約 1,076,782 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/511.html
早朝。日課になりつつある朝の洗濯を終えた徐倫が部屋に戻ると、既にルイズは机に向かっていた。 「……洗濯、終わったんだけどォ」 「先に食堂行ってて。すぐに行くから」 ルイズが机の上の魔道書に集中したまま、おざなりに返事を返すのを聞いて、徐倫はいつもの如く軽く肩を竦めた。 お言葉に甘えて、一人朝食に向かう。 教室での一件からここ数日、ルイズの生活リズムは変わりつつあった。 まず、破滅的に寝起きの悪い彼女が自力で、しかも早起きをするようになった。 徐倫は日中はメイジ達に混ざって魔法の学習をしたいので、洗濯は朝食前の朝早くに済ませる事にしている。ルイズはそれと同じくらいの時刻に目覚めるようになったのだ。 それからは、朝食の時間ギリギリまで授業に使うテキストや別の魔法指導書などを使って魔法の勉強をするようになった。 夜はその逆。深夜近くまで部屋の明かりは消えない。 着替えや身の回りの世話こそ、使い魔の名目で徐倫に手伝わせているルイズだが、その日々の生活姿勢が激変した事は確かだった。 そして、その切欠が徐倫の影響によるものだという事も……。 徐倫も、ルイズが変わった理由を理解していた。 あの時教室で叱責した事でルイズが自分の性格や姿勢を改めた……というワケではない。あれの動機は、『意地』や『反発心』といったものの方が正しいだろう。 教室での一件以来、自分に当り散らす事なく、また必要以上にコミュニケーションを取ろうともしないルイズの様子を見て、徐倫は実感していた。 あの時言われた事ややられた事が悔しくて、それを見返したくて努力している―――そういう意図を感じていた。 正直、あれ以来二人の仲が微妙に気まずいものになったと思うが、同時に何か微笑ましいものを見たような苦笑も湧いてくる。 ルイズの意固地な態度を、徐倫は割りと好ましく受け取っていたのだ。 わがままで意地っ張りな少女だが、徐倫への反発心をヒステリーや八つ当たりに変えるのではなく、正しく努力の方向へ向けている点が、徐倫の中のルイズの評価を改めさせていた。 (結果を出すまでは耐え忍んでやるッ、って意気込みが見えてんのよねェ~……意地っ張りっつーか) メイジではない徐倫には、ルイズが朝晩している自主勉強の内容は分からなかったが『魔法成功率ゼロ』の汚名を晴らす為の努力である事は察せる。 事実、ただ黙々と勉学に励むルイズの胸の内にあるのは、自分を認めようとしない生徒や使い魔の徐倫を結果で持って見返してやろうという意気込みだった。 それを考えると、徐倫は知らず笑みが浮かぶのだった。 (いいわよ、待っててあげる。魔法の一つでも成功させてさァ、『ザマーミロ、これまでの無礼を詫びなさい!』とか言われたら……マジで頭の一つぐらい下げてやるわよ) 皮肉や馬鹿にするような気持ちではなく、徐倫は真摯な心でそう思っていた。 今のルイズの『努力』は、とても気高い。 切欠や動機はともあれ、また結果が出なければ何の意味もない事だとしても、その『努力』の行為そのものは敬意に値すると、そう思っていた。 徐倫自身も気付かず、彼女はルイズを見守る姿勢を取っていた。 教室での一件は、徐倫の中にも小さな変化をもたらしていたのだ。 食堂に顔を出した徐倫を物珍しげに眺める視線は相変わらずだったが、貴族以外はその限りではなかった。 すれ違う給仕達が徐倫に親しげな挨拶をしていく。 それに会釈を返しながら、徐倫は見知った少女の顔を見つけた。 「おはよう、シエスタ」 「あ、ジョリーンさん。おはようございます」 メイドのシエスタは、数日前から徐倫が何度も世話になっている朗らかで優しい少女だった。 ルイズとの確執で食事を抜かれた日、事情を聞いたシエスタは賄いの食事を徐倫に分けてくれたのだ。 貴族の食事と比べて随分質素なものだったが、その味と何より量は徐倫を感激させるほどの物だった。心に染み渡る味に涙が出そうになったほどだ。シエスタは大げさだと苦笑していた。 シエスタを含むメイドや厨房のコック達は、皆気のいい人達だった。 珍獣扱いしかしない貴族や、元の世界の刑務所にいた賄賂で動く看守どもとは比べるまでもない。 徐倫は随分と長い間出会っていなかった、『まともで善良な人間』という奴を見た気がして、また感動しそうになった。この出会いは宝石よりも貴重なのだと本気で思った。 オヤジ臭いセクハラ発言が大好きだが、とても気さくなコック長のマルトーは『綺麗どころが増えて、厨房も華やかにならぁ!』と豪快に笑い、快く徐倫を受け入れてくれた。 久方ぶりに腰を落ち着ける事が出来た徐倫は、以来何度か厨房で食事の世話をしてもらっている。 代わりに、徐倫も時折シエスタ達の仕事を手伝う事にしていた。 「すいません、今、貴族様の朝食を準備している最中なので」 「なら、手伝うわ」 「えっと……じゃあ、お願いします」 徐倫の申し出に、シエスタは遠慮がちに微笑んだ。 甲斐甲斐しく料理を並べていくシエスタの仕事風景を見ながら、徐倫は厨房へ向かった。 控え目な性格のシエスタは、友人が我の強い人間ばかりである徐倫にとって新鮮な存在だった。ひたむきで健気な姿は、実に好ましい。 この異世界を訪れて、まだたった数日。 その間に、徐倫は元の世界とはまた違った人間関係を築いている。 人の出会いは『引力』によって成される―――このハルケギニアにおいても、『引力』は徐倫に奇妙な出会いを呼び込み続けるのだった。 辺境のドライブスルー付きレストランによくいるような、愛想などとっくに使い果たしたウェイトレスよろしく徐倫が適当に料理をテーブルへ並べていると、何処かで騒ぎ声が聞こえた。 視線を送ってみると、いかにも貴族風の少年が二人の少女に怒鳴られ、周囲のギャラリーが冷やかし混じりの笑い声を上げている。 揉め事の前兆だった。 徐倫は何気なさを装ってテーブルを離れ、食堂の隅へ移動した。 ストーン・フリーの糸を床に這わせて、喧騒の方へ向かわせる。魔法という不可思議な力が存在する以上、スタンドも形として見られてしまう可能性もある。徐倫は糸をテーブルの下に隠しながら移動させ、騒ぎの中心を『盗聴』した。 もちろん、揉め事には極力関わりたくないのだが、この場合はそうも言ってられない。 口論する貴族達の傍らで、揉め事に巻き込まれたらしいシエスタが震えていた。 『その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠です!! さようなら!』 丁度その時、小気味の良い音と共に女生徒の一人が少年にスナップの効いた平手をかましていた。 少女は泣きながら走り去る。 徐倫は早くも状況を理解し始めていた。実に分かりやすい。ただの痴話喧嘩だ。 『やっぱり、あの1年生に、手を出していたのね?』 『お願いだよ『香水』のモンモランシー! 咲き誇る薔薇のようなその顔を、そのような怒りに歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!』 そして、今時ドラマでも使わない芝居の掛かった台詞でモンモランシーと呼ばれる少女の怒りを煙に巻こうとしているあの少年は、本物のアホ野郎だとも理解し始めていた。 思わずため息を吐きそうになると、モンモランシーがテーブルのワインを少年の頭にどぼどぼと振りかけて、最後に一言罵って去っていった。 痛快な行動に、徐倫はヒュゥ、と口笛を吹いた。今のはいい。グッド。素晴らしい返答だ。 男に騙された経験のある徐倫にとっては、なかなか胸の空く光景だった。 しかし、その光景をニヤニヤ眺めている余裕はなかった。 『君が軽率に、香水の瓶なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?』 あのアホ野郎が、どういうつもりかシエスタに当たり始めたのだ。 状況は大体理解した。シエスタが取った行動によって、あの少年の二股がバレたのだ。そして、傲慢な貴族はその責任をシエスタへ押し付けようとしている。 徐倫は『糸』を回収すると、颯爽と歩き始めた。 「申し訳ありません……ど、どうかお許しを……」 平民らしく憐れに慈悲を乞うシエスタの姿を見下ろして、ギーシュは自分が『面子』を守れた事に安堵した。 これでいい。優れた貴族である『ギーシュ・グラモン』がドジこいて恋人二人にこっ酷く振られちゃいましたー! などと恥を晒すワケにはいかない。沽券に関わる。 あとは適当にシエスタを脅して、真摯な謝罪をさせ、この場を治めるつもりだった。それによって自らの威厳は保たれるのだ。 「君もメイドなら貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ。これは言わば、君の配慮不足。君の重大な責任だよ。深く反省したまえ!」 その筈だった。 「―――二股かけてる、あんたが悪い」 そこに、徐倫が踏み込んで来るまでは。 「そのとおりだ、ギーシュ! お前が悪い!」 「誤魔化そうとしてるの見え見えだぞっ!」 唐突に告げられた見も蓋も無い言葉に、それまでギーシュとシエスタのやり取りで静まり返っていたギャラリーがドッと湧いた。 はやし立てる友人達の言葉に歯軋りし、ギーシュは顔を真っ赤にさせながら徐倫を睨み付ける。 「な、なんだね君は? 粗相をしたメイドを折檻するのを、同じ平民が庇おうというのかね?」 「庇うっていうなら、その通りだけれどね。ドジ踏んだのはあんただけよ、さっさとあの二人に頭を下げてくる事ね」 「なな、何ぉう……っ!」 シエスタを背に隠すように一歩踏み出した徐倫には、地の底から湧き上がってくるような威圧感があった。 長身の徐倫はギーシュとほぼ対等の視点を持っている。常に女性を見下ろす優位な位置に立ってきたギーシュにとって、物理的にも初めて経験する迫力だった。 愛でるべき女性に対して『凄み』を感じて腰が引けているという状況に、精一杯虚勢を張ってギーシュは引き攣った笑みを浮かべた。 「ふ、ふん! そうか、確か君は、あの『ゼロのルイズ』が呼び出した平民だったな」 「……それが? 気が済んだなら、もう行くわ」 聞き慣れたルイズへの蔑称に、徐倫はほんの僅かに眉を動かしたが、厄介事からシエスタをさっさと逃がす為努めて冷静にこの場を離れるよう促した。 馬鹿に構って、自分まで馬鹿を見るつもりはない。 「ああ、行きたまえ。女性とはいえ、粗野な平民に貴族への礼儀を期待した僕が間違っていた。ゼロの使い魔は頭もゼロのようだ、主人によく似ている」 そして、背を向ける徐倫に向かってギーシュは苦し紛れの悪態を吐いて残した。 その侮蔑に、徐倫の足が一瞬止まる。 「……何? 主人が、『何』だって……?」 肩越しに聞き返す徐倫の声から、僅かに滲み出る怒気。 それに気付いたギーシュは、反撃の取っ掛かりを見つけたとばかりに捲くし立てた。 「ほう、一応使い魔かな。主人を馬鹿にされると怒るか。魔法の使えない、『無駄な努力』を積み重ねるゼロのメイジに対しても、それなりに忠誠心はあるのかな? いや、平民だから共感か? ハハハ……」 調子に乗ったギーシュは、饒舌に挑発を繰り返した。 平民が貴族に手を出す筈がない。後々の事を考えれば、恐ろしくて手が出せるはず無いのだ。 徐倫を怒り狂わせ、適当にあしらった後でクールに去る! 眼中に無い、とばかりにッ! ギーシュは、そう計画していた。 しかし、女性を愛する事を信条とするギーシュには予想もつかなかった事態。徐倫はギーシュへ手を出すのを堪えるどころか……逆に躊躇無く思いっきりぶん殴ったのだッ! 「ハハ……ぁぶへェッ!?」 意外ッ! それは右フックッ! 女性の暴力など平手止まりだと考えていたギーシュは、細腕からは想像も出来ないような凶悪な鉄拳を受けて、ドグシャァーーッ! と吹っ飛んだ。 周囲の友人を巻き込み、鼻血を撒き散らして昏倒する。 「で、『何』だって? ……『誰』が『何』って言ったんだ、お前……」 ”ド ド ド ド ド ド ド ……!” 地響きのような威圧感が、ギーシュを見下ろす徐倫の全身から立ち昇っていた。 「『ゼロのルイズ』……それは『いい』 結果を出せない奴が馬鹿にされるのは仕方の無い事だ。その『屈辱』を覆して見せるのは彼女自身だ。あたしが怒る領分じゃあない……」 鼻を押さえて蹲る見下ろす徐倫。しかし、その顔に映っているのは、貴族を地に伏せさせた優越感などではない。 静かな、マグマのように地面の下で煮え滾る『怒り』だった。 「だが、『無駄な努力』……コイツはいただけないわ。 例え誰であろうと『努力』を嘲笑う事は許せない。報われない結果ばかりでも、成功に向けて努力するひたむきな『姿勢』を『侮辱』する事だけは……」 徐倫は静かにギーシュの元へ歩み寄ると、右足を後ろに退いた。 「特に、その『努力』を最も近くで見てるあたしの前で、テメェー……『ルイズ』の努力を侮辱する事だけはッ、あたしが許さねェェーーッ!!」 ボグシャァアアーーッ! と、振り上げた右足がギーシュの体を掬い上げるように蹴り飛ばした。 凄まじい怒りの篭った蹴りを受けて、ギーシュは甲高い悲鳴を上げながら壁へと激突する。 「アギッ……ぐげッ……! あ、ああ足蹴にしたなぁ、この僕をォォ!! 『女子』のクセに『男子』であるこの僕をォォッ!!」 たった二発で足元が定まらない程のダメージを受けたギーシュは、それでも目の前の平民に対する怒りで立ち上がった。 鼻と口から血をボタボタ垂れ流しながら、徐倫を睨みつける。 「『決闘』ッ、『決闘』だぁあああああ!! 君に『貴族』に対する礼儀をッ、『男子』に対する敬意を教えてやるッ!! 例え女であっても……ギーシュ、容赦せんッ!!」 ギーシュの宣告に、シエスタや周囲の貴族達すら顔色を変えた。 貴族が決闘をする事は禁じられている。何より平民にとって、メイジである貴族との戦闘は死を意味する! しかし、元より怒りによって動いていた徐倫だけは、その宣告を躊躇い無く受け入れていた。 「全く、やれやれって感じだわ……。『決闘』なんて回りくどい言い方をしなくても、『喧嘩』ならあたしから売ってやったのに……」 決闘の場所を告げて去っていくギーシュの背中を、徐倫は静かな怒りを胸に秘めて見据えていた。 徐倫とギーシュ。切欠は違えど、二人が闘う為の理由は一つ。駆り立てる意思は一つ。 『侮辱』には報いを―――! To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2566.html
そもそも康一が戦いの場に戻ってきたときには、もう手遅れだったのだ。 距離は遠く、敵はすでに必殺の体勢を整えていた。 ガンダールブの俊足を持ってしても手が届かないほどに。 そう、ガンダールブなら間に合わなかった。 しかし康一はガンダールブである前に、スタンド使いだった! ズドォーン!!! 巨大な岩が打ちつけられる音がした。 死んだと思った。 でも、いつまで立っても衝撃が訪れないので、ルイズは恐る恐る目を開けた。 目の前にゴーレムの拳があった。 しかし、その半ばまでが地面にめり込み、動きを止めていた。 「射程距離5mニ到達シマシタ!S.H.I.T!!」 そのそばに浮かぶ、白い人影。 「あ、危ないところだった・・・!!ギリッギリ間に合ったよ!!」 そして拳とルイズの間に阻むように立つ康一の背中。 康一は振り向いて笑った。 「大丈夫だった?」 我慢していたものが溢れた。 怖くて、安心して、訳の分からないうちに気がつくと涙がこぼれていた。。 「こ・・・怖かったわよ・・・!早く戻ってきなさいよ!バカっ!!」 「ご、ごめん。」 康一は女の子の涙に狼狽えながらも謝った。 ゴーレムは急に重くなり、動かなくなった右腕を持ち上げようとして、逆にバランスを崩して膝をついた。 至近距離なので砂埃が舞い、二人は目を細めた。 「でも、そのへんはこいつを倒してからだよね。」 「・・・大丈夫なわけ?」 ルイズはずずっと鼻をすすった。 「うん。あいつを倒す方法を思いついたんだ。だから・・・」 ゴーレムは右腕を持ち上げるのをあきらめ、無事な左腕を振りあげる。 「ちょっとごめんよ!」 「え?きゃぁ!!」 康一はデルフリンガーを逆手に構え直し、ルイズを横抱えにした。 いわゆる「お姫様だっこ」というやつである。 降りおろされる左腕を横っ飛びに回避する。そして動かないままの右腕を駆け上がった! ルイズは慌てて康一の首にしがみつく。 康一はゴーレムの肩口から飛び上がり、ゴーレムの頭のてっぺんに着地した。ルイズを降ろす。 「な、なんでこんなところに来ちゃうのよ!」 ルイズが悲鳴をあげる。 「5m以上離レマシタ。3FREEZE、解除シマス。」 ACT3が忠告する。 自由になった土の巨人が立ち上がる。 康一はデルフリンガーをゴーレムの頭に突き立て、もう片方の手をルイズの腰に回し、振り落とされないように踏ん張る。 ゴーレムが立ち上がった。もっとも高い、頭のてっぺんは20m近い。 「こ、これ危ないんじゃないの?こんな高いところにいたら逃げられないじゃない!」 下を見るのも恐ろしいほどの高度。逃げ場はない。 「大丈夫だよ。この、『背筋が伸びた状態』がいいんじゃあないか。」 康一に動じる様子はない。 「君の使い魔を信じてよ。」 もうルイズは康一に全部任せることにした。 「もう・・・知らないからね!!」 ルイズは顔を押しつけるようにして、康一にいっそう強くしがみついた。 ゴーレムが頭の上の康一たちをとらえようと両手を伸ばす。 康一は高らかに叫んだ。 「たしかに逃げ場はない!でもチェックメイトだ!!ACT3!!」 「3FREEZE!!!」 ACT3は、康一が乗っている、ゴーレムの頭部の重量を激増させた。 ガンダールブの力を加えられたACT3による、0距離、最大出力の3FREEZE!! ズウゥゥゥン!!!! 抗すべくもない。 瞬きする間もなく、数百トンの重量を持たされた頭部は、それを支えるすべての部位を圧壊し、押しつぶした。 その衝撃で地面が陥没し、クレーターを形成する。 砂埃が、辺縁で巻き上がる。しかし康一とルイズのいる中心部では埃一つたっていない。 「すごい・・・・」 あっけにとられるルイズ。 康一が少し恥ずかしげに鼻の下をこする。 「へへ、だからいったでしょ。君の使い魔を信じてって。」 ゴーレムを倒した二人が、クレーターから出てくると、ミス・ロングビルが駆け寄ってきた。 「ミス・ヴァリエール。コーイチさん。大丈夫でしたか!?」 「ええ、ぼくたちは何とも。ミス・ロングビルこそ無事だったんですね!」 「はい。フーケらしき男に当て身を受け、気を失っていましたが・・・。」 ミス・ロングビルは首元を撫でた。 上空からシルフィードも降りてきた。 飛び降りてきたキュルケが康一に飛びついた。 「すごいじゃないのダーリン!あのゴーレムを倒しちゃうなんて!!」 顔を離していたずらっぽく笑う。 「でも、あの『能力』のことは今度しっかりと教えてもらうわよ。」 タバサも後を追って降りて来た。 「油断は禁物。術者が近くにいるはず。」 一行は周りを見回した。ゴーレムが動きを止め、森からは木々のざわめきや鳥の声以外の何も聞こえない。 「そういえば、『弓と矢』は?」 ミス・ロングビルが尋ねる。 「あ、それならここに。」 康一はゴーレムの土の中から掘り出した矢を取り出してみせた。足下にある弓も拾って、ロングビルに渡す。 「ああ、よかった・・・。」 ほっとするロングビルに、杖を拾ったルイズが言う。 「でも、その『弓と矢』は何の魔力もないと思うわ。ゴーレムに撃っても全然効果がなかったもの。」 「いや・・・」 康一は矢の不思議な文様を見ながら言う。 「それはそうやって使うものじゃないんだ。」 「え!?」 「コーイチさん。この『弓と矢』の使い方を知っているのですか!?」 康一は頷いた。 「ええ。まさかとは思っていました。この世界にあの『弓と矢』があるわけがないと・・・。」 「でも、間違いありません。それはぼくの知るあの『弓と矢』です。それと同じものがぼくにスタンド能力を与えたんです。」 ロングビルはごくりと生唾を飲み込んだ。 「そ、それでその使い方は・・・。」 「それは・・・帰ってからオールド・オスマンと一緒に説明します。みんなにももう知っておいてほしいことだから・・・。」 ミス・ロングビルは小さくため息をついた。 「・・・・そうですか。それじゃあしょうがないですね。」 気がつくと、杖を抜いている。数語の詠唱。 最初に異常に気がついたタバサが杖を構える前に、ミス・ロングビルの詠唱は完了していた。 あたりの土が盛り上がり、ミス・ロングビル以外の4人の体を拘束する。 「こ、これは!?」 康一も剣を抜く暇がなかった。 タバサが珍しく悔しさを滲ませて答える。 「『アース・バインド』土のトライアングル・スペル・・・。」 「そんな!ミス・ロングビルは土のラインのはずでしょ・・・!」 キュルケが叫ぶ。 タバサはミス・ロングビルから視線を離さない。 「うかつ・・・。彼女が土くれのフーケだった。」 ミス・ロングビルがにやりと笑った。大きく手を叩く。 「ブラボー。ブラボー。・・・・と言ったところかね。さすがはシュバリエ、頭の回転が速いねぇ。」 メガネを取り、斜に構えると、大人しそうな風貌がはぎ取られ、皮肉げなアウトローのそれへと変貌した。 口調もはすっぱなものへと変わっている。 「ミス・ロングビル!あなたがフーケだったんですか!?」 康一は裏切られたように思った。彼女は康一がこの世界に来てから最も信頼できる女性の一人だったからだ。 「そうさね。秘宝『弓と矢』を盗み出したはいいが、使い方がわからなくてねぇ。」 「捜索隊を出すなら使い方を知ってるやつが来るだろうと踏んだのに、まさかオールド・オスマンすら使い方を知らないと知ったときはどうしようかと思ったけれど・・・」 康一を見る。 「まさかあんたが知ってるとは、ついてるねぇ。」 康一はエコーズで攻撃しようと思った。 魔法と違って、体が動かなくてもスタンドは動かせる! しかし、その前にフーケが釘を刺した。 「おっと、コーイチ。それにそこの風竜も!ちょっとでも妙な動きをしたら、その場で全員殺すからね。さぁ、『弓と矢』について話してもらうよ!」 きゅいー!シルフィードが鳴くが、タバサを首を横に振った。 康一は思った。話すわけにはいかない! 話せば、彼女か、彼女が渡した人間が、虹村形兆や写真の親父と同じことをする!! ためらう康一にフーケは目を細めた。 「そんなに悩むなら、話しやすくなるようにしてやろうかねぇ。」 グググッ!! 康一以外の三人を締め付ける土の圧力が強くなる。 「いっ・・・・」 肺から空気を押し出され、そろってヒューヒューとした息を吐くばかりだ。 「わ、わかった。話す!話すから!」 「そうそう。大人しく話せば丸く収まるのさ。安心しな。私はあんたを気に入ってるんだ。話すなら誰も殺しはしない。」 康一は観念した。 知っていることを話す。 自分は日本という国・・・ハルケギニアからすると多分異世界からきたこと。 矢で胸を貫かれ、スタンド能力に目覚めたこと。 スタンドはスタンド使いによって一つ一つ同じものはないこと。 「つまり・・・」 フーケは『弓と矢』に視線を落とした。 「これで私を刺せば、私も「スタンド」が手に入るかもしれないってわけだ。」 フーケは矢尻を自分の腕に近づけた。 しかし思いとどまる。 「いや、あのエロジジイはこの矢が平民の手に渡れば、といった。メイジの私が使うのは危険かもしれないね。」 「それよりも、これを使って平民にスタンド使いを増やせば・・・。ふふふ、なるほど。それが世界の滅び、だね。高慢な貴族共が支配する世の中が終わるって訳だ。」 やはりそうだ。康一は思った。 この人は、この矢を自分の欲望のために使おうとしている!! 「しかし・・・」 フーケは康一の眉間に杖を突きつけた。 「スタンドは実際に見ているからともかく、異世界とはまた突拍子もないねぇ。適当言ってごまかそうっていうんなら・・・」 「証拠はあるよ!ぼくが日本から来たって証拠が!ルイズにはもう見せてる!」 フーケはうろんな眼差しをルイズに向けた。 ろくに息もできないルイズは、ただコクコクと頷く。 康一を拘束していた土の戒めが解けた。 「じゃあ、見せてもらおうか。ゆっくりとだ。ほかの三人はいつでも殺せるってことを忘れるんじゃあないよ。」 康一は黙って頷いた。 フーケを刺激しないように、ゆっくりと財布から100円玉を出して、目の高さに掲げてみせる。 「あなたが盗賊なら、これの意味が分かるはずだ。」 フーケは目を細めた。 白い輝き。銀貨?いや、感じが違う。鉄でもない・・・。 「こっちに放りな。」 康一は親指でコインを弾いた。 コインは弧を描いてフーケに飛んでいく。 しかし、飛ばした一瞬、緑色の何かが見えた気がした。 直前。とっさにフーケはコインを避けた。 盗賊の勘。康一は今、何かを企んでいた! 避けざまに杖を振る。再び土が康一を拘束し、しめつけた。 「妙な動きをするな。と、いったはずだよ。」 康一を睨みつける。 康一は何も言わず、黙って圧力に耐えている。 フーケはコインを杖でつついてみた。 コツコツ。 ・・・何も起こらない。このコインに何か細工をしたのかと思ったんだが・・・私の気のせいか。 フーケはしゃがんでコインを拾う。 康一は忌々しげに言う。 「あの吉良吉影のまねごとはしたくなかったんだけど。」 「え?」 フーケの指が、コインに触れた。 コインに張り付けられていた「文字」のエネルギーが爆発する! ドッゴォォォォォォーーーン!!!! 反応する間もない。 至近距離で発生した爆風に、フーケは上空高く吹き飛んだ。 フーケが吹き飛んだ爆風は、周りにそよ風一つ起こしていなかった。4人の戒めが解かれる。 自由になった康一はふーっと大きく息をつき、服に付いた土を払った。 「まぁエコーズの場合は文字の『実感』を与えるものだから、吉良吉影のキラークイーンとは少し違うんだけどね。」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/477.html
ゼロの来訪者-1 ゼロの来訪者-2 ゼロの来訪者-3 ゼロの来訪者-4 ゼロの来訪者-5 ゼロの来訪者-6 ゼロの来訪者-7 ゼロの来訪者-8 ゼロの来訪者-9 ゼロの来訪者・外伝 デルフリンガーの憂鬱 ゼロの来訪者-10 ゼロの来訪者-11 ゼロの来訪者-12 ゼロの来訪者-13 ゼロの来訪者-14 ゼロの来訪者-15 ゼロの来訪者-16 ゼロの来訪者-17 ゼロの来訪者-18 ゼロの来訪者-19 ゼロの来訪者-20 ゼロの来訪者-21 ゼロの来訪者-22 ゼロの来訪者-23 ゼロの来訪者-24 ゼロの来訪者-25 ゼロの来訪者-26 ゼロの来訪者-27 ゼロの来訪者-28 ゼロの来訪者-29 ゼロの来訪者-30 ゼロの来訪者-31 ゼロの来訪者-32 ゼロの来訪者-33 ゼロの来訪者-34 ゼロの来訪者-35 ゼロの来訪者-36 ゼロの来訪者-37 ゼロの来訪者-38 ゼロの来訪者-39 ゼロの来訪者-40 ゼロの来訪者-41 ゼロの来訪者-42
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/980.html
「遅せーぞ」 「…なんであんなのを普通に食べれるのよ…どっかおかしいんじゃない…?」 「…ほっとけ」 ふらつきながら教室に向かうルイズとその後ろを歩くプロシュートだが その後ろに今にも「Amen!」と叫ばんばかりに眼鏡を光らせたタバサがそれを見ていた事は誰も気付いていない。 教室に入り座るっているとコッパゲことコルベールが喜色満面の笑顔でなにやら珍妙な物を置いている。 それはおよそ一切のハルケギニアにおいて、聞いたことも見たこともない奇怪な物体であった。 長い円筒状の金属の筒に金属のパイプが延び、パイプはふいごのようなものに繋がり円筒の頂上にはクランクが付き、そしてクランクは円筒の脇に立てられた車輪に繋がっている。 そしてその先には車輪がギアを介して箱とくっついている。 コルベールが肉の芽でも埋められたかの如くニコニコと笑いながら火の魔法の講釈をたれる。 「で、その妙なカラクリはなんですの?」 キュルケが半ばどうでもいいと言った様子で聞き返すが最高に『ハイ!』な状態のハゲは笑いながらその正体を答える。 「うふ…ぐふふふふ…よくぞ聞いてくれました。これは油と火の魔法を使って動力を得る装置です」 どこぞのスーパー漫画家と同じ笑い方でハゲが答える。正直言ってキモイ。 「ふいごを踏み油を気化させ、この円筒の中に気化した油が放り込まれます。 そうして、その円筒の中に火を付けるとぉ~~~爆発を起こしその力で上下にピストンが動きます」 そうするとクランクが動き車輪が回転する。そしてギアを介して箱の中からヘビの人形が出たり入ったりしている。 「見てください!その爆発で生じるエネルギーの発生空間はまさに歯車的技術革新の小宇宙!!」 だが、生徒達の反応はハッキリ言って薄い。むしろ寒い。 「で、それがどうしたってんですか」 ホワイト・アルバムの冷たさの答えにハゲが少し凹むが気を取り直して説明を始める。 「えー、今は愉快なヘビ君が顔を出すだけですが、例えばこの装置を荷車に載せて車輪を回させる。 すると馬がいなくても荷車は動くのですぞ!例えば海に浮かんだ船の脇に大きな水車をつけて、この装置を使って回す!すると帆が要りませんぞ!」 「魔法で動かせばいいじゃないですか。そんな妙ちくりんな装置使わなくても」 「妙ちくりんと申したか」 ザ・ワールド! 何時もと違う妙に重い声で答えたコルベールに先ほどまでざわついていた教室が一気に静まり返った。 「おほん…!諸君!よく見なさい!もっともっと改良すれば、この装置は魔法が無くても動かす事が可能になるのですぞ! ほれ、今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して断続的に点火できる方法が見つかれば……」 咳払いをすると何時もの調子に戻ったコルベールだが『ハイ』になっているのはただ一人である。 生徒達は全員『それがどうした』という宇宙最強の台詞を頭に思い浮かべている時、一人声を上げる物がいた。 「エンジン…形態からして熱機関の火花点火式機関…ってとこだな」 妙に詳しかったりするが、ぶっちゃけギアッチョのたまものだ。 ギアッチョは妙に雑学に詳しいのである。 その手の知識だけならチーム1と言っても過言では無いのだが決まってキレるためギアッチョが雑学を披露しはじめたら周りの物を片付けるというのがチームの暗黙の掟となっている。 「えんじんとな?」 「オレんとこじゃそいつを使って、さっき言ってた事をやってる。ま…そいつじゃ無理だな。 出力が弱すぎるし、基本的な技術が足りねぇ。要はまだまだ発展途上って事だ。…だが独力でこれを作ったのには、いやマジに恐れいったよ」 「分かってくれるのかね…ミス・ヴァリエールの使い魔だったね君は…これで、船や馬車が動いているとは君は一体どこの生まれなんだね?」 「イタリ…ッ!」 イタリアと答えようとするプロシュートの腕に思いっきり肘撃ちをかましたルイズが小さく話しかける。 「…余計な事言うと、怪しまれるわよ」 この世界にイタリアが無い以上説明したとしても理解して貰えまいと思い、この場はルイズに任せる事にした 「ミスタ・コルベール。彼は…えー、その…そう!東方のロバ・アル・カイリエからやってきたんです」 コルベールが驚いたようにして一応の納得をする。メンドイのでプロシュートもそれに話を合わせそこで一応話は収まった。 「さぁ!では皆さん!誰かこの装置を動かしてみないかね?発火の呪文を唱えるだけで愉快なヘビ君がご挨拶!」 もちろん誰も手を上げる者は居ない。その様子に『家族は来ない』と寝ている横で何百回と囁かれた病人の如く肩を落すコルベール。 そこにモンモランシーがルイズを指差す 「ルイズ、あなた、やってごらんなさいよ。土くれを捕まえ、秘密の手柄を立て、あんな使い魔を召喚したあなたなら簡単でしょ」 『あんな使い魔』という言葉に教室が凍りつく。 今でこそ、大人しくしているがルイズの使い魔はギーシュを決闘で斃しているのである。 しかも老化というわけのわからない先住魔法ともいえる力で。 「やってごらんなさい?ほらルイズ。『ゼロ』のルイズ」 プッツン 「貴様程度のスカタンにこのルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがナメられてたまるかァーーーー!!」 と心の中で叫びながら無言で教壇の装置に歩み寄る。 「止めとけ、オメーの爆発じゃその装置が持たねぇ」 その台詞でルイズの二つ名の由来を思い出したコルベールが半泣きになりながら説得を試みる。 ――が、無駄だった。鳶色の瞳がマジシャンズレッドの如く燃えている。 「やらせてください。わたしだって、いつも失敗しているわけではありません。たまに成功、します。止めてもやります」 声が震えているルイズを見てプロシュートは無駄だと悟った。 ギアッチョと同じである。ギアッチョもキレる前には声が震えている。 そう思った瞬間、即座に撤退を決め込みここら辺共に行動しているキュルケとタバサを引っつかみ教室を出た。 出てしばらくすると、爆発が起き窓ガラスが割れ中から悲鳴が聞こえ 「ミスタ・コルベール、この機械壊れやすいです」 という声が聞こえた。 頭を押さえながら教室に入ると、消火に使われた水で教室が水浸しになり椅子や机の燃えカスが散乱していた。 「ギアッチョの方がまだマシだな…」 ギアッチョならキレてもせいぜい机か椅子一つで済むが、この被害はそれを圧倒的に上回っている。 まぁキレる頻度はギアッチョの方が圧倒的に多いのでどっこいどっこいなのだが。 「余計なお世話だったかしら?なにせあなたは優秀なメイジだもんね、あのぐらいの火、どうってことないもんね」 勝ち誇ったようにモンモランシーが言うがルイズは悔しそうに唇を噛み締めるだけだった。 「…ちったぁ学習しろオメーは」 教室の片付けを終え、ここにきて扱い方をペッシからギアッチョに変えようかと思っていたプロシュートが半分呆れたように言い放つ。 「オメーの爆発は使いどころと場所を考えねーと洒落になんねーんだからな オレの仲間の一人がよく言ってたが能力ってのは使い方次第でいくらでも変わるもんなんだぜ」 「能力って言うけど…だったら、どうしてわたしは魔法が使えないの?あんたが伝説の使い魔なのに… 強力なメイジになんてなれなくてもいい。ただ、呪文を普通に使いこなせるようになりたい。得意な系統も分からずに失敗ばかりなんて嫌」 (スタンド使いがてめーの能力に気付かずに能力が一部暴走してるのと同じ…ってとこか) それを聞いて、やはりペッシ扱いだなと心でそう思う。 「得意な系統を唱えると体の中に何かが生まれて、そのリズムが最高潮に達すると呪文が完成するって言うんだけど、そんな事一度も無いもの」 「得意な系統がねーんなら自分で探しゃあいいだろ。ロクな道が無いんなら自分で草掻き分けてでも突っ走りゃあそのうち辿りつくもんだ」 もちろん意図は、ヤバイ状況で後退するよりむしろ前に出ればいい結果が出るという特定の世界の法則だが、当然そんな事知らないルイズは別の方にと受け取った。 「系統なんて全部試したわよ!『土』『水』『風』『火』知ってるでしょ!?あんたまでわたしの事、馬鹿にしてるのね!もう知らないわよあんたの服の事なんて!!」 そういって部屋へと駆け出す。 残されたプロシュートは苦笑いだ 「ペッシとギアッチョを足して2で割ったら、ああなんだろうな。試してねーのが一つだけあんだろーによ」 一応ルイズの部屋の前に行くが当然鍵は掛かっている。軽くノックをしても返事は無い。 どうしたもんかと下に目をやると文字が書かれた紙きれを見付けた。 「読めねぇな…やはり文字も覚えないと駄目か」 書置きという手段を取るとは思えないが、一応確認しておく必要はある。 タバサかキュルケあたりに読んでもらうという手もあったが、タバサの部屋は知らないしキュルケは何か色々悪化しそうなので除外した。 厨房の連中なら問題無いだろうと思い食堂に向かうと、シエスタが歩いているのを見付けた。ご都合主義万歳 「よぅ」 「ひゃあああああ」 「……オメーもか」 今朝凄まじく、同じ光景を見たような気がして軽く頭痛がする。 「驚かさないでくださいよ…ってどうしたんです?こんな時間に」 「ルイズの地雷踏んで締め出し食らってな」 「まぁそれは大変ですね…」 「で、そっちは何やってんだ?」 「あ!あの…!その…!珍しい品が手に入ったのでプロシュートさんにご馳走しようと思って厨房に行く途中だったんですけど」 「珍しい…?まぁオレにとっちゃあほとんどが珍しいもんなんだが…」 「東方のロバ・アル・カイリエから運ばれた『お茶』っていうんですけど」 (茶?…珍しいもんでもないだろうが…) イタリア人であるプロシュートにとって茶とは当然紅茶のことであり、ハルケギニアにも存在するため珍しくもなんともない。 目的地も同じだったため、厨房に向かうとマルトーが出迎えてくれ、茶を淹れてくれた。 「…こいつぁ…紅茶じゃねぇな」 「どうだ、珍しいだろ」 あまり口にする事が無いが、過去数度味わった事はある。 (日本…か、任務で数回行ったきりだが、そん時に飲んだな) 日本への任務は数が少ない上、色々と厄介なのでベイビィ・フェイスの分解で死体も残らないメローネが主に担当していた。 帰ってきたメローネが大量の紙袋や背負った鞄に巻いた厚紙などの荷物をよく持ち帰ってくるので、任務がついでという感じだったのだが。 (確か、メローネのやつそれをびーむさーべるとか言ってたな…どうでもいいが) とにかくプロシュートも数度行った事はあり、その時に着物を着て飲んだ事はある。 外人が着物というのも目立つと思うだろうが、時期が時期だけにそっちの方が逆によかった。 ただし、もう二度と着たくねぇというのが感想だったが。 「…まぁ懐かしいっちゃあそうだな」 「懐かしい?ああ、プロシュートさんは東方の出身なんでしたね」 懐かしいという言葉が思わず口にでてヤベーと珍しく少し焦る。 「プロシュートさんの国の話、ぜひ聞かせてください」 「おう、そいつぁ俺も聞きてーな」 一瞬言葉に詰まる。さすがにイタリア・ギャングの勢力状況などを話すわけにもいかない。 どうするかと思ったが、まぁ日常生活の範囲で話せばいいと思い茶を啜りながらイタリアの事を話し始めるハルケギニアとは大分違う文化に目を丸くする二人。 とりあえず全面的に信じてくれているご様子。 「凄いですね…」 「スゲーもんだな…」 「まぁ…それだけ厄介な問題もあるがな」 警官や役人の汚職の事など話でも意味が無いので割愛し一通り話を終えると結構な時間が経っていた。 「もう、こんな時間か。俺はそろそろ部屋に戻るがお前さんはどうするんだ?」 「締め出し食らってるからな…まぁ適当な場所で寝る」 「勝手なもんだな貴族ってのは!」 「オレが地雷踏んだからな」 と、そこにマルトーがプロシュートを見ているシエスタを見て、笑みを浮かべながら天までブッ飛ぶような台詞を吐いた。 「…そうだ、使用人の部屋が空いてたな。シエスタと同じ部屋だが…なに問題はあるまい!」 豪快に言い放つがシエスタは真っ赤である。 「マママママ、マルトーサンナニヲイッテルンデスカ」 「ん?嫌だったか?そりゃあ残念だ。それなら俺んとこにくるか?」 「イイ、嫌ダナンテイッテマセン…ケド」 「じゃあ、決まりだ。ほれ行った行った」 もう急き立て二人を厨房から出すが、去り際に一言残す 「ああ、鍵は掛けとけよ?急に誰かが入ってきて色々と見られたくないなら」 メイド・イン・ヘヴン!アドレナリンは加速し脳内妄想は一巡する! ボッシュウゥゥゥゥっというような音がして茹で上がったシエスタが倒れこんだ。 「あー、ちぃっとばかしからかいすぎたな」 ガハハとヘビー・ウェザー笑いをかますマルトーだがシエスタをプロシュートに預けると真顔になる。 「こいつは、本当にいい娘なんだ…だから…Goだ!Go!」 「表情と台詞が合ってねーぞ…」 「ハッハッハッハッハ!まぁ冗談だ!冗談!それじゃあ頼んだぜ!」 シエスタを部屋に運ぶと、適当な所に寝かせ自分も別のところに横になる。 さすがに教室の掃除なんぞをさせられたため疲労感はあった。 「あのオッサン、誰かに似てると思ったが…ホルマジオだな」 全てがそうではないが、誰かをからかう所がそっくりだと思いそのまま眠りについた。 余談だが、朝起きた時同じ部屋に居るプロシュートを見てシエスタが気絶するという事を三回程繰り返したのだが割愛させて頂く。 「…落ち着け」 「す…すいません…」 やっとこさ落ち着つかせたのだが、昨日拾った紙切れを思い出しそれをシエスタに見せた。 「これ何て書いてあるか分かるか?」 「…ミス・ヴァリエール宛の仕立て屋の請求書ですね…結構な額ですよこれ」 仕立て屋と聞いて昨日プッツンしたルイズが言った台詞を思い出した。 (しょぉ~~~がねぇなぁ~~) 思わず仲間の口癖が思い浮かぶ。 「手持ちじゃ足りそうにねーな…悪るいが頼みがある」 「え、その、はい!プロシュートさんの頼みならなんでも!」 「ふにゃ…わたしの側に…近寄るなぁぁぁぁぁぁぁ!」 どんな夢を見ているのか知らないが某ボスの如く寝言で叫んでいると扉が開き、キュルケが入ってきた。 ちなみにフレイムも一緒だ。 「きゅるきゅる…(これが初登場?遅くないかな?かな)」 グレイトフル・デッドの能力と凄まじく相性が悪いため出番は多分あまりない。合唱。 「おーい、起きなさい」 「うーん…次はいつ…どこから…」 「フレイムー♪」 ボウッ!っとフレイムが炎を吐きルイズの鼻先3セントまで炎を出し炙る。 「くらってくたばれ…かいえ…わきゃあああああ!熱!熱っい!」 「相変わらず寝起きが悪いわねぇ。地震とか起こったら死ぬわよ?」 「ななななな、なに勝手に入ってきてんのよーーーーー!」 「わざわざ起こしにきてあげたってのにその言い草?…ダーリンが居ないようだけどどうしたの?」 10秒ぐらい、どこ行ったのにあの馬鹿使い魔ーーーーー!と心中で叫ぶが脳に酸素が廻ると自分が締め出した事を思い出した。 「なにやってるのよヴァリエール。ダーリンがあなたを励ましてくれたのにそれに逆上して締め出すなんて」 一晩寝て頭が冷めたのか、圧倒的に自分に非がある事を自覚し言葉が出なくなる。 「はぁ…早く謝ってきなさいな。 彼、結構厳しいけど相手を信頼してるから厳しくしてくれてるのよ?ま…それが分からないから『ゼロ』なんでしょうけど」 キュルケが部屋を出ると、ルイズが着替え食堂に向かう。 「そうよね…あいつも自信を持てって言ってくれたんだから」 そう思うと急に足取りも軽くなる。 とりあえず謝るのは食事を済ませてからでいいやと思い朝食を摂りながらどうやって謝ろうかと考える。 (昨日は、失敗して落ち込んでただけで、ほ、本気で怒ってたわけじゃないんだから!…でもごめんね) 数度考え直し、これだ!と心の中で小さくガッツポーズを取る。 完璧なツンとデレ。脳内に『パーフェクトだウォルター』という幻聴まで聞こえる。 意気揚々と食堂を出てプロシュートを捜し回るが、居なかった。 いい加減叫びたくなった頃ふと目を窓にやるとそこから見えた光景を見てルイズが固まった。 「別に付いてこなくてもいいんだがな」 「いえ…まだ慣れてないでしょうから。マルトーさんの許可もとってありますし」 「あと、落ちねーようにしろと言ったがつかみ過ぎだ」 「へ…?あ、す、すいません!」 と、プロシュートを前に後ろから抱きつくようにして馬に乗っているプロシュートとシエスタの姿を見たッ! ルイズの目には色々と、その、何だ。背中に当たっている物が見える。というかそこしか見ていない。 「……( ゚Д゚)」 一時間経過 「………( ゚Д゚)」 二時間経過 「…………(゚Д゚)」 三時間経過 「授業サボって何やってるんだ『ゼロ』のルイズ」 「…あ…あ…あ……あんの馬鹿ハムーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 ドッギャーーーーーz_____ン その日トリステイン魔法学校において一人の若きメイジがヘブンズ・ドアー(天国への扉)を開くことになった。 風上のマリコヌル ― 重ちーのように爆破され死亡 ゼロのルイズ ― 爆破の後片付けでその日、一日を潰す。 兄貴 シエスタ ― 夜頃、学院に帰ってくるもプッツンしたルイズにより締め出し継続。再びシエスタが気絶する事になる。 「まだ…死んでないど…」 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/577.html
私が連れて来られたのは広場だった。対峙する二人を中心にギャラリーが出来ている。一体何をするんだ? 何かキザな少年がキザな感じで薔薇を振るうと女騎士が、いや、その形をした銅像が出来た。何故かは知らんが動いてる。ぶっちゃけ無表情な分、人型スタンドより気持ち悪いな。目の保養にもならん。 少年が命令して銅像が突進し殴ろうとした瞬間、銀髪は盗んで来たテーブルクロスで自分の体を隠し、私の中に入った。 なるほど、さては手品ショーか。確かに私の中に入れることを知っているのはいないだろうし、大勢の観客がびっくりするだろう。現に観客のほとんどがポカンとしている。 しかし相手の銅像に関して誰も驚かんのは何故だ?みんな種まで知ってるんだろうか?私も種を教えて欲しいものだ。 相手も消えたことにびっくりした振りをして、私を見るとまるで計画通りというかのようにニヤリと笑い、私を高々と掲げた。なんか前に似た事された気がするなあ。相手は何か叫んだみたいだが気にしない。手品はオチまで静かに待つものだ。 グサッ! ってナイフ!?血が出てるぞ!!?手品じゃ……… …ははあ、あれだな。ペンで貫いたはずのお札が綺麗なままでしたとかいう奴の類か。 イリュージョンからいきなりやってくれるな。私が観客だったら間違いなく拍手を送るだろう。なかなか面白い奴だ。 私の中から出て来ると奴は相手の少年を何度も蹴り飛ばした。何故かは知らんが多分しくじったんだろう。しかし何もそんなに蹴ることは無いと思うが… 少年が立ち上がり、改めて二人が向かい合うと少年は再度薔薇を振った。計七体の銅像が出来上がる。素晴らしい手品だ。種がまるで分からない。 しかしこのあと、奴がそいつらにフルボッコされ始めた。おいおい、手品じゃないのか?相手が怪我したらどうする! しかし少年の銅像はお構いなしに奴を吹っ飛ばした。やり過ぎだろ! しかもその軌道上に私がいる!ヤヴァイ!激突する! ヤッダバァーーーーーーー……ってあれ? 奴は私に激突せず、ガオンと中に突入した。なるほど!計算済みだったのか!こいつは一本取られたな! 私は奴を見直した。今度から奴とか銀髪でなく名前で呼んでやろう。 しかしそれにしても過激な手品ショーだな。これ位のアクションが無いと最近は受けないのか?体を張る商売になったんだなあ。 そんな事を考えていると奴が外に出た。ようやく続きか?と思うと奴の右手に何か刺さっているのに気付いた。 そしていつの間にか男の側に立っていた『者』を見て、刺さっている物が何か分かった。そしてようやく自分の勘違いにも気付いた。こいつらは手品をしてたんじゃない。 こいつらは闘っていたのか。 思い返せば確かに闘いだなと理解できる。つーことは相手はスタンド使いか?しかしあれは明らかに目に見えるし、複数体いる。でもそんなスタンドもいるかもしれない。紅海とかに。 そこからは凄く呆気ない勝負だった。明らかに奴が圧倒していた。もう少年に勝ち目はなく、浮かび上がり石を打ち続けたがどういう訳か墜落した。 ギリギリの所で助かったから良かったが、地面に衝突して顔が潰れるのも見たかった気もする。少し残念。 こうして銀髪眼帯男ことポルナレフは自らのスタンド『シルバー・チャリオッツ』を取り戻した。それと同時に私達は自分達の精神、いや魂の変化に気付くことになる…。 To Be Continued...?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/364.html
トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。 「うっそォ……」 並大抵の出来事には動じないだけの経験をしてきたつもりの徐倫だったが、同じ広大な食堂でも刑務所の物とは全く違う内容に思わず呆気に取られていた。 幾人もの囚人がひしめき合う狭苦しさなど、ダンスホールのようなこの食堂には影も無く、態度のデカイ看守の代わりにメイド服姿の給仕が慎ましく貴族の食事を用意している。 ピカピカに磨かれた長テーブルの上には、徐倫のように粗末な穴倉飯を経験した事のない一般庶民でも十分感動出来てしまうほど豪勢な『朝食』が並んでいた。 "Oh, my GOD!!" 徐倫は思わずこの世界の不条理を嘆いた。 現代社会には有り得ない、分かりやすい身分制度の上下がこの食事一つに表されている。 「なんつー露骨な社会的格差ッ! あのメイドとあんたらが同じもの食ってるワケないわよね?」 「当然でしょ。ここの奉公人は皆平民よ。貴族と同じ物が食べられるわけないじゃない」 本当に微塵の疑いも無く言い切るルイズの言葉に、徐倫は眩暈がした。薄々感じていたが、この世界の社会は元の世界の中世時代に匹敵する。 もう自分の常識が通じる世界ではないのだと痛感した徐倫は、頭を抱えながらもルイズの促すまま彼女の席を引いて座らせた。 「……しかし、スゴイ料理ね」 ルイズに倣うように隣へ座る。 この世界の社会形態に当初は驚きもしたが、いざ食卓に着くと、別の感動が徐倫の中に湧き上がってきた。 言うまでも無く、一般的な庶民層出身の徐倫が食べた事はもちろん、見た事も無い豪勢な料理が視界一杯に並んでいる様はまさに圧巻だった。 「いや、ホントにスゴイわァ……」 呆けながら、無意識に顔はにやけてしまう。 目の前のでかい鳥のローストが徐倫を威圧し、同時に昨日から何も入れていない胃袋が強烈な空腹を訴えてきた。 空腹はもちろん、刑務所の粗末な食事に慣れていたこの体は、きっとテーブルの上のどの料理を受け入れても大いに満足する事だろう。 久方ぶりに『美味しいものを食べられる』という年相応の喜びが徐倫を子供のようにはしゃがせる。 「食べ物で釣られるなんて気に入らないけどさァ、朝からこんな豪勢な物食べられるんなら、あんたの使い魔も悪くないかもねェ~! ええおい! お嬢様ッ!」 既にナイフとフォークを握ってうずうずしている徐倫の肩を、ルイズがぽんぽんと叩く。不機嫌そうな視線が睨んでいた。 「え、何? ああ、はしゃぎすぎた? そうね、貴族の飯なんだから貴族らしくしないとねェ~!」 ルイズは無言で床を指差した。そこに皿が一枚置いてある。 「……皿ね」 「そうね」 「なんか貧しいものが入ってるみたいだけど」 「あのね、ホントは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」 徐倫は理解した。理解して、キレた。 「テメェー、ふざけんなァァーッ!! あたしは犬かいッ!? そーいう扱いはすんなって言ったでしょーがッ!」 「じゃあ、他の使い魔と一緒に馬小屋みたいな場所で食べる? ここに呼んだだけ、わたしはあんたを人間扱いしてんのよ!」 「奴隷扱いの間違いじゃないのォ!? せめて、そこのテーブルに着くくらいは許しないさいよ!」 「このテーブルは貴族専用よ! いい? あんたには自分の立場を理解してもらいたいの、あんたはわたしの『使い魔』としてここにいるのよっ」 「~~~……ッ!」 これ以上の言い合いが不毛であると察した徐倫は、歯を食い縛って口から出かかった罵詈雑言を飲み込んだ。 足元の皿には申し訳程度に小さな肉が浮いたスープと、その端っこに硬そうなパンが二個置いてある。直にではなく、ナプキンを敷いた上に、ちゃんとスプーンが置いてある辺り、確かに最低限人間扱いはされているようだった。 もちろん、それで気が収まるわけではないが、とりあえず徐倫は怒りの矛先を治めて床に腰を降ろした。 これが、本当に犬のようにただ皿が置かれているだけだったのなら、例えこの場にいる貴族(メイジ)全員を相手にする事になったとしてもルイズをぶん殴って大暴れした事だろう。 だが……ここは堪えた。まあいい。まだ、許容範囲内だ。ルイズへの負の感情は殺意にまで上昇したが。 自暴自棄になってはいけない。自分には『やるべき目的』があるッ! それは、この『魔法に関わる場所』に居付き、『元の世界に戻る方法を探す』という目的だッ!! 『不可能』と断言された現実を覆せる『道理を超えた方法』をッ!! 並大抵の事ではないのは理解している。だからこそ、この場所であってはならないのは―――『精神力』の消耗だ。 くだらないストレス、それに伴う『体力』へのダメージ! くだらない『消耗』があってはならない! かつて、徐倫は自分が果たすべき目的の為に地獄のような『厳正懲罰隔離房』の生活を耐え忍んだ時があった。汚物の臭いが漂う中で、虫の混じったパンを食った。 それに比べれば、こんな状況など『どうという事』無い。 『偉大なる始祖ブリミルの女王陸下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします―――』 テーブルに整然と座り並んだ貴族達が厳かに祈りを捧げる中、徐倫は意に介さずスープを啜った。 何が『ささやかな糧』だ。お前らの食事が『ささやか』ならば、こっちの食事は塵か豆粒みたいなモンだろう。 徐倫はこの国の名前などもう忘れたが、いずれここは革命で没落して歴史の教科書に載るだろう、と硬いパンを齧りながら思った。 質素ながらも、スープの味は刑務所で味わった文字通り臭い飯より何倍も美味しかった。 ただそれだけが、徐倫の中の苛立ちを僅かに解消してくれていた。 『ささやかな』朝食が終わり、次はいよいよ授業の時間らしかった。 徐倫にとっては待ち望んでいた時間だ。何はなくとも、まずはこの世界で主流となる『魔法』について知識を蓄えなければならない。 ルイズの『召喚の魔法』によってこの世界に呼ばれた以上、戻る為には同じ魔法の力が必要不可欠な筈なのだ。 徐倫を伴ったルイズが教室に入ると、先に来ていた生徒達がクスクスと笑い始めた。 徐倫に向けられた、完全な嘲笑である。 ルイズはその笑い声に顔を顰めて反応したが、もちろん徐倫は無視した。 ただ、他の生徒が連れる使い魔にだけ注意を払っていた。いずれも見た事の無い生物ばかりだが、それぞれをスタンドとして対応するぐらいの配慮は感じていた。どんな力があるのか全く未知数なのだ。 徐倫が適当な席に座ると、ルイズが睨んだ。 「……ここも貴族専用なワケ?」 「そう」 徐倫は何も言わず、ルイズの席の隣の床に腰を降ろした。 ルイズは文句を言わない徐倫の様子に首を傾げていたが、やがて教師のシュヴルーズが入室すると、そちらに集中した。 「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 やましい事はないのに後ろめたさを感じている表情だ。使い魔でありながら人間である自分が原因だと、徐倫は察したが、唇を噛み締めたルイズの横顔を一瞥する以外特にリアクションは取らなかった。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが、徐倫を見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 誰かの嘲る声が聞こえる。徐倫はもちろん気にしない。特に、これはルイズに向けられた嘲笑だ。 しかし、別段ルイズの事を想ってではないが……徐倫は苛立っていた。教壇の善人そうなババアは、悪意の有無はともかく、明確な意図を持ってルイズの失敗を話題に持ち上げた。 授業の流れを和やかにする為か何なのか知らないが、しかしこちらを『餌』として扱ったのは確かだ。 人の良さそうな顔をしているだけに、それが余計に気に入らない。 徐倫はいきり立つルイズの肩を抑えると、彼女の代わりに立ち上がり、シュヴルーズに向けて右腕を掲げ、中指を立てて微笑んだ。 「はじめまして、よろしくお願いします」 「え……ええ。よろしくね、使い魔さん。マリコルヌ、貴方もお止めなさい」 徐倫の出した右手のサインが一体どういう意味を持つのか分からないシュヴルーズは曖昧に笑って返していた。 場が治まったところで、怒りの矛先を見失ったルイズが憮然とした表情で尋ねてくる。 「ねえ、今の右手の形って、一体どういう意味なの?」 「あたしの世界の挨拶」 徐倫は何食わぬ顔で答えた。 ルイズは自分の右手の中指を立てた『Fuck You』のサインを見ながら首を傾げている。 もし、この『異世界の挨拶』がマヌケにも流行るような事があったら、その時は大笑いしながら本当の意味を教えてやろう、と徐倫は密かに笑いを堪えていた。 僅かなトラブルの後、授業は何事も無く進んだ。 この学院でも授業は春から始まるものらしく、授業内容は魔法に関する基礎的なものから始まっており、魔法初心者の徐倫にも辛うじて理解出来るものだった。 傍らのルイズからも補足を聞き出しつつ、魔法における基礎的な『四大系統』を理解していく。 『土』『火』『水』『風』の四種類ある魔法系統。ついでに失われた系統である『虚無』 更に、その系統を足す事によってメイジとしてのレベルは変わってくるらしい。並行使用可能な系統数に応じて 『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』と上位に階級が付けられる。 そのレベルでの可能な戦闘力や能力の範疇までは分からなかったが、少なくとも『トライアングル』のシュヴルーズは単なる石ころを真鍮に変えて見せた。 ……やはりレベルを計る材料としては、曖昧すぎて足りない。 分かるような分からないような、実感の無い異世界の知識に頭を掻いていると、徐倫はふと疑問を抱いた。 「……ルイズ、あんたは幾つ系統を足せるの?」 徐倫にとって最も身近で協力も仰ぎやすいルイズのメイジとしての実力を把握しておこうという考えで口にした疑問だったが、ルイズはその問いに黙り込んでしまった。 ひょっとして、成績は悪い方なのか―――? 少しばかり失望する徐倫は、しかしすぐにその考えを改める事になる。更に悪い方向へ。 「ミス・ヴァリエール! 授業を聞いていましたか? お喋りするほど余裕があるのなら、この『錬金』は貴方にやってもらいましょう」 徐倫との会話を見咎めたシュヴルーズが、そう促した。 何故かルイズ自身や周囲がその行為に対して、ひどく気の進まない反応を見せる中、徐倫は不審に思いながらも状況を見守っていた。手っ取り早くルイズの実力を見る事が出来るのだから、止める理由など無い。 「ご指名でしょ。行ってくれば? それとも何、『失敗する自信』があるワケ?」 小声で挑発染みた言葉を呟く徐倫をキッと睨むと、ルイズは意を決したように教壇へ向かった。 途端、周囲で劇的な変化が起こる。 まるで何か災害が発生する前触れを感知でもしたかのように、生徒達が一斉に各々の机や椅子の下に隠れ始めた。 その反応に徐倫もようやく危機感を感じ始める。沈没する船の中で、自分だけが救命ボートに乗り遅れてしまったかのような焦燥。 シュヴルーズだけがニコニコと見守る中、ルイズは一心に集中して呪文を唱え、杖を振り上げて、一呼吸後に振り下ろした。 その瞬間、石ころは机ごと爆発した。 「なんだそりゃァアアアアーーッ!!?」 予想の斜め上を行く、文字通りぶっ飛んだ結果に徐倫は絶叫しながらも、爆風の中『ストーン・フリー』を発動させる。 この世界で二度目のスタンド能力使用となるが、完全に使えるかどうか考える暇も無く無意識に使用していた。自分を守る為ではない、爆風で吹き飛ぶルイズに対してだ。 自分自身も爆風に煽られながら、『ストーン・フリー』の糸を伸ばして、飛んでいくルイズの背後に『ネット』を編み込む。それは丁度ボールをキャッチする網、体を支えるハンモックのように! 壁に激突する寸前でルイズの体はネットにキャッチされたが、その勢いで何本か糸が千切れ、フィードバックとなって徐倫の指先が裂けた。 距離があって『糸』の強度が落ちた事も原因だが、何より十分にネットを編み込む事が出来なかったのだ。放出できる糸の数や長さ、そして強度も想定よりずっと足りない。 「クソッ、スタンドパワーが落ちてるのか……ッ?」 血の滴る指を押さえながら悪態を吐く。 その周囲では、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。室内での爆発は凄まじい影響を周囲に与える。使い魔達は混乱し、統制を失って暴れ狂っていた。 爆心地に近く、庇えなかったシュヴルーズは黒板に激突して、倒れたまま動かない。時折痙攣しているから生きてはいるようだ。 大惨事の犯人は、煤で黒くなったボロボロの姿でむくりと立ち上がった。 爆発そのものの影響は衣服以外に及んでいないらしく、怪我は無い。壁に激突する事もなかったので痛みすらなかった。もちろん、彼女は徐倫が助けた事に気付いていないだろう。 「……ちょっと失敗したみたいね」 ハンカチで顔を拭きながら、ルイズは淡々と呟いた。しかし、努めて冷静に教室内の惨状を流そうとしている事は明白だった。 当然のように他の生徒達から反論を受けるルイズを呆然と眺めながら、徐倫は混乱する頭で『ゼロのルイズ』という呼び名の意味を正確に理解していた。 『成功率ゼロのメイジ・ルイズ』 「……やれやれだわ」 なるほど、自分のご主人様の実力は理解した。 飛びたい気分だった。まず一歩、目的達成から『遠ざかった』のだ。 自分にとって最も身近な協力者が無能という現実を知り、徐倫は元の世界へ戻る道が長く険しいものだと改めて実感したのだった―――。 To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2261.html
・・・ あったかい。 ルイズは他人の背中の上で目を覚ました。 久しぶりの感覚だ。 最後におんぶされたのはもう何年前のことだろう。 確かあの時も泣き疲れて、そして、あの人は後ろを振り向いて 「目ェさめたか?」 目の前にあったのはッ!いかつい顔ッ!! ルイズは韻竜も裸足で逃げ出すような速さでその顔にビンタを喰らわした。 使い魔の兄貴(姉貴)!!~夜が来る!(前編)~ 「イッテェェェェ!!!な、な、何をするだぁーーーー!! 「い、いいいいきなり変な顔見せんじゃないわよ!!」 「変だとォ!?テメェ、感謝の言葉ならまだしもそんな事言うか、ええ、オイ!?」 「あんたに何感謝しろって言うのよ!変態!痴漢!バカッ!バカッ!!早くおろし、て・・・」 「イテェ、イテェ!!やめろっ、てェ・・・」 ルイズは抗議するようにエルメェスの頭を両手で叩いた。 エルメェスは思わず両手で頭を守った。 ということは、 「ええぇぇぇぇえええぇぇ!!!??」 支えを失ったルイズの体は引力に従い、ゆっくりと落ちていく。 「だあぁぁあ!!『キッス』!!」 ルイズの体は突然、宙に浮いた。 答え、③、③!③!!③!!! (何?今の電波。) それよりもいまのルイズにはもっと気になる事がある。 なんで自分の体は浮いてるのだろう。 使い魔である彼が受け止めたワケではない。 空中で何かに支えられている。 支えられている、という実感はあるがそれが何なのかはわからない。 ゆっくりと彼のほうを見ると両膝を地面について、頭を抱え込み後悔のポーズをとっていた。 「これ、あんたがやったの?」 そう聞くと彼は力なくうなずいた。 「とりあえず契約は成功してるようだし、簡単な自己紹介と、さっき何をしたのかをサクッと話して頂戴。」 ルイズは自分のベッドに座り、そしてエルメェスを椅子に座らせた状態でそう切り出した。 (隠そうと思ってたんだがな・・・) 事故になりそうだったとはいえ、スタンドを使うのは軽率だったかもしれない。 いかつい顔をもっといかつくし、エルメェスは今の事態について考える。 ここが学校ということは危険な状況に立つことはそんなにないだろう。 キュルケの手助けを借りれば多少危険な状況でも回避できる。 計算通りに運べていればあと三ヶ月は隠しとおせるはずだった。 「ねぇ、聞いてるの!?自己紹介よ!自己紹介!!」 せかすようにルイズが言うが、その言葉はエルメェスの耳には届かない。 (いや、逆に考えてみよう。こいつを落として傷つけていたとしたら、今度は間違いなくキュルケの魔法を喰らっていただろうな。) 「ちょっと、自己紹介だってば!」 言葉が通じていないのか、もしかして難聴者なのか、一切返事が返ってこないことにルイズは戸惑っていた。 エルメェスとしては無視している感覚はない。深く考えすぎていて周りが見えていないだけ、ただそれだけである。 「ねぇ!?・・・ねぇ、ってば・・・聞こえてる?」 一向に反応を見せないエルメェスに、心細くなったのだろうか、ルイズが少しずつ少しずつ近づいて行く。 (そう考えると、スタンドは出して正解だった。でも、この場はごまかせるのか?) 二人の距離はだんだんと近くなっていき、そして最後にはルイズがエルメェスの顔を横から覗き込む形になった。 「・・・」 「・・・」 朝から騒々しく動き回っていた二人の間に今日最初の静かな時間が流れる。 ルイズは初めて自分の召喚したエルメェスの顔を直視した。 気絶している横顔ならば見たが、こうやって活動をしている顔を見るとまた違った雰囲気が見られる。 自分やほかの学生たちよりも少し荒々しい顔の創りや、この辺りでは見たことのない珍しい化粧もはっきりと見えた。 鼻がやや高く、その鼻の上部、深めの彫りの中にある目はひざの上で組んでいる手をずっと見続けている。 額とあごには妙な黒い線が入っている、きっと化粧の一種だ。何のためのものかはわからないがきっと最初の予想通り旅芸人としての、もしくは民族的なものなのだろう。 唇にも化粧は施してあり、黄緑色に近い色の口紅が塗ってある。緑という人間の顔につけるには程遠いおかしな色なのに不思議と違和感は感じられない。 頭には変な石。これも黄緑色で結いこまれた髪の黒によく映えている。 服も特徴のあるものを着ている。相当黄緑が好きなのだろう、上に羽織っている服も黄緑色と来ている。内側の服は材質はわからないが暖かそうだが、袖は無く生地は脇までで止まっている。首もとの生地は丸まっていてやはり保温性には優れていそうだ。 上着はいいとして、内側の服は何を目的として作られた服なのかまったく見当がつかない。暖を取るための服にも見えるが、下の方を見るとふくよかな膨らみの下、へそは上着の下でしっかりと露出されている。 「ッて、胸?」 もう一度確認してみるが確かに胸がある、しかも自分よりも数段大きい。ためしにつついてみるが、やはり本物の胸の感触だ。 何故男の胸がこうも豊かに膨らんでいるのか、そういう種類の人間なのか。 よくわからないが気に食わないのはその胸のサイズだ。主人である自分がそこそこ、まぁ良く言えばスレンダーな体型なのにこれはないだろう。 偽物かもしれない、いや偽物のはずだ。きっと何か詰め物をしているはず。 偽るということは良くないことだ、ルイズは自分の誇りを貫き通すため、真実を確かめるためにエルメェスの胸をそっと揉んでみた。 それはいつも無理やり押し当てられるキュルケのそれとよく似ていた。 勘違いかもしれない、と一心不乱に揉み続けるルイズ。 今後のことを考え続け、そんなことにも気づかないエルメェス。 エルメェスがルイズの奇怪な行動に気づいたのはそれからしばらくたってからだった。 「ヘイ、テメェ。あたしの胸でいったい何をしてんだ。」 とりあえず今後のことについて主人であるルイズと話そうと思い、顔を上げたエルメェス。 そんな彼女が最初に見たものは、涙目になりながら自分の胸を揉みしだくルイズだった。 いくら男勝りとはいえ、エルメェスも所謂普通の女の子である。そんなことをされればどうなるかは考え付くところだろう。 しかしルイズはというと、『一心不乱』を体現するように我を忘れてエルメェスの胸を揉み続けている。 前記されている通り、エルメェスは常人よりも少しだけ沸点が低い。ゆっくりと拳を握り、ルイズの頭の上にもっていく。 結果は当然、 「人の話を聞けェェ!!!」 鉄拳制裁である。 「痛ッ―――――!!あにすんのよ!!!」 「それはこっちの台詞だ!つーかなんで人の胸ずっと揉んでんだよ!!」 「なんでって胸、やっぱりこれ胸なの!?詰め物とか牛の油とかじゃなくて。でも何で男に胸が必要なのよ!!」 「オイ誰が男だ、誰が。」 ああいえばこういう、その言葉がよく似合う光景が展開されていく。 「どっからどう見ても男のくせに、何よ、私を馬鹿にしてるの!?」 「男だァー!?ざけんなコンチクショー、どっからどう見ても、ただの艶やかなお姉さんだろうが」 「誰が艶やかだ、誰が!」「あたしだ、あ・た・し!!」 「ルイズー、エルメェスー?何かあったのー?」 『すっこんでろ!!!』 ひとしきり騒いだあと、二人はまた元の位置につく。 そのころにはもう、二人とも体力も残り少なくなり、肩で息をしていた。 「で・・・あんた、名前は?」 「エルメェス。エルメェス・コステロだ。」 TO BE CONTINUED・・・
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2157.html
キュルケとギーシュの二人に両脇を抱えられて空を飛ぶルイズの左目には、途切れる事無くジョセフの視界が映り込んでいた。 自分を殺そうとしてくる何人ものワルドが次々と打ち倒されていく光景は、目を閉じても否応無しに見せられ続ける。 薄汚れた暗殺者でトリステインを裏切った重罪人だとしても、憧れの人だった青年であったことは変え様が無い。しかし今、実際に襲われているのは自分ではない。ジョセフだ。 自分の中にあるはずもない魔法の才能に求婚したワルドと、守ってやると誓ったジョセフ。今のルイズがどちらに重きを置いているかは、斟酌するまでも無い。だが、それでも。まだワルドの変貌に気付いてから一日も経っていない。 そう簡単に割り切れるものでは、なかった。 「もっと急いで! このままじゃ、ジョセフが……」 「黙ってて! これでも私達の全速力よ!」 「焦る気持ちは判るよ、ミス・ヴァリエール! 僕達だって友人を失いたくないからね!」 普段の飄々とした軽薄な雰囲気を感じさせない切羽詰った二人の返答に、ルイズは言葉を詰まらせた。 「ご……ごめん。うん、判ってる……でも……」 ルイズを抱える手に僅かに力を込め、キュルケは火のような赤い瞳を彼女に向ける。 「言っておくけど、私達の精神力はもう期待しないで。正直、もしかしたらタバサ達と合流する前に精神力が尽きるかもしれない。もしジョセフが負けた時、私達が戦わなくちゃならないとしたら――」 一旦言葉を切り、一瞬だけ無言で鳶色の瞳を真正面から見据えた後、言い切った。 「あの裏切り者と戦うのは貴方よ、ヴァリエール」 「……判ってるわよ、そんなのは……!」 微かに出るのが遅れた言葉は、その事実に目が向いていなかった事の証明だった。 判っていなかったのではなく、あえて目を背けていたのだろう、とキュルケは考えた。 (無理もないわ。でもねルイズ、それでもアンタはダーリンを助けに行くと言ったのよ。アンタの中では、もうとっくに答えは出ているということよ。踏み切るなら、早い内の方がいいわ。下手に迷うと……みんな、死んでしまう) キュルケの中で走る思いは、言葉にはならない。それは言うまでも無いことだからだ。キュルケが知っているルイズという少女は、魔法の才能はゼロだが聡明で誇り高く、ジョセフ・ジョースターという老人を大切に思っている。 しかしかつての憧れの人物を、裏切り者だと知ってすぐに掌を返して敵対できるような性格でないことも、よく知っている。 そうと知っていてルイズの望みを叶えようと、枯れかけている精神力を絞り出して空を翔けている。 (私ってば情が深いのよね。博愛主義、というやつなのかしら) くす、と小さな笑みを浮かべ。自分には見えない光景を見ているルイズの表情の変化は、どんな言葉よりも雄弁にジョセフ達の窮地を教えてくれる。 無二の親友タバサと、愛するジョセフを救うため。そして認めたくは無いけれど。 先祖代々の仇敵と言えども、ルイズという友人の為に。 三人の少年少女は、一日足らずの滞在となったニューカッスルへ再び接近した。 昨日見た光景とは違い、既に城は無残に崩れ落ちてしまっている。先程出航してからさして時間も経っていないのに大きく変わった岬のシルエットに驚いたのも束の間。 続けて岬全体がゆっくりと大陸からずれるように滑り落ちていく。 「うわ! 見てみなよ二人とも! 岬が……岬が、落ちていく!」 ギーシュが言うまでも無く、ルイズとキュルケは落ちる岬に視線を奪われていた。 「……今まで正直信じられなかったけど……本当に岬って落ちるものなのね……」 たった一言呟いて、キュルケは思いを新たにした。 あれだけのことをやってのける人物は、必ずツェルプストーに大きな利益を齎すことだろう。それがヴァリエールの恋人だというのなら、ツェルプストーの伝統にかけて、何としてもモノにしなければ。 (……でも、御先祖様達がやってきたことよりずっと難しいだろうけど) モノにする本人がルイズを猫可愛がりしているのは明らかだし、何よりルイズもジョセフを大切に思っている。それでも、目標が困難ならば困難なほど燃え上がるのは、ツェルプストーの血筋と言うものだった。 だがルイズは眼前で起こるスペクタクルの他にもう一つ、注視しなければならない情景が左目に休み無く映し出されていた。 正にその時、ジョセフはシルフイードの背を蹴りその身一つでワルドに躍り掛かった。 左腕から迸るハーミットパープルがワルドへ奔るが、ワルドはグリフォンの機動と風の渦で紫の茨を薙ぎ払い回避していくが、一本の茨が遂にワルドの左腕を捕らえた。 ルイズは知る由もないが、それは奇しくも昨夜の戦いと同じ流れ。 昨夜はジョセフの左腕を放つ一撃でワルドの左腕を切り飛ばした。 今もまた、ジョセフの左腕から放たれた茨を伝った波紋がワルドの腕を吹き飛ばした。 しかしそこからは、昨夜とは異なっていた。 ワルドは瞬時に自らの左肩を自分の作り出した風の渦で切り離し、波紋の伝達を防ぐ。 グリフォンの翼が大きく振り払われ、視界が大きく回転する。 空の青と雲の白が目まぐるしく入れ替わる中、恐ろしいスピードで迫ったグリフォンの前脚が振り下ろされるのが見え――ルイズは、目を閉じるのではなく、見開いた。 「ジョセフ!!」 赤い何かが目の前に飛び散っているのが見える。それが自分の血ではなくジョセフの血だと判別するのも一瞬遅れた。 空を落ちていく視界に、今しがた吹き飛ばされたはずのワルドの左腕が、瞬時に再生するのを、ルイズは確かに目撃した。 見る見るうちにグリフォンが小さくなっていく視界。 ルイズは、ふる、と小さく首を振った。 これが夢なら、どんなにいいだろう。 ワルドは昔と変わらない憧れの人で。アルビオンは滅びることなんか無くて、アンリエッタとウェールズが手を取り合えて。ジョセフもお調子者で自分を怒らせたりするけど、ただ側にいてくれて。 どうしてこんなことになってしまったんだろう。 「うっ……」 喉の奥がつんとして、おなかの底から堪え切れない波が押し寄せてくる。 熱くなった目に涙が溜まってぽろぽろと風に流されていくのが、判る。 「う、うっ……」 泣くものか。泣いてたまるか。泣きたくなんか、ない。 昨夜だって。ワルドが倒されてジョセフに抱き締められた時だって泣かなかったじゃない、私。今泣いちゃ駄目。だってまだ、ジョセフは死んでない……左目に、ジョセフの見ている物が見えるんだもの……。 「……ミス・ヴァリエール。ミス・タバサの風竜が見えたよ」 込み上げる涙を何とか押し留めようと必死に自分に言い聞かせていたルイズに、少しばかり言いにくそうに言ったギーシュの言葉が届く。 涙で滲む両目を袖で拭うと、前から猛スピードで飛んでくるシルフィードが見えた。 「……ええ、見えるわ……」 たった一言答えて、ぐ、と嗚咽を飲み込んだ。 まだ胸はしゃくり上げるのを止められないが、呪文の詠唱は出来ないことはない。 シルフィードは空で巨大な半円を描くように旋回することで、三人を背に乗せるための減速と同時にすぐさま元の空域へ戻れる機動を行う。 タバサがワルドに反撃する為の手段を求めていたのも確かだが、ルイズ達がフネを離れてわざわざここまで来たという事は、ジョセフとの感覚の共有で今しがたのアクシデントを察知したからだ、という推論に達するのは自然とも言える。 ルイズ達の飛行ルートとシルフィードの旋回するルートを巧妙に合わせ、互いのスピードを無理に調整することも無く三人をシルフィードの背に乗せることに成功した。 決して短くない距離をフライで飛んできたキュルケとギーシュは、既に戦力として望むべくもない。気を抜けば今にも気を失いかねないほど消耗している。 残る戦力となるルイズに頼るしかない状況の中、タバサはルイズを見やる。 「シルフィードが怪我をすればトリステインに帰還出来ないかもしれない。だから私は回避に専念する他ない。貴方の魔法だけが頼り」 要点のみを連ねたタバサの言葉に、ルイズは泣き腫らして赤くなった目を袖で拭った。 「判ってるわ……! ワルドを倒して……ジョセフを、助けに行かなくちゃならないんだもの……!」 それはタバサに答える言葉と言うより、自らに言い聞かせる類の言葉。 そうやって口にしてもまだ断ち切れないほど、彼女に縛り付いた躊躇は弱くなかったが。 * 激痛などという甘い言葉で表現できない衝撃。 人生の中で何度も味わった感覚を、ジョセフは感じていた。 高い空から地面に向かって落ちていく経験は何度もあるが、だからと言ってそれに慣れられるという訳ではない。 (アバラは2、3本じゃすまんくらい折れている……胸の肉も大分抉られてる……呼吸は何とか出来るがッ……波紋は練れんッ……) むしろライオン並みの大型の獣の前脚を食らってこの程度で済んでいる、というのは幸運以外の何物でもないのだが。 だが年老いてもなお明晰さを保持しているジョセフの頭脳は、既に答えを導き出していた。 (このままでは助からない) 飛行機も無ければパラシュートも無い。 せめてもの救いはタバサとウェールズを逃がすことは出来たということ。 だが、こんな異世界で死んでしまえば。地球に残してきた家族や友人達を悲しませてしまう。そしてあの小生意気な主人も。 (ちくしょうッ……わしも今まで奇妙な敵達との死闘を潜ってきたが……最後があんなクソガキに負けて死ぬっつーのはカンベンしてほしかったわなァ――) ものすごい速度で空を落ちていく中、ジョセフの意識は不思議なほど明朗だった。 「――思い出したぜ、相棒」 落下の最中、左手に握られたままのデルフリンガーが、言った。 「ボッコボコにされたあいつがなんでピンピンで戻ってきたか思い出したぜ! でもその種明かしはまた後だ、実はもう一つ思い出したことがあるんだよ!」 デルフがそう言った直後、ジョセフの身体が自身の意思を無視して動き始める。 乱れた呼吸が整い、激しい生命力に満ちた呼吸に変貌していく。 その呼吸は、ジョセフにとって非常に馴染み深いものだった。 全身の痛みを和らげ、何本も折れていた肋骨が見る見るうちにくっつき、胸から吹き出し続けていた血が止まっていく。 「これはッ……波紋!?」 「その通りだぜ相棒! 俺っちにゃ吸い込んだ魔法の分だけ使い手の身体を動かす力があるんだよ! 疲れるから使いたくはねえんだがな! 足とか手とかなら動かしたことあるけどよ、こんな妙ちくりんな動かし方させたのは初めてだが何とかなったな!」 「空は飛べたり出来んのか!」 「そこまでムチャ言うんじゃねえよ相棒! そこらは自分で何とかしてくれよ!」 「伝説の剣ならそのくらいの機能つけといてくれんか!」 軽口を叩きあいながらも、ジョセフは先に空中に落ちたニューカッスルの岬を見下ろす。 自分が落ちたのは岬が落ちてから数秒後のこと。 あれだけ巨大な物体が受ける空気抵抗はかなり大きい。ならば。 「無理を通せば道理が引っ込むって言葉もあるよなァ!」 空中で無理矢理姿勢を立て直し、両足を下に向けて空気抵抗を成る丈殺して落下速度を早める。 下から吹き上げる風圧に巻き上げられた城の瓦礫に狙いを定めて足を付けると、落下する方向を変える為の跳躍を繰り返す。 瓦礫と言えども中にはかなり大きなものも多い。打ち所が悪ければ死ぬかもしれない。 しかしジョセフは巧みに瓦礫の八艘飛びを成功させると、止まる事無く落下を続けている岬へ見事着地した。 瓦礫さえ吹き上げる風圧の中、ジョセフが岬に立っていられるのは吸い付く波紋で足を地面にくっつけているからである。 「で、岬に着いてどーすんだ相棒。このスピードじゃ落ちたら死ぬぜ。俺っちは剣だからもしかしたらどうなるかもしれねぇがよ」 まるで他人事のように評論するデルフリンガーに、ジョセフは何でもない事のように言った。 「とりあえず最後までやれるだけの事はやってから諦めるしかあるまい。何とか出来そうな心当たりがないワケじゃあない」 「あるのかよ?」 「やるだけのことはやってから死ぬのがジョースターの伝統でなッ!」 そう言った瞬間、ジョセフは空を落ちる地面を走り出す。かつてジョセフの命を救った生命の大車輪は、50年経った今も錆び付いてなどいなかった。 「それでこそ伝説の使い魔だな! くぅーっ、そこにシビれる憧れるってな! よし相棒、よーく聞け。あのキザにーちゃんが波紋で腕が吹き飛んだ理由とすぐに生えた理由を思い出した。ありゃー先住魔法だ。水の精霊の力が身体に充満してやがる」 「先住魔法?」 「ブリミルがハルケギニアに来る前にこの世界で使われてた魔法だ。今の貴族達が使う系統魔法とは違うが、効果は系統魔法よりずっと強い」 「なるほどな、昨夜ブッちめたはずのあいつが舞い戻ってきたのはそのせいか?」 「その通りだ。アイツは厄介だが波紋に対しては相性が最悪だわな」 ジョセフの脳裏には、波紋を流された途端左腕が破裂した光景が映し出された。 「確かに波紋は水を自由自在に駆け巡る性質があるからな。水の精霊って言うくらいなんじゃから、普通の生き物なんか問題にならないくらい水気がたっぷりじゃろうな」 「波紋以外であいつを倒す方法は、水を害する火の魔法か……そうでなけりゃ……」 虚無の魔法、と言いたい所ではあるが、そんなものを使える心当たりはデルフリンガーには無い。 「あのお嬢ちゃんの失敗魔法か、だな。あれは威力も高いがとにかく爆発させる効果がいい。今のアイツは言わば水の塊だ、再生出来ない位飛び散らせちまえばいいって寸法よ」 「ルイズの……か。しかし望みは薄いな」 ルイズはトリステインに帰るフネに乗せている。 ならば今ジョセフの中にある手段を試す以外に手は無かった。 「で、そろそろ俺っちに種明かししてくれよ。今、相棒と俺っちが助かるものすげェ手段ってヤツをよ」 「言うよりも実際に見せてやった方が……」 ふと、ジョセフの言葉が途切れた。 「どうしたよ、相棒」 「いや……なんか、左目がおかしい……」 ジョセフの視界が少しずつ揺らいでいく。 「そりゃーあんだけドタバタやってるんだからよ、疲れてるんだよ」 何度か瞬きをしているうち、段々と視界の揺らぎは歪みに移行し。やがて、何らかの像を結んだ。 「うおッ!? なんか別のものが見えるぞ!?」 思わずジョセフが叫んだ。それが自分の見ているものではない、誰かの視界だと言う結論に達するのはさして難しいことではなかった。 「おう、何が見えてるんだ相棒」 「こいつぁ……ルイズの視界じゃな」 いつかルイズが言っていた事を思い出す。 『使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるわ』 しかしルイズはちっとも自分の見てるものなんか見えないと言っていたが。逆の場合もあるということなんじゃろうな、とジョセフは納得した。 だが、何故突然ルイズの視界が自分の左目に映り込んだのか。 左手を覆う手袋の中から見えた、いつにも増して強く光るルーンの輝きに、ジョセフはおおよその事情を理解した。 これも伝説の使い魔『ガンダールヴ』としての能力の一つだと言う事だと。 どんな状況になるとルイズの視界が見えるのか、と考えると、ジョセフは左目に映った視界を注視し――愕然とする。 そこに見えたのは青い竜の背。ものすごい速度で飛んでいるのは飛び行く雲の速さが雄弁に語っている。 時折ちらりちらりと視線が揺らぐのは、ルイズ自身の不安を如実に示す。 まず見えたのはタバサの背。続いて横に座るキュルケ、ギーシュ。背に乗せられて気絶したままのウェールズ。 そして、見る見るうちに相対距離を縮める――ワルドのグリフォン。 「な……なッ……」 「な?」 「何をやっとるかあいつらァァーーーッッッ」 流石のジョセフでもこの光景は想定外も想定外だった。 逃げろと言ったのにどうしてまた立ち向かってるのか、どうしてシルフィードの背に全員が乗っているのか。それは推理するまでも無い。 それにしても、だ。勝ち目の無い戦いに新たな手も用意せず再び向かおうとする、向こう見ずなどと言う生易しい言葉で言い表せない程の無謀に、ジョセフは帰ったら全員大説教だ、と心に決めた。 同時に。今から行うべき手段は何としてでも成功させなければならない、とも心に決める。 「人生にゃあどうしてもやらなくちゃならん時があるよなぁ……」 ふ、と口の端に笑みを浮かべ。ジョセフは目的の場所に辿り着いた。 「おい相棒、ここか? 本当にここか? ここに俺達が助かるどんな方法があるんだ?」 戸惑うように鍔を鳴らすデルフリンガーに、ジョセフはニヤリと笑ってハーミットパープルを伸ばす。 搾り尽くした筈のスタンドパワーがなおも溢れてくるのが判る。 もしかしたらこのスタンドパワーは命を削って無理矢理出しているものかもしれない。 だが、ここでやらなければ。どちらにせよ、だ。 左手に握ったデルフリンガーを更に強く握り締め、ハーミットパープルは目当ての“それ”を掴み取った。 「よォッしゃァアーーーッッ! さすがワシ! ついてるゥ!」 デルフリンガーは「おい、ここまで一生懸命走ってきたの一か八かだったのかよ」とツッコミを入れるのも面倒臭かった。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1630.html
唐突だがトリスティン魔法学院の風呂について説明しよう。 貴族が入る風呂は大理石でできた、ローマ風呂のような作りで、香水が混ぜられた 湯が張られた豪華なものある。もちろんライオンの口から湯が出ている。 「ギャーたべられるー!」 と、湯が止まっている時に、マリコルヌがふざけて頭を入れたところ、キレイに ハマって抜けなくなった事もある。 ちなみに湯が出てきて、窒息しそうになるまでマリコルヌは放置されていた。 さらに女子風呂は特別仕様で、対覗き用に各種魔法によって厳重に守られている。 その威力は凄まじく、年に4回はオールド・オスマンが磔になっている程だ。 対して学院内で働く平民用の共同風呂は、掘っ立て小屋のような作りのサウナ風呂だ。 汗を流し、体が温まったら、外にでて水を浴び、汗を流す簡素な物である。 さて、異世界から来た育郎は、いったいどうしているのか? 「また酷くなっている…」 育郎が自分の腕を見てつぶやく。そこはただれたようになっているだけでなく、 変身したときのように、青く変色していた。 「………」 そのまま無言で顔をなでる。 一見して、腕のような変化は無いように見えるが、その感触は普通のものではない。 「相棒、気にすんなっても無理があるけどよ…まあなんだ、それでも気にすんな」 そんな育郎を見かねて、木に立てかけられたデルフが声をかける。 誰かに自分の体の変化を見られるのを嫌った育郎は、学院の外、人気のない泉を 探し出し、風呂に入る代わりに、そこで2、3日に一度水浴びをするのだった。 「ありがとう、デルフ…」 「いや、俺ももうちっとマシな事言えりゃ良かったんだが…」 重苦しい沈黙に、辺りがつつまれる。 なんとかなんねえかなこの空気 そりゃ無理もねえけどよ… はぁ、俺が剣じゃなかったら、相棒にもう少し良い事言えるんかね? つっても槍だったらろくな事は言えねーな にしても、なんてくれーんだ… こーんな良い天気なのによ。 空も青いし、小鳥もさえずってるし、竜もバッサバッサと… 「って竜だと!?」 「あ…あれは!」 育郎が空を仰ぎ見、空を飛ぶ巨体を確認する。 「きゅいきゅい!見つけたのね!」 それはタバサの使い魔、シルフィードだった。 「だからわたし、その吸血鬼に言ってやったの! 『オーノーなの!貴方もう駄目なの!逆にお仕置きされちまってるの!』って!」 「ほー吸血鬼を手玉に取るなんざ、あのちびっ子大した奴だったんだな」 「吸血鬼か…そんなのがいるなんて、なんだか恐いな」 「「それはない」の!」 「そ、そう言われても…」 「それでね、それでね、その後お姉さまが…」 無邪気に話し続けるシルフィードのおかげで、先程までの重苦しい空気も、どこかに おいやられてしまった。 韻竜という希少な種族ゆえ、人前で喋る事を主人から硬く禁じられているのだが、 おしゃべりが大好きなシルフィードには、それはとても辛い事なのだ。 今日も授業中、特にやることもないので学院の空を飛んでいたのだが、そんな時に 育郎が学院の外に出ていく所を偶然発見し、後をつけたのだ。途中で森に入った 育郎を見失ったりもしたが、こうやって無事一人と一振りを見つけ、おしゃべりに 興じる事ができたと言うわけである。 「シルフィードは本当にタバサが好きなんだね」 「そうなの!わたしお姉さま大好き!きゅいきゅい!」 水につかったまま会話を続ける育郎に、シルフィードは嬉しそうに身をゆすらせる。 「お姉さまはもの知りだし、とっても優しいし、それに私に名前をくださったの! 素敵な名前!シルフィード!にんげんたちの名前!」 「そりゃ人間の名前じゃなくて、風の妖精の名前じゃなかったか?」 「そ、そうなの!大昔の妖精の名前なの!ちょっと忘れてただけなのね!」 間違いを指摘されてあせったのか、翼をバサバサと動かしてわめく。 「竜たちの名前では『イルククゥ』。そよ風って意味なの!」 「そよ風…ねぇ?」 シルフィードが翼を動かしたせで巻き起こった、突風のような風を受けながら、 デルフがつぶやく。 「優しそうな名前だね」 「きゅい!ありがとう!貴方も変な名前だけど、私好きよ?」 「変って言うな!」 「いいよデルフ。好きって言ってくれてるんだし」 ホラ見なさい、と言わんばかりに胸をそらすシルフィード。 「やれやれ、あんま調子づかせるのはどーかと思うがね」 そう言いながらも、その声はどこか楽しげである。 シルフィードのあまりの無邪気さが、暗く沈んでいた空気を吹き飛ばしたのだ。 決して口には出さないが、デルフはシルフィードに感謝していた。 「お黙りなのね!イクローさまが良いっていってるの!」 その言葉に、おもわず苦笑するイクロー。 「『様』なんてつけなくてもいいよ。照れくさいし」 首をかしげるシルフィード。 「きゅい?にんげんは『さま』って呼ばれるほうが嬉しいんじゃなかったの? あ、イクローはにんげんじゃなくて悪魔さんだったのね!」 「だから違うって!」 ところで、その頃シルフィードの主人たるタバサは、つまらないと評判の、 ミスタ・ギトーの授業を受けていた。 なにかにつれ、自分の『風』の系統を最強だと語るギトーだが、今日もいつも通り、 黒板の前で風最強論を熱く語っている。こうなると中々授業にはもどらない。 本でも読もうかと思ったが、ふと少し前にシルフィードが学院の外に向かって 飛んでいくのが、窓から見えたことを思い出した。まだまだミスタ・ギトーの 無駄話は続きそうなので、彼女は自分の使い魔が何をしているのか知る為に、 滅多にしない感覚の共有を行い、そして… 「ちょ、ちょっとタバサ!どうしたのよ、鼻血でてるわよ!?」 キュルケがタバサの異変に気付いて声をかける。 よく見れば、タバサの顔は真っ赤になっているではないか。 「む、どうしたのかね、ミス・ツェルプストー?」 騒ぐキュルケに、ギトーが自慢話を中断する。 「あの、ミス・タバサが急に鼻血を、それに顔も真っ赤で」 「ふむ、何か悪い病気かもしれんな…しかたない、ミス・ツェルプストー! ミス・タバサを医務室に連れていってあげなさい」 その言葉にしたがって、キュルケがタバサを立たせて教室から出ようとする。 「大丈夫タバサ?」 どこか呆然としているタバサを気遣うキュルケに、彼女は一言、こう答えた。 「………キノコ」 「は?」 思い出して欲しい、育郎は水浴びをしていた。 さらにシルフィードは人ではないため、ついそのままの状態で話していた事を… そして、タバサが感覚の共有を行った時、ちょうど育郎は着替えようと、 泉から出ようとしているところだったのだッ! これは偶然の事故である! 彼女に、そして育郎にも罪はないのだッ! 「………キノコ」 「本当に大丈夫なのタバサ?」 自分の息子を見られたことなど、露ほども知らない育郎は、そろそろ学院に帰ろうと 身支度を整えたところだった。 「きゅい?もう帰っちゃうの?もっとおしゃべりしたいのに…」 シルフィードが寂しそうな声を出す。 「それじゃあ、また今度僕がここに来る時についてきたら良いよ」 「本当!うれしい!」 きゅいきゅいとはしゃぐシルフィードの姿を見ると、自然と笑みがこぼれてしまう。 「そうだ!お礼に面白いもの見せてあげるのね! 本当はあんまり好きじゃないけど…イクローには特別に見せてあげるの!」 「面白いもの?」 「ひょっとして先住魔法か?」 デルフの言葉に、ちょっと怒ったような調子で言い返す。 「『先住』なんて言い方はしないのね。精霊の力! わたしたちはそれをちょっと借りてるだけなのね」 そう言って、ちょこんとその場に座り、呪文を唱え始めた。 メイジの唱えるルーンとは違う、口語に近い呪文の調べ。 「我を纏いし風よ。我の姿を変えよ」 呪文を唱え終わった途端、風がシルフィードの巨体にまとわりつき、青い渦となる。 「う、うわ!」 そして渦が消えた時、シルフィードの姿は、どこかタバサに似た感じのする、 青い髪の二十歳程の美しい女性の姿になっていた。 『変化』 詠唱者の姿形を変える、高度な呪文である。 「う~~~~~やっぱり二本足ってぐらぐらするから嫌い!」 どこか頼りなさげに立ち上がる、竜からいきなり人間の姿になったので、上手く 動けないのだ。とにかくよく見てもらおうと、育郎の方に向き直るシルフィード。 「きゅい?」 しかし育郎は手で目を覆っている。 「どうしたのね?せっかく変身したのに」 「い、いや…その…」 それも仕方が無いだろう、いやむしろこの場合育郎を褒めるべきかもしれない。 『変化』の魔法の効果は自分自身だけ。 つまり変身したシルフィードは、服をきていないのだ! これが! これが! これが全裸だ! 「あいかわらずてーしたもんだ」 「きゅい!もっと褒めるの!イクローさんも褒めて!」 そう言って育郎に近づこうとするが、まだ人間の姿になれていないため、 その足取りは頼りない。 「おいおい、随分フラフラしてるが大丈夫か?」 「きゅい!大丈わわわわ!」 「え?」 足をもつれさせたシルフィードが、育郎を巻き込みながら倒れこんだ。 「いたたた…やっぱりこの姿嫌い!」 「し、シルフィード!は、はやくどいて!」 「きゅい?」 育郎は地面に仰向けに寝ている状態で、その上にシルフィード倒れこんでいる。 おかげで育郎は、シルフィードが変身した姿とはいえ、そのなかなかに豊満な胸の 感触を十二分に味わっているのだ! さらに! 起き上がろうとするも、うまく身体を動かせない為、胸がこう… 上下左右に縦横無尽な感じなのである! 「よかったな、相棒喜んでるぞ」 「で、デルフ!」 「本当!嬉しい!」 「シルフィード!抱きつくのはちょっと!?」 「モット伯、これが秘伝の型じゃ!よく見るが良い 無! 貧! 微! 普! 美! 巨! 爆! 魔! この八つの型を忘れるでない!」 「おお!見えますぞオールドオスマン!それぞれの型があらわす胸が!」 育郎が邪心なく胸の感触を味わっているさなか、邪心まみれの二人はエアおっぱいの 鍛錬に全力を傾けていた。 「しかし忘れるでない!この八つの型にこだわる必要はないのじゃ! なぜならおっぱいの可能性は無限大! 重要なのは己のイマジネーション! 想像力が新たな可能性を切り開く! 見よ、これがワシが編み出した第九の型………虚!」 「虚…無をさらに下回る領域とは…いや、これは潜みしものの胎動!?」 「さすがモット伯、虚をもう理解できるとは…」 念のために言っておくが、二人は正気である。 安心して欲しい! 「よいか、わしが次に教える事は、基本にして最も重要な『敬意を払う』事! 敬意を払って次の段階に進むのじゃ!それがレッスン4!」 ただし、ある意味病気である事は否定できない!
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2049.html
「・・・それじゃあ開けるわよ・・・」 揺らめく炎が微かに照らす岩壁に、少女の声が反響する。誰も近寄らない魔物の 巣窟、その深奥に安置された古びたチェストに手を掛けて、キュルケは真剣な 眼でルイズ達を見た。少し汚れた顔を皆一様に頷かせたことを確認して、 ゆっくりと蓋を開く。 キュルケの地図によれば、犬にされた王女の呪いを解除したとも、王に化けた トロールの魔法を見破ったとも伝わる「真実の鏡」がこの洞窟に隠されていると いう話だった。もし本当ならば世紀の大発見である。期待と不安の眼差しの中、 箱の中から姿を現したのは―― 「なッ・・・!」 粉々に割れた鏡の残骸だった。 「何よそれぇ~~~・・・」 糸が切れた人形のように、キュルケ達はへなへなとへたり込んだ。 「み、見事に割れちゃってますね・・・」 「・・・真贋以前の問題」 脱力するシエスタの横で、流石のタバサも疲労の溜息をついた。 「・・・戻るか」 頭を掻きながら呟くギアッチョに異を唱える者はいなかった。 その夜。 「はぁ~~~~~~・・・・・・」 適当に見繕った洞穴に腰を下ろして、ギーシュは深く息を吐き出した。 「七戦全敗とはね・・・」 焚き火に手を当てながら首を振る。 そう。現在消化した地図は八枚中七枚、そしてその全てが到底お宝等とは 呼べないガラクタのありかであった。 炎の黄金で作られた首飾りが隠されているはずの寺院にあったのは、真鍮で 出来た壊れかけのネックレス。小人が遺跡に隠したという財宝は、たった六枚の 銅貨だった。それでも何かが出てくるならばまだいい、中には地図に描かれた 場所自体が存在しないことすらあった。 「ま、いい経験が出来てよかったじゃあねーか」 ギアッチョが戦利品の欠けた耳飾りを眺めながら言う。彼の言ういい経験とは、 無論実戦経験のことである。この数日間否応無く化物の群れと戦い続け、 ルイズ達は最後にはギアッチョの助けが無くともそれらを殲滅出来る程に なっていた。 「おかげさまでね・・・」 「懐が暖まらないのは残念だけどね」 そう言いながらも、不思議とキュルケに悔しさは無い。そして、それは皆同感の ようだった。 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ルイズは静かに言う。 「でも・・・楽しかった」 「・・・そうだね」 その言葉に、皆の顔から笑みがこぼれる。傍から見れば何の得も無い、くたびれ 儲けのつまらない旅行だろう。しかし――損だとか得だとか、そんなことは彼女達 にはどうだっていいことだった。 眼に見えるものは何も無い、手に取れるものは何も無い。だが彼女達が手に入れた ものは、だからこそその胸の中で強く輝いている。 「・・・これ・・・」 ルイズは手のひらに慎ましく乗っている六枚の銅貨に眼を落とす。それは今回の 数少ない戦利品の一つだった。とは言え、とりたてて古銭というわけでもない 上どれも皆錆び放題に錆び、あちこちが傷つき欠けている。とりあえず持ち 帰ったはものの、どう考えても買い取り不可であろうこれをどうしたものか、 皆の頭を悩ませている一品であった。 「・・・・・・これ、皆で一枚ずつ持たない?」 しばし考えた後、ルイズはおずおずとそう言った。 「・・・分配?」 意味を量りかねて、タバサは小首をかしげる。 「ううん、そうじゃなくて・・・」 「こういうことだろう?」 そう言ったのはギーシュだった。ルイズの手から銅貨を一枚取り上げると、 錬金で中央に小さく穴を開ける。ガラクタの中からネックレスを取り出し、 穴に通して首にかけた。 「う、うん・・・」 ズレてはいるが殊更外見を気にするギーシュが躊躇い無く銅貨を見につけた ことに、ルイズは聊か驚きながら首を頷かせる。 「・・・解った」 得心した表情で立ち上がると、タバサもまたルイズの掌から銅貨を一つ掴む。 後に続いてキュルケが二枚をその手に取った。 「ほら、シエスタ」 「へっ?」 焚き火に鍋をかけていたシエスタは、キュルケに差し出された銅貨に眼を丸く する。一拍置いて、ブンブンと手を振ると慌てた口調で言葉を継いだ。 「そそ、そんないけません!折角の宝物を私のような平民に――きゃっ!」 キュルケはシエスタの額を中指で軽く弾いて言う。 「全く、まだそんなことを言ってるの?平民だとか貴族だとか言う前に、 私達は友達じゃない 大体、貴族と平民に違いなんて何も無いことは貴女が 一番よく知ってるでしょう?」 「・・・そ、それは・・・」 「ん?」 シエスタの瞳を覗き込んで、キュルケは優しく微笑む。シエスタは少しの間 銅貨を見つめて逡巡していたが、やがてキュルケと眼を合わせて口を開いた。 「・・・私でも――いいんでしょうか」 「よくない理由が無いわよ」 きっぱりと、キュルケは断言する。シエスタは少しはにかんだ笑みを浮かべて、 静かに銅貨を受け取った。 「ありがとうございます・・・ミス・ツェルプストー」 「き、君達いつの間にそんな関係にッ!?」 「どんな関係も無いから鼻血を拭きなさい」 何やら興奮した面持ちのギーシュを適当にあしらうと、キュルケはルイズに 視線を移して、 「ほら、まだ残ってるでしょうルイズ」 「・・・うん」 意味するところを察したらしいルイズは、掌に残った銅貨を一枚取り上げて、 ゆっくりとギアッチョに差し出した。 「受け取って、くれる・・・?」 「――・・・・・・」 ギアッチョは答えずに錆びてひしゃげた銅貨を見つめる。 これは児戯だ。心に風が吹けば飛び、薄れ、消えてしまう記憶を、それでも 留めておきたい子供の。 ――それでも。彼女達にとっては、この銅貨は紛れも無い宝物になるだろう。 ギアッチョは口を閉ざす。黙ったまま――その眼差しに万感を込めるルイズから、 銅貨を受け取った。 「ギアッチョ・・・」 ルイズの、キュルケ達の顔が綻んだ。どうにも居心地が悪くなって、 ギアッチョは銅貨に眼を戻す。薄くて軽いそれが、少しだけ重さを増した ように感じた。 「さ、皆さん お食事が出来ましたよ」 やがて完成したらしいシチューを、シエスタは鍋からよそってめいめいに配る。 食前の唱和もそこそこに、動き疲れたルイズ達は少々はしたなく食器に手を 伸ばした。 「・・・おいしい」 食べ慣れないが実に美味しいシエスタの料理に、ルイズ達は揃って舌鼓を打つ。 兎肉や種々のキノコにルイズ達が見たことも無いような山菜が入ったそれは、 聞けばシエスタの村の――正確には彼女の曽祖父の、郷土料理なのだと言う。 それから、話題はそれぞれの郷土のことに移った。少し酒の入ったギーシュは 饒舌にグラモン家の領土を語り、それを皮切りに皆わいわいと言葉を交わし 始める。ギアッチョも酒を傾けながら時折話に混ざっていたが、それを見て タバサがふと思い出したように呟いた。 「・・・貴方は?」 「あ?オレか?」 「そういえば、ギアッチョの話は聞いたけどそっちの世界の話は聞いて ないわね 良ければ聞かせて欲しいわ」 「・・・そうだな」 キュルケの言葉に、空になった杯を弄びながら答える。 「前にも言ったが、最も大きな違いは魔法なんてもんが存在しねーことだ」 「君のようなスタンド能力はあるのにかい?」 「こいつは例外中の例外だ スタンドを知ってる人間なんざ、さて世界に 何人いるかっつーところだな ・・・ま、そう考えるとよォォ~~~、 魔法使いがひっそり存在してるって可能性も否定は出来ねーが ともかく 殆ど全ての人間が魔法なんて知らねーし信じちゃあいねー そういう世界だ」 ギアッチョの説明に、キュルケ達は一様に不思議な表情を浮かべる。 「何度聞いても想像出来ないな・・・ ということはマジックアイテムも 無いんだろう?不便じゃないかね?」 「不便ってのは便利さを知って初めて出る言葉だと思うが・・・ま、別に んなこたぁねー 魔法の代わりに、地球の文明は科学によって発展してきた」 「・・・科学」 「あの教師――コルベールか?いつだったか、授業で簡単な内燃機関を 披露してたがよォーー、例えばあれを応用すると馬車より速い乗り物を 作れる 国にもよるが、大半の人間はそいつを足に使ってるな」 「えーっと・・・?」 案の定と言うべきか、今の説明を完璧に理解出来た者は居ないようだった。 眼鏡をかけ直す仕草の間に、ギアッチョは解りやすい例えを捻り出す。 「・・・簡単に言うとだ」 軽く居住まいを正すと、片手で天井を指しながら、 「あの飛行船・・・あれを動かしてる動力があるだろ」 「風石」 間を置かず補足するタバサに頷いて続ける。 「そいつを人工で作り出したみてーなもんだ」 おおっ、と全員が驚いた顔になる。 「凄いじゃない!魔法も使わずにそこまでのことが出来るなんて!」 得心がいって俄然興味が沸いたのか、キュルケが少し身を乗り出して言った。 いかにも非魔法的技術に特化したゲルマニアの貴族らしい反応である。 「あら・・・?ということは、コルベール先生は雛形とは言えそれを 一人で作り上げたということ?」 「そういうことだろうな」 油と薬品の臭気が漂う研究室で独り研究に明け暮れる奇矯な教師、という 学院一般の評判を思い出してギアッチョは答えた。「そう・・・」呟くように 言うと、キュルケは少し複雑そうな表情を見せる。 「それじゃ、他にはどんなものがあるの?」 続けて問い掛けるルイズに、ギアッチョは面倒というよりは怪訝な視線を 向けた。 「おめーにゃあ何度も話してるじゃあねーか」 「そうだけど、もっと詳しく聞きたいんだもの それに、皆は初めて聞く ことでしょ」 「ギアッチョさん、私ももっと聞きたいです」 ルイズとシエスタの言葉に、ギーシュが頷きで賛同の意を示す。ギアッチョは ガシガシと頭を掻いて、一つ溜息をついた。 「・・・ま、別にかまわねーが」 とは言え、乱暴な言い方をするならば殆ど何もかもが違うような世界である。 はて何から喋ったものかとギアッチョは一人思案した。 先端科学の話でもするかと考えたが、観測者の存在が観測結果に影響を与える 等と言ったところで理解は難しいだろう。考えた末に比較の可能な乗り物から 話すことにすると、ギアッチョは手近な小石で地面に絵を描き始めた。 「飛行機っつー代物があってな・・・」