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エピローグ とある日の夕方 俺はベッドの上であの時の事を振り返った。 人の記憶は面白い代物である。 あの日、俺は焦っていたはずであり、一度は諦めて死を悟った。 今では「これもまたいい思い出」で終わりそうである。 こうして人間は自分に都合の悪い(時には良い)情報を処理しているのだろう。 俺はこの世界で産声をあげ、感じた。 俺には、ハルヒがいる。 そして、その周りには、いや、「この世界」には、俺達を支えてくれる仲間がいる。 仲間のおかげで、俺はいる。 こいつらのおかげで、俺達は地を踏みしめる事が出来る。 誰にも邪魔させない。 だって、俺達は最強なんだぜ。 無敵艦隊だろうが、銀河系軍団だろうが、史上最強打線だろうが怖くない。 ハルヒがいる限り。 突然、電話が鳴る。 びっくりして、ベッドから跳ね起きる。 煩い。良いこと言っている途中なんだ。 「もしmー」 「キョン!!明日、映画観に行くわよ!!」 「明日?……悪い。明日は用事が入ってる。」 「え〜?そんなの断っちゃいなさいよ。」 「ごめんな。大事な用事なんだ。」 「あたしと用事のどっちが大事なの!?」 やれやれ、いつものパターンか。 「ハルヒの方が大事。」 「え?………な、なら来なさいよ!!」 「俺はいつでもここにいる。映画なら、いつでも行けるさ。 明後日でも、その次でも、なんなら毎日行ってやってもいいぞ。」 「ははーん。言ってくれるじゃない。 じゃあ明後日ね。遅れたら、死刑&私刑&罰金だからね♪それと………」 それと? 「ありがと。」 「は?」 俺がこの一文字の疑問形をいい出す前に、電話は切れた。 俺は再びベッドで仰向けになる。 「明日……何買おうかな。オルゴール……ぬいぐるみ………ネックレス……だめだ。朝比奈さんに聞こう。」 もうすぐハルヒの誕生日。 ハルヒへのプレゼントを考えながら、また深い深い夢の内へと誘われる。
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涼宮ハルヒのOCGⅡ う、嘘だろ・・・。目の前には麗しの上級生朝比奈さんがいる。いつもなら俺を癒してくれるその笑顔も、今だけは俺に何の効力も持たなかった。何故かって? 俺のライフポイントは0。朝比奈さんは8000。んで今は朝比奈さんの先攻2ターン目。さて、何でこんな状況になったのか、まずはそれを説明しなければならんな。5分前に遡るとしよう。 古泉の関係者の売却と、長門の情報操作のおかげで文芸部室には大量のカードが集まっていた。前者はどうもハルヒの力らしいが、今回ばかりは俺にプラスに作用したぜ。デッキを調整しなおした俺は、何故かデュエルができるらしい朝比奈さんと決闘することになった。ゆっくりとデッキをシャッフルする朝比奈さん。何をやらしてもこの人は絵になるな、うん。そしてジャンケンは朝比奈さんが勝って俺は後攻になった。まずはお手並み拝見と行くぜ。というかこの時気づくべきだったんだろうな。朝比奈さんがいつもと違う種類の笑みを浮かべていたことに。 「えーっと私の先攻です。ドローします。ドローフェイズ、スタンバイフェイズ、メイン入ります。」 なんか本格的だな。俺は正直ドローフェイズなんて意識したことなかったぜ。対象を取る云々もよくわからん。 「手札から大寒波を発動します。終末の騎士を召喚。効果でデッキからゾンビキャリアを墓地へと送ります。手札を一枚デッキトップに戻してゾンビキャリアを蘇生します。6シンクロしてゴヨウ・ガーディアンを特殊召喚します。ターンエンドです。」 まて、俺の前にいるのは誰だ?長門でもハルヒでもなくて、いつも甲斐甲斐しくお茶を淹れるSOS団マスコットキャラのメイドさん、朝比奈さんだぞ。初ターンに6シンクロという戦術と普段の姿にギャップがありすぎる。前言撤回、お手並み拝見なんてしてる場合じゃない。というか未来のデュエルレベルってどうなってるんだ? 「俺のターン、ドロー。」 とはいえ大寒波をいきなり食らってるのでこちらも何もできん。とりあえず魂を削る死霊をセットしてターンエンドだ。こいつなら戦闘破壊もされないしな。ターンエンドです、朝比奈さん。 「では私のターンですね。ドローして、メイン入ります。増援を発動、デッキから終末の騎士を手札に加えます。」 手つきはいつもの朝比奈さんなんだが、表情が違う。いつかの公園で自分が未来人であることを告白したときのような真剣な表情だ。 「終末の騎士を召喚。効果でD-HERO ディアボリックガイを墓地に送ります。ディアボリックガイの効果発動、墓地のディアボリックガイを除外してデッキから同名カードを特殊召喚します。さらに手札から緊急テレポートを使います。デッキからクレボンスを特殊召喚します。」 また、シンクロですか朝比奈さん。というかあなたに闇属性は似合いませんよ。 「そ、そうですかぁ?闇属性はとっても強いですよ。8シンクロでダークエンドドラゴンを特殊召喚。効果でキョン君の裏守備モンスターを墓地に送りまあす。」 やばい、これでかなりのダメージを食らうことになる。初手の大寒波がかなり効いてるな。まあでもこのターンは何とかもつだろう、多分。 「墓地の闇が三体なので手札からダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚します。バトルフェイズです、全部通れば私の勝ちです。キョン君ゴーズかクリボーありますかぁ?」 とこれで冒頭のシーンに戻るわけだ。2ターンキル。完璧にやられたね。いつのまにか俺たちの周りにいたハルヒや長門もこのデュエルを見ていて、朝比奈さんが俺をあっという間にノックアウトした瞬間、二人とも唖然としていた。(といっても長門は少し目を見開いただけだが)そりゃそうだわな、誰だってドジっ子メイドの朝比奈さんがこんなデッキを組んでくるとは思わないさ。 「すごいじゃないみくるちゃん!次はあたしとやるわよ!」 ハルヒが朝比奈さんを引っ張ってとなりの席に連れて行く。いつもなら「やめてください涼宮さぁ~ん」と可愛らしく言っているのだが、 「ふふっ。受けてたちますよ涼宮さん。」 一瞬朝比奈さん(大)かと思うほど落ち着いていたね、人は見かけによらないとはよくいったもんだ。 「あなたは私と」 そうだな長門、よしやるか。そういえばお前は何のデッキを使ってるんだ? 「ライトロード」 そうか・・・。墓地に裁きの龍が落ちることを願うとしよう。てかなんでライトロードにしたんだ? 「デュエルが早く終わるから。私たちにとって時間は貴重。それに今の時代はワンキル。」 やれやれ。そういえばハルヒは剣闘獣だったっけか?国内ベスト8のデッキがこの狭い部室に全部そろうとは思わなかったぜ。朝比奈さんは想定外だったが、体育祭といい百人一首大会といいSOS団は何をやらせても秀逸だよな、まったく。 「私の先攻。始めていい?」 ああ。構わないぜ。それでもまあ、タイムトラベルをしたり、謎の山荘に閉じ込められたり、誘拐事件が起こるよりはよっぽど平和だ。団員全員が無事で、みんなが楽しく過ごせているんだ。こういうのも悪くない。 「手札より大寒波を発動。墓地にライトロードが4種類いるので手札から裁きの龍を特殊召喚。コストを払って効果発動。手札からもう一体裁きの龍を特殊召喚。ライトロードマジシャン・ライラを通常召喚。3体で攻撃。何もなければ私の勝ち。」 ああ・・・制限改訂が待ち遠しいね。 END
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山にこもって半年が過ぎた。なにも考える必要のない生活というのは大層ヒマでつまらないものだったけど、それにももう慣れたし、これはこれでいいものだと思えるようになってきた。 今日も朝起きて歯を磨き、朝食を食べて山に入り、チェーンソーに混合ガソリンをさして仕事に取り掛かった。 いつも通りの、平穏で静かな時間がながれる。 杉にチェーンソーの刃を食い込ませてしまい抜こうと躍起になっていると、遠くから人の藪をかきわける足音が聞こえてきた。隣の炭焼きの谷口さんだろうか。今日こっちへ来るって言ってたから、たぶん間違いないだろう。 あの人は年季がはいってるから、上手に刃を抜いてくれるかもしれない。 ハルヒ「谷口さん」 キョン「ハルヒ、こんなところにいたのかよ。探したぜ」 ハルヒ「キョン!? あなた、なんでここに?」 キョン「お前を連れ戻しにきたに決まってるだろ」 ハルヒ「……なんでよ。放っておいてよ」 キョン「2年前、お前がどうして蒸発したのか、その理由がわからない。会って1年ちょいの付き合いだったけどさ、事情くらい教えてくれてもいいんじゃないのか? それが知りたくて、追ってきたんだ」 ハルヒ「ば、ばかじゃないの? それだけのためにこんな山奥まできたって言うの?」 キョン「そうだ。俺はバカだからさ。どうしても諦められないんだ」 ハルヒ「もう放っておいてよ! 私が出てった理由なんてどうでもいいじゃない」 キョン「どうでもよくない。それに、理由を知りたいのは俺だけじゃない。みんなそうだ。古泉も朝比奈さんも長門も、この2年間どんな思いでお前を探してきたか分かってるのか?」 ハルヒ「知らないわよ! そんな勝手な、あんた達の理屈を私におしつけないでよ!」 キョン「放ったらかしかよ!? 俺たちのこと。俺のこと。俺はな、お前がいなくなってからようやく悟ったよ。俺、お前の言うとおり馬鹿だからさ。気づかなかったんだ。ただ漠然と感じてはいたんだけど、俺」 キョン「俺、お前のこと、好きなんだ」 私はまた逃げ出した。アイドリングするチェーンソーをその場に残し、山道を駆け上っていった。 好き? キョンが、私のことを? そんなことあるはずない。 ハルヒ「いい加減なこと言わないでよ! あんたが好きなのはみくるちゃんなんでしょ? 適当なこと言って私を騙そうったってそうはいかないわよ。もう騙されないんだから。私は」 キョン「騙してなんかいない! 確かに朝比奈さんのことは好きだけど、それはなんていうか、恋愛感情というよりも憧れというか、父性本能というか……よく分からんが、純然たる恋愛感情でないことだけは確かだ! 誓っていい!」 ハルヒ「………」 キョン「なあ、分かってくれよ」 ハルヒ「本当に、私のことが好きなの? 嘘じゃないの?」 キョン「ああ。嘘じゃない。もし嘘だったら、お前の商売道具で切り刻まれたっていい。本当だ」 ハルヒ「そう……なんだ」 ハルヒ「……本当いうとね、私も好きだったのよ。あんたのこと」 キョン「………ハルヒ…」 ハルヒ「でもね、見ちゃったのよ。あの日。2年前のいつだったか。校舎裏でたまたま、あんたとみくるちゃんが抱き合ってたの」 キョン「あれは……その、違うんだ。朝比奈さんが元の時代に帰るからってお別れに……いや、なんでもない。ともかく、あれは違うんだ。恋愛感情からの行動じゃない」 ハルヒ「ほんと?」 キョン「本当だ。俺が好きなのは、お前だけだ」 ハルヒ「嬉しいわ。あはは。私たち、実は両思いだったんだ…」 キョン「ハルヒ。……積もる話もいろいろあるだろうしさ。とりあえず帰ろうぜ。こんな山の中じゃ、ゆっくり話をする喫茶店もないしさ」 ハルヒ「……でも、ダメよ。帰って。もう二度と私の前に姿を現さないで。あなたが本当に私のことを愛してるんだったら」 キョン「何故だ!? お前は俺が朝比奈さんと抱き合ってるのを見て勘違いして、あ、いや、あれは俺が悪いんだが、とにかく誤解は解けたんだ。もう厭世する理由もないだろ?」 ハルヒ「……重いのよ。私には。2年前の私なら十分あなたの気持ちに応えられただろうけど、今の私には、そういう感情は重荷にしかならないの。苦しいのよ」 キョン「ハルヒ……」 山の中を逃げ回る私。それを追ってくるキョン。変な状況よね。心底そう思うわ。これがお花畑か麦畑ならロマンチックだったんだろうけど。 私はもう誰の期待にも応えたくない。辛いから。 追ってこないでよ。そうやって私に気をもたせて。どれだけ私が苦しんでるか分かってるの? あなたの期待に応えたいという自分と、あなたにもしも裏切られたらと無意識的に思ってしまう私の、狂おしいほどの葛藤がどれだけ辛いことか。 こんな苦しくて、胸が張り裂けそうなほどに悲しい思いをするくらいなら、いっそ…… ハルヒ「来ないで!」 キョン「待て、どうするつもりだ!?」 ハルヒ「どうするって、どうするかなんて見れば分かるでしょ。それ以上近づいたら、私はここから飛び降りるわ」 ああ、私ったら。まだこんなに。こんなに苦しむほど、 この人のことが好きだったんだな。 キョン「どうしろって言うんだよ!? もう、俺はお前と離れ離れになるなんてイヤだぜ」 ハルヒ「近くにいるよりも、互いに離れたまま良い思い出として胸にしまっておいた方がいいことも、あると思わない?」 キョン「お前にとっては迷惑でうっとうしい俺のわがままかしれないが、俺はそうは思わないな。勝手な言い草だとは分かっているが、今は言わせてくれ。俺、お前と一緒でないとつまらないんだ! この世のすべてが!」 そうか。 なんだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。バカは私だ。 私と同じで、この人も苦しんでたんだ。私とは、まったく正反対の理由で。 もっと早く、気づいてあげたかったな。そうすれば、この人も私も、今頃は…… ハルヒ「ありがとう。キョン。泣けるほどうれしいよ」 キョン「ハルヒ……。俺も、お前の気持ちを考えずにここまで追いかけちまって、悪かった」 ハルヒ「いいよ。別に」 ハルヒ「そういえば昔は、SOS団やってた頃はさ、よくあんたに無理難題ふっかけてたわよね。私」 キョン「まあな。何で俺が、っていつも思ってたけど、今思えば楽しい毎日だったよ」 ハルヒ「無理難題のなつかしい思い出ついでに、最後にひとつ、わがまま言ってもいい?」 キョン「いいぜ。この際だ。最後にひとつと言わず、これからもずっと聞き続けてやるよ」 ハルヒ「ううん。ひとつでいいよ」 ハルヒ「ごめん。私のことは、忘れて。さようなら」 それだけ言って、私は崖の上から跳んだ。 風が耳元でうなり声をあげている。宙で体がのけぞった時に一瞬、キョンが何か叫んでいるのが目に入った。 なにも聞こえなかったけどね。でも、よかった。きこえなくて。 小学生時代から平凡な人生に辟易してきた私は、ずっと不思議でおもしろくて、楽しいことを探してきた。とうとう見つけられなかったけどね。 けど、なんか今、ちょっと楽しいな。浮遊感ってなんか不思議な感じ。 風にさらされて、私の体が半回転した。その時、私の耳に耳障りな風の音以外の声が聞こえた。 キョン「ハルヒッ!!」 ハルヒ「キョン!? 私を追って…? どうして、あんた……!」 キョン「気づいてやれなくて、すまなかった! 一言だけ、俺も言わせてもらおうと思って追ってきた!」 キョン「お前、さびしかったんだな」 伸ばした手を、キョンがつかんだ。 キョン「聞こえたか? 聞こえなかったかもしれないから、もう一回言うぜ。最後まで気づいてやれなくて、ごめん。やっぱお前の言うとおりだったわ。馬鹿だな、俺」 ハルヒ「死んじゃうわよ、あんた! なんで飛び降りたのよ! 飛び降りてまで言うセリフじゃないでしょ!?」 キョン「舌かみそうだぜ……。なんでって、そういう気分だったからさ。お前を放っといて、のうのうと帰れるかよ。お前の尻拭いをするのは、雑用係の俺の役目だろ? いつだって」 ハルヒ「キョン……」 キョンが私の肩を強く抱いた。 暖かい。 いやだ。絶対に。 この人を死なせたくない! 神様! 本当に神様がいるんだったら信じてもいい、お賽銭だっていくらでもあげるわ! だからこの人を助けてあげて! お願い! 一瞬なにが起こったのかわからなかった。木の葉のように錐揉みする私とキョンの体が突然、手を離した風船のように宙に浮き上がった。 ジェットコースターで急降下する時、体が風で上に持ち上げられるでしょ。あんな感じ。 キョン「上昇気流か!?」 ハルヒ「じょうしょう……きりゅう?」 呆然とする頭では理解できなかったけれど、下から猛烈な勢いで押し上げてくる空気の塊に流され、私とキョンはその上昇気流に空高く持ち上げられた。 もうどこが上でどの方向が下なのかも分からないくらい、私たちは風にもまれて奔流していた。 そして気づくと、2人して元いた崖の渕に転がっていた。 キョン「……くそ、痛ぇな。アザになってるぜ。助けてくれるんなら、もうちょっとソフトにお願いするよ、神様」 ハルヒ「………私たち……たすかったの?」 キョン「ああ、そうらしい。ここがあの世じゃなければな。まあ、お前と一緒なら俺はこの世でもあの世でも、どこでもいいけどな」 ハルヒ「そっか……」 頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。キョンの言っている言葉も理解できていなかった。 でも、ただ一つだけ強く感じられたことがある。 空中でキョンに抱かれた時。あったかかったな。 ハルヒ「人間ってさ。死ぬ瞬間に、今までの人生を走馬灯のように見るっていうでしょ。あんた、見えた?」 キョン「ああ。見えたさ。はっきりな」 ハルヒ「どんなの?」 キョン「朝比奈さんがお茶ついでくれて、長門が本読んでて、古泉がトランプで一人負けしてる走馬灯」 ハルヒ「ふうん」 ハルヒ「ねえ」 キョン「ん?」 ハルヒ「帰ろうか」 古泉「それで帰ってきたんですか。いやはや。一大スペクタクルでしたね」 キョン「ああ。是非お前にも体験していただきたい貴重な出来事だったな。一度どうだ? 人生かわるぜ」 古泉「遠慮しておきましょう。僕は今の人生に満足している方なので。無理して変えようとは思いませんね」 キョン「残念だな。お前にもあの走馬灯を見てもらいたかったんだが」 古泉「昔の映像は自主制作映画だけで十分ですよ。それより、涼宮さんは?」 キョン「店にいる」 ハルヒ「いらっしゃいませ……なんだ、あんたか。よそ行きの声だして損したわ」 キョン「減るもんじゃないだろ」 長門「………いらっしゃい。水」 ハルヒ「で、どうしたの? まだ仕事終わるまで時間あるわよ。まさかカレー1杯で1時間もねばる気?」 キョン「いいじゃないか。1時間くらい。その間、デートコースを考えてるよ」 ハルヒ「分かったわよ。待ってなさい。あんたのために私がインド仕込みのスペシャルメニューを用意してきてあげるから」 キョン「それは楽しみだな。甘めに頼むよ」 ハルヒ「なに言ってるの。カレーは辛くてナンボよ。いい感じに辛くしてあげるから。覚悟しておきなさい!」 キョン「やれやれ……。って、このセリフ言うのも久しぶりだな」 ハルヒ「残さず食べなさいよ。残したら、死刑だから!」 ~完~
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結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。
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第五章 「喜緑です。覚えていますか?」 「忘れる筈がありませんよ。」 それにしても、どうやって此処へ入って来たのだろうか。 「あばら骨にひびが入っていますね。今治してあげます。」 喜緑さんは俺の胸をさする。すると、不思議なことに、痛みが退いてきた。 「有難う御座います。」 「次は古泉君を。」 喜緑さんは古泉の方へ行って治療する。 「大丈夫か?古泉。」 「えぇ、なんとか。それより、気付いてますか?」 何が? 「長門さんが押されてきました。」 「あのままでは、マズいですね。」 「なんとかならないのですか?喜緑さん。」 「今から、情報統合思念体とデータリンクします。5分程時間を下さい。」 「分かりました。なんとか時間稼ぎをしますよ。」 「5分もつのか?10秒保たなかったお前が。」 「やらないで後悔するより、やって後悔した方がましですよ。 今は、僕が少しでもやらねばならないのです。」 いつの日かどこかで聞いた言葉だな。 「死ぬなよ。(嘘)」 古泉はグッと親指を立て、赤い玉になり、飛び発った。 「それでは、わたしも準備をします。」 喜緑さんは、何かを唱え始める。 「WORKING-STORAGE SECTION. 01 EOF…………」 全く理解出来ない呪文を唱える。しかも、だんだん早口になる。 周りから見れば、頭のおかしい人みたいだ。 俺は何をしようかな。 「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉー!!!!」 いきなり奇声が聞こえた。 びっくりして空を見上げると、古泉が幾つもの赤い玉を放っている。 頭が一番おかしいのはあいつだな。呑気にこの状況を眺める俺も十分おかしいが。 「まだですか?そろそろやばいですよ。」 「今データのサーチとダウンロードを同時にやっています。 MOVE SIN-CODE(IDX) TO K-CO………」 なんか、腰が抜けてきた。 足がふらふらして、地面にぺたりと尻をつく。これでダメなら、どうしよう。 「ハルヒ………」 不意に、口から漏れた言葉に恥ずかしくなる。 「END-SEARACH END-READ END-PERFORM CLOSE SIN-FL KI-FL STOP RUN. 終わりました。」 「そうですか。」 「朝倉さん。降りて下さい。」 朝倉は手を止め、降りてくる。 長門と古泉は、じっと朝倉を見つめて動かない。 「来てたの。」 「来ちゃいました。」 「これが、情報統合思念体の意思ということ?」 「そうです。」 「わたしが抵抗しても、無駄ね……潮時か。」 「大人しく、消えますか?」 「おでん、食べたかったな。」 「情報構成抹消開始。」 「さようなら。みんな。もう、多分もう会わないけど。」 朝倉が消えていく。 「何をしたんですか?」 「彼女を構成している情報自体を削除しました。修復はほぼ不可能です。」 周りの風景が砂のように崩れ、俺が最初に見た荒れ地が姿を表す。 「時間がありません。わたし達もこの空間から帰りますよ。」 「わたしにつかまって。」 俺は長門の小さな手を掴んだ。 古泉は喜緑さんの手を掴む。 「それでは、行きますよ。」 喜緑さんがそう言うと、空間が歪む。 目眩がしてきた。 あぁ、気持ち悪い。 「………え?」 「やっぱり、やめた。」 夕日が差し込む。 通い馴れた部室。 長門の本が詰まった本棚や、 朝比奈さんの身に着けたコスプレ衣装。 古泉の持ってきた卓上ゲームと ハルヒが強奪したパソコン達。 全てが紅に染まる時。 その中に、俺とハルヒは包まれる。 生暖かい鮮血のような紅。 いや、 それは紛れもない血であった。 「キョン……ごめん……ごめんなさい。」 「何……故……?」 「分からない。分からないのよぉ。」 痛ぇ。 状況を把握したいが、意識がもうろうとする。 終わったな。俺。 最後に見えたのは、ハルヒの切腹だった。 唇にそっと何かが触れる。 「今、あたしも行くからね。」 くそったれ………バカハルヒ。 「大好き。………バカキョン。」 視界が真っ赤になる。ハルヒの血だろう。 そして、意識が途絶えた。 ……b……o…… …バ……ロ!! バーロー? 「バカ、起きろ!!!」 耳をつんざくような声がした。煩いぞハルヒ。 「全く、仏になっても寝るとは、いい度胸ね。」 仏が眠ってはいけないという規則は、聞いたことがない。 そんな事より、人を仏呼ばわりするのは早過ぎではないか? すると、ハルヒは大きな溜め息を吐く。 「呑気なものね。あんた、鈍感というより、マヌケよ。下見なさい。」 「おぉ!?」 下には俺とハルヒがいた。良く出来た人形だな。 「これが人形に見えるなら、あんたの目はふしあなよ。」 なら、ドッペルゲンガーか? 「んな訳ないでしょ!!もういい。やめて。こっちが恥ずかしい。」 こういう時は、状況整理が必要だ。 今日の事から思い出そう。 起きる。 寝る。 起こされる。 朝は、パンに味噌汁がベスト。 学校行く。 手紙ある。(5時に教室) 足し算を間違える。 就職を漢字で書けない。 5時に教室へ行く。 ハルヒに襲われる。 長門が止める。 夢の中へ 朝倉やっつける。 ハルヒに刺される。 パトラッシュ。僕もう、だめぽ。 と、いう訳で、俺達は死んでしまった。 不思議と悲しくはなかった。ハルヒと一緒だからだろうか。実感が湧かない。 もし一人なら、死んだことに気づかず、地縛霊になったのだろうに。 しかし、疑問が残る。何故、長門がいない。前回(夢の中)朝倉が言った事と関係があるのだろうか? 気は乗らないがハルヒに聞いてみるか。 「長門は?」 「今日は一度も会ってないわ。」 「夢を見たよな。」 「は?見てないわよ。それってなんの話よ。」 「だけどよ………」 それで俺は口を止めた。これ以上、話をしても多分無駄だろう。 「ごめん、キョン。」 「謝る必要ないさ。」 「ごめんなさい。あんな事して。」 今日のハルヒは謝り過ぎだ。 喜怒哀楽が激しい人間だな。こいつの場合ほとんど「怒」の割合が多いが。 しかしおかしい。何か変だ。どこかに矛盾があるような。 その時、ドアが開く。 「有希!?」 長門が入ってくる。 「…………。」 部屋に入ると。辺りを見回す。どうやら、俺達には気づかないようだ。 「…………。」 長門は何か呟くと、その場から立ち去った。 「何て言ったのかしら?小さすぎて聞こえなかったけど。」 「分からん。」 長門のことだ。もしかしたら、何か知ってるはずだ。 しかし、さっきの様子は明らかに俺に気づいていない。 期待と不安が入り混じる。あいつを使えばもしかしたら……… 「きゃぁぁぁぁー!!」 な、何だ!? 「バド部の連中だわ。部活帰りに立ち寄ったのね。」 その後、救急・警察が来て、俺達の死亡が世間へ広まった。 警察は俺達の事を、無理心中と判断した。 どこぞの名探偵が来たが、お手上げらしい。 世間もそれで納得したらしく、「可哀想」の一言で片付けられた。 その後、ハルヒとこれからどうするかを話ていると、目の前に誰かが現れた。 「こんばんは。」 20代の女性だろうか。日本人に見える。この人も幽霊なのだろうか。 「見えてるようね。あたし達のこと。」 どちら様です? 「簡単にご説明すると、あの世の者です。単刀直入に申し上げます。今すぐあの世に逝きますか?」 いきなりそんな事言われても困ります。 「大概の方がそうおっしゃられます。 ですので、こちらの時間で、えーっと………49日程の死亡猶予期間が与えられています。 それを過ぎると罰則が加担されます。」 「待て。何故俺達が、あなた達の規則に合わせねばならないのです。 死んでも、誰かに縛られるのは嫌ですよ。」 「ごもっともな意見です。しかし、本来死亡なされたあなた方は、下界に干渉する権利も御座いません。 また、下界に霊がごちゃごちゃいても、困りませんか?」 頷くしかなかった。 「逝きましょう。キョン。あたし達がこの世にいても、邪魔なだけよ。 死んだことは事実だし、それを受け入れるのが礼儀よ。」 「宜しいのですか?」 「だが断る。」 「何で?」 「俺の家族への挨拶はどうでも良いが、俺はお前の両親への挨拶くらいはしたい。」 「それって……」 ハルヒは顔を赤らめる。 「うふふ、分かりました。では、また49日後に迎えに来ます。」 「すみません。有難う御座います。」 「お幸せに。」 そう言うと、彼女はどこかへ消えて行った。 「キョン……こんな…あたしで良いの?」 「あぁ勿論。」 「うぅ……あ゛り゛がどう゛。」 泣くのか? 「な゛、泣いだりじない゛。ぢてないわよ。」 「行こう。」 「……うん。」 そっとハルヒの肩を抱き、両親へと挨拶に向かった。 「あったかい。」 「おばけなのにか?」 「気分だけよ。」 翌日、学校ではこの事を公表する。泣く人あれば、知らん顔ありだった。 クラスで岡部が泣いたのには笑った。 自分のために泣いてくれているというのに、不謹慎だな。俺は。 女子の方々は、大体の人が泣いていた。 男は、担任の岡部しか泣いていなかった。 谷口の姿はまだ見えない。国木田は、どこか上の空だった。 「あんまり面識の無い奴までが泣いてるなんて、変な気分ね。」 「同情してるんだろうよ。バカなカップルが将来を苦にして、自殺。 ロミオとジュリエットとは似て非なる話だ。 だが、お涙頂戴な悲劇には、相当するんじゃないか?」 「カップルに見えてたのかな……あたし達。」 おばけのくせに頬を赤らめてハルヒは言った。 どう返答すれば良いか分からず、ぶっきらぼうな返事を返すと、 ハルヒは「ごめんなさい」などと、謝る。今更謝られても仕方ない。 「気にするな。」と頭を撫でると、今度は泣く始末。 かなりの大音量だったので、誰か気付くのではと思ったが、 やはり、おばけの声は気付かないらしい。この1時間後、ハルヒはやっと泣き止んだ。 「今日は家に帰る。あんたも自分の家族に最後の別れくらい言ってあげなさい。 それと、明日は10時に駅前ね。SOS団のみんなに会うわよ。じゃあ解散。」 俺の返事を待たず、ハルヒは帰ってしまった。俺が断る訳は無いけどね。 前日は、家に帰らなかったから、久しぶりに見える。 家に入ると家族全員が揃ってた。 母親は洗濯、親父と妹はテレビ。 休日と変わらないような生活。 しかし、どいつもこいつも湿気た顔をしていた。 見ていて、こっちまで陰気臭くなる。 おっと、こんな事している場合じゃない。 ………いたいた。 「みゃー。」 よう、シャミ。見えてるみたいだな。 シャミセンはじっとこちらを見つめている。 悪いが、体借りるぞ。 第六章へ
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涼宮ハルヒのVOC 第二話 ハルヒが「初音ミク」と言うソフトをお披露目した次の日。 俺はいつもどおり妹のボディプレスを食らい、学校で睡眠学習し、そのたびハルヒのケシカス迫撃砲を受け、そして昼の時間がやってきた。 いつものメンバーで食事をする。 「だからなぁ!!俺は二次元のよさに目覚めたんだよ!」こんな馬鹿馬鹿しいことを大声で演説しているのはご存知、谷口である。 「お前らも一回、騙されたと思ってニコ動見てみろって!!三次元に萌えが見出せなくなるぜ!」 高らかに続けたが「遠慮しとくよ。」「遠慮しとこう。」 国木田と俺の満場一致で谷口の案は却下された。 谷口は残念そうに「なんだよ~初音ミクとか最高だぜ!?な?一回見てみろって!」 ・・・・・・今なんと言った? 「・・・ぁあ!? 初音ミクだよ初音ミク!知らんのか?有名なVOCだぞ?」 ああ、知っている・・・・・・などとは言わない。 なぜなら、面倒なことになるからだ。その後も、谷口の適当な萌え話に適当な相槌を打ち、昼が終了した。 ふむ・・・歌ってくれるといっていたな… 俺はその初音ミクとやらがどのような声をしているのか、などと考えているうちに、午後の授業も終了し、団活の時間が始まった。 ハルヒは掃除当番らしく元気な声で「先に行っててっ!」といい、部室とは逆方向に走っていった。 さて、部室前だ。 コンコン とちゃんとノックをしてから入る。 ほぉーら。あの声が、今、俺の耳にはいt・・・ 「どうぞ、入ってください。」 字じゃ分からんかもしれないが、聞こえてきたのはハンサムGUYの声だった。 少々不機嫌な顔でドアを開ける。 やはり、中にいたのは古泉と長門だった。 「朝比奈さんは掃除当番で遅れるそうです。連絡がありました。」 ああ・・・朝比奈さん…なんでこんな奴に連絡を… ますます不機嫌になったのでボードゲームを準備して待っていた古泉を無視してパソコンを起動させる。いつもより立ち上がるのが遅い。 「ギ…ン ォ…ン」 ん?変な音がきこえる?…いや、気のせいか。 「どうやら機嫌を損ねてしまったようですね。」 アーアー! キコエナーイ!! 古泉は肩をすくめ、詰め将棋をしだした。 俺はと言うと静かに本を読んでいる長門の死角にディスプレイを移し(まぁ無駄だろうけど)隠しフォルダを表示させた。 今日お眼にかかることのできなかったmyエンジェルを拝むためさ!! さて……と!? 俺は驚愕した!! 隠したはずの場所にmikuruフォルダがない! まさか!!ハルヒに見つかって消去されたのか!? 「古泉!!」俺はかなり錯乱しながら聞いた。 「何でしょうか?」「最近閉鎖空間はでたか!?」 たのむ!!俺は半ば祈るような気持ちで聞いた。 「どうしたんですか?・・いえ、特に観測されてませんが?」 安心した。「そうか…ならいいんだ。」 それなら誰が・・・? 俺はひらめいた。効果音が出るくらいに。 きっと昨日の初音ミクの準備工程中に間違って消えてしまったに違いない。 そうであったと信じたい。 「おまたーーー!」「お待たせしました。」 朝比奈さんとハルヒの二人がやってきた。 朝比奈さんは「お茶いれますね~」といい、せっせとお湯を沸かし始めた。 ハルヒは俺の前までズカズカと歩き、 「ちょっとキョン!!何パソコン開いていやらしい顔してんのよ!さてはエロサイトね~~?」 断じてそんなことはない!! だがハルヒは案の定俺の話なんぞ聞いてくれるわけがなく 「罰として次の不思議探索はキョンのオゴリッ!覚悟しときなさいよ~~!!」 またか・・・コラ古泉!笑ってんじゃねぇ! 「フフフ…すみません…」 「もう怒った!今日は全勝してやるからな!」といって古泉の向かいの席に移る。 「望むところです」 ハルヒはイヤホンを耳につけパソコンをいじり、朝比奈さんはお茶を作り、長門は読書、そして俺たちはボードゲーム。これもいくつかパターンのある日常のひとつだ。 やっぱり古泉は弱かった。 飛車や角を俺の歩の前において得意げに「どうぞ?」なんていってやがる。まだまだだな。 もうそろそろ団活も終わるかな、という時刻になって、 「できたぁ!!」ハルヒが耳からイヤホンを撒き散らし叫んだ。 「何ができたんだ?」 「聞いて驚きなさい!」ハルヒはパソコンのスピーカーをこっちに向けた。 するとハルヒが文化祭で歌った曲のイントロが流れ出した。 軽音部からコピーしてもらったのか?と思ったが、 「「~~~~♪~~♪」」 聞こえてきたのはまったく別人の声だった。 俺はハルヒに質問してみた。「誰が歌ってくれたんだ?」 「ふっふっふ・・・この!!ミーちゃんよ!!」 ???誰だミーちゃんて? 「初音ミクちゃんよ!! ミクだからミーちゃん!!」 短絡的なネーミングだなぁ・・・だが声は悪くない。とても透き通っている。機械ってこんな事もできるんだな。 「いい声してるな」と言ってみる。 するとハルヒは「当たり前よ!!何せあたしが選んだ初音ミクなんだから!!」 「「・・・アリガトウ」」 ん?誰だ? 「誰かなんか言ったか?」 「言ってないわよ!あんたエロサイトの見過ぎで頭おかしくなったんじゃないの?」と、ハルヒ。それは言いすぎだろ。 「何も聞こえませんでしたが?」と古泉 「なにも。」と長門。お前久しぶりにしゃべったな。 「聞こえませんでしたけどぉ?」これは朝比奈さんだ。 ・・・空耳か 「下らないことに時間つかわないの!じゃあ今日はもう解散!!」 空耳・・・だよな。 俺は家のベッドで自分に言い聞かせて無理矢理納得した。 深夜。部室にて。 「プツン!ジーッ!・・・ゼンショウ全勝・・・ヘイサクウカンヘイサクウカン閉鎖空間・・・スミマセン・・・・オゴル コエ・・声・・・アリガトウ・・・アリガトウ・・・アリガトウアリガトウアリガ!プツン!」 「ギョ ぉ゛ ン゛」
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俺はホテルで朝を迎えた。 まず最初にすることは決まっていた。 昨日の出来事が夢でなかったかどうかだ。 洗面台へ行き、顔を確認する。 細い目をした二枚目がそこにいた。 9月9日 俺が古泉に替わって二日目。 昨日と同じく俺は古泉のままだ。 この調子ならおそらく古泉は長門に、長門は朝比奈さんに、朝比奈さんは俺になったままだろう。 地下の食堂でバイキング形式の朝食を取り、 早めにチェックアウトを済ませた。 普通、高校生が独りでこんなビジネスホテルに泊まっているところを見られたら 家出人として警察へ通報されそうなもんだが、 ホテルの従業員たちはとても丁寧な対応をしてくれた。 古泉の紹介のホテルだ。 きっと古泉のいう『機関』とやらが関わっていると思って間違いあるまい。 ホテルの玄関からでたすぐのところに、 小柄な女の子が柱にもたれかかりながら立っていた。 長門有希・・・今は古泉がその体に宿っている。 「よく眠れましたか」 「ああ、昨日はなんだか疲れたからな」 長門(古泉)と一緒に学校へ向かう。 一見他から見ると美男美女の組み合わせだが、 中身は男同士である。 「昨日はあの後大変だったんですよ。 あなたに電話した1時間後にですが・・・閉鎖空間が発生しました」 一瞬頭の中にあの灰色の空が浮かび上がる。 昨日古泉からの電話を受けて、一番に考えた「最悪の事態」を思い浮かべる。 誰もいない空間で複数の青い光の巨人がビルを壮大に破壊している。 灰色の空間は瞬く間に広がり、空と大地と海を覆いつくしていく。 「小さな規模でしたが出動は久しぶりのことでした。 僕……いや私もこの体で動けるのか少し不安でしたが、 やはり能力的には変化がなかったようで、無事神人を退治することが出来ました。 ですが、ことはそれだけでは収まらなかったのです。 今朝方……つまりつい先ほどになるんですが、 また閉鎖空間が発生したのです。 ……今度は少し大きめでした」 長門(古泉)が眉を下に下げてワンパクな子供に手を焼いている母親のような表情を見せる。 「ここのところは大変落ち着いていたはずだったんですが、 急にまた様子がおかしくなってきたのです。 数時間おきに閉鎖空間を生み出す……まるで中学生時代の涼宮さんを見ているようです。」 中学時代のハルヒがどうだったかは知らないが、 その頃の古泉の睡眠時間はだいぶ削られていたことだろう。 「おかげで今日も朝ごはん抜きです」 長門(古泉)は昨日のハルヒの言いつけを律儀に守ったといえる。 俺はそんな約束を今頃思い出しながら長門の姿で青い光の巨人と戦う古泉を想像していた。 そんなことがあったにも関わらずホテルのベッドでグースカ寝ていた俺こと古泉一樹の体は、 やはり超能力の素質はないと考えられる。 これでは閉鎖空間に閉じ込められてもあの巨人を倒すことは果たして出来ないであろう。 「ご飯といえばそうでした。昨日のお昼はきちんと食べられましたか? お金を渡すのを忘れていましたね」 といって長門(古泉)は定型封筒を手渡してくれた。 中には千円札が3枚ほど入っていた。 昼飯代にするには十分すぎるくらいだ。もちろん余ったお金は俺のものにすることにした。 このくらいの手当てをもらったところでバチは当たるまい。 クラスについて鞄を置く。 ホームルーム前の時間は朝の挨拶やら昨日のテレビ番組の話やらでくだらない賑やかさを演出していた。 特待生クラスといってもこの辺は俺のいた5組と同じだった。 こうしてみるとこの9組も5組もクラスの雰囲気は変わらないようだ。 目を瞑れば5組にいると錯覚してもおかしくはない。 どちらもどこにでもよくあるクラスといった感じで、 全国を探せば同じようなクラスは雨後の竹の子のように探しあてることが出来るだろう。 ハルヒが前に言っていた「自分が世界で一番楽しいと思っていたクラス出来事も、 日本の学校どこにでもありふれたものでしかない」というのも間違いではないのだろうな。 だがなぁ、ハルヒ。 お前がもし俺の体に乗り移ってみたらわかることだろうぜ。 お前のいるこのクラスにはいつも突拍子のない言動をするヤツがいて、 全く先の読めない思い付きでいつも周りを巻き込む事件を起こしていることをな。 しかもそいつは我侭で自分勝手で他人のことに一切関心をもたないくせに、 自分の願っていることを全て叶えながらも、 自分ではそのことに気づいていない変なヤツなんだ。 1年5組は世界で一番楽しいクラスではないかもしれないが、 世界で唯一お前がいるクラスなんだぜ。 2時間目の授業は物理だった。 なんと読んだらいいのかわからない記号が黒板にズラズラと陳列し始めた。 これでは授業を見ていても仕方がない。 外の景色を眺めてみると5組の連中がグラウンドを走っていた。 今日の体育は陸上か。 こうして自分のクラスを見学するのは初めてだな。 その中で一番目立つのはやはりこの女だろう、涼宮ハルヒ。 いつものように豪快なステップでハードルを……なぎ倒していた。 100mの間にあるハードル10個全てをなぎ倒してスタスタとベンチへ向かう。 普通、倒したハードルは自分で直すものだろうに…… この様子ならタイムを計るまでもなくクラスで一番だろう。 でもな……ハードルは倒さないで飛び越したほうがずっと早く走れることを知らないのか? 春にやった体力測定のときはうまく飛んでいたように記憶していたが気のせいだったか? それともアメリカのなんとかという選手を真似て走法を変えたのだろうか。。 その後を走っている男子も……今日は目立っていたな。 俺の中では今一番気になる存在だ。 「うんしょっうんしょっ」と掛け声が聞こえてきそうなおぼつかない足取りで、 今にもこけてしまわないか心配である。 ハードルの前に立つとハードルに手を掛け、 大きく足を投げ出しゆっくりと跨いでいく。 ハードルって飛び越す物じゃなかったっけ? 100mのハードルを50秒くらいかけて歩いているんじゃないだろうか。 周りの女子からはクスクスと笑い声が、男子からは野次のようなものまで飛んでいた。 ああ、こんな姿見たくない! 長門の力でこの数日間の記憶はなかったことにできないだろうか。 少なくとも野次を飛ばしていた男子は今後朝比奈さんに好かれることはないだろうがな! 背中に何かが当たるような違和感を感じふと脇のほうをみると、 後ろの席から左手がこっそりと伸びている。 小さな手につままれているものは、ノートの切れ端のようだった。 じゃあ、次のところを。と物理教師が言ったところでようやく理解できた。 さきほどから前の席から順番に問題を当てられている。 まさしく今前の席の女子の発表が終わり、 次は古泉一樹の番である。 って俺じゃないか! そう、もらったノートの切れ端には記号が並べられていたのだ。 しかもその記号にフリガナまで振ってある。 だから瞬時にこの状況を理解できた。 俺はすっと立ち上がりノートの切れ端の記号をさらりと読み上げ席に着いた。 もらったノートの切れ端を裏返し「ありがとう」と書いて そっと後ろの席へ返した。 後ろの席の人間に感謝したのは高校に入ってからは初めてのことだった。 4時間目の授業も無事に終わり昼休みになった。 俺はこの学校の食堂で飯を食ったことがなかったが、 食堂常連のハルヒいわく、 人気メニューは早い段階で売り切れるから最初のダッシュが肝心なのよ!だそうだ。 それではと立ち上がろうとしたとき、 右隣に座っていた女子からの視線に気づいた。 じっとこっちを見つめ何か言いたそうだ。 「……あ、あの、い、一緒にお弁当食べませんか」 見ると両手で抱えるような大きな弁当箱である。 その合図待っていたかのように周りの女子たちもさっと集まり始め、 みんなでお弁当交換会をしましょうという流れになった。 俺は何も持っていないのだから交換ではなく単なる譲渡だ。 ここからの流れは割愛する。 俺自身、古泉の自慢話ほど聞いていて腹の立つ話はないことをよく知っているからだ。 「もう元の体に戻らなくてもイーンダヨー!」 そんな天の声が聞こえてきても誰が俺を責めることができるのであろうか。 放課後、クラスの女子の全員とさよならを交わして部室へと向かう。 この後、大食い大会とやらに出なくてはいけないのはわかっているが、 朝も昼も食べてしまった俺は優勝候補から最も遠い存在だ。 部室の扉をノックすると俺(朝比奈さん)の声がした。 中に入ると俺(朝比奈さん)が朝比奈さんの定点、お茶汲みポジションに座っていた。 見ると破産宣告を受けた債務者のように暗い表情をしている。 「キョンくん……ごめんね……」 俺(朝比奈さん)の表情がどんどん暗くなる。 「ごめんね、わ、わ、わたしがうまくできなくて……その、 キョンくんに迷惑をかけちゃって……」 最初から潤んでいた目はついには大きな水溜りとなって流れ落ちた。 「わたし……男の子になるのは向かないみたい…… クラスで変なあだ名がついちゃいました。 ……オカマって……うぅ……」 ああ、なんとなくわかっていたさ。 だが誰と誰が言ったのか後でたっぷり谷口に聞き出すとして、 今つらいのは朝比奈さんの方だ。 俺の替わりにトイレや風呂など、嫌でも男の体を意識しなければならない時間を強制されるのだ。 さっきの体育の時間だって6組に移動して男子の中で着替えるのは耐え難いものであっただろう。 男の体になったからといってそれをいじくって楽しむような趣味は朝比奈さんには絶対にないと言い切れる。 「もう私……ぐす、つらくて……ごめんなさい。 キョン君の体なのにこんなことを言って……本当に……ごめんなさい……ごめんなさい」 この人は感情を全て感情に出してくれる。 こんな人が未来の組織からの指示で、 俺の体を使って何かを企むことなんて出来るわけがない。 そんなことをしたらすぐにハルヒにバレるだろう。 肩を両手で支え、そっとハンカチを差し出す。 早く元に戻りたいね、と言いながら涙を拭う仕草は、 紛れもなく朝比奈さんのものであった。 俺(朝比奈さん)の姿に元の朝比奈さんの姿が投影して、とてもいとおしく見えた。 それからじっとこちらを見つめながら何かを言いたそうにしている。 口元がかすかに震えて潤んでいる。 これは我ながら可愛い……のかもしれない。 肩に置いた両手がずっと離したくない気持ちになる。 ドサッ 何かが扉の方で落ちる音がして2人の体がビクッと反応し、とっさに離れる。 いつのまにか扉は開いていた。 音もなく扉を開けてそこに立ち尽くしていたのは朝比奈さんに扮した長門でもなく、 長門に扮した古泉でもなく。 ああ……ハルヒであった。 「へぇ~~~~~」 ハルヒの左右の眉がピクピクと痙攣を起こしているのを見て、 中学のときにやったカエルの解剖の実験のときの、 あの太ももの筋肉の動きを思い出した。 ハルヒは怒っているのか驚いているのか笑っているのかよくわからない表情で立ち尽くしていた。 朝比奈さん(長門)の顔がハルヒの肩越しに覗いている。 ハルヒと一緒についてきていたのだろうか。 こちらを見ながら首を傾け、何か不思議そうな顔をしている。 今俺は何をしていた? そう、俺こと古泉は今俺(朝比奈さん)の肩を揉んでいただけだ。 お互い向き合ってだがな。 別にやましいことをしていたわけではないぞ。うん。 ……こんな言い訳では余計誤解を招く。 何も言わない方がまだ被害は少なくて済む。 俺(朝比奈さん)は血の気の引いた顔で震えていた。 さっきまで泣いていたので目も赤く充血している。 俺(朝比奈さん)の方に向かってそれとなくアイコンタクトを送るが、 それをどう受け取ったか、戸惑いながら「ち、違うんです……」と言った。 ハルヒの方へそっと目をやるとさっき落とした自分の鞄を拾いながら、 汚いものを見るような目でこちらを見ている。 「へぇ~~~~~~~~」 2へぇをもらった。さきほどから送っているアイコンタクトはむしろ逆効果か? 「なんか昨日からキョンの様子がおかしいとは思っていたのよねえ」 俺(朝比奈さん)の体がビクッと反応する。 ハルヒは昨日から俺(朝比奈さん)の様子がおかしいって気づいていたのか。 そりゃそうだわな。 気づくに決まってる。 朝比奈さんは絶対映画女優には向かない。 見た目は大変よろしいがこの人を女優にしようという監督などまずいまい。 せいぜいハルヒが監督する映画くらいだろう。 いつかハルヒが映画を作るなどとふざけたことを言い出さなければいいのだが。 「こういうことだったのね」 どういうことだ。 変な納得をしないでほしい。 俺は朝比奈さんが心配なだけだ。 古泉だったらもっとうまい言い訳を考えられるんだろうが、 その点、俺はまだ古泉になりきれていない。 「ま、いいわ」 よくない。非常によくない。 「恋愛は自由よ」 性の垣根を飛び越えるような自由はいらない。 ハルヒはわざとらしく俺たち2人を軽く避けるような仕草をしながら 団長机に歩いていき、足を投げ出して座った。 デスクトップパソコンに電源を入れてからもずっと不機嫌な顔をしている。 「こ、古泉くん。古泉くん」 俺(朝比奈さん)が服の袖を必死に引っ張っている。 今くっつかれるとまた怪しまれると思いつつも振り向くと、視線の先に淡い肌色が映った。 朝比奈さん(長門)が制服を脱いでいた。 もう下着に手を書ける寸前であった。 あわてて2人で廊下に出る。 朝比奈さん(長門)も一言くらい言ってから着替えろって。 そもそもなんで朝比奈さん(長門)がいきなり着替え始めてるんだ? これから5時に駅前の大食い大会に出るというのにわざわざ着替える意味がわからない。 扉の前で待機していると、廊下の向こうから長門(古泉)が歩いてきていた。 「今、朝比奈さんが(長門)着替え中だ。もちろんお前でも中に入っちゃダメだぞ」 無表情でコクンと小さくうなずく。 無言のまま昨日と同じホテルの鍵を古泉(俺)に手渡す。 こいつ、だんだん長門の真似がうまくなっている。 「12時30分、閉鎖空間発生。本日二回目」 廊下の壁に背をつけてまっすぐ遠くを見ながら長門(古泉)がつぶやいた。 「ついさっきおわった」 恐ろしいことをさらっと言ってのける。 「今までで最大級」 真剣な瞳がこちらを貫く。 今ハルヒの身に何かが起きているのは間違いないらしい。 それは俺たちの態度の変化に対してなのだろうか? それとも他に要因があってのことなんだろうか。 変な様子がなかったか俺(朝比奈さん)に聞いてみる。 「う~ん……変な様子といえば涼宮さん今日はずっと不機嫌でしたねぇ。 あと……あ、そうだ。今日私、お昼食べてないんですよ」 はい? 意味が今ひとつ掴めず、目が点になる。 「あ、あ、違うんですよ。 お昼休みに涼宮さんに大食い大会に出るんだから食べるなって言われまして…… それでずっとお昼は涼宮さんに連れられて校内不思議探索をしていました。 探索中もずっと不機嫌でその途中でもあの空間を発生させていたわけです……」 なるほどね。ハルヒ監修の元、お昼を堂々と取るのは難しかったかもしれない。 「でも、不思議なんですよねえ。 涼宮さんもお昼取らなくて良かったんですかね? 今日は涼宮さん大食い大会に出るつもりないみたいなこと言ってませんでしたっけ」 そういえばそうだ。 ハルヒは昨日大食い大会に4人は登録したが、 自分は監督だから出ないと言っていた。 もしかしたら俺達が昼メシを抜くのに自分だけ食べるわけにはいかないという、 ハルヒなりの優しさとでもいうべきなのだろうか? すまんが古泉(俺)は昼飯は食べてしまっている。 あるいは急に気が変わってハルヒ自身も参加するつもりなのかもしれないな。 あの大食い王だ。 自分で優勝をかっさらいたい欲求が出てきて不思議はない。 「もーいーわよ」 中からハルヒの投げやりな声が聞こえて部屋に入る。 朝比奈さん(長門)がピシッとメイド服を決めてお茶を入れるためのお湯を沸かしていた。 少し、いつもの朝比奈さんっぽい仕草に見て取れる。 「もう少ししたら行くからね」 時計をちらりと見ながらハルヒがぶっきらぼうにつぶやく。 お前は今何を考えているんだ? そんなに気に入らないことがあるならみんなにぶつけてくれた方がまだマシだ。 重い空気の部室でハルヒの方を見ないようにしながら朝比奈さん(長門)の入れてくれるお茶を待った。 「お、とっとっと……」 突然お盆を持った朝比奈さん(長門)がゆっくりと棒読みのようなセリフを吐いた。 お茶の載ったお盆を左右に振り子のように振りながら、 スローモーションのようにこちらに倒れ掛かってきた。 ガッシャーン!バシャ! 熱熱熱あつあつあつーっ! 豪快にお盆の上のお茶がこぼれ机の上に散らばった。 熱気を帯びた湯気が一瞬部屋を白く覆った。 異変を感じ、とっさによけたが足に少し掛かってしまった。物凄く熱い。 上靴を脱いで足にふーふーと息をかける。 あわてて俺(朝比奈さん)が雑巾を持ってきて床を拭いた。 「ドジだから……」 朝比奈さん(長門)が割れた茶碗を拾いながらポツリとつぶやく。 えええ?まさか……まさか今のわざとか? 「あーっはっはっは、みくるちゃんサイコー! あはは、あはは、いい!いいわ!そうよ、みくるちゃん。 やればできるじゃなーい! それこそメイドでドジっ娘! 萌えの最強な組み合わせパターンよ! これであなたは無敵の萌え娘に一歩前進よ~!」 そう叫ぶとハルヒは机のどこからか腕章を取り出しマジックで「メイド長」と書きなぐった。 「喜びなさい! 今日からみくるちゃんはメイド長に昇進よ! そうだ!もう今日はどうせだからその格好で大食い大会に出場よ! いいわね?」 朝比奈さん(長門)が腕章を受け取りながらこくりと首を縦に振った。 俺(朝比奈さん)が露骨に嫌な顔をし、がっくりとうなだれる。 だがおかげで男2人の怪しい空気を吹き飛ばしてくれたのだ。 朝比奈さん(長門)が機転を利かせてくれたのかもしれない。 長い坂を下る。 いつもなら帰り道だが、これから俺たちは大食いの大会に出なければならないらしい。 開催場所の北口駅はここから歩くと結構な距離がある。 ハルヒは先頭を軽快に歩きながらドン・キホーテのテーマを歌っている。 その後を右腕にメイド長と書かれた腕章をつけたメイドがシャキシャキと歩き、 高校生3人が後に続く。 俺(朝比奈さん)の足取りが少し重い。足元がちょっとふらふらしている。 「ちょっと貧血気味で……大丈夫です。なんとか歩けますから……私をあまり心配しないで……」 体を支えようとしたところで前のハルヒが振り向いて不機嫌そうな顔でこっちを見ていた。 あわてて離れる古泉(俺) 俺は何をやってるんだほんとに。 俺(朝比奈さん)の話だとハルヒも昼飯を食べていないはず。 ならちっとは元気を落とせ。まったく。 「本当に……私なら大丈夫ですから心配なさらずに」 にっこりと俺(朝比奈さん)が微笑む。 この俺(朝比奈さん)はあまりしゃべらないほうがいいかもしれない。 ちっとも俺らしくする素振りなんてない。 これじゃあオカマといわれても仕方ないか…… でもそれだけ本当の朝比奈さんは女らしさに満ち溢れているということなのだ。 体が男になろうとも女らしさを失わない。 ハルヒも一度朝比奈さんに乗り移ってもらえ。 一日で今までの評価を一変できるぞ。 駅前広場についた。 大会種目はカレーライスのようだ。 昨日チラシをよく見てなかったからよく覚えてはいないが、 北口駅前の広場には異常なまでのカレー臭が漂い、カレーの街と化していた。 夕飯の支度帰りの主婦や、会社帰りのサラリーマンなどが野次馬になってごった返している。 この様子だと北高の生徒もかなり見ていることだろう。 隣にいる俺(朝比奈さん)の顔がまた暗くなっていく。 大会受付本部には大きなテントが張られ。 カレーライスの大食い大会を知らせるでっかい垂れ幕が堂々と掲げられている。 TV局も来ているらしく、 意外に大きい大会らしい。 TVカメラマンがメイド姿の朝比奈さん(長門)を見つけてカメラを回していた。 ニュースの時間にでも流すのだろうか。 この映像が使われないことを祈る。 ハルヒが受付からゼッケンを4つ持ってきた。 「じゃ、頑張るのよ! SOS団のメンツにかけても絶対に優勝すること! いいわね!」 それだけ言い切ると手刀を切るような仕草をして、 観客席の見やすいほうへとずかずかと人を掻き分けていった。 本当にハルヒはこの大会に出ないらしい。 出れば優勝候補になれると思うんだが。 控え室となるテントの中へ移動する。 みれば相撲取りのように太っている選手もいれば、 ガリガリにやせている選手もいる。 全部で20人くらいいるだろうか。 優勝しても商品券程度の物しかもらえないというのに良くやることだと関心する。 大会開始10分前になった。 舞台のテーブルに一列に並び、観客の視線を大量に浴びる。 かなり恥ずかしい状態だ。 司会者が一人一人名前を読み上げていく。 前回の優勝者が先ほどのガリガリ君だというから意外だ。 俺たちの登録名はSOS団団員1号、2号、3号、4号であった。 ハルヒのネーミングセンスの男らしさにはいつものことながら頭が下がる。 朝比奈さん(長門)がSOS団団員3号として紹介されると、 会場からへぇーとかほぉーといったため息交じりの歓声が沸き上がった。 やはりメイド服の美少女はかなり目立っているようだ。 その歓声を聞いて団員1号の俺(朝比奈さん)が顔を真っ赤にしてうつむいている。 ちなみに古泉(俺)の名前は4号。 数字は入部した順番である。 机の前に大皿に盛られたカレーが並べられていく。 ルールは20分で何杯のカレーライスが食べられるかという単純なもの。 一杯500gと言っていたので結構な大皿だ。 食べる前からお腹イッパイだな。 ま、こういう大会に一生に一度くらい出るのもいいだろう。 開始の合図を待ちながら俺の心はもうすでにギブアップしていた。 そのとき団員2号の長門(古泉)が素早くポツリとつぶやく。 「……閉鎖空間発生」 ………。 なんだって? 横を振り向くと俺(朝比奈さん)は左耳を手で押さえ、 朝比奈さん(長門)は右手にスプーンを握り締めたまま虚空をじっと見つめている。 いつかみた光景そのままである。 この真剣な顔つきはカレーの大食いにかける意気込みとは違うようだ。 いつぞやの野球大会みたいに優勝しないと世界が大変なことになるとかそんなんじゃないだろうな? 「わからない。前回と違い、始まる前から発生している。 この大会との因果関係が不明。とにかく急速に拡大中」 おい長門(古泉)、お前本当に中身が古泉か? 一人だけ元に戻っているようなしゃべり口だ。 すぐにでも長門(古泉)に駆けつけてもらいたいところだが、 これから大会が始まろうとしている段階で抜け出すわけにはいかない。 「こらー! キョーン! 絶対優勝するんだからねー!! みくるちゃーん! 頑張ってテレビにガンガン映るのよー!!」 観客席の一番前に陣取ったハルヒが大声で叫んでいる。 こうして見る限り、ハルヒは非常に元気である。 それにこれからみんなの試合が始まるというのだ。 こいつが本当に今閉鎖空間を広げているのか? とてもそうは見えない。 本当はハルヒと違う人物が閉鎖空間をつくっているんじゃないのか? そう思えてきた。 長門の魔法のような力を使えば簡単に優勝できるかもしれない。 しかし、テレビも回っている大勢の観衆下の元でそれを使うのは余りにも危険である。 出来る限り実力でケリをつけるべきである。 今この4人の中で一番この競技に向いているのはSOS団1号の長門(古泉)であろう。 得意のカレーライスとなればかなりのものだ。 物理的な胃の容量が違うとしか思えない。 ただ、心配なのはこの長門はいつもの長門と違って、 中身が古泉だということだ。 これがどのように影響するかはわからない。 とにかく長門(古泉)! 頼んだ! お前の食いっぷりに任せた! さっさと優勝して光る巨人を倒しに行ってくれ! 運命の開始のブザーが鳴った。 15分が経過。 自分の胃の領地は全てカレー色に占領されていた。 2皿食った。もうお腹一杯だ。 朝比奈さん(長門)は4皿の目の中ほどまで食べたところで、 スプーンに乗せたカレーを凝視している。 長門にとって大好きなカレーもさすがに朝比奈さんの体には応えたか。 「こら、バカキョーン!! 休んでる場合じゃないでしょー! カレーなんて口の中に全部詰込んじゃえばいいのよ! 食べるんじゃなくて全部飲み込む感じよ! こうやって、があぁーって! ああ!んもう! みんなしっかりしろー!」 ハルヒは見てるだけのクセになかなか無茶ばかり言ってくれる。 俺(朝比奈さん)はなんとか2皿完食していたが、 3皿目には手もつけず、グッタリとしていた。 もうみんな限界が近い。 それでも長門(古泉)は頑張っていた。 自分の背負った使命の重さは地球の重さである。 その顔には必死さと真剣さが伝わってくる この大食い大会の結果次第では世界の破滅もありえるのだ。 ガ・ン・バ・レ・長・門(古泉)! その一口には人類の明日が掛かっている! コップの水を口に含みながら隣の席の朝比奈さん(長門)がため息混じりにつぶやいた。 「閉鎖空間の拡大が加速している」 なんだって?これでもダメなのか? 長門(古泉)の前には空の皿が7枚積み上げられている。 たしかにこれは女子高生としてはすごいのかもしれない。 だが、前回優勝者の意地か、ガリガリ君の食べる速度はそれ以上のものがあった。 すでに10枚。もうすぐ11枚目のお皿が積まれるところだ。 長門(古泉)は負けているなりにも立派に健闘している。 これに勝たないとハルヒのイライラは収まらないのか? ハルヒの方を見ると爪を噛みながら恨めしそうな顔でこちらを睨んでいる。 さきほどとは違ってまるで鬼気迫る表情だ。 なんとなく閉鎖空間の拡大もうなずけるような気がする。 今勝つための最低ボーダー、カレー12皿は女性の一日辺りの消費カロリーの3倍に達している。 ここまでやらせると危険である。 長門(古泉)の手が急に止まった。 額にはすさまじい量の汗が溜まり、目は充血していた。 いかにも苦しそうな表情を浮かべた長門(古泉)は口パクで「無理」と言っているようであった。 こうなったら仕方ない。 頼む。なるべくばれない方法を使ってくれよ…… 朝比奈さん(長門)の口元が素早く何かをつぶやいたかのように見えた。 一瞬動きが止まったかに思えたが、 そこからいきなりスプーンの回転速度が加速した。 4皿目を一気に流し込んだ朝比奈さん(長門)は 5皿目から皿を持ち上げてそのまま一気にサラサラと口の中へ放り込んだ。 食べているというよりもほとんどどこか異空間へ捨てている感じである。 現にお腹が膨れていく様子もない。 よく見ると朝比奈さん(長門)の喉が全く動いていない。 だがそこはうまく皿を持ち上げることで周りから見えないようにカバーしている。 会場は壮絶な盛り上がりを見せた。 メイド服を着た上品で可愛い女の子がすさまじい食いっぷりを披露しているからだ。 朝比奈さん(長門)のその姿はメイドとしてはあまり上品な食べ方とは言えないだろうが、 この際贅沢は言っていられない。 こうなると次の皿にカレーを盛るのが間に合わないくらいである。 司会者が残り一分を告げたところで、 朝比奈さん(長門)があっという間に20皿目のカレーを異空間に流し込み それを見たガリガリ君はついに諦めたか、手を止めた。 会場はの歓声はヒートし、大盛り上がりを見せた。 市内大食い選手権大会の歴史にSOS団団員3号朝比奈みくるの名が刻まれた。 「表彰状、SOS団団員3号朝比奈みくるどの。 あなたは第6回市内大食い選手権大会において……」 表彰式の最中、すでに長門(古泉)の姿はなかった。 あの満腹の体で閉鎖空間の巨人とどこまでやれるのか知らないが、 朝比奈さん(長門)の優勝により、 幾分か閉鎖空間の拡大は抑えられているということだったのでたぶん大丈夫だろう。 この優勝は無駄ではなかったと思いたい。 ハルヒには長門は急用で帰ったと伝えておくか。 それにしても朝比奈さん(長門)の食いっぷりは見事という他なかった。 見事すぎて逆に怪しまれないか不安である。 実際、前に野球大会でインチキを使ったときも相手チームにはかなり怪しまれたものだが、 今回も周りの選手たちからは疑いの目としか思えない視線が注がれていた。 これ以上SOS団という名前でこのように目立つことをするのは大変危険である。 しかし、ハルヒにはそんなことはどうでもよかったらしく、 「やったわ!みくるちゃん!優勝賞品の商品券でみくるちゃんの新しい衣装を買ってあげるからね! そうだ!今度は女王様なんてどう?結構高いのよ、ああいう服は。」 と朝比奈さんにとっては何ともありがたくないであろう公約を掲げていた。 ハルヒは朝比奈さん(長門)の手から商品券を当たり前のように奪い去りながら自分の鞄の中に入れていた。 その横で俺(朝比奈さん)がぐったりとしながら、自分にはさも関係のない話のようにしている。 俺ももうしばらくカレーは食いたくない。 大会を終えた4人はすることもないのでそのまま帰宅の途についた。 辺りはすっかり暗くなっている。 「ねえ、キョン」 なんだよ、と返事をしそうになった。 そうだ。俺は今、古泉である。 キョンと呼ばれたら俺(朝比奈さん)が返事をする役目である。 道路のカーブにある反射鏡を見上げるとしっかりとそこに反射鏡を見上げる古泉(俺)の姿がある。 俺(朝比奈さん)は呼びかけに何も答えず、考え事をしていたのか黙々と足を進めていた。 「こら、バカキョン!」 「いたたたっ! は、は、はい! なんでしょう?」 左上腕部をぎゅっとつねられて初めてハルヒの呼びかけに気づいた俺(朝比奈さん)はあわてて振りむく。 「んもう、さっきから何ぼーっとしてんの? どーせみくるちゃんのことずっと見てたんでしょうけど。 ……言っとくけど、みくるちゃんはあたしの物だからね! 変な気起こさないでちょうだいね」 ハルヒは朝比奈さん(長門)に後ろから抱きつくと、 まるで自分のおもちゃを自慢する子供のような顔で朝比奈さん(長門)を軽々と持ち上げた。 持ち上げられた朝比奈さん(長門)は無抵抗なまま ハルヒの右腕の上で一回転したところで放り出されるようにして着地した。 俺(朝比奈さん)はなにか言いたげな顔をしていたが、 今ハルヒの力で俺たちが入れ替えられているのであれば、 やはり俺たちはみんなハルヒの物といっても過言ではないのかもしれない。 ……いや、そんなことはさせないぞ! させたくないが…自分の体が自分の物でないこんな状態ではあまり説得力もない。 「あたしん家こっちだから、じゃあね」 とハルヒは一言だけ言い切ると、そのまますぐに十字路を左に曲がり暗闇に颯爽と消えていった。 ハルヒは本当に元気なままだ。 何か不機嫌な要素を残しているとは思えない。 そのことが余計こちらを不安にさせる。 俺(朝比奈さん)とも次の角でわかれ、 そこからしばらくは朝比奈さん(長門)と二人きりとなった。 朝比奈さん(長門)はいつものとおりの長門らしくずっと無言のままだ。 途中すれ違う人たちが朝比奈さん(長門)のメイド服姿に驚いていたが そんなことはまるで目に入っていないようだ。 光陽園駅が見えてきたところで朝比奈さん(長門)は急にまま立ち止まった。 朝比奈さん(長門)の右腕についたメイド長の腕章が風にゆれ動く中、 体は1ミリも動かさず顔だけをゆっくりこちらへ向けてきた。 長門がこんな風な行動を取るときは必ず何か重要な意味がある。 あるのだが、その行動は少し遅い。 早く言えって。 「……わたしの家に来て」 突然心臓の音がドクンからドキンに変わったような気がする。 いつか本物の朝比奈さんにこんなことを言われる日が来てほしいものだ。 「なんで?ここでは話せないこと?」 「話したいことがあるの」 朝比奈さん(長門)の目は真剣そのものであった。 長門のマンションは昨日来たばかりだ。 あのときはだいぶ混乱していたな。俺も。 二日たって落ち着きは取り戻したが、肉体は取り戻せないままだ。 エレベーターに乗って7階を押す。 「何か食べたいものある?」 朝比奈さん(長門)が珍しく人の注文を受けようとしている。 「…冷凍庫にカレーしかないけど」 思わず驚いてしまった。 そして少し笑ってしまった。 長門、お前いつの間にか冗談がうまくなったなぁ。 部屋の電気をつけてコタツ机に座っていると、 朝比奈さん(長門)が台所から盆に急須と湯飲みを載せて持ってきた。 いつか最初にこの家に来たときと同じ状況なのだが、今ここにいるのは朝比奈さんと古泉だ。 周りから見たら全然違う風景である。 さきほどのようにドジッ娘発動でお茶をこぼさないうちに空中で茶碗を受け取った。 「話ってなにかな?」 こちらから切り出してもすぐに話し出さないのが長門の癖だ。 俺もとりあえず飲めといわんばかりに出されたお茶に口をつけて押し黙った。 朝比奈さんの入れたお茶と少し味が違う気がする。 だがこれはこれでおいしいと思えるから不思議だ。 朝比奈さんの体からはお茶をおいしくさせる成分が抽出されているのだろうか。 ふと、昨日長門(古泉)が言っていたことが気になった。 「ところでお前、朝比奈さんの体になってから、ハルヒに対する観測の視点とやらに変化はあったのか?」 昨日の長門(古泉)からの電話のときの話題だ。 長門はもしかしたら今回の事件を意図的に起こした張本人かもしれないというものだ。 今日のハルヒの様子を見ていると、もしかしたらこの長門という線も考えられなくはない。 人間を入れ替えるなんてことが出来るのはあとは長門くらいのものだからな。 朝比奈さん(長門)はうつむいたまま何も答えない。 何か心の中で葛藤しているのか。そしてようやく口にしたことばは… 「もしかしたら私たちは……元の体には戻れないかもしれない。」 な、なんだって? 「私を含め団員の4人は恒久的にこの体のまますごすことになる可能性がある」 衝撃的かつ無責任な発言だ。 古泉が言っていた最悪な予感の一つを自ら宣言したのである。 そのくせ俺の質問には何も答えていない。 …待ってくれ長門。昨日と話が違うぞ。 お前が俺たちの体を元に戻せないとなったら俺たちはどうすればいいんだ? またハルヒのきまぐれで俺たちの体をシャッフルする日を待てというのか? それともそうさせるように仕向けろというのか? しかもハルヒには入れ替え事件を知らせずにだぞ? 話は長くなる、といったん前置きをおいた後お茶を静かにすすって答えた。 「今回の騒動の発端は涼宮ハルヒ。 彼女による小規模時空変換の際に、私の中にある変化がもたらされた。 それは人間が有機生命体である以上、体内細胞に微小ながら蓄積される思考情報の残骸。 …あなた達の言葉で言うところの残留思念ともいうべきものを解析したときに起こった」 残留思念などという言葉を使ったことなどないが、 とにかく体に残った記憶のようなものだろう。 そんなものがあるなんて気づかなかった。 じゃあ、この古泉の体にも残留思念があるというのだろうか。 しかしながら俺は今、古泉の使う超能力もなければ意識も記憶も何も持っていない。 「人間にはどのようなデバイスを用いてもこの残留データから情報を汲み取ることは出来ない。 このことは未来人である朝比奈みくるも同じこと。つまり私だけにできる…」 と言って朝比奈さん(長門)が急に隣に体を寄せてきた。 ドキっとして思わず体を反らそうとしたが朝比奈さん(長門)密着してくる。 そして右手の人差し指をゆっくりと古泉(俺)の額に伸ばし、軽く触れた。 いや、触れたのだろうか。触ると同時に感覚がなくなったのでわからなかった。 目の前が突然真っ暗になったのである。 いや、急に暗いところに来た時のフラッシュバックともいえる状態だろうか。 徐々にボンヤリと周りの状況が確認できる。 ぼんやりと明るい灰色の空、無音の空間、誰もいないビル群。 …閉鎖空間である。 だが不思議なことに今回の閉鎖空間は今までと感覚を全く別にしていた。 言葉では説明できない何かをたしかにそこに感じていた。 誰かがここにいる。わかる。 そして戦っている。あの光の巨人とだ。 そしてこの空間を生み出した主の存在をはっきりと感じる。 ──ハルヒ。 急にまたフラッシュバックした。今度は眩しい。 気づくとまた長門の部屋にいた。 朝比奈さん(長門)の指がゆっくりと目の前から離れていく。 今の映像が古泉の体にあった残留思念なのだろうか。 やけに生々しい。今起こっている出来事のようであった。 「朝比奈みくるの情報を解析しているうちに、意識下における情報の中で、 今回の騒動の原因の因子とみえる意識の片鱗を捕らえた」 つまり、朝比奈さんに原因の一部があるってことか? もしかしてそれを言うために俺をここへ呼んだのか? 「朝比奈みくるは自己の言動により涼宮ハルヒへ大きな影響を与えたことを無意識の元に自認している。 そのことが今回の入れ替え騒動を引き起こした原因になったかもしれないということも。 しかしそれは…朝比奈みくるとして、言ってはいけないことが含まれている。」 なんだそれは。 知っているけど教えてくれないというのだろうか。 朝比奈さん特有の禁則事項とでもいうのか? 朝比奈さん(長門)は押し黙ったままうつむいている。 「……以前の私なら言えたこと。 私は…朝比奈みくるの残留思念のもたらすエラーにこれ以上対処できない」 どうしても教えてもらえないのか? 「わからない。このことがなぜか朝比奈みくるにとっての意識の中で特別なカテゴリーを持ち、 その情報は身体における理解の分別の中にいくつかの情報とともにタブーを伴って存在している」 タブー…それは未来人としての特性なのだろうか。 とにかく長門の使う言葉がわかりにくく、理解が全てに及ばない。 こういうのをなんていうんだっけ? 長門は情報の伝達に齟齬が発生するって言ってたな。 「私は現在、情報統合思念体と直接同期できない。 このことが個としての私本体の能力に限界をもたらすと同時に、 朝比奈みくるから受ける情報同期への回避行動を不可避なものへとさせている。 そして、朝比奈みくるによってもたらされた蓄積情報が、 排除できないデブリとなって私に大きなエラー情報を与えている。 いつか私にもたらされるかもしれない大きなバグが情報回路に形成されつつある。 それが発動したときの行動を予測できない。 きっとあなた達を元に戻すことは出来ないだろう」 長門は普段は全くの無言だが、しゃべるとなると一気にしゃべる癖がある。 お茶はすっかり冷たくなってしまっている。 頭の中もすっかり冷めてしまった。 長門にとって朝比奈さんの体でいることはいろいろと不都合があるらしい。 だからハルヒの能力による規制が外れても、 そのまま能力が落ちたままになる可能性があるということだろう。 ざっとこんな感じの意味だったと理解した。 これ以上は今の俺にはついていけない。 「ところで、長門の今の状態が徐々に変化していくものとして…、 9月12日になった時点で俺たちの体を元に戻すことのできる可能性はどのくらいあるんだ?」 「おおよそ…99.9996%」 ほぼ確実に大丈夫じゃないか。 たったの0.0004%がそんなに長門を不安にさせる材料となっているのか。 いや、長門のことだ。 この極少の確率がいずれ大きな可能になることを知っているのかもしれない。 だから俺にそのことを警告しているのだ。 そのときが来たら助けてくれと言いたいのかもしれない。 部屋から出たときに初めて気づいた。 俺は今まで、朝比奈さんと二人きりで一緒の空間にいたのだということを。 中身は長門にしろ、体はあの犯罪的なボディーである。 むしろ中身が長門であるからこそ間違いが起きても朝比奈さんにはわからないということで… いや、間違いはないんだが、もちろんする気はないんだが、何言ってるんだ俺は。 せっかくの貴重な時間を何もせずにただ話を聞いているだけに終わってしまった自分を情けなく思った。 さっさと帰ろう。っと今日も泊まりはホテルだ。我が家が恋しい。 古泉が用意してくれたホテルは昨日と同じ、 部屋の番号だけが違う部屋であった。 部屋の配置などに変化もない、つまらないビジネスホテルの一室。 シャワーを浴びて横になると同時に携帯が鳴った。 長門(古泉)からだ。 「やあ、すいません。もう寝ていましたか?まだ大丈夫でしたらお伝えしたことがありまして」 すっかり口調は古泉だ。 昼間の長門(古泉)とは別人のような語り口である。 「いえいえ、あれは長門さんのフリですから。 うまくなったものでしょう?僕も俳優やらせたらなかなかの物になるんじゃないですかね?」 「疲れてるんだから用件だけ言え」 「ああ、すいません。もちろん他でもない涼宮さんの話なんですが」 長門の次は今度はハルヒか。 SOS団は問題ばかり発生する団ともいえるな。まさにSOSだ。 「閉鎖空間の発生が頻発しています。 あなたと別れた後もあれから二回も閉鎖空間が発生しました」 やっぱり原因はハルヒなんだろうか。 古泉がそう感じるだけで他の人が作り出した閉鎖空間ってことはないのだろうか。 さっき朝比奈さん(長門)は自分の力が制御できないと言った。 さらに朝比奈さん自身に原因の発端があるとも言った。 「いいえ、それはありません。 間違いなくこの閉鎖空間を発生させたのは涼宮さんです わかってしまうのだから仕方がないのです。」 そう、それはさっき古泉の体とシンクロしたときなんとなく感じていた。 あの一瞬で今ハルヒの心の中に抱えている意識下ストレスの大きさがわかったのだ。 だから古泉の言いたいことはよくわかる。 「今までの涼宮さんの場合、閉鎖空間を広げるときは何か物事がうまくいっていないときでした。 そういうときの涼宮さんの様子であれば、顔色や態度からなんとなく読み取れるはずでした。 ですが今回は違いました。 あなたも目の前で見ていたでしょうが、 涼宮さんの提案した大食い大会に優勝しているにも関わらず、ストレスは増大していったのです もちろん閉鎖空間の規模もどんどん大きくなっています。 今まではあなたの力でかなり涼宮さんのストレスを抑えることが出来ていました。 少なくともイライラの原因を推し量ったり、 涼宮さんの行動をコントロールしたりはできましたからね。 ですが、今僕たちは自分の体を離れ、各々の行動を制御できません。 あの朝比奈さんではあなたの肉体を使って涼宮さんのストレスをとめることは出来ないのです」 俺はもうハルヒの相方として離れることができない存在だとでも言いたいのだろうか。 俺はアンコウの雄と雌じゃない。 あいつの伴侶としていきるつもりは毛頭ない。 だが、このまま灰色の世界に飲み込まれて消えるのはもっと嫌だ。 「このまま行くと明後日くらいが持ちこたえられる限界です。 長門さんの力で元に戻してもらうにしても 少なくとも9月12日まではこのままでいなくてはなりません。 もしかしたら……」 もしかしたら? 「もしかしたら9月12日という日は人類滅亡の期限なのかもしれませんよ」 人類の滅亡だと? そういうことを軽々しく口にする古泉の癖にはもううんざりする。 早く電話を切ってくれ。 「この調子では明日は学校に行けないかもしれません。 そのときは涼宮さんを頼みます。 とにかく涼宮さんのストレスの原因を探ってください。お願いします。では」 頼まれてもどうしようもない。 さっき古泉がいったように俺は今古泉になっているせいでハルヒに対して影響力が少なくなっているからだ。 そしてその体を動かしている朝比奈さんは今回の原因について何も話してはくれてはいなかった。 朝比奈さんの体に乗り移っている長門もだ。 細かいことは明日直接聞くしかない。 まずはハルヒのストレスの原因を探ることから始めなくては… 携帯を机の上に置き、ぐったりと横になって時計を見ると時間は12時を差していた。 明日は9月10日。 何をするのか具体的にはつかめぬまま、とにかく明日にかけるしかない。 古泉になって二日目の夜が更けていった。 第3章
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涼宮ハルヒのデリート 誤解なんてちょっとした出来事である。 まさかそんなことで自分が消えるなんて夢にも思わなかっただろう。 キョン「あと三日か・・・。」 キョンつまり俺は今、ベッドの上で身を伏せながらつぶやいた。今を生きることで精一杯である。 なぜ今俺がこんなことをしているのかというと、四日前に遡ることになる。 ハルヒ「キョンのやつ何時まで、団長様を待たせる気なのかしら?」 いつもの集合場所にいつもと変わらない様子で待っているメンバーたち。 団長の話を聞いた古泉が携帯のサブディスプレイをみる。 古泉「まだ時間まで五分あります。」 と、団長に伝える。 ハルヒ「おごりの別に、罰でも考えておこうかしら。」 っと言ってSOS団のメンバーは黙り込んだ。誰一人として口を開こうとしない。その沈黙を破ったのは、ベタな携帯の着信音だった。 ハルヒ「あとどれぐらいで着くの?団長を待たせたんだから・・・」 っと言われ「一方的に電話をきった。ベタな展開だったら俺が切るのだが、なにしろ相手があのハルヒだから仕方がない。 かわりに古泉に電話をかけた。 古泉「僕に電話とは、あなたも罪な人ですね。涼宮さんが嫉妬しますよ。」 ウザイ、何勘違いしてんだこのホモ男。 古泉「冗談です。僕に電話をかけたぐらいですから、何か理由があるのでしょう?」 やっぱりコイツと話すのは少し気が引けるな。 キョン「今日は、急用があるから探索にはいけないとハルヒに伝えてくれ。」 古泉「その用とは?何の事ですか?」 キョン「どうしても言わなくてはいけないのか?」 古泉「・・・。まあ別にいいでしょう。あなたの休日まで追及はしません。」 キョン「じゃ、頼むぜ。」 電話のやり取りを終えた古泉はハルヒに用を伝えた。 ハルヒ「仕方がないわね。じゃあ、今日は二人のペアで北と、南に分かれて不思議を探しましょう。」 ~ハルヒ視点~ ハルヒとペアになった、いやなってしまった朝比奈さんは午前中ずっとハルヒの不機嫌オーラを感じ、おびえながらハルヒの後についていったそうだ。 午前中の散策が終わりいつもの場所へ向かう途中朝比奈さんがあるものを発見してしまった。 みくる「あれって、キョンくんじゃないですか~~?」 ハルヒは朝比奈さんの指す方向に素早く振り向いた。 ハルヒ「散策をサボっておいて、何をやってんのかしら?」 しばらくハルヒが何かを考えていると思うと、頭の上の電球が光った。 ハルヒ「キョンを尾行するわよ、みくるちゃん。キョンの休んだ理由がわかるし、不思議なところへいけるかも知れないし。」 みくる「で、でも~~、長門さんと、古泉くんのことはどうするんですか~~?」 ハルヒ「そんなの後で電話しておけばいいじゃない。」 っと言って、彼の尾行を始めた。何度かみくるちゃんから「やめましょうよ~~。」っと言われたがすべて無視した。 彼の行き先はいつもの駅から一駅離れたところだった。 ハルヒ「なんでわざわざこんなところにくるのかしら・・・。」 みくる「やっぱり、やめませんか~?キョンくんには彼なりの事情があると・・・。」 言いかけていた彼女の口をふさいだのは、ハルヒの手だった。 みくる「何するんですか~?」 ハルヒ「誰かに手を振っているわ。ここからじゃよく見えないから別の場所へ移動しましょう。」 っといってハルヒは朝比奈みくるの手をとり移動した。 みくる「あれって、女の人じゃないですか~?」 ハルヒの目に移ったのは、キョンが親しげにその女性と話しているところだった。 そして、気づいたらそこから走って逃げ出しているところだった。 走るのをやめて歩いていると、後からみくるちゃんが追いついてきた。 みくる「きっと彼女じゃないと、思いますよ・・・。」 ハルヒ「あったりまえじゃない、あのキョンに彼女ができるわけないじゃない。ただ少し暗くなってきたから早く帰りたいなと思って・・・。」 わかりやすい嘘をついてしまったと思い、すこし悔しがった。駅あたりで二人が別れた。 ハルヒの後姿はどこか悲しげな表情にみえたそうだ。 ~キョン視点~ 妹のダイブによって起こされた俺は、いつもの強制ハイキングコースを心行くまで楽しんでいた。 学校にいく間、谷口のナンパ話を聞かされた。まったく飽きないやつだ。 谷口「でだな、やっぱりゲーセンのやつらを狙うのはよくなくてでなあ・・・。」 キョン「お前のそのナンパ話はこうで96回目だ。」 っと口を挟む。まったく朝から暑苦しいやつだ。熱心に語ってきやがる。 谷口「そういや、お前なんで土曜日の探索に行かなかったんだ?」 キョン「・・・。なんで、お前が知ってる?」 谷口「ギクッ!!!忘れてくれ・・・。」 そんな話をしているとすぐに学校に着いた。靴を履き替え教室に向かうと、何から話そうか考えた。誰にって、そりゃハルヒにきまってんだろ? 絶対追求してくるに違いない。 しかし、予想に反してハルヒは何を言ってこなかった。それどころか、教室に入ってきた俺をまるで何もいないかのような反応を見せた。 キョン「ど、土曜はすまなかったな。急に休んだりなんかして・・・。」 しかし、ハルヒは何の反応もしない。気まずい、ククラス全体が注目してる。 キョン「休んだ事を怒ってんのか?」 ハルヒ「・・・・・・。」 無反応のハルヒに気まずさを感じていたら、チャイムがなりホームルームが始まった。 まったく、休んだぐらいでそんなに怒るかよ・・・。 結局午前中はハルヒと何も話さず、不機嫌オーラを受け続けていた。 昼休みは教室を抜け出しどこかへいってしまった。 谷口「お前、涼宮になんかしたか?」 キョン「いや、何もしていない。何で怒っているか知りたいぐらいだ。」 本当に何を怒っているんだろうな、ハルヒのやつ。 そして授業の終わりに二人のムードに耐え切れなくなった谷口が、あろうことかハルヒに話しかけてしまった。 ハルヒ「何よ谷口。あんた宇宙人でも見たの?」 じとっとした目で、谷口を睨む。 谷口「キョンと喧嘩するのはいいが、クラスのムードまで暗くするな!」 っと強気で言った。ああ、谷口、お前死んだな。相手を考えろ、相手を。 しかし返ってきた返答は、最悪なものだった。 ハルヒ「キョンって、誰?」 教室が完全に凍りついた。その中を凍らせた原因のハルヒが通りすぎていった。 マジかよ? なにかあったかも知れんと思い、逸早く部室へ向かった。 キョン「長門!これは一体どういうことなんだ?」 俺は部室の隅で静かに本を読むインターフェイスに問いだした。しかしまた返って来た返答は最悪だった。 長門「あなたが悪い。」 ・・・・。俺は言葉を失った。一体何をしたんだというのか。あの長門からこの言葉を言われると正直つらい。 すると後ろから古泉が入ってきた。 キョン「お前ならわかるか?俺がハルヒから無視されている理由。」 よく考えてみれば、長門がああ言っているのだから古泉に聞いても仕方がなかった。 ふわりと自分の体が倒れるのを感じ、殴られたとわかった。我ながら格好悪い。 古泉「あなたがそんな人だったとは、失望しました。涼宮さんが無視するのもよくわかります。」 一体どういうことだ。何が起こっている?これもまた異世界なのか? とりあえずこの日は家に帰った。あんなことを言われてあの場にいれるほど、俺も狂っちゃいない。 一体何が悪いのか考えているうちに眠りに入った。 朝だ・・・。妹のプレスを食らう前に起きた。とりあえず再びハルヒに誤っておこうと思い学校へ向かった。 向かう途中ずっと考えていた。そもそも俺をいないものだと言うほど嫌っているのに、どうやって誤ればいいのか。 それに理由もわかっていない。・・・そうだ、朝比奈さんに聞こう。 昼放課に朝比奈さんを呼び出した。 キョン「あの、俺って何かハルヒに悪い事いしましたか?」 真剣な口調で話す。彼女なら何か知っているのだろうか? その言葉に驚いたような様子をみせ、真剣な顔つきで話始めた。 みくる「あの、始めに言っておきます・・・。」 キョン「はい?」 みくる「ごめんなさい。」 パ~ンという音が響いた。そう、ビンタされた。そして朝比奈さんはどこかへいってしまった。 あの、朝比奈さんに殴られたのは相当ショックだった。 結局午後の授業にはでずに欠席した。この日は何もかもにやる気がでず。ベットで眠ることにした。 朝、自分の体の異変に気づいた。 -あと3日で自分は消える 何でわかるかって?分かってしまうからしょうがない。これしかないな。 今の状況に絶望した自分は学校を休んだ。だってあと三日で死ぬとわかっていて何をすればいいかなんかわからん。 夕方、古泉が家を訪ねてきた。しぶしぶ話を聞くことにする。 古泉「いい加減にしてください。とにかく明日、涼宮さんに謝る事です。何度閉鎖空間を潰したことか・・・」 キョン「・・・。俺が何をしたっていうんだ?」 古泉「とぼける気ですね。まあ、いいでしょう、言ってさしあげますよ。先週の散策あなたは休んだ。そしてわざわざ僕たちから離れるようにして彼女に会った。それに対して涼宮さんは失望しているのですよ。」 キョン「待て!それは・・・。」 古泉「ともかく、明日は学校に来て謝ってください。それで済むことですから。」 俺は終始まともな話ができず、家に戻った。 「あと三日か。なんとしてでも・・・」 彼女に会っただと。とんだ誤解だ! 次の日は一日中ハルヒにかけた。全て無視されて、だんだん自分が消えていくのを感じ、孤独感に襲われた。 手紙をつかってみたりもしたが、やはり無視された。 ・・・。一体全体どうなっているんだ? 帰り際、しかたなく古泉と少し話をすることにした。 キョン「全て無視されている。もう俺が消えたみたいに。」 古泉「どういうことです?もう、とは?」 キョン「古泉、俺はあと二日、いや明日いっぱいまでしか生きられない。」 古泉「・・・。なんで分かるのですか?」 キョン「分かってしまうのだからしょうがない。っということだ。」 古泉「・・・なるほど、どうですか。僕の憶測ですが・・・、土曜にあなたが彼女にあったことが原因でしょう。」 キョン「そのことなんだがな・・。実はそれお袋なんだ。俺の。」 古泉「!?・・・それが本当ならものすごい間違いですね・・。」 キョン「まあ、俺の親は若いときに俺を生んだからな。」 古泉「で、その誤解により、あなたに失望し悲しんだ。あなたがいなければ悲しまなかったのに、とでも考えたのでしょう。」 キョン「だったら、すでに消えているべきじゃないのか?」 古泉「そうですね、あなたに謝ってほしかったのではないんですか?」 キョン「・・・(違うだろ)。まあそんなことよりこれからどうするかだな。」 古泉「そうですね。今のままでは、この世界にも失望して改変されかねませんからね。」 キョン「しかし、俺の書いたものまで目にはいらないとなると、どうすればいいんだ?」 古泉「分かりません。でも、あなたのやる事を信じたいと思います。」 いつまでも本当にクサいやつだな。しかも顔が近い、キモイ。どけろ 古泉「僕にできることがあれば、何でも協力しますよ、親友として。」 キョン「わかった。」 っといって別れたのはいいがさっぱりどうしたらいいのかわからん。 このままでは、本当に消えてしまう。何かいい方法はないのか? 長門に頼るか?いや、今回は自分で考えるべきか? 人間はこういう大事な日に限ってすぐに寝てしまうものだ。 次の日結局何も浮かばず、半日をすごしてしまう。 今いるのは部室だ。ここでなんとかしなければ、消えてしまう。 ふいに長門が何か語ってきた。 長門「あなたはもう答えを知っているはず。答えは過去にあり、現在に関係する。」 そのことを信じていいんだな、長門。・・・。 最後になるかもしれない部活は、ハルヒに俺が認識されないまま終わった。 帰り際、あるひとつの答えにいきついた。唯一の接触できるチャンス、そして最後の切り札。 キョン「古泉、親友としてのお前にひとつ頼みがある。」 古泉「なんでしょう?できる限りのことをいたしますよ。」 キョン「それはだなぁ、夜に東中にきてくれと手紙にかき、渡しといてくれ。」 古泉「なんのことだか、分かりませんが、それが望みならやっときます。」 そう答えは今日という日つまり七夕。答えは三年前。 東中に着くとハルヒをベンチで待つ。懐かしいな、この場所。丁度暗く顔をしっかりと見えない。 しばらくするとフェンスを乗り越え、ハルヒがやってきた。 ハルヒ「やっぱり、ジョン・スミスだったのね。」 そう、最後の切り札はこれだ。そして予想どうり接触することができた。 ジョン「どうだ、高校は?」 するとハルヒ今までの活動を話始めた。 ハルヒ「やっぱり、宇宙人はみあたらないわね。でも、SOS団っていうね・・・。」 俺も、(俺は話から消えていたが)今までの活動を思い出していた。 ハルヒ「ジョン泣いているの?」 俺の顔には涙が流れていたらしい。あと十五分の命だ。 ハルヒ「私何か大事なことを忘れている気がする。」 ふいにハルヒが言ってきた。思い出してもらうチャンスかもしれない。 ジョン「今からいうことを真剣に聞いてくれ。」 ハルヒはキョトンとした顔だったが、気にせず話をつづける。 キョン「昔、キョンと呼ばれていた男がいた。彼は普通の人生に飽きていた。そこに自分と同じ考えの女の子が現れた。 彼女は不思議を追い求めて彼を振り回した。しかし彼はそれを迷惑と思わず、むしろ自分の人生が楽しくなるのを感じた。・・・」 もう涙が止まることはない。 ジョン「しかし、ちょっとした誤解で二人はもう二度と会わなくなってしまった。」 ハルヒ「それがジョンあなたなの?」 ジョン「ああ、SOS団か・・・楽しかったな。」 嘘と真実がまざりメチャクチャになってきた。 ハルヒ「わたしが忘れていることって、まさか?」 ばらばらだったピースが合わさった。しかしもう時間がない。 ハルヒ「女の子はわたしなのね。」 キョン「ああ、誤解が解けないのが残念だったな。」 ハルヒ「・・・。」 キョン「ハルヒ、約束してくれ。俺がいなくてもこの世界に失望しないことを。」 ハルヒ「・・・、わかった。って、何その死ぬ前みたいな言葉。それに体が・・・」 体が消えてきた。くそ!時間がない。 キョン「じゃあな、ハルヒ。消える前にお前のポニーテールが見たかった・・・。」 こうして俺、キョンはこの世界から消えていった。 思えば、普通の高校生として生きていくよりはよかったんじゃないのかと、思えた。 その後ハルヒは古泉から誤解について説明された。 俺が消えた世界では、俺の体は残っていないので失踪っということになっている。 妹よ、兄が消えた事に悲しんでいるか? 世界が改変されることが起こらず、いやそれどころか閉鎖空間すら発生しなかったそうだ。 SOS団は今も健在しており、ポニーテールの団長様はなんとかやっているようだ。 ハルヒ「・・・。あれから一ヶ月ね。本当にどこへいったのかしら・・・。」 ハルヒが俺の席をみてつぶやく。 みくる「・・・・。きっと帰ってきますよ。」 ハルヒ「でも、目の前で消えていくのを見たのよ!わたしだって信じたい、帰ってくると。」 古泉「いい加減にしてください!] 急に叫んだ古泉に、二人は意表をつかれた。 古泉「そんなこといっていたら、彼が帰りづらいじゃないですか。」 部室が静まりかえった。・・・・。どういうことだ? 古泉「実はですね。先日警察に身柄を確保されましてね・・・。」 っといって、ハルヒに新聞を渡す。確かに新聞には俺の写真がうつっている。 古泉「いると信じなくては、いるものもいあくなってしまいますよ。」 するとハルヒの顔にいつもの120ワットの笑顔が戻った。 次の日、俺はベットの上で横になっていた。 なぜ俺がこの世界に戻ったのかというと簡単なハルヒの思い込みだ。 まったく便利な能力だな。まあそれのせいで、消えていたわけだが・・・。 さてまずは最初に一ヶ月の幽霊生活。これでもハルヒ話してやろうかな。
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プロローグ Birthday 「はーい。どうぞー」 ドアを開けると、ちょこんとパイプ椅子に座ったメイドさんが笑顔で出迎えてくれた。先日会ったばかりなのに、ますますかわいく見える。久しぶりのメイド姿は俺を満足させるのに十分だった。 「お茶煎れますね」 カチューシャをちょいと直しながら立ち上がり、コンロに水を温めにいく。上履きをパタパタとして歩くのは未だ変わらないが、お茶を煎れる動作は滑らかで、一年という時間の経過を感じさせてくれる。 俺はいつもの席に座り、いそいそと嬉しそうにお茶を煎れる優美な御姿を眺め、一人悦に入っていた。 俺が朝比奈さんの殺人的なまでに愛らしい後ろ姿をぼんやりと眺めていると、 「こんにちは」 ドアの前で鞄を脇に抱えて立っているのは古泉だ。如才のない笑みと柔和な目はSOS団に入ってから全くといっていいほど変わっていない。どうしたらその顔をキープできるのかね、後でコツを聞いておくのも悪くないかもしれない。 「こんにちは」 朝比奈さんは古泉に向かって優しく挨拶を交わす。古泉は俺の向かいに座ると、 「涼宮さんはまだいらしてないようですね」 「なにか用事があるから先に行けだとよ」 そうですか気になりますね、と古泉。確かにこのパターンは何か厄介ごとを持ち込んでくる可能性が高いからな。何もないといいのだが。 それはそうと、部室の付属物となっている長門はテーブルの隅に座ってページを繰っていて、さしずめ春に咲いたコスモスといったところだ。すまん、正直俺も意味分からん。 今は四月の半ばで、低空飛行を続けていた俺の成績でもなんとか進級し、朝比奈さんを除く、SOS団のメンバーは全員二年生になった。ホワイトデーのお返しやら、春休みにはイベント満載だったが、進級してからというもの事件らしい事件は起きていない。こうやって、テンプレートでダルダルな謎の集団を演じているわけだ。 ハルヒが来るまで古泉と将棋をやって時間を潰すことにした。このハンサム面は大変アナログ好きである。事あるごとに俺に勝負を仕掛けてくるほど積極的なのだが、いかんせん弱かった。大局を見据えるという能力が欠如しているようで全く張り合いがないし、まあそれはそれで勝ち続けるのも気分が良かったりもするのだが、こいつの頭の良さからすると負けるのも胡散臭く映り、わざと負けているのではないかと気分を悪くしたりもした。俺は『穴熊』の戦法で駒を動かし、古泉は適当という感じで進行している。まあ、これは俺の勝ちだな。俺が盤上を睨み付けていると、 「早くおかないのですか」 「ああ、分かってるよ。だがな、一手一手対処してるようだと、一生勝てんぞ」 「全くです」 古泉はお決まりのニヤケハンサム面で肩をすくめる仕草をした。意味もなく似合っていて、意味もなく腹立たしい。 「どうも僕には大局を見る能力がないようですね」 古泉は自分の王将の位置を確認すると、苦笑いをした。 しばらくすると、朝比奈さんがとてとてとお茶を運んできてくれた。 「お茶です。どうぞ」 可憐な手つきで俺の前にお茶を置く。朝比奈さんが俺をその無垢な瞳でじっと見つめているのに気づくと、俺は慌ててお茶を飲み、 「おいしいですよ」 朝比奈さんはニコッと笑い、俺はニマッと笑った。このいじらしいほどの笑顔を抱きしめるのを何度我慢したことか。断じて抱きしめたことはないからな。 「古泉くんもどうぞ」 「ありがとうございます」 そして長門の前にも置く。うさぎのようだ、と形容するのが一番しっくり来る動作だ。もう一年も経つんだがな、未だ長門に俺には分からない恐怖を感じているようだ。当人は微動だにせず、俺が一生発しないだろう言葉が羅列された題名の本を読み耽っていた。手を動かすことがなかったら、生死の判断は危ぶまれるほど陶器と化していた。お前は本を読まなければ死ぬのか?いまさら反応されてもまた何か悪いことが起きるんじゃないかと邪推してしまうからこれはこれでいいんだが。 この緩やかなに流れる時間を俺は気に入っていた。暴走する団長様をめぐる不思議な冒険の間に存在するこんな時間がなければ、おそらく俺は一ヶ月と持たず入院することになるだろう。 奇特な方でもない限り、平和と平穏を望むだろうし、奇妙な事件や出来事は時々で十分だ。普通な時間、モラトリアムな時間を満喫するのが人間としてのあり方ってもんさ。 俺がこの部室に流れる柔らかな時間に頬を緩めていると、 そいつは壊れるほどの勢いでドアを開け、登場した。 バンッ、という音ともにその奇特で普通を望まない人は春だというのに夏のうるさい日差し並みに笑顔を輝かせて、完全にオープンしたドアの前で立っている。後ろには、やったわよ、みたいな顔をした鶴屋さんも付いてきていた。今度はなんだ。宇宙戦争がしたいとか言い出すなよ? 「朗報よ!」 お前の朗報とやらがSOS団、特に俺と朝比奈さんにとって朗らかな報告となったことなど一度もない。 「鶴屋さんが場所を提供してくれることになりました」 ハルヒは俺の意見を完全に無視した。もう分かっている。このSOS団にハルヒに意見をいうやつがいないということを。俺がハルヒのお守りを任せられているのはすでに細胞レベルまで刻み込まれているからな。遺伝子レベルまでいかないことを切に願う。 「なんのだ」 ハルヒはこれ以上できないであろう満面の笑みでこう宣言した。 「決まってるじゃない! お花見よ!」 いつ決まったんだ。俺は日本国憲法に照らし合わせてみたがそれらしい条文は見つからなかった。だが、ハルヒの言うことも分からんでもない。春にお花見をすることは特別変わってはいないし、ハルヒのイベントに対する目ざとい性格でなくても、まああるだろうなぐらいには予想していたさ。ハルヒにしてはまっとうなものを持ち込んできて、溜息をつく予定が大幅に狂ったが、朝比奈さんの手作り弁当にありつけるかもしれないんだから、歓迎しようじゃないか。よくやった、ハルヒ。 ハルヒは団長椅子にどかっと座ると、 「みくるちゃん、お茶」 「あ、みくるーっ、私もお茶頂戴っ」 「あっはいはいっ」 朝比奈さんはやかんのもとへパタパタと駆け寄る。急須を手にした朝比奈さんは団長専用の湯呑みと、すでに鶴屋さん専用となった客用湯呑みに注意深く煎茶を注ぐ。小間使いにされているのになんだか嬉しそうにしていた。 「どうぞ」 朝比奈さんが団長机にお茶を置こうとすると、ハルヒは湯呑みを奪い、ものの五秒で飲み終わらせた。お前はもっと味わって飲めないのかと考えていると、 「お花見については鶴屋さんが説明してくれます。あたしもまだ詳しくは聞いていないのよ」 ハルヒは言い終えると、鶴屋さんのほうを見た。合図だったのかは分からんが、鶴屋さんは座っていたパイプ椅子から立ち上がると、テーブルに手を置き説明を始めた。 「まかせてっ。えーっと、いつもは会社の人と行っていたんだけど、今年は中止になったから、それならハルにゃん達と行こうかなって思って。雪山も面白かったし、今度もどうかなって思ってさ。どうにょろ?」 「それはどこにあるんですか?」 俺はとりあえず尋ねる。 「電車で一時間ぐらいかな。ちょっと山奥に入った秘境みたいなところなんだけど、それだけの価値はあるさっ」 山奥、秘境?そんなハルヒが諸手を挙げて賛同するようなワードが列挙するような場所で花見を?近場じゃダメなのか?まあ、鶴屋さんが勧めるほどのところってことは価値のあるものだろうが。 「素晴らしいわ!」 ハルヒは目を輝かせながら言った。 「魔境なんてSOS団にぴったりの場所じゃない!」 ハルヒは秘境を魔境という存在しないものへとグレードアップさせた。こいつの頭には都合の良い事は誇張されるようにできているらしい。いまどき魔境なんかゲームの中か、胡散臭い祈祷師しか考え付かないだろうよ。この狭い島国のどこに魔境なんてあるのかね。あるのはハルヒの頭の中だけで十分だ。 「それじゃあ決定ね。キョンはビニールシートを持ってきて。大きいやつよ」 「ああ、分かった」 「やけに聞き分けがいいわね。気持ち悪い」 気持ち悪いは余計だろ、とは思ったが、今回は楽しめそうだからな。大目に見といてやるよ。 「ふん。まあいいわ、団長命令は絶対だもんね。キョンも分かってきたじゃない」 ハルヒは俺をじとっと卑下するように見ながら言う。その後ハルヒは各自に準備するものを言い付けると、今日はもう帰る、と言ってそそくさと部室をあとにした。 さて、お気づきの方もいるだろうが、種明かしでもしようか。今回のお花見は古泉主催のミステリツアーではなく、宇宙人的、未来人的でもない。ごく普通に企画されたサプライズイベントなのだ。いっとくが、鶴屋家の土地でやるのは本当だ。朝比奈さんのお弁当もな。それだけを楽しみに生きている俺もどうかと思うが。 「あれでよかったのかいっ?」 「ええ、最高でした」 古泉は人畜無害な笑みを鶴屋さんに向けて言った。 「普通のお花見でもよかったんですが、涼宮さんは普通を大変嫌うお方です。確実性を上げるための秘境という設定はどうやら成功のようですね」 「そのようだな」 俺は嬉しそうにしている古泉に言ってやり、部室を見回した。 時計を見るともう五時を回っていて、部室は夕暮れに包まれていた。太陽と大気が織り成すオレンジ色が部室を染め、窓際に近い長門を照らし出した。それが長門の透き通るような白い肌に溶け込んで奇妙なほどに似合っていた。朝比奈さんは朝比奈さんで、部室専用のメイド姿でお盆を胸に抱え、満面の笑みで鶴屋さんと談笑していた。仲良しの友達同士(しかも美人同士)が語り合う姿はこの上なく優美であったし、今回のサプライズイベントには自分も役に立てると嬉しそうだった。古泉はというと、サプライズイベントを大いに盛り上げるための策略(SOS、命名俺)を練っているようでもう負けは確定した将棋には目もくれなかった。俺はみんな様子を一通り眺め終わると、部室の片隅に座る寡黙な少女をなんとなく見つめていた。 「まあ、楽しみにしといてよっ。桜が綺麗なのは本当だからさっ」 「本当にありがとうございます」 「いいよいいよっ。楽しみにしてるし、わたしも面白いことをしたいのさ」 長門がパタンと本を閉じると、俺達は帰り支度をし、部室を出た。古泉が集合場所と時間を言い、俺達は別れる。別れ際、長門が俺をじっと見つめてくるので何かと思い尋ねたら、 「……何がいいのか分からない」 「長門が一番気に入っているものでいいんじゃないか」 「……そう」 長門はそれだけ言って、俺と長門はそれぞれの家路についた。帰り道、俺自身もハルヒに何を買うべきか考えていなかったことに気付いた。そもそも、金が無いし。どうするか、当日までには買っておかないと。 当日、空は雲ひとつ無く、小学校の頃の遠足みたいに気分が高揚するのは悪くなかった。ハルヒに振り回されるわけではないし、むしろこっちがはめてやろうってことだからな。楽しくもなるさ。 悲劇は繰り返すということを俺は忘れていた。今回はシャミセンもいないし荷物も少ないから大丈夫だろうと安心しきっていたのが裏目に出て、家を出るときに偶然リビングから出てきた妹に見つかり、例のごとく妹の妨害工作に時間を食わされた。具体的にはまず甘え、それが無理だと分かると途端に駄々をこね、しまいには泣き出す始末で、その泣き声に親が気付いて止めに入り、さらには親にも苦情を言われるという最悪のコンビネーションをなんとか脱したが、時すでに遅しとはこのことで、罰金になるのに行かなければならない規定事項は俺の気持ちを暗澹とさせた。 鶴屋さん推薦のお花見スポットは車で二時間というちょっとした小旅行だ。車は古泉が手配してくれることになっていた。おそらく荒川さんと森さんだろう。車での移動なので集合場所までは歩いて行かなければならなかった。時間が無いときの徒歩は焦燥感に駆られるもので、走り出したくもなったがすでに諦めムード漂う俺はわざとゆっくり歩いていった。 集合場所の駅に着くと、すでにSOS団の面々はそろっていた。鶴屋さんはまだ来ていなかった。朝比奈さんは大きめのバスケットを抱えていて、あの中にたくさんの幸せが詰まっているのだと思うと、思わずにやけてしまった。ハルヒが俺の遅刻のことを咎めたりはしなかったのは、きっとハルヒ自身も今日を楽しみしていたからだろう。朝比奈さんとじゃれあっているのを見るとどうやらそのようで、 俺のことは全く目に入らないようだ。長門は制服ではなく白のワンピースだった。袖がひらひらした形のだ。身体が細く、胸もあまりない長門にはしっくりくる。 朝比奈さんは俺に小走りで近づいてくると、 「『行けなくなっちゃったのは残念だけど、キョン君達はめがっさ楽しんでくるっさ』と伝えてほしいって」 おずおずと上目づかいで俺に伝えた。 「そろそろ車が来る時間ですね。移動しましょうか」 壁に寄りかかっていた古泉が俺たちに微笑み混じりで呼びかけた。 「良かった間に合って」 「涼宮さんの機嫌が良くてよかったですね。これほど遅れるとおそらく三回は罰金になっていたでしょうから」 古泉は俺を笑いながら見つめると、 「それはいいとして、みなさん移動しましょうか。車が到着したようですよ」 ハルヒと朝比奈さんの返事を聞くと、俺達は古泉の後を付いていった。 路肩に止まったのは雪山でもお世話になった二台の四駆だった。中から出てきたのも見覚えのある二人組だ。 「お待ちしてすみません。今日もよろしくお願い致します」 深々と腰を折る狂気の執事と、 「よろしくお願いします」 年齢不詳、過激派の怪しいメイドさんである。 「今日はよろしくね」 ハルヒが右の親指を立て、ビッと腕を伸ばしながら言った。いい加減ガキのお守りばかりしていて疲れないのかと俺が心の中で二人を労っていると、 「では、乗りましょう」 しゃしゃりでた古泉がいうと、男子と女子に別れて乗り込んだ。男子は荒川さんに、女子は森さんにだ。ハルヒに文句を言われてもいやだからな。朝比奈さんや長門と二人になったときに何されるか分からん。 車に乗り込むと車独特の匂いが喉の辺りに広がった。古泉は先に乗り込むと窓の外に視点を固定させ、なにも話す気はないらしい。まあ、俺も古泉と話す必要はないがな。古泉との二時間ばかりの車の旅は何の起伏もなく、外の風景も同じものの繰り返しだったし、朝比奈さんの弁当の中身を考えているほうがまだ建設的というものだ。しかしそれも長くは続かず、車の振動をゆりかご代わりに、俺は深い眠りへと落ちていった。 … …… ……… 「起きてください。到着しました」 俺が朦朧とした意識をなんとか叩き起こすと、古泉の笑顔が近くにあった。 「顔が近いぞ、気持ち悪い」 寝起きに野郎の顔が近くにあったときのしょっぱさはなんとも言えない。……というより語りたくない。 「またご冗談を。さあ、降りてください。少し歩きますよ」 古泉は微笑を湛えたまま、俺に呼びかける。車から降りると、ハルヒは口を一文字に結び腕組みをして立っていた。こりゃ、明らかに怒ってるな。 「ちょっとキョン! 私が寝てないっていうのになんであんたが寝てるのよ!」 いつから睡眠が許可制になったんだ。戦時中じゃあるまいし、行動の自由ぐらい俺にだってあるだろうが。 「ないわ!SOS団での活動は団長の意思が最優先されるの」 「ないってお前」 俺がハルヒにとってフランス革命とはなんだったのかと考えていると、 「まあまあ、せっかくのお花見ですし、穏便にいきましょう」 古泉は俺達を取り成した 「これから山道を歩きます。足元には気をつけてください」 「私でも大丈夫ですよねぇ……?」 朝比奈さんは身体をいじいじしながら古泉を上目遣いで見つめた。 「もちろんです。そこまできつくないですから」 古泉は朝比奈さんに笑顔を向けると、朝比奈さんは顔を赤らめた。 「は、はいぃ」 おい、その反応なんかむかつくな。 「では、私たちはここで待たせていただきます」 「ありがとうございました」 古泉がそういうと、俺達も頭を下げ感謝の言葉を述べた。荒川さんと森さんは深々と腰を折ると、顔を上げ、 「帰りもここでお待ちしています。時間は古泉が知っていますので気になさらず楽しんできてください」 「分かったわ」 ハルヒは笑顔で頷くと、 「それじゃあいきましょ!」 山道への入り口へと歩き出した。古泉は肩をすくめるポーズをすると、 「やれやれ、では行きましょうか」 俺達はネズミを追いかける猫のようにハルヒの後を追った。 朝から(といっても、もう昼になるが)山登りというのもこたえるもので、というのも一番後ろを歩く俺がほとんどの荷物を持たされているからだ。鶴屋さんの言っていた通り、周りの風景も秘境というにふさわしい陰鬱とした雰囲気で、いつになったらつくのかという猜疑心が俺を疲労させた。 前を歩く朝比奈さんの重い足取りを眺めながら、応援しながら、列の真ん中を飄々と歩く長門が肩からかけている水筒が似合っていることに気付いた。先頭のハルヒの後ろを歩くやけに後ろ姿が格好いい自称エスパー戦隊を恨みつつ、山道をピョンピョンと登っていく「男は女性の荷物を持つものよ」とか訳の分からん理由で俺に荷物を持たせているハルヒの背中を睨み付けた。 山道の左手は空が広がっていて、右手にはブナのようなそうでないような木々が立ち並び、ちょっとした日陰を作った。そうこうしているうちに俺達は目的地についた。そうこうというのはいつまでも終わらない山道がエンドレスに続いているような気がして、ただぼんやりと山道を登ったためだ。RPGでよくある、ある条件を満たさないと抜け出れない無限階段を現実でやっている感じだ。帰りは瞬間移動の呪文でも使って帰りたいものだ。 俺達は山道を抜け、ちょっとした広場に出た。エデンの園ってこんな感じかもなと感じさせる桜以外何もない不思議な空間だった。 「ここです」 古泉が後ろを振り返ってそう言った。 俺達は言葉を失っていた。数分ぐらいは立ち尽くしていたと思う。普段見ている桜とは違い、山桜だった。妖麗という言葉がぴったりの木々が、ちょっとした広場を埋め尽くし、濃いピンク色の花びらが舞って、俺達を包んだ。隣に並んで眺めている朝比奈さんと桜の花びらは絶妙だ。長門は花びらを掌の中で観察している。そうだ、この世界にもハルヒを黙らせることができるものが存在したんだな、とか柄にもないことを考えながら、俺は優美に舞う花びらを見つめた。ハルヒもただぼんやりと山桜を見つめていた。古泉? パス。俺達はしばらくの間、黙って立ったまま眺め続けていた。 「キョン、シートをだして敷きなさい」 ハルヒは俺を指差し、命令した。 分かってるよ。命令を聞くのも今日だけだかんな。 「ちょっと有希、なにぼーっとしてるのよ」 「綺麗」 「へぇー、有希でもそう思うものもあるのね」 長門は返事をしなかった。 俺がビニールシートを古泉と広げ終えるやいなや、ハルヒはシートに寝転がり伸びをした。 「うーん!やっぱり気持ちいいわねお花見って」 「そうですねぇー」 朝比奈さんはシートの端の方にちょこんと座って、ハルヒの戯言に返事をした。笑顔の返事がなんとも愛らしい。 「有希もそんなところで立ってないで、座りなさいよ」 さっきから山桜の近くで立ち尽くしていた長門はそろそろと俺達のところへと来て、俺の左側に座った。なぜだろう、ハルヒは明らかに不快な顔をし、朝比奈さんに命令した。 「みくるちゃん。お弁当を出して」 「は、はい」 朝比奈さんは俺を見つめた後、俺の横に置いてあったバスケットを指差した。俺は円状に座っているSOS団のメンバーの真ん中にバスケットを置いた。開けるのは朝比奈さんがいいだろ? 「じゃあ、みなさんどうぞ。おいしくなかったらごめんなさい。いっぱい作ってきたんでよかったら食べてくださいね」 「おいしくないわけないわ。なんたってみくるちゃんの特製だからね。あ、そうだ! 今度みくる弁当でも販売しようかしら。一個千五百円ぐらいで。中身は適当でいいわ。どうせ男どもはみくるちゃんが作ったものならなんでもいいはずよ」 お前はどこまで男どもから金を徴収すれば気がすむんだ。しかも千五百円という微妙なライン。月に一度だったら俺も買ってもいいかもしれない。ハルヒの商人魂に感服しながら、おどおどとする朝比奈さんの為に早く口にしたほうがいいかもしれないなと思った。まあ、ここは団長様から食べさせないと殴られそうだから、俺はハルヒが食べるのを待ちつつ、朝比奈さんの作るものまずいものなどありません。泥団子だろうが笑顔で食べる所存であります。なんてことを考えていたわけだ。 その後俺達はすぐに朝比奈さんの弁当で舌鼓を打った。まずいなんて謙遜なされていたが、全くの逆で俺の最初の直感どおり、幸せの味がした。その幸せを破壊するがごとくハルヒと長門による大食い合戦が展開され、それに俺はむりやり参加し、幸せを奪還するという偉業を成し遂げた。 食事が終わると俺達はなにをするでもなく寝転がり、その妖麗な山桜たちとぽっかりと空いた空間から見える春の空を眺めた。取り込まれそうなほど澄み切った青空で、ピンクと水色という柔らかい色合いが俺の眠気を誘った。しかし、ここで眠るわけにはいかない理由があった。そう、そもそも花見はついでであって、本来の目的はハルヒのためのサプライズパーティーなのだ。遂行しなければここまで来た意味はないのだが、この桜を眺めているとそれだけで価値のあるものだと感じてしまっていた。さすが鶴屋さんのお薦めだけあるな。けどそろそろやらないと時間も無いなと考えている自分に気付き、さっき食べたのにプラスしてますます胃が重くなった。 やれやれ、団長さん喜んでくれよ? 「それではそろそろ始めましょうか」 古泉が音頭をとる。 「古泉君、なにか用意してるの?」 ハルヒの顔は日差しに負けないくらい輝いていた。 「いえ、私だけではありません。みんなで用意したものですよ」 「なにそれ?」 ハルヒだって気付いているだろう? 今日が何の日なのかぐらい。 みんなでいっせいに言った。 朝比奈さんは控えめに、長門はぼそりと、古泉は大げさに、俺はさりげなくだ。 「ハッピーバースデー!ハルヒ!」 俺達は隠し持っていたクラッカーを鳴らした。破裂音と共に紙が飛び出るタイプのだ。山奥で鳴らすクラッカーはものっそいシュールなもので、アンドレ・ブルドンも魚が溶けすぎて困るぐらいだった。 「え、ちょ、ちょっとなんで知ってるのよ!」 ハルヒは困ったような、怒ったような顔を浮かべた。 「そんなことどうでもいいだろ? この日のためにせっかくみんな準備してきてんだから」 俺はハルヒを諭すように言った。 「え、まあそうだけどさ、え、でも……。祝うなら祝うっていいなさいよね!」 「それじゃあ、つまらんだろうが」 「そ、そうだけど」 「それじゃあ、プレゼントの贈呈にでも移りましょうか」 古泉が仕切った。 「プレゼント?」 「誕生日プレゼントに決まってるだろ」 「分かってるわよ! さっきからキョン偉そうよ!」 慌てるハルヒは今世紀最大の見物で、万博に行くより面白いものが見れたと俺は心から笑っていた。それに嬉しさを隠すのに精一杯のハルヒはとてもかわいかったしな。 俺達はハルヒの前に並び、クスクス笑いながら、ハルヒの普段見せない姿を堪能していた。 「では僕から渡しましょうか」 古泉は笑顔を見せるとリュックからラッピングされた小さな箱を取り出し、ハルヒに近づいた。 「お誕生日おめでとうございます。涼宮さん」 「あ、ありがとう、古泉君」 古泉はハルヒにプレゼントを手渡す。 「中は見てもいいのよね?」 「もちろんです」 ハルヒは丁寧に包装紙をはずした。 「あ、時計ね?」 高校生には不似合いな高そうな時計だった。 ハルヒが時計を着けていると、 「涼宮さんは時間を大事にする方ですので、今回は時計にさせていただきました」 古泉は目を細めながらそういった。 「そうね。ありがとう古泉君、大事にするわ」 「喜んでもらえて光栄です」 古泉は白々しい仕草をすると後ろに下がった。 「じゃあ、次はわたしですね」 朝比奈さんがハルヒにプレゼントを手渡した。かなり大きい袋に入っていた。まあ、そのブツを不慣れな山道を登ってへーこらいいながら持ってきたのは他の誰でもなく俺なんだがな。敢闘賞ぐらいはくれてもいいはずだ。 「みくるちゃん、なにこれ?」 「抱き枕です。それがあるとよく眠れますよ」 「なんかあたしがよく眠れてないみたいじゃない。でもいいわ、なんか肌触りもいいし、気持ちいいもん」 お前は一つ文句を言わんと、素直に貰えんのか。 「えへへ、よかったですぅ」 俺は抱き枕に抱きついて眠る朝比奈さんを想像し、真っ昼間からよからぬ気分になっていたのを告白しておこう。 次は長門の番だ。長門はそろそろとハルヒに近づき、包装されたプレゼントを手渡した。はい、それもってきたのも俺。 「どうぞ」 「あら、有希も選んでくれたのね。ん、本か。有希らしいわね」 「わたしの一番好きな本」 「そう、読んでみるわ。有希が薦める本だもん、おもしろいに決まってるわ」 ハルヒは長門に笑顔を見せると、長門はミリ単位で首を縦に振った。 「じゃあ、最後は俺だな」 「少しはまともなものを渡しなさいよね。でないと、すぐに捨てるから」 俺がハルヒに中くらいの紙箱を手渡そうとすると、ハルヒは俺の手からものすごい力で奪い取った。 「早くしなさいよ。じれったい! どれどれ」 ハルヒは巻いてあった包装紙をビリビリに破り捨て、箱を開ける。 「え、なんでカメラなの?しかもデジカメじゃなくて、旧式? あと入ってるのは写真立てね」 「デジカメならハルヒが持ってるし、まあなんだ、そういうレトロなのもいいかなと思ったんだよ。財政面ではかなりきつかったがな。それ以外思いつかなかったから」 俺が説明していると、ハルヒは笑顔で俺にカメラを向けた。 「俺を撮るな! それより、あとでみんな一緒にとろうぜ。今まで集合写真なんて撮ったことなかっただろ?」 「それもそうね」 ハルヒはうつむいて、何かを考えている様子だった。そして何か小声で呟いた。あまりの小声になんていったか聞き取れなかった。 「なんだ?」 思わず聞き返してしまう。大体分かるっているが。ハルヒの口から直接聞きたいだろ? ハルヒは腰に手をあて、一つ息を吐くと、 「ありがとうって言ったのよ! 本当ならキョンなんかに感謝の言葉なんか述べたくないんだけど、今回は特別だからね!」 なんでお前はそう素直じゃないんだろうな。 「どうでもいいでしょそんなこと。それよりなんでこんな山奥でやることになったのよ」 「では、僕が説明しましょうか」 古泉がしゃしゃり出てきて、説明を始めた。 「一つ目の理由はもちろん涼宮さんを驚かせるためです。 二つ目の理由は……」 くどくどと古泉が説明していたが、この説明は俺にとっては二度目なので聞く気になれなかった。それより俺には気になることがあった。こっちのが俺にとっては日本経済の行く末より気になることだ。 「長門、結局お前本にしたんだな」 「そう」 「しかも一番好きな本か、俺も読んでみたいな」 「わたしの家に来れば読める」 「そっか。じゃあ今度お邪魔することにしようか」 「そう」 長門は俺を見つめながら目視できるぎりぎりの動きであごを引き、花びらを散らせている山桜のほうに目を向けた。 「そろそろ帰りましょう。暗くなったら、山道は降りられないわ」 もう夕暮れが迫っていた。俺達は荷物をまとめ、山道を下った。同じ道をトレースし、荒川さんと森さんの待つ車へと向かった。 車まで辿り着くと、ハルヒは写真を撮りましょうと言って、荒川さんにカメラを渡した。 「では、いきますよ。ハイチーズ」 あの山桜のあった山をバックに写真を撮った。荒川さんの渋い声での『ハイチーズ』は大変心地良く、本職のように見えるのは気のせいだろうか? 俺達に「はい、笑って」は必要が無かった。そんなこと言われなくても満面の笑みがカメラのレンズに反射した。 パシャリという音が、今の俺達を切り取った。 帰りの車中は行きとほとんど変わらなかった。違いは古泉も寝ていることだろうか。荒川さんは運転が上手く、安定した走行を実現していた。カメラを取るのも上手い、運転も上手いときたらあとは何が上手なのか気になるところではあるが、荒川さんと言葉を交わすことなく俺は行き同様に睡魔に襲われ、いつの間にか地元の駅前に着いていた。 「おい、古泉起きろ。着いたぞ」 俺は古泉の肩を揺すると、古泉は普段見せない気の抜けた顔で返事をした。車から降りると、外はすでに真っ暗で街灯だけが明かりを放っていた。 「あー」 俺は声を出しながら伸びをした。ずっと同じ姿勢で寝ていたせいで身体のあちこちが痛い。古泉も降りると俺に習って伸びをした。 少し待っても森さんの運転していた車からハルヒ達が降りてこないので中を覗いた。案の定、ハルヒ達は車の中で仲良く寝ていた。真ん中に座る長門の右肩にハルヒ、左肩に朝比奈さんは寄りかかり、眠っていた。俺が車の窓を叩くと長門は起きていたようでこちらを向き、首を横に振った。俺が肩をすくめる仕草をすると、長門はゆっくりと頷いた。古泉を見ると、こいつもやれやれとばかりに肩をすくめてにやけた。だが、起きるまで待っていたら荒川さん達に迷惑がかかるのでここは強制的にでも起こさなければなるまい。俺はドアを開けると手前にいた朝比奈さんを軽く揺すった。 「ほえぇー」 朝比奈さんは訳の分からん言葉を発し、目を擦りながら目を覚ました。ごめんなさい、と謝ると朝比奈さんはすぐに車から降りた。あとはハルヒか。あいつは適当に大声出せば起きるだろ。 「おい、ハルヒ! 起きろ!」 俺が大声で言うと、ハルヒはビクッとして急に目を覚ました。 「お前、よだれ垂れてるぞ」 「垂れへないわよ」 ハルヒはそう言いながらも口を袖で拭いた。まだ、起きてないのか視点が定まっていない。 ハルヒは車から降りると、俺と同じように伸びをした。人間やることは同じなようだ。 「では私達は帰らせていただきます」 荒川さんと森さんが礼をして、それぞれの車に乗り込んんだ。ハルヒと朝比奈さんは去っていく車に手を振って見送っていた。 「じゃあ、今日はこれで解散ね。家に帰るまでが部活なのよ」 「そうですね。では、僕は帰らせていただきます」 「わたしも帰ります」 朝比奈さんは満足げな顔で言った。 長門は無言で俺を見つめ、それからおもむろに家路に着いた。 そして俺とハルヒは全員を見送った。俺達を街灯と月明かりだけが照らしていた。余りの虚脱感に家に帰る気力すらなかったので、ただぼんやりと立っていたわけだ。 「キョンは帰らないの?」 「いや、何か疲れてな。ま、家に帰って休むことにするさ」 それは一瞬のことだった。 ハルヒは俺の唇にそっとキスをした。 俺が混乱していた意識を取り戻すと、目の前でハルヒは俯いていた。 「今回の話、キョンが企画してくれたんだって?」 「ま、そういうことになるな」 「ありがとう」 ハルヒは顔を上げて上目遣いで俺を見つめた。光の加減なのか、顔は朱色に染まっていた。俺はその顔をカメラで切り取り、永遠に残しておきたかった。 「ねえ、あたしじゃだめかな?」 「なんだって?」 「………」 「………」 「なんでもない。忘れて。忘れなかったら全裸で市中引き回しの刑だから!」 ハルヒはそういうと駅に向かって早足で去っていった。 『ねえ、あたしじゃだめかな?』 俺は聞こえないフリをしたが、しっかりと耳にも心にも届いていた。答えられる自信がなかったから、聞こえないフリをした。そして俺も続けてしまいそうだったのだ。 「なあ、俺じゃだめかな?」 自問自答を繰り返した。俺はハルヒが好きなのか? さっきのキスもきっとハルヒは言葉や態度で感謝を示せないから、成り行きでやってしまったと俺は都合よく解釈することにした。 でもな、ハルヒ。今日は俺に感謝する日じゃないぞ。生んでくれた両親に感謝する日、育ててくれた両親に感謝する日なんだ。 ハルヒのキスの余韻と生温い風が本格的な春の訪れを告げていた。 誕生日おめでとう、ハルヒ。 こんな風に満たされた春の日に生まれたであろうハルヒを思い、俺は家路を急いだ。 chapter.1
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(これでも三訂版) ・サイレントヒルとのクロスオーバー。グロ描写注意。 「これ、返す」 「おう、やったのか」 有希がキョンに何かのゲームソフトを渡すのが見えた。有希もゲームをするのね、ちょっと意外。どんなのかしら。 「それ、何?」 「ああ、零だよ」 キョンがソフトをこちらに見せた。いかにもなパッケージをしているところからするとホラーゲームみたい。あたしが好きなジャンルではないみたい。 「お前はこういうのが好きじゃないみたいだな」 キョンがそう言ったのでびっくりした。 「な、なんで分かったのよ」 「期待して損した、みたいな表情をしてたからな」 そんな表情してたのかしら……。こいつ時々鋭いから困ったものだわ。 「で、有希、それをやってみてどうだった?」 「人間の想像力は……恐ろしい」 いつもより小さな声でそういうと俯いてしまった。 「どうしたのよ有希。まさか、怖かったの?」 「違う」 即答だった。必死さを感じたのは気のせいかしら。 「そんなことはない。決してトイレに行くことが出来なくなったり、布団に潜ったまま翌朝まで身動き出来なくなった訳ではない」 有希……全部言ってどうするの……。 「貸しておいて何だが……スマン」 「いい」 やがて古泉君やみくるちゃんがやってきた。古泉君がそのソフトの箱を見るなり言った。 「まさか貴方がそのような分野のを持っているとは思いませんでした」 「興味本位でな。あの怖いCMがちょっときになってな」 すぐにどんなのか判ったってことは古泉君もやったことあるのかしら。ちょっと内容が気になるけど……怖いのよね。 「そんなの怖くてできないです……」 そう呟いたみくるちゃんに同意せざるを得ないわ。 「キョンってどんなジャンルのゲームをするの? まさかそんなのしかないとか言わないでしょうね」 「さすがにそれはねーよ。妹もいるんだしな、パーティゲームとか大衆向けのももそれなりにあるぞ」 「ふーん、じゃあ週末はキョンの家でゲーム大会ね」 「え、ん、まあいいが」 「じゃ決定ね。ということだからみんなよろしく!」 その後、有希は読者を再開していたし、古泉君はキョンとチェスを始め、みくるちゃんは紅茶を選んでいた。 あたしは特に何をするということもなく、適当に検索して開いたページ眺めてた。 さっきの零とかいうソフトについて調べないのかって? 冗談じゃないわ、あんなアブノーマルなのあたしには向いてないもの。 「あ、あれ……?」 気が付くと、あたしは真っ暗な駅のホームに立っていた。 何で? さっきまで部室にいた筈なのに。 慌てて辺りを見回すけれど、ホームどころか駅の周辺からも人の気配が全然しない。 「どうなってるのかしら」 ホ-ムを改めて見回してみる。見たくなかったけれど。 蛍光灯だけが照らしている構内は随分と汚くて、柱なんて赤錆でボロボロになっている。地面のコンクリートが赤いのもそのせいよ。 そのせいよね……。 ここはどこの駅なのかしら。全く見覚えがない。外に明かりはなく、この駅以外は永遠に続きそうな真っ暗闇しかない。 一体何が起こったのかさっぱり分からない。あたしは一歩も動けずに 「いやああああああああああああああああああああ!!!」 その突然の叫び声にあまりに驚いたあたしは、一瞬呼吸を忘れてしまった。 「何!? 何なの!? さっきの悲鳴は何なのよ!?」 パニック寸前のあたしは一刻も早くここから出ようと、改札口へ走った。自分の荒い息遣いと壁に反響した足音だけが聞こえる。 周りを見ている余裕なんてなかった。後で思うと、見なくて正解だったかもね。 恐怖からの逃避を図ったその先で、あたしは地獄を見た。心臓が縮み上がった。全身から血の気が引く音がした。 改札口の辺りは血痕だらけになっていた。床も壁も天井も……、一体何をすればこんなに飛び散るのだろう……。 そして改札機のそばには何かが 「……みくるちゃん!?」 どうして? どうしてこんなことになってるの!? 血まみれになって倒れているみくるちゃんはあたしの声に気付いてこっちを見た。 「みくるちゃん! 何があったの!? しっかりして!」 「涼宮さん…………逃げて下さい…………。この世界は…………もう…………」 「何言ってるの!? みくるちゃん! 」 「……じ………く…………」 「 !」 「………………………」 もうみくるちゃんが何を言ったか聞き取れなかったし、自分が何を言ったかさえ覚えていなかった。 「 !」 「」 「」 「」 「」 「 「 「 「おい、ハルヒ? ハルヒ?」 あたしは気付くと、机に突っ伏して寝ていたみたいだった。額は汗でびっしょりになっていた。 ゆ、夢? そうよね、あんなこと現実にはあり得ないもの…………。 「どんな夢を見てたんだ? 随分と苦しそうだったが、大丈夫か?」 キョンはまだ呼吸の整っていないあたしを心配しているみたい。 視線を移すと、心配そうにこちらを覗くみくるちゃんが見えた。ちゃんとメイド服を来てるし、勿論血なんてついてない。 あたしは立ち上がると、何か話しているキョンを無視してふらふらとした足取りでみくるちゃんに近付いた。みくるちゃんは少し驚いた表情をしていたけどね。そんなのどうだっていいわ、さっきのが夢だっていう証拠が欲しかったから。 「みくるちゃん、何も起こってない……よね……?」 「え? は、はい、いつも通りですよ」 あたしはみくるちゃんに抱きついて泣いていた。 「す、涼宮さん?」 「ちょっと……怖い夢を見ちゃったから……。うん、大丈夫よ……」 みくるちゃんは、優しくあたしを撫でてくれた。ちょっと恥ずかしかったから、悪夢を見たのをキョンのせいにして解散した。 家に帰ってからは、一晩中なんだか怖かった。それはもうキョンから借りたゲームの所為で動けなくなった有希といい勝負だったかもしれない。 けど、何も起こらなかったし、あの夢も見なかった。 でも、翌朝にそれは起こった。 あの悪夢はただの夢だったことにほっとして、何時ものように学校に向かっていたあたしは、突然目眩に襲われて倒れた。 気がつくと、ほほにアスファルトの感触がある。その場に倒れたままだった。 「ったく……誰も助けてくれないなんて薄情な……」 ここは一通りの多い通学路なのに、人の気配が一切なかった。 そして辺りは真っ白な霧で覆われていて、5メートル先も見えない状態だった。 「え? なに……これ……」 何より不安を誘うのが、全くと言っていいほどに音が無いことだった。 音がしないなんて雪が降った日みたいだけど、今は凄く不気味に感じる。 無響室に入れられた人は不安感を抱くとかいう実験について聞いたことがあるけど、今のあたしはそれに近い環境下におかれているのかもしれない。 ここは毎日通る道なのに、どう進めばいいか分からない。電柱とか、特徴がある家とか、そういった目印を探しつつ学校へ向かった。もう家を出てしまった以上、学校に行った方が安全だと思ったから。 そうして何とか進んでいた時、私は不意に足を止めた。 白い霧の中に、ぼんやりと影が見える。その形からして、路上に誰か倒れているようにしか見えなかった。 あの時のよく似た状況の記憶が頭を埋め尽くす。 嫌、見たくない…………。 それでも、あたしには前に進むしかなかった。 重い足取りでも、確実にそれに近づいていた。 やがて霧の中から見えてきたのは、血溜まりに倒れているキョンだった。 「……え…?」 今回は夢じゃない。体を流れる血が冷たく感じた。 「嘘……でしょ……?」 キョンを揺さぶっても、全然反応しない。手も首も、だらんと重力に負けたまま……。 「嘘って……、言ってよ……ねえ!」 あたしの両手が真っ赤になっていた。キョンはおびただしい量の血を流して、温かさを失っていた。 「どうすればいいの……!」 救急車を呼ぼうと思い立って、慌てて震える手で携帯を取り出した。 「……どうして?」 圏外という赤い二文字が画面に表示されていた。助けは来ない、あたしにも助けられない。 キョンは死んでしまった? これはみくるちゃんの時と同じ「夢」……よね……? でも、このべっとりとした嫌な感触や、鉄の臭いは…… ………… ………… あたしは狂ったように泣き叫んだ。声が裏返り、しわがれても構わずに叫び続けた。 「…………!」 あたしは泣くのをやめた。 足音が聞こえた。しかもそれが段々と近づいていた。 「だ、誰……誰なの!?」 あたしは虚空に向かって叫んだ。虚勢でも張っていないとおかしくなってしまいそうだった。 すると、返事が聞こえた。 「涼宮さん!?」 あの声は、古泉君! 良かった……。 霧の中から姿を現したのは間違いなく古泉君だった。 「涼宮さ…………」 古泉君はキョンの亡骸を見て言葉を失った。 「これは……」 「あたしが来た時には、もう……」 「朝比奈さんに続いてまさか彼が……」 その言葉にはっとした。 「みくるちゃんも!? どういうことなの?」 「朝比奈さんは、先日、駅の改札口で」 「何ですって!?」 古泉君の話していた内容は、あの時の夢と全く同じだった。 あたしは頭を抱えた。ひどく混乱していた。信じたくないことばかりがぐちゃぐちゃになって頭の中を掻きまわしていた。 どういうことなの? あれは夢じゃなかったの? 「このままでは、この世界は……終わってしまいます」 それは、みくるちゃんと同じ台詞だった。 『この世界は…………もう…………』 「古泉君、この世界って何なの? 何でみんな殺されたの? この世界はどうなっちゃうの!?」 あたしが古泉君に掴みかかっていたその時、後ろから声がした。 「あら、揃ったのね」 振り向いたけど霧しか見えない。 「誰よ!」 「あら、名前なんて言わなくても分かるでしょ?」 霧の中から、うっすらと影が見えてきた。 「彼を殺したのはあたしよ。話を面白くするには良い演出でしょ?」 笑っているような口調だった。 「ふざけるな!」 あたしはそいつに向かって怒鳴った。 「ふざけてはないったら。彼もあの子も必要な犠牲なんだから」 まさか、みくるちゃんもこいつが……。そう判断した瞬間、自分自身でも驚く程の激しい憎しみという感情を抱いていた。 「良いわねぇ……、良いわその表情……。あたしを殺したいの? 出来るかしら?」 あたしは呼吸が荒くなっているのが分かっていたけれど、それを抑えることはしなかった。 「悔しいのなら、学校で待ってるからいらっしゃい。面白いものを見せてあげるから」 そう言って、そいつは霧の中に消えた。 キョン…… そいつが消えた頃にあたしはようやく落ち着いた。古泉君が霧で真っ白の世界を見回しながら呟いた。 「僕自身も、裏世界にいるのは初めてなんですが……。この霧の世界……、まさにサイレントヒルですね」 「それって……あたし達はホラーゲームの世界に放り込まれたってこと? 冗談じゃないわ!」 本当に冗談じゃなかった。ホラーの世界が現実になったら……とてもじゃないけど、主人公みたいに生き残れる自信なんて……。 「しかし、このままでは何も進展しません。ここで敵の襲撃を受ければ助かる見込みはありません」 あたしは決意した。キョンの仇を取らなきゃ。 「……分かったわ、あたし達が主人公になってやろうじゃないの。主人公は不死身なんだからね」 あたしは別の世界の涼宮ハルヒだと説明すると、古泉君はあっさりと理解してくれた。 なんで不思議に思わないのだろう……。 古泉君によると、この世界のあたしは数日前に失踪してしまっている。それ以来、裏世界と呼ばれるおぞましい空間が発生し、そこで殺人事件が起こっているらしい。 その犠牲者はキョンやみくるちゃんを含めて20人を超え……。 そして、今いるのがその裏世界。惨劇の舞台に、あたし達はいる。 「つまり、狙われてるってこと?」 そう思いたくなかったけど、そう思わざるを得なかった。 あたし達はあの女のいる学校へ向かうことにした。 何かが襲ってこないか不安だったけども、静寂を破るようなことは起こらなかった。 どれくらいの時間が掛ったのだろう、霧の中を歩いて、ようやく学校に着いた。 でも、古泉君は入るのを躊躇っていた。 「どうしたの?」 「裏世界の詳細をご存知ですか?」 「どんな世界なの?」 「その世界の建物の内部はとても凄惨なことになっています。最もおぞましいと言われる程だそうです。覚悟をしないと、精神的に参ってしまいます」 あたしは頷いて学校へと入った。 覚悟はしていたつもりだった。 でも、古泉君が言っていた通り、入った瞬間に食道がケイレンを起こした。 「ぅ…………」 あの時の駅より酷い、酷過ぎる。 「大丈夫ですか?」 何もかもが赤錆と血飛沫でどす黒い赤色になっていた。血の臭いがする……。この学校のあらゆる場所で殺し合いがあったような状態だった。 「ええ。なんとかね……」 蛍光灯は全部割れていて、外の霧が唯一の明かりになっていた。 「かなりの邪念を感じますが……、とりあえず、進みましょう」 「ええ、そうするしかないわね……」 昇降口 まず、自分の上靴の場所を調べる。 履き替えるつもりなんて勿論無い。血でこんなに汚いんだから、土足でも構わないだろうし。 二度と触りたくないくらいに汚い上履き以外は、変わった物は入っていなかった。 「おや、これは心強いですね」 古泉君が見つけたのは、ショットガンだった。弾も幾つか見つけたみたいだった。 古泉君は、弾をポケットに入れると、その一つを装填して構えた。手慣れたように見えたのはどうしてだろう。 「頼れる武器があると、やはり落ち着きます」 こんな物騒なものを手にして落ち着くなんておかしいけど、今は命の危険に晒されているのだから、古泉君が正しいと思う。 「この世界がゲームと同じなら、武器はいろいろと見つかる筈ですね」 なるほど、だから学校にそんなものが置いてあるのね。 あたしも何か役に立ちそうなアイテムはないかと見回すと、傘立てに傘に混じって何かが立ててあった。 手に取ると、日本刀だった。鞘に紐がついていたので、それを腰に巻いて結んだ。 「いいものを見つけたみたいですね」 ショットガンを持った古泉君が言った。 「僕も近接武器が欲しいですね。ショットガンには弾に限りがありますから。銃身で殴るには少々重たいですし」 ズズッ…… その時何かの音がした。 「おやおや、歓迎でも来たようですね」 勿論そのままの意味でないことは知ってる。敵でしょ。 廊下で何かが動いていた。 それが這ってこちらに来ている。だんだんとその姿がはっきりと見えてきた。 ゾンビというのかは分からないけど、人の形をした血まみれの気持ち悪い生き物が近付いていた。 「涼宮さん、下がって下さい」 「いえ、その必要はないわ……」 あたしは刀を鞘から引き抜いて、銀色に輝く刃を見つめた。 決心したんだもの、あたしはキョンの仇を討つまでは……いえ、討っても死ねない! 「弾はもしもの時の為にとっときなさい!」 あたしは目の前の敵に向かって走った。 あたしの姿を認めるとそいつは何やら呻いていたけれど、そんなの気にせずに素早く背後に周りこんで、これでもかという位に斬りつけた。 背中から血を噴き出してもがいていたけど、蹴りを一発お見舞いしたら動かなくなった。 「す、凄いですね涼宮さん」 古泉君の視線で、あたしは大量の返り血を浴びていた事に気付いた。それを見たから、古泉君は少し驚いたのだろう。 「この調子ならノーダメージでいけそうね」 「では、行きましょうか」 1F 薄暗い廊下を歩いて行く。目的地は分からないけど、学校のどこかにアイツはいるから順番に回っていけばいつか見つかるだろうし。 古泉君が腕を組んで壁とにらめっこをしていた。 「これは……困りました。ここには手洗い場があったはずなんですが」 確かに、ここにはトイレがあった筈なのに、真っ赤で気味の悪い壁しかない。 「どういうこと……?」 「特に仕掛けもないようですし、配置が変えられていると考えるのが一番かと」 配置が変えられているだけじゃなかった。とても学校とは思えないくらいに廊下が入り組んでいた。 「なによこれ、迷子になっちゃいそう」 迷宮のような廊下を真っ直ぐ進んで行くと、机と椅子が山のように重なっていて行く手を阻んでいた。 「」 「これはどかしようがありません。仕方ありませんので、引き返しま……」 振り返った時に、あたし達は硬直した。 おぞましい生き物が天井からぶら下がってこちらを見ていた。 さっきのとは形が少し違う。天井から人間の上半身が生えているようだった。 あたしは思わず叫んだ。そして、 「よくも脅かしてくれたわね……!!」 冷静さを失っていた。 刀でこれでもかと言う程に斬りつけた。 「涼宮さん……落ち着いて下さい!」 古泉君があたしを止めた時には、その生き物は原形を止めない程になっていた。 説明してほしい? 簡単にいえば乱切りよ。それ以上は言いたくないから。 あたしは肩で息をしていた。なんでこんなにムキになっていたのだろう。 「冷静になることも必要ですよ。体力も消耗しますし」 古泉君は少し怯えた表情であたしを見ていた。自分の言動で逆上されることを恐れているようだった。 なんだか腫れ物に触るような扱いに感じて悲しくなった。 行き止まりから引き返す途中、あたしのクラスの教室を見つけた。 「何で気付かなかったのかしら」 ちょっと期待してたけど、中に入るとあたしの席もキョンの席も、やっぱり血がべっとりとついていた。 キョンの机の中から何かがはみ出ていた。出してみると箱があり、その中に拳銃と幾つかの弾倉が入っていた。 「何でわざわざ箱に入れてあるのかしら」 疑問に思いながらも拳銃をポケットにしまった。 「おや、これはこれは」 「どうしたの?」 古泉君が掃除用具入れから鉄パイプを見つけていた。 「手頃な武器が見つかりました」 感触を確かめるようにパイプを振っていた。 「ねぇ、おかしいと思わない?」 古泉君は表情を引き締めた。 「ええ、確かに招き入れた割に大した罠もなく、かつこれだけ武器が用意してあるというのは少々不自然です」 「だとすると、この世界にあたし達の味方がいるのかしら」 「そうとも考えられます。しかし過度の期待は禁物です。このように武器を提供するので精一杯なのかもしれませんから」 2F 階段を上ったところでいきなり現れた巨大化したゴキブリみたいな虫の大群に対し、古泉君の鉄パイプが早速活躍した。 古泉君が何とかしてくれていなかったら、あたしは卒倒してたかもしれない。想像してごらんなさい、でっかいゴキブリが顔めがけて飛んできてかじりつこうとしてくるのよ。生きた心地がしないわ。 虫の大群はいまや抜け殻の山となっていた。それを蹴散らして廊下を進み、部屋を確認していく。 「……あった!」 こんな所に部室があった。SOS団と書かれた紙に希望が膨らむ。 でも、扉をあけて中に入るとやはり酷い有り様だった。 「うわ……」 本が棚から崩れ落ちたままの状態で埃をかぶり、みくるちゃんの衣装までもが血で染まっていた。 だけどそんな中で唯一、パソコンだけが血を浴びずに綺麗なままだった。 それには二人ともほぼ同時に気付いた。 「古泉君、あのパソコン」 「何かヒントがありそうですね」 「やっぱり味方がいるって考えで正解みたい。よかった」 スイッチを押すと、黒い画面に文章が現れた。 『このメッセージは条件を満たすと表示されるものであり。そちらとの疎通は出来ない』 あらかじめ用意されたプログラムってことかしら。 『裏世界と呼ばれるその空間は現実から隔離されている別の世界』 これは古泉君から聞いたから知っている、でも、その後に表示された一文にあたし達は首をかしげた。 『しかし、神がその世界を支配すれば、その世界が現実となる』 ……つまり、この気持ち悪い世界が現実と入れ替わるってこと? 冗談じゃないわ。 それより、気になる単語があった。 「神とは何のことでしょうか……」 「少なくとも、良い神じゃなさそうね」 パソコンは神ついて詳細を述べることは無かった。でも、そいつにこの空間を支配されたらおしまいってのは分かった。 『クリーチャーは貴方達の憎悪や恐怖が実体化したもの。冷静さを保てば遭遇する頻度は下がると予測される』 つまり、あたしがもっと冷静になれば厄介な敵は現れなくなるってこと? 「ごめんね古泉君、こっからはもっと落ち着いて行動できるように気をつけるわ」 「いえいえ、謝らなくて結構ですよ」 *** 朝学校に来ると、ハルヒがいなかった。珍しく遅刻をしているようだ。 あくびをしながらその空席を見ながら座った時だった。 喜緑さんが教室にやって来た。そして真っすぐに俺のところに歩いてくる。喜緑さんが俺に用があるということは何かでっかい事件があったということだろうか。 「涼宮さんが登校途中で倒れて病院に運ばれました。これは緊急事態です」 いきなりのことに、俺は仰天した。 「なんだって……?」 俺は机上に置いたばかりのカバンを再び持つと、喜緑さんと一緒に教室を出た。授業? サボりというやつだな。 外で朝比奈さんが待っていた。 「キョン君……涼宮さんが……」 「喜緑さんから聞きました。早く病院に行きましょう」 「こちらに来てください」 喜緑さんに手招きされて近づいた瞬間、世界が一変した。 「へ?」 「ん?」 いつの間にか病院の前に立っていた。空間移動をしたらしい。 って古泉はいないが置いて来たとかそういうことはないですよね。 「既に病室にいます。詳しい話は皆さんが揃ってからに」 病室に入ると、ベッドでハルヒが眠っていた。その傍で古泉が待っていた。 「待ってましたよ」 「ハルヒは一体どうしたんだ」 「目撃者の話では、歩いていて突然全身の力が抜けたように倒れたそうです。その原因は……」 「それは私が説明します」 喜緑さんが割って入った。そんなに難しく深刻な話なのだろうか。心配になってきた。 「現在、涼宮さんの精神は抜き取られて別の世界に閉じ込められているようです」 別の世界って……。 「その空間に干渉しているところですが、情報改変が殆ど出来ていません。彼女にヒントや武器を与えることが精一杯です」 武器? どういうことだ、そんなに危険な世界なのか。 「簡単に言うと、サイレントヒルの裏世界、という表現が貴方がたには一番分かりやすいと思います」 「ぇぇっ?」 隣で朝比奈さんが俺以上に驚愕していた。朝比奈さんも知ってるんですか? 「はい、ホラーゲームの初期作の一つとして有名ですから……。でも、あんなゲームの世界に閉じ込められるなんて……」 そこで朝比奈さんがハッとした表情を見せた。 「もしかして昨日の……!」 「昨日ハルヒがうなされてた悪夢のことですか?」 「はい、それが何なの予兆だったのかもしれないです」 「そんなことがあったのですか。やはり狙われていたようですね」 喜緑さんの言う『狙われていた』というのはどういうことなのだろうか。 「閉じ込められている目的は何なのですか」 喜緑さんは古泉の質問に一切のタイムラグなく回答した。 「彼女を閉じ込めた相手はあくまで本気のようで、ゲームの様に楽しませる積もりは毛頭ないようです。相手の目的は、彼女を生け贄にして神を生み出し、その力で裏世界を現実と入れ替えることと推測されます」 生け贄……? おいおいまてよ。 それって、つまり……。 このままじゃハルヒが殺されるのか!? 「なんとかして助けられないんですか!?」 「何度も裏世界の改変を試みましたが成功していません。また相手の正体は不明で、神がどのような力を持つかも推測に過ぎません」 「そういえば、長門さんはどうしたんですか?」 朝比奈さんの一言で思い出した、長門がいない。なんでこんな時にいないんだ。 「長門さんは……隣の病室にいます」 なんだって? 「彼女は裏世界への侵入を試み、現在涼宮さんを捜索中です」 *** 涼宮ハルヒの精神が隔離された空間への侵入を試みたところ、突然「目眩」という症状を起こし、気付くと学校にいた。 しかしそれは全く似て非なるものであった。配置が著しく変えられた校舎内はどこも血痕だらけで、とても禍々しい光景だった。 ここに涼宮ハルヒがいる。 ……おかしい、統合思念体との連絡がとれないので現在の状況すら把握出来ず、おまけに情報操作が全く行えない。 有機生命体の五感を頼る他ないようだ。 前方に何かがいた。 *** 3F 階段を登り終えたときから古泉君の様子がおかしい。 さっきから落ち着きがないし、まるで風邪を引いたみたいに震えて呼吸も荒い。 「古泉君、大丈……」 思わず後ずさりしてしまった。 古泉君の腕が、ところどころカビのように黒くなっているのが見えた。 「こ、古泉君?」 もう、古泉君は古泉君ではなくなっていた。 「亜阿あああぁ唖あああああああああ!!」 古泉君は意味不明な言葉を叫ぶと持っていた鉄パイプであたしを殴りにかかった。 あたしはなんとか避けたけど、古泉君はまだあたしを狙っていた。 走って逃げたけど、向こうも走ってくる、逃げるのは無理みたい。 振りかぶった隙に鉄パイプを奪い取ることには成功したけど、古泉君は素手での攻撃を止めない。何度も何度も掴み掛ろうとする。 「ちょっと…………やめ……て……」 「ぁぁぁぁぁぁぁ………………あはははははは……!」 古泉君があたしの首を締めようとしてくる。あたしはポケットから拳銃を取り出した。古泉君を突き飛ばしてその隙に距離をおき、構えた。 「ごめんなさい!」 拳銃の弾は、古泉君の頭を貫いた。糸が切れた操り人形のように倒れ、もう動かなかった。 「古泉君……何で……?」 なんでさっきまで味方だったのに突然こうなったの? しばらくして落ち着きを取り戻してから、古泉君の服のポケットからショットガンの弾を取り出す。 その時、何かが光っているのが見えた。古泉君の首に紐に通された鍵がかかっていた。 鍵には「体育館」と書いてある小さな紙が貼ってあった。 *** 痛い……? 寂しい……? 怖い……? 様々なエラーが発生し、私は歩みを止めた。 理解不能、私にはそのような「感情」など……。 では、どうして呼吸が乱れている? どうして過度に背後を警戒する? どうして前進を躊躇う? どうして? それらの自問に答える事が出来なかった。 幾度となく殲滅させた筈のクリーチャーが再び現れた。彼らは執拗に私を喰らおうとやってくる。 それに対して、箒を分解して金属製のパイプのみにしたものを応急的な武器としているが、簡単に折れてしまいもう箒の残りは少ない。持久戦になればこちらの劣勢は明らか。 早急に新たな戦法を練らなければならない、そう思った時だった。 机の上に、いつの間にか機関銃が置いてあるのが視界に入った。 それを手に取った瞬間、メッセージを受信した。 『私達に出来るのはこれ位だけど、これで思いっきりやっちゃいなさい!』 「朝倉涼子……」 統合思念体の干渉はこれが精一杯のようだ。しかし……、 「充分」 私はその機関銃を手にすると、向かってくるクリ―チャ―を飛び越えて走った。 この裏世界はゲームではない。 たとえチートと言われようと構わない。 あらゆる手段を尽くして、この世界を終わらせる。 *** しばらく目を閉じていた喜緑さんが目を開けた。 「裏世界の観測が可能になりました」 待ちに待った知らせだった。ここに来て数時間ずっと気になっていたことをぶつける。 「ハルヒは、長門はどうなってるんですか!?」 「現在は二人共に大丈夫のようです。しかし、裏世界ではキョンさん、古泉さん、朝比奈さんは死んでいます」 「なんだって……?」 「あくまでもあの空間は仮想のものであり、そっくりにコピーしたものです。しかし、世界が入れ替わった場合はそれが現実となり、その時にはあなた方は消えてしまいます」 俺達三人は固まってしまった。 十数秒たってから、その静寂を破るように、朝比奈さんが消えそうな声で言った。 「消えちゃうんですか……」 「……くぅっ……」 ハルヒがまた苦しそうな声をを漏らした。 自分に何もしてやれないことに腹が立つ。俺達はハルヒに触れることすら許されない。接触すると相手に何かされる懸念があると言う。 目の前で苦しそうに顔を歪めながら眠っているハルヒを見てやることしか出来ない。 頼む、頼むから、無事に目覚めてくれ……。 俺達には祈ることしか出来なかった。 *** 体育館 「やっと来たのね」 古泉君の持っていた鍵で扉をあけると、体育館で待っていたのは予想通りアイツだった。 ここも照明は機能してないけど、霧がわずかな明かりとなってアイツの顔を照らしていた。 ここに来るまでに、アイツの正体はなんとなく分かっていた。 アイツの声は聞いたことがなかった。何故なら、それが自分の声だったから。 「アンタがこの世界のあたしなの?」 「そう、だったら何?」 「何でこんな事をしたの」 「この世界は唯のコピー、いつかは消される運命にある。それが気に入らないの。だから神の力でこの世界と貴方の世界を入れ替えてこの世界を本物にするの。みんな、神を生み出すのに必要な犠牲だったのよ」 神……? 「紹介するね、これがこの世界の神よ」 暗くて気付かなかったけど、アイツの隣に巨大な化け物がいた。 あたしが想像する神は、宗教とかそんなの抜きでももっと綺麗なものだった。 けど、目の前に現れた神は、とても神とは呼べないものだった。 5メートルはあろう神だという生物は、人の形はしているがひどく痩せていて、やはり血まみれだった。 「神は絶対的な存在よ、全てを支配するの。だから、人間は神にはなれないの」 アイツが話を区切る度に静まり返る体育館。「神」がこちらを見ている。その視線を受けたあたしは一歩も動くことが出来なかった。 「この神はまだまだ未熟だから、憎悪という感情が足りないの、だから貴方が神に必要な生け贄に選ばれた。そんな貴方がちょっとでも強力になってもらう為にあの男を殺したの」 あたしの怒りを増すためだけにキョンを殺したなんて……。 でもあたしは何も言えなかった。それに対して怒れば相手の思うつぼだし、こんな魔物の生け贄に選ばれたことがショックだった。 「神に逆らうことは許さない。例えあたしでもね」 突然、「神」はアイツを手にとり、じっくりと舐めるように眺めていた。 「あら、神は貴方よりあたしを先に欲しいみたいね」 「な、何言ってるの? アンタも殺されるのよ」 「いいえ、光栄なことよ。神のヴィクティムになるのだから……」 神は我慢できなくなったのか、突然そいつをまるでスナック菓子のように喰らいついた。 アイツの身体が噛み切られて……。これ以上言わせないで。 「う……わ……………………」 あたしはとっさに目を瞑り、耳を押さえた。それでも骨の砕けるような嫌な音が響いていた。 しばらくして音がなくなった。 どうやら食事が終わったらしいので目を開けるた。「神」は血をぼたぼたと垂らしながらあたしを見ている。 次に喰われるのはあたし。 アイツへの復讐は出来なかった。でも、この「神」とやらをなんとかしないと、この世界は終わらない。あたしは、ショットガンを構えた。 「くたばりなさい!!」 引金を引いた瞬間、強い衝撃で肩に痛みが走った。 あたしのような体格では、反動の大きなショットガンは身体に負担がかかることは百も承知。 でも、これは遠距離からでもダメージを与えられる数少ない武器だから、それくらいは我慢。 肩の痛みを堪え、次々と弾をこめては頭を狙って撃ち続けた。 ダメージがあったのか、「神」は呻き声を上げている。 「やったかしら」 油断してしまった。次の瞬間、その長い腕でなぎ払ってきた。 避けようとすることすらできなかったあたしの身体は宙に浮き、十数メートル飛ばされて叩きつけられた。 何とかして立ち上がったけれど、全身が打撲で痛い。ショットガンもどこかに飛んでいってしまった。こんなに暗い中ではすぐには見つからないから諦めるしかない。 「いっ……たいじゃない………………!」 あたしはふらつきながらも再び「神」と向き合い、拳銃を撃ちながらショットガンを探した。 でも「神」は怯むことなく迫ってきて、またその腕に弾き飛ばされた。 「ぅう……」 床に叩きつけられたときに頭を強く打ってしまい、立ち上がることが出来なくなっていた。 拳銃も暗闇の中に消えてしまった。 近づいてくる「神」から逃げようと痛む四肢を必死に動かして床を這ったけど、すぐに追いつかれてしまった。 あたしはとうとう「神」の手で押さえ付けられてしまった。腰には日本刀があるけど、激しい痛みで手が動かなくなっていた。 血でべとべとの「神」の手に圧縮される気分は最悪だった。 苦しい、息が出来ない。こんな化物に食べられるなんて……。 「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 叫んでもここには誰もいないから無駄なことは知ってる。けども、最後までこいつに抗っていたかった。 その時、「神」の荒い呼吸に混じって、誰かの足音が聞こえてきた。 「させない」 ……有希!? 銃声が絶え間なく響いていた。「神」はたまらず悲鳴を上げてのけぞり、あたしはなんとか手から解放されたた。 視界が開けて、音のする方向を見ると有希がマシンガンを撃ち続けているのが見えた。 何十発撃っただろう、「神」は遂に倒れた。それでも有希は「神」が完全に動かなくなるまで攻撃をやめなかった。 マシンガンの音が止む。そして、ガシャンという大きな音を立てて床に落とした。 そしてこっちに駆け寄って、あたしの身体を支えて立たせてくれた。 「涼宮ハルヒ」 「有希……、ありがと」 「いい、私も……一人で心細かった……」 あたしと有希は抱き合ったまま、静かに泣いた。 窓から眩しい光が射している。霧が晴れて、青空が見えた。 外に出ると、校舎は相変わらずだったけど、空気はよどみがなく透き通っていた。 太陽が眩しい。あたしと有希は、その光に包まれていった。 *** 涼宮さんが目を覚ましたようです。 状況説明が困難な為、長門さんが隣の病室にいることは涼宮さんには内緒になっています。 「…………」 涼宮さんと同時に目覚めた長門さんは、ぼんやりと自分の手を見つめていました。 「どうしました?」 「大量のエラーが発生している。身体の制御すら上手く出来ない」 彼女の手は震えていました。 「もう大丈夫ですよ」 私はそっと彼女を抱き締めました。彼女は私に顔を埋めていました。おそらく、泣いていたのだと思います。あくまでも推測ですよ。 数分間そのままでいましたが、長門さんが離れました。 「エラーの削除が完了した」 「では、そろそろ涼宮さんの所へ行きましょう。貴方は涼宮さんにプリンを買いに行ったことになっています」 「……分かった」 「では、情報操作を始めますね」 その時、彼女が小さな声でありがとうと言いました。少し恥ずかしそうでしたね。 情報操作により、私以外は今回の事件についての記憶を失い、長門さんは涼宮さんの見舞いに来たことになりました。これは、トラウマと呼ばれる精神状態に陥らない為の救済措置です。 さあ、私はこの病院にはもう用はないので学校に戻りますね。 それでは失礼します。 inspired SILENT HILL 3 おまけ 長門有希がビビりプレーヤーだったら 痛い……? 寂しい……? 怖い……? 様々なエラーが発生し、私は歩みを止めた。 それらのエラーを言語化するならば……、 「帰りたい……」 いっつも助けてくれるパパ(統合思念体)との連絡がとれないから、一人でなんとかするしかない。 でも、この間キョン君に借りたゲームをしたばっかりだから怖さ倍増なの……。 どうしよう、有希泣きそうだよ……。 「こわいよパパ……」 あー来る、こういう所絶対何か来る。ドッキリ要素というものが絶対ある。 こういう時は……、歌を歌おう。 「ある~はれ~たひ~のこt」 ガッシャーン! 突然ドアを突き破ってクリーチャー登場。 「POOOOOOOOOOO! ふっざけんにゃよ! もーやだ! 無理! 終了! 終了!」 私は走りながら思い切り泣いた。いいもん、誰も見てないから……。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁんパパァァァァァァァァ~~!!」 MISSION FAILED... おまけ 2 あのEnd マシンガンの音が止む。そして、ガシャンという大きな音を立てて床に落とした。 そしてこっちに駆け寄って、あたしの身体を支えて立たせてくれた。 「涼宮ハルヒ」 「有希……、ありがと」 「いい、私も……一人で心細かった……」 あたしと有希は抱き合ったまま、静かに泣いた。 突然、窓から眩しい光が射した。 「なにあれ!?」 空中に浮かぶ複数の円盤、それは……、 ま さ に U F O 「有希! UFOよUFO! これは調査しなきゃSOS団の名が廃るわ! あたし達の活動を全世界に広められるチャンスよ!」 あたし達は外に出た。グラウンドに着地していたUFOは合計三機。中から出てきたのは、期待通りの宇宙人! 「ユ、ユニーク(タコさんウインナー……)」 「ねえあなたたち! どこから来たの?」 「 %*#\$@=-@!」 「な、何言ってるのかサッパリね……」 「意思疎通は困難と思われる(おいしそう……)」 「+ |\ ; *// #!」 宇宙人が取り出したのは、光線銃? ビビビビビビビビビ いきなり有希が撃たれて倒れた。有希は痺れて動けない様子だった。 「………………ユニー……ク…………(一口だけでもかじってみたかった……)」 「有希ー! 有希ー! ユニークとか言ってる場合じゃないわよ! アンタ達! 何するのよ!」 「 *#/(^^) $/-!」 すると今度はあたしに光線銃を向けた。 「な、何よ! やめなさ……いやあああああああああああああ!!」 そして動けなくなったあたし達はUFOに乗せられて…… ユニーク(笑)