約 1,076,755 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1082.html
学院に辛うじて帰還した四人は、ひとまず報告に行く前に風呂を浴びる。本来ならすぐに行くべきだが、土くれのゴーレムと大立ち回りを繰り広げた四人は埃塗れで、とても人様の前に出られる格好ではないというのが大きかった。 それに夜に出て行って早朝に帰ってきたのだから、そんなに急ぐこともあるまいというオスマンの心遣いもあったのだが。 そして身なりを整えた四人から、学院長室で報告を受けたオスマンは頭を抱えた。 「あー、やっぱ酒場で尻撫でて怒らなかったからっていう理由だけで秘書選んだらあかんかったのう。新しい秘書どうしようかのう」 本気で頭を抱えるオスマンに、ジョセフが呆れて口を開いた。 「のうご主人様や。コレ斬り殺してええんかの」 「俺っちもこれは手打ちにするしかねえんじゃね? とか思うぜ」 「あたしも異論はないけど腐っても学院長だから」 「つまらないことで罪に手を染めてはダメ」 「ヴァリエールの家が罪に問われるから自重なさい」 本人を前にして酷いセリフを言い放題だったが、さすがにオスマンも後ろめたいことがありすぎるので何も言い返せない。コッパゲことコルベールも口笛吹きながら目をそらしている。彼もフーケことミス・ロングビルに誘惑されてあれやこれや話した前歴がある。 「……そ、そうじゃ。とりあえず、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーの二人にはシュヴァリエの称号授与を申請させてもらおう。ミス・タバサは既にシュヴァリエの称号があるから、精霊勲章の申請でええかの」 空気を変えようと苦し紛れに出た言葉に、ルイズが勢い良く食いついた。 「え!? タバサ……あんたってもうシュヴァリエ持ってたの?」 「シュヴァリエってなんじゃい」 「爵位としちゃ低いけど、純粋な武勲を挙げた時だけもらえる爵位よ!」 必要最低限の説明をしたところで、はた、と気付いたルイズがオスマンに振り返る。 「あの、学院長。ジョセフには何もないんですか?」 「あー……彼は平民じゃからの。爵位や勲章を授与するわけにはいかんのじゃよ」 やや残念そうに答えるオスマンに、ルイズが思わず机に両手をかけて詰め寄る! 「そんな! 彼はフーケ討伐にもっとも尽力したのに、何の褒賞もないなんて……!」 「あーあールイズや、ええんじゃよ。わしには過ぎた御褒美を前払いでもらっとる」 すわ、キスのことをからかうつもりか、と三人の少女に異なった種類の緊張感が走る。 だがジョセフは優しげに微笑むと、ルイズの横に歩いてきて、わしゃわしゃと頭を撫でた。 「こんなに可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ」 見る見る間に、耳どころかうなじまで真っ赤に染まっていくルイズの顔。 何事かを言おうとして、あ、う、あ、と言葉にならない声を発した後、何かを言おうとするのを諦めた。代わりに、ジョセフの脇腹へ渾身のチョップを叩き込んだ。 それを見てからかうキュルケ、懐から本を取り出して読み始めるタバサ。 わいやわいやと少女達特有のかしましさを目を細めて眺めていたオスマンは、キリのいいところでパンパンと手を叩いて騒ぐのを止めさせた。 「よし、諸君らも疲れておるじゃろうから今日はゆっくりと休みなさい。今夜は予定通り『フリッグの舞踏会』を執り行うからの、寝不足でクマなんか作ってせっかくの美貌を台無しにせんようにの」 その言葉に、三人の少女と一人の老人は横一列に並ぶと、オスマンに一礼し。それぞれ学院長室を後にする。 だがジョセフだけは、ルイズに断りを入れつつも学院長室に残った。 「聞きたいことがあるっつー顔じゃの、ジョースター君」 「お駄賃代わりに色々と聞かせてもらいたいこともありましての」 二人の老人が、ニヤリと笑いあう。 「ミス・ロングビル。お茶を……って、おらんのじゃった」 「なんじゃったらわしが淹れましょうか」 「いやいや、魔法で何とかするわい。これから練習もせにゃならん」 おっかなびっくり淹れた茶を飲みながらの、文字通り茶飲み会議が始まった。 破壊の杖に関する経緯を聞き、ハーミットパープルは内密にと言う根回しを経た上で、ある意味本題とも言える左手の義手に刻まれたルーンを見せた。 「ここに来てからというもの、わしには色々と説明し辛いことが多々起こりましての。わしの見立てでは、おそらくこいつが原因ではないかのうと」 ジョセフの言葉と、鉄の義手に刻まれたルーン。 それらを勘案しながら、オスマンはズズ、と茶を啜った。 「それに関しては既にミスタ・コルベールが調べておった。それは『ガンダールヴ』の紋章と言って、伝説の使い魔に刻まれるルーンだということじゃ。 今では失われた『虚無』の使い手の使い魔の証であると同時に、この世に存在する全ての武器や兵器を扱うことが出来る能力を持つ、ということじゃの」 オスマンの言葉を聞きながらも、やや首を傾げてジョセフが問う。 「武器や兵器……ということは、わしには波紋と言う力があるのですがの。その波紋を身体に流した時もどうやらガンダールヴの効果が出ているようなんですじゃ」 「その波紋と言う力がどういうものかは詳しく知らんが、それが『戦う為に生み出された技術』であるというなら、生身でも武器や兵器と認識されたのかもしれんのう」 「……まあ、一概に違うとは言い切れませんからの。ですが……わしがガンダールヴということなら、ルイズは虚無の使い手じゃと考えていいんですかの」 冷め掛けた紅茶のカップを手の中に残したままの質問に、オスマンは眉を顰めた。 「十中八九……とまではいかんが、わしらはそう考えておる。じゃが、現在では虚無の使い手はおらんし、この学院でも当然虚無の使い方を教授することはできん。 そして虚無の力があるとなれば、ミス・ヴァリエールが望むと望まんに拘らず、厄介事に巻き込まれる危険性も孕んでおる。そのため、もうしばらく……彼女には、『ゼロ』の仇名を甘受させる事になる。教師としてこれほど酷い仕打ちはないとは思うとるんじゃが」 辛そうに言葉を紡ぐオスマンを見ながら、ジョセフはカップに口をつけた。 いじめにも似た境遇を把握していながらも、それを解消する為の手段を見つけられずに手をこまねくしか出来ない悲痛を、白い髭の向こうに見取ることが出来た。 だからジョセフは、緩い笑みを浮かべて、言った。 「何。わしはヤンチャな娘を育てた事もありますし、手の付けにくい孫もおりました。それに比べたら、ルイズはワガママな子猫みたいなモンですじゃ。それに僭越ながら、あの子は意外と芯の強い子ですからの。どうか見守ってやって下され」 精悍な顔立ちと、年には似付かない鍛えられた肉体を持つ目の前の使い魔の言葉。 オスマンは、満足げに頷いた。 「この世界には『メイジの実力を見るには使い魔を見よ』という言葉がある。言葉通りの意味もあるんじゃが、メイジが召喚する使い魔は最もそのメイジに見合った使い魔が召喚される、という意味も持ち合わせておるんじゃ。 ジョセフ・ジョースター君。君はきっと、ミス・ヴァリエールが必要としたから、この世界に召喚されたんじゃろう。もうしばらく、君に苦労を背負わせる事になってしまうが。是非、あの子を見守ってやって欲しい」 ジョセフは、普段通りのニカリとした笑みを浮かべた。 「さっきも言いましたじゃろ? わしは可愛らしいご主人様の下で働くことが出来ること自体が過ぎた幸せです、とな」 その日の夜、『フリッグの舞踏会』は盛大に執り行われた。 土くれのフーケを学院の生徒が急遽追跡して捕縛した、ということで、その中心である四人は自然と舞踏会の主役になることが決定していた。 ジョセフは壁際で御馳走片手に友人達に武勇伝を語って聞かせ、キュルケは言い寄ってくる男達に囲まれて引く手も数多。タバサは巨大なローストビーフと格闘しつつも、追加される料理にも一通り手を出し続けていた。 そして、最後の一人は、やや遅れて登場した。 衛視の大仰な呼び出しの後、壮麗な門から現れたルイズの姿は、ジョセフでも「おぅ」と目を釘付けにしてしまうような、パーティードレスを見事に着こなした姿だった。 立ち居振る舞いは確かに由緒正しい公爵家の御令嬢であると証明していた。 (馬子にも衣装……つーのは違うのう。なんのかの言ってお貴族様なんじゃよなあ) と、普段の子猫っぷりとはまた違った雰囲気の淑女を見ていれば、ジョセフの姿を見つけたルイズが、優雅だけれど少々早足に彼の元へと近付いてきた。 そして友人達の輪が自然と彼女を迎え入れる形で開くと、ルイズはジョセフの目の前で立ち止まり、ぐ、と顔を見上げる。 「……ええと。ほら、あれよ。ちょっと、こっち来なさいよ」 「おいルイズ、ジョジョを独り占めしてんじゃねーよ」 ジョセフを有無を言わさず連れ出すルイズに、友人達から不服げな声が漏れるが、ジョセフは微苦笑を浮かべながらも片手で作った手刀をかざし、すまんの、と口だけで言葉を残した。 そのままパーティー会場のバルコニーへ来た二人は、夜空の空気に身を晒しつつ、何を言うでもなく手すりに腰掛けて横に並んだ。 「……あの、その。ちょっと、色々と聞きたい事があるのよ」 「わしに答えられることならなんなりと、ご主人様」 緩く指を絡めて手を組み合わせたジョセフを、ルイズは横目で見やる。 「その……ジョセフ。あんたは……元の世界に、帰りたい?」 「帰りたくないって言ったらウソになりますわい。向こうに家族を残してますからの」 静かに問いかけてくる言葉に、ジョセフは嘘を並べる事を選ばなかった。 「……そう」 ルイズの返事が寂しさを隠さなかったことは、誰が聞いても明らかだった。 「……私も、出来る限り……ジョセフが元の世界に帰る手段を探してみる、わ」 それだけ言って、会場に戻ろうとするルイズの手を、ジョセフがそっと掴んで止めた。 「待って下され、ご主人様や。帰りたいと言うのはウソじゃありませんがの。可愛いご主人様に仕えるのが幸せだというのも、ウソじゃないんですぞ」 「……ウソ」 「じゃからウソじゃないんじゃって」 いつものように頭をわしゃわしゃと撫でようとして、美しくセットされた髪を崩すわけにはいくまい、と、代わりに柔らかな頬を撫でた。 「もし帰る術があるなら、わしはきっと元の世界に帰りますがの。帰る事が出来ないなら、ワガママじゃが可愛らしい主人の側で生きるのも悪くはないだろうというのも、これまたわしの偽らざる気持ちでもあるんですじゃ」 「……だったら、どうせならウソでも、『帰る気はないです』って言ってよ。……なんだか、悲しい気持ちになるわ」 見て判るほどに潤んだ瞳で自分を見上げるルイズを、ジョセフは静かな笑みと共に見下ろした。 「敬愛する主人じゃから、ウソはつきたくないという気持ちだってあるんじゃよ。特に、最初のうちはウソの吐き通しだったからな」 「……いい年してっ。ウソも方便、って言葉も知らないのかしら。時と場合を考えなさいよ」 憎まれ口を叩きはするものの、頬に当てられた手を振り解こうともせず、ただされるがままになっていた。 ふと沈黙が訪れたが、僅かな間を置いて会場のオーケストラが音楽を奏で始めた。 「……ね、ジョセフ。ダンスは、出来るの?」 唐突な問いだったが、ジョセフは緩い笑みと共に言葉を返す。 「ダンスも小さい頃に仕込まれとるし、ニューヨークでもたまにダンスパーティーにお呼ばれされるがの」 「使い魔のくせに、ダンスまで出来るだなんて。ナマイキだわ」 そう言って、そっと手を捧げた。 「せっかくだから、踊ってあげてもよくってよ」 ジョセフは捧げられた手を取り、恭しく手の甲にキスをした。 「うむ、喜んで」 「ダンスの誘いをお受け下さり、光栄ですわ。――『ジョジョ』」 主人の口から零れた呼び名に、少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みに変わる。 「……あによ。友人には、ジョジョって呼ばれてるんでしょ」 「ああ、その通り。友人にはジョジョと呼ばれておる」 ぷ、と頬を膨らませるルイズと、笑みを噛み殺すのに必死なジョセフ。 そのまま二人は会場の中央に向かった。 主人と使い魔が、手を繋いでダンスを踊ろうとする。 言葉だけで考えれば、非常に奇妙な光景である。 だが二人は、周囲からの奇異の視線に頓着する素振りさえ見せず、手を取り合った。 「おでれーた。主人と使い魔が、ダンスをするだなんてな。6000年生きてきたが初めて見ちまうぜ」 壁に立てかけられているデルフリンガーは、楽しげに鞘口を鳴らしていた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1059.html
峡谷の山道に作られた小さな港町、ラ・ロシェール。その酒場は今、内戦状態のアルビオンから帰って来た傭兵達で溢れ返っていた。 「がっははははは!アルビオンの王さまももうおしまいだな!」 「いやはや・・・『共和制』ってヤツが始まる世界なのかも知れないな」 「そんじゃあ『共和制』に乾杯だ!」 そう言って野卑な声で笑う彼らが組していたのは、アルビオンの王党派だった。 雇い主の敗北が決定的になった瞬間、彼らは王党派に見切りをつけてあっさり逃げ帰ってきた。別段恥じる行為ではない。金の為に傭兵をやっているのだから、敗軍に付き合って全滅するほど馬鹿らしいことはないということである。 ひとしきり乾杯が終わった時、軋んだ音を立ててはね扉が開いた。フードを目深に被った女が車輪のついた椅子に座っており、白い仮面で顔を隠した貴族の男がそれを押しながら入ってくる。 真円に可能な限り近づけようと苦心した跡が見てとれるその車輪はしかし急ごしらえの為に満足な丸さを持てず、回転する度に耳障りな音を立てて車体を揺らした。女はローブに隠れる己の足を見下ろし、忌々しげに舌打ちする。 「不便ったらありゃしないね・・・この車椅子とやらは」 「そう言うな、お前の為に急いで作らせたものなのだからな」 仮面の男はそう言って車椅子を止めると、珍しいものを見て固まっている傭兵達に向き直った。 「貴様ら、傭兵だな」 その言葉と同時に、返事も確認せずに金貨の詰まった袋をドンとテーブルに置く。 「先ほどの会話からすると、貴様らは王党派に組していたようだが?」 あっけに取られていた傭兵達は、その一言で我に返った。 「・・・先月まではね」 「でも、負けるようなやつぁ主人じゃねえや」 そう言って傭兵達はげらげらと笑う。口を半月に歪めて、仮面の男も笑った。 「金は言い値を払う だが俺は甘っちょろい王さまじゃない・・・逃げたら、殺す」 「ワルド・・・ちょっとペースが速くない?」 抱かれるような格好でワルドの前に跨るルイズが言う。ワルドがそうしてくれと言ったせいもあって、雑談を交わすうちにルイズの口調は昔の丁寧な言い方から今の口調に変わっていた。 「ギアッチョは疲れてるわ 馬に乗り慣れていないの」 その言葉にワルドは後方を見遣る。血走った眼で馬を駆るギアッチョの身体からは漆黒の怒気が漂っていた。今にも馬を絞め殺さんばかりの勢いである。 「・・・何やら怒っているようにしか見えないが」 「疲れた結果よ!あいつは怒りやすいんだから」 ふむ、と言ってワルドはその立派な口髭を片手でいじる。 「ラ・ロシェールの港町まで止まらずに行くつもりだったんだが・・・」 「何言ってるの、普通は馬で二日はかかる距離なのよ」 「へばったら置いていけばいいさ」 当然のように言うワルドに、「ダメよ!」とルイズが反論する。 「どうして?」 「使い魔を置いていくなんてメイジのすることじゃないわ それにギアッチョは凄く強いんだから!」 ワルドはそれを聞いてふっと笑う。 「やけに彼の肩を持つね・・・ひょっとして君の恋人なのかい?」 「なっ・・・!」 その言葉にルイズの顔が真っ赤に染まり、 「そそ、そんなわけないじゃない!ああもう、姫さまもあなたもどうしてそんなことを言うのかしら」 なんだか顔を見られるのが恥ずかしくなって、ルイズは綺麗な髪を揺らして俯いた。 「そうか、ならよかった 婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまうからね」 そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。 「こ、婚約なんて親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ、僕の小さなルイズ!君は僕のことが嫌いになったのかい?」 昔と同じおどけた口調でそういうワルドに、「もう小さくないもの」とルイズは頬をふくらませた。 「・・・ところで、彼はそんなに強いのかな?」 「勿論よ 私の自慢の使い魔なんだから! 詳しくは話せないけど・・・」 ワルドの質問に自慢げにそう答えるルイズを見て、ワルドは何かを考える顔をした。 疲労と怒りをこらえながら、ギアッチョは馬を駆る。朝からもう二回も馬を交換していた。 さっきからルイズが何回か心配そうにこちらを見ていたが、ギアッチョは休憩させてくれなどと言うつもりは微塵もない。 そんな情けないことはギアッチョのプライドが受け入れなかった。十四歳――とギアッチョは思っている――の子供にこんなことで心配されたという事実がその意地を更に強固にしている。 ――ナメんじゃねーぞヒゲ野郎・・・ついて行ってやろうじゃあねーか ええ?オイ 口から呼気と共に殺気を吐き出しながら、ギアッチョはそう呟いた。 このまま放っておけば自分に累が及びそうだったので、デルフリンガーは彼の怒りを逸らすべく口を開く。 「あ、あのですねーダンナ・・・」 「ああ!?」 「ヒィィすいません!」 熊も射殺さんばかりのギアッチョの眼光にデルフリンガーは一瞬で押し黙ったが、気持ち悪いから途中で止めるなというギアッチョのもっともな発言を受けて恐る恐る話題を再開した。 「い、いやー・・・ルイズの婚約者らしいッスねぇあのヒゲ男」 「そうだな」 「そ、そうだなって・・・なんかないんスか?結婚ですよ結婚」 ギアッチョの意識をなんとか婚姻の話題に持って行こうとしたデルフだったが、彼の「ああ?」という一言で全てを諦めた。 何度も馬を変えて昼夜を問わず飛ばし、ギアッチョ達はその日のうちに――といっても夜中だが――なんとかラ・ロシェールの入り口まで辿り着いた。 「・・・なんだァァ?ここのどこが港町なんだオイ?」 ギアッチョは周りを見渡して言う。四方八方を岩に囲まれた、まごうこと無き山道であった。 月明かりに照らされて、先のほうに岩を穿って作られた建物が立ち並んでいるのが見える。まだ走らせる気かと、いい加減ギアッチョの怒りが限界に達しつつあった。 「ああ、ダンナはしらねーのか アルビオンってのは」 と喋る魔剣が口を開いた瞬間、崖の上から彼ら目掛けて燃え盛る松明が次々と投げ込まれ、 「うおおッ!」 戦闘の訓練をされていないギアッチョの馬は、驚きの余り暴れ狂ってギアッチョを振り落とした。 よく耐えたと言うべきか。一昼夜を休み無く走らされた挙句に馬上から振り落とされて、ギアッチョの怒りは頂点に達した。 デルフリンガーを引っつかんで鞘から乱暴に抜き出し、崖上に姿を現した男達を猛禽のような眼で睨んで怒鳴る。 「一人残らず凍結して左から順にブチ割ってやるッ!!!ホワイト・アルバ――」 しかし彼の咆哮は予想だにしない咆哮からの攻撃で中断され、彼の口からは代わりにもがッ!!というくぐもった声が響いた。 「どういうつもりだクソガキッ!!」 己の口に押し当てられた手を引き剥がしてギアッチョが怒鳴る。ギアッチョに飛びついて彼の攻撃を中断させたのは、他でもない彼のご主人様であった。 「それはこっちのセリフよ!」 ギアッチョに負けじとルイズが怒鳴る。 「見たとこ夜盗か山賊の類じゃない!こんなところで堂々とスタンドをお披露目してどうするのよッ!」 「ンなこたぁもうどうでもいいんだよッ!!離れてろチビ!!一人残らずブッ殺してやらねーと気が済まねぇッ!!」 ブッ殺したなら使ってもいいッ!とペッシに説教しているプロシュートの姿が浮かんだが、ギアッチョはいっそ爽やかなほど自然にそれをスルーした。 「だっ、誰がチビよこのバカ眼鏡!あと1年もしたらもっともっと大きくなるんだから!」 どこが?と言いたかったデルフリンガーだったが、二人の剣幕に巻き込まれると五体満足では済みそうになかったので黙っておくことにする。 「とにかく!」とルイズは小声になって怒鳴る。 「ワルドはわたしの婚約者だけど、同時に王宮に仕えてるってことを忘れないでよ! そんなことしないとは思うけど・・・万が一王宮にあんたのスタンドのことがバレたらどうなるか分かったもんじゃないんだから!」 「そうなってもよォォォ~~~~ 全員凍らせて逃げりゃあいいだろうが!!キュルケだのタバサの国によォォォォ!とにかく邪魔するんじゃあねえ!!そこをどけッ!!」 「何無茶苦茶言ってるのよ!あんたの責任は私にも及んでくるんだからね!! 勝手な行動は許さないんだから!!」 再び大音量で怒鳴る二人を不思議そうな眼で眺めながら、ワルドは小型の竜巻で飛んでくる矢を弾き逸らす。そうしておいて、ワルドは攻撃の為の詠唱を始めた。 このままではワルドに全部持っていかれてしまうと気付き、ギアッチョはちょっとルイズを眠らせてしまおうかと考えたが―― ばさりというどこか覚えのある羽音が聞こえ、ギアッチョ達は上を見上げた。 直後男達の悲鳴が聞こえ、それと同時に彼らは次々に崖下に転落する。 「あれ・・・シルフィード!?」 ルイズ達の驚きにきゅいきゅいという声で答え、シルフィードとその上に乗った三人――キュルケとタバサ、それにギーシュが降りてきた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/648.html
馬に乗ること3時間、ルイズとギアッチョはトリステインの城下町に到着した。ここ ハルケギニアに召喚されてから初めて見る学院外の景色だったが、ギアッチョは 今それどころではなかった。生まれて初めて乗馬を経験した彼は腰が痛くて仕方が なかったのだ。 「そっちの世界に馬はいないの?」 ルイズが不思議そうに尋ねる。 「いねーこたねーが・・・都市部で馬を乗り物にしてたのは遥か昔の話だ」 ギアッチョが腰を揉みほぐしながら答えるが、ルイズはますます不思議な顔を するだけだった。 「まぁ覚えてりゃあそのうち話してやる それよりよォォ~~ 剣ってなどこに 売ってんだ?」 「ちょっと待って・・・ええと こっちだわ」 ルイズが地図を片手に先導し、ようやく周囲に眼を向ける余裕が出てきたギアッチョは その後ろを観光気分でついて行く。何しろ見れば見るほどメルヘンやファンタジー以外の 何物でもない世界である。幅の狭い石敷きの道や路傍で物を声を張り上げて売る商人達、そして彼らの服装などはまるで中世にワープしたかのようだ。しかし中世欧州と似て 非なるその建築様式が、ここがヨーロッパではないことを物語っていた。 「魔法といい使い魔といい、メローネあたりは大喜びしそうだな」などと考えたところで、 ギアッチョは自分が既にこの世界に馴染んでしまっていることに気付いた。 リゾットはどうしているのだろう。見事ボスを倒し、自分達の仇を取ってくれたのだろうか。 それとも――考えたくないことだが、先に散った仲間達の元へ行ってしまったのだろうか。 このハルケギニアと同じように時間が流れているのならば、きっともうどちらかの結果が 出ているだろう。 ホルマジオからギアッチョに至る犠牲で、彼らが得る事の出来たボスの情報はほぼ 皆無だった。いくらリゾットでも、そんな状態でボスを見つけ出して殺せるものだろうか。 相当分の悪い賭けであることを、ギアッチョは認めざるを得なかった。 ――どの道・・・ ギアッチョは考える。どの道、もう結果は出ているのだ。自分はそれを知らされていない だけ・・・。 「クソッ!!」 眼に映るものを手当たり次第ブチ壊してやりたい気分だった。当面はイタリアに戻る 方法が見つからない以上、こんなことは考えるべきではなかったのだろう。だがもう遅い。 一度考えてしまえば、その思考を抹消することなどなかなか出来はしない。特に―― 激情に火が点いてしまった場合は。 ――結末も知らされないままによォォーーー・・・ どうしてオレだけがこんな異世界で のうのうと生き長らえているってんだッ!ああ!?どうしてだ!!どうしてオレは生きて いる!?手を伸ばすことも叶わねぇ、行く末を見届けることすら出来やしねえッ!! 何故オレがッ!!ええッ!?どうしてオレだけがッ!!何の為に!!何の意味が あってオレは惨めに生きている!?誰か答えろよッ!!ええオイッ!! 一体何に怒りをぶつければいいのか、それすらも解らないまま――、ギアッチョは 溢れ出しそうな怒りを必死に押しとどめていた。 「・・・ギアッチョ ・・・・・・どうしたの?」 その声にハッと我を取り戻したギアッチョが顔を上げると、ルイズが僅かな戸惑いをその 顔に浮かべて自分を見ていた。 「・・・・・・なんでもねぇ」 思わずルイズに当たりそうになったが、彼女とて意図して自分を呼び出したわけでは ない。数秒の沈黙の後――ギアッチョは何とかそれだけ言葉を絞り出した。 いつもと様子が違うギアッチョに、ルイズは当惑していた。ギアッチョを召喚してまだ 数日だが、この男がキレた所はもう嫌というほど眼にしていた。そしてその全く 嬉しくない経験から理解していたことだが、ギアッチョはブチキレる時にTPOを わきまえることはない。食堂だろうが教室だろうが、キレると思ったらその時スデに 行動は終わっているのがギアッチョなのである。シエスタから聞くところによると、 既に厨房でも一度爆発したらしい。傍若無人を地で行く男であった。 そのギアッチョが怒りをこらえている。ルイズでなくても戸惑いは当然だろう。 レンズの奥に隠れてギアッチョの表情は判らなかったが、ルイズには彼が無言の うちに発している悲壮な怒りが痛々しいほどに伝わってきた。 ――・・・ギアッチョ 私のただ一人の使い魔 ただ一人の味方・・・ ルイズはギアッチョの力になってやりたかった。圧勝とは言え体を張って自分を 助けてくれたギアッチョに、せめて心で報いたかった。しかしルイズの心の盾は 堅固不壊を極めている。自分の為に本気で怒ってくれたギアッチョに、ルイズは ただ一言の礼を言うことすら出来なかった。そして今もまた、ルイズの盾は 忠実に職務を果たしている。ギアッチョに報いたいというルイズの思いは、自らの 盾に阻まれて――彼女の心の内に、ただ虚しく跳ね返った。 こうして、怒りを内に溜め込んでいるギアッチョと自己嫌悪に陥っているルイズは 二人して陰鬱な空気を纏ったまま武器屋へと到着した。 貴族が入店したと見るやドスの効いた声で潔白の主張を始める店主に「客よ」と 告げて、ルイズは剣の物色を始める。 「・・・ギアッチョ、あんたはどれがいいの?」 使用者であるギアッチョの意向無しに話は進まないので、ルイズは意を決して 話しかけた。 「・・・剣なんぞに馴染みはねーんだ どれがいいかと聞かれてもよォォ」 同じ事を考えているであろうギアッチョは、そう答えて適当な剣を手に取る。 「――リゾットの野郎がいりゃあ・・・いいアドバイスをくれただろうな」 刀身に視線を落とすと彼はそう呟いた。 リゾット・・・何度かギアッチョが話した彼のリーダー。怒りや悲しみがないまぜに なった声でその名を呟くギアッチョに、ルイズは何かを言ってやりたくて・・・ だけど言葉すらも浮かんではこなかった。 「帰りな素人さんどもよ!」 ルイズの代わりに静寂を破ったのは、人ではなかった。二人が声の主を 探していると、再び聞えたその声はギアッチョの目の前から発されていた。 「剣なんぞに馴染みはねーだァ?そんな野郎が一人前に剣を担ごうなんざ 100年はえェ!とっとと帰って棒っ切れでも振ってな!」 「・・・何? どこにいるのよ」 ルイズがキョロキョロとあたりを見回していると、ギアッチョがグィッ!と一本の 剣を持ち上げた。 「・・・インテリジェンスソード?」 ルイズは珍しそうに持ち上げられた剣を眺めている。 「は、いかにもそいつは意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ こらデル公!お客様に失礼な口叩いてんじゃあねえ!」 店主の怒声をデル公と呼ばれた剣は軽く受け流す。 「おうおう兄ちゃんよ!トーシロが気安く俺に触ってんじゃあねーぜ!放しな!」 なおも続く魔剣の罵声もどこ吹く風で、ギアッチョは感情をなくした眼で「彼」を じっと見つめている。 「聞いてんのか兄ちゃん!放せっつってんだよ!ナマスにされてーかッ!」 なんという口の悪さだろう。ルイズは呆れて剣を見ている。そしてギアッチョも 感情の伺えない眼でデル公を見ている。 「・・・おい、てめー口が利けねーのかぁ!?黙ってねーで何とか言いな!!」 ギアッチョは見ている。死神のような眼で、喋る魔剣を。 「・・・・・・ちょ、ちょっと何で黙ってんだよ・・・喋ってくれよ頼むから ねぇ」 ギアッチョは不気味に見つめている。彼の寡黙さにビビりだした剣を。 「・・・あのー・・・ 丁度いいストレスの発散相手が出来たって眼に見えるんですが ・・・僕の気のせいでしょーかねぇ・・・アハハハハ・・・」 そして完全に萎縮してしまったインテリジェンスソードを見つめる男の唇が、 初めて動きを見せ―― トリステイン城下ブルドンネ街の裏路地に、デル公の悲鳴が響き渡った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/240.html
朝食を終えたルイズと康一は、授業が行われる教室へと向かっていた。 今後、どうやったらルイズと衝突せずに生活できるか、などと考えている康一。 ちびの癖に生意気な犬をどうやって躾けようかしら、などと考えているルイズ。 二人とも無言で、今後についてのことを一生懸命考えていた。 そんな二人の前に、一人の色気を放っている赤い髪のナイスボディな女性と、真っ赤な巨大トカゲが現れる。 思案に暮れていた康一は、目の前に現れた魔物とおっぱい星人に気づいておらず、 おっぱい星人の使い魔である、真っ赤な巨大トカゲと思い切りぶつかった。 「うわっ!?」 尻餅をつき、顔とお尻をさすりながら前を見ると、のっそりとした巨大トカゲが康一をジーッと見ていた。 「うわぁぁあああああっ!?」 その姿に思わず驚き、康一は半身起こしただけの状態で後ずさりする。 「あら、大丈夫? おチビちゃん」 「ちょっとキュルケ! 私の使い魔に何するのよ!」 「あら、余所見をしていたのは貴方の使い魔でしょ」 そう言って、キュルケと呼ばれた女性はせせら笑う。 康一は床に手をつきながら立ち上がり、ペコリと頭を下げて謝った。 「す、すみません、考え事をしていたもので……」 素直に謝る康一を見て、ルイズは不機嫌そうな顔をする。 「ちょっと! こんな奴に謝らなくてもいいの!」 「僕が余所見してたんだから、悪いのは僕だし、ちゃんと謝らなくちゃいけないよ」 そんなやり取りを見ながら、キュルケはニヤニヤと笑いながら康一を見ている。 「それにしても、平民を使い魔にするなんて、貴方らしいわ。さすがはゼロのルイズ」 「うるさいわね」 とっとと目の前から消えろと言った感じの表情で、ルイズはキュルケを睨みつける。 「ところでそっちのおチビちゃんは、誰かさんと違って随分と礼儀正しいみたいね。一瞬、どっちが使い魔なのか分からなかったわ」 立て続けに嫌味を言うキュルケに、ルイズは康一を指差しながら怒鳴った。 「こいつのどこが礼儀正しいのよ!」 「少なくとも貴方よりは品性があるわね」 「ど・こ・が! 目が腐ってるんじゃないの!?」 「あらあら、品性のかけらもない言葉遣いね、ヴァリエール」 余裕のある笑みを浮かべるキュルケと対照的に、ギリギリと歯軋りさせながら怒りの形相を浮かべるルイズ。 少なくとも、彼女達は礼儀正しくないよなぁ、などと思いながらルイズ達を見ている康一。 「何か用でもあるわけ!? 用がないなら鬱陶しいから早く私の視界から消えて」 「あら、用ならあるわよ。あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」 そう言って、巨大トカゲの頭を撫でるキュルケ。 「えーと、その大きなトカゲがキュルケさんの使い魔って奴ですか?」 康一は物珍しそうに、キュルケの隣でのっそりとしている巨大トカゲを見て言った。 「そう、素敵でしょ。火トカゲよー。見て? この尻尾。 ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?ブランドものよー」 康一は、あんなにそばにいて熱くないのかなぁ、などと思いながらサラマンダーに近づいた。 「凄いなぁ~、こんな生き物見たことないよぉ~。 カッコいいなぁ~」 「そうでしょ? 貴方、見る目があるわ。誰かさんと違って」 康一は、サラマンダーを触ったり撫でたりして、目を輝かせている。 自分の使い魔を称えられているキュルケも、気分よさそうに康一に色々とサラマンダーについての説明をしていた。 和気あいあいとした雰囲気の中、一人だけ暗黒の空気に包まれている者がいた。 他でもない、ルイズである。 目を逆三角形にしながら、康一の背中を引っつかんで自分のそばに引き寄せる。 「何楽しそうにおしゃべりしてんのよ! あんたは私の使い魔でしょ!」 「あら、私の使い魔になりたがってるんじゃないかしら? あなたと違って、魅力があるしね」 そう言われて、キッと康一を睨みつけるルイズ。 康一は、必死に顔を横に振って否定の意を表す。 「ハイ、そーです」なんて肯定したら、殺されそうな勢いだった。 「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」 「あ、広瀬康一です」 「ヒロセコーイチ? ヘンな名前ね。ま、覚えておいてあげるわ」 そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。 大柄な体に似合わない可愛い動きで、サラマンダーがその後を追う。 「くやしー! ただ自慢しにきただけじゃない! 火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって!」 「ま、まぁまぁ……」 ルイズは、自分をなだめようとしてくる康一を睨みつける。 「うるさいわね! 今日は晩御飯もヌキッ!」 「えぇ~ッ! 何でェー――ッ!?」 「ご主人様をそっちのけにして、他人と仲良くした罰よ! なによ、私にはあんな顔しない癖に!!」 そりゃ、キミがワガママ言うからだよ、などとは口が裂けても言えない康一。 これ以上刺激したら、もっと空気が悪くなりそうだ。 「行くわよ! フンッ!!」 ドッカドッカと、品性のかけらも無い歩き方で教室へ向かう。 康一は、どっと疲れたような足どりで、肩を落としながらルイズの後を追った。 重い空気の中、やっとのことで教室につく。 康一とルイズが中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向いた。 そして、康一とルイズの姿を見るなり、クスクスと笑い始める。 そんな生徒達を無視して、康一は辺りをキョロキョロと見回す。 教室は、大学の講義室のようだった。 ちょうど、教室の真ん中くらいの所には先ほどのキュルケもいた。 周りには、数人の男が取り囲んでいる。どうやら相当モテるらしい。 よく見ると、皆、様々な使い魔を連れていた。 キュルケのサラマンダーをはじめ、フクロウや、巨大な蛇や、よく分からない謎の生物も沢山いた。 「へぇ~、色んな使い魔がいるなぁ~」 「あんたも使い魔でしょ。まったく、少しは自覚しなさいよ」 ルイズは不機嫌そうな声で答え、席の一つに腰をかけた。 康一も隣の席に座る。ルイズが康一の横っ腹を肘で小突いた。 「イテッ! こ、今度はなに?」 「ここはね、メイジの席。使い魔のアンタは床」 康一は、ムッとしながらも、床に座った。 机が目の前にあって窮屈だったが、康一は我慢する。 そうこうしている内に、扉が開いて、先生が入ってきた。 紫色のローブに身を包んだ彼女は、教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが、康一を見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 キュルケの件もあって、かなり不機嫌だったルイズは、机をバンッ叩いて大きな声で怒鳴りつける。 「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができ……ッ! ッ!!」 突然、ルイズをバカにしていた男が、一言も喋れなくなる。 周りで笑っていた生徒は、突然喋らなくなった男を不思議そうに見ていた。 「フン! 言いたいことがあるなら最後まで言ってみなさいよ、かぜっぴきのマリコルヌ!」 マリコルヌと言われたその男は、反論しようとしたが、声が出なかった。 否、出ないというよりは、防音室にいる時のように、声が全く響かなかった。いくら喋っても、声が届かない。 「みっともない口論はおやめなさい。授業を始めますよ」 シュヴルーズは、こほんと重々しく咳をすると、杖を振った。机の上に、石ころがいくつか現れた。 「私の二つ名は『赤土』。 赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します」 授業は淡々と進んでいき、康一はその光景をボーっと見ていた。 『火』、『水』、『土』、『風』の四つの魔法があるだとか、『土』系統の魔法は重要だとか、そんな話だった。 「今から皆さんには、『土』系の魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます」 シュヴルーズの話を聞いていた康一の横から、ルイズが話しかけてくる。 「ねえ」 「なに~? 今、先生が何かやってるみたいだよ。ちゃんと見なくていいの?」 「そんなことはいいの。あんた、さっき『何か』した?」 「『何か』って?」 「だから……さっき、マリコルヌがいきなり喋らなくなったでしょ?」 康一は、「ああ、あれね」と言った表情でルイズを見た。 「そうだね。何でだろうねぇ~。でもま、静かになって良かったんじゃない?」 「……そうね。ま、いいわ。良く考えたらあんたが何か出来るわけないし」 そう言って、ルイズは再び授業に参加した。 康一はエコーズで、マリコルヌに張り付いていた『シーン』という文字を密かに回収し、 誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。 「いくらワガママでも、自分の主人をバカにされるのは、気分が良くないからね……」 「……今、何か言った?」 「何も~?」 康一はとぼけたような声で言った。 ルイズが、康一を怪訝な目で見つめていると、シュヴルーズに声をかけられる。 「ミス・ヴァリエール」 「え……? は、はい!」 「今日はあなたにやってもらうわ。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 「え? わたし?」 ルイズは立ち上がらずに、困ったようにもじもじとしている。 その様子を見て、頭に?マークを浮かべながら康一は質問する。 「……行かないの?」 「……」 ルイズは康一の質問を無視し、困った顔をしているだけだった。 なかなか立ち上がらないルイズに、シュヴルーズは再び声をかける。 「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか? 早く立ち上がってこちらに来なさい」 しかし、それでもルイズは立ち上がらない。 「ねえ、行かなくていいの?」 その様子を見ていたキュルケが、困ったような声で言った。 「止めた方がいいと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケがきっぱりと言うと、教室のほとんど全員が頷いた。 「危険? どうしてですか?」 「ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています」 そういう風には見えないけどなぁ、などと思いながら康一はルイズを見る。 「さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いていった。 せめて声援は送ろうと思った康一が、ルイズに向かって言う。 「頑張ってねー!」 しかし、周りの生徒たちは「余計なことを言うな」という顔をしている。 皆、何であんなにおびえた表情をしているのかなぁ? と康一は思った。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 こくりと頷き、ルイズが手に持った杖を振り上げた。 唇をへの字に曲げ、真剣な顔で呪文を唱えようとする。 すると、他の生徒たちが一斉に椅子や机の下に隠れた。 何で皆、机の下に隠れてるんだろう? と康一が思った瞬間――。 ドグォンッ! ――大きな音を立てて、机と石ころが爆発した。 爆風をモロに受け、ルイズとシュヴルーズ先生は黒板に叩きつけられた。 「うわあああああっ! な、な、何事!? まさか敵スタンドッ!?」 大きな爆発によって、康一は半ば混乱しながら、ACT2を出して辺りを見回した。 過去に、敵を爆破するスタンドに襲われた康一は、汗をダラダラと流しながら、攻撃に備えている。 もっとも、爆発を引き起こしたのはルイズなので、敵スタンドなど存在はしない。 そうこうしてる内に、驚いた使い魔たちがあっちこっちで暴れていた。 キュルケのサラマンダーがいきなり叩き起こされたことに腹を立て、炎を口から吐いた。 その炎で、マリコルヌが黒焦げになった。 マンティコアが飛び上がり、窓ガラスを叩き割り、外に飛び出していった。 割れた窓ガラスのシャワーがマリコルヌに全部突き刺さった。 「うわあああッ! そ、そこにいるのかッ!?」 窓ガラスの音に反応し、康一がACT2の音攻撃をする。 バゴーンという文字は、不幸にもマリコルヌに命中した。 口から血ベトを吐いて、痙攣するマリコルヌ。 駄目押しと言わんばかりに、割れた窓の隙間から入ってきた大蛇が、マリコルヌを飲み込んだ。 教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。教室の隅では、丸飲みにされたマリコルヌの救出活動が行われていた。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「ええい! ヴァリエールなんて退学になればいいんだ!」 「マリコルヌーッ! しっかりしろーッ! 食われちゃいかーんッ!!」 康一は呆然としていた。 誰かの攻撃かと思っていたが、生徒全員が口を揃えてルイズの文句を言っている。 つまり、さっきの爆発はルイズの仕業である可能性が高い。 至近距離で爆発に巻き込まれたシュヴルーズ先生は、ピクピクと痙攣している。 何やらうわ言で「ビ・チ・グ・ソ・が……」と言っているような気がしたが、康一は聞かなかったことにした。 一方、爆発を引き起こした張本人であるルイズは、煤で真っ黒になっていた。 ハンカチを取り出して、顔についた煤を拭うと、淡々とした声で言った。 「ちょっと失敗みたいね」 当然、他の生徒達からは猛然と反撃を食らう。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「そうだ! お前のせいで、マリコルヌが…マリコルヌがなぁ……!」 「いや、マリコルヌは生きてるぞ」 康一は、何でルイズが『ゼロのルイズ』と呼ばれて、バカにされてるのか理解した。 シュヴルーズ先生――この後、治療を施された。 マリコルヌ――再起不能。 To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/897.html
ゼロのルイズがとうとう使い魔を召喚した。よりにもよって平民の女だ。 一緒に儀式をしていたキーシュも平民を召喚したらしい。こちらは老人とのこと。 センセーショナルなニュースであるはずが、学院内の話題を独占するにはいたらなかった。 なぜか? 皆、自分のことで忙しかったからだ。 モンモランシーは、使い魔の蛙とともにギーシュの部屋の前から動こうとしなかった。 使い魔の蛙は機械的な動作でドアを叩き続け、モンモランシーは人間的な必死さを込めて声を出し続ける。 「ギーシュ、どうしたの。いったい何をしているの。顔だけでも見せてちょうだい」 返事は無い。が、気配はある。何事かを呟く声も聞こえる。 「ギーシュ! あなた食事もとってないでしょう! 体を壊してしまうわよ!」 「お嬢様、ここは男子寮です」 「だから何?」 「私達少しばかり目立っているようです。お声を落とされた方がよろしいかと」 「あんたは黙ってドアを叩いてなさいヨーヨーマッ!」 「分かりましたお嬢様……ゲロッ、ゲロッ……乗っかりてェェェ」 キュルケは浮かれていた。 召喚した使い魔は、他と比べて異質、かつ恐ろしく強い力を秘めているらしい。 今はまだ水をお湯にするだけだが、秘めたる力はキュルケ自身にも伝わってくるような気がする。 その力を魔法と組み合わせた時、誰もが想像しえなかった真価を発揮するだろう。 戦場を縦横無尽に駆け回り、あらゆる名誉を手にした自分を想像する。 その右隣にはまだ見ぬ運命の人が……。 「うっふっふ、全てがあたしに味方しているようね」 キュルケは浮かれていた。 思っていたよりもかなり早く、力を発揮する場を与えられる喜びに打ち震えていた。 早くタバサを見つけ、偶然にも手に入れた素晴らしい情報を教えてあげなければならない。 タバサは学んでいた。 少しずつだが、確実に一歩ずつ歩みを進めていた。 この使い魔は、ドラゴンの例に漏れず、無類の強さを持っている。 だがそれを的確に使いこなすためには、覚えなければならないことが山ほどあった。タバサでなければとうに投げ出していたことだろう。 「ダカラー! ソーじゃネェーんだッツーの! わかんねェーなァー眼鏡サン」 「感覚的すぎ」 「風水ってのはそういうモンなの! エネルギーを感じンだよ、エネルギーをよォー」 理論で説明できることの方が得意なのだが、文句を言っても始まらない。 目的を果たすためには、千里の道を半歩ずつ歩かなければならないこともある。 「ソーじゃねェーんだって! アーモウいっそ毎朝小便でも飲めばイインじゃねェの?」 「いや」 「きゅイきゅイッ」 「うるさい」 マリコルヌは自室で一人肩を落としていた。 ゼロのルイズが平民を召喚した。本来ならば格好のネタである。 ため息をつき、机の上を見る。そこには蛙のような生き物がいた。 払い落とそうとしたが離れようとしない。食事、風呂、トイレ、ベッドの中、どこまでも主についてくる。 ついてくるだけで何をするというわけでもない。ただ、ついてくるだけだ。 目を通して見ることも、耳を通して聞くこともできない。心も通じていない。本当に何も無い。 平民の使い魔がどんなものかは知らなかったが、これよりダメな使い魔はそういないだろう。 こんなことを知られれば、ルイズにどれだけ馬鹿にされるか。考えるだけで憂鬱になる。 「まさかとは思うけど……他の人が召喚するはずだった使い魔じゃないだろうな」 そもそも風上を名乗る自分が、なぜ蛙を召喚しなければならないのか。 ロビンと名付けたその使い魔に目をやり、マリコルヌはため息をついた。 マリコルヌも不幸ではあったろうが、ギーシュの比ではなかった。 ギーシュは部屋の隅で震えていた。そこから動こうとはしない。動くことができない。 食事はとることができないため痩せこけ、排便はその場で済ませるため、部屋の中が名状しがたい臭気で満たされている。 それでもギーシュは動くことができない。モンモランシーを部屋の中へ呼ぶこともできない。 「なんでぼくが……どうしてぼくが……」 ギーシュはこれまで快楽的に生きてきた。 女の子に泣かれることは多々あったが、それもまた甘美な人生には必要なスパイスだ。 まさか使い魔を召喚することで、これまでの人生を悔いるはめになるとは思っていなかった。 何も高めなかった自分を、積み上げてこなかった自分を呪うことになるとは考えていなかった。 「ねっ。ねっ。彼女も呼んでるよ。外に出なきゃ飢え死にしちゃうよ。ねっ」 「うるさい……うるさい……黙れ……黙ってくれ……」 「ねっ。ご主人様なら背中見せずに生活できるよ。ねっ」 「やめてくれ……許してくれ……お願いだから……」 幸運には上限があるが、不幸には下限がない。ギーシュは自分の幸運を知らなかった。 ギーシュの使い魔は、自分の性質を押し殺してまで主人に仕えようとしている。 使い魔としては最低限のことだったが、その最低限がどれだけ重要なことか。 最低限が無いということは、最低よりも下に位置しなければならないのだ。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/67.html
プロローグ この世界と全くかけ離れた魔法使いたちの存在する世界。ハルケギニア。 その中で4つに分かれた国の一つ、トリステイン。 そして魔法使いたちの学校、トリステイン魔法学院。 そこは魔法使い、メイジを育成する教育機関である。 青空の下生徒たちはマントを羽織い、杖を振るい魔法を使う。 そして、今っ!まさにっ!この大観衆の中でっ! 2年生から持つ事を許される使い魔の召喚の儀式が行われていたっ!! そして大観衆の真っ只中に出てくる少女。 彼女の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 この物語は彼女が使い魔を召喚することによって始まる・・・・。 一人の青年を呼び出すことによって始まる「二人の恋のHISTORY」と言う名の伝説であるっ! 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッグォオォン!!! 彼女が行ったはずの召喚。 だがその時におこったのは爆発だったっ! 「ケホッケホッ…またやってくれたな!『ゼロのルイズ』!!」 生徒の一人が煙にむせながら言う。そう。『また』なのである。 彼女のあだ名は『ゼロのルイズ』。魔法の成功率がゼロと言うところから来ていた。 というのも、彼女が杖を振って魔法を行った時に起こるのは、蚊に刺されたのに我慢し続けたらしばらくするとのた打ち回るのと同じ確率で爆発が起き、望みの魔法が発動したためしがないからであった。 「う・・ウソ・・・また失敗なの・・・?」 絶望に押しつぶされる可憐な少女。この日だけは。この日だけはと念を押し、一週間も前から呪文の反復詠唱、イメージトレーニングを積んでかなお果たせなかったのだっ!悲しみの感情はあって当然っ!! (そんな・・・なんて事なの!使い魔すら・・成功率はほぼ100%とまで言われた使い魔召喚すら しくじるようなマネを・・。私はやっぱり『ゼロ』なの?何一つ満足にできない半人前なの・・・?) 苛立ちと絶望と、とめどなく溢れる自己嫌悪でとうとう目に涙を浮かべた時だった。 「・・・お、おいっ!!『あれ』を見てくれっ!!なにかいるぞっ!そこの煙の向こうになにかがいるんだ!!」 そこには確かに何かがいた。そして煙が晴れた時に彼らを一瞬奇妙なプレッシャーが襲った。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・。 声を聞き顔を上げたルイズ。もしやと希望にまかせて目を見開いたのと、笑い声を上げるのはほぼ同時!! 「プッ」 「クックックックックックッ」 「クックッ ウヒヒヒ」 「フッフッフッホハハハ」 「あっはっはっはっはっは」 「ぶーっはっはっはっはァ――――ッ」 「プッ、ちょ、ちょっと、まさか、こう来るなんてっ!!アッハッハッハ!!!」 「流石『ゼロ』!!やってくれたぜぇーーーーっ!!ウヒヒヒハハハ!!!」 笑い声が上がるのは無理もなかった。ルイズがこの後赤面するのも無理もなかった。 彼女は召喚そのものは成功していた!だが彼女の呼び出したのは高温の火を噴くサラマンダーでもなければ、華麗に空を舞う空を舞うウインドラドンでもないっ! 彼女は呼び出したのは『人間』だった!!それもその場にいた他の人間のような貴族ですらない、 そう、彼らが『平民』と呼んでいる魔法の使えないただの『人間』だったのだっ!! ‐※‐ 目の前が明るい。 『彼』は奇妙な気分に襲われていた。 (妙だ・・・なぜだか暖かい。オレはもう死んだはずなのに・・・) 『彼』は目をあける。 そこにいたのは大勢のマントを着た集団だった。 (ああ・・・。こいつらがあの世の使いか・・・。人間は本当に死んだらあの世に行くんだな・・。 オレはやはり地獄行きだろう・・・。任務とはいえ、オレは少し人を殺めすぎた・・。 いや、ギャングが天国へなんてそもそもありえるはずがないだろうな・・・。) 『彼』が目を見開くと、そこには苦笑いを浮かべた少女がいた。 (こいつは・・・?) その時だった ギュウウウウ!!!! (ぐ、ぐあああああああああああああああ!!!!!) 突如、『彼』を襲う胸の痛み。そいつは鉄拳をモロに喰らったなんて生易しいもんじゃあないっ!! それこそ、心臓麻痺を起こしたような苦しみだった!! それに加え、あるはずのない銃痕の痛み。血すら出ていないのだからあるはずがないのに、その 『痛み』は確かにあったっ!! ・ ・ ・ ・ ・ (バカな・・!痛みだとっ!?もう死んだはずのオレに痛みなんて、あるはずがないのにっ!!) このままでは、本当に死んでしまう。いや、死んでいるのだからありえないのだが他にたとえ様のない事だった!! だが、その苦しみを他所に彼女は近づいてくる。どこか恥ずかしそうにモジモジしているのは気のせいだろうか? 「あ、あんた、感謝しなさいよね・・。貴族にこんな事されるなんて・・。普通は一生ないんだからっ!!」 (な、なんだ!?何を喋っているっ!?) 疑問だらけの『彼』をよそに彼女、ルイズは目を瞑り手に持った杖を振って言った。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 「(な、何をする気だ・・・!!)」 「いいから!!ちょっと黙ってなさいっ!!」 彼が反論しようとするその前に・・・・。 ルイズは彼と唇を重ねた。 その次の瞬間だった 「う、ぐあああああああ!!!!!」 突如、彼の左手に熱されたハンダゴテを押し当てられたような暑さが襲ったっ!! そして、文字が。『使い魔のルーン』が付けられていたのだったっ!! ‐※‐ 「終わりました」 顔を赤くしながらそう言った。無理もない。ルイズにとってのそれは、ファースト・キスに他ならないものだった。そう、彼女は使い魔と『契約』するために、ファースト・キスを捧げてしまったのだったっ! そして、『彼』もまた、ファースト・キスかはわからないが、恥ずかしさと言う点では同じだった!! 「お、おまえ・・。いきなり何を・・・。」 「うるさいわねっ!!私、ファースト・キスだったんだからねっ!!もうアンタは使い魔なのっ!! ご主人様に対して口答えは許さないわよっ!!」 そんなこと・・。『彼』自身だって恥ずかしく、先ほどから鼓動が全然収まらなかった。 「え・・・・・?」 『彼』は自分の五感を疑った。死んだはずの自分の鼓動が、最後に感じたのが皮肉にも倒すべき敵のものだった『鼓動』が、今まさに自分のなかで再び蘇っていたのだっ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・!!!!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・!!!!! 「バカなっ!『鼓動』だとっ!?オレの中で、再び心臓が鼓動を刻んでいるだとっ!? そんなこと・・・ありえない!!!」 「・・・?『鼓動』が、どうしてそんなに不自然なの?」 「お前・・何者だ・・・?『スタンド使い』・・なのか・・?」 「ご主人様に対してお前なんてどういうつもりよっ!口を慎みなさい!!」 「ミス・ヴァリエール!そこまでです!みなさん。今日はここでおしまいです。解散!!」 髪の剥げた中年の男性が(後に『彼』はその名をコルベールと知る。)そう言って一時お開きになった。 「・・・さ、帰るわよ。」 ルイズが不機嫌そうに言う。 「待ってくれ!おまえ、オレに何をしたのか、『説明』がまだおわっていないっ!!」 「お前じゃないって言ってるでしょ!?私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!!これからアンタのご主人様となる誇り高きヴァリエール家のメイジよっ!!アンタの名前は!?」 「え・・?」 「アンタの名前は何って聞いているのっ!!」 『彼』は戸惑いながらも口を開いた。 「ブチャラティ・・・。ブローノ・ブチャラティだ。」 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2491.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 学院の宝物がフーケに盗まれた! そのニュースは学院中を駆け巡り、ルイズと康一が目を覚ましたときにはすでに大騒ぎになっていた。 廊下を歩いていると、キュルケとタバサが駆け寄ってきた。 「おはようダーリン!聞いた?昨晩学院に賊が入ったらしいわよ。」 キュルケはやや興奮気味である。 「それならもう知ってるわよ。この学院で一番最初にそれを知ったのはわたしたちだもの。・・・ていうか、使い魔にはあいさつしてご主人様であるわたしになにもなしってどいういわけ?」 ルイズが口をとがらす。 「あーら、ルイズ。いたのね。あたしの頭はダーリンのことでいっぱいだから、あなたみたいなちんちくりんの入る余地なんてないのよ。・・・で、一番最初にってどういうこと?」 昨夜のことを思い出したルイズがため息をついた。せっかくのチャンスを逃したことでずいぶんと気落ちしている。 「昨日の夜、ぼくらが最初にフーケを見つけたんだ。」 康一が代わりに説明した。 「あら。すごいじゃないの。で、どうだったの?」 「すっごいでかいゴーレムが出てきてさ。捕まえるどころか、逃げ回るので精一杯だったよ。」 「ダーリンが手も足も出ないなんて、さすがハルケギニア中の貴族を翻弄する大盗賊だけあるわね。」 康一は頷いた。ギーシュもゴーレムを使っていたが、はっきり言って桁が違う。 「まぁ、それで朝一で学院長室に出頭するように言われてて、今から行くとこなんだよ。」 「ふーん、おもしろそうね。あたしも行くわ。タバサも行くでしょ?」 後ろに尋ねると、タバサはこくりと頷いた。 「あんたたち、フーケをみた訳じゃないんだから、来たってしょうがないじゃない。」 ルイズは見るからに嫌そうだ。 「このまま授業に出るよりもおもしろそうだもの。ねぇいいでしょダーリン!」 ルイズは渋ったが、結局キュルケとタバサもついていくことになった。 4人が学院長室の扉をあけると、中にはもう十数人の教師たちがいて、殺気だった議論を戦わせていた。 突然入ってきた生徒たちに入り口付近にいた教師たちが不審そうな顔をするが、何も言ってはこなかった。 「この魔法学院に忍び込むとは、なんといまいましい盗人め!」 「しかも盗まれたのはよりにもよってあの『弓と矢』というではないか!王宮になんと申し開きをすれば・・・」 「だいたい昨夜の当直はなにをしておったのだ!」 全員の視線が一人の中年女性に向けられた。 以前ルイズの練金でKOされた、ミセス・シュヴルーズだ。 シュヴルーズは青くなった。唇がわななき、目は泳いでいる。 やせぎすの男性教師がシュヴルーズに詰め寄る。 「確か、昨夜の当直はあなたでしたな。ミセス・シュヴルーズ。さぁ、昨夜にあったことを説明してもらいましょうか!」 シュヴルーズは黙り込んだ。言えない。言えるわけがない。まさか学院に賊が入るとは夢にも思わず、当直をさぼって部屋で寝こけていたとは。 男――ミスタ・ギトーは目を細めた。 「失態ですな。ミセス。この責任をどう取られるおつもりで?」 「わ・・・わたしは・・・」 おろおろと周りを見回すが、同情の視線こそ帰ってくるものの、助けに入ろうとするものはいない。 「まぁまぁ、そのへんにしておきなさい。」 しかし奥の扉から、オールド・オスマンが入ってきて助け船を出した。隣にはミス・ロングビルが控えている。 「しかし、ミセス・シュヴルーズが当直をさぼったおかげで、みすみすフーケの進入を許したのですぞ!この責任をどう取らせるおつもりですか!」 よっこらしょ、とオスマンは椅子にすわった。 「この中に当直をまじめにやったことのあるものはおるかの?おらんじゃろう。それがたまたまミセスの担当日だっただけで、別の日であったとしても、同じことじゃったろう。」 教師たちは黙り込んだ。皆思い当たる節があるのだ。 「わしらは油断しておったのじゃ。まさかメイジの巣たる魔法学院に入るような盗賊がいるわけがない、とな。だから生け贄を探すようなまねはやめなさい。あえて責任を問われるとすれば、学院の長たるこのわしこそがそれにふさわしいじゃろうの。」 ミセス・シュヴルーズはオスマンの手を握り、ひざまづいた。 「ありがとうございます!ありがとうございます!」 うむうむ、とシュヴルーズを労う。 「それにまだすべてが終わったわけではない。わしらで『弓と矢』を取り戻せばよいのじゃからの。」 部屋がシンと静まり返った。 一人の教師がおそるおそる手を挙げる。 「あの・・・王宮に報告して、衛兵を派遣してもらえばいいのでは?」 「だめじゃ。これから王宮に使いを出しておったら、間に合うものも間に合わなくなる。それに、仮にも貴族なら、自らの失敗の責任を自らで取る義務があるはずじゃ。」 もう言い返すものはいない。 「よいかな?それではまず、昨夜の報告から聞こうかの。ミス・ヴァリエール。ミスタ・コーイチ。二人は昨夜フーケと交戦したと聞いたが・・・」 室内がどよめいた。 ルイズは口をきゅっと引き結び、オールド・オスマンの前に進み出た。 「はい。昨夜フーケが巨大なゴーレムを使って宝物庫に進入するのを見ました。捕まえようとしたのですが、力及ばず、逃げられてしまいました。」 本当なら、ここでフーケを捕まえたと報告したかった。そうすれば、みんなに認めて貰えたのに・・・。 オスマンは髭を撫でた。 「では次に、ミス・ロングビルから報告をしてもらおうかの。」 もう、すでに自分は報告を受けているのだろう。手を組み、不安げな教師たちの様子を眺めている。 オスマンの後を受けて、ミス・ロングビルが手元の紙をめくった。 「あれから聞き込み調査を行ったところ、近在の農民からの、フーケらしき男をみたという目撃証言がありました。そしてその居場所らしきところも、もうつかんであります。」 な、なんですと!?教師たちがどよめく。 「その証言者によると、フーケはここから半日ほど先にある森の中の小屋に入っていったそうですわ。」 「要するにじゃ・・・。今回は幸運にも、フーケの居所がつかめているというわけじゃ。」 オスマンはすっくと立ち上がった。 「よって、学院から盗まれた『弓と矢』を我々の手で奪還する!我こそはと思うものは名乗り出よ!」 賢者オールド・オスマンの一喝であった。 しかし名乗り出るものはいない。お互いがお互いの顔を見まわす。 誰かが解決してほしい。しかし自分が危険な目に遭うのは嫌だ。と顔に書いてある。 「どうした!おぬしらには貴族としての誇りがないのか?」 しかし答えるものはいない。 そんな中、一人、決然と手を挙げるものがいた。 「ルイズ!」 「ミス・ヴァリエール!?」 そう、先ほど目撃談を証言し、それで役目を終えたと思われていたルイズである。 「わたしが行きます。」 ルイズには覚悟があった。「貴族としての誇り」。自分が手をあげることで、それが得られるのならば。フーケをむざむざ逃がしてしまったという汚名を返上する機会が与えられるのならば! 「本気かね?」 オスマンは静かに訪ねた。 「はい。」 決意は固い。 それまで黙りこくっていたコルベールが叫んだ。 「取り消しなさい。ミス・ヴァリエール!生徒に解決できるような問題ではありません!」 「だって、先生方は手をお挙げにならないではないですか!」 ぐっ、とコルベールは言葉がつまらせた。 生徒を止めたい。しかし、志願せず、どこかの誰かに責任をゆだねようとした自分に彼女を止められるだけの言葉はない。 今まで黙って聞いていただけだったキュルケがルイズと同じだけ、前に進み出た。 「では、あたしも志願いたしますわ。」 「キュルケ!なんであんたまで・・・!」 ルイズは驚きの声をあげた。 キュルケは優雅に髪をかきあげた。 「ヴァリエールだけに手柄を取らせたとあっては、ツェルプストーの名が泣くわ。」 するともう一人、杖を上げて進み出るものがあった。タバサである。 「タバサ!あなたまで付き合う必要はないのよ!?」 「心配。」 タバサは一言だけ、ぼそりとつぶやいた。 感極まったキュルケはタバサを抱きしめた。 しかし、それでは収まらないものたちがいる。学院の教師たちである。 自分たちは行きたくない。しかし、生徒に生かせては教師として立つ瀬がない。 「学院長!危険すぎます!ここはやはり王宮に応援を頼むべきです!」 ミスタ・ギトーが教師たちの心中を代弁した。 しかしオスマンは、憤る教師たちを制した。 「彼女たちは貴族としての義務を果たすべく、自ら志願したのじゃ。それを止める道理はあるまい?」 「しかし・・・」 「それに、彼女たちがただの学生だと思ったら大きな勘違いじゃ。たとえば・・・」 タバサに目を向ける。 「ミス・タバサはこの年でシュバリエの称号を持っておる。この意味は分かるじゃろう?」 シュバリエとは貴族階級の最下級である騎士位のことである。 子孫に継承することすらできない、一代限りの位である。だからこそ自らの手で手柄を立てなければ持つことのできないということでもあり、実力と経験を証明する特別な称号なのだ。 「それに、そこなミス・ツェルプストーは、代々火の優秀なメイジを輩出しつづけ、ハルケギニアにその名を轟かすツェルプストー家の者であり、本人も相当に卓越した火の使い手と聞いておる。」 キュルケがただでさえ大きい胸を張った。 「そしてミス・ヴァリエールは・・・」 今度はルイズが小さい胸を精一杯張った。 えーっと・・・。オスマンはしばらく中空に言葉を探し、ゴホンと咳払いを一つ。 「ミス・ヴァリエールは非常に努力家であり、今回のフーケ発見も、夜遅くまで魔法の練習をしていたからだと聞いておる。それに、爆発の呪文に長けており、トライアングルクラスのミス・シュヴルーズすら一撃で昏倒する威力と聞く!」 物は言いようである。 「そして、彼女の使い魔は、平民ながら、ドットメイジとしては頭一つ抜けておるギーシュ・ド・グラモンとの一騎打ちに見事勝利した使い手である!」 「おお、なるほど!!」 コルベールがぽんと手を打った。 「ガンダールヴの力があれば、いかにフーケといえども・・・」 「おーっと、頭に蚊が止まっておるぞコルベール君ッ!!」 コルベールが何かをいおうとした瞬間、オスマンの杖が最近殊に薄くなってきたハゲ頭を目にも留まらぬ早さでぶったたいた。 昏倒するコルベール。 コルベール先生も知ってたのかぁー!? 事情を知る康一は、危ういところだったと青くなった。 事情を知らない教師たちはぽかんとしている。 「・・・何でいきなり?」 「うむ。蚊は危険じゃぞ。病気を蔓延させたりするし、夜枕元でプンプンいわれると、気になって眠れなくなったりするからの。」 誰がどう見ても不自然だった。しかしオスマンは持ち前の威厳で無理矢理乗り切ることに決めたようだ。 「さぁ、こんなことは大事の前の小事である!蚊などに気を取られることなく、見事『弓と矢』を取り返してくるがよい!勇者たちよ!」 教師たちは不可解ながらも、まぁそんなものか。と思うことにした。 「ところで、その『弓と矢』というのはいったいなんなんです?聞く限りはそんなに大騒ぎするものとも思えないんですけれど。」 コルベールとかその辺は心底どうでもいいキュルケが手をあげた。 「うむ。いい質問じゃな。」 話題を逸らせてほっと一息のオスマン。 「宝物というからにはもちろんただの弓矢ではない。いや、正確に言うとない『はず』じゃ。」 「はず・・・といいますと?」 「わしも含めて誰もその『弓と矢』が特別なところを見たわけではないからじゃ。見た目もそこまで変わっておらんんし、魔力も感知できん。」 「じゃあただの弓矢なんじゃないですか?」 ルイズが思ったまま疑問を述べた。 「うむ。しかし、あの「『弓と矢』にはトリステイン王家に代々伝わる伝承があるのじゃよ。伝承にはこうある。『此の矢世に出すべからず。平民これを手にするとき、悪魔現る。世界を滅ぼす災厄なり。』とな。」 教師たちはもうその伝承を知っているのであろう。驚く様子はない。しかし、初耳の生徒たちにとっては衝撃的である。 「世界を滅ぼす・・・とは大きくでましたわね。」 キュルケもそういうのが精一杯である。 しかし正直なところをいうと、嘘臭い。 それが顔に出ていたのだろう。オスマンはふぅーっと長く息を吐いた。。 「気持ちはわかる。じゃが実際王家にはこういった伝承が数多くのこされておる。やれ、風よりも早く飛ぶ船やら、始祖の残せし魔導書やら、数え上げるとキリがない。」 「わしもそれが本当かどうかは知らん。じゃが、それでも王家が先祖から守るように言い遣ったものじゃ。盗まれました、なぞと言おうものなら王家の面目は丸つぶれじゃよ。だからなんとしても取り返さねばならん。」 それにしても・・・。ロングビルが眉根をよせた。 「わざわざ平民に渡すな、としているあたり。どう使うのかが疑問ですわね。」 「そうじゃのぉ。魔力もない、形も普通となると、鏃に毒でも塗られておるのかもしれん。もしくは撃って初めて効果が現れる類なのかものぉ。だからといって、実際試してみようというものも今までおらんかったが・・・。」 「そうですわね・・・。」 ロングビルはなにやら考え込んでいるようだ。 「まぁなんにせよ、道案内は必要ですわ。私がその証言にあった小屋までお連れしますね。」 「おお、そうしてくれると助かるのぉ!」 いくら実力があるとはいえ子ども達だけに行かせるのは心配だ。信頼できる大人がついていってくれればこちらとしても安心である。 では、用意が出来次第、出発するように!とオスマンが最後に言って、この場は解散となった。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/171.html
「もう!あんたも気合入れなさいよ」 一つでン十万はしそうなアンティークが並んだ部屋で、甲高い声が深夜の学生寮を振るわせる 声の主はルイズであり、少し殺気が入った視線の先には召喚した使い魔―――『ペットショップ』の姿 何故にルイズが叫んでいるのだろうか? 時間は多少遡る 「使い魔の目は主人の目、使い魔の耳は主人の耳ね。うふふふふ」 ちょっと逝っちゃった笑顔を浮かべながらベッドに座るルイズ 使い魔の視覚や聴覚で得た情報を、その主人であるマスターも得る事が出来ると教師から聞いた その説明にルイズはちょっと惹かれたが、サモン・サーヴァントでマトモな使い魔が出てくるとは期待していなかった だが、ルイズは召喚に成功した!故に彼女は試してみたかった。使い魔を手に入れたら誰だってそうするだろう、ルイズだってそうする。 「ちょっとやってみよ」 ルイズの軽い言葉、だが。これから長い長い時間が経つとは誰も予想してなかった。と言っても部屋にはルイズとペットショップしか居ないが 1時間――――――― 「ぐぬぬぬぬぬぬ」 2時間――――――― 「はぁぁぁぁぁぁ」 3時間――――――― 「・・・うぉりゃぁ」 4時間――――――― 「―――――ぅあ」 5時間――――――― 何回も何回も試したが、使い魔が何を見て何を聞いてるのか欠片も分からないルイズ。 ここで冒頭の「もう!あんたも気合入れなさいよ」である 駄メイジなルイズに根本的な原因があるのだが、連帯で責任を背負わされては使い魔も溜まった物ではない。 「先生はとても簡単って言ってたのに!」 レビテーション等の『とても簡単な魔法』すら失敗する自分の不名誉な二つ名『ゼロのルイズ』の称号を完璧に忘れているとしか思えないセリフを叫ぶ それから少しの間ペットショップに当り散らしたりしていたが、さすがに気力の限界が来たのか。ベッドに横になるルイズ 「ご主人様の睡眠を邪魔したら承知しないんだからね!・・・zzzz」 と、又しても理不尽なセリフを吐いてから明かりを消して、のび太並のスピードで夢の世界に直行した。 マスターが眠ったのを確認してから、ペットショップは器用に足でドアを開けて廊下に出た 鳥である彼には暗闇は天敵であり、一寸先も見渡せないはずだが。『もう一つの感覚』を持つ彼には暗闇など物の数ではない 彼の頭に浮かぶのはルイズの最後の言葉『睡眠を邪魔するな』 (マスターの命令を遂行しなければならない) (守らなければならない) (■さなければならない) (やらなければ) と、そこまで考えて突然雷鳴が走るように思考に別の異物が混じる (マスター?)(こいつは違う)(命令は違う)(ここは違う)(早く戻らなければ)(DI・様の元へ) 彼は思った。まただ、また頭に疑問が浮かんだ 何かが違う、だが、それが何なのか彼はわからない パズルが完成している、しかし、そのパズルのピースが本来の物とは全くの別物になっているような―――辻褄の合わない感覚 最後の思考が一番大事な物だと感じたが、深く考える前に命令を遂行する事が重要だと彼は結論付けた そして朝に事件は起きた 時間は朝 学生寮の廊下を二人の女が歩いている 「ルイズは寝坊かしらねぇ」 「・・・・・・・・・・・」 赤い髪をした大きい方はキュルケ。 青い髪をした小さい方はタバサ。 キュルケの後ろに居る火竜山脈のサラマンダーを見れば分かるが、どちらもメイジとしての腕もかなりの者。 タバサなんてシルフィードなる青いドラゴンを使い魔として使役している。 そんな彼女達が何故に歩いているのかというと、授業に出て来ないルイズを起こしに行くからである。 その行為は親切心からではなく、わざわざライバルから起こされるルイズの悔しそうな顔を見たいが為。 ルイズの顔を想像して笑みを浮かべるキュルケをタバサは呆れたような顔で見る、が、幸いな事にキュルケは気付いていない 目の前にはルイズの部屋のドア、ルイズの使い魔がその脇に見える 「使い魔より起きるのが遅いなんて、ルイズは本当に駄目ね」 そんな事をぶつくさ言いながらドアを開けようするキュルケ ―――次の瞬間キュルケは服をタバサに思いっきり引っ張られた! 「ちょ、何すんのよタバ「ドゴォ!」!?」 不可思議なタバサの行為に抗議しようとしたキュルケ。だが、顔の直ぐ傍にいきなり氷柱が生えては黙らざるをえない 長さは1メイル程で、壁を薄紙のように突き破っている。こんなのが顔に当たったら普通に死ぬ 慌てて発生源を見るキュルケ、するとそこには―――― 「グガガガガガッ!!!」 得体の知れぬ冷気を放ちながら翼を広げるルイズの使い魔の姿 実践経験が無いキュルケとタバサにも感じられる程の殺気を放っている 泣く子も黙るほどの殺気を放ちながら、ペットショップは主人の命令『睡眠を邪魔する者は即座に抹殺せよ』を遂行するッ! 羽ばたくペットショップの周りに氷柱が瞬時に生成!そして半秒の間も無く発射! 『それ』はタバサの得意とする『水』『風』『風』の攻撃呪文、『ウィンディ・アイシクル』に酷似していた しかし『ウィンディ・アイシクル』より弾の数は少ないが、大きさと速度は全くの別物! 勿論その氷柱が放たれるのを黙ってみているキュルケでは無い 「ファイヤファイヤファイヤファイヤファイヤファイヤァァァァッ!」 自分に当たりそうな物だけを見極め『火』*1の呪文で叩き落すッ! 外した物はフレイムの火炎が補助! 外れた残りの氷柱は、ドゴゴゴゴゴッ!、と。 氷柱がぶつかったとはとても思えない音を立てながら窓を粉砕し床に穴を開ける (トライアングル・・・・・・いや!スクゥエアクラスのメイジ並じゃない、この鳥!) 冷や汗を流すキュルケ、だが一瞬の停滞も無しに次の動作に移る 「タバサッ!!」 「エアハンマー」 キュルケの言葉に阿吽の呼吸で放たれるタバサの魔法! 杖から放たれる空気の槌。通常は不可視の波動であるそれを『もう一つの感覚』で感知して回避行動を取ろうとするペットショップ しかし、タバサの狙いはルイズの使い魔では無かった! ドゴォン! 轟音と共にルイズの部屋の扉が粉々に砕けて吹っ飛ぶ キュルケとタバサの狙いに気付き、急いで氷柱を発射しようとするペットショップ! だが、回避行動を取ろうとした時間のロスが、タバサとキュルケをルイズの部屋に入り込ませる隙となってしまった 部屋に侵入者を入り込ませてしまった!その事実に激するペットショップ 「キョオオ―――z______ン!!!」 聞く者を振るわせる声を一発かました後、彼もルイズの部屋に飛びこんで行った 「ルイズゥゥ!!!!!」 部屋に入った瞬間、怒声を張り上げるキュルケ ルイズの使い魔に殺されかけたのだから、その行為も自然な物だ。 しかしルイズを見付けたと同時にキュルケは腰砕けになりかけた 何故か?それは 「zzzzzzzz」 何とも幸せそうな顔でルイズが寝ているのである! 部屋の直ぐ側であんな爆音が響き、ドアを物凄い勢いで吹っ飛ばされたのにまだ寝ている! (こいつはグレートね) と、キュルケは思考停止しかけたが 「キュルケ。鳥が来る」 タバサの少々焦ったような声で通常の思考を取り戻す キュルケが振り返ると、あの鳥が部屋に入ってくるのが見えた だが、無防備なマスターのすぐ近くに居るのだから、あの使い魔も無茶は出来ないだろうと予測するキュルケ その思惑通りに、使い魔はこっちを睨むだけで手出しをして来ない だけどまだ安心は出来ない 「あたしはルイズを起こすから、タバサ見張っててくれない?」 鳥の注意を相棒に任せると ポカッ! 使い魔に殺されかけた分のお礼も込めて、ルイズの頭を杖で強めに殴った 突然魔法の才能が覚醒した私は、ライバルのキュルケと決闘して完膚なきまでに叩きのめした 「うーん」 土下座するような体勢で気絶しているキュルケ、私はそんなキュルケの頭に足を乗せて高笑いをしていた 幸せの絶頂―――ボカッ! 「あ痛ッ!」 突然の痛みに意識が覚醒した。頭を押さえて悶える私 涙が出てきそうな目を開けると前方に笑っているキュルケが見えた 「あら?良い音がするじゃない、頭の中身も『ゼロ』じゃなくて良かったわね」 あまりにもあんまりな言い草に、怒りが許容量を突破する。『プッツン』と言うやつだ 「あ、あああああ、あんたッ!何で勝手に入ってきたのよ!それに人の頭を殴るなんて何考えてるの!?」 怒りで震える口を何とか動かしながら叫ぶ。 すると、キュルケはあからさまに呆れてるような溜息を突いた。激しくムカツクわね 「授業に出てこないアンタを起こすよう先生に頼まれたのよ」 あれ、私寝坊しちゃったのか・・・・・・だけど殴って起こすのは無いわよ!常識的に考えて! と抗議しようと思ったが、周囲を見回していた私は気付いた、ドアが粉々になってるッ!? 「いきなりアンタの使い魔に襲われちゃってね、正当防衛ってやつよ」 私の視線から気付いたのか、尊大に言い放つキュルケ。私は口をパクパクさせる事しか出来ない 「それから廊下の窓や床もアンタの使い魔が滅茶苦茶にしちゃったから、後でちゃんと弁償しときなさいよ?」 使い魔の責任は主人の責任よ~、等と言いながらタバサを連れて部屋から出て行った・・・・・・わぁ、私凄く腹立ってる! 怒りに突き動かされるまま、私は近付いて来たペットショップに叫んだ 「ペットショップ! あんた、ご飯抜きだからね!」 マスターと何か話をしていた侵入者共は出て行った 追い駆けて『始末』するより先に。マスターの安全を確認するため私は近寄った すると、いきなり 「ペットショップ! あんた、ご飯抜きだからね!」 マスターの怒声。マスターは怒っている。何故だ? 「いきなりキュルケとタバサを襲うなんて何考えてんの!?それに廊下やドアを滅茶苦茶にするなんて正気!?」 どうやら私はマスターの友人を攻撃してしまったようだ。なるほどマスターが怒―――――(違う)(マスターなら)(・IO様なら) 「・・・・・・・・・ョップ?ペットショップ聞いてんの?」 目の前にはマスターの顔――何処と無く不安そうな顔で私を見ている 「まあ、いいわ。罰としてご飯抜くんだから、ちゃんと反省しなさいよ」 先程の思考が何なのかはもう思い出せない、無理に思い出そうとしても思考の一部に靄が掛かったような感じがして判別できない ―――――とても、とても重要な事だったような気がする、私の存在する意義に関わる程 「ペットショップ」 私は考え込んでいたが、マスターの声で我を取り戻した 寝巻きから制服に着替えたマスターが手を振る。「着いて来い」と言っているのだろう。 私はマスターの元に飛んでいった 廊下の惨状を目にしたルイズが大きな溜息を突き 弁償として割と少なくない額の金を払う事となったのは関係無い蛇足である
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2257.html
アルビオンから帰還しての最初の朝、教室にやってきたルイズとジョセフをクラスメイト達が一斉に取り囲んだ。スキャンダルに目敏い生徒達の間では、ルイズ達が学院を留守にしている間にまた何か手柄を立ててきたという噂で持ち切りだった。 ルイズ達が出立する朝に魔法衛士隊の隊員と一緒にいた所を目撃したのはキュルケだけではなく、数人いただけだった。が、それでも噂好きな生徒達に数日の時間があれば、話が尾びれをつけて大きな噂になってしまうのはある意味自然とも言える。 ルイズ達と共に学院を留守にしていたキュルケ達に話を聞こうと試みたようだが、そもそも喋らないタバサ、軽薄な態度なのに実際は余計な事はぺらぺら喋らないキュルケはともかく、人から注目されるのが何より大好きなギーシュでさえ何があったかを語らなかった。 これ以上粘っても無駄だと判断した生徒達は、朝食の場にも現れず、最後に教室へやってきたルイズを取り囲んだが、当のルイズは素っ気無くジョセフに視線をやった。 「それについては、私が説明するよりジョセフが説明した方が判り易いでしょ?」 そう言いながら、自分は生徒達の壁を掻き分けて席に付いてしまう。 確かに同じ内容の話を聞くなら、話術に長けているジョセフに聞いた方がよっぽど楽しめると判断した生徒達は一斉にジョセフの元へと集まってきた。 「――で、ジョジョ。貴方達、授業を休んでどこに行っていたのかしら? 私達に説明してちょうだい」 腕を組んで優雅に問いかけたのは、香水のモンモランシーだった。 ギーシュとの仲を取り持たれ、早いうちに赤い洗面器の会の一員になったモンモランシーだが、それでも平民と貴族との身分の差を忘れない鷹揚な態度で言葉を掛ける。他の生徒達も、「そうだそうだ! 早く聞かせろ!」と調子を合わせている。 だがジョセフの目には、偉そうな態度を崩していない生徒達は、餌を待って大きく開けた口からぴよぴよ鳴き声上げている姿と変わりなく見えていた。 「ん~~~~、どうしよっかのォー。そんなに聞きたいんか?」 「勿体ぶるなよジョジョ! 早くしないと先生が来ちゃうじゃないか!」 「そうよ、もっと早く来てくれれば良かったのに!」 そろそろ教師が来る時間だと判っていてわざと焦らすジョセフに、生徒達は焦って話を促す。 口を尖らせながらも期待に満ちた純真な目でジョセフを見つめる生徒達の背に視線をやり、ギーシュはチェッと舌打ちした。 「あーあ、本当なら僕がみんなの注目を受ける手筈だったのに」 取り囲まれてちやほやされたりされるのが大好きなのもあるが、愛しのモンモランシーまでジョセフの話を聞く為早足になっていた事もギーシュの心を少しばかり傷付けた。 ウェールズの居室で朝食を取っている際、ジョセフは、魔法衛士隊に裏切り者がいたり亡国の王子を匿う事になった今、噂好きの生徒達に対して下手に全員で黙り込むよりはそれっぽい作り話を聞かせて満足させてしまおうという提案をした。 それに対してルイズは、パンを一口大に千切りながら興味なさげに言った。 「そんなの、何も言わなければどうせ諦めるわよ。そんな事しなくたって別の面白そうな事があればそっちに興味が行くんだから」 しかしキュルケは、エビのソテーをフォークで切り分けながら笑う。 「あら、何も言わない方が却ってみんなの興味を集めてしまうんじゃない? こういうものはね、隠されると逆に聞きたくなるものなのよ。特に噂話の大好きなトリステインの貴族はね」 「ツェルプストー!」 早速声を張り上げたルイズに微苦笑を浮かべながらも、ウェールズはスープを一匙飲み下し、ふむと頷いた。 「いや、ミス・ツェルプストーの言う事ももっともだよ。私と言う厄介事を抱えている以上、僅かな綻びが大きな災いを呼ばないとも限らない。私はミスタ・ジョースターのアイディアが最良だと考える」 「う……皇太子様がそう仰るのなら……」 今にもキュルケに噛み付こうとしていたルイズも、ウェールズの穏やかな言葉に渋々矛を収めた。 「それならば他の誰でもない僕の出番だね! ああ、待っていてくれたまえ僕の可愛い子猫ちゃん達!」 「あんまりムチャな話だと誰も信じんし、ある程度は本当っぽいコトを混ぜておかんとな」 薔薇を口にくわえてクネクネするギーシュを完全無視して、ジョセフ達は作り話の内容を決めに掛かる。全員が少し考えた後、口火を切ったのはルイズだった。 「ええと、じゃあオスマン氏に頼まれて王宮へお使いに行ったって言うのはどうかしら」 「それじゃご期待に添えないわねぇ。それだけの為に魔法衛士隊の隊長様が一緒に行くとか大袈裟すぎない? 曲がりなりにもスクウェアメイジだったんだから」 「あー、んじゃ王女様の独断で吸血鬼討伐の命令受けたっつーんはどうじゃ」 「げふっ」 話に参加せず黙々と六人分のはしばみ草サラダを食べていたタバサが、突然むせた。 「あらどうしたのタバサ、慌てなくても誰もはしばみ草なんか食べないわよ」 「……問題ない」 ハンカチで口元を拭きつつ、再びサラダに取り掛かる。 「でも親愛なる級友の皆様は、ゼロのルイズが吸血鬼を倒したなんて話を信じるかしら」 「ゼロって言うな!」 「んじゃこうするか。姫様が行幸されてる間に、途中の村から『村人が次々と姿を消している、もしかしたら吸血鬼かもしれません』という訴えを聞いたことにしよう。じゃが行幸の最中じゃから今すぐ動けるのが御付の魔法衛士と、昔の友人だけだった。 で、吸血鬼かと思って調べてみたら実は吸血鬼を騙った人攫いの山賊じゃったと」 「げほっ! げほ、かはっ!」 またむせたタバサの背を、キュルケがぽんぽんと叩いてやる。 「どうしたのよタバサ。もしかしてドレッシングの酢が効き過ぎてる?」 「何もない……気にしないで」 事ここに至り、タバサは休みなく動いていたフォークとナイフを一旦止める。 もしかしたらジョセフは、何か突き止めているのではないかと言う疑念がタバサの中に芽生えた。読心能力のあるハーミットパープルでついうっかり自分の事情を知ってしまう可能性もないとは言い切れない。 結果から言えば、タバサが食事を中断したのは正解だった。 ジョセフがゲラゲラ笑いながら提案した作り話は、その山賊の一人が昔ルイズの屋敷で働いていた使用人だったり、山賊をひっ捕らえたのはいいがその裏にミノタウルスがいたり。 そうかと思えば事件の真の黒幕は村に隠れ住んでいた年端も行かない子供が吸血鬼でした、などなど。 ルイズはあまりにも突拍子もなく脱線したジョセフの作り話に呆れていた。 「そこまで行くと明らかにウソですって言ってるようなものじゃない。そりゃ吸血鬼もミノタウルスもいないことはないけど、そこかしこにホイホイいるものじゃないんだから」 キュルケはお腹を抱えてテーブルをバンバンと叩いていた。 「もうダーリン最高、ホラ話もそこまでいくともう笑うしかないじゃない!」 ウェールズはキュルケのようにオーバーアクションで笑うことはないものの、食後の紅茶を飲みながら、ほっといたらどこまでも脱線し続けるジョセフのホラを優雅に笑って聞いていた。 ギーシュはさっきからずっと「さあ子猫ちゃん達! もっと僕をッ! 隅々まで舐めるように僕を見てッ!!」と想像の大観衆の視線を一手に集めてくねくねくねくねしていたが、そんな明るい部屋の中で一人、タバサは背中にゴゴゴゴと奇妙な効果音を発生させていた。 (どこまでッ! どこまで知っているッ!?) タバサの裏の事情を知らない無関係の人間が、そこまでピンポイントに狙った冗談を連発出来るはずがないのだが、ジョセフはこれっぽっちもタバサの事情なんか知らなかった。 十二匹のサルにタイプライターをタイプさせ続けたら宇宙の終焉までにはシェイクスピア全集が書き上がる、という話もあるが、ジョセフは早々とタバサの冒険を上梓していた。 普段通りの無表情の仮面の下、ジョセフへのこれからの対処法と、(彼なら本当に知っていたとしたらこんな無用心に情報を明かすとは考えられない……!)という思考のせめぎ合いに翻弄されていることなど、流石のキュルケでも察することは出来ない。 愉快なジョセフの漫談も、授業の時間が近付いてきてしまってはいいところでケリをつけなければならない。 結果、「吸血鬼が出たと訴えてきた村へ至急魔法衛士と友人を派遣したら、実際は人攫いの山賊がいただけで特に問題なく山賊を討伐して帰ってきた」という無難な話で収まった。 実際の旅でも、山賊ではないがラ・ロシェールの傭兵を撃破した実績はあるのであまり外れた嘘でもない。 この件は全てジョセフが説明する、という事に約一名を除いて全員の同意を得た上で、アルビオン行のメンバーが教室に向かい、現在に至るという訳だった。 ジョセフが語って聞かせるちょっとした冒険譚は、クラスメイト達の中で増幅された噂話が築き上げた大手柄に比べたらとてもささやかなものだが、ジョセフがちょくちょく織り交ぜる大嘘の痛快さが彼らの不満を解消する役目を果たしていた。 「じゃがわしの手札はブタ! 向こうはそれが判っているはずなのにわしが次々と積み上げる金貨の山に恐れを為して滝のように汗を流すわ椅子から転げ落ちるわ失神するわ!」 朝食の席ではなかった新たな展開が繰り広げられている真っ最中の人だかりを、なおも未練がましそうに見つめているギーシュ。 いつも通り本を読んでいる振りをしながらも、横目の視線が油断なくジョセフを捕らえているタバサ。 そしてもう一人。人だかりとジョセフに落ち着きなく視線を走らせながらイライラと親指の爪を噛んでいるルイズがいた。 (何よ何よっ! だらしなくデレデレしちゃって!) いつも放課後にしているように、クラスメイト達に笑い話を聞かせているだけの姿が、どうしても今日のルイズには若い少女達に囲まれて喜んでいる様にしか見えない。当然、少女だけでなく少年もいるが、流石に少年達へは嫉妬を向ける事まではなかった。 (ジョセフは私の使い魔なのよ! ほらもうそろそろ授業じゃない、早く返しなさいよ!) 自分の使い魔を大切にするのは半ばメイジの義務のようなものだが、それを考慮に入れてもルイズの嫉妬っぷりは大したものである。 教室の騒ぎには頓着することもなく化粧を直しているキュルケは、禍々しいオーラを立ち上らせているルイズを一瞥してはぁと溜息をついた。 結局盗賊を捕まえたが、しかし事件解決の為に火竜山脈へ極楽鳥の卵を取りに行かなければならなくなったところで話は終わった。ミスタ・コルベールがやってきたからだ。 それぞれ席に戻る生徒達と同じように、ジョセフもルイズの隣の席に戻ってくる。 やっと自分の側に戻ってきた使い魔の暢気な横顔に怒りが込み上げてくるものの、それをぐっと飲み込んでギギギと視線を前にやった。 さてコルベールの授業だが、今日は何やら奇妙な物体をレビテーションで運んできたのを見た生徒達は各々「ああ、今日は休講か」と判断する。 彼は生徒の教育に冷淡というわけではなく、むしろ情熱を持った部類の教師ではあるのだが、それ以上に自分の研究に対して非常な情熱を傾けている。 結果、自分の授業の時間をちょくちょく研究の成果を披露する場にしてしまうことは珍しいことではなく、私語にかまける生徒達をほったらかしにしたまま自信たっぷりに高説を繰り広げる光景が展開されるのだ。 今日も今日とて金属の筒やパイプやふいごなんかが組み合わさった装置を見たルイズは、授業時間が無駄になることを悟りつつも、とりあえずはコルベールの説明を聞く事にした。 コルベールが滔々と語る言葉によれば、火の系統は破壊だけではなくもっと別の使い様があるはずだと言う。メイジが自分の得意とする系統を殊更に褒め称えるのは珍しいことでもないし、現にコルベールも炎蛇の異名を持つ火のトライアングルメイジである。 しかし彼は他の火系統のメイジとは違い、火の魔術の本領とも言える破壊に関してはあまり重要視していない節が見られた。むしろ他の系統と比較するとやや劣る応用性を火の魔術に求めようとしていたのだった。 そのせいか、他の火系統のメイジからは多少なりとも軽んじられている。同じく火系統のトライアングルメイジのキュルケは、コルベールの授業を頭から聞くつもりがなかったりもする。 油と火の魔法を用いて動力を得ると自信満々に発明した装置を披露したコルベールだったが、如何せんその装置が何をやるかと言えば、装置の中からヘビの人形が出たり入ったりするだけだった。 呆れた顔をしながらも一応は最後まで付き合う生徒の人数も最近では減少の一途を辿っており、最近では大体の生徒がさっさと見切りを付けて近くの生徒達と実りある私語に没頭している。 コルベールが自慢の発明品を披露した際の日常的な反応だが、当のコルベールは何度も繰り返された状況に悲しげに眉を寄せながらも、それでも懸命に説明をする。 それに反応する生徒は更におらず、反応があったとしても「そんな装置使わなくても魔法使えばいいじゃない」という……ハルケギニアでは至極真っ当な返事だった。 勉強が嫌いではないルイズとしては、こんな益体もない講釈を語られる暇があったらもっと魔法の勉強をしたいというのが本音である。 せっかくの授業時間が無駄になった、と頬杖付いて溜息をつこうとした瞬間、横から大きな拍手が聞こえた。 不意の拍手に驚いてそちらを見れば、ジョセフが立ち上がって拍手をしている……つまりスタンディングオベーションの形を取っていた。 「ブラボー!! おお……ブラボー!! 素晴らしいッ、それこそ正に『エンジン』ッ!」 教室中の視線を再び一手に集めながらも、ジョセフは心からの賛美を惜しまず手を打ち続けていた。 「えんじん? ええと……君はどなたかね?」 突然浴びせられる賛美の声に、コルベールも虚を突かれてジョセフを見た。 「おっと、わしの名はジョセフ・ジョースター! そんなことよりそいつぁエンジンじゃ、もわしのいた国では、そいつを使ってミスタ・コルベールが説明した通りのことをしとるんじゃ。いや、それにしても素晴らしい!」 「ちょっとジョセフ! いきなり何目立つようなことしてるのよ!」 ルイズが慌ててジョセフのシャツの裾を掴んで座るように手を引いたものの、思いがけないものを目撃して興奮したジョセフはビクともしない。 「ミスタ・コルベール! そいつはアンタが一から作ったんですかな!? もし良ければそいつについてもっと話をしたいんじゃが!」 それどころかルイズに裾を掴まれていたことさえ気付かず、そのまま主人の手を離れて教壇のコルベールへと早足で近付いていき、そこから装置の成り立ちや仕組みについて生徒達を完全に放置してハゲとジジイだけが大盛り上がりする、奇妙な光景を展開させる。 さっきまで興味なさげに聞いていた生徒達も、「おい、ジョジョがあれだけ食いつくってことはあの装置はすごいものなんじゃないか?」と、先程とは違う食い付き方を見せて周囲のクラスメイト達と盛り上がり始めていた。 だがルイズは一人、ついさっきまでシャツの裾を掴んでいた手をじっと見つめた後、周囲の盛り上がりをよそに机に突っ伏して目を閉じ、考えるのを止めた。 結局授業時間が終わるまでジョセフとコルベールの会話は続き、今日一日の授業を自習にしてジョセフを自分の研究室へ招待する事を提案されたジョセフがそれを快諾した所で、ルイズはむくりと身を起こし、少しばかり怒りを込めてジョセフを見やる。 主人が自分をじとりとした視線で見つめているのも気にすることなく、あっけらかんとした声を掛けた。 「おうルイズ、わし今からコルベールセンセんトコに行くことになったんじゃが来るか?」 「………………ええ、ご一緒させて頂きますわ、ミスタ・コルベール」 今にも口から飛び出しそうになった怒りをしっかり飲み込んで、精一杯の儀礼的笑顔を貼り付けて、嫌味たっぷりの挨拶を引き攣りながらも言い切った。 「おおそうかね、ミス・ヴァリエール! 是非来てくれたまえ、ミスタ・ジョースター! 見学は大歓迎だよ!」 「よしよし、んじゃあそうなったら善は急げじゃな!」 しかしハゲとジジイは少女の刺々しい皮肉を察するどころか完全に気付く気配もなく。大張り切りでこれからの予定を決定してしまう。 そのまま三人は本塔と火の塔の間にあるコルベールの研究室へ向かった。 「さあここが私の研究室だ。初めは自分の居室で研究をしていたのだがね、研究には騒音と異臭は付き物でね。隣の部屋の連中から苦情を頂いてしまった」 「ふうむ、実に趣のある研究室じゃなあ」 ジョセフが感心したように言うが、虫の居所が悪すぎるルイズはもっと率直な意見を言い放った。 「ただのボロい掘っ立て小屋じゃない」 研究室という言葉をこの掘っ立て小屋に適用するなら、その辺りの物置も研究室になりかねない。 「いやいやルイズ、実に悪くない。このハルケギニアであんなエンジンを一人で一から作るような研究者の拠点としちゃー実に上出来じゃぞ?」 コルベールが開けたドアから三人が小屋に入るが、途端に匂った異臭にルイズは眉間の皺を更に深めて後ずさって鼻をつまんだ。 「な、なによこの臭い!」 「なあに、臭いはすぐに慣れるものだよ」 小屋の中は棚や机の上に所狭しと並ぶ薬品のビンや試験管に雑多な研究器具があり、壁一面の本棚にこれでもかと本が詰め込まれ、その他にも天体儀や様々な地図、オリの中にヘビやトカゲに奇妙な鳥と、ガラクタと紙一重な混沌とした物品で溢れていた。 それに埃やカビが混ざり合って、貴族育ちのルイズがついぞ嗅いだ事のない悪臭が醸し出される。ルイズは室内に入ろうともせず、外から抗議の声を上げた。 「レディにこんな鼻が曲がりそうな臭いの中に入れと仰るんですか、ミスタ!」 ルイズも目上の人間への礼儀を十分身に付けている。普段ならもう少し穏便な抗議をしていただろうが、コルベールは気分を害した様子もなく苦笑して肩を竦めた。 「ご覧の通り、御婦人方にはこの臭いは非常に不評でね。見ての通り、私は独身である」 「はは、まーしょうがなかろうな。主人にこの匂いは刺激的過ぎるようじゃな、一味違うというヤツじゃからのう」 ジョセフもコルベールと会話を続けるうちにいつの間にかタメ口を利いていたが、コルベールは平民の無礼な態度を気にする様子を見せない。研究の理解者が突然現れた喜びの他にも、そもそも身分の差を気にも留めていないようだった。 「まー、あんな見事なものを見せてもらったんじゃ。まだまだ改良の余地はあり放題じゃが、一人でエンジンを作った栄えある技術者じゃからな。そういう人には、わしとしても協力をしたいとは思うんじゃよ」 そう言った瞬間、ジョセフは手袋を脱ぐとかちゃりと左腕を外す。 「ちょ!? いきなり何してんのよ!?」 外から中の様子だけは伺っていたルイズが驚きの声を上げるが、ジョセフは取り外した義手をぶらぶらと揺らして見せた。 「いやー、ここに来てからコイツのメンテナンスをちっともしてなかったんでな、ちょいとキリキリ言い出してきたんじゃよなァー。まあコルベールセンセは最初にわしの左手見とるし、エンジン組める実力があるならちょいとメンテも頼めるかのうと」 そしてルイズからコルベールに視線を戻し、コルベールに義手を差し出す。 「わしのいた国でも最高級の義手じゃ。コイツの仕組みは次のエンジンを設計する時には大いに参考になるじゃろうからな。そうそう、あんまりバラしすぎて元に戻せませんでしたッつーのはカンベンしてくれよ?」 ぱちり、とウィンクしてみせるジョセフから、コルベールは興味津々な様子で義手を受け取った。甲に浮かんでいたルーンを見て、やっとコルベールはジョセフが伝説の使い魔ガンダールヴだということを思い出した。 「ほう、これは……まるで彫刻のような造形だな。どれ、少し分解して仕組みを確認させてもらおう」 床に置かれていた工具箱から幾つか工具を取り出して、机の上に置いた義手の分解に取り掛かるコルベール。作業に入ってさしたる時間も置かず、コルベールの顔を驚きが占めた。 「これは……何という事だ! まさかとは思うが、これの動作に魔法は一切使われていないのかね!?」 「おうともさ、わしの懇意にしてる技術者の汗と涙の結晶じゃ」 スピードワゴン財団謹製の義手は、地球でもオーパーツ並の完成度を誇る代物である。金属質な外見も手袋を被せてしまえば、生身の手と同じように日常を送ることが出来る。 かつてルーンを確認した時は、義手が稼動する所も見ていなかったが、こうして中身を見ればこれがとてつもない技術で作られている事がすぐに理解できた。 「ふむ、様々なパーツを組み合わせることによってこんなに自然な動作で人間の手を再現するとは……。すごいな、君の国ではこんな技術が普通にあるのか。一体どこの国の生まれかね」 コルベールの問い掛けに、外から中の様子を伺い続けているルイズの顔色が変わる。 「え、ええとミスタ・コルベール! 彼はその、ええと、東方のロバ・アル・カリイエから召喚されたんです!」 「なんと! あのエルフ達の住まう地の遥か向こうの国からかね! 召喚されて来ているのだから、エルフの地を通らずともここにやってこれた訳か……なるほど、東方の地では学問、研究が盛んだと聞いた。かの国はこんなに技術が進歩していたのか」 咄嗟にルイズが言い繕った言葉に納得したコルベールに、ジョセフが続けて言った。 「ああ、実はわしこっちの世界の住人じゃないんじゃよ」 ルイズとコルベールの動きが、時を止められたように止まった。 「何と言ったね?」 「あ、ああああ、あんた何を言って……!」 豆鉄砲を食らったような顔をするコルベールと、狼狽するルイズに構わずジョセフは言葉を続けていく。 「ハルケギニアとは違う別の世界から主人に召喚されてこっちに来たんじゃ。この前フーケのゴーレムブッちめた破壊の杖も、そもそもわしの世界の代物なんじゃよ」 あっさりと自分の素性をバラした使い魔に駆け寄ると、ルイズは渾身のチョップ……いや、貫手と称していい一撃を脇腹目掛けて打ち込んだ。 「ぐはっ!?」 「こ、こ、こ、このボケ犬うううううううううう!! 何ご主人様がかばってあげてるのに自分からいきなりバラしちゃうのよ!?」 はーはーと息を荒げてピンクの髪から湯気を立ち上らせるルイズに、ジョセフは脇腹擦って口を尖らせた。 「んなコト言われてもルイズよォー、いくらロバ・アル・カリイエとやらがこっちじゃ未知の国じゃっつってもそんな取って付けたウソなんかすぐバレちまうぞ。そんなモン、わしがこの義手を渡して分解させるって時点で自分の素性くらいバラすつもりじゃったしよ」 そこからきゃんきゃんわめく主人を適当に宥めているジョセフを、コルベールはまじまじと見つめてから「なるほど」と、納得したように頷いた。 「おやセンセ、思ったより驚かんな」 「そう見えているかね? だが確かにそうだ、君がミス・ヴァリエールの使い魔になってからの言動や行動を鑑みるに、ハルケギニアの常識の範疇を越えた所に君は存在している。そうか、それならぱ合点がいく。そうかそうか……これは面白い」 「ふーむ。まあ一人でエンジン作っちまうのもそうじゃが、センセも大概こっちの世界の常識を踏み越えとるタイプじゃないかのォ」 「ははは、常々そう言われるよ。そのせいで齢四十を越えても嫁の一人すら来ない。だが、このコルベールには信念があるッ!」 「信念かね」 「そうだ。この世界の貴族は魔法をただの道具……せいぜいが使い勝手のいい箒程度にしか考えていない。だが私はこう思うのだ、魔法は多様な可能性を秘めている。伝統や格式に捕われていては見えない、光り輝く黄金のような価値が魔法には存在する!」 力強く言い切るコルベールに、ジョセフもまた感じ入って頷いた。 「その通りじゃよセンセッ! わしの世界でも人間は長い年月をかけてコツコツと進歩してきた! その中で世界を進歩させてきた先駆者は、周りから笑われ理解されずとも自分の信じる道を歩んできたものじゃからなッ!」 「そうか、そうやって進歩した技術の結晶がこの義手という訳か! 正直に告白しよう、私は自分の研究が果たして何処に繋がるのかと不安になったこともある! だが君の話を聞いて、私の信念が間違っていないことを知ったッ! ふむ、異世界か……ハルケギニアの理だけが全ての理ではないということか! なんという面白さ、なんという興味深さ! 私はそれをもっと見たい、もっと知りたいッ! 見知らぬ世界で作り上げられた技術にハルケギニアの魔法を加えれば、まだ見ぬ新たな技術が生まれるだろう! 私の魔法の研究に、新たな一ページが書き加えられることだろう! だからミスタ・ジョースター、困ったことがあったら何でも私に相談してくれたまえ! この炎蛇のコルベール、いつでも力になろう!」 二人だけで大盛り上がりするハゲとジジイを眺めていたルイズは、やがて諦めの溜息を深々と吐いた。 男と言うものは群がると時々理解できない話題で自分達の世界を作ってしまう。いつぞやギーシュとヌーベル・ワルキューレを作る相談をしていた時にも似たような光景を見た記憶があった。 ルイズはこれ以上の干渉を断念して、黙って学生の本分に戻ることにした。 昼食時、ウェールズの居室へ昼食を取りに来たジョセフがキリキリしなくなった義手を嬉しそうに見せびらかすのにも、ルイズはただ大きな溜息だけで答えたのだった。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/555.html
「…それで、その『ゼロのルイズ』が平民を助けたと言うのか」 「ええ、そうよ」 城下町の小さな劇場に、サイレントの魔法で包まれた二人組がいた。 一人は仮面を被った男、もう一人はミス・ロングビルである。 ロングビルが男に話したのは、ルイズに関することだった。 昨日、モット伯の別荘に平民が連れて行かれたのを知った『ゼロのルイズ』は、単身でモット伯の別荘に乗り込んだ。 それを知ったロングビル、タバサ、キュルケの三人は、タバサの使い魔シルフィードに乗り、モット伯の別荘へと急いだ。 途中、馬で逃げようとしたモット伯を発見し、ロングビルが保護。 別荘に向かったルイズはシエスタを背負って屋敷から出てきたが、キュルケとタバサを見るなり気を失った、現在シエスタが看病している。 モット伯を魔法学院で保護しようとしたが、そこにマンティコア隊が現れ、モット伯のバックを没収し、モット伯の身柄は拘束されてしまった。 翌日オールド・オスマンから話を聞くと、モット伯は以前から汚職の件で疑われていたのだと言う。 モット伯が持ち出した書類の中からその証拠が発見され、最低でも身分剥奪は免れないとか。 「…腑に落ちん、『ゼロのルイズ』と呼ばれるメイジが、モット伯に仕えていたメイジと戦い、勝利したというのはな」 「実力を隠してたんじゃないかしら?…それにしても、ずいぶんあの娘のことが気になるのね」 ロングビル…いや、本物の『土くれのフーケ』は、宝物庫でこの男から受けた脅迫を忘れたかのように、男をからかいつつ話を進める。 男は、それがフーケの虚勢だと気づいているのだろうか、男はフーケに言い返した。 「気にしているのはお前の方だろう、平民を助けようとするメイジに、心を乱されているようだな」 「………」 フーケは、何も言い返せなかった。 さて、場面は移り、ここはトリスティン魔法学院の女子寮。 ルイズが目を覚ますと、すでに日は高かく昇り、午後の授業が始まる頃の時間だった。 驚いたルイズはベッドから飛び起き、ベッドから降りようとすると、なぜかベッドの脇に置かれている小さな机に足を引っかけ、盛大に転んでしまった。 どべちーん、と音を立てて、おでこから床に落下したルイズ。 「ルイズ様!」 それを見て驚いたのはメイドのシエスタ。 なぜかルイズの部屋にいたシエスタは、ルイズを助け起こすと、こんな所に机を置いた私が悪いんですと謝り始めた。 そんな事はどうでも良いから、なんでシエスタがここに居るの?と問うルイズ。 謝り続けるシエスタ。 何がなんだか分からずシエスタを慰めるルイズ。 授業が終わり、夕食前にキュルケとタバサがルイズの様子を見に来るまで慰め合戦は続いた。 「それにしてもあんた、凄いじゃない、タバサが感心してたわよ」 「……」 キュルケの言葉に無言で頷くタバサ。 だが、当のルイズは何の話なのか分からず、頭にクエスチョンマークを浮かべた。 何の話なのか質問しようとした時、シエスタがルイズに頭を下げた。 「あの…ルイズ様、助けて頂いて、本当にありがとうございました」 「助けて?…って、あ、そっか、シエスタ!あの変態に何かされてない?大丈夫?」 ルイズはシエスタの一言で、モット伯の別荘で起こったことを思い出した。 「呆れた!ルイズ、あんた今まで自分が何をしたのか忘れてたの?」 キュルケが両手を左右に開き、ジェスチャアを交えつつ、心底呆れたように言う。 そしてタバサはルイズの若年性痴呆症を疑っていた。 ルイズには地下牢でオークに殴られてからの記憶がはっきりしていない。 タバサが言うには、ミス・ロングビルはオールド・オスマン不在の間、学院に異常がないか監視するように言われていた。 夜間外出したルイズを見たロングビルが、マルトーに話を聞き、キュルケとタバサの二人に頼んでルイズを追いかけたそうだ。 破壊された別荘のテラスにルイズとシエスタを発見し、すぐさまシルフィードで助け出したが、ルイズは気を失っていた…という事らしい。 窓から別荘の廊下を見たタバサは、風を使うメイジとルイズが戦ったのではないかと分析した。 キュルケは、ルイズは前兆のない『爆発』を起こせると知っているので、タバサの考えに異論を挟まなかった。 ほかの生徒たちはルイズが何をしたのかまでは知らされていないが、おそらくルイズがほかのメイジと戦えば惨敗すると思っているだろう。 何よりも驚いたのは、オークに立ち向かうルイズの話だ。 杖のないメイジがオークに立ち向かうのは自殺行為と言える、しかし、シエスタを守ろうと自ら危険な役を引き受けたという。 キュルケにとって、ルイズを含むヴァリエール家は宿敵だが、ルイズに対しては友情に近い感覚が芽生えている、すでに彼女は『ヴァリエール』ではなく『ルイズ』と呼んでいるのだから。 もっとも、本人はそれを否定するだろう、素直になれない友人に、少しだけ苦笑いするタバサだった。 「…いけない」 突然、タバサが立ち上がった。 タバサの表情は変わらなかったが、いつになく緊迫した雰囲気が漂っている。 その様子に驚いた三人は、タバサから目が離せなかったが、遠くから響く夕食終了の鐘の音を聞いて、慌てて食堂へと移動した。 「あちゃー、片づけられちゃったわね」 そう言いながらテーブルを見渡すキュルケ。 タバサは誰かが食べ残した食事を見て、自分の好物が無惨にも残されているのに気づき、少し腹が立った。 ルイズも空腹感はあったが、ちょっと疲れているので、いつものコッテリとした夕食を思いだし、食べなくても別に良かったかなと考えた。 そんな三人にシエスタは、おそるおそる話しかける。 「あの、私、料理長に掛け合ってみます」 「いいわよ、遅れたのが悪いんだし、規則は守らなきゃね」 ルイズはシエスタを庇うように言う、そうでもなければシエスタは自分のせいだと思いこんでしまうからだ。 「あら、いいじゃない、たまにはぬるいスープじゃなくて作りたてを食べたいわよ」 「ハシバミ草大盛り」 キュルケとタバサの遠慮のない言葉に苦笑いするルイズだったが、シエスタは嬉しそうに微笑んでいた。 シエスタが交渉する間もなく、ルイズが来たと聞いた料理長によって、三人は厨房へと招かれた。 料理人たちの食事である『まかない』を作っている最中だったが、その香りにキュルケとタバサは鼻をひくつかせた。 「美味しそう」 グー… タバサが小さく呟くと、タバサのお腹がグーと鳴った。 「何よ、タバサったら食いしんぼ…」 グー… 続いてキュルケのお腹も鳴る。 「二人ともお腹すいてるんじゃない」 グーー そしてルイズのお腹がひときわ盛大に鳴り響いた。 「あんたが一番」「食いしん坊」 ルイズは、キュルケとタバサに言い返すことも出来ず、顔を真っ赤にした。 「ほっほっほ、お前たちもつまみ食いに来たか?」 厨房の奥から出てきた意外な人物は、三人を見ると嬉しそうに声をかけた。 オールド・オスマンである。 オスマンは三人を厨房の奥のテーブルへと招くと、そこには厨房で働くメイドや料理人達がいた。 オスマンはテーブルの端に座ると、キュルケ、タバサ、シエスタ、ルイズの席を々席に着くように促す。 貴族嫌いのマルトーが仕切る、普段の厨房の様子からは考えられないほど、ルイズ達は好意的に迎えられた。 「ええと、ヴァリエール公爵嬢様、シエスタを助けてくれて、本当に、ありがとうござい…ます」 「ほっほっほ、マルトー、お前が敬語を使ったら雨が降るわい」 オスマンが笑うと、マルトーは頭を振って、少し恥ずかしそうにした。 「ミス・ヴァリエール、魔法学院で学ぶ生徒達は、国家の宝であるとは何度も申しておるな。ここに居る料理人達やメイド達も、魔法学院にとっての宝であることに代わりはない。貴族の横暴によって損なうことなど、決してあってはならん」 料理人やメイド達、そしてルイズ達もオスマンの話を神妙に聞いている。 「魔法学院の長として、ワシからも礼を言わせてもらうぞ、ミス・ヴァリエール。『身分に応じた責任を負う』それがメイジを貴族たらしめる理由じゃ。今回の件は国家預かりになっておるが、ワシは勇気ある行動を尊敬するぞ」 ルイズはオスマンの言葉に驚いた。 ほかの料理人、メイド達までルイズにお礼を言い始めたので、更に驚いた。 今までに感じたことのない、むず痒い気持ちに困惑してしまう。 子供の頃から魔法が使えず、メイジとして失格とまで言われてきた。 しかし今はどうだ、『貴族』として尊敬を受けているのだ。 「さあ、お友達の二人も食べていってくれ、腕によりをかけたんだ!そうだ、おいシエスタ、34年もののワインがあったな、あれを三人に出してくれ」 マルトーが威勢の良い声で料理を作り、そして運ぶ。 次々にテーブルの上を彩っていく料理の数々に、キュルケは素直に感心した。 「何よ、これがまかない料理って奴なの?…美味しいじゃない、あんたたち厨房でこんな美味しいもの食べてるなんてずるいわよ」 タバサも無言で食べ続ける、心なしかいつもよりペースが速いぐらいだ。 「ところでマルトー、せっかくじゃから、ワシの分もワインを…」 「ちょっと、学院長、またミス・ロングビルに怒られますぜ」 「彼女は城下町に用があって出かけておる、酒は別れによし再会によしと言うじゃろう、ここにいるヴァリエールがおらねば、シエスタと再会できなかったかもしれんのじゃぞ?野暮なことを言わずワインを出しなさい」 「そこまで言うなら、アッシも飲ませてもらいますぜ!」 「ベネ!」(良し!) 妙にノリの良い学院長の一言で、全員に振る舞われる酒。 ルイズは、自分が記憶を失っている間に何が起こっていたのか、これから先どうなってしまうのか、姫様から頼まれた用事を前にしてこんな事をして大丈夫だったのか… 等々、いろいろな事が頭を駆けめぐった。 だけど、今はとにかくこの時間を楽しもうとして、ワインをあおった。 ワインは確かに美味しいものだったが、この楽しい雰囲気と、マルトー特製の料理は、酒の肴にするには勿体ないと感じた。 そして飲み過ぎた。 翌日、シエスタは恥ずかしそうに、四人分の布団と下着を洗っていたとかいないとか。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-13]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-15]]}