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5 章 それから数日、長門は会社を留守にしていた。物理学の学会で発表があるとかで遠方に出張していて、今日帰ってくるはずだ。 俺は駅前のケーキ屋でスイス風ケーキを買って長門のマンションを訪ねた。入り口でインターホンを押すと、もう帰ってきているらしくいつもの無言でドアを開けてくれた。エレベータで七階まで上がり、踊り場まで来ると七〇八号のドアだけが少しだけ開いているのが見える。長門はいつも、俺が来るのをドアの前でじっと待ってくれている。 「おう、おかえり」 「……ただいま、おかえり」 「研究会はどうだった」 「……いつもどおり」 「そうか。おつかれさん」 こいつなら四年も五年も待たずにさっさと博士号を取ってしまえそうなのだが、大学院にいるのはハカセくんのためで、本人はさほど学歴を必要とは感じてないらしい。まあ人間の作った称号だか。将来は長門博士と呼ばないといけないかもな。 キッチンに入ると、だいぶ様変わりした雰囲気だった。前は小さな冷蔵庫しかなかったが、三ドアの大型冷蔵庫とか水蒸気で調理するオーブンレンジなんかが揃っていた。食器棚に積まれた食器もカラフルなものが増えたし、コーヒーメーカーやフードカッターなんかも並んでいる。 俺がたびたび来るようになってから料理のレパートリーも増えた。キッチンの棚にフレンチにイタリアンに洋風一式、京料理に中華、メキシカンからハワイアン、アフリカンのレシピ本が並んでいる。すべてをマスターしたのかどうかは分からないが、イボイノシシのケニア風ソテーだといって食卓に出されればポレポレ言いながら食ってしまいそうだ。 俺は棚の上から紅茶の缶を取った。そんなに高いブレンドでもないが、北口デパートの専門店で二人で買ったものだ。その隣にペットのエサの缶詰が積んであるのに気が付いた。キッチンの床に小さな皿が二つ並んでいて、星の形をしたペットフードが入っていた。 「長門、犬か猫か飼ってるのか」 「……猫」 見回してみたが、その気配はない。確かに、シャミセンと同じ猫独特の匂いがする。 「どこにいるんだ?」 「……いつもはいない。ときどき、現れる」 「って、もしかして野良猫?」 「……そう」 マンションの七階の部屋まで登ってくる野良猫って、どんなやつだろう。たぶん他所んちの猫がたまに紛れ込んでくるのだろう、と、俺は勝手に解釈した。だいぶ前にメガネの長門に猫を飼えと勧めたことはあるが、この長門はそれを知らないはずで、それはそうとこのマンションってペット禁止じゃなかったっけ。 紅茶のポットにお湯を注いでいると足元でミャーと鳴き声がした。見ると、小さな黒い仔猫が足にまとわりついている。しっぽをピンと立てて俺の足に体をこすりつけるようにしてぐるぐる回っていた。鼻のまわりと両方の前足だけが白い。 「おう、こいつか」俺は仔猫を抱き上げた。「名前、なんて言うんだ?」 「……言えない」 「言えない?まだつけてないのか」 「名前はある。……でも、言えない」 「なんだクイズか?えーっとだな」 俺は冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して猫の皿に少し注いでやった。小さなピンクの舌がチロチロとミルクをなめはじめた。皿の底が見えるまでなめ回し、満足したらしく毛づくろいをはじめた。その仕草がかわいくて、俺は海産物ファミリー的アニメな猫の名前で呼んでみた。 「おい、タマ」 仔猫は耳の後ろを二度ほどかいて、消えた。俺は目の前でなにが起こったのか理解できず、長門の顔を見た。 「今の、見たよな?」 俺が言う、この“消えた”というのはどこかに行ったとかいうんじゃなくて、本当にスッと消えたのだ。 「……この子は、ふつうの猫じゃない」 次の瞬間、仔猫は長門の腕の中にいた。 「……この子は、量子的存在を保持している」 ええとつまり、もっと分かりやすく教えてくれ。 「……名前を呼ぶと、居場所が分からなくなる」 「名前はなんて言うんだ?」 「……ミミ」 ちょっとためらってから長門がその名前を口にすると、仔猫は腕の中から消えた。 「また消えたな」 「……名前を呼ぶと存在が曖昧になる」 「じゃあ、呼ぶときはどうするんだ?」 「イメージを想像すれば現れる。あるいは、この子が自分が気が向いたときに」 試しに姿を思い浮かべてみた。すると、再び長門の腕の中に現れた。まん丸い目が二つ、なにごともなかったかのようにこっちを見ている。 「名前を言っちゃいけないのか」 「……そう」 うちに来て七年になるシャミもかなり妙な猫だが、こいつもまた変な猫だ。 耳の後ろをほりほりしてやると喉をゴロゴロと鳴らした。目の前で指を回すと、前足の爪を出して後を追う。この辺はふつうに猫だな。 ポットの紅茶を持ってリビングのこたつに移った。ミミは長門の膝の上に前足を乗せ、もじもじと足を動かした。長門の細い指がミミを抱えて膝の上に載せ、つやのある毛をなでた。たまに喉を鳴らす音がする。 「生まれて三ヵ月くらいだろうか」 「……それは分からない。さっき見たときは大人だった」 「よくわからんのだが、朝比奈さんとかハカセくんの亀みたいなタイムトラベルか」 「……あれとは理論的に異なる。この子は最初から、時空に対して曖昧な存在」 「もしかしたら十一人、いや十一匹が突然現れたりする?」 「……分からない。ゼロ匹とも、無数に存在するとも言える」 それを聞いて不安になった。どこぞの星の丸っこい動物みたいに増殖しだしたらどうしよう。 ミミは長門の指にじゃれていた。仔猫と遊ぶ長門を見ていると、ほのぼのしていていい絵になると思う。うちのシャミは、最近はもう昼寝をしているだけの肥満猫になってしまった。あれよりはこの子のほうが似合う。 仰向けになってじゃれついていたミミが、何かの気配を感じたのか起き上がって耳をピンと立てた。一心に壁を見つめ、漆黒の瞳孔がまん丸に開いている。長門が手を離すと、ミミは立てたしっぽを左右に振りながら壁に向かって歩き、そのまま壁の向こうへと消えた。 俺は目をしばたいた。 「いま、壁を通り抜けたように見えたが」 「……そう。どこにでも現れる」 ということは、隣の家に忍び込んでサンマを奪ってそのまま逃げることもできるわけだ。便利なやつだな。 俺と長門は、ミミが消えた壁を眺めながらケーキを食った。 「そのうち帰ってくるんだろうか」 「……気が向けば」 静かに紅茶をすすっていた長門が、ふっと呟いた。 「……わたしも、同じことができる」 「その、量子的なんとか?」 「……そう」 そういえば高校のときマラソンで同じようなことを言ってたな。長門はすくっと立ち上がって、バレリーナのようにつま先で立ち、くるりと回った。スカートの裾が舞った。回りながら消えた。俺はしばらくポカンとしていた。数秒後、同じところに現れた。 「思い出した。量子飛躍だったな」 「……そう」 「消えている間はどこにいるんだ?」 「……同じ空間にいる。あなたからは見えないだけ」 長門はそう言って、また消えた。数秒たっても現れなかったので不安になって呼んだ。 「おい……長門?」 気配を感じて振り向くと、真後ろにいた。 「あ、そこにいたのか」 「……捕まえてみて」 ニヤリと笑ったりはしないが、右の眉毛を上げてみせる長門はそんな雰囲気だった。なるほど、こういう遊びは好きだ。俺は笑いながら立ち上がった。 「よーし、捕まえてやるぜ」 俺は部屋の中をむやみやたらに走り回って長門が現れた場所を追いかけた。 「つっかまえた!ってあれそっちかよ」 ゼイゼイと息を切らせながら部屋のあちこちを手探りしていたが、こりゃ作戦がいるな。消えたり現れたりする長門を見ていると、現れるのは正確に三秒後だ。俺は消えた場所と現れた場所に、予測できそうな関係がありそうかどうか考えた。 「……こっち」 微笑を浮かべた長門が、さっきミミが消えたあたりに現れた。これ、かなり高度なもぐら叩きだよな。 長門が消える。三、二、一。「……こっち」声がして振り向くと、また消える。三、二、一。「……あなたの、後ろ」また消える。 手を述べようとするが間に合わず、何度か空振りして俺は宙をにらんだ。ぜったい捕まえてやる。こういうときはもう直感に頼るしかない。そう、頼りになるのは気配だけだ。 現れる直前に空気が少しだけゆれるはずだ、なんて格好つけて考えてみたがまったく分からない。俺は宙を飛ぶ羽虫を捕まえるかのように耳をそばだてた。 長門が再び現れる一秒くらい前だろうか。なんとなく、そこに、いる、ような気がしたのだ。俺は両手を広げ、なにもない空中を大きく囲んだ。 「……あ」 「捕まえたぜ」 背中から俺の腕の中に閉じ込められた長門がいた。 「……どうして、分かった」 少し驚いていた。 「ただの直感さ」 「……興味深い」 ふ。人間には第六感とかヤマ勘とかいう非論理的未来予測機能があるのさ。長門が、ほんとに?という顔をして横目でこっちを見た。ほんとに勘だったのかどうか自分でも分からん。ただの偶然だろう。 俺はじっとそのまま、長門を背中から抱きすくめていた。せっかく捕まえたのを手放すのはなんだか惜しい気がした。このままキスをしようかとふと誘惑にかられそうになったが、足元でミャーミャーと声がした。ミミが俺のズボンに爪を立ててよじ登ろうとしている。仔猫というのは他人が遊んでいると寄ってくるものだ。 「この子を呼ぶ方法がひとつ分かった。俺たちが遊んでいればいいんだ」 「……ときどき、わたしと遊んで」 おう、いつでも遊んでやるさ。俺が遊ばれてる気もするが。 それからミミと長門を追い掛け回す、超高度なかくれんぼに付き合った。ミミには名前を呼んで消えてもらった。壁抜けをする長門より、ミミを捕まえることのほうが存外難しかった。この子には直感が通用しないようだ。 遊び飽きて眠くなった仔猫をなでまわし、俺も時計を見て、そろそろ帰ることにした。長門の膝の上でスヤスヤと眠るミミを起こしたくなかったので、俺は見送らなくていいと言った。 マンションの外に出ると冷たい風が頬を刺した。そろそろ夜が寒い季節だ。帰りの道すがら、俺が長門を捕まえたのは本当に偶然だったのか、それとも長門が狙って現れたのか、ずっと考えていた。 自宅に戻り、部屋に入るとベットに太ったシャミセンが寝そべっていた。 「おい、デブ猫。どいてくれ」 シャミはしぶしぶ場所を空けた。 「今日な、長門んちにかわいい猫がいたぞ。お前も昔はあれくらい器量がよかったのにな」 シャミはいらぬ世話だというように、しっぽを一振りしただけだった。ほとんど家から出ないで食っては寝るだけの生活なんで、まるで歩くハムみたいなありさまだ。もうネズミすら追いかけないだろう。 「少しはダイエットしたらどうだ。肥満は心臓に悪いらしいぞ」 眠そうな目をしたシャミは、腹のたるんできたお前に言われたかねーよという感じなので、俺もどうでもいい感じに放っておいた。 毛布を広げようとしたところ、突然シャミが飛び上がった。ドアに向かって歯をむき出して唸り声をあげている。俺は向こう側に誰かいるのかと思い、ドアを開けてみたが、誰もいない。 「ほら、誰もいないだろ。なにをそんなに怒ってんだ」 なだめてみるが、シャミの戦闘態勢はいっこうに治まらない。しっぽがクリーニング後のセーターみたいにふわふわに毛立って膨らんでいる。 突如、閉まったドアを通り抜けて、一匹の猫が現れた。ミミだった。 「ミミ、お前、ついて来ちまったのか」 ミミはふっと姿を消した。長門に名前を呼ぶと消えてしまうと言われていたことを忘れていた。再びイメージを呼び起こすと、また現れた。あいつの説明によるなら、ついて来たというより直接やってきたというほうが正しいかもしれない。 「シャミ、こいつが長門んちの猫だ。仲良くしろ」 俺がミミを抱いてやると、シャミは警戒しつつ匂いをかいだ。 「ほら、友達だから」 ミミはシャミの鼻先をなめた。猫社会のしきたりは一応知っているみたいだな。 俺は携帯を取り出して、部屋にミミが現れたと長門にメールしてみた。すると返事には「こっちではまだ膝の上で眠っている」と書いてあった。 KYON もしかして異時間同位体みたいなやつ? YUKI.N 厳密には同位体ではなく、量子収束の一形態。 KYON よく分からんのだが。これもミミってことでいいのか? YUKI.N いい。存在が曖昧なだけで、同じ個体。 なるほど。量子世界の話はちょっと理解できん。 「シャミ、そういうことだそうだ。仲良くな」 なにがそういうことなのか俺にも分からんが。シャミは理解したのかしなかったのか、ミミの顔をなめて毛づくろいをはじめた。 オス猫を飼っている人は知っていると思うが、オスというのは季節によっては妙な行動を起こす。二三日ぷいっといなくなったり、傷だらけで帰ってきたり、丁寧に何度もマーキングをやったりする。シャミも若い頃はよく喧嘩傷を残して帰ってきたものだったが。 毛づくろいしていたシャミがミミに向かって嗄れ声で鳴きはじめた。 「おいシャミ、初対面で盛ってんじゃない。この子は長門んちの娘だぞ」 ミミはツンとすました顔で、やって来たのと同じにドアを通り抜けて消えた。まさか夏へと消えていったのではないだろうが。シャミは慌てて後を追いかけ、閉まったままのドアに激突した。鼻を思い切りぶつけたようだ。 「ふられたみたいだな」 俺はくっくっくと笑いを抑えられなかった。 ミミがなぜ長門の部屋に現れたのかを知ることになるのは、数日後のことだ。 何往復かは知らないが、あれから何度か未来とやり取りがあったようだ。分厚い大理石で蓋をしちゃ壊しを繰り返していた。向こうのハルヒからは相変わらず差し障りのない映像くらいしか送られてきてないようだが。 「そろそろ生き物を送ってもいいかもねぇ」 「俺はぜったい行かんぞ。死んでも行かんぞ」 時間移動中に分子レベルまで分解でもしたらコトだ。 「バカね、あんたがこの穴に入るわけないじゃない。もっと小さい、植物とかハムスターとかよ」 それを聞いて安心した。人体実験をやるときには社長自ら志願してくれ。 ハルヒは花束と鉢植えのサボテンを持ち出してきた。このサボテン……。 「あの、長門。ちょっと心配ごとがあるんだが」 「……なに」 「ハエ男って知ってるか」 「……知っている」 「転送中に分子が入り乱れてバケモンになっちまう話なんだが、まさかあんな事故は起こらないよな」 長門は笑いをこらえているようだった。 「……大丈夫。あれとはエネルギー媒体が異なる」 だったらいいんだが。タイムトラベルしてみたらサボテンがハエとかクモと合体してたなんていやだぞ。 「まずはこれ、送ってみましょう。あたし宛にね」 「自分に花束贈るなんて、ちょっと虚しくないか」 「なによ、あんたが贈ってくれるっていうの?」 「ううっ」 「僕が贈って差し上げましょう」 古泉が割って入った。 「うれしいわ、古泉くん。乙女心が分かってるわね。キョンも少しは見習いなさいよね」 よけいなお世話だっつの。 「では、未来の涼宮さんに」 古泉はメモ書きをメッセージカードにして花に添えた。崇高な科学実験だってのになにやってんだこいつらは。 またもや同じように分厚い石の板でフタをしてパテで埋めた。 「思ったんだが、この大理石のフタって意味あんのか」 「蝶番を取り付けて金属製のドアにしてはどうでしょう。毎回壊すのもコストが上がってしまうと思うので」 大量注文した大理石の板で会議室が埋まっている。高く積まれた石が二十枚ほどあり、もし地震でもきたら下敷きになるやつが出そうだ。 「……」 長門がなにか言いたそうだった。後で教えてくれたことだが、ハルヒのかしわ手と、この大理石の分子構造が微妙なマッチングにあり、このワームホールの機能を稼動させているらしい。かしわ手のエネルギーの波が大理石の一部をクォークまで分解して反粒子を生み出している、とか、ふつうにはあり得ないデタラメな現象らしいが。 「手間を惜しんでは科学の進歩はないわ。最初の手順どおりやってちょうだい」 ハルヒの一声で現状継続が決定した。まあ社長自ら肉体労働をやってくれるってんなら止めはしないが。 すぐにメモリカードで返事が来た。今度は小さな包みも一緒に来た。なんだろうこれ。映像には花束を抱えるハルヒが映っていた。 『古泉くん!花束ありがとう。もうあたしったら感激しちゃって(ここで涙を拭く真似)。花もサボテンも、DNA分析してもらったけど異常はないわ。あと、木のタネを送っといたわ。それ、どっか広い場所に、そうね、北高のグラウンドの隅にでも植えといて。あんたが植えてくれたら、あたしが成長した木を見に行けるってわけよ。キョン、これ何のタネだっけ?ああ、そうそう、バオバブ』 「大成功ね」ハルヒがにんまり笑った。 「バオバブって、幹が太いでっかい木じゃないか?」 「アフリカのサバンナに生えてるやつね」 「でかくなりすぎて星を食いつぶしてしまうとかじゃなかったか」 「それは絵本の話でしょ」 相変わらず妙なことを考えつくやつだ。セコイアとか屋久杉じゃなくてよかった。 翌日、ハルヒはペットの移動用ケージを抱えてきていた。中からミャーミャーと鳴く声がする。 「いよいよ動物実験をやるわよ」 「おい、ちょっと待て。大丈夫かそんなことやって」 「植物が大丈夫なんだから、問題ないでしょ」 とは言ってもなぁ。一抹の不安が拭いきれん。 「向こうでバケ猫になって出てきたらどうする」 言ってみて、我ながらバカだと後悔した。 「そんときは送り返してもらえば元に戻るんじゃないの?」 「戻るどころか巨大化したりしないか」 ケージを開けて出てきた猫には、確かに見覚えがあった。ミミだった。俺は長門に目配せをした。 「これ、あの仔猫だよな」 消えてしまうというので、名前は口に出さなかった。 「……DNAは同じ。でも、量子状態が異なる」 「というと?」 長門は仔猫に向かって名前を呼んだ。 「ミミ」 仔猫の姿は消えなかった。 「……この子はふつうの猫。もしくは、量子的変異を起こす前の猫」 「ということは、ハルヒの実験であんな姿になっちまったのか」 「……その可能性が高い」 これはやめさせるべきだ。いくら科学の進歩のためとはいえ、そんな残酷なまねができるか。俺がハルヒにやめろと言おうとすると、長門が袖を引いた。 「……実験を阻止すると、この子の因果律に関わる」 「因果律?」 「この子の未来は、すでにわたしの過去に存在する」 「だとしても、宇宙をふらふらとさまよう姿になっちまうのはかわいそうじゃないか」 「……わたしたちが、面倒を見る」 まあ長門がそう言うなら、命に別状がなければいいか。って今、わたしたちって言ったか。 「わたしたちって、長門と俺?」 「……」 長門は答えなかった。うっかり口がすべったとでもいうような表情をした。ともあれ、物質電送器みたいに細胞が分解したりバケモンになったりするのでなければいいが。 「やってもいいがハルヒ、ひとつだけ条件がある」 「なによ、言ってみなさい」 「時間移動中の心拍と脳波の状態をきちんと記録してくれ」 「なるほどね。あんたもたまにはいいこと言うわね」 たまには余計だ。 ハルヒの命令で獣医が呼ばれた。古泉が連れてきたという獣医のタマゴなんだが、どう見ても機関の人だ。ミミは包帯のようなもので胴体をぐるぐる巻きにされ、そこからコードが出ていた。かわいそうに。俺は自分で提案していて後悔した。しかし異常があったら向こうで治療してくれるだろう。そのための医療用モニタだ。 「そういえばこの子、名前付けてなかったわね」 「……ミミ」 「有希がつけたの?じゃ、ミミ、未来のあたしによろしく」 ミミはケージに入れられたまま、タイムカプセルに押し込まれた。フタが閉められるまでミャーミャー鳴いていた。ハルヒがかしわ手を打ってから数分間は鳴き声が聞こえていたが、突然静かになった。 「おい、そこのマイナスドライバーよこせ!」 俺はまだ乾いていないパテの隙間にドライバを押し込んで、大理石のフタをこじ開けた。 そこには何もなかった。 数分して、メモリカードが返ってきた。 『あんた、いったい何を送ろうとしたの?これくらいの医療機器ならこっちの時代にもあるわ。もっと性能がよくて小型だけど。いちおう残っていた心拍数と脳波のデータをメモリに入れとくわ。次はもっとましなものをよこしなさいよね』 映像のハルヒはコードがぶらんと垂れ下がった医療モニタを持っていた。ケージもそのままだ。 「ミミが消えちまってるぞ」 ハルヒは唖然としていた。 「もしかして、抜け出たんじゃないの」 ケージに入れられるところは全員が見ていたし、それがあり得ないことは分かっている。 「どうしよう……」 ハルヒは真っ青になった。安易に動物なんか使うからだ。 「時間移動中に横穴とか脇道があるんじゃないか」 長門に尋ねてみたが、考え込んでいた。 「……説明がつかない」 長門はメモリ上のファイルを開いて心拍数と脳波の数値を見ていた。 「……大理石のフタを閉じた時間、手を打った時間までは一致している。さらに十三秒後、測定値にエラーを記録。それ以降、データ不詳」 「どこに消えたんだろう」 俺と長門は目を見合わせた。俺はミミが消えたときのことをふと思い出して、試しに姿をイメージしてみた。足元に、やわらかい毛玉がミャーと鳴いて現れた。 「あらっ、ここにいたわ。今、ここに現れた、キョンの足元に」 ハルヒがミミを抱きかかえて頬ずりした。どこも異常はなさそうだ。 「猫ちゃん、ごめんね」 「無事帰ってきてよかったな」 そのとき、返事がもう一通届いた。メモリは手元にあるはずなんだが。封筒を開けると、新品のメモリカードが入っていた。だが容量が俺たちのより千倍以上ある。技術的には向こうのほうが上なんだから、こっちのレベルに合わせてくれないと困るんだがな。 「長門、これ容量が俺たちのよりでかいんだが、読み出せそうか?」 「……やってみる」 長門の超高速タイピングで、いくつかプログラムをいじった後、映像が再生された。 『ごめんごめん、猫ちゃん、後から届いたわよ。いきなり現れたから驚いたわ。今までどこにいたのかしら』 映像の中で、ハルヒの隣で長門がミミを抱えていた。それは届いたんじゃなくて、たぶんそっちにいる長門に会いに行ったんだろう。こっちのハルヒが、自分が抱えた仔猫と、画面に映った仔猫を見比べて、唖然としていた。 「これ、どういうこと?」 「俺には分からん」 「……」 長門はどう説明したものが迷っているようだった。考え込んでいると古泉が分かりやすい答えを披露した。 「未来と過去のエネルギーの総量を保つためにそうなったのでしょう」 つまり、この宇宙にある物質とエネルギーの全体量は決まっている。時間移動したときに勝手に減ったり増えたりするのはおかしい、と。現在でマイナスになった分を埋め合わせるために過去と未来で二匹の猫が生まれた、というのだが、どうやればそういう答えにたどり着くのか俺には分からない。 「なんだ、そういうことなの」 今の説明でほんとに分かったのか、ハルヒ。もし未来に一匹、過去に一匹が行ったんだとしたら、過去と現在の総和は二匹になるんじゃ……いや、やめよう。頭痛くなってきた。俺には長門の言う、曖昧な存在の猫ってのがいちばんしっくりくる。 「これが解決するまで動物実験は中止するわ。それからこの実験結果は社外秘よ、いいわね?」 異議ナシで全員賛成した。こんなことが動物愛護協会にでも知られたらえらいことだ。 ミミは長門が預かることになった。ハルヒのアパートはペット禁止らしい。まあ長門マンションも禁止なんだが。 ハルヒが帰った後、長門と朝比奈さんに尋ねた。 「ひとつ疑問があるんだが、未来のハルヒはなぜ猫が送られてくることを知らなかったんだろう?そのときの記憶がないんだろうか」 「これは別の時間軸が交差しているんじゃないかしら」 「……わたしたちのいる現時点が、別の分岐を生み出している」 「ということは、僕たちが新しい未来を作っているのでしょうか」古泉が口を挟んだ。 「……そう」 「それって、既定事項を真っ向から書き換えてるってことか?」 長門は非常に難しい質問をされたように顔を曇らせた。 「……おそらく、そう。すでにはじまっている」 「わたしが危惧していたのはこれだったの。未来の涼宮さんが知らない歴史が始まっているわ」 「どういうことでしょうか」 「今の涼宮さんが未来の情報を得て、新しい歴史の流れを作ってしまうということなの」 これがどういう状況なのか、俺にはまだピンと来ていなかった。 6章へ
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今、俺達SOS団の面子は全員俺の部屋にいる。 ハルヒ「ちょっとキョン!?あんたマジでTVゲーム機を64とスーファミしか持ってないわけ!?」 キョン「しょーがねえだろ。金ねえし」 ハルヒ「ゲームキューブ…ましてやプレステすらないなんて…あんたセンスなさすぎ、ってかダサいわよ!!」 こいつは今の俺の金がないという言葉を聞かなかったのか キョン「お前にいっつも奢られてるせいで金がないんだ。それ以上でもそれ以下でもない」 ハルヒ「あんた私のせいにするつもり!?責任転嫁もいいとこね。あんたが早く来ればいいだけのことなのに」 それができねえから苦労してんだよハルヒさん ハルヒ「まあいいわ、64で我慢してあげる。カセットはどこにあるの?」 キョン「そこのタンスの中にある」 それを聞くと、早速ハルヒはプレイするカセットを探し始めた。 そんな中、古泉はいつものニヤニヤ顔で、朝比奈さんはいつもの微笑ましい笑顔で、長門はいつもの無表情で 俺とハルヒのやり取りを見守っていた。なぜこんな状況になっているかは昨日の放課後に遡ることになる。 その日は金曜であった。俺と古泉が部室で平和にオセロをしていて、朝比奈さんがお茶を入れてて、 長門が本を読んでいて、そこに勢い良くドアを蹴飛ばして入ってくるハルヒ。いつも通りの光景である。 ハルヒ「土曜の不思議探索どうしよっか?!?」 古泉「涼宮さん、そのことなんですが、明日土曜は雨のようですよ。」 ハルヒ「え?そうなの?それは困ったわね」 正直に言おう。ここで俺はひそかに不思議探索が中止になることを祈っていた。 そりゃそうだ、月~金と学校があって土日は休むための日である。この休むはずである日に毎週俺は 労働しているわけだ。である故に、せめて雨の日くらいは家でゆっくり休みたいと思ったしだいである。 しかし、ここでハルヒは俺の期待を180度裏切る発言をするのだ ハルヒ「じゃあキョンの家に行きましょう!」 はあ??なんじゃそりゃ。休むも何もあったもんじゃない。だが、ここでハルヒに反対しても無意味だということを 俺は今までの経験で学習している。だからもはや悪あがきする気も起きない…潔くあきらめるってのは気持ちいいな。 仕方ねえ、明日も今まで同様、お前に俺の1日を捧げてやるよハルヒ そんなわけで今に至る。もちろん休日であるからみんな私服である。長門は相変わらず制服であるが。 土曜の午後、外では雨がしきりに降っている。 ハルヒ「みんな、このゲームやってみない!?」 ハルヒが手にしているのは64でオナジミの大乱闘スマッシュブラザーズである。 キョン「それはいいが、何でスマブラなんだ?」 ハルヒ「こういうみんなでバトルするゲームって盛り上がるじゃない?それにスマブラって任天堂ゲームのキャラが 勢ぞろいでしょ?一つ一つのシリーズのゲームやるより、全部のシリーズのキャラが集合って何かお得じゃない! それに私このゲーム持ってるし」 そうかそうか。ハルヒらしい考えだ、特に否定はしない。だが問題は… キョン「朝比奈さん、スマブラをやったことありますか?」 そう、問題は今までスマブラをやった経験があるかどうかなのである。初心者同士ならともかく、 ハルヒが参加するとなると未経験者は悲惨なことになるのは安易に想像できるであろう。だからといってハルヒは ハンデを受け入れるような柔和な性格でもないことを俺は知っている。長門は機械マスターであるからいいとして 問題は古泉と朝比奈さん…特に朝比奈さんは未来人である。スマブラの存在を知っているかどうか怪しい。 いや、90%を超える確率で知らないと思うが。しかし朝比奈さんは驚くべき言葉を口にした。 みくる「(小声で)ええっと…実は未来においてもスマブラは流行ってるんです」 何ですと?! みくる「(小声で)もう何本もシリーズが出てます…私の世界ではゲームの代表格的存在です。」 聞いたか任天堂社員!?お前らは数10年後の未来までも安泰だそうだ、よかったな。 キョン「(小声で)それは驚きです…しかしそんなことしゃべっていいんですか?いわゆる禁則事項ってやつでは?」 みくる「(小声で)そうですね。でも、後でこのゲームをやって私がやれたとき、キョン君は未来である程度これが 知られているということに必然的に気付くでしょう?だから黙っておく必要もないと思ったの」 キョン「(小声で)なるほど、確かにそうですね。って朝比奈さんこれやったことあるんですか!? 未来では何本かシリーズ出てるらしいですが、これは1ですよ?」 みくる「(小声で)昔のゲームも未来では新しい機械を使って…あ、これ以上は禁則事項です、すみません」 少なくとも、未来では昔のから最新までのゲームをできるような環境にあるってことか。なんとも面白そうだ。 キョン「(小声で)しかし、朝比奈さんがTVゲームをやったことがあるとは驚きです」 みくる「(小声で)ふふふ、私も子供なんだからするときだってありますよ♪」 なんだかんだで朝比奈さんは大丈夫のようだな。しかし凄い事実を知ったな…スマブラ凄いぜ。さて、次は古泉だ。 キョン「古泉、お前はやったことあるのか?」 古泉「ええ、ここに来る前は学校の友達とよくスマブラをして遊んだものです。」 キョン「お前もゲームをしてたのか。ちょっと驚きだな」 古泉「(小声で)僕だって涼宮さんに力を与えられて超能力者になるまではごく普通の学生でしたからね、当然でしょう。 といっても、今でもたまにすることはあります」 なるほどね。これで全員がスマブラをできる条件を満たしていることは確認できた。 キョン「しかしだなハルヒ、64は4人でしかできないから一人抜けないといけなくなるぞ」 ハルヒ「確かにそうね、どうしようかしら」 長門「私が抜ける」 今まで黙っていた長門が突然口を開いた。 キョン「い、いいのか長門?」 長門「いい」 そう言うと長門は本を取り出して読み始めた……確かに、機械にめちゃくちゃ強い長門のことだから やったら長門が1位になるのは間違いなさそうだ、故に長門はハルヒを気遣ってるのかもしれないな。 ハルヒ「よ~し!じゃあやるわよ!有希、後であんたにもやらせてあげるからね!」 こうして俺、古泉、朝比奈さん、そしてハルヒの4人の大乱闘が始まったのである。 設定は3分の時間制バトルということになった。どうやらハルヒは短期戦がお好みのようである。 ハルヒ「さあ、一気にあんたたちを片付けるわよ!!」 本当に片付けそうだから怖い。ってかこいつはやったことがあるらしいが、一体どれくらい強いのであろうか。 気になるところである。古泉は…たぶん弱いな、根拠は今までのあらゆるゲームにおけるこいつの連敗記録である。 朝比奈さんは…うーむ、予測がつかないな。一見あまり強そうには見えないが、 もしかしたらダークホースになる可能性も…いや、いくらなんでもそれはないか。 使うキャラは次のようになった。 ハルヒ(1P)=ドンキーコング、キョン(2P)=ルイージ、朝比奈さん(3P)=ネス、古泉(4P)=フォックス ハルヒはドンキーできたのか。パワー系で一気に片付けるってか、なるほどハルヒらしい。古泉は…まあ妥当だな。 そして俺が一番驚いたのは朝比奈さんだ。何?ネスだって!?大抵の人は彼女の使うキャラはプリンやピカチュウと 思い浮かべるはず。まあネスも子供だから彼女らしいと言えばそうかもしれないが…ファルコンとかよりはマシか。 だが問題はネスは上級者向けのキャラということである。いや、そうでもないのか? まあ何が言いたいかというと、油断はできないということである。…ハルヒは言わずもがなであるが。 え?自分?ルイージだが何か文句あるか?確かに、スマブラにおいてルイージを使うやつなんてのは あんま耳にしない。しかし自分は使いやすいんだから他人にどうこう言われる筋合いはない。 頼むぜ緑のヒゲオヤジ、お前にかかってるぞ。 試合が始まった。場所はフォックスの本拠地セクターZである。 さて、まずは様子を見るとしようか…というわけにもいかない。 ドンキーハルヒが始まって早々ルイージに突撃してきたのである!! ハルヒ「キョン!あんたは私の最初のえじきよ!光栄に思いなさい!!」 思わねーよ!ネス朝比奈はそんなハルヒを恐れたのか右端に逃げたようである。 フォックス古泉はというと、Bボタン連打でブラスターショットをピュンピュン俺とハルヒにぶつけてくる!卑怯だぞ古泉。 古泉「いつも僕はゲームであなたに連敗でしたからね。今こそその雪辱をはらすときです」 何が雪辱だ。Bボタン連打してるだけじゃねーかこの卑怯者。 そんな俺はドンキーハルヒの先制にやられ、後ろに投げられる。起き上がってハルヒに立ち向かうが、ドンキーハルヒの ↓+Bのハンドスラップで中へ浮かされてしまう!!そこに追い討ちをかけるかのように空中+前+Aのハンマーナックル がルイージに直撃する。何だこれは、ハルヒめちゃくちゃ強いじゃねーか!!!?これはやばい、頑張れヒゲオヤジ! ピュン!ピュン!ピュン!ピュン!ピュン!ピュン!ピュン!ピュン!ピュン! これは世に言うウザいというやつである。呆れたことに古泉は10秒以上もブラスターショットを 戦ってる俺達に撃ちつづけているのである。特にハルヒの被害は甚大である。 体の大きいドンキーハルヒはルイージよりも攻撃に当たりやすいからだ。 ハルヒ「チッ」 ハルヒは古泉を睨んでいる。その様子に爽やかスマイルの古泉は気付いていないようだ。 古泉よ、俺に復讐したい気持ちもわかるがそのへんにしとけ、お前の明日はないぞ。 ってそういえばネス朝比奈は何してるんだ?見ると、右端でタルを壊していた。なるほどアイテム調達か。 って今は目の前の敵に集中しなければ。ルイージは悲惨なことにドンキーハルヒの↑+Aの連続攻撃に苦しんでいた。 このまま%がたまって↑+A+スマッシュのドンキー必殺のジャンボプレスを食らえば 間違いなくヒゲオヤジは星になっちまう!!!! ピュン! ドンキー「うっ」 お!身動きの取れない俺であったが、フォックス古泉のブラスターショットによりドンキーハルヒの動きが一瞬止まった! 礼を言うぜ古泉!! ハルヒ「…」 古泉を睨むハルヒ。古泉、お前の明日はもうオシマイだ。そして動きが止まったその一瞬を俺は逃さなかった。 ルイージ「Yahoo!!」 空中左斜め上からドンキーに↓+Bでルイージサイクロンをかます!ドンキーは右斜めに吹っ飛んだ。 フォックス古泉の方向である。 ハルヒ「キョン、あんた命拾いしたわね」 そう言うと、ハルヒは攻撃対象を変えた。言わずもがな、フォックス古泉である。俺はおとなしくそれを観戦するとするよ。 ドンキーハルヒの空中+後ろ+Aのゴリラキックがフォックス古泉に炸裂する。 フォックス「うーッファイヤー!!」 負けずに↑+Bのファイヤーフォックスで抵抗する古泉。 アホかこいつは フォックス「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」キラーン 思ったとおり、ハルヒの↑+Aの連続コンボを食らい続け とどめは↑+A+スマッシュでフォックス古泉は星になった。 さらば古泉フォーエバー♪ ファイヤーフォックスとブラスターショットを食らい続けたせいかドンキーハルヒの%がかなりたまっている。 ハルヒを仕留めるには今しかない!ドンキーに向かってダッシュするヒゲオヤジ。よし、これでハルヒを PKボム!! !? ネス「Wow!!!!!!!!」 ルイージ「あひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」キラーン あ、ありのまま起ったことを話すぜ…ハルヒを倒そうとしたらいつのまにか俺は星になっていた。 何を言ってるのか理解できねーと思うが俺にも理解できなかった。何か、恐ろしい片鱗を味わったぜ… …つまりだ、先ほどタルを壊してスターロッドをゲットしたネス朝比奈が俺とハルヒと古泉の戦いの様子を見ていて 俺達の%がたまったところで突然俺達の目の前(右)に姿を現し↑+BのPKサンダーをつかってきたのである。 大胆すぎます朝比奈さん。一体何があなたをここまで変えたというのですか!? みくる「ゴメンねキョン君♪」 というわけで俺とハルヒはそのエジキに…ではなかった。なんとハルヒはそれを避けていた! やはりこいつ、かなりの上級者である。ってやばい、朝比奈さん逃げてええええぇぇぇぇぇぇぇ ハルヒ「いい度胸ね?みくるちゃん?私をフッ飛ばそうとするなんて♪」 ハルヒのキレ具合に急に顔が真っ青になる朝比奈さん。いかにも、私調子に乗りすぎちゃいましたって顔をしてる。 みくる「!」 ネス朝比奈は危険を感じ取ったのか、反射的に手に持っていたスターロッドをドンキーハルヒに投げつけた! しかし避けられてしまった!朝比奈さんの運命はいかに!? 蘇ったフォックス古泉は左端にあったタルを壊していた。続いて蘇った俺、ことルイージはそんな古泉へと突撃した。 そりゃそうだ、今無理にハルヒVS朝比奈さんの戦いに突っ込めばそれこそ自殺行為であろう。であるからして 対象は必然的に古泉となる。まあ俺がこいつと戦ってみたかってのもあるが。 すると突然フォックス古泉は上半身と下半身を激しく振りだしたではないか 新手のアピールのつもりか。見てるこっちは不快だぞ 古泉「ふふふ、ハンマーには勝てませんよね。痛めつけてあげます」 やめろ古泉。ただでさえ今、お前のキャラが腰を激しく振ってんだ。言動がSっぽく聞こえる そして逃げるヒゲオヤジ。くそ!もしサムスを使ってたらハンマーにも対処できたというのに ヒゲオヤジでは何も対処することができない!!今は逃げ回るしか… お、レイガン発見 一方、ネス朝比奈は案の定ドンキーハルヒに右端でボコボコにされていた。 後ろ投げ、ダイレクトスルーの連続攻撃である。これは痛い、痛すぎる。 ハルヒ「どう?みくるちゃん?これがハルヒ流ドンキー奥義よ!!」 みくる「ぴええぇぇぇぇぇん」 ゴリラにぶちのめされる少年…あまりよろしくない光景である。しかしネス朝比奈にも反撃の糸口ができた。 受身をとりドンキーハルヒのつかみを回避することに成功した。そして奇跡的に空からモンスターボールが 降ってきたではないか!ネス朝比奈はそれを手に取りボールを開く。 もしこれがイワークやカビゴンなら彼女の逆転は可能だ。さあ何が出てくるか ラッキー「ラッキー!!!!!!」 おお、なんとラッキーが現れたではないか。 ハルヒ「そうはさせないわ!!!!!!!!!」 これはラッキーだった…………ドンキーハルヒに。 やつはラッキーが生んだ卵を取ろうとするネス朝比奈に↑+Bの回転スピンで妨害し全ての卵を強奪したのだ。 そしてその卵からモンスターボールが再び現れ、ドンキーハルヒはそれを投げた。 バン!バン!バン!バン! その頃、ヒゲオヤジはレイガンで発狂したハンマーフォックス古泉を撃ちまくってた。古泉は手も足もでない。 完全に立場は逆転した。よし、このままフォックス古泉を左端までもっていけば… フォックス「うぉう!」 ルイージ「Oh!」 ネス「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」キラーン い き な り 蜂 が と ん で き た つまりである、先ほどドンキーハルヒが出したモンスターボールからスピアーが現れたのである。 この影響でヒゲオヤジとキツネは上空へと叩きあがられ、%がたまっていたネス朝比奈は星になった。 幸いなことにまだ俺は星になるほどは吹っ飛ばなかった。まだあんま%がたまってなかったからな。 古泉も然りだ。さて、またレイガンでやつを ビュン! ルイージ「Oh!」 ビュン! ルイージ「Ah!」 !? ヒゲオヤジは左端へ吹っ飛ばされ死亡した おいアーウィン、俺に何か恨みでもあるのか? やれやれ、スピアーの次はアーウィンか。古泉との戦いに夢中で右背後にアーウィンが接近してたなんて 全然気付かなかった。俺も運が悪い フォックス「ううん…ううん…ううん…」 おいおい今度は何だ?フォックス古泉が顔を真っ赤にして両手で頭を抱えてるぞ? さっきの激しい腰振りといいお前は一体何がしたいんだ古泉 ええっと、何事かというとフォックスはさっきのアーウィンのビーム攻撃にシールドでガードをしたが故に シールドクラッシュを起こしてしまったというわけだ。 動けないフォックス古泉。よし、蘇った俺がとどめを…と思ったらそうはいかなかった。 なんといつのまにか蘇ったネス朝比奈がフォックスの前に立っているではないか。 古泉「あ、朝比奈さん一体何を…?」 みくる「ごめんね古泉君♪」 なんと、あの朝比奈さんがスマッシュバットでフォックス古泉をフッ飛ばしたではないか!!!!もちろんやつは死亡した …………なんかSな朝比奈さんが怖くなってきた。ってかさっきからとばしすぎじゃないっすか朝比奈さん!? みくる「私は面白いです♪」 おお、極上満点な笑顔!それが見られればSだろうがMだろうが俺は気にしませんとも、ええ。 古泉「チッ」 あ、朝比奈さんを睨んでやがる……そんなに悔しかったのか。復讐心丸だしの顔じゃねーか。 さて、未だにハルヒは1回も死んでいない。ということは逆に言えばやつはかなりの%がたまっているのである。 今度こそやつを仕留める!うむ、まるで織田信長になった気分だ。ってことはドンキーハルヒは今川義元か。 もっとも、この信長はすでに2回死んでるが。潔く先陣をきって今川を仕留めんとせんヒゲオヤジこと織田信長 …ん?待てよ、ルイージはどっちかっつうとヒゲナマズの石田光成に例えたほうがいいのか? とかあまりにもくだらんことを考えていた俺にスキが生じたのであろうか、 ルイージはドンキーにつかまれ、背中にのせられる。ドンキーは俺を抱えたまま移動する。 キョン「おいハルヒ!ル イージをどこへ連れていくつもりだ!?」 ハルヒ「わかってるくせにッ」 ハルヒがニヤリと返答する。 ルイージはドンキーと道連れに奈落の底へと落ちていったのであった……つまりルイージ&ドンキー死亡 なぜハルヒがこんな道連れ行為をとったか俺にはわかる。ドンキーの%が高かったことから、いつかは 吹っ飛ばされると考えていたんだろうな。そこで%を0にするためにいっそのこと道連れを図ったというわけか。 なるほどね。 その頃、左端ではネス朝比奈が蘇ったフォックス古泉の報復を受けていた…………… 古泉「…」 と思ったのだが、逆であった。なんとフォックスがネス朝比奈の↑+Aのトス連続攻撃で血祭り状態だったのである!! ここで二つわかったことがある。一つは、いくら古泉が復讐心に燃えようが本気になろうが、 所詮ゲームでは誰にも勝てないほどやつは弱いってことがな。まあ落ちこむなよ古泉。お前のその闘志は認めてやるよ 二つ目は言わずもがな、朝比奈さんはやはりSだ。Mなのは相手がハルヒのときだけだというのか……orz みくる「何か言いました?♪」 キョン「いえ、何でもありません♪」 そんなやられっぱなしのフォックス古泉が、ネス朝比奈の空中+Aの空中キックで こちらヒゲオヤジの方向へ飛ばされてきた 古泉「…」 古泉「僕に秘策があります。僕はまた今から朝比奈さんに報復しますんでどうか僕に攻撃しないでください」 キョン「古泉、お前 必 死 だなw」 ルイージ「Wahoo!」↑+A+スマッシュ バシ フォックス「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」キラーン 古泉「………もうやだ…」 だが、休息は訪れず ハルヒ「さあ、私にひれ伏すのよ!!!」 げえ、ハルヒ!こいつスターとって無敵になってやがる。そ、そうか、さっきの朝比奈さんVS古泉の戦いに絡んでこない と思ったら、俺と道連れに死んだ後、右端でアイテムを物色してたのか。く、これ以上死ぬわけにはいかねえ まともに勝負しても勝てないだろうから俺は逃げる! うむ、見事に逃げることに成功した。その代わり、ネス朝比奈がドンキーハルヒにまたしてもボコられたが。 すまん朝比奈さん、見捨てたりして。だけどこれはゲームだし、別にいいよな? 案の定、ネスは無敵状態のドンキーにぶっ飛ばされ星になった。 と同時に3分たって、喜怒哀楽まみれたドロドロの試合は幕を閉じた………疲れた 結果はこうだ↓ 1位ドンキーハルヒ=2(倒した回数3、落下数1) 2位ネス朝比奈=0(倒した回数2、落下数2) 3位キョンルイージ=-2(倒した回数1、落下数3) 4位フォックス古泉=-3(倒した回数0、落下数3) ハルヒ「どう!これが私の偉大なる力よ!」 みくる「ふう…ハードな試合でした。でも楽しかったですよ♪」 古泉「チッ」 たったの3分ではあるが随分長かった感じがする。もう一度言うが、疲れた。 ってか何みんな本気になってんだよ。ハルヒはともかくとして、何で古泉や朝比奈さんまで本気になってんだよ!? …そういう俺も本気だったかもしれないが。おかしい、スマブラってこんなに体力使うゲームだったか? 違う!この面子だからだ! ピンポーン ハルヒ「ん?誰かしら?」 キョン「ちょっと行ってくるわ」 一体誰だ? こんな大雨の中来るなんて変人以外の何者でもないぞ? ガチャ 谷口「うぃーっす!DODODO、土曜日~だから遊びにきたぜ!」 国木田「あれ?靴がたくさんあるね。SOS団のみんなも来てるのかな?」 鶴屋「こんにちは~にょろ!休日にまで君に会えて嬉しいよお姉さんは!うんうん!」 今後、スマブラにおける地獄絵がますます加速するであろうことを察知し 俺は目の前が真っ暗になった…… Fin(第2試合へ続く…かもしれない)
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「ねぇキョン?」「ちょっと!聞いてるの?キョン!?」「それでねキョンはね、」「あっ!そうそう、キョンそれからね」「キョンっ!」「そう言えばキョンは…」「キョン明日はね…」「ねぇキョンは?」「ほらキョン!ちゃんと聞きなさい!」 ……まったく飯の時とか2人でテレビ見てる時位は静かにして欲しいな。 孤島の1件からハルヒと付き合う事になってしばらく経つ、授業中も、部活の時も、その後も、休日も、寝る前でさえ電話で、そう…ほぼ丸一日中俺と一緒にいるのに、なんでこいつは話題が尽きないのかね? まるでマシンガンやアサルトライフル…いやガトリングガンやバルカン砲だな…いや弾切れがある分羅列した銃器の方がましだな。こいつの話題は切れないしな。 「なぁハルヒ…何でお前はそんなに話題が尽きないんだ?こんなにずっと一緒に居るのによ。」 「ったく…たまに自分から口を開いたと思ったら…何よそれは?良い?あたし達はNTじゃないから、黙っていても分かり合えないのよ?」 ……そう言えばこの前一緒に某ロボットアニメを見たな… 「それにあたし達は恋人どうしなのよ!?お互いが一番に分かり合ってなきゃだめなの?それ位はアホキョンにでも分かるでしょ?だから、こうやって毎日毎日あたしが話してるのよ!」 なるほどな…でも俺もっと簡単に分かり合える方法知ってるぜ? 俺は無言でハルヒを抱き締めた。 「ちょっと…キョン!?」 ハルヒのヤツは、顔真っ赤にして抗議しながらも、俺に体を預けて大人しく抱き締められている。ったく…こうしてりゃ静かなんだけどな。 「……分かったわよ…じゃあこれからは、いつでも分かり合える様にこうして抱き締めなさい…良いわね……」 真っ赤にしてゴニョゴニョ言うハルヒは可愛いが……墓穴ほったなこりゃ… 終わり
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※「時系列……文化祭→サウンドアラウンド後 CD曲パラレルdaysのオマージュ(?)有り」 こ…この歌は… 「えぇ…、まさに…」 ハルヒそのもの…だな… 現在部室内では諸々の事情によりハルヒが一人アカペラでその歌声を部室内に響かせている―― これよりちょっと前の事―― 前の文化祭のあとに、団でバンドを結成して割と真面目に練習したりしてビデオテープだったか、(ここのとこ記憶が曖昧なんだが…原因はハルヒに振り回されて疲れているためとしよう。決して老化などの類ではない。) まぁ演奏した曲を録ってそういうのをなんかのオーディションに投稿したりした訳だが、努力も空しくあえなく落選した。 だが我が団長は諦めきれないのか、その後も持て余す情熱のほとぼりが冷める事もなく、目標が曖昧な練習を始めたり、歌詞を作ってきたりと、非常に意欲的な活動を絶賛持続中である。やれやれ…いつまで続くのやら… さて、現在部室にはハルヒ以外の団員皆が揃っており、今見てるのは例によってハルヒが持って来た歌詞を古泉と将棋ついでにいつものように見ていたのだが… 「曲名はパラレルDaysですか…」 古泉は歌詞の題を読み上げる。よく意味のわからない名だ。 しかしなんというか…これ、ハルヒそのものを唄った歌詞にしか感じられんのだが。 というか、むしろここまで自分で自分の心情を表現出来る事に驚嘆すら感じせざるを得ない。 「どうしたんですかぁー?」 俺と古泉が二人してハルヒの作ってきた歌詞について得体のしれない感心を抱いていると、横から朝日奈さんが可愛らしく参入してきた。カチューシャがピョコンと揺れる。 ハルヒが今日持って来た歌詞を見せると、朝比奈さんは暫く真面目な(しかし可憐な可愛さが欠ける事ない)顔で歌詞を注視する。 大変カワいくてよろしい。 「ふふ…ここの『パラソル パーッと開いたりね』の部分が気に入りました」 そこの部分を細い指で示しながら天使も羨むような微笑を浮かべる朝比奈さん。 そっちですか?とツッコミが口から出かけたが止めた。 まぁ確かに…パラソルを開いて空中浮遊を連想させるここの部分はなんとなく朝比奈さんが好みそうだし…、実際、その穏和な風景を朝比奈さんと照らし合わせて想像すると、脳内で素晴らしく可愛い絵が完成する。 「しかしながら、その後に『東?南?知らないわ』ときていますね。」 古泉が、朝比奈さんから流れ出た微笑ましさ溢れる空気をまるで無視するかように何やら歌詞の論評を始めた。 一体なんだよ 「恐らくみなさんは、ここの部分で空中浮遊を連想させたと思いますが…さて、ここの部分ですが、僕たちの…つまりSOS団の動向を表してるとは思いませんか?結局は行き着く先がわからず、そのさまはまるで、空中を緩やかに落下しているようだと…ね」 コイツは一体何を言いだすかと思えば……作品に対する個人の解釈は自由だがな古泉。言わせてもらうが、それは飛躍し過ぎだ。 お前の言い方だとまるで俺達のやってる事が全て落下に向かってるみたいな言い方じゃないか。 そりゃ、俺達の行動はハルヒの気まぐれで決定されるからこの歌詞と似たようなものだし、実際その通りだと思うとこはまあ、ある。 だがな、現実世界でやること成すこと何もかも結局は落下に向かってるって言われちゃたまらんぜ。ハルヒの奴は確かに変態だが、んな悲観的な事を考えるような頭してないだろ。誰がみてもよ。 「ふふ…涼宮さんがどのようなつもりで書いたかはわかりませんが…、 ですがこれは案外、この世の理というやつかもしれませんよ?」 横を見ると朝比奈さんがおろおろとしていた。 古泉の度が過ぎた解釈によるものだろう。 その姿は庇護精神を大きく揺さぶられるがここは押さえる。 「大体この歌詞自体、お前が言ったように暗く出来てない。空中浮遊で着陸した先は『まさかのモノリス』だ。恐らくハルヒの事だ、自分の銅像にでも着陸したんじゃないか? しかもその後に続く歌詞で『妄想』だと認めてるじゃないか。つーかどうしたらそんな解釈に至るんだよ。 大体お前だって困るんじゃないか?ハルヒがそんな引きこもりがするような考え方したらよ」 「えぇそうですね。そこを引き合いに出されると、僕としても打つ手はありません。…まぁ涼宮さんの意思とは関係なしに、暗くなるように虚無的な解釈を無理矢理考えてみるというのも面白そうですが…とりあえずここいらで止めておきましょう。 冗談のつもりが、段々と険悪な雰囲気になっていくというのは僕の好むところではありませんし」 …逆だろ? 「…涼宮ハルヒが書いたの?」 突然発せられた声は長門のものだった。 古泉と険悪な(古泉の腹の内はわからないが少なくとも俺は何故か微妙な腹を立てていた)空気が立ち込めようかと思われた時、いつの間にか、向かいの席の古泉の隣に長門が立っていた。 「あ、あぁ…そうだ。またハルヒの奴が例によって書いてきたんだよ。みるか?」 長門は数ミリうなずくと差し出された紙を受け取り、表情の無い顔で暫く紙と見つめあう。 「…わからない」 長門は起伏のない口調で静かに言った。 「…なにがだ?」 「これの文体が」 しばし、俺は長門の言うところの意味が理解できなかった。長門の口からわからない、などという単語が出てくるなど俺の現実逃避の際に繰り広げる妄想にも出て来ないぞ。 「文章の展開が唐突過ぎる。しかも短い。これでは意味が明確に伝わらない。」 …つまるところ、どうやら長門はまだこういう歌詞といったものの文化については未開拓だったようだ。 歌詞の文が、本のそれと違うのは当たり前なのだが… というか、長門にとってバンドでのハルヒの歌は音の一つとしてしか捉えられていなかったのか。 今更にもほどがある、ここにきてようやく歌詞には音以外の意味があることに気付いたらしい。 「歌詞ってのはそういうものなんだよ。 まぁ確かに、歌詞の文みるだけじゃわかりづらいだろうな。ハルヒが実際にこの歌詞を歌ってるときに理解しようとして聞いてみたら、長門も自分なりの歌詞の解釈というのが出来るだろうさ。こればっかりは自分の感覚だからな」 「…そう」 俺が諭すように言うと、長門が物分かりのいい子供のような瞳の色を一瞬浮かべたかと思ったのは俺の錯覚だろうか、3ミリほどうなずいて音もなく席に戻った。 「ところで」 それから微妙な間が出来たところに依然としてニヤケ面の古泉が声を発した。先ほどの長門効果により、険悪となりつつあった空気はすっかり霧散されていた。 なんだよ? 「個人的にBメロ部分の『遠い空間の果てが~』の部分、最初目にした時は正直驚きました。この部分はこれまでの内容とは、とりわけ意味深ですから」 …まぁ…その歌詞の部分に対しては、多分、古泉と同じような事を俺も思っただろう。なにせこちらとしてはあの趣味の悪い灰色空間しか思い浮かばないからな。 ハルヒが一体なぜこのような文節を書いたのか唯一、まったくもって意味が理解出来ない。まぁ今に始まったことじゃないが。 すると突然、部室のドアが蹴破られたように勢いよく開いた。 「イヤッホー!みんな居るわねー!」 こんな入り方する奴は決まってハルヒであり、今の様に元気溢れる姿であれ不機嫌な姿であれ、ドアを蹴破るというのはもはや規定事項なのか。 「それ、なによ?」 入って来るなりハルヒは歌詞の書いた紙を指さしている。 これはお前に今日渡された歌詞だよ。 「あぁそういえばそうだったわね… で?どうだった?」 は?いきなりどうって言われてもなあ… ハルヒが歌詞の感想を聞いてくるなんぞ今までなかったもんだから、些細ではあるものの想定外の質問に俺は次の言葉を出すまでに暫く時間を要した。 「うーん…今まで恋愛系のやつばっかだったけど、なんでまた今日のは違うんだ?」 「うっ…」 ボディブローを思いがけずもらってしまったボクサーのような声を出すハルヒ。 今のはなんだ?…うめいたのか? 「ふ…ふんっ!いつもおんなじ様な歌詞じゃつまらないと思ったからよ。何でも変化が必要ってこと!」 見るからに動揺しているのは果たしてなぜだろうかな。 「今までの歌詞もとても素晴らしい出来栄えでしたけどね」 微笑を浮かべながら古泉は言う。 そういや恋愛は精神病の一種だと豪語するハルヒだが、なぜそのコイツが今まで恋愛系の歌詞をポンポンと書いてくる事が出来たんだろうか?内容もひねくれてなかったし… 「あーもう!!今までの歌詞の事なんてどうでもいいのよ! アタシが聞きたいのは今日書いてきた歌詞がどうだったかって事!」 なぜ今日に限って意見を求めるんだろう? …まぁ見たとこ、いい加減怒りそうな雰囲気だったから余計な詮索はしない事にするが。 「うーん…実にハルヒらしさを表してる歌詞だと思う」 「…ふーん」 …反応それだけかよ 「古泉君は?」 「僕も彼と同じ意見です。大変よろしいかと」 「そう。じゃあ、みくるちゃんは?」 「え?私ですか?」 どうやらハルヒは全員に意見を聞くようである。 「パラソルパッと~の辺りが好きですね」 「あぁ、あそこね。確かにあそこはみくるちゃんが好みそうな部分ね。じゃあ次は有希」 「…歌を聞きたい」 …この長門の言葉が部室内の時間を一瞬凍らせたかのように思われた。 淡々と流れるようにそれぞれの意見を聞いてたハルヒだが完全に固まってしまったようにみえた。目がまん丸になってるぞ。 「え?」 想定の範疇を大きく外れた長門の言葉に対し、ハルヒがようやく出した言葉はたったのこの一文字だけ。 「この歌が聞いてみたい」 繰り返し長門は起伏のない声量で喋る。が、何か形容し難い気迫が迫る感じだ。 「え…えぇ。もちろんいいんだけど…今日は音楽室、軽音部が使ってるのよね」 …思えばこの言葉が、ハルヒの戦略的不利な状況を一気に作り上げたんだと思う。 曲はまだ出来てないとか言えばその場を退けられただろうに。 「…歌を唄うだけならば音楽室を使用する必要性と必然性は無いと思われる」 初めてみる長門の積極的な態度にハルヒはすっかりペースに乗せられているのかいつもの様な傲岸不遜な態度はさっぱり見られない。その様は、従順な妹に突如として反抗されて困惑する姉のよう、とでも言えばいいのか。 「そ、それは今ここで唄えって事かしら?」 「…おおむね」 …お…おいおい。 長門よ…あのハルヒが完全にうろたえているぞ。ハルヒは自分の意思を表明をせず、もしくは長門の液体ヘリウムの真っ直ぐな瞳に圧倒されていて出来ないのか、とにかく言われるがままではないか。いったい長門はなにやってんだろう。 「ま…まぁ有希の頼みなら仕方ないわね… ……なんでこんな事に?…ていうかどっちかっていうとこれってみくるちゃんの役回りじゃないの?」 最後のは明らかに愚痴だが…ぶつくさ言いながらもハルヒは俺から歌詞を受け取った。 ハルヒは歌詞を暫く見つめ、独言を拝見する限り、アカペラとはいえ結構真剣にやるようだ。 「じ、じゃあ唄うわよ…」 心なしかハルヒは緊張しているような面持ちで…ってなに顔を隠してんだよ。おい。 ハルヒは歌詞が書いてあるB5サイズの紙を丁度俺らの視線とを隔てるように被せやがった。 「うるさいわね!いいじゃないのよ!伴奏ありで唄うならともかく…そもそもアカペラに向いてないのよ!この歌は!」 どうやらハルヒにも羞恥心とやらがあるようで、男子の前で平然と着替えたり平気でバニー姿になったりとか色々とするのに、ここで何故恥じらうのか甚だしく疑問なんだが…、顔を紅くさせながらも歌唱中は顔を隠すことを皆に強制的に了承させた。 「じゃあしきりなおして…行くわよ」 「そのかわり歌詞の最後まで歌わないとダメ」 長門のとどめの一言にハルヒはまた低いうめき声を上げたが、たまにはハルヒのこういう姿も見物である。 まもなくしてハルヒ作詞兼作曲兼歌のパラレルDays(アカペラver)が唄われた。 ―― ハルヒは、歌う前までは恥ずかしがってはいたものの、その歌声は歌い手の照れというものを一切感じさせない元気で堂々としたものだった。 それに歌い方と歌詞の内容とが見事に合致しており、もはやそれはやはり、ただ見事としか表現しようがない程だった。 …ただ歌ってる時に、顔を隠し、足で少しリズムを取る以外はまるで微動だにしないというのはちょっと…お前それって。 数分後…、やがて、ハルヒの歌が唄い終わり… 「って、あ!おい! ちょっと待て!どこ行くんだハルヒ!」 歌を終えるやいなや、ハルヒは猛然とした勢いで部室から出て行ってしまったのである。 「え?え?す、すす涼宮さんどうしたんでしょう~?」 朝比奈さんはあたふたとしながら聞いてくる。 いや、俺にもさっぱりなんですが… 「やはり恥ずかしかったんだと思いますよ」 微笑の古泉がいつもの調子で言う。 あぁ…そうなるか。やっぱ。 「まぁ、僕もどうやらバイトが入ってしまったようなのでこの辺りで失礼します」 微笑な表情を一切変えずに古泉はまるで普通のバイトがあるかのように普通な言い方で言った。 同情してやらなくもないが俺が労いの言葉かけたって状況が変わる訳でもない。何せ俺は自他ともに認める普通の一般人だからな。だから俺は古泉に言ってやった、 「そうだろうな。」 「…私のせい。…ごめんなさい」 …この声は長門のものである。なんというか…これは珍しいとかの生易しい事態ではない。受け取りようによってはちょっとした事件になるのではないか。 で、長門に謝られる対象となった古泉はというと、さすがに虚を突かれたのか少し丸くした目で長門を凝視している。古泉のこういうナリも至って珍しい。 「はは…気にしないで下さい。長門さん。閉鎖空間といっても、彼絡みのモノと比べればたいして大きい規模のものではありませんから」 …俺を引き合いに出すんじゃない 「それに、長門さんのおかげで涼宮さんの素晴らしい歌声が聞けましたしね。むしろ礼を言います。まぁ閉鎖空間に関してはそのお礼の代わり、とでも思って下さい」 「…申し訳ない」 再び発せられた長門の短い謝罪を聞くと、ニヤケ面の古泉はさらに三割増しの微笑を浮かべたあとに、「それでは」と一言、言ってから部室を退出した。 そうして部室には俺、長門、朝比奈さんの三人が残された。 …そういやハルヒはどこ行ったんだ? 「…既に校舎内からはいない。恐らく自宅に向かったと思われる」 つまり帰ったわけか… 長門は4ミリほどうなずく。 「キョン君、これからどうするんですか?」 なぜだか朝比奈さんは俺に指示を仰いできたが、まあ…やることもないし… とりあえず…俺らも帰りましょうか。 ふと窓の外を見ると日は地平線に沈むか沈まないかの位置におり、外はオレンジ色の光に染まっていた。 「なぁ長門」 「なに」 現在、俺は長門と二人ゆっくりとした歩調で校舎内を歩き、下駄箱に向かっている。 朝比奈さんはメイド服から着替えるため遅くなるので、まあ俺らにはそのうち後から追いつく事だろう。 「そんなハルヒの歌聞きたかったのか?」 「そう」 長門が自分から人にものを頼むなんてのは大変珍しい事であり、ましてやさっきの様にあのハルヒに対して歌うよう頼んだという事はこれは結構スゴい事なのである。 なので、なんで長門がそこまでしてハルヒの歌が聞きたかった理由は実はすごい気になるわけだが、その答えはたったの二文字で完結されてしまった。 なんだかわからんが長門は、あまりしつこく聞いてくるなというのを態度で示しているのか、それとも単なる俺の過ぎた思い込みか、とにかくそれ以上同じ質問するのは何か聞き辛い。 「じゃあ…ハルヒの歌、聞いてみてどうだった?」 「…」 沈黙が生まれ、感想を聞くのはやはり無理かと諦めかけた頃… 「あの歌詞の概要がわかったような気がする」 え?どんな風に? 長門のようやく出した返事に、俺はつい反射的にものを考えずにまた質問してしまった。 それから廊下を数歩歩いたところで長門は再び口を開いた。 「…涼宮ハルヒが現状を楽しんでいるということ。正確な言語伝達が出来ないけれど……共感する部分を感じた。 言語では表しようがない不可思議な感覚」 そういうと長門は鞄から本を取り出し、歩きながら本を読み始めた。 …共感とは…数ヶ月前の長門からは考えられない言葉だな… しかしながら俺もさっきのハルヒの歌を直に聞いたら何か不思議な感覚になった。ハルヒの歌を聞く前に、俺はハルヒの歌詞に目を通していて既に曲に対してはそれなりの解釈を持ってはいたが、実際に聞いてみるとまた違う解釈が生まれた。 そういうのは往往にしてよくある事なんだろう。 これは多分長門と同じようなものだと思う。…まぁしかし長門も言うように、言葉で表現出来ないので俺と感じとったものが一緒だとは確認しようもないが。やれやれ…言語表現とは難しいものである。などと妥協する。本当ダメなやつだなオレ。 それでもまぁ一応言っておく、 「長門、不可思議な感覚とやらは俺も感じた。断言は出来ないがたぶんお前と同じようなものだと思う。こう思うんだがあの場でハルヒの歌を聞いた団員は皆が皆、何か一つ同じものを共有出来たんじゃないかな。このSOS団にいるものにだけしかわからないものが。 そう俺は勝手に思ってる」 何を論拠に、とツッコミ入れられたら答えようがない。具体的に表現出来ないんでな。よくある事だ。うん。 長門は聞いてんのか聞いてないんだかわからない感じだったが、(いやまあ、そんな長門だからこんな恥ずかしい事言えるんだが) 7~8歩あるいた所で、 「そう」 とだけ言っていた。 …個人的にハルヒが今日歌った歌詞の中で気になった部分があった。 …みんなたまに喜んでるね……か… この歌詞をハルヒがどういうつもりで書いたのかわからないが…実際その通りだな… (厳密には喜ぶとは違う種類の感情かもしれないが…まぁ似たようなもんでいいだろ) もし、それを知ってて書いたのだとしたら、自分が楽しめりゃそれだけでいい的な事だけしか考えてないと思われたハルヒも、実はアイツはアイツなりに俺らの事を見ている…ということになるのだろうか… しかし…まぁ、さすがにハルヒもアカペラであの歌はキツかったろうな… …我ながらメリハリの無い感慨にふけっていると、やがて朝比奈さんも俺達に追いつき、俺の不毛な思考も朝比奈さんとの会話のために一時中止された。 団長、副団長が不在の状態という点を除いて、俺達はいつもの帰り道を途中まで共にし、やがてそれぞれの家へと別れていった。 明日もまたハルヒはなにかしでかすのだろうか。あの太陽フレアに負けず劣らずの輝かんばかりの笑顔が浮かぶ。 ハルヒの持ち込んでくる気まぐれに思い立っただけのまるで計画性のない無意味な提案は、表面的には朝比奈さんと俺に、裏方では長門と古泉に甚大な迷惑をかけるのだが、その一方でどういう訳か不思議と俺は楽しんでいたりするのだ。確かに。 …オレンジ色の夕日の空を見上げつつ、明日ハルヒがどんな事をしでかすのか、そんな意味もない妄想をしながら俺は今日の帰り道を歩いていった 終わり
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オレが現実に戻ってから3ヶ月あまりが過ぎた。未だクラスにはなじめなかったが、 とくにいじめに遭うこともなく、それなりに平和な毎日が続いた。 しかし、季節が春の訪れを感じさせるようになると オレは今までにない寂しさを感じるようになっていた。 キョン「あと少しでこのクラスともお別れか・・・結局あれからハルヒとは しゃべらずじまいだったな。クラスが変われば、二度と話す機会もないんだろうな」 現実では、ハルヒはクラスの人気者だった。 頭がいい上にスポーツ万能、さらにとびきりの美人とくれば、 魅力を感じないほうがどうかしている。 SOS団という幻想が消え去った今、オレはハルヒを遠くから眺めているだけになった。 どうやら話を聞くところによると、オレは病んでた間ハルヒに対して、度を越した つきまとい方をしていたらしい。 文芸部部室に押しかけたり、休日には彼女の後をつけまわしたり、帰りに待ち伏せしたりと、 オレは穴があったら掘り進んでマントルに焼き殺されたいくらいの心境だった。 クラスでオレと話してくれるのは委員長の朝倉と、谷口国木田コンビしかいない。 よくよく思い出せば、谷口は積極的にオレの陰口を叩いていたような気がするんだが、 オレが病んでいたと知ってからはやけに親切にしてくれる。 実はいいヤツだったんだな、谷口。ハルヒだったらSOS団の副副副団長ぐらいには してくれるかもしれんな。 …また思い出しちまったよ。オレが今まで生きてきた中で一番楽しい思い出… いや、たぶんこれからも含めて一番楽しい思い出になるんだろう。 不意に涙が流れた。オレはまだあの幻想に未練たっぷりらしいな。 SOS団のことを考えると、いまだに心が痛む。呼吸が浅くなり、目頭が熱くなってくる。 まるでナイフで切り裂かれているようだ。また頭がおかしくなっちまいそうだ。 …もう母さんに心配をかけるわけにはいかない。これからはできるだけ地味に生きていくんだ。 下らないことは考えずに、頑張って勉強して、いい大学を目指そう。 そもそも事の発端は、オレが不相応にハルヒを好きになってしまったのがいけないんだ。 クラス替えになればハルヒを見る機会も減るだろう。それまでの辛抱だ。 ある昼休み、谷口が深刻そうな面持ちでオレのところまで来た。 谷口「おいキョン。学期末試験のヤマ張ってくれよ。オレが無事進級できるようにさ」 キョン「ヤマ張るのはいいが自己責任だぞ。留年してもうらむなよ」 谷口「アホか、最後まで責任を持って面倒みてもらうぞ」 キョン「ならお断りだ」 現実に戻ってからの数ヶ月間、オレはわき目もふらずに勉強した。あの幻想を振り払うためなら なんでもよかった。たまたまその対象が学業になったというだけのことだ。 おかげで2学期末の試験では、学年上位20位以内にランクインという成果を挙げた。 そういや谷口は、試験前に限って妙に親切になる。もしかしたらオレはヤツの 試験対策要員にすぎないのかもしれんな。まあ、ヤツのアホっぷりを眺めていると 多少なりとも気を紛らわせることができるのでおあいこということにしよう。 時は飛んで学期末試験の最終日、今日ほど試験の終わりを気持ちよく迎えた日は今までなかっただろう。 オレは久しぶりに晴やかな気分を味わっていた。やはり勉強ってヤツは、日頃の積み重ねがモノをいう世界だな。 暗い顔の谷口を横目に、オレはとっとと帰ることにした。学校に残ってたって特にやることもない。 試験休みと終業式がすぎれば、あとは春休みである。特に予定もないオレは、今から 休み中の暇つぶしに頭を抱える次第であった。 (バイトでもやってみようかな) 下足室までくると、不意に声をかけられた。 長門「キョン…君」 キョン「!!長門さん…」 声をかけてきたのは、中学の頃からの同級生、そしてオレの妄想の被害者、長門有希であった。 言っておくが彼女は宇宙人ではなく、れっきとした人間である。特に不思議な力が使えることもない、 ただの文学少女である。オレのつきまといを受けて、おとなしい性格の彼女は相当な迷惑を被ったことだろう。 キョン「長門さん…ごめん、オレ…」 声にならない。いまさら謝ったところでどうなるというんだ。 長門「いい…あのときのことは。病気、だったんでしょ」 キョン「ごめん…」 ただ謝り続けるオレに長門は困ったような顔を見せていた。 長門「もういいの。それより、ちょっと時間ある?」 キョン「!!」 キョン(どういうことだ。長門がオレに用事なんて…まさか、あのときの仕返しに オレを嵌めようとでもしてるのか?) 長門「…無理かな?」 キョン「いや、問題ない。今からでいいのか?」 長門「‥うん」 キョン(考えても仕方がない。もし嵌められたとしてもそれはオレのせいなんだ。 いさぎよく覚悟を決めるか) 長門は歩き出し、オレはその後についていった。 長門がたどり着いた先は旧館にある文芸部の部室だった。そしてSOS団の・・・ キョン(ここまで来たらイヤでも思い出しちまうな) 長門「…入って」 オレの内心の葛藤をヨソに、長門は部室に入るよう促した。 ここまでくれば仕方がない。意を決してオレはドアを開けた。 …久々に入る文芸部部室は、記憶よりもこざっぱりとした部屋だった。むしろ殺風景といってもいい。 オレの妄想の中での文芸部部室は、ハルヒが持ち込んできたものでいっぱいだった。 団長机、コンピ研からガメてきたパソコン、冷蔵庫やストーブ、朝比奈さんのコスプレ一式、短冊を吊るした笹… いかん、また涙がにじんできた。ここが本来の文芸部部室なんだよ。 オレは自分に言い聞かせるように首を振った。 長門「座って」 長門に促されるままにオレは席についた。 キョン(ここでよく古泉とゲームをしたもんだ。横では朝比奈さんが編み物をしてたな。 ああ、もう一度あの人のお茶が飲みたい) 長門「ごめんね。こんなトコまで連れてきて」 キョン「いや、いいんだ。なんか話があるのか?」 長門「…うん。実は涼宮さんのことでね」 キョン(・・・・・) ハルヒの名前を聞いてオレは気が重くなった。通常比3倍ぐらい。ハルヒのことだって?なんでオレに話すんだ? 長門「今ね、あの子とても困ってることがあるの」 長門の話をまとめると、どうやらハルヒは古泉(DQN)にしつこくつきまとわれているらしい。 元ストーカーのオレとしては耳が痛い話だ。ストーカーの心はストーカーにしかわからんってことか? キョン「なんでオレなんだ?」 長門「え・・・?」 キョン「仮にもオレはちょっと前まで涼宮につきまとってたんだぜ。それに相談相手なら、他にもっといいやつが・・」 長門「ダメ」 キョン「?」 長門「・・・最近ね、古泉くんが、えーと、怖い人たちとつるみだしたらしいの。暴走族っていうのかな」 キョン「・・・」 長門「それで、学校じゃ誰も古泉君を止められる人がいなくなっちゃったみたいなの。 最近じゃ先生も見て見ぬフリをしてる」 キョン「・・・それで、なんでオレなんだよ。そんなにオレが強い男に見えるのか?」 長門「無茶なこと言ってるのはわかってる。でも、他に頼める人がいないの。・・・キョン君、これは罪ほろぼしよ」 キョン「!」 長門「正気じゃなかったとはいえ、あなたは涼宮さんに迷惑をかけてきたわ。だから、今度は あの子を助けてほしいのよ」 キョン(なんだなんだ!一体どういうことなんだ?少し落ち着け、オレ) 古泉につきまとわれてるハルヒを助けろってことは、つまり古泉をやっつけろってことか? アイツには正気に戻る前に一度ぶちのめされたんだっけ。あんときゃ体中が震えて 声すら出せない状態だったね。 妄想に出てきたヤサ男ならともかく、DQNバージョンの古泉はオレには少々荷が重い。 というか、あんときのヤツの剣幕を思い出しただけで寒気がする。 どう考えても話し合いが通じる相手じゃないぞ。 長門「・・・無理言ってごめん。やっぱり駄目だよね」 オレがしばらく沈黙していると、一瞬だけ長門の表情が変わったような気がした。 『大丈夫、・・信じて』 キョン(なんだ!今確かに聞こえたぞ!今のは・・長門?) ええい!オレも男だ!ここでやらなきゃ一生後悔するぞ!…まあ、前歯折られて後悔するかもしれんが。 それでもやらずに後悔するよりは数倍マシだ。 …それにハルヒには散々迷惑をかけてきたんだ。むしろこのチャンスをありがたく思うくらいだよ。 キョン「わかった。古泉にはオレがなんとか話つけてみる」 長門「ホント?ホントにお願いしていいの?」 キョン「できる限りのことをやってみるよ」 長門「キョン君・・ありがと・・」 長門の表情はとっくに元に戻っていた。あの瞬間、無表情の中に僅かな感情を残した、 なにかをオレに訴えかけるような顔・・・まだ妄想が治ってなかったのか? それとも・・・ 長門の話に圧倒されてすっかり忘れてたが、明日から試験休みが始まる。 その間、古泉がハルヒになにかしないとも限らない。 これは早急に動く必要があるだろう。 キョン「ところで長門…さん。今ハル、いや涼宮はどこにいるんだ?」 長門「長門でいいわ。今日は部室に集まる約束だったんだけど・・・ 教室にいなかったの?」 キョン「試験終わってすぐに出てきたからな」 長門「私、ちょっと見てくるね」 そういうと長門は部室から出ていった。 そういやオレ、中学のときはあの子に気があったっけ・・・ おとなしくて、かわいくて、今もあのころと全然変わってないな かくいうオレも中学のときはパッとしない存在であり、いじめられっこでもあった。 閉鎖空間・・・か。オレがあのころ唯一気を休めることのできた場所。 もう二度とあんな場所は作っちゃいけないんだ。 バタンッ! ドアが開く音でオレの思考は停止された。 入ってきたのは・・・ キョン「・・・ハルヒ」 ハルヒ「あんた、うちの部室でなにやってんのよ」 長門「私がキョンくんに頼んできてもらったのよ」 ハルヒ「有希はだまってて」 キョン「涼宮!・・・すまん、あやまって済む問題じゃないことはわかってる。けど」 ハルヒ「あのときのことはもういいわ。・・・アンタもいろいろ大変だったんでしょ」 キョン「涼宮・・・」 ハルヒ「私が言いたいのは、別にアンタの助けなんかいらないってこと。大きなおせっかいだわ」 長門「涼宮さん!」 長門「キョン君がせっかく力を貸してくれるって言ってるのに」 ハルヒ「いいのよ。・・・心配してくれてありがと。でもね、アイツのことぐらい 自分でなんとかするわ。・・・今日はもう帰るね」 キョン(やっぱりハルヒはまだオレのことを・・) 『気をつけて。彼女を一人にしてはダメ』 キョン(!!やっぱり間違いない。今のは、長門の声!) キョン(でもどうしてだ?あの長門は、オレの妄想だったはずじゃ・・・) オレが呆然と立ち尽くしていると、ハルヒはさっさと部室から出て行ってしまった。 長門「キョン君・・・」 キョン「いやな予感がするんだ。後を追いかけよう」 精神科の先生は、オレは現実逃避のために閉鎖空間を生み出したと説明していた。 もちろんそれは物理的な空間ではなく、オレの精神にのみ存在する世界だ。 なのになぜ今、あの、SOS団の長門有希の声が聞こえるんだ? オレはまたおかしくなってしまったのか・・・? 長門「なにしてるの。はやく!」 キョン「あ、ああ」 オレと長門は下足室で靴をはきかえ、先に出ていったハルヒを追いかけた。 ハルヒ「キャッ!なによあんたたち!!」 校門付近まで来たとき、突然ハルヒの叫び声が聞こえた。 正門前の道路では、ハルヒが黒スーツの男たちに取り押さえられていた。 キョン「やめろ!なにやってんだお前ら!!」 古泉「おっと、邪魔してもらっては困るよ」 オレがハルヒの下に駆け出そうとしたとき、オレの前に古泉が立ちふさがった。 キョン(こいつ!) 古泉「キミに邪魔をされたら計画が台無しだ。ここでおとなしくしてもらう」 キョン(こいつ、こんな性格だったか・・?) 現実の古泉は、気が短くてケンカっぱやくて、 地元では札つきのワルとして恐れられていたヤツだ。それがまるで、 オレの妄想の中の古泉みたいな物言いだった。 まずい!そうこうしている間にハルヒは今にもヤツらの車に連れ込まれそうになっている。 古泉「おやおや、威勢よく出てきたわりにはなんの役にも立たないんだね。 とんだナイト様だ。はははっ」 古泉「そうそう、実は一緒に長門さんも連れてくるように言われてるんだよ」 キョン「お前ら・・・!」 古泉「おっと、わけは聞かないでくれよ。なにしろ僕は 組織の末端構成員にすぎないんだからね」 キョン(まずい・・!このままだと長門まで連れていかれる!なにやってんだよオレは! ハルヒを助けて後悔を断ち切るんじゃなかったのか!?) オレは覚悟を決め、再び古泉に向かって駆け出した。 古泉「また体当たりかい?キミにはケンカのセンスがないようだね」 古泉はさっきと同じように体を捻ってかわした。 キョン(いまだ!) オレは手に握った砂を古泉の顔めがけて投げつけた。砂は古泉の顔に命中し、ヤツの視界を奪った。 古泉「うっ・・・前言を撤回するよ。まさかこんな手を使うなんてね・・・」 どうとでも言ってくれ。オレには手段にこだわっている余裕はないんだ。 ヤツがひるんだ隙に、今度こそ体当たりを命中させる。 古泉「ぐっ!」 思ったより派手に吹っ飛んだ古泉は門に叩きつけられ、ずるずると倒れた。 キョン(まさか死んじゃいないだろな・・・) どうやら古泉は気を失ったようだ。息はしているみたいだが、すぐには意識が戻りそうにない。 オレは大きく息を吐き、なんとか気を落ち着けようとした。 さっきから腑に落ちないことが多すぎて思考が停止しそうだ。 なんでハルヒは謎の組織に連れていかれたんだ?そもそも古泉の組織ってのはオレの妄想のはずだ。 現実の古泉に超能力なんてないし、穏やかな性格ではなかったはずだ。 ついでに言うと、校門付近で派手にケンカをやらかしていたのに先生が駆けつけてくる気配もない。 もしかして、また閉鎖空間にきちまったのか・・・? 長門「・・・涼宮さん、ううっ」 気がつくと長門がしゃがみこんで泣いていた。 キョン(そうだ。オレはハルヒを守れなかったんだ・・・) 4話
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キョン「ただいま」 西暦20XX年、俺は高校を卒業してそこそこのレベルの大学に受かり、卒業してから就職、現在は毎日定時に会社に行って働く毎日だ。 まあ普通社会人ってのはすべからくそうしてこの日本経済の歯車的活動の一環を担って生きていくものだが、ここにその例から外れた存在がいた。 ハルヒ「おかえり、今日の晩御飯なに?」 普通、家にずっといて、しかも働いて帰ってきた奴に対して言う台詞じゃあない。「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする?」というのが相場だろう。 だがこいつがいまだかつて俺の帰宅を暖かい風呂や飯をこしらえて待っていたことなど一度としてない。 ハルヒ「あ、レベル上がった!」 おそらく今日もまた一日中ずっと座りっぱなしだったと思われるパソコンデスクに腰を下ろしたままハルヒが言った。 画面に映し出されているのはオンラインのRPGゲーム、ここ数ヶ月もっぱらハルヒのライフワークは電脳世界と行ったり来たり、もとい行きっ放しの状態だ。 キョン「せめて部屋くらい片付けておいてくれよ。こちとら働いて帰ってくたくたなんだ……」 ハルヒ「なによ偉そうに、別にいいじゃない。それよりお腹すいたから早くご飯作ってよ」 人様の家に上がりこんで飯まで食わせてもらってる身分でここまでぞんざいな態度が取れるのはある意味才能だと俺は思った。 ハルヒが俺と同棲(?)するようになったのは、もう半年ほど前のことだった。 きっかけは、町で偶然にハルヒを見かけたことだったが………… ~回想シーン~ ハルヒは高校卒業後、俺より遥かにランクの高い一流大学に合格したと聞いていた。 だから、俺が社会人になったある日、街角で着古したぼろぼろの服で歩いていたハルヒを見たとき俺は愕然とした。 まさかと思って声を掛けたらやっぱりハルヒだった。そして聞くところによると、ハルヒは大学を中退して家を追い出されたということだった。 キョン「そりゃまたどうして……? お前はあんなに優秀だったじゃないか」 ハルヒ「ふんだ。心の病ってもんがあるのよ、あたしもう何もやる気がしないの」 話し方や雰囲気だけは昔のハルヒのままだった。それだけで俺はほっとした。 俺たちは話をするためにハンバーガー屋に入って席に着いていた。ハルヒは当然金なんて持ってないから俺のおごりだ。まあ持ってたとしてもハルヒは俺におごらせるだろうが。 そして話は聞けば聞くほどに深刻なものだった。 ハルヒはもうずっと前から全てに対してやる気を失った状態でいるらしく、大学は早々と中退、それからも家で親に身の回りの世話を一切まかせっきりにしたまま自分は部屋に閉じこもってパソコンをいじっていたらしい。 いわゆるニートとかひきこもりと呼ばれる人々と同じ症状だった。そして、ある日ついに我慢が限界に到達した両親がハルヒに出て行けと怒鳴ったらしい。 キョン「それで着の身着のまま家を出て来たのか」 ハルヒ「そうよ。せめて着替えくらい持って出るべきだったと後悔してるわ」 ハルヒ自身、自分が家族に負担をかけていることを重々承知していた。だから、両親としてみれば、ハルヒに頑張ってほしくてつい口から出た「出て行け」の言葉がハルヒにとっては耐えられないものだったのだ。 ハルヒ「ていっても、家を出たのはついおとといのことだけどね。まさかキョンに見つかるなんて奇妙な偶然ね」 偶然。おそらくそうじゃないだろう。 俺は普段この町に来ることはない、しかし今日なぜか上司からいきなり出張の仕事を申し付けられ、高校時代まで慣れ親しんだこの町に一日だけ戻ってくることになったのだ。 それはひょっとしてハルヒがそう望んだからじゃないのか? ハルヒは家を追い出されて、寂しく一人で外を歩きながら、俺に会いたいと願ってくれたんじゃないか? ハルヒは俺に無言のSOSを送っていたんだ。そうだとしたら、俺にはハルヒを放っておくことなどできるはずがない。俺がハルヒを助けてやらないといけない。そう思った。 キョン「ハルヒ。お前、俺と一緒に暮らす気はないか?」 ハルヒ「へっ!? な、なに言ってんのよ急に!」 キョン「行くあても無いんだろう、だったらいいじゃないか。俺は今アパートに一人暮らしだが、ちょうど家が広すぎると思ってたんだ。だからハルヒ、俺と一緒に……」 ハルヒ「ま、待ちなさいよ! あんた何考えてるの!? 今日会ったばかりでいきなり同棲しようなんて! 猿でももうちょっと貞淑なアプローチするわよ!」 キョン「下心なんて無い、本当だ、誓ってもいい」 ハルヒ「なんなのよ一体……? でも確かに野宿はもうごめんだし、お風呂に入ったりちゃんとした食事も採りたいと思ってたところだから丁度いいわ。でも、あんたは本当にいいの? あたしきっと迷惑かけるだけよ、何も役に立つことなんて出来ない」 キョン「ハルヒ、お前は役に立たない存在なんかじゃない、俺が保障する。きっと今は調子が悪いだけだ。高校時代までが出来すぎてたんだ、そのつけを払うと思えばいい。そして元気になったら、いつでも出て行ってくれて構わない、だから……」 ハルヒはその時、ただ笑って「わかったわ。だったらお邪魔させてもらうけど、あたしが世話になるからって威張ったり偉そうにしたら駄目よ! あんたがどうしてもっていうから、仕方なくあんたの世話になるだけなんだからね!」と言っていた。 ~回想シーン終わり~ そしてそれから数ヶ月が経過して今日に至る。 ハルヒの「病気」は一向に良くなる兆しは無い。結局今日もまたずっと家でパソコンをいじってただけで、部屋の片付けすらしようとしないし、服も着替えていない。 キョン「晩飯出来たぞ」 ハルヒ「ああ、ちょっとまって、今きりが悪いわ。セーブするまであと10分くらいだから」 はあ、俺はおもわずため息をついて額に手をやった。このポーズをするのも高校を卒業してから久しぶりだったが、ハルヒが家に住むようになってからはしょっちゅうだった。そして、これまたあの頃よく言っていた台詞が俺の口から出て来た。 キョン「やれやれだ……」 同棲相手が出来たというより、でっかい子供が出来たといった感じだ。 ハルヒニート 第一話 完
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━━━季節が移り変わるのは早いもので、気が付けばカレンダーが最後の一枚になっていた。 俺の波乱万丈な2006年も、あと少しで終ろうとしている。 思えば、今年はいろんな事がありすぎた。 本当に色々と・・・ まあ、ハルヒと付き合う様になってからは、比較的に穏やかな日々が続いている気がするが。 そして、俺は今朝も早朝サイクリングの如くハルヒを迎えに自転車を走らせているのだ━━━━ 【凉宮ハルヒの指輪@コーヒーふたつ】 いつもの待ち合わせ場所に着くと、俺より少しだけ遅れてハルヒはやって来た。 しかし・・・何故か、私服だ・・・。 「おはよう・・・。」 -おはよう・・・どうした? 「うん・・・アタシ・・・今日は休むわ。」 -えっ? 「迎えに来てくれて悪いんだけどさ?ちょっとね・・・」 -あ・・・ああ、別に気にするな。それより大丈夫か? 「・・・。」 -ハルヒ? 「後で、メールするから。」 そう告げるとハルヒは背中を向け、自宅へと戻って行った。 俺は驚きのあまり詳しく話も訊けずに、しばらく唖然としてしまった・・・。 だって、そうだろ? 何が何でも、学校だけは休まなかったハルヒが・・・だぜ? 何かあったんだろうか。 心配ながらも、とりあえず俺は学校へと急ぐ。 考えてみれば、一人で学校へ行くのは久しぶりだ。 たまにはこういう感じも気楽でいい。 ただ、少しだけペダルが軽すぎる気もするが・・・。 学校へ着いて、下駄箱に向かうと谷口と国木田が居るのが見えた。 向こうも此方に気が付いたらしく、「アレ?」という顔をしている。 やはりハルヒが学校を休むって事は、第三者のコイツらにとっても意外な事なんだろうな。 とりあえず、挨拶を交しに俺は彼等に近付いた。 -よう! 「あれ?今日はキョン一人か?さては・・・遂に破局かっ?」 「珍しいね?凉宮さん、風邪かな?」 谷口に「アホ」の二文字が付いて国木田に付かない理由は、おそらくこの発想に関する格差に因るところだろうな。 アホな谷口はスルーして、話を続ける。 -ああ。俺もよく判らないんだが、具合が悪いらしい。 (本当によく判らないんだよな。 特に調子が悪そうにも見えなかったし。) 俺はハルヒが休んだ理由を少しだけ考えながら、二人と共に教室へと向かった。 普段通りに席に着き、授業の準備をする。 そして授業が始まり、退屈な時間が過ぎていく。 ふと振り返ると、誰も居ない後ろの席が俺の視界に触れた。 (放課後にでも、会いに行くかな・・・) そんな事をボンヤリと思いながら、俺はゆっくりと流れる退屈に身をまかせた。 放課後、俺はとりあえず部室へ向かい、ハルヒが休んだ件と心配なので家に寄ってみる件をみんなに告げると、そのまま帰り支度をして自転車に飛び乗った。 少し急ぎながら、いつもの坂道を登っていくと、ポケットの中で携帯が一度だけ震えた。 (たぶん、ハルヒからだ。) 慌てて自転車を停め携帯を開くと、案の定ハルヒからのメールだった。 『今から来れる?』 (いつもなら『今から来て』とかなのに。何だか、ハルヒらしくないな・・・) 俺は、その短いメールから今朝のハルヒの様子を思いだして、少し心配になる。 そして、手短に【もう向かってる】と送り返すと、再び自転車に飛び乗って先を急いだ。 いつもの公園に近付くと、ハルヒが時計台の下に立っているのが見えた。 少し元気が無さそうだ。 俺は自転車を停めて、ハルヒに駆け寄る。 -待たせてすまないな? 「あ、ううん・・・大丈夫。」 -そう・・・か。 会話が続かない理由は、ハルヒの様子が普通じゃない事に他ならない。 あれほど訊きたかった休んだ理由さえも訊けずに、俺はただハルヒの前に立ち尽くす。 そしてしばらく沈黙が続いた後、ハルヒが呟く様に喋り出した。 「あのね、キョン・・・」 -ん?何だ? 「驚かないで聞いてくれる?」 -あ、ああ。 「・・・アタシ・・・妊娠した・・・。」 まさか! 頭の中が、真っ白になった。 何て答えたらいいのか・・・わからない。 ハルヒは、おそらく愕然としているであろう俺に続ける。 「しばらく、生理が無かったのよ。でも、元々アタシは規則正しく来る方じゃ無かったから、特になにも気にしなかった。 でもね、何日か前から嫌な予感がして・・・今朝、コレを使ったの。」 そう言いながら、ハルヒは白い小さな棒状の物を俺に見せた。 -なんだ?それ・・・ 「妊娠検査薬。・・・ここの小さい穴にね?・・その・・・オシッコをかけるのよ。それで青い線がでると妊娠してる事になる・・・。」 ハルヒが指差した穴の部分には、まぎれもなく青い線が出ていた。 俺は、返す言葉も無く黙りこむ。 ありったけの思考を巡らすが、この現実を受けとめるので限界だ。 それに・・・考えても仕方がなかった。こんな重大な事を聞かされて、簡単に語るべき言葉が浮かぶ筈がない。 今はただ、俺の心の中の妙な反射神経が「冷静になれ、冷静になれ」と呪文の様に俺の頭の中で煩いだけだ。 -わかった!大丈夫だから・・・とにかく、また明日来るから・・・体、大事にしててな? 俺は、今言える精一杯の言葉をハルヒに告げると、その場から立ち去った。 (何やってんだよ、俺っ!まるで逃げ出すみたいじゃないか!) 情けない自分を壊してしまいたい衝動に駆られて、俺は馬鹿みたいに全力で自転車をこいだ。 さっきのハルヒの表情が、頭の中にコビリついて離れない。 (俺は、どうすればいい・・・) 気が付くと、俺は家に着いていた。 全力で自転車をこいで、少しだけ疲れたせいだろうか。 さっきより、自分が平常心を取り戻している事に気が付く。 (真剣に・・・考えなきゃな・・・) とりあえず部屋に戻り、椅子に座る。 そして、今するべき事を必死に頭の中に思い浮かべて掻き集める。 俺の親とハルヒの親に報告・・・というよりは謝る事になるか。あとは出産費用の準備・・・そして学校は・・・当然辞める事になる・・・だろうな。 中絶?まさか・・・それだけは絶対に避けたい。 俺はもの心ついた時には、産まれたばかりの妹の世話を手伝っていた。 その為だろうか、中絶という行為は絶対に許せない。 こう言うと語弊があるかもしれないが、俺にとって中絶とは「赤ん坊を殺してしまう」事と同義なのだ。 だから、このような結果になってしまった以上は、ハルヒには産んでもらいたいと思う。 ただ、それには問題が多すぎて・・・かといって、しかも考えがまとまらないうちは、誰かに相談する事も出来ない。 そして一番の問題は、まだ俺は年齢的にハルヒと一緒になれないということだ。 考えれば考える程、深みにはまっていく。 そして、どうする事も出来ないまま俺は目を閉じた。 気が付くと、窓の外はすっかり暗くなっていた。 どうやら、椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。 明かりも灯さないまま、俺は再び考え始める。 そして、いちばん肝心な部分を忘れている事に気が付いた。 (ハルヒは、どうしたいんだろうか。) 確かめなくてはいけない・・・そう思って、机の上の携帯に手を伸ばす。 そして、ハルヒの番号を呼び出しかけて・・・やっぱりやめた。 自分の考えもまとまっていないのに、ハルヒに「お前は、どうしたい?」なんて聞ける筈も無かったから。 そして、逆に俺はどうしたいのか考えてみる事にする。 ハルヒには産んでほしい・・・その為には俺は・・・どんな努力や苦労も惜しまない・・・そして・・・ ハルヒと一緒にいたい! 一日やそこら悩んだところで、出せる答えはこの程度だろう。 しかし俺は、明日ハルヒに会って直接伝えようと思う。 ハルヒがもし、違う答えを出していたら・・・その時は仕方が無いのだが、今は考えずに行こうと思う。 とにかく、明日・・・ 結局、俺は眠れずに夜を明かした。 窓から差しこむ朝の日射しが、今日の晴天を告げている。 寝不足にも関わらず、自然と体は軽い。 とにかくハルヒに会いに行くんだ。 そして、伝えよう。 俺は、ハルヒが起きる時間を狙って電話をかけた。 -もしもし・・・? 「・・・キョン?」 -ああ。今日・・・学校はどうする? 「・・・今日も休む。」 -そうか。俺も休むよ。 「・・・なんで?」 -話があるんだ。 「昨日の・・・事だよね?」 -あたりまえだろ? 「うん・・・解った。」 十一時に行く・・・俺はハルヒそう告げると電話を切った。 そして慌てて着替え、玄関から飛び出して自転車に飛び乗ると、学校とは反対の方向へ向かって走りだした。 しばらく走ったこの先に、十時から開店するショッピングモールがある。 俺は少し時間を潰して開店を待ち、開店と同時に急ぎ足で店内へと進んだ。 そして、アクセサリー売り場の前で立ち止まり財布の中を確かめる。 (5千円と、ちょっとか・・・) とにかく、買える範囲の指輪を選ぶ事にする。 当然、ハルヒへ贈る為の物だ。 なんとなく気休地味た事かもしれないけど、俺が出した答えを伝えるには指輪が絶対に必要・・・なのだ。 ショッピングモールを出ると、慌てて買い物を済ませた筈なのに時間は十時半近くになっていた。 とにかく急ごう・・・ハルヒの待つ、あの公園へ。 いつもの公園に近付くと、ハルヒが待っているのが見えた。 なんとなく、昨日より元気そうで少し安心する。 -ごめん!待ったか? 俺は自転車を停めながらハルヒに声をかけた。 少しビクッとして、ハルヒが此方に目を向ける。 構わずに急いでハルヒに駆け寄ると余程驚いたのかだろうか、ハルヒは目を丸くしていた。 -どうした? 「う・・・うん、びっくりした。いつものキョンじゃないみたい・・・。」 (最近のお前だって、そうだったさ・・・) -いや、すまない。あのなハルヒ・・・俺、頑張るから・・・産んでくれないか? 「・・・!・・・な、なによ!突然・・・」 -本気なんだ! 「・・・ワケわかんない・・・。何て事言うのよ!アタシは、何とかするから心配しないでって言うつもりで来たのよ!? 変な事言って混乱させないでよっ、バカキョン!」 -何とかしなくていい。いや、むしろしないでほしい。 「か、簡単に考えるんじゃないわよ!アタシ達、まだ高校生なのよ?学校とかどうするのよ!」 -辞める事になる・・・だろうな。でも俺はハルヒが側に居ればそれでいい。 「・・・SOS団のみんなは?親には?何て言えばいいのよ・・・。」 -俺から話をする。 「・・・結婚だって・・・。」 -少し待てば出来るさ。 ハルヒは黙りこむと目を閉じて深く息を吸った。 そして目をあけ、少しだけ俺に近付くと静かに呟いた。 「キョンは・・・それでいいの?」 俺は何も言わずに、ハルヒの左手をそっととり、さっき買ったばかりの指輪を薬指に通した。 ハルヒが驚いて俺を見上げる。 -もし、ハルヒがそれを望まないなら・・・今すぐ外して捨ててくれ。 俺が言葉を終えないうちに、俺を見上げたハルヒの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。 そして俺を見上げたまま左手をそっと胸に当て、右手で左手の薬指を確かめる様に触れる。 「・・・バカよ。本当に・・・。」 俺もハルヒを見つめたまま、しばらく動かずにいた。 そして、ただ静かに言い様のない力が胸の奥から沸き上がって来るのを感じていた。 数時間後・・・俺達は電車の中に居た。 とりあえずハルヒを、隣町の産婦人科へ連れていく為だ。 一度は行かなければならないと思ったし、なによりも俺達は妊娠や出産に関して解らない事だらけだったから・・・。 目的の駅で電車を降りると、ホームから見える線路際の看板にこれから行く産婦人科の広告が出ていた。 (北口から100メートル進んだ左側か・・・) 俺はハルヒの手をとると、ゆっくりと歩き出した。 駅から少しも歩かないうちに、産婦人科へは辿り着いてしまった。 入り口に立つと、電車を降りてから無言のままだったハルヒが、俺の手をギュッと握り締める。 俺は「大丈夫だ」と声をかけ、入り口のドアを開けた。 病院の中には妊婦さんらしき人が一人、待合室の椅子に座っているだけだった。 空いている事に安心しながら、とりあえず受付を済ませる事にする。 ハルヒが受付に保険証を差し出すと、受付の女の人が「おや?」という顔をした。 俺は、すかさず「初診です、お願いします。」と告げ、ハルヒの手を引いてその場を離れた。 そして、待つこと数分・・・「凉宮さーん、凉宮ハルヒさーん!1番にお入りくださーい!」と呼び出しのアナウンスが流れた。 繋いだままのハルヒの手から、彼女の不安と緊張が伝わって来る。 -待ってるから・・・な? 「うん・・・行ってくる・・・。」 ハルヒはゆっくりと立ち上がると、「1」と書いてあるドアの向こうへと消えた。 「付き添いの方ですね?凉宮さんの・・・」 不意に声をかけられて顔をあげると、俺の前に看護婦さんが立っていた。 -はい、そうですが? 「1番に、お入りください。」 -俺が・・・ですか? 「はい。」 俺は訳の解らないまま、ハルヒが診察を受けている部屋へと呼ばれた。 ドアを開けると、ハルヒと向かい合って座っている先生が、俺に「彼氏さんね?」と声をかける。 若い女の先生だ・・・。 先生は少し笑いながら続けた。 「・・・短刀直入に言うわね?凉宮さんは・・・只の生理不順よ。」 -えっ? (な・・・なんでだ?そんな筈は無い・・・) 「つまり、妊娠はしていません!って事。」 -そ、そんな・・・。 ハルヒは黙ってうつむいている。 俺は、驚きを隠せずに立ち尽した。 「あら、もう少しホッとした顔をするかと思ったのに!フフッ」 -い、いや・・・でも先生!検査薬で・・・ 「確かに、アレは便利なモノなんだけどね?必ずしも正確とは限らないのよ。」 -そう・・・なんですか・・・。 「そう。でも、ホントに意外だったわ?」 -何が、です? 「いや・・・私ね?アナタがもし、少しでもホッとした顔をしようものなら怒鳴り飛ばしてやろうと思ってたのよ。 こんな可愛い彼女を不安にさせて、アンタは何をやってるんだ!ってね? だから、アナタをここへ呼んだ。」 -は、はぁ・・・ 「でも、アナタの様子を見てたら・・・そんな気は失せたわ。 余程覚悟を決めてきたみたいだし・・・ね?」 -・・・はい。 「・・・うん、まあいいわ。その覚悟に免じて、ひとつだけ忠告してあげる。 私は・・・医者の私がこんな事を言うのはどうかと思うんだけど、たとえ高校生同士であっても、愛し合ってSEXをしてしまう事はは仕方が無い事だと思ってる。」 -・・・。 「でもね?それによって、お互いが傷ついたり悩んだり・・・困ったりする様な事になるのは絶対にダメ。 だから、お互いが・・・いや、まず第一に彼氏であるアナタが、責任を持って行動しなければならない。解るわね?」 -・・・はい! 「よし!二人とも帰ってよろしい!・・・ふふっ、今日の所はお代はいらないわ。」 俺達は・・・呆然としたまま、病院を後にした。 力が抜けた・・・というか・・・何も考えられない。 ボンヤリと駅まで歩き、切符を買ってホームに向かう。 ただ、なんとなく歩いて・・・俺達は、気が付くとホームの端に居た。 -なあ、ハルヒ・・・ 「・・・なによ?」 -何か・・・飲むか? 「・・・うん。」 俺は、少し離れた所にある販売機でコーヒーとカフェオレを買い、カフェオレをハルヒに手渡した。 「・・・ふふっ」 カフェオレを受け取ったハルヒが、不意に笑い出す。 -どうした? 「ううん・・・なんか、カフェオレを買って来てくれたキョンが、いつも通りのキョンに戻った気がして・・・ さっき、アタシに指輪をくれた時のキョンとのギャップがおかしくて・・・ごめんね?」 -な、なんだよ!それ・・・ 「ごめん!それと・・・今回の事も・・・ごめんね。」 -別に・・・ハルヒが謝る事じゃないさ。 「アタシ・・・キョンの事・・・いっぱい悩ませて、しなくてもいい決心させて・・・」 そう言いながら、ハルヒは左手の薬指から指輪を抜き取って俺に差し出した。 「そして、必要無い買い物までさせちゃったわね・・・」 -ハルヒ・・・。 「ふふっ、かなり嬉しかったけどねっ!まあ、この指輪の分は後で何か奢るからさっ?」 俺は指輪を受けとると、ポケットにしまった。そして少しだけ考える。 (これで・・・良かったのか?) 「ちょっと、キョン?何黙ってんの?」 -ん?ああ・・・なあ、ハルヒ・・・ 「・・・?」 -もしも・・・もしも、だぞ?俺達の気持ちが、この先も・・・ずっと変わらずにいられたら・・・その時は・・・ 肝心な言葉を言いかけた時、俺達しか居ないホームを回送列車が騒がしく走り過ぎた。 そして、それまで線路の向こうから照らしていた西日を遮り、俺達を・・・驚いたハルヒの表情をフラッシュバックさせる。 思いがけずに激しく交錯する光の中、俺は躊躇わずにハルヒの左手をとり、薬指に再び指輪を通した。 「・・・キョン?」 気が付くと、ホームは静けさを取り戻していた。 俺は何と無く恥ずかしくなってハルヒから目をそらし、線路が続く彼方を見つめた。 そんな俺には構わず、ハルヒはいつもの調子で喋り出す。 「まったくキョンは・・・普段はトロい癖に、妙に気が早い時があって困るのよねっ!」 -う、うるさい!要らなければ返せっ! 「い・や・だ・っ!返さないっ!死んでも返さないっ!・・・うふふっ、ねえ?キョン・・・」 -な、なんだよ? 「えっと・・・一度しか言わないから、良く聞きなさいよっ?」 ハルヒはそう言うと、俺の肩を掴んで自分の方へ向かせ、グッと詰め寄って俺を見上げた。 「アタシを・・・キョンのお嫁さんにしてください。」 おしまい
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自分の部屋に入るなり、俺は驚愕した。 髪を拭く手は止まり、口は開きっ放しになる。 全ての行動を停止した俺は目の前の光景をどこか夢のような心境で見ていた。 シャミセンがにゃあにゃあと青いバランスボールのようなものにまるで語りかけるように鳴いている。 俺の頭の中に走馬灯のように記憶が甦ってきた。 どこでもドア、タケコプター、四次元ポケット、ネズミ嫌いの耳なしネコ型ロボット。 思い出したように俺は口を開いた。 「お前、名前は?」 バランスボールは俺に視線を移して、化け物のような歯のない口をかぱっと開いた。 「僕ドラえもんです」 はるか昔、小学生のころの聞き慣れたダミ声。 そう、俺の目の前にはドラえもんがいた。 俺の部屋になぜドラえもんがいるかって? それは俺が聞きたい。 だが心当たりはある。そりゃこんなことやる奴なんて一人しかいないだろう。 涼宮ハルヒ。 そのはた迷惑なやつが今日発した一言が原因としか考えられない。 俺は今日の出来事を思い出していった。 …………。 ……。 。 じめじめとした空気がまとわりつき、シャミセンがしきりに顔を拭うようになって、俺は四季に数えられない不遇の季節の到来を知った。 まあ俺自身、梅雨は嫌いだから同情する気もないのだが。 その日も部室の扇風機だけではどうにもならない湿気の中でうだっていた。 朝比奈さんがついでくれた水出しのお茶が唯一の清涼さを醸し出してくれる。 こんなときに古泉とボードゲームをやる気なんて起こるはずもなく、間近に迫ったテスト勉強をやることにした。 しかし、始めてみると我ながら情けないことにものの十分もしない内に飽きてきた。 流石にみんなが見ている手前すぐにペンを置くわけにもいかない。 そんな訳で俺は勉強してる体裁を装って落書きを始める。 「それなんの絵描き歌でしたっけ?」 一人で詰めチェスをしていた古泉が手を止めて尋ねてきた。 なんだ。声出してたのか、俺。 ええ、と古泉が微苦笑を浮かべて肯定する。 バレては仕方がないので、 「ドラえもんのだよ。ほら、昔やってただろ」 「そう言えばそんなものもありましたね。ちょっと、見せて下さいよ」 古泉がそう言って俺のプリントをのぞき込もうとしたとき、唯一ここにいなかったやつが現れた。 「古泉君、勉強教えてやってるの?」 入るなりハルヒはそう言ってずかずかと近寄り、古泉がなんと言おうか逡巡している内に俺のプリントを強奪する。 「なにこれ。落書きばっかりじゃない。それにこの歪んだ風船に竹串さしたようなのはなんなの?」 お前はドラえもんを知らんのか。 「これがドラえもんだったら、世の中にある丸いものは全てドラえもんだわ」 ハルヒは見てなさいとばかりに、ホワイトボードにさらさらと書き出した。 「お上手ですね」 古泉がハルヒ作の絵におべんちゃらを言う。 たしかに俺のドラム缶を何十回か殴打して毛を生やしたような落書きとは比べるのも憚られる出来栄えだ。 「こんな落書き、ドラえもんに対する冒涜だわ」 意外にもハルヒは怒った風に言った。 お前ドラえもん好きなのか。 「そうよ。昔はよく見てたわ」 たしかに、ハルヒ的にはいいかも知れん。不思議道具が山程あるしな。 「どっかにいないかしらね。ドラえもんみたいな未来から来たロボット」 未来枠は朝比奈さんだけで十分だ。藤原とかいう陰険野郎も、そんなロボットもいらん。 「もしかしたらいるかも知れませんよ」 と、古泉がハルヒをたきつけた。 いらんことを言うな。ほら、朝比奈さんが青い顔してるじゃねえか。 そんな思いを込めて、古泉の足を踏み付ける。 「絶対いるわよ。タイムマシーンの故障かなんかで」 ハルヒはそう言って遠くを見るような目でホワイトボードを見つめた。 バタバタと階段を登る音が聞こえて、俺は回想から現在時間へと戻った。 十中八九、妹だ。 「えっと、とりあえず姿を隠せ。急げ。話は後だ」 ドラえもんはやにわにポケットに手を突っ込んで、灰色のボールを半分に斬ったようなやつを取り出して無理矢理かぶった。 「シャミー」 妹がそう言いながらドアを開けたのと、ドラえもんの姿が忽然と消えたのがほぼ同時だった。 俺はほっと胸をなで下ろす。 「キョン君、タオル。お母さんが持ってきなさいって」 「ああ。分かった」 半乾きの髪を拭いてタオルを妹に手渡す。 妹はそのタオルでシャミセンを捕らえると部屋を出ていった。 足音が十分に遠ざかってから、 「おい。もう出てきていいぞ」 そう言うと再びドラえもんの姿が現れた。 ええっと、この道具はなんて名前だったかな。 「石ころ帽子~」 一々フシをつけて言わんでもいい。たしか存在感をなくすとかそんな道具だったはずだ。 ということは、 「やっぱり、本物なのか?」 ドラえもんは不思議そうに首を捻るというか身体を傾けた。 ますます本物じみた動作だ。 つうかお前はアニメのキャラクターのはずだろ。 「そんな訳ないだろ」 たしかに今はZ軸を持っているが……よく分からんが、なんでこんなとこに来たんだよ。 「タイムマシーンに乗って未来へ行ってたら、時空震に巻き込まれたんだ」 タイムマシーンまであるのか。どこだ? そう言うと、ドラえもんは俺の机の引き出しを示した。 引き出しを引くと数メートルほど下に、畳一畳ほどの板切れが浮かんでいる。 俺の部屋まで異空間にしてんじゃねえよ。自分の部屋くらい普通の空間でゆっくりさせろ。 「だったらコレに乗って帰ればいいだろ。それとも故障か?」 そうだとしたら頼りになりそうな人物を一名いや、二名ほど知っている。 「さっきまでメンテナンスしたけど故障じゃない」 と、ドラえもんは首もないのに頭を左右へ振って、 「この時空トンネルの時空座標自体が明らかに異なるんだ。」 全くもって意味が分からん。 ここでぐだぐだと話を聞いても理解できる気もないので、俺はこんなときこそ頼りになりそうな人物の元に行くことにした。 そして、俺の目の前にはドラえもんがいる。これを利用しないのはマッチがあるのにわざわざ棒と板切れで火を起こすようなものだ。 「どこでもドアを出してくれ。未来人のところに案内してやるから」 「どこでもドア~」 俺の知る限りの物理法則を全て無視して、ポケットから赤色のドアが出現した。 たしか行きたい所を思い浮かべるんだよな。 俺は目を閉じて朝比奈さんの可憐な顔を頭に浮かべながら、ドアを開いた。 「ひぇ!?」 どうやら成功したらしい。まあ、そりゃ驚くだろうな。 そう思いながら目を開くと、 「キョ、キョン君? 出てって! 見ちゃだめえ」 湯船につかって豊満なバディを隠すように手で隠したすっ裸の朝比奈さんがそこに居られた。 こんな古典を忘れていたとはな。 俺は回れ右で自室へと戻った。 朝比奈さんは風呂から上がったら電話してくるだろうからしばし待つことにする。 待つほどもなく、俺の携帯に着信があった。 『キョン君、あ、あれはどういうことなんですか?』 「今から会って説明します。もう大丈夫ですか?」 『ふぇ? ええ』 俺は電話を持ったまま、再び赤色のドアを開けた。 『「ひぇ!」』 目の前と電話から朝比奈さんの声が聞こえる。 今度は浴室ではなく、ファンシーな少女趣味を体現したような部屋で、湯上りの朝比奈はウィニフレッドと名乗る黄色いクマのパジャマに着替えておいでだった。 俺は終話ボタンを押して電話を切ると、ドラえもんを前に促した。 「キョン君。なんで禁則事項を……それにそれはなんなんですか」 禁則事項とはどこでもドアのことだろう。 朝比奈さんはキテレツな生き物を前にして今にも泣き出しそうだ。 なんて説明すべきだろうか。 「ええっと、こいつは未来からきたロボットです。それがやりました」 俺はさり気なく自己弁護も入れた。 「未来? ロボット? その雪ダルマがですか?」 「雪ダルマじゃない! 僕は二十二世紀から来たネコ型ロボット、ドラえもんだ」 怒鳴るなよ。ほら朝比奈さんがびっくりしてるじゃねえか。 「二十二世紀……それはほんとうですか?」 「ほんとうだとも」 「あり得ません。二十二世紀にはまだ、人工知能を有したロボットが航時機を使った記録も禁則事項を行なった記録もないんですから」 「そんな訳あるか!」 議論が平行線を辿りそうなので、俺は仲裁に入った。 こういうときには下手に片方を弁護するのではなく、証拠を提示するに限る。 「朝比奈さん、ちょっと俺の部屋に来てくれませんか」 可愛い顔でドラえもんと睨めっこをしていた朝比奈さんはえっ、という表情をしたが、 「……分かりました。着替えますから、出てて下さい」 外に出る訳じゃありませんから、そのままで大丈夫だと思いますよ。 「それで行くんですか?」 不安げに赤色のドアを指差す。 「大丈夫ですから、ついてきて下さい」 俺はそう言って、自室を思い浮かべてドアを開けた。 その向こうには俺の少しばかり散らかった部屋が広がる。 少しは片付けとけばよかったな。 「ふぇ、なんで禁則事項が禁則事項するの? 禁則事項なのに……」 黒人ラッパー並に禁則事項が入っているが、放送禁止用語みたいなものだろうか。 俺は異空間と化した机の引き出しを指し示して、 「あの中を覗いて下さい」 朝比奈さんは恐る恐る机の中を覗く。 そう言えば朝比奈さんが俺の部屋に来たのは初めてじゃなかろうか。それもパジャマ姿で。 引き出しの異空間は早急にどうにかすべきだが、これはこのままでいいな。 「うそっ! なんでこんな空間が?」 引き出しの中からエコーのかかった朝比奈さんの声が漏れる。 そんなにやばい空間なんだろうか。 朝比奈さんがげっそりとした顔で頭を上げた。 「……これはTPDDじゃないです」 それもそのはず。これはタイムマシーンだ。あんな気分の悪くなるタイムスリップはしない。 「どうしてこんな……もしかして」 朝比奈さんはそう言うと、自分の部屋に駆け戻った。 「交信要請! 交信要請! ふぇえ、お願いだから誰か出て」 朝比奈さんの部屋から必死にどこかと交信を試みる声が聞こえる。 お相手は朝比奈さんの所属する未来人の組合かなんかだろう。 「どうしたの?」 とドラえもん。 それはこっちが聞きたい。 しばらくして、吹けば倒れるんじゃないかと思えるほど弱りきった朝比奈さんが、泣きながら戻ってきた。 「……ふぇ……ぐすっ」 「朝比奈さん、どうしたんですか?」 「キョン君……あたしの未来……がなくなっちゃいました」 どういうことだ。未来がなくなった? 朝比奈さんはうえーんと号泣し始めた。 ともかく、夜半に知らぬ間に連れ込んだ女の子が号泣していたんでは両親に勘違いをされかねん。 俺は朝比奈さんを引っ張ってファンシーな部屋へと戻った。 「未来がなくなったってどういうことですか?」 号泣する朝比奈さんをベッドに座らせて尋ねた。 しかし、返答の代わりにはひぐっだの、ふぇだのいう泣き声しか帰ってこない。 「翻訳コンニャクだそうか?」 うるさい、黙れ。俺はお前の道具をチョイスする才能には一切の信用を置いてない。 五分ほどそうしている内に朝比奈さんはやっと顔を上げた。 泣きはらした目が真っ赤に充血している。 「……キョン君……あたしのこと面倒みてくれますか」 俺はもちろんです、と即答してから、 「一体、どうなったんですか?」 「……あたしの存在する時間が書き替えられたんです」 つまり、朝比奈さんの未来が消えたんですか? そう言うと朝比奈さんはふぇーんと再び泣き出した。 肯定の意味だ。 「ひぐっ……ふぇ……すぅ……すぅ」 しばらくすると寝息が混じりだして朝比奈さんは静かになった。 泣き疲れたんだろうか。 その予想は、がちゃりと開いた朝比奈さんの部屋にあるドアから出てきた人物によってあっさりと覆された。 「やっぱり、こうなっちゃいましたか」 布団に頭を突っ込んで寝息を立てる朝比奈さんをさらに豊かにした感じの朝比奈さん(大)が、呟くように言った。 この人はいつも唐突に現れて、謎の発言を残していく。 そうなる前にいくつか尋ねねばならん。 俺は挨拶も抜きに、 「こいつはアニメのキャラクターじゃないんですか?」 「この次元ではそうかも知れないけど、わたし達の次元とは源流のまったくことなる別の次元ではたしかに存在するの」 朝比奈さんはそう言ってドラえもんの頭をなでた。 よく分からんが、そういうことなのだろう。 しかし、 「未来が消えたってどういうことなんですか?」 「このドラえもん君の存在が未来を変えちゃったの」 「僕?」 ドラえもんが驚いたように顔を上げる。 「そうあなたの技術は巡り巡ってTPDDではなく時空トンネルという形で航時機を開発させるの」 だったらあなたはなんで存在するんですか。 「未来は一つじゃないの。沢山の平面時間が連なって、それは微妙なズレをもって広がるのよ。それを正しい方向に導くのが私たちの役目。でも、本来ならこんな大きなズレはあり得ないんだけどね」 だけど、もう未来は変わってしまったんじゃ。 「いいえ。まだ確定はしてないわ」 俺はえっ、と目を上げた。 朝比奈さん(大)の懇願するような顔が間近に迫る。 「わたし達の未来もこのドラえもん君が元いた場所に帰れるかも、みんなあなたを含めたSOS団のメンバーにかかっているの」 俺達にかかってるってどうすればいいんですか? 「わたしには言えない。だから、みんなで考えて」 ふざけるなと口まででかかった言葉が、朝比奈さん(大)によって塞がれた。 神経が断裂したかのように俺の身体が硬直する。 朝比奈さん(大)はやたら柔らかい唇を俺から離すと、 「これは前報酬よ。ついでにわたしの裸を見たこともね」 冗談のように言った朝比奈さん(大)だが、目だけは真剣だった。 「ちゃんと未来が正しい方向に戻ったときは、そこのわたしからお礼を貰ってね。あっ、でもわたしのことは内緒にしておいて下さい。じゃあ」 そう言って、朝比奈さん(大)は部屋から出ていった。 俺は白昼夢でも見たような気分でそれを見送ったが、やけに生々しい感触が残った唇が夢ではないことを証明している。 ふとドラえもんを見やると眼球の黒目にあたる部分がピンク色のハートに変わっていた。 リアリティにかけるやつだなと溜め息が出ると共に、やらねばならんことがぼんやりと見えてきた。 「ドラえもん、聞いたか?」 「うん、納得した。通りでタイムマシーンが使えないはずだ」 その目をゆっくりと黒目に戻して、 「僕に協力できることならなんでもやるよ」 と力強く言った。 朝比奈さん(大)の言葉を信じるならば、未来は俺たちにかかっているらしい。 何をすればいいのかも見当もつかないが、まずは足りないメンバーを集めねばならんな。 俺は赤色の扉のノブに手をかけて、ニヤけた野郎の面を思い浮かべた。 「うわっ」 がちゃりと開いた扉の向こうでそんな声が聞こえた。 よう古ず……お前もかよ。 湯煙の中、全裸で驚愕の表情を浮かべる古泉の姿がそこにあった。 サービスにも糞にもならんな。 「……これはどういうことですか?」 いいから前を隠せ。 「これは失敬しました」 と言って古泉は湯船に身体を沈めた。 「できるだけ早く用意してくれ。理由はあとで話す」 見たくもない光景に背を向け、朝比奈さんの部屋に戻る。 余程急いだのかものの数分で、服を着た古泉がやってきた。 「これはなんですか? 僕は夢でも見てるんでしょうか」 その視線は当然の如く、どこでもドアと鎮座するドラえもんに向けられる。 「長門も連れてきてからまとめて話す」 納得しかねるといった表情を浮かべる古泉を無視して、俺は無表情の長門の顔を思い出した。 今度は慎重にドアを開くと湯煙は流れて来なかった。 その代わりに開いた隙間からにゅるりと白蛇のような腕が伸びてきて、俺の胸倉を掴んだ。 俺は恐るべき力でドアの向こうへ引きずり込まれて、床へと叩きつけられた。 「おい、長門。俺だ」 無表情で胸倉を掴む長門の手が呆気なく離される。 思い切り床に投げられた痛みが遅れたようにやってきてしばしの悶絶を味わった。 そんな俺に長門が無表情になにか高速で呟くと下手したら骨にヒビくらい入ってそうな痛みが引いていく。 便利な能力だなまったく。 「いきなり空間の凝縮が始まり別の空間と相似したので敵対行動が行われるかと推測した」 制服姿の長門は、そう呟いた。 俺の推測により言い換えるならば、「いきなりワープしてきたから敵かと思って攻撃した。ごめんなさい」だろう。 最後のは推測でもなんでもないが。 これで団長以外のメンバーが揃った。 「…………っと言う訳なんだ」 俺は慎重に言葉を選びながら語り終えた。 言いつけ通り朝比奈さんには朝比奈さん(大)のことは内緒にして、俺の推測ということにした。 「たしかに……そうみたいですね」 と朝比奈さんも納得したようだ。 「ですが、一つ不明な点があります。なぜ、彼はここに来てしまったんでしょう」 彼とはつまり、長門から貰ったどら焼きを頬張るドラえもんのことだ。 「涼宮ハルヒの書いた絵が原因と思われる」 ずっと黙って話しを聞いていた長門が口を開いた。 絵ってのは、今日ハルヒが書いた落書きのことか? 「そう」 「どういうことですか?」 「涼宮ハルヒが書いた絵が空間力場を変質させ、それが時空的な波長と近似していたために、時空的な歪みが生じ、その波が異時空空間を広がり異時空空間にも歪みが生まれた」 なんのこっちゃ。 「つまり、涼宮さんの書いた絵がバタフライ効果のように働いたということですか?」 バタフライ効果ってのはなんだ? 「ブラジルで蝶が羽ばたけばテキサスで竜巻が起こるか、というカオス理論からきた言葉です」 ふーんと聞いていると、 「あの時点で分かっていれば防げたこと。迂闊」 風が吹けばネズミが増えるなんて思いつく奴なんかいないだろ。 「しかし、流石涼宮さんといった所ですね。理由はともかく結果的に実現させてしまうんですから」 と、古泉がここに唯一いない団長の名前を出した。 ハルヒがいたら話しがややこしくなるから呼ばなかったんだが。 はてさて、どうしたもんかね。 「ここは一つタイムマシーンを見て見ませんか? なにか掴めるかも知れませんよ」 タイムトラベル願望のある古泉がそう提案した。 こいつはただ見たいだけかも知らんが、たしかに闇雲にここで考えるよりもいいかも知れんな。 そういうことで、ハルヒを除くSOS団団員は俺の部屋に行った。 いやはや、ほんとにどこでもドアは便利だ。 「そうですね。一家に一台欲しい所です。で、問題のタイムマシーンはどこにあるんですか?」 と急かす古泉に、机の引き出してやると、 「これがタイムマシーンですか」 不思議空間に頭を突っ込んで楽しそうな声をあげた。 なんでこいつはここまで緊張感がないんだ。このまま後ろから突き落してやろうかな。 と考えている内に、ふと思いついた。 「長門、この空間をどうにかしてドラえもん戻せないか?」 「できなくはない」 おお。じゃ、やってくれ。 「ただ、この空間を異時空空間に戻す際に莫大なエネルギーが放出される」 「どのくらいでしょう?」 と、不思議空間から俺に突き落とされることなく生還した古泉が尋ねた。 「宇宙の初期化が行われるレベル」 「ビッグバンですか?」 「そう」 ビッグバンって宇宙レベルかよ。 そんな物騒な案は即刻破棄するとして、どうすればいいんだろう。 朝比奈さん(大)の言葉を思い出す。『未来はSOS団にかかっている』か。 そんなたいそうなことを言われても、SOS団とは“世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団”だしな。 目的は強いて言えば…………。 ああ、なるほど。こういうことか。 未来から来てるし、それに結局その未来も異次元らしいし、ロボットだし、不思議道具もあほみたいに持ってるし。 たしかにこいつなら適任だ。 俺はハルヒがいつか言った言葉を思い出した。 『宇宙人や未来人、超能力者を探し出して、一緒に遊ぶことよ』 ハルヒは隣りでいつも遊んでいるやつらこそが宇宙人や未来人、超能力だということを知らない。 ここは一つ、我らが団員の夢を叶えてやらねばならんようだ。 文字通り夢は夢として。 俺はそれが少しばかり面倒だが、正直にいうと胸が踊った。 断言できる。こんなチャンスはもう二度とこない。 これがまさかあんなことになろうとは、それこそ夢にも思わなかった。 つづく
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α‐8 「キョンくん、ただいま!」 玄関に入るや否や、妹がかけよってきた。おいおい、ただいまではなくて、おかえりなさいだろ。やっと小学校最上学年にもなってそんな調子でいいのか。こんな時にも、機関の関係者が俺たちを警備しているに違いない。俺の部屋に入ろうとする妹を退け、ベッドに飛び込んだ。なんだってんだ、SOS団に入団希望者が来てただ事ではない事件が起きようとしているのに、長門のあの言葉。 「キョンくん、ごはんだよ!」 悩んでも仕方ない。後で長門に電話するか。夕食を終えた後、部屋へと戻り、長門に電話することにした。 スリーコール待たされた後、 「・・・・・・・・・」 「長門、俺だ」 「・・・・・・・・・」 相変わらず無言の相手に、俺は続けた。 「今日のことなんだが、どういうことか説明してくれないか」 「あなたが九曜周防と呼称される個体に見解を求めるのはこれで三度目」 「すまん・・・言い方が悪かった。俺はおととい電話してなかったと思うのだが。それと、きのうは佐々木たちと会っていない、家でくつろいでいたさ。今日は確かに、昼休みお前に聞きに行ったぞ」 「今日の昼休みのことは了解した。しかし、一昨夜はあなたからの電話があった。着信履歴を確認するとその事実も確認できる」 そうか履歴だな。ちょっと待ってくれよ、と言って、通話のまま携帯を確認すると、 「長門、悪いんだが、俺の携帯には電話をかけた発信履歴は無いんだ。でもおかしいよな」 どういうことだ、俺の携帯を見ると、長門に電話をかけた履歴は無く、事実俺はかけていない。しかし長門は、俺からの電話があり、履歴も存在しているという。 「明日あなたの携帯を解析をすることが望ましい」 そうか、長門ならどこぞの興信所に頼らなくても、その辺は分かるってもんだ。続けて長門は、 「部室で増加した有機生命体の解析は現在も解析中。判明次第、報告する」 「分かった、ありがとうな。じゃあまた明日」 俺の疑問は、確定と申告されたようなものだ。杞憂などではなく、訳の分からない事態になっている。 しょうがない、明日を待つしかないか。 βー8 一度分かれた後、俺は長門の住む708号室へと再びやってきた。部屋にはまた喜緑さんが出迎えてくれ、中にはすでに古泉と朝比奈さんが到着していた。朝比奈さんはホッとした表情で俺を見ている。現に、ホッ、と口に出してしまっている。俺も朝比奈さんが無事でよかったですよ。まだ寝ているが、長門は無事だよな?息はしているようだが。 「お待ちしておりました。あなたが来るまで話を進めないでおこうと思いまして」 「キョンくん、よかった。あの後、古泉くんと一緒に戻ってきたのです。今は危険だからって」 おい古泉よ。俺への心配はどこにあるのだ? 「ご心配なく。実は学校からこのマンションへ向かう途中に、機関に連絡をしてまして。皆さんの護衛はすでに手配しておりました。涼宮さんも今自宅に帰られたようです」 なるほど、俺がハルヒを追いかけている間にやってくれていたんだな。 「それでは、説明していただけないでしょうか、喜緑さん。まずあなたは長門さんの見方と捕らえてかまわないですよね?」 「ええ、もちろんよろしいですよ」 可愛らしいと言える朝比奈さんとは違う感じの、どこかに気品があふれている上級生の喜緑さんは、俺にも分かりやすい口調で説明した。 「まず、長門さんはかろうじて無事といえます。長門さんの自己防衛力と、それと私の力で何とか攻撃を防いでいるといった感じです。攻撃しているのは恐らく周防九曜でしょうね。前起きた症状と似ています。私は何とか彼女からの攻撃を防げたのですが、長門さんは、えっと・・・今の長門さんは予防策を得ることができなかったの。それと一度かかったら治しにくい病気みたいで。今は長門さんを助けることで彼女も私もいっぱいなんです」 長門が予防できなかったのは、去年のクリスマス前の騒動でのことからだろう。あれから長門は過去や未来の自分と同期せずにずにいこうって決めてたんだしな。 ひとまず無事であるとは言えるらしい。しかし、この状況が長く続くと危ないんじゃないか? 「周防九曜がまたいつ攻撃してくるか分かりませんわ。私もうまく予防できたからよかったのです。少しでも対処が遅かったらと考えると・・・長門さんを治す方法は色々探しているのですが」 さっき会った時よりも、喜緑さんは疲れているような表情で語った。それまで聞き手に回っていた古泉は、 「なるほど、了解しました。非常事態です。九曜と名乗る宇宙人は、我々機関と対立している組織と手を組んでいるでしょうし。長門さんのこと、もちろんあなたのこともサポートしたいと思います。個人的にも心配ですしね。早速機関にも連絡してみます」 いつぞや古泉から聞いたことがある。機関に敵対する組織があること、そいつらが他の宇宙人や未来人と手を組むかもしれないこと。そのときは機関も長門たちと協力するだろうと。朝比奈さんは時間移動できるからどうでもいいとかほざいてたな。 「あの、わたしもお助けしたいです」 なんと朝比奈さんまで。 「今回のことは、禁則事項にかかわることなんだけど、あの、未来からこの件について何も聞かされていないんです。でも、わたし、がんばります。いつもあたしは頼ってばかりで、長門さんのこと助けたいんです。もちろん古泉くんのことも」 涙ぐませながらいう朝比奈さんに、この件について何も指令が無いものなのか。現在の朝比奈さんがこうもいっているのに、恐らく上司であろうの朝比奈さん(大)は何もしないのか?これも規定事項だっていうのか? 「ありがとうございます。周防九曜は長門さんと私の身を封じ込ませるのが目的だと思うの。あなたたちへの攻撃は少ないと思うわ。一昨日長門さんが攻撃されてから、その後何も無いようですし。昨日確認しに行ってみて分かりました」 昨日は驚いたな。喫茶店でウェイトレスをしている喜緑さんを見たときは。九曜のやつも驚いていたっけ。・・・ちょっとまってください、今なんて言いました? 「喜緑さん、さっき長門が倒れたのはおとといって言いましたよね。土曜日は団活がありましたから、団活が終わってからですよね。その夜に俺が電話したときはなんとも無かったように思えたのですが・・・」 「ええ、長門さんはその日帰ってから攻撃されたみたいで。周防九曜がその日狙っていたみたいですね。電話ですか?私は長門さんが倒れてからここにいましたが、電話はなかったと思いますが・・・」 そう話すと、喜緑さんは長門の携帯電話を操作し、 「この通り、あなたからの着信はなかったみたいです」 どういうことだ?俺はその日、長門に電話してちゃんと会話したよな。古泉も疑問に思ったらしく、 「おかしいですね。その日私はあなたから電話を頂きました。その前後に長門さんに電話をかけたのでしょうか?あなたにとって、相手が私か長門さんかなんて区別がつかないはずはありませんよね」 間違えるはずは無い。俺は確かに長門に電話した。古泉、お前に電話した後にだ。俺の携帯にはちゃんと発信履歴がある。 「喜緑さん、長門はその時起きていましたか?」 「いえ、私がかけつけたときは倒れていて」 「そうですか。俺が電話したのは割りと遅めの時間だったと思いますが。この履歴の時間に」 「その時間は・・・無かったはずです。それに申し上げにくいのですが、長門さんはずっと寝込んだままですし。今日の夕方に目を覚ました後、また寝てしまって・・・」 ますますおかしい。そう思っていると古泉は、 「そのことも調査することが必要ですね。機関で調べてみましょう」 この際、会話内容を知られてもかまわない。頭がおかしくなりそうだ。 今夜も喜緑さんは長門の家に泊まるらしい。長居しては返って邪魔になるだろう。三人は帰ることで一致した。マンションを出ると、さすが仕事が早い。古泉の上司であろう森さんが立っていて、すぐ近くに見慣れた車がとまっていた。車の中には新川さんがいるに違いないな。 「今日は、私たちが送迎いたします。」 そういった森さんは笑顔で話しかけた。いつぞやの橘にみせた顔は嘘のようだった。 助手席に森さん、後部座席に俺、朝比奈さん古泉と座った。 「朝比奈さんは真ん中に座ってください。男二人で護衛いたしますから」 と古泉がいうと、朝比奈さんは顔を赤くして申し訳なさそうに車に入った。ええい、俺が朝比奈さんを守るのはいいが、俺の安全はどうなるんだ!すると、 「あなたのことは私にお任せください」 と、助手席に座っている森さんが振り向いて微笑んでくれた。 どうやら車の行き先は俺の家に向かっているらしい。その後に朝比奈さんを送るつもりだろう。そんな中、古泉と森さん、運転中である新川さんまで周りを警戒しているようだ。俺も、横から何か飛び出してくるのなら体で受け止めてでも朝比奈さんを守ってやりたい。そう思いながら窓の外を眺めていると、隣に座っていた朝比奈さんが、 「あのう、その日キョンくんはわたしに電話しなかったですよね。やっぱりわたしって頼りないのかなあ」 いえいえそうではなく、あの日は例の未来人が現れなかったじゃないですか、古泉と長門に電話したのは確認したかったからですよ、と伝えると、 「そうですか・・・」 と、知りつぼみに朝比奈さんは答えた。いかんいかん、俺がこんなところで落ちこませてどうする!朝比奈さんは下を向いて少し考え事をしているようだ。 「長門さんが無事でよかったですね。でもやっぱり気になるなあ。ずっと寝込んで、今日ようやく起きたと思ったら、また寝てしまって・・・どうしたらいいんだろう・・・」 そんな落ち込んでいるときでも、他人のことを考えれるのですね。やはりSOS団のメイドである朝比奈さんはいつまでも優しい気持ちでいてくださいね。メイドという単語に、前に座っている森さんの体がピクリと動いたような気がしたが、気のせいにしておこう。 「そうですね、長門さんを助けるためにも、我々にもできることを探さなくてはなりませんね」 そう言った古泉はしばらく考え込んだ後、 「ふむ、起きたのは今日の夕方ごろとおっしゃってましたね。何か思いあたることはありませんでしたか?」 「そうはいってもなあ、」 すると朝比奈さんは、 「夕方って放課後あたりですよね。あたし用事で部室に行くの遅くなっちゃって」 確かに部室に行ったら、誰もいなかったな。まてよ、確か本が・・・ 「そういえば俺が部室に入ったら、本がおいてあったんだ。確か帰るところを探している装置だったかなんだか・・・」 その本をちらちら読んだのだが、全く覚えてない。ちくしょう。そうふさぎこんでる俺に古泉は、 「その本に長門さんのメッセージがあるかもしれませんね」 そうなんだ、長門が本にヒントを与えてくれたことが二度もあったんだ。 「明日その本をもう一度見てみよう」 「なるほど今その本は部室にあるのですね。了解しました」 おいおい、いまから取りにいくのか、古泉よ。朝比奈さんはまた下を向いたまま何か考えているようだった。 話しているうちに、車は俺の家についていた。古泉が指差すほうを見ると機関のものと思しき車が何台かとまっている。十分な警備だな。家族にいつばれることやら。俺が車を降りると交替するように俺が座っていたところに森さんが腰を下ろした。今度は機関の二人が朝比奈さんの両隣に座っている。 玄関の扉を開けると、 「ただいま!キョンくん、おそかったね。ゆうごはんもうできてるよー」 と、妹が出迎えてくれた。 夕飯を済ませ自分の部屋に行き、携帯を取り出した。この携帯もおかしなことになっているなと思いながら、開けると、 着信 涼宮ハルヒ12件 いつからこいつはかけてきてるんだ、さぞかし怒り心頭なのだろうと、恐る恐るかけ直した。 「なんで出ないのよ、キョン!」 「悪い悪い、夕飯食い終えて、今気づいたんだ」 「まあいいわ。それよりも、有希大丈夫かしら・・・」 「今日のところはあの喜緑さんがついているらしいしな。なにかあっても大丈夫だろう」 「なにかってなによ。変なこと言わないでよね。さっき電話したんだけど、今日は付き添いしますって言ってたわ。あの人のこと、有希は良く思っていなかったように思えるんだけど・・・」 いきなり電話で確認したのか、こいつは。 「大丈夫だろうさ。今日だけでなく、いつも近所づきあいをしてる人らしいし。困ってるときなら尚更だろ。今日はひとまず喜緑さんに任せとけって」 「まあいいわ・・・明日も学校が終わったら見舞いに行くんだから、早く寝なさいよ、キョン!」 ハルヒはハルヒで長門のことを心配しているのだろう。まあ無理はない。ハルヒの目からも映る今の長門は、心配せずにはいられないのだから。 今度は電話が鳴る。朝比奈さんからだ。 「もしもし」 1コールで出てしまった。 「キョンくん・・・」 なにやら電話の向こうにいる朝比奈さんは、今にも泣き出しそうな声で、 「わたし・・・、また未来に帰れなくなっちゃいましたぁ~」 「どういうことですか?」 「えーっとぉ、帰った後、なんで何にも指令が来ないんだろう、おかしいなあと思ってたんです・・・だから、禁則なんですけどぉ、わたしから連絡を取ってみたんです。そしたらできなくてぇ~・・・ふぇ~ん~」 なんてこった。去年の夏に二週間あまりの時間を何度もループした時のように、朝比奈さんは泣いていた。 「落ち着いてください、朝比奈さん」 とは言ってみたもの、落ち着けるはずなどないだろう。朝比奈さんの持つ唯一の武器である時間移動ができないんだ。 なんとかして朝比奈さんを慰めた後、古泉には俺から連絡しておきますと伝え電話をきった。今度は古泉に電話か。 「おやおや、どういたしましたか。」 俺は朝日奈さんの事情を説明すると、 「そうですか・・・何か悪いことになってなければよいのですが。」 「そうだ、朝比奈さんは今時間移動できないんだからな。分かってるだろ」 「はい、もちろん。機関の方で彼女も護衛させて頂きますよ」 古泉は例の本を入手し解析していることも付け加え、明日話しあうことにした。 またあの時と同じように時間をループしたり、誰かに変な空間に閉じ込められてるんじゃないだろうな。うかうかしておれない。 俺はあることを思い出した。今年の二月、ほんの少し未来の朝比奈さんがやってきた期間だ。ここで使わなくちゃいけないのか。二日にもわたって穴堀りをし、SOS団女性陣からプレゼントされたのとは違うもの。朝比奈さん(大)に対抗するべく鶴屋さんに教えて発掘することのできた、あの光り輝くオーパーツとやらを。あなたはこのときのためにあの指令を出したのですか。過去のあなたは今未来との連絡が取れず泣いているのですよ。このことはやはりあなたにとっても規定事項だったのですか? いてもたってもおられず、今度は俺が朝比奈さんに電話をかけた。 「もしもし、キョンくん?」 どうやら少し落ち着きを取り戻しているみたいだ。よかった。 「朝比奈さん、鶴屋さんに伝言をお願いできませんか。ええと・・・二月に俺に見せてくれた物を、できれば現物でもう一度見せてくれませんか?と伝えてほしいです。」 「ふぇっ?」 「できたらでいいですと伝えてください」 あのオーパーツは厳重に保管されているのだろうから、そうつけ加えておかないとな。 「分かりました。キョンくんは何か考えがあるのですね」 その後、朝比奈さんの悲しみを少しでも和らげようと他愛のない会話をし、 「ありがとう、キョンくん。わたしもがんばりますから」 そうだ、頑張らなければならない。頑張りどころが他にはないんだ。敵が襲ってきているのに団員同士いがみあっててはいけない。SOS団の力を見せ付けてやるんだ。長門が目覚めるためには。 →「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐9 β‐9へ
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俺のことを『殺す』だと・・・? 「そ、そんな~・・・」 背後では朝比奈さんが驚愕と絶望の入り混じった嘆きの声をあげる。 今にも卒倒しそうな青白い顔色だ。 「アーチャー・・・アンタ何言ってるの?」 ハルヒも状況を把握しかねるといった様子だ。首を傾け、赤い外套を睨みつけている。 「・・・はあ?何を言っているんだ?」 俺も唖然とした声を挙げる他なかった。 「・・・まず俺の正体を話さなくてはならないだろうな」 俺達からふと視線を外し、自嘲気味に唇を歪めつつ、アーチャーは静かに口を開いた。 「と、言ってもライダーにセイバー、古泉は既に解ってはいるだろうが・・・」 そんな妙に引っかかる前置きを添えて、衝撃的な事実が語られる。 「俺は――以前の世界では『キョン』と呼ばれていた」 「――え・・・それって」 ふと呟くハルヒ。俺も・・・信じられなかった。と、言うかそもそも理解出来ない・・・。 「俺は以前の世界で・・・SOS団に所属していた。そっちの世界にはハルヒも朝比奈さんも、古泉も、 セイバーも長門有希として、ライダーも鶴屋さんとして、存在していたんだ。 そうだろ、古泉、長門、鶴屋さん。誤魔化しても無駄だぞ。 どうやらなぜか古泉とサーヴァントには以前の世界の記憶が残っているらしいからな」 その言葉に、垂れ落ちる血を拭おうともせず、唇をかんで俯く古泉。 ライダーは「あ~、とうとう言っちゃったね~」とか何事かを小さく嘆いている。 おぞましき仮面により表情は窺い知れないものの、戸惑っているに違いないと思われる声色。 そして、セイバーはといえば、表情を変えず、じっとアーチャーを見つめている。 「まあ、いきなり信じろって言ったって無理な話だろうが・・・」 と、そこで言葉を切るアーチャー。そりゃあそうだ。そんなムチャクチャな話、やはり信じられるワケない。 しかし、 「彼の言うことは本当」 セイバーがポツリと呟く。それはそれは真剣な面持ちで――。 ライダーもコクコク頷いている。古泉も相変わらず黙ったままだ。 まさか・・・本当に・・・。 「ちょっと待ちなさいッ!」 アーチャーの告白と共に流れ出した不穏な沈黙を、断ち切ったのはハルヒの一声だった。 「どういうことよ?アーチャー、アンタが・・・キョンだって言うの?」 「そうだ」 「ウソ・・・自分の正体が思い出せないって言ってたのは何だったのよ!?」 「正体については既に思い出していた。今まで黙ってて悪かった」 「じゃあ・・・何でキョンを殺すだなんて言い出すの?」 ハルヒの口から、核心を突く質疑が成される。 再び辺りには、釣鐘のように鈍重で厳かで――不気味な沈黙が降りる。 洞窟内の温度が一気に数十度低下したかのような――不穏な空気が立ち込める。 「それは・・・」 アーチャーの赤い外套が洞窟内に吹く風に大きく揺れる。 「その男が・・・生きていてはいけない存在だからだ」 「はあ?」 その言葉を聞いて、思わず俺はそんな間の抜けた声をあげていた。 言うに事欠いて何だそりゃ?どうしてそんな理不尽な理由で俺がお前に殺されねばならない? 「随分不満そうだな」 アーチャーが俺を睨みつけ、心底不快だと言わんばかりに皮肉を吐き出す。 憎悪に濁ったその視線から放たれる殺気が、チクチクと俺の神経を刺激する。 「当たり前だろ。いきなり殺すだなんて言われて、ヘラヘラ笑ってられるほど、俺はお人よしじゃない。 それに・・・相手が誰でもない『自分』とありゃ尚更だ」 俺も負けずに睨み返す。背中と腹に力を入れ、殺気に震える身体を奮い立たせる。 「殺すなんてダメですよ~・・・」 おろおろと俺とアーチャーを交互に見る朝比奈さん。 「だいたい何でキョンくんを殺すんですか?どうして『生きてはいけない』存在だなんて言うんですか? アーチャーさん、あなたが本当にキョンくんと同一人物なのであれば、そんな酷いことは言わないはずです!」 感情をむき出しにして、涙を浮かべながら朝比奈さんは俺とアーチャーの和平調停にあたらんとする。 「そう、ダメ絶対」 セイバーも小さく同意する。 「ハルヒも長門も朝比奈さんも・・・知らないからそんなことを言えるんだ。 この男が・・・『俺』が以前の世界でどんなことをしでかしたのか知らないから・・・」 そんな2人の懇願に、一層苦々しく顔を歪めるアーチャー。 「・・・何をしたっていうんだ。俺が」 ――そうだ。俺は他でもない『自分』に恨みを買うようなことをしでかした覚えなどないぞ? 「・・・わかった。何も知らないまま殺してしまうのは確かに理不尽だし・・・話してやろう」 アーチャーが静かに語りだす。消し難い罪悪に彩られた悲しき過去を・・・。 ~回想1~ それは・・・以前の世界でのこと。俺がまだ、普通の高校生『キョン』として生きていた頃だ。 「キョン・・・あたし・・・アンタのことが好きになっちゃたみたい」 「ほえ?」 それはハルヒのそんな唐突な告白から始まった。 「アンタは・・・何だかんだいってずっとあたしの傍にいてくれた。 キョンのいないSOS団・・・キョンのいない世界なんてもう考えられない」 そんなことを言うハルヒは、北極の氷もものの三秒で解けるような強烈な熱に浮かされでもしたか、 本気で小隕石でも頭に衝突してどうかしちまったのかと思ったくらいだった。 それほどまでに突然の告白。 そんなハルヒの異常に、俺が考えたのは「これは何かの罰ゲームなのか?」ということだったくらいだ。 しかし、その言葉が真剣であることは、次のハルヒの行動を以って証明された。 ――それは突然のキス。 ムードも色気もへったくれもなかった。 俺のネクタイを強引に掴み、ぐいと引き寄せられるがまま、その唇を押し当てられた。 これで・・・ハルヒとのキスはあの閉鎖空間以来、2度目だ。 正直余りにいきなりすぎて、さぞ柔らかかったろう唇の感触とか味とか――キスをしたという事実以外の何も覚えていない。 「アンタが良ければ・・・あたしと付き合って欲しいな、なんて・・・」 ゆっくり唇を離し、顔を真っ赤にしてモジモジと語るハルヒに普段の威勢のよさは微塵もない。 しかし、そんなしおらしい姿と突然の告白――そしてキスに俺が大きく心を動かされたのもまた事実だった。 放課後――俺達以外に人がいなくなった部室でのひとコマだった。 ~回想2~ 結局、あまりの驚きに、その日はとうとうハルヒに対し、返事らしい返事も出来なかった俺だったが、 心の中では既にハルヒの気持ちを受け入れたも同然だった。 次の日から俺とハルヒは仲睦まじく登下校や昼飯を共にする仲になり、クラスでは谷口や国木田に大いにからかわれた。 勿論、我がSOS団においてでも俺達の関係は白日の下に晒されることになり(まあハルヒがいきなり他三人に勝手に宣言したのだが) 俺とハルヒは学校中の公認のカップルとなってしまった。 正直、俺はハルヒのことをずっと憎からず思っていたし、恋人になったということも十分認識していた。 しかし、事態はこれを機に思わぬ方向へと転換することになる。 その日の放課後、掃除当番として、いつになく真面目にに己の職務を全うするハルヒを教室に残し、 一足先に部室へと赴いた俺を、ただ一人で待っていたのは朝比奈さんだった。 何やら決意を秘めたような真剣さとどことなく切なげな憂いを兼ねた表情だったのはよく覚えている。 「涼宮さんとキョンくんが結ばれるのは規定事項なんです・・・。いくら未来から来たとはいえ、 わたしにそれを覆すことなんて出来ません」 じっと俯き、我が部室の天使は何事かを呟いていた。 「・・・朝比奈さん?いきなり何を・・・」 「本来・・・わたしにこんなコトをする権限も資格もありません・・・。 でも・・・自分の気持ちをこれ以上隠すことは・・・わたし出来ません。 わたし・・・キョンくんのことが・・・好きです」 それはそれは衝撃だった。あの憧れのエンジェル朝比奈さんの告白だ。 普通の男ならいくら転生したところで預かることのないようなその僥倖に小躍りするところだが、 その時の俺にとっては、何の防御もせずにヘビー級ボクサーの右ストレートを食らう位の衝撃以外の何物でもなかった。 そして――『規定事項』と朝比奈さんは確かに言った。俺とハルヒがこういう関係になるのが未来の規定事項だとしたら、 それに水を差すような行為は、未来人たる朝比奈さんにとっては最も避けなければならないことのはずだ。 それを知ってなお朝比奈さんは、己の隠しきれぬ想いを吐露したのだ。 ~回想3~ 「朝比奈さん・・・本気ですか?」 「本気です!わたしは誰よりも・・・キョンくんのことが好きになってしまったんです!」 目に涙を溜めて、真剣に言い放つその姿に対し、『本気ですか?』なんて随分俺も下種なことを言ったものだと思う。 それこそ校内に幾人潜んでるとも知れぬ朝比奈ファンクラブの連中に、闇討ちされて殺されても文句は言えなかっただろう。 「キョンくんの気持ちが涼宮さんにあるのはわかってます・・・。それでも少しだけでいいんです・・・。 今、この瞬間だけでいいんです・・・。どうか・・・わたしのことを見て・・・」 俺は答えを出すことが出来なかった。 朝比奈さんの・・・未来を覆してまでの告白を無下にすることも、ハルヒの気持ちを裏切ることも出来なかった。 更に――事態はそれだけにとどまらない。 数日後――俺はとある人物から深夜に光陽園駅前公園に呼び出された。 呼び出しの主は・・・もうおわかりだろう。 「こんな夜中に一体何の用だ?長門」 「・・・・・・」 長門は相変わらずの制服姿のまま、黙って立ち尽くしていた。 そして、ポツリと呟く。 「わたしの中に・・・説明できないエラー、バグが蓄積している」 「へ?」 「あなたが涼宮ハルヒと交際を始めてからこれらの現象は発生しだした」 「それって・・・」 「わたしはあなたのことが好き」 世界が音を立てて崩れ始めるその始めの音を――頭のずっと奥の方で聴いた気がした。 それは鈍く、気味の悪い音だった。 ~回想4~ いつからこんなことになってしまったのだろう。 俺は数日にして、自分を巡る複雑な四角関係を形成してしまった。 ハルヒ、朝比奈さん、長門・・・この三人から一気に告白を受けた。 世の男子が渇望して止まないハーレム的なシチュエーションだが、俺は素直に喜ぶことなどできやしなかった。 誰か一人を選ぶなんて・・・最初から無理だったのだ。 それからの俺は、自分でも嫌になるくらいの歴史に残るダメ男ぶりを発揮した。 結局3人の想いを全部曖昧にしたまま、俺は皆と関係を持った。 勿論・・・肉体関係もソレに含まれる。 長門の部屋と朝比奈さんの部屋、そして自宅(ハルヒは俺の部屋でコトに及びたがる傾向にあった)を、 一晩の内にハシゴするなんてこともザラだった。 今思えばよく体力が持ったものだが、あの時の俺は身体的な疲労を感じることさえ放棄していたのかもしれない。 朝比奈さんと長門は、俺が自分以外の女と関係を持つことを容認していたようだった。 行為が終わるや否や部屋を出ようとする俺が引き止められることは一度もなかった。 寧ろ次の相手の下に向かうことを促されるようなこともあった。 しかし・・・それをよしとしない人間が一人だけいた――ハルヒだ。 なし崩し的に作り上げてしまった四角関係はすぐにハルヒにバレてしまった。 その時のハルヒの怒りようといったら、なかった。泣く、喚くは当たり前。 俺に対しては勿論鉄拳制裁、ボコボコにされた。女にここまでボコボコにされるのもまた情けないのだが。 それだけにとどまらず、ハルヒはとうとう朝比奈さんと長門にその怒りの矛先を向け、 部室で、うろたえる俺と古泉を前に、2人を『泥棒猫!』と罵り、キツイ平手打ちまでお見舞いした。 その日を境にハルヒは学校にも団活にも姿を見せなくなり、連絡も取れなくなった。 ~回想5~ そして最も恐れるべき事態がやってきた。 ある夜、古泉に呼び出された俺は、いかに今のハルヒの精神状態が危険なものかを長々と説明された。 「もはや我々『機関』でも手の施しようがありません。閉鎖空間は日を追う毎に拡大し、 神人の破壊活動の規模も大きくなってきています。世界崩壊も時間の問題です」 古泉は冷たくそう言い放った。もう全てを諦めていたのかもしれない。 「・・・あなたのせいですよ」 「・・・・・・」 俺は黙って下を向いていることしか出来なかった。 「あなたのせいで・・・いつも僕は・・・。なぜ僕ばかりがこんな目に逢わなければいけないのです? なぜ僕ばかりがいつも涼宮さんのご機嫌とりを・・・あなたの失態の尻拭いをさせられねばならないのです? 僕だって・・・普通の『古泉一樹』としての人生があったんだ・・・! こんな能力・・・本当はいりやしなかった!!」 古泉は激高した。今思えば・・・お前がコッチの世界で俺達を殺そうとした気持ちも理解できる。 「お前のせいだッ!!」 古泉はそう言い放つと、渾身の右ストレートを俺の顔面にかまし、闇夜に消えていった。 俺は一言も反論する気力さえ残っていなかった。 そして同時に、古泉にはもう二度と会うことはないだろうことを悟った。 『絶望』を司る神がいるとしたらよっぽどソイツはサドに違いない。 そして、きっと人々の血や涙を喜んで喰らい、腹の足しにするのであろう。 ――磨耗しきった俺を、更に絶望の淵に追い込む出来事が2つ、立て続けに起こる。 ~回想6~ 「わたし・・・未来に変えることになりました」 泣きじゃくりながらそう告白した朝比奈さん。 未来の規定事項に水を差し、『捻じ曲げ』てしまった彼女に、組織の上層部は黙ってはいなかったようだ。 強制的にその身を未来へ送還されることが決定したのだ。 勿論、ただ送還されてハイ終わり、ではない。『しかるべき罰』とやらが朝比奈さんのことを待っているらしい。 それ以前にハルヒが世界を改変してしまったら・・・朝比奈さんの帰る未来も・・・。 「わたしが・・・あんな告白しなければ・・・」 「朝比奈さんのせいじゃ・・・」 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」 天使の生まれ変わりのような少女の涙を前にして――それを拭うことも掬い取ることも叶わない。 俺は心底自分が情けなった。 「きっと・・・もう2度と会うことはありません・・・。さようならキョンくん・・・」 そう言い残し、朝比奈さんは去っていってしまった。 そして―― 「わたしの廃棄処分が正式に決定した」 長門は無感情にそう言ってのけた。 長門の親玉である情報統合思念体とやらは、今回の事態の引金となった長門の軽率な行動に、 大層ご立腹している、とのことらしい。 『廃棄処分』か・・・。随分とイヤな言い方だ。俺は長門を1人の人間として見ていたはずなんだが・・・。 雪の結晶の具現のようなその少女が、儚く溶けていってしまう――その様を指をくわえて見ていることしかできない。 やはり心底自分が情けなかった。 「ごめんなさい・・・」 「長門・・・」 「あなたに会えて良かった・・・さようなら」 こうして2人のかけがえのない人が、俺の目の前から――世界から消えた。 ~回想7~ 朝比奈さんと長門が消えてしまった翌日、古泉から連絡があった。 それは非情な最後通告だった。 『明日の朝をもって完全に世界は崩壊し、涼宮さんの手によってまっさらに塗り替えられます。 もう足掻いても無駄です。僕も機関も完全に諦めました。 あなたも諦めてください。それでは』 携帯電話越しであることを差し引いても、その口調は冷たく無機質だった。 そして世界最後の夜、俺は考えることも、現実に向き合うことも、 ハルヒに、朝比奈さんに、長門に向き合うことも、全て――放棄した。 どうせ世界がなくなるなら・・・最後の夜くらいラクにさせてくれ。 そうして、俺は自室で布団を被り、ただただ無心で世界の崩壊を待った――。 俺の周りにあった日常―― 妹や母親や父親、谷口や国木田、鶴屋さんといった友人、何よりも俺が大切にしていたSOS団の生活、 そして・・・古泉や俺を『好き』と言ってくれた3人の女性、 全てから逃げ出し、俺はただただ布団に包まっていた。 俺は・・・誰も幸せにすることなんかも出来ない。 俺は・・・誰も守ることなんかもデキナイ。 オレハ・・・誰かをマトモにアイスルコトなんかもデキナイ。 オレハ・・・ナニモデキナイ。 押しつぶされてしまいそうなほどの絶望と自己嫌悪が俺を襲った――。 それこそ・・・『自分を殺してしまいたい』くらいに――。 ~interlude1~ 「・・・しかし、目が覚めたとき、世界が崩壊していることはなかった。 なぜか目の前にいたのは魔術師を名乗るハルヒで、俺は『アーチャー』とかいう ワケのわからないサーヴァントとやらになってしまっていたというわけだ」 俺は過去の世界で最後にあった出来事について一気に語った。 勿論、ハルヒの力のこととか朝比奈さんが未来人だとか長門が宇宙人だとか、 そういう話には上手く触れぬように。 こっちの世界ではハルヒは勿論、朝比奈さんだってそんなこと知らないだろうからな。 「そういうワケだ。『キョン』、お前は生きていてはいけない人間だ。 誰の気持ちにも応えることが出来ず、中途半端なままSOS団を崩壊させた。 お前のような人間には・・・誰も幸せにすることなど出来はしない。 不幸にするだけだ」 正直、こんなのは情けない『自分』への八つ当たりに過ぎないということはよくわかっている。 しかし、それでも俺はやらなければならない。 『キョン』という人間の存在は、ハルヒも長門も朝比奈さんも幸せにすることは出来ない。 ただ・・・災厄をもたらすのみ。 元より俺は未来人でも宇宙人でも超能力者でもないし、ましてやハルヒみたいな『力』を持つわけでもない。 単なる普通の人間だ・・・。最初から、ハルヒ達の傍にいるべき存在ではない。 だったら・・・俺が消えるしかないじゃないか・・・。 そう考えてみれば、こうしてサーヴァントとして強大な力を得ることが出来たのも 『自分』を殺すためにはちょうどいい機会だ。 俺は改めて自分にそう言い聞かせ、目の前の『キョン』に殺意をぶつける。 「何だよソレ・・・」 俺は思わずそう搾り出していた。 「そんな八つ当たりみたいな理由で殺されてたまるかッ!!!」 洞窟内に響き渡る咆哮。とても自分の口から発せられたとは思えない。 「ああ、八つ当たりだとも。それでも俺はお前を殺す」 赤い男――『俺』だった男が言い放つ。 「やってやるよ・・・」 そこまで言われて黙っちゃいられない。 それに俺が最も気に入らないのは――アイツが以前の世界で『逃げた』ことだ。 「どうやらヤル気になってくれたようだな」 アーチャーは瞬時に両手に短剣を投影する。 やはり俺と同一人物なだけあってか、今までは気付かなかったが奴の得意技は、 どうやら俺と同じ『投影』らしい。 俺も負けじと同じ短剣を投影し、アーチャーに向き直る。 しかし今にも戦闘が始まらんとしたその時――俺の進行を阻む小さな腕が目の前に現れる。 「ダメ」 俺を制したのは――アーチャーが長門と呼んだ少女、セイバーであった。 セイバーは俺の前に立ち、アーチャーを睨みつける。 「・・・長門か。やはり俺を止めるつもりなんだな?」 アーチャーの問いかけに小さく首肯するセイバー。 「・・・俺の企みを最初から知っていたんだな?」 「知っていた」 「・・・以前の世界の記憶もあるんだな?」 「ある」 「じゃあなぜ・・・」 アーチャーとセイバーは、2人で何やら話し込んでいる。 「止めても無駄だ・・・と言いたいところだが、長門・・・いやセイバーに手を出されたら 俺もどうすることも出来ないな・・・」 天を仰ぐアーチャー。確かに最強のサーヴァントであるセイバーが俺に加勢してくれれば百人力だ。 しかし・・・ここでセイバーに助けてもらうのは・・・。 「下がれセイバー。これは・・・俺の戦いだ」 俺はセイバーを制し、一歩前に出る。 「・・・でも」 セイバーが珍しく苦々しく表情を変える。 「『俺を守る』だっけ?あんなこと言われて、凄く嬉しかったよ。 お前は最高のサーヴァントだった。本当に何度も助けられた。 それでもこの戦いだけは・・・お前の助けを借りるわけにはいかない」 俺はセイバーに向き直ると、左手の甲を向けた。 「令呪の下に命令する!この戦いに手を出すな、セイバー!!」 左手に刻まれた歪な刻印が紅く、禍々しく光を放つ。 そして、改めて俺はセイバーの一歩前に出る。 セイバーは令呪に縛られ、そんな俺を制することはもう出来ない。 「どうして・・・?」 セイバーが珍しくその瞳に、明確な疑念と悔しさを滲ませ、俺を睨む。 「すまない。コイツとの決着は・・・どうやら俺だけで着けなきゃならないようだ」 「・・・・・・」 「セイバー・・・いや長門だったっけか?もし元の世界に戻れたならば・・・宜しくな」 そんな俺の言葉に、セイバー、いや元の世界では俺達SOS団の団員であったという長門有希は諦めたように俯いてしまった。 「ダメです・・・キョンくん・・・いくらなんでも人間がサーヴァントにかなうはずがありません!」 朝比奈さんが声を振り絞って、俺を止めようとする。 「そうだ・・・!ライダー・・・ふたりを止め・・・」 「無駄だ」 朝比奈さんの悲痛な願いを一蹴したのはアーチャーだった。 「ライダーは先程のランサーとの戦闘で宝具を使用しており、消耗が激しい。 邪魔に入ろうとしても・・・今のライダーならすぐにでも殺せるぞ」 冷たくそう言い放つアーチャー。 「言うにょろね~・・・でも事実だし仕方ないっさ・・・」 ライダーにも今の自分ではアーチャーを止められないという自覚があるらしい。 「ちょっとキョン!!アンタ、ムチャよ!?なんだったらアタシとみくるちゃんが加勢するわッ!!」 ここぞとばかりにハルヒが叫んでいるのが聞こえる。 「それには及ばないさ。すまんな、ハルヒ。半人前の俺を今まで助けてくれてありがとうな」 「何言って・・・!!」 ハルヒは俺の決意が固いと見たのか、それ以上の言葉を飲み込んでしまった。 「相変わらずモテモテだな」 アーチャーが乾いた笑いを浮かべて、皮肉めいた言葉を投げる。 「お前がソレを言うか?」 俺も負けじと皮肉を返す。 「ハルヒ達との別れが済んだのなら・・・いくぞ」 アーチャーは両手の短剣を握り締める。高まる殺気――。 「何言ってんだか・・・同じ人間でも、サーヴァントになるとここまでひねくれちまうモンなのかね」 俺も短剣を構え、戦闘開始に備える。 重い沈黙が辺りを支配する。俺もアーチャーも間合いを保ったまま、動かない。 どうやらハルヒ達もこの戦いを止めるのは不可能と悟ったのか、誰も口を開かない。 「さあ・・・」 アーチャーが小さく呟く。 「わかってるさ・・・」 「「勝負だ!!『キョン』!!」」 2人の『キョン』が激突する――!! 負けるわけには・・・いかない!! 剣がぶつかり合う甲高い音が響く。 ただひたすらに腕を振るい、打ち合う俺とアーチャー。 それこそ、最初はは生身の人間でもサーヴァントに対抗できるという多少の自信があった。 あの金ぴか野郎に致命傷を与えたことで少し俺も天狗になっていたのかもしれない。 しかし・・・徐々に状況は悪くなっていく。 アーチャーの放つ一撃一撃は、俺のソレより確実に疾く、重い。 肉眼でその剣の軌道を読み取ることは出来ず、金ぴかの戦闘でこしらえた感覚で何とか剣戟を弾く。 それでも弾く剣ごしにもその重さが伝わってきて、俺の腕を痺れさせる。 「そろそろバテてきたか?」 アーチャーはいやらしい笑みを浮かべて、遠慮なく更に剣を振るう。 「クソッ!まだまだ・・・!!」 俺も強がっては、必死にそれを受け止めているものの、正直劣勢と言わざるを得ない。 「・・・さっきはあえて伏せていたがお前には教えてやろう」 剣を振るいながら、アーチャーがふと、俺にしか聞こえないような小声で話し始めた。 その内容はアーチャーが『俺』であるという事実と同等、いやそれ以上に衝撃的だった。 未来人の朝比奈さん、宇宙人の長門、超能力者の古泉、 そして自分の願望を何でも形にしてしまえる力を持ち、ひとたび癇癪を起こせば世界を崩壊させてしまうことも出来るハルヒ。 以前の世界での俺は――魔術の蔓延るこの世界とは本質的に何かが違う、そんな非日常の中にいたという。 「『俺』は・・・お前は結局普通の人間に過ぎないんだ」 アーチャーが少し憂いを帯びた声で続ける。 「何が言いたいんだ・・・!」 必死に剣を振るいながら俺は問いかける。 「わからないのか?俺もお前も所詮無力な存在なんだ!ハルヒの、朝比奈さんの、長門の気持ちにも 応えることなんて出来やしない無力な存在なんだ!以前の世界でSOS団が・・・世界が崩壊したのも、 俺の・・・お前のせいなんだよ!」 鬼のような形相でアーチャーは感情を爆発させる。 そしてその言葉を聞いた瞬間、押し留めていたつもりの俺の感情のダムも、ついぞ決壊した。 「・・・人のせいにするんじゃねえッ!!!!!」 その場にいる全員の耳に届いたであろう咆哮。それはやはり紛れもなく俺の口から発せられたものだ。 アーチャーも驚いたのか、一瞬剣を繰り出す手を止めた。それに併せて俺も手を止め、更に感情を吐き出す。 「やっぱり俺とお前は同一人物なんかじゃねえ」 「・・・今更何を」 「俺は確かに普通の人間かもしれない」 「そうだ・・・何も出来ないちっぽけな存在だ」 「でもお前みたいに全てを投げ出したりなんかしない」 「・・・何だと?」 「ハルヒとも朝比奈さんともセイバー、いや長門とも真剣に向き合おうとせず、 逃げ回ってるような弱虫じゃない、ってことだよ!」 「・・・・・・」 「お前はただ甘ったれてるだけだ!!」 「・・・どの口が――」 「俺はお前とは違うッ!」 「どの口がそんなコトほざきやがるッッ!!!!!!」 耳を劈くような叫びが反響する。 アーチャーは完全にブチ切れてしまったようだ。 ハアハアと肩で息をして、眉間に皺を寄せて俺を睨む。 はち切れんばかりに膨れ上がった殺気がこちらに注がれるのが手に取るように感じられる。 「お前に・・・俺の何がわかるッ!!」 そう叫ぶと一気に俺に向け、再び突進を開始するアーチャー。 繰り出される一撃を必死に受け止め、言い返す。 「ああ、わからないねッ!お前みたいな弱虫の気持ちはッ!」 「五月蝿いッ!!」 アーチャーの繰り出す一撃は相変わらず重い。今にも受け止めている腕がふき飛んでしまいそうなほど。 しかし、その一撃にも少し動揺が見えてきた。剣の軌道が粗くなり、スピードも少し落ちた。 繰り出す剣戟の描くその道筋が、確実に読み易くなってきている。 「お前は・・・以前の世界での生活が・・・SOS団での日々が大切なんじゃなかったのか?」 「そうさ・・・だからこそソレを壊してしまった自分自身が――お前が憎くて仕様がないんだッ!」 「それなら・・・なぜその世界を守ろうとしなかったんだ?」 俺がその言葉を発した瞬間、アーチャーが動きを止める。 「俺が・・・守る?」 「そうだ」 アーチャーは俺の言葉にショックを受けたのか、急にユラユラと後ずさり、下を向いた。俺は更に続ける。 「大切なものを守る・・・いくら俺が普通の人間だからってそれくらいは出来るだろう? いや、出来る出来ないの問題じゃない。守ろうとするかしないか、だ」 ~interlude2~ 目の前の『俺』が発した言葉――『それなら・・・なぜその世界を守ろうとしなかったんだ?』 頭の中でガンガンと反響し、脳髄に染み渡るその言葉――俺が守る?ハルヒ達をどうやって? そりゃあSOS団での毎日は楽しかったさ。 ハルヒにこき使われたり、ワケのわからない騒動に巻き込まれたり、大変なことも多かったけれど、 それでも毎日が新鮮な刺激の連続で・・・。 ハルヒが団長席にどっかと座り、長門は黙々と読書に励み、朝比奈さんはメイド服で茶を淹れて、 古泉はニヤニヤしながら俺との対戦ゲームに勤しむ――そんな毎日。 それは当たり前でいて、かけがえのない日常――。 今はもう戻らないはずの、楽しかった日常――。 俺はそんな非日常的な『日常』を・・・守ることが出来たのか? いや、守ろうとしたのか? 俺は逃げただけ?甘えていただけ? ハルヒの気持ちにも、朝比奈さんの気持ちにも、長門の気持ちにも、古泉の悲痛な叫びにも、 真っ向から向き合おうとせず、ただ背を向けて、布団に包まって何もしなかっただけ? わからなくなってきた・・・俺には何かが出来たのか? もし俺が逃げなければ・・・あの世界は崩壊することはなかったのか? もしそうだったら・・・どんなによかったか。 ハルヒがもう一度、あの傲慢でいてどこか憎めない笑顔を見せてくれたらどんなによかったか。 朝比奈さんがもう一度、あの麗しいメイド姿で俺にお茶を淹れてくれたならばどんなによかったか。 長門がもう一度、俺をマンションに招待してカレーを振舞ってくれたらどんなによかったか。 古泉のニヤケ顔をもう一度、対戦ゲームでボコボコに打ち負かすことができたならばどんなによかったか。 あのかけがえのない日々が戻ってきたならばどんなによかったか。 「それでも・・・やっぱりもう戻ることは出来ないんだ」 そう呟くと、アーチャーは再度両手の短剣を強く握り締め、真っ直ぐに俺を見据えた。 その瞳は・・・悲しかった。これが『俺』と同じだった人間だなんて信じられないくらいに。 「俺には・・・お前を殺すことしか出来ない。そして俺のいなくなった世界で皆には幸せになってもらいたい。 それが苦労をかけてしまった古泉、消えてしまった朝比奈さんや長門、 そして悲しませてしまったハルヒへのせめてもの手向けだ」 そして一気にその顔を憎しみの篭ったそれに変える。 ――甲高い剣戟の音が再び洞窟内に響き渡る。 「ふざけるな!殺されてなんかやるもんか!俺は皆と一緒に元の世界に戻るんだ!」 ――ハルヒ達は俺達の戦いを固唾を呑んで見守るだけ。誰一人して介入しようともしないし、出来もしなかった。 「まだまだSOS団でやり残したことがいっぱいあるんだ! ボードゲームのリベンジを古泉から受ける予定なんだ――!! 朝比奈さんの衣装のバリエーションだってもっと見たい――!! 団員だったはずのセイバー、いや長門とも話をしたい――!! そして何よりも・・・まだハルヒの言う宇宙人、未来人、超能力者を見つけられてない!!」 「五月蝿い!!お前にそれをする資格などない!!ここで惨たらしく殺されろ!!」 目に見えて動揺しだすアーチャー。繰り出す剣にも力がなくなってきている。 「殺されてたまるか!!」 徐々に俺の繰り出す剣戟がアーチャーを押し返し始める。 そしてついにアーチャーに隙が生まれる。そして確かに見えた――今ヤツの左胸はガラ空きだ――! 「俺は――皆を、SOS団を、世界を守ってみせる!!」 そう叫びながら放った右の短剣の一撃が――ついにアーチャーの心臓に突き刺さった。 「ゴフッ・・・!!」 刹那――口から血を吐き出すアーチャー。 頭から俺に浴びせかけられるその血の生温さが何とも心地悪く、濃厚な鉄の臭いが俺の鼻腔を刺激して止まない。 しかし、すぐにそれも気にならなくなった。 「そ・・・ん・・・な・・・」 アーチャーは血と共に嘆きを吐き出す。 「負けた・・のか・・・?俺は・・・」 左胸に剣を突き立てられたグロテスクな姿のまま、アーチャーは力なくたたらを踏む。 心臓が潰されたはずなのに喋れているのは流石サーヴァント、といった所なのだろうか。 「俺は・・・間違っていたのか? 俺はハルヒを・・・長門を・・・朝比奈さんを守ることが出来たのか? 3人の気持ちに向き合うことが出来たのか・・・?」 ヨロヨロと後退するアーチャー。滴り落ちる血の赤が身に纏う外套の色彩を一段と濃いものにする。 そしてなぜか俺は、すっと、ごく自然に、次の台詞を吐き出していた。 「ああ――お前にも出来るさ。なんてったって『俺』なんだからな」 我ながら恥ずかしくなるくらい自信過剰な台詞だ。けど不思議と後ろめたさはなかった。 「そう・・・だった・・のか」 そんな掠れた声とともに、アーチャーは仰向けに地に倒れた。 どうやら・・・終わったようだ。 倒れ伏したアーチャーの身体が徐々に透けていく。 神社でキャスターを仕留めた時、ついさっきあの金ぴかを倒したと時と同様だ。 どうやらサーヴァントといえども心臓を貫かれれば絶命は免れないのは揺るがないらしい。 おそらくあと数刻で、アーチャーは完全に消滅してしまうだろう。 元は自分と同じ人間――同一人物だったはずのサーヴァントの死。 それを目前とした時、何とも言えない虚しさと悲しみが俺を襲った。 「ふん・・・随分辛気臭い顔をしてるじゃないか」 アーチャーが虚空を見つめながら、さぞ複雑な表情をしているだろう俺に言葉を投げる。 「・・・一応、お前は俺だしな。自分を殺しておいていい気はしないぞ」 「・・・よく言うぜ」 アーチャーは皮肉を込めたような笑みを浮かべた。 心なしか、少し斜に構えたようなその口調も、俺と似ている、むしろ同一のそれになっている気がする。 「お前・・・確かに言ったな。『SOS団を、世界を守る』って・・・」 「ああ」 「その言葉・・・違えるんじゃねえぞ」 「わかってる」 俺はこれまでの人生でおそらく一番と言っていいだろうほどの覚悟を持って、アーチャーに応えた。 さっきより更に身体が透けてきたようだ・・・おそらくもう終わり・・・と思ったその時、 「アーチャー!!」 そう叫びながら倒れ伏す血まみれの赤い外套に向かって駆け寄っていったのは――ハルヒだった。 ~interlude3~ 「アーチャー!!」 もうすぐにでも消滅してしまうであろう俺に駆け寄ってきたのは、誰あろうハルヒだった。 「アンタ・・・バカ!?いきなりキョンを殺すだなんて言い出したと思ったら、 言うに事欠いて『以前の世界で俺はキョンと呼ばれていた』ですって!? それでキョンと斬り合いだしたと思ったら・・・こんな・・・。 もう・・・ワケわかんないわよッ!!」 ハルヒは捲くし立てるように、矢継ぎ早に罵倒の言葉を投げかけてくる。 ただ、懐かしいくらいに刺々しいその言葉とは対照的に――ハルヒは涙を流していた。 それはもう、凄い勢いで――それこそ以前の世界でも見たことないくらいに。 「スマン――」 「何よ・・・あたしのサーヴァントがそんな簡単に死んじゃうなんて許さないんだからねッ・・・!」 「お前には迷惑をかけたな・・・コッチの世界でも以前の世界でも」 「何言って・・・」 「SOS団の活動頑張ってくれよ・・・」 「それよりアンタ・・・キョンなんでしょ!?どうして黙ってたの!?」 「言えるワケないだろ・・・」 「あたしがそれを知って・・・どんな気持ちか・・・アンタにはわかる?」 「すまない・・・」 俺の息は絶え絶えだ。正直言ってもう目も見えない。 泣いているハルヒの顔を捉えることももう出来ないくらいだ。 ~interlude4~ 「やっぱり・・・俺は逃げていただけだったのかな」 「だから・・・!!何言って・・・!」 俺は全てを悟っていた。 承知してはいたものの、結局は『俺』の言う通り、この戦いはただ八つ当たりでしかなかったのだ。 俺は間違っていた。逃げるべきじゃなかった・・・。 最後の最後まで、這い蹲ってでも、血反吐を吐いてでも、糞尿を垂れ流してでも、 ハルヒ達の気持ちに真っ直ぐに向き合うべきだったんだ・・・。 ハハ・・・でも今気付いても・・・遅いんだけどな・・・。 それでもいい・・・。この世界の俺はもはや消え行くだけの存在・・・。 きっともう一人の『俺』が俺の分までSOS団を盛り上げてくれるだろう・・・。 もはや息も殆ど出来ないし、ハルヒの顔も見えない・・・。 「ちょっと・・・!理解しやすいように簡潔かつ詳細に、主語・述語・修飾語を明確にして説明しなさいッ!」 聴覚までなくなってきた。ハルヒの涙声も徐々に遠くなってゆく。 「ねえ!聞いてるの!?・・・『キョン』!!」 ああ、まだ俺をその名で呼んでくれるかハルヒよ。 姿形もすっかり変わり、自分のヘタレさに嫌気がさして、つまらない憎悪にこの身を汚した俺を。 ありがとう、ハルヒ――。 もう全身の感覚がないけど・・・お前に苦悶に満ちた顔を見せることはしたくない。 もうこれが最期の言葉だ――アーチャーのサーヴァントとしてこの世界に存在する俺の、正真正銘、最期の言葉――。 それくらいはせめて、これ以上ないくらいの最高の笑顔で・・・。 「大丈夫だ、ハルヒ――答えは得たから」 全身から力が抜けていく――世界が暗転する。 それでも俺は――不思議なくらいに安らかな気持ちだった。 終わった――。 つい今しがた、倒れ伏したアーチャー、いやもう一人の『俺』の身体は完全に消滅した。 ヤツは最後の瞬間、確かに笑顔を浮かべていた。そして何事かを呟いていた。 その内容の詳細までは窺い知ることは出来なかった。 しかし、傍にいたハルヒにはきっと聞こえていたことだろう。 連戦でボロボロの、鉛のように重い身体を引きずりながら、俺は立ち尽くしているハルヒに歩み寄った。 ハルヒはじっと動かず、ただただ俯いているのみだ。 その表情を窺い知ることはできないし、ハルヒ自身も振り向こうとしない。 「ほんっと馬鹿よね――」 ふとハルヒはそう呟いた。 「『答えを得た』って――あたしはアンタが何に対して答えを得たのかも知らないのに」 もしかしたら泣いていたのかもしれない。振り向かなかったのは精一杯の強がりだったのだろう。 「しかも何を言い出すかと思えば――このあたしがアンタに告白?有希もみくるちゃんもですって? 妄想癖もここまで来ると罪悪に等しいわ。百万回死刑にしても足りないくらいね。 それで結局、ワケわかんないまま消えちゃうなんて――やっぱりキョンは馬鹿よね」 それは誰に向けられた言葉だったのか・・・ハルヒ自身も把握しかねていたかもしれない。 そして、最期に確かだったことは、もう一人の『俺』が、何らかの答えを得ることができたということ。 殺すだなんて言われた時は納得いかなかったし、ヤツの話が事実であるならば、 以前の世界でのヤツの在り方も当然受け入れられるようなものではない。 それでもヤツが『答え』を得て、以前の世界の自分に折り合いをつけて逝くことができたのならば、 少しはよかったんじゃないかと――自分でトドメを刺しておいてなんだが――俺自身思えてしまうのであった。 なぜって? そんな疑問に殊更飾り立てた返答が必要なのか? あの赤いサーヴァント――アーチャーは、誰でもない『俺』なんだ。 ――理由なんてそれで十分だろう? アーチャーが消滅してから、数刻――それでも体感にすれば永遠にも思えるくらいの永い――時間が経った。 いつまでも感傷に耽っているわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ、俺はハルヒに問いかけた。 「ハルヒ・・・これからどうするんだ?」 「・・・どうするって」 背を向けたまま小さく返答するハルヒ。 「聖杯に・・・何を願うんだ?」 「あ・・・」 そうだ――最後の難敵、アーチャー(金)を殲滅し、マスターたる古泉も既に戦意を失っている。 そして俺を亡き者にせんとしたアーチャー(赤)も消滅してしまった今、俺達を阻む敵はもういない。 つまりこの聖杯戦争の勝者は――いやセイバーとライダーの二人のサーヴァント、 そして俺、ハルヒ、朝比奈さん、古泉と四人のマスターが未だ生存しているこの状況において 勝者という概念自体が既に意味を失っているが――俺達であり、戦争自体が終結を迎えた、といってよい状況なのである。 だとするならば、あと俺達がするべきことは目の前に燦然と在る聖杯とやらに己の願望を叶えて貰うのみ――。 アーチャーが消滅したことにより、聖杯に蓄えられたサーヴァントの魂は6体分。 その奇跡を発動させるに十分な量のハズだ。 元より俺は聖杯に叶えてもらいたいような崇高な願いなど持っていない。 当初は戦争自体に関わることを忌避していた朝比奈さんも同様だろうし、 古泉も『叶えたい願いなどない』と自ら宣言していた。 残るはハルヒなのだが・・・。 「元の世界に・・・戻るんだろ?」 『俺達は元々別の世界の住人である』――初めて古泉から聞いた時はただの与太話にしか思えなかったが、 セイバーをはじめとするサーヴァント組もそれを認めている今、 俺自身も戻るべき世界が別にあることを認めている。 「わかったわ」 ハルヒはそう言うと、俺達をぐるっと見回した。 赤みを帯びた目が、アーチャーに対する複雑な感情を涙として表したことを如実に物語っていた。 それでもハルヒにもう迷いはなかった。 「全知全能の聖杯よ。今こそその奇跡を我が眼前に示し賜え――」 ハルヒが何かの呪文じみた大仰な口上をつらつらと語り出す。 戦いは終わった。俺達は今、元いた世界へと帰還する。 アーチャー、いや、もう一人の『俺』よ。 俺はお前の分も精一杯『キョン』としての人生を全うしてみせるぞ。 絶対に・・・逃げたりなんかしないからな・・・。 「さあ、聖杯よ!あたしたちを元の世界に戻しなさい! そしてもっともっと面白い出来事に出会わせなさい!」 ハルヒが自らの、いや俺達皆の願いを高らかに宣言する。 ・・・ってちょっと待った。元の世界に戻る云々はともかく、何だ『面白い出来事に出会わせなさい』って。 俺はこんなワケわからん戦争以上の奇怪な出来事に巻き込まれるなんて真っ平御免なんだが・・・。 更にそれ以前に、聖杯で叶えられる願いって一つじゃないのか? 一度に二つの願いだなんて・・・シェ○ロンじゃあるまいし・・・。 と、益体もないことを考えていると・・・突然視界が塞がれる。 至近距離で太陽を見てしまったかのような眩しい光に包まれているのだ。 そして、それと同時に、電気楽器を接続したアンプがハウリングを起こしたが如き、激しい耳鳴りが鼓膜を刺激してくる。 すぐに全身の感覚もなくなってゆく――そしてついには意識もその自我を手放そうとする。 あれ・・・?おかしいな・・・? これで本当に元の世界にモドレルノ・・・? でもこの感覚・・・イチドアジワッタコトガアルヨウナ・・・。 ああ・・・マタミンナニアエルトイイナ・・・。 ダメダ・・・ナンダカモウネムクナッテキタ・・・。 暗く、重く意識が沈んでいく。 ベッドに横たわり、心地よい睡魔に包まれているかのように、 すーっと落ちてゆくような感覚。 何も見えないし、聞こえない。 俺は・・・一体どうしたのだろうか・・・。 あれ?というか俺今まで何していたんだ? 今日はいつも通りの一日で・・・って違うぞ? 俺は何やらとんでもないことに巻き込まれていたような記憶が・・・。 それにしてもこの不思議な感覚は一体なんだろう?夢か? ふと、閉ざされていたはずの視界に、眩しい光が注ぐ。 まるで俺はその光に導かれるように―― ゆっくりゆっくりと―― その中心に吸い込まれていく・・・。 ――はっ!! ――目を覚ます。見渡すと・・・辺りは見慣れた俺の部屋、そして身体はふかふかのベッドの中。 枕元では携帯電話のアラーム音が己の義務を果たさんと、これでもかと唸りをあげている。 推測するに、日々俺が習慣的に起床するべき時であるらしい。 俺は・・・寝ていた・・・のか? まだ意識が覚醒しきっていない影響か、今の自分の置かれている状況がすぐには理解できなかった。 数分間、ただただぼーっと部屋の壁を見つめている。 寝ぼけ眼が少しずつ開かれて、徐々に眠っていた意識は覚醒し、記憶が蘇らんとする――と 「キョンくん、起きたぁ~?」 バタンとドアを開け、部屋へと闖入してくる小さな人影。 それは見紛うことない、我が妹の小さなシルエットだった。 白状すると妹の姿を視認した瞬間に、俺は全て思い出していた。 だからこそ、呆けている俺を尻目に、いつの間にやらベッドにちょこんと飛び乗り、無邪気に纏わりつく妹に、 こんな言葉を投げかけてしまっていた。 「お前・・・俺を殺すつもりだったりするか?」 「へ?キョンくん何言ってるの?」 俺の突然の発言に、妹は目を丸くさせている。もう少し聞き方ってモンがあったかな・・・? 「・・・そう言えばシャミセンは?」 「そこにいるよ?」 妹が指差す先では、床に文字通り丸くなって眠っている三毛猫の姿――。 「俺・・・見た目どこか変じゃないか?」 「???」 「髪の毛が真っ白だったり、赤い変な服着てたりしないか?」 「いつものキョンくんだよ?」 立て続けの兄の脈絡のない意味不明な発言に、妹は首を傾げ、思案顔だ。 「・・・そうか。無事戻ってこれたんだな・・・」 「???何言ってるの?へんなキョンく~ん・・・」 言い知れぬ安堵感を感じ、気づくと俺は思わず傍らの妹の頭をワシャワシャと撫でていた。 「や~ん、くすぐったいよ~」 ここに来てやっと、思い出した記憶と認識した現状が一本の線に繋がった。 どうやら俺はあのワケのわからない世界から無事元の世界に戻ってくることが出来たらしい。 ただどうしても違和感がある点――言い換えればむしろ驚愕に値する点が、事実として存在していた。 それは『キョン』としての俺の記憶と、あの赤いサーヴァント『アーチャー』としての記憶を、 現在の俺が両方とも持っているということだった――。 ~後日談~ 結局のところ、俺の日常はいつも通りに戻っていた。 とは言っても二人の『俺』の記憶を現在の俺は持っているワケで、 今生きているこの世界が元々どちらの『俺』に属していたものかはわからない。 寧ろ――どちらでもないんじゃないか、って今は考えているのだが。 とにかく――俺が『聖杯戦争』とか『魔術』とか『サーヴァント』とやらが存在しない世界、 常にデッドエンドが隣り合わせの血生臭さとは離れた平和な世界に戻れたことは間違いないらしい。 その証拠に俺の家に大きな庭なんてないし、離れの小屋だってない。父親も母親もしっかり存在しているし、 記憶の中ではシャミセンをけったいなバケモノとして従えていた妹も、ちっこいただの小学生だ。 勿論、いくら念じてみても俺の両手から物騒な剣が飛び出てくることもない。 俺は――ただの高校生『キョン』に戻ったのだ。 学校への通学路――いつもの長くキッツイ坂道――をひたすらに歩く。 「よっ!キョン」 背後から俺を呼ぶ声――谷口だ。 俺は隣を歩く旧友に唐突に言葉を投げる。 「お前・・・ライダーって知ってるか?」 「はあ・・・?仮面ライダーなら知ってるが・・・っていきなり何言ってんだお前」 谷口はテストのヤマが丸っきり外れてしまったかのようなしかめっ面で、俺をまじまじと見つめている。 一瞬――地べたに倒れ、もがく俺を見下ろし、品のない笑みを浮かべる谷口の顔を思い出した――が、すぐに脳裏から消えた。 「いや・・・なんでもねえ」 「お前おかしいぞ?とうとう涼宮に洗脳でもされちまったか?」 「そんなワケねえっつーの」 そうそう。ありゃ洗脳なんて言葉も生温い。言うなれば悪夢みたいなモンだと思うのだが 「はあ・・・?僕があなたを殺そうと?ランサー、アーチャー?何のことでしょう?」 古泉一樹は心底俺の言っていることが理解できないといった風で、顎に手をあて、首を傾げていた。 中庭――並んでベンチで缶コーヒーを啜りながら俺は古泉に一部始終を語っていた。 俺の話す内容について、古泉には何の記憶もないらしい。 もっとも、教会で最初に会った時は嘘を吐いて俺とハルヒを欺いていたヤツのことだ。 もしかすると記憶にありながらも誤魔化しているだけなのかもしれないとも考えたが、 どうやら古泉は本当に俺の言っていることに覚えはないらしい。 「あなたの話が本当だとすれば・・・それは非常に興味深いですね」 ただコイツはこれでも『機関』とやらに属する超能力者だ。この手のトンデモ話には幸いなことに耐性が十分にある。 すぐに俺の話が真実のものと仮定した上で、ペラペラと薀蓄を垂れ始めた。 まあ、いつも通りハルヒがどうこうとか神がどうこうとかワケのわからん話だったので聞き流したがな。 「お前、俺達のこと殺そうとしたんだぞ?」 そうそう。これはしっかりと追求しとかねばならない。 ストレスかなんだか知らないが、コイツの顔したランサーに一度は心臓ぶち抜かれてるんだからな。 「おやおや、僕はそんな物騒な役回りだったのですか?」 「ああ、お前がラスボスだなんて勘弁してくれよもう」 「ご心配なく。僕は何があろうとあなたの味方ですよ」 「やめい。その言い方少し気色悪いぞ、変態め」 記憶の中の古泉は『いつも損な役回りをさせられていた』『僕にも普通の古泉一樹としての人生があったのに』 というようなことを言っていた。それはそれは普段のコイツからは想像もできないような苦々しい表情で。 まあ、これからはコイツの負担を少しは和らげられるよう、俺も行動しないとな。 「迷惑かけたな、古泉。まあこれからもかけるかも知れないが」 そんな俺の言葉に――古泉はいつものあの気色悪い笑みを向けることで返答した。 「ああ、そう言えば――」 教室に戻ろうとした俺に、古泉は思い出したように声をかけた。 「生徒会長さんから言付けを頼まれまして。『後で生徒会室に来い』とのことですよ?」 はて。俺は生徒会に呼び出されるような狼藉をやらかした覚えなど皆無なのだが。 「何でも・・・『ウチの書記を苛めてくれた落とし前をつけろ』とのことで・・・」 あらら・・・。そういうことデスカ・・・。 『もし・・・もとの世界に戻れたら・・・覚えててくださいね? 会長に・・・あなたにいじめられたって・・・チクっちゃいますよ?』 赤き英霊アーチャーとして、暗殺者アサシンたる喜緑さんと対峙した記憶が蘇る。 って喜緑さん・・・。あなたしっかりと覚えていたんですね・・・。 これは後が怖いぞっと・・・。 「そうですか・・・そんなことがあったんですね」 3年生の教室の前。廊下にて俺は朝比奈さんと会話を交わしていた。 朝比奈さんは俺の話をそれほど驚いた風もなく、淡々と聞いた末に以上のような感想を漏らした。 彼女もまた未来人という特別な境遇に身を置く人間であり、俺のトンデモ話をすんなりと受け入れてくれた。 そして、やはり彼女にも古泉同様、何の記憶も残っていないらしい。 あの世界での出来事は朝比奈さんにとっては思い出したくないことが多いだろうし、それで良かったのかも知れない。 あと、正直言って、彼女に記憶がないのは非常に俺にとっては幸いなことだった。 なぜなら俺は・・・『魔力補給』とかいうワケのわからん名目で朝比奈さんと×××してしまっている・・・。 まあ実を言えばその場にはもう二人いたんだが・・・。 とにかくそういうワケでもし朝比奈さんに記憶があれば、それはそれは気まずいことになっていただろう。 あー良かった良かった・・・。 「わたし・・・キョンくんのお役にたてました?」 上目遣いで控えめに聞いてくる天使、否朝比奈さん。 「ええ、勿論」 これは本当。あなたがいなかったら俺の心はきっと折れていたでしょうから――ね。 「おや?キョン君、3年の教室にまで来て何してるのかな? もしかしてみくると密会?青春にょろね~」 と、俺と朝比奈さんの間にいつの間にか割り込んでいたのは勿論この人、鶴屋さんだった。 「二人して何の話してたのかな~?」 鶴屋さんは興味津々といった風なナチュラルハイなテンションで、俺と朝比奈さんを交互に見てニヤニヤしている。 「えっ・・・えっと・・・それは・・・」 戸惑う朝比奈さんを制し、 「別に、そんなんじゃありませんよ。ちょっと団活のことで連絡があっただけです」 「ふ~ん。ホントかな~」 疑いを隠そうともせず、俺をジロジロと舐めるように見回す鶴屋さん。 きっとこの人にも記憶はないハズだし、余計なことは言うべきじゃない。 ただ―― 「鶴屋さん、あなたがいて本当に助かりましたよ」 と、感謝の念だけはしっかりと述べておいた。 「へ?何言ってるにょろ?」 キョトンとしてしまう鶴屋さん。 (――あなたがいなかったらきっとランサーを倒すことは出来なかったでしょうからね。) 俺は心の中でそうひとりごちていた。 「――で、だ。やっぱりお前には記憶があるんだろう?」 俺の問いかけに、長門は僅か2ミリほど首を縦に動かすことで答えた。 無論、不可視の剣を持っていたりなどしない、どこからどう見てもただの女子高生である。 そして――だ。やはり長門にはあのワケのわからない世界で『セイバー』のサーヴァントとして 現界していた記憶が、しっかりとあるらしい。 『やはり』と言ったのは長門ならそれぐらい不思議でない、と思ったからに過ぎない。 それ以上の根拠をあげるならば、同じヒューマノイドインターフェースである喜緑さんには、 記憶があったらしいから、ということぐらいだ。 ちなみに『キャスター』として現界していた朝倉涼子はこちらの世界には存在していない。 朝倉は二人の『俺』の共通の記憶にあるように、長門によって消滅せしめられたままのようだ。 とにもかくにも長門には記憶がある。 ということはあの聖杯戦争の一部始終や最後の二人の『俺』の死闘についても記憶があるということで。 更には『魔力補給』の名目で×××・・・ってそれは置いておこう・・・。 何が何でも話題に出しにくいし、避けなければならないな・・・。 しかし、それでもこれだけは言っておかなくてはならないだろう。 「ありがとうな長門。今回もやはりお前には助けられっぱなしだったよ」 未熟な駆け出し魔術師としての『俺』に『セイバー』のサーヴァントとして付き従ってくれた長門。 もし長門がいなければ、俺は即脱落――あの世逝きだったことは間違いだろう。 そして『自分殺し』という不毛な憎悪の塊だったアーチャーとしての『俺』にも『守りたい』とまで言ってくれた長門。 幾ら謝辞を述べたところで、その感謝の気持ちを表すには足りないくらいだ。 俺の言葉に長門は、表情一つ変えず 「いい。――あなたが無事でよかった」 と、これまた俺にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。 長門有希――俺の知る無表情で、無口で、本が好きで、宇宙人というトンデモな肩書きを持つ少女。 彼女は常に俺の傍にいてくれた。そして、俺の身に降りかかる様々な危険から、俺を守ってくれた。 本当に感謝してもしきれない。だからこそ、今度は俺がお前にお返しをする番だ。 「また今度、図書館行くか――?」 長門は透き通ったガラス玉のように無垢な瞳を俺に向け、小さく頷いた。 放課後。特にやることもない俺は一目散に帰宅――ではなく、旧校舎へと足を運ぶ。 どこに向かっているか、言うまでもないだろう。 随分久し振りな気がするが――こっちの世界の時間軸に従えばそんなことはないのだろう。 ――足を止め、目の前にあるは我がSOS団の部室。 紆余曲折あったが、俺は再びこの場所に戻ってくることができた。 『俺』にとって、一度は失ったはずのこの場所に。 ドアを開ける――そこには記憶と少しも違うことのない風景だ。 そして真正面の机に鎮座し、デスクトップPCと対面しているのは ――マスター・・・いや違ったな。もうこの呼び方は適切じゃない。 そう。誰あろう我がSOS団団長――涼宮ハルヒだ。 「あれ・・・。他の面子はまだ来てないのか」 部室にはハルヒ以外の人間はいなかった。 ハルヒは入ってくる俺を意に介する様子もなく、黙りこくっている。 そう言えば今日は教室でも終始こんな感じだったな。 俺は壁に立てかけてあるパイプ椅子を広げ、いつもの指定席に腰を下ろす。 ハルヒがカチカチとマウスを叩く無機質な音のみが室内に響く。 「ヘンな夢を見たのよ――」 不意にハルヒは口を開く。視線はPCの液晶に固定されたままで。 「へえ、どんな?」 「ワケのわからない夢だったわ。特にアンタが笑えたわよ。コスプレみたいな赤い服着てて」 「俺にそんな趣味はないがな」 「かと思ったら、何もないところから武器出したりして」 「そらまた物騒な」 「なぜかアンタが二人いて――」 「意味がわからないし笑えないな、そりゃ」 「・・・・・・」 それっきりハルヒはまた黙りこくってしまった。 何とも気まずい沈黙だ。早く誰か来ないものか、と思っていると―― 「・・・・・・わよね」 また何事かをハルヒが呟いている。 「は?」 「今度は・・・急にいなくなったりしないわよね?」 俺の所からはハルヒの表情は窺えない。 けれども、その搾り出したような真剣極まりない声色を聞けば、今ハルヒがどんな気持ちなのかというのは自明だった。 「――ああ」 普段は手狭に感じることもあるこの部室も、二人だけしかいないと随分広く感じる。 例えば、俺の座っている場所からハルヒ専用の団長席までの距離がやけに遠く感じるように。 それでも今この瞬間は、そんな物理的な距離に関係なく、俺とハルヒが思いを馳せていた記憶は同じだったのだろう。 「いなくなったりしないさ。俺がいないと、雑用とかを引き受ける人間がいなくなるだろう?」 我ながら悲しいぐらいの、奴隷属性丸出しの台詞である。 「ふん、わかってるじゃないの」 ハルヒは相変わらず、ディスプレイを凝視したまま。 カチカチというクリック音がやけに大きく聞こえた。 涼宮ハルヒ――俺の戦友でありマスターであり、今では団長だ。 きっとお前がいなければ、俺はこの世界に戻ってくることも、そして『答え』を見出すこともできなかっただろうな。 ありがとう、ハルヒ。 んで、だ――。 「お前さっきから何やってるんだ?」 さっきから延々とPCのディスプレイに釘付けになっているハルヒに疑問を投げる。 どうせ、またおかしなオカルトサイトをネットサーフィンして回ってるだけだろうけど。 「ん、ちょっとね」 そんな歯に物の挟まったようなハルヒの返答が妙に気になった俺は席を立ち、PCの画面を覗き込んでみる。 「なんだこれ?」 「暇つぶしにコンピ研の連中から借りたのよ。所謂ギャルゲーってヤツ」 「・・・・・・」 ツッコミその1。 まず100パーセントの確率でコンピ研から『借りた』のではなくて『強奪した』のであろう。 毎度ながらご愁傷様です。 そしてツッコミその2。 しかもよりによってギャルゲーかよ。っていうかその手のゲームでPCでやるのって大体は十八禁じゃ・・・。 「しっかし、こんなののどこが面白いって言うのかしらね。オトコって馬鹿じゃないの?」 そう言いながらもテキストを送るクリックをする手を止めないハルヒ。 「こういう陳腐なボーイミーツガールものってどうなのかしらね。ただこのゲームの設定は面白いと思うけど――」 「あれ?」 俺はディスプレイの中で繰り広げられるゲームを見ながら、そんな間抜けな声をあげていた。 それは主人公が、魔術師同士の戦争に巻き込まれるという、伝奇モノのストーリーだった。 やけに難しい漢字や強引にも思えるルビ振りが成されたテキストが特徴的な、いかにもその手のオタクが好みそうなゲーム。 「魔術がある世界なんて面白いじゃない?それに過去の英雄を使い魔として召喚して戦争するなんてのも」 ふん、と鼻を鳴らし、ゲームの感想を述べているハルヒ。 ――そういうことだった・・・のか? そんなコトがあるはずないと思いながらも俺は、あの極悪神父古泉や暗殺者喜緑さんの台詞を思い出していた。 「こんな面白い世界だったら、あたしも是非体験してみたいわね」 呑気にそう漏らすハルヒ――。 何とも皮肉だね。ついぞこの間まで俺もお前も同じような世界に身を置いていたんだぜ? 「こんばんは。おや、お二方共既に来ていたのですね」 ――と、気づくと部室に入ってきたのは古泉だった。 そしてその後ろには朝比奈さんと長門が控えている。 SOS団全員集合だ。 「みんな揃ったようね」 マウスを弄くる手を止め、勢揃いした団員達を見回すハルヒ。 「今日は久し振りに、外に出るわよ――!」 こうしてまた俺の日常は動き出す。 「課外活動として、市内不思議探索ツアー、勿論途中の食事はキョンの奢りね――」 勿論、宇宙人や未来人や超能力者、そして世界を改変してしまうトンデモ力を持ったヘンな女―― そんな『非日常』にも囲まれながら。 「そうと決まったら行くわよ!ほら、みくるちゃん、有希――!」 「ふええ~ん、引っ張らないでくださ~い」 「・・・・・・」 「おやおや、今日の涼宮さんはやけに活動的ですね」 そう。俺は誓ったんだ。 この非日常的な日常を守っていくと――大切にしていくと――。 ――それは誰でもない一人の俺、『キョン』として、な。 と、まあ今回の話はこれで終わりだ。 相変わらずワケのわからない事件に巻き込まれてしまった俺ではあるが、 何とか無事に事態が収まってよかった、と目一杯安堵の溜息をつかせていただきたい気分である。 さて、最後に一つだけ疑問が残ってしまった。 それは俺が今身を置いているこの世界のことである。 まず、あの聖杯戦争が行われていた世界はやはり、仮初のものであり、別の世界であったのだろう。 それについては俺も既に重々認識していて、納得もしている。 しかし、一般人である俺が生きていたはずの世界は、ハルヒの手によって崩壊してしまったはずではなかったのだろうか? そして朝比奈さんも長門も古泉も、俺の目の前から消えてしまったはずではなかったろうか? それでも今目の前には皆存在しているし、何もなかったかのように日々は続いている。 果たしてこはいかに・・・・という話である。 そんな疑問に際して、俺は一つの仮説、もとい答えを考えてみた。 本当はこういうのは古泉の専売特許なのであろうが、な。 つまりは全ては『聖杯』のおかげなのだろう。 ハルヒは聖杯に『元の世界に戻せ』と願った。 それと同時に『もっと面白いことに出会わせろ』とまで贅沢にも願った。 聖杯とやらがハルヒの言うことをどう捉えたかは知らん。 しかし、きっと聖杯は、俺達の生きるこの世界をあるべき姿に再構成してくれたのではないだろうか? ハルヒの手によって塗り替えられてしまうはずだった世界を、もとの日常に戻してくれたのではないだろうか? もし俺の推測が当たっているとすれば、聖杯とやらは本当に全知全能だったらしい。 何せ、『神』と呼ばれたハルヒの所業まで覆してしまう力を持っているのだからな。 と、まあ古泉並にぶっ飛んだ推測であるし、信じる信じないは皆の自由だ。 それ以上に大事なのは、やはりこの世界の行く末は俺にかかっている、ということだ。 再び取り戻すことのできたこの日常を、守るも壊すも俺次第。 現に一度俺はそれに失敗しているのだ。 今度こそ、俺は守らなければならない。 それが―― あの狂った世界で『俺』があの赤い弓兵に誓ったコトであり―― 赤い弓兵としての『俺』が得た答えだ。 何の特殊なプロフィールもないし、魔術も使えない、そんな一介の高校生の俺には、 何とも荷が重い話のように思えるが、まあ何てことはない。 俺は俺なりに、この世界を、このかけがえのない日常を楽しんでいく。 それでいいじゃないか。 な?そうだろう? 「ちょっと、キョン!アンタもさっさとついてきなさい!」 ハルヒが頬を膨らませて、俺を呼ぶ――。 「はいはい、わかってるさ・・・」 そして、本当に久し振りの口癖が思わず出てしまう――。 「やれやれ・・・」 ~THE END~