約 1,076,816 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/775.html
ジョセフが指先一本で天井からぶら下がっている。 数十秒ほどその体勢を維持した後、すとんと床に下りて水差しからコップに水を注ぐ。 そしておもむろにコップを逆さにしても水は零れない。そこから水面に指をつけて水をコップの形のまま取り出すと、水の塊を齧ってみせる。 「波紋が使えるとこういうコトが出来る。後はワルキューレブッちめたり傷を治したりも出来たりするというわけじゃ」 ルイズの部屋の中、ジョセフは改めて自分の持っている能力をルイズに披露していた。 基本的に表面上は平和なトリステインだけどもしもの場合に何があるか判らないから、というルイズの提案と、ジョセフも自らがルイズを主人とする以上は手の内を見せておくことが信頼に繋がる、と互いの思惑が噛み合って今に至る。 ワルキューレをブッちめるのは波紋のせいだけではないが、少なくとも一部を担っていることは確かだ。 ちなみにデルフリンガーは「夜更かしは健康に悪いんだぜー」と既に寝ていた。 「なるほど。で、そっちじゃその波紋を使える人間は、今じゃジョセフ一人だけなのね?」 主人の問いに、ジョセフはこくりと頷いた。 「わしが知ってる限りじゃがな。わしもわしの母も、誰かに波紋を伝える必要がなくなったからの。今じゃ吸血鬼を生み出す石仮面も、吸血鬼を餌とする柱の男もおらん。そして今ではスタンドという新たな力を人間は持つようになった。 波紋は使える様になれば老化を防止するし、寿命もそれに伴ってエラく長くなる。じゃが思うんじゃよ。果たして、人としての寿命を越えて生き続けるのは幸せなんじゃろうかな、と」 普段しないようなシリアスな顔に、ルイズは首を傾げた。 「でも、やっぱり不老長寿って人類の憧れじゃない? 私なら使ってみたいとか思うけれど」 ルイズの疑問は、若さゆえの無邪気さだけで象られていた。ジョセフはどうにも表情の判別の難しい微苦笑を浮かべた。 ジョセフは毛布の上にあぐらを掻くと、幼いばかりの主人を優しい目で見上げた。 「わしが母リサリサと初めて会った時、母は50歳じゃったが見た目はどう見ても二十代後半じゃった。母は言ったものだ、『若さは麻薬のようなものだ。無くても生きていけるが、手にすると抜け出すのが難しくなる』とな。 わしは妻スージーQと共に老いる為、生まれた時から使っていた波紋を止めた。そうでなければ、わしはずっと若い姿のまま老い行く妻を見続けることになるし、妻はずっと変わらぬわしを見続けながら老いて行かねばならん。……そんなのは地獄じゃわい、夫婦揃ってな」 重い内容の言葉も、ジョセフが言えば随分と軽く聞こえるようになる。それがジョセフの持って生まれた人徳とも言えた。 ただルイズはなおも納得できないという顔をしている。 『それが本当の若さなんじゃよなあ。手の中にあるうちは全くその尊さが理解できん』と、しみじみ見つめるジョセフ。 「それに人間、終わりがあるから生きてけるんじゃ。終わりが無くなれば、狂うしかないんじゃよ。狂うしか、な」 かつて戦った宿敵達の顔がジョセフの脳裏を過ぎる。吸血鬼も柱の男も、自らの生存のためにあまりにも大きなものを大量に他人から借り続けなければならなかった。 そんな者達と戦うジョースターの血統は、言わば取立て屋と言ってもいい。人から取り上げすぎたものを取り立て、人々に返す。祖父ジョナサンも、父ジョージ二世も、自分も、そして承太郎も。きっと、子孫達も。 「難儀な血筋じゃわい。……しかしそう考えると、もしやすればジョースター家というのは、この世界からわしの世界に流れていったメイジの末裔なのかもしれんな」 この世界での貴族は、メイジとして得た力を世界のために役立てる、というお題目はある。一万人に一人しか素質が無いはずの波紋を親子三代で顕在させたジョースター家は、もしやすればメイジの血筋かもしれない、と考えてもおかしくはなかった。 「かもしれないわね。だとすると……メイジも波紋って出来るのかしら! ねえジョセフ、ちょっと教えてよ!」 キラキラと目を輝かせるルイズに、ジョセフは思い切りコケた。 「ルイズ! お前わしの話聞いとったんか!」 「それとこれとは話が別でしょー? もし私が波紋使えるなら、それはそれで『ゼロ』なんてイヤァな仇名から脱出出来るのよ! 四系統とかそこらへんの区切りから外れるのはこの際目をつぶるわ!」 早速輝かしい未来を想像して目に流れ星を幾つも飛ばすルイズ。 ジョセフはどうにもガックリと肩に重い物が圧し掛かったのを痛感していた。 (どーにもウチのルイズは妄想癖が強くていかんわいッ。将来エラい詐欺とかに引っかかりそうで目も離せんじゃないかッ) まだ召喚されてから一ヶ月も経っていないと言うのに、ジョセフはすっかりルイズの祖父としての気分をいやと言うほど満喫していた。 サイフをスッた名前も知らない子供を友人と呼べるジョセフにとって、それより長い間寝食を共にしていればワガママ小娘のルイズを孫として扱うのは非常に簡単なことではある。 何より実の孫がアレでアレなので、見た目可愛らしいルイズはむしろ承太郎よりも実の孫としてほしいなーとか考えるのはジョセフがスケベだからという理由だけではない。きっと。 「スタンドは諦めるわ、どうやって出すのかちっとも判んないし! でも波紋ならもしかしたら可能性があるかもしれないわ! やるだけやってみてダメなら諦めるわ!」 『言う事聞いてくれるまで引き下がらないわよモード』になったルイズを見て、ジョセフは深くため息をついた。ああこうなったら絶対に引き下がらんわ、と諦観を決めた。 「一応言っとくが、波紋だって一万人に一人しか使える素質が無いんじゃ」 「もしかしたら一万人に一人が私かもしれないじゃない!」 そう力説するルイズの目は、「一万人に一人が私かもしれない」どころか「一万人に一人こそが私!」と信じきっている! コーラを飲めばゲップが出るくらい確実だと言う位にッ! (うわすげえ。こんな根拠の無い自信って一体どっから出てくるんじゃ) かつて自分が無数の人々に思わせた思いを、ジョセフは自分で抱くことになった。 これは真実を突き付けない限りは諦めない。そう確信したジョセフは、やむなく一応テストをしてみることにした。 「えーと、じゃな……参ったな、人に波紋を教えたコトなんぞないからどうやればいいのかちっとも判らんが……そうじゃな。まず一秒間に10回呼吸するんじゃ」 ジョセフの言葉に、は? と言わんばかりにイヤな顔をしたルイズ。 「何それ。ふざけてるの?」 「波紋呼吸の基礎中の基礎じゃ。この世界にあまねくエネルギーを集約する為に必要なことなんじゃ。ちなみにわしは当然出来る」 ジョセフさんの一秒間に10回呼吸が炸裂するッ! ルイズさんドン引きだッ! 「続いてそれが出来るようになったら、十分間息を吸い続けて十分間息を吐き続ける。最低こんぐらい出来んと、波紋使いとしての素質なんぞないということじゃの。 ……なんなら、もっと早く素質があるかないか判る方法もある」 人外の呼吸法に早くも尻込みしたルイズは、すぐさまジョセフの垂らした釣り針に食いついた。 「そんな便利な方法があるんなら早く教えなさいよ!」 これで波紋使いへの道が開ける、と信じて止まないルイズの目を見ていると、この期待を挫けさせるのはどうにも気が引ける。 が、こういうものは早いうちに折って置いた方が治りも早い。 「素質がある人間じゃと、人体にあるツボを突く事で一時的に波紋が使える様になる。素質が無かったらちぃと痛い目にあうだけじゃ」 結果? 逆切れしたルイズさんがジョセフさんを鞭打ちしまくりましたよ。メルヘンやファンタジーじゃないんですから。 「ゼィ…ゼィ……この犬……ご主人様が罰を与えてるってのに波紋使うなんて卑怯だわ……」 「わしだって鞭打ちが痛いことくらいは知っておりますからの」 息を切らすくらい鞭を振るっても、反発波紋を流すジョセフに効果が無いことは判り切っててるがそれはそれということだ。 肉体と精神の疲労で床にペタンと座り込んだルイズに、ジョセフは緩い苦笑を浮かべながらゆっくりと近付く。 「まああれじゃよ。わしは波紋と魔法は、パンとヌードルのような関係じゃと思っておる」 「……あによそれ」 子供の頃のホリィが叱られて拗ねた時のように涙目で見上げるルイズの頭を撫でてやりながら、ジョセフは言葉を続ける。 「パンもヌードルも小麦粉から作るが、作り方の違いで似て非なる食材になりよる。波紋も魔法も同じじゃ。この世界にあまねくエネルギーを集約することで物理現象を超越した現象を起こすことが出来る。 エネルギーの捏ね方が違うんじゃが、メイジは魔法を使うことが出来るし、波紋使いは波紋を練ることが出来るということじゃ。少なくともルイズはデカい爆発が使えるんじゃから、そのうち使える場面も出てくるわい。それにわしが使い魔なんじゃし、な」 パチンとウィンクしてみせるが、ムカついたルイズはジョセフの脇腹をチョップで突いた。 「おふっ。だから何するんじゃよルイズ!」 「ふーんだ。いいわよどうせ私はゼロのルイズよ。お偉いミスタ・ジョセフジョースターには私の気持ちなんかわかるわけないのよ。ふーんだ」 ああこりゃ何言っても聞いてくれそうにないわい、と判断したジョセフは、苦笑しながら毛布に座り直した。 もし文字通り万が一ルイズに波紋の素質があったとしても、ルイズに波紋を教授する気は毛頭無かった。 様々な「人を超越した者」との激闘を潜り抜けたジョセフは、不老不死の幻想を根こそぎ失っていたのもあるが、本当に波紋を使いこなせたところでルイズの仇名が『ゼロ』なのは変わりないだろうと考えたからでもある。 この世界のメイジは伝統や形式に凝り固まっているのはよく判る。そんな中で新たな力に目覚めたとか言われても、それを世間に認めさせるのは最低でもルイズが自分くらいに年を取った頃になってしまう。下手したら死ぬまで認められない。 それを考えれば、少なくとも「魔法が爆発するだけじゃないようになる」可能性に賭ける方がまだ勝ち目があるというものだ。 (何なら魔法が使えなくとも、このジョセフ・ジョースターのイカサマハッタリに人心掌握術を仕込んでもいい。このハルケギニアを掌握することもきっと出来る――) だがこの誇り高い少女は、世界を掌握することよりも魔法使いとして認められることを選ぶだろう。波紋を使いたいと言ったのも、せめて魔法の代用として使いたいと言っただけだ。決して本心から波紋を使いたい訳ではないのだから。 一度は老いることを選んだ自分が波紋を再開する気になったのは、タフでハードな日々を潜り抜ける為の必要悪だった。だが、今は少し違う。 (ま、しばらくお嬢ちゃんを見守ることにしよう。なあに、波紋使ってたら残り時間は幾らでも延びるわい) むくれてベッドに戻るルイズの後姿を見守る視線は、掛け値なしに祖父のものだった。 外から時ならぬ轟音が聞こえたのは、そんな時だった。 「なんじゃッ!?」 祖父の顔から戦士の顔に表情を一変させたジョセフは、窓を開け放って外の様子を伺う。 「何!? 何なの!?」 ルイズも遅れてジョセフの脇から顔を覗かせる。 ランプの灯っていた室内から月明りの空に一瞬瞳孔が調節された後、見えたのは宝物庫の辺りで巨大な何者かが暴れている光景だった。 「なんじゃありゃあッ……」 「ゴーレムだわあれ! 大きいっ……30メイルはあるわ!?」 ゼロでも流石はメイジ、巨大な何者かの正体をすぐさま看破した。 すぐさまルイズは身を翻し、杖を掴んで部屋を飛び出そうとする。 「ハーミットパープルッ!」 ジョセフの右手から迸る紫の茨が、じたばたと暴れるルイズを押し留める。 「離して! 宝物庫には王国から管理を任されてる貴重な宝物がたくさんあるのよ!? そんなところであんなのに暴れられたら……!」 「勘違いするなルイズッ! 今から階段下りたら時間がかかるっちゅうこっちゃッ!」 そう叫んだと同時に、茨を引き寄せてルイズを腕の中に収めたジョセフは…… 「きゃあああああああああッッッッ!!!?」 開いた窓から、一気に地面へと飛び降り! そのままルイズと共にゴーレムへと駆けていったッ! To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/907.html
ゼロのスネイク 改訂版-01 ゼロのスネイク 改訂版-02 ゼロのスネイク 改訂版-03 ゼロのスネイク 改訂版-04 ゼロのスネイク 改訂版-05 ゼロのスネイク 改訂版-06 ゼロのスネイク 改訂版-07 ゼロのスネイク 改訂版-08 ゼロのスネイク 改訂版-09 ゼロのスネイク 改訂版-10 ゼロのスネイク 改訂版-11 ゼロのスネイク 改訂版-12 ゼロのスネイク 改訂版-13 ゼロのスネイク 改訂版-14 ゼロのスネイク 改訂版-15 ゼロのスネイク 改訂版-16 ゼロのスネイク 改訂版-17 ゼロのスネイク 改訂版-18 ■ 旧版 ├ ゼロのスネイク-1 ├ ゼロのスネイク-2 ├ ゼロのスネイク-3 ├ ゼロのスネイク-4 ├ ゼロのスネイク-5 ├ ゼロのスネイク-6 ├ ゼロのスネイク-7 ├ ゼロのスネイク-8 ├ ゼロのスネイク-9 ├ ゼロのスネイク-10 前編 ├ ゼロのスネイク-10 後編 ├ ゼロのスネイク-11 ├ ゼロのスネイク-12 ├ ゼロのスネイク-13 └ ゼロのスネイク-14-①
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/605.html
ギーシュを介抱しているモンモランシー達を尻目に、ギアッチョはシエスタと マルトー達の元へ向かっていた。 「・・・よぉ」 マルトーは何を言っていいのか分からないようだった。ギアッチョはメイジ なのか?ならばギアッチョは貴族なのか?それならオレ達の敵なのか・・・? 無数の疑問が彼の頭の中を駆け回っていた。 「ギアッチョさん・・・ ・・・お疲れ様です」 同じく何を言えばいいか分からないらしいシエスタが、とりあえずねぎらいの 言葉をかける。 「・・・ああ 見せたかったのは今の・・・オレの力だ 詳しいことは今度――機会があれば説明するがよォォ~~・・・ オレはこの世界の人間じゃあねえ」 突然のギアッチョの告白に、マルトー達は眼を丸くする。 「この能力は魔法じゃあねえ 「スタンド」っつーオレの世界の力だ 黙っていたことは謝るぜ・・・だが オレをよォォーー 軽蔑する前に一つだけ聞いてくれ オレは『平民』だ 世界が違ってもこれだけは変わらねぇ・・・ 身分の話じゃあねー おめーらと同じ・・・『上』の圧政に立ち向かう人間なんだ」 少々混乱したようだが、シエスタとマルトーは黙って話を聞いていた。 「・・・言いたかったのはそれだけだ こんなことしなくても黙ってりゃあよかったのかもしんねーが・・・ 仲間だと思ってくれてる人間を騙し続ける なんてことだきゃあしたくなかったんでよォォ~~」 そう言い終えると、ギアッチョは咳払いを一つして先を繋いだ。 「・・・ま そーいうわけだ オレを嫌うなら遠慮はいらねー 文句を言うつもりも――」 「何言ってるんですかっ!!」 さえぎったのはシエスタだった。シエスタは一歩前に進み出ると、ギアッチョの手を取って言う。 「ごめんなさい ギアッチョさんの力を見たとき、私も正直あなたを疑ってしまいました・・・でも今こうして話すと分かります 『仲間』を失うリスクを冒して まで自分の力を見せたギアッチョさんの『覚悟』が」 シエスタはマルトーに顔を向ける。マルトーはがしがしと頭を掻くと、 「おおよ!男の『覚悟』に報いねぇのは男じゃねえ・・・そして平民じゃあねえ! 疑ってすまなかった あんたはまさに『我らの剣』だ!なぁ友よ!」 そう言ってばしばしとギアッチョの背中を叩いた。 その様子を、ルイズは遠くから眺めていた。その隣にはキュルケとタバサ。 「・・・なによあなた 何かうれしそうじゃない?」 キュルケがルイズの顔を覗き込む。ルイズは少し照れたようにキュルケを睨みながら、 「当然でしょ 私にも『仲間』が出来たんだから!」 と言う。その綻んだ顔を複雑そうな眼で見ながら、キュルケは呟く。 「・・・あ、そ ・・・・・・まぁ今回は引き下がってあげるわ ギアッチョ」 何か言った?と言うルイズをキュルケは「うかれすぎて耳がおかしくなったんじゃあないの?」とからかい、それにルイズが反論し――きゃいきゃいと騒ぐ二人を、タバサはやれやれといった眼で見つめていた。 青銅のギーシュ―― 己の魔法で倒されるという最も屈辱的な方法で敗北。しかし ケティに殴られたシーンを誰も見ていなかったので二股はバレなかった。そこの ところはラッキーな奴。(再起不能?) ==To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2503.html
「使い魔」とは主人に絶対の忠誠を誓い、己の身を盾にしてでも主人の為に尽くす存在らしい。 恐らく契約の際なにかの洗脳でもされるのだろう。このディオにも知らず知らずの内にそのような洗脳を施されているのだろうか。 考えると胸くそが悪くなった。 おれは使い魔になるぞジョジョーッ! 第四話 日が昇ってから時間も経ち、生徒達の声もいつの間にか聞こえてくるようになった。 そんな中、ディオはルイズの部屋にスルリと入る。 フン、まだ寝ていやがる。使い魔である以上放っておく訳にはいかないので無理矢理起こす。 「ん…んんぅ…」 「おっとルイズ、朝だ、起きるんじゃあないのか?」 と言いながら毛布を剥ぎ取る。 「な、なによ!何事!?」 「朝だ、ルイズ」 目をこすりながらディオを見上げたルイズは 「…あんた誰よ!?」 と怒鳴った。このド低脳めッ! 「昨日ぼくを使い魔にしたのはどこの誰だったかな?」 「あ…帰ってきてくれたの…じゃなくって昨日はよくも!ちゃんと掃除洗濯したんでしょうね!?」 「ああ、してあげたよ。御主人様」 昨日の行動から想像できなかったルイズは面食らいながらもやっと使い魔の自覚が持てたのかと一人納得し、服を着はじめた。 昨日の事を思い出し、恐る恐る服を取ってくれるように『頼む』と、丁重に取ってくれた。 服を着替えてドアを開けて廊下に出ると、同時に赤い髪の女が向かい側のドアを開けた。ヴァリエール家の宿敵、ツェルプストーだ。 「おはよう、ルイズ。昨晩はお楽しみでしたか?」 「うるさい、下半身で動いてるあんたと一緒にしないでよ」 「『微熱のキュルケ』ですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。 でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 ただでさえ朝に弱いルイズの機嫌が悪くなる。だが女はそんな事を気にする様子はない。 「あなたの使い魔ってそれ?」 とディオを指差す。この学院の女生徒は皆スカートの丈が短いが、それにも増して露出が高い女だ。 ロンドンを騒がしていたジャック・ザ・リパーがいれば真っ先に襲っただろう。 だがキュルケはそんな二人の様子など我関せずといった様子で水路の関を外した水のように話し続ける。 「『サモン・サーヴァント』で平民(笑)呼んじゃうなんて実に『ゼロのルイズ』らしいじゃない」 「…うるさい」 ルイズの機嫌が更に悪くなるが、女は構わずディオに向き直る。 「私の名はキュルケ・フォン・ツェルプストー。キュルケでいいわよ。あなたのお名前は?」 「ディオだ。」 値踏みをするように暫くディオを見つめると、ただの平民だと判断する。 てっきり異世界の光るマジックアイテムとかそういうものでも持っているかと思ったがそうでもなさそうだ。 「でもあなたも大変ね。『ゼロのルイズ』になんて召喚されて。そうだ、ついでだから私の使い魔も紹介してあげる。おいで、フレイム!」 すると女の後ろから巨大な赤い色をしたトカゲがのっそりと姿を現した。 「ふふ、やっぱり召喚するなら何もできない平民よりフレイムみたいなサラマンダーを召喚するべきよねぇ~ヴァリエール」 ルイズには反論できない。何回も失敗したあげく出てきたのは主人の言うことを聞かない使い魔。しかも平民だ。 ルイズはサラマンダーを見せ付けるように可愛がるキュルケを憎々しげに見つめる事しかできなかった。 「ほーら、貴方の勇姿をヴァリエールの貧相な使い魔に見せてあげなさい」 そんなルイズを見てキュルケはトドメとばかりに嫌がらせをする。 キュルケの命令通りルイズとディオに近付くフレイム。 ボギャァァ!! 次の瞬間、フレイムは顎を蹴り飛ばされていた。 なんの事はない。ディオがフレイムに膝蹴りをしたのだ。 いくら火吹き竜とはいえ思ってもみなかった攻撃には耐えられなかったらしく、フレイムは部屋の端に吹き飛ばされてしまう。 「な、何をするだァーーッ!ゆるさん!」 思わずゲルマニア訛りで怒るキュルケ。 だがディオはゆっくりと姿勢を戻すと、 「すまない、火吹き竜なんて元の世界では見た事がなくてね、思わず攻撃してしまった。許してくれ」 と丁重に謝罪した。 キュルケは言い返そうと思ったが、平民がサラマンダーを恐がるのは当たり前の反応だし、なにより少し挑発しすぎたかな、と 後悔していた所だったので、今の無礼はなかった事にした。 とはいえヴァリエールの者にまで「はいそうですか」と許す気はない。 「わかったわ。でも使い魔の責任は主人の責任。ルイズ、今日の真夜中に決闘を申し込むわ。お受けになって?」 売り言葉に買い言葉、ルイズも負けじと言い返す。 「当たり前じゃない。今日の真夜中ね?覚悟しなさい!」 そう叫ぶルイズに何度も一輪車に乗ろうとしては倒れる子供を見るような目つきで微笑むと、 「立ち会い人はタバサに頼むわ。それじゃ、逃げ出さないでね」 と会釈をくれ、食堂へと歩いていった。 その姿を見送ったルイズはディオに向き直る。その顔は先程とは違い、喜んでいる。 「あんたやるじゃない!あのツェルプストーの使い魔に一発喰らわせるなんて!」 キュルケには謝っていたがあの瞬間のディオの顔はとてもサラマンダーを恐れている人間のものではなかった。 あのキュルケに一泡吹かせたんだから鳥の皮くらいはサービスしてあげてもいいかもしれない。 だがディオはそんなルイズに背を向けると、 「今まで見てきたが、今確信が持てた! ぼくは使い魔が嫌いだ!怖いんじゃあない。人間にへーこらする態度に虫酸が走るのだ! ぼくはあのフレイムとかいう阿呆竜のようにはならないからな!」 と言い残し、食堂へと去っていった。 やはり今日の食事は抜きにしてやろう、ルイズはそう思い直した to be continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1039.html
「おはようございます、グェスさん、ルイズさん」 ミキタカは、平常通りの、済まし面。字余り。字余りって何だろう。 ねえ、首輪見えてないの? もうちょっと何か言うことあるんじゃない? 「おはよう、ぺティ、ミキタカ」 「ごきげんいかがー?」 「うむ。おはよーう」 「さあどうぞどうぞ」 ミキタカに手招きされ、わたし達は彼の隣に腰掛け……ってあれ? 「ねえ、いいの?」 「何がです?」 「椅子よ椅子。人数分しかないはずでしょ」 「マルトーさんに頼んで借りてきたんです。まさか床で食べるわけにもいきませんからね」 わたしとしては床で食べさせるつもりだったんですが。 「そうよ。ルイチュがあたしを床で食べさせたりするわけないじゃない」 うっ。 「あたし達友達だもんね、ルイチュ」 ううっ。 「そ、そうだ。椅子はともかく食事がないでしょう」 「安心してくださいルイズさん。マルトーさんに頼んでグェスさんと老師の分も用意してもらいました」 「あ……そう」 「まさか食べ残しを食べるわけにもいきませんからね」 わたしとしては、ずばりそのつもりだったんですが。 「そうよ。ルイチュがあたしに残飯くれたりするわけないじゃない」 うっ。 「あたし達仲良しだもんね、ルイチュ」 ううっ。 「仲良きことは美しいもんじゃのう」 ううううっ。 平民をテーブルにつかせたりすれば、周囲からそれなりの反発があるものと思っていたけど、意外や意外、冷やかされることも怒鳴られることもなかった。 キュルケの言ってた通り、今年の使い魔召喚はかなりの変り種が呼び出されているみたいね。平民程度でどうこう言うこともないってことか。安堵した反面ちょっと寂しくはあるかな。 あ、あと下手な言いがかりつけてミキタカに絡みたくないってのもあると思う。絶対。 グェスはマナーも何も無しにがっついていた。あんたきちんと祈ったの? 「ああ! 早い者勝ちじゃないんだ! 食券もいらない! 七不思議もない! なのにこんな豪華ッ!」 ……今までどんな食生活だったんだろう。 ぺティは器用にナイフとフォークを使いわけている。 わたしは当然貴族的というか貴族そのものの完璧なマナー。 ミキタカはきちんとしているようでどこか奇妙なミキタカの生き方そのものを象徴してるのよ変人め。 「ルイズさん。そういえばまだ教えてもらっていないことがありましたね」 ミキタカが声をひそめた。自然、答えるわたしの声も小さくなる。 食事中でも声が高いマナー知らずどもと彼らの食器がたてる音で、わたし達の声はさらに小さくなった。 「何よ」 「眼鏡の話です」 ぐっ。鳥の肉が喉に詰まる。 「あなたは何かを見たんですね」 「見た……っていうか。見てないっていうか」 「なるほど。見なかったのですか」 「あったような、なかったような」 「見なかったんですか……」 勝手に結論づけて納得された。納得してくれるならいいんだけど、それはそれで腹立つのよね。 「ねえルイズさん」 「何よ」 今度は何だ。わたしまだつっこまれるようなことしてたっけ。 「図書室でグェスさんと老師のルーンを調べてみたんですが」 「なんでそんなことしたのよ」 「そうよそうよ」 「グェス、口に物入れて喋るのはやめなさい。こっちまで飛んでくるじゃないの」 「ちぇー」 体を傾けてミキタカに向き直った。 その話、わたしも気になるわね。ちょっと無理なサモンしちゃったし。おかしなことになってたら困る。 「で、どうだったの。グェスとぺティのルーンが何かおかしかった?」 「いいえ、何も。何の変哲もないまともなルーンでした」 わたしは無い胸を撫で下ろしたけど、なぜかミキタカは不満そう。 「私の予想とは違ってきているんです。老師もそうですが、グェスさんの方は特に」 「人生予想通りにいかないことの方が多いものなの。あなたみたいな坊ちゃんには分からないでしょうけどね」 「私の予想では……」 ミキタカの顔はどこまでも深刻そうだけど、こいつがこういう顔する時って……。 「グェスさんには伝説の使い魔ガンダールヴのルーンが刻まれるはずでした」 出た、伝説。出たよ伝説。もういい加減現実を見つめなさいよ。 「なぜなら……私の観察によれば、ルイズさんは虚無の使い手なんです」 ぷ……ぷ……ぷ……ぷふーっ! こいついい年して虚無とか言ってるよ! まともに存在確認されてないから伝説だっていうのにね。マジうけるんですけどー。 「ルイチュ、汚い」 「うるさいわね。吹くようなこと言うミキタカが悪いのよ。使い魔なら黙って拭きなさい」 「ルイズさん、私は真面目に言っているんです」 はいはい、あんたの真面目はよく知っていますよ。 これが始まると長いのよね。付き合うのも馬鹿らしいし、適当に聞き流しておこう。 わたしの意識は食事が四割、汚く食べこぼすグェスが一割、忙しげに立ち働くシエスタの隠れ巨乳が三割、隠れってとこがポイントよね、わざわざわたしがチェック入れてるだけのことあるわ、残りがミキタカ。 「一年に渡って、この学院で共に過ごしてきました」 まともに会話したのごく最近じゃない。 「あなたは魔法を失敗する。成功率皆無。だからこそゼロのルイズ」 むっ。何よ、喧嘩売ろうってわけ? 「へえ、ルイチュがゼロってそういうわけなの」 あんたは黙ってなさいよ。 「その失敗は本当に失敗なのでしょうか。爆発が起きているのではなく起こしているのでは?」 わたしの胸が無いのではなく他の子が大きすぎるのでは? ってほっときなさいよ。 「眼鏡の件で疑念は確信に変わりました。遠くの物が見える、小さな物が大きく見えるといったことは他の人でもあるでしょう。眼鏡ですからね。でもあなたは『見なかった』」 バ、バレてないよね。わたしが同級生のオールヌード堪能してたってバレてないよね。 バレてたらどうしよう。こいつ口止めできるかな。わたしの知る中で誰よりも口が軽いような気がするんだけど。 「杖の時もそうです。使い慣れない杖を振るい、二倍の魔力で二人の使い魔なんてことが都合よくいく可能性はごく低い。系統魔法の常識でいえば」 何か握らせるべきかな。お金? でもこいつ金の練成とかできるのよね。 「私の力はルイズさんが絡むとおかしな働きを見せる。眼鏡をかけ、『無くなって』見えた」 肉体とか要求されたらどうしよう。それで応じれば本末転倒じゃない。 「そしてルイズさん。あなたは胸が『無』い」 難しいわね。 「老師はすでに高齢です。つまり先が『無』い」 どうしよう。 「グェスさんはやる気が『無』い」 「あんた本人目の前にしてえらく毒吐くね……」 「わしらは並より長生きできるんじゃがの」 困ったな。 「つまり全てがルイズさんの虚無を証明しているんですよ」 いやいやしてないしてない。ところで何の話? 「ですがここで一つ問題がハッセイしました。グェスさんのルーンは左手にある。ガンダールヴではない、普通のルーンです」 まだその話してたのか。 「ミキタカ、普通で何が悪いの。普通でいいじゃない。あなたみたいな天才には普通並のことができるありがたみが分からないのかしら」 食事を終え、口を拭き、感謝を祈り、そして立ち上がろうとしたところで手が差し伸べられた。 見上げれば、そこにはニコニコと笑うぺティがいる。何こいつら。主人も使い魔もわけ分かんない。 引き倒す勢いでその手をとったけど、ごく普通に立ち上がっちゃってびくともしない。修行者の肩書きは伊達じゃないってことね。 「ほら、いくわよグェス。はぐれないように鎖持ちなさい」 「はいはい」 「あなたも遅れないようにねミキタカ。授業くらいは真面目に受けなきゃダメよ」 「はい」 はい、だなんて殊勝なこと言ってるけど、どうせ遅刻ぎりぎりで教室入ってくるのよね。ワンパターンなのよ。 「天才は普通のありがたみ知らないだなんて……ルイチュいっやみー」 「いいの。あれくらい言わなきゃ通じないんだから」 振り返ると、ミキタカとぺティが何やら話をしているみたい。師匠と弟子みたいな感じ。 しっかし使い魔が師匠ってどうかと思うわよ。なんか老師とか言ってるし。そういうのは思うだけにしとかなきゃ。 髪の薄いあんたの先生が泣いてるよ。いや、ぺティも髪無いけどさ。 わたしみたいに使い魔を付き従えて、肩で風切って歩くくらいしなきゃダメよね。 首輪の効果はまだ消えないみたいで、他の学年の生徒までわたしを見てる。いい気分。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1429.html
「アルビオンが見えたぞー!」 怒鳴る船員の声で、ギアッチョは眼を覚ました。慣れない空飛ぶ船での 睡眠で痛む頭と軋む身体を半ば無理やりに引き起こす。 「――ッ・・・」 睡眠をとり過ぎた時のような気分の悪さに頭を抑えて、ギアッチョはふぅっと 息を吐き出した。気だるげに隣に眼を遣ると、ベッドの上は空。 「眼が覚めた?」 待っていたようなタイミングで上から降って来た声に、ギアッチョは緩慢に 頭を上げる。隣のベッドの主が、両手にコップを一つずつ携えて立っていた。 ギアッチョの返事を待たずに、彼女は片方のコップを差し出す。 「・・・水、飲む?」 だるそうな声で「ああ」と答えて、ギアッチョはコップを受け取った。取っ手を 傾けて一息に飲み干すと、徐々に頭が冴えてくる。軋む身体を捻ってから、 ギアッチョは彼女――ルイズに眼を戻した。 「・・・昨日といい今日といい、おめーが早起きしてんのは珍しいな」 ルイズは既に制服に着替え終わっている。困ったように溜息をつくと、 「今日はあんたが遅いのよ わたしはいつもの時間に起きたもの」 そう言って自分のカップに口をつけた。ルイズから眼を戻して、ギアッチョは 節々が痛む身体に鞭打って立ち上がる。首や肩をコキコキと鳴らすと、 眼鏡を探しながら口を開いた。 「悪ィな」 「え?」 意味を掴みかねているルイズに、コップをひょいと上げることで答える。 「あ・・・べ、別にあんたの為に汲みに行ったわけじゃないわよ なんだか あんたが寝苦しそうだったから、わたしのついでに持ってきてあげただけ」 ついでという部分を幾分強調して早口にそう言うと、空になったギアッチョの コップを奪い取ってルイズはぱたぱたと走って行ってしまった。 ルイズの背中を見送って、デルフリンガーはカシャンと柄を持ち上げて笑う。 「いやはや、見てるこっちが恥ずかしくなる程の純情ぶりだね」 「ああ?」 なんの話だと言わんばかりの眼をこっちに向けるギアッチョに、デルフは 内心やれやれと呟いた。 ――やっぱりネックは旦那だねこりゃ ギアッチョ達の世界で、カタギの人間と恋に落ちるような者は中々珍しい。 理由は種々あるわけだが、ギアッチョはそれ以前に愛だの恋だのという もの自体に全く興味がなかった。彼にとっては、リゾットチーム以外の人間は 殆ど全てが敵か、またはどうでもいい者のどちらかであった。例えば一人の 女性がいて、彼女がそのどちらであるにせよ、ギアッチョには微塵の興味も 沸きはしない。殺すか、捨て置くか。彼の前には、それ以外の選択肢など 出ようはずもなかった。そんなことが何年も続くうちに、ギアッチョからは もはや恋だとか愛だという概念それ自体が失われてしまったのである。 これはいかんと思ったメローネが愛読書のハーレム漫画を無理やり 読ませたこともあったが、次々と女絡みのトラブルに巻き込まれる主人公に ついて「このガキはスタンド使いか何かか?」などと呟くギアッチョには、 さしものメローネも匙を投げざるを得なかった。「敗因は漫画のチョイスだろ」 とはイルーゾォの言であるが。 勿論デルフリンガーがそんなことを知る由もないのだが、これだけ度々こんな 場面に遭遇すれば流石に彼にもギアッチョのことが分かって来たようで、 デルフリンガーは半ば本気で二人の行く末を心配していたりする。 返事をしないデルフから、ギアッチョは早々に視線を移して身体を伸ばして いた。若干身体が楽になったことを確認して、ひょいとデルフを掴む。 「お?」 「アルビオンとやらを見に行くぜ」 アルビオンを「見上げて」、ギアッチョは絶句した。広大無辺の大空に、 溜息が出るほどに巨大な島――否、大陸が一つ、悠然と浮遊している。 「――・・・・・・」 正に文字通りの意味で絶句して、ギアッチョはアルビオンに眼を奪われている。 それは当然だ。この神々しいまでに美しくも雄大な景観に、圧倒されない 人間が一体どこにいるだろうか。 珍しく驚嘆の表情を露にしているギアッチョが面白いのか、ワルドと話をして いたルイズはくすりと笑って口を開く。 「驚いた?」 「マジにな・・・」 「あれがアルビオンよ ああやってずっと空を彷徨ってるの 普段は大洋の 上空に浮かんでることが多いんだけど、月に何度かハルケギニアの上に やってくるわ」 大きさはトリステインの国土程もあるのだとルイズは説明する。それを受けて、 「通称『白の国』、だね」 ワルドも解説に加わった。ギアッチョはアルビオンの下方にちらりと眼を移す。 アルビオンの大河から流れ落ちた水が、霧となって下半分を白く覆っていた。 「・・・なるほどな」 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 鐘楼で見張りに当たっていた船員の大声で、船内に一瞬で緊張が走った。 ギアッチョは言われた方向に首を向ける。こちらより一回りも大きい黒塗りの 船が、明らかにこちらを目指して近づいて来た。 「・・・貴族派の連中か?お前らの為に硫黄を運んでいる船だと教えてやれ」 船長の指示で見張りが手旗を振るが、黒い船からの返信はない。皆一様に いぶかしんでいるところへ、副長が血相を変えて駆け寄って来た。 「せ、船長!あの船は旗を掲げておりません!空賊です!」 二十数門もの砲台が、こちらを睥睨している。いかなワルドやギアッチョと 言えども、もはや逃走は不可能だった。 黒船のマストに、停船命令を意味する信号旗がするすると登り、 「・・・裏帆を打て・・・・・・停船だ」 苦渋に満ちた顔で、船長は絶望の命令を出した。 黒船の舷側に、銃や弓を持った野卑な男達がずらりと並ぶ。一斉にこちらに 狙いを定められて、ルイズはびくりと小さく肩を震わせた。ギアッチョは感情の 読めない顔で、一歩ルイズの前に進み出る。 「・・・ギアッチョ」 冷静に、彼は状況を分析する。黒船からは、既に小型の斧や曲刀を持った 賊達がこちらに乗り移って来ていた。大砲を使われることはないだろう。 仲間諸共沈めてしまうからだ。しかし示威としてはこの上ない威力を発揮 している。それが証拠にこちらの船員達はすっかり怯えあがり、もはや 物の役にも立ちはしない状態であった。もっとも、ギアッチョは元々彼らを 戦力などと考えてもいなかったが。 ――奴らの銃は大方オレ達三人に狙いをつけている・・・こいつを突破 するなぁ少々骨だな おまけに剣を持った奴らもオレ達を包囲してやがる これだけ四方八方から狙われりゃあ満足に立ち回れるかも怪しいもんだ ワルドの野郎は自力で何とかしてもらうとしても、ルイズを放っておく わけにゃあいかねーからな・・・ しばし黙考した末に、ギアッチョは投降を選択した。まさかこの場で 殺されるなどということはないだろう。貴族にはいくらでも「使い道」がある。 どれだけがんじがらめに縛られようが、ホワイト・アルバムがあれば 脱出は容易い。負けを認めるのは多少・・・いやかなり屈辱だが、今は 四の五の言っている場合ではないことの解らないギアッチョではなかった。 「そこのてめーら!剣と杖をこっちに放りな!」 と高圧的に命令する空賊に、ギアッチョは苛立つ顔一つ見せず従った。 ぼさぼさの黒い長髪に眼帯と無精髭という、実にステレオタイプな風体の 男がどすんと甲板に飛び降りる。ギアッチョはまるで創作ものの海賊船長 だなと思ったが、どうやら男は本当に賊の頭らしく、じろりと辺りを見回して 荒っぽく言葉を吐いた。 「船長はどこだ?」 その声に恐る恐る答えた船長と幾つか言葉をかわした後、男は震える 船長の首筋を曲刀でぴたぴたと叩いて笑った。 「船も硫黄も全部買い取ってやる!代金はてめーらの命だ!」 隅から隅まで響き渡るような大声でそう叫ぶと、男はニヤリと笑ったまま 仲間のほうを向いた。 「おい、こいつらを船倉に叩き込んどけ」 空賊に引っ立てられて行く船員達を満足に見遣って、男はルイズ達に 向き直る。 「これはこれは、貴族様方が御同船なされていたとは存じ上げませんでした」 大げさな身振りで白々しくそう言って、男は愉快そうに下卑た笑いを浮かべた。 曲刀を肩に担ぎ、どすどすとルイズに歩み寄る。ルイズの顎を片手で持ち 上げて、男は値踏みするように彼女を眺めた。 「こりゃあ大層な別嬪さんですなぁ どうです?私の元で靴磨きでも?」 人を小馬鹿にした笑みでそう言う男の手を、ルイズはぱしんとはねのけた。 怒りを込めた眼で、キッと男を睨みつける。 「下がりなさい!わたしはトリステインからの使い・・・大使よ!」 堂々と己の正体をバラすルイズにワルドは不味いという顔をし、ギアッチョは やれやれといった感じに首を振った。しかしルイズはそんな彼らの心中も 忖度せず、だが毅然として胸を張る。 「わたし達はアルビオンの王党派に、正統な政府たる王室に用があるの 今すぐ皆を釈放してここを通しなさい!」 「おいおいお嬢ちゃん あんた頭は大丈夫かね?」 賊の頭は不可解な顔でルイズに問い掛ける。 「俺達が貴族派と結託してる可能性ってヤツを考えなかったのか?」 恫喝するような調子で語りかける男に、ルイズはあくまで王女の使いと しての誇りを持って相対する。 「だったらどうだと言うの?わたしはあんた達みたいな人間に嘘をついて 下げるような頭は持ってないわ!」 その言葉に男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、やがてげらげらと おかしそうに笑い出した。 「カハハハハハ!ええ?貴族のプライドの為に命を捨てるってか?あんたら 貴族ってなァ全くもって度し難い奴らだな!」 「そんな下らないものじゃないわ」 「何・・・?」 まるで貴族自体を否定するような言葉が当の貴族から出たことに、頭は 再び眼を丸くする。それは手下の空賊達も、そしてワルドも一緒だった。 「これはあんた達みたいな外道を許せないわたし自身の、そして トリステインを代表する者としての誇りよ!あんたなんかには永遠に 理解出来ないでしょうけどね!」 貴族でありながら、彼女の言葉は貴族のものでも平民のものでもない。 ただ一人、ルイズ・フランソワーズ、彼女自身の言葉だった。頭は彼女の 綺麗な髪を引っつかみ、鼻先まで顔を近づけて脅嚇し、首筋に刃を 押し当てる。しかしびくりと身を固くしながらも、ルイズは頭の眼を見据え 続けた。逆境にあって尚、彼女の旭日のような誇りと「覚悟」は潰えない。 そんな彼女を、ギアッチョはただ黙って見つめている。男は手を変え 品を変えてルイズを脅し続けるが、彼女は何をされようがついに男に 屈しなかった。ルイズの「覚悟」が本物であると悟り、今にも人を殺さん ばかりだった男の表情がふっと和らぐ。 男の物腰は、賊のそれから一流の貴族のものに一瞬にして変化した。 彼は己の黒髪に手をやり、 「どうやらその「覚悟」は本物のようだ 失礼を詫びよう、私は――」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」 突如上空から雄叫びが聞こえ、男もルイズも、その場の誰もが天を振り 仰いだ。彼らの真上にいたのは、竜だった。そして甲板に大きく影を落とした それから流星のように飛び降りて来た金髪の少年はッ! 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぶァァッ!!」 くぐもった悲鳴と共に、見事に甲板に激突した。 「ギ、ギーシュ!?」 天から隕石の如く落下した少年に、ルイズが初めて大きな動揺を見せる。 ギーシュは鼻を押さえてフラフラと立ち上がると、造花の杖を頭に向けた。 「や、やひッ!賊め、ルイズをはにゃせッ!」 フガフガと鼻を鳴らしながら言われても何の迫力もないのだが、当の空賊 達はギーシュの体を張った一発芸に呆気にとられて言葉も出なかった。 そんなギーシュの横に、情熱に染まった髪を持つ少女が降り立つ。 「空賊であらせられる皆々様、よろしければ武器をお捨てになって 下さりませんこと?さもなくばこの微熱のキュルケと雪風のタバサ、あと 鉛の・・・青銅?・・・青銅のギーシュが、不本意ながらこちらで大暴れ させていただくことになりますわ」 優雅な身振りで一礼するキュルケに合わせて、シルフィードに乗ったまま 臨戦態勢のタバサが降りてきた。 予想外の展開にルイズは眼を白黒させている。ギアッチョとワルドも、 大小違いはあれど共に驚きの色を含んだ顔で彼女達を見ている。 空賊の頭と手下達は今度こそ驚愕の顔で固まっていたが、数秒の後 彼らは殆ど同時に、弾かれたように笑い出した。しかしその笑いには、 今までの野卑な声とは違う爽やかさがあった。 実に大きな声でひとしきり笑った後、頭は改めてルイズ達に向き直った。 「君は実に良い仲間を持っているようだ すまない大使殿、数々の無礼 許して欲しい」 ルイズに謝罪しながら、男は己の髪を掴む。男の力にしたがって、それは するりとはがれた。彼は次に眼帯を取り外し、そして最後に髭を外す。 その下に現れたのは、金糸の如き髪と蒼穹を映したかのような瞳を持つ 凛々しき青年だった。ぽかんと口を開けたまま固まっているルイズ達を 見渡して、青年は威風堂々たる所作で口を開いた。 「私はアルビオン王国空軍大将にして、王国最後の軍艦、この『イーグル』号が 籍を置く本国艦隊司令長官・・・」 にこりと爽やかに微笑んで、彼は己の名を名乗る。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 「・・・プ、プリンス・オブ・ウェールズ・・・?」 あまりの事態に頭が混乱しているルイズ達のそばで、ギアッチョとワルドは 冷静にウェールズを観察している。一人はなるほどなという顔で、一人は 興味深げな顔で。 「我々空軍の役目は反乱軍共の補給線を断つことなのだが、困ったことに 空賊に身をやつさねばおちおち空の旅もままならぬ状況でね 大使殿、君のこともなかなか信じられなかった まさか外国に我々の 味方がいるなどと、夢にも思わなくてね・・・重ねて言うが、試すような真似を してすまなかった」 そこでウェールズは一度言葉を切る。そうしてルイズ達を見渡して、まるで 太陽のように眩しい笑顔で「そして」と言った。 「明日滅びる国へようこそ、客人方」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1854.html
時を同じくして場面は変わる。 「またミスヴァリエールのようですよ、オールドオスマン。ミス・シェヴルーズの『土』の授業中、錬金を失敗して爆発を起こしたようです。」 イルーゾォが即座に尻尾を巻いて逃げ出した爆発について、取り乱す事もなく冷静に報告する女性。 ミス・ロングビル、と名乗っている。 ルイズの級友(もっとも、お互いに意地を張って友人だと認めようとはしないが)の、褐色肌の少女キュルケ程ではないが 引き締まった身体は『出る所が出ていて』、知的な印象を与えるシンプルな眼鏡と相俟って随分に魅力的な女性だ。 彼女はこの学校で働く事になってから、まだ日が浅い。 それでも十分に慣れる程、『ゼロのルイズ』の『爆発』に関する噂は溢れていて、彼女の耳にも入ってきていた。 いや、それどころではない。 生徒同士噂をする場面にルイズが居合わせ、『サイレント』の魔法で黙らせようとして危うく爆殺しかけたのを目撃したことすらあった。 珍しい女生徒だ、と彼女は思う。 貴族であるのは当然、由緒正しい家柄の生まれでありながら、魔法の成功率は『ゼロ』、 どの魔法を唱えようと、起こる事象は全て『爆発』。 そんなケースは聞いた事が無い。本当にただの落ち零れなのだろうか―――― ――――ん?スタンド?それは何です? 「それから、ミス・ヴァリエールについてもう一つ。」 「ほう?」 「彼女の使い魔が逃げ出した、と報告があります。」 「逃げ出す?ミス・ヴァリエールは、コントラクト・サーヴァントも満足に出来んかったんかの?」 「いいえ、確かに成功したと聞いたのですが・・・・」 もっとも、何の魔力も持たない平民を召喚したのを成功と呼べるならば、だが。 しかしコントラクト・サーヴァントの方は確かに成功した筈だった。 変わったルーンだが、左手にそれを確認した。と、なんとか言うハゲた教師が言っていたのだ。 「契約した使い魔が主人から逃げ出すなど、有り得るのでしょうか。」 「普通なら有り得ん。有り得んが・・・・そうじゃ、彼女の使い魔は平民じゃったかの? 人間相手のコントラクト・サーヴァントについては、前例を知らんな。」 「彼女でなくとも御しきれない可能性があるわけですね?ですが」 問題は、『逃げ出した』だけでは無いのだ。 「見つからないと?」 「はい。彼女は捜索に役立つような魔法も使えませんから、見兼ねた教員が何人か捜索したのですが、『何処にも居ない』のです。」 「ふぅむ・・・・」 それはおかしな話だった。 気配を、姿を消す等の魔法など使えない平民が、比較的上位のメイジである教職員から隠れきる?そんなことが本当に可能だろうか。 オールドオスマンは手元の鏡を手に取った。装飾を施されたそれは、剣と魔法の世界にありがちな 任意の場所を映し出す遠見の鏡だ。 「ミスヴァリエールの使い魔、ミスヴァリエールの使い魔・・・・と。なんじゃ、普通に居るではないか!」 「え?」 その鏡には、教室から教室へと移動する生徒とは逆方向へ。辺りを見回しながら歩くイルーゾォがしっかり映って居た。 (イルーゾォ本人が知ったら驚くだろう。普通なら絶対に感知されないというのに。『この道具が鏡であるがゆえに』!映ってしまったのだ!) 「そんな、彼は・・・・!」 イルーゾォは、彼を捜索して居る筈の教職員や、ルイズ本人とまでもスルリとすれ違う。 「まあ見るからに、地味な青年じゃからのう。」 「そんな筈がありますかッ!」 鏡を囲んで見合わせる二人の背中に、ひかえめなノック音が届いた。 授業終り、教室前、廊下。 鏡の中のイルーゾォは、ドアからゾロゾロと流れ出る鞄の群れ(衣服はともかく、本や鞄を『自分の一部』と定義する人間はそういない。)から、 今朝ルイズの部屋にあったそれを見つける。 大人しく授業をうけていると言う事は、少なくとも今は自分を探しては居ないようだ。 パンナコッタ・フーゴの、躾のなってない下品なスタンド。『感染すれば最期』だなんて無茶苦茶な能力だったが、 当面の『敵』であるルイズの能力は『視界に入れば最期』・・・・無茶苦茶度合いがグンと上がっている。 前に『溶けた』ように、爆発して『消し飛ぶ』・・・・想像するだに恐ろしく、胃がきゅうとなった。 きゅう、ぎゅ、ぐうぅぅぅぅぅ・・・・・ (そう言えば、腹減ったなァ) ここへ来てから、何も食ってない。ついでに言えば水だって飲んでいない。 マン・イン・ザ・ミラーをちらりと見るが、そう言う事柄に対して何も出来ないスタンドである事は、自分が一番よく知っている。 心なしか、マン・イン・ザ・ミラーが申し訳無さそうな顔をしたように見えて (実際には帽子っぽいものと、眼鏡っぽいものと、嘴っぽいものは全然動かず表情なんてわからないのだが。) 咄嗟、「大丈夫だ。」と口をついて出た。 ルイズの鞄はふわふわと大食堂の扉に吸い込まれて行く。昼食の時間なのだ。 「大丈夫、耐えりゃあいいだけだ。オレは暗殺者なんだ。」 自分に言ったのか、マン・イン・ザ・ミラーに言ったのかは自分でもわからなかった・・・・もっとも、同じ事なのかも知れないが。 そして一方、ルイズ。 ついさっきまで、私は怒り狂っていた。あの使い魔の奴!平民の癖に!地味顔!空気!変な髪形! 召喚してみれば平民だし、中々起きないし、起きればバカにしたような事ばっかり喋って、終いには操り人形の糸が切れたみたいに動かなくなって。 放っておくのもなんだから部屋に連れ帰ってみたら、一方的に会話を切り上げてどこかへ消えてしまった。 信じらんない!使い魔って言うのは一度契約したら、主人に絶対服従のはずなのに。 先生方に「使い魔を探すのを手伝ってください」って頼む時、どれだけ恥ずかしかったと思う? きっと先生や、立ち聞きしていた生徒はみんな「『ゼロのルイズ』って奴は、使い魔すら扱えないのか?」って思ったわ。 中には隠しもせずに笑った奴だっていた。風邪っぴきの奴、いつか見てなさい・・・・! でも、今は怒ってない。アイツの顔を見たら怒りは帰ってくるかもしれないけど、少なくとも今はね。 なんでかっていうと、アイツ、イルーゾォ。昨日のお昼過ぎに呼び出したでしょう?それで、すぐ居なくなって、夕御飯は食べてない。 そして朝の私は腹を立ててたから、いかにも「これは罰よ!」って感じの粗末な朝食を用意させた。 食堂の場所は教えてなかったけど、幾らなんでもお腹が減ったら出てくるだろうって思ったもの。 でも、それでもアイツは出てこなかった。そして今も。 アイツは食べ物なんか持って居なかった。あんまりぼけーっとしてるから勝手に持ち物チェックをさせてもらったの。主人だし当然の権利でしょ? 見慣れない変な服とズボンのポケットには、小ぶりのナイフと手鏡がいくつか入っているだけ。 地味顔の癖にナルシストなのかしら?(ちょっと気持ち悪い)因みにそれらは、私が預かってる。 ナイフは危ないから部屋に置いて、鏡はポケットの中にある・・・・か、返すタイミングなんて無かったのよ! とにかく大事なのは、イルーゾォは今絶対にお腹を空かせてるって事。学校の何処でも「食べ物がなくなった!」なんて騒ぎは起こってないし。 それでも・・・・それでもアイツは姿を見せない。一度も。 ――――帰ってきたら身の回りの世話をしてもらうから! ――――嫌だね 心配と自信喪失で、最高に美味しいはずの昼食は砂の味がした。 確かに一日御飯を食べないくらいじゃ死にゃあしないわ。でも、食べられるんなら食べたっていいじゃない。 そんなに、そんなに嫌なのかな。私が・・・・『ゼロのルイズだから?』 「ねえ、タバサ?ちょっと頼みがあるの。一緒に・・・・キュルケは別で。一緒に来てくれる?」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/276.html
ルイズがサモン・サーヴァントに失敗してから何日か過ぎた。 授業が終わると一人で草原に出て、夜になるまでサモン・サーヴァントを 繰り返し、早朝は皆より早く起きてサモン・サーヴァントの魔法を繰り返す。 コルベール先生は魔法学院の中庭を使っていいと言ってくれたが、 魔法が失敗するたびに爆発するのでは苦情が来ると言って断った。 本当は、失敗する姿を見られれたくないと考えてたのだが。 毎朝毎晩、サモン・サーヴァントを繰り返し、疲労の回復しないまま授業を受ける。 当然居眠りする時間も増えてしまう。 教師に怒られるわ食事には間に合わないわ、さんざんな日々を送っていた。 もしルイズにキュルケにとってのタバサのような、いわゆる親友がいれば 彼女の変化に気付いたかもしれない。 魔法に失敗して癇癪を起こす訳でもなく、泣くわけでもない。 何度失敗しても、何度も何度も挑戦すればいいと、前向きに考えるようになったのだ。 そんなルイズの変化は、眠っているときに見る夢の影響が大きかった。 夢の中で、ルイズは墓の前に立っていた。朝早く墓に花束を供えて、 遺族に気付かれぬよう静かに墓地を去る。 その時のやるせない気持ちは言葉では表現出来ない。 ルイズの姉「カトレア」は病弱ではあるがまだ生きている。 しかし夢の中の主人公は、友達を「失って」いる。 ぶっきらぼうに生きているが、その内心にはとても繊細な面もあった。 ある日のことだ。 早朝、相変わらずサモン・サーヴァントに失敗したルイズが、朝食を食べようと食堂に行くと、かすかな薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。 薔薇の香りと言えば、キザで女たらしだと有名な同級生「ギーシュ・ド・グラモン」ぐらいしか思い浮かばない。 案の定すぐ近くの席で、ギーシュとその友人達が楽しそうに笑っていた。 「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」 ギーシュは唇の前に指を立てて、こう言った。 「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 ルイズは馬鹿馬鹿しいと考えながら、食事が始まるのを待っていた。 食事が終わりに近づき、デザートが配られると、さきほどは楽しそうにしていたギーシュが、女性二人の怒りを買っている姿が見られた。 よくある痴話喧嘩だ、話を聞いていると、ギーシュは二股をかけていたらしい。 「呆れるわね」 ルイズはぼそりと呟いた。 いつものルイズなら、そのまま無関心を決め込むはずだった。 他人の痴話喧嘩に口を出すような真似はしたくない。 しかし、痴話喧嘩の原因作った「二股のギーシュ」は、 メイドの少女に責任転嫁をし始めた。 いつもなら無視するところだが、その時、何故かルイズは立ち上がっていた。 「いいからその辺にしておきなさいよ。二股掛けてたあんたが悪いんでしょう」 「……ミス・ヴァリエール、何を言うんだね。僕は躾のなってないメイドに注意をだね」「注意ってのは貴族の権威を傘にして、自分の責任を押しつけることなの?」 (二万円もするズボンは破けたけど…)と不可解なことを言いそうになったが、ぐっと我慢した。 そこでギーシュは、馬鹿にしたような口調でこう言った。 「使い魔の召喚出来ない君には分からない事だったね。魔法の使えないキミに、貴族の何が分かるというのかい?」 「へえ、魔法を見せなきゃ成金にしか見えない貴方が貴族を語るの?」 ギーシュの目が光った。 「どうやら、君は魔法どころか礼儀も”ゼロ”なんだね」 「あらそう、誇りがゼロのギーシュに言われるなんて光栄ね」 ルイズははギーシュを真似て、キザったらしい仕草で言った。 「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ。 ヴェストリの広場で待っている。」 ギーシュの友人達は驚いたような顔で立ち上がり、ギーシュの後を追う。 床にへたりこんだメイド、確か名前は「シエスタ」だと思ったが、彼女はぶるぶる震えながら、ルイズを見つめている。 「大丈夫?」 「あ、あのっ、わ、私…」 「ここから先は私の問題だから、お仕事を済ませて、貴方は自分の仕事をしたんだから誇りを持って。ね?」 「……」 呆然とするシエスタを横目に、ルイズはヴェストリの広場に向けて歩き出した。 ルイズは何故か穏やかな精神に驚いていた。 驚きながらも、それが自然なのだと思えるような、堂々とした足取りで歩く。 貴族同士の決闘は禁止されているとか、そんなことはどうでもよかった。 怯えたシエスタの目を見て思い出したのは、ルイズの姉「カトレア」の姿。 優しい「カトレア」姉様は使用人達からも慕われていた。 彼女は体が弱く、遠出の出来ない体だったが、 動物たち、使用人達、兵士達からいろいろな土地の話を聞いて楽しんでいた。 彼女は体が弱い分、誰かに守って貰わなければ長く生きられない事を知っている。 だからこそ彼女の周りには、恐怖心ではなく、純粋な気持ちで慕う人が集まるのだ。 ルイズは長女の「エレオノール」姉から貴族の恐ろしさを。 「カトレア」姉からは貴族としての理想を学んだのかもしれない。 メイドに責任を押しつけてプライドを保つ。そんな貴族は笑いものだ。 この時のルイズの後ろ姿を見た友人達は、後にこう語る。 まるで空気が震えているようだった、と。 ”ド ド ド ド ド ド ド ド ” 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1163.html
4話 朝食を終えたルイズは教室に入った。 ホワイトスネイクはそれに続く。 もちろん今朝のように首から下をぼかしているとルイズが怖がって怒るので、ちゃんと全身を発動させている。 イメージとしては高校や中学校のそれとは違い、むしろ大学の講義室に近いその教室には、 多くの生徒が既に着席し、各々の使い魔を侍らせている。 その種類は実に多種多様。 キュルケの連れているサラマンダーや窓の外から教室を覗いている蛇のように、 地球では考えられないようなサイズの生き物もいれば、 フクロウ、カラスなどの鳥や猫など、地球でも馴染みの深いものもいる。 そして地球には間違いなく存在しない、目玉だけの生き物やタコ人魚、六本脚のトカゲなどもいる。 まるで動物園だ。場所が場所ならただ並べとくだけでも金を取れるだろう、とホワイトスネイクは思った。 教室にいた生徒達はルイズが入ってきたのを見ると、一斉にそちらに振り向いた。 そして好奇の目で、その後ろにいるホワイトスネイクをじろじろ見る。 ホワイトスネイクを召喚したのが他の生徒だったならここまで注目されることも無かっただろう。 だが現実に召喚したのは、「ゼロ」と呼ばれるルイズである。 生徒達は、一体この亜人がどんな使い魔なのか、何ができるのか、としきりに考えていた。 服装が朝食のときから何故かボロボロだったことも、彼らの気を引いた。 そんな時、一人の生徒――名をペリッソンといったが――があることを思いついた。 分からないなら、それを知っている者に聞けばいいじゃないか、と。 幸いなことに部屋がルイズの部屋の隣にあるキュルケが、自分のすぐそばにいる。 キュルケは恐らく朝にあの亜人を連れたルイズに会っているだろうから、何か聞けるはずだ、と考えたのだ。 ……もっとも、キュルケが彼の位置に近いのは、キュルケの色香に、 彼がカタツムリに群がるマイマイカブリみたいに引き寄せられただけなのだが。 そして、キュルケに声をかける。 そのこと自体は地雷ではなかった。 だが、彼が何の気なしに言ったある単語が、掛け値ナシにドデカイ地雷だった。 「なあ、キュルケ。君は『ゼロ』の隣のへy……」 自分が「ゼロ」と呼ばれたことを聞き逃さなかったルイズは、その声の方をじろりと睨む。 だがそれよりもさらに速く――それにルイズの意思が介在していたわけではないが――ホワイトスネイクが動いた。 流れるような動作で二の腕から円盤状の物体――DISCを抜き取る。 それをペリッソンの額に目掛けッ、全力で、投擲したッ!! ドシュウゥッ! DISCは空気を切り裂いてペリッソンの額に突き刺さるッ! そしてッ! 「命令スル」 ドグシャァッ! 「頭ヲ机ニ叩キツケテ気絶シロ」 全てはホワイトスネイクの言葉、いや命令通りになった! ペリッソンは声をかけるためにキュルケの方に伸ばしていた体を止め、急に背筋をぴーんと伸ばすと、 机の端をガッチリ掴んで、頭を思いっきり机に叩きつけたのだッ! そして不幸な(自業自得でもあるが)彼は、その一撃であっけなく脳震盪を起こし、昏倒して動かなくなった。 突然の出来事に目をむく生徒達。 事件現場のすぐ近くにいたキュルケなどは、驚きの余り声も出せずにペリッソンとホワイトスネイクのほうを交互に見ている。 ルイズもまたホワイトスネイクの一瞬の早業に驚愕し、目を見開いてホワイトスネイクを見つめている だがそんな様子には目もくれないといった調子で、ホワイトスネイクが口を開いた。 「口ハ災イノ元。人ヲ怒ラセルヨウナ事ヲ口ニスルモンジャアナイナ」 無論たった今昏倒させたペリッソンにだけではなく、教室にいる全員への警告である。 既に一人ぶちのめしてしまったので警告になっていないのはご愛嬌。 そしてホワイトスネイクは、今度は自分を驚きの目で見ている主人――ルイズに向き直ると、 「コレガ私ノ能力ノ一ツ、『命令』ダ。 私ノ命令ハ脳ヘノ直接的ナ命令。 ドンナ命令デアロウト、私ノ命令ハ必ズ遂行サレル。……命令ヲ受ケタ者ニヨッテ」 ごく当たり前のように、ルイズにそう説明した。 普通ならこういう場合……怯え、こんな危険な使い魔、と危険視するだろう。 だがこの使い魔がぶちのめしたのは、ルイズを「ゼロ」と呼んだ者。 ルイズはこの行動に、危険さではなく、逆に「忠誠」を見出したッ! そしてこの使い魔のことを……召喚してから初めてこのホワイトスネイクのことを…… 「なんてステキな使い魔なの……」と思った。 ちなみに、何故この時ホワイトスネイクがルイズを「ゼロ」と呼ぶことがルイズへの侮辱であることを知っていたのか、 そこまでは全く頭が回らなかった。 色々とゴキゲンになりすぎて、そこまで考えてる余裕が無かったのだ。 さて、生徒が一人犠牲になり、ついでにルイズがゴキゲンになって席についたところで教師が入ってきた。 中年の、やさしそうな雰囲気を持った女性である。 その教師は教室を見回すと、目を細めて、 「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。 このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」 昏倒したペリッソンは人形みたいに机の下に倒れているので、シュヴルーズはそれには気づかない。 加えてシュヴルーズ自身が少しばかり空気が読めない気質なので、 教室の生徒達がほんのちょっぴり青い顔をしてるのにも気づかなかった。 そして教師――シュヴルーズの目がある一点で止まる。 多くの生徒の中で唯一亜人を召喚したルイズと、その使い魔ホワイトスネイクのところで。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 少しばかりとぼけた台詞だったが、ここで笑う者は一人もいない。 むしろ下手な反応をすればペリッソンの二の舞になるんじゃないかとビクビクしていたので笑うどころではない。 「ええ、ミセス・シュヴルーズ。でも、それほど悪い使い魔ではありませんのよ?」 「そうですか。それは実に結構です」 余裕のある口ぶりで切り返すルイズ。 それにシュヴルーズも和やかに答える。 その余裕が他の生徒達には恐ろしく感じられた。 「他の皆さんも、静かにできていてとても立派ですわね。 授業を受ける態度とは、まったくこうあるべきものですわ」 先ほども言ったとおり、 シュヴルーズは少しばかり空気が読めないのだ。 「では、授業を始めますよ」 シュブルーズがこほん、と咳払いして杖を振るう。 すると机の上に石ころがいくつか転がった。 授業が始まる。 (中々分カリ易イ説明ヲスル教師ダ) 授業を聞きながら、ホワイトスネイクはそんな事を思った。 シュヴルーズの授業は以下の通りである。 魔法には火、風、水、土の4つの系統と、 今は失われた(使えるヤツがいないということだろうか? とホワイトスネイクは思った)虚無を合わせて、 全部で5つの系統があるということ。 そしてシュブルーズが言うには、土の系統は5つの系統の中で最も重要らしい。 その理由として、土の属性が重要な金属を作り出し、加工することが出来ることとか、 大きな石を切り出して建物を建てることが出来るということ、 それに土の系統が農作物の収穫にも関わっているということを挙げた ホワイトスネイクにとってはどれもこれも初めて聞くことばかりなので、熱心にシュブルーズの説明に耳を傾けていた。 スタンドのデザインに耳は無いけど。 でも説明が丁寧な分、他の事を考える余裕も出てくる。 (ダガ手間ヲ考エナイナラ貴金属ヲ手ニ入レルコトモ、加工スルコトモ可能ダ。 建物ヲ建テルコトモ、農作物ノ収穫率ノ向上モ同様ニ。 『暮らしを楽にする』トイウ観点デハ、火ヲ楽ニ起コセルデアロウ火ノ系統ノヨウニ、他ノ系統モ重要ダロウ。 スタンドト同様、各系統ニ優劣ノ関係ハ無イト考エルベキダロウナ) そうこうしているうちに、シュヴルーズが机の上の石ころに向かって、 小ぶりな杖を振り上げた。 そして短く何かを呟くと、石ころが輝き始める。 数秒後、光が収まると、ただの石ころは光を反射してキラキラ輝く金属に変わっていた。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 キュルケが身を乗り出して言う。 シュヴルーズはやさしく微笑んで、 「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの……」 と、ここでもったいぶった咳払いをして、 「トライアングルですから……」 と言った。 (『トライアングル』? ソレニサッキハ『スクウェアクラス』トカ言ッテタナ。 メイジトシテノレベルヲ表スモノナノカ?) 初めて聞く二つの単語にホワイトスネイクは頭を捻る。 (『トライアングル』……地球デハ『三角形』ノ意味。ソシテ『スクウェア』ハ『四角形』ノ意味。 『3』ト『4』……カ。一体ドレクライ違ウンダ? アノ教師ハ『スクウェアならゴールドを錬金出来る』トカ言ッテイタガ……ヨク分カランナ) 「ねえ」 そんな事を考えていると、ルイズから声がかかった。 「ドウシタ、マスター? 授業中ハ授業ニ集中シタ方ガ良クナイカ?」 ルイズにだけ聞き取れる程度の声でホワイトスネイクが答える。 「授業、そんなに面白いの?」 「私ニトッテハ真新シイ事バカリダカラナ」 「ふーん……」 「マスターニハ退屈ナ授業ナノカ?」 「そうよ。知ってることばかりだもの」 「予習シタノカ?」 「自分で調べたのよ。魔法が……いや、なんでもないわ。 とにかく知識だけはたくさんあった方がいいと思ったの」 ルイズの意外な一面に感心するホワイトスネイク。 そこで、 「マスターニ後デ聞キタイコトガアル」 「何よ? 今でいいわよ」 「授業ハ『素振リ』ダケデモイイカラ真面目ニ聞クベキダ」 神学校時代のプッチ神父の学友の言である。 もっともプッチ神父は、その学友とはウェザーの記憶を奪った日以来会うことは無かったが。 はたして、その学友の言は正しかった。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 「今は授業中ですよ。 使い魔とお喋りするのは後になさい」 「すいません……」 「お喋りするヒマがあるなら、あなたにやってもらいましょう」 「へ? な、何をですか?」 このルイズ、授業を全く聞いていなかったようだ。 「ここにある石ころを、あなたの望む金属に変えるのです。 さあ、やってごらんなさい」 そう言われたものの、ルイズは行こうとしない。 何やら困っているような、戸惑っているような、そんな様子だ。 そして、周囲の生徒達もざわつき始める。 ホワイトスネイクはその理由が大方分かっていたが、あえてこの場でルイズにそれを言うことは無かった。 逆に、何故ルイズがそんなに戸惑うのか分からない、と言ったような態度を取っている。 彼なりの気遣いである。 少しした後、ルイズは意を決したように立ち上がり、 「やります」 とだけ言った。 それを聞いた教室の生徒全員が、一斉にさっと青ざめる。 だがさっきホワイトスネイクがやらかした時よりも度合いが激しい。 しかし……声を上げる気にはならない。 下手なことを言えばルイズの亜人――ホワイトスネイクが襲い掛かってくる恐れがある。 しかし……そのうちの一人であったキュルケが、ある種の勇気を持って声を上げた。 「ミセス・シュヴルーズ! ルイズに魔法を使わせるのは……その……危険、です」 じろり、とホワイトスネイクがキュルケのほうを見る。 まるでカエルを睨む蛇のように。 だが攻撃はしてこない。 まだラインインのようだ、とキュルケは胸をなでおろした。 いや、ひょっとしたらラインオンかもしれない。 そして内心に、何が「大したことは出来ない」だ。 十分に恐ろしいじゃないの、と毒づいた。 だがキュルケの決死の抗議は―― 「あら、どうしてですか? ミス・ツェルプストー」 シュヴルーズには理解されなかった。 キュルケはこの勘の鈍い教師に腹を立てると同時に、 これ以上のことを自分が言わなければならない事を嘆いた。 そして当たり障りの無い言葉を必死で探して、 「ミセス・シュヴルーズはルイズを教えるのは初めてですよね?」 と聞いた。 我ながら上手く言ったものだ、とキュルケは胸をなでおろしたが―― 「ええ、でもミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。 さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」 ダメだ。 「ルイズが失敗する」ことまでは察してくれたようだが、 ルイズが魔法を使うことの危険性はさらにその先にある。 それがこの教師には分かっていない。 「ルイズ、やめて」 キュルケが顔を青くして懇願する。 しかし教壇の方へ向かうルイズが振り向くことは無かった。 「あら、使い魔さんはついてこなくてもいいのですよ?」 ルイズの後ろに空中を滑るように移動しながら着いていくホワイトスネイクにシュヴルーズが声をかける。 ルイズも足を止めて振り向く。 「ソウカ」 ホワイトスネイクはその指摘に短く答えると、フッと姿を消した。 今朝やったのと同じ「解除」である。 ルイズは朝に一度見ているからそうでもなかったが、 目の前でそれをはじめて見たシュヴルーズは勿論、教室中の生徒が驚いた。 「あ、あの……ミス・ヴァリエール? あなたの使い魔さんは……」 「大丈夫です。わたしもちょっとびっくりするけど……呼べば出てくると思います」 ホントかよ、と教室中の生徒全員が思った。 そして、いっそもう二度と出てこないでくれ、とまた全員が全員、同じように思った。 「そ、そうですか……。ではミス・ヴァリエール、やってごらんなさい。 錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと頷いて杖を振り上げる。 そして呪文を唱えて、杖を振り下ろすと―― ドッグオォォォン! 爆発したッ! 爆風をモロに受けたシュヴルーズは吹っ飛ばされて黒板に叩きつけられる。 そして教室にいた生徒達も、やはり同様に被害を受けた。 悲鳴が教室中に巻き起こる。 生徒達の使い魔は爆発に驚いて暴れ始め、そのうち共食い(厳密には共食いではないが)が始まりかけた。 そして爆発を起こした張本人であるルイズはというと…… 「……大丈夫カ? マスター」 いつの間にかルイズの目の前に現れたホワイトスネイクによって爆風から庇われたので無傷だった。 「あ、えと、その……ありがと、ホワイトスネイク」 自分を守ってくれた使い魔の背中に礼を言うルイズ。 「気ニスル事ハナイ」 そういって振り向いたホワイトスネイクのコスチュームは、やはりボロボロになっていた。 いや、朝に一度爆発を食らったので、さらに1段階酷くなってはいるが。 そしてその姿を見て、ルイズはとても情けない気分になった。 使い魔の前で失敗した挙句に庇われたのだ。 その事実が、ルイズの高いプライドを傷つけないはずは無かった。 結局、ルイズは爆発を聞きつけてやってきた教師に、罰として教室の掃除を命じられた。 その際に魔法をつかってはいけない、とも言われたが、魔法を使えないルイズには関係ないことである。 ルイズは床に散らばったり、机や椅子にめり込んだりしている破片を集め、 ホワイトスネイクは壊れた窓ガラスや机をせっせと運び出している。 ルイズが片づけに参加するのは、傷ついたプライドがこれ以上傷つくのがイヤだったからだ。 失敗して教室をメチャメチャにしたのは自分。 爆風を食らわなかったのは使い魔のおかげ。 なのに、片付けは使い魔任せ……では、ルイズのプライドがこれ以上に無く傷つく。 別に片付けの光景を誰かが見ているわけではない。 ルイズが自分で、自分がそうすることが許せなかっただけである。 そのときだ。 「マスター」 ホワイトスネイクから声がかかった。 思わずルイズはビクッと体を震わせる。 自分が失敗したことを咎めるのだろうか、と思ったからだ。 ルイズは来るべきホワイトスネイクの言葉に身構えるが…… 「教壇ノ前マデ来テクレルトアリガタイ」 来たのは、よく分からない注文だった。 「な……何でよ?」 聞き返すルイズ。 「私ハマスターカラ20メートル以上離レルコトガ出来ナイ」 ますますよく分からない返事である。 「へ? ど、どういうこと? それに『メートル』って何よ?」 「長サノ単位ダ。長サハ……1メートルガ大体コノグライダ」 ホワイトスネイクはそういって作業を中断し、手で大体の1メートルを作る。 だが、 「それ、1メイルよ?」 「メイル?」 「ええ。1メイルが今あんたが示したぐらいの大きさ。 ついでに言うと、それの100分の1が1サント、それの400倍が1リーグ」 「覚エテオク」 「あんたって、相当辺鄙な場所から来たのね」 「国ガ変ワレバ法モ変ワル、トイウヤツダ。 別ニド田舎暮ラシダッタワケジャアナイ」 「ふーん、まあいいわ。そういうことにしといてあげる。ってそうじゃないわ! 何であんた、わたしから20メイルより遠くに行けないのよ!?」 「ソレガ私ノ性質ダカラダ。 物体ヲ通リ抜ケルノモ、先程言ッタ3ツノ能力モ、ソレガ私ノ性質ダカラ可能ナノダ」 「……要するに、よく分かんないけど使える特技、ってこと?」 「ソンナモノダ。分カッタラ早クコチラヘ」 ルイズは納得がいかない様子だったが、ひとまず言われたとおりに教壇のほうへ向かった。 そして、ルイズはまた気が重くなった。 そんなことよりも、ルイズにはもっと言ってほしいことがあるのだ。 正確には、言ってもらわなければならないことが。 気遣って言わないようにしてくれているのならそれはそれで嬉しいけれど、 そんなのでは、使い魔の主人としてあまりにも情けなさ過ぎる。 ルイズは少し間をおいた後、そのことを言おうとするが―― 「マスターガ何ラカノ要因デ魔法ヲ使エナイコトハ、昨日ノ夜ノ段階デアル程度予想デキテイタ」 意外な言葉が来た。 「え………?」 「ソウ思ッタ理由ハ二つ。 一ツハマスターガ私ヲ昨日召喚シタ時、他ノ生徒ガ魔法デ浮カンデイルノニ対シテマスターダケガ自分ノ足デ歩イテイタ事。 他ノ生徒ガ当タリ前ノヨウニシテイルコトヲシナカッタ事デ、私ハソノ事ニ多少ノ疑イヲ持ッタ。 ソシテモウ一ツハ、マスターガ私ニ洗濯ヲ頼ンダコトダ。 コノ建物ニ貴族全員分の洗濯物を処理デキルダケノ使用人ガイルヨウニハ思エナカッタシ、 ソウデナイニシテモ、貴族ガ自分デ道具ヲ使ッテ洗濯スルコトガ考エヅライコトハ、マスターノ態度カラ予想デキタ」 「じ、じゃあ……昨日からずっと、わたしが魔法を使えないって知ってたのに……」 ルイズの顔がカァっと赤くなる。 それじゃあまるで自分が道化みたいじゃない。 魔法が使えないのに、さも貴族らしく高慢に振舞って。 それを……ホワイトスネイクは文句一つ言わずに見ていたというの? そんなのって……。 「マスター」 だが、そこでホワイトスネイクがルイズの思考を遮る。 「私ガ以前イタ場所ニハ魔法ヲ使エル者ナド一人モイナカッタ。 ダカラマスターニ出来ルノガ爆発ガ起コス事ダケデモ、私ニトッテハ十分過ギル程……」 「うるさいわね! あんたに何が分かるのよ! 魔法が使えないって事が、 わたしにとってどれだけの苦痛だったのか、あんたに分かるの? いいえ、絶対に分からないわ! そうやって分かったような顔をして、わたしに安っぽい同情をかけないで!」 ホワイトスネイクの慰めもむなしく、ルイズは癇癪を起こした。 しかしルイズにとっては仕方のないことだった。 幼い頃から魔法が使えず、二人の優秀な姉と比較され続け、 魔法学校に入ってからはいつもいつもバカにされつづけた。 そんなこれまでの過去があったからこそ、簡単に受け入れられてしまったことが逆に悔しかったのだ。 おまえが口で簡単に言えるほどのものじゃないんだ、と。 そうルイズはいいたかったのだ。 でも、言えなかった。 あまりにも自分が情けなくて、その情けなささえも受け入れられてしまうことが悔しくて、言えなかった。 そんなルイズに対し、しばらく黙っていたホワイトスネイクは―― 「フム……ソウダナ。少シ失礼」 そう言って掃除の作業を中断すると、突然氷の上を滑るように飛行してルイズの前まで来る。 「ひゃっ! な、何よ!」 「コノ世界ニ魔法ガアルト知ッタ時カラ、確カメタカッタ事ガアル」 そう言うと、 ドシュッ! ホワイトスネイクはルイズの額を両断するかのような勢いで、手刀を振るった。 「ひゃあっ!」 突然の暴挙にルイズは思わず目をつむって叫ぶ。 …しかし、 「…あ、あれ? なんとも…ない?」 痛みらしい痛みが何も無いことに気づくと、ルイズは恐る恐る目をあける。 すると―― 「な、ななななな何これ! わたしの頭から何が出てきてるの?」 ルイズの額から、一枚のDISCが飛び出ていた。 ルイズが色々と喚いているが、ホワイトスネイクはガン無視する。 そしてルイズの額から出てきたDISCを抜き取り、その表面に目を通す。 そこに現れていた文字は、「ゼロ・オブ・ドットスペル」。 早い話、「ゼロのドットスペル」ということだ。 今ホワイトスネイクが抜き出したのはルイズ自身の魔法の才能。 正確にはホワイトスネイク自身、スタンドや感覚と同様に抜き出せる自身が無かったので、こうしてルイズで試したのだ。 試したのだが…… (DISCニマデ『ゼロ』ト書カレテイルノデハ救イガ無サスギルナ。ドウシタモノカ……) そして考えた結果、 「マスター、『ドット』トハ何ダ? 授業デ言ッテイタ『トライアングル』トカ『スクウェア』ニ関係アルノカ?」 あえてDISCに「ゼロ」と表記されていたことには触れないことにした。 もちろん、ルイズからはその表記が見えないようにする。 「ドットっていうのは、魔法を一種類しか使えないメイジのこと。 ドットの上がライン。ラインは系統を一個足せるの。 系統を足せば足すほど、魔法は強力になるわ」 「ナルホド。デハ『トライアングル』は2ツ、『スクウェア』ハ3ツ足シテイル分、ヨリ強力ナ魔法ヲ扱エルノカ」 「そういうことよ。……って話をそらさないでよ! あんた今、あたしに何をしたの!?」 「君ノ『魔法の才能』ヲ抜キ出シタ。 魔法ガ果タシテ他ノ感覚ナドト『才能』トシテ抜キ出セルモノナノカ、確証ガ無カッタノデナ」 「才能を抜き出す? あんた、何言ってるの?」 「分カラナケレバ…ソウダナ。モウ一度、サッキノ錬金ヲヤッテミルトイイ」 「…さっきと何も変わらないと思うけど」 そう言いながらルイズは杖を抜き、ルーンを唱え始める。 そして手ごろな場所にあった木の破片目掛け、杖を振り下ろす。 だが―― 「…あれ? 爆発……しないの?」 さっきとは違い、何も起きなかった。 「当然ダ。今ノマスターハ魔法ノ才能ヲ失ッテイルノダカラナ」 「魔法の才能って…もしかしてさっきの!」 「ソウダ。先ホドマスターカラ抜キ取ッタDISCガ、マスターノ魔法ノ才能ダ」 「ちょっとあんた、何してんのよ! これじゃただの平民と同じじゃない! 返して!」 「返シタトコロデ、使エルノハ爆発ダケダゾ?」 「……っ!」 図星であった。 ホワイトスネイクが手にする才能が自分に戻ってきたところで、 結局できるのは失敗魔法の爆発だけ。 自分が「ゼロ」であることに何も変わりは無い。 「…そ、それでもよ! それでも、それさえなかったら、本当に何も無くなっちゃうじゃない!」 そんなルイズの苦渋に満ちた訴えに対し、 「……マスターハ存外ニ察シガ悪イナ」 ホワイトスネイクはあくまで冷淡に、さらに別のベクトルの意味を加えて答えた。 「マスターカラ今ノヨウニ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ハ…他ノ者カラモ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ダ」 「……あんた、まさか!」 「ヨウヤク理解シタナ」 ホワイトスネイクは口の端に笑みを浮かべると、話を一気に結論に持っていく。 「ツマリ君ハ他ノ誰カカラ魔法ノ才能ヲ奪イ取ル事ガデキルノダ」 「…ち、ちょっとあんた、自分が何言ってるか分かってるの!?」 「当然だ」 「じゃあ何でそんな事!」 「私カラスレバ、何故マスターガソレヲ拒ムノカガ理解デキナイナ。 私ガ言ッテイルノハ、魔法ヲ使エナイマスターヲ救済スルタメノ方策ダゾ?」 「そんなやり方で魔法なんか使えるようになりたくないわ! 私だって分かるわよ。魔法の才能をあんたに取られたら、その人はもう魔法を使えなくなるって事ぐらい!」 「ダガ魔法ヲ使エナクナルノハ君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ侮辱スル者ダ」 「それは! そう、だけど……」 「昨日ノ広場…今朝会ッタ赤毛ノ女…朝食ノ席…ソシテ授業前ノ教室…。 私ガ見テキタ限リデハ、ソレラノ場所デマスターヲ見下サナイ者ハ一人モイナカッタ。 君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ蔑ム事ヲ当タリ前ニシテイル奴等バカリダッタ。 ナノニ、ドウシテ拒ム理由ガアル? 何故躊躇ウ?」 ルイズはホワイトスネイクの言葉を唇を噛み締めて聞いていた。 ホワイトスネイクの言っていることに間違いはなかった。 昨日今日召喚されたばかりの使い魔でも、自分が周囲にどう思われているのかは分かっていたのだ。 そしてその上で、自分が「ゼロ」の汚名から抜け出す道を作った。 でも…そうだとしても…… 「わたしは…やらないわ」 ルイズには、その道を選ぶことはできなかった。 ホワイトスネイクは、すぐさま問いを投げかけるような事はしなかった。 ルイズが言葉を続けるのを待っていたのだ。 「わたしね…姉が二人いるの。 ふたりともすごく立派なメイジで、皆から才能を認められてたわ。 それで、わたしは二番目の姉さまの、カトレア姉さまが…ちい姉さまが大好きだったの。 一番上のエレオノール姉さまは、厳しくって怖いから嫌いだったけど」 「それでね…ちい姉さまは体が弱いの。 だから、いつもお部屋の中にいたわ。 だけどね、ちい姉さまはいつも私を励まして、応援しててくれたの。 いつもいつも失敗ばっかりで、使用人からもダメな子だって思われてるようなわたしを、 ちい姉さまはいつも励ましてくれたのよ。 だからね……わたし、魔法が使えるようになったら一番にちい姉さまに見せてあげたいの」 「……あんたが言うやり方なら、わたしはすぐに魔法を使えるようになる。 でも…でもね。それは他の人の魔法で、わたしの魔法じゃない。 ちい姉さまが見守っててくれた、いつも泣いてたわたしの魔法じゃないの。 だから、そんなやり方で魔法を使えるようになっても、ちい姉さまは喜んでくれないわ。 それどころか、悲しい顔をするかもしれない。 だから…だから、『それ』はやらないわ」 ルイズの長い独白を聞き終えたホワイトスネイクは、静かに口を開いた。 「例エ魔法ガ使エナクトモ、例エ『ゼロ』ト蔑マレヨウトモ…ソレデ構ワナイノダナ?」 ルイズは、ホワイトスネイクの言葉に、黙って頷く。 「ソウカ。ダガ…モウ一ツ、理由ガアルンジャアナイノカ?」 「え?」 「マスターガ私ノ提案ヲ退ケタ理由…マスターガ先程言ッタモノトハ別ニモウ一ツ、アルヨウニ思エルノダ」 ルイズは、ホワイトスネイクの洞察力に背筋が冷える思いがした。 確かにその通りだった。 優しかった姉の思いを裏切りたくない。 それは確かに、ルイズの中で大きな理由の一つであった。 だがもう一つ……確かにもう一つ、理由はあった。 「貴族らしくない…と、思うの」 「貴族はね、背を向けないものなのよ。逃げちゃいけないものなの。 貴族には領地があって、領民があって、皆を支えてるものなの。 だから逃げちゃいけない。どんなことに対しても、自分の才能に対してでも、絶対に」 ホワイトスネイクは黙って聞いていた。 そして、 「理解シタ」 そう一言呟くと、手に持っていたルイズの魔法の才能――『ゼロ』のDISCを、ルイズの額に差した。 DISCは静かな音を立てて、ルイズの中に戻っていった。 「人間ハ…時ニ『納得』ヲ必要トスルモノダ。 『納得』ノ無イ道ニ対シテハ、ソコカラ一歩モ先ヘ進メナイ。 ソレハ人間ガ自分ノ精神ニ強イ芯ヲ必要トスルカラダ」 「マスターガ先ヘ進ムノニ対シテ…私ノ提案ガ妨ゲニナルトイウナラ、ソレハ無イ方ガヨイニ違イナイカラナ」 ホワイトスネイクはそう締めくくると、音もなく姿を消した。 それを見て、ルイズはさっきの自分の決心を自問し始めた。 自分は本当に心からそう思っているのか? 本当に、あの「魔法の才能を奪う力」に未練は無いのか? いや……きっと、ある。 それどころか、喉から手が出そうなくらいに、魔法の才能を欲しがってる。 あんな奴らが、自分をいつもゼロ、ゼロと呼んでバカにする奴らが魔法を使えて、何で自分が使えないのか。 勉強なら誰よりもした。 魔法が使えるようになるためにどんな努力だってした。 なのに…なのに、自分は魔法を使えない。 こんなの、あんまりだ。 ろくすっぽ努力もしない貴族のボンボンに魔法が使えて、自分にはできないなんて……。 でも、とルイズの中で何かが囁く。 さっき自分がホワイトスネイクに言ったとおり、そんなやり方、ちい姉さまは絶対に喜んでくれない。 ホワイトスネイクの提案は、今までの自分の努力を全部フイにしてしまうものだからだ。 ちい姉さまが応援してくれたのは、そんな提案を呑む自分じゃないはずだ。 それに自分の根っこの方でも、ホワイトスネイクの提案を拒んでる。 でも魔法は使えるようになりたい。 でも、ホワイトスネイクの提案を受け入れたくは無い。 でも。 でも。 でも。 でも…………。 「ルイズ」 「ひゃあっ!! な、何よ!」 「考エ事カ?」 「何でもないわよ! っていうかあんた、さっき消えたんじゃないの!?」 突然現れて自分を驚かせたホワイトスネイクに抗議するルイズ。 「言イ忘レテイタコトガアッタノデ出テキタノダ」 「何よ?」 「昨日ノ洗濯ダガナ……イヤ、ヤッパリヨソウ。詮無キ事ダシナ」 「洗濯? ……ちょっと待ちなさいホワイトスネイク」 何か言いかけて消えようとしたホワイトスネイクをルイズが引き止める。 「あんた、わたしから20メイルしか離れられないんでしょ? わたしの部屋から井戸までは軽く20メイル以上あるのに…一体、どうやったの?」 「洗濯ガデキル者ニヤッテモラッタダケダ」 「誰よ?」 「マスターノ部屋ノ向カイ側ニ寝泊リシテルダロウ」 「わたしの部屋の向かい側……って、それってキュルケじゃない!」 ルイズはホワイトスネイクの大胆さに呆れた。 よりによってキュルケに自分の服を洗濯させていたとは……呆れて物も言えなかった。 でも、少し気分が晴れたような、そんな気持ちにはなれた。 キュルケが自分の下着を洗濯するという、シュールすぎる光景が、 さっきまでの悩みをどこかに吹っ飛ばしてしまったみたいだ。 「まったく、あんたったら……次はダメよ。 今度からメイドに頼むから、いいわね?」 「了解シタ」 それだけ言って、ホワイトスネイクはまた消えた。 それを見届けて、ルイズは一人、教室から出る。 その足取りからは、重さは感じられなかった。 人は「恥」のために死ぬ。 「あの時ああすればよかった」とか、そう思うたびに人は弱っていき、やがて死んでいく……。 フー・ファイターズに出し抜かれたプッチ神父が、自分に言い聞かせた言葉。 スタンドとしてルイズの中に戻ったホワイトスネイクは、それを思い出していた。 ホワイトスネイクには、人間の「恥」という感情が理解できない。 それは、目的の達成のためにはあらゆる手段を講じてしかるべき、という思考がホワイトスネイクにはあるからだ。 目的のためには手段を選ばず。 ある意味動物的とも言える思考であるが故に人間はそれを拒みがちだが、 人間ですらないホワイトスネイクには、それを躊躇する理由などどこにも無い。 そして、恐らくルイズは「恥」のために――人間の言うところの「誇り」のために死ぬだろう。 ルイズは自分が貴族たるために、ホワイトスネイクの提案を呑む事はできない、と言った。 つまり「誇り」のために目的へと至る道――魔法が使えるようになることを拒んだのだ。 それは、ホワイトスネイクからすれば、全く馬鹿馬鹿しいことだった。 そして理解しがたいことでもあった。 何故人間は「恥」を恐れるのか? 何故人間は「誇り」を尊ぶのか? かつての思想家はこれを説明するために「性善説」だの「良心の呼び声」の存在だのを主張したが、 いずれもホワイトスネイクにとっての答えとはなりえなかった。 だが、いずれ答えは出るだろう。 「誇り」と共に歩もうとするルイズのスタンドとして自分がある限りは、いずれ。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2006.html
翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、 暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。 まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに 詰めた鞄を手に唸っていた。 「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」 手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには 無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、 まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである ――ということがその理由であった。 両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、 「ギーシュ!」 待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。 「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」 「ま、まあね・・・」 問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。 「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」 「確かそうだね それがどうしたんだい?」 「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」 「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」 「え?」 「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が 張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは 始祖の与え賜うた試練なのさ」 「な、ちょっと・・・」 「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」 「待っ――・・・!」 相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと 荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、 モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。 「何よ、バカにして・・・!」 大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。 ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに なった。 一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての 荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。 永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。 ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から 眼を血走らせて飛び出した。 「んだァ?豚の化物かありゃあ」 長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは 興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、 シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。 「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな 存在ですね」 プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。 巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の 魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば 誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。 最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の 人間を確認するや否や、 「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」 耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が 土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、 逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。 そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が 一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。 「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」 実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて 七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を 突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。 「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」 「あっ!?」 狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に 粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進 しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて 出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。 「・・・で?どーするのよ」 茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を 強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。 「と、突撃あるのみだよ!」 「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」 「うっ・・・」 本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの 指弾に反論出来ずに呻いた。 「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が 無いわよ」 小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、 「・・・来る」 いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。 その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。 「なッ!?」 扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して しまった。 「し、しまった・・・!」 「・・・形勢逆転」 「飛ぶわよッ!!」 一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、 必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。 そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の 群れが猛然と走り出す。 「ルイズ、足止めをお願い」 タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を 開始した。 「分かったわ」 自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き 出して、次々と爆発を放った。 「ぶぎぃいいッ!!」 眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の 威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。 最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。 クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、 ――・・・それが何だって言うのよ 今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、 自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実 だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。 やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、 タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。 無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に 畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。 「あっ・・・お三方とも凄いです」 老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは 仏頂面を変えずに応じる。 「いや」 「えっ?」 「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」 よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。 その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。 「――――っ!!」 ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の 鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。 仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に 上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に 怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は いなかった。 「くっ・・・」 倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。 見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを 与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは―― オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と 速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に 低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な 魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには 時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用 出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。 「・・・イス・イーサ・・・」 タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の 無骨な杖に再び冷気が集まり始め、 「・・・ウィンデ」 冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち 出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を 追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。 氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い 隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に 向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら 姿を現した。 生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。 「く、くそっ!」 なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが 飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで 棍棒を振りかぶった。 「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」 シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。 三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の 仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き 別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、 仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。 「ぶぎィィイイイイッ!!!」 最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬 眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、 男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では 無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の 出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び 力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。 「・・・・・・?」 オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。 男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、 単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで 彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。 …いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も―― 五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。 「・・・・・・!!」 凍ったように? 否。 オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結 されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、 オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。 「あ、ありがとう・・・助かったわ」 血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして いるルイズ達に向き直った。 「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」 つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。 「あだぁあっ!!」 「こいつだ」 「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる とこだったじゃあねーか!ええ?」 「うう・・・すいません・・・」 地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく 使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。 「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・ おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」 「い、いや・・・それは」 「それは何だ」 「そ、」 「うるせえ!」 「酷ッ!」 ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。 「あだだだだだ!」 「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」 「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」 「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」 「えええええ!?」 ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。 へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に 溜息をつく。 「ま、これでちょっとは成長するかしらね」 「因果応報」 「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」 「ギアッチョさーん・・・」 古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。 「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」 彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。