。 此処で崩れたらきっと後悔する。 俺の目を見たハルヒは俺に寄り掛かりながら続けた。 「・・・でも・・・あたしはありのままのあたしを受け入れてくれる人と出会いました。今日、あたしはこの人の元へお嫁に行きます。この人とこれからの人生を精一杯生きていきます。だから見てて下さい。これからのあたしを。精一杯生きてるあたしを。お父さん、お母さん、本当に今までお世話になりました。そして・・・ありがとうございました」 ハルヒが泣いている。 ハルヒの両親も俺の両親も泣いている。 でも、これは悲しいから涙が出るんじゃない・・・ 嬉しいから・・・幸せだから出る涙がある事を俺は知っている。 それを教えてくれたのは今、俺の腕の中で泣いてるハルヒなのだ。 なんという幸せな空間なのだろう・・・ いつまでもこんな幸せが続けばいいと思う・・・ そしてそんな幸せな気分のまま俺達の結婚式は終わったのだ・・・ 無事結婚式を終えアパートへと帰宅した俺とハルヒはベッドに入るや否や新婚初夜という事で激しくお互いを求め合った。 ようやくハルヒが安定期に入った事と「これでホントにあたしはキョンのものになれたのよね。さぁ、好きなだけあたしを求めて、キョンの好きにして?」 というハルヒの言葉に俺の理性は完全に陥落したのである。 だが、詳しい内容は割合させてもらおう。 何故かって? そんなの決まっている。 あんなに可愛いハルヒは誰にも見せたくないからな。 なんたってハルヒは俺だけのものになった訳だしな。 まぁ、俺もハルヒだけのものな訳なのだが・・・ さて、ノロケ話はこれ位にして本題に入るとしよう。 今日から俺とハルヒは新婚旅行へ行く訳なのだが、昨晩、頑張り過ぎた為に二人して寝坊してしまったのである。 「ちょっと、この目覚まし時計壊れてるんじゃないかしらっ!?」 見ての通りハルヒは朝からご立腹のようだ。 「いや、それはないだろう。ちゃんと時間通りに鳴ってた気がするぞ」 「じゃあ、なんで起きられなかったのよ?」 「そ、それは、その、昨晩頑張り過ぎたからな・・・・」 あ、ハルヒの顔がみるみる赤くなる。 あぁ、ほんとにカワイイなぁ。 「こ、このバカキョン!!朝から何言ってるのよ!?」 等とイチャイチャしてたらマジで時間が無くなった!! 「さぁ、時間も無いしそろそろ支度を始めましょ」 「あぁ、そうだな」 ハルヒ特製の朝食を食べ、着替えを済ませいよいよ俺達は家を出た。 目的地はここから電車を使って4時間ほどの場所にある温泉が有名な観光地だ。 「さぁ、行くわよキョン!!いざ新婚旅行へ出発よっ!!」 「あぁ!!行こう!!」 さぁ、遂に新婚旅行のはじまりであるっ!! さて地元の駅から電車で6時間ほどの旅だった訳だが・・・ 電車の車内で色々あった俺は今日一日分の精神力を見事に使い果たしていた。 ハルヒは到着早々遊ぶ気満々だったが朝の寝坊もあって辺りは日が暮れ始めていた。 「さぁ、キョン何処に行きましょうか?」 「とりあえず、旅館に荷物を置きに行きたいな。このままじゃ動きづらくて堪らん」 「そうね、じゃあ行きましょっ!!」 そう言ってまた俺の腕に抱きついてくる。 あぁ幸せ過ぎて俺は死にそうだ。 「ちょっと、キョン!!あたしの前で死ぬとか言わないでよねっ!!今度言ったら罰金だからね!!」 また俺の悪い癖が出ていた様だ。 ホント、どうにかならんかね・・・これ。 「キョンが死んじゃったら・・・・あたし・・・あたし・・・」 あぁ、そうだよな・・・ 俺だってハルヒが突然死んでしまったら生きていけないだろう・・・ 「済まなかった、俺は死なないよ。ハルヒの傍にずっといるから安心しろ」 「絶対よ?約束だからね!!破ったらひどいんだから!!」 「あぁ、約束だ」 それを聞くとハルヒはいつもの太陽の如き笑顔に戻った。 「じゃあ行くわよ!!泊まる旅館、駅から送迎バスが出てるのよ。急ぎましょ」 「おう」 そう言って俺達は送迎バスへと向かった。 無事バスを見つけ移動すること20分程で旅館に到着した。 フロントで受付を済ませ、鍵を受け取った俺とハルヒは部屋に向かっている。 「やっぱりこの苗字にはまだ違和感があるわ」 おいおい・・・ 「しっかりしてくれよ?」 「分かってるわ。あ、ここじゃない?」 ハルヒが部屋の前で立ち止まり鍵を開けた。 部屋は割りと広めで中々風情があった。 「わぁ、素敵な部屋じゃない!!」 ハルヒも大満足のようだ。 荷物を置いた後、出掛けたがるハルヒをどうにか説得しその日はそのままゆっくりする事にした。 豪勢な夕食を堪能した俺とハルヒは混浴露天風呂に向かった。 いやぁ、名物と言うだけの事はあったね。 風呂を上がりさっぱりした俺達は部屋の布団の上でダラーっとしていた。 「今日は疲れたし、もう寝るか?」 「そうね。明日もあるし今日は寝ましょう」 そう言ってハルヒが部屋の電気を消した。 真っ暗な部屋で睡魔の誘惑を受けているとハルヒが俺の布団に潜り込んできた。 「どうした?」 「ずっと、キョンと一緒に寝てたから一人だと寝れないの。だから一緒に寝ていい?」 「あぁ、いいぞ」 「じゃあ、おやすみキョン」 「おやすみハルヒ」 こうして新婚旅行初日は幕を閉じた。 翌日、朝食を済ますや否や俺はハルヒに観光名所巡りに引っ張り出されていた。 「さぁ、行くわよ!!何かがあたし達を待ってるわ!!」 「その何かとは何だ?教えてくれ」 「何かは何かよ!言葉で表せるものに興味は無いわ!!」 久々にハルヒ節が炸裂している。 こうなっては誰にも止められないのを俺はよく知っている。 「分かったよ。幾らでも付き合うよ」 「当たり前でしょ!!なんたってあたしの夫なんだからどこまでもついて来てもらわなきゃ困るわ!」 「あぁ、そうだな」 その日は観光のパンフレットに載っていた場所のほとんどに行った。 そして今は本日最後の観光名所である夕日が一番綺麗に見えると評判の場所に来ている。 「うっわー、ホントに綺麗に見えるわねー」 お前の方が綺麗だけどな・・・ 「あぁ、ホントだな」 しばらくお互い黙って夕日を見ているとハルヒが切り出した。 「ねぇ、みくるちゃんと有希すっかり綺麗になってたわね」 「あぁ、そうだな。正直見違えたな」 「ふーん、やっぱりそう思ったのね」 ハルヒの声のトーンが急激に下がる。 これはヤバイな。 早くも離婚の危機か!? 「あの子達ね、あんたの事好きだったのよ・・・」 「そ、そうなのか?」 いや、それは気が付かなかったな・・・ 「全く、白々しいわね」 ほんとに気付かなかったんだよ!! 「あたしはそれを知っててあんたを独占したの。団長っていう立場を利用してあの子達とあんたが必要以上に近づかないようにしてたの」 俺は黙ってハルヒの話を聞く。 「ホントあたしって最低よね・・・・・・いつも「団長だから団員のために」とか言ってたくせに結局最後は自分を守ってた。キョンを誰にも渡したくなかった。だってキョンが居なかったらあたしはきっと壊れちゃうから・・・」 抱きしめてやりたい。 でも、今はまだそれをしちゃいけない気がする。 「あたしは自分が情けない。みくるちゃんや有希の幸せを願っているのに・・・なのにキョンを手放す事だけは絶対出来なかった」 こんなハルヒを見ているのは辛い。 だが、ハルヒの夫としてここは耐えなければならない。 「あたしは今とっても幸せだけど・・・これはあの子達の幸せを犠牲にして得た幸せなの・・・だからあたしはあの子達に憎まれても・・・それは仕方がないわ・・・」 そこまで聞くと俺はもう我慢出来なかった。 ハルヒを思いっきり抱きしめた。 「・・・キョン?・・・」 「バカか!?お前は!!」 「・・え?・・・」 「いつ長門と朝比奈さんがそんな事を言ったっ!?言ってないだろう!?」 「・・・でも・・・でもっ!!」 「結婚式に来てくれた二人の顔をお前だって見ただろっ!?お前を憎んでる顔をしてたかっ!?して無かっただろっ!?二人とも心の底から祝福してくれてたじゃないか!!」 「・・・それは・・・そうだけど・・・」 「確かに二人は俺の事が好きだったかもしれない!!でもな、それでも俺はお前を選んでたさっ!!」 「・・・ホント・・・に?・・・・・ホントにあたしを選んでくれた?・・・」 「あぁ、選んでたよ。俺は始めて会ったあの日からずっとお前が好きだったんだからな!!だから、何があっても俺は、俺だけは最後までお前の傍にずっと居てやる!!」 「キョン!!あたしも・・・あたしもキョンが大好き!!」 「いいか?誰だって何かを犠牲にして生きてるんだ。長門も朝比奈さんも古泉も俺もな。だからそれから逃げるな!!ちゃんと向かい合え!!倒れそうになったら幾らでも俺が支えてやる」 「・・・うん・・・ック・・分かった・・・ヒック・・・もう・・絶対に・・逃げないわ・・・」 「あぁ、だから今は泣け。そして泣いた分だけ強くなれ。そうしないと生まれてくる子供に笑われちまうぞ」 「・・うん・・・うん・・・ふわぁぁぁぁぁぁああん・・・」 気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。 俺は泣き止んだハルヒを背負って旅館に戻った。 食事の時間はとっくに過ぎていたが旅館の人が夜食を用意してくれた。 その夜食を食べ終わるとハルヒは横になりそのまま眠ってしまった。 今日は一日動きっぱなしだったし、沢山泣いたもんな・・・ ハルヒお疲れ様・・・ 俺はその言葉に沢山の意味を込めた。 そして俺もそのまま寝床に着いた。 旅行も明日で終わりだな・・・ そんな事を考えつつ俺の意識は薄れていった・・・ 最終日は旅館をチェックアウトした後、昨日の内に観光を思う存分満喫した俺達は御土産屋を回る事にした。 ハルヒはお土産と一緒に「宇宙人全集 温泉地限定浴衣バージョン」なる物を買っていた。 何でも此処でしか売っていない限定物らしいのだが・・・ まさか、それが目的で此処を選んだんじゃないよな? あらかたお土産を買った俺達はそのまま帰路に着いた。 無事帰宅した俺達に残された大きなイベントはこれでハルヒの出産だけとなった。 それから6ヶ月程の時間が過ぎた。 現在はハルヒは妊娠8ヶ月半で、出産まであと少しである。 もうハルヒのお腹も大分大きくなっていて確実に成長しているのだと妊娠していない俺にも実感出来る程だった。 この子もハルヒのように毎日を元気に過ごして欲しいと俺は思っている。 「あ、キョンこの子今動いたわ!!」 子供が生まれても俺はその名で呼ばれ続けるのだろうか? 結婚して以来、俺はハルヒに何度か本名で呼んでくれと頼んでいるのだがそれは悉く却下されている。 最悪子供にまで「キョン」と呼ばれる事が無い様に努力しよう。 「何っ!?ほんとか?」 「あんたバカ?そんな嘘ついてどうすんのよっ!?そんなに疑うなら触ってみなさいよ!!」 そう言いハルヒが俺の手を取り自分のお腹に当てる。 その時、子供がハルヒの中から蹴ってきた。 どうやらこの子もハルヒと同じ位に気が強いらしいな・・・ 文句でも言っているのだろうか? 「ね?今動いたでしょ?」 「あぁ、ほんとに動いたな。正直感動した。早く顔が見たいな」 「ホントよね!!さっさと出てこないもんかしら?」 おいおい・・・ 「そんなにポンっと出てくる訳無いだろ?てかそれじゃあ感動が全く無いじゃないか。それにその子にもタイミングってもんがあるだろうし気長に待とうぜ」 「そんなの分かってるわよ!!いちいち冗談を真に受けないでよね?ほんっとにあんたって進歩しないわよね」 ハルヒは本日も絶好調のご様子だ。 いやはや、結婚式前後の時のしおらしかったハルヒが恋しいねぇ・・・ あの時のハルヒはそれはそれは可愛かったね・・・ 「なーに鼻の下伸ばしてんのよ!?このエロキョンっ!!」 どうやら顔に出ていたようで、ハルヒの視線がさっきから痛すぎる。 「どーせ、みくるちゃんや有希の事でも考えてたんでしょ?」 なんでここで長門と朝比奈さんの名前が出てくるんだ?さっぱり理解出来ん。 「いや、俺はお前の事を考えていたんだが」 「そうなの?まぁ、それなら高級レストラン1回で特別に許してあげるわ」 「はいはい、それはどうも」 「それはそうと、ねぇ名前はもう決めてくれた?」 「あぁ、今最後の2択で悩んでいるところなんだ」 「へぇ、あんたにしては仕事が早いわね。じゃあ、その最後の2択とやらを聞かせてちょうだい。あたしが採点してやるわ!」 「それは生まれた時のお楽しみだ」 「あんた、あたしにそんな口聞いていいと思ってんの?あんた何様よ!?」 「俺か?俺はハルヒの旦那様だが」 「ま、まぁそうね、間違っちゃいないわね。って開き直るな!!」 こんな夫婦喧嘩のような会話をしていて子供に悪影響を与えないのかとたまに心配になる。 だが同時に、これが俺達の自然体なのだからこのままでいいとも俺は思っている。 今はとりあえずこの怒りが収まらない俺の奥様をどう鎮めたものか・・・ 「ちょっとキョン!!ちゃんと聞いてんのっ!?さっさと答えなさい!!30秒以内!!」 それだけを考えている・・・ その3週間後、いつものように労働に勤しんでいると突然俺の携帯が鳴り出した。 急いで廊下に出てディスプレイをチェックすると発信はハルヒの携帯からだった。 「どうした?何かあったか?」 「あ、キョン?あたしきたみたいなの!!」 相変わらず主語が抜けている。 「来たって何が?まさか宇宙人か?」 「あんたってホントにアホでしょっ!?陣痛がきたみたいって言ってんのよ!!」 「え?だって予定日まであと3週間もあるじゃないか?」 「そうだけど、きちゃったもんはきちゃったのよ!!」 確かに電話の向こうのハルヒは苦しそうである。 落ち着け・・・落ち着くんだ、俺!! 「大丈夫なのか?病院までちゃんと行けるか?」 「今、母さんが来てくれてるから大丈夫。タクシー来たら病院に行くからアンタも急いで来なさいっ!!」 「いきなりそんな事を言われてもな、まだ仕事残ってるし。出来るだけ急いで行くよ」 「はぁっ!?アンタ、あたしと仕事とどっちが大事なのよっ!?いいからさっさと来なさい!!3秒以内!!遅刻したら離婚だからね!!じゃ!!」 ブチッ!! ツー ツー ツー はぁ、どうすりゃいいんだよ・・・ 俺だって今すぐにでも行きたいが、いきなり早退させてもらえる訳も無いしな・・・ そう思いつつドアを開けると部長が俺の鞄を持って立っていた。 「話は全部聞かせてもらった。今日はお前が居ると何故かみんなの仕事が捗らんからさっさと帰れ」 「え?で、でも」 「でももヘチマもあるか!とにかく今日のお前は邪魔なんだ。だから帰れ!!」 「あ、ありがとうございます!!」 「お礼を言われるような事はしとらん。邪魔だから追い出すだけだ」 「はい。失礼します」 俺は部長に頭を下げると病院を目指して走り出した。 その際、部署から声援が聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。 会社を出てタクシーを捜したが中々来ない。 こんな所でタイムロスをしたくないので俺はがむしゃらに走り出した。 病院はここから車で1時間は掛かるが、この場でタクシーを待っている余裕は今の俺には無いので、今はただ一歩でも病院に近づく様に走っているのだ。 暫く走っていると偶然にも信号待ちをしているタクシーを発見した俺は慌ててドアをノックした。 幸い、客は乗せておらず俺はそのタクシーに乗って病院へ急いだ。 事情を聞いたタクシーの運ちゃんが一般道で混雑する時間帯に120キロを出すという中々スリリングな事をしてくれたおかげで30分程で病院に到着する事が出来た。 願わくばあの運ちゃんが違反で捕まりませんように・・・そう願いつつ病院の中へ入った。 俺は受付でハルヒが何処か聞こうとしたが、俺の顔を見るなり看護師さんが俺をハルヒの元へ案内してくれた。 そういえば、診察室でキスしたバカップルって事で有名だったな、俺達・・・ 案内された分娩室の前には、ハルヒの母さんと俺の母さんが待っていた。 「ちょっと、キョン!遅いじゃない!?」 「あぁ、スマン。お義母さん、すいませんお世話になりました」 「いいのよ。それよりハルちゃんが無理言ってごめんなさいね」 「いえ、それでハルヒは?」 「20分位前に分娩室に入ったところよ」 「そう・・ですか」 すると分娩室から看護師さんが出てきた。 「あ、旦那さんやっときたぁ!!さぁ、早く中に入って下さい。奥さんがお待ちですよ」 と言って俺を分娩室に連れ込む。 廊下と分娩室との間にある部屋に入った俺は看護師さんに怒られていた。 「もう、遅いじゃないですか。ダメですよ?出産も立派な夫婦の共同作業なんですからね!分かりましたか?」 「はい、ごめんなさい」 「よろしい。じゃあこれ着て下さい」 と言って自分達が着ているものと同じものを俺に渡してきた。 俺がそれを着終わるのを確認すると俺をハルヒのいる分娩室へと通した。 「奥さん、さっきからカンカンですから覚悟しといた方がいいですよ」 「でしょうね。慣れてるから大丈夫ですよ」 分娩室にはかなり苦しそうにしているハルヒと担当の先生と看護師さん数人が居た。 「あら、やっと来たの?遅かったじゃない」 ハルヒの担当の先生が話し掛けてきた。 「どうも、遅くなってすいませんでした」 「まぁ、それはいいから奥さんに話し掛けて励ましてあげて。なんだったらまたキスしちゃってもいいからね」 きっとこれがこの人流の励まし方なのだろう。 そう・・・信じたい・・・ 「はい、分かりました」 俺はハルヒの隣に立って話し掛けた。 「よう、遅くなって済まなかったな」 「お・・そいわ・よ・・・何や・・ってたのよ・・・」 怒ってはいるがいつもの勢いは無い。 それほどまでに苦しいのだろう。 「ホントにスマン。これでも大急ぎで来たんだぜ?」 「・・・遅刻し・・たら・・離婚・・・って言った・・でしょ・・・」 「文句なら後で幾らでも聞いてやるから、今は子供を生む事だけを考えてくれ。俺もずっとここに居るからな」 そう言って俺はハルヒの手を握った。 「分かった・・・わ・・覚悟し・・・ておきなさいよ・・・」 「あぁ」 もうそこから何時間経っただろうか・・・ ハルヒは未だに苦しんでいる。 早く終わって欲しい・・・ 俺はハルヒの手を握りながらそれだけを願っていた。 こんな時「ハルヒ頑張れ!!」としか言ってやれない自分に嫌気が差す。 ハルヒは激しい痛みによって気絶し、また痛みによって覚醒する行為を何回も何回も繰り返した。 正直、その姿を見ていられなかったがここで目を閉じてしまったらハルヒは一人ぼっちになってしまう。 俺は何度も目を瞑りそうになる度に自分に「瞑るな!!」と言い聞かせた。 そして遂にその時がやってきた。 「おぎゃー、おぎゃー」 と元気な泣き声が聞こえる。 俺がふっとその泣き声のする方へ目線を上げるとそこには看護師さんに抱かれた小さな赤ちゃんの姿があった。 俺はやっと終わったと安心した。 「やったな、ハルヒ。無事に生まれたぞ」 「・・・・・・・・・・」 ハルヒの反応が無い。 俺の頭の中で最悪の予感が起こる。 「は、ハルヒ?おい、これはなんの冗談だ?」 いつの間にか握っているハルヒの手に力が無くなっている。 そんな事はある筈が無い・・・・・・・・ 「ハルヒっ!?ハルヒーーーーっ!!」 俺は目の前が真っ暗になっていた・・・・ 「旦那さん、落ち着いて!!大丈夫、気絶してるだけよ。ほらちゃんと呼吸してるでしょ?」 え?本当に・・・・・・・? 俺は恐る恐る確認する。 すー はー すー はー 本当だ。 ハルヒは生きてる。 良かった、本当に良かった。 再びハルヒの手に力が戻る。 「・・・・ぅっさいわね・・・・勝手に殺すんじゃないわよ・・・・・」 ハルヒはゆっくり目を開いた。 「あぁ、そうだな。済まなかった」 「・・・全く・・・他に言う事・・・あるでしょ・・・」 「あぁ、ハルヒ良く頑張ったな。ありがとう、お疲れ様」 それを聞いたハルヒは力無く微笑むと再び目を閉じ深い眠りについた。 眠ったハルヒと一緒に分娩室を出ると母さん達だけでなく俺の親父にハルヒの父、そして妹が待っていた。。 「無事生まれました。ご心配お掛けしました」 おれがそう言うと歓声が沸いた。 なぁ、ハルヒ、ほんと俺達はいい家族に恵まれたよな。 俺はそのままハルヒに付き添い、みんなは保育器に入っている俺達の子供を見に行っていた。 「生まれてすぐに離れ離れになるのはなんか寂しいな」 俺は眠っているハルヒにそんな事を話掛けていた。 幸いハルヒの部屋は個室だったので、俺はその晩ハルヒに付きっきりで居ることにした。 翌日、会社に電話をして子供が無事生まれた事、一日仕事を休ませて欲しいという事を部長に話した。 部長が「無事生まれたか、そうかそうか。それは良かった」と言うと部署内で歓声が沸いているのが聞こえた。 「有休って事にしとくから、気にせず休め」 「ありがとうございます。では」 俺はそう言って電話を切り、受付で車椅子を借りてハルヒが眠る病室へと戻った。 ハルヒはその日の昼位にやっと目を覚ました。 「お、やっと起きたか?おはよう」 「ん?おはよ。今何時?」 「あぁ、12時半位だな」 「そう。ねぇ、赤ちゃんは?」 「新生児室にいるよ」 「そう、じゃあ今から見に行ってくるわ」 「おいおい無理するなよ?」 「無理なんてしてないわ」 そう言って立ち上がろうとするが足に力が入らないようだ。 「そうかい、じゃあこれに乗れ。そしたら連れて行ってやる」 そう言って車椅子を引っ張り出した。 俺は車椅子に乗ったハルヒを連れて新生児室に来ている。 俺はハルヒに付きっきりだったので、ここに子供を見に来るのは始めてである。 「ねぇ、あたし達の子供ってあれよね」 ハルヒが自分の部屋の番号が書かれたプレートの下がった保育器を指差す。 「あぁ、そうだな。可愛いな」 「ホントね。アンタに似なくて良かったわ」 「おいおい・・・」 「冗談よ!!いちいち真に受けるなっていつも言ってるでしょ?」 「お前の冗談は冗談に聞こえないんだ」 「そんな事はどうだっていいわよっ!!」 いや、よくはないと思うんだが・・・ 「それより、あの子の名前をそろそろ教えてくれない?」 「あぁ、そうだな。あの子の名前は「はづき」だ。「春」の「月」って書くんだがどうだ?」 「ふーん。まぁ、あんたにしちゃ中々なんじゃない?」 「そうかい?そりゃ良かった」 「あなたの名前は春月よ!!美人のママとダメダメヘッポコのパパだけどこれからよろしくね!!」 おいおい、いきなりその自己紹介は無いだろ? まぁ、いいか。 そこはこれから幾らでも修正して行けばいいしな。 まずはこの子に挨拶だ。 「ワガママなママとそのママに全然頭が上がらないパパだけどこれからよろしくな春月」 そして1週間後・・・ ハルヒは無事退院する事になった。 体調を完全に回復したハルヒと春月を連れて俺は家へと帰ってきた。 1週間程は静かだったこの部屋もまた賑やかになるだろう。 いや、ここは以前にも増して賑やかになると言い換えておこう。 まぁ、この子が始めて喋った言葉が「キョン」だったとか色々騒動はあったのだがそれは別の機会にしよう。 なんたって、一人でも手を焼いていたのが今度は二人になってしまったんだからな。 また、俺の気苦労も増えそうだ・・・・ あぁ、名前の意味? それは、「ハルヒ」っていう太陽から光を一杯もらって、いつか自分自身で光り輝いて欲しいって思いを込めて「春月」って名前にしたのさ。 「ちょっとキョン!!何してんのよっ!?早く来なさい!!」 早速、春月が何かしでかしたようだな。 そろそろこの言葉も封印したいのだがそれはまだ先の話になりそうだ。 「あぁ、今行くよ。はぁ、やれやれ」 fin エピローグ その後の話を少しだけしたいと思う。 春月は無事4歳となり今日も元気に外をハルヒと一緒に走り回っている。 無論、俺も二人に引っ張り回されている最中だ。 「きょんくん、おそいよ!!おくれたらばっきんなんだよ!!」 「そうそう、遅れたら罰金よ!!それが嫌ならさっさと来なさい!!」 はぁ、すっかり似たもの親子になっちまったな。 これからがある意味では楽しみで、ある意味では怖いな・・・ もうお気付きの方も多いと思うが、そう俺の努力虚しく俺は我が子にも「キョン」と呼ばれているのである。 今は、大きいハルヒと小さいハルヒである春月に振り回される忙しい毎日を過ごしている。 大変だが充実した日々を送れている事を俺は二人に感謝したいと思う。 じゃあ、二人が呼んでいるのでそろそろ行くとしよう。 罰金は嫌だしな・・・ 「おい、待ってくれよ!!」 そう言って俺は二人の元に走り出した・・・・・ fin
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「いやーすっかり遅くなっちゃったわね」 全くだ。現在時刻、午後9時半。部活にしては遅すぎるぜ。 朝比奈さんなんかさっきからあくびをかみ殺してばかりだ。ふぁあ。あくびうつった。 とりあえず、早く帰って休もうぜ。明日休みとは言え疲れをためるのは良くない。 「わかってるわよ!…キョン、古泉くん!」 何だ。 「何です?」 「女子をそれぞれの家に送りなさい!こんな時間に女の子が一人で歩いたら危険よ!」 あのなハルヒ、こんな時間になったのはお前が… 「わかりました。ここから一番近いのは長門さんの家ですね」 「じゃあみんなで有希の家へゴー!スパイダーマン♪スパイダーマン♪」 近所迷惑になるからスパイダーマンのテーマ(エアロスミス)歌うな。 「ぅう…暗いですね…」 すみません朝比奈さん、俺がついてますから…本当だったら真っ先にあなたを… 「…キョン」 何だよ… --------- 何となく喋りながら歩き、ほどなく長門のマンションに着いた。 まだ更に朝比奈さんの家・ハルヒの家へと行かなけりゃならん事を考えると少々気が滅入るがまぁ仕方ない。 じゃあな長門。また学校でな。 「………」 「どうしたの有希?」 マンションの門で立ち止まったままの長門に、ハルヒが問い掛ける。 確かに様子がおかしいな。どうしたんだ? 「…あそこ」 「…ぁあっ!ひぃい…」 長門の視線が指す先を俺が見る前に朝比奈さんの悲鳴が夜の住宅地に響いた。 おいおい…あれは… 「おやおや…これは」 おやおやって…お前な… 「キョ、キョン!何なのあれ!」 俺に聞くな!俺にはアレにしか見えんが… 「…有機生命体の言語で言うなら」 待て待て。俺は認めたくないんだ。何かの間違いだ。特撮だ。 「あれは幽霊」 ……はぁ… 「ふみゅう。。。」 崩れ落ちる朝比奈さんを古泉と支えながら、長門に尋ねる。 マジで言ってるのか?幽霊なんてホントにいるのかよ。 「いるじゃない実際に!あたしだってそりゃ100%信じてたわけじゃないけど、 幽霊なんていないって言うならアレは何よ!」 確かにハルヒが指差す先には、中学生くらいの女の子が… その…何だ。浮いてるんだ。宙に。 それに俺は長門に聞いてるんだ。なぁ長門、本当に幽霊なんか… 「…あなたは誰?」 …は?何故それを俺に向かって言うんだ?聞くならアッチだろ? 「あなたに聞きたい。答えて。」 …何か意図するところがあるみたいだな。 俺は俺だ。これでいいか長門。 「いい。次の質問」 ……… 「なぜあなたはあなただと言い切れる?」 ……解らん。 「降りてきなさーい!あんたに聞きたいことがあるのよ!」 向こうでハルヒが拳を振り上げ何やらきゃいきゃい騒いでいるがとりあえず無視する。 「…自意識という情報があるから」 「自分、という概念」 「その情報はとても大事」 「それが確立していないとヒトは自他の境界線を失う」 「だから自意識の情報には強固なセキュリティがかかっている」 「普通死後は全ての情報が破棄されるが自意識の情報はそのセキュリティのせいで残る事がある」 「それが幽霊」 要するに、自意識情報が魂みたいなもんで死後に残ってしまうといわゆる幽霊になるってわけか? 「そう」 なるほどな… 情報統合思念体なんてものの存在を知った今じゃ、 幽霊が完全削除するのを忘れてゴミ箱フォルダに残ったデータだ、 とかいう突拍子もない話の方が、もっともらしい心霊番組よりよほど信じられる。 「キョン!あんたさっきから人を無視して!」 …あぁ、すまん。 「あいつ捕まえるわよ!」 幽霊をどうやって捕まえるって言うんだ! 「頑張るのよ!」 「そうですよ。努力は時に天才を打ち負かすものです」 …古泉を本気で殺したいと思ったのは初めてだ。いや初めてか…?まぁいい。 あのなお前ら、 「あっ!消えた!」 なにっ? さっきまでヤツがいた所を見ると…確かに消えていた。 あぁ…俺の頭にわずかに残っていた特撮説も、一緒に消えちまった。 一般人よりもちょっとばかり超常現象に耐性がついてる俺は、 幽霊が消えた事に驚くよりもさっきから最高の笑みを崩さずこっちを見ているハルヒが、 次に言うだろうセリフを予測しうんざりしていた。 「探すわよ!」 ってな。…まぁいいが、 探しに行く前に、朝比奈さんを起こさないとダメだろ。 「そうね。みくるちゃん起きなさい。気絶なんかしてる場合じゃないわよ」 「う…ん…」 俺の腕の中でかわいらしい声を出す朝比奈さん。 自制しなければ…ってうわぁ! 「……」 いきなりがばっと立ち上がった朝比奈さんは、黙ったまま俺達に視線を向けた。 「みくるちゃん…?」 「これは少々厄介ですね…」 どういう事だ古泉。 「朝比奈みくるの自意識情報が一時的ブランク状態である事を利用して入り込んだ」 …えっとつまり… 「朝比奈さんが気絶しているスキに幽霊が憑りついたということです」 「みくるちゃんが憑りつかれた!?凄いわみくるちゃん! 日頃から巫女さん衣装とか着せてるから霊媒体質になってたのかも!」 …何でそんなに嬉しそうなんだ。 しかし、ハルヒがいくらつねったり胸をつついたりしても無反応な事を考えるとどうやらマジらしい… 「あなたたち」 朝比奈さん(霊)が突然口を開いた。 「あなたたち、私が怖くないの…?」 朝比奈さん(霊)は、朝比奈さんの声で俺達に問い掛けてくる。 不思議と恐怖感は全くない。奇妙なものに遭遇するのにも慣れてきたしな。 「全然大丈夫!ところで、あんた名前は?」 「…ちひろ」 「ちひろちゃんね!どうしてあたし達の前に出て来たの? あと、憑りつくってどんな感じ? そうそう、どうやったら幽霊になれるの?」 朝比奈さん(霊)、どうやらちひろというらしいが… ハルヒのヤツ…幽霊に質問攻めとは… 「好ましくない状態」 長門が呟く。 「一つのフォルダに二つ自意識情報が入っている」 「このまま朝比奈みくるの自意識情報がブランク状態から復帰したら」 「…重大な人格障害を起こす危険がありますね」 「…そう」 人格障害…?まずいじゃないか。何とかならないのか…? 「入り込んだ自意識情報を削除すればいい」 「しかし、セキュリティはどうするんです?」 「外部操作によってセキュリティを解除する」 「正確には自ら解除させるよう仕向ける」 わかったぞ。つまり俺達が幽霊ちひろの未練みたいなのを取り払ってやれば、 セキュリティは解除されるって事だな? 「飲み込みが早いですね。驚きましたよ」 「私も驚いている。 こうも容易に理解することは予測していなかった」 ただ幽霊モノの基本を言っただけなんだが…なんかムカつくな… 長門まで… 「おーいあんたたち!」 俺達をそっちのけで朝比奈さん(霊)となにやら話していたハルヒが、彼女の手をひいてくる。 「ちひろちゃん、生きてた時に付き合ってたひとと話したいんだって!」 またベタな展開だが…いいのか、長門。 「…」コク 正直こんな時間に見ず知らずの人を訪ねるのはどうかと思うが、 朝比奈さんの事を考えれば仕方ない…か。 で、場所は分かってるのか? 「大丈夫。あの人の事はいつも感じているから」 幽霊ならではの能力ってわけか。 「形のない情報として存在しているから自他の境界線はない」 ふむ。 「だから他人を自分として認知することもできる」 頭が痛くなってきた…とにかく行こう。 「こっちです…」 俺達は朝比奈さん(霊)…ちひろについて歩く。 どうやら彼女の恋人の家は例の公園の方向にあるらしかった。 5分ほど歩いたところでふと、ちひろが足を止める。 「………」 …ここか。 「ここね!じゃあちゃっちゃと済ませましょう」 待て! 何普通にチャイム鳴らそうとしてるんだ。 「だって出て来てくれないと話せないじゃない」 あのな…今何時だと… 「…あの…」 …! 「何かご用ですか…?」 …この人は…まさか? ちひろの方へ視線を向けると、彼女は泣きだしそうな表情で呟いた。 「道弘くん…」 やっぱりそうか… 俺達の後ろからやって来た、不審な顔で問いかけてきたサラリーマン風の男。 この人がちひろの探していた人物らしい。 「…どこかでお会いしましたっけ…?」 「あの…私…」 「わからないむぐっ!まいむんももっ!」 何やらわめこうとしたハルヒの口を抑え、古泉と長門に目で合図を送る。 俺達は邪魔者だ。空気を読もうじゃないか。 しばらく遠巻きに見る事にしようと、場を離れかけた時だ。 「何だかわからないけど、制服姿でこんな時間にうろついてたら捕まるよ? 早く家に帰りなさい」 事情を知る俺達にはとてつもなく非情に響く言葉を残し、彼は玄関に歩いて行ってしまった。 「…無理もないですね…彼は何も知らないわけですから」 「話くらい聞いてもいいと思わない!?ふざけてるわ! これじゃあせっかくちひろちゃんが…」 ガチャン… ドアの音がこんなに冷たいとは知らなかったぜ。 「顔が違うだけでわかんないの!? 死んじゃったら忘れるなんて酷い男だわ!信じられない!」 『パパ…か…りーっ』 「いいちひろちゃん、あんな奴の事忘れなさい! もっとマシな男がきっと…」 しっ!ちょっと静かにしろ!今… 『ただい…ちひ…』 …ちひろが息を飲むのがわかる。 いや、息を飲んだのは俺だったのかもしれない。 『ちひろねぇ、パパがかえってくるのまってたんだよ』 『ありがとう。でも夜更かしはダメだぞ』 「「あ…」」 ちひろとハルヒの声が重なる。 「みなさん、こっちを見てください」 古泉が芝居がかったポーズで指し示しているのは… 表札。 そこにはこうあった。 木下 道弘 早紀 千日旅 「これは、何と読めばいいんでしょうね」 「…ち…ひろ…私と同じ…字で」 「これは珍しいですね。きっと出生届を出すときも一悶着あったでしょう。 わざわざこんな字を当てるなんてよほど思うところがあったんでしょうね」 …ハルヒは、驚きと悲しみが混ざり合ったようなよく解らん表情で表札を凝視している。 かくん、と朝比奈さんの体が崩れ落ちる。何とか支えられたが、こりゃ… 「…長門さん」 「彼女の自意識情報は削除された」 …成仏したってことか? 「そう」 「じゃああなたは涼宮さんをお願いします」 再び長門をマンションに送った後、俺と古泉はそれぞれ二手に別れて二人を送ることにした。 あの後ハルヒが終始無言だった事を懸念してるらしい。 懸念だけじゃなく対処もしてほしいんだがな。 「………」 どうしたんだ。黙ってるなんてらしくないじゃないか。 「死んじゃった後の事考えてたの」 …ふむ。 「そしたら…怖くなって…」 あぁ。誰もが体験する感覚だ。自分が死んだらどうなるのか考えて、勝手に恐怖を感じる。 死んだらもう何も感じないし、何も感じない事も感じない。 feel nothingどころかdon t feel nothing の状態になるって事を考えると確かに怖い。 でもなハルヒ、今日した体験で死んでも自意識情報…魂は残る事もあるって解ったじゃないか。 お前ほど自意識の強い奴なら、絶対に幽霊になれると思うぜ。 「当たり前じゃない。幽霊になる方法もちひろちゃんに聞いたし、 死んだら絶対に幽霊になってやるって思ったわ」 …じゃあ何が怖いんだ? 俺は今日の体験で逆に死への恐怖感が減ったくらいだ。ほんの少しだが。 「ちひろちゃんは結局、道弘くんと話せなかった」 …そうだな。でも彼はちひろの事を忘れてなかったじゃないか。 「すれ違いなのよ」 …何がだ? 「例えるなら車道ね。すれ違う時、限りなく近づくんだけど 交わることはないの。だって正面衝突しちゃうでしょ?」 お前まで分かりづらい例えをするようになったか。 要はちひろは道弘さんと話したいし、道弘さんはちひろの事を忘れていないけれど---- 「もう一度二人が会うことはできないってこと…」 …そうか……… 「その事だけじゃないわ。 …そもそも道弘くんがちひろちゃんの事を死んでしまった後も覚えてて、 娘に同じ名前をつけたのって愛してたからよね」 そうだろうな。 「あたしが死んだ時、誰かが同じ事してくれるのかなって考えたら… また怖くなって。」 ハルヒ… 「…あたし死んだらあんたのとこに化けて出るわ」 ……… えーっとこの脈絡でそういうこと言われると…どう反応していいか… 「何よ。イヤなの?」 いや、そういうわけじゃないんだが… お前より先に俺が死んだらどうするんだ? 「あたしのとこに化けて出ればいいじゃない!」 そうする為には俺も幽霊になる方法を知らなければならないんだが… …何赤くなってんだ? 「…すごく、好きな人がいればいいんだって…! もうここまででいいわ!ありがとう!気をつけて帰りなさい!じゃね!」 …はぁ。 何と言うか… 死ぬ時は一緒に…なんて考えちまった俺が憎いぜ。 一緒に幽霊になっちまえば、同じ車線にいるわけだからな。 …疲れてんのかな。明日も休みだし、帰って寝よう。 To ハルヒ Sub 幽霊の件 Txt どっちかが先に死ぬって考えるから怖いんじゃねーか? 例えばお前が先に死んでも忘れられないとは思うが… まぁちょっとした思い付きだ。俺は寝る。 Fm ハルヒ Sub Re 幽霊の件 Txt バカな事言ってないで早く寝なさい!明日9時集合だからね! To ハルヒ Sub Re Re 幽霊の件 Txt 明日は何もなしじゃなかったのか!? Fm ハルヒ Sub Re Re Re 幽霊の件 Txt 今決めたの! fin.
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古泉「機関では色々とイベントも行っています。」 キョン「ヘーソウナンダー。」 古泉「明日は賞金付きのサバイバルゲームが開催されます。賞金は300万円となってm」 キョン「待て。それはマジな話か。」 古泉「大マジです。ただ個人戦のみで参加料として一人5000円が必要なのと…」 キョン「…なのと?」 古泉「新川さんが全9回中8回優勝しています。」 キョン「なんか納得…って後の1回は誰だ?」 古泉「森さんです。」 キョン「!?」 結局俺はそのイベントに参加することにした。 なにしろ300万だぜ? まかり間違って勝ってみろ、これからしばらく、SOS団集会での奢りが楽にn ……俺は心底奴隷根性が身についてしまったのか? ハルヒ「というわけで! 優勝はSOS団がもらうわよ!」 キョン「個人戦だっつってんだろ」 ハルヒ「SOS団のメンバーなら、誰が勝ってもSOS団の勝利なのよ!」 キョン「そうかよ」 長門「……?」 キョン「おい長門、銃口を覗き込むな。使い方がわからないのか? 朝比奈さんは?」 みくる「あっ、あたしは一応、映画のときに……」 キョン「そういやそうだったな。長門、これはな……」 ハルヒ(む……なによ有希の手取り足取りしちゃって。むかつくなぁ) ハルヒ「あたしもよくわかんないんだけど」 谷口「ああん? しょうがねーな、俺が」 パンパンパン! 谷口「ぎゃー!」 ハルヒ「ふーん。なるほどね。こうすればいいんだ」 谷口「がはああ……至近弾を顔面かよ……」 パンパンパン! 谷口「ぎゃーーーー!」 長門「理解した。原始的武器をモデルにした玩具」 国木田「谷口、大丈夫?」 谷口「はぁはぁ、チャックを全開にしてなきゃ危ないところだったぜ」 新川「……大佐、これはどういうことだ?」 大佐「どうやら涼宮ハルヒが手下を引き連れて参加しているようだ。 せいぜい閉鎖空間が出来ない程度に楽しませてやるんだな」 新川「了解……それと大佐」 大佐「なんだ、スネーク」 新川「誰がスネークだ。それで……勝ってしまってもいいのだろう?」 大佐「……許可する」 古泉「ではこれより、第10回メタルギア争奪戦を開始します」 キョン「なんだそのメタルギアっつーのは」 みくる「そっ、そんな! 機関がそんなものを手に入れていたなんて……」 キョン「知ってるのかライデ……朝比奈さん」 みくる「詳しくは禁則事項ですが、凄い兵器です。歴史で習いました」 キョン「そんなものを奪い合うのか」 古泉「あ、ハリボテですし単なる雰囲気アイテムですからご心配なく。 ストーリーは南米の……」 ハルヒ「早くルール説明しなさい!」 古泉「失礼。簡単に説明しますと、最後の一人になるまで殺しあってもらいます」 キョン「結局バトルロワイアルかよ」 第10回メタルギア争奪戦ルール ルールその1:機関のことは口にするな。 ルールその2:機関のことは絶対に口にするな。 ルールその3:個人戦だ。誰も信用するな。 ルールその4:銃弾や刃が胴体・頭部に命中したものはデッド。 ルールその5:戦場のあちこちに武器が落ちている。使え。 ルールその6:敗者のアナルに関しては当局は一切保障しない。 谷口「まずは生き残ることを考えないとな……」 国木田「最後の二人になるまでチームプレイに徹すればいいんだね」 谷口「その通りだ。一人より二人が有利なのは絶対だからな」 国木田「おーけー。まかせてよ谷口。ところでチャックは閉めないの?」 谷口「よせよ。まだ始まったばかりだぜ?」 国木田「意味がわからないよ」 ハルヒ「よーし! いい? 同じ団員だからって遠慮なく撃つからね!」 キョン「まて。最初は協力し合ったほうが……」 ハルヒ「それじゃ散会! 次にあったときは敵同士よ!」 みくる「えっ、えっ!?」 キョン「だから待てって……もういねぇ! 長門もいねぇ! 古泉もいねぇ!」 みくる「ふぇえええ」 キョン「……しょうがない。朝比奈さん、しばらく二人で行動しましょう」 みくる「は、はい……よろしくお願いします」 ハルヒ(むっ……なんでみくるちゃんと一緒なのよっ! なんかむかつく……) キョンの妹「あ、ハルにゃーん」 ハルヒ「あら。妹も参加してたの?」 シャミセン「にゃあ」 ハルヒ「ふーん。それじゃあしばらく共闘する?」 キョンの妹「うん!」 11 23 05 ジャングル 長門「……」 多丸兄「ふっ……来たな宇宙人」 多丸弟「我らの変幻自在の攻撃に耐えられるかな?」 長門「……!」 多丸兄「アナル!」 多丸弟「ブレイク!」 パンパンパン! 長門の銃口が火を噴くが、弾丸は木の葉を散らすだけ。 多丸兄弟は木の上を飛び回り、ひとところにとどまろうとはしない。 しかも兄弟ゆえのコンビネーション、兄が前にいたかと思えば次の瞬間上から弟が攻める。 これが谷口であったなら瞬殺ものだが、しかしそこは長門、二方向からの攻撃に冷静に対処だ。 木の陰岩の陰を利用し、攻撃の方向を意図的に一方からに制限しはじめたのだ。 多丸兄「ほう」 多丸弟「さすがだな宇宙人」 多丸兄「だが防御ばかりでは勝てんぞ」 多丸弟「くっくっく……」 長門「……」 言うとおり、長門の放つ弾丸は多丸兄弟にいまだかすりもしない。 キョンから最初にインチキ禁止を言い渡され、長門の運動能力はハルヒと互角程度に抑えられているのだ。 長門は空になったマガジンを捨て、新たに弾丸を装填した。 最後のマガジンだ。これ以上の無駄弾は撃てない。 精密射撃は長門の得意とするところだが、動き回っているものに当てるのは思ったほど簡単ではない。 止まっているものになら――妙案が浮かんだ。 だが、やはり2対1の差は厳しい。せめて隙をつくことが出来れば―― 多丸兄「くくく、ジリ貧だな宇宙人!」 多丸弟「さあ、とどめだ……なに!?」 多丸兄「どうした弟よ!」 多丸弟「貴様はっ――ぐわあああああああ!」 木の上から落下する多丸弟。さきほどまで弟が立っていた枝には、長い髪を揺らす美少女が―― 多丸兄「仲間か――!」 好機。狙うならば今しかない。 多丸兄の声は、長門からは死角になっている木の陰から発せられている。 多丸兄が隠れているであろう場所から、空中に目視で線を引き、角度を計算し、狙いを定める。この間1.2秒。 長門「……!」 ぱん! かん! びしっ! 多丸兄「がっ!」 くぐもった呻き声を上げ、多丸兄も落ちていった。 側面の幹に当てた弾丸が跳ね返り、樹の陰に立っていた多丸兄のこめかみを打ち抜いたのだ。 長門「跳弾。わたしの勝ち」 長門が銃をおろす。そこへ先ほど多丸弟をナイフ(スポンジ製)で刺し倒した美少女――朝倉が駆け寄ってきた。 朝倉「やったわ、さすがわたしのリボルバーナガット!」 長門「……オートマチック」 谷口「なんか悲鳴が聞こえたな」 国木田「そうだね。誰か戦ってるのかも」 谷口「迂回しようぜ。少しでも生き延びて、チャンスを待つのが賢い戦い方だからな」 国木田「そうだね。ところでチャック……」 谷口「ちっ、川だ。向こう岸に渡るべきか、引き返すべきか……」 古泉「まさかあなたと鉢合わせするとは。『陰謀』に出てきた敵組織の少女さん」 誘拐少女「へえ……古泉さん、でしたっけ。はじめまして、でしょうか」 古泉「お互い写真では見たことがあるはずですがね。機関に敵対する組織の貴方がなぜこの大会に?」 誘拐少女「……組織の運営費が……その……零細なもので……」 古泉「……大変ですね」 誘拐少女「なので勝たせて欲しいのです」 古泉「アナルしだいですね」 誘拐少女「は?」 古泉「しかし、実は女性のアナルにはあまり興味がありませんでしたよ。そういうことで、さようなら」 誘拐少女「あ、ちょ」 パンパン。 古泉「さて、僕のキョンタンはどこにいったんでしょうねぇ……ふふふ」 キョン「ぞわー!」 みくる「キョンくん!? どうしたんですか?」 キョン「いや、なんだか……凄い寒気が」 みくる「だ、大丈夫ですか?」 キョン「まあ、気のせいですよ。しかし、ハルヒのやつどこにいったんだ。まったく……」 みくる(キョンくん、さっきから涼宮さんのことばっかり気にしてる……) 新川「こちらスネ……新川。市街地に侵入した」 大佐「よし。そこには喜緑とかいう宇宙人が既に待機しているはずだ。慎重に進め」 新川「了解。ダンボールのふりをする」 喜緑「なんだか長門さん達に変な大会に参加させられてしまいましたが……生徒会長?」 会長「まったくだな。古泉もわけのわからんことばかり……む?」 喜緑「どうかしましたか?」 会長「いや……あんなところにさっきまでダンボールなんかあったか?」 喜緑「さあ……」 ダンボール「……」 喜緑「ちょっと中を開けて見ましょうか」 ダンボール「……!」 喜緑「それ、がばっ」 パンパンパン! 喜緑「……無念」 会長「なっ、貴様は!」 ダンボール「ふっ……ネイキッド(全裸)新川参上」 会長「ま、まて! いったいなんの……」 新川(全裸)「正体を見られたからには仕方が無い。アナルをもらう」 会長「よ、よせっ、うわあああ! アナルだけは!! アナルだけは!!」 大佐「首尾はどうだスネーク」 新川「一名射殺、一名アナルショックだ大佐」 大佐「よし。アナルはビデオには収めたな? 後で見せてもらう」 新川「あんたも好きだな……」 大佐「ふっ」 12時。現在の脱落者がアナウンスされる。 新川「む……多丸兄弟が負けたのか」 大佐「長門有希だ。それともう一人、朝倉涼子……やはり強敵だな」 長門「……」 朝倉「まさか喜緑さんがやられるなんて」 長門「能力を制限すればありうる。気をつけて」 朝倉「まかせて。わたしは長門さんを勝たせるためだけにここにいるのだから」 古泉「……まさか会長のアナルを先に奪われるとは。僕も狙っていたのに……許せない! 会長のアナルを責められるのはそうはいない。きっと新川さんでしょう。……どうやら、 僕も本気で戦わないといけないようですね……」 みくる「誘拐少女って、もしかして……」 キョン「朝比奈さんを誘拐したヤツか。なんでそんなのまで参加してるんだよ」 みくる「ひょっとしてあの、怖い未来の人も……」 キョン「大丈夫ですよ朝比奈さん。どんなヤツが相手だろうと、俺が守ります」 みくる「キョンくん……」 ハルヒ(ぬあーーー!! なんでキョンとみくるちゃんがいい感じに見詰め合ってんのよ! 本当だったらそこにいるのはあたしでしょおっ!) 妹「どうしたのハルにゃん」 シャミセン「にゃあ」 ハルヒ「……なんでも。いきましょ」 妹「キョンくん撃たなくていーの? 撃ったら勝ちのゲームだよね?」 ハルヒ「……後でいいわよ、あんなやつ」 妹「?? はーい」 谷口「昼飯にしようぜ。うまいこと川で魚が釣れたからな」 国木田「まったく、チャック全開のおかげだね」 それは影としか表現できなかった。 密林の中を失踪する一塊の影。 漆黒のメイド服に身を包んだお下げの美女。 森園生―― 12 17 22 山岳地帯 ハルヒ「つり橋か……」 妹「ちょっと怖いねー」 ハルヒ「手をつないでわたりましょ」 妹「うん――」 ハルヒ「――!」 気配を感じてハルヒが銃を構えるよりも早く、 妹「――ハルにゃんっ!」 森の手にした刀が妹の首筋に触れていた。 ハルヒ「ちょ、そんな物騒なもの……!」 森「ご安心を。スポンジ製です」 妹「ハルにゃーん……」 ハルヒ「人質ってわけね……」 森「まさか。わたしが人質を取らなければあなたに勝てないとでも?」 妹「えっ――?」 森が刃を引き、妹はあっさりと脱落した。 ハルヒ「くっ――この!」 パンパンパンパン! 夢中で銃を撃つが、弾丸は全て宙へと消える。すでに森の姿はつり橋の上に無い。 ハルヒ「どこに――」 森「ここです」 ハルヒ「――!」 足元――! 反射的にハルヒは飛びのいた。 木製の橋を貫通し、下から刀が飛び出してくる。 ハルヒ「ちょ、ちょっと! スポンジじゃないの!?」 森「刀はスポンジ――切れるかどうかは、わたしの技術しだいでございましょう――」 ハルヒ「んなっ!?」 無茶苦茶な話だが、事実スポンジにしか見えない刃が分厚い木の板をぶち破って飛び出してくるのだから信じないわけには行かない。 一方ハルヒの弾丸は全て木の板に阻まれ、その裏にいる森には届きそうも無い。 ハルヒ「くっ、なんのゲームよこれっ!」 ザク! ザク! ザク! 橋の下から飛び出す刃を反射神経だけで回避しながら、ハルヒは毒づいた。 ハルヒ「あたしはドムが好きなの!」 ドムっ! ハルヒ「じゃあケンプファー!」 ゲスっ、ブっ、バァン! ハルヒ「無理があるわよっ!」 森「しかも音がアナルっぽいですね」 ハルヒ「し、しるかーーー! こうなったら一か八かよ! シャミセン、あたしの足を掴んで!」 シャミセン「にゃ、にゃあ!?」 ハルヒ「とりゃあああああ!」 シャミセンに脚をつかませ、つり橋から身を投げるハルヒ。 上下逆になったハルヒと、橋の下にしがみついている森の視線がぶつかる―― パンパンパン! 森「ちっ――!」 カンカンカン! 全ての銃弾を刀で弾き飛ばす森。 ハルヒ「くっ――シャミセン、引き上げて!」 シャミセン「にゃあ(無理)」 ハルヒ「ひゃああああああああああああああああああああ!」 シャミセンとハルヒは落ちていった。 森「……まあいいでしょう。次にあったときこそ、あなたの最後です」 谷口「なんだかアチコチでぶつかりあってるみたいだな」 国木田「そーだねー」 谷口「お。なんだこのキノコ。うまそうだな」 国木田「ちょっと、ダメだよ谷口。なんでもかんでも口に入れちゃ」 谷口「うめー。うめーよこれ。お前もくってみろって」 国木田「しょうがないなぁ……あ、うまい」 12 14 09 ジャングル それはまるで死神のように。 ジャングルを歩いていた古泉の後ろから、音も無く細い女の腕が伸び、 古泉「……!」 気がつけば首筋にナイフの刃が押し当てられていた。 朝倉「ふふ……ジ・エンドね古泉君」 妖艶に微笑む朝倉。 だが、古泉も不敵な笑みを崩さない。 ほんのちょっと朝倉が手に力を込めるだけでゲームオーバーだというのに、まだ何か策があるのだろうか? 古泉「朝倉さん……ちょっと僕の話を聞いてもらえませんか?」 朝倉「命乞い? 無駄だと思うけど」 古泉「機関が長門さんに注目していることはご存知で?」 朝倉「……まあ、知っているわ」 古泉「長門さんの私生活盗撮写真――」 朝倉「見せて」 朝倉はあっさりとナイフを収めた。 古泉「まずヌルいところから。寝姿」 朝倉「きゃー! 長門さんの寝顔っ!!! こ、これでヌルいのっ!?」 古泉「もちろん。入浴シーン、トイレシーン、そしてなんと……もあります」 朝倉「ぶばーーーーー(鼻血)! はやく、はやく!」 古泉「じゃあ後ろを向いてもらえますか?」 朝倉「こう?」 古泉「はい、ありがとうございました」 ぱん。 朝倉「……卑怯者ぉ」 長門「役立たず」 朝倉「なっ、長門さぁん! 違うの、これは……」 長門「古泉一樹。一騎打ちを申し込む」 古泉「いいでしょう。いずれはぶつかりあわねばならない相手ですし……不足はありませんよ」 朝倉「あ、あのね、わたし、あの……」 ぱんぱんぱん! 朝倉「ぎゃーーーー!」 長門「邪魔」 古泉「いきますよ――!」 長門「!」 古泉の姿が消えた。 古泉「これこそ機関が開発した光学迷彩! ふふふ、長門さんに僕の姿が見えますか?」 足音に向かって銃を撃つ長門。 古泉「あいてっ。や、やりますね」 長門「あたったら脱落」 古泉「脚ですから。まだ続行で」 長門「そんなルール聞いてない」 古泉「えー。あとでキョンタンのアナル写真あげますからー」 長門「……了解した」 朝倉「ちょっと! 卑怯よ!」 パンパンパン。 朝倉「ぎゃーーーーー!」 長門「邪魔。死んだら黙ってる」 朝倉「ふえーん」 古泉「それでは……ふふふ、見えない恐怖を味わってください長門さん」 長門「――」 今度は足音を立てないように動き始める古泉。 こうなっては、古泉が攻撃してきたときしか、位置を特定することは出来ない。 長門は大きな木を背にし、古泉の攻撃が正面から来るように誘導する。 古泉(やりますね長門さん。これではうかつに攻撃できない。狙うなら頭上からですが、 かといって僕の実力では、樹に登ろうとしたときに気づかれて撃たれてしまう。さて――) だが長門も、そして古泉も気づいていなかった。頭上に潜んだ伏兵の存在に。 ハルヒ「うひゃああああああああああああ!」 シャミセン「にゃああああああああああああああ!」 長門「!?」 古泉「!?」 ぐしゃ。 哀れ、長門はつり橋から落下してきたハルヒとシャミセンの下敷きになってしまった。 ハルヒ「あいててて……」 長門「きゅー」 ハルヒ「あ。有希みっけ」 パン。 長門「……無念」 朝倉「な、長門さぁーん!」 ハルヒ「あ。朝倉もみっけ」 パンパンパン。 朝倉「ぎゃーーー! あたしもう死んでるってばーーー!」 古泉(好機! いまなら涼宮さんは僕の存在自体に気づいてない! ふふふ……強敵を一度に始末できるなんて僕はついている! さあ、覚悟してください涼宮ハルヒ! そして僕のキョンタンから 永遠に忘れ去られるがいい!) シャミセン「にゃー(俺には匂いで分かるんだぜ、ボウヤ)。がぶ」 古泉「ぎゃあああああああああああああ!」 ハルヒ「あ。古泉君もみっけ」 ぱんぱんぱん。 古泉「あ、アナルむねーーーーーーん!」 ハルヒ「シャミセン、お手柄!」 シャミセン「にゃあ」 13時。新たに脱落したメンバーが発表される。 新川「古泉……ビッグアナルのアナルクローンであるお前が破れるとはな」 大佐「リキッドアナル古泉のことは忘れろ。ヤツのアナルは柔らかすぎた」 新川「ああ……」 キョン「おいおい、なんで妹が……何時の間に紛れ込んでたんだ?」 みくる「知らなかったんですか?」 キョン「まったく。怪我してなきゃいいけどな」 みくる「大丈夫ですよ」 誘拐少女「ケーキだそうですよ。妹さん、どうぞ」 妹「わーい」 喜緑「おいしい紅茶ですね」 多丸兄「脱落組みはすることないからねー。くつろいでてよ」 喜緑「そういえば会長の姿が見えませんが?」 多丸弟「あー……彼は、そう、ちょっとトレイじゃないかな? しかも大のほう! ははは」 多丸兄「はははは」 会長「やめろ! よせ! アナルだけは!! アナルだけは!!」 大佐「ふははははは!」 谷口「ヘビうめー。ワニもうめー」 国木田「なんだか僕たち、さっきから一回も戦ってないね」 谷口「漁夫の利を狙うのよ。知将だな、俺は」 国木田「池沼? 言いえて妙だね谷口」 谷口「わはははは。おまえも食え、ワニうめーぞ」 国木田「ほんとだ、これイケるね」 谷口「これでチャックはあと10年は全開のままだな!」 国木田「よかったね谷口」 陰謀未来人「半数近くが脱落か……ふん。そろそろ僕の出番のようだな。これも規定事項か」 キョン「あ、陰謀の未来人」 みくる「あんな目立つ崖の上で仁王立ちになってなにしてるんでしょうね」 キョン「だよなぁ。狙い撃ちだぜあれじゃあ」 みくる「あ、撃たれた」 キョン「あ、落ちた」 みくる「……」 キョン「……」 新川「大佐。陰謀の未来人をドラグノフで狙撃した」 大佐「よくやったぞスネーク。だが気をつけろ、森がそちらに向かっている」 新川「森か……ヤツには日ごろこき使われているからな」 大佐「くれぐれも……バレるなよ」 新川「ああ。まかせておいてくれ」 ハルヒ「よーし。これで残ってるのはあたしとシャミセン、キョンにみくるちゃん、 それに森さんと新川さんだけね」 古泉「残念です。もう少しでキョンタンのアナルが僕のものになったのに」 ハルヒ「あんたそんなこと考えてたの?」 古泉「ですが新川さんは強敵ですよ。彼のダンボールは見抜けません」 ハルヒ「なにそれ」 古泉「ふふふ。いずれ貴方も新川さんの恐怖を知ることになるでしょう」 ハルヒ「いいわ。どんなヤツが相手でも、あたしは負けない! ううん、SOS団は負けないんだから!」 長門「……」 古泉「まっさきに分散して、自分で団員を各個撃破してる気がしますが、まあいいでしょう」 朝倉「長門さーん、喜緑さんがお茶にしませんかって」 長門「行く」 ハルヒ「ま、ゆっくり観戦してなさい。あたしが勝つから!」 長門「……頑張って」 森「……出てきなさい新川。ダンボールの中に隠れているのは分かっています」 新川「ちっ……」 森「相変わらずネイキッド(全裸)のようですね」 新川「女のアナルに興味は無い。失せろ」 森「不思議なことがあります」 新川「なんだ?」 森「あなたはまるで、この戦場のどこに誰がいて、どこにどんな武器や道具が隠されているか 知っているような動きをとっている」 新川「……兵士の感だ。長年戦場で暮らしていると、そういうものが身に付く」 森「ではその裸体にベルトで括り付けている小型通信機は?」 新川「――バレたからには死んでもらう」 森「新川ァ!」 新川「もりいいいいいいいいいいいい!」 新川の構えたマシンガンが火を噴く。 だが森はその銃弾全てを刀ではじきながら、距離を詰めた。 森「銃などに頼っているうちはわたしには勝てません!」 新川「ぬぅ!」 森「覚悟――!」 ばしぃん! 振り下ろした森の刀を、眼前、新川は両の手で挟み止めていた。 森「真剣白羽取り! 実践でこれを使いこなすとは――新川、腕をあげましたね!」 新川「ふんっ!」 ぱきぃん! 森「刀を――!」 折られた刀をすばやく放棄し、森はメイド服の裾から細長い剣を数本、指に挟んで抜き出した。 新川「黒鍵か!」 森「とあっ!」 森の投げた黒鍵が新川を貫いた――ように見えた。が。 森「これは金ケシ!? 身代わりの術!」 新川「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!!!」 横合いから放たれた新川のペガサス流星拳が森を打つ。 吹っ飛ばされる森。ダメージは深刻、勝ち目は薄い―― 森「……く」 新川「あきらめろ。俺には勝てん」 森「ふふふ……なるほど。この装備では殺しきれませんね」 新川「!」 森「また会いましょう新川」 脱兎のごとく逃げ出す森。 逃がすわけには行かない、冷静になられたら負ける、この熱が引かないうちに勝負を決しなくては――! 新川は慌ててドラグノフを構えたが、森の姿はジャングルの闇に隠れ、すぐに見えなくなってしまった。 一方その頃、キョンとみくるは物陰から二人の戦いを眺めていた。 キョン「……あいつら人間じゃねえ」 みくる「どどどど、どうしましょうキョンくんっ」 キョン「どうするもこうするも……スナイパーライフルでもあれば、狙撃のひとつもするんですけどね」 みくる「どどどど、どうしましょう、ドラグノフ拾っちゃいました、あたし!」 キョン「なんで早くそのことを言わないんですか」 みくる「だ、だって、やっぱり人を撃ったらいけませんよ!」 キョン「いまはそんなことを言ってる場合じゃないでしょ! 早くドラグノフをかしてください!」 みくる「は、はいっ!」 キョン「よし、照準を――あれ?」 こつん、とキョンの頭に銃口があたる。 みくる「ひっ……き、キョンくん、よ、横に……」 新川「戦場で大声を立てるとはな。とんだ素人だ」 キョン「ははは……じょ、冗談だろう新川さん」 新川「ここは戦場だ。油断した兵士に与えられるものは、死しかない」 みくる「ひいいいっ!」 ??「まつっさ!」 みくる「!?」 新川「……現れたな」 キョン「そ、その声はまさか……!」 みくる「つ……」 ちゅるや「ちゅるや参上!」 「「「エーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」 ちゅるや「スモークチーズはどこだいキョンくん?」 キョン「さっき食べたでしょ」 ちゅるや「にょろーん」 パン! キョン「ちゅるやさぁーーーーん!」 ちゅるや「にょろろーーーん!」 新川「邪魔が入ったが、次は小僧、貴様の番だ……む?」 みくる「う、動かないでください!」 震える手で銃を構えるみくる。 上下にゆれる銃口は、キョンの頭に銃を押し付けている新川を狙っている。 新川「やめておけ。そんな細腕では銃の反動は抑えられん。どこに飛ぶかわからんぞ。 自分の手でこの小僧の頭を吹き飛ばしたくなければ、銃を捨てろ」 みくる「あああ、あたしだって、こんなときのために銃器の練習はしてきてるんです! が、ガン=カタの餌食になりたくなかったら、キョンくんを離してっ!」 ガン=カタは拳銃を総合的に 使用する格闘技である (゚д゚ ) (| y |) この格闘技を極めることにより… ( ゚д゚) ;y=‐ ;y=‐ (\/\/ 攻撃効果は120%上昇 ( ゚д゚) ;y=‐ (\/\ \ ;y=‐ 防御面では63%上昇 ー=y;― | (゚д゚ ) ー=y;_/| y | ガン=カタを極めたものは無敵になる! ー=y; ( ゚д゚) ;y=‐ \/| y |\/ うそだった。はったりだ。 未来からのエージェントとはいえ、みくるはそんな戦闘訓練など積んでいない。 それでも、少しでもキョンが逃げられる隙を作れれば―― 新川「嘘だな。ならなぜセーフティを外さない? それでは弾は出ない」 みくる「え?」 みくるが自分の銃に目をおろす。 セーフティは――外れている! それこそブラフだ! 新川「ふっ――!」 みくる「ひぇ――」 ハルヒ「うらああああああああああああ!」 ハルヒのドロップキックが新川の側頭部を打ち抜いた。 スローモーションで倒れる新川。 ハルヒ「全裸でなにやってんのよあんた! うちのみくるちゃんにセクハラするつもり!?」 みくる「はっ」 そういえば新川は全裸だった! いまさら思い出したようにみくるが両手で顔を隠す。 だが手遅れだ。みくるの脳裏には、すっかり新川のスーパーサイズドライが焼きついてしまっている。 キョン「ハルヒ……来てくれたのか」 ハルヒ「あ、あたりまえでしょ! あたしは団員がピンチだったらいつでもどこでも、すぐに駆けつけるわよ!」 新川「……ふ。やってくれる」 ハルヒ「まだ生きてたのアンタ。とっとと死になさい!」 ぱんぱんぱん! ハルヒ「あたった――って、ウソ……」 キョン「あ、アナルで全ての銃弾を受け止めやがった……」 みくる「いやーーーーー!」 新川「俺のアナルは大佐によって鍛えられ、あらゆる弾丸を止めることが出来る。BB弾ごときでは貫通せん」 ハルヒ「そんな……! キョン、あんたもアナルで対抗するのよ!」 キョン「アナルだけは! アナルだけは!!」 みくる「お、落ち着いてください二人とも!」 新川「ふふふ、やはりお前たち相手にエアガン一丁だけでは分が悪いな。アレを使わせてもらう」 キョン「あれ?」 新川「カモン! ダンボール!」 ゴゴゴゴゴ。 ハルヒ「なっ! 全長10メートルはある巨大ダンボール!?」 新川「合体!」 みくる「新川さんがダンボールの中に収納されましたっ!?」 新川「これこそ! わが機関が開発した究極の兵器・メタルギアだ!」 ハルヒ「……ダンボールが?」 新川「ふはははは! 強化ダンボール製の装甲はBB弾ごときでは貫通せん!」 キョン「なんだと!」 パンパンパン! カンカンカン! はじかれる銃弾! ハルヒ「ちょ、ちょっと! 卑怯よ!」 新川「さあSOS団よ! 怯えろ! 竦め! 何も出来ぬまま死んで行けぇ!」 きゅらきゅらきゅら…… ダンボールの中にキャタピラがついているのだろう、不気味な音を立てて迫る巨大ダンボール。 ハルヒ「こいつはピンチね……」 キョン「くそっ!」 キョンがドラグノフを構えるが、やはり弾丸は厚い装甲に阻まれてしまう。 ハルヒ「あーもう、ランチャーとかミサイルとか無いわけ?」 キョン「そんなもんあるかっ! これはゲームだぞ!」 ハルヒ「そんなこといったら、あっちだってゲームにこんなバカ兵器持ち込んでるのよ!」 みくる「け、けんかはダメですー!」 新川「ふはははは! アナルキャノン発射!」 ちゅどーん。 みくる「きゃーーーーー!」 キョン「朝比奈さん!」 ハルヒ「みくるちゃん!」 みくる「あはは……や、やられちゃいました……涼宮さん、キョンくん、この時代でお二人にあえて、あたしは……」 ハルヒ「喋っちゃダメ! 安静に……」 みくる「あ、あたしはもうダメです……それよりこれを……」 キョン「これは……水鉄砲?」 みくる「さっきドラグノフと一緒に拾ったんです……それを使って……がく」 キョン「あ、朝比奈さぁーーーーん!」 ハルヒ「くっ……キョン、みくるちゃんのカタキを討つのよ!」 キョン「しかしどうやって……」 ハルヒ「それよ! その水鉄砲! いくら強化されてるからって、ダンボールなんだったら水でふにゃふにゃになるでしょ!」 キョン「そうか、よし!」 ぴゅー。 新川「ぐわあああ! 装甲が溶ける!」 ハルヒ「いけるわ!」 新川「く……こうなったら!」 ハルヒ「えっ?」 ばんっ! がしっ! 突如ダンボールからマジックハンドが伸び、ハルヒの身体を掴み上げた! ハルヒ「あうっ!」 新川「くくく……このお嬢さんを真っ二つにされたくなかったら、銃を捨てろ小僧」 キョン「なっ!」 ハルヒ「キョン! 言うこと聞くことないわよ!」 キョン「く……ハルヒ……」 新川「バカめ。いくら装甲を溶かしたところで、俺に直撃を当てなければ勝ちにはならん。 水鉄砲ごときでどうにかなるとでも思っているのか?」 新川の言うとおりだ。 あの森園生をも退けた男に、キョンが水鉄砲で勝てるわけがない。 ハルヒ「だったら今は逃げて、武器を探すのよ! こいつを倒せる強力な武器がきっとどこかに落ちてるわ!」 新川「ふははは。健気なことだな。どうする小僧、このお嬢さんを見捨てて逃げるかね?」 マジックハンドがぎりぎりとハルヒの細い身体を締め上げる。 ハルヒ「きゃああああああ!」 キョン「やめろっ! ……わかった、銃は捨てる。だからハルヒを離せ」 ハルヒ「あ、こら、バカキョン! なにやってんのよアホーーー!」 キョン「アホでも構わん。勘違いするなよ。俺の知ってるハルヒは、どんな状況でも逃げろなんて命令は出さないはずだからな」 ハルヒ「えっ……」 キョン「涼宮ハルヒはいつだって前進征圧のバカ女だ。自分は帝王の星の元に生まれてきたと勘違いしてる大バカ野郎だ」 ハルヒ「キョン、ちょっとあんた、何言って……」 キョン「引かぬ、媚びぬ、省みぬ! それが涼宮ハルヒだ! 俺が死んでも、ハルヒが生き延びればSOS団は勝つ! だから――」 ガガガガガガ! ハルヒ「あ……」 アナルマシンガンに蜂の巣にされ、キョンがゆっくりと倒れる。 ハルヒ「うそ……いや、いやぁ! キョン、バカキョン! なにやってんのよぉ! あんたが死んだら、SOS団なんてっ……!」 新川「ふっはははは。愚かなりキョン。お前のアナルは後でゆっくりといただこう……だが、まずは涼宮ハルヒ。貴様もそろそろ脱落だ!」 ハルヒ「くっ……どのみちあたしもこれまでなの……? いいえ、違うわ。キョンが命をかけてまで時間を稼いでくれたんだもの、 こんなんで負けられない!」 新川「無駄な足掻きを――」 ハルヒ「しゃみせーーーーーん!」 シャミセン「にゃあ(まかせろ)」 シャミセンがマジックハンドにかじりつく。 新川「ぬっ! 猫ごときが、アナルアームを破壊できると……」 シャミセン「にゃあ(勘違いするなよオッサン。こいつを見な)」 新川「それはプラスチック爆弾!」 ハルヒ「シャミセン!」 シャミセン「にゃあ~(あばよハルヒ)」 カッ―― 閃光と爆音、強烈な振動と共にハルヒの身体が宙に放り投げられる。 ハルヒ「――っ!」 地面を転がり、身体にまとわりついたアームの残骸を振りほどいて、ハルヒはきつくメタルギアを睨み上げた。 ハルヒ「みくるちゃん、キョン、シャミセン……あたしは……勝つわ!」 新川「くっ……アームは破壊されたがな、どのみち貴様に勝ち目は無い!」 森「それはどうでしょう」 新川「なに!」 ハルヒ「森さん!?」 森「あなたの粘りがちです涼宮さん。これをお使いなさい」 ハルヒ「これは……この剣は、まさかエクスカリバー!」 森「ええ。これならメタルギアの装甲も貫通できます」 ハルヒ「で、でも……森さんはいいの? これがあれば、森さんが優勝できるのに」 森「わたしは自主的に脱落しました。新川はこの大会で不正を働いていたのです」 ハルヒ「え?」 森「新川は大会の主催者の一人である大佐と組み、戦場の情報を逐一通信機で受け取っていたのです。 彼らはそうやって優勝賞金を稼ぎ、アナルグッズにつぎ込んでいたんですよ」 ハルヒ「そんな! 卑怯だわ!」 森「ええ。ですがそのことに気づかなかったわたしにも責任はあります。ですから、今回はわたしも自主敗退ということで」 ハルヒ「そうなの……じゃあ、遠慮はいらないわ。使わせてもらうわね、この武器を!」 森「やってしまいなさい、涼宮さん。あなたは一人じゃない――」 ハルヒ「そうよ。あたしは一人じゃない。みくるちゃんが、キョンが、シャミセンがいてくれたからここまでこれた」 新川「おのれえええええええ! エクスカリバーごときに負けるメタルギアではないわ! 踏み潰してくれる!」 ごごごごご……大地を揺らし、メタルギアがハルヒに迫る……! 新川「ふははははははは! 怖かろう!」 ハルヒ「戦場で散った人たち! あたしの身体を貸してあげるわ!」 新川「な、なにぃ! ヤツの身体に光が集まっていく……な、なんなのだこれは!?」 ハルヒ「戦争をアナルとしか思えないあんたには分からないでしょうね! あたしの身体を通して出る力が! 人の心の光が!」 新川「人の心の光だと!? それが愚民どもにその才能を利用されているものの言葉かっ! 恥丘がもたん時が来ているのだ! それを分かるんだよアナルっ!」 ハルヒ「知るかヴォケ!」 新川「ええい、アナルのすばらしさを理解できんものと話す舌などもたん! 死ね――な、なんだ? 動かん!? どうしたのだメタルギア、動け、なぜ動かん!」 ハルヒ「エクス――――――」 新川「ハルヒィィィィィィィィィィィィ!」 ハルヒ「――カリバァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーー!」 ―― 轟音と共に白く染まる戦場。 閃光が収まった後には、真っ二つになったメタルギアと、 orzのポーズでうずくまっている新川の、真っ二つになった尻があった。 ハルヒ「……最初から尻は割れてるでしょ。あたしの勝ち、ね?」 新川「ああ――そして、私の敗北だ」 エピローグ みくる「涼宮さぁーん!」 ハルヒ「みくるちゃん! あーもう、泣かないの! あたしが勝つって言ったでしょ」 みくる「うええええん!」 キョン「まったく、ひやひやしたぜ」 ハルヒ「ふん。なによバカキョン。勝手にカッコつけて脱落しちゃってさ」 キョン「うるせーな。どうしようもないだろ、あれじゃ」 みくる「わわわ、けんかはダメですよっ! せっかく優勝したんですから!」 キョン「まあな。よくやったぜ、ハルヒ」 ハルヒ「……ふん。……あんたもね、ほんとはちょーっとかっこよかったかもね」 キョン「朝比奈さんが庇ってくれなかったら危なかったけどな」 みくる「そ、そんなぁー。あたしは別に……」 ハルヒ「……む」 キョン「ん? なんか言ったか?」 ハルヒ「ふんっ、バカキョンは罰ゲーム決定!」 キョン「んなぁっ!? なんだそりゃ、おい――」 ハルヒ「ふーんだ。今度のSOS団ミーティングまでたっぷり考えておくからね、覚悟してるがいいわっ」 長門「約束のものを」 古泉「はいはい。キョンタンのアナルですね……」 長門「満足」 朝倉「あ、あの、あたしの長門さんは?」 古泉「ああ、すみません。長門さんはガードが固くて、実はあの寝顔も偽造です」 朝倉「じゃあ、死んで」 古泉「アナルだけは!! アナルだけは!!」 シャミセン「にゃー」 妹「あ、シャミー帰ってきた。おつかれー」 ちゅるや「やぁ、シャミーくん、スモークチーズはどこだい?」 シャミセン「にゃあ(さっき食べたでしょ)」 ちゅるや「にょろーん」 多丸兄「おめでとう涼宮さん。これが賞金の300万だよ」 ハルヒ「ありがとうございます、多丸さん。今度また面白いイベントがあったら呼んでくださいね」 多丸弟「ははは、もちろんだよ」 キョン「あれ? 森さんや新川さんは?」 多丸兄弟「ははははは……」 森「はい、二人とも覚悟はできてますね?」 新川「アナルだけは!! アナルだけは!!」 大佐「アナルだけは!! アナルだけは!!」 森「懲罰!!!!!」 喜緑「大丈夫ですか会長」 会長「うう……俺はいったい何のために……」 誘拐少女「はぁ……」 陰謀未来人「つまらないな。こうもあっさり負けるとは。ふん。だがこれも規定事項だ」 誘拐少女「……アホですよね、あなた」 陰謀未来人「褒めるな」 ハルヒ「凱旋!」 キョン「おーう」 長門「……」 みくる「うーん」 古泉「どうかしましたか?」 みくる「なにか忘れてるような気がするんですけど……」 ハルヒ「なにいってんの! 優勝したし、賞金ももらったし、何も忘れ物なんてないわよ!」 みくる「うーん……それもそうですね。心配しすぎでした」 ハルヒ「さー、帰ったらぱーっと騒ぐわよ! なにしろ300万だからね! あーもう、使い切れない! ともかく! SOS団! 勝利っ、おめでとーーー!」 「「「「おおおおおおーー!」」」」 …… ………… ……………… 谷口「おーい国木田、カエルうまいぞー」 国木田「ねえ谷口。僕たちなんか忘れてない?」 谷口「ああん? チャックはちゃんと全開だし……あ!」 国木田「なんか思い出した?」 谷口「WAWAWAわすれもの~これ!」 国木田「あ、それってRPG-7だよね。どこで拾ったの?」 谷口「ついさっきそこで。こいつがあれば優勝はいただきだよな」 国木田「そうだね。ところでさっきの白い閃光ってなんだったのかなぁ」 谷口「さぁな。どっかで爆弾でも爆発したんだろ。なぁに、俺のチャックが開いてればヘでもないぜ」 国木田「さすが頼りになるなぁ。谷口についてきてほんとによかったよ」 谷口「さぁーて、もう少し潜伏して、ころあいを見て漁夫の利だぜ。まずはSOS団だな。 あいつらには積年の恨みがあるし、徹底的に叩いてやるぜ」 国木田「うーん、そういえば、さっきから脱落者の放送がないような気がするけど……」 谷口「おら行くぞ国木田!」 国木田「気のせいだよね。待ってよ谷口ー」 <エンディングテーマ 谷口グッマイラブ> チャック全開? WAO! ワスレモノ! チャック満開? HUU! ワスレモノ! マイラバー谷口 アナルミステリー グッドラブ谷口 アナルヒストリー フォーエバー ザッツライク 涙を拭いてあげる 想いは風に乗って グッマイラブ……
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Ⅱ 「最近、涼宮さんとはどうなんですか?」 「どうって、何がどうなんだ」 「とぼけないでくださいよ、仲がよろしいそうじゃないですか。僕としても、とても助かります」 別段、仲良くしてるつもりはない。ハルヒはいつも通りだし、俺もいつも通りだ。しかし古泉曰く、最近は閉鎖空間もほとんど発生しなくなったし、発生したとしても小規模なもので、神人もそんなに強くないという。これは涼宮ハルヒの精神がとても穏やかなことを意味してるんだそうだ。 「特に良かったのは、涼宮さんが悪夢を見なくなったことです。おかげでこちらの睡眠が妨げられるなんてこと、もう無いですよ。全くね」 ハルヒの開催した読書大会週間終了まで今日含めてあと1日。つまり今日終わるわけだが、俺は部室でパソコンをいじりながら昼飯を食っていた。インターネットから哲学書を読んで、どう思ったかを載せている人から、そういった感想文を参考にしようと思ったからだ。 「それは参考ではなく、丸写しです」 黙れ古泉。こちとら切羽詰まってるんだよ。 「というより、なんでお前までここにいるんだ」 「ふふ、一応貴方に近況報告をしておこうと思いましてね。多分感想文を1枚も書いていないでしょうから、きっとここに来るだろうと」 やっぱりお前は嫌な奴だ。そんなんだから俺の中でのお前の株がどんどん下落していくんだよ。どこかの航空会社のようにな。 俺と古泉が話している最中、長門は部室で科学の本を読んでいた。長門はもう昼食が済んだのか、あるいは宇宙人は昼食べなくても平気なのか。でもこんな細い体をしながら、案外大盛りカレーを3人前くらいペロリと食べてしまうかもしれない。まあ、さすがにそれはないか。 「長門、今何冊目だ?」 「72冊目」 なんかもう長門だけ別の大会開いてないかこれ。1日10冊読んでも達しないぞ。 「長門も本を読みすぎて、ハルヒみたいにならないようにな」 「‥‥‥‥」 ハルヒは本の読みすぎで、睡眠不足まで陥った。でもあの部室での快眠以来、家でもちゃんと寝てるようだ。目のクマはもうないし、元気だってバリバリだ。いつも通りのハルヒに戻ったというわけだ。塩をかけられて干からびそうなナメクジのようなハルヒもそう見られるようなものじゃないが、やはりこちらの方がハルヒらしい。 「いつも通りのハルヒ‥‥か」 「ん? どうかなさいましたか?」 「いんや。お前は大人しく弁当を食ってろ」 フフ、とにこやかに弁当を食べている古泉にも、3度の飯より本、といった長門にもまだ言ってないが、ハルヒは少しだけ何か変わった気がする。具体的に何、とは言えないし、その変化も顕微鏡で覗いても分かるか分からないかの微々たる物なんだが、何故だかハルヒは何かが変わったと確信を俺は持っていた。 性格、ではない。ハルヒとのやり取り、でもない。いつも通りのハルヒなんだが、何かが違う。 その答えは結局、有難い哲学の本を読んだ感想文を写している間にも出なかった。ハルヒがあの日素直に感謝を述べたというのがどうもむずかゆいのだ。何故だ。 「コイですかね」 「なんだって?」 「いえ、この魚はコイかな‥‥って」 紛らわしいことを言う奴だ。だからお前はいつまでたっても平均株価30円なんだよ。 パタンと長門が本を閉じ、もうそろそろ昼休み終了の合図5分前だ。書けた感想文は2枚。これはもう駄目かもしれんね。 「ではまた後で」 「‥‥‥‥」 長門も古泉も自分のクラスへと向かい、俺もクラスへと戻ることにした。さてさて読書感想文どうするかな。国木田とかそういう本を読んだ経験とかないだろうか‥‥‥。 健全たる高校生が悟りの境地に入り、ましてや俺の友人の中にそのような人物が紛れこんでいるなんてことはなく、俺は授業中の時間を削って読んでもいない哲学書の感想文を書こうとしたがやはりペンは進まず、あれから全然進んでいない形でハルヒに提出することになった。 「補習よ!!」 団長がいつの間にか図書管理職に変わっており、管理職様は俺にそう言い渡した。ハルヒ、俺が言うのもなんだが、10冊しか読んでいないお前は、あれからさらに1冊読み計73冊を読破した長門に図書管理職の座を引き渡すべきじゃないか? 「みくるちゃん12冊! 古泉君10冊! 有希は73冊! で、あたしが10冊!!分かる、キョン? 皆ノルマの2倍は読んでるのにあんただけ0冊よ!」 ちょっと待て。よく見ろハルヒ。感想文は2枚出してるじゃないか。俺としては上出来な方だぞ。 しかしハルヒは俺の感想文をまじまじと見つめ、 「キョンがこんな知的溢れる文章を書けるわけないでしょ」 と、一言。至極ごもっともだが、それを他人に言われると腹立つのは何故だ。ホワイ? 「大体な、俺に哲学なんてはなから無理なんだよ。せめて物語とかにしてくれ」 小説だって無理だろうが、一応の抗議だ。まあ哲学書よりはページは進むだろう。 「クジ引きで決めたことなんだから、それに従いなさい! キョンは放課後、必ず哲学書を毎日ここで読んでいくこと! 10冊!!」 「10冊!?」 俺の記憶が宇宙人に改造されてなければ、ノルマは5冊のはずだが。 「当然でしょ。皆2桁読んでるんだから。有希なんて、あと3日あれば100冊なんてあっというまよ。だからあんたは10冊読みなさい! 延滞料よ!」 延滞料ってなんの延滞料だ。1週間で5冊読まないと10冊に増える延滞料なんて初耳だ。延滞量の間違いだろ。 しかし抗議したところで、もはや最後の審判を下し終わったかのようなハルヒの耳には届かず、俺は古泉とボードゲームをする時間を毎日削って本を読む羽目となった。 「相手がいないと寂しいものですね」 こんなことを言い、俺が死ぬような思いで哲学書を読んでいる隣で朝比奈さんとオセロをやってる奴の平均株価は、30円から0へと下落していった。 喜べ。もう何倍しても0だぞ。 長門が本を閉じても、補習は終わることはなかった。長門、いつもなら下校時刻30分前に本を閉じるのに、最近はやたら閉じるのが早くなったな。頼むからチャイムが鳴るギリギリまで読んでくれよ。でないと‥‥‥ 「お先に失礼します」 「頑張ってね、キョン君」 「‥‥‥‥」 「ほら、キョン! まだ半分以上あるわよ!」 ハルヒと2人きりになってしまうだろうが‥‥‥。 「なあ、ハルヒ。俺が苦しんで本を読む様はそんなに面白いか?」 「頭良くなるには苦痛が必要なのよ。アホになりたいなら楽すればいいわ。一瞬でそうなるから」 俺はこの時ほど一生アホのままでもいいと思った瞬間はない。 しかしハルヒも暇な奴だ。長門達が帰り、秋だからか日が落ちるのが早くなってきたこの時間帯に、わざわざ電気つけて俺の隣で一緒に本を読んでやがる。団長席はあっちだぞ、ハルヒ。 「うるさいわね。席なんてどこでもいいじゃないの」 そう言って、でも一応か席を立ち、団長と書かれている三角錘を持ってきて、机の上にバンと大きな音を立てて置いた。 「あたしがルールよ」 なんとまあ利己主義なルールだ。よく地球はまともに回転してるな。 「ハルヒ」 「何よ。本読みなさい」 「悩みは解消したか?」 「悩み?」 「ほら、いつだか言ってたろ。1週間前だったか、それぐらいの時に。人の中の人が表にどうやらこうやらってやつだ」 「‥‥‥‥」 ハルヒは考えるように、手で顎をなぞり、うーんと唸った。まあ無理もないか。あの時ハルヒは睡眠不足で頭が働いていなかったようだし、多分自分でも何を言ってるのか分からなかったんだろう。 「‥‥‥あー、あれ。解決したわよ」 「そうかい。そりゃ良かった」 「ねえ、キョン」 「ん?」 「その時、あたし他に何か言ってた?」 「いや。他には特に何も言ってなかったと思うが」 「そう」 もうそろそろチャイムが鳴るかと思って時計を見ると、まだ下校時刻まで40分以上あった。全然時間経ってないじゃないか‥‥‥。 「こら、キョン! よそ見してる暇はないわよ! 」 俺は情けないが、まだ1冊も読破していない。読んだ振りをして済めばいいが、感想文を書かなきゃならん。でたらめを書こうにも、どういうわけだが先にハルヒがこの本を読んでしまっているから、的はずれな内容は書けないのだ。 「あと35分よ! 今日こそ1冊読破だからね」 ハルヒが毎回そう意気込むが、結局今回も読破出来なかったのは言うまでもない。 「しかし、キョン。お前もよくやるなー」 「なんのことだ?」 「何って、最近あの涼宮とラブラブらしいじゃねーか。一体どんな手を使ったんだ?」 「へえ、キョン凄いなあ。たったの半年ちょいで、そこまで関係を進めていたなんて」 そう話をする相手は谷口と国木田だ。3人で机を囲み、弁当を食いあっている時の話題で必ずこういった話が出てくるものだが、まさか俺の番がくるとはな。谷口、一体誰がそんなことを言ってるんだ? 「オレも人づてに聞いただけだから曖昧なとこもあるけどよー、なんでも、涼宮のあの変な部活をやっている最中にキョンと涼宮以外の奴が途中で帰っちまうだとかなんとか。他にも、ここ最近ほぼ毎日一緒に帰ってるんだろ? 2人で。そういうの見てるのって結構多いんだぜ」 しかしあの涼宮とキョンが、プススと気色悪い笑い声を出しながらニヤニヤしてる谷口もあれだが、健全な顔をしながらも興味がかなりありそうな国木田が 「もう付き合ってるの?」 と聞いてくるのも頂けない。でもここ最近2人で帰っていたのは事実だ。だからそんな噂が立つのも無理ないかもしれん。 「なあなあ、どこまでいったんだ? Aか? Bか?お前まさか、スィー‥‥」 「いっとくがな、谷口と国木田。俺はあそこで本を読んでるだけだぞ。しかも哲学書だ。おかけでもう5冊目に突入している」 哲学書と聞いて谷口はさらに笑い出し、どんなシチュエーションだよ、さすが2人とも変わってるだけのことはある、と妙に声を張り上げて周りのクラスメイトから不審者を見るような目付きで谷口が見られていたことは、俺の心の中の1つのストレス解消となっていた。 しかし、そうか。噂になってるとはな。涼宮の変人ぶりは入学1ヶ月でかなり広まり、校長の名前を知らなくても涼宮ハルヒの名を知らぬ者はいないとされるほどだ。そんなハルヒと、訳の分からん部活を行なっている部室内で2人きりでここ最近ずっと居て、挙句の果てに一緒に帰っているのだ。手こそ繋いでないものの、それを目撃した人や聞いた者は 「ああ、なるほど」 と、自分勝手に解釈し、妄想を広げているかもしれない。谷口のように。 「というわけなんだが、誰が噂を広げたか分からないか?」 「不明」 だよな。大体、知った所でどうするわけでもない。 「貴方の思っている不明と私の言ってる不明には解釈に齟齬がある」 「‥‥どういうことだ?」 「噂を広げている人間を確認するのは容易。でも、今回の貴方と涼宮ハルヒの噂は、自然発生し各個人の視覚、聴覚を司る脳の部分にダイレクトに植え付けられたもの。誰かが噂話を流し、全員が信じたわけではない」 「‥‥‥えーと、それは長門。どういうことだ?」 「全員が貴方と涼宮ハルヒが相互良関係に務めていると勝手に解釈をした。直接見たわけでも、聞いたわけでもない」 つまりだ。 普通噂は、誰かが目撃したものを知人、あるいは先輩後輩に話したりするわけだ。その聞いたものがまた同じことを別の人間に繰り返し、その情報が広がっていくというのが本来の在り方だ。しかし長門が言うのを聞いてると、誰も俺とハルヒが一緒に部活をしてたり、下校してたりするのを見ていないのにも関わらず噂が広まったということになる。まるでその噂を最初から知っていたみたいに。 「誰も見てない、言ってないのに噂を皆が知ってるなんてあり得ないじゃないか」 「そう。起こりえない状況。」 「じゃあ‥‥なんでそんなことが‥‥」 俺が長門にそう聞くと、ようやく長門は俺を見上げるような形で視線を向けた。 「最も高い可能性として‥‥」 そう前置きを置いた。そして無機質な瞳とは裏腹に、出てきた言葉は俺を驚愕させるものだった。 「‥‥涼宮ハルヒがそう望んだから」 「さあ、今日もSOS団活動するわよ!キョン、あんたは読書だからね!!」 ハルヒの何かが違う、と強く思っていたが、ここ最近それは気のせいだろうと思ってた。 だが今再び俺はひどくそう痛感している。 「なあ、ハルヒ」 「何よ」 「これでもう5冊目だな」 「そうね」 「もう大健闘したんだ。これ読んだらもう勘弁してくれ」 「却下よ」 ですよねー。 何故ハルヒは、そんな噂が広まることを望んだのだろう。まさかハルヒが俺に好意を抱いてるとは考えにくい。いや、しかし、じゃないと理由が‥‥ 「何1人で赤くなってるの。そんなにヤハウェが良かったの?」 「答えはきっと、イエスですよ涼宮さん」 「キリストだけにかっ! って上手いわね古泉君。さすが副団長だけのことはあるわ」 ハルヒと古泉がしょうもないギャグで笑い合い、朝比奈さんはちらちらとこちらを窺い、長門はおそらく200冊目くらいの本を読んでいると思われる中、俺は苦悩していた。あのハルヒが!あり得ないだろ! しかし実際噂は広まっている。ハルヒが来る前、部室に来て朝比奈さんに会ったら 「あ‥‥良かったですね」 と言われてしまった。朝比奈さん、貴方はここでの事情を知っているじゃないですか。なのに何故そんな言葉を‥‥。 「さあキョン! あと少しで完結ね。そしたらようやく半分か。まだまだ道は長いわね」 なあ、頼むからそう嬉しそうに言わないでくれ。どう反応していいか分からんくなるだろうが。 いや、変に意識してるのは俺の方じゃないか。見ろ、あのハルヒを。いつも通り豪快に、身勝手な行動をしているじゃないか。それにさっきの言い方だって思い出してみろ。別に嬉しそうじゃなかったろ。いつも通り、いつも通りだ。あれがハルヒボイス。モチベーションを一切崩さない団長様の声は、常にあんな感じだっただろ?そうだろ俺? 本は全然進んでないのに、長門がパタンと本を閉じる時間はもうやってきた。今日の長門は遅い方だ。何故なら下校時刻まであと1時間だからな。そう‥‥あと1時間も‥‥。 「では、お先に失礼しま‥‥」 「古泉、3回‥‥いや、1回でいい。久しぶりに五目並べしないか」 「キョン! 何言ってるのよ。まだ本は残ってるの。そういうのは、読み終えてからやりなさい!」 お前はどっかの母ちゃんか。 「貴方から誘いを受けるなんて、珍しいこともあるもんです。ですが、僕は今日用事がありまして、またの機会ということでよろしいですか?」 お前、用事なんてないだろ。用事がある奴はな、用事なんて言わずに、その用事の具体名を言い出すもんなんだよ。パーティー行かなあかんねん、みたいなのをな。 「では失礼します」 「キョン君、涼宮さんと仲良くね?」 「‥‥‥‥」 バタン、と扉が閉まり。 「さあ、今日も気合い入れて読むわよ! いいわね!」 俺はいつもより読むスピードが愕然と落ちながら、愛の神とはなんぞやを本とチャイムがなるまで語りあっていった。 「頼む、長門! こんことを頼めるのはお前しかいない!!」 俺はハルヒと別れた後、長門の家に来ていた。噂話のこともあってか、最近のハルヒは以前と何かが違うということを、俺はプロレスラーが技をくらう時に信じられないくらいでかい声を出すくらいのオーバーさに捲し立てて説明した。その話を聞いていた長門も、俺にお茶を出しはしたものの、俺が話している間は何も反応はしてくれなかった。 話し終わった後、長門はこうポツリと言葉を漏らした。 「貴方は、涼宮ハルヒが貴方について何を考えているのかを知りたいということになる」 「‥‥‥そ、そうなる‥‥のか?」 「出来る」 「本当か長門!?」 「でもしない」 「‥‥ハルヒの精神を脅かしちまうからか?」 「それもある。でも私がそれをしないのは、もっと別にある」 「それは‥‥‥一体」 「私はしない。貴方のためにも、彼女のためにも」 そう最後に言った時の長門の目は、何故だか無機質色ではなかった。ほんの少し口調もちょっと強かったな。気のせいではない。 結局、俺は万能宇宙人の力を借りれぬまますごすごと帰路に立たなければならなかった。まあ、そりゃそうだろう。 家につき、 「キョン君おかえり~」 と言ってくる妹をよそに、俺は考えなければならなかった。いや、考えなければならない義務などない。しかしどうしたことか、俺に限ってそんなことはないだろうと思うのだが、そういった考えとは裏腹に勝手に考えてしまうのだ。いつも大して頭を使わないのに、どうしてこんな時ばかり活発に脳とやらは動くのか。俺はベッドに腰かけ、その後仰向けになる形で天井を見つめた。そして、ようやく、避けられないパターンの考えを考慮にいれなければならない羽目となった。長々と喋ってきたが、つまりだ、そのだな‥‥。 俺がハルヒに更なる好意を抱 「キョン君~、ご飯だよ~」 ……ナイスだ。ナイスだ妹よ。いつもくだらない用事でしか俺にちょっかいをかけないが、今回ばかりは最優秀妨害賞にノミネートするくらいの素晴らしいことをやってくれた。危なかった。俺はなんてことを考えていたんだ。危うく1人で悩み苦しみ、悶絶するところだった。そうだ、飯だ飯。俺にとって大事なことってなんだ? ハルヒのことについて考えることか?己が思考を深く追求することか? 違う。断じて違う。俺の最優先事項は飯を食うことだ。そう、そのために生まれてきた。多分、空腹だからさっきのような訳の分からない考えをしそうになったんだろう。危ない危ない。いや、というよりさっきの思考ってなんだ。別に特別なこと考えてないし。谷口の話す自分のモテ度や、他人の話す夢の話やペットの自慢と並んでどーでもいいことを考えていたんだ。そうだろ、俺?今はともかく飯だ。飯を食べよう。今日のご飯は何かな~っと。‥‥‥ 「‥‥どうしたんだ、キョン。なんか目の下にクマがついてるぜ?」 「いや、放っておいとくれ谷口。いやいやいや、やっぱり放っておくな谷口」 「何言ってるんだ、キョン。ボケたか?」 結局夕飯をたらふく胃にぶちこんでも、俺の脳は何かと働き続けていた。ベッドで寝たのは11時のはずだったが、おそらく実際に寝たのは3時間にも満たないんじゃないかと思うくらい、俺は思惑していた。 教室に着き、なるべくハルヒの方を見ないようにして席を着いたのにもかかわらず 「どうしたの、キョン? なんかクマがあるわよ」 と心配そうに声をかけてきた。心配そうに? ハルヒに限ってそれはない。いつも通りの音域でそう聞いてきた。 「まさか哲学書読んでた、なんて言わないでしょうね。あんただとしたら最高にアホ。アホよ。体壊したら、SOS団に参加出来ないじゃない!ま、無理にでも参加させるけど」 本を読みすぎて寝不足の体験をしたお前には言われたくないがな、ハルヒ。 しかし俺は心でそう突っ込んでおきながら、あることに気付いた。 今のこの俺の状況、前のハルヒの状況と似てないか? 実はハルヒの寝不足の原因も、本のせいじゃないのではなかろうか。確か長門が、ハルヒの睡眠不足の原因は‘人格と精神’の熟読と言っていたが、あれはあくまで推察だ。記憶を読もうとしても深くは読めないから、実際のところ本のことなんて関係ないかもしれない。今の俺だからこそ分かることがある。もしかしたらハルヒも何か考え事をしていたのかもしれない。何を?何をだハルヒ? 「多分、恋ですよ」 「なんだと!?」 「あ、いえ‥‥‥貴方の食べているお弁当のその魚、きっとコイですよっていう意味です」 谷口達と食べると、また噂話について聞かれるかと思い、ここでひっそり食べようかと思っていたら、先客が2名いた。1名は無論長門だ。もう1人はこいつだ。 にしても、そういう意味ですってなんだよ古泉。普通そんなこといちいち付け加えないぞ。 「と、言われましても‥‥そういう意味なんですから。貴方が誤解しないように、ね」 「誤解ってなんだ。まさかお前まで例の噂を信じてるわけじゃないだろうな」 フフと誤魔化し笑みを浮かべる古泉は、今回は弁当を持っていない。お前、今度は何しに来たんだ。 「今回は貴方が来るだろうと思ってここに来たわません。長門さんに話を聞いてもらいたかったのです」 「長門に?」 ええ、と頷く古泉に対し、長門はいつものように本を読んでいる。長門とは昨日の一件があってか、少し話しかけ辛いように俺は思えた。長門は無表情だから、そんな風に思ってるかどうかがさっぱり分からんのだが。 「最近、また閉鎖空間が発生していましたね」 「‥‥いつものことだろ」 「いえ、それが妙なんです」 古泉は俺と長門を交互に見てから、ハルヒの席を見た。そして目をしっかりと開き、いつもの微笑みを消してからこう続けた。 「閉鎖空間の規模が、どんどん大きくなってきてるんです」 それは、ハルヒがストレスをまた溜めているということか? 「ええ。でも、今まではこんなことありませんでした。閉鎖空間は涼宮さんの精神が不安定になると発生するものです。つまり、あの神人や空間は、涼宮さんのイライラそのものなんですよ。だとしたら、毎回僕達が必死で神人や空間を食い止め、倒し、元通りにしているのですから、閉鎖空間発生後はそうそうストレスが堪らないわけです。しかし‥‥」 古泉は俺の方をじっと見据えた後 「どういうわけだが、閉鎖空間の規模が回数を増す度に膨れ上がっていくのです」 「なんだ、その目は。まさか俺が原因か?」 待てよ古泉。俺はハルヒに嫌だ嫌だいいながらも、ちゃんとここまで付き合ってきたはずだ。読書の件のことだぞ。おかげでハルヒの機嫌も最近良いし、俺が原因となるようなことはしていない。 「おさらいしてみましょう」 古泉は微笑みを浮かべてから、そう口にした。 「涼宮さんは本が読みたかった」 そうだな。 「医学の本が読みたかった」 そうだな。 「そして読書大会なるものを開き、それを終え、今に至る」 まさしくそうだ。ハルヒが医学の本が読みたいがために、こんな読書キャンペーンまがいなのをする羽目になったんだろ。 「でもそれはおかしくないでしょうか?」 「何がだ」 「医学の本を読みたかったら、自分で勝手に読めばいいということですよ」 「独りで読むのが嫌だったんだろ。だからSOS団を巻き込んで、俺はこんな羽目に」 俺がそう言うと、古泉の俺の顔に人差し指を向けた。ズビシッ、と音が出るような勢いで。 「それですよ」 「何がだ」 「SOS団を巻き込んで、がポイントなんです」 古泉は推理小説で、読んでる最中に犯人が分かった読者のような顔をしていた。いつものうっとうしさが200%増しだぞ古泉。 「僕たち、どうやって本を選びましたか」 「クジだろ」 「涼宮さんは自分の神がかり的な能力に気づいていらっしゃいません。ここが大事なんです。涼宮さんが医学の本に当たる確率は5分の1。涼宮さん自身、人の精神なるものに興味を持ったのに、それが読みたくても読めない確率が8割なんです。いくら涼宮さんがSOS団を巻き込みたかったといっても、あまりに非効率すぎはしませんか?」 「確かにそうだが‥‥じゃあ、ハルヒはなんでこんなことを言い出したんだ?」 「真相が違ったんです」 真相なんて言葉、薬で小さくなった小学生探偵の番組以外で聞いたことないぞ。 「涼宮さんは人間の精神が学びたかったのではないんです。この読書大会は、貴方に本を読ませる環境を作り出すのが目的だったのです」 「なっ‥‥古泉。どういう意味だ」 「簡単ですよ」 長門も興味があるのか、活字から目を離して古泉を見つめている。 「涼宮さんはテレビで医学関係の番組をやっているのを見て、ふと思いついたのです。読書大会を開くことをね」 「関係ないだろ」 「大ありなんですよ。何故なら、その番組を見て、医学というのは何て難しいのだろうと涼宮さんは感じとった。そして、もしこれを本で貴方に読ませたらどうなるだろうと」 読めるわけないだろ、そんなもん。 「その通りです。あ、いえ、その通りというのは失礼でしたね。でも涼宮さんはそう思ったわけです。そして、ある作戦を思いついた」 「もったいぶらずに早く言え」 「了解しました」 「涼宮さんはSOS団を巻き込んだ読書大会を開きました。1週間に5冊という、2日に1冊読んでも間に合わない若干無理な条件でね。読む本は自由ではなく、選択式。医学、科学、哲学、エッセイ、小説。ちなみに聞きますが、貴方はこの中のどれだったら1週間で5冊いけそうです?」 「いや‥‥どれも無理だな」 「涼宮さんもそう目論んだ。そして涼宮さん内心、きっと貴方に哲学か医学か科学に当たることを願ったのです。そして願い通り、貴方は哲学に当たった」 ‥‥‥おい、まさか。 「当然貴方は読めるはずもなく、補習を言い渡されます。僕らが全員2桁以上読んでいるので、貴方も2桁読めと、最も納得いきそうな理由で、貴方は10冊読むことに決定した。仮に僕が5冊でも、貴方は10冊読むはめになっていたでしょう。延滞料で」 「じゃあ‥‥なんだ。それだとまるで、最初からハルヒは俺と2人きりになりたかったみたいじゃないか」 ニヤニヤと笑った古泉は 「その通りです」 と自信満々に言った。まさか‥‥そんなことはないだろ‥‥。 「長門さんが例えチャイムギリギリになって本を閉じることをしていても、貴方は残されていたでしょう。居残りで」 「な、なんでハルヒはそんなことをするんだ‥‥?」 我ながら情けない声色になっていたが、ハルヒがここにいないというのに、心臓は激しくビートを刻んでいた。静まれ、俺のビート! 「さあ‥‥何故でしょうね?」 古泉はトドメと言わんばかりにウインクを俺にした。止めろ、気持ち悪い。 「涼宮さんは貴方と2人きりになることを望んだ。証拠は貴方もご存知の通り、例の噂ですよ。涼宮さん自身が、そういった噂が広がればいいのにと望んだあの噂です」 俺はまだ弁当を半分しか食べていないのに、もう胃はギブを宣言していた。むしろ逆に、胃の中のものが外に出そうといわんばかりに俺は緊張していた。まさかハルヒが‥‥‥。 「待て待て。ハルヒが睡眠不足なのはなんでだ!?」 「それは、貴方に示しがつかないからでしょう。どんなに難しい医学の本でも、ノルマの倍はいっておいた方が、補習の際に説得力増しますし」 「確かあの時、閉鎖空間が発生してなかったな。あれはどうなんだっ!」 「閉鎖空間は精神の不安定からきます。だが、あの時の彼女は不安などなかった。確実に貴方なら読んでこないだろうという自信があったのですよ。眠いのも我慢したのも、全て自分で分かってのことです」 「じゃあ、じゃあだな‥‥‥」 そう口にして、何も出てこなかった俺はようやく痛感した。なんてことだ。まさか、古泉の推察に反論出来ない日が来ようとは。 「問題は、ここからなんですよ」 俺が独り悶絶していた矢先、古泉は声色を変えて長門を見据えた。顔からもいつの間にか、微笑みが消えていた。 「先ほども申しましたように、閉鎖空間はここ毎日発生しています。大きさを重ねてね。我々が四苦八苦して止めているのに、涼宮さんのイライラは増すばかり。今までの話を聞いて、長門さん、どう思いますか?」 「涼宮ハルヒは待っている。彼はそう言いたい」 長門、頼むから俺を見ながら言うのを止めてくれ。大体待つって、何をだ。ハルヒは何を待っているというんだ。 「決まってるじゃないですか」 古泉は真剣な表情を崩して、また笑みを浮かべながら 「告白を、です」 と言った。お前も表情をコロコロ変えて世話忙しい奴だな。 それにしても、長門。昨日はそう意味なのか。俺やハルヒのためにもって、そういう意味なのか? 「世界は、貴方が言うか言わないかにかかってます」 古泉がそう言った際、俺は何て口にすればいいか分からなかった。嫌だ? 分かった? 黙れ? 「嘘じゃありません。このままの規模でいったら、世界が飲み込まれるのもそう時間はありませんよ。あと‥‥そうですね、約1週間です」 ……読書の時もそうだったが、今度の1週間はもっと酷になりそうだ。 「でも、貴方は涼宮さんのことそんなに嫌いではないのでしょう? むしろ最近は、好」 「うるさい!!」 何を切れてんだ、俺。 あれから気まずい雰囲気となり、チャイムが鳴るまで俺は弁当箱を眺めていた。まだ中身はあるが、とても胃に入りそうにない。 ‥‥しかし、ハルヒもハルヒだ。何故こういう時ばかり状況だけを作って、あとは受け身モードなんだ。あの閉鎖空間での出来事もそう。キスの次は告白か。順序が逆で、笑えるぞ。 予鈴が鳴り、古泉達は部室から出て行ったが、俺は出て行かなかった。というより、足が動かない。 もし俺がハルヒに対して何の感情も抱いていなかったから、逆にあっさりと告白をしていたかもしれない。いや、でもやはり最終的にハルヒの心を傷つけるようなことをしたくはないから、古泉達になんとかしろと言っていただろう。 あの閉鎖空間の中での出来事は、ちょっとした強制でもあったのだ。世界が滅亡する瞬間に急に呼び出され、さあ早くしないと皆消えるぞという時だった。でも全く好きじゃなかったら、俺はしていただろうか?やっぱり答えはさっきと一緒で、きっとしていない。 「昔からキョンは変な女が好きだからねぇ」 いつだったかの国木田の言葉が思い出される。国木田、お前は佐々木のことを言っているのか? だとしたらハズレだ。やっぱり俺は、佐々木も好きかどうか分からなかったからな。 一緒に居て楽しい。 ハルヒも佐々木も、そういった部分で重なり合う。 「お待たせー!! 皆揃ってるわね。キョン、あんたなんで5時間目サボったのよ!」 「青春のサボタージュだ。多めに見てくれ」 「何よそれ。変なの。でもSOS団には来てるから、死刑じゃなくて罰金にしといてあげるわ! 今度の活動の時は、あんたが1番に来ても払うのよ。いいわね!」 このハルヒのどこがストレスが爆発しそうなんだ。どこからどう見たって健康良子だろうが。古泉の推理が外れてるという可能性は多いにあるぞ。 だが俺はそれを口に挟まず、黙って哲学書を読むことにした。今更になってだが、この本の言っていることが、それこそ遮光メガネを通して見た太陽のように明瞭に、頭に文字が入りこんでくる。この人達も考えて考えて考えて考えて、考えすぎてこうなったのだろう。今の俺とおんなじだな、預言者さんよ。 俺が食い入るように本を読んでいると、ふと誰かが横に立った気がした。目線を上げれば、そこにはメイド姿の朝比奈さんがいた。 「あ‥‥き、キョン君。お茶をどうぞ」 「すいません朝比奈さん‥‥って、ん?」 お茶の受け皿を見ると、何か紙が折り畳んである。ハルヒの方をそっと窺うと、今はパソコンに夢中らしい。朝比奈さんの様子から見ても、これは早く隠した方がよさそうだ。 「‥‥‥おいしいです。ありがとうございます」 「いえいえ」 お茶は本当に上手い。そして、この手紙をくれたことにはありがとうだ。俺は手紙をブレザーのポケットに閉まった。 紙には場所が指定されていた。俺はハルヒと踏切で別れた後、真っ先にその地へと向かった。夏に朝比奈さんの膝でぐっすりと眠ってたあのベンチだ。 「キョン君、良かった。思ったより早く来れたんですね」 その場所にはすでに未来人が待機していて、制服姿のまま俺を待っていてくれていた。長門の話を聞き、古泉の話を聞き‥‥。 朝比奈さんは、一体俺に何を伝えようとしているのだろうか。電灯の明かり以外何も照らすものがないその元へ、俺は駆け寄った。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅲへ
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「やめろ古泉!!」 赤い玉がこちらに迫ってくる。 俺の前で赤い玉は何かに阻まれるように激突し、激しくスパークし、そして地面に落ちて古泉に戻る。 「やはり、無理でしたか」 古泉は苦笑すると、立ち上がった。 「でも物理的手段なら」 古泉がふところから黒光りする銃を取り出し、俺に突きつけた。 そして引き金をひく。 「・・・・・・」 何も起きはしない。 「私では無理なのですね。やはり」 俺は古泉の手を掴むと銃を取り上げ、遠くに投げ捨てた。 「とうとう本当の事を話す時が来たようです。貴容さん」 古泉はニヒルな笑を浮かべると俺に言った。 「どういう事なんだ?」 「あなたは神を信じていますか?」 「神? ハルヒの事か?」 「違います。本当の神様です」 「別に否定はしないさ。いた方がいいと思う。死後の世界だってあった方がいい。悪人も善人も結果は同じなんて理不尽だしな」 俺は肩を竦めた。 「神は、実在します。二人の神が」 この世には、善の神と悪の神がいて戦っていると古泉がいった。 そして、最後の決着をつける為に二人の神の代理人とも言える存在を生み出したのだと。 「それがあなたです」 「すまん。なんだって?」 「あなたは神によって創造された代理人の一人なんです。だからこそもう一方の代理人以外に殺す事は出来ない。世界は、あなたともう一人の代理人の最終戦争によってその運命が決まるんです」 「もう一人は誰なんだ?」 それは俺がよく知っている相手の名前だった。 「俺はそいつを倒すしかないのか」 閉鎖空間が赤く染まっていた。あり得ない色に染まっていた。 「それはあなた次第です。あなたは神によって創造された存在、第三の選択をする事すら」 確かに小さい頃から、まわりの奴が、ザコ、カスにしか思えなかった。 どのような相手ですら俺の敵ではなかった。勉強などゲームのようなものだった。 「だが、世界の運命と言われてもな。いや、元々、SOS団は世界の運命を背負わされていたのだったな」 俺は笑って肩を竦める。神は、ハルヒにせよ、本物にせよ。 何時もそうやって俺をけしかける。 「不可能な事、大きな事を目の前に出されると征服したくなる性質でな」 俺はポケットに手を突っ込むと歩き出した。 閉鎖空間がはじける。 俺は町に歩き出した。 そして、俺は部室棟に行き。そしてSOS団の扉を開いた。 そこには涼宮ハルヒが立っていた。 「ハルヒ、いや、実は、古泉の事なんだが」 眼が虚無的だった。まるでハルヒじゃないみたいだ。 「こんちは、キョン。いいえ、佐橋貴容さん。実は、私は涼宮ハルヒではありません。いいえ、涼宮ハルヒなどという人間は本々存在しません。日本に涼宮なんてみょうじはないんです」 なにを言ってるんだこいつは。 これが最後の戦いの始まりだった。 次回につづく
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『涼宮ハルヒのロバ』 プロローグ 社交的と内向的、楽天家と悲観論者、朝型と夜型、男と女。人類の分類基準は人それ ぞれだが、俺に言わせればそんなものは数十万年前からひとつしかない。 「引きずっていく奴」と「引きずられる奴」だ。 かくいう俺はもちろん後者であり、保育園から高校まで、自慢じゃないが「長」と 名のつくものには一度もなったことがない。そのかわり和の精神を貴ぶ正統派事なかれ 主義者として、わざわざリーダー役を買って出た御苦労様に逆らうということも滅多にない。 その怠惰で享楽的とも言える生き方はSOS団においても続いてきたわけで、高校入学以来 ハルヒという暴君に唯々諾々と従ってきた俺が突然反旗を翻す時がやってくるなどと 誰が予想したろう。けれども人間とは永遠の謎であり、かつまた無限の可能性を秘めた 存在でもあるわけで、神の啓示を携えた大天使は確かに俺の頭上に舞い降りたのだ。 昨夜の9時40分頃、晩メシ後の風呂につかっていた俺の頭に。フロイト先生もびっくり。 まあ、そうは言っても別にハルヒをリコールしようというわけではないし、SOS団を 乗っ取ろうというのでもない。そんな疲れる情熱は100万回生まれ変わっても俺の頭に わいてくるはずがない。そう、俺はただ妹のアンパンマンシャンプーで頭を洗いつつ スコッと決心したのだ。SOS団をやめよう、と。 Ⅰ.長門改造計画 なぜ急にそんな気になったのかと聞かれても困るし、理由はそれこそ山ほどあるのだが、 そのへんについてはおいおい話していこうと思う。今はただ、そう決心したとたんに俺の 心が開放感に満たされ、春風に舞うタンポポの綿毛のように軽くなったことだけ理解して もらえればいい。さすがに少しは寂しい気分になるかと思っていたのだが、こんなことなら もっと早く決断すればよかった、という感じだ。俺は自室のカレンダーに退団宣言から 退団まで、推定五日間に及ぶ大計画表を一気に書き上げ、その最終日に「自由解放記念日」と 大書きして赤丸で囲んだ。この世を去るまでの幾歳月、親の名前は忘れても俺がこの日を 忘れることはないであろう。うむ。それから歯を磨いて寝ちまったのだが、翌朝むっくり 起き上がるとそのまま計画表に直行し、項目をひとつ書き加えた。アメリカのビジネス エリートは就寝前に明日の予定に目を通すそうだが、歓喜の興奮状態から醒めた脳は 睡眠中も活動を続けていたらしく、退団決行前にすませておきたいことをひとつ思い 出したからだ。 SOS団を去る前に俺がすませておきたかったこと。ちょっとした心残り。それは朝比奈 さんの次期コスプレ衣装の選定、ではなく(その件に関しては『退団後も院政を敷き影の 影響力をふるう』と計画表にある)、SOS団でもっとも頼りになり、かつなんとなく危なっか しいヤツ、つまり長門だった。初めてこいつに会った時から、俺にはどうも納得のいかない ことがひとつあったのだ。けれども俺の「長門改造計画」の実現には、ある人物の協力が 不可欠だった。短気で強引で自己中心的だが、行動力だけは十人前。SOS団メンバーの 誰ひとり正面切ってまともに逆らえない奴。そう、あの悪夢の三日間はある大安吉日の 放課後、そいつに声をかけることからはじまったのだ。 「ハルヒ、おまえ長門の家に行ったことあるか?」 「ないけど、何?」 「今からあいつんちに本返しに行くんだが、おまえちょっとつきあわないか」 「そんなの明日学校で返せばいいじゃない。なんであたしがつきあわなくちゃ なんないのよ」 「又借りしてる本の返却日が明日なんで、今日返さないとまずいんだよ。嫌ならいいが、 長門の部屋にあいつと二人きりだとなあ……」 「スケベ」 「じゃなくて、間がもたん」 ハルヒは妙に納得した様子で、ぶつぶつ言いながらも結局ついてくることになった。 お礼に夕食おごれだの、何でそこまでだの、まるで仲良し高校生カップルのような微笑ましい 会話を続けつつ長門のマンションにたどりつくと、部屋の主はふだんより0.5mmも大きく 見開いた目で「激しい驚き」を表現しつつ俺たちを迎え入れた。通されたのは最初に 宇宙人の告白を聞いた時と同じ、コタツがひとつきりの殺風景な居間だ。一応訪問の口実 にした本も持ってはきたが、返却日が明日というのは真っ赤な嘘なので、長門は俺たちの 突然の来訪の理由がわからなかったに違いない。普通なら「どうしたの? 何か用?」と 聞くところだが、こういう時には滅多に自分から話しかけようとしない長門の習性が ありがたい。物問いたげな瞳に気づかぬふりをして出された茶をすすっていると、 トイレ経由で居間に到着した人間爆弾の声が響き渡った。 「何これ? 有希ってば、どっか引っ越すの?」 「いや、聞いてないな」 「だって、じゃあ、何よこの部屋? 空っぽじゃない」 「よけいなものを置かない主義なんだろ。シンプルでけっこうじゃないか」 「バカ。カーテンもない部屋で、どうやって着替えるのよ。だいたい有希、なんで家で 制服着てるわけ?」 「俺は別に異存はないぞ。なんなら制服のまま布団に入ったっていい。それはそれで風情が あるというもんだ」 「変態。あんたの趣味なんか聞いてないわよ!」 俺の背中に蹴りを入れると、ハルヒはそのまま他人の家のガサ入れに入った。悠然と 茶をすする俺と「何これ!」「信じられない!」とドアを開けるたびに叫ぶ刑事を交互に 見ながら長門は困惑の度を深めているようだ。3杯目のお茶を飲み干した頃ようやく 戻ってきたハルヒはすっかり冷たくなった湯飲みを一気にあけ、有無を言わさぬ調子で 宣言した。 「いつまで飲んでんの、キョン! 出かけるわよ! 有希もほら、支度して!」 「出かける? どこへ? 俺、そろそろ帰りたいんだが……」 「買い物よ、買い物。ぶつぶつ言わずに窓の寸法はかって! ぐずぐずしてると店が 閉まっちゃうじゃない。夕食は外で食べればいいわ。デパート探検の経費として、 特別に部費から出したげる」 何が特別だ、おまえも食うくせに。まさかその調子でしょっちゅうどこかの「探検経費」を 捻出してるんじゃないだろうな。 部屋の寸法をなぜかすべてミリ単位で正確に記憶していた主のおかげで準備は一瞬で 終わり、ハルヒは俺と長門をタクシーにひきずりこんで駅前のデパートに乗りこんだ。 その後俺に課せられた肉体労働については正直あまり思い出したくない。ピンクのパジャマに ドライヤーはいいとして、速乾性タオルにアイロンに体重計、洗濯ネットに姿見に…… 睫毛はさみ器? 女子高生の一人暮らしにあんなにモノが必要とは思わなかった。 「こらこらこら、手伝うのはいいが、金出すのは長門だぞ。そんないっぺんに買えるわけ ないだろうが」 「うるさいわね、だからタオルは私が買ったじゃない。あんた、有希があんな殺風景な 部屋に住んでて平気なの?」 「だからもう十分だろうが!」 「まだ半分よ!」 「だいじょうぶ、この国の紙幣を再構成するのは」 言うな長門、言うなそれ以上。俺はまだネットに実名を晒されたくない。 どんどん増えていく手提げ袋の重さにあえぎながらも、俺は花柄の座布団に座った情報 統合思念体がキティちゃんのカップで茶をすする様子を想像して持ちこたえた。そう、 俺はこの長門のボスにあたる奴がどうも好きになれないのだ。長門を人間「ぽく」作りながら、 人間らしい感情を持つことを渋っているように見えるケチな根性がどうにも気にくわない。 そいつがもしスタートレックのスポックみたいな奴なら仕方ないが、そうでなければピンクの パジャマで茶を運んできた長門を見て少しはあわてろ、そして反省しろと言いたいのだ。 もちろん長門家の会話がコタツを介して行われるはずがないのはわかっている。けれども 普通の女子高生のような部屋に住むことで、せめて長門には感じてほしいのだ。未来から 来たネコ型ロボットがドラ焼きに固執していいなら、「超高性能ヒューマノイド型インター フェース」はもっともっとワガママに生きていいはずだ、ということを。 長大な買物リストを手にデパート中を走り回ってパジャマからスリッパまで一通り 買いそろえたハルヒは両手一杯の荷物にあえぐ俺を尻目に涼しい顔でのたまった。 「できればトースターも欲しいとこだけど……いいわ。ロバが貧弱だから、それはまた 今度ね。最後にぬいぐるみだけ買って帰りましょ」 誰がロバだ。貧弱で悪かったな。おまけになんだって? ぬいぐるみ? それのどこが 必需品だ! すでに前方視界の確保さえままならないというのに、このうえどうやって そんなかさばるものを持てと言うのだ! ……しかしまあ、谷口ランキングによれば 長門も一応Aランクの美少女なわけで、ピンクのパジャマでテディーベアを抱きしめる 長門というのも、それはそれでいいかもしれ……。ハルヒの冷たい視線に気づいた俺は あわてて長門に耳打ちした。 「すまん。何でもいいからひとつ買ってやってくれ。なんならふたつでもいいぞ。 金は俺が出すから」 「何よキョン、そんなにお金余ってるなら、私にも何か買いなさいよ」 「おまえには朝比奈さんという等身大着せ替え人形があるだろうが!」 玩具売り場へ移動をはじめたSOS団分隊はしかし、寝具コーナーの前で早くも停止した。 なぜかそこにそれらしき動物集団を発見したからだ。いつものようになぜか俺に指示をあおぐ かのような視線を向ける長門に大きくうなずいてやる。餅にしか見えない犬だのボールにしか 見えないヒヨコだのの前で長考に入るかと思われた長門は、意外に早くひとつのぬいぐるみを 選び出した。不恰好な棒のように見えたそれは、どうやらキリンらしい。まぬけな顔と長い 首の下に、頭とさして変わらないサイズの胴と申し訳程度の足がついている。値札には抱き枕 とあるが、正直テディーベアとはかなりひらきがある。 「何この顔、バカみたい。有希、本当にこんなの欲しいの?」 その意見には完全同意だが、他人が気に入ったものをバカ呼ばわりするな。 「これでいいんだな?」 「いい」 小さな身体で巨大なキリンを抱きかかえた長門(想像してくれ)と共にレジへ向かうと、 なぜかハルヒが同じものを持ってついてくる。 「あたしにも買ってよ、このバカキリン。いいでしょ、それぐらい。半日つきあったのよ」 「しつこいな。バカバカ言う奴に買われちゃキリンが迷惑だ。シッシッ!」 ご機嫌斜めを通り越して垂直爆撃に移ったハルヒは自分が持っていた袋まで俺に押し つけてさっさと出口へ歩き出したが、正義の信念に貫かれた俺は甲子園出場が危ぶまれる ような部内イジメにもひるまなかった。朝比奈さんの悩殺ショット流出未遂事件を思い おこすまでもなく、ハルヒの機嫌が最悪になるのはあいつが完全に悪い時と決まっている。 もしかすると今晩あたり、キリンの星のお姫様が黄色いパジャマで恩返しに来るかも しれない。 (この子を怪物から救ってくださった御恩は一生忘れません) (いやあそんな、当然のことをしたまでですよ) (お礼に一晩、私を抱き枕に……) いかん、これでは谷口と同レベルだ。思わず思い描いたお姫様役が朝比奈さんという のも男子高校生として健全すぎる。怪物役のキャストが決定済なのはいいとしても。 買いもらしたものがあるというハルヒと出口で合流してデパートを出た俺たちは、近く のファミレスで夕食をすませ、戦利品の山をマンションに持ち帰った。時間が時間だった ので、小柄な長門のかわりにカーテンだけ吊って今日はこれでお開きである。買物の山の 前に立ちつくしてそれらをどう扱うべきか思案している様子の長門は、個々の品物の用途 についてはおおむね理解しているのだろう。そしておそらく、それらを無理やり長門の 部屋に持ちこんだ俺たちのおせっかいな行為の意味も。けれどもハルヒセレクトの青春 一人暮らしセットが万能端末である長門の生活をどれほど快適にしてくれるかは怪しい かぎりだ。コンビニ弁当を買ってたぐらいだから魔法のテーブルクロスは持ってないの だろうが、乾いた髪を一瞬で「再構成」できる長門にとって、ドライヤーなど使いにくい 肩たたきでしかないだろう。 「わかってるさ……」 思わず口をついて出た言葉に長門が顔を上げる。 「?」 「いや……なんでもない」 おまえの部屋をいくらピンク色に飾りたてても、それでおまえの心のリミッターを はずしてやれるわけじゃない。ピノキオが人間になれたのは、ゼペットじいさんの愛の おかげだ。そんなことはわかってる。でも今お前が接触している人間という奴は、実に 無力な存在なんだ。人間には1秒でギターをマスターすることもできなければ、椅子を ヤリに変えることもできない。そして誰かを傷つけずに、誰かに優しくしてやることも できないんだ。どんなにそいつの幸せを願っていてもな……。 律儀でストイックな長門にいつも助けられる一方の俺。結局、俺の計画はその負い目を 軽くしたいという自己満足でしかなかったのだろうか。けれどもマンションのドアが 閉まる直前、キリンを抱いたまま俺を見つめる少女は、かすかに「ありがとう」と ささやいたような気がした。 Ⅱ.退団宣言 SOS団脱退計画の第一段階をとりあえず無事終了させた俺は、その翌々日、ハルヒ以外の SOS団メンバー全員を駅前の喫茶店に呼び出した。自由参加の部活から俺が抜けることを ハルヒに拒否できるはずはないが、外堀から埋めておくに越したことはない。いわゆる 根回しというやつである。ハルヒは珍しく学校を休んでいたので本当は部室でやっても よかったのだが、授業を休んだハルヒが部活に来ないとも限らない。こうして喫茶店に 座っていてもいきなり窓から装甲車で突っこんでこないか心配なぐらいだ。いつも市内 探索の打ち合わせをしているテーブルには、急な召集にもかかわらず、ほどなく全員の顔が そろった。日頃団の活動に消極的な俺が召集をかけたことにメンバーは一様にとまどって いる様子。特大のメニューを囲んで談笑しつつ、ちらちらと順番に俺をふりかえる顔が なんとなく可笑しい。全員の飲み物を注文し、ついでに欠食児童の疑いが濃い長門に チョコレートパフェをとってやると、俺はソーダのグラスをマイクがわりに挨拶をはじめた。 「えー、本日はお忙しいところをお集まりいただき、誠にありがとうございました。 ただいまより『涼宮ハルヒ被害者友の会』第一回会合を行いたいと思います」 古泉と朝比奈さんが思わず顔を見合わせ、長門は俺を凝視する。 「被害者……友の会? ひょっとして僕たちもその会員なんでしょうか」 「そのとおり」 「わたしも? わたしもですか?」 「もちろんです、朝比奈さん。あなたは栄えある会員第一号、いや、この会自体が あなたのために存在すると言ってもいい」 「なるほど。それで? 本日の議題をお聞かせ願えますか?」 俺は胸を張ってこたえた。 「ズバリ、SOS団をいかにしてつぶすか」 「えーっ、つぶしちゃうんですかぁ? どうして、どうしてですか?」 古泉がくっくっといつもの含み笑いをはじめる。 「いや失礼。驚きました。まさかあなたがクーデターとは。さすがの涼宮さんも、あなた が造反をおこすとは夢にも思っていなかったでしょう」 朝比奈さんはかわいらしい唇をすぼめながら途方にくれ、長門はパフェのアイスを すくったまま凍りついている。唯一俺の言葉を本気にしていない様子の古泉に向き なおると、俺は続けた。 「なんとでも言え。俺は本気だ。SOS団は解散すべきだ。それもできるだけ早く。おまえは そう思わないのか、古泉。ハルヒの気まぐれで胡散臭い超能力者になるまでは、おまえも 普通の中学生だった。そうだな? 頭もよければ運動神経もよく、おまけにツラまで いいという人類の敵みたいな奴がハーレムも作らず毎日シケた部室で俺とゲームに 明け暮れているのはなぜだ? ハルヒとあいつの巨人のせいだろうが。あいつさえいなけりゃ おまえは今ごろ光陽園学院あたりでかわいい女の子に囲まれながら楽しい高校生活を送って いただろう。これが被害者でなくてなんだ?」 「朝比奈さん、あなたもそうです。ハルヒもうらやむ美貌と体型の持ち主であるあなたが 大事な青春時代を禁則事項とやらのために自由に彼氏も作れない時代で島流しになってる のはなぜです。みんなハルヒとSOS団のせいじゃないですか」 「長門。統合なんたら体に生み出されて3年というのが本当なら、おまえはまだよちよち 歩きの保育園児だ。『お空はどうして青いの?』なんて微笑ましい質問でパパを喜ばせ、 クマさんやゾウさんのぬいぐるみに囲まれて毎日全力で笑ったり泣いたりしているはずの おまえが、なぜママもパパも絵本もカーテンもない部屋でしこしこハルヒの監視役なんぞ やってる。て言うか、まずそのアイスを食べろ! たれてるぞ!」 「なるほど、お話はごもっともです。でも僕はこれでけっこう今の生活を楽しんでるんですが」 「そう言うと思った。おまえならそう言うだろう。おまえも長門も朝比奈さんも、 ハルヒの気まぐれから地球を守るという崇高な使命のため北校にいるんだからな。 しかし宇宙人と未来人と超能力者が寄ってたかってハルヒのご機嫌とりに明け暮れても、 それで平和が保たれるという保障はあるのか? 俺とハルヒがあの空間に閉じこめられた 時だって、帰ってこられたのは奇跡みたいなもんだ。あの気まぐれ団長が正真正銘、 混じりっけなしの普通人である俺の言うことをいつまでも素直に聞くとは思えんし、 俺も王子様役を無理やりやらされるのはもうごめんだ。第一、こんな独裁制はハルヒの ためにならない。あいつが将来銀行に押し入って朝比奈さんみたいな行員にナイフを つきつけ、『人質の命が惜しければ今すぐ宇宙人を出せ!』などと言いだしたらどうする? 支店長さんは警察と病院のどちらに電話するべきか、さぞかし悩むことだろう。あいつ だっていつかは退屈な世界と折り合いをつける方法を見つけなくちゃならないんだし、 その可能性はゼロじゃない」 「なるほど、わかってきました。つまりあれですね、この前のライブのことをおっしゃって るんですね」 ニヤけた顔して相変わらず鋭いやつだ。そういえばあの日、こいつは俺のとなりに いたっけか…。 「そう、あれも解決法のひとつかもしれん。あとで聞いたらハルヒのやつ、演奏してる間は けっこう充実感みたいなのを感じてたらしい。観客席で火星人の団体が縦ノリしてた わけでもないのに、だぞ。軽音部の連中がお礼に来たときのハルヒの顔を見せて やりたかったよ。まるで銭形警部に感謝状もらったルパンみたいにうろたえてたぞ……」 そう、すべてはあの日からはじまったのだ。雨宿りの学生で一杯の体育館で、突然 はじまったENOZの演奏。その思いがけないレベルの高さに浮かれて大騒ぎしている 北高生たちの中で、俺はただ呆然とハルヒを見つめていた。マイクに噛みつきそうな 顔で叫ぶように歌うハルヒ。驚くほど真剣な顔で歌い続けるハルヒを。そして周囲の 歓声をどこか遠い場所のものに感じながら、思い出していたのだ。ハルヒはいつだって 真剣だったことを。現実に譲歩して、その情熱の軌道をほんのちょっぴり修正する気に さえなれば、いつでもこの世界に歓声で迎えられる奴なのだということを。 「あいつの御機嫌をとるため、俺たちは今までがんばってきた。国連事務総長から御手製の 肩たたきサービス券、CIAとFSBから盗聴器つきの花束をもらってもいいぐらいにな。 しかしあいつのワガママを実現してやるのが本当にあいつのためになるのか? 俺たちは 何か勘違いをしてたんじゃないか? 最近のあいつを見ていると、SOS団のあることが かえってあいつの『更正』を邪魔しているような気さえする。たとえば長門が……って、 また長門に頼ることになるが……ハルヒと一緒に軽音に移ってくれれば、あいつもカタギの 人間として人生を楽しめるようになるかもしれない。映画スターでもツギハギ天才外科医でも 何でもいい。派手好きのあいつが気に入る商売が見つからないとも限らないだろう。高校を 出ればどのみちSOS団はなくなるんだし、俺たち全員がやめると言えば、いくらハルヒでも 解散するしかない。ちがうか?」 「お話はよくわかりました。わかりましたがしかし、正直賛成はしかねますね。あなたが 今言ったようなことは実際、『機関』も考えなかったわけではありません。でも残念ながら リスクが大きすぎる。それはあなたにもおわかりでしょう。涼宮さんが卒業した時点で サポートが不可能になるなら話は別ですが、僕たちのうちの『誰か』が彼女と同じ大学に 進んだとしても不思議はないし、我々の力でそれを実現するのは十分可能です」 恐ろしいことをさらりと言うな! おまえは魔女か! 「あなたと涼宮ハルヒの学力差を埋めることは不可能ではない。涼宮ハルヒがあなたに 合わせるのはさらに容易」 だからそういう問題じゃないと言うのに! 婉曲的表現もかえって痛いぞ! 不可能を 可能にするな! 「だって、キョンくん、だめです、そんなの。涼宮さんと別れてさみしくないんですか?」 別れるも何も、教室のあいつは俺の背後霊なんですよ朝比奈さん! 悪霊にとり憑かれた 人間が墓場のデートを控えようとしてるだけなんです! 俺は全身脱力した気分で椅子にくずれ落ちた。議論の行き詰まりを全員が感じ、 喫茶店に気まずい沈黙が流れる。……いいんですよ、朝比奈さん。そんなにおろおろ しなくても。すべては結局、ここにいない誰かのせいなんですから…… 「……ところで涼宮さんにはもうこの話を?」 「いや……明日学校で言うつもりだが」 「そうですか。それならすみませんが、少し待ってもらえませんか」 「なんだ、懐柔工作か? 時間稼ぎか? 言っとくが俺はもう」 「いえ、とんでもない。僕たちにあなたを引き留める権利はありませんよ。ただ 涼宮さんは今、少々加減が悪いのです。かなりタチの悪い風邪にかかったらしく、 体力が落ちている。できれば今はショックを与えたくないんです」 初めて聞く話に俺は少々戸惑った。あの原子力駆動娘が風邪なんかひくだろうか? 策士の古泉が言うことはイマイチ信用できない。歯磨きのCMみたいな嘘くさい笑顔の裏で また何か企んでるんじゃないだろうな……。けれどもちらりと目をやると、バナナ殲滅に 移行した長門は無言で小さく頷いた。 「わかった。ハルヒの病気が治るまでは言わない。それでいいか?」 「けっこうです」 結団以来の平和な会合ではあったが、ハルヒの抜けた善男善女の集まりが地球征服の計画で 盛り上がるはずもない。友の会の初会合は結局そのまま終わってしまい、俺はむくれた顔の まま喫茶店を後にした。もっとも、むくれた顔は半ばパフォーマンスで実際にはそれほど 気落ちしていたわけではない。異能者三人組がSOS団をやめるはずがないことは初めから わかっていた。SOS団をつぶそうと言ったのはハッタリで、ハルヒの「社会復帰」について 三人が少しでも考えてくれればそれでよかったのだ。けれどもハルヒが病気と聞かされた せいか、隠れて事を進めていることがなんとなく後ろめたい気もする。俺の退団について ハルヒがゴネるに違いないというのもある意味おごった考えなわけで、直接本人に言えば 案外あっさり承認されたかもしれないのだ。もっとも、それはそれでちょっと……。 自宅の前に立つ人影に俺が最後まで気づかなかったのは、そんな考え事に浸っていたせい かもしれない。 「おひさしぶりね、キョンくん」 「!」 にこやかな顔でそう言ったのは、俺の癒しの天使のパワーアップバージョン、 朝比奈さん(大)だったのだ。 「ごめんなさいね、いきなりで。今、ちょっといい?」 「いいですいいです、たくさんいいです。あなたに会えるなら風呂の最中だって エウレカですよ」 「それはちょっと困るかな……ふふ。なんだか怖い顔してたけど、あの会合の帰り?」 「そうです。その帰りです。でも知ってるんでしょう? と言うか覚えてますよね? ハルヒの病気のおかげで退団が伸びそうで、ちょっと焦ってるんです。もしかして 今日はその件ですか? それとも…… 朝比奈さんに会えるのはうれしいけど、 あなたが来てくれるのは何かある時ばかりだからなあ。もしハルヒ関係のことなら、 悪いけど今は遠慮したいんですが……」 「ふふふ、そうね。あの日のあなたもそんな感じだった。でも今日は涼宮さんと 言うよりあなたのために来たの。ちょっと座らない?」 朝比奈さんにすすめられるまま、俺は公園のベンチに腰をおろした。これがもし 普通のデートなら、カマドウマの集団がのし歩く公園でもハッピーなのだが……。 「あの日わたし、おろおろしちゃって何も言えなかったでしょ? でも心の中では ずっと思ってたの。今日のキョンくんはキョンくんらしくない。なんだかとっても 無理してるみたいって」 「そりゃ無理もしますよ。ハルヒというブラックホールから脱出しようとしてるん ですから」 「ダメよ、ダメ。お姉さんに嘘ついても」 朝比奈さんはそう言ってまた天使のような笑みを浮かべた。この朝比奈さんに言われると 身に覚えのないことでも全力でゴメンナサイしたくなる。たいして歳が離れてるわけでも ないだろうに、この人といると妙に心がなごむから不思議だ。しかしこの朝比奈さんにも やっぱり誤解されているような気がする。いつもの俺と違うというのはわからないでも ないが、つまりは窮鼠がネコを噛むかわりに示談をもちかけているだけなのだ。 「そうね、私も嘘つきかも。あなたがもうすぐまた涼宮さんをめぐる事件にまきこまれる のは本当。でもそれを乗り越えるには、あなたが自分で見つけなきゃいけないことが あるの。涼宮さんと、そしてあなた自身を救うために」 「なんだかいつも以上にややこしそうですね」 「ごめんなさい。これ以上は言えないの。でもひとつだけヒントをあげるね。どうしても わからなかったら、この言葉を思い出して。『風車の騎士』。それがあなた自身の言葉だった ことを。たぶん今夜、事件がおきる。そして誰かがあなたを迎えに来る。そこから逃げないで ほしいの。あなた自身のために」 「………」 金色の小さき鳥というやつがまた一枚、はらりと朝比奈さんの髪に落ちた。さらさらと 散っていく枯葉の軌跡は時間の流れだ。美しい人との逢瀬の時間という奴は、なぜこう いつも短いのだろう。 「……行ってしまうんでしょう?」 「そうね」 「他の時間の俺に謎をかけるために?」 「ふふふ」 「最後にひとつだけ聞いていいですか?」 「私に答えられることなら」 「3年後の高卒求人率ってどれぐらいですか?」 朝比奈さんはウインクしながら「メッ」という仕草をすると、その瞳の残像だけを 残して消えていった。 Ⅲ.異変 今夜事件が起きる。そして迎えが来る。そう予告された夜に、俺は携帯を持たずに家を 出た。昼間朝比奈さんと話した公園を通り過ぎ、近くの神社の石段をのぼる。一段一段、 自分の決断を確かめるように階段を踏みしめながら。朝比奈さんの誠意は疑いようがないし、 彼女の期待に応えたいのは山々だが、このままではまたなし崩し的にSOS団に連れ戻されて しまうのは目に見えている。いくら受身人生がモットーの俺でも今度ばかりはそう簡単に 折れるわけにはいかないのだ。どこの誰かは知らないが、その迎えとやらが俺を見つけ られないところにいれば、巻きこまれることもないだろう。ハルヒは今、病気だと言うし、 朝比奈さんが俺と「ハルヒの」危機と言ったことが気にならないと言えば嘘になる。しかし ハルヒには超能力者と未来人と宇宙人がついているのだ。めっきり普通人の俺に出番が まわってくるとは思えない。あいつらに任せておけば大丈夫。大丈夫なはずだ……。 夜を明かすつもりで持ってきた寝袋を敷いて地面に腰をおろすと、俺は暗い拝殿を 眺めた。毎年初詣に来ているというのに、ここの神様はどうも俺に冷たいようだ。 古泉が言うようにハルヒが荒ぶる神なら、先輩として一度シメてやってくれればいいのに。 人気のない境内は静まりかえり、巨大な神木の葉が風にそよぐ音だけがかすかに聞こえて くる。夜の森に縁取られた夜空には満月が浮かび、かすかにたなびく雲のベールへ穏やかな 光を投げかけている。静かだ…… その時、暗い林の奥から夜の静寂を破って奇妙な音が聞こえてきた。芝刈り機の親玉の ようなその音は、闇の中をどんどん近づいてくる。ここはチェーンソーの殺人鬼のジョギング コースだったのか、なんて無理な想像をするまでもない。上って来たばかりの参道を 見下ろすと、長い石段を巨大なオフロードバイクで駆け上がってくる馬鹿がいる。 馬鹿は石段を一気に上りつめると神聖な境内に罰当たりなスキッドマークの弧を描いて 停止した。振り向きながらヘルメットのバイザーをはねあげたのは…… 「古泉!」 「探しましたよ。話は後です。乗ってください」 「なんだなんだいきなり。いやだね、断る! 令状もってこい!」 「残念ですが、時間がないんです。乗ってください、早く!」 「今度は一体なんだ? 怪獣か? 隕石か? カマドウシか? どうせまたハルヒがらみ だろう。生憎俺はテスト勉強で忙しいんだ。世界の危機なら間に合ってる。他をあたってくれ!」 俺はハルヒに選ばれた存在、なんて珍説に執着している古泉のことだ。どうせまた妙な 事件に無理矢理巻きこんで俺の脱退宣言をうやむやにしようという胆だろう。考える暇を 与えず一気にもっていくのは悪徳商法の基本だ。その手に乗るか、古泉イツキ! 俺の決意が固いと見てとったのか、古泉はヘルメットを投げ捨てるとエンジンを切り、 バイクから降りた。突然生まれた静寂の中、妙に静かな声で言う。 「涼宮さんが泣いています」 「ハルヒが……なんだって?」 「涼宮さんが泣いています。あなたのいない閉鎖空間で。世界の危機は僕たちが なんとかします。でも残念ながら、今、涼宮さんを救えるのはあなたしかいない。 一緒に来てください。事情は走りながら説明します」 そのまま返事も聞かずにバイクを始動させる。 「さあ!」 「くそったれ!」 そう言いながら結局乗ってしまうのはなぜだろう。そうさ俺は訪問販売に弱いんだ。 古泉の背中をそのままバックドロップにもっていきたい衝動をこらえながら服をつかむ。 さすがにこいつに抱きつきたくはない。しかしヘルメットはいいのか? 特に俺の分が ないのが気になるぞ? だいたいここからどうやって降りる? まさか…… 「しっかりつかまっててください、少々とばします」 安い映画のようなセリフを吐くと、古泉はいきなり石段につっこんだ。その後数十秒間 に関してはなぜか記憶があいまいだが、走馬灯がどんなものか思い出せないまま、 ひとつの言葉を反芻していたことだけは覚えている。 ハルヒが……泣いている? 「涼宮さんは今、長門さんが作った閉鎖空間の中にいます。前回涼宮さんが 閉じこめられたものに似た空間に。そしてそこから出られないでいる」 「ちょっと待て。なぜハルヒがそんなところにいる。て言うか、なぜ長門が そんなものを作ったんだ。まさかあいつ……」 「そうではありません。僕たちが頼んで作ってもらったのです」 タクシーをつんのめらせながら大通りに飛び出したバイクは暴走族も道を開けそうな勢いで 車の間を縫っていく。古泉が強引に車体を傾けるたびにステップから火花が散っていく。 いや、火花はいいが、タイヤはもつのか? ズルッといかないか? 遠心力と重力のベクトル、 考えてますか? おまえ確か原付免許しか持ってなかったんじゃ……。赤信号の交差点に 向かってなぜ…なぜ加速する! と思った瞬間、停車していたポルシェをジャンプ台に古泉は 滅茶苦茶なショートカットを決めた。着地の衝撃で古泉の背中に頭をしたたかにぶつける。 古泉……その話とやらが終わるまで、俺を生かしておいてくれるんだろうな。 「今日のあなたの退団宣言は『機関』上層部に衝撃を与えました。あなたがSOS団を やめれば涼宮さんはまた特大の閉鎖空間を作りかねない。僕たちにも対処できない ほどのね。そこで機関は先手を打つことを考えたのです。前回涼宮さんが閉鎖空間を さほど恐れなかったのはあなたが一緒にいたからです。けれどももし、『あなたがいない 閉鎖空間』もあるとしたら? そういう世界を一度体験すれば、無意識に閉鎖空間を 作り出す彼女の力にもブレーキがかかるだろう……そう考えたのです」 「なんだかえらく単純だな……って速い! 速いって!」 「単純だからこそ効果的なんです。僕たちは閉鎖空間に入れるけれど、閉鎖空間を 作る力はない。しかし長門さんにはそれができる。擬似的なものですけどね。 キョンくんのため、と言ったらふたつ返事で引き受けてくれましたよ」 「なんでそこで俺なんだ」 「あなたの退団を拒めないとなれば、涼宮さんはまたあなたを『拉致』して閉鎖空間に 閉じこもる可能性が高い。それも前回と違って二度と出られない世界に」 「……」 交差点を曲がったところでサイレンを鳴らしたパトカーが追いすがってきた。ヘル メットのない頭にガンガン響く声で停車を命じながらぴったり後に張り付いている。 「どうする、古泉! マキビシないぞ!」 「心配ありません。我々の仲間です。彼らがいた方が走りやすくなりますから」 ただの戦隊マニアでないのは知ってたが、警察まで抱きこんでいたとは恐れ入る。 おまえの機関とやらは本当に何でも屋だな。今度うちの風呂釜直してくれないか…… 「長門さんが作った空間の中で、涼宮さんを起こすところまでは順調でした。けれども 涼宮さんが目覚めたとたん、問題が起きた。長門さんが固まってしまったのです」 「固まった?」 「ええ、まるで実行不可能なタスクを実行中のパソコンのようにね。本来ありえないこと ですが、涼宮さんは長門さんの空間の中からさらにそれを覆う閉鎖空間を作り出して しまったのです。その第二空間が今、長門さんの第一空間を押しつぶそうとしている。 長門さんはそれを防ごうとして、オーバーロード状態になってしまったのです」 「長門は? 長門は無事なのか?」 「しばらくは携帯のメールを通じてかろうじて連絡がとれました。しかし今はそれも 途絶えています。たぶん、僕たちに時間はあまり残されていない」 「もし長門の空間が潰れたら、中にいるハルヒは……」 「おそらく無事ではすまないでしょう」 「………」 「仮に長門さんが持ちこたえたとしても、事態はさして変わりません。長門さんは今、 第二空間の圧力のせいで自分の空間の制御がうまくできない。薬はもちろん、水さえ 飲めないところに涼宮さんはいるのです。空気があるのは確認済みですが、気温も おそらくかなり低い。しかも昼間話したように、ウィルスの影響で彼女はもともと かなり弱っていました。精神的にも体力的にも、かなり追いつめられているはずです」 「……おまえらはそんな状態のハルヒを閉鎖空間モドキに閉じこめたのか」 「そうです。涼宮さんに長門さんの空間がまがい物であることを感づかれたらこの計画は 意味がなくなる。涼宮さんの意識が朦朧としている今は千載一遇のチャンスだったんです。 それでも当初『機関』が予定していたのは15分ほどの隔離だったのですが……」 「……くそったれ」 「くそったれ、です」 スロットルを全開にしたバイクがまたウイリー気味に加速する。もしかすると古泉は この計画に反対だったのかもしれない、と俺はふと思った。あまり認めたくはないが、この 秘密主義のニヤケ男はハルヒのために俺が知らないところでとんでもない苦労をしているの かも、と思うことがある。だからといって、こいつの「機関」とやらを好きにはなれないが……。 サイレンを止めたパトカーが急にUターンしたと思うと、古泉はタイヤをきしませながら バイクを停めた。大きな窓にタイルの壁。それは今日俺が退団宣言をしたばかりの喫茶店だった。 準備中の札がかかったドアを開けると、古泉はどんどん店の奥へ入っていく。ここまでくると バカバカしくて、ここもおまえんとこの店子かと聞く気にもなれない。用途不明の機器と ノートパソコンの一群が並ぶ厨房の横を通り過ぎ、のたうつケーブルにおおわれた廊下の 奥の部屋に入ると、そこに見慣れた顔がいた。 「長門……!」 バイプ椅子に腰掛けた長門は俺の声にも反応せず、置物になったかのように微動だに しない。色白のせいもあってふだんから人形みたいと言われることの多いやつだが、 今は本当に人形になってしまっている。セリフの平均が2秒弱でも、表情の解読に 訓練が必要でも、長門はけっして人形ではなかったことにようやく俺は気づいた。 「今は接触が途絶えていますが、長門さんは死んだわけではありません」 「ああ……わかってる」 凍りついた長門を見ていられず、俺は目をそらした。なぜだか長門は今の自分の 姿を見られたくないのではという気がする。 「それで、俺は何をすればいい?」 古泉は一瞬躊躇したのち、俺の目を見据えるようにして言った。 「煉獄へのダイブ……第一空間に入ってもらいたいのです」 長門の第一空間を覆ったハルヒの第二空間は、いまやわずか数ミクロンの膜状にまで 圧縮されながら巨大な圧力で第一空間を押しつぶし、侵食しようとしている。ハルヒの 閉鎖空間に入れるはずの古泉たちも、なぜかこの薄い壁は越えることができない。しかし その第二空間も俺だけは中に通すだろう。長門はその動きにシンクロする形で侵食を 防いだまま俺を中に入れることができる。ハルヒが自宅から移動を始めた直後に発生した 第二空間の影響で長門はハルヒの現在位置を見失っているが、第一空間内でハルヒが 行きそうな場所は限られている。ハルヒを見つけ出して必要な援助を与えれば、ハルヒは 精神的に安定するだろう。それによって第二空間の圧力が弱まれば、長門が第一空間を 解除する隙が生まれるはずだ…… それが古泉の計画のあらましだった。 「その第一空間とやらはそんなに大きいのか? 長門が一種の閉鎖空間を作れるのは わかるが、それってせいぜい教室サイズじゃないのか? 前に朝倉が作ったのも そうだったし、街全体を覆うようなものを作れるとは信じられんが……」 「学校を包むぐらいのことはできるそうですが、それより大きい時は情報制御空間の情報 密度を部分的に変えるようなことを言っていました。蜘蛛の巣のような細い空間のネット ワークを作っておいて、対象が位置している部分だけそれを元の形に復元する、という 感じですか。復元は半自動的に行われるものの、その位置情報が今の長門さんには 伝わらない、ということのようです」 「なんだかよくわからんが、全体を同時に復元できるわけじゃないんだな。そうすると 遠くに見えるものも実際には壁の内側の絵みたいなもんなのか?」 「だと思います。近づけば遠ざかる壁ですから、実感することはないでしょうが」 「しかしなぜそんな大きな空間が必要なんだ? ハルヒの家の周囲だけで十分だろう」 「涼宮さんが移動をはじめてしまったからです。教室サイズではすぐに違う空間である ことがバレてしまいますからね。長門さんが第一空間を拡張する前に第二空間が発生 していれば、実際そうなるところでした」 「なるほど」 「ここまできて言うのもなんですが、中に入るかどうかはあなた次第です。誰もあなたに 強制はできない。今の第一空間はかなり危険な場所のはずだし、入口は一方通行です。 第二空間はあなたが中に入ることは許しても出ることは許さないでしょう。第二空間の 圧力が弱まった時なら、あるいは出られるかもしれませんが、それはやってみなければ わかりません。一番いいのは第二空間を消滅させてから第一空間を解除することです。 けれどもそれは前回以上に難しい。前回あなたが戻ってこれたのは、涼宮さんがこの世界 へ戻ることに同意したからですが、今回は逆に第一空間に『とどまってもいい』と思わせ ねばならないのです。第一空間への恐怖をなくして第二空間を消滅させる。そんなことが 本当に可能なのか、正直僕にもわかりません。けれどももし可能だとしたら、それが できるのは……」 「わかった。やるよ。もともと俺の退団騒ぎからはじまったことだ。長門をあのままに しておくわけにもいかないし、俺が責任をとるさ」 「そう言ってもらえると助かります」 そう言った古泉の顔にはしかし、いつもの笑みはなかった。 「いいですか、覚えておいてください。大事なのは涼宮さんを眠らせないことです。 涼宮さんが眠ったら、すべておしまいになるかもしれない。ですから用意した薬も 眠くなる成分の入っていないものだけです」 「ちょっと待て。逆じゃないのか? ハルヒが眠れば第二空間の活動も弱まるはず だろう。て言うか、消えるんじゃないのか?」 「確かにその可能性もないとは言い切れません。しかし第二空間は涼宮さんが 無意識に作り出したもの。レム睡眠状態ではむしろ活性化する可能性が高いと 『機関』では見ているんです。僕たちの『仕事』も夜が多いですからね。一応 即効性の睡眠薬も用意してありますが、これは最後の手段と思ってください」 古泉がくれた「最後の手段」は体温計サイズのスティックだった。首筋にあててボタンを 押すとガスの力で薬が血管に入り、数秒で意識がなくなるとか。こんな便利なものがあるなら 早く教えてほしかった。これさえあればハルヒとのつきあいもずいぶん楽になるだろうに。 最後の手段といわず、最初の手段として団の備品に箱ごと校費でそろえたいぐらいだ。 机の上に並べられたのはちょっとした登山並の装備。秘境探検をベースキャンプの サポートもなしにやろうというのだから当然だが、水だけでも8リットルもあるので すべてをリュックに詰めるとかなりの重さになる。用意された防寒用のジャケットを はおり、古泉の手を借りながらリュックを背負う。 「前から聞きたかったんだがな、古泉」 「なんでしょう」 「ハルヒはおまえたちにとって、いわば超特大の核爆弾みたいなもんだろう。 巨人退治がいくら楽しくても、いつ気まぐれに世界を終わらせちまうかわからない 奴がいたんじゃたまらん」 「たしかに」 「いっそあいつがこの世からいなくなってくれれば、とは思わないのか? おれが 救出に成功しちまったら、かえって困るだろうに」 さすがに怒るかと思ったが、古泉は笑って首をふっただけだった。 「実は最近、立体四目並べという面白いゲームを入手しましてね」 「?」 「目下『機関』内では7連勝中です」 「だから何だ」 「お手合わせを楽しみにしてますよ」 今度は俺が笑う番だった。 「首を洗って待ってろ」 Ⅳ.夜のキリン ふたつの空間の壁を同時に抜けて内側に入るための固定ポイント。そのひとつは喫茶店 裏口のドアに作られていた。古泉が開けたドアの外には、あたりまえの景色がひろがって いる。しかしそろそろとつきだした両手は、すぐに見えない壁につきあたった。ハルヒの 閉鎖空間で北校を囲んでいたものとはまったく違う、岩のように硬い壁。試しにノック してみても、指が痛くなるだけでまったく音がしない。二つの空間が恐ろしい力で押し合いを している場所というのは本当らしい。やれやれ、本当にここを抜けたりできるのか? そう思った瞬間、手のひらで無数の泡がはじけるような感触がして、両手が見えない 壁の中に沈みはじめた。肌にカミソリを当てられたようなぞっとする感触とともに、両腕が ゆっくりと壁を抜けていく。服やリュックもどうやら俺の一部と認識されているらしい ことを見届けて古泉と目配せを交わすと、俺は一気に壁をつきぬけた。目をつぶって 数歩進み、抜けたばかりのドアを振り返ってみたが、古泉の姿はない。いや、あるはずが なかった。「あちら側」から見た時と違って、そこにあるのは灰色の壁に描かれた単なる 黒い長方形だったからだ。俺が出てきた建物は、全体がまるで巨大なペーパークラフトの ような単純なハリボテになってしまっていた。 「……アッチョンブリケ……」 長門のやつ、よほど苦労しているのだろう。道も建物も街灯も、周囲はすべて灰色の 折り紙細工。幸い心配していた寒さは冷凍庫というほどではないし、身体に異常はない ようだが、積み木細工の街を眺めていると、なんだか人形になったような気分だ。道路の マンホールも絵だし、建物の窓も絵。道路脇の並木にいたっては円筒ですらなく、 十字型に組み合わされた面によってかろうじて立体になっている。切り紙細工のような 平たいガードレールの断面をのぞいた俺は、それにまったく厚みがないことに気がついた。 試しに胸ポケットのボールペンをあててみると、豆腐を切るほどの手ごたえもなく 金属製のペン先が切断されて道に転がった。 「まいったな……」 この分ではうまくハルヒを見つけられたとしても、全身傷だらけになっているかも しれない。腕組みして大げさに天を仰いだ俺は、間抜けなことに背中のリュックの重さを 忘れていた。あっと思った時にはもうバランスをくずし、とっさにガードレールに手を…… 「ぉわっっ!!」 一瞬で血が沸騰し、頭の中が真っ白になる。しょっぱなから包帯人間かよ! けれどもおそるおそる目を開けてみると、俺の手にはまだ指がついていた。そっと指を 曲げ伸ばしし、ドキドキしたままの心臓をおさえながらよく見ると、俺が手をついた部分だけ ガードレールが本来の厚みにもどっている。長門……? 長門か? たしか古泉の話では 長門も俺の所在地は感知できるという話だった。どうやら必要に応じて少しだけこの手抜きの 世界をリアルにしてくれているらしい。しかしハルヒの第二空間と押し合いながら同時に それをやるのはキツイはず。あいつに余計な負担をかけるわけにはいかない。 「すまん、長門」 古泉との打ち合わせに従って入口を逆行できないことを確かめると、俺は最初の目的地に 向かって歩き出した。幸いハルヒの居場所の第一候補について、俺と古泉の意見は一致 している。前回俺とハルヒが閉じこめられた場所、北高だ。ふだんなら自転車で数分の距離 だが、今日はそれを徒歩で行かねばならない。このクソ重い装備を背負いながらではかなり こたえそうだ。まったく、ハルヒのデパートめぐりといい、最近はこんなのばっかだな……。 ぶつぶつ言いながら歩きだすと、案の定、いくらも行かないうちにリュックのベルトが肩に くいこみだす。何度もリュックを背負いなおし、千鳥足の行軍を続けた末に、俺は意気地なく 道にへたりこんだ。 「ヘイ、タクシー!……なんて、あるわけねえか」 周囲は人どころか猫の子一匹いない無人の街。そんなものがあるはずがない。 もし運良く自転車か何かが見つかったとしても、さっきのガードレールのことを思えば 危なくてとても乗れた代物ではないだろう。古泉のやつ、なぜ北校付近の「壁」に直接 ポイントを作らなかったのだろう。新兵訓練キャンプじゃあるまいし、この前「待った」を 却下したこと、まさかまだ根にもってんじゃないだろうな。根性で運ぶのはいいが、あまり 到着が遅くなっては意味がない。ハルヒに飲ませる薬や上着などの重要装備はともかく、 水は半分ここに置いていった方がいいかもしれない。どうしても必要になった時は、また 取りにくることもできるだろう……。俺は観念してリュックをおろし、荷物の整理に とりかかった。真冬の寒さと思ったが、歩いてきたせいか少し暖かく…… 暖かく? 首筋にふきつける妙に生暖かい風に気づいた俺はあわてて振り返り、凍りついた。 「ブルルルル……」 そこにいたのはキリン。全身をぼんやりと光らせながら、まぬけな顔で俺を見つめる、 巨大なぬいぐるみのキリンだったのだ。実物大、と言うには小さいキリンの身長はおよそ 3m。脚もせいぜい俺と同じぐらいの長さしかない。本物のキリンに比べれば、えらい 短足だ。それでも長門に買ったものに比べればサイズも形も本物に近く、ちゃんと自分の 足で立っている。と言うか、歩いている。 「こいつに乗れ……てことか?」 「ブルルルル!」 本物のキリンがそんな声で鳴くのか怪しいかぎりだが、そういえば長門を動物園に 連れて行ったことはなかった。とぼけた顔は相変わらずだが、これなら噛みつかれる 心配もなさそうだ。前足で地面をかきながら俺を見つめる様子は、俺が乗るのを待って いるようにも見える。ためしに背中にさわってみると、いかにもぬいぐるみらしく、 ふわふわと暖かい。長門から見るとこいつは小さな独立したプログラムみたいなもの なのだろうが、俺が転ぶたびにあわてて対処するより、こいつに乗せてしまった方が かえって楽なのかもしれない。 「よし。いっちょ遠乗りといくか」 俺はリュックを背負ったままキリンによじのぼり、手綱を握った。キリンは小さく いなないて機嫌よく歩き出す。短い足でパカポコと進む速度はせいぜい時速10Km ぐらいか。それでも歩くよりはずっと早いし、不思議なことに目的地もちゃんと 理解しているようだ。胴が太いおかげで座り心地はいいし、なにより尻が温かい。 これならなんとか北高まで荷物を運べそうだ。 「天の助け、地獄にホットケーキだな。どうせなら『アグロ!』とか叫びつつひらりと またがりたかったが……。そういやおまえ、何ていうんだ? おまえと相棒になるなら、 名前ぐらいつけてやらないとな。キリン、キリンか……そうだな、『キー坊』でどうだ?」 「ブルッ」 どうやら気に入らなかったらしい。 「だめか? そうか…… じゃあ…… 『キンキン』?」 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ 無視かよ、おい。 「ようし、わかった! 俺も男だ! 愛馬に恥はかかせねえ! 闇より暗い夜を抜け、 星の涙の海こえて、ハルヒたずねてどこまでも。 ゆくぞっ! リンリン!!」 「ブルルルルッ!」 案外ノリやすいタイプなのかもしれない。おまえ、本当に長門が作ったのか? 思わぬ移動手段を確保できたおかげでようやく人心地がついた俺はあらためて周囲を見回した。 空がかすかに明るいせいか、真っ暗というわけでもないが、街灯にも建物にも明かりは灯って いない。延々と続く灰色の景色を見ていると、いい加減気が滅入ってくる。おまけに寒い。 ハルヒは今、パジャマ姿のはずだし、こんなところにいては風邪を通り越して肺炎になって しまうかもしれない。ダウンジャケットの前を合わせながら、俺はキリンの首をたたいた。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル…」 不気味なゴーストタウンに響く妙にのどかな足音を聞きながら、手持ち無沙汰になった俺は 現状の分析をはじめた。第一空間に入れたのはいいが、古泉の指令の実行は正直絶望的だ。 この薄気味悪い世界にいるハルヒにファウスト博士よろしく「時間よ止まれ!」と言わせる ことなどできそうにない。ここにはハルヒの巨人もいないしハルヒの空間と違って夜が明ける こともない。もしどうしても外に出られない時は古泉がくれた睡眠薬を使うしかないが、それで 第二空間が消えるとも限らない。古泉の予想が正しければ第二空間は逆に勢力を増し、俺たちは 押しつぶされることになるのだ。永遠の夜の世界に二人で取り残されるのと、眠ったまま死ぬ のと、ハルヒはどちらを選ぶだろう? 「あたし寝るから、あんた空間支えてて」か? そう いやうちのばあちゃんも「お昼寝からさめたら極楽だった」が理想の往生とか言ってたな……。 俺は思わず苦笑いした。ハルヒの死は俺の死でもあるというのに、俺はやけに落ち着いてるな。 しかしこのキリンの上では深刻になれったって無理な話だ。ニコニコ印の能天気な顔を見て いると、何もかもバカバカしくなってくる。お姫様を救いに行くのは白馬の王子と決まって いるのに、これではまるで…… 「そうか…そういうことか」 とつぜん朝比奈さんの言葉の意味に気づいた俺はキリンの頭を見上げた。しかし それが何だと言うのだろう。「風車の騎士」の正体はわかったが、それが今の俺たちに 関係があるとも思えない。それともこの言葉にはもっと他の意味があるのだろうのか…… 「ブルルル」 「?」 機嫌よく歩いていたキリンが突然立ち止まったのは北校の近くの商店街だった。ハリボテの 作りが粗くてはっきりしないが、学校帰りに時々立ち寄るたこ焼き屋らしき店も見える。 虐待した覚えはないが、さすがに重かったのだろうか。 「どうした? 疲れたか? メシか? 登校中の買い食いは校則違反だぞ。生憎おまえに 食わしてやれるものはあまりないんだが……」 相変わらず舞台セットのような周囲を見回しているうちに、俺は小さな自動販売機に 気がついた。そういえば以前ここで長門にコーヒー牛乳をおごってやったことがある。 自分が飲むついでに軽い気持ちで放り投げてやった紙パック。長門はなぜか飲もうとも せず、長い間握りしめていたっけか……。キリンから降りて近づいてみると、ガラス窓 の中に見本が並んでいるはずの販売機は、例によって窓もボタンもイラスト式のハリボテ になっている。 「すいませーん、つり銭出ないんですけどー」 なんとか気分をもりたてようと、ツッコミ役もいないところで虚しいボケをかます。 と、一瞬販売機の窓に明かりがともり、ゴトンと音がした。見るとさっきまでなかった はずの取り出し口が開き、コーヒー牛乳のパックが転がっている。意外なことに とりだしたパックは本物そっくりで、振ってみるとちゃんと液体の音がする。 持参した水に限りのある今は、たしかにパックひとつでもありがたいが…… 「長門よ、無理するな」 天を仰いでつぶやくと、パックをポケットにしまい、またキリンにまたがる。 北校まではもうすぐだ。キリンは素直に歩き出し、校門に向かう最後の角を曲がった。 夜の学校は怖いところときまっているが、それは何かが出そうな雰囲気のせいだ。 けれどもハリボテの学校の雰囲気はちょっと違う。うまく言えないが、いってみれば中身が 空っぽの包帯男のような不気味さだ。扉を開けても開けても虚空が広がっているだけの予感。 けれどもこの巨大なハリボテは空っぽではない。どこかに必ずハルヒがいるのだ。寒さに 震えながら俺を待っているはずのハルヒが。校門をくぐったキリンは中庭まで進むと歩みを 止めた。校舎はこれまで見た中では一番手のこんだ作りになっているが、窓は相変わらず 描かれたもので、中の様子はわからない。もしかするとハルヒが点けているのではと期待 していた明かりもなく、どこもかしこも真っ暗だ。校門を抜けたとたんにハルヒがとびついて くると思っていたわけではないが、北校に行けばすぐ会えると思っていたのは甘かったかも しれない。 「ハルヒーッ!」 大声で呼ぶ声は鉛色の空へはじき返されているようで、耳をすましても返事はない。前回 最初にハルヒと会った中庭にも、最後にハルヒと走った運動場にも、人影は見当たらない。 俺はリュックからライトを取り出し、部室棟に入った。長門のサポートのせいか、電気の 消えた校舎内でも俺の周囲だけほんのり明るいのが救いだ。けれども階段をかけあがった 俺は、部室のドアを見てへたりこんだ。幾何の図形のように簡略化されたドアは、またしても 壁に描かれた絵だったのだ。開くはずのないドアをたたき、ハルヒの名を呼んでみたが、 中に人がいる気配はない。前回はここに入ることでハルヒも少し落ちつき、校舎を探検する 勇気が出たのだが……。開かないドアを前にがっかりしたハルヒの姿が目に浮かぶ。ハルヒが 作った閉鎖空間、ハルヒが作った巨人は、外見はどうあれハルヒの忠実なしもべだった。 しかしこの世界はハルヒを愛していない。ハルヒを苦しめるために作られた世界なのだ。 ハルヒがもしここに来たなら、そして誰かが探しに来ることを期待していたなら、貼り紙 くらい残してもよさそうなもんだが……バカか俺は。ハルヒはベッドに寝ている状態で いきなりこの世界にほうりこまれたんだ。紙だのペンだのを持ってるはずがないじゃ ないか……。俺は急に焦りはじめた。 もしかするとあいつはもう北校に見切りをつけて移動してしまったのかもしれない。 しかし北校じゃないとしたら、あいつはどこだ? 一応古泉は他にも候補地を教えて くれたが、ほとんどは俺が行ったことのないところだ。おまけに一番近いところでも ここから1時間はかかる。それまでハルヒが耐えられるだろうか……。 「ハルヒ……ハルヒ! 返事しろハルヒ!」 落ち着け。落ち着け。俺がパニクってどうする。まだ部室を見ただけじゃないか。 教室も見てないし、教員室だってまだだ。もしかしたら、そう、体育館かも……。 ドアに額を押しつけながら必死で頭を働かそうとしていた俺の目に、そのとき何かが とびこんできた。ぼやけた視界の中に浮かぶ微かなノイズ、廊下のキズ。廊下の……キズ? この手抜きワールドの廊下に? 暗い廊下にしゃがみこみ、震える手で触れてみると、 キズはわずかに動いた。「キズ」じゃない。「黒いヘアピン」だ。 夢遊病者のようにゆっくり歩き出したはずが、気がつくと階段を踊り場まで一気に 飛び降りていた。勢い余って壁に体当たりなんて小学校以来のバカをくりかえしながら ダウンヒルのレコードを書きかえる。靴のまま教室棟にかけこみ、3段とばしで目指すのは 最上階だ。ハリボテを作るのが精一杯の長門がたとえヘアピン一本でも余計なものを作る はずがない。ハルヒはここにいる! ここに! 廊下に並んだ教室のドアは、またしても 壁に描かれた絵。けれども1年5組の壁には……四角い穴が! 高校入試の合格発表を見た 時のように、思わず手前で立ち止まり、息を整える。暗い教室に並んだ机にライトの光が 伸びていく。教室最後尾のハルヒの席には……いない。しかしそのすぐ前の俺の席から、 小さな影がゆっくりと立ち上がった。 Ⅴ.風車の騎士 泣いてんのか? なんてセリフは本当に泣いているやつには言えないものだ。ハルヒは 泣いていた。俺の胸にしがみつくように頭を押し当てたまま、声もあげずに。暗くてよく 見えなかったが、俺にはなぜかそれがわかった。小さな肩が震えているのは熱のせいか 寒さのせいか。パジャマ姿のせいもあって、なんだかいつもより幼く見える。てっきり パンチがとんでくるものと思っていたが、こんなに心細げなハルヒを見るのは初めてだ。 来てよかった、としみじみ思う。 「遅くなってすまん」 かすかなためらいを感じた時にはもう、ハルヒの背中へ手がのびていた。抱えてしまった 後で今更のように生々しい肌の感触にどきりとする。んなこと言ったって、しょうがねえだろう。 普段のこいつとの身体的接触は、回し蹴りやカツアゲネクタイ止まりなのだから。 ハルヒはそれでも黙ったまま、嗚咽をこらえるように弱々しく俺の胸をたたくだけだ。 そっと背中をたたき、頭をなでてなだめながら、しがみついて離れないハルヒに無理やり 自分のダウンジャケットを着せる。ガードレール式でないことを確認して椅子に座らせた。 「ケガしてないか? 寒くないか? 腹へってないか?」 3度首を横にふったハルヒは、 「何か飲むか?」 と聞くとはじめてうなずいた。けれどもリュックをとりにいこうとすると、俺の腕を つかんだまま離そうとしない。すぐ戻るから、と言いかけてコーヒー牛乳のことを 思い出した俺は、ハルヒに腕をとられながら苦労してパックにストローを差した。 「ほら」 砂糖入りだから少しはカロリー補給にもなるだろう。ついでに薬も飲ませるか、と 思ってポケットの錠剤をさぐっていると、ハルヒがパックを握ったまま固まっている。 「どうした」 「……飲めない」 まさか吸う力も残ってないとか言うんじゃないだろうな。青くなりながらハルヒの 手元を見ると、コーヒーパックはいつの間にか白い積み木に変わっている。たのむぜ 長門~。おまえは実にたよりになる奴だが、時々妙に融通がきかないのが困る。俺は ハルヒの手から積み木を取りかえすと念力30秒でコーヒーに戻し、両手でパックを 握ったままハルヒにストローをくわえさせた。 「飲めるか?」 「ん…」 「うまいか?」 「んー」 やれやれ。どうやら飲んだとたんに砂になったりはしなかったらしい。 よほどのどが渇いていたのだろう。ハルヒは俺の手ごとパックを握りしめるようにして むさぼるようにコーヒーを飲んでいる。なんだか生まれたての子猫が必死で母猫の胸を 吸っているようだ。授乳をする母親というのはこんな気分なのだろうか……。ズズッと コーヒーを飲み干すと、ハルヒはようやく落ち着いたのか、切れ切れに話しだした。 「目がさめたら……変な世界で……誰もいなくて……」 「うん」 「学校に行けば、あんたがいるかも…… あんたに会えるかもと思って……」 「ああ」 「でも行き違いになるかもしれないし、怖くて… 急いで……」 「そうか」 「学校にきても、あんたいなくて、帰っちゃったのかもと思って…… 部室の前に ピンを置いてきたけど……教室で待ってても、いつまで待っても……」 「わかった。わかった。もういい。悪かったな。悪かった」 「遅い……遅いわよバカ! あんたなんか銃殺よ、バカ!」 やれやれ、結局こうなるのか。先ほどよりやや勢いを増したハルヒの打撃に上体を 揺らされながら、俺はもう一度ハルヒを抱きよせ(打撃を防ぐためである。念のため)、 そのうちハルヒが裸足なのに気づいた。こいつは裸足のまま学校まで歩いてきたのか。 あの暗い道を、たった一人で。突然頭に上ってきたもので額が熱くなる。 (古泉に立体4目並べで負ける奴らが計画なんか立てんじゃねえよ!) ヂヂヂッと音がして突然教室の蛍光灯がついた。この世界で見るはじめての明かりだ。 ハルヒの緊張がとけて第二空間の圧力が減ったせいか、俺たちの合流に気づいた長門が サポートの度合いを強めたからか。いずれにしろ良い兆候には違いない。しかし残念ながら 第二空間が消滅するところまではいかなかったようだ。俺と合流できただけでハルヒがそこまで 安心するはずもないが、安全確実にここから出られる道は絶たれたことになる。こうなったら ダメもとで出発地点のドアまで行くしかない。第二空間の圧力が減って逆行が可能になっている ことを願うだけだ。俺はハルヒに移動を告げた。 「心配すんな。俺がついてる。大船タンカー、超ド級戦艦に乗ったつもりでいろ」 「イカダじゃないの」 ハルヒ……おまえ回復早過ぎないか。俺の母性愛と正義の怒りをどうしてくれる。 しかしそれがハルヒの精一杯の強がりであることはすぐにわかった。出発前に俺が小用を すませようとすると、ハルヒが腕を握ったまま行かせてくれないのだ。 「それぐらい我慢しなさいよ。あたしだってしてるのに」 「なんで? いけばいいじゃないか」 「いってもムダよ。水出ないもの」 「いいじゃないか。水ぐらい」 「バカ!」 「トイレ用の紙とか消毒式の濡れティッシュならリュックにあるぞ」 「嫌なの!」 俺はキリンと並んで路傍の花に水をやることもできるが、ただでさえ病気のハルヒに 我慢させるわけにはいかない。二人で男子トイレの手洗いを試してみると、奇跡的に 水も復活している。それでもイヤって、いったい何が不満なんだ? 「だって……どうすんのよ!」 「何が」 「どうすんのよ……」 「だから何が!」 「あんたがまたいなくなっちゃったら……どうすんのよ!」 泣きたいのか怒りたいのかわからない涙目で俺をにらみつけるハルヒ。どんな顔を すればいいかわからず(なに赤くなってんだ!)絶句する俺。正直ちょっとジンときた。 ハルヒがそこまでヘコんでいたとは……。しかしそうも言っていられない。俺は心を 鬼にして言った。 「じゃあどうすんだ? やめるのか? この先かなり長いぞ? それとも一緒に入るか?」 俺の靴を履いたままハルヒは女子トイレの前で逡巡している。熱でふらついている奴を いじめたくはないが、ここはしょうがない。よもや一緒に入るとは言わないだろう、と 思っていると、ハルヒは突然真っ赤な顔で俺の腕をつかんだままドアに手を…… 「バ、バ、バカ! なにやってんだ!」 「中に入れやしないわよ! 隙間から手をつなぐだけ!」 「嫌だって!」 「あたしだって嫌よ!」 「おまえが嫌なことさせるのが嫌なの!」 結局、俺は妥協案として女子トイレの前で即興の歌を大声で歌い続けることになった。 ♪おーれはいーる、こーこにいーる、しけいはこーわいよー……… やれやれ。 突入ポイントに戻るための移動手段はもちろん長門技研製キリン号一馬力だ。しかし キリンと顔を見合わせて絶句しているハルヒを見て俺は大事なことを思い出した。 しまった。長門にこいつを買った時、ハルヒはそばにいたんだった。まさかとは思うが 長門とこの空間の関係をハルヒに感づかれてはまずい。 「紹介しよう! 俺の相棒、『リンリン』だ。荷物が重くて困ってる時、天に向かって 神様、仏様、長門様~と唱えたらなぜかこいつが走って来てな。いや~、世の中には 不思議なことがあるものだなあ。あはは、あはは、あははは」 苦しい言い訳を試みる俺の横で、ハルヒはなぜかツッコミを入れることもなくじっと キリンを見つめている。 「これ……有希のじゃないわ。あたしのよ。有希のはもっと尻尾が短かったもの。 あの日あたし、引き返して同じのを買ったの。あんたは知らないでしょうけど……」 「知ってるさ。あんなばかでかい包み抱えて何が『フランスパン』だ。まったく、 長門もおまえも妙な趣味してるよ」 「ブルルル!」 ハルヒはそれでもキリンを見つめたまま、そっとその首をなでている。 「キョン……有希がどうしてあのキリンを選んだかわかる?」 「知らん。キリンマニアなんだろ」 「バカ。あんたってホントバカね」 「悪かったな。バカでなけりゃ誰がこんなとこまで来るか」 のんびり世間話なぞしてる場合ではない。出発地点まで戻るにしても、それまでに ハルヒがダウンしてはすべてが終わりになりかねないのだ。トイレ騒ぎのおかげで ハルヒにはまだろくに食事もとらせていない。俺は古泉リュックをあさると体温計を とりだした。 「舌下型、だそうだ。わかるな? 食べるなよ」 その間に素足のハルヒに靴下をはかせる。動くのもおっくうなのか、キリンにもたれた ハルヒは素直にされるがままになっている。最後に妹に靴をはかせてやったのはいつ だったろう。コーヒー牛乳の時といい、今回のミッションはなんだか保父試験みたいだ。 ピピッと鳴った体温計を見ると40度3分。38度で小学校を休ませてもらった時の喜びが 忘れられない俺には想像もできない数字だ。すぐにでも出発したいが、さて、こいつを どこに乗せよう。普通なら後だろうが、座っているのもつらそうなハルヒに背中につかまれと 言っても無理かもしれない。リンリンの背中に頬をうずめるようにもたれているハルヒを見て 俺は一瞬迷った。ふだんのこいつならこの程度の高さ、俺を踏み台にしてでも一瞬で飛び乗る ところだが……。バカバカしい、何意識してんだ、こんな時に。俺はハルヒにそっと忍び寄って 背中から一気に抱えあげると、パンツを食べられたような顔で振り向いた目を見ないようにして どさりとキリンの首元に乗せた。そのままハルヒの後によじのぼって荒っぽく肩をひきよせ、 両腕と手綱で囲むようにして抱えこむ。 「もう! こっちは病人なのよ。もっと、や……やさしくしてよね!」 なんだその微妙な反応は。こんな時に古いリクエストを持ち出すな。こっちまで赤くなる。 もぞもぞするな! こっち見るな! 誰もとって食いやせん! いいからそこでおとなしく…… おとなしくしてろ。こんな時ぐらい……そうさ、こんな時ぐらい。 フウ……。やれやれ。えーっと……なんだっけ? ほらみろ、忘れちまったじゃないか。 そうだ、たしかこのへんにチューブ入りの栄養食が……。 「ほら」 「……いらない」 「いいから食え。もたないぞ」 無理やりハルヒの手に握らせて、待ちかねている様子の愛馬の尻をたたく。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル!」 リンリンは増えた重量をものともせず、大きく首をふりながら歩き出した。 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ…… 揺れるキリンの上でハルヒは黙ったまま素直に俺の胸に頭を預けている。短い髪の下に 見え隠れするうなじと小さな肩。団長席の上であぐらをかいている時はやけに勇ましい ハルヒの背中が、今日はなぜかひどく華奢なものに見える。いつもこんな風にしおらしく していればこいつだって……。いやいや、油断は禁物。案外朦朧とした意識の中で、遅刻 した騎兵隊の処刑方法を考えているのかもしれない。病気が治ってもしばらくこいつには 近寄らない方がよさそうだ。 ゆっくりと脇を流れていく景色に目をやった俺は、周囲の様子が出発時よりいくぶん リアルになっているのに気づいた。ずっと消えたままだった街灯も、ゆっくり脈打つような 光を放ちはじめている。ほとんど消え入りそうな点から明るい光球に、そしてまたゆっくりと 淡い蛍に……。第二空間の圧力が弱まったせいだとすると、俺と会えたことでハルヒも少しは 安心したのだろうか。ぼんやり手綱を握っていると、ずっと押し黙っていたハルヒが急に 口をひらいた。 「キョン……SOS団、やめるんでしょ?」 驚いた。いや本当に。なぜおまえが知ってる? そんなはずが…… 「誰に聞いた? 古泉か?」 「ううん。聞こえたの。病院から有希の携帯にかけた時、古泉くんとみくるちゃんが 話してるのが。でもあたし知ってた……あんたがSOS団に乗り気じゃないってこと」 「楽しんでるさ、それなりにな」 「ううん、それぐらいわかる。あたしだって。だから今日は……もしかしたらキョン、 来てくれないかもって思ってた」 「来るさ。来るに決まってるだろ」 「どうして? SOS団、やめるんでしょ?」 「関係ないだろ、そんなもん。それに……やめたよ。退団はやめた」 「やめた?」 「ああ」 「どうして?」 「どうしてって、そりゃ……思い出したからさ」 「何を?」 「お前が誰で、俺が誰か……かな」 「なにそれ」 「なんでもない」 「言ってよ、ねえ」 これじゃまるで誘導尋問じゃないか。刑事さん、俺はやってないよ。 「お願い」 ふだんの会話の9割が命令口調の奴に「おねがい」と言われた人間の気持ちをわかって もらえるだろうか。「言いなさいよ!」じゃないのだ。そりゃあねえだろう、ハルヒ……。 けれどもこいつは俺の退団宣言を知っていたのだ。それでも待っていたのだ。あの暗い 教室で、たった一人で、来ないかもしれない俺を。俺は深いため息をついた。 「決まってるだろう、お前が誰かなんて。わざわざ2年の教室から上級生をさらってきて お姫様に仕立てて喜んでる奴だぞ? みんなが楽しく暮らしている平和な世界に怪物だの 巨人だのが出てくるのを心待ちにしてる危険人物だよ。宇宙人だの未来人だの超能力者 だのが本当にいると信じてる妄想狂のはた迷惑人間さ。そんな奴、世界中探しても一人 しかいないだろうが。おまえは風車の騎士、ドン・キホーテさ」 「ドン・キホーテ? じゃあ、あんたは? サンチョ・パンサ?」 勘弁してくれ。なんで俺があんな小太りのオッサンなんだ…… そう。それはたぶん、あの自己紹介に度肝を抜かれた日から、もうはじまっていたのだ。 ロングヘアーの美少女が素朴な憧れの対象ではなくなるのと入れかわりに、いつの間にか 俺の中に生まれていたもの。100Mを13秒で駆けぬけたハルヒが駆け寄る友人もなく 腰をおろすのを見た時、非常階段の上でじっと空を見つめるハルヒを見つけた時に、 ゆっくりとまわりはじめた気持ち。ばかでかいきらきらした瞳でにらみつける生意気な 猫のような顔を眺めながら、心のどこかで俺は思ったのだ。こいつの笑った顔が見たい、と。 お調子者の谷口さえ近づかない変人にこいつを変えてしまったもの、独りでいることを 寂しいとも思わなくさせてしまったもの、泣き顔も笑顔も素直に他人に見せられなくして しまったもの。それがこの退屈な世界やそこに埋もれていく自分への不安と不満だという なら……こいつの不思議探しの旅とやらを手伝ってやってもいい、と。それなのに俺は 「受身でない自分」に恐れをなして、そいつをどこかにしまいこんできた。ハルヒに 引きずられて「しかたなく」SOS団にいることに慣れてしまった。だからENOZの演奏を 聴いてハルヒが現実世界でも十分やっていける奴であるのを思いだしたとたん、自分の 平凡さに愛想がつきたのだ。ハルヒの小さな社会復帰を喜びながら、初めての気持ちを もてあましているあいつを抱きしめてやりたいような衝動を感じながら、いつかハルヒが 俺を必要としなくなる日が来ることを思わずにいられなかった。だから一人になりたいと 思った。SOS団の外でもハルヒにとって意味のある人間になりたいと思ったのだ。あいつと 出会うまで、自分に何の不満もなかったこの俺が! けれどもSOS団を作ると決めた時の ハルヒの顔、あの笑顔を見た時の気持ちは、そんなセコい引け目のために捨てていいもの ではなかった。ハルヒのそばにいてやることと、自分のちっぽけさにつぶされないための 悪あがきは、なにも両立できないわけじゃない。ハルヒの御機嫌をうかがう異能者三人組 ではなく、ハルヒのストレス解消を代行する巨人でもなく、ハルヒがもっと他の誰かを 必要としていたなら、俺のちっぽけな思いなど、カマドウマに食わせてやればいい。 未来の自分のために、今のあいつを独りにしてはいけなかったのだ。 「おまえ、前に俺と学校に閉じこめられた夜のこと覚えてるか?」 「あたりまえでしょ」 「じゃあ、そこからどうやって帰ったかは?」 「……」 「よし。じゃあ、今から言うことも忘れろよ。ソッコーで削除しろよ。いいな! 俺は……俺はおまえのロバさ。ロバのロシナンテだ。ワガママで、きまぐれで、無鉄砲な 御主人様を乗せて、ため息をつきながら歩く痩せたロバさ。おまえは俺が嫌々SOS団を やってるって言ったけど、そうじゃない。そりゃそう思われてもしかたないが、そうじゃ ないんだ。高校に入って同じ教室の後の席にポニーテールのドン・キホーテが座っている のを見た時、俺は思ったのさ。こいつはどうやら本物のバカみたいだし、ほっといたら 全力疾走で世界の果てまで行っちまうかもしれない。世界の果てをのぞこうとして、 そこから落っこっちまうかもしれない。そんなら俺が……つきあってやるのもいいんじゃ ないかってな。俺がそばにいてやれば、こいつはアマゾンの奥地かどこかで野垂れ死に しないですむかもしれない。退屈な世界にも何かを見つけられるかもしれない。宇宙人 でも未来人でも超能力者でもない自分を好きになれるかもしれない。不思議探しの旅の 果てに、おまえが何かを見つけられるのか。そんなことは俺にはわからん。でもどんな バカでも……やっぱ一人で行くのは寂しいんじゃないかってな……」 カッポ、カッポとリンリンの足音が夜の道にこだまする。俺のたくましい腕の中で 感動に打ち震えているはずのハルヒは、しばしの沈黙の後ポツリと言った。 「馬。」 「は?」 「ロバじゃなくて馬。ロシナンテは馬よ。ロバに乗ってるのは従者のサンチョ・ パンサのほう」 「ほえっ? なんだそりゃ? うそだろう、ロバじゃないのか? だっておまえ…… まいったな。詐欺だ! ロバだと信じてたのに!」 バツの悪さに赤面しながらも、俺は苦笑せずにはいられなかった。やれやれ、 素面じゃ言えないような恥ずかしい話をしてやったというのに、こいつは何も感じて いないらしい。ま、いかにもハルヒらしいと言えばハルヒらしいが……。 「それにあんたはロバじゃなくてキリンでしょ。背の高い、……しい目をしたキリン。 そうね、もしかしたら『麒麟』かも」 「何の話だ。誰の目が細いって?」 「あたし、なんだか眠くなってきた。ちょっと寝るわ」 ハルヒはまたもや会話の流れを無視してそう宣言すると、ドスのきいた声でつけ加えた。 「寝てる間に触ったりしたら、死刑だからね」 「へいへい」 「起きた時……起きた時、勝手にいなくなってたりしたら……」 今度はちょっと涙声。 「安心しろ。ちゃんと運んでやるさ。まともな世界までな」 俺はもう一度ハルヒの額に手をあてた。まるで抱きしめているように見えるのは いたしかたない。古泉には悪いが、ハルヒを寝かせるなという指示も守れそうにない。 冬山の遭難者じゃあるまいし、熱にうなされている奴をひっぱたいて起こすわけにも いかないじゃないか。 「そのかわり、運賃払えよ。言っとくが深夜割増料金だからな」 「なにそれ。ケチ」 夜空はいつのまにか煌く星々に覆われている。まばゆい光を放つナトリウム灯の向こうに 広がるのは幾千の窓の灯、ネオンの海。俺の胸をくすぐるように急にモゾモゾしはじめた ハルヒは辛そうにあえぎながら片足をもちあげると、キリンに横座りになった。やれやれ、 今度は何だ? 尻が痛くなったのか? お姫様ごっこか? 熱がある時ぐらい、ちょっとは おとなしく…… 「じゃあ……前払い」 思わず右ストレートに備えた俺の首に両手をのばすと、ハルヒはそのまま懸垂をはじめ、 そして次の瞬間……俺は前回確認しそこねたこと、ハルヒもやはり、その瞬間には、 人並みに頬を染めながら目をつぶるのだということを知った。 エピローグ その後の顛末については特に話すこともないと思う。第二空間の圧力が消滅した瞬間に 長門は第一空間を解除し、ついでに俺とハルヒをそれぞれの家まで「飛ばした」。つまり 俺は自宅で、ハルヒは自分のベッドの上で「目を覚ました」わけだ。どうやってそんな 芸当をやってのけたのかはわからないが、古泉によると長門と超能力者集団との「夢の コラボレーション」の結果だとか。直後に古泉からかかってきた電話でハルヒと長門の 無事を知った俺は、フロイト先生に笑われる心配もなく安らかな眠りについた。 なにしろその時はまだ知らなかったのだ。ほどなく完全復活したハルヒといれかわりに、 それからまる三日間、新型インフルエンザとデスマッチをするはめになるとは。 ようやく風邪が直った日の放課後、久しぶりにSOS団の部室に顔を出すと、ハルヒを のぞく全員が俺を待ちかまえていた。大げさに両手を広げて俺を迎え入れた古泉は、 「立体4目並べ」らしき箱を差し出しながらウインクし、いつものニヤケ顔でのたまった。 「おっと、ぼくは何も聞きませんよ。どうやってあの空間から脱出したのかなんてことはね。 今回の件からは僕も色々と学びましたし、あなたがまたSOS団をやめるなんて言いだしては 困ります。それに『機関』にはもう個人的意見を提出済みですから。あなたが涼宮さんと 同じウィルスに感染した理由についてはね」 何が「学んだ」だ、この野郎。いっそお前にもうつしてやろ……うぐぐ。今度の勝負は 絶対昼メシかけてやるからな! 特大の向日葵のような笑みを浮かべた朝比奈さんは、ハルヒが先に復帰して感激が 薄れたせいか、前もって結果を「知って」いたせいか、前回のように派手に抱きついては くれなかった。理不尽な話だ。それだけが……ウッ……それだけが楽しみだったのに! もし朝比奈さん(大)からの情報漏洩のせいだとしたら、俺は断固!「当社比3割増」の 胸による補償を要求したい。 「キョンくん、ホントに、お疲れさまでした。面会謝絶って言うから、みんな心配してたん ですよ。それからこれ、わたしからのプレゼント。キョンくんの全快祝いです」 そう言いながら天使が差し出したのは見慣れた黄色い物体だ。朝比奈さん、 なぜあなたまで! それとも今年はキリン年なのか? 「ごめんなさい、変なもので。ホントはこれ、涼宮さんの全快祝いだったんだけど、 涼宮さん、もう持ってるって言うから。でも妹さんはきっと喜びますよ。だってこのキリン、 キョンくんにそ」 「ほんと、バッカみたい。みくるちゃんがくれるなら、買うんじゃなかったわよ」 いきなり現れて天使を羽交い絞めにしたのはもちろん我らが神、正確には厄病神だ。 「キョンのやつ、有希には買ったのに、かわいい団員のため粉骨砕身したあたしには ねぎらいひとつないんだから。エコヒイキもいいとこよね」 まだ風邪が完全に抜けていないのか、腕組みした顔がかすかに上気している。 「言っとくがあれはお前のキリンじゃない。俺のだ」 「はあ? 何言ってんの、あたしが買ったんじゃない!」 「そういうセリフは金を返してから言え。おまえが食費とタクシー代と言ってよこした 団の財布、70円しか入ってなかったぞ。ヤケ食いした上にパフェまで頼んだのは誰だ? それが妙な『フランスパン』見逃してやった仏様に言うことか。さあ返せ!すぐ返せ! 俺はキリンと寝るのが好きなんだ!」 「べーっ!」 妙に嬉しそうな顔で敵が逃走したのを見届けると、俺はハルヒの閉鎖空間に絞め 殺されかけたばかりの眼鏡少女に歩み寄った。 「世話をかけたな、長門。おまえのキリンのおかげで助かったよ……と、あれはハルヒのか」 「あれは私のキリン。私が情報制御空間内に構築した。尻尾と全長の比率も正確。彼女が 言ったことは正しくない」 勘弁してくれ、長門よ。どうしておまえまでそんなことにこだわる? まったく、 どいつもこいつもどうかしてるぞ! その後、俺が正式に退団宣言を撤回したこともあって、SOS団にはまたいつもの支離 滅裂で行き当たりばったりで意味不明な日常がもどってきた。唯一変わったことといえば、 SOS団の女子メンバー+αが以来あの素っ頓狂な抱き枕と共に夜を過ごすようになった ことぐらいか。俺は良識あふれる人間だから、もちろん藁人形も丑の刻参りも信じない。 けれどもあれからどうも寝苦しい夜が続いているのは、朝比奈さんの胸にのぼせたからか、 長門のふとももにはさまれたからか、妹のよだれのせいか。それともやはり、あの細い 割に怪力の誰かに毎晩首を絞められてるせいか、と思うことがないでもない。 END
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だんだんあの嫌な暑苦しさも徐々に消えてきて、もうそろそろ秋の到来を感じさせる季節…でもないが、中々涼しい。 まぁ俺が言いたい事はいつもの変わらない日常生活を送っているという事だ。…非日常的ではあるがな。 俺がいつものように見慣れた部室の戸を開けようとすると、中からもんのすごい奇声が聞こえてきた。 「ひ、ひぇぇぇぇぇえええええー!!!!!!!!」 俺は反射的に部室の戸を開ける。メイド服に着替え中の朝比奈さんが迎えてくれた。 だが様子がおかしい。何かあたふたしている。 「キョ、キョンくんっ!見ないでぇ~!!」 俺は慌てて朝比奈さんの発言が終わる前に部室から出た。赤面し、尚且つあたふたして混乱している朝比奈さん…まずい、鼻血が出そうだ。 少しの静寂の時間の後、弱弱しい声が聞こえてきた。 「入っていいですよぉ~…」 「あ、はい。」 いつもの朝比奈さんのメイド服。特に変わった様子はもう見られないが…さっきの奇声はなんだったんだ? 10分も経たない内に次々と他の団員が入ってきた。ハルヒは何故かニヤニヤしていたな… 「みくるちゃん!どうだった!?」 「ふ、ふぇ?何の事ですかぁ…?」 「いや、いいのよ!そんな事より新しい靴を新調したの!みくるちゃんに似合うかしら?」 靴を新調…?一体何故。またよからぬ事を考えてなければいいが… 「さあみくるちゃん、履くのよ!」 「は、はあ…。」 朝比奈さんが怪しい靴を履いたと同時にさっきと同じ奇声が部室中にこだました。 「ひ、ひぇぇぇぇぇえええええー!!!!!!!!」 『カシャッ、カシャッ!!』 「いいわよ、みくるちゃん!もっと喘ぎなさい!!」 「また画鋲がぁぁー!!」 「おいハルヒ――」 「――何をしているのです!!涼宮さん!!」 …俺が言おうとしていた言葉を古泉が代役して言ってくれた。 「何って、みくるちゃんの痛がってる写真を撮ってるのよ。最近刺激が足りないと思ってたのよね~。」 「朝比奈さんを玩具のようにして楽しいのですか!?」 古泉の様子がおかしい。いつものスマイルが嘘かのように眉間にシワを寄せている。 「な、何よ古泉くん!団長にそんな口答えしていいと思ってるの!?」 「いい加減にしてください!そんな目的の為に彼女を足を傷つけるなんて!!」 「そんなにみくるちゃんが大切ならみくるちゃんと一緒に出て行きなさいよ!!」 神人と超能力者の口喧嘩…果たして、勝敗の行方は!?って、こんな事を悠長に言ってる場合ではない。誰かが止めないとどんどんエスカレートしていくぞ。 俺は長門にSOSの視線を当てたが、長門はすっかり本に見入っている。朝比奈さんは呆然と2人の口喧嘩を見ているし…やはり俺しか居ないのか! 「だいたいあなたは何処まで我侭なんですか!」 「まぁ待て古泉。お前の気持ちは痛い程よく分かる。だがここは落ち着いて」 「これが落ち着いていられますか!」 「しかしだな。」 「少し黙っててください!」 すいません、朝比奈さん…正直これ、止まりません。ストレスを…持て余す。 「もういいわ!!もう古泉くんとは口を聞かないから!フンッ!」 団長様は席にどっすりと座ってそっぽを向いてしまった。頬には雫が流れているように見えるのは気のせいだろうか。 しかしらしくないな…古泉の奴。堪忍袋の尾が切れた、というやつだろうか? するとすぐに古泉の携帯が鳴る。例の空間が出現したか。 「ハハハ、酷い醜態を見せてしまいましたね。では僕はこれで失礼します。」 「朝比奈さんの足は俺が絆創膏でも貼っといてやるよ。」 「ありがとうございます。」 そして下校時。あの時はSOS団はどうなるかと思ってひやひやしたね。 だがその不安はある光景によって一瞬で消し去られた。 俺の目の前には、素直にハルヒに謝っている古泉の姿があったんだもんな。 少し照れくさくスネているハルヒの顔を見るとハルヒも許している様子。可愛いな、あの顔。 その日をきっかけにハルヒと古泉が一緒に帰るようになった。正直羨ましい。 一般的に言うと、『付き合っている』のだ。『デキている』のだ。『カップル』なのだ。 しつこいな俺…少し嫉妬心があるのかもしれない。 ハルヒと付き合うとはなんと生意気な奴…!古泉のくせに…!! end
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「おはよう。」 「おはようキョン。」 いつもの朝、教室に入った俺は友人の国木田、谷口と朝の挨拶を交わした。 「なぁ、今日の放課後だけどな、ナンパ行こうぜ!」 「…谷口、朝っぱらからそれかよ、一昨日も行っただろうがよ…もういい加減にしようぜ?大体うまくいった事無いだろうが…。」 「馬鹿!失敗を恐れてどうなるってんだ!挑戦無くして成功は無しだ!」 …朝から拳を握りしめて力説している谷口…はぁ…。 こいつとは入学からの付き合いでちょくちょく放課後や休みの日にナンパに付き合わされている。 結果は…言うまでも無いだろう…。 「悪いが今日はゲーセンに行くと国木田と話がついているんだ。またの機会にしよう。」 「…チッ。」 谷口は不満気に舌打ちした後自分の席に戻った。 …北高に入学してそろそろ一年経とうとしている。 この一年特に大きな出来事も無く、放課後や休日は友人とゲーセンに行ったりナンパに行ったりと平凡な生活を送っている。 「おはよう。キョン君。」 「ああ、おはよう朝倉。」 …朝倉涼子、このクラスの中心的存在で谷口曰わく AAランクプラス の美少女だ。 文化祭や体育祭などでも素晴らしいリーダーシップを発揮し、大いに盛り上げてくれた。 「朝からなんか憂鬱そうね?」 憂鬱?まぁ~毎日妹に乱暴な起こされかたをされてあの坂を毎日登れば憂鬱にもなるさ。 「ふふふっ。」 朝倉は軽く笑った後席へと戻って行った。 「憂鬱ね…」 俺は憂鬱と聞いて後ろの席に座っている人物が頭に浮かんだ。 涼宮ハルヒ 入学後の自己紹介でとてつもなくインパクトのある言葉を吐いた女だ。 容姿、スタイル、そのどちらも極上と言っても良い美少女だが…性格が捻れまくっている。 何度か話し掛けて見たが 「うるさい。」 の一言で切り捨てられている。 俺だけで無く、クラスの誰が話しかけてもその調子だ。 もうみんなこいつとコミュニケーションを取る事を諦めている。 涼宮ハルヒは今も俺の後ろで頬杖を突き憂鬱そうな顔をして窓の外を眺めている。 「おはようみんな。」 担任の岡部が入って来た…そんなこんなで授業が始まった。 ~一限目~ 「…で、この場合はこの公式を使って…」 今日もいつもの通り授業は進んでいる…が…今日はなんか体調がおかしい…。 教師の言葉がまったく耳に入らない 別に夜更かしした訳じゃ無いんだがな。 俺がそんな事を考えていた時…それが来た… ―ー思い出せ!。 「…っ!」 …突如俺を幻聴と頭痛が襲った。 ―ー気づけ!ここは偽物だ! 「…ん!」 …なんだ…これは… 「ううっ…」 ガタッ 俺は突如襲った幻聴と頭痛とめまいの為机から床に転げ落ちた…。 「きゃ!」 「おい!どうしたキョン!」 …意識が…薄れて… …。 …。 …。 ………気がつくと俺は保健室のベットに寝かされていた。 俺は起き上がり、 「…なんだったんだ…あの頭痛…めまい…幻聴は…。」 そう思った時だった。 ――思い出せ! 「…っ!」 またか…何なんだよ…何を思い出せってんだ…。 ――気づけ! 「…ん!」 …俺は保健室を抜け出し…どこかに歩いている? 俺は…どこに向かっているんだ…? …。 …。 …。 俺は気がつくとある部屋の前に来ていた。 「…文芸部?」 文芸部…たしか部員0で来年入部者が居なければ廃部になるって話の? 「…。」 俺は誘われるように文芸部室へと入っていった…。 使われて居ない部屋…その部屋は埃臭く殺風景な物だった。 隅の方に本棚があり、机の上にかなり古いパソコンが置いてある…ただそれだけの部屋だった。 「…なんで俺はここに…んっ!!。」 …今までで一番強烈な奴が来た…ん?…今度は幻覚…か!? 俺の目の前に… 俺 が立っていた… ―いつまで呆けてんだ俺!いい加減目を覚ませ!覚えてるだろあの日々を?絶対忘れられる訳ねぇだろが! 「…あの…日々…?」 その瞬間頭に何かが駆け抜けた…。 「…SOS団…宇宙人…未来人…超能力者…涼宮ハルヒ…。」 …そうだ…。 「俺は…思い出した。」 そう、俺は完全に思い出した…くそっ!どうなってんだ一体…。 まて、落ち着け俺!俺は普通の奴よりもこの様な事態には耐性がある…そうだ、OK。 まずは整理してみよう。 …まず間違い無くここは改変された世界だ。 ハルヒは…居る。SOS団は結成していないが間違い無く居る。 古泉は…居る。この世界でも同じ様に転校してきている。間違い無い。 朝比奈さんは…居る。谷口が騒いでいた。間違い無い。 長門は…居ない!?…この世界での長門を認識した事は無い!…文芸部も部員0だ…間違い無い。 「…ハルヒも居る…朝比奈さんも古泉も…長門だけが…居ない。」 …何故長門だけが居ないのだろうか? それにこの事態を引き起こしたのた誰だ? ハルヒか?それともまた長門か? …そうだ!きっと長門は何かヒントを残しているはずだ! 俺は本棚へ向かい例の本を探した。 「頼むぜ………あ!」 俺は本をめくりそれを見つけた。 【パソコンの電源を2秒押し離す。それを三回】 例の栞にはそう書かれていた。 俺は直ぐにパソコンに向かい書いてある行動をとった。 ピッ パソコンは旧型とは思えないスピードで起動し…それが画面に映し出された…。 YUKI.N …もしもあなたが思い出した時の為にこのメッセージを残す。 「…ああ、思い出したさ。」 YUKI.N ここは改変された世界。でも涼宮ハルヒは同じ様に力を持ち、古泉一樹、朝比奈みくるも同じく力を持っている。 この事態を起こしたのは情報統合思念体。 …長門のメッセージ。 つまり情報統合思念体内部で大きな動きがあり急進派が力を持ってしまった。 ハルヒの起こす情報爆発を効率良く引き起こすのにSOS団は邪魔な存在と認識され、俺たちがSOS団を結成していない世界に改変した。 そして長門は消去され代わりに朝倉涼子が配置された。 …くそったれが! YUKI.N これは仕方の無い事。 それと、涼宮ハルヒに関わらない事を推奨する。 あなたと涼宮ハルヒが接触すると朝倉涼子が同じく行動を起こす確率が高い。 危険。 あなたはこの世界で生きて。 楽しかったありがとう。 「ふざけんなよ!」 YUKI.N …心残りは…もう一度あなたと図書館へ行きたかった。 「いや、行くぞ!一度と言わず何度でもな!」 YUKI.N それと…もう一度あなたに私の肉じゃがを食べさせてあげたかった。」 「…すまん。それだけは勘弁だ。」 YUKI.N …さようなら …。 …。 このメッセージが表示されるのは一度きりである。 エンターキーを押し消去を。 …。 …。 …。 「…ふざけるなよ。こんなので納得できるかよ!これで終わりだなんて!」 末尾でカーソルが点滅している…あの時と同じか…。 違うのは…あの時はこれを押したら改変世界から抜け出せたが今回は…終わりだ。 「くそっ!」 俺は近くの椅子を蹴飛ばした。 「長門…お前はそれで良いのかよ…」 …。 …。 ………!? 待てよ。何故エンターキーを押さないといけないんだ? 別に自動で消去してもかまわないだろ? …もしかして…。 俺はパソコンに戻り画面を再び見た。 「あの時は別のボタンを押したら終わりだった…今回は?」 俺は祈りを込めて…NOの意味でNボタンを押した。 カチ …。 …。 …。 YUKI.N プログラム起動条件・鍵をそろえよ。最終期限・今日。 …。 …。 …。 「…そうだよな…お前だってこのまま消えたくないんだな…任せろ!必ずあの日常を俺が取り戻してやる!」 …。 …。 …鍵か…前回と同じで良いんだよな。 今何時だ?後5分で昼休みか…。 俺はまず古泉の所に向かった。 …。 …。 ~9組~ 「すまない、古泉一樹を呼んでもらえないか?」 俺は適当に教室から出て来た奴にそう言った。 ほどなくして古泉が来た。 「僕に何か様ですか?」 古泉はこの世界でも変わらない0円スマイルでそう言った。 …あの時と同じで行くか。 俺は声を抑え切り出した。 「突然で悪いが…『機関』という組織に思い当たることはないか?」 「キカン…ですか?どういう字をあてるのでしょう」 …おんなじ反応しやがった。 でも俺は長門のメッセージで知っている。 「お前がここに居る目的は涼宮ハルヒの監視。そして閉鎖空間が現れた時お前はそこで暴れる『神人』を狩る超能力者だ。…違うか?」 すると古泉は俺の手を引き人気の無い場所へ連れて行った。 「あなた…何者ですか?」 古泉は笑みを消し俺にそう詰め寄った。 「…そうだな。今のお前からみたら 異世界人 って所だな。」 「…異世界人?」 「…詳しく話をしたい。放課後、文芸部室まで来てくれないか?」 「……分かりました。」 …古泉は戸惑いと警戒の目を向けながらも了承した。 …さて、次は。 …。 …。 ~2年のクラス~ 「すいません。朝比奈みくるさんを呼んでいただけませんか?」 俺は朝比奈さんのクラスから出て来た女子生徒にそう言った。 「…ふ~ん。あの子も人気者ねぇ…わかったわ。玉砕しても泣かないようにね。」 …なにやら勘違いしているみたいだが…まぁ良い。 ほどなくして朝比奈さんがやって来た。 みくる「あの~何でしょうか?」 ああ…この世界でも朝比奈さんの美しさは変わらない…早くまたあのお茶を飲める様にせねば! …おっと!本題本題。 「すいません…ここではちょっと…。」 周りからの好奇の視線が痛い…俺は会話が誰にも聞こえ無い位置まで朝比奈さんを連れて行った。 「突然ですが…あなた未来人ですね?」 単刀直入に俺は言った。 「ななな何をいいい言ってるんですか!そそそんな訳無いじゃないですか!」 …古泉と違い非常にわかりやすい。 「三年前…いや、もうすぐ四年前か。大きな時間振動が検出され、その中心に涼宮ハルヒが居た。 あなたがこの時代に来た目的は涼宮ハルヒを監視する為…違いますか?」 「…あなたは…いったい…。」 「詳しい話をしたいので放課後文芸部室に来ていただけませんか?」 「……はい。」 朝比奈さんもOKだ。 最後はハルヒ…こいつは放課後だな…。 俺は教室に向かった。 ~教室~ 「キョン!?もう平気なの?」 「びっくりしたぜ。急に倒れるからな。」 国木田と谷口だ。 「ああ、大丈夫だ。すまんな心配かけて。」 「キョン君大丈夫?病院行かなくて平気?」 「ああ朝倉、平気だ。単なる寝不足だからな。」 「寝不足?」 「ちょっと夜更かししすぎたみたいだ。そのせいでめまいがな。 今まで保健室で寝てたからもう大丈夫だ。」 俺はニカッっと笑った。 「…呆れた。どうせゲームでもしてたんでしょ?体調管理はちゃんとしないとね!」 「へいへい…」 朝倉は自分の席に戻って行った。 ……怪しまれなかっただろうか。 俺は背中が汗で濡れている事に気づいた。 このまま最後の授業を受け…放課後になった。 さて、朝倉に見つからないようにハルヒを捕まえなければ… 俺はげた箱まで先回りしハルヒを待った。 「キョン、ゲーセンどうするんだ?」 谷口?…そうか、こいつらとゲーセン行く約束してたんだ。 「すまん。今日は帰って寝るわ。まだちょっとめまいがな…。」 「そうか、んなら俺は国木田と二人で行くわ。」 「ああ、すまんな。」 「その代わり明日はナンパ付き合えよ!」 「おう!」 …すまん。元の世界に戻ったら必ずその約束果たすからな。 …。 …来た。 どうしようか…前回と同じで行くか? いや、朝倉に気づかれる恐れがある。時間も無いし…よし。 周りに人気が無くなった所で俺はハルヒに近づいた。 「世界を大いに盛り上げるジョンスミスをよろしく。」 俺はすれ違いざまハルヒにそう呟いた。 「な!?」 ハルヒは俺に振り向き 「…何であんたがその言葉を…」 驚愕の表情で呟き次の瞬間俺のネクタイを掴もうと手を伸ばした。 ヒョイ …予想してたからよけるのは簡単だった。 すまんな、今目立つ訳にはいかないんだ。 「詳しい話をしたい。いまからちょっと付き合ってもらえるか?」 「ちょっと…!」 「今は黙ってろ…着いたら話す。」 ハルヒはしばらくの間の後無言で頷いた。 …。 …。 …。 …朝倉に気づかれなかっただろうか…。 ハルヒと文芸部室に向かう途中俺は考えていた。 例えば朝倉が長門だったとして…長門に悟られる事無く行動できるか? …否。 …気づかれていると考えてよいだろう。 とにかく一刻も早く…。 …。 …。 …着いた。 「ここだ。」 俺はハルヒにそう告げた。 「あんたアタシの前に座っている人よね?…何者?」 「中に入ってからだ。」 俺達は文芸部室に入った。 中ではすでに古泉と朝比奈さんが来ていた。 二人は俺と一緒にハルヒが来た事に驚いているようだ。 …これで揃った。 前回と同じならこれで… …。 ピッ 「…!?」 良し! 俺は直ぐパソコンに向かう。 「ちょっとあんた!何やってんのよ!話てくれるんじゃなかったの!?」 「すまんみんな、少し待っててくれ!」 みんなに謝罪しパソコンの画面を見た。 …。 …。 YUKI.N …あなたは鍵を集めた。 これでプログラムが作動する。 でも私はこれを推奨しない。 あまりにも成功率が低すぎる…危険も大きい。 「…危険?」 YUKI.N …それでもあなたはきっと…。 …このプログラムが起動するのは一度きりである。実行ののち、消去される。非実行が選択された場合は起動せずに消去される。 Ready? …。 …。 答えは分かっているだろ、長門。 俺はお前を、SOS団を取り戻すと決めたんだ。 危険?上等だ! 俺は指を伸ばし、エンターキーを押し込んだ。 …。 …。 すると本棚が…横にスライドした!? 本棚の有った所に… …なるほど。そうか。 弾は三発…良いんだな長門。 「ちょっと!人を呼びつけといてさっきから何やってんのよ!!」 すまない、またせたな。 俺はそれを三人に向けた。 「なっ!?」 「ふぇ!?」 「な…何のつもりよあんた…。」 …俺は三人に銃を向けている。 「悪い。話すよりこれが手っ取り早いんだ。」 短針銃。以前も使った銃だ。 これでみんなの記憶を取り戻す。 …まずは…俺は特に考えもなく朝比奈さんに発射した。 針は朝比奈さんの首筋に命中した。 「はぅ…」 朝比奈さんはその場に倒れこんだ。 …すいません。でもすぐにわかりますから。 等と呑気に考えていた時だった。 ゲシッ! 「…え?」 気づくと腕を蹴り上げられ、銃が弾き飛ばされていた。 次の瞬間強い衝撃が俺の顔を襲った。 …俺…殴られ… 俺は古泉に銃を弾き飛ばされ殴られた後、そのまま古泉に押さえつけられていた。 「涼宮さん!彼女を!」 「わ…分かったわ!」 …俺って本当に馬鹿だ…何やってんだ本当に…。 銃を向けられ撃たれるってなったらそりゃ反撃するわな…俺だってそうするさ…。 「大丈夫!生きてるわ。眠っているみたい。」 「そうですか、良かった…さて。」 古泉は俺に向かって言った。 「あなた何をしているか分かっているのですか!?」 …古泉…お前いつも笑っていて気持ち悪い…って思っていたが…うん、やっぱりお前は笑顔が一番似合うぞ! そんな怖い顔するなよ…。 「待て!話を聞け!」 「あなたが何者で何を企んでいるかはのちに機関の方でゆっくりと聞かせていただきます。」 …ヤベ…絞められている…このままだと落ちる…。 古泉は俺を気絶させようとしている様だ…この力…こいつこんなに強かったのか…。 その時 「…ん。」 「大丈夫!?しっかりして!」 朝比奈さんが目覚めた!? 朝比奈さんは目を開け暫くボーっとした後、ハルヒ、古泉、俺…と見た。 「…朝…比奈…さん…。」 俺は朝比奈さんに手を伸ばした …ヤバい…意識が… 朝比奈さんは立ち上がり、 「古泉くん!ごめんなさい!」 そう言って古泉にタックルを喰らわした。 「えっ!?」 古泉は予想外の攻撃に対応しきれなかったらしく俺を離し朝比奈さんと一緒に転んだ。 「ゲホッ!ゲホッ!…はぁ…はぁ…。」 「キョンくん!今よ!」 ああ…朝比奈さん。 俺の朝比奈さんだ! 俺は直ぐに銃に飛びつく。 しかし古泉も直ぐに立ち直って銃に飛びついた。 …。 …。 …。 すまん。俺が早かったな。 「うっ!」 針は古泉の額に命中した。 そのまま俺の上に倒れ込む…重い。 「キョンくん!」 俺は古泉の下から抜け出し最後の一人に銃を向ける。 「これは一体どういう事なんですか?」 「朝比奈さん、話は後で。」 「…何よ…一体なんなのよ…」 ハルヒは床にへたり込んで怯えている…白か…。 「キョンくん…どこ見てるの…」 すいません。男の習性なんです。 「ハルヒ…すまない。すぐにお前にも分かるから。」 俺は引き金を引いた。 針はハルヒの太ももに命中…ハルヒも床に倒れ込んだ。 …やれやれ、やっと全員か…。 しかし油断した…危なかった。 最初に古泉を撃っとくべきだったな。 俺が反省している所で朝比奈さんの声が… 「…キョンくん、古泉くんが。」 「…ん。」 「起きたか古泉。」 古泉がノロノロと起き上がった。 「こ…これは…一体…。」 記憶が混乱しているようだ。 そりゃそうだ、記憶が戻ったとは言えしっかりこの世界の記憶もあるからな。 「まずは落ち着け。……それじゃ説明するぞ。」 俺は長門がメッセージで残した事を全て二人に伝えた。 …。 …。 …。 「なるほど、そういう事ですか…。」 「まさか…また世界が改変されていたなんて…。」 …とりあえず俺は仲間を取り戻した。 そしてこれからは…。 「そして、これからあなたは何をしようとしているのですか?」 「ああ…ハルヒに全てを伝えハルヒの力で全てを元に戻すつもりだ。」 俺は二人に伝えた。 …暫く沈黙が続く。 …まぁ、そうだろうな。古泉にしても朝比奈さんにしてもハルヒが自分の力に気づく事を望んでいない。 古泉が口を開いた。 「……分かりました。それしか長門さんを取り戻す方法は無い様ですしね。」 「…いいのか?」 正直驚いた。朝比奈さんはともかく古泉だけは絶対反対すると思っていたからだ。 「…雪山の約束もありますしね…それにあなたを殴ってしまった。いくら記憶が無かったとは言え…申し訳ない事を。」 「気にするな。当然の行動だ。」 「そう言っていただくとホッとします。 …それにですね。この世界での僕は予定通り直接涼宮さんに接触する事無く、ただ監視しているだけなんですよ…実につまらない日々です。」 「私も同じです。」 朝比奈さん? 「…無くなって初めて気づく物なんですね…。」 「そうです。僕は今回は機関としてでは無く、SOS団副団長としてSOS団を取り戻すために動かせていただきます。 もちろん長門も含めてです。」 古泉はいつもの笑顔を浮かべて言った。 「…古泉。」 「そうです!五人揃ってSOS団ですからね!」 「…朝比奈さん。」 最高だ。俺は一人じゃない! 「…ん。」 「涼宮さん!」 「起きたかハルヒ。」 「…キョン…あれ…何…これ…」 「落ち着け…これから全てを話してやる。」 …。 …。 そして俺達は今の状況、正体、力、全てをハルヒに教えた。 最初は信じなかったハルヒも俺がジョンスミスだったという所で俺達が冗談を言っているのでは無いと気づいたようだ。 ハルヒ「…まさに灯台下暗しってやつねね…。」 そうだろう、そうだろう。 ハルヒの待ち望んでいた宇宙人、未来人、超能力者がこんな近くに居たのだからな。 「…それで、どうやったら有希を取り戻せる訳?」 古泉が言った。 「現状では…涼宮さん。あなたの力に頼るしかありません。先ほど話した通り、あなたには神の如き力があります。」 しかしハルヒの反応は… 「…ん~、そこの所がイマイチ実感湧かないのよねぇ~。」 実感湧かないって…俺達がお前の力にどれだけ振り回されたと思っているんだ? 「ハルヒ!間違いなくお前にはとんでもない力があるんだ!だから…。」 …ここで俺の言葉を遮り女の声が響いた…。 「そこまでよ!」 俺達は一斉に振り向いた…そこには…。 「朝倉…涼子…。」 部室の入り口に朝倉涼子が立っていた。 「…長門さんにも困ったものね。こんな小細工をしていたなんて…。」 朝倉は「フン」と笑った後部屋に入って来た。 …。 …。 やはり気づかれていたか…。 「朝倉…長門はどうなっているんだ!」 朝倉は笑顔で言った。 「長門さん?ああ、とっくに消去されているわよ。」 なんだと…。 「何ふざけた事言っているのよ!有希を返しなさい!」 「…笑えない冗談ですね。」 「…なんて…事を…。」 「朝倉ぁ!」 みんな怒りに震えている。 「…なぁ~んちゃって。」 「…え!?」 「嘘よ嘘。そんなに怖い顔しないで。長門さんはちゃんと居るわよ…ほら。」 朝倉はそう言って首にぶら下げたペンダントを見せた。 ………あ!? 朝倉の首に掛けられているペンダントにたしかに長門が…居た。 「長門!」 「有希!」 「長門さん!」 「長門さん!」 長門はペンダントの中で悲しそうな目を俺達に向けていた。 「消去する訳無いでしょ?だって長門さん一度私を消したのよ?…そんな簡単に楽にしてあげる訳無いじゃない。」 「…長門を返せ!朝倉!」 「嫌よ。長門さんは今から罰を受けないといけないの…大事なお友達が目の前で殺されるのを見る…って罰をね。」 …やっぱりこいつの目的は… 「…記憶戻らなかったら良かったのにね。こうなった以上前回出来なかった事をやらせてもらうわ。」 …やばい…やばすぎる…。 「キョン君を殺して涼宮ハルヒの情報爆発を観測する…いや、あなた達三人を殺して。」 「!?」 俺達三人…俺と朝比奈さんと古泉か! 「朝倉!…お前の目的は俺だけだろ!この二人は関係無いはずだ!」 朝倉は笑いながら言った。 「状況が前と変わったのよ。あの時はそれほどその二人と涼宮ハルヒは近い関係に無かった。でも今は強い信頼で結ばれている…そう言う事よ。」 なおも朝倉は続ける。 「これから一人一人別の場所にご招待するわ…そして最後に涼宮さんを…切り刻まれたあなた達を見た涼宮さんはどんな情報爆発を見せてくれるかしら…フフフ。」 こ…こいつ… 「朝倉!お前!」 朝倉はナイフを構え。 「知ってた?神様って非情なのよ。…神様って言っても情報統合思念体なんだけどね。 …やっぱり最初はキョン君からね。さあ行きましょうか。」 朝倉はゆっくりと俺に手を伸ばした。 「――!?」 その時誰かが俺の前に出た…古泉!? 古泉は俺に笑顔を向けたまま…その場から消えた…。 …。 …。 …。 …。 ~閉鎖空間~ …。 …。 …みんなが消えた!? …いや、僕が消えたと言った方が良いのでしょうね…。 僕と… 「順番は守らないとダメよ。そんなに死に急ぎたいの?」 …この朝倉涼子と。…。 「…長門さんが居ない今、あなたに対抗できるのは僕だけなものでしてね…。」 「へぇ~、もしかして勝てる気でいるの?」 「僕に…いや、俺に出来ないとでも思ったか!」 …ここではかしこまる必要は無いだろう。 俺は両手に力を込めた…大丈夫…力は使える。 「フフフ…怖い顔ね…あなたニヤケ顔してるよりもこっちの方が素敵よ。」 …しかし半分以下か…自分を光の玉に変える事はやはり出来ないみたいだ。 「でも残念ね…すぐお別れだなんてね。」 朝倉涼子はナイフを構えた。 「ああ、すぐにお別れだ。お前が俺に殺されてな。」 …勝率は…一割以下だ…絶望的な数字だな…だがやるしか無い。 俺の死〓みんなの死だ。 「口だけは達者ね…じゃあ…死んで!」 朝倉涼子は突進して来た。 俺も両手から光を出し死神へと向かった。 「おおおおおお!!」 …。 …。 …。 …。 ~部室~ 「古泉君と朝倉涼子はどこに消えたの!?」 「おそらく古泉は俺の代わりに朝倉と閉鎖空間に行ったんだろう。 …長門が居ない今、朝倉に対抗出来るのは自分だけだと思ってな…。」 …くっ…古泉… 「…古泉くん…帰って来ますよね…?」 …朝比奈さんは目に涙を溜めて言った。 「当然よ!なんてったって彼はうちの副団長よ!…絶対帰ってくる。」 …古泉…絶対帰ってこいよ!! …。 …。 …。 …。 ~再び閉鎖空間~ …。 …。 …。 「ぐっ!」 俺は壁に叩きつけられた。 「結構頑張るわね。でも後がつかえているのよ。そろそろ死んでくれない?」 どれくらい時間がたっただろうか。 …おそらく20分ぐらいだろうが俺には1時間にも2時間にも感じられていた。 「…化け物が。」 全身血だらけだ。体のあちこちに裂傷を負っている。 …背中の傷が一番深いか…。 朝倉は強い。何よりも素早く攻撃が当たらない。 いや、当たりはする。当たればその部分が消し飛ぶ。 だがすぐに再生しやがる。くそっ! それに…首に掛けられたネックレス…あの中には長門さんがいる… 下手に攻撃したら長門さんまで…。 「ほ~ら!」 朝倉はナイフを振るって…!? 朝倉のナイフは俺の首筋を掠めた。 「あら、惜しかったわ~。」 後数ミリで頸動脈が斬り裂かれていた…。 俺は右手の光を朝倉に投げる。 しかし朝倉は素早くよけ…足に命中した。 しかしすぐに再生される。 「…結構痛いのよ。これ…そろそろ本気で終わらせるわ。」朝倉は突進してきた…刺突か!? 「ぐっ!」 俺はわずかに身を交わし心臓への攻撃は避けたが朝倉のナイフは俺の左肩を貫いていた。 …激痛が走る中俺は目の前のペンダントに右手を伸ばした。 ブチッ 良し!取った! しかしその瞬間さらなる激痛が俺を襲った。 朝倉はナイフを俺の太ももに突き刺さしていた。 「ぐおっ!」 朝倉は俺から飛び退き言った。 「馬鹿ね。ペンダントを奪うのでは無くそのままその光で攻撃したら勝てたのに…長門さんが気になったのかしら?」 …ペンダントは奪い取ったが左手と足を封じられた…絶望的だ…。 「これで終わりね。」 朝倉は俺にとどめを刺す為突進してきた。 …駄目だ…動けない…みんなごめん。 朝倉のナイフが迫る。 …朝倉の動きがゆっくりに見える…これがドーパミン効果ってやつか…。 この軌道…右目から入ってそのまま脳にか…即死だな…。 そしてナイフが俺を貫いた。 …。 …。 …。 「…往生際が悪いわね。」 朝倉のナイフは俺の右の手の平を貫いていた。 俺は…まだ死ねない…。 俺はそのまま右手で朝倉の腕を掴み… 朝倉は俺が何をしようとしたのか分かったのか必死に飛び退こうとしたが… 「遅い!!」 左手から放たれた0距離攻撃…朝倉の体は赤い光に包まれ…消滅した。 …。 …。 …。 手の平に刺さったままのナイフが静かに崩れて行く。 俺は静かに言った。 「俺の勝ちだ…。」…。 …。 …。 閉鎖空間が崩れ始める。 俺は…僕は長門さんの入ったペンダントを見た。 長門さんが僕を心配そうな顔で見つめている。 「…さぁ…一緒に帰りましょう。」 そして空間が割れた。 …。 …。 …。 ~部室~ 突如俺達の前に血だらけになった古泉が現れた。 「古泉!」 「古泉君!」 「古泉くん!」 古泉は俺たちの顔をしばらく眺めた後こう告げた。 「……朝倉涼子は倒しました。」 古泉は静かに言ったがけして楽な闘いでは無かったのを全身に刻まれた傷が物語っていた。 「…酷い怪我…」 「…ふぇ…こ、古泉くん…だ、大丈夫ですか…?」 ハルヒと朝比奈さんは古泉を介抱している。 しかし大丈夫な訳が無い…今もかなりの出血が確認できる。 「古泉…よく頑張った…。」 「はは…これであなたを殴ったのは帳消しになりましたかね?」 笑みを浮かべ奴はそう言う。 「…馬鹿野郎。」 帳消しどころでは無い。 俺はいくらお前に釣りを渡せばよいんだ? 「…これを。」 古泉はそう言って俺にペンダントを差し出した。 「これは…長門!?」 ペンダントの中で長門は俺に何かを訴えているようだ…何?…開ければ良いのか? よく見るとペンダントの上部に小さいキャップが付いている。 俺は迷わずキャップを開けた。 するとペンダントから光が飛び出し、その粒子が俺達の前に人間の形を作り出した。 「有希!」 「長門さん!」 「…長門…さん」 ……長門。 俺達の目の前に長門が立っていた。 「……。」 長門はしばらく俺達の顔を見た後 「…古泉…一樹…。」 そう呟き古泉の所へと駆けて行った。 「…ごめんなさい…ごめんなさい…。」 何度も古泉に謝罪の言葉を呟いていた。 古泉は頭を振り 「長門さん、良かった…。」 と呟いた。 「長門、古泉の傷を治せないか?」 俺は長門にそう言ったが長門の答えは 「…無理。」 頭を振ってそう答えた。 「…情報統合思念体との接続が切れている…今の私には何の力も無い…。」 …よく考えたらそうだ。今回の敵こそ情報統合思念体だったんだ…。 くそ!まだ出血が続いている…このままだと命に関わるぞ…。 「…救急車を。」 朝比奈さん!? …そうだよ。救急車だよ。頭が回らなかった。 「俺が呼んでくる!」 俺はそう言って部室の出口に向かおうとした…が! …。 …。 …。 「な…。」 俺は絶句した…なぜならそこに 朝倉涼子が立っていたからだ。 「もう良いかしら?」 「お…お前…。」 朝倉はそのまま部室に入って来た。 「…不死身か…?」 古泉が驚愕の表情で呟いた。 そりゃそうだろう。 必死になって倒した敵が無傷で現れたのだから…。 朝倉は笑顔で言った。 「あら、古泉君、勘違いしないで。さっきのはあなたの勝ちよ。 さっきの私は完全に消滅したわ。」 「…どういう事ですか…。」 「こういう事よ。」 「……!?」 …悪夢としか言いようが無いだろう。 さらにもう一人朝倉が俺達の前に現れた…。 「たとえ今の私達を倒しても無駄よ。」 「また新しい私が現れるからね。」 …。 …。 …情報統合思念体の力でたとえ何回倒されようとも復活し続ける…朝倉はそう告げた。 「最後に長門さんに会えたから悔いはないわよね?」 「じゃ、そろそろ死んで。」 2人の朝倉がナイフを持ち近づいて来る。 …その時1人の少女が動いた。 「させない。」 …長門…。 長門が両手を広げ俺達を守るように朝倉の前に立ちふさがった。 「あら、長門さん。今やただのひ弱な女の子に成り下がったあなたが何をするつもり?」 朝倉が見下した目でそう言った。 「やらせない。」 しかし長門は一歩も退かず同じ言葉を口にした。 …俺は普通の人間。 朝比奈さんは未来人だが戦う力は持ってない。 古泉はすでに瀕死の状態。 長門はいまや何の力も無い少女になっている。 ハルヒはうつむいて何か呟いている …無理もない。いくらハルヒとはいえ実質は普通の世界で生きてきた女子高生だ。 いきなりこの様な場面に叩き出されたら壊れるのも無理は無い…。 すなわち…絶体絶命って事だ。 その時だった。 …。 …。 ポッポ~♪ポッポ~♪ ーー!? なんだ!? 俺はその奇妙な音の鳴る方を見た。 …。 …。 ……なんだ。鳩時計か…。 部室に掛けられている鳩時計が六時を知らせていた。 …。 …。 ポッポ~♪ポッポ~♪ポッポ~♪ポッポ~♪ …こっちは絶体絶命だってのに呑気に鳴いてやがる………って…え!? …鳩時計? んな馬鹿な…少なくとも俺の記憶の中でこの部室に鳩時計が飾られた事は無い。 なぜだ? 俺がそう考えていた時 …。 …。 「…なるほどね。」 …。 …。 その声の主は不敵な笑みを浮かべてそう呟いた。 「さて、今度はみんな一緒に招待してあげるわ。広い所にね。」 朝倉はそう言って指を鳴らした。 …。 …。 …。 ~閉鎖空間校庭~ 周りの風景が変わり俺達はいつの間にか校庭に立っていた。 「みんなまとめて殺してあげる。」 朝倉かそう言いながら再び指を鳴らすと……うわぁ……。 俺達の目の前に百人近い朝倉涼子が現れた。 「痛みを感じる暇も無いかもね…じゃ、行くわよ。」 百人の朝倉がナイフを構え俺達に飛びかかろうとしたその時。 「待ちなさい!」 その声の主、先程 「なるほど」 と呟いたハルヒが不敵な笑みを浮かべたまま朝倉にそう言った。 「何…涼宮さん?大丈夫よ、あなたは殺さないから。 あなたの役割は切り刻まれたお友達を見て情報爆発を起こす事よ。安心して。」 …何が安心だ。 「アタシはただ待てと言ってるの。」 ハルヒ? 「…そうね。お別れの時間くらい与えてあげても良いわ…。10分よ。」 「それだけあれば十分よ。」 ハルヒはそう言って俺達の方を向いた。 …なんだハルヒ、本当に別れの挨拶をする訳じゃないだろうな? 「古泉君」 「はい?」 「あなた超能力者だったわね? だったら手から炎を出したり傷を癒せたり瞬間移動できたりするわよね?」 古泉は表情を落とし。 「いえ…残念ながら…。」 そう呟いた。 残念ながら古泉にその様な力は無い。 こいつの力は限定された空間でしか使えない。 たしか最初に説明したはずだが? 「いいえ、使えるの!」 「え?」 何を言ってるんだ? 「アタシがそう決めたんだから使えるの。そういう事なんでしょ?」 ー!? そうか…そういう事か! 古泉はしばらくポカーンとした後…。 「…そうです…そうなんです!今、涼宮さんの言った能力、全部使えます!」 にっこりと笑いそう答えた。 「そう、ならちゃっちゃと自分の傷を直しちゃいなさい!」 「はい!」 …さっきの鳩時計もハルヒの仕業か。 それで自分の力に… 「みくるちゃん!」 「は…はい!」 「あなた未来人だったわよね?」 「はい…一応…。」 「ならあなたのポケットは四次元ポケットね。隠したって無駄よ!アタシには分かってるんだから! 早く未来の凄い武器でも出しなさい。」 朝比奈さんはド○えもんか! 「え!?…え!?…」 「朝比奈さん!」 …。 …。 …。 「……あ…そういう事…そう、そうです! 凄い武器出しちゃいますよ!!」 朝比奈さんはようやく気づき元気にそう答えた。 「有希!」 「……。」 長門は振り返りわずかに首を傾けた。 「あなた宇宙人だったわよね?」 「…正確に言うと対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。」 「そんなのどっちでも良いのよ!んで今はその能力が使えないと?」 「そう。」 長門は顔を落とし答えた。しかしハルヒは笑顔で言った。 「残念だけどそれは勘違いよ。あなたは自分の能力を全部使えるの、自分の意志で! アタシが今決めた!」 長門はその言葉にしばらく目を見開いた後 「コクン。」 大きく頷いた。 「キョン!」 俺?…俺はハルヒを見た。 「あんたは普通の人間なんだからみくるちゃんからなんか武器を貸してもらいなさい。」 「ああ。」 良かった。変な能力者にされないで本当に良かった。 「朝比奈さん。」 俺は朝比奈さんに話しかける。 「は、はい!……ふ、ふぇ…す、凄いの出ちゃった…。」 巨大なライフルらしき物を持ちそう言った。 それ本当にその小さなポケットから出たんですか…。 「これはどんな武器なんですか?」 「これは…その…禁則事項です。」 …分かりません! 俺と朝比奈さんが困っていると…。 「禁則事項禁止!」 ハルヒ? 朝比奈さんはしばらく沈黙した後頷き 「対ヒューマノイド・インターフェース用ライフル。 これは命中した相手の情報連結を解除出来る特殊武器です。 あ!ちなみに長門さんに当たっても大丈夫な用に作られてますから…。」 俺はライフルを受け取り 「…またずいぶん都合の良い武器が有りましたね。」 「ええ…まぁ涼宮さんですから…。」 なるほど、何でも有りか。 …ん?…古泉!? 瀕死状態だった古泉がいつの間にかいつもの笑顔で立っている。 「お前大丈夫なのか?」 「ええ、傷は癒やしました。涼宮さんに新たに頂いた力で。 …この戦い、いけますよ。」 ああ、いける。 俺は頷き次は長門に声をかけた。 「長門、どうだ?」 「涼宮ハルヒの力により私は全機能が復帰した。 今の私は全ての機能を情報統合思念体の許可無く使用する事が出来る。」 長門完全復活だ。 「私はこれよりジェノサイドモードを発動する。 これは戦闘モードの中の最終モード。 本来なら絶対許可は下りない。しかし今の私は情報統合思念体の許可は必要ない…様するに…」 長門の全身から凄まじいプレッシャーがにじみ出ていた。 「私は非常に怒っている。」 頼もしいぜ。 次に朝比奈さんに話しかけた。 「朝比奈さん、大丈夫ですか?」 「はい!オートターゲット機能がついていますから下手くそな私でも大丈夫です!」 朝比奈さんは銃を持ちそう答えた。 「キョンくんは大丈夫ですか?」 「俺ですか?…ええ。」 俺は笑顔で言った。 「この世界での連日のゲーセン通いは伊達では無いですから!」 …。 …。 「みんな、準備は良いわね!」 「ええ。」 「ジェノサイドモード発動完了。」 「は、はい!」 「おう。」 ハルヒは朝倉に向き直り。 「待たせたわね。」 「もう良いのかしら?」 ハルヒは不敵な笑みを浮かべ言った。 「さあ!どっからでもかかって来なさい!!」 こうして戦いが始まった。 …。 …。 …。 あそこで一度に3人の朝倉を焼き払ったのは、今やどこに出しても恥ずかしくないサイキックソルジャーになった古泉だ。 瞬間移動をしながら手から炎を出し戦っている。 …お前は草○京か! そして戦闘開始から凄まじい勢いで朝倉を倒し続けているのは、 ジェノサイドモード とか言う物騒な名前のを発動した長門だ。 よほど鬱憤が溜まっていたのか 「俺達必要ないんじゃないか?」 ってくらいの勢いで凄まじい勢いだ。 この2人が前衛部隊として戦っている後ろで俺と朝比奈さんは2人が討ちもらした朝倉を射撃している。 朝比奈さんは 「ふぇ…ふぇ…」 と言いながらもオートターゲット機能のおかげか確実に射撃を命中させている。 俺は連日のゲーセン通いで培った腕で射撃を続けている。 …谷口、国木田、ありがとう。 そして我らが団長、涼宮ハルヒは 「アタシが戦うまでも無いわ。」 とでも言いたげな感じで腕組みをし、笑みを浮かべ俺の後ろに立っていた。 …。 …。 そんなこんなでいつしか敵は朝倉1人残すだけとなった。 …。 …。 「朝倉、もうお前だけだぞ。」 俺は朝倉にそう言った。 …まぁ全部朝倉だった訳だが。 しかし朝倉は余裕の笑みを崩さない。 「あら、もう勝った気でいるの?」 朝倉は再び指を鳴らした。 …。 …。 --な!? 突如俺達の前に巨大な影が現れた。 …なんだこいつは。 その影は手にした棍棒らしき物でなぎ払いをしてきた… 「な!?」 「ひゃ!?」 その軌道上に居るのは俺と朝比奈さん! 俺達に棍棒が迫る。 避けられるタイミングじゃ無い…。 俺は朝比奈さんを庇うようにして抱きついた。 …。 …。 クラッ… …。 …。 俺を襲ったのは衝撃では無く、強烈な立ちくらみだった……あれ?この感覚は…。 俺が目を開けると… まるで棍棒が俺達をすり抜けたかのように通りすぎていた。 「2秒だけ…。」 「え?」 朝比奈さん? 「2秒だけ飛べました。」 そうか、時間移動。 朝比奈さんは俺達に棍棒が当たる瞬間2秒未来へ時間移動をしたのか。 朝倉、やっぱりお前は長門よりも下だ。 長門は完璧に時間移動を封じたぞ! …しかし…この巨大な奴は一体…。 --!? さらに4体の巨大な影が現れやがった…合計5体…。 「長門、あれは一体何なんだ?」 長門は静かに答えた。 「…ミノタウロス…。」 ミノタウロス!? 「…あれが?」 確かに良く見るとそれの顔は牛の形をしていた…神話で有名なあのミノタウロスだ。 「ミノタウロス…××星に生息する巨大生物。性格は凶暴。 …その肉は美味。」 …最後の一文が気になったが…まぁ良い。 とにかく倒せば良いんだろ! 俺はミノタウロスに射撃した……効かない? 次に古泉が炎を、光の玉を連続して放ったが…同じく効果が無い。 「無駄。」 長門? 「ミノタウロスに特殊な攻撃は通用しない。倒すには単純な力による攻撃しかない。」 「…長門。お前なら何とかできるよな?」 思い出したく無いがかつて長門はミノタウロスを調理し肉じゃがにした事がある。 しかし…。 「無理。」 …え? 「あの時倒したのは幼体。あれは成体…しかも5体…今の私でも無理。」 …。 …。 なんてこったい。 「形勢逆転ね。」 いつの間にかミノタウロスの肩に座っている朝倉がそう言った。 「くそっ!」 どうすれば良い…見ると古泉や朝比奈さんの顔にも焦りの表情が見える。 「おい!ハル…」 俺はハルヒに振り向き……え? ハルヒの顔には焦りの表情は無く、先ほどまでと同じ笑みが浮かんだままだった。 ハルヒの視線…ハルヒは朝倉やミノタウロスを見ておらず、もっと後ろ……あ!? 「あ!?」 「ふぇ!?」 「……あ。」 ゆっくりとそれは現れた。 …なるほどな。 「…くっ…くっ…くっ…。」 思わず笑いがこみ上げる。 「…ふっ…ふっ…ふっ…。」 見ると古泉も笑っている。 「…何?恐怖で狂ったの?」 朝倉が怪訝な表情で俺達に言った。 「ははははははは」 俺と古泉の笑いがこだました。 「あなた達状況がわかっているの?私の命令一つであなた達死ぬのよ?」 状況がわかっているのかって? 命令一つ? これ以上笑わせるなよ。 「これが笑わずにいられるかよ? なぁ、古泉?」 「くっくっくっ…まぁ、僕としては複雑な気分でもあるんですけどね。」 そりゃそうだろうな。 「……。」 朝比奈さんは呆然としている。 そうか、朝比奈さんは見た事なかったな。 「長門、面白いだろ?」 長門は静かに言った。 「ええ。とてもユニーク。」 状況が1人分かっていない朝倉はイラついたような顔で 「なによ!なんなのよ!!」 と繰り返している。 「キョン。」 ハルヒ? 「教えてあげなさい。」 OK。 「朝倉。」 「何よ!」 「後ろを見てみろよ。」 「後ろ? …………!?」 朝倉は後ろを振り向き…絶句した。 そりゃそうだろう。 後ろでさらに巨大な巨人が今にも自分を叩きつぶそうと拳を振り上げているんだからな。 「……な…な…な…。」 「…神人。」 古泉が静かに呟いた。 神人…ハルヒが自ら生み出した閉鎖空間で暴れさせていた巨人だ。 しかし今はハルヒの命令を待つかの様に拳を振り上げてたまま待機している。 「やりなさい。」 ハルヒの声が響く。 それと同時神人の拳が振り下ろされた。 「ひっ!」 朝倉は小さく言葉を発し、ミノタウロスの肩から飛び退いた。 次の瞬間5体のミノタウロスは完全に叩き潰された。 「…すげえ。」 俺は思わず呟いていた。 そして静かに神人は消えていった。 「…で、形勢逆転がどうしたって?朝倉涼子?」 ハルヒの言葉を聞いた朝倉は怒りの表情を浮かべ立ち上がった。 「調子にのってるんじゃないわよ!殺してやる!!」 朝倉は絶叫しナイフを俺達の頭上に投げた。 ………!? ナイフが何千いや、何万という数に分裂し俺達を囲んだ。 これが俺達に降り注いだらひとたまりもないだろう。 しかし俺は落ち着いていた。 何故かって? ハルヒが笑顔のままだったからだ。 「ナイフの全方位攻撃よ! 手加減してあげてたのに図に乗って!……死になさい!」 朝倉の一言により何万ものナイフが俺達に降り注ぐ……事は無かった。 …。 …。 「な…なんで…。」 「馬鹿ねぇ。」 ハルヒは今日見せる最大級の笑顔で言った。 「そんなのアタシが許すとでも思ってるの!」 全てのナイフが音も無く消滅していく。 …ハルヒは…。 「すごい…涼宮さん…。」 「ええ、彼女は完全に…。」 そう、ハルヒは完全に自分の力を使いこなしていた。 「…覚醒。」 …長門? 「涼宮ハルヒは覚醒した。今の涼宮ハルヒに勝てる者はもはや存在しない。」 朝倉は狼狽していた…いや、恐慌していると言った方が良いだろう。 朝倉は一瞬逃げるような素振りを見せた後、石像の様に動かなくなった。 「あなたが動く事も許さない。」 「…あ…あ…。」 ハルヒはゆっくりと朝倉に近づく。 「…よくも…よくも好き勝手してくれたわね。」 笑顔だったハルヒの表情が徐々に怒りの表情に変わっていく。 「有希を閉じ込めたり…アタシ達の…SOS団の記憶を消したり…キョンを…みんなを殺そうとしたり…古泉君をあんな酷い目にあわせたり…。」 ハルヒを見ると…………泣いていた。 怒りの表情で体を震わせ涙を流していた。 「…アタシはあんたの存在を許さない。未来永劫ね。」 ハルヒの言葉に朝倉は…。 「…やめて…お願い…それだけは…それを言われたら…私は…。」 今さら何を言っているんだこいつは…。 「古泉、言ってやれ!」 古泉は頷き穏やかに言った。 「朝倉さん、知ってますか? 神様って非情なんですよ。 まぁ、神様とは言っても僕らの団長の事なんですけどね。」 古泉は朝倉に言われた事をそっくりそのまま返していた。 さらに古泉は続ける。 「あなた方は涼宮ハルヒを舐めていた。その結果彼女の逆鱗に触れる事となった。 残念ですが我らが団長は敵にはどこまでも非情になれる方なんですよ。」 古泉はニッコリと微笑んだ。 「アタシはあんたを絶対許さない!あんたが再び生まれる事も許さない。 消えなさい!朝倉涼子!永久に!!」 ハルヒがそれを言ったと同時に…朝倉涼子は…消滅した。 もう二度と朝倉が現れることは無いだろう。 ハルヒが言った以上絶対だ。 触らぬ神に祟り無し この言葉をちゃんと理解していたら良かったのにな…朝倉。 そして空間が歪み…割れた。 …。 …。 …。 ~部室~ 「終わりましたね。」 古泉が言った。 ああ、終わった。 後は世界を元に戻すだけだ。 「……ごめんなさい。」 ん?長門? 長門は続ける。 「今回の件は全て私の責任。ごめんなさい。」 お前の責任なんかじゃない。 それに今言う事はそれじゃない…。 「長門、違うだろ?今お前が言わないといけない事は一つだけだ。」 長門は目を見開きしばしの沈黙の後言った。 「……ただいま。」 「お帰り、長門。」 「お帰り、有希。」 「お帰りなさい。長門さん。」 俺、ハルヒ、朝比奈さん、古泉が同時に言った。 …本当にお帰り。長門。 「さて、んでどうすれば良いのかしら?」 ハルヒが俺に言った。 「そうだな、お前の力で元の世界に戻すんだ…いや、二度とふざけた真似できないように情報統合思念体存在を消した世界をな。」 「分かったわ。」 その時だ。 「待って。」 ん!? …。 …。 その声の主は部室の入り口に立っていた。 「喜緑さん…。」 喜緑江美里…生徒会書記、その実体は長門や朝倉と同じ対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース…彼女が何故? ハルヒが呟く。 「なるほど、朝倉涼子の次はあなたって訳ね。」 その言葉に喜緑さんは首を振り 「いいえ、あなた方と争うつもりはありません。 あなた方に今の情報統合思念体の事を伝えに来たの。」 …。 …。 喜緑さんの話しによると、今回の件は急進派によるクーデターみたいなものであったらしい。 そして現在は元の通りになった。 二度と急進派が表に出る事は無い。 つまり、情報統合思念体を消すのを止めてくれ…って言いたいらしい。 「それを信じる理由は無いな。」 俺はそう言った。 当然だ。また奴らが同じ事をしないという保証は無い。 「私も情報統合思念体を消さない事を推奨する。」 長門!? 長門は続ける。 「喜緑江美里の言っている事は事実。 情報統合思念体の消去による影響は甚大。」 長門の話しによると情報統合思念体が消えるとこの世に大きな不具合が発生し、メリットよりもデメリットの方がはるかに大きいと…。 しかしなぁ…。 「もしもまた同じ事があったらどうするんだ?」 俺の問いに長門は 「それは無い。涼宮ハルヒが許さないと言った以上絶対。だから心配ない。」 俺はハルヒを見た。 「…まぁ、有希が言うなら仕方ないわね。 喜緑さん、分かったわ。」 ハルヒがそう言うなら仕方ない。 「ありがとうございます。 …それじゃ長門さん、後はお願い。」 喜緑さんは去っていった。 …。 …。 「私が涼宮ハルヒの力を使い元の世界に戻す。」 長門? 「今日の事が無かった事になりあなた達が今日経験した記憶は消える。」 「記憶が…消える?」 「そう、私以外の記憶は消え、当たり前の1日が始まる。」 ハルヒが声をあげる。 「ちょっと待って!それってアタシはまた何も知らない状態に戻るって事? 自分の力、有希が宇宙人、みくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者って事も全部?」 「そう。でもそれがあなたの望み。」 ……なるほどな。 何でも自分の思い通りになる世界をハルヒが望むか? …否。 そんな世界をハルヒが望む訳が無い。 ハルヒが望んでいるのはいつもの日々だ。 ハルヒが無茶な事を言い出して俺達が振り回される。 みんなで馬鹿な事をやり笑いあえる…いつもの日々。 「帰ろうぜ、あの日々に。」 俺はハルヒに言った。 「…そうね。帰りましょう。」 古泉と朝比奈さんも笑顔で頷いた。 「改変を開始する。」 長門がそう言うと周りの景色が歪み…真っ白な世界になった。 それと同時に俺達の体が光に包まれる。 「ところで、僕の力はどうなるんでしょうか?」 「古泉一樹、あなたの力は一時的に涼宮ハルヒにより与えられた力。記憶の消失と共に消える。」 「それは残念ですねぇ。」 古泉は残念そうな顔で呟いた。 「ああ、あと涼宮さん、なるべく閉鎖空間を生まないようにしてください。」 気持ちはわかるが今言っても忘れているから意味ないぞ。 「ふっ、それならあなた達アタシを退屈させないように頑張りなさい。」 ハルヒは笑顔でそう言った。 俺と古泉は肩をすくめ呟いた。 「やれやれ…。」 …。 …。 そして長門が口を開いた。 「みんな…ありがとう。」 そして全てが光に包まれる…。 …。 …。 …。 ~キョンの部屋~ ガタン 「痛ってえええ。」 …どうやらまたベッドから落ちたらしい。 今何時だ?……2時か…。 ……何か夢を見ていたみたいだが……思い出せない。 物凄く苦労した夢だったみたいだが…まぁ、そのうち思い出すだろう。 寝よう…。 …。 …。 …。 ~教室~ 「おはよう。」 「おはようキョン。」 いつもの朝、教室に入った俺は友人の国木田、谷口と朝の挨拶を交わした。 「ちょっと!キョン!聞いて!」 なんだハルヒ?朝っぱらからテンション高いな。 「昨日凄く面白い夢を見たのよ!」 夢? 「もしかしてまた俺と古泉がお前に飯おごらせようとして、お前が財布を忘れて古泉がロリコンからホモになったあれか?」 「違うわよ!」 「違うわよ!」 違うのか…古泉には悪いがあれは正直面白かった。 「どんな夢だ?」 「それがね!覚えて無いの!」 ……は? ハルヒは覚えて無いけど物凄く面白い夢だったと言っている。 なんだそりゃ…そう言えば俺もなんか夢を見たな…覚えて無いけど…かなり苦労した夢…まぁ良い。 「おはようみんな。」 担任の岡部が入って来た…そんなこんなでいつもの1日が始まった。 …。 …。 …。 ~放課後の部室~ いつも通りみんな集まり、それぞれ思い思いの事をやっていた。 ハルヒは団長席でふんぞり返り、朝比奈さんはメイド服でみんなにお茶を配り、俺と古泉はカードゲームをし、長門はいつもの席でいつもの様に自動読者マシーンと化している。 途中でまたハルヒが夢の話しをしだした。 それぞれ昨日どんな夢を見たか? ハルヒ「凄く楽しい夢だった。でも内容は覚えていない。」 俺「凄く苦労した夢だった。でも内容は覚えていない。」 古泉「凄く痛い夢だった。でも内容は覚えていない。」 朝比奈さん「凄くオロオロする夢だった。でも内容は覚えていない。」 みんなバラバラだ。 共通点は覚えていないって所か。 「有希?あなたは何か夢見た?」 長門は本から顔を上げコクンと頷いた。 長門も夢を見るのか? 「んでどんな夢?」 長門はしばらく考えた後 「凄く幸せな…嬉しい夢。」 と答えた。 「で、内容は?やっぱり覚えてないの?」 長門は首を振り言った。 「覚えている。」 「教えて。」 「……内緒。」 内緒か…まぁ幸せな夢だったら良いか …っと思っていた時長門が急に立ち上がった。 そして… 「みんな……ありがとう。」 …。 …。 …なんで俺達は長門にお礼を言われているのだろうか? 皆を見てみるが皆困惑の表情を浮かべている。 でもそんな事はどうでも良い。 皆もそう思っているだろう。 だって… 長門が今、最高の笑顔で微笑んでいるのだからな…。 …。 …。 …。 …おしまい。
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涼宮ハルヒの遡及Ⅸ 「どうやらこれで一段落ね、そう言えば、ラスボスってどこにいるの?」 一息ついたアクリルさんがハルヒににこやかに問いかけておられます。 まあ俺もそう思ってるし、長門、古泉、朝比奈さんも当然抱く疑問だろう。 この世界を消滅させ、俺たちが元の世界に戻るためには、世界の鍵となるラスボスを倒すしかない。なら、どこにいるのかくらいは知っておきたいところだ。最終目標があるのとないのとでは気分が随分違うもんな。たとえ、そこまでがどんなに長くても、だ。 ちなみに今の巨竜がこの世界のラスボスでも問題はないと思ったんだが残念ながらそうじゃないことはハルヒ自身が言っていた。 はてさて、次はどんな敵キャラと遭遇しなきゃならんのか。 などと呑気に憂鬱なことを考えていた俺だったのだがどうやら、やっぱり俺の、つうか、俺たちの考えは相当甘かったらしい。 ハルヒに関しては常に最悪を想定して動き、それでもあいつはさらに斜め上に行くと予想しなければいけなかったことを痛感させられたのである。 「あ、ラスボスはこの地上そのものなのよ」 ハルヒの何かふと思い出したような声が聞こえてきたと思ったら、一瞬、この空間が協調反転して凍りついたと感じたのはおそらく気のせいではないだろう。 ……今、ハルヒの奴、何つった? 「あの……もう一回言ってくれる……? 何がラスボスだって……?」 アクリルさんが表情には如実に『冗談だよね?』と書いてある引きつった苦笑を満面に浮かべて再度確認を求めている。 ああ、はっきり言って俺も思ったさ。聞き違いであってほしいってな。 「ええっと……その……この地上がラスボスと……」 どうやら聞き間違いではなかったらしい。 ハルヒが珍しくバツが悪そうに答えてやがるからな。その態度が余計に真実味を増すってもんだ。 って、この地上がラスボスだと!? 「だ、だってその方が面白いじゃない! 悪役とか敵ってのを世界が生み出すんだから、なら、『世界そのもの』を破壊する展開が本当の正義を守ることになるじゃない! 斬新な発想ってやつよ!」 「にしたって斬新過ぎだ! 敵を生み出すかもしれんが主人公や味方を生み出すのも『世界』なんだ! なのに『世界を崩壊させる』ことを解決にしてしまったら、主人公側の勝利の後に何にも残らんじゃないか!」 「む……それは確かに……」 今、気づいたんか!? 「とにかく、今はそんなこと言ってられないわ。この『世界』が敵だって言うのであればこの地に留まるわけにはいかないわよ!」 言って、アクリルさんが俺とハルヒの手を取り、古泉は朝比奈さんの手を取った。 「レビテーション!」 「むん!」 アクリルさんが術を開放し、古泉が表情に力を込める! アクリルさんと俺とハルヒは浮き上がり、古泉が生み出した赤い球体が朝比奈さんをも包み込み、外側に電流をスパークさせながら宙へと上昇! 長門は、 「わたしの体内に反重力物質を生成。調整することによって空中浮揚可能」 もちろん自力で飛んでいる。そう言えば今、初めて長門が飛んでいる理屈を聞いたな。 「さっすが宇宙人! 重力コントロールもお手の物って訳ね!」 おーいハルヒ? そんな呑気なこと言ってる場合じゃないぞ。この世界はどうやったら崩壊させられるんだ? でないと俺たちはいつまで経ってもここから出られないことになるし、出られないってことはその間、ずっと命を狙われ続けるんだが? いくら長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんでも体力と能力に限界が来ちまうぞ。 そう。なんたって、俺たちが宙に浮いた瞬間から、いきなり地面が崩れ、眼下には俺たちを呑みこまんばかりに荒れ狂う『海』が見えているのである。 しかも、いつの間にか周囲すべてがだ。地平線の彼方までずっと荒波が続いている。 ついでに空には雷雲がたちこめ、雷雨と暴風雨も俺たちを激しく責め立ててやがる。 もっとも、俺とハルヒはアクリルさんの結界術の中にいるし、古泉と朝比奈さんは古泉の赤いエネルギー球によって嵐から身を守っている。長門は勿論、自身で作りだしたシールドを展開済みだ。 それでもお互いの声が聞こえるのはアクリルさんが何かしたのだろうか。と想像するのは考え過ぎか? 「さて、どうしましょうか?」 という古泉の、珍しく笑みが消えた真剣な声が俺の耳に届いているもんな。 「……いつもの閉鎖空間であれば《神人》を倒すことによって『世界の崩壊』を導くことができるでしょうけど、残念ながら今回は閉鎖空間ではなく局地的非侵食性融合異時空間。《神人》が存在しない以上、正直、僕には打つ手なしです」 確かにな。ならお前はとりあえず朝比奈さんを守っていろ。 「了解しました」 俺もまた神妙に返し、古泉は少しだけ笑顔を取り戻して首肯する。 「悪いけど、あたしにも世界を崩壊させる魔法なんてないわよ。むしろ魔法の概念は逆だしね。魔法は世界が持つ『力』を『引き出して』行使する。つまり、『世界』が無ければ魔法は使えない。だから世界を滅ぼす魔法は存在しないってわけ。例外は自分の魔力で創り出す精神魔法、あたしたちの言葉でアストラルマジック。でもこれは精神に作用するものであって物理的攻撃手段にならない」 ううむ……となると……ハルヒがこの世界の消滅を望むしか…… ――残念だけどそれも無理―― って、アクリルさん!? いきなりテレパシーって!? ――今はそんな些細なことはどうでもいいの。で、ハルヒさんが望んでも無理な理由は、この空間が世界としてとまでは言わないけど、エアーポケットワールドとしてもう定着しちゃったからなのよ。エアーポケットだから、これ以上広がることはないけど、ある意味、ここは『異世界』。つまり、世界が違う以上、ハルヒさんの願望現実化の能力下からは外れてしまっている―― ちょっと待ってください。今の説明からすれば、ハルヒが来た時点で古泉の力も朝比奈さんの力も無くなるんじゃないですか? ――ううん。それは話は別。だってハルヒさんが望んだのは元の世界にいたときだし、しかもコイズミさんとアサヒナさんに力を持たせたまま、こちらに転送したから。むしろ心配なのはナガトさん。彼女が貴方の言った通りの存在なら、ジョホートーゴーシネンタイとかいうエネルギー供給源が今、断絶された状態になっているはず。だって、この世界は元の世界からは切り離された存在。世界を越えてまでエネルギー供給が可能だとは思わない。それが可能ならナガトさんがとっくにあたしたちを脱出させているはずよ。その供給源を伝ってね―― なんだって!? アクリルさんの説明を聞いて、俺は弾かれたように長門に視線を向けた。 「長門! お前は……!」 「大丈夫。もしものときは古泉一樹に協力を乞う。それとわたし個体のエネルギーが切れたとしても、『悪の魔法使い』としての力は内臓されたまま。攻撃手段がなくなるわけではない」 そうか。こういうときはハルヒの無茶な思いつきに感謝してしまうな。 「てことでハルヒ。お前はどうやってこのお話のラストを飾るつもりなんだ?」 俺も含めて、長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんのみんなが何もできないとなると、残るはこの物語を創り出したハルヒに委ねるしかない。まさか、主人公格が全滅してBAD ENDなんてことは考えないと思うんだが…… 「……まだ考えてない」 うぉい! 「だってしょうがないじゃない! あたしがこの世界に引きずり込まれた時は、まだプロットが途中だったんだから!」 あ。 「なるほどね」 アクリルさんが自嘲のため息をついていらっしゃいます。 「世界の設定、登場キャラクターの設定は決まってるから『世界』としては成り立つけど、ストーリーがまだ最後まで行ってなかったのね。でもまあ、ハルヒさんが居てくれてよかったわ。でないと、この世界の『ラスボス』が何かはずっと分からなかっただろうし」 まあ確かにその通りなんだが…… …… …… …… やっぱアクリルさんはすげえ場馴れしているな。ここまで冷静に状況を分析するなんざ俺たちには無理だ。 それができるとしたら長門だけではなかろうか。 「方法がないこともない」 って、長門! いつの間に!? 「sleeping beurty」 ――!! なるほどな……確かにあの日のあの世界もハルヒが創り出したとはいえ、ある意味、独立した世界だった。今の状況は酷似していると言ってもいいかもしれん…… 俺はハルヒをちらりと見る。 「ん? 何?」 ハルヒがきょとんとしている。 どうする? 今の長門の提言を素直にハルヒに伝えるか? ハルヒはもう、あの日のことが夢でなかったことを知っているんだ。なら、事情を話せば同意してくれると思うんだが…… 「ねえハルヒさん」 って、俺が話しかける前にアクリルさんがハルヒの声をかけてるし。 「この物語のラストをまだ決めていないことは分かったわ。でも『世界』をラスボスにするなら当然、主人公格の方に何か『世界を倒せる』力を付けたわよね? じゃないと物語は終わらないし。それを教えてくれない?」 そうか。確かにそう言う力は真っ先に決めてあることだろう。でないと話が作れない。通常、物語を作る際には出だしとクライマックスを先に決めておいて、その上でその展開やそこまでの過程、エンディングを決めるものだ。いくらハルヒが行き当たりばったりと言ってもそれを考えていないとは思えない。作成過程で色々な話が付け加えられることは多々あるだろうが大筋が変わることはあり得ないだろう。でなけりゃあの去年の文化祭の自主制作映画も完成しなかったことになるからな。 「……ある」 「は?」「へ?」 ところが、なんと答えたのはハルヒではなく長門である。というか何で長門が気づくんだ? 「以前、ミクルの設定資料を見たことを思い出した。あれにミクルミサイルというものがあり、それは我々は名前を付けていない地球外物質を用いた兵器で、朝比奈みくるの胸部の質量分を爆薬として使用した場合、地表を七回焼き尽くすことが可能な熱量を発生させられるものであった」 「ふ、ふえ!?」 「そう言えばそんなことを仰ってましたね」 朝比奈さんが悲鳴をあげ、古泉が苦笑している。 ……てことは、今の朝比奈さんはそんな物騒な物質を内蔵してるってことか? まあ……目からレーザーを出せるんだ……充分、物騒なものを内蔵されてても不思議はないかもしれんが…… 「ちょっと有希。前も言ったけど、あんなあたしの思いつきの設定を真面目に語らないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」 その割には、否定しないんだな? 兵器の威力については。 「そりゃ、そっちの方が面白いじゃない。それに、ミクルビームだけじゃなくてミクルタイフーンもミクルミサイルも映画では使う機会がなかっただけで、別に外したわけじゃないわ」 ……よし 「どうやらこれで何とかなりそうよ」 「同感」 「そのようですね」 お? アクリルさん、長門、古泉も俺と同じ意見か? 「え? え? それはどういう意味ですか……?」 「ちょっとキョン、まさか有希の設定をまともに信じたんじゃないでしょうね?」 どうやら朝比奈さんとハルヒだけが解っていないらしい。 「ただし問題がある」 切り出してきたのは長門だ。 「……発射までのエネルギーチャージにかかる時間のことね……」 「そう。ミクルビームは連射できない。それはチャージのための時間が必要と言うこと。そしてミクルミサイルはミクルビームよりも強大な力。故にチャージにかかる時間も少なからず小さくない」 「どれくらい?」 「時間に直して三十分ほど」 などとアクリルさんと長門が会話を交わしている。まあこういう話になればこの二人の専門分野だ。 ハルヒも古泉も朝比奈さんも黙って聞くしかないだろうぜ。つか、創り出したハルヒが何でその設定を知らんのだろう? まあそれはちっともよくないのだがよしとしよう。 それよりも長門が『問題』と言ったことの方が重要だ。 三十分ならそうは長くないと思うが…… 「なるほど。なら、その間は是が非でもあいつらからアサヒナさんを守らなきゃ、って訳ね」 「そう」 何!? アクリルさんが視線を肩越しに背後に移せばそこには、大きさ的にはさっきの翼竜のだいたい五分の一くらいだが、どこか始祖鳥を連想させるデザインの怪鳥が大群でこちらに向かってくるのである。 涼宮ハルヒの遡及Ⅹ
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◆0 夢と希望に充ちあふれて始まったような気がしないでもない高校生活一か月目にして涼宮ハルヒと関わりを持ってしまってからというもの俺の人生はちょっとしたスペクタクルとでも言うべき出来事の連続ではあるが、しかし上には上が下には下がいる、と昔から言うように俺以上に意味のわからない存在に振り回されて恐ろしく充実した人生を送っているやつというのも世の中には確かに存在する。 今回はハルヒと俺と、そんな一人の男子生徒にまつわる、不幸とも幸福ともいえないような騒動の話だ。 ……え? 誰だ、だって? やれやれ、言わなくてもわかるだろう。 いつだって騒動のきっかけはハルヒであり、そしてハルヒに巻き込まれた俺以外の男子といえば、あいつしかいないじゃないか。いや、谷口ではない――古泉一樹。赤玉変態型超能力者、である。 ◆1 「キョンくん、ちょっとお願いされてほしいことがあるのね」 と、同じクラスの阪中が話しかけてきたのは、長い一日の授業が終わってさて団活へと赴くかなと俺が座りすぎで重たくなった腰を上げたころだった。ちなみにハルヒはホームルームが済んだ瞬間ロケットスタートでぶっ飛んでいってしまったので、後ろの席は空っぽである。 「ん、なんだ? ハルヒへの言付けとかだったら頼むから本人を探してくれ」 探すまでもなく部室にいると思うが、それはさておき、最近のハルヒはクラスの女子とよく話をしているようだし、出来ればこのまま普通にクラスに馴染んで普通の女子高生になってほしい……と俺は思うのだ。って、俺に何の権限があってあいつにそんなことを望むのか、という話だが。 「違うのね」 阪中はそう否定するとなんだか恥ずかしそうにもじもじと身をよじり、上目遣いで俺を見上げた。 なんだよ可愛いな~さすが某国木田の一押し……すまん、妄言だ。 「えっと、用があるのは涼宮さんじゃないのね……」 ごそごそとどこからともなくファンシーな色のものを取り出し、阪中は頬をさくらんぼ色に染めながら、 「これ……」 おいおい、マジか! 「えらくマジなのね! これ、古泉さんに渡してください!」 お願いなのねー(のねー)! とエコーを響かせつつ阪中はどこへともなく走っていき、俺の手の中にはご丁寧に赤いハートのシールが貼られた、どっから見てもラブレター然としたものが残された。 ……はは、お約束だな。 「――ちょっとキョン、今阪中さんに何かもらってなかったかい?」 「いやもらってたよな、それは俺が見るところずばりラブレターだろう!」 ……うるせー。 阪中の声の残響が消えたとたんに話しかけてきた国木田と谷口。お前ら目がギラギラしてるんだが。ああもらったとも、見ろ、この可愛い丸文字で書かれた宛名を。まだ本邦未公開の俺の名前だぞ。 「フルイズミカズキ……? あれ、お前そんな名前だっけ、忘れちまったよ。どのへんがキョン?」 はい、馬鹿ー。 「なんだ……そうだよね、まさか阪中さんに限ってキョンってことはないよね」 さりげなくものすごく失礼だぞ、国木田。残念ながら反論材料がないが。 「つーかまた古泉かよ。キョンもかわいそうになー、あんなのがそばにいたら余計モテなかろう」 お前今のボケだったのかよ! ボケで終わらせずにノリツッコミにまで昇華させてくれないとさっぱりだ。 「食いつくところそこかよ! 俺のことなんかほっといて話を進めろや!」 「よし。……で、なんだ、古泉は実はそんなにモテモテだったのか」 まああの胡散臭い整形疑惑さえ抱かせる顔だからな、わからないでもないでもない。ああ認めたくない。どうせ俺の知らんところで彼女の一人や二人や三人くらいは作っているのだろう。痴情のもつれから刺されちまえ。 すると谷口国木田両名はいかにもうんざりしましたーと言うように首を振り、 「かぁーっ、キョン、鈍いにもほどがあるぜ。あんなに露骨にモテてる奴があるか、忌々しい」 何? そうなのか? 「そうだよ。SOS団だって朝比奈さんとか、たまに見てもわかるくらいあからさまにアタックかけてるよ」 「そのうえ、それになびかない、と来たもんだ。あいつはホモか? Sランクだぞ?」 待て待て待て待て、待て! 朝比奈さんが、古泉に懸想しているだと? 有り得ない。ハルヒが恋をしたり俺が告白を受けるというくらいありえない。 国木田は哀れむような目つきで俺を見やると、「認めたくないのはわかるけどね……」と言った。 違う。断じてそうじゃない。認知するしないの問題ではないぞ。朝比奈さんが古泉に猛烈アタックって、いったいいつの話だ。映画撮影は随分昔に終わったし結局まだ続編は撮っていない。 「毎日お弁当作って九組にいったり、してるらしいけど」 有り得ない。それを俺が知らないなんていくらなんだって、さすがにおかしいじゃないか。俺の知る限り、未来人の朝比奈さんと超能力者の古泉は実はあまり仲がよくなかったはずじゃないのか? 俺は手にした阪中の手紙を見下ろした。俺の知らないところで、何か異常なことが起きている。 ◆2 古泉か朝比奈さん、あるいは第三者だが長門に話を聞く必要があったのだが――部室まで急行する途中で、俺はハルヒに引き止められた。正確には、部室のドアを目前にした廊下の真ん中で、であるが。 「何してんだ?」 「しっ、静かにしなさい」 ドアに張りついて片耳を押し当てながら、ハルヒはとんとんとドアを指差した。どうやら同じようにしてみろ、という意味のようだ。俺としては急いで三人のうち誰かに会いたいのだが、仕方がない―― 『あっ、朝比奈さん!? 何のおつもりですか!』 聞こえてきたのは、何やら切羽詰まった古泉の声だった。朝比奈さんもいるようだが、穏やかではない。 『うふ、お茶にちょっと仕込んじゃいました。古泉くんちっとも振り向いてくれないんだもの。流行りのヤンデレってやつですよ~』 『いや、僕はヤンデレとかキョンデレとか、そういうツンデレに似てるものはもううんざり……ではなくてですねっ』 それですよぅ、と朝比奈さんの可愛らしいはずの声。 『古泉くん、嫌じゃないんですか? あたしは嫌です、こんなに魅力的なのに、立場に縛られて独り身のままなんて』 『それはっ……あなたには、関係のないことですよ』 『そんなことありません。このまま何もしないで手に入る未来は、孤独なだけ……そんなのは嫌!』 『意味のわからないことを言わないでください! わかってるんですか、ご自分が何をしているのか』 『現場の独断で変革を強行しちゃっても、いいじゃないですかぁっ! 既成事実さえあれば、規定事項が……』 ――待て待て待て、こらハルヒ、目を輝かせてる場合かっ! 「そこの二人、ちょっと待ったぁ!」 「「きゃっ」」 ハルヒが張りついているのも無視して、ドアを蹴開ける。部室内では……朝比奈さんが、ウェイトレス姿だった。 「キョン! 何す……」 「ふぇえっ! ご、ごめんなさぁい」 「あっみくるちゃん! 待ちなさい、どこ行くのっ」 朝比奈さんは本物とは思えない勢いで部室を飛び出して行き、床に転んでいたハルヒはバネのように跳ね起きて朝比奈さんを追いかけてあっという間にいなくなった。 ……古泉、いつまでも床に寝ころんでる場合か。まさか、朝比奈さんに押し倒されたんじゃないだろうな。 「いえ、申し訳ないのですが、彼女にいただいたお茶が妙な味でして」 それはまさかあれか、痺れ薬というやつか! 朝比奈さんはそんなものをいったいどっから持ってきたのやら。 「長門さんに、あなたから頼んでいただきたいのですが」 ああ長門な、長門……ってうおっ! いたのか長門! 「……最初から」 助けてやれよ、もっと早く……いや悪い、今からでも遅くないからここに転がってるのを何とかしてくれ。長門はこくりと頷くと、いつもの本から離した手のひらをこちらへかざした。きゅるる、と呪文。 「……いやあ、あなたが来て下さって助かりましたよ……」 むくりと起き上がって古泉が情けない笑顔を浮かべた。もう少しで貞操を失うところでした、か。古泉、お前も普通に童貞だったのか……で、朝比奈さんか……いや、特に何も考えてないぞ。 「……これ、お前宛てに、阪中から預かってきたんだが」 俺はとりあえず持ったままであった手紙を古泉に突きつけてやった。別に怨念など込めていない。 「阪中さん、というと……」 三月に幽霊騒ぎを持ち込んできたあいつだよ。当然覚えてるよな? 向こうはラブレターまでよこしてるんだ。 「ラブレター」 古泉は溜息をつきつつ立ち上がると、机の上に置いてあった通学鞄の中からごっそり紙の束を取り出した。 「これは全て、本日いただいたものです。大半は朝下駄箱の中に入っていたんですが」 ばらばらと机の上一面に広げられた、手紙と思しきハガキ大のカラフルな物体たちに、阪中の手紙を加えて古泉は再び溜息をついた。谷口あたりが見たら何を贅沢に悩んでいるのかと思いそうだが、 「普段からもらうのか?」 「まさか……今日が初めてですよ。それをこんなに」 なるほど、やはり異常事態である。 「朝比奈さんがお前にお弁当を作ってくるそうだが」 「確かに今日はいらっしゃいましたが、それも今日が初めてです」 しかし国木田の話では、毎日猛烈なアタックということだったのだが……いったい何がこんなことに。 助けて長門さん。俺と古泉は揃って読書中の長門に目線をやった。長門は俺にまっすぐ顔を向け、 「朝比奈みくるがここへ戻るまであと五分三十二秒。退避を推奨」 俺がか。 「……違う。古泉一樹が」 だと思ったよ。 ◆3 「で、長門、説明してくれるか?」 校内のどこかで待機している、と言う古泉を早急に追い払い、俺は長門に向き直った。もう少しで朝比奈さん達が戻ってくると言ったが、どうやら長門は朝比奈さんとは逆に古泉を避けたいようだ。 「……説明する」 ありがとな。古泉には後から伝えられるかね。しかし待機って、いったい学校のどこに隠れるんだろうな。 「……古泉一樹には、現在、情報改変が施されている」 ――― 「情報改変……ですか」 はい、と彼女は微笑み頷いた。 僕が校内でのとりあえずの待機場所に選んだのは、生徒会室だった。ここなら涼宮さんには見つからず、その他の生徒も生徒会長が閉め出しているだろう、との判断であり、それは八割は正解だったのだが、しかし僕がすっかり忘れていたのは……相変わらず、生徒会には僕の計算外の人物がいる、ということであった。 「古泉さんの存在を認識した女性が、古泉さんに好意を持つよう設定されています」 生徒会書記にしてTFEI端末である喜緑江美里さんが、うっとりと僕の手を撫でながら言った。 非常に、なんというか、居心地が悪い。なんでこの人こんなにぴったりくっついて座ってくるんだ! 後頭部にヤンキー上がりのきっつい視線がザクザク刺さってるんですが。痛い痛い痛い。神人のパンチよりはマシながら、何かタバコを押しつけられてるようなジリジリした痛みが……。 「つまり、今なら古泉さんはあらゆる女性を――涼宮ハルヒさんを除きますが――落とし放題というわけです。誰でもおっけーですよ、長門さんでも、あの二人が結婚したらキョンキョンになってしまうお嬢さんでも頭部で昆布を養殖しているような奇怪な生き物でも、我々の認識上は女性ですから。まああのような髪の毛の妖怪を選ぶのはよほどの黒髪フェチさんだけでしょうけれど……ところで古泉さんは、髪の綺麗な女性はお好きですか? わかめは髪の毛に良いんですよ」 知ってますけど、わかめ……ていうか、なぜそのチョイス……すごい敵対心が感じられるんですが。 いや待て、そこじゃない。 「……今、涼宮さんを除く、とおっしゃいましたよね?」 「うーん、江美里とお付き合いしてくれたら、もっといろいろ教えちゃいますよ?」 痛っ! なんかあらゆる空気が痛い! 前門の虎後門の狼! 「……喜緑くん。今日はもう帰りたまえ。会長命令だ」 と、会長が言った。 「会長、それは権力の乱用です。不信任案出しますよ」 「我が生徒会にそのような規定はない。早く帰りたまえ」 そもそも、高校の生徒会長には、役員に命令する権限もないんだけどな……と思ったが、余計なことを言っても自分の首を締めるだけだと知っている賢い僕は黙っておいた。喜緑さんはふうと溜息をつき、 「仕方がありませんね、諦めましょう」 とあっさり手ぶらで部屋を出ていった。仕事とか、してたんじゃないのか……。 「古泉……俺が生徒会室でボヤ騒ぎを起こしたくなる前にそのアホ女の思いつきを解決しろよ……」 了解、しました、が……さて、どうしたら彼が僕の思い通りに動いてくれるだろうか。それと今から、部室に戻っても気まずくないだろうか……。はあ。 ――― で、結局、部室に古泉が戻ってきたころにはハルヒによって活動は解散となっており、朝比奈さんはハルヒに付き添われて先に帰っていた。長門も古泉が来る少し前に帰ってしまい、俺は一人であいつを待つ羽目になっていた、というわけなのだが。 「大体の事情は、ある方がご親切にも教えて下さったのですが……長門さんは、今後について何か言ってませんか」 なぜか、ご親切にも、を強調する古泉。よっぽど親切な人にあったのだろうか。事情を知ってる人って誰だ? 「長門は、こんなことが起こるに至った理由がわからなければ解決不可能だと言っていたが」 あいにく、長門にわからないことは俺にもわかりそうもない。何せハルヒの考えを当てようなんてな。 すると古泉は、ふっと呆れとウンザリが八割くらいのこちらが見ていてムカつく笑みを浮かべた。 「あなた方にもこれくらいはわかっていただけるかと期待していたのですが……相変わらず疎いんですね」 馬鹿にしてんのか。そうなんだな? 帰っていいか。 「聞いてください。僕が会う女子生徒すべてにアプローチを受けているのは涼宮さんが望んだからです。しかし涼宮さんは僕のためを思ってハーレムにしてくれようとしたわけではない。これはいいですね?」 そうだな、まあそうだろう。あのハルヒが他人中心の世界を作ろうと思うはずがない。 「では、何のために涼宮さんは世界を改変したのか――答えは簡単、要はあなたのためなのです」 俺かよ。お前は毎回毎回俺に責任をとらせて楽しいのか! 今回ばかりはさすがに心当たりがまったくないぞ。 「単純な話です……ライバルなんかいなければいい、自分以外が、あなたではない誰かを好きになればいい、と涼宮さんは考えたのでしょうね。あなたでなければ、別に誰でもよかったんじゃないですか」 毎回毎回、だから僕は宝くじが当たらないんですよ、と古泉が呟く。意味不明だ。 「つまり……どういうことだよ」 「心変わりしない、と涼宮さんに誓ってください」 いつ、どこで、なぜ、どうやって。 「明日にでも、ラブレターというのはいかがですか? 幸いここに見本が大量にありますし」 「悪趣味だぞ、古泉」 「失礼……わかっていただけた、ということでよろしいですか?」 いや、正直お前の論理の飛躍にはあまりついていけていない。そもそも俺の心の何がどう変わるのか。 「とにかく、時を見て、行動してください」 と、いつになく真剣な声音で古泉が言った。こいつも追いつめられるとグレる、というわけらしい、が……冗談でもなんでもなく、俺がどう行動したらお前がモテなくなるんだ? 続きはWebで!