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ヴァッシュさんはあれから少しするとすぐにまた眠ってしまった。今もベッドの中で気持ちよさそうな寝息をたてながら寝ている。 ――でも、すごいなぁ。 なのはは感嘆の眼差しでヴァッシュを見る。 ヴァッシュさんを手当てをしている時、お父さんは目が覚めるまで三日はかかると言っていたのに、ヴァッシュさんは三日どころか五時間くらいで目を覚ましていた。 びっくりする程丈夫な人だ。 なのははそんなことを考えながらヴァッシュに布団をかけ直す。 今日、なのはは学校を休みヴァッシュさんの看病をしている。 両親は翠屋の仕事で忙しいし、兄たちも学校がある。 自分が勝手に拾ってきた人のせいで家族に迷惑をかける訳にはいかない。 そう思い、アリサちゃんとすずかちゃんには悪いけど学校を休ませてもらった。 その甲斐もあってか、ヴァッシュさんの様子も落ち着いて来た気がする。最初の頃は苦しそうだった寝顔も、今では穏やかな顔になっている。 ――それにしてもこの人はどんな人なんだろう? ふと、なのはの頭に疑問が浮かぶ。 痛々しい古傷が山のようにある体。 さらには、左腕も無い。 それぞれ治療はしてあっても一生消えることの無い痕をヴァッシュさんに刻んでいる。 その穏やかで優しそうな顔に反するように存在する傷跡。 ――そんな傷だらけになってまで何がしたかったのだろう? ――この人はどんな人生を送って来たのだろう? 分かるわけの無い疑問が頭に浮かぶ。 なのはは知らず知らずのうちにヴァッシュ・ザ・スタンピードという男に興味を持っていた。 ■□■□ ボーっとしながらヴァッシュについて考えていると、ドアの開く音がした。 なのはが驚きながら音のした方を振り返るとなのはの父――高町士郎が立っていた。 「どうだい、なのは。彼の様子は」 士郎は微笑みながらなのはに話しかける。 どうやら暇を作って、ヴァッシュさんの様子を見に来たみたいだ。 「うん。大分良くなってきたみたい」 なのはも笑顔で答える。 「それは良かった」 「それに、さっき目を覚ましたんだよ。名前はヴァッシュ・ザ・スタンピードさんだって」 「ふ~ん、ヴァッシュ君か……。外国の人なのかい?」 士郎はヴァッシュを見ながら、顎に手を当て何かを考えるような仕草をする。 「う~ん……。多分そうだけど、日本語しゃべるの凄く上手かったよ」 へぇ、と士郎は呟く。 すると、いきなり、驚愕の表情を顔に張り付かせなのはの方に振り向いた。 「ちょっと待て。……この男は目を覚ましたのか?」 「うん。一時間くらい前かな。私が昼ご飯を食べ終わった後、部屋に戻ったら目を覚ましてたよ」 そんな士郎の様子に少し驚きながらなのはが答える。 「……そうか」 士郎は再びヴァッシュの方を向くとポツリとそう呟き、また何かを考えだす。 その表情はいつものような優しそうな表情と違い、真剣そのもの。 なのははそんな士郎の様子に困惑する。 ――とこか様子が変だ。 「……あ、あの、それがどうかしたの?」 そんな士郎の様子に疑問を持ったなのはがおずおずと士郎に話しかける。 「……いや、なんでも無いよ。彼のこと、頼んだよ」 ようやくヴァッシュから目を離した士郎はそう言い、部屋を出ていってしまう。 ――どうしたんだろう、お父さん……。 ヴァッシュさんがお父さんの予想よりずっと早く目を覚ましたことに驚いたのかな? それにしては怖い顔をしていたけど……。 やっぱり迷惑だったのかな……ヴァッシュさんを助けたこと……。 ――でも、自分は間違ってないと思う。あのまま放って置いたらヴァッシュさんは死んでたかもしれない。 それだけは絶対にダメだと思った。 そして何をしてでも絶対助けなくちゃいけないと思った。だから人目もはばからず魔法を使った。それ以外の方法が思い浮かばなかったから。 結果――ヴァッシュさんは助かった。 ――本当に助かって良かった。 お父さんに助かると言われた時は体中に張り詰めていた緊張が解け、みんなの前だというのに少し泣いてしまった。 今、思いだすとちょっと恥ずかしい。 ――改めて考えると今日は朝から大変なことばかりだったな……。 なのははそんなことを考えながら窓の外を見る。 綺麗な夕焼け空がなのはの目に映る。 それを見ていると疲労が出てきたのか、急に眠気がおそってくる。 ――なんだか疲れちゃった…… そして数分後、部屋にはヴァッシュとなのは、二人の寝息が響いていた。 ■□■□ なのはが眠りに落ちてから数十分後、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは目を覚ました。 見えたのは先ほどと同じ四角い天井。 ゆっくりと上半身を起こす。横を見ると椅子に座って寝ている女の子がいた。さっき居た子だ。たしかなのはという名前だったきがする。 ヴァッシュは立ち上がりなのはに毛布をかける。 ふと、窓を覗くと真っ赤に染まった空が見える。 そしてそれと一緒に街路樹やコンクリートの大地も目に映る。 ――やっぱり夢じゃなかった……か。 試しに頬をつねってみる。 うん、痛い。やっぱり夢ではないみたいだ。 ――やっぱり違う世界なのか? 目に映る光景はそうとしか思えない。 この窓から見える範囲でさえ、自分がいた惑星では存在しない、または存在したとしても限られた場所にしかないものばかりだ。 どうやら本当にあの砂の惑星とは違う星に来てしまったみたいだ。 ヴァッシュは深くため息をつきベッドに腰を下ろす。 今まで色々なことを経験して来たがさすがにこれには声が出ない。まさか、別世界に飛んでしまうなんて。 ――ここはどんな世界だ? ――どうすれば元の世界に戻れるんだろう? ――なんでこの世界に来てしまったんだ? ――やはりあの時の白い光と蒼い光のせいか? 疑問が止めどなく溢れてくる。 だが、その全てに答えが。 ――どーすりゃいいんだ……。 ヴァッシュは頭を抱え悩む。 すると、あることを思い出す。自分が窓から映る光景と、とても良く似たものを見たことがあったことを。 ――地球(ホーム) この世界はずっと昔に船の中で見たホームについての映像資料ととても似ている。 緑溢れる豊かな自然。 窓からの景色からでも分かるほど、発達した文明社会。 その全てが映像資料にあったホームと酷似している。 ――まさか……な。 そんな訳は無いか、とヴァッシュは窓の外を眺める。 騒ぎながら歩く子供達。 笑いあいながら歩く親子。 それらを見ただけでここが争いとはほど遠い平和な世界だということは分かる。 「目を覚ましたのかい」 そんな穏やかな光景に見とれていると、後ろから声をかけられた。振り向くと一人の男が立っている。 「俺は高町士郎。そこで寝ているなのはの父親だよ」 男――士郎はなのはを指差しながらそう言った。 ヴァッシュも笑いながら返事を返す。 「いやぁ、ご迷惑かけてスミマセン。僕はヴァッシュ・ザ・スタンピードって言います」 ここでヴァッシュはここが本当に違う世界なのか確証を得るため一つ実験をした。 『ヴァッシュ・ザ・スタンピード』とは、自分の世界の人間だったら知らない者のいない名前。 本物かどうか信じるにせよ信じないにせよ何らかのアクションを起こす。 アクションを起こせば、ここはヴァッシュのいた世界。アクションがなければここはヴァッシュの知らない未知の世界。 どちらにせよ、これで分かる。 そして士郎は―― 「いやいやそんなこと無いよ。ヴァッシュくん」 ――何もアクションを起こさなかった。 決まりだ。ここは自分の知っている世界では無い。 ため息をつきそうになるのを我慢する。 「それにしてもヴァッシュ君はあんな所で何をしてたんだい?」 「いや~ちょっと山登りしてたら道に迷っちゃいまして……」 本当のことを言える訳もなく、顔を引きつらせながら適当な嘘をつくヴァッシュ。 「山登り……。あんな恰好でかい?」 「ハハハ……まぁそういう事にしといて下さい」 ヴァッシュの額には冷や汗が浮かんでいる。 ――苦しいなぁ……。 士郎から見た自分はさぞ怪しく見えることだろう。 「まぁ、いいさ。話したくなかったら無理して話さなくてもいいよ」 やっぱり、嘘だってバレてる……。 ヴァッシュは苦笑いを浮かべ士郎を見る。 そんなヴァッシュの様子が面白かったのか士郎も笑う。 「あぁそうだ。ヴァッシュ君はご飯を食べれそうかい?そろそろ夕食にするんだが」 その瞬間、タイミングよくヴァッシュの腹の虫が鳴く。 そういえば丸一日くらい飯を食べていない気がする。 ジュネオラ・ロックに着いてからは連戦で飯を食べてないし、その後も山の中で倒れてしまい何も食べてない。 こうしていると、どんどん空腹感が強くなる。 「お願いしちゃっていいですか?」 「分かったよ。沢山作ってもらうから遠慮しないで食べてくれ」 「いや~ありがとうございます!」 「それと……なのは、起きなさい。そろそろ夕飯だよ」 「ふぇ!?あれ私いつの間に寝ちゃったんだろう?」 士郎に肩を揺さぶられなのはは慌てた様子で目を覚ました。 それを見た士郎はご飯の用意をするから、と言い部屋を出ていった。 「おはよう」 二人きりになった部屋でヴァッシュはなのはに話しかける。 「あ、ヴァッシュさん起きたんですか?」 「おかげさまでね、ありがとう。本当に助かったよ」 なのはの様子を見ると着きっきりで看病してくれていたことが分かる。 ヴァッシュは頭を下げ礼を言う。 「いえいえ、そんなことありませんよ」 そんなヴァッシュになのはは、何でもないと言うように微笑む。 「体の方はもう大丈夫なんですか?」 「ああ、だいぶ元気になったよ」 「にゃはは……良かった。本当にびっくりしたんですからね!山の中で倒れてるなんて」 なのはが頬を膨らませながら言う。 そして更に続ける。 「助かったから良かったけど……危なかったんですからね」 真剣な顔でヴァッシュを見つめ、そう呟くなのは。 どうやら少し怒っているらしい。 ヴァッシュは苦笑しながら口を開く。 「大丈夫さ。僕はこう見えても結構頑丈にできてるんだよ」 「なに言ってるんですか!私が見つけなかったら本当に死んでたかもしれないんですよ」 「いや、ゴメンよ。今度から気をつけるよ」 「約束ですよ」 「ああ、約束する」 ヴァッシュがそう言うと、ようやく機嫌が直ったのかなのはの顔に笑みが戻る。 互いに顔を見合わせ笑いあう。 ――良い子だな……。 ヴァッシュは心の底からそう思った。 見ず知らずの自分を助けてくれ、看病までしてくれた、それどころか赤の他人の体を気遣って怒ることも出来る――まだ子供なのにとても大人びていて優しい子だ。 「なら、そろそろ下に行きましょうか。みんな待ってるだろうし」 なのははそう言うと立ち上がりヴァッシュを見上げる。 「それにしても楽しみだなぁ。なのはのお母さんの料理」 「ふふ、期待していて下さい」 そして、二人は一緒に階段を降りていった。 ■□■□ 「うんまぁ~い!」 それから数分後、高町家のリビングにヴァッシュの喜びの声が響き渡った。 よほどお腹が減っていたのか、ヴァッシュは手を休めることなくご飯を口の中へと運んでいる。 なのはの母――桃子はさながら子供を見守る母親のような暖かい目でそれを見て、微笑んでいる。 「ふふっ。そんな慌てて食べなくてもいいですよ。ヴァッシュさんのために沢山作ったんですから」 「いや~なんか悪いですね~。ホント、何から何までしてもらっちゃって」 ヴァッシュは口に食べ物を含みながらに器用に喋る。 「外国人のヴァッシュ君でさえ分かる美味しさ!さすがは桃子の料理だ!」 「いや~、本当に美味しいですよ!」 ヴァッシュと士郎が次々に桃子を褒めちぎる。 それに調子をよくした桃子は、どこに置いてあったのか、さらに料理を出してくる。 そのあまりの量になのは、恭也、美由希の三人は軽く絶望したが、流石と言うべきかヴァッシュと士郎がもの凄い勢いで食べ尽くしていく。 ――なんで張り合ってるのお父さん……。 お母さんのことになるとすぐにこれなんだから、まったく……。 なのはが呆れた様な表情で二人を見ていると、隣に居たなのはの姉――高町美由希が感嘆の声をあげた。 「……スゴ。……ねぇ、ヴァッシュさんってホントにケガ人なの?」 「ハハ……そのはずなんだけどな……」 美由希と恭也は、重症のケガ人と聞いていた男の元気っぷりに驚きを通り越して呆れを感じていた。 実際に見つけたなのはでさえ、朝の状態は演技だったんじゃないかと疑ってしまう。 「う~ん!美味い、美味い!」 そんな三人の視線を気にもせずヴァッシュはご飯を食べまくる。 ――それから二十分間、ヴァッシュの「美味い」コールは止むことがなかった。 ■□■□ 「うう……。調子に乗って食べ過ぎた……」 深夜――誰もいない高町家のリビングにてヴァッシュが苦しそうな声を上げた。 桃子さんの料理はとても美味しかった。 さすがは喫茶店のパティシエというだけはある。 自分の世界で食堂を開いても大盛況だろう。 心の底からそう思えるほど美味しかった。 ――いや~こんな料理を毎日食べられるなのは達が羨ましい……。……できればもう一回食べたかったけど……。 ヴァッシュは明かり一つついていないリビングにて、ボンヤリと天井を眺める。 「……さてと」 どれほどそうしていただろうか、ヴァッシュは一つ呟くと近くにあったメモ帳から一枚紙を拝借する。 そして、そのメモに何かを書いていく。 数分後、何かを書き終えたヴァッシュはメモを机の上に置き、立ち上がろうとして――リビングの電気がついた。 驚きながらヴァッシュが振り向くと、士郎が電灯のスイッチを押した状態で立っていた。 右手には中身の入ったビール瓶が数本、握られている。 「士郎さん……起きてたんですか?」 ヴァッシュは少し驚いた顔をしている。 まさか、起きているとは思っていなかったのだろう。 「どうだい、まだ寝ないんだったら一杯やらないかい?」 そんなヴァッシュに笑いながらビール瓶を掲げる士郎。 「……いいですね~」 ヴァッシュは士郎に見えないようメモをポケットにいれ握りつぶすと、そう言った。 □■□■ それからさらに一時間ほどたった深夜一時――ヴァッシュと士郎はリビングにて向かい合って座り、酒を飲んでいた。 すでに、士郎が始めに持ってきたビール瓶は空になり床に転がっている。今は、士郎がどこからか持って来た日本酒を飲んでいる。 「いやぁ~士郎さん、お酒つよいですね~」 すっかりできあがっているヴァッシュが士郎に向けて笑いながらそう言う。 「いやいや、そうでもないさ」 対する士郎もヴァッシュ程ではないが酔っているのか、少し顔が紅い。 二人は互いのグラスに酒をつぎあいながら笑いあう。 「い~んですかぁ、明日もお仕事あるんでしょう?」 酒臭い息を吐きながら士郎に聞くヴァッシュ。 「大丈夫、大丈夫。桃子が何とかしてくれるって」 こちらもアルコールが回ってきたのか、だいぶ投げやりだなことを言っている。 「駄目じゃないですか~士郎さ~ん」 「何とかなる、何とかなる……っと、あれ?酒がなくなっちゃったな……」 「えぇ!?もうですかぁ!?僕はまだまだ飲めますよぉ!」 威勢の良く叫ぶとヴァッシュは机に突っ伏し、ピクリとも動かなくなる。 どうやら、限界みたいだ。 「……士郎さんはお酒をよく飲むんですかぁ?」 「いや、普段はそうでも無いんだけどな……。今日みたいに飲める人が居ると、飲みたくなるんだ……」 その言葉を最後に静寂が訪れる。 眠ってしまったのか、ヴァッシュは机に突っ伏した状態から動かない。 対する士郎はというと、どこか遠くを見てボーっとしている。 「……なぁ、ヴァッシュ君、起きてるかい?」 ポツリと士郎が呟く。 「……起きてますよ」 相変わらず、机に突っ伏した状態でヴァッシュが返答する。 「一つ、質問をしていいかな?」 「いいですよ~」 「君はどこから来たんだい?」 「……僕ですか~。いや~、根無し草っていうんですか?ぷらぷら世界中を旅してるんですよ」 さっきまでと変わらない調子でヴァッシュが答える。 「……それは楽しいかい?」 「えぇ、辛いこともあるけど基本的には楽しい……ですね」 ヴァッシュの頭の中に砂の惑星での旅が思い描かれる。 ――楽しいことも辛いこともあった騒々しい旅。 だが、その旅はある男との出会いにより終わりを告げた。 その男の名はレガート。 レガートは俺の旅の目的――ナイブズへの手掛かりを知っていた。 レガートは告げた。 「必ずあの方の前に君を連れて行こう、死体にしてな」と。 そしてその日を境にレガートの手駒であり、異常な能力を持った殺人集団・GUNG-HO-GUNSとの死闘が始まった。 圧倒的な火力を用いて全てをなぎ払うという、単純だが凄まじい戦略で戦う第一の刺客。これには左腕の義手を破壊されつつも、何とか勝利する。 次に現れた第二の刺客も退け、旅を続ける。 途中で立ち寄ったジュネオラ・ロックで遭遇した第三の刺客との戦い。 催眠術を使うトリッキーな相手だったがこれにも何とか勝利した。 そしてその晩、遂に果たされた長旅の目的。 大事な人の命を奪った兄弟との再開。自分はそいつに向け銃を突きつけた。 そして、記憶が曖昧になる。 ――迫る手。 ――白い極光。 ――蒼い光。 そして――この世界に来た。 つい昨日の出来事の筈なのに遠い過去のように感じる。 「……そんなに……」 思い出の海を泳いでいたヴァッシュに対し、士郎が何かを呟いた。 「……はい?」 「……そんなに傷だらけになっても……楽しいと言えるのか?」 その言葉にヴァッシュは顔を上げる。 ヴァッシュの目にどこか悲しげな顔をしている士郎が映った。 「君を治療した時、君の体の傷跡を見させてもらった……自分も昔、危険な仕事をしていたから分かる……。君の持つ傷跡がどれほど酷いものなのか……」 ポツリポツリと言葉を紡ぐ士郎。 その口調は重い。 そして、士郎はヴァッシュに問う。 「……ヴァッシュ君、君はどこで何をしていたんだい?」 ■□■□ ――初め、ヴァッシュの傷跡を見た時、士郎は我が目を疑った。 一つ、二つならまだしも、体中に存在する、異常な量の傷跡。 何をすれば、ここまでの傷になるのか見当もつかなかった。 さらには、治療中に見つけたヴァッシュが持っていた、ある『モノ』。 それを見て士郎はヴァッシュに対し警戒心を持った。 そして、なのはから告げられたヴァッシュの目覚め。 なのはがヴァッシュを連れてきた時、ヴァッシュはとても衰弱していた。 もし、家に着くのが後一歩遅かったら、命にも関わっていた程の衰弱。だが、ヴァッシュはそれ程の衰弱状態からたった半日で意識を取り戻した。 異常――そうとしか言えない回復力。 士郎はヴァッシュに対する警戒心をさらに高めた。 ――だが、目を覚ましたヴァッシュと対面した時、その警戒心は解かれた。 この男は悪い男ではない。 笑いながら目の前で礼を言うヴァッシュに士郎はそう思った。 根拠は無い。しいて言うなら勘だ。 だけど、どうしてもヴァッシュが悪人には見えなかった。 夕食の時の様子を見て、その気持ちは更に高まっていった。 いや、それどころか士郎はヴァッシュのことを気に入っていた。 飄々としていて常に笑みを絶やさない。一日と一緒に過ごしていないのに、家族と馴染んでしまっている。 今まで士郎が会ったことの無いタイプの人間だった。 だが、士郎がヴァッシュを気に入っていくと同時に、違う気持ちが強くなっていった。 その気持ちは疑惑。 ――この男は何をしていたのか? ――あんな『モノ』を持ち、体中を傷だらけにして、どこで何をしていたのか? その答えを知りたかった。 そして遂に士郎はヴァッシュに対し、その疑問をぶつけた。 だが、士郎の思いに反するように、ヴァッシュは何も言わない。 その顔はいつものような笑みでは無く、真剣な顔だ。 一秒、二秒――時間だけが過ぎていく。 ヴァッシュも士郎もどちらも何も言わない。 静寂が場を包んだ。 どれだけそうしていただろうか、ヴァッシュが笑いながら唐突に口を開いた。 「……いや~大したことはしてないですよ。旅先でちょっとしたドジをよくしましてね~。それで良くケガしちゃうんですよね」 ヴァッシュは嘘をついた。 こんな嘘を信じる訳が無いだろうがそれでも嘘をついた。 ――知らない方がいい。 その気持ちがヴァッシュに本当のことを言わせない。 そんなヴァッシュに対し士郎は重々しくため息をつく。 と、懐から布に包まれた何かを取り出す。 「……なら、これは何なんだ?」 布に包まれているそれが何なのか、ヴァッシュはすぐに気付いた。 ――何故ここにそれがある? 驚きながら『何か』をみつめるヴァッシュ。 士郎はそんなヴァッシュを尻目に巻かれている布を取る。 すると、銀色の光沢を放つリボルバー銃――何千何万と共に戦ってきたヴァッシュの相棒とも呼ぶべき銃が出てきた 「……これは君のズボンにささっていたものだ。二発だけだが、弾も入っている……」 これが、士郎がヴァッシュの治療中に発見した『モノ』だった。 初めに見た時は驚いた。 昔の仕事で拳銃なんて腐るほど見てきたが、このタイプの拳銃は見たことが無かった。 少なくとも普通に生活している分には絶対に必要の無い物だ。 「……普通の旅をするならこんな物、必要ないだろう?」 士郎は真っ直ぐにヴァッシュを見つめる。 ヴァッシュは再度押し黙る。 再び、静寂が二人を包み、また時間だけが過ぎていく。 「……かなわないなぁ、士郎さんには」 ここで静寂を破ったのはまたしてもヴァッシュだった。 両手を上げ、観念したという様なポーズをするとヴァッシュは口を開く。 ――本当のことを話すために。 「……今から本当の事を話します。多分、士郎さんは嘘だと思うかもしれない。けど、これから話すのが真実です」 そしてヴァッシュは話した。 自分がいた砂と渇きに満ちた世界のことを。 そして、自分がその世界で『人間台風』の異名を持つ賞金首だということを。 それを士郎は一言も口を挟まずに黙って聞いていた。 「――ということです。分かりましたか?」 士郎は驚愕した。 ヴァッシュの話は自分の想像を遥かに越えていた。だがヴァッシュが嘘をついている様には見えない。 それに、ヴァッシュに抱いた疑惑のそのほとんどに説明がついてしまう。 「……少し質問させてくれ……」 士郎はそう呟くと椅子の背もたれに寄りかかり、質問をする。 「……何故君はそんなにも辛い旅を続けるんだ?」 信じる信じないは別としてヴァッシュの世界がどれだけ酷いのかは分かった。 銃が世界に浸透していて荒くれ者がのさばる世界。治安は悪く殺人など日常茶飯事。 そんな世界で世界最高額の賞金首として旅を続ける。それは自殺行為といっても過言ではない筈だ。 ――なのに何故? 「……それは言えません」 だが、ヴァッシュは答えない。 「……そうか」 士郎もそれ以上問い詰めない。 ヴァッシュの様子から理解した。この質問の答えがどれだけ重いものかを。だから士郎はそれ以上聞かなかった。 「……もう一つ、これが最後の質問だ。……君は何故、賞金首になんてなってしまったんだ?」 士郎の世界でも賞金を賭けられている者はいる。 そのどれもが連続殺人犯や過激なテロ組織の首領だったり凶悪な犯罪者だ。 だが、どう見ても目の前にいるヴァッシュがそれらに属するとは思えない。 何故そんな男が賞金首になる? その問いにヴァッシュは力無く微笑みながら答えた。 「……一つの大都市を消してしまったから、だそうです……」 これまた予想の斜め上をいく答えが返ってきた。頭が痛くなってくる。 「……どうやって?」 「……覚えてません。何故かそこでの記憶がごっそりと無くなってしまっているんです。……気付いたら、瓦礫の山の中に立ってた。そこで何が起きたかは全く思い出せないんです……」 ヴァッシュは呟くように語る。 士郎は言葉を失う。 想像を遥かに越えている。まるで漫画の世界だ。だが、それでもヴァッシュが嘘をついている様には見えない。 士郎は頭を抱える。 ヴァッシュはそんな士郎を見ながら、立ち上る。 そして、机に置いてある銃を掴むと、玄関に向け歩き始めた。 「ちょ、ちょっと待て、ヴァッシュ君!どこに行くんだ!?」 その行動に驚いた士郎はヴァッシュを呼び止める。 ヴァッシュは士郎の方を見ずに言葉を飛ばす。 「……出ていきます。俺は元の世界に戻らなくちゃいけない」 そこで言葉を切り、振り返る。 その顔にはどこか寂しげな笑顔が張り付いていた。 「それに僕みたいな厄介者いない方がいいですって!このままここに居たら士郎さんやなのはに迷惑かかっちゃいますし……」 ヴァッシュは明るくそう言う。 瞬間、士郎は理解する。 この男の旅を続ける理由がどれほどヴァッシュを縛っているのかを。 そして、腹が立った。この心優しい男を傷つける世界に対して。 この男を縛る『旅を続ける理由』に対して。 だが、それでも引き止めることが出来なかった。 それほどまでの覚悟を感じる。 「……本当にありがとうございました。桃子さんのご飯の味、士郎さんと飲んだ酒の味、そしてみなさんのことは一生忘れない……」 ヴァッシュはそう言うと士郎に背を向ける。 そして、最後に呟く。 「……本当にありがとうございまし「ダメー!!」 そして、それを遮るように一人の女の子――高町なのはが飛び出した。 ■□■□ なのはがヴァッシュの話を聞いていたのは偶然だった。 トイレに行こうと目を覚ましたら、なぜか一階から声が聞こえる。気になったなのはは階段を降り、一階へ向かった、そしてそこに居たのは真剣な表情で何かを話しているヴァッシュの姿。 何故か入ってはいけないと思ったなのははドアの影に隠れヴァッシュの話を盗み聞いた。 そして聞いた。 ヴァッシュの世界のことを。 その世界でヴァッシュがどんな生活を送ってきたのかを。 士郎と違い、なのはは異世界があることを知っている。 だから、ヴァッシュの話しが嘘じゃないと分かった。 だから、悲しかった――こんなにも優しいヴァッシュさんがそんな辛い世界を生きていたことが。 そしてヴァッシュが出ていこうとした時、体が勝手に動いた。 何故かは分からない。――でも、絶対に行かせちゃダメだと思った。 だからヴァッシュの腰に腕を巻きを精一杯引き止める。絶対にヴァッシュを行かせないように。 ヴァッシュもまた動けなかった。 引き剥がそうとすれば簡単に引き剥がせるのに体が動かない。 ――どうしよう? 泣きながら必死に自分を止めようとする、なのはを見ていると決意が揺らぐ。 望んでしまう。ずっと昔に心の中に封じた筈の願いを。 ――ここで過ごすのも良いんじゃないか。 そう考えてしまう。 「私……ヴァッシュさんが居て迷惑なんて全然思わない!ヴァッシュさんが傷つくなんて絶対にやだよ!」 「……でも、俺は……」 「さっき約束しましたよね!?もう、危ないことはしないって!」 なのはが叫ぶ。 その言葉がヴァッシュの心に突き刺さる。 それでも、迷うヴァッシュに士郎が近づき告げる。 「……君は元の世界に戻りたいのかい?」 ヴァッシュはこの問いに答えられない。 ――帰りたいのか自分は?また、あの争いの絶えない世界に? いや、自分は望んでいない。ここにいたいと本心が叫んでいる。 ――どうすればいい……どうすれば……。 自分の『目的』と『願い』。この二つが心の中で揺れ動く。 「俺には分からない……。……何もかも忘れてこの世界で暮らして良いのか……。元の世界に戻らなくちゃいけないのか……」 ヴァッシュの中で起こる葛藤。 自分の『目的』と『願い』、どちらをとればいいのか? ヴァッシュは悩む。 「……ならこういうのはどうだい?」 そんなヴァッシュに士郎が口を開いた。 「……元の世界に戻る方法が分かるまで、住み込みのバイトとしてここで生活をする。それなら良いんじゃないか?」 士郎から告げられた内容は、これ以上ないほど最適に聞こえる。 それでも、ヴァッシュは悩む。 「……いいんですか?そんな勝手なマネをしちゃって」 ヴァッシュの心配そうな言葉に、士郎は笑いながら答える。 「全然かまわないさ。それどころか、これからのクリスマスシーズンは人手が足りなくてね。こちらとしても、その方が助かるんだ。……どうだい?」 三度目の静寂が三人を包む。 「……本当にいいんですか?俺なんかを……」 「何回、同じことを言わせるつもりだい?」 ヴァッシュの言葉を士郎はイラついたように遮る。 そしてヴァッシュは、ちらりと、必死に自分を引っ張るなのはを見て―― 「……お願いします」 ――言った。 なのは達が待ち望んだ答えを。 パッとなのはの表情が明るくなる。 ここで暮らす――それがヴァッシュの答えだった。 「やったぁ!」 歓声を上げ振り向いたなのは。 そんななのはを見つめながらヴァッシュは思う。 ――この選択が正解か、不正解かは分からない。どうなるかも分からない。 でも絶対に後悔はしない。 これが自分の選んだ道だから。 ――こうしてヴァッシュの高町家での生活は始まった。 前へ 目次へ 次へ
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マジカルデイジー ■一人称 私 4回 (restart(前)p.41 78 とっととミュージック p.40(2回)) ■一人称複数 私たち 1回 (restart(前)p.39) ■三人称複数 その子達 1回 (restart(前)p.45) ■パレット パレット 3回 (マジカルデイジー第二十二話 p.76 87 88) ■トットポップ トットポップさん 2回 (とっととミュージック p.39 41) ■ミーヤ・オクターブ ミーヤ・オクターブさん 1回 (森の音楽家クラムベリー外伝 魔法少女育成計画unripe duet) ■テルミ・ドール テルミ・ドールさん 1回 (森の音楽家クラムベリー外伝 魔法少女育成計画unripe duet) ■ひよこちゃん 先輩 1回 (森の音楽家クラムベリー外伝 魔法少女育成計画unripe duet) ■主題歌 ハロー★デイジー (episodes カラー口絵) ハローデイジー (アニメ化の条件 p.165) パピプパレット! (episodes カラー口絵) デイジーカーニバル (マジカル☆肝試し p.74) ■技名 デイジーパンチ! (restart(前)p.26) デイジーキック! (restart(前)p.27) デイジービィーム! (restart(前)p.6 27 マジカルデイジー第二十二話 p.88) デイジービィームッ! デイジービィームッ! デイジー……ビィィームッ! (restart(前)p.31) デイジービィームッ! (restart(前)p.80) ■とらのあなFANBOOK、オフィシャルファンブック リリカルケミカルラジカルコミカルミラクルロジカルシニカル (とらのあなFANBOOK p.14) テレビアニメにもなった知名度抜群のお姉さん (オフィシャルファンブック p.49)
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補助系モンスターチーム 名前 効果 補助系モンスターチーム すばやさUP No 名前 M-002I スライムベス M-007I ストーンマン M-011I ホイミスライム M-033I おおきづち M-034I オーク M-039I リリパット M-005II シールドこぞう M-021II ダンビラムーチョ M-026II かぶとこぞう M-028II スライムつむり M-031II いたずらモグラ M-036II おおめだま M-042II シールドヒッポ
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wii版「モンスターハンター3トライ」概要 モンスターなどのグラフィック・動きなど新しく作成、今までと違う要素で新鮮なモンスターハンターが楽しめる。 武器・防具のバリエーションも一新される。 Wiiリモコンの特徴を活かした形での操作が可能になり新たな狩の楽しさが。アナログでも操作は可能。 新モンスター登場。 新しいフィールドに海中も追加。 【孤島】 広い海に浮かんだ絶海の孤島。村の周囲には、起伏に富んだ森が広がっている・・・ 海を見渡す切り立った崖に、光の届かない暗い洞窟。この新たな舞台で、ハンター達はどんな狩猟を繰り広げるのだろう }
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プロローグ 『ある事件の結末』 全てはここから始まる。 「……どうして……なんでなの……なんで殺したのッ!うあああああッッ!!」 泣き崩れるなのは。 膝を突き、涙を流し、嗚咽は聞いた者達の胸を無念の痛みで切り裂く。 街を覆いつくした巨大な魔獣は、中枢制御の依り代とされた少女の、あっけない死によって消滅が始まっていた。 初めに消滅したのは魔獣が生み出した数多くの分身体と魔獣が召喚した無数の魔獣達。 そして千を超える攻撃手と続き住宅地の上空一杯に広がった胴体も消えていった。 まるで朝霞のごとく。 分解消滅は急速で、やがてなのはとシンの居る胴体中央部も霧のように掻き消えていった。 先刻までの激戦が嘘のように魔獣は消えた。 そして残るのは……シン・ガクが“殺した”少女の姿が現れる……。 なのはその姿を認めるや、涙を拭わず直ちに少女の元へ駆け寄る。 一塁の望みで応急蘇生行おうとしたが、無理だった。 完全に死んでいた。 シン・ガクの、文字通り命を削った必殺の一撃は全てを撃ち貫く。 依り代となった哀れで幼い少女の心臓のみ、完全に穿いたのだ。 なのはすでに事切れた少女を抱きしめ、あらん限りの声で泣き叫んだ。 初めて人の死。それもまだ幼い少女の死を目の前にし、哀しみ啼いた。 「あああああッ!ああああああああああッッ!!」 少女の亡骸の血で、なのはの純白のバリアジャケットが紅く染まる。 「どうしてなの…………この子は生きてたんだよ……助けられたかもしんないんだよ?……助けを求めてたんだよ!!なのに……なんで、なんで殺したのッッ!!ああああああ……」 近くに来た者に、少女の悲痛の叫びに誰も答えることができない。 なのはも誰に向って叫んだのか判らない。 魔獣と融合を確認し『最終決定』を下した時空管理局本部か? それとも彼女に手を下したシンにか? シンは、無限増殖する魔獣胴体上で、襲い掛かる攻撃手、召喚獣、分裂体全ての攻撃の全てを凄まじき精神力で耐え、少女救出のために危険な直接接触によるスキャンで胴体内の詳細なデータを送信し続けた。 シン・ガクは少女にデバイスを向けた同じ場所に居つづけ、なのはの方に顔を向けず、その叫びを聞いていた。 その表情は、眉を顰め歯を食い縛った、苦痛の顔だった。 普段の彼なら絶対に見せない顔だ。 おそらくどんな深手を負っていても、少女の命が救えていれば「どうということもなく」とにべもなく言い立ち去るだけだったろう。 彼は、己が何をしたのか認識していた。それ故動けずにいたのだ。 如何なる攻撃も負傷も歩める理由としないのが彼の理念であったが、動かなかった。 衛生班が到着するまで傷口から血を流しつつ立ち続けた。すでに足元には血溜まりができていた。 なのはは、やがて泣き止んだと思ったら、呆然とした表情で少女を抱き上げ、うわ言のように言葉を繰り返しながら歩き出した。 「……謝りに行かなくちゃ……。この子のお母さんとお父さんに謝りに行かなくちゃ……」 衛生班と共に来たシャマルがなのはのもとに駆け寄り、彼女を制止する。 「ダメよ、なのはちゃん!落ち着いて!その子を降ろしてあげて!誰か!誰か!鎮静剤を誰か、早く!!」 古代遺物管理部機動一課所属の医療班が手際よく錯乱する少女に鎮静剤を打った後、すみやかに遺体を引き剥がしてボディー・バックに入れ運び出す。 シャマルは不憫に思った。おそらくあの子は検死で徹底的に調べられるだろう。 なのはがそれを聞いたら、きっとまた泣くだろう。 リハビリが終って現場復帰してから一年も経っていないのにこの悲惨な結末……。 ひょっとしたら今度こそなのはは駄目になるのかもしれない。 タンカに乗せられたなのはがヘリに乗せられ設備の整った病院へ行くのをを見送りつつ、シャマルは思った。 だが思い悩んでも仕方がない。 この後の実況見分その他を速やかに行わなければならないことにシャマルは頭を痛めた。 重傷を負わせられた一課第三突入小隊の前衛要因が一課のヘリへ、全く何事もなかったように歩いて行くのを見てシャマルは自分の認識を再確認した。 やはり機動一課は凶犬の集まりなのだと。 目次へ 次へ
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海鳴市のとある公園。そこのベンチに一人の男が座っている。 (あーあ……間抜けなくらい青い空だなあ……) 楽しそうに遊ぶ子供たちの声をBGMに男は空を眺める。 どこまでも続く青い空に所々に点在する白い雲。それらは見ている者の心を優しく癒やしてくれる。 空に向かい右手をかざす。 (ああ……まただよレム……。笑っちゃうなあ……もう叶いやしない事なのに……君にもこの景色を見せたいと思ってるんだ……俺は) 青空にレムの姿が浮かび上がる。 もうこの世にはいない人の姿。 右手を伸ばす。 そうすれば空に映るレムに届くと思って。 だが、右手は当たり前のように空を切る。 何にも触ることはない。 当然だ。レムはこの世に居ないんだから。 空を切った右手を寂しそうに見つめ、苦笑する。 「ほら、やっぱりヴァッシュさんだ!」 その時、聞き覚えのある声がした。 声がした方にいるのは一台の車とその後部座席に乗る二人の少女。 二人は車から出て、こちらへと歩いてくる。 「こんなとこで何してるんですか?」 「バカ、大の男がポツンと公園にいるのよ。サボりに決まってんじゃない」 「えぇ!?そうなんですか!?」 好き勝手に言葉を飛ばす少女たち。 だが男はそんな少女たちに言葉を返さず、和やかな笑みを浮かべる。 「どうしたの?ヴァッシュさん」 その様子を不思議に思った少女が問う。 「いや、なんでもないさ……」 男は少女たちの頭の上に手を置く。 いきなりの事に二人は困惑してしまう。 (……レム。やっぱり君にも見て欲しかったな……この平和な世界を……) 手を置いたまま男は透き通るような青空を眺める。 いつもと様子の違う男を見て、少女たちは不思議そうに顔を見合わせる。 「大丈夫……?」 少女たちから気遣いの声が飛ぶ。 そんな少女たちに男は―― 「よし!二人ともアイス付き合え!」 ニコリと笑いかけそう言った。 ■□■□ すずかは一人図書館にいた。 山のようにある本、静かで落ち着きのある空間、読者好きにはたまらない場所。 すずかはこの図書館が大好きだった。 何十とある本棚と本棚の間を歩く。 本を探すこの時間も好きだ。 本棚のジャングルを歩き自分の求める本を探す。まるで宝探しゲームみたいで何だかワクワクする。 そんなことを考えながら歩いていると、お目当ての本棚を見つけた。 それはファンタジー系の本棚。 本棚の前に立ち、今日読む本を選ぶ。 タイトルだけ見ても面白そうな本ばかりにすずかは悩む。 手を右に左に動かし、本を取っては戻す。 と、その時、本と本棚の間から一人の少女が見えた。 その少女は車椅子に座っており、上の方の本に向かって手を伸ばしている。が、あと少しというところで届かないらしく、精一杯手を伸ばし続けている。 それを見たすずかは、車椅子の少女の方へ駆け出す。 「これ、ですか?」 すずかは少女が求めてるらしき本を取り、女の子に渡す。 「あ……。ありがとうございます」 車椅子の少女は少し驚いたような顔をした後、微笑みながら礼を言った。 それからすずかと車椅子の少女ーー八神はやてが、友達になるのに大して時間はかからなかった。 二人は他の人の迷惑にならないよう小さな声で話す。 自分のこと、好きな本のこと、他愛もないこと。二人は会話に花を咲かせる。 とても楽しい時間が過ぎていった。 「あ、もうこんな時間や」 はやてが時計に目をやり驚く。 もう五時を回っている。話に夢中で気づかなかった。 「ごめんな、すずかちゃん。私、もうそろそろ帰らんと……」 残念そうな顔をしながら謝るはやて。その顔は帰りたくないことを、ありありと語っていた。 「ふふ、はやてちゃん帰りたくなさそう」 「う~そうなんやけどな……みんなのご飯作って上げへんと」 そのはやての言葉に感心しながらすずかは車椅子押していく。 出口へ向かう間も二人の会話は止むことはなかった。 出口に一人の女性が立っていた。 女性はすずか達に気付くと、その穏やかそうな顔に微笑みを浮かべ、お辞儀をする。 その丁寧な仕草にすずかもお辞儀を返す。 「すずかちゃん、また会おうな」 はやてはそう言い、女の人に押されていく。 女の人ははやてちゃんの家の人らしく、手慣れている。 「また会おうね。約束だよ」 すずかも、その後ろ姿に語りかけながら手を振る。 「うん!約束や」 はやては後ろを振り返りながらそう言い、手を振る。 最後に女の人が、もう一度お辞儀をし二人は去っていった。 「八神、はやてちゃんかぁ……」 一人残されたすずかははポツリとそう呟く。 その顔には笑み。 新たな出会いに喜びを隠しきれない、そんな笑みを浮かべていた。 ――それは小さな出会い。 帰り道、はやてはシャマルに今日起きたことを語る。 すずかとの出会い。どんなことを話したか。 話したいことは山のようにある。 それらを一つ一つ楽しそうに口に出していく。 ――心優しい少女と車椅子の少女との小さな出会い。 二人は笑いあいながら進んでいく。 そんな二人の進行方向に、一人の女と一人の男が立っている。 ――だが、この出会いによって今まで噛み合うことのなかった歯車と歯車が噛み合う。 はやてはその二人に気付くと、嬉しそうに手を振る。 ――それらが噛み合ったことにより、何が起こるかはまだ誰にも分からない。 二人に向かいはやては満面の笑みを浮かべる。 ――だが、それでも歯車は止まることはない。 「待っていました、主はやて」 ピンク色の髪をした女性は、意志の強そうなその顔に小さな笑みを浮かべる。 「遅いぞ、はやて」 そしてもう一人の金髪短髪の男は表情を変えず、そう言った。 「ごめんなー、ちょっと時間見るの忘れててもうてな」 そんな二人に向けはやては謝罪を述べる。 「あぁ、そや。みんな今日の晩御飯何がええ?」 「ええそうですね、悩みます」 「俺は何でもいい」 微笑む女とは対照的に男は憮然とした顔で呟く。 「むー遅刻したこと怒っとるんか?」 「別に怒ってなどいない」 「だって笑ってないやないか」 男は溜め息を一つつく。 「だったら今日は俺の好きな料理を頼む」 その顔には小さな微笑み。 それを聞きはやてはドンと胸を叩く。 「まかせとき!―― ――もし止まる時があるのなら ――ナイブズ!」 ――それはどちらかの歯車が壊れた時だろう。 ■□■□ PM7 45――はやてとすずかの小さな出会いから数時間後の海鳴市市街地。 そこから百数十m上空。 そこに彼女達はいた。 一人は赤髪の少女。 もう一人……いや、もう一匹は大型の狼のような蒼い毛並みの獣。 「どうだヴィータ。見つかりそうか?」 獣の方から男の声が響く。 「いるよーな……いないよーな」 獣が喋るという有り得ない出来事に動じることなく、ヴィータと呼ばれた少女は返事を返す。 ヴィータの手には一冊の古ぼけた本と一振りのハンマー。 少女には似つかわしくないその姿が、ヴィータにはどこかしっくり来る。 「こないだっから時々出てくる妙に巨大な魔力反応。あいつを捕まえれば一気に二十ページくらいいきそうなんだけどな」 ヴィータはハンマー――グラーフアイゼンを肩に乗せそう呟く。 「別れて探そう。闇の書は預ける」 「おっけーザフィーラ。あんたもしっかり探してよ」 「心得ている」 獣――ザフィーラはそう言うと後ろを向き空を駆けていく。 ザフィーラが去るとヴィータはグラーフアイゼンを振りかざす。 それと同時にヴィータの足元に赤色の光を放つ魔法陣が現れる。 「封鎖領域展開!」 『魔力封鎖』 その言葉と共に半透明な紫色の何かが広がっていく。 それはみるみるうちに大きさを増していき、市街地を覆っていく。 市街地を歩く人々や道路を走る車はそれに触れたそばから消えてしまい、市街地には誰もいなくなる。 それでもなお、それは勢いを弱めず範囲を広げていく。 そして、それは高町家にも到達する。 ■□■□ PM7 45――はやてとすずかの小さな出会いから数時間後の海鳴市市街地。 そこから百数十m上空。 そこに彼女達はいた。 一人は赤髪の少女。 もう一人……いや、もう一匹は大型の狼のような蒼い毛並みの獣。 「どうだヴィータ。見つかりそうか?」 獣の方から男の声が響く。 「いるよーな……いないよーな」 獣が喋るという有り得ない出来事に動じることなく、ヴィータと呼ばれた少女は返事を返す。 ヴィータの手には一冊の古ぼけた本と一振りのハンマー。 少女には似つかわしくないその姿が、ヴィータにはどこかしっくり来る。 「こないだっから時々出てくる妙に巨大な魔力反応。あいつを捕まえれば一気に二十ページくらいいきそうなんだけどな」 ヴィータはハンマー――グラーフアイゼンを肩に乗せそう呟く。 「別れて探そう。闇の書は預ける」 「おっけーザフィーラ。あんたもしっかり探してよ」 「心得ている」 獣――ザフィーラはそう言うと後ろを向き空を駆けていく。 ザフィーラが去るとヴィータはグラーフアイゼンを振りかざす。 それと同時にヴィータの足元に赤色の光を放つ魔法陣が現れる。 「封鎖領域展開!」 『魔力封鎖』 その言葉と共に半透明な紫色の何かが広がっていく。 それはみるみるうちに大きさを増していき、市街地を覆っていく。 市街地を歩く人々や道路を走る車はそれに触れたそばから消えてしまい、市街地には誰もいなくなる。 それでもなお、それは勢いを弱めず範囲を広げていく。 そして、それは高町家にも到達する。 『警告、緊急事態です』 最初にそれに気付いたのはレイジングハート。 冷静に状況をなのはへと伝える。 いきなりのレイジングハートの言葉に困惑するなのはだが、次の瞬間にその意味を理解する。 「結界!?」 なのはは驚愕の声を出しながら辺りを伺う。 (近くにはいない……?) その時、レイジングハートが再び声を上げる。 『対象、高速で接近中』 「向かってきてる……」 なのはは窓の外を眺める。 何が何だかはさっぱり分からない。でも―― 数瞬の迷いの後、なのはは顔を上げる。 その顔にはあるのは決意。 なのははレイジングハートを首に巻き部屋を飛び出した。 ■□■□ ――それから時は少し遡る。 P.M7 30――ヴィータたちの襲来の十五分前。 まだ、なのはが勉強をしていた時間。 「……ガッ!グ……ガァッ!」 高町家の一室にある男のうめき声が響いていた。 男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードはベッドの上で、苦しそうに顔を歪めている。 何に彼は苦しんでいるのか? 答えは単純にして明快である。 「グッ……ッ~~!……お腹が~!……ノォ~~!」 腹痛――それが彼を苦しめていた。 腹痛になった理由もまた単純。 食べ過ぎ。 昼にはアリサとなのはと共に山ほどのアイスを食べ、その後もなのはの制止を聞かず夕食を食べまくりーー結果、今の状態。 元気が取り柄のヴァッシュが、いきなり腹を下したことに士郎や桃子は心配するが、理由を聞いた途端に呆れてしまい、胃薬を渡し部屋へと帰っていってしまった。 なのはも心配してはくれたもののすぐに部屋へ戻ってしまい、ヴァッシュは腹痛との孤独な戦いを繰り広げるはめとなった。 「おぉぉお、もう無理~~!!」 ヴァッシュはそう叫ぶと、遂にトイレへと直行した。 ――只今、主人公が大変見苦しい行為をしております。 チャンネルはそのままに、しばし御辛抱下さい。 ――それから数分後、ヴァッシュはこれ以上ない最高の笑顔でトイレから出て来た。 「いやぁ~すっきりした」 ヴァッシュはそう言い、ベッドに寝転ぶ。 (もう1ヶ月か……) ふと、カレンダーを見るとそんな事に気付いた。 平和で穏やかな日々。 充実していて退屈など感じる暇もない毎日。それは凄まじいスピードで駆け抜けていった。 色んな人と知り合うことも出来た。 アリサ、すずか、公園で遊んでいる子供たち、商店街で店を開いている気のいいおじいさんやおばあさん。 みんな優しい人達ばかり。 いつまでも続けばいい……この日々が……。 そういえば、あの時拾われてなければ死んでたかもしれないんだよな……。 いくら感謝しても感謝しきれないほど、なのはには感謝している。 『私……ヴァッシュさんがいて迷惑なんて全然思わない!ヴァッシュさんが傷つくのなんて絶対やだよ!』 あの時の言葉は今でも覚えている。 出て行こうとした自分を泣きながら引き止めてくれたなのは。 赤の他人のはずなのに、一日と一緒に過ごした訳でもないのに引き止めてくれた。 ――ありがとう。 壁の向こうに居るはずのなのはにヴァッシュは心の中で礼を言い、就寝の準備を始めた。 ――もしヴァッシュが腹痛に陥ることなく、少し早い眠りについていればそれに気付くことはなかったのかもしれない。 そうなっていたのなら、ヴァッシュには平和で穏やかな日々が続いただろう。 (――空気が変わった?) ――だが、ヴァッシュはそれに気が付いてしまった。 それは僅かな異変。熱砂の星で生き抜いてきたヴァッシュだからこそ感じ取れた微細な変化。 不思議に思ったヴァッシュは窓から外を眺める。 だが、窓から見える景色はいつもと全く変わらない。 (……何かおかしい) それでも徐々に不安になってくる。 何が起きている。 それは確かだ。 ヴァッシュは部屋に置いてある一つの棚に目をやる。 そこに入っている物は自分があの世界から持ってきた唯一の持ち物。 ヴァッシュは数瞬の迷いの後、棚に近づいていく。そして引き出しに手をかけ――開けた。 出てくるのは銀色のリボルバー銃。 この世界では触ることの無いと思っていた相棒。ヴァッシュはそれを手にし外に駆け出した。 ■□■□ 外に出てすぐに、ヴァッシュは異変の正体に気が付いた。 (何だこの静けさは……?) さっきから物音がしない。 近所の家族の団欒の声も、帰り道を急ぐサラリーマンの足音も、何もしない。 異常なまでの静寂が周囲を包んでいる。 訳も分からず辺りを見回すが、いつもと変わらない。ただ一つ物音がしないのを除いては。 その時、最悪の考えが頭をよぎる。 (みんなは……なのは達は!?) ヴァッシュは慌てて高町家に戻っていく。 (……まさか) 扉を勢い良く開け、家の中へと踏み込む。 人の気配が……しない。 「なのは!士郎さん!」 返ってくるのは沈黙のみ。 階段を駆け上がり、片っ端から部屋を探し回る。 ヴァッシュの顔に焦りが浮かぶ。 一つの部屋を探し終えるたびに、焦りの色が濃くなっていく。 数分後、ヴァッシュは最後の部屋――なのはの部屋の前に立つ。 ――いるはずだ。 自分自身に言い聞かせる。 この部屋にいるはずだ。なのはも、士郎も、桃子も、恭也も、美由希も――みんな。 そう、これは只の勘違い。俺が勝手に焦って、一人で走り回ってた。 ただ、それだけのこと。 ゆっくりとドアノブを掴む。 (いるはずだ。当たり前じゃないか。みんなが消えるなんてそんなバカなことがあるはず――) そしてドアを開けた。 瞬間、ヴァッシュは目の前が暗くなるのを感じた。 (そんな……バカな!) ――誰もいない。 士郎さんも、桃子さんも、恭也も、美由希も、なのはも、誰もいない。 外へ飛び出し、叫ぶ。 「誰か!誰かいないのか!」 返答してくれる者はいない。 なのは達が――いや、誰もいない。 まるでマジシャンが手に持つボールを消すように、消えてしまった。 ヴァッシュは駆ける。人を求めて。 だが誰もいない。人っ子一人見当たらない。 遂には、市街地にまでたどり着くが、そこでもそれは変わらない。 普段だったら人々で賑わっているはずの街も、嘘のように閑散としていた。 「誰か……誰かいないのか!」 何かにすがるかのような虚しい叫びが無人の街に響き渡る。 だがそれは夜の空に吸い込まれ霧散するだけ。 答えを返すものはどこにもいない。 「くそっ!」 ヴァッシュは憤りを吐き再度走り始める。 分けがわからない。 なぜ、誰もいない? みんなはどこに消えたんだ? なぜ、俺だけ取り残された? 頭に浮かぶ数多の疑問。 ヴァッシュの心を絶望が満たし始め、遂に―― ――足が止まる。 体が震えそうになるのを必死に抑える。 何かが、何かが変だ。 いくらなんでも人がいきなり消滅するなんて有り得ない。 さっきまでは普通に生活していたんだ。 それがいきなり――そうだ。あの時、空気の変化を感じ取った時。 あの時に、なにかが起きたんじゃないのか? ヴァッシュは必死に考える。この事態の解決策を見つける為に。 ――例えば、幻術をかけられたとか? いや、ありえない。 あの時、自分は部屋に居た。他には誰もいなかった。 流石に姿を見せることもなく幻術をかけられる訳がない。 なら、何なんだ? 結局は堂々巡り。 自分以外の海鳴市に住む人々を消す。 そんな魔法みたいなことが出来る訳がない。 「どうなってるんだ……」 誰でもいい教えて欲しい。 力無くヴァッシュがうなだれた。その時―― ガァン! ――不意に、何かが聞こえた。 それは何かがぶつかり合うような音。 音のした方向は上から。 ヴァッシュは慌てて上に視線を動かす。 が、そこには何もなく星が輝いているだけ。 (気のせいか……) 余りの事態に耳までおかしくなったらしい。 ヴァッシュは薄く自嘲の笑みを浮かべる。 「きゃぁあああーーー!」 次の瞬間、少女――高町なのはの悲鳴がヴァッシュの耳を貫いた。 ■□■□ 無人の市街地。 そこにそびえる数多のビル。 その内の一つの屋上、そこに高町なのはは立っていた。 辺りの夜空を探るが、視認できる範囲には誰もいない。 困惑していないと言ったら嘘になる。 いきなり発生した結界。自分へと迫る何か。 それらが何なのかは全く分からない。 疑問が頭の中に浮いては消える。 だが、なのはには信念がある。 大変なことが起こるのなら止める。誰かが襲ってくるのなら話し合う。 どんな状況でもそれは変わらない。 止めるため、話し合うため――なのはは行動する。 『来ます』 レイジングハートの声が響く。 それと同時に、何か風を切り裂くような音がなのはの耳に届いた。 音の方に目をやると、赤色に光る何かが見える。 『誘導弾です』 それが何なのか理解する前に、レイジングハートが警告を発した。 その正体は魔力弾。 それが赤い光を纏い流星の如くスピードで迫ってくる。 いきなりの攻撃に驚きつつも、左手を突き出し障壁を張る。 レイジングハートを起動する暇はなかった。 直後、魔力弾と障壁が衝突する。 強い。 たった一発の魔力弾で、この術者がかなりの実力者だということが分かる。 なのはは吹き飛ばされないよう、踏ん張りながら魔力を高める。 魔力が障壁に流れていき硬度が増していくのが分かる。 これなら盾は破られない。 ほんの少しなのはは安堵する。 だが、そんななのはに―― 「テートリヒ・シュラーク!」 ――襲撃者の追撃が襲った。 魔力弾とは反対の方向からの不意打ち。 迎撃をする暇もない。 それでも何とか障壁を発生させる。 瞬間、障壁と相手の武器が激しくぶつかり合う。 (何て……力……!) 轟音と共に魔力弾を遥かに凌駕する力が盾を通して伝わってくる。 魔力弾とヴィータ。 二つの方向からの力は着実になのはを追いつめていく。 「くっ……!」 問題は赤服赤髪の少女の方。その姿からは想像出来ない程の力だ。 障壁が悲鳴を上げ始める。 レイジングハートの補助があるのならまだしも、今のなのはには耐えられない。 そして遂に―― 「きゃぁあああーーー!」 ――叫び声と共になのははビルから吹き飛ばされた。 「うぅ……」 なぜ、あの子は攻撃をしてくるのか。 なのはは落下しながら考える。 一つだけ確かなことはあの子が私を襲ったという事実だけ。 話し合おうとする暇もなかった。 なのはの心に迷いが生まれる。 だが、なのははすぐに覚悟を決める。 「お願い、レイジングハート!」 それは戦いを始まりを告げる叫び。 『OK.Set up』 レイジングハートはそれに答える様に声を上げる。 淡い光がなのはを包み込む。 本当は話し合いたかった。ちゃんとお話しをすれば分かり合えるはずだから。 でも、何も言わないで襲ってくるのなら……! なのはの体に力が流れ込んでくる。 それは自分の意志を、信念を突き通す為の力。 そして、みんなを護る為の力が、全身にみなぎっていく。 なのはは戦う事を決意した。 ヴィータは光に包まれるなのはを見て攻撃の準備をする。 目的は相手を戦闘不能に追い込むこと。 わざわざ正面から戦う必要はない。 手に現れた砲丸大の魔力弾を宙に投げ、なのは向け撃ち出す。 が、その攻撃はなのはに防がれ、爆煙が立ち込める あれだけの魔力反応を持っているんだ。これくらいやらるのは当然。 (本命はこっちだ!) 「うおりゃああーーー!」 気合いと共に、爆煙の中心――なのはの居るであろう位置に、グラーフアイゼンを振り抜く。 「……いきなり襲いかかる理由はないんだけど、どこの子?何でこんなことするの?」 だが、その攻撃も不発に終わる。 そこにはアクセルフィンにより高速移動したなのはがいた。 ヴィータの敵意ある眼差しを見つめ返し、なのはは語り掛ける。 ヴィータは聞く耳を持たず、魔力弾を形成する。 「教えてくれなくちゃ……分からないってば!」 それを見て、遂になのはが攻撃に転じる。 先ほど、回避行動のとき爆煙に紛れさせて形成させた二つのディバィンシューター。 それが背後からヴィータを狙う。 「くっ!」 だがさすがは、と言うべきかヴィータはギリギリで一撃を回避、そしてもう一撃をグラーフアイゼンで防ぐ。 だが、なのはの攻撃はこれで終わらない。 すぐさま、もう一つの魔法を発動させる。 それは、なのはが最も得意とする魔法。 「なっ!?」 それを見てヴィータの顔に驚愕が張り付く。 「話してくれなくちゃ、分からないってばー!」 叫びと共にレイジングハートの先から桜色の光ーーディバィンバスターがほとばしった。 砲撃魔法。 単純にして強力な攻撃。 それは生半可な防御など意味を持たない。 ヴィータにある選択は回避のみ。 必死に身をよじり、体の位置をずらす。が、それだけで避けきれる訳もなく――桜色の光がヴィータを掠めた。 掠めただけなのに関わらずもの凄い衝撃が体を揺らす。 吹き飛ぶ体を何とか制御する。 ――そしてボロボロになり吹き飛ぶ帽子が目に入った。 瞬間、頭が沸騰する。 ぶっ飛ばす。 その言葉が頭を埋め尽くす。 戦闘不能にすることなど頭から吹っ飛んでいた。怒りに任せ叫ぶ。 「グラーフアイゼン、カートリッジロード!」 『Explosion』 ガコン、という音と共にグラーフアイゼンがカートリッジをリロードする。 溢れるような魔力がヴィータに流れてきて、グラーフアイゼンが形態を変える。 その形態の名はラケーテンフォルム――グラーフアイゼンの直接攻撃に特化した姿だ。 「えぇっ!?」 それを見たなのはは驚愕する。 赤髪の少女がカートリッジロードと叫んだと同時に魔力が爆発的に増大し、デバイスが姿を変えた。 飛び出したスパイクに、片側にあるロケットの噴射口のような物。 その姿は先ほどまでと比べて明らかに攻撃的に見える。 今までの戦いで、見たことのない現象になのはは驚くことしか出来ない。 「ラケーテン・ハンマー!」 ヴィータがそう叫ぶと、噴射口から炎が吹き出し、独楽のように回り始める。 始めは緩やかだった回転速度も一回りするごとに速さを増していく。 そして、トップスピードに達した瞬間なのはに突撃して来た。 今までの攻撃のどれよりも速い。 十数メートルはあった距離を一瞬でつめる。 だが、流石はというべきか、驚くべき反応でなのはは障壁を張る。 「うおりゃあーー!」 轟音があたりに轟く。 グラーフアイゼンと障壁がぶつかり合い鮮やかな火花を散らし――障壁は一瞬の均衡の後易々と破れた。 「えっ?」 驚くことしか出来なかった。気づいたらレイジングハートに相手のデバイスが突き刺さっていて、それはガリガリとレイジングハートを削っていく。 「だありゃあーー!」 ヴィータはグラーフアイゼンを気合いと共に振り抜いた。 「きゃああぁぁーーー!」 あまりの衝撃に姿勢制御が出来ない。 グルグルと回転しながらなのははビルの一つへと突っ込んだ。 「ケホ……ケホ……」 体が痛む。 バリアジャケットがなかったら大変なことになっていただろう。 なのはは体の痛みを押し殺し立とうとして――ヴィータの追撃が襲った。 『プロテクション』 レイジングハートが自分の主を守るため独自に防御魔法を使用する。 敵の攻撃により故障寸前な自分を省みない捨て身のプロテクション。 ――だが、それすらも 「ぶち抜けーー!」 『了解』 破れ去った。 なのはは敵のデバイスが自分の体に吸い込まれていくのを見た。 もはや、何もすることも出来ない刹那の時間。 敵のデバイスが体に当たった瞬間、バリアジャケットがパージされ、後ろに弾け飛ぶ。 後ろには壁。 そこに叩きつけられた。 それと共に激しい衝撃がなのはを襲――わなかった。 いや、衝撃自体は来た。が、それは対したものではない。バリアジャケットがパージされた今、なのはを護るものはない。 その状態であれだけの勢いで叩きつけられたのだ。 もっと激しい衝撃が体を襲うはずだ。 それどころか柔らかい何かに包まれているような感じがする。 なのはは不思議に思いながら目を開く。 途端、なのはの目が驚愕に見開かれる。 何でここに。 あまりの出来事に思考が止まる。そして何故か安堵感がこみ上げてきた。 それは金髪の男。 男は自分の体をクッションにするかの様になのはと壁との間に身を置いている。 男の頭から一筋の血が流れる。 「大丈夫かい」 男はそれを拭おうともせずなのはに呟く。 その顔にはこの場にそぐわない微笑み。 男――ヴァッシユ・ザ・スタンピードが現れた。 ■□■□ ヴァッシュは階段を駆け登っていた。 先ほどまでのように人を探す為ではない。 その理由はただ一つ。 ――なのはを助ける為に。 正直に言えば自分の見た光景は信じられなかった。 叫び声の上がった方を向くとなのはが落下していて、光が包んだこと思うと空を飛んでいた。 その前まで考えていた疑問の何もかもを頭から吹き飛ばす程の驚愕が襲った。 そして、それと同時に体が動き出した。 それは砂漠の世界を生き抜いて来た男の第六感というものなのか。 ヴァッシュは分かってしまった。 今、なのはが相手しているのは並大抵の敵ではないと。 その姿からは想像出来ない程の力を有していると。 ――そして、なのはが危険だと。 だから駆け登っていた。 なのはを助ける為に。 なのはを援護出来る場所へと移動する為に。 ようやくビルの中腹へとたどり着いたところか。 ふと、ビルの中を見回し確認する。そして再び階段を駆け上がろうとして――轟音と共にビルが揺れた。 音の出どころはすぐ近く。ヴァッシュは慌てて音のした方へと進む。 そして見た。 煙の中咳き込むなのはを。 ヴァッシュはそれを見た瞬間駆け出した。 だが、ヴァッシュよりも早くなのはに辿り着いた者がいた。 それは赤い服を着たまだ幼い一人の少女。 だが、少女はその見た目からは想像もつかない程のスピードでなのはにハンマーを振るう。 なのはも負けじと何かを出したが、均衡は一瞬。 敵の攻撃を直撃しなのはが吹き飛ばされる。 そして、なのはと壁の僅かな隙間にヴァッシュは飛び込んだ。 凄まじい衝撃と共にヴァッシュは壁へと突っ込む。それでも、なのはは離さない。 「大丈夫かい」 「ヴァッ……シュ……さん」 「……ごめんよ、遅くなって」 そして告げる。 体中の痛みを気にすることもなく微笑みながら、なのはに告げる。 その心に広がるのは安堵感。 「誰だよ、お前」 そんな二人にヴィータがグラーフアイゼンを突きつける。 それに対しヴァッシュは腰に手を動かす。 銃が刺さっているはずの腰に。 だが、そこで気付いた。 (……銃がない!?) ないのだ。銃が。 確かに腰に差しておいた筈の銃がなくなっている。 マズい。目の前の少女は銃無しで戦える程甘い相手じゃない。 ヴァッシュは慌てて周りを探る。 すると、数メートル先に銃が転がっているのを発見した。 なのはを助けた時に吹き飛んだのか。 ヴァッシュは銃に向かい飛びつこうとする。が、思いとどまる。 自分が動けばこの子はなのはを攻撃するだろう。 動けない。 その間にもヴィータは一歩一歩近付く。 それに対しヴァッシュは、盾のようになのはの前に立つことしか出来ない。 今、ヴァッシュに出来ることは自分を犠牲にして、なのはが攻撃される瞬間を先延ばしにすることだけ。 それでも、ヴァッシュは諦めない。 なら、倒れなければいい。向こうが諦めるまで自分が倒れなければ、なのはは助かる。 そりゃあ痛いのは怖い。でもそれでなのはが助かるのなら安いもんだ。 「ヴァッシュ……さん!ど……いて!私……なら大丈夫……だか……ら!」 後ろからなのはの声が聞こえる。 ヴァッシュは首を回し、安心させるように微笑む。 「大丈夫さ、僕はこう見えても頑丈なんだ」 ヴィータはそんな二人を見ながらグラーフアイゼンを振り上げる。 ヴァッシュは自分を襲うであろう衝撃に身構える。 (やだよ……こんなの……誰か……ユーノ君……フェイトちゃん!) そして、ヴィータはグラーフアイゼンを振り下ろした。 「ごめん、遅くなった」 さっきのヴァッシュと同じ言葉。 でも、それはヴァッシュのものではなく、どこか懐かしい声。 なのははハッと目を開く。 そこには見覚えのある少年の姿。 そしてヴァッシュをの前に立ちヴィータの攻撃を防いでいる少女の姿があった。 「仲間か……」 ヴィータは一歩距離を取り忌々しげに呟く。 それに少女は小さな呟きで答える。 「違う……友達だ」 少女――フェイト・テスタロッサはヴィータを睨み、バルディッシュを構える。 その目には小さな怒り。 ――これは長い長い戦いのほんの序曲。 いや、序曲すら始まったばかり。 人間台風。管理局。謎の襲来者。 この三人の演奏者たちは何を奏でるのか。 ――歯車は加速する。 前へ 目次へ 次へ
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―――星にひとつの伝説が穿たれた。 人々は見た。 地上から伸びる白色の極光。 世界が怯えるように震え、音を立てていた。 それはまるで世界の終焉が始まったかのよう。 常識という枠から外れた天災。 人智を越えた現象。 その現実とは思えぬ光景に、人々はただ寄り添う。 そうしてなければ圧し潰されてしまいそうな『跡』であった。 悠久の時を惑星に寄り添い見守っていた衛星。 夜天にて惑星を見降ろしていた雄大の星。 そこに刻まれた、暗い穴。 穿たれた星は毎夜として人々に語り掛けるだろう。 全ては夢ではないと、全てはあったことなのだと。 その時、何があったかを知るのはたった一人の少女だけ。 何も知らぬ人々は、ただ息を呑み、空を見上げるだけであった。 ◇ 八神はやては暗闇の中で目を覚ました。 何か音が聞こえた気がしたのだ。 床を踏みしめる音か、はやては細く目を開き、霞がかった意識を暗闇へと向ける。 まどろみでぼやける視界の中には、人影があった。 暗い部屋の中で枕元に立ち尽くす者。 薄ぼんやりとしたものでありながら、それでもはやてにはその者が誰なのか分かった。 「……シグナム?」 間違える訳がない。分からない訳がない。 彼女の大切な大切な家族。 鮮やかな桃色の髪、凛々しさと優しさが入り混じった顔立ち。 鮮明となっていく意識が烈火の将の姿を浮き彫りにさせていく。 「帰ってきてたんか……どうしたん、こんな遅くに……」 主の問い掛けに、シグナムは無言であった。 結局、昨夜は夕方に何処かへ出かけたきり、待てども待てども帰宅する事はなかった。 何時の間にか眠ってしまったはやてであるが、あえて言及をしようとは思わない。 無事に何事もなく帰ってきてくれた。それだけではやては満足であった。 ただ微笑みを携えて口を閉ざし、はやてを見詰めるシグナム。 その表情は、その瞳は、まるで母親のように温かなもの。 シグナムは黙ってはやての頭に手を伸ばし、優しく撫でた。 「なんや、いきなりー」 くすぐったいような、むずがゆいような、ふわふわとした感覚。 嫌な感じは少しもなく、心中に温かな何かが湧き出るのが分かる。 ずっとずっとこうしていたい。素直にはやてはそう感じた。 「あったかいなあ、シグナムは」 頭で動く温かな感覚に身を任ていると、眠気がさざ波のようにゆったりと迫ってきた。 意識は再びぼんやりとしたものとなり、暗い中に沈んでいく。 温かな気持ちのまま、温かな眠りの中へと落ちていく。 「ずっと一緒やよ。私たちはずっとずっと……ずーっと一緒や……」 まどろみの中で零れた言葉は、八神はやての偽りならざる本心であった。 ようやく出会えた『家族』。 その温かな生活を、ずっとずっと続けていきたい。 そう、ずっとずっと。これからもずっと、永遠に……。 「……申し訳ありません」 眠りへと落ちる瞬間、最後に聞こえてきた声は優しげで、だが何処か悲しくも聞こえるものであった。 それきりはやての意識は再び床に付き、そうして場に残されたのは烈火が騎士が一人。 シグナムはそれから数分はやての頭を撫で続けた。 「別れは、すんだか」 心地よい沈黙。 それを打ち破ったのはナイブズであった。 はやての傍らに立つシグナムを、無表情に見詰める。 「……ああ」 答えたシグナムは沈痛な面持ちで立ち上がった。 申し訳なくて仕方がないのだ。 主の願いも聞き入れられず、その盟約すら破らざるを得なくなった事に。 それでも前に進まなくてはいけない現状。 自分に力があれば、自分に冷徹な心があれば……悔恨は留まる事を知らずに次から次へと浮かび上がってくる。 「すまないな。わがままを聞いてもらって」 「かまわん。おそらくは、これが最後になるだろうからな」 「……そうだな」 再びの視線をシグナムは寝息をたてる主へと向けた。 守りたい、守られなばならぬ主。 もう決意したことであった。もう覚悟したことであった。 だが、烈火の将の強靭な決意と覚悟をもってしても、それは尋常ならざる悔いを生み出す。 もう一度あの幸せな時間を、と願わずにはいられない。 深すぎる親愛の念は、身を切り裂かれんばかりの痛みとなって心に渦巻く。 それでもシグナムは主から視線を外した。 万感の想いを断ち切り、ただ主の平穏を願って、主へ背中を向ける。 これから待ち受ける戦いは過酷なものなのであろう。 肉体的にも、おそらくは精神的にも。 シグナムは既にナイブズから話を聞いていた。 これから自分たちが行う外道の術を、主の約束からも守護騎士との誓いからもは余りに掛け離れた手段を。 だが、もうこれしかないのだ。 主が無事な日々を過ごすには、これしか残っていない。 「行くか」 「ああ」 二人の人外が言葉を交え、寝室から足を踏み出す。 寝室を出た先にあるのは、『家族』と一緒の安寧の時を過ごした空間。 瞳を閉ざせば、今にも瞼の裏へと浮かぶ。 戦いしか知らぬ騎士達を『家族』として扱い、人としての感情を与えてくれた場。 自然と浮かべられるようになっていた笑顔は、もはや忘れる事はないだろう。 無人のリビングを眺めながら、過去に想いを馳せる。 そんな自分に対して嘲りを感じながら、シグナムは表情を変えた。 これより突入する修羅の道。 これより自身が行う事を知れば、心優しき主であろうと軽蔑し、侮蔑し、嫌悪する筈だ。 二度と笑いかけてくれる事も、『家族』と呼んでくれる事もないだろう。 もう自分が心底からの笑顔を浮かべることなど許されない。 (……それでも構わんさ) 全ては覚悟の上だ。 やり遂げる。やり遂げなければならない。 罪は全て将たる自分が背負おう。 「主はやて。あなたはどうか幸せの内で……」 決意と共に、烈火の騎士は言葉を残す。 彼女は気付いていない。 後方にて佇む男の、その表情が愉悦に歪んでいる事を。 全てが男の掌の上で転がされているという事を。 知らず、悲壮な覚悟で場を後にする。 二人が出て行った八神家に遺されるは痛いほどの静寂。 全てが動き出した状況で、闇の書が主たる八神はやては未だ何も知らずに眠り続ける。 ◇ ―――ヴァッシュ君がバイトを休んだ。 それは時折ある事であったし、今更どうこう言う事でもないのかもしれない。 彼のお陰で大分助かっている事は事実であるし、殆ど無償で働いてもらっているのだ。 多少のサボりくらいは目を瞑ろうとも思う。 だが、今日に限っては話が違った。 昨夜、桜台を中心として発生した謎の現象。 消えてしまった桜台と、空の彼方にある衛星に刻まれた『跡』。 理解の範疇を越えていた。常識の範疇を越えていた。 全ては、まるで夢の中のような非現実的な光景であった。 しかしながら、いくら現実逃避をしようと視線を少し上げるだけで、それは実際としてそこにある。 日本は、いや世界はバケツをひっくり返したかのように騒ぎ立てた。 空を飛ぶメディアのヘリコプターは一機や二機ではとても聞かない。 リモコンを押すと、プツリという音とともにテレビが付く。 テレビは、どのチャンネンルでも、昨晩から緊急特番で今回の事象をずっと取り上げていた。 テレビの中のリポーターは興奮したような口調で、こう告げていた。 『ここが巨大隕石が落下したとされる海鳴市桜台です―――』 冗談だろうと思ってしまう。 下らなすぎて、苦笑すら浮かばない。 あれは、そんなものではない。 隕石などといった言葉で片付けられる現象ではない。 誰もが誰も見たのだ。 地上から伸びる白色の極光を。世界を呑み込む白色の極光を。 数十万キロと彼方に在る衛星を穿つ極光を。 見た。 誰もが。 それこそ老人から子どもまで。 世界が終わるやもしれぬ光景を見たのだ。 それを人間の知識の内に在る言葉で説明しようという事が、烏滸がましくすら思えてしまう。 うんざりとした気分でテレビを消し、カウンター奥の椅子へと座る。 昨日今日ではどうせ客も来やしないだろうと思いきや、ちらほらと常連の姿が見える。 この状況でも喫茶店に足を運んだり、会社へ出勤し、あくせく働く者いるのだから人間は分からないものだ。 いや、あえて日常へ身を浸からせる事で、現実から目を背けようとしているのか。 かくいう自分もその口だ。 何時も通りに起床し、何時も通りに仕込みを行い、何時も通りに店を開けた。 染み付いた習慣とは恐ろしいもので、殆ど呆然の中でありながら普段と変わらぬ動きができた。 見回すと、来店した客たちは心ここにあらずといった様子でボンヤリと座っている。 いかに日常に逃げ込もうと、全ては現実として重く圧し掛かるのだ。 誤魔化し切れぬ現実がそこにある。 「あなた……」 不意に声が掛かる。 顔を上げると、そこには心配そうな表情で俯く桃子がいた。 愛する妻。 彼女は横に椅子を並べて座り、身体を寄せてきた。 「なのはとヴァッシュさんは大丈夫なのかしら」 重い口調で紡がれる。 そう、本当の心配の種はそこにあった。 昨日より姿を見せない愛娘と、一人の居候。 「なのはは大丈夫さ。フェイトちゃんやリンディさんも付いてくれてるんだ」 愛娘については連絡は付いていた。 友達のフェイトちゃんの家に数泊するとメールが来た。 昨日の今日なのだ。直ぐに帰ってこいというメールを送ったが、珍しくも反抗的な返信が来た。 フェイトちゃんの保護者であるリンディの話によると、帰りたくないと駄々を捏ねているとのことだ。 フェイトちゃんも昨日の大災害で怖がってしまい、なのはと共にいることを望んでいるらしい。 短い付き合いではあるが、リンディさんは信頼のできる女性だと思う。 電話にてなのはの無事な声も聞いた。 ならば、仕方ないかとも思う。 あの年頃にもなると、家族といることよりも親友といることを心強いと感じるものなのだろう。 そうすることで少しでもあの大災害の恐怖を忘れられるというのなら、それで良い。 「でも、ヴァッシュさんは……」 「……そう深く心配することもないさ。彼の事だ。今にもひょっこりと顔を出すだろうさ」 もう一人の男―――ヴァッシュ君には連絡すらつかないでいた。 部屋に姿はなく、持たせた携帯電話も通じない。 知り合いに聞いてまわるも、ヴァッシュの姿を見たものはいない。 もしや、と考えてしまうのを止められない。 だが、その一方で彼がそう簡単に、とも考えてしまう。 とある世界で『人間台風』と呼ばれていた賞金首。 銃が支配する世界で賞金首という餌を首にぶらさげられ、身体に数多の傷を負いながらも生き延びてきた男。 そんな男が、そう簡単に消えてしまうものか……そう信じたい。 「彼なら大丈夫さ。きっと……」 妻の肩を抱き、優しく告げる。 返事は頷くだけに終わった。 自分の言葉は、強がりにしか聞こえなかっただろう。 それでも、そう言わないと二度と帰ってこない気がしてしまうのだ。 あの短くも騒がしく、賑やかだった日々が、もう二度と―――。 「……きっと帰ってくるさ」 自身に言い聞かせるよう、呟く。 一変してしまった日常が、ゆっくりとゆっくりと過ぎていく。 ◇ ヴァッシュが姿を消したらしい。 世界を揺らがす極光から一晩が明けたその日。 私―――アリサ・バニングスの元へ、その電話は掛かってきた。 相手は高町士郎さん。なのはのお父さんだ。 士郎さんは焦った口調でヴァッシュの姿を見なかったかと、聞いてきた。 昨日ヴァッシュとは出会わなかった事を伝え、何かあったのかと聞き返した。 何でもないとは言っていたが、それが嘘だと直ぐに分かった。 何かがあったのだ。昨晩の間に、ヴァッシュの身に何かが。 学校へ登校するとなのはやフェイトも休みだった。 メールをすると返信は直ぐに来た。 二人で学校をサボって遊びに出掛けているとのことだ。 それが嘘だという事は直ぐに分かった。 何かがあったのだ。昨晩の間に、二人の身に何かが。 ヴァッシュとなのはとフェイト……三人が何かを隠している事、三人が何かに悩んでいる事は、とっくのとうに気付いていた。 それでも三人は言ってくれた。 今は語れないが、何時かは絶対に打ち明ける、と。 私たちは友達なのだから、と。 その言葉を信じている。 心の底から。強く強く。 だが、それでも、三人を心配することは止められない。 ―――友達だから。 天に伸びる光。 唐突に姿を見せなくなった三人。 昨晩の出来事は、もしかしたら三人が抱えているという秘密に何か関係することなのかもしれない。 三人が何をしているのかは分からない。 だが、昨日の出来事には嫌な予感を感じてしまう。 夕暮れを切り裂いて現れた白色の光。 天を貫き、月を撃ちぬいた光。 それはまるで漫画の中のような信じられぬ出来事で、まるで何かが終わってしまったかのようであった。 あの日を境として世界は変わってしまったように、私たちの日常も変わってしまったのではないか。 そんな気がしてならない。 近づく聖夜。 本当ならば友人たちと何をして過ごすかを楽しく考えている時期の筈なのに、今は心配だけが胸に渦巻く。 (あんたに渡したいものがあったのに……) 聖夜の日に彼に渡すプレゼントはもう決まっていた。 街中で見かけ、何となく彼には似合うだろうと思った品だ。 だが、肝心のヴァッシュは消えてしまった。 あの男と再び会う日は来るのだろうか。 不安だけが、募っていく。 ◇ 「何や……今日もシグナムとナイブズは帰ってこないんか?」 八神はやてがその問い掛けを口にしたのは、シグナムが八神家を後にして十数時間が経過した同場所であった。 日が昇り、そして再び日が落ちて。 はやては夕食の場を『家族』と囲んでいた。 だが、団欒の場には余りに欠員が多すぎた。 シグナムとナイブズ、そして鉄槌の騎士・ヴィータもその姿を消していた。 場にいるのは、はやてを除けばシャマルとザフィーラのみ。 ザフィーラは獣形態であり、テーブルにはシャマルとはやてしか付いていない。 はやての対面に座るシャマルは、はやての言葉に場に身をぎくりと強張らせた。 「ご、ごめんなさい。夕食には間に合わせるよう連絡はしたんですけど……」 「ああ、そんな謝らんといてや。怒ってる訳ではないんよ。別に連絡は付くんやろ? なら、ええって。ヴィータも一緒なんか?」 「いえ、ヴィータちゃんはまた別に遊んでるって連絡がありました。ゲートボール仲間のおばあちゃんの所にいるみたいです」 「そうなんか。ご近所付き合いはええことやー」 そう笑顔で言いながらも、はやてに思うところがない訳ではなかった。 最近は『家族』全員で共に団欒を囲むことも少なくなっていた。 寂しい、という気持ちがあることは否定できない。 だが、守護騎士達が人間らしい生活送れるようになってきたというのなら、喜ばしい事である。 『家族』なら、主であるなら、手放しで喜んであげねばいけないことなのに……。 「クリスマスは皆で揃えるとええなー……」 それはポツリと口から零れてしまった言葉。 想いが、無意識の内に出てしまった。 はっと思いシャマルを見るはやて。 また嫌味に聞こえてしまったかと心配したはやてであるが、シャマルの反応は予想とは違っていた。 視界の中のシャマルは今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。 「ど、どうしたんや、シャマル!」 慌てるはやてに、シャマルも自分の表情に気付いたのか、笑顔を見せる。 だが、それは余りに痛々しい笑顔だ。 悲しい表情を隠そうと無理に笑みを浮かべているのであろうが、それが逆に痛々しく見えた。 何でそんなに悲しそうな表情を浮かべているのか、はやてには分からない。 「ご、ごめんな、シャマル。そんな意地悪しようとして言った訳やないんや」 「……違うんです、はやてちゃん」 自分の物言いが悪かったのかと考えて、謝罪を告げるはやてであったが、シャマルは首を横に振った。 「絶対に……絶対に迎えましょうね。皆で過ごすクリスマスを」 そして、シャマルは告げた。 痛々しくも優しげな微笑のまま、頬に一筋の涙を伝わせて。 そんなシャマルにはやては口を閉ざして思考してしまう。 ―――何時からだろう。 彼女達が自分に隠し事をしていると感じるようになったのは。 彼女達は優しく、家族のように接してくれ、ただ笑顔の裏では酷く疲れていた。 隠そうとしてくれている。心配を掛けないようにとしてくれている。 分かっている。 分かっているが、それでも悲しかった。 もっと頼ってくれても良い。 もっと信じてくれても良い。 私は、闇の書の主。 皆の主であり―――そして、家族なのだから。 辛いときは、傷ついたときは、辛いときは、もっと頼ってくれて良いのだ。 「シャマル、ザフィーラ、それにシグナムも、ヴィータも、ナイブズも……お願いだから無理だけはせんといてな」 「心配しないで下さい、はやてちゃん。何があってもあなただけは守り抜きますから」 言葉にシャマル達が視線を外す。 視線を合わせずに呟かれた声は、震えていた。 やはり、おかしい。 そう思ったはやてが再び口を開こうとしたその時であった。 ドクンと、音がした。 違う。 音がしたような気がしただけだ。 音は内側から聞こえたもので、はやてにしか聞こえていない。 瞬間、はやては感じた。 身体が傾げるその感覚を―――、 ◇ ヴィータはとあるビルの屋上に坐していた。 場は、八神家から一キロと離れていない所。 探査魔法に意識を集中させながら、視線も夜の空へと這わせる。 魔法は八神家を中心として探索範囲を設定したものであった。 (……くそ、どーしてこんなことになるんだよ) ヴィータは疲労を押し隠しながら、警戒心を研ぎ澄ましていた。 コチラの事情全てを知るヴァッシュ・ザ・スタンピードの裏切り。 唐突の呼び出しの先に待ち構えていたのは管理局の魔導師が二人。 ヴァッシュの姿は何処にもなかった。おそらくは影で自分達が逮捕される瞬間でも眺めていたのだろう。 ナイブズも乱入しての戦闘の結末がどうなったのか、ヴィータは知らなかった。 全てを見届けるよりも先に管理局の魔導師に敗北し、気を失ってしまったからだ。 あの金髪魔導師が速度を武器としている事は知っていたし、油断をしたつもりもなかった。 だが、あの魔導師は完璧なタイミングで切り札をきり、自分を昏倒せしめた。 忸怩たる思いが胸を締め付ける。 目を覚ました後、どれほど後悔したのかは分からない。 ただヴィータに分かるのは二つ。 全てが終わった後で自分は目を覚ましたという事実。 そして、シグナムとナイブズが姿を消してしまったという、もう一つの事実。 空を見上げると、そこには地上からでも確認できる程の巨大なクレータが刻まれた月。 自分達が戦闘をしていた桜台は、その山合いの半分ほどを残して、『消滅』していた。 何が起きたのかは、シャマルから聞かされた。 夕暮れの世界を襲った震動と、桜台登山道から空へと伸びた白色の極光。 極光は闇に包まれようとしていた世界すらも照らし尽くして、まるで昼間のような明るさを作り出したという。 そして、月に刻まれたクレーター。 だが、その地形すらも変形させた天変地異を前に、世間の反応は驚く程に静かなものであったという。 桜台の消滅や震動、発光現象でさえも、原因は巨大隕石の落下によるものだと発表されたらしい。 各国の衛星にも隕石落下に伴うデータは残されていたらしい。 ワイドショーや夕方のニュース番組を大いに騒がせているが、それ以上の事態には発展していない。 おそらくは、管理局が世界規模の情報統制を図ったのだろう。 ただあの光を実際に見た者はそんな発表を信じる訳がない。 地上から伸びた光。 天空の惑星すらも揺らがし、地表はまるで怯えるように震えていた。 とても隕石によるものとは思えない。 見た者は誰もが思っただろう―――世界の終末が始まったのか、と。 シャマルは言った。 あの場で何があったのか、シャマルには分からない。 だが、あの場にいた『何者』かがあの現象を発生させたのだろう、と。 それは守護騎士達や管理局の魔導師ではない。 どれほどの魔力を有そうと、どれほどの能力を有した魔導師であろうと、あれほどの破壊現象を引き起こす事はできない。 それこそ管理局の大型戦艦クラスが有する最大火力に匹敵するほどの事象だ。 個人がどうこう出来るスケールの話ではない。 ならば、誰があの現象を発生させたのか。 シャマルは続けて言った。 おそらくは、ナイブズか―――ヴァッシュ・ザ・スタンピード。 ナイブズが有する力『エンジェルアーム』。 前触れもなく、収束砲撃魔法並みの威力を発動させることのできる『力』。 ナイブズはかつて語った。 自身のものをも凌駕する『エンジェルアーム』を、ヴァッシュは有していると。 その『力』の発動した結果が、先の現象だったのではないかと、シャマルは予想していた。 確かに言われてみればそう考えるのが妥当だ。 そして実際に見てしまえばナイブズの言葉が決して嘘ではなかったと理解できる。 あの常識はずれのナイブズの力すらも超越した、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの『力』。 脅威という言葉すら生温い。 絶対的で、隔絶された『力』の差がそこには存在した。 「……くそぉ……」 希望など、もはやどこにも存在しなかった。 次元を統べる管理局と月をも穿つガンマン。 どう対抗すれば良いのか、その切っ掛けすら思い付くことができない。 家の周囲にはシャマルとザフィーラが強固な結界魔法をしいている。 探査魔法も行っているし、周囲の警戒も全力で行っている。 だが、それも無駄な抵抗でしかないと、心の何処かでは理解していた。 それでも、例え敗北が確約されているとしても、やらねばならないのだ。 はやてを、自分達を家族と呼んでくれた心優しき主を守る為に、引くことはできない。 ヴィータが決意に手中の鉄槌を強く握りしめたその時であった。 「ヴィータちゃん、大変!」 主の周辺を警護している筈の湖の騎士から通信があったのは。 その慌てた様子に、ついにその時が来たのかと身構えるヴィータであったが、話はどうも違った。 「はやてちゃんの容態が!」 管理局の襲撃ではない。 だが、それは決して良い情報ではなかった。 寸前までの諦念を忘れて、空へと飛びだすヴィータ。 一分と掛からず自宅へと到着したヴィータは、そこで見た。 苦悶の表情を浮かべて胸を抑えるはやて。 症状が進行している―――。 それは主に残された猶予が限られてきたという証だ。 「はやて!」 「はやてちゃん!」 主の元に駆け寄る守護騎士の面々。 同時に―――八神家を中心として、『それ』は発生した。 (結界魔法―――!) 違和感を真っ先に感じ取ったのは、湖の騎士。 流転する状況に己のデバイスを立ち上げようと魔力を集中させる。 ザフィーラも対応し戦闘態勢を取ろうとしていた。 残るヴィータは、倒れるはやてに意識をとられ反応が完全に遅れる。 しかし、守護騎士の反応の度合など、殆ど意味のないようなものだ。 最善の反応を見せたシャマルとザフィーラも、反応の遅れたヴィータも、誰もが平等に―――爆風にのまれた。 例えば、はやてが倒れるというアクシデントがなければ、話は違ったのかもしれない。 守護騎士達の警戒は万全であったし、不意打ちを食らうことなどは有り得なかっただろう。 ただ、主の一大事に意識を取られた守護騎士たちに、それを防ぐ術はなかった。 「―――時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。警告なしの攻撃で悪いが、この場は制圧させてもらった」 立つ者のいないそこで、管理局の尖兵が勝ち鬨をあげた。 加速する歯車は、遂に事態を最終の時へと到達させる。 始まるのは悲劇か、喜劇か。 人外の種の掌で踊る者達。 全ては終わりへと収束していく―――、 前へ 目次へ 次へ
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小型モンスター ギアノス、ブルファンゴ等の攻略情報 中型モンスター ドスギアノス、ドスファンゴ等の攻略情報 大型モンスター ティガレックス、ナルガクルガ等の攻略情報
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モンスター 小型バルバール バルバール(籠持ち) グラナーダ カフラバーウ 中型猫犬メラースアウロス ティラール アグノス 首伸び二足マムマ ベゲモート アルマドゥラ 背面ガエルヨンガンドゥーツ クァンドゥーツ 大型プロトポロス ガンペロ エダークス 小型モンスター モンスター名称 弱点 状態異常攻撃 備考 バルバール 物理・火 なし 盗み バルバール(籠担ぎ) 物理 なし グラナーダ 物理・氷 なし 飛行・自爆 カフラバーウ 氷 感電 中型モンスター モンスター名称 弱点 状態異常攻撃 備考 メラースアウロス 火 異 犬 ティラール 弱 異 豹 アグノス 弱 異 ゴースト マムマ 火 睡眠 鳥 ベゲモート 氷 燃焼 カバ アルマドゥラ 雷 氷結 メカ ヨンガンドゥーツ 物理 感電 盗み 青ガエル 自爆 クァンドゥーツ 物理 感電 盗み 赤ガエル 自爆 大型モンスター モンスター名称 弱点 状態異常攻撃 備考 プロトポロス 雷 異 備 ガンベロ 火 異 備 エダークス 雷 異 備 名 弱 異 備 名 弱 異 備 名 弱 異 備 名 弱 異 備 アカンティラド 風 燃焼・氷結・感電 音波攻撃
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ロリコンとは何か? 辞書的な意味ではロリコンとは、幼女や少女に対して抱く男性の性的嗜好、もしくはそういった性癖を持つ人物の事を意味する。 おそらくこの少女の求める答えはこういった明確な意味の回答なのだろうが、果たしてこの事を告げるのはなんとも憚られた。 というより………、 (なぜそのような事を聞いてくる? 一体何があったんだ?) 思考の海にいくら沈もうと答えは出ないし、もちろん状況を打破する事もできない。 窓の外に見える夕日は、そんな彼の姿を嘲笑うかのように悠々と沈んでいった。 リリカルなのはARC THE LAD 『第二話:ミッドチルダの車窓から(前編)』 「なかなか見つからねぇな………」 情報端末を操作しながらエルクはつぶやいた。 場所は自分のアパートの一室。 窓からは朝日が差し込み手元には自分で淹れたコーヒー。 一見清々しい朝の風景のようだが、当の本人は大分疲れた様子である。 普段は勢いよく立ち上がっている髪も、心なしか幾分萎びている様であった。 その原因は昨日受けた依頼にあった。 今エルクは二つの依頼を受けている。 その内の一つであるお届け物、その届け先のティアナ・ランスターの情報を得ようとしているのだがなかなかうまくいかない。 「もっと詳しく言ってくれよな………」 生憎会話する時間が少なすぎて分かるのは唯一名前のみ。 一応依頼者であるティーダと呼ばれていた男から、取り上げたまま持ち帰ってしまったデバイスが有るには有るが、知性型ではなかったため専門の機材がないと情報を得られない。 そのため悪いと思ったが依頼品の手帳の内容を見て、おそらくティーダと兄妹の関係にあるであろうと判断し今検索しているのだが、普段使い慣れていないエルクには大変な重労働であった。 というのも、複数の次元世界の情報の集積地であるミッドチルダの電子の海は途方もなく広大であり、まるで砂漠に落ちた針を探すような徒労感ばかり募ってゆくからだ。 こういった類のものは専門の情報屋に頼るのが一番であるが、荒事専門であったエルクにそんな知り合いは殆どいない。 (シュウならこういうのに詳しいんだが、今はもう一つ依頼があるからなぁ………) どうしたものかと悩ませていると、不意に部屋のドアの開く音がした。 「あの………、おはようございます」 「キュクルー」 現れたのはエルクの受けているそのもう一つの依頼の依頼主である桃色の髪の少女と銀の幼竜。 依頼内容は彼女達の保護である。 「ああ、おはよう。えっと………キャロだったっけ? 起きてすぐに悪いんだが詳しい話を聞かせてくれないか?」 昨夜空港で軽く話を聞いた際にエルクが知った事は、彼女達の名前と管理局に無理やり連れ去られたという事。 この時点で先程の黒服達の話を思い出したエルクは、彼女の依頼を受けてとりあえず自宅に保護したわけだが、事の詳細を聞く前に気が抜けたのか彼女らは寝入ってしまったのだった。 「詳しい話ですか? 何を言えばいいんでしょう?」 「どうしてさらわれたのか、その経緯を教えてくれないか?」 「経緯、ですか………」 エルクの言葉を受けると、少し顔を俯かせながらキャロはポツリポツリと言葉を紡いでいった。 まるで思考を過去へと遡らせるように、世界が変わった、そのときの事を。 ◆ 第6管理世界、その一地域であるアルザス、ここでは古くから竜が神として祭られてきた地だ。 その信仰の恩恵なのか力があるから信仰していたのかは定かではないが、この地では竜を呼び出し使役する「竜使役」という力を持つ者が少なからず存在している。 少数民族「ル・ルシエ」、その中に生まれたキャロもまた、特殊な力が使えるという事を除いては他と全く変わらない普通の子供であった。 ただし、その力は自身が持て余すほどに強大で、あまりにも暴力的であった。 他とは一線を画す力を周囲の人間は、黒き竜の力、災いを呼ぶ力として恐れ拒絶した。 伝統や慣習に縛られ、柔軟な発想のできない彼らには、キャロを受け入れるだけの心のゆとりなど存在しなかったのである。 しかし、唯一祖父だけは神に近い巫女たる力だと庇ってくれていた。 そのおかげもありキャロは祖父ヨーゼフの庇護の下、他者の思惑に触れることなく健やかに育っていった。 だが永遠のものなどなく、祖父により守られてきた平穏はやがて、ある日突然終わりを告げる。 その日はいつに無い快晴であり、吹き付ける涼やかな風に、キャロは今日もきっといつもと同じ穏やかな一日が過ごせると思っていた。 肩には自分で孵した竜フリードリヒを乗せ、祖父の洗濯の手伝いをしていた時、不意に空が陰ってきた。 不思議に思い見上げた空、そこには天を覆うようにして浮かぶ鋭利な形状をした巨大な無機物。 キャロは今までこのような存在を見たことは無かったが、何か良くないものが来たような気がしてならなかった。 「キャロ、中に入ろう、何か嫌な予感がする」 祖父もキャロと同じ気持ちだったのだろうか、キャロに呼びかけると隠れるように家の中へと入っていった。 そして、それからしばらくしてのことである。 「お邪魔するよ」 声のした方を向くと、そこに居たのは入り口に立つ長老と、見慣れぬ幾人かの黒服の男達。 「長老、いったいどうしたのじゃ?」 「………この娘です」 祖父の問い掛けには答えず、長老は黒服達をキャロの方へと促した。 男達は無言で家に入ってくるとキャロの周りに機材を並べ始める。 「なんじゃ、お前達は、何を………?」 詰め寄ろうとする祖父を長老は手で制した。 「二人だ。この数が何を意味するか分かるか?」 「何の話を?」 「ヨーゼフよ、彼ら異郷の者達は竜使役の力を求めている。もう二人連れて行かれた、これ以上長老として我が民の犠牲は出せん」 「長老、まさか………」 「一番力の強いキャロを差し出せば、もう我らに構うことも無いだろう」 「まさかそんな理由でキャロを売ったのか? あれだけ虐げておきながら犠牲になれと!?」 瞬く間に次々と積み上げられていく機材に、やがてキャロの姿が見えないほどになった。 「おおー! こ、これはすごい。ここを見てください。この少女の能力は未開発ながら、こんなに高い数値を示しています。全く素晴らしい………、使えますよこいつは」 「待て、この子に何をするつもりだ!?」 「じじい、邪魔するな!」 祖父は長老の制止を振り切り歩み寄るが、それは黒服に突き飛ばされ叶わなかった。 「おじいちゃん!」 キャロは悲痛な声を上げ近寄ろうとするも、黒服に抑えられて動けない。 黒服の一人は祖父に近寄ると、上から見下すように冷酷に告げた。 「何をするかだと? ふん、貴様には分らないだろうが言ってやろう。こいつは管理局の兵士として新しき人類となるのだ。このガキも恒久の平和の礎となれば本望だろうよ」 「おじいちゃん! おじいちゃん!」 「グルルルル!」 キャロはなおも祖父に駆け寄ろうとし、そんな彼女の不安な心を反映してかフリードは黒服の一人に飛び掛る。 しかし………、 「勝手に動くな」 黒服がつぶやくと同時、突然現れた光の輪のようなものに共に拘束されると、一切の身動きが取れなくなった。 そしてそのまま追い立てられるように、キャロ達は家の外に連れ出される。 非難の声を上げようとした時、キャロはふと横に居並ぶ人達に気付きそちらを見た、見てしまった。 道の脇に佇みじっとこちらを見てる大人たち、彼らのキャロを見る目は連れ去られる事に対する同情でも哀れみでもなく、――安堵である。 やっと余所者が消えてくれる、そんな様子で皆止めようともせず、連れ去られようとするキャロをただ眺めていた。 まるで他人事、連れ去られようとするキャロには何の関心も払いはしない。 その光景を見たくなくてキャロは目を閉じた。 だが、代わりに耳に入ってくる大人たちの囁きは、自分の想像を確信させるものでしかない。 このときになってようやくキャロは自分が嫌われた存在であり、部族の一員として認められていなかったのだと判った。 そしてそのまま、深い悲しみの中で住み慣れた村から連れ出されたのだった。 ◆ 「そうやって連れ出された後、いろんな研究所に移されて何度も検査を受けました。そして昨日、また別の施設に移されるために次元を超える船に乗せられて、空港に着いたら急に建物が揺れて………」 「その隙に逃げ出して俺と出会ったってわけか」 「はい。………村の外で優しくされたの初めてだったから、すごくうれしかったです」 痛々しい表情のキャロを見て、エルクは何とかしてやりたいと思う。 「じいさんの所へ帰りたいか?」 だが、その言葉にキャロはさらに表情を曇らせてしまった。 「………いえ。おじいちゃんに迷惑を掛けてしまいそうですから………」 「そうか………」 強大な力を持つというだけでキャロを忌避していた村である、その排斥は当然祖父にも向かっていただろう。 戻れば必ず迫害される、それ以前にそもそも村に再び受け入れるかも疑わしい。 それに逃げたとなれば、元の村に当然さらった連中の手は伸びる。 強引にさらうような奴等だ、庇えば何をしてもおかしくはない。 加えて、別世界の移動には必ず管理局の厳しい目が入るのが通例だ。 にもかかわらず奴等が検査を素通りしたという事は、管理局の名を騙る犯罪組織などではなく、管理局の裏の顔であると考えられる。 管理局に関する黒い噂は今まで幾つか聞いたことがあるが、所詮噂の粋を出ないものに過ぎないと思っていた。 しかしこうして本人から聞くと、それらの噂も事実ではないかと勘繰ってしまう。 表向きの正義と大義を盾にした、この非人道的な事がどれほど管理局の深くに組み込まれているかは判らない。 もちろん理念ある局員が殆どだとは思うが、やはり管理局との接触は出来る限り避けたい。 そのため管理局に頼み込むという、まっとうな方法では別次元には移動できなくなった。 となるとキャロを元の世界に帰す選択肢が選び難い今、これから彼女を安全に保護する方法はミッドチルダ内、それも管理局の影響の薄いところに行くしかないだろう。 だが、そういった場所は大抵治安が悪い廃棄都市か、そもそも住めないような極地である。 当然そんな所でキャロのような少女が暮らしていく事は極めて難しい。 「だったらキャロが安心して暮らすには、ギルドが幅を利かせている所に行くのがいいな」 「そんな所あるんですか?」 「ああ、俺の知り合いが居るインディゴスって所でな、少なくとも管理局にまた捕まる事はないと思うぜ」 エルクが知る限りで条件を満たす場所は、知人の住む町しかなかった。 そこも特別治安の良い所ではなかったが、ギルドが取り締まっている分いくらか安全である。 おまけに情報を得るのにも都合が良い、問題を一挙に解決できる方法だ。 「そんな所があるなら行ってみたいです」 「そうと決まればさっさと行こうぜ、早ければ早いほど追手は来難いだろうし」 そこで話を打ち切ると二人と一匹は支度を始める。 ただ目的地へと向かうだけ、簡単な旅となるはずだ。 ◆ 夜とは対照的に昼の大通りは活気に溢れている。 その通りの発端、行きかう人波の中心、それがレールウェイの駅である。 そこには凄まじい人だかりが出来ており、その中にはエルク達の姿もあった。 「凄い人数ですね。お祭りでもあるんですか?」 「休日ってのもあるが、昨日空港が焼けたせいだな」 エルクは切符を注文しつつキャロの質問に答える。 休日を利用して遊びに来ていた者は意外と多かったらしく、人の群れの中には旅行鞄を抱えた者が多数見られた。 「そういえばエルクさんの荷物はどこに行ったんですか? 色々用意してたみたいですけど」 エルクは服の上から暑苦しそうな外套を纏っているだけで、先刻まとめていた手荷物の類は見当たらなかった。 「服にいくつか収納スペースがあるんでそこに入れてるんだ」 動きやすいしな、と付け加えてエルクは改めて人波を見つめる。 異常な人数に、大変な時期に重なったものだと苦笑すると、キャロが迷わぬように注意しつつ駅へと進んでいった。 「………なんですか………コレ」 「キュゥ………」 エルク達が今居る駅のホーム、ソレは彼らの目の前に確固として鎮座していた。 大型輸送リニア『グラウノルン』。 古代の巨大列車と同じ名を冠すこのリニアは、その名に恥じぬ巨体に威厳を纏い、まるで見るもの全てを威圧しているようであった。 路線に対して不釣合いのサイズではあるが、そんな見た目の鈍重さとは裏腹に、最新の魔法技術とAI制御により、そこらのレールウェイ等より遥かに速い。 「こんな馬鹿でかいリニアは他に無いだろうから、驚くのもまあ無理ないな。とりあえず中に入っちまおうぜ」 おっかなびっくりなキャロの手を引きエルクは車内へと進む。 内部は当然のごとく広く、通路は二人並んでもまだ人とすれ違えるほどであり、両脇に並んだ個室と壁に施された質素な装飾は、照明と相成って柔らかで落ち着いた印象を受けた。 そんなホテルの様な車両の中ほど、そこにエルク達の座席があった。 部屋の前後には大きくゆったりとしたソファーが備え付けられており、中央に置かれたテーブルには鮮やかな装飾が成されている。 高級な席であることは一目で判るほどに明らかだった。 「あの………、エルクさん」 「なんだ? 腹でも減ったか?」 「いえ、そうじゃなくて………、まあ、確かにお腹は空きましたけど」 「じゃあなんか頼むか」 車内通信で食事の注文を始めてしまうエルクに対し、キャロは急いで訂正する。 「そうじゃなくて、こんな高そうな所でいいんですか?」 「ああ、その事か。今日は人が多かっただろ、そのせいでこういう席しか空いてなかったんだ。くつろげなかったらゴメンな」 「い、いえ! そんなことないですよ」 キャロが急いで否定するとほぼ同時、大きな音でベルが鳴り響く。 出発の合図だ。 ◆ 坦々と流れてゆく都市区画のビル群を横目に、エルクは先程運ばれてきた料理に手をつける。 だが正面に座るキャロは、何かを考え込む様にじっと皿を見つめていた。 横でフリードが物欲しそうにして肉料理を眺めているのだが、それも全く目に入っていないようである。 やがておずおずと顔を上げると、エルクの方を申し訳なさそうな顔で見上げた。 「どうして………ここまで良くしてくれるんですか? わたしは何のお返しも出来ないのに………」 「もしかして、さっきからずっと黙ってたのはその事を考えてたからか?」 エルクが手を止めてキャロの方を見ると、キャロはその通りだと言わんばかりにコクコクと頷いていた。 「んー、なんていうか俺も似たような境遇だったからかな」 「似たような境遇?」 「俺も六年前にシュウ―――これから行く所にいる人なんだが、そいつに拾われたんだ」 「エルクさんが………ですか」 「ああ。傷だらけで、昔の記憶全部無くしてて、シュウに出会ってなかったらのたれ死んでただろうな。だからもし自分と同じように行き場を失くした奴が居たら助けてやろうと思ってたんだ」 「そうですか………」 キャロは少し気兼ねしたようにしてエルクを見る。 「記憶無いんですか?」 「まあ、無くても生活に困らないからな。とりあえず冷めないうちに食事を終わらせようぜ!」 その場の気まずさを払拭すべく努めて明るく言うとエルクは食事を再開し、キャロもそれに習いようやく手をつける。 始終おとなしかったフリードはいつの間にか一皿勝手に平らげており、コロコロした玉のようになって満足そうに横になっていた。 しばらく黙々と食べ進め一段落したとき、思い出したかのようにキャロはエルクを見上げた。 「聞いてなかったんですけど、シュウさんって人もハンターなんですか?」 「ん? そうだぜ、俺にハンターの技術を教えてくれた人だ」 「ハンターってどういう仕事なんですか?」 「色々あるが俺がするのは大体荒事だな。指名手配犯の捕獲や依頼人の護衛、あとは最近急に増えてきた危険なモンスターの対処ってのもある」 エルクの答えにキャロは少し不思議そうな顔をする。 「モンスターって何ですか? 動物とは違うんですか?」 「モンスターってのは他時空からの外来生物、それも人間を襲う奴のことだ。魔法を使ってくる奴もいるから魔導師である俺達が処理するしかないんだ」 「処理って事は、やっぱり殺しちゃうんですか?」 少し悲しい顔をしてキャロが見つめる先には、幸せそうに寝転がるフリードの姿があった。 「………モンスターは次元移動なんて出来ないから、ミッドに居るのはペットや実験体として人間に連れてこられた奴らばかりさ。本来は被害者だが人間に危害を加える以上駆除するしかない」 すっかり暗くなった雰囲気にエルクは、話題を間違えたと今更ながらに思い顔をしかめた。 キャロは閉鎖された村に住んでいたというだけあり、何にでも関心を示し質問してくる。 話題に困らないのは良いが、どう答えてもキャロが喜んでいるようには思えなかった。 そもそもエルクはまだ一度もキャロが笑うのを見たことが無い。 感情の豊かなはずの年頃にもかかわらず、キャロの表情は老成しているかのように変化に乏しい。 ここまで感情を押し込めてしまうほどにキャロを傷つけてきた周囲への怒りで、エルクはなんとかしたいという思考は全て空回りしている様に感じるのだ。 楽しそうな話題を探してふと窓の外を見ると、車外の風景は画一的だった都市から無秩序に繁茂した緑の山々へと変わっていた。 「そうだ、ミッドの風景でも見てみないか? このリニアには確か展望台があったと思うし」 キャロがコクリと頷きフリードを抱きあげるのを見て、エルクも立ち上がり先導するように通路へと出た。 少しはこの雰囲気が払拭される事を望んで。 ◆ エルク達がしばらく歩いて行き着いた先、行き止まりとなる扉には貨物室と表示されていた。 「道を間違えたか?」 「反対側じゃないんですか?」 ろくに案内も見ず進んだせいである。 引き返そうと思ったとき、エルクは何か違和感の様なものを覚えた。 「妙だな」 「どうしたんですか?」 「防犯用レーザーセンサーが切られてる。これじゃ盗んでくれって言ってる様なもんだ」 いぶかしみ扉に軽く触れると僅かに開いた。 それと同時に何かを漁る音、くぐもったうめき声が漏れ聞こえてくる。 明らかに変だという思いから、エルクは隙間から内部を覗き込んだ。 荷物の積まれた棚の並んだ先、そこに数人の人影が見える。 中央には警備員と思われる数人が縛られて転がされており、その周りで四人ほどの男達が荷物を漁っていた。 (どう見ても強盗だよな………) ならば止めるべきとデバイスに手を伸ばしたが、急に強盗らしき男達の一人がこちらに向かって歩いてきたので、急いでキャロを連れて脇に隠れることにした。 入れ替わるようにのこのこと扉から出てきた男、エルクの中では既に強盗確定だが、その理由ぐらいは知っておくべきだと思う。 なぜなら、このリニアはかなり強力なセキュリティーを搭載している。 それを打ち破るにはそれなりの人員と機材が必要だった。 ただの物取りが狙うには割りに合わないのである。 エルクは極力気配と足音を消し、素早く滑るように男の面前へと飛び出す。 相手は驚いたような顔をしたが、もちろん声を出させるような隙など与えず、強烈なボディーブローを叩き込んだ。 抵抗するだけの気力を失った相手を暗がりに連れ込むと、後は極めて簡単である。 少しデバイスをちらつかせるだけで易々と口を割り、聞いてもいないのに全てを話す男。 そして………。 エルク達の今回の旅は簡単な物から一転して、厄介な事へと変わってしまった。 戻る 目次へ 次へ