約 1,076,934 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2436.html
とは言ったものの……マジにどーしたもんか。 吼えるミノタウロスを見たが、この勝負、かなり分が悪いのは間違いなさそうだ。 考えられるほぼ全ての攻撃パターンを予測しながら殴り合いをしなければならない。 さらに、こちらの攻撃はダメージにならず、向こうの攻撃のほとんどは防御ができない上、即死攻撃ときたもんだ。 とんだハンデ戦だが、一度やると言った以上はやらねばならない。 ……やっぱ、昔と比べると甘くなったな。 この手の事に関して後先考えないのは何時もの事だが、それはあくまで自分一人での話だ。 ペッシもペッシで気が弱いだけで、スタンド自体は強力だったから、直接的な戦闘面まで面倒見なくてよかったが 今のところ、スタンドのように飛び抜けた特徴の無いメイジと組むという事は、スタンド使いとしては実のところ結構やりにくかったりするのだ。 もちろん、汎用性はメイジの方がダントツで高いので、援護役としてなら打って付けだが 逆にメイジを主体にして、こちらが援護役に徹するとなると甚だ厄介だ。 特にグレイトフル・デッドのような能力特化型で汎用性もクソもない、能力の幅の狭いスタンドなら余計に向かない。 使い方が難しいという意味ではパープルヘイズと良い勝負だ。 ともあれ、五分だ。 それを過ぎれば、タバサがミノタウロスを倒せなくても老化で始末する事ができる。 だが、その五分が長い。 普段ならなんでもないような僅かな時間だが、得てして死が隣り合わせの状況ではその五分が数倍にも長く感じてしまうものである。 たかが五分。されど五分。その間、ミノタウロスを引き付けながら一発も貰わずに切り抜ける。 報酬も出ないのだから、負傷などもっての外だ。 もっとも、負傷で済めばおつりがくる方だろうが。 「なるように……なりやがれ!ド畜生がッ!!」 後の事なんざ、考えるだけ無駄だ。 半ばヤケクソ気味にプロシュートが叫ぶと全力で、ミノタウロスの鼻っ面をブン殴った。 殴ったと同時に、スタンドを介してその感触が手に伝わってきた。 相変わらずの、生物を殴ったような感触じゃあなかったが、そのまま拳を振り抜く。 殴られた勢いで、涎を撒き散らしながらミノタウロスの顔が横を向いたが目が合った。 殴られながらも、いやに光る血のような赤い目だけは、こちらを凝視している。 瞬間、冷たい物が背中を伝った。 ――ヤベェ、避けねぇと殺られる。 ミノタウロスの顔がゆっくりと正面へと戻ったが、頭では分かっているのに、時間でも止まったかのように身体の動きがやたらと遅い。 ――なにやってやがる。動け。 棒切れでも持ち上げるかのように、緩やかに大斧が上へと上がっていっても、身体が動くまでに妙に時間が掛かる気がする。 ――動けっつってんだろうが。 持ち上げられた大斧と、赤い月とが重なった。 ――もう見慣れた色だが、今日は血の色みたいに染まってやがる、クソったれが。 「ゴフ、ヴオオオオオオオォォォォムッ」 月と重なっていた大斧が消えると、それと同時に、雪が溶けるかのように身体が動くようになった。 どうやら、ボクサーとかが相手のパンチが超スローモーションで見えたりするようなやつだったらしい。 アドレナリンやなにやらが分泌されて 一瞬が何秒にも感じられるというあれだ。 なら、斧がどこに行ったか?決まってる、そんな事考えるまでもない。 バックステップで飛び下がると同時に、大斧の刃先が額を掠めた。 地面に大斧がめり込むと同時に、額が裂け、そこから派手に血が噴き出る。 「――ッ!クソがッ!掠っただけでこれかよ!」 それでも、声に出すより身体が先に反応してくれてなによりだ。 あと少しでも退くのが遅れていれば、真っ二つか、中途半端に頭を割られていた。 生憎と、どこぞの吸血鬼みたいに、縦に真っ二つに掻っ捌かれても平気で、『ンン~?』とか言いながらズレを直したりするような特技は持ち合わせていない。 額に手をやったが、血は止まりそうになかった。 傷自体は大した事はないが、額からの流血は結構流す量が多い。 目に血が入ったりで視界が奪われるというのが最悪なパターンだ。 「にしても、マジで殴ったのにダメージ無しか……。人間なら首の骨がヘシ折れてるとこなんだがよ」 死ぬとまでは思っていなかったが、ダメージを受けた素振りも見せず反撃してこられたのは、スタンド使いとしての自信が失せそうだ。 血で塗れた手を一度払ったが、鉄臭い嫌な臭いがプンプンする。 血の中にメタリカでもいりゃあ、まだ使い道はあるんだがな。と、思わないでもないが、こればかりは無い物強請りなので考えるだけ無駄だろう。 ミノタウロスの注意は完全にタバサからプロシュートに切り替わったものの、面倒なのはこれからだ。 滅多にない貴重な体験させてもらったが、そうそう何度も体験したいものでもない。 プロシュートの記憶にあるうちでも、似たような経験はブチャラティ諸共列車の外に放り出された時と、リゾットがマジでキレた時だ。 普段、キレないやつが一度火が付くと手が付けられなくなる良い見本だろうか。 ギアッチョなんかより遥かに性質が悪かった事は今でもはっきりと覚えている。 原因まではよく知らないが、ギアッチョとメローネがカミソリと針の山に沈み、黄色い血液を流してブッ倒れていた。 傍に立つリゾットの目を見た時も、さっきみたいな状態に陥った。 ただでさえ黒いリゾットの眼が、いつもよりドス黒くギラギラと光っていたのは、後にも先にもあの時だけだ。 後で、鉄分を戻してもらいなんとか病院送りにはならずに済んだものの あのギアッチョとメローネが借りてきた猫のように大人しくなっていた程だ。……一月と持たなかったが。 とにかく、あの目が拙い。 殺意丸出しのギラついた目だけは、プロシュートですら慣れるものではなかった。 そもそも仕事は暗殺なのだから、そんな物は邪魔なだけだ。 何時も言っていたが、ブッ殺すと心の中で思ったなら、その時にはもうスデに相手を殺っちまって終わっている。 殺しをあくまで仕事の手段として割り切るか、殺し自体が目的になってるかの違い。対比するなら暗殺者とトチ狂った殺人鬼というところか。 もっとも、傍目から見ればどちらも似たようなものだろうが。 この場合、プロシュートは前者で、ミノタウロスは後者になる。 獣相手に殺人鬼というのも妙な話だが、あの赤く染まった目を見てからやたら違和感を感じ、変な具合だ。 強いて言うなら狂気とでもいうのか。薬キメて頭のネジが二、三本ブッ飛んだジャンキーのやつとよく似ている。 違和感を気にしている余裕は無いのだが、歯の隙間に挟まったトマトの皮みたいに妙に引っかかっていた。 ちらりとタバサを見たが、少し首を横に振られた。 「ちッ……まだか。五分持たねーぞ、こいつは」 なにせ、今ので三十秒足らずというところだ。 さっさと、ミノタウロスをぶち殺してくれればもっと早く済むのだが、それはあまり期待できそうにはない。 さて、次はどう出るか。 プロシュートが地面から大斧を引き抜くミノタウロスを注意深く観察したが、大斧を引く抜くとミノタウロスがそれを地面に捨てた。 大きな音を立てて大斧が地面に落ちたが、大斧を捨てた理由を察したプロシュートの顔が歪んだ。 「ッ!この……ド畜生がァァァァアア!」 半ば、から完全にやけくそ気味に叫ぶと、ミノタウロスから一気に離れる。 次の瞬間には、ミノタウロスが叫びながら拳を固めて突っ込んできた。 今まで大斧だったからこそ、大振りで避けるのも難しくはなかったが、得物を捨て素手で向かってきたという事はそれも難しくなった。 ミノタウロスが拳を繰り出し、それが空を切る度に風がプロシュートを襲う。 風自体はそう大した事はないが、風が届く程のパンチだ。マトモに食らえばミンチより酷い結果が待っているに決まっている。 今ほど、グレイトフル・デッドに脚が無いのを恨めしく思った日はない。 一般的な近距離人型スタンドならスタンドの脚力を生かして跳ぶ事も可能だが、グレイトフル・デッドにあるのは、うねうねと動く触手だけだ。 移動に関してのスピードは本体に付いてくる程度、つまりは人間並みなので、猛然と突っ込んでくるミノタウロスとどっちが早いかなど答えるまでも無い。 それでもグレイトフル・デッドでラッシュを辛うじて凌いではいるから、あるだけマシというところだろうが 早々に限界に達したのか、反らしながら凌いでいたスタンドの腕が弾かれプロシュートへと一気に突っ込んできた。 「生身でスタンドを弾きやがっただと!?バケモンがッ!」 もう分かりきっていた事だが、それでも生身でスタンドを弾くなどスタンド使いの常識では考えられない。 焦りながら後ろも見ずに下がっていたせいか背中に硬い物が当たり、それ以上後ろに下がれなくなった。 「このクソヤバイ時に……!」 多少開けている場所とはいえ、森の中である。そんな場所をろくに見もしないで動いているのだから、木にぶつかるのは当然の事だ。 注意不足と言えばそれまでだが、この状況下でそんなもん気にしてられる方がどうかしている。 動きが止まったプロシュートを逃がすまいと、ミノタウロスが涎を垂らしながら殴りかかろうとしてきている。 舌打ちをしながらプロシュートが側転するかのように横に跳んだが、それと同時に爆発でも起こったかのような音が鳴った。 ミノタウロスの拳と、木の幹がぶつかった音だ。 メリメリと音を立てながら殴られた箇所から折れていったが、 それなりの太さの木を、HBの鉛筆をボキリとヘシ折るかのように軽く折った事には、さすがのプロシュートも舌を巻かざるを得なかった。 もっとも、今はただ驚いているわけにはいかない。 避けたはいいものの、転がるように飛んだせいで今の体勢が非常に悪いのだ。 咄嗟という事もあってかスタンドも出してはおらず、なんとか地面と熱いキスをする事なく前転着地をするので精一杯だった。 当然、それをミノタウロスが見逃すはずがない。 ごふ、ごふ、と白い息を吐くと、転がっているサッカーボールでも蹴り上げるかのように突っ込んできた。 狙いなぞろくに付けていないだろうが、あのデカブツの蹴りをマトモに食らったら良くて再起不能、悪ければ死ぬ。 だが、下手に避ければ余計に状況が悪くなる。ここは突っ切るしかない。 「ぶぅぅぅるぁぁぁぁぁああ!」 ミノタウロスの蹴りが完全に振り抜かれるより先に、プロシュートがあえて前へと突っ込んだ。 並みの近距離人型スタンド使いなら、当たる瞬間後ろにでも飛ぶのだろうが、移動はあくまで本体依存。 精密動作に関してもEなのでそこまで器用な芸当ができるわけじゃない。 なら、蹴りが振り抜かれるより先に突っ込んで、完全に威力が出し切られる前に食らった方がいくらかマシだと賭けたのだが どうやら、規格外な相手には規格外な出来事ばかり起こるらしく、ガードした腕に当たった瞬間、鈍い音がするとプロシュートの体が勢いよく飛んでいった。 衝撃で意識がぶっ飛びそうになったが、サッカーボールよろしく蹴り飛ばされた事でそれは耐えられたものの 今更ながらミノタウロスを少し甘く見ていた事を盛大に呪った。 老化使えばすぐなんだが……使わなけりゃあこのザマかよ! 並大抵の相手なら、老化抜きでもどうにかなると思っていたが、見通しが甘かったらしい。 「っぅ……がぁ!……っはッ!…はッ!……パワー馬鹿が……!スタンド使いじゃなけりゃあ死んでたぞ、今のは!」 右腕を押さえながらなんとか立ち上がったが、間違いなくバキバキにヘシ折れている。 スタンドでガードして、その上から一本持っていかれた。 おまけに、喉の奥から熱いものが込み上げてくればなにかと思い、口の外へと出してみれば酒と胃液混じりの血だった。 生身で受けていれば、腕どころか内臓破裂コースで致命傷を受けていた可能性が高い。 「腕、大丈夫?」 後ろからタバサの声が聞こえてきたが、そこまで一気にふっ飛ばされた。 そういえば、吹っ飛ばされてる途中に勢いが弱まって地面への激突のダメージも無かったから、レビーテーションあたり使ったのかもしれない。 「クソ……!マリオやってる気分だ。キノコ食って増えるわけでもねーのによ」 ミスれば一発で死ぬ。状況は似ているが、こっちは残機1でコンテニュー不可能である。 スターよこせ、スター。とか髭面のおっさんにたかりたくなってきたが、そんなくだらない事を考えられるあたり、まだ余裕はあるようだった。 「オレの事より、お前はどうなんだよ。腕もこうだし、悪いがそろそろリミット近いぜ」 時間的な限界ではなく、腕の負傷と予想以上にミノタウロスの力が上だった事も加えて、プロシュートとて能力抜きでは抑え切れそうにない。 「突破口は見つけた。……でも、成功するかどうかは、やってみないと分からない」 「そんだけ分かりゃあ上出来だ。それに、ミスるかもってんで何もしねーマンモーニだったか?オメーは。ここまでやられたんだからな、後始末ぐらいオレがしてやる」 タバサが失敗すれば、腕の礼も含めて全開の老化を叩き込むだけの事だ。 いいからやれ、と言われタバサも腹が決まったのか、小さく頷き了承の意を見せる。 「出来れば、少しの間動きを止めておいて欲しい」 メイジでもない人間にミノタウロスの動きを止めろなどとは随分と無茶な要求だが、止めるだけならやり様はある。 「二度目はねーぞ、一発で決めろ」 もうミノタウロスがこっちに向かって突っ込んできている。 同じ手は通用しない。足止めも攻撃も文字どおり一発で決めねばならなかった。 魔法を詠唱される事を察知してか、向かう先がタバサになっている。 素手で怪我したメイジでもない人間など相手するまでもないという事だろうが、人間でも獣でも手負いというのが一番厄介だ。 プロシュートがミノタウロスの前に躍り出ると、ミノタウロスと接触する前に隠し持っていたナイフで折れている右手の動脈を深く切った。 「ハッ!どうだ、この血の目潰しはッ!」 勢いよく吹き出た血がミノタウロスの目にかかると、目を押さえて暴れだし動きが止まった。 どうせ使い物にならないのだから、今更動脈の一本や二本切ったところで大して悪化はしない。 このまま、『勝ったッ!死ねぃッ!』とでも言おうものなら、逆にやられそうだが後はタバサの仕事だ。 目を押さえ、暴れていたミノタウロスがどうにか血を拭い目を開けてみると、目の前には氷の矢が形成されている。 その光景は、どことなくジェントリー・ウィープスを彷彿とさせるものがあったが、違うのは防御に使うか攻撃に使うかというとこだろう。 音も立てずに飛んだ氷の矢がミノタウロスの目に突き刺さると、何か潰れるような嫌な音が聞こえた。 いくらミノタウロスの皮膚が硬くても、目だけは硬いはずはない。 そして、その目の後ろにあるのは脳。眼底をウィンディアイシクルでぶち破り、一気に脳をシェイクする。 動き回るミノタウロスの目という小さな場所に寸分違わず命中させるのは少し難しく、一瞬動きを止める必要があった。 「ブヴルゥ……オ…オオオオオオオムッ!!」 咆哮。血に染まった氷の矢をミノタウロスが引き抜こうとしている。 首を飛ばしても動くと言われているだけの事はある。 それでも半分頭ブチ抜いてるのならまぁ及第点というところか。あれで死なないのなら、大したものだ。 「さっさとくたばんなッ!ダメ押しに、もいっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつッ!」 残っている左腕で、引き抜こうとしている氷の矢を杭を打ち込むかのように殴りつけると、少しめり込むと同時に砕けた。 「ぶご……オバァァ……」 ミノタウロスの残った目から赤い光が消えると、呻く様な声を出しながら倒れていった。 ようやく動かなくなったミノタウロスを見て一先ず息を吐いたが、得た物より払った物の方が大きい。 腕一本と引き換えに得た物はタバサの経験と三エキューに満たない報酬。 ヘシ折れた腕を見て思わず溜息を吐いた。そのぐらい出したって誰も文句は言わないはずだ。 「今のは悪くねぇが、こういうのとは最初から戦らねぇか他のやつに任せとけ。ったく…相性が悪いやつと戦っても何の得にもなりゃしねぇ」 「善処する」 「どんだけ分かってんだかよ」 相変わらずの調子で返してきたタバサを見て、こいつひょっとして狙ってやってねーか?とか浮かんだが、たぶん考えすぎだろう。 それに、こうなったのは誰のせいでもなく、自分の責任である。 能力を使わずとも足止めぐらいならどうにかなると甘く見ていた。 その結果がこれだ。 まさか伝説上のバケモノとやりあうハメになるとはほんの数時間前までは思いもしていなかったし、生身でスタンド以上のパワーを持つなどとは頭の中にすらなかった。 つくづくブッ飛んだ世界だと改めてそう思う。この先もこんなのが出てくると思えば今のうちにこういうのに出会えてよかったかもしれない。 ここは、タバサの経験も踏まえて、自身も良い経験を得たという事で納得しておく事にした。 「にしても、この腕どうすっか…」 腕の状態はかなり悪い。数箇所から折れていて普通なら病院送りコースである事は容易に理解できる。 もちろん、魔法で治せばすぐだろうが、少なくともこの辺りでは治療できないだろうし、最悪リュティスまで戻る事も考えねばならなかった。 「……心配しなくても…いい。わ、わたしが治…そう」 突然どこからか聞こえてきた声に、誰だ?と疑問符が浮かんだが、考えるより先に体が動いた。 「この…ッ!まだくたばってねぇのかッ!」 また動き出したミノタウロスを見て、すぐさまスタンドを出した。 ここまでくるとプラナリア並みの生命力だといっそ賞賛したいぐらいの気になれるが、ただ感心しているわけにもいかない。 直触りで確実に仕留める。念には念を入れて千年分ぐらいは叩き込むつもりだったが、それをやる前にさっきの声がまた聞こえてきた。 「イル・ウォータル……」 特に魔法には興味無かったが、一通りの呪文の詠唱はプロシュートも覚えている。 詠唱の種類さえ分かればどんな攻撃がくるか事前に察知できるのだから、多少面倒だがやっておいて損は無い。 それで現在進行形で聞こえてくる魔法は水系統の治癒の魔法だった。 わざわざ秘薬も使わず精神力削ってまでそんな魔法を使おうとしてるのは誰かという事になるのだが どうも、この声は聞いたような事がある気がする。 それもごく最近……というより聞いたばかりという具合だ。 さっきまで暴れていたミノタウロスが大人しいというのも妙だった。 いつの間にか大斧を拾っているのだが、手負いの獣といったら普通の時より暴れまわるというのが相場である。 その不自然さもあってか、すぐに直を叩き込まないでいたものの、詠唱とミノタウロスの口の動きが合致している事に気付いた。 「おい……こっちの牛も韻竜ってやつみたいに話せんのか?」 言葉尻に、そこまで常識外れじゃねーよな、という意味を含ませてタバサに聞いた。 タバサもこいういうのは見たことないようで、知らない、と小さく呟くと首を横に振っている。 プロシュートが知る限りでは、一番物知りっぽいタバサが知らないのなら、本来ミノタウロスは喋らないものなのだろうという事にした。 だが、現実にミノタウロスの口から呪文の詠唱が聞こえてきている。 どういう事か分からず、少しの間思考回路がフリーズしていたが、呪文の詠唱が終わりミノタウロスが近付いてくると流石に我を取り戻して身構えた。 「ああ……少しの間…ごふ!…動かないでくれ。すぐ終わる」 咳き込むような声をミノタウロスが出すと、手に持った大斧をプロシュートの腕に向ける。 これが刃先だったら、ド畜生がッ!とでも言われながら直を叩き込まれるところだったが、幸いにして大斧の頭の方だったのでそういう事態にはならずに済んだ。 それから少しすると、腕の中の方で骨が繋がっていく感覚が理解できる。 正直言うと気色悪い。それでも治るのであれば遠慮なく受け取っておくとしても、問題なのはこのミノタウロスの正体だった。 人の言葉を話し、おまけに魔法まで使う。秘薬無しでここまでの治癒の魔法を使えるという事はトライアングルかスクウェアか。 となると、こいつは新種か突然変異の類である事は明白。生け捕りにでもして売り飛ばせば金になる。そういえば、アカデミーとかで実験とかしてたな。 一瞬本気で始末するのを止めて、生け捕りにしようかとも考えた。 今のミノタウロスを見るプロシュートの目は、きっとあの人攫いたちと同じような目をしているに違いない。 「この姿を見て不思議…に思うだろうが……時間も残り少ない…ようだし簡潔に、は、話そう。わたしは、元は……いや、今もだが、貴族だ」 「ほー、牛にも貴族が居んのか、そりゃあ驚きだ」 ものスゴク適当に返したが、ぶっちゃけ、この牛の正体なぞ知った事ではない。 さっきまで、文字どおり獣のように暴れ回っていたくせに、今はその気配すら微塵に感じられない。 どちらにしろ、サッパリ分からん。 いっその事、始末して喋らなかった事にしちまおう。 そんな物騒な考えが頭の中で鎌首をもたげた。 さっきまであれだけ好き放題やらかしていたのだから、始末しても問題ないな、と行動に移すためにスタンドを出す。 腕は治ったものの、あれだけやられて、ハイ、そうですかと黙って話を聞くようなタマではないのである。 それでも、辛うじて思いとどまったのは、直を叩き込む前にタバサが言った言葉だった。 「……禁術。恐らくあなたの系統は水」 それを聞いて、ミノタウロスの口元が少しだけ曲がった。 たぶん、笑ったのだろうが、一般的に笑うことのできる動物は人間だけだと(あくまでも地球基準で)言われているだけあって、少々分かり辛い。 「そうだ…十年前、村を襲っていたミノタウロスを倒した当時のわたしは、不治の病に侵されていた……その時、この身体を見たわたしは人間を止める決意をしたよ…」 妙な仮面を被った男が、俺は人間を止めるぞ!ジョジョォーーーッ!とか叫んだような気がしたが、気のせいだ。 「禁忌とされる脳移植を、わたし自身の手…で行ったのだ」 随分とブッ飛んだ告白だが、タバサはともかくプロシュートはもうスデにろくに聞いちゃいなかった。 脳移植とか、普段絶対にありえない事をやったと聞いて、拒否反応云々とかに関しては、もう考えるだけ無駄だと考えるのを止めただけだったが。 「それで、さっきまでのありゃあなんだ。能書き垂れるのはいいが、答えによっちゃあ消すぞ」 兎にも角にも、こいつが元人間であるという事は理解できた。 そこで重要なのはこいつが始末すべき対象か、そうでないかだ。 「……三年程前からかな。それまでわたしは、この身体の事を心底素晴らしいものだと思っていた。 この身体を得てから、体力、生命力はおろか、精神力も強くなり、スクウェアクラスにまで成長した」 どうりで秘薬も無しに腕が治るわけだと、その点に付いては納得できたものの、まだ答えになってはいない。 「で、それがどうした」 長ったらしい前置きはいいから、結論を先に言えと促すと、咳き込みながらミノタウロスが答えた。 「だが……違った。わたしの人としての心は強くは無かった。だんだん、自分の精神がミノタウロスに近づいていくのが分か…ったよ。 耐え難い頭痛がわたしを、お、襲う…と、意識が途切れ、気付いた時には、足元に子供の骨が散らばっていた……」 「ああ、あれは誘拐じゃなくて、オメーが食ってたのか」 酒場で聞いた子供の誘拐の犯人は、このミノタウロスだったらしい。 ついでに原因が分かって、そっちの件も一件落着というところだが 子供を食べたという事に特に何の感情も表さなかった事に、ミノタウロスが逆に驚いていた。 「驚かないの…か?」 「オメーなんぞより、ろくでもねぇ連中なんざ五万といるし、オレもその中の一人だ。これでいいか?」 生きるために食ったのなら、それはそれで仕方ない。例え自我を失っていてもだ。 仕事で巻き込んだやつなぞ数え切れるものではない。大人子供老人性別の区別無く巻き込んできた。 そんな仕事をしていたからこそ、このミノタウロスがやった事に関して特に感情を表す必要は無かった。 例えあったとしても、やっちまったもんは仕方ねぇな、ぐらいなものだろうが。 「奇妙なものだな。お前のような人間は初めて見る……、ごふ!ごほっ!……ああ、頼みと言ってはなんだが、決闘を、貴族同士の決闘をしてくれないか?」 貴族同士という事は、決闘を申し込んだ相手はタバサという事になる。 この期に及んで決闘とはどういうつもりか真意を測りかねたが、その理由は尋ねる前にミノタウロス自身の口から 「頭痛が起きるようになって…から、自分で死ぬことも考えた。しかし、己で自分の命を絶つ勇気がわたしには無かった。 おかしなものだな……十年前、不治の病に侵されていた時は、ミノタウロスと戦って死ぬ事にこれっぽっちの恐怖も感じなかったというのに…… この傷は、君が付けたものだろう?それ程の腕があるなら、さぞかし名のある貴族と見た。獣ではなく……わたしが…わたしでいられるうちに戦ってもらいたい…」 自分勝手と言えば自分勝手な申し出だが、あくまで申し込まれたのはタバサだ。受けるかどうかは本人次第で、やると言えば止める理由も特に無い。 今ならさっきと違って、少なくとも一発でミンチみたいになりはしないという事で、どうするかタバサに聞いた。 「どうする、やんのか?」 小さくタバサが頷くと、杖を構える。 それを見ると、ミノタウロスも大斧を杖のようにし、タバサの真正面に対峙した。 「礼を言…うぞ、少女よ。わたしの名は……ラスカル。名を聞かせても…らおう」 名を聞かれ、少し目をつぶると、タバサが小さく己の本名を呟いた。 「……シャルロット」 「よい…名だな……。いざ勝…負だ」 巻き込まれては洒落にならんと、プロシュートは少し離れて決闘の様子を眺めていた。 トライアングルのタバサと、妙ななりとはいっても、スクウェアクラスのラスカル。 魔法勝負ならどうなるかと見物とシケ込んでいたが、いつまでたっても互いの杖から魔法が放たれる事はなかった。 面白くもないので、石でも投げ込んでやろうかと思った時、不意にタバサが杖を下げてこちらに歩いてくるのが見えた。 「選手交代には早ぇんじゃあねーのか?」 あくまで、タバサが受けた決闘である。一度受けたのなら一度ぐらいやり合えと言おうとした。 「もう終わった」 どこか、ぼんやりとした声でタバサが終わったと言った。 一度も魔法が出てないのに終わったと言われてもどういう事か分かるはずはない。 だが、タバサに説明を求める前に、プロシュートにも終わったという、その言葉の意味が理解できた。 ラスカルの残った片目からは光が完全に失われ、口や鼻からは血を流し微動だにしていない。 「こ、こいつ……立ったまま……死んでやがる…!」 目に刺さった氷の矢を押し込んだ、あの一発。やはりあれが致命傷だったのかと確信した。 恐るべきは、脳を貫かれても生きていたという事だ。 もしかしたら、その時点でスデに死んでいたのかもしれない。賞賛すべきはラスカルの貴族としての執念と言うべきか。 ともあれ、これで任務完了。 そう思うと急に疲れが押し寄せてきた。 なにしろ今日の日程は相当な強行軍である。 早朝は学院でメンヌヴィルを相手にし、そこからガリアまで一気に移動。おまけに人攫いとミノタウロスを相手にした。 休んだのは酒場で飯を食った時ぐらいで、酒も入っているのでさっさと寝たい。 ここから村に向けて三十分歩くとなると気が重くなって仕方ない。 それでも、こんな所で寝るわけにもいかず仕方ねぇとする事にしたが、青い頭がゆらゆらと揺れると、すとん、と擬音がしそうな程に下に下がって動かなくなった。 「おい、どーした」 特に攻撃を食らったわけでもないから、怪我ではないと思いつつタバサに近寄る。 そうすると、動かなくなった訳がプロシュートにも分かった。 「こいつ……寝てやがる」 酒こそ飲んでいないが、タバサとてプロシュートとほぼ同じ日程をこなしたうえ、魔法も使っている。 精神力と言うか、この場合は体力的に限界に達したらしい。 今ならば、やれやれだぜ、と言っても何の不思議も無かった。 こっちも頭から血を流し、さっきまでは腕もヘシ折れていたというのに、手間ばかりかせさせてくれる。 それでも置いていくわけにもいかず、大きくため息を吐くと、プロシュートがタバサを背負った。 シルフィードとタバサは似てないと思っていたが、撤回せねばなるまい。 無頓着というか、こういう所は世界が二、三巡した感じで似ている。 村に戻る前に、立ったまま息絶えたラスカルと目が合った。 杖代わりの大斧を貴族のように構えたまま遠くを見ている。 脳を移植して、精神がミノタウロスに近付いていく様など、プロシュートに理解できるはずもない。 それでも、自己の崩壊というものがどれだけヤバいものかというぐらいは知っている。 麻薬の打ち過ぎで廃人になった人間なぞ見れたものではない。 死ぬ間際でも、己を取り戻せたのだから、ラスカルは運が良かった方だ。 「ハタ迷惑なヤローだったが……良かったな。くたばる前に貴族に戻れてよ」 動かなくなったラスカルにそれだけ言うと、プロシュートが村へと戻っていった。 ←To Be Continued
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1144.html
「…ッ!…が…ッ!!」 「…ふにゃ……うるさぁ~~い…!」 明け方妙に音がするので寝起きが壊滅的に悪いルイズですら目を覚まし音源の方向を見る。…見たのだが、ヤバイものを見た。 「グレイトフル・デッ…」 「ちょ、ちょっと!なに寝ながら危ない事口走ってんのよ!!」 「……クソッ…!またか…」 広域老化発動ギリギリで起きたプロシュートが頭を押さえながら壁に背を預ける。 全身から嫌な汗が流れ気分も最悪というところだ。 「凄いうなされてたけど…大丈夫なの?」 「ああ…」 生返事はするものの、最近例の夢を見る頻度がかなり高くなってきていてヤバかった。 (あいつらは地獄から人を呼びつけるようなタマじゃあねぇんだがな…) 原因の検討は付いているがその手段がいまのところ存在しないのが問題だ。 「こいつはダメだな…」 結果がどうあれ、イタリアに戻りそれを己の目で確かめないことには、この夢は消えないであろうという事も。 「…邪魔したみてーだな。寝直す気にもなれねぇ…外に出てくる」 「ま、待ちな…!」 それを言い終わる前に先に外に出られた。 「もう…最近調子悪そうだし…もしかして、病気にでも罹ったんじゃないんでしょうね…」 「俺が見る限り、どっちかっつーと精神面みたいだな」 鞘から少しだけ刀身を出したデルフリンガーが答える。 「精神面?プロシュートが?…ダメ、とてもじゃないけど想像できないわ」 「んーそういう柔な理由じゃなくて、イタリアってとこにスゲー重要なやり残した事があるんだろうな」 イタリアと聞いて思い当たる事はあった。 「んで、それが夢か何かに出てきてあんな風になってるってわけだ」 「そういえば…ラ・ロシェールの宿屋で仲間が命を賭けて闘ってるって言ってた」 「そりゃあ戻りてぇだろうなぁ…」 イタリアに戻る…その言葉に戸惑う。 今のところ戻る手段は見付かっていないが、見付かればプロシュートはどうするのだろうか。 迷わずその手段を用いてイタリアに戻るのか…それともここに残り使い魔としていてくれるのか。 今のルイズの心情は非情に複雑だった。 フーケやワルドに殺されそうになった時も自分が見失っていた道を照らし出してくれたような気がしたし シルフィードの上でプロシュートが気を失って自分に向けて倒れてきた時も何故か安心感があった。 確かに、かっこいいところはある。ボロボロになりながらもワルドから助けてくれた時や、自分の魔法を信頼してくれた所も。 「…もしかして兄貴に惚れたのかぶらばァッ!」 デルフリンガーの刀身目掛け爆発を起こしとりあえず黙らせる。 「そ、そんなんじゃないわよ!たた、確かに頼りになる所もあるし何回も助けてもらったけど!考え方が妙に物騒なのが問題よね…誰にでも遠慮しないし」 初対面のキュルケや、今は亡きギーシュ。そして姫様にすら容赦しなかった。 「メイドの娘っ子と馬で出かけた時に俺をハムに刺しといてよく言うわらば!」 「だ~から!好きとかそんなんじゃないつってんでしょ!」 「…じゃあなんなんだ?」 「分からないけど…こう…」 「こう?」 「結構頼りになるし…『成長しろ』…とか言ってくれるし……年上の…兄妹…みたいな…」 「あー、つまりアレか。『お兄様』って呼びたいわけダッバァァァァアア!」 三回目の爆破によりデルフリンガーの口を封じる。 「し、知らないわよ!わたしだってエレオノール姉様とちぃねえ様しか姉妹が居ないんだから!!」 そう叫びベッドに潜り込んだが心臓の鼓動音がやたら大きく聞こえて中々寝付けなかった。 (イテェ…本気で折れるかと思った…しかしまぁ…俺も『兄貴』って呼んでるから分からないでもねぇが) 「戻る方法が見付かってるわけでもなし…八方塞ってやつか」 日が出て明るくなってきた頃、プロシュートが一人庭を歩いている。 「ジジイが30年前に会ったヤツは…どうやってここに来たんだ…? 使い魔としてなら本体ってわけじゃねぇが呼び出したヤツも……いや、オレが良い例だな。常に行動を共にしてるとは限らねぇ」 そうして思考の渦に漬かりきっていたので後ろから近付く気配に気付けなかった。 「わっ!」 「ハッ!?………向こうじゃ攻撃されてんぜ…オメー」 「この前、驚かされたお返しです」 後ろからシエスタが大声で驚かすという古典的な手段だったが、一瞬列車内でブチャラティに奇襲された事を思い出し攻撃しかけそうになった。 が、スタンド使いは居ないと認識していため何とか踏みとどまる。 「で、わざわざオレを驚かせるためだけに、こんな朝っぱらからきたってわけか?」 「あ!いえ…お洗濯物を洗いに行くところでお見かけしたので…その、この前のお礼もしてませんでしたし」 「礼される事をした覚えはねーな。アレはモット伯と護衛のメイジの問題なんだからよ…」 その言葉には『バレるからあまり話すな』という意味が含まれているのだが、そこは一般人であるシエスタ。謙遜してるようにしか受け取れない。 「そんな!助けていただいたのは事実ですし、もう少し遅ければ………」 モット伯に胸を揉まれていたことを思い出すと赤くなり口ごもると同時にゾッとした。後2~3分遅ければ洒落になっていなかっただろうから。 俯き加減にもじもじしながら何か小さく言っているが、このまま待っても時間がかかりそうだったし何よりまぁ言いたい事もあったのでとりあえず軽く一発叩く事にした。 「大体だ、連れてかれる三日前にそういう事があんならオレかルイズあたりに言ってりゃもっと楽に済んでんだよ。人質が居ると居ないとでは大分違ってくるんだからな…」 かなり綱渡り的任務だったはずだ。 最初の時点で、衛兵が金に釣られなければその時点で失敗。 モット伯が部下の顔を全て把握していれば、魔法を使われか叫ばれるなりして他の連中にこちらの存在がバレた可能性もある。 そして、殺害ではなく捕獲命令を出していれば老化させていたとはいえ、アレがモット伯だとバレるかもしれなかった。 正直、よくこうも上手くいったものだと思う。 本来、攻めでこそ本領が発揮される能力であり、こういう守り・奪還に適した能力ではないのだ。 「……す、すいません…」 言いながら恐る恐る顔を上げたが、予想に反してプロシュートの顔は苦笑いだった。 「……怒ってないんですか?」 「これがペッシならブン殴ってるとこだが…まぁオメーはギャングでもメイジでもねーしな。今ので勘弁しといてやるよ」 「す、すいません」 「……もう一発か」 「へ?あの…?うひゃぁぁぁぁ」 「いたた…それで、その…お礼なんですが」 「…オメーも結構しぶといな」 シカトして戻っちまおーかとも思ったが目を見て止めた。 何かに似てると思ったが…借金だ。それも金利がバカ高いやつ。 借金なら色々な手で揉み消せない事も無いが礼を揉み消すというのもなんなので早い段階で清算しておく方が良策だと判断した。 (後にすればするほど膨れ上がって収拾が付かなくなるタイプだな…) 「そうだな…この前オレんとこの故郷の話したからオメーのとこの話聞かせてくれりゃあそれでいい」 「わたしの故郷ですか?タルブの村っていって、ここから、そうですね、馬で三日ぐらいかな…ラ・ロシェールの向こうです」 「三日?えらく遠いな」 「それでも、もっと遠くから来ている方もいますし。何も無い、辺鄙な村ですけど… とっても広い綺麗な草原があって、地平線のずっと向こうまで季節ごとのお花の海が続いて、今頃とっても綺麗だろうな…」 (ダメだな…いいとこ麦畑しか浮かばねぇ) 花畑に立つ暗殺者というものほど矛盾した存在はあるまいと失笑気味だが、自分自身が常に死の中に居る。 生き方的な問題だけではなく、能力的な問題だ。生物なら全て無差別に朽ち果てさせる能力。 花畑なぞに入っても自分の周辺だけその花が枯れ果てている姿を想像し思わず自嘲的な笑みが零れた。 それを見たシエスタだが、その笑みが普通に微笑んでいるようにしか捕らえられずさらに話を続ける。 「この前、お話してくれた…そう!ひこうきとやらで、あのお花の上を飛んでみたいんです」 「勘違いしてるようだが言うが、鳥程自由には飛べねーからな」 目を輝かせるようにして思い出話に浸っているシエスタだが 村に来て欲しい事、草原を見せたい事、ヨシェナヴェなる料理がある事。まぁこれはよかった。 「………プロシュートさんはわたし達に『可能性』をみせてくれたから」 「可能性を見せた…?くだらねぇな…」 「く、くだらなくなんかないです!わたし達なんのかんの言って、貴族の人達に怯えて暮らしてて そうじゃない人がいるってことが、なんだか自分の事みたいに嬉しくて…わたしだけじゃなく厨房の皆もそう言ってます!」 「可能性ってのは、自分自身ががそこに向かい成長しようと意志さえあればいくらでもあんだよ。他人の成長を見ても自分の可能性ってのは掴めるもんじゃあねぇ」 同じスタンド使いがいねぇようにな。 さすがに、スタンド使い云々に関しては口に出さなかったが。 「…難しいですね」 「簡単に分かりゃあ誰も苦労しねーよ。ここのマンモーニどもも、魔法が使えるってだけで分かってねぇのが殆どだしな」 「また、今度…それを教えてくえませんか?」 これがペッシとかならギャング的覚悟を叩き込むのだが、この場合はどうしたものかと悩んだ。なので一応の答えで場を濁す事にしたのだが…それが不味かった 「オレの分かる範囲でなら…な」 肯定と受け取ったのかシエスタさんのスイッチが入ったご様子。 「是非お願いします!あ…でも、いきなり男の人なんか連れていったら、家族の皆が驚いてしまうわ。どうしよう… そ、そうだ。旦那様よって言えば…け、結婚するからって言えば皆、喜ぶわ。母様も父様も妹や弟たちも……」 ……… …………… (シエスタは…『壊れた』のか…?いや違う…ッ!こいつは『素』だッ!明らかに『素』の目をしている……ッ!) 今にもシエスタの後ろに効果音とかが現れそうだったが、引き気味にそれを見ていたプロシュートに気付いて我に返って首を振る。 「あ、あはははは!ご、ごめんなさい…!そ、そんなの迷惑ですよね…あ!いけない!お洗濯物を洗いにいかないと…それじゃあ失礼します!」 「…手遅れか…トイチってとこだな」 収拾が付かなくなる前に清算を済ませるつもりだったがスデに金利が膨れ上がり手の付けられないとこまで突入している事にようやく気付いた。 まぁかなり前から手遅れなのだが、それは兄貴。 誰でも対等に扱おうとするが故に平民と貴族が区別されているここにおいては、それが類を見ない事である事に気付けてすらいない。 少し引いていたが、今はイタリアに戻るという事が最優先事項だ。 リゾット達がボスを倒しているのなら、その姿だけ見届けどこかに消える。途中脱落した自分にそれに加わる資格は無い。 だが、もしリゾット達がボスに敗れ全滅しているのなら…成すべき事は一つ。 「…考えたくはねぇが…ボスにその報いを受けさせる…ッ!」 死んだ事になっているのならば少しはボスの事も探りやすくなるはずだ。 暗殺チームの誇りと矜持に賭けて、それこそ『腕を飛ばされようが脚をもがれようが』何があろうとボスを殺す。 だが、現状は戻れる気配すら掴めていない。 「チッ…戻れる当てがねぇのにボスを殺す事なんざ考えても意味がねぇな」 そう呟き、頭を掻きながら空を見上げると、その事は一時頭の片隅に追いやり今は使い魔としての任務を果たすべきだと切り替えルイズの部屋に戻った。 そろそろルイズを叩き起こそうとドアを開けながら声をかけたのだが、反応は実に意外だったッ! 「起きろ」 「え、ちょ、ちょっと待ちn」 「珍しく起きてんのか」 特に気にした様子もなく後ろ手でドアを閉め視線を部屋に向けると…着替え途中で産まれたばかりの状態一歩手前のルイズが固まっていた。 「……ぅぁ…っぁ…ぁぁ……」 「ようやく自分でやる気になったか…まぁ今までやらなかった方がおかしい事だったんだが」 特に気にした様子も無く、デルフリンガーと新しいスーツの上着を掴むと外に出るべく固まってるルイズに背を向ける。 普通なら、まぁ見た方が焦って慌てながら後ろ向いてしどろもどろになって逆にいい感じに発展するというのが王道パターンなのだが この場合、一片の動揺すら見せず何時もと同じような扱いをしたのが『逆に』不味かったッ! もっとも、この前まで着替えさせていたというのに急に変えろというのが無理がある事なのだが。 「……み…み…みみみみ見た…見たわね…?」 「あ?この前まで着替えやらせといたマンモーニが何を今更」 気だるそうにかつどうでもいい風にそう答えたプロシュートにルイズの何かがキレかかった。 「…って…出てって!」 「今やってんだろーが…ま、自分でやる気になったんだから少しは『成長』したんだろうな。褒めといてやるよ」 この場合当然、精神的成長なのだが、キレかかっているルイズは、まぁその何だ、肉体的な意味の成長と受け取ったらしい。主に胸とか。 「……だだだ、誰の胸がすす、少ししか成長してないですってぇーーーーーーーーー!!」 「…なッ!誰もんなこたぁ言って「兄貴…そりゃ俺もそう思うが本人の前で言うのはヒデーと思うぞ」」 否定する前に空気の読めないデルフリンガーの一言。これで完全にルイズがキレた。 「で、出てってーーーーーーーーーー!!」 ドッギャァーーーーーz____ン 「なによ…見ておいて…いつもと変わりないなんて…わたしを対等に見てないってことじゃない…!」 さすがに泣きはしないが、信頼していると言われていたのに、対等に扱って貰えないという事が今のルイズにはそれが無性に悲しかった。 一方、間一髪爆破に巻き込まれる前に部屋の外に逃げたが再び部屋を追い出される事になりプロシュートがデルフリンガーを冷めた目で見ていた。 「あ、兄貴…俺なんかマズイ事言ったか…?」 「…じゃあこれからオメーがされる事を説明すんのは簡単ってわけだ…さっきオレが言ってないと言っている途中で余計な事言ったよなオメー」 「あ、兄貴ィ!ま、まさかッ!!」 ……… …………… ズッタン!ズッズッタン! 「うんごおおおおおおおおおお!!!」 ズッタン!ズッズッタン! グイン!グイン!バッ!バッ! 「うんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 ズッタン!ズッズッタン…… ゼロのルイズ―しばらく引き篭もる事になる。 デルフリンガーパッショーネ伝統拷問ダンスを食らいしばらく鞘から出てこなくなる プロシュート兄貴ー再びフリーエージェント宣言&ザ・ニュースーツ! ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/305.html
食堂に着いた私は驚愕した。 (マスターが居ない!?) あの眠りの深さから見ても後一時間は起きないと予想していたが。 マスターの姿は何処にも無く、辺りには爆発の後だけがある。敵に襲われたのだろうか!? 下僕を調達するためとは言え、マスターから目を離した私の許されないミスだ。 自分で自分を殺したくなったが、すぐさまマスターの捜索を開始しようとする。 「あ!ペットショップさん!」 声が私を呼び止めた。 振り向くと、私に何故か感謝の言葉を述べたメイド服の女の姿が見える。 マスターの安否が気になる私はそれを無視して食堂から飛び去ろうとするが。 「ま、待ってください!」 慌てたように呼び止めて来た。何の用だ? ・・・・・・もしかしたらマスターの事で何か知っているのか! 私は期待を込めた視線をメイド服に向ける。 「ミス・ヴァリエールから食事抜きにされたと聞きまして、残り物ですがこれをどうぞ」 メイド服は盆に乗っている肉を差し出した。 そんな女に私は失望を止められなかった、確かに腹は空いている。 だが、そんなくだらない事で私の邪魔をするとはッ! 冷たい殺意を持って、メイド服を血祭りに上げようとしかけた寸前 「ルイズなら部屋に戻ってる」 本を読んでいる青髪眼鏡の女がそう告げる。 それが真実か考えるより先に、私は確かめるべく食堂を飛び出しマスターの部屋に飛んで行った。 何時の間にか直っているドアを足で開け、慌てて部屋に飛び込む。 居た!ベッドの上で横になっている。 「うーーーーん・・・・・・zzzz」 マスターの寝息が聞こえる、どうやら眠っているようだ。 私は安心してほっと一息つくと、部屋の外に出てドアの前に立つ。 「はぁはぁ・・・・・・ま、待ってくださいよ~ペットショップさん」 視線を向けると傍で息を切らせているメイド服が見える。 五月蝿い、マスターの睡眠を邪魔するな。やはり始末するべきか。 と、そこで疑問に思った。何故、あの女は私の名前を知っているのだ? 「私が教えた」 そのメイド服の横から、ひょっこり現れた青髪眼鏡が又してもそう告げ、何処かに歩いて行った。 ・・・・・・あの青髪眼鏡は私の考えが読めるのだろうか。気味が悪い。 メイド服の手には盆があった、私に食事を運ぶためだけにここまで来たのか?・・・・・・ありえない 盆の上に乗ってる肉を胡散臭く感じる、毒でも入ってるんじゃないだろうな。 (奴隷はまだ来ないのか?) 左右を見回すが影も形も見えない、全くどこで道草を食ってるんだ。 しょうがない、覚悟を決めるか。 「キョキョ」 盆の上に飛び乗り、足元にある肉を少しだけ啄ばむ。 胃に納めて、10秒、20秒、30秒、40秒――――特に何とも無い ・・・・・・私の思い過ごしだったようだ。 しかし、一口食べてしまった事により、空腹感が刺激されてしまった。 そのまま勢い良く齧り付いて、全てを綺麗に平らげる。 「ペットショップさんのお口にあってよかったです」 私が完食した事に対してメイド服は嬉しそうに微笑んだ。何処か笑える所でもあったのか? 「お腹が空いたらまた厨房に来てくださいね」 分かったからとっとと帰れ。マスターの睡眠の邪魔だ。 メイド服が去って数時間後―――― 「はははは。待たせてすまなかったねペットショップ」 脳天気に笑いながら下僕が現れた。遅いぞ。 ・・・・・・お前の後ろに付いて来ているモグラは一体なんだ? 「僕の使い魔ヴェルダンデさ。どうだい、美しいだろう?ルイズ様の使い魔である君にも引けを取らないさ」 美しい・・・・・・美的感覚が狂っているのか?まあ良い。 自慢そうに眼鏡を揺らしながら答え――――眼鏡?何故眼鏡を掛けているんだ? 「君にやられた傷がまだ完全に癒えて無くてね、目がまだぼんやりするんだ。 だから眼鏡を掛けているんだよ。」 なるほど良く分かった。それでだが・・・・・・お前に与えられた仕事は理解しているな? 「ルイズ様に害を成す敵の排除だね」 違う、それは私の仕事だ。 「ああ・・・外敵の攻撃からルイズ様を守る盾となる事だね?」 そうだ。その通りだ。 「はははは、青銅のギーシュの二つ名は伊達じゃないさ、君の期待にはきっちり応えて見せるよ・・・命に代えてもね」 等と言いながら、ルイズの部屋の前で立ち続ける、一人と一匹と一羽 どうでも良いがここは女子寮であるが、気にも留めてない所が素敵に無敵であった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/732.html
「あ…ありのまま、今起こった事を話すわ! 『呼び出したばかりの使い魔を叩き起こそうと思ったらいつのまにか息を引き取っていた』 な…何を言ってるのかわからないと思うけどわたしも何が起きたのかわからなかったわ… 頭がどうにかなりそうだった…」 こんなことを口走ってしまう程混乱したルイズは自分の部屋へ行き2時間眠った… そして…… 目を覚ましてからしばらくして 使い魔が死んだことを思い出し………笑った… 使い魔の死、それはメイジにとって半身の消失とも言える重大事だったが、 ルイズにとってそんなことは関係なかった、自らが望んだ再召喚の機会が向こうから転がり込んできたのだ 流石に死んだ使い魔には哀れさを感じたが、何もしていないのに死んだということは 呼び出した時点で致命傷を負っていたか、何か病を抱えていたのだと考えた‐つまりは自分に責任は無いということだと そう結論付けたルイズはまず中庭に向かい死体を埋葬することにした だが不思議な事に中庭についた時には使い魔の死体は影も形も無く消えていた そのまま部屋に戻ったルイズは今度こそ自分にふさわしい使い魔を召喚すべく杖を振るった 「な・ん・で、またアンタなのよ!」 振るった杖の先に現れたのは、先程呼び出し、そして死んだ筈の男だった 姿も態度も変わらないまま、一つだけ違うのは左手に使い魔のルーンが刻まれている点だけ そうすでにルーンが刻まれているのだ、ルイズと契約した証が そのことに気付いたルイズは嘆息した 誰も見ていないことを幸いに無かったことにもできない、ルーンの消し方など知らないからだ 諦めたルイズは男のことを問い質すべく声をかけた 「アンタ誰?」 「今度はどこに……ここはどこだ……」 「次はど…… どこから…… い…いつ「襲って」くるんだ!? 」 「オレのそばに近寄るなああ―――――――ッ!!」 自分の質問が無視されたこと、質問に質問が返されたこと、うるさいこと、 そしてそれが自分の使い魔であることにルイズはあっさりとキレた 「うるさ―――――――い!!」 「ここはトリスティン魔法学院学生寮のわたしの部屋」 「わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、 ヴァリエール公爵家の第三公女でアンタを使い魔として召喚したメイジよ、 つまり貴族でアンタの御主人様よっ」 矢継ぎ早に言葉を発して男を黙らせると、そのまま扉の外に蹴り出した 「とりあえずそこで一晩頭を冷やしなさい」 ルイズはそう告げると非情にも扉を閉じた 朝、あまりの寒さにルイズは目を覚ました 「うー、寒い」 吐く息が白い 「もう春だって言うのに何でこんなに寒いのかしら」 突然の寒さに疑問符を浮かべながらベッドから降り、身嗜みを整えたルイズは食事に向かうべく扉を開けた 開けた扉の向こうから真っ白に凍りついた使い魔が部屋の中に倒れこみ………ブチ割れた ■今回のボスの死因 季節外れの寒波で凍死………のち粉砕
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/849.html
「フゴ……」 柔らかな朝日が差し込んできて、億泰は目を覚ました。 固い床で寝てすっかり凝り固まった体をボキボキと解しながら、部屋を見渡す。 そして、まだぐっすりと眠っているルイズを見て大きくため息をつく。 「冗談じゃねーよなァー、ったくよー」 そう呟きながら億泰は窓辺へ行き、窓を開け放った。 朝の新鮮な空気と日差しを全身に浴びつつ、昨日の事を思い返す。 「それ、本当なの?」 「あたりめーだろ。 んな事冗談で言ってなんだってーんだよォ~~」 十二畳程の部屋の中で、テーブルを挟んで二人は向かい合っていた。 億泰の手にはルイズから分捕った夜食用のパンが握られている。 「だって、そんな話を信じろっていう方が無理じゃない。 メイジがいない、月が一つしかないだなんて。 ね、アレでしょ?平民のくせに意地張ってるだけなんでしょ?」 「おいおい…『平民』はねーだろう? 既に名乗ったし、初対面の人間に対して『平民』とはよう! 口のきき方知ってんのか?」 「な、何よ!アンタこそ貴族に対する口のきき方知ってるの!? そんなに言うなら証拠見せなさいよ!証拠!」 「うっ……!」 そう言われて億泰は答えに詰まった。 頭の中には証拠になる景色は山ほどある。 しかし、実物として存在している物は一つとして無い。 学ランに財布しかないのだ。 鞄は『鏡』の前に落として来たし、需要が無いので携帯電話も持っていなかった。 しかも財布は補充寸前にトニオさんの所で食ってスッカラカンだ。 簡単に言うと何も無かった。 「ほら、無いんじゃない!」 「ああ、確かにねーよ。 ともかくよー、オレを元の場所に戻してくれよ。 信じてくれなくたっていいからよー」 「うん、それ無理」 その後ルイズに言われた話しは億泰に取って頭を抱えたくなる内容だった。 第一に、異世界を繋ぐ魔法なんて無い。 『サモン・サーヴァント』はこの世界の生き物を使い魔にするために召喚する魔法。 なんで億泰を召喚したのかの原理は解明不能で、 しかも『サモン・サーヴァント』は召喚の一方通行で、 一度召喚に成功すると使い魔が死ぬまで次に使う事はできない。 ルイズ様は偉大。 ルイズ様を崇めよ。 ルイズ様は貧乳ではなく微乳で美乳。 という内容を数十分に渡って言われ、その頃にはパンはすっかり消化されていた。 「とにかく、アンタが私の使い魔をやるって事は依然変わりないわね」 「……仕方ねーな。 他に帰る方法が見つかるまでやってやるぜ、『使い魔』。 で、使い魔って何すりゃーいーんだよォ~~?」 億泰としても帰る方法を知らず、しかも無いとまで言われ、 衣食住のアテも無いとくれば拒否する選択肢は無かった。 他の頭の良い連中なら逃げても生きれるかもしれないが、 自分はそこまで要領がよくないと自覚していたからである。 「まずは使い魔には目となり耳となる能力が与えられるの。 ……けど、私達には無理みたいね。何も見えないもの。 後は、秘薬とか主人の必要とする物の探索とか、 一番重要な主人の身を守る事なんだけど…… アンタじゃ無理ね、きっと。間違いなく」 オツム足りなさそうだし、とわざわざ最後に付け足された。 流石にこの時はカチンと来たので、『ザ・ハンド』の事を隠したのだった。 「んで、床で毛布に包まって寝かされて、 キャミソールとぱ、ぱぱパンティー投げつけられて……」 そう言って毛布と一緒に床に転がっているルイズの下着に目を向ける。 思いっきり転がされてると気分が風船のように萎んでいくのがよく分かった。 「めんどくせェー」 下着を持ち上げると放り投げ、『ザ・ハンド』の右手で握りつぶす。 ガオンッという小気味の良い音と共に下着はこの世から永遠に削り取られた。 仗助や兄貴に『恐ろしい能力』とまでいわれたスタンドをこんな事に使う辺りが億泰たる所以かもしれない。 それを見て満足そうに鼻で笑うと、ルイズのベッドに近づいていった。 「オラ! さっさと起きやがれダボがッ!」 思いっきりベッドを蹴り飛ばす! 衝撃に勢いよく揺れるベッドに、ルイズは寝ぼけ眼で飛び上がった。 「ふぁや!? な、なななに!?地震!?」 「朝なんでよォー、とっとと起きやがれおじょーさま」 「はうぇ?ああ、そう、朝。 で……あんた誰?」 「忘れてんじゃねーよ。 てめーが使い魔にしたんだろォ?」 寝ぼけ眼のルイズの顔を見て、こいつこの年でボケてんのかと億泰は思った。 「あ、あー。 オクヤスねオクヤス。召喚したんだっけ」 目をこすりながら起き上がると、ルイズは億泰に命令する。 「服」 椅子に掛けてあった制服をルイズへ放り投げる。 ネグリジェを脱ごうとしているのを見てつい背を向けた。 いくらペタンのルイズとはいえ、流石に直視するには免疫が足りていないのだ。 「下着」 「んな!?」 「そこのー、クローゼットのー、一番下ー」 寝ぼけ声で言われてムショーにムカついてきたが、 我慢して下着を適当に掴んで放り投げる。 「服」 クローゼットの上の段に有った予備の制服を投げてやる。 「……これ、なんのつもり?」 「服っつったじゃあねーか」 「違うでしょ!?着せてって言ってるのよ! 平民のあんたは知らないでしょうけど、召使が居たら自分でなんて着ないの」 「おめーは自分の事くらい自分でできねーのかよ」 「文句言うなら、朝ごはん抜き。 ほら、早くしなさいよ。朝ごはんに遅れるでしょ?」 そう言われるのとほぼ同時に、億泰の腹が鳴った。 「き…きたねーぞ」 そう愚痴りながら制服を手に取るしかない億泰を見て、 ルイズはふふんと満足そうに笑う。 そして、今日一日でキッチリと上下関係を叩き込むべく、 昨晩のうちに仕込だ『アレ』に億泰が引っかかる瞬間を想像し、 更に浮かび上がってくる笑みを噛み殺していた。 「ほへ~~~ こいつが食堂~~っ……!?」 学年別に並べられた豪華な飾りつけのされた長テーブル三列に、 ローソクや花、そして果物の盛られた籠が載っている。 食事の内容も丸のままの鳥のローストに、魚の形のパイ、 そしてワインまで並べられている。 「っつーか朝飯にしちゃー豪華すぎねェ~~~? しかもトニオさんのにゃ及びそーにねーがァー、 ヨダレずびっ!は間違いなさそーだぜぇ~~!」 わかりやすい位に喜ぶ億泰を見てルイズは最高にハイになっていた。 席についたルイズの隣にウヒョルンと座ろうとするのを手で制す。 そして親指立てて億泰へ向け、クルリと下に向ける。 貴族がやるにはあまりに下品だが、他の誰にも見られなければ問題ない。 「アンタのは、これ」 その先には皿が一枚。それも床の上に。 肉のかけらが虫眼鏡で見れば分かるほどの大きさで浮いているスープ。 その端に硬そうなパンが二切れだけ。 昨晩のうちに厨房に命令しといたメニューだ。 「なんじゃあこりゃあ~~? おめーはオレに食いてーもん食わせねーっつゥのかよー!」 億泰は思わず皿を持ち上げて中身を指差しながらルイズに抗議した。 その様にルイズはザマミロ&スカッと爽やかの笑みを浮かべる。 「あのね?使い魔はほんとは外。 アンタは私の特別な計らいで、床。 それに食べたい物食べさせたりしたらクセになるじゃない」 「アホ言ってんじゃね~~! オレは外に行くゼ! 草むらにでも座りながら食った方がマシだァー! クソッ!どーせお前らが食い終わる方がず~~ッと後だから問題ねーよな!」 「え、あ、ちょ!ちょっと!?」 チクショー!と言いながらそそくさと皿を掴んで億泰は出て行ってしまう。 予想外の行動をされて、ルイズは慌てて呂律が回らなかった。 その姿が廊下に消えた辺りで、ようやく悪態をつく。 「何よ、つまんない。 思い切り見せつけながら食べてあげようと思ってたのに。 っていけないいけない……今朝もささやかな……っと」 そう呟き、周囲がお祈りを始めているのを見て慌ててルイズもお祈りに参加する。 そこに有った果物の籠の中身が大幅に減っているのにも気づかずに。 「はぁ~~ったく。 毎度毎度こんな手は使ってらんねーよなァー、流石にィ」 外に出て建物に寄りかかりながら億泰は硬いパンをスープで流し込む。 そうして手にした果物を齧りだした。 食堂から出る寸前、『ザ・ハンド』で空間を『削り』幾つかの果物を 『瞬間移動』させて持ってきたのだ。 出る辺りで食前の祈りが始まったらしく、誰も注意を払っていなかったのが幸いした。 「それに肉とかも欲しかったんだけどなァ~~ タンパクとか脂肪とかよぉ~~」 次からは一際スットロそうだったあいつからパクるかのォ~~~ と、昨日一番ハイテンションにルイズをバカにしていたメイジの顔を思い出してそう呟いた。 「ぶぇっくしょぉい!」 同時刻、マリコルヌは派手にくしゃみをしてしまい、 正面に座っていたタバサに『エア・ハンマー』で吹っ飛ばされていた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1193.html
四人を見送ってからオスマン氏は『ふぅー』と溜息を付いて椅子に深く座り込む。 ミス・ロングビルが居心地悪そうに、視線を泳がせているのが、 そしてコルベールが『そういえば』とか言いながら棚の目張りを剥がして中を覗きこんでいるのが見える。 棚から取り出された、束ねられた、泣き言を繰り返すアヌビス神と、気持ち悪いを連呼するデルフリンガーが机の上に置かれるのを待って口を開く。 「忘れていきおったの」 「それだけ疲れていたのでしょう。色々有りましたから」 オスマン氏の言葉にコルベールが苦笑する。 「ったくよォ。おれは淋しい場所が嫌いだって何度も言ってんのに」 「だからって突然懐くな気持ち悪い!」 「懐いてねえよ、気の所為だ。暗闇が見せた幻覚症状だな! 年だしボケがきたんだろ?」 「てめえの恥部を人の所為にするのかよ! 『暗いよーっ!』とか泣いてたのは何処のどいつだ!」 「幻聴だな、間違いなく幻聴だ。暗闇って恐ろしいなァ、心を破壊する」 棚から取り出されるなり、言い合いを始めるアヌビス神とデルフリンガーを、三人が少々ぽかーんと呆けながら眺めた。 しかしあまりにきりが無さそうな為、オスマン氏は間に割って入る事にした。 「さてと。先程の『フーケちゃんの自白』でも有ったが、元いた生まれた世界とは何か聞かせてもらえんかね?」 その言葉にコルベールが興味深げな表情を見せる。フーケことミス・ロングビルは『フーケちゃんの自白』部分で一瞬びくっと身体を震わせるが、やはり興味深そうだ。 オスマン氏は人払いをとも考えたが、先程の自白でそれは無意味だと思い其の侭続ける事にした。 「いいけど条件があるぜ?話しはそれからだ」 アヌビス神が取り引きを持ちかけた。 「言うてみい」 「ミス・ロングビルで良かったっけ? 後で折れてるおれを『錬金』で繋いで治せ。 タバサの話しじゃ、作りが繊細だから並みのトライアングルじゃ微調整がどうとか言ってたがお前ならいけるだろ?」 「流石に試さないと判らないわ。けどこの話しには興味あるからその条件飲むわ」 「後、壊れた塔治す時、おれにもあれと同じ強さの『固定化』かけろ」 「ん。良いじゃろ」 条件への同意を確認しアヌビス神は語り始めた。 「あの『破壊の杖』はな『M72LAW』ってぇ名前。まーロケットランチャーって奴だ。おれが生まれた世界でここ数十年位使われてる兵器だよ。 おれが生まれた頃はあの世界の武器なんざ、こっちと大差無かったんだけどな。 今じゃ人の殺し合いはあんなの使ってドンパチだ。つまんねえ世の中になったもんだ」 特にコルベールはその話しを興味深げに、しかし眉を顰めながら聞いた。全く違う技術、しかし火を中心とした力が殺しの道具とされている話しが心苦しかった。 ミス・ロングビルは心の中でフーケの顔となり、過去に巡り合った色々なお宝を思い出した。用途が余りに不明でガラクタとした物の中には、同じような物が有ったのかもしれないと、思いを廻らせた。 「しかし、別の世界とな……」 「ああ、ルイズの『召喚』とやらで、バラバラになって死ぬって時に呼ばれたんだ。不思議なもんだ」 「なるほど。そうじゃったか……」 オスマン氏は目を細めた。 「おめーも色々あったんだなぁ……」 アヌビス神の由来を、始めて詳しく聞く事となったデルフリンガーも、感慨深げにカタカタと鞘を鳴らす。 「おれとしちゃ6000年前に、デル公みてえな剣を作った奴が居たって事が驚きだぜ。 あっちの世界じゃ、そんな旧い時代にゃ剣なんかなかったからな」 「俺の偉大さが判ったか若造ーっ!」 「くくくっ、お前を作った奴の偉大さならよーく判るぜ。何せおれは刀鍛治の分身だからな」 アヌビス神はスタンドの話しはあえて今回は伏せた。基本的にその事を必要以上に知るのは、ルイズだけで良いと考えた。あいつだけは特別。何故そのように考えたのかは自分では判らなかった。 ミス・ロングビルは、どんだけ助平な性格の刀鍛治だったのよと心の中で突っ込んだ。 「おっとっと、ちょいと饒舌になっちまったな。さて、そのついでに聞きたいんだが、あれが有ったって事は、おれ以外にも色々こっちに来てるって事だよな?」 オスマン氏は、ため息をついた。 「あれを私にくれたのは、私の命の恩人じゃ」 「人間でもこっちに来た奴がいたのか。そりゃ興味深いな」 人が来る以上スタンド使いが現れる可能性が、格段に跳ね上がる。警戒する為の知識として知っておいて損は無い。 「もう死んでしまった。今から、三十年も昔の話しじゃ」 「もっと詳しくだ」 「三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこで救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主じゃ。 彼は、もう一本の『破壊の杖』で、ワイバーンを吹飛ばすと、ばったり倒れおった。怪我をしていたのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看病した。 しかし、看護の甲斐無く……」 「死んだか。なるほどな」 その男はスタンド使いの可能性は低いかな。非戦闘タイプの可能性も高いけど。と思考を廻らせる。 「私は、彼が使った一本を墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名付け、宝物庫にしましこんだ。恩人の形見としてな……」 「お前もあれが杖に見えたのか。視力がマヌケか。おかげで最初アレが『破壊の杖』と気付かなかったぞ。 もうここの塔を全部杖と改名しちまえ」 「わ、我々からすると、魔法を捲き起こすものは、杖なんじゃ」 感慨深く過去を思い出したところで容赦無く馬鹿にされて、オスマン氏、がっくりと項垂れる。 「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。きっと彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」 「そいつはどうやって来たのかね。やっぱ誰か召喚したのか?」 「それは判らん。どんな方法で彼がこっちの世界にやってきたのか、最後までわからんかった」 「頻繁に呼ぶ方法がわからねえのか、そりゃ結構」 アヌビス神としては、できるだけ行き来など出来て欲しくなかった。余計な兵器が次々入ってこられては、長らく遠ざかり、再び廻り来るのを夢見て待ち侘びた、剣と剣のぶつかり合う戦いのありえる世界、それが壊れてしまう。 戻るつもりなど毛頭も無い。簡単に行き来できては何時戻されてしまうとも知れない。 「でじゃ、おぬしのこのルーン……」 オスマン氏は、アヌビス神を手に取り柄をまじまじと見る。 「ちなみにフーケちゃん。知っておるかもしれんが、こりゃおぬしも関係するかもしれんぞ?」 「フーケちゃんではありません!」 「ほっほっほ。これは伝説の使い魔の印じゃ」 オスマン氏は適当に笑って誤魔化して話しを続けた。 「ええ、私も何度も調査しましたが間違いありませんでした。『ガンダールヴ』の印ですな」 コルベールがアヌビス神の柄を食い入るように覗き込む。 「伝説?なんだそりゃァ」 「この印を持つ伝説の使い魔は、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ」 「何かおかしくね?俺『武器』なんだぜ?武器が武器を使いこなせる印とか変じゃね?」 「だがよ、おめーしっかり俺を使いこなしたじゃねーか。別の世界から来たんだ、規定外の何かがあるんだろーよ」 デルフリンガーの言葉に、やっぱスタンドな事が何か関係してるのかね、と考えてみる。 「その印とおぬしが、こっちの世界にやってきたこととが、何か関係しているのかもしれん。あくまでも想定じゃが」 その言葉に、他にも伝説の印付きが居て、オラオラがこっち来てたらちょっとぞっとしねーなと考えた。スタンド使いだからこそ、印付きで呼び込まれたのかも知れないと。 「で、何故わたくしが関係していると?」 訝しげにミス・ロングビルことフーケちゃんがオスマン氏を見つめる。 「伝説のアレが出てくるのも、『ガンダールヴ』が出てくるのも同じ話しじゃからな。 んま、大事な誰かさんを守るのに、必要な話しかも知れんと思ったお節介じゃ」 言いながらオスマン氏は、ひょいひょいと彼女の側へ歩いていって尻を丹念に撫でた。 半殺しにされたオスマン氏を放置して解散となった。 コルベールが懲りずに『今晩一緒にダンスを!』とか迫っている。逞しい事だ。 しかしミス・ロングビルへのスイッチを完全に入れたフーケは『彼を治す約束がありますので』と、抱き上げたアヌビス神を見せ『ほほほはほ』と笑いながらあしらった。 「相変わらず、すげぇ演技力だな」 「全くだな。これが女狐ってやつだーな!」 「はぁ……流石に、今演技を長時間続ける自信はないわよ」 抱えている二振りの言葉に、少し苦笑しながらため息を付く。 「別に悪いたぁ一切思わねえが、一応謝っとくぜ。チャンスと命令が有ったら、幾らでも繰り返すけどな!」 「あ、あなた……げ、外道ね……」 殆ど素のフーケに戻った彼女が冷汗を垂らし歩を進める。 「一応、一番詳しいらしいタバサに相談しながら『錬金』をかけるわよ?」 「ぶっ壊そうとしても判るんだからな?しっかりやってくれよ」 「そんな事しないわよ。勿体無いわ」 「価値が判っているようで結構だ。ところでなんだ」 「何かしら?」 「お前の胸適度に張りが(刃を突き立てる上で)良い上にぷるぷるしてて(斬り心地)よさげだな!」 「お、おめーよう。興奮した時、時々肝心な単語を飛ばす話す方やめろよ!」 変質的な事を平然と口走る妖刀に、常識ぶってはいるがそれを的確に理解する魔剣、復讐とかそういう事では無く、女性としてこれを始末した方が世界の為かもしれない、フーケかマチルダか判らない状態の彼女は心底考えた。 「あー……ホント心が落ち着かないわ。スイッチがどこに入ってるんだか」 フラフラした足取りで彼女は、女子寮のタバサの部屋へと向っていった。 アルヴィーズの食堂の上の階が、大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われていた。 あいもかわらず可愛らしい鞘に納められた妖刀と魔剣は、バルコニーに置かれたテーブルの上に転がっていた。 修理された後、タバサに『パーティーのお洒落』と言われて揃って鞘に蝶ネクタイをつけられた、意味が判らない。 一応この場所までは修理後、そのままタバサに連れてこられた。彼女は黒いパーティドレスを纏っている。そのタバサは彼等をさっさとこの場に置いて、料理を漁りに行ってしまった。 今アヌビス神はついに、完全な刀身を取戻している、その為かとても上機嫌だ。 綺麗なドレスに身を包んだキュルケが『治って良かったじゃない』と少し声をかけてきたが、男に囲まれて其の侭会場の奥へと消えてしまった。 ついさっきまでは、側のテーブルでギーシュが数名の教師に質問攻めにあっていた。 アヌビス神もギーシュがちゃんと役に立ったのか?活躍したのか?と聞かれた為、一応事実なので『ギーシュがいなかったら全滅してたんじゃねーの?』と答えておいた。 デルフリンガーが『確かに最後のあれにはおでれーたね。それにギーシュいなけりゃ俺達活躍できなかったしな』と続けた。 その為だろうか、今遠くで『ギーシュさん!ギーシュさん!ギーシュさん!』とコールされている。 ミスタ・ギトーが、パーティ早々な時間にも関わらず、顔を真っ赤にするぐらい酔っ払って『風はもう糞だァー!』とか叫んでいる。 「『愛』!!心(ハート)を奮わせる捨て身の『愛』!!『ギーシュさん』のその『愛』が大事なのです!」 また叫び声が聞こえる。 「そうです。『土』だけでは大地に何も実りません!『ギーシュさん』の『愛』あってこそ」 やばい、ミセス・シュヴルーズまでラリって一緒になって叫んでいる。 当のギーシュは何とかその囲みを脱出し、モンモランシーに何か手渡している。成る程、彼はこのパーティに供えて指輪をプレゼントしたかったようだ。 軽い気持ちだったようだが、タイミングと雰囲気が良過ぎて彼女が想定以上の物として捕らえたようだ。 ギーシュ・ド・グラモン。追い風が危険レベルの突風と化している。 そして追い風には狂風をもが含まれる事が有る。 「許さん!許さんぞォギィーシュゥー! 奴等を!奴等を!ぼくらの風が糞ったれた『愛』も吹飛ばすッ!」 「「「吹飛ばす!吹飛ばす!吹飛ばす!」」」 「あわせろ、ふぉぉぉぉぉぉぉ!!も・て・ねー!!」 「「「も・て・ねー!!」」」 明かに空白地点が有る。良い雰囲気のこの会場に明かに空白地点が有る。そこが狂風の発生源だ。 ちなみにバルコニーにはまだテーブルが有る。室内から完全な死角になっており、あまり好まれないその席で、今日の敵が顔を真っ赤にして座っている。 ワインを、渇き死にそうな時に飲む水の如く、凄まじい勢いでがっぱがっぱ飲み干していく。 時々『死ねー爺!』とか『やっとセクハラから開放されたと思ったのに!!』とか叫んでいる。 色々割り切っても、それだけは割り切れないようだ。 彼女を探してコルベールとオスマン氏が会場をふらふら放浪している。 アヌビス神はそれらの光景を見ていたら、何だか気持ち良くなってきた。 「酒は飲めなくてもよォ。おれ達でもなんか酔っ払っちまう事ってあるんだな」 「おめー雰囲気に酔うって知らなかったのかよ」 「血に酔った事しかねえな」 「けっ、相変わらず物騒なやつだな。虚しい500年だな、ええ? だが憶えておけよ?おめーだってそんな時も有るって事をよ」 上機嫌も手伝ってか、何時もと違う陽気さが何処からか涌いてくる。10倍以上の生の先輩剣に五月蝿く言われたが、これは刀身完全再生の絶頂って奴だ!そう考える事にした。 ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現した。 門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」 ルイズは長い桃色がかった髪を、バレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせている。 主役が全員揃ったことを確認した楽士たちが、小さく、流れるような音楽を奏で始めた。 「やっと登場かよご主人さま」 「変われば変わるもんだな」 「人、それを馬子にも衣装と言う!ゲラゲラゲラ」 「ひっでー事言うなおめー。間違いねえけどな!ゲラゲラゲラゲラゲラ」 「肉と骨を感じりゃ、良い素質だって判るんだぜ。着飾って貰わねえと判らねーとか、それこそ脳味噌がマヌケで目がマヌケだ。流石、筒が杖に見える世界だな」 それが聞こえたミス・ロングビルがワインを盛大に噴いた。 「オイオイ、アヌ公、あれ大丈夫か?」 「あれはもう駄目だ。多分小屋に有った、釣竿とか鉄球もお宝と思って奴が集めてたに違いない。今確信した」 何時の間にかホールでは、貴族たちが入り乱れ優雅にダンスを踊っている。 「ありゃ?ご主人さまは何処消えた」 「ワイン噴水見てて、うっかり見てなかったな」 一言話すだけでそろってゲラゲラと大笑いをしてしまう。『不味い、すげえくだらねえのに愉快だ』アヌビス神は呟く。 「何でお酒も飲めない連中が酔ってんのよ」 何時の間にかルイズが同じ席についていた。 「ご主人さまは踊らないのか?」 「わたしとつり合いが取れるようなのが、いないだけよ! 昨日まで、ゼロのルイズとか散々バカにして置いて調子良過ぎよ」 「けどよー、ルイズおめー。そんなこと言ってると、そこの影になってるテーブルのみたいになるぜ?」 ルイズは何それ?と言われた方向を見て『あによ!文句ある?』と睨まれて、脂汗をダラダラ流した。 「あ、あああ、あれは……そ、そうよ! あ、あんた達が、踊りの相手をできるぐらい、気が利いた使い魔だったら問題なかったのよ!」 強引過ぎる切り替えしで、机の上に転がる二振りをじとぉーと睨みつける。 「酔っても無いのに無茶言うなよ」 デルフリンガーが絡むなといったふうに鍔をカタカタと慣らす。 だがアヌビス神がそれを笑い飛ばす。 「6000年ぼさーっと生きた奴と、このおれ様の格の違いを見せてやるぜ。刀剣ってなー踊り方を知ってる物なんだぜ? おい、ご主人さまよ。鞘から出してちょいと『許可』しろ」 「間違えても殺戮パーティにしちゃ駄目よ?」 少し心配げに言うとルイズはアヌビス神を抜き放つ。完全に甦ったその片刃の姿は美しい。月明かりを映しまるで宝石のようにきらきらと輝く。 「良いわ、アヌビス、あんたに『許可』するわ」 奇妙な誘いにルイズはくすりと笑顔を零す。 言葉と共にルイズの身体が意思とは別に勝手に動き出す。 徐々に踏まれる軽やかなステップ。剣の無駄なき流れるような軌跡が、刀身の輝きも相まって宙に鮮やかな光の帯の幻想を呼び起す。 勝利呼ぶ女神の剣舞。例えるならばそれは人の物でなく、高貴で、神聖で、美しいもの。使い魔を召喚する時に、ルイズが心の何処かで願ったあの想い其の侭に。 バレッタに纏められた桃色のその髪の毛が、跳ねる度に、時に柔かく、時に激しく揺れ動き、薄暗いバルコニーで月の明かりを受け天の宝石の如く煌く。 「おでれーた!こいつぁおでれーた!てーしたもんだ!」 心底吃驚したように、デルフリンガーはおでれーた!と繰り返す。 「主人の相手をつとめる使い魔なんて、ダンスのエスコートする剣なんて初めて見たぜ!」 「だからデル公、お前とは格が違うって言ったんだぜ」 酔うに酔ったアヌビス神は歌うようにへへんと言う。 その美しい舞いは周りの者達を魅了する。相手がいないダンスであるのに、踊る誰よりも満たされ不思議に包まれたその姿、優雅に強く。 その姿に賛美の言葉だけの己に堪え切れずに、デルフリンガーが思わず求める。 「お、俺も連れてけ兄弟っ!」 「おうよ、来なっ糞兄貴!」 一声応え、左の手に彼を取る。 踊りの場をバルコニーからホールへと。 「「アヌビス神! デルフリンガー! ルイズ二刀剣舞! ってな」」 「ば、バカっ」 二振りはふざけるように声を重ね、顔を赤くするご主人さまを、今宵の主役にすべく、踊りの渦へと飛び込んで行った。 ゼロの奇妙な使い魔 アヌビス神・妖刀流舞 第一部 -完- アヌビス神-13前へ 戻る To Be Continued?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/653.html
第一話 【眠りすぎた奴隷】 第二話 【使い魔フーゴ;主人からの第一指令】 第三話 【”労働基準法違反疑惑”浮上】 第四話 【そいつの名は『ゼロ』】 第五話 【自分からの第一指令:『食事をゲットせよ!』】 第六話 【行進曲は高らかに奏でられる】
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1240.html
ルイズは夢を見ていた。 生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷での幼き日の夢を。 デキのいい姉たちとの魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られたあの日。 その事を召使たちにまで噂され悔しい思いをしたあの日。 それが悔しくて悔しくて、夢の中の幼いルイズは『秘密の場所』へと逃げるように駆けていく。 そこは唯一安心できる場所。あまり人が寄り付かないうらぶれた中庭。 池の周りには季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがある。池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。 島のほとりに小船が一艘浮いていた。舟遊びを楽しむためのその小船、今はもう使われていない、幼き今の日よりもずっと前に置き忘れられた、その小船。 その忘れさられた中庭の池と小船が、幼いルイズの『秘密の場所』 叱られると、決まって小船の中へ逃げ込む、そこは心の砦。 そして今もその小船へ。中に用意してあった毛布に潜り込む。そんな風にしていると……。 中庭の島にかかる霧の中から、つばの広い羽根つき帽子にマントを羽織った一人の立派な貴族が現れた。 年のころは十六歳ぐらい、夢の中のルイズは六歳ぐらいの背格好だから十ばかり年上に見えた。 「泣いているのかい?ルイズ」 帽子に顔が隠れていて、それでもルイズは彼が誰だかすぐにわかる。 憧れの人。最近、近所の領地を相続した年上の貴族。胸がほんのり熱くなる。 晩餐会をよく共にした。そして、父と彼の間で交わされた約束……。 「子爵さま、いらしてたの?」 幼いルイズは慌てて顔を隠した。みっともないところを憧れの人に見られてしまったので、恥ずかしかった。 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」 「まあ!」 ルイズは更に頬を染めて、俯いた。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 俯くとその視界に何か長い物がある。毛布に紛れてよくは判らないけれど。 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 おどけた調子で、子爵が言った。夢の中のルイズは、首を振った。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 ルイズは、はにかんで言った。帽子の下の顔がにっこりと笑い、そして手をそっと差し伸べてくる。 「子爵さま……」 何故だかわからないけど、その差し出された、その手の意味がわかる気がする。 そう、今この手の下にあるのを使うの。 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって」 「大丈夫ですわ。子爵さま」 だって今は魔法が上手に使えなくても、戦えるもの。 敵だけでなく、自分とも。そして敵が巨大なゴーレムでも立ち向かえるもの。 「では」 憧れの人がにこりと笑って杖を抜く。 「ええ」 笑って応え、毛布を投げ飛ばすように捲って、そしてその下にあるものを手にして杖と打ち合わせるように。 小船が大きく揺れ、池に波紋が広がりゆく。 子爵さまが杖を振ると、風が渦巻き花が舞い散る。 その風に我が身を任せ空へと舞い、そして身体がまるで自分の物で無い様に、華麗に舞うが如く動き出す。 手にした妖しく煌くものを振りぬくと、子爵さまの帽子が飛ぶ。飛んだ帽子は風に乗り、吹き散らされた花と一緒にくるくる、くるくると空を舞う。 子爵さまの杖が風を纏って、桃色の柔かい髪を吹き散らす。 気付けばその身が十六歳。幼き日より伸びた腕、その手に輝く妖しき剣が、杖ごと子爵さまの腕を切り落とす。 「強くなったなあルイズ」 子爵さまが笑って頭を優しく撫でる。 ここでOP ふぁーすとKILLからはじまるーっ 二本のバトルひすとりーっ この強烈なー 斬ーれ味にっ 敵は ばっさーりー バラされたっ 剣が二つ 斬れない敵 ありえないこーとーだーよねー マジありえねえ ゼロの奇妙な使い魔 アヌビス神・妖刀流舞 第二部 双剣・風の国に舞え 「なあデル公、今日のご主人さまは寝床の中でも元気だな」 二つの月明かりに照らされた二振りが、ベッドの中でばったばったと暴れるルイズを眺めている。 「ああ、騒がしいね。時々隣の壁を殴ってるから、多分キュルケと喧嘩してる夢でも見てるんじゃねえか?」 ルイズは時々上半身を起こして壁に向って、ドカドカドカと見事な連撃を叩き込んでいる。 「お?立ち上がったみたいだ」 「あの顔、まだ寝てるね。夢遊病だね、こりゃ」 ルイズはくるくるとベッドの上で身を捻ると、見事な回し蹴りを壁に叩き込む。 「スゲェ、ご主人さまスゲエな。さすが最近少し走り込みしてただけはある」 「しかしまあ、可愛いくねえ寝惚け方だね」 半分呆れている彼等の前で、見事な膝蹴りが壁に叩き込まれる。 「むぅ……こ、これは!」 「知っているのかアヌ公!」 「あれは伝説の真空跳び膝蹴り!噂には聞いていたが本当にこの目に見ようとは」 「何だと!」 「嘘だけどな。 しかし、やっぱここまでしたら、隣の部屋は五月蝿いと思うか?」 「そりゃもう駄目だね。今頃連れ込んだ男とのムードもズタズタで怒り心頭だーね」 「へへへ、お前、発言が結構スケベだな」 「おめーにだけは言われたかねえ!」 案の定少ししたら、扉が物凄い勢いで、ばんっと開かれ、ベビードール姿で悩ましい格好のキュルケが怒鳴り込んでくる。 「あ、おれ、これは少しだけデジャブ」 「相変わらずの問答無用『アンロック』だーね」 「五月蝿いわよルイズ!」 ずかずかとベッドの前までやってきたキュルケが、ベッドの上で凄まじい格好で突っ伏しているルイズに食って掛かる。 怒鳴り声にルイズが『むにゃ?』と反応して目元を擦って……。そのままキュルケを抱きしめた。その予想外の不意打ちに、入室時には握っていた杖を思わず取り落とした。 「ば、馬鹿っ。離しなさいルイズっ!」 「むにゃ……駄目ですわ、子爵しゃまぁ~」 首を押さえ込まれ、頭をベッドに引っ張り込まれたキュルケがばたばたと暴れて抵抗する。 「は、離しなさいルイズ!駄目、髪の毛がぐしゃぐしゃに」 兎に角踏ん張る事ができる何かをと、必死に手を足を動かし、探る探る探る。 がしっ 何かを掴めた。 「お、俺だってかー!?」 キュルケが何とか掴んだのはデルフリンガーであった。 何か掴めたと感じたキュルケは、勢い良くそれを引く。 固定された物でなかったそれは、そのまま勢い良く……、つまりは重たい物を握ったパンチとなり、キュルケの上半身を押さえ込んでいるルイズへと炸裂した。 「ぶにゃぁーっ」 奇妙な叫び声を上げて、ルイズがベッドへと打ち倒される。 「ハハハハ、これは綺麗に入ったな」 アヌビス神がそれを見て、こりゃ愉快だとばかりに笑い声をあげる。 「でえじょうぶか?随分と綺麗に入ったぞ」 デルフリンガーの言葉にキュルケは『え?え?』と大慌てで。 「これは殺っちまったな……。おれは使い魔だから判る。今なにか感じた」 「え、えええ、え、えええええええ??」 アヌビス神の言葉にキュルケ大混乱。 「ルイズ!ルイズ、しっかりしてルイズ!」 ルイズの肩をがっくんがっくんと揺さ振り生死を確認しようと必死である。 「こ、今度の相手はきゅるけにゃのね?」 どこか眼が寝惚けたままのルイズがゆっくりと首を持ち上げる。 「ルイズっ、生きてたのねルイっぶーっ」 涙目になりかけていたキュルケの腹に、いきなり鋭い膝蹴りが叩き込まれた。 続けて何かを叩き付けるように、ルイズの腕が振るわれ、そして宙を斬る。 「あれ?」 ルイズは振りぬいた腕が宙を切った事を疑問に思い、その手を見た。 「……にゃんで無いの?」 周りを素早く見渡す。『あった!』一声そう言うとベッドから飛び出す。 そして、素早く床に転がるアヌビス神を手に取る。 「とにゃぁー!」 やたらと可愛らしい気合の声が、部屋に、寮塔に響き渡る。 「な、ななななな、ななななっ」 キュルケは混乱しながらも、何とか手にしていたデルフリンガーでそれを受け止めた。 しかし容赦無くルイズはガンガンと殴りつけてくる。可愛らしい鞘に入ったままのアヌビス神で、ガンガン、ガンガンと殴りつけてくる。 「フハハハハ、勝負だなデル公」 デルフリンガーは、やたらと偉そうな態度で腕を組む、犬面男の幻影を見た気がした。ついでに何故か、可愛らしいティアラやらピアスがついている気もする。 「ば、馬鹿かおめーっ。勝負とか言うタイミングか、空気読め!アヌ公ッ!」 鞘(可愛らしい)から少しだけ刀身の覗かせたデルフリンガーがカタカタ鍔を鳴らして抗議の声を上げる。 「あ、あんたたち止めなさいよ!自分の主人でしょ。如何にかしなさいよ、こ、こここ、殺されてしまうわ」 「いいネー、殺し。それ凄くいい!ずばァーっといこうゼずばァーッと。 ハラワタぶちまけようぜ 心臓ビクビクいわせようぜ 脳漿とか、おれ大好き」 必死の抗議でアヌビス神、逆に興奮しだす有様。何時もよりやたらと具体的かつ直接的な表現で、大笑いをしだす。 デルフリンガーに『何とかして』と話しを振ったら『諦めろ、もう駄目だ。大丈夫、骨は拾えないけど拾ってやらあ』と返ってきた。 駄目だ、この部屋の連中は揃って駄目だ。キュルケ半泣きで、とにかく思いついた名前に助けを求めてようと思い、叫びを上げる。 「タバサーっ!タバサ!タバサタバサタバサタバサーっ!タバババタバサー!」 タバサは2階上で熟睡中、聞こえる筈が無い。途中で『この声、タバサに届くのかしら?』とも思ったが、叫び声を上げ続ければきっと他の誰かが……。そのようにも期待して繰り返す。 もっとも他の同階の寮生は、また何時もの連中かと耳栓やら『サイレント』やらで、とっくに防音している訳で。 つまりは日頃のルイズとアヌビス神のゲシゲシの賜物です! 「ええい、てぎょわい!」 こりぇでもかこりぇでもきゃっ!」 「ちょっと、ちょっとルイズっ! 寝惚けてるわね?寝惚けてるんでしょう? 実はわざとやっているのよね?ね?」 「さすぎゃ、終生のらいばるーっ!」 「やっぱり止まらないわ、タバサーっお願いだから気付いてっ!」 止まらない。幾らキュルケが必死に呼びかけてもルイズ、止まる事を知らず。 結局、1時間程経過して気付いたタバサが、杖でルイズの頭を後ろから小突くまで、ひたすら、カンカンと硬い物を打ち合わせる乾いた音が響き渡った。 今、学院にいる男性の間でミス・ロングビルの人気が妙に高い。 最近見せるようになった憂いのある顔がたまんねぇ!とか。 以前時折見え隠れした柔かい中の、嫌な刺々しさが消えて、棘はあってもどっか清々しくて、むしろその棘で突いて!貫いてェー!とか。 時々何故か変えてる髪型が新鮮で凄くイイ!とか。 時折見せる弱さが以前と違ってどこか保護欲を刺激する!とか。 当人にとっては、それらは全て不本意な結果なのだけれど。 耳に入ってくるそう言った噂に頭を抱えながらも、色々心の穢れが半ば強引ながら落ちたのも事実な訳で……、そんな事を考えながら今彼女は、マチルダとして手紙を綴っている。 『仕送りの額が少し減るかもしれないけど、大丈夫かい?』『額は減るけれども、以前より安定して送る事はできそうだよ』 近況と思いを形にしていく。 しかし『そこから皆で出てみる気は無いかい?』と書いてぐしゃぐしゃと紙を握り潰した。 危ない、うっかり呼び寄せる所だった。あの爺の毒牙にかけてしまう所だった! 正直今のアルビオンに行く理由が減るのは個人的に望ましいところながら、危ない危ない、自分の都合で大切な人を生贄に捧げてしまうところだった。 何しろオスマン氏のセクハラが以前と違い、的確に弱いところをついてくる事があるのが、今向き合っているとても困る現実な訳で。 どういう風に想像してみても不安しか涌いてこない。オスマン氏が手が滑った振りをしたり、転んだ振りをして、ティファニアの胸を掴んだり胸に顔を埋めようとする姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。 「ええい!牢獄送りで縛り首になる事を考えれば、随分と運が良い気がするけど腹が立ってくるわね」 怒りに任せて、開けっ放しだった窓へ向けて、文鎮を投げつけた。 ゴガッ 「あだっ!おぶぉあッ!!」 窓の外で景気のいい打撃音と、せつない動物の鳴き声が聞こえた。 『まただわ、また糞爺だわ』と目元を数秒押さえた後、やれやれと思いながら窓から外を覗く。 頭を抱え『おー痛っ!おー痛っ!』と繰り返すオスマン氏が浮かんでいる。 「オールド・オスマン!部屋への乱入は、お止めください!」 せつない動物へ向けて、侮蔑を思いっきり込めた声を、腹の底から搾り出す。 しかしこの、せつない髭爺は全く懲りた様子も無く軽快にしゃべり始める。 「ち、違うわい。ちょぉーっとばかし、学院の治安の為に巡廻したついでに、フーケちゃんの―――――」 寝言は聞きたくないので、容赦無く言葉の間に割り込む事にする。 「徘徊では? それと“ちゃん”に関しては一歩引きましょう、ですけど、此処でその名前はお止めください!」 「ロングビルちゃんは言い難いんじゃ。 そんじゃ、マチルダちゃん。 マチルダちゃんが心配じゃったから、ちゃんと着替えてベッドに入るか確めにきたんじゃよ。ホッホッホ」 「し、失礼ですが。学院の治安を最も乱しているのは、オールド・オスマン、貴方なのではないでしょうか?」 「気の所為じゃよ。そんな事よりじゃな。何時になったら、その噂のあの娘さんとは会えるのかね?」 オスマン氏はとても自然な動きで窓から部屋に入り込み、腕を震わせるミス・ロングビルの胸をむにむにと撫でた。 「一瞬考えましたけど、たった今、何が何でもっ!」 鋭い膝蹴りがオスマン氏に叩き込まれる。 「絶対絶対絶対に!」 怯んだオスマン氏に『レビテーション』をかけ窓から放り出す。 「お断りする事を決めました!」 素早く『レビテーション』を解除、数瞬置いて『練金』のルーンを唱える。 窓の外に、地面から生えてきた巨大な土の腕に殴り飛ばされるオスマン氏の姿が見えた。 「おやすみなさいませ!」 ミス・ロングビルの怒声と共に窓がばたんと閉められた。 今宵のトリステイン魔法学院はとてもとても騒がしい。 To Be Continued 13後< 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2265.html
3話 窓から差し込む光を感知して、ホワイトスネイクは姿を現した。 「サテ……コレカラドウスルベキカナ」 そう言って、窓の外に目をやる。 空はまだ薄暗く、太陽も地平線から少し頭を出した程度。 朝まではまだもう少し時間があるようだ。 「トリアエズハ現状確認ダナ」 ホワイトスネイクが「自分自身の変化」と疑うものはいくつかあった。 1つ目は、「スタンドパワーの供給源」。 エンリコ・プッチが死んでいる以上、彼からスタンドパワーを供給されていることはあり得ない。 自分の限界射程の20メートルという距離を考えればなおさらだ。(これは昨日のうちに確認している) ではいったい誰からスタンドパワーを供給されているのか? 「多分……コイツダローナ」 ホワイトスネイクが白い目を向けた先には、ベッドの上でぐっすりと眠りこけるルイズの姿があった。 確かにそれ以外に考えられない。 事実、昨日からずっと自分の20メートル以内にいたのはルイズだけだったのだから。 となると、ルイズはホワイトスネイクのスタンド本体である、ということになるのだろうか? 答えはノーだろう。 ルイズがホワイトスネイクのスタンド本体であるとするといくつかの矛盾が生まれるからだ。 例えば昨日ルイズはホワイトスネイクの足をふんづけたが、その際にルイズが足に痛みを感じた様子はなかった。 スタンドとスタンド本体の間での「ダメージの共有」がなされていないのだ。(これが2つ目の変化と疑うものである) 他にもホワイトスネイクが「自分の意志で」発現できたということもあるが、 ホワイトスネイクが「自分の意志でスタンド本体を守る」というかなり特異なタイプのスタンドであることを考えれば、 さほど大きな変化でもないのだろう。 いずれにしてもそういった変化もある以上、今この時点で「ルイズが自分の本体である」と決めるのはまだ早い。 ホワイトスネイクはそう結論付けた。 そうこう考えているうちに太陽はそれなりの高さまで昇り、窓から差し込む日差しも強くなってきた。 ホワイトスネイクは改めてルイズに目をやる。 「ふにゃ……」 だが未だにルイズは寝ている。 さっきから何も変わっていない。 「コレヲ起コスベキカドーカ……」 ホワイトスネイクはそんなことを呟きながら椅子に腰かける。 確かに昨日「賭け」には乗ってやったが、ここまで面倒を見てやるつもりはホワイトスネイクにはない。 働くとしても、せいぜいスタンド本体に対するスタンドぐらいの程度でだ。 とその時。 コンコン、と部屋のドアを軽くノックする音が響いた。 だがルイズはまだ寝ている。 応対できるのはホワイトスネイクだけだ。 再びノックオンが響く。 ホワイトスネイクは仕方なくイスから立ち上がり、鍵を開けてドアを開いた。 「誰ダ?」 「おは……って、あんた誰よ!?」 ドアを開けた先に立っていた赤毛の女が頓狂な声を上げる。 「ホワイトスネイクダ。ドウイウワケカ昨日『召喚』サレテキタ、ナ」 「召喚……って、ああ、そういうことね。 へぇ~、あんた亜人ね? にしては随分流暢にしゃべるわねえ」 「ソンナコトハドウデモイイ。 ダガ相手ガ名乗ッタカラニハオ前ノ方モ名乗ルグライシロ」 「あら、失礼。 私はキュルケ。それで……」 キュルケと名乗った女が後ろをちらと見ると、向い側の部屋からのそのそと赤い生き物が出てきた。 「この子がフレイム。私の使い魔よ。 フレイムはただのサラマンダーじゃないわ。火竜山脈のサラマンダーなのよ? 好事家に見せたら、そりゃもう値段なんかつかないわよ?」 そういって豊満な胸を張るキュルケ。 その様子を白い目で見ながらホワイトスネイクは、 「ソウカ……スゴクウラヤマシイナ」 と抑揚のない声(つまり棒読み)で答えた。 「ソレヨリ、ルイズノ部屋ニハ何ノ用デ来タンダ?」 「ああ、そんなことね。単にこの子を見せに来ただけよ」 実に単純な小娘らしい発想だ。 心底うらやましいな、とホワイトスネイクは思った。 「ソウカ。ダガルイズハマダ寝テイル」 「あら、やっぱり? あの子ったらすごい寝ぼすけなのよね」 そう言ってキュルケはくすくす笑った。 「しかしあなた……なかなかいいカラダしてるわね。背もすごく高いわ。 その服は民族衣装か何かなの?」 「民族衣装……ソウダナ、ソンナモノダ」 うっとりした目つきで言うキュルケ。 だがいちいちスタンドの説明をするのも面倒なので、ホワイトスネイクはあえて嘘をついた。 「それに体のイレズミ……これはどんな意味があるの?」 「……一族ノ繁栄トカ、ソノ辺リノ意味ダロウ」 またも当たり障りのない、嘘の回答をするホワイトスネイク。 「ふ~ん……なるほど、ね。あなたに興味がわいたわ。またお話ししてくださる?」 「余裕ガアレバナ」 「ふふ、なかなかガードが堅いのね。 じゃあ私は食堂に行くから、はやく『ゼロのルイズ』を起こしてあげなさいな。 朝食に遅れると朝ごはん抜きになっちゃうもの」 そう言って、フレイムを従えて去っていくキュルケの後ろ姿を尻目に、ホワイトスネイクはルイズのベッドへと向かった。 だが、そこでふと思い当たって立ち止まる。 「『ゼロのルイズ』……ト呼ンダナ、アノ女。ルイズノコトヲ……。『ゼロ』トハ何ダ?」 だが一人で考えても仕方のないことなので、ルイズを起こす作業を始めた。 「オイ、起キロ」 「むにゃ……ふぁ……」 「起キロト言ッテイル」 「ふにゃ…………」 「……仕方ナイナ」 そう呟くと、ホワイトスネイクはおもむろに自分の腕に指を突き刺した。 だが出血はない。 むしろ、水面に指を静かに入れたかのように、ごく自然に指が腕に入ったのだ。 そして指が腕から抜かれたとき、一枚の輝く円盤がその指に挟まっていた。 これが「DISC」。 ホワイトスネイクの能力を語る上でもっとも重要な存在である。 そのDISCを、ホワイトスネイクはルイズの額に静かに「差し込ん」だ。 そしてしばらくして―― 「きゃああああああああっ!!!」 ルイズが悲鳴をあげて跳ね起きた。 その拍子に額のDISCが抜け落ちる。 「はあっ、はあっ、はあっ、………」 「オ目覚メハイカガカナ、ルイズ」 あえて茶化すように言ったホワイトスネイク。 「さささ、さ、最悪、よ。 い、いい夢見てたのに、いいいいいいきなり空から、カカ、カ、カ、カエルが、たくさん降ってくるなんて……」 「ソレハ実ニ酷イ夢ダナ。同情スルヨ」 悪夢を見せた張本人がさも知らぬかのように言った。 「トモカク、朝ダ。 朝食ガソロソロ始マルンジャアナイノカ?」 「それも……そうね。っていうか、何であんたが朝食の時間を知ってるのよ?」 「サッキ部屋ヲ訪ネテキタ女ガソウ言ッテイタ」 「女?」 「赤イ髪ノ……」 「わかった、もう言わなくっていいわ」 ルイズはむっとした顔でそれだけ言うとベッドから降りた。 そしてホワイトスネイクに振り向き、 「着替えるから手伝いなさい」 「……何ダト?」 「ニ度もおんなじこと言わせないで。わたしの着替えを手伝うのよ」 「私ヲ召使カ何カト勘違イシテルンジャアナイノカ?」 「しょうがないでしょ。だってあんた、わたしの目にも耳にもならないし秘薬の材料だって探せないんだもの」 さも当然、と言わんばかりのルイズ。 それを冷めきった目でホワイトスネイクは見下ろした。 「何よ、文句でもあるの?」 「……賭ケニ乗ッテヤッタノハ私ダカラナ……仕方ナイ、トイウヤツカ……」 そんなことをぶつぶつ言いながらホワイトスネイクはクローゼットから服を出し、ルイズに着せてやった。 無論、下着を履くぐらいのことはルイズは自分でやったが。 そして支度を終えたルイズは部屋を出て、食堂へ向かった。 ホワイトスネイクも後に続く。 「改めて確認するけど……あんたは1年間はちゃんとわたしの使い魔でいるのよね?」 「オ前ヲ査定スルタメニナ。アト1年間ジャアナイ。半年ダ」 「は、半年? 半分に縮んでるじゃない!」 「1年ハ長スギル。私ニトッテモ、オ前ニトッテモ。 受験生トイウ連中ハ誰モガ1年トイウ期間ヲ与エラレテイルガ、 ソノ期間ノ内デ多クガ中弛ミヲ起コス……彼ラニトッテ常ニ必死デイルニイハ1年ハ長スギルカラダ。 オ前モ必死ニナルノダロウ? ダッタラ半年ガイイ」 正論だった。 「うぅ~~…………わ、わかったわよ。その代わり、絶対に約束は守りなさいよ!」 「ソウイウコトハ、少シデモ私ニオ前ヲ認メサセテカラ言エ」 つんけんした会話をしているうちに、食堂についた。 ここトリステイン魔法学院の食堂、「アルヴィーズの食堂」には、 百人は軽く席につけそうなぐらい長いテーブルが三つも並んでいる。 そしてその三つともに豪華な飾り付けがなされていた。 「どう? びっくりしたでしょ」 「……学生ナラ、コノ程度カ」 「どういうことよ、それ!」 「王族ノ血縁ノ子女モイルトイウカラ、『エカテリーナ宮殿』ミタイナノヲソウゾウシテイタガ……マア、学生ダカラナ」 「『エカテリーナ宮殿』?」 「壁中ニ金細工ヤ大理石ノ彫刻ダノガ飾ッテアル。壁一面ニ琥珀ヲ張ッタ部屋モアッタナ」 「……見え見えのウソだわ。そんな場所、トリステインの王宮にだって無いわよ?」 呆れた口調でルイズが言う。 「……コノ世界シカ知ラナイオ前デハ確カメヨウノ無イコトダカラナ。ダガソレハイイトシテ……コレハ何ダ?」 ホワイトスネイクが指さした先――床には皿が一枚あった。 どうしようもなくショボいスープと、硬そーなパンが二切れ入った皿だ。 「あんたの食事よ」 「……言イ忘レタガ私ハ食事ヲシナイ。 スタンド本体カラ常ニ供給サレルスタンドパワーガ私ノエネルギーノ源ダ」 「ふーん……ってことはまさか!」 「貰ウベキエネルギーハサッキカラズット、オ前カラ貰ッテイル」 「何でそれを先に言わないのよ!」 「ソレヲ今後悔シテイルトコロダ。 言ッテイレバ……コンナ屈辱ヲ味ワウコトハナカッタノダカラナ……」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と大気が振動しているかのような雰囲気がルイズを包む。 何十、何百のスタンド使いをその手にかけてきた悪魔のスゴ味を間近で感じて、思わずルイスはたじろいだ。 「で、でも、ご主人様と使い魔の立場の違いを教育するのも……」 「ダガコレハ『アル意味』正解ダッタ。 イイ判断基準ダ……スゴク……イイ判断基準ニナル……」 ルイズの弁解は完全に無視し、言葉の節々に怒りを滲ませながら、ホワイトスネイクは姿を消した。 自分自身を「解除」したのだ。 その長身ゆえに食堂の人目を引いていたホワイトスネイクが突然消えたことで周囲は一瞬騒がしくなったが、 教師が食事の前のお祈りをするよう大声で促すとすぐに静かになった。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。……」 お祈りを唱和する生徒たち。 ルイズもそれに加わるが、心中は穏やかではなかった。 (わたし……なんだか、大変なことをしちゃったのかも……) To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/765.html
静かに風を受けて飛ぶ輸送船の上で、ルイズは星空を見上げていた。 ロングビルの助けを借りて輸送船に乗り込んだルイズは、船を宙に浮かす『風石』が足りないと言っていたが、 足りない分をワルドの魔法で補う条件で出航した。 「ルイズ、どうしたんだい?」 ワルドがルイズの側に寄り、肩に手を置く。 「ロングビルが心配なのか?」 ルイズは、無言で頷いた。 傭兵の一団を壊滅に追い込んだキュルケ、タバサ、ギーシュの三人は、桟橋へと急いだ。 ギーシュは、周囲を警戒しながらも走る速度をゆるめないキュルケとタバサを、息を切らせながら追いかけていた。 長い階段を駆け上がると、桟橋のある丘の上に出る。 そこにはロングビルが倒れていた。 キュルケが駆け寄ろうとしたが、それをギーシュが制止する。 「ツェルプストー!待て!」 「何よ!」 「ロングビルに触れちゃ駄目だ!」 ロングビルの両手首からは、血が流れ続けていた。 水たまりになる程ではないが、かなりの出血がある。 ここにいる三人は強力な治癒の魔法は使えない、怪我を治す秘薬も所持していない。 町に戻っても秘薬があるとは限らないので、早く止血しなければ失血死の危険がある。 キュルケが焦るのも無理はなかったが、タバサまでもが杖でキュルケを制止したので、キュルケは別の意味で驚いた。 「罠」 タバサの言葉に、キュルケは焦りが冷めていくのを感じた、タバサとギーシュの意図に気づき、背中に冷たいものが走った。 タバサがディティクトマジックで罠を調査する、すると、ロングビルの体に何かが仕掛けられているのが分かった。 いつも無表情なタバサだが、このときはギーシュでさえタバサの口元に力が入るのが認識できた。 「ちょっと、タバサ、何があるのよ」 「小さい…箱のようなもの?」 小さな箱のようなものがある、それは分かったが、タバサにはその罠がどんな罠なのかまでは分からなかった。 「ツェルプストー、硫黄の臭いだ、火の秘薬と…油のような何かの臭いがする」 キュルケがギーシュの言葉に驚く。 「ギーシュ、あんた、分かるの?」 「いや、僕じゃない」 そう言ってギーシュが足下を指さす、するとギーシュの隣にボコリと穴が開き、そこからギーシュの使い魔であるジャイアントモール『ヴェルダンデ』が顔を見せた。 「ヴェルダンデが言うには、人間の作った洞窟…つまり、宝物を隠したダンジョンにある罠と、臭いが一緒らしい」 「威力は?」 タバサが短く質問すると、ギーシュはテレパシーのようなものでヴェルダンデに話しかける。 「…具体的には分からない、でも、ヴェルダンデは怖がっている。少なくとも半径30メイル(m)以内には近寄りたくはないらしい」 タバサが風の魔法で冷気を作り、細心の注意を払いながらロングビルの両手首に当つつ、呟く。 「爆発か、火の海」 キュルケは頭を悩ませた。 「それなりの威力の奴ね…あたしならともかく、ミス・ロングビルじゃ…」 火の使い手であるキュルケなら、自分の炎を使って、他者の炎から身を守ることも出来る。 しかしロングビルに同じ事をやれば、致命傷となる火傷を負わせてしまうだろう。 タバサも悩んでいた、レビテーションで体を浮かせ、風の魔法で炎から身を守ることは可能だ。 爆発と火炎の両方が仕掛けられていたら、体を浮かせている間に爆発してしまう。 強力な風でロングビル後と吹き飛ばしても、ロングビルの体からは箱が離れなければ、ロングビルを巻き込んで爆発してしまう。 キュルケとタバサは、罠ごと破壊することは出来ても、ロングビルを傷つけずに解除する方法が思いつかなかった。 二人が悩んでいると、ギーシュはヴェルダンデに何かを命令し、地面を掘らせた。 「ミス・タバサ、頼みがあるんだが…これから言う場所に、竜巻を作ってくれないか」 「ちょっとギーシュ、何のつもりよ」 「ロングビルを傷つけずに助けるのさ」 ギーシュの顔はヘラヘラしただらしのない笑顔でもなく、情けない軟弱者の顔でもなかった。 「ギーシュ、覚悟を決めるのはいいわ、でも貴方なら回りくどいことをしなくても練金で罠を解除できるのではなくって?」 「いや…聞いたことがあるんだ、持ち運びの出来る罠があるってね…仮にトライアングル以上のメイジが練金したものなら、僕には手出しできない」 そう言って杖を握りしめるギーシュに、タバサが質問する。 「規模は?」 「中心が真空になるぐらい…それと、僕たちを巻き込まないように範囲は狭く、高さは高くいほどいい」 タバサはこくりと頷き、普段よりもゆっくりと、真剣に魔法の詠唱を始めた。 しばらくすると、40メイル程離れた地面からヴェルダンデが顔を出した。 「良し!僕のかわいいヴェルダンデ、ちゃんと離れているんだよ!」 ギーシュが叫ぶ、するとヴェルダンデは地面をぴょこぴょこと歩き、離れた場所に穴を掘って待避した。 「ヴェルダンデが出てきた穴の空気を、できるだけ引きずり出してくれ!」 「……」 タバサは頷き、魔法を完成させた。 次の瞬間、ごうごうと音を立てて竜巻が現れる、ギーシュの望み通り天高くまで竜巻が伸びているのが視認できるほどだ。 「よし!『練金』!」 ギーシュは薔薇を模した杖を振って、練金を放った。 練金によってロングビルの上着が土になる、それと同時にロングビルの体の下から強い光が漏れた。 「爆発!?」 キュルケが光を見て身の危険を感じる、しかし次の瞬間にはズボボボという音と共に、光が地面の中に消えていった。 驚いてロングビルを見ると、ロングビルの倒れている地面が鉄格子に練金されており、その隙間には勢いよく風が流れ込んでいる。 「ギーシュ!何よこれ!」 「これでいい!これがイイんだ!」 ギーシュが叫ぶと、タバサの作り出した竜巻が爆発音と共に炎の竜巻に変わる。 キュルケが驚いて竜巻の方を見ると、竜巻の中心にある小さな『何か』が、すさまじい勢いで炎を噴出しているのが見えた。 タバサの氷塊混じりの竜巻に巻かれても、火勢は衰えない。 小さい罠ではあったが、その威力はかなり強いものだと理解できた。 しばらくすると、小箱から噴出する炎も止み、箱自体も燃え尽きて消えてしまった。 それを確認したキュルケは、倒れているロングビルを抱き起こす。 上半身は裸になっており、胸元に小さく火傷の痕がついていたが、ごくごく軽いものだと分かる。 タバサのシルフィードに乗せて学院まで急げば、命は助かるだろう。 「ギーシュ、やるじゃない」 「まあね…ば、薔薇の棘は、女性を守るためにあるのさ」 カッコつけようとしたギーシュだったが、鼻の下をものすごーく伸ばして、ロングビルの胸を見ている。 「ミス・ツェルプストー、ミス・ロングビルはこの僕が連れて行こう」 精一杯格好良くしているつもりだが、どう見てもロングビルの胸に視線が向いている。 それどころか薔薇を持っていない左手がワキワキと何かを掴むような動きをしていた。 そんなギーシュの真上に、タバサの使い魔シルフィードが突如現れた。 しなやかな尻尾がギーシュを叩くと、ギーシュは「オゲッ」っとうめき声を上げて10メイルほど吹っ飛んだ。 「女の敵」 タバサの言葉に、キュルケはうんうんと頷くのだった。 前へ 目次 次へ