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第 一 章 あれから四年。 俺は無事に大学を卒業し、既に就職していた。いわゆる社会人というやつだ。 ハルヒによる補習授業のおかげで、俺はなんとか大学に進学する学力を身につけ、苦労の末に無事卒業することが出来たのだ。 ハルヒは俺とは別の大学に入学し、首席に近い成績で卒業。さらに世界を盛り上げるための活動をするとやらで、大学院に進んでいる。 世界を盛り上げるなんていう発言は以前と変わらないハルヒらしさだ。ハルヒは自分が不幸を感じているときは周りの人間を否応なく道連れにし、自分が幸福を感じているときはそれを無条件で周囲に拡散させていく、そういう奴だ。 そして、俺はそういうハルヒにますます惹かれていたのだった。 長門と朝比奈さんとは、高校卒業以来会っていない。 卒業式の後、部室で盛大かつ壮絶たるSOS団解散式兼お別れパーティーが開かれ、朝比奈さん、鶴屋さんを含む六人でバカ騒ぎをした。 その後いつものルートで最後となる集団下校をし、長門とは駅前で別れた。 肌寒さの残る、うす曇りの夕暮れ。 「あなたがいてよかった」 別れ際、長門が俺にだけ聞こえる声で言った。 いつもの無表情には違いなかったが、長門が感情を押し殺している風に感じられた。 長門も密かにSOS団との別れを惜しんでいるのだろう。 長門、情報統合思念体に戻っても幸せに暮らしてくれよ。お前は情報統合思念体の中でも先駆者だ。なにしろお前はハルヒに散々振り回されたおかげで、元々の機能にはない感情ってものを獲得したんだからな。仲間に自慢出来るぞ。絶対にな。 「さようなら」 「じゃあな、長門。元気でな」 別れは辛いが、これは仕方がない。結局のところ長門を含む情報統合思念体は切望していた自律進化のきっかけを手に入れ、朝比奈さんたち未来人は約束された未来を手に入れ、古泉の機関は神人に悩まされることのない安息な日々を手にいれたのだ。 そして長門は情報統合思念体に戻り、朝比奈さんは未来に戻り、古泉は本来の生活に戻る。 つまりは全てハッピーエンドだ。これで別れを惜しんでいてはバチが当たる。 長門の後姿を見送りながら俺はそんなことを考えていた。 卒業式からしばらく経った後、朝比奈さんから手紙が来た。 『会ってお別れするのは辛いので、お手紙を書くことにしました。 キョン君には本当にお世話になりました。今までありがとうございました。 もっと色々書きたいことがありましたが、書くともっと辛くなりそうなので。 これからもお元気で。涼宮さんとお幸せに。 朝比奈みくる』 いつものファンシーなものではなく、やけに体裁の整った封筒と便箋が、本当の別れを実感させた。 お世話になりましたなんてとんでもない。俺こそ朝比奈さんには本当にお世話になりました。 高校生活の日々、朝比奈さんは俺にどれだけ心の安らぎを与えてくださったことか。 でもいずれまた再会する日が来ますよ。未来の朝比奈さんはこの後何度か過去の俺に会うことになるんです。既定事項ですから。 俺がこれから先、朝比奈さんに会うことが出来るのかどうかは解らないが。 以前から覚悟していたものの、かぐや姫の物語がいざ現実になると、やはり寂しいものだった。 朝比奈さんに直接お別れの言葉が言えなかったのを口惜しく思う。 朝比奈さん、どうか未来の世界でお幸せに。未来人組織での立場向上だけでなく、この世界では出来なかった恋愛もがんばってください。 あなたなら自らがんばらずとも、男共が黙っていないでしょうけどね。未来でもきっと。 ちなみに、古泉とは高校卒業後も友人づきあいがある。 俺たち二人は、常人のそれをはるかに上回る過酷な高校生活を共に乗り切った、いわば戦友のようなものだ。 以前古泉が言った、対等な友人同士として昔話を笑って話せる日は今ここに実現している。 古泉の言動がそれまでと変わったことについて、ハルヒも俺も最初は驚いたが、正直なところすぐに慣れた。 二人とも、何の含みもなく屈託なく笑う古泉に以前よりはるかに好感を抱いていた。 機関は古泉の卒業と同時に解散されていた。もはや機関がすべきことは何も残されていなかったからな。 俺が就職して三ヶ月と少しが経った頃、七夕の日に俺とハルヒは結婚した。 「どうせこのままずっと一緒にいるんだから、もう結婚しちゃっていいじゃない。こういうこ とは早いほうがいいのよ」 ハルヒがそう提案し、俺もそれに同意したからだ。プロポーズくらい俺にやらせて欲しかったな。まあ似たようなセリフはあの閉鎖空間の中で既に言ってあったんだが。 就職して間もなかった俺は、そのため貯金などほとんどなく、ハルヒも学費を出してもらっている身分で大層な披露宴など気が引けるという理由で――そういう控え目な考え方をするハルヒは高校生の頃からは到底考えられないのだが――、披露宴はお互いの親戚だけを集めた食事会ということにした。 無論、古泉と鶴屋さんを交えた四人のパーティーは盛大にやったけどな。 長門と朝比奈さんには当然ながらこちらから連絡をつけることは出来なかった。二人とも俺たちが結婚することを知らなかったのか、あるいは知っていたとしても参加出来ない事情があったのだろう。 この頃にもなると、ハルヒはすっかり一般的な性格と生活を獲得していた。 エキセントリックな振る舞いは多少残っていたが、それはあくまで一般的という範疇に収まるものだった。 古泉が言ったとおり、ハルヒは二度目の情報爆発の際に、以前の能力を完全に失ったようだった。 情報爆発以降も時々不機嫌になることはあったが、古泉が断言したとおり閉鎖空間を生み出すことはなくなったようだ。古泉の能力が消えても世界が破滅していないのがなによりの証拠だ。 こうして平凡でありながらも、幸せな日々は続いた。 俺の社会人生活は、慣れない仕事に苦戦しながらも、まずまずの滑り出しだったと言える。 ハルヒの学生生活は言うまでもなく極めて順調だった。 このまま平穏無事に暮らせたなら、俺はどれだけ心安らかだっただろう。 だが、何者かがそれを許してはくれなかった。 ハルヒは結婚の二ヶ月後、突然学校で倒れたのだ。 仕事場に連絡を貰った俺はすぐさま病院に直行した。入院先は、例の機関御用達の総合病院。 古泉が昔のよしみで手配してくれた。 「昼ご飯食べてるときになんだか急に意識が遠のいちゃって。全くみっともない話だわ」 ハルヒがそう言うのを聞いて、俺は安心した。 「全くだ。お前らしくもないな。元気だけが取り柄、ってわけでもないが、お前が病気で倒れるなんて見たことねーからな」 ベッドの上のハルヒは、見るからにいつものハルヒそのままだった。軽い貧血か何かで倒れたんだろう、という程度にしか考えなかった。 症状は大したことはないが検査のため今日は様子を見て入院させる、と言う医師の言葉にも、不自然さは感じるにせよ、俺はちっとも心配などしていなかった。 だからハルヒが翌日再び病室で意識を失ったと聞いたとき、ようやく俺はこれがただ事ではないということに気づかされた。 「昨日から今朝にかけて一通りの検査をしてみましたが、結論から申し上げますと全く原因が解りません。あらゆる検査の結果は全て、奥様は完全な健康体であることを示しています」 何しろ元機関お抱えの病院だ。最高の医師たちが揃っているに違いない。そして彼らが原因不明と言うならば、それは誰が見ても間違いなく原因不明なのだ。 身体上の数字は至って正常であり、ハルヒは普段と何一つ変わらない様子だった。一旦意識を失うとしばらく目を覚まさなくなる、ということを除けば。 俺は会社に事情を説明し、長期休暇の許可を得てずっとハルヒに付き添った。 以前俺が階段から転げ落ち、意識を失ったときと同じ個室。あのときハルヒは今の俺と同じような気持ちで俺のそばにいてくれたんだろうな。 医師達がサジを投げるまでにはそう長い時間は必要とされなかった。 ハルヒは意識を回復させては、眠りにつくということを数日間繰り返した。 そして起きている時間と寝ている時間の割合は次第に逆転し、ついにはほとんどの時間ハルヒは意識を失い続け、起きている間ですら意識が朦朧とした状態になった。 焦燥しきった俺は藁にもすがる思いで、ハルヒの意識があるわずかな時間に、自分がジョン・スミスであることを告白した。 こうすればハルヒの中で何かが起こり、突然元気になってくれやしないか、と思ったのだ。 俺はジョン・スミスのことをあの閉鎖空間の中でもそれ以降も、一度も口にしたことはなかった。 もちろん、ハルヒにSOS団メンバーの正体を明かすことを避けたかったからであるが、理由はそれだけではない。 俺を愛してくれるハルヒには、ジョン・スミスの存在は必要ないと思っていた。それが俺とハルヒの関係に何らかの好ましくない変化を与えるかもしれないとも考えていた。 だが俺は意を決し、その事実をハルヒに打ち明けた。 そしてその決意もむなしく、結論から言えばそれは何の効果もなかった。 「そう……あんたがあのジョンだったなんてね。高校一年のとき、あなたと以前どこかで会ったことがあると感じたのは間違いじゃなかったのね。……だとしたら、あのとき背負ってたのはみくるちゃんなの?」 あいかわらず勘がいいな、お前は。 「そうなんだ。そう思えばあたしの人生って結構不思議なものだったのね……」 お前は知らないだろうけどな、お前の人生は普通とは比べ物にならないくらい不思議なことで満ち溢れていたんだぞ。 「色々あったわね……今まで幸せだったわ。あんたのおかげよ」 頼むから、そんな今生の別れのようなことを言ってくれるな、ハルヒ。 ハルヒはそう言ってしばらく後、また眠りについた。俺も数日前からの徹夜の付き添いの疲れからか、いつの間にか眠りについていた。 ハルヒはその一時間後、そのまま目を覚ますこともなく、俺に気づかれることもなく、唐突に、ひっそりとこの世を去ってしまった。 自分自身がわけの解らん奴なら、死ぬときもわけの解らん死に方をするのか、ハルヒよ。 俺はハルヒが死んだという事実にわき目もふらずに、目から涙を溢れさせていた。 お前は高校一年のときの七夕を忘れちまったのか? あのときお前は世界が自分を中心に回るように、地球が逆回転するようにって短冊に書いただろうが。ベガとアルタイルに願いが届くまであと何年かかると思ってんだ。 俺はこの先、お前を取り巻く状況がどう変わるのかを楽しみにしてたんだぞ。お前がどれだけ世界を盛り上げ、そしてそれに俺がどう巻き込まれるかを。 そしてお前はこう言うんだ。 「ほらねキョン、あたしの言ったとおりでしょ!」 俺がいつも見ていた、そしてこれから先もずっと見られると思っていた、あの赤道直下の笑顔で。 ――一体、どこからこんなに涙が溢れてくるんだ。 あの閉鎖空間でのキスのときとは違った意味で、世界は変わってしまった。いや世界は終わってしまったのだ。 …なあハルヒ、俺はもうお前に会えないのか? …お前はもう戻ってこないのか? それから俺は数日間を泣き通した。 ハルヒの葬儀には、俺とハルヒの親族、俺の仕事の同僚たち、ハルヒの学校の関係者、学生時代の友人、そして古泉と鶴屋さんが参列してくれた。長門と朝比奈さんは、やはり姿を見せなかった。 参列してくれた皆が、心底俺に同情してくれた。 だが、俺はこの頃には既に涙も枯れ果てていて、ただ呆然とまるで他人事のような心境で葬儀を進めていた。これが現実だとは、俺には到底信じられなかったのだ。 ほんの数日前まで、そこに確かにあった俺とハルヒの日常。 やけに目覚めのいいハルヒがいつも先に起き、朝食を作ってくれた。 あいかわらず目覚めの悪い俺を楽しそうに叩き起こしてくれた。 朝食を食べながら一日の予定を確認しあった。 一緒に住まいを出て、駅で別れ、駅で待ち合わせた。 一緒に食材を買い、一緒に夕食を作った。 それらを囲みつつ一日の出来事と昔話とこれからの話をした。 そこにはいつも、俺のハルヒの最高の笑顔があった。 そしてそれは突然俺の前から消え失せてしまった。 そんなことを一体誰が信じられるものか。 ハルヒの葬儀からしばらくの間、結婚とともに越してきた住まいで、俺は抜け殻のような状態で日々を過ごした。 何もする気が起こらなかった。食事すらほとんどとらず、ただ起きて、ただ寝るだけのような生活。一体何日間そうしていただろうか。 そしてある日、俺は突然それを認識した。 ハルヒが死んだ瞬間に感じた、世界が変わってしまったという感覚が、またしても俺の感情の変化によるものだけではなかったことに。 ハルヒが死んでからというもの、俺の頭の中に奇妙な違和感が存在していることには気づいていた。 そして、それはハルヒの突然の死による悲しみがそうさせているのだろうと、俺は当然のように思っていた。 しかしそれは違っていた。それだけではなかった。 俺の頭の中に、突如としてSTC理論とTPDDが備わっていたのだ。 STC理論。朝比奈さん(大)が以前俺にその存在を教えてくれた時間平面移動の理論。 TPDD。時間移動をするための、頭の中に無形で存在する装置。 理屈じゃない。それが俺の頭の中にあることを、俺は実際に感じることが出来た。 なぜ俺に突然そんなことが起こったのか。理由はすぐに解った。 ハルヒがそれを望んだからだ。 ハルヒは、わずかに残された最後の力で、俺にこれらの能力を与えてくれていたのだ。 長門によって世界が改変されたとき、朝比奈さんは言った。STC理論を指して「あなたにもそのうち解ります」と。 朝比奈さん……つまりはこういうことだったんですか? ハルヒが俺に託してくれたこの能力。すぐに使い道は決まった。 だってそうだろ? 他の選択肢なんてあるもんか。 今まで散々俺を振り回しておいて、それで満足したらさようならか? それを他の誰が許したとしても、俺は絶対に許さない。 俺は確信を持って言える。お前のような、あまりにも規格外な人間を愛してしまった俺にとって、お前を忘れることなんて絶対に無理だ。出来るはずがない。 お前だって、俺がそう考えると思ったから俺にこの能力を託したんじゃないのか? 俺は静かに、そして強く誓った。 ハルヒが死ぬという事実を何としてでも変えてやる。この俺の手で! 俺はすぐに計画を練りはじめた。 これから俺はTPDDを利用し過去に時間遡行して、ハルヒの死の原因を究明し、それを防ぐために歴史を改変することになる。 時間は一刻も無駄にはしたくない。俺は早速試しにとばかりに、時間を一分ほど遡行しようと考えた。そのときそれは起こった。 目の前に突然もう一人の俺が現れたのだ。 つまり一分後の時間平面から時間を一分間逆行した俺だ。実際に試すまでもなく、TPDDの機能は実証されたのだ。 一分後の俺は、俺に軽く挨拶し、一分後の世界に戻ると言って目の前から消えた。 そして俺は一分前の世界への逆行を試みた。体全体がグラっと揺れる感覚の後、それは実にあっけなく成功した。俺は一分前の俺に軽く手を上げ、元の時間平面に戻った。 以前感じためまいや吐き気は全くなかった。これは時間移動距離の差によるものなのか。あるいはあのときの不快感は、時間移動の方法を隠すために俺に施された処置によるもので、つまり目隠しのような状態で車に乗せられれば誰だって酔いやすい、ということなのだろうか。 単純に、車を運転する人より助手席に座る人のほうが酔いやすい、ということなのかもしれない。 今この時間平面上で、STC理論を知りTPDDを得た人類は間違いなく俺だけだ。俺の知る限りでは、今の時代にはSTC理論の基礎すら出来ていない。それを作るであろうあの眼鏡の少年はまだ高校生くらいだろうからな。 つまり、おそらくは人類史上で最初となる時間遡行が今まさにおこなわれたのである。 やれやれ、まさか俺が輝ける人類初のタイムトラベラーになるとはな。 同時に、既定事項を満たすことの重要性に思い至った。朝比奈さんが必要以上に既定事項にこだわっていた理由を、身を持って理解した。俺がたかだか一分間の時間遡行を怠ってしまうだけで、その瞬間に歴史は変わってしまうのだ。 俺は家を出て人気のない路地に移動し、今度は過去一年間の時間遡行を試みた。 実に簡単だ。そう念じるだけでそれはおそらく可能だろう。 体が揺れる感覚がきた。移動は完了した。腕時計を見る。そしてそれが何の意味もないことに気づいた。時間移動をしたからといって時計の針が正しい時間に合わせて勝手に動いてくれるはずもない。それ以前の問題として、俺の腕時計は三本の針のみで構成されたシンプルなアナログ時計であり年月は表示されない。 俺は近くのコンビニエンスストアに足を運び、新聞の日付を見ることにした。過去の七夕でも使った手だ。 そして、俺は意外な結果を知ることになった。新聞の上部に記されていた日付は俺の予想とは違っていた。およそ一ヶ月までしか時間を遡ることが出来ていなかったのだ。 コンビニエンスストア近くの路地に入り何度か試してみた。過去一年間を三回、半年を二回、三ヶ月間を一回、未来については少し気が引けたが、一回だけ一年間の移動を試みた。 結果は全て同じだった。過去であろうが未来であろうが、俺が移動可能なのは前後一ヶ月間だけだった。 ならば、一ヶ月前の過去からさらに一ヶ月前に遡ればどうだ? それなら二ヶ月前に行けるはずだ。 だが結果は同じだった。やはり元の時間から一ヶ月以上移動することは出来なかった。 これはどういうことだ? 俺は住まいに戻り、その理由を考えてみた。 朝比奈さんは、少なくとも一ヶ月先から来た未来人ではなかった。実際に俺と朝比奈さんは、三年間の時間遡行をしたことがある。 では俺が一ヶ月以上の時間移動が出来ないのはなぜだ? それが俺の能力の限界なのか? たかが一ヶ月間の時間遡行で、ハルヒを助けることが出来るのか? あるいはそれは可能かもしれないが、その確証は一体どこにあるというのだ。 いくら考えても、有力な解答が導き出されるはずもなかった。 そうやってしばらく頭を抱えていた俺の眼前に、突如として信じられない光景が映し出された。 何の予兆もなく、光や音を発することもなく、その人物は突然俺の目の前に姿を現した。 朝比奈さん(大)だった。 「随分お久しぶりになりますね、キョン君」 俺は呆然として、しばらくそのアンバランスにしてかつ完璧なプロポーションを眺めていた。 我に返った俺はとりあえず疑問を投げかけた。 「っていうか、いきなり俺の目の前に現れたりなんかして、大丈夫なんですか?」 朝比奈さんは静かに微笑み、 「問題ありません。もうあなたの頭の中にはSTC理論もTPDDもあるんだもの」 なるほど、まさしくその通りだった。いずれ朝比奈さんにそれらのテクニカルタームについて解説して欲しいと思っていたが、まさかそれが突然俺の頭の中にひょっこり現れるなんて思ってもみなかったからな。 最初に俺が聞かなければならないのは、次の一点だった。 「朝比奈さんにこんなことを訊く失礼だというのは承知の上ですが。朝比奈さん、あなたは俺の敵ですか? 味方ですか?」 俺がこれからやろうとしていることは、明らかに歴史の改変だ。それがもし既定事項でないのだとすれば、未来人にとって俺は、きっと好ましくない存在になるだろう。 だが、そんなことは構いやしない。今の俺にはTPDDがある。未来を知らないということ 以外は、未来人とは対等の条件だ。 だが、朝比奈さんは俺に、変わらない笑顔でこう言った。 「私はキョン君を助けるためにやってきました」 もともと俺は朝比奈さん(大)に対しては少しばかり懐疑的な立場だ。だが今の言葉に嘘は全く感じられなかった。そもそも何かを隠すことはあっても平気で嘘を言えるような人ではないんだ、この人は。 「解りました。朝比奈さん、俺はあなたを信じます」 となれば、次の質問はこれだ。 「教えてください。ハルヒが死ぬことは既定事項なんですか?」 「それは…説明が難しいんですが」 と、前置きをして朝比奈さんは続けた。 「涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません。ですが今こうやって私たちが話していることもまた既定事項であると言えます」 正直なところ、何を言っているのか全然解りません、朝比奈さん。 「少し込み入った話になるんですが。未来からの通常の方法による観測では、涼宮さんが死ぬという歴史は存在しません。私たちの知る既定事項は、あなたと涼宮さんは生涯を共に暮らし、二人とも天寿をまっとうします」 その話は、今の俺にとって何よりも心強いです。でも未来のことを話すのは禁則事項ではないのですか? 「あなたはその気になればいつでも自分で未来を見に行くことが出来ます。あなたにはもはや禁則事項と呼べるものはほとんど残されていません。既定事項を満たすためにお話出来ないことはありますが」 なるほど、確かにそうだ。 「ですが、今のあなたはその未来に辿り着くことは出来ません。時間移動距離の問題ではありません。この時空から未来に行ったとしても、そこには涼宮さんがいない未来が存在するだけです。そして涼宮さんが死ぬという過去を観測出来ない未来人は、本来なら今のあなたに会うことは絶対に不可能なことなんです」 「つまり、それは一体どういうことですか?」 「簡単に言えば、今この時空は未来から閉ざされています。例えば歴史が上書きされた場合、未来からはその結果しか観測出来ません。そして涼宮さんが死ぬことは既定事項ではない。つまりこの時空は上書きされる予定であり、本来であれば私はこの時空には決してたどり着けないんです」 俺の頭上で回転するクエスチョンマークが朝比奈さんには見えたようで、 「思い出して、キョン君。長門さんが世界を改変したときのことを。あのとき、改変された世界に私が赴いて三年前の七夕……いいえ、長門さんさえいればどこでもよかったのだけれど、そこまであなたを連れて時間遡行すれば、あなたは苦労せずに歴史を再改変させることが出来たはずです。長門さんの脱出プログラムを必要とせずに。でもそれはされなかった。されなかったのではなく出来なかったの。長門さんに改変された世界は、最終的には長門さんの再改変によって上書きされました。つまり未来からでは、上書きされる以前の改変世界には辿り着くことが出来ないの」 「なんとなくですがそれは解りました。では朝比奈さんはどうやってここに来ることが出来たんですか」 「今私がこうしてこの時空に存在しているのは、預言者、言葉を預かる者と書くほうね、その人の力によるものなんです」 預言者……ですか? 「彼は未来人組織の中でも謎中の謎とされる人なの。いつの時代のどこの人であるかということも解りません。彼は私たち一般的な未来人が知る、歴史の上書きされた結果だけではなく、歴史が変わる過程をも知り得る、特異な能力を持つ存在だとされています」 俺は終わらない夏休みと長門のことを思い出した。 「預言者の話をする前に、あなたについて話す必要があります。少し長い話になりますが。今までのあなたの行動。これは全て既定事項だったんです。例えば、あなたが三年前の七夕に涼宮さんを手伝ったこと、あるいはSOS団結成のきっかけを与えたこと」 それはどちらかと言えば、俺が選んだ行動ではなく、朝比奈さんに与えられた行動だと思うんですが。 「既定事項というものは、そう簡単に覆るものではありません。未来人が過去に介入することは実はそんなに稀なことではないんです。だとしたら、あなたは歴史や未来をすごくあやふやなものだと感じるかもしれません。でも実際はそうではないんです。なぜなら未来人の介入も 含めて全てあらかじめ定められたこと、つまり既定事項なんです。例えば、幼かった頃、私と キョン君が少年を交通事故から守ったときのことを思い出してください。あなたはあれをあたかも他の未来人の干渉から歴史を守るために取った行動だと思ったかもしれません。でもそれは違うんです。他の未来人組織が彼を襲ったのも含めて既定事項なんです」 にわかには信じがたい話だが、それならいつぞやの敵対未来人組織が既定事項をなぞるだけの行動にクサっていたのには納得がいく。 「私たち未来人は、涼宮さんが作った時間断層を発見して以来、その時代周辺の歴史を丹念に調査しました。そして驚くべき事実を発見したの。それは未来に対して重大な意味を持つ事件がこの時代のこの地域に集中していたこと、それらの事件には私たちの時代の未来人が数多く介入していたということ、そして……それらの事件の全ての中心には、キョン君、あなたがいたということ」 「よく解らないんですが……、それは朝比奈さんたちがそう仕向けたんじゃないんですか?」 「いいえ。私たちは過去の事実に従って行動するだけです。私たちはなぜあなたが未来に関する全ての重要な分岐点に関わっていたのかを徹底的に調べました。その生い立ちから、生涯までを。これは大変な作業だったわ。だって、あなたの生涯とその周辺を調べるためには、あな たが生きたあらゆる時間平面に対して、常に誰かが監視する必要があったから。そのひとりがまだ幼かった頃の私。当時の私は涼宮さんの監視係であったと同時に、あなたの調査係でもあったの。これは後から知ったことだけどね」 なるほど、それは大変そうだ。仮に俺の寿命が七十年だとすれば、それを詳細に知るには七十年分とまではいかなくとも、相当の労力を費やさなくてはならないだろう。 「でも、結局はその調査は実を結ばなかった。未来人のあらゆる観測・調査によっても、あなたがなぜそのような立場になったのかずっと原因不明のままだったんです。観測上では、あなたは一方的に涼宮さんの起こす騒動に巻き込まれ、紆余曲折の末に涼宮さんと結婚し、そしてその生涯を平穏に送った、普通の人間です」 じゃあ、今ハルヒが死んで、こうやって朝比奈さんと話している俺は何なんだ? 「私が今こうしてキョン君と話していることは、他の未来人の誰も知らないことです。私と預 言者だけが知る事実。私が預言者から直接、ここに来てキョン君に助言を与えるようにと指令を受け、そしてこの時空間の座標を与えられたの。だから私は今ここに来ることが出来ているんです」 この朝比奈さんも、正体の解らない何者かの指示で操られているのか。俺は今まで朝比奈さん(小)に対する朝比奈さん(大)の態度に釈然としないものを感じていたが、結局は朝比奈さん(大)のほうも同じような立場だったんだな。今度から怒りの矛先はその預言者とやらに 向けることにしよう。 「預言者の話は、私には信じられないことばかりでした。だってそうでしょう? キョン君が 涼宮さんの死と引き換えに、人類初のタイムトラベラーになるなんてこと」 その意見には俺も全面的に同意します。 「そして、さらに預言者は驚くべきことを言っていました。あなたは誰の制約も受けずに歴史を改変する権利を得た唯一の人物なの。言い換えればあなたは物語の主人公のようなもの。物語の世界が主人公の望まないものになることはあまりないでしょう? 例えば、涼宮さんはあなたの知るとおり何度か世界を作り変えようとしました。でもあなたはそれを望まなかった。 だからこそ、世界は改変されることなく存続し続けていると言えます。つまり、あなたはあなたが望む歴史を自ら切り拓くことが出来る存在なんです」 俺はそんな大それた存在のつもりは全くないんですが。俺が何を望むかといえば、今までと変わりない無難な生活くらいです。 もっとも、多少の刺激は欲しいとは思っていたし、実際にそういうスパイスは高校生活中に無闇やたらに散りばめられていたんだが。 「最後に、預言者からあなたに対する伝言です。私たち未来人は今まであなたに様々なヒントを与えました。そのことをよく思い出して。これから涼宮さんを復活させるまでの過程において、キョン君は長らく私たちの援助を受けられない状態が続くことになります。なぜそうなのかは、私には詳しくは解りません。預言者が教えてくれなかったから」 つくづく、その預言者とやらはもったいぶった奴なんだな。おそらくはそれを教えないこと も含めて既定事項なんだろうが。 「だからキョン君、あなたはあなたが思うとおりに、あなたが信じる行動をとってください。 その結果、最終的には私たち未来人が知る歴史に至ると私は信じています。でももしかしたら、そうならないかもしれません。これは私たち未来人にはどうすることも出来ません。あなたが望む未来を、あなた自身がこれから決めなければなりません」 ひと通り話し終えた朝比奈さんが、身につけていた腕時計を取り外した。以前朝比奈さん(小)が使っていたのを見たことがある、あの電波時計だった。 「これは私からのプレゼント。これからのあなたにはきっと役に立つと思うから」 朝比奈さんは笑顔を取り戻し、それを俺に手渡した。 「それでは私は戻ります。全てが終わったら、是非私のいる未来に遊びに来てください」 それは俺にとっても興味のある提案です。楽しみにしてますよ朝比奈さん。それに全ての黒幕である預言者とやらに、俺も少なからず言ってやりたいことがありますし。 ああ、待てよ。 「朝比奈さん、最後に教えてください。俺は時間移動を一ヶ月間しか出来ないんですが、これはなぜですか?」 「ごめんなさい。禁則事項です」 朝比奈さんは以前と変わらない、イタズラっぽい笑顔を俺に見せた。 「でも答えはすぐに見つかると思います。それがあなたにとっての既定事項だから」 ううむ、そういうものなのか。 「がんばってねキョン君。あなたが私たち人類初のタイムトラベラーなんだから!」 ありがとうございます。がんばるしかないですからね俺は。人類初とかはさて置いておいても。 そして朝比奈さんは俺の目の前から姿を消した。 昔だったら俺は意識を失わされているところだろうな。 第二章
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6.《神人》 機関の本部ってのは始めて来た。 何の変哲もないオフィスビルの一角だった。普通の会社名がプレートにはまっている。 「もちろん偽の会社です。機関の存在目的を世に知らしめる訳にはいきませんから」 古泉はそう言って笑った。 しかし、何の仕事してるかわからん組織に良くオフィスを貸してくれたよな。 「このビルは鶴屋家の所有物ですから」 なるほど。 俺の計画は簡単だ。《神人》を通してハルヒに話しかける。 ハルヒの元に声を届ける場所が他に思いつかない。 「どうでしょう。《神人》に理性があるとは思えません。 あれは、涼宮さんの感情の一部が具現したものだと思われますが」 古泉は疑わしげだ。無理もない。閉鎖空間については古泉の方がよっぽど詳しい。 何度も訪れているんだからな。 俺だって確証なんか何もない。 だがな。 「お前は閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいる、と言っただろう」 前に古泉が言ったことを持ち出した。 この言葉が俺を決心させた要因の1つだ。 「確かに閉鎖空間に入るとそう感じますが……」 古泉はまだ納得行かない、という顔をしている。 「俺はこの1週間、何度もハルヒに話しかけたんだぜ。でも全く反応がなかった」 当たり前っちゃ当たり前だけどな。 「現実世界ではハルヒに声は届かない。 閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいるなら行ってやるしかないだろう」 俺としては、古泉始め機関がこの可能性に思い当たらなかった方が意外だ。 「なるほど。解りました。どのみち、僕はあなたに委ねたのですからね」 誤解を招くようなセリフはよせと言っているだろうが。どういう意味だ。 朝比奈さんも一緒に閉鎖空間に行かないかと誘ったのだが、古泉が止めた。 朝比奈さんは、病院でハルヒと長門についている、と言った。 「今回は神人に近づかなければいけません。危険ですからね」 ハルヒなら朝比奈さんに危害を加えるわけはないと思ったが、結局俺が折れた。 「万が一と言うこともあります。僕としても、1人ならともかく、2人も守れるか自身がありません」 そう言われたら仕方がない。 「わたしも、長門さんも気になりますから病院に行きますね」 朝比奈さんはそう言った。 長門は相変わらず眠ったままらしい。 こんな状態じゃなければゆっくり休んでくれ、と言いたいところだ。 俺は朝比奈さんに2人をよろしくお願いしますと言うしかできなかった。 「まず、あなたにお礼を言わなくてはなりません」 「お礼?」 何のことだかわからん。俺はまだ何もしていない。これからしようとはしているがな。 「いえ、橘京子のことです。1回目の接触で、ある程度目的は予測できていました」 まあ、あいつが俺に用があるとしたら1つしかないよな。 「ですが、そのときはまさかTFEIがすべて活動を奪われるとは予測していませんでした。 前日に連絡を取った際には、何も起こってなかったんですからね。 今朝の時点で、機関内部でも佐々木さんに頼るという案すら出たくらいですよ」 まじかよ! 機関はハルヒを神としているんじゃなかったのか。 「その案を指示したのはごく一部の人間です。でも情報のつかめない宇宙存在よりは 佐々木さんに力を託した方が安全。そういう考え方もあります」 胸くそ悪い、と思ったが俺も人のことは言えない。 一瞬でも、そっちに気持ちが動きかけたのは事実だ。 「結局、我々はあなたに選択を委ねたのですよ。 何とか最後まであがいてみるか。この場合、危険が伴います。」 古泉は大げさに首を横に振った。 「──それとも、佐々木さんに世界を委ねるか。 機関としては好ましくないのですが、仕方がありません」 そう言って肩をすくめた。 「結局、機関は何とかできるのはあなただけだという結論に達しました。 それが涼宮さんに選ばれた鍵の役目だと。 世界がどうなるか、それを決めるのはあなたです」 おいおい、勘弁してくれよ。そんな大げさなことを考えていた訳じゃないぜ。 だいたいそんな大事なことを俺個人の感情で判断していいのかよ。 だが、もう俺は選択しちまった。 「僕個人としては、やはり最後まであがいて見たかったので。 ですからお礼を言わなくてはなりません。ありがとうございます」 お前のためにやったんじゃねぇよ。勘違いするな。 「やれやれ」 もうそれしか言うことがない。 「とにかく、今は少し休んでいてください。今のところ閉鎖空間は発生していませんから」 「時間までに閉鎖空間は発生するのか?」 これが一番の懸案事項だ。他にハルヒと話せるかもしれない場所はない。 それすらできるのかどうか怪しいもんだ。古泉だってそんな経験はないんだからな。 いっそ、去年の5月にあったあの閉鎖空間を作ってくれりゃいい。 だが、そう上手くは行かないだろうな。 「実をいうと、最初の頃より発生頻度は下がってきてはいるんですよ。 その分、僕の感じる涼宮さんの不安感は増えているんですが。 それにしても、まもなく発生しますよ。単なる勘ですけどね」 「お前がそう言うなら間違いないだろうさ」 閉鎖空間のスペシャリストだろうからな。 俺のセリフに古泉は苦笑した。 「しかし、発生する数が減ってるってのはどういうわけだ? それで不安が増してる?」 長門が言うには、この探索とやらを実行中は、ハルヒにかかっている負荷が大きく変わる訳ではないらしい。 だったら、閉鎖空間も同じ頻度で発生するもんのような気がするが。 「はっきりとわかってるわけではありません。ただ、苦痛は慣れるということではないかと」 思案げな顔をして、古泉が言った。 俺がここで考えたってわかるわけもないか。 時間だけがただ過ぎていった。俺はイライラしながら閉鎖空間の発生を待った。 朝1で来たってのに時間は10時半を回っている。 わざわざ車を回してもらう必要もなかったな。橘から簡単に逃げられはしたが。 古泉は何かと用事があるらしく、俺は通された部屋で1人待っていた。 森さんが顔を見せてくれるかと思ったが、かなり忙しいらしい。 「まだかよ」 もう何度目になるかわからない独り言をつぶやく。 まさか閉鎖空間の発生を心待ちにする日が来るとはね。 あんな灰色空間は好きになれないはずなのにな。 だいたい、上手く行くのか? 何の確証もないんだぜ。 橘の戯言に乗った方が確実なんじゃないのか? 後のことは後で考えればよかったんだ。 1人で考えていると、どうもマイナス思考になる。 いかんいかん、俺は首を横に振った。 長門の診断と予測、古泉の言ったこと、朝比奈さんの忠告。 俺は全部信じているんだろ? だったら──俺は俺にできることをするだけだ。 「お待たせしました」 やがて、古泉が俺を迎えに来た。 「来たか」 待ちわびたぜ。 今行ってやるからな、ハルヒ。 閉鎖空間が発生したのは、前回と反対側の県庁所在地のある都市だった。 全国的にお洒落な街というイメージがあるらしい。 同じ県内にもかかわらず、俺は数えるほどしか来たことがない。 街に出る、というと前回の大都市に出る方が多いからだ。 駅前から続く花の通りとか名付けられた道の海側から、閉鎖空間は広がっていた。 ん? この位置だと、東側から入ればもっと早かったんじゃないのか? 「なるべく《神人》が現れる場所の近くから入りたかったので」 なるほどな。 「それでは行きます。目を瞑ってください」 あのときと同じように、古泉は俺の手を取った。 そういやどうして目を瞑らなければならないのか聞いてないな。 朝比奈さんとの時間旅行のように目が回る感覚などない。 何か違和感を通り過ぎる、という感じか。 ──キョン── 一瞬、ハルヒの声が聞こえた気がした。 いや、聞こえた気、じゃない。 はっきり聞こえる。 「もういいですよ」 古泉の言葉で目を開けたが、相変わらずハルヒの声が頭に響く。 ──バカキョン!── ──バカ! いつまで待たせんのよ! 罰金!!── えーと、ハルヒ? うるさい、お前の怒声は頭に響く。いや、文字通り響いているんだが。 俺は決死の覚悟でここに来たんだが、歓迎の言葉がこれか? 思わず溜息をついてうなだれると、古泉が心配そうに顔を覗いてきた。 「大丈夫ですか? どうかしました?」 古泉には聞こえてないのか。 「何がです?」 「ハルヒの声」 古泉は目を見張って俺を眺めた。 「俺の頭がどうにかなっちまった、って可能性もあるけどな」 そんな目で見られると自信がなくなってくる。 「そうではないでしょう。 前に言ったとおり、僕にも涼宮さんがあなたを呼んでいるのは感じられます。 ただ、感じているだけで聞こえている訳ではなかった」 そう言うと、少し考えるようなポーズを取った。わざとらしいが様になる。 「どうやら、あなたが正しかったようです。涼宮さんはあなたを閉鎖空間に呼んでいる、 それで間違っていなかったようですね」 悔しいがこいつにそう言ってもらえると安心する。 そんな会話をしながらも、俺の頭の中にはハルヒの怒声が続いている。 バカだのアホだのマヌケだの罰金だの死刑だの、ほんとに勘弁してくれ。 「呼んでいるっていうかな、さっきからずーっと怒鳴りつけられている訳だが」 俺が溜息をついて言うと、古泉は少しだけ笑顔に戻って言った。 「それはそれは。こういう状態になっても涼宮さんは涼宮さん、ということですか」 まったくだ。 「おい、ハルヒ、いい加減にしてくれ!」 俺たち以外誰もいない灰色の空間に向かって呼びかけてみる。 だが、何の返答もなかった。 俺の頭の中には、さっきからハルヒの罵声が響いてて、いい加減嫌気が差してくる。 なんつーか、今朝の俺の決意をすべて喪失させる気か、この野郎。 今朝まで深刻に悩んでいた俺がバカバカしくなってきた。 後で朝比奈さんに、今朝あたりの俺宛にでも伝言を頼むか。 『悩むだけ損だぞ、俺』なんてな。 そうは言っても、俺がそんな伝言受け取っていないことが既定事項ではあるが。 俺がそんなげんなりした気分になっていると、古泉の真剣な声が聞こえてきた。 「始まりました」 何度見ても現実感がない光景が広がった。 青い巨人──《神人》がゆらりと立ち上がった。 相当距離があるのに、その巨大さからかなりはっきり見える。 あれは新幹線の駅の辺りだ。 そして、前に見たとおり、周辺の建物を破壊し始めた。 「……………」 俺が無言なのはその光景に飲まれたからではない。 ──このバカキョン!── ズガァァァァン ──こんなにあたしを待たせるなんて許し難いわ!── ドカァァァァン やれやれ、間違いない、あの《神人》は確かにハルヒのイライラそのものだ。 《神人》の動きと俺の脳内音声が、完全に一致している。 しかも、俺に向けられているらしい。 「古泉、何でか知らんがあの《神人》は俺にむかついているらしい」 溜息とともに吐き出すと、古泉は一瞬不思議そうな顔をしたが、フッと笑って言った。 「なるほど、それがおわかりですか。ならあなたの計画も上手く行きそうですね」 しかしハルヒ、ずるいぞ。俺にだけ一方的に声を届けるなんてな。 お前に声を届けたいのは俺の方だよ。 「かなり遠いな。まさか歩いて行くのか?」 「いえ、それでは時間がかかりすぎますから。ちょっと失礼します」 そう言うと、古泉はいきなり俺を羽交い締めにするように抱えた。 「おいっ! 何しやがる!」 思わず反論した俺に、古泉は軽口で返しやがった。 「おや、正面から抱き合った方が良かったですか?」 「ふざけんな!」 アホなやりとりをしている間に、目の前が赤い光でに染まった。 古泉が例の赤い球になったらしい。内部はこうなってるのか。 なんて考えた次の瞬間、ものすごい勢いで飛び立った。 「うおぉ!?」 早い、何てもんじゃない。生身で飛行機に乗っているようなもんだ。 ただし、赤い光のおかげか、風圧は全く感じられない。 眼下に流れていく景色を見て、思わず身震いする。古泉にばれたな畜生。 しかしこれはかなり怖い。こいつはいつもこんなことをやっているのか。 《神人》の近くにたどり着くまで、1分とかかっていない。 時速何キロだったのか、誰か計算してくれ。俺は考えたくない。 《神人》は、手近な建物から破壊を始めていた。 近くで見ると大迫力だ。映画みたいだ。 そんなのんきなことを考えている場合じゃない。 あの《神人》がハルヒの精神と繋がっているなら、声が届くのはここしかない。 《神人》の少し上を飛んでもらいながら、俺は大声で叫んだ。 「ハルヒーーーーーーーーーー!!」 しかし、俺の声は全く届いていないように、《神人》は破壊活動を止めない。 俺の脳内音声もますます活発だ。 いくらハルヒの怒声に慣れていても、さすがに凹んでくる。 時折少し離れて休憩を入れながら、俺たちは何度も《神人》に近づいた。 俺は何度かハルヒを呼んだが、《神人》は変わらず、何も起こらない。 周りの建物を殴りつけ、蹴倒し、踏みつけている。 閉鎖空間も広がっている、と古泉が言った。 畜生、やっぱりダメだったのか!? だんだん焦ってくる。 ──何やってるのよキョン! このへたれ!── あーもう、ハルヒ、うるせぇ少し黙れ! お前どっかで見てるんじゃないだろうな。俺が何をしたっていうんだよ。 「すみませんがそろそろ限界です。これ以上《神人》の破壊活動を放置すると厄介です」 古泉が焦った声で言った。 ここで《神人》を倒してしまっては俺がここまで来た意味がない。 次の閉鎖空間を待つ時間もない。 もしかしたら、次の閉鎖空間は生まれないかもしれない。 どうする? 俺は悩んだ。 ハルヒは俺を呼んでいるくせに、俺がここにいることに気がついていない。 いや、識域下では気がついているのだろう。だから俺に声を届けている。 今回は表層意識に残らないと意味がないのか。 仕方がない。一か八かだ。無理矢理意識を引っ張り出すほどのことが必要だ。 俺は最後の賭けに出た。 「古泉、最後にもう一度《神人》の頭の上を飛んでくれ! これが最後でいい!」 「承知しました」 《神人》の上に来ると、俺はもう一度頼んだ。 「古泉、俺を離してくれ!」 「何を言っているんですか!?」 「いいから離せ!」 「無理です!」 「大丈夫だ、ハルヒが、俺が死ぬことを望むわけがない!」 俺だけじゃなくて、お前もな、とは言ってやらなかった。 「わかりました」 しばらく悩んだ古泉が苦しそうに言った。 「ただし、あなたを離したら僕も一緒に下ります。危険と判断したら助けますから」 「悪いな」 確かに、古泉の飛行速度を考えたら、自由落下より先に俺の下に回り込めるだろう。 「たたきつけられて潰れるのは俺もごめんだ。頼んだぜ、古泉」 古泉に助けられなくても大丈夫だと思いたい。 古泉が俺を離して──俺は落下を始めた。 ハルヒ、信じてるからな! 恐怖を感じている暇はなかった。俺は目一杯大声で叫んでやった。 「聞こえてんなら俺を助けやがれ、ハルヒーーーーーー!」 俺の体は更に落下していく。背筋がぞくりとした。 このまま落ちたら、体なんか残らないんじゃないか──? ふわり。 衝突の衝撃もなく、いきなり俺の体は止まった。 ふぅーっと溜息が出る。さすがに緊張していたらしい。汗びっしょりだった。 今どこにいるか、確認するまでもない。 足下も、俺の目の前も青く光っている。 俺は神人の手のひらの上にいるらしい。 まるでお釈迦様の手のひらにいる孫悟空だな。 差詰め古泉はキン斗雲か。 気がつくと、俺の脳内ハルヒ音声もストップしていた。 聞こえていた方が会話しやすいから好都合だったんだがな。 それとも、こいつとまともに会話ができるようにでもなったのか? 俺は目の前にいる《神人》を見上げた。結構怖いのは秘密だ。 古泉は赤い球になったまま、俺の隣に来た。 「まったく、あなたは無茶をしますね」 ああ、自分でも驚いてるぜ。 「よう、ハルヒ」 俺は目の前の《神人》に普通に話しかけてみた。……ハルヒも《神人》も無言。 「なんか、俺が遅くなって怒ってるみたいだな。わりぃ。俺も色々あるんだよ」 相変わらずの無言。 「腹が立ってるんだったら、こんなとこで暴れてないでいつも通り俺にぶつけてみろよ」 我ながら恐ろしいことを言っている。こんなことをハルヒに言ったら最後、俺はどうなるか誰にもわからん。 そして、やはり俺は言ったことを少しだけ後悔することになった。 《神人》が、さらさらと崩れ始めた。 そう、俺を襲った朝倉が長門によって情報連結を解除されたときのように。 俺は呆気にとられてそれを眺めていたが、状況を悟ってめちゃくちゃ焦った。 おい、俺の足場も崩れてるぞ!!!! 古泉があわてて俺の腕を掴んだ。 しかし、俺の足下の青い光がなくなっても、俺はその場に留まっていた。 古泉は腕を掴んでいるが、ぶら下がるわけでもなく、まるでそこに立っているように。 すげぇ、俺も宙に浮いているぞ! この空間は何でもありか?? 「《神人》と我々超能力者の存在だけ考えてみても、何でもありでしょう」 古泉が言った。 《神人》が完全に消え去ると、俺の目の前に──── やっとだな。 たった1週間とは思えないほど長かったぜ。 一気にいろんな感情が俺を襲う。 いろんな思いが混じり合った溜息をひとつついて、俺はそいつに声をかけた。 「久しぶりだな、ハルヒ」 目の前に現れたのは、間違いない。涼宮ハルヒだった。 感慨にふけってる暇もなく、俺は先ほどまであった脳内音声の続きを聞かされることになった。 「こんの……バカキョン!!!!」 やれやれ、再会の第一声がそれかよ。ま、声はさっきから聞いていたんだが。 「遅いのよ、遅い!!! あたしがどんだけ待ったと思ってるのよ!!」 「いや、だから悪かったよ。さっきも言ったけどな、俺も色々あるんだよ」 「うるさいっ! あんたは団員としての自覚が足りないのよ!!!」 だから悪かったってば。しかし何だって俺はこんなに怒られてるんだ? そもそも、ハルヒは今の状況を疑問に思っていないのか? 古泉に聞こうと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。 ──逃げやがったなあの野郎。 「凄く怖いんだから、不安なんだから! 何でだかわかんないけどっ!」 ハルヒは言いながらぼろぼろ泣き出した。 俺は黙って聞いているしかできない。 「あ、あたしが、あたしじゃなくなるみたいで、凄く、怖いんだから……」 「……もしかして、今もか?」 ハルヒは過去形でしゃべっていない。今もその恐怖と闘っているのか。 「そうよっ! でも、あんたがそばに居れば何とかなる気がして、ずっと待ってたのに……」 いや、俺はできる限りそばにいたんだよ。それが伝わらない場所でな。 俺だけじゃない。長門は文字通り四六時中そばにいたし、朝比奈さんもできるだけ一緒にいたんだぞ。 伝えられなかったけどな。俺もどうすればいいのかわからなかったんだよ。 やっと今朝、ギリギリになって気がついたんだ。 遅くなってごめんな。 しかし、こんな素直なハルヒを見るのは初めてだ。 どんなに怖い思いをしても、それを誰かに悟られるのを何より嫌いそうな奴だ。 今回のことはよっぽど怖かったんだろう。 辛かったんだろう。 「悪かった、ハルヒ」 そう言って俺は、泣いているハルヒを抱きしめた。 誰だってそうするだろ? こいつは不安と恐怖相手に独りで闘っているとき、俺にそばにいて欲しいと望んでくれたんだぜ。 それに答えないのは男じゃない、そうだろ? いくら俺がへたれだと言われても、それくらいはできるさ。 しばらく俺はハルヒが泣くままにしていた。 今まで我慢していた分、目一杯泣けばいい。 いや、閉鎖空間でストレス解消していた訳だから我慢はしてないのか? ま、でも泣けるなら泣いた方がいいのさ。 しかし、大事なことをまだ伝えていない。 ハルヒを助けるためには伝えなければならない。 この時点で、まだ俺は悩んでいた。 ハルヒの力を自覚させる俺の切り札。『ジョン・スミス』をここで使うか? それとも、今ここで使うべきではないか? 近い将来、この切り札が必要になるかもしれない。 もし、ここで俺が『ジョン・スミス』だと言わずに話ができれば、それに越したことはない。 俺は脳の普段は使わない部分まで動員する勢いで、急いで考えをまとめた。 「ハルヒ。聞いてくれ」 ハルヒは涙目で俺を見上げた。 「これは夢だってわかってるんだろ?」 さすがにこの異様な空間で異常な状況だ。 なんせ俺たちは宙に浮いているんだからな。夢だとでも考えなきゃおかしい。 「そうね……こんな灰色の世界、前にも夢に見たこと……」 そこまで言って顔を背けた。何か思い出しやがったな。 「俺は現実のお前と会いたい。だから、願ってくれ。現実の世界で俺に会いたいってな」 「キョン……?」 不思議そうな顔をして俺を見上げるハルヒに、俺は更に続けて言った。 「俺だけじゃない。長門や古泉に朝比奈さん、SOS団のみんなに会いたいだろ?」 ハルヒの表情が少し変わった。目に輝きが戻ってきたような気がする。 「ハルヒが本気で願えばかなうさ。こんな灰色空間じゃなくてな。 ちゃんと“現実の”あの部室で、みんなで会おうぜ」 しかし、ハルヒは目を伏せると意外なことを言った。 「あんたは本当にあたしに会いたいと思ってるの?」 おい、さっきからそう言ってるだろ。だからわざわざこんな灰色世界まで会いに来たんだぜ。 「そうね、でも……わからないわ。あんたの気持ちが」 俺の気持ち? ハルヒが何が言いたいかわからなくて、俺は黙っていた。 「どうせ夢だし、この際だから言っちゃうけど、あんたあたしにあんなことしたくせに、何も言ってくれないじゃない」 あんなこと……って、あれだよな、やっぱり。 だけどな、あれはお前が先にしただろうが! 「そうだけど、そうなんだけど、あんたが何であんなことしたかハッキリさせたいのよ! ハッキリしないのは嫌いなんだから」 「………」 とっさに言葉が出なかった。 ハルヒがわがまま、とかそう言うのではなく。 いや、わがままなんだけどな。先にキスしてきたのはお前だ、と声を大にして言いたい。 だけどな。つまりだ。 ハルヒは、1週間前まで俺が暢気に味わっていた中途半端さに嫌気がさしてたってわけか。 正直、俺はハルヒが俺の言葉を信じてくれると思っていた。 だから、この閉鎖空間でハルヒと話さえできれば、何とかなると思っていた。 くそっ 俺が俺の首を絞めているわけだ。 自分の暢気さがつくづく恨めしい。 ああ、1週間前の俺を本気で殴ってやりてぇ。 「すまん、ハルヒ」 ハルヒの目を真正面から見つめた。 「俺は自分をごまかして、このままでもいいかなと思ってたんだ。時間はまだあるってな」 ハルヒは俺を睨み付けていた。 こいつは未だ不安と恐怖がある中で、こんな表情ができるんだ。 やっぱりたいした奴だよ、お前は。 「この先は、ちゃんと現実でお前に会ったときに言いたい。だから、帰ってきてくれ」 「夢の中のあんたに約束されたってしょうがないじゃない。 だいたいどうやって帰ればいいのかわかんないわよ」 「だから、夢じゃなくて現実の俺と会いたいと願ってくれればいいんだよ。 大丈夫だ、現実の俺もお前に言いたいことがあるはずだ。夢でも現実でも、俺は俺だ」 わかるだろ? 前の夢の後のこと、あの部室でキスした日のことを思い出せばな。 ハルヒは少し考えてから笑って言った。 「いいわ、信じてあげる。あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!」 やっと笑顔が見れたぜ。 そのセリフを最後に、ハルヒも先ほどの《神人》と同じように消えていった。 思い立ったら即実行だ。何ともハルヒらしい。 「ああ、待ってろ!」 消えていくハルヒに、俺はそう言ってやった。 「うわああああ!?」 ハルヒが消えると、俺の体も宙に浮いてられなくなったらしい。 おい、ハルヒ、最後のつめが甘いぞ!! さっき助けてくれたのにこれじゃ意味がないだろうが!! そのとき、古泉が俺の腕を取った。 「大丈夫ですか?」 ニヤケ顔で俺に聞いてくる。なんか含んだ顔でむかつく。礼を言うのがためらわれる。 「何か言いたげな顔だな」 精一杯渋面を作って言ってやった。 「いえいえ、見せつけてくれたなと思っただけです」 どこで見てやがった、この野郎。 俺と古泉は近くのビルの屋上に下りた。 「我々が神人を倒す必要がなかったのは初めてのことですよ」 古泉が大げさな感情を込めていった。 「機関から表彰したいくらいですね。ありがとうございます」 そんなもの要らん。 「これから閉鎖空間が生まれたら、あなたに来て頂きましょうか」 ふざけんな。今回は緊急事態だ。いつもそう上手く行くもんでもないぜ。 「それもそうですね」 閉鎖空間はすでに崩壊が始まっており、前に見たとおりに空にヒビが広がっている。 「まったく、あいつは思い立ったら即実行で、後のことなんか考えちゃいねぇ」 俺が文句を言っている間にもヒビが広がり……やがて一気に現実世界に戻った。 日常の喧噪が耳に響く。 何とかなったのか? 日の高くなった空を見上げて一息つく。 しかし、古泉の真剣な声が俺の安堵感を帳消しにした。 「13時20分です──長門さんの予告を最小でも5分過ぎています」 ──遅かったか? 7.回帰へ
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「で、最初は誰から接触すればいいわけ?」 ハルヒは机の上に座ったまま、俺に言う。 さて、誰からにしたものか。本来であれば、俺の世界と全く同じようにしたいところだが、このハルヒはそれを却下したし、 そもそもこいつが力を自覚している時点で、どうやってもおなじようにはならんおかげで、正直それで大丈夫なのかという 不安があるのも事実だ。 だが、ここでふと思いつく。 とにかく、3人に接触して平穏かつ良好な関係が築けると証明してやればいい。それだけなら、何も3人同時に 一緒である必要はないはずだ。その後、ハルヒに納得させた上でもう一度最初から――今度は3人同時に接触して、 SOS団を結成すればいい。 そう考えると、まず一番接触しやすい奴から選ぶべきだな。宇宙人は、あのハルヒの情報統合思念体に対する警戒心から考えて、 一番最後にすべきだろう。未来人ははっきり言って知らないことも多いことを考えると、予定外な事態に陥る恐れもある。 こうなると最初は超能力者――古泉か。機関はまだうさんくさいところも多いし、わからない点も多いが、 同じ時代の人間という点、さらに超能力はハルヒが作り出した閉鎖空間内だけという限定的なものだ。 普通に接触する限り大した弊害が発生するとも思えない。 ……1番手があのインチキスマイル野郎なのは少々引っかかるが。 「超能力者……ねえ」 ハルヒはジト目で俺を見ていた。とは言っても、何もやっていないわけではなく俺の指示通りに時間平面を構築中なんだそうだ。 全く長門並のことをやれるハルヒって言うのも妙な気分だぜ。 「で、具体的に必要なものはあるわけ?」 「閉鎖空間とその中で暴れる神人を倒せる力をそこらへんの人間にばらまけばいい」 「閉鎖空間と神人って?」 ハルヒはそう首をかしげた。そういや、ハルヒはそのことは知らないのか? 「お前さんがキレると、別の誰も入って来れない――今俺たちがいるところみたいな空間を作り出して、 そこの中ででっかい巨人を暴れさせている」 「あー、あれのこと」 思い当たる節があると、ポンと手を叩くハルヒ。 「なんだ知っているのか?」 「うん、たまに頭に血が上ったときとかストレス解消代わりに暴れさせているの。無人だから誰の気兼ねもなく暴れられるし、 結構スカッとするものよ」 「お前な……」 あっけらかんと言うハルヒに、俺はただただ呆れるばかりだ。 「俺の世界だと、お前は無自覚にそれを作っているから、誰かが止めてやらなきゃならん。そんなわけで、 その役割を与えられた超能力者がいるって訳だ」 「ふーん、あんまり関係のない人間を巻き込むのは気が進まないけど、まあ仕方ないか」 そう言ってハルヒは目を閉じて、何やらつぶやき始めた。恐らく情報操作って奴だろう。 こんな一美少女高校生にゲーム感覚に作り替えられる世界ってのもいろいろな意味で問題があると提言しておきたいね。 そんなわけでSOS団団長改め創造神ハルヒ様の作業完了後、俺たちもその時間平面――世界に入ることにする。 時間は俺とハルヒが北高に入学したときからだ。もちろん、二人とも北高に入学する設定にした上でだ。 ちなみに俺は全く別のボンクラ高校に入学する予定だったので、それをいろいろ改変して北高に入学させるのに苦労したと ハルヒに散々愚痴られたけどな。 ◇◇◇◇ 「東中出身、涼宮ハルヒ! この中に超能力者がいたら今すぐ来なさい! 以上!」 俺の背後で威勢のいい声が響く。もちろん入学式、最初の授業での自己紹介だ。 俺の自己紹介の後、ハルヒは事前の打ち合わせ通りの言葉で自らをアピールした。宇宙人と未来人は前に述べたとおり、 余り手を広げるのは得策ではないということで上げていない。ああ、ちなみに異世界人はもともと言う予定はないぞ。 なんせ、今の俺が異世界人だからな。もうここにいるってこった。 周りの人間は苦笑・あるいは戸惑いの視線を一斉にハルヒに向けるが、ほどなくして担任の岡部の空気の流れを断ち切る 咳き込みとともに、自己紹介は続行された。 俺はハルヒをちらりと見ると、厳しい視線のままじっと黒板の方を見つめていた。そういや、初めてあったときは ロングヘアーだったっけ。このハルヒは俺の世界のハルヒと違ってどんな理由でこの髪型にしたんだろうな。 しかし、俺はすぐに別の視線を感じてそちらへと振り返った。そこには―― 「……ちっ」 思わず舌打ちしたくなるような女が一人。朝倉涼子だ。二度も俺の殺害を試みた猟奇殺人鬼である。 柔らかで人当たりの良い笑みをこっちに向けてくるが、俺はできるだけ視線を合わせないように軽くうなずく程度の挨拶を 返しておき、全く別の方向に顔を背けた。 俺とハルヒの正体――実態と言った方がいいか――をこいつに知られるわけにいかない。なおかつ、こいつから命を狙われる心配 までしなきゃならん。ある意味、最大の要注意人物だ。 ◇◇◇◇ 俺とハルヒは昼休みこっそりと非常階段へ移動して、状況確認を始める。 「で、あんな感じで良かったわけ? クラス中の空気が固まっていたけど」 「本来なら、あれに宇宙人・未来人・異世界人がプラスされていたんだ。それにくらべりゃ、ショックも少ないだろうよ。 それにハルヒが超能力者に興味津々であることも十分に示せたわけだしな」 そんな話をしながら、俺は校庭や周辺の民家を見渡す。ハルヒの言うとおり、どこに情報統合思念体の手先が いるかわからんおかげで警戒しっぱなしだぜ。万一、この話を聞かれれば一瞬にして全てがパアになっちまうからな。 「安心して。監視はうまい具合にあたしがごまかしているから。で、あんたのいう古泉一樹ってのはいつ現れるのよ。 休み時間の間に学校中廻って見たけど、該当するような人物はいなかったけど」 「その前に機関の方はばっちり組織化されているんだろうな? それがいないと古泉も現れなくなる」 「それは問題ないわ。過去3年間のあたしの周辺を活動している連中に、インターフェース以外にもう一つの組織が 増えていたから。見たところ、普通の人間だから恐らくあんたの言っている機関っていう連中でしょ。 しっかし、こいつらインターフェース以上にしつこいわね。3年間まるでストーカーのようにあたしを監視続けている。 今だって遠近距離からこっちをじっと見ているし、クラス内にもエージェントらしき人間もいるわ」 なるほどな。なら状況は似通っているわけだ。となると、古泉はのちに転校してくることになるはず。いや待てよ…… 「古泉が転校してきた理由に、長門と朝比奈さん――ああ、宇宙人インターフェースと未来人がお前に接触してきたことが 理由に挙げられていたっけ。それで転校を迫られたとか」 俺はふと思いつき、 「なあ、今ならまだ俺のいうSOS団を作るのはまだ遅くないんだがやってみる気はないか? お前が文芸部室を乗っ取れば、 そこに長門有希がいるし、2年に行けばきっと朝比奈さんだって――」 「しつこいわよ。さっきも言ったとおり、あたしは全員まとめて接触なんていう危険なことはしたくないの。 それにあんたの所の世界がのほほんと進んでいるからといって、成功例として見ている訳じゃない」 むすっと否定しやがるハルヒ。全くこのハルヒも変わらず頑固者だよ。 しかし、このままでは古泉は北高に転校してくるのか? あの時の話しぶりだと予定を繰り上げてまで来たとか言っていたが。 俺はしばらく考えてみたものの、未来の事なんて予知できるわけもないので、 「とりあえずタネは蒔き終えているんだ。後は芽が育つのを待とうぜ」 「全く脳天気な考え方ばかりだわ。ま、確かにこっちも動きようがないから待つしかできないけどさ」 素直にハイと言えんのか、こいつは。まあいい。古泉に対してはしばらく様子見でいくとしよう。 俺はその他の話に移る。 「情報統合思念体の方はどうなんだ? 何か動きを見せているのかよ?」 「今のところは見ているだけね。わざわざインターフェースを同じクラスに送り込んできているけど、 目立って何かをしようとはしていないわ。連中のことだからどんなことが起点になって考えを変えるかわかったもんじゃないけど」 「クラス内ってのは朝倉のことか」 ハルヒは俺の問いかけに、ちらりと視線を外し、 「そうよ。あいつ今まで何度もあたしを襲ってきた目を離せない要注意人物なんだから。何だか知らないけど、 あたしが能力を自覚している・していない関係なく攻撃してくるみたいね。鬱陶しいったらありゃしない」 「あいつは情報統合思念体の中でも過激派に属しているらしいからな。ハルヒを突っついて、何の蛇が出てくるのかみたいんだと」 俺は朝倉の事について、あっさりと教えてしまった。このハルヒになら別に隠す理由はないからな。多くの情報を渡して 共有しておいた方が何かと動きが取りやすくなるだろうし。 その情報にハルヒは思案顔で、 「なるほどね。あいつらも一枚岩じゃないってことか。そうなると、朝倉は一部勢力の意思で動くけど、その動きに過剰反応して、 あたしのことがばれたら今度は情報統合思念体全体が……ああっ、もうややこしいわねっ! もっとわかりやすく動きなさいよ!」 俺に言われて困る。だが、ハルヒのいらだちももっともだ。これではろくに反撃もできない。 しかし、そんなときのための長門のはずである。 「俺の世界じゃ、朝倉は長門――六組の生徒だが、それのバックアップってことだった。朝倉の一方的な行動はできるだけ 奴らの内部で処理させる動きを取った方がいいと思うぞ。こっちから反撃もろくにできないしな」 「わかっているわよ。とにかく、その古泉一樹って奴が来るのを待っていればいい訳ね」 そうハルヒは言いながら教室に戻った。 俺はそれを確認すると、独自の行動を開始する。どうしても確認しておきたいことがあったからだ。 まず向かったのが、一年六組――長門有希の確認だ。さっき朝倉の対処は長門に任せればいいと言ったが、 肝心の長門がいなければ話にならない。 おれは教室の入り口から覗いてみると、ハルヒ以上に誰も寄せ付けないオーラを拡散させて、教室の一席でもくもくと 本を読みふけっている長門の姿が確認できる。 ほっ。これでさっき言ったことに問題はなくなるな。頼むぜ、長門。朝倉が襲ってきたら助けてくれよ。 後もう一人。長門は情報統合思念体なんだからいる可能性は十分にあったが、問題は朝比奈さんの方である。 この世界にも未来人はいるのだろうか? 俺は朝比奈さんのいる二年二組へ向かい、教室内を見渡す。見知らぬ下級生が覗いていることに、一瞬注目を浴びてしまうが、 その視線を強引に無視していると程なくそれは収まる。その間に、俺は朝比奈さんの姿を確認したが―― いなかった。鶴屋さんは別の女子生徒の環に入ってけたけたとあの豪快な笑いを見せているが、朝比奈さんはいない。 なぜだ? やはりハルヒの介入がなければ未来人は存在しないことになるのだろうか? だがこれで一つ決定してしまったことがある。 この世界――今の状況でSOS団の成立はなくなった。 事情を知らん人間が隣で聞いていたらこう言うかも知れない。似たような人を探して来いよ、ハルヒならすぐ見つけてくるさと。 だが、俺にとってSOS団はもう誰一人の変更も許さない。朝比奈さんでなければならないのだ。 俺は激しい脱力感に身を引きずりながら、自分の教室の席に戻る。ハルヒは人の気も知らず、仏頂面で外を眺めているだけ。 ……一ヶ月か。昨日自宅で過ごしたが、今まで通りの家族がいて、俺の部屋も全く変わらない形であったため、 別の世界に来ているという印象はなく、それなりに安心して過ごすことができた。 学校でも谷口・国木田コンビは健在だったおかげで、弁当をともにする関係は維持できる。そう言った意味で違いは そこまで大きくないのだが…… たった一つ、そしてもっとも必要なSOS団が存在しないこと――もちろん、俺が北高入学時にはまだできていなかった からなくて当然だが、あの長門の読書モード、朝比奈さんの温かいお茶、古泉とのボードゲーム……この世界にはこれらが 一つも存在していない。 それを認識したとたん、俺は寒気を伴う寂しさに襲われて思ってしまう。 ――あのSOS団の部室に帰りたい。 ◇◇◇◇ 一ヶ月の待機後、ようやく変化が訪れた。俺の記憶通りに、古泉が転校してきたのである。ただ出会いは異なっていた。 俺がSOS団ホームシック状態のダウナーな気分で自転車を駐輪場に止め、とっとと早朝強制ハイキングコースに 入ろうとしたとき、予想外の組み合わせに声をかけられた。 「おはよう」 振り返ってみれば、そこには朝倉涼子の姿があった。いつもどおり柔らかな笑みを浮かべている。 問題なのはその背後にいる人物だ。さわやかな容姿に、細身の身体、身長は俺よりもやや高く、柔らかい笑みと目、 モデルに採用すればそれなりに注目を浴びられるレベルであろう北高男子生徒。 「おはようございます」 続けて来たのは、あのニヤケスマイル顔の古泉だ。朝倉と古泉、まさかこんなコンビでファーストコンタクトになるとはな。 明らかに俺の知っている展開とは違う。そもそもこの二人には接点というものが全くなかった。 やはりこの世界は俺の時と同じように動いてはいない。欠けているものが多すぎるんだから無理もないんだが。 「ああ、おはよう。背後のは彼氏か?」 俺はできるだけ古泉と初対面であるという様子を取り繕った。正直、古泉だけならいろいろ初接触時のやり方について、 自分なりにシュミレートしていたんだが、朝倉がセットというのは全く考えていなかった。 少しでも不審な行動や言動を取ればたちまち正体を見破られかねない。 朝倉は半分困り顔で手を振り、 「いやだなぁ。あいにくまだ独り身よ。この人は古泉一樹くん。今日、わたしたちの学校に転入してきたんだって。 でも、うちの学校って駅から遠いでしょ? 道に迷っちゃったらしくて困っていたところにわたしが通りかかったのよ。 この制服で同じ学校の生徒だろうと思ってわたしに声をかけてみたんだって」 淡々とした説明だった。道に迷って偶然会ったのが朝倉。普通なら違和感を憶えることもないだろうが、 宇宙人と超能力者が偶然に出会える可能性はいかほどものもだ? 少なくとも、年末ジャンボの五等より高いって事はないだろう。 結論。朝倉の言うことを信じない方が良さそうだ。となると、何らかの目的で俺に接触しようとしているってことか。 「こちらはどなたですか?」 「ああ、さっき話した彼よ」 「ほう、この人が……」 朝倉と古泉の会話を聞くに、どうやら事前に俺の話をしていたようだな。ますます狙って二人そろって接触してきたとしか 思えん。さて、どうしたものか。 俺は一つよろしくと頭を下げると、3人で学校に向けて歩き出す。 古泉は朝倉の背後から俺の顔をのぞき込むように顔を近づけて、 「お噂は聞いています。あの涼宮ハルヒさんと大変親しいようですね。かなり気むずかしい性格のようですが、 何かコツでもあるんですか?」 「別に親しいってわけじゃねえよ。ただあいつが一方的に俺を振り回しているだけだ」 やれやれと俺の嘆息。これは実際事実だからな。この一ヶ月間、SOS団を設立したわけでもないのに、24時間態勢で あちこち引っ張り回され、おかげでホームシック気味が少しだけうんざり分に変換してくれたほどだ。 力を自覚していても、あの突拍子もない行動力は全く変わってねえ。もっともその動機は不思議な何かを探す好奇心ではなく、 不思議な何かから身を守るための警戒心であるところが大きな違いであるが。 これに朝倉は意外そうな表情を浮かべ、 「あらそうかしら? わたしが話しかけてもなーんにも答えてくれない涼宮さんが、あなたとなら気軽に話しているじゃない。 コツがあるなら本当に教えて欲しいな」 さらなる朝倉からの追求に、俺はここは一旦考える素振りを見せる。高校入学式で初めて出会って一ヶ月間程度の設定である以上 昔から知っているような態度を悟られるとまずいからな。 上り坂の角度が急になった辺りで、俺は軽く頭を振る。 「解らん」 それに朝倉は柔らかな笑いを一つ返し、 「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。 一人でも友達ができたのは良いことだわ」 そういや、以前――俺の世界の時も同じ事を言われたな。あの時は委員長になったから委員長らしいことを言っているんだろうと 思っていたが、今思えばハルヒの安定化を望んでいたのかもしれん。一応長門のバックアップってことらしいから、 情報統合思念体主流派の遠くから見守り政策に沿って動いているはずだし。 ――結局は暴走して俺を殺そうとしたが。 「友達ねぇ……」 俺は首をかしげる。 俺にとってハルヒってのは何なんだろうか。元の世界だと友達って言うよりはSOS団団長だな。 俺は雑用係としてこき使われているだけであり、またハルヒの暴走に歯止めをかけている唯一の良心と言ってもいい。 じゃあ、今いる世界のハルヒと俺は何なのだろう? 友達じゃないのは確実だ。馴れ合っているわけでもなく、 一つの目的に向かって共同歩調を進めている。協力者と言った方が適切かも知れない。 そんな俺の複雑な気分を無視して朝倉は話を続ける。 「その調子で涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから、 みんな仲良くしていきたいじゃない? よろしくね。これから涼宮さんに何かを伝えるときは、 あなたから言ってもらうようにするわ」 「さしずめ、あなたは涼宮さんのスポークスマンと言ったところのようですね」 おいコラ古泉。俺の反論台詞を封じるんじゃない。お前はしばらく黙っておいてくれ。 朝倉は俺の渋い顔を見て、納得していないことを悟ったのか、両手を可愛らしく合わせて、 「お願い」 あの時と全く同じ事を言われた。まさか古泉とセットの状態で言われるとは思わなかったけどな。 俺が溜息+肩を落としていると、今度は頼んでもいないのに古泉が今度は自己紹介を始めた。 「初めまして。僕は古泉一樹と申します。今日付で北高の一年九組に転校することになりました。 これからいろいろとお会いする機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いします。特に――涼宮さんに関しては」 ……やっぱりハルヒ絡みで近づいてきたようだな。意図をビンビンぶつけてきやがる。 俺はしばらく黙っていたが、やがて立ち止まって二人の顔を見渡し、 「何が目的だ?」 「……はて、それはどういうことでしょう?」 しらばっくれる古泉を俺は睨みつけ、 「とぼけんなよ。どう見ても、二人してハルヒに対して興味津々じゃねえか。だったらハルヒに直接接触した方がいいだろうに、 なぜか俺にそんなことを言ってきている。なら、俺に聞きたいこと、あるいは言いたいことがあるんじゃないのか?」 「あら、思ったより自意識過剰なのね」 返ってきたのは朝倉の淡々とした声。わずかながら嘲笑じみた笑みも篭もっている。 「あたしがさっき古泉くんに涼宮さんのことを話しただけなの。彼はそれに興味を持っただけ。 どうしてそんなに警戒しているのかな?」 ぎくりと俺の心臓が破裂するほどにふくれあがり、全身に冷や汗が流れ出た。まずい、俺の疑心暗鬼が作り出した妄想に 大きなミスをやらかしてしまったのか? 「なーんてね♪」 そこで朝倉がぺろっと舌を出して、びっくりカメラでしたーと言わんばかりのおどけっぷりを見せた。 この野郎、からかいやがったな。 ここで古泉が朝倉をフォローするように、 「あなたのおっしゃるとおり、僕たちはちょっとあなたに話があります。それもそうそう信じてもらえるかどうかわからないような レベルの話でしてね。唐突に出会っていきなり言うのも戸惑いを増幅させるだけなので、今日はちょっとばかり挨拶をと」 「…………」 俺はいらだちを込めたうめきを上げる。古泉らしいと言えばそうだが。 こんな話をしている間に、すでに北高の校門に到着してしまった。話ながらだとハイキングコースも短く感じるな。 ここで古泉は手を振って、 「では僕は転入手続きなどで寄るところがありますので、ここで失礼させていただきます。さっきの話の続きはまた、 そうですね。今日の放課後にでもしましょう」 そう俺たちから離れていった。 朝倉はいつもの笑みを浮かべて、 「じゃあ、わたしたちは教室に行きましょう」 そう二人で自分のクラスへと足を向けた。 ◇◇◇◇ 「ようハルヒ」 「…………」 始業ぎりぎりに来たわけではないが、とっくに席について数十分状態に自分の席で気難しい顔つきで座っているハルヒに 声をかけてみるが、まるっきり無視されてしまった。 と、ハルヒの視線が微妙に朝倉に向けられていることに気が付く。 ハルヒは朝倉が自分の席に座ったタイミングで、はあっとため息を吐くと、 「朝っぱらから朝倉と二人で登校するとは随分堂々としているわね。あんた、あいつらの危険性を本気で認識しているわけ?」 「おい、教室でその話は――」 「大丈夫よ。ごまかしているから」 気にするなと手を振るハルヒ。なら、遠慮する必要もないんだな。 「朝倉から接触されたんだよ。超能力者と一緒にな」 「あんたの言う古泉――一樹だっけ? ついに転校してきたの?」 ああ、どうやら二人で何やらたくらんでいるみたいだがな。 ハルヒはキッと俺を睨みつけると、 「何か余計なこと言わなかったでしょうね? 今のところ、奴らに動きはみえないけどさ」 「挨拶されただけだよ。もちろん、お前絡みについて散々思わせぶりなことを言っているけどな。続きは放課後だそうだ。 たぶんお前さんについてだろうよ」 「ふーん、ってことはどうやら機関ってのが本格的に動きそうってことね。あんたの狙ったとおりに」 「さて、それはどうかな」 俺はかいまつんで、自分の時との違いを説明してやる。あの時は、長門→朝比奈さんと告白されて、 むしろ古泉は俺の方から問いつめたような展開だったからな。朝倉と一緒に来るなんて想定外も良いところだ。 「本当に大丈夫なわけ? どうも信用ならないのよね、あんたの言っていることは」 何今更なことを言いだしやがる。とはいえ、ここまで違ってくると不安になるのは俺も同じだ。 ………… いいや大丈夫だ。出会いが違っても、古泉は古泉だった。あのうさんくさいスマイルも周りくどい言い回しもあいつそのもの。 ならば、俺の世界と同じように古泉との関係を築けるのは不可能ではないはず。 俺は頭を振って仕切り直すと、 「とにかく、俺ができるのはアドバイスまでだぞ。これをどう生かすのかはお前がやることだ。 このままだと放課後に古泉から自分は超能力者だとカミングアウトされることになる。ついでに朝倉からも 自分は宇宙人だと言われる可能性もな。どう動くつもりだ? 向こうが動いた以上、こっちも様子見って訳には いかないんじゃないのか?」 それに対してハルヒは得意げな笑みを浮かべて腕を組むと、 「もちろん考えているわよ。向こうの動きを待つ必要はないわ。まず古泉一樹って奴をこっち側に引き入れて、 それをコネに機関って組織を乗っ取る。見れば、結構大きな組織に成長しているみたいだからね。 うまく扱えば、あたしの隠れ身として使えるかも」 おいまさか機関を自分のものにする気か? 関係ない人間を巻き込みたくないって言っていたのはどこへいっちまったんだよ。 「関係ない人間を巻き込んでリスクを増やすのは嫌なだけ。これだけ大きな組織になれば、使いようによっては ことをうまく進められるかも知れない。昼休みにこっちから仕掛けるわ。まずは古泉ってやつの身柄を確保する」 どうやらがぜん乗り気になってきたらしい。もっとも俺の世界とは違い、どうやらこのハルヒは機関を道具として 使うつもりのようだが。 俺はイマイチ釈然としないものの、それに同意して頷くことしかできなかった。 ◇◇◇◇ 俺は昼休み弁当も食わずに非常階段のところでハルヒを待っていた。二人で行くのも微妙だから、ハルヒがとっつかまえて ここに連れてくるんだそうだ。今頃、九組へ傍若無人に乗り込み、その辺の生徒を適当につかみ上げて、 転校生はどこかと聞き出した後、恐らく顔の良いあいつのことだろうからお弁当がらみで女子に囲まれているところに ダイブするかのごとく中心部に飛び込み、そのまま有無も言わさずにここまで引っ張ってくるだろう。 一気に九組の女子全員を敵に回したのは確実だろうな。いや、相手が相手だから野良犬にでもかまれたと思って諦めるか? 東中時代を知っている奴がいれば、飽きるまでの辛抱よ、ぐらいで済ますかも知れんが。 「ヘイ、お待ち!」 一人の男子生徒の袖をがっちりキープしたハルヒがやってきた。しかも、出前でも持ってきたような言葉まで言ってやがる。 全く力を自覚していても基本的な性格はかわらんね。 「一年九組に本日やってきた即怪しすぎて第1候補にしておけない男子生徒、その名も古泉一樹くん!」 朝に自己紹介なら済んでいるからもうしなくて良いぞ、ハルヒ。ただ、古泉はそんな俺の考えを無粋だと判断したのか、 改めて俺の方に握手の手をさしのべて来て、 「古泉一樹です。どうぞよろしく」 俺は自分の名を名乗りつつ、その握手に答える。 ハルヒは俺たちの手を遮るように割り込み、両手を上げて、 「あたし、涼宮ハルヒ! 古泉くんは知らないだろうけど、現在絶賛超能力者を募集中なのよ! で、その第1候補にあなたが選ばれたってわけ」 「んで、そんなこいつの偏執的妄想の確認のため、お――あんたはここに連れてこられたって訳だ。 済まないな、昼休み中だってのに」 「いえ、特に予定はありませんでしたし、転校生のせいかクラス中からの奇異の注目を浴び続けることに少々うんざりしつつ していましたので、ちょうど良い余興かと」 淡々と古泉はいつものインチキスマイルを浮かべ続ける。 しかし、ハルヒ。いきなり超能力者と決めつけて古泉に接触するなんてちょっとまずいんじゃないか? 少なくとも俺の世界の時は、怪しい転校生と決めつけてSOS団に入れさせようとしただけなんだが。 超能力が使えるんでしょ、的な熱烈視線をハルヒから浴びせられ、古泉は困ったなと頬をぽりぽり書いている。 実際に使えるのは事実だが、ハルヒにそれを教えるわけにも行かんだろうからな。ん、ということはこの時点で、 機関はハルヒが力の自覚ができていないと認識しているのは確実か。 ハルヒはあの泣く子も逃げ出す強力熱視線を向け続けていたが、古泉のニヤケ微笑みを崩すのはすぐには無理かと判断したようで 「ふん、黙っていれば疑惑が深まるばかりよ。絶対に化けの皮をはがしてやるわ。今日からあたしたちと一緒に行動してもらう。 その中で隙を見つけてみせるから!」 めっちゃくっちゃな言い分だが、これぞハルヒと言えるだろう。 古泉は困ったポーズをとり続けていたが、 「一緒に行動するのはいいんですが、具体的にどうすればいいのでしょうか?」 「とりあえず、登下校は必ずあたしと一緒にいなさい。昼休みもここで必ず集合。お弁当もここで取るわよ。 キョン、さっきからマヌケ面で聞いているけどあんたも一緒だからね」 うおいちょっと待て。これから俺のスクールデイズはハルヒ分100%かよ。ただでさえ、俺の後ろでむすーっと しているってのに、今度は唯一ハルヒからの解放時間である登下校と弁当タイムまで没収なんて残酷にもほどがある。 ああ、さらば谷口・国木田、お前たちとの平穏な弁当時間は、唐突だがハルヒによってボッシュートされちまったよ。 あと今日放課後の古泉・朝倉との密談も後回しだな。 そんなわけで俺・ハルヒ・古泉の奇妙な関係で結ばれたグループが誕生した。 ◇◇◇◇ その日の放課後、SOS団もないため全員帰宅部である俺たちは、終業のチャイムが鳴ったとたんに 一斉に学校から飛び出していく。もちろん古泉も一緒だ。 「部活なんてやっても無駄なんていわないけど、あたしにとっては必要ないものね。ここの学校の部活は普通のばっかりだし。 もっと超常現象研究会とかあるけどさ、他人がやったのとか写真とか集めているだけで自分で実戦しようとしないのよ。 そんな研究に何の意味があるのかと問いかけたいわね。やっぱり自分でやれるようになってこそおもしろいものじゃない」 「そうですね」 ハルヒは古泉をまくし立てるように話ながら、下校の下り坂を下りていく。俺はその後ろをコバンザメのようにくっついて歩く。 当の古泉はイエスマン状態になってはいはいと頷くばかりだ。ただたまには聞き返したりもする。 「涼宮さんは全ての部活に仮入部されたと伺いましたが」 「そうよ」 「何か良い部活はなかったのでしょうか? 僕のつたない耳のみの情報網でも涼宮さんは文武両道に 大変優れた方であると聞いていますので、どこの部でも快く受け入れてもらえると思いますよ」 そう、古泉が来るまでの一ヶ月間の間、俺はつじつまあわせになるかもしれないと考え、ハルヒに全ての部活への仮入部を させていた。俺の時とできるだけ同じようにしておきたかったというのが一番の理由だ。ハルヒの奴はツマランを連発して 文句ばっかり言っていたが。 「はっきり言って全然ダメね」 「ほう、その理由とは」 「ミステリー研究部はただの推理小説マニアの集まり、UFO研究会なんて新聞記事をスクラップしたのを 見てニヤニヤしているだけよ。実際に探しに行こうとも思わないんじゃ、活動自体が無意味ね」 「なるほど」 古泉はニコリと答えるだけ。 ハルヒはその後も一方的にべらべらとしゃべり続け、古泉はうんうんとうなずくだけの下校タイムとなった。 ◇◇◇◇ 「じゃあ、僕はここで」 「うん! じゃあ、また明日の朝ここでね! あ、何かあったら電話で連絡するから」 別れ際に早速明日の古泉の予定を乗っ取るハルヒだ。何というか、いつも見ていたとはいえ、改めてみると とんでもない傍若無人ぶりだな。今更だが。 古泉は特に問題ないという感じで、気色悪い笑みを浮かべると手を振りながら人混みの中へ消えていった。 ハルヒはその姿が見えなくなった時点で、ふんと偉そうに胸を張り、 「なっかなか、人間的にできている人みたいね、古泉くんって。話しやすいし」 どうみても一方的にお前が話すのを、うんうん頷いているだけにしか見えんが。お前にとってはこれ以上ないくらいに やりやすい相手かも知れないけどな。だからこそ、良心ストッパーの俺の存在が重要になるって構図だ。 まあそれはさておき。 「で、初接触の感想はそれだけか? これからのプランはあるんだろうな? 俺が後できるのはせいぜいお前と古泉の間に入って 微調整してやることぐらいだからな」 「わかっているわよ、そんなこと」 ハルヒはふふっとあくどい笑みを浮かべて、 「当面の目標は古泉くんをあたしの部下に仕立て上げた後、機関って組織の乗っ取り。これで行くわ」 どうやら目的がはっきりして楽しくなってきたんだろうか、ここ一ヶ月むすーっとしっぱなしだったのは打ってかわって、 俄然やる気になってきたようだ。 ん、待てよ? ひょっとして俺も明日の朝、ここでお前と待ち合わせなきゃなならんのか? 「あったり前でしょうが。発端はあんたなんだから、きちんと責任を持って付き合ってもらうわよ。遅れたら死刑!」 ハルヒの笑顔を見ていると、明日から始まるドタバタ非日常が頭の中に浮かんできて疲れが何だかましてくる気がするよ。 ……やれやれ。 ◇◇◇◇ 「遅い! 罰金!」 翌日、眠い目をこすって俺的登校予定時刻-30分(ハルヒ指定時刻)にやってきてみれば、ハルヒと古泉は すでに到着済みだった。ハルヒに至っては待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組んで俺を睨みつけているときたもんだ。 ただ、久方聞いていなかった懐かしい言葉を言われて、ちょっとほっとしてしまう俺もどうかしていると思うがね。 「まだお前の言っていた時間にはなっていないぞ」 「あたしを待たせるなんて数十光年早いのよ。もっときっちり早く来なさいよね」 無茶苦茶な理論を並べるな。大体光年は時間じゃない。 そんな俺たちに古泉はただニヤニヤしているだけだった。 んで、俺たちはプンプンしながら歩くハルヒを先頭に、学校への道のりへと足を踏み出す。と、ここで隙を見つけたとばかりに 古泉が俺に急接近してきて、 「昨日はすみませんでした。まさか、初日の昼休みから涼宮さんに声をかけられるとは想定していなかったもので」 「放課後の話の件か。気にしてねえよ。ハルヒの思いつきはいつものことだからな」 「しかし、この分ではしばらく例の話はできそうにありません。こちらも時間を調整しますので、決まり次第あなたに連絡します」 「こら! 二人で何こそこそしゃべってんのよ!」 俺と古泉の密談に気が付いたのか、ハルヒがこっちにつばを飛ばして怒鳴ってきた。 ◇◇◇◇ 昼休みだ。 ハルヒは弁当とボードゲームを取り出し、 「昨日あんたと電話で話したときのものを用意してきたけど、本当にこれでいいわけ? 家の倉庫を引っかき回して、 オセロしか見つからなかったんだけど」 「ああ、それで十分だよ。あいつは思いの外ボードゲーム好きみたいだからな」 以前、ダイヤモンドゲームなんていう骨董品に含まれそうなほどのゲームで俺に対戦を挑んできたほどだ。 暇つぶしの方法としてはそれなりに気に入っているんだろうよ。 ハルヒの持ってきたのは、ボードは折りたためる小型のタイプで、磁石でくっつけるタイプだから狭い非常階段でも 問題なくできるだろう。さてさて、あとは古泉が素直に来ていることを祈るだけだが。 ずかずかと目的地に向かうハルヒに、俺も弁当を持って付いていこうとする。おっと、その前にメシの友だった 谷口と国木田に一声かけておいて―― だが、察しの良いことに二人はにやけたツラをこっちに向けて、国木田は手を振り、谷口は手を合わせてナームーとか ほざいてやがる。人をなんだと思っているんだ。 俺はそんな二人を無視して、とっとと非常階段へ向かった。 到着してみれば、すでに古泉は弁当を持ってスタンバイ状態だ。 「あれ、もう来ていたんだ」 「ええせっかく誘われたので、待たせるのも失礼かと思いまして。授業が終わり次第すぐこちらに」 「へえ、感心感心。ほらバカキョン、あんたも古泉くんの姿勢をきちんと見習いなさいよ」 んなこと言われても困る。 さて、ここからお弁当+お遊びタイム開始だ。本来なら文芸部室でしているようなことだが、SOS団がないんだから 仕方がないか。 ハルヒは古泉についてあーだこーだ聞き出そうとしている。やれ出身校は、誕生日は、趣味はなどなど。 まあ、初対面の人間が親しくなり始めてから聞くような内容だな。それを面倒くさがってマシンガンのように 質問攻めで聞き出そうとするのはハルヒの傍若無人ぶりがあってこそだし、それにネガティブな反応を見せず、 かわすところはかわして答えるところはさらっと答える古泉は、まあ確かに良いコンビかも知れない。 ……ただ、古泉のこの振る舞いは演技らしいが。 で、昼休み終了後、ハルヒは弁当とボードゲームを片づけずつ、 「古泉くん、弱すぎよ。本当にこれ好きだったわけ?」 「いつまで経っても強くならないのがあいつの特徴だ。俺の世界じゃ、お前じゃなくて俺の相手をしていたわけだから、 わざと負けている訳じゃないと思うが」 そんな俺の返答に、ハルヒはふーんと余り納得していない様子であった。 ◇◇◇◇ それから二週間、同じような日が繰り返された。 朝、古泉と一緒に登校し、昼休みは弁当喰ってボードゲームに興じ、下校も3人で返る。 たまにゲーセンとかによってUFOキャッチャーや太鼓のゲームに興じたりもした。休日はハルヒがいつもの駅前に 俺と古泉を呼び出して一日遊び倒して廻る。 ハルヒはことあるごとに超能力者であることを見破ってやるわと、古泉に勝負をけしかけていたが、 元々そんなものを持っていない古泉がそれを発揮することもなく、一度も勝利することなく全敗街道まっしぐらである。 とは言っても、ハルヒも古泉の超能力がどういうものだか知っているんだから、ただの演技に過ぎないが。 ただSOS団ではないとはいえ、俺は今の生活が多少マシになってきていると感じていた。 古泉・ハルヒとつるんで一緒に遊んでいることはそれなりに楽しくなってきていたし、まあ退屈になることもほとんどなくなった。 休日も、無駄遣いにならない程度に楽しめている現状だ。唯一の問題点と言えば、出費の大半が大半が俺の罰金おごりのおかげで 懐具合が寂しくなる一方ぐらいである。軽い問題ではないけどな。 あと、少しハルヒの様子が明るくなってきたのも感じている。古泉が来るまでの一ヶ月間のむすーっ状態はどこへやら、 ハルヒは毎日が楽しくて仕方ないようで、情報統合思念体の脅威をほったらかして、古泉と俺との遊びに時を忘れるほどに のめり込んでいるようだ。以前に聞かされた長門のパトロンの目的を聞いている以上、少々脳天気すぎやしないかと たまに不安にもなるが、逆に俺の言っているSOS団の存在――古泉のみでもハルヒは十分に楽しめると言うことが 立証できているようで、内心俺もほっとしている気分である。 しかし、当然ながらそんな日々はいつまでも続くわけがない。保留となっていた古泉・朝倉からの話とやらをされるときが ついにやってきたのだ。 いつものようにハルヒ・古泉と一緒に下校する際に、こっそりと古泉からくしゃくしゃに丸められた紙を手渡された。 古泉と別れた後にその内容を読んでみると、 【今日の午後七時に甲陽園駅前公園に来てください】 そう書かれていた。この内容は長門からもらったものに似ている。 もちろんこの内容はハルヒの目にも入っていて、 「……どうやら、向こうもぼちぼち動きを見せるのかしらね。あんたの世界だと、こういうイベントはあったの?」 「イベントって……まあいい。確かにこの時期に呼び出しは受けた。古泉にではなく、何度か言っているインターフェースの 長門からの呼び出しで、自分は宇宙人だと告白されたよ」 「なるほどね。キョンをあいつら側に引き込むって事か……」 あごに手を当てて思案顔になるハルヒだが、それはちょっと違うぞ。 「今回がどうかはわからんが、前の長門の告白は……そうだな、どちらかというと俺に対して警告がしたかったように思えた。 実際にその後に朝倉のおかげで、命の危機にさらされたからな。後は俺はハルヒにとって重要な人物になっていることも 伝えようとしていたようだし」 「あんたが重要な人物ねぇ……確かに、今のあんたはあたしにとって重要な情報源ではあるけど、 あんたの世界じゃあたしは力を無自覚だし、あんたは何でもない平凡な一般人。そんな重要だとは思えないわ。 自意識過剰なんじゃない?」 「知らねえよ。あの話しぶりじゃ、俺がSOS団を結成した――ようは、宇宙人・未来人・超能力者を集めるきっかけを 作ったかららしいけどな」 ハルヒはうさんくさそうな目で俺を見つめるばかりだった。 ◇◇◇◇ 夏が近くなったというのに、やたらと冷え込む夜に俺は指定された公園へとやってきた。 できるだけ、俺の世界の時と同じようにしておこうと思い――特に意味はないんだが――一旦家まで戻って 当時と同じ服装に自転車でここまでやって来ている。 公園に設置されている時計の針は六時五〇分をさしている。まだ古泉の姿はなかった。 ちなみにここで話した内容は即座にハルヒに報告するように手はずを整えている。ただし、録音やこっそりと携帯で 会話の内容を伝える案はハルヒによって即座に却下された。今日、俺がここに呼び出された理由について、 俺が知っているわけがないというのが機関、ひいては情報統合思念体の認識であるはず。事前に準備をしていたら、 怪しさ大爆発で即刻ボロが出るだけだと。事実確かにそうだろうな。あの時はかなり適当――というか理解できなかったが、 今回はできるだけ話の内容を理解して、憶えなければならない。かといって興味津々全開で質問しまくるのも却下だ。 凡人一般人の俺があの電波話を聞かされたときに取るべき態度というのは、理解できん知らんが正しいのだから。 こいつは難題だぞ。いかん、何かテスト前みたいな緊張感に身が震えてきた。 「あら、早いのね」 突如かけられた言葉に、俺は驚いて身を震わせてしまった。いきなり失敗だ。何をそんなに緊張しているんだと突っ込まれたら どうする。落ち着け落ち着け…… 俺は平静さを保つふりを心がけつつ、声の主の方へ振り返った。見れば、古泉・朝倉コンビが北高の制服のまま、 それぞれの笑みを浮かべてこちらに手を振ってきている。 さて……ここからが本番だ。 「まいっちゃった。まさか涼宮さんが一直線に彼の元にたどり着くとは思っていなかったから。 何か感じるものがあったのかしらね?」 一瞬、知るかとか返しそうになったがすんでのところで喉の奥に引っ込める。ハルヒのことを何も知らないのに、 その反応はないだろうからな。だから、こう返す。 「……何の話だ?」 俺の反応に朝倉は一瞬きょとんとすると、ああそうかとポンと手を叩き、 「そうね。最初から話さないとわからないか。ちょっと長い話になるんだけど、結構冷えてきたからわたしの家で話さない? あなたはどう?」 「僕としては、円滑に話を進められればどこでも問題ありません」 淡々とその提案を受け入れる古泉。 朝倉の家か……あの時思ったのとは別の意味で、「マジかよ」だな。壁という壁にナイフコレクションでも 飾ってあったりしないだろうな? 俺はうろたえつつも狼狽しないように心がけていたつもりだが、それを緊張と受け取ったらしい朝倉はにこやかな笑みで 「そんなに緊張しなくても良いよ。罠とか仕掛けている訳じゃないし、取って食べたりしないから」 お前に言われると洒落になってねえよ、マジで。 とは言っても、ここでべらべらとしゃべるわけにもいかんだろうから朝倉の提案に乗って、マンションへ向かうことにする。 そろそろ本格的に冷えてきたしな。 たどり着いた先は、あの長門も住んでいるマンションの505号室。朝倉の部屋だ。 「遠慮なく入って。気にすることはないから」 そう朝倉は自室に俺たちを招き入れる。俺は古泉と一旦顔を見合わせるが、大丈夫ですよと言ってずかずかと上がっていく 古泉の後に続いて、玄関から部屋の中に入った。 部屋の構造自体は長門のものと一緒だったが、あの殺風景で何もないリビングとは違い、テレビやタンス、戸棚など ごくごくありふれた内装になっている。部屋の真ん中には冬にはこたつに変身するだろうテーブルが置かれていた。 俺と古泉はあらかじめ準備されていたようにテーブルのそばに置かれていた座布団の上に座る。 「ちょっと待っててね。せっかくのお客さんだから、茶菓子だけっていうのも殺風景だし、夕食もまだでしょ? 簡単なものを作るわ」 いつの間にやらエプロンを身につけた朝倉が、髪の毛を整えるようにばさっとそれを振り上げ、台所で料理作業を始める。 何というか、本当に生活感あふれるその姿に、俺は一瞬感心と好意じみた感情を持ってしまうが、即刻頭からそれを振い落とした。 あいつは二度も俺を殺そうとした危険人物だぞ、あっさり篭絡されてどうする俺。 「いいですね、朝倉さん。器量よし、気配りよし、性格よし、おまけに才色兼備。付き合うなら彼女のような人物が 理想的だと思いますよ」 「……そう……かもな。俺の友人がAAランク+を付けていたよ」 谷口のランク付けを持ち出して、できるだけ俺の感情を出さないように心がけた。 ところが、これに古泉はどんな曲解解釈を行ったのか、 「おっと失礼しました。あなたにはすでに涼宮さんがいましたか。別に浮気の勧めではありませんので、 気を悪くしたのであれば謝りますよ」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。あのな、俺とハルヒは何でもないんだよ。元の世界ではSOS団団長と雑用係であって ここではただの協力者だ。そもそも恋愛感情自体をハルヒは否定しているんだから、そんな関係になるはずもない。 例え――絶対にあり得ない話だが、俺がハルヒにストレートな恋愛感情を持ったとしても、けっ飛ばされて終わるだけさ。 ――と言ってやりたいんだが、そうもいかん。仕方なく、 「どいつもこいつも勘違いしているようだが、俺はハルヒに引っ張り回されているだけであって、 別に男女の付き合いとかそんな関係じゃない。朝倉は確かに……まあいいやつかもしれないが、あいにく今はそういう気分じゃ ないんでね。ハルヒともどもお前に譲っておくよ」 「何の話?」 気が付けば、湯気が立ち上る鍋を持つ朝倉の姿が。その中からは醤油風味の良い香りが漂ってきた。 もう作ったのか? さすが宇宙人と言えばいいのか。 濡れたタオルをテーブルに敷き、その上に置かれた鍋の中には厚切り大根やはんぺん、こんにゃく――おでんが浮かんでいる。 「あまり待たせるのも問題だから、あり合わせで作ってみたの。食べてみて」 そう俺たちの前に皿と箸を並べ始める。 朝倉の手料理。ナイフやカッターの刃でも仕込んでありそうで、口にもしていないのに口内に鉄の味がじんわりと広がった。 そんな俺の気持ちなんて全く気づかずに、古泉はいつもの笑顔でごちそうになりますと言って、箸を進め始める。 「あなたも遠慮せずに食べちゃって良いわよ」 そう言って朝倉も自分の料理に手を付け始めた。毒は……入っていなさそうだな。いやまあ、朝倉の宇宙人的変態パワーなら 俺を殺すのにそんな回りくどいことはせずに、血管に直接毒を注入してくるだろうが。 俺は一応の礼儀のつもりで軽く頭を下げ、無言のまま箸を取りおでんを口に運ぶ。 「…………」 何だろうか。きっと感涙して津波が俺の背後から迫ってくるような旨さなんだろうが、あいにく朝倉に対する警戒心からか 味わうことに全く集中できず、まるでインフルエンザに冒された舌で物を食べている感覚だ。 しばらく3人とも黙ったまま箸を進める。俺もようやく雰囲気に慣れてきて、味も認識できるようになってきた。 うん、素直にうまいと言っておこう。 だが、このままただ朝倉料理の試食会を続けているわけにも行かない。 鍋の中身が半分になったぐらいで、俺は一旦箸を置いて、 「で、俺に用事ってのは何なんだ? メシを食べさせてくれるのは嬉しいが、それだけなら全部喰ったら とっとと帰らせてもらうぞ。俺も暇じゃないからな」 俺の言葉に、古泉と朝倉は顔を見合わせると二人とも箸を置いた。どうやら余興は終わりのようだな。 さて、どう来る? 最初に口を開いたのは朝倉だった。正座したまま、てを膝の上に置き優雅に語り始める。 「ねえ、涼宮さんのこと、どう思っている?」 「またハルヒのことか。さっき古泉にも言ったが俺とハルヒは――」 「そうじゃなくて」 凛とした朝倉の声。それは冷たくとがり俺の口を止めるには十分すぎる圧力を感じた。 そして、次に朝倉は核心について語り始める。俺が以前に長門にされた話だ…… 「涼宮さんは普通じゃない。そして、わたしも彼も」 ――朝倉涼子の正体と目的。つまり情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用インターフェースであり、ハルヒの観察。 ――情報統合思念体の存在とその説明。 ――この地球に現れた正体不明の情報フレア、涼宮ハルヒ。 ――そのハルヒには、情報統合思念体の自律進化の可能性があること。 ――そして、最初の情報爆発以降この3年間何も動きを見せなかったハルヒに、強い影響を与える人物が現れた。俺のことだ。 俺はぼんやりと長門から初めて聞かされたトンデモ話に重ねてその話を聞いていた。あの時は全く理解できず、 また受け入れるつもりもなかったっけな。 一通り朝倉が説明を終えるのを見計らって、俺は古泉を指差し、 「こいつも同じだって言うのか?」 「それは違います……」 続いて古泉が自分が超能力者であることを語り始めた。 ――自分は機関に所属している超能力者であること。 ――三年前突然超能力を持ったことを自覚し、同時にその役割を知らされたこと。 ――今、自分たちのいる世界は三年前にハルヒが作り出した物かも知れない。 ――機関はハルヒを神のようなものとして考えている。 ――そのため機関上層部は神の不興をかうことなく、ハルヒが平穏無事に過ごして欲しいと願っている。 ――自分の超能力は特定の条件下でしか発動しない。 ――ハルヒのストレスが最高潮に達したとき、現実から隔絶された閉鎖空間を作る。 ――その中で神人と機関が呼んでいる巨人が暴れるため、それを狩る能力をハルヒから与えられた。 ――ここしばらくは閉鎖空間も発生せず世界は落ち着いている。 ざっと話されたのはこんな感じだ。古泉から超能力者をカミングアウトされたときと実際に閉鎖空間に招き入れられたときに 話したことと同じだな。わかりにくいたとえ話はなかったが。 二人が話し終える頃には、熱々だったおでんも冷たくなりつつあった。俺はただそれを黙ったまま聞いていただけである。 一度聞いたことのある話だったから復習みたいなもんだったからな。呆れや衝撃よりも、そういやそうだったっけぐらいの なつかし話を聞かされた感覚だ。 しかし、この余裕の反応がちとまずかったらしい。二人は呆然と俺を見つめている。やばい。俺を凡人だと認識している以上、 もっとオーバーなリアクションを取った方が良かったか? 「驚きましたね。突然こんな話をしたというのに、あなたは全く驚いている様子がありません」 「ホント。もっと唖然とした態度を取るかと思っていたのに。ひょっとして――」 朝倉はすっと目を細め、こちらを勘ぐる口調で、 「もう知っていたとか?」 ぎくり。俺の心臓が飛び出るほどに激しく鼓動した。まずい……これはまずい…… だが、今までの超常現象遭遇体験のおかげか、自然と口が開いた。 「……俺がそんなヨタ話を信じているように見えるか?」 自分でも驚くほどにけだるい声を上げていた。全力全開で呆れているぞ、俺はとアピールするには十分すぎるほど。 これに朝倉はニコリとちょっと困り気味の表情を浮かべて、 「だよねー。いきなりこんな話をされても困っちゃうわよね」 「ですが、今僕たちの話したことは紛れもない事実です。あなたが信じようと信じまいとその現実は変わりません」 珍しく真顔の古泉に、俺はやれやれと嘆息する。演技・本気、半々で。 さあ、ここからは俺のターンだな。聞きたいことは山ほどあるんだが、あいにく初めて聞かされた馬鹿話を 俺は余り信じていないフリをしなければならない。それをコミで聞くことは…… 「とりあえずだ。おまえらの真剣ぶりはよくわかったよ。それを考慮して今の話を信じるかどうかは 家に帰ってのんびり風呂に入りながらでも考えておいてやる。でだ、今から話すのは信じたからではなく、 どちらかというと興味本位でエンターテイメント的に受け入れた上での質問だ」 我ながらよくわからん前置きをしつつ、続ける。 まず確認しておきたいことが一つ。 「何で俺にそんな話をしたんだ? 俺はどこにでもいるような平凡な一般人だ。そんな話をされても正直言って困る。 だが、言った以上何らかの目的があるってことになるんだが」 「つまりですね、あなたは涼宮さんに誰よりも近い位置にいるということです。 そのため、僕たちの協力者になって欲しいんですよ。機関が望んでいる涼宮さんの安定に貢献していただきたいと」 そう古泉が答えた。朝倉も同意するように頷く。 てか、朝倉は頷くはずがないんだがな。平穏どころか俺をぶっ殺してハルヒの動揺を誘おうとしたんだからむしろ逆だろ。 そう突っ込みたくなるが、とりあえず言えるわけもないので腹の中に飲み込むしかない。 「ようは俺にお前らの仲間になれと?」 「そういうこと。あと涼宮さんの情報も逐一提供して欲しいわね」 朝倉の言葉に、俺は腕を組んで考えるフリをする。やれやれ、以前はただのカミングアウトに過ぎなかったが、 この世界ではちと状況が違うようだ。俺が機関、あるいはインターフェースの手先になれってことだからな。 だが、こんな話をあっさりと飲むわけにも行かん。ハルヒと相談する必要もあるからな。 「わかった。風呂の中でお前らの話を信じられたら、検討しておく」 この話はここまでだ。これ以上聞いておく必要はないからな。ここらでおいとまする頃合いだろう……ボロを出す前にな。 ………… ………… ……いや、一つだけ聞いておきたいことがある。さっきの話の中に欠けている物があったからな。 しかし、聞くべきか? 信じていない奴が聞くことなのか…… しばらく悩んだが、結局俺は聞くことにした。これは俺の命に関わることだからな。 「情報統合思念体と機関、その中はきちんと思惑は一致しているんだろうな? 実は反乱勢力があって、 そいつらがいきなり襲ってきたりするのは勘弁だぞ」 「……痛いところをつかれましたね」 古泉は鋭い目を俺に向けた。朝倉も笑みを隠し、真剣な表情に移行している。 「実のところ、機関の思惑は一致していません。大半が先ほど伝えましたとおり、涼宮さんの安定を願っていますが、 中には涼宮さんの力に注目し、それを利用したり負荷を与えてどういった行動を取るのか知ろうとしている強硬派もいます。 もちろん、機関内部でそう言う人たちは少数派であり、多数派によって厳しく監視していますので 即座に何かをしでかすと言うことはありませんが、彼らがあなたに何かの危害を加える可能性はゼロではありません」 「あら、あなた達も一緒なんだ。わたしたち情報統合思念体も一枚岩ではないわ。主流派は大人しく涼宮さんが変化を起こすのを 見ているけど、中にはわざと問題を起こして強制的に涼宮さんに変革を起こそうとする急進派もいる」 二人の説明に、俺はため息を吐く。ようは俺の世界と同じって事だ。つまりこの先俺は命を狙われる可能性がある。 ハルヒの付随物としてめでたく俺も認定されてしまったわけだ。 だが、古泉と朝倉はまた笑みを浮かべると、 「ご安心下さい。機関は24時間態勢であなたと涼宮さんの安全を確保しています。強硬派の好きにはさせません」 「あたしたちも同じよ。急進派の動きはわたしたちの方で食い止めるから気にしなくて良いわ」 そう言うわけにも行かないがな。特に、朝倉の発言と行動には大きな矛盾があるわけだし。 おっともう一つ聞くことがあった。これはなにげに重要なことだ。 「機関と情報統合思念体の主流派ってのは、きちんと思惑は一致しているのか? そこにも齟齬があるとか言うと 話がややこしくなってくるんだが」 俺の指摘に、二人は顔を合わせて意思の疎通を図り始めた。そして、古泉が口を開く。 「それも残念ですが、完璧にとはいきません。目的が似ているから、暗黙の協力関係が成り立っているだけです。 状況によってはこの先どうなるか、それは涼宮さん次第ですね」 ◇◇◇◇ 俺は夕飯のごちそうを終えると、そそくさと朝倉のマンションから立ち去った。自分の秘密を悟られることなく、 相手からできるだけ情報を引き出す。その重圧による疲労のせいか、俺の足はとんでもなく重くなり、自転車のペダルも まるで後部の荷台に力士でも乗せているかのような重みを持っていた。 宇宙人と超能力者が同時に俺に接触して、そして正体と目的を明かす。しかも、片方は嘘をついている可能性が高い。 俺の世界の時とは明らかに異なっている。未来人がいないことやハルヒの力の自覚の時点でいろいろ根本から異なっているんだから そう言った違いが出てくるのは当然の話とも言えるが、ならばそれによってこれから起きることの何が異なってくる? 朝倉の言っていることが嘘ではないのなら、次に待ち受けているはずの朝倉襲撃イベントはなくなるはずだ。 それがなくなれば、次にあったのは――ええと、古泉との閉鎖空間ツアーか。それがあるかどうかはハルヒ次第だな。 ここのハルヒは意図的に閉鎖空間を作ってストレス解消に暴れているわけだし。その次はハルヒが世界に絶望して 改変してしまおうとすることになるが、これは絶対にあり得ないと言って良い。力を自覚している以上、そんなことを やれるような奴じゃない。あれは無自覚だからこそできる芸当だろう。 そうなるとその後の野球大会やら七夕になるが、今から考えて結構時間が空く。そこまで本当に何も起きずにいるのか? イベント発生率が最大だったこの期間に何も起きないというのは正直想像しがたい。 ならば言えることは一つ。今後起きることは予測不可能と言うことだ。明日何か起きるかも知れないし、 ひょっとしたらこのまま情報統合思念体はハルヒの力の自覚を悟ることもなく、平穏無事に事が進むかも知れない。 「遅かったわね」 考え事に没頭していたせいか、気が付けば自宅前までたどり着いていた俺を自宅の玄関先で待ち受けていたのはハルヒだった。 寒いせいか、私服に薄めのコートを羽織ってずっと待ってたわよと言いたげな顔つきで立っている。 「なによ。人がこの寒い仲間っていたのに、朝倉の家でのんきにご飯までごちそうになっていたわけ? 本当に状況を理解してる?」 そう俺を睨みつけてきた。何でメシを食っていたってわかるんだよ。まさか超パワーでのぞき見していたんじゃないだろうな? 「あんたの口からぷんぷんおでんの臭いがしているのに、いちいちそんなことするなんて労力の無駄よ無駄」 確かに俺の全身からはおでんの臭いがプンプンだ。これじゃ気が付かれて当然か。 ハルヒは、歩きながら話しましょ、と言って歩き始める。俺は仕方なく自転車から降りて、手押し状態でその後を追った。 「今は機関の目を捲いているし、情報統合思念体の監視もごまかしているわ。気にせず、何を見てきたのか教えて」 俺はハルヒに宇宙人・超能力者についてカミングアウトされたことについて適当に話す。すでに知っていることだったのか、 最初は大して興味を示さなかったハルヒだったが、情報統合思念体と機関も一枚岩ではなく、ハルヒに対して強硬姿勢を見せる 連中もいることを話すとやや顔色を変えた。 「やっぱり……そう言うことを考えている連中も今回もいるって訳か」 ハルヒは立ち止まり、すっと空を見上げた。その目はどことなく悲しげで――寂しげでもある。 そして、続ける。 「今まで何度もどうすればいいのか試行錯誤を繰り返してきた中で、必ずそう言う連中があたしにちょっかいを出してきた。 その結果、あたしが力を自覚していることが見破られ、最後はリセットをかけることしかできなくなる。 正直言って、あんたの存在を見つける前はうんざり気味だったわ」 「…………」 俺は何も答えられない。 「あんたを連れてきて、その話を聞いたとき最初は疑問だった。だけど、この二週間久しぶりに何もかも忘れて 楽しめた気がするのよ。今までずっと――どこか情報統合思念体におびえて隠れていないとならなかったから。 だからあんたや古泉くんと遊びまくっているとそんなこと全部忘れられた。あたしは今の状況が続いて欲しいと思っている。 古泉くんもいい人だしね。そして、あたしがそんな脳天気な状態でも誰もちょっかいを出しても来なかった」 ハルヒはここまで言うと、俺の方に振り返りふふっと笑みを浮かべて、 「あんたの言うとおり、超能力者の作ったのは間違いじゃなかったかもね。機関ってのがあたしを監視しつつも、 手を出してくる脅威を旨くさばいているのかもしれない。情報統合思念体も意図はわからないけど、静観している。 こんな状態は初めてよ。ありがとう、あんたのおかげで久しぶりにちょっと希望が持てるようになったわ。 あ、でも乗っ取る野望は捨てた訳じゃないわよ? どうせなら完全にあたしの手中に収めた方がいいしね」 俺はその屈託のない笑みに俺は思わず目を背ける。いや、やましいことはないんだがなんつーかこっぱずかしい。 だが、俺の言っていることを信じてもらえたのは、素直に喜んでおくか。俺の世界がそんなに簡単にぶっ壊れないと言うことを ハルヒが一部とは言え認めたも同然だからな。 ハルヒは俺の方を振り向いたまま離れ、 「そろそろ遅くなってきたから帰るわ。じゃあ……また明日、いつもの場所で古泉くんと一緒に」 そう言ってハルヒは小走りに家路についた。 そうか。ハルヒもこの世界がうまくいきつつあることを自覚しているんだな。それにしても、このハルヒは今まで どのくらい苦難の道を歩んできたんだろうか。ずっと一人で情報統合思念体と戦い、その干渉から逃れようと もがき続けていたのか? それがどのくらいの重圧なのか、俺には想像すら付かない。 まあ、どのみち今の状況が続けば、俺の仕事も思ったより楽に終わりそうだ。とっとと終わらせて あのSOS団団長涼宮ハルヒの元に帰らないと、罰金額が増加の一途をたどりそうだしな。 ……しかし、甘かった。 ◇◇◇◇ 翌日の朝もここ二週間と何も変わらなかった。朝、ハルヒ・古泉と一緒に登校して、授業を受ける。 しかし、昼休み前に状況が一変する。 教室中に広がる悲鳴。そして、それをかき消すヘリコプターから発せられるもの凄い轟音と暴風に窓が激しく軋んだ。 「……なによなになに!?」 ハルヒが飛び上がって、窓から離れた。俺も抜ける腰を必死に支えて、逃げるように窓から離れた。 なんせ、俺たちの教室の窓に張り付くようにあの――戦争映画かなにかで出てきそうな戦闘ヘリがこちらを睨んでいるんだから。 そして、やがてその機体前面下部に付けられている回転式の機関銃みたいなものが火を噴く―― 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
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九章 まどろむ朝。今日もまたSOS団雑用係としてのハルヒに振り回される一日が始まるのか、という北高に入学して以来、 ずっと抱いている憂鬱ながらまんざらでもない感傷に浸り、 その直後、現在自分の身体に起こっている異変を思い起こし、絶望する。 それが俺のここ一日二日の朝だった。 それだけでも俺は今すぐ自分の首を締め上げたい衝動にかられるのに、今日はさらに最悪だ。 俺は昨日ハルヒにお別れを………… 何だ、もう学校に行く必要もないじゃないか。 お袋、親父、それに妹よ。悪いな、俺は今日この家を出て行く。お前達は無事生き延びて帰ってきたら、今まで通りの日常を過ごしてくれ。 やったな、これで一人分の食費、生活費、その他諸々が浮くぞ。 何だ。最悪だと思ってたが案外清々しいじゃないか。昨日はいい夢も見れたしな。 ハルヒが抱き締めてくれる夢…………を?ん?あれは本当に夢だったのか? 布団の中で、そこまで思考を展開していると………… 「コラーーー!!あんたいつまで寝てるのよ!いい加減起きな!!!さい!!!」 その声とともに俺を覆っていた布団が舞い上がり、俺の体は外気に触れブルッとなる。 妹か?なんて思考を巡らす暇もなく、俺はそこにいる人物が誰かを理解した。 「えー、あー……ハルヒ…なのか?学校……は?」 「あんたまだ寝ぼけてるの?今日は日曜でしょ!それに明日からは冬休みじゃない!ほら、朝ご飯出来てるわよ!さっさと顔洗って来ちゃいなさい!」 何だ、その休日なんだからいて当然!みたいな言い方は。 何故こいつがここにいる?夢か、これも夢なのか?いやだが妙にリアルに感じるな。 まるで昨日の夢みたいな……いや、そもそもあれは夢なのか?夢であってほしい。 というか、そうでないと困る。だって夢の中のハルヒは俺の今の状態を………… 「ぶつぶつ夢だなんだ…うるさいわね。」 しまった、混乱しすぎて口に出していたか。いや、でもこれも夢なら別に問題は………… 「はぁ…………夢じゃないわよ。昨日も、今もね。」 ハルヒは妙に説得力のある声で言った。 「じゃあもしかして……お前……………」 「ええ、あんたが何をしていたのか……全部……………知ってるわ……そう……全部ね…」 ――ずっとあんたと一緒にいるから―― 夢と思っていた記憶の奥底にある、その言葉を思い出した。 「帰れ!!!」 突如、俺の心に羞恥にも似た不快な感情が溢れだし、それはその言葉を発するまでに至った。 「俺を見るな!お前は俺と関わるべきじゃないんだ!!お前のためなんだよ!!帰れよ!ほら早く!!!」 叫び始めた寝起きの俺を前にしても、ハルヒはその目を少しも泳がせたりせず、じっと見ている。 「何ヤケクソになってんのよ!あんた今のまんまじゃどうなるか分かってんの?!」 「ああ、分かってるさ!!こんな命……ましてお前の世話になって得る命なんて願い下げだ!」 ハルヒの表情がみるみる怒りの感情をあらわしていく。 「はぁ~、ダメ、我慢しようと思ってたけど…やっぱ感情のコントロールって難しいわね。」 その言葉を聞き終わらないうちに俺の部屋に『パン!!』という心地よい音が響き渡った。 ほっぺた、いてぇ…… 「ふ…ざけんじゃないわよ!!許さない……死ぬなんて絶対許さないんだからね! 言いなさい!何であんたは覚せい剤なんてバカなことやったの!!」 ……何でだ…クソ!何でだよ!何で思った通りに動いてくれないんだ!ちくしょう!ちくしょう!………………そうかよ…………なら……… 「こっちにだって考えがある。」 俺はそう言うと台所に駆けていった。大丈夫、理性はある。脅すだけ……ギリギリの所で止められるはずだ。 お前のせいだからな。もし万が一が起こってもお前の責任だ。お前が俺の思い通りにならないのが……悪いんだからな。 台所には味噌汁のいい香りがしたが、そんなのに構ってられる程の余裕は今の俺にはない。 調理に使ったであろうその包丁を手に取る。 ドクン!! それを持った途端、心臓の鼓動が、鼓膜にダイレクトに聞こえてきた。 一瞬、朝倉がそこにいるような感覚がしたが、すぐに消える。 だ、大丈夫だ。落ち着け、俺。早まるなよ。脅すだけ、そうだ脅すだけだ… 俺は急いで部屋に戻るため階段を駈け登り、扉を強引に開く。 ……とハルヒは部屋を出て行く前と同じポーズでそこにいた。 「ったく!あんた何しに行ってたのよ!悪いけど、あれはもうこの…い……」 ハルヒの目がわずかに下に下がり、 俺の両手で前に突き出すように握っている包丁を捕らえると、その顔は一気に蒼白くなっていった。 大丈夫…忘れるな。理性を忘れるな。 「悪いが本気だ!これ以上俺の家に居座るならどうなるか…こいつを見りゃわかるだろ。 今の俺は正気じゃないからなぁ!!何するか分からないぞ!」 自ら作り出した狂気じみた演技に飲み込まれそうになる。落ち着け…落ち着け! 「キョン…あんた…」 ハルヒがみるみる恐怖に染められていく……はずだった。 何でだ…何でお前はこの状況でそんな顔が出来る… 俺の前には、もう何十年ぶりになるのではないかと思うくらい、久々に感じる、 大胆不適で強気な笑みがあった。 ズン!と音がするくらいしっかりとした足取りで、ハルヒが一歩ずつ近付いてくる。 一歩、また一歩。ついには俺とハルヒの距離は、俺が突き出した包丁一本分しか無くなってしまった。 あと一歩踏み込んだら、確実に包丁はハルヒに突き刺さる。 後ろに下がろうにも、部屋の壁がそれを許さない。 完璧に追い詰められてしまった。ちくしょう…こんなときまで俺はハルヒに…… !!!!! 俺の思考はそこで中断してしまった。ハルヒが前に踏み出すかのように右足を僅かに浮かせたからだ。 「バッ!!!」 咄嗟に包丁を横に投げた瞬間、ハルヒは俺にのしかかってきた。 仰向けの俺に覆いかぶさっているハルヒの顔は俺の胸に押しつけているため、確認出来ない。 そうか、こいつはこれを狙っていたのか。だけど、もし俺が動揺せず包丁を構えたままだったら、こいつは…… 「はあ……はあ……」 ハルヒの超高速で鳴っている心臓の鼓動が伝わってくる。それと同時にハルヒの肩が小刻みに震えているのも確認出来た。 「ハルヒ…………」 「黙ってなさい。」 その言葉と同時にハルヒは顔をこちらに向けた。 なんつーか……俺は何てことをしてしまったんだろう。ハルヒの顔は冷や汗でびしょびしょだった。 「………から……」 「え???」 「負けないから。絶対にあんたを治すまで……もう…決めたんだから……!」 俺は何て声をかけたらいいか分からなかった。俺がずっと黙っていると、ハルヒは、 俺の上からどき、素早く包丁を取り上げると言った。 「さっさと顔洗って来ちゃいなさい。」 俺はハルヒに言われた通り、顔を洗うため洗面所にいる。やれやれ、結局ハルヒに言いくるめられちまった。 …………あいつ、あんなに震えてた。当たり前だ。一歩間違えれば死んでいた、その恐怖は計り知れない あの時、あいつは信じたのだろうか。ドラッグに侵され、おかしくなっちまった俺を。 命をかけるだけの価値、俺にはもうねえだろうが……俺は…お前を裏切ったんだぞ? ふと俺は顔を上げ、鏡を見た。 「何だよ、こりゃ……」 お前はバカな奴だよ、ハルヒ。こんな目の下にクマがあって、 肌は土気色で表情筋が暴走したように引きつってる奴が包丁持って目の前にいたら、普通逃げ出すだろ………… リビングに戻ると、何とも豪華な朝食と、エプロンを脱いでる途中のハルヒが俺を出迎えた。 献立は……魚の塩焼きに味噌汁、厚焼き玉子、肉じゃが、これ以上ないってくらい純粋な日本の朝食だ。 ハルヒがこういう純和風なメニューを作るのは新鮮だな。何となく、サンドイッチとか洋風なイメージがあった。 「ちゃっちゃと食べちゃいなさい。」 「あ、ああ…………」 そういや昨日は何も食ってなかったな。一気に空腹感が増してきた。 急いでイスに座り、味噌汁を一口飲む。途端、俺に衝撃が走った。 「…………!!!」 声にならないとはこのことだろうな。この世のものとは思えないくらいうまい、冷えきった心身が温まってくる。 魚を箸でほぐしもせずかぶりつく、うまい、うまい……幸せだ……… こんな当たり前のことが、今の俺にはどうしようもなく嬉しかった。 「ハ……ルヒ……」 涙が止まらない。俺は…人間に戻れる…… 「なあに?」 にじむ視界の先にはハルヒが微笑んでいる。 「俺……生きたい………」 この時のハルヒの顔は忘れられないね。どうしたらあんなにも喜びを表情で表せられるのだろう。 「当たり前よ!!」 「それから、もう一つお願いがあるんだ。」 もっと生きてる喜びをかみ締めたい。 「ポニーテール……してくれないか?」 機関運営の葬式場。そこでオレは河村から衝撃の告白を受けた。 「神を……殺す?それって涼宮さんのことを言ってるのか?」 目の前の男は狂気に顔を歪ませ、続ける。 「他に誰がいるんだよ。お前なら奴を呼び出すくらい簡単だろ?センパイの苦しみを味合わせてやるのさ。」 思考がまとまらない。こいつは今何と言った? 確かに今までにも河村は涼宮さんへの不満をよくオレに漏らしていたが、これは明らかに別物だ。明確な悪意と殺意。 「い、言ってる意味が分からない。」 「お前だって嫌気が差してたんじゃないか?俺達の進む人生は奴によって180度ねじ曲げられたんだぜ? 神様ごっこはここいらでやめにしようじゃないか。」 冗談じゃない、確かに涼宮さんを恨んだ事がないと言えば嘘になるし、 もし自分がこの力を与えられなかったらどれだけ平和な毎日を送れていただろうと考えることもあった。 それは嘘じゃない。 だけど、この力のお陰でオレはSOS団に出会えた。何もない、平凡な暮らしから脱却出来たんだ。 オレはいつの間にか、涼宮さんに感謝していた。殺すなんて有り得ない。 「少し、考えさせてくれ。」 思考とは裏腹に、オレの口から出たのは臆病で怠惰な先送りの言葉だった。 「ああ、分かった。いい返事期待してるぜ。それから美那にこのことは言わないでくれ。余計な心配かけたくない。」 「田丸さん、少しいいですか?」 場面は変わってオレは田丸さん(兄)と話している 「実は………」 この時オレは親友を売った。 「そうか、河村が…いつかはこんな時が来るかもしれんと思っていた。…………古泉。」 田丸さん(兄)は真剣な表情でオレを見つめている。 「私はこのことをたまたま耳に入れた。お前達の会話を盗み聞きしてな。 お前は誰にも、このことを漏らしていないし、これから私がやろうとしていることも何も聞かされていない。いいな。」 オレは数人の機関の面々に取り押さえられている河村を目の当たりにしている。 「大人しくしろ!!」 田丸さんや荒川さんが激をとばす。 「古泉!お前……裏切ったな!何故だ!答えろ!!古泉ぃ!!!」 「タックン!タックン!!やめて!タックンを放してよぉ!」 オレはその時河村を見捨てた。涼宮さんを守るために。 それから河村は自らを捕縛しようとする仲間達を何とか振りほどき市内を駆け回った。 最後にたどり着いたのは春日さんの家だ。家の周りを包囲されると抵抗する気力もなくしたのか、大人しく捕まった。 その時は夢にも思わなかった。河村が春日さんの家で押収され残した覚せい剤を手に入れていたなんて。 河村は、機関本部の地下に幽閉された。人権無視も甚しい話だが、何せ世界の破滅がかかっている。 だから、この決定に疑問を抱く者はいなかった。あの春日さんですら。 「春日さん……オレ……」 「気にしなくていいよ。機関にいる以上、涼宮さんに害を及ぼす存在は抹消しなければならない。 古泉くんにはあれ意外の選択肢はなかったもんね…」 正直、かける言葉が見つからなかったオレは、 「ごめん……」 という謝罪の言葉が精一杯だった。 「あれ~?古泉くんは告げ口してないって話じゃなかったの~?」 いじわるそうに聞いてくる春日さんの笑顔は、今にも壊れそうで。 「別に恨んでないよ。全ては……涼宮ハルヒが悪いんだから……」 だからこそ、その言葉を聞いた時はゾッとした。 それから日がかなりたったある日、河村は食事を持ってきた見張りの一瞬のスキをついて、屋上に脱走した。 その時、河村は見るもの全てに自殺願望を与えるような表情をしながら言った。 「なあ、古泉、美那……」 地獄から響いてくるようなその声を、オレは忘れられそうもない。きっと春日さんも同じだろう。 「俺は今、とても清々しい気分なんだ……」 その言葉を最後に、河村は人間とは思えない程の跳躍でフェンスを飛び越え………落ちた。 授業が終わり、HRが終わり、いつものようにオレはSOS団部室にその足を運ぶ。 「古泉くん!!」 春日さんが走ってきた。あんなことがあったから休んでいるとばかり思っていた。強い人だ。 「どうしたんです?」 「え?ちょ、敬語……ううん、別にいいや…今日もあの部室に行くの?」 「そうですが。」 オレが行かない事で涼宮さんがイライラを積もらして閉鎖空間を作ったら大変だからな。……なんて、自惚れすぎか。 「何で?だって…だって涼宮さんは…!」 「聞きたくない。」 オレは咄嗟に言葉を遮った。 「僕だって何かにすがりついてなきゃやっていけない気分なんです。」 その言葉の持つ残酷さを知っていたが、自分のことだけで精一杯だった。 春日さんは呆然と立ちすくしていた。それをOKの合図と無理矢理解釈して、オレは歩き出した。 ノックを数回。無言が自己主張しているのを確認すると、オレは扉を開けた。 部室に入ると一番に目に入ったのは長門さんだった。いつもの指定席で本を読んでいる。 「他の皆さんはまだ来てませんか。」 ゆっくりと長門さんが目を合わす。 「休まなくていいの?」 ああ、やっぱりこの人は気付いているのか。彼女なりの気遣いが嬉しい。 「おや、僕の心配をしてくれるのですか?」 「……………」 ドガン!! 突然の爆音だ。それと同時に残りの三人がなだれ込んでくる。 「さぁ~みくるちゃん!さっさとこれに着替えるのよ!!」 変わらない。 「ふぇ~、やめてください~」 あんなことがあっても関係なく回り続けている。 「おい、ハルヒ!朝比奈さんがいやがってるじゃないか!何だっていきなりこんな服を着せようとしてるんだ。」 オレはこっちの居場所を選んだ。 「何でって、みくるちゃんもあと半年後には卒業じゃない!今のうちに出来る格好は全てやっておくべきよ!!」 楽しいな。 「だからってだなぁ。もう少し朝比奈さんの心労やその他諸々も考えてやって……」 「っだーー!うっさいわね!あたしはみくるちゃんの為を思ってやってるんだから!うれしいわよね!みくるちゃん!」 あの場所を霞ませてくれる程に。 「ふぇ、あの、あたし………」 「ほら!これとーっても可愛いでしょ!こんなのみくるちゃんに着せちゃったら男共は失禁モノよ!ね!有希!」 「……………そう」 次はオレにくるな。もう既に答えは用意してある。 「ね!古泉くん!!」 何も知らない、だからこそ明るい笑顔で涼宮さんは尋ねてくる。さて、オレもとびきりの笑顔を作ってと…… 「誠に結構かと。」
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「気配は4つ。1つがこちらに向かっている。あなたは隠れて。」 「残り3つはハルヒの方に行ったのか!? 古泉はともかく朝比奈さんとハルヒが戦える訳ないだろ!?」 「あちらに向かっている気配は2つだけ。大丈夫、 ――彼女は強い。」 ―― 「ハハッ、久々だな『雁ヶ音』!」 「何、みくるちゃん知り合い?いい歳して人形抱いてるわよ…ヤバいんじゃないの?」 「…『狩人』、ですか。人形遊びとパンジーの花壇を漁る事が趣味の危険な徒です。 涼宮さんは危ないのでここを動かないで下さい。」 「それは危険ね…末期だわ。」 「パンジーはいい…、醜い物を全て覆い隠してくれる。人間も、トーチも、そしてフレイムヘイズもな。 お前も俺の巨大パンジーに呑まれて消えていくがいい!!」 「――どうやらあなたも、私のお茶が飲みたい様ですね。」 ―― 「おや、これはこれは。えー…いや、…お久しぶりですね。 えぇと…あー、うん…、お久しぶりです本当に…」 「橘ですよ!何で忘れてるんですか!?あんまりです!!」 「すみません、悪意は無いんです。いや余りにも印象が薄かったもので。」 「おぉう…悪意が無い方が余程タチが悪いのです…、いやそんな事はどうでもいい! 今日こそ決着を着けさせてもらうのです!!」 「ほう…、灰色の世界で戦いに明け暮れて来た僕と、 セピア色の空間で淡い恋の妄想に耽っているだけのあなた。まさか勝てるとお思いですか?」 「ななななぜそれを!?…い、いやそんな事してません!! もう許せない!あなたを倒して、あのミステスは私達が手に入れるのです!!」 ―― フレイムヘイズがどうとかは置いといて… 「・・、・・・・・、・・、・、・・、・・・・。」 「――――、―――、―、――、―、――――、―。」 何この超絶バトル…。 「…っ。」 「――っ―。」 「長門、大丈夫か!?」 「…大丈夫、私は胸が無いのではない。成長期なだけ。」 「――私の頭―――毛筆――ではない――。」 「なに高速で女特有の陰湿な喧嘩してんだお前らァッ!!」 ―― 全く、どこに行ってしまったんだあの3人は。 それに何なんだろうここは。涼宮さんの閉鎖空間は灰色と聞いていたけど。 …まあ彼女なら何でもアリ、か? 「もしかして…あれが神人というやつかな?」 ―― あの巨人、前学校で見た…何で?あれは夢だったんじゃないの? 「キョン…!」 ―― 「神人…!」 あの厨2病サイキッカーは気付いてやがんのか!? まさか自分の仕事まで忘れちまってるんじゃないだろうな…!! 「ハルヒ…!!」 携帯のメモリーから000番を呼び出す。 ――通話中。 「…くそっ、こんな時に誰と話してやがんだあいつは!!」 一年前。嬉々としてアレに近づいていったハルヒの姿が頭をよぎった。 俺に何が出来るとも思えんが。…放ってはおけないか。 「長門、ハルヒがアレに近寄らんとも限らん。念のためハルヒを探してくる。 お前も早いとこそいつとの口喧嘩は切り上げて手伝いに来てくれ。」 「分かった。」 ―― 何で?何でアイツ街を壊してんの?人だっていっぱいいるのに。 何でみんな動いてないの?何なのよここ。 あたしは何であのデカブツに親近感を覚えていたんだろう?夢だからはっきりとは覚えてないけど…。 またビルを壊した…有希とキョンはどこ? 携帯のメモリーから000番を呼び出す。 ――通話中。 「…何でこんな時に話し中なのよあのバカキョンッ!!」 もしアレに有希が巻き込まれたら…もし、キョンが巻き込まれたら…。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。見つけなきゃ、絶対に。絶対。 くそっ…なんであんな遠くにいんの!!どんだけ走らせりゃ気が済むのよ!! 不気味な光を放つその巨人。遠近感が狂う。どれだけ走っても近づいている気がしない。 足が重い……足が…。 息が上がる……体が、 ――熱い。 …………? 「なに…これ…?」 ―― 派手に壊してんなおい…。 「ハルヒーッ!!いんのかー!?」 この空間を覆い尽くす濁った赤色。 なんというか…本能的な危険を感じる。 有害な動植物が持つ警戒色、あれに似たものを。 一向に見つからないハルヒ。 履歴を出し何十回目か分からないリダイヤルを実行しようとしたその時――。 視界の端、遥か上空で封絶の色とは明らかに違う輝く赤色が目に入った。 「やっと来たか古泉。早いとこ片付け…、」 ………? 何か違う…アイツの赤玉はレーザーポインタみたいな色じゃなかったか? あれは赤というより…、 ――紅蓮? ズシャアァァァァァッ!! 派手な音と共に、頭頂部から正中線を通って股下へ。 一瞬にしてあの巨体が真っ二つに裂かれ崩れ落ちていく。 地面に降り立つ細身のシルエット。 炎髪灼眼、炎の翼。そして、 ――見慣れた黄色いカチューシャ。 その手に持つのは何とまぁ、 こいつ…、角材で神人ぶった斬りやがった…。 ―― 「なるほど。その調律というのを僕に手伝って欲しい、と。」 「はい、あなたが最適の様なので。大丈夫、危険はありません。」 「へえ、紅世の徒にフレイムヘイズ、そしてトーチ。大体の話は理解したよ。 …で、何をしている国木田。」 「いえ僕は、『儀装の駆り手』カムシン。これは『不抜の尖嶺』ベヘ…」 「分かったもういい。…はぁ、君もか。」 「手伝って頂けますか?」 「そんな事をしなくても元には戻るよ。 その前に、少し彼女に説教をしてこなければならないな…、僕は行くよ国木田。」 「いえ僕は『儀装の駆り…」 「――国木田。」 「……はい…。」 ―― 「目、充血してんぞ。」 「寝不足よ。」 「髪も真っ赤じゃねーか。」 「穏やかな心と大いなる怒りのせいね。週4でこんな感じだわ。」 大して疑問は持ってないんだな…いい加減な奴…。 まぁそっちの方が助かるか。 「朝比奈さんと古泉はどうした?」 「向こうでアホな事やってたわ。引っぱたいてでも正気に戻してやんないと。有希は?」 「あいつも同じだ。俺がやめさせてくる。」 「そう、分かった。じゃあ駅前集合ね。」 「……ハルヒ、」 「なに?」 「助かった。ありがとな。」 「う…うるさいうるさいうるさいっ!!」 ―― 「橘さん。」 「佐々木さん!?危ないので下がっていて下さい。必ずこいつを倒し」 ――バチンッ 「きゃうっ!!……あ…、え…??」 「君は以前言ったね、不安定な涼宮さんより安定している僕に力を移すべきだと。 それがこれは何だ?紅世の徒?好き勝手やって世界のバランスを崩す存在だそうだが。 この「ごっこ」がどんな影響を与えるのかは知らないが、言う事とやる事が逆だろう。 そろそろ正気に戻るんだ。君の仕事は僕の観察だろう?」 「あ…あれ…私何してたんだっけ…?」 「君もだ、古泉一樹。」 「え…?」 「君の仕事は涼宮さんのストレスを取り除く事だろう。 神人が出たというのにそっちのけで何をしてるんだ?」 「いえ、僕の仕事は紅…」 「僕に『地』を出させるな。」 「…はっ、はい……。」 「「(怖い…。)」」 ―― 「バカな…俺の花達が枯れて…!?」 「夏の昼間、花に水をやろうとして怒られた記憶はありませんか? 高い気温に温められた水が花を弱らせてしまうからです。 今のはそれと同じ。あなたの花壇にポットのお茶をかけました。」 「なんという奴だ…それでも女かお前!!花を愛する心は無いのか!?」 「それとこれとは話が別……あれ、涼宮さん?――きゃあぁ!?」 「……?」 「なんですか…?何で私水かけられたんですかぁ…?」 「そろそろ正気に戻りなさいみくるちゃん。犬耳透明スクール水着で町中歩かせるわよ?」 「…ふぇ!?」 「アンタもよ、パンジー男。」 「何…?」 「これ以上みくるちゃんにちょっかい出してみなさい。――摺り潰して再生紙工場に持ち込んでやるから。」 「…あ…、くっ……。」 「「(怖い…。)」」 ―― まだやってるよこの二人…。 「――、―、――――。」 「…、………、…………、…。」 「長門、切り上げろって言ったじゃないか…あんまり言う事聞かないようだと、 ――文芸部室にブックオフの出張買取呼んじまうぞ?」 (――ピクッ) 「お前もだ、周防なんとか。」 「――?」 「雪山の時のがお前かは知らないがな、長門やSOS団の連中に何かしてみろ。 長門のとは比較にならない程切れ味の鋭い言葉のナイフを食らわせてやる。生きるのが嫌になるかもな。」 「――!?」 「「(……――危険…―。)」」 ―― 駅周辺 「やあ、3人共。無事だったようだね。」 「はい…すいません…。」 「…悪かった…あまり記憶に無いが…。」 「――、――。」 「空間が元に戻っていくね。彼女も満足したみたいだし、結果良ければなんとやら、だ。 僕たちも帰ろうか。」 ―― 「どこかなぁ~、私の『贄殿遮那』~♪」 「ナイフの次は日本刀ですか…。刃物好きもそれくらいにして下さい。」 「いいじゃない、趣味があるって素敵な事よ。」 「女子高生らしい趣味を持ってください。それに残念ですが、 もう涼宮さん満足しちゃったみたいですよ。」 「そんな……。」 ―― SOS団が駅前に集合した直後、赤黒かった空間が正常に戻り始めた。 あんだけ大活躍すりゃそりゃ満足するだろうよ。 自分のストレスを自分で倒せるなんてたいしたもんじゃないか。古泉の為にも定期的に炎髪灼眼化して欲しいもんだ。 今回の事もハルヒの中では以前の学校の時のように夢オチで処理される事だろう。 ……される、よな…。 いや、しろ、ハルヒ……… ―――――― ――― ―。 数日後 「お、まだ長門一人か。」 「そう、古泉一樹は休み。」 ん?長門がハードカバーを読んでない。…嫌な予感がする。 「な、長門、今日は何読んでんだ…?」 「…読む?」 「いいのか?…じゃあ借りようかな。SF物か?」 「広義では、ミステリー。」 「…そうか、ミステリーなら割と好きだな。なんてタイトルなんだ?」 「ひぐらしのなく頃に。」 「それだけはやめてーーーーーーーーーーーーっ!!!」 おわり
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15-132「キョンと佐々木とハルヒの生活 1日目」 15-225「キョンと佐々木とハルヒの生活 2日目」 15-242「キョンと佐々木とハルヒの生活 3日目」 15-519「キョンと佐々木とハルヒの生活 4日目」 16-406「キョンと佐々木とハルヒの生活 5日目」 16-567「キョンと佐々木とハルヒの生活 6日目」 17-681「キョンと佐々木とハルヒの生活 7日目」
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ハルヒと親父 @ wikiにようこそ このwikiは、ハルヒスレSSまとめwikiに掲載された「ハルヒと親父」(オリキャラ全開)シリーズとその周辺的二次創作の物置です(詳しくは→はじめての方へ)。ひとりでやってます。 急募「親父の掛け合いを演じてみませんか?」 声劇「ハルヒと親父」では、声優さん(声で演じてくれる人)を募集してます。http //bit.ly/9TQ1r5 本日の親父の放言 「井の中の蛙の頭上にも、空は広がっている」 今日のオススメ ランダムリンク 新着記事 取得中です。 ハルヒと親父wiki 内容一覧 ([+]をクリックで展開、[-]をクリックで畳込み) +ハルヒと親父(メインライン・ストーリー) ハルヒと親父(メインライン・ストーリー) ハルヒと親父1 ハルヒと親父2 ー おとまり「ハルヒと親父2 ー おとまり」から削除されたラブシーン ハルヒと親父2その後 一周年一周年 その1 一周年 その2 一周年 その3 一周年 その後ー腕の腫れ、氷の癒し ハルヒと親父3 — 家族旅行プラス1ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その1 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その3 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その4 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その5 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その6 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その7 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その8 家族旅行で見る夢は (家族旅行プラス1のスピンアウト作品) +ハルヒと親父(サブライン・ストーリー1) ハルヒと親父(サブライン・ストーリー1) ハルキョン家を探す その1 ハルキョン家を探す その2 ハルキョン家を探す その3 ハルキョン家を探す その4 ハルキョン家を探す その5 (続編) 涼宮ハルヒのリフォーム その1 涼宮ハルヒのリフォーム その2 涼宮ハルヒのリフォーム その3 涼宮ハルヒのリフォーム その4 涼宮ハルヒのリフォーム その5 +ハルヒと親父(サブライン・ストーリー2) ハルヒと親父(サブライン・ストーリー2) できちゃった その1 できちゃった その2 できちゃった その3 できちゃった その4 できちゃった その5 できちゃった その6(最終回) できちゃった エピローグできちゃった 外伝ー教材仁義 できちゃった 外伝ーミッドナイト・ミルク できちゃった 外伝ーお風呂の時間 +ハルヒと親父(サイド・サイド・ストーリー) ハルヒと親父(サイド・サイド・ストーリー) ダンス・ダンス・ダンス +ハルヒと親父(ビター・ストーリー) ハルヒと親父(ビター・ストーリー) 一人旅に必要な事一人旅に必要な事 一人旅に必要な事 その後 一人旅に必要な事 その後の後エピローグ1 アキとハルヒ エピローグ2 アキと親父 エピソード「スキとキス」 エピソード2 幸せと笑顔 エピソード3 アキとキョン エピソード4 参観日 一人旅に必要な事 elself +ハルヒと親父(主としてハルキョン) ハルヒと親父(主としてハルキョン) 水いらず火炎瓶 スポンサーから一言(親父キョン) その1 その2 その3 その4 その5 その6(最終回) 親父が来る(二人は暮らし始めましたー場外) その1 その2 その3 一攫千金シリーズ 新興宗教 +ハルヒと親父(親父とSOS団) 涼宮家の一族 前編 後編 オヤジラジオ その1 その2 その3 その4 図書館で オヤジ野球 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 ロール・プレイング その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 +ハルヒと親父(親父もしくは母さんメイン) ハルヒと親父(親父もしくは母さんメイン) 涼宮親父の修業時代 ハルヒ母の遍歴時代 親父と母さんの格闘 オヤジ狩り 王様とあたしたち その1 +小さいハルヒと親父 小さいハルヒと親父 ファーストキス・ショット 生まれた理由 涼宮ハルヒの特訓 キスキス 夏休みの工作 しふぉん 捨て猫と会った日のこと High Moon:真夜中の親父 +親父さんと谷口くん 親父さんと谷口くん その1 その2 その3 その4 その5(最終回) エピローグ +ハルヒと親父(小品) ハルヒと親父(小品) とある七夕の前日 なれそめ チョコレート・パニック ハルヒとその母:共に居る理由 What s Love? 子犬の恋 或る日の出来事 親父の一番長い日 恋文たち 天抜きの日 父の日のこと 愛と運命についての対話 嫁いだ日 二人でベンチに キョンが泊まった翌朝の涼宮家 二人でドライブ 同じ夢の中 6月の桜 デカンショ ハルヒのピアノ 7月30日プロレス記念日 クレイマークレイマー 長門有希の空腹 長門有希の満腹 銀行強盗 夏仕舞い ハルヒと親父の格闘 For piano four hands 親父のびおろん 親父とRPG やつは大変なものを盗んで行きました 通り魔 先延ばしの詩(うた) 冷蔵庫のあかり オヤジのバスケ 化粧 親父抜きの大晦日 Sweet Pain 師走の親父 通り魔2 雪洞の親父 しもやけ オヤジ野球 ホワイトデー ちかんにあった 朝食の情景 親父の臨終 ハルヒと親父シリーズ以外:主としてハルキョンもの +異年齢シリーズ 異年齢シリーズ ハルヒ>キョン ハルヒ先輩 ハルヒ先輩2 ハルヒ先輩3 ハルヒ先輩4 ハルヒ先輩5 ハルヒ先輩6 ハルヒ先輩7 ハルヒ先輩8 ハルヒ<キョン 保健室へ行こう 保健室へ行こう2 保健室へ行こう3 保健室へ行こう4 保健室へ行こう5 保健室へ行こう6 +「二人は暮らし始めました」シリーズ 二人は暮らし始めました 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 8日目 9日目 10日目 二人は暮らし始めましたー外伝 ハルキョン温泉旅行 その1 その2 その3 その4(最終回) 二人はひきこもりました その1 その2 その3 二人は暮らし始めましたー場外 親父が来る その1 親父が来る その2 二人は暮らし始めましたー短編 ラブひげ危機一髪 ラベンダー・バス 留守番 わるいゆめ +辞書シリーズ 辞書シリーズ 国語辞典:よばい 漢和辞典:虹 英和辞典:I love you. 和英辞典:ただいま/おかえり 新語辞典:バカップル 古語辞典:モノ/コト +新落語シリーズ 新落語シリーズ 出来心 金明竹 二十四孝 三年目 松山鏡 +にわか記念日シリーズ にわか記念日シリーズ 1月31日 妻にささげる日 6月6日 かえるの日 7月20日 Tシャツの日 7月25日 夏氷の日 7月27日 スイカの日 7月28日 乱歩の日 7月30日プロレス記念日 8月1日記念日の応酬 8月2日 パンツの日 8月10日 健康ハートの日 8月18日 北海道清酒の日 9月23日 酒風呂の日 +司書魔女シリーズ 司書はなにゆえ魔女になる? 司書はある朝、魔女になる 司書は休日、魔女になる +その他のSS しんみり系 I wish you were here.(アナタガココニイテホシイ) みぞのの鏡 手錠 ハカセくんの初恋 彼と彼女と彼女のメール 電波の日 Nowhere ふたりがここにいる不思議 同窓会の日にて ヰタ・セクスアリス/雨宿り 夏氷(なつごおり)の日 ゲリラ雷雨 フェバリット・メモリー 虫愛づる姫君のためのパヴァーヌ 夏の自転車 ドラキョン:あるヴァンパイヤの憂鬱 終電車 ハルキョン童話:しかめっ面の女の子 彼を知る彼女達の対話 アーカイブ ふたりだけにひろがる空 白みかける空 年越し その次の日 あいつについてあたしが話せる2、3の事項 +その他のSS ある意味青春系 明日のお弁当 涼宮ハルヒの格闘 涼宮ハルヒの格闘2 ツンデロイド 受験当日の二人 ネーミング・ライツ 輪になってマッサージ 涼宮ハルヒの創作 よくあるデートの誘い方 自転を逆に回して 近距離レンアイ 寒い日が好きだった 涼宮ハルヒの正夢 ともコレ マジで恋する5秒前 かなしいうた 夢魔が降る夜 +その他のSS かなりばか系 その男、文系につき SOS団がカラオケへ行く スモール・トークス ラブレターズ 歴史改変阻止シリーズ 技術の長門 おれがあいつであいつがおれで 背中合わせ 逆チョコ バカップル度チェック 7月20日 Tシャツの日 一言違いシリーズー伝染病 一言違いシリーズークラークの法則 長門有希の解答ーおっぱい 技術の長門−ワッフル・デコーダーの暴走 ミルク搾りの女の子 青少年愛護条例 ハルキョン版アリとキリギリス 銀河の中心で愛を叫ぶ バカップル度チェック(初心者篇) ならんでる +その他のSS カオス系 涼宮ハルヒの禁欲 涼宮ハルヒのいちゃつき 涼宮ハルヒの中継 かつてなく積極的な ツンデレエンザ キス銀行 6月6日 かえるの日 クイズ大会 アルプスの少女ハルヒ ハルヒ番長 こちら七曲署SOS課 字マンガぬこハルにゃん 資本戦隊キャピタル・ファイブ 資本戦隊キャピタル・ファイブ2 資本戦隊キャピタル・ファイブ3 +企画室 企画室 親父語録保管庫 親父の英会話Lesson 1 Lesson 2 Lesson 3 Lesson 4 Lesson 5 Lesson 6 Lesson 7 Lesson 8 Lesson 9 Lesson 10 親父の英文法Lesson 1 親父さん、何読んでるの?(涼宮オヤジの100冊) オヤジならどうする?(涼宮オヤジの人生相談)? -その他 あるSS書きの七つ道具 親父書きがSSを読む そのとき親父書きは何を思ったか? 掲示板/足跡帳 ほめられちゃった bookmark_yahoo bookmark_hatena bookmark_delicious bookmark_livedoor bookmark_nifty bookmark_fc2 bookmark_sphere bookmark_blinklist
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もしハルヒが日記帳、もしくはブログなんかを日々つけていたとしたらどんな文章を書いているのか、まぁ確かめる術はどれだけ権謀術数を極めてもゲーデル命題の如く不確定の問題として終わりを告げてしまうのだろうが、まぁここは読者の特権、言論の自由がブラウン運動並みに行き交うこのブログ空間に、徒然なるままに載せてみようかとか考えた末の、結実した成果がこれである。 キョンなら何と言うだろうか?全く悪趣味なことを考えやがる、とこれを唾棄するのかもしれないが、本当にあるなら見てみたい気がする、と彼の中で悪魔の囁きが首をもたげかけたあたりで、古泉にその心情を見抜かれ、「あなたが見せて欲しいと言えば、見せてくれるんじゃないですか?あなたがたは理想形といっても良いくらいの信頼感で、結ばれているのですから」などと保険会社の営業担当者並みの笑顔を浮かべながら訳知り口調で口走り、タダほど怖いものは無いということの証明となりそうなスマイルだなと、キョンが感想を心の中で一人ごちることだろう。 そんなこんなで、キョン口調を真似た一読者のお送りする『涼宮ハルヒの回想』。挿絵も全く無く更に横書きなため読みづらいことこの上ない感じで、誰にも気取られずにスタート! 『涼宮ハルヒの回想』 あたしはよく、寝る前にふと見慣れた天井を見つめながら考え込む癖があった。最近はもうないけれど、去年の今ごろ、北高に塾に行かず独力で合格してから、周りの本当につまらないクラスメイトたちのお別れ会とかいう互いの思い出作りに奔走する、本当にくだらない集まりに行くのも当然断って、ただ、ひたすら何も起きずに中学生が終わっちゃったことへの後悔と、これからあの北高に行くことへの少しの期待感とが混じり合った、感傷にも似た感情を抱いていた三月の下旬頃は、よく、こんなことを考えてた。ていってもそれは、その時まで考え通しだったことをまた、同じように繰り返していただけだったんだけど。 このまま何も起きずに、変な出来事、宇宙人、異世界人、未来人、幽霊、妖怪、なんでもいいのよ、面白そうなものと何も出会わずに、それなりに人生を歩んで、つまり大人になって、定番の家族ドラマみたいに安定した家庭を築かされて、やることと言えば誰かの世話、日常の人間関係の保全、公私問わず社会が押し付けてくるその他諸々の義務、普通の人が普通にやらなきゃいけないこと・・そういった本当につまらないこと、別にあたしでなくても良いような物事しか経験しないで人生を終えるようなことがあったらどうしようって、ほんと、いつものように焦ってた。焦りの気持ちが心の中で一定量を越えると、あたしは布団の中にうずくまって、早く眠りにつこうとした。夢の中くらいでしか、あたしが触れ得る非日常らしい世界が待っていないことを、どこかで知っていたからなのかもしれない。早く寝てしまおう、寝て起きたら、いつのまにか現実が夢に置き換わっていて、もしかしたらあたしのところにも変な出来事が訪れるかもしれないって。今日も何も無かったことの苛立ちを、夢の中で晴らそうって、考えるようになっていたのかもしれない。 そうした夜はいつものようにやってくるし、朝はまた相変わらずの顔で今日も元気に人生を過ごそうと励ましてくる。外へ出ても拡がっているのは、次元断層の隙間なんて1ミクロンもない当たり前の世界、平凡な日常。空を見てもアダムスキー型UFOの群体なんて飛んでないし、ただ、どこかの唱歌の歌詞にありそうな「雲ひとつなく晴れ渡る青空」が、のっぺりとした顔で眼前に広がっているだけ・・。あたしじゃない誰かの元に、ちっとも普通じゃない、とっても面白い出来事が天賦人権のように与えられている代わりに、あたしのところには安全で、安定した、時間の相対性なんて微塵も感じさせないような絶対的で堅牢な平和が、要りもしないのに日々あたしの上に降り注いでくる。あたしの中学生活の三年間は、そうした絶対的秩序と言う刑務所からの大脱走のために、そのほとんどを費やされてきたって言っても、ほんと、言い過ぎじゃないわね。それくらいに、あたしは「いろんなこと」をやっていたから。ネットで評判になってた、一枚ウン千円もする霊験あらたかなお札を、親父に小遣い前借りして三ダースほど購入して、教室の窓全てに貼ってまわったり、七夕の日に校庭で、「あたしはここにいる」って意味の、地球外生命体にも見えるくらい大きな絵文字を石灰で描いてみせたり・・。そう、このとき、校庭にやってきた男・・あれ、何て名前だったっけ?・・北高の制服を着た、あたしの絵文字製作事業を手伝ってくれた男が、あたしの中で唯一の「おもしろいこと」への鍵だった。あいつは未来人、宇宙人、超能力者、異世界人について、何故だか知らないけれど知っているように思えた。ただ、あたしみたいな中学生のくだらないたわ言を、そこらへんのくだらない大人やクラスメイト達みたいに言葉面の上で同意しておいてあたしのことを避けるような態度には、少なくとも思えなかった。 なにより、あたしの本当に端から見たらばかげてる絵文字製作を、あの男は無駄口叩きながら、でも、真剣に手伝ってくれた。あたしは最初、手伝ってくれるとは思っていなかった。当然でしょ?いきなり誰だかわからない女の子に、そんなことを手伝えっていわれたら、普通は親御さんを探すか、家は何処かとか、聞いてくるはずよね。もしくはあたしの言葉に苦笑いして、じゃあねと手を振るか、そんなことしても変わるわけない、宇宙人なんて、NASAの丁稚上げで、未来人に至っては、ネタ的に面白いから、小説の物語を進めるためのファクターとして流行しただけなんだよって、日常的な言説を持ち出して説教したりするのが、考えうる一般の人の対応だと思うの。 あの男は、あたしの言葉を受け止めるのでもなく、説教するわけでも、話題をそらすわけでもなくて、ただ一緒に、世界を変える行動を手伝ってくれた。それがあたしにとっては、一番嬉しかったことだった。 あたしは、世界が面白くなる行動を起こすんだって思っていた。世界に、あたしはここにいるんだって、訴えたかったのよ。でも・・もしかしたら、世界に訴えたかったんじゃなくて、ただ、誰かと一緒に、「何か」をしたかっただけなのかもしれない。「あたしの世界」は、あたしだけじゃ変わらない、誰かと一緒に、何かをやることで面白くなるのかもしれないって、あの数十分間の間に、少し思った。 それが、SOS団を作る素地になっていたのかも・・しれないけど、 よくは分からないわ、北京で蝶が羽ばたいたからなのかも、しれないしね。 あのときの感じを、信頼してよかったなって、ほんと、今なら言える。あのときの感触を信じて、わざわざ山の上にある県立の普通レベルの北高にいったからこそ、あたしは萌え記号の塊みたいなみくるちゃんに会えたし、無口キャラで眼鏡っ娘の有希とも会えた。入学してまもなくの五月に転校してきた謎の転校生の古泉くんとも、北高に行ってなかったら会えるわけも無かっただろうしね。まぁ、キョンは別になんでもないんだけど、あいつがぐだぐだ垂れた説教が無かったら創部っていう手段を考え付かなかったかもしれないし、SOS団結成も無かったのかもしれない・・なんていうのは、ちょっと、いえ、かなり誉め過ぎね、キョンはただの団員、それ以上でも以下でもないんだから。SOS団が結成されたのは必然なのよ、シュレーディンガーの猫みたいに観測者の存在なんかで確率論に堕さない、これだけは変わらない、唯一つの真実なの!神様がサイコロを振ろうともね! ――三月下旬、SOS団団長涼宮ハルヒ、記す。
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エピローグ とある日の夕方 俺はベッドの上であの時の事を振り返った。 人の記憶は面白い代物である。 あの日、俺は焦っていたはずであり、一度は諦めて死を悟った。 今では「これもまたいい思い出」で終わりそうである。 こうして人間は自分に都合の悪い(時には良い)情報を処理しているのだろう。 俺はこの世界で産声をあげ、感じた。 俺には、ハルヒがいる。 そして、その周りには、いや、「この世界」には、俺達を支えてくれる仲間がいる。 仲間のおかげで、俺はいる。 こいつらのおかげで、俺達は地を踏みしめる事が出来る。 誰にも邪魔させない。 だって、俺達は最強なんだぜ。 無敵艦隊だろうが、銀河系軍団だろうが、史上最強打線だろうが怖くない。 ハルヒがいる限り。 突然、電話が鳴る。 びっくりして、ベッドから跳ね起きる。 煩い。良いこと言っている途中なんだ。 「もしmー」 「キョン!!明日、映画観に行くわよ!!」 「明日?……悪い。明日は用事が入ってる。」 「え〜?そんなの断っちゃいなさいよ。」 「ごめんな。大事な用事なんだ。」 「あたしと用事のどっちが大事なの!?」 やれやれ、いつものパターンか。 「ハルヒの方が大事。」 「え?………な、なら来なさいよ!!」 「俺はいつでもここにいる。映画なら、いつでも行けるさ。 明後日でも、その次でも、なんなら毎日行ってやってもいいぞ。」 「ははーん。言ってくれるじゃない。 じゃあ明後日ね。遅れたら、死刑&私刑&罰金だからね♪それと………」 それと? 「ありがと。」 「は?」 俺がこの一文字の疑問形をいい出す前に、電話は切れた。 俺は再びベッドで仰向けになる。 「明日……何買おうかな。オルゴール……ぬいぐるみ………ネックレス……だめだ。朝比奈さんに聞こう。」 もうすぐハルヒの誕生日。 ハルヒへのプレゼントを考えながら、また深い深い夢の内へと誘われる。
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しばらくして食事を食べ終える古泉と朝比奈さん。再び話は再開する。 「さて、長門さんはようやく【過去】の話を終えたわけですが…ということは、 今度は何を話すか…大体予想はつくでしょう。洞察力の鋭いあなたならね。」 別に鋭くはないがな。 「お前が【過去】って言葉を強調したことから察すると、今度は【今】についてでも語ろうってか?」 「ご名答です、さすがですね。これから話すことは事態の核心に迫る代物です。 少し気を引き締めて聞いてもらえると嬉しいです。」 まあ、もとからそのつもりだ。 「いきなりですが、【フォトンベルト】という言葉をご存じですか?」 「本当にいきなりだな…ああ、聞いたことはあるぞ。よくテレビの怪奇特番だので、 最近おもしろおかしく扱われてる題材だろ?」 「その通りです。ではフォトンベルトについて、あなたはどこまで知っていますか?」 「んなこと言われてもな…聞いたことがあるってだけで全然詳しくはないぞ。 確か地球を滅ぼす類のものだったような記憶が。」 「それを知っていれば十分です。おそらく今から話す内容も、あなたなら差し支えなく理解することができるでしょう。」 「ならいいんだけどな。で、いい加減フォトンベルトとやらがハルヒとどう関係があるのか話してくれないか。」 「では、まずフォトンベルトの定義についてあなたに説明したいと思う。」 再び長門先生の出番だな、よろしく頼むぞ長門。 「フォトンベルトとは、銀河系にあるとされている高エネルギーフォトン、即ち光子のドーナツ状の帯。」 いきなり高度な説明がきたな。 「要は光子の集合体ってことか?」 「その認識で問題ない。話を続けるが、太陽系はアルシオーネを中心に約26000年周期で銀河を回っており、 その際、11000年毎に2000年かけてそのフォトンベルトを通過するとされている。」 「すまん長門…アルシオーネとは何だ?」 「プレアデス星団の中心的な星の呼称。」 「また質問してすまんが…プレアデス星団とは??」 「銀河系に属する新しい星団のこと。地球からおよそ10光年の距離にある。」 なるほど、わかりはしたが…なんとも掴みどころがない感じで 正直イメージし難い。 宇宙に関する知識があまりない俺には必然事項か。 「何やら苦しんでいる様子ですね。」 そりゃそうだろ古泉… 一端の高校生が大学で習うような 天文学的単語を聞かされているんだ。無理もないとは思うがな。 「できる限りわかりやすく説明するのであれば、初秋の夕暮れ時…東の空にて見られる青白い星の集団、 それがプレアデス星団です。我が国ではスバルと呼ばれ古くから親しまれています。 あなたも、この名前くらいはどこかで聞いたことがあるのでは?」 そう言われればなんとなくわかる気はする。 いや、やっぱりわからん。 「…長門よ、フォトンベルトについてもう少し詳しく説明してくれないか? ハルヒと関係があるない以前に俺があまりに無知すぎて、そもそも判断ができん。」 「了解した。では、まず【フォトン】について細かく説明したい。フォトンとは光エネルギーのことで、 粒子であると同時に電磁波としての性質を持っており、日本語では光子と訳されている。」 つまりは光エネルギーってことか。 「ところで、酸素や水素などの元素は原子から出来ていることはご存じ?」 「…いくらなんでもそれくらいはわかるぜ。授業でも習ったしな。」 「これらの原子の中心に陽子と中性子からできた原子核があり、その周りを電子が回っている。 この電子とその反粒子である陽電子が衝突すると双方とも消滅し、2個または3個のフォトンが生まれることが 知られている。地球上にはこうして生成されたフォトンの他に、太陽から飛来したフォトンが存在している。 太陽内部の核融合反応によっても生成された厖大な量のフォトンは地球に向かって放射され、 その一部は地球大気の吸収や散乱などを受けながら、粒子の状態で地表に達している。」 すまん長門、後半ほとんど聞いてなかった…この場合、この聞くという動詞には 英語ならばcanがついているところだろう。聞いていないのだから、即ちcan tだ! 「つまりこういうことだろ?さっきお前が言ってた10光年離れたプレ…プレなんとか」 「プレアデス星団。」 「そう、それそれ。そこに今言ったフォトンとやらが密集してる、それがフォトンベルトってことなんだろ?」 「そう。」 何だ、案外フォトンベルトって簡単じゃねえか。難しく構える必要もなかったな! …こういうときハルヒがいてくれれば俺に厳しいツッコミをしてくれたものを…。 『何得意げにアホ面してんのよこのバカキョン!?ただわかった気になってるだけじゃないの?』との侮蔑に対し、 『調子のってすみませんっした。』と、面白くもないコントを繰り広げていたであろうことは安易に想像できる。 今となってはノリツッコミで悲しいだけだが。とりあえずだ、フォトンベルトをイメージとしてだけでも 捉えられるようになったのだから、俺にとってはそれでもう十分だろう。俺にとっては。 「ただ、地球のそれとは桁違いの量のフォトンが充満している。」 え?地球にもフォトンとかいうのはあったのか?あ、もしかしてさっきの話にあったのか…聞いてなかった。 それより今話すべきは… 「ええっと…そんな桁違いのフォトンが集まってるフォトンベルトってのはあれか?危険な存在ってことなのか?」 「少なくとも、人類にとってみれば、あまり好ましいものではないと言える。」 俺が以前テレビ特番で見たように、フォトンベルトが地球滅亡と結び付けられていた理由も 今ようやくわかったぜ。そんな複雑な事情があったとは。 …ん?待てよ。 「だがな、長門。少なくとも俺が見た番組内では、否定派が肯定派を圧していたぞ。否定派からすれば フォトンベルトの危険性とかいうのは… 一部の疑似科学信仰者やオカルティストが存在と影響を主張するだけで 科学的根拠はないとか何とか。現にそう言っていた科学者もいたようだし…このへんはどうなんだ長門?」 「確かに、フォトンベルトというのは物理法則的にはありえない。なぜなら、そもそもフォトンは光子であり フォトンの帯が形成されることは基本ない。それに加え、太陽系は銀河系中心に対して約2億2600万年周期で 公転しており、プレアデス星団を中心に回るということは考えられない。実際に26000年周期で太陽系が 銀河系を公転したとすると光速度を超えてしまい、即ち特殊相対性理論に反するのは必至。 仮にプレアデス星団を中心に回っているとすると、そこには銀河系を遥かに上回る質量がなければならない。 フォトンベルト説では地球がプレアデス星団の周りを回っている説と、わずか26000年で銀河を回るという二説が それぞれ矛盾する、にもかかわらず併記されていることが多い。よって、フォトンベルト説が 暴論だと捉えられても無理はない。」 なるほど、全くわからん。 とりあえず…だ。フォトンベルトとやらが存在しえない産物であろうことだけは何となくわかった。 「フォトンベルトが存在するかどうか怪しいものなんだとしたら、なぜお前や古泉は執拗にフォトンベルトについて 俺に詳しく説明してくれていたんだ?おまけにだ、お前さっき『人類にとってみればあまり、好ましいものではない』 とか言ってなかったか。それを言うからには何か根拠があってのことだよな?一体どういうことなんだ?」 「涼宮ハルヒの能力が関与すれば、強引にでもそれらの物理法則を捻じ曲げることは可能。」 ??なぜそこでハルヒがでてくる?? 「涼宮ハルヒが、無意識であっても再び世界が滅ぶことを望めば… 存在不確定のフォトンベルトを実在するものとして、物理法則を無視して作り上げることは可能。 なれば、フォトンベルトが人類にとって最悪の方向へ向かうのは必然。」 なんてむちゃくちゃな…科学万能説終了のお知らせ。そうか、そういやハルヒには 願望を実現させる能力があったんだっけか…それなら可能っていう話もわかる。だが 「何をバカなことを言うんだ。ハルヒが世界を滅ぼす?あいつがそんなことを 思ってるとでもいうのか?いくら常人離れしたやつとは言え、そんなこと望むはずがないだろう??」 「あなたがそう言いたくなる気持ちもわかります。しかし、あなたにはついさっき長門さんが 話してくれたばかりなんですがね。涼宮さんが過去に何度も世界を滅ぼしたことがある、ということを。」 ッ! …なぜ俺はあのとき、こんな当たり前の質問を思いつかなかったんだろうかと思う。話の複雑さゆえに 思考がよく働いていなかったせいなのか?…何にせよ、今なら俺はこの質問を投げかけられる。 「そもそもだな…ハルヒはどうして世界を滅ぼしたりなんかしたんだ?」 根本的な疑問である。事の根幹を成す疑問である。これが解消されなければ… とてもではないが、俺は平然としていられることはできなくなるだろう。 「神だから…としか言いようがないのではないですか?」 …ハルヒが神みたいな存在だってことは認めてやる。長門の一連の話を聞いても、 尚それに抗うような野暮な人間では俺はないんでね。だがな…神であったとしてもだ、 それは全然理由になってないんじゃないか古泉?神だから滅ぼすだと?一体どういう理屈だ。 「本質的な理由はもはや本人以外には知りようがないでしょうね。ですから、憶測を挟む余地が あるのだとしたら、もはや我々には『神だから』という稚拙な理由でしか返答できないんですよ。」 だから、その『神だから』の意味がわからないんだが… 「涼宮さんが地球を滅ぼした時、世界はいつもどういう状況でしたか? 長門さんの説明を思い出してみてください。」 「…人間が私利私欲に走った挙句、戦争を起こしたんだよな。覚えてるぜ。」 「その通りです。ならば、世界の統治者とも言える神が…そのような世界を望んで維持させようとは思いますか?」 「…だから滅ぼしたってのか。」 「神という存在の捉え方にもよりますがね。争いが無く人々が幸せに暮らせる世界… 恒久平和が続く完璧な世界を創りあげたかった…のではないか。僕はそう考えています。」 …確かに、ハルヒがそういった類の理想郷を構築せんと邁進していたであろう事実は 長門の説明からみてとれる。その瞬間だったか、俺の中に新たなる疑問が生まれる。 「…ハルヒは第一、第二、そして第三世界時においては自分が神だっていう自覚はあったわけだよな? まあ、もともとが神の分身だったらしいから当たり前っちゃ当たり前なんだが。それでだ、なぜ今のハルヒには その自覚がない?そして、なぜ神という自覚がないにもかかわらず、フォトンベルトに干渉できる?」 「涼宮さんになぜその自覚がないのか…それについては返答しかねます。しかし、涼宮さんが 徐々に神としての意識を取り戻し…そして、それが何らかの経路で深層心理に働きかけていたとしたならば… 無意識にでも能力は発動し得ます。無意識にでも。それは、あなたが一番よくご存じのはずです。」 「ああ…確かに、あいつはそんな芸当が成せるやつだよな。それなら、いつからあいつにそんな自覚症状が 現れ始めた?いつ、そしてどういった契機でそうなったのか…それについては何か知ってるか?」 「涼宮ハルヒに異変が生じたのは昨日の…およそ午後6時15分あたり。」 なんだと??その時間帯って確か 「そう。涼宮ハルヒの意識が途切れ、失神した時間帯とほぼ同時刻。ならば、その時間帯にて 涼宮ハルヒに対し外部から何らかの干渉があったのは確実。肉体的打撃の痕跡がなかったことから、 重度の精神的ショックにより意識を奪われたと考えるのが妥当。」 「原因は??なぜそんなことに??」 「あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。その波動が涼宮ハルヒの脳波に何らかの影響を 及ぼし、結果として『自身は神である』というある種の覚醒を引き起こしたのではないかと私は考えている。」 …… 「そして、これはあなたの先程の質問に対する答えとなるが…涼宮ハルヒの全容を私が知ったのもこのとき。 卒倒時、涼宮ハルヒから膨大ともいえる量の情報拡散を確認、同時に私はその解析にあたった。ただし、 その情報量が私個人のスペックをはるかに凌駕するものであったため、大雑把な客観的事象を除いては、 私は解析を中断せざるをえなかった。即ち、私があなたたちに話した内容というのは非常に断片的なもの。 十分な情報摘出ができず、私は申し訳なく思ってる。」 …いや、むしろ俺はそれに対し感謝せねばならないだろう。断片的だったその情報に関してですら、俺は 理解が追いつかなかったのだから。それ以上の説明をされたところで頭がオーバーヒートしてしまうだけであろう。 「長門さんは、本当によく頑張ってたと思います!」 珍しく声を張り上げる朝比奈さん。一体どうしたのだろう? 「実はあのとき…彼女は」 「古泉一樹、朝比奈みくる。そのことは他言無用と言ったはず。」 「すみません長門さん。しかし、彼には伝えておくべきです。いえ、僕が彼に知っておいてもらいたいのです。」 「そうですよ!またあんなことが起こったらどうするんですか!? キョン君を心配させたくないって気持ちはわかりますけど…それでも!」 何だ何だ??長門に何かあったってのか?! 「実はですね、あのとき僕たちが止めなければ彼女は…ちょうど内部容量を超え フリーズしてしまったパソコンのごとく、二度と機能しない体になっていた可能性があるんですよ…。」 パソコンは電源を落として起動させればまた使えるようになる。しかし長門はどうだ? いくら情報思念統合体とはいえ、体は人間のそれと一緒なはず。そんな彼女がフリーズを起こしてしまったら…?! 「長門!?どうしてそんな無茶なことを!?」 おそらく長門のことだ…無理やりだとわかってても、なるべくなら 情報の取りこぼしは防ぎたかったのだろう。だが…それとこれとは別問題だ。 「以前言ったよな!?無茶はするなって…!何かあったら俺に言えって…!そりゃ、あのとき俺は ハルヒのとこに向かってていなかったし、仮にいたとしても俺のような一般人がその解析とやらを 助けてやることはできんかったろうが…そういう問題じゃねえんだよ!俺も、そして古泉や朝比奈さんもだが… お前の無理するとこは誰も見たくねーんだ!!ここにはいないがハルヒもな。だから…長門、俺に約束してくれ。 二度とこんな真似はしないってな。もしやるようなら…罰金だからな?それがSOS団ってやつだ。」 「…っ。」 罰金という言葉に反応したのか、それまで重かった(ように見えた)長門の顔色が不意に明るくなる。 「…わかった。私も、罰金は払いたくない。」 シャッターチャンスだったかもしれない。そう思わせるような…優しい表情だった。 …で、ふと思ったんだが…。 「もしそれが人為的なもんだったとしたら、犯人は未来人かもしれないってことか?」 「未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。」 …… 俺は思い出していた…二日前、放課後にて俺の下駄箱に入っていた… 一枚の手紙に書かれていたことを。 『どうか、未来にはお気をつけください。』 ハルヒをこんなことにしやがったヤツは未来人ってことかよ。 あの手紙の意味がようやくわかったぜ…朝比奈さん大には感謝しねーとな。 ふと朝比奈さんのほうを見る俺。 「え、ええっと、キョン君??今の話だと犯人は未来人だとか何とかそういうことらしいですが、 決して私は犯人じゃないですよ?!?どうか信じてください…。」 涙目ながらに懇願する朝比奈さん。どうやらこのかたは何か勘違いをなさっているようだ…。 「誰も朝比奈さんが犯人だなんて思ってませんよ!?」 「…じゃあどうして今私のほうをジロっと見たんですかぁ…?」 う…これはまずい。朝比奈さん大のことを思い浮かべ、朝比奈さん小をついつい見てしまったなどとは 口が裂けても言えない。なぜなら朝比奈さん大のことは本人(小)には話さないようにと…以前彼女と そう約束したからだ。詳しい理由はわからんが…やはり大人となった自分に過去の自分が会ってしまう、 あるいは存在を認知されてしまうというのは、時系列上いろいろと問題が生じてしまうのであろう。 「いえ、この事件には未来が関与してるとか…そういったことが今しがたわかったので、 未来人である朝比奈さんは何かそういう情報を掴んでいないかなあと思って見たってだけの話ですよ。 何か知ってることとかありませんか?最近未来で不穏な動きがあったとか何とか。」 ふう、なんとか上手くごまかせたぞ。 「あ、そういうことだったんですね。…そうですね…不穏な動きですか…。」 「些細なことでもいいんです。何かありませんか?」 「…そういえば最近藤原君たち一派が事あるごとに時間移動していたのがちょっと気になります…。」 …やっぱりそうだったか藤原よ。一連の事件の一部始終がお前の差し金だったんだな。 まあ、朝比奈さん大と直接会って『藤原くん達の勢力には気を付けてください。』 と忠告されていた段階ですでに薄らと気付いてはいたんだが。 「長門よ、今朝比奈さんの言ったこと聞いたよな?ということは、犯人は藤原一派で確定か?」 「そ、そんな、時間移動といっても、もしかしたらそれは私のただの勘違いだったかもしれませんし、 たったそれだけの情報で藤原君たちを犯人扱いしてしまうのは…」 うーむ…朝比奈さん大にそう言われたと本人には言えないからなあ…苦しいところだな。 「もちろんその可能性もある。まだ確定したわけではないが、彼らを警戒するに越したことはない。 その場合、以前彼らと連動していた天涯領域や橘一派に対しても同様の措置をとるべきだと考える。」 長門の言うとおりだな。 「……」 何か言いたげな顔をしている朝比奈さん。一体どうしたんです? 「ええっと…犯人が藤原君たちでしろそうでないにしろ、 いずれにしても 犯人は未来人だっていうのはもう決まってるんですか?」 「可能性は非常に高いですね。」 「だとしたら、私にはなぜこんなことをするのか理解しかねます…。」 「?どういうことですか?」 「考えてもみてください。涼宮さんに神としての自覚を促すということは…つまり、この世界をもう一度 滅ぼしかねない可能性を与えてしまうってことなんですよ?当たり前のことですが、現行世界が消滅してしまえば つまりは未来だって消滅しちゃいます。私たち未来人からすれば帰る場所が無くなっちゃうんですよ。 にもかかわらずそんなマネをするなんて…あんまりこういう言い方はしたくはないんですけど、これじゃ 自殺行為と変わらない気がします…そういう人たちがいるのだとしたら、とても正気の沙汰には思えません…。」 肩を落として悲しげな表情をする朝比奈さん。やめてください、あなたにはそんな表情似合いませんよ…。 それにしたって、朝比奈さんの言い分も至極当然である。一体どういった目的でハルヒにこんなマネをしたのか? 犯人が未来人だったとしたなら、なおさら考えさせられるべき問題だ。 「古泉、理由に関して何か見当はつくか?」 「こればかりは僕にもさっぱり…最大の謎としか…。」 「そうか…長門、お前は何かわからないか?」 「古泉一樹同様、見当の余地もない。何より、現段階では情報が少なすぎる。」 誰にもわからない…か。それならいくら悩んだって仕方あるまい。 …そういえば 「なあ、長門。」 「何?」 「仮にハルヒに神としての意識が復活したとしても、ハルヒがこの世界を好きになれるように… 維持したいと思わせるように俺たちが働きかけることができるようなら、世界は消滅せずに済むんじゃないか? 原理的にはあれだ、いつぞやの閉鎖空間のときみたいにな。」 「…それは非常に厳しいと思われる。」 どうして!?と言いそうになったが改めて考えてみりゃ、ハルヒは過去三度も世界を滅ぼしてしまった 神様なわけで、そういう事例がある限り俺らがいくら説得したところで態度を変えるかどうかは… 常識的に考えたらそれは困難だろう。いや、困難どころか不可能に近いかもしれん。だが 「万が一にでも説得に成功すれば世界は崩壊せずに済む…そういうことだよな? 可能性がゼロじゃない限りは、希望はあるはずだよな?」 しかし、長門から発せられた言葉は…無機質で冷めていた。 「仮に成功したとしても、事態の解決は望めない。」 …… 一瞬『万事休す』という言葉が頭をよぎる。 …ちょっと待ってくれ… 本当にどういう状況なんだ?? 「涼宮ハルヒの能力は、あくまでフォトンベルトによる人類への悪影響を助長しているに過ぎない。」 わけがわからない。 「つまり涼宮ハルヒの能力の有無には関係なしに、 フォトンベルトは人類にとってマイナスベクトルへと推移している可能性がある。」 …え? 「お、おいおい…それじゃあアレか!?ハルヒが望むにしろ望まないにしろ… いずれにしても世界は滅ぶ運命にあると、お前はそう言いたいのか??」 「そういうことになる。」 「待ってくれ!?さっきハルヒの能力無しには地球崩壊の科学的根拠は成立しないって言ってたじゃねえか? それにだ、そもそもフォトンベルトとかいうのが存在するかどうかも疑わしいんだろ?ハルヒが望めば、 お前がさっき言ったように物理法則でも無視してフォトンベルトとやらを作りあげるんだろうが… 裏を返せば、つまり望ませなければ、そんなもんも誕生しないってことだろ?? それなのに、なぜお前はフォトンベルトがあること前提で話を進めているんだ??これじゃ納得できねえ…!」 「きょ、キョン君!落ちついてください!長門さんだって、私たちと気持ちは同じはずなんです!」 …… 朝比奈さんが叫ぶなんて珍しいこともあるもんだ。そのせいか…体から熱がひいていくのがわかる。 しまった…俺は熱くなり過ぎていた。無意識だっただけで、俺は長門に対して どことなくぶっきら棒な言い方になってしまってたんじゃないのか…? 「あ…すみません、出過ぎた真似でした…!長門さんにも…勝手に気持ちを代弁しちゃってごめんなさい…。」 「いい。私もこの世界は安寧であってほしい。それはあなたたちと同じ。」 「朝比奈さん…むしろ言ってくれてありがとうございます。おかげで冷静さを取り戻せました。 それと長門…ゴメンな。お前を問い詰めようとか、そういうつもりはなかったんだ。」 「わかってる。言うなれば、【フォトオンベルト】の定義を曖昧のままにして話していた私のミス。 存在の確証も無しに【フォトンベルト】という語源を安易に会話に使用していたのは相手に誤解を招くには 十分な行為であり、私の不覚といたすところ。従って、次回から私の言う【フォトンベルト】とは、 あくまでそれに類似した何かであって、いわゆる一般的に厳正定義されているフォトンベルトとは 差別化することをあなたに伝えておく。これでいい?」 「つまり長門さん、こういうことですよね。確かに、『いわゆる肯定派が唱えるフォトンベルト』が 存在する確証などどこにもない。しかし、フォトンベルトに近しい何かが太陽系全体に接近しているのは 紛れもない事実であり、いくつもの科学データがそれを証明している。そして、その事実が地球に 害を及ぼしかねない可能性を示唆している。」 「そういうこと。」 古泉がフォローに入ってくれた。なるほど、なんとなくだがわかってきたぞ。つまりフォトンベルトではなく、 近しい別の何かと考えればいいんだな。ただ、その近しい別の何かの具体的呼び名が今はない。 ゆえに、とりあえずは暫定的に【フォトンベルト】という呼び名でこの場は定着させましょうということだ。 …… って、近しいって何ぞや?? 「長門、近しいって何ぞや??」 反射的に心の声がダイレクトに出てしまった。だってその通りなんだから仕方ないじゃないか! そうだろう??ただでさえフォトンベルト自体が意味不明なのに、それに近しいって一体全体何なんだ?!? 「フォトンは先述したように…」 しかし、そんな俺のふざけた口調にもかかわらず長門は黙々と答えてくれている。 何も反応がないってのも…それはそれでちょっと悲しいもんだな…。いや、待て 一瞬だったが、俺は長門の口がにやけたのを見逃さなかった。 「電子と…反電子の物理、的崩壊によって…」 言い方も何かもぞもぞとしておかしい。確信した、長門は間違いなく俺の『何ぞや』に受けている。 なんとも、世の中には変わった笑いのツボをお持ちのかたがいるもんだ。 「長門…そんなに何ぞや?がおかしかったのか?」 「今話してる途中…というか、そんなことはない。」 「無理しなくていいんだぜ?」 「そんなことはない。」 「ホントか?」 「そんなことはない。」 「やっぱ面白かったんだろう?」 「そんなことはない!」 !? 「おやおや、キョン君も人が悪い。まさか女性を辱めて悦に浸る趣味をお持ちとは、思いもしませんでしたよ。 そのせいでしょうか、長門さんも随分とご立腹のようです。」 「そうですよキョン君。せっかく長門さんが一生懸命お話していたのに…そりゃ長門さんでも怒りますよ!」 なんということだ…長門には怒られ、古泉と朝比奈さんはその長門の援護射撃に入ってしまわれた。 さらば俺フォーエバー! 「…とにかく、話を続ける。」 「長門マジすまん、許してちょんまげ。」 「…今の…面白かったから…許す…っ。」 「キョン君、あなたは本当に何を言って…呆れて笑いが込み上げてきたではありませんか。」 「ちょ、キョン君、こんな重要な話の途中に何言って…くっあはは。」 朝比奈さんの言うとおりだよ。何言ってんだよ俺は…??ハルヒがいないからって テンションがおかしくなってるんじゃないのか??いや…こんな重たい話だからこそ 反動で笑いを取りに行ってしまったのかもしれない。何にせよ、こういう空気もたぶん必要…だと思う。 「本当に話を戻す。フォトンは先述したように電子と反電子の物理的崩壊によって生まれた光の粒子だが、 人間が一般的に知る光とは異なり、多次元の振動数を持つ電磁波エネルギー。したがって大量のフォトンに さらされたとき、真っ先に重大な影響を受けることになるのは地球の地磁気や磁気圏…最も深刻な影響は 地球磁場の減少。19世紀初頭以降、その動きが活発化。その減少率が……」 話は続いた。 その後も長門から様々な科学データの提示、説明を受けた。地磁気減少による地球被害はもちろん、その他にも 太陽系惑星が総じて地球と同じ温暖化現象にあるということ、天王星や海王星でポールシフト即ち地軸移動が 起きたということ、土星や金星の明るさが劇的に増しているということ、周期的に沈静化するはずの太陽黒点が 一向に衰えないということなどなど、それはそれは幾多の情報処理に膨大な時間を削られたさ、ああ。 …… ふう… あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ …と発狂したくなるところだったが、俺にも人並みの精神力がある。心の中では叫んでいても、 実際それを口に出したりはしないさ。つまりである、俺は長門や古泉による複雑怪奇&高度な説明を 長時間に渡って聞き続け、すでに俺の脳内は限界に達してしまっているのである。言わずもがな、 思考回路も悲鳴を上げてしまっている。このままではまずい…俺は古泉に渾身の一言をぶつける。 「古泉、休憩をとらないか?」 「奇遇ですね。実は僕もあなたと全く同じことを考えていたところだったんですよ。」 話に夢中だった俺は気付かなかったが…いつのまにか古泉の顔も、俺に負けんと言わんばかりの 疲弊具合ではないか。そして、朝比奈さんも朝比奈さんで同様の様子。 そうか、みんな疲れていたのか。そりゃ無理もないさ。 「食事を食べ終えた後ですし、ここはみんなでデザートでも取りませんか? 甘い糖分は思考を活性化させてくれますし、気分転換も兼ねて一石二鳥というものです。」 良いことを言うじゃないか古泉よ。いい加減何か甘いもんが欲しかったところだ… 疲れを癒すためにも、俺はこの久々のくつろぎ空間を思う存分味わうことにしよう。 注文を聞きにこちらへとやって来る店員…まあ、つまりは森さんなわけだが。 「私はバニラカフェゼリーでお願いします♪」 「そうですね…では僕はチーズケーキを。」 「私は白玉アイスを希望する。」 「俺はチョコレートパフェで。」 「バニラカフェゼリー、チーズケーキ、白玉アイス、チョコレートパフェをそれぞれ一つずつですね。畏まりました。」 颯爽と去っていく森さん。これで数分後には美味しいデザートにありつけるというわけだ…。 「おやおやキョン君、早く食べたそうな感じですね。」 「当たりめーだろ。そういうお前も同じ穴のムジナだ。」 「バレてしまいましたか。腹が減っては戦はできぬとは、よく言ったものです。」 戦じゃなくて話し合いだけどな…まあ、いずれにしろ疲れることこの上ないが。 「私も早く食べたいですうぅ…。」 干からびたかのごとくぐったとしている朝比奈さん。待ち遠しい気持ちは十分わかりますよ。 「長門、お前はいつもながら平静を装ってるわけだが、やっぱりお前もデザートが待ち遠しいか?」 「待ち遠しいか?と聞かれれば、間違いなく今の私は『はい』と答える。」 つまり待ち遠しいんだな。 そんなこんなで、ゾンビのごとくうなされていた俺たちのもとに… 5分後くらいであったろうか、ようやく希望の品が届いたのであった。 「ゆっくり召し上がってくださいね♪」 またまた颯爽と立ち去っていく森さん。言われなくともそうしますとも。 …… 口の中にゆっくりと広がる甘いチョコの味…くうぅぅ!これはたまらん。 状況が状況だっただけに余計に美味しく感じるぞ。 「ああ…幸せです♪」 「さすが新川さん、良い仕事をしてますね。」 朝比奈さんも古泉も甚だしくご満悦の様子だ。 「いつか…。」 ん?何か言ったか長門? 「私もいつか、こういうアイスのような…美味しくて甘いデザートを作れるようになりたい。」 !? … 一瞬びっくりしたぜ。お前がまさか、こんな女の子らしい言葉を口にするなんてな。 お前の料理熱はカレー方面だけかと思い込んでいた俺だったが…どうやら料理全般に興味があるようだな。 一体いつのまに…?いつの日か、お前がデザートを作れる日を心待ちにしてるぜ。 さてさて、二重の意味で甘い時間を堪能していた俺たちであったが、いつまでもデザートに 甘んじているわけにもいくまい。本当は延々とのんびりくつろいでいたいが…ココに来た本当の理由を 忘れちゃいけねえからな。ハルヒの今後がかかってる重要な会議ってことくらい…いくら怠慢な俺でも 常時頭の隅っこには入れておいたさ。そもそも、ファミレスでこんな深刻な話をしていたこと自体、 客観的に考えれば信じられないことこの上ないが…とりあえず、話を再開させるとするぜ。 しんどいが、これもハルヒのためだ。 「で、他に何か俺に話さなきゃならんことはあるか?」 「実はですね、これと言ってあなたに話さねばならないことはもうないのですよ。」 「何、そうなのか?」 「ええ、そうです。実に長きにわたって頭が痛くなるような話を聞いていただいて…本当に今日はお疲れ様でした。」 「…いやいや、お前も説明いろいろご苦労だったぜ。」 「それはどうもです。…そうですね、何か我々に尋ねておきたいことはありますか? その質問に応じて、今日はお開きにしたいと思ってます。みんな疲労困憊のようですしね。」 尋ねたいこと…と言われてもだな、俺が今日どんだけ長門先生にご師事を受けたと思ってんだ… 彼女が一連の説明において、何か取りこぼしているようには全く思えない。ゆえに、俺には 質問すべきことなど何一つ残されてはいないのである。よし、それじゃあ今日はこれでお開きとするか。 …… …? …何か喉につっかかる…はて、一体これは何だろうか。 疲弊しきった頭をフル動員させ、その違和感を探索すべく渾身の力を振り絞る俺。 …… 夢… そうだ、夢のことだ…! 「みんな、ちょっと俺の話を聞いてくれ…。」 俺は話したのだ。そう…昨日、一昨日と…俺が夢の中で一部始終見ていた惨劇を。もちろん、 話したのには理由がある。長門や古泉から今日受けた話と俺が見た夢との間に、随分な数の類似点を 見出したからだ。聞いてるときに感じたデジャヴ感とは、このことだったんだな。 …… 「なるほど…確かにその夢はいろいろと筋が通ってます。例えば地球滅亡の様子においては 火→氷→水と…見事に涼宮さんの第一、第二、第三世界崩壊の末路と被っていますね。 そして水に包まれた後、地球が消滅…正しくは見えなくなった…そうですよね?」 「ああ、そうだ。」 「それも実は説明がつくんですよ。フォトンベルトの作用に照らし合わせればね。」 何、あれはフォトンベルトによるものだったのか?? 「そこのところを詳しく説明したいと思う。実は、地球はフォトンベルトの周辺部にあるヌルゾーン と呼ばれるエリアに突入する際、暗黒の中で星さえ見ることが出来ない状況に置かれる可能性がある。」 「暗黒?まさか地球が見えなくなったのはそのせいか…?で、それは一体どういう原理だ??」 「光子の影響で太陽光が視界から遮られる状況に置かれるから。 光源体が無ければ、人は物を識別することはできなくなる。」 「太陽光が全く当たらなくなるだって?それはあれか?例えばある場所が昼時ならば、 その地球の反対側に位置する場所は夜だとか…そういう当たり前の話じゃないってことか?」 「そう。地球の球体全てが暗闇に包みこまれる…そして、太陽光が当たらなくなった際には 地球全土で寒冷化現象が起こり、瞬く間に地球は極寒の地へと変貌する。」 恐ろしい事態だなそりゃ… 「それだけではない。地球の電磁気フィールドがフォトンエネルギーによって崩壊させられることにより、 あらゆる電気装置が操作不能となる。もちろん、人工的な照明器具類も一切用を足さなくなる。」 「つまり…完全なる暗闇…ってわけか。」 「そういうこと。」 …… 万が一にもそういうことになれば、本当に地球は終わってしまうではないか。 「ちなみに…フォトンベルトに完全に突入するとされる時期はいつ頃かわかるか…?」 「今年2012年の12月23日だと推定される。その場合、翌日24日までに第四世界の崩壊は完了される。」 …… 俺が二日前に見た夢の世界での日付を俺は覚えている… ああ、長門の言うとおりだ、確かに12月23日だったよ…あの忌まわしい日はな…。 …なるほど、今の長門の説明で全てに納得がいった。 冬にもかかわらずの酷暑は地磁気の漸進的低下による環境変化のせい… 有り得ない規模の大地震は地球の磁場が消滅したせい… 助けを呼ぼうにも携帯電話やラジオが全く機能しなかったのは光子による電磁波のせい… ハルヒを見つけた際に辺りが真っ暗になったのは太陽光が遮断されたせい… その直後に急激に冷えだしたのは寒冷化のせい… …… あの夢は…まさか予知夢だったとでもいうのか?じゃあ、まさか本当にあんな出来事が後一カ月ちょいで… いや、ふざけんじゃねえ…!?指をくわえて、家族や友人が死ぬのを待ってろってか? 「そんな未来、俺はぜってぇ認めねえ…。」 「何一人でいきりたってるんですか貴方は。『俺』じゃなくて『俺たち』でしょう?」 「そうですよ。私たちも協力しますから!絶対にそんな未来になんかしちゃいけません…!」 「もちろん、私も協力する。」 「みんな…ありがとう」 本当に良い仲間に恵まれたと思う…俺は。 「…それにしても、どうしたって俺はあんな夢を見ちまったんだ? 予知夢にしたって、俺にはそんなもんを見れる特異体質だの何だのあるわけでもない…。」 「…これは僕の推測ですが。おそらく、あなたに未来を見せたのは涼宮さんの力によるものでは? 一度目、そして二度目の夢にも際して涼宮さんの…助けを求める声が聞こえたらしいじゃないですか。 それが何よりの証拠かと。」 …… つまり、ハルヒは俺に助けを求めていた…? 「無意識ながらも神としての自覚を取り戻しつつあったのなら… キョン君に地球の崩壊を止めてほしかった…からじゃないかな?私にはそう思えます…。」 朝比奈さんの言うとおりなのだとしたら、俺が翌日ハルヒに対して思っていたことは 杞憂でも何でもなかったことになる。俺の読みは間違っていはいなかってことかよ… できればはずれてほしかったがな。まあ、もはやそうも言ってられまい。 「とりあえず俺のことはこれで置いといてだな、これから俺たちは何をすればいいんだ? どうすればハルヒと…そして世界を救える?」 「有効な策が現時点では思いつかない…というのが実状ですね…情けないですが。」 「そうですね…相手が未来人なのなら尚更です。万が一にも追い詰めたとしても、時間移動されてしまうのが オチでしょうし…それに、まずどこにいるのかもわかりません。他の時間平面上に潜んでいて、涼宮さんに 干渉する時にのみこちらの時間軸に顔を現したりするようでしたら、こちらからは何も手が出せません…。」 「つまり…ハルヒの近くに連中が現れるのを待つしかない…と?」 「端的に言えばそうなる。」 「少しばかり悔しいですがね。こればかりはどうしようもありません。」 古泉、長門、朝比奈さんの言うことに倣うのであれば、つまり、今俺たちにはハルヒを見守ってやることしか できねえってことか…納得いかねえが、しかし仕方ないことなのだろう。その代わり、連中が現れた際には 全力をもってハルヒは守るつもりだがな。よしんば、ヤッコさんも袋叩きにできれば言うこと無しだ。 …ああ、わかってるさ、そう簡単に上手く裁ける敵じゃねえってことくらいな。なんせ相手は未来人だ。 でも俺には頼れる仲間がいる…そう思えば少しは気が楽になるってもんだろう…。 そんなこんなで今日はお開きとなった。言うまでもないが、俺は今から家に帰って睡眠をとる必要がある… いくらハルヒを守ると言えど、万全な体調で挑まねばそれこそ意味がない。万一にも思考回路が働かない などという事態に陥れば、それこそ本末転倒であろう。それに、一旦長門たちの話を整理する時間も必要だ。 時計を確認する俺。時刻は…朝の6時10分か。なんと、俺たちはいつのまに こんなにもの長時間を会話に費やしていたというのか?時の経過は早いのだとつくづく実感する。 疲労した体で家に戻った俺は、早速ベッドに横になった。今すぐにでも眠りそうな勢いである… 昼夜逆転してしまったが、一日くらいどうってことないだろう。ハルヒのためだと思えば何ら惜しくはない。 …… 寝る前に俺は夢のことに気づく。そういえば、またしても俺は何かしらの夢を見てしまうのであろうか? 昨日、一昨日と、見た内容が内容なだけに寝るのが恐ろしく感じられるが…しかし、 古泉や朝比奈さんの言っていたように、あれらがハルヒの俺に対する何らかのメッセージなのだとしたら… 俺はそれから目を逸らすわけにはいかないだろう。というか、そんなことは許されない。 …意識が薄れていく。そろそろ眠りに入る頃合い…か。 ま、覚悟はできてるぜ。どんな夢でもかかってこいや。 俺は ゆっくりと目蓋を閉じた