約 1,076,779 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1828.html
ルイズが目覚めたのは、まだ二つの月が重なったままの夜だった。 (……寝てたんだ、私) 瞼の裏にわだかまる眠気を振り払うように目を開けると、横のベッドに腰掛けたジョセフが童話の本を読んでいた。タイトルは「イーヴァルディの勇者」。子供なら誰でも知ってるような本を老人が一生懸命になって読んでいる姿に、思わず笑みを漏らした。 「ああ、起きたか」 微かに漏れた笑い声を聞いたジョセフが、ぱたんと本を閉じた。 「ごめん、つい寝ちゃったわ。まだ朝じゃないのね」 ルイズが起き抜けに考えたのは、ワルドとの結婚の話だった。もう断ることは決めているが、果たしてこんな夜中に押しかけていいものかどうか少し悩む。 「ああ、そう言えばさっきワルドが来てな。明日の朝に式を挙げるとか言っとったぞ。媒酌人をウェールズ皇太子に頼むとかも言っとったなー」 さも今思い出しました、と言わんばかりに何気なく呟いたジョセフの言葉に、ルイズの思考に根付いていた眠気がいっぺんに吹き飛んだ。 「なんですって!? そんなの聞いてないわよ!?」 寝耳に水、という言葉を体現するかのようにルイズは慌てふためく。 「わしもついさっき聞いたばかりじゃ」 しれっと大嘘を吐くジョセフ。 ルイズはほんの少しの間あわあわしていたが、すぐに平静を取り戻していく。 「そんな……いくらなんでも急すぎるわ。私まだ、結婚するとも何とも言ってないのに……」 困惑しながらも、ふるふると首を横に振って口元に手を当てた。 「ほらルイズ、水でも飲んで落ち着け。波紋を流してあるから疲れも吹き飛ぶぞ」 「あ、うん……ありがとう」 ジョセフの差し出したコップを受け取って水を飲むと、はぁと溜息をついた。 「困ったわ、王子様は明日戦いに行くのに……そんな時によその国から来た貴族の結婚式の媒酌人なんかさせられないわ。早いうちに断ってしまわないと、王子様にまで迷惑がかかっちゃう……」 ルイズはコップの半ばまで水を飲むと、ベッドから降りて立ち上がった。 「――ジョセフ、付いて来て。今すぐに結婚を断って……朝になったら、ウェールズ様にきちんと謝らなくちゃいけないわ」 凛と立つルイズの言葉に、ジョセフは満足げに頷いた。 「そうか、んじゃちょいと待っててくれんか。どーも年を取るとトイレが近くてのォーッ」 キシシ、と笑うジョセフに、ルイズは呆れ顔で言った。相変わらずこの使い魔はいつでも緊張感がないというか。 「ちゃんと手は洗ってきなさいよ」 「判っておりますじゃ」 ジョセフがトイレに行く背を見送り、ルイズは軽い苦笑いを浮かべた。 婚約者に結婚を断りに行くなんて大事の前だと言うのに、相変わらずの使い魔の様子が微笑ましく映る。 (……もし、ジョセフが私と同い年くらいならどうなってたのかしら) ふと考えてみる。今よりお調子者でアホでケンカっ早い図体のデカい男があちらこちらで騒動を巻き起こす光景しか思い浮かばず、そのうちルイズは考えるのをやめた。 (……68にもなってアレなら、18の時なんか手も付けられそうに無いわ) 至極真っ当な見解に辿り着くと、ちょうどジョセフが戻ってきた。左手をポケットに突っ込んだまま鷹揚に歩いてくる。 「いやー、すまんすまん。それじゃ行くとするか」 主人の気も知らずあっけらかんと笑う使い魔に、ルイズはジト目で問うた。 「……ちゃんと手は洗ったんでしょうねっ」 「洗いましたとも。ちゃーんと石鹸水で」 「……そう、それならいいわ」 多少の躊躇いの後、ルイズはジョセフの右手を掴むように握った。 「そそそそそそれじゃ、行くわよ!」 懸命に、自然に何気なく手を取ったように演出した不自然さにジョセフは言及することも無く、そっと手を握り返した。 「うっしゃ、んじゃ行こう」 ルイズとジョセフは孫と祖父の姿そのままの様相で部屋を出、ニューカッスル城最後の夜の方向に勤しむメイドを捕まえて、ワルドの部屋を聞き出してそこに向かう。 ドアの前に立つと、ルイズは二、三回ほど深呼吸をし、それからノックをしようとして、ジョセフと手を繋いだままだったのに気付き、慌てて手を離してから改めてノックをした。 「ワルド、私よ」 「ルイズかい? どうしたんだね、こんな夜更けに」 まだ起きていたワルドの返事から少しの間があり、ゆっくりとドアが開いた。 最初にルイズを見、続いてジョセフに視線を移してから再びルイズに視線を戻したが、あくまでワルドの表情は崩れない。 (――仮面の出来ばかりはいいモノじゃな) ジョセフは眉の一つも動かさず、心の中で悪態を付いた。 「ルイズ、立ち話もなんだし、中に――」 「ワルド、ごめんなさい。貴方との結婚は出来ないわ」 部屋に入れようとするワルドを遮っての言葉に、ワルドの仮面めいた表情が揺らぎ、赤が強まる。ジョセフは心底どうでもよさそうに告げた。 「あー、子爵様や。誠に、誠に気の毒じゃなァ」 イヤミ丸出しの言葉にも構わず、ワルドはルイズの手を掴んだ。 「……気の迷いだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むはずが無い」 「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら恋だったのかも知れない。でも、今は違うのよ」 するとワルドはルイズの手から肩へと手を移し、強く掴む。目の端が吊り上り、まるで爬虫類めいた表情へと変貌していく。そこに今までワルドが浮かべていた優しげな表情は、欠片たりとも感じられることは無い。 「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! その為に君が必要なんだ!」 この旅の中で初めてワルド本人の感情が言葉に乗せられた瞬間、であった。 豹変したワルドに怯えながらも、ルイズはそれでも首を横に振った。 「……私、世界なんていらないわ」 ワルドは両手を広げ、ルイズに詰め寄った。 「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」 そのワルドの剣幕に、ルイズは恐怖が沸き上るのを感じてしまう。あの優しいワルドがこんな顔をして、こんな言葉を吐き出すだなんて考えすらしなかった。ルイズは知らず、ジョセフに向かって一歩後ずさった。 「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! 君は始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長するんだ! 君は気付いていないだけだ! その才能に!」 「ワルド、貴方……」 唇から漏れた声は、恐怖に揺れていた。目の前に立っている人間は一体誰だ。かつての記憶にある子爵様はこんな人間じゃなかったはずだ。どうして、今の彼はこんな人間になってしまったのだろうか? 「ジョ……ジョセフ!」 ワルドの剣幕に怯えたルイズは、反射的にジョセフに振り向いて助けを求めた。 ジョセフはワルドにも負けないほど、仮面めいた無表情でルイズを自分の背後へと引き寄せ、ルイズは何の躊躇もせずにジョセフの後ろに隠れた。 シャツの裾をぎゅっと掴むルイズの手が小刻みに震えているのを感じ、ワルドを睨む両眼の光が鋭く強まった。 「坊主……オマエはフラレとるんじゃッ! これ以上ないくらいになッ!」 「黙っておれ!」 ジョセフの一喝に叫びで返したワルドは、ジョセフの後ろから恐々と顔を覗かせているルイズを見下ろした。 「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」 「私は……そんな、そんな才能があるメイジなんかじゃないわ」 「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」 ルイズはここに来て、認めたくない事実を認めざるを得なくなったことを悟った。 彼は……ワルドは。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを愛していない、という事実に。 「そんな結婚、死んでもイヤよ! 貴方、私をちっとも愛していないわ! 貴方が愛しているのは、貴方が私にあると言う在りもしない魔法の才能だけ! そんな理由で結婚しようだなんて……こんな侮辱はないわ!」 ワルドはその言葉に、ただ優しい笑みを浮かべた。だがその優しい笑みは虚偽だけで作られていることを、ルイズは既に理解していた。 「こうまで僕が言ってもダメかい。ああルイズ、僕のルイズ」 「ふざけないで! 誰が貴方と結婚なんかするものですか!」 ワルドは天を仰いだ。 「この旅で君の気持ちをつかむため、随分努力したんだが……」 「どれもこれも見事に失敗しとったがな」 ジョセフの茶化しにも眉の一つも動かさず、ワルドは肩を竦めた。 「こうなっては仕方ない。ならば目的の一つは諦めよう」 「目的?」 首を傾げるルイズに、ワルドは禍々しい笑みを見せつけた。 「そうだ。この旅に於ける僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでもよしとしなければなるまい」 「達成? 二つ? ……どういう、こと」 シャツの裾を知らず強く握り締めながら、ルイズは尋ねる。まさか、と言う思いと、考えたくもない邪悪な想像が心の中でせめぎ合う。 ワルドは右手を掲げ、人差し指を立ててみせる。 「まず一つは君だ。ルイズ、君を手に入れることだ。しかしこれは果たせないようだ」 「当たり前じゃないの!」 次にワルドは中指を立てた。 「二つ目の目的はルイズ、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」 王女を呼び捨てにする言葉で、ルイズは理解してしまった。 「ワルド、貴方……!」 「そして三つ目……」 「次にお前は『ウェールズの命だ』と言う」 筋書きの判り切った一人芝居を見ている観客のような面持ちで、ジョセフはものすごく面倒くさそうに言った。 「ウェールズの命だ……ふむ、その通りだ。ガンダールヴ」 ワルドの表情からは仮面めいたそれは完全に消えていた。仮面の下にあったのはおぞましい……冷酷で酷薄なもの。笑みに良く似た、全く異なる表情であった。 「貴族派……! 貴方、アルビオンの貴族派だったのね!」 ルイズは、戦慄きながら怒鳴った。 「そうとも。いかにも僕はアルビオンの貴族派、『レコン・キスタ』の一員さ」 「どうして! トリステインの貴族である貴方がどうして!?」 「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境は無い」 ワルドは杖を掲げ、恍惚の笑みを浮かべて宙を見上げた。 「ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」 「革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらんなぁ」 去年見たロボットアニメの映画の中で出てきたセリフが、思わず口をついて出た。地球の歴史もハルケギニアの歴史も、そこに住む人間もさして変わらない。ジョセフは思った。 「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何が貴方をそんなにしたの、ワルド!」 「月日と、数奇な運命の巡り会わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今此処で語る気にはなれぬ。話せば長くなるからな、共に世界を手に入れようと言ったではないか!」 ワルドは二つ名の閃光のように素早く呪文の詠唱を完成させ、ジョセフもろともルイズに杖の先を向けたが――余裕を見せて無駄口を叩いていたワルドより、先の展開を読んでいたジョセフの方がそれより一挙動早かった。 「我が友シーザー・ツェペリの技! シャボン・ウォールッ!」 ポケットの中に入れていたままの左手が掴んでいたのは、反発する波紋を流して固めていた石鹸水の塊ッ! それを波紋戦士が持つ驚異的な肺活量が生み出す突風の如き吐息を内包することで生まれる大量のシャボン玉ッ! 波紋シャボン玉がワルドとルイズ主従の間に壁のように充満した瞬間、ワルドの『ウインドブレイク』がジョセフ達に襲い掛かる……が! 「それがイイッ! そいつがイイんじゃよワルドよォッ!」 風のハンマーはジョセフ達に到達する前に、互いの間にあるシャボン玉の壁に命中せざるを得ないッ! しかもそれはただのシャボン玉ではなく、反発する波紋がたっぷり流されたシャボン玉! つまり風のハンマーが早ければ早いほど、波紋シャボン玉の速度が増すことになり―― 「きゃあっ!?」 シャボン玉に触れたジョセフが吹き飛ばされれば、ジョセフのシャツの裾を掴んでいたルイズも同じく吹き飛ばされることになる。吹き飛ばされながらも空中でルイズを小脇に抱えつつ、ワルドからの距離を大幅に広げる! そのまま着地すれば、ワルドにおもむろに背を向けるッ! 「ジョースター家伝統の戦法ッ! 『逃げる』んじゃよォーッ!」 ルイズを片脇に抱えたジョセフは、そのまま一目散に夜の廊下を逃げ切った! 「ちっ……逃げ足は大したものだな、ガンダールヴ」 忌々しげに歯を軋ませる音が響く。 今すぐ追いかけようにもシャボン玉の壁が廊下に充満し、追う事を許さない。 それにしてもあの使い魔……ガンダールヴの能力は、このような先住魔法めいた所業を可能にするのか、とワルドの心中を慄然と歓喜の混ざり合った感情が満たしていく。 こんな使い魔を持つルイズはやはり虚無の使い手ということだ。そのルイズを己の手で小鳥を縊る様に殺さねばならない、というのはいささか残念だが。 「だがそれならそれで好都合と言うものだ。目的の一つは果たさせてもらう!」 部屋に戻ると羽帽子とマントを取り、開け放った窓から天守へ向けてフライで飛翔する。 目的の場所は言うまでも無く、ウェールズの居室―― 見事ワルドから逃げおおせたルイズ主従は元の部屋に帰り着いていた。 小脇のルイズをベッドに下ろすと、ジョセフは毛布を一枚取って窓へと歩いていく。その背にルイズは、怒りめいた声で名を呼んだ。 「ジョセフ!」 「……なんですかな」 「いつから気付いてたの! どうして私に言わないの!」 今が急を要することはわかる。本当なら今すぐ問い詰めて何もかも白状させたいが、こんな下らない質問をして足止めしてはいけないのも頭では判っている。 だが、それでも、今の今まで使い魔が気付いていたことを主人に伏せられていたなんて――あまりにも、マヌケじゃないか。 「谷で襲われた辺り。お前に言えば向こうにバレる危険があったからじゃ。判ってくれ」 「……判るわよ! 子供じゃないんだから! でも、でも――!」 理屈は十分すぎるくらい判る。でも、騙されていた。何も言われなかったのが、腹立たしくて……悲しい、のだ。 幼い頃からの憧れだった婚約者が裏切り者だったのがどうしようもなく悲しい、辛い。 それなのに、信頼しているジョセフにまで! 人間不信に陥りかけたルイズに、ジョセフは背を向けたまま言った。 「あのクソッタレはアンリエッタ王女殿下、ウェールズ皇太子だけじゃあなく、わしの可愛いルイズを侮辱しおった! それをこのジョセフ・ジョースターが許せるはずァないわいッ!」 ルイズは気付く。毛布が今にも指の力だけで引きちぎられそうなほど、固く強く握られていることを。 ジョセフは、激怒している。 主人が騙されたことを。侮辱されたことを。 「ルイズ、わしは今からあいつをブッ飛ばす。だがお前を連れて行って守りながらは戦えん。だがこのジョセフ・ジョースターは、お前の……ルイズの使い魔! お前の代わりに、お前の分まであの裏切り者をブチのめすッ!」 振り返るジョセフの顔を見たルイズは、ほんの一瞬、ジョセフの顔を見つめ。 沸き上がる様々な感情や言葉を押さえ込んで、言った。 「私の分まで……ブチのめしてッ!」 懐にいつも備えている杖を、無意識に固く服の上から掴みながら、叫んだ。 「おおせのままに、ご主人様」 帽子を被り直し、デルフリンガーと毛布を手にジョセフは窓から出て行く。 開け放たれた窓を呆然と見つめたまま悔しげに唇を噛み締めると、ルイズは今すぐにでもジョセフの後を追いかけたくなる衝動と、懸命に戦い続けることとなる。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2204.html
ゼロと使い魔の書 第二話 「……ねえちょっと!聞いているの?」 「聞いている。相槌を打ったほうがよかったか?」 自室で使い魔の仕事を説明している間、ルイズはずっと困惑していた。 自分の使い魔が貧弱そうな平民だった。それはまだいい。前例がないだけで使い魔には違いないのだから。 問題はその平民の性格というか態度というか、自分が接してきたどの平民よりも、いや、どんな人間よりも生気というものが希薄だった点だ。 ただ、そこに存在している。空気のように。 呼びかければ反応するし、普通に呼吸しているからゴーレムの類ではないのは確かだが、その姿はまるで長い年月を生き終わった老人のようであった。 ルイズはまだ就寝までに時間があることを確認すると、当初の予定を変更した。 「今度はあなた自身のことを話して」 「俺はお前に仕える。それでは不十分なのか?」 優しさも厳しさもない、冷め切った目をして聞かれるとルイズも一瞬言葉に詰まる。 好奇心で聞いた。とは、なんとなく言えそうにない雰囲気だった。 「と、当然でしょ!?貴族たるもの使い魔のことをよく知ってなければつとまんないもの」 とっさの一言にしては理屈が通っている。内心そう思った。使い魔もそれで納得したらしい。 「なるほど。ところで話は変わるが、これが見えるか?」 ……やっぱり聞いてないんじゃないか。そう思わせるほど露骨な話題転換だった。 「……それがどうかしたの?やけに装丁が頑丈そうな本だけど」 使い魔は無言で本を開いた。 「……?これ何語?見た事もないわね……」 ここへきて初めて、僅かに、使い魔は表情を変化させた。 「読めないのか、ならいい。面倒だがな」 「な、なに偉そうな口きいているのよ!」 使い魔は完全にスルーした。どうもいけない。主導権はこちらになくてはいけないのに。 さっき思いついた「餌付けによる格差見せつけ作戦」も、鞭による調教も、はたしてこいつに堪えるかどうか…… ルイズは内心頭を抱えた。 話はルイズの予想の遥か斜め上をいったものであった。 「月が一つですって!?人間の目が一つしかないのと同じくらい違和感あるわよそれ……」 「俺にとっては二つある方が違和感がある。ようは慣れ親しんだ環境の違いだろ」 月が一つしかない、魔法がない、身分制度がないなど夢にも思ったことのない世界から使い魔は来た、ということらしい。 要点をかいつまんだ的確な説明もあって、ルイズにはそれらを全て妄言と片付けることができなかった。 「……まあ、いいわ、信じてあげても」 「そうか、それはよかった」 そんな棒読み口調で言われてもね。 再び訪れる重すぎる沈黙。 使い魔は話が終わるや否やさっさと窓辺に近寄り、草原を飽きもせずに眺めていた。 「……あんた、もしかして帰りたいって思ったりしてる?」 ここまでそっけないのは実は召還されたことに対する当てつけではないのか、と考えたルイズは聞いてみた。 言葉が響き、余韻が残り、再び静寂が訪れた頃。 「元の世界では、ある男に復讐するために生きていた。それが俺の存在理由で、生きる意義だった。だがそれも終わった今、元の世界に帰りたいとは思わないな。理由がない」 淡々と事実を告げるような口調に、背筋が寒くなった。なんと声を掛ければよいのか分からない。 同時に、自分の使い魔がなぜここまで無気力なのか理解した。 要するに、この男には今、生きる目的がないのだ。 簡単な魔法もろくに使えず、周囲からゼロゼロ言われて育ってきた自分でも、自分の生を余すことなく復讐に費やすなんて生き方は想像もつかなかった。 数瞬の間の後、ルイズはなんでもないように、でも内心勇気を奮って、言ってみた。 「なら、丁度よかったじゃない。メイジの使い魔。命を張って頑張ってもらうわよ!」 自分の言葉をどうとるか。使い魔が振り返った。 顔は陰になってよく見えないが、そんなに悪い表情ではなかったように思う。 「そうだな。当分世話になるよ。ご主人様」 口調もやわらかになった……というのは、ただの希望的観測かもしれないが。 「さてと、しゃべったら眠くなっちゃったわ。おやすみタクマ」 ルイズは服を脱ぎつつ、それらを自分の使い魔に放っていく。 「それ、明日になったら洗濯しといて、あ、あとあんた床で寝てね」 言いつつ、ちらりと使い魔の方を見る。案の定、使い魔は下着を手に立ち尽くしていた。 表情は相変わらずだが、きっと内心動揺しているのだろう。優越感。 「洗い場はどこかな」 ……全然違った。 「じ、自分で探しなさいよね!それくらい!」 「それもそうだな」 だから何でそうなるの…… 仕掛けたのは自分であるが、ここまで肩透かしだと逆に敗北感が沸いてくる。 こいつわざとやってるんじゃないだろうな…… ルイズは馬鹿馬鹿しくなって、ベッドに飛び込むように潜った。 使い魔が隣の床に横たわっている。 かなり迷った後、毛布を上からかぶせた。なんで貴族なのにこんなやつに気を使わなくっちゃいけないのだろう。調子狂う。 ルイズは目を閉じた。隣の使い魔からは古本に似た独特の匂いがしてきた。 前ページ次ページゼロと使い魔の書
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/35.html
「ハハハハハッ!いつまでもつのかな?」 左右から人形が迫る 「くっ」 エピタフで予知していたので一体を右腕で殴り破壊。二体目の攻撃を回避 「エピタフ!」 次の予知、その予知は 「後ろ三体!」 右腕のチョップで一気に三体倒す。だがこのままだと 「・・・消耗戦になってしまう・・エピタフ!」 事実、本体であるギーシュに詰め寄れない。詰め寄ろうとしても何体もの人形が邪魔をするのだ 「右二体前一体・・ここ!」 左後ろに下がり瞬時に 「エピタフ!」 未来予知を使う。その結果 「・・・囲まれた?!」 「こうも簡単にその敷地に来るとはね。今まで君を相手にしていたワルキューレたちは陽動さ」 「まずい・・・!」 周囲の土から現れた人形、数にして八体 ドッピオは右腕を使い回転して周囲の八体を薙ぎ払う様に倒す 「エピタフ!」 次の予知を行うが 「・・くっ」 さっき倒さずにいた三体の人形の攻撃、前、右、左 ドッピオは右腕を地面に打ち後方に下がろうとするも ドガッ! 「ぐっ・・・?!」 後ろの何か・・・いや、青銅の鎧人形にぶつかってしまった 「言っただろう?今まで君を相手にしていたワルキューレたちは陽動と その三体は今までのワルキューレじゃないかな?」 「しまっ・・」 ドゴォッ! しまったと言い切る前に殴り飛ばされる それは計算されたのかギーシュ手前の二、三メートルまで飛ばされた 「・・・ゲホッ」 「ここでさっきの愚行を改める・・・土下座して謝るって言うならもう終わらせてもいいけど」 「・・・れが」 「・・・よく聞こえなかったなーもう一度言ってくれないかな?」 「・・だれが貴方なんかに謝りますか・・・!」 ドッピオは少しギーシュに対して不満を持っていました。二股もさることながらルイズを小ばかにした態度が気に入らなかったのです 「ふーん、じゃあその考えを改めるまで・・・」 ドッピオに杖を突きつけギーシュは 「僕のワルキューレたちのサンドバックになるがいいさ!」 ドッピオは瞬時にエピタフを使い対応しようとしますが 「やめて!!」 その声にさえぎられたのです 午前の授業を終えたルイズは一度部屋に戻りました ドッピオに昼ごはんを与えるためドッピオを探していたのです ですが 「部屋にもいないなんて・・掃除は綺麗にやってるみたいね まったく主人をほったらかして何をやってるのかしら。あの使い魔は」 少々ルイズは怒っていました。自分の使い魔が自分にまったく干渉しようとしないのですから 「本当にどこに行ったのかしら」 「お困りのようね。ゼロのルイズ」 と、急に自分のあだ名で呼ばれたルイズ。ルイズ自身は分かっている。この声の主が 「何の用かしら?ミス・ツェルプストー」 「いえ、貴女が一度使い魔に脱走されたなんて聞いたので 今回もまたそういうことになってるんじゃないかと思って」 「余計なお世話よ。大体実際に脱走はしていないし今回だって違うわ」 「そうかしら?あんないかにも体力より頭脳って感じの・・ドッピオだっけ? そんなのに掃除洗濯任せてたらいやになるのも当然よ」 「う・・・」 その事に関してはルイズも同意見でした。まだ上手くやっていますがいつ放り出してしまうか 少しルイズも不安でした 「だ、だからってここ以外に住めるところなんてこの辺には無いし 野生のクリフォンやドラゴンが出てくるのよ?無用心に出て行くなんて」 「それを貴女の使い魔は知っているのかしら?もしかしたら」 ルイズは少し冷静になり考えたら恐ろしいことが浮かびました 「・・・ドッピオが死んじゃうかもしれない?」 「そうなるかもしれないわね」 「だったら急いで探さないと!」 ルイズは自分の家名に泥がとか使い魔が脱走した上に見殺しで自分の評価が下がるとか言うのは考えませんでした 二日とは言えど自分の世話をしてくれた彼が見殺しになるのがなぜか嫌でした 「そう、じゃ頑張ってね」 「ちょっとアンタも手伝いなさいよ」 「嫌よ、何で人の使い魔の問題を抱えないといけないのよ」 「こうして話をしてロスした分の時間そのくらい手伝ってもらわないといけないわ」 「・・・ハア、仕方ないわね」 こうしてドッピオを探すために廊下を走り回るルイズとキュルケですが一人の生徒と会いました 「ゼロのルイズとミス・ツェルプストーではないですか。どうかしたんですか?」 少々ルイズはムッとしましたが今は気にしてられません 「丁度いいわ。コイツの使い魔がどこにいるか知らない?」 「ゼロのルイズのですか?そういえば今すごいことになってますよ 何でもギーシュと決闘をするだとか」 「何ですって?!」 「・・それはどこでやっているのかしら」 「確か中庭だったと思いますよ」 「急ぐわよ!ルイズ!」 「ええ!」 予想していたことより厄介なことになりました たとえドッピオが勝ったとしても貴族を侮辱した罪などで起訴されれば死刑になってしまう それにドッピオのような平民が貴族・・魔法を使えるものに敵うわけが無い そう思って中庭に来たルイズとキュルケでしたが 「嘘・・・」 「・・すごい」 予想していたようにはなっていませんでした ドッピオはギーシュ相手に戦えていました ギーシュのワルキューレがどこから来るのか分かっているかのように攻撃を回避し 自分たちに視えないなにかでワルキューレたちを倒していきます 「嘘・・・貴女の使い魔って平民よね」 「ええ・・魔法は使っていないはずよ。杖持ってないし」 魔法使いには必須の杖を持たずに不可視の何かでワルキューレを倒していくドッピオ 「・・・でも、もう終わりのようね」 「え?」 「ギーシュのほう、よく見なさい」 「・・まさか」 ギーシュは笑っていた 自分の魔法が平民であるはずのドッピオに敗れているはずなのに笑っていた 「ギーシュの奴、何か罠を張ってるわよ」 「あ?!」 突如ドッピオに現れる八体のワルキューレ、だがドッピオはそれを薙ぎ倒す 「積みね」 そこからさらに前進して来たワルキューレから離脱しようとして後ろのワルキューレにぶつかってしまった ドゴォッ! 「あ?!」 鈍い音が響きました。それを周りの人は笑いながらや見ていられないように見ています 「・・・ギーシュ、加減をしてないわね。骨までイったんじゃないかしら」 「そんな・・・!」 「ここでさっきの愚行を改める・・・土下座して謝るって言うならもう終わらせてもいいけど」 ギーシュの言葉でした。ルイズは (もうドッピオは戦わない。何が目的でやったか知らないけどこれだけひどい傷を負えば) そう考えていました。いや、だれもがそう考えていたでしょう 「・・だれが貴方なんかに謝りますか・・・!」 ですが、その考えはもろくも打ち破られました 周囲の人は静かでした。笑いや同情もなく、ただその場で立ち上がろうとするドッピオを見て・・見守っていました 「ふーん、じゃあその考えを改めるまで・・・」 ドッピオに杖を突きつけギーシュは 「僕のワルキューレたちのサンドバックになるがいいさ!」 と言いました。その一言で 「あ、ちょっとルイズ?!」 ルイズのスイッチが入りました 6へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2572.html
頭が痛い。 ルイズは鈍い頭痛を感じて目を覚ました。 体も痛い。節々が痛む。腕が痛い、足が痛い、背中が痛い。何でこんなに痛むのよ! やんなっちゃうわ、全く…それにしてもここどこかしら? よっこらせと体を起こし、痛む肩を解しつつ周りを見る。どうやらここは礼拝堂の様だ。天井は高く、窓には大きなステンドグラスがはまっている。 そして自分は木製の長イスに座っている。後ろに十列、前に二十列ぐらいイスが続いている、丁度礼拝堂の出入り口に近いイスに寝ていたのだ。 なるほど、固い長イスに寝てればあっちこっち痛むわね。でもなんでこんな所に寝てたのかしら? イスに座ったまま首を捻る。 ……思い出せないわ。うーん…。それに何だか喉が痛い。 ヒリヒリするわ。この感じはまるで…飲みすぎた時の… …そうあの召喚の次の日の朝の様に……。 人生であれほど惨めな日は無かったわ。あの日のために何度も何度もサモン・サーヴァントについて予習をした。 今までトリステイン魔法学院で呼び出された使い魔を全て覚えた。国内で召喚された平均的な使い魔の飼育法を50種類暗記した。 だけど何も呼び出せなかったわ…。 何度も何度も爆発が起きて、そのたびに土埃を、周りの同級生からの罵倒を、全身に浴びて、それでも…それでも努力したものは必ず報われると信じて頑張ったわ。 でも駄目だった…。途中から爆発さえ起こらなくなって、でも何ども呪文を唱えなおしたし、色々変えて試したりもした。でも駄目だったわ…。 皆を先に教室に行かせて、コルベール先生は態々私と歩いて一緒に教室まで戻ってくれたけど、何の慰めにもならなかった。 次の日私がどうなるかは判りきっていた。凄く惨めだった。家族にどんな顔で会えばいいんだろう?いつも私に難癖つけるツェルプストーでさえ、もはや眼中に無いという態度で私を無視した。 耐えられなかった。だから飲んだ。ひたすら飲んだ。コック長を脅して強い酒をありったけださせたわ。次の日の朝は酷い頭痛と喉の痛みを感じたわ。 そして私の退学を告げに来る教師がいつ部屋来るかとビクビクしていた。 だけど違った。コルベール先生が私の味方をしてくれたの。 曰く「サモンの呪文が出来なくなったのは、既に小さな使い魔を召喚していたからだ」と。 確かに、私の爆発のせいであたりに土埃が立ち込めていた。カエルやトカゲやムシの類を呼び出したのだとしたら、見えなかった可能性がある。 だけど殆どの教師は単なる召喚失敗だと決めつけた。サモンを連続でやった為魔力がなくなったのだろうと。 もし既に使い魔を召喚しているのなら、今日もう一度サモン・サーヴァントをやってみろ、と言われた。召喚の日に小動物を召喚しているのなら、今召喚の呪文を唱えても爆発しない、という訳だ。 コルベール先生はこれにも反対した。曰く召喚の儀式は神聖な物なので、やり直しは出来ないという。私を助けてくれようとしたのだが、話はこじれにこじれた。 最終的には進級派と退学派で教師陣が真っ二つに割れてしまった。だがコルベール先生と、何故か味方してくれたギトー先生の強い要望もあり、私の処遇は保留となった。 最初はその事を喜んだが、同級生たちが使い魔を連れて歩く中、たった一人で歩く私の気持ちは更に悲惨な物になった。 そんな中、土くれのフーケが学院の宝物庫を襲撃して破壊の杖を盗み出した。 これはチャンスだ!天が私に与えたチャンスなのよ!そう思った。 今こそ名誉挽回の時だ!とフーケ討伐を志願した。だがコルベール先生とギトー先生に強く反対され、その願いは適わなかった。 使い魔すら持てない私に討伐の任が与えられる訳が無かったのだ。 その後フーケはギトー先生の偏在が捕まえたらしい。正体はオールドオスマンが不用意に雇った秘書だそうだが、私には関係ない。 結局私は使い魔すら持てないゼロ以下のままだったのだ。 自殺を考えた事もあった。自分の顔に錬金を掛けてやろうかと思ったり、備品室の毒薬を眺めていたり、首をつったら苦しいのかな?と考えたりしていた。 しかし出来なかった。良いのか悪いのか、常に私に重圧として圧し掛かっていた家名が、自殺と言う貴族として恥ずべき行為を思いとどまらせた。 自殺する事より、今生きている方が恥なのではないか?と思い始めたある日、私の幼馴染であり、時期トリステイン国王になるであろうアンリエッタ王女が学院にやって来た。 最初私はアンの顔を直接見ることさえ出来なかった。あまりにも自分が卑しいものだと思えて仕方が無かった。 それにきっと私の事なんか忘れているだろう。そう考えていた。 その考えは間違っていた!夜になり、何と姫殿下がお忍びで私の寮の部屋に御出下さったのだ。 そこで私は、可哀相な幼馴染がゲルマニアの王と婚姻を結ぶと言う悲劇と、それを邪魔する手紙の存在を聞かされた。 さらに姫はその手紙を私に取り戻して来て欲しいと仰せになられた! 学院に来てから、いえ、生まれてからこれほど嬉しいと思った事はないわ!ゼロと呼ばれた私が、アンリエッタ殿下から直々に命を受けるなんて!! その日の夜はあまりの興奮で睡眠薬が必要だと思えるほどだった。翌々考えると、アンは私の家名を必要としたのだと思う。 翌日、私が出立しようとしていた時グリフォン隊の隊長で、私の婚約者でもあるワルド様が来て下さった。アンリエッタ殿下から私を守るように命じられたと言う。 やはり、私の存在はアルビオン王家に対して礼を失さぬための飾りなのだろう。何の実績もない私が重要な任務に就く理由はそれしかないのだから。 それでもやはり私は嬉しかった。何かの、誰かの、そして国の役に立てる!それだけで私の心は弾んでいた。 …ラ・ロシェールに着くまでは。 町に着くとそこにはあの忌々しいツェルプストーとその腰巾着が居た。 あら~、偶然ね~とか言っていたが、おおかたワルド様を見て我が物にしようとつけて来たに違いない!でも残念でした!ワルド様は私の婚約者でした!! それにその夜に正式なプロポーズを…。 あッ!…思い出したわ!…ここがどこだか。 あの忌々しいツェルプストーとは次の日の夜、賊の集団に襲われた時に別れて、そして船に乗って、海賊が襲ってきて、それがウェールズ殿下でそしてワルド様が式を挙げようと… そうだわ!それで私どうすればいいのか判らなくて…昨日はワインを沢山飲んじゃって… なるほど、道理で頭がガンガンして喉が痛い筈だわ。 だけど、何で礼拝堂に誰も居ないのかしら?確かここで式を挙げる事になって……あら? ルイズが前に目を向けると、最前列のイスに誰かが座っている。ヴァージンロードの直ぐ横の場所だ。何でさっきは気づかなかったんだろう? 最初長髪なので女性かと思ったが、それにしては体格がいい。翌々目を凝らして見ると…。 「ワルド様!?」 思わず立ち上がって叫ぶように言った。 それは帽子を脱いだワルドだった。 結婚式の当日、新郎が礼拝堂に居るのは不思議ではない。だがその後ろ姿が、ガックリと肩を落としうつむいている姿が、ルイズを不安にさせた。 まさか…私との結婚を考え直していらっしゃる…? 「ワルド様…?どうなさったんですか?」 恐る恐る声を掛ける。ワルドの返事は無い。 ルイズはワルドの方へヴァージンロードを歩いていく。 「あの…ワルド様?」 やはり返事は無い。自分の膝を見つめるようにうつむいたままだ。 何かを読んでるのかしら?ルイズの方からは膝に何が乗っているのか、イスの背もたれが邪魔で見えなかったが、ワルドの座っている場所が、礼拝堂の中で一番明るいステンドグラスの前の部分なのでそう思ったのだ。 もしかすると、結婚についての書物を読んでらっしゃるのかも…その後の生活についての事も…。 その後の事を考えて途端に気恥ずかしくなるルイズ。やっぱりまだ早いと言うか、その…お母様に聞いて置きたいことも色々あるし…。 そうよ!婚約者同士なんだし今ここで急いで結婚する必要は無いわ!やっぱり帰ってからにしましょう。ウェールズ殿下もわかった下さるわ! 「ワルド様、やっぱりその…………!!」 ルイズはワルドに、今は結婚を望まぬことを言おうとした。 そのためワルドの背後に近づいていた。 そして見えた。 ワルドが膝の上の『何を』見つめていたのか、が。 「何よ…これは!? 何なのよこれは!! 本なんかじゃあ無く…これは!! ワルド様が見つめていた物は…!!ちくしょう!!これはッ!!!!」 ワルドは抱えるように持っている。少女の体を。 ワルドは静かに見つめていた。その顔を。 ルイズにとって馴染み深い、その顔を。 ただ一点、その少女の胸には、まるで赤い薔薇をつけているかの様な、真っ赤な穴が開いていた。 「そうよ!これは…!!喉が痛かったんじゃあ無いわ!!…そうよ私の胸には!!クソ!!胸には…!肺には!!穴が開いていたのよ!!」 ルイズは叫ぶ。その口から、胸からガボガボと血が噴出して床に落ちる。それにも構わず叫び続ける。 「私は既に言っていた!!式の取り止めを!!!そして…!!そして私の体は!!!このクソ野郎に!!!」 ワルドは静かに見つめていた。自分の小さな婚約者を。血の気が失せて尚愛らしく美しいその顔を。自分が何を思って見つめているのか判らない。 自分の崇高な目的の前には邪魔になるだけの、取るに足らぬ娘だったのだ。だが…他の者に、小さなこの体が蹂躙される前に、どこかに自分の手で埋葬しよう。 そう思っていた。 その前に、この水のルビーは回収させてもらう。ルイズの小さな手から指輪を抜こうと動いた瞬間。 「はッ!」 風の微妙な動きで背後に気配を感じた。 しまった!ルイズを抱えている今の状態ではッ!と顔を庇うように腕を上げ、後ろを振り返る。 「…誰も居ない…?」 次の瞬間、目の前の自分の右腕からブシューッと血が噴出し、メリメリと音を立て引きちぎられていく。 「うわあああああああああああああッ!!!」 悲鳴をあげ、礼拝堂の真ん中へ転がるように逃げるワルド。 「なッ!何なんだああああああッ!!」 傷口を押さえ、痛みに耐えるその視線の先で、千切られた右手が何者かに咀嚼されて消えてく。 「ま…まさかッ!……ルイズなのか!?」 血に濡れて浮かび上がったその顔は、見間違えるはずも無い、先ほどまで眺めていた婚約者の顔だった。 「こ…これが!これが虚無の力だというのかッ!!こんなッ!!死せる者を蘇らせるだけでなくッ!!!死んだ自分自身までも!!!」 だが!と、 残った左手で杖を抜く。 「ボクはここで死ぬわけにはいかない…!!」 ルイズまでの距離は約5メイル。戦って勝てるかどうかは判らない。ならば退くのだ! 閃光の二つ名をもつこの私なら、ルイズが一歩近づくまでにフライを詠唱を完成させ………!! 突然、ワルドの胸から盛大に血が噴出した。 「なんだってぇぇぇ!!」 何が起きたんだ?!馬鹿な!ルイズはまだ4メイル先にいるというのに…! 自分の胸から噴出していく血を浴びて、目の前に浮かび上がってくる姿があった。 「き、貴様は……ウェールズッ!」 ウェールズのエア・ニードルが、ワルドの胸を貫いたのだった。 「ねえルイズ…ボクの可愛いルイズ…?まだ怒ってるのかい?」 ニューカッスル城の庭をルイズは歩いている。さっきからご機嫌を取ろうと必死についてくるワルド。 「何度も謝ってるじゃあないか、本当に悪かったと思ってるよ」 黙って大またに歩くルイズの後ろで、大きく身振り手振りを付けて話している。 「だからビックリしたんだって…君が突然襲い掛かってくるから、だから…うっかり君の遺体を床に落としてしまったんだよ……。本当は落とすつもりはなかったんだ…。本当さ!」 「ワルド子爵…。いい加減諦めたらいいんじゃないかな?」とウェールズ。「謝る内容も違うしね」 「…やっぱり殺してしまった事を怒っているのかい?ルイズ」 「……もういいわよ」と立ち止まって機嫌悪そうに呟くルイズ。「むしろ…死んだら何だかスッキリしたわ。自分が召喚の儀式の日に呼び出した能力も、判ったし」 「喜んでもらえたのかい?!」 「空気を読むとか以前の問題だよ、子爵。ついでに先の無い右腕を振り回すのは不気味でしょうがない。それで…ミス・ヴァリエール。今後どうするつもりかな?」 黙って庭園を…いや、庭園であった場所を見渡すルイズ。死屍累々と膨大な数の兵士達が倒れている。その大半は体の一部を何かに食いちぎられていた。 「そうね…」腰に手を当てながら言う。「死んだら家柄とか貴族とかどうでも良くなったけど……」 「けど?」とウェールズ。 「先ずは胸の穴を何とかしましょう。三人ともポッカリ穴が開いてるのは、マヌケ過ぎるわ」 「そうかな?」自分の胸を見ながら呟くワルド。「お揃いでボクは嬉しいけど」 それを無視して、「私の体は?」とウェールズに聞くルイズ。 「父が固定化して安全な場所に保管している筈だよ」 「じゃあ、先ずはあっちの体の傷をふさいで、こっちの傷が埋まるか試して見ましょう」 「賛成!」と先の無い右腕を上げるワルド。 「それから後は?」 「まあ、死んでしまった訳だし、折角だから…」ニヤリと笑うルイズ。 周りに散らばる死体から、見えない兵士が立ち上がって行く。 「この大陸一つ、私の墓標にしてみましょうか」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1543.html
キュルケは戸惑っていた。パーティーと言われたからには一応の着飾りはしたが、だからと言って酒を飲んではしゃぐような気分にはなれそうにない。周りを見渡して、彼女はひっそりと溜息をついた。 アルビオン王党派最後の牙城、ニューカッスル城。パーティーはそのホールで行われていた。上座に設置された簡易の玉座に腰掛けて、国王ジェームズ一世は老いた双眸を細めて集った臣下を見守っている。貴族達はまるで園遊会であるかのように豪奢に着飾り、テーブルの上にはこの日の為に取っておかれたと思しき様々な御馳走が並んでいた。キュルケでさえ滅多に御眼にかかれないほど華やかなこのパーティーに、燃え尽きる寸前の蝋燭の炎のような儚さを覚えて、キュルケはたまらなく虚しかった。 しかし、それにも増してキュルケを当惑させたのは、ルイズ達仲間の行動だった。ルイズは悲しげな顔一つ見せず、話し掛けてくる貴族達と微笑んで会話を交わしている。ギーシュは沈鬱な顔をしている女性の元へ駆けて行っては、彼女達を笑わせていた。タバサはいつも通りの無口だが、同好の士であるのか十数人の貴族達と共にはしばみ草のテーブルを囲んで会話に興じている。ワルドも また如才なく笑顔を浮かべて挨拶に回っていた。そしてあのギアッチョまでもが、貴族達に勧められたワインを嫌な顔一つせず飲んでいた。 ――どうしてそんな顔が出来るのよ……! キュルケにはさっぱり理解が出来なかった。貴族達にも、悲痛な顔をしている者は誰一人としていない。悲しんでいるのは自分だけだとでも言うのだろうか。まるで自分だけが仲間外れのようで、キュルケはいたたまれない気持ちになった。 キュルケはもう部屋に戻ってしまおうかと思い始めたが、その時彼女の後ろから声がかかった。 「何やってるのよ、キュルケ」 キュルケは反射的に身体を捻る。腰に手を当てて、困ったような顔でルイズが立っていた。 「一人でどうしたのよ キュルケらしくないじゃない」 「……らしくないって、そりゃこっちの台詞よ」 キュルケは疲れた眼をルイズに向ける。 「揃いも揃ってどうしたのよあなた達 何でそうやって笑っていられるわけ?さっぱり解らないわ!」 無理やりにワインを飲み干して、キュルケは首を振った。 「明日全員死ぬのよ?あなた達それが分かってるの?」 「分かってるわよ」 「だったら……!」 理解出来ないという感情が、キュルケに怒りを感じさせる。珍しく声を荒げるキュルケに、ルイズはどこか優しげな声を掛けた。 「キュルケ」 「……何よ」 「明日全滅するなんてこと皆分かってるわ だけど彼らには死して何かを為す『覚悟』がある だったらわたし達がするべきことは、嘆き悲しむより彼らと一緒に笑うことよ」 わたしはそう思うわ、と静かに言うルイズをキュルケはハッとした顔で見直す。 「――…………そう……よね」 何を勘違いしていたのだろう。彼らの為の涙など、もはや溺れてしまう程に流されているに決まっているではないか。今彼らが 欲しいものは涙か?同情か?答えはきっと違うはずだ。 キュルケはもう一度彼らを見渡す。明日死ぬ身とも思えぬ笑顔で、彼らは穏やかに談笑していた。その笑顔に一片の曇りもないことを、キュルケはようやく理解する。その葛藤も覚悟も理解して、ただ笑って彼らを見送ること。彼らアルビオン王家最後の戦士達が欲しいものは、きっとそれだけなのだ。キュルケは薄く笑って首を振る。 「……まさかあなたに諭されるなんてね」 「しっかりしなさいよ、キュルケ」 キュルケを悪戯っぽく見上げて、ルイズは彼女に応えた。 衣装を整えながら、キュルケは「それにしても」と呟く。 「ルイズ……あなた変わったわね」 「……そう?」 きょとんとした顔をするルイズを見遣って、キュルケは笑う。 「以前のあなただったら、早々にここを抜け出して一人で泣いてたでしょうからね」 「なっ……それはあんたでしょ!肖像画に描かせてやりたいぐらいの顔してたくせに!」 などと言い返しながらも、ルイズは何かを考え込むような仕草をした。 その格好のまま、ルイズはぽつりと口にする。 「…………そう、かも知れないわね」 片手に持ったワインに口をつけて、ルイズはホールに眼を向けた。 中央近くでウェールズと言葉を交わしている男を見つけて、ルイズは嬉しいような困ったようなよく分からない顔をする。 「……感化されたのかしらね あいつに」 「……ギアッチョ、ね……」 キュルケはルイズに習ってホールの中央に眼を向ける。 不思議な男だった。所構わずキレる暴れる、殺人に躊躇すらない無愛想な平民。なのにルイズは、そしてギーシュやタバサまでが彼に何らかの影響を受けているように思う。恋愛感情ではないが、 キュルケもまたギアッチョにどこか惹かれている自分を感じていた。 有体に言えば――友情、だろうか。それとも、 ――友愛……かしらね? キュルケは腕を組んで呟いた。 学院の教師達よりも遥かに頼りになる男。それが彼女達の共通した認識だった。しかしそれでいて、ギアッチョには何故だか危うげな所がある。頼れる仲間であると同時に、キュルケにとってギアッチョはどこか心配になる友人だった。もっとも、友人とはこっちが、というか殆どギーシュが一方的に名乗っているだけの話だったが。 ――やれやれ……こっちのラブコールが届く日は来るのかしらね ギアッチョが自分達に自身のことを話す日は、果たして来るのだろうか。ギアッチョと共にいればいるほど、彼の正体が知りたくなる。 もしもギアッチョが口を開く時が来るのならば、それはきっと自分達を友人として認めてくれた時なのだろうとキュルケは思った。 「……ところで……あの、キュルケ」 「え?あ……何?」 思考に没入していたキュルケは、その声で我に返った。ルイズに眼を遣ると、彼女は何だか不安そうな顔で自分を見ている。 「…………その ラ・ロシェールで…………どうして、助けてくれたの?」 「へ?……え、えーと、それは……」 あまりにストレートなルイズの質問に、キュルケは思わず焦った。 今までのルイズなら、「誰が助けてくれなんて言ったのよ!」で終わりだったはずだ。やっぱりルイズは変わったと、少々混乱気味の頭でキュルケは考えた。 「…………か、考えてみれば ギアッチョを召喚した時も、キュルケが真っ先に……た、助けてくれたじゃない……?フーケの時だって……」 不安げな眼で二十サント近く身長の違うキュルケを見上げて、ルイズはおずおずと問い掛ける。 「……どうして?」 「ど、どうしてって……当たり前でしょ?あなたはと……」 「と?」 友達、と言いかけてキュルケはハッと我に返った。 「う……と……と、当代きってのライバルなんだから!」 ――あ……危ない危ない ギーシュに影響されてたわ…… 初めて自分に向けられたルイズのしおらしい言動に混乱していたキュルケは、何とか自律を取り戻した。心でほっと溜息をついてルイズに向き直ると、彼女は少し俯いているように見える。 「……そうよね わたし達、宿敵だものね……」 ――う………… しん、と二人の間が静まり返る。今まで何度も言ってきた言葉のはずなのに、キュルケは何故だかどうしようもなく胸が痛んだ。 「宿敵」というたった二文字の言葉がこれほどまでに心を抉るものだとは、今まで思いもしなかった。 優しい言葉の一つも掛けてやりたかったが、プライドと家名に邪魔をされて、キュルケは何を言うことも出来なかった。 自分もルイズと同じだということに、キュルケはようやく気付く。 二人を嘲笑うかのように続く静寂が痛い。今すぐそれを打ち消したくて、キュルケは思わず言ってしまった。 「……そうよ、こんなところで死なれちゃあなたの恋人を奪う楽しみがなくなるもの …………さ、私はパーティーを盛り上げて来るとするわ 格の違いを教えてあげるからよく見てることね」 捨て台詞のようにそう言って、キュルケはルイズの返答も聞かずに歩き出した。背中に感じるルイズの視線を振りほどくように、キュルケは足早に去ってゆく。歩きながら、キュルケは思わず胸を抑えていた。いつもと同じ売り言葉のはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろうか。答えに気付かない振りをして、キュルケはパーティーの人ごみに姿を消した。 わたしは馬鹿だ、とルイズは思う。自分は一体キュルケに何を言って欲しかったのだろう。ヴァリエールとツェルプストーとして、同じ一人の人間として今まで散々いがみ合ってきたキュルケに、今更何を言って欲しかったのだろうか。 ――馬鹿よ、わたしは…… わたしとキュルケは永遠に宿敵同士……それ以外に、わたしを助けるどんな理由があるというの? ルイズは俯いて片手のワインに眼を落とす。「宿敵」という言葉の重みを、彼女もまた痛い程感じていた。 ポロン、と澄んだハープの音が響く。耳慣れないその音に、ルイズは思わず顔を上げた。 「……キュルケ」 ジェームズ一世の御前でハープを奏でているのは、他ならぬキュルケであった。己に集う幾百の視線を物ともせずに、キュルケは優雅にハープを弾いている。その旋律の美しさに、ルイズは眼を見張った。普段の彼女からは想像もつかない繊細な手つきで紡がれる音色に、この場の誰もが聞き惚れていた。 「これはなかなか、大したものだね」 隣から見知った声が聞こえて、ルイズはそっちに顔を向ける。 ワインを傾けながら、ワルドがそこに立っていた。 「ワルド」 「彼女にこんな特技があったとはね…… それに面白い弾き方をする静かな曲だというのに、どこか情熱的だ」 ルイズは改めてキュルケを見る。正しくワルドの言う通り、キュルケの演奏には繊細さと情熱が渾然一体となって現れていた。まるでキュルケ自身を表したかのようなその音色に、いつしかルイズも瞳を閉じて聞き惚れていた。 万雷の拍手に包まれて演奏を終えたキュルケを見届けてから、ワルドはルイズに向き直った。 「ルイズ 今、少し話せるかい?」 「ええ……どうしたの?」 ワルドは真剣な顔でルイズの瞳を覗き込む。 「ウェールズ殿下が式を挙げてくれる…… 明日、結婚しよう」 「え…………」 ワルドのプロポーズに、ルイズはワイングラスを取り落としそうになった。何だかんだで結論を先延ばしにしているうちに、ルイズは結婚の話などまだまだ先だといつの間にか思い込んでいたのである。ワルドは既に明日の挙式の媒酌をウェールズに頼んでいるらしい。つまり、これ以上話の先送りは出来ないということになる。 いきなり決断を迫られて、ルイズはしどろもどろで返事をした。 「え…………えっと、その……わ、わたし……」 「いきなりで驚かせてしまったかな しかしどうしてもあの勇敢な皇太子殿に、僕らの婚姻の媒酌をお願いしたくてね」 ワルドはそこで言葉を切って、ルイズの両肩に優しく手を置いた。 「愛しているよ、可愛いルイズ 君は僕を都合のいい男だと罵るかもしれない だけどルイズ、君を前にして自分の気持ちを偽ることなんて僕には出来ないんだ」 ルイズから一瞬たりとも眼を逸らさずに、ワルドは堂々として言う。 「……受けてくれるかい?僕のプロポーズを」 「……ワルド、わたし……」 ルイズは強制的に、思考の海に引き戻された。どうして快諾出来ないのか、どうしてギアッチョが心に引っかかるのか。蓋をしていた疑問が、再びルイズの中で回りだした。自分はワルドが好きではないのだろうか?いや、それは違う。ワルドのことは好きだ。好きなはずだ。 幼い頃からの憧れは、今だって消えてはいないのだから。 ワルドとの婚姻を拒否すれば、父や母は悲しむだろう。しかし結婚してしまえば、ギアッチョはどうなるのだろうか。同じ部屋に暮らすというわけには勿論いかないだろう。それどころか、気軽に会うことさえ出来なくなるかもしれない。未だウェールズと話し合っている彼に、ルイズはちらりと眼を向けた。 ――だけど………………きっと、そのほうがいいんだわ 少し悲しげに眼を伏せて、ルイズは独白する。 この旅で解ったことがある。ギアッチョの心は、未だに暗殺者のものなのだ。彼は常に敵を殺すつもりで戦っている。ワルドとの決闘でさえも、一度はワルドの首を薙ごうとしていた。恐らくそれは、半ば以上に無意識の行動なのだろう。ギアッチョにとっては、敵は殺すものであり、攻撃は命を絶つ為のものに他ならない。そして、ギアッチョはもはやそういうことを意識すらしていないのだ。刃を使うなら首を、臓腑を、腱を断つ。拳を使うなら眼を狙い喉を潰す。 急所以外の場所を狙うという選択肢は、そうする必要がある時初めて現れる。神経、細胞の一つに至るまで、彼の心身は未だ暗殺者のそれに他ならなかった。 しかし、彼はもう暗殺者ではないのだ。いずれイタリアへ送り返す日が来るとしても、その地でさえ彼は暗殺者「だった」男に過ぎない。 ルイズはこれ以上、彼に血に塗れた道を歩かせたくなどなかった。 もう十分じゃない、とルイズは呟く。ギアッチョ自身がそう思っていなくとも、殺人という行為は確実に彼の心を蝕んでいる。 出来ることなら、ギアッチョには平穏に暮らして欲しかった。 だが、自分と一緒にいればまた今回のような事態が起こるかもしれない。自分と――いや、メイジと関わり続ける限り、争いと無関係ではいられないのではないか。ならば、とルイズは思う。 ならば、自分とはもう一緒にいないほうがいいはずだ。ギアッチョにはマルトーやシエスタ達がいる。彼らと共に生きることこそが、ギアッチョにとっての幸福なのではないだろうか。 出来ることなら、ギアッチョにはずっと傍にいて欲しい。しかし、それがギアッチョを殺人へ向かわせるというのなら。 スッと顔を上げて、ルイズははっきりとワルドに答えた。 「……喜んで、受けさせてもらうわ」 パーティーは和やかなムードのまま幕を閉じた。宴の始末をしているメイド達の他には殆ど人のいなくなったホールで、ギアッチョ、キュルケ、タバサの三人は、眼を回して床に倒れているギーシュを呆れた顔で見下ろしていた。 「…………うっぷ……」 どうやら調子に乗って飲みすぎたらしい。ギーシュは真っ青な顔を気持ち悪そうに歪めている。 「あなた船の上から酔いっぱなしじゃない しっかりしなさいよ」 「ふぁい……調子に乗りすぎまひた……っぷぁ……」 キュルケは溜息をついて隣の二人を見遣る。 「……ねぇ、これどうするの?こんなの担いで行きたくないわよ私」 「しょうがねーな……凍らせて転がすか」 「ええっ!?二つ目の選択がそれ!?」 「せめてもっと人間らしい方法を」と言うギーシュと「今のてめーは家畜以下だ」と言うギアッチョ達の間で、結論はなかなか出なかった。 いい加減業を煮やしたギアッチョはもうここに放置していくかと言いかけたが、その時タバサが何かを考え付いたように顔を上げた。 「待ってて」 と短く口にしてどこかへ行ったタバサが持って帰ってきたものは、ご存知はしばみ草のサラダだった。小皿に山のように盛られたそれを、タバサは構えるように掲げ上げる。ギーシュは真っ青な顔から更に血の気を引かせてあとずさった。 「……あはははは……じょ、冗談がキツいねタバサは…… その量は明らかに致死量を超えウボァーーー!!」 タバサの右手に構えられた毒物はギーシュの口に裂帛の気合と共に叩き込まれ、ギーシュは見事な放物線を描いて再び頭から倒れ落ちた。 ウェルギリウスと名乗る男に連れられて辺獄から氷結地獄までたっぷり地獄観光をした後で、ギーシュの意識はようやくハルケギニアへ帰ってきた。 「ハッ!?ハァハァ……こ、ここは一体!?あの悪魔は!?」 冷や汗をダラダラと垂らしながら怯えた様子で周囲を見渡すギーシュに、キュルケはこめかみを押さえてタバサを見た。 「……タバサ」 「何」 「やりすぎ」 「……修行が足りない」 「ところで君達聞いたかい?」 はしばみ草のおかげで酔いと共に抜けてしまった抜けてはいけないものが何とか身体に戻ると、ギーシュは何事もなかったかのように平然と口を開いた。 「何のことよ?」 三人を代表して、ややうんざりした顔でキュルケが問う。 「結婚だよ!さっきそこで子爵がルイズにプロポーズしてたんだ」 「……それホント?」 「本当さ しっかり聞き耳……じゃない、聞こえてきたんだから」 胸を張るギーシュを無視して、キュルケは簡潔に問う。 「ルイズの返事は?」 「……OK、だそうだよ 明日ウェールズ殿下の媒酌で式を上げるらしい」 その言葉に、キュルケは顔を複雑にゆがめた。 「何よそれ…… バカじゃないの?学院やめることになるかも知れないのよ!」 「ぼ、僕に言われても困るよ 本人が決めたことならしょうがないだろう?ねぇギアッチョ」 ギーシュが助けを求めるようにギアッチョに眼を向ける。いつも通りの読めない顔で一言、彼は「まぁな」と呟いた。 「何か悩んでる風ではあったがよォォ~~ それに自分の意思で答えを出したってんならオレ達に文句を言う余地はねーだろ」 ギアッチョは顔色一つ変えずにそう言うと、キュルケが言葉を差し挟む前にパン!と手を鳴らす。 「ほれ、てめーらはとっとと部屋に戻って寝ろ 追って沙汰はあるだろーが、式に出るにしろ出ねーにしろ朝は早くなるからな」 確かに、非戦闘員を乗せる船の出港は早い。睡眠を取っておかなければ、最悪アルビオンに骨を埋めることになるだろう。 まだ不服そうな顔をしているキュルケを促して、ギーシュはホールの出口へ向けて歩き出す。タバサがその後をついていくが、 「タバサ、てめーは残れ」 ギアッチョの言葉で、彼女はぴたりと足を止めた。次いでギーシュとキュルケも彼を振り返る。 「ギ、ギアッチョ まさかとは思うが君、そんな趣味が」 全てを言い終える前に、ギーシュはウインド・ブレイクで扉の外へ消え去った。 「意外と荒っぽいことするわね」 「口は災いの元」 殊ギーシュに関しては正にその通りだと思いながら、キュルケはギアッチョに顔を戻す。 「で、私達がいるのはお邪魔なわけ?」 「そうだ」 即答されてキュルケは少し驚いた顔をしたが、ギアッチョがそう言うなら仕方ないと判断して、少し唇をとがらせながらも頷いた。 「……そう言うならしょうがないわね じゃ、私達は先に戻ってるわ」 片手をひらひらと振って、キュルケはあっさりと歩き去った。 彼女が扉の向こうへ消えたのを確認してから、タバサはギアッチョを見上げて口を開く。 「……何?」 廊下に大の字になって伸びているギーシュを見下ろして、キュルケは溜息をついた。 「なんなのよ、もう……」 「ギアッチョのことかい?」 言いながらギーシュはむくりと起き上がる。 「……ルイズのことよ どうしてこんなに慌てて結婚しなくちゃいけないわけ?退学することになるかもしれないしギアッチョとも疎遠になるじゃない!」 「全くだね 薔薇は多くの人を楽しませる為にあるというのに」 「……あなたが言ってももう何の説得力もないわよ」 造花の杖をキザに構えるギーシュをジト目で睨む。なんだかバカらしくなって、キュルケは更に一つ溜息をついた。そそくさと薔薇の杖をしまうと、ギーシュは急に真面目な顔でキュルケを見る。 「……学院に居たくないということも、あるのかも知れないね」 「……え?」 「だってそうだろう?学院内に自分の味方が誰一人いない状態で、僕はむしろよくルイズがここまで頑張ってこれたと思うよ」 「そ、それは違うわ!」 慌てたように言うキュルケに、ギーシュは困った顔で笑う。 「そう、違うよ。僕達はもういつだって彼女の味方だし、先生にもルイズをなんとかしてやりたいと思っている人だっているはずさ。 だけどルイズは、きっと言わなきゃそれに気付けないんだ」 「……私は――」 「……ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい? 両家の確執は僕にも分かるよ だけどルイズはルイズで、君は君だ。そうだろう?」 答えないキュルケの瞳を覗き込んで、ギーシュは続けた。 「これが最後のチャンスかもしれない 彼女に会いにいこう、キュルケ」 キュルケは言葉もなく立ち尽くしている。ギーシュもまた、他に言うことはないという眼で、無言のままキュルケを見つめていた。 重い沈黙が場を支配する。ほんの数秒、しかしキュルケにとっては無限のように感じられた数秒の後、彼女は苦しげな顔を隠すようにギーシュに背を向けた。 「………………私は、あの子の友達なんかじゃないわ」 絞り出されたその言葉に、今度はギーシュが溜息をついた。 「……それが君の答えかい」 「事実を言っただけよ」 素直じゃないのは分かっている。意固地になっているのも理解している。だけど、認めるわけにはいかない。自分達の意思がどうあれ、自分はツェルプストーで彼女はヴァリエール。未来永劫、それだけは変わらないのだから。だから――そう、今自分がここにいるのは、ただの気まぐれなのだ。他に理由などありはしない。それが、キュルケの答えだった。 「……それじゃしょうがないな、この話はおしまいにしよう。僕一人頑張ったところでどうにもならないからね ……僕は寝るとするよ」 「え?ちょ、ちょっとギーシュ……!」 キュルケの声を掻き消すように「おやすみ」と言い放って、ギーシュはマントを翻して去っていった。 「……何よ 一人前に怒ったってわけ……?」 キュルケはその場から動けなかった。後を追うことも怒鳴ることも出来ずに、彼女はまるで叱られた子供のような顔で立ちすくむ。 綺麗な指先で赤い髪を弄って、キュルケは自分の心を誤魔化すように呟いた。 「……つまんない」 「……概ね理解した」 相変わらず小さな声でそう言うタバサを見下ろしてギアッチョは問う。 「頼めるか?」 こくりと頷いて、タバサは了承の意を表した。ついと眼鏡を押し上げて、ギアッチョは「悪ィな」と口にする。 「どうして?」 「見れねーだろ」 「……別にいい あなたが正しいなら、見る意味はない」 「ま……あくまで可能性の話だがな」 そう言うと、ギアッチョは次々に片付けられてゆくテーブルに眼を移す。 「……ここまで深く関わってんだ 任務の詳細ぐれーは教えてやってもいいとは思うんだがよォォ~~」 ままならねーもんだ、と呟くギアッチョを見事な碧眼で見つめて、タバサはふるふると首を振った。 「かまわない あなた達の立場は理解出来る」 その言葉に追従ではないリアルなものを感じて、ギアッチョはタバサに眼を戻す。どうにも不思議な少女だった。 燭台に照らされた廊下を並んで歩きながら、ギアッチョはここでも本を読むタバサを見て一つ知りたかったことを思い出した。 「……学院のよォォ~~ 図書館とやら、ありゃあ誰でも入れるのか?」 タバサは怪訝な顔でギアッチョを見上げる。ギアッチョが読書に勤しむタイプだとは、どう見ても思えなかったのだ。 「……平民は、入れない」 タバサは怒るかと思ったがどうやら予想の範囲内だったらしく、ギアッチョは一言「そうか」とだけ返事をした。 「……調べ物?」 と訊いてから、タバサはハッとした。自分はこんなことを訊く人間だっただろうか。他人に干渉しなければ、干渉されることもない。それが「タバサ」の生き方のはずだった。だというのに、自分は一体どうしてしまったのだろう。そんなタバサの胸中など知らず、ギアッチョは当たり障りのない言葉を返す。 「そんなところだ」 そこでタバサはふと思い出した。そういえば、ギアッチョが召喚されてから程なくして、ルイズが毎日図書館に通うようになったはずだ。 勤勉な彼女は今までも週に数回は勉強の為に足を運んでいたが、日参するようになってからはどうも別のことをしているようだった。 一度彼女に使い魔を送り返す方法を知らないかと訊かれたことがある。その時はギアッチョと喧嘩でもしたのだろうと思っていたが、ひょっとすると何かのっぴきならぬ事情で今もそれを探しているのではないだろうか。そう認識したタバサの理性がストップをかける前に、彼女の口は言葉を紡いでしまっていた。 「……帰りたい?」 言ってから、タバサはしまったと思った。ギアッチョは二重の意味で少し驚いたが、しかし特に追求もせず口を開く。 「――……どうなんだかな」 タバサははぐらかされたのかと思ったが、彼の表情を見るに、どうやら本当によく分からないらしい。自分の推測が当たったことよりも、今のタバサには何故かギアッチョの去就が気になって仕方がなかった。 「ルイズじゃあねーか どこに行ってたんだおめー」 ギアッチョの声で、タバサの思考は中断された。前に眼を遣ると、そこにはルイズがギアッチョに出くわしたことに驚いたような顔で立っている。 「……あ…………」 かと思うと、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり――次の瞬間、ルイズは一言も発さぬままに俯いて駆け出していた。 「ああ?」 ギアッチョが何か問い掛けるより早く、自分達の横を一目散に駆け抜けて、ルイズはそのまま回廊の薄闇に走り去った。 肩越しに後ろを覗き込んで、ギアッチョはやれやれと言わんばかりに首を振った。 「……相変わらず行動の読めねーガキだな。まだ何か悩んでやがるのか?」 パタリと本を閉じて、タバサは呟くように答える。 「……恐らくそう」 自分に眼を落としたギアッチョを見返して、タバサは「でも」と言葉を繋ぐ。 「私の考えが正しいなら、これは彼女自身の問題」 「ほっとけっつーことか?」 「私達が何かを言っても、彼女は頑なになるだけ」 フンと鼻を鳴らして、ギアッチョは再び歩き始めた。 「全然解らんが……ま、てめーがそう言うならほっとくか」 オレにもまだやることがある、と呟くギアッチョをタバサは幾分歩調を速めて追いかけた。 どこをどう走ったのかは全く覚えていない。ギアッチョと眼が合うことだけが恐くて、ルイズはただただ闇雲に廊下を走り回り――気付けば彼女は、いつの間にか自室に辿りついていた。思い切って扉を開くと、ギアッチョはまだ戻ってはいないようだった。服も着替えずにベッドに飛び込み、頭から毛布を被る。煩く鳴り響く心臓を押さえて、ルイズはぎゅっと身体を縮こまらせた。 ――何なのよ………… ルイズは自分が解らなかった。ワルドのプロポーズを受けてから、彼女の脳裏にはずっとギアッチョの姿がちらついている。頭から追い出そうとすればするほど、それは鮮明な像を結んでルイズの心を責め立てた。理由なんて知らない、分からないとルイズは己に言い聞かせるように繰り返す。 しかし、この胸の苦しさだけはどうしても誤魔化せなかった。廊下で偶然ギアッチョと出くわした時、ルイズは思わず何かを叫んでしまいそうで――反射的に、逃げ出してしまった。 ――……最低…… ぽつりと呟いて、ルイズは深く眼を閉じた。 今は眠ろう。明日になれば、きっと忘れられる。だから、今はただ眠ろう。 しかし、意志に反して――彼女は一向に眠れなかった。 屋上の見張り台から、ギアッチョは一人地上を見下ろしていた。 「……流石に冷えるな」 雲の上の更に上を、風が容赦なく吹きすさぶ。チッと舌打ちして、ギアッチョは視線を前方に向けた。双つの月が、見渡す限りの雲海を煌々と照らしている。 「絶景かな、ってぇやつか」 身を投げたくなる程の美しさだった。チームの奴らにも見せてやりたいもんだと考えて、ギアッチョはフッと笑った。 ――あいつらにそんな情緒はありゃしねーか かく言う自分もそうだったが、とギアッチョは思い返す。 イタリアにいた時には、周囲のものを景色として見たことなど殆どなかった。この世界に召喚されて、ギアッチョは初めて物事をあるがままに見ることが出来たのだった。 ――……そこんところは感謝してやってもいいかもな そう考えて幾分自嘲気味に笑った時、背後からギィッと扉の開く音が聞こえた。 「……よーやくおいでなさったか」 雲の海を眺めたまま、ギアッチョは待ち人に声だけを投げかけた。 「待たせたね さて、こんな深夜に一体何の御用かな?二人仲良く月見酒と洒落込もうというわけでもなさそうだが」 風に長髪をなびかせて、背後の男は薄く笑う。フンと退屈そうに鼻を鳴らして、ギアッチョはそこでようやく彼に振り向いた。 「何、大した用件じゃあねーんだがよォォ~~ ちょっと腹割って話でもしようや、ええ?ワルド子爵サマよ」 帽子のつばを杖で押し上げて、ワルドは口の端をつり上げて嘯いた。 「いいだろう こんなに月の美しい晩は、誰かと話もしたくなる」 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/877.html
さっさと食事を終えて食堂に戻ってみてもルイズの食事は未だに終わってなかった。 仕方がないので億泰はボケ~っと出口で待つ事にしたが、 食事を終えた生徒が通りがかりに億泰を見てクスクス笑っていくのが腹立たしい。 『見世物じゃねーぞコラァー!』とでも叫びたい気分だったが、 どうせろくな事にはならないのが目に見えていたので無視する事にした。 十分後に出てきたルイズまで無視してしまい、思いっきり蹴られるハメになった。 ルイズと合流し、連れてこられた所は大学の講義室のような石造りの大部屋だった。 見渡しても談笑している生徒が殆どで、この辺りはぶどうヶ丘高校と大して違いがない。 高校生の億泰にはどちらかというと視聴覚室だな~と思ったりしている。 二人が入っていくと、談笑していた生徒達が一斉に振り向き、 そして億泰を連れたルイズを見るとクスクスと笑い出す。 ルイズがそれを無視して席につこうとすると、 男子に囲まれていた一人の女子生徒がグループから離れて近づいてきた。 「あらルイズ、本当に平民が使い魔なの! すごいじゃない!あははあはは!」 燃えるような赤い髪に、ルイズよりも高い身長、ルイズよりも色気の漂う肉体、 とりわけルイズよりも突き出た胸元を、ブラウスのボタンを二つ程外して覗かせている。 ルイズと比べると、『負けた……スタイルのレベルで……』と若い頃のジョセフさんが言いそうな程だ。 勿論億泰はビミョーにヨダレを出しながらその胸元に視線を向けている。 「キュルケ……なに?なんの用なの? 嫌味言いに来たならアッチ行きなさいよ」 そう言ってシッシッと手で払うような素振りを見せるが、 当然キュルケはそんなのを無視してもの珍しそうに億泰を眺めだす。 「別に良いじゃない、見て減る訳じゃないでしょ? ふ~ん………… なんだかポカンとした瞳の奥に『何かを隠してる』ような気がするわね。 ねえ、お名前は?」 途中口をつぐんだのは、 直接『何だか締まりの無い顔ね』と言うのは流石に酷だと思ったからだろう。 だが、億泰はそんな事にも気づかない。 いや、二つの胸の谷間に生じる歯車的砂嵐の小宇宙に魅入って気づく余裕さえないのだ。 「あ、アッー!億泰ッス!虹村億泰!」 「オクヤス?変な名前。ま、覚えておいてあげるわ。 ねぇ、それよりルイズぅ。やっぱり使い魔ってのはこういうのよねぇ? フレイムー?」 キュルケが勝ち誇った声で使い魔を呼ぶと、 教室の後ろからゆっくりと巨大なトカゲが現れる。 「!! これってサラマンダーじゃない……!」 「そうよー、火トカゲ。 ほら見て!この鮮やかで大きい炎の尻尾! きっと火竜山脈のサラマンダーよ!」 と、そう言って自慢を始めるキュルケとそれを悔しげな瞳で睨むルイズの横で、 ポカンと億泰はフレイムを見つめていた。 (なっなんか規格外が出てきてるぜ~~~~ 燃えてるじゃねーかァ~~!?) 平気なのかよォ~という目で見ていると、 フレイムがきゅるきゅる、と他の皆もそんなモンだから気にするな。 という意味で鳴いたように聞こえた。 (ほぉ~、やっぱ使い魔ってスゲーんだな) きゅるきゅるきゅる 微妙に意思疎通ができているらしい。 そうしてフレイムと対話?をしながら椅子に腰掛けようとして、 ルイズに思いっきり突き落とされた。 「ドピ!?」 「何座ろうとしてるのよ。 ここはメイジの席なの、使い魔なんだからアンタは床。 す、座りたいならお願いくらいしなさいよ」 「あんだと~~!? ……フンッ、分かったぜ、床に座ってりゃーいーんだろ? ケッ邪魔しねーよーにしといてやンよ!」 と、そう言って壁際に移動してドッカと腰掛けた所で 紫色のローブに身を包んだ中年女性が入ってきた。 「はいはい、お喋りはそこまで。 授業を始めますよ」 どうやら教師のようだ。 「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ。 ……あら?ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したと聞いていたのですが、本当のようですね」 シュヴルーズが億泰を見てとぼけた声で言ったのを引き金に、教室中がどっと笑いに包まれる。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 「それに、同じ平民でもせめてもう少し賢そうなのにしな!」 キュルケの自慢を聞かされて相当苛立っていたルイズは、 机をバンッ叩いて大きな声で怒鳴りつける。 「違うわ!きちんと召喚したの! でもこいつが来ちゃっただけよ! だいたいマリコルヌ、なによその格好!脂汗と包帯でまるで光ったメロンね!」 「なんだと!? 何度も『サモン・サーヴァント』をミスっていた分際で! このクサr……モグッ!?」 二人が口汚く口論しだすと、 突然ルイズをバカにしていた包帯メロンの口に赤土の粘土が叩き込まれる。 口を塞ぐだけではなく、口の中一杯に頬張らされているようだ。 「ミスタ・マリコルヌ。 貴方はその格好で授業を受けなさい。 少々口調が乱暴すぎますよ?」 窒息しそうな程にウーウー呻くマリコルヌの不気味さに教室の笑いが収まった。 それを見てこほん、と咳払いをするとシュヴルーズは杖を振る。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。 『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します」 授業が始まると、億泰はボーっと眺めていた。 億泰にとってはいくら興味深いものでも教師の言葉は眠りの魔法なのだ! きゅるきゅる、きゅーきゅー、キョォォーン、ぎゅーぎゅー、ゲロゲロ アギ…… と、暫くすると何匹かの使い魔が億泰の所へと集まりだした。 億泰はそれらの相手を適当にしながら、意識を半分眠りに委ねる。 まあ、それでも化け物状態から治る前兆すらなかった頃の父親の世話をしていたため、 猫草をすぐに手なづけるような事ができたりするのだ。 一方でルイズはその光景をチラチラと見て、ムカッ腹を立てていた。 (何よ!他の使い魔とかなんかと仲良くしてるんだか! そいつらの主人はみんなアンタに陰口叩いてんのよ!?) 「聞いていますか?ミス・ヴァリエール」 「ふえ!?」 「全く、授業中には集中してください。 そうですね……あなたにやってもらいましょうか、ミス・ヴァリエール。」 「え、わ、わたしが?」 「そうです、この石ころを望む金属に変えて貰いましょう」 それを聞いて意気揚々とルイズは立ち上がった。 ここで成功させてマイナスイメージを払拭してやる! 億泰にも!ここの皆にも! 大丈夫、私ならやれる筈よと誰にも聞こえない位の小声で呟いた。 そのやる気の満ちた様子にクラス中が恐怖に覆われる。 蛇に睨まれたカエルのようにガタガタ震える者も居れば、 カタカタと涙を流しながら意識を手放す者もいた。 「先生、やめさせてください」 「それだけはやめといたほうが……」 「危険です」 「お慈悲を」 「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメ……」 しかし、その声が耳に入らないかのようにルイズは教壇へと歩いていく。 その様子にシュヴルーズはにっこりと笑顔を浮かべ、 周囲は余計に引きつっていく。 「周りの声など気にしてはいけません。 さあ、錬金したい金属を心に強く思い浮かべるのです」 促されてルイズは可愛らしく頷き、手にした杖を振り上げる。 ざわっという声が教室に広がり、慌しく生徒達が思い思いの対策を取り出した。 「Hail 2 me……願いを三つ。 ルイズが錬金を成功させる。 それが無理なら錬金が失敗しても何も起きない。 それも無理なら爆発が避けていく。 Hail 2 me……」 「こ、此処は僕達が隠れるんだ! 君が入ったらスペースが埋まる!他に回ってくれマリコルヌ!」 「いやよ!こっちこないで!」 「こんな教室にいられるか!俺は部屋に帰るぞ!」 そんな様子すらも無視し、絶好調誰にも止められない状態のルイズは 唇をギュッと結び、真剣な顔で短くルーンを唱えて杖を振り下ろした。 瞬間!石ころは大爆発! 爆発の煙と臭いが充満し、平和な教室が一瞬で戦争最前線へと姿を変える! 至近距離の直撃を受け、シュヴルーズは吹っ飛ばされて叩きつけられた。 ルイズは真っ黒な煙の中に居て様子が分からない。 机に隠れた集団は無事だった。 願いを言っていた奴は地獄を!自分に!になった。 ギーシュに蹴りだされたマリコルヌはどこにも隠れられず、 吹っ飛ばされて使い魔の集団に叩きつけられた。 そのあまりの光景に驚いた使い魔は恐怖の対象のマリコルヌをボコボコにしだす。 フレイムが火炎を吐き、犬猫が噛み付き、鳥が引っかき、 マンティコアが飛び上がって鳩尾に体当たりだ。 「ゲェッ! なっ何だッ! イヒィイイイイイイ~~~~っ なんだこいつわぁあああ!」 アギ…… そして、衝撃で目覚めた億泰が不気味な形相のマリコルヌに驚いて蹴飛ばすと、 最後に衝撃で倒れてきた人面岩がマリコルヌを押し潰したのだ。 ほんの数秒で前線から阿鼻叫喚の地獄へとシフトして混乱が起きる。 状況を把握した先から被害者の姿を見てしまい、彼方此方で悲鳴と怒号が上がった。 「メイジは許可なく死ぬことを許されない! 死ぬな!死ぬなマリコルヌ~~~!」 「だから嫌だったのよ!もう二度とやらせないで!」 「ええい!学園は何をやってるんだ! 早くヴァリエールを退学にしろぉおお!」 「ピッツァー!マリコールヌ!気を確かに持てぇぇ!」 億泰はただ呆然としていた。 一言で表すのなら、 『あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! 『おれ居眠りの階段を登っていたと 思ったらいつのまにか爆発が起きていた』 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが おれも何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった… 二股だとか死亡フラグだとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…』 という感じだ。 暫くして頭の再起動が終わり、教室を見渡す。 前の方でシュヴルーズ先生が倒れて痙攣していた。 歯が全部折れているような気がした。 マリコルヌが岩の下から引っ張り出されてた。 誰の使い魔だかわからないが何処かで見覚えのある人面岩だ。 ルイズはそんな阿鼻叫喚を意に介さずにハンカチを取り出すと、 煤で真っ黒になってはいたが涼しい顔でこう言った。 「あら、おかしいわね?」 当然、その一言に他の生徒達がプッツンする。 「おかしいのはお前の魔法だ!」 「おかしくないって言うなら、 このマルコメルくっつけて治してよ!」 「マ・ルコ・メル!マ・ルコ・メル!」 状況が殆ど分からないが、億泰にもこれだけは分かった。 ルイズがなぜ『ゼロ』なんて呼ばれているのかが。 マリコルヌ&ミセス・シュヴル-ズ →治療を受けて全治数日。 他の生徒 →軽傷or無傷 ルイズ&億泰 →掃除を命令される 授業 →中止
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1281.html
ジョセフの朝は早い。 彼自身としてはもっと寝ていたいのだが、御年68歳になった彼はどうやっても夜明け頃には目が覚めてしまうのだ。しかも最近は睡眠中にも波紋呼吸をするよう心がけていた為、疲労はかなりの短時間で解消されてしまうので睡眠を取る必要もあまりない。 その為、ルイズはジョセフの寝顔をほとんど見たことはない訳だが。 「……んぁ?」 さて目覚めてみれば何やら顔の上に紙が乗っていた。 「なんじゃこりゃ」 指先で摘んで見てみるが、何の変哲もない紙でしかない。 何故こんなものが顔に乗っていたのか首を傾げるジョセフに、鞘から顔を覗かせたデルフリンガーが声を掛ける。 「相棒の運の太さにはほとほと感心させられるぜ」 「何言っとんじゃオマエ」 「俺っちから見た感想だよ相棒」 更に首を傾げる角度を大きくしながらも、軽く伸びをして窓の外を見てみれば月が煌々と輝いており、東の空がほのかに白んでいるところだった。 「さぁて、今日も一日の始まりじゃの」 服を着替えてから、洗濯物の入った籠を抱えて水場へ向かう。 水場に到着すると井戸から水を汲み上げ、タライに水をたっぷりと張ってしまう。その水で顔を洗った後、服をまとめて入れた後で石鹸を指でちぎって入れてから、波紋を練り込む。 そしてほのかな山吹色の光を全身から発した後、波紋を集約させた右手をタライの中に突っ込んだッ! もももももももも…… タライの中で迸る波紋は水を緩やかに微温湯にしていき、石鹸を柔らかく蕩けさせる。 タライから溢れんばかりに盛り上がった大量の泡は一粒一粒が肌理細かく、服の繊維の隙間にくまなく入り込んで汚れを浮き落とす事請け負いである。 十分すぎるほど泡が生まれたのを確認すると、反発する波紋を流してタライの中で水流を発生させる。しばらく一方向に回したら、次は逆方向に回す。 水流が変わるたびに泡がぐるりと巻き起こり、虹色に輝くシャボンが宙に舞う。 「輝虹色の波紋疾走(レインボーブライト・オーバードライブ)じゃよ。あーラクチンラクチン」 かつてリサリサの下で波紋修行に明け暮れていた時、洗濯当番をしていたシーザーがこの技を使っていたのを盗み見してコッソリと自分流に開発した波紋である。 当のシーザーは洗濯前に何やらブツブツと懺悔してはいたものの、この技(シーザーは『シャボン・ランドリー』とか名付けていた)を使わない選択肢はなかったようだ。 洗濯板で根気よくゴシゴシと衣服と格闘するよりは、手を突っ込んでぼけーとしてるだけで洗濯が終わるのだから面倒くさがりのジョセフがこれを使わない手はないというものである。 召喚された当初はボケ老人を装う必要があったから使いはしなかったが、波紋がバレた今となっては隠すメリットが何一つない。というわけで、波紋はハルケギニアで有効活用されることとなった。 夜明け空の向こうでシーザーが「てめェーッジョセフッ! 誇り高い生命の力をなんだと思ってやがるゥーッ」と憤ってたりするが。 「年を取ると耳が遠くなっていかんわい。最近目も霞んできたのォー」 ジョセフはあからさまにシカトを決め込んだ。 しばらくして泡が落ち着いてきたのを見計らって、すすぎに入る。 すすぎに使う水も当然波紋をたっぷりと流し込んでいるので泡が残る心配もない。 最新型の日本製洗濯機にも負けず劣らずの波紋の性能に、ジョセフも御満悦である。 「ふはぁー、一働きすると気分がええわいッ。さ、後はこいつらを干すとするかッ」 物干し場に洗濯物を干してしまえば、続いて部屋の掃除である。 水一杯の桶を両手にぶら下げて部屋に戻ると、用意した箒にはたきに雑巾に波紋をかける。それから掃除用具をハーミットパープルに絡めさせる。 「ハーミットパープルッ! 部屋の汚れを掃除しろッ!」 すると掃除用具を構えた紫の茨が部屋中に迸り、部屋中の掃除にかかる。これもジョセフが編み出したスタンドの有効活用法である。 念視の応用で、ルイズの部屋を媒介として部屋の汚れを念視する。そして波紋付きの掃除用具が辿り着けば、そこで適当に動かすだけで吸着する波紋が埃をふき取るという寸法である。 スタンドは使用者の精神に応じて成長していくものである。ジョセフのハーミットパープルにしたって、最初のうちはDIOの姿を念写する為に一台三万円もするインスタントカメラをブッ叩いて写真を出すことしか出来なかった。 だが旅の中で何度もスタンドを使うたびに、テレビを用いた読心能力も誕生したし、世界中のゲーム機と照合してイカサマがされてないかどうかさえ判るようになったのである。 機械が存在しないこの世界では、「ジョセフの雑用をこなす」ためのスタンドとしてハーミットパープルは大活躍を見せていた。 やがてハーミットパープルがしゅるしゅるとジョセフの元へ戻ってきた時には、ルイズの部屋は十分キレイになっていた。 「ま、こんだけやりゃルイズも文句は言わんじゃろ」 「てーしたモンだよなースタンドってーのは。お嬢ちゃんもこんなアタリの使い魔引いたんだから果報者だぜ」 デルフリンガーが感心したように言うのに、ジョセフもカラカラと笑う。 「まー家族や知り合いにゃ絶対見せられんがのー。もしわしの主人が男じゃったりしたらわしゃここまでマメに働いとりゃせんからのォ」 「はっはっは、相棒は見たとおりのドスケベだな」 「はっはっは、そんなに誉めんとってくれテレちまうじゃないか」 わっはっはっは、と老人と剣が笑いあう貴重なシーン。 けっこう賑やかに会話しててもルイズがそう簡単に起きてこないことは知ってるので、ジョセフもデルフリンガーも声を潜めることなくバカ話に興じるのである。 その後はルイズを起こす時間までのんびりと休憩である。 朝も早くからメイド達が忙しく働いている食堂に行けば、シエスタが自分からジョセフの姿を見つけて駆け寄ってくる。 メイド達もシエスタがジョセフに恋慕の念を抱いているのは周知の事実なので、微笑ましげに立ち話を見守っていた。無論その後で根掘り葉掘りある事ない事を聞き出す為でもあるが。 そして戦場そのものの喧騒が聞こえる厨房に行けば、マルトーを始めとする料理人たちがそれこそ命懸けで立ち回っている。ジョセフの姿を見つけたマルトーは仕事の手も休めないまま、ジョセフとガハハと会話を始める。 何分か話した後で、焼き上がったばかりのクロワッサンを一つ投げてよこす。ジョセフはほかほかのそれを有難く受け取ると、廊下を歩きながら行儀悪く食べてしまう。 そして太陽も地平線から離れ始めた頃、ルイズを起こす時間となった。 毛布に包まりながら「うーんもうたべられないー」などとお約束じみた寝言を言っているルイズの肩とお腹に手を当てると、ゆっくりと波紋を流し込んでいく。 波紋を流し込まれたルイズの体温は緩やかだが着実に上昇して行き、やがてルイズの目がぱちりと開いた。 「…………ぁー……おはよ、ジョセフ」 昨夜の舞踏会からジョジョと呼ぶことにしたはずのルイズだが、寝ぼけた頭ではつい慣れた方の呼び方をしてしまった。 「おうおはようルイズ。ほら、今日もいい天気じゃぞ」 それから顔を洗おうとして洗面器に用意された水に手をつけて「水冷たいー。お湯にしてー」とごねるルイズに苦笑しつつ、水に指先をつけて波紋でお湯にする。 お湯で洗った顔をタオルで拭いてやると、続いて化粧台の前に座らせて髪を櫛で梳く。それから寝巻きを脱がせて下着を着けさせ、制服を着せていく。ガタイの宜しい老人が幼い美少女の服を着せていく姿を見ているデルフリンガーは、密かに嘆息せざるをえなかった。 (おーおー、嬉しそうな顔しちまってなァー。相棒だけならともかく娘っ子も満更じゃないって顔してるんだからなァー。世も末ってヤツだよなァー) ジョセフは気付いていないようだが、服を着せられているルイズの顔にはほのかな桃色が差していた。これまでは従者に服を着せている主人らしく、特に表情に変化はなかったのだが。 けれどもそれがどのような感情に起因する桃色なのかは、さすがのデルフリンガーにも判別できなかった。 そして服を着せ終わっていつでも部屋を出て行ける、という段階でも、まだたっぷりと時間に余裕はあった。 ここでルイズは勤勉に朝の予習を始め、ジョセフは毛布の上で怠惰に寝転んでいた。 「おうそうじゃルイズ。なんか秘薬の材料で足らんモンはないか。今日は城下町に行く予定じゃったから、行き道の近くにあるようなモンじゃったら集めてくるぞ」 「あ、そう? じゃあ、ちょっと待ってなさいよ……」と、引き出しを確認した後で「ああ、ズフタフ槍の草にオニワライタケがそろそろ無くなりそうだわ」と答えた。 「それなら近くの森で採取できるかの。地図貸してくれ地図」 「はいはい」 そんなやり取りの後に、学院付近の地図、それからズフタフ槍の草とオニワライタケが入ったガラス瓶を引き出しから取り出し、地図と草とキノコをテーブルの上に広げてハーミットパープルで念視する。 そうするとそれぞれの群生地を茨が指し示すという塩梅である。後は実際この場所に行ってからハーミットパープルを出せば、茨がそれらを感知して伸びていくというワケである。 「ん、まあこの辺りじゃのォ。よしよし」 とりあえず大まかな場所を確認すると、地図を戻す。 そうこうしているうちにそろそろ部屋を出る時間となった。 「んじゃそろそろ朝メシじゃの」 今日の賄はなんじゃろか、と立ち上がるジョセフに、ルイズがやや慌てて口を開いた。 「あ! ジョセ……じゃなかった、ジョジョ! 今日から、その……あれよ。ちゃんとしたご飯、用意させてるから」 たったそれだけの言葉を言う間に、ルイズの白い頬はすっかり赤くなっていた。 しかしジョセフも、ルイズの言葉に鳩が豆鉄砲食らったような顔になっていた。 「え? まだ飯抜きの期間は終わってないじゃろ」 食事抜きの罰を言い渡しまくったのは誰あらぬルイズである。だがルイズはジョセフの当然の指摘に、何やら椅子をがたんと倒しながら勢い良く立ち上がった。 「いいいいいのよっ! その、あれよ! 使い魔がただのボケ老人じゃなくて、ちゃーんと有能で従順な使い魔だって判ったんだから、ちゃんと主人として報いるところがなければダメなのよ!」 ものすごい早口で言い切るルイズだが、要は「あんまり酷い仕打ちをしてるとジョセフが別の誰かに取られてしまうかも」という危機感が芽生えたという事である。 食事抜きの罰を言い渡した時も、かなり堂々と厨房付きのメイドに尻尾を振って食事を恵んでもらってたし、例えメイドからの補給ルートを遮断しても、ギーシュやキュルケなどの並み居る友人達から幾らでも食事を得ることは出来るだろう。 特ににっくきキュルケに餌付けさせたりなんかしたら、このスケベ犬はすぐに尻尾を振ってついていくに違いない。それだけは何としてでも阻止せねばなるまい、と考えたルイズは、舞踏会が終わった後で、明朝からのジョセフの食事を追加させたという次第だった。 ルイズとしては(ふふ、これで使い魔には寛大な主人という印象も植え付けられて一石二鳥というワケだわ! 私ってなんて頭脳派なのかしら!)と無意味に勝ち誇っているのだが、ジョセフとしてはおおよそのルイズの意図は察していた。 けれど空気の読めるジョセフは、バレバレ過ぎるルイズの思考を指摘することもせず。にこりと微笑んで、深々と頭を下げた。 「わしは情け深く可愛らしい主人にお仕え出来て、全く身に余る光栄ですじゃ」 「そうでしょうそうでしょう。じゃあご主人様の慈悲深さに深く感謝しながら美味しい朝食を噛み締めなさいよっ」 あっさりとジョセフの甘言に騙されて鼻高々にカバンを持って部屋を出て行くルイズ。その後ろをいそいそとついていくジョセフ。 ルイズ主従から少し遅れて部屋から出てきたキュルケとフレイムは、ルイズとジョセフの後ろ姿を目撃することになる。これを目撃したキュルケの感想は(よくわかんないけど、ジョセフは色々大変ねえ)と思い、フレイムは(全くですねぇ)としみじみと同意した。 食事は用意したものの、さすがのルイズでも使い魔で平民をアルヴィーズの食堂のテーブルに付かせる度胸はなかった。 というわけで結局、いつものように厨房の片隅で貴族の食事を取ることになったわけだが。 「……なんつーか居心地わりぃのォ」 特に見られて困るわけでもないのでテーブルマナーにも頓着せずに食べはするが。昨日まで賄いを分けてもらってた所でいきなりランクアップした料理を食べるのは難しいものがある。 美味しいのは確かだが、周囲の人々と一人だけ違う食事を臆面もなく味わえるほどにはジョセフの鉄面皮は厚くなかった。全員が微妙に視線をそらしてくれる心遣いがまたせっかくの料理の味を判らなくしているのがどうにも辛い。 「なあ我らが剣。なんだったら賄い用意するぜ?」 大体事情を察したマルトーがそう提案するが、ジョセフは苦笑しながら首を横に振った。 「いやー……うちのご主人様が用意してくれたモンじゃからのォ。有難く頂かにゃならん」 ルイズは好意で用意したんだろうというのは判るが、今までの仕打ちの中で最もジョセフに効果的なダメージを叩き込んだのはコレだった。何と言うかルイズの空気読めなさっぷりに、苦笑を止めようとも思わなかったジョセフである。 「宮仕えは色々と大変だよなぁ、同情するぜ。でもフライドチキン一つくらいは入るよな?」 「すまん、よろしく頼む」 結局、その日の朝食で一番美味しいと感じたのは、1ピースのフライドチキンだった。 食事を終えると、シエスタお手製のサンドイッチとワインの入ったバスケットを受け取り、厩舎に出向き馬を借りる。前もってルイズが馬の使用許可を取っているし、厩舎番の使用人達からも好意的な反応を受けているので全く問題もない。 まず城下町に行き、武器屋で以前頼んだ品物を受け取りに行く。最初の出会いからして悪乗りが過ぎたため、親父はジョセフを自分の命を取りにきた死神のような目で見ることは仕方のないことだった。 そんな親父に用意させた小型のボーガンと、このボーガンには間違いなくサイズの合わない強靭で長い弦。それを数本受け取り、秘薬屋に寄ってルイズの求めていた材料を買う。 昼食は広場の噴水の淵に腰掛けてサンドイッチとワインを嗜んで、帰りがけに近くの森でズフタフ槍の草とオニワライタケを採取して、バスケット一杯に詰めて帰る。 ヴェストリの広場にボウガンと弦を置き、部屋にバスケットを置いた後、ちょうど授業が終わった教室に大手を振って入ると、いつもの通り益体もない世間話に興じる。その話の輪の中には、赤い洗面器で笑える会の一員であるルイズも、加わっていた。 だが今日は夕食前まで続く会合は、「今日はすまんが用事があるんでここまでッつーことでなー」というジョセフの言葉で、惜しまれながら解散となった。 だがジョセフは、帰ろうとしていたギーシュを呼び止めた。 「おうすまんの、前に言ってた話を試したいんでの」 その言葉に、ギーシュはぽんと手を叩いた。 「ああ、あの話だね? 準備が出来たって訳だ。この『青銅』のギーシュが友人の頼みを断るはずがないということは、無二の親友であるジョジョは判ってくれてるんじゃないのかい?」 いちいちキザったらしい言い方と大袈裟な身振り手振りが、注意を引かないわけもない。 ルイズが目を光らせて「使い魔が何をするのかきちんと監視しなければいけないわっ」と付いていけば、キュルケも本を読み続けるタバサの手を引いて付いていくし、モンモランシーもこっそりとその後ろを付いてきた。 普段あまり人気のない広場に集まる四人の貴族と一人の使い魔。 「で、何するのよ。また決闘?」 胡散臭げにねめつけるルイズに、ギーシュが応える。 「バカな事を言ってはいけないよミス・ヴァリエール。今日は親友のきっての頼みに、不肖『青銅』のギーシュが……」 自分の世界にはまり込んで造花の薔薇を口に咥えたまま話し出すギーシュはさておいて、代わりにジョセフがルイズに答える。 「あれじゃよ、この学院の生徒はメイジじゃとは言ってもな。メイジじゃないわしはそれ以外の手段も用意しときたいんじゃよ。で、ギーシュの協力を仰いだッつーワケじゃ」 「前置きが長いのよギーシュは」 「顔はいいんだからそのバカさ加減をもうちょっとセーブしなさいよね」 「興味ない」 「いつも私が色々言ってるのにどうして直そうとしないの?」 「…………」 女性四人からの集中砲火を受けて冷や汗がたらり流れるギーシュだが、すぐさま気を取り直して口に咥えてた薔薇を指先に挟んで高く掲げた。 「ま、まあそれはさておいて。とりあえず練習はしてたから、後は現物さえあればそれで修正をかけていくよ」 「オッケーじゃ。んじゃちょいと待っとれよ」 と、広場の隅においていたボウガンと弦を持ってくる。 「んじゃこのボウガンを参考にしてじゃな。で、ここはこうなって……」 「うんうん。ここの部分はこうなってるのか……意外と単純だね?」 精悍な老人と金髪の美少年が顔を寄せ合って何やら相談する光景。 「どうしたのモンモランシー。よだれ出てるわよ?」 「あ、え? あ、ああごめんなさい」 そこから後は何やら男同士でしか判らない様々な相談が始まり、レディ四人を見事に置いてけぼりにしてしまう。 ジョセフとギーシュが一通り相談を終えて固く握手を交わした時には、既に四人の姿は広場から失せてしまっていた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2358.html
ゼロの騎士01 ゼロの騎士02 ゼロの騎士03
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/833.html
トイレから部屋に戻ったルイズは、昨日呼び出した使い魔について考えていた (朝食は抜いた、死体は芯まで凍っていた為、血こそ飛び散らなかったものの食欲が消えるには十分だった 粉々になった死体は部屋に戻ると昨日の様に消えていた、消えて無かったら今頃いい感じでスプラッタだったろう) おかしい、落ち着いて考えてみると確かにおかしい 死体が消えるのもそうだけど、死んだ筈なのに再び召喚されるっていうのは如何考えてもありえない 死んだ、自分の目の前で死んだ、なのに召喚されて動いて喋っていた 屍生人?吸血鬼?アヴドゥル?どれも違うように思える それよりも「死んでも召喚されれば生き返る」のではないか? そう思えた もう一度呼び出してみれば分かるかもしれない 疑問を確かめるべく、三回目の召喚を行う これであの男が出てくれば確定だ、自分が呼び出したのは只の平民などではない 何か力を持った存在なのだ、馬鹿にされる様な使い魔等ではないのだ そう思うと落胆していた気持ちが高揚していくのを感じた 「あらためて、アンタ誰」 「…ディアボロだ」 過去2度の召喚と同様に杖の先に現れた男は落ち着いていた 絶え間無く周囲を見回し警戒していること隠さなかったが、こちらを見て怯えるということは無かった ディアボロの落ち着きを見て取ったルイズは ディアボロを召喚したこと、ディアボロが使い魔であること、使い魔とは何であるかを説明した 「自分の置かれた立場が分かったわね」 「じゃあ私の疑問に答えて貰えるかしら 彼方は何故生き返ったの? 前に呼び出した時は確かに死んでいた筈だわ 甦る力があるの?それとも死んでいなかったの?」 ディアボロは警戒を解かぬまま口を開く 「…私はある戦い以来、何処から来るか何時来るか分からない死に襲われ続けている」 「一度死んでもそれで終わりではない、場所が変わり時が変わりまた死が襲ってくる」 「…まるで死の呪いね」 「ルイズ…だったな」 「お前の話は理解できた、だがそれはお前の都合であり私には関係の無いことだ 使い魔が欲しいのなら別のを探すんだな」 この男の言葉には凄みがある、言葉を裏打ちするだけの力を持っているのだ 逃す訳には行かない ここで逃せば自分は本当に何も無い「ゼロ」になってしまう しかしこのままでは引き止められない ルイズは何かこの男を留めて置けるなにかはないかと必死に頭を働かせた 力?金?カラダ?いや違う 男の喋った言葉の中にあったそれに気付く、思いつくままに口を動かす 「死ぬ度に時間と場所が変わる、そう言ったわね」 「それならばあれほどまでに周りを恐れていたのは分かるわ」 「何も分からぬままいつまでも流され続ける、これほどの恐怖は無いものね」 「でも、今の彼方は落ち着いている、死を恐れているものの落ち着いているわ」 「それは安心したからじゃあないかしら、状況が理解できる範囲にあることに」 「私に呼ばれてから別の場所で死んだことはあった?無いんじゃないの?」 「それは契約を結んだことで呪いに変化があったと考えられるわ」 「だから私の元を離れたり、私を殺したりすればその安心は失われるかもしれないわよ」 「何処とも知れぬ場所で永遠に死に続ける、そんなのに耐えられるかしら」 一気にまくし立てたルイズは息を整え、最後の決め手と言わんばかりに言い放った 「これは機会よ!慈悲深い御主人様が与えた最後の機会! 逃したならもう二度と救われることは無いわね」 ディアボロがルイズを見る 「よく喋る口だ…つまり利害が一致した訳だな、お前は使い魔が欲しい、私は平穏を必要としている いいだろう、使い魔になってやろうじゃあないか」 ルイズは笑みを浮かべた やった、ほとんどでまかせだったがこの男は使い魔になると言った ディアボロの言葉遣いや態度は気に入らないが、とにもかくにも使い魔を得ることが出来たのだ 「じゃあ行くわよ、ついて来なさい」 「何処にだ」 「教室によ、使い魔は主と行動を共にするものよ」 教室は大学の講義室という風だった 何か異なることといえば生徒達が皆何かしら生き物を従えていることだろう 道すがら見かける様なものもいれば、動物園で目にするようなものもいる ディアボロの目を引いたのは中でも物語の中でしか存在し得ない筈の生き物達だ (ここでは幻獣と称するらしい、ルイズの話の中で出ていた) (イタリアではないことだけは確からしいな) この小娘に出会ってから2度死んだ、死んだ次の場面は2度とも小娘の前だった 今までこんなことは無かった、時間も場所繋がり無く変わり訳も分からぬまま死を繰り返した 小娘のでまかせを思い出す 確かに以前の状態に戻らないという保証は無い 認めたくは無いが自分はあの小僧に破れ絶頂から転げ落ちてしまったのだ 今は崖に生えた細い枝に服が引っ掛かった様な極めて不安定な状態だ 少しでも重心を崩せば再び奈落の底へと転落してしまうだろう しっかりと三点確保を維持しながら崖を上らねばならない 迂闊な行動は出来ない 絶頂であり続ける為には… 「コッチヲ見ロォ~~ッ」 「ん………?」 顔を起こしたディアボロに散弾の様な石の破片が突き刺さり、ついで爆風が体を粉々に吹き飛ばした ■今回のボスの死因 ルイズの失敗魔法の巻き添えで爆死
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/607.html
++第七話 使い魔の決闘①++ 配膳はそう難しい作業ではなかった。 配る作業はシエスタがやってくれるので、花京院は銀のトレイを持って動くだけだ。ただ、上に乗ったケーキだけを落とさなければいい。 シエスタが手際よくケーキを配っていくのを眺めながら花京院は落ち込んでいた。 無神経だった自分への自己嫌悪。 ルイズを傷つけてしまった後悔。 それらがまるで棘のように胸に突き刺さり、花京院を落ち込ませる。 ケーキを配りながらルイズの姿を探してみたが、見つからない。もう部屋に戻ってしまったのだろうか。 「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 やけに大きな声が聞こえ、花京院は顔を向けた。 そこには談笑している貴族たちがいた。 中心となっているのは、ギーシュと呼ばれた金髪の少年だ。フリルのついたシャツを着た、いかにもキザなメイジで、バラをシャツの胸ポケットに挿している。 彼はバラを引き抜くと、自分の顔の前で振った。 「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。このバラのように、多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 花京院は思わず顔をしかめた。 格好をつけているつもりなのか知らないが、度が過ぎている。これではもうナルシストだ。 ……早く終わらせよう。 花京院が側を通り過ぎようとしたとき、ギーシュのポケットから小ビンが落ちた。 今の花京院がただの使い魔として来ていたなら放っておいただろう。しかし、残念なことに今は給仕中だった。 たとえ相手が嫌なやつでも拾ってやるべきだろう。 トレイを絶妙なバランスで維持しながら小ビンを拾った。 「おい、ポケットからビンが落ちたぞ」 声を掛けてみるが、ギーシュは無反応だ。 面倒なので、ギーシュの前のテーブルに小ビンを置いた。 「落し物だ」 ギーシュは苦々しげに花京院を見つめると、その小ビンをそっと横に押しやった。 「これは僕のじゃない」 その声で、ギーシュの友人たちも小ビンの存在に気付いた。 友人の一人が小ビンを取り上げ、検分する。 「おお? この香水は、モンモランシーの香水じゃないのか?」 「間違いない! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」 「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは……お前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」 確信した友人たちは騒ぎ出した。その声の大きさはうるさいぐらいで、花京院は早く離れようと足を速めた。 その時、入れ違いざまに茶色のマントの少女がギーシュの前に立った。 少女は目に涙が溜め、泣き出す直前のような表情で、口を開く。 「ギーシュさま……やはり、ミス・モンモランシーと……」 「ち、違うんだ、ケティ。彼らは勘違いしているだけで、僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」 ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュの頬をひっぱたいた。 涙をその頬に伝わせながら、 「その香水が何よりの証拠ですわ! さようなら!」 まくし立てるようにそう言い、ケティは走り去っていった。 ギーシュは、頬をさすった。 色々な事情があるもんだな、と思いながら花京院が歩き出そうとすると、その横を今度は金髪の巻き髪の少女が通った。 少女は先ほどのケティと同じようにギーシュの前に立つと、厳しい顔つきでにらみつけた。 「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただいっしょに、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」 弁解をするギーシュの額を冷や汗が一滴伝う。 モンモランシーは腕組みをし、ギーシュを見下ろしていた。 「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」 「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇るバラのような顔を、そのような怒りでゆがませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」 モンモランシーは何も言わずに、テーブルの上に置かれたワインのビンを掴んだ。 そして、呆けたように固まっているギーシュの頭の上からぼどぼどとかけた。 「うそつき!」 と怒鳴って去っていった。 台風が過ぎ去った直後のように、食堂に束の間沈黙が満ちる。 やがてギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと顔を拭いた。 「あのレディたちは、バラの存在の意味を理解していないようだ」 そして、芝居がかった仕草で、首を振る。 成り行きを見守っていた花京院の袖を誰かが引いた。 「……カキョーインさん。行きましょう」 「ああ。そうだね」 ギーシュに背を向けて、歩き出そうとしたところで呼び止められた。 「待ちたまえ」 「なんだ」 ギーシュは、椅子の上で身体を回転させると、足を組んだ。そのいちいちキザったらしい仕草に、花京院は頭痛がした。 「君が軽率に、香水のビンなんかを拾い上げたせいで、レディの名誉に傷がついた。どうしてくれるんだね?」 「おまえとさっきの彼女たちとの間にどんな関係があったのかは知らないが……」 ギーシュに指を突きつける。 「二股かけているお前が悪いんじゃあないのか」 ギーシュの友人たちが吹き出した。 周囲で見ていた人たちも、くすくすと笑いをもらす。 「そのとおりだギーシュ! お前が悪い!」 ギーシュの顔に、さっと赤みがさした。 視線を花京院に定めると、言った。 「いいかい? 給仕君。僕は君が香水のビンを置いたとき、知らないフリをしただろう。話を合わせるぐらいの機転があってもよいだろう?」 「どちらにしても、二股はいずれバレたろう。それと、僕の名前は給仕じゃない」 「ああ、君は……」 ギーシュは馬鹿にするように鼻を鳴らした。 「確か、あのゼロのルイズが呼び出した、平民だったな。平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」 ゼロのルイズ、という言葉に花京院は反応した。 ゼロ。それはルイズが魔法を上手く扱えないことを嘲笑った言葉だ。 花京院が傷つけてしまった少女への侮辱だ。 それを彼はあっさり言った。何の迷いも無く、はっきりと悪意を込めて。 平民だ、貴族だということはどうでもいい。貴族が勝手に偉ぶっていようと、花京院には関係のないことだ。 だが、彼女に対する侮辱は許せなかった。 「今、おまえはゼロのルイズと言ったな」 「ああ、言ったとも。魔法を使えないものをそう呼んで何が悪い?」 「そうだな。事実だから悪くない……確かに正論には違いない」 花京院はトレイをシエスタに渡した。 そして、正面からギーシュを睨みつける。 「だが、彼女は僕の主人だ。魔法が使える、使えないの問題じゃあない。僕が彼女の使い魔で、僕の主人が彼女である以上、彼女の侮辱を聞き過ごすわけにはいかないな……」 花京院はギーシュのようにキザな仕草で、小馬鹿にしてみせた。 「たとえ相手が口だけのキザな奴だろうと、だ」 ギーシュは目尻を上げると、花京院をにらみつけた。 お互いの視線がぶつかり合い、一触即発の空気が漂う。 先に言葉を発したのはギーシュだった。 「……よかろう。君に礼儀を教えてやろう」 「どこでやるつもりだ? 僕はどこでも構わない」 「貴族の食卓を平民の血で汚すのはしのびない。ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら、来たまえ」 ギーシュはくるりと身体を反転させ、歩き出した。彼の友人たちもその後に続く。 一人だけはテーブルに残った。花京院を逃がさないために、見張るつもりのようだ。 「さて、早く終わらせようか」 花京院がシエスタからトレイを取り、配り始めようとするが、はさみを握るシエスタの手は震えるだけで、ケーキを掴まない。 不思議に思ってシエスタの顔を覗き込むと、彼女は真っ青になっていた。 手だけでなく、身体全体を震わせながら、シエスタは言った。 「あ、あなた、殺されちゃう……」 「殺される? 僕が?」 「貴族を本気で怒らせたら……」 最後まで言い終えずに、シエスタは走って逃げてしまった。 一人残された花京院は、仕方ないので一人で配ることにした。 多少手間取りながらも全てのケーキを配り、トレイを厨房へ返す。 これで準備は整った。 花京院は一人残ったギーシュの友人に場所を聞き、ヴェストリの広場へと向かった。 To be continued→