約 1,076,782 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/579.html
爆炎の使い魔 漂う土煙!これはルイズによって起こされたもの! 召喚の儀だというのに、性懲りもなく爆発を起こした少女、ルイズ!! しかし、しかし!だからこそ現れたのではないだろうか! 爆発こそが「それ」を象徴する能力なのだからッ!! 時間は少し遡る。 幽霊の出る小道で主と引き離された「それ」は‘どこでもない場所‘を彷徨っていた。 体はバラバラ、ひび割れて無残な姿だ。 主を失ったスタンドはどうなるのか・・・それはわからない。 おそらくは消えていくのであろう。 だが!「それ」の場合は消えなかった! 主がとどまり続けるのと同様に(もちろん「それ」はそのことを知らないが)、 「それ」もまた新たなる世界でとどまり続けるのだ! さあっ!迎えの光がやってきた! 光に飲み込まれていく「それ」は自らの体が修復されていくのを感じていた・・・。 土煙が晴れ、そこに一つのヴィジョンが佇んでいた。 それを見たルイズは喜びに打ち震えていた。自らが召喚した使い魔がその優美な姿を見せていたからだ。 猫と髑髏が融合したかのような顔、筋骨隆々たる体、そして何者をも寄せ付けない気高い威圧感! そのどれをとっても貴族たる自分に相応しい。 「嘘だろ・・・ゼロのルイズが成功しやがった・・・。」 「イ、インチキに決まってる!!」 「そうだ!爆発に紛れて何とかしたんだ!」 プツンッ!ルイズの方から何かが切れた音がした。 「黙りなさい・・・。」 「何だよ!図星なモンだから焦ってんだろ。」 「黙りなさい、と言ったのが聞こえなかったの・・・? このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール・・・。 そのような姑息な真似は!一切!!していないッ!!! これは正真正銘!私が召喚した!私の使い魔よッ!!!!!」 To Be Continued → 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/876.html
「ふんふんふーん♪」 食堂で食後の紅茶を楽しむ少女、ゼロのルイズはご機嫌だった。 今日のデザートは彼女の好きなクックベリーパイなのだ! なにやら食堂の一角が騒がしくなっている気もするが、彼女にとって今は誰にも 邪魔されたくない至高の時間なのである。 使い魔がそっちの方に行ったような気もしたが、当然無視した。 「まったく、あの馬鹿ったら…」 食堂で食後の紅茶を楽しむ少女、香水のモンモランシーは先日の事を思い出して 不機嫌になっていた。 「ギーシュ、ポケットから壜が落ちたぞ」 「おお!その香水はモンモランシーのものじゃないか!」 「つまりギーシュ、お前はモンモランシーと付き合っている。そうだな?」 「ち、違う!彼女の名誉の為に…ケ、ケティこれはその… ヒィ!も、モンモランシー!?違う、違うんだ!」 「ヘイ!ケティ、マスク狩りの時間だ!」 「OKモンモランシー!」 「クロス!」「ボンバー!」 「ウギャー!キン○マ―ン!」 「すまないギーシュ!僕が壜を拾わなければ…」 「いいんだ…それより、誰か僕の顔を見て笑っていやしないか?」 「誰にも…誰にも笑わせはしない…」 「ありがとう…マルコメミソ」 「マリコルヌ!風上のマリコルヌだよ!?」 つまりは、付き合ってる男に二股かけられたのである。 気位の高い彼女には、とてもとても許容しがたい出来事であった。 気位が高くなくても許容できない話だと思うが。 それでも謝られると許したくなってくるのが、余計に腹が立ってくるというかなんというか。 「どうぞ」 そんなことを考えていると、メイドがデザートを机に持ってくる。 当然貴族である彼女が『ありがとう』等と、平民に一々礼を言うわけも無く、 配った彼女を見ようともしないでクックベリーパイを口に運ぶ。 「…ちょっと、そこの貴方」 「え、私ですか?」 ケーキを配ったメイドが、貴族に呼び止められた事に当惑して立ち止まる。 「これ…どういう事?」 シエスタはこれ以上ないというぐらい脅えていた。 目の前の貴族、学生といえど魔法を操り、平民である自分にとって絶対的な存在が 自分に怒りをぶつけているのである。 「申し訳ございません!どうか、どうかお許しください!」 体の震えが止まらない。 「お許しください、ですって? 貴族である私の口に、平民である貴方の髪の毛を入れておいてお許しください?」 「お願いします、どうかお許しを!」 涙が溢れてくる。 平民の自分が貴族に粗相をして唯ですむはずが無い。 周りを見ても、他のメイドは見てみぬフリをし、貴族は何事かと一度は見るものの、 平民が貴族から罰を受けているとわかれば、あとは特に関心をしめさない。 助けなど望むべくも無いのだ。 シエスタにとって不幸だったのは、モンモランシーの機嫌が悪かった事だ。 そうでなければ怒りこそすれ、基本的に野蛮な事を嫌う彼女が『お仕置き』を する事もなかっただろう。 「覚悟はいいかしら?」 魔法の杖を取り出し、残酷に告げる。 「どうか…」 脅えるメイドに、嗜虐心をそそられたモンモランシーが杖を振ると、 メイドの頭上から水が降り注いだ。 「あら、似合ってるじゃない?」 ずぶ濡れになった姿を見て、にっこりと微笑むモンモランシーの姿に、 シエスタは更なる恐怖を覚える。この程度で済むはずが無いのだ。 「あぁ……ぁ……」 「さあ、次は…」 魔法を繰り出そうと杖を振り上げた瞬間、誰かがその腕を掴んだ。 「やめないか!」 育郎が食堂での騒ぎに気付き、駆け寄って見た物は、杖を振り上げる女生徒の前で、 先日世話になったシエスタがずぶ濡れになって震える姿だった。 「な、何よ貴方!?平民が気安く貴族にさわらないでよ!」 女性が抗議の声をあげるが、無視して育郎が尋ねる。 「君は何をやっているんだ!?」 「ハァ?この子の持ってきたデザートにね、髪の毛が入ってたのよ。 粗相をしたメイドにお仕置きして何が悪いのよ?」 「な!?そんな事で…」 「さっさと離しなさいよ!」 モンモランシーが、呆然とする育郎の腕を振り払おうとするが、 掴まれた腕はまったく動かない。 「彼女に謝るんだ」 静かに、だが強い意志を持って育郎の口から出た言葉を、モンモランシーは 鼻で笑って拒否する。 「謝る?何で貴族の私が平民に謝らなきゃいけないの? それに悪いのはこの子の方じゃない」 「君が怒るのもわからないわけじゃない…でもこれはやりすぎだ!」 「な、なによ…」 なんだなんだと、周りの生徒が2人のやり取りに気付く。 「おい、平民が何やってるんだ!」 「あれは…ゼロのルイズの使い魔じゃないか?」 「主人が主人なら使い魔も使い魔だな…」 周りの生徒が騒ぎ出した事により、少し弱気になったモンモランシーが勢いを取り戻す。 「さあ、早く手をはなしなさい!」 しかし育郎は手をはなそうとはせず、モンモランシーを見据える。 「彼女に謝るんだ…」 な…なんなのこいつ!? 生徒達に囲まれても、まったく物怖じせずに自分を見る育郎に、モンモランシーは 恐怖とまではいかないが、言いようのない不安を感じていた。その時、 「君!今すぐその汚い手を、僕の愛するモンモランシーからはなすんだ! さもなくば、このギーシュ・ド・グラモンが相手になってやろう!」 ギーシュは先日の事を謝る為に、愛するモンモランシーを探していた。 ポケットには今月の小遣いの大半をはたいて買った指輪が入っている。 「これを精一杯の愛の言葉と共に渡せば、彼女もきっと許してくれるに違いないさ」 彼は女の子が好きで、特にかわいい女の子が好きで、さらに女好きの家系という 環境で育ち、あとちょっと頭が弱かったりするため、つい二股なんてしてしまったが、 それでもなんのかんの言って、モンモランシーが一番好きなのである。 「モンモランシーならまだ食堂にいたわよ」 彼女の友人の言葉に従って食堂に行って見れば、なんとモンモランシーが平民、 ゼロのルイズが呼び出した使い魔に凄まれているではないか! 当然の如く、彼は愛するモンモランシーを助ける、というよりは相手が平民なので、 どちらかというと彼女にいい格好を見せる為に、前に出たのであった。 「ああ、ギーシュ!」 そんな思惑も見事に的中したようで、不安になっていた彼女が元気を取り戻す。 「聞こえなかったのか?手をはなすんだ…」 彼なりの凄みを効かせて育郎に薔薇の形をした杖を向ける。 「ほ、ほら早くはなしなさいよ。痛いじゃないのよ!」 「あ、すまない」 やっと手をはなした育郎を見て、モンモランシーは先程の不安を思い出し、怒りに震えた。 この平民にどんな罰を与えてやろうか? 平民が貴族に向かって生意気な目を向けてきたのだ… そうだ!ギーシュのゴーレムを使って痛めつけてやろう! 「まったく、貴方にも躾が必要なようね、ギーシュ!」 「ああ、任せてくれたまえ、モンモランシー…」 「とにかく、シエスタさんに謝るんだ」 「そう、このメイドにあやまって」 「ふっ、何がなんだかよくわかんないけど…すまないね、君」 「は、はぁ…」 「………って違うわよ!ギーシュ、貴方も何言うとおりにしてるの!?」 「え、でも君が謝れって?」 「貴族の僕たちが、何故平民なんかに頭を下げなきゃいけないんだ?」 事の経緯を聞いたギーシュがやれやれと首を振る。 「そうよ!大体平民の貴方が私に気安く触れるなんて…」 「そうだ、僕の愛しいモンモランシーになんてことをするんだ? だいたい、そのメイドが悪いんだろう?」 「…だからと言って、ここまでする事は無いだろう」 育郎が呆然とするシエスタを快方する。 うーん、なんだか変なことになってきたぞ? ギーシュの予定では、今頃は格好よく現れた自分がこの平民を叩きのめし、 モンモランシーからお礼のキスでも貰っているはずなのである。 それがこの平民と来たら訳のわからない事を言って、予定とは違う方向に 話が向かっている。 そういえば何で僕がメイドに頭を下げてるんだ?思い出したら腹が立ってきた。 モンモランシーも機嫌が悪くなってるし…よし、ここで一つ良いとこを見せよう! 「モンモランシー…彼の言うとおり謝ってあげてもいいんじゃないか?」 「な、何を言ってるのよギーシュ!」 先日の一撃で頭のどこかが壊れてしまったのかと、驚きながらギーシュを見る。 「ただし、僕に勝ったらだ………『決闘』だよ!!」 オオーッ!と周りから歓声が上がる。 「『決闘』?」 「そうだよ、正々堂々戦い、負けたほうが勝った方のいう事を聞く。どうだい?」 「そんな!?」 おどろく育郎を、脅えているととったギーシュは、調子に乗ってさらに続けた 「貴族から『決闘』を申し込まれたんだ、まさか断るは言わないよな? いや、所詮『ゼロのルイズ』の使い魔…主人同様出来損ないなら、 臆病風に吹かれてもしかたあるまい…」 その言葉に周りの生徒達から笑いが起こる。 「…わかった、受けよう」 「そんな!?育郎さん駄目です!」 育郎が女生徒を止めた時、シエスタの目には彼がおとぎ話の勇者の如く映った。 物語のなかから出てきた英雄が自分を救いにきてくれたのかと。 しかし、時が立つにつれ怖くなってきた。育郎はただの平民なのだ、 それが貴族と『決闘』だなんて…自分のせいで育郎が殺されてしまうかも知れない、 そう思うと先程より強い恐怖が襲ってくる。 「イクローさん、相手はメイジなんですよ!?殺されちゃいます!」 「殺される…だって!?」 驚いた育郎の顔を見ると胸の中が罪悪感でいっぱいになる。 もっとも、育郎が驚いたのは、生命の危険を感じたからではないのだが。 「僕はヴェストリの広場で待っている…逃げるなよ?」 ギーシュがそう言ってモンモランシーと一緒に去っていく。 「私が…私が悪いんです…だからイクローさんがこんな事を…」 ついには泣き出してしまうシエスタ。 「いいんだ…大丈夫だから」 「何が大丈夫なのよ!」 いつの間にか現れたルイズが育郎を怒鳴りつける。 「あんたどういうつもりなのよ、貴族と『決闘』だなんて!? ちょっと馬鹿力だからって調子に乗らないでよ…ほら、一緒に謝ってあげるから」 「それは出来ない…」 「なんでよ!?いい、メイジに平民は絶対に勝てないの! 心配しなくても、誰もあんたを臆病者なんて言わないわよ…」 「…違う」 「な、何が違うのよ…」 育郎にとって臆病者と呼ばれることなど、どうという事は無かった。 シエスタの事もあったが、逃げればルイズも馬鹿にされてしまう、 それが彼に『決闘』を受ける決心をさせたのだ。 「シエスタさん、彼の言っていた広場はどこですか?」 「駄目!?駄目です!」 涙を流しながら必死で止めようとするシエスタをなだめながら、 育郎は近くにいた生徒に広場の場所を聞く。 「何やってるのよ!?やめなさいって言ってるでしょ、ご主人様の命令なのよ!?」 「…それはできない」 「………もう知らない!ギーシュの馬鹿にボコボコにされればいいのよ!!」 走り去るルイズの後姿を見送り、シエスタを他のメイドに任せてから、 育郎は広場に向かった。 果たして、僕はあの力を使わずにすむのか? そう考えながら… 「何か俺忘れられてねーか?いらない子認定されてね!?」 そのころデルフリンガーは言いようの無い不安を感じ、思考がネガティブになっていた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2375.html
日蝕まで残り三日の昼下がり。 シエスタやマルトー、そしてクラスメイト達に別れの挨拶を告げて回ったジョセフは、授業を自主休講したギーシュやキュルケ達と共にウェールズの居室でチェスやティータイムを楽しみ、世間話に興じていた。 内容としてはさして意味のあるものではない。ジョセフがルイズに召喚されてからの様々な思い出話や、ジョセフの来た世界、地球の話やハルケギニアの話。 ギーシュやキュルケはそんな他愛ない話を絶え間なく続けることで、不意に訪れるしんみりした沈黙を出来る限り排除しようとしていた。 「いやそれにしてもジョジョ、聞けば聞くほど君の話は荒唐無稽だな。いくら大国とは言え、一つの国に何億人もいたり、しかもそれだけの国を統べる王を入れ札で決めるだなんて考えられない。 そんなにころころ王が代わっていたら、代わる度に大事になるんじゃあないか?」 「うむ、こっちほど王……というか、大統領や首相の権力ってのは大きくないがそれなりにデカいし変わるとなりゃ大事だからな。上の頭がすげ変わる間も国の運営が成り立つようにしとるんじゃ。わしの住んどる国なんか四年ごとにやる入れ札はマジお祭り騒ぎだ」 「へええ! 聞けば聞くほどとんでもない世界だなあ、君の世界は!」 「こっちじゃあまーだやらん方がいいな。やるとしたら、平民の半分以上が読み書きできるくらいになって、選ぶ人間の良し悪しを判断できるよーになったらやっていいかもしらんが……まぁ、無理にやらんでもいいんじゃね? 六千年も同じシステムが続いてるならそれでもいいと思うしな」 好奇心と口の回るギーシュが聞き役になり、ジョセフにインタビューしている今の話題は「それぞれの世界の政治形態について」だった。 ジョセフはこれと言った政治思想がある訳でもない。強いて言えば資本主義支持者で、世界有数の大富豪なスピードワゴン財団くらい稼がなくていいから、食うに困らない生活が維持できればそれでいいと思っているくらいである。 具体的に言えば屋敷の使用人達に払う給料が滞らず、夏や冬のバカンスに専用ジェットで向かう家族旅行や社用旅行で金に糸目をつけず遊び呆けたり……そんなささやかなものでいいと考えていた。 だから魔法を使える貴族が王権の元に政治を司るハルケギニアの治世自体に文句をつける気はない。 「それで上手く回ってるなら別に口出す必要もない。わしゃアカでもなんでもないし」という理由もあるし、この世界に永住する訳でもない通りすがりの異邦人でしかないのも、大きなウェイトを占めている。 ましてや三日後には元の世界に帰るのだから、自分から進んでやりたくもない瑣事に関わる必要などこれっぽっちもないのだった。 そんなことをしている暇があるなら、キュルケにケーキをあーんしてもらったり、タバサにチェスでコテンパンにされている方がよっぽど有意義というものである。 さて、タバサに三戦三惨敗という華々しい戦歴を打ち立て、実力の差を十分に自覚したところでジョセフは椅子から立ち上がりつつ、大きく伸びをした。 「んん……ちっと外の空気吸ってくる」 「行ってらっしゃい」 気ままに読書やお茶の時間を楽しんでいる友人達にひらりと手を振り部屋を出たジョセフは、小さく欠伸などしつつ風の塔から降りた。 これから日蝕までの間、別れの挨拶を告げる友人達のリストを頭に浮かべて芝生を歩き出したジョセフの名を大声で呼ぶ者がいた。 「おぉい、ミスタ・ジョースター! 出来た! 出来たぞ! 調合が出来た!」 茶色の液体が詰まったワインボトルを手に持ち、息せき切って走ってくるのはコルベールだった。 「マジか! もう出来たのか!」 「もうも何も、昼前には錬金出来たんだが学院中を探し回ってもミスタ・ジョースターが見つからなかったのだ。一体どこに行っていたんだね?」 不思議そうに尋ねるコルベールに、ジョセフはニカリと笑みを浮かべた。 「すまんな、ちょっと外に出とった。どれ、ちょっと確認させてくれ」 ワインボトルの栓を開け、飲み口から漂ってくる臭いを手で鼻元に仰ぎ寄せて嗅ぐ。 ゼロ戦の燃料タンクに残っていたそれと同じ刺激臭に、おお、と感嘆の声を上げた。 「やるなぁセンセ! まさかこんなに早く出来るとは正直思っとらんかった!」 「なに、原料と完成品の二つが揃っていたのでね。これが『燃える水』を手に入れてなかったらもう少し時間がかかったかもしれないが、これであの『ゼロ戦』は飛ぶという事だ!」 「うむ! で、ワイン樽五本分のガソリンは何日くらいで錬金出来る?」 「そうだな……私の精神力なら、他に魔法を使わなければ二日以内に五本は可能だ」 「グッド! じゃあ、樽一本くらい余分に作れるか? せっかくだから試験飛行しよう。わしが乗って帰ったらもう二度と乗れんからな、コルベールセンセには一度経験してもらいたい。『技術で作り出したモノで空を飛ぶ』という経験をな!」 ジョセフの提案に、コルベールの顔には見る見るうちに『誕生日にお前の欲しがっていた玩具を買ってあげる』と親に言われた子供のような笑みが広がった。 「そうだ忘れていた、ミスタ・ジョースターが地球に帰ってしまえば『ゼロ戦』に乗れる機会はなくなってしまうんだ! ならば明日の朝までに一本用意しておこう!」 今すぐにでも研究室に戻って錬金を再開すべく走り出そうとしたコルベールの手をつかんで留めた。 「待て待てセンセ、せっかくガソリンの試作品があるんだから作動実験もしてみよう。作っては見たが動きませんでしたじゃどーにもならんだろ」 「それもそうだな! では早速実験してみよう!」 二人でアウストリの広場に向かい、燃料コックにガソリンを注ぎ込む。 「よしよし。さてプロペラを動かさにゃならんなー……」 そう呟くと、ちら、と横で目を輝かせているコルベールを見た。 「まァいっか」 構わずに左手からハーミットパープルを発現させる。杖も詠唱もなく突然現れた紫の茨は、メイジであるコルベールの目には明らかな実像となって映っていた。 「ミ、ミスタ・ジョースター!? それは一体……」 当然、未知の現象を突然目撃することになったコルベールは驚きの声を上げた。 「どうせ三日後に帰るからコレもバラすことにしよう。これは『スタンド』、わしの住む世界では稀にこの能力を持つ人間や動物が現れることがある。これがわしのスタンド、ハーミットパープル。 わしのいた世界ではスタンドはスタンド使いにしか見えんかったが、こっちの世界ではメイジには例外なく見えるらしい。多分魔力とかそんなのが関係しとるんじゃろうが、まぁ今はそんなこたァどーだっていい」 眼鏡の奥の目を大きく見開いたままのコルベールからゼロ戦に視線を移すと、静電気が走るような破裂音を放ちながら、ハーミットパープルを機体に入り込ませていく。 「何をしてるんだミスタ・ジョースター! そんなことをしたら、『ゼロ戦』が……!?」 壊れる、と続くはずだった言葉は驚きと共に飲み込まれてしまった。茨が入り込んだように見えた箇所は穴の一つも開いておらず、まるで機体から茨の彫刻が生えているようにも見えた。 「な……なんだねこれは。『スタンド』……とか言ったか? 先住魔法……ではないのか」 持ち前の強い好奇心を発揮し、恐る恐るながらもまじまじとハーミットパープルの観察を開始するコルベール。 「これはわし自身の生命エネルギーが作り出す像でな。基本的に人それぞれの性格やらなんやらで持つ能力や姿形が変わる。つまり同じスタンドは存在しないと言ってもいいだろう。わしのハーミットパープルの能力は念写に念聴、そして機械操作。 プロペラを動かす為には中のクランクを動かさなきゃならんのだが、それを動かす道具がないんでハーミットパープルで代用する」 「あ、ああ」 いきなり理解を越えた単語が連ねられるが、それでもコルベールはおおよその意味は掴んでいた。 「さあセンセ、ちとコクピットは狭いんでな。上からわしが操作してるトコを見てくれ」 コクピットの風防から中に入ったジョセフの頭上に、レビテーションの魔法をかけたコルベールが浮き上がった。 左手が欠損している為にパイロットにはなれなかったものの、セスナを始めとしたプロペラ機の操縦は普通に出来るジョセフである。それに加えてゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴの能力が、初めて乗るゼロ戦の起動手順を逐一頭の中に浮かばせる。 一つ一つの手順の意味をコルベールに教え、コルベールはジョセフから聞いた言葉を興味深げに聞く。 ゆるゆると回っていたプロペラは始動したエンジンの力を借りて大きく回り、スクウェアメイジが起こす風にも匹敵するだけの風力を発生させた。 大日本帝国の名機であるゼロ戦は現役である事を確認したのを満足げに見届けたジョセフは、しばらくエンジンを動かした後で点火スイッチを切ると、もう今にも歓喜を爆発させそうなコルベールに向かって満面の笑みとウィンクと、当然親指も立てて見せた。 コルベールも、立てられた親指が何を示すか一瞬考えた後、ちょっとぎこちない手付きで親指を立て返し、嬉しそうな笑顔を返した。 「やったぞセンセ、バッチリじゃッ! お次は飛行実験だ、ちぃとギュウギュウ詰めだがセンセに空の旅をプレゼントしようッ!」 「おおおお! すごい、すごいぞミスタ・ジョースター! この炎蛇のコルベール、今まで生きてきた人生の中でこんなに胸を高鳴らせたことは無いッ! 今のこの感情の昂ぶりなら、一晩で樽五本分のガソリンすら錬金出来てしまいそうだッ!」 「まあまあセンセ、それで精神力を使い切ってはつまらんだろ。今夜は程々にガソリンを錬金して、ベストコンディションで飛行実験に挑もうじゃないか」 「ああ、そうだな! では私は早速錬金に取り掛かる、それではまた明日会おう!」 「おー、じゃあ朝メシ食った後にここ集合なー」 居ても立ってもいられないとばかりに走り出したコルベールの背に手をひらひらと振ってから、やっとジョセフは茜色に変わり行く空に気付いた。 「いかんいかん、もうこんな時間か。あいつらも飛行実験誘ってみようか」 今日の晩メシなんじゃろなァ~、と即席の節をつけながら友人達を待たせている部屋へと戻っていった。 そして次の日の朝。 ゼロ戦が鎮座するアウストリの広場には、ルイズとウェールズを除く宝探しメンバー、そしてコルベールが集まっていた。 魔法で浮かせた樽からガソリンをタンクに移し変え終わったのを確認してから、ジョセフはもったいぶった動作で友人達に向き直り、帽子を取って恭しく一礼した。 「やあやあ、お集まりの善男善女の皆様方。本日はお日柄も良く、これよりゼロ戦の飛行実験を粛々と執り行いたいと存じます」 雲一つ無い、という訳でもないが特に大きな雲があるわけでもない。十分に晴れた青い空がトリステインの上にあった。 「確かに今日はいい天気だね。で、このぜろせん、とやらは本当に飛ぶのかね? 僕は今でもコレが飛ぶだなんて少しも信じられないんだが。なあヴェルダンデ」 「タルブの村のおじいさんおばあさんは、何人かこのぜろせん、が飛んでいるところを見たって言ってましたけど……」 この期に及んで何回言ったか判らない疑問を口にするギーシュに、シエスタがおずおずと意見を述べた。 「まあまあ、一見は百聞に如かずって言うじゃろ。なんなら賭けてもいいぞ、また金貨二百枚と一年執事の権利を賭けてな」 ニシシ、と笑うジョセフに、ギーシュの顔は渋すぎる茶を無理矢理飲まさされたみたいになった。 「君はもう故郷に帰るんだろ? なんてことだ、賭け金も渡せないうちに帰られるだなんてグラモン家の四男としてこれほど屈辱的なことはないというのに」 「そうそう、忘れてたけど私も二百エキュー貰えるんだったわね。なんならダーリンの分も合わせて私が預かっておこうかしら」 思わず口を滑らせた事に気づいた時にはもう遅い。猫の様なニンマリとした笑みを浮かべるキュルケに、ギーシュはしかめていた顔を更に大きくしかめた。 「……ジョジョ本人に手ずから渡すことにするよ、僕は」 「あらそれは残念」 そもそもゼロ戦が飛ぶということ自体を信じていないギーシュとキュルケは、ゼロ戦にかかりきりのジョセフとコルベールをさておいてそんな軽口で盛り上がっていた。 「さて、んじゃいっちょ行くとするか。センセ、何とか詰めてくれ」 腰に下げていたデルフリンガーを足元の隙間に入れ、コルベールが乗れるスペースを何とか確保する。 そもそもゼロ戦は一人乗りである。座席背部にあった通信機を取り除いたことで二人が乗れないことはない、くらいの広さは辛うじて確保できていたが、そもそも身長195cm、体重97kgもあるジョセフが乗ればそれだけでコクピットのスペースを大きく取ってしまっていた。 コルベールも細いとは言え立派な成人男性の体格を持っている。乗ることが不可能ではないのだが、ぎゅうぎゅう詰めになるのは致し方のないことだった。 「ああ、いや確かに狭いが何とか……というか、ミスタ・ジョースターがこんなに大柄なのが問題ではないのかね?」 「そもそもコレ一人乗りだもんよ。メッサーシュミットなら三人乗れるんじゃが贅沢は言っとれんだろ」 コクピットに乗り込むだけでいい年したジジイとハゲ上がった大人が言い争いしながらも、何とか乗り込むことは出来た。 「よし、んじゃ行くとするか」 クラッチにハーミットパープルを這わせてエンジンを始動させると、プロペラが音を立てて回り始める。計器が示す数値も異常が無いことを教えてくれる。 ブレーキを放すと、ゼロ戦がゆっくりと動き出す。おおよそ目星をつけていた離陸点に辿り着くが、ガンダールヴのルーンとジョセフ本人の経験がゼロ戦が飛び立てる滑空距離に少々足らない、と見えてしまった。 アウストリの広場が狭いわけではないが、それでも飛行機一機が飛び立つ為に必要な距離は並大抵のものではないと言う事だった。 ジョセフは閉じた片目の上に手を翳し、学院の敷地を取り囲む高い塀に舌打ちした。あれがもう少し低ければこの距離でも十分離陸は出来ただろう。 「ううむ。ちと距離が足らんな……あそこの高い壁を吹き飛ばせば何とか行けるかもしらんが」 しょっぱなから物騒な提案に思考が進んだジョセフをたしなめたのは、足元に転がっているデルフリンガーだった。 「相棒、そんな短絡的な方法取んなくても外にいる貴族の娘っ子達に風を起こしてもらえればいけるぜ」 「ああ、それなら行けるか」 「あのちまいのは風のトライアングルだろ? なら大丈夫だ」 風防から腕を出してハーミットパープルをタバサに伸ばす。骨伝導で「広場のあっこらへんに立って思い切り向かい風を吹かせてくれ」と頼むと、タバサはこくりと頷いて指定された場所まで歩いていった。 さして時間を掛からず轟風が巻き起こったのを見届けると、シエスタから受け取ったゴーグルを身に付ける。 「おっしゃ、行くぞセンセ」 「ああ……よろしく頼む!」 踏み込んでいたブレーキペダルから足を離し、スロットルレバーを開く。 加速するエネルギーを解放されたゼロ戦は勢い良く加速を開始する。 操縦桿を軽く前方に押し、尾輪を地面から離れさせ滑走に入る。 段々と壁が近づいてくる中、十分にスピードが乗ったのを確認すると操縦桿を引き、タバサの起こした風に機体を乗せた。 ゼロ戦が浮き上がり、大きなGがコクピット内の二人に圧し掛かる。 そして脚を収納したゼロ戦は魔法学院の壁を飛び越え、更に上昇を続けていく。 「おおお、飛んでいる! 飛んでいるぞ! こんなに早く!」 風防の外で猛スピードで流れていく景色を見、興奮を隠さず叫んだ。 「おい俺にも見せろよ相棒!」 鞘口をカタカタ鳴らして催促するデルフリンガーをハーミットパープルで引き上げれば、デルフリンガーもまた金具をけたたましく鳴らして騒ぎ出した。 「うわー! すげえ! すげえ! なんだこれ、フネとか竜とか比べ物になんねーぞ!」 「そりゃそうよ、こいつぁ最高速度が500km以上出る。ハルケギニアでそんだけの速度を出せる魔法や生物なんてそうはないじゃろ?」 狭いコクピットの中、自慢げに言うジョセフの言葉も、コルベールとデルフリンガーには届いていなかった。 矢のように過ぎる雲の流れと外の景色に釘付けになっていたからだ。 これから同乗者の気が済むまで遊覧飛行したり、雲を突き抜けた上空まで一気に飛んでやりたくもあったが、如何せん肝心要の燃料がタンクの20%しかない。 安全を考慮し、比較的低空飛行で、且つ学院の周辺を飛び回るだけしか出来なかったが、それでもコルベールやデルフリンガーには十分過ぎる驚きと興奮を与えていた。 それは無論、地上で見守っていたギーシュ達や、突然聞こえてきた爆音に何事かと教室の窓から顔を出した学院の生徒や教師達、地面から見上げる使用人達、そして塔の窓から一部始終を見守っていたウェールズも例外ではない。 「ほらほら見てくださいミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモン! 飛んでます、竜の羽衣が飛んでますよ!」 お伽噺だった『竜の羽衣』が本当に空を飛んでいるのを見ることが出来たシエスタのはしゃぎ様にも、キュルケもギーシュも構うことが出来なかった。 「……まるで夢でも見ているようだ。まさか、あんなカヌーみたいなオモチャが、あんなに早く飛ぶだなんて……」 「……本当に。何から何まで私達の常識ってものが通用しない世界なのね、ダーリンの世界って」 学院にいる大勢の人間の中で、事情が飲み込めている者はほとんどいない。それでも、ハルケギニアの空を翔けるゼロ戦に視線を奪われていた。 それから二十分後、再びアウストリの広場にゼロ戦が着陸し、そこからジョセフとコルベールが降りてきたのが確認された後、物見高い生徒達が教師の制止を振り切って教室の窓からフライで広場に殺到してくる。 ルイズに召喚されてからこの方、学院の注目を一手に集めてきたジョセフである。 怒涛のように押しかけてくる野次馬達を丁重にあしらい、無遠慮にゼロ戦を触ろうとする不貞な連中にはトライアングルの三人と使い魔が睨みを効かせていた。 今日も今日とて注目を一手に集めるジョセフを羨ましげに見ていたギーシュは、自分を慰めるように鼻先を摺り寄せてくるヴェルダンデにしかと抱き付いていた。 「ああヴェルダンデ、僕の愛くるしいヴェルダンデ、傷心の僕を癒してくれるのは君だけだ」 もぐもぐ、と喉を鳴らして目を細めるヴェルダンデは、しょうがないなあと言いたげなつぶらな瞳で主人を見つめていたのだった。 ちょうどその頃、トリステイン王城のルイズは客間のベッドで頭から毛布を被っていた。 眠っている訳ではない。目ならとっくに覚めている。 しかし、ベッドから起き上がる気分にはなれなかったのだ。 使い魔とも別れて一人、今の自分が唯一頼れる友人であるアンリエッタの所へ転がり込んだはいいものの、今になってその行動が間違いだったことに気付いてしまった。 スタンド使いで様々な悪知恵が働くジョセフがいなければ、自分はただのゼロのルイズでしかない。何も出来ない、魔法も使えないゼロのルイズ。 しかも使い魔が帰還するのを素直に喜んでやれる訳でもなく、さよならも言わずに帰れと置手紙を残しただけ。使い魔を手放す辛さに耐えかねたとは言え、そんな無責任な別れは許されるはずが無い。 自分の都合で呼び出した使い魔を帰すのに、呼び出した張本人はこうして迎えの来ないベッドの上で毛布を被って時が過ぎるのをただ待っているだけだなんて、果たして貴族の振る舞いとして恥ずかしくないのか。答えは既に出ている。 サイドテーブルに置いている帽子に視線が行き、そしてまたすぐ離された。 (……私、バカだわ。こんなことしてたってしょうがないじゃない……) 頭では判っている。ジョセフが帰るその時まで側にいて、謝るところは謝って、最後にさようならと直接言って、きちんと別れを告げるべきなのだと。 まだ日蝕まで二日ある。今から馬を飛ばして帰れば、十分に間に合う。学院に帰って、何もなかったような顔しててもジョセフはちょっとだけ苦笑して、あの大きな手で頭を撫でてくれるだろう。 正直になって、別れたくない帰したくないって駄々をこねられるだけこねて、思い切り泣いて叫んで――自分の中に溜まっているわだかまりを全部吐き出してぶつければいい。 本当はそうしなければならないのだ。 そんな事をしても、ジョセフの意思が変わらないのは判り切っている。 ただ、伝えなければならない。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールにとって、ジョセフ・ジョースターがとても大切な存在だって言う事を。 人の言う事を先読みできる有り得ない洞察力と推理力を持つジョセフだって、あんな走り書きの文章一つで自分の中で渦巻いている色んな気持ちを察することなんて出来はしない。 ……いや、ハーミットパープルを使えば出来るかもしれないが、多分そんなことはしない。 だからちゃんと自分の口で、自分の気持ちを伝えなければならないのに。 今から部屋を飛び出して、馬に乗って帰るだけでいいのに。 しかし、ルイズはベッドから起き上がる事が出来なかった。 由緒正しいトリステイン名門のヴァリエール公爵家の三女たる者が、よりにもよって使い魔から逃げ出して毛布を被っているだけだなんて。 どんな顔をして帰ればいいのか、果たしてジョセフが本当に自分の思うような行動を取ってくれるのか。もし取ってくれなかったらどうしよう――。 そんな思いばかりが渦巻いて、立ち上がることが出来なかった。 誰にも頼ることが出来ず、誰にも悩みを打ち明けられず、一人きりになった今、16歳の少女に似つかわしい臆病さが前面に押し出されていた。 頭では取るべき行動が判っていても、心が動き出す決意を立てられない。 結局ルイズは、毛布で全身を包みきゅっと目を閉じて、眠気が来るのをひたすら待ってしまった。 日蝕の前日。 ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と、トリステイン王女アンリエッタの結婚式を三日後に控えたその日の朝。 トリステイン王宮は、式が行われるゲルマニア首府のヴィンドボナへのアンリエッタの出発の準備を控え、上から下まで慌しく駆け巡っていた。 トリスタニアからヴィンドボナまでは、馬車で行けば半日弱しか掛からない。 しかし政略結婚と言えども、一国の皇帝と王女の婚礼の儀は建前上目出度い代物であり、祭儀として華々しく、且つ恭しく執り行われるべき代物である。 トリステイン首都のトリスタニアからヴィンドボナまでの旅路そのものが盛大なセレモニーであり、足早に急ぐような野暮な真似が出来るわけも無い。 半日弱の旅路をたっぷり時間をかけ、式前日の夕方にやっと到着することになっていた。 千の御伴を連れて立ち並ぶ行列の主賓たるアンリエッタ自身は、まるで病に冒されたような白い面持ちのまま、今朝本縫いが終わったばかりのウェディングドレスに身を包んでいた。 上質の絹で織られた美しいドレスを着ているというのに、ドレスの色を黒く染めれば葬儀の場に立っていてもなんら違和感を感じさせない佇まいであった。 出発の時間まで四半刻となった頃、王宮に突然の報がもたらされた。 国賓歓迎の為、ラ・ロシェール上空に停泊していた艦隊全滅の知らせ。 それと時を同じくし、神聖アルビオン共和国からの宣戦布告文が急使に拠り届けられた。 ラ・ロシェールに配備されていたトリステイン艦隊が突如不可侵条約を無視して親善艦隊に理由なく攻撃を開始し、一隻の戦艦が撃沈された為、アルビオン共和国政府は『自衛の為』『やむなく』トリステイン王国政府に対して宣戦を布告する旨が綴られていた。 トリステイン王宮はこの知らせに騒然となり、急遽将軍や大臣達を招集した。 しかし名誉ある貴族が雁首揃えてやることと言えば、豪奢な大会議室でただ言葉を踊らせるばかり。 やれこれは互いの誤解から発生した不幸な行き違いだ、アルビオン政府に対し真摯な対応をすべきだ。いや今すぐゲルマニアに急使を飛ばし、同盟に従い軍を差し向けるべきだ。 誰も椅子から腰を上げようともせず、下の者を動かそうともせず、ただひたすらに終着点が考えられていない互いの意見ばかりが飛び交い、なんら実のある結果に繋がる気配は見えなかった。 会議室の上座には、ウェディングドレスを纏ったアンリエッタが座っていた。きらめくような白絹に身を包んだ姿は衆目を引き付ける美しさを醸し出しているが、居並ぶ貴族達は誰一人としてその清楚な美しさに目を留めようとしない。まして意見を求めようともしない。 国を揺るがす一大事の中でも、うら若き王女はただ座っているだけ。 ただ顔を俯かせ、膝の上に置いて握り締めた手をじっと見つめているだけだった。 「――これは偶然の事故――」 「――今なら話し合えば誤解が解けるかも――」 「――この双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦が全面戦争へと発展しないうちに――」 会議室での言葉は何一つアンリエッタに届かず、ただ頭の上を通り抜けていくだけ。 誰も王女に言葉を届けようともしないし、届ける意味を見出してもいなかった。 「急報です! アルビオン艦隊は降下して占領行動に移りました!」 伝書フクロウがもたらした書簡を手にした伝令が、息せき切って会議室に飛び込んできた。 「場所は何処だ!」 「ラ・ロシェールの近郊! タルブの草原のようです!」 伝令の言葉に、会議室はより重い空気を漂わせる。 自分達が考えている以上に、事態は重大であることに気付き始めざるを得なくなっていた。 昼を過ぎ、王宮の会議室には次々と報告が飛び込んでくる。 それらはどれも例外なく、頭を抱え耳を塞ぎたくなるような悪い知らせばかりであった。 タルブの領主が討ち死にし、偵察の竜騎士隊は一騎たりとも帰還せず、アルビオンからの返答もない。 敵意を持って杖を向けている敵に対し、未だに自分達がどうするのかも決めあぐねて会議室から出ようともしない貴族達。 それをただ黙って見ているアンリエッタの心の中では、これまで懸命に押し殺してきた感情がゆっくりと、しかし着実に膨れ上がっていたのだった。 (……これが。伝統あるトリステイン王室) 前王は子に恵まれなかった。生まれた子供はマリアンヌとの間に生まれた娘、アンリエッタ一人。側室も設けなかった為、トリステインの王位継承権を持つ者は大后マリアンヌと王女アンリエッタの二人だけ。 王が崩御した後、マリアンヌは王位継承権を放棄し、第一王位継承権を持つようになったアンリエッタは当時7歳。まだドットメイジですらない少女を王座に座らせる訳にも行かず、それから十年間トリステインの玉座は主を失ったまま現在に至っている。 しかし17歳となり、水のトライアングルメイジとなった彼女は、ハルケギニア統一の野望を持つアルビオンに対抗する同盟を結ぶ為の貢物として、四十過ぎの男との政略結婚を組まれていた。そこに彼女の意思は介在していない。アンリエッタの恋心を斟酌されるはずもない。 トリステイン王宮に仕えている貴族達は、王家に傅く素振りをしているだけ。国家存亡の危機に瀕している今、王女に意見を求めることも無く、ただ自分達だけで言葉を踊らせている。 自分に求められている役割は国を統治する王女ではなく、王宮を飾る美しい花。 花瓶に生けられた花に、王の言葉を求める者は居ない。 (そうね。私はずっと彼らから取り上げられてきたのだわ。トリステインという国を。王女としての誇りを) 今にも滅亡しようとするアルビオンで孤軍奮闘するウェールズから、昔送った恋文を返して貰う。そんな困難な任務を頼める相手が、幼い頃の遊び相手しかいなかった。 数少ない友人であるルイズにすら、最初は悲劇の主人公ぶった言葉でしか頼むことが出来なかった。王女としての立ち居振る舞いすら忘れていたのだ。 それを思い出させてくれたのは、皮肉にも平民であり、使い魔である老人、ジョセフ・ジョースターの言葉。 『王族の誇りを捨て、自らに仕える貴族にへつらった! そんな腐れた魂の何が王女か、何がルイズの友達かッ!』 あの夜、自分は王族としての誇りを取り戻したはずではなかったのか。 愛するウェールズは最後の時までアルビオン王家に連なる者として、誇り高く死のうとした。それを無理矢理トリステインに連れて帰らせたのは自分だ。 アンリエッタ・ド・トリステインは、こんな無様な姿を見せる為に愛する人の意思を捻じ曲げたのか? 今の自分は胸を張って、自分の愛する人達の前に顔を出せるだろうか? (……出せないわ。出せるはずが無い) 今の自分は、王女である資格がない。恋人である資格がない。友人である資格がない。 (――どうせ、このまま生き長らえても意にそぐわぬ婚姻をするだけ) 弾む鼓動を抑えるように、ゆっくりと、けれど大きく、息を吸う。 (これから数十年ずっと悔いて生きるのと、今日、死ぬことと。どれだけの違いがあるのかしら) 肺腑に行き渡らせた息を、静かに吐き出していく。 (せめて、トリステインの王女として誇れるように生きてみよう) 俯いていた顔をゆっくりと上げる。意味のない言葉が舞う貴族達を一瞥し、悠然と立ち上がる王女に、貴族達の目が向けられた。 「――トリステインの貴族は誰も彼も臆病者のようですわね」 アンリエッタの唇が紡いだ言葉は、意図せず氷柱のような冷たさと鋭さを纏っていた。 「姫殿下?」 「今正に国土を侵されていると言うのに、下らぬ言葉遊びに興じる様の見物はもう飽きました。それで? 貴方がたは一体どうするというのですか。そのお腰の杖は飾りなのですか? 貴方がたが今唱えなければならないのはつまらぬ御託ではなく、敵を討つ為の呪文のはずです」 呼吸も乱れず言葉に震えもない。言うべき言葉が勝手に流れているような錯覚さえ、アンリエッタは抱いていた。 「しかし、姫殿下……誤解から発生した小競り合いですぞ」 「誤解? 何をどうもって誤解と言うのですか? トリステイン王国の艦隊は祝砲に実弾を込める愚か者が揃っております、とお認めになるつもり? そんな馬鹿な話があってたまりますか。どれだけ下らない道化芝居とて、こんな無様な筋書きは存在しません」 「いや、我々は不可侵条約を結んでおったのです。事故以外に有り得ません」 「事故以外の可能性を貴方が認めたくないだけでしょう。今我々が直面している現実は、アルビオンがトリステインの国土を侵している。条約は紙より容易く破られたのです。どうせ守るつもりなどなかったのでしょう、あの卑怯者達の集まりは」 「しかし……」 なおも言い募ろうとする一人の将軍に一瞥をくれる。 ただのお飾りであるはずの王女は、臣下の勝手な発言を視線一つで遮った。 「貴方がたは御存知? アルビオンを簒奪したレコン・キスタは我がトリステイン王国のグリフォン隊隊長を裏切らせ、名誉ある戦いに赴こうとしたウェールズ皇太子を暗殺しようとしたのです」 突如発せられた言葉に、会議室がどよめく。 王宮近衛である魔法衛士隊隊長の裏切りは、緘口令が引かれていた。この緊急時に会議室に召集された貴族の中でも、その事実を知らない者は少なくなかった。 「アルビオン王家は滅亡寸前であったのに、彼らは最期の名誉ある死すら皇太子から奪おうとしたのです。いみじくもトリステインがレコン・キスタに加担したも等しい忌まわしい出来事を知ってなお、まだ愚にも付かぬ議論を続けるつもりですか」 静かに紡がれる王女の言葉に、貴族達は口を噤む。つい先程まで貴族達の声が溢れていた会議室には、王女の声だけが響いていた。 「この様な繰言を並べている間も、国が踏み荒らされ、民の血が流れているのです。王族や貴族は、この様な時こそ杖を掲げ戦いに出向く存在だったのではありませぬか? そんな最低限の義務すら果たせないのなら、杖など折ってしまいなさい!」 声を張り上げてテーブルを叩くアンリエッタ。 誰も言葉を発さず、杖に手を掛ける者もいない。 「黙って聞いていれば、如何に逃げ口上を美しく整えるかという事ばかり。確かにトリステインは小国、頭上から見下ろすアルビオンに反撃したところで討ち死には必至。敗戦後、責任を取らされるのは真っ平御免と言う所でしょうか。 それならば侵略者に尻尾を振って腹でも見せていれば命が永らえる。そうそう、私の聞き及んだ話ですと王党派は降伏してもギロチンなる処刑道具で首を刎ねられたそうですわ」 「姫殿下、言葉が過ぎますぞ」 マザリーニがたしなめる。しかしアンリエッタは一瞬だけ視線を彼に向けただけだった。 「わたくしは誇り高きトリステイン王国が王女、アンリエッタです。わたくしは王族としての義務を果たしに行きます。卑怯者どもの犬として首を刎ねられたいのならば、自由になさい」 アンリエッタは貴族達にそれ以上構うこともなく、ドレスの裾を捲り上げて会議室を飛び出していく。 「お待ち下さい! お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」 マザリーニのみならず何人もの貴族がそれを押し留めようとするが、彼女は躊躇いなく彼らを一喝した。 「軽々しく王女に触れようとするとは何事ですか、立場を弁えなさい!」 アンリエッタに伸ばされようとしていた手が、威厳ある言葉によって動きを失った。そして行き場を無くした手達が彷徨う中、捲り上げた裾を強引に引き千切ると、破き取った裾をマザリーニの顔目掛けて投げ付けた。 「もううんざりだわ、私の意思は私のもの! 貴方がたに左右される云われはないわ!」 見るも無残に敗れた裾を翻し、足音も高く廊下を進んでいく。 会議室を守っていた魔法衛士達は、王女殿下の後ろを自然と付き従っていった。 宮廷の中庭に現れたアンリエッタは、涼やかな声で高らかに叫んだ。 「わたしの馬車を! 近衛! 参りなさい!」 中庭にいた衛士達がアンリエッタの元に集まり、ユニコーンの繋がれた馬車が衛士の手によって引かれて来る。 アンリエッタは馬車からユニコーンを一頭外し、傲慢なほど堂々と背に跨った。 「これより全軍の指揮をわたくしが執ります! 各連隊をここへ!」 前王が崩御してから十年余の時間を経、トリステイン王宮に王の声が響き渡る。 魔法衛士隊の面々は一斉に王女に敬礼し、アンリエッタはユニコーンの腹を蹴りつける。 甲高いいななきを上げて前足を高く掲げる中でも、彼女は悠然とした態度を崩さなかった。 アンリエッタの頭に載ったティアラが日の光を受け、黄金色に輝いたのを臣下に見せた後、ユニコーンは誇らしげに走り出す。 それに続き、幻獣に搭乗した衛士達がそれぞれ叫びを上げて続く。 「戦だ! 姫殿下に続け!」 「続け! 後れを取っては家名の恥だ!」 雪崩を打つように貴族達は各々の乗機に跨り、アンリエッタの後を追いかけていく。 王女出陣の知らせは城下に構える連隊へ届き、後れを取ってはならぬと次々とタルブへ向かって進んでいく。 投げ付けられた裾を手にしたまま、その様子を見ていたマザリーニは呆然と天を見上げた。 アンリエッタが貴族達に放った言葉は、自分も考えていたことだった。 伝え聞く情報は、レコン・キスタとは誇りや名誉という単語から程遠い場所に存在する連中だという事は知っていた。 だが現実問題として、今のトリステインでは彼らに太刀打ちできないことを一番知っているのは、国の政務を一手に引き受けてきたマザリーニである。 今ここで戦いに出たところで、無駄に被害を広げる結果にしかならないと考えている。今更命が惜しい訳ではない。現実的に考えれば考えるほど、国の為、民の為には事を荒立ててはいけなかった。小を切り捨て、大を生かす為にはそうせざるを得なかった。 だが、今この時、条約は破られ、戦争が始まっているのだ。外交のプロセスは既に終わっている。今は互いの国力をぶつけ合う実力行使の時間になっている。それを認めたくない、という気持ちがなかったとは言えなかった。 一人の高級貴族が、アルビオンに派遣する特使の件で耳打ちをする。 マザリーニは頭に被っていた球帽をそいつの顔面に思い切り投げ付けようとして、気が変わる。球帽を掴んだ拳ごと彼の鼻っ面に叩き込んだ。 そしてアンリエッタが投げ付けた裾を頭に巻き付け、叫んだ。 「各々方! 馬へ! 遅れてはならぬ、栄えある姫殿下の元に集え!」 To Be Contined → 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1699.html
ニューカッスル城の礼拝堂に、凍えるような冷気と、それにも増して 冷たい殺気が吹き荒れていた。 「・・・・・・・先住魔法、か・・・?貴様・・・何者だ」 驚愕に眼を見開いたまま問うワルドを、ギアッチョは無表情に嘲笑う。 「今から死ぬ人間に説明する必要はねえな」 ズン!とギアッチョが一歩踏み出す。本能で危険を感じ取り、反射的に ワルドは二歩飛び下がった。 「だが、ま・・・サービスだ 一つだけ教えといてやる」 ギアッチョが言い終えると同時に、ワルドは鉄をも断ち切る風の刃を 撃ち放つ。空気を切り裂きながら迫る歪みを睨んで、しかしギアッチョは 逃げもせずに片手を突き出した。 「ホワイト・アルバムッ!!」 咆哮の如き声が礼拝堂に轟いたその刹那、まさにギアッチョの全身を 切り刻まんとしていた風の刃が――動きを「止めた」。次の瞬間、 刃だったそれは銀の粉塵と化して空気に溶け消え・・・ワルドはそこで、 ようやく今起こったことを理解した。かざした片手を胸の前にスッと 戻して、ギアッチョは無慈悲な双眸にワルドを映す。 「そいつが、この力の名だ」 「・・・バカな・・・・・・」 体裁を繕うことも忘れて、ワルドは短く呻いた。 「どうした子爵様?取り除いてみなよ・・・この小石をよォォォ~~~」 白銀の魔人が吼える。その殺気に我知らずじりじりと後退していた 自分に気付き、ワルドは杖の先を床にガツンと打ち付けた。 閃光のワルドともあろう者が何を恐れている?風を極めた自分が、 ただの平民に遅れを取るとでも言うのか? ぽたりと一つ冷や汗が落ち、そしてそれを最後にワルドは平静を 取り戻した。そうとも。こんな男にかかずらっている暇などない。 そして負けるはずもない。私にはその為の力が、技が、策がある。 「フッ・・・フハハハハハハ これは失礼・・・どうやら君を少しばかり 見くびっていたようだ ならばこちらも本気を出さねば礼を失すると いうものだな」 「そいつは面白ェ それでこそ殺し甲斐もあるってやつだ」 漆黒のマントを翻して、ワルドは胸の前に垂直に杖を構える。 律儀に攻撃を止めるギアッチョを余裕を取り戻した眼で眺めながら、 ワルドは静かに詠唱を開始した。 「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 「・・・・・・!」 呪文が完成した瞬間、ワルドの姿が残像のように左右にぶれ、 ぶれたそばから実体化を始めた。一つ二つと実体化が続き、 ワルドの周りを囲むようにして遂には四つのコピーが現れる。 「・・・これが、風が最強たる所以だ」 「・・・なるほどな 仮面の男だけが不可解だったが、そういうことか 分身の術たぁ笑えるぜ ニンジャ気取りかてめー」 「ただの分身などではない 遍在する風、そのものの顕現だ この世界のいずこにも、風は遍く在る 故に、風が吹くところ 我が影は自在に現れる」 懐から取り出した仮面を投げ捨てて、ワルドは不敵な笑みを浮かべた。 「これが、『遍在』だ」 ギアッチョは己に注がれる五対の双眸を物ともせずに嘲る。 「解説ありがとうよ 説明書を読む手間が省けたぜ で、その間抜け面した分身共にゃあ何が出来るんだ?」 「そう急くな 今から嫌と言う程理解することになる しかし・・・ そうだな 先ほどのお返しもある 一つ教えておいてやろう 『遍在』には、それぞれに自律した意志と力がある これが 素晴らしいところでね、間諜伝令思いのままというわけだ」 「ほー、そいつは素晴らしいな ところでもう一つ聞きたいんだが よォォ~~ それが一体今どういう役に立つってんだ?ええオイ?」 「フッ・・・分からないか?」 スッと、ワルドが杖をギアッチョの喉に向ける。それを合図に、 四人の「遍在」が一斉にギアッチョへと飛び掛った。 「これは『遍在』なのだ 命じたことしか出来ぬ愚鈍なゴーレム等とは 訳が違うッ!」 その言葉を証明するかのように、右端の「遍在」がウィンド・ブレイクを 放つ。ひらりと飛び避けたところに二体目と三体目のワルドが迫り、 立て続けにエア・ハンマーを撃ち放った。 「チッ・・・」 五体の攻撃全てを受け止めていれば流石にパワーが持たない。 極力避けに徹するギアッチョだったが、 ドシュッ!! 「ガンダールヴ」の力が発動していない彼に、四体目の動きは把握 出来なかった。ギアッチョの脇腹に突き刺さったエア・ニードルを 眺めて、ワルドは凶悪な顔で勝ち誇る。 「理解出来たかな?どんな力を持っていようが今の君はただの人間 出来ることには自ずと限界があるというわけだ」 腹部を刺されて動きを止めたギアッチョに、キュルケ達は絶望の 表情を浮かべる。ワルドはそれを見て満足げに笑うが、その笑みは 直後響いた声に掻き消された。 「何の・・・ ・・・つもりだ?・・・え?」 痛みを全く感じさせないギアッチョの声に本能的に危険を感じて、 四体目の「遍在」はバッとギアッチョから飛びのく。エア・ニードルを 纏っていたその杖先には、一滴の血も付いてはいなかった。 「なんだと・・・・・・」 「これだけ手の内さらしてやったのによォォォ~~~~ まだ解らねーのか?ええ?オイ」 ギロリと、色をなくした双眸でワルドを睨む。 「そんななまっちょろい攻撃でよォォォォォーーーー! このギアッチョの装甲を貫けるとでも思ってんのかァァァ!!」 バン!と音を立てて、ギアッチョは片手を床に押し付けた。 ビシビシビキビシィィッ!! 「何ィィィィィッ!?」 ワルドが驚愕の声を上げる。ギアッチョからワルド達に向かって、 床が扇状に信じられない速さで凍って行き――逃げ遅れた二体の 「遍在」の足首を、それはガッシリと固めてしまった。なんとか フライの発動に成功した二体の後ろで、ワルドは宙に浮きながら 忌々しげに舌打ちする。 「なるほど・・・まだまだ見くびっていたというわけか」 「ギアッチョ!あなた大丈夫なの!?」 「遍在」達を油断なく睨むギアッチョに、キュルケは思わず叫んだ。 「『大丈夫』だァァ?おめー言う相手を間違えてるんじゃあねーのか? 『今のうちに逃げなくて大丈夫なんですか子爵様』ってなァァァァ」 嘲笑いながら、ギアッチョはゆっくりと逃げ遅れた「遍在」へ歩を進める。 「調子に乗るなよ、使い魔風情がッ!!」 ワルドの言葉と共にウィンド・ブレイクとエア・ハンマーが四方から 襲い掛かるが、ギアッチョに肉薄した瞬間それらは全て粉々に消え去る。 「まだ理解しねーのかッ!!てめーのどんな攻撃もオレには通じねー!!」 己の無力を宣告されて、しかしワルドはニヤリと口の端をつり上げた。 「ククク・・・ああ、理解してないさ ただし私ではなく、お前がだ」 どこか勝ち誇ったような響きでワルドが答えた瞬間、「きゃああっ!」と いう悲鳴が上がった。 「ルイズッ!!」 「遍在」の一体に身体を掴まれたルイズに気付いて、ギーシュが叫ぶ。 しかし彼が薔薇の杖を抜き放つより早く、ルイズを強引に抱きかかえて 「遍在」は礼拝堂の扉に向かって身を翻していた。 「愚か者が・・・『遍在』にはそれぞれ独立した意志があると言った だろう 私が一人に『遍在』が四体、なのに何故魔法が四発しか 飛んでこなかったのか――もっとよく考えるべきだったな」 「チッ!!」 ギアッチョは扉に向かって駆け出そうとするが、 「遅いッ!!」 無防備なギアッチョに向かってウィンド・ブレイクが続けざまに 四発撃ち放たれ、彼は扉とは反対側の壁に強かに叩きつけられた。 「がッ・・・ や・・・野郎・・・」 二体の「遍在」はその隙を逃さず氷を割って脱出する。同時に ワルドは最後の「遍在」に向かって指示を出した。 「ルイズを追え」 マントをはためかせて扉へ走り出す「遍在」に焦ったように眼を 向けて、ギーシュはぎりりと造花の薔薇を握り締める。 「キュルケ・・・い、行くよ!」 「・・・ええ!」 「待てッ!!」 ギーシュ達の後ろから、大音量で怒声が響いた。 怒鳴ったのはギアッチョだった。後を追おうとする二人を、彼は 怒りに燃える眼で睨む。 「オレがなんとかする・・・てめーらは黙って見てろ」 「今回ばかりは納得出来ないわ!あなたじゃ間に合わないでしょう!」 「てめーらでスクウェア二体を相手に出来るってーのか!?ああ!?」 怒鳴り返そうとするキュルケを手で制して、ギーシュはギアッチョに 向き直った。 「・・・ああ、きっと勝てないだろうね 正直言って恐いよ・・・ 震えが止まらない」 造花の杖を握り締めてぶるぶると震える片手からギアッチョに 眼を移して、ギーシュは「だけど」と呟く。 「目の前で友が危険に曝されているのを、黙って見ているバカが どこにいるッ!!」 びりびりと、一転して空気の振動すら伝わる程の声で――彼は怒鳴った。 普段のギーシュからは想像も出来ない迫力に、キュルケやワルドは おろかギアッチョまでが押し黙る。 「・・・僕は行くよ 倒すことは出来なくても、時間稼ぎは出来る 君が子爵本人を倒せば、『遍在』は消えるはずさ ・・・それに」 いつもの声に戻って、ギーシュはギアッチョを真っ向から見据えた。 「僕だって、一発ぐらいブン殴ってやらないと気が済まないんだ」 手も膝も、相変わらずみっともなく震えている。対峙すらしていない にも関わらず、冷や汗まで流れている。しかし、彼の眼に宿る 「覚悟」の光、それだけは本物だった。ギーシュをジロリと睨み返して、 ギアッチョはフンと鼻を鳴らす。 「・・・あーそうかよ だったらとっとと行っちまえ オレがこいつを 殺す前に追いつけるようにな」 諦めたようにそう言って、ギアッチョは追い払うように手を振った。 こくりと一つ頷くと、ギーシュは脇目もふらずに走り出す。その後を、 迷いの無い表情でキュルケが追いかけた。 開け放しの扉を風のように走り抜ける二人を、ワルドは止めもしなかった。 彼らの消えた扉の奥を眺めて、薄っすらと笑みを浮かべる。 「クックック・・・友情の為に命を賭するとは、全く美しいことだ もっとも、賭けになどなりはしないだろうがね」 「遍在」の身とはいえ、その力はオリジナルと比べて何ら遜色のある ものではない。トライアングルとドット如きに負けるなどということは 万に一つも有り得ないのだ。負けるどころか、時間稼ぎにすらなりは しないだろう。炎も土も、風の前では児戯に等しい。風を極めた己の 「遍在」に、ただの学生風情が挑もうとすること・・・それ自体が あまりにも愚かな行為なのだ。 「黙れよ」 獣の如き眼光で、ギアッチョはワルドを貫く。 「とっとと始めようぜ ・・・いや」 「・・・・・・」 「とっとと、殺す」 気負う気配もなく無感動に吐き出すギアッチョに、ワルドはますます 面白そうに顔を歪めた。 「そいつは楽しみだ」 礼拝堂から続く長い回廊を、ギーシュとキュルケは荒い息を吐き ながら駆け抜ける。間断なくディティクトマジックを使用して いるのは、「遍在」を形成している魔力の痕跡から彼らの後を 追跡する為だ。そうして右へ左へと長い道を走り抜けて、二人は 一つの大きな扉に突き当たった。 「・・・開けるわよ」 「・・・ああ」 蹴破る程の勢いで、二人は扉を押し開く。その先に広がっていた ものは、石畳の中庭だった。 「ルイズ!」 「来たか・・・行け、私よ」 ルイズとギーシュ達の間に立ちはだかった「遍在」が、ルイズを 抱えて今まさにフライで飛び去ろうとしている「遍在」に声をかける。 「不味いわ・・・ギーシュ!」 「分かってるッ!」 返しざま、ギーシュは後ろの「遍在」に向かって魔法を放った。 石畳を錬金して現れた巨大な掌が、既に一メイル程上昇を始めていた 「遍在」の足首を何とか掴んで引き戻す。 「くッ・・・」 「あ、危なかった・・・石畳にまで『固定化』がかかっていたら どうしようかと・・・」 ほっと溜息をつくギーシュの肩を叩いて、キュルケは油断なく 「遍在」を監視する。 「終わりよければ何とやらよ ほら、油断しない」 「あ、ああ・・・」 怯えの中に強固な意志が見える瞳を二体のワルドに向けて、 ギーシュは造花の杖を構える。同じく優雅に杖を構えて、 実に洗練された仕草でキュルケが一礼した。 「不躾で申し訳ないのですけれど・・・素敵なジェントルマン、 私達と踊ってくださいませんこと?」 「フッ・・・よかろう せいぜい転ばぬように頑張ることだ」 未だ足首を掴んでいる石の拳を破砕しようとする「遍在」を、 前のワルドが止めた。 「やめておけ・・・どうせこの男はすぐに死ぬ この先不測の 事態が起こらぬとも限らんだろう 魔力は温存しておくべきだ」 その言葉に、後ろの遍在は杖をしまい直して傍観の構えを取る。 それを合図に対峙する三者がルーンを唱えるべく一斉に口を開いた時、 「やめてッ!!」 ルイズの声が中庭に響き渡った。 首を締め付けるワルドの腕を引き剥がそうともがきながら、ルイズは ギーシュとキュルケに向けて怒鳴る。 「何で来たのよバカッ!分かってるの・・・?ワルドはスクウェア なのよ!?あんた達が戦って勝てる相手じゃないわ!!」 早く逃げろ、とルイズは叫ぶ。一瞬浮かんだ複雑な表情をすぐに 小馬鹿にしたような笑みに変えて、キュルケは久しく使わなかった 呼び方でルイズに言葉を返した。 「お生憎様、ヴァリエールの言葉に従う義理なんてありゃしないわ」 言いながら、キュルケはこれではまるでフーケと戦った時のようだと 思う。自分の、タバサの再三の説得も聞かず一人フーケに無謀な 戦いを挑んだルイズを思い返して、しかしキュルケは首を振った。 今回は、違う。ワルドに勝とうなどと考えているわけではないのだ。 自分は、そしてギーシュは命を捨てに来たのではない。自分達に、 出来ることをしに来たのだと。 悲痛な顔で何事かを訴え続けているルイズの言葉にそれ以上耳を 貸さず、キュルケは朗々たる声で歌うように詠唱を始める。それが、 開戦の合図になった。 キュルケのファイヤーボールを、ワルドは魔法も使わず避ける。 お返しにウィンド・ブレイクをお見舞いして、ワルドの「遍在」は 侮蔑の色を含んだ声で笑った。 「これは驚いたな まさか本気で私に戦いを挑むつもりだとは しかし、大人しくしていれば捨て置いてやろうと思ったが・・・ これでは死んでしまっても文句は言えぬな?」 問答無用で跳ね飛ばされた身体を無理やりに起こして、キュルケは 痛みに顔を歪めながらも不敵に笑いを返す。 「さあ、そんな難しいことはあなたを倒してから考えますわ」 「フッ・・・それでは永遠に考えることは出来ないな もっとも、君の永遠は後数分で終わりを告げることになるが」 余裕の言葉を口にしてから、「遍在」はスッと身体を後ろへ逸らす。 次の瞬間、数サント手前をワルキューレの剣が唸りを上げて横切った。 片手で帽子を押さえると、ワルドはその格好のままワルキューレと 矢継ぎ早に剣戟を交わす。ワルキューレは人ならざるその身体を 駆使し、様々な体勢から攻撃を繰り出すが、「遍在」はまるで先が 見えているかのように易々とそれを捌き続けた。帽子の下の眼を ちらりと騎士の背後に向けると、ワルドはやがて見計らって いたかのようにワルキューレの剣を跳ね上げた。そのまま ワルキューレの体勢が整わないうちに、その身体を杖でガンと 横によろめかせる。ギーシュがその意図を理解した瞬間、 青銅の女騎士はキュルケの火球で見事に溶け消えた。 「なッ・・・!」 ワルキューレを盾代わりにされたことに気付いて、キュルケは グッと奥歯を噛み締める。 本気なのだ、この男は。この真剣な戦いの場で、本気で魔法を 節約しようとしている。自分達に対して、この上ない侮辱だった。 しかし、とキュルケは考える。逆に考えれば、それはこの 「遍在」達に大きな精神力は与えられていないということだ。 それはそうだ、己の精神力から生成した分身なのだから、大きく 見積もっても「遍在」四体の生成に使用した精神力、せいぜいその 四分の一程度しか扱えないはずだ。強力な魔法も一発程度なら 放てるかもしれないが――しかしその程度だろう。いくらワルド 本人が強大であろうとも、そしてその力を、知恵を継承して いようとも。「遍在」の行動には、限界があるはずなのだ。 キュルケはギーシュに眼を向ける。どうやら同じことを考えて いたらしい。冷や汗がだらだらと流れる顔で、彼はニッと笑った。 そうと分かれば攻めの一手だ。魔法を使わずに攻撃をかわし 続ければ、いつかは必ず隙が出来る。その時こそ勝機・・・! キュルケは気付かない。時間稼ぎという目的が、いつの間にか 「遍在」の打倒に摩り替わってしまったことに。闇路に浮かぶ 光明には、誰もがすがりつきたくなるものだ。例えそれが―― 誘蛾灯であったとしても。 次々と撃ち出される火球を、ワルドの「遍在」は正に踊るような 動きで避け続ける。今度は互いに注意しあって、その間隙を縫う ように三体のワルキューレが剣を振るうが、それも全てワルドの 杖に受けられ、止められ、弾かれていた。 「ッ・・・埒が明かないわね!」 余りの手応えのなさに苛立ったキュルケは、一つ上級の魔法に 攻撃を切り替える。炎と炎、炎の二乗。ファイヤーボールより 一回り大きい灼熱の弾丸が、熱風を撒き散らしながら「遍在」に 襲い掛かった。 放たれたフレイム・ボールに気付き、「遍在」は一瞬動きを 止めた。 「今だ、ワルキューレッ!」 隙を逃さず、ギーシュの声でワルキューレが三方から剣を 振りかぶる。開いたもう一方からは、フレイム・ボールが 空を切り裂いて迫っていた。 ――・・・勝った! キュルケは内心で勝利を宣言する。四方を塞がれたワルドに 逃れる術はない・・・はずだった。 「バカめが」 敗北するはずの男が、興醒めだと言わんばかりに吐き捨てる。 ゴォアアァッ!! 次の瞬間、彼の前方から人ほどの高さの竜巻が発生し―― ワルドの周囲を高速で旋回すると、青銅の騎士達をまるで 粘土のように引き裂いた。 「なッ・・・!?」 絶句する二人を嘲笑うかのように、竜巻はフレイム・ボール をも切り裂き散らす。それと同時に自身も掻き消えるように 消失し、後には舞い上がる土煙だけが残った。 そして「遍在」は、ついに反撃に出る。煙幕を突き破って 石畳を疾駆し、息もつかせぬ勢いでキュルケに肉薄した。 「しまッ・・・」 ドボン、と空気が跳ね。圧縮された空気の槌をモロに喰らって、 キュルケは何かが折れる嫌な音と共に、地面に叩きつけられた。 「・・・ぅ・・・あ・・・」 全身が麻痺してしまったように動かない。ギアッチョとの決闘で 使われたものとは比にならない、本物のスクウェアの力が キュルケの身体を打ち砕いたのだ。この痛みは叩きつけられた 衝撃によるものか、それとも折れた肋骨によるものか。判然と しない意識の中で、キュルケはかろうじて首だけを上に向ける。 冷然と己を見下ろすワルドが、そこにいた。 遠くでルイズが何かを叫ぶ声が聞こえる。しかしそれも、 麻痺した頭にははっきりと届かない。何とか杖を握ろうと するが、掴むことすらままならなかった。 「もう少し、粘ってくれるかと思ったのだがね」 「・・・・・・っざ・・・けんじゃ・・・ないわよ・・・」 どうにか言葉を絞り出して、キュルケは両手で上体を起こそうと する。しかし痺れた腕は、あっけなくその体重を支えることを 放棄した。 「おやおや・・・どれ、手助けしてあげよう」 片腕を滑らせてずるりと崩れ落ちたキュルケを実に憐れだと 言わんばかりに嘲笑って、ワルドはキュルケの胸倉を掴んで 引き上げる。それと同時に唱えられた呪文で、ワルドの杖は風の レイピア・・・エア・ニードルと化した。 「天国行きの・・・な」 「・・・・・・ッ!」 「遍在」には、一片の躊躇もなかった。立ち上がらせたキュルケを、 軽く後ろに押し遣って手を離す。そこから無造作に杖を引くと、 キュルケの胸に向けて一気に突き出し―― ・・・ズシュッ、と。肉を貫く音が聞こえた。 ぱたぱたと、己の身体に血がかかるのを感じて、キュルケは 閉じていた眼を開く。 「・・・・・・ギーシュ・・・ッ!!」 自分に背を向けて立っている男の名を、キュルケは思わず 叫んだ。どうして、自分と「遍在」の間に彼が立っているのか? そんなことは、考えるまでもなく明白だった。 「・・・ぶ・・・無事かい キュルケ・・・」 「な、何言ってるのよ・・!あなた、それ・・・!!」 ギーシュの腹部を貫いたエア・ニードルの先端が、キュルケの 胸の手前で止まっている。血に塗れたそれから、雫がぼたぼたと キュルケの服を染め続けていた。ギーシュはよろめきながらも 何とか姿勢を保っているが、杖が引き抜かれてしまえばすぐに でも倒れてしまいそうだった。 「遍在」は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて 弾かれたように笑い出した。笑いながら、杖をズブリと引き抜く。 「うぐッ・・!!」 血が飛び散る音にキュルケは耳を覆いたくなったが、ワルドは そんなことなどお構いなしに笑う。 「フハハハハハハハッ!仲間を庇って身代わりになるなどという 話は物語ではお馴染みだが、まさかそれを実践するバカがいた とはね!クッククク・・・会った時から愚かな男だとは思って いたが、まさかここまでとは!こんな命を賭けた大芝居が 見れるとは、全く私は君を侮っていたようだ!ハハハハハハ ハハハはぐおぉッ!!?」 くぐもった声を吐いて、ワルドは後ろに倒れ込んだ。 「・・・・・・ど・・・どうだい・・・」 蒼白な顔でニヤリと笑って、ギーシュは途切れ途切れに息を吐く。 「一発・・・ ブン・・・殴・・・って・・・・・・」 そこまでが限界だった。ギーシュはゆっくりと、頭から石畳に 倒れ落ち――後にはルイズとキュルケの叫びだけが響き続けた。 礼拝堂は、数分前までからは想像もつかない光景へと変じて いた。床壁問わず手当たり次第に凍結され、さながら氷の 牢獄の様相を呈している。その中を縦横無尽に飛び回る影が 三つ。飛べない男を嘲笑うかのように、宙を自在に舞い遊び、 四方八方から魔法を放つ。しかしその顔は、皆一様に焦燥の 色を露にしていた。 「見苦しいぞギアッチョ!いつまでそうして逃げ続ける つもりだッ!!」 ワルドの叫びと共に、三つの風の弾丸が唸りを上げて襲い 掛かるが、ギアッチョはその瞳に嘲りすら浮かべてそれを 回避する。スケートエッジのついた足で凍った床上を見事に 滑走するその軌跡上に、一瞬遅れて人間大のクレーターが 三つ姿を現した。 「見苦しい・・・?それはこっちのセリフだぜニンジャ野郎 効かねえ魔法でいつまで時間稼ぎをするつもりだ?」 「・・・・・・無敵か・・・化け物が・・・」 ぎりりと奥歯を噛み締めて、猛禽の如き双眸でワルドは ギアッチョを射抜く。精神力への懸念からライトニング・ クラウドのような強大な魔法が使用出来ないことが、彼を 苛立たせていた。ここはもうすぐ戦場になる。いくら攻めて 来るのが味方の軍だとしても、自分が無事でいられる保障は ないのだ。 ワルドはプライドを捨てて考える。エア・カッターも、 エア・ハンマーも、この男――いや、この妖魔には届かない。 一体どうやっているものか解らないが、魔法は奴の周りで 「止まる」。・・・しかし、一つだけ奴の装甲に喰い込んだ 魔法があったはずだ。 数秒の沈思黙考の後、ワルドは静かに呟いた。 ――よかろう・・・だが、勝つのは私だ 二人のワルドが、左右からエア・ハンマーを叩きつける。 「まだ理解しねーのかッ!!『超低温』は触れればストップ 出来るッ!!」 ギアッチョが叫ぶ通り、自らを庇うように広げた両手の向こうで、 二つの空気の槌はあっさりと砕け散った。しかし二体のワルドは、 ギアッチョが次の行動に移る前にひらりとその射程範囲から 脱出する。 「チッ・・・!」 ギアッチョは忌々しげに舌打ちした。これではまずい。ルーンの 力の無い今の自分には、ワルドを捉えることが出来ないのだ。 デルフリンガーに頼るわけにはいかないが、しかし早くしなければ 三人が危ない。相反する二つの要因が、ギアッチョに焦りと 苛立ちを生んでいた。 バゴァアッ!! 怒りに任せて、ギアッチョは右の拳でブリミルの像を躊躇い無く 打ち砕く。 「オラァッ!!」 破片を二つ素早く掴むと、二体のワルドに守られるようにして 立っている最奥のワルドに全力で投げ込んだ。が、いくら 意表を突いた攻撃であろうと――女王の衛士隊長を務める程の 男にやすやすと命中するわけもない。するりと、まるで 人ごみを避けるかのような気安さでワルドはそれを回避した。 「貴様・・・焦ったな」 口角をつり上げて笑うワルドの杖が、いつの間にか切っ先 鋭い不可視の槍――エア・スピアーと化していた。 ――風故に、貴様にこの槍は見えぬ エア・ニードルでは 足りなかったが、果たしてこれはどうか・・・試してみるのも 面白い 最奥のワルドがほくそ笑むと同時に、前を遮る二体のワルドが 同時に地を蹴り宙に舞った。 「何・・・?」 怪訝に見上げるギアッチョの頭上を一足に飛び越え、フライを 解除すると閃光の如く迅急にルーンを詠唱する。ギアッチョが その半身を振り向かせると同時に、完成した魔法が二体の杖から 撃ち放たれた。圧縮された空気の槌が二つ、彼を圧し潰さん ばかりに襲い掛かるが、 「くどいぜッ!!攻撃は何であろうと無駄だってのが 分からねーのか!!」 掴むように突き出された白銀の両手によって、エア・ハンマーは またも消え去った。バッと後ろに飛びのいて、しかしワルド達は ニヤリと笑う。 「いいや、無駄ではないさ・・・ 貴様の両手は、見事こちらに 向けられたのだからな」 「ああ・・・?」 「何だか分からんが、貴様はその両手で氷を・・・いや、温度を 自在に操る それは理解した・・・ だが、ならばその両手さえ 封じれば、貴様のスーツはただ少しばかり頑丈なだけの氷の鎧に 過ぎないのではないかね?」 「何ィ・・・!?」 ギアッチョはバッと背後を振り返る。杖を脇に構えた最後の ワルドが、今正にギアッチョの胸部を貫こうとしていた。 「もう遅いッ!!風の槍を受けて死ね、ギアッチョッ!!」 ズシュゥッ!! ギアッチョに「止められた」時とは違う、確かに物質を貫く 手ごたえを感じて、ワルドは満足げに言い放った。 「私の勝ちだ」 「・・・神像を壊した罪人に槍を向けるたぁ、何とも象徴的 じゃあねーか?ええ?・・・だが、遅いのはてめーのほうだ」 「何・・・ッ!?」 エア・ニードルの時と同じ、痛みの欠片も感じさせない ギアッチョの声に、ワルドはハッと己のエア・スピアーを 見直す。その切っ先は、ほんの僅かスーツに突き刺さって いるだけだった。そして槍身を阻むようにして、周囲に きらきらと光る何かが無数に浮いている。 「何・・・だ これは・・・氷か・・・?」 事態を把握出来ないワルドを、今度はギアッチョが嘲笑う。 「知ってるか?凍るんだぜ・・・空気はな え?オイ マイナス220度だ 空気はそこから『固体』になり始める」 「バ、バカな・・・!」 「ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープス!! 既に凍った空気の壁を作っていたぜ!!」 ワルドは弾かれたように槍を抜く。そのまま飛び退ろうと するが、ギアッチョがそんなことを許すわけはなかった。 「そして、とらえたぜ・・・ワルド」 ワルドの左手がガッシリと掴まれ――そしてそこから、 凍結が徐々に全身に、まるで毒のように広がってゆく。 「終わりだ」 無慈悲に宣告するギアッチョに、ワルドは諦念も露に笑った。 「やれやれ・・・まるで鬼か悪魔だな 君の勝ちだ、ギアッチョ」 潔く口にするワルドに眼もくれず、ギアッチョは腕を握る 手に力を込める。 「待ってくれ、最後に三つだけ言わせてくれないか」 「・・・なんだ」 最期に、ワルドはそう懇願した。動きを止めている残り 二体のワルドに油断無く眼を向けながら、ギアッチョは とっとと喋れと促す。 「・・・まず一つだが」 目深に被った帽子の下から、ワルドは低く声を出す。 「これは決闘ではない 己が意志を遂げることが目的だ 従って、必ずしも相手を打ち負かすことが勝利ではない」 「・・・ああ?」 ワルドの口から出た言葉は、命乞いでも懺悔でもなかった。 眉をひそめるギアッチョを気にも留めずに、ワルドは先を続ける。 「二つ目だが・・・さっき君の勝ちだと言ったこと、あれは嘘だ」 「何ィ・・・?」 ギアッチョは敏速に二体のワルドに目を移す。しかし彼らに 攻撃の気配はなかった。そんなギアッチョをワルドは薄く笑う。 「・・・そして三つ目」 ワルドはもう隠しもせずに、その顔に露骨に嘲りを浮かべた。 「残念ながら・・・私は『遍在』だ」 一時勢いを弱めていたギアッチョの怒りが、その言葉で再び 燃え上がる。衝動に任せて、ギアッチョはもはや一言も発する ことなく「遍在」をブチ割った。――その瞬間。頭上で何かが 破砕するような轟音が鳴り響いた。 「何だとぉおおぉおッ!?」 礼拝堂を破壊する不敬者など想定していなかったのか、程度の低い 固定化がかけられていただけの天井は、スクウェアクラスの ウィンド・ブレイク、その二乗で容易く崩壊した。 「てめえ・・・こんな・・・!うおおぉおおおおぉおおぉおおお!!」 完全に意表を突かれたギアッチョには落下する石壁を躱すことも、 ましてや「止める」ことなど出来るはずもなく――容赦なく降り注ぐ 石塊の雨に、彼の姿はあっさりと埋没した。 絶望の象徴たる瓦礫の山を眺めて、本物のワルドは羽根帽子を目深に 被りなおして笑う。 「認めよう・・・君は強い 確かに、この私では足元にも及ばない らしい だが――私の勝ちだ」 マントを翻すと、ワルドは半壊した礼拝堂を一顧だにせず歩き去った。 「ギーシュ・・・!!返事をしなさいよ!!ギーシュッ!!」 両肩を掴んで揺さぶるが、ギーシュからの返事はない。キュルケは 唇をきつく噛み締めると、地面に横たわる彼からスッと手を離す。 死んではいない。いないが、この出血ではいつまで持つか分かった ものではない。早急に手当てを行う必要があった。しかし、それも 「遍在」がいる限りは不可能だ。すぐにギアッチョが何とかして くれると信じて、キュルケは己の杖を強く握り直す。 「・・・許さないわよ」 「ならばどうするね?」 どうでもよさげに返答する「遍在」を睨み、キュルケは脇腹を 庇いながらふらふらと立ち上がる。折れた肋骨が、想像を絶する 痛みを与えていた。まともに動けないどころか、呼吸をすること さえ辛い。気を抜けば涙が出そうで、キュルケは歯を食いしばり 必死に「遍在」を睨みつける。 「こうするのよ・・・ッ!」 苦痛を無視して無理やりに掲げた杖の先で、火炎が急速に球を 形成してゆく。 「・・・・・・」 「遍在」は鼻白んだような眼でキュルケを見遣ると、横薙ぎに 杖を振った。巻き起こった風は炎を吹き消すだけでは飽き足らず、 キュルケの身体をも殴り飛ばす。 「うぐッ・・・!」 石畳の地面を跳ねて、彼女の身体はルイズの足元に転がった。 露出している肌には無数の擦過傷と打撲痕。口内を切った ものか内臓が傷ついているのか、口には血が滲んでいる。 いつもの彼女からは考えられない惨めな姿で、それでも よろよろと――キュルケは立ち上がった。 「・・・めて・・・」 ルイズの口から言葉がこぼれる。キュルケの、ギーシュの、 こんな痛々しい姿に耐えられるわけがなかった。 「・・・もうやめてよ・・・!」 しかしキュルケは、何も答えずルイズに背を向ける。再び 構えられた杖が、彼女の心を語っていた。キュルケに応える ように杖を突き出すワルドに眼を移して、ルイズは悲痛な 声で訴える。 「ワルドッ!!もうやめて!!十分でしょう!?わたしが 必要ならいくらだって協力するわ!だからお願い、二人には もう手を出さないでッ!!」 フッと笑って、ワルドは構えた杖で帽子のつばを押し上げる。 「・・・と、僕のルイズはこう言っているが どうするね? 彼女のたっての願いだ 君達が退くと言うのなら、こちらと してもそれを許すにやぶさかではないが」 杖を構えたまま、キュルケは視線だけをルイズを捕えている もう一人の「遍在」の足元に向けた。ギーシュに錬金された 巨大な掌は、未だ崩れずにワルドの足首を掴み続けている。 「・・・まだ諦めてない・・・ギーシュはまだ戦ってるわ それを放って、この私が、微熱のキュルケが逃げるわけには いかないでしょうがッ!!」 躊躇うことなく、キュルケは毅然として言い放った。そして そのまま、キュルケは揺ぎ無い声でルーンの詠唱を開始する。 「キュルケ!?何言ってるのよバカッ!!やめなさいよ、ねえ! どうしてそこまでするのよ・・!!もうやめてよ、お願い だからぁ・・・ッ!!」 目尻に涙を浮かべて、ルイズは殆ど懇願に近い口調で叫ぶ。 しかしキュルケは振り向かない。ワルドを睨みつけたまま、 彼女はルイズの声を振り払うように火球を撃ち放った。 愚直に同じ攻撃を繰り返すキュルケに蔑視の眼を向けて、 ワルドは身体をスッと半身にずらす。だが、その瞬間ほんの わずか火球の進路がずれたことを、彼は見逃さなかった。 大きく横に跳び避けると、火球はカーブを描いて追い縋る。 「ホーミング・・・これに気付かせない為に、ファイヤー ボールを乱発したという訳かな?」 精悍な顔に失笑を浮かべると、ワルドは一歩飛び退って ウィンド・ブレイクを放つ。巨大な空気の弾丸がキュルケの 火球をあっけなく消し飛ばし、その延長線上にいたキュルケ 自身をも容易く跳ね飛ばした。 「・・・・・・ッ!!」 ルイズの横をすり抜けて、キュルケはもはや言葉も無く 吹き飛んだ。何とか頭を庇って石畳に倒れたキュルケを 見下ろして、「遍在」はフッと笑顔を消す。 「・・・ナメるな」 酷薄に言い放って、もはや立ち上がる力すら残っていない キュルケに「遍在」はゆっくりと歩を進める。逃れられない 死を片手に携えて迫り来る黒ずくめの男は、正に死神そのもの だった。或いは、こう呼び変えてもいいだろう。――「運命」と。 キュルケを助けようとしているのか、もう一方の「遍在」の 腕の中でいっそ滑稽な程にもがき続けるルイズの姿が、その 言葉に非常な現実感を与えていた。 「さて、おしまいだ ミ・レイディ 機械仕掛けの神はいない」 口で嘲笑いながらも、「遍在」は油断なくキュルケに杖を向けて いる。逃げ出す隙などどこにもなかった。両手を突いて辛うじて 上体を支えながら、キュルケは最後のプライドで「遍在」を 睨みつけるが――ワルドはそんな様子など歯牙にもかけず、 まるで談笑するかのような口調で彼女に問い掛けた。 「ところで・・・最後に一つ聞きたいことがある 何故、君は命をかけてまで仇敵のルイズを助けようとする? そこまで君を奮い立たせるものが何なのか、差し支えなければ 教えて欲しいのだがね」 「遍在」の言葉に、ルイズが思わず動きを止める。二対の視線を 注がれて、キュルケは否応無く己の心と対峙することになった。 キュルケは顔を伏せて考える。本当に、自分はどうしてここまで 必死になっているのだろう。ルイズがいなくなったところで、 ただほんの少し魔法の学習に張り合いがなくなるだけのことでは ないか。ルイズの不在が、自分に一体どんな不利益をもたらすと 言うのだろうか?そうだ、ルイズを助ける理由など自分には何一つ ない。さっさと白旗を揚げて、降参してしまえばいいじゃないか。 『・・・ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい?』 昨晩のギーシュの声が、キュルケの胸にこだました。困ったように 笑う彼の顔が、脳裏に浮かぶ。「何のことよ」と、キュルケは脳裏の 幻に問い掛けた。「私はいつでも自分に正直に生きてるわ」と 言い返すキュルケに、ぽつりと一言、「素直じゃない」と呟く声が 聞こえる。ギーシュの傍に、いつの間にかタバサが立っていた。 ――・・・ああもう うるさいわよあなた達・・・ 諦めたように独白して、数秒。閉じていた眼を――ゆっくりと開く。 「・・・わかった、わよ・・・」 自分だけに聞こえる声で、キュルケは一言呟いた。 軋む身体に、キュルケは徐々に力を入れてゆく。全身が 悲鳴を上げるが、苦痛に顔を歪めながらも彼女は耐える。 「・・・ああそうよ・・・認めてやるわよ・・・」 がくがくと力無く震える膝に手を掛けて、キュルケは ゆっくりと身体を起こす。 「その通りよ・・・ 心配なのよ、その子が・・・!」 「・・・・・・・・・・え・・・?」 キュルケは――もう逃げない。呆然と自分を見つめるルイズに 真っ直ぐに視線を返して、彼女はよろよろとふらつきながら、 しかし力強く立ち上がった。 「・・・呆れる程に真っ直ぐで・・・魔法も使えないのに 学院の誰よりも正しい貴族の心を持ってて・・・物事を疑う ことも知らない、バカ正直で危なっかしい・・・私の・・・ ・・・・・・私の大事な友達なのよ・・・ッ!!」 キュルケは微塵の迷いも無く叫ぶ。血が滲んだ指で、三度 彼女は杖を構えた。 「・・・キュ・・・ルケ・・・・・・」 じわりと、ルイズは目頭が熱くなるのを感じた。そんな 彼女に、キュルケはくすりと笑いかける。 「もう少しだけ待ってなさいよ・・・泣き虫ルイズ・・・ これが片付いたら、一緒にピクニックにでも出掛けましょうよ それとも、あなたは皆で勉強でもするほうが好きかしらね・・・?」 優しいその眼差しは、魔法を失敗する度にルイズに皮肉を言う あの笑顔の中に、いつもあったものだった。ようやくそれに 気付いて――ルイズの涙は、ついに堰を切って溢れ出した。 「キュルケぇ・・・っ!わたし・・・わたし・・・・・・!」 涙声でしゃくりあげるルイズから眼を離して、キュルケは 「遍在」を睨む。このままルイズを見ていれば、自分まで 涙が出てきそうだった。 きっと、これが「覚悟」なのだとキュルケは思う。彼女は 今こそ、ギアッチョの、ルイズの、ギーシュの、そして タバサの言うその意味が理解出来た。自分はもう逃げない。 もう諦めない。ルイズを救い、皆でトリステインへ帰る。 口元に薄く笑みを浮かべながらも、キュルケの瞳には確かに 旭日の如き「覚悟」の光が宿っていた。 「なるほど、もっと面白い理由を期待していたのだがね」 小馬鹿にしたような口調で言う「遍在」に、キュルケはもはや 怒りも怯えも感じなかった。静まり返った水鏡の如き瞳で、 キュルケは「遍在」を真っ直ぐに見据える。 「・・・あなた、さっき『機械仕掛けの神はいない』と 言ったけど・・・あれは少し違うわ」 「何・・・?」 「『いない』んじゃなくて、『いらない』のよ・・・お約束の 救世主なんてね」 さっきまでと一転して不敵に笑うキュルケが、ワルドは気に 入らなかった。僅かに眉をひそめながら、表面上は穏やかに 問い掛ける。 「ほう・・・それは何故かな」 「決まってるでしょう?運命は自分の手で切り開くから・・・ 格好いいのよッ!!」 叫ぶや否や、キュルケは「遍在」に向かって、倒れるように 駆け出した。 「ッ!?」 思いもよらぬ行動に、ワルドは寸毫動きを止めた。狙った わけではない。彼が動きを止めようが止めまいが、キュルケに そんなことは関係なかった。道は既に出来ている。ならばそこを 渡るのに必要なものは唯一つ、「覚悟」だけだ。ほんの二メイル 程の距離を苦痛と戦いながら駆け抜け、キュルケは左の拳に 全身の力を込めて――ワルド目掛けて突き出した。 ガシィッ!! キュルケの拳はあっけなく掴まれ、そのままぎりぎりと捻り 上げられた。 「・・・ッ!」 「死を跳ね除けるには――少々力不足のようだな?ミス 残念ながら、私は日に二度も殴られてやるつもりはない」 苦悶の表情を浮かべるキュルケを見下ろして嘲笑すると、 「遍在」は己の杖を彼女の胸に押し当てた。 「意表を突きたかったのならば、稚拙と言う他ないな それとも、とうとう微熱すら起こせなくなったかね?」 「・・・・・・フフ 逆よ素敵なジェントルマン あなたを倒すには、それで十分なのよ・・・私の微熱でね」 「何・・・!?」 「『遍在』だから感覚が鈍いのかしら?それとも、避けるのに 夢中で気がつかなかったのかしらね」 不敵に笑うキュルケに、「遍在」は本能的な危険を感じた。 キュルケが何かをする前に、閃光のようにルーンを詠唱するが―― 「ウル・カーノッ!!」 「遍在」がエア・ニードルを唱え終わるより迅く、キュルケは たったそれだけの短い呪文を叫ぶ。その瞬間、「遍在」の 全身は真紅の炎に包まれた。 「うおおぉおおおおおおおおおぉおおッ!?何だこれは・・・ ただの『発火』で・・・がああぁああああああぁああッ!!」 火達磨と化してのた打ち回る「遍在」からよろよろと身を離して、 キュルケはニヤリと笑った。 「あらあら 痛覚はちゃんとあるようね?」 「なんッ・・・ぐおぉおおおッ・・・!!」 キュルケ達の執念のように絡みつく炎に、「遍在」は石畳を無様に 転がり回った。 「あなたを倒したのはギーシュよ・・・ ワルキューレの剣、 彼はその刀身の表面を油に錬金してたわ あなたがナメきった 顔でワルキューレの攻撃を避けてる間も、振られた刀身から 飛んだ油はどんどんあなたに染み込んでいったのよ フリかと 思ったけど・・・どうやら、本当に気付いていなかった みたいね」 「がッ・・・バカな・・・ぁあああぁぁ・・・ッ!!」 言いながら、キュルケは苦痛と疲労にとうとう耐え切れなく なった。ガクリと膝を落として、両肩で荒い息を繰り返す。 「あなたの負けよ・・・驕りに塗れたまま燃え尽きなさい」 「ナメ・・・・るなよ・・・ッ 小娘が・・・!! うぐッ・・・殺す・・・貴様は殺す・・・ッ!!」 「・・・!」 身体を燃えるに任せて、「遍在」は呪文の詠唱を開始する。 「ラ・・・グーズ・・・ウォータル・・・」 「くッ・・・!!」 不味い。キュルケは立ち上がって逃げようとするが、幾度も 痛めつけられた身体はもう限界だった。力なく震える膝には、 一歩を動く力すら残っていない。 「ぐばッ・・・イ・・・イス・・・イーサ・・・」 「やめてえぇぇえええッ!!」 ルイズが今度こそ声を限りに叫ぶ。だが復讐に眼を血走らせて いる「遍在」に、彼女の声は届きすらしなかった。そして、 「・・・ウィンデ・・・!!」 ついに、詠唱は完了した。ウィンディ・アイシクル。それは 皮肉にも、彼女の親友が得手とする魔法であった。 逃げられないと理解したキュルケはルーンの詠唱へと動きを 転じていたが・・・それが完成するよりはやく、そして一切の 容赦無く。無数の氷の矢は、ついに撃ち放たれた。 ――ただし、天空から。 天から降り注いだ氷の雨に撃ち貫かれて、「遍在」は断末魔も 上げずに消え去った。ハッと見上げれば、上空には青鱗鮮やかな 風竜が一体。その背中から、同じく青い髪の少女が飛び降りた。 目の前にふわりと降り立つ少女を見上げて、キュルケは右手で 両目を覆って笑う。 「・・・・・・遅いわよ タバサ」 「・・・ごめん」 呟くように口にして、タバサは身の丈より長大な己の杖を 真横に突き出した。 「ラナ・デル・ウィンデ」 その呪文と共に生じた空気の塊が、高速で飛来した風の弾丸を 叩き潰す。ウィンド・ブレイクを放ったもう一人の「遍在」に そのまま杖を向けて、タバサは短く口笛を吹いた。 瞬間、ごうっという音と共に「遍在」に突風が吹きつける。 「きゃあっ!?」 ルイズだけを器用にくわえて、シルフィードはU字に空へと 舞い上がった。 「きゅいきゅい!」 涙でくしゃくしゃの顔を驚きの表情に歪めるルイズを器用に 自分の背中へ放り投げて、シルフィードは己が主人へ鳴き 掛けた。シルフィードに顔を向けてこくりと頷くと、タバサは 「遍在」へ向き直る。 「・・・これはこれは、やられたね」 いとも容易く奪い取られたルイズを見上げて、「遍在」は呟いた。 「どうやら遊び過ぎたようだ・・・『私』が無様な姿を見せて しまったな」 タバサの鉄面皮に冷たい声で笑いかけながら、ワルドは魔法で 錬金の戒めを破壊する。 「身が入っていなければ、ゴミ掃除にも時間がかかってしまうものだ」 その言葉に、無表情なタバサの眉が――ピクリと動いた。 ――少女の父は、暗殺された。 母は、心を壊された。 少女は、心を殺された。 己の全てを奪われて、彼女は異国へ追放された。父の温もりは、 もう二度と与えられることはない。母の慈しみは、毒に冒された あの日に閉ざされた。苦しみを分かつ友など、もはやどこにも 居りはしなかった。我が身の痛みを、苦しみを、理解してくれる 者がいない。その辛さは、余人には想像もつかぬものだっただろう。 しかし少女は、それでいいと思っていた。全てを失くしたあの日 から、自分は復讐の為だけに生きているのだから。その為には、 身も心も鋭い刃にならねばならない。そこに不純物が混じれば、 己という処刑刀の刀身は鈍ってしまう。だから少女は、自ら進んで 心を閉ざした。自分がキュルケと一緒にいるのは、彼女が自分の ことを詮索しないから。その上で、彼女が自分の友人を名乗ると いうのならばそれは勝手にすればいい。その程度の、吹けば飛ぶ ような淡白な関係であるつもりだった。 しかし、いつしか少女はキュルケに必要とされることに喜びと 安堵を感じている自分に気付いた。結局、自分は寂しかったのだ。 誰にも近寄られたくない一方で、少女の心の奥底には常に誰かに 理解されたいという、必要とされたいという欲求が潜んでいた。 決して口には出さないが、キュルケにとってそうであるように、 今や少女にとっても――キュルケは唯一無二の親友であった。 ギアッチョがルイズに味方して戦ったあの時、ルイズは恐らく 学院の誰もが知らない、心の底からの笑顔を見せた。彼女が自分と 「同じ」だということに、少女はそこで初めて気付いたのだ。 境遇こそは違えど、彼女の孤独は、彼女の痛みは、誰よりもこの 自分が解っている。だから少女は、キュルケとギーシュと、 ここまで来た。彼女達は、誰もが距離を置く自分をこともなげに 友人だと言ってのけた。友だと認められること。それは己を 必要としてくれるということだ。だから、少女はここまで来た。 今度は自分が――ルイズに手を差し伸べる番だと思ったから。 閉じていたまぶたを開いて、タバサは周囲に眼を向ける。自分の 心を溶かしてくれた親友は、傷だらけの身体で地に伏している。 自分を友だと言ってくれたギーシュは、血溜まりに倒れて動かない。 ・・・そんな彼女達を見て――ルイズは、泣いている。 泣いているではないか。 ・・・許さない。 絶対に、許さない。 「――後は任せて」 ぽつりと呟いて、タバサは蒼い瞳で「遍在」を射抜く。一見 無表情なままのタバサが灼熱の如き怒気を放っていることに 気付いていた者は、ただ一人キュルケのみであった。 「正気を疑うね 風のトライアングルが風のスクウェアに 一分一厘でも勝てる可能性があるのかどうか、他ならぬ君が 一番よく知っているだろう?」 ワルドは侮蔑を隠しもせずに笑うが、タバサは答えない。 激しい怒りが心の内奥を吹き荒れるに任せて、淡々と、しかし 厳然としてルーンを紡ぐ。 「・・・・・・ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 「・・・何だと・・・!?」 淀みなく詠唱を終えたタバサの身体が、映像のようにぶれる。 そして彼女の姿は左右に滲むように広がり――二つ、三つ、 四つの分身を作り出した。 「タバサ・・・あなた・・・」 誰もが気付く。その精神力は、どう考えてもトライアングルの それではなかった。 「・・・友人をボロ雑巾にされて怒ったか?怒りが貴様を スクウェアの世界へと押し上げたというわけか!」 紳士の仮面を捨てて吼える「遍在」に杖を向けて、オリジナルの タバサは一言静かに、しかし無量の怒りを込めて呟いた。 「・・・・・・あなたは、許さない」 「遍在」は、我知らず後ずさっていた。如何に練達のスクウェアと その世界に入門したばかりの子供と言えど、ただの分身に過ぎない 自分ではこの勝負に打ち勝てぬという恐怖。しかしそれにも増して 彼の心胆を寒からしめたものは――タバサの瞳であった。何も 映さぬ、何も宿さぬ虚ろなガラス玉。そのはずだった彼女の双眸に 今まごうことなく灯っている怒りという名の烈火に、「遍在」は どうしようもなく恐怖していた。 ――・・・クッ・・・ナメるなよガキが・・・・・・ッ!! 圧倒的優位にいたはずの自分が、年端もゆかぬ少女の眼光に怯えて いるという屈辱。それを晴らす為には、こいつを殺すしかない。 殺してやる。八つ裂きにして殺してやる。 鋭い両眼で手負いの獣さながらにタバサを睨み返して、「遍在」は 閃光ひらめく如くにルーンを唱え―― ドスドスドスドスドスドスドスドスドスッ!! 「・・・お・・・・・・が・・・・・・ッ」 水の二乗と風の二乗。トライアングルのそれを遥かに凌駕する 威力のウィンディ・アイシクルが五つ、「遍在」の身体を正確 無比に貫いた。もはや人としての形すら為さず、「遍在」は そのまま――惨めに吹き消えた。 「遍在」の消え去った地面にもう一瞥もくれず、タバサは 己の「遍在」を解除して空を見上げる。シルフィード上の ルイズに向かって、いつもの無表情で言葉を投げかけた。 「・・・もう、大丈夫」 「・・・・・・タバサ・・・」 今のルイズには、理解出来る。キュルケとギーシュの為だけ ではない。タバサは他でもない、この自分の為に怒り、そして 戦ってくれたのだと。 「・・・そうだ、薬っ・・・!!」 安心したのか、激痛の中保ち続けていた意識をようやく手放した キュルケに気付いて、ルイズは大事なことを思い出した。 ごそごそとポケットをまさぐると、小さな缶をいくつか取り出す。 ギアッチョの為に、ここで新たに貰った魔法薬だった。死に尽くす 軍隊には要らぬものだと言って笑うウェールズが脳裏に浮かぶ。 再び溢れかけた涙を、唇を噛んで押し留めた。 「・・・シルフィード、降りて」 頭を撫でて呼びかけると、シルフィードはすぐに応じる。 シルフィードが下降を始めたその時、回廊へと通じる扉が軋んだ 音を立てた。 「・・・!ギアッ・・・」 思わず叫びかけたルイズの声を止めたものは――扉の向こうに姿を 現した二体のワルドだった。その姿を確認して、シルフィードが 再び空に舞い上がる。「遍在」を通して状況を把握していたのだろう、 ワルドは中庭に己の分身が見えないことに驚く様子も見せず笑う。 「我が二体の『遍在』を消し去るとは・・・少々読みが甘かった らしいな」 「・・・そんな・・・ギアッチョは・・・?」 愕然とするルイズを眺めて、ワルドは面白そうに顔を歪めた。 「死んだよ」 「え・・・・・・?」 「いや・・・まだしつこく生きているかもしれんな もっとも、 あれだけの瓦礫に押し潰されては五体満足とはいかないだろうがね」 「嘘・・・!!」 ルイズは我を忘れて叫ぶ。そんな彼女をいよいよ愉快そうに見遣って、 ワルドは言葉を重ねた。 「何故奴ではなく私がここにいるか、分からぬ君ではあるまい?」 「・・・そ・・・んな・・・・・・」 綺麗な顔を蒼白に染めたルイズの呟きは、風に吹かれて空に消えた。 絶望に打ちのめされたルイズに更に追い討ちをかけるべく口を開く ワルドに、突如氷の散弾が撃ち放たれた。それぞれ左右に飛び 避けて、二体のワルドはタバサにその杖を向ける。 「黙って」 吹き荒れる雪風の如き意志で、タバサが呟いた。そのまま彼女は、 次の魔法の詠唱に入る。生きてさえいれば、助けることも出来る かもしれない。そう判断したならば、すべきことはただ一つ。 遮る者を排除する――それだけだ。 「やれやれ、不意打ちとは野蛮なことだな しかし私は紳士だ、 一対一で以て正々堂々とお相手仕ろう・・・我が『遍在』がね」 左のワルドが、完璧な作法で一礼する。同時に、右の「遍在」が 前へと進み出た。タバサは構わず、エア・カッターを発動する。 巨大な不可視の刃が「左の」ワルドへと疾駆するが、その進路上に 「遍在」は読んでいたかのように立ちふさがった。そのまま エア・ハンマーを解放すると、槌と刃は撃ち付けあって相殺された。 「相手をするのは『遍在』だと言ったはずだが?ミス・タバサ 仕方が無い、よく理解させてさしあげろ」 ワルドの言葉に答えるように、「遍在」が詠唱を開始する。 その呪句に、無表情なタバサの顔に一瞬焦りが浮かんだ。 迅速にルーンを唱え、「遍在」のライトニング・クラウドが 完成するその瞬間に、タバサは間一髪フライで上空へと離脱した。 表面上は無感動な顔に戻りつつも、タバサは心中これはマズいと 考える。確かに、相手をするしかないらしい。「遍在」は 与えられた魔力を使い切るつもりだ。それで自分を倒すことが 出来たならばよし、例え出来なくとも体力と精神力にある程度の 損耗を与えられることは間違いない。そうなれば残った本体の ワルドと自分、どちらが有利かは明白だ。強力な魔法を使い 続けるというわけにはいかない。 ・・・しかし。 憤怒を隠す氷の双眼で、タバサは二体のワルドを射貫く。 抑えられるものか。ルイズの心を裏切り、ギーシュを瀕死に 追い遣り、キュルケをゴミのようにいたぶり、ギアッチョを 打ち倒して尚笑うこの男を前にして、怒りを抑えることなど 出来るものか。 ぎりりと杖を握り締めて、タバサは呪文の詠唱を開始する。 エア・ストーム。解き放たれた竜巻が、杖を剣のように構えて 地を駆ける「遍在」をその暴威で容赦無く吹き飛ばした。間髪 入れず、タバサは次の一手に移行する。スクウェアの力で形成 された巨大な風の刃が倒れ落ちた「遍在」を切り裂くべく襲い 掛かるが、「遍在」は素早く横転してそれを避けた。唱えていた フライを発動して空を走り、「遍在」はそのまま反撃に転じる。 「・・・ッ」 反射的に後退し、一撃二撃とタバサは「遍在」の剣撃を避けるが、 ボグァッ!! 「うッ・・・!!」 直後放たれたエア・ハンマーを避けることまでは出来なかった。 華奢な身体を軋ませながら彼女は後方に吹き飛んだが、その 状態にあって尚タバサは詠唱を止めない。石畳に叩き付けられる その瞬間、怒りという名の強靭な意志の下撃ち放たれた渾身の ライトニング・クラウドが――「遍在」の身体を、跡形も無く 灼き尽くした。 パチパチと、手を叩く音が聴こえる。痛む身体に鞭打って 立ち上がったタバサの眼に、愉快そうな顔で拍手を続ける ワルドの姿が映った。 「これはこれは・・・いや、見事だタバサ君 君達の力には どうにも驚かされ続けるね」 そう言うワルドの顔に浮かぶものは、余裕以外の何物にも 見えなかった。極寒の視線で、タバサはワルドを射る。 この男だ。この男こそが、全ての元凶――・・・。 端正な顔を歪めて笑うワルドに、己の両親を陥れた男と、その 娘の顔が重なる。人の命を、まるでゲームのように弄ぶ親子と。 「・・・許さない・・・」 もう一度だけ、小さく、しかし激烈な怒りを込めて呟き―― タバサは身の丈よりも長い己の愛杖を、ワルドに突きつけた。 杖を構えようともしないワルドに構わず、全霊を込めて 魔力を練り上げる。衝動のままに一気に解放すると、唸りを 上げて荒れ狂う氷嵐が、ワルドを喰らい尽くさんとばかりに 襲い掛かった。間近に迫ったそれを見て、ワルドはようやく ルーンを詠唱する。完成と同時に現れたのは、タバサのそれを 遥かに凌ぐ大きさのエア・ストームだった。 「見るがいい・・・真のスクウェア、その力を」 ゴォアアアァアアァァアアァアァアアアッ!! 轟然たる絶叫を上げながら、巨大な竜巻はタバサの氷嵐を 巻き込み、引き裂き、掻き消した。それはアイス・ストームを 打ち破って尚その勢いを止めず――タバサ自身をも呑み込むと、 その衣服を、肌を切り裂きながら上空高く吹き飛ばした。 「タバサっ!!」 ルイズは竜巻から逃げ惑う風竜にしがみつきながら叫ぶ。 きゅいきゅいと、主人に向かってシルフィードもまた悲鳴を 上げた。彼女達の声で、タバサは何とか意識を保ち続ける。 石畳の地面に衝突する寸前、ギリギリのところでフライを 発動した。 ふわりと地面に降り立つと、タバサは再び杖を構える。 無感動に見える彼女の双眸からは、一欠けらの闘志も 失われてはいなかった。 「・・・まだ戦う気力があるとはな ――だが、そろそろだ」 一瞬驚きの表情を見せたワルドを無視して、タバサは再び 呪文の詠唱に入る。 「・・・ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ・・・」 己の魔力を杖先に集め――解放しようとした、その瞬間。 ぷつりと、まるでマリオネットの糸が切れたかのように・・・ タバサは力無く地面に倒れ落ちた。 「・・・・・・な・・・っ」 全身から、どっと疲労が溢れ出す。立ち上がるどころか 呼吸すらも苦しい。指一本動かせずに、ただ地面に倒れて 荒い息を繰り返すタバサを見下ろして、ワルドは嘲笑する。 「突然偶発的に、そして無理矢理にスクウェアの世界へ 押し入った者がこのように力を行使すれば、身体にガタが 来るのは当然だ 分かるかね、タバサ君?今の君の身体は、 これ以上の負荷に耐えられない」 「・・・・・・っ!」 言い返す言葉も、喉からは出てこない。悔しさに歯を 食い縛る力すらない現実。痛みよりも疲労よりも、それが 何よりタバサの心に深く突き刺さった。 だが、ここで諦めるわけにはいかない。まだ手は残っている はずだ。シルフィードとルイズがいる。まだ終わってはいない―― ドゴァッ!! 「う・・・ッ」 喋ることすらままならないタバサを、ワルドは空気の槌で 容赦なく殴り飛ばした。タバサが倒れた位置を確認して、 黒衣の背信者は酷薄な笑みを浮かべる。 「実にいい・・・その位置がな 捨て置いてもいいのだが、 わざわざ後に禍根を残すこともないだろう」 タバサは、キュルケとギーシュを結ぶ直線状に倒れていた。 範囲の大きな魔法で薙ぎ払うならば、三人は実に都合のいい 位置にいることだろう。ワルドはちらりと上空のシルフィードに 眼を向けた。タバサを人質としてルイズを奪おうかと考えたが、 そんなことをするまでもなく自分ならば簡単に奪い返せると 思い直して、ワルドはタバサ達に眼を戻した。グリフォンに 乗って追いかけ、エア・カッターで翼を切り裂いてやれば いいだけの話だ。杖を構えて、ワルドは朗々と詠唱を始める。 その呪句は、知っている者であれば誰もが震え上がるであろう 凶悪無比なスクウェアスペル――カッター・トルネード。 ゴヒャアアアァァアァァアアアァァアアッ!!! 禍々しい轟音と共に、天を衝く巨大な竜巻がワルドの眼前に 現れた。石畳をバキバキと破壊しながら、ゆっくりとタバサ 達へ迫ってゆく。呑み込まれれば最後、四肢をバラバラに 引き裂かれてしまうだろう。 「・・・・・・ぅ・・・くッ・・・・・・!!」 進み来る死に、タバサは絶望の声を上げることすら出来なかった。 「きゅいっ!?」 頭上で、シルフィードの声が鳴り響く。数秒置いて、タバサの 目の前に――ルイズが殆ど倒れるように着地した。よろよろと つんのめりながら、ルイズは荒れ狂う竜巻の前に立ちはだかる。 「――・・・!!」 タバサは形を成さない声を上げる。ルイズの行動はあまりにも 意外で、そして無謀だった。 「やめてワルドッ!!」 タバサ達を庇うように、ルイズは大きく両手を広げた。杖を 軽く振って、ワルドは竜巻の進行速度を落とす。 「どくんだ、ルイズ 彼女達はこうなると分かっていて 戦いを挑んで来た ここで死ぬのも本望だろうさ」 冷え切った声で答えるワルドに、ルイズは必死に懇願する。 「お願い、やめて・・・!!これを止めて!ワルド!!」 叫ぶルイズの声で、キュルケは意識を取り戻した。眼前の 光景に思わず上体を跳ね上げるが、肉体と精神、その両面の 極限の疲労で、彼女は再び地面に倒れ込む。 「・・・くっ・・・ルイズ・・・!何やってるのよ・・・ 早く逃げなさい!」 「うるさいわよキュルケ・・・怪我人が大声出さないで」 振り返らずに、ルイズは答えた。石畳を微塵に砕きながら じりじりと迫り来るカッター・トルネードに、ルイズの髪は 逃げるかのように後方へなびき始めている。 「ルイズ!!逃げろって言うのが分からないの!? もういいわ、もういいから逃げなさい!!そんなことを したってあれは止まらないし、ワルドも許しはしないわよ!」 「わたしがそう言った時、あんたは逃げなかったじゃない!!」 「――・・・ッ!!」 キュルケは絶句する。自分がルイズの言葉を無視し続けたあの 時と、これはまるで反対だった。 「・・・あんたも、タバサも、ギーシュも・・・揃いも揃って バカじゃないの?勝てないなんて分かりきってるのに、こうなる なんて分かりきってるのに・・・!こんなところを見せられて、 誰が黙って逃げられるのよ・・・ッ!!」 「・・・ルイズ・・・・・・」 肩を震わせながら言い放つルイズから、キュルケはゆっくりと 顔を背ける。このどうしようもなくバカ正直な少女は、きっと 何を言おうが動かない。短くない付き合いの中で、キュルケは 嫌という程理解していることだった。 「・・・もう一度言おう どくんだ」 猛禽を思わせる双眸で、ワルドは鋭くルイズを見据える。しかし ルイズは怯むことなく口を開いた。その眼を一瞬たりとも ワルドから離すことなく。 「お願い・・・ワルド、やめて・・・!!」 ワルドはぎりぎりと杖を握り締めた。美丈夫然としたその顔を、 苛立ちに歪めて怒鳴る。 「どけ!!」 「嫌よ!!」 刹那の躊躇もなく、ルイズは凛として拒絶する。ギアッチョは きっと怒るだろう。だけどそれでも構わない。ただの一%でも、 彼女達が助かる可能性があるのなら。 ――・・・喜んで、この身を差し出すわ・・・! 数秒、二人は退かず睨み合う。一つ溜息をつくと、ルイズから 視線を外してワルドは諦めたように首を振った。 「・・・もういい、よく解った」 「・・・・・・」 「よく解った・・・どうあろうと、君は私には従わないと いうことがな」 激情を冷え切った殺意に変えて、ワルドは言い放った。 「飛ばぬ小鳥に用は無い」 野獣のようなワルドの殺意に曝されても、ルイズは一歩を 動くことすらしない。 「言い遺すことはあるかね」 ワルドの言葉に、たった一言口を開く。 「・・・哀れね、ワルド」 ただそれだけの短い言葉が、ワルドの怒りに触れたようだった。 その顔がまるで獣のような表情に歪む。 「もっと上手く生きるべきだったな・・・ルイズ!!」 吼えるワルドに、もはやルイズは何も答えなかった。 竜巻がルイズの命を刈り取るまで、あと数歩の距離もない。 砕けた床石の破片が、とうとうルイズにぶつかり始めた。 頬に、腕に、膝に、次々と切り傷がついてゆくが、それでも ルイズは逃げない。死への恐怖に身体を震わせながらも、 キュルケ達を庇う両手を彼女は決して休めはしなかった。 「・・・では死ね」 己の婚約者にそう吐き捨てて、ワルドは杖を持ち直す。 カッター・トルネードの進行速度を元に戻した瞬間、ルイズと 死に損ないの三人は紙人形のように切り裂かれることだろう。 口元に酷薄な笑みすら浮かべて、怒りと共に杖を振りかぶった ――その時。 バガァアアァァァッ!! 回廊へ通じる扉が、轟音と共に弾け飛んだ。 「随分とよォォォォ~~~~~~~・・・やってくれたみてー じゃあねーか・・・ ええ?オイ・・・」 それは、もう聞けないと思っていた声だった。 「・・・・・・ギ・・・アッチョ・・・?」 動ける者は、皆振り向いた。震える声で、ルイズは呟く。 そこにいたのは――紛れも無く、己の使い魔。誰よりも 頼りになる味方。そして何物にも代え難い―― 「バカな・・・何故貴様がここにいる!!ギアッチョッ!!」 その姿は、一言で表すならば正しく瀕死であった。堅牢無比を 誇るスーツは解除され、全身からは夥しい量の出血。異国の 服はあちこちが破れ、そこから生々しい傷跡が覗いている。 血塗れの手に剣を携えててルイズ達の後ろから歩いてくるその 姿は、しかしワルドに恐怖を覚えさせるには十分に過ぎた。 ギアッチョは何も答えない。ギーシュの、キュルケの、タバサの 横を、彼は黙ったまま踏み締めるように通る。一瞬にして静寂に 満ちた中庭を、彼は遂にルイズの元へ辿り着いた。 「・・・ギアッチョ・・・っ!!」 もう一度、ルイズは潤んだ声で男の名を呼ぶ。いつもの仏頂面で ルイズを見遣って、ギアッチョは彼女の頭をぽんと撫でた。 「・・・頑張ったじゃあねーか ガキ」 「え・・・」 眼を白黒させるルイズに、ギアッチョは片手に掴んだ魔剣を 突き出す。 「持てるか?」 「へ?・・・う、うん」 ルイズがデルフリンガーを受け取ったのを確認して、 ギアッチョは一歩ルイズと距離を開ける。そのままワルドに 向き直ると、ギアッチョはぽつりと呟いた。 「黙って見ているバカがどこにいる・・・か」 急激に吹き荒れ始めた冷気に身を任せて、彼は半身の名を呼ぶ。 「・・・ホワイト・アルバム」 ギアッチョの呪句で、ワルドは今が戦闘中だとようやく思い出した。 「チィッ・・・!!」 焦りを切り捨てるように杖を振る。その瞬間、刃の渦は再び 速度を増して走り始めた。 「ルイズ!!俺をあの竜巻にかざせッ!!」 デルフリンガーが叫ぶ。ルイズは殆ど反射的に、剣を前に 突き出した。同時に、再び白銀の鎧を纏ったギアッチョが 両手を虚空に押し出すようにかざす。 「待ってなワルド・・・綺麗にブチ砕いてやるぜ ルイズ、オンボロ、『覚悟』を決めろッ!!」 叫んだ刹那、巨大な竜巻はついにギアッチョに重なった。 スーツに次々と裂傷を刻みながら、それは貪欲にルイズをも 呑み込まんと進み続ける。 「ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープスッ!!」 ギアッチョの周囲で、風の刃は次々と凍り、阻まれ、霧散してゆく。 しかしそれも、カッター・トルネードの進攻を停止させるには 至らない。渦巻く烈風が、その中心に向かってルイズを引き込み 始めた。 「・・・くッ・・・!!」 「オンボロ!!」 「おぉよッ!!すっかり忘れてた俺の真の姿、とくとその眼に 刻みやがれってんだ!!」 言うや否や、デルフリンガーの錆びた刀身が光を帯びる。帯びた 傍から、赤茶けた錆びはパキパキと音を立てて剥がれ出した。 「デルフ・・・?」 呆けたルイズの言葉に答えるように、一際大きく輝くと―― その光の中から、見惚れんばかりの名剣が姿を現した。 「いくぜルイズ!!力一杯踏ん張りなァ!!あの野郎のちゃちな 魔法は、このデルフリンガー様が一つ残らず吸い込んでやるぜ!!」 「有り得ん・・・こんなことは・・・!!」 ワルドは呆然と後ずさる。カッター・トルネードを構成する魔法の 風が、雄々しく輝くデルフリンガーの刀身に「喰われて」ゆく。 その光景は、この上なく禍々しく――そして神々しい。 「凄い・・・」 「気ィ抜くんじゃねーぞ!全部だ!この俺様が全部喰らい尽くす!!」 風が凍り、空気の壁に阻まれ、無数の粒に砕け消え、吸い込まれる。 凄絶にして荘厳なその現象に、誰もが魅入られていた。しかし、 竜巻の爪牙は未だ砕けない。 「ぐッ・・・!」 度重なる風の斬撃に、ホワイト・アルバムはついに欠損する。白銀の 鎧、その肩口に出来た傷口から血が吹き出した。 「ギアッチョ!!」 「黙って構えてろ!ここが正念場だぜ、ルイズッ!!」 「う、うん・・・!!」 デルフリンガーを両手で強く握り締め、ルイズは強く前を睨む。 ギアッチョの言葉は、自分に勇気を与えてくれる。身を裂き始めた 竜巻に、ルイズはもう何の恐怖も感じなかった。 「デルフ・・・お願い、力を貸して!」 「ッたりめーよ!!行くぜェェェェェ!!」 「おおおぉおぉぉぉおおおおおおぉおぉおおッ!!!」 魔剣と魔人は、声を一つに咆哮する。その瞬間、凍結と吸収は 更にその力を増し、 バシュゥウウウウゥウゥゥウウゥッ!!! 逆巻く竜は全てを奪われ――旋風一陣残さずに消失した。 「・・・カな・・・ そんな・・・バカな・・・・・・!!」 まるで壊れた蓄音機のように、ワルドはぶつぶつと繰り返す。 あの化け物に刃が届かないというなら解る。だが奴は、奴らは この暴悪無比のスクウェアスペルを消滅させたのだ。消し尽くし、 喰らい尽くしたのだ。 「おい~~~~~~~~~~~・・・『覚悟』は 出来てんだろーなァァァァアーーーーーーーーー!!」 受け取ったデルフリンガーを、ギアッチョは静かに構える。 この男は――倒せない。ワルドは今、誤魔化しようも無く それを認識していた。力も、策も尽きている。残る手段が あるとすれば・・・それはただ一つ、逃走のみ。 ワルドは弾かれたように杖を構えた。 「イル・フル・デラ・ソ・・・」 「遅ェェェ!!!」 「ぐおァァッ!!」 ワルドは獣の如き呻きを上げる。光を放つ左腕に握られた デルフリンガーが、ワルドの胸を袈裟斬りに切り裂いた。 吹き出す鮮血がかかるに構わず、ギアッチョは右手を突き出す。 「死んで詫びろッ!!」 が。 「ソ、ル・・・ウィンデ・・・!!」 ブォアッ!! 「何ッ!?」 ギアッチョの手は一髪の差で虚空を掴む。胸を裂かれながらも、 ワルドは驚嘆すべき気力でフライの詠唱を完了させていた。 「野郎・・・!」 ギアッチョが睨むその先で、ワルドは血の滴る胸を抑えて笑う。 「ククク・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ やはり最後は 私の勝ちらしいな・・・!ゴホッ・・・手紙とルイズの奪取は 成らなかったが・・・ウェールズを殺し切れただけでもよしとしよう」 「ワルド・・・ッ!」 悲しげに叫んで、ルイズは短くルーンを唱える。その杖がワルドの 周囲に爆発を巻き起こしたが、前触れ無く生じる爆風はルイズ自身の 疲労の為か目標にかすることさえしない。冷や汗にまみれた顔を 嘲りに歪めて、ワルドは二人を見下ろした。 「戦の炎はそろそろ城内に回り始めるだろう 杖に、剣に、爪に、 蹄に蹂躙されて死ぬがいい!」 「ワルド、どうして・・・!!」 ルイズの言葉に、ワルドは答えない。もはや何の興味も無いと 言わんばかりにルイズから視線を外すと――全てを捨てた男は 黒衣を翻して空へ消えた。 虚脱と忘我、怒りと悲しみ・・・溢れ絡まる幾多の感情を 鳶色の瞳に映して、ルイズは空を見上げ続ける。その耳に 突如届いた轟音で、彼女はようやく我に返った。それは大砲の 響きか火系統の爆発か、いずれにせよ賊軍が既にこの近くまで 押し寄せているという証左であった。 「・・・ど、どうしよう ギアッチョ・・・!!」 ルイズはパニックに陥った。非戦闘員を乗せた船などとうに 出港しているはずだ。折角助かったというのに、このままでは ワルドの言葉が現実と化すまで数分とかからないだろう。 焦りを隠すことも忘れてギアッチョを振り返るが、 「慌てんじゃあねーぜ こんな展開は予想済みだ」 「・・・う、うん・・・」 一片の焦りも見せないギアッチョの言葉に、ルイズの動揺は 呆れる程容易く消え去ってしまった。 「タバサ、問題はねーな」 問い掛けながら、ギアッチョはタバサに首を向ける。未だ指 一本動かすことさえ困難な身体で、タバサは何とか頷いてみせた。 それに合わせるように、中庭にシルフィードが舞い降りる。 次の行動に移りながら、喋れないタバサの代わりにギアッチョが 口を開いた。 「タバサに頼んでた用事がこいつだ 万が一に備えて逃走経路の 偵察をさせておいた」 「あ・・・」 なるほど、確かにこうなってしまっては鍾乳洞の港へ向かうことも 出来ないだろう。より危険が少ないルートを知る必要があると、 ギアッチョは昨日の内から予測していたのだった。普段からは 想像もつかない彼の慧眼に、ルイズとキュルケは眼を丸くする。 「・・・さて」 ようやく氷の鎧を解除すると、ギアッチョはギーシュの元へ 歩を進めた。 「・・・・・・マンモーニ・・・たぁ言えねーな、ギーシュ」 そう呟いて、未だ意識を失ったままのギーシュを肩に担ぐ。 やはりかなりのダメージがあるのだろう、若干ふらつきながら ギアッチョはシルフィードへと歩き出した。 手伝おうと駆け寄りかけたルイズは、その瞬間あることを 思い出す。ギアッチョの姿を数秒苦しげに見つめた後、 「・・・・・・っ」 それを振り切って、彼女は破壊された扉を踏み越えて回廊へと 駆け出して行った。 「血で汚れちまうが・・・ま、我慢してくれ」 その背にギーシュを座らせながら、ギアッチョはシルフィードに 一言詫びる。風竜がきゅいきゅいと鳴いたのを確認して、今度は タバサを抱き上げる。ルイズよりも更に軽いその身体は、驚く程 簡単に持ち上がった。 「・・・が・・・とう・・・」 同じくシルフィードの背に横たえる瞬間、タバサは苦しげな 声で呟く。ギアッチョは一瞬見せた迷うような顔を隠すように キュルケの方に向き直り、ややあって一言口にした。 「・・・そいつはこっちの台詞だ」 そのまま、見つめるタバサを振り返らずにキュルケの元へ歩いて 行く。両手を地面について何とか自力で立ち上がろうとしていた キュルケは、ギアッチョに気付いて少し上擦った声を上げた。 「わ、私は自分で立てるわよ!あなたも怪我人なんだから、 はやくシルフィードに乗って・・・きゃあっ!?」 問答は面倒なだけだと判断して、ギアッチョは構わずキュルケを 抱え上げる。 「ちょ、ちょっと!いいって言ってるじゃない!私は自分で 歩けるわよ!聞いてるのギアッチョ!?」 「うるせーぞキュルケ 強がりは状況を選ぶもんだぜ ・・・第一、てめーらがこうなったのはオレのせいだろうが」 その言葉に、キュルケは渋々抵抗をやめる。少し恥ずかしげに 顔を背けて、呆れたように呟いた。 「あなた達って、揃って同じようなこと言うんだから」 身体のそこかしこが汚れた格好で、ルイズは回廊から戻って来た。 どこか翳りの見える顔で中庭を見渡すと、そこにはギアッチョに 抱えられてシルフィードに乗せられるキュルケの姿。 「・・・・・・」 「ああ?」 ぼーっと突っ立っているルイズに気付き、ギアッチョはそちらに 足を向けた。 「何やってんだ とっとと乗れ、時間がねーぜ」 その長身で自分を見下ろすギアッチョを見上げて、ルイズは 恐る恐るといった風に口を開く。 「えと・・・・・・わ、わたしも怪我してるんだけど・・・」 「してるな」 言わんとしているところが解らず、ギアッチョはそれが何だと いう顔で返事をする。 「・・・だ、だから・・・!・・・・・・その・・・あの・・・」 あやふやな声を出す度に、ルイズは思わず言ってしまったことが どんどん恥ずかしくなってゆく。顔を真っ赤に染めるルイズを 見て、一方のギアッチョは「またいつもの病気か」と納得した。 ルイズがこんな顔をする時、ギアッチョには大抵最後までその 理由は解らない。そんなわけで、ギアッチョは「いつもの病気」と いうことで適当に納得して、さっさとこの場を収めることにした。 「なるほどよく解ったぜ 続きはここを出てから聞くからよォォーー」 「ぜ、全然解ってな・・・きゃあぁっ!?」 ギアッチョは面倒臭いとばかりに溜息をつくと、ルイズの腰に 片手を回して無造作に抱え上げた。 「ちょ、ちょっとギアッチョ!?なななな何してぇぇっ!?」 後ろ向きに抱えられて、ルイズは思わずわたわたと手足を動かす。 「やかましい 時間が勿体ねーんだよ」 悪態をつきながら、ギアッチョは問答無用で歩き出した。 「も、もうちょっと、だ・・・も、持ち方ってものがあるでしょ! 子供じゃないんだからっ!!」 「子供じゃねーか」 「ちがっ・・・!!」 抗議を続けるルイズを適当にあしらいながら、シルフィードの 背中に乗る。前回を考えて持つ場所は選んだのだが、当のルイズは それに気付く余裕はないようだった。 「あ、あのねぇ!何か勘違いされてそうだから言っておくけど・・・」 背びれを挟んでギアッチョの隣に座りながら、ルイズは身を乗り出す。 「それは、その・・・確かに、見た目のせいでほんの少しだけ 小さく見られることはあるわよ?・・・ほんの少しだけ だけど、 わたしは子供じゃないの!もうれっきとしたじゅうろ・・・」 「ルイズ、おめーさっきから何を握ってんだァ?」 「・・・んだから!分かったらわたしを子供扱いしな・・・え?」 ギアッチョの視線は、強く握られたルイズの右手に向いていた。 「こいつだ」 その小さな手を、ギアッチョは無造作に掴む。 「ちょっ――!!」 「・・・こりゃあ・・・」 彼女の右手に大事に包まれていたものは、蒼古たる輝きを放つ ――風のルビー。半壊した礼拝堂の中で損なわれずに残っていた ウェールズの遺体から、ルイズはそれをそっと抜いて来たのだった。 ふにゃりと真っ赤に崩れたルイズの顔が、悲しみのそれに変わる。 「・・・そうよ、殿下の遺品 せめてこれだけは、姫様に渡したくて」 沈んだ声を打ち払うように、「きゅい!」と一つ鳴き声が響く。 上昇を始めた風竜の背から半壊した礼拝堂を見下ろして、ルイズは 再びルビーを握り締めた。風に髪をなびかせながら、静かに呟く。 「・・・ごめんなさいウェールズ様・・・ あなたをここに 置いて行きます だけどこれだけは、必ず姫様に渡します あなたの遺志は、必ず姫様に伝えます・・・――」 「あィイッ!!!」 情けない悲鳴が、大空にこだました。 「ッだだだだだだだだだだだだだだ!!!もうちょっと優しく! 優しくゥゥゥゥゥゥ!!」 モンモランシーが聞けば失望しそうな声を上げているのは、 勿論ギーシュである。 「・・・・・・」 蹴落としたい気持ちを抑えて、ギアッチョはギーシュに薬を塗る。 信じられない回復力である。魔法薬の効果が出ているのかどうか、 門外漢のギアッチョには解らないが、あれだけ血を流しておいて もう元気に悲鳴を上げているというのはやはり瞠目すべき生命力で あるように思う。 以前メローネが「ギャグキャラは一コマで傷が治るもんだ」だの なんだのと言っていたが、ようするにこいつもそういう類の 人間なのかと考えて、ギアッチョは妙に納得した。 ニューカッスルを離れて数刻。応急手当は大体が終了していた。 タバサは大分疲労が回復して来ていたし、ルイズは比較的軽症。 全身にダメージを負ったキュルケは、ルイズの手によって包帯 だらけの格好と化している。前述の通りギーシュはギアッチョが 手当てを務め、そのギアッチョの手当てはルイズが行った。今度は 最初から最後まで自分で手当て出来たので、ルイズはどこか満足げな 顔をしている。 奇跡的なことに、誰一人として命に別状はないらしい。全員の 様子を確認してから、ギアッチョは言いにくそうに口を開いた。 「・・・で、だ」 その声に、ルイズ達の注目がギアッチョに集まる。がしがしと 頭を掻いて――ギアッチョは彼女達を見返した。 「・・・・・・・・・悪かったな」 ルイズ達は皆、一様にきょとんとした顔をしている。 そんな彼女達を見渡して、ギアッチョは続けた。 「オレ一人でブッ倒すつもりが、まんまとやられた挙句に てめーらまで巻き込んでこのザマだ 瓦礫ン中でなんとか こいつに手が届いたからよかったがよォォー・・・」 ギアッチョはひょいとデルフリンガーを持ち上げて、苦々しげに 顔を歪めた。 「てめーらに怪我負わせたのはオレの責任だ・・・悪かった」 己の非によって近しい者が被害を受けたならば、然るべき筋を 通す。ギアッチョはそれが出来る男だった。らしくもなく 自責に駆られている様子のギアッチョに、場が静まり返る。 その静寂を切り裂いて、やがてギーシュが口を開いた。 「何を言ってるんだね君は 君がいたからこそ、僕達は皆無事に ここにいることが出来るんじゃないか 君がいなければルイズは あっさりさらわれて、僕達は今頃天国巡りの真っ最中だよ」 己のせいで重症を負ったはずの男は、まるでそんなことなど 無かったかのように笑う。 「感謝こそすれ、君を恨むような理由なんてあるわけないさ」 ギーシュの言葉に、キュルケとタバサは同時に頷いた。 「ま、一番被害の大きい人間にこう言われちゃあね」 キュルケもまた、冗談じみた言葉を返して笑う。いつの間にか 読書をしている程に回復したタバサは、顔を上げてもう一度 こくりと頷いた。 「・・・・・・」 ギアッチョは言葉無く彼らを見返す。ギアッチョの生きて来た 世界では考えられなかったことに、彼は返す言葉を見出せなかった。 「そうよ、ギアッチョがいなきゃどうにもならなかったわ」 使い魔の顔を覗き込んで、ルイズも言葉をかける。 「・・・・・・謝らなきゃいけないのは、わたしのほうよ」 ルイズは悄然として俯いた。キュルケ達の視線が、今度は ルイズに集まる。 「ギアッチョのせいじゃないわ・・・ あんた達がそんなに ボロボロになったのは全部わたしのせいよ わたしが何も 出来ないから、わたしがゼロだから・・・・・・」 彼女達の痛ましい姿を見て、ルイズはゆっくりと首を振った。 魔法が使えない自分には、抵抗することも出来なかった。 ――無力。その言葉がルイズに重く圧し掛かる。命を救われたと いうのに、自分は彼女達に何をしてやることも出来ない。 ルイズには、ただ愚直に謝ることしか出来ない。それが、 何より辛かった。 「・・・・・・だから ごめ――」 「ストーーーップ!」 「・・・?」 制止をかけたのはキュルケだった。呆れたように微笑んで、 ルイズに語りかける。 「あのね、これは私達がやりたくてやったことなのよ それでいくら怪我を負おうが――たとえ死んでしまったと しても、私達があなたを恨むわけがないでしょう?」 ルイズは言葉に詰まる。やや置いて「でも」と口を開き かけた彼女を、今度はタバサが遮った。 「・・・友達」 友達。どれ程焦がれていたか分からないその言葉を、 ルイズは今再び投げかけられた。 「・・・・・・私、が・・・?」 魔法が使えない。ただそれだけで、周囲は彼女を遠ざける。笑い、 蔑み、拒絶する。それが、ルイズの人生だった。気丈な彼女は、 人前で弱みなど見せない。周囲の罵倒に、己の失敗に、逃げず 怯えず戦い続けた。しかし彼女は人間。どこにでもいる十六歳の、 ただの小さな少女なのだ。誰も入って来ない、小さな自室。ルイズが 己の心を曝け出せるのは、広い学院中で唯一そこだけだった。怒りで、 悔しさで、情けなさで、悲しさで、ルイズはただ独り、何度も何度も 泣いた。そしてその度に、彼女は己の無価値を思い知る。落ちこぼれの 自分に、無能な邪魔者の自分に友人など出来るわけがないと、まるで 終わることのない悪夢のように。 ルイズは、恐る恐るタバサを見る。その怯えを、不安を、孤独と いう名の泥濘を、全て断ち切るかのように――タバサは小さく、 しかし、強くはっきりと頷いた。 「・・・・・・あ・・・」 こんな時、一体どんな顔をすればいいのだろうか。それが解らず、 ルイズはただ呆然とタバサを見る。だが、いつも通りの無表情に 見えるタバサの顔が、今確かに優しさを映していること―― それだけは、はっきりと理解出来た。 「そうさルイズ 僕らは友達だ 友の窮地を救うのに、傷の一つや 二つを厭う人間が一体どこにいるんだい?」 「・・・ギーシュ・・・」 底抜けの笑顔で言ってのけるギーシュに頷いて、若干恥ずかしげに キュルケが後を継ぐ。 「そういうことよ 私達は・・・と、友達なんだから・・・ 変な負い目も罪悪感も、あなたが感じる必要は――・・・って、 ちょ、ちょっと!何泣いてるのよ!!」 「だ・・・だって・・・・・・!」 止まらなかった。いつの間にかこぼれ始めた涙は、彼女の孤独を 洗い流すかのように、とめどなくぽろぽろと流れ続ける。ならば、 言うべきことは謝罪などではないはずだ。幾度もしゃくりあげながら、 ルイズはただ一言を返す。「ありがとう」と――それだけを。 友というものを、ギアッチョは今ようやく理解出来た気がした。 それは確かに他人の集まりだ。だが今、彼女達には決して消えない 絆がある。笑う気には――なれなかった。嘲る気には、なれなかった。 「・・・ギアッチョ」 ギアッチョの思考を切り裂いて、彼を呼ぶ声が聞こえる。 「何だ」と返して、ギーシュの方へと彼は顔を向けた。それを 確認して、ギーシュは柄にも無く真面目な顔で問い掛ける。 「君は・・・僕達の友人でいてくれるかい?」 「・・・・・・」 ギアッチョは沈黙する。ギーシュだけではない。それはこの場の 全員が問い掛けたかった言葉だった。彼らは直感的に気付いて いるのだろう。ギアッチョがここと、ここではないどこかとの 間で苦悩していることを。 友でいてくれるかということ。それは傍にいてくれるのかと いうことでもある。それは取りも直さず――イタリアか、 ハルケギニアか。どちらを選ぶかということだ。 引き延ばしにすることは出来る。流されるままに、運命に 従ってしまえばいい。しかしそれは、彼らの「覚悟」を蔑する 行為に他ならない。彼らは命を賭けて、その友情の真なることを 証明した。ならば己も、その行く末を賭けて決断しなければ ならないはずだ。イタリアへ帰るか、ハルケギニアに留まるか。 ルイズの使い魔であり続けるか――彼女を捨てるか。 ギアッチョはちらりとルイズに視線を遣る。この上なく不安げな 顔で、自分を伺う彼女と眼が合った。 額に片手を当てて、ギアッチョは深く溜息をつく。決めろと いうのなら決めるまでだ。・・・いや、どちらを取るか、そんな ことはとっくに決まっていた。自分はそれと向き合うことを、 恐れていただけだ。 やれやれと独白して、彼は口を開いた。 「・・・・・・オレは――」 ・・・見たこともない場所だった。規則正しく刈られた植え込みが、 まるで迷路のように続いている。赤く満ちた小さな月が、寄り添う ように昇る大きな月と共に地上を照らしていた。周囲を遠く囲む 広大な館に気付いて、彼はここが中庭だと理解する。 どこか遠くで、すすり泣くような声が聞こえた。気付けば、彼の 足は自然にそちらへ向いていた。茂みを乱暴に掻き分けて、声の 主を探して歩く。やがて彼の行く手に、色とりどりに咲き乱れる 花々が姿を現した。百花繚乱たるそれらは、見渡すばかりに 広がる池を美しく囲んでいる。その中央に小さな島が一つ。ほとりに、 小舟が一艘浮かんでいた。どうやら声は、そこから聞こえて来る らしかった。見ればそこには、肩に毛布をかけて幼い少女が座っている。 その目の前に立って、黒衣の男が手を差し伸べていた。優しげな声色で 少女慰めているようだったが、少女は身を硬くして怯えたように泣いて いる。 ・・・その光景に、彼は何故だか無性に腹が立った。岸から島まで どこにも足場はなかったが、彼は問題無く氷の道を作る。その上を 慣れた様子で歩くと、あっという間に小舟へ辿り着いた。男の肩に ぽんと手を乗せ、振り向いたその顔を力一杯殴り飛ばす。声も 立てずに、男は池に落ちて姿を消した。 詰まらなそうな顔で少女を見下ろして、彼は一つ溜息をつく。 「・・・いつまでも泣いてんじゃねーぞ クソガキが」 彼を見上げる少女は、いつの間にか十六歳の姿になっていた。 彼の主人であるところの少女は、ごしごしと涙をぬぐって微笑む。 「本当に、いつだって来てくれるのね・・・ギアッチョ」 「よーお 元気してっか?ギアッチョよォ~~」 突如聞こえた陽気な声で、ギアッチョとルイズは小島を振り向く。 そこにしつらえられた石のベンチに、数人の男が座っていた。 「・・・・・・てめーら・・・」 「クハハハハハハハ!何間抜けヅラしてんだよおめー、ええ?」 愉快そうに笑う男は――ホルマジオ。彼らは、紛れも無い ギアッチョの仲間達であった。 「オレ達のことは知っていると思うがよーーー こいつが 初めましてってことになるわけか?ルイズ 少々奇妙だが」 そう言って、イルーゾォはひらひらと手を振る。ぽかんとして いるルイズに、メローネが声を掛けた。 「そんなにディ・モールト驚くことはないさ・・・こいつは ただの夢なんだからな そうだろう?相棒」 「・・・その人を食ったような性格は死んでも治らねーらしいな」 どうやら状況に慣れたらしい。ギアッチョは呆れたように笑う。 「一度死んだくらいで治る程育ちのいい野郎がオレ達の中に いたか?」 ホルマジオの後ろに立つプロシュートが言うと、 「なるほど、そいつぁちげーねぇや!あいてッ!!」 「おまえに言われるとどーもムカつくぜ」 笑うペッシがホルマジオに殴られた。プロシュートの横に立つ リゾットは、無表情に皆を制する。 「お前達、その辺にしておけ」 両手を上げるホルマジオの横で、ペッシは頭をさすりながら 「へい」と一言返事した。 「・・・しばらく見ねー間に、随分とフケたんじゃあねーのか? ええ?オイ」 軽く悪態をつきながらも、ルイズにはギアッチョはどこか楽しそうに 見えた。 「さて・・・ギアッチョ」 「・・・何だ」 真紅の月に照らされて、ギアッチョはリゾットと真っ直ぐに 向かい合う。まるで心の奥底まで見通すような深い瞳で、リゾットは ギアッチョを見据えた。 「お前の決断・・・迷いはないな?」 「・・・・・・」 ギアッチョは、すぐに答えない。ほんの数秒、しかし深く内省し。 「・・・ああ 迷いはねーぜ・・・一片もな」 はっきりと、そう答えた。それを聞いて、彼らはニヤリと笑う。 「そうか ・・・ならば、ギアッチョ」 小さな月のように紅い双眸で、リゾットはルイズを見遣った。 「・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな」 「・・・・・」 「オレ達の影に――縛られるな」 ギアッチョはただ黙って聞いている。リゾットの後を、メローネが 静かに引き継いだ。 「出来ることならオレが変わってやりたいが、選ばれたのは どうやらあんたらしい ディ・モールトうらやましいが・・・ 守ってやれよ、その娘をな」 「ギアッチョ、オメーは物を深く考えすぎるからな・・・ オレ達が保障しておいてやるぜ その道は間違いじゃあねえ」 「クックック・・・まさかリゾットでもプロシュートでもなく、おまえが こんな役回りになるとはなァ いいか、オレ達は死んだ だがなギアッチョ、 おまえは生きてる そこだぜ・・・大事なところはよ」 「きっと苦労するだろうけどよ、嬢ちゃんも頑張って・・・イデッ!」 「だからおめーが言うなっつーの ま、せいぜい生きろよギアッチョ オレ達ゃ地獄の底から面白おかしく見物してっからよォ~~~」 ホルマジオが言い終えると同時に、世界は無情に、急速に白化を始めた。 ギアッチョが何かを口にしようと動くが、その声すらも白い霧に散る。 最後に一言、誰かが「じゃあな」と呟き――瞬間、世界はぷつりと消えた。 「・・・ん・・・ぅ・・・」 涼やかに頬を撫でる風で、ルイズは夢から醒めたことを知った。 ――・・・あれは、夢・・・ 夢、だったのだろうか。ギアッチョに去って欲しくない自分の、 あれは都合のいい幻想だったのだろうか? 「・・・・・・言うだけ言って消えやがって・・・バカ野郎共が・・・」 ぽつりと、独白するような声が頭上から聞こえる。 ――・・・え? ルイズは薄っすらと眼を開ける。視界に見えるのはキュルケ、 タバサ、そしてギーシュ。誰もが疲労で眠りこけていた。 隣にいるはずのギアッチョを確認しようとして、ルイズは 自分が何かに身体を預けていることに気付く。 ――・・・・・・ 霞む瞳を数回まばたかせたところで、 「~~~~~~~~~~っ!!?」 ルイズの心臓は飛び跳ねた。 ――ちょ、こここ、これって・・・!! 声を漏らさなかったのが不思議なぐらいだった。頭を胸に、 自分は身体を殆どギアッチョにもたれさせていたのだから。 ――・・・う・・・ 跳ね起きようと考えたが、どうしても身体が力を入れようと しない。己の気持ちを理解して――ルイズは何故だか、尚更 それを認めたくなくなった。 ――ねね、眠くて動けないだけだもん ギアッチョなんて、 か、関係ないんだから! 耳まで真っ赤にして、ルイズは無理矢理言い訳を考える。 どうにもまだまだ、素直になれないようだった。 心臓の鼓動がうるさい。ギアッチョに気付かれるかと思うと、 それはますます大きく脈打ち始める。 ――ああ、もぉ・・・!! 他のことを考えて落ち着けようと、ルイズは先程のことを振り返る。 ギーシュの問いに、結局ギアッチョは明確な返事をしなかった。 代わりに、彼は自分のことを話した。イタリアから来たこと、 暗殺者だったこと、スタンド能力のこと・・・。それは彼なりの、 不器用な信頼の証だった。 ギーシュ達は、誰も笑わなかった。ここまで一緒に戦い抜いてきた 仲間のことを、誰が疑うだろう。勿論、自分にとってそうである ように、彼らにとっても信じられないような話ではあったようだが。 ギアッチョの心は、皆理解していた。あの瞬間、皆の心はきっと 一つだった。ルイズにはそれが――どうしようもなく喜ばしい。 今見た夢に、思いを馳せる。彼らはただの夢だったのか、それは誰 にも分からない。しかしルイズは、きっと彼らは本物だったと思う。 紛い物の幻想に、ギアッチョの笑顔など引き出せはしないはずだから。 「・・・生きてやるよ この世界でな・・・」 ぽつりと、ギアッチョが呟いた。どこか晴れ晴れとしたその声に、 ルイズの左手は思わず彼の服を掴む。自分を揺り起こそうとしない ギアッチョが、ルイズは無性に嬉しかった。 ギアッチョの話を聞いた時のギーシュ達の笑顔を、自分は忘れない。 己を友達だと言ってくれたキュルケの、タバサの、ギーシュの言葉を、 自分は決して忘れない。ワルドが裏切り、ウェールズが死に、王国は 滅んだ。それらを思い出せば、この胸は張り裂けそうに痛む。 ――だけど・・・わたしは忘れない 右手の中の風のルビーを、ルイズは強く握り締めた。 わたしは、決して忘れない。この日のことを、生涯忘れはしない。 ルイズの手の中の、風と水。友と友を、過去と未来を結びつけるかの ように――二つのルビーは、美しい虹を作り出していた。 ==To Be Continued... 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1154.html
グゥゥゥゥ~~ッ 大きな音を立ててギアッチョの腹が鳴る。 「チッ・・・」 何も食べずに食堂を飛び出してきたのだ。腹が減るのは当たり前で ある。他に食うものがないというのなら、彼もあれを食べる事に抵抗は ない。しかし、あれがルイズ―主から出されたものだというのなら、 例え飢え死にしようが絶対に!口をつけるわけにはいかない。 ギアッチョはそう決意していた。 「しょぉぉおがねーなぁぁあ」 ギアッチョの口からは無意識に戦友の口癖が飛び出していた。実際の ところ問題は切実である。早いところ安定した食糧確保の方法を 考えなければ飢え死には免れない。 ――貴族のガキ共から日替わりでメシを奪うか? と思ったが、食堂には入りたくないし、毎日そんなことを続けていれば 間違いなく問題が起こる。 「プロシュートの野郎ならよォォーー 今ここで奴らを皆殺しにしそうな もんだが」 自分以上にキレっぱやいものはいないということに気付いていない ギアッチョである。 「あ、あのー・・・」 ギアッチョの後ろで声がした。 「ああ?」 色んな要因でかなり気が立っているギアッチョは、気だるげな声を 上げて肩越しに後ろを見た。 そこにいたのはメイド服を着た黒髪の少女だった。 「何か・・・用か?このオレによォォ~~~」 「す・・・すいません その・・・失礼かとは思ったのですが 食堂での お二人のお話を聞かせていただきました」 ――大人しそうなツラしやがってよォォーーー 堂々と盗み聞きって ワケかァァ~~? ギアッチョが発する殺気の量が更に上昇する。それに気付いたのか、 少女は慌てて本題を口にした。 「そっ、それでですね!あの、よろしければ厨房に来ませんか?賄い食 ですが料理をお出しします」 「・・・・・・」 ギアッチョは少女に向き直ると、その眼を覗き込む。少女はちょっと 驚いたようだったが・・・瞳に嘘は感じられなかった。 「・・・いいだろう 世話にならせてもらうぜ」 罠ではなさそうだ。ギアッチョは素直に好意に預かることにした。 「・・・こいつはうめぇな」 「貴族の方々にお出しする料理の余りで作ったシチューなんですが、お口に 合われたならよかったです」 「ああ マジによォォ~ 助かったぜ ルイズのヤローに出されたエサは ブチ割っちまったからな・・・」 「凄い握力なんですねギアッチョさんって・・・ 私ビックリしました」 どうやら、シエスタにはトレイ自体は見えていなかったらしい。単純にトレイを握り つぶしたのだと思っているようだった。 「ところでよォォーー 何故オレを助けた?」 ギアッチョにはそこが解らなかった。ルイズの物言いから察するに、ここでは 貴族と平民には絶対的な上下関係がある。今オレを助けたことで貴族――ルイズの 恨みを買う危険性もあったはずだ。するとメイドの少女――シエスタと名乗った―― はニコリと笑って言った。 「ギアッチョさんは平民でしょう?平民が平民を見捨てるような時代になってしまえば、 私達はおしまいです。貴族の圧政に耐えるためには、私達平民は常に団結して いなければならないんです」 ――何も考えてない小娘かと思ってたがよォォー・・・ ギアッチョは少し感心した。 「それに・・・ 貴族にあんなに堂々と逆らう人なんて初めて見たんです それが その・・・なんていうか 格好よくて」 シエスタは少し照れたように眼を伏せる。こう言われてはギアッチョも悪い気はしない。 「なるほどな・・・気に入ったぜェーーシエスタ! 改めて自己紹介するがよォォー オレの名はギアッチョだ ここに来るまでは、遠いところで暗殺稼業をやってたッ 気に入らねえ奴がいるならよォォ~~ いつでも暗殺してやるぜ」 「暗殺・・・!?ギアッチョさんて 殺し屋さんだったんですか!?」 普通なら、ここで殺人者に対する拒絶が心の中に芽生えるであろう。しかし シエスタは、というよりシエスタ達は違った。純粋に「凄い」と思ったッ! だって平民である。単なる平民がそんな凄まじい技量を持っている!シエスタと 話を聞いていた厨房の平民達は、そんな男が自分達の仲間であることに「誇り」と 「勇気」を感じた!! 「『我らの剣』ッ!オレぁおめーが気にいったぜ!!おら!こんな余りモンで よかったらいくらでもおかわりしてくんなッ!!」 マルトーというらしい四十がらみのコック長がガシッとギアッチョの肩を抱く。 厨房は一転熱気に包まれた。当のギアッチョはというと、これがまんざらでもない ようだった。ギアッチョが生きていた頃は、チーム以外の人間と親しくするなど ありえないことだった。知っての通りリゾットチームは暗殺を生業にしていたが、 その報酬だけでは毎月生きていくこともかなわなかった。ギアッチョを含めて メンバーはそれぞれが色んな表の仕事を転々として何とか糊口をしのいでいた のだが、彼らは暗殺に対する報復などに四六時中警戒しなければならない身で ある。敵の刺客はどこに潜んでいるか分からない。仕事仲間にさえも気を許す ことは出来なかった。彼らが心を許せる相手は、リゾットチームの仲間のみ だったのである。 ――ここは・・・違う ここではギアッチョはただの平民だ。暗殺者という職業、ボスへの反逆者という 立場、命を狙われる身という立場・・・、ここではその全てがリセットされている 事にギアッチョは気付いた。今、ギアッチョは真っ白だった。―もし。もし永遠に イタリアへ帰れないのなら。ここでの行動全てが――トリステインの平民としての ギアッチョの境遇を決することになる。それを理解したギアッチョは、自分が 突然何も無い宇宙の真ん中に放り出されたような眩暈を感じていた。 ――どォォォすりゃいいんだよッ!!!クソッ!!! ギアッチョは――自分がどうするべきなのか解らなくなってしまった。昨日、 ルイズはギアッチョを元の世界に帰す方法について、「私は知らない」ととても 悲しげな声で答えた。その声はまるで、そんな例は古今東西ありえないとでも 言外に告げているかのようにギアッチョに聞えた。 ――どォすりゃあいいんだッ!!ええッ!?教えてくれよッ!!リゾット!! プロシュート!!メローネ!!ホルマジオ!!イルーゾォ!!ソルベ!! ジェラート!!ペッシッ!!ええおいッ!!答えてくれよッ!!! ギアッチョがいくら問いかけても――彼らは答えてはくれなかった。 ギアッチョが心中凄まじい葛藤をしていたその頃、シエスタはルイズによって 厨房の外に呼び出されていた。 「・・・あ、あの・・・何の御用でしょうか・・・ミス・ヴァリエール・・・」 ギアッチョを厨房に招いていることは、ルイズにはとっくに気付かれていた ようだった。ルイズはうつむいたままシエスタに言う。 「・・・これからも あいつに料理を出してやってくれないかしら」 「えっ!?」 シエスタは驚いた。そもそもギアッチョ用にあの貧相極まる食事を出させた のはルイズなのだ。まさかギアッチョの剣幕に怯えたわけでもあるまい・・・ シエスタは内心首をかしげながらも、 「・・・分かりました、ミス・ヴァリエール。ご用命とあらば、喜んでお世話を させていただきます」 と答えた。ルイズは「よろしくお願いするわ」とだけ答えると、返事を待たず 歩き出した。ルイズは見ていた。厨房の窓から、馬鹿騒ぎする料理人達と その輪の中心にいるギアッチョを。 ――あいつの居場所は・・・私の隣じゃない ルイズは悲しげにそう呟いてその場を後にした。 ←To Be Continued?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/792.html
春の使い魔召喚。それはトリステイン魔法学院で二年生に進級する為の儀式である。 その使い魔召喚が出来ないと二年生にはなれないのである。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求めうったえるわ!我が導きに、答えなさい!」 桃色の髪の少女、ルイズは 自らの使い魔を呼び出すために四十三回目のサモン・サーヴァントを唱えた。 そして四十三回目の爆発を起こす。 だが今回は今までの四十二回とは違っていた。 爆発した場所に何かがあったのだ。 ルイズは遂に召喚に成功したのかと思い顔を輝かせた…がそれも長く続かなかった。 そこにいたのは気絶している人間だったのだ。それも着ている服からして魔法を使えない『平民』だろう。 魔法を使えない『平民』は、魔法を使える『メイジ』に逆らえない。魔法はそれほどまでに強力なのだ。 ただの平民を召使にするなら何の問題もなく、雑用等をやらせれば良い。 しかし使い魔とはただの召使ではなくメイジの一生の相棒でもあり、様々な能力を要求される。 普通は動物や幻獣が使い魔となり、人間以上の能力で人間にはできない事をする。 だがメイジと平民ではメイジの方が力が上、そしてメイジにはできない事が出来る者が使い魔としては理想なのだ。 つまり、平民には使い魔にする価値が無いのだ。 それ以前に平民を使い魔にするなんて事は前例すらない。 故にルイズはやり直しを求めた。 「平民を使い魔にするなんて聞いたことありません!やり直しさせてください!」 だがその必死の思いもあっさりと却下される。 「春の使い魔召喚は神聖な儀式です。やり直しは認められません」 「そんな…」 「早くしてください。そろそろ新しい育毛剤が届く頃なので早く試してみたいのです」 つい本音を出してしまう儀式の責任者(ハゲ)。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そして気絶している男にキスする。 これがコントラクト・サーヴァント。 召喚した使い魔に使い魔のルーンを刻み 主人の都合のいいように記憶までいじってしまう極悪非道な魔法だ。 召喚された男の左手にルーンが刻まれる。 「はい、ルーンが刻まれましたね。じゃあ今日は終了!解散です!」 そう言ってろくに確認することなくトリステイン魔法学院の自分の部屋へさっさと戻っていった。 周りの生徒も平民を召喚したルイズをからかいながら帰っていった。 気絶している男と残されたルイズは何とかその男を寮にある自分の部屋まで運んでいった。 途中、寮の入り口でバッタリ会ったギーシュに部屋まで運んでもらった。 だがギーシュの真の目的は女子寮に正々堂々と入ることだったらしく 運び終えた後、それに気づいたルイズに白い目で見られた。 日が落ち、男がルイズの部屋で目を覚ましたのに気づいたルイズは 「気がついた?」 と声をかけた。 だが男は状況がよく分かっていないらしく(まあ当たり前だが) 「ここは何処なんだ?そしてお前は誰だ?」 と言った。それを聞いたルイズは言葉遣いや『お前』と呼ばれた事に腹を立てながら 自分は魔法を使える貴族で男は自分の使い魔であることを説明した。 男はその話の内容や、ふと目に付いた二つの月からここが異世界である事を理解した。 ちょっと横を向いて歩いていたらいつの間にか目の前に変な鏡があってその中に入ってしまい意識を失った。 そして気がついたら異世界だった。 その事をルイズに話して元の世界に帰る方法を聞いてみても 「そんな方法無いわよ」 と言われただけだった よって男はある『決意』をした。 「どうせアンタは使い魔らしい事は何も出来ないだろうから出来る事をやらせてあげるわ掃除、洗濯、雑用分かった?」 「分かりました。ご主人様」 「いい返事ね。あ、そうそう一応これも聞いとかなきゃね。私に忠誠を誓う?」 「もちろんです」 主人のためならなんでもする。そんな態度だった。 「使い魔なんだしアンタは床で寝なさい、毛布くらいは恵んであげるわ、感謝しなさい」 「ありがとうございます」 ルイズは自分の使い魔の最初の反抗的な態度が無くなり、忠誠を誓った事に気分を良くし、服を着替え眠った。 男には何か策があって床で寝ているのか? なにもない! 見よ! このブザマな主人公の姿を 男は硬くて寝心地の悪い床で粗末な毛布を被っている だが! だからといって男がこの物語の主人公の資格を失いはしない! なぜなら!… 男はルイズが寝たのを確認し、そして部屋を物色して金目の物をいくつか盗みルイズの部屋から抜け出した! まぎれもない主人公!(テーマが主人から逃げる使い魔のため) 主人公の資格を失うとすれば生きる意志を男がなくした時だけなのだ! 部屋を抜け、階段を降り、ホールらしき所に出た。 そこに金髪の男がいた。その金髪は男を見つけると 「おや?ミス・ヴァリエール(ルイズの事)の使い魔じゃあないか」 男には知る由も無いが、この貴族こそが男をルイズの部屋まで運んだ貴族、ギーシュ・ド・グラモンだった。 「平民のクセに貴族に挨拶も無しかい?君は知らないだろうけど君を運んだのは僕なんだよ?感謝の言葉がいくらあっても足りないんじゃあ…」 「うおりゃああああ!」 ギーシュの首元にナイフを突き刺す。首を刺されたギーシュはそのまま絶命した。 一応言っておくが男は殺しが好きな訳ではない、ただ目撃された以上消しておかねば後々不利になるからだ。 もっとも魔法で探知されるかもしれない危険性もあったが、そんなあるかどうかも分からない事で躊躇するほど男は殺しが嫌いな訳でもない。 ギーシュをちょっと見つかりそうに無い所まで運び、ナイフを抜いた。傷口にマントを当てて血が床に流れないようにする。 そして寮になっている塔を出て、馬小屋を見つけ、馬に鞍をつけトリステイン魔法学院を脱出した。 その後は特に語るほどの事は無い。数年の旅を経て金鉱を見つけ、男はある財団を結成した。それだけだ。 その名は『スピードワゴン財団』 ギーシュ―死亡 ルイズ―使い魔がいなくなったため退学。後にゲルマニアで金を使い貴族になったスピードワゴンに会うが、覚えていなかった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/980.html
「遅せーぞ」 「…なんであんなのを普通に食べれるのよ…どっかおかしいんじゃない…?」 「…ほっとけ」 ふらつきながら教室に向かうルイズとその後ろを歩くプロシュートだが その後ろに今にも「Amen!」と叫ばんばかりに眼鏡を光らせたタバサがそれを見ていた事は誰も気付いていない。 教室に入り座るっているとコッパゲことコルベールが喜色満面の笑顔でなにやら珍妙な物を置いている。 それはおよそ一切のハルケギニアにおいて、聞いたことも見たこともない奇怪な物体であった。 長い円筒状の金属の筒に金属のパイプが延び、パイプはふいごのようなものに繋がり円筒の頂上にはクランクが付き、そしてクランクは円筒の脇に立てられた車輪に繋がっている。 そしてその先には車輪がギアを介して箱とくっついている。 コルベールが肉の芽でも埋められたかの如くニコニコと笑いながら火の魔法の講釈をたれる。 「で、その妙なカラクリはなんですの?」 キュルケが半ばどうでもいいと言った様子で聞き返すが最高に『ハイ!』な状態のハゲは笑いながらその正体を答える。 「うふ…ぐふふふふ…よくぞ聞いてくれました。これは油と火の魔法を使って動力を得る装置です」 どこぞのスーパー漫画家と同じ笑い方でハゲが答える。正直言ってキモイ。 「ふいごを踏み油を気化させ、この円筒の中に気化した油が放り込まれます。 そうして、その円筒の中に火を付けるとぉ~~~爆発を起こしその力で上下にピストンが動きます」 そうするとクランクが動き車輪が回転する。そしてギアを介して箱の中からヘビの人形が出たり入ったりしている。 「見てください!その爆発で生じるエネルギーの発生空間はまさに歯車的技術革新の小宇宙!!」 だが、生徒達の反応はハッキリ言って薄い。むしろ寒い。 「で、それがどうしたってんですか」 ホワイト・アルバムの冷たさの答えにハゲが少し凹むが気を取り直して説明を始める。 「えー、今は愉快なヘビ君が顔を出すだけですが、例えばこの装置を荷車に載せて車輪を回させる。 すると馬がいなくても荷車は動くのですぞ!例えば海に浮かんだ船の脇に大きな水車をつけて、この装置を使って回す!すると帆が要りませんぞ!」 「魔法で動かせばいいじゃないですか。そんな妙ちくりんな装置使わなくても」 「妙ちくりんと申したか」 ザ・ワールド! 何時もと違う妙に重い声で答えたコルベールに先ほどまでざわついていた教室が一気に静まり返った。 「おほん…!諸君!よく見なさい!もっともっと改良すれば、この装置は魔法が無くても動かす事が可能になるのですぞ! ほれ、今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して断続的に点火できる方法が見つかれば……」 咳払いをすると何時もの調子に戻ったコルベールだが『ハイ』になっているのはただ一人である。 生徒達は全員『それがどうした』という宇宙最強の台詞を頭に思い浮かべている時、一人声を上げる物がいた。 「エンジン…形態からして熱機関の火花点火式機関…ってとこだな」 妙に詳しかったりするが、ぶっちゃけギアッチョのたまものだ。 ギアッチョは妙に雑学に詳しいのである。 その手の知識だけならチーム1と言っても過言では無いのだが決まってキレるためギアッチョが雑学を披露しはじめたら周りの物を片付けるというのがチームの暗黙の掟となっている。 「えんじんとな?」 「オレんとこじゃそいつを使って、さっき言ってた事をやってる。ま…そいつじゃ無理だな。 出力が弱すぎるし、基本的な技術が足りねぇ。要はまだまだ発展途上って事だ。…だが独力でこれを作ったのには、いやマジに恐れいったよ」 「分かってくれるのかね…ミス・ヴァリエールの使い魔だったね君は…これで、船や馬車が動いているとは君は一体どこの生まれなんだね?」 「イタリ…ッ!」 イタリアと答えようとするプロシュートの腕に思いっきり肘撃ちをかましたルイズが小さく話しかける。 「…余計な事言うと、怪しまれるわよ」 この世界にイタリアが無い以上説明したとしても理解して貰えまいと思い、この場はルイズに任せる事にした 「ミスタ・コルベール。彼は…えー、その…そう!東方のロバ・アル・カイリエからやってきたんです」 コルベールが驚いたようにして一応の納得をする。メンドイのでプロシュートもそれに話を合わせそこで一応話は収まった。 「さぁ!では皆さん!誰かこの装置を動かしてみないかね?発火の呪文を唱えるだけで愉快なヘビ君がご挨拶!」 もちろん誰も手を上げる者は居ない。その様子に『家族は来ない』と寝ている横で何百回と囁かれた病人の如く肩を落すコルベール。 そこにモンモランシーがルイズを指差す 「ルイズ、あなた、やってごらんなさいよ。土くれを捕まえ、秘密の手柄を立て、あんな使い魔を召喚したあなたなら簡単でしょ」 『あんな使い魔』という言葉に教室が凍りつく。 今でこそ、大人しくしているがルイズの使い魔はギーシュを決闘で斃しているのである。 しかも老化というわけのわからない先住魔法ともいえる力で。 「やってごらんなさい?ほらルイズ。『ゼロ』のルイズ」 プッツン 「貴様程度のスカタンにこのルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがナメられてたまるかァーーーー!!」 と心の中で叫びながら無言で教壇の装置に歩み寄る。 「止めとけ、オメーの爆発じゃその装置が持たねぇ」 その台詞でルイズの二つ名の由来を思い出したコルベールが半泣きになりながら説得を試みる。 ――が、無駄だった。鳶色の瞳がマジシャンズレッドの如く燃えている。 「やらせてください。わたしだって、いつも失敗しているわけではありません。たまに成功、します。止めてもやります」 声が震えているルイズを見てプロシュートは無駄だと悟った。 ギアッチョと同じである。ギアッチョもキレる前には声が震えている。 そう思った瞬間、即座に撤退を決め込みここら辺共に行動しているキュルケとタバサを引っつかみ教室を出た。 出てしばらくすると、爆発が起き窓ガラスが割れ中から悲鳴が聞こえ 「ミスタ・コルベール、この機械壊れやすいです」 という声が聞こえた。 頭を押さえながら教室に入ると、消火に使われた水で教室が水浸しになり椅子や机の燃えカスが散乱していた。 「ギアッチョの方がまだマシだな…」 ギアッチョならキレてもせいぜい机か椅子一つで済むが、この被害はそれを圧倒的に上回っている。 まぁキレる頻度はギアッチョの方が圧倒的に多いのでどっこいどっこいなのだが。 「余計なお世話だったかしら?なにせあなたは優秀なメイジだもんね、あのぐらいの火、どうってことないもんね」 勝ち誇ったようにモンモランシーが言うがルイズは悔しそうに唇を噛み締めるだけだった。 「…ちったぁ学習しろオメーは」 教室の片付けを終え、ここにきて扱い方をペッシからギアッチョに変えようかと思っていたプロシュートが半分呆れたように言い放つ。 「オメーの爆発は使いどころと場所を考えねーと洒落になんねーんだからな オレの仲間の一人がよく言ってたが能力ってのは使い方次第でいくらでも変わるもんなんだぜ」 「能力って言うけど…だったら、どうしてわたしは魔法が使えないの?あんたが伝説の使い魔なのに… 強力なメイジになんてなれなくてもいい。ただ、呪文を普通に使いこなせるようになりたい。得意な系統も分からずに失敗ばかりなんて嫌」 (スタンド使いがてめーの能力に気付かずに能力が一部暴走してるのと同じ…ってとこか) それを聞いて、やはりペッシ扱いだなと心でそう思う。 「得意な系統を唱えると体の中に何かが生まれて、そのリズムが最高潮に達すると呪文が完成するって言うんだけど、そんな事一度も無いもの」 「得意な系統がねーんなら自分で探しゃあいいだろ。ロクな道が無いんなら自分で草掻き分けてでも突っ走りゃあそのうち辿りつくもんだ」 もちろん意図は、ヤバイ状況で後退するよりむしろ前に出ればいい結果が出るという特定の世界の法則だが、当然そんな事知らないルイズは別の方にと受け取った。 「系統なんて全部試したわよ!『土』『水』『風』『火』知ってるでしょ!?あんたまでわたしの事、馬鹿にしてるのね!もう知らないわよあんたの服の事なんて!!」 そういって部屋へと駆け出す。 残されたプロシュートは苦笑いだ 「ペッシとギアッチョを足して2で割ったら、ああなんだろうな。試してねーのが一つだけあんだろーによ」 一応ルイズの部屋の前に行くが当然鍵は掛かっている。軽くノックをしても返事は無い。 どうしたもんかと下に目をやると文字が書かれた紙きれを見付けた。 「読めねぇな…やはり文字も覚えないと駄目か」 書置きという手段を取るとは思えないが、一応確認しておく必要はある。 タバサかキュルケあたりに読んでもらうという手もあったが、タバサの部屋は知らないしキュルケは何か色々悪化しそうなので除外した。 厨房の連中なら問題無いだろうと思い食堂に向かうと、シエスタが歩いているのを見付けた。ご都合主義万歳 「よぅ」 「ひゃあああああ」 「……オメーもか」 今朝凄まじく、同じ光景を見たような気がして軽く頭痛がする。 「驚かさないでくださいよ…ってどうしたんです?こんな時間に」 「ルイズの地雷踏んで締め出し食らってな」 「まぁそれは大変ですね…」 「で、そっちは何やってんだ?」 「あ!あの…!その…!珍しい品が手に入ったのでプロシュートさんにご馳走しようと思って厨房に行く途中だったんですけど」 「珍しい…?まぁオレにとっちゃあほとんどが珍しいもんなんだが…」 「東方のロバ・アル・カイリエから運ばれた『お茶』っていうんですけど」 (茶?…珍しいもんでもないだろうが…) イタリア人であるプロシュートにとって茶とは当然紅茶のことであり、ハルケギニアにも存在するため珍しくもなんともない。 目的地も同じだったため、厨房に向かうとマルトーが出迎えてくれ、茶を淹れてくれた。 「…こいつぁ…紅茶じゃねぇな」 「どうだ、珍しいだろ」 あまり口にする事が無いが、過去数度味わった事はある。 (日本…か、任務で数回行ったきりだが、そん時に飲んだな) 日本への任務は数が少ない上、色々と厄介なのでベイビィ・フェイスの分解で死体も残らないメローネが主に担当していた。 帰ってきたメローネが大量の紙袋や背負った鞄に巻いた厚紙などの荷物をよく持ち帰ってくるので、任務がついでという感じだったのだが。 (確か、メローネのやつそれをびーむさーべるとか言ってたな…どうでもいいが) とにかくプロシュートも数度行った事はあり、その時に着物を着て飲んだ事はある。 外人が着物というのも目立つと思うだろうが、時期が時期だけにそっちの方が逆によかった。 ただし、もう二度と着たくねぇというのが感想だったが。 「…まぁ懐かしいっちゃあそうだな」 「懐かしい?ああ、プロシュートさんは東方の出身なんでしたね」 懐かしいという言葉が思わず口にでてヤベーと珍しく少し焦る。 「プロシュートさんの国の話、ぜひ聞かせてください」 「おう、そいつぁ俺も聞きてーな」 一瞬言葉に詰まる。さすがにイタリア・ギャングの勢力状況などを話すわけにもいかない。 どうするかと思ったが、まぁ日常生活の範囲で話せばいいと思い茶を啜りながらイタリアの事を話し始めるハルケギニアとは大分違う文化に目を丸くする二人。 とりあえず全面的に信じてくれているご様子。 「凄いですね…」 「スゲーもんだな…」 「まぁ…それだけ厄介な問題もあるがな」 警官や役人の汚職の事など話でも意味が無いので割愛し一通り話を終えると結構な時間が経っていた。 「もう、こんな時間か。俺はそろそろ部屋に戻るがお前さんはどうするんだ?」 「締め出し食らってるからな…まぁ適当な場所で寝る」 「勝手なもんだな貴族ってのは!」 「オレが地雷踏んだからな」 と、そこにマルトーがプロシュートを見ているシエスタを見て、笑みを浮かべながら天までブッ飛ぶような台詞を吐いた。 「…そうだ、使用人の部屋が空いてたな。シエスタと同じ部屋だが…なに問題はあるまい!」 豪快に言い放つがシエスタは真っ赤である。 「マママママ、マルトーサンナニヲイッテルンデスカ」 「ん?嫌だったか?そりゃあ残念だ。それなら俺んとこにくるか?」 「イイ、嫌ダナンテイッテマセン…ケド」 「じゃあ、決まりだ。ほれ行った行った」 もう急き立て二人を厨房から出すが、去り際に一言残す 「ああ、鍵は掛けとけよ?急に誰かが入ってきて色々と見られたくないなら」 メイド・イン・ヘヴン!アドレナリンは加速し脳内妄想は一巡する! ボッシュウゥゥゥゥっというような音がして茹で上がったシエスタが倒れこんだ。 「あー、ちぃっとばかしからかいすぎたな」 ガハハとヘビー・ウェザー笑いをかますマルトーだがシエスタをプロシュートに預けると真顔になる。 「こいつは、本当にいい娘なんだ…だから…Goだ!Go!」 「表情と台詞が合ってねーぞ…」 「ハッハッハッハッハ!まぁ冗談だ!冗談!それじゃあ頼んだぜ!」 シエスタを部屋に運ぶと、適当な所に寝かせ自分も別のところに横になる。 さすがに教室の掃除なんぞをさせられたため疲労感はあった。 「あのオッサン、誰かに似てると思ったが…ホルマジオだな」 全てがそうではないが、誰かをからかう所がそっくりだと思いそのまま眠りについた。 余談だが、朝起きた時同じ部屋に居るプロシュートを見てシエスタが気絶するという事を三回程繰り返したのだが割愛させて頂く。 「…落ち着け」 「す…すいません…」 やっとこさ落ち着つかせたのだが、昨日拾った紙切れを思い出しそれをシエスタに見せた。 「これ何て書いてあるか分かるか?」 「…ミス・ヴァリエール宛の仕立て屋の請求書ですね…結構な額ですよこれ」 仕立て屋と聞いて昨日プッツンしたルイズが言った台詞を思い出した。 (しょぉ~~~がねぇなぁ~~) 思わず仲間の口癖が思い浮かぶ。 「手持ちじゃ足りそうにねーな…悪るいが頼みがある」 「え、その、はい!プロシュートさんの頼みならなんでも!」 「ふにゃ…わたしの側に…近寄るなぁぁぁぁぁぁぁ!」 どんな夢を見ているのか知らないが某ボスの如く寝言で叫んでいると扉が開き、キュルケが入ってきた。 ちなみにフレイムも一緒だ。 「きゅるきゅる…(これが初登場?遅くないかな?かな)」 グレイトフル・デッドの能力と凄まじく相性が悪いため出番は多分あまりない。合唱。 「おーい、起きなさい」 「うーん…次はいつ…どこから…」 「フレイムー♪」 ボウッ!っとフレイムが炎を吐きルイズの鼻先3セントまで炎を出し炙る。 「くらってくたばれ…かいえ…わきゃあああああ!熱!熱っい!」 「相変わらず寝起きが悪いわねぇ。地震とか起こったら死ぬわよ?」 「ななななな、なに勝手に入ってきてんのよーーーーー!」 「わざわざ起こしにきてあげたってのにその言い草?…ダーリンが居ないようだけどどうしたの?」 10秒ぐらい、どこ行ったのにあの馬鹿使い魔ーーーーー!と心中で叫ぶが脳に酸素が廻ると自分が締め出した事を思い出した。 「なにやってるのよヴァリエール。ダーリンがあなたを励ましてくれたのにそれに逆上して締め出すなんて」 一晩寝て頭が冷めたのか、圧倒的に自分に非がある事を自覚し言葉が出なくなる。 「はぁ…早く謝ってきなさいな。 彼、結構厳しいけど相手を信頼してるから厳しくしてくれてるのよ?ま…それが分からないから『ゼロ』なんでしょうけど」 キュルケが部屋を出ると、ルイズが着替え食堂に向かう。 「そうよね…あいつも自信を持てって言ってくれたんだから」 そう思うと急に足取りも軽くなる。 とりあえず謝るのは食事を済ませてからでいいやと思い朝食を摂りながらどうやって謝ろうかと考える。 (昨日は、失敗して落ち込んでただけで、ほ、本気で怒ってたわけじゃないんだから!…でもごめんね) 数度考え直し、これだ!と心の中で小さくガッツポーズを取る。 完璧なツンとデレ。脳内に『パーフェクトだウォルター』という幻聴まで聞こえる。 意気揚々と食堂を出てプロシュートを捜し回るが、居なかった。 いい加減叫びたくなった頃ふと目を窓にやるとそこから見えた光景を見てルイズが固まった。 「別に付いてこなくてもいいんだがな」 「いえ…まだ慣れてないでしょうから。マルトーさんの許可もとってありますし」 「あと、落ちねーようにしろと言ったがつかみ過ぎだ」 「へ…?あ、す、すいません!」 と、プロシュートを前に後ろから抱きつくようにして馬に乗っているプロシュートとシエスタの姿を見たッ! ルイズの目には色々と、その、何だ。背中に当たっている物が見える。というかそこしか見ていない。 「……( ゚Д゚)」 一時間経過 「………( ゚Д゚)」 二時間経過 「…………(゚Д゚)」 三時間経過 「授業サボって何やってるんだ『ゼロ』のルイズ」 「…あ…あ…あ……あんの馬鹿ハムーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 ドッギャーーーーーz_____ン その日トリステイン魔法学校において一人の若きメイジがヘブンズ・ドアー(天国への扉)を開くことになった。 風上のマリコヌル ― 重ちーのように爆破され死亡 ゼロのルイズ ― 爆破の後片付けでその日、一日を潰す。 兄貴 シエスタ ― 夜頃、学院に帰ってくるもプッツンしたルイズにより締め出し継続。再びシエスタが気絶する事になる。 「まだ…死んでないど…」 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/822.html
(『使い魔のルーン』だとォ~~~? 何言ってんだコイツァ~~~ッ! っつーか痛みで声がでねぇぇえ!) 億泰は次第に転がるのをやめ、痙攣しながら左手を押さえている。 口から漏れ出るのも奇妙な呻き声だけだ。 と、そこにコルベールと呼ばれたハゲが近寄ってきて、 有無を言わさずに億泰の手を取ってしげしげと見る。 「ふむ……珍しいルーンだな。 まあ、何にせよミス・ヴァリエール。 『コントラクト・サーヴァント』はきちんと一度でできたね」 先程までのテンションからうって変わって嬉しさを顔に湛え、 やさしい声で言う。 「ただのアホの平民だからできたんでしょ」 「下等なゴーレム相手でさえできそうにないゼロがぁああ!」 「こらこら、友人を侮辱するんじゃない。 さあ、みんな教室に戻ろう」 パンパンと手を叩きコルベールが皆を促すと、周囲の生徒達が宙に浮かぶ。 それを見てコルベールも宙に浮かぶとお城へと向けて飛んでいった。 「ま、とにかくがんばれよゼロ。 まずは『フライ』も『レビテーション』も使えないで教室までな!」 「その平民、貴方にはお似合いね。間の抜けた顔とか」 「素晴らしい使い魔じゃないかゼロ。 このネズミのクソよりもゲスな平民こそがなぁぁあああ!」 口々にいやみを言って去っていく生徒達を睨み、 倒れしている億泰へとルイズは振り返る。 何か怒ったような顔で怒鳴ってくるが、それよりも億泰は自分の疑問の方が大事だった。 「あんた一体なんd」 「オメー誰だ!?っつーかここどこなんだよォ~~? なんであいつ等飛んでんだァア~~~!?」 「~~~!ったく、どこの田舎から来たか知らないけど。 いいわ、説明してあげる。 ここはかの高名なトリステイン、トリステイン魔法学院! そして私達はメイジ!分かったの?平民!」 今日は私のセリフは潰されるためにあるのかしら、と思いつつ、 ルイズはイライラを億泰をバカにする気持ちへ変換して嫌味ったらしく言った。 「……? トリステイン~~~?魔法ォ~~~~? っつーかどー考えても日本じゃメイジじゃなくて平成だろーがよー!」 一方でそれを聞いた億泰は嫌味に気づかない程に心底ビビっていた。 魔法と大マジに言い、普通に宙に浮いてすっ飛んで行く連中が居たら無理もないが。 「日本?なにそれ、そんな国見たことも聞いた事もないわよ。 そもそも平成って何それ?」 更にその言葉に億泰は耳を疑った。 いくらなんでも、自分と同程度のバカでさえ世界の日本を知らないという事は普通ない。 (っつー事はそもそも地球じゃねえな。 ああ、そーいう事ネ) 「ってフザケてんじゃねーぞコラ! 日本を知らないだと!ドッキリもたいがいにしやがれ! キスされたのは嬉しかったけどよォー!」 億泰に怒鳴られた途端ルイズの顔が真っ赤になった。 怒りと恥ずかしさではどーみても怒りの強い顔に。 「だから日本なんて『存在しない』わよ、そんな国ぃ! キ、キキキキスは契約の儀式なんだから仕方ないでしょ!」 「契約ゥウ?って事はオレは騙されたのかチクショー! モテ期到来だとばかり思ってたのによぉ~~!」 「何言ってるのよ! アンタみたいなのなんかにそんなの来る訳ないじゃない! 儀式は儀式なんだから仕方なかったの! とにかくアンタのご主人様は今日から私!理解しなさい!」 「わかるかボケェ!」 そう言いながら、ふと億泰の視界に変な物が入り、空を見上げてみた。 二つの月が輝いていた。 億泰は喜んで考えるのをやめた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/338.html
ゼロの予報図-1 ゼロの予報図-2 ゼロの予報図-3
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/511.html
早朝。日課になりつつある朝の洗濯を終えた徐倫が部屋に戻ると、既にルイズは机に向かっていた。 「……洗濯、終わったんだけどォ」 「先に食堂行ってて。すぐに行くから」 ルイズが机の上の魔道書に集中したまま、おざなりに返事を返すのを聞いて、徐倫はいつもの如く軽く肩を竦めた。 お言葉に甘えて、一人朝食に向かう。 教室での一件からここ数日、ルイズの生活リズムは変わりつつあった。 まず、破滅的に寝起きの悪い彼女が自力で、しかも早起きをするようになった。 徐倫は日中はメイジ達に混ざって魔法の学習をしたいので、洗濯は朝食前の朝早くに済ませる事にしている。ルイズはそれと同じくらいの時刻に目覚めるようになったのだ。 それからは、朝食の時間ギリギリまで授業に使うテキストや別の魔法指導書などを使って魔法の勉強をするようになった。 夜はその逆。深夜近くまで部屋の明かりは消えない。 着替えや身の回りの世話こそ、使い魔の名目で徐倫に手伝わせているルイズだが、その日々の生活姿勢が激変した事は確かだった。 そして、その切欠が徐倫の影響によるものだという事も……。 徐倫も、ルイズが変わった理由を理解していた。 あの時教室で叱責した事でルイズが自分の性格や姿勢を改めた……というワケではない。あれの動機は、『意地』や『反発心』といったものの方が正しいだろう。 教室での一件以来、自分に当り散らす事なく、また必要以上にコミュニケーションを取ろうともしないルイズの様子を見て、徐倫は実感していた。 あの時言われた事ややられた事が悔しくて、それを見返したくて努力している―――そういう意図を感じていた。 正直、あれ以来二人の仲が微妙に気まずいものになったと思うが、同時に何か微笑ましいものを見たような苦笑も湧いてくる。 ルイズの意固地な態度を、徐倫は割りと好ましく受け取っていたのだ。 わがままで意地っ張りな少女だが、徐倫への反発心をヒステリーや八つ当たりに変えるのではなく、正しく努力の方向へ向けている点が、徐倫の中のルイズの評価を改めさせていた。 (結果を出すまでは耐え忍んでやるッ、って意気込みが見えてんのよねェ~……意地っ張りっつーか) メイジではない徐倫には、ルイズが朝晩している自主勉強の内容は分からなかったが『魔法成功率ゼロ』の汚名を晴らす為の努力である事は察せる。 事実、ただ黙々と勉学に励むルイズの胸の内にあるのは、自分を認めようとしない生徒や使い魔の徐倫を結果で持って見返してやろうという意気込みだった。 それを考えると、徐倫は知らず笑みが浮かぶのだった。 (いいわよ、待っててあげる。魔法の一つでも成功させてさァ、『ザマーミロ、これまでの無礼を詫びなさい!』とか言われたら……マジで頭の一つぐらい下げてやるわよ) 皮肉や馬鹿にするような気持ちではなく、徐倫は真摯な心でそう思っていた。 今のルイズの『努力』は、とても気高い。 切欠や動機はともあれ、また結果が出なければ何の意味もない事だとしても、その『努力』の行為そのものは敬意に値すると、そう思っていた。 徐倫自身も気付かず、彼女はルイズを見守る姿勢を取っていた。 教室での一件は、徐倫の中にも小さな変化をもたらしていたのだ。 食堂に顔を出した徐倫を物珍しげに眺める視線は相変わらずだったが、貴族以外はその限りではなかった。 すれ違う給仕達が徐倫に親しげな挨拶をしていく。 それに会釈を返しながら、徐倫は見知った少女の顔を見つけた。 「おはよう、シエスタ」 「あ、ジョリーンさん。おはようございます」 メイドのシエスタは、数日前から徐倫が何度も世話になっている朗らかで優しい少女だった。 ルイズとの確執で食事を抜かれた日、事情を聞いたシエスタは賄いの食事を徐倫に分けてくれたのだ。 貴族の食事と比べて随分質素なものだったが、その味と何より量は徐倫を感激させるほどの物だった。心に染み渡る味に涙が出そうになったほどだ。シエスタは大げさだと苦笑していた。 シエスタを含むメイドや厨房のコック達は、皆気のいい人達だった。 珍獣扱いしかしない貴族や、元の世界の刑務所にいた賄賂で動く看守どもとは比べるまでもない。 徐倫は随分と長い間出会っていなかった、『まともで善良な人間』という奴を見た気がして、また感動しそうになった。この出会いは宝石よりも貴重なのだと本気で思った。 オヤジ臭いセクハラ発言が大好きだが、とても気さくなコック長のマルトーは『綺麗どころが増えて、厨房も華やかにならぁ!』と豪快に笑い、快く徐倫を受け入れてくれた。 久方ぶりに腰を落ち着ける事が出来た徐倫は、以来何度か厨房で食事の世話をしてもらっている。 代わりに、徐倫も時折シエスタ達の仕事を手伝う事にしていた。 「すいません、今、貴族様の朝食を準備している最中なので」 「なら、手伝うわ」 「えっと……じゃあ、お願いします」 徐倫の申し出に、シエスタは遠慮がちに微笑んだ。 甲斐甲斐しく料理を並べていくシエスタの仕事風景を見ながら、徐倫は厨房へ向かった。 控え目な性格のシエスタは、友人が我の強い人間ばかりである徐倫にとって新鮮な存在だった。ひたむきで健気な姿は、実に好ましい。 この異世界を訪れて、まだたった数日。 その間に、徐倫は元の世界とはまた違った人間関係を築いている。 人の出会いは『引力』によって成される―――このハルケギニアにおいても、『引力』は徐倫に奇妙な出会いを呼び込み続けるのだった。 辺境のドライブスルー付きレストランによくいるような、愛想などとっくに使い果たしたウェイトレスよろしく徐倫が適当に料理をテーブルへ並べていると、何処かで騒ぎ声が聞こえた。 視線を送ってみると、いかにも貴族風の少年が二人の少女に怒鳴られ、周囲のギャラリーが冷やかし混じりの笑い声を上げている。 揉め事の前兆だった。 徐倫は何気なさを装ってテーブルを離れ、食堂の隅へ移動した。 ストーン・フリーの糸を床に這わせて、喧騒の方へ向かわせる。魔法という不可思議な力が存在する以上、スタンドも形として見られてしまう可能性もある。徐倫は糸をテーブルの下に隠しながら移動させ、騒ぎの中心を『盗聴』した。 もちろん、揉め事には極力関わりたくないのだが、この場合はそうも言ってられない。 口論する貴族達の傍らで、揉め事に巻き込まれたらしいシエスタが震えていた。 『その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠です!! さようなら!』 丁度その時、小気味の良い音と共に女生徒の一人が少年にスナップの効いた平手をかましていた。 少女は泣きながら走り去る。 徐倫は早くも状況を理解し始めていた。実に分かりやすい。ただの痴話喧嘩だ。 『やっぱり、あの1年生に、手を出していたのね?』 『お願いだよ『香水』のモンモランシー! 咲き誇る薔薇のようなその顔を、そのような怒りに歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!』 そして、今時ドラマでも使わない芝居の掛かった台詞でモンモランシーと呼ばれる少女の怒りを煙に巻こうとしているあの少年は、本物のアホ野郎だとも理解し始めていた。 思わずため息を吐きそうになると、モンモランシーがテーブルのワインを少年の頭にどぼどぼと振りかけて、最後に一言罵って去っていった。 痛快な行動に、徐倫はヒュゥ、と口笛を吹いた。今のはいい。グッド。素晴らしい返答だ。 男に騙された経験のある徐倫にとっては、なかなか胸の空く光景だった。 しかし、その光景をニヤニヤ眺めている余裕はなかった。 『君が軽率に、香水の瓶なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?』 あのアホ野郎が、どういうつもりかシエスタに当たり始めたのだ。 状況は大体理解した。シエスタが取った行動によって、あの少年の二股がバレたのだ。そして、傲慢な貴族はその責任をシエスタへ押し付けようとしている。 徐倫は『糸』を回収すると、颯爽と歩き始めた。 「申し訳ありません……ど、どうかお許しを……」 平民らしく憐れに慈悲を乞うシエスタの姿を見下ろして、ギーシュは自分が『面子』を守れた事に安堵した。 これでいい。優れた貴族である『ギーシュ・グラモン』がドジこいて恋人二人にこっ酷く振られちゃいましたー! などと恥を晒すワケにはいかない。沽券に関わる。 あとは適当にシエスタを脅して、真摯な謝罪をさせ、この場を治めるつもりだった。それによって自らの威厳は保たれるのだ。 「君もメイドなら貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ。これは言わば、君の配慮不足。君の重大な責任だよ。深く反省したまえ!」 その筈だった。 「―――二股かけてる、あんたが悪い」 そこに、徐倫が踏み込んで来るまでは。 「そのとおりだ、ギーシュ! お前が悪い!」 「誤魔化そうとしてるの見え見えだぞっ!」 唐突に告げられた見も蓋も無い言葉に、それまでギーシュとシエスタのやり取りで静まり返っていたギャラリーがドッと湧いた。 はやし立てる友人達の言葉に歯軋りし、ギーシュは顔を真っ赤にさせながら徐倫を睨み付ける。 「な、なんだね君は? 粗相をしたメイドを折檻するのを、同じ平民が庇おうというのかね?」 「庇うっていうなら、その通りだけれどね。ドジ踏んだのはあんただけよ、さっさとあの二人に頭を下げてくる事ね」 「なな、何ぉう……っ!」 シエスタを背に隠すように一歩踏み出した徐倫には、地の底から湧き上がってくるような威圧感があった。 長身の徐倫はギーシュとほぼ対等の視点を持っている。常に女性を見下ろす優位な位置に立ってきたギーシュにとって、物理的にも初めて経験する迫力だった。 愛でるべき女性に対して『凄み』を感じて腰が引けているという状況に、精一杯虚勢を張ってギーシュは引き攣った笑みを浮かべた。 「ふ、ふん! そうか、確か君は、あの『ゼロのルイズ』が呼び出した平民だったな」 「……それが? 気が済んだなら、もう行くわ」 聞き慣れたルイズへの蔑称に、徐倫はほんの僅かに眉を動かしたが、厄介事からシエスタをさっさと逃がす為努めて冷静にこの場を離れるよう促した。 馬鹿に構って、自分まで馬鹿を見るつもりはない。 「ああ、行きたまえ。女性とはいえ、粗野な平民に貴族への礼儀を期待した僕が間違っていた。ゼロの使い魔は頭もゼロのようだ、主人によく似ている」 そして、背を向ける徐倫に向かってギーシュは苦し紛れの悪態を吐いて残した。 その侮蔑に、徐倫の足が一瞬止まる。 「……何? 主人が、『何』だって……?」 肩越しに聞き返す徐倫の声から、僅かに滲み出る怒気。 それに気付いたギーシュは、反撃の取っ掛かりを見つけたとばかりに捲くし立てた。 「ほう、一応使い魔かな。主人を馬鹿にされると怒るか。魔法の使えない、『無駄な努力』を積み重ねるゼロのメイジに対しても、それなりに忠誠心はあるのかな? いや、平民だから共感か? ハハハ……」 調子に乗ったギーシュは、饒舌に挑発を繰り返した。 平民が貴族に手を出す筈がない。後々の事を考えれば、恐ろしくて手が出せるはず無いのだ。 徐倫を怒り狂わせ、適当にあしらった後でクールに去る! 眼中に無い、とばかりにッ! ギーシュは、そう計画していた。 しかし、女性を愛する事を信条とするギーシュには予想もつかなかった事態。徐倫はギーシュへ手を出すのを堪えるどころか……逆に躊躇無く思いっきりぶん殴ったのだッ! 「ハハ……ぁぶへェッ!?」 意外ッ! それは右フックッ! 女性の暴力など平手止まりだと考えていたギーシュは、細腕からは想像も出来ないような凶悪な鉄拳を受けて、ドグシャァーーッ! と吹っ飛んだ。 周囲の友人を巻き込み、鼻血を撒き散らして昏倒する。 「で、『何』だって? ……『誰』が『何』って言ったんだ、お前……」 ”ド ド ド ド ド ド ド ……!” 地響きのような威圧感が、ギーシュを見下ろす徐倫の全身から立ち昇っていた。 「『ゼロのルイズ』……それは『いい』 結果を出せない奴が馬鹿にされるのは仕方の無い事だ。その『屈辱』を覆して見せるのは彼女自身だ。あたしが怒る領分じゃあない……」 鼻を押さえて蹲る見下ろす徐倫。しかし、その顔に映っているのは、貴族を地に伏せさせた優越感などではない。 静かな、マグマのように地面の下で煮え滾る『怒り』だった。 「だが、『無駄な努力』……コイツはいただけないわ。 例え誰であろうと『努力』を嘲笑う事は許せない。報われない結果ばかりでも、成功に向けて努力するひたむきな『姿勢』を『侮辱』する事だけは……」 徐倫は静かにギーシュの元へ歩み寄ると、右足を後ろに退いた。 「特に、その『努力』を最も近くで見てるあたしの前で、テメェー……『ルイズ』の努力を侮辱する事だけはッ、あたしが許さねェェーーッ!!」 ボグシャァアアーーッ! と、振り上げた右足がギーシュの体を掬い上げるように蹴り飛ばした。 凄まじい怒りの篭った蹴りを受けて、ギーシュは甲高い悲鳴を上げながら壁へと激突する。 「アギッ……ぐげッ……! あ、ああ足蹴にしたなぁ、この僕をォォ!! 『女子』のクセに『男子』であるこの僕をォォッ!!」 たった二発で足元が定まらない程のダメージを受けたギーシュは、それでも目の前の平民に対する怒りで立ち上がった。 鼻と口から血をボタボタ垂れ流しながら、徐倫を睨みつける。 「『決闘』ッ、『決闘』だぁあああああ!! 君に『貴族』に対する礼儀をッ、『男子』に対する敬意を教えてやるッ!! 例え女であっても……ギーシュ、容赦せんッ!!」 ギーシュの宣告に、シエスタや周囲の貴族達すら顔色を変えた。 貴族が決闘をする事は禁じられている。何より平民にとって、メイジである貴族との戦闘は死を意味する! しかし、元より怒りによって動いていた徐倫だけは、その宣告を躊躇い無く受け入れていた。 「全く、やれやれって感じだわ……。『決闘』なんて回りくどい言い方をしなくても、『喧嘩』ならあたしから売ってやったのに……」 決闘の場所を告げて去っていくギーシュの背中を、徐倫は静かな怒りを胸に秘めて見据えていた。 徐倫とギーシュ。切欠は違えど、二人が闘う為の理由は一つ。駆り立てる意思は一つ。 『侮辱』には報いを―――! To Be Continued →