約 1,076,864 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1682.html
使い魔は勇者-1 使い魔は勇者-2 使い魔は勇者-3 使い魔は勇者-4
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1724.html
ギーシュ、タバサと別れ、ルイズ達は自室へと女子寮を歩いていた。 「流石に疲れた顔してるわねぇギアッチョ」 苦笑するキュルケに、 ギアッチョは淡々と返事をする。 「そう言うおめーもな ・・・ま、確かに本音を言やぁ今すぐ寝床に ブッ倒れたい気分だが」 散々暴れたばかりか、瓦礫の山に押し潰された上に巨大な竜巻を丸ごと 一つ消し潰したのだ。その疲労たるや推して知るべしといった所である。 王宮へ向かう前、ラ・ロシェールで正式に怪我の治療はしたのだが、 それも心身の疲労を回復させることまでは出来ない。ギアッチョの 体力と精神力は今、殆ど枯渇寸前と言ってよかった。 「・・・あら?」 前方を歩いているキュルケは、ぴたりと足を止めた。 「ルイズ、あなたの部屋の前に誰かいるわよ?」 「え?」 心配げにギアッチョを見ていたルイズは、その声で前に視線を戻す。 どこかで見た男がそこに立っていた。向こうもこちらに気付いた らしく、どたどたとこちらに向かってくる。 「おお、我らの剣!!」 平民の料理長、マルトーだった。ギアッチョを見て、彼は一瞬 救いの神を見たかのように顔を輝かせたが、あちこちに包帯が 巻かれているギアッチョの姿を見て、 「あ・・・」 辛そうに顔を曇らせて俯いた。 「・・・どうした」 「い、いや・・・いい 悪かったな、こんな時間に・・・」 「それ程のよォォーーー、理由があるんだろうが いいから言いな」 「・・・あ、ああ・・・」 促すギアッチョに応えて、マルトーは暗澹たる顔で語り出した。 「・・・シエスタが、行っちまった」 「・・・ああ?」 「買われていったのよ・・・モット伯だとかいう野郎にな 今頃は屋敷に着いてる頃だろうぜ」 ピクリと、ギアッチョは眉を上げる。マルトーは俯いたまま、 吐き捨てるように続けた。 「・・・その筋では有名な男さ 眼に留まった女をまるで花でも 摘むように買って行きやがる」 「・・・・・・」 「勿論止めに入ったぜ そしたら奴は何て言ったと思う? 『平民が許可無く貴族に口を利く法は無い』とさ 野郎は それだけ言うと後は俺達の方なんざ一度も眼を向けやしなかった …全く反吐が出るほどご立派な貴族様じゃねえか!ええ!?」 「――・・・ッ」 隣に貴族が二人いるにも関わらず、声を荒げて言い放つマルトーに、 ルイズ達は苦しげに眉根を寄せる。 「俺達はオールド・オスマンに助けを求めた あの人とコルベール 先生だけは、俺ら平民に理解を示してくれてるからな・・・ ――だが、駄目だった 奴ぁ王宮直属の国吏で、下手なことを すると学院全体に累が及ぶ可能性があるんだとよ 交渉するに しても、まず下準備がいる・・・時間がかかるんだそうだ」 「・・・」 「だがそんな余裕はねえッ!」 ガンと音を立てて、マルトーは壁を叩きつけた。 「人の心なんざ壊れんのはあっという間だ・・・その下準備とやらが 終わるまで、あの純粋な娘が平気でいられる保障はねえんだよ!!」 それは、ギアッチョには殊更よく分かることだった。一度人を 殺してしまえば――それに慣れることに時間はかからない。 「俺達には、もう出来ることはねえ・・・ 俺達平民が何人 何十人、何百人集まろうと、奴ら貴族に指一本触れることは 出来やしねえんだよ 平民にとって貴族なんてのはまさに 天災なんだ 災害に人が抗って、打ち勝つことが出来るか? 出来やしねえッ・・・!!俺らちっぽけな人間如きに出来るのは、 地べたに跪いてガタガタ震えながら祈り続けることだけだ!!」 マルトーは怒りに震える拳を抑えて怒鳴る。 「なあギアッチョよ・・・俺を軽蔑するならいくらでもしてくれ 俺はこんな傷だらけの人間にみっともなく縋るしかねぇ・・・ あの貴族にも劣る最低の屑野郎かも知れん だが、それでも 助てやりてえんだ・・・!!頼むギアッチョ・・・俺の、俺達の 希望は、お前しかいねえんだよ!!」 文字通り縋るような眼差しで懇願するマルトーを、ギアッチョは いっそ酷薄な程に冷静な相貌で見返した。 「・・・一つ聞くが 助けて欲しいと、シエスタ自身がそう 言ったのか?」 「・・・いいや・・・一言も言っちゃいねえよ あいつぁ最後まで 笑ってた 『ギアッチョさんによろしくお願いします』ってな・・・ そう言った時も、あいつは笑ってたよ」 「・・・そうか」 「だが・・・だが俺は見たッ!!厨房の裏で、あいつは声を 押し殺して泣いてたんだよッ!!ええ!?どうしてだ・・・ どうしてあいつが選ばれなきゃならねえんだよ!!貴族の妾に なれるのは平民の幸せだ?フザけんじゃあねえッ!!」 「・・・・・・」 無表情にマルトーを眺めたまま、「氷」の名を持つ男は静かに呟いた。 「・・・それだけ聞きゃあ十分だ」 「ギ、ギアッチョ!ちょっと待ちなさい!」 静かに、だが足早に歩くギアッチョをルイズとキュルケが追いかける。 しかし、その距離は一向に縮まらない。ギアッチョの発する氷の如き 殺気が、何者をも寄せ付けない壁を形成していた。 ついにルイズ達は、追うことを諦める。二人が立ち止まった瞬間、 ギアッチョは校舎の入り口から宵闇へと姿を消した。 「・・・やれやれだわ」 「やれやれね」 二人して溜息をついてから、キュルケは横目にルイズを見る。 「・・・好き放題に言われちゃったわね」 「そうね」 ルイズはギアッチョの消えた先を見つめながら応じた。 「このまま言わせておくつもり?」 「・・・まさか」 答えてから、ルイズはキュルケを見返す。二人して困ったように 笑うと、貴族の証たるマントを翻して引き返した。 不気味に茂る深夜の森に、蹄鉄の音が響く。地を駆ける白い馬の馬身が、 そしてそれを駆る男の姿が、大きな月に照らされて青白く浮かび上がった。 それはまるで――死を従える黙示録の騎士のようだった。 「旦那、そこを左だ」 マルトーから受け取った地図を見ながら、デルフリンガーが指示を 出す。それを頼りに、ギアッチョは右へ左へ馬を進ませていた。 「しかしよ、旦那・・・」 「ああ?」 「あのオッサンは動転してて気付いてなかったみてーだけどよ、 貴族の館で暴れちまうのは流石に不味いと思うぜ 旦那は勿論、 まず間違い無くルイズに――いや、ラ・ヴァリエール家にまで責が及ぶ」 自分達を慮って呟くデルフに、ギアッチョは静かに答えた。 「その時はオレが死ぬだけだ」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/190.html
法皇は使い魔~プロローグ~ 法皇は使い魔~第一章~ 法皇は使い魔~法皇の使い魔第二章~
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1532.html
アルビオン王党派を破って後、レコン・キスタは神聖アルビオン共和国を名乗りトリステイン王国に対し戦端を開いた トリステイン‐ゲルマニアの軍事同盟はこれを抑止する事はかなわなかったのだ トリステインにとって長く苦しい戦争の始まりであった その戦火の中にトリステインの旗と共にアルビオンの旗を掲げるウェールズ王太子の姿が在ったと言う それぞれのその後 ■キュルケ 飽く無き恋の道をひた走り、ついに恋愛神「プッチーニ」に邂逅するに至る 「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。恋に生き、恋の為に戦う、炎の女よ」 ■タバサ ディアボロの持つ性質(一緒に消えたものを健康な状態で復活させる)を利用して母親を回復させる (なお、この性質は 『へし折られた』デルフリンガー、『鞭の跡が残る』マリコルヌ、『切り落とされた』ギーシュ 等、幾多の犠牲の上に確認された) ■シエスタ 作者の贔屓により幸せになる 如何幸せになるかは下の選択肢から選べ ①才人の彼女 ② 200の嫁 ③ハルケギニアのイイ男の妻 ■才人 出会い系サイトに金をつぎ込み、親にしばかれる 「キュルケにタバサにシエスタ、外人のオネーサンか!?」 ■フーケ 作者の贔屓の引き倒しにより超幸せになる 具体的には考えてない とにかく幸せになる ■ルイズ 常に使い魔を盾にするその姿から(情け)ゼロのルイズ 余りにも凹凸の無いその姿から(胸が)ゼロのルイズ 等、様々な意味の二つ名を手にする しかしその中に魔法が使えぬゼロという二つ名は存在しない そして、ディアボロ ルイズが死んだ 死因は老衰、天寿を全うし数多くの者達に見取られながら安らかに逝った これで自分を再召喚するものは居ない これからは以前の様に何処から来るか何時来るか分からない死を繰り返すのか それとも繰り返す死を乗り越えることが出来たのか すでに足元は固めてある、忌わしい死さえ乗り越えたならばこの世界で再び絶頂を極める日も近い 何処からか声が聞こえてくる 「…終わりが無いのが終わり…」 視界が暗転した 暗闇から転じた明るさに目を開ける すると目の前には見覚えのあるピンク色の髪をした貧乳がこちらを見下ろしていた 「アンタ誰?」 完
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/29.html
絶頂の使い魔-1 絶頂の使い魔-2 絶頂の使い魔-3 絶頂の使い魔-4 絶頂の使い魔-5 絶頂の使い魔-6 絶頂の使い魔-7 絶頂の使い魔-8 絶頂の使い魔-9 絶頂の使い魔-10 絶頂の使い魔-11 絶頂の使い魔-12 絶頂の使い魔-13 絶頂の使い魔-14 絶頂の使い魔-15 絶頂の使い魔-16 絶頂の使い魔-17 絶頂の使い魔-18
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2246.html
眠気がわだかまる瞼をうっすらと開けたジョセフは、ゆるりと周囲を見やった。 段々と傾き始めた日が葉の間から射す森の中、地面に横たわる自分の近くで立ち話する話し声の主は、二人。一人は老人、もう一人は青年。彼らを取り巻く少年少女達はじっと二人のやり取りを聞いている。 アルビオンから帰還した面々の中で最後まで眠っていたジョセフはゆっくりと身を起こして立ち上がると、老人に声を掛けた。 「すみませんな、オールド・オスマン。つまりそーゆーコトになっちまいまして」 ニヒヒ、と笑うジョセフに、オスマンは愛用のパイプをふかしてから、ウェールズからジョセフに視線を移し、ほんの少し学院長らしい様相で眉根を寄せた。 「ジョースター君、トリステイン魔法学院はトリステインのみならず各国の王族や大貴族の子爵令嬢が何人も在籍しておる。つまらない火遊び一つが戦争の火種になりかねん場所だということは知っておるかね?」 ここで亡国の王子を入れたらどうなるか判るな、という言外の問いかけに、ジョセフは悪びれもせず答えた。 「大体は察しております。ですが今までこの学院でのいざこざが切っ掛けで起こった戦争が幾つあったのか、お訪ねしてもよろしいですかな」 質問を受けたオスマンは、ぷか、と煙のリングを宙に浮かせた。 「少なくともわしがおる間は一件もない」 その答えに、ジョセフはニヤリと笑い、オスマンも同じくニヤリと笑った。 「次にオールド・オスマンは『今更皇太子の一人や二人匿ったところで何も変わらんがね』と言う」 「今更皇太子の一人や二人匿ったところで……と。ジョースター君、答えが判っているのにいちいち質問をしなくてもよろしい」 かっかっか、と老人二人が笑い合う。 「どうせ学院は無駄に広いからのぉ、殿下がお隠れになる場所なら幾らでも用意出来る。風の塔にちょうどいい空き部屋があるんじゃが少々掃除をせねばならんのでな。ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、ミスタ・グラモン。君達に手伝って貰うとしよう」 白く長い眉毛の下から、生徒達を見やり。次にジョセフへ視線を移す。 「ミス・ヴァリエールとジョースター君は、わしらが掃除を終えるまでここで殿下の話し相手を頼めるかね」 ウェールズや生徒達からおおよその事情を聞いたオスマンは、今回の件を仕組んだ張本人であるジョセフを残した。ウェールズへのアフターケアを今の内に済ませておきなさい、と言外に述べた言葉を、ジョセフが理解できないはずがない。 主人であるルイズも残したのは、爆発以外の魔法が使えないということもあるが、一応の用心も兼ねている。 「承知しましたぞ、オールド・オスマン」 「わ……判りました」 泰然としたオスマンの言葉に、ジョセフとルイズは恭しく一礼した。 「そんな、昨日から徹夜だというのにこの上掃除なんて……」 ギーシュが疲れた顔で呟くも、キュルケは嫣然と微笑んだ。 「承知致しましたわ、オールド・オスマン」 タバサは本を読んだまま、無言で頷く。 「では少し時間を貰うとしよう。何、それほど時間はかかるまいて」 そう言い残し、オスマン達はシルフィードに乗って空へ飛んでいく。 残された三人に僅かな沈黙が訪れたが、それを最初に破ったのはウェールズだった。 「まんまとしてやられたね、ミスタ・ジョースター。杖を使わずに魔法を使われるとは思ってもいなかった」 昨夜と変わらない笑顔ではあるが、声色には多少なりとも苦味が見え隠れしていた。 「何とも間の抜けた事だ。敵のみならず父や臣下達まで欺いて、再び夜を迎えようとしている。そのことに安堵していない、と言えば嘘になる。だが、それでもだ。国を亡くし、これからの道程になんら希望が見えない男を生き延びさせて、何の意味があるのだろう」 岬ごと城を落とす大仕掛けを繰り出し、アルビオン王家の生き残りはたった一人。 国は滅び、しかも愛する従妹のアンリエッタは近々意にそぐわない政略結婚をさせられる。生き恥を晒す上に艱難辛苦を味わわなければならない状況を笑って受け入れられる人間が滅多にいるものではない。 例え王族として申し分のない人格者であるウェールズにしても、稀な例外とはなれなかった。 ルイズも、こうしてウェールズだけでも救えた事に後悔はない。ただ、今のルイズに亡国の皇太子へ掛けられる言葉はなく、それでも何か言いたげに小さく動く唇を隠すように俯いているしかなかった。 しかしジョセフは、そんなウェールズの深刻な表情とは真逆とも言える、相変わらずの不敵な笑みを浮かべてみせた。 「恐れながらウェールズ様。殿下の命を救う事、これこそがトリステイン王国、引いてはアンリエッタ王女殿下の窮地を救う鍵となりますのでな。正直な所、殿下の意思はハナっから勘定に入れるつもりはなかったんですじゃよ」 おためごかしも何もなく、堂々と言ってのけるジョセフにルイズのみならずウェールズまでもが驚きに目を見開いた。 「ちょ……ちょっとジョセフ! それは言い過ぎよ!?」 ルイズが慌ててフォローに入ろうとするが、ジョセフはあくまで表情を崩さずに主人の頭をぽんぽんと撫で、ウェールズに向かって言葉を続ける。 「アンリエッタ王女殿下はお優しく魅力的なレディであることは殿下も重々御承知でしょうが、残念ながら王家を担えるかと言われれば……それもまた、殿下は重々御承知じゃと思うんですが。殿下の御見解はいかがでしょうかな?」 その問い掛けに、ウェールズは小さな溜息をついた。 「……残念なことにミスタ・ジョースターの見解と私の見解は一致せざるを得ない。アンリエッタは……不幸なことに、次代の女王となるべき教育を受けていない。いや、受けさせられなかったと言うべきか。 何と言っても、トリステインは先王が崩御してから今に至るまで、王位は空位のままだ。その間、政を担う貴族達が王室を欲しいままにした。水は流れなければ澱む。今のトリステイン王家は……かつてのように清く澄んだ湖とはとても言えない。 アンリエッタは、澱んだ水の中から出ることを許されていなかった」 ウェールズの言葉に、ジョセフはゆるりと首を横に振った。 「誉れ高く王女の覚えも高い魔法衛士隊の隊長が裏切り者だったという状況ですからのォ。わしの正直な見立てを言うと……ここから立て直すには奇跡の二つ三つは用意せんとキツい。少なくとも今のままでは、奇跡を用意することも出来ませんのじゃよ」 ジョセフの口から聞こえる言葉は、それだけ聞けば彼には似つかわしくない悲観的な流れでしかない。 だが、当のジョセフの口調と表情は、あくまでも普段と変わらない愉快げな笑みがあからさまに浮かんでいる。それはまるで、これから取って置きのオチを言おうとするかのような、子供じみた笑みだった。 ウェールズはまだ出会ってから一日ちょっとしか経っていない老人の表情が、何を示すものなのかが理解できるようになってきていた。 だから彼は、苦笑を隠そうともせずにおおよそ答えが予想できる問いを投げる。 「つまり、私の身柄はトリステインに奇跡を起こす為の布石だ。だから私の意志は尊重されるべきものではない――そう言う事だね、ミスタ・ジョースター?」 ジョセフはその答えに、非常に満足そうに頷いた。 「そこまで御理解いただけるなら話は早い。まーぶっちゃけ、どこの馬の骨とも知れん老いぼれ使い魔の言葉より、想い人の言葉なら聞き心地もよいというもんですしなァ?」 ニヤリ、と子供じみた笑みを見せる。 「なぁに、城ブッ壊して岬落とすことに比べたらアンリエッタ様が立派な王女殿下になることなんか朝飯前ってモンですじゃよ」 気楽な様子で放たれる大言壮語を、ウェールズもルイズも頭から否定できない。このしみったれた老人が今まで何をしたのか、二人とも良く理解しているからだ。 だが当のジョセフは。 (さぁ~~~てどーしたモンかのォ。ま、何とかなるじゃろ) トリステインに起きる奇跡のタネなど何一つ用意していないのだが、決してそんなことを億尾に出すようなマヌケではなかった。 そんなジョセフの行き当たりばったりっぷりなど知る由もなく、ウェールズはオスマン達が戻ってくるまでにアンリエッタへ向けた手紙を書き上げる。 手紙に施した封蝋の花押はウェールズ独自のデザインであり、皇太子本人が記した物であるという証明となる。自分が無事でいること、事態が好転するまで学院に匿われること、数文だけ書かれた従妹への私信。 アンリエッタへの新たな手紙を受け取ったルイズは、滅亡した他国の王族へ、一切失礼のない態度でウェールズに跪いた。 やがて戻ってきたオスマンの手引きで部屋に案内されるウェールズを見送った後、キュルケもルイズ達にひらりと手を振って学院へと戻っていく。 「アルビオン旅行も終わったし、任務に関係ないゲルマニア貴族が王宮をうろちょろするのも具合悪いでしょう?」 いい加減で軽薄な様に見えても、首を引っ込める点を心得ているキュルケである。 正式に任務を受けたルイズ主従とギーシュ、そしてシルフィードの主であるタバサが王宮へ向かったのは、そろそろ空の色が青から緋色に変わり始めようとする頃合だった。 * ルイズ達の帰還を待ち詫びていたアンリエッタは、「ヴァリエール家の令嬢が手紙の件でお目通りを申し出ている」という伝達を受けるが早いか、ルイズ達を自分の居室へ呼ぶ様に言い付けた。 ギーシュとタバサを謁見待合室で待たせ、ルイズとジョセフはアンリエッタの私室にて件の手紙とウェールズからの新しい手紙を渡し、アルビオンでの出来事を逐一報告した。 道中で起こった様々な出来事を聞いたアンリエッタも、ジョセフの手引きによりニューカッスル岬が落ちたという話はすぐには信じられないようだった。 アルビオンから岬が崩落したという伝令は聞いてはいたが、その原因が魔法も使えない老人の手によるものだとは、ハルケギニアの常識では到底信じられる話ではない。 だがルイズが自分の使い魔の高い能力と、トリステイン王国にとってジョセフの能力が必要になると懸命に主張する様子に、王女はまだ殆ど信じられないながらも頷いた。 そしてワルドがレコン・キスタの内通者だったことには酷く驚き嘆いたが、無事にゲルマニアとの同盟を堅守した上、ウェールズを救い学院に保護していることに安堵の色を隠すこともなく、感極まって豪奢な椅子から立ち上がった。 アンリエッタが椅子から立ち上がったのを見たルイズも、素早く椅子から立ち上がると、間髪入れず駆け寄ってきたアンリエッタの抱擁を受け、自分もまた王女の背に手を回した。 「ああ、ルイズ・フランソワーズ! やはり貴方に頼んで良かった……わたくしの婚姻を阻もうとする陰謀を未然に防ぎ、かつ裏切り者を誅したのみならず、アルビオン王家の断絶まで防いでくれるだなんて!」 「そんな勿体無いお言葉を頂けるだなんて! 王家に仕える公爵家の娘として当然のことをしたというだけですのに!」 それからしばらく繰り広げられる王女と公爵令嬢の寸劇を、ジョセフは茶を啜りながら温かい目で見守っていた。 やがて二人が身を離すと、ルイズはポケットの中に入れていた水のルビーを取り出し、恭しく王女へと差し出した。 「姫様、お預かりしていたルビーをお返しいたします」 アンリエッタは微笑みを浮かべて首を振ると、差し出された手を両手で包んでそっとルイズへと押し遣った。 「それは貴方が持っていなさいな。困難な任務をやり遂げた貴方へのお礼です」 「こんな高価な品を頂くわけには参りませんわ」 「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから取っておきなさいな」 それ以上固辞する事もなく、ルイズは指輪を指にはめた。 ルイズがルビーを受け取ったのを見届けてから、アンリエッタはジョセフへと視線を向けた。 「ありがとうございます、ジョジョ。わたくしの大切なルイズを守ってくれて。これからもルイズ共々、わたくしの友人となってもらえますね?」 たおやかな微笑みに、ジョセフも悠然と笑みを返して一礼した。 「勿体無いお言葉、痛み入ります。王女殿下の御為ならば、わしも主人も命を賭す所存ですじゃ」 ルイズ達が学院へ帰るべく再びシルフィードの背に乗ったのは、日も沈んで双月が煌々と夜を照らす頃になってからだった。 アンリエッタへの報告を終えたルイズは、余りに濃密なアルビオン行の緊張がやっと解けて、ジョセフに凭れ掛かって安らかな寝息を立てていた。 ギーシュもシルフィードの背の上で横になって束の間の眠りを貪っている。 今、シルフィードの背の上で起きているのは学院に戻るまでに仮眠を取ったジョセフと、眠っている同級生達と同じ激動の一日を乗り越えてなお、普段通りの無表情を崩さず読書に耽っているタバサだけだった。 それから三日後、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻が発表され、軍事同盟も恙無く締結された。 トリステインとゲルマニアの同盟が締結されたのを見届けていたかのように、レコン・キスタによってその翌日に樹立されたアルビオン新政府は、アルビオン帝国を名乗った。 アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルは、すぐさま特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の締結を打診した。両国の空軍を合わせてもなおアルビオンの艦隊に抵抗しきれない今、両国はこの申し出を受けざるを得ない。 アルビオンに主導権を握られる形ではあるが、両国はこの条約を受けた。 この不可侵条約が締結されたことで、内情はどうあれハルケギニアにはひとまずの平和が訪れた。国の存亡に関わらない貴族や平民には、これまでと同じ普段通りの生活を送るだけのことだった。 それはトリステイン魔法学院の生徒達も例外ではない。 だが、一握りの人々はこれまでとは多少異なる生活を送る事となった。 * ウェールズが学院の塔の一室に隠れ住むことになり、オスマンは宝物庫から持ち出した一つの黒い琥珀――ジェットをウェールズへと渡していた。 ジェットはかつてアルビオンの女王が夫を亡くして長い喪に服した折、服喪用のジュエリーとして身に付けていたことで知られている。先立っての戦いで勇猛果敢に討ち死にしたアルビオン王家と忠実な貴族に対する、オスマンからの追悼も兼ねていた。 だがオスマンがわざわざ宝物庫から持ってくる代物が、ただの宝石であるはずもない。 指輪にあしらうには多少大きく、首飾りにするには十分な大きさの黒い琥珀。 この黒い琥珀の持ち主が指定した領域には何者も入ることが出来なくなるが、同時に持ち主が指定した人物の立ち入りを許可することも出来る。 部屋の小窓にも、風は通るし外の景色は見えるが、外からは誰もいない小部屋のように見える魔法のガラスをはめ込むことにより、ウェールズが学院にいるということが第三者に知られる可能性はほぼ完全に排除されていた。 そしてルイズ達が学院に帰還した翌日から、アルビオンに向かった面々……ルイズ、ジョセフ、ギーシュ、キュルケ、タバサがアルヴィーズの食堂に行くことが少なくなった。 表向きはオスマンが「勝手に授業をサボった罰として彼らには当面の間補習授業を行う」ということで、普段の授業時間以外の自由時間を塔の一室での補習に当てている、ことになっていた。 しかし実際は違う。 いくらウェールズが学院に居る事が知られないように手を巡らせているとは言え、ずっと一人分多い食事を用意していてはスキャンダルや噂話には無駄に聡い生徒やメイド達の興味を引かないとも限らない。 そこでジョセフが考えた手は、五人分の食事を少しずつ分けることで六人分の食事にしてしまおうという非常に単純な手だった。 そもそも食堂で出る食事は、一人分にしては豪華なボリュームがある。ウェールズに分け与える為に一人辺り一食につき六分の一渡したとしても、特に問題があるわけでもない。 しかもジョセフは気が向いた時に食堂に行けば賄が出る。その為、実際はジョセフの食事を丸々ウェールズに回してもよかったし、ジョセフも最初はそうしようと提案したのだが、満場一致でその申し出は撤回された。 「なんだいジョジョ、水臭いことを言わないでくれたまえ。僕達は心の友だろう?」 五人の言葉を要約すれば、ギーシュが言ったこの言葉となる。 結果、五人は授業以外の時間……食事以外の時間も、塔へ足繁く通うこととなった。 これについては、ウェールズの様子を監視するということではなく、ジョセフの教えを学ぶ為だった。 黒い琥珀に守られた部屋に集まる面々は、つまりジョセフがジェームズ一世を口先三寸で丸め込んだ光景を目の当たりにした面々という事になる。 ジョセフが二十世紀のNYで五十年間磨き上げた交渉術は、ハルケギニアの貴族にとって強力な武器、などという生易しいレベルの話ではない。まだ銃も開発されていない中世の軍隊が走り回る戦場で、現代兵器満載の軍隊が好き勝手したらどうなるかという事だ。 ジョセフにとっては初歩の初歩の初歩とすら言えない、町中の本屋で埃被ってる時代遅れの経営ハウツー本の第一章に書かれてるレベルの事ですら、普通に生きていればルイズ達は辿り着けなかったかもしれない発想である。 効果の程は自分達の目と耳が無二の証人であるため、ルイズ達はジョセフに駄目元でジョセフに教えを請うてみたら、拍子抜けするくらいあっさりと快諾されてしまった。 トリステイン王家の庶子を初代に持つヴァリエール家の三女に、ヴァリエールの宿敵でもありゲルマニアでも屈指の名門のツェルプストー家の令嬢、トリステイン王軍元帥の息子のみならず、滅びたとは言えアルビオン王家の皇太子。 由緒ある王族や貴族の少年少女が椅子を並べて平民の老人を師とし、時間を惜しんで貪欲に彼の言葉を学ぶという、封建制度に基づく身分制度で成り立つ社会であるハルケギニアでは到底見ることの出来ない光景が、狭い一室で連日繰り広げられることとなる。 ジョセフの肩書きが使い魔、学院で働く平民達の英雄の他にも、王女殿下の友人、虚無の担い手(嘘八百)、皇太子や貴族子息の教師、とたった数日で劇的に増えたのに呼応して、ルイズの態度もまた変わっていた。 まず、ジョセフにさせていた身の回りの世話を自分でするようになった。 顔を洗う水を汲ませはするものの、自分で顔を洗うようになったし、着替えだってジョセフの手を借りず自分で服を着る。洗濯も自分でやると言い出した。 ルイズの態度の変貌を目の当たりにしたジョセフは、まず第一に落ち込んだ。 基本的に、ただのボケ老人扱いされていた頃でもルイズの世話については嫌な気がしないどころか、むしろ進んでやっていたジョセフである。 だが、アルビオンでの冒険を終えた今、ルイズの中ではジョセフに対する認識が大きく変わっていた。 有能な使い魔であり、誇り高い老人であり……、もっと言えば、眠っているところへ衝動的にキスしてしまうという未経験の感情を持ってしまっている。 そんな相手に、いつまでもいちいち身の回りの世話をさせるのは、貴族としても一人の少女としても、ルイズのプライドが許さなかった。 そこできちんとルイズが、そこに至るまでにどう考えてその答えに至ったかを説明すれば良かったのだが、残念ながらジョセフの世話を断ったのはアルビオンから帰還して翌日すぐのこと。情報を出さないことが不都合になるという初歩的な事すら、ルイズは学んでいなかった。 「私だって子供じゃないんだから、身の回りのことくらい自分でするわよ!」 と、いつもの調子で言われてしまったジョセフは、それはもう落ち込んだ。 そりゃそうである。目に入れても痛くないほど可愛がっていた、むしろ実の孫よりも愛情を注いでいたルイズから突然こんな事を言われてしまったのだ。 極度の疲労で、落ちていく岬の上だと言うのに熟睡してしまったジョセフは、自分の唇が主人に奪われていたことなど知る由もない。心当たりが何もない状況で、突然可愛い孫からそんな事を言われて落ち込まない祖父などいるはずがない。 ショックの余りふらふらと部屋から出て廊下の壁に凭れてたそがれるジョセフを見かけたキュルケは、事情を聞いてとりあえず、なんというバカ主従かと呆れ返ったのだった。 ちなみに洗濯については、結局今まで通りジョセフがやることになった。 ルイズの目の前で輝虹色の波紋疾走こと波紋式全自動洗濯を披露したところ、数発ほど脇腹にチョップをお見舞いされるオマケはついていたが。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2359.html
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは焦っていた。 背後から注ぐ、うららかな春の草原には似つかわしくない、憐憫と嘲笑に満ちた視線に、肉体的な痛みすら覚える。 ……あと何回失敗が許されるだろうか。いや、そもそも失敗などありえない呪文が、一度ならず二度までも爆散しているこの状況が既にヤバい。 留年、という文字が脳裏をよぎる。いやいやそれはない、それこそありえない。 公爵家の息女が留年するなど末代までの恥だ。 そうでなくとも既に上から、行かず後家、貧弱!貧弱ゥ!、と揃ってしまっているのだ、そこに落第が加わったら目も当てられない。 血脈に止めを刺したヴァカ、として歴史に名を残してしまう。そして間違いなく『あの人』の逆鱗に触れる。ゾッ、と背筋が冷たくなる。 杖をつかむ手が、ぬるり、と滑る。失敗したらあらゆる意味で最後だ。生きていたいなら、成功ッ、それしかないッ! 一生に一度くらいは成功させろォォ、このクサレ脳ミソがァ―― ――ッ! 我が名はルイズ・フランソワーズ・ル!・ブラン・ド!・ラ!・ヴァリエールッ!、五つの力を司るペンタゴゴゴゴォン! 我のッ! 運命に従いしィ! “使い魔”をォッ! 召喚せよォォォ!」 ドグオオオン! 絶叫そして爆発。違う。これまでとは明らかに違う規模の爆発を、その爆風を全身に感じる。 これは来た。来たな。来ないはずがない。舞い上がった土煙をかき分け、爆心へ向かう、その足取りが先ほどまでの己のものとは思えないほどに力強いことに気づく。 確信の笑みがこぼれる。何が出てもかまわない。見栄えのする幻獣など端から望んでいないし、もはや生物であることさえ望まない。何であれ、そこに在りさえすればいいのだ。 留年さえ回避できれば、あとはどうとでもなる。 すり鉢状のクレーター。その中心に着いて跪く。カッと見開いた眼が“それ”を探して左右を睨み、再びその中心へ戻ったその時、それは地表より五サントほど上の空間から出現した。 銀色の円柱が何もない空間から現れる。髪型を模したものだろうか。 やがてそれに吊られるような格好で、やけに広い額につながった眉のない奇妙な人面に、奇怪な意匠の眼帯を施した彫像が盛り上がってくる。背景が透けているのは、これが実体ではないということだろうか。 生首。生首、のようなもの。が、宙から生えた。これがその状況である。 しかしヴァリエールはうろたえない。『これ』が『それ』ならば、そは我が運命。異形なればこそ我が使い魔にふさわしい。 先ほどまでの焦燥を微塵も感じさせない、落ち着いた口調で契約の呪文を唱えると、ルイズは生首に口づけをした―― 「――それでいい……ジョルノそれでな……それが生き残った者の役目だ……行こうか……コロッセオに…………っておいっ、何だこれは! おい! ジョルノ? ミ、ミスタ? トリッシュ? おーい。誰か?」 ジャン=ピエール・ポルナレフは困惑していた。己の分身であるスタンドを失い、次いで身体そのものを失い、残ったのは亀にしがみつく魂、という末路を辿るはめになった死闘がやっと終わったのが今、だったはずだ。それがどうして…… 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 何か来る。桃色の髪をした怖い人が来る。唇を突き出して。何だこれは。来るなッ、オレのそばに近寄るなあーッ。しかし運命は無情、契約は成された。そして―― ジャン・コルベールは絶句していた。彼女はいったい何をしているのだ。爆発は理解できる。爆発はいつものことだ。だがそのあとがおかしい。 なぜ彼女は左手を押さえて転げまわっているのだ? あ、起き上がった。何やら誰かと話しているようだ。 やがて納得と得心がいったのか、自信満々の威容でこちらに向かってくる。 ふむ、どうやら混乱も落ち着いたようで、いやそもそも誰もいない空間と会話するありさまについて、それはどうなのかとツッこみたいが…… 彼女は誇らしげな笑みを浮かべつつ、コルベールに左手を差し出して言った。 「成功しました! 彼はポルナレフ。ジャン=ピエール・ポルナレフです!」 「私は幽霊だとか言ってますけど、召喚して契約できたのだから問題ないですよね?」 「あと、なぜか使い魔のルーンがわたしの左手に刻まれてしまったけど、幽霊なら仕方がないですよね?」 この左手が何だというのだろう。ルーン? どこに? どうみてもただの左手では…… 。 「ミスタ、どうかしました? わたしの使い魔に、何か、問題でも?」 じろり、とコルベールを見上げるその眼差し! こ、この、小娘にあるまじき眼光には、問答無用で己を認めさせる『凄み』があるッ。ここは『退く』のだ……この『恫喝』から身を隠し復権の機会を待つ……ここで一時『退く』のは敗北ではない……! コルベールの宣言により、『誰にも見えない』使い魔が正式に認証され、最後の一人であったルイズ・ラ・ヴァリエールの召喚の儀が終わり、その場は解散となった。 「さすがゼロのルイズッ、使い魔まで見えない! それすなわち『ゼロ』!」 「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれない、あこがれない。むしろ引く」 「腐ってやがる……早過ぎたんだ」 だのと、ずいぶんな言い草を喰らったり、それを誰がそれを吐かし、誰がそれに賛同したのか、と。帳面に執行令状をしたためるルイズの姿があったとか、なかったとか。 『うむ、それについては先ほど説明した通りだ。私は既に死んでいる』 「まあそれは見れば判ることだし、それはもう仕方のないことよね」 『そうだ。だから物理的に君の役に立つことはできないだろう』 「それも判る。それは構わない。それでもあなたには『知識』、それも幾度となく死線をくぐり抜けた者のみが持つ知識、経験、それがある」 『ああ、だからこの世界、そして他ならぬ君に呼ばれたのだろう』 「全てを、その全てを教わりたい。あなたとあなたのいた世界、そしてその『スタンド』の知識を、経験を」 『それに吝かでないが、しかし君は、私のこの血塗られた運命を、果たして必要とするのか?』 「それはわたしが判断します。この世界に存在しない力、私はそれが欲しい」 『すまないが、たぶんそれは無理だと思うよ。基本的にこれは生まれついてのものだ。特殊な血統による発現と、あの『鏃』によって強制的に発動させられることはあるが、それもこの世界にはないだろう。そしてその先にある『更なる力』を得るためには、『既にそれを持っている』ことが条件になる。制約が厳しいのだ』 「鏃、ですか。まあいずれ見つけられたら、試してみましょう」 『や、ちょっと待て。その鏃が行うのは二つに一つ、能力を得るか死ぬか、そのどちらかでしかない』 「上等。この世界の貴族として魔法の行使力を持たない私には、既に存在価値がありません。死ぬか得るか、その機会があるだけでも僥倖と心得ます」 『そうか、それほどの覚悟、君の命がけの行動ッ! 私は敬意を表するッ! 機会があれば必ず応えよう』 「ありがとう、ポルナレフ」 それが、契約の日に交わされた彼女と『彼』の約束。血みどろの道を進むことになる、二人の出会いであり、破られなかった契約の刻まれた、記念すべき一日の始まりと終わりである。 学院の朝は早い。起床と洗顔、洗濯を済ませ、朝食の場に集う。これに間に合わなければその日の一食を失う。怠惰な者に食を得る資格はない。 『おい、起きろよ。ルイズ。もう朝も遅いぞ』 挙手、の格好で挙げられた左手から声がする。寝相の悪さがこの淑女の特徴らしい。 「……ん、うふん。ふが。うううんー、眠い」寝言で眠い、だと。どんだけフリーダムなんだこの小娘は。ありえん。 『起きろー、ねぼすけー』物理的な干渉のできないポルナレフとしては、声を(聞こえているのかどうか、怪しいが)かけるのが精一杯だ。無理だよなあこれは。 そこで現われたる褐色の美女。何とも凶悪な迫力が胸にある。ポルナレフはこの時ほど肉体を失った後悔を、実感したことはなかったそうな。 『ブラボー! おお……ブラボー!』 「起きなさいよー、ルイズー?、朝よぉ?」 「ふが。ふがが?」 がくがくがく。ルイズの身体が上下に揺すられる。しかしそれでも目覚める様子がない。大したものだ。 まあ、どちらも慣れたもののようだから、これが毎日のイベントなのだろう。しかし無念だ。手が、この手が実体を持たないのが無念だ。 「ポルナレフ! あなたもなんで起こしてくれないのよ!」 『いやいや、起こしてるぞ。私の全力で』 「はぁ、誰よポルナレフって?」 「くそう、片方が幽霊だから話が通じない!」 『まあほら、私の声もルイズにだけは届いているのだから、聞こえたら起きるといいぞ』 「うるさいうるさい、うるさい!」 「幽霊って何よ! 何よ何よ!」 『見えないというのも、便利なようで不便なものだな』 三人が並んで食堂へ向かう。少し急いだ方がいいかも知れない。 「あんた! 死ぬまで、そして死しても戦った騎士の誇りが、この乳牛に屈するというの!」 食堂に着いても会話は踊る。なぜか本題が胸の威力・貴賎を問う形になっているが。 『いや、それとこれとは全く、完全に、別だ。私のそもそもの性質は大の女性好きだ。依然変わりなくッ! ああ、でも大きさは重要ではないぞ。大きさは。世界が求めるのは即ち、形と位置だ』 「ち、ちちうしとは失礼ね! これは女性的魅力の権化、全ての男が平伏する絶対的存在よ! ていうかさっきから誰と話してるのよ!」 「うううるさいわね! そんなことは聞いてないのよ! で? どちらが上だと?」 『そ、その質問に答えるのは難しいぞ。わ、私はそのどちらをも、視認したことがないのだから、な』 「嘘だ!」 『ぷー』 「これは『嘘』をついてる味だぜ。間違いねえ」 どこか、ネアポリス辺りのチンピラが吐かしそうな台詞だ。怖い。 「お風呂」ギクッ。 「左手に憑いたあなたと一緒に、入浴したわよねえ」 「誰が一緒だったって?」 『いや、断じて君の生まれたままの姿を拝んではいないぞ。約束した通りだ』 「鏡に映る『それ』も?」ギクッ。 「だから誰が、あの難攻不落の要塞に忍び込んだっていうのよ!」 それは大いなる勘違いだ。彼女の使い魔は誰にも見えないし、もっとも身近なところにいるのだから。 「答えなさいよ。わたしとこの女の胸、どちらが魅力的なのよ!」 「……だから。あんた一体、さっきから誰と話してるのよう」 『スマンがそれは私だ。君には見えない』 「いま大事なところなんだから! いいから答えなさい!」 さっきのブラボーが聞こえてないことを祈るぜ相棒! 『私は美乳が好きだ。美乳とは程よい位置に君臨する、決して大き過ぎなくそして小さ過ぎない、なだらかな円形をやや高めの位置にましまし、その頂に桃色の小さな突起を纏う霊峰。それは……』 「ややや、や、やらしいのよ何よ何よその微に入り細に渡るおっぱいソムリエ並みのおっぱい賛歌は!」 ドグシャア、と左手に生える銀髪に黄金の右が炸裂するが、残念! ポルナレフは既に幽霊ッ! 見事に空振る軌跡!。ポルナレフは既に死んでいることに感謝した。 「誰がおっぱいソムリエよ! 私のこれを賞賛されることはあっても、人様のそれを云々する趣味はないわ!」 「え? ああ、あなたの事じゃないのよ。この幽霊が……」 その単語にびくりと身を震わせた少女が、同じ食卓の隣にて突然の尿意を催したのは、幸い、誰にも知られることがなかった。 眼前に現れた六体のゴーレムを睨み、ルイズが問う。 「ポルナレフ、アレどうにかできると思う?」 『おお、何だか懐かしいな。私のチャリオッツも甲冑を纏っていた。ま、アレよりは遥かに趣味の良いデザインだったがな』 「昔語りはあとで。いま必要なのはアレを倒す方法よ」 「……ルイズ、君はいったい誰と話しているんだい? 大丈夫か?」 「うるさいわね、ギーシュ。ちょっと黙ってなさい」 『そうだな、まず第一の答だが、君が対する必要があるのはあの甲冑ではない』 「どういうこと?」 『目標はあの小僧の杖。そして必要なのは、今日の授業で君が使った『錬金』の呪文だ。 甲冑どもの攻撃を回避しつつ、奴の杖に意識を集中させ――』 「――そして爆発させる。イイわね、気に入ったわ」 『回避の指示は私が出す、君はその通りに動いてくれ。いいか、ためらわずにだ』 「了解!」 「待たせたわね、ギーシュ・グラモン。さあ、掛かってらっしゃい」 杖を握る手に力を込める。鈍器として充分な破壊力を持ったそれは即座に『武器』と認識され、左手のルーンがまばゆく光る。もっとも、その光はルイズとポルナレフのほかには見えないのだが。 「かかれっ、僕のワルキューレ! 生意気なルイズをフルボッコだ!」 先頭のゴーレムがルイズに向けて拳を振り下ろす。喰らえば骨の一本も折れそうな豪腕パンチだが、既にそこにルイズの姿はない。 右翼のゴーレムが水平に腕をなぎ払う。左翼のゴーレムが必殺の突きをくり出す。 三列目のゴーレムが同時に袈裟懸けの手刀。しかし当たらない。それもそのはず―― ――ガン=ダールヴの最大の特徴は、武器を手にすれば飛躍的に戦闘力が上がる事とされている。ガン=ダールヴは基礎の動きをマスターするだけで、攻撃力は少なくとも一二〇%上昇。また一撃必殺の技量も六十三%上昇する―― 辛酸をなめ尽くした果てに手に入れた、ルイズのこの『能力』。加えて、かつて十年の修行を経て、そして数々の死闘から生還(?)した、最速のスタンドを行使していた男が指示を出しているのだ。 所詮、実戦経験のない小僧が遠隔で操作するゴーレムが、ついて来られる速度ではない。 『集中は整ったか?』 「できた。今」 『よし、では決め台詞だ』 残像すら見える速度で回避を続けていたルイズが、ギーシュの正面に静止して宣告する。 「さあ、侵攻と攻撃を開始しよう。自覚と覚悟はいいかね? グラモン」 『ちょ、我が名は……の方じゃないのかよ?』 自信満々の攻撃がことごとくかわされ、呆然の体のギーシュの持つ、杖。バラの造花をかたどったその杖に、ルイズの杖がゆっくりと下ろされ、触れた。 ドグオオオン! 理解不能! 理解不能! 理解不能! という表情でブッ飛ぶギーシュ。かたや爆風にたじろぎもせずに仁王立ちのルイズ。誰の目にも勝者は明らかだった。『ゼロ』のルイズが『二股』のギーシュを下す、の報が学院を駆け巡った日の、これがその記念すべき瞬間である。 「剣を教えて欲しいの」 『おお、そう来なくてはな、ルイズ。私の得意分野だ。かつて私が学んでそして振るったこの経験を全て伝授しよう。そう、全てをだ』 そんなわけでトリステインにある武器屋にやって来たのだ。 「貴族が剣を! おったまげた!」 「そうよ。何か、問題でも?」いつものように『凄み』で睨みをきかせると、店主がまるで歴戦の兵に相対したかのように緊張する。 ある意味それは間違っていないのだが、どちらかというとその本体の方が恐ろしいのがこれがまた。 「いえ、滅相もありません。生意気言ってすみませんでした」 「大きくて太いのがいいわ」 『ルイズ、そのルーン頼りでは長時間の戦闘は不可能だぞ。大きくて太いのの他に、片手で扱える小剣を二本、それと投げナイフを一揃え、これが私のおすすめだ』 「……なるほど、確かにそうね」 「では店主、大業物を一振りと脇差を二振り、それとこの店にある全ての飛苦無を頂こう か」 「はっ、お待ちを」 そこで外野から野次が飛ぶ。店内にはこの三人しかいないはずだったのだが。 「おいおい、その姉ちゃんがそんだけ使うってか? ありえねえよ常識的に考えて!」 「おいデル公、失礼なことを言うんじゃあない!」 「これは?」 「いえ、そこに刺さってる剣なんですがね、これがいわゆるインテリジェンスソードって奴でして」 『なん……だと……』 「へぇ、それは珍しいわね」なぜか動揺するポルナレフを無視して続ける。 「はあ全くで。ただこれがどうにも口が悪くていけませんでして、買い手もつかないまま錆朽ちている、まあ何というかボロ剣ですハイ」 ほほう、と、声のした方に向かい、やがて一振りの剣をつかみ出すルイズ。 「先ほど生意気な口を利いたのは、貴様か」 「うおっ、あんた『使い手』だったのかい。スマン、さっきのは失言だった」 「あぁ?」そこでまた繰り出される『凄み』! デル公はふるえている。 「生意気言ってすみませんでした」 「ま、いいから。ちょっと来なさい」 借りるわよ、と店主に声をかけ、剣をつかんだまま外に出る。薄暗い路地裏、都合もよく人目はない。ルイズは右手に杖を掴み、左手のデル公を無造作に転がす。 「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」 「あ、ああ、あう、あ」 「そうね。ちょっと時間が掛かるのが面倒だけど、『錬金』の呪文を差し上げようかしら 」 錬金、と聞いてデル公の比喩的な頬が緩む。 「ククク……甘いぜ嬢ちゃん。この齢六千年のデルブリンガー様に掛けられた『固定化』の呪文、そこらの棒切れと一緒にされてはな……クククッ」 詠唱と共にゆっくりと振り下ろされる杖、デル公の比喩的な笑みは崩れない。しかし、その甘い、甘すぎる予想は爆発と共に瓦解する。 ドグオオオン! 「ぐおあっ?」何が何やらわからない衝撃に、がらんがらんと転がされる。柄が吹き飛んで砕け散る。 生まれたままの姿を晒しつつ、デル公はいま、かつてない比喩的な痛みを感じている! 何だこれは。剣であるこの俺様が『痛み』を感じるだとッ! ありえない! 誰なんだこの男は! 「いま、何と?」 「へ?」 「誰が男だって?」 「あら、口に出てましたぁ?」 「よし。うぬの『覚悟』、しかと覚えた。なればさらに『長い』呪文にて仕ろう」 「え?」 じと、と比喩的な冷や汗が比喩的な首筋を伝わるのを感じる。その威力はッ、もしかしなくてもおそらく間違いなくッ、呪文の長さに比例して…… 「サモン・サーヴァントだッ!」 「いやああああああぁぁ」 「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」 その日、王都に超弩級の爆音が轟いた。 『しかし丈夫な剣だな』 「見てくれは散々だけどね」 辺りの惨状と同程度に薄汚れ、端々がズタボロのように欠けているそれは、もはや剣と称するにはおこがましい。 「なまくらと申したか」 「どう見てもなまくらじゃない。その錆まみれでブッ壊れたありさまは」 と、その刀身がまばゆい光に包まれ、その中から不吉に鈍く輝く人切り包丁が現れた。 「これがおれの本体のハンサム顔だ!」 「しかもこの本体の性能はッ! 魔法を吸い込むことができるッ! 吸い込んだ魔力の分だけ使い手を操ることができるッ! こわれないぞ」 操る、のくだりでポルナレフが過去のトラウマを刺激されたのか、のけぞるような格好になる。心底いやな思い出のようだ。 「気に入ったッ! わたしの『爆発』に耐えたその刀身、およそいかなる打撃にも耐えるであろう。受け太刀はいかんと言っていたが、ポルナレフ? これならばどれだけ受けても構わないのではないか?」 『……う、うむ。本人もこわれないと言ってるしな。いいんじゃないの?』 「では買おう。デル公とやら、よく仕えるがいい」 「あ……う……よ、よろしくです(くそッ余計な自慢するんじゃなかったー)……」 ――大きいもの。硬いもの。雄々しいもの。それは、ルイズ・ラ・ヴァリエールのデルフリンガーである。 ポルナレフの剣技と、ヴァリエールの爆発と衝撃が、ハルケギニアを大きく震わす。二人、男の太さを競う―― 初めに長く二回、それから短く三回…… ルイズの表情が急に張りつめる。音もなくベッドから降り立つと、やはり音もなくドアの死角へまわる。やや腰を落とし、水月に拳を構え、静止する。 「プリンセスアンロック!」 絶大の衝撃を受けたドアが吹き飛ぶ。一瞬の踏み込みで室内に現れた人物――黒いフードに隠れ、その顔を窺うことはできない――が、ルイズの構える死角に、迷わず貫き手を繰り出す。一撃が必殺の威力を持っている。つかまれた瞬間に関節が『ありえない方向』に曲がる、それは既に確定している。しかしヴァリエールはうろたえない。 「蒼天鳳翼固め!」 極められたら決して逃れられない、大戦鬼の技が炸裂する。しかしッ、異常な身体能力が技の隙間を抜け、間合いを取り戻す。 この距離、この近さ、どちらかの技が極まればすなわち決着ッ! しかし意外! ふっ、と双方が構えを解き、破顔する。 「フフッ、衰えてはいないようね」 「姫さまこそ『王者の技』の冴え、さらに磨きがかかっておいでの様子、嬉しゅうございます」 「ふわふわのクリーム菓子、ドレス、お姫さま役……あなたとわたくしの間にはつねに闘争がありました。わたくしのプリンセス金剛拳と、あなたのヴァリエール流葬兵術、決着にはついぞ至りませんでしたが……」 肉体言語で語りあった日々を楽しげに回想する二人。 『物騒な思いで語りだな、おい』 無数の死線を潜り抜けてきた騎士にしても、その光景は異様なものと映ったようだ。 「わたくしは国策として、ゲルマニア皇帝との婚姻を結ぶことになりました」 ビキッと奥歯を噛む音が響く。 「だが……第一位王位継承権者が他国へ嫁ぐなど、言語道断ッ。わたくしはこの状況を打破するべく、アルビオンへ向かいます」 「!」 「アルビオン王党派の即時撤退、トリステイン国内にて亡命政府の樹立、そして皇太子ウェールズ・テューダーとわたくしが婚礼を果たし、トリステイン=アルビオン王国を建国するのです。これで内政干渉のそしりを受けることなく、アルビオン大陸の併呑に取りかかれます」 アルビオン王国が崖っぷちに立たされるまで、機会を待っていたというのか、この人は。老獪、プリンセスにあるまじき老獪さ! 「時は満ちたのです。この偽りの仮面をはぎ取り、天下布武を掲げる日が来たのです」 「しかし、全てはアルビオン王党派が王家の正統性を失うことなく、この国への撤退を完了させてから、のことです。 しかもこの行動にトリステイン王国は『公式には』関われません。彼らが正式に亡命を申し込み、それをわが国が正式に受諾するまでは。したがってアルビオン王国へはごく少数の者のみが、潜入することとなります」 「そのための準備は今日、整いました。老オスマンより徴発したスキルニルが、わたくしの影武者を勤めます。わたくし自身は得意の変装をもって『さる人物』に化け、『あること』を行います。そして」 往年の『スゴ味』もそのままの、ブッ殺したような視線をルイズに向け、 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、わたくしと共にあなたも来るのです」 「ククッ……成長されましたな、姫さま。おもしろい! やはりあなたはおもしろい!このルイズ、地獄の底までお供をしましょうぞ! 」 「ありがとう、あなたなれば必ずそういってくれると信じておりましたよ。……そしてあなたと共にわたくしの右腕として、盾として立つもののふを紹介しましょう」 と、軽く視線をやってささやく。 「アニエス?」 「はっ、ここに」するりとドアを抜け、歩み寄った人物がアンリエッタに跪く。どうやら護衛のようだ、が、腰には杖ではなく剣が下げられている。 「我々が行うのはまず撤退戦です。殿はわたくしとあなた、そしてこのアニエスともう一人、『ある方』が受け持ちます。敵はおよそ五万、不足はないでしょう?」 「五万!」 「その五万のどこかに、あなたの仇もおりますよ、アニエス」 「先日、リッシュモンを罷免して追放しました。レコン・キスタに通じた彼が、貴族派に合流したのは間違いないでしょう。そしてその男こそが、ロマリアの手先として『虐殺』を命じた張本人です」 「!」 「わたくしの与り知らぬところで行われたとはいえ、王権に携わる者としての責任、重大と心得ます。かの地にてリッシュモンへの仇討ち、これは全ての任務に優先して構いません。彼を発見次第、護衛の任を解きます」 「殿下……」 「ま、あのすくたれもののことですから、陣の奥深くから動くこともないとは思いますが、あなたの草が必ず見つけてくれると、わたくしは信じていますよ」 「……必ずや!」 「ああ、でも決して死んではなりませんよ。あなたはこれから、わたくしと共にあなたの仇の首魁、ロマリアを討たねばなりませんからね」 「おおお、殿下ッ! このアニエスッ! 決して、決して、死なずにッ! 殿下の下に仕え、覇道の露払いをいたしますぞ!」 「それでこそわたくしの騎士、全ての怨敵を誅滅して、この国に、この世界に、正義を打ち建てるのです。見敵必殺、それがわたくしの命令です。そして正義は、絶対に、一度として、負けてはなりません」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/492.html
ミス・ロングビルは手鏡を見つめていた。 手鏡に映るのは自分の姿ではなく、トリスティン魔法学院の廊下、それも女子寮の廊下だ。 一通り見終わると、今度はルイズの部屋が映し出される。 理由は分からないがルイズの部屋には誰もいない。 ロングビルは手鏡を懐にしまうと、サイレントの魔法で足音と扉の音を消しながら、女子寮に向けて歩いていった。 ロングビルは、ルイズの部屋の扉に魔法が仕掛けられていないかを慎重に確認し、ドアを開けようとした。 だが、背後から扉の開く音が聞こえ、慌て手を引っ込めた。 「…ミス・ロングビル?な、何でこんな時間に」 開かれたのはキュルケの部屋、顔を出したのは、ネグリジェの上にマントを羽織ったキュルケだった。 幽霊騒ぎ以来、ルイズとタバサの二人を連れてトイレに行く習慣がついたキュルケは、予想外の人物が廊下にいたため、焦りを感じていた。 『微熱』どころか『情熱』とも呼ばれるキュルケは、生徒たちの嫉妬と羨望のまなざしを受けることを喜びに感じている。 しかし、もし目の前にいるロングビルに、『自分は一人でトイレに行けない女』などとバレてしまえば、キュルケのイメージを転落させる弱みを握られたことになる。 キュルケはかつて無い程に、頭を悩ませた。 しかし、ミス・ロングビルもまた、不味いところを見られたと言わんばかりに狼狽えていた。 オールド・オスマンの秘書であるロングビルが、魔法の手鏡でルイズの部屋をのぞき見したり、夜中に忍び込むなどという行為は、明らかに職権の乱用だった。 そもそも国内外から貴族の子供を集めた学院では、授業こそ非常に高度であり、しかも厳しいが、生徒の私生活にふれることはある種のタブーだ。 全寮制の教育機関ではあるが、何らかの規則に違反した者がいない限り、教師も学生寮にはあまり入らない。 それについてオールド・オスマンは『生徒の自主性を尊重する』という教育方針だと説明することが多い。 実際は、自堕落な生徒や、問題を起こす生徒を早々にあぶり出す『罠』であり、生徒の親が学校の規則を権力でねじ曲げようとする前に退学させる『罠』なのだ。 キュルケは『トイレに一人でいけない女』という弱みを見せずにどうやって誤魔化すかを考え、ロングビルに『生徒のプライバシー侵害』という弱みをどうやって誤魔化そうかと考えていた。 十分後、見つめあう二人を発見したタバサが 『ルイズは夜中一人でトイレに行くことが出来ない』 と説明することで、キュルケは難を逃れることになる。 「処分しておけ」 「はい」 地下牢から出ると、モット伯はルイズを捕まえたメイジに命令した。 処分しろ、ということは、モット伯はあの二人への興味を失ったのだろう。 グレーのマントを身にまとったメイジは、命令を頭の中で反芻しつつ、静かにため息をついた。 「静かだな」 地下牢に降りたメイジが、素直な感想を呟く。 モット伯の希望した通り、オークに嬲り殺されたのだろうか、それとも二人とも気絶したのだろうか。それを確認するため牢屋の明かりを灯す。 ルイズの入っていた牢屋の奥、鉄格子の向こう側で、オークが宙に浮いているのだ。 メキッ、メキッ、と、オークの首が見えない何かに締め付けられるように細くなっていく。 オークは鳴くこともできずに口から泡を吹き、白目をむいていた。 「オラァッ!」 ルイズの声と共に、オークの体が蛙のように飛び跳ね、天井にぶつかった。 メイジには多少混乱はあったが、数々の経験から、攻撃呪文で手当たり次第を攻撃するしかないと判断した。 ウインド・カッターの魔法で、鉄格子の隙間から風の刃をぶち込み、牢屋の中にいる者をすべて切り刻もうとした。 しかし、杖を持った右手に激痛が走り、杖を落としてしまった。 「っ!な…」 右手を見ると、手の甲に突き刺さった牢屋の鍵が、手のひらまで貫通している。 よそ見をする間もなく、ベキベキと音を立てて鉄格子が開かれる。 開くと言っても扉ではなく、鉄格子の隙間が力づくで開かれているのだ、メイジは悲鳴を上げそうになったが、慌てて杖を拾い階段を駆け上がった。 牢屋から、長い髪の毛を心底邪魔そうにかき上げつつ、ルイズが姿を表した。 ルイズは隣の牢屋を見ると、牢屋に向けて手を向ける。 何かを引っ張るように手を振ると、それに併せて鉄格子が根本から引きちぎられていった。 ルイズは鉄格子の隙間から牢屋に入ると、気絶しているシエスタを担ぎ上げようとしたが、体力のないルイズではシエスタを担ぎ上げることはできない。 「…やれやれ」 ルイズが小さく呟くと、シエスタの体は宙に浮き、ルイズの背中に乗せられた。 バタン!と音を立てて開かれた扉は、モット伯私室の扉、そこにはモット伯と、服を脱ごうとしている10歳ぐらいの少女がいた。 「な、何だね!」 「すぐにお逃げ下さい!」 モット伯は男の無礼をとがめようとしたが、男が右手から血を流しているのを見て、考えを変えた。 グレーのマントを羽織るこのメイジは、モット伯に長年仕えている。 特に汚れ仕事は任せることも多く、信頼も厚い。 その男が負傷し、血相を変えて飛び込んできたのだ、彼の態度がかつて無い緊急事態であることを告げていた。 モット伯はベッドの脇に置かれたバッグを掴むと、杖を振って壁の絵画を回転させた。 すると額の下の壁がゴゴゴと音を立て、隠し扉が開く。 狭い入り口に頭をぶつける程慌てながら、モット伯は隠し通路の中へと入っていった。 服を脱ごうとしていた使用人の少女は、何がなんだか分からず狼狽えていた。 メイジは使用人に「君も逃げなさい」と告げて、モット伯の部屋の扉を閉めた。 廊下の奥から危険な気配が近づいてくる。 牢屋に通じる階段から、恐るべき『気配』が近づいてくる。 風のトライアングルであるメイジは、地下牢への通路を塞ぐため、エアハンマーで通路の周囲を破壊する。 壁や天井から落ちる石材が、地下牢へと続く階段に降り注ぎ、階段を埋めてしまう。 少しは時間が稼げるかと思いこんだメイジの目の前で、轟音と共に石で出来た床が吹き飛んだ。 爆発後のような煙が立ちこめる通路の中、メイジは、煙の向こうにいる人影に気づき、冷や汗を流した。 煙の奥から見える人影は、少女のもの。 しかし風が伝えてくる情報は『オークとは違う種類の亜人』だった。 大きさは2メイル(m)、強靱な筋肉に包まれ、長い頭髪を無造作に流している。 それだけなら人間と同じだが、風を通して伝わる『迫力』は、およそ人間のものとは思えなかった。 だからメイジは『亜人』と判断したのだ。 地下牢でオークを持ち上げて天井にぶつけた存在も、床を砕いて地下から出てきたのも、その『亜人』が行ったのだろう。 だとしたら『亜人』は、あの少女の使い魔なのか? とにかく、今は魔法で時間を稼ぐしかない、そう考えたメイジの目の前に、人間よりも二回りは大きい煉瓦の固まりが飛んできた。 とっさに詠唱中のエアハンマーを自分に当て、体を吹き飛ばす。 全身に強い衝撃が走るが、煉瓦の固まりが衝突するよりはずっとマシだ。 メイジは足をふらつかせながら着地すると、廊下の窓に向けてマジックアローを放ち、窓を砕く。 続けてウインドブレイクの魔法を放ち、ガラス片を土煙の向こうにいるルイズに向けて飛ばした。 ルイズは、突風と共に襲い来るガラス片を見て、巨大なタンカーの中でも似たような事があったなと思い出した。 「スタープラチナ!」 ルイズの声と共に、筋肉の鎧に包まれた青白い肌の戦士『スタープラチナ』が現れる。 グレーのマントを身につけたメイジには、陽炎のように空間が揺らめいた程度にしか見えなかったが、風がその存在感を伝えた。 「オラァッ!」 ルイズの声に反応するかのように、スタープラチナは恐るべき速度でルイズの周囲に連続して拳を放つ。 シュバババババババババババ、と風を切る音が聞こえ、次の瞬間には宙を舞うガラス片がすべてスタープラチナの手に握られていた。 メイジの混乱はピークに達した、自分の魔法が全く通じない。 ふと、軍にいた当時、演習試合でマンティコア隊隊長と対決し、手も足も出なかった。 メイジは、完全に萎縮していた。 森の奥にある館から、爆音が聞こえ来るのが分かる。 タバサの使い魔シルフィードの背で、タバサ、キュルケ、ロングビルの三人は焦りを感じていた。 トイレの話題はルイズに押しつける事が出来たが、ロングビルがルイズの部屋を開けようとしていた事実は変わらない。 だが、ロングビルは事前に、ルイズがマルトーと何か話をしていたのを見ていたのだ。 ロングビルの持つ手鏡は『遠見の手鏡』というマジックアイテムだった。 オスマン氏から渡されたもので、不在の間に異常事態が起こった時にこれで調査しなさいと言われていたのだ。 とにかく、ルイズがどこに行ったのかを問いつめるために三人は料理長のマルトーの元へと赴いたのだ。 ちなみに、タバサとキュルケは何食わぬ顔でトイレに立ち寄った。 マルトーを問いつめ、ルイズが何処に行ったのかを聞いた三人は、予想以上の事態に驚いた。 「それで、ミス・ヴァリエールはモット伯の別荘に行くと、確かに言ったのね」 「は、はい、確かにその貴族の別荘へ行くと言ってました」 ロングビルは驚きを隠せなかった、典型的な貴族であるルイズが、メイドを助けに行ったなどと、にわかには信じられない。 キュルケとタバサは、ルイズが空を飛んだと聞いて、別の意味で驚いていた。 とにかく、ルイズの後を追わなければならない。 もしルイズがモット伯に喧嘩を売っていれば大問題になり…自分の給料も危ういのだから。 ルイズは、シエスタを背負ったまま、メイジと対峙していた。 距離は約五歩。 メイジは呪文を詠唱し、自分の周辺に強力なつむじ風を起こした。 ガラス片、石、廊下の絨毯、壁に掛けらた調度品、それらが渦を巻いている。 メイジは敗北を覚悟していたが、せめて時間稼ぎだけはすると決意していた。 不意に、ルイズが一歩足を進める。 それを合図にして、渦を巻く風が一直線にルイズへと襲いかかった。 「オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ」 宙を舞う調度品や石が弾ける。 「オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラァーーーーッ!」 すべての障害物をたたき落とした後、最後の障害物であるメイジを殴り飛ばし、メイジは近くの部屋の扉を破壊しながら吹っ飛んでいった。 「ゲブゥッ!?」 メイジは血まみれになった肺から、血を吐きだした。 ルイズはメイジに近づくと、手のひらより少し大きいぐらいの絵を見せた。 殴り飛ばしたメイジの懐から落ちたものだ。 「…! ぞ、ぞれはっ」 よほど大事なものなのか、絵を見たメイジは目を見開き、手を伸ばす。 「か、かえし、て、くれ」 「答えな…この絵の女は何だ、それと…おめー程のメイジが、なぜ主人に忠義を尽くす…?」 ルイズは絵を見せたまま質問する。 「…それは、娘、だ」 「人買いの真似をして、自分の娘の写真を返せってか?やれやれ…ずいぶん虫のいい話だ」 「も、モット伯は、昔は、本当に、身寄りの、無い、子供を、助けていたんだ…」 ゴホゴホと血を吐きつつ、メイジは話を続けた。 「俺は、実力で、軍に、抜擢、されたんだ…。だが、娘の病気を、治したくて、魔法薬を横流して、金を手に入れた…、 もちろんバレたよ…俺は、処刑確実だったから、逃げたんだ……傭兵になった俺のせいで娘を、人質に取られたんだ……娘は、人買いに買われ、モット伯の所へ売り込まれた…、 一人前のメイドになって、アルビオンの王族に、仕えることになった、娘を見て、うれしかった……だから。俺は恩返しをしようと思ったんだ、でも、モット伯は…ごホッ」 「おめーは、変わっていくモット伯を止められなかったって訳か…」 「そ、そうだ、だから…その絵が、残って…いると、娘に迷惑を…かける、だから、それを…焼き捨てて…くれ…」 ルイズは、近くに落ちていた杖と、絵を渡して、こう行った。 「ケジメは自分でつけな」 メイジは写真を懐に仕舞うと、ファイヤボールの魔法を唱えて火球を作り出す。 そして…微笑みながら、火球を自分に落とした。 燃えさかる火炎の中、メイジは満足したかのように、微笑みを浮かべていた。 「オメーは人買いの片棒を担いだ、それは決して許されねぇ」 ルイズは帽子を深く被り直そうとして、帽子のつばを探した。 「だが…娘は別だろうな」 手が宙をきり、帽子を被っていないことに気づいた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-12]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-14]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/479.html
風の使い魔-1
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/838.html
第一章 使い魔は暗殺者 前編 リゾットは怒っていた。心の底から。頭のてっぺんを突き抜けるような怒りを、不甲斐ない自分に感じていた。 ――オレは…何一つとしてっ、仲間と交わした誓いを果たすことが出来なかったっ!! それが、リゾットの怒りの原因だった。 ボスを殺すこと。 栄光を掴むこと。 仲間たちと約束したことを、リゾットは何一つとして叶えることが出来ず、無様に死んでいく自分が、リゾットはこの世で一番許せなかった。 誇りを傷つけられ、栄光を掴もうと誓った。 けれど、全ては無駄に終わってしまったのだ。自分たちの反乱は、挫折した。 誰が悪いのではないだろう。強いて言うのならば、運が無かったとしか言えない。 戦いに勝つには天の時と地の利と人の和が必要だと言われている。 地の利と人の和は同等だった。けれど、天の時はブチャラティたちに味方した――そういうことだ。 しかし、リゾットはそれだけに全てを委ねる事はできなかった。 リーダーである自分がもっと上手くチームを指揮していれば勝てたのではないか。そう考えてしまうのだ。 すでに起きてしまった出来事にもしもはない――。そう分かっていても、リゾットの頭の片隅で声は囁く。 ――お前の采配が悪かったから仲間たちは無駄死にしたのだ…………。 と。 だからこそリゾットは相打ちを覚悟でボスを殺したかった。 相打ちでボスを殺してもどうしようもないことは分かっていたけれども。仲間はもう一人も残っていないし、ボスを殺しても自分が死んでしまっては、それで終わりだ。 それに、リゾット以外の仲間が死に絶えたとき、ボスを殺す理由は無くなっていた。“仲間と”栄光と掴むためにボスを殺そうと決意したのだから。 それでもリゾットがボスを殺そうとしたのは、死んだ仲間たちに少しでも報いたかったからだ。 死んだ後、あの世で仲間たちと再会したとき、胸を張っていられるように。そう思って、リゾットはボスを殺しに行った。 が、最後の最後、後一歩が及ばなかった。結局、天の時は最後までリゾットの味方をすることはなかったのだ。 ――オレたちは……決して栄光を掴む事が出来ないと言う事なのか?! 神を裏切ったオレたちには祝福を受ける資格がないと言うのか?! そんなことは……そんなことは認めないッ! 絶対に認めるものかァッ! オレは……いや、オレたちは! 使い捨てられて、踏み台にされるために生きていたのではないッ!!!! リゾットは怒っていた。心の底から。頭のてっぺんを突き抜けるような怒りを、無慈悲な神に向かって感じていた。 ――オレたちは……栄光を掴むんだ!!! 「あんたたち誰?」 雲ひとつ無い晴天の空を背景に、誰かがリゾットの顔を覗き込んでいた。 急激に意識が上昇して目が覚めたため、視界はあまりよくなかったが、リゾットを真上から見下ろしている人物が桃色に近いブロンドの少女だという事は分かった。 そうして、その少女が白いブラウスとプリーツスカートを身に纏い、その上に黒のマントを羽織っている事も。 (コス……、プレとかいうやつか?) 少女の姿を見たリゾットの最初の感想は、正直どこかずれていた。しかし、これは彼にとっては致し方ないことでもあった。 少女の格好からリゾットが連想したものは、チーム仲間のメローネが(自分の)食費を削ってまで購入していたジャッポネーゼアニメやジャッポネーゼマンガに描かれていた、いわゆる魔女っ子と呼ばれるものだったからだ。 メローネや歳若い仲間が楽しそうに読んでいるのを見て、一度だけリゾットも読んだ事があるが、あまりの展開の破天荒さに5ページほどで挫折した。 けれども、メローネたちにはそこがいいらしく、同じく面白さが分からなかったプロシュートやギアッチョとともに肩身の狭い思いをしながら、 『あれが若さか』 などという発言をしてちびちびとワインを啜った記憶が懐かしい。あの時はまだ、ソルベとジェラートも居て、ボスに反感を持つ前だった。 あれから、そう、色んなことがあった。 身を粉にして組織を大きくしたというのに、与えられた対価はそれに見合うことは無く。ボスはリゾットが嫌っている麻薬を金のために、裏の人間だけではなく一般市民にまで売り出した。 それがリゾットには気に食わなかった。元々リゾットは裏の人間が必要以上に表の人間と関わる事を良いとは思っていなかったし、麻薬は人をボロボロにする。短い目で見れば金になる商売かもしれないが、長い目で見れば害にしかならない。 そうこうしている内に、待遇に不満を抱いたソルベとジェラートがボスのことを調べ始めて、殺された。 そんな様々な要因が重なって、トリッシュというボスの娘の噂が切っ掛けとなり、リゾットたちは組織を裏切った。ボスを倒すために。 そして、昔夢見た理想を現実にするために。 しかし、現実は非情で、リゾットの仲間たちはボスの娘を護衛するブチャラティチームたちと戦い、死んでいった。 リゾットも一人ボスと対峙し、負けた。そう、ボスのスタンド能力の前にリゾットは敗北したのだ。裏の世界では負けはそのまま死に繋がる。つまり、リゾットは死んだ――はずだった。 (そうだ。俺はエアロスミスの銃弾を受けて死んだはずだ) 未だ上手く働かない思考をフル回転させてリゾットはこの状況を理解しようとした。何故、イタリアのサルディニア島でボスに敗れた自分がこんな城の見える平原に居るのか。しかも―― (この女、あんたたち……複数形で訊いた?) そのことに疑問を持ったリゾットは、目の前にいる少女を警戒しながらゆっくりと上体を起こし、体を捻って後方に視線を動かした。 「!!?」 その瞬間、リゾットはこれまで味わった事の無いほどの混乱に襲われた。 メタリカを体内に宿しているせいで白目の部分が充血している、他人とは違う目を大きく見開いて自分の後ろに広がっている光景を呆然とした表情で見つめる事しかできない。 (馬鹿な……っ、これは、どういうことだ?!) サルディニア島に居たはずなのに、こんな観光地のような場所に居る事も不可思議な事だが、それ以上に不可解なことが目の前に広がっている。 「ホルマジオ……、イルーゾォ……、プロシュート……、ペッシ……、メローネ……、ギアッチョ……。馬鹿な……、死んだはずだ……ッ」 そう、リゾットの背後には死んだはずの彼の仲間たちが倒れていたのだ。 暗殺チームのリーダーとして普段から滅多に感情を揺らす事の無いリゾットだが、この状況にはただ心の底から驚愕するしかなかった。 (天国とでも言うのか?) イタリア生まれのイタリア育ちであるリゾットはギャングに入って後も基本的な思考はローマ・カトリックに由来していた。 そのため、この異常な状態を天国と思ったわけだが――、それにしてはどうも様子がおかしい。 混乱しながらも、仲間たちは全員気絶しているだけだと確認したリゾットは、次に周りの様子を慎重に観察し始めた。 目の前には未だに少女が憤然とした面持ちで仁王立ちしている。 その遥か後ろには平地用の――つまりは守りに向いてない移住性を重視した――城が聳え立っていた。 そして、その城と少女の間に、十数人ほどの人間が、全員同じような黒いマントを羽織ってまるでファンタジーに出てくる魔法使いの持つ杖のようなものを手にして、リゾットたちを物珍しそうな顔で眺めている。 「あんたたち、誰?」 もう一度少女は聞いてきた。瞳には苛立ちの色がはっきりと見える。それ以外には、焦りと、少しばかりの恐怖。 期待通りに行かなかった事に対する拍子抜けしたような感情。それと、大きな疑問だろうか。この事態に戸惑っているようにも思えた。 「……オレは……、リゾットだ」 とりあえずリゾットはそれだけ答えた。頭の中では未だに黄色いヒヨコが踊っている。 (とにかく、ここがどこか分かるまではこちらの情報は最低限隠さなければいけないな……) 「どこの平民?」 平民? この問いにリゾットは一瞬詰まった。身分社会が崩壊して久しいこの時代、ヨーロッパにも貴族と呼ばれる人種は居るが、こういった物言いをすることはない。 つまり、導き出される結論は、ここはヨーロッパ以外の身分社会がまだ残っている土地か――、はたまた、地球ではないどこかだ。 (本当に異世界だとすると――ナルニア国年代記のようなものか) リゾットは幼い頃に読んだヨーロッパで有名なファンタジーシリーズの名前を挙げて秘かに笑った。 従兄弟が憧れていたファンタジーの世界に――もしかしてだが――自分が足を踏み入れているのかと思うと、なんとも言いがたい気分になってくる。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 と、リゾットが物思いに耽っている間に、周囲の時間はどんどん進んでいたようだ。 驚きが終わった野次馬たちが、馬鹿にしたような色を浮かべながら声を掛けてくる。げらげらという爆笑をバックコーラスにして。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」 「さすがはゼロのルイズだ!」 ルイズ――どうやらこの桃色掛かった金髪の少女の名前らしい――の拙い反論に、他の子供たちは一斉に笑い声を上げ、馬鹿にする。 そんな子供たちの幼稚な行為に、リゾットは眉を顰めた。 他人を嘲笑うという行動は大きく分けて、自分に絶対の自信があるために相手を軽く見るというものと、相手を軽んじる事で自分が優れていると錯覚したいというものがある。 しかし、どちらの場合も相手の実力を過小評価し、自分の実力を過大評価する傾向にある。そして、それは殺し合いの世界に身を置く者としては非常に不味い事であった。 自分を強いと思うことは油断を招くし、相手を弱いと思うことは隙を生む。過去、その結果として自分に殺された要人やギャングなどの構成員たちを思い出しつつ、リゾットは緩やかに警戒レベルを戦闘時から常時に戻した。 どうやらそこに居る人間たちが結託してリゾットたちを攻撃するような状況にはならないらしい。 けれども、疑問は何一つとして解消されて無い。リゾットは慎重に彼らの出方を待った。 「ミスタ・コルベール!」 少女がまた叫ぶ。誰か――リゾットが推測するに引率者――を呼んだようで、その声に反応して人垣の中から中年の男性が進み出た。 丸い眼鏡をかけた、額から頭のてっぺんまで禿げている温厚そうな男である。この男も真っ黒なローブを身に纏い、大きな木の杖を手にしていた。 絵本や映画などに出てくる魔法使いそのものの姿だ。街でこんな格好をしていたら、道行く人たちに白い目で見られることは確実である。 が、その男――ミスタ・コルベールと呼ばれていた――を見て、リゾットの暗殺者としての感覚が盛大に反応した。 一気に警戒レベルが跳ね上がり、ドッドッドッと心臓が血液を全身に送り出そうと動き出す。酸素が体中を駆け巡り、思考が活性化する。 (この男……、強い! そして、戦い慣れしている!) 男の表情や足運びなどから彼の実力を推測したリゾットは、全身の筋肉を強張らせた。 しかし、そんなリゾットの考えとは裏腹に、男は昼行灯という言葉が似合うほど害意の無い顔でルイズという少女に対して返事をする。 「なんだね。ミス・ヴァリエール」 「あの! もう一回召喚させてください!」 そうして、のんびりとした男とは対象的に、身振り手振りで気を引き必死になって何事かを頼み込んでいるルイズの台詞に、リゾットは思い切り困惑した。 (召喚だと?) その単語を聞いて真っ先に思い出したのは、やはりチーム仲間の一人、ジャッポネーゼマニアのメローネがやっていた(ジャッポネーゼ言葉ではプレイするというらしいが)ファイナル○ァンタジーとかいう、指輪物語の設定を下地にしているRPGとかいうTVゲームだった。 頭に角を生やして杖を持った幼女が脳裏に浮かぶ。そういえば目の前にいる少女も幼い。角は生えてないようだが、杖は持っていた。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは『使い魔』を召喚する。今、やっているとおりだ」 半ば涙目になりながらルイズは尚も言い募るが、コルベールは素っ気無く首を振るだけだ。 周りの生徒たちはコルベールとルイズの会話を邪魔しないように大声で笑う事は止めていたが、ルイズに対してニヤニヤと歪んだ笑みを向けている。 (召喚……使い魔……。この二人の言葉をそのまま信じるのなら、オレは……いや、オレたちは地球から別の世界に呼び出されたということか!) コルベールの登場で脳に充分な酸素が行き渡ったリゾットは、先入観を棄ててこの事態を正確に把握する事に専念する。 この状況が理解できなければ、どういった行動が最適になるのかも分からない。 リゾットの能力ならばここにいる全員を一気に殺すことも可能だが、それをして仲間が危険になるような事になってしまっては困る。 「それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼らのうちの誰かを使い魔にするしかない」 「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」 ルイズが屈辱と怒りで頬に朱を散らせて大声を張り上げると、また子供たちが一斉に笑った。 それをルイズが悔しそうな瞳で睨みつけるが、それでも笑い声の大合唱は止まらない。 リゾットはあまりに幼稚すぎる子供たちの反応に、呆れたような視線を向けた。 あまりに呑気すぎる。イタリアの小学生より程度が低いかもしれない。 (それにしてもオレたちはこのルイズとかいう女に呼び出されたのか……。使い魔…………というとあれか、黒猫のような扱いを受けるのか) 生粋のイタリア育ちのリゾットが想像する使い魔と言えば、ローマ・カトリックの魔女狩りでイメージが固定化された黒猫である。 ちなみにリゾットの脳内では、箒に乗った鉤鼻の魔女が黒猫を従えて満月をバックに飛んでいる姿が浮かんでいた。 (それは……少し、いや、かなり嫌だな。というよりこの傲慢で駄々っ子なマンモーニの下につくなど真っ平ゴメンだ。逃げるのが得策だと思うが……、仲間を見捨てるわけにはいかない。どうするべきか……) リゾットはこの短い時間でルイズの性格を端的にだがきちんと把握していた。ルイズには悪いが、このような人間は雇い主としては最低の部類に入る。きっと食事すらまともに与えてはくれないだろう。 「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼らは……」 リゾットが本気で対策を考え始めた頃、コルベールの説教も終わりに掛かっていた。 「ただの平民かもしれないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければいけない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼らのうち誰か一人には君の使い魔になってもらわなくてはな」 「そんな……」 (どうやら使い魔とやらは一人しかなれないらしいな。しかし……、仲間にそれを押し付けることはリーダーとしてあってはならない行為だ……) がっくりと肩を落として溜め息を吐くルイズに少しむっとしながら、リゾットは冷静に情報を処理していく。 今までの会話や様子から推測できる事をまとめると、こんな感じだ。 一、ここは魔法使いが存在する異世界である。 二、リゾットたちはルイズと呼ばれる少女の使い魔として呼ばれた。 三、何故か知らないが、仲間たちは全員生き返っている。 四、彼らは学校に所属している。コルベールと呼ばれる男が教師らしい。 五、彼女らは二年生になったばかり。 六、現在、ここの季節は春だ。 七、ルイズと呼ばれる少女はクラスメイトから軽んじられていると思われる。 八、使い魔は一人一体が原則。 九、この国は平和である。 十、彼らは全員中流以上の家庭の生まれ。 ほかにも細々としたところが推測できたが、彼らと関わる上で重要になってくるところと言えばこれくらいだろう。 「さて、では、儀式を続けなさい」 「えー、彼らのうち、誰かと?」 「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね? 何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く一人を選んで契約したまえ」 コルベールがそう厳しく言うと、途端に周りから、そうだそうだ、早くしろよ、どれも一緒だからさっさと選べよ、などといった野次が飛ぶ。 あまりのウザさにリゾットは一瞬メタリカを使い全員の口をホッチキスの針で縫い止めようかと思ったが、止めておいた。そんなことより仲間の事が気に掛かる。 何故選ばれたのかは不明だが、この召喚によって――ソルベとジェラートは除くが――全員が生き返っている事は、リゾットにとって幸運だった。 暗殺チームに身を置き、それを率いる事になったリゾットにはチーム以外に信頼できる人間がいない。チームが家族と言っても過言では無いくらい互いを大切に感じてもいる。 (――つまり、これは恩か?) ルイズの召喚の儀式がなければ自分も仲間たちも死んだままだった。そう考えると、リゾットはルイズにかなりの恩を受けたことになる。 「ねえ」 新たな発見に脳をフル回転させていたリゾットに、空気をまったく読まずにルイズが声を掛けてくる。 リゾットが顔を上げるとそこには何かを決意して唇を真一文字に結んだルイズが立っていた。 「なんだ?」 「起きているのがあんただけだし、まあ、顔もそこそこイケてるし……。とにかく、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 リゾットが返事をすると、瞳にあった決意はあっさりと霧散し、ルイズはブツブツと言い訳を口にする。 そのマンモーニぶりにリゾットはメタリカで説教したくなったが、いきなり目を閉じたルイズに虚を突かれた。 はて、何をするつもりなのだろう。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 疑問を感じているリゾットの前でルイズは杖を振ると、朗々とした声で呪文と思しき言葉を唱えた。 そうして、リゾットが反応するより先に、杖をリゾットの額に置く。 (何だ?! 体が動かないだと?!) とっさに避けようとしたリゾットは、そこに来て自分の体の自由が利かないことに気付いた。 上体を起こして膝立ちになった格好から、全身が彫像になったかのように身動きが取れない。そうして、そのことに戸惑っている間に、どんどんルイズの顔は近づいてくる。 一体なにが起こるんだ? そう思ったとき、ルイズの唇がリゾットの唇に重なった。柔らかい感触がする。 目を閉じたルイズは何故か頬を染めているが、リゾットにとっては蚊に刺された事と同レベルだ。 と、無感動にルイズを見つめているうちに(何しろ体が動かないのでそれ以外出来ない)キスは終わり、ルイズは唇を離した。 「終わりました」 少し恥らいながらコルベールに向かって報告するルイズを、リゾットは冷めた表情で眺める。 「『サモン・サーヴァントは』何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」 やっと厄介ごとが終わったというように晴れ晴れとした顔でコルベールが言った。 その言葉にリゾットは心の中だけで盛大に舌打ちする。やはり今のは使い魔とやらの契約の儀式だったらしい。 面倒な事になったと、頭を抱えたくなった。ルイズの唇が離れたせいか、体は元通り動くようになっていた。 後ろをもう一度覗くが、仲間たちはまだ目を覚まさない。普段の彼らならすぐに起きるのだが、一回死んでいるので勝手が違うのだろうか。 殴って起こそうかとも考えたが、スタンド攻撃が飛んできそうなので遠慮しておいた。 ここでザ・グレイトフル・デッドやホワイト・アルバムなんぞを発生させたら大変な事になる。 「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」 「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」 リゾットの注意が逸れている間も彼らの会話は進んでいく。それにしても平民平民と煩いものだ。リゾットは真剣にメタリカで口を塞ごうかと考える。 「バカにしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」 「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」 おほほほ、と今にもお嬢様笑いが聞こえてきそうな声音で、見事な巻き毛を持つブロンドの少女が言う。 顔にはそばかすが散っていて、まだまだガキといった容貌だ。外見と中身が比例している良い例である。 「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」 「誰が『洪水』ですって! わたしは『香水』のモンモランシーよ!」 「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。『洪水』の方がお似合いよ!」 「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」 「こらこら。貴族はお互いを尊重しあうものだ」 ルイズとモンモランシーとかいう女の聞くに堪えない低レベルな口喧嘩(少なくともリゾットは耳栓がほしくなった)を、穏やかな声でコルベールが宥める。 この男、この集団と一人で相対しても勝てるほど飛び抜けた強さを持っているが、あまり畏怖されていないようだ。その事に僅かに首を傾げた瞬間、リゾットの体が熱くなった。 「なんだ、これはッ?!」 熱の発信源はどうやら左腕のようだ。見れば左手の甲に見知らぬ文様が刻まれていっている。熱い。 我慢出来ないほどではないが、脂汗が滲むのを感じた。 「『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ。すぐ終わるわよ」 やはりさっきのキスが契約履行の条件だったらしく、ルイズは苛立った声で説明してくれた。 どうやら契約のキスがよっぽどおきに召さなかったと思われる。しかし、激痛に襲われるリゾットにはそこまでルイズを観察する余裕は無い。 ぐっと唇を噛み締めて痛みに耐える。そして、その数瞬後、熱と痛みはあっさりと退いた。 「……使い魔のルーンか……。本格的だな……」 異常が終わった事に安堵の息を吐いたリゾットは、左手の甲に浮かび上がった文様を見てそう零した。 すると、コルベールが近づいてきて、リゾットの左手を持ち上げた。リゾットは反射的に攻撃に転じようとして、意識的にそれを抑えた。 コルベールにはリゾットに危害を加えようとする意志は無い。ただ、リゾットに刻まれたルーンを確認しようとしているだけだ。 相手に完全に敵意が無いことを理解し、リゾットはそれまで無意識に行っていた警戒を解いた。 この男はリゾットが敵になろうと思わない限り攻撃してこないだろう。 「ふむ……。珍しいルーンだな」 何か突っ込まれるかと思ったが、感想はそれだけのようだった。 もしかしたら自分が普通の人間ではないことがばれるかもしれないと思っていたリゾットは、この台詞に安心する。 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 「ちょっと待ってくれ」 くるりと踵を返して生徒たちに指示を出すコルベールを、リゾットは呼び止めた。平民の事を侮っている者たちなので無視されるかもしれないと案じていたが、リゾットが初めて自主的に声を掛けたからか、コルベールは興味深げな顔をして振り返ってくれた。 「何かね、――……ええと……」 声を掛けたコルベールはそこで自分がこの使い魔の名前を知らないことに気付いたようで、視線で名前を尋ねる。 リゾットはここで反抗的な態度を取る事のデメリットを理解していたので、出来るだけ丁重な口調で話すことにした。 「リゾット。リゾット・ネエロという。不躾で悪いのだが、気絶している彼らを運ぶのを手伝ってもらいたいのだが、お願いできるだろうか?」 その言葉にコルベールは、ああ、と軽く頷いた。別に了承したのではなく、失念していたことを思い出した、という様子だ。 複数形で話してはいたが、リゾットの仲間の事はすっかり忘れ去られていたらしい。 「そうだな、六人もの人間を学院まで運ぶのは難しいだろう。分かった。彼らはわたしが責任をもって学院に送り届けよう。君はミス・ヴァリエールと共に来たまえ」 そう言って今度こそコルベールは生徒たちに向き直り、宙に浮かんだ。 魔法使いと思わしき格好をしていることから、リゾットはこの可能性を頭のどこかで肯定していたが、想像と実際に見てみるとは大違いだという事を知る。 思わずぽかんとした間抜けな表情で、すうっと空中に飛び上がって静止するコルベールの後ろ姿を見上げる。さらに生徒たちも一斉に空へと浮かんだ。 およそ十メートルの高度で留まっている。ある意味でとても衝撃が強い光景だ。メローネなんかは飛び跳ねて喜びそうだが、あいにくとリゾットにそんな余裕は無い。 生まれて初めて見る魔法にひたすら唖然としていた。そうしているうちに、まずはコルベールが気絶しているリゾットの仲間たちを背後に浮かべて地平線の少し手前に位置している城へ向かって飛び出す。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」 次に生徒たちが口々にルイズをからかう言葉を残して去っていった。 これにはさすがのリゾットも、人間が宙を飛んでいくという画期的なシーンを目撃した興奮に砂をかけられた気分になった。 ある意味心沸き立つ光景であったため余韻に浸りたかったのだが、台無しである。が、そのおかげで現実に立ち戻ったリゾットは、横に居るルイズを見やった。 ルイズは先ほどの生徒たちの哄笑に怒りを感じているらしく、苛立ちを込めた視線で去っていく生徒たちの後ろ姿を睨みつけていた。 「あんた、なんなのよ!」 しかし、リゾットが自分を見ていることに気付くと、いきなりキレてきた。リゾットは一瞬この展開の速さについて行けずに目を見張る。 もっとも感情豊かなルイズに比べたら微々たる変化なので、相対するルイズは無反応だと感じたようで、さらに言葉を重ねるために息を吸った。 「なんで『サモン・サーヴァント』であんたみたいな平民を呼び出しちゃうのよ! ああ、ドラゴンとかグリフォンとかマンティコアとか……カッコいいのがよかったのに。それがダメだったらせめてフクロウとかワシとかそんな有能な使い魔を望んでたのに!」 どうやら癇癪玉が爆発してしまったらしい。地団太を踏んで悔しがっている。 リゾットはそんなルイズに向かってメタリカを発動させたかったが、仲間を全員生き返らせてもらった恩があるので何とか堪える。 ギアッチョだったら即行ブチギレて殴りかかるだろうな、プロシュートなら説教タイムに突入するだろう。と、苛々を紛らわせるために別のことを考えながら。 「…………それなのに、それなのに! なんであんたみたいな平民がのこのこ召喚されちゃうの?! 由緒正しい古い家柄を誇るヴァリエール家の三女であるこのわたしがなんであんたみたいな平民を使い魔にしないといけないの? ああ、わたしの人生お先真っ暗だわ!」 「………………それはすまないな。ところでミス・ヴァリエール」 全然申し訳ないと思ってない表情と声でリゾットは謝ってみせる。 ルイズはそれに対して、誠意が篭ってない! と怒鳴ったが、一応話を聞くつもりはあるらしい。じっとリゾットの目を見つめた。 「ここはどこなのか教えてもらえないか?」 「は? あんたそんな田舎から来たの? ここはトリステインよ。そして、あそこに見える城がトリステイン魔法学院! ちなみにわたしは二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。今日からあんたのご主人様だからね。ちゃんと覚えておきなさいよ」 だが断る。と、リゾットは返そうと思ったが、話がややこしくなるので止めておく。 その代わり新たに入った知識で推測を補強することにした。 (この国の名前はトリステイン。地球上には存在しない国だな。先ほどの魔法の件もあるから、ここは本当に正真正銘の異世界なのだろう。 そして、トリステイン魔法学院とか言ったな。ならばそこは国立校だと分かる。 その学校に通っているという事は、このルイズとか言う女はかなり身分の高い貴族だという事になる。そうして、貴族は平民を見下している。それもかなり徹底的にな) ルイズはその隣で、トリステイン魔法学院も知らない田舎者の平民を使い魔にするなんて。しかも、ファーストキスだったのに。 と、さらに嘆いていたが、自分の思考に没頭していたリゾットは余裕で無視した。 (とりあえず今はこの世界の情報を手に入れる事を優先しなくてはいけないな。ボスへの反逆でここしばらく緊迫した状態が続いていたからな……、少しは休息も必要だろう。それに……この女には恩もある) リゾットは飽く迄仲間たちのことを考えていた。成り行きで使い魔になってしまったが、人の実力を見極める事もできずに喚き散らすだけしか出来ない主人に忠誠を誓う気はまったく持ってない。 ――つまり、真面目に使い魔をやる気などこれっぽっちもないのである。しかし、ルイズに恩があることも事実。それを返さないことはリゾットの生き様にも関わる不祥事だ。 (恩を返すまでは使い魔として仕えるが、それ以後は………………この女次第だな) ちらりと横目でリゾットはルイズを見下ろす。彼女はまだリゾットたちを召喚してしまった事を嘆いていた。始祖ブリミルがどうとかこうとかと呟いている。 しかし、リゾットはこの我侭な少女が、まだ研磨する前の宝石のような存在である事を見抜いていた。