約 1,076,769 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/339.html
気がつくと、ここに立っていた。 自分の周りを覆う煙が晴れ、視界が広がる。 抜けるような青空の下、草原の中。 周りを見渡すと、奇妙な一団が自分を見ている。 「アンタ誰?」 声がして気がつく。 小さくて気付かなかったが、ピンク色の髪をした少女が目の前に居た。 「ここはどこだ?」 「ルイズ、平民なんか召喚してどうするんだ?」 「ゼロのルイズは失敗の仕方も一味違うねぇ!」 周囲の笑いと反対に、目の前の少女は声を荒げる。 「ち、ちょっと間違っただけよ!」 しかし、笑いは収まらないばかりか、いっそう大きくなる。 「おい、ここはどこなんだ?」 再び、少女に問いかける。 「うう、うるさいわねぇ平民の分際で! 質問に質問で返すなって言葉を知らないわけ!?」 「質問?」 「そうよ! 一体アンタ誰なのよ!!」 笑われて腹を立てているのか、少女はヒステリックにがなりたてる。 「オレか? 俺の名前は……」 ん? 「……オレは誰だ?」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1270.html
「嘘・・・どうしてフーケが!?」 岩石を切り抜いて作られたラ・ロシェールそのものを素材にして錬金された 巨大ゴーレム。突如出現したそれの肩に長い緑髪をなびかせて座っている女は、 忘れもしない土くれのフーケだった。自分の言葉を中断されて少し助かったと 思ってしまい、ルイズはぶんぶんと首を振る。フーケは端正な顔を不機嫌に 歪めてルイズに答えた。 「実に親切なお方がいらっしゃってねぇ わたしみたいな美人はもっと世の中に 貢献しなくちゃいけないっておっしゃってね 牢から出してくれたのよ」 皮肉たっぷりにそう言って、フーケはじろりと隣を睨む。彼女の刺すような視線の 先にいたのは、白い仮面をつけた黒マントの貴族の男だった。フーケの言動に 一切の反応を示さず、腕を組んで冷厳とルイズ達を見下ろしている。 「個人的にはあんた達なんかとは二度と関わりたくないんだけどね これも仕事よ、恨まないことね!」 言うが早いか、ゴーレムの柱を束ねたような腕が高速で振り下ろされた。いつの 間にか己の剣を握っていたギアッチョは、ルイズを小脇に抱えるとベランダの 手すりを踏み台にルーンの力で数メイルを飛び上がった。直後岩で出来た ベランダを粉々に破壊したその拳に見事に着地して、ギアッチョはピクリとも 動かない表情のまま口を開く。 「やっぱりよォォ~~ オレは戦うのが性に合ってるみてーだなァァ」 「ちょ、ちょっと!どどど、どこ触ってんのよこのバカ!離しなさいよ!」 小脇に抱えられたままルイズがじたばたと騒ぐ。 「どこ触ろうと同じだろーがてめーの身体は 黙ってねーと舌噛むぞ」 「おなっ・・・!?」 ルイズの頭にガーンという音が響き渡った。心に深いダメージを負ったルイズの ことなどつゆ知らず、ギアッチョは戦闘態勢に入った眼でフーケ達を睨む。 足場にしている拳に振り落とされる前に、「ガンダールヴ」の脚力で一瞬のうちに 肩へと駆け上がる。デルフリンガーを持つ方向に身体をひねり二人まとめて 横薙ぎにブッた切るつもりだったが、 「チィッ!」 仮面の男が一瞬の機転でフーケの首根っこを掴んで後方へ落下した為、 デルフリンガーは虚しく宙を切った。ギアッチョは特にイラだった顔も見せずに 地面を覗き込む。レビテーションをかけたのか、男とフーケは無事に地上に 降り立っていた。フーケと結託しているのなら、仮面の男とその仲間には当然 ホワイト・アルバムのことは知られているだろう。もはや隠す必要もないと考えて ギアッチョはゴーレムを凍結しようとするが――下のほうから聞こえてきた怒声や 物音がそれを中断させた。 「どうやら・・・あいつらも襲われてるみてーだな」 放っておくべきか一瞬迷ったが、酒を飲んでいるならマトモに戦えていないかも 知れないと考え、ギアッチョは助けに行くことを選択した。もはや抵抗もしない ルイズを小脇にかかえたまま、見るも無残に破壊されたベランダから部屋に 飛び込み、扉を蹴破って廊下を走り、手すりを乗り越えて階段を飛び降りる。 果たしてギーシュ達は、全員無事に揃っていた。もっとも、テーブルを盾にして いる彼らの頭上では無数の矢が飛び交っていたが。 ギーシュ達と共にワルドがいたのを見て、ギアッチョはピクリと眉を上げる。 背格好といいタイミングといいあの仮面の男がワルドだとギアッチョは殆ど確信 していたのだが、どうやら自分の推理は間違っていたらしい。考え込む彼に 気付いて、ギーシュが声を上げる。 「ギアッチョ!無事だったのかい!」 その声でキュルケ達は一斉にギアッチョを見た。ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、 ルイズを引っ張ってキュルケ達の後ろに身を伏せる。 ギアッチョはフーケがいることを伝えたが、どうやらその必要はなかったらしい。 戸口からは思いっきりゴーレムの足が覗いていた。「それはともかく」と前置きして、 キュルケは鬱オーラ全開で俯くルイズを見る。 「ルイズ、あなた大丈夫?」 「・・・・・・尊厳を汚された・・・」 「は?」 意味が分からずに怪訝な声を上げるキュルケだったが、「一年後に後悔しても 許してあげないんだから」だの「まだ変身を三回残してるのよ きっとそうよ」だのと 肩を震わせながらブツブツと呟いているルイズを見てなんとなく事情を察した。 とりあえずルイズは放置することに決めて、彼女はギアッチョに向き直る。 「どうするの?ギアッチョ」 言外に「魔法を使うのか」と尋ねるキュルケに、ギアッチョは思案顔で黙り込んだ。 しかしギアッチョが結論を下す前に、ワルドが口を開く。 「諸君、このような任務は半数が目的地に辿り着けば成功とされる」 周りの状況などおかまいなしに本を読んでいたタバサが、それを受けてワルドを 見る。ぱたりと本を閉じると、キュルケ、ギーシュ、そして自分を指差して「囮」と 呟いた。ワルドは重々しく頷いて後を引き継ぐ。 「彼女達が派手に暴れて敵を引きつける 僕らはその隙に、裏口から出て 桟橋へ向かう」 その言葉に、ルイズが弾かれたように顔を上げた。 「ダメよそんなの!フーケもいるのよ!?死んじゃったらどうするのよ!」 「いざとなれば逃げるわよ それにわたし、今ちょっと暴れたい気分なのよね」 キュルケは余裕の笑みでそう嘯く。それに追従してタバサが「問題ない」と言い、 ギーシュは相変わらずガタガタ震えていたが、「いいい行きたまえよ君達! ぼ、ぼぼ僕はフーケのゴーレムに勝った男だぜ!」 と誰が見ても明らかに分かる虚勢を張り上げてルイズ達を促した。 「行って」というタバサの声と、「行きなさい」というキュルケの声が重なる。 ルイズはそれでも二の足を踏んでいたが、 「別にルイズの為にやるわけじゃないんだからね 勘違いされちゃ困るわよ」 というキュルケの発破で、何とか行く決心がついたようだった。「わ、分かって るわよ!」とキュルケを睨むと、「おーおー、素晴らしきは友情だね」と笑う デルフリンガーに二人で蹴りを叩き込んで走って行った。それを追ってワルドも 裏口へ去って行く。去り際ルイズが小さく呟いた「ありがとう」という言葉に 意表を突かれて一瞬顔が赤くなったキュルケだったが、コホンと一つ咳をすると すぐいつもの顔に戻った。 「それで、今度はどんなお言葉を下さるのかしら?」 未だ動かないギアッチョに余裕の仕草で笑いかける。ギアッチョは溜息を一つ つくと、彼女達に向き直って口を開いた。 「このまま死なれちゃ寝覚めが悪いんで忠告しといてやる ・・・命を賭けてまで戦おうとするんじゃあねーぞ」 慈悲の欠片も見当たらないような表情で、しかしギアッチョはそう言った。 「無理を悟ったらとっとと逃げろ 桟橋とやらで追いつかれたところでどうせ オレが何とか出来るんだからな」 一見どうでもいいような口調でそう言って、ギアッチョはガシガシと頭を掻く。 そうならない為に今まで隠して来たんじゃないのか、等と言う気は誰にも なかった。一様に真剣な顔で頷く三人に一瞥を向けると、彼は無言で ルイズ達の後を追った。 音を立てずに駆け去るギアッチョの後姿を見送って、キュルケはふぅと 溜息をつく。 「全く、この主にしてこの使い魔ありって感じよねぇ」 やれやれといった風に笑うキュルケに、タバサはこくりと頷いて杖を握った。 大きな音を立てて自分の顔を叩いて、ギーシュは一つ気合を入れる。 「よ、よし!行こうじゃないか二人とも!」 「ええ、火傷しない程度にね」 二人して杖を抜き放ち、ニヤリと笑いあった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1506.html
ルイズメモNo.12-使い魔について- あの決闘から一週間が過ぎた。 意外にも、最大の懸念事項だった謹慎は無し。 ハゲ曰く、「怪我人が出なかったから今回だけは許す」らしい。 けれど、もしモンモランシーが機嫌を直していなかったら、ギーシュは確実に死んでたわね。 何かの陰謀を感じなくもない。だとしてもわたしに出来ることは特にないけど。 それよりもセッコね。格闘が強いのはうすうす判ってた、 けど岩を操ったのは何だろう?直接聞いてみたけれど答えは要領を得ない。 セッコは朝わたしを起こして、朝食を食べるといつの間にかいなくなる。一体どこへ行っているのだろう?要検証ね。 一応呼ぶと現れるので、それほど遠くへは行ってないみたい。微妙に感覚共有ができているのかも、そうだとしたら喜ばしいことだわ。 ふと思って「来い」と念じてみた。来る様子はなく、肩を落とす。しかし声に出して呼ぶと、いつも通りすぐにやってきたわ。意味がわからない。これも要検証。 気になることが多すぎるので一日使ってセッコを監視することにする。 他の使い魔達を連れて厨房に餌をたかりに行っている。やっぱり足りてないのかしら? 信じられないものを見てしまった。セッコはともかくとして、ドラゴンとジャイアントモールが食材の搬入を手伝っている。誰の使い魔か知らないけど意地汚いわね。 中庭でギーシュと話している。妙にギーシュの腰が低いのは気のせいだろうか。 ギーシュが錬金したとおぼしき棍棒をセッコが振り回している。もしかして武器が欲しいのかしら?今度の休みにでも何か買ってあげよう。 その間ギーシュは横で震えている。その様子は実に面白い。 思ったよりあいつは人望がある。わたしのよく知らない子と普通に会話していた。ハシバミ草愛好会って何なのかしら? 部屋に戻るといつの間にかセッコが戻ってきていた。謎の鎧のような服の手入れをしている。「大事なもんだ、何に使うかは忘れたが。」と言っていた。 呼べば来るけど念じても来ない謎が遂に判明。単にわたしの声を聞いていただけみたい。目がいいのに、耳もきくってのは珍しい。才能ね。 不思議な事も言っていた。硬い物を持つと身が軽くなる?理解できない。けど嘘ではなさそう。 「起きろー」 うるさい 「起きろぉー」 まだ眠いのよ 「起きろおおおお」 今日は休日じゃない 「起きろつってんだろおおおおおおおおおお!」 「ああ……おはよう」 そういえば、今日は買い物に行くから早く起こせって言ったんだわね。 「オレも行くのか?」 「当たり前じゃない、というかあなたの武器を買いに行くのよ。」 「うー」 ひどくやる気のない面でこっちを見ている。 「付いて来るなら飴を一缶買ってあげるわよ。来ないなら当分おやつ抜き。 もう一度聞くわね。付いて来るかしら?」 「うおお、うん、うん!」 いつもながらこの扱いやすさは評価できるわ。 「ならさっさと行くわよ。」 「うん。」 タバサはセッコの事が気になっている。 召喚した次の日、普通にハシバミ草を食っていたこと。 自分の使い魔である風韻竜シルフィードと妙に仲がいいこと。 そして……決闘で見せた不思議な、見たこともない戦い方。 しかも昨日はサイレントを掛け、かなり後ろからつけていたのにわたしに気づいて話しかけてきた。修行が足りないだろうか。 勘は鋭いが頭は良くないようで、適当にごまかしたら納得していた。 そうだ、今日は虚無の曜日だ。休みを満喫すべく図書館に向かうことにする。 部屋でゆっくり読もうと本を2冊借りて出てくると、窓から馬で町へ出て行くセッコと主人ルイズの姿が見えた。 どうも気になる。 ……空で本を読むのも悪くないか。そう自分を納得させシルフィードを呼んだ。 「きゅい?」 「馬2頭。食べちゃダメ」 「きゅいきゅい!」 あら?よく見たらセッコちゃんなのだわ! たぶん町へ行くのよね、ついでだし乗せてあげちゃおうなのだわ! シルフィってなんて友達想い! 「シルフィード?」 タバサが気づいた時既に遅し。シルフィードは、セッコとルイズのすぐ横まで急降下していた。 「きゃあああああああ!何?何なの?」 ルイズはあまりのことに落馬してしまった。 まあ、いきなり横にドラゴンが降りてきたのだ。 驚くなという方がどうかしている。 「いたた、セッコ生きてるかしら?」 ……あら? 「うおっ、おおおっ」 「きゅい、きゅっきゅ!」 「うん!うん!」 「きゅいい!」 「おあ、おうおう!」 「きゅいきゅい!」 腰をおさえながら起き上がったルイズが見たものは。 意味不明な言葉でドラゴンとコミュニケーションを取るセッコと、ドラゴンの背中でプルプルと震えている同級生の姿だった。 しかも……あのドラゴンは確かに校舎の裏手で食材を運んでいた奴だ。 「早い、早いわ!さすがドラゴン!」 横でルイズがはしゃいでいる。キュルケ並みに騒がしい。 「おっおっ」 「きゅい!」 シルフィードとセッコが何か言い合っている。はあ、何でこんなことに。 まだまだ「教育」が必要みたい。 (……シルフィード) (なに?) (帰ったらあれよ。) (な、なにもわるいことしてないの!喋れることもばらしてないの!) (追跡対象は今乗せた2人。) (……) 「タバサ、だっけ。ありがとう。凄く助かったわ。」 「いえ、別に。」 元は乗せるつもりなんかなかったのに。 「あれ、どこ行くの?」 「用事。」 もう頓挫したけど。 ……せっかく街まで来たんだし、秘薬屋に足を伸ばそうか。 「帰りも乗せてもらえる?」 「……」 シルフィードとセッコはまだ何か話し?ている。 害はなさそうだし、乗せてもいいか。 「ここで待つ。」 「ありがとう。タバサ」 タバサとわかれて武器屋を探す。どこだったかしら…… 「狭い道だなあ~」 え? 「ここが一番広いのよ?それはそうと、スリには気をつけなさいよ。」 「わかった。」 セッコを呼び出してかなり経つ。でもわからない事が多すぎるわ。 こいつ自体記憶喪失なんだから、どうしようもないのだけれども。 「見えたッ!チクリと見えたぜ!」 セッコが指差した先には何も見えない。何言ってるのこいつ。 「剣の看板!」 「どれよ」 「その先だ、オメー目が悪いぞぉ。」 あなたが良すぎるのよ。 100メイルほど歩くと確かに剣の看板であることが分かった。 そういえばこんな場所だったわね。 「こんにちはー」 店の中は薄暗く、乱雑に剣や槍や甲冑が並べられていた。 店の奥に座ってパイプを銜えていたヒゲ親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめ、口を開く。 「旦那。貴族の旦那。うちは真っ当な商売してまさあ。 お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや。 「失礼ね、客よ。」 「こりゃおったまげた!貴族が剣を!おったまげた!」 「使うのはわたしじゃないわ、使い魔よ。 後、剣よりもハンマーとかメースとか、頑丈で重いものがいいのだけれど。」 店主がよく見ると、少女の後ろに変な鎧を着た男が立っている。 確かに力は強そうだ。 「困りましたなあ、うちは剣と槍が専門でしてね、 殴る武器はそれ、そこの護身用の棍棒しかありませんや。」 指した先を見ると、0,5メイルほどの貧相な棒が数本吊ってあった。 「うーん、さすがにこれはちょっと。」 ですよねー。 といった表情でヒゲ親父が何か考えている。 「ああ、そういえば物凄く頑丈な奴が居ますぜ、片手剣ですがね。 値段も新金貨で50もあれば十分でさあ」 「いいじゃない。」 「ただ、少々素行に問題がありまして。」 「素行……?」 突然、奥に積まれていた剣の山から低い男の声がした。 「何が素行に問題ありだ馬鹿親父!おめえと比べたら清廉潔白もいいとこだぜ!」 「やい!デル公!黙ってろって言ったろうが! せっかくてめえを売り込んでやろうと思ったのによ!」 「デル公って呼ぶなっつーたろう!デルフリンガー様と呼べ!」 「へえ、インテリジェンスソードじゃない。口は悪いけど。」 ルイズは妙に興味が湧いた。 「こいつの喋る以外の能力って何?」 「強いて言えば、硬いことですねえ。切れ味は悪いですが。」 「どのぐらい?」 「頑丈さだけなら、ここにある何よりも上でさあ。」 嘘は言ってない。あの外見と罵詈雑言がなきゃ業物で通るだろう、と店主は思う。 もっとも、その欠点のおかげで数十年売れてないのだが…… 「よさそうね、セッコ。ちょっとあの声の主を拾ってきて。」 「うん。」 「本人を無視して勝手に話を進めるなバカヤロー!使い手は自分で選ぶぜ!」 「黙ってろデル公、また話がこじれるだろうが!」 「うわっ変態!俺を掴むな!おめえなんかに使われてたま……ん? おでれーた!てめ、[使い手]じゃねえか!」 セッコは思った。この五月蝿さはともかく、持ち易いし丈夫そうだ、と。 「サビてるわね。」 「ええ、サビてはいます。」 「今にも崩れそうに見えるんだけど。」 「「そんなことはねえ」」 セッコと剣の声が重なった。 「そうかしら。」 素手でワルキューレの腕を捻じ切ったセッコが言うならそうなのかもしれない。 そうだ、いいことを思いついたわ。 「セッコ」 「何だ」 「その剣を、えーとデルフリンガーだっけ?思い切り殴ってみなさい」 「ちょおまやめ」 剣が何か言っているけど気にしない。 「……わかった。」 セッコが剣を机に置き、思い切り腕を振り下ろす。 ドッボオォォ 「UGYAAAAAAAAAAAA!」 物凄い音と聞くに堪えない叫び声がして、金属でできた机が凹む。しかし、剣は汚い叫びを上げはしたが無傷だった。 刃を横から叩くなんてことをしたら、普通の人がやっても折れて当たり前だ。 しかしこいつは……あのセッコに机が凹む勢いでぶん殴られても、曲がってすらいないのだ。 これはきっととんでもない掘り出し物に違いない。 「これに決めたわ。サビは見逃してあげる。新金貨50でいいのよね?」 「へえ、ありがとうございます。ところでですね。」 「何よ」 「あの……机の修理代を……できればでいいんでがすが……」 店主は泣きそうな顔で縮こまっている。正直哀れだ。 「いくらよ」 「新金貨20……」 ヒゲ親父はデルフリンガーを凄い勢いで振り回すセッコをちらりと見て、更に怯えた表情になった。 セッコにしてみれば、新しい玩具が手に入ったから遊んでいる、 その程度なのだろう。しかしこの状況ではほとんど脅迫といっていい。 「いや、15でいいでさあ。」 ちょっと哀れかもしれない。 それにこの剣はなかなか使えそう。もう少し払ってやってもいいわね。 「わかったわ。合計65枚ね。」 ヒゲ親父の顔がぱっと輝いた。 「へい!まいどありい! あと、もしあまりにもこいつが五月蝿いようなら、 鞘に入れれば大人しくなりますぜ。鞘はサービスでさあ。」 ……普通鞘は最初から剣についてるもんじゃないのかしら?まあいいけど。 デルフリンガーを振り回すのを止めさせ、鞘に突っ込む。 何か言いかけたけど、とりあえず無視が一番ね。 勝手に出てこないように厳重に紐で縛ってからセッコに持たせた。 おそらくセッコが使う分には、抜き身でも鞘に入ってても変わらない。 それに、このインテリジェンスソードはずいぶん性格が悪そうだ。付き合ってられないわ。 「学院に帰るわよ、セッコ」 「待て、飴一缶。」 すっかり忘れてた。危ない危ない。 「そういえばそうね。菓子屋に寄ってからタバサを探しましょ。」 飴って砂糖を沢山使うから高いのよね。クッキーとかじゃあダメなのかしら? ま、約束しちゃったものは仕方ないか。あ、菓子屋ってどこだっけ。 その頃、武器屋の店主は満面の笑顔でルイズたちを見送っていた。 デル公の厄介払いも素晴らしいが、せしめた机の修理代のおかげで笑いが止まらない。 鍛冶である己の技術をもってすれば、この程度の修理朝飯前である。 今日はもう休みにし、ゆっくり酒でも飲もう。どうせ客はめったに来ないのだ。 飴を買って最初に降りたところまで戻ると、既にドラゴンとタバサが待っていた。 セッコは後ろで買ってやった飴をバリバリと噛み砕き食べている。 飴は舐める物じゃないのかしら?まあいいけど。 「ありがとう、タバサ。待っていてくれたのね。」 「待ったのはシルフィード。」 「きゅい!」 「似たようなものよ。とりあえず帰りましょ。」 それにしても、キュルケのサラマンダーもあれだけど、風竜の使い魔とか、それに輪を掛けてうらやましすぎるわ。セッコが悪いとは言わないけど。 「きゃあああああ!」 突然シルフィードが急降下した。何、何なの? 「よぉーしよしよしよし!」 「きゅい!きゅい!」 セッコがシルフィードの頭をなでている。 その瞬間わたしは理解した……飴を投げて空中キャッチさせたのね。 「セッコ」 「シルフィード」 「「やめなさい。」」 「「……」」 一人と一匹が何が悪いのか理解できない といった表情でこっちを見る。 セッコを呼び出してから初めて、本気でぶん殴りたくなった。 ここが空中なのを思い出し、何とか抑える。ちらりとタバサを見る。 なんだか心が通じ合った気がしたわ。きっと気のせいじゃない。 風竜は速い。あっという間に馬を停めていた学院入口に到着する。 「今日はありがとう、助かったわ。これからもよろしく。」 「ちょっとした偶然。」 なんかわたし達を追ってきたように見えたけど気のせいよね。 気のせいということにしとこう。 「3個やる、3個!」 「きゅいきゅいきゅい!」 「「……」」 「セッコ、帰るわよ」 「……わかった。」 ルイズが去っていった後、本を読みつつ今日のことに付いて考える。 使い魔同士なんだか仲良くしているな、程度に思っていた。 とはいえ、シルフィードがセッコにあそこまで餌付けされているとは、想定の範囲外もいいとこだ。 やはり教育不足?まあそれは追っ付け叩き込めばいい。 それにしても……結局セッコの謎については全く不明のままだ。 かなり慎重に観察したのに。それも近くで。 もしかしてルイズが能力を隠させているのか?私のように。 それとも、記憶が? たしかキュルケはルイズと部屋が隣同士だったはず。暇な時に調べてもらおう。 To be continued…… 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1420.html
だがアンリエッタはジョセフの内なる感情とルイズの戸惑いにも気付かず、静々とした足取りでジョセフの前へ歩み寄る。 「貴方は……ルイズの使用人かしら?」 幾ら図体が大きく鍛えられた肉体を持つ男とは言っても、老人を恋人と勘違いするほど王女殿下の頭は間抜けでもない。ジョセフを使用人の平民だと判別したアンリエッタは、ルイズとの話が終わるまでは声を掛けなかったのである。 ジョセフはその扱い自体に憤る訳ではない。そういう身分制度だと理解しているからだ。 「いえ、わたしの使い魔です。姫様」 「使い魔?」 ルイズの言葉にアンリエッタは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしながら、まじまじとジョセフを見た。 「人……にしか見えないのですけれど」 「人です。親愛なる王女殿下」 ジョセフは改めて、膝をついて恭しく一礼をしてみせる。 堂に入ったその仕草に、アンリエッタはまあ、と感嘆の声を上げた。 「ルイズ・フランソワーズ、あなたは昔から変わっていたけれどまさか人の使い魔を持つだなんて思いもよらなかったわ。さすがね」 「何と言うか……たまたまというか……」 どうにも煮え切れない態度で言葉を選ぶルイズ。 だがアンリエッタはそんなルイズの様子に頓着することなく、殊更明るい声で言った。 「頼もしい使い魔さん」 「なんでしょうか、王女殿下」 アンリエッタのたおやかな微笑みに、ジョセフは静かに言葉を返した。 「わたくしの大切なお友達を、これからも宜しくお願いしますね」 す、と、左手を差し出すのに、ルイズは驚いたような声を上げた。 「いけません殿下! そんな、使い魔に手を許すだなんて!」 「いいのですルイズ。忠誠には報いるところがなければいけません」 王族が平民に手を許す、ということは破格の褒美と称してもいい。何の躊躇いもなく平民に左手を差し出す王女は『貴族平民の区別なく分け隔てなく接する慈悲深い王女』と呼ばれるに相応しい。 (この世界で王族として育てられて、この優しさを持っておるッつーことは生まれ付いての優しい人間ということじゃな。――王族に生まれなければ幸せになれたじゃろう) 優しさだけで王族としてやっていけるかと言われれば、答えはNOだ。少なくとも、この世界では。 ジョセフは差し出された左手を見ながらも、音もなく立ち上がり、アンリエッタを見下ろした。 「……ジョジョ? 姫様が『キスを許す』ということよ、それ」 そのままキスをするだろうと思っていたルイズは、思わず声を掛ける。先程見せた怒りが、なおも消えていないばかりか、それがアンリエッタに向けられているように思え、声色はかすかに不安を帯びていた。 だがルイズの予感は、的中していたのだった。 左手を差し出したままのアンリエッタは、自分より頭二つほども高いジョセフの背に、思わず目を丸くした。 二人の美少女の視線を受けたまま、ジョセフはゆっくりと口を開き、言葉を紡ぎ始めた。 「――わしはこの年になって16歳の小娘の使い魔なんかやっておる。主人はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという名前じゃ。 顔は可愛いが高飛車で癇癪持ちでワガママでそりゃーいけすかん小娘じゃ」 脈絡もなく始まった言葉に、アンリエッタもルイズも虚を突かれていた。 「メイジが貴族だと呼ばれるこの世界で、このルイズは魔法を使えば爆発するし周囲からもゼロと呼ばれてバカにされてもおる。 じゃが、これほど貴族の誇りを美しく持った者をこの学院では他に見たことがない。他の誰が認めずとも、このルイズは紛う事無き貴族じゃ。王に戦えと言われればその身を戦場に投じることも厭わんし、国の為に死ねと言われれば死んでみせる覚悟もある! わしはルイズの使い魔として、危険な戦場の只中であろうとも主人の仰せ付かった任務を成功させる助けをしてみせるし、必ずやわしらはどんな場所からでも生還してみせる!」 淡々と紡がれる言葉は、言葉が続くに従って緩やかに、着実に熱を帯びていく。 最初はバカにされているように感じたルイズも、ベタ褒めと言ってもいい言葉がジョセフの口から流れ出るのに悪い気はしなかった。 何を言い出しているのか判らなかったアンリエッタも、(ああ、自分達は王女の頼みを受け入れ、いかなる危険であろうともそれを乗り越えてみせると言う決意表明なのだわ)と判断してからは、慈愛と信頼を含んだ笑みでジョセフを見上げていた。 「だがッ!」 しかし、一喝にも似たジョセフの言葉が、弛緩した部屋の空気を一変させた。 アンリエッタは、自分を見下ろしているジョセフの燃える様な視線の意味が理解できなかった。それは久しくアンリエッタが受けた覚えのない類のものだったからだ。 だが、ルイズは。王女殿下を見下ろすジョセフの視線の意味を即座に理解した。 あれは――怒り、だ。 「なっ……待ちなさっ……!」 「アンリエッタ王女ッ! ルイズの輝ける誇りに比して! アンタの無様さにわしは怒りを覚えたッ!!」 ジョセフの恫喝に、部屋の空気が痛々しいほど凍りついた。 自分の予想を遥かに超えた厳しい言葉がジョセフの口から奔ったのに、ルイズの制止の声自体が制止し、アンリエッタは慈愛に満ちた微笑み自体を凍りつかせてしまった。 「何が真の友情か、何が忠誠か! アンタのその腐れた根性で尊い言葉を弄ぶなッ!!」 駄目押しとも言わんばかりの激しい言葉。 「あッ……アンタって奴はぁぁぁぁぁぁッッッ!!」 全く予想も出来なかった事態から我に返ったルイズが、ジョセフのこれ以上の狼藉を止めようと素早く駆け寄り、風を切って乗馬鞭を振るい――その先端が、腕を差し出した使い魔の身体に初めて傷を付けた。 波紋戦士でスタンド使いのジョセフと言えども、鞭で叩かれて痛くないはずがない。現に鞭を受けたシャツは布地を引き裂かれ、皮膚にはうっすらと赤い傷が浮かんでいる。 常人ならば悲鳴を飲み込みことも出来ない痛みが走るが、しかしジョセフは僅かに眉根を寄せただけで、苦悶さえ浮かべない揺ぎ無い目でルイズを見やった。 使い魔のジョセフでも友人のジョジョでもない、貴族ジョセフ・ジョースターとしての目。 年輪を重ねた老人の思慮深さと、誇り高い血統の末裔を示すように輝ける力強い意思――貴族の威厳と称すべき視線にルイズは知らず気圧され、再び鞭を振るうことを躊躇わせた。 それからもう一度、その視線がアンリエッタへと向けられた。 アンリエッタは彼が向ける視線を、いつかどこかで受けていたはずだったが、それを受けたのはいつだったのか、どこだったのか、すぐには思い出せず。 無礼と断ずることも、反論することも出来ず、ただ、ジョセフを見上げて息を飲んだ。 「今にも味方が敗北しそうな戦場の只中に行くのはいい、そこに国の命運がかかった代物があるというのならこのルイズは王に仕える貴族の誇りをもって死を厭わず向かうだろうッ! 今アンタが見たように、躊躇うことなく命を賭した任務を買って出たッ! だがアンタは! 真のお友達と称したルイズを危険な戦場に赴かせる危険を知っていてなお! 自らの命で友を死地に向かわせることを恐れたッ!!」 峻烈な言葉が、矢継ぎ早に投げかけられていく。だが、アンリエッタは怒ることもなく、泣き出すこともなく、ただ、腹の底から湧き上がりそうになる感情の奔流を押し潰すように、強く歯を噛み締め、杖を両手で固く握り締めていた。 「アンタは友人の頼みという体面で、哀れな悲劇のヒロインを演じてルイズの同情を買ったッ! 王女として命令するのではなくッ! ただの無力なアンリエッタが昔の友人の同情を誘って、友人の口から自らが向かうと言わせたッ! その形なら、例えルイズが命を落としたとしても『自分が命じて殺した訳じゃない、私の友人が自ら死地に赴いただけのこと、私が悪いわけじゃない』と自分に言い訳が出来るッ! アンタは輝ける誇りある貴族に、王女として振舞わなかった! 下らない三文芝居までしてみせて、その代償に友人を死地へと追いやろうとしたッ! 王族の誇りを捨て、自らに仕える貴族にへつらった! そんな腐れた魂の何が王女か、何がルイズの友達かッ!」 ルイズもアンリエッタも、自覚していなかったやり取りの意味。何気ない会話のベールを被って知れず潜んでいた内面は、ジョセフの手によって光の元に晒され続ける。 そんな意図が本人達になかったとしても。言われてみればそうとしか言えない歪んだ意図が、躊躇いなく正体を暴かれ続けるのを見つめているしか出来なかった。 「アンタはルイズに命を賭けさせるのに、アンタは王家の責務を果たそうとしていないッ!! アンタは確かに生まれは高貴なトリステイン王家の生まれじゃろうよッ! じゃがその魂は、わしの主人が仕えるべき存在には全く相応しくないッッッ!!!」 今ここで、ジョセフの言葉を上回る意味を持つ言葉を、アンリエッタもルイズも、何一つ用意することが出来なかった。 妬みややっかみの欠片さえ見つからない、純粋な怒り。だがそれは、アンリエッタが生まれてこの方投げられたことのない類の怒り。 甘えた少女を叱咤する、自らの意思で立って歩めと叫ぶ激励の怒りであった。 「アンタが本当にトリステインの王女でありッ! ルイズの友人だというのならッ!! ただのアンリエッタではなく、トリステイン王国の王女アンリエッタとして命令を下すべきじゃッ! 『トリステインの為、死地に赴いて王女の任務を完遂せよ』と! ただの友人の願いではなく、王女直々の命でアルビオンに向かわせると! “アンリエッタ王女殿下”が本当にルイズ・フランソワーズを友人だと思うのなら! 王女殿下は王女殿下の誇りを持って、誇りあるトリステイン貴族に命を下して頂きたい! 殿下はどうなされるのか! 見せて頂きたいッッ!!」 皮肉や嫌味のない真実のみで象られた言葉の重さと、強さを。 アンリエッタにもルイズにも、理解できた。 痛いほど鼓動する心臓を抑えようと、胸に手を押し当て。知らず乾いていた喉に唾を飲み込ませて喉を湿らせると、重量さえ感じさせるジョセフの視線に、自分の視線を合わせた。 「――わかりました」 ただの一言ではあるが、ジョセフはただそれだけの言葉に、先程まで失われていた王族の威厳を感じ取った。 す、とジョセフからルイズに身体を向けたアンリエッタの所作に、ルイズは呼吸するかのような自然さで、膝をついた。アンリエッタがフードを脱いで正体を明かした時のような反射的な所作ではなく、王女に恭順の意を自ら示す為に、膝をついた。 「ルイズ・フランソワーズ。私は忠実たる貴族たる貴方に泥を塗りたくるような侮辱をしてしまいました。栄えある王族として、恥ずべき振る舞いを弄してしまった事を心より悔います。同じ過ちを二度とはしないように、始祖ブリミルにこの場で誓約します」 始祖ブリミルだけではなく、ルイズと、そしてジョセフにも聞こえる高らかな声で誓約し。 次にルイズに立ち向かったのは、お友達のアンリエッタではなく。 トリステイン王国王女、アンリエッタ殿下その人であった。 「トリステイン王国王女、アンリエッタが、ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに命じます。 貴女方は今これより、わたくしの命に従いアルビオンに赴き、ウェールズ皇太子より一通の手紙を受け取りに行って貰います。これはトリステインのみならず、始祖ブリミルの末裔たる三王家の威信がかかった重要な任務です」 王家の血族が、自らに仕える貴族に命令する言葉としてはもはや申し分のない言葉である。続いてもう一つの言葉を発するべきかどうか僅かな逡巡が端正な顔に滲んだ。だが、それでも意を決し、締めるべき言葉を発した。 「――その命に代えても、任務を果たすように」 「……はっ。この命に代えましても、必ずやこの任務やり遂げましょう」 王家の為に死ね、と。 心を許した友人にそう宣告する辛さは、アンリエッタの心を嫌と言うほど斬り付けた。 けれど。先程までただの悲劇のヒロインを気取っていた自分が、あまりにも愚かしく無様に見えた。王女としての責任から目を背けようとしていた自分を、嫌悪した。 友人の厚意に甘えて自分の責任から逃避しようとしていただなんて。先程の自分が目の前にいれば平手で打ち据えたい衝動に駆られていた。 静かに吐息を漏らすと、もう一度ジョセフに向き直り、彼を見上げた。 「……使い魔さん。もし良ければ、貴方の名前を聞かせてもらえませんか」 名を聞く言葉に、ジョセフは右手を自分の胸にかざしながら膝をつき、頭を垂れた。 「わしですか。わしの名は、ジョセフ。ジョセフ・ジョースターと申します。先程までの非礼の数々、この老いぼれの首を差し出してもなお償えないとは存じております――が。それでもなお、我が主の命を賭した任務に、王女の言葉がないのでは。主が、報われなかったのです」 すまなさそうに俯くジョセフに、王女はあの慈悲を湛えた微笑みを返した。 「いいえ、ジョセフさん。貴方の言葉は、この愚かなアンリエッタの心を強く震わせました。貴方の言葉がなければ、私は王女としての矜持を忘れ去ってしまうところでした」 アンリエッタとしての笑みの後、表情を引き締めて王女の貌でジョセフを見やる。 「もし、貴方が私への非礼を償いたいと思うのなら。わたくしの大切なお友達のルイズと、ルイズの大切な使い魔である貴方が、どうか無事に帰ってきてほしいのです。友達面で擦り寄ってくるだけの宮廷貴族達とは違う……私に真に忠誠を誓うあなた方が、私には必要です」 「王女殿下の命令とあれば、例え地獄の底からでも」 「いいえ、これは命令ではありません」 栗色の髪が、音もなく左右に揺れ。ブルーの瞳が、ジョセフとルイズを見つめた。 「――友人としての、願いです」 膝をついたままの二人は、一様に満足げな笑みを浮かべてアンリエッタを見上げる。 「このわしごときには、身に余る光栄ですじゃ。もし、王女殿下がわしを友人だと認めてくださるのなら……わしの友人達は、わしのことをジョジョ、と呼ぶのですじゃ」 「ええ、ジョジョ。わたくしのルイズを、宜しく頼みます」 そして、改めて左手を差し出す。ジョセフは音もなく跪くと、差し出された手を優雅な動作で取った。 「王女殿下の願いとあれば。わしは、殿下のいやしきしもべに過ぎませぬからな」 そう囁いて、手の甲に恭しく唇を触れさせた。 「――ああ、その様な物言いをする貴族も減ってしまいました。祖父が生きていた頃は……フィリップ三世の治世には、貴族は押しなべて恭順を示していたというのに!」 瑞々しい美しさを湛える王女の面持ちには似つかわしくない、嘆きの表情が浮かぶ。 ジョセフは左手を離すと、視線を静かに王女に合わせ、言った。 「もし、殿下が貴族達に恭順を示される存在となりたいのならば、主人もわしもこの身を惜しまず殿下の手足となりましょう。今、殿下の中に脈打った輝かしい誇りを、どうか忘れずにお持ちくだされ」 アンリエッタはその言葉に、ルイズに駆け寄ると彼女の手を取って固く握り締めた。 「ああ、ルイズ! わたくしのルイズ! 聞きましたか今の言葉! わたくし、今夜と言う時がこんな素晴らしいものになるだなんて思いもよらなかったわ! 今夜、ルイズ・フランソワーズとジョセフ・ジョースターというかけがえのないお友達を得ることが出来たのだわ! ねえルイズ、この奇跡を始祖ブリミルに感謝するしかないのかしら!」 「ああ、姫殿下! その様な勿体無いお言葉! わたくしも姫殿下にお友達と呼んで頂けたこの夜のことは、決して忘れることのない栄えある日として一生心に刻み付けますわ!」 ひしと抱き合って紅涙にむせぶ二人を見て、芝居がかっていたのはどうやら計算ずくではなくて、トリステインではそういうのが当たり前だったんかのう。と、ちょっとジョセフは後悔した。 とりあえず、一件落着かなと思っていたところに。ばたーんとドアが開いて……というか、聞き耳を立てようとして身を乗り出したら体重がかかりすぎてそのままドアを押し開けて部屋に入ってしまいましたよ、という風情のギーシュが転がり込んできた。 「何じゃギーシュ。盗み聞きは趣味が悪いぞ」 この場で唯一冷静なジョセフが冷めた目でギーシュを見下ろす。 「な、何よ! あんた、今の話全部聞いてたってワケ!?」 相変わらず薔薇の造花を手に趣味の悪いふりふりな服を着込んだ少年は、あ、え、と言葉を選んだ後、はっと我に返ってジョセフに向き直った。 「薔薇のように見目麗しい姫殿下の後を付けてみればこんな所へ来たんだ! それでドアの鍵穴から様子を伺えば……ジョジョ、君と言うやつは何と大それた真似をッ……」 あまりのバツの悪さに心に浮かんだことを次から次へと並べ立てるが、そもそも事態は解決しているのである。 ギーシュは薔薇の造花を振り回して決闘だ、と言おうとした所で、波紋をたっぷり流された毛布で殴り倒された。 「げぼぁッ!!?」 「このドアホウがッ!! てめェ姫殿下の後をコソコソ付回すだけじゃなくてレディの部屋を盗み聞きしといてなぁにデカい顔しとるんかッ!」 ジョセフは倒れたギーシュを引き起こすと、コブラツイストをかけた。 「いだだだだだだッ! ギ、ギブキブギブっ!!」 「で、どうしますかの。姫殿下の話を不埒にも立ち聞きしとったようですが。とりあえず打ち首と縛り首のどちらにしましょうかの」 コブラツイストを解かないまま、アンリエッタに問いかける。 「ひ、姫殿下ッ……その困難な任務、どうかこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう……」 「てめェまだ懲りとらんのか! お前はモンモランシーといちゃついとれッ!」 「グラモン? あのグラモン元帥の?」 アンリエッタがきょとんとした顔で珍妙に身体を極められたギーシュを見た。 「む、息子でございますッ! 姫殿下ッ!」 懸命にジョセフから抜け出したギーシュはほうほうの体で跪いて一礼した。 「貴方も、わたくしの力になってくれるのかしら?」 「はッ! 王女殿下の任務とあれば、望外の幸せにてッ!」 懸命に忠誠を誓う言葉に、アンリエッタは優しげに微笑んだ。 「ありがとう、この学院にはわたくしに忠誠を誓う貴族がこれほどに多いことに喜びを感じます。勇敢なお父上の血を引く貴方の働きに期待します、ギーシュ・ド・グラモン」 「ひ、姫殿下が……ぼ、僕の名前をッ……」 喜びのあまり卒倒したギーシュを無視して、ルイズは真剣な面持ちで王女を見た。 「では明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます。アルビオンの貴族達は貴方がたの目的を知れば、ありとあらゆる手を使って妨害をかけてくるでしょう」 アンリエッタは机に座ると、羽ペンと羊皮紙を使って手紙をしたためる。 書き上げた文章をもう一度読み直し……幾許かの躊躇いの後、末尾に一行付け加えたアンリエッタが悲しげに何かを呟いたのは判ったが、ルイズには何を呟いたのかは判らなかった。 密書だというのに、まるで恋文を書いている様な切ない色が見え隠れしたのだが、それが何かを問いただすことも出来ず。胸の前で手をそっと握り締めた。 アンリエッタは書き上げた手紙を丸めると、取り出した杖を振る。すると手紙に封蝋がなされ、花押が押される。正式な書状となった手紙を、ルイズに手渡す。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を渡してくれるでしょう」 そして王女は右手の薬指から指輪を引き抜くと、それもルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです、お金が心配なら売り払って路銀にあててください」 ルイズとジョセフは、深く頭を下げた。 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹きすさぶ風からあなたがたを守りますように」 王女殿下が部屋を去った後、姫殿下への無礼を責めるルイズと、臣下だからこそ君主の非を指摘するべきだと主張するジョセフの間で、大討論が繰り広げられた。 トリステイン代表ヴァリエール公爵家三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと、グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国代表ジョースター家当主ジョセフ・ジョースターの対決は夜が明けてもなお決着がつかなかった。 途中で意識を取り戻したギーシュは二人の余りの剣幕に嘴を端挟むことさえできずこっそりと自室に帰り、目覚めたデルフリンガーは眠る前より事態が悪化していることを知り――泣いた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1640.html
階段を駆け上がれば、巨大な枝に辿り着く。 枝から伸びたロープに繋がれて停泊しているのは帆船に似た一艘の船だった。海で用いられる帆船のようでもあるが、舷側にグライダーのような羽が突き出ている。 果たしてこの羽は空中での揚力を得る為か、それとも魔法の恩恵を受ける為のものだろうか。後でルイズに聞いてみよう、とジョセフは考えた。 枝から甲板に伸びるタラップを降りると、酒を飲んで甲板で気持ちよく寝込んでいた船員が目を覚まし、身を起こす。 胡散臭げに一行を見やる船員にワルドが実に貴族らしい交渉――とどのつまりは居丈高な態度での要求の強要である――をしている間、ジョセフは荒く大きな呼吸を続けながら船の縁に凭れ掛かっていた。 「ねえジョセフ、本当に大丈夫?」 心配そうに近付いてくるルイズに、ジョセフは鈍痛に苛まれながらもそれでもニカリと笑ってルイズの頭を撫でた。 「なあに心配するなルイズ、こんなモンかすり傷じゃ。ツバつけて酒飲んで寝てたら治っちまうわい」 そうは言うものの、剥き出しになっている右腕は目を背けたくなるほどの大怪我を負っていた。 手首から肩まで巨大なミミズ腫れが幾つも走り、開いた胸元にも少なからぬ火傷が見えていた。 「でもすごいケガよダーリン。明日になったらタバサの精神力も回復するけど、秘薬の持ち合わせも無いから、治癒の魔法も気休め程度にしかならないわ……」 火のメイジであるキュルケは、水系統である治癒魔術は不得手な部類に入る。 メイジが五人も雁首を揃えているのに、ジョセフの治癒に掛かれるメイジはタバサくらいだった。 「あーあー、ダイジョブダイジョブ。なんなら波紋で何とかするしな。すまんが後で包帯巻いてくれんか」 心配を隠さずに自分達の側にいるルイズ達を安心させようと、いつも通りの笑顔を振り撒くジョセフ。 だが痛々しい傷跡を目の当たりにしている少年少女達の心配を雲散霧消させるほどの効果は、さしものジョセフと言えども得ることは出来なかったようだ。 やがてワルドと交渉していた船長が船員達に出航命令を下し、船員達はぶつくさと文句を垂れながらも俊敏な動作で出港準備を整えていく。 さしたる時間も置かずに船は枝に吊るされたもやい綱から解き放たれ、帆を張った。 戒めから解き放たれた船は一瞬空中に沈むが、風の魔法を溜め込んだ風石が発動すると帆と羽が風を受けて大きく張り詰め、船が動き出す。 船が動き出してきたところに、ワルドのグリフォンとヴェルダンデを口に咥えたシルフィードが船の後ろに追いすがってきて、船員達を驚かせた。 二頭の空飛ぶ使い魔は、驚く船員達の視線も気にせずに船の後部に降り立つと、身を丸めてその身を休める。 口に咥えられてやってきたヴェルダンデがシルフィードに何やら抗議している模様だが、きゅいきゅいもぐもぐと言い合っている様子は微笑ましさを感じさせた。 「それにしてもわざわざフネなんか使わなくても、ワルド子爵のグリフォンやミス・タバサのシルフィードもいると言うのに。アルビオンまでこの二頭に乗っていけばいいんじゃないのかい?」 心に浮かんだ疑問を隠しもせずに披露するギーシュに、ルイズが答える。 「ワルドのグリフォンがいくらタフだって言っても、アルビオンまでは遠すぎるわ」 「それに先程船長から聞いた話だが、ニューカッスルに陣を引いた王軍は包囲されて苦戦中とのことだ。周囲の空には貴族派の艦船が隙間なく陣を張っているとも聞く。となれば、貴族派に売りつける硫黄を満載したこの船に乗っていく方が遥かに安全という次第だ」 ワルドが続ける言葉に、ギーシュは反論することも出来ずむう、と黙り込んだ。 だがルイズはその言葉に大きな目を更に見開いて、ワルドに問うた。 「ウェールズ皇太子は?」 「わからん。生きてはいるようだが」 「どうせ港町は全て反乱軍に押さえられているんでしょう?」 その後もルイズとワルドの相談は続き、何とかニューカッスルを包囲する反乱軍の目を誤魔化して強行突破するしかあるまい、という結論に辿り着こうとしていた。 その間ジョセフは舷側に寄りかかり、船員から譲り受けた包帯をタバサに巻いてもらいつつも、行儀悪くワインをラッパ飲みしていた。 (にしてもなあ) ジョセフは思った。 (こういう類の乗り物に乗ると大概ロクでもないことがコトが起こるんじゃよなぁ) 飛行機に限らず、吸血馬の馬車に車にラクダに潜水艦と、奇妙な冒険の最中に乗り込んだ乗り物を悉く大破させてきた実績がジョセフにはある。 だがジョセフは空気を読んで、そんな不吉な言葉を発することはしなかった。 後ほどジョセフは一人、自分の奇妙な乗り物運をつくづく噛み締めることとなったのだが。 船員達の声と眩しい朝の光で、床板に寝そべっていたジョセフは目を覚ます。見上げれば澄んだ青空があり、見渡す限り一面に広がる雲の海の上を船は滑らかに進んでいた。 「アルビオンが見えたぞー!」 鐘楼の上に立った見張りの船員が大声を上げた。 ジョセフは大きな欠伸をしつつ、まずアルビオンを確認することではなく、左右で寝そべっている人の気配の正体を確かめた。 ケガのない左腕にはキュルケが両腕を回して密着していたせいで、褐色の形良い膨らみが左腕に押し付けられていて、ジョセフの口元がかなりだらしなく緩んだ。 対して包帯の巻かれた右手は、火傷に障らないような優しさで小さな手が重ねられていた。その小さな手の主は、ルイズだった。ジョセフの口元は、今度はふわりと綻んだ。 一晩の睡眠波紋呼吸で火傷もかなり快方に向かっている。この分なら今日中にでも完治させることも可能だろう。 とりあえずジョセフは、ルイズとキュルケの手を取り、ゆっくりと波紋を流し込んでいく。 やがて体温を上昇させた二人は眠気と疲労を消し去って覚醒した。 「んー……おはようダーリン、いい朝だわね」 起き抜けからいきなりジョセフに抱きつくキュルケを目の当たりにしたルイズが、いつものようにキュルケに食って掛かるのを微笑ましげに眺めていたジョセフは、ふと視線を上げた先に見えた物体に思わず口をぽかんと開いた。 「うわ……えっれぇモン見ちまったのォ~」 ジョセフの視線の先には、雲の切れ間から覗く巨大な大陸があった。視界が続く限り延びている大陸には幾つもの山が聳え、数本の川が流れているのさえ見ることが出来た。 「驚いた?」 ジョセフが思わず見せた無防備な表情に、キュルケへ向けていた怒りが消え去ったルイズがにまりと笑って問いかけた。 「あー、こんなすげェモン見たのは生まれて初めてじゃよ」 素直に感嘆するジョセフに、ルイズは自分の手柄でもないのに満足げに笑みを浮かべた。 「あれが私達の目的地、浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に大洋の上を彷徨っているの。でも月に何度か、ハルケギニアの上にやってくるのよ。通称『白の国』とも言われているわ」 アルビオンに流れる川から溢れた水が空に落ちて白い霧が発生し、それが雲となってハルキゲニア全土に大雨を降らせるのだと、かの大陸が白の国と呼ばれる所以をルイズがジョセフに親切丁寧に説明していたところ、見張りの船員の大声が聞こえた。 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 その声にイヤァな予感がしつつも、ジョセフはそちらを向いた。確かに黒い船が一隻近付いてきていた。 ジョセフ達が乗り込んだ船より一回り大きく、舷側に開いた穴からは立派な大砲が突き出ていた。それが片舷側だけでも二十数門はあった。 「ほー、ありゃ戦う気満々の武装じゃのう」 予感が外れてくれととりあえず願ってみるジョセフと、眉を顰めるルイズ。 「反乱軍の戦艦かしら……」 それからしばし押し殺したような緊張感が船上を包む。近付いてきた船がどうやら海賊ならぬ空賊だと理解すると、船は一目散に逃げようとするが、進路の先に威嚇射撃の大砲の一発が飛んだ。 抵抗しようにもただの帆船でしかない船が戦えるはずもない。船長を助けを求めようと乗り込んでいたメイジ達に目配せしたが、金髪を除いた三名は抵抗する気配も見せなかった。 「僕の魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだよ。僕は戦力にならない」 落ち着き払った声で緩く首を振るワルド。 「いくらメイジだからって、あれだけの大砲に狙いをつけられてたらどうすることも出来ないわよ」 肩を竦めてやれやれと呟くキュルケ。 「命が惜しいならあの船に従ったほうが得策」 本を読んだまま淡々と呟くタバサ。船長は船員に力なく命令した。 「裏帆を打て。停船だ」 ルイズは怯えてジョセフに寄り添いつつ、後ろに迫る黒船を見つめていた。 「こちらは空賊だ! 抵抗するな!」 「空賊ですって?」 ルイズが驚いた声で呟いた。 黒船の舷側からは弓やフリントロック銃を持った男達が油断なくこちらに狙いをつけつつ、他の男達が鉤の付いたロープを放ってジョセフ達の乗った船の舷縁に鉤を引っ掛ける。 手に手斧や曲刀を持った男達が船の間に張られたロープを伝ってやってくるのに、ギーシュは薔薇を振ってワルキューレを出そうとしたのを、ジョセフは波紋を流した帽子をフリスビーの要領で投げ付けて動きを留めた。 「きゅう」 「あのなあギーシュ、こういう時に抵抗したらケガが増えるじゃろうよ。下手したらわしらみんなあの大砲で吹き飛ぶかもしれんのじゃぞ。相手の戦力くらい見極めんか、元帥の四男坊よ」 そう言っている間にも、前甲板で騒いでいたグリフォンに青白い雲がかかり、すぐさまゆらりと甲板に倒れこんで寝息を立て始めた。 シルフィードは特に抵抗もせず、最初から甲板に伏せている。主人が(抵抗はしない)と伝えた結果である。 ヴェルダンデは主人が抵抗しろ暴れろと命令したのだが、自主的判断でシルフィードと同じく抵抗せずに伏せている。使い魔の方が戦況を冷静に判断しているようだった。 「眠りの雲だな」 「向こうには確実にメイジがいるわね」 ワルドとキュルケが二人揃って肩を竦めた。 そして空賊達が船に乗り移ってくると、随分と派手な格好をした空賊が前に歩み出る。 汗と油で真っ黒になったシャツと、胸元から覗く赤銅色に焼けた逞しい胸板。ぼさぼさの長い黒髪を赤い巻き布でまとめ、無精ひげを顔中に生やしている。 左目の眼帯にはドクロマークが描かれており、どこからどう見ても立派な海賊……否、空賊スタイルだった。 (どこの世界でも同じよーなカッコするもんなんじゃなあ) ジョセフはそんなところで感心していた。 「船長はどこでえ」 荒っぽい仕草と言葉遣いで辺りを見回す派手な男。間違いなく彼が頭だろう。 「……私だが」 震えながらも、それでも懸命に船長としての威厳を持って船長が手を上げた。頭はずかずかと足音を立てて船長に近付くと、抜いた曲刀で船長の頬を撫でた。 「これはご機嫌麗しゅう船長殿。おめーさんの船の名と積荷を教えてもらおうかい」 慇懃無礼におどけた口調で問う言葉に、船長は苦虫を噛み潰しながら言った。 「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」 その言葉が、空賊の間にどよめきを起こした。彼らは嬉しそうに周囲の仲間達と顔を見合わせた。頭も満足げに笑うと、船長の帽子を取り上げて自ら被った。 「よし、積荷ごと俺達が買おう。料金は大負けに負けててめえらの命だ、全く大損だな」 屈辱に震える船長をほっといて、続いて甲板に居並ぶメイジ達に気が付いた。 「おや、貴族の客まで乗せてるとはな」 ルイズに近付くと、彼女の小さな顎を指先で摘んで上向かせた。 「こいつぁ別嬪だ。お前、俺の船でメイドやらねえか」 男達は頭の冗談にげらげらと笑い声を上げた。ルイズは何の躊躇いもなく、男の手を払いのけ、怒りに燃えた目で頭を見上げる。 「下がりなさい、下郎!」 「おお怖い怖い! 下郎と来たもんだ!」 頭はおどけて肩を竦めたが、続いて足元でただ座っているジョセフに視線をやった。 傍目にはただ座って頭を見上げているだけだが、その目には恐怖など欠片も存在していなかった。静かな瞳だが、頭にだけは判らせる、紛う事の無い怒りをその両眼に湛えていた。 ジョセフは自分が痛い目に遭うことよりも、周囲の人間が侮辱される事に怒るタイプである。それが目に入れても痛くないルイズならばその怒りは数段レベルが違う。 頭は知らずごくりと生唾を飲んで、ルイズから手を離すと、その場を取り繕うように言った。 「てめえら、こいつらも運べ! 身代金がたんまりと貰えるだろうぜ!」 それから空賊達がやってくると、メイジ達の身体検査を始める。とは言え杖を取り上げた後、服の上から手でボディチェックをするだけである。 キュルケは扇情的な格好をしているのでやや念入りにされたが、他の少女二人は必要最低限で終わっていた。 抵抗できそうな手段をおおよそ取り上げられた後、ジョセフ達はマリー・ガラント号と空賊船の舷側に掛けられた木の板の桟橋を渡って、空賊船へと渡る。 だがジョセフ達が持っている金貨の詰まった財布や、ルイズの指に嵌められている水のルビーは取り上げられることなく、そのまま持っていることが許されていた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2468.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 ギーシュは早速ワルキューレに叩き伏せられた少年を見下ろした。 大口を叩いていたわりにはあっけない。 しかし、この平民がしゃしゃり出てきてくれて、正直助かったかな、と思う。 モンモランシーとケティにあんな振られ方をしたから、このままでは自分の株が急落するところだった。 思わずルイズにやつあたりしたところに現れたこの平民。 おかげで、決闘に注目が集まって、自分の失態は雲散霧消することだろう。 「立ちたまえ!あれだけの口を利いたのだ。これくらいで終わらせる気はさらさらない!」 少年は、片手で顔を抑えながらおぼつかない足取りで立ち上がった。頭から血を流している。 しかし不思議だ。とギーシュはその様子を見ながら思った。 この平民はなぜ、あの『白いゴーレム』を持ってこなかった? ギーシュは、ルイズの召還の一部始終を見ていた。 召還された平民が、何もないところから『白いゴーレム』を生み出したのも覚えていた。 あのような小さなゴーレムに自分のワルキューレが負けるとは毛頭思っていないが、あれを作り出したという『マジックアイテム』が唯一警戒すべきものだと思っていたのだが。 「(あれだけ自信満々だから、てっきり持ってくるものだと思っていたが、予想外だったね・・・)」 持っていないなら、残っているのは女の子にも負けそうなほど弱そうな、ただの平民が一人。 「(悪いが、ぼくのワルキューレとしばらくダンスしてもらうよ。)」 ギーシュはにやりと笑った。 康一は口の中に違和感を感じて、ぷっとそれを吐き出した。 真っ赤な鮮血と共に、歯が一本地面に転がった。 「く、くそっ!なんてことだッ・・・!」 動揺したところにまともに喰らってしまった・・・! 青銅の硬くて思い拳は、危うく一発で自分の意識を刈り取るところだった。 「(どうする!?)」 康一は、ゆっくりとこちらに近づいてくるワルキューレを見た。 『スタンド』は出せない。こんな衆人環視のなか、『スタンド』を出せば、間違いなく『先住』扱いされる。 かといって、生身であのくそったれワルキューレと戦って勝ち目があるとも思えない。 「とにかく・・・とにかく、あの攻撃を避けなくては・・・!」 このワルキューレ。パワーはなかなかだが、スピードは大したことはない・・・! 『スター・プラチナ』や『クレイジー・D』に比べれば蠅が止まるような速度さ。 『ACT3』でも余裕で翻弄できる! だが・・・! ワルキューレが拳をふりあげる。 「(来るのが分かっていても、生身では避けきれない!)」 顔面をガードした両腕の上から、青銅の拳が叩き込まれる。 ミシッ!と両腕から音がしたような気がした。 軽い康一の体は突き上げるようなパンチの衝撃でふわりと浮き上がった。 その康一の脇腹に叩き込まれるワルキューレのミドル・キック。 康一は血を吐きながらサッカーボールのように吹き飛び、人垣に激突した。 人垣は康一を広場へと押し戻し、康一はふらついて膝をついた。 「まだやるかい?」 ギーシュは尋ねた。これ以上やると『イジメ』になってしまう。それはあまり美しくない。 康一は何も言い返さなかった。 その代わりに、ギーシュとの間に立ちふさがるワルキューレの左足に、体勢を低くして渾身のタックルをいれた。 「あの平民、ワルキューレを倒そうとしてるぜ!!」見物客から歓声があがった。 しかし・・・ 「(う、動かない・・・!)」 ワルキューレは康一の全質量を受け止めてなお、ビクともしなかった。 「忘れたのかな?『青銅』なんだよ?まさか中がすっからかんの空洞だとは思ってないだろうね。重さは少なくとも50リーブル(約235kg)はある!君のようなチビがどうこうできるわけがないだろうッ!!」 ワルキューレは、左足にしがみつく康一を軽々と引き剥がすと、大きく頭上に掲げて背中から地面に叩きつける! その衝撃で康一は思い切りバウンドした。息が止まる・・・! ワルキューレは悶え苦しむ康一を足でいたぶった。蹴り転がし、踏みつける。 「もうやめて!」 ルイズが飛び出してきたのはそのときだった。 横たわる康一に覆いかぶさる。 「もう・・・もう勝負はついたわ!こいつの負けでいいから!」 ルイズは必死に叫んだ。 ギーシュはフン、と鼻を鳴らして鼻白む。 「これはぼくとその平民との決闘だ。その平民が『まいった』というまで勝負は続く・・・」 でもまぁ・・・。ギーシュはアゴをなでた。 「ぼくも弱いものいじめは趣味じゃない。ルイズ。主人である君がかわりに『すみませんでした』と謝るのならば、この場はこれで収めようじゃないか。」 ルイズはすぐに謝ろうと思った。このまま康一がボロボロになるのを見ていられない。 だが、ルイズの肩に、倒れていた康一が手をかけた。 「ま、まだ・・・終わってない・・・」 ルイズの肩を借りて立ち上がる。 「ルイズ・・・言っただろ・・・?『ぼくを信じてくれ』・・・って。まだ大丈夫。まだ終わってない・・・」 「もう無理よ!もうあんたは十分がんばったわよ!」 泣きそうになりながら叫ぶルイズに、康一は目じりだけで笑った。 そして、「け、決闘の邪魔だから・・・引き止めておいて・・・」と近くにいる見物人の一人に頼んだ。 見物人たちがルイズを引き剥がす。 「ダメよ!もうやめなさい!死んじゃうわ!!」 ルイズが叫ぶが、康一はもう振り返らない。 「大した根性だね。平民。立ち上がって何があるわけでもあるまいに・・・」 ギーシュが賞賛した。 「お、お前のワルキューレはぜんっぜん大したことないけどね・・・。」 康一はハッ、と笑いながら強がった。 ギーシュはピクリと眉を引きつらせた。 「なんだと?もういっぺんいってみろ・・・」 「何度でも言ってやる・・・。こんなハナクソみたいなゴーレムの一匹操れるくらいでいい気になってるなら、お里が知れる・・・そう言ったんだッ!」 「野郎ッ!!」 ワルキューレが大きく一歩を踏み出して、康一に殴りかかった。 康一は体勢を低くして、ワルキューレの足元に飛び込んだ。 「頭脳がマヌケか!?ワルキューレにタックルなど無意味だ!!」 しかし康一は、タックルの軌道よりもさらに体勢を低くする! 背中から飛び込むようにしてワルキューレの股の間をすり抜け、一回転してそのまま走り出した。 「あいつ、直接ギーシュを狙うつもりだ!」 観衆がどよめいた。 距離15m! ギーシュは笑った。 「フー。まさかそのぼろぼろの状態でそんな芸当をして見せるなんてね。いや、マジに恐れ入ったよ・・・。」 距離10m! 「窮鼠猫を噛むっていうのか?普通なら、『どうやって許してもらおうか。助けて神様!』って考えるべきところを、まだぼくを倒す気でいるとは・・・」 距離5m!! 「だがっ!『運命』とはそう甘いものじゃあないのだよ!『平民は貴族には勝てない』これは絶対なんだッ!」 ギーシュが造花を振った。花びらが舞い散り、康一がギーシュに殴りかかる寸前で6体のワルキューレになった。 康一はワルキューレに蹴り飛ばされて地面に転がった。 「・・・平民。名前は?」 ギーシュが這いつくばり血を吐きながら痛みに悶える康一に尋ねた。 「ぼくに全力を出させた平民の名前だ・・・覚えておこう。」 「広瀬・・・康一だ・・・」 康一がふらふらと立ち上がった。 「でも、『全力を出させた』ってのはちょっと違うな・・・『ぼくをボゴボゴにした平民』として覚えておけばいい・・・」 7体のワルキューレが円を描くようにして康一を囲んだ。 「まだそんな口が叩けるとはね・・・。まぁいい。一応最後にきいてやろう。 まだ、やるかい?」 康一は血まみれになりながら、ギーシュを睨みつけた。 「・・・・ってこい。」 「・・・なんだって?」 「かかってこい。っていったんだ。このマヌケ面。かかってきた瞬間、お前は敗北するッ・・・」 「君はもう・・・君はもう・・・」 杖を振り上げる。 ギーシュは覚悟を決めた。この平民を・・・殺す! 「君はもうおしまいだぁあ―――っ!!ワルキューレッ!!!」 七体のワルキューレが同時に突撃する。 逃げ道など・・・ない!! 「コーイチ――――ッ!!!」 ルイズの悲鳴と共に グシャアッッ!!! ワルキューレが殺到し、激しい金属音とともに激しく激突した。 後に残るのは死の静寂のみである。 「フゥー。つい殺してしまった。平民相手に大人気なかったかな。カッとなってしまった。」 ギーシュは少し乱れた髪を手で撫で付けた。 「しかし、これで平民じゃない新しい使い魔が召還できるってものだろう!僕に感謝したまえよ!」 とルイズに言葉を投げかけた。 しかし・・・ 様子がおかしい? ルイズは・・・いや、その周りの観客達も、みなポカーンとした目で僕のことを見ている。 いや、僕じゃない。その更に奥を見ている・・・? 「言ったはずだ・・・」 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ ギーシュは振り向くこともできずにたらりと汗を流した。 「『かかってきた瞬間、お前は敗北する』とッ・・・・!」 「と、飛んだ・・・!」 「あそこからギーシュの背後までジャンプするなんて、平民に可能なのか!?」 「あの跳躍力は一体なんだァー!?」 一部始終を見ていた観客が悲鳴をあげた。 「ずっと待っていた。お前が複数の『ゴーレム』を出すのを・・・。観衆から、僕を隠す『死角』を作ってくれるのをッ!!!!」 あの瞬間、7体のゴーレムで覆い隠された『死角』で行われたことに気づいたのは、遠見の水晶球で様子を伺っていたオールド・オスマンと、飛びぬけた動体視力を持つタバサだけだった。 康一が絶体絶命のピンチに陥ったそのとき、『死角』の中に『緑色の生き物』が現れて、地面に『なにか』を貼り付けた。その瞬間『地面が跳ねた』のだ! ボヨヨヨ~~~ン! 「ゲエエエエエェエエ!!」 ギーシュは腰を抜かして飛びのいた。 そこに立っていたのは、確かにさっきワルキューレたちに潰されたはずの『平民』! しかしなぜ、こいつがここにいるんだぁー!! 「さぁ・・・次は・・・『お前の顔をボゴボゴにする』番だな・・・」 「ば、馬鹿なッ!!!」 ギーシュは自分に言い聞かせた。 ぼくは貴族だ。こんな平民に負けるわけがない。そうさ!ちょっとびっくりはしたが、それだけだ。こいつはこれ以上なにもできない! ギーシュは立ち上がった。 お互いに激突して動きを止めていたワルキューレたちも、次々と立ち上がっていく。 「ちょっぴり・・・ほんのちょっぴりだけ驚いたよ。でも、それだけだ!ぼくもワルキューレもピンピンしているぞ!!お前がワルキューレに頭蓋骨をぶち割られる『運命』に何も変わりはないッ!!」 「やっぱり・・・言い直すよ・・・・」 康一は滴る血を拭いもせずにギーシュを指差した。 「『かかってきた瞬間、お前はすでに敗北《した》!』」 ギーシュは激昂した。 「ふざけるなこのチビがぁー!ワルキュー 『ギーシュ様!最低です!』 「え!?」 突然耳元で声がしてギーシュは振り向いた。 「け、ケティ!?」 しかし振り向いても誰もいない。遠巻きに見守る観衆がいるだけだ。 『二度と私に近づかないで。』 今度の凍りつくような声色は・・・ 「ま、まさかモンモランシー?!」 だが、やはりギーシュの周りにいるのは、血まみれの平民だけだった。 それなのに、声が・・・声が聴こえる!! 『ギーシュ様!最低です!』 『二度と私に近づかないで。』 『ギーシュ。あなた、やっぱり一年生の子に手を出していたんだ・・・』 『ギーシュ様・・・やはりミス・モンモランシーと付き合っておられたのですね・・・』 『それってもしかしてモンモランシーの香水じゃあないのか!?』 『二度と私に近づかないで。』 『ギーシュ様!最低です!』 「や、やめろぉー!!!?」 ギーシュは耳をふさいでその場に膝をついた。 だがどんなに耳をふさいでも、その『声』は頭の中でグワングワンと鳴り響く。 頭が破裂しそうだァ――!! 「平民・・・!貴様何をしたぁぁぁー!」 「さぁね・・・格好つけたがりで、体裁が何よりも大事なお前に、似合いの結末を用意しただけだ・・・!」 空中に飛び上がった瞬間のことは、あのタバサを持ってしても目で追うことができなかった。 誰もの視線が外れた一瞬、康一の体の影から『小さな白い手』が現れて『文字のようなもの』をギーシュに投げつけたのだ。 オールド・オスマンだけはその様子を辛うじて捉えていた。 「さぁ・・・謝ってもらうぞッ!!」 康一が詰め寄る。 「や、やめろぉー!!来るなァ――――!!」 康一は、中腰になったままで押しとどめようとするギーシュの手を払いのける。 拳を振り上げた! 「う、うわぁぁぁぁー!」 「君がッ!!」右拳がギーシュのあごに直撃する! 「謝るまでッ!」左拳がギーシュのみぞおちにめり込む! 「殴るのをッ!」右拳がギーシュの脇腹をくの字に折り曲げ。 「やめないッ!!!」左拳がギーシュの顔面を捉えた。 「オオオオラァァァァァァ―――――――――!!」 ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!!! 康一に残る全てを注ぎ込んだ渾身の、左右のラッシュ! 「ホガァー!!」 ギーシュは『じゃがいもだって目を背けるようなボゴボゴの顔面』になって吹き飛んだ。 「謝れーッ!」 康一は叫んだ。 「ふ、ふいまへんでひたぁー!!ぼくがわるかったからゆるひてくらはいー!!!!」 ギーシュは豚のような悲鳴をあげた。 康一はそれを聞くと、ACT1を解除した。 正直、限界だ・・・。もう一秒だって立っていられない。 ルイズが泣きそうな顔をしてこっちに走って来るのが見える。 「(だから、ぼくを信じろっていっただろ?)」 そう言おうと思ったのに声がでなかった。 ルイズのほうへ行こうとしたのに、足が動かなかった。 そのまま、力なく地面に倒れこんで、康一は意識を手放した。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2564.html
一行はすぐさま学院の二頭立て馬車に乗り出立した。 道案内のロングビルが御者を買ってでており、後ろの座席にルイズと康一、キュルケとタバサが座っている。 「ねぇダーリン。盗まれた弓と矢ってどんなものなのかしらね。」 ルイズとキュルケの康一の隣争いは、キュルケの「ルイズってばそんなに康一にひっつきたいわけ?」の一言に、 「ご主人様は使い魔がへんなことしないように見張ってないといけないんだもん。」と言い張るルイズが勝利を収めていた。 「え、えーっと・・・どうだろうね。」 康一は答えた。 どんなのかはわかんないけど、ぼくあんまり弓矢にはいい思い出がないんだよね。」 康一は胸のあたりをさすった。 「一度死にかけたことがあってさ。」 キュルケが目を丸くする。 「まさか弓で射られたことがあるの?」 「うん・・・まぁね。」 虹村形兆に矢で貫かれたあのとき、仗助くんの助けがなければぼくはきっと死んでいた。 「あんたって意外と危ない人生送ってんのねー。」 ルイズが半分呆れて言った。 「いや、それまでは平和に学生生活送ってたんだけどね・・・」 「小さい頃からそういう経験してたからこんなに頼りになるのね。トリステインの男共も見習ってほしいわね~。」 キュルケは御者台に目を向けた。 「そういえば、ミス・ロングビルの魔法のクラスはどのくらいなのかしら?」 ロングビルは軽く振り向きながら答えた。 「私は土のラインです。でもみなさんと違って戦いの経験があまりないので、道案内以上のことはあまり期待しないでくださいね。」 「十分よ。それでもトライアングルの私とタバサ。それにコーイチはいるし、ルイズの爆発・・・あら、ちょっとした戦力じゃない。」 「私は爆発なわけ・・・」 ルイズは不満げだ。 「あら。あなたの爆発だって馬鹿にしたものじゃないわ。やれることがゼロじゃないんだから、少しは役に立ってもらわないとね。」 「やっぱり馬鹿にされてる気がするわ・・・。」 キュルケの軽口にルイズはため息をついて顔を背けた。 でもその背中にうれしい気持ちが隠し切れずに見えて、康一は思わず笑ってしまった。 「みなさん。そろそろ目撃証言のあった小屋につくころです。ここからは歩いていきましょう。」 ロングビルは道ばたに馬車を寄せた。 一行が馬車を降り、茂みの奥をのぞき込むと20メイルほど先に小さな小屋がある。 「昨夜、あそこにフーケらしき、ローブをまとった男が入っていったということです。」 ロングビルが声をひそめて説明した。 「まだ中にいるのかな。」 康一がつぶやきに、今まで空気のように静かだったタバサが答えた。 「気配はない。でも確証がない。偵察が必要。」 自然と皆の視線が康一に集まる。 「ぼ、ぼくですかぁ!?」 「あたりまえでしょ。使い魔なんだから。」 「適任。」 「ダーリン。がんばって!」 三人がそろって頷く。 「全く・・・こういうときだけ一致団結するんだからなぁ。」 康一は剣を抜いた。シュペー卿の剣である。 デルフリンガーは大きすぎて、扱いづらかったので、馬車に置いてきたのだ。 茂みを出て、小屋まで小走りで近づく。 壁際にしゃがみこむと、窓から中を覗いた。 (誰もいないな・・・) しかし中に隠れているかもしれない。 康一はACT2を呼び出した。 康一はあれから密かにスタンドと魔法について実験をしていた。 スタンドは本来、スタンド使いが触らせようとしないかぎり、スタンドでないものが触れることはできない。 つまり逆にいえば、スタンドはどこでもすり抜けて移動ができる。 しかし魔法学院の壁のように、固定化などの魔法がかけられている場所や魔法自体、そしてメイジの体はなぜか透過することができなかったのだ。 一方、魔法がかけられていない壁はやはりすり抜けることができた。それどころか平民にはやはりスタンドが見えていないことが分かったのだ。 (シエスタの目の前で手を振らせてみたのだが、見えている素振りも見せず、小首を傾げるだけだった。) ACT2は壁をぺたぺたと触る。透過できそうだ。魔法はかけられていない。 康一はスタンドを小屋の中に潜り込ませた。 こじんまりとした小屋である。 壁際にはいくつかの棚。箱。 ベッドなどはない。 (隠れ家じゃないみたいだな・・・) 人影もない。念のためにACT2に小屋の周りも調べさせたが、やはりどこにも人影はなかった。 剣を納め、陰からこちらを見守っている女性陣に首を振ってみせた。 皆ほっとした様子で康一の元に駆け寄る。 「もう逃げちゃったのかしら・・・。」 その中でルイズが残念そうにいう。 「いないにこしたことはないよ。」 相手はメイジが総掛かりで捕まえられない大盗賊である。 康一はそんなのを相手にして無事でいられるかどうか全く自信がなかった。 「では中の調査をお願いしますわ。わたしはこの辺りを調べて参ります。」 ロングビルは小屋の裏手へと行ってしまった。 もう調べましたよ。と言いかけたが、やめた。 言ったらキュルケやタバサにも「スタンド」について説明しなければならなくなる。 もう言ってしまってもいいとも思うのだが、今はその時ではない。これが終わったら説明しよう。 ロングビルを見送って、康一は小屋の扉を開けた。 中にいないのは分かっている。警戒することなく、小屋の中を調べにかかる。 女性陣三人も恐る恐るついてきた。 「ちょっとダーリン。いきなり入っちゃうなんて不用心じゃない?まぁ大丈夫だったみたいだけれど。」 うん、そうかもね。言葉を濁す。 棚の中にはそれらしきものはなかった。 棚の横にある木箱を開いた。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ 「こ、これは・・・・!!」 そこに入っていたのは『弓と矢』。そこいらで狩猟で使われているようなものとは明らかに違う。装飾がちりばめられた鏃。 そして康一には分かる。これは自分を含め、杜王町にたくさんのスタンド使いを生んだ、あの矢。あれと同じものだ! (まさかとは思った。でもまさか本当にあの『弓と矢』だなんて・・・) 『弓と矢』を手に取った。自分の中の「エコーズ」が、引き寄せられるようななにかを感じた。 「どうしたの?なにか・・・あっ・・・こ、これって。盗み出された『弓と矢』じゃないの!?」 ルイズが歓声をあげる。 「そうみたいね・・・でも、フーケはいないのに、なぜ『弓と矢』だけがここに残されていたのかしら。」 キュルケの疑問は誰もが思うところだった。 しかし、自分たちの任務は『弓と矢』の奪還であって、フーケの捕縛ではない。 「一度学院に帰るべき。」 タバサの提案に異を唱えるものはいなかった。 「それにしてもあっさり終わっちゃったわ。心配して損しちゃった。」 ルイズは小屋の扉を開いて外に出ようとした。 目と鼻の先で巨大な土のゴーレムが小屋を見下ろしていた。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・間違えました。」 バタン 「ちょっとヴァリエール!なんで扉を閉めちゃうのよ。」 外が見えないキュルケが文句を言う。 「・・・いるんだもん。」 「はい?」 「いるんだもん!フーケのゴーレムがすぐ外に!目が合っちゃったんだもん!」 「そんな馬鹿なこと・・・。逃げだしたフーケがわざわざ戻ってくるわけないじゃないの。ほらどいて。」 キュルケがルイズを押し退けて扉を開けた。 遙か高みから見下ろすつぶらな石の瞳と目があった。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「お邪魔しました。」 バタン 「いたわ。目が合っちゃったわ。どうしましょうか。」 「どうしましょうかって・・・」 ルイズとキュルケは言葉につまった。 天井からぱらぱらという音が聞こえてくる。 まるで土や小石が屋根の上に落ちてきているような・・・。 どんな顔をすればいいかわからないまま、ルイズとキュルケは天井を見上げた。 「キュルケ。私すごくイヤな予感がするんだけど。」 「奇遇ね。あたしもよ。」 タバサがぼそっと言った。 「踏みつぶそうとしている。」 四人は目を合わせた。 「うわぁぁぁぁ!!」 「きゃぁぁぁぁあ!」 「いやぁぁぁぁぁあ!」 「・・・・・」 そこからは早かった。窓をぶち破って四人が外に転がり出るのとほとんど同時に、ゴーレムの巨大な足が小屋を踏み潰した。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2349.html
タルブを後にし、『燃える水』がある村へ向かうシルフィードの背に、ルイズは乗っていなかった。 「体調が悪いからゼロ戦を運ぶ竜騎士に連れて帰ってもらう」と言ったルイズの言葉にジョセフは嘘を感じ取ったが、あえてそれに深く突っ込もうとはしない。前日の草原でコルベールから告げられた言葉は、彼女に少なからぬショックを与えていたことを知っているからだ。 「……あんまり無理しちゃいかんぞ」 そう言って頭を撫でるジョセフから、ルイズは黙って俯くことで自分の表情を隠す。 結局ルイズは一足先に学院へ帰り、ジョセフ達はゲルマニアへ向かうこととなった。 目的地の村では『燃える水』は実に豊富な湧出量を誇っていた。しかし燃料としては少々燃え過ぎるのが難点の為、あまり需要はないと村人は言っていた。 その為、樽十本分もの『燃える水』を驚くほどの安価で買えたのは僥倖だった。 ロープで繋いだ樽をレビテーションで浮かせ、シルフィードに引かせて学院に帰った頃にはそろそろ日も暮れようとしていた。 早速『燃える水』を媒介としたガソリンの錬金に挑戦するコルベールをよそに、他の面々は旅の疲れを落とすべく大浴場へ向かう。浴場に行けないウェールズは、ジョセフに湯を張ったタライとタオルを塔に運んでもらっている。 ジョセフは平民用の蒸し風呂へ向かう前に、のんびりした足取りで部屋へと帰っていく。 ドアをノックもせずに遠慮なく開けると、部屋の中に主の姿はない。 「……ふぅむ。まあそうだろな」 予想の出来ていた光景に頬をかきつつ、沈み行く日の光を頼りに勉強机へ歩いていく。 そこには旅に出る前にはなかった封筒がある。ヴァリエール家の家紋が描かれたそれを開けると、中から一枚の便箋が落ちた。 その便箋には、非常に簡潔な言葉だけが書かれていた。 『使い魔クビ。早く帰れ』 内容を一読してからもう一度愉快げに音読し、けらけらと笑い声を上げる。 「全く……」 一頻り笑った後、小さく溜息を付いた。 タルブで別れた時に、ルイズが何を考えていたかなど手に取るように判る。 五日後に帰ることが出来るなら帰してあげたい、けれど一緒にいればその決意が揺らいでしまうかもしれない。だから自分は日蝕が終わるまで帰ってこない。そうすれば使い魔は勝手に帰るだろう、と。 「……ルイズよォ、わしにはハーミットパープルがあるんだぞ。ちょっと頑張ればすぐに見つかるんじゃ」 誰に聞かせるでもない独り言を言いながら、便箋をもう一度封筒に入れて元の場所に戻す。 そしてタオルを手に蒸し風呂で汗を流し、すっかり暗くなった頃にウェールズの部屋へ足を向けた。 「やあ、ごゆっくりだねジョジョ。ミス・ヴァリエールはどうしたんだね?」 ドアを開けたジョセフに、ギーシュが声を掛けてくる。今夜部屋に来たのはジョセフが最後だったようで、他のメンバーはルイズ以外全員揃っていた。 「ああ、その件についてちょいとわしから話があってな」 別段深刻でもない声に、黒い琥珀に記憶されている面々はせいぜい主人がまた何かしらかんしゃくを起こしたのだろう、とアタリをつけた。 「わし、使い魔クビになったんで故郷に帰ることになった」 あまりにもあっけらかんと言い放たれたので、言葉の意味を完全に理解するのに全員数秒の時間を要した。 僅かに訪れた沈黙の後、キュルケはワイングラスを小さく唇に傾けて、たおやかな笑みを浮かべる。 「……ごめんなさいね、私何かヘンな言葉を聞いたようだけど。疲れてるのかしら。もう一度、ゆっくりと仰ってくれないかしらミスタ・ジョースター?」 「あー。わし、ルイズから使い魔クビになっちまったんで、いい機会だから故郷に帰ることにしたんじゃよ。具体的に言うと、四日後辺り? 多分それまでルイズは帰ってこないんじゃないかなァ」 これ以上ないほどあっさり紡がれる言葉に、今度こそその場にいる全員の目が一斉にジョセフへ向けられる。 まだジョセフの言葉に真偽を付けかねる中、最初に口火を切ったのはギーシュだった。 「……それは性質の悪い冗談、というワケではないんだね、ジョジョ?」 「冗談でこんなコト言ったらお前らが怒るのくらいは知っとるよ」 「ダーリン、今度は何やらかしたの? 何なら私達がルイズに取り成してあげるわよ」 「どうしてわしがなんかやらかしたのが前提なんか判らんが、まー……あれよ、今回はやむにやまれん事情っつーのがあってな? お互い合意の上なんで心配はしてくれんでもだいじょーぶぢゃ」 「ふむ……それは残念だ、ミスタ・ジョースター。しかし……本当にいいのかい?」 ウェールズの疑問は、その場にいる全員の疑問だった。 ジョセフがルイズを猫可愛がりしているのは何度もこの目で見ているし、ルイズも憎まれ口はきいていても悪い気はしていないのも明らかだ。詰まる話、相性が悪いわけではない。むしろ良好な関係だと言っていい。 だがもっと根本的な疑問がある。メイジと契約した使い魔がどこかに去ってしまうなどということは、この場にいる全員が聞いた事が無い。そもそもジョセフが召喚されてからハルケギニア貴族の常識を覆す出来事ばかりではあったが、それにしても極め付けである。 タルブの草原でコルベールがルイズ達に告げた考えに、メイジ達が至るには然程の時間を必要としない。 名門公爵家の生まれなのに魔法を使えず、ゼロと呼ばれて蔑まれたルイズを再びゼロに戻すばかりか、使い魔が不在というメイジとして致命的な欠陥を持つことになる。 それについては、昨日コルベールから受けた説明で理解している。ジョセフは、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。 召喚されてから今まで見たことのない類の表情に、(ああ、こんな顔も出来たんだ)と誰かが思ったとしても不自然ではなかった。 「この機会を逃したらあと十年は帰れんらしい。それにわしの主人がそうすると決めたんでな。なら、わしもその心配りを黙って受け取るべきだと思うんじゃよ」 老人の割には軽薄な雰囲気を色濃く漂わせるジョセフが、年相応の穏やかな口調で喋る言葉に、友人達は彼の決意の程を感じ取った。例え女王の言葉であっても考えを曲げることは出来ない、という確信があった。 もし彼の意志を曲げることが出来るとすれば、主人であり可愛い孫娘であるルイズしかいない。だがそのルイズがこの場にいない以上、ジョセフがここを去るのは変え様がないという結論に達するのは、当然の結果とも言える。 室内に訪れた気まずい沈黙を破ったのは、切なげに視線を俯かせたギーシュだった。 「そうか……。せっかく仲良くなれたというのに、本当に残念だよジョジョ。だが使い魔をクビになったとしても、また会えないことはないはずだ。今度の夏休みにでも会いに行こうと思うんだが、君は何処に帰るんだね?」 社交辞令にも似た何気ない問い掛けだが、ジョセフはほんの一瞬だけ、どう答えるべきか悩んで視線を宙に彷徨わせた。 「あー……まあどうせ隠さなくちゃならんコトでもないから、もうぶっちゃけちまうか。実はわし、ここじゃない別の世界から召喚されちまっててなー。帰れるチャンスは四日後しかなくて、それを逃したら次は十年後っつーワケなんじゃ」 次から次へと繰り出される爆弾発言のラッシュは、メイジ達の常識を粉微塵に粉砕するには破壊力が大きすぎた。息をするように嘘を吐けるジョセフだが、ここで嘘を言うメリットはさしてないはずだった。 ここでそんな嘘を言う理由は「二度と魔法学院の連中と会う気が無いという意思表示」か、さもなくば「どうしても故郷をひた隠しにしなければならない事情」があるか。 前者だとすれば、そもそもこの夕食の場に来る意味もない。四日ほど姿をくらまして、そのまま帰ればいいだけの話だ。とすれば考えられるのは後者だが、ジョセフの故郷がスタンド能力を持つ者ばかりというのなら、確かに隠さなければならない。 系統魔法とは異なる先住魔法の使い手ばかりとなれば、故郷を知られるということは故郷を討伐するべく軍勢が送り込まれるのは火を見るよりも明らかだ。 だが、そうだとすれば召喚された直後の奇行と称していい無知な様子に説明が付けられない。多種多様な悪知恵が働くくせに、魔法やメイジに関しての知識が完全に欠落していた。 そこから導き出される答えは、ジョセフの発言は嘘ではない、と言うことだ。 「……ちょっと待ってくれ、ジョジョ。だが、そうなると別れてしまえば本当に二度と会えないじゃないか! いきなりそんなことを親友たる僕達に言うだなんて……!」 普段のキザったらしい口調を忘れ、年頃の少年に似つかわしい感情を隠さず張り上げた声に、それまで無言を貫いていたタバサがそっと手を挙げ、ギーシュの言葉を制した。 「二人が出した答えに私達が口を挟むべきではない。このステーキの鉄板が冷めてしまったとしても、ジョセフが翻意するとは到底思えない」 「だが、それにしたって!」 「はいはい、ミスタ・グラモン。ショックなのは判るけど、タバサの言う通りよ。ここで私達が一斉に力ずくで止めればどうとでもなるけれど……それはダーリンにとっていいことなんかじゃあないわよね。ダーリンが故郷に帰ると言うのなら、友人達が最後にどうすればいいか。 貴方も、ダーリンをジョジョと呼ぶのなら……ジョジョ本人の意思を尊重すべきじゃないかしら?」 穏やかに諭すキュルケに、ギーシュはそっと唇を噛んだ。 「判ってる……判ってるよ、ミス・ツェルプストー。だが、ジョジョは……僕にとって、かけがえのない……親友なんだ……」 それだけ言って、力なく目を伏せる。 ふと訪れた数秒の沈黙に、ジョセフはいつも通りの軽い声と共に手を二つ叩いた。 「ほらほら、辛気臭いのはそのくらいにしちまおう。ギーシュがわしを親友と思っているのと同じくらい、わしはお前達を大切な親友だと思っとる。一緒にいた時間こそは短いかもしらんが、お前達と会えて本当に良かった」 同じテーブルに付く一同を見回すと、沈んだ雰囲気を変えるように普段と変わらない明るい声を上げた。 「さァ! あと四日しかないと考えちゃいかん! 逆に考えろ、あと四日もあるってな! 四日もありゃ別れを惜しむにゃ十分すぎる時間がある! ほらほら、もうスープが冷めちまったぞ、これ以上メシが冷めたら勿体無いじゃろ?」 ジョセフの言う通り、テーブルに並んだ皿から立ち上る湯気は目に見えて消えていた。 * 次の日の朝、ジョセフはアウストリの広場に置かれたゼロ戦のチェックに勤しんでいた。 ハーミットパープルを機体に這わせながらコクピットに腰掛けて、操縦桿を握り、各部スイッチを押していく。 どこも問題ない稼動をし、修理しなければならない所も特にない。後はガソリンを入れればこの機体は自由に空を駆ってくれるだろう。 うむ、と満足げに笑ってから、コクピットの後部に備え付けられた通信機を取り外しにかかる。そうでないとただでさえ大柄な身体のジョセフには狭っ苦しくてしょうがない。 どうせハルケギニアにはこの通信機を使う相手もいないのだから、コルベールに渡せばこれを分解して内部構造を理解することで、また何かしらの新しい発明の助けになるはずだ。 取り外した通信機をコクピットから降ろすと、ゼロ戦に立てかけてあったデルフリンガーが暇そうに声を掛けてきた。 「しっかし相棒よ、コレがマジで飛ぶんかね」 「飛ぶ飛ぶ。だが不思議なことがあってな」 「なんだね不思議なことって」 「コイツが飛ぶ理由ってのは、まあ掻い摘んで話せば翼に大量の風を受けることで発生する揚力で空を飛ぶって建前なんだが」 「ふんふん」 「実はその理屈だけだとこんなでっかくて重いブツが飛ぶだけのパワーは発生せんのだ」 「じゃあ飛ばないんじゃないかよ」 「でも何故かは知らんが飛んどるんだよなぁ」 「なんでそうなるのか理屈も判らんような得体の知れない代物を使ってるのかよ、相棒の世界じゃ」 「そんなこと言ったら魔法だってよく判らん理屈だろ。錬金なんか明らかに質量保存の法則余裕無視しとるじゃないか。どうして薔薇の花びら一枚に魔法かけたら青銅のゴーレムが出来るんじゃ」 「相棒の世界にだってスタンドがあるんだからおあいこじゃね?」 「それもそうか」 飛行機が飛ぶ正確な理由を考察する前に、この話題に飽きた使い魔と剣はあっさりと休戦協定を結んでいた。 「それにそんなこたぁどうでもいいんだよ。お前さん、貴族の娘っ子はどうするんだね」 暢気にテレビを見ていたらヨダレ垂らした牛が映った時のような顔をして、ジョセフは横目でデルフリンガーを睨む。 「……お前、わしにどうしても答えを言わせる気か」 「ああ言わせたいね。貴族の娘っ子も大概強情っばりだが、相棒も負けず劣らずってヤツだ。やっぱりなんのかの言ってメイジが呼び出す使い魔は似た者が召喚されるんだねェ」 ケケケ、と意地悪く笑い声を上げるデルフリンガーに波紋蹴りを叩き込んだ。 「ぐぉ! だから俺っちは波紋とスタンドには対応してないって言ってるだろ! いい加減に覚えろ耄碌ジジイ!」 「やかましいッ!」 口をへの字に結んだまま、デルフリンガーを鞘に収めると有無を言わさず波紋入りハーミットパープルで縛り付けて勝手に顔を出せないようにした。 「帰れるんなら帰るがな。だがそれでも、関わっちまったのに放って帰ってメデタシメデタシで終わらせるワケにもいかんだろ……」 はぁ、と溜息をつくと、通信機を肩に担いでコルベールの研究室へと歩き出した。 * 所変わって、トリステイン王宮。 アンリエッタの居室にルイズはいた。 ジョセフ宛の手紙を書いた後、馬を飛ばしたルイズが向かったのはアンリエッタのいる王城だった。 今実家に帰れば、両親や下の姉のカトレアに何があったのかを聞かれることになる。遅かれ早かれ、洗いざらいありのままを語らされてしまうだろう。 そうなれば、学校を勝手に休んで実家に帰ってきたのをこっぴどく叱られるだけではなく、下手すればせっかく元の世界に帰す目処が付いたジョセフをありとあらゆる手段で押さえ付けてくるだろう。 トリステインどころかハルケギニアに並ぶ者無しのスクウェアメイジである母にかかれば、ジョセフでも太刀打ち出来る光景が全く想像出来ない。 かと言って学院にいれば、自分でも何をするものか判ったものではない。しかし他に行く当てがある訳でもない。 消去法的に、ルイズはアンリエッタのいる王城へ向かわざるを得なかったのであった。 だが一週間後に望まぬ政略結婚を迎えようとしている幼馴染は、まるで処刑の日を待つ死刑囚のように表情と感情を失っていた。 突然やってきて面会を願ったルイズに少しばかりの笑みを見せはしたものの、それだけだった。 四日ばかり滞在させてほしい、と言う幼馴染に、アンリエッタは適当な客間を用意した。 「ごめんなさいね、ルイズ・フランソワーズ。これからドレスの仮縫いをしなければいけないの」 形だけの笑みを向けられたルイズは、知らず知らず彼女から目を背けていた。 『ああ、私のルイズ。いつになったら、私はこの鳥篭から出られるのかしら』 そんな言葉を、笑っていない笑顔から読み取ってしまったから。 アンリエッタ本人がそう言った訳ではない。王女本人が、そんな意思をルイズへ伝える意思があったかどうかさえ確かではない。 しかし、ルイズ自身はそう感じてしまった。 それは幼馴染の内心を感じ取ったのかもしれない。勝手に幼馴染の内心を思い浮かべただけかもしれない。 だがルイズは、虚ろな笑みに応える術を何一つ持っていない。 魔法も使えず、使い魔もいない自分には何も出来ないという事は、他ならぬ自分自身が一番良く理解しているからだった。 To Be Contined → 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1777.html
「なるほど、事態は把握したよ」 シルフィードの背中、身元を隠す黒いローブの下でギーシュは頷いた。 その隣で、同じくタバサが頷く。双月の光が降り注ぐ夜空を、ルイズ達は モット伯の屋敷へと飛んでいた。 「だけどどうするんだい?」 「止めるの」 「・・・止める?何をだね?」 「ギアッチョをよ」 「・・・何だって?」 意味がよく分からず、ギーシュはぽかんとした顔でルイズを見る。 少し俯いた顔で、ルイズは話し始めた。 「・・・そういうことなら、協力しないわけにはいかないね」 ルイズの説明に、ギーシュは納得したという顔で答える。 それを受けて、しかしルイズは「だけど」と返した。 「今回のことは冗談じゃ済まないわ 最悪の場合、あんた達の 家名にまで係わることになる・・・無理をする必要は、」 ルイズの言葉を遮って、彼女の頭にぽんと掌が乗せられる。 「それで、私達が帰ると思ってるわけ?」 「・・・キュルケ」 ルイズの頭をぐりぐりと撫でながら、キュルケは一見皮肉めいた 笑みを見せる。 「あなた達を助けるって『覚悟』してるから皆ここにいるんでしょう? いらない思量はしなくていいの」 ギーシュとタバサは片や鷹揚に、片や静かに頷いた。ルイズはそれを見て、 「・・・・・・うん」 少し恥ずかしげに――しかし満面の笑みを浮かべた。 ――あ・・・ キュルケは気付く。この少女は、こんなにも綺麗に笑うことが出来たの だと。もう二度と、この子の笑顔を裏切りはしない。言葉にこそしないが ――それはキュルケだけではない、この場の全員の決意であった。 地図を頼りに森を行くギアッチョの眼前に、大きな屋敷が姿を現した。 「おう、旦那 どうやらここみてーだぜ」 「ほぉ こりゃまた大層なお屋敷じゃあねーか」 夢に出てきたあの屋敷よりは幾分小さいが、と心の中でどうでもいい ことを付け足すギアッチョにデルフリンガーは一つ疑問を投げかける。 「しかし旦那、具体的にはどうするんだ?嬢ちゃん掻っ攫ってとんずら っつーわけにもいくめぇ この警備じゃあよ」 木陰から伺えば、確かに門前と庭内には数人の衛兵。そして彼らと 共に、蝙蝠のような翼を生やした犬という悪魔合体の産物の如き 生き物が数体庭を闊歩している。それらをちらりと一瞥して、 ギアッチョは詰まらなさそうに息を吐いた。 「奴らを排除してモットの野郎を殺す それで仕舞いだ」 「・・・そうかい ま、俺ァ人殺しの道具だ とやかくは言わねーよ」 「・・・とやかく言いたいことがあるってわけか?」 「いんや、俺ァ旦那の相棒だかんな ――ただ、ま・・・ ルイズは悲しむんじゃねーかと思ってよ」 「・・・・・・」 呟くようなデルフの声で――ギアッチョの口は数秒動きを止めた。 「チッ・・・」 何故か脳裏をよぎったルイズの泣き顔を掻き消そうと一つ舌打ちして、 ギアッチョは無理矢理に言葉を吐いた。 「・・・それだけか?言いたいことはよォォーー」 人の身であったならば溜息の一つもついただろう。それが敵わぬ デルフリンガーは、ただ淡々と質問を続ける。 「いや、もう一つ スタンド・・・だったよな そいつを使う力、 もう殆ど残ってねぇんだろ?大丈夫なのかと思ってよ」 そう。確かに自分のスタンドパワーは今にも底をつこうとしている。 誰にも言いはしないが、少しでも気を緩めようものならがくりと 膝を落としてしまいそうだった。彼の心身は、今それ程までに 疲弊しているのである。しかし、 「問題はねえ」 ギアッチョがそれ以外の言葉を口にすることなど有り得なかった。 「旦那・・・」 納得し兼ねるといった声を出すデルフに目を向けて、ギアッチョは 面倒臭そうに言葉を継ぐ。 「オレの目的はあくまでシエスタとモットだ 雑魚共をいちいち 相手にしてる程暇じゃあねーぜ ・・・そもそもだ、わざわざ スタンドを出すまでもなくこっちにはてめーがいるんだからな」 「へ?・・・お、おおよ」 いきなりの不意打ちに、デルフリンガーは少々上擦った声を上げた。 考えてみれば、ギアッチョが己への信頼をこうして言葉にしたのは 初めてのことなのである。力の化身のようなこの男が口にした 信頼の言葉に、デルフリンガーは密かに感動していた。 喋れるように鞘から少し露出させていた刀身をすらりと引き抜いて、 ギアッチョはその心中も知らず彼を無造作に肩に担ぐ。隠れていた 木陰から数歩歩み出て、不機嫌そうな顔のまま口を開いた。 「行くぜオンボロ」 「任しとけ・・・ってうぉい!結局オンボロ呼ばわりかよ!」 それは、彼女のような平民は眼にしたこともないような巨大な 浴場だった。モット伯の邸内に設けられたそこに、シエスタはもう 随分長く浸かっている。身体が茹だってゆくにも構わず、彼女は その最後の安息地から腰を上げることを頑なに拒んでいた。 「・・・どうして・・・」 震える肩を抱きながら、シエスタは一人呟いた。呟いてから、その 先に何を続けたかったのかを考えて自己嫌悪に陥る。どうして こんな目に遭わなければならないのか、どうして自分なのか、 どうしてこれが許されるのか――考えれば考える程に出てくる それらは、まるで己の卑小さを嘲る刃のようにシエスタ自身に 突き刺さった。 「そうよね・・・」 シエスタはその口に、諦念混じりの自嘲を浮かべる。そうだ、 恨み言をいくら吐こうが何も変わりはしない。この世界は 「そういうもの」なのだから。平民にとってメイジは天災。それは 比喩ではなく、正しく言葉通りの意味でそうなのだ。平民如きが 何をどう足掻こうが覆らない災禍。洪水や嵐と違うのは――彼らが 意思を持っているということだけだ。そしてそれ故に、メイジは 時として災害よりも凶悪な存在にすらなる。 だから。そういうものだと割り切るしかないのだ。例え彼らに 襲われようが、奪われようが、そして殺されようが・・・それは 仕方の無いことなのだと。メイジとは、貴族とは、そういうもの なのだから。 …ぽたりと。伏せた瞳からこぼれた一滴の雫が、水面を震わせる。 心を抑えることは出来ても――涙を抑えることまでは出来なかった。 我知らず漏れていた嗚咽と共に、シエスタの綺麗な瞳からは次々と 涙がこぼれ落ちる。 「お金なんていらない・・・ 皆と仕事をして、マルトーさんや ギアッチョさん達と色んな話をして、たまに故郷へ帰って・・・ それでよかったのに・・・ それで幸せだったのに・・・」 止めようとして止まるものではなかった。何も変わらないと 知りながら、シエスタは静かに泣き続ける。 最後の安息、その終焉を告げたのは、シエスタと同じくこの館で 働く侍女の一人だった。浴場の入り口から一言、「伯爵が寝室で お待ちです」そう淡々と伝えると、老境の侍女はそのまま立ち去った。 「・・・・・・」 永遠にも思える時間を、シエスタは祈るように沈黙した。それが 無駄だということは、誰より己が解っている。それでも、何かに 祈らずには居られなかった。 そうして数秒、震える両肩から手を離し、彼女は静かに閉じていた 眼を開く。 「・・・最後に、ギアッチョさんにお別れを言いたかったな・・・」 もはや叶わぬことを呟くと、シエスタはごしごしと涙を拭い―― 諦観に染まった表情で、ゆっくりと湯船から立ち上がった。 「うぐっ」 「あがっ」 屋敷の門外、高い塀の向こうからからくぐもった声が二つ続けざまに響き、 庭内を巡回していた三人の衛兵は不審げに顔を見合わせた。視線の先、 格子状の門の外には何者の姿も見えない。静かに目配せし合うと、彼らは その手の槍を素早く構えて門へと駆け出した。 一分後。塀に身を隠すギアッチョの目の前に、合わせて五人の衛兵達は 折り重なって倒れていた。 「とりあえずは、こいつらで全部だな」 「意外だね、気絶でとどめるたぁ」 左手の先で笑うデルフリンガーに、ギアッチョはいつもの仏頂面で答える。 「オレは別に殺人鬼じゃあねー」 デルフリンガーは、そう言いながら自分を鞘に戻そうとするギアッチョに 向けて早口に口を開いた。 「旦那、あの犬コロ共はどうすんだ?あいつらァすばしっこい上に空を飛ぶ 相手してる間に騒ぎに気付いた衛兵連中が集まってくるぜ」 「・・・問題はねえ」 対するギアッチョの反応は、実に淡々としたものだった。そのままデルフを 鞘に納めて、彼は開きっ放しの門から躊躇無く庭内へと侵入する。 「ぐるるルるる・・・」 一歩足を踏み入れたその途端、六匹の怪物犬は唸りを上げながらギアッチョ 目掛けて走り出した。そう訓練されているものか、彼らは一瞬にして ギアッチョの周囲を逃げ場無く取り囲む。翼の生えた黒い犬が血走った 眼で獲物を囲んでいるその光景は、正に地獄の様相と言うに相応しかった。 常人ならば失神してもおかしくないそれを、ギアッチョはただ面倒臭げに 一瞥する。自分達に恐怖を感じていないその様子が気に入らないのか、 黒い獣達は一斉に刃のような牙を剥き出した。そのまま怒りに任せて獲物を 引き裂かんとするその瞬間、 「ああ?」 ギロリと。圧倒的な怒気と殺意を宿すギアッチョの凶眼に刺し貫かれて、 六匹の魔物はまるで石像のように硬直した。 「・・・ぐ・・・ぐるるる・・・」 怯えるはずの人間に、今恐怖を感じているのは紛れも無い彼らだった。 直接ギアッチョの双眸と対峙していない後方のニ匹でさえ、ギアッチョの 放つ極寒の炎の如き殺意に身動き一つ取れなかった。 魔眼の巨人や魔除けの籠目を例に出すまでもなく、古来より「眼」に ある種の力を認める類の譚話は世界中に散見するが――今、彼ら六匹の 魔犬は正にそれを実演するかのように停止していた。 それを何でもないような様子で確認して、ギアッチョは一言低く、 「行け」 と呟く。その瞬間、彼らはきゃんきゃんと喚きながら我先に空へと 逃げ出していった。 「・・・すげーな、旦那」 呆けたような声を出すデルフリンガーに、ギアッチョは無感動に答える。 「急ぐぞ」 ルーンの刻まれた左手ですらりと魔剣を抜き放つと、邪魔者のいなくなった 前庭を、ギアッチョは眼にも留まらぬ速さで駆け抜けた。 「何だきさ・・・はぐぉッ!!」 右の拳で玄関の番人の一人を問答無用で殴り飛ばし、同時に左手の剣は もう一人の喉元へ流れるように突きつける。 「なッ・・・!?」 「ちょっと訊きたいんだがよォォォ~~~ モット伯とか言う野郎はどこだ」 突然の状況に眼を白黒させている番兵を、ギアッチョは静かに問い詰めた。 「き、貴様・・・何のつもりだ こんな狼藉が許されると――」 言い終わらない内に、ギアッチョはデルフリンガーの刀身を番兵の喉に 軽く触れさせる。 「ぐッ・・・」 「聞こえなかったっつーわけか?ええ、おい?」 ギアッチョは、「三度目はねぇぜ」と低く呟いて繰り返した。 「モット伯はどこだ」 「・・・・・・は、伯爵は・・・」 諦めたように口を開く男の右手の動きを、ギアッチョは見逃さなかった。 虚を突いて繰り出された槍の穂先をデルフリンガーがまるでバターを 切るように両断すると、右手で男の首を掴んでそのまま館の壁に叩きつける。 「ぐッ・・・!」 「いい返事だ 下衆野郎に殉じな・・・」 ここまで倒して来た衛兵達と違い、この男にははっきりと顔を見られている。 首を掴む右手にぎりぎりと力を込めるが、苦しげにもがくだけで何かを 喋ろうともしない。この様子では懐柔も難しいだろう。 「大した根性じゃあねーか・・・そいつに敬意を表して一瞬で終わらせてやる」 そう言いながら、しかし躊躇なく剣を構える。胸に狙いを定め、一気に 貫こうとしたその時、 「待って!!」 上空から聞きなれた声が響き――同時に放たれた風がデルフリンガーを 弾き飛ばした。 「・・・何のつもりだ」 気絶させた番兵から手を離すと、デルフを拾いながらギアッチョは シルフィードを見上げる。返事の代わりに、ルイズ達はひらりと地上に 飛び降りた。ルイズはそこから一歩を進み出て、曇りの無い瞳で ギアッチョを見つめる。小さく息を整えて、彼女はゆっくりと口を開いた。 「ギアッチョ・・・もう誰も殺さないで」 「・・・ああ?」 見ようによっては恫喝的にも感じられるギアッチョの視線に、 ルイズは臆さず向かい合った。 「もう十分よ・・・お願い、これ以上殺さないで」 「今更だな 何人殺そうが何百人殺そうが、オレには同じことだぜ」 「・・・違うわギアッチョ あんたが殺してるのは――自分の心よ」 「・・・・・・」 かぶりを振ってそう言うルイズに、ギアッチョはわずか絶句した。 「ギアッチョ、もういいのよ もう誰も殺さなくていいの 今の あんたは暗殺者なんかじゃないんだから」 「・・・御主人様らしく命令でもするってか?」 「――命令することは簡単だわ だけどそれはわたしの意志 それじゃ何の意味もないのよ わたしじゃない、ギアッチョ自身の 意志でそうして欲しいの!だからギアッチョ、お願い・・・もう 誰も殺さないで!」 ルイズの懇願に眩暈のような錯覚を覚えて、ギアッチョは思わず壁に 片手をついた。それ程までに、ルイズの言葉は今のギアッチョには 眩しすぎた。 「・・・今更、オレにどう生きろっつーんだ」 「人生」、表現を変えればそれは個人の歴史と言えるだろう。歴史とは 即ち記憶――ならば人生もまた、記憶の集積であるはずだ。そして ギアッチョは、真っ当な人間であった頃の記憶など、とうの昔に捨てて いた。彼の記憶は暗殺者の記憶、彼の人生は暗殺者の人生。それは 殺人を生業とする異常極まりない世界で自己を保ち続ける為の手段で あった。異常な世界で生きるには、それを異常だと感じる原因を 抹消してしまえばいい。ギアッチョはそうして、身も心もその全てを 殺戮に染めていた。 存在する理由を、手段を失くした時、人には何も出来なくなる。 正に暗殺という二文字で成立していたギアッチョの自己同一性は、 今届かぬ蜃気楼のようにその姿を揺らめかせていた。 「・・・オレは暗殺者だ 人殺しだからオレなんだよ」 「それは違うわ!!」 ルイズは怒ったように否定する。 「何が違う?暗殺者っつー事実だけがオレの全てだ オレは殺す為に 生まれ、殺す為に生きてんだ そいつを取り上げりゃあよォォーー オレにゃあ何も残りはしねえ」 「違う・・・そんなことない!!」 吐き捨てるギアッチョに、ルイズは更に語気を強めて遮った。 何かを言おうと同時に口を開いていたギーシュ達は、互いに顔を 見合わせて言葉を飲み込む。今はギアッチョの主に全てを任せて おくべきであろうと思われた。 「そんなことない・・・!ギアッチョはいつもわたしを助けてくれた、 わたし達を導いてくれた・・・あんたが何を否定しても、それだけは 変わらない事実だわ!」 「ハッ・・・そんなもんはおめーら他人が作り上げたただの幻だろーが」 話にならないとばかりに笑い捨てるギアッチョから、ルイズは尚も 眼を逸らさずに言い放った。 「幻で何が悪いのよッ!!」 双眸の深奥まで深く見通すようなルイズの眼差しに、ギアッチョは 再び言葉を失った。 「・・・貴族が、どうして平民の上に立っているか分かる? 魔法が使えるからよ 力ある者は、敵に背を向けてはいけないの 天に授かったその力で、身を挺して弱者を守る者・・・それが 本当の貴族なのよ」 「・・・・・・」 「・・・だけど、わたしは魔法を使えない ねえギアッチョ、 あんた今『殺す為』って言ったわよね それは自分に生きる理由が あるってことでしょう?・・・わたしにはそれがなかった 魔法の使えない貴族に、存在価値なんてない・・・わたしは ずっと叱られ、疎まれ、蔑まれてきたわ ゼロのルイズとは よく言ったものよね・・・誰の役にも立たない、貴族の務めも 果たせない、誰にも必要とされない、生きる理由も意味もない ――わたしは何もかもがゼロだったわ」 凛として己を見つめながらそんなことを言うルイズに、ギアッチョは 眉をひそめる。ルイズの口から、ギアッチョは後ろ向きな言葉など 聞きたくはなかった。半ば話を中断させるように、その口を開く。 「・・・一体何が言いた――」 「だけどッ!!」 それすらも遮って、ルイズはギアッチョに言葉を投げかけた。 「だけどこんなわたしを友達と呼んでくれてる人がいるの!! 彼女達がわたしに抱いている感情は幻だわ、だけどキュルケ達は その為に命を賭けてくれた!!それが悪いことなの!?違うわ、 絶対に違うッ!!」 「・・・ッ」 「・・・ねえギアッチョ わたしを必要としてくれてる人がいる ように、わたしにもあんたが必要なの 暗殺者なんかじゃない、 使い魔でもない・・・ギアッチョという一人の人間が必要なのよ!」 ルイズの叫びは、ギアッチョの心に激しく響き渡った。彼女の言葉、 そのどこにも偽りはないのだろう。だからこそ、ルイズ達はここへ やってきたのだから。だがそれでも、ギアッチョは言葉を返せない。 己に向けられた幾多の信頼に、友愛に応えるべきだとギアッチョは 今そう思えていた。しかし、それでもその口からは言葉が出ない。 暗殺者であることを辞めることは、リゾット達への裏切りではないかと いう思いが、彼の心を縛していた。 『・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな』 ルイズの声の残響に合わせるかのように突如リゾットの声が聞こえ、 ギアッチョはハッとして顔を上げる。 『オレ達の影に――縛られるな』 ――・・・そうだったな 誰にも聞こえない声で、ギアッチョは静かに呟いた。 ――迷わねーと誓ったばかりじゃあねーか・・・オレはよォォーー 夢中に聞いたリゾットの言葉は、ギアッチョの迷いを容易く打ち砕いた。 口角を皮肉めかせてつり上げると、ギアッチョはがしがしと頭を掻いて ルイズに向き直る。 「・・・勘当されてもしらねーぞ」 「わたしには家柄なんかより――ギアッチョのほうがよっぽど大切だわ」 応えてくれたギアッチョに向けて、ルイズは吹っ切れたように笑った。 「――で、どうする気なんだおめーら」 静かな玄関前で、彼らは額を寄せ合って会話を交わす。当然の疑問を 発したギアッチョに、代表してキュルケが返答した。 「別に殺すことだけが口封じの手段じゃないわよ?」 キュルケは意味ありげに笑うと、ギアッチョに作戦内容を開陳した。 数分後。全てを聞き終えて、ギアッチョは凶相を面白そうに歪めた。 「おめーらもよォォ~~ 中々えげつねーこと考えるじゃあねーか ええ?」 「だ、だってそれしか手段がないってキュルケが・・・」 渋々といった顔のルイズに眼を向けて、キュルケはしれっと言い放つ。 「あら、他に策がないこともないわよ だけどあんな下衆にはこれで 丁度いいわ」 「ま、違いねーな」 ギアッチョとキュルケは互いを見合わせてニヤリと笑う。不安げな表情の 中に「オラわくわくしてきたぞ」という心境が見て取れるギーシュと 本に眼を落としながらもどこか楽しそうなタバサを見遣って、ルイズは 「もうどうにでもなれ」とばかりに溜息をついた。 ギイと音を立てて、軋んだ扉が開く。打ち合わせもそこそこに、 ギアッチョ達は邸内へと侵入した。その瞬間、 「貴様ら何者だ!」 警備兵の野太い声が響いた。黒装束に身を隠した人間が勝手に侵入して 来たのである。それを見咎めない者などいようはずもなかった。 心臓が飛び出る程に驚いたルイズやギーシュを制して、キュルケは 平然と口を開く。 「あなた、モット伯から何も聞いていないのかしら?私達は"アレ"を 届けに来たのだけれど」 「・・・納入は来週だと聞いているが」 「予定より早く用意出来たのよ 納品は早ければ早い方が、伯爵も お喜びになるでしょう?」 「・・・そういうことなら、こっちだ」 キュルケの言葉をあっさり信じ込み、警備の男はモット伯の部屋へと 先頭に立って歩き始めた。 "アレ"が何かなど、キュルケは勿論知る由も無い。モット伯のような 男ならば、口に出すのも憚られるような禁制の品を取引していたと しても何もおかしくはないと読んでカマをかけたのだった。そんな 品物の配達人なら、身元を隠す姿をしていることに何の問題もない。 そこまでの判断を一瞬の内にやってのけるキュルケに、ルイズ達は 舌を巻いた。 扉の向こう、廊下の方で「ぶがッ!?」という間抜けな声が聞こえ、 一拍置いて何かが倒れるような音。部屋の主には聞こえなかったらしい それら小さな音の後に、今度は扉がコンコンと大きく音を立てる。 モット伯は鬱陶しげに眉をひそめて、やって来たばかりのシエスタに ぶっきらぼうに手を振った。 「出なさい」 「・・・はい」 シエスタはいつもの快活さからは想像出来ない緩慢さで扉へ向かう。 がちゃりと扉を開けて、 「何用ですか?」 言い終わったと同時に、驚きで固まった。 「帰るぞ」 あちこちに巻かれた包帯の上からでもはっきりと分かる、無愛想な 顔の男がそこにいた。 一目会いたかった人が、自分を救いに来てくれた。それが――どれ程 残酷なことか。ここでギアッチョに縋ってしまえば、逃げてしまえば。 彼はきっとモット伯への罪で処断されてしまうだろう。シエスタに そんな選択が出来るわけはなかった。ギアッチョの眼を見ないように 俯いて、シエスタは冷たい声で言い放った。 「・・・お引き取りください」 拒絶の意志を表したシエスタを、ギアッチョもまた冷厳と見下ろす。 彼女の細い肩がか弱く震えていることに気付かないギアッチョでは なかった。 「断る」 「・・・っ」 シエスタは一瞬見せた泣きそうな顔をすぐに正して、ドアの握りを持つ 手に力を込める。 「・・・お引取り、ください」 そう言いながら扉を閉めようとするが、 ガンッ! ギアッチョは素早く片足を滑り込ませてそれを止める。 「断る、って言ってんだろーが」 ギアッチョの断固たる声に、シエスタは半ば諦めたように顔を上げた。 「・・・ダメです、それじゃギアッチョさんが」 「問題はねー オレを信用しな」 「・・・だけど」 尚も抵抗するシエスタを読めない瞳で見つめて一つ溜息をつくと、 ギアッチョは身体を半身にずらした。その後ろに見えた数人の顔に、 シエスタはハッと息を呑む。 「・・・オレで足りねーなら――こいつらの分の信用も足してくれ」 ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモンに ミス・タバサまでがそこにいた。ここに来ることがどれだけ危険か、 彼女達が知らぬわけがない。家名にまで累が及ぶ危険を冒して、 彼女達は自分を助けに来てくれたのだ。それは彼女達の誠実さを、 何よりも雄弁に物語っていた。 「・・・・・・はい」 シエスタはおずおずと頷いた。貴族であっても、彼女達は信じられる。 彼女達の瞳、そのどこにも欺瞞の色などなかったから。 「何だ貴様ら・・・何をしている!!」 突如聞こえた怒号に、ギアッチョ達の視線はシエスタの背後に集まる。 不機嫌さを隠しもせずに、モット伯がそこに立っていた。 「・・・シエスタを頼んだぜ、おめーら」 シエスタの肩を抱いて、ギアッチョは彼女をルイズ達へ押しやった。 そのまま一歩進み出し、黒装束の下の顔を暴かんとするモット伯の 視線を身体で遮る。一連の流れで、モット伯には大体の事情が掴めた ようだった。怒りに顔を歪ませて、モット伯は手元の呼び鈴を乱暴に 鳴らした。 「許さんぞシエスタ・・・ 衛兵!!何をしている、はやくこやつらを 捕えよ!!私は置物に金を払っているつもりはないぞッ!!」 その瞬間聞こえ始めたどたどたという多数の足音に軽く舌打ちして、 ギアッチョはルイズ達に追い払うように手を振った。 「行け」 答える代わりに、タバサはシエスタに向けて何事か呟いた。それを 理解したシエスタとタバサが先頭に立ち、ギーシュを引き連れて 長大な廊下を走り出す。それを追いかけようとするルイズを、 ギアッチョは何の気なしに皮肉った。 「今日はいつもみてーにしつこく念押ししなくていいのか?ええ?」 ギアッチョの背中を向けながら、ルイズは肩越しに顔を覗かせる。 「・・・必要ないもの わたしはあんたを信じてるわ」 そう言い切って刹那笑うと、彼女は今度こそタバサ達を追って走り去った。 「・・・調子が狂うぜ 全くよォォォ」 ギアッチョは頭を掻きながら、ぎゃあぎゃあと何かを怒鳴り散らす モット伯へとキュルケと共に向き直った。 「このような夜更けに・・・薄汚い平民風情がよくも我が楽しみを 邪魔してくれたな」 嗜虐に満ちた表情で、モット伯は呼び鈴を投げ捨てる。 「貴族の前で剣を抜いた平民は、殺されて文句は言えぬ 覚悟は 出来ているのだろうな?」 「剣?オレはそんなもんを持った覚えはねーぜ」 ひょいと両手を上げて、ギアッチョは無手をアピールする。彼の 身体のどこにも、デルフリンガーの姿は見当たらなかった。しかし モット伯はそんなことはどうでもいいといったように哂う。 「分からんか?『どうとでもなる』ということだ・・・特に貴様らの ような身元も知れぬ平民の場合はな 女共なら再利用してやるが、 男に用は無い・・・ここで死ね」 「・・・身も心も腐り切ってるっつーわけか?やれやれ、これで 無くなったな・・・仏心を出してやる理由はよォォォ~~~」 この場にデルフがいれば「ハナっから許す気なんざさらさらねーだろ」と でも突っ込まれそうなセリフを吐いてポキポキと拳を鳴らすギアッチョに、 モット伯は心底愉快そうに下卑た笑いを上げた。 「ぬはははははははッ!!これは面白い!トライアングルの私に、この 波濤のモットに素手で挑もうと言うのかね!ふふふははははは! こんなところで命を賭けた寸劇が見られるとは思わなかったぞ!! もっとも、平民風情がいくら矢弾を持ってこようがこの私に傷一つ つけられはせぬがな!」 「波濤だか佐藤だかしらねーが・・・ごちゃごちゃ抜かしてねーで とっととかかってきなよ ええ?おい オレは出来てるんだぜ・・・ 『覚悟』はいつでもな」 余裕の挑発にピクリと眉を上げかけるが、モット伯は口よりも魔法で 黙らせることを選んで杖を構えた。キュルケが数歩後退すると同時に、 モット伯は杖で空を切る。飾られた花瓶がコトリと倒れ、注がれていた 水が赤い絨毯にぶちまけられた。続けてルーンを唱えると、こぼれた 水は映像を巻き戻すように宙に浮かぶ。細長い水の鞭と化したそれは、 杖の動きに合わせてギアッチョに襲い掛かった。 「便利な魔法じゃあねーか 寝たきりになっても自分で水が飲めるぜ」 「寝るのは貴様よ、ただし土の中でだが・・・なッ!!」 言葉尻に篭った気合と共に、水鞭はギアッチョの右手を打たんと 飛来する。ひょいと手を上げてそれを回避するが、凶器と化した水は 生き物のようにくねり、しつこく右手を追いかける。身体を捻って 避ければ次は左手に襲い掛かり、飛び避ければ今度は右。次は左手、 また左手、右手、左手、右、右、右。水の蛇は執拗にギアッチョの手を 狙い続ける。 「いい趣味してやがるぜ」 モット伯の意図を理解して、ギアッチョは悪鬼の如き表情で笑った。 まずは両手を壊し、次は恐らく両足を狙う。そうして敵を無抵抗に しておいて、後はたっぷり嬲るつもりなのだろう。 「どうやらしっかり教えてやる必要があるらしいな ええ?」 まるでダンスのようなステップで攻撃を躱しながら、喉の奥で笑う。 「てめーが戦ってんのは一体誰なのかを、な・・・」 ギアッチョの纏う空気が――鋭く冷たい刀剣のようなそれに変じた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1383.html
「ああ…ッ!!」 少年、ド・ロレーヌは震えていた。 悪魔と噂される、ゼロのルイズの使い魔を退治しよう! 夕食時、誰とも無くそんな話をし始め、その意見に自分を含め7人の生徒が賛同した。 噂とはいえ、悪魔等と呼ばれる存在が、この学院に居る事が許せない者、ギーシュの仇を とらねば貴族の沽券に関わると憤る者、中にはキュルケがたぶらかされたと勘違いする、 彼女の数多い恋人の一人まで居た。 その結果、2年、3年の生徒で全員ライン以上、トライアングルも二人いるという、 彼らの頭の中では、これ以上ないという面子となった。 勝利を確信し、ゼロのルイズの使い魔をヴェストリ広場に呼び出したのだが… まず最年長で、リーダー格だったぺリッソンが、何も出来ずに変身した使い魔の一撃で 吹っ飛ばされた。次の瞬間、ぺリッソンの傍にいた2人の生徒の杖が断ち切られる。 「俺なら空から攻めるね!」そう自信満々に言って、友人に抱えてもらい7、8メイル の高さに浮いていた3年生が、その場所まで飛び上がった使い魔に杖を破壊された。 吹き飛ばされたぺリッソンが、なんとか起き上がり着地の瞬間を狙えと叫んだ事により、 呆然としていたド・ロレーヌともう一人の生徒が、慌てて呪文を唱え、使い魔に向けて エア・カッターとウィンディ・アイシクルを放つ。そしてその呪文は見事に命中した。 しかしそれだけだった。 「こ、来ないでくれぇ……」 腰が抜け、尻餅をついた格好のド・ロレーヌが氷柱が突き刺さったまま、平気でこちらに 歩みよってくる使い魔に、震える杖を向ける。もう一人の、ウィンディ・アイシクルを 放った生徒と、空を飛んでいた生徒達は既に逃げている。 ルイズの使い魔が、杖をその手につかみ、ドロドロに溶かして行く様を見ながら、 彼は失神し、失禁した。 「以上が昨夜の事件の顛末ですが…どうします?」 「どうしますと言うわれてもの。規定通り罰を与えればいいじゃろう」 ミス・ロングビルからの報告を受け取りったオスマン氏が、めんどくさそうに 指示を出す。 「その…生徒の一人が随分とショックを受けたようで、今も医務室で…」 「あ、悪魔が!蒼い悪魔が僕を殺しに!」 「大丈夫、大丈夫ですから落ち着いてください!」 「あの、すいません…ロレーヌという人はここに」 「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!」 「とまあ、イクロー君がお見舞いに行った後さらに…」 「そ、そうか…まあ、あんまり酷いようなら実家に送り返しなさい」 「はい…あの、イクロー君は悪気があったわけじゃ…」 「まぁ、そうなんじゃろうがのう…… おお、そういえば彼との授業はどうなっておるかな?進んどるかね?」 なんだか気まずい雰囲気になったので、オスマン氏が話題を変える。 「ええ、使い魔の特性なのか、覚えが早くて」 「そうでなくて…もう、わかっとるくせに」 このこの!っと、肘でつつくジェスチャーをするオスマン氏。 「気を引くためにいろいろやっとるんじゃろう?彼の反応はどうかね?」 頬を赤らめるミス・ロングビル。 「私はイクロー君とそんな…」 「そう言いながら、少し上着をはだけるぐらいやっとるじゃろう? 『最近温かくなってきましたわね、暑いぐらい』とかなんとか言って!」 その言葉にミス・ロングビルの眉がピクリと動いた。 「…そうですわね、下着が見えるかも?というような感じで足を少し開いてみたり」 「な、ウソじゃろ!?ワシはそんな素敵な瞬間拝んでおらんぞ!?」 「ええ、嘘ですわ。ですがマヌケは見つかったみたいですわね」 部屋が静寂に包まれる。 「………シブイのぅ、君はまったくシブイの」 「やはりあの時見かけたネズミはモートソグニルだったんですね?」 にっこり笑って机の上の文鎮を持ち上げるミス・ロングビルに、オスマン氏が 震える声で告げる。 「ど、道具を使うのはかんべんしてくれんか?」 しばらく考えた後、ミス・ロングビルは文鎮を机の上に戻し、オスマン氏を パワーボムで机にたたきつけた。 「あら、タバサじゃない。風邪ひいたって言ってたけど、もう治ったのね」 自分の部屋に戻ろうと歩いてたキュルケが、廊下を走るタバサを見つける。 先日部屋を尋ねたところ、風邪をひいたから少しの間休むと言われたキュルケは 気にはなったものの、うつるといけないと言われたので、気を使わせるのも悪いと思い、 毎朝様子を見に行くぐらいだったのであるが。 「それにしても、あの子が廊下を走るなんて珍しいわね」 そう考えていると、タバサが角を曲がり姿が見えなくなる。 少し考えた後、キュルケは後を追ってみる事にした。 「う、ウソ…!」 そこで彼女が信じられない光景を見た。 なんとタバサが、育郎に手紙を渡していたのだ、しかも渡した後、タバサは 逃げるように立ち去っている。 ラ ブ レ タ ー ! その様子から、キュルケはその手紙がそれ以外にあり得ないと確信した。 「そんな…確かに恋をするように進めた事はあるけど…彼なんて…」 「タバサ、こっちにおいで…」 育郎の言葉に従い、ベッドの横にちょこんと座るタバサ。 「本当に良いんだね?」 「………」 頬を染め、小さく頷き育郎を見つめる。その瞳には、普段の彼女からは決して うかがうことの出来ない熱が、かすかだが存在した。 「じゃあ…」 育郎がタバサの服を脱がしていく。 「目を閉じて…」 生まれたままの姿になったタバサは、その言葉に素直に従い目をつぶる。 「タバサ…僕の全てを受け入れて欲しい…」 何処からとも無く現れた無数の触手がタバサの柔肌に… 「おお…なんて事なの…あの子の小さな身体じゃ…」 ヨヨヨとその場に泣き崩れるキュルケ。 「全部受け入れたら………きっと壊れてしまう!」 今日も彼女は絶好調であった。