約 1,076,758 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1617.html
宮中から戻ってきたルイズ一行。学院に戻ってすぐに、ルイズはオスマンに呼ばれて学院長室に向かった。 オスマンから始祖の祈祷書を渡され、その旨をルイズは聞かされる。 その際ルイズは、先程会話の途中に豹変したアンリエッタのことを思い出し、複雑な心境だった。 ゼロの奇妙な使い魔~フー・ファイターズ、使い魔のことを呼ぶならそう呼べ~ [第三部 未来への祈祷書] 第一話(16) 崩壊への序曲 その① 「僕のルイズー!クックベリーパイを持ってきたよー!」 学院長室から戻ってきたルイズを待ち受けていたのは、クックベリーパイを持ったマリコルヌだった。 「な、何よマリコルヌ。そんなもの持ってきて。」 暗くぼんやりとしたルイズが言う。 「きっと落ち込んでいるだろうと思って差し入れを持ってきたんだ。」 アンリエッタ云々の件はマリコルヌは知らない。 しかし信頼していたワルドに裏切られ、目の前でウェールズが肉塊になった。 マリコルヌはそれを考え、ルイズはきっと落ち込んでいるだろうと踏んだのだ。 「そ、そんなことされなくたって落ち込んでないわよ!ででで、でもね、折角持ってきてくれたんだから、たたた、食べないのは悪いわよね。 とっととと、特別に私といっしょに食べることを許可してあげるわ。ヴェストリの広場に行きましょう。」 「よ、よろこんで、僕のルイズ!」 ルイズはマリコルヌの行動に瞳を潤ませて感謝していたが、そんな顔を見られたくないので先頭をきって歩く。 ヴェストリの広場に到着した二人は、その場に腰掛けてクックベリーパイの皿をを地面に置く。 マリコルヌのマヌケな話を笑いながら食事をしている二人。 その様子を一人の人物が偶然目撃する。タバサだ。 (ルイズ…キュルケが死んだのに、仲の良い友人が殺されたっていうのに…貴女はどうしてそんなに笑っていられるの…。) キュルケの死が未だに頭から離れないタバサ。 キュルケの代わりにルイズを心配しようと考えていたその気持ちは、笑っているルイズへの憎しみへとかわっていった。 タバサはそのまま自室に戻り、キュルケのことを思い出し、眠った。 第一話(16) 崩壊への序曲 その② 「う~ん。まったくもって思いつかないわ。」 始祖の祈祷書と睨めっこをしながら、再び復活したFF下っ端に話しかけている。 その横にある窓からは、シルフィードに乗って出かけていくタバサが見える。 ただしルイズはそのことには気が付いていないのだが。 日はあけ、ワルド戦からは二日も経っている。 つまりタバサがプッチ神父と接触してから三日後だ。プッチとの約束の日である。 タバサは待ち合わせの魅惑の妖精亭に向かう。十二時という約束であったが、タバサはいても経ってもいられず、明け方に出発した。 勿論時間に余裕がありすぎるくらい早くついたので、そのあたりを散歩してから、約束の三十分前に店に入った。 するとそこにはあの男、プッチが既に座っていた。 タバサは警戒気味で椅子をひき、座った。 「これが解毒剤だ。」 タバサが座るとすぐに、プッチは液体の入ったビンを目の前に差し出す。 タバサは少し疑り深い目をしながら受け取った。 どうしてこのような物を持っているのか気になったが、それは口に出さない。 「それを飲ませれば君の母親はすぐに良くなるだろう。」 タバサは無言で頷く。 「次は父親の仇だ。実行するときは私を同伴しろ。そうすればいつでも討てる。」 「じゃあ今すぐ。それで条件は?」 タバサはことを急ぐ。何が何でも仇は早く打ちたかった。 「前に言ったと通り、天国に到達するための手伝いをしてほしい。そのためにまずは君に王位を継承してもらいたい。」 その後、話は纏まり、二人は魅惑の妖精亭を後にして、シルフィードでガリアに向かった。 第一話(16) 崩壊への序曲 その③ 「以上のことからマザリーニ枢機卿を幽閉します。賛同者は起立して下さい。」 ここは王宮の一室。アンリエッタ、マザリーニ、その他多くの貴族が今後のことで話し合っていた。 そしていきなりマザリーニの話になる。そこでマザリーニは全く身に覚えのない行為についての訴えを受けた。 横領しているだの、権力を好き勝手に使っているだの、貴重品の盗難の主犯だの言いたい放題だった。 そして話が続き、文頭の一文に繋がる。マザリーニ以外の貴族がみな、立ち上がる。 マザリーニは絶望したかのように力が抜けた。一体何が起こっているのかと。 アンリエッタの命で、扉を開け、兵が入ってきてマザリーニを連行する。 「さぁ、会議を続けましょう。」 アンリエッタの一声で、規律した貴族たちが座る。 彼らはリッシュモンとその息のかかった連中である。 「王党派のふりをしてトリステイン領を攻撃。その名目でアルビオンの内紛に参入。 そしてレコン・キスタと共同戦線。王党派と邪魔になりそうな者を相打ちさせる。わかりましたね。」 アンリエッタが話を進める。 「攻撃対象はタルブの村が候補地としてあがりましたぞ。」 「ご苦労様です、リッシュモン高等法院長。では軍役免除税を払った者はどうやって排除するのがいいと思いますか?」 「何か適当な罪をかぶせて幽閉するのが良いでしょう。戦争が楽しみですな、姫殿下。」 「ええそうね、とても楽しみだわ。ウフフフフフ。」 このあと、太后マリアンヌやアニエス・ミランなどが幽閉されていった。 第一話(16) 崩壊への序曲 その④ プッチとの約束のあった翌日、本日はシュヴルーズの授業である。 ガリアに向かったタバサは当然帰ってきていないので、無断欠席だ。 「タバサは一体どうしたのかしら?」 「そうだね、どうしたんだろう。」 ルイズはマリコルヌに話しかけていた。 同じ目的を持って旅をしたのだ。当然仲は良くなる。 それを見たシュヴルーズは、とてもルンルンで微笑んでいた。 そしてマリコルヌにいいところを見せる場面を用意してやろうとして、言った。 「ではミスタ・グランドプレ。みんなの大好きな錬金ですよ。やってみてください。」 それを聞いてルイズは思い出した。マリコルヌは現在魔法が使えないのだ。 マリコルヌがあまりにも明るかったので失念していた。ルイズはそう思った。 そして、前に出て魔法を使おうとしないで、と祈った。 だがマリコルヌは前に出て行く。そして錬金を唱えるが何もおきない。 周りは大爆笑だ。ルイズは、自分を庇ってその能力を失ったマリコルヌが笑われているのを見て、泣いて呟いた。 「ごめん、ごめんねマリコルヌ。私のせいで…。」 そんなルイズの声も聞こえないくらい野次が騒がしい。そしてある生徒がこんなことを言った。 「最近ゼロのルイズと仲が良いからなぁ。ゼロが移ったんじゃあねぇのか。ゼロのマリコルヌ!」 周りは更に爆笑する。しかし、そこで先程までシュヴルーズに心配そうに話しかけられたマリコルヌが、生徒のほうを向き声を荒げる。 「ルイズを侮辱するな!僕だったらいくらでもコケにしたまえ。だがルイズを馬鹿にするのは許さない!謝れ!」 そして静寂が訪れる。ここで何とかシュヴルーズが取り直し、授業は無事に再開した。 第一話(16) 崩壊への序曲 その⑤ 授業の後、二人は食堂にいた。 「ごめんねマリコルヌ。私のせいであんなことになったのに、私を庇ってくれて…。」 「泣かないでよ、僕のルイズ。当然のことをしたまでなんだから。それに最近泣いてばっかりだよ。笑っておくれ、僕のルイズ。」 この言葉にルイズは涙をぬぐう。そしてその後の第一声はというと… 「な、泣いてなんかいないんだから!そそそ、それに庇ってなんて一言も言ってないわ!私はあんなのまったく気にしてないんだからね!」 それをシエスタが微笑ましそうに見て呟く。 「いいなぁ、恋人がいて。それにしてもミス・ヴァリエールはどうして連れてこないんだろう。 フー・ファイターズさんとお話がしたかったのに。」 フー・ファイターズが食事を摂取しないということはすっかり忘れてしまっている。 しかし、直後に耳にしたことで、シエスタの周りは時が止まってしまう。 「おい、聞いたか、タルブの村の話。」 「ん、何かあったのかい?聞いたこともない村の名前だけど。」 「何言ってんだよお前、今は結構有名だぞ。」 「だから一体何なんだよ。」 シエスタはここまでの会話の流れで、龍の羽衣の噂でも広まったのかなぁ、なんて微笑んでいた。 だがそれは違ったのだ。 「昨晩なにやらアルビオンの王党派が、食料を手に入れるために襲ったんだとよ。」 「げぇ、本当かよ。いくら貴族派に追い詰められているからって、そんなことして貴族の誇りはねぇのかよ。こりゃあトリステインも敵に回したね。」 「そうなんだよ。村人も皆殺しにされたらしくて、姫殿下も途轍もなくお怒り、すぐさま討伐軍を編成したらしいぜ。」 「こりゃあ大変なことになったな。まさか貴族派の肩をもつなんて予想外の展開だね。」 シエスタは、持っている皿を床に落とし、その場に座り込んで泣いてしまった。 食事中の生徒たちは、何事かと一斉にシエスタを見たが、他のメイドたちがシエスタを奥の部屋に連れて行き、割れた皿を片し、生徒たちに謝ったので、何事もなかったかのように場は収まった。 to be continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1260.html
夜。ギアッチョはベランダの手すりに背中を預けて、あおむけに空を見上げていた。 「一つだけの月なんざ、もう長く見てねえ気がするな・・・」 片手に持ったワインを飲み干して、柄にもないことを考える。 グイード・ミスタとジョルノ・ジョバァーナ、あの二人と戦った夜、たった一つの地球の 月は自分を照らしていたのだろうか。ついぞ空など見上げなかったことを思い返して、 ギアッチョは首を振る。 黒い手袋に三角形に覆われた己の右手に、ギアッチョは眼を落とした。この手で 無数の人間を葬って来たことを思い出す。対抗組織の人間を、彼は腐るほど 殺して来た。しかしその一方で、組織の障害となるというだけのやましいところの ない人間をその手にかけたことも一度ならずあった。 罪悪感はない。後悔もない。ギアッチョは、ただ生きたかっただけだ。パッショーネの 庇護なしには生きられない世界に絶望し、殺さなければ生きられない世界に絶望 しても尚、ギアッチョは生きたかった。唯一つの拠り所で、リゾットのチームで、 なんとしても生き抜きたかった。だからギアッチョは、人が牛を、豚を、鶏を 殺すように人を殺した。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――そして最後に殺された。 この世を修羅道と見紛わんばかりの凄絶な人生だった。ギアッチョにとって殺人は、 もはや呼吸と同じほどに当たり前の行為としてその身に染み付いている。まともな 人の心など、とうの昔に消え去ったはずだった。 しかし。 ならばなぜ、自分はルイズに付き従っているのだろう。ルイズを庇い、叱り、助けた のだろう。ギーシュを殺さなかったのは何故だ?キュルケを叱ったのは?タバサを 助けたのは? リゾットチームのほかには、ギアッチョの世界には彼にとってどうでもいい人間か、 そうでなければ殺すべき人間しかいなかった。何故なら彼は暗殺者だったからだ。 イタリアにいてさえ、彼は災禍を振り撒く魔人だった。魔人であらねばならなかった。 別の世界に召喚されようが、使い魔として契約をしようが、彼の思考は、言動は 暗殺者としてのものだった。キュルケが殺されようが、タバサが身代わりに なろうが、ルイズが死んでしまおうがどうでもいいはずだった。なのに、何故自分は 彼女達を助けた? ――・・・贖罪のつもりってわけか? 後悔していないと思っていても、どこか心の奥底でわずかに罪悪感を感じていたの だろうか。彼女達を助け導くことで、無数の犠牲者への罪滅ぼしをしているのだろうか。 しかし、ならば死ねばいいだろう。例え何万人の命を救ったところで、ギアッチョが 殺した人々が蘇るわけではない。彼らが願うものは唯一つ、ギアッチョの死である はずだ。 それもいいかもな、とギアッチョは思う。イタリアに戻ったところで、もうどこにも彼の 居場所はない。そしてイタリアで生きる意味も、もはやありはしない。仇を討つ意味も また、存在しない。彼らはその命と誇りの全てを賭けて戦い、そして負けたのだから。 みっともなく再戦を挑むなどということは、彼らを侮辱する行為でしかないと ギアッチョは思っている。 ブルドンネ街のあの薄汚い裏路地のような場所で、惨めに哀れにのたれ死ぬこと こそが、自分に相応しい末路だ。この手で消した数え切れない命は、もはや ギアッチョが一秒でも早くその命を絶つことを願っているだろう。 ベランダから地面を見下ろして考える。氷の槍を作って飛び降りれば、それだけで 死ぬことが出来るだろう。ギアッチョは虚ろなまなざしで、数秒地面を見つめた。 ゆるゆると、実に緩慢な動作でギアッチョは顔を上げる。引き結ばれていたその 口からは、「・・・クッ」という声が漏れる。 「クックック・・・ どこにでもいるもんだよなァァ 全く度し難い人間ってのはよォォーー」 全然理解が出来ないことだが、自分が死ねばルイズはまた泣くだろう。自分を 友だと言ったギーシュはどうだ?キュルケとタバサは?一体どんな顔をするものか 自分には分からないが、バカみたいに真っ直ぐな奴らだ、また突っ走って危ない目に 遭うだろう。任務の情報が漏れている上に既に刺客が差し向けられていることを 思い出して、ギアッチョはやれやれと呟いた。結局自分は、どこまでも悪人なのだ。 いくら罪悪感を感じようが、いくら良心の呵責に苛まれようが、結局は自分の意思で 己の生死を決定出来る。自分の意思の赴くままに何かをすることに、微塵の躊躇も ありはしない。 ギアッチョは静かに笑いながら、己の左手に眼を向けた。そこに刻まれたルーンは、 使い魔の契約の証だった。 ――オレがこの手で命を救ったんだぜ 笑える冗談じゃあねーか ええ?おめーら・・・ リゾットの奴は責任をまっとうしろと言うだろう。プロシュートの野郎はマンモーニを 鍛え直してやれと言うかもしれない。メローネのバカはオレと代われと言いそうな 気がする。イルーゾォは、ホルマジオは、ペッシは、ソルベは、ジェラートは・・・。 地獄で自分を笑っているであろう仲間達を思い浮かべて、ギアッチョはフンと鼻を 鳴らす。この任務の間だけは、面倒を見てやろう。ギアッチョは今、そう決定した。 コンコンという音に、ギアッチョは部屋の入り口を見る。断続的に続くその音は、 扉から発されていた。 「入りな」 という彼の声で部屋に入ってきたのは、ルイズだった。ギアッチョは彼女を確認すると、 すぐに視線を外してまた手すりにもたれかかった。ルイズはベランダまでやって 来ると、ちょっと心配そうな顔でギアッチョを見る。 「・・・ねぇ どうして負けたの?」 今朝の決闘で、ギアッチョはホワイト・アルバムを使いもせずに敗北した。まさか力が 使えなくなったのだろうか、なんて心配しているルイズである。 「ワルドの野郎を信頼するな」と言いかけて、ギアッチョは口をつぐんだ。ルイズが ワルドに向ける表情は、自分へのそれとどこか似ている。確定もしていないのに 迂闊なことを言うべきではないだろう。 何故そう思ったのか、そこに意識が至らないままギアッチョは言葉を返す。 「剣の練習だ」 「そ、そう・・・」 ルイズは納得したようなしてないような微妙な顔になるが、それ以上は何も 言わなかった。何も言わないまま、ギアッチョの隣で同じように手すりにもたれ かかった。ギアッチョはルイズに、不思議そうに一瞥を向ける。 「・・・何か用でもあんのか」 しかしルイズは答えない。色んな感情の入り混じった、結果としてどこか悲しげに 見える表情で、何も言わずに空を見ている。何か悩んでいるのだということは 容易に察しがついたが、言う気のないことを根掘り葉掘り聞く気はない。そこまで 考えて「根掘り葉掘り」についてブチ切れそうになったが、自制心をフルに活用して 抑え込む。空気を読んだギアッチョにあの世で仲間達は涙を流して喜んでいる かもしれない。 「・・・ギーシュ達は何をやってんだ」 何とはなしにそう尋ねる。ルイズは無理に笑顔を作ってそれに答えた。 「酒盛りしてるわよ 皆アルビオンへ行くのが楽しみみたい」 「遠足気分だな・・・あのガキ共はよォー」 そう言うギアッチョに、ルイズは「全くだわ」と笑う。二人して空を見上げたまま、 また静寂が流れ――、 「・・・・・・・・・私、結婚するの」 やがてぽつりと、ルイズはそう言った。 反応が気になって、ルイズはこっそりギアッチョを見る。いつもの無表情で、 ギアッチョは何も変わらず空を見上げていた。 「よかったじゃあねーか 憧れの子爵様だろうが」 ホントに喜んでいるのならこんな表情はするわけがない。そう分かっては いるが、彼女が一体何に心を囚われているのか全く分からないので彼としても そう言うほかはなかった。しかし何かを期待していたらしいルイズは、更に 悲しげな色を深めた眼を伏せて、一言「そうね」と呟いた。 これだからガキはなどと思いつつも、このままルイズを放置するのは気分が 悪い。仕方なく身体を起こすと、ギアッチョはルイズに向き直った。 「何を迷ってるんだか知らねーがよォォ~~ 言いたいことがあるなら言いな オレじゃあなくていい キュルケでもタバサでもギーシュでも、言いたい奴に ぶちまけろ あいつらなら真摯に聞いてくれるぜ・・・多分な 些細な感情のスレ違いから身を滅ぼしたバカをオレは何人も見てきた おめーがそうなっちまうのは気分のいいことじゃあねーからな」 己の眼を覗き込むようにしてそう言われて、数秒の葛藤の後、 頬を染めながら彼女は恐る恐る口を開いた。 「・・・・・・・・・あの ・・・・・・えっと・・・その ・・・・・・・・・じゃ、じゃあ言うわ・・・」 深夜の静寂に自分の心臓の鼓動が煩いほどに響き、ルイズは大きく 深呼吸をする。そうしてからその真っ赤な顔を怪訝な眼で自分を見ている ギアッチョに向けて、ルイズは怒鳴るような勢いで口を―― ズズンッ!! 開けなかった。素晴らしいタイミングで大地が鳴動し、ベランダの外に 二度と見たくなかった 巨大なシルエットが闇を切り抜いて姿を現した。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1184.html
隣の部屋で情熱の炎が燃え盛っているのも知らず、ルイズは夢を見ていた。 ラ・ヴァリエールの領地にある屋敷の中庭にある池。 幼いルイズにとって、そこは安心できる『秘密の場所』だった。季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチやベンチがある。岸辺から池の真ん中に伸びる木の橋の先には小さな島があり、その島には白い石造りの東屋が建っており、ほとりには一艘の小舟が浮いていた。 常に手入れは行き届き、こじんまりとしているが風光明媚と称せる美しさを保っている。 かつては家族でこの池に浮かべた小舟で舟遊びをすることもあった。今は家族――父も母も二人の姉も、誰もこの池に興味を向けない。が、それ故に幼い頃のルイズにとってここは安息の地であった。 二人の姉に比べて魔法の成績が悪いと母に叱られた時、ルイズは決まってこの池に逃げ込むと小さな小舟に乗り込んで、用意していた毛布を被って隠れて泣きじゃくるのだ。 やがて一頻り泣きじゃくって顔を上げると、いつの間にか小島にやってきていたらしい、マントを羽織った立派な貴族と目が合った。 「泣いてるのかい? ルイズ」 つばの広い羽根つき帽子が顔を隠しているので、顔はよく見えない。だがルイズには彼が誰かすぐに判った。自分より十歳年上で憧れの子爵様。十六歳になってすぐに近所の領地と爵位を相続した憧れの方。父と彼の父の間で交わされた約束の人―― 「子爵様、どうしてここに?」 「ルイズの姿が見えないとお母様が探されておられてね。きっとここにいるだろうと思った」 だって君のことは何でもよく知っているからね、と囁くように言われたルイズは、かぁっと顔が赤くなるのを止められなかった。 恥ずかしいのもあったが、憧れの子爵様にそう言われて嬉しい、という気持ちの方が強いというのもあった。 「子爵様ったらいけない人……私なんかからかって、何が楽しいのかしら」 ルイズはこの頃から意地っ張りでつい憎まれ口を叩いてしまう性分だった。 「ふふ、今日はあの話で君のお父様に呼ばれてたんだけれど。それより先に、僕の小さなルイズにお目通り出来た僕は幸せ者だろうね」 だが子爵様はさも楽しそうに言葉を続けるものだから、ルイズの顔から赤みが去ることはなかった。 「だ、だって、私まだ小さいし……よく、わかんないわ」 目の前の子爵様が十六歳くらいということは、この頃のルイズは六歳くらい。やっと少女に差し掛かったばかりの幼いルイズには、恋とか愛とかと言われてもピンと来ないのだ。 けれど、そんなルイズでも一つだけは判ることがあった。 (私は、子爵様のことが大好き) 難しいことはよく判らない。でも優しくてかっこいい憧れの子爵様は、大好きだ。 「ほら、おいで。僕からお父様にとりなしてあげる」 そう言って差し出された左手を取り……違和感を抱いた。 あれ。子爵様は、こんなボロボロの手袋を付けてたかしら? それになんか、手が柔らかくない……なんか、銅像の手を握っているような…… 「ほれどうしたルイズ。早くせんと置いてっちまうぞ」 明らかに声の質が変わった! 今までの青年の声じゃない、明らかに老人の声! ばっ、と勢い良く顔を上げたルイズは、いつの間にか六歳のルイズではなく十六歳のルイズに戻っていた。 「あっ……あんた、どうしてここにいんのよ!」 「どうしてって言われても困るのう」 親指で帽子のつばを押し上げたのは、どこからどう見てもジョセフ・ジョースターだった。 「ここで押し問答しとってもしょうがないじゃろ? ほら、わしも一緒に謝っちゃるから」 そう言うと有無を言わさずルイズの身体を軽々と抱き上げ、おんぶしてしまった。 「何するのよ! 離しなさいよ!」 さっきよりずっと顔を赤くして頭をぽこぽこ叩くが、ジョセフは気にせず歩き続けていく。 「まあまあ気にせんでええじゃろ。どうせ夢なんじゃし」 身も蓋もないことをのたまうジョセフから離れようとするが、ハーミットパープルがしっかりと身体を縛り付けていて離れる事も出来ない。 だが不快では決してないというか、むしろ広い背中に背負われているのが安心する。けれどそう思っている自分に、どうにもいら立った気分が広がるのも事実だった。 うなされていたルイズががばっと勢い良く身を起こした。 窓の外を見ればまだ日も昇る気配すら見せず、二つの月が空を煌々と照らしている。 びっしょりと汗をかいていた額を袖で拭いながら、何故か荒くなっていた胸の鼓動と吐息を落ち着かせるように呼吸を整えていく。 「な……何よ、今の夢……」 今までに何回もあんな夢を見たことはある。池の小舟で泣いている自分に子爵様が手を差し伸べてくれて、とても安心できる夢。だが今日のような展開は初めてだ。 よりにもよってこんな夢を見てしまっただなんて、どうかしてしまったんだろうか。 呼吸は少しずつ落ち着いてきているが、鼓動は痛いほどに胸を打ち続ける。 それでもしばらくすれば慌しかった呼吸も鼓動も平静を取り戻してきた。だが呼吸と鼓動が落ち着くのに反比例するように、段々と怒りが込み上げて来た。 (人がせっかく気持ちよく眠ってるのに、どうしてこんなヘンな夢を見せるのよ……!) それというのも、毛布の上で暢気に眠りこけているジョセフのせいだと結論づけると、苛立ち任せに枕元の乗馬鞭を掴んでベッドから降りる。 (そんな躾の行き届いてない使い魔はきちんと躾けなくちゃならないわね……!) 行き場のない怒りを何処にぶつけるか。一番手っ取り早いのはその原因にその怒りをぶつけること……とどのつまり八つ当たりである。ぺしん、ぺしん、と掌に鞭を当てながら、安らかに寝息を立てるジョセフにゆっくりと近付いていき――はた、と足を止めた。 (……あれ?) 怒りに燃えるルイズの足を止めたのは、ジョセフの奇妙な寝息だった。 よく耳を澄ませてみると、ずっと吐き続けているだけで吸おうとしない。 思わず聞き入るルイズの耳には途切れることなく、文字通りのジョセフの吐息ばかりが続いていた。試しに自分も大きく息を吸い込んでからゆっくりと息を吐いてみたが、その挑戦が終わってもまだジョセフの吐息は続いていた。 そう言えば波紋を習いたい、と言った時に十分間息を吐いて十分間息を吸う呼吸が出来れば使える、とかそんなことを言っていたような。とすると寝たままでも波紋の呼吸をしているということで…… (もしかしたらわかんないように息を吸ってるのかしら) さっきまでの怒りは何処へやら、探究心と好奇心に駆られたルイズは机の上から一枚紙を持って来ると、ジョセフの顔の上に置く。そして傍らにしゃがみ込んで使い魔の観察を始める。 ジョセフの吐息がずっと紙に当たり続ける音が聞こえ、全く吸う様子は見られない。 やがて吐息が途切れ、今度は静かに息を吸う音が続き始めた。 (あ。吸い始めた) 次に吸い終わるのをじっと待っていたが、十分間もしゃがんだまま待っていたら足が疲れるのは当然なので、ベッドに戻って両手で頬杖突きながら観察してみる。 それからおよそ十分後、再び紙に吐息が当たり始めた時にはとっくにルイズの怒りは収まっていた。というより、再び眠気がルイズの頭に纏わりついて猛威を振るっていた。 (……何バカなことしてたのかしら。よく考えたら夢の話じゃない……) とんでもない夢を見たから混乱してただけで、落ち着いてみればそんな下らない事で何を怒ってたんだという話である。そもそも眠いから考えるのも面倒くさくなった、というのは往々にして大きいのだが。 そしてルイズは再び毛布を被って眠りに付いた。 ジョセフの並外れた強運は年老いてもなお健在であった。 ただ彼の強運が証明されたことはほとんど誰も知る由がない。 強いて言えば、煌々と光る二つの月と、鞘に収められたままのデルフリンガーだけが事の顛末を見守っていた、ということだ。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1113.html
「お待たせ」 着地したシルフィードからぴょんと飛び降りて、キュルケは開口一番そう言った。 「お待たせじゃないわよ!何であんたがここにいるわけ!?おまけにタバサまで・・・あっ、あとギーシュも」 「『あっ』てなんだい『あっ』て」と呟くギーシュには眼もくれず、ルイズはキュルケに詰め寄る。 「助けに来てあげたんじゃないの 今朝廊下からあなた達が『姫さま』だの『任務』だの話してるのが聞こえてきたのよ 面白そうだからついてきたってわけ」 キュルケは本当に心底面白そうな顔でそう言った。 「あのねキュルケ、これお忍びなの 会話を聞いてたのならそれくらい察しなさいよ」 ルイズは呆れ顔で指弾するが、 「なんだ、そうだったの?言ってくれなきゃ分からないじゃない」 キュルケはそうしれっと言ってのけると、折り重なって倒れている男達に眼を向ける。 「ところでこいつら何なの?そこの素敵なアナタ、魔法衛士隊とやらの隊長なんでしょう?この国ではグリフォンはグリフォン隊の象徴だって言うじゃない いくら大人数とはいえ、そんな人間を物取り目的で襲うものかしら?」 「ふむ しかしこの任務は姫殿下が私とルイズだけに内密で依頼したものだ 情報が漏れるとは考えにくいが・・・」 ワルドが顎髭をいじりながら応答する。それを聞いて、「ハイハイッ!」とギーシュが元気に手を上げた。 「はいギーシュ君」 キュルケがどうでもよさげに相手をする。 「こういうときこそ尋問じゃないか 僕に任せてくれたまえ」 一度やってみたかったんだなどと言いながら、ギーシュはまだ意識のある男の前に腰を落とす。身振り手振りを交えながら二言三言何かを話すと、ふんふんと頷いて立ち上がった。 「皆!彼らはただの物取りだって言ってるフんッ!!」 キュルケの掌底が綺麗に決まった瞬間であった。 「な、なんてことするんだねキュルケ!舌を噛んだらどうするつもりだよ全く・・・」 頭から倒れたギーシュは顎と後頭部をさすりながら立ち上がった。実にタフな男である。そんな彼をキュルケは屠殺場の豚を見るような眼で一瞥して言う。 「今のは尋問じゃなくてただの質問じゃない このバカ王子」 「バッ・・・!?」 「もういいからどきなさい 私がやるから――」 そう言いかけたキュルケを、横合いから突き出た一本の手が遮る。いいストレス解消を見つけたギアッチョだった。 「尋問ならよォォ~~、オレに任せな・・・ もっとも、拷問にならねえ保障はねぇがよォォォォ」 捜し求めていた玩具を見つけた喜びに、ギアッチョの顔がかつてないほど凶悪に歪む。その慈悲の欠片もない形相に、キュルケ達どころか今から尋問を受ける男達までもが震え上がった。 「・・・ああそう・・・・・・じゃあお任せするわ・・・ ・・・ほどほどにね・・・」 心の中で男達に合掌しながらキュルケは後じさった。ギアッチョはゆっくりと男達に近寄り、肩越しに振り返ってギーシュを見る。 「てめーも見るか?後学の為によォォォ~~」 ギーシュは首をブンブンと取れそうな程に振って遠慮の意を表した。 ギアッチョはフンと鼻を鳴らして笑うと、 「それじゃあてめーらは後ろを向いてな 女子供にゃ少々刺激が強いからよォ~」 実に楽しそうにそう言った。 光の速さで後ろを向いたギーシュに続いてルイズとキュルケが身体の向きを反転させる。その直後、彼女達の耳に微かに何か軽快な音楽のような幻聴が響き、数秒の後それを掻き消して、 「ウんがァアアアアーーーー!!」 という絶叫が轟いた。 「終わったぜ」 というギアッチョの声で恐る恐る振り向くと、彼の後ろでは数人の男達がピクピクと痙攣しながらのびていた。 よかった五体満足だ、と敵の安否を気遣ってからルイズ達はギアッチョの狼藉を見ていた二人に眼を向ける。ワルドの顔は微妙に血の気が引いていた。 口の端は妙な形に引き攣っている。タバサに視線を移すと、彼女はいつもの人形のような無表情のまま固まっていた。 デルフリンガーは小刻みに震えながら、もっとも恐ろしい者の片鱗を味わったなどとぶつぶつ呟いている。 そしてギアッチョは、信じられないことにまだ暴れ足りないといったような顔で首の骨をコキコキと鳴らしていた。「白い仮面をつけた貴族の男に雇われたらしいぜ」とあっさり手に入れた情報を話しているが、もう誰も彼の声など聞こえていなかった。 ギアッチョを除いた全員がそれこそホワイト・アルバムを喰らったかのように凍っていたが、やがてワルドがなんとか我を取り戻す。 「・・・さ、さあ皆 はやく宿まで行ってしまおうじゃないか ほら、もうここから見えてるよ」 彼はどうにかそう言葉を絞り出し、そこから彼らの泊まる『女神の杵』亭まで皆殆ど口をきかずに歩き続けた。なんとかルイズと話題を作ろうとして、 「・・・確かに凄い使い魔だね・・・彼は・・・」 と言ってみるが、ルイズは「あはは・・・は・・・」とただ乾いた笑いを返すだけだった。 宿の扉をくぐって、ルイズ達はようやく我を取り戻した。ぷはぁ、と息を吹き出して「なんかどっと疲れたわ・・・」とキュルケが言い、それを引き金にルイズ達の身体からは次々と力が抜けていった。ぽつぽつと会話が始まり、彼女達はようやくいつもの空気を取り戻す。 ギーシュが周りを見渡すと、タバサは懐から本を取り出し、キュルケはあくびをし、ルイズはギアッチョに怒鳴り始めた。「君、凄いね」という視線をルイズに送ってから、同じく緊張が解けたギーシュはへらへらと笑いながら軽口を叩く。 「しかし疲れたね どうにも運動不足らしい・・・これだけ歩いただけで足が棒になったよ」 それが、いけなかった。 「・・・てめー・・・今なんつった・・・?」 「え?」 ルイズの怒鳴り声など全く耳に入っていないかのような動きで、ギアッチョはギーシュに眼を向ける。 ワルドを除く全員の脳裏に一瞬である一つの予感がよぎり、「疲れたってのは分かる・・・・・・スゲーよく分かる てめーらは移動に魔法を使いまくっとるからな・・・」 それは三秒で的中した。 「だが『足が棒になる』ってのはどういうことだァァ~~~ッ!?人の足が棒に変わるかっつーのよォォォッ!!ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜぇ~~~ッ!!棒になったらその場で倒れちまうじゃあねーか!なれるもんならなってみやがれってんだ! チクショーーーッ!!」 事態を把握した三人娘の心は一つだった。ルイズが宿の扉を空け、キュルケがギーシュを押してギアッチョにぶつけ、そしてタバサがウインド・ブレイクで二人纏めて宿屋の外へ吹っ飛ばした。 地面に転がったまま絶望的な表情でこっちを見るギーシュから全力で眼を逸らして、ルイズは「ごめん」と一言呟くが早いかバタンと音を立てて扉を閉めた。 「えええええ!?ちょっ、何やってんの!?冗談だよね!冗談だよね!!」 ギーシュは弾かれたように跳ね起きると、ぶつかるほどの勢いで扉へ駆け寄った。 「ギーシュ!あなたの犠牲、わたし達は敬意を表するッ!!」 「か、『鍵が閉まっているッ』!!いやいや何言ってんのキュルケ!!開けてーー!! お願いだから開けてーーー!!ていうか助け・・・」 必死の形相でそう叫びながらギーシュはドンドンと扉を叩くが、あえなく時間切れとなる。ガシィ!!と後ろから肩を掴まれて、彼は恐怖の叫びを上げた。 「どういうことだ!どういうことだよッ!!クソッ!!棒になるってどういうことだッ!! ナメやがって!クソックソッ!!聞いてんのかてめー!!ええ!?クソッ!クソッ!!」 「ヒィィィイ!!どうして僕ばっかりがァアァアアァァ!!」 扉を通してギーシュの断末魔が宿屋に響き、ルイズ達は瞳を閉じて彼に黙祷を捧げた。 ワルドは普通にドン引きだった。 ボロ切れと化したギーシュを引きずってギアッチョが戻って来たので、一行はまずは一階の酒場で一服することにした。 ギーシュの恨みがましい視線を受けながら彼女達はしばらく歓談していたが、 「さて、僕は『桟橋』へ乗船の交渉に行ってこよう 君達はゆっくり食事でもしていてくれ」 頃合を見てワルドが立ち上がった。マントを翻して彼が扉の向こうへ消えるのを見届けてから、 「イヤッホォォォウ!やっと食事にありつける!」 ギーシュは両手を上げて吼えた。実に現金な男である。とは言え、彼が機嫌を治してくれたことは有り難かった。 ウェイトレスが持ってきたメニューを覗き込んで、ルイズ達はあーだこーだと言い合いながら料理を決めてゆく。一通り注文する ものを決め終えて、ルイズは隣に座るギアッチョを見た。 「ギアッチョ あんたはどれにするの?」 「ああ?前に言ったろーが 言葉は喋れても文字は読めねーんだよ」 「あ・・・そうだったわね あんまり流暢に喋るからすっかり忘れてたわえーと、まずこれが・・・」 ルイズはひょいと身体をギアッチョのほうに傾けると、メニューの文字を指差してギアッチョの顔を見上げながらあれこれ説明をする。 ギーシュはそんな二人をなんとはなしに見ていたが、ふと面白いことを考えて隣のキュルケを見た。 丁度同じことを考えていたらしい彼女と眼が合うと、二人して悪戯っぽくにやりと笑う。ルイズは未だにメニューの説明中で、 「うーん・・・あとはこれとか美味しいわよ 牛肉と卵を・・・」 などと言っている。ギーシュは「君!君!」と会話に強引に割り込むと、 「これこれ、凄くオススメなんだけどどうかな!はしばみ草のサラダなんだけど――」 輝かんばかりににこやかな顔でサラダを勧めた。 「ちょ、ちょっとギーシュ!あんたまだ懲りないの!?」 何かを察したルイズがそれを止めようとするが、いつの間に呼んだのかそばに来ていたウェイトレスに、既にキュルケが最高のコンビネーションで注文を終えていた。 ドン、とテーブルに料理が並ぶ。色とりどりのそれらの中に、はしばみ草のサラダはあった。 所狭しと置かれている料理に手もつけず、ギーシュとキュルケは何かに期待しているような眼でギアッチョを見ている。 同じく彼を見ているタバサの瞳にはうっすらと興味の色が伺える。 そして彼のご主人様は、何かを心配するような顔でギアッチョとギーシュ達を見比べていた。 ――・・・何なんだこいつら・・・ 四色四対の瞳が全て自分を注視しているのである。正直言って気持ち悪い。 理由は分からないが、とにかくこいつらは自分がこのはしばみ草のサラダとやらを食べることに期待しているらしい。 得体の知れない期待に一つ溜息をつくと、ギアッチョはサラダに手を伸ばした。 はしばみ草。それは地球にはない独特の苦味を持つ植物である。その名状しがたい苦味の為に、好んで食べる者は少ない。 以前ルイズの父が誤ってそれを食べ、ブフォッという音を立てて見事に口から吹き出したことがあった。 厳格な父の有り得ない姿とその後の怒りように、ルイズははしばみ草のことを強烈に覚えていた。 はしばみ草がギアッチョの口に合えばいいが、そうでなければギーシュとキュルケはこの食事が最後の晩餐になるかも知れない。 ルイズはそんなわけで彼らの命の心配をしているのだが、当の二人は悪戯心と復讐心で後のことなど一切考えていなかった。 そんな彼女達の心も知らず、ギアッチョはあっさりとはしばみ草をフォークで突き刺す。 彼は無表情のままそれを口に放り込み、そして無表情のまま咀嚼し、ついに無表情のまま嚥下した。 ――な・・・なんて男だ!顔色一つ変えないぞッ!? はしばみ草を胃に送り込んで尚表情を変えないギアッチョに、ギーシュとキュルケは眼を見開く。 タバサは少しだけ嬉しそうな顔を見せ、ルイズは胸をなでおろした。 ギアッチョは無表情のままスッとフォークを置き、静かに席を立つと、4メイルほど離れた場所にある部屋へ静かに入って行く。 トイレだった。 そのままギアッチョは一分経っても戻らず、二分が過ぎても戻らず――そこまできて、ギーシュとキュルケはようやく嫌な予感がし始めた。 「・・・ね、ねえキュルケ・・・ これってひょっとして凄くヤバいんじゃないかな・・・?」 「・・・わたしもそんな気がしてきたわ・・・・・・」 不気味に静まり返るトイレが、芽生え始めた彼らの恐怖を加速する。 「どっ、どどどどどうしよう!!」 キュルケはガタガタと震え始めるギーシュの襟首を掴んで、 「ええい逃げるわよッ!!」 一目散に外へ逃げようとする、が。 「えっ!?」 「なっ!?」 二人の足は、その場から一歩も動かすことが出来なかった。 「ぼッ、僕達の足がァァァ!!」 「こ・・・『氷で固定されている』ッ!!」 二人の足は容赦なく凍結されていた。そして炎の魔法でそれを溶かす間もなく、氷よりも冷たい双眸に灼熱の怒気を纏わせて、ギアッチョが姿を現した。 「・・・や、やあお帰りギアッチョ・・・ はしばみ草のお味は ど、どうだったかな?」 一縷の望みを掛けて、ギーシュは蒼白な顔に無理やり笑みを浮かべて尋ねる。 「ああ・・・実に美味かったぜ 意識が飛ぶほどな・・・」 そう言ってギアッチョはニヤリというよりはニタリと表現するべき笑みを返した。 はしばみ草のあまりの美味さに一瞬のうちに阿頼耶識を潜り普遍的無意識を越え銀の鍵の門を通ってオオス=ナルガイを旅し未知なるカダスに至ったギアッチョの意識が現実世界に戻ってまず思ったことは、「よし、こいつら殺す」ということだった。 その後の展開は語るまでもないだろう。 こうしてラ・ロシェールが誇る高級旅館『女神の杵』亭は、昼は変な男が宿前で暴れ、夜は二人分の悲鳴が轟き、深夜は氷付けになった男がベランダに放置される恐ろしい宿として数ヶ月の間その評判を落とすことになったのである。 「一つ、聞き忘れていたことがあった」 薄汚い酒場で、仮面の男は土くれのフーケと会話をしていた。 「・・・なんだい」 男に一瞥をくれてから、フーケは煩そうに髪をかきあげる。 「貴様を倒したのは、あの得体の知れない平民の使い魔だったな」 「それがどうしたんだい」 その質問に、フーケの顔はいよいよ不機嫌さを増す。 「奴の力を教えろ」 有無を言わさぬ口調で仮面の男が命令する。しかしフーケはどこ吹く風で嘲笑うと、 「嫌だね」 と一言そう言った。フーケは脱獄と引き換えに自分達への協力を約束させられている。 しかしその実、それは「従わなければ殺す」という約束とは名ばかりの脅迫であった。己の目的の為の道具として扱われることに、フーケは強い不快感を抱いている。 「貴様・・・死にたいのか?」 「フン、やれるもんならやってみるがいいさ あたしだって土くれのフーケと呼ばれた女・・・こんな姿でも、あんたを無事で済ませるつもりはないよ さて、それであんたはそうして消耗した状態で任務に挑むつもりかい?」 フーケはニヤリと笑った。仮面の男は決して失敗出来ない任務を負っている。 無駄な消耗など出来るはずがなかった。 「――くだらん知恵が働くようだな」 そう吐き捨てて、男は出口へと歩き出す。 「一つだけ教えてあげるわ」 その背中に、フーケは勝ち誇った笑みを浮かべて言葉を投げつける。 「あいつは『ガンダールヴ』よ」 「・・・何だと」 唐突に登場した「伝説の使い魔」を表す言葉に、仮面の男はフーケに振り返るが、しかし彼女はもはや何も言う気はないといった仕草で手を振る。男はそんなフーケを忌々しげにねめつけると、二度と振り向かずに歩き去った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1683.html
今は昔 一五六五年頃 王位継承を争った ふたりの女王がいた 一人は女王エリザベス一世 もうひとりは美貌の23歳メアリー・スチュアート ともにチューダー王家の血統を継ぐ親戚同士で タルカスと黒騎士ブラフォードはメアリーの忠実なる家来だった (中略) 二人は捕らえられた そして処刑されるその寸前聞かされたことは 「メアリーはすでに処刑した」 ふたりはこうして処刑された、強い恨みを残して処刑されたのだ タルカスは その筋肉が怒りのため硬直し首を切り落とすのに処刑人は 何本ものオノを折ったという ブラフォードは その長髪がどういうわけか 処刑人の足にからみつきにいくまでくい込んで 死んでいったという そしておよそ300年後吸血鬼ディオによりゾンビとして蘇ったブラフォードとタルカス しかしタルカスは一夜で今度はただのゾンビとして再び歴史の闇に消えた 一方ブラフォードは人の心を取り戻し 300年後の世界の友人ににpluck(勇気)の剣を託して眠った しかしブラフォードは女王のもとにではなく新たな主人のもとへと旅たつ事になった 使い魔は英雄 「宇宙の果てのどこかにいる私のしもべよ!神聖で美しく!そして強力な使い魔よ! 私は心より求め!訴えるわ !我が導きに答えなさい!」 青い空、緑の草原にすさまじい爆音が響いた 「やった!さすがルイズ!何も召還できてないぜ!」 波紋が吸血鬼に流れるような勢いで笑いが広がった 「ゼロの分際で高望みしすぎたんだ」 「さようなら!ルイズ君の事はわすれない!」 「退学ゥ!退学ゥ!」 「貴族として終了のお知らせ」 「ちょっとまて!な・・・何かいるぞッ!!!」 野次を飛ばしていた内の一人が叫んだ 「こ・・・これは・・・HE・・・I・・・MI・・・・N・・・・」 その時ルイズの周りでわかりやすく「プツン」と決定的何かが切れた音が響いたという 「ミスタ・コルベール!もう一度召還さs「NO(だめでございます)」 「(しかし成功には変わりない!今すぐ契約しにいかないと!)」 ルイズがそう思ったときにはすでに使い魔に向かって全力で走り出していた! ズギュウゥウウウン! 「UOOOOOOOOOOOO!!!!」 ブラフォードは激痛により目を覚ました 「(ここは何処だ・・・!た・・・太陽!俺はゾンビになって倒されてあの世に行ったはずでは・・・」 「お・・・おわりました!」 ガクガク震えながらもルイズは契約できたと伝えた 「ふむ・・・・珍しいルーンだな・・・」 とコルベールはスタープラチナもびっくりなスピードと精密動作で ブラフォードの手に刻まれたルーンを紙に写した 「さて教室へ戻ろうか」 コルベールがそう言おうとしたときには既にほぼ全員が帰っていた 「アンタ名前は?」 「俺の名は・・・ブラフォード・・・黒騎士ブラフォードだ・・・」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1995.html
土と芝生の大地の臭いを感じ、目を覚ましたジョナサン・ジョースターの視界には一面の青空が広がっていた。 透き通るような青空に素直に綺麗だという感想抱く。 しかし、直ぐに朦朧とする意識の中で疑問が沸き上がる。 (ここは……どこだ?) 自分はエリナとのハネムーンで船に乗っていたはずだ。 それが何故陸にいる? 次第に鮮明になっていく記憶。 首だけとなったディオとワンチェンに襲われたこと。 ディオの攻撃を受け呼吸が出来なくなり波紋を練れなくなったこと。 体に残る僅かな波紋エネルギーをかき集め、最期の波紋をワンチェンにぶつけたこと。 それによって体組織を狂わされたワンチェンがシャフトに取付き、船は爆発の道を辿ったこと。 エリナを母親が死に泣き声を上げる赤ん坊と共に脱出させたこと。 ディオが逃げ出さぬように捕まえて船の中に残ったこと。 そこまで思い出し、驚愕した。 (あの時、僕の中でなにかが切れ、僕は船の中でディオと運命を共にしたはずだッ!!なのに何故、僕は生きているんだッ!?) 船は、ディオは、あの赤ん坊は、エリナはどうなったのか。 駆け巡る思考の中でなんとか状況を把握しようと首を動かす。 そこには――― キスをしている黒い髪の少年と桃色がかったブロンドの髪の少女がいた。 ズギュウウウウウン!!という効果音が聞こえた気がする。 目を瞑って相手の唇を奪う少女、唇を奪われ驚愕に目を見開いている少年。 ジョナサンはそのときの様子を見ていなかったため知らないがそれは彼の妻エリナが少女時代に体験した状況と同じであった。 もっとも少年と少女の立ち位置は逆であったが。 (なっ!なにをしてるだァ―――――ッわからんッ!?) 目覚めて最初の光景が青空で二番目がキスをしている少女とされている少年という奇妙な出来事に頭が追いつかない。 突然の出来事に状況が飲み込めていないのは少年も同じなようで酷く混乱してなにごとか文句を言っている。 黒い髪や見た目からすると少年は東洋人らしい。 しかし、見たことのない服を着ている。 桃色の髪の少女や周囲にいる少年少女達も不思議な恰好をしているが少年のソレとは明らかに違っていた。 黒いマントを着け、皆手には指揮棒のような物やいかにも魔法の杖ですといった物を持っていた。 まるで物語に出て来る魔法使いのようだ思う。 改めてここがどこなのか考えたその瞬間、突然黒髪の少年が叫び声を上げ立ち上がって左手を押さえた。 それが苦痛によるものだと気付き、直ぐさま立ち上がって少年に駆け寄る。 「君!どうした大丈夫か!?」 少年は額に汗を滲ませしきりに熱いと言いながら手を押さえ続けている。 「彼になにをしたんだ!?」 「すぐ終わるわよ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけだもの」 しれっとした様子で言う桃色髪の少女。 「使い魔?ルーン?」 なんだそれは。 ファンタジーに出てくる単語じゃないか。 それではまるで本当に――― 「お、収まった……」 左手の痛みが収まったようで少年が息を吐いて力を抜いた。 「はい、ミス・ヴァリエールは一度に二体……二人の人間を召喚しましたがそちらの少年の方と契約が成立しましたね」 言いながら頭部の寂しい中年男性が近づいて来て少年の左手の甲に刻まれたルーンを確かめた。 「ふむ、珍しいルーンだ、少しスケッチさせてもらうよ」 どこに持っていたのかローブの中からスケッチブックと羽ペンを取り出してさらさらと描きはじめた。 描き終わると再びローブの中にしまい、周囲の少年少女達に声をかけた。 「さあ、皆教室に戻るぞ」 そう言うと男と少年少女達は一斉に――― 宙に浮いた。 「「―――は?」」 黒髪の少年と共に口をあんぐりと開けて間の抜けた声を出すジョナサン。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「いや走って来いよ!」 「そこの平民二人に抱えてもらったらどうだぁ?」 みな口々に少女に言いながら空を飛んでいく。 ジョナサンは吸血鬼か?いや、ここは日光があるから波紋使いか?と呟いている。 少年はジョナサンの隣でワイヤーどこ?クレーン車どこ?ときょろきょろしていた。 そして三人だけがその場に残された。 「むっきーー!!なにしてるのよ!私達もいくわよ!!」 そう言ってぷりぷり歩きだすルイズと呼ばれた少女。 そして後には状況を把握できていないジョナサンと少年だけが残された。 「あの………」 「ん?なんだい?」 「ここどこなんですか…?俺、さっきまで東京にいたのに……そもそも日本なんですかここ?」 「わからない……僕はイギリスの港から出た船にいたはずなんだ……」 それに自分は死んだはずなのに。 その言葉はなんとか口に出さずに呑み込む。 ここで不用意に自分が死んだはずの人間だと教えれば少年はさらに混乱してしまうだろう。 それは得策ではない。 今も少年は不安そうに―――――― 「なんかさっきも奴ら宙に浮いてたし、これって夢かなぁ?それにしては熱くて痛かったし」 していなかった。 全く。 みじんも。 これっぽちも。 気が付いたら知らない場所にいて、突然左手に刻印のようなものをされ、さらに目の前に宙に浮く人間を見たというのに少年の余裕っぷりはすさまじかった。 尊敬半分、呆れ半分の感情を抱いていると再び少年が声をかけてきた。 「そういえば、名前なんていうんですか?」 「僕?僕は――…」 とりあえず、年上である自分が確りしなければいけない。 まずは情報を得るためにも彼と一緒にあの少女の後についていこう。 そう考え、自らの名を告げる 「僕はジョナサン・ジョースター、君は?」 「俺は……平賀才人」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1008.html
ゴーレムとの彼我距離は、およそ50メイルと言ったところか。フーケはあの夜闇の木立の中ををこれだけの短時間で離れ、しかもゴーレムの作成をやってのけたということである。 林の木々さえも土塊に錬金しながら立ち上がる巨体は、人間の本能そのものに恐怖を押し付ける代物だった。 「……間近で見るとデカいわね……いやぁん、こんな大きいの壊れちゃう、とか言っておくべきかしら」 「冗談が言えるなら、まだマシと言ったところかの」 「ちょっとコイツをブッタ斬るにゃオーラ力が必要かもしれんぜ相棒よ」 30メイルの巨大ゴーレムを前にして軽口を叩けるキュルケ、ジョセフ、デルフリンガー。 「………………」 自分の二十倍のゴーレムを前にしても、特に表情を変えずに杖を構えるタバサ。 だが、ルイズは。 呆然と、ゴーレムを見上げているだけだった。 ゼロと奇妙な隠者 『Zero+IX』 ゴーレムは地響きを響かせながら、ゆっくりと、しかし着実に接近してくる。 ジョセフは手も足も出ずに完敗はした。が、その両眼に恐れは微塵とてない。 「出ちまったモンはしょうがないッ! とどのつまり再生するよりも早くブッちめりゃダウンすると考えていいんじゃなッ!?」 「おおまかに言えばそう」 ゴーレムとの対峙法をおおまかに叫んだジョセフに、タバサは必要最低限の返事で答え、指笛でシルフィードに合図を投げた。 「わしらは地上で何とかする! お嬢ちゃんらは空から何とかしてくれぃッ!」 「了解」 「オーケーダーリン!」 ジョセフの言葉に、タバサとキュルケはフライを唱えてシルフィードと合流しに行く。 「さあて……こっからじゃのう。なかなか骨の折れる相手じゃわい」 「いいのかい相棒。ロケットランチャーブッかませば、あんなゴーレムなんてイチコロだぜ」 今から起こる戦いを前に、デルフリンガーはさも楽しげな声で問いかける。 「そりゃあコイツを使えば目の前のデカブツなんぞ一発じゃわい。でもな、それじゃ困るんじゃ。軽くブッちめたとしても、フーケめが新しくゴーレムを召喚してきたらそれでしまいじゃからな。切り札が一枚増えただけ、なんじゃよ」 (それに。それじゃ意味がない) それは心の中だけで呟くが、デルフリンガーには聞こえていた。 「ハッ、ちげえねえや! なかなか苦労性だな、ジョセフ・ジョースターよォ!」 「最近はこういう役どころばっかじゃ」 くく、と笑ってから、後ろで立ち尽くしているルイズに視線をやる。 「いいかルイズ。今からわしらであやつをブッちめる。安心せい、勝つ手段は考えてきた」 ジョセフの言葉も、しかし今のルイズには届いていなかった。 「おい、どうしたルイズ?」 ルイズの奇妙な様子に訝しげな眼を向けるが、彼女は魂が抜けたようにゴーレムを見上げているだけだった。 (私は――何をしてたんだろう) そうだ。一体今まで何をしていたのか。 (もう少しで、勝ててたんじゃないの。――ジョセフと、キュルケは) そうだ。確かに二人はフーケを追い詰めていた。チェックメイトまであと一手だった。 (なのに。――私が。横槍を入れたから) あそこで自分が動く必要が何処にあったのか。……無かった。 (私はただ見ているだけでよかったのに。そしたら、二人のどっちかがフーケを捕まえて……めでたしめでたしで、終わってたはずなのに) だが、終わらなかった。自分が、終わらせなかった。私が、嫉妬なんかしたから。 (何をしようとしていたの。三人が積み上げてきたものに、私がいなかったから。だから、無理矢理入り込もうとして……何もかも、台無しにしただけじゃない) その結果どうなったか。 フーケは体勢を整えて、切り札の巨大ゴーレムを錬金してしまった。 振り出しに戻る、どころの話じゃない。フーケが盤面をひっくり返す手伝いをしただけ。 (そうよ。何を勘違いしてたんだろう。私は『ゼロ』のルイズじゃないの。 ジョセフが使い魔になって。何でも出来る強い使い魔がいるからって、何を勘違いしてたんだろう。 私は……私自身は……何も出来ない、『ゼロ』じゃないの! たまたまジョセフを引き当てただけの、『ゼロ』のルイズなのよ!?) 心の中から消えそうになっていた事実が、再び自分の目の前に現れて。全身から力が抜け落ちそうになる。だが、それは、貴族としての矜持が、許さなかった。 「……私、は……」 「おい、どうしたルイズ! しゃんとせんか!」 ジョセフの手が肩をつかんで揺さぶり、ルイズは深い泥沼のような思考から現実に引き戻された。 「……っ、ジョセフ……!」 「敵さんが目の前に来とるんじゃぞ! ぼうっとしててどうするッ!」 ジョセフの一喝で、ゴーレムが随分と近付いてきているのに気付く。 「………………。ごめん、なさい……」 俯いた顔には前髪が垂れかかり、どのような表情でその言葉を呟いたのか。ジョセフには、判別が出来なかった。 「私がっ……私が、役立たずだから……『ゼロ』だから……っ、こんな、ことにっ……!」 引き絞るような声は、すぐに嗚咽混じりの声に変貌していく。 「そんなモン結果論じゃ! お前が悪いワケじゃないッ!」 接近してくるゴーレムと交戦するつもりだったが、ジョセフはルイズを右腕に抱き、タバサ達が向かった方へと一目散に駆け出した。 「だってッ! 私がいなかったらもうフーケ捕まってた! 私……いつもそうよッ! いつだって大切な人の足、引っ張ってっ……!」 「言わんでいい!」 ルイズが力の限りジョセフにしがみ付いているせいで、ジョセフも思った通りの動きが出来ず、ただひたすらにゴーレムから逃げる事しかできていなかった。 「私が『ゼロ』だから! 家族もみんな、陰口叩かれてっ……! 頑張っても頑張ってもダメだった! 初めて成功した魔法で、ジョセフを呼んだのにッ……私のせいで、私のせいで……!」 腹の底から搾り出す慟哭は、ジョセフの心に深く届いてしまう。 次に何を言うかを察する。それはジョセフにとって、あまりにも、容易かった。 「それ以上言うなッ!! それ以上言ったらシタ入れてキスするぞッッッ!!!」 「私なんか! 私なんか――ッッッ」 ルイズの言葉は、続けられなかった。 発してはいけない言葉を飲み込むように。ジョセフの口唇が、ルイズの花弁の様な口唇に重ねられていた。 「んっ!? ん、んーーーーっ!! んんっ……ん、んぅ……」 有り得ない事態に必死にジョセフを押して殴って払い退けようとしたルイズだったが、見る見るうちに少女の手から力は抜けていき、数秒後にはしがみ付くようにジョセフのシャツをつかんでいた。 そして、ジョセフの唇がルイズの唇から離れた時。互いの唇に繋がれた銀の糸が、ふつりと切れた。 「言うたじゃろが。それ以上言ったらシタ入れてキスするぞ、と」 加速度的に、夢の世界から現実に戻ってくるルイズ。ほのかにピンクに染まっていた頬は、見る見るうちに怒りの赤に変わっていった。 「――――――っっっっっっ、あ、あんたッ……あんたッて……!」 「抗議は後で聞くッ!! しっかり捕まっておれッ!!」 怒りに震えて唇をわなわなと慄かせるルイズを、そのまま背に負い。ハーミットパープルで落ちないように固定する。 ゴーレムは既に間近に迫っており、これ以上逃げ続けていれば逆に危ないと判断した。 ジョセフにとって、ルイズを正気に戻すという行為は、眼前のゴーレムを叩きのめすより、遥かに重要な意味合いを持っていた。 そしてその行動は、強引ながらも成功と言って差し支えなかった。 勢い良く振り上げられ、振り下ろされる拳を俊敏な動きで回避し、逆にデルフリンガーで巨大な腕を一刀の下に切り落とす。しかし魔力で繋ぎとめられた土塊は、一旦地面に落ちはするものの、すぐさま逆回しで浮き上がって腕に再構成される。 「いいぜ相棒! 『使い手』のお前にゃあんなウドの大木の攻撃なんか当たるはずがねェッ!!」 デルフリンガーが歓喜の嬌声を上げる中、ジョセフは「ボールの縫い目が見えるったァこういうコトなんじゃのォ!」と、愉快げな声を隠さずに答えた。 だがルイズは、懸命に茨から逃れようともがいていた。 「下ろしてッ! 私はッ……私は、おぶられたまま戦いを見守るような不名誉な事は出来ないのよ! だって私は貴族なんだもの! 貴族は……っ、魔法が使えるから貴族なんじゃない! 敵に背中を見せない者……それが、『貴族』なの!! お願いジョセフ……私から貴族である誇りを奪わないで! 私も、戦うのッ!!」 もがくルイズを背中で感じながらも、ハーミットパープルは僅かな緩みさえ見せない。 シルフィードに乗ったタバサとキュルケが上空から支援攻撃とばかりに、風の魔法や炎の魔法をゴーレムに直撃させるが、それらの攻撃もやはり致命傷を与えるには至らない。 だが。タバサも、キュルケも、ジョセフも、デルフリンガーも。 まるで終わりが無い繰り返しのような行為を、徒労だとは考えていなかった。 街道も林も、吹き荒れる人外の力により、数十分前の光景とは一変していく一方。 地図さえ書き換える猛威の中、ジョセフの叫びが、戦場に轟く。 「わしは何度も敵に背を向けた! じゃが一度たりとて戦いそのものを放棄した事は無いッ! 勝つためならば背だって向けるしイカサマだってやってのけるッ! ルイズッ! わしにとっての貴族とはッ! 『正義』の輝きの中にあるという『黄金の精神』を持つ者だと考えておるッ!!」 当たれば間違いなく命を奪うだろうゴーレムの豪腕。いつの間にか、それらは恐怖の対象に成り得ていないことを、ルイズは感じていた。 何故か。 それはきっと、ジョセフの背中にいるからだ、と。それは当然の事である様に、思えた。 「ルイズにとっての貴族、わしにとっての貴族! それが違うのは当たり前じゃッ!」 ルイズは、茨から逃げ出そうともがくことをやめ。ただ、ジョセフの背に縋り付いていた。ルイズも、心の何処かで理解していた。目の前の戦いよりも、今、もっと大切な出来事を経なければならないのだ、と。 「じゃがルイズ! 敵に背を向けない者こそが貴族だと言う、その決意と誇りッ……わしは確かに、お前の中に『黄金の精神』を見出したッ!!」 たった一人の少女に向けて叫ばれる、言葉。そんなものを斟酌することもなく、無感情にゴーレムの腕は振り下ろされ続ける。 たった二人の虫けらを殺すために振り下ろされる土塊の腕は、しかし、たった一振りの剣の斬撃で切り払われ。一人の男の言葉を止める事など、叶う筈さえなかった。 何故なら、ジョセフ・ジョースターの目には、たった一人の少女だけが映っていた。 そして、デルフリンガーの深い一撃がゴーレムの両脚を薙ぎ払い。バランスを崩したゴーレムが、ぐらっ……と、重力に引かれて地面に倒れる。 凄まじい地響きと土煙の中、茨が緩んだのを感じたルイズは、続いて、ジョセフの右腕に抱き寄せられるのを感じた。 ジョセフは、真正面からルイズを見つめ。ただ一人の少女の為だけの言葉を、叫んだ。 「世界中がお前を認めなくとも! このジョセフ・ジョースターが認めるッ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは紛れもない『貴族』じゃッ!!」 地響きの余韻が、周囲に響く中。彼の言葉を確かに受け止めた少女の目には、既に涙も、迷いも、躊躇いすら、なかった。 そこにあるのは、力強い意思の輝き。鳶色の瞳に輝くのは、紛う事なき黄金の輝き! 「例えアンタが認めなくてもッ……」 ゴーレムは、すぐさま足を再生させて立ち上がろうとしている。だが、今のルイズはそれを一顧だにしない。 そんな事より、やらなければならない事がある。言わなければならない、答えがある! ルイズは、自らの左腕を力強くジョセフの背に回し、叫んだ! 「このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、『貴族』!!」 二人の貴族が、互いの腕の中、見つめ合う。 その視線をあえて言葉にするとすれば――『信頼』という言葉が最も相応しかった。 「そしてルイズ! 改めてもう一度言う! わしは土塊のフーケに勝つ手段を既に考えてきておる! そしてその手段には、お前の力が絶対に必要じゃッ!!」 「いいわッ……!」 キッ、と見上げた空には、二つの月を背に、悠然と空を舞う風竜と。その背で、二人を見守る友人の姿。 「前に言ったわね、ジョセフ。今は『ゼロ』でも構わない。いずれ『私達』が強くなると」 「ああ、確かに言った」 「キュルケもタバサもデルフリンガーもシルフィードも。皆で、強くなるのよ」 地面を歪ませ、ゴーレムは立ち上がる。 ジョセフは、剣を構え。ルイズは、杖を構え。 空が、白み始めた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/536.html
橋沢育郎、17歳。 彼は半年前まで、ただの高校生だった。 だがあの日、家族旅行で交通事故にあったあの日から彼の人生は一変した。 秘密結社ドレス 彼の体に何らかの処置を施し、恐ろしい力を与えた存在。 生物兵器、サイボーグ、超能力者…それまで現実に存在しているとは思いもよらなかった存在が、 ドレスの命で彼に襲い掛かってきた。 たった数日の事である。 故に彼はある程度非常識な事に耐性があった、しかし 「つまり…ここは地球じゃなく、魔法使いが住んでいる国という事か…」 非常識にも程がある そう思わずにはいられない育郎であった。 「それ、本当なの?あんたが異世界から来たって」 目の前のピンク色の髪をした少女が胡散臭げに口を開く。 彼女の名前はルイズ、魔法を使える一族、すなわちこの世界の支配者階級である貴族であり、 育郎を『召喚』して、この世界に連れてきたと言っている少女である。 「信じろって言っても難しいだろうね、僕だってあの月がなければまだ半信半疑だったと思う」 窓の外に浮かぶ、2つの月を(今夜何度目なるだろう?)見て答える。 召喚された後、目の前の少女と会話をしてわかったことは、ここが剣と魔法…もとい、魔法が支配する ファンタジーな世界であり、自分はこの少女の『使い魔』として『召喚』されたという事。 彼女曰く、使い魔とはッ! ひとつ、素敵なり! ふたつ、決して主人の命に逆らわず! みっつ、決して主人のそばを離れない! よっつ、あらゆる敵から主人を守り、しかも敵の能力を上回る! そしてその姿は主人(ルイズ)のように美しさを基本形とする。 「そんな使い魔を求めてたってのに、なんであんたみたいな平民が出てくるのよ!」 「そんな事を言われても…」 「しかも異世界って何よ、異世界って!ファンタジーやメルヘンじゃないんだから!」 「僕から見れば、この世界がファンタジーやメルヘンなんだけど… ひょっとして他に、鏡の中の世界なんてのもあるのかもね」 「あるわけないでしょ!」 あるよ とにかく育郎の方でも、自分がこの世界の住人ではなく、魔法が存在しない…とこの数日の経験から 言い切れなくなったが、その話をするとややこしくなるので、とにかく魔法が存在しない世界から来たと伝えた。 しかし自分同様、異世界から来たという話をほいほい信じるわけもなく、今もこうやって、彼女は疑惑の視線を 自分に向けているというというわけだ。 「それで…『使い魔』だっけ?僕を元の場所に戻す魔法はなんてのは」 「ないわよ!というか戻せる者ならとっとと戻して、とっくに新しい使い魔呼んでるわ!」 この少女、先程からとにかく怒鳴りまくっている。 (でも、しかたないか…) 一方的に呼び出されて怒鳴られながらも、育郎はそう考えた。 なにせ話を聞いてみると、『使い魔』の『召喚』はとても神聖なもので、呼びされる使い魔が、その魔法使いの人生を 決めると言っても過言ではないとまで言われているらしいのだ。 「どうして?何で?よりによってこのアタシの使い魔が平民なのよ!」 「ごめんね」 「へ?」 予想外の言葉に、今日一日全開だった怒りゲージがゼロになる。 「えーと、今なんて?」 「すまない…どうやら君に迷惑をかけてしまったようだ」 これはどういうことだろう? 混乱する頭でルイズは考える。 自分が怒鳴っている事は、はっきり言ってただの八つ当たりである。理不尽極まりない。 この平民が反抗しようものならムチを一振り 口で(そんなはしたない事言えないわ!)をたれる前と後ろにサーをつけろ! 等といってネチネチいびり倒し、ストレスを解消するつもりだったのに。 しかし今、目の前の平民の口から出た言葉は何? ごめんなさい ひょっとして謝っている? いや、待て、素数を数えて落ち着くのよルイズ…ゼロ、ゼロ、ゼロ 誰がゼロよ!ていうか素数じゃないし! それはともかく 相手は平民、つまり貴族たる私には絶対服従。 何もおかしい事はない、おかしい事はないのだが… (なんか、何時もと違うような…) 平民が貴族に謝る時はかならず脅えなり、反抗なりの感情が見えるはずだ。 しかし目の前の平民は、脅えも反抗もなく、ただ自分の非を認めて(そんなものないのだが)謝っている。 「どうかしたのかい?」 「え?ああ、うん…つ、使い魔としての心構えは良いようね、寛大な心で許してあげるわ」 無理やりそう思い、思考を目の前の現実に戻す。 「それで…どうしてもその…君の使い魔にならなきゃ駄目かい?」 「…当たり前よ」 使い魔の召喚はやり直しは聞かないのである、使い魔が死ねば新たな使い魔を償還できるようになるが、 さすがにそんなことをやる気にはならない。 「そうか…」 育郎は、自分のことを考えてみた。 自分の父と母は交通事故で(正確には違うのだが)死んでいる。 他に家族は居ないが、友人達は自分を心配しているかもしれない。 そして彼がなによりも気がかりなのは、ドレスから一緒に逃げ出したスミレという少女の事である。 目の前の少女より一回り小さく、歳も…確かまだ9歳のはずだ。 予知能力を持っていたせいでドレスに捕まり、ひょんなことから捕らわれた自分を解放してくれたのである。 最後のあの時、彼女はあの爆発から逃げ出せたのだろうか? 無事だとしたら自分のことをさぞ心配しているだろう… そして、彼は決心して口を開いた。 「わかった、君の使い魔になろう…けど、できればだけど、僕を元の世界に返す手段を探してくれないか?」 「…できればね、わたしだって平民の使い魔なんてごめんだもの。」 で、あんたが出来そうな事って…」 「え、なんだい?」 「主の目となり耳となり…駄目ね、なにも見えない。後は…」 一人でブツブツと続けるルイズ。 「だから何が」 「アンタが使い魔として出来る事よ!無理だと思うけど、一応聞いてみるわよ。秘薬を見つける事って」 「秘薬?」 「やっぱり無理ね…となると後は一番重要なことなんだけど…主人を守る事。でもアンタじゃ無理ね。 犬ぐらいには勝てそうだけど、幻獣はもちろん、並みのモンスターにだって勝てそうにないもの」 「………」 自分の身体に宿る力を使えば、おそらく彼女の言う幻獣やモンスターを倒す事などたやすいだろう。 そして多分魔法使いにも…自分が闘った巨漢の超能力者ぐらいの力がなければ相手になりはしない。 「…そうだね」 だが、あえてその事を言うつもりはなかった。 自分の中に眠る力を使えば、スミレのように、この少女に迷惑をかけてしまうかもしれない。 ここが魔法の世界でも、住んでいるのは人間なのだ、ドレスのような組織が自分を狙ってこないとは言い切れない。 「だから、あんたに出来そうな事をやらせてあげる。洗濯、掃除、その他雑用」 「わかった。得意とは言えないけど、頑張ってみるよ」 「うむ、素直でよろしい。じゃあ眠くなったからあたしは寝るわね。ほい、あんたの毛布」 ボロボロの毛布を投げてよこす。 「ありがとう」 「あ、そうそう、あと…」 もぞもぞと自分の服を脱いでいく。 「じゃあ、これ、明日になったら洗濯しといて」 顔色一つ変えずに、ルイズが無造作投げてよこした服や下着をまとめて適当なところに置く育郎。 「うん、それじゃあおやすみ」 「はいはい、おやすみ」 ルイズはベッドに、育郎は床の上で毛布にくるまる。 こうして、橋沢育郎の記念すべき使い魔生活第一日目は終わりを迎えたのであった。 ちなみに 彼が目の前でルイズが服を脱ぐ事に何も反応しなかったのは…ルイズが知れば怒り狂っただろう… 彼女を小学校高学年ぐらいだと思い込んでいたためである。 「洗濯もしないお嫁さんなんて最低よね」 一方そのころ、育郎が心配していた少女スミレは誰言うことなく、そんな言葉をつぶやいていた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/622.html
サモン・サーヴァントに『爆発して』失敗するルイズは、学院長の取り計らいによりトリスティン魔法学院の二学年として授業を受けている。 本来ならサモン・サーヴァントすら成功しないルイズは、使い魔を召喚するまで進級できないはずだが、オールド・オスマンはルイズの『爆発』に目を付けた。 『彼女はすでに新種の使い魔を呼び出しているのではないか?』 そう言って、オスマンはルイズの進級に反対する教師達を黙らせていた。 実際には、土塊のフーケと戦った時の痕跡から、何らかの使い魔を呼び出していることは予想していたが、その確証はない。 温情と言えば聞こえは良いが、オスマン氏はルイズに、執行猶予を与えているとも言えるのだ。 ルイズは自分部屋で、腕から伸びる半透明の『腕』を見た。 おそらく自分の使い魔であろうこの『腕』は、五体が揃っているのは感覚で理解している、しかし今はまだ『腕』だけしか自由に動かせない。 ベッドに座ったまま、エルフの使う『先住魔法』のことを思い出した。 エルフは杖も使わずに魔法を使うとか…もしかしたら、これはエルフの使う『先住魔法』なのではないだろうか。 この腕は、障害物をすり抜けられるくせに、ものを掴むことができる。 しかも精神を集中すれば、半透明な状態で人に見せることが出来る、これはキュルケとタバサが確認した。 これを使い魔だと主張するにあたって二つの問題がある。 一つは、前例のない『これ』が使い魔として認められるのか分からないこと。 もう一つは幽霊騒ぎの件だ、キュルケとタバサが目撃した幽霊は明らかにこの『腕』だ。 幽霊騒ぎは、トリスティン魔法学院を一時混乱に陥れ、キュルケとタバサ(と自分)を驚かし、ちょっと人には言えないような恥ずかしい目にあわせのだから。 マリコルヌを全力でブチのめした後、二人にこんな事を言われた。 「幽霊の正体があんたの使い魔だってバレたら…全生徒から恨まれるでしょうねぇ~♪」 「…使い魔の不始末は主人の責任」 キュルケはルイズの弱みを握って気分を良くしていたが、タバサからはシャレにならない殺気を感じた。 とにかく、今のルイズには、部屋でため息をつくことしか出来なかった。 その晩、ルイズの部屋を誰かがノックした。 間を置いて叩かれる回数に、誰が訪問したのか気づき、客を迎えた。 「こんばんは、ルイズ」 「姫様、今日、ここに来られたということは…」 アンリエッタはいつものようにディティクト・マジックで部屋を調べてから、フードを脱いだ。 子供の頃のように、ルイズの隣に座る。 「ゲルマニアの皇帝に、書簡が届き、その返答が送られてきました。内容は私を正室(正妻)として迎えるとの事です」 「………そう、ですか…」 しばらく、沈黙が流れた。 「…思い過ごしならば良いのですが、一つだけ腑に落ちないのです。わたくしの婚約だけではなく、軍事的な提携に関しての要求書も添えられていたはずなのです、それはトリスティン側に有利な内容です。本来なら…わたくしの婚約だけでは見合わない内容でしょう」 ルイズはじっとアンリエッタ姫の話を聞いていた。 姫が言うには、トリスティン側が望む婚約の条件が、かなり高い状態であること、それにより婚約を引き延ばしできると考えたが、ゲルマニアは条件をすべて呑むということ。 アルビオン貴族派がトリスティンへ侵攻を開始した場合、おそらくゲルマニアは何か理由を付けてトリスティンを見捨て、国力が低下したところでトリスティンに介入、そして王族と貴族をゲルマニアの支配下に置く… アンリエッタとマザリーニ枢機卿は、ゲルマニアにすら不信感を抱いていた。 ルイズは知らなかったが、アンリエッタはマザリーニのことを嫌っている、しかし今回の出来事はアンリエッタに危機感を抱かせ、図らずしてアンリエッタとマザリーニの政治的信頼は強くなっていたのだ。 一通り政治の話をしてから、アンリエッタはベッドから立ち、懐からトリスティン王家御用達の紙を取り、ルイズのペンを借りて書状を書き始める。 そのときのアンリエッタの表情は恋する乙女のそれでありながら、どこか陰のある姿で、胸の奥の悲痛な思いを一文字一文字に込めているようだった。 「ルイズ、この手紙をアルビオンのウェールズ皇太子に届けて欲しいのです、アルビオンの貴族派は王都を囲む準備を整えたと言われています、王城に攻め込まれる前に…」 「しっ!」 ルイズはアンリエッタの言葉を遮った。 扉の外から気配を感じ、誰かが扉の外で聞き耳を立てているのが分かる、これはルイズの感覚ではなくスタープラチナの聴覚だが、ルイズはまだ自覚できない。 アンリエッタをカーテンの後ろに立たせてから、ルイズは扉を勢いよく開けた。 「どわっ!?」 ごろん、と転がり込んできたのは、青銅のギーシュ、正しくは『ギーシュ・ド・グラモン』だった。 転がりつつも薔薇の造花を手に持つ根性は見上げたものだが、ルイズは扉を閉めながら(二股のギーシュがのぞき見のギーシュに格上げね)などと考えた。 「何やってんのよあんた」 ルイズの質問に答えようともせず、ギーシュは立ち上がり、薔薇の花を両手に持ち直してこう言った。 「薔薇のように麗しい姫さまのあと追っておりますれば、こんな所へ……、下賤な学生寮などで万が一のことがあってはと、鍵穴から様子をうかがっておりましたところ…」 「ふーん、要はのぞき見? 重罪よね」 そう言ってルイズはアンリエッタを見る、アンリエッタは困ったような表情でルイズを見たが、『とても楽しそうな』笑顔を見せていたので、アンリエッタはルイズの意図を汲んだ。 「そうですね…公式な訪問ではないとはいえ、先ほどの貴方の言葉を借りれば、私をアンリエッタと知りながら後を追い、そして部屋を覗き見したと言うことになります」 「姫さま、非公式とはいえ姫殿下訪問の御席は、王宮に準じると聞いています、故意に不作法を働いたのであれば侮辱にあたると存じ申し上げます」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの進言、この部屋の主たる責を負ってのものとして真摯に受け取ります、ではこの者に一級以上の罰を与えねばなりませんね」 ギーシュは顔を真っ青にした。 この世の終わりのような顔とは、こういうのを言うのだろうか、二股がバレた時とは比べものにならない。 ルイズは内心で「やりすぎたかな?」と考えたが、たまには良い薬だろうと思って何も言わなかった。 「ルイズ、この者の名は?」 「グラモン元帥のご子息、ギーシュ・ド・グラモンでございます」 「では…」 アンリエッタはギーシュの前に手を出した、貴族の作法で言えば、手に口づけを許すという事だ。 呆然としていたがギーシュだったが、差し出された手の意味に気づくと、さっきまで死にそうに震えていた男とは思えない程うやうやしく、手の甲に口づけをした。 「では貴方に罰を与えます、私の…アンリエッタ姫としてではなく、ルイズの友人としてのアンリエッタに、力を貸して頂きたいのです」 「任務の一員にくわえてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 ギーシュの言葉にアンリエッタは微笑む。 「ありがとう。貴方のお父さまも立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいでおられるのですね。…この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」 「姫殿下がぼくの名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な『薔薇の微笑みの君』が、このぼくに微笑んでくださった!キャッホー!」 感動のあまり、立ち上がってわめき散らし、後ろにのけぞって転び、後頭部を打つギーシュ。 それを見たアンリエッタは「ルイズの友人もおもしろい人ばかりね、うらやましいわ」と心底うらやましそうに言った。 ルイズは、まるで看守にマスターベーションを見られた徐倫のように、嫌そ~~~~~な顔をしていた。 アンリエッタ姫を見送った後、ギーシュは股のあたりを気にしながらヒョコヒョコと部屋に帰っていったらしい。 「そりゃ怖かったでしょうね…」 ルイズは、誰に言うわけでもなく呟いた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-15]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-17]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2226.html
ルイズの爆発魔法でワルドの首が霧散したのを確認することもせず、シルフィードは急速降下に入った。 まだ終わりではない。ワルドは確かに倒したが、ジョセフを救わなければならない。このまま放って置けばニューカッスルの岬ごとジョセフは大地に叩き付けられる。いくらジョセフと言えども、そんな事になれば生きていられるとは到底思えない。 しかもワルドを撃破したと同時に、大木のように茂っていたハーミットパープルはまるで枯れて朽ちていくように消え失せた。 メイジは精神力を使い果たしてもせいぜい気絶する程度で済む。スタンド使いが精神力を使い果たしたらどうなるのかは知らない。 かつて武器屋探しのついでにハーミットパープルを初めて見た時、ジョセフはスタンドを『魂の具現化したもの』と言った。魂を具現化させたものが枯れていくということがどういうことか――考えなくても判る。 タバサが先程張った風のドームがシルフィードの背に乗ったメイジ達をしっかりと捕らえ、空に振り落としてしまうようなことは無い。 だが、空を風竜の出せる限りの速度で『落ちる』恐怖。 「うわああああああああっっっっっ!!?」 二十世紀の地球でも、時速三百kmを超えるジェットコースターは存在しない。 噛み締めようとしても抑え切れない、腹の底から沸き起こる恐怖に耐え切れず叫んでしまうことで、ギーシュを臆病者呼ばわりすることは出来ない。 キュルケはこの高速落下の恐怖を味わう前に、精神力を使い果たしていた所にワルドを倒したのを見届けた安堵で気が緩んだことで、幸運にも気絶していた。 故に悲鳴を上げたのは、ギーシュ一人だけだった。そのギーシュも数秒も持たない内に恐怖が思考を塗り潰し、意識を手放したのだが。 ウェールズは波紋で気を失ったままで、タバサはこの程度の速度は慣れたものとばかりに力強く手綱を握り締めている。 ルイズは、叫ばなかった。それどころか、瞬き一つもしまいと見開かれた両眼で落ちていく先を見据えていた。 (――ジョセフ!) 雲の隙間を縫うように空を降り、岬から切り離された瓦礫を恐ろしいスピードで追い抜いていくのにも構わずほんの僅か前まで茨が伸びてきた元を見つめていた。 これだけの猛スピードで追いかけても、岬が落ちてからスタートを切るまでに絶望的な時間が経過しているのは理解できている。 アルビオンが何故空に浮くかは誰も知らない。ニューカッスルの岬も大陸から切り離されれば遥か下の大地目掛けて落ちていった。 しかし、城が先端に建つほどの質量と面積を持った岬は、空気抵抗を大きく受ける。それに加えて元より空に浮いていた大陸の一部だった岬は、気休め程度ながらも重力に逆らうかのように落下速度に幾らかのブレーキがかかっている。 だからこそタバサは逡巡すら惜しんでシルフィードを降下させた。 ルイズとタバサ、二人の目には光度は違えど同じ輝きが灯っていた。 その輝きは、『何としてもジョセフを救う』という意思の輝き。 今もなお左目を占めるジョセフの視界を睨みながら、ルイズは唇を噛んだ。 待っていなさいよ、ジョセフ――アンタは私の使い魔なんだからっ。 私の手の届かない場所になんか、行かせないんだから! * ワルドを撃破したジョセフの左目は、ジョセフ本人の視界に戻った。 ルイズから差し当たっての危機が去った事を把握したジョセフには、既に波紋を練れる呼吸もスタンドパワーも、何も残っていない。 ハーミットパープルを維持する事すら出来なくなったジョセフは、落下し続ける地面に力なく倒れた。 「……もうタネも仕掛けも何も無い……今度こそ本当にな……」 落ちていく岬の上に伏せるというのも奇妙な話だが、下から吹き上がる大気の奔流は巨大な岬が受け止めていた。奔流は岬の下を潜り、側面から上へと抜けている。 その為、地面に倒れたジョセフは大気の渦に捕われる事は無かったのだった。 「相棒」 まだ左手に握られたままのデルフリンガーの声に、ジョセフは掠れた声で答えた。 「……おうデルフよ……。せっかく六千年ぶりに会ったのにここでおさらばっぽいなァ……お前はもしかしたら地面に落ちても耐えられるかもしらんが、わしはちょっち自信ねェもんでな……」 こんな時でも軽口を忘れないジョセフに、デルフはからからと笑った。 「なーに、気にすんな相棒。六千年は確かに長かったが、また会えたのは確かだからよ。もうしばらくつまんねえ時間を過ごせばそのうちまた会えるってモンだろ」 「そう言って貰えりゃ気も楽ってモンじゃ……」 ごろり、と大の字に寝そべったジョセフは、無言で空を見上げた。 「あー……心残りがけっこーあるんじゃよ……わしを見取るのが喋る剣一振りっつーんがなァ……」 「なんだい俺っちだけじゃ不服なのかよ」 「そりゃーあよォ……せっかく頑張って五十年連れ添った妻とか可愛い娘とか口が悪い孫とか生意気な孫に恵まれたのに、誰にもわしが死んだって伝えられんのはなァ……」 ハルケギニアに来る前。承太郎に、帰らなければスージーには死んだと伝えろと言ってこちらに来た。あの時こそは死を覚悟していたが、魔法が実在する奇妙な世界に居着いた今では心残りも多々ある。 可愛い主人や友人達を守り切れた、その事実には満足できる。 だが、それでも。 「せめてな……わしの好きな連中にゃ、笑っててほしいんじゃ……。わしの好きな連中を悲しませる理由が、わしがいなくなったからと言うんはなァ……それは、とても――寂しいことじゃろう……」 ジョセフは、寂しげに笑う。 そんなジョセフに、デルフリンガーは聞いてみた。 「――なぁ、相棒よ。相棒は自分が死ぬのは怖くないのかい?」 力尽きたジョセフの口から漏れるのは、恐怖の叫びでも後悔の言葉でもなく。ただ、自分が遺す事になる人々を心配する言葉ばかり。 剣として、無数の戦場で無数の命の終焉を見届けてきたデルフリンガーは、ジョセフのような潔い最期を迎えようとする人間を見たことは何度かはある。 だが、その何度かの例外の他、何千倍もの末期の言葉は、死への恐怖や後悔の言葉。 圧倒的に数少ない例外の中でも、ジョセフはあまりに落ち着いていた。 これからどれだけの長い間、つまらない時間を過ごすのかは判らないが、せめて何百年かの慰みに。この誇り高くしみったれた老人の言葉を聞いてみたくなったのだった。 「そりゃ怖ェに決まっとるじゃろ」 即座に返ってきた答えに、デルフリンガーは質問したことをちょっと後悔した。 「でも今更何が出来るよ。わしゃやるだけのことはやったし……ルイズ達を救うことも出来た。やるべきことも出来なくて、ルイズ達を助けられなかったんじゃあない……そんだけ出来たらまァ、上出来ってモンじゃろうよ……」 「そうか」 しかし続けられたジョセフの言葉に、デルフリンガーは鞘口を鳴らして頷いた。 ジョセフは、一瞬だけ沈黙し。か細い声で言った。 「……わりィ、もうそろそろわし眠いんじゃ……ちょっと、ちょっと寝かせてくれ……」 「ああ、悪かったな。じゃあゆっくり、寝てくれよ」 デルフリンガーの軽口に、返事は、無い。 ――竜が、そこに辿り着いたのはそれから僅か数秒後の事だった。 * ハーミットパープルが伸びてきた先を辿るのは、難しいことではなかった。 ほんの数秒前まで雄雄しく伸びていた茨は消え去っていたものの、どこから伸びてきたかは頭に入っている。 ハルケギニアの大地さえも視界に入る中、シルフィードは岬に追い付いた。 岬の上に見えたのは、力無く地面に横たわるジョセフの姿。 シルフィードは落ち行く岬に追い付き、翼を目一杯広げてスピードを急激に殺し、地面に着陸する。 例え既に事切れているにせよ、ジョセフをこのまま岬に叩き付けさせる訳には行かない。 置いていこうとしても、ルイズが自ら駆け寄って引き摺ってでもジョセフを連れてこようとするだろう。 だからタバサは、迅速にジョセフを回収する為に魔法を唱えた。 ジョセフは随分と大柄ではあるが、トライアングルメイジのタバサが操る風を用いればさしたる苦労も無く体を持ち上げられる。 「く……」 だがたったそれだけの魔法を完成させただけで、タバサの意識は揺らぎ、僅かながらも彼女の表情を歪ませる。 しかしジョセフを無事に引き寄せることは出来た。 「ジョセフっっ!!」 自分の前にジョセフを運ばれたルイズが名を呼んでも、ジョセフは身動ぎの一つもしない。シルフィードの背に横たわったまま―― 「ジョセフ!! ジョセフ、ジョセフ!?」 何の反応も無いジョセフへ抱き付くように縋り付いたルイズが必死に名を呼んで身体を揺さぶるが、ジョセフは主人の呼び掛けに何の答えも返すことは無い。 風のロープで掴んだジョセフをルイズの元へ届けるが早いか、魔法を解いて額の汗を拭った。 「……飛んで。全速力で」 すぐさま言い放つタバサの命令に、シルフィードはきゅいきゅいきゅいとけたたましく鳴いて不満を表明する。 いくら風竜と言えども、徹夜でこき使われた挙句空中戦を繰り広げたり落ちる岬に追い付く為に無理矢理な加速をさせられたりしていれば、身体にガタも来る。 竜使いの荒い主人に使い魔が懸命に抗議するが、当の主人はにべも無く答えた。 「貴方が飛ばないと私達が死ぬ」 端的に現状を突き付ける涼やかな声に、諦める寸前の慰みにきゅいー!と声も限りに叫んで、大きく広げた翼に風を受けた。 そして、シルフィードが力の限り岬から離脱した十数秒後。 ニューカッスル岬は、ハルケギニアに激突し、大陸を大きく揺らした。 高く聳える山脈を打ち砕く爆音と、空まで巻き上がる土煙が背後に発生する一大スペクタクルにも、竜に乗った若いメイジ達が頓着することはほぼ無かった。 ウェールズとキュルケとギーシュは今だ気を失ったままだし、ルイズはそんな些事に気を取られている余裕などない。 唯一の例外が、意外にもタバサだった。 ガリアの山脈が大きく形を変えた瞬間を目撃したタバサは、雪風の二つ名を受ける平静な表情を保つ事さえ忘れて、首ばかりか身体も後ろへ捩って大きく目を見開いていた。 タバサは若いながらもこれまでに様々な経験を積んできたが、これほどまでの劇的な情景を目の当たりにしたのは初めての事だった。 (……もし、彼の力があれば……) 自分が渇望する結果に辿り着くのも、ジョセフの知謀が加われば今すぐにも成就できるかもしれない。 だが、その肝心のジョセフは主人の声に応えることもない。 普段の高慢さをかなぐり捨てて懸命にジョセフの名を呼ぶルイズの姿もまた、彼女を良く知る者達が見ればその目を疑うことだろう。 ピンクの髪を振り乱し、鳶色の両眼を見開いて、小さな手で大きな身体を揺さ振り、喉も枯れよとばかりに声を張り上げる。 「ねえっ、起きなさいよ! アンタ、私の使い魔なんでしょ!? アンタご主人様の言う事が聞けないの!?」 だがジョセフは何の反応も見せない。 ただ力なく竜の背に倒れているだけだった。 「アンタっ……バカじゃない!? 元の世界に帰らなくちゃいけないんでしょ!? 自分の家族に会わなくちゃいけないんでしょ!? こんな……こんなこと、で……!」 大きな目に、涙が溜まっていく。 「私……! ただアンタに迷惑掛けただけじゃない! たくさん助けてもらったのにっ……私は何も出来ないままで……こんな、こんなのって、ないわ!」 自分が使い魔の召喚に成功しなければこんなことにならなかった。 自分がやったことは、戦いを終えて故郷に帰るはずだった老人を無理矢理異世界に連れてきて、こき使って、殺したというだけのこと。 ルイズの頬を伝う涙は、ぽたぽたとジョセフの頬に落ちていく。 「ジョセフ……! ジョセフ、ジョセフぅっ!!」 悲しみ、怒り、憤り、不甲斐なさ。 ネガティブな感情を大量に混ぜ合わせた衝動に突き動かされ、ルイズは物言わぬジョセフの身体に縋り付いて声も限りに泣き叫んだ。 「えーと」 しばらくルイズが泣いていた所、今まで黙ったままのデルフリンガーが、かちりと鞘口を鳴らした。 「盛り上がってるトコ悪いんだけどよぉー」 普段軽口ばかり叩いてるデルフリンガーにしては珍しく、多少決まり悪げな物言い。 「相棒、生きてるぜ」 ぴたり、とルイズの泣き声が止んだ。 「マジマジ。ピンピンしてる」 ルイズはとりあえずジョセフの鼻を摘んでみた。 ふが、と眉を顰めたジョセフは顔を振って鼻から手を放させた。 「そりゃーアレだろ、立ち回りはするわ徹夜で働くわ波紋は練れないわスタンドパワーは使い果たすわで疲れて眠らない方がおかしいって話だろーよ」 首を横向けたジョセフは、気道の位置が変わったせいか小さくいびきをかき始めた。 「それにしてもアレだな。死んだように眠るってのは正にこのことだーな。確かに勘違いしちまうのはしょーがないかもしれねーが、それでもあれはないわ」 ルイズは何も言わず、ジョセフの腰に下がったままの鞘を手に取るとデルフリンガーを収めて黙らせた。 袖で涙を拭いてから、じっと自分達の様子を伺っていたタバサを見やった。 「……ユニーク」 まるで何事も無かったように呟くタバサに、ルイズの耳は真っ赤になった。 「み、みみみみみみみみみ見たの?」 「見てしまった。けれど他言する必要性はない」 普段通りに感情の見えない淡々とした口調の中に、ルイズは微かな笑みが見えたような気がした。 だがそれは自分の気のせいだ、と無理矢理自分の中で結論付けて、大きく息を吸った。 「ま、まあこれくらいで死んじゃうような使い魔じゃないとは思ってたわよ! だって私の使い魔なんですもの!」 「そう」 懸命に言い繕うルイズへ興味なさげな返事をしたタバサは、続いてウェールズに視線をやった。 「ジョセフ・ジョースターと打ち合わせていた事がある。このまま皇太子を王宮に連れて行くわけには行かない」 タバサの言葉に、ルイズは声を張り上げた。 「なんでよ! 姫様に皇太子殿下をお会いさせなきゃならないじゃない!」 「魔法衛士隊の隊長が裏切り者だった今、下手に王宮に連れて行くのは利敵行為。他に内通者がいるのは火を見るより明らか。それこそ戦争の口実を向こうに与えることになる」 至極もっともな言葉に、ぐ、と言葉に詰まるルイズをよそに、タバサは淡々と言葉を続ける。 「だから今から学院に向かう。ミスタ・オスマンに頼んで皇太子を匿ってもらう、というのが彼の考え。学院なら人目に付くこともないし警備も整っている」 そこまで言ってから、タバサは手綱を握り直して前を向く。 必要最低限の事柄を伝達すれば後は何も言わない素っ気無さに、何よ、と小さく口を尖らせるが、それ以上は何も言わない。 強い風が頬を撫でる中、ふぅ、と小さく息を吐く。 竜に乗っている六人のうち四人が意識を失っており、意識がある一人のタバサはシルフィードの手綱を握って前を見ている。 残る一人のルイズは、気持ちよさそうに熟睡しているジョセフの頬を撫でた。 「……ばっかみたい。よくよく見たら普通に寝てただけじゃない」 心配かけて、と使い魔の額を指で弾くと、ジョセフはまた少し眉を顰めて小さく首を動かした。また気道の位置が変わったせいか、いびきは止んで静かな寝息に変わる。 こんな無防備な寝顔を見ていると、とても王様を騙してメイジ達をこき使って岬を落とし、挙句の果てに皇太子殿下まで騙して無理矢理連れてきている張本人とは思えない。 思えば姫様の命を受けてからたった数日の間に色んな事があった。 アルビオンを滅ぼした裏切り者達、初恋の人の変貌と裏切りと……かつてワルドだった人間を、自分の手で倒した事。 色々姫様に伝えなければならないこともある。 それでも、今は清々しい気持ちが胸を満たしていた。 空は抜けるように青く、髪を後ろへ流す髪は心地よく涼しい。 ふと、ジョセフを見下ろす。 召喚した時からずっと被っていた帽子はなくなって、白髪が露になっている。あの薄汚れた帽子は空を落ちる中で飛ばされてしまったらしい。 「……御褒美に、新しい帽子を買ってあげなくちゃ……」 たおやかな手でジョセフの頭を撫で。とくん、と胸の中が強い鼓動を打つ。 吐息が、熱い。 唇がそう感じたと思った。 その時、ルイズは自分が何を思っているのか、自分でも理解できていなかった。 だからかもしれない。 静かに目を閉じて身を屈めたルイズの唇が、ジョセフの唇を掠めるように触れた。 時間にすれば、一秒少しのこと。 ルイズがうっすらと目を開けたその時、ジョセフの顔が占める視界に、バネでも仕込まれていたかのような勢いで身を起こし、慌てて周囲を見た。 だが今もまだ友人達は気を失ったままで、タバサは前だけを見ていた。 今の衝動的なキスを見た人間は誰もいない。 ジョセフも、やはり変わりなく規則的な寝息を立てている。 (……何) ルイズは、火が燃えているかのように思える自分の顔を両手で覆う。 (私、今、何をしたの) その中でも、唇が一番熱いように思える。 ジョセフと微かに触れたそこだけが、とても、熱く。 (何を、考えてるの) ふるふるふる、と首を振る。 (ジョセフは使い魔で……平民で……孫がいて……お父様より、年上なのよ) 最初は、契約の為のキスだった。 二回目は、錯乱した自分を落ち着かせる為の強引なキスだった。 三回目は。謎の衝動に突き動かされた、キスだった。 (そんな。そんなの、ダメよ) 否定したい。否定しなければならない。でも、否定、出来ない。 (何、何よ……どうして、こんなにドキドキするの……) 今まで生きてきた中で、これほど心臓が激しく動いたことなどない。 息苦しくて、胸が痛くなるほどの鼓動の中、ルイズは懸命に自分の中に芽生えた感情を拒否しようとする。けれど、ルイズは既に理解していた。 (――私は……ジョセフのことが―― ) 信じられないし、信じたくもない。 この気持ちが果たして本物なのか、そもそも貴族の娘である自分が抱いていいものなのかすら。今のルイズには判断し辛いものだった。 だが、それでも。 彼女を中から打ち破りそうな胸の鼓動は、確かにあって。 ジョセフ・ジョースターの体温を感じて安心している自分がいて。 ジョセフが死んだと思った時、人目も憚らず泣いた自分が、いたのだ。 小さい頃にワルドに抱き抱えられた時も、ワルドが変わってしまったのを思い知らされた時も、人ではなくなったワルドに引導を渡した時も、こんな風にはならなかった。 理性も感情も、とっくに答えを出している。 けれども、それを認めてしまうのは……使い魔だとか平民だとか老人だとか、そんなのを抜きにしても。 (――私は……ジョセフのことが――好き) ああ、と声を漏らし、両手で自分を抱いて俯いたルイズの表情は誰にも窺い知る事が出来なかった。 第二部 -風のアルビオン- 完