約 1,076,779 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/702.html
ポルナレフは二人にシルバー・チャリオッツとについて説明した。 ただ、剣針飛ばしや甲冑を外せる事等、伏せるべき事は伏せておいた。 味方だろうと、誰にも知られない方が奥の手として敵にも伝わりにくいからだ。 「で、結局その『銀の戦車』とやらはゴーレムじゃ無く、杖を使わずとも呼び出せ、しかも人間以上に素早く精密な動作までできるというのか?」 コルベールは終始驚きっぱなしだったが、オスマンは深刻な顔付きをしていた。 「君は…その力で何もする気は本当に無いのかね? そのような魔法に対抗出来る力を持ったら平民の誰もがやましいことを考えてもおかしくないと思うがのぉ…」 確かにこの世界では魔法という力が平民の恐怖そのものだ。それを分かっているだけに、スタンドの存在をオスマンは恐れたのだ。 「俺にそのような気持ちは無い。今までチャリオッツを正しいと信じた事以外に使ったことは無い。」 ポルナレフはそう自らの意志を示した。 なるほど、マリコルヌを針串刺しにしたのは正しいと信じているらしい。 「…一先ず君を信じよう。まだ我々は君がそれを悪用しているのを見ておらんしの。」 オスマンがそう言った時、ロングビルが帰って来た。 「た…只今…ハァ、戻りました…ハァ。」 急いで戻って来たのか、ロングビルは息を切らしていた。 ポルナレフはそれを見てそろそろ頃合いかと思い、 「どうやら帰ってきたようだな。それではもう話すこともないので、私はこれで。」 と言って、席から立ち上がるとそのまま退室しようとした。が、 「ちょっと待ちたまえ、ポルナレフ君。」 オスマンに呼び止められた。 「まだ何か?」 ポルナレフは面倒臭そうに振り返った。 「君はどうやってそれを身につけた?それも思い返せば君はミスタ・グラモンとの決闘の途中までそれを使わなかった。 君が本当に闘いに美学を置いているなら、決闘の途中で手に入れたと見ていい…違うかね?」 ポルナレフは1番教えたくない点を言われ、一瞬ビクリとした。しかしすぐに冷静を装うと、 「鋭いな…。しかし、それに答える事は出来ない。」 と答えた 「ちょ、ちょっと!答えられないってそれは無いだろ!全部話すって言ったじゃないか!」 コルベールが思わず叫んだ。 「その通りじゃ。話したまえ。」 オスマンも同意する。 少し考えてポルナレフは閃いた。 「そうだ、こうしよう。先程私はミス・ロングビルが帰ってくる頃にはルイズも戻ってくるといった。これで賭けをしよう。」 「『賭け』?」 「もし、このドアの向こうにルイズが居なかったらどうやって手に入れたか話そう。」 「逆にいたら?」 「そうだな…500エキューぐらいもらおうか。」 「高ッ!」 コルベールが叫んだ。平民が一年は暮らしていける金額の数倍である。 「別にいいぞ。やらないなら話さないだけだ。最も、チャリオッツを使えばこの敷地から逃げ出すなんて訳は無いしな。」 ポルナレフは脅すように言った。 三人は額を寄せて話し合い、分はこっちにある、大体あの娘にそんなこと出来る訳無いだろ、と結論づけた。 「君の話に乗ろう。賭けようじゃないか。」 オスマンはポルナレフにそう誓った。 「GOOD!」 ポルナレフはそう言うと、ドアを思いっきり勢いをつけて開けた! ドガァンッ! 「ガペシッ!」 またドアと何かがぶつかる音と珍妙な悲鳴がした。 そしてそこにはまた鼻柱をドアに打ち付け、後頭部を床にしたたかに打ち付けたルイズの姿があった。 「…」 三人共黙ってしまった。 「さて私の勝ちだな。約束通り貰おうか。500エキューをな…」 ポルナレフはニヤリと笑いながら手を突き出した。 「まったく、あんたご主人様を何だと思ってんの!?」 ルイズは部屋に戻る途中ポルナレフにキレ続けた。二回もドアに顔面を打ち付けられたのだ。キレてもしょうがない。 「盗み聞きしてる方が悪いと思うがな。」 ポルナレフは悪びれせずに言った。これを聞いて、ルイズはわなわなと震え出した。 「こここ、この犬のくせにご主人様になんて事を…!」 「聞きたいのなら別にあんな事しなくても、後で俺から話してやるというのに…」 ポルナレフは呆れたかの様に言った。 「ほ、本当!?」 ルイズは目を輝かせた。 「ただし100エキュー払うならな。」 「五月蝿い!やっぱりあんたの話なんて聞きたくないわ!」 こいつはプッツンしてて手に負えないな、とポルナレフは思うと、部屋に着くまで黙り通すことにした。 やがて二人と一匹は部屋の前に着いたのだが、ルイズと亀が入り、ポルナレフも入ろうとするとドアを閉められ、ガチャリと内部から小さな音がした。 しまった!と急いでノブをガチャガチャ回したが、開かなくなっていた。どうやら施錠したらしい。 「あんたなんてクビよ!使い魔は亀だけで十分だわ!!」 ドアの向こうからルイズが怒鳴った。 「おい、それは無いだろ!亀の中には色々大切な物が入っているんだ!貴様ごときに取られるわけにはいかん!開けろ!小娘!」 ポルナレフも叫んだのだが、返事は無かった。 いずれ地球に帰る時には亀と一緒に帰らなければならない。亀の中にはジョルノ達の『心』が納められているからだ。 それは去って行った仲間達から受け取った矢をはじめとした遺品の数々のことである。 だからポルナレフはなるべく亀と一緒にいる必要があった。もし自分だけ帰ったら殺されるだろうし。 「仕方があるまい…何処か寝れる場所を…」 と呟き、辺りを見渡すとキュルケのフレイムがこちらを見ているのに気付いた。 また見てるな…と思っていると、フレイムがこちらに近づいてきて、ズボンの端をくわえると引っ張り始めた。何処かへ連れていきたいらしい。 「こら、引っ張るな。ついていってやるから!」 そうポルナレフが言うと、理解したのか、フレイムは引っ張るのをやめきゅるきゅる鳴くと、ポルナレフを隣のキュルケの部屋へ引導していった。 キュルケの部屋の中は暗かった。フレイムの周りだけぼんやりと明るい。 「扉を閉めて?」 暗闇からキュルケの声がした。変に色っぽい気がしたが、一応言う通りに閉めた。 「こっちへいらっしゃいな。」 「話したいのは山々なんだが、暗くて部屋の中がよく分からんのでな…すまないが明かりをつけてくれないか?」 ポルナレフは嫌な気がして、ドアの近くからそう言った。 すると杖を振るような小さな音がして、蝋燭の一本一本に火が灯った。 その明かりに浮かび上がったのは下着姿のキュルケだった。 「これでいいかしら?そんな所に突っ立ってないでこちらにいらっしゃいな。」 誘惑するかのような声で話しかけてくる。おそらく並の男ならイチコロだろう。しかしポルナレフは違った。 まてまて、今の俺はこんなキャラじゃ無い。このキャラはエジプトで卒業したはずだ。 ポルナレフの脳内でそんな声がしたのだ。更に続けて そうだ。今の俺はこんなキャラじゃ無い。逃げろ。逃げるんだよォーッ!スモーキィーーッ!! と聞こえた気がした。 ポルナレフはジョースターさん?と思いつつも、この声に従いじりじり後退した。 その様子を見てキュルケは溜息をついた。 「貴方はあたしをはしたない女だとおもうでしょうね。」 ポルナレフはドン引きした。自覚してるなら恋人でもない男の前でそんな恰好するな。親が泣くぞ?そう思った。 「思われても仕方ないの。あたしの二つ名は『微熱』。」 ポルナレフは嫌でも分かった。ここは逃げるべきだと。もはやここから話を聞く余裕など無かった。 「~~~」 まだキュルケが何か言っている。もうとっとと逃げるべきだ。そう判断するとドアのノブを握った。 しかし、ドアは開かなかった。ハッと前を見た。キュルケが杖をドアに向けていた。 「あたしがこれだけ無視されるなんて初めてだわ…」 ヤバイ、俺はやっぱりこのキャラを卒業出来てなかったのか?トイレと女運は全て俺なのか? 「でも、ますます燃えてきたわ…貴方をどうやってでも振り向かせたい、あたしの虜にしたい…!」 やばい、ヤバすぎる。こうなったら仕方あるまい! 「チャリ…」 チャリオッツを呼び出そうとした時、ガシャガシャと窓が叩かれた。 見ると男子生徒が一人窓の外にいた。 「待ち合わせの時間に来ないから来てみれば…」 「ペリッソン!えぇと二時間後に!」 「約束が違う!」 キュルケはこちらに向けていた杖を窓の方に振ると、蝋燭の火がペリッソンをたたき落とした。 ギーシュと同じく二股しようとしていたらしい。貴族の風上にもおけない奴らである。 「まったく無粋なフクロウね」 「お前が言えるか。小娘」 「あら、嫉妬かしら?安心して。彼はただの友達よ。とにかく今、あたしが1番恋してるのはあなたよ。ジャン…」 キュルケはそう言うとするするとポルナレフの方へ近寄ってきたが、また誰かが窓を叩く音がした。 今度は先程のと違う男で、ポルナレフも見覚えがあった。名前は忘れていたが決闘を挑んで来た奴だ。 その彼も蝋燭の炎によって落とされた。 しかし、男はそれでおしまいでは無かった。 今度は三人が同時に来たのである。彼等は口々に何か言ったが、フレイムの吐く炎によって落とされた。 その間にもキュルケはポルナレフとの間を詰めて行った。 だが、ポルナレフは既に逃走経路を作っていた。チャリオッツを先程呼び出した時にドアを切り裂いておいたのだ。 ポルナレフはキュルケに背を向けるとキュルケが抱きつくより早くドアに突進した! バッキャァーンッ! ポルナレフは廊下に回転しながら着地した。しかし、彼の女運はまだ続いていた。 今度のそれはすぐ隣の部屋のドアを開けて出てきた少女、ポルナレフのご主人様であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールその人だった… To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1304.html
「ちょっと、どこ行くのよ」 ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた 口調で問いかける。 「ヴァリエールの娘を追う」 「わたしはどうするのよ」 「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」 合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。 男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。 「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」 一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが 厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか 目的地へと辿り着く。 「本当にそう上手くいくかなぁ」 とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って 油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。 「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」 語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが 再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る 火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく 杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を 使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての 統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。 「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて いただきますわ」 意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は 弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって 突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い 返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く 使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。 そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての 傭兵が散り散りに逃げ出していた。 フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。 「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」 土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。 「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」 聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。 「ど、どうする?」 「どうするって・・・出るしかないでしょ」 キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる 中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。 飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が 出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。 「なッ!?」 いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に なんとかゴーレムの手を割り込ませる。 「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」 怒りを露にして再び地面を睨むが、 「・・・!?」 彼女の視界には誰一人として映らなかった。 左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは 反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。 しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。 ――まさか!? フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た 後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの 行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と 接近している。 「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」 フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。 ドシュゥゥゥッ!! その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、 「きゅい!?」 面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。 「ツメが甘いのよおチビちゃん!」 フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の 甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、 二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で 応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、 後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を 見るより明らかだった。 大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは 若干荒い息を吐きながら笑う。 「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」 「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」 突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、 拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。 「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ 許してくれたまえ」 余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの 拳がフーケに容赦なく炸裂した。 「うぐッ・・・!!」 脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。 ――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ! 頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が あることを確認し、冷静な心でレビテーションを―― 「きゃああっ!?」 いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは 思わず杖を取り落としてしまった。 「かかか、勝ったのかい僕達は!?」 「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」 キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく 問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。 「勝利よ わたし達のね」 杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり 込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの 頭を撫でて労うタバサがいた。 「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」 そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで 逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、 シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。 勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。 「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」 一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる キュルケをキッと睨み―― 「お願い!見逃して頂戴!」 がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。 「は、はぁ?何言ってるのよあなた」 「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」 プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは 信じられないといった顔で見下ろす。 「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ そんなことが言えたものね」 「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして 地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは 死ぬわけにはいかないのよ」 フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。 「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」 「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」 ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを 見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、 破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。 「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを 言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」 その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。 「ッ!?」 「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ ならないのよッ!」 上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。 基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、 杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が 驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか 逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女 自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。 「あぅッ!」 「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」 キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。 「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」 「ほら、行くわよ!」 町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。 「ま、待ってくれたまえ!」 しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。 「何よギーシュ、信じるって言うの?」 綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って いるようだったが、意を決して口を開いた。 「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」 その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。 「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった 散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの 受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う 眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・ それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」 ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。 「・・・ギーシュ」 キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。 キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは フーケの前にしゃがみこんだ。 「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい これからはその人達の為だけに生きると」 その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。 「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」 自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。 「全く・・・あなたって、本当にバカよね」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2169.html
その日、朝の肌寒さのせいか、ルイズは早くから目を覚ましてしまった。 ルイズは腕から茨を伸ばして窓を閉じつつ、布団を茨でかけなおす。 一通り用事が終わると、茨はその場でフッ…と消えた。 ルイズにしか見ることのできない『茨の冠』は、文字通りルイズの手足となっていた。 ルイズが使い魔を召喚した日、誰にもその存在が確認できないことから、皆がルイズを馬鹿にした。 それだけならまだしも、コルベール先生ですらルイズを疑ったのだ。 だが、『私にしか見えない茨の冠を被ったら、私の腕から私にしか見えない茨が生えました』なんて言えるものだろうか。 って言うか、言った、力説した。 最終的に、オールド・オスマンが直接ルイズの腕を確かめて、やっとルイズが使い魔を召喚したのだと結論づけられた。 確認の方法は簡単で、水桶の中に砂を敷き詰め、茨をそこに這わせただけだった。 それをオールド・オスマンが触れて確認し、ルイズは落第を免れたのだが…困ったのはその後。 ルイズの腕から生える透明な茨は、視認がほぼ不可能であり、言わば悪用し放題なのだ。「まぁ~、ヴァリエール家の娘が悪用するはずはないじゃろうなぁ~」 と、ルイズのプライドを刺激して、悪用しないよう警告したが、それも苦肉の柵。 オールド・オスマンは、ディティクトマジックでも認識できないルイズの使い魔に、頭を悩ませていた。 そしてルイズ自身も頭を悩ませていた。 この使い魔のせいで、ルイズはある人物に付き纏われることになったのだ。 「ヴァリエール、いるー?」 コンコン、とノックの音が響くが、ルイズは気づかない。 「ちょっと、ヴァリエールー?」 ルイズの部屋をノックしていたのはキュルケだった。 本来は禁止されている『アンロック』の魔法で鍵を開けると、ルイズの部屋にずかずかと乗り込み、ルイズの布団を引っぺがした。 「ふえっ、らり?」(え、なに?) 「まだ寝てるの?朝食の時間になるわよ」 「ふわ…って、ツェルプストー、なんで人の部屋に勝手に入ってるのよ」 「あら、あんたを起こしてあげたんじゃない、感謝してほしいぐらいよ」 キュルケがルイズの手を掴むと、おもむろにルイズの手を頬にすりよせる、俗に言う頬ずりって奴だ。 「ちょちょちょちょちょちょっと!なにしてんの!」 「あら、つれないわねえ…ね、あの触手、ちょっとだけ出してよ」 「イヤよ!触手じゃなくて茨よ!い・ば・ら!」 「何よもう、触った感じじゃ、太さといい固さといい…何よりも何本もあるなんてのが素晴らしいじゃない!」 「とっとと出て行け色ボケ女ぁ!」 ルイズが枕を投げ、続いて腕から伸びる茨を使って手当たり次第に部屋の中のものを投げる。 たまらずキュルケが退散し、廊下を走って逃げていった。 ルイズは部屋で、朝から息を切らせてしまい、疲れている様子。 「…ハァ、ハァ…、なんでこの茨、妙に太くて棘が丸っこいのよ…これじゃまるで(検閲)じゃない…」 (※アニメ版です) キュルケに茨の形状を知られて以来、毎朝毎朝こんな調子だった。 「それに、こいつは触手じゃなくて『ハーミット・パープル』なんだから…もう」 ルイズは愚痴を言いつつ服を着替え、食堂へと足を進めた。 朝食を終えて授業の時間、コルベール先生の授業は独特で、火の魔法講義と言うよりは、火の利用法講義だった。 火単体の能力より、火と水、火と土、火と風…火を媒介とした利用法を考案し、発表している。 火の魔法に自信を持っているキュルケは、それが不満らしいが、火が生活のあらゆる面で活用されているという話には喜びを見せていた。 タバサという生徒は少し特殊で、攻撃や攪乱に役立ちそうなものに関心を寄せている。 彼女はいつも本ばかりを読んでいる上に、キュルケの友達ということもあって、なかなか人が寄りつかない。 ルイズも本来なら、彼女のことなど気にも留めていなかっただろう。 だが、彼女には、ルイズを共感させる何かがあった。 最初は偶然だった。 ルイズのことを「魔法成功率ゼロのルイズ」と馬鹿にしたマリコルヌの首を、ちょっとだけハーミット・パープルで締めてやろうと思ったのだ。 マリコルヌに気づかれぬよう、首と頭にハーミット・パープルを這わせると、ルイズの頭に何かが伝わってきた。 『ミス・ロングビル…ボンテージ着てたらどんな感じだろう…』 「はあ?」 突拍子もない思考に、ルイズは思わず呆れた声を出してしまった。 「ミス・ヴァリエール、どうしましたか?」 「あ、いえ、なんでもありません」 授業を担当している教師、ミスタ・コルベールに注意され、ルイズは慌てた。 しばらく待ち、再度ハーミット・パープルでマリコルヌの頭に触れると、また同じように声のような何かが伝わってきた。 『あのメイド、おっぱい大きかったなあ』 「………」 思わず、ルイズは惚けた顔をしてマリコルヌの方を見てしまう。 マリコルヌがルイズの視線に気づいたので、慌ててルイズは正面を向いた。 正面を向きつつもハーミット・パープルは解除せず、マリコルヌの思考を聞く。 『なんだろ…もしかしてヴァリエールの奴、俺に気があるのかな!?でもあんなゼロの乳じゃな…』 とりあえずマリコルヌの首を一瞬で締め上げてから、ハーミット・パープルの『能力』を他でも確かめようと、違う生徒達の頭にも這わせてみた。 その結果、ハーミット・パープルは『人間の思考を読める』ということが解った。 ついでに、ルイズは意外なことまで知ってしまい、一日の授業が終わった後で自己嫌悪に陥ってしまった。 キュルケは、ルイズを馬鹿にするとき、軽い気持ちで馬鹿にしているが、心配するときは本気で心配している。 言うなれば、裏表がなく正直な奴だった。 ただ自分に言い寄ってくる男に対しては、ものすごい軽い気持ちで接しているようだ。 次に教室では目立たないタバサという少女の思考も読んでみた。 まずタバサというのは偽名、本来ならシャルロットと名乗りガリアの王女様になるところだったが、叔父の策略で父は殺され母は自分の身代わりとなって毒の犠牲に。 しかも母は、タバサを危険な任務に行かせるために、生かされている状態…つまり人質だった。 トリステイン魔法学院には、身分を隠して生活するため、また毒の解毒法を探すために図書室を利用しているのだとか。 他にも何人もの生徒の心を読んでみたが、ルイズはタバサ以上の苦しみを見つけられなかった。 ただ一人匹敵すると言えば、コルベール先生だろうか。 彼は昔、任務とはいえ一つの村の人間をすべて焼き殺し、その贖罪として火を平和的に利用するための研究をしているらしい。 ご丁寧なことに、殺した人の数はしっかり記憶していた。 そんな重たい思考を探ってしまい、ルイズはは自己嫌悪に陥ってしまったのだ。 「みんな、苦しんでるんのね…」 ベッドに寝そべり、天井を見上げつつルイズが呟く。 「ゼロって呼ばれてる私だけど、家族がみんな無事だし、ちい姉さまも病気がちだけど、生きてる」 思い出すのは、タバサ…シャルロットの思考。 「私より辛い思いしている人なんて、沢山居るんだ…」 ルイズは姉の姿を思い出す。 ちいねえさま「カトレア」は、魔法こそ優秀だが身体が弱く、ルイズのように外を飛び回ることも出来なかった。 タバサの母は心を病み、人形を娘だと思いこんでいる。 その身に負っている症状の違いこそあるものの、明日からタバサと同じように図書館に通ってみようと思うルイズだった。 図書館にて、ルイズはまた一つ別の発見をした。 トリステイン魔法学院の図書室『フェニアのライブラリー』の蔵書数はものすごく、案内図を見ても迷ってしまう。 案内図を見て、人体を治療する魔法薬について書かれた本を探そうとしたが、それだけでも1000を超えている。 姉の身体を治療する薬についても調べたいが、ここはタバサを優先しようとした。 「精神を治す魔法薬って、どの本なのかしら…もう、多すぎて解らないわよ」 片っ端から読むには多すぎる、どれか一つに絞りたい。 ルイズがそう考えた途端、右手から飛び出たハーミット・パープルが、しゅるしゅると伸びていった。 「?」 ハーミット・パープルの伸びた先には、本棚の案内図があった。 よく見ると、ハーミット・パープルは『エルフ』の棚の『上から二段目』の『右端』を指している。 「なによ、こんな高いの、レビテーションが使えないと取りに行けないじゃない」 ルイズが愚痴る。 「って、よく考えたらハーミット・パープルで取ればいいのよね…ちゃんと取れるかしら?」 しゅるしゅるとルイズにしか聞こえない音を立てて、ハーミット・パープルが本を取ってくる。 よく見るとその本は大判で、ルイズが持つには少し大きいように思えたが、不思議なことにハーミット・パープルが持つとほとんど重さを感じなかった。 「…便利ね」 これがハーミット・パープルが持つ能力の一つ、『探知』だった。 ハーミット・パープルが持ってきた本は、かなり古ぼけており、エルフの伝承について書かれている本だった。 おとぎ話のような書き方がされており、資料的価値は非常に薄いように思えたが、目次のある部分に驚くべき記述があった。 『精霊魔法』の項目を見ていくと『呪い』という中項目があり、更にその中に『生ける屍』と書かれていたのだ。 そのページを開くと、古い文字でびっしりと毒薬について書かれていた。 古い始祖ブリミルの伝承本で使われる文字と同一だったので、ルイズはかろうじて読むことができたが、難しい文字のため、ついつい小声で音読してしまった。 「エルフ…用いる魔法薬は、水の秘薬が頭脳に停滞し、精神を混乱状態で安定させる……」 難しい文字を読むため、いつになく本に集中していたルイズは、背後を通りかかった人物の気配に気づかない。 「この毒は、意識を朦朧とさせるだけでなく、認識をすり替える…人形を我が子だと思いこむ母、オークを美しい女性だと思いこむあわれな男…など、後世では呪いなどとも呼ばれる……」 「見せて」 「うきゃっ!?」 ルイズは背後から聞こえてきた声に驚き、おもわず叫び声を上げてしまった。 振り向くと、そこにはタバサがいた。 タバサはルイズが読んでいた本をのぞき込み、指でなぞりつつ内容を確かめていく。 ルイズは椅子に座ったままだ。 鬼気迫る雰囲気でページをめくるタバサに声をかけようと思ったが、怖くて無理っぽい。 本を机に置き直して、タバサが呟く。 「…始祖ブリミルの直径第一子時代のエルフに関する本、ブリミル降臨以前の精霊同士の関連図がある本」 「え?」 「なんでもない」 ルイズは思う。 もしかして、タバサは母親を助ける手段を思いついたのではないか? それか、具体的な手がかりを見つけようとしているのではないか? 「本は返す」 そう言って立ち去ろうとするタバサを、ルイズが呼び止めた。 「待って、古代ルーン文字に関する本と…始祖ブリミルの降臨以前の、ええと…そうそう、精霊の本よね、ちょっと待って」 ルイズが右手を上げて、小声で呟く。 「……ハーミット・パープル、言ったとおりの本よ、探してきなさい!」 右手から伸びた茨が図書館中をはい回り、本を一冊一冊確かめていく。 その間、ルイズの頭にはものすごい情報が流れ込んできた。 図書館にある本のタイトルや主旨が頭の中に流れ込んでくるのだ。 ルイズの意識が、精神力の尽きたメイジが無理矢理魔法を行使するかのように朦朧としてきた頃、ハーミット・パープルがいくつかの本をルイズの元へと届けた。 「…これが、多分、あなたの読みたがっ…て…る…本……」 バタン、と音を立てて、ルイズは机に突っ伏してしまった。 ルイズを心配したタバサが、ルイズの顔をのぞき込むと、ルイズはよだれを垂らして寝ていた。 ルイズの持ってきた本は、まさしくタバサの探し求めたものであり、そこには母に使われた毒と、その解毒方法を解読するには十分だった。 「一個借り」 タバサは、もう一人の友人にしたように、その不器用な言葉で感謝を表した。 なお、その翌日、ルイズは二日の謹慎を食らい、自室で自習に励んでいた。 『フェニアのライブラリー』には教師しか閲覧を許されない書棚がある。 ハーミット・パープルは、そこから本を持ち出してしまったのだ。 「もう、閲覧禁止の棚から持ってくるなんて、もうちょっと気を利かせてよね!」 自分の腕から生える茨に文句を言う。 しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。 ハーミット・パープルは実体化、半実体化ができる。 これを利用すれば『アンロック』を使わずに鍵を開けることができ、しかも、壁を突き抜けてその向こう側を探すという驚くべきことまでやってのけるのだ。 自分の腕から生えた使い魔が、驚くべき能力を持っているとわかり、ルイズはかつてない程に満足していた。 もう一つは、タバサの母を治療する糸口が見つかったという事。 ルイズにとって、苦しんでいる身内が救われるのは、我が事のように嬉しいのだ。 左腕からハーミット・パープルを出現させると、ルイズはそのうち一本を右手に持って、話しかける。 「ね、これからもよろしくね、ハーミット・パープル」 すると、ハーミット・パープルがルイズの机からペンを取り、紙に文字を書いていった。 「何?何を書いたの?」 『ハッピー うれぴー よろぴくねー!』 意外とファンキーな奴じゃない。 と、ルイズは思った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2313.html
ジョセフを追い出してから、太陽がまた同じ位置にやってきた頃。ルイズはあれから部屋に閉じこもったまま、泣きじゃくるか泣き疲れて寝るかの繰り返しを続けていた。 睡眠の時間こそは普段より多いくらいだが、眠り自体が浅く断続的に寝たり起きたりを繰り返す睡眠が良質なものであるはずもなく、ルイズは目覚めていても薄ぼんやりとした靄が頭に掛かったままになっていた。 そんなろくすっぽ機能しない頭でも、丸一日考える時間があれば、なんとつまらないことで使い魔を追い出してしまったのだろうという後悔に至るのは容易いことだった。 客観的に見れば、自分がいない間に、部屋でメイドと一緒に食事してただけである。 別にベッドの上でいかがわしいことをしてたわけでもなく、メイドにパイを食べさせたフォークで自分もパイを食べただけでしかない。 だがそれがどうしても許せない。理由は判らないが、どうしても許せないのだ。 怒ったりする事ではないというのはとっくの昔に理解している。ジョセフをクビにして追い出してしまったのは明らかな失策だなんて、言われなくても判っている。 けれども、言葉に出来ない感情は正論なんか吹き飛ばす荒々しさをまだ失っていない。 悲しいのか悔しいのか、それとも憎いのか。その全部のようで、その全部ではない。 ベッドに倒れ伏したまま、自分の中の渦巻く感情の正体を探ろうとする。何度も試みて、何度も答えの見つからない問い掛けをしようとしたその時、ドアがノックされた。 ジョセフが帰ってきたのだろうか。 鏡は見ていないが、泣き続けた自分の顔なんか例え使い魔と言えども見せられたものではない。もう一度ノックが聞こえる前に、ルイズは頭を隠すように毛布に潜り込んだ。 それから間もなく、部屋の主の許可もないうちにドアが開いた。 ルイズは毛布の隙間から視線だけをちらりと入り口にやる。 ドアを開けて入ってきたのは、キュルケだった。燃え盛る火のような赤毛を揺らし、褐色の肌を制服へ窮屈に詰め込んでベッドへと歩み寄ってくる。 「……誰が入っていいって言ったのよ」 「入っていいなんて言うつもりなかったくせに、何言ってんだか」 そう言い放つと毛布に包まったままのルイズの横に座った。 「あんた達が昨日の夜から王子様の部屋に来ないから、余った食事はシルフィードのエサになってるのよ。で、どうするの。ディナーは二人分の食事をキャンセルしていいのね?」 ジョセフの姿が昨日から見えず、真面目なルイズが授業を休んでいるとなれば、何かしら二人の間に起こったという答えに辿り着くのは、容易なことだった。 だがこの時点で何故ジョセフが不在なのか、という理由を言い当てることまでは出来ない。 と言う訳で、ルイズの部屋を一番訪問しやすい立場にあるキュルケがやってきたというわけだった。 「まあ、詳しい事は判らないけれど。なんでダーリンがいないのかしら?」 問いかける声の余韻が消えてしばらくしてから、もぞり、と毛布が動いた。 「……ジョセフが……」 「ダーリンが?」 「……メイドと、部屋でごはん食べてた」 「ふんふん、それで? お腹も膨れたところでメイドをベッドに連れ込んでたの?」 「……違うもん」 「じゃあ何よ。まさかメイドと一緒に食事してただけで追い出したの?」 「……違うもん」 「……じゃあ、キスくらいしてたとか?」 「……違うもん」 もどかしい謎当てをさせられることになったキュルケは、豊かな赤毛をかいた。 その場面を目撃したルイズが怒ってジョセフを追い出しそうなシチュエーションを幾つか想像してみる。 一緒に食事するより重くて、キスするよりは軽い場面…… 「……ええと。ダーリンがメイドにあーんしてたところを見ちゃった?」 「…………」 返事がないということは、正解だと理解する。そして導き出された正解のあんまりにもあんまりな下らなさに、キュルケは思わず深々と溜息を吐いた。 「……あのねルイズ。そのくらいで使い魔追い出してたら何十回使い魔召喚しても追いつかないわよ」 「……それだけじゃないもん。あーんしたフォークで自分もパイ食べたんだもん」 間接キスも追加された。だからどうしたと言うのだ。 「なるほど。話を総合すると、自分の部屋でメイドなんかと二人きりで食事して、あーんまでして、しかも間接キスまでしたのが許せなくて思わずダーリンを追い出した、と」 再び無言を貫くルイズを見下ろし、キュルケは大きな呆れの気持ちの中に少しばかり安堵の気持ちを混ぜこぜていた。 ヴェストリ広場の決闘があってから、キュルケの照準ド真ん中にジョセフは収まっている。 最初のうちはヴァリエールの恋人を寝取るツェルプストーの伝統に従った、軽いお遊びのようなものだった。 それがフーケ追跡やワルド戦、アルビオン国王と三百人のメイジを騙してのニューカッスル城の爆破解体と岬落としを目撃した今となっては、本気でジョセフをツェルプストーに引き込もうと考えていた。 どんな人生を歩んできたかは知らないが、どうやらジョセフの中に蓄積された知識と知恵は並大抵のものではないということは嫌と言うほど思い知った。もしあの知識を然るべき場所で使えるなら、ツェルプストー家が大きく隆盛するに違いない。 未だに平民の地位も低く、メイジにあらずんば人にあらずという風潮が色濃いトリステインでこれだけの能力を死蔵させるより、平民でも実力と財力があれば貴族となれるゲルマニアに来ればすぐにでもジョセフは貴族になれるだろうと思っている。 ツェルプストーにジョセフを引き込む為に必要ならば、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーをジョセフの花嫁にしてもいいとすら考えていた。 しかしキュルケ本人の覚悟がそこまで固まっていても、その覚悟を表に出すには幾つかの障害が余りにも大きすぎるということも彼女は理解していた。 一つは、ジョセフが煮ても焼いても食えないジジイだということである。 ゼロのルイズが召喚した平民の老人という状況から、決闘騒ぎという踏み台はあったものの、口八丁手八丁で学院中の人間の心を貴族平民問わず我が物にしてしまえる手腕。 お調子者のように見えるが、よくよく観察していると下手に深みに嵌らない様に周囲との距離を上手に調節しつつも、周囲にはそれを悟らせない人間関係構築の巧みさ。 今ではクラスメートの大半はジョセフの友人になっているし、平民の使用人に至ってはジョセフを嫌う人間なんかいないのではないかという領域に至っている。 下手に手を出すと逆に丸め込まれたりしかねないので、いかに攻めるかをしっかりと考えなければならない。胸元見せたり足を組んだりするだけでホイホイついてくる同級生とは比べ物にならない強敵だという認識はある。 (胸元見せたら鼻の下伸ばすけれど) オールドオスマンもそうだが、男と言うのはいくつになってもスケベだから困る。 ジョセフ本人は故郷に妻もいるし孫もいると言っていたが、キュルケは直感的に「押したら何とかなりそう。バレなきゃセーフだと考えてるタイプ」と判断している。 次にルイズとジョセフが『バカ主従』だということ。 ジョセフはルイズをそれはもう猫可愛がりしている。アルビオン行では事あるごとに可愛がりっぷりを披露されて胸焼けがしたくらいだ。 しかもルイズもそれを嫌がるどころか悪く思っていないのは誰が見ても明らか。口では「そんなの関係ないんだから!」と言っておきながら、嬉しそうに緩む顔をなんとか隠そうとする努力には頭が下がる。 (そんなのどうせ周りにばれてるんだから諦めればいいのに) 何度もその言葉が口をつきそうになったが、言ったところで顔を真っ赤にして頑張って否定するだけなのは目に見えてるので言わないことにしている。 それなのにいざジョセフが他の女と仲良くするとこうやって怒り出す。 フリッグの舞踏会の夜にフレイムと話していた予想がこれ以上ないくらいに大当たりしていた。これが自分の部屋に連れ込んだりしていたら①どころか②か③の二択になっていたところだった。それもこの様子なら、かなりいい確率で②になりかねない。 事を急いて下手に手を出してなくてよかった、というのが安堵の気持ちであった。 ――そして最後の一つ。 キュルケは溜息を吐き出して、毛布から出てこないルイズを一瞥し、足を組み直した。 「このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは……」 昔、劇場で見た歌劇の主人公が言っていたセリフを思い出しつつ、独り言を始める。 「いわゆる好色のレッテルを貼られているわ」 ルイズから視線を外し、何もない空間に視線をやりながら言葉を続けていく。 「つまらないやっかみでケンカ売って来た相手を必要以上にブチのめしちゃって病院から未だに出てこないのもいる。伝統と慎みを語るだけで恋人を繋ぎ止める努力もしないんで気合を入れてあげたレディはもう二度と学院に来てないわ。 私の興味を引けなくなった殿方にはすぐにさよならするなんてのはしょっちゅうよ」 そこまで言って、ルイズがくるまっている毛布が身動き一つしていないのを確認し。 息を一つ吸ってから、淡々と語っていた声色に少しずつ熱を篭らせていく。 「けれどこんな私にも、手を出してはいけない相手はわかるわ」 細く長い指を毛布にかけると、有無を言わさず毛布を引き剥いだ。ネグリジェ姿のルイズが窓から差し込む夕日の光に晒される。 「な、何をするのよツェルプストー!」 当然上がる抗議の声にも構わず、キュルケはやっと顔が見えたルイズに向かって一喝する。 「ただ泣いて世話してもらうだけの赤ん坊を可愛がっているお爺さんは寝取れないわ!」 予想もしなかった鋭い舌鋒に、ルイズは思わず次に上げようとしていた抗議を飲み込んでしまった。 これがキュルケの最後の理由だった。 恋人を寝取るのは特に問題ない。 本当に相手を大切に思い、相手に大切に思われているなら、たかが色仕掛け一つで靡くはずもないからだ。 ゲルマニア貴族からしてみれば、トリステイン貴族はでんとふんぞり返って相手からの寵愛を求めるばかりで、自分からは何も与えようとしない高慢ちきな怠け者でしかない。 だからトリステイン貴族の雛形のようなヴァリエールは、ツェルプストーに恋人や婚約者だけではなく配偶者まで寝取られるんだ、とツェルプストー一族は考えている。 しかし、そんなツェルプストーの家風を色濃く受け継いでいるキュルケも、ジョセフへ本格的にアプローチしないのは、ジョセフはルイズの恋人ではなく、保護者でしかないと考えているからだった。 ツェルプストーの家に生まれた者が、いけすかない女から恋人を寝取ることはあっても、赤ん坊を可愛がっているおじいちゃんを寝取る訳には行かない。 保護者を取り上げられた赤ん坊がどうなるかなど、考えなくても判る。 「ましてやメイジにとってパートナーであるはずの使い魔を大切にしないで追い出した……あんたがやったのは、そういうことよ!」 矢継ぎ早に繰り出されるキュルケの言葉に、ルイズは唇を噛み締めることしか出来ない。 それから数拍ほど間を置いてから、キュルケは静かに立ち上がった。 「あんたが赤ちゃんのうちはダーリンには手を出さないであげるわ、ラ・ヴァリエール。でも良かったわね、その様子だとダーリンはずっとアナタのものだもの」 淡々と語られる言葉は、普段の情熱的な振る舞いのキュルケからは程遠いものだった。 だが、キュルケは怒りが高まれば高まるほど、声は落ち着きを強めていく。いかにも熱を持っていそうなオレンジの炎よりも、青く輝く炎の方が遥かに温度が高いのと同じように。 悠然とした足取りで部屋を去っていくキュルケの背をただ黙って見送るしか出来ないルイズは、静かに閉められたドアを悔しげに睨みつけ……そして、赤ん坊のように泣くことしかできなかった。 * それから二日間、ルイズの部屋の扉を潜ったのは食事を運んでくる使用人だけだった。 とは言え、食事も少しばかり手を付けるくらいで、ほとんど食べ残していた。 一人きりの部屋の中でルイズがやっていたことと言えば、そのほとんどが泣きじゃくるか眠ることだけ。 ジョセフが他の女と仲良くしていた事、つまらない事でジョセフを追い出してしまった事、にっくきツェルプストーから今までにない罵倒を受けてしまった事。 そのどれもがルイズを何度も叩きのめしていた。 涙が枯れるほど泣けば、当然喉が乾く。乾いた喉を潤す為に水を飲めば、喉を潤すのも程々に再び涙が滲み出てきて、またベッドに戻って泣き続けるという繰り返し。 あんまり泣き続けていると泣くのが癖になって泣き止められなくなるが、今のルイズは正にそれだった。 しかし泣き続ける中でも、ルイズの中には反省しようという思いが芽生えていた。 謝りたい。つまらない事で怒って、つまらない事をしてしまってごめんなさい、と。 けれど当の使い魔はもう三日も帰ってきていない。本当に自分に愛想を尽かして、他のどこかにいってしまったのではないかという嫌な想像がどんどん重く圧し掛かる。 感覚の共有も出来ないから、どこに行っているのかなんて少しも判らない。 考えても何も判らないし、考えれば考えるだけ悲しくなるので、考えてしまう時間を出来るだけ減らす為に眠くもないのにベッドに横たわって目を閉じ、ひたすら眠気が来るのを待ち構える。 しかもそのまどろみも、浅い眠りとキュルケからの批難が相まっているためか、ジョセフが他の誰かの使い魔になっているという悪夢じみた夢ばかり見てしまうものだから、どれだけ眠っても逆に疲れる有様だった。 ギーシュの使い魔になっていたこともある。ジョセフの主人になったギーシュは使い魔の平民に決闘を挑まれてボロ負けするというはなはだ不名誉な事態になったが、それからは友好関係を深めていたらしい。 毎日のようにギーシュと額を突き合わせてはよく判らないデザインのワルキューレを多く作り、つまらないことで二人とも盛り上がっていたようだった。 それにしてもモンモランシーがいつも二人を見てよだれを垂らしていたのはどうしてなのだろうか。 タバサの使い魔になっていたこともある。ジョセフを召喚したはずなのに、何をどうしたのかは知らないが当然の様にシルフィードもいた。 タバサは読書を続け、シルフィードはエサを食べ、ジョセフはふらふらとそこらをほっつき歩いていて……特に現実と変わりがないように見えた。 一番腹立たしかったのがキュルケの使い魔になっていた時だった。 ジョセフを召喚してから一週間後、キュルケはそそくさと魔法学院を中退して故郷に帰ってしまった。そんなキュルケを口さがない生徒達は好き勝手に中傷した……が、数年後に再会した時、ゲルマニアは女王の治世を迎えていた。 褐色の肌を持つ女王の横に、宰相の服を着てニヤニヤ笑っているジジイが立っているのを見た途端、ルイズはベッドから跳ね起きた。 他にも色んな知り合いの使い魔になっている夢を見続けたルイズは、たった二日で大分やられてしまっていた。 今日何度目の目覚めなのか数える気もないルイズは、カーテンを閉じたままの窓を見る。日の光が差し込んでこないところを見ると、夜になっているのは判るが今のルイズにはあまり関係ないことだった。 努力の甲斐あって眠りにつこうが、数時間ほどしか時間は進まないのが判っていても。ほんの一時の逃避を求めて、ルイズは今日何度目になるか判らないまどろみに落ちていく。 (……本当に私、赤ん坊だわ。自分じゃ、泣くか寝るしか出来ないんだもの……) くすん。と鼻をすすり上げながら、頭に浮かんだ思いは、やっと訪れた眠気に掻き消えた。 ――そして、次にルイズが目覚めた時。 重い瞼を開いて最初に見えたのは、まだ日の光も差し込まないベッドの上で、途切れないいびきをかいている使い魔の横顔だった。 ひ、と息を飲んで跳ね上がった心臓を抑えるように薄い胸に手を当て、何度か大きく深呼吸をする。 そぅ、と手を伸ばして頬をつついてみる。 「んぁ」 マヌケな声を漏らして首を揺らす仕草を見れば、ふわりと頬が緩み、安堵が広がった。 しかしその柔らかな気持ちも、すぐさま込み上げてきた言い様のない怒りに塗り替えられていく。怒りに任せて右手をぴんと伸ばし、親指を手の平にぎゅっと押し付け―― 「おふっ!」 脇腹に渾身のチョップを叩き込まれて無理矢理眠りから覚まされたジョセフが、恨めしそうに主人を見やった。 「……人が気持ちよく寝てるのに何すんじゃ」 「……ご主人様ほったらかしてどこに行ってたかと思ったら、なんでご主人様のベッドで勝手に寝てるのか。納得の行く説明をしてもらおうかしら」 そう言う間もルイズのチョップはひっきりなしにジョセフの脇腹にめり込み続けていた。 「おぅっ。ちょっと待て、説明してやるからチョップを止めてくれんか」 なおも手刀を放とうとしたルイズの手をつかんで攻撃を止めさせると、ジョセフは苦笑しながら身を起こした。 「いやな、ちょっと買い物に行ってきた」 「買い物って……お金はどうしたのよ」 「ちょいとトリスタニアで賞金稼ぎの真似事をな。あの辺りは仕事が結構ある」 枕元にあった帽子を被りつつベッドから降りると、テーブルの上に置いてあった紙袋を持って再びベッドに戻ってくる。 「ほらルイズ、お土産じゃ」 紙袋から取り出した何かが、ルイズの手の上に置かれた。 反射的に受け取ってしまったそれが何か確認しようとするルイズの頭からは、既に眠気は吹き飛んでいた。 「……帽子?」 どこからどう見ても何の変哲もない帽子。 具体的に言えば、ジョセフの頭の上に乗っている帽子と全く同じデザインの帽子だった。 「何を買って来ようか悩んだが、この前、わしの帽子かぶっとったじゃろ。じゃから、この帽子買った店で買ってきた」 ニューカッスルで帽子を無くしているので、今のジョセフが被っている帽子はトリスタニアの帽子屋で買ったものである。 「わしの新しい帽子をルイズに買ってもらったお返しって言ったらヘンな話じゃが、この前なんか知らんがルイズを怒らせたお詫びも込めて、ということでどうじゃ」 自分がいない間、主人がどうしていたかなんて少しも想像が出来ていない、暢気な物言い。 普段ならここでかんしゃくを起こして怒り出す流れだった。 しかしルイズは、受け取った帽子を黙って被る。 ルイズの頭のサイズより少しだけ大きい帽子は、主人より背の高い使い魔の視線からルイズの顔を隠す。 両手でつばを掴んで更に帽子へ頭を埋もれさせると、ルイズは何も言わずにジョセフの胸へ帽子越しに額を押し付けた。 普段の高慢ちきでけたたましい主人とは違うしおらしい態度に少しだけ目を丸くしたが、今回は減らず口を叩かず胸の前にいる主人の頭を優しく抱いた。 陽だまりの様な匂いがする腕の中に抱かれながら、ルイズはジョセフには判らないよう、ブリミルへ感謝の祈りを捧げるうち、知らずに眠りについていた。 この眠りは夢も見ない、深い安らかな眠りだった。 * 次の日の朝。 キュルケは今日も変わりなく身支度を済ませると、フレイムを従えて自室の扉を開ける。 「ほら何してんのよジョセフ! 早く行かないと朝食に間に合わないわよ!」 「そんなに慌てんでもまだ大丈夫じゃて!」 すると、少女と老人の騒がしいやり取りが聞こえてきた。 薄く化粧を乗せた顔が、優しく緩む。 「……ま、雨降って地固まるって言ったところかしら。大体予想通りの結果だわね、賭けるのもバカバカしいくらいのオッズだけど」 せっかくだから部屋から出てきたところをからかってやるとするか。 そう考えたキュルケは、緩く腕を組んで壁に凭れ掛かり、ルイズとジョセフが出てくるのを待ち構える。 サイレントの魔法も掛かっていない部屋からは何をしているのかは知らないが、どったんばったんと騒音が聞こえてくる。 「ほら、行くわよ!」 一方的に出発を宣告したと同時に、扉が開く。 そしてキュルケの視界に次に飛び込んできたのは―― ジョセフと同じデザインの帽子を被ったルイズだった。 あんまりにも予想を超えた大穴の出来事に、キュルケは完全に虚を突かれた。 「そんなトコで何してんのよ」 思わず呆然と突っ立ってしまっていたキュルケを、帽子の下から訝しげな目で見やるルイズ。百戦錬磨のキュルケにしても、ここまでとは全く考えが及ばなかった。 「……ええと。……その、帽子は?」 「ジョセフのお土産」 顔を赤くもせず、恥じらいもせず、ごまかしもせず、きっぱりと言い切った。 「ちょっとサイズが大きいけれど、そのうち慣れるわ」 扉の鍵を閉めると、ジョセフを引き連れて凛とした足取りで廊下を歩いていく。 そして階段に差し掛かったところで、まだ一歩も動いていなかったキュルケに視線を向けると、何でもないことのように言った。 「どうしたのキュルケ……朝食を取りに行くんでしょう?」 言葉の余韻が消えないうちに、ルイズは階段を下りていった。 ルイズとジョセフの姿が見えなくなって数秒してから、キュルケは無意識に息を呑んだ。 (まるで10年も修羅場をくぐりぬけて来たような……スゴ味と……冷静さを感じる目だわ……、たったの二日でこんなにも変わるものなの……!) つい二日前まで赤ん坊と変わりなかったルイズは既にいないことを、キュルケは悟った。 そしてジョセフを寝取ることがどうしようもなく難しくなったことも、悟る。 「ふ、ふふふ……」 しかし、艶やかな形よい唇から漏れたのは。 「ふふふふふ……そうよ……そうじゃなくっちゃあいけないわ、ルイズ。ツェルプストーの因縁の相手が泣いてるだけの赤ん坊じゃあ面白くもなんともないわ……」 これから待ち構える展開を待ち望んで笑う声だった。 「いいわ、ラ・ヴァリエール! アンタは赤ん坊でいる事ではなく自分の足で立つ貴族である事を選んだという訳ねッ!」 その時、キュルケが露にした歓喜の理由は、彼女自身にも理解できない。 しかし、確かに彼女の中に歓喜の炎を灯したのはルイズだった。 一頻り溢れ出した笑いが止まった頃、傍らで静かに佇んでいたフレイムの頭に手を伸ばし、優しく撫でつけた。 「さあフレイム、今日から忙しくなるわよ」 きゅる! と嬉しそうに鳴いたサラマンダーは、主人の後を付いて歩き出した。 To Be Contined → 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1421.html
「ルイズ、起きてる?」 「ん……ふにゃ……」 育郎はルイズが寝ている事を確認すると、音を立てないように気をつけながら部屋を出て、今日キュルケの友人のタバサに渡された手紙に書いてある通り、ヴェストリ広場に向かった。 「相棒!俺!俺忘れてる!」 その前にもう一度部屋に戻った。 「またなのか…」 「相棒も忙しいね」 先日、同じように呼び出され、何人かの生徒に戦いを挑まれた事を思い出す。 まさかあの小さな少女、タバサが自分と戦おうとするとは思えないが、誰かに頼まれて自分を呼び出したのかもしれない。どちらにしろ戦いを好まぬ育郎にとって、心の重くなる話である。 育郎が広場に着くと、そこに居たのはタバサ一人だった。 周りからも敵意のにおいはしない。 安堵するが、しかし疑問も湧き上がってくる、何故彼女は自分を呼び出したのだろう? バババババッ! そんなことを考えていると、タバサが奇怪な踊り?を始めた。 「…僕に何か」 「天地より万物に至るまで、気をまちて以って生ぜざる者無き也」 「え?」 踊りながらボソボソと何かをつぶやき、少しずつ近づいてくる。 「邪怪禁呪、悪業を成す精魅…」 すぐ目の前まで来てその動きが止まる。 見ればこちらに向けられた指先に、何かが書かれた紙を挟んでいる。 「………しゃがんで」 「は?」 「しゃがんで」 「わ、わかった…」 言われたとおり育郎がしゃがむと、タバサが手に持った紙を育郎の額に貼り付ける。 そのままでは届かなかったようだ。 そしてタバサは、やはり何か不思議な踊りをしながら、再び何かをつぶやく。 「天地万物の正義をもちて微塵とせむ………!!」 カッ目を見開き、ポーズを決めて彼女は叫んだ。 「禁!!」 「………えっと」 育郎が額にはられた紙をはがし、何が書かれているか確かめる。 『悪霊退散』 タバサを見ると、先程のポーズのまま固まっている。 と思えば、自分の服の中に手をいれ、なにかモソモソと探りだした。 しばらくして、さっきと同じような紙、いや、多分お札なのだろう、それを何枚か取り出してから、その一枚を育郎の額に貼り付ける。 剥がしてみると、今度は『邪気消滅』と書かれていた。 その後『超力招来』や『安産祈願』等様々なお札を次々と貼っていき、程なくしてタバサの手の中には何も無くなってしまった。 「その…君…」 育郎が心底困惑した表情でタバサに話しかける。 「…効かない」 「え?」 「…どうして?」 「どうしてと言われても…」 なんとなくタバサが、自分のことを悪魔や妖怪の類とみなしていることに気付くが、だからといって、どう説明すれば誤解を解けるものやら。 そう考えている最中、タバサは次の行動に出た。 「……ッ!」 突如後ろに飛び、杖を抜こうとする、だが育郎はその動きに追いつき、杖を奪い取る。 なんという事だろう… 自分が必死で練習した悪魔祓いがまったく通じないなんて! (注・このタバサは寝てません) あろう事か杖まで奪われてしまった。 「その、僕は決して…君、聞いてる?」 このまま自分はこの悪魔に魂を抜き取られてしまうのだろうか? (注・もう一度言いますがこのタバサは寝てません) いや、仇も討てないまま、こんな場所で朽ち果てるわけには行かない! どんなことをしても生き残るのだ!母の為に! 「………きゅう」 秘 技 ・ 死 ん だ フ リ !! (注・しつこいようですがこのタバサは寝てません) 「ちょっと、君大丈夫かい!?」 必死になって悪魔が自分を揺さぶっている。 どうやらうまくいった様だ。死んでしまえば魂をとろうとはしまい… (注・重ねて言いますがこのタバサは寝てないせいでちょっとおかしいです) 「きゅいきゅい!そこの悪魔!お、お姉さまをはなすのね!」 しまった、自分の使い魔が!上空で待機しておくように言ったのに… 「こ、恐くなんか無いんだから!きゅいきゅい!」 「な!?この竜はいったい!?」 薄目を開けて、様子を確認しようとするタバサ。しかし ウォォォォォォォオム!バルバルバルバル!! 「きゅい!やっぱり恐い!食べないでぇ!!」 なんという迫力か!間近でバオーの変身を見てしまったタバサは、 「………きゅう」 今度こそ本気で気を失ってしまった。 バル!?(訳・君、大丈夫か!?) きゅいきゅい!?(訳・お姉さまが!お姉さまの魂がぬかれちゃった!?) バルバル!?(訳・こ、この竜が何かしたのか!?) きゅいきゅい!(訳・こっち見てるのね!今度はわたしの番なの!?) きゅいきゅいバルバルきゅいバルウオオオムきゅいきゅい 「あーなんだ…とりあえず相棒もそこの竜も落ち着け」 きゅい? バル? 「シャルロット!」 「おとーさま!」 幼いころのタバサが、屋敷に帰ってきた愛する父親に抱きつく。 「暫く帰らなくてすまなかった、寂しかったかい?」 「だいじょうぶ、おかーさまがいるもん」 「そうかい、タバサは良い子だね」 そう言ってタバサの頭をなでる。 この温かく、大きな手になでられるのがタバサは大好きだった。 「前にあったときはまだ赤子だったが、これは愛らしく成長したものだ! いや、こんな娘を持ててお前は幸せだな!」 タバサが父の隣に佇む人物に気付く。 「おとーさま、この方は?」 「この人は私の兄さんだよ」 「おとーさまのおにーさま?えっと…おじうえさま?」 「そうだよシャルロット嬢。いやはや、愛らしいだけでなく頭も良いようだな。 まったくもって羨ましい!」 「そんな、兄さんの娘のイザベラだって良い子じゃないか」 「おお、そうだイザベラだ!シャルル、すまんがイザベラを呼んで来てくれんか? 二人を合わせるために来たようなものだからな!」 「わかったよ、兄さん」 父が部屋を出て行くのを確認した後、タバサの叔父が笑顔で口を開く。 「そうだ我が姪よ!おもしろい話を聞きたくないかね?」 「うん!聞きたい!」 無邪気に答えるタバサ。 「そうか!聞きたいか!うむ、それでは………」 「兄さん、イザベラを連れて…どうしたんだいシャルロット?」 タバサが部屋の隅で震えている。 「はっはっはっ!我が姪にはちょっと刺激が強すぎたかな?」 「兄さん?」 「話をせがむので恐い話を少々な。しかしこんなに恐がってくれる相手も久しぶりだ!」 「兄さんも好きだね」 大人二人が話しているのを尻目に、父が連れてきた女の子がタバサに近づく 「アナタだれ?」 「わたしイザベラ、アナタとはイトコなんだって。 こわかったでしょ?おとーさまったらわたしにもしょっちゅうあんな話するの ほら、もうだいじょうぶよ」 「ホント?イザベラおねーさま」 「お、おねーさま…?」 「………命からがら逃げ出した男が、やっと人影を見つける。 『おや、どうかしましたか?』『恐ろしい怪物があそこに!』 『その怪物というのは、こんな顔をしてませんでしたか』そう言った男の顔は…」 「やぁ!おねーさま!」 「おねーさま…(ゾクゾク)」 まどろみの中で声が聞こえてくる、どうやら夢を見ていたらしい… どんな夢かは忘れてしまったが、なんとなく不快な夢だったような気がする。 「わかってくれたかい?」 「きゅい!つまり貴方は悪い悪魔じゃないのね?」 「いや、だから悪魔じゃねーって」 「わかってるの!悪魔がとりついてるのね!でも人間の意識が消えてないの! きゅいきゅい!カッコイイ!!」 「だからそうじゃねーって」 「ん?君、目が覚めたのかい?」 あの使い魔が、自分が目を覚ましたことに気付く。 とっさに辺りを見回し、自分の杖を探す。 「オメーの杖ならここだぜ」 声のほうを向くと、使い魔の足元に杖が転がっているのが見えた。 「きゅい!大丈夫なのお姉さま!この悪魔さんは悪い悪魔じゃないの!」 「だーから悪魔じゃねえって、さっきから言ってるだろ!」 一匹と一振りをおいて、育郎がタバサに杖をわたす。 「話は聞いたよ…君のお母さんが病気なんだって?」 思わずシルフィードを見るタバサ。 「きゅい…お姉さまごめんなさい。しゃべっちゃった! で、でもこの悪魔さんなら大丈夫なの!わたしの事も秘密にしてくれるって!」 「しっかしまぁ、韻竜が生き残ってたぁな。もう絶滅したかと思ってたぜ」 その言葉で、もし誰かに自分の使い魔が喋る所を見られたらと気付き、辺りを見回す。 「大丈夫、今この周りに人はいないよ。シルフィードの声はだれも聞いていない」 「…どうして?」 「なにが?」 「ひょっとしておめーも相棒が悪魔だなんて言うんじゃねーだろーな?」 デルフリンガーの言葉に答えず、育郎を警戒した目で見るタバサ。 「…しかたないな」 「いいのかい相棒?」 「じゃないと彼女も安心できないだろ?君、信じられないかもしれないけど…」 「信じられない」 育郎の話を聞いたタバサがそう答えた。 「だろうね…」 「ま、異世界なんつってすぐに信じるような奴はそーはいねえやな」 「きゅい!異世界って魔界のこと?ホントにそんな世界あるの?」 「だからな…」 「とにかく僕は悪魔じゃない。こことはまったく違う世界の技術で、僕の身体はこんな風になってしまったんだ…化け物なのは変わりないかもしれないけどね」 そう言って寂しげに笑う育郎を、黙ったまま見つめるタバサ。 「それと、僕は病気を治した事は無いから、君の母さんを治せるとは言い切れない。それでもいいなら」 「どうして?」 「え?」 「私の頼みを聞く理由が無い」 「何故といわれても…」 「それに私は貴方を倒して、力づくで言う事を聞かせようとした」 「倒すって…ああ、あの変な踊りか。笑いを堪えるのに必死だったぜ」 「いや、その…なかなか可愛かったよ」 「きゅい!そうなの!お姉さまとっても可愛かったの!」 「………それはそれ」 思い出したら恥ずかしくなってきたのか、頬がわずかに赤くなった。 「何故?」 「何故って…」 育郎が暫く考え込んでから、自分に言い聞かせるように答える。 「そうだな…僕は自分の中の力を恐れている、あの怪物の力、人殺しの力を…けど、その力で誰かを助ける事が出来るのなら」 「あーなんだ、要は相棒はびっくりするほど人が良いんだよ」 デルフが育郎の言葉をさえぎった。 「……そうかな?」 「そうだって。俺6千年生きてっけど、相棒ほどのお人よし、そうはいなかったぜ」 「6千年!?すごいのね!」 「だろ?もっと褒めて良いぞ」 きゅいきゅいと騒ぎ出すシルフィードとデルフ。 「信じる…」 「え?」 唐突にタバサが口を開いた。 「貴方を信じる」 「…ありがとう」 微笑む育郎に、首を振るタバサ。 「礼を言うのはこっち…それと、ごめんなさい」 そう言って頭を下げる。 「良いんだよ。誰も怪我をしなかったし、それに大きな友達も出来たしね」 「友達?」 育郎がまだ騒いでいるシルフィードとデルフリンガーに目を向ける。 「だから、ありがとう…」 そう言って育郎はタバサの頭をなでた。 温かい手だった、友人のキュルケに撫でられている時に似ているが、少し違う。 しかし随分と昔に、こんな風に頭をなでてもらった気がする。 「あ、ごめん。つい…」 貴族に軽々しく触れてはいけないと言うルイズの言葉を思い出し、育郎は手をはなす。 「…気にしてない」 というか、もう少しそのままでもかまわなかった。 「何か言ったかい?」 「なんでもない…」 「そういえば…」 寮に帰る途中、育郎と並んで歩くタバサが、ふと頭に浮かんだ疑問を口に出した。 「どうやって治療を?」 少し困った顔をして、育郎が答える。 「変身した僕の血を飲ませ」 ズササササササササッ! 「あーなんだ、あんま気にすんな相棒」 「いやいいよ…確かに少し引かれても仕方ない気がするし」 「…ごめん」 思わず凄い勢いで後ずさり、柱の影に身を隠してしまったタバサであった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/328.html
「使い魔品評会が開かれます!」 食堂に集まった生徒達は、コルベール先生による使い魔品評会の知らせを聞いて大いに驚いた。 使い魔の品評会は、簡単に言えば使い魔自慢だが、今回はアンリエッタ姫殿下が使い魔の品評を行うという。 アンリエッタ姫殿下はその清楚さと、幼さを見せない凛とした姿に人気があり、国民の憧れの的と言っても過言ではない。 他国からの留学生であるキュルケ、タバサはその逆で、姫には興味がないと言った感じだ。 わいわいと騒ぐ生徒達の中で、ルイズは、本日何度目か解らないため息をついた。 「皆さん静かに! …先ほども言いましたが、品評会は明後日、今日と明日しか猶予はありません。 しかし、トリスティン魔法学院の生徒達は皆、普段から使い魔の能力を熟知し、 パートナーとして最大限の力を活かせるものだと信じております! 尚、今日と明日はオールド・オスマン氏のはからいにより、 授業はすべて中止となります」 授業が中止と聞いて、生徒達は喜び、やった!などと声を上げるものも多かった。 そんな中で、ルイズから向かって右端の方に座っている教師二人が、ボソボソと何かを呟いているのが見えた。 『二学年に、使い魔の居ない人が確か…』 『ヴァリエール侯爵の娘ですよ』 『ああ、そうでしたね』 『欠席は認められないとなれば、魔法学院にとっても恥ではありませんか』 無礼な教師二人の声は、とてもルイズまでは届かない。それどころか最前列に座っている生徒にも聞こえていないだろう。 しかし唇の動きがハッキリと見え、その言葉が頭に流れ込んでくる。 (何よあいつら、聞こえてないと思って好き勝手言って…) ルイズは悔しさに身を震わすばかりで、言葉が見えてしまうことに疑問を感じる暇もなかった。 やがて生徒達は、使い魔にどんな芸をさせようかと思案しながら食堂を出て行く。 後には思い詰めたような顔をしたルイズと、メイドのシエスタが残っており、 メイドは深刻な表情のルイズに声をかけて良いものか迷ったが、意を決して話しかけた。 「あ、あのっ」 「え? あ、この間の…えっと」 「シエスタ、です。この間は私のせいで、貴族様に、その、ご迷惑を」 緊張しているのか、言葉がたどたどしい。ルイズは笑いかけるように言った。 「あれはもう私の問題よ。貴方はメイドとしてちゃんと仕事をしただけじゃない」 「でも…」 「いいの、迷惑だなんて思ってないわよ。それに…」 ”恐怖で人を縛り付けるのはよくない。”と言おうと思ったが、言えなかった。 ルイズの姉エレオノールは威厳と実力を示し、人を従わせるタイプだった。ルイズはその姉が苦手で苦手で仕方がない。 しかし、苦手なエレオノール姉の姿こそ、貴族の理想だと思っていた。 もう一人の姉カトレアは、その穏やかな人柄と、どんな相手にも分け隔て無く接する優しさを持ち、人を従えるのではなく、人が慕ってくるタイプだった。 使い魔召喚に失敗したあの日から見続けている奇妙な夢。 それが、エレオノール姉への憧れを打ち消し、カトレア姉への憧れを強くしていく。 しかし、時には恐怖で人を従わせるエレオノールの振る舞いも貴族のあるべき姿だと思っているのだ。 ルイズは、頭の中の混乱を上手く言葉にすることが出来ない、と感じたのか、余計なことは言わないでおくことにした。 「何でもないわ。それよりも貴方、私のこと貴族様って呼ぶの止めてよ。ルイズでいいわよ」 「は、はい、ルイズ様」 ルイズは少し考えた後。 「様もいらないわよ」 とだけ言って笑いかけ、席を立った。 シエスタは立ち去ろうとするルイズに深々とお辞儀をしてから、 食器の片づけをしようとして、ルイズの席の食器を手に持った。 その時、足下に落ちていた誰かの香水入れを踏みつけ、バランスを崩した。 「!」 この学院で使われる食器は、貴族から見ればそれほどの価値はない。 しかし平民のシエスタにとっては大変なものだ。 もし趣味の悪い貴族に仕えるメイドならば、粗相をしたと言って殺されても不思議ではない。 手の中から滑り落ちる食器の感覚に、この世の終わりのような思いをしたシエスタ。 彼女の耳に食器の割れる音が届くかと思われたが… なぜか食器はテーブルの上に置かれていた。 「ちょっと、どうしたのよ。気をつけなさい…って、それモンモランシーの香水入れじゃない。こんな所にあったら危ないじゃないの」 そういってルイズは香水入れを拾い上げた。 そして、何が起こったか解らず呆然としているシエスタは、少しの思考の後『ルイズ様が魔法で何とかしてくれた』という結論に達し、ルイズに対する尊敬はますます高まっていくのだった。 そして、魔術学院の学生達が待ちに待った、使い魔品評会、その前日の夜。 ルイズはベッドの中で丸まっていた。 どうしよう、どうしよう、と、終わりのない自問自答を繰り返す。 サモン・サーヴァントは一回も成功していない。 このままでは使い魔品評会で恥をかいてしまう。 使い魔を呼び出すサモン・サーヴァントは、成功確率が高い魔法と言われている。 使い魔と主従の契約を交わすコントラクト・サーヴァントの方が難しいこともある。 どんな魔法を使っても爆発、つまりは失敗。 もしかしたら、自分は魔法の才能が無いどころか、メイジですらないのかもしれない。 数え切れないほど失敗を繰り返したルイズの手には火傷の痕が残り、頬にはかすり傷もついていた。 「退学…かな…」 最悪の結果を考えて、ルイズは自分が弱気になっていることに気付いた。 使い魔品評会には、使い魔がいなければ何も出来ない。 ギーシュとの決闘の時、私は魔法を使って勝ったはずだと何度も自分に言い聞かせた。 落ち込むばかりじゃいけない、まだ少しだけ時間がある。 ルイズは寝間着の上にマントを羽織り、杖を持って、最後のチャンスに賭けようと外に出た。 中庭は二つの月に照らされて明るく、神秘的な雰囲気を醸し出していた。 その中央に誰かが立っている。誰だろう?と思い近づいてみると、シエスタが二つの月を見上げていた。 「何やってるのよ、こんな時間に」 「!…ご、ごめんなさ…ルイズ様?」 「様はいいわよ、もう…幽霊でも出たかと思って驚いたじゃない」 「すみません…ちょっと、祖父のことを思い出していたんです」 「お爺さんの?」 「はい。私の髪の色は、ここでは珍しい色です」 そういえば黒い髪なんてあまり居ないわね、と心の中で呟く。 「祖父の生まれた土地では、黒い髪の毛の人しかいなかったそうです」 ルイズは自分の祖父の姿を思い出しながら、シエスタの話を聞いていた。 「…祖父は、遠く東の果てから来たと言っていました。村の人たちは誰も信じません。 でも、祖父はいつも月を見上げては、故郷の月は一つだった…って言っていたんです」 「月が一つ?そんなのどこに行けば見られるのよ」 不意に、ルイズの思考を別の記憶が流れ込む。 私は砂漠の中に立っていた。 昼間の熱気とはうってかわって、極端に寒くなる砂漠の夜。 仲間達と共に月を見上げ、ひとときの休息を味わう。 「村の人は誰も信じません。でも、私には祖父の言葉が嘘だとは思えなかったんです」 「信じるわよ」 「えっ?」 「そんな世界も、どこかにあるかもしれないじゃない」 その時のシエスタの表情は、今までに見たことのない、明るい笑顔だった。 「私も、月が一つの世界に、一度行ってみたいわ」 そう言ってルイズは月を見上げ、記憶をたぐり寄せる。 高速で巡る月。 加速する世界。 娘に降り注ごうとするナイフの雨。 ナイフを弾き、次の瞬間、切り裂かれる自分の体。 「あうっ!」 「え、る、ルイズさん!どうかしたんですか!?」 膝の力が抜け、倒れそうになるルイズを、シエスタが支えた。 「だいじょうぶ、だいじょう、ぶ、ホントに、大丈夫だから…気にしないで」 「でも、お顔が真っ青です。それに、こんなに震えて」 「月明かりのせいよ」 「違います。すぐに治癒の先生の元へお連れしますから」 「大丈夫。本当に大丈夫よ。ちょっと足が震えただけなんだから、部屋で休めばすぐ治るわよ…」 シエスタは口で答えるよりも早くルイズの体を支え、ルイズの部屋へと歩き出した。 夜中なので足音を立てぬよう、静かに歩く。 女子寮に入るのは初めてだったが、ルイズの案内で部屋の前まで来ると、フードを被った不審な人物が、ルイズの部屋の前で立ち往生しているのが見えた。 「ルイズ!ルイズ・フランソワーズ、どうしたの?そんな、辛そうにして…」 フードを被った人物は女性らしい細い声で、ルイズに声を掛けた。 シエスタはフードを被った人物が誰だか分からなかったが、ルイズの体を支えようとしたので、ルイズの友人だろうと判断した。 フードを被った女性はルイズの部屋を開け、シエスタはルイズをベッドに座らせる。 その間にフードを被った女性は扉を閉めて、罠を関知する魔法で安全を確かめ、サイレントの魔法で部屋の音を外に漏らさぬようにした。 「ルイズ…ああ、どうしたことでしょう。顔を真っ青にして…」 そう言いながらフードを外し、アンリエッタ姫殿下ルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」 「…ひ、姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へお越しになられるなんて……」 「そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。あなたとわたくしはお友達じゃないの!」 そう言って二人は、ルイズの体の調子を気にしつつも、過去の思い出話に花を咲かせた。 幼い頃、ルイズはアンリエッタ姫の遊び相手をしていた。利欲と陰謀の渦巻く王家と貴族の間で、アンリエッタ姫が唯一心を許せる友達がルイズなのだ。 「あら。ごめんなさい、貴方のことをすっかり忘れていたわ。私の友達を助けてくださったのに…」 さっきから一人放置されていたシエスタは、突然自分に声を掛けられて、それこそ輪切りにされてホルマリン漬けにされる程驚いた。 「あ、あの、ご、ご無礼を、いたしました…」 先ほどのルイズよりもひどく震えながら、アンリエッタ姫の前に土下座するシエスタ。 その態度から、アンリエッタはシエスタが平民だと見抜き、そして寂しそうな表情をした。 「貴方は平民なのですね。そんなに怖がらないで。私の友達を助けてくださったのですから、貴方に感謝することはあれど、罰することはありませんよ」 アンリエッタがそこまで言っても、シエスタは土下座したまま震えている。きっとパニックに陥っているのだろう。 ルイズは無言でシエスタを抱き起こす。シエスタの目にはハッキリと怯えが見えていた。 「…これは、私の至らなさが原因なのです」 ぼつりと、アンリエッタが呟き、そして話が始まった。 アンリエッタが諸侯を視察している時の話だ、道中、外を見ると、アンリエッタを歓迎する貴族と平民達が見える。 皆の喜ぶ顔はアンリエッタにとっても喜びだった。 しかし、その一方で、躾と称して平民を殺す貴族もいる。過剰な拷問を趣味にしたり、平民が貴族に逆らえないのをいいことに、平民の少女でハーレムを作る貴族もいる。 アンリエッタは、それがとても汚らしいものに見えた。 しかしそれを正せるほどの権威は、今の自分には無い。そんなことをすれば貴族達からの反感を買い、クーデターが起こってもおかしくはない。 ルイズという身分違いの友達を得ることで、アンリエッタは自分の本心を見せられる友達のありがたさを知り、身分の差を疎ましく感じるようになった。 それと同時に、自分は籠の中の鳥なのだ。貴族の暴虐を黙認し、その見返りとして貴族に守られなければ、何も出来ない弱者なのだと感じていた。 「それは姫様だけの責任ではありませんわ!貴族全員の…」 「わかっています。ですが、王家の者として、貴族が恐怖の象徴として扱われることに責任を感じているのです」 話を聞いていたシエスタも、少し落ち着いたのか、悲しそうな表情で姫を見た。 それは同情からくるものであり、無礼ではあったが、アンリエッタは数少ない理解者が増えた気がして、その視線に喜びを感じていた。 「あ、あのっ、難しいことはよく分かりませんけど…わたし、アンリエッタ姫様が、今の話で、好きになりました。ですから…あ、あの」 この時代、貴族に、しかも王族に話しかけるという行為すら咎められることがある。勇気を振り絞ったシエスタの言葉を聞き、アンリエッタとルイズは心底嬉しそうに笑った。 しばらく三人で談笑した後、アンリエッタは、 「それでは、明日を楽しみにしています、ルイズ、体をいたわって下さいね」 と言って、シエスタと共に部屋を出て行った。 結局、使い魔の召喚には成功していない、明日恥をかくのはもう避けられない。 けれども別の充実感があった、アンリエッタ姫にまた一人友達が増えたことだ。 一人だけでになり、寂しくなった部屋で、ふと窓の外を見た、 もし、使い魔がいたら、私はどんな名前を付けただろう。 そう考えたルイズの目に、銀よりも強い輝き、白金色の光をまとった流れ星が流れた。 『星 の 白 金』 「スタープラチナ」 ルイズは、小声で呟いた。 翌日朝、使い魔品評会が始まる直前まで、女子達の間では新たに出現した幽霊の話で持ちきりだった。 『月夜に中庭に立つ幽霊』 『廊下で足を引きずって歩く幽霊』 『フードを被った女性の幽霊』 ルイズは冷や汗をかき。 キュルケは呆れ。 タバサの洗濯物は今日も一枚多かった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/419.html
「召喚成功よ!」 そんな声が聞こえた。 何だ?DIOの手下か?…いや、それはもう終わったことだ。 なぜなら『声』が聞こえてきたからだ『終わったよ……』と だからDIOの手下がおれに襲い掛かってくるとは思えない。 コイツは別の何かだ。そう思っているといきなりキスされた。 「おいおいお嬢ちゃん、いくらおれがカッコイイからっていきなりは無しだぜ?」 そう言って見る。 どうせ人間にはおれが愛想を振りまいてるようにしか見えないんだ。 人間なんて何を言っても同じさ。 と思ったらおれにキスしてきた女は固まっている。 何だ?と思ったがその疑問は自分で解けた。 「あれ?おれ人間の言葉をしゃべってるぞ?」 と言うことは… 「何を言っているのよこのバカ犬~~~!」 やべえ、聞こえてた! その後何とかおれを追い掛け回した女(ルイズというらしい)をなだめたのはコルベールとか言うハゲだった。 よくやったハゲ。そう思ったが口には出さない。 「さすがはゼロのルイズね。使い魔の忠誠もゼロなのかしら?」 おお!ナイスバディなねーちゃん! 「うるさいわねキュルケ!」 そのナイスバディーなねーちゃんはキュルケというらしい。 あとで無垢なふりをしてじゃれて楽しもう。 その隣にいるのも体は貧相だが顔はいい。こっちも唾を付けておこう。 そんなことを考えているとヤバイ事に気がついた。 おれが顔をしかめているのに気がついたキュルケがルイズにそれを教える。 「使い魔の体調管理もできないの?」 「イキナリこんなことになるなんて思ってなかったのよ!」 「はいはい。ホラ、いってやりなさい」 「む~~~~~」 そういいながらこっちに来ておれに話しかけるルイズ。 「どうしたのよ?」 「屁がでそうだ……」 おれは自分の高尚な趣味のために周りを見回す。見つけた。 あの金の巻き髪のやつがいい。 そいつに向かって走り出す。そしてそいつの頭に飛びつき、髪をむしる。 それをしながら屁をこく。ああやっぱりコレは面白い。 おれはそいつの頭を離れた。 「けけけ、決闘だァーーーー!」 うん?何だ? 「何いってんだギーシュ!」 おれが屁をこいたヤツはギーシュというらしい。 「君に決闘を申し込む!」 いきなりだな…だが! 「いいぜ!」 「言ったな!出て来いワルキュー…」 相手がバラを掲げるアレがあいつの武器か?ザ・フールの砂で作った槍でそれを叩き落す。 そして間髪いれずに砂の拳で顔面をブン殴る! そいつは鼻血を吹きながら後ろに倒れた。痙攣しているし気絶したとみて間違いないだろう。 僅か三行で決着はついた。 「スレの楽しみ?知ったこっちゃないね」 そういって正に外道な勝利宣言をした。 To Be Continued… ギーシュ・ド・グラモン―その後医務室でケティとモンモランシーが鉢合わせ、二股発覚の末二人から平手打ちをくらう。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1581.html
ごうごうと音を立てて風が吹き付ける見張り塔で、ギアッチョとワルドは まるで決闘のように対峙していた。傲然たる態度で己を眺めるギアッチョを 見返して、ワルドは今まで見せたことのない猛禽のような眼つきで笑う。 「それで?僕に話があるんだろう 王宮の話でも聞きたいのかな? グリフォン隊の武勇をご所望かい?それとも――」 杖をヒュンヒュンと回して、カツンと地面を叩く。 「ルイズの話、かな」 退屈そうにワルドを睨んで、ギアッチョは口を開いた。 「人間にはよォォ~~~、目的ってもんがあるよなァァ 目先の話じゃあ ねー、いつか辿り着くべき『場所』の話だ」 「・・・・・・?」 もはや擦り切れて思い出せないが、自分にも恐らくそれはあったのだろう。 遥か過去を思い出しかけた自分をナンセンスだと切り捨てる。真っ向から ワルドの眼を覗き込んで、ギアッチョは言葉を繋いだ。 「或いはこんな話もよくあることだ それで物事の全体だと思ってたもんが、 目線を引いてみるともっと大きな事象の一部だった・・・ってな」 更に鳥瞰すれば、全ての事象は是人生の一部に過ぎないと言えるだろう が――敢えてギアッチョはそこで言葉を切った。 「・・・すまないが、話が抽象的過ぎて言わんとしているところが掴めないな 君らしくもなく迂遠じゃあないか?ギアッチョ君」 大げさに肩をすくめてみせるワルドから、ギアッチョは眼を離さない。 「はっきり言って欲しいってわけか?」 「・・・・・・」 スッと帽子を取り去ると、ワルドは髪をかきあげて改めてギアッチョを見る。 その眼も口元も、もはや笑いを続けることをやめていた。 「結婚をすることで――僕がルイズを何かに利用しようとしていると 言いたいのか?」 二人は先ほどまでと変わらず悠然と対峙している。しかしもし殺気という ものが視える人間がいたならば、彼には二人の間に暴力的なまでの それが吹き荒れていることが解っただろう。 「そう聞こえたか?」 焦ったようでも怒ったようでもない、さりとて人を小馬鹿にするような 顔でもない、有体に言えば無表情な顔のまま、ギアッチョはしれっと 言ってのける。 「ま、言われてみれば確かにそうだよなァァ 聞けばてめー、今まで 何年も会ってない上に手紙の一つも送らなかったそうじゃあねーか てめーとルイズは『偶々偶然』同じ任務に居合わせただけってわけだ」 「・・・・・・」 「今思えばよォォ~~ ラ・ロシェールに着いた翌日からルイズの様子が 妙だったが・・・てめー、あの時既にプロポーズしてたな ええ?オイ どうにもおかしな話じゃあねーか」 そこでギアッチョは一度言葉を止める。と同時に、ギアッチョから今までと 別種の殺気が噴き出し始めた。 「『ウェールズは明日死ぬ、だからその前に式の媒酌をして欲しい』・・・ これは分かる スゲーよく分かる・・・死んじまっちゃあ式は挙げれん からな・・・・・」 「ダ、ダンナ・・・!」 思わずデルフリンガーが叫びを上げるが、もう遅い。 「だが数年ぶりに偶然会ったその日のうちにプロポーズってのはどういう ことだあああ~~~~~ッ!!?ええッ!?オイッ!!誰がどう見ても 不自然だっつーのよーーーーーッ!!ナメやがってこの野郎ォ 超イラつくぜぇ~~~~ッ!!スピード結婚もビックリじゃあねーか! 馬鹿にしてんのかこのオレをッ!!クソッ!クソッ!!」 時と場所と場合の全てを省みずブチ切れたギアッチョには、流石の ワルドも唖然とした顔を隠せなかった。 手近の柱を狂ったように蹴りまくるギアッチョに、デルフリンガーが 声を張り上げる。 「ダンナーッ!ストップストップ!落ち着こうマジで!!クールダウン クールダウン!KOOLに・・・いやさCOOLに!COOLになれ!」 デルフの悲痛な叫びが届いたのかどうなのか、ギアッチョはピタリと 足を止めるとワルドにあっさり向き直った。 「でだ」 実に切り替えの早い男である。おでれーたってレベルじゃねーぞと 呟くデルフを無視して、ギアッチョは何事もなかったかのように 話を再開する。 「貴族派の連中に襲われる危険を冒してまでよォォ~~、明日 無理に式を挙げる理由があるってぇわけか?それなら是非教えて 欲しいもんだな・・・てめーの行動はオレにゃあまるでこの旅が 最後のチャンスだと語ってるようにしか見えねーぜ」 言い終えて、ギアッチョはどんな隙も逃がさんばかりの視線で ワルドを刺す。 「・・・一つ、言っておくが」 既に平静を取り戻していたワルドは、ギアッチョの視線をものとも せずに彼を睨み返した。 「現実は物語とは違う 何もかもが論理的に進むことなどありはしない 何故なら人間は、理のみによって動くものではないからだ」 「・・・・・・」 今度はギアッチョが沈黙する番だった。一瞬たりとも彼からその 鋭い双眸を逸らさずに、ワルドは淀みなく言葉を続ける。 「聡明な君ならば理解してくれるだろうが、人の行動を理詰めで 推し量ろうとしても、必ずどこかで綻びが出る 何故か?答えは 簡単だ 論理的思考というものは――偶然を容認しないからだ」 「偶然を除去し、蓋然を必然に摩り替える それは真実を糊塗する 欺瞞に他ならない なんとなれば、人の行為とは全て偶然の集積に よって決定されるものであるからだ」 風は吹き止まない。月に反射して美しくなびくワルドの銀糸を、 ギアッチョは鼻白んだように眺めた。 「一見不自然に見えることも全て偶然だと、そう言いたいってわけか?」 「理解が早くて助かるね 一々説明する気はないが、彼女に手紙を 出せなかったことも会いに行けなかったことも、つまりはそういうことだ」 ゆっくりと、ワルドは楼上を歩く。ギアッチョを通り過ぎ、そのまま端まで 歩を進める。先ほどまでギアッチョが眺めていた雲海を見下ろして、 ワルドは再び口を開いた。 「僕はルイズを愛している 僕には彼女が必要なんだ 嘘じゃない これは紛れもない、僕の本心だ」 ばさりとマントを翻して、こちらを睨むギアッチョに向き直る。そうして、 ワルドはこの上なく真剣な眼で彼を見据えた。 「君は僕がルイズの権力や財力を狙っているのかと疑っているんだろうが …それは断じて違う 始祖ブリミルの名にかけて、天地神明天神地祇、 万物万象にかけて言おう 僕が欲しいのは、ただルイズだけだ 彼女に 付随する如何な力も要らない たとえ彼女が今、全ての富と権力を―― ヴァリエールの名を失ったとしてもかまわない 僕はルイズという人間が 欲しいんだ」 朗々と言い放たれたワルドの言葉に、ギアッチョは僅かに眉根を寄せる。 今の発言に嘘が含まれているようには思えなかったのだ。 押し黙って動かないギアッチョに、ワルドはフッと笑いを戻す。 「理解してもらえたようだね 話はそれだけかな?」 「・・・ああ」 ギアッチョの返答に満足げな顔をすると、ワルドは帽子を深く被り直す。 彼の横を通って扉の奥へ消えるまで、ワルドはギアッチョを一顧だに しなかった。 ワルドがいなくなったことを確認して、ギアッチョは不機嫌そうに首の 骨を鳴らした。 「大した詭弁だな・・・ヒゲ野郎」 メイジよりもソフィストのほうが向いてるぜと毒づくギアッチョに、 デルフリンガーが恐る恐る声を掛ける。 「・・・ダンナ やっぱりあいつは黒なのかねぇ」 「分からん」 「え?」 「こいつは感覚だがよォォ~~~ 野郎の最後の言葉・・・あれだけは どうにも取り繕ってるような感じがしねー」 「するってーと・・・?」 「ただの感覚だ、アテにゃあならねーよ 第一、そうだとしても依然 奴には不自然な部分が多すぎる」 「ま・・・そりゃそうか そんじゃ今すぐにでも部屋に戻ってルイズの 嬢ちゃんにこのことを――」 「いいや あいつには黙っとけ」 ギアッチョの言葉に、デルフは「へ?」と間抜けな声を上げた。 「え、いや、だってダンナ、このまま結婚しちまったら・・・」 「ワルドが白の可能性もある もしも真実奴が黒なら、必ず明日 行動を起こすだろうからな・・・そこで殺しゃあいい だが野郎が 白だったなら――ルイズの決断に水をさすことになる」 言い終えると、ギアッチョはデルフが何か口にする前に彼を 無理やり鞘に戻した。その格好のまま、ギアッチョは星辰煌めく 天空を振り仰ぎ。そこから何一つ言葉を発することなく、彼は ゆっくりと扉の奥へ歩き去った。 こうして騒がしい一日は終わりを告げ――そして、幾人もの運命を 別つ朝が来る。 「では、式を始める」 静謐に満ちた堂内に、ウェールズの声が凛と響く。ニューカッスル城の 片隅に設えられた小さな礼拝堂、そこがルイズとワルド、二人の婚礼の 舞台であった。非戦闘員は既に港に向かい、兵士達は最後の戦いの 準備を始めている。式を見守っている人間は、ギアッチョとギーシュ、 それにキュルケの三人だけだった。 「・・・ねえ どうしてタバサがいないんだい?」 ギーシュがこっそりとキュルケに尋ねるが、 「私も知らないのよ 起きたら部屋にいないんだもの・・・」 帰ってきた答えはこれであった。心配そうな顔をする二人を横目で 見て、ギアッチョは眼鏡を押し上げる。 「タバサのことは心配しなくていい ちょっとした野暮用だ」 「え・・・ちょ、ちょっと!どうして止めないのよこんな時に!」 「オレが頼んだことだ 文句は後で聞くぜ」 顔を寄せ合ってぼそぼそと続けられる彼らの会話は、ウェールズの 声によって中断された。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」 ウェールズの朗とした声が、ワルドに投げかけられる。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻と することを誓いますか」 重々しく頷いて、ワルドは杖を握った左上を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って頷くと、今度はルイズへと視線を移す。 恥ずかしいのか俯いているルイズに微笑んで、ウェールズは彼女に 儀礼の言葉をかけた。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ ド・ラ・ヴァリエール 汝は始祖ブリミルの名において――・・・」 顔を俯けたまま、ウェールズの声が響く中ルイズは必死に自分の心と 戦っていた。一晩経って今日、彼女の葛藤は消え去るどころか更なる 重みを持ってルイズを苛んでいた。ワルドと結婚するのだと、彼を 愛しているのだと思おうとすればするほど、ギアッチョのことが頭から 離れなくなる。それはまるで、自分の中のもう一人の自分が「それで いいのか」と問い掛けているようで、ルイズの胸は訳も分からず 痛んだ。それでいいに決まってるわ、と彼女は言い聞かせるように 自答するが、それは自分でも驚く程に弱弱しいものだった。どうして こんなに胸が苦しいのだろう。どうしてギアッチョの顔を直視出来ないの だろう。ギシギシと痛む己の心に自問を続けながらも、ルイズは 答えを知ってしまうことが何故だかたまらなく恐かった。 「新婦?」 心配の色を含んだウェールズの問いかけで、ルイズはハッと 顔を上げた。ウェールズとワルドが、それぞれ異なる色の瞳を ルイズに向けている。 「えっ・・・あ・・・」 思わず言葉にならない声を上げるルイズに、ウェールズは 優しく微笑みかけた。 「緊張しているのかい?硬くなるのは仕方がないさ 何であれ、 初めてのことは緊張するものだからね これは儀礼に過ぎないが、 しかし儀礼にはそれをするだけの意味がある」 「では続けよう」というウェールズの言葉に、ルイズの心臓は ドキンと跳ね上がった。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し・・・」 ウェールズの口から滔々と紡がれる言葉に同調して、ルイズの 心臓はどんどん鼓動を早めていく。それを止める者などいる はずもなく――ウェールズはついに、再び文句を唱え終わる。 「・・・夫とすることを、誓いますか」 「・・・・・・ち・・・誓い・・・」 言葉が、出ない。まるで喉の水分が全て奪われてしまったかの ように、ルイズの口はそれ以上何も言えなくなってしまった。 ――何をやってるのよ・・・!誓います、でしょう・・・ルイズ! 己の心に叱咤するが、しかし意志に反して、ルイズの喉は ただかすれた息を繰り返す。 ――どうして・・・?どうして言葉が出ないのよ・・・! ルイズは己の心を怒鳴りつけるように独白するが、その言葉すら 大音量で鳴り渡る自身の心音に掻き消されてしまいそうだった。 ウェールズが、ワルドが不安げな顔で自分を見つめている。 もういっそ、彼女は消えてなくなってしまいたかった。自分の心など 誰も分からない。誰も助けてはくれないのだから―― 「ルイズッ!!」 突然の怒鳴り声に、ルイズはびくりと肩を揺らす。彼女が誰よりも よく知るその声の主は、辺りを憚ることなく長椅子に片足を乗せて 立ち上がった。 「うじうじやってんじゃあねーぞクソガキが!何を悩んでるんだか 知らねーが、答えが出ねーなら考えることなんざ止めちまえ! てめーのしたいようにやれ!そいつが間違ってたってんなら、 このオレが直々にブン殴ってやるからよォォ~~!!」 あまりにも傲岸不遜なギアッチョの言葉に、ルイズは何故か 安心する自分を感じていた。そしてそのまま、彼女は吸い寄せ られるかのようにギアッチョに顔を向け―― 「~~~~~~っ!?」 頑なに顔を見ることを拒否していたギアッチョと眼が合った瞬間、 ルイズは今の今まで気付かなかった・・・いや、気付かない振りを していたことを、稲妻に打たれたように理解してしまった。 一日。たった一日見なかっただけのギアッチョの姿を、ルイズは まるで百年も待ち焦がれていたように感じて――そして今度こそ、 彼女は誤魔化す余地もなく理解した。どうしてギアッチョのことが 頭から離れないのかを。どうしてギアッチョを直視出来なかった のかを。・・・どうしようもない程に、自分がギアッチョに惹かれて いることを。 「・・・・・・あ・・・・・・あう・・・」 己の心を理解した瞬間、ルイズの顔はぼふんと湯気を立てて 茹で上がった。ギアッチョを召喚してからというもの、自分はこんな ことばかりだとどこかぼんやりとルイズは考えたが、当の使い魔が 怪訝な顔で自分を見ていることに気が付いて、彼女は慌ててその 綺麗な顔を背けた。しかし背けた先で、ウェールズもワルドも、 ギーシュにキュルケまで、その場の全てが自分に目線を集中させて いることに漸く気が付いて――ルイズの顔は、ますます真っ赤に 染まってしまった。 「あ、あああああのっ!わわ、わたし・・・!」 どうにかしてこの場を誤魔化そうと、実際どう考えても無駄なのだが とにかくルイズは出来る限りの大声でそう言って、ギクシャクとした 動きでワルドに向き直った。 「・・・・・・ルイズ」 「・・・ワルド・・・わ、わたし・・・・・・」 ルイズはそこで少し言いよどんだが、すぐにキッと顔を上げて、 はっきりとワルドに告げた。 「・・・ごめんなさい わたし、あなたとは結婚出来ない」 「・・・本気なのかい ルイズ」 極めて穏やかに、ワルドは問うた。しかしその拳がわなわなと 震えていることに気付いて、ウェールズはワルドの顔に眼を 遣る。彼の顔に隠し切れずに浮かんでいる表情は、どこか 屈辱や無念とは違っている気がした。 「世界だ!!」 マントを跳ね上げて、ワルドは両手を拡げる。 「僕は世界を手に入れる・・・!その為には君が必要なんだ! 君の力が!君の魔法がッ!!」 「ワルド・・・?冗談はやめて 私が魔法を使えないこと、知ってる じゃない」 「言っただろう、君は強大なメイジになる・・・今はそれに気付いて いないだけだ!僕と来い!来るんだ!ルイズッ!!」 尋常ならざるワルドの剣幕に、ルイズは思わず後ずさった。 流石に不味いと思ったのか、ウェールズが二人の間に割って入る。 「やめたまえ子爵!婚約とは二人の意志があって初めて為される ものだ!潔く身を――」 「貴様は黙っていろッ!!」 「なッ――!?」 あまりに礼を失する物言いにウェールズの顔色が変わるが、 ワルドはそんなウェールズに眼もくれずルイズの手首を掴む。 「痛ッ・・・!やめてワルド!どうしたっていうの!?」 「君はいつか才能に目覚める!目覚めなくてはならない!! 魔法が使いたいのだろうルイズ!僕と来い、僕が君の力を 目覚めさせてやるッ!!」 ギリギリと締め付けられる手首に顔を歪めながらも、ルイズは 臆さず言い放つ。 「ふざけないで・・・!私の魔法?私の才能?何なのよそれは! わたしはあなたの道具なんかじゃないわ!」 自分を拒み続けるルイズに、ワルドは顔を苛立ちに歪める。 言葉による説得を諦め、自分の方へ彼女を引っ張ろうとした その時、 「我が友人に対するそれ以上の侮辱、断じて許さぬ! ワルド子爵、今すぐその手を離せッ!さもなくば我が刃が 貴様を容赦なく切り裂くぞ!!」 ウェールズの声が堂内に響き渡った。猛禽を思わせる双眸で ウェールズを睨んで、ワルドは漸くルイズから手を離す。 「この僕がここまで言ってもダメなのかい?ルイズ」 「いい加減にして!!どこまで・・・どこまで人の心を裏切れば 気が済むの!?」 叫ぶルイズに仮面のような笑みを浮かべて、ワルドは肩を すくめて見せた。そうしておいて、彼は油断なく周囲に眼を 走らせる。すぐ手前にいるウェールズは、自分に杖の先を 向けている。状況についていけず眼を白黒させている ギーシュを、同じく驚きつつもキュルケが叱咤している。 そしてあの「ガンダールヴ」は――既に剣を抜いて、狩人の ような眼でこちらを睨んでいる。何か動きを起こせば、すぐに 飛び掛ってくるだろう。だが―― 「遠い、な」 誰にも聞こえないように、ワルドは低く呟いた。次いで、 今度は本来のよく通る声で語り始める。 「やれやれ・・・こうなっては仕方がない 君の気持ちを掴む 為に、それなりに努力をしたんだがね 目的の一つは諦めると しよう」 「目・・・的・・・?」 ルイズはギアッチョの方へと後ずさる。それを止めもせずに、 ワルドは凶悪な笑みを浮かべた。 「君を手に入れるという目的――これはどうやら、上手く いかなかったらしい」 敵意と悲しみの入り混じったルイズの視線を平然と受け流して、 ワルドは話を続ける。 「二つ目の目的は、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」 「――ッ!」 ワルドの言葉で、礼拝堂は一転して刺すような緊張に包まれた。 「そして三つ目だが」 つば広の羽根帽子を目深に被りなおすワルドに、全てを察した ウェールズが迅速に呪文を唱え始め―― ドズッ!! 心臓の辺りに風穴が空いたのは、ワルドではなくウェールズだった。 「・・・『レコン・キスタ』・・・だと・・・」 ごほッと、ウェールズの口から空気が溢れる。「閃光」の二つ名 さながらに一瞬で「エア・ニードル」を完成させたワルドは、ぶしゅりと 音を立ててウェールズから杖を引き抜いた。 「ウェールズ・テューダー 貴様の命というわけだ」 「ウェールズ様ぁぁぁ!!」 凍った場に響いたルイズの悲痛な叫びは、果たして彼の耳に届いて いるのだろうか。ウェールズはよろよろと二・三歩後退して、ガランと 杖を取り落とした。 「・・・ハ・・・ハハハ・・・ 悔しいな・・・・・・」 彼の顔は、痛みではなく無念によって歪んでいた。 「こんな・・・ガハッ・・・ ところ・・・で・・・ 戦うことすら・・・出来ずに・・・」 ウェールズは息も絶え絶えに言葉を吐く。命がぼろぼろと崩れつつある その体が、ぐらりと後ろへ仰け反った。 「いーや おめーはよく戦ったぜ」 がっしりと、死に行く彼の身体を受け止めた者がいた。 「堂々とよォォー・・・先陣を切って、三百人の誰よりもおめーは 勇ましく戦った そうだろ?ウェールズ・テューダー」 「・・・き・・・みは ギアッ・・・チョ・・・か・・・」 もはや眼が霞んで、ウェールズには何も見えはしなかった。だが、 『理解る』。友の腕が支えてくれていることに。友が自分を認めてくれて いることに。 「泣き言はいらねぇ・・・ただ誇ればいい おめーにはその資格がある」 後の始末はオレがつけてやると。ギアッチョははっきり、そう言った。 ウェールズはその言葉に満足げに微笑んで――ゆっくりと眼を閉じる。 「ふふ・・・・・・ありが・・・とう・・・ギアッチョ・・・・・・ 頼・・・んだ・・・」 胸の上に置かれた手が、だらりと下がった。 「・・・・・・アン・・・リ・・・・・・タ・・・ ・・・・・・しあ・・・・・・せ・・・に・・・」 最期の最期に、うわ言のように呟いて、ウェールズはその人生を閉じた。 そっとウェールズの遺体を横たえて、ギアッチョは幽鬼の如き胡乱な 双眸をワルドに向ける。その凍った瞳に、ボッと炎のような殺意が 灯った。 「どけ、ただの『ガンダールヴ』 死にたくなければ身の程をわきまえろ」 杖をギアッチョの胸に向けて、ワルドは嘲笑う。 「久しぶりだぜ・・・こんな気分になったのはな・・・ てめーは ルイズの心を裏切り、こいつの『覚悟』を踏みにじった・・・ええ?オイ 出来てんだろーなァァァ・・・償いをする『覚悟』はよォオォォーーー!!」 「我が暦程に転がるものは、皆等しくただの小石だ 小石に情けを かける者がどこにいる?」 愉快そうに言うワルドに、ギアッチョはもはや何も言わず剣を掲げた。 ギアッチョの代わりに、デルフリンガーが叫ぶ。 「俺もムカついてたところだぜ!ダンナ!存分に俺の魔法吸収を――」 ドンッ!! 「え?」 デルフは何が起こったものか分からずに、間の抜けた声を上げる。 それはそうだ、ワルドに向かって振るわれるはずの己が、床に突き立て られているのだから。 「ダ、ダンナ・・・?」 「こいつはオレが殺す・・・てめーらは手を出すんじゃあねー」 その言葉に、場の人間全てが驚愕の表情を見せる。 「え、ちょ、おいおいダンナ!この野郎はトリステインでも有数の実力を 持つメイジでだな・・・」 「その通りだ 貴様如きに敵う道理はない 尻尾を巻いて逃げ出すが 賢明・・・ッ!?」 言葉の途中で、ワルドは異変に気付く。妙な寒気が、ギアッチョの周囲に 集っているのだ。それは徐々に彼の全身を包んで行き、そして包んだ そばから固体となり始める。 「光栄に思えよ・・・てめー如きに見せるのは勿体ねー力だ」 ギアッチョの足を包んだ氷は、信じられないスピードで膝を、腰を、 肩を覆い。白い魔人が、その正体を現した。 キュルケが、ギーシュが、デルフが・・・そしてワルドまでもが絶句する 中、ギアッチョはワルドを死神のような双眸で貫いて、たった一言を 吐き出した。 「惨めに死ね」 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2005.html
―真っ暗だった (ここは一体、あたしは…) エルメェス・コステロは暗闇の中にいた。 記憶がはっきりしない。 確か自分は徐倫たちといっしょに神父と戦っていて、 時が加速して、 エンポリオの幽霊の弾丸を利用して海へと逃げて、 アナスイの作戦を聞いて、 ニュー神父が来て、 それから… そうだった。 自分は神父の新しいスタンドの攻撃(といっても打撃だが)を喰らい、そのまま海で息絶えたのだ。 (…じゃあここが、死後の世界ってやつ?) 死後の世界、キリスト教でいう天国。 確か死んだ人間がたどり着く楽園とか言ってたっけ。 しかしここは幼いころに親から聞いていたそれとはまったく違っていた。 何もない。 罰則や規律に守られた刑務所も、温かみあふれる家庭も、ともに笑いあった仲間も、光さえも存在しない完璧な暗闇。その中で自分は横になっている。 (そうだ、あいつらは?) 周りから聞こえてくるのは雑音だけで仲間の声はしない。死んだのは自分ひとりなのだろう。 (情けねぇなあ、あたし…) いつか自分が倒した男の口癖をつぶやく。 結局自分は助けられているだけで、助けることはできなかった。徐倫と出会い、そして文字通り死ぬまで。 (そういえばいろいろあったな) 今考えてみるとこの数ヶ月は本当におかしな出来事にあふれていた。 空条徐倫との出会い、不思議なペンダント、スタンドの発現、マックイィーンとの対決、農地の捜索、F・Fと仲良くなり、キャッチボール、スポーツマックスへの報復。 『……我が名…イズ・フラン……ヴァ…ール…』 …なんだ今の?いや気のせいだろう。なぜなら周りを見回しても暗闇の中にはあたししかいないのだから。 報復をした後、エンポリオと三人で脱獄して、徐倫の元カレに合い、まぶたストーン、神父を見つけ、墜落した飛行機の記憶、虹、カタツムリ、ウェザーの過去、新月のとき。 『…力を司るペン…ン。この者に祝福を…』 何なんだ、ブツブツブツブツと。自然界にこんな音あったか? そうだ、祝福。アナスイのやつ何もあんなときに結婚の申し込みなんてしなくても… 『我の使い魔と…』って、 「さっきからうっせェーんだよ!!」 結論から言うと、あたしのいた場所は暗闇なんかじゃなかった。どうやら気を失っていただけのようだ。 使い魔の兄貴(姉貴)!! 最悪だった。 何が最悪って今日という日のすべてが最悪だった。 朝起きて、最初に会ったのがキュルケ。多少いやみを言われたが気にしていなかった、なぜならもっと大切なことがあったから。 次に廊下で風邪っぴきにあった。汗臭いデブもブーブー何か言っていたみたいだが気にしない。なぜならもっと大切なことがあったから。 そう、使い魔召喚の儀。 なんとしても失敗できないと気合を入れて臨み、それでも何回も失敗した。 周りの人たちは「何度やっても無駄」というような冷たい目で見ている。 それでも彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはあきらめようとしなかった。 失敗とともに起こる爆発によってだんだんと大きくなっていく穴に向けて、何度も何度も杖を振り下ろす。 何度も何度も何度も何度も振り下ろす。 そして爆発回数が百回を越えるころ、ようやく彼女は召喚に成功した。 ひときわ大きな爆発が起こり、爆風によって飛んでいくデブ。やはりこういう役まわりなのだろう。 爆発によって立ち上っていた砂煙がはれる。ルイズがおそるおそる爆発のくぼみを覗き込んでみると、そこにいたのは人間だった。 ドラゴンでも蛙でもトカゲでもなく、空気を操る猫みたいな草でも曲乗りとかいろいろできちゃうしゃべる恐竜でもなく、人間。 周りのざわめきが次第に大きくなり、そして彼女への嘲笑へと変わる。 「ギャァーーーハハハハハハハ!」 「呼び出されたのは…平民だったァーーー!!」 「さすが『ゼロ』だ。こんなことほかの奴らは考えもしなかっただろうよォ~」 「いや、完璧にまいったスよーッ」 「は、腹イテェーよォ~~~~~」 「こ、コルベール先生!しょ、召喚の、召喚のやり直しをさせてください!こんな、こんな、へへへ平民を使い魔にはできません!」 彼女は教師に召喚のやり直しを求めた、が現実はそれを許すほど甘くはなかった。 「いいえ、その人を使い魔とするのです。ミス・ヴァリエール」 「でも!でも!!」 「いいですか、ミス・ヴァリエール。二年生に進級するには使い魔の召喚が絶対。 しかしこの儀式であなたは今までに失敗した回数を数えていましたか? 私が数えるのをやめるほどの回数、あなたは失敗しました。そして今やっと召喚に成功したのです。 もうこれ以上時間をかける余裕はありません。ここであなたが選べる道は二つ。 1.あきらめてあの人を使い魔にする 2.一年生をもう一年繰り返す さて、どちらが良いですか?」 コルベールはあくまで笑顔でそう告げた。 ルイズは思わず息を呑む。1を選べば現在更新中の伝説をまたひとつ築くことになるのだろう。 2を選べばゼロの伝説は修復不可能な完璧な伝説として後世まで語り継がれるのだろう。 道は二つあるらしいが本質的には道はひとつだ(無論ゼロ的な意味で)。 ならば考えるまでもなく答えは決まっている。 「契約……してきます…」 「よろしい、ならば早くお願いします」 がっくりと肩を落としたままルイズは爆発跡地の中心にいる人物へと近づいていく。 やはり平民のようだ。貴族やメイジならもっとマシな服を着ているだろうし、先住民(エルフといったか、授業で習った覚えがある)ならばもっと身体的特徴があってもいいはずだ。 脇のあたりでそでが止まっている服、頭についている怪しい石、顔の奇妙な化粧、十中八九旅芸人だろう。 ルイズは深くため息をつき、穴の中の人物との契約に取り掛かる。 「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 目の前の平民が動いたような気がする。当たり前だ。生きていなければ召喚できるはずがない。死体なんかを召喚した日には二つ名は間違いなくマイナス反転するだろう。 「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え…」 今度は動いた。はっきりとわかる。ブツブツと何かつぶやいている。 目が完全に覚めてしまうと厄介だ、さっさと済ませてしまおうと思い多少早口になりながらも彼女が呪文を言い終わり、契約のキスを交わそうとしたときに事件は起こった。 「さっきからうっせェーんだよ!!」 そう、いきなり倒れていた人物が目を覚まし飛び起きたのだ。 ここで重なってしまった不幸は三つ、 ひとつはルイズが驚いてしまい身動きひとつ取れなかったこと ひとつはエルメェスが意味もなく飛び起きたこと そして最後のひとつはエルメェスが起きたのがキスの直前。つまり二人の距離はほぼゼロ距離だったということ。 ゴチイィィンという鈍い音が響いた。 やはり今日は最悪だったと朦朧とした意識の中でルイズはそんなことを考え、そのまま意識を手放した。 TO BE CONTINUED・・・
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1501.html
ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。 「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。 「一つ残念な知らせがある」 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。 「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。 「僕とルイズは同室だ」 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。 「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」 「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。 「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」 と、ルイズに同意を求める。 「あ……うん、そうね。私も、その方が……」 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。 「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。 「ええ、じゃあ」 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。 「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」 「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。 (いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。 「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」 「うるさいわいッ」 「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」 「やかましいわいッ!」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。 ――ワルドからのプロポーズ。 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。 To Be Contined → 29 戻る