約 1,076,864 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/826.html
ロングビルを助けたギーシュ達は、ロングビルの治療のためシルフィードに乗ってトリスティン魔法学院に急いだ。 学院に到着する頃、遠くから昇る朝日を見て、キュルケはルイズの身を案じていた。 「早く帰ってきなさいよ…」 ギーシュ達が魔法学院に到着した頃。 ルイズは夢を見ていた。 使い魔品評会の日に、アンリエッタがルイズに会いに来た、その時の夢だ。 メイジの常識で言えば、使い魔の居ないルイズはメイジとして失格だと思われても仕方がない。 そんな自分に、アンリエッタは重要な任務を任せた。 他のメイジ達が聞けば、アンリエッタは気が狂ったのかとでも思われるだろう。 なぜ自分だったのか? おそらく、アンリエッタの周囲には、心から信頼できる人が居ない。 この手紙の件を話せる人が居たとしても、アンリエッタの周囲にいる貴族が『政治』を担っている以上、決して話すことは出来ない。 アンリエッタは、この手紙を交渉の材料として使われることを恐れたに違いない。 だから、『おともだちのルイズ』に任せたのだろうか。 もし、アンリエッタが自分を利用しているとしたら? …関係ない、自分は貴族なのだから、王女の命令に従うのは当然だ。 もし、アンリエッタが自分を利用しているとしたら? …関係ない、アンリエッタになら騙されていてもいい、そう思って引き受けたのだから。 アンリエッタが『おともだち』として自分を信頼してくれているのなら、絶対に生きて帰らなければならない。 でなければ、アンリエッタは友達殺しの罪に、一生苛まれる事になるだろうから。 ルイズの意識が、朝焼けと共に覚醒してくる。 わずかに暗い空に流れ星が流れ、あの時名付けた名前を思い出す。 「スタープラチナ…」 ルイズが呟くと、ルイズの手からもう一本の手が現れた。 その手を握りしめ、開き、また握りしめて、その『感触』を確かめた。 「アルビオンが見えたぞ!」 鐘台の上に立った見張りの船員が大声を上げた。 ルイズは起きあがり、船員の指さす方を見ると、雲の切れ目からアルビオンの大陸が見えていた。 周囲をきょろきょろと見回すと、右舷の方向に何かの影が見えた。 「…?」 雲の切れ目から何かが現れたような気がしたので、その方向に向かって集中力を高める。 するともう一つの目が景色を拡大させる、遠見の鏡で遠くを見るかのように、雲の切れ目がクッキリと拡大されていく。 雲の切れ目から見えたのは、大砲を備えた船であり、輸送船や客船には見えない。 「あの船は何?」 ルイズが船員に聞いたが、船員にはその船が見えないらしく、 「何もありませんぜ」 としか返事は帰ってこなかった。 しかし、その船員はルイズの言葉を嫌でも信じるハメになる。 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 ルイズが見た船は、いつの間にか輸送船の死角となる雲中から現れ、大砲の照準を向けてきたのだ。 後甲板で、ワルドと船長は、見張りが指差した方角を見上げ驚いていた。 黒くタールが塗られた、いかにも戦艦だと思わせる船体からは、二十数個も並んだ砲門をこちらに向けていた。 「アルビオンの貴族派か?それとも…」 見張り員が輸送船の副長に合図を送る、すると青ざめた顔で副長が船長に駆け寄り、見張り員からの報告を伝えた。 「あの船は旗を掲げておりません!」 船長の顔も、みるみるうちに青ざめる。 「してみると、く、空賊か?」 「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になると予測されていましたが、既に…」 「逃げろ! 取り舵いっぱい!」 船長は輸送船を空賊から遠ざけようとしたが、既に空賊の船は輸送船と併走していた。 ボン!と音を立てて空賊の船から砲弾が発射され、輸送船の進路上にある雲に砲弾の穴が開く。 「船長!停船命令です…」 空賊の船から手旗での停船命令を受けると、船長はワルドを見た。 ワルドはこの船を浮かすために魔力のほとんどを傾けていたため、戦っても勝ち目はない。 ワルドは短く「私も打ち止めだよ」と言った。 船長は、停船命令を受ける旨を、見張り員に伝えた。 空賊に捕らえられたルイズ達は、船倉に閉じこめられていた。 輸送船の船員達は、船の曳航を手伝わされているらしく、ここには居ない。 ルイズはワルドから「チャンスを待とう」と言われ、ワルドの隣に座ってじっとしている。 がちゃりと扉が開き、船室に空賊の男が入ってきた。 「飯だ」 ルイズはじっと黙ってその男を見ていた。 ワルドが受け取ろうとしたとき、男はその皿をひょいと持ち上げた。 「質問に答えてからだ…お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」 「旅行よ」 ルイズは床に座ったまま答えた。 「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行だって?いったい、なにを見物するつもりだ?」 「そんなこと、あなたに言う必要はないわ」 「へっ、随分と強がるじゃねえか」 ルイズが顔を背けると、男は皿と水の入ったコップを床に置いた。 ワルドが皿を取り、ルイズに先食べるよう薦める。 「食べないと、体がもたないぞ」 しかしルイズはそのスープを飲もうとしない。 仕方なくワルドは半分だけ飲み、しばらくしてからルイズもスープを飲んだ。 「あんなやつらの出したスープを飲むなんて…」 ルイズが悔しそうに呟くと、ワルドはルイズの肩に手を回した。 「今は体力を温存するんだ、僕のルイズ…きっとどうにかしてみせるさ」 いつものルイズなら、恥ずかしがって顔を赤らめていたかもしれない。 しかし、今は違う。 ルイズは自分の思考が恐ろしい程冷めているのを実感していた。 ワルドに『毒味』させたのだ、悔しがるような台詞はそれを誤魔化すための演技だった。 私はこんな性格だっただろうか、そんな事を考えながら、ワルドに身を預けていた。 その時再びドアが開かれ、今度は別の男が船倉に入ってきた。 「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」 男の質問には答えない。 「おいおい、だんまりじゃ困っちまう、貴族派だったら失礼したな。俺らは貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。」 「…じゃあこの船は、貴族派の軍艦なのね?」 「おめえらには関係ねえことだがな。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」 ルイズは、悩む仕草をしているワルドを差し置いて、立ち上がった。 そして空賊を見据え、言い放った。 「誰が貴族派なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派への使いよ!し、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」 「………」 ワルドはじっと黙っていた、ルイズにはそれが気になったが、決して勝算が無くてこのような事を言ったワケではない。 ルイズの右腕からもう一つの腕が伸びる。 いざとなれば、この使い魔を使って何とかしようと考えていた。 この船が貴族派のものだとして、これから拷問にかけられるのならば、何かの道具を使って拷問しようとするだろう。 それを奪えるだけの力があるはず、そう考えての発言でもあった。 「ハッハッ!こいつは驚いた、お嬢ちゃん正直なのはいいが、ただじゃ済まないぞ」 「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」 「頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」 そう言って空賊の男はは去っていった。 ワルドはルイズを抱き寄せて、耳元でささやいた。 「君は昔からそうだったなぁ…いいぞ、さすがは僕の花嫁だ」 しばらくして、再び扉が開き、先ほどと同じ空賊が入ってきた。 「頭がお呼びだ」 狭い通路を通って連れていかれた先は、空賊にしては上品に過ぎると思えるほどの部屋だった。 後甲板の上に設けられたその部屋は、空賊船の船長室らしい。 大きな水晶のついた杖をいじる空賊の頭、杖をいじっていることから、メイジであることが理解できる。 その周囲では、ガラの悪そうな空賊たちがニヤニヤと笑いながら、ルイズたちを見ている。 「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶しろ」 自分たちを連れてきた空賊がそう言っても、ルイズは頭をにらむばかりで、頭を下げようとはしなかった。 「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」 「大使としての扱いを要求するわ」 ルイズは、先ほどと同じセリフを繰り返した。 そして、ゆっくりとスタープラチナの腕に意識を向ける。 三歩、いや二歩前に出られればそれでいい。 空賊の頭が杖を振り、こちらに向けてくれば好都合だ。 この『腕』は、自分の腕から更に2メイル(m)の距離まで伸ばせるはず。 二歩前に出られれば、空賊の頭から杖を取り上げることも可能なはずだ。 ルイズが悩んでいる間にも、空賊の頭は話を進めていく。 「王党派か…なにしに行くんだ? あいつらはもう風前のともし火だ。それよりも貴族派につく気はないかね?来るべき革命に向け、戦力となるメイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」 「死んでもイヤよ」 「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」 ルイズはきっと顔を上げ、腕を腰に当てて胸を張る。 「無いわ」 ルイズの言葉を聞いて、空賊の頭は大声で笑った。 「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」 空賊の頭は笑いながら立ち上がり、杖を納めた。 そして縮れた黒髪と、付けひげと、眼帯を外す。 「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはいけないな」 周りに控えた空賊達が、一斉に整列する。 その中央には、凛々しい金髪の若者。 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官、本国艦隊といっても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」 金髪の若者は威儀を正して名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは驚き、そして緊張が解けたせいか、膝の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。 「アルビオン王国へようこそ。大使殿」 そう言ってウェールズは、ルイズとワルドに席を勧めた。 あまりのことに驚いたルイズだったが、ワルドがルイズを立たせて、ルイズの代わりに申し上げた。 「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」 「ふむ、姫殿下とな。きみは?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」 ウェールズが「ほう」と呟く。 「そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢でざいます。殿下」 「なるほど!きみ達のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに!して、その密書とやらは?」 ルイズは慌てながらアンリエッタの手紙を取り出す。 ウェールズに近づき手紙を渡そうとしたが、その前に、確認することがあった。 「あ、あの……」 「なんだね?」 「その、失礼ですが、ほんとに皇太子さま?」 ウェールズは笑った。 「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」 ウェールズはルイズの指に光る、水のルビーを見つめて言った。 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。 二つの宝石が共鳴しあい、虹色の光を振りまく。 「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君がはめているのは、アンリエッタのはめていた、水のルビーだ。そうだね?」 ルイズは頷いた。 「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 「大変、失礼をばいたしました」 ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡すと、ウェールズは愛おしそうにその手紙を見つめ、花押に接吻した。 その様子を見たルイズは、やっぱり恋文だったのねと、心の中で呟いた。 その後、ウエールズは手紙の内容を見て驚き、そして、今自分たちの置かれている状況を話した。 表向きには知られてないが、一月ほど前から既に王党派は何人も暗殺され、静かに革命が始まっていた。 アルビオンの所有する戦艦の殆どは貴族派に押さえられており、王党派は既に政治の実権どころではなく、地下に潜伏して逃げ隠れている状態なのだ。 それを聞いたルイズは、トリスティンに伝わっている情報がほんのごく一部だったことを思い知らされた。 アンリエッタからの手紙には、昔の手紙を返して欲しいと書かれていた。 そのため、アルビオンの城、ニューカッスル地下にある秘密港にまで来て欲しいと言われ、ルイズ達はそれを承諾した。 アルビオンの日陰になる雲の中は、暗闇といって差し支えないほどの空間で、周囲は何も見えない。 そんな中でも、熟練の船員達は船を秘密港まで移動させている。 その技術にワルドも驚きを隠せないようだった。 秘密港に到着すると、ルイズ達はウェールズに促されるままタラップを降りた。 そこに、背の高い年老いたメイジと、20代半ばのメイドが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらつた。 「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」 年老いたメイジは、軍艦『イーグル』号に続いて現れた輸送船を見て言った。 「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」 ウェールズの言葉に、その場にいる者達が歓声を上げる。 硫黄は火の秘薬として用いられ、使い方によっては恐るべき破壊力を生む。 戦争を避けられぬ彼らにとって、待ち望んだ物だった。 「戦を前にしてお客様が来られるとは、思っても見ませんでした」 パリーと呼ばれた老メイジと共に、ルイズ達を迎えたメイドを見て、ルイズは息を呑んだ。 『……一人前のメイドになって、アルビオンの王族に、仕えることになった、娘を見て、うれしかった…………』 この女性(ひと)だ…! ルイズの頭の中に、モット伯の別荘でメイジと戦った記憶がよみがえる。 なぜ今まで忘れていたのだろう? あの時、私は、この女性の父親を、見捨てて… そこまで考え、ルイズは、気を失った。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-21]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-23]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/362.html
ドスン、と響く巨大な足音。 ルイズは巨大な土のゴーレムを目の当たりにし、少しばかり後悔していた。 使い魔品評会で恥をかくはずだったルイズは、ルイズの出番が来る前に現れた巨大なゴーレムのおかげで、その難を逃れていた。 巨大なゴーレムを見て、ここ最近噂になっている「土くれのフーケ」の話を思い出した。 土くれのフーケは通称だが、その名の通り土の系統のメイジだと言われている。 時には巨大なゴーレムを操り、時には強固な宝物庫の壁を土に錬金して穴を開けてしまう。 ゴーレムを目の前にしたルイズは、フーケの能力がかなり高く、トライアングルかそれ以上の実力を持つと噂されるのがよく理解できた。 使い魔が居ないのを誤魔化すため、フーケの前に一番乗りしたつもりだったが、既にゴーレムと闘っている男がいた。 二股の…もとい、青銅のギーシュである。 ギーシュはドット、つまり初級のメイジであり、土くれのフーケ相手に勝ち目はない。 それなのにギーシュは闘っている、と言うよりも逃げ回っていると表現すべきだろうか。 ゴーレムから逃げるように右往左往しているギーシュの姿に疑問を感じたが、すぐに疑問は氷解した。 誰かが倒れている。特徴的な色のカエルがその傍らにいるので、カエルを使い魔にした水系統のメイジ、モンモランシーだろう。 ルイズは後悔しつつも、呪文を詠唱した。 ズドン! と、空気を震わせてゴーレムの右腕が爆発する。 「土くれのフーケ!あんたの相手はこっちよ!」 ルイズが叫ぶ。それに気付いたギーシュは驚き「ヴァリエール!?」と叫んだ。 「とっととモンモランシーを助けなさい!」 ルイズが叫ぶと、ギーシュは慌ててモンモランシーに駆け寄り、その体を拘束している鉛の手かせを土に錬金して開放する。 ルイズがゴーレムを引きつけている間にモンモランシーを抱き上げて、その場を離れようとしたが、ギーシュの耳にルイズの叫びが響いた。 「逃げて!」 え?と疑問に思う間もなく、ギーシュに影が差す。 ゴーレムは自分の体をちぎるようにして投げ、ギーシュの真上に投げたのだ。 ギーシュが上を向くと、直径2メイル(m)はありそうな鉛色の固まりが、自分に向けて落ちてくるのが見えた。 ルイズには見えていた。 ゴーレムの一部が鉛に錬金され、ギーシュとモンモランシーを押し潰すそうとしている。 まるでスローモーションのように落下が見えた。 魔法を唱えて爆発を起こすのは間に合わない。 駆け足で10歩の距離では突き飛ばすこともできない。 絶望的な状況の中、ルイズは自分でも気付かぬうちに、ある言葉を叫んでいた。 「ス タ ー プ ラ チ ナ !」 次の瞬間、爆発音とは違う鈍い音が響き、大きな鉛の固まりはくの字に変形して宙を舞いつつ地面に落下した。 ルイズは、何かが鉛の固まりを吹き飛ばした事に驚いていた。 土くれのフーケも驚いていた事だろう。 呪文の詠唱も無く、杖を振りかざしてもいない。 そこにいた一同は何が起こったか分からなかった。 一番訳の分からないのはルイズだ。 今のは自分がやったのか? それとも誰かが助けてくれたのか? そもそも、今のは魔法なのか? 今起こった出来事が何なのか分からず、頭の中が混乱する。 「ヴァリエール!」 ハッ、とルイズの思考が戻る。 土くれのフーケと闘っているのを思い出し、ルイズは慌ててゴーレムに向き直る。 振り向いたルイズが見たものは、鉛の鈍い輝きだった。 まるで小石を蹴飛ばすかのように宙を舞うルイズ。 そのまま宝物庫の壁にぶち当たり、ルイズの爆発魔法よりも大きな音が響いた。 ギーシュは目を見開いた。体が震えるのを止められなかった、恐怖からではなく、それは純粋な驚きからだった。 あの決闘の日から、ギーシュはルイズに一目置いていた。それには少なからず畏敬の念が混じっている。 ルイズをメイジとして認めたつもりはない。しかし、彼女は間違いなく『貴族』だと思った。 ルイズに負けたとき、ルイズの迫力に体が震えた。そして、悔しさよりも情けなさが勝っていた。 その貴族たるルイズが! 自分と!モンモランシーを助けようと! 果敢に巨大なゴーレムに立ち向かったのだ! ギーシュはゴーレムの肩に乗るフーケを睨んだ。フーケもまた、ギーシュを見てニヤリと笑った。 今までのようなくだらない自尊心からではない。ギーシュは、フーケに対して確実な殺意を向けたのだ。 そんなギーシュにはお構いなしに、ゴーレムは巨大な手を上げる。 ギーシュは死を覚悟している。しかしモンモランシーだけでも逃がした。 でなければ、ルイズに会わせる顔がない。 『自分はどうすればいい!?』 生まれて初めて感じる、悔しさだったかもしれない。 だが、次の瞬間、もう一体の巨大なゴーレムが、土くれのフーケごとゴーレムを殴り飛ばした。 もう一体のゴーレムは土くれのフーケが操るゴーレムより一回り大きく、その上形も均整が取れていた。 フーケよりも実力のあるメイジの作り出したものだと、即座に理解出来た。 あまりの衝撃に受け身も取れず地面に落ちたフーケ。ゴーレムはあえなく崩れ去り、フーケは意識を失ったのが分かる。 それと同時に、もう一体のゴーレムも崩れ去り、跡には土の山だけが残った。 一歩出遅れたタバサは、空中からその様子を見ていた。 「ヴァリエールを!彼女を助けてくれ!」 ギーシュがタバサに向かって叫ぶ。タバサは頷くより早くルイズの元に駆けつけ、レビテーションの魔法でルイズの体を浮かせ、治癒魔法を得意とする教師の下へと急いだ。 モンモランシーを担いだままだったギーシュは、力なく膝をつくと、モンモランシーを地面におろした。 モンモランシーには外傷はない。気絶しているだけだ。 フーケに目を向けると、遅れてきた衛兵が土くれのフーケを捕縛している。 喜ばしいはずなのに、ルイズのことを考えると、ギーシュは決して喜ぶことが出来なかった。 「あんた無茶するわねえ」 「ゼロ、ゼロって馬鹿にされるよりいいわよ」 その日の夜、ルイズ、タバサ、キュルケの三人は治療室で談笑していた。 ルイズは派手に蹴り飛ばされたが、奇跡的にほぼ無傷。 ただ、背中を強く打ち付けたせいか、呼吸が酷く乱れていたが、寝ているうちに落ち着いたようだ。 「本当に驚いたわよ。あんたどんな丈夫な体してんの? 宝物庫の壁はスクエアメイジが固定化の魔法をかけてるって言うじゃない。その壁がへこむ程の勢いでぶつかったのよ。それで『打撲』で済んじゃうなんて、どんな体してんのよ!」 「あたしに言われたって分かるわけないでしょ!」 「ここ、病室」 キュルケとルイズがヒートアップする度、タバサがツッコミを入れて落ち着かせる、そんなやりとりが続いていた。 「失礼、ミス・ヴァリエールはこちらかな?」 キュルケとタバサが部屋に戻ろうとした時、ギーシュが治療室を訪ねた。 「ミス・ヴァリエール…この度は」 「礼なんて別に良いわよ。怪我もたいしたこと無かったし」 ギーシュにはルイズの言葉が信じられなかったが、現に本人が元気そうにしている以上、あまり多く追求することも出来ずにいた。 「その、とにかく、一言だけでも礼を言わせて貰うよ。この恩は忘れない」 いつものギーシュからは想像出来ないほど神妙な言葉に、キュルケは呟いた。 「ルイズに惚れたの?」 「ち、違う!僕はモンモランシー一筋さ!これは愛情ではなくて、そう、尊敬とかそんな感じのアレだよ!」 「怪しい」 タバサですら疑っている。どうやらギーシュの信用はかなり薄いらしい。 「え…ええと…」 困惑するギーシュが余程滑稽だったのか、その後しばらく笑い声は止まなかった。 その頃、学院長のオールド・オスマンは、宝物庫の壁を見に来ていた。 周囲には衛兵と、教師のコルベールがおり、興味深そうに壁の凹みを見ている。 「どう思うかね、ミスタ・コルベール」 「私には何とも言えません、ただ…」 「ただ?」 「ミス・ヴァリエールは、既に使い魔の召喚に成功しているのかもしれません」 壁に残った痕跡は、小柄な少女の者ではなく、身長2メイルはあろうかという筋骨隆々とした男の背中の跡だった。 オールド・オスマンは、今日はもう休ませて貰う、とコルベール先生に告げ、その場を離れた。 宝物庫の壁の修理。 今回逮捕された土くれのフーケ。 おそらく”本物の土くれのフーケ”が作り出したゴーレムの痕跡と、そこに残された予告状。 『次は破壊の杖を頂きます』 「今年は問題ごとばかりですねえ」 コルベール先生は、ため息をついた。 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/597.html
ヴェストリの広場に立つ、決闘者二人。相対距離はおよそ20メイル。 一人はギーシュ・ド・グラモン。 それに対するはジョセフ・ジョースター。 向かい合う決闘者を囲む貴族の少年少女達。 まだ昼食も終わったところだというのに、ギーシュの災難はなおも続行中だった。 二股がバレたといっても、これはかなりの誤解が含まれている。 モンモランシーが本命だというのはギーシュ自身も認めている。人前ではそっけない態度だが、二人きりになると意外と古式めかしく情が深い。モンモランシーを憎からず思っているから、彼女手製の香水を身に付けているし、瓶だって肌身離さず持っている。 周囲曰く所の『浮気相手』のケティからは好意を寄せられているが、ギーシュ本人としては浮気以前のレベルである。 健全な少年であるギーシュには、好意を寄せてくる相手を邪険にする理由はない。毎日挨拶するし、手を握ったり遠乗りに付き合ったりもする。 だがそれが裏目に出た。 ギーシュとしてはお愛想を振り撒いているだけのはずだったが、当のケティがギーシュの想像以上にギーシュにのめりこんでいたのだった。 それに気付いたギーシュが、如何にしてケティを傷付けずそれとなくお別れするかを考えていたところ、気の利かないメイドが迂闊にも香水の瓶を拾ってしまった。 しかも不運なことに、スキャンダルに飢えた友人達が面白半分にそれを囃し立てたのだ! ケティが大声で吹聴した勘違いを運悪く聞いてしまったモンモランシーからは、ワインを頭から引っ掛けられて絶交を宣告された。 最愛の人には最低の振られ方をするし友人達は更に面白がるわで、ピンチの真っ只中に放り込まれて混乱したギーシュは、瓶を拾っただけのメイドに八つ当たりをしてしまった。 友人達からの槍玉がメイドに向いて、これでひとまず急場を凌げたと思ったら……あの忌まわしい『ゼロ』のルイズの使い魔……平民の老人から突然手袋を投げ付けられて決闘を挑まれる! 『なんだ、僕がどんな悪事を働いたというんだ! ここまでの仕打ちを受けなければならない理由が何処にある! くそ! くそっ!』 高慢にも貴族に自殺の手伝いをさせようとする老人が何もかも悪い、とギーシュは責任転嫁を終了させていた。幾つかの不運が重なったにせよ、彼自身の脇の甘さが招いた事態だという真実は彼の頭の中から完全に抜け落ちていたのだった。 (……さぁて。大口叩いたはいいものの、メイジとやらの実力がどんなモンかまぁったくわからんからのォ~。これが他の五人なら気にせんと真正面から戦って勝てるんじゃろうが) 脳裏に浮かぶのは、エジプトまで共に旅をした仲間達。 それに対して自分が使えるのは波紋にハーミットパープル、それとイカサマハッタリ年季の違い。力押しで戦えるほど若くはない。 だがジョセフは、目の前の坊やをさしたる障害として認識していない自分に気付いている。 吸血鬼、柱の男、スタンド使い……彼らにあった紛う事のない殺気や凄みの欠片すら、目の前の少年は持ち合わせていない。それどころか、この期に及んで今の状況を戦いだと認識できていない。ただ身の程知らずの老人を甚振るだけの見世物の場としか考えていない。 しかしそれでもジョセフは、目の前の少年を『敵』として認識していた。 貴族の前でも怯えや恐怖を見せることなく、余裕綽々と言った様子で立っているジョセフ。 それを見るギーシュの気分がいいはずもない。勢い良く薔薇の造花を突き付けると、芝居がかった態度で、ジョセフに向けてというより、周囲の観客に向けたセリフを叫んだ。 「いいだろう……どうせ老い先短い人生だ、この武門の名門グラモン家嫡子、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンがお前の人生に美しくピリオドを刻んでやろう! ああ……そうそう、お前に一つ言っておく事がある」 自分の世界に陶酔し切ったギーシュは、セリフを吐くごとにどんどん自分のカッコ良さとやらに耽溺していく。周囲の人垣からもちょっと笑い声が混じる。 しかしジョセフはそれに頓着する様子もなく、右手の小指で耳をほじりながら口を開いた。 「次にお前は『僕はメイジだ。だから魔法で戦う。まさか文句はないだろうね』と言う」 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。まさか文句はないだろうね……ハッ!?」 ドッ、と笑い声が周囲から上がる。 優雅さを気取っていたギーシュの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まったのは言うまでもない。 「……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ……貴族への軽口の代償を平民が払い切れると思うなッ!!」 著しくプライドを傷付けられたギーシュは歯軋りさえしながら、力任せに薔薇の造花を振り下ろす。 一枚の花びらがゆらゆらと宙に舞ったかと思うと、それは瞬時に膨れ上がり、あっと言う間に女性型の巨大な人形へと変貌した。 青銅の緑に輝く『彼女』の背丈は200サント、ジョセフより僅かに高い。 フォルムも美しい流線型で、女性の美しいボディラインを再現しきっていた。四足歩行やキャタピラということもなく、両腕両足のスタンダードな二足歩行型だった。 「あははははははっ、見ろ! これが『青銅』のギーシュが生み出す美麗なゴーレム……その名も『ワルキューレ』だ!」 既に勝利を確信したギーシュの高笑いと、これから始まる惨劇を期待する観客達の熱い視線がジョセフを包み込む。 だがジョセフ本人は、ワルキューレと称された人形をただ観察していた。 (ほう。青銅とかなんとかのたまってたが……だとすると青銅製の自動人形じゃと考えていいわけじゃな。あれだけ自信があるんじゃから、実際の攻撃力もそれなりにあるんじゃろ。……んまあ、殴られたら痛いじゃろうなァ。なかなか重そうな腕をしとる) 耳をほじっている右手を下ろしながら、ゆっくりと波紋を練り込んでいく。 うっすらとジョセフの身体が発光するものの、昼下がりの日差しの中でほのかな光に気付く生徒はあまりおらず、数少ない生徒達も目の錯覚だと断じてしまった。 「さあ行けワルキューレ! 不遜な平民を痛めつけてやれ!」 ギーシュがその言葉と共に薔薇を振り下ろした瞬間、ワルキューレは短距離走選手のような速度とフォームでジョセフへと駆けていく。 ギーシュは勝利を確信し、シエスタは両手で覆った顔を背け、キュルケは養豚場の豚を見るような目をし、ルイズは部屋で不貞腐れ。 ジョセフは慌てず騒がず、自分に駆け寄ってくるワルキューレが勢い良く左腕を振り上げ、風を切り裂いて自分の頭上に振り下ろされる拳を眺め―― ついさっきまで耳をほじっていた右手の小指を、す、と差し出す。 それでワルキューレの拳は完全に止まった。 「………………なっ………………?」 理解できない光景が展開していた。 図体が大きいとは言え、ジョセフは間違いなくメイジではない。ただの平民である。 だが、ワルキューレの渾身の一撃は、無造作に差し出されたジョセフの小指で完全に止められていた。 「んあー。いい一撃じゃったのう。ただ一つ問題があるとすれば……」 ワルキューレは自らの全体重をかけてジョセフを押し潰そうとするが、まるで老人は巨木でもあるかのように老人はびくともしない。かと言って後ろに引こうとしても、まるで地面に吸いつけられたように足が動かない。押すも引くも、ワルキューレには許されなかった。 「このワルキューレちゃんのパンチよりか、わしの耳クソの方がより手応えがあるってぇことじゃないかのォ?」 事も無げに言い放つジョセフは、あくまでも飄々とした態度を崩していない。 対してワルキューレは全身を軋ませるほど無理な駆動を強いても、そのままの体勢から身動き一つすら取る事ができない! 「ばっ……馬鹿な! 貴様ッ……何をしたッ! 何をしている!?」 懸命に薔薇を上下させながら、ギーシュは絶叫にも似た問いを投げ付ける。 「そんぐらい自分で考えんと成長できんぞ、お貴族様のお坊ちゃま」 差し出した指先に蝶を止まらせてますよ、と言わんばかりの涼しげな声で答えを返しながら、ジョセフはワルキューレの腹に左手を当てた。 (ハーミットパープルッッッ) 紫の茨はワルキューレの内部でくまなく伸ばされる。万が一にもワルキューレの外に茨を出して観客達に見えてしまわないよう、そこだけは十分に注意する。もはや波紋は見せるしかないとは言え、切り札であるスタンドはまだ注意深く隠しておかなければならない。 一瞬のうちにワルキューレの内部は紫の茨で占められる。 どう戦うにせよ、相手の正体を把握せねばならない。その為にハーミットパープルを発動させ、内部構造を理解する。 (ふうむ。中はかっちり隙間なく青銅じゃな……関節もいい感じに作っておる。おそらく魔力とやらで動かしておるんじゃろうが……この魔力は、生命エネルギーとおおよそ同じと考えていいじゃろうな。 そもそも四大元素が自然の中に存在するエネルギーと考えれば、波紋の親戚のようなモンと言ってもあながち間違っちゃおらんのう) 解析し、大体の見当を付けるまでおよそ五秒。 ハーミットパープルを解除し、左手を離し―― (果たして波紋は魔力に干渉するのか! まずはそれを試すッ!) 「たっぷり波紋を流し込んでやろう!! 響け波紋のビィィィィィトッッッ!!!」 気合一閃! ジョセフの左アッパーが、動きを封じられたワルキューレのボディにめり込み…… コンマ数秒前までワルキューレだった残骸は美しい青空をバックに空高く飛び散り、ヴェストリ広場に降り注いだ。 地面に金属が盛大に降り注ぐ音と鳥の鳴き声が、時ならぬ静寂の中では大きく聞こえる。 薔薇を振りかざしたまま固まるギーシュ。地面に散らばったワルキューレの残骸やジョセフを見つめる観衆。 アッパーカットを振り抜いた体勢のまま固まるジョセフ。 (あ……あっれェ~~~~~? い、今……何が、起こったんじゃ……) 高々と掲げられた左手を包む手袋の中では、使い魔のルーンが鮮やかに輝いていた。 しかし手袋の中で輝いても、ジョセフ自身の目にも見えはしない。 (波紋って……こんなに強かった……かのォ~~~~~~!!?) To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/774.html
─ミシガン湖畔─ その夜、彼はいつものように見張りをしていた。 自分達の愛馬が猛獣に襲われないように。 なによりも国王のために走る自分の命を狙うテロリストと、友人がこのレースで手に入れた聖人の遺体(といっても今は脊椎の一部しかないが)を狙う者たちから身を守るためである。 ふわっ、と欠伸を一つ、そろそろ見張りを交代してもらおうと隣を見て彼は───目を疑った。 「…ジョニィ?」 周囲を『鉄球の回転の振動波』で警戒していたにも関わらず、友人は馬ごと消えていたのである。 「…?」 目を開くと抜けるような青空が広がっていた。ああ、今は昼なんだなと思う。 ───まずい、寝すぎたか。 そう思って勢いよく体を起こす。 「すまないジャイロ。ちょっと寝過ごしたみたいだ…」 僕は立つことは出来ないから上半身を捻って周りを見回した。 だが ―――おいおいおいおい、ずいぶん呑気だなオタクさんはよ? そう言いながらニョホホと笑う相棒はそこにはいなかった。 「あんた誰?」 僕の名前は『ジョニィ・ジョースター』 この「物語」は僕が歩き出す物語だ。 最初から最後まで本当にツンデレな少女 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」と出会った事で… ─歩き出す使い魔─ 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするのよ?」 「さすがゼロのルイズ!平民を召喚しやがった!」 「どんな魔法を使おうがやっぱゼロは無駄無駄ァ!」 「マギィ…」 「ちょっと間違っただけよ!ミスタ・コルベール!もう一度やらせてください!」 気が付くとジョニィは騒がしい人々の輪の中心にいた。 空は抜けるような青、周りは見渡すばかりの豊かな草原を バックに目の前には桃色の髪の少女が立っている。 ───草原だって? 「草原!?ここどこッ!?」 ふいに自分のいる場所を認識して軽くパニックに陥る。 そう、彼は昨日まで雪の残るミシガン湖畔にいたはずだ───が周りには見事な緑の草原が広がっていた。 まったく状況が理解できない彼に目の前にいた少女が苛立たしそうな声を上げて詰め寄ってくる。 「ちょっとあんた!どこの平民よ!」 「へ、平民?」 「まったく!なんで私の使い魔がこんな平民なのよ!」 ゼロのルイズと呼ばれた少女(彼女の名前だろうか)は中年のハゲ男性になにやら必死に頼んでいるが男性は首を横に振るばかりである。 (な、なんだこいつら?大統領の刺客がもう来たのか…?だがなぜ攻撃してこない?) スタンド攻撃を警戒しつつ周囲を見回すと遠くには大きな石造りの城が見える。 自分を取り囲む集団は彼女と同じような服装をして手に杖のような物を持っているのも確認できた。 (ここは明らかにミシガン湖畔じゃない…そして僕の周りにいるやつら…同じような格好をしている?組織か…何かチームのようなものだろうか?) ふいにジョニィの背中を何者かがつついた。 驚いて振り返るとそこには過酷なレースを一緒に旅してきた愛馬『スローダンサー』の姿があった。 「僕の馬!?よかった、君も一緒にきていたのか!」 よく見ると近くに車椅子や荷物も落ちている。昨晩、自分の周囲にあったものがここに移動してきたようである。 (これは…モニュメントバレーの近くで攻撃してきたスタンド使いの攻撃に似ている) (ブンブーン一家や『11人』のスタンド使いもチームで一つの能力を持っていた…まさかあいつも他に仲間がッ!?) しばらくすると中年男性と話が終わったのか、少女がガックリとうなだれて近づいてくる。 馬に乗って逃げようかとも思ったがまずはここがどこか解らなければジャイロと合流することもできない。 もちろん危険と判断すればすぐに自身のスタンド『タスク』を発現させて撃とうと思ってはいたが両手の爪の数である10発しか撃てないタスクではこの人数だと圧倒的に不利である。 とりあえず警戒しつつも目の前の少女から情報を得るべきだろう、ジョニィはそう考えた。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 「君は一体何者だ?目的は『遺体』か…?」 「いいからじっとしてなさい」 ジョニィを軽く無視すると少女は杖を振り、呪文のようなものを唱え始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 下半身を動かすことが出来ないジョニィはルイズの次の行動に逃げることも抵抗することもできなかった。 「え?」 「ん……」 重ねられる唇と唇。 ───あなたならどうする?最高だった…… 「ってそうじゃないッ!おまえ何やってるんだーーッ!?キスはともかく理由を言えーーーッ!!!」 「いきなり大声ださないでよ!『コントラクト・サーヴァント』の儀式よ」 「な、なに言って…」 そう言いかけたところで体にサンドマンのスタンド攻撃を喰らったときのような熱と痛みが走った。 あのとき体感した、まるで『燃える音』が血管の中を駆け巡り全身に運ばれるような感覚にジョニィは思わず声を上げてしまう。 「うおあああああああああ!?」 (やっぱりこいつ…スタンド使い!?) 「使い魔のルーンを刻んでるだけよ。すぐ終わるわ」 あまりの痛みと熱に『タスク』を出すこともできずにジョニィは転げまわる。 しばらくするとルイズの言葉どおり何事もなかったかのように熱と痛みは収まったが代わりに左手の甲に謎の文字が出現していた。 以前、左腕にラテン語が刻まれたことがあったが今、手の甲に現れた文字は自分の知る言語でも次の遺体の場所を示す物でもない。 「ふむ、珍しいルーンだな」 いつの間にか近づいてきていた中年男性がジョニィの左手の文字を見るとそう言ったが何の事なのか理解できずただ成り行きを見守ることしか出来ない。 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 彼はそのままきびすを返すと何事でもないように───宙に浮いた。 そういえばルーシーを追ってきたスタンド使いも宙に浮いてたが、あれは雨粒に乗っていただけだ。 しかし目の前の男は何も無い場所で浮いたのである。 呆然とするジョニィの前で今まで自分を取り囲んでいた連中も次々と宙に浮いていく。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 ───ここは何なんだ、ジャイロはどこに行ったんだ… 目の前の光景が信じられず自分の頬を抓るジョニィに、ルイズはため息をついてから怒鳴った。 「あんた誰よ!ほんとどこの平民よ!」 ───これは夢だ、早く起きてジャイロと見張りを交代しないと。そう思いながら彼は答えるのだった。 「僕の名前は…ジョニィ。ジョニィ・ジョースター」 To Be Continued=>
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2122.html
ニューカッスル城の至る箇所から巻き上がる爆発。自らの重量を支える箇所を破壊された城が崩落し、岬に多大な負荷を与えていく地響き。大量の瓦礫に吹き上げられる砂嵐。 これから地面に叩きつけられる数千のレコン・キスタの傭兵達は城が崩れ落ちるという驚天動地の出来事に思考を麻痺させ、能動的な行動を取ることはできなかった。例え動けたとしても、破壊された城の向こうへ行こうとする者などいるはずもなかったが。 今、礼拝堂の周囲に存在する人間はジョセフ。タバサ。ウェールズ。そして、ワルド。 生身の右手と手袋の中で紋章が輝く左手でデルフリンガーを構えながらも、ジョセフは自らの肉体が悲鳴を上げているのに今しばらくの我慢を強いるしかなかった。ハーミットパープルをおんぶ紐代わりにウェールズを背負わなければならないのがまた辛い。 24時間近くの不眠、ガンダールヴで強化された肉体の酷使が引き起こす筋肉痛、波紋を練り切れない荒い呼気、スタンドパワーの枯渇。コンディションは最悪の一言で表せた。 タバサはジョセフより随分と疲労は少ないとは言え、睡眠不足であることは否めない。 しかし、ワルドは。 「久しいな、ガンダールヴ! 昨夜はよくもやってくれたな……たかが使い魔風情が!」 その言葉は憎悪が僅かに含まれていたが、あくまでも嘲笑じみた感情ばかりが強く前に出ている。これから狐を狩りに行くような愉悦に満ちた酷薄な笑みを浮かべたまま、悠然と二人の獲物を見下ろし。呪文を悠々と完成させ、四体の遍在を地面に現した。 「クソッタレがッ! 二回負けただけじゃ懲りはせんのか? どんな魔法を使ったか知らんが、わざわざこのジョセフ・ジョースターにまた負けに来るとはなッ!」 あくまでワルドを挑発するような言葉を使うが、現状は痛いほど把握していた。 ジョセフが見上げたワルドは、右手で愛用の杖に似た杖を持ち、ロケットパンチで切り落とされたはずの左手で手綱を掴んでいた。 ち、と舌打ちしたジョセフは横に立つタバサに素早く視線をやる。 ジョセフの視線を受けたタバサは、一度だけ首を横に振った。 『魔法でこれだけ早くあのダメージを回復させることは可能か?』というジョセフの問いにタバサは『私の知っている限りでは存在しない』と答えた。 戦うにしてもジョセフの背には意識を失ったウェールズがおぶられ、逃げるにしてもグリフォンに乗った風のスクウェアメイジから逃げ切らなければならない。 しかも数分もすればニューカッスルの岬は崩落し、遥か下の地面に叩き付けられる。 シルフィードが駆け付ければ戦闘はともかく逃走に関して光は見える。しかしそれまで持ち堪えられるかは、非常に厳しい見解を示す他ない。 「――タバサ。シルフィードは、後どのくらいで着くか判るか」 端正な仮面めいた顔に珍しく焦りの表情を浮かべ、答えを返す。 「……急がせて二分」 「上出来じゃな。――もたせるぞ、タバサ、デルフリンガー」 無言でコクリと頷くタバサ。続けてデルフがこの絶望的な状況に似つかわしくない陽気な声で答えるのを聞きながら、ハーミットパープルでウェールズを背に負う。 「あいよ相棒ォ! なんか抜かれてみたら随分不利な状況じゃねぇか! 昨夜あれだけブッ飛ばしたあんちゃんがピンピンしてるたぁな! こいつぁ、おでれーた!」 相変わらずの軽口を飛ばしながらも、剣はううむと唸った。 「系統魔法じゃああれだけの回復はしねーよなぁ。なんだ、確かああいう事が出来たような何かがあったような気が……」 「魔法はわしとデルフが何とかする。タバサ、サポート頼む」 「了解」 短く答えてタバサはジョセフの後ろに立ち、鷲頭の幻獣に跨るワルドを見上げた。 勝利を確信した笑みを隠そうともしないワルドに、ジョセフはなおも不敵な笑みを浮かべると、声高に言い放った。 「こォのクソッタレがッ! 一昨日、昨日と二日続けてブッ飛ばされた大マヌケが今日わしに勝てるはずがないと思い知らせてやるッ!」 * ジョセフとタバサがワルドと相対したその時。 トリステインに向かうイーグル号の船尾に立つルイズは、遠のいていくアルビオンをじっと見つめていた。 フネに乗る直前、ウェールズの拉致計画をルイズ達に明かしたジョセフは、タバサとシルフィードをこの大詰めに連れて行った。使い魔との感覚の共有が出来ないルイズは、ただジョセフが計画を成功させて帰ってくるのを待つしか出来ない。 「……大丈夫よね、ジョセフ」 何度目かになるかも判らない呟きに、キュルケは多少の苦笑を混ぜてルイズを見やる。 「大丈夫よ、ダーリンだけじゃなくてタバサもいるんだから。間違いなく成功するわよ」 周囲に気取られないよう、耳打ちするように囁く。 「その通りだよミス・ヴァリエール。あの抜け目のないジョジョが最後の詰めで失敗するだなんて考えられるかい? もう少し自分の使い魔を信頼すべきだよ。僕がヴェルダンデに感じているくらいとまでは言わないけれど!」 そう言って膝の上に抱いているヴェルダンデにぎゅむと抱きつくギーシュ。 「……?」 しかし当のルイズは友人達の言葉を半ば聞き流し、左目を手の甲で擦った。 「……あれ、おかしいわ。何か目がヘンな感じ……」 「疲れてるのよ。昨夜だってみんな眠れてないし」 だが言葉を交わす間にも、ルイズの左目は空の青と雲の白ではない何かを映し出した。 「見える……私にも何か見えるわ!」 「何が見えるのよ。あら、もしかして感覚の共有が出来るようになったの?」 一般的な使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられる。ジョセフを召喚してからと言うもの、ちっともそんな感覚はなかった。 「そうね……これは、多分ジョセフの視界よ!」 残念ながらジョセフの聞いているものは聞こえないが、少なくとも今自分が見ているものではない何かが見える。 いきなり感覚の共有が出来るようになった理由は判らないものの、出来ると出来ないでは大きく話が変わってくる。 これで自分もまたメイジに一歩近付いた、と内心の喜びを出来るだけ顔に出さないようにしながらも、今ジョセフは何を見ているのかに意識を集中させていった。 しかし、ルイズの左目が映し出す光景は、信じ難いものだった。 何故ならそこに映っているのは、あの救い難い裏切り者であるワルドがグリフォンに跨っている姿だったのだから。 「な……何よ、これ……」 呆然と呟くルイズの声に、様子がおかしいと感じたキュルケが声を掛ける。 「どうしたのルイズ。何が見えるの?」 ワルドが駆るグリフォンが猛スピードで空から駆け下り、強靭な前脚から伸びる鉤爪が襲い来るのを間一髪かわすが、グリフォンは空で姿勢を整えて再び襲い掛かろうとしているのが見える。 気が付けばルイズは、キュルケとギーシュが必死に自分にしがみ付いているのを感じた。 「離して! 行かなくちゃ、ジョセフが、ジョセフがっ!」 「落ち着きたまえミス・ヴァリエール!」 「そうよ、アンタ自殺する気!?」 必死になって叫ぶ声に、ルイズは舷縁を乗り出そうとしていた自分にやっと気付いた。 ルイズは二人に向き直ると、何が起こっているのかまだ判らない顔の友人達に叫んだ。 「ワ……ワルドが! グリフォンに乗って、襲ってくるの! ああっ……!」 そう言う間も、グリフォンは休む間も与えず襲い掛かってくる。巨大な翼と胴体の間から垣間見えたワルドの表情は、信じられないほど歪んだ笑みを浮かべているのさえ見えた。 「……あの裏切り者が、ダーリンと戦ってるのね?」 恐慌に陥りかけているルイズの言葉から全てを察したキュルケは、瞬く間に表情を引き締めた。 崩壊した城の瓦礫が立ち昇らせる噴煙を一瞥したキュルケは、自らの中に残る精神力と状況を合わせて判断し、強く頷く。 「戻るわよミスタ・グラモン」 その言葉に、ギーシュは顔を青ざめさせた。 「ム……ムチャだ! 今からフライで行ったって間に合うかどうかすら……!」 「間に合うか間に合わないかはどうでもいいわ。間に合わせるのよ。無駄な問答は嫌いよ」 微熱の二つ名を持つ炎のメイジは、自らに纏う微熱の温度を上げていく。 「それともグラモン家は、親愛なる友人を仕方ないで見捨てて恥としないのかしら」 キュルケの言葉に、ギーシュはああ、と天を仰いだ。 「くそ! 死んだらツェルプストー家に化けて出てやる!」 「火のツェルプストーにアンデッドなんて怖いものではなくてよ、ギーシュ」 軽口を叩き合いながら、キュルケとギーシュはルイズを両脇から抱えるとフライの魔法を完成させ、フネから飛び出した。 * 安全な状況で仇敵を嬲り殺す。その状況を娯楽めいた愉悦で享受する。 魔法学院を出立してからただ三度の夜を越す間に、ワルドの精神はここまで歪んでいた。 否。確かに三度の夜は彼の精神に大きな湾曲を与えていたが、決定的な歪みが与えられたのは、今からたった数時間前のことだった。 ジョセフとの戦いで再起不能となったワルドは、ウェールズの指示により地下牢に入れられる事となった。だがゴーレムさえ一撃で粉砕する拳の連打を全身に浴びたその身体は『ただ息があるだけ』でしかなく、一切の処置を受けることもなかった。 結果、さしたる時間も置かずに彼は二十六年の短い生涯を閉じた。 そのままならば彼の死体は地下牢ごと崩落した城に巻き込まれてしまうはずだった。だが、そこに一人の蛇がやって来ることで彼は再び表舞台への復帰を余儀なくされた。 蛇は黒いローブに身を包み、一つの指輪を飾る手には一本の杖を持っていた。 爆破解体に勤しむメイジ達は彼女の姿を目にしていたにも拘わらず、その姿を不審と思うことすらない。彼女は『存在を不審に思われない』という効果を受けていたからだ。 その蛇はメイジ達や使い魔達やゴーレムが忙しなく作業を続ける城内をしばらく見て回ってから、おもむろに地下牢へ下りる階段を下りていく。 死体一つが転がる地下牢へ難なく侵入を果たした蛇は、死体の転がる牢の扉の前で指輪を翳すと短い呪文を吐き出した。 すると命の抜け落ちた無残な死体は、転寝から覚めるように身を起こす。 拳で打ち砕かれた全身は萎んだ風船に空気を入れるように治癒していき、切り落とされた左腕も切断面から噴き出るように生えてしまった。 「お目覚めかしら、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」 女が呟いた言葉に、蘇ったばかりのワルドは恭しく膝を突いた。 「申し訳ありません。与えられた任務を失敗してしまいました」 「構わないわ。今となってはそんな些事」 その蛇の名はシェフィールドと言った。 レコン・キスタ総司令官オリヴァー・クロムウェルの秘書である彼女は、何の感慨もない声でワルドに言葉を続ける。 「貴方はガンダールヴを愉しませなさい。それ以上は何もしなくてもいい。何も」 ワルドはその言葉に、何の不満も抱かない。 「了解しました」 「それともう一つ貴方に授けるものがあるの。こちらへ来なさい」 「喜んで」 ワルドが鉄格子の嵌められた小窓の前にやってくると、シェフィールドはその長くしなやかな指に一つの宝石を摘んでいた。 宝石を持つ指は一切の躊躇すら見せず、ワルドの左目を深く抉り込んだ。 しかし彼女の指が感じ取ったのは、眼球本来の硬質なゼラチンじみた不愉快な感触ではなく、夥しい藻や水草が絡む澱んだ沼地のような感触だった。 ワルドの左目に入り込んだ宝石は水に沈むように、左目と同化した。 「これであの方に貴方の見ている物を全てご覧頂ける。今行われている策が遂げられた後、貴方はあのガンダールヴを襲撃なさい。勝敗は問わないわ」 「畏まりました」 そして最後に、手に持った杖をゴミでも捨てるような手付きで牢の中に投げ捨てた。 「ではさようなら。ワルド子爵殿」 シェフィールドは一切後ろを振り返ろうともしない。今の興味は、ガンダールヴの実力を測ることとニューカッスル城に施されている爆破解体の結末に向けられている。 ガンダールヴにけしかける噛ませ犬にどのような興味を持てと言うのか。 地下牢を出たシェフィールドは、やはり来た時と同じく何人ものメイジ達と擦れ違いながらその存在を怪しまれる事もなく、ニューカッスル城を後にした。 最後に一つ、仕掛けた罠だけを残して。 * 彼女が仕掛けた罠はガンダールヴを翻弄する。 二回の敗戦を踏まえての三回目の交戦ともなれば、敗因を排除する事は容易い。 純粋な白兵戦では五分五分、メイジが持つ最大のアドバンテージである魔法は通用しない。ならば別の手を使えばいい。 ワルドにはグリフォンという非常に強力なアドバンテージがあった。 ただの馬に乗った騎兵でさえ、歩兵はほぼ太刀打ちできない。馬の持つ機動力はそのまま破壊力に変換されるからだ。 それが空を翔る幻獣ともなれば、歩兵に一切の抵抗は出来ないと言ってもいい。 普通に考えても、敵の武器の届かない所から適当に魔法なり飛び道具を使うなりすればいい。そうでなくとも高所から落下する攻撃の破壊力、三次元を自由自在に駆け巡る機動力。ただの馬とは比較にすらならない。 それに加えて四体の遍在が引っ切り無しに三人を攻め立てる。 そんな圧倒的不利の状況を、ジョセフとタバサはよく凌いでいた。 一撃でも掠れば致命傷になりかねないグリフォンの突撃を、ガンダールヴで強化されたジョセフの脚力とタバサの風魔法による加速が辛うじて回避を可能とさせていた。 だが回避するのが精一杯で、反撃するまでには至らない。 「どうしたガンダールヴ、貴様は神の盾だろう!? 逃げるのが上手だとは伝説に謳われてはいなかったはずだがな!」 「勝手に抜かしとれッ!」 ワルド本体に手を出す余裕はない。下手に地面を離れればグリフォンの餌食になることは判り切っている。 だが遍在達を倒す事は容易い。遍在の種は既に知れている。 ジョセフには最早「このジョセフ・ジョースターに同じ手を使うことは既に凡策だ」という決まり文句を言うつもりさえない。 一言の打ち合わせをすることもなく、ジョセフとタバサは最善手を取っていた。 魔法吸収能力を持つデルフを構えたジョセフが前に立ち、その後ろにピタリと付いたタバサが攻め手に回る陣形。 戦術としては実に単純。遍在が放つ魔法をデルフで吸収しながら接近し、魔法での防御も無効化される遍在にタバサが攻撃を仕掛ける。 言葉にすればたったこれだけの事だが、全くの打ち合わせもなくそれをやってのけるのはジョセフとタバサの戦闘経験の賜物だった。 ワルドは確かにスクウェアメイジではあったが、修羅場を潜り抜けた経験で言えばジョセフとタバサには足元に及ばないと言ってもいい。 戦いが始まって一分もしないうちに、二体の遍在がタバサの放つ風の刃で消滅した。 息を付かせる暇もなく襲い来るグリフォンも、ジョセフ、タバサ、デルフリンガーの三つの視点がある以上は決定的に不意をつける代物でもない。不注意で直撃を貰わないようにすれば何の問題もない。 「当たらなけりゃどうという事はない! というヤツじゃな!」 「そうそう当たるものでもない」 ジョセフとタバサは軽口を叩ける余裕を取り返していたが、シルフィードが到着しなければ決定的な不利は覆らない。 (くそったれがァ~~~~、シルフィードに王子様乗せたらギッタギタにしてやるッ!) 間もなく到着するシルフィードにウェールズを載せて身軽になれば、心置きなくグリフォン上のワルドに立ち向かえる。 風竜であるシルフィードの速度はグリフォンを凌駕する。だが今のワルドを置いて逃げれば後顧の憂いを丸ごと残すこととなる。 昨夜完全敗北させたはずなのに、傷の一つも負った様子もなく再び舞い戻ってくる事態。 波紋戦士であるジョセフには嫌と言うほど心当たりがある。吸血鬼や柱の男という存在は彼の頭脳からどうやっても消せはしない。 (波紋で倒せるかは判らんが……しかし今のヤツは危険ッ! ここで決着をつけねばなるまいッ!) 基本的にいい加減で怠け者でお調子者とは言え、他人に危害を加える存在を見逃して良しと出来る性格ではない。 しかし久方ぶりの肉体の濫用により呼吸が乱れてしまっている。身体に残っている波紋はあと一撃を叩き込む余裕はあるとは言え、無駄撃ちは許されない。 三人目の遍在を風の刃で斬り倒し、四人目の遍在の首をデルフリンガーが刎ねたその時。 「――来る」 タバサの小さな呟きの後、シルフィードが二人と相対するワルドの背後から全速力で近付いてくるのが見えた。 「よし! お遊びはここまで、ここからが大逆転タイムじゃなッ!」 背後から急接近する風竜は、幾らグリフォンと言えども阻めるものではない。 全くスピードを緩めず突っ込んでくるシルフィードにタイミングを合わせ、二人は完璧なタイミングで跳躍して飛び乗った。 水色の背の上にウェールズを寝かせ、左手にハーミットパープルを這わせると両手でデルフリンガーを握り直す。 たったこれだけの行動を終えるまでの僅かな時間で、全く飛行速度を殺すことのなかったシルフィードは岬の上から離脱していた。 「タバサ、ここでヤツと決着を付ける! アイツを見逃すのは……イヤァな予感がするんでなッ!」 ちらりとジョセフを見たタバサは、微かに走った逡巡の色を拭うように手綱を引いた。 短い付き合いではあるが、切羽詰った状況でジョセフが何の考えもなく行動する間抜けな事はしないとタバサは理解していた。 手綱に合わせて急旋回したシルフィードは、グリフォンへ向けて突き進んでいく。 「タバサ」 急速に互いの距離を縮めていく中、ジョセフは静かに言った。 「もしわしが失敗したら、王子様を連れて逃げてくれ」 「判った」 その返事を聞き届け、ジョセフは真正面にワルドを見据えた。 シルフィードに飛び乗られた時点で追撃を諦めていたワルドは、再び岬へと戻ってくる風竜を一瞥し、口端を歪ませた。 手に持った杖は既にエアニードルを絡ませている。ワルドも手綱を操り、向かってくる風竜へ向けてグリフォンを奔らせていく。 相対速度にして時速数百リーグにもなる超スピードの中、ジョセフは注意深くタイミングを計る。タバサも小さく呪文を唱える。 ジョセフがシルフィードの背を蹴り、空中に身を躍らせた瞬間、ニューカッスル城崩落の衝撃に耐え切れなくなった岬が、ゆっくりとアルビオンから切り離され、遥か下のハルケギニアへの落下を始めた。 自らの身一つでワルドへ飛び掛るジョセフの背に、タバサがエアハンマーの魔法を放つ。 当然攻撃の為ではなく、三千メイルの空を生身で飛ぶジョセフの背を後押しする為。 デルフリンガーの切っ先をワルドに向けたまま、互いの表情の変化が見える距離の中、先に仕掛けたのはジョセフだった。 「ハーミットパープルッッッ!!!」 左腕から、何本もの紫の茨が奔流となってワルドへ伸びる。 「笑わせるなガンダールヴ! 空は私の領域だ!」 風のスクウェアメイジであるワルドにとって、上下左右全てが風に満ちた空と言う空間で不利になる要素はないと言っていい。 この空中戦でワルドが空を飛ぶ鷲だとすれば、ジョセフは地を這う蛙程度でしかない。 迸る茨を巧みにグリフォンを操って回避し、魔力を帯びた風の渦で飛び狂う茨を切り払う。 「こぉのクソッタレがァーーーーーーーッッッ!!!」 この状況に置いて得意の罠を仕掛けることも出来ない。ジョセフにとって力押し一辺倒という戦法は下の下、ある意味彼にとって最も不得意な戦法と言うより他ない。 しかしスタンドもガンダールヴの肉体強化も、心の震えが強ければそれに比例して出力が強化される能力。 酷使に悲鳴を上げる身体の隅々から振り絞るように力を集め、更に茨を生み出していく。 そして一本の茨がワルドの左腕に絡み付いた瞬間、体内に残る波紋を一気に吐き出した。 「ブッ壊すほどシュートッ!! オーヴァドライブッッッ!!!」 茨を伝う波紋が疾走し、ワルドへと放たれる。 ワルドに届いた波紋は左腕を瞬時に爆裂させ、破壊する。劇的な破壊が波紋により起こった事実、それこそが、ジョセフの感じた予感が正しいと証明するものでしかなかった。 普通の人間に波紋を放ってもせいぜい電流が走る程度の影響しか与えられない。狙えば心臓を停止させられるだけのショックを与えられるが、肉体を破壊させるまでには至らない。 波紋でこれほど効果的な破壊が起こせるのは、吸血鬼か、柱の男か。 少なくとも、今のワルドは太陽のエネルギーに酷似した正の力が毒となる存在だという事である。後は走る波紋がワルドの全身を駆け巡り、彼の肉体を破壊しつくすのみ―― 「そうはさせるかァァァァッ!!」 左腕を破壊した波紋が全身に伝わろうとする刹那、ワルドは僅かな躊躇さえ見せず左肩を自らの杖で貫き、打ち砕いた。 「何ッ!?」 自分の左腕ごと波紋を切り離したワルドの行動に、さしものジョセフも虚を突かれた。 構えたデルフリンガーで突きを繰り出す動作に移るのに、僅かな……本当に僅かな隙が生まれてしまった。 勝利を確信したワルドの邪悪な笑みを、ジョセフは確かに目撃した。 「私の魔法は貴様には届かない……だが、自然の風ならばどうなのかなガンダールヴ!」 その言葉がジョセフの耳に届いた瞬間、ジョセフの身体はグリフォンが一際大きくはためかせた翼に起こされた突風で弾き飛ばされた。 「うおおッッ!!?」 この場に吹き荒れる風の流れを知り尽くすワルドにとって、自然の風にどう影響を及ぼせば自分の望み得る結果を生み出せるかは、正に手足を動かすのと同じレベルの話。 空中で完全に体勢を崩されたガンダールヴは、正に鷲の前の蛙同然だった。 グリフォンは主の思い通りに空を走り、獲物目掛けて前脚を振りかざし――狙い違わず、ジョセフの胴体に獣の力強い一撃を叩き込んだ。 「ぐうッ――」 ハーミットパープルに残りの波紋を注ぎ込んでしまったジョセフには、最早防御に回せる波紋すら残っていなかった。 胸から脇腹にかけて大きく刻まれた爪痕と口から大きな血飛沫を撒き散らしながら、ジョセフは重力に引かれて先に落ちて行ったニューカッスル岬の後を追うこととなった。 落ちていく中、ジョセフはまたも有り得ないものを見た。 自ら打ち砕いた左腕が、あっという間に再生させるワルドの姿を。 「……ジョセフ……」 見る見るうちに白い雲の合間へ落ちていくジョセフ。しかしタバサはジョセフを追い掛ける事もせず、シルフィードを全速力でこの場から離れさせる。 魔法を吸収できるデルフリンガーを操るジョセフがいない今、シルフィードとグリフォンという乗騎の性能差があるとは言え、肝心のメイジの能力には著しい差がある。 休息もろくに取れていないトライアングルメイジと、正体不明の能力を携えて戻ってきたスクウェアメイジ。 勝ち目も無いのに感情に任せて突き進む愚を、タバサは短い人生の中で理解していた。 だが彼女の中では忸怩たる思いがある。それは手が白くなるほど引き絞られた手綱が証明していた。 タバサが持つ数ある目的に近付く為の不可思議な力だけでなく、様々な卓越した能力を持つジョセフ。ここで彼を失うのは痛恨ではあるが、ここで自分が死んでしまっては元も子もない。 今の手持ちのカードでは決して勝ち目は無いが、せめて何か勝ち目の見えるカードがあれば再びワルドに立ち向かい、ジョセフを救出に向かう事に恐れは無い。 「せめて……せめて何か手立てが……」 ぎり、と歯噛みするタバサ。不意にシルフィードが大きな声で叫んだ。 「お姉様! 前を見るのね!」 竜の口から聞こえた言葉に前を見れば、そこにはキュルケとギーシュに抱えられてこちらへ飛んでくるルイズの姿があった。 彼女の姿を認めた瞬間、タバサはシルフィードに命じた。 「三人を乗せたら急いで反転。反撃に向かう」 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/177.html
トリスティン魔法学園、春の使い魔召還。 それはこの学園に通う生徒にとってもっとも重要な行事。 皆が思い思いの使い魔を召還し、あるものは歓喜し、あるものはがっくりとうなだれた。 それはもちろん彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも同じであった。 彼女が使い魔召還のための呪文を詠唱を終えると まばゆい光が辺りを包んだ。 そして ドオン! 「うわ! ゼロのルイズがまたやったぞ!」 「建物が崩れるぞ、逃げろー!」 地震のような地鳴りと巨大な爆音。 いつもの彼女の失敗にしては少々大きすぎる爆発。 辺りを覆う煙が晴れると、そこには 「・・・・・・・・・なによ、コレ」 巨大な『鉄塔』がそこにはそびえ立っていた。 それは高さ20mくらいはあろうか。 塔とは言うものの床がなく、側面に鉄の棒が繋がっていてかろうじて塔と分かるだけだ。 そう、ちょうど塔に骨があるとするのなら、こんな感じなのだろう。 「ぶ・・ふふ・・・あーっはははは、さすがね、ルイズ・・・まさか生き物以外を召還しちゃうなんて」 キュルケの笑い声が引き金となりほかの生徒もどっと笑い出す。 「ぶははははは、塔ってなんだよ! どういう使い魔だよ!」 「これなら失敗のほうがよかったんじゃねーの?」 「違いねえ」 わはははははは、と生徒は笑う。 本来誇り高き貴族たるルイズは侮辱に怒りを露にするはずだが、 「あ・・・あはははは」 もはや笑うしかなかった。いくら自分に才能がないとしてもコレはあんまりだ。 みなの言うとおり失敗して爆発のほうがまだ救いがあっただろう。 「あー、コホン、ミス・ヴァリエール」 「・・・ミスタ・コルベール、もう一度召還の機会を与えていただけますか?」 「それはダメだ、ミス・ヴァリエール。使い魔召還は今後の属性を固定しそれにより・・・」 「お言葉ですが、ミスタ・コルベール」 「これと『どう』契約しろというのですか?」 契約は使い魔との口付けでなるのは周知の通りだ。 だが『こいつ』には口はない。 あまつさえ顔もない。 それ以前に生き物ですらない。 「ううむ・・・確かに。春の使い魔召還の儀式はあらゆるルールに優先する・・・と言っても限度があるな。 さすがに契約できないものを使い魔とすることはできない。やむ終えません。今回の件は特例として オールドオスマンと協議の上再度仕切りなおしと致しましょう」 「ありがとうごさいます! ミスタ・コルベール」 「やめといたほうがいいんじゃない? 今度召還したら風車が出てくるとかいやよ」 「うるさい、キュルケ!」 いつもの通りの嫌味に腹を立て鉄塔の外に出ようとしたとき、ルイズの体に異変が起きる。 バキバキバキ 「! ルイズ、あんたそれ!」 「へ?」 見ると鉄塔の外に出ている右手と左足が『鉄』に変わっていた。 「きゃああああああああ」 あわてて手と引っ込めると拍子に転んで鉄塔の中に戻る。 手と足は元に戻っていた。 「なによこれ・・・」 「ややや、コレは・・・!」 コルベールが鉄塔に腕を出し入れする。しかし今度は何も起きなかった。 「・・・・・・」 バキバキバキ ルイズが手を出そうとする再び鉄に変わった。 あわてて手を引っ込める。 「・・・信じられないが、どうやらこの鉄塔から出ようとした人間は『錬金』されてしまうようですね」 「そんな! 人間が錬金されるなんて聞いたことありません」 「そうですね、ミス・ヴァリエール。私も聞いたことがありません。建物を使い魔として召還すると言うことも含めてね」 うぐ、とルイズは痛いところを突かれる。 「とにかく、すぐオールドオスマンと相談してまいりますので、本日は皆さんこれで解散。 ミス・ヴァリエールはそのまま残っておくように」 言われなくてもどこかにいけるわけがない。 いったいなんだと言うのだこの使い魔は。 使い魔は主人に有益なものをもたらすのが普通なのに、有益どころかもたらすのは不利益ばかり。 いや、そもそも契約もしてないし使い魔かどうかすら怪しいのだが。 「一体・・・なんだってのよ・・・」 どっと吹き出てきた疲れに身を任せ、ルイズは鉄塔の中で倒れこんだ。 コレが彼女と鉄塔、「スーパーフライ」の出会いであった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1867.html
すっかり慣れた、しかしこの場にそぐわぬどこか甘い香りが鼻腔を くすぐり――ギアッチョの意識はゆっくりと眠りの海から浮かび上がる。 「・・・・・・ああ?」 開ききらない瞳で仰向けのまま左右を探ったギアッチョの、それが 最初の言葉だった。 第三章 その先にあるもの ゆるゆると上体を起こして、ギアッチョはいささかぼんやりした 視線を下に向ける。視界に入ったものは、見間違えようも無くルイズの ベッドだった。そしてその持ち主は―― 「・・・・・・」 ギアッチョの隣で、すやすやと寝息を立てている。 「ここにブッ倒れて・・・そのままっつーわけか」 「我ながら情けねーな」と呟いて、ギアッチョは小さく溜息をついた。 何とか途中で気力が切れずに済んだが、もしもガキ共の前で倒れて いたらと考えると心底自分が腹立たしくなる。 「少々かったりぃが・・・鍛え直すとするか」 立ち上がろうと身体に力を入れるが、上着の裾が何かに引っ張られて ギアッチョは再び腰を下ろす。何事かとそちらを見れば、ルイズの 小さな手が服の端を掴んでいた。引きはがそうと服を引っ張るが、 一体どんな夢を見ているものか、ルイズは頑なに手を離そうとしない。 「・・・おい」 声をかけてみるが、少女が眼を覚ます様子はない。 「・・・クソガキ、起き――」 頭を掴んで揺さぶろうと伸ばした手を、ギアッチョはピタリと止めた。 考えてみれば一日以上寝ていなかったのだ。自分と違って、ルイズは そういうことに慣れてはいないだろう。そう考えると、無理矢理起こして しまうことも少々躊躇われる。 「・・・チッ」 まあいい、特に急ぐ理由もない。相変わらずの凶相で一つ舌打ちして、 ギアッチョは再びベッドに背を預けた。 「・・・ぅん・・・」 浅いまどろみの中で、ルイズは一日ぶりの睡眠を噛み締めていた。枕に 頬をうずめて、毛布を胸に抱き締める。いつもと同じそれが、今日は 何故だかとても幸せに感じられた。そんなわけだったから、 「・・・・・・ギアッチョ・・・」 等とうっかり寝言を洩らしてしまっても、それは仕方のないことで。 「ああ?」 しっかり聞こえていたギアッチョに無愛想に言葉を返されてしまったと しても、やはり仕方のないことだった。 ただ、ルイズ本人はそうは思わなかった。自分の言葉で微かに目覚めた 彼女の心臓は、ギアッチョの声で跳ね上がった。 「ようやくお目覚めか」 「えっ、な、ち・・・ちちち違うの!違うんだからね!!」 「・・・何か知らんが落ち着け」 「・・・う、うん・・・」 答えたところでギアッチョの服を掴んでいることに気付き、ルイズは 慌てて手を離した。ギアッチョはそれを眼だけで眺めると、もう用は 無いと言わんばかりにベッドから降りる。 「厨房行ってくるぜ」 「あっ・・・」 デルフリンガーを担いですたすたと扉に向かうギアッチョに一抹の寂しさを 覚えて、ルイズは身体を起こした状態のままその背中を見つめる。そんな 視線に気付く様子もないギアッチョがドアに手を伸ばした瞬間、 「・・・?」 ドアは外側から開かれた。 「あら、おはようギアッチョ」 ギアッチョが口を開く前に、キュルケは驚いた顔も見せずに挨拶する。 「昨日の今日で元気だなおめーは ルイズに用か?」 「ええ、それと貴方にもね ちょっと待っててちょうだい」 ギアッチョの肩越しに室内を覗き込みながらそう言うと、怪訝な顔の 彼をそのままにキュルケはルイズの前へとやって来た。 「おはようルイズ やっぱりまだ寝てたわね」 「お、おはよう」 「あら、ちょっと顔が赤いんじゃない?風邪でもひいた?」 「べっ、べべべ別にああ赤くなんかないわよ!」 わたわたと手を振って否定すると、ルイズは話を逸らそうと言葉を継ぐ。 「そ、それより何か用?」 「何って・・・忘れたの?」 呆れ顔のキュルケに、ルイズはようやく今朝交わした約束を思い出した。 「あ!」 「食事、行くんでしょう?タバサとギーシュはもう厨房で待ってるわよ」 「ごっ、ごめん!すぐ着替えるから――」 言いかけたところではっとドアに眼を向けると、ギアッチョは既に 廊下へ姿を消していた。 「私達でシエスタを送って行った時に、今日の昼食を厨房でって話に なったのよ」 扉横の壁に背中を預けるギアッチョを見つけて、キュルケは問われる 前にそう言った。 「ま、そんなところだろうとは思ったがよォォォ~~~~・・・ そりゃ何だ、このオレも一緒に着いてくことになってんのか」 「当ったり前でしょう?あなたが主役なんだから」 「オレぁそんなガラじゃねーんだがな」 若干首をすくめて答えるギアッチョを面白そうに眺めて、キュルケは その隣に背をもたれさせる。 「あなたが来ないとシエスタ泣いちゃうかも知れないわよ?あの子 随分あなたに感謝してるみたいだし・・・惚れられちゃったりしてね」 「こんな化け物に惚れる人間が一体どこにいんだよ」 「あら、いつもの自信がないじゃない あなたって結構イイ男だと 思うわよ?まあ私のタイプとはちょっと違うけどね」 半分茶化して笑うが、ギアッチョは詰まらなそうに首を振る。 「・・・そういう意味じゃあねーよ 得体の知れねえ力で無数の人間を 殺して来た野郎が化け物でなくて何なんだ?・・・全く今更だが、 オレは本来他人と関わっていい人間じゃあ――」 「ストーップ、ギアッチョ一点減点よ」 声と共に突き出されたキュルケの掌に、ギアッチョの言葉は中断された。 「いい?あなたが過去に人の命を奪ってきたこと、それは事実かも 知れないわ だけどね、こう言うと冷たく聞こえるかもしれないけど、 私達はそんなこと知らないの 知ってるのは、いつでも何度でも私達を 救ってくれたヒーローだけなのよ」 「・・・・・・」 「罪を認めることは勿論大切だわ だけど人を殺す一方で、あなたは 私達の命を、人生を救ってくれた・・・その重さも知っていいんじゃ ないかしら?」 キュルケは小さく笑みを浮かべてそう言うと、躊躇いがちに開きかけた ギアッチョの口にスッと人差し指を当てる。 「だからネガティブな発言は一切禁止!次に言ったら三点減点するわよ」 あくまでも茶化した態度のキュルケに小さく溜息をついて、ギアッチョは 諦めたように彼女を見た。 「・・・で、ポイントオーバーでどんな罰ゲームを頂けるんだ」 「そうねぇ・・・十点マイナスで三食はしばみ草ってのはどうかしら?」 「・・・・・・そいつは勘弁願いてぇな」 再度の深い溜息と共に、ギアッチョは両手を上げて降参の意を示した。 「ごめん、お待たせ!」 マントを胸に抱えて、ルイズは急いで部屋から飛び出した。確認する ようにこちらに一瞥を向けて、ギアッチョは「行くぞ」という一言と共に すたすたと歩き出す。 後を追おうとするルイズの頭に、スッとキュルケの片手が置かれた。 「頑張りなさいルイズ きっとチャンスはあるわ・・・多分」 「・・・へ?」 生温かい笑みのキュルケを、ルイズはきょとんと見返した。 「本ッ当に済まなかったッ!!」 厨房へ着いたルイズ達を出迎えたのは、マルトーの猛烈な謝罪だった。 シエスタから仔細を聞いたのだろう、「やりたくてやったことだから」と 首を振るルイズ達にマルトーはまるで懺悔のような表情で謝り続ける。 設えられた質素なテーブルにこっそりと眼を向けると、本を開いて己の 世界に逃避しているタバサの横でギーシュが苦笑交じりに肩をすくめた。 どうやら自分達が到着する前から、この大柄なコック長は大音量の謝罪を 繰り返していたらしい。マルトーに視線を戻すと、謝り続けるうちに 感極まったのか、彼はとうとう漢泣きに泣き出した。 「おっ、俺は誤解していたッ!あんたらみてぇな貴族がいることを 知ろうともせずに、この世の摂理を理解でもしたような気になって いたんだ・・・ッ!!本当に、詫びのしようもねえ!!俺は、お、俺はッ!」 「・・・おいマルトー」 咆哮の如き大声のマルトーを見かねてか、ギアッチョが気だるげに声を かけるが、マルトーはギアッチョに標的を変えて尚も喋り続ける。 「おおギアッチョ・・・お前さんにも一体何て謝りゃあいいのかッ!! モットの野郎が悪魔なら、こんな傷だらけの人間を死地に向かわせた俺は 堕獄の罪人よ!!こんなもので償い切れるとは思わねぇが、どうか気の 済むまで俺を殴ってくれッ!!」 「ああ?」 「「コック長、それは・・・!」」 ギアッチョと外野、双方がそれぞれ声を上げるが、マルトーはそれに 首を振ると漢らしく両手を広げて怒鳴る。 「気にするこたぁねえ!これは俺の罪滅ぼしなんだ!!さあッ! いくらでも殴ってくれ!!さあ!さあッ!早く!!はやげふゥゥウッ!!」 「「殴ったーーーーー!?」」 ギアッチョの躊躇無い一撃を顔面に受けて、マルトーは派手に吹っ飛んだ。 やれやれと言わんばかりに溜息をついて彼を引き起こす。 「眼ェ醒めたかマルトー」 マルトーをしっかりと立たせてから、ギアッチョはそう口を開いた。 「何度も言うがよォォ~~~ オレ達がやると決めたからやったんだ 謝罪なんぞ受ける気もねーし権利もねぇ そんなもんよりオレ達はメシが 食いてーんだがな」 「お、おお・・・ギアッチョ・・・!」 マルトーの顔に、明らかな感動の色が浮かぶ。様子を見守っていた コック達を見回して、マルトーはいつもの威勢を取り戻した声で叫んだ。 「聞いたかお前達!真の英雄は己の行為に代償を求めたりはしねぇ!! 俺達がするべきはとびきりの御馳走を振舞ってやることだ!!さあ お前達、調理を再開しようじゃねぇか!!」 「「おおぉおぉおーーーーーーーーーっ!!」」 ていうか殴れと言われたから殴っただけだろうなと思うルイズ達を よそに、マルトー達は大盛り上がりで料理にとりかかった。 ほどなくして、テーブルに種々の料理が運ばれて来た。肉や野菜、色 とりどりの果実が惜しみなく使われたそれらは、正に御馳走と呼ぶに 相応しい代物であった。ルイズ達にはさほど珍しいものではなかったが、 ギアッチョにとってはそうではないようで、先ほどからルイズの隣で 小さく感嘆の声を上げている。 料理が運び終わるまでの間、キュルケ達としばし談笑していたルイズ だったが、ふと気付いて顔を上げた。と、手馴れた様子で配膳する シエスタと眼が合う。 「もうすぐ全部運び終わりますから、もう少々お待ちくださいね」 シエスタは普段着では無く、いつものメイド服を着ていた。にこりと笑う シエスタと対照的に、ルイズは少し心配げな顔を見せる。 「シエスタ、休んでなくて大丈夫なの?」 その言葉に場の視線がシエスタに集中するが、シエスタは笑みを絶やさず 応じた。 「いえ・・・自分のことなんかよりも、私は一秒でも早く皆さんにお礼を したいんです 私に出来るのは、少々の料理の手伝いぐらいですから・・・」 「それに」シエスタは少し厨房を見渡して言葉を継ぐ。 「またここで働くことが出来るんだって思うと、休んでることなんて 出来なくって」 「シエスタ・・・」 屈託の無い笑顔を見せるシエスタに、ルイズ達はこの娘を助けてよかったと 改めて思う。互いに顔を見合わせて、つられるように笑った。 「・・・おいしい」 口に運んだ料理は違えど、彼女達の感想はみな賞賛の一言だった。 「いつもうめぇが・・・今日はそれ以上だな」 ギアッチョまでが珍しく素直な賛辞を口にする。 「俺にも使える魔法がある」いつかマルトーが言った言葉だが、成る程 こいつは確かにその通りだとギアッチョは柄にも無く独白した。 「そうかい、そいつぁよかった!こんな料理でよけりゃあいつでも食いに 来てくんな!あんたらにならいつでも御馳走を振舞わせてもらうぜ!」 マルトーはガキ大将のような笑顔を見せる。その隣で、シエスタも クスクスと楽しそうに微笑んだ。 「・・・次ははしばみ」 「却下だ」 誰よりも旺盛な健啖ぶりを現在進行形で発揮しているタバサの提案を、 ギアッチョは一瞬で棄却する。 トリステイン魔法学院――その厨房を、わだかまりの無い笑いが満たした。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1222.html
ドドドドドドドドドドドドドドドド………… ルイズはギーシュを睨みつけていた。 正直最初はブラック・サバスを連れ出してさっさとこの場から離れようと思っていた。 しかしギーシュから『侮辱』を受ける少女が、悔しさで肩を震わせ涙を流すのを見たとき 自分の頭の中で何かがプッツンした。 ギーシュとメイドと野次馬たちの視線が自分に集まる。 ブラック・サバスは……テーブルの上のデザートを見つめていた。おい、誰のせいでこうなったと思ってんだ。 ギーシュは芝居がかった仕草でルイズの方を向いた。 「侮辱?ミス・ヴァリエール、君には関係ないことだと思うんだけど?」 「関係あるわよ、同じ貴族としてね。もともと悪いのはあんたでしょ。それを他人のせいに……しかも相手が平民だからって馬鹿にして。 貴族にはあるまじき行為よ。あんたは貴族と平民の両方の誇りを傷つけてんの!」 「なるほど、ミス・ヴァリエール。『ゼロ』の君は平民の心がよく分かるらしい」 ギーシュのその言葉に回りからドッと笑い声が上がる。 ルイズはそれら全てを無視し続けた。 「それにあんたは私の使い魔も侮辱した」 「使い魔?…………それってコレのことかい?」 ギーシュがコレと言って指差した先で、ブラック・サバスはデザートのケーキを口の中に放り込んでいた。 「……………………そうよ」 自分の使い魔と紹介したことをちょっと後悔しつつルイズは答えた。後でオシオキね………。 「君の使い魔は召喚したと同時に死んでしまったという噂だったんだけど…… しかしメイジの実力を見るには使い魔を見ろとはよく言ったものだね この素行の悪さなんか君にそっくりじゃないか」 ギーシュの嫌味たっぷりの言葉にまたもや回りのギャラリーから笑い声が生まれる。 ルイズは悔しさを顔に出さないが、両手をグッと握り締めた。隣で泣いているメイドも嘲笑された時同じ気持ちだったのだろう。 味方がひとりもいない中、嘲笑の的にされる気持ちは誰よりも分かる。 ルイズが何か言い返そうと口を開きかけた…………が、先に口を開いたのはブラック・サバスだった。 そしてその口から出てきたケーキは、ギーシュの顔面をクリームだらけにした。 本日二度目のザ・ワールド!皆がクリームまみれのギーシュを見て唖然としている。 …………この世界で最初に動いたのはルイズだった。 「…………フ…………フフフ………」 何をやっているのだ自分の使い魔は? いきなり私を襲ってくるし、分けわかんないことをオウムみたいに繰り返すし 洗濯物食べてどこか消えるし、授業でないし、片付け手伝わないし、揉め事を大きくしてるし……でも 「フフフフフフ…………フハフハフハハハハハ!」 でも、今のは最高だったわ!最高に「ハイ!」って奴だわアアアアアア! 「アハハハハハハハハハハハハ!」 ルイズは腹を抱えて笑っていた。こんなに心の底から笑ったのは久しぶりだった。 おかげでギーシュが自分たちに決闘を申し込んだのを聞きそびれるところだった。 ばか笑いを上げるルイズをほっといて、ギーシュは他の生徒を連れて先に広場に向かって行った。 食堂に残っているのは、3人のメイジと1人のメイドと1匹の使い魔。 ルイズは一応ブラック・サバスに文句のひとつでも言おうと、笑いを抑えるのに必死だった。 シエスタは展開についていけず、ただ涙を止めようと必死だった。 ブラック・サバスはボーっとしていた。 タバサは食後の読書タイムだった。 そしてキュルケは機嫌の悪そうな顔でルイズの方に近づいてきた。 「ちょっとルイズ!説明しなさい!その使い魔は死んだんじゃなかったの!?」 キュルケがルイズに詰め寄る。ルイズは笑いを抑えるために一度大きく深呼吸してから答えた。 「あぁ…………ごめん」 「え?」 意外な返事にキュルケは言葉に詰まってしまう。 「あんたが私の使い魔のことで考えてくれてたのは分かってたけど、こっちも色々あって説明するヒマがなかったのよ」 「あら~?えらく素直じゃない?」 皮肉たっぷりに答える。 「どーせこの後決闘のやじ馬するんでしょ?辛気臭い顔で見られてたら勝てるものも勝てなくなるのよ」 キュルケの方を一切見ずに言う。 言われたキュルケは思わずポカンとした顔をしてしまう。が、しばらくしてプッと噴いた。 「何よ」 「別に…でもあんたの使い魔なかなかやるじゃない。今のはなかなか傑作だったわよ」 そう言ってニヤリと笑うキュルケに釣られて、思わずルイズも再び笑いそうになってしまう。ヤバイつぼだ。 「申し訳ありません!私なんかの為に大変なことになってしまって!」 シエスタがペコペコと頭を下げて会話に入ってきた。その顔はまさに顔面蒼白である。 「勘違いしないであんたの為に戦うわけじゃないんだから。大体あんたは何も悪くないじゃない。 ギーシュが二股して、私が文句言って、こいつが話をややこしくした。だから決闘を申し込まれた。あんたの為に決闘するんじゃないのよ。 だから…………そうね。あんたが侮辱された分は、私がギーシュを倒してあんたに謝りに来させるから、それでいい?」 ルイズは事も無げにそう答える。 「そんな!謝罪なんてけっこうです!本当にいいんです!ミス・ヴァリール!そのお心遣いだけで十分です!決闘なんて危険です!」 シエスタは数時間前のブラック・サバスの虚弱性を見ていた。 それに自分を助けてくれたこの貴族は、確か『ゼロ』のルイズ……魔法の使えないメイジ……勝てるわけ無い。 再び泣きそうな勢いでルイズに話しかけるシエスタの肩に、キュルケの手がそっと置かれた。 「貴族が決闘を申し込んだ以上、それを取りやめることはできないのよ。それに大丈夫。今は昔と違って命のやり取りをするわけじゃないんだから。それに…」 話を途中で止めたことにシエスタは訝しげにキュルケを見たが、キュルケは気にすることなく話題を変えた。 「でヴァリエール?あれだけ啖呵を切ったんだから、もちろん勝算…あるんでしょうね?」 「勝算ね」 ギーシュ・ド・グラモン 。『青銅』のギーシュ。土系統のドットメイジ。派手好きでキザでナルシスト。 決闘には錬金で作る青銅のゴーレムを使ってくるだろう。たしか5,6体は同時に作ることができたはず……… それに対して私の使える魔法は爆発のみ…はたしてゴーレムに対して効くかどうか? ふと、ブラック・サバスの方を見てみる。なにやら今度は窓から外を眺めているようだ。 ルイズもその視線を追ってみる、この時間帯にしてはかなり暗い。 どうやらあんなに昼間は晴れていたのに、いつの間にか雲が出て二つの月を隠してしまっているみたいだ。 そこまで考えてルイズは力強く答えた。 「あるわよ」 「今の間はなによ…」 キュルケが苦笑しながらつっこみを入れるが、ルイズの自信満々の様子は変わらなかった。 「ブラック・サバス!」 名前を呼ばれた使い魔はルイズの方へゆっくりと向きを変えた。 「今度は私の言うこと聞きなさいよ」 ブラック・サバスは答えなかった。ただ首を縦に振っただけだった。 「分かったなら、返事しなさい」 そう言いながらもルイズは満足そうに笑っていた。 シエスタは不思議だった。『ゼロ』のルイズと、シエスタよりも貧弱な使い魔。決闘をするというには絶望的なコンビ。 しかし彼女たちからは不思議な安心感を感じる。 今までシエスタが出会ってきた、どの貴族たちとも違っていた。爽やかささえ感じていた。 「行くわよ」 そう言って歩き出したルイズの後を、ブラック・サバスと呼ばれた使い魔はまるで影のようについていった。 To Be Continued 。。。。?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1809.html
決闘が終わり、もう夜。 月が2つ並んでいる。 「…まったく、無茶しちゃって……あんたまだ召還されて一日目よ!?よくもこんな問題おこせるものね!」 「無茶だというが、俺の実力は知っている。多少魔法が使える程度の小僧に負けるとは思えん。もし負けたとしたらそれほどの男であった、ということだ」 ルイズが声を張り上げる。 「ダー―ッ!違うわよ!別にあんたみたいな田舎の亜人が負けて怪我することは心配してないわよ!あんたの恐ろしさは召還してすぐわからせてもらってるわ! お生憎様!まったく、まだギーシュは決闘という形だったからよかったけど、あんたみたいな亜人が貴族を傷つけたりしたら即刻処刑よ! しょ・け・い!もし次傷つけたりしたら、運がよくてもアカデミーってところで輪切りにされるくらいは覚悟しときなさいよ、まったく」 まくしたてるように話し、終わった後ためいきをつく。 「それにしても、あんた異世界から来たって本当?確かにあんたみたいな亜人見たことも聞いたこともないけど。太陽の光に少し弱い、って 実は吸血鬼もどきじゃないの?人間食べるっていうのが本当なら吸血鬼以上ね……ああ、頭痛くなってきた」 「吸血鬼、か。こちらの世界にも居るのだな。だが、世界が違う以上部下になるかどうかはわからんな。カーズ様が居ない以上石仮面も作れんし」 「……ああ、もうなんでもいいわ、あんたの話にいちいち驚いてたら身が持たないわ…異世界からっていうと色々と説明がめんどくさいから ……そうね、東方のロバ・アル・カリイエから来たってことにしておいて。いい『ロバ・アル・カリイエ』よ。覚えた?」 「その程度の語、我々の知力ならば覚えるのはわけない。それより、そろそろ就寝しなくていいのか?俺は寝なくても構わんが寝れるならば寝ておきたい」 「あんた、いちいち物言いがムカつくわね…わかってるわ、もう寝るわよ。あんたは床だけどね!屋根があるだけ感謝しなさい!」 勝ち誇ったようにルイズが唸った。 「ゆか、だと?」 「そうよ、床よ」 (まあ亜人だしそんなもんよね、屋根があるところで寝れるってだけでも十分私は恩人だわ!ああ、なんて慈悲深いのルイズったら!) 「……狭いではないか」 「はぁ?」 まさかそういった返答が来るとは思っていなかったが、よくよく見てみると確かにあの巨体が寝るにはスペースが多少、いやかなり心許ない。 「どこで寝ても俺の勝手だろう、俺は外で寝かせてもらう」 「あ、ちょっと待っ…」 ワムウは窓を開けて外に飛び出していった。 外を見ると林の方向に飛び去るという感じで向かっていき、地面から木の上に数歩で上っていった。 どうやら木の上で寝るらしい。 「いっちゃった……色々としもべとして頼もうと思ったのに、どうしろっていうのまったく…」 ルイズは再度ためいきをついた。今日ほど幸せが逃げた日はないな、などと思いながら意識は薄らいでいった。 * * * 「シン……帰ったら俺の部屋の電気消しといてくれよな…むにゃむ……ハッ!」 「おい、起きろ」 ルイズは鈍い音で目を覚ます。 「なに!?なにがおこったの!?」 「使い魔らしく起こしてやったんだ、感謝するんだな」 「い、今の鈍い音はなに?」 「小型の真空竜巻をお前の頭上に放った」 ルイズが起き上がって枕を見ると無残にも羽毛がはみ出ていた。 ルイズが杖を持って立ち上がる。 「こ、この……」 「どうした?なにか不満か?」 ルイズは叫んだ。 「この汚らしいバカ犬がァーーーッ!」 ワムウは爆発で吹っ飛んだ。本日第一号だ。 「よくわかんないけどあんたが私の爆発に弱いのは割れてるのよ……いい、次こんなことやったら、全精神力をつぎこむわよ」 何事もなかったかのように立ち上がるワムウ。 「ふん、主人は主人でもカーズ様とは偉い違いだな、だがまあ今は頭を垂れておいてやろう」 「それで垂れてるつもりなの?まあ、いいわ。まずは着替えさせて。」 「着替えだと?俺の世界ではそれは自分でやるものだったが、こっちにはそんな風習があるのか?」 ルイズが肩をすくめる。 「あのね?田舎者のあんたは知らないだろうけど、貴族は下僕がいるときは自分で服なんか着ないのよ」 「そうか、俺は使い魔になるとはいったが下僕になった覚えはない、自分で着替えるんだな」 うー、と低い声で唸り返す。 「あんた、朝ご飯抜くわよ?」 「好きにしろ。我々は多少食わなくても構わないし、なんならどこかから『調達』してきても構わんしな」 ワムウは外を見る。 (昨日少し見回ったが、あそこの林には割と動物がいる。野兎くらいはいるだろう、むしろ昨日のようなこぎれいな料理では 足りん。どうにかして補充しなければならない以上、どれが食えるかくらいしっておいた方がいいのだろうな) 外を見ているワムウを見る。 (あ、あいつ飯を抜かれるって言ったとたん外を見てるわ!『調達』…ってもしかして…あ、あいつの目!生徒を見てるに違いないわ! 『号外 トリステイン魔法学院から行方不明者が頻出!』ってことも………そ、それだけは避けないと!) 「わ、わかったわよ!自分で着替えるわよ、自分で!朝飯も食べさせてあげるから待ってなさい」 「食堂の位置は覚えている。先に行っているぞ」 「ま、待ちなさいよ!つーかお願いだから待って!あんた一人で行動させたらろくなことがないから!」 そういえば、扉も窓もカギを閉めていたはずなのに、どこから入ったんだろうと思ってふと窓を見て… 無残にも割れているのを見て…泣いた * * * 朝食を終え、食堂を出て教室へ向かう。 よっぽど昨日の決闘とその前のイザコザが広まったのか、昨日以上におびえてる人間が多かった。 特にワムウの影だけは踏んではならない、ということを身にしみてわかっているギーシュの取り巻きたちは太陽がどこに転移しても 影が届かない位置を常にとるように過敏に反応していた。 (とりあえず朝食は終わったわ…ああ、なんで朝食くらいでわたしがこんなにビクビクしなきゃいけないの!) 「魔法の授業、とやらはなにをやるのだ?」 「今からやるのは土の授業よ、あの先生の授業は最初だから初歩からやるだろうしあんたのその自慢の『知力』なら理解できるんじゃない?」 皮肉げに言ってみるが、軽く流される。 2人は教室に辿り着き、入り口のドアを開けた。 騒がしかった教室が静まる。 「や、やあルイズ、おはよう」 いつも『ゼロのルイズ』とバカにしているマリコルヌが乾いた声で挨拶してくる。 ルイズは無視して席につく。みなワムウの一挙一投足を注視し、影を踏まないよう気をつけている。 ワムウがルイズの後ろに立ってから数分後、シュヴルーズ先生が入ってくる。 「皆さん。春の使い魔召還は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのが とても楽しみなのですよ」 先生はルイズの方向に目を向ける。 「ミス・ヴァリエールは大分変わった亜人を召還したようですね。なんでも人語を解する上に…とてもお強いとか…」 「は、はあ…」 「まあいいですわ、では授業を始めますよ」 授業が始まる。ワムウはその内容をだいたい整理する。 (魔法の系統は『火』『水』『土』『風』『虚無』があり、そのうち『虚無』は今は失われているというわけか… そして、土はこの世界ではいわゆる土木技術などを担っているらしいな) ミセス・シュヴルーズが真鍮の錬金を成功させると、ワムウも感嘆の声をあげた。 「ゴゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ?」 「違います、ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの…『トライアングル』ですから」 (ふむ、あの言葉から察するにこちらでもそれなりに黄金には価値があるらしいな…だが、我々の世界と違い、採掘量が少ないからではなく、 錬金が難しいから価値が高騰している、とみたほうが良いようだな…我々の世界では黄金以上に価値が高かった銀も錬金できるのだろうか…) 「おい、ルイズ」 「なによ」 「気になっていたんだが、お前の属性はなんなんだ?」 ワムウの一番後方の席のマリコルヌが吹き出しかける。自分では隠しているつもりだろうがルイズにすらバレバレだ。 「爆発、ということはやはり火、か?エシディシ様も熱によって物体を爆発などさせていたが…」 「ミス・ヴァリエール!」 教師から叱責される。 「授業中の私語は慎みなさい」 「すみません……」 「おしゃべりをする暇があるのならあなたにやってもらいましょう」 「え?わたし?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 すると後ろの方から声があがる。 「先生、『ゼロのルイズ』にやらせると…」 声を出した生徒をワムウが睨む。 「おい小僧」 「ひッ!」 怯えて震えだす。 「なぜ主人は『ゼロのルイズ』などと呼ばれているのだ?」 「え、あ、それは…」 ルイズから声が飛んでくる。 「うるさいわねっ!ワムウもそんなこと聞かなくていいのよ!先生、やります、やらせてください!」 ルイズは前に歩いていく 「ヒッ!」 「このルイズ、容赦せんのか!」 「今週の山場ーっ!」 色々なところから声が漏れる、が無視してルイズは教卓の前に立ち、杖をかかげる。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです。」 ルイズはうなずき、杖を向ける。 生徒たちは、できるだけ教卓から離れ、机の下に逃げ込む。 数人こっそりと出て行く。 ルイズは短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 その瞬間、教卓ごと石ころが爆発した。 爆風をモロに受けたルイズとミセス・シュヴルーズが倒れる。 「HEEEEYYYY!!あんまりだァアアアアアッ!」 「ここはまだ地面だからな!ここには確実な生がある!!」 「芸術は爆発だ!」 「机の下に顔があっても良いじゃないか!」 「やられたまんねーん!」 「おしおきだべェーッ」 まさに阿鼻叫喚、地獄絵図。 煤をハンカチでふき取りながらルイズが言った。 「ちょっと、失敗したみたいね」 (なるほど、成功率『ゼロ』のルイズか…) 机の下に隠れていなかったためモロに食らったワムウは座り込みながらそんなことを考えていた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1682.html
使い魔は勇者-1 使い魔は勇者-2 使い魔は勇者-3 使い魔は勇者-4