約 774,116 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/877.html
「ねえキョン、あんたどんなところ就職するのよ?」 ハルヒは俺の胸に顔をうずめながら、左指で俺の乳首をいじっていた。 すでに行為は終わっていたし、感慨もなくただされるがままだ。 それにハルヒは俺の胸に寝るのが落ち着くらしく、 週末にはこうやって東京で一人暮らしをしている俺の部屋に遊びに来るのだ。 俺は大学受験を終え、東京の有名私立大学へと進学した。 ハルヒも同じ学校に進学したが、俺とはレベルの違う学科だった。 すでに能力は消えていた。 ハルヒは大学に入って最初の一年はやたらともてていたが、 ずっと俺と一緒にいたおかげで、今は声をかけるものはいなくなった。 ハルヒ曰く、 「馬鹿大勢より、大事な人一人のが価値があるでしょ」 だそうだ。 ハルヒは俺に身体をくっつけたまま上目遣いで俺を見つめた。 「ねえ、時間はあるんだし、もう一回しましょ」 「分かったが、俺は就活で疲れてるんだ、お前が上になれよ」 「分かったわよ、ちゃんと前戯ぐらいはしてよね」 「じゃあ、ちょっと横になれ」 俺はハルヒを下にして、強引に脚を広げた。 いつみても綺麗だって思ってしまうのは、ハルヒの毛が薄く、 割れ目が見えていることだけじゃない。 ひきしまった陰唇はすでに濡れていて、俺を受け入れるのには十分だった。 ハルヒは前戯が好きだ。 初めてした時、俺が舐めようとするのを拒んだが、今では整った顔を歪ませて声をあげている。 「なあ、もういいんじゃないか。十分濡れてるぞ」 「そうね。さっき一回イってるし、十分かも」 そういうとハルヒは起き上がって俺の上に跨った。 「ちょっとキョン、なんでまだこんなに硬いのよ」 ハルヒは俺のペニスを痛いほど強く握って、嫌な笑みを浮かべた。 「入れるわよ」 ハルヒの中に入っていく感触が伝わった。 「んっ…、あっ」 ハルヒは光悦とした表情を浮かべ、俺を見下ろし、ゆっくりと腰をスライドしだした。 「どう? 気持ちいい?」 「かなり」 ハルヒの中はいわゆる名器というやつで、締りも肌触りも俺とぴったりだった。 ハルヒはそれだけいうと、それ以外はなにも言わなかった。 ただ、卑猥な音とハルヒの喘ぎ声だけが狭い部屋に響いた。 「んっ、はぁ、……いや! あ! んっ…」 ハルヒは腰の動きを激しくしだした。 それにあわせて俺も腰を振った。 「ちょっとキョンなんでつくの!? いや、だめ! もう限界! んっ!」 中が急激に締まると、俺は簡単に限界を迎えた。 「で、キョンあんたどこに就職すんのよ」 ハルヒはブラジャーをつけながら言った。 「そうだな、大手の出版社なんか狙ってるんだが」 「また無理そうなところ狙って、落ちても慰めてなんかやらないわよ?」 「やってみないと分からんだろ」 「まったく」 面接当日。 「はい、お守り」 ハルヒはお守りを俺に手渡してきた。 「大学受験じゃあるまいし、要らないだろ」 「ちゃんとよく見なさいよね」 あ、そういうことか。 「大学受験のとき、これ一緒にわざわざ太宰府までいって買いに行ったでしょ? それで一緒に合格できたんじゃない。 今回もね。だから、もっていきなさいよ」 「あ、ありがと」 「まったく、それぐらいしかやってあげられることないからね!」 「分かったよ」 「頑張りなさいよ」 俺は胸が一杯になった。 たまに優しさを見せるハルヒがとても愛しかった。 それは、前から決めていたことでもあった。 「なあ、ハルヒ?」 「なに?」 「大学でたら、結婚しないか?」 「え?」 俺はもう一度繰り返した。 「大学を出て、就職をしたら、結婚しないか?」 「わ わたしはいいけどさ…。 あんたはそれでいいの?」 「いいさ。俺にはハルヒしかいないから」 ハルヒは抱きついてきた。さっきみたいな卑猥な感じじゃない。 優しく、そっとだ。 「ありがとう、でも本当にいいの?」 「ああ」 俺は抱きしめ返した。強く、力強くだ。 そして俺たちはとても静かなキスをした。 「いってらっしゃい」 ハルヒは笑顔でそういってくれた。 「行ってくるよ」 「帰ったら、ご飯の準備しとくわね」 「ああ」 ハルヒの笑顔を見つめ、そして俺は履きなれない革靴に足を入れた。 「じゃあ、行ってくる」 「早く帰ってくるのよ!」 俺はドアを開け、さわやかな気持ちで、右足を踏みしめた。 外は無駄な暑さで、空には大きな入道雲がそびえていた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4926.html
※オリジナルキャラ・ある意味BAD END注意 これは世の中を安全に生き抜く方法を教える……、 1人の女子高生の物語である。 部室 ハルヒ「ねぇ、キョン」 キョン「んー?」 ハルヒ「――……やっぱりいいわ。」 キョン「えー?なんだよー。」 ハルヒがもじもじしている。 ハルヒ「だって~はずかしいんだも~ん。」 キョン「気になるじゃんかよ――。教えてくれよ――。」 ハルヒ「しょうがないわね~~。も~~。じゃあ言うよ~~。」 キョン「うんうん!」 ハルヒ「え~と、実は~、この学校は~、…」 するとハルヒは、急に真面目な顔になり、 おそろしいことを言った。 ハルヒ「あと3分で爆発する!!」 キョン「…」 キョンは何が何なのかわからない様子。 突然、学校が大きく揺れた。 ゴゴゴゴゴ キョン「!?」 ビーッビーッ 地震のように、大きく揺れる中、警報音がとどろき、 『爆発まであと3分! 爆発まであと3分!!』 キョン「うわああああああぁぁぁ!?」 キョン「ちょ…、ちょっと…!!ホントに爆発するのか!?」 キョン「なっ…、何でこんなことになったんだよ!!」 キョンはハルヒに問いただす。 すると彼女は、 こう言った。 ハルヒ「ひまつぶしにコンピ研の部室入り口の近くにある、 自爆スイッチを押したから」 キョン「物騒なモン学校にとりつけてんじゃねーよっっ!!」 ハルヒ「というわけで今回は私が! 学校が爆発しそうなときの逃げ方を教えてあげるわ!!」 キョン(…なんか、初めてだなこーゆー展開……) キョン「と…とにかく細かい事はいいから…、 さっさと逃げようぜ!!」 キョンは走り出したが、 ハルヒ「待ちなさ―――――いっ!!!」 ドロップキックを食わされた。 キョン「おひょ―――――っ!!!!」 ハルヒ「あんたそんなカンタンににげちまったら…、 380万円もして自爆スイッチを買って設置した意味が ないじゃないの!!」 キョン「高ぇな自爆スイッチ!!」 ハルヒ「いい? 爆発まであと3分…、 まあ1分あれば脱出は可能…。 …とゆーことは…、 あと2分は遊んでいいということよ―――っ!!」 キョン(余裕だ――――――っっ!!) ハルヒ「そうと決まったら、ババ抜きでもして 遊びましょう!! 新入部員の高橋君も連れてきたから!!」 高橋「あっ、どうも」 キョン「こんなときにオリジナルキャラ 登場させてんじゃねーよっ!!」 キョン「もうっ!!早く逃げるぞ!!」 するとハルヒは、窓の方に指をさして 言った。 ハルヒ「逃げるならあの窓が近道よ!!」 ハルヒはキョンの体をひょいっと持ち上げて、 キョン「ちょっ、…ちょっとハルヒ!!」 ハルヒ「えいっ!!」 その窓のほうに投げた。 キョン「うわっ!!」 キョンの体は窓枠にスポッと入った。 キョン「…、」 ぐっぐっと手を壁に押し上げても、窓から抜け出せない。 キョン「抜けねえぇぇぇぇ――――――っっ!!!」 ハルヒ「だっ、…大丈夫――っ!?」 キョン「うわ――――っ、ハルヒ、早く抜いてくれ―!!」 『爆発まであと1分。爆発まであと1分。』 ハルヒは一生懸命、顔をこわばらせながら、 キョンの体を引っ張っている。 ハルヒ「ぐううう~…。」 そんな姿を見てキョンは キョン「も…もういいよ!!ハルヒだけでも逃げて!!」 ハルヒ「ふざけないで!!ここでキョンを見捨てるくらいなら、 死んだほうがマシよ――――っっ!!」 キョン「ハ…、ハルヒ」 キョンの目から一筋の雫がたれた。 ハルヒ「く、…くそぉ…っ、ふぎぎぎぃっ!!」 ハルヒ「うおおおお、おあああああっ!!」 ハルヒ「無理。」 キョン「………」 キョン「!?」 キョン「まてー!!クソ団長―っ!!アホ―ッ!!」 ハルヒ「うっさいバーカ!!あたし一人だけ助かるんだもんね。ぐはははは!!」 『爆発まで30秒前!』 ハルヒ「ふっ……30秒もあれば楽勝で逃げられるわね。」 『29、28、27、26、25、24、23………ゼロ!!!!』 ドカーーーーーーーーン!!!!!!!! ハルヒ「ありゃーーーーーっっ!?!?」 グラウンドにはキョンとハルヒの2人の遺体があった。 そこにザッザッと誰かが歩いている。 それは高橋だった。 2人を見て高橋、持ってるマイクを片手にこう言った。 高橋「これぞ必殺!!!!!!『タイムワープ』!!!!!!!!」 糸冬 元ネタ『家が大爆発じゃっ!』
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1638.html
それは地球上全ての熱を集めたのではと錯覚するほどの熱気と、 鼻を刺激する異臭に囲まれた小さな場所での、 ポケット中の戦争の記録。 ――なんてな。 「……くそっ、逃がした!」 毒づきながら、俺は体勢を立て直す。敵は神出鬼没であり、油断は厳禁だ。 体中から汗が噴出す。それは閉鎖されたこの空間に充満する熱気のせいなのか、怨敵を前にしての緊張からなのか――おそらく両方だ。 常識を超えた熱が思考を奪う。脳内では沸騰する鍋のごとくコトコトいってるのだろう。 楽しい冗談はここまでだ。 どうやら見失ったばかりか、弾切れまで起こしたらしい。投げ捨てた得物はカランと虚しい音を立てた。 仕方ない……なるべく使いたくなかったが、接近戦専用の武器に切り替える他ないだろう。 「何やってんのよ、キョン!」 俺を小突きながら、ハルヒが俺の背中につく。 考えナシに撃ちまくったハルヒは、早々に弾切れを起こして以降は白兵戦オンリー。それで生き残っているんだから大したものだ。 「ああ、すまん」 脊髄反射的に出る台詞が謝罪とは男として何とも悲しいことだが、気が緩んでいると叱らないで欲しい。 極限状態の中で、思わず無意識になれる相手に、背中を預けているんだからな。 「……しっかりしてよね」 今のは幻聴だろうな。表情を見ればわかる。 背中越しに見えるハルヒの顔には、ありありとした怒りが浮かんでいた。 やはりハルヒにとっても、奴は仇敵ということか。 奴を発見したとき、俺たちのとった行動はその場を閉鎖することだった。 更なる援軍を呼び込まないための措置でもあり、入り込んだ敵を完全に殲滅する空間を作るという理由もある。 しかし、それはまさしく諸刃の剣。 逃げられないのは、俺たちも同じことだ。 朝比奈さんは倒れ、長門も動けず、古泉はこの場にはいない。 デッド・オア・アライブ――できれば、一生体験したくないシチュエーションだったな。 ここはもはや、俺たちがかけがえのないときを過ごした文芸部室ではない。 戦場だ。 急かすように鳴るケータイの着信音が思考を妨げる。どうせ古泉だ、何度もかけてくるな。 ハルヒは敵を追って飛び出していったため、SOS団的な裏話を聞かれる心配はないはずだ。 電話の向こうから聞こえてきたのは、案の定シリアス具合が二割り増しした超能力者の声だった。 「かつてない規模の閉鎖空間があちこちで発生しています」 そんなことだろうと思ったよ。むしろ今のお前がそれ以外の話題を振ってきたら罠かと思うぜ。 「まさに最悪と言えるでしょう――そちらの状況は?」 「似たようなもんだ。部屋を閉め切った時点で、最悪であるのが前提だしな」 「いけませんね……おっと、また近くで発生したようです。涼宮さんのことはお任せしますよ」 切りやがった。本当に忙しい奴だ。 意識を戦場に呼び戻す。 ハルヒは見失ったと喚いているが、俺の視界は確かに奴の姿を捉えていた。 しめたとばかりに背後を取る。奴がゴルゴ気質でないことを祈るばかりだ。 そして得物を振り上げる。気配を察知したのか、標的は宙に浮かび上がり―― 「かかったな小物め!」 俺はバットのスウィングの要領で得物を横に振りぬく。そう、全てはこの一瞬にかけたフェイントだったのさ。 壁に打ち付けられた得物が小気味良い打撃音を放つ。 「……なんとっ!?」 いないではないか。まさか、俺がフェイントを仕掛けたように奴も一枚上手のフェイントをかましたとでも言うのか。 違う。単純明快なスピードの問題だ。敵の飛行速度が俺のフルスウィングを上回っていた、それだけの話。 では奴は一体…… しまった! ハルヒの方へ移動している。しかも間の悪いことにハルヒは接近に全く気づかず、図らずも敵に背を向ける体勢となっていた。 声を絞り出そうとするが、もう遅い。 ハルヒの体に、鋭い槍が―― 「ハルヒィィィィィィッ!!」 チクッ。 プィィィィィィィン。 ――今更で何だが。 上記のシリアス全開な展開はそのほとんどが嘘ピョンで。 ここで言う『敵』とか『奴』とは、夏の風物詩が一角、蚊のことである。 ……すまん。 暑さにやられてイライラしてやった。今は王政復古を目論んだイギリス並に後悔している。 絶対不可侵らしい団長の敗北により敵性個体の殲滅を断念した我々SOS団は、まず窓を開放した。 言うまでもない、部室に充満する煙(戦闘の産物)を排除するためである。 その隙に蚊に逃げられたが、あえてみすみす見逃しておいた。達者で暮らせよ、俺の目の届かないところで。 ああ、風にあたることがこんなにも幸せな行為だったとは。 涼宮ハルヒは大層ご立腹のようで。目に入るものは全て噛み付いてやると言わんばかりの歯の食いしばりぶりだ。 こんなんじゃカ●ーユも修正する前に逃げるだろう。女の子がそんな顔するんじゃありません。 痒み止めを塗ってやりながら、俺に噛み付くなよと必死に祈っていた。 夏である。 ものすごい勢いで夏だ。 それ即ち蚊の季節。他にもあるだろうということは充分理解しているので、苦情は一切受け付けない。 俺だってできればスイカとか花火とか比較的平穏な話をしたかったんだ。 それがなぜ蚊と戦うことに。誰かの陰謀か。 最初、俺たちと共に殺虫スプレー(from 保健室)を振り回していた朝比奈さんは真っ先に血を吸われた。 小癪なことに蚊の野郎も朝比奈さんの魅力を心得ているようである。忌々しい。 愛しのエンジェルはついさっきまで気温にやられ「ふみゅう」と弱っていらっしゃったのだが、 空気を入れ替えたことで少しは回復に向かっているご様子である。お疲れ様です。 長門は読書中で動きそうもないので適当に蚊帳で囲ってある。 傍らに豚の置物が佇んでいるが、気に入ったのかね。長門流に評せば、なかなかにユニークな光景だ。 なお、これは蚊の退治ごときに宇宙的な本気パワーを発揮させないための措置も兼ねている。 部室に到着するなり文学少女が物理法則無視のアクションを連発するSF映画を目の当たりにした俺の提案だ。 全米が泣いた、宇宙少女と蚊の壮絶な戦いの記録『NAGATORIX』――製作中止。 緑色の網は、長門の檻でもあるというわけだ。まあ、本気を出されたら何の役にも立たないんだが。 ちなみに俺は全員で蚊帳の中に避難することも提案したのだが、 「それだと蚊をのさばらせることになるじゃない!」 例え一時といえど、本拠地を蚊に明け渡すなどハルヒにとっては耐え難いことらしい。 古泉とは別行動で、世界の命運は主にあいつにかかっている。 何でも、夏は閉鎖空間の発生頻度がとんでもなく高く、その時期の神人はより凶暴になっているそうだ。 近年の某仮面の走り屋のような話だ。 新聞紙や殺虫スプレーを持ってエスパー戦隊を追い回すこともあるらしい。虫扱いか、哀れ古泉。 そういえば、あれ以来コールが1回もない。死んだか? 新聞紙(白兵戦専用武器)で机を叩く、乾いた音がこだました。 俺の記憶を頼りにすると、この面子でこんな行動を取ると予測できるのも今それをするだけの体力があるのも、 涼宮ハルヒただひとり、だ。 「ああ、もうっ!」 怒り心頭、怒髪天を衝く、腸が煮え返る。 それらの怒りの感情を表す言葉を全てかけあわせても足りないような形相で、ハルヒは立ち上がる。 どうやら涼宮ハルヒの業腹はピークを振り切ったようだ。 「蚊なんていなくなればいいのよっ!!」 その意見には、全面的に賛成だ。 俺もその場のノリでそう口走ったことは何度もあるし、実際に蚊がいなくなって困ることはない。 生態系がおかしくなるなんて話、太陽熱で沸騰しきった脳味噌にかかれば即座に「知ったことか」にカテゴライズだ。 しかし、なあ。たったそれだけの理由で、世界を滅亡の危機に晒さんでもいいだろう、ハルヒ? その日の夜。 俺はいきなり頭を抱えるハメとなった。 とは言っても、連日の熱帯夜のお陰ですっかり寝つきが悪くなっていたことではない。 何十回めかの寝返りを打ったあと、目を開くと、 「や――っと起きたわね、キョン」 いきなりハルヒに覗き込まれていた、なんてことになったら、そりゃ抱えたくもなるだろ。 また夢か。 しかも、首を括りたくなるような夢判断の結果が目に見えるようなシチュエーションですか。 時代を超えて俺を散々苦しめるフロイト先生に撲殺天使でもけしかけてやろうか。 なーんて出来もしないことを真面目に検討していたが、そろそろ正気に戻った方がいいだろう。 夢にハルヒが出てくるなど、不吉な予感がビンビンするぜ。 景色が違う。ここは俺の部屋じゃない。 今、俺が見ているのは、文芸部室の天井じゃないか。 そして今までやけに柔らかい枕だなと思っていたものは、ハルヒの太ももではありませんか。 「なに赤くなってんのよ、エロキョン」 おいおい、カンベンしてくれ。俺はこういう全国青少年の夢的状況に耐性ないんだぞ。 それに赤くなってるのはお前も同じだろうが。 「しかし……」 夜の学校にふたりきりか。去年の嫌な夢(便宜上、そうしておく)を思い出すね。 というか今回もその線で考えた方がいいのだろうか。 「……」 「……」 「……早く、どけっ!」 ハルヒ の ちきゅうなげ! きゅうしょ に あたった! さて、床に頭からダイブするハメになった上にしっかり痛いので夢でないことを確認してしまったわけだが。 いよいよ嫌な予感が膨れ上がる。 部室の窓から覗いた先は―― 「やっぱりな」 それは、見渡す限りの灰色の世界だった。 まったく、溜息だよ。 ここ、閉鎖空間だ。 ハルヒよ、今回は何が気に入らなかったんだ? 俺の思惑とは裏腹に、世界の主は割と元気そうだが。 「あたし、前にここに来たことあるのよね。夢だけど」 奇遇だな、俺もだ。もちろん口には出さない。 「また来れて助かったわ。蒸し暑くないし」 そりゃ、お前の都合のいいように創られた世界だからな。 いやに機嫌がいいじゃないか、ハルヒ。とても閉鎖空間を発生させるほど荒れてるとは思えねえぞ。 ――しかし、このまま無事で済むだろうか。 ここが閉鎖空間だというなら、出るはずだ。 ハルヒのストレス発散の代行人であるところの、青く輝く巨人が。 結果的に言えば、神人は出た。 しかもそれだけでは飽き足らず、何だかややこしいのまで乱入する始末。 閉鎖空間で俺とハルヒが出会ったのは―― ある意味、ここに最も存在してはならない奴だった。 「元の世界に戻りたいと思わないか」 「んー、今はいいわ。こっちの方が居心地いいし」 念のため説得を試みたものの、凄惨たる結果であった。まずい、こりゃ世界が取って代わられるのも時間の問題か。 とりあえず、「今は」ってことは戻るつもりはあると好意的に解釈しよう。 俺の毛髪の危機のタネとなる気苦労などつゆ知らず、ハルヒは窓際で鼻歌まじりに灰色の世界を見下ろしている。 いい気なもんだね。この前は、らしくないほどうろたえていたというのに。 ハルヒはふとこちらに顔を向け、 「あんたこそ、戻りたいと思ってるの?」 そりゃあお前…… あー…… 戻りたいさ。戻りたいんだが。 俺もおかしくなったんだろうか。不思議と「帰れ」と駆り立てるものがない。 それどころか妙な安心感まである。ハルヒといっしょにいるから? まさか。 どうしちまったんだ、俺。 青く発光する巨人を確認したのは、思ったよりも時間が経ってからだった。 お前も重役出勤か。本体の性格までトレースしているのか――そういやハルヒはシンパシーを感じるような発言をしていたな。 神人が現れたとなっても、俺の心は焦燥を覚えてはくれない。しっかりしてくれ、俺。 自身の分身(ただし無自覚)との二度目の邂逅に、ハルヒは顔を輝かせ――ヒビが入るBGMを伴うようにその表情は固まった。 ハルヒは新たな闖入者に釘付けになっている。 ……奇遇だな、俺もだ。 それは宙を舞っていた。 大きさは、およそ神人の頭程度。青い巨人にとっては虫けらそのものだが、人間にしてみれば脅威を感じるでかさだ。 それは不愉快な雑音を発しながら、神人に突進をしかける。 神人も近づけまいと拳を振るって牽制する。しかし相手も諦めてないようで、ひたすら巨人の周囲を飛び回る。 青き拳は、虚しく空を切り続けた。 幻想もクソもない。思い出されるのは夏の夜に感じる理不尽なイライラとむず痒さ。 なにこれ。 蚊じゃん。 青く光る巨人の周囲を旋回する巨大蚊。 なんだ、この出来の悪い特撮怪獣映画のような光景は。 そして、 「ちょっとキョン、何よこれ……」 そんな光景を見てはいけない人がここにいる。 まずい。 具体的にどうなるかは想像もつかないししたくもないが、ろくでもないことにしかなりそうにない。 古泉らをあてにせず早めに手を打っておくべきだったのだ。ハルヒがこんな状況と鉢合わせしないように。 しかし……俺は遅すぎたのかもしれない。 ハルヒの目は既に、B級怪獣映画のワンシーンに奪われているのだから。 「なるほどね……把握したわ」 うはwwwおkwwww把握wwwww なーんてやってる場合じゃない。 マズイ、マズイぞこれはッ…… こんなに早く把握されるとは想定の範囲外だ。もっと狼狽してくれないか。 「これは夢なのね」 ……は? 「夢よ。夢に決まってるわ。あんなバカでかい蚊がいるなんて」 そのとき、垣間見たハルヒの形相を、俺はしばらく忘れないだろう。 こいつは不動明王も裸足だぜ。 今まで威嚇するだけだった神人が、新たな動きを見せる。 なんと、蚊を捕まえると躊躇なくヘッドバットをかましたのだ。家族の悪口でも言われたのだろうか。シュパパンシュパパン。 「やっちゃいなさい、そんなの! もうギッタンギッタンに!」 キレてるんですか? などと尋ねるまでもなくハルヒは怒り狂っていた。 長●小力とかそんなチャチなモンじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったね。 それから先は神人による暴虐ショーになるかと思いきや、一方的にやられることを良しとしなかった蚊は、誠にそれらしい反撃に出た。 突き刺さりやすく抜けにくいように進化した口が神人の首筋を捉える。 吸血攻撃だ。 神人は抵抗していたが、次第にその形状が揺らぎだす。 ついには虚空に霧散してしまった。 ……神人が消えた? 馬鹿な、あれを駆除できるのは古泉らエスパー戦隊のみのはずだ。 しかし俺の理解の範疇を超えた現象は留まることを知らない。 勝者であるはずの巨大蚊まで、空間に溶け込むように消えていってしまったのだ。 何なんだ、いったい。 ゆらり、とハルヒの体が揺れる。 バランスを崩したハルヒは、そのまま倒れこむ。 俺は咄嗟に受け止めた。いろいろ際どいところを触ってしまったが、不可抗力だ。 「おい、ハルヒ!?」 返事がない。ただのしかば……気を失っているようだ。 古泉は言っていた。神人はある意味、ハルヒの分身であると。 まさか神人がやられるとハルヒにまで悪影響が出るっていうのか? 「涼宮さんっ、大丈夫ですかぁ!?」 天使の御声が。まずいぜハルヒ、お迎えが来ちまった―― 笑えない冗談はよしとこう。それより、今は聞こえるはずのない声が聞こえてきた方が問題だ。 そして、俺の横で心配そうにハルヒを覗き込む朝比奈さんは幻覚か何かだろうか。 背後に感じる人の気配も、極限状態における一種の錯覚で…… 「……」 「こんばんは」 前回はいなかった宇宙人、未来人、超能力者が揃い踏みしていた。 時に古泉、その包帯は―― ああ、うん。大変ですね。 突然倒れたハルヒは依然として目を覚まさず、今は朝比奈さんに抱かれている。 朝比奈さんは晴れない表情でハルヒの頭を優しく撫でた。 「涼宮さんには申し訳ないですが、もうしばらく眠っていてもらいましょう」 なるべく穏便にことを進めたいので。 ハルヒには悪いが、古泉の意見に俺も賛成だ。 「いつからいた」 「つい先ほど、あなたが涼宮さんを抱きとめるシーンからです」 表へ出ろと言いたいが、男ならグッと我慢だ。 「そう落ち着いているってことは、ハルヒは何ともないんだな?」 「ええ。涼宮さんにとって神人は、それこそ細胞程度の存在ですからそう心配することもないはずです」 「だったら何故倒れた」 「前にも話しましたが、閉鎖空間はニキビで僕たちは治療薬。今回は治療法が違ったので、その副作用かと」 持病に対して常備薬を使用したか新しい薬を使ったかの違いか。 しかしあれは薬なんて生易しいものじゃなかった。何といっても、蚊だ。 逆にストレスがたまったんじゃないのか。 「さて、今回この閉鎖空間が発生した理由ですが――」 古泉に解説の隙を与えてやるまでもない。これくらい俺だってわかる。 「蚊帳か」 「ご名答」 文字通り僕らは蚊帳の外だったわけですよ、と笑う古泉。誰がうまいことを言えと。 蚊のいない世界を新たに構築しようと思ったのか、それとも単に逃げ込んだだけなのか。 古泉たちが入って来れたぐらいだ、前者はないだろう。 ハルヒは疎開用の蚊帳を創ったのだ。閉鎖空間という、虫一匹入る隙間のない無敵の城砦を。 しかし、それは破られた。 この世界のおいて存在を許されないはずの、しかも何だか並大抵でない夏の風物詩によって。 「アレは何だ?」 「蚊です」 「そんなのはいい、見ればわかる」 何があったというんだ? 「情報生命体の亜種が介入した」 長門がここで初めて口を開いた。 「涼宮ハルヒの起こした小規模の情報爆発に誘導されたと思われる」 「あ、それって……えっと……」 「あれは招かれざる客というわけです」 長門⇒朝比奈さん⇒古泉の説明リレー。一部パスだが。 つまり、いつかのカマドウマのような野郎――今回は蚊か――が無断で入ってきちゃったということか。 「とにかく、今は涼宮さんを守りましょう。今は姿を消していますが……敵の目的はおそらく涼宮さんです」 「涼宮ハルヒの情報量は膨大。取り込むことで存在確立を大幅に高めることを目的としている可能性が高い」 「ええと……と、とりあえず、涼宮さんが危ないってことですかぁ?」 加えてハルヒによからぬちょっかいをかけようとしている、と。 前々から思っているが、お前らは本当にいいコンビだ。 「いつか、あなたともそう呼ばれる関係になりたいものですね」 俺に柔和な笑みを向ける古泉、無表情ながら決して無感情とは言えない視線をよこす長門。なんなんだ、いったい。 「ふえ……ごめんなさい、わたし、お役に立てなくて……」 朝比奈さんも潤んだ瞳で見つめないでください。緊迫すべき場面だというのに骨抜きになってしまいます。 三者三様の解説を聞き、俺も事態を把握した。 ほどほどにヤバイらしい。さっさと行動を起こすに限るぜ。 「脱出しよう」 方法が前回と同じだというなら、なるべくハルヒが寝ているうちに……って変態じゃん俺。 「いえ、今回は王子様の出る幕はありません」 誰が誰の王子だって。 古泉のからかうような微笑に投げつける物はないかと探しながら、俺の乏しい脳細胞にも働いてもらう。 「やっぱり、あの蚊が曲者なのか」 「そう」 「具体的に、どうすればいい?」 「現在この空間を支配している敵を消滅させれば脱出可能」 勝利条件:敵の殲滅 敗北条件:ハルヒの奪取 オーケイ。トントン拍子に状況が整理されていく。 あとは長門と古泉に頑張ってもらおう。カマドウマのときのように首尾よく終わればいいが。 「……」 いつの間にか、長門は新聞紙と蚊取り線香と豚の置物を抱えていた。 そして呟くように呪文を唱える。問答する間もなく、何か細工をしたらしい新聞紙を手渡された。 「身を守る武器は必要」 否定するつもりは毛頭ないが、これが武器? もう少し選べたんじゃないか? ……というか、俺も戦力に入ってるのか。 参ったな、俺が八百長なしで倒せるのはせいぜい谷口だ。 蚊取り線香を受け取った朝比奈さんも困惑なさっているようで、燻ぶる渦巻きを目の前で振ったりしている。 まあ、武器というからには、それらしくしておくか……そう思い、新聞紙を丸めたときに変化は起こった。 質量保存の法則を無視して変形しだした新聞紙は、活字まみれの野球バットを形成したのである。 近代芸術っぽいデザインの凶器が、俺の手に握られていた。 朝比奈さんの蚊取り線香は、魔法使いが持つような先っぽが渦になっている杖と化していた。そんな奇抜な。 「情報操作した」 自分は口から蚊避けの煙を吐くあの豚の置物を携える長門。きっとそれにも宇宙パワーが付与されているのだろう。 もう一度言うが、もう少し選びようがあったんじゃないか? 突然、部室が歪んだ。 錯覚ではないらしく、スプーンで突付かれるプリンのように背景が小刻みに震えだした。 慣れないことばかりに直面する俺は、朝比奈さんと一緒にうろたえることしかできない。 「空間の主導権が涼宮さんから敵に移ったことで、空間が変質します」 何故わかる? 「空気を感じるというか……第六感ですよ」 「信用してやろう、超能力者」 現に、構築はもうほとんど終わっているようだしな。 俺の腕にすがりつく朝比奈さんと寝たままのハルヒの体を支えながら、俺は地平線の彼方まで続く不毛な大地を見据える。 また来てしまったな、この黄土色の靄がたなびく気味の悪い空間に。 耳障りな羽音に神経を支配される。 「……」 間違いなく蚊のそれだ。ただし、多い。 「ふぇ……あぅぅ」 さっきの巨大な蚊は失せていた。 「これはこれは」 その代わりとでも言うのか。だとしたら悪い冗談だ。 等身大の蚊が無数に飛び交っていた。 こうして、俺たちは蚊帳の中でも外でも夏の風物詩と戯れることになってしまった。 ――ああ、どうもスッキリしないと思ってたら、暑さのせいか言うのを忘れていた。 やれやれ。 頭上を紅玉が飛んでゆく。 物理法則的にありえない軌道を描くそれは浮遊していた蚊を捉え、小爆発を伴い標的を消滅させた。 もちろん、笑顔で佇む古泉の攻撃である。 『この蚊は、涼宮さんの畏怖の対象として現れたものでしょう』 『畏怖とは違うと思うが、こうして現れている以上、それに近いものと認めてやらんでもない』 視界の端で、数匹の蚊がまとめて焼き払われるのが見えた。 長門のお気に入りの火噴き豚だ。 できれば豚さんの口から炎ともレーザーともつかない攻撃が炸裂するところなど見たくなかった。もう覗き込めない。 しかし長門と重火器の組み合わせは、恐ろしいほど似合うな。鬼に金棒とはこのことか。 そして、その横で煙を撒き散らしながらチェッカーフラッグのように蚊取り杖を振っているだけの朝比奈さんは、猫に小判と。 まあそもそも朝比奈さんは戦力にカウントしてゲフンゲフンいやー朝比奈さんがいてくれるお陰で俺の戦意は底なしっスよー。 『閉鎖空間に侵入する際、涼宮ハルヒの思考をトレースしたと思われる』 『ずいぶんと行き当たりばったりな奴だな』 上空から俺――というかハルヒを襲おうとしていた蚊を、一筋の光が貫いた。発生元は、どうやら朝比奈さんの杖。 蚊取り線香だから閃光というダジャレだろうか。 「きょ、きょきょきょ、キョンくん、大丈夫ですか!」 むしろあなたが大丈夫ですかと言いたいところですが――前言撤回です、朝比奈さん。頼りにしてます。 ところで、やる気のポーズよりも煙幕を張らないとあなたの身が危ないですよ。 『来るなり例の巨人を襲ったのはどういうわけだ』 『神人を吸収し消滅させることで、存在が無意味化した空間の主導権を握ったんです』 で、古泉よ。お前は丸腰か? 「普段とは違えど、やはりここは閉鎖空間ですから。自分の能力の方が使い勝手がいいもので」 朗らかさ二割り増しの微笑み。はしゃいでやがるな古泉。 「ええ、まるで友人を自宅に招いたような気分ですよ」 ここがお前の自宅のようだと言うのなら俺はお前ンちには絶対に行かない。 「あくまで気分ですよ。初めは忌み嫌っていた能力や場所でも、長く付き合うと多少の愛着はありますのでね」 お前はツンデレか。 『部長氏のときは、一体化してないと顕現できないような話じゃなかったか?』 『涼宮ハルヒの情報量は膨大。思念への接触のみである程度の実体化は可能』 古泉はいつもより多めの0円スマイルを浮かべつつ、 「そう言うあなたもやけに元気なようですが」 ちっ、気づきやがったか。 ああ、白状するとも。不謹慎だが、正直興奮してるのさ。こんなに効率のいいストレス解消法は他にあったもんじゃない。 しかし、考えナシに一人で突っ走っていく主人公のような真似はしないぜ。 送りバントの重要性を知っている今の俺には、スタンドプレーで仲間を危険にさらすことを避けるくらいの脳みそはある。 九回裏ツーアウト満塁の場面でライバルバッターとの決着の為に全力ストレートを投げるピッチャーは二次元世界の住人なんだ。 『――とにかく、この蚊を全て始末すれば解決ということか』 『そのはずです』 それに、エキサイティングになりつつも平常心だって忘れていない。 何たって、SOS団と一緒にいるんだ。その事実だけで、安心できる要素は無限に発見できるね。 ――とは、言うものの。 かれこれ一時間ほど経っただろうか。時間の感覚は定かでないが、さすがにここまで長引くと辛いものがある。 それは俺の他のメンバーも同じようで、長門以外は疲労を隠そうとしない。 無理もない。実際、彼らの労働量は俺の倍以上なのだから。 朝比奈さんと長門と古泉がいてくれるから、こうしてハルヒに接近する蚊のみを冷静に叩き落すことができる。 しかし連中がダウンしてしまうと、俺のみでは宇宙パワー付加のバットがあっても絶対絶命は必至。 そして蚊の数は依然として減らない。敵に回すとこんなにも厄介なのかハルヒパワーってやつは。 このままではジリ貧だ。コールドゲームすれすれで膠着状態の続く夏の甲子園的状況は見るのも嫌だというのに。 ……ともあらば、ここは切り札に頼ってみるか。 「一発逆転の方法がある」 視線が集まるのを感じる。なるべく厳かに、真剣さが伝わるよう声のトーンを調整して言わねば。 「ハルヒを起こす」 まあ待て古泉、呆れ顔をするな。俺もお前の意図はできるだけ汲んでいるつもりさ。 要はこの空間の主導権を元の持ち主に返してしまおうというのだ。ハルヒさえ自由になれば、蚊を好き勝手にさせるはずがない。 お前ら機関が言うところの神様が味方につくんだ。この戦いも八百長以外の何物でもなくなるぞ。 「なるほど、一考の価値はありますね。しかしそれは諸刃の剣というものです」 「いざとなったら夢オチにしてやればいい」 前回も閉鎖空間の消滅に伴い俺とハルヒは自動的にベッドに転送された。夢と思ってくれる可能性は高い。 もう一度、一蓮托生の仲間たちを見回す。 「やらせてくれ」 皆、しっかりと頷いてくれた。 長門のはからいにより、俺とハルヒを一時的に別空間へと飛ばしてくれることになった。 最初は俺とハルヒだけだったのだ、混乱を避けるためにも2人だけになった方がいい――とは古泉の談。 「わたしの処理が及ばなかったとき、敵の侵入も考慮される。気をつけて」 俺は親指を立てて答える。大丈夫、いざとなったらお前のバットがあるさ。 「……そう」 長門は呪文を唱え、俺の視界は真っ白に染まった。 俺とハルヒは所定の位置に戻っていた。即ち、蚊が闖入する前の文芸部室というシチュエーションに。 違いといえば、膝枕をしているのはハルヒでなく俺で、そこで寝ているのが俺でなくハルヒといったところだ。 もちろん時間が逆行したわけでなく、全ては長門が再現したオーバークオリティなハリボテだ。 さて、そうのんびりとしていられない。『外』ではSOS団の3人が未だ激闘を繰り広げているはずだしな。 ハルヒの寝顔が見納めになるかと思うと少々残念ではあるが、仲間の身柄と秤にはかけられまい。 両の頬に手を掛け、むにゅうと引っ張ってやると割とあっさり起きやがった。 その際の暴走によって俺は頭部に新たにこぶを設けたが、これから一仕事してもらわなければならないので不問としよう。 さすがにからかいすぎたか、ハルヒは顔を背けたまま一言も発していない。 「ハルヒ」 俺の呼びかけに体を震わせ――何をそこまで警戒するのか――妙に硬直した表情で振り向くハルヒ。 「ちょっと外に出よう」 この長門空間内で俺は全てにオチをつけなければならないんだろうが、実を言うとそんなもの考え付かなかった。 だからといって代案は無いこともない。このスタート地点の世界と、その外に広がる蚊の世界。それらをリンクさせてしまえばいい。 ハルヒ気絶の前後から考えて、粗は目立つが設定はそこそこ出来上がっている。あとは解説のタイミングだ。 幸い俺のペースで事を運べているものの、無言でついてくるハルヒはやはり違和感ありまくりだ。 黙っていれば文句なし、と言ったのはどこの誰だよまったく。 「ねえ、キョン」 ようやく沈黙劇が幕を下ろす。ここまでは計画通りだ、今はハルヒと談笑してても問題はないだろう。 何せ、俺の一人芝居をおっ始めるのに必要な協力者の到着がまだだからな。 「前に、今のこれと似たような夢を見たのよ。その時に……」 ――そして、その協力者が来たようだ。 俺もハルヒも、空を割って入ってきた等身大の蚊の群れを見上げていた。 そう、この瞬間を待っていた。冒頭のふたりぼっちと、現在の大乱闘をつなげる存在は――蚊。 敵さえも利用してやろうというこの作戦、行き当たりばったりなのは俺の方か。 まあ、夢なんて唐突なぐらいでちょうどいいだろう。 「キョン、あれは何!?」 「見ての通り、蚊だ」 現実の俺はバットを構え、精神面での俺はホラ貝を構えた瞬間だった。 「お前の眠っている間に、世界は突然変異した蚊に攻撃を受けていたんだ。 世界を救う方法はただ一つ、あの巨大蚊を全滅させること。 SOS団の皆も戦っている。だが安心しろ。この通り、お前は俺が護ってやる」 前後の脈絡など無視して、急ごしらえのトンデモ設定を披露する。棒読みを悟られない程度に。 後半部分の台詞はどうかしていたとしか思えないほどのヒーローっぷりだが、 どうせ「なかったこと」になるんだ、このくらいのやんちゃはしてもいいじゃないか。 仰々しくポーズをとり、ハッタリに近い台詞を吐いて俺は高く振り上げたバットで――バットが無い。 あれ? そりゃ、無いはずだ、奪われていたんだから。バットの現在地は雄たけびをあげて猛進する涼宮ハルヒの手中である。 ちょっとこれ、想定外じゃないか。俺、今回は珍しくやる気だったんだが……。 間抜けに固まる俺をよそにハルヒの暴走は止まらない。バットを振るい、次々と蚊を消滅させてゆく。 無謀にも特攻をしかけたラスト一匹の蚊を、俺からぶんどったバットでかっ飛ばし、 「行くわよ、キョン」 涼宮ハルヒは言い放った。 「一匹残らず叩き潰してやるわ!!」 ――もう好きにしてくれ。 絶対神ハルヒの覚醒により、形勢は一気に逆転した。 長門の解説によると、空間の支配権はすぐさま本来の創造主に移り、物凄い勢いで世界が書き換えられていったという。 最終的にはハルヒが蚊を狩るだけの年齢制限が存在しない至極安全なストレス発散ゲームになってしまったそうな。 全ての鬱憤を晴らさんとするばかりのハルヒの暴れっぷりは――俺たち4人を、唖然とさせた。 そう、俺たち4人だ。長門も自分謹製の空間を勝手に抜け出されたことに軽く驚いていたようだったしな。 ありがたいことに、怒りに我を忘れたハルヒはこの状況を訝しむ暇も惜しいらしく、古泉も肩を撫で下ろしていた。 まさしく百人力となったSOS団は蚊の数をみるみるうちに減らしていったのである。 俺? 凡人らしく黙って見てたさ。バットもとられちまったんだ、仕方ないだろう。 ハルヒが満足げに「スッキリした」とのたまったところで――瞬くと、自室の天井が見えた。 やれやれ。 勝手は違ったが、ストレスは解消できたので閉鎖空間も消滅した、ということだろう。 俺としては助かった。脱出方法はあれに限定されているわけではないらしい。 この解説に不備が見つかったなら、改めて部室で長門にでも聞けばいい話だ。 そして片付いてないことがあるとすれば、それこそ後回しだ。今は寝たい。とにかく寝たい。 「……暑い」 そうして、俺はベッドの上で寝返りを再開する。 せっかく戻って来たというのに、この暑さでは向こうのが良かったと思えてしまうじゃないか。 さて、今更ながらわかったことをひとつ。閉鎖空間にぶち込まれたというのに、俺が落ち着いていた件について。 ――我ながら恥ずかしい理由だ。朝起きたら、記憶の片隅に追いやられているのを望む。 古泉教信者になった覚えはないが、俺は信頼し始めているんだ、ハルヒのことを。古泉曰くあいつが俺をそうするように。 この面白おかしい現実を捨てようなんて、思うわけがないってな。 しかし間違いが起こらないとも言い切れないので……たまには、こんな非日常な暇潰しをさせてやった方がいいんだろうか。 カマドウマ関連は長門の領域だったか。ダメもとで、もし朝方まで覚えていたら申請してみよう。 問題は、夢オチがいつまで通用するかだな。 耳元で羽音がする。どう聞いても蚊です本当にありがとうございました。 まあ、あの等身大の蚊に比べりゃ可愛いもんだ。放っておくとしよう。 …… …… くそ、忌々しい。 次の日、蚊を泳がせていた結果である食われと寝不足を引っ提げて登校した俺を待ち受けていたのは、 昨晩は「スッキリした」と言ったはずの、不満そうな顔をしたハルヒだった。 問い質そうにも、あれは『夢』でありハルヒしか知りえないはずの出来事なので、俺は口を噤むしかない。 仕方がないので、昼休みに長門に相談しに行った。場所はもちろん、文芸部室。 俺の報告を聞いた長門は、 「そう」 と言うだけだった。しかし待て、今の「そう」には「やっぱりね」というニュアンスが含まれていた気がするぞ。 「涼宮ハルヒの本来の目的が達成されなかったのが原因」 確かに世界規模の蚊帳を創ったというのにあっさり侵入されてはいたが「違う」 「あれは涼宮ハルヒのたてまえ。本来の目的は、あなたと以前の再現をすること」 再現、というと、やはりアレか。 まいったね。今回はうまく誤魔化せたと内心喜んでいたんだが。 もう一度あるかもしれない、と長門は言った。ハルヒはイライラが続く限りそれを紛らす夢を見続けるのだろう。 俺はというと、まあ蚊と戯れるよりはマシだなと思いながら、豚の口からゆらゆら立ち上る煙を見つめていた。 ――夏が終わるまで続くとか、言わないだろうな。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/255.html
ある日の事だ。 教室に行くとハルヒが先に来ていた。 「よ、おはよハルヒ」 「キョン」 「ん?なんだ?」 「キョンキョンキョンキョン」 「一体どうしたんだハルヒ?」 「キョーンキョンキョン」 これは何事だ? するとハルヒはルーズリーフを取り出しこう書き殴った。 『何しゃべっっても「キョン」になっちゃう。どうしよう』 何がどうなってるんだよ、おい・・・ ふと廊下に目をやると古泉と長門が立っているのを発見した。 俺は二人に相談しようと立ち上がったがブレザーの裾をハルヒに掴まれ動けなかった。 「ちょっと、トイレに行ってくるだけだから」 「・・・キョン~・・・」 そんな涙ぐんだ瞳でかつ上目遣いで見ないでくれ。 思わず抱きしめたくなるじゃないか。 「お前ら、朝っぱらから何してるんだ?」 出た。アホの谷口の登場だ。 「なんだ?プレゼントでもせがんでるのか?」 「違う。どうしたらそういう発想になるんだ?」 「またまたー。で、涼宮はキョンに何を欲しいってせがんでるんだ?」 「キョン」 教室中が静まりかえった・・・ 無論、俺も例外ではなく固まっていると俺の携帯が鳴り出した。 はっとした俺は携帯を取り出し開いた。 携帯のディスプレイには「新着メール1件」と表記されていた。 メールは古泉からだった。 『どうやらこちらに来るには無理があるみたいですので、簡潔に申し上げます。今回どうやら涼宮さんは 「キョン大好き!!いっその事、世界が全部キョンだったらいいのに」と考えたようです。』 あぁ、そこまで思われてるなんて俺は幸せ者だなぁ等と思いながら古泉に返信した。 『一体どうすりゃいいんだ?』 1分後・・・ あ、返信来た。 あいつ、メール打つの早いな 『涼宮さんに、そんなに沢山いたら困ると思わせるのがベストでしょう』 『具体的には?』 … 『あなたという存在が一人だからこそ価値があると思わせて下さい。よろしくお願いします』 と言われてもな・・・ あ、一つ簡単な方法があるな。 しかし、これをやると・・・ あぁ、こうなりゃヤケだ。 「なぁ、ハルヒよ。俺は世界中がハルヒばっかりだったらいいなと思ったことがあるんだがな」 「キョン?」 「あくまで俺が好きなのはお前という涼宮ハルヒだから沢山のハルヒが居たらたった一人のお前を見つける事が出来ないと思うんだがどうだ?」 「キョン!!あたしもキョンが大好き!!」 「ん?言葉が元に戻ったな」 「あれ?ホントね。これもキョンの愛の力かしら」 この後、散々クラスメイトにイジられたのは言うまでもない・・・ はぁ、やれやれ・・・ 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5338.html
特別前日に何かをしたというわけではないのに朝が辛いというのは冬場ではデフォであり、 高校生になった息子もそれは例外ではないようだ。 「あんた達、さっさとご飯食べないと遅刻するわよ!」 …前言撤回だ。 我が妻、ハルヒにとっては今が冬場の辛い朝だろが何だろうが関係ないようだ。 「なんで母さんは朝からそんなに元気なんだよ…」 息子よ、それは俺も同棲を始めた頃から思っていたが、今そうやってハルヒに絡むと… 「何言ってんの! あんた達が弱すぎるのよ。それにそんなこと言ってる暇があるなら とっととご飯を胃袋に詰め込みなさい」 ご愁傷様だな。 後、あんた達って俺も入ってるんだな。 「ちょっとキョン、あんたもボーっとしてないでさっさとしなさい! 親が息子に負けてどうすんの」 へいへい分かりましたよ。 「じゃあ、言ってきま~す」 「あ、コラ待ちなさい!」 残念だな息子よ。 本日の脱出ミッションも失敗したようだな。 「や、止めてくれ。何時も言ってるだろ母さん。俺はもう高校生だ。だから、それはもう駄目だって」 「何言ってんのよ。高校生になろうが大学生になろうとあんたはあたしの子供なの。 だからこれはあんたの義務でもあるのよ!」 世界の何処にそんな義務があるのかね? 「やれやれ、とっととしてくれ…」 おい、それは俺の口癖だ。 俺のアイデンティティーだ。 勝手に使うのはゆるさんぞ。 「誰かさんと違って素直でよろしい… チュッ。はいっ、じゃあしっかり勉強してくるのよ!」 一言多かったですよハルヒさん。 「へいへい」 お、そろそろ俺も行かんとな。 リアルに遅刻しそうだ。 「じゃあハルヒ、俺も行ってくるよ」 「…………」 勘違いしないでいただきたい。 この三点リーダは万能宇宙人のものではない。 傍若無人ハイスペック奥様涼宮ハルヒのものである。 もとい、涼宮ではなかったな。 では何故そのハルヒがこんなに大量の三点リーダを発してるのかと言うと、 毎朝俺に課せられた義務が施行されるのを待っているからだ。 いや、義務でもあるが世界中で唯一俺に与えられた権利と言ったほうがいいな。 …しかし、何時ものことながら、こうして黙って俺を待っている時のハルヒは可愛いな。 もう、そこそこいい歳になるはずなんだがな… って早くしないと遅刻するっての! 「ハルヒ… チュッ。…そんじゃ行ってくるよ」 「…素直でよろしい。じゃあ、しっかり働いてらっしゃい!」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/774.html
学年末試験、ハルヒの叱咤に少しは奮起した甲斐があってか、 進級には問題のないくらいの手ごたえはあった。 ハルヒのやつは 「この私が直々に教えてあげたんだから、学年三十番以内に入ってなかったら死刑よ」 とか言っていたが、今まで百番以内にもはいったことがない俺にそんな成績が急に取れたら詐欺ってやつだ。 それよりも試験という苦行からようやく解放されて、 目の前に春休みが迫っていることに期待を募らせるほうが高校生らしくていい。 なんだかんだでここに来てから一年たっちまう。 二度とごめんな体験含めて普通の高校生にはちと味わえそうにない一年だったが、 学年が上がればハルヒの奴ともクラスが変わるだろうし、 ようやく少しはまともな高校生活が送れるかもしれない。 席替えの時のジンクスもあるが、さすがにそれはクラス替えではないと信じたい。 いや……お願いしたい。 とまあ、俺はすでに学年が上がった後のことばかり考えていたが、当然そうでない奴もいた。 当然、涼宮ハルヒである。 終業式の三日前、朝のHR終了間際に担任の岡部が発した言葉から事が始まった。 「あー、一つ忘れてたことがある」 と、岡部はこちらの方を見た。 まさか、成績か? 試験できてなかったのか? 自信がそこそこあっただけに内心冷や冷やだったが、岡部が発した名前は意外にも俺の後ろに座る奴の名前だった。 「涼宮、連絡があるから昼休みに職員室に来るように。以上だ」 大抵この時間も机に突っ伏して寝ていることが多いハルヒは、 急に電源の入ったロボットのように顔を上げるとハルヒらしくもない意外な顔をしていた。 「あたし?」 「そうだ。昼休み都合悪いのか?」 ハルヒの若干の視線を感じたが、俺はあえて後ろを向くことはなかった。 「別にいいわよ」 「……それじゃ授業の準備しとけよー」 ハルヒにタメ口で話されることにも岡部は慣れたようで、若干煮え切らないような複雑な表情で教室を出て行った。 そして案の定、ハルヒは俺の襟を掴むと自分の方に強引に振り向かせる。 「なんだ?」 「ねえ、何で私が呼び出しくらってるのよ」 「知るか」 「問題になるようなことした覚えもないわよ」 それはお前の常識内での問題であって、学校側にしてみれば大問題な行動を取っていることを理解してくれ。 屋上から豆を撒いたり、どう考えても問題行動だからな。 それにしてもだ。 今まで生徒会がいちゃもんをつけてくることがあっても、教師側から特別ああしろこうしろと 言ってきたことはほとんどない。 逆に言えば、ハルヒが教師のところに突撃していくことは何度かあったはずだが。。 「ま、行けばわかることよね」 ハルヒはそう言うとあくびをして再び机に突っ伏した。 昼休みになるなり、ハルヒは教室を飛び出していった。 少しして弁当を持って谷口がやってきた。国木田も一緒だ。 「そういえば、涼宮さん呼び出されてたよね。岡部に」 「あいつが教師に呼び出されるなんて中学時代じゃそんな珍しいことじゃなかったけどな」 谷口がハルヒの席について弁当を広げ始める。 「高校生になってちったぁましになったかと思えば、結局呼び出しか」 「でも、最近そんな大騒ぎしてたっけ? キョンは心当たりないの?」 心当たりなんて数え始めたらきりがない。 「キョンもすっかり涼宮色に染まっちまったからなあ。感覚が麻痺してるんだろ」 それは否定し難い事実だが、お前に言われるとやはり腹が立つ。 「でも、そろそろクラス替えだから涼宮さんとも別々になるのかな。キョンは一緒になりそうだけど」 「俺も早くあの迷惑女との同じクラスから解放されたいぜ」 「誰が迷惑女よ」 いつのまにかハルヒが横に立っていた。 突然の登場に谷口は口の中に入れていたものを軽く噴出した。 「もう終わったのか?」 「何が?」 「岡部に呼び出されて行ったんだろ? 何の話だったんだ」 ハルヒがキョトンとした顔で俺を見る。 数秒の間、妙な沈黙が流れたが、 「別に大したことじゃなかったわ。……そこあたしの席なんだけど」 谷口は慌てて席を立ち上がるとハルヒは澄ました顔で席につき、購買で買ってきたパンをかじり始めた。 「お咎めはなかったみたいだね」 国木田が小声で言う。 良いのやら悪いのやら。 最もこいつに説教したところで聞く耳を持つはずがないのは周知の事実だろうし、 ハルヒの言うとおり大したことじゃないんだろう。 正直なところ戻ってきてまた大騒ぎするんじゃないかと思っていたぐらいだから俺は安心していた。 昼食を終えて談笑していると、ハルヒが突然席を立った。 「用事を思い出したわ」 そう言い残して教室を出て行く。 しかし戻ってきてからのハルヒは機嫌が良いというか、妙に大人しかったな。 谷口もそれを感じたのか、ハルヒの席に再び座りまた三人での会話が始まった。 そして、昼休み終了間際にハルヒは戻ってきた。 教室の入り口まで来て、自分の席に谷口が座っているのを見て明らかに表情が変わった。 谷口は国木田と話をしていて、ハルヒが席の横にきて谷口の目の前をハルヒの脚が通過するまでは笑っていた。 「谷口、あんた誰に断ってあたしの席に座ってるわけ?」 「す、涼宮」 「さっさとどきなさいよ!」 飛び上がるように谷口が席を立つと、ハルヒはドスンと腰掛けた。 同時にチャイムが鳴り、谷口と国木田は各々の席に戻っていった。 「あーもー、岡部の奴むかつくわ」 「大したことじゃなかったんだろ?」 全く毎度毎度、その感情の起伏の激しさには平伏するね。 「何であんたが大したことじゃなかったなんて知ってるのよ」 まさかこいつはさっきここで話していたことすら忘れているんじゃないだろうか。 便利な頭だな。ぜひ俺にも分けて欲しいぞ。 「まあ、大したことじゃなかったけど。こんなことでいらいらするのも馬鹿らしいわね」 そう言ってハルヒは頬杖をつき、物憂げに窓の外を見たままその日の放課後まで口を利くことはなかった。 放課後のSOS団の活動も、これといってやることがなく。 インターネットでサイト巡りをしていたハルヒもしばらくして飽きたのか、さっさと帰ってしまった。 せめて学年が上がるまではこういう時間が続けばいいと思っていた。 しかし、俺のハルヒに対する期待が一度も叶えられたことはなく、そういうときに決まって妙なことに巻き込まれるのだ。 もう慣れたけどな。 翌日、早起きした俺は妹の目覚まし攻撃を受ける前に着替えを済ませていた。 「あー、キョン君早起き!」 と騒ぐ妹を尻目に朝食をとり、さっさと学校へと向かった。 昨日、部室にやりかけの宿題のノートを置いてきてしまったのだ。 せっかく試験は上手くいったのに、宿題を忘れましたなんて格好がつかないからな。 そういうことで律儀にも早起きしたわけだ。 さすがに早かったのか、学校への道で登校している生徒をほとんど見かけなかった。 部室のカギを取り、誰もいない校舎を部室まで歩いていると部屋の前に誰かが立っていることに気づいた。 それは意外にも、 「お前、何してるんだ?」 「キョン……」 ハルヒだった。 こんな朝早くから、部室の前で一体何をしているんだろうか。 まさかよからぬことを考えて朝一で登校してきたんじゃないだろうな。 「…………」 しかし、ハルヒは無言だった。 軽く俯いていて目の焦点も微妙に合っていない。 「部室、入るのか?」 「……うん」 こんなしおらしいハルヒを見るのは初めてである。 雰囲気がいつもと違うというか、そういえば昨日も昼休みに同じようなことがあった。 突然戻ってきたかと思えば、自分の席に座っていた谷口に対しても優しかったしな。 部室に入り、ノートを広げて宿題の続きをしようとしたのだが、 俺は中々集中できなかった。 いつもなら誰に遠慮するまでもなく入ってきて固定席である団長椅子に座るハルヒが なぜか机を挟んで俺の目の前、いつもなら古泉が腰掛けるであろう席に座っているのである。 今更宿題なんかやってるの? とまた言われると思っていたのだがそれもなく、 ただ単に座っているだけなのである。 これを奇妙といわず、何を奇妙と呼ぶのだろうか。 俺は寒気すらした。 そんな妙な空気の中、俺から声をかけることもできず、どうにか宿題に集中しようとした矢先、 ハルヒの口が開いた。 「ねえ」 なんだ? 「その……」 ハルヒがはにかむように唇を噛む。 「SOS団、よね」 何が言いたいんだこいつは。 「あたし、団長なのよね?」 なんだその?マークは。 お前が勝手に主張して名乗ったんだろうが。 「そう……あのさ、あたしこれからどうすればいいんだろう」 開いた口が塞がらないというのはこのことである。 頭でも打ったのか、はたまたあまりに都合のいい物忘れをするハルヒの脳が反乱でも起こしたのか。 まるで自分が何でここにいるの? と言わんばかりのハルヒの表情である。 「どうするって言われてもな。すまないがお前が何を言いたいのかさっぱりわからん」 「あたしにもわからないの。どうしてここにあたしがいるのか」 「お前、頭でも打ったのか?」 ハルヒは首を横に振ると俯いてしまった。 なんというか、こういうハルヒも悪くないと俺は一瞬思ってしまった。 黙っていれば朝比奈さんにも負けないくらいの美少女だし、 いつものハルヒを見ている分、そのギャップに魅力を感じてしまったのだ。 いつもおかしいとはいえ、これは本格的におかしい。 そんなハルヒに掛ける言葉も見つからず、時間だけが経過していった。 俺はそのうち長門が来るだろうと踏んでいた。 長門ならきっとハルヒの身に何が起こったのかわかるはずだ。 そんなことを思案していると、今まで俯いていたハルヒがはっと顔を上げた。 そして廊下のほうを見るといそいそと立ち上がり、部屋を出て行ったしまった。 制止の言葉を掛ける暇もないくらい素早かったので出て行ったドアを呆然と見るしかなかった。 そして、十秒後くらいにドアが再び開いた。 長門だ。 「よう」 相変わらずの無機質な顔でちらっと俺のほうを見て、長門は席について本を取り出した。 「ハルヒに廊下で会ったか?」 本に目を落としたまま長門は小さく言う。 「会った」 「変わったところはなかったか?」 「……ない」 長門がないというならないのだろう。 といつもなら納得するところだが、今回ばかりはそれをすんなりと受け入れるわけにはいかなかった。 「涼宮ハルヒに対して異常は確認できない」 それは情報統合思念体が言ってるのか? 「情報統合思念体と私の見解」 それじゃ、おかしいと思ったのは気のせいってことか。 「気のせい」 絶対と言い切れるか? その言葉に長門は目を落としていた本から顔を上げ、 「絶対」 と一言だけ言い再び目を本に落とした。 こいつが絶対と言い切るぐらいだ。間違いないんだろう。 しかし……俺は涼宮ハルヒという人間に対して果たして絶対という言葉が当てはまるのかとも思っていた。 長門を疑うわけではない。 むしろ信頼している。 しているが、それ以上に……まあいいだろう。 もし異常な事態になったらどうにかしてくれるだろうし、俺がハルヒのことでこんなに気に病む必要はないのだ。 今大事なのは宿題であり、授業までほとんど時間もないということに気がついた俺は、 長門に頭を下げて宿題の答えを教えてもらうことにした。 教室に戻ると、ハルヒは席についていた。 そして、俺の姿を確認するやいなや近寄ってきてネクタイを締め上げると、 「キョン、いいこと思いついたわ。今日の昼休み、一緒に来なさい!」 部室で見たようなしおらしさの欠片もないハルヒがそこにいた。 本当にわけのわからない奴だ。 そしていいことってなんだ。またよからぬことを始めようってんじゃないだろうな。 「春休みに合宿やるのよ! 今度は山よ! 山!」 なぜ山なんだ。 「海は夏に行ったからに決まってるじゃない! 海の次は山でしょうが」 頼むからその安易な考えで俺の寿命を縮めるようなことをするのはやめてくれ。 山はスキーで行ったじゃないか。 「どこが安易よ。それにスキーと登山は違うわ。昼休みに古泉君のところに行って 山を所有してる親戚がいないか聞いてみましょ!」 あいつに頼んだら世界中に親戚が現れるぞ。 「何言ってんのよ。きっと吊り橋でしかいけないような洋館があるはずよ」 やれやれ。こいつの頭の中はそれしかないのか。 うずうずしていたハルヒは昼休みになるなり俺のネクタイを掴んで走り始めた。 俺の言葉なんて聞こえちゃいない。 古泉のいるクラスまで来ると、古泉は教室の中で友人達と食事を取っている最中だった。 しかし、ハルヒと俺の存在に気がつくと席を立ち、廊下まで出てきた。 「どうしたんですか? お二人で」 ハルヒは満面の笑みで 「古泉君、山を持っている親戚はいないの?」 古泉は初めは的を得ない顔をしていたが、そのうちいつものニヤケ面になる。 「確かいたような気がします。山を所有していて、別荘を持っている人が」 「さっすが古泉君。副団長の名前は伊達じゃないわ!」 おいおい、ハルヒよ。 さすがに怪しいと思えよ。 そんなにほいほいと山だの島だの別荘だのを持っている親戚がいる人間がいると思うか? 「それに比べてあんたは本当役に立たないわね」 ハルヒが横目で俺を睨む。 だったら初めから一人でここにくればいいだろ。 「あんたは私の下僕なんだから、団長様のお付をするのは当然でしょうが」 そもそも俺はお前の下僕になった覚えは一度もない。 「細かい男ね……そうだ、みくるちゃんと有希にも知らせてくるわ!」 ハルヒはそう言うと足早に去っていった。 「涼宮さんらしいですね」 全くだ。 「さて今回はどんな趣向を用意すればいいでしょうか」 余計なことはしなくていい。 普通に行って普通に帰ってくればいいんだ。 そろそろあいつにもわからせてやらないとな。 面白いことや不思議なことはそうそう簡単に起こらないってことを。 「涼宮さんのことが心配なんですね」 どうしてそうなる。いつ俺がそんなことを言った。 「素直じゃないですね。あなたも、涼宮さんも」 勝手に言ってろ。 「それより、お前昨日ハルヒと会話したか?」 「昨日……ですか?」 古泉は思い出すように顎に手を当てた。 「廊下で一度お会いしましたね。それと放課後部室で。会話という会話はちょっと……」 「どこか変だとは思わなかったか?」 「別段変わらず、いつもの涼宮さんだと思いましたけど」 そうか、ならいいんだ。 「どうかしましたか?」 どうかしてるのは俺の方かもしれないな。 「最近は閉鎖空間も安定しているので僕としてもうれしい限りです。 それほどあなたと涼宮さんの関係も安定しているということですから」 そういうセリフを吐くときのお前の笑顔は忍ぶに耐え難いものがある。 「喜ぶべきことじゃないですか。みんなが救われるんですから」 喜べないていないのは俺だけな気がしてきたぞ。 「しかし、山に行くことが決まった今、また一仕事できましたね。どうです? あなたも企画に参加してみませんか?」 断る。 怪しげな組織の手伝いなんてごめんだからな。 俺は普通の人間として普通に生活したいんだ。 「それは残念です。それでは、また放課後に」 古泉が教室の中に戻っていったので俺も教室に戻ることにした。 その前に、とトイレに寄ろうとしたところ階段付近にハルヒが立っていた。 「もう行ってきたのか?」 「キョン……」 まただ。しおらしいハルヒ。 一体何だ? 本格的に頭がおかしくなっちまったんじゃないだろうな。 「なあお前……」 と言いかけたところで何者かに手を掴まれた。 その手が目の前にいるハルヒ本人だということを理解するのに俺は数秒の時間を要したわけだが。 ハルヒが俺の手を、ましてや学校の中で繋いでくるなんてありえないことである。 「お、おい」 「お願い、助けて……」 朝比奈さんならともかく、ハルヒから一生聞くことはできないだろうと思っていた言葉が聞こえてくる。 俯いていてわからなかったが、ハルヒの目には間違いなく涙が浮かんでいるように見えた。 とりあえず、だ。 ハルヒを部室に連れてきたのだが、同時に昼休みも終わってしまった。 こいつが助けてなんて言い出すのは後にも先にもなさそうだからな。 一時間くらいさぼっても損はないだろう。 とりあえず間が持たないのでお茶を煎れてみたものの、相変わらず美味しくない。 朝比奈さんの入れてくれるお茶に慣れてしまったせいもあるのだろうけど。 ハルヒといえばお茶に手をつけるでもなく、口を開くでもなく、俯いたままである。 「とりあえず、何があったのか話してくれないか? すまんが俺にはお前が助けを求めるなんて考えられないんだ」 ハルヒは少し顔を上げるとゆっくりと口を開いた。 「私は、涼宮ハルヒで、ここの生徒で、SOS団の団長」 一つずつ確認するようにハルヒは言葉を繋げる。 「キョン、みくるちゃん、有希、古泉君、この4人がSOS団メンバー」 俺はハルヒの言葉を黙って聞いていた。 「それに谷口や朝倉、担任の岡部……学校の人間はわかるわ。でも……」 ハルヒはまた目を伏せ、スカートの裾を握りこんでいる。 「涼宮ハルヒのことはほとんど知らない」 「お前がその涼宮ハルヒだろうが」 「私も涼宮ハルヒだけど、涼宮ハルヒはあたしだけじゃない」 まるで要領を掴めん。 涼宮ハルヒだけどハルヒじゃない。 どんな冗談だ。笑いどころが全くわからん。 「あたしだけじゃないの。もう一人の涼宮ハルヒは今教室で授業を受けてるわ」 「ちょっと待て!」 俺の制止の言葉にハルヒは体をびくっと震わせた。 「どういうことだ?」 「……あたしにもわからないの。どうしてここにいるのか。どうしてもう一人涼宮ハルヒがいるのか」 少なくともハルヒはこんな冗談を言う奴ではない。 こんな回りくどいことをしたりもしない。 「ちょっとここにいてくれ」 俺はハルヒを置いたまま部室を出た。 廊下で教師に会わないかびくびくしながら教室に向かい、ドアの小窓からそっと教室の中を覗いてみると、 確かに涼宮ハルヒがそこにいた。 シャーペンを鼻の頭に乗っけて退屈そうにしている姿は間違いなくハルヒである。 そして、部室に戻るとそこにもハルヒはいた。 俺は落ち着こうと椅子に座りお茶をすすろうとして、手が震えていることに気づいた。 そりゃそうだろう。 同じ人間が二人いるのである。しかもハルヒ。 まともな人間なら失神ものだ。 状況を整理しようと大きく息をついてみる。 もう一人のハルヒ。 理由はともかく、こんなことができるのはSOS団のメンバー関連しか思いつかない。 長門、あいつはハルヒに異常がないということをはっきりと言いきっていた。 別の情報統合思念体が動いたとも考えられるが……。 古泉、これは除外だ。 場所限定の超能力者にこんな芸当ができるとは思えん。 それにあいつの組織だってまさかクローンなんかを作り出す技術があるとは考えにくい。 朝比奈さんはどうだ? 未来人ならクローンなんて作れそうなものだが。 考えれば考えるほど怪しくなってくる。 「キョン……あたし、どうしたら……」 ハルヒが懇願するように言う。 頼むからそんな迷子の子犬みたいな目で見ないでくれ、調子が狂う。 「とりあえず、どうしてここにいるのかもわからないんだろ?」 小さくハルヒは頷く。 「SOS団のメンバーに聞いてみるしかなさそうだ。すまんが俺には何がどうなってるのかさっぱりわからん」 するとハルヒは慌てて首を横に振った。 「だ、だめ! あたし、SOS団の団員には知られたくないの……」 俺も一応団員なんだけどな。 「あの三人は駄目……怖いの」 俺は先日の出来事を思い出していた。 ハルヒが岡部のところから戻ってくる前、長門が部室にやってくる前、 まるで二人がやってくることがわかっていたように出て行った。 「キョンだけは……いいんだけど……」 そんな言葉をハルヒから聞けるとは思ってもみなかったぞ。 なぜ俺だけはいいのか。 今はそんなことはどうでもいいか。 あの三人に相談もできないとなるとどうにも打開する方法がないわけだが。 「ここにいる理由もわからないんだろ? 俺だけじゃどうにもできないぞ」 「そうだけど、会いたくないんだもん」 なんだこのわがままっ子は。 「大丈夫だ。あいつらのことは俺が保障する。危険はない。もしあったとしたら俺がなんとかするさ」 「……本当に?」 ハルヒが上目遣いで見上げてくる。俺は思わず目を逸らしてしまった。 「とにかくだ。その姿はどうにかならんのか? しかも学校の中にいるなんて目立ちすぎる」 「一応変えられるけど、このほうが目立つ気がする」 そう言ってハルヒが目を閉じると、体が赤い光で包まれた。 どこかで見た光だった。これは……閉鎖空間で見た古泉が変えていた姿と似ている。 ハルヒはちょうどピンポン玉くらいの大きさになって声を挙げた。 「こんな感じ。これはここに来たときからできるってわかったわ」 さすが俺だ。 もうこんなことぐらいでは驚かなくなった。 放課後までこのハルヒにはその姿のまま鞄の中に入ってもらうことにした。 SOS団の活動は春の山登りについて話し合った。 話し合ったといっても、ハルヒが一人で喋って一人で決めただけで、 俺や朝比奈さんはいつものようにそれに従うだけなのだが。 活動が終わり、俺はハルヒ以外の三人に少し残って欲しいとこっそり伝え、 ハルヒが帰ってから再び部室に再集合した。 「あなたが我々を集めるなんて珍しいですね」 古泉が肩を竦める。 「それで、お話とは?」 「とりあえずこれを見てくれ」 俺が鞄を開けると、中から赤い球体が現れて目の前で静止した。 そして、その球体はみるみる内にハルヒの姿に変わっていく。 「ふう、狭かった」 さすがの古泉もこれには驚いたようで珍しく眼を見開いている。 朝比奈さんは状況を理解できないのか、オロオロしているだけだ。 長門はいつものように微動だにしないが。 「これは……一体何が?」 古泉の視線に耐え切れなくなったのか、ハルヒが俺の後ろに回りこんで隠れてしまった。 俺は初めから順を追って説明した。 朝比奈さんも話の流れからようやく事態を理解したのか、深刻な顔つきになる。 「……ということなんだがな。心当たりがないか?」 三人とも心当たりがないのかしばらく黙っていた。 一番初めに口を開いたのは長門だ。 「涼宮ハルヒの存在は一つだけ。情報統合思念体はそこにいる涼宮ハルヒを認識していない」 つまり、ハルヒが二人いるということはありえないということか。 「そう。認識できないから、どういう存在なのかもわからない。こんなことは通常ありえない。 情報統合思念体も戸惑っている」 長門の表情がどこか不安げに見えるのは気のせいだろうか。 朝比奈さんと目が合うが、首を横に振る。 「ごめんなさい。私にも心当たりがないんです」 その間もハルヒは俺の背中を掴んで隠れているだけだった。 沈黙が続いたが、古泉がようやく口を開いた。 「長門さんにも朝比奈さんにもわからない。そして、僕にも正直わかりません。 しかし、先程の光は……我々が良く知っている光です。 ヒントはどうやらそこにあるようですね」 そうだ。今のところ、俺もそれぐらいしか心当たりがない。 「これは、涼宮さんが作り出したものかもしれません」 ハルヒが? 自分自身を? 「ええ、理由はわかりませんが、こんなことができる人間が涼宮さん以外にいると考えられますか? 彼女は無意識に世界の改変を行うことができるんです。だとしたら、そう考えるのが妥当でしょう」 確かに、古泉の言う通りかもしれない。 この三人に心当たりがないのであれば、後はハルヒしかいないのだ。 しかし、なんだって自分と同じ姿の人間を作り出す必要があるんだ? 「最近の涼宮さんは昼にも話しましたが非常に安定していました。 閉鎖空間も今はほとんど活動していません。 つまり、涼宮さん自身が不快な気分になったわけではないということです。 私たちより、あなたのほうが心当たりがあるんじゃないですか?」 俺に心当たりがあればとっくに思い出してるだろう。 最近あったことと言えば、あいつが珍しく岡部に呼び出されたということぐらいだ。 不快に感じることではないというならそれだって除外されるだろうしな。 全くわからん。 「えーと、涼宮さんでいいんでしょうか。他に何かわかることはありませんか?」 古泉が背中に隠れているハルヒに話しかけると、ハルヒの手に力が入る。 「わ、わからない。気づいたらこの世界にいて、廊下に立っていたから」 「ふむ。とにかく、涼宮さんとの接触は避けたほうがよさそうですね」 当たり前だ。 日常的に不思議なことを探しているあいつがもう一人の自分がいるなんて知ってみろ。 この世界がどうにかなっちまいそうだ。 「とりあえず様子を見ましょう。今は情報が少なすぎます。 長門さんも時間が経てば何かわかるかもしれませんし」 「あ、私もちょっと調べてみますね」 朝比奈さんがちょこんと手を挙げる。 とりあえずその日は解散することにしたが、ここで大きな問題に気がついた。 このハルヒをどこに置いておくかということである。 姿を変えること以外は人間と何ら変わらないのだ。 とりあえず朝比奈さんか長門の家に置いてもらおうとしたのだが、 このハルヒ、それをどうしても嫌がるのである。 さすがに俺もハルヒが潤んだ目で拒否をするとそれを強要することができなかった。 「あなたの家に連れていくのが一番だと思いますよ」 古泉がさらりと言いやがった。 うちは普通の家で家族だっているんだぞ。 「姿を変えることができるなら、そこまで難しいことではないと思いますが」 じゃあお前が連れて帰れ。 「残念ながら、僕では役不足ですよ。涼宮さんもあなたの側にいたいようですし」 昨日はどうしていたのか聞くと、学校で過ごしたんだそうだ。 風呂もない食事もないでひもじい思いをした、とハルヒが言う。 これで俺が断ったら悪人みたいじゃねえか。 「仕方ないからいいけどな。家では俺の言うことを聞いてくれよ? 女子を家に連れ込んで泊めてるなんてばれたら学校に行けなくなるからな」 ハルヒは静かに頷いた。 帰り道、長門と朝比奈さんは用があるとかでさっさと帰ってしまったので 古泉とハルヒの三人で帰ることになった。 と言ってもハルヒは俺の鞄の中に納まっている。 本物もこれぐらい大人しければいいんだけどな。 「僕は元気のいい涼宮さんもいいですけどね」 その相手をするのは俺なんだぞ。もうちょっと俺に気をつかってくれ。 「もちろん、使ってますよ。でなければ、その涼宮ハルヒを調査のために連れていってるかもしれません」 鞄の中が動くような感覚がする。 「お前……」 「冗談ですよ」 古泉は肩を竦めて微笑む。 お前の冗談ほど悪趣味なものはない。 「でも、放っておけないのも事実でしょう? 涼宮さんがそうであるように、あなたも涼宮さんに対してただならぬ感情を持っている」 いつかハルヒに土下座させたいとは思っているけどな。 「はは。あなた方のそういうところも僕は好きですよ」 なんだ、気持ち悪い。男に好きだといわれても全然うれしくないぞ。 お前だとなおさらだ。 「我々はあなた方の味方ですよ。そして仲間でもあります。 仲間のことを思うのは悪いことじゃないと思いますが」 古泉は微笑みながら手を振って帰っていった。 家に帰りつくと、妹が玄関までやってきた。 「あ、キョン君、さっきハルにゃんから電話があったよ!」 ハルヒが? 何で携帯に電話しないんだ。 「携帯電話の電源が入ってないって言ってた。帰ってきたら電話しなさいだってー」 そういえば電話の電池が切れてたんだった。 俺は部屋に戻るとハルヒに電話をかけた。 『遅い! どこほっつき歩いてたのよ!』 悪かったな。誰のおかげでこんな時間になったと思ってるんだ。 『まあいいわ。それよりあんた、明日ちょっと付き合いなさい』 どこにだよ。また宝探しでもやるつもりか。 『違うわよ。合宿で必要なものを買いに行くわ。どうせ祭日だし、暇なんでしょ』 ハルヒに暇じゃないと言って納得された試しがない。 『十二時に駅前、いいわね?』 そう言って電話は切れた。 やれやれ。 そして、まだ安心できない不安要素が俺にはあった。 鞄の中にいるハルヒである。 部屋には妹も平気で入ってくるから安心はできない。 ハルヒの姿になったところで俺も気まずいことこの上ないのだ。 しかし、風呂にもいれなきゃいけないし、問題は山積みだ。 この借りはいつか返してもらうぞ、ハルヒ。 とりあえずこの日は近くの銭湯に行くことにした。 ほとんど利用することはなかったが、この辺なら知り合いと出くわすこともないだろうし 家の風呂を使うよりはよっぽど安全である。 家を出るとき妹が自分も連れて行けとごねたが友達と行くから我慢しろと抑えて出てきたのだ。 銭湯の近くでハルヒの姿に戻し、終わったらここで待つように伝えて俺も銭湯に入っていった。 平日ということもあり客の姿もまばらで、これなら平気だろうと安堵した。 俺も疲れていたがゆっくりとお湯につかることもなく、少し早めに外で待つことにした。 待つこと十五分、ハルヒが出てきた。 「お待たせ」 ハルヒには俺の服を貸したので、かなりだぶだぶだった。 それにしても……風呂上りでリボンをつけていないハルヒを見るのは久しぶり、いや初めてだった。 まだ艶のある髪に、少し赤くなった頬。さすがというか、その美少女っぷりに俺は一瞬目を奪われてしまった。 「キョン?」 「あ、ああ。帰ろう。とりあえず……ここで姿変えるか」 「もう少し、このままでいたい。お願い」 「家の近くまでだぞ」 そう言うと、ハルヒは満面の笑みで頷いた。なんだろうか、この気持ちは。 いつものハルヒに慣れているせいか、こういうハルヒの態度が一瞬でも可愛いと思ってしまった。 いかんいかん。これの本物は馬鹿!とかドジ!とか俺に連呼するような女だぞ。 そんなことを考えていると、ハルヒが横から顔を覗き込んできた。 「ねえキョン。キョンと涼宮ハルヒはどういう関係なの?」 どういうって、ハルヒ曰く俺は下僕だそうだけどな。お前のほうが詳しいだろ。 ハルヒの感情とかある程度わかったりとかしないのか? 「わからない……でも……」 ハルヒは少し俯いて、意を決したように俺の顔を見上げた。 「あたしは、キョンのこと好きだよ?」 「遅い! 罰金!」 集合時間に遅れてしまった俺にハルヒは言った。 昨晩のもう一人のハルヒの発言を思い出す。まさに今目の前にいるこいつと瓜二つの奴に言われたんだよな。 ぼーっとハルヒの顔を見ていると、胸倉を掴まれた。 「キョン、あんたたるんでるわ。団長として情けないわよ」 本物にもあのぐらいのしおらしさがあってもいいと思うんだがどうだ? このハルヒもらしいっちゃらしいが、どう考えても損をしていると思うのだが。 こういうふくれっ面も悪くはないが、俺としてはおしとやかな子のほうがいいぞ。朝比奈さんみたいな。 どうだ? ハルヒ、考えなおしてみないか? 「さっきから何ぶつくさ言ってんのよ」 ハルヒは俺の胸倉を揺さぶりながらがなり立てていたが、そのうちその手を離すとそっぽを向いてしまった。 「まあいいわ。さっさと行くわよ」 こいつにしてはやけにあっさりと引いたな。 とはいえ、こいつの顔を見る度に昨夜のことを思い出してしまってどうにも落ち着かない。 余談ではあるが寝る時は姿を例のものに変えてもらって布団の中に入ってもらった。 しかしどういうはずみなのか、俺が夜中に目を覚ましたら人間の姿になっていた。 しかも俺の目の前で眠っていた。 ハルヒの無防備な寝顔を目の前で見て俺は動揺した。 俺も健全な高校生である。性格を除けば美少女という取りえのある涼宮ハルヒの寝顔を目の前にして 何も感じないわけではない。 普通なら目が覚めたら美少女が隣で寝ているなんておいしいシチュエーションではあるが、 それはあくまで時と場所が大事であり、寝ぼけ頭の俺でもこんな姿を家族に見られたらどうなるかぐらいわかるわけで、 急いでハルヒを起こすと姿を変えてくれと懇願した。 ハルヒは中途半端に起こされたことでもう眠れないと言い出した。 そんな中で俺も眠れるはずがなくたわいもない会話をしていたのだが、朝方になって俺は耐え切れず寝てしまい、 起きた時にはすでに集合時間が迫っていたというわけだ。 家にいてもハルヒに振り回され、外に出てもハルヒに振り回される。 これでいいのか? 俺よ。 「ところで、あの三人は?」 ずんずんと進むハルヒの後ろから半分寝ながら歩いていた俺は、 他のSOS団員がいないことに今更ながら気づいた。 「今日は呼んでないわよ」 意外である。SOS団としての活動するときは必ず全員に声をかけていたと思ったが。 まあ古泉は俺と同じ荷物持ちだとしても朝比奈さんというマスコットがいないというのは結構でかい。 無償で働くのだからそれぐらいの恩恵が必要なのだ。ハルヒはマスコットと呼ぶには程遠いからな。 確かに目立つという意味ではある意味マスコットなのかもしれないが。 「そんなにたくさん買い物するわけじゃないから、あんただけで十分なのよ」 それじゃ一人で行けばいいだろうに。 「なんで団長のあたしが荷物を持たなきゃいけないのよ。あんたは平の団員なんだから荷物持ちって決まってるでしょ。 休みの日だからっていって職務怠慢は許されないわ」 ハルヒは後ろを振り向くこともなくずんずんと商店街を進んでいく。 途中、映画のときにお世話になった電気屋に入っていくのでついていくと、 電気屋の店主と何やら会話を始めた。 俺は会釈だけしてハルヒの後ろに突っ立っていたが、 「おっちゃん、ここは火炎放射器ないの?」 お前は山で一体何をするつもりなんだ? 山火事でも起こす気か。 大体こんな町の一電気店に火炎放射器が置いてあるわけないだろ。 おっちゃんもこんな女子高生の言うことなんて適当に流しておけばいいのに、 「火炎放射器はないなあ。チャッカマンじゃ駄目なのかい?」 と真面目に相談に乗ろうとしている。 「チャッカマンじゃ駄目なのよ。もっとこう火がガンガン出る奴がいいわ」 ハルヒの無理難題に本気で悩んでいるおっちゃんが段々気の毒に見えてきたのは俺だけではあるまい。 俺がハルヒに 「あんまり無理なことを言うなよ」 と言うとハルヒは頬を膨らませた。 「あんたは黙ってなさい」 へいへい。やっぱりこいつ可愛くねえ。 俺がそんなことを考えていると、ハルヒは手を振って 「おっちゃん、また来るわ」 と言って軽く手を振ると外に出ていってしまった。 俺も会釈して外に出ると、ハルヒは腰に手を当てて突っ立っている。 今日のハルヒはやけに引き際がいい。そう、気持ち悪いくらいに。 「次はこっちよ」 ハルヒは俺の袖を掴むとずんずんと歩き始めた。 その後はおおよそ山とは関係ないような店を夕方まで散々付き合わされたあげく、 夕飯を少し高めのレストランで奢らされることになった。 買い物という割には何を買うわけでもなく、当然俺は荷物を持つこともなかった。 ハルヒの奴は一体何がしたいんだ。財布の中を見て溜息をつきながら俺は家にいるもう一人のハルヒを思い出していた。 まさかハルヒの姿になって家族と出くわしていないかとか、夕食が遅くなって腹を空かせていないかとかそんなことだ。 どちらにしろ今の俺はハルヒのことを考えざるを得ない状況になっているわけだ。 古泉が言うような特別な感情だとかは放っておくとして、こいつの強烈なインパクトのせいで 俺はどうやらそのペースに乗せられちまったようだからなんとなく放っておけないような部分はあるのかもしれない。 こうしてこいつが笑顔で美味そうに食事をしているのを見ているのも悪くはない。 谷口が聞いたら 「キョン、お前はついにそこまで落ちちまったか」 とか言われるだろうな。 しかしまあ、こういうのも悪くないと俺は思っちまったからな。 あながち谷口が言うことも否定できない。 「ちょっとキョン? あんた人の話聞いてるの?」 聞いてるともさ。 「さっきからぼけっとして……さっきからじゃないわ。今日の遅刻といい、やっぱりたるんでる!」 まあそう言うなよ。俺もこう見えて色々気をつかってるんだからな。 「なによそれ。気を使うならこの団長様に使いなさい。他の奴に使う必要なんてないわ」 まさにその団長様に気を使ってるとは言えないしなあ。 全くこいつってやつは……まあ今回はもう一人のハルヒに免じて許してやるさ。 「ところでさ……キョン」 食事を終えて落ち着いたところでハルヒが妙に深刻な表情になった。 「あんた、みくるちゃんのこと……好きなの?」 唐突に何を言いだすんだ、お前は。 「それとも有希? 前のラブレターも実はキョンが渡したものだったとか?」 「あのなあ、それは本人にも確認してるじゃねえか。大体それがお前に関係あるのか?」 ハルヒは気まずそうな苦笑いを浮かべる。 「べ、別に関係はないわよ。まああの二人があんたの相手をするわけないだろうけど、 SOS団の秩序を乱すようなことされても困るし? 大体あんたがそういう誤解をされるような態度だから 団長として注意を促しておかなきゃいけないんでしょうが」 まるで口を挟ませないといったようなハルヒの喋りっぷりを俺は静観していたが、 ハルヒのその必死さになんだか和んでしまったのは秘密である。 「ふっ」 「あっー! あんた人が真面目な話してるときに何笑ってんのよ!」 「別に」 ハルヒは顔を真っ赤にしている。 いや、違うな。頬を赤く……ってまさかな。 腕を組んでそっぽを向いたハルヒは 「ふんっ、とにかくもっとあんたは団長を崇拝しなさい。 ぼやぼやしてると新しく入ってくる新入生よりも低い地位になるわよ!」 と言い切り席を立った。 ハルヒがさっさと店の外に出て行ったので当たり前のように俺が伝票を会計にもっていく。 店に入る前に貯金を下ろしておいてよかったぜ。 店の外に出ると外は真っ暗だった。商店街のネオンの光だけが輝いている。 ハルヒのところにいくと、黙って手を俺のほうに突き出してきた。 手には袋がぶら下がっている。 なんだこれは。 「受け取りなさい」 「え?」 「奢らせたし今日は付き合わせたからほんのお礼よお礼。 いい? 団長のこの私が特別に労をねぎらおうって言ってるんだからありがたく思いなさい」 ハルヒはその袋を投げるように俺に渡すとさっさと走り去ってしまった。 小さな袋の中には小さなケースが入っていた。そのケースを開けると中から出てきたのは腕時計だった。 俺の腕時計は一週間ほど前にハルヒに引っ張りまわされたとき、壁にぶつけて壊れてしまったのだ。 俺はそのときハルヒに抗議したが、あいつは 「そんな簡単に壊れるような時計を持ち歩いてるあんたが悪いのよ!」 といつものように理不尽なことを言いだした。 そのとき若干ハルヒの言動にいらだちを感じた俺は、相手にせず黙ってその場を後にしたのだが……。 「あいつ……」 その時計は俺が持っていた安物の時計よりも高そうな時計だった。 全く、これを渡すためにわざわざ一日中連れまわして飯まで奢らせたのか。 素直じゃないというかなんというか、ハルヒらしいっちゃハルヒらしいんだが。 今日のハルヒは随分と大人しいほうだったし、あのもう一人のハルヒが来てから変化が見られるということは やはり本物のハルヒと何かしらの関係があることは間違いないのだろう。 俺が家までの道のりを自転車に乗らず、押して帰っていると、後ろから来た車が横で止まり、 窓から古泉が顔を出した。 「やあ。今、お帰りですか?」 なにしにきたんだ。 「涼宮さんについてちょっとお話したいことがあります。お時間よろしいですか?」 「それで、何かわかったのか?」 公園のベンチに腰掛けた俺の正面に古泉は立った。 「あくまでも仮説として聞いてください。我々の組織の考えです」 古泉は俺の表情を確認するかのように少し間を空けて続けた。 「例の涼宮さんのクローン、ここではあえてクローンと呼ばせていただきます。 あれはほぼ間違いなく涼宮さんが作り出したと考えて間違いないと思います。 最近の彼女が非常に安定しているという話はあなたにもしましたよね?」 俺は黙って頷く。 「元々彼女は普遍的なものを嫌う方です。常に不思議なことを求めています。 だから僕や朝比奈みくる、長門有希の三人が同じ場所に集まった、これはもう理解していると思います。 そして、彼女には葛藤もあった。不思議なことは必ずあるという涼宮さんと、 そんなものはないと思っている涼宮さんが彼女の中にはいるんです。 以前までは前者、不思議なことをとにかく追い求める涼宮さんが前面に出ていました。 ですから閉鎖空間が不安定な状態にあった。そして今は非常に安定している。 これがどういうことか、あなたにはわかりませんか?」 わからんな。 古泉はふっと笑みを浮かべて続ける。 「常識人としての涼宮さんが前面に出てきているということです。 不思議なことは起こらなくてもいい。SOS団という枠の中で楽しいことができればいいと、 彼女は感じ始めているんですよ。もちろん、無意識の上での話です。 実際には彼女はそんなことを口に出したりしませんし、表面上は以前の涼宮さん自身の考え方と 何も変わっていないはずです。以前の涼宮さんはあなたに選択肢を与えました。 少なくとも僕はそう考えています。 元の世界に戻るのか、それとも新しい世界を作り出すのか、それをあなたに託したのは あなたもよく知っているSOS団団長としての涼宮さんでした。 しかし、今回はちょっと違います。 彼女は今の生活に不満があるわけではない。むしろ満足していると言ってもいいでしょう。 それはひとえにあなたのおかげでもあるわけですが。 さてその涼宮さんが再びあなたに選択肢を与えるとしたら、どのような選択肢だと思いますか?」 俺は口を開くことはなかった。 「もうお分かりかと思いますが、涼宮さんはあなたに選んでもらいたいんですよ。 常識人としての涼宮ハルヒなのか、それとも、今までの涼宮ハルヒなのか。 その結果として出てきたのがあのクローンというわけです。 昨日の様子だと、涼宮さんに近いところを持ちながらもその性格は丸で異なるようですし、 あながちこの仮定も否定しがたいと思いますが、どうでしょうか」 古泉は小さく肩を竦ませてみせた。 「お前の言っていることが本当だとして、俺にどうしろっていうんだ」 「簡単なことです。あなたがどちらかの涼宮さんを選ぶ……ですよ」 簡単なこと? よく言うぜ。 「恐らく、世界改変にはいたらないと思いますよ。どちらを選んだとしてもね。 ただ、涼宮さんはあなたの選択に従い、選ばれなかった涼宮さんの人格は消え去ることになるでしょう」 二人の間に沈黙が流れる。 古泉は前髪をかきあげると俺の横に座った。 「あくまでも我々の仮定です。長門さんや朝比奈さんは別の答えを出すかもしれません。 でも、信憑性もありそうな話だと思いませんか?」 「お前らはどうしたいんだ?」 「我々はあなたの決断を見守るだけです。先程も言ったようにそこまで深く考えることではないんですよ。 どちらの人格を選んだところで涼宮さんの力が失われるわけではないでしょうし、 我々としてみれば大人しい涼宮さんのほうが扱いやすいかもしれませんが」 結局お前らにとってハルヒは観察の対象でしかないんだろうからな。 「それだけではありませんよ。少なくとも僕個人は涼宮さんのこともあなたのことも大切に思ってます」 その言葉、どこまで信用すればいいんだか。 しかし、なんでまた俺なんだ。 「あなたも強情ですね。いや、失礼、あなたと涼宮さんの信頼関係に口出しするのは野暮だ」 二人のハルヒを比べて俺に選べってか。 どんな罰ゲームだそれは。なんで選択肢がハルヒしかないんだ? そこで朝比奈さんが出てきてくれれば俺は間違いなくそっちを選ぶぞ。 「もちろんそれもありでしょう。だけど、その場合はどうなるか、あなたが一番良くご存知だと思いますよ?」 閉鎖空間か。 「今回はそれだけじゃ収まらないでしょうね。少なくとも、あなたに再び選択肢が与えられることもないでしょう。 今回ことにしても涼宮さんにしてみればかなりの譲歩でしょうからね」 むう。 俺は黙りこくった。その間も古泉はハルヒがどうとか言っていたが、半分も頭に入ってこなかった。 これは俺の葛藤でもあるわけだ。 古泉の話を馬鹿馬鹿しいと思う反面でハルヒのことを意識しているのもまあ間違いないだろう。 認めたくはないけどな。 しかし古泉よ。今日会ったハルヒはいつもと違ったぞ? 少なくとも今までああいうハルヒは見たことはない。 「恐らく涼宮さんなりに対抗しているってところじゃないでしょうか? もちろん無意識的にですが。 あなた好みの女性に近づこうとするためにね」 なんだそれは、気持ち悪い。 ここでまた古泉は決めポーズのように肩を竦める。 「女心ってやつですよ」 結局古泉からは聞きたくないようなことも聞かされて帰宅したときには午後九時を回っていた。 夕飯を何も用意してこなかったので、恐らくあのハルヒは腹を空かしているに違いない。 今日の風呂はどうしようかとか考えながら部屋に入ると、暗闇の中赤い光がポツンとベッドの上で瞬いていた。 電気をつけてドアを閉めると、その光は膨張してハルヒへと変化した。 「おかえり、キョン」 「遅くなってすまなかったな。夕飯食うだろ?」 「うん。何度か妹さんが部屋に入ってきたからどきどきだったよ」 ハルヒは微笑んで応える。俺は不覚にもドキッとしてしまった。 昨日の言葉もそうだったが、こっちのハルヒの言葉にはどうも弱い。 ある意味ハルヒの顔に朝比奈さんとまではいかないがしおらしさのある性格が合わさったのだから、 より俺の理想に近づいたと言えるのである。 夕飯を用意するとか言ったが、下で食べさせるわけにもいかないし風呂の問題もある。 「ハルヒ、外で飯食うか? ついでに銭湯寄ってくればいいだろうし」 「でも、大丈夫なの? だいぶ時間も遅いけど……」 こうやって遠慮がちに言われると、何とかしてやろうという気になってしまう。 こっちのハルヒはどうやらわびさびというものをわかっているらしい。 なるべく親にばれないようにと外に出ると、俺たちは近くのファミレスへと向かった。 俺はすでに腹一杯だったので、ハルヒに食べたいものを食べさせてから銭湯に向かうことにした。 今日はすでにハルヒに夕飯を二回奢ったことになるのだが、こちらのハルヒはご丁寧にも 何度も頭を下げて礼を言ってきた。 まるで対照的である。こうなってくると、古泉の言ってることも信憑性が出てくる。 待て待て。もしかしたら長門の知り合いの宇宙人の陰謀かもしれないし、 朝比奈さんのお仲間の未来人の仕業かもしれない。 ここで古泉の言うことを信じてしまうのは早計というものである。 もし違ったら目も当てられない事態になることは容易に想像がつく。 何事も慎重に、だ。とはいえ、こんな生活をいつまでも続けるわけにもいかないのであって、 長門あたりに早急に事態の収拾をしてもらいたいものだ。 ファミレスを出てしばらく歩いていると、ハルヒが俺の手を掴んできた。 微妙に頬を赤らめながら。 さすがにこれを振り払うことは出来ず、流されるままにハルヒの手を握り返してしまった。 朝から晩までハルヒ漬けの生活。これを羨ましいと思う奴はすぐにでも名乗り出てくれ。いつでも変わってやるぞ。 結局二人目のハルヒが現れた原因もはっきりわからないまま、終業式の日を迎えてしまった。 長門や朝比奈さんからアプローチがないことを考えると、古泉の線が強くなってしまうわけだが……。 とりあえず今日学校で長門に聞いてみようと思っている。 ハルヒのクローンは今日に限って学校に行きたいと言いだした。理由を尋ねると、 「今日はあたしも行かなきゃいけない気がするの」 という返答だった。 学校内で見られてしまうリスクももちろんあるが、それがこの現象の突破口のきっかけになるかもしれないし、 俺は絶対に学校ではハルヒの姿にならないということを固く約束させて連れていくことにした。 このハルヒ曰く、なぜかSOS団の団員の居場所がわかるのだということなので、 姿を変えても問題ないということだったが、万が一のこともあるし他の生徒がハルヒを二人見たら それはそれで大問題なので念を押した。 今日は終業式だけなので授業もなく、午後には自由の身になる。 SOS団の活動はもちろん行われるだろうが、長門や朝比奈さんと話す機会もできるだろうし、 丁度いいだろうと考えていた。 教室に入ると、珍しくハルヒはまだ来ていなかった。 チャイムが鳴る直前になってようやくやってきたのだが、どうもいつもの覇気が感じられない。 「八時間は寝たはずなのに体がだるいのよ、何でかしら?」 と愚痴り始めたと思ったら机に突っ伏してしまった。 俺と何かあるとその次の日のハルヒは大体こんな感じなのでいつものことかと放っておいた。 体育館で終業式が始まり、十分ほど経った頃だったろうか、校長の話が続く中 「ドスン」 といった重い物が倒れるような音が体育館の中に響き渡った。 誰かが貧血で倒れたのだろう。音のした方からざわざわと生徒の声が聞こえてくる。 そんなに遠くないな。同じ学年か? と思い、そちらの方を見るとなんと倒れていたのはハルヒだった。 近くの男子生徒に支えられ、教師が数人近寄っていく。酷い顔色をしている。 校長の話が一時中断され体育館内がざわついたが、すぐに一人の教師が静かにするようにと大声を出すと 再び体育館内は静寂に包まれた。 ハルヒは教師に抱きかかえられるように体育館を出て行った。保健室の先生もそれに同行して出て行く。 健康優良児を絵に描いたようなあのハルヒが貧血で倒れるほどデリケートとは思えない。少なからず、 嫌な予感を抱いたのは俺だけじゃなかったはずだ。 一抹の不安を抱えながら終業式を終えて、教室に帰ろうとしたところで古泉が隣にやってきた。 「先程のは涼宮さんで間違いありませんよね?」 間違いないだろう。ハルヒほど目立つ奴もそうそういないからな。 さすがに古泉もこの事態には笑顔を繕う余裕もないようで、ハルヒの心配をしているようだった。 ま、どういう形で心配しているのかはこの際触れないでおこう。 「あちらの涼宮さんは今どこに?」 「今日はついてきてる。教室の俺の鞄の中さ」 ふむ、といった感じで古泉は考えるような仕草をした。 「少し気になりますね。関連がないとは言いきれませんから」 考えすぎじゃないのか? ハルヒだって一応は人間だ。体調が悪くなることもあれば貧血を起こすこともあるだろうよ。 「そうであればいいんですけどね。いずれにせよ、あなたにお任せすることにしましょう。 それではまた後ほど」 そう言って古泉は去っていった。 教室の近くまで戻ってきて、俺は長門の後姿を見つけた。 「長門」 長門はゆっくりとこちらを振り向く。 「聞きたいことがあるんだ」 「……というのが古泉の説なんだが、お前のほうでは何かわかったのか?」 先日古泉から聞いたハルヒが俺に選択肢を与えたという話を簡潔に長門に伝えると、 長門は少しの間をおいてゆっくりと口を開いた。 「情報統合思念体は困惑している」 どういうことだ? 「存在しているすべての物には情報がある。だけどあの涼宮ハルヒには情報がない」 結論を言えばわからない、ってことか。 長門は小さく頷く。 「古泉一樹の説が有力であると私も思う。実在している涼宮ハルヒにも変化が見られる」 ハルヒに変化が起きていることは俺もなんとなくだが気づいている。 それは古泉にも言ったことだが。 「今、涼宮ハルヒを構成している情報の弱体化を確認した」 「なんだって?」 「彼女が倒れたのもその影響」 原因はわからないのか? もう一人のハルヒとの関係は? と聞きかけたところで担任の岡部がやってきてしまった。 長門にまた後で聞かせてくれと言い残し、俺は教室へと戻った。 ハルヒは保健室で寝ているだろう。下手したら家族が迎えにきているかもしれない。 そう思っていたのだが、席にはハルヒが座っている。 「お前、大丈夫なのか?」 と俺の問いに、ハルヒは微妙にはにかむような仕草をした。 まさか! 俺は岡部が教室に入ってくる前にハルヒの手を掴み廊下に飛び出し、人気のないところまで走った。 これではいつもと逆である。 「学校ではその姿にならないって約束しただろ?」 「あたしもそのつもりだったんだけど、どうしてかわからないけどあの姿に戻れなくなったの」 このハルヒが言うには、俺の鞄の中に入っていたが突然その状態を維持できなくなり、 鞄を出てハルヒの姿になってからは光の玉の姿には戻れなくなってしまったというのだ。 ハルヒが戻ってこないのはわかっていたから、とりあえず俺が戻ってくるまで席についていることにしたと。 ハルヒが倒れたことと関係があるのだろうか。とにかく校内に二人のハルヒがいるのは大変まずい。 「ねえ、キョン。あっちの涼宮ハルヒは、どうしたの?」 「貧血で倒れたんだ」 「そう……」 ハルヒは悲しげに表情を曇らせた。 まるで、なぜそうなったかを知っているかのように。 とりあえずハルヒは部室に押し込むことにした。本人はSOS団の団員が来たら嫌だと言っていたが、 他に方法はないし来たら掃除用具入れのロッカーにでも隠れればいいと納得させたのだ。 そして教室に戻った俺が岡部にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。 クラスの連中はハルヒの姿を見ていたはずだが、ハルヒの性格も大体知っているのだろう、 あまり体調が良くないのに教室に戻ってきたが、俺がそれを保健室に連れていった、という絵に見えたようで 誰も気にしていないようであった。そう見られるのも不本意ではあるが、今はそんなことも言ってられないからな。 通知表の受け渡しという魔の行事を終えてその日のHRは終了となった。 谷口や国木田と軽く会話を交わした俺は、部室に行く前に保健室へと向かった。 ハルヒがまだいるかもしれないからな。一応様子だけは見ておいたほうがいいだろう。 保健室に到着すると、中から保健の先生が出てきた。 「あら、何か御用?」 「いえ、涼宮はまだ中に?」 「ええ、大分顔色も良くなったけどもう少し休ませてから帰すわ。あなたは……?」 クラスメイトです。と伝えたところ何を勘違いしたのか、 「あらあら、じゃあ悪いけどあなた送ってあげて頂戴。家のほうに連絡したんだけど、誰もいないのよ」 もう少し休ませてから、と言って保健の先生は職員室の方へと行ってしまった。 やれやれ。 「あ! キョン君じゃないかいっ?」 この声は、 「鶴屋さん、朝比奈さんも」 朝比奈さんは鶴屋さんの後にくっつくようにしてついてきていた。 「キョン君もお見舞いに来たのかいっ?」 ええ、まあそんなところです。 「涼宮さん、大丈夫かなあ……」 いつも酷いことをされているのに朝比奈さんはまるで天使のような優しい心をお持ちだ。 その心を少しでもハルヒにわけてやりたいですよ。 「私、様子見てきますね」 そう言って朝比奈さんは保健室の中に入っていった。鶴屋さんもついていくのかと思ったが、 ドアを閉めると俺の顔を覗き込んできた。 「ほうほう。あんまり動揺はしてないみたいだねっ」 どうして俺が動揺せにゃならんのですか。 「キョン君! はっきりしない気持ちは時に人を傷つけることもあるんだよっ。 キョン君が悪いわけじゃないけどねっ」 鶴屋さんはまるで俺の心を見透かしたかのように言う。 「ふっふーん。なんでわかるんですかって顔してるねぇ。 ま、違ったら違ったでいいんだけどねっ」 そう言って鶴屋さんは保健室に入っていった。 二人が出てくるまで俺は廊下で待つことにした。鶴屋さんから言われた言葉が少しひっかかっていたのもあったからだ。 十分ぐらいして二人は出てきた。 「今日は活動しないと思いますけど、部室に行ってますね。キョン君ともお話したいことがありますから」 朝比奈さんはそう言って鶴屋さんと去っていった。 あっちのハルヒは大丈夫だろうか。 「キョン君、またねっ!」 SOS団の中ではあまり俺にはっきり意見する人がいない。ハルヒは別枠として、 古泉もあまりストレートには言わないし、朝比奈さんや長門もだ。 そういう意味でも鶴屋さんの一言は大きかった。 なんとなく入りづらかったが、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかないので、 俺は意を決して中に入った。 保健室の中にはベッドが二つあり、どうやらハルヒは奥のほうにいるらしい。 カーテンで遮られているので入り口からでは様子を伺うことはできない。 カーテンの側まで近づいたところで、中から声が聞こえた。 「キョン?」 良くわかったな。 「みくるちゃんが言ってたからよ。あんたがいるってね」 なるほどな。納得だ。 「わざわざ何しにきたわけ?」 カーテンを開けると、ハルヒはベッドの中に潜り込んで頭だけを布団の中から出していた。 しかし、頭は逆側に向けているので表情を伺うことができないわけだが。 「大丈夫なのか?」 「何が? ちょっと寝不足なだけよ。みくるちゃんもわざわざ鶴屋さんと来たりして、大げさなんだから」 お前は昨日八時間も寝たとか言ってたじゃないか。それに誰だって心配すると思うぞ。 倒れたなんて聞いたらな。 「とにかく、大したことなんてないのよ。これから山だって行くんだし、寝てる場合じゃないんだから」 ハルヒはそう言って起き上がろうとした。 「おい、無理するなよ」 「別に無理なんか……」 と言いかけてハルヒは手で胸の辺りを抑えた。 だから言ってるだろうが、体調悪いときはゆっくりしておけ。 どうせ治ったらあほみたいに遊びまわるんだから、今ぐらいゆっくりしてても誰も文句は言わんぞ。 むしろみんなも休める。 「うるさいわね……」 ハルヒはまた布団をかぶるとそっぽを向いてしまった。 俺は辺りを見渡して椅子を見つけるとベッドの横に持ってきた。 「なにしてんのよ」 「まあ、なんだ。俺も前に入院したときは見てもらったしな。たまにはこういうのも悪くないだろ」 ハルヒは黙り込んだ。 俺は、「あれは団長としてだから別にあんたのために行ったんじゃないわよ」とか言われるもんだと思っていたので この無言には不意をつかれた。 帰宅する生徒たちの声が聞こえてくる中、沈黙は流れ続けた。 ふとハルヒの手がベッドから出ていることに気づいた。 クローンハルヒの行動の影響か、それとも鶴屋さんの言葉の影響か、 はたまた俺が血迷ったのか、気づいたら俺はその手を握っていたのである。 ハルヒが一瞬体をびくっと震わせた。しかし、声は出さない。 そのうち、ハルヒも俺の手を握りこんできた。 別に俺もハルヒも深い意味があったわけではないだろう。体が弱っているときは手を握ると元気が出るとか そんな噂を聞いたからである。 ……いかんな。鶴屋さんの言っていたことを俺はすでに忘れかけていた。 だが今はそういうことにしておいてくれ。とてもじゃないが心の整理がつかないんでな。 二十分ほどそうしていたが、俺はもう一人のハルヒのことを忘れていたことに気づいた。 この本物のハルヒを連れて帰るにしても、あちらもどうにかしないといけないのだ。 どうやらハルヒは眠ったようなので、静かに手を離すと俺は保健室を後にした。 部室のある旧館に向かう途中の通用路でクローンハルヒが立っているのを見つけた。 「キョン。部室にみくるちゃんが来たから出てきちゃった」 ハルヒのクローンは、本物と変わらない笑顔で俺に近づいてきた。 「そうか。悪いんだけどな、これから朝比奈さんと少し話しをしなきゃいけないんだ。 どこか人目につかないところで待っててもらえないか?」 ハルヒはそれを聞いてむくれッ面になる。 「キョン全然あたしの相手をしてくれないのね」 状況が状況なんだから仕方ないだろ。家に帰ったら遊んでやるさ。そんな余裕があればな。 「まあいいわ。旧館の屋上で待ってるから、話が終わったら来てね」 満面の笑みを浮かべて走り去るクローンの後姿を見送ってから部室へと向かった。 部室の前までやってきた俺は念のためにドアをノックした。 さっきから大分時間は経っているが朝比奈さんのことだ、いつお着替えをしているかわからんからな。 「はーい」 部屋の中から愛らしい声が聞こえてくる。 中からドアが開けられるとそこには朝比奈さん、正確には制服を着た幼い方ではなく、 成長してよりナイスな体になった未来の朝比奈さんが現れた。 「あ、朝比奈さん」 「キョン君、お久しぶり。とりあえず中に入って?」 俺は促されるままに部屋の中へと入った。 部室の中には幼い方の朝比奈さんが椅子に座って気持ちよさそうに眠っている。 「本当だったら、この時代の私がいないときに来たかったんだけど、時間を選んでる余裕がなかったの」 朝比奈さん(大)は深刻そうな表情で目線を少し下に落として言った。 「キョン君も古泉君から聞いたと思うけど、涼宮さんのクローンはどうやら涼宮さん自身が作り出したみたい。 私たちの時代でもあそこまで完璧なクローンは……ってこれは禁則事項でした……」 頭をコツンと叩いてから朝比奈さんは続ける。 「私たちも古泉君たちと同じような見解で今回のことは見ているわ。問題は、本物の涼宮さん。 体調を崩したのは、恐らく少しずつクローンと入れ替わろうとしているから、その弊害だと思う」 なるほど、それでクローンハルヒも以前使えたような力が使えなくなったということか。 少しずつ本物の人間に近づきつつあって、それは本物のハルヒの力を吸い取るように成長している。 そういうことですよね。 「そんな感じだと思う。断定はできないけど……辻褄は合うでしょ?」 確かに、ハルヒが体調を崩したのと同時期にクローンが特別な力を失っている。 これはいよいよ認めなければいけないらしい。 「このままいけば恐らく本物の涼宮さんの存在は消えて、今までクローンだった涼宮さんが本物になるはず。 あくまでも自然に、誰にも気づかれないで元々そういう人間だったという認識になるの」 それは、俺もですか? 「それはわからないけど……」 朝比奈さんは言いにくそうに目をそらした。 「仮に、いや、俺に選択肢が与えられたという前提で考えた場合ですが、 俺はまだどちらを選んだりとかしてませんよ。なのに本物のハルヒと取って変わろうとしているのはなぜです?」 少し怒ったような顔で朝比奈さんが詰め寄ってくる。 「それはキョン君がはっきり伝えないからです。涼宮さんが無意識的にしろキョン君に選択を求めたのは 今の自分よりもこっちのほうがいいかもしれないって思ったからです。 答えを出さないってことは、涼宮さんとしてはやっぱり今の自分じゃ駄目なんだと思うに決まってるじゃないですか!」 この時の朝比奈さんは本気で怒っていたのかもしれない。 もともとおっとりしている人だ、怒っても怖いということはないが、 涙目になって迫ってくる姿には俺の良心を揺さぶるものがあった。 「どちらにしても、キョン君がちゃんと答えを出してあげてください。 どちらの涼宮さんを選んでも未来にはさほど影響はありません。 だから、よく考えて決めてあげてください」 古泉と同じようなことを最後に言って、朝比奈さんは部屋を出て行こうとした。 「朝比奈さん」 「はい?」 「朝比奈さんは、どちらのハルヒが良かったんですか?」 朝比奈さんは困ったような顔をしてから、 「禁則事項です」 と微笑み、去っていった。 可愛らしい寝息を立てている朝比奈さんの横に座り、俺は善後策を考えることにした。 答えを出せ、と言われてすぐに答えを出せるほど俺はハルヒのことを意識しちゃいなかった。 普段があんなだし? いきなりそういうふうに見ろって言われても無理があるってもんだ。 しかし、時間的余裕はあまりないようだ。 ハルヒのあの様子だと、時間が経てば経つほど力を失っていくようだ。 どうしてこう毎度毎度俺は世界の危機だとか人命がかかってるとか、 そんなことばかりに巻き込まれるんだ? それはハルヒと出会ってしまったから、運命……だとは思いたくないが。 以前、閉鎖空間に行ったときもこんなことを考えたな。 ハルヒは俺にとって何なのか。 それはあの時とは少し変化したのかもしれない。 ただ、明確な答えが出せるほどハルヒに対しての気持ちを煮詰めたわけではない。 俺にとってのハルヒ……。 それにしても鶴屋さん、朝比奈さん(大)、古泉やらにあそこまで言われたらまるで俺が悪者だ。 この決着がついたら、ハルヒに奢らせてやろう。理由は適当に考えればいいさ。 まだまだ俺たちの関係は続いていくんだからな。 朝比奈さんが目を覚ましたので事情をある程度まで説明した俺はもう一人のハルヒが待つ屋上へと向かった。 朝比奈さん(小)はただ一言だけ、 「キョン君、今まで私たちがしてきたことを思い出して」 と言って俺を見送ってくれた。 屋上の扉を開けると、クローンハルヒは屋上の調度真ん中あたりで体育座りをしていた。 「よう、待たせたな」 「キョン、待ってたんだから」 ハルヒは立ち上がると俺に向かって走ってくる。 直前で止まるのかと思っていたが、次の瞬間にはタックル(本人は抱擁のつもりだったらしい)をくらって 天を仰いでいた。 ハルヒの頭が俺の胸のあたりにあり、その手でYシャツが握り締められているのがわかる。 「おい、どいてくれないか」 その言葉にハルヒはゆっくりと首を横に振る。 「いや……」 嫌って言われてもな、この誤解されかねない状況は非常にまずいんだが。 「キョンは……あたしのこと嫌いなの?」 ハルヒらしくない声でそういうこと言われると調子が狂うんだが。 「ハルヒ、それなんだけどな……」 と言いかけたところでハルヒは勢いよく体を起こした。 「キョン、遊びにいこう! まだ時間も早いし、ちょっと遠くなら誰にも会わないし。 ね?」 まるで最後まで聞きたくないといったように話を遮ったこのハルヒは立ち上がると俺の腕を掴んで引っ張り上げた。 「話を最後まで聞いてくれ、大事なことなんだ」 「……遊びに行ってくれたら、聞くから、だから……行こ?」 むう。そんな目で見ないでくれ。まるで朝比奈さんのような愛らしい小動物のような目線で見られたら 俺もハルヒとはいえ強引に話を進めるわけにはいかないじゃないか。 「わかったがな、まだ本物のハルヒが校内にいるんだ。それを家まで送らなきゃならん」 「それなら大丈夫。古泉君がどうにかしてくれるわ」 なぜ古泉の名前が出てきたのかは知らんが、とりあえず確認をとってみることにした。 電話に出た古泉は、まるで電話が来るのを待っていたかのような口ぶりで、 「涼宮さんでしたら僕が責任をもって送り届けますよ」 と言った。 どこまで知っているんだ? まさかここにいるハルヒと繋がってるんじゃないだろうな。 「クローンの涼宮さんがまだ校内にいることはこちらも把握してますから。 今回はあなたのサポートを徹底的にやってやろうと決めたんですよ」 ありがたいのやらそうでないのやら。 「そうそう、あなたの選択に口を挟むつもりではありませんが、これまでのSOS団、 涼宮さんのことを含めて楽しい思いをさせていただきましたよ」 なんだそのもう終わりみたいな言い方は。 「いえ、そういうつもりではありませんよ。ただ、環境が変わる可能性もあるのでほんのお礼みたいなものです」 古泉はそう言うと電話を切った。 「大丈夫だったでしょ?」 満面の笑みでハルヒが顔を覗き込んでくる。 そのハルヒのクローンを見ていてわかったことがある。 本物のハルヒが弱っている反面、こちらのハルヒの感情が豊かになってきたように見える。 元々どっちが本物かわからないぐらい似てはいたが、ここに来て雰囲気的な部分で変化が見えるような気がする。 校内にいるハルヒのことも気にはなったが、ここは古泉に任せておこう。 このハルヒに話を聞いてもらわなければ解決のしようもないからな。 「で、どこに行きたいんだ? 言っておくが、そんなに金はもってないぞ」 「んー……キョンと一緒だったらどこでもいいんだけど、なるべく人の目を気にせず動けるところがいいじゃない?」 どうせハルヒは今外をまともに動けないだろうから、遠くに行く必要もないと思うが。 「それじゃ、キョンに任せる」 任せる、と言われても俺にもそんなレパートリーがあるわけじゃないぞ。 「そうだ、商店街! この前涼宮ハルヒとも行ったところ、そこ行きたい!」 というわけで、見た目は全く同じのハルヒと再び商店街にやってきた。 どこが違うかというと、このハルヒは電車に乗ってからずっとべったりくっついてくるぐらいか。 同じコースで周りたいというので、まずは電気屋のおっちゃんのところに向かった。 「おっちゃん! 久しぶり!」 そのおっちゃんにしてみれば二日ぶりぐらいだろう。 まあハルヒの性格だから、本物が言ったところで違和感はなさそうだが。 「おや、今日も来たのかい? ……随分と仲良しだね、いいなあ若い子たちは。あっはっは」 ハルヒに無理矢理繋がされた手を見て人のよさそうに笑ったおっちゃんは そうだ、と何かを思い出したように店の奥に消えていった。 三十秒ほどして戻ってきたおっちゃんの手にはカタログのようなものが握られていた。 「これ、今度来たときに渡そうと思ってたんだよ」 そのカタログは……チャッカマンのカタログだった。 話を聞くと、律儀にもこの電気店の店主のおっちゃんはハルヒの役に立てなかったことを悔やんでいたようで 火炎放射器はさすがに手に入らないが、強力なチャッカマンなら、とカタログを取りに行ったんだそうだ。 そこまでハルヒに肩入れする理由は知らんが、今ここにいるハルヒには何のことだか理解できないようで、 終始不思議そうな顔をしてカタログに目を通していた。 検討してみます、という言葉を残して電気店を出て商店街を歩いていると、 最近できた店だろうか、見たことのない洒落た感じの時計屋ができていた。 この前もここは通ったはずだが、あの時はハルヒに引っ張られるように進んでいたので、 気がつかなかったのかもしれないな。 このハルヒも興味を示したのか、店の中へと俺を引っ張り込んでいった。 しばらくの間、ハルヒは可愛らしい時計などを見て女の子らしい声を挙げていたが、 俺はふと目に留まった時計があった。 そう、それは俺が今している時計と同じものだったのだ。 ハルヒはここでこの時計を買ったのだろうか。 すると、若い女性の店員が近づいてきた。 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 「いえ、ちょっと見てるだけなので」 「そうですか、あら? あなたはこの前いらしてた……」 とハルヒの方を向いて店員は言った。 「へ?」 ハルヒが何のことだかわからないといった表情をしたので、俺はあわててフォローに入った。 「実はこいつ双子の姉がいまして、たぶん買いにきたのはその姉のほうかと」 「あら、そうでしたか。随分お悩みになってたんですよ。どなたにあげるんですか? って聞いたら、 恥ずかしそうに『男の友達です』って言ってましたけど、あれはきっと恋する女の子の目でしたわ」 なぜか店員が恥ずかしそうに両手で頬を抑えている。 「最終的にこちらの時計を買っていかれました。もらった男の子と上手くいっていればいいんですけど……」 今度は涙目になってすすり泣きを始めた。変な人だ。 直後、俺はハルヒに腕を引っ張られて外に連れ出された。そして、腕を捲くられて時計を見ると、 「……あたしも買う!」 とか言い始めた。 お前は金を持ってないだろ。それに時計なんて買ってどうするんだ。 「キョンにあげるの! あたしもあげたいの!」 ハルヒのイメージがどんどん崩壊していくな。そんなセリフ、一生聞けないと思ってたぞ。 そんなことで対抗心を燃やしても仕方がないし、時計を二つも持っていても使い道がないということを 懇々と繰り返してようやく納得したハルヒはまた俺の手をとって歩き始めた。 日が落ちるまでそんな調子で連れ回され、暗くなったところで夕食をとることにした。 とはいえ今日は制服なので駅の近くのファミレスに入ることにした。 クローンのハルヒは、 「雰囲気あるところがよかったけど、仕方ないかあ」 と残念がっていたが、俺の懐具合からしてももう一度あのレストランはさすがに厳しいぞ。 小さい男と思われるだろうが、それならぜひうちの母親に小遣い値上げの説得をしてくれ。 食事中はハルヒは終始笑顔だった。 しかし、出てくる言葉は、今度はどこに行きたいとか、キョンにプレゼントを挙げたいから何が欲しい?とか そういう言葉だった。 さすがにそんな中で話を切り出すわけにもいかず、食事を終えて外に出たところでハルヒに話をしようと 改めて言った。 するとハルヒはそっぽを向いて、 「それじゃ、北高にいきましょ」 と言ってさっさと歩き始めた。 電車内では来る時とうってかわってハルヒは無言だった。 離そうとしなかった手も、微妙な距離で離れたままだ。 北高の校門まで来たが、当然ながら門は閉じられている。 「中に入りましょ」 そう言ってハルヒは校門を乗り越えようとした。 俺も黙ってそれに従う。 二人は校庭の一角にあるベンチまできて腰をかけた。 そのまま十分ぐらいはどちらも口を開かなかった。春が近づいているとはいえ、夜風はまだ冷たい。 「なあ、ハルヒ」 「ん?」 「お前はまだどうしてここにいるか、知らないんだよな?」 沈黙が流れる。 「知ってるわ」 俺が続けようとした言葉を遮るようにハルヒは言った。 「ここにいる理由、初めはわからなかったけど、もう見つけたの」 見つけた? 「あたしはキョンと一緒にいたい。理由は、それだけで十分」 ハルヒは真っ直ぐ前を見据えたままだ。 「お前はな、ハルヒに……」 「聞きたくない。……わかってた。涼宮ハルヒがあたしを作り出したってこと」 ハルヒの目に涙が浮かんでいるように見えた。 「でも、涼宮ハルヒはあなたに選択を委ねたんでしょ? それなら、あたしが必ずしも消えるなんて限らないじゃない! あなたは、あたしみたいな涼宮ハルヒを求めていたんじゃないの? 素直で、普通の女の子のような涼宮ハルヒを!」 涙をこぼしながらハルヒは俺に訴えるように言った。 やはり、俺が招いたことだということは認めざるを得なかったが、こう正面から言われてしまうと、 何も言えなくなってしまう。 俺は、俺にとってのハルヒは……。 「ハルヒ、俺は確かに暴力的でわがままで素直じゃないハルヒよりも、 お前のような素直で女の子らしいほうがいいと思っていた」 「それじゃあ!」 「でも、違うんだ。俺にとって大事だと思うハルヒは、ありのままのハルヒだ。 確かに暴力的だし人の話も聞かないし女の子らしくないわで良いところはどこだと聞かれたら 正直どう答えたらいいかわからないが、それでも俺はありのままのハルヒを選ぶ」 クローンのハルヒは俯いてしまう。 「俺には初めから選択肢なんてなかったんだ。選択する権利もないし、必要もない。 初めからそういうハルヒに俺は惹かれていたんだからな」 「……そっか」 ハルヒは立ち上がって数歩前に進むと、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「あたしだったら、もっとキョンのことわかってあげられる自信あるよ。 SOS団だってもっと楽しくなる! あの三人とだってきっと上手くやっていける!」 「ハルヒ……」 「だから……」 ハルヒは笑顔を作っていたが、その頬を涙が伝っているのは暗い中でもわかった。 「あたし……消えたくないよ……キョンと……もっと楽しいことしたり、一緒にいたいよ……」 次の瞬間、ハルヒの体が淡く光ったかと思うと、その体がまるで透けるように薄くなり始めた。 「……キョン、最後のお願い……あたしのこと、抱きしめて」 「しかし……」 「大丈夫、後はもう消えていくだけ……だから、お願い」 俺は立ち上がると、ハルヒの背中に手を回した。 すでに感覚も薄れ始めていて、人に触っているという感覚とは少し違っていた。 「……暖かい」 「すまなかったな」 「今更謝らないでよ。あたし、短い間だったけど、キョンと一緒に過ごしたこと、絶対に忘れないから」 ハルヒの体はどんどんとその色を失っていく。 「また……いつか会えるよね?」 「ああ、会えるさ」 「そのときは、あたしも……」 消えかけていくハルヒは最後にこう言った。 「キョン。ありがとう」 翌日、肉体的にも精神的にも疲れていた俺は学校が休みに入ったことをいいことに布団から出ずに寝ていた。 気がつくと12時近くになっていたので飯でも食おうかと一階に降りていくと、 聞きなれた声がリビングのほうから聞こえてきた。 「あー、何よこれ! 結構難しいわね」 「ハルにゃんがんばれー!」 なぜかハルヒが妹とテレビゲームをしている。 「おい」 「あ、キョン君!」 「あんた、やっと起きたの? 春休みだからって気抜きすぎよ! たるんでるわ!」 いつもどおりのハルヒである。 「お前、体調はもういいのか?」 「あたしを誰だと思ってるの? SOS団の団長は風邪なんかでへこたれたりしないのよ!」 そうかい。で、 「何しに来たんだ?」 「遊びにきまってんじゃない! 後で古泉君もみくるちゃんも有希も来るわよ!」 まるで俺の家を私物化である。 「ったく、勝手に決めるなよな」 俺は苦笑いをして着替えをするために部屋へと戻った。 着替えの最中にドアが蹴り破られんばかりに開かれたかと思うと、ハルヒが立っていた。 「あ……」 上半身裸の俺を見てなぜかハルヒは赤面している。自分の着替えを男子に見せるのは平気なのに、 男の裸を見るのは恥ずかしいのか、偏った趣味だな。 「何が趣味よ。それより、昨日あんたが保健室に来てその後のこと、ほとんど覚えてないのよね。 気づいたらあんたいなくて、古泉君が車で送ってくれるって言って家で寝てたら急に元気になってきたのよ」 ほー、いい薬でも飲んだのか。 「薬なんかに頼るほどひ弱じゃないわ。それに、変な夢見たりしてあんまり良い気分じゃなかったわね」 そりゃ、あれだけのことがあって気分が良いなんて言えるほうがおかしいってもんだ。 そんな俺も昨日のことはかなりこたえた。 はっきりさせたって意味では解決したのかもしれんが、二度とはごめんだ。だから、 「ハルヒ」 「ん、何よ」 「俺は、お前みたいな奴と出会ってここまで無茶苦茶なことやってきたりしたが、 後悔なんかしていないし、本気でお前のことが気に入らないと思ったことはない」 「なに? どういう意味よ」 「俺は今のままのお前が好きなんだ。だから余計なこと考える必要はないと思うぞ」 ハルヒは先程よりも顔を真っ赤にさせたかと思うと完全にそっぽを向いてしまった。 「ば、馬鹿じゃないの? 何よいきなり……」 「まあ、そこに少し素直さがあればもっといいかもしれんが」 「す、素直って……」 ハルヒはそれから頭を抱えたり地団駄を踏んだりと今にも暴れそうになっていたが、 「時計……」 ん? 時計がどうしたんだ。 「時計……あげたでしょ。それで十分でしょ! それとも、あたしとあんたの間でそういう言葉が必要?」 ハルヒなりに譲歩した言葉だったのだろうけど、俺にとってそれは最もわかりやすい言葉だったし、 ハルヒの気持ちも伝わってきたからよしとしよう。 お前が言うな、とはさすがに言えないからな。 「いーや。確かに、言葉なんかいらんな」 「ふん」 そう、言葉なんて初めから必要なかったんだ。 俺とハルヒの間にはな。 しかしなんだ、そういう自信が持てなかったというのはお互い様だったと思うし、 もう一人のハルヒがその自信を俺たちに与えてくれたのかもしれない。 全くもって俺に平穏な日々を与えてくれないハルヒであるが、 それを含めて俺はできる限りこの団長様を支えていくつもりだ。 それが、あの消えてしまったハルヒに対する俺なりのけじめだと思うからさ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/501.html
無限の命を刻んだ永遠の時間 宇宙に無数に存在する惑星 その中の一つに過ぎないこの星に生まれた命 何億と生きる人間の中の一つの私 なんのためにこの星に生まれたのか なんのためにこうして生きているのか 誰もその答えを知らない ふと怖くなり顔を上げる 放課後の部室 誰もいない静寂 無数に存在する命 しかし私を知っているのはそのわずか 怖くなる 孤独? 恐怖? 心が痛い とても苦しい 私は、サミシイ まるで自分が世界に取り残されたような感覚 誰一人私を必要としていない ―――――ヤダ! なんで誰もいないの? キョン?有希?みくるちゃん?古泉くん? 部室のドアに手をかける しかしそれは開かない ドアは開かない なんで? ここから出して! ここから出たいの! 助けて! 私はここよ? 誰か! キョン! ―――――カタン ふと心がざわめく 私一人だったはずの部屋に気配が生まれた 誰? キョン? 私はその気配の方へ振り返―――― ―――――られない 体が動かない ヤダ 何これ何コレなにコレナニコレ 背後から近づく気配 汗が溢れる ドアノブを握ったまま手は動かない 振り返ろうにも首は動かない 少しずつ気配は大きくなる 背後の影は徐々に近づく 声は――――出せない 目を――――つむれない! そして その影はすぐ後ろに立つ 身体の背後から手が伸びた 伸びた手は私の手に触れる ――――怖がらないで あなた誰? 心で呟く ――――私はあなた あなたは私? 再び呟く ――――あなたの中のもう一人のあなた ――――本当は弱くもろいあなたの心 ――――気づいていたんでしょ? 囁く声 私は答えない ――――本当は、誰かに甘えたい 私の願い? 誰かに甘えたい 一人はもうイヤ でも、そんなのそんなの無理 私はわがまま 私は自分勝手 私はきっと嫌われている ――――あなたが拒絶しているだけ ―私が? ―――そう ―私は、そんなこと ―――ない、と言い切れる? ―私、私 ―――本当はわかっていた ―本当はずっと前から ――あいつに 「―――ハルヒ」 急に目が覚める 夢? 目を見開く 目の前にあいつがいた 心配そうに私を見ていた 「ハルヒ、大丈夫か?」 え? ふと目が冷たくなる 私は泣いていた 「ハルヒ?」 何よ? 「大丈夫か?」 決まってんじゃない 「本当か?」 くどいわね 「そうか」 部室を見渡す そこにはキョンしかいなかった そして、外はすでに暗かった 待っててくれたの? 「ああ」 なんで? 「俺の勝手だろ?」 私は言葉を切る 静寂が二人を包む 部室はまるで時が止まったようだった そして、私は再び口を開く ―――がとう 「え?」 困惑するあいつ 「なんだって?」 二度は言わない 私は無言で席を立つ 荷物を持ち 部室のドアノブに手をかける 「ハルヒ」 背後から声がかかる 私は固まる そして無言で続きを待った 「明日からもまた、がんばろうな」 震える肩をおさめる あいつに振り返る そして今度ははっきりと口にする ありがとう 涼宮ハルヒの短編‐完‐
https://w.atwiki.jp/sirosuku/pages/16.html
11月21日 21時開始 ☆取り形式 No #ニコ生緋想天 星 白スククレイドルch 01 大公駕(バリバリ) ☆ 幼女の使い核融合 02 谷口 ☆ トランクススナイパー 03 理玖(やめて!) ☆ メキシコの台風 04 DL ☆ 轢殺なめなめ男 05 佐賀衛門 ☆ 足長宇宙おっさん 06 浪漫砲(やめて!) ☆ 神と俺ミレニアム 07 zond ☆ そこまでよアタック 08 梨緒 ☆ あたいメキシコの空 09 α・アジール ☆ しゃぶ神 10 中村(バリバリ) ☆ 昇竜紳士ヒャッハー
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3118.html
5日間熱心に勉学に励んだ後に訪れる束の間の休息。そんな貴重な休日に我々SOS団がどこにいるのかというと── ハルヒが福引で一発で引き当てた温泉旅館に来ている。 開催初日に引き当ててしまったことにより、客引き要素が70%減となってしまったその抽選会はもう悲惨だとしか言いようがなかったが。古泉に言わせれば 「涼宮さんがそう願ったんでしょうね」 とのことで、まぁそれについては初っ端から特賞を引き当てる確率と、 また都合よく5名様のご招待と書かれているその券を見て考えるとと妥当な推測ではある。 普通ならこんなものは家族で行くものだろうと思うのだが、ハルヒは家族に対しては長門が当てたもの (長門が一人暮らしとの説明も踏まえた上で)と言って誤魔化したらしい。 全く、そんな人生に1度、当たるかどうかも分からないような宝くじに匹敵する旅行券を、わざわざ団員で使おうとは。なんて独り言を漏らしたら、 「・・・・・・鈍感」 と後ろから雪融け水のように冷たな長門の声が耳に入った。 さて、旅館やホテルに着くと予想外に子供心というか、とにかく何かが湧き上がってきてウキウキしてくるのは何故だろう。 「探検しに行こう」と言ったのがハルヒではなく俺の口から発せられたものだから他3名は冷蔵庫にあったプリンが食べてみると実は卵豆腐だった、 なんてような顔になっている。まぁ、確かに俺も言い終わった後で多少しまった!とは思ったが。 「あたしが言う台詞でしょうが!キョンはヒラなんだから──」とそれはもう予想していたハルヒの言葉を軽くいなしながら他3名の意見を聞いた。 朝比奈さんはハルヒの機嫌を損ねないような言葉を選ぼうとしどろもどろで、長門はいつもの通り分厚い本を開いて物語の世界へ。 「僕達は・・・遠慮しておきます、2人で行った方が大勢で行くよりも隅々まで探検できるかと」 棄権なんてこのハルヒが認めるはずが無いだろうと思った瞬間 「じゃあいいわ、キョンと2人で行ってくるから、みんなは体を休めてなさい」・・・なんですと? ハルヒ、お前新幹線の中でなにか変なもの食べたんじゃないか、というかお前が一番疲れてるんじゃないかと聞こうとしたがもうすでに握られた手は そのへんの運動部よりも凄い力で引っ張られていき、こうして旅館探索が始まったのだった。 探索、とは言うものの。商店街が用意したような旅館、流石にそれほど広くもなく。地下の遊戯施設に立ち入っては「温泉浸かったら後でみんなで遊びに来ましょう」だとか、 開いてないレストランの前まで来ては「ここ、朝はバイキング形式で食べられるレストランなんだって」とか、つまり極一般的な会話に終わる探検だったわけで。 下見、という言葉の方がしっくりくるなと思うと同時に我が口から「探検しよう」なんて子供のような言葉が出てしまったことを再度後悔していた。 ふと握られたままだった手を見ながら、こんな風にハルヒと2人一緒だったあの日を思い出す。 当時こそ俺はその出来事を考えるたびに、手の届く範囲に拳銃がありさえすれば!なんて思っていたが。 今ではそんなことを考えていた頭の中の自分に鉛玉を撃ち込んでやりたいね。 俺は意外にもハルヒと共にいる時間を楽しいと思えるような性格を手に入れたらしい。と言えば遠まわしだろうか? 流石に俺でも自分の事を一端の健全な男子高校生だと思っているし、女子に全く興味が無いなんて今時の僧侶でも言わない事を、俺が言うわけが無い。 それがこの手を取っているハルヒなのかはまた別として。・・・だがまぁ、一緒にいて楽しい以上俺はハルヒを嫌いではないと自覚している。 「そういえばハルヒ・・・お前1年前と大分変わったよな」・・・1年前は毎日「退屈」、「暇」の言葉を製造し続ける特注機械だったのにな。 「なんか馬鹿にしてる?」っと、心を読まれかねないから少し控えておかないとな。 とはいえ、今でも毎週1回は「退屈」もしくは「暇」と呟きはするのだが。しかし古泉は「今年は例年に比べて本当に閉鎖空間が発生しなくて済んでますよ」と言っていた。 確か最後に発生したのはこの間のゴキブリ騒動の時だったとも言っていたな・・・ このゴキブリ騒動については家庭科の担任教師が入院の為2週間ほど学校を休んでいて・・・ で、それに伴って調理実習室の部屋が2週間閉鎖され、その後「調理実習室から異臭がする」との噂が囁かれはじめてから どういうわけか「調理実習室を調べて対処して欲しい」という話が悩み相談窓口から入ってきたんだよな。それも生徒会から。 生徒会長曰く、「こんな訳の分からない部を黙認させているのだから、たまにはそれに応じた働きも見せてみろ」だとさ。 便利屋じゃあるまいし。とは言うものの「対処してくれればSOS団の正式な承認を前向きに検討する」とのことなので 俺なりにハルヒを説得してさっさとこんな厄介事を片付けようと息巻いていたのだが。 調理実習室前に着くや、漏れ出てくる異臭。マスクを用意していて正解だったと他団員を見回し・・・ 涙を薄っすら浮かべている朝比奈さんに渡し、流石のパーフェクト宇宙人も若干眉を顰めているが・・・長門にも渡し 「ちょっと用事が・・・という訳にはいかないんでしょうね」当たり前だ、古泉。こいつにも渡し 口数が一瞬で0になって少々顔を引きつらせている我らが団長様にもマスクを渡し。 士気が下がりきってしまう前にさっさと開錠してドアを開け──そこから人間の女子2名の記憶は無いようだ。 惨状と言うべきか。2人が床に衝突するのを避ける為に両手が塞がった俺の目の前に表れた光景。 コンセントが外れ、ドアは半開きの冷蔵庫から飛び回る蝿。外からの空気が入ったことによって蜘蛛の子を散らしたように逃げていったがそれでも十数匹は目視できるゴキブリの集団。 長門がいなければこの惨状はあと数週間は惨状のままだったかもしれない。 高速言語を放つと同時にこの閉鎖(されていた)空間にいたゴキブリ、蝿、異臭、異臭元と思われる腐った食材etc・・・は亜空の彼方に消えていったらしい。 「・・・・・・任務遂行完了」マスク姿の長門がそういい終わると同時に鳴り響く古泉の携帯。 「申し訳ございません。・・・久々のバイトのようです・・・」 さて話を戻そう。 確かに四六時中一緒にいて、こいつの機嫌が手に取るように分かるようになった多大な能力を得てしまった俺が見ても、ハルヒは性格が丸くなったと言える。 が、しかしSOS団の活動意義が発足当時から不変であることも分かっているし、それならば何故ハルヒは閉鎖空間を発生させないような性格を得たのか不思議でならない。 「なぁ、毎日楽しいか?」ふと、答えを聞けば全ての疑問が解決される質問をハルヒに聞いてみた。 「あんたはどうなの?キョン」と返されたのは想定外だった。俺か?俺が毎日楽しいかどうかだって? 「・・・まぁ、楽しいと言えば楽しい、かな?」 「じゃあ、そんなもんなんじゃない?」うーむ。ハルヒらしからぬ答えだ。てっきりここで“退屈で暇でどうしようもないことくらいわかるでしょー! そんな質問をする前にあんたが楽しみを提供するよう頑張るのが有意義よー!”なんて罵倒されて、それに対して俺はそれでこそハルヒだと一人感慨にふける展開を考えていたのに。 そんな話を入浴中に古泉に話してみた。こいつならば涼宮の言わんとしていることを俺に分かりやすく教えてくれることだろう。 「それは・・・その通りの意味ですよ」・・・前言撤回。こいつに話したところで俺の脳は疑問を解決することはできなかった。 「フフ、失礼。しかし今まで常に自分の意見を押し通してきた彼女が、あなたに答えを任せた。それがヒントですかね・・・?」 ヒントなんざ言うくらいならとっとと正解を教えろってもんだ。俺はクイズバラエティーで分かりそうも無い難題を吹っかけられて反応を笑われる芸人じゃあない。 なんて言おうとしたがそれはハルヒによって阻まれた。 「お前!ハルヒ!なんで男湯覗いてんだ!」 「おや、体を洗った後で良かったですね、僕達」そういう問題じゃないだろ。 「ふふん、あんたがこっちを覗かないように監視してるのよっ!」俺は紳士だ、見るわけ無いだろうが。 どーだか、とからかうハルヒを俺もついからかいたくなって自分の胸を指差し 「見えてるぞ。」うそっ、という声と同時に崩れる椅子の音。 「あぁ、嘘だ。」 数秒してから返ってくるハルヒの怒声。久々にハルヒの口から「バカキョン」の言葉を聞いた気がするな。 部屋に着くなり用意されていた豪勢な夕食。ガイドブックや旅番組で見るようなまさにそれと全く同じ光景が目の前に広がっていた。 一番乗りで座布団に座ったのは意外にも長門。おそらく初めて見るんだろうな。生まれてまだ・・・4年しか経ってないんだから当然か。 急かすように他メンバーをじっ、と見つめ、全員が座るまでに要した時間は数秒。 ちなみに、長机を2人と3人で挟むように座布団が敷かれ、3人の方に長門、古泉、朝比奈さんの順で座ってしまったので必然的にもう片方には俺とハルヒが並んで座ることに。 長門は火をつけられた小鍋をまじまじと見続けている。分かるぞ、小学生のときの修学旅行で同じ気持ちを味わったもんだ。 ハルヒのいただきますの号令で料理を堪能・・・相変わらず長門の箸は速いな・・・なんて上の空になっていたら。 「ほら、ご飯粒ついてる」・・・まるで長門以外の時間が停止したようだった・・・漫画さながら、俺の頬に付いていたご飯を手に取り食べてしまったのだから。 「フフ。まるで夫婦のようですね」との古泉の声にハッと向こうに顔をやるハルヒ、耳が真っ赤だ。俺も顔が熱い・・・ さっさと食べて遊戯室行くわよ、と話をそらし、急いで飯をかっ込むハルヒ。・・・と俺。結局料理の味を楽しめなかった・・・ 温泉に浸かって腹ごしらえもして。もう快適な睡眠の安全装置は解除されいつでも引き金を引ける状態である。 適度な運動なんてしたらもう完璧に睡魔と書かれた銃弾は俺の頭を貫くね。 「馬鹿なことを言ってないで、次あんたの番よ!」と言うことで、古泉からラケットを受け取り俺なりに奮闘してみたのだが。 こいつはスポーツの神様が背後霊じゃないのかと思える試合だったな。なんで去年の孤島のときよりさらに強いんだよ・・・ ともあれ、何周かすると流石に全員に睡魔と書かれた銃弾は行き渡ったようで、最下位だった俺の奢りのコーヒー牛乳を振舞いつつ、部屋に戻ることとなった。 さて、人間という生き物は不思議なものであり、眠るという目的が別の事象によってなしくずしになる、なんてことはごくありふれた光景である。 この場合の事象とはトランプのことであり、いくつものメチャクチャなローカルルールが絡み合ってしまったそれはもはや大富豪と言えないゲームだったが。 罰ゲームに酒がハルヒの口から提案されたが、流石に高校生だけで来てるのに酒を飲んだ後の領収書を見られたら学校に通報されるかもしれない、 という説得の末これまたお決まりの奢りジュース。もちろんお決まりで俺の奢り・・・ どういう経緯で全員が睡眠という2文字に負けたのかは定かではない。遊びながらそのまま寝られるように放射状に布団を敷きなおしていたから、最後に電気を消した人間でないと知りようがない。 と、考えているのはつまり自分が起きているからである。変なジュースを罰ゲームで飲まされたからだな・・・キュウリ味のサイダーだっけな、うっ、思い出しただけで吐きそうだ。 暗闇にだんだん目が慣れてくると隣の布団が空になっていたのに気づいた。ハルヒだ。 トイレに行ってるのだろうか?という考えはそのまま5分過ぎたところで否定された。外に出て涼んでいるのかもしれない、が、ひょっとしたら。そう考えると既に俺は部屋を出ていた。 何故ハルヒがいないとこうも落ち着かないのだろうか。・・・そういえば世界が改変されていた時も。 まだ20年すら生きていない俺がこんなに1人の女子で心が不安になるのか?生意気すぎるにも程がないか。いや──俺は俺を誤魔化している・・・のか。 ぴたりと足が止まった。 「俺は、ハルヒのことが──好きなのかな」 がたたんとなにかに躓く音。振り返るとハルヒがソファーに尻餅を付いていて、弱々しい非常灯に照らされたその顔はかすかに赤くなっていた。・・・まさか。 「い、今の聞いてたり・・・?」 無言で頷くハルヒ。 「聞かなかったことにしてくれたりは・・・?」 無言で首を振るハルヒ。 ああ、俺の人生はここで終わったな。明日になれば団員全員に、月曜日になれば学校の笑い話のレパートリーに1話追加されるわけだ。 「あ、あたしも・・・同じ」 やれやれ。こういう話で笑われるのは男だけと相場が決まっているな。古泉あたりの端正な顔立ちの奴なら逆に七不思議に追加されそうだがな。 こんな普通さしか取り得の無い男子学生なら普通という項目が異常という項目に書き換えられて別のファイルに入れられるだけだ。 「あたしも・・・好き」 ・・・え?何?今幻聴が聞こえたような・・・ 「あんたのことが大好きって言ってんで・・・モガモガ」 幻聴じゃなかった・・・いや、危なかった。こんな大声を他の宿泊客に聞かれたら即追い出される。・・・しかし。 「これ夢か?」 スッ、と手が伸びて頬を抓る。古典的だが、確かに現実のようである。 「夢じゃない?」 コクコクと頷くハルヒ。ここでいまだに口を塞いだままであったことに気づく。 「おわっ、す、すまん・・・」 「まったく、部下が団長の口を塞ぐなんて、団員にあるまじき行為よ!」・・・まことに仰るとおりでございます。 「塞ぐならこっちでしょうが!」 ・・・俺の唇は、ハルヒの唇で塞がれた。 次に意識を取り戻したのは布団の中だった。あれは夢だったのだろうか。 時計に目をやるとまだ6時半で、みんな熟睡しているようだ。もちろんハルヒも。 ・・・閉鎖空間?いや、あの時俺の隣(ハルヒと逆)には古泉がいたのは確か・・・って、古泉はそれの専門家だからこれじゃ決め手にならん。 しかしその疑問はすぐに解決された。なぜなら、ハルヒの手と俺の手が握られていたことに気づいたからだ。 ・・・その手を離そうとしたがやめておいた。 ハルヒに夢で終わらせたく無かったから。 なぁ、あの時お前はいつから起きていたんだ? 「フフ。やはり気づいていましたか。」 古泉によると今回の件も特殊だというらしい。 神人が存在しない閉鎖空間だったとか、極めて感知するのが難しい空間だったとか、初めから近くにいたことで偶然入り込むことが出来たようだとか 言っていたが、閉鎖空間内での光景がフラッシュバックして大半は頭に入っていなかった。 「あの閉鎖空間の発生で何か世界に困ったことは?」 「起きていないですね。あ、困ったことではないのですがただ一つだけ変化が。」・・・何だ? 「あなたと涼宮さんの絆がより深いものへと変化したようです。」 そのまた次の週。不思議探索の日にまたも俺とハルヒ以外欠席となった。古泉の根回しだろうか。 ハルヒは特に非難することもなく、俺の奢りの缶コーヒーを飲みながら歩いている。 「あ、そうそう。商店街の福引券がまた1回分集まったのよね」と、いつのまにか丁度福引所の前に着いていた。 開幕と同時に特賞を失った福引と言うものはまるで全く弾まないバスケットボールのようである。 弾まないバスケットボールで観客を沸かす試合が出来ないことは商店街の方が一番よく分かっている。 そう、つまり特例として特賞をもう1本入れて客引きを図っていたのである。・・・が、ハルヒが来てしまったものだから大変。 流石に彼らの頭にも一般的な確率論が入っているはずだろうからそんな事態が起きることはまず予想しないであろう。 しかしそれでも“もしかしたら”が同じ比率で彼らの頭を蝕んでいるようであり、またそれが顔色を悪くさせる要因のであることが俺にも分かってしまった。 ここは俺が助けの手を差し伸べてやらなければなるまい。とまたも自分を誤魔化しつつハルヒに耳打ちする。 「3等の映画鑑賞券が当たったら丁度2人で行けるな」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/617.html
涼宮ハルヒの誤解 第一章 涼宮ハルヒの誤解 第二章 涼宮ハルヒの誤解 終章