約 2,840,878 件
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/448.html
「なーえぎ君、どこ行くんですか」 「わ、舞園さん?」 ボクが廊下を歩いていると、ふいに両肩に体重がかかる。 普段おとなしい彼女がこういうことをするのは、珍しいかもしれない。 「うん、図書室に行こうかなって」 「何か借りたい本でもあるんですか?」 「というよりも、霧切さんに」 舞園さんが、ボクの言葉に彼女のすっとした眉を寄せる。 「…私が言うのもなんですが、苗木君、霧切さんにいいように働かされてませんか? 苗木君は優しいから、断れないのかもしれませんけど」 顔が真面目だ。…いやいや、パシラれてはいない…つもりだけど。 霧切さんはどう思っているのだろうか。 「それは違うよ。霧切さんがたまに推理小説を薦めてくるから、一緒に読もうかなって」 「そうですか…。まあ、苗木君がそう言うなら。 じゃあ、いきましょうか」 「え…いくって、どこに?」 「もちろん、図書室です!」 当たり前のように言わないでほしい。 「いいじゃないですか。二人で探せばすぐ見つかるでしょうし、ギブアンドテイクですよ」 「それだと、ギブがないけど」 「…私は、こうしているだけで充分なんです。 さあ、いきましょう!」 すたすたと足早に歩いていってしまう舞園さん。 あわてて後を追いかける。…あれ?なぜ三階に行っちゃうんだ? 「図書室、二階なんだけど」 「…っ」 戻ってくる彼女の顔は、少し赤くなっていた。 そんな表情も、いつもとは違うかわいさがあって。 「にやにやしないでください。……すねますよ」 ちょっぴり怒ったようにいう舞園さん。 そんな彼女も見てみたいけど。ここはケーキをおごって、外出に付き合って、彼女の機嫌を直してもらおう。 アイドルだけど、どこにでもいる女の子と同じようなところがある、彼女の。 とびきりの笑顔を、見られるように。
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/332.html
食堂にやって来た苗木。 セレス「あら、苗木君……。いい所に来ましたわね……」 苗木「やあ、セレスさん。……って、それお酒!?」 すでに酔っているのかセレスの頬は紅く、呼吸も乱れている。 セレス「うふふ。その通り、赤ワインですわ」 苗木「まずいよ、一応未成年なんだし……」 セレス「そんな固い事を言わないで……。わたくし、とってもいい気持ちですのよ。 苗木君も一緒に飲んで下さい。……わたくしと気持ちよくなりましょう……」 苗木「か、顔が近いよ。セレスさん……」(ドキドキ) セレス「わたくしの酒が飲めねえってのか!? ああ!?」 苗木「!?」 目を潤ませ、苗木の胸にもたれかかるセレス。 セレス「お願いです……苗木君……。わたくし……本当は寂しくて、不安で……。 あなたが一緒ならば……安心出来ますの……」 苗木「セ、セレスさん……!」 セレス「苗木君……わたくし、あなたの事が……」 苗木「ボクの事が……?」 セレス「……す…………………………(すぅ)」 がっくりと首を折り、寝息を立て始めるセレス。 苗木「セ、セレスさん!? ……寝ちゃったみたいだ……」 この後、セレスは苗木に自室のベッドまで運ばれた。 翌朝の食堂。 セレス「苗木君、昨夜の事ですが……わたくし、あなたに何か言いましたか?」 苗木「い、いや、特に何も」(……記憶が無いんだ……) セレス「そうですか。それなら、いいのですけれど。……ああ、頭が痛い。 苗木君、お水を持ってきて下さい。早く」 苗木「うん、わかったよ」 セレス「……? 何故、コップが二つありますの?」 苗木「ボクも一緒に飲もうと思って。ダメかな?」 セレス「……いえ、そんな事は」 少し嬉しそうなセレス。
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/612.html
『実家帰省 ~前編~』 久しぶりにインターホンを押す 入学して以来ご無沙汰の自分の家 「はいはーい。どちらさま……って!兄貴お帰りー!」 「ただいまー。って帰ってきて早々頭を撫でくり回すのはやめろ!」 出てきた妹の手を払いのける こういう所はまるっきり変わってない妹に安堵する 「ところで兄貴、隣の美人さんは誰?」 妹の視線は僕の隣に立つ彼女に向いた 「美人って……私が?」 「そうだよ。霧切さんは綺麗だもの」 「絶望した!久しぶりに帰ってきた兄貴の惚けに絶望した!!」 何気に失礼だなこの妹は……兄を何だと思ってるんだ 彼女――霧切さんの手を取り僕は実家へと帰宅した ――――――――――― 冬休みも半ばを過ぎた頃 部屋の片付けも終えた僕は霧切さんと一緒に僕の家、ようは実家へと帰る事にした 学園長にも一応知らせて許可を貰った その時の霧切さんが学園長と赤の他人のように接するのを見てて少しだけ悲しかった 『霧切さん、まだ学園長のこと許せないの?』 『……』 僕は霧切さんと学園長――霧切さんのお父さんである霧切仁さんのことを聞いている 告白して付き合い始めた頃お互いの家族の話になった時に話してくれた 『……頭では分かってるの。何か理由があったと。でも納得はできないしどうしても……憎いのよ』 そう言ってから僕のほうを見る霧切さん 『それよりも本当に私も一緒でいいのかしら?』 『う、うん。この間のニュース見てたらしくて見舞いに来た時にその……近況洗い浚い吐かされちゃって』 『私達の関係も?』 『……うん。むしろ連れて来いって母さんに念を押された』 『……覚悟をしないといけないみたいね』 その言葉の意味 僕は彼女がそっと自分の手を握ったのを見て悟る きっとこの帰省は僕達にとって大きな転機になるのだろう そんな予感がした ――――――――――― リビングにてくつろいでいた父さんとテーブルを挟んで向かい合う形で僕が対面に座る 父さんの右隣に母さんが座り妹はちょうどその中間に座った そして僕の隣に霧切さんが座る いつもと同じポーカーフェイスに見えるがほんの僅かだけど目を落とした みんなに気づかれないようにそっと霧切さんの手を握る ほんの僅かに震えていた手に僕の手を重ねることで少しでも不安を消せるように 「話は聞いてるけどこうして会うのは初めてだね」 「誠ったらこんなに綺麗な彼女さんができたのに連絡一つよこさないんだから」 父さんと母さんの言葉がグサッと刺さる 確かに連絡してなかったのは悪いと思うけど…… 「はじめましておじ様、おば様。苗木君とお付き合いさせていただいてます霧切響子です」 「ほんとに兄貴と付き合ってるんだー。将来は私のお義姉ちゃんになるのかな?」 「ぶほっ!!」 霧切さんの自己紹介に妹がそんな事を言い出した あまりの不意打ちに飲んでいた紅茶が気管支にはいったのか僕はむせた チラッと霧切さんを見たら僅かに頬が赤くなっていた 「あらあら」 こっちを見ながらニヤニヤしてる母さん とりあえず妹よ、後で覚えてろよ そんな事を考えていると父さんから切り出してきた 「さて誠、病院では事故直後ということもあったから見なかったが……手はどうなんだ?」 空気が変わる 父さんの前で僕は手袋を外す 「……大丈夫、っていったら嘘になるけど感覚は残ってるよ」 「そうか……不自由はしてないんだな?」 「してないよ。クラスメートの皆も優しいし」 父さんと母さんに妹も僕を心配してくれてたのだろう それを聞いて安堵の表情を見せてくれた 「……ごめんなさい」 霧切さんの発した一言に家族全員が霧切さんを見る 一瞬ビクついた彼女の背を押すように僕は家族には見えないように背を撫でた 「本当は最初に話そうと思っていました。でもどうしても覚悟ができなくて……ですが苗木君のご家族にはやっぱり知っておいて貰いたいんです」 そう言って震える手で霧切さんは手袋を――外して見せた 「それは……」 「私はあの人、学園長によって入学させられるまで超高校級とまで呼ばれるある才能を生かしてある事をしていました」 霧切さんの才能は探偵 僕は彼女の助手として色々と手伝ってるし教わってもいる 「でも才能はあっても経験不足だったんです。ある時感情のまま行動して……捕まって当時一緒に行動していた仲間の居場所を知りたがった相手が……」 当時の霧切さんはまだ探偵としては一人で行動するには未熟だったと僕は聞いている 今僕が教わっていることも知らなかったらしい 「この手を……焼きました」 妹が息を呑んだのが分かる 確かに妹はこういう裏側を知らないだろうし普段なら漫画のような話だと言うだろうけど…… あの手を見てそんな事を言ったら妹だろうと僕がキレるだろう 「幸いにも仲間に私は助けられましたが……この火傷は傷痕として残りました」 まっすぐ霧切さんが父さんと母さんを見据える 「私は――探偵です。苗木君のような人と本来なら交際などしてはいけない裏方の人間です」 それでも、と言葉を紡ぐ 「私は苗木君と一緒にいたい。この傷を受け入れてくれた彼と一緒にいたいんです」 霧切さんが頭を下げる 「こんな傷物の私ですが……彼との交際を許していただけませんか」 「それは「それは違うな」」 僕が霧切さんのある言葉を否定しようと声をあげる前に父さんの声が響いた 「霧切さん、答える前にここだけは否定しておくよ。君は傷物なんかではない」 「おじ様……ですが私は」 「そう余り自分を卑下することはないさ。仮にそうだとしても誠が認めた相手だ。こちらからよろしくお願いしたいくらいだ」 すると父さんと母さんが僕達の手を取り重ね合わせた 「この傷で苦労することもあるだろう」 「でもあなた達なら大丈夫。二人で乗り越えていけるわ」 父さんと母さんの言葉 霧切さんが望んでいた何よりの言葉 「ありが、とう、ございますっ」 嗚咽交じりで涙を流し答えた霧切さん よかったね霧切さん そんな想いをこめて彼女の涙をそっと拭い続けた ~中編へ続く~
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/524.html
「貴方の長所が嫌い」 …霧切さんの考えていることは、時々わからない。 「……貴方の長所が、嫌い」 「ああ、いや、言いなおさなくても…別によく聞こえなかったワケじゃないんだけど」 「そう。ならいいわ」 言いながら、彼女はそっぽを向いた。 自分が言いたいことを言えたので、もう満足したらしい。 僕が買ってきたポッキーを口に咥え、僕が見ていたテレビのチャンネルを勝手に変える。 ポスポスと軽快な音を響かせてポッキーを食み、僕のお気に入りのクッションを抱き枕代わりに、僕のベッドの上でくつろいでいる。 この部屋は僕の部屋。…そのはずだ。 「あの…僕は全然よろしくないんだけど」 「でしょうね」 会話終了、約三秒。なんなら、僕の台詞に被せる勢いだった。 こういうワケの分からない挙動不審が続く時は、決まって、 「何、また機嫌悪いの?」 「……」 返事をしないでクッションに顔を埋める彼女の手からリモコンを奪い取り、その隣、ベッドの上に腰掛ける。 不満そうに此方を見るけれど、逃げたり、僕を押しのけたりはしない。 「……『親しき仲にも礼儀過剰投与』も、貴方の長所だったと思ったんだけど」 「僕の長所、嫌いなんでしょ。それに霧切さん相手に遠慮してたら、それこそキリがないじゃない」 「…上手い事言うわね」 「やめて。違うから。おやじギャグじゃないから」 こうやって話題を変えようとするのも、彼女のクセだ。 自分が機嫌が悪いのを自覚していて、けれどそれを口には出せないから、僕に当たる。 初めのうちは、それこそ僕は原因がわからずオドオドと戸惑うだけだった。 けれど僕も次第には慣れ、彼女にその原因を直接訪ねるくらいには無遠慮に成長した。 それでも時々、こうして彼女ははぐらかそうとする。 「出会った頃の初々しくて奥手で可愛かった苗木君は、もういなくなってしまったのね。悲しいわ」 「そう? じゃあ、今からもっと他人行儀に接しようか。話す時は全部敬語で、すれ違っても目も合わせないくらい」 「……ホント、意地悪になったわね。誰の影響かしら?」 「自分の胸に手を当てて聞いてみれば?」 「セクハラ」 「理不尽」 うん、まあ、霧切さんと長い間を共にしたお陰で、メンタルもフィジカルもイヤというほど鍛えられてしまった。 少なくとも、こうして彼女と言葉を応酬させるくらいには。 「で、本題に戻すけど」 「…そういう話術の強引さも、見違えるほど成長したわね。貴方、そろそろウチの正式な助手にならない?」 「今の雑用働きと、何か違うの、それ」 「給料が出るわ」 「大きな違いだね」 今はお互い、大学生だ。 希望ヶ峰学園からほぼエスカレータで進学できる、自由度の高い私立の大学。 彼女は法学、僕は心理学を、それぞれ学んでいる。 どちらも文系、必然と二人で過ごせる時間は多かった。 まあ、つまり何が言いたいかというと、今は彼女とそういう関係にあるということだ。 なので、こういう埒が明かない状況では、ちょっとした裏技なんかも使えたりする。 「……ちょっと、」 彼女の言葉よりも速く、僕は両の手首を掴んで、そのまま背のベッドに押し倒す。 彼女らしくない、短い悲鳴のような喘ぎ声を上げて、霧切さんは上目遣いで僕を見た。 別に今回が初めての手段じゃないんだけど、 「…嫌だった?」 「…ビックリするのよ、いつも。兎に噛みつかれたような感じ」 「霧切さんは、変わらないよね、ずっと」 腰の上に跨る。 護身術は、彼女直伝だ。 このマウントポジションでは、組み敷かれた彼女の方から抵抗もしくは脱出を試みることは難しい。 逃がさない、という意思表示だ。 霧切さんは不満げに僕を見上げるけれど、やっぱり抵抗はしない。 「そうやって、何でも自分で独り、秘密や不満を抱え込もうとする悪い癖とか」 耳元に、唇を落とす。 霧切さんの細い肩が強張った気がした。 「やめ、なさい、苗っ…」 「僕の長所って何? 嫌いってどういうこと?」 耳孔に息を吹きかけながら尋ねると、息が荒くして真っ赤になる。 そういう関係なので、彼女の弱点は知り尽くしている。 「そうやって霧切さんが、何でも自分勝手に解決しちゃうウチは…助手をやろうとは思えないかなぁ」 「だ、っ……離し、なさい…!」 「…舐めてあげようか。いっつも、そうしたら素直になってくれるもんね」 「こ、の、」 声に怒気が混じった。 まずったか、と、思わず体を起こす。それがいけなかった。 ぐん、と、ベッドが深く沈みこんで、その反動で少しだけ二人の体が浮き上がる。 ふ、と目の前に影が差して、銀色が広がる。 次の瞬間、僕は鼻頭に鈍い痛みを感じて、ベッドから転げ落ちていた。 手加減なしのヘッドバッドだった。 「…忘れているのなら教えてあげるわ。貴方にその護身術を教えたのは、私よ」 「おぐ、ふ…」 「特に寝技系で易々とイニシアチブを取れるだなんて、思わないことね」 ドヤ顔で乱れた服を正す霧切さん。まだ耳が真っ赤だ。 「だって…霧切さん、こうやって力尽くでもしないと、教えてくれないじゃないか…」 「…教えるまで、何度も貴方に襲われる、ということかしら。ゾッとしないわ」 貴方のそういう変なベクトルに曲がっちゃう素直さも、一つの長所ね。 そう皮肉っぽく独りごちて、膝を抱える。 「……自分がひねくれている、という自覚はあるのよ」 やや空白の時間を置いて、切り出す。 彼女が自分から話す素振りを見せたので、僕も茶化すのを止めて、また隣に腰掛けた。 「長所が嫌いだなんて、自分勝手な言葉を貴方に押し付けて…貴方に対して抱く不満も、八つ当たりも、全部的外れだって分かってる」 「前置きはいいよ。今更言葉を着飾る仲じゃないでしょ」 「…ホント、言うようになったわね」 眉尻を下げ、困ったように微笑む。 女性らしいたおやかさを宿した、彼女が気を許した相手にしか見せない笑顔だ。 「じゃあ、言うけど。約束して欲しいことがあるの」 「何?」 「……怒らないで欲しい」 「僕が霧切さんに怒ったこと、あったっけ」 「…ないわね」 「でしょ」 怒るのは、いつも霧切さんの方だ。 それで僕が謝って、喧嘩が終わる。二人だけの方程式だね、と言うと、気障ったらしいと鼻で笑われた。 「ああ、ごめんなさい…言い方が悪かったというか、ニュアンスが伝わらなかったわ」 「つまり、どういうこと?」 「今から私が話出す一切の事…許してほしいとは、言わないから、」 縋る様な目つきで、けれども僕の方を見ない。 酷く不安がっているときの目だ。 そっと肩を抱く。 付き合いに慣れてしまえば、彼女は口ではなく表情や仕草で雄弁に語ってくれる。 嫌わないでね。 腕の中で、胸板に押し付けるように、そう呟いた。 「……誰にでも、まっすぐ、優しいところ」 「へ?」 「貴方の長所よ」 私の嫌いな、ね。 ぼす、と、今度は独りでに、霧切さんはベッドに背を預けた。 「高校時代は、それで随分と振りまわされたわ」 「……振り回されてたの、僕の方だと思うんだけど。ミステリ愛好会の時とか」 「というか、今も貴方には振り回されているわね」 「聞いてないし」 ホント、自由人。 「……貴方のケータイ、勝手に見たわ」 「…?」 「……本当に怒らないの?」 「見られて困るようなもの、入れてないし」 入ってないし、とは言えない。 彼女に見られて困るものは、部屋の隅々に隠されている。 「…そう、よね。貴方は故意にやってるんじゃ…ううん、そんなの問題じゃないわね。問題は、私が苗木君の秘密を勝手に…」 「ちょ、霧切さん。仕事中じゃないんだから、自分の思弁に熱中しないで」 「…ああ、そうね、ゴメンなさい」 少しだけ恥ずかしそうに、髪を弄る。 少なくとも高校の頃には決して見られなかった仕草。 間違いなく、彼女は変わった。 何が彼女を変えたんだろう。時間か、それとも環境か。 僕かもしれない、というのは、自惚れ過ぎだろうか。 「…随分、女性と連絡を取っているのね」 「ああ…うちの学部、女子多いから」 「メールも、頻繁にしているようじゃない」 「なんか、色々相談されちゃって」 「それで、何? 『○○さんは美人だから、もっと自分に自信を持って!』とか、貴方はそういう言葉を…しょっちゅう、女の子にアドバイスしているワケ?」 声を震えさせないように努めているのが分かった。 それでも、言葉尻に棘がある。 「まあ、女の子に限らず…ホント、色々相談されちゃってさ」 「…そういうところ、変わらないわ。本当に」 交流が広いところだろうか、と首を傾げると、彼女はその当て推量を見透かしたのか、大仰に溜息を吐いた。 「…そうよね。貴方にとっては、きっと当たり前なことなのよ」 「霧切さん、それ。止めてって言ったでしょ。自分一人で納得するのも、悪い癖」 語気を強くすると、彼女が僕を睨み返す。 けれど、その視線もすぐに外れて、また溜息を吐いた。 なんだろう。 もやもやする。 言外に嫌いだと言われてしまったような。 いや、違う。 実際に、嫌だ、と言われたんだ。 そういう僕の特徴、彼女は長所と呼んだけれど、それが彼女を傷つけてしまっている。 「何がどうして気に入らないのか…ちゃんと教えてよ、霧切さん。教えてくれたら、治すから――」 「貴方ならそう言うと思ったから、教えられないのよ」 やや捨て鉢に、霧切さんが返した。 どこか苛立っているようで、台詞も早口になっていく。 ベッドに転がったまま手足を動かす姿は、駄々をこねる子どものようにさえ見えてしまう。 「言ったでしょう…私が嫌いな貴方の長所は、誰にでも、まっすぐ、優しいところだって」 「だから、僕がそれを止めれば、」 「…止められたら困るのよ。だって――そんな苗木君に、私は惚れてしまったんだから」 「……、…はい?」 急に惚気出す霧切さん。 ベッドの上に寝転がりながら、言い訳する子どものように頬を膨らませている。 その頬は、先程僕が押し倒した時よりも、数段赤くなっていた。 そして、突然の愛の告白を受けて混乱する僕の頭。 え、何この展開。 予想外DEATH。 「だから…理想主義で、幼稚で、単純で、ちょっと鈍くて…でも、そんな貴方に私は惚れたのよ」 繰り返す。 臆面もなくそう言う言葉を使ってくる彼女が新鮮で、なんだかこそばゆい。 耳が熱い。頬もだ。 自分が面喰って、いや、恥ずかしがっているのが分かる。 「『誰にでも優しい』苗木君が好きになったのに、『誰にでも優しい』貴方が嫌いだなんて…自分でもワケが分からない」 「……」 「いえ、違うわね…。『私にまで優しい』苗木君を好きになったから、『私以外にも優しい』貴方が嫌なだけなんだわ、きっと」 自分が嫌になる。 好きな人と両思いで結ばれるなんて、身に過ぎた幸せだと思っていたのに。 欲深い心は、それ以上を望んだ。 独占欲。 束縛欲。 苗木君を独り占めしてしまいたい。 苗木君に私だけ見ていて欲しい。 そんな、子どものような願望を抱いて、それが思い通りにならなければ不機嫌になって。 挙句、こうしてその憤懣を貴方にぶつけて、困惑させて。 彼女の懺悔のような独白は、続く。 基本的に、こういう時の彼女には、終わるまで、僕は口を出さないようにしている。 それは、彼女が日頃抱えてしまっているストレス。 ただでさえ我慢強い人だから、その量は尋常じゃない。 全部吐き出してほしかった。 その原因が僕にあるというのなら、尚更だ。 「私はね、苗木君……きっと、……酷い女だわ。貴方じゃなくても、よかったのよ」 「殺伐とした世界で生きて来て、優しい言葉や感情を向けられることに慣れていなかったから…」 「だから…貴方のような言葉を掛けてくれる人なら、優しくしてくれる男の人なら…きっと誰でもよかった」 「ただ自分の好みに動いてくれる人形を探していただけなのよ…そんなの、恋愛じゃないわ」 泣いている。 震える声で、それがわかった。 「私は、本当は、貴方を好きじゃないのかもしれない…」 あえて、彼女の顔を振り返らないようにする。 「たまたま最初に優しくしてくれた貴方を好きになって…そのくせ貴方には、理不尽な理想を求めて…」 「霧切さん、」 「醜い女でしょう、私は…。軽蔑した、でしょ…?」 「霧切さん、僕の長所はね」 背中にいる彼女の言葉を遮る。 フラストレーションは、もう吐き出し尽くしたはずだ。 ここからは、彼女は自虐に走る。 自分の悪いところばかり見つけ出して、自分をどんどん追い詰める。 悪い癖だ。偽悪、とまではいかないけれど。 まだ彼女が独りきりだった頃は、きっとそうやって、どんどん自分を追い詰めて、自分の殻に閉じこもった。 そうして他人とも距離を取ってしまったんだろう。 今は違う。 僕が側にいる。 恋人なんだから、支えてあげなきゃ。 「僕の長所はね、人より少しだけ前向きってだけだよ。それ以外は、長所でも何でもない」 「……」 「八方美人なのは、昔からのクセなんだ。よく言われるよ、『お前は誰の味方なんだ』って」 ぐ、と、後ろに引き寄せられる。 彼女が僕の背中に抱きついていた。縋るように。 「だから、気にしないで。霧切さんが嫌なら、今後はそんなことにならないように気をつけるよ」 「止めて…違う、っ……そんな、こと、したら…苗木君が、苗木君じゃなくなってしまうわ…誰にでも、やさ、…し、……」 最後の方は言葉になっていなかった。ただ、嗚咽にかき消された。 誰にだって、あると思う。 自分の嫌いなところ。 僕だって、この八方美人のクセが大嫌いだ。 こうやって、大切な人を困らせてしまうから。 引き寄せる霧切さんの手を外し、向かい合う。 腕を開くと、一瞬だけ逡巡して、彼女は縋りつくように胸に顔をうずめて来た。 誰か一人だけを選ぶことが出来ない。 それは、僕の弱さでもある。 例えば世界中のすべての人間と、彼女とを天秤に掛けるようなことがあったとして、彼女を選ぶことを即断することはできない。 きっとたくさん迷って、迷って、――どちらを選ぶだろうか、想像もつかない。 そういう意味では僕だって、本当の意味で彼女を愛しているという資格は無いのかもしれない。 僕にはそういう主人公的な決断力が、何かを捨てる判断力が、僕には足りない。 ただ捨てたものを引きずっていくことしかできない。 僕はそういう男だ。情けなくも。 霧切さんは真逆だ。 捨てる判断力を持ちながら、自分が捨ててしまったものに責任を感じて、独りで背負いこんでしまうような少女。 お互い、自分が相手を愛せるか、ということに自身は無いけれど、 案外二人で足して、ちょうどいいのかもしれない。 あんまり辛気臭いのも、趣味じゃない。 霧切さんにしたって、これほど、自分の弱みを見せるのは本当に稀だ。 それこそ一年に一度あるかないか。 いわば、レア切さんだ。 彼女曰く、信用できない相手には弱みを見せたくないし、弱みを見せるということは相手に甘えているということ…らしい。 つまり、今の彼女は僕に甘えている状態ということになる。 「ん、…なえ、ぎ、く…?」 それなら、存分に甘やかしてあげようと思うこれは、親心と呼んでいいのだろうか。 左腕で彼女の背を温めるようにして抱えながら、右手で優しく髪を梳く。 耳の裏側を擽るように撫でたり、頬に髪を絡めたり。 「ちょ、ちょっと…猫じゃないのよ、私は…」 なんて言いながらも、ごりごりと頭を胸板に押し付けてくる。 けっして僕を突き飛ばしたり、逃げようとしたりしない。 行動は言葉よりも雄弁とは、彼女のためにある言葉だ、きっと。 本当に嫌な時、彼女は冷たい目や暴力的な護身術で以て、僕を撃退する。 「ん、……くすぐったい」 「……僕のこと兎っていうけど、霧切さんは猫だよね」 「どういう意味よ、それ……」 耳の裏を何度も何度も撫でると、くぐもった声をあげた。 本当に猫だ。 普段はツンツンしている飼い猫が、今日だけ懐いてくれているような、そんな至福。 「そうやって、貴方が甘やかすから…いつまで経っても私は、むっ…!?」 答えを出せないのよ。 そう言いかけた唇に指を突っ込み、舌を指でつまむ。 「何度も言ってるでしょ、悪い癖だよ。言葉や論理に頼ろうとするのも」 「は、むっ…はな、ひて、…」 「『本当の好き』じゃなかったとして、それで愛し合っちゃいけない理由はないよね」 逃げない。 耳の裏を撫でても。 舌を摘まんでも。 ゆっくりと肩を押して、ベッドに寝転がせても、逃げない。 舌から指を話すと、絹のような一筋が、名残惜しそうに線を引く。 「……ビックリするのよ、だから…」 「兎に噛みつかれたような感じがして?」 「……」 「ねえ、耳、舐めていい?」 「……嫌だと言っても舐めるんでしょう」 「霧切さんが嫌な事はしないよ」 「……」 す、と、その顔が横を向いた。 薄い銀の幕、彼女の髪から透けて、耳が、僕の目のすぐ下にさらされる。 「…結構こういうシチュエーション、好きだったりするでしょ、霧切さん」 「セクハラ」 「理不尽。…ってこともないのかな。だって、今からホントに、」 「……嫌いじゃないわ、少なくとも」
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/826.html
それは放課後と言うには些か遅い時間のこと。 人の引けた学園からは明かりも声もほとんど消えて、自分自身の輪郭さえ曖昧で。 すっかり薄暗くなった教室の中で、聞こえるのは二人分の吐息の音だけ。 「ねえ、霧切さん…」 静寂に、新たな音が加わる。 その美しい声の持ち主である目前の少女は、果たして何を考えているのか。 「私…あなたのことが、」 自信があった筈の鋭い観察眼は、しかし彼女の笑顔の裏側を少しも教えてはくれなかった。 ◇ 「たまには、女二人でガールズトークに興じてみませんか?」 ほとんど自習の様な授業が終わった後、そのまま机で推理小説を読んでいたら、上から声が降ってきた。 にこにこと眩しい笑顔を放ちながら談話を誘ってきた美少女――名前は、舞園さやか。 級友の一人であり、この国では知らない者の方が少ないであろうトップアイドルでもある。 既に教室に残っていたのは私と彼女の二人だけで、特に断る理由もないのでそっけなく肯定の言葉を返した。 「…別に、構わないけど」 「本当ですか?良かった!」 普通の女子高生ならいざ知らず、過密なスケジュールの中で生活する彼女に、本来ならそんな時間は存在しない。 ――少なくとも、この間まではそうだった。 「もうじき窓も全部閉鎖しちゃいますもんね。黄昏の教室で二人っきりなんていう青春っぽいイベントは、ちゃっちゃと消化しておくべきです!」 「そういうのは異性とやったらどうかしら」 「霧切さんはそんじょそこらの男性よりよっぽどカッコいいから問題ないですよ?時々本気でときめいちゃいますし」 「……意外と呑気なのね」 何事もなかったかのような笑顔を浮かべる彼女は、女優の才能もあるのかもしれない。 ここ一年ほど学友として過ごしてきて、最近はそんな風に思う様になった。 「そりゃあ、本当はすっごく怖いし、不安だし、怯えてもいますよ。 こんなふざけた理由で夢を絶たれるなんて冗談じゃない、っていう怒りもあります。家族や仲間だって心配ですし」 「そうでしょうね。……あなたの荒れっぷり、凄かったもの」 「やだ、あんなアイドルとしてあるまじき姿は忘れちゃってくださいよ!恥ずかしいじゃないですか…」 人類史上最大最悪の事件――そんな仰々しい名前の付けられた出来事は、あらゆる日常を奪っていく。 希望の名を冠するこの学園もまた、例外ではない。 それでも、世界に僅かでも希望を残そうと、生き残った者達でここに閉じこもることを決めたのが、ほんの数日前の話。 実際に窓や扉を封鎖し、シェルターとして改装し始めるのが、ほんの数日後の話。 「でもほら、霧切さんみたいな頼りになる人が一緒なんだし、案外何とかなるんじゃないかなって思いまして」 「…だから、そういうのは異性を頼りなさいよ」 「響子お姉さま……」 「やめなさい」 性格も嗜好もまるで違うというのに、どういうわけか舞園さんは私に付き纏う。 嫌、という訳ではない。自分でも驚きだが、私は自身が籍を置く78期生というクラスに、思った以上に心を許しているらしい。 私の不愛想な態度も気にすることなく親しく接してくれる彼女は、友人だと言っていい人になっていた。 「それで。……本当の用事は、何?」 だからこそ、彼女が何か話したい用件があるからこうして誘ってきたのだろうと、推理もできる。 尤も、彼女の方も特に隠す気はなかったようだが。 「まあ、この際ですし、ちゃんと話をしておきたいなあと思ったので」 「…何の話かしら」 「あ、今の言い方。推理ドラマで追い詰められた犯人がとぼけたみたいな台詞ですよ!」 「ふざけてないで……」 「私と霧切さんと、苗木君の話です」 ――嗚呼。 やっぱり、ガールズトークなんて断ればよかった。 ◇ 「んもう、露骨に逃げようとしないでください!恋する純情乙女探偵が聞いて呆れますよ!」 「そんなむず痒くて痛々しい称号を名乗った覚えはないわ。名誉毀損罪で訴えるわよ」 別に逃げようとしたつもりはない。思わず扉に目がいっただけで。 「今日は逃がしませんからね!同じ人を好きになった者同士、熱く語りましょうよ!」 「同じ人?何のことかしら、私は好きな人なんて生まれてこの方一度も」 「今更とぼけるんですか?霧切さんが苗木君を好きなことなんて用務員のおじさんでも知ってますよ!」 茶番の様な会話だ、と思う。 先ほどから誤魔化そうとはしているが、舞園さんに知られていることはわかっている。 一年の学園生活を通して、私がいつの間にか想いを寄せる様になったあのお人好しの少年を、それよりずっと前から想っていた彼女だ。 私の想いに気付いたって不思議ではないのだろう。所謂女の勘とでもいうものだろうか。 「ね、霧切さん。この機会に苗木君について思う存分話しましょうよ。恋バナしましょう、女子高生らしく!」 「そんなの…話したところでどうなるのよ」 どうせ、どうにもならない。 苗木君と舞園さんは中学の頃から互いのことを気にしていたらしく、この学園に入ってからは瞬く間に仲良くなった。 彼女と一緒にいる時の彼は、いつだって笑顔で、嬉しそうで。 私の様に時々喧嘩をしたり、面倒事に巻き込んで迷惑をかけたりすることもない。 自分が入り込む余地が無いのはわかっているし、邪魔をするつもりもない。 勝負などとっくについている。だから、この件についてはあまり話したくないのに。 「むう、もっと興味持って相手してくださいよー。何なんですか、勝者の余裕ってやつですか!」 「……それは嫌味かしら?喧嘩を売っているつもり?」 小さく溜息が出てしまう。勝者が敗者に何を言うのか。 すると舞園さんはきょとんと目を瞠り、少しだけ考え込む様な仕種をした後、何やら納得したような顔で頷いた。 「なるほど、霧切さんは気付いてないんですね。そっち方面の観察力は大したことない、と。なるほどなー」 「…ちょっと、聞き捨てならないことを言ったわね。私が何に気付いていないというのよ」 褒められたことは多々あれど、探偵として培った観察力を『大したことない』と表現されたのは初めてだ。思わずムッとしてしまう。 しかし舞園さんは僅かに顔を歪めた私を全く気にした様子もなく、何が楽しいのかにやにやと笑って、 「あのですね、霧切さん。苗木君は霧切さんが好きなんですよ」 とんでもないことを言うのだった。 ◇ 「先に言っておきますけど、嘘や冗談や推測じゃないです。何せ本人に聞いたんで、確定事項ですから」 またお得意のエスパーかしら?残念だけど全く外れているわよ。それともからかいのつもり?質の悪い冗談は嫌いなの。 ――そう出かかった言葉を牽制するように、先手を取って言われてしまった。 まるで思考を読まれているようで、落ち着かない。自分は読む側の人間の筈なのに。 そんな小さな動揺を悟られないように、表情を動かさないまま、冷静に紡ぐ言葉を考える。 「その言葉が真実である根拠はないわ。信じるに値しないわね」 「そんな…霧切さんは私が嘘つきだって言うんですか?酷いです、友達を疑うなんて!」 「悪かったわね。探偵は疑う仕事なのよ」 大袈裟に(白々しく、とも言う)嘆く彼女に淡々と返す。これもまた、茶番だ。 苗木君が舞園さんに惹かれていることくらい、それこそ予備学科の人間でも知っていただろう。 「もう…そうやって嘘を疑ってばかりいると、いつか泉の精霊に鼻が伸ばされても誰も信じてくれなくて狼に食べられちゃうんですからね!」 「……色々混ざってるわね」 それにしても、彼女は結局何が言いたいのだろうか。 いつにも増して妙に馴れ馴れしかったり、苗木君が私を好きだと言ってみたり、目的がよくわからない。 単なるスキンシップと言えばそうかもしれないが、何となくはぐらかされている気がする。 大事な話があるのだろうと、思っていたのだけれど。 「私、苗木君が好きなんですよ」 考えていると、唐突に舞園さんが呟いた。 相変わらず、笑顔を崩さないまま。 「それなのにどうして、苗木君は霧切さんが好き――なんて、平然と言ってるんだと思います?」 どうせわからないでしょうけど、なんて挑戦的な言葉が顔に書いてある気がして、また少し眉を寄せてしまう。 まだその話をするのか。 どうしても何も、平気で当然だ。それ自体が嘘なのだから、 「それはですね、私には他にも好きな人がいるから、です」 「………は?」 だから、「嘘だからでしょう」と、言おうと思ったのに。 その言葉は遮られ、まるで予想していなかったことをあっさりと告げられた。 口が半開きになったまま、職業柄自然と身についたポーカーフェイスも忘れてぱちぱちと瞬きをする。 聞き間違いだろうか。今彼女は何と言った? 「苗木君と同じくらい……もしかしたらそれ以上に、好きな人がいるんです。 だから、苗木君に好きな人がいても、それほどショックじゃないんですよ」 笑顔のままで、何でもないことの様に彼女はしっかりと言い放った。一言ずつ、噛みしめるように。 「………」 反応を窺うように顔を覗き込んでくる彼女に、しかし唖然としたまま言葉が出てこない。 苗木君以外の異性に想いを寄せているなんて、考えたこともなかった。 とても一途だという印象があったのだが、違ったのだろうか。それとも、これもただの冗談なのか。 ……本当だとしたら、何故それを私に言うのだろうか。 「……それは、初耳ね。一体誰のことかしら」 感情を無表情で静かに覆い隠しながら、教室内に並べられた机を見回し、男子の名前を列挙してみるけれど、舞園さんは笑って首を横に振る。 それなら、前の学校の誰かかしら。それとも芸能界の人?近所に住んでる人?親戚? 私の推測を、彼女はやはり、否定する。 「もっと素敵な人ですよ。――そんじょそこらの男性よりかっこよくて、とても頼りになる人なんです」 「…………」 気のせいだろうか。ごく最近、似たようなことを言われた気がする。 「仕事熱心で真面目なところも好感が持てますし、いつも冷静で落ち着いてる大人っぽいところも憧れますね。 だけどちょっと天然だったり、頑固だったりするところもあって、放っておけなくて。 たまに笑った顔とか、怒って拗ねちゃった時の子どもっぽいところとか、なかなか人を頼れない不器用さとかが、すごく可愛くて」 「だから、苗木君が全く同じことを照れながら言ってた時、すごく妬いちゃいました。 そんなの、私だけが知ってればいいのに、って」 いつの間にか、黄金色だった夕日はほぼ沈んで、夜に近い時間が訪れていた。 暗くなった教室の中を、小さな靴音を響かせながら、彼女が近づいてくる。 「ねえ、霧切さん…」 先程までの楽しそうな様子とは打って変わって、真剣そうな瞳。 その目は真っ直ぐにこちらを見つめていて、金縛りにあった様に、視線が逸らせない。 それは、人を惹きつけるアイドルとしての能力だろうか。 なに、と小さく頼りない声が自分の口からぽとりと零れた。 「私…あなたのことが、好きです」 ◇ 何を馬鹿なことを、とか。 ふざけるのも大概にしなさい、とか。 言うべき言葉は、出てこない。思考能力の停止なんて、探偵としてあるまじきことなのに。 どれくらい茫然としていたのか。 くすくすと、近くで笑い声が聞こえる。 「苗木君も言ってましたけど、やっぱり無表情はやめた方がいいですよ? 笑った顔や怒った顔や慌てた顔の方が、すっごく可愛いですから」 「……、…」 ――ああ、ほら。やはり、からかっただけなのだ。 そんなことは当たり前なのに、そう思うと少しほっとして、無意識に握っていた手をゆっくりと解いた。 漸く、思考が正常に働くようになってくる。 「……あなたこそ、嘘ばかり吐くのはやめた方がいいわよ。趣味が悪いわ」 悪意は、ないのだろうけれど。 嘘を暴く仕事をしている身としては、印象が悪くなってしまうのだ。クラスメイト相手に、そんな感情は持ちたくなかった。 「やっぱり嘘だと思われちゃうんですね…一世一代の告白だったのに、がっかりです…」 「私を騙してからかいたいなら、もう少しマシな嘘を用意することね」 「苗木君の想いも私の告白も全部本当ですよ?証拠もないのに断定だなんて、それでも探偵ですか!」 「証拠がないのはそっちもでしょう?嘘つきアイドルには言われたくないわよ」 何故信じると思ったのだろうか。 何か大事な話があるのだろうと思って付き合った自分がバカだった。 結局、ただからかって遊びたかっただけなのだろう。……普段、苗木君をからかってばかりいるから、しっぺ返しを食らったような気分になる。 或いは単に、これからの生活への不安や恐怖を紛らわしたかったのかもしれないが。 「まあ、いいですよ。霧切さんが頑固なのはわかってますし、長期戦は覚悟の上ですから。 どうせしばらく…もしかしたら一生、一緒に生活するんですし。まだまだチャンスはありますよね! 楽しみだなぁ…憧れのアイドルに大好きな人を取られちゃったら、苗木君はどんな顔をするんでしょうか」 「……帰るわ。戸締り、よろしく」 もう十分付き合っただろうと判断し、意気込んでいる舞園さんに背を向けて扉に手をかける。 変に緊張して疲れたからだろうか、動悸がやや不規則になっている。今日はさっさと寝た方がいいだろう。 「霧切さん」 廊下に出て後ろ手に扉を閉めようとしていた時、教室の中に留まったままの彼女の声が聞こえて、ぴたりと手が止まった。 返事をしないまま、無言で言葉の続きを待つ。 「私、これでも根性ありますし、意外と欲張りなんで。 苗木君のこともまだまだ諦めてませんし、霧切さんのことも落としちゃいますからね。 二人とも、私の虜にしてみせますよ」 なんたって私、腐ってもアイドルですから。 力強く宣誓するように言い切った彼女の方を見ることなく、私はそのまま教室を後にしたのだった。 バカバカしいと思いながら。 まるで、逃げるように足早に。 ◇ 近くでドサドサと雪崩の音がした。 顔を上げると案の定、向かいの机に積み上げてあった書類が崩れて周辺を散らかしている。思わず、溜息。 自分の机にも降ってきたそれらを鬱陶しげに隅へと押しやり、ふと隣の机にいる苗木君の方を見る。 彼は散らばった書類ではなく、机の上に飾ってあるシンプルな写真立てをぼんやりと眺めていた。 それは、かつて共に青春時代を過ごした彼らとの思い出。 78期生全員が揃った集合写真。 あの学園から脱出する際に、持ち出したものだ。 「…あ痛っ」 「感傷に浸っている時間はないわよ。上への工作がまだ全然終わってないんだから」 ファイルで頭を軽く小突き、仕事に集中するよう促す。 『名前もない小さな事件』の後始末を休日返上で頑張る彼を手伝いに来たのに、当人がやる気なしでは困る。 「あはは、ごめん…なんか、日向クン達見てると、みんなのこと思い出しちゃってさ…」 「……」 そう言ってまたちらりと写真の方を見る。ほんの少し、寂しそうな顔。 みんな、と言いつつも。 彼がその写真を見る時は、いつだって彼女を最初に見ていることは知っていた。 絶対に助けると言いながら、結局最初に死なせてしまったあの少女を。 ――私もまた、同じ。 「死んじゃったみんなの分まで、頑張らないとね」 「……ええ」 あらゆるトラウマを刻み込んで逝ってしまった彼女は、良くも悪くも決して忘れられない人になってしまった。 記憶が戻ってからは、より一層。 「…見事ね。ちゃんと捕われてるわよ、私も、苗木君も」 「え?」 「腐っても…とは、よく言ったものね」 疑問符を浮かべる彼になんでもないと誤魔化して、亡き友を思いながら仕事に戻る。 微笑んだつもりが苦笑いになってしまったのは、あの日の会話を思い出したからだろうか。 写真の中の偶像が、得意そうに笑った気がした。
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/394.html
ゼロと原作のコラボSS ある日、松田に呼び出された葉隠 「松田っち、俺を呼び出して何のようだべ?」 「…お前の脳が徒氏相応でなく馬鹿すぎるのが気になってな… …すこし検索してみようと思う。」 「ななっ!?そうみせて洗脳するきだな!?」 「…どうしてそういう結論に行き着く。 まぁいい、少し貴様の脳の構造を調べさせてもらうぞ。」 言うや否や葉隠の頭に大量のコードが取り付けられる 「どれどれ…むっ?何だこれは!?勉強や運動など基本的雑学の知識を養分として その知識を消去する代わりにオカルト話やオーパーツなど下らん知識を詰め込む力が 極端に発達している!? これは…想像以上に面白いぞ!!」 数分後 「どうだったべか?」 「…いい研究データが取れた、また、暇なら寄ってくれ」 「だべ。今度、レムリア文明のことでも語り合いながらお茶でもするべ。」 そういって葉隠は去っていった その後、松田は葉隠の記憶消去による脳発達のメカニズムを研究するうちに 人の記憶を忘れさせる方法を思いつくのであった …そう、これがゼロの事件の幕開けになるとも知らずに…
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/411.html
霧切「今日は『いい夫婦の日』だそうよ、苗木君」 苗木「へえ、そうなんだ」 霧切「……」 苗木「あれ? 霧切さん?」 霧切「今日は『いい夫婦の日』だそうよ、苗木君」 苗木「それは今聞いたけど……」 霧切「……」 苗木「あの……」 霧切「……いい夫婦と言うのは、みなまで言わずとも意思の疎通を図れるものよ。 私達はまだまだのようね」 苗木「えっ!?」 霧切「? 何よ、その顔は」 苗木「それってつまり……その、僕と霧切さんがいずれ夫婦に……」 霧切「! ち、違うわ。そろそろ私が一から十まで説明しなくても分かるようになれと言ってるのよ」 苗木「そ、そっか」 霧切「ええ」 苗木「……」 霧切「……何?」 苗木「ぼ、僕は霧切さんといい夫婦になりたいかなって思うんだけど……」 霧切「!? ……苗木君のくせに生意気よ……」 苗木「駄目かな……?」 霧切「い、言わなくても分かるわよね」
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/588.html
「えー、霧切さんも来ないの?」 「あの人、去年も来なかったでしょ…や、別に強制とかじゃないけどさぁ」 「相っ変わらず、後輩のクセにノリ悪いな。仕事中も無愛想で、やたら睨んでくるし」 「超高校級って、皆そんな感じか? …ま、苗木とか朝日奈は別だけど」 仲間の悪口を言われても口答えをしなかったのは、別に冷静だったとか、そういうんじゃない。 出来なかっただけ。 ただ衝動的な憤激を、言葉や行動に移すほどの意気地が、僕に無かっただけだ。 ポニーテールが直毛になるほど怒り心頭な朝日奈さんを、なんとか視線で宥めて、僕は先輩たちに頭を下げる。 僕たちが未来機関に所属してから数年。 彼女も思ったことをそのまま口に出さずに留まれるくらいには、余裕のある大人に成長した。 「すみません、ちょっと…その、上手く誘えなくて」 「ああ、うん、いいよ。気にすんな」 課の先輩の中でも比較的温厚な人が、頭を下げる僕の肩を軽く叩く。 「苗木が誘って来ないってことは、誰が誘っても来ないんだろ」 「ったく、使えねえな…幹事役だろ、お前ら」 「人集めもまともにできないんじゃ、この仕事辛いよ?」 後ろからヤジを飛ばす他の先輩に愛想笑いを向けて、ちょうどそこで、空気が凍った。 気まずい間。 先輩たちの視線がみんな、僕の後ろの方へ。 僕は振り返らずとも分かる、この極寒のような雰囲気には慣れている。 「…霧切、ちゃん」 「…お早う、朝日奈さん。…お早うございます、先輩方」 果たしてどこから聞かれていたのか、それとも素知らぬ仏か。 こちらの気まずさなど知ったことかと言わんばかりに、いつもの調子で挨拶をする。 すっと後ろで束ねた髪に、折目整ったスーツ姿。キャリアウーマン、という言葉が相応しいだろう。 「……」 僕にだけ挨拶を交わさず、彼女はそのまま通り過ぎて、自分のデスクへと足を運ぶ。 通り過ぎる瞬間、まるで北風が通り過ぎたかのように、冷やりとする。 一瞥。 一瞬だけ視線を感じるけれど、僕がそれに応じる頃には、彼女はもう僕の方を見ていない。 先輩のうち一人が、勝ち誇るような憐れむような、何とも言えない笑みを僕に向ける。 それから席を立ち、霧切さんの背中を追って行く。 汚い言葉は使いたくないけれど、胸糞が悪い。 誰の、せいだと、 いや、違う。誰かのせいなんかじゃない。 あの人が苦手だからって、何でもかんでもの非や責任を、あの人に押し付けていいわけじゃない。 彼女が僕に怒っているのは、他の誰でもない僕のせいなのだから。 「ねえ、霧切ちゃん、」 「お早うございます」 何か言いたげな猫撫で声を、叩き伏せるようにして霧切さんが返した。 めげていないのか、それとも鈍いのか、男の先輩は構わず霧切さんの背に付き纏う。 霧切さんが嫌がっているのが分かる。 普段は丁寧で落ちついた諸々の所作が、ほんの少しだけ乱暴になるのだ。 彼女から先輩を遠ざけるなんて権利は、僕にはない。 ほんの先程だって、友人を庇うための言葉さえ、それを発する勇気さえ、持ち合わせていなかったんだ。 「何、苗木と喧嘩してんの?」 「……は?」 「いつもは苗木の方が、コバンザメみたいにくっついてくじゃん」 「…それが、先輩に何か関係があるのですか?」 愛想のない台詞はいつも通りだ。 それよりも、声音。 どんな時でも凛とした調子を崩さないはずの霧切さんが、苛立っている。 もともと自分の領域に踏み込まれることを、極端に嫌う人だ。秘密主義というやつだろうか。 僕も、嫌いだ。 僕が悪く言われていることは良い、慣れっこだし、何より正しい評価だ。 けど。 彼女の領域に土足で踏み込んでいくような、その先輩の言動が、嫌いだ。 それは、僕がけっして踏み込まないように保ってきた一線だ。 大切に育てている花壇を踏み荒らされるような、理不尽への苛立ち。 「ねえ、霧切ちゃんは忘年会来ないんだって?」 「…そんな気分になれなかったので」 「なんで? いいじゃん、座って酒飲んでるだけでいいんだぜ」 「……大勢で騒ぐのは苦手で」 「あ、そうなの? じゃ、二人っきりとかのが良いんだ? 意外と大胆だねぇ…」 先輩たちは、もちろん止めることなどしない。いつもの同僚の悪ふざけだ。 せいぜい、また始まったよ、と顔をしかめる程度。 この手の誘いに真っ先に爆発しそうな人物、すなわち朝日奈さんは、以外にも大人しく踏みとどまっていた。 その顔は、怒りよりも不安によって歪められている。 彼女がそんな顔をしているのは、とても、似合わない。良くも悪くも、太陽のような人だ。 笑うか、怒るか、どちらにせよ、元気でいて欲しい。 何がそんな顔をさせているのだろう、と思い至り、その不安げな瞳が僕を見ていることに気付く。 「いっつも苗木のお守ばっかで疲れるっしょ?」 「……」 「たまには霧切ちゃんのが甘えたいんじゃない?」 「……」 「どんだけ酔っても、俺が介抱してあげるけど? なんなら、ベッドの上まで―――」 限界、だった。 今、自分がどんな顔をしているのか分からない。 ただ、視界の端の朝日奈さんの顔が青ざめているのが見えた。 「なえ、」 彼女が呼ぶより早く、僕は足を踏み出していた。 朝日奈さんの言葉に反応して、他の先輩方も僕を見る。 二歩目、三歩目。早くなる足、大きくなる歩幅。 霧切さんのデスクと真逆、扉へと向けて、急ぐでもなく、けれども逃げるように。 彼女に背を向けて、僕は部屋を後にする。 もう、聞いていたくなかった。 言葉を聞くだけで、場面を想像してしまうのが嫌だった。 僕のお目付け役のような存在から解放されて、どこか楽になったような表情の霧切さん。 見たこともないような朗らかな笑みで、談笑とともに酒を飲み。 とろり、と眼が潤み、眠気を訴えるように表情が解け、ベッドに体を預ける、無防備なその姿を。 意識も疎らなうちに、薄皮を剥くようにして衣服を剥ぎ取られ、慣れない刺激に身を捩じらせ、あの凛と響く声で――― そういうことをする、と、あの先輩は言っていたのだ。 僕がそれを阻む権利なんて、どこにもない。 選ぶのは霧切さんの意思。 彼女はきっと、拒むだろう。 けれど、それは絶対じゃない。 そして、いつまでも拒むわけじゃない。 あの先輩を霧切さんが今は苦手としているだけで、きっと彼女が心を許せるような存在が現れた日には。 僕の「そんなことしないでほしい」なんて願望が、彼女を止める権利になるわけじゃない。 理性を、自分を制御するためにフル動員していた。 ので、自分が今どこを歩いているのかにも気付くことが出来なかった。 片腕が何かに引っかかり、ガクン、と体がつんのめる。 「苗木ってば!」 朝日奈さんの声。 やっぱり、元だけれどアスリートなだけある。 同じくらいの体格なのに、その腕を引かれるだけの力で立ち止まってしまった。 「…あ、…朝日奈さん」 「ずっと、呼んでたんだよ…聞こえてなかった?」 それでも息切れしているのは、本当にずっと僕を呼んでくれていたんだろう。 声も少しだけ掠れている。 引きとめたは良いけれど、何を言うために追ってきたのかは忘れてしまったらしい。 あの頃から変わらない、彼女らしい直情さに、思わず頬が緩んでしまう。 とりあえず侘びとして、近くにあった自販機から適当にスポーツ飲料を買って手渡した。 「その、…まずは、ゴメン」 ペットボトルの蓋を開けて、数口だけ飲んで、それから落ちつくまで待って。 深呼吸を挟んだら、もう落ちついていた。 その辺りのリラックス法や精神力も、やっぱりアスリートのうちに鍛えたものなのだろうか。 僕にも、それくらいの心の強さがあればいいのに。 「苗木が抑えてくれなかったら、私また、先輩たちに殴りかかってたかも…」 「そ、そんなことないよ。朝日奈さんは」 「いいよ、庇わなくて。…苗木、そういう面倒な役回り、全部自分でひっかぶってんじゃん」 「いや、ホントに、そんなことないってば」 「あるよ。だから最近疲れてて、ちょっとテンション低いじゃん。何度も溜息吐いてるのとか、全部知ってるんだから」 私のブレーキ役でしょ、先輩たちとみんなのクッション役でしょ、それに、と朝日奈さんは続ける。 そこから先を口籠ったので、彼女が誰のことを言おうとしているかは分かった。 「……私、許せない。…許せないよ」 「何を?」 「苗木だって、許せないでしょ?」 表情は暗く、声は重い。 昔の彼女なら怒りのままに、顔を赤くして怒鳴り散らしていることだろう。 やっぱり朝日奈さんは、大人になったと思う。 その、色んな意味で。 「霧切ちゃんを無理に口説こうとして、苗木まで引き合いに出して、本人の目の前で悪く言って…」 「……うん、僕は、…大丈夫だから」 「アンタが大丈夫でも!」 ぐわし、と、肩を力強く掴まれる。 「霧切ちゃんは、大丈夫じゃないの! 分かる!?」 「うわ、っと、朝日奈さ、危なっ…」 「霧切ちゃん、自分と比べて苗木のことを悪く言われるのが、一番嫌なんだよ! 釣り合ってないとか、お守役だとか!」 「…だって、」 「『私のせいで苗木君が貶められてる』って、それが一番傷ついてるんだよ!」 「だって、……事実、でしょ」 揺さぶるようにしていた朝日奈さんの腕が止まる。 声も、表情も。 初めての光景を目にする、子どものような表情に戻る。 「僕とずっとコンビみたいに扱われて、他でもない霧切さんが…一番迷惑してるはずだ」 「…本気で言ってんの、苗木?」 「僕だってそんな…霧切さんを縛る枷みたいには、なりたくないんだ。だから、」 だから、それに、だって。 言い訳を繋ぐための言葉は、驚くほどするすると口から零れる。 だから、彼女が誰に狙われようが、口説かれようが、僕が干渉しちゃいけないんだ。 守ってあげなきゃ、なんて自惚れはする余地もないし、第一彼女自身が守られるような弱い人じゃない。 「…一昨日、苗木が霧切ちゃんを、誘いに行ってからだよ。二人がおかしいの」 「……」 「何が、あったの?」 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 『なんだったら、ホラ、お代は僕が持つからーっ!!』 『…必死ね、貴方』 両手をかざして懇願する僕を、相変わらずの涼しい目で霧切さんは見据える。 『それより、ホラ…手が空いているなら、こっちの書類もお願い』 『……はい』 いっそ潔いくらいに流されて、やっぱり今回もか、と撃沈した僕は、逆らう気力もないので書類を受け取った。 特に誰に命令されたわけでもないけれど、書類の抜けや不備の整理を、彼女は自ら買って出ている。 彼女が推敲するお陰で、特に朝日奈さんや葉隠君が誤字脱字でどやされることは格段に減った。 それだけなら、喜ばしいことなんだけど。 『助かるわ、苗木君』 『あ、そう…あの、僕、明日朝早いから、もう帰って良い?』 『そこの書類が終わったら、コーヒーを淹れて来てもらえるかしら?』 『はい……』 こんな感じで、延々と有無を言わせず僕に手伝わせている僕としては、もう少し仕事に不熱心でもいいんじゃないかと。 というか、こうまで誘いを断り続けられると、なんか、もう、何のために僕は手伝っているのか。 もう少し手伝わせていることに負い目とか、ないんですか。 『ないわ』 『さいですか…』 一刀両断、切捨て御免、快刀苗木を断つ。 『逆に聞くけれど、じゃあ貴方は私を誘う口実だけのために、親切にも手伝ってくれているの?』 『いや、そうじゃないけどさ…』 『なら、いいでしょう』 書類の山に阻まれて、表情は見えないけれど。 なんとなく、霧切さんが満足げに笑っているのが分かった。 想像して、僕も思わず頬を緩めてしまう。 ここで憤慨したり不貞腐れるならともかく、笑ってしまうのだから、もう手伝う以外に他の道はない。 『何度も言っているでしょう。大勢で騒ぐ、なんていう柄じゃないの』 『いや、それは分かってるんだけど…』 『私がいると、空気も重くなるわ。気も遣わせてしまうし。お互い疲れるだけでしょう?』 『いてくれるだけで、いいんだけど…』 『……』 何故か、間になる。 答えに窮するようなことを、何か言っただろうか。 『いっ、痛いっ!』 机の下で、ヒールに蹴られてしまった。割と容赦のない威力で。 『……しつこいわ、苗木君』 言う割に、珍しく上機嫌で霧切さんは笑った。 書類の向こう側から、楽しげに。 仕事の恐ろしく早い彼女は、先程まで壁のようにそびえていた書類を、もう肩の高さにまで減らしてしまった。 僕が手伝っている意味はあるのだろうか。 いや、そりゃ朝日奈さんや葉隠君よりはまだ出来るけれど。 僕以外にも彼女を手伝おうとする人は何人もいるだろうに。 『そんなに、私とお酒が飲みたいのかしら…?』 『え? あ、や、うん…まぁ』 『…煮え切らないわね。私を酔わせて、何をするつもりなのかは知らないけれど』 『いや、僕じゃなくて、あの先輩がね』 『え?』 ひぃん、と、空気が音を立てて凍った。 『……あの、今年は絶対に連れて来い、って』 書類越しに、目が合った。 『……、そう』 『いや、あの、みんな! 霧切さん、普段出ないからさ、楽しみに…』 見たことのない、表情だった。 いつもの知性を感じさせる落ちついた笑みや、時折見せる思索に耽る物憂げではなく。 本当の、無。 目を見開き、唇を少し震わせた、本当の無表情。それが、少しだけ怖く見えて、咄嗟にわけもわからず言い訳を募らせた。 『……その、霧切さんがあの人のこと苦手だっていうのは、知ってるんだけど』 『…知ってて、誘おうとしたの?』 『いや、それは、』 『……』 『…あの、先輩が、その……霧切さんのこと、好きみたいで』 ガタ、と、何かが机に当たった音がした。 震えていたのは、僕だったのか、それとも霧切さんだったのか。 『…何でそれを、貴方が…取り持つような事…』 『と、取り持つって、僕は別に、何も…』 『あんな下心丸出しの、下半身で物事を考えているような、見え透いた、女を口説くことしか能が無い男に…!』 『霧切さん、色々本音漏れてるって! 先輩だよ、一応…』 どうでもいい、とばかりに、彼女は頭を振って、椅子から立ち上がった。 どさ、と、書類が音を立てて崩れ、机の下にバラバラに散らばる。 反射で拾おうとして、がし、と襟首を掴まれ、体が宙ぶらりんの状態で止まる。 どういう力が働いているのか、僕よりも細い彼女の腕は、そのまま僕の体を後ろの戸棚に叩きつけるようにして押し付けた。 『貴方は、私を差し出そうとしたの…!?』 縋るような、瞳だった。 【続く】
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/522.html
セレス「あら、苗木君。何を書いてますの?」 苗木「願い事の短冊だよ。明日は七夕だからね」 セレス「ああ、七夕…。これっぽちも興味がないので、すっかり忘れていましたわ。 …あなた、まさかそんな迷信を本気にしている訳ではないでしょうね?」 苗木「…それは、まあ…。でも年に一回のお祭りみたいなものだからね。 せっかくだから、セレスさんも何か書いてみたら? 皆書いてるし」 セレス「…参考までに聞いておきますが、あなたは何を書きますの?」 苗木「ボクは『もっと皆と仲良くなれますように』…かな」 セレス「……『皆と』、ね……あなたらしい、ちっぽけな願い事ですわね。 こんな時ぐらいもっと欲を出せばいいでしょうに」 苗木「そ、そうかな…。でももう書いちゃったし、今回はこれでいくよ。 …それで、セレスさんはどうする? まだ短冊余ってるよ?」 セレス「……遠慮しておきますわ。わたくしは欲しい物は自分の力で手に入れますから」 苗木「ああ、そう…」 (セレスさん、もしかして機嫌悪い…?) ~七夕当日~ 苗木「皆、色々書いてるな。どれどれ…『もっと強くなれますように』…これは不二咲さんのだ。 『天下無双』…これは…やっぱり大神さんか…」 苗木「…ん? こっちの短冊は誰のだろう。名前が書いてない。 ……『早く素敵なナイト様が迎えに来てくれますように』……」
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/761.html
霧切「はぁ…」 苗木「あれ、霧切さん ため息なんかついてどうしたの?」 霧切「触れたくても触れられない禁断の想い… 苗木君、あなたはそんな想いに胸を焦がしたことがあるかしら?」 苗木「え、霧切さん、そんな想い人がいるんだ」(すごいショックだ…) 霧切「いつも同じ時間にバスに乗って来て、いつも同じ場所に座る 他の乗客もその場所だけは空けておくの」 苗木「なんか特別な人なんだね」 霧切「吸い込まれるようなつぶらな瞳 きっと私の視線には気づいているとは思う でも、あえて目を合わせないようにしているみたい」 苗木「恥ずかしがり屋なのかな?」 霧切「子供にも大人気 ある時、何も知らない子供が抱きつこうとしたけど 止めなさいと叱りつけてやったわ」 苗木「え?それはちょっと酷いんじゃ…」 霧切「そんな仕事熱心な盲導犬のラブが愛おしくてたまらないの」 苗木「犬かよっ!!」