約 1,076,755 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1046.html
ルイズはまた夢の中だった。今回もあの夢だろうかと彼女は身を固くしたが、今日の夢はどうやらそうではないようだった。 周りを見渡すと、どうやら自分は小舟の上にいるようらしい。ああ、とルイズは思う。ここはヴァリエールの屋敷だ。 そしてここは自分が「秘密の場所」と呼んでいた中庭の池――・・・。 魔法が使えないことで幼い頃から周囲に白眼視されていた彼女は、悲しい時悔しい時、いつもこの小舟の上で毛布を被り、ひっそりと泣いていた。 「泣いているのかい?ルイズ」 頭の上から声がかかる。はっとして顔を上げると、大きな羽帽子にマントを被った立派な貴族がルイズを見下ろしていた。 隣の領地を相続している、憧れの子爵だった。幼いルイズはそんな彼にみっともないところを見られて慌てて顔を隠す。 「子爵さま、いらしてたの?」 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ あのお話のことでね」 その言葉にルイズは紅に染まった頬を更に赤くして俯く。 そんな彼女を見て、子爵はあっはっはと頼れる声で笑った。そして彼はおどけた調子でルイズを元気づける。彼女にとっては大切な、懐かしい夢。 その時ざあっと風が吹き、子爵の帽子をさらっていった。 「へ?」 いつの間にか今の自分に戻っていたルイズは、帽子の下に現れた顔を見てぽかんとした。その顔は、どう見ても己の使い魔――ギアッチョのものだった。 「な、何よあんた どうしてここにいるのよ」 ルイズは当惑して叫ぶ。しかしギアッチョは、相変わらず感情の読めない眼でじっとルイズを見ている。 「何か言いなさいよ!ねえったら!」 しかしルイズの言葉などまるで耳に届いていないかのように、ギアッチョは何も言わず何もせず、ただルイズを見つめている。 そしてそのまま、一言も言葉を発さぬままにギアッチョの姿は掻き消え、そして小舟も、池も、世界も、ルイズも消えた。 廊下から聞こえてくる声で、キュルケは眼を覚ました。外は薄暗く、恐らくはまだ教師達も眠っているであろう時間帯だ。 静謐な学び舎に響く二人分の囁き声をキュルケはまだ半分寝ている頭で聞いていたが、それがルイズとギアッチョの声であること、そして会話のところどころに「姫さま」とか「任務」などという単語が混じっていることに気付いて飛び起きた。 物音を立てないように急いで着替えと支度を済ませると、ルイズ達が門へ向かったのを確認してから彼女はタバサの部屋へ飛び込んだ。 「タバサおはよう!寝てる場合じゃないわよ、面白いことが――」 部屋に入るなり早口にまくし立てるキュルケの言葉は、サイレンスの魔法によってあっという間に掻き消える。ドアの開く音で目覚めた瞬間反射的に杖を取って呪文を唱える、タバサの瞠目すべき早業であった。 無声映画のように身振り手振りを続けるキュルケを寝起き直後の胡乱な眼で眺めると、掴んだ杖もそのままにタバサは再びベッドの中に潜り込んだ。 キュルケはしばらくジェスチャーを続けていたが、タバサが完全にシカトする構えだと知ると、ならばとばかりに両手でタバサの肩を掴んで揺さぶる作戦に移行する。 最初のうちは無視を決め込んでいたタバサだが、キュルケが一行に諦めようとしないので仕方なくサイレンスを解除すると、 「・・・何?」 ウインド・ブレイクを唱えたくなる前に話だけは聞くことにした。 そんなわけで、タバサは今いそいそと支度を済ませている。 アンリエッタからの秘密の任務でギアッチョ達がアルビオンへ向かうらしいというのはキュルケ程ではないにしろタバサの興味を引いた。 それにキュルケも言っていたことだがルイズの身が安全であるという保障はない。 ギアッチョがいるのだから大抵のことは大丈夫だろうが、彼の魔法も万能ではないことはフーケ戦で証明済みである。 一瞬の思案の後、タバサはシルフィードによる尾行――キュルケに言わせると護衛――を承諾したのだった。 ちなみに当のキュルケはと言えば、何か野暮用を済ませてくると言ってどこかに行ってしまった。まぁそのうち戻ってくるだろうなどと考えながら、タバサは制服のボタンを留め始める。 キュルケはタバサの部屋に続き、またしても堂々とアンロックの魔法で部屋に侵入する。薔薇や宝石で派手に飾られた部屋――ギーシュの私室だった。 「ギーシュ!起きなさいってば ギーシュ!」 キュルケは周りの部屋に聞こえない程度の声でギーシュを起こそうとするが、幸せそうによだれを垂らしたまま彼は一向に目覚める気配がない。 キュルケは少し苛立ったような表情を見せると、ギーシュの耳元に口を寄せて一言ぼそりと何かを呟いた。 「うわあああああ!!待って、待ってくれたまえ!やってるから!ちゃんとやってるからマンモーニだけは――ぁああ!?」 効果覿面、その一言でギーシュはうわ言と共に跳ね起きた。「何だ夢か」と呟くとギーシュは息を吐きながら辺りを見回し、 「うわぁ!!」 キュルケと眼が合った。 「やれやれ・・・やっと起きたわね」 「キュ、キュルケ!?こんな夜も明けきらない時間に一体何の用・・・ハッ!? ダ、ダメだキュルケ!僕にはモンモランシーという女性がヘヴンッ!!」 ギーシュが言い終える前に、キュルケのカカト落しがギーシュの脳天に炸裂した。 「寝言は起きる前に言いなさい」 「・・・それで、後をつけるって言うのかい?」 後頭部をさすりながらギーシュが言う。 「失礼ね、護衛と言いなさいよ あなたは行きたがるかと思ったからわざわざ声を掛けてあげたわけ それで?行くの?行かないの?」 腰に手を当ててキュルケは身体を乗り出す。姫さまとか秘密とかヤバいんじゃないのと言ってみるが、キュルケはそれがどうしたという顔でギーシュの返答を待っている。 ギーシュはうーんと唸りながら数秒考えた後に、まあなんとかなるかと実にギーシュらしい結論を下した。 ギアッチョとルイズは馬を駆って学院を出る。正門の先では一人の男が彼らを待ち構えるように待機していた。 「ワルドさま!?」 ルイズが驚きの声を上げると、ワルドと呼ばれた男は人好きのする笑みを浮かべてそれに答えた。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドはルイズに駆け寄ると、その華奢な身体を抱き上げる。 「お久しぶりでございます」 そう言って恥ずかしげに頬を染めるルイズを見て、ワルドは豪快に笑った。 「まるで羽のようだ! 相変わらず軽いね、君は」 「・・・お恥ずかしいですわ」 睫毛を伏せるルイズを、ワルドは優しげに見つめている。そしてそんなワルドをギアッチョが見つめていた。 「あいつは・・・昨日の護衛じゃあねーか」 ルイズがぼーっと見つめていた男だ。確か魔法衛士隊の隊長だとギーシュが言っていた。 「あのヒゲが従えてるのは、ありゃあグリフォンだね 正真正銘の魔法衛士隊、トリステインじゃあエリート中のエリートだ」 デルフリンガーがそう言って鍔を鳴らす。「妙な偶然もあったもんだな」と呟いてギアッチョは首をすくめた。 ルイズがギアッチョとデルフリンガーを紹介する。ルイズを下ろしたワルドは大げさな身振りで両手を広げると、 「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」 おどけた調子でそう言った。 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「婚約者ァ?」 彼らの意外な関係に、デルフリンガーが妙な声を上げる。ギアッチョはワルドをジロリと遠慮無しに観察すると、 「どういう縁だ?」 とこれまた遠慮無しに疑問をぶつけた。ワルドは帽子を取って被りなおしてから、「幼馴染さ」と答えた。 「領地が隣同士でね、ヴァリエール家とは昔から懇意にさせていただいているのさ」 その縁で、父親達の間でルイズとワルドの婚姻の約束が交わされているのだとワルドは説明した。 ――結婚って・・・いくらなんでも歳が離れすぎてるんじゃあねーのか? ワルドはどう見て二十代後半だ。対するルイズは、とギアッチョは彼女に視線を移す。 「な、何よ」 いきなり眼を向けられてルイズは心臓が飛び跳ねた。「け、結婚なんて小さい頃の約束で」だの「もう何年も会ってなかったし」だの、ルイズの口からは無意識の内に次から次へと言い訳が飛び出すが、肝心のギアッチョは一切聞いていなかった。 ――歳は聞いてなかったが・・・いいとこ十四歳って所だよなァァ 犯罪だろ、とギアッチョは思った。イタリアでは結婚可能な年齢は十八歳からだった。そうでなくても歳が一回り前後は離れていそうな二人である。 もっとも、実際は発育が少々哀れなだけでルイズはもう十六歳を迎えているのだが。 じろじろと自分を見るギアッチョをどう解釈したものか、 「なぁに、任務のことなら心配はいらないさギアッチョ君 こう見えても僕はスクウェアメイジだ 大船に乗った気でいてくれたまえ」 そう言ってワルドは自分の胸を拳で叩いて見せた。 「任務?」 ルイズがきょとんとした顔でワルドを見上げる。 「アンリエッタ姫殿下から直々に拝命したのさ 君達と共にアルビオンへ行かせてもらうよ」 そう言ってワルドはルイズに微笑んだ。 ――ま、確かにこんなガキと平民の使い魔を手放しで信用は出来ねーわな ギアッチョはそう納得して馬に跨る。ワルドはそれを見て、 「さあルイズ、こっちにおいで」 グリフォン隊の象徴であり、彼ら隊士の乗り物でもあるグリフォンを呼び寄せると、それに跨ってルイズを手招きする。 ルイズはちょっと躊躇うようにして俯くと、何故だかギアッチョが気になって横目で彼を見た。ギアッチョはデルフに眼を落として会話をしている。 まるでルイズに全く興味がないと言われているようで、ルイズは軽くショックを覚えながらとぼとぼとワルドの元へ歩き出した。 グリフォンの横まで来るとワルドはひょいとルイズを抱きかかえる。そうして手綱を握り、ギアッチョのほうを見てから杖を掲げて叫んだ。 「さあ諸君!出撃だ!」 その声を合図にグリフォンがばさりと飛び立ち、ギアッチョがそれを追って馬を駆る。 深くけぶる朝もやの中、こうして任務は始まった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2488.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 「ごめんなさい。学院長は不在なんです。」 3度目になる学院長室の前でミス・ロングビルは申し訳なさそうに教えてくれた。 ルイズを授業に送り出した後、学院長を訪ねて来た康一だった。 それもそうだよなぁー。学院長っていうからには相当急がしいんだろうし。 「それじゃあ、しょうがないですね。また今度来ます。」 「待ってくださいな。」 退出しようとする康一を、ミス・ロングビルが引きとどめる。 「なにか相談したいことがあったのでは?たとえば・・・『スタンド』・・・のことですとか。」 なんでこの人が『スタンド』のことを知ってるんだァー!? 「ななな、なんでそのことを!?」 正直動揺した。やはり『スタンド』のことが広まってしまうのはまずい気がする。 「隠さなくても結構ですわ。実はこっそり聞き耳を立ててましたの。」 口を手で隠して、ごめんなさいね、と笑う。 まいったなぁ・・・。康一は頭を掻いた。こうしれっと言われると追求しようがない。 まぁオールド・オスマンの秘書なんだから悪い人ではないだろう。 「しょうがないなぁー。いや、実はぼくの故郷のことについて何か分かったことがないか聞きにきたんですよ。」 ミス・ロングビルはしばらく考えていたようだが、やがて首を横に振った。 「そのような話は伺っていませんわ。でもオールド・オスマンだけでなく、ミスタ・コルベールも文献などを漁っておられるようですから、そのうちきっと見つかりますわよ。」 「そうですか・・・」 やはり杜王町に帰るのはまだまだ先のことになりそうだ。というよりも、帰ることができるのだろうか。 康一は肩を落とした。 がっかりした様子の康一を不憫に思ったのかもしれない。 ミス・ロングビルはちょうど休憩するところだったから、と康一をお茶に誘った。 ミス・ロングビルに薦められて、康一は応接用の椅子に座った。 ここに座るのは3度目だが、そのとき向かいに座っているのはオールド・オスマンやミスタ・コルベールだった。 今はミス・ロングビルが座り、淹れたての紅茶を出してくれる。 綺麗な人である。おしとやかな物腰だが、どことなく影があって、キュルケとはまた違う意味で大人の女性という感じがする。 最近美人に縁があるなぁ。と思う。 由花子さんと知り合う前なら、多分もっと舞い上がっていただろう。 ティーカップに手を伸ばす。立ち上る湯気からは紅茶の華やかな香りがした。お茶に詳しくはないが、きっといい茶葉を使っているのだろう。 「そういえば、故郷のことを聞きにいらしたんですよね?」 「ええ・・・まぁ。」 ミス・ロングビルと目が合った。 「故郷に、帰りたいですか?」 「・・・ぼくを待ってる人がいるんです。いきなりいなくなったからきっと心配してます。」 「恋人かしら?」 冗談めかして笑うロングビルに康一は頷いた。 「まぁ、恋人もそうですね。でも、家族や友人も。」 「そう・・・。大切な場所なんですね・・・。」 ロングビルは康一を見つめた。 いや・・・。康一は思った。 彼女はぼくを通してどこか遠くを見ているような気がする。 「でもロングビルさんにも故郷があるでしょう?」 ミス・ロングビルは一瞬だけ胸を突かれたような顔をした。 「・・・・いえ。私の故郷はもうないんです。ですからあなたが少しだけうらやましいですわ。」 少しだけ寂しげに笑った。ティーカップを静かに傾ける。 故郷がない?彼女の故郷には何かがあったのだろうか。 しかし聞いていいものかも分からない。康一は黙り込んだ。 康一の困惑を察したのだろう。ミス・ロングビルは明るい声で言った。 「でも、大切な場所は今でもありますわ。いつどこで何をしていても、心はそこに置いている。そんな場所です。」 康一は心から嬉しそうに笑った。 「よかったぁ~。帰る場所がないなんて寂しすぎますもんね!」 ロングビルはふっと息を吐いて、微笑んだ。 そして、ソーサーをもつ康一の左手を見た。 「そのルーンのこと、ご存知ですか?」 康一はティーカップをテーブルに置いた。 「いえ、よくは知らないんですが。なんだか変なルーンなんです。武器を持つと光ったりして・・・」 康一は自分が経験したことを話した。武器を握ったらルーンが光りだして体が軽くなったこと。『スタンド』のパワーも上昇したこと。 「『スタンド』というのも不思議な能力ですね。魔法とは違うのですか?」 「ええ、多分。・・・まぁ、実は自分でも『スタンド』が何なのか良く分かってないんですけどね。」 超能力、としか言いようがない。こっちの『魔法』は多分系統だった研究がされているのだろうが。 「『スタンド』のことは分かりませんけど、その『ルーン』のことは少し分かりますわ。『ガンダールヴ』と読むそうです。」 ミス・ロングビルは説明した。 ガンダールヴとは、ハルケギニアに系統魔法を伝えた虚無魔法の使い手『始祖』ブリミルの使い魔の一人である。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 という歌が残されているという。 そして康一の左手に刻まれているのはそのガンダールヴのルーンと非常に似ているらしい。 「『始祖』ブリミルってここでは神様みたいに言われてる人ですよね。ぼくがその使い魔?」 実感がわかない。というか、自分に関係ある話とは到底思えない。 「ええ。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。私たちメイジの始祖。そして彼の使い魔『ガンダールヴ』は歌にあるように武器を扱うのに長けているといいますわ。その『ルーン』の効果と合致するんじゃありません?」 「じゃあ、ぼくを召喚したルイズが『虚無』の使い手ってことですか?」 「さぁ・・・さすがにそれは信じがたいのですが・・・」 ルイズは俗に言うと『落ちこぼれ』である。神聖視されている『始祖』と同列に扱うのは抵抗があるのだろう。 康一は考えたが、正直話が大きすぎてよく分からなかった。 「このことはルイズには黙ってたほうがいいですね。」 「ええ。オールド・オスマンもミス・ヴァリエールがこれを知ったら変に気負うのではないかと心配していましたわ。」 そして、「本当はコーイチさんにも言わないつもりだったみたいです。だから私が話してしまったのは内緒ですよ?」と片目を閉じた。 学院長室を退室したあと、康一は学院の廊下を歩きながら考えた。 あの話は本当のことだろうか。もしかしてからかわれたのではないだろうか。 ここ数年非日常的な生活を送ってきた康一にしても、短期間にあまりにいろいろなことが起こりすぎていた。 明日になれば、杜王町の自分の部屋で目がさめるのでは、とまで考える。 でも、このルーンが『ガンダールヴ』だったとして、なぜぼくがそんな大層なものに選ばれたんだろう。 「呼び出されたのが承太郎さんみたいな人だったら誰だって納得するんだろうけどなぁ。」 夜。 ハルケギニアの双月が照らす薄闇の世界。 学院の本塔の壁に垂直に立つ人影があった。 足の裏で外壁に張り付き、垂直のまましゃがみこむと、コツコツと壁を叩く。 「さすがは噂に名高い魔法学院。壁の厚さも並じゃないわねぇ。」 夜風になびく、長い長い髪。 彼女は、二つ名を『土くれのフーケ』。ハルケギニアにおいて、大胆不敵な犯行で名の知れた盗賊である。 しかし、警備の厚い貴族の屋敷は狙っても、盗みやすいであろう平民の家を襲うことはないので、一部平民からは『義賊』と呼ばれて密かに人気が高い。 そんな彼女が今狙っているのは、魔法学院の宝物庫に眠るという『弓と矢』である。 弓矢は魔法という強力な戦力があるハルケギニアでは大した価値はない。だが以前オスマンがぽろりと漏らした、『弓と矢』の『言い伝え』に興味を引かれたのだ。 酒場に行けば掃いて捨てるほどある、くだらない与太話の一つのように思えるその『言い伝え』。 だが、魔法王国トリステインで、『賢者』と目されるオールド・オスマンと彼の学院がそれを宝物庫にしまいこんでいることが、信憑性を裏打ちしていた。 「あのハゲ。この壁は物理衝撃には弱いだなんてよく言えたもんだ。」 フーケは計画もなしに盗みに入るような盗みはしない。事前に情報を集め、弱点を見極め、そこを一気につく。 だから今まで捕まらずにこれたのだ。 この魔法学院への盗みも、鉄壁といわれている魔法学院の宝物庫の弱点を探すため、内部に潜入してもうどれくらいになるだろうか。 ジジイに尻を触られながらもお宝のために耐えてきた。 そしてようやく、教師の一人からこの宝物庫唯一の弱点を聞き出したのだ。 だというのに、唯一の弱点のはずの物理的衝撃に対する耐久性すら、王宮の城壁並みなのだ。 自分の力を全力でぶつけても破れるかどうか・・・。 だが、錬金などといった他の手段で破るのは不可能だ。 「できるかどうか分からないとしても、やるしかないね。」 セクハラに耐えるのも我慢の限界だ。 フーケは詠唱と共に杖を振るった。 眼下の地面が集まり、盛り上がる。みるみるフーケのいる宝物庫外壁の高さまで大きくなったときには、巨人のような人型の土人形ができあがっていた。 土人形――ゴーレムの肩に飛び乗る。牛も軽く握りつぶせそうな大きさの拳を鋼鉄に錬金した。 「さぁ、伝説の『弓と矢』。この『土くれ』のフーケがいただくとしようかね!!」 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1462.html
――ローマ コロッセオ-……のゴミ収集車の中。 ここはどこだ? 体が動かねえ…… 何にも聞こえね…… 暗れ…… オレは何してたんだっけ? 何で息が苦しいんだアギェッ なんだかわからんが逃げねーと…… オレは……何だっけ? ん、何だこれは 鏡? やべえ 鏡はやべぇ!確か鏡は別の世界が…… って何だっけ?オレは何を言っているんだ? とにかく何とかしねーと!オアァァ ……or?なんでor?英語の授業か? プげッ ――トリステイン魔法学院―― 「はぁはぁ、サモン・サーヴァント!」 何度目かすら忘れつつもとにかく呪文を唱える。 これだけは失敗するわけにいかない。 偉大なるヴァリエール家のルイズが留年なんて、そんな馬鹿なことがあっていいわけがない。 絶対に成功させないと! ドサッ ドサドサドサドサドサ! やれやれ、やっと何か呼び出せたみたいね。よかった…… 「ウワァーーー!!!」 周りの奴らが騒いでいる。なんか凄いのでも出したのかしら? 「わたしだってやればできるみたいね、疲れたけど。」 「臭ぇー!ゴミの臭いがプンプンするぜぇー!」 「ゼロのルイズぅーおめー脳がマヌケかぁ?これが使い魔に見えるのか?!」 「ルイズ、[サモン・サーヴァント]でゴミの山を呼び出してどうするの?」 って、ええぇーーーーーーーー何よこれ!!!! 「ミスタ・コルベール!」 ルイズと呼ばれた少女が怒鳴った。人垣が割れて、中年の男性が現れる。 「なんだね。ミス・ヴァリエール」 「あの!もう一回召喚させてください!」 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 「決まりだよ。春の使い魔召喚は神聖な儀式なんだ。 一度呼び出したものを変えることは許されない。」 「でも……」 「よく見てみなさい。ミス・ヴァリエール」 よく見なさいって、このハゲ馬鹿じゃないの? いくらなんでもゴミなんか使い魔にできるわけないじゃない。 ……あら? ゴミの山の中から男が這い出してきた。 男が喋ったわ。ゴミよりはマシだけどとても使い魔には見えない。 「な……なんだここは?!それよりオレ、誰?」 どうも混乱しているようね。わたしも混乱してるけど。 「ゴミじゃなかったけど平民でしたぁーーー!さすがゼロだ!」 「留まる所を知らないほどの失敗率!」 後ろで誰かがわめいている。わめきたいのはどう考えてもわたしよ。 「ミスタ・コルベール!」 「なんだね。ミス・ヴァリエール」 「あの!もう一回召喚させてください!」 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「でも!平民を使い魔にするなんて聞いたことありません!」 ルイズがそう言うと、再び周りの笑い声が大きくなる。 睨みつけてはみたものの、笑いが止む様子は全くない。 「これは伝統なんだ。例外は認められない。」 「そんな……」 「さて、では、儀式を続けなさい。」 「えー、彼と?」 「別にゴミの方でもいいぞ。」 そんなの、絶対嫌。このよくわからない全身スーツを着た平民もかなり嫌だけど。 周りの奴らがニヤニヤしながら眺めている。ハゲは至って真面目な顔でこっちを見ている。 ルイズは自分が召喚した平民をまじまじと見た。 結構身長は高い。いい体格してるじゃない、顔はマスクのせいでよくわからないけど。 「ねえ、ちょっとこっち向きなさい。」 男がこっちを見た。こいつは本当に人間なんだろうか。 その瞳からは妙に野生を感じる。もしかすると何か才能があるかもしれない。 たとえ使い魔が平民でも留年よりはマシな気がしてきた。 杖を振る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 ふと思う。 こいつ、さっきまでゴミの山の中にいたのよね、病気になったりしないでしょうね。 しかし、もう後戻りはできない。邪念を振り払いそいつの頭を掴み唇を重ねる。 「終わりました。」 「コントラクト・サーヴァントは一発でできたね。」 コルベールが、嬉しそうに言った。 「あぐおああああああーーあばああーーーっおれををっ あばあああああ おれの顔ををおああああああ」 熱い、いや 痛い! 痛い?痛いって何だっけ?これはヤバい、ヤバすぎる 逃げないと! どうやって?そうだ!地面だ! ……地面?そんなところに逃げられるわけがない。 おれは何を考えているんだ? しかしもう我慢ができない! 「な、何やってんのあんた!」 契約を終えたばかりのその男は、垂直に3メイルほど飛び上がり……・ そして頭から地面に落ちて倒れた。こいつ頭がおかしいのかしら? 「もう、何なのよ!いきなり死んだりしてないわよね?」 ルイズがげんなりしていると、コルベールが近寄ってきて、そいつの左手の甲(と生きてるかどうか)を確かめる。 「ふむ……珍しいルーンだな。後、彼はちょっと気絶しているだけだ。 そんなに心配しなくてもよろしい。」 「心配なんかしてません!」 心配しているのはわたしの進級よ。死んだらいくらなんでもまずいじゃない。 正直もう一回成功させる自身なんてないわ。 「さてと、じゃあみんな教室に戻るぞ。ああ、ミス・ヴァリエール?」 「何ですか?」 「使い魔も気絶していることだし、先に寮に戻りなさい。 どうせ今日はもう授業はないし、彼に無理をさせてはいけない。」 そう言うと、ハゲは火を放ってゴミを跡形もなく焼却し、校舎に戻っていった。 「わかりました、ミスタ・コルベール」 はぁ、なんで使い魔を主人が運ばないといけないのよ。普通逆でしょう? どうしようもないけど……泣きたくなってきたわ。 でもまあ不幸中の幸いね。このゴミの山を一人で片付けさせられるのかと思って怯えたわ。 「う……」 なによこいつ!無茶苦茶重い!これを3階まで担いで上がれって言うの? 無理 絶対無理よ!起こすしかないわ! そもそもフライやレビテーションを使えないことに問題があるのだが、 もちろんルイズはそんなところまで頭が回らない。 水を汲んできて、倒れている男に思いっきりぶっ掛ける。 「おああ 冷てえ!……オメー誰だ? いや、そもそもオレは誰だっけ?ここはどこだ?」 男が凄い勢いで起き上がった。 この様子だと体は大丈夫そうね、頑丈なのはいいことだわ。 「使い魔のくせに失礼ね、まあいいわ。 わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 長いしルイズと呼びなさい。後、ここはトリステイン魔法学院よ。 で、あんた誰?」 男は意味がわからないといった感じの顔で私を見た。失礼な奴だ。 「いいから早く答えなさい、貴族が先に答えてやってんのよ? あんた名前は?」 男は奇声を発しながら頭を抱えている。やっぱり知覚障害者?記憶喪失? 勘弁して欲しいわ。これからの自分を考えてまた泣きたくなった。 もう放っておいて戻ろうかと思っていたころ、男がようやく口を開いた。 「セッコ」 To be continued…… 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/701.html
ルイズは今夜も夢を見ていた。古ぼけた部屋の中の、かすみがかった人物達の夢。 ルイズはまた自分ではない誰かになっていて、かすみがかった部屋でかすんだ姿の まま、かすんだ男達と音の擦り切れた会話を交わしていた。 あの使い魔、ギアッチョを召喚した時から――いや、正確にはギーシュとの決闘を 終えた日から、ルイズはこの不思議な夢ばかりを見るようになっている。 使い魔となった者は、主人の目となり耳となる能力や人語を解する能力などを手に 入れる。ギアッチョにはそんな力はなかったが、ひょっとするとそれが夢の共有と いう形で発現しているのかもしれないとルイズは考えた。もしそうだとすると、この 夢を決闘の翌日から見るようになったということは――あの決闘を通して、 ギアッチョが自分を少し認めてくれたということなのかもしれない。ならば、と ルイズは思う。日々霧が晴れるように鮮明さを増してゆくこの夢は、彼が徐々に 心を開いていってくれているということなのだろうか。勿論、霧が全て消えれば 信頼度MAXなどというわけではないのだろうが、興味なんてさらさら無いように 見えるギアッチョが日々内心自分に心を開きつつあると思うと、ルイズはなんだか 無性に嬉しかった。 「どこに行くのよ」 ドアに向かって立ち上がったギアッチョにルイズが問いかける。外はもう双月が 煌々と輝いている時間である。 「剣の練習だ」 ギアッチョはそう言って喋る魔剣デルフリンガーを掴む。 「ちょっと待って わたしも行くわ」 そう言ってベッドから跳ね起きるルイズをギアッチョは物珍しげな眼で見る。 「ああ?何しに行くんだよ」 「何しにって・・・こっ、このわたしが見てあげるって言ってるのよ!ありがたく 思いなさい!」 ルイズはそう言うとギアッチョより先にドアを開けて行ってしまった。ギアッチョは その後姿を眺めながら、 「全くコロコロと機嫌の変わるヤローだなァァ あれが女心と秋の空ってヤツか? え?オンボロよォォ~~」 デルフリンガーの柄を鞘からわずか引き抜いて言う。話を振られた魔剣は、 「えっ!?あ、ハ、ハイ そのようでダンナ・・・」 先日ギアッチョにタンカを切った時の威勢のよさは微塵も無くなっていた。 ギアッチョが中庭へ出ると、先に到着していたルイズがキュルケと喧嘩をしていた。 その後ろには心配そうに主人を見守るフレイム。二人をサイドから眺めるような 位置でタバサが本を読んでいる。 「何でてめーらがここにいる?」 ギアッチョが当然の疑問を発すると、 「ちょっと食べすぎちゃったのよ で、運動しようと思ったらこのおチビちゃんが やって来たワケ」 返答にもルイズへの罵倒を織り交ぜるキュルケだった。 「だ、誰がチビよ!このストーカー!」 「ストッ・・・!?」 「ストッ・・・!?」 ルイズの一撃はキュルケの心を見事に刺し貫いた。別に感謝されたくてやって いたわけではないが、それにしたってキュルケの行動は――無論本人は肯定など しないだろうが――ひとえにルイズを心配するが故なのである。そこに気付いて いないとはいえ、ルイズのこの一言は相当なダメージだった。 「・・・ストーカーね・・・ フフフ・・・ストーカーですって・・・」 がっくりと肩を落としてブツブツと呟くキュルケに流石のルイズも異変を感じたのか、 「えっ!?ちょっとわたし何かした!?」とタバサに助けを求めている。 タバサが「どっちもどっち」と呟いたのを合図に、ギアッチョは彼女達から魔剣へと 視線を移す。 「で? どーすりゃあいいんだオンボロ」 「ど、どうするって?」 「剣なんざ扱ったこともねーって言わなかったか?喋れんなら剣の指南ぐれー 出来るだろ 前の持ち主の剣術とかよォォー」 完全に人まかせ、否剣まかせのギアッチョである。 「あっ、あーあーなるほど!だからダンナはわざわざこの俺をお買いになられた わけッスねェー!さすがはギアッチョのダンナ!」 デルフリンガーはなんとかギアッチョの機嫌を損ねまいと頑張っている。 「てめーそのダンナってのはどうにかならねーのか?」 「え・・・いや、相棒ってのもなんか違うし兄貴はもう取られてるし・・・」 よく分からないことを言い出すデル公だった。 「まぁいい で、結局どーすんだ」 「どうするって言われても・・・え、えーと じゃあとりあえず剣を抜いて・・・」 ギアッチョは言われるままに柄に手をかけ、剣を引き抜き―― バッグォォオオン!! 突如として中庭に轟音が鳴り響いた! 「何・・・だァァ~~~?」 ギアッチョが音のしたほうを振り向くと、岩が集まったような巨大な化け物が 本塔の壁を殴りつけているところだった。 「あれも使い魔だってェのか?」 抜きかけた剣を収めてルイズ達と合流したギアッチョが問う。 「あれはゴーレムよ それもとんでもなく大きい・・・!あんなものを練成する なんて・・・少なくともトライアングルクラスのメイジだわ」 どうやらあれは魔法によって作られるものらしい。彼女達の反応を見るに、 相当高度な魔法のようだ。 「なんにしても・・・見過ごすわけにはいかないわね!」 言うが早いかキュルケが走り出し、 「ちょっ、何やってんのよ!」 ルイズがそれを追いかける。タバサはギアッチョにちらりと眼を向けると、 「危険」 一言告げて先の二人を追いかける。ギアッチョは一つ大げさに溜息をつくと、 仕方なく彼女達のあとに続いた。 ゴーレムの肩の上に、黒衣に身を包んだ女性が立っている。彼女――土くれの フーケは、今まさに「仕事」の只中であった。大怪盗の名を持つ彼女の今宵の 目的は、トリステイン魔法学院本塔の宝物庫に秘蔵されている「破壊の杖」で ある。幾重にも封印が施された扉からの侵入を諦めた彼女は、魔法の薄い 外壁のほうを狙っていた。しかし内側よりは防御が甘いとは言え、高レベルの メイジがかけた固定化の魔法はそう簡単に破れるものではない。ゴーレムの 拳に、本塔の外壁は全くこたえた様子を見せなかった。しかしフーケは 慌てない。ぶつぶつと何事か呟くと、ゴーレムの両腕は鋼鉄の塊へと変じた。 フーケのゴーレムはそのまま壁へと突きのラッシュを放ち――何度目かの 突きで、固定されていた壁は見事に爆砕した。 フーケはちらと地面を見下ろす。学院の生徒達が何名かこちらに向かって いるが、彼女はクスリと笑うとそのまま宝物庫へと侵入した。 キュルケは走りながら魔法を唱え、ルイズとタバサがそれに続く。三者三様の 魔法が激突するが、多少の破損が認められるだけでゴーレムは問題なく 動き続ける。小うるさいアリ共を潰すべく、動く岩塊が右腕を打ち下ろし、 「きゃああっ!?」 間一髪逃れた三人に容赦なく左腕が振り下ろされる! 殺られる――!!ルイズは死を覚悟した。 しかし鉄の拳が彼女達を押しつぶす寸前、タバサが魔法を発動させる! バシィィィンッ!! タバサが打ち込んだ風がゴーレムの拳を刹那弾き返し、 「逃げて」 言うや否や二人に杖の先を向ける。 「なッ・・・タバサ!!」 タバサの風に二人はゴーレムの射程外まで吹っ飛び、そして再び呪文を 唱える間も、ましてや逃げる間も少女達の悲鳴が届く間もなく、タバサを 鋼鉄の拳が―― ズンッ!! 圧死の痛みの代わりに誰かに抱きかかえられる感触を感じて、タバサは 閉じていた眼を開いた。少女の眼に最初に飛び込んできたものは、 幾度も眼にしたことのあるボタンの多い服。そして彼女の頭上で、幾度も 耳にした声が響いた。 「てめー・・・シルフィードだったか?なかなかガッツがあるじゃあねーか」 ギアッチョが飛び乗ったシルフィードは、彼が何かを言う前に主人目掛けて 亜音速で飛来し、ゴーレムの拳が地面に激突する一瞬の間隙を縫って 主人を救い、空へと上昇した。タバサを捕まえたのはギアッチョである。 ギアッチョとシルフィード、それぞれが一瞬ですべきことを把握しなければ 出来ない芸当だった。使い魔同士の信じられないコンビネーションに、 破壊の杖を抱えて出てきたフーケを含む誰もが呆然と空を見上げていた。 一瞬あっけに取られていたフーケだったが、目的を果たしたことを思い出すと さっさとこの場から逃げることに決めた。地響きを立てて去ってゆくゴーレムを 見送って、 「大丈夫」 とタバサは一言口にする。それを合図にギアッチョが抱えていた手を離し、 タバサの命で風竜はゆるゆると地上へ向かった。 「――ありがとう」 シルフィードが地面に降り立つ直前、タバサは小さな声で言う。ギアッチョは 一瞬だけタバサに眼を遣ると、フン、と鼻を鳴らした。 「タバサ!!大丈夫!?タバサ!!」 「無事なのあんた達!?」 地上に戻った2人と1匹に、キュルケとルイズが駆け寄る。その顔は今にも 泣き出しそうだった。ギアッチョは3人を見渡して、誰にも怪我がないことを 確認すると、 「てめーらそこに並びな」 彼女達を一列に整列させる。 そしてルイズ達に待っていたのは。 「このッ・・・バカ野郎共がッ!!!」 鬼も裸足で逃げ出さんばかりのギアッチョの怒鳴り声だった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/791.html
なかなか戻ってこない二人に、ルイズ達は焦りを感じていた。 本当にここで待っていていいのか? 彼らの後を追わなくていいのだろうか? 口には出さなくとも、彼女達の表情が如実にその心境を表していた。 シルフィードで上空から様子を見るか? とタバサは考えたが、恐らく木々に阻まれて何も見えないだろうと思い直し、その案を却下した。 そんな風に皆が皆ギアッチョ達の方に気をとられていた為――彼女達の背後で聞こえていた、ズズズと何かを引きずるような集まって行くような音を意識する者はいなかった。 最初に気付いたのはタバサである。経験から来る何かがゾクリと警鐘を鳴らしたのを感じて、彼女は後ろを振り向いた。 そこにあったのは、もはや八割方完成しつつあるあの大ゴーレムであった。 そしてタバサより遅れること数瞬、同じく振り返ったキュルケが驚愕の声を上げ、その声でルイズがようやく後ろを振り向いた時には、ゴーレムの形成部位はもはや一割以下を残すのみだった。 「あっははははははははは!!」 ついに完成したゴーレムの肩で高笑いをあげる女性に、三人の眼は釘付けになる。 ミス・ロングビルと名乗っていたその女性は、今や正体を隠そうともせずに彼女達を見下ろしていた。 「ふふふ・・・いいわねぇその表情 伝来の至宝を盗まれた貴族みたいないい顔してるわよ三人とも!」 心底楽しそうに言って、土くれのフーケはまた高笑いをする。 「騙したのね!!」 ルイズがキッとフーケを睨む。しかしフーケはニヤニヤと笑うのをやめない。 「ええ騙したわ」と愉快そうに返答し、なおも続けて挑発する。 「このままあんた達を潰しちゃっても面白くないわねぇ そうだ、先に一発攻撃させてあげるわ ほら、やってみなさいよ ん?」 完全にこちらを侮って挑発を繰り返すフーケに、ギアッチョではないがルイズはもうブチキレ寸前だった。しかしキュルケはそんなルイズを片手で制して、 「それ、嘘じゃありませんよね?ミス・ロングビル・・・いや、土くれのフーケ」 微笑を浮かべながら問う。 「失礼ね 私が約束を破るように見えるかしら?」 どの口がそれを言うかと思ったルイズだったが、キュルケはそ知らぬ顔で話を続けているので唇を噛んで耐えた。 「それじゃあ、お言葉に甘えさえていただきますわ」 ニッと笑ってそう言うと、キュルケはタバサに何事か声をかける。それを受けてタバサが手早く抱えていた箱を開け、キュルケに破壊の杖を手渡した。 「あっ!」 とルイズが驚くのと、 「な・・・!?」 フーケが驚愕するのは同時だった。キュルケはフーケが約束を反故にしないうちに詠唱を始める。 唱える魔法は炎と炎。炎の二乗で生成する、フレイム・ボールだった。 破壊の杖がどんなものかは知らないが、この魔法に破壊力がプラスされればフーケのゴーレムとてただでは済まないはずッ! 一瞬のうちにそう判断したキュルケは、破壊の杖をゴーレムに向け、魔法を発動させる! 「食らいなさい!フレイム・ボールッ!!」 「・・・・・・」 シン、と場が静まり返る。破壊の杖からは、炎の弾どころか火の粉一つ発生しなかった。 「あ・・・あれ?なんで?どうして?」 キュルケは焦って杖を上にしたり下にしたりしている。両脇の二人も、何故魔法が発動しないのか全く理解出来ないようだ。 フーケは怯えていた・・・ような演技からさっきまでの凶相に戻り、 「期待外れだわクソガキ共」 と吐き捨てた。 「なんですって・・・!?」 キュルケ達がゴーレムを見上げる。 「その杖ね、使い方が分からなかったのよ どうやら普通に杖として使うことが出来ないみたいでね で、メイジを呼び寄せて・・・使い方を盗んで殺すつもりだったんだけど やっぱダメねぇ」 「ガキなんかに期待したわたしがバカだったわ」と言って、フーケは今度こそ慈悲のかけらもない眼で3人を見下ろした。そして。 「じゃ、死になさい」 言うや否やゴーレムの鉄腕を振り下ろす! 「股下!」 タバサがとっさに叫んで駆け出す。キュルケとルイズがそれに続き、石人形の初撃は虚しく宙を打った。 柱のようにそびえる両の足の間をくぐると、後方でシルフィードが待機していた。 タバサはあの状況に流されることなく、使い魔に冷静な指示を送っていたらしい。 ルイズは改めて、このタバサという少女の実力を痛感した。 先頭を走っていたタバサが飛び乗り、それとほぼ同時にキュルケが飛び乗る。 「ルイズ」 タバサが最後尾だったルイズを促した。しかし―― ピタッ、と。ルイズは止まった。キッと後ろを振り向き、杖を握る。 「ちょ、ちょっとルイズ!何してるのよ!!」 キュルケが慌てて声をかけた。しかしルイズは振り返ることなく言う。 「あいつを倒すのよ!ゴーレムには歯が立たなくても フーケに直接魔法を命中させれば倒せるわ!」 キュルケは愕然とした。本気だこのバカは。 「何を言ってるのよルイズッ!!あの巨人の攻撃をかいくぐってフーケ本体に魔法を命中させるだなんて、そんな芸当私だって難しいわよ!! ここで逃げても誰もあなたをバカにしたりはしないわ!意地を張る必要はないのよ!ねえ!!早く乗りなさいルイズ!!頼むから早く乗ってッ!!」 キュルケは必死で訴える。ゴーレムはどんどんこちらに迫って来ている。 ルイズはカタカタと震えているが、それでも振り返らない。 「ルイズ!!」 タバサが珍しく語気を荒げる。ゴーレムはついにルイズを射程距離に捉えた。 「行って!」 ルイズが怒鳴る。キュルケも怒鳴る。タバサまで怒鳴った。そんな彼女らの状況など気にも留めず、ゴーレムが無慈悲に拳を振り下ろす! 「行きなさいよ!!」 と最後に大きく叫んで、ルイズは駆け出した。先ほどのタバサと同じ戦法で股の下をくぐる。タバサは一瞬苦虫を噛み潰したような顔を見せると、 「行って!」 シルフィードに指令を下す。間一髪、風竜はゴーレムの一撃を避けて飛び立った。 ルイズはゴーレムから距離を取って走る。射程範囲の外にいるうちに作戦を練ることにした。 ――プライドを、捨てる ルイズの考えた作戦は、それだけだった。長い詠唱で呪文を発動させても爆発するだけ。 何をやろうが爆発するなら、最短のコモン・マジックで魔法を乱発する! この速度の速さだけが、自分がフーケに勝っているものであるとルイズは理解していた。 今大事なのはプライドじゃない。そんなものを失うより、ギアッチョを失うほうがよっぽど辛い。よっぽど怖い。よっぽど、悲しい。 ルイズはごくりと唾を嚥下して、ふるふると首を振った。そうだ、それに比べればゴーレムなんて全然怖くない。バッと顔を上げると、ルイズは杖を握りしめてゴーレムへと駆け出した! 「一番最初に死にたいのはあんたかい!」 フーケの指示で、ゴーレムは三度腕を振り下ろす。ルイズはまたも足をくぐり抜けてそれを回避し、そして振り向きざま魔法を放った! 「ロック!」 ドウン!とゴーレムの背中で空気が爆ぜる。失敗だ。ルイズはすぐに気持ちを切り替え、振り向きつつあるゴーレムの足を前面からくぐり、ゴーレムの背面向けてもう一度ロックを唱えた。 今度はゴーレムの腰で爆発が起きる。失敗。 ――落ち着け・・・冷静に照準を合わせるのよルイズ・・・! うるさいぐらいに音を響かせる心臓を片手で抑えて、ルイズはまた足をくぐりに走る。くぐる。振り向く。放つ。失敗。くぐる。振り向く。放つ。失敗。くぐる。 振り向く。放つ。失敗―― 「ちょろちょろとしつこい鼠だね!いつまでも同じ手が通用すると思うんじゃあないよ!」 しびれを切らしたフーケが、続けて下をくぐろうとしたルイズにヒザを落とす! 「きゃああっ!!」 直撃コースだった。無駄だと知りつつ、ルイズは頭を庇う。 ドッグォオン!! ・・・足が落ちてこない。何故?ルイズがゴーレムを見上げると、その頭からは白煙が上がっていた。 「フレイム・ボールのお味はいかがかしら!?」 ウインドドラゴンから身を乗り出して、キュルケが杖を構えている。 「もうちょっと濃いほうが好みだわねッ!」 フーケが叫ぶと、全然堪えた様子にないゴーレムがシルフィード目掛けて腕を繰り出す!器用に避け続ける風竜の上で、 「出来る・・・ことを するッ!!」 ギアッチョに言われたことを反芻し、2発、3発と火弾を放つ。その言葉にタバサもコクリと頷き、得意技のウィンディ・アイシクルを撃ち放った。 空から降り注ぐ炎と氷の雨はゴーレムの体にこそ穴を穿たないが、 その肩に立っているフーケは生身なのである。ゴーレムは両腕でフーケを庇い、その場に棒立ちになった! 一番危険なポジションであるゴーレムの真正面にいたルイズだが、 ――チャンスは今しかないわッ!! 素早く深呼吸をして、すっとフーケを見上げる。グッと杖を突き出して、全精神を集中させる。冷静に、照準を合わせる。わずか眼をつむり――開く。 「・・・・・・ロック!!」 ドッガァァアアァッ!!! 「命中した・・・!!」 爆炎は、フーケの立っている位置、そのド真ん中で炸裂した。 「・・・やった・・・!わたしでも勝てた・・・ッ!!」 ルイズは嬉しさで泣き出しそうだった。ゼロのルイズが、土くれのフーケに打ち勝った・・・! しかし――煙が晴れるにつれ、ルイズの感動は徐々に絶望へとその色を変えた。 煙が晴れたそこでは―― 岩で作った盾の影で、フーケが微笑みながらルイズを見下ろしていた。 「・・・そんな・・・」 ルイズが後じさる。 「あんたの速射に対して・・・いつまでも無策でいるわけがないでしょう?」 フーケが汗を垂らしながら笑う。ギアッチョ達に差し向けたゴーレムとこっちのゴーレム、そしてこの岩の盾で、フーケの力はかなり消耗されていた。 「一旦身を潜めるしかないかねぇ・・・顔を見られちまったのは残念だけど」 ふぅ、と溜息を一つついて、 「だが、こいつをあんたに食らわせる余力ぐらいは残ってるよッ!!」 フーケはギン!とルイズを睨んだ。 バゴァッ!! ゴーレムの胸から岩塊が一つ、眼にも留まらぬ速さで飛来し―― ルイズの左足がはじけた。 ギアッチョとギーシュは、木々の隙間にフーケの大ゴーレムの姿を認めた。 「・・・ヤ ヤバいよ、ギアッチョ!!」 フーケの騎士達から逃げ回りながら、ギーシュが叫ぶ。 「・・・くッ、こいつら僕のワルキューレより強い・・・!」 フーケのゴーレムに、ワルキューレは一体また一体と破壊されていた。 「やかましいぜマンモーニ!無駄口叩いても始まらねぇッ!!」 ギアッチョはその逆、一体、次、その次とゴーレムの首を刎ね飛ばしている。 ギーシュのワルキューレは残り五体。それに対して、フーケのゴーレムは同じ五体を数える。 「もう少し逃げ回ってな・・・ とっととカタをつけるッ!!」 袈裟斬りに振り下ろされた剣をかわし、そのままぐるりと回りこむようにしてゴーレムの後ろに回る。 一瞬の動きで腕を引き、ゴーレムの首を斬り飛ばした。 逃げ惑いながらもギアッチョの腕前に感心していたギーシュだったが、 「あ・・・ッ!?」 あることに気付き、心臓が跳ね上がった。 「ギッ・・・、ギアッチョぉおおぉ!!」 「やかましいって言ったろーがマンモーニ!!」 「それどころじゃあないッ!見るんだシルフィードを!!『ルイズがどこにも乗っていない』!!」 「何・・・だとォオォ!?」 ギアッチョはバッと飛び下がると、上空に視線を移した。確かに、ルイズの姿はどこにも見当たらない。 「――あのバカ野郎 まさか地上で・・・」 他の可能性を考える。見えてないだけでは?いや、それはない。 風竜がどんな体勢になってもルイズの姿は見当たらない。一人でこっちに向かっている? これもないだろう。罠が張られているかもしれないところにむざむざルイズを行かせるようなことをする奴らじゃあないはずだ。 妙な意地を張って地上で戦っている?これが一番ありえそうだ。ルイズはプライドが高い。 己の貴族としてのプライドの為なら、命を捨てる覚悟で戦いに挑むこともあるかもしれない。 そして最後の可能性。ルイズは、もう既に―― ギアッチョはギリっと歯を噛んだ。考えている場合ではない。自分がすべき事は一秒でも早くルイズの元へ駆けつけることだ。 ――ホワイト・アルバムを全開にするか? ギアッチョはこの場を一気に打開する方法を考える。 ――いや、それはマズい オレのホワイト・アルバムは刀やスーツを作る精密さはあるが、敵だけを選んで凍らせるといった器用さはない・・・ッ ギアッチョの顔が苦悩に歪む。そんなギアッチョを見て、ギーシュは一瞬・・・ほんの一瞬考え込み、 そして。 「・・・う・・・うぉぉおおおぉッ!!ワルキューレッ!!僕を軸にッ!矢じりのように並べェェェッ!!」 ワルキューレに号令を発した!ギアッチョはイラついた顔でギーシュを見る。 「何やってるんだてめー・・・黙って逃げてろってのがわかんねーのか!!」 しかしギーシュは壮絶な意思を持った瞳でギアッチョを睨み返す! 「行けギアッチョ!!ここは僕が食い止めるッ!!」 「正気で言ってんのかマンモーニッ!!てめーじゃ勝てねえのは分かってるだろうがッ!!」 「いいから行くんだッ!!」 ギーシュは怒鳴る。 「ここだ・・・!ここで、『覚悟』を決めるッ!!僕はここで、『覚悟』を身につけるッ!!」 ギアッチョはギーシュを見た。ギーシュの眼に、迷いや怯えはない。侮りも思い込みも、恐怖も後悔もない。ギーシュは今、ここで覚悟を知ってやると『覚悟』していた。 「・・・『覚悟』とは 犠牲の心じゃあねえッ! それだけは覚えておけッ!!」 自分を殺した男の言った言葉を、ギアッチョは今ギーシュに伝える。 そして言うが早いか、ギアッチョは後ろも見ずに駆け出していった。 ギーシュは彼に満足げに眼を遣ると、すぐにフーケのゴーレムに眼を戻した。 「いくよワルキューレ・・・『覚悟』を決めろッ!!」 ギーシュはそう叫ぶと、心の中でワルキューレに指示を出す。矢じりの隊形のまま、ワルキューレは右端のゴーレムに突っ込んだ! 先頭のワルキューレの斬撃をかわし、ゴーレムがワルキューレを真っ二つに切り裂く。 しかしギーシュはそれを見越していた。先頭のワルキューレがやられる前、既にその右後ろに陣取った二体目が、先頭のワルキューレの首に向かって剣を振るいはじめていた! 唐竹割りにされた自らのワルキューレの首を更に自分のワルキューレで薙ぎ、そのままフーケのゴーレムの首も刎ね飛ばす! 間髪いれず左側から襲ってくる二体目のゴーレムに、ギーシュの左前に構えていたワルキューレが突きを受けて倒れ――その影から、ワルキューレの槍を拾ったギーシュがゴーレムの首を突き飛ばした! 「肉を斬らせて――骨を断つ・・・か」 ギーシュはようやく気付いた。自分が負けていたのは、力の差があったからだけではない。 朝、オスマン達の前で仲間に頼らないと誓ったにも関わらず、ギーシュは知らず知らずのうちにギアッチョにべったり頼っていた。 自分のワルキューレが倒れるところは見たくない。ある程度の安全圏からサポートしていれば、ギアッチョがケリをつけてくれる。 そんな甘っちょろい考えが、ワルキューレの動きを、攻撃を、判断を、ハンパに鈍らせていたからだ。 それが理解出来たならば、例え相手がトライアングルとはいえ、完全遠隔操作のゴーレムなどに負けるわけがないッ! ギーシュは片手に槍を構えて、高らかに宣言する。 「これで僕のワルキューレは三体・・・お前達は二体だッ!! 僕は逃げない・・・お前達を恐れない そして侮りもしない!! 我が名はギーシュ・ド・グラモン!我が友ルイズの為、そして我が道の師、ギアッチョの為ッ!!今この場で、お前達を斬り伏せることを『覚悟』するッ!!」 自分で槍を握ったことなどないにも関わらず――その姿は雄雄しく、そして気高かった。 ギアッチョは走る。走りながら、何故自分はここまで必死になっているのかと考えた。 たった数週間前に知り合ったばかりのガキのために、何故オレは血管がブチ切れそうな勢いで走っているんだろうか。 ギアッチョは考える。オレが生きていた頃なら、こんなことはありえない。 こんなどっちつかずで下手をすれば両方を失ってしまうような判断はしないはずだ。 ――いや。そうじゃない。生きていた時の判断とは、つまり暗殺者としての判断ということだ。 そういうことじゃない。ハルケギニアにいるオレは、トリステインにいるオレは暗殺者じゃあない。使い魔だ。 「使い魔のギアッチョさんよォォ・・・おめーは何故走ってるんだ・・・?」 解らなかった。あらゆる感情の摩滅した世界で生きてきたギアッチョには、自分の心など解るはずもなかった。だが、理由は解らなくても一つだけ 理解していることがある。 あいつを死なせたくない、自分はそう思っている。それだけは解った。だから。それだけをともし火に、ギアッチョは走る。 デルフリンガーもまた焦っていた。こんな嫌な予感は何年ぶりだろう。 守ると誓ったばかりなのに。ルイズを守ると約束したばかりなのに―― 今朝までロクに会話も交わしたことがなかった娘だった。だがそれがどうした?そんなことは関係ないしどうでもいい。 自分はルイズを守りたいと思った。だから誓った。ならば自分はデルフリンガーの名にかけて誓いを果たす。それだけだ。 ・・・なのにどうして自分には足がついていないのか。デルフが今日ほど己を呪った日はなかった。 雑草の生い茂る地面ではホワイト・アルバムでスケートなど出来ない。 鬼のような形相で森を駆け抜け、小屋を中心に広がる空き地が目前に迫ったその時、ギアッチョとデルフリンガーがそこに見たものは、 「――バカな・・・」 左の足首を吹っ飛ばされて地面に倒れるルイズと、それを今まさに踏み潰さんとする巨大な岩の足だった。 何もおかしいことはない。十分予想していた状況だった。しかしギアッチョはそう言わずにはおれなかった。 そしてそれは、デルフリンガーも同じことだった。 「・・・嘘だろ・・・」 ギアッチョは足を止めない。茂みを掻き分け、空地に飛び込み、ルイズに向かって走り続ける。しかしその頭は、悲しいほど冷静に状況を計算をしていた。 ルイズまでの距離、25メートル。到達所要時間、約3.4秒。 ゴーレムの右足がルイズを踏み潰すまでの時間、2秒未満。 絶望だった。 「うおおぉおあああああああああああああ!!!!」 ギアッチョが絶叫する。いくら叫んだところで、いくら怒ったところで、もう辿り着けない。間に合わない。ルイズは――救えない。 何が最強のスタンドだ。絶対零度は全てを止める?じゃあやってみろよッ!!今ここで!!この距離で!!2秒以内にあいつを止めてみろよッ!! 怒りと無力さと絶望に駆られて、ギアッチョはただ叫ぶことしか出来なかった。 ――たとえ天が落ちてこようが・・・ デルフリンガーもまた、絶望していた。今朝誓ったことを、5時間も経たないうちに破ってしまう。 そしてその場を自分はただ眺めているだけ ――これほど滑稽なことがあるだろうか?デルフリンガーはただの剣だ。目の前で何が起ころうと、彼は常にただ見ていることしか、 この身が、砕け散ろうが―― 「――あ、ああ・・・ああぁああぁあああああああ!!!」 稲妻に打たれたように、デルフリンガーは思い出した。こいつは俺の『使い手』だと。そして、それだけで十分だった。 「ダンナッ!!俺を抜けェェェ!!!」 喋る魔剣は絶叫する。 「イカレてんのかてめーは・・・ッ!!少し黙って」 「いいから早く抜けェエェェェーーーーーーーーッ!!!!!」 鬼神の如きデルフリンガーの絶叫にギアッチョは尋常ではない『意思』を見出し――柄に手をかけ、一気に引き抜き。 ドンッ!!! その瞬間、ギアッチョは消えた。いや、正しくは眼にも留まらぬ速さに『加速』した。 ギアッチョを見ていたものがただ出来ることは、一定の間隔で土煙を巻き上げて弾ける地面で彼の向かった方向を把握することだけだった。 ギアッチョとデルフリンガーは一瞬にして距離を詰め、ルイズを突き飛ばし、 ズン!! 彼女の身代わりになった。 今、何が起きた? 誰もが状況を上手く認識出来ず、場は沈黙に包まれた。 ルイズが助かり、ギアッチョが死んだ。最初にそれに気付いたのは、キュルケとタバサだった。 ゴーレムがその手でフーケを庇っている限り、彼女達にゴーレムを止める手段はなく ――ルイズが踏み潰されるその一瞬、キュルケ達に出来たことは彼女の名を叫ぶことだけだった。 しかし巨大な岩塊がルイズに打ち下ろされる寸前、誰かがその下に飛び込みルイズを弾き飛ばした。誰か?誰かって何だ。 ギアッチョ以外に誰がいるんだ。 キュルケは、そしてタバサはまさに茫然自失だった。死んだのはルイズではない。 得体の知れない平民の使い魔だ。ルイズは生きている・・・。喜ぶべきじゃないか。 頭ではそう思っているのに、キュルケは震えが止まらなかった。 隣のタバサはいつもと同じく何も喋りはしないが、その瞳は信じられないものを見たかのように見開かれていた。 次に事態を理解したのは土くれのフーケである。 無詠唱で魔法を使うメイジという一番の危険人物が死んだことに気付き、フーケはヨハネの首を貰い受けたサロメのように笑い狂った。 ちょこまかとうるさい落ちこぼれを殺して逃げるつもりが、死んだのは何をしでかすか解らない異端の平民だったのである。 信じられない幸運にフーケは狂喜した。 何かに突き飛ばされて呆然とへたり込んでいたルイズは、その哄笑で ようやく理解した。自分を突き飛ばしたギアッチョが、身代わりになって死んだ ということを。 「・・・・・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・」 ルイズは長い時間をかけて、やっと一言言葉を吐き出した。 「嘘だよね・・・ギアッチョ・・・・・・」 ルイズの声は震えていた。ゴーレムのことなど完全に忘れてギアッチョの 『いた』場所へと歩き出そうとするが、立ち上がろうとした瞬間につんのめり 無様に倒れる。ルイズは自分の左足が吹っ飛ばされたことを思い出し、 だがそれでも一歩ずつ這って行く。ギアッチョがこんなことで死ぬわけない。 きっと生きている。すぐに足を壊して出てくる―― しかし少女の淡い期待は、地面に滲む鮮血によって脆くも打ち砕かれた。 ゴーレムの足に接していた場所から流れているそれは紛れも無く ギアッチョの血液であることを悟り、ルイズはその場に崩れ落ちた。 「返事してよ・・・・・・ねえ」 ルイズは消え入りそうな声で問いかける。 「生きてるんでしょ・・・悪い冗談はやめてよ・・・」 しかしギアッチョのいた場所からは何も返ってはこない。聞こえるのは、 壊れたように鳴り続けるフーケの笑い声だけだった。 「・・・そんな・・・・・・ギアッチョ・・・・・・・・・デルフ・・・」 自分が。自分が殺した。その事実に、ルイズは涙すら出なかった。 そろそろ殺すか、とフーケは思った。 今にも死にそうに打ちのめされているルイズを見て若干の憐憫が沸かないでもなかったが、無理やりバカ笑いをしてそれを打ち消した。 自分の正体を知った者を生かしておくわけにはいかない。 ルイズを殺し、こいつの左足を打ち抜いた岩塊で風竜の翼を貫く。 あとは二人を踏み潰すだけだ。 「悪いわねお嬢ちゃん・・・あの世で仲良くしなさいなッ!!」 グッ!! 「・・・・・・・・・?」 ルイズを蹴り飛ばそうとしたゴーレムの右足が、動かない。 いや、正確には――地面から離れない。 「・・・な・・・によ これ・・・・・・」 おのがゴーレムの足を見下ろして、フーケは戦慄する。ギアッチョを踏み潰した右足が、氷によって完全に地面に固定されていた。 そしてその氷の中から声が響く。彼女にとっては地獄の底から響く声、そして『彼女達』にとっては百年間も待ちわびていたように思える声だった。 「・・・・・・ギリギリだ・・・ ええ・・・?クソ・・・ ギリギリ・・・発動出来たぜ・・・」 その声にフーケの心臓は凍りつく! 「そして・・・発動しちまったからにはよォォォ~~~・・・・・・てめーは絶対に逃がさねェッ!!」 何をする気か知らないが・・・これはマズいッ!!そう思ったフーケだったが、ゴーレムの足は大地と同化しているかのように動かない。 そして―― 「ホワイト・アルバム・・・ジェントリー・ウィープスッ!!!」 ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキィッ!!! 裏切り者を断罪する、氷結地獄コキュートス。まるでそこから響いてくるような声が、彼の姿無き半身を呼び起こす!岩人形の右足を覆う氷は電光石火の如く脛を、膝を、腰を駆け上り、右足から頭に至るまで、その全てが完全に凍りついた! 「なんなのよ・・・なんなのよこれェェェ!!」 無詠唱、という単語が彼女の脳裏によみがえった。彼女はうわごとのように繰り返す。 「こんなの・・・こんなの私達の魔法じゃない・・・!!」 しかしそんな彼女の怯えなど一顧だにすることなく、ギアッチョは無慈悲に宣言する。 「・・・ブチ・・・・・・割れな・・・・・・!!」 バガシャアアアアアァッ!! 千里に響く轟音と共に、ゴーレムの体が端から崩落を始める! 「ま・・・マズい・・・!!逃げないとッ!!」 フーケは慌ててレビテーションを唱えるが、その体は毫末も上昇することはなかった。 「な・・・なんで・・・・・・ハッ!?」 フーケはようやく気付いた。自分の足が、氷によって完全にゴーレムと固定されていることに。 そして彼女にもはや「火」を使う力は残っておらず―― 彼女は己のゴーレムの破片と共に、惨めに、そして無残に墜落した。 フーケの凍りついた両足は完全に割れて分断されていたが、レビテーションで逃げることも出来ないようにギアッチョはホワイト・アルバムで容赦なく地面と固定させた。もっとも、フーケはその時点で完全に意識を失っていたが。 とにかくそうしておいて、ギアッチョはルイズの元へ駆け寄る。 「ギアッチョ・・・!!」 ルイズはおのが使い魔の姿をはっきりと確認し、そこでようやく――そして どうしようもなく、ぼろぼろと涙をこぼした。ギアッチョはすたすたとルイズに近寄る。 言いたいことは色々あるが、とにかく一発ブン殴ってやるつもりで手を上げた。が。 がばっ!と血まみれの自分に抱きついてただごめんなさいと繰り返す少女をブン殴ることは、流石のギアッチョにも出来なかった。 振り上げた手をゆっくりと下ろすと、彼はとりあえず溜息をついた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/625.html
「そこでわしは言ってやったッ! 『お爺さん、どうして頭に赤い洗面器を乗せてるんですか』となッ!」 巻き上がる大爆笑。 生徒達だけでなく使い魔達まで大爆笑だ。 授業が終わった後の教室で、ジョセフを囲んでの談笑は今日も非常に盛り上がっていた。 ヴェストリ広場での決闘から数日が経ち、ジョセフを友人と呼ぶ生徒は二桁に達した。 放課後にこうして教室でダベり、特に実りのないバカ話をするのが最近の流行だった。 あの決闘騒ぎは学院中の生徒が見物していたため、ジョセフに面白半分に決闘を挑もうとする生徒も多くなるような気配を見せていた。 だがジョセフの友人となったギーシュとキュルケが「ジョセフに決闘挑んだら次はそいつに私達が決闘挑んでブチのめす」と宣言した。 ジョセフ一人ならともかく、ギーシュもキュルケも学院では有名な実力者である。 特にキュルケはトライアングルメイジ。 そんな腕利き達と決闘を三回やって生き延びられる自信のある生徒がいるわけもなく、ジョセフは決闘の嵐を見事に避ける事が出来た。 よって放課後は誰に気兼ねすることもなく、ジョセフは友人達と他愛もない話に興じていられるのだ。 しかもジョセフは68年もの間、普通の人間より波乱の多い人生を過ごしてきた人間である。 話半分のホラ話と受け止められても、その荒唐無稽さや愉快さは並大抵の吟遊詩人や道化師では足元にすら及ばない。 その評判を聞きつけた生徒が物は試しとやってきて、ジョセフの話術に引き込まれて友人を名乗る事になる……というのが、大凡のパターンとなっていた。 実際、二十世紀中盤のニューヨークで、口先三寸と肝っ玉の太さとイカサマハッタリを駆使してたった一代で不動産王になったジョセフである。 中世レベルの貴族子弟を虜にすることなど、文字通り「赤子の手をひねる」ようなものだ。 だがこの場に、ジョセフの主人であるルイズの姿はなかった。 最初のうちこそ無理矢理ジョセフを引っ張って連れ帰っていたルイズだが、人数が増えるごとに「何だよ面白いところなのに空気読めよゼロ」という冷たい眼差しが強く多くなっていき、今では話が終わるまではさしもの彼女といえども近付き辛くなっていた。 無論、その後での躾と称した八つ当たりはジョセフに向けられるものの、鞭打ちでさえ効く様子がないのでストレス解消にもならない。 ルイズが疲れ果てたところで、「んじゃ洗濯物出していただけますかのォ」などとあっけらかんと言うものだから、主人としての威厳も何もあったものではない。 挙句に二股で悪評高いギーシュやにっくきキュルケからさえ、「ジョセフの扱い酷すぎ、ジョセフが可哀想だ何とかしろ」と苦言を呈されては怒りは溜まるばかりだった。 「だって言う事聞かないんだもの! 私の前では何も本当の顔を見せてくれないんだもの!」 一躍ジョセフの名を有名にした「ヴェストリ広場決闘事件」があったにも拘わらず、ルイズの前での彼は今まで通りのボケ老人と変わりがなかったのである。 しかし彼の名誉のために付け加えるとすれば、正体がバレたジョセフは大人しく今までのボケ老人のフリをやめて、「有能な使い魔」として頑張ろうとしていたのである。 だがルイズには今まで「自分を信用せずにボケ老人のフリをしていたジョセフ」を許せない気持ちと、「平民のクセにメイジのような能力を持っているジョセフ」を妬む気持ち、そして何より「誰からも慕われるジョセフ」が羨ましい気持ちが強すぎた。 だからルイズはジョセフに辛く当たってしまうことしか出来なかった。罰と称して鞭打ち、食事を抜き、更なる雑用を言い付けて。 それがどのような結果をもたらすかは、愚鈍ではないルイズは十分に理解していた。 「ゼロのルイズに、あんな有能すぎる使い魔は勿体無い」。そんな陰口が、新たに聞こえた。 私は図書館で、魔術書を読み耽っていた。でも頭の中には内容は入ってこない。私の使い魔、ジョセフの事ばかりが邪魔して何も頭に入らない。 こんなことなら、使い魔なんか召喚出来なかった方が良かったかもしれない。 二年に昇級するためのサモン・サーヴァントの儀式。 何回も失敗して、失敗して。やっと成功したと思ったら召喚されたのは図体の大きい平民の老人。成功しても結局、馬鹿にされた。 なのに。 馬鹿にしていた平民は、『ゼロ』のルイズよりずっとメイジらしくて。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールより、ずっと貴族らしい。 何と言う皮肉なのか。 私が欲しくても手に入らなかったものを、ジョセフは最初から全て手に入れていた! しかも手に入れているものを隠して、私を馬鹿にして、笑っていたんだ! 泣いてはダメ、泣いたらどうしようもなくなる。今まであんなにバカにされても泣かなかったのに、あんな、あんなウソツキの為に泣いてたまるか―― でも私は、何度も泣いた。 友人達と楽しげに談笑して、あいつは帰ってくる。そして素知らぬ顔をして、いつも通りにボケ老人に戻るんだ。 ゴーレムを打ち倒し、人の怪我さえ治せるジョセフは私の前には現れないんだ。 どうして? どうして? 私が未熟だから? 『ゼロ』だから? 使い魔にさえ馬鹿にされるメイジなんて、聞いたことない―― 「隣、いい」 不意に掛けられた言葉が、ルイズを思考の迷宮から現実に引き戻した。 そこに立っていたのは、キュルケの隣にいつもいる少女……だがルイズは、名前を知らない。 「別に……、私の席じゃないもの」 潤んだ目を見られないように、顔を背けた。 彼女はそれを了承と取ったのか、ルイズの隣の椅子を引いて腰掛けた。 彼女が椅子に座ったのと入れ替わりに、ルイズは席を立とうとして……彼女に、袖を引っ張られた。 「貴方に、話がある」 その言葉に、ルイズは過剰に反応するようになっていた。 決闘事件から向こう、彼女に話があると切り出してきた人間の話題は決まってジョセフのことばかりだった。 「……何?」 もはや反射的に言葉に棘を含ませるルイズの冷たい眼差しに、彼女はただ静かに視線を合わせるだけだった。 「彼は、貴方に心を見せたがっている」 唐突な言葉。ルイズは、続いて吐き出そうとした言葉を思わず飲み込んだ。 「……何が?」 意表を突かれたルイズは、思わず彼女に問いを投げていた。 「ジョセフ・ジョースターは主人である貴方を知りたいと思っている」 「……あんたに、何がわかるのよ?」 ルイズの心が、逆毛立つ。知ったような顔で知ったような言葉を吐く彼女に、怒りが芽生えた。 「彼はこの学院にいる誰よりも心の中が貴族」 だが彼女は、ルイズの怒りを見ていながら、容易く無視して言葉を続ける。 「彼はきっと、本当に勝ち目がなかったとしてもギーシュに決闘を挑んだ」 彼女は淡々と言葉を紡ぐ。ルイズにとっても同じ思いである認識を。 ジョセフはきっと、全く無力であったとしてもシエスタを侮辱したギーシュに決闘を挑んでいただろう、と。 「でも。貴方が彼を信頼しようとしていないのに、彼から信頼を求めるのは傲慢」 いきなり思ってもいなかったところから、彼女の切っ先鋭い舌鋒がルイズの心臓を狙った。 「貴方の召喚で彼が呼ばれたという事は、きっと貴方というメイジに最も相応しい使い魔が彼だという事。それは否定しない」 ただじっと正面から視線を合わせ、言葉を続ける彼女。 彼女の冷徹な視線に、ルイズは知らず気圧されている気配を感じていた。 「使い魔である彼がカットされたアメジストだとしたら、主人である貴方は掘り出してすらいない原石。使い魔は仕えようとする意思があるのに、主人は仕えさせようとしていない。私にはそう見える」 ルイズは心のままに反論しても良かった。だが今のルイズに、彼女を論破する自信など皆無だった。ただ感情に任せて否定の詞を返すしか出来ないと、自覚は出来ていた。 だからルイズは、ただ口を固く結んで彼女の言葉を聞くしか出来なかった。 「どんなに美しい宝石でも研磨しなければただの石と同じ。アメジストに飾られる石にただの石ころを用意する人間はいない」 つまり。当の主人が仕えさせるに相応しい心構えを持たずに使い魔を拒絶しているから今の状況になっているのだ、と。 彼女はただ、真実だけを指摘していた。 静かな図書室の一角でぽそぽそと紡がれる言葉は、やがて終わりを迎えた。 「――彼は、石ころにアメジストを飾ることも厭わない。けれど石ころに美しいアメジストをあしらった貴方を、貴方は果たして許せるのか。私はそれを問いたい」 ジョセフはそれでも無能な主人にただ傅く事を選びもする。だが果たして、主人たる資格や義務も見せようとしないルイズは、傅かれているだけの自分を許せるのか。 ただ嫉妬や憤りをぶつけて憂さを晴らしているだけの存在でいることを許せるのか? 彼女の無表情な瞳は、強く強く、そう問いかけていた。 ルイズは、下唇を痛いほど噛み締めて。搾り出すように、たった一言呟いた。 「……あんたに、何がわかるって言うのよ」 そう言ってから、彼女の返事を待たずに駆け足でその場を去っていった。 「おーいタバサー。そろそろ夕食だから晩御飯食べに行くわよー」 『図書室では静かに』と書かれた張り紙の前で遠慮なく大声を出して友人に呼びかけるのは我らが『微熱』のキュルケ。 声をかけられた「友人」であるらしい彼女は、つい先程までルイズに言葉を掛けていた時とは違い、ただ無言で本を読み続けていた。 「……わかった」 ぱたん、と閉じた本に杖を向け、本棚に本を戻す彼女――タバサ。 「そう言えばさっき、なんかルイズがものすごい勢いで走ってったけど。何かあったの?」 「……知らない」 無表情なタバサの言葉に、キュルケはそれ以上何も疑うことをしなかった。 その日の夕食も、ジョセフは厨房で普通に食事を取っていた。今日の賄いはジョセフ直伝、肉の切れ端をミンチにして様々なつなぎを合わせたハンバーグステーキ。 「こいつぁ貴族様方に出すには勿体無い味だぜ!」と厨房でも大好評を博し、ジョセフも十分に満足して部屋に帰ってきた。いずれマルトーは様々な創意工夫を加え、もっと美味に仕上げてくるだろう。それが楽しみで仕方がない。 だがジョセフは合計で三ヶ月もの食事を抜かれている身分。主人が帰るよりも早く部屋に戻っていないと、また主人はがなり立てて鞭打ちの罰を与えてくるに違いない。 終わった後でエネルギーを使い果たしてへたれる主人の姿はどうにも痛々しい。 「ルイズものう……どうすりゃいいんじゃろ」 どうにも孫の反抗期がひどくて困ってる祖父の顔そのままで、ジョセフは唸った。 承太郎も大概反抗期が酷かったが、それでも性根は優しい子だった。 ルイズもきっと性根は優しいんだろうと信じたい。その片鱗も見えてないので、もはや希望としか言い様がないのが悩みどころである。 人心掌握術が使えない訳じゃないのは、数多い友人達が証明している。 自分に何らかの形で興味を持っている人間との対話は出来るが、自分に興味を持たない人間との対話は難易度が飛躍的に上昇する。 「長いこと生きとっても、ままならんことはあるからのう。ま、気長にやるわい」 常人には針の筵と思えるようなルイズの居室も、ジョセフにとっては機嫌の悪い子猫がひっかいてくる部屋という認識でしかない。 随分と早く帰ってきたので、まだルイズは食堂だろう。そう考えて扉を開けたジョセフの目に、ベッドに脚を組んで腰掛けているルイズの姿が見えた。 「……お、おおぅご主人様。ご機嫌麗しゅう」 「遅かったわねジョセフ。どーこで道草食ってたのかしらー?」 いつものように怒り狂っていない。それどころか、微笑すら浮かべている。 こいつぁヤバくね? ルイズの微笑を見た瞬間、ジョセフは瞬間的に心の中の警報レベルを最大にした。具体的に言うとDIOの館に突入する時のレベルである。 「何怖い顔してるのよ。そこに座んなさい」 そう言いながら顎で毛布を示すルイズ。 ひとまず様子を伺う為、従順に命令に従うジョセフ。 言われた通りに正座するジョセフを見やり、ルイズはどこか満足げに頷いた。 「ええと、ジョセフ。あんたに話があるわ」 「は、はあ」 「やっぱりあれよ、今までちょーっと使い魔に厳しすぎたかもしれないわ私! そこは反省しなくちゃならないわね!」 ジョセフに語りかける、というよりは自分に言い聞かせるような演説口調。 さすがのジョセフの頭にもクエスチョンマークが複数生まれていた。 (……ついにマルトーは食事に悪いモンを混ぜてきたんか?) 有り得ない想像すら誘ってしまうほどの唐突なルイズの発言に、鳩が豆鉄砲食らった顔そのままの顔をするしか出来ないジョセフ。 「だから食事抜きとか全部チャイ! で、私の使い魔なんだから私の護衛とかちゃんと出来ないとね! だから次の虚無の曜日に街に武器を買いに連れてってあげるわ!」 ものすごい早口でまくし立てながら、視線を虚空にさ迷わせるルイズ。 ルイズにとって自分の中の「使い魔に尊敬される立派な主人像」を考えて、懸命にシミュレーションして練習していたものの、予想していたよりジョセフが帰ってくるのが早かった。 結果、練習も程々に本番に挑んでいるというのが今の大惨事の事情であった。 それからも懸命にあれやこれや言っているルイズの言葉から、高難度の取捨選択をしていったジョセフは、辛うじて「もしかしてルイズは使い魔に譲歩しようとしているのではないか?」という仮定に達することが出来た。 ちなみに毛布の上に座ってからこの答えに達するまでに、窓の外の月は随分と動いていたことを付け加えておく。 (……なんじゃ。ルイズも悩んでおったんじゃな) 図書館の少女の言葉に背中を蹴飛ばされ、やっと行動に移る気になったのはジョセフの与り知らないところである。 だが、もがきながら手探りでも歩み寄ってきた彼女に、ジョセフは優しい苦笑を浮かべた。 「ん? どうしたのよ。なんかご主人様に不満でもあるの?」 「……いやいや。なんでもありませんわい」 ジョセフは笑って、決断を下す。 誰にも見せていない、最大の秘密であるハーミットパープルを見せようと。 この状況で、自らの切り札を用意に曝け出すのは危ないと判断し、ギーシュやキュルケにすら秘密にしていた類のものである。 そもそも見えるかどうか怪しいとも思ってはいるが、とりあえず出してみてから判断しよう。 ジョセフは、「ではもう一つ、お見せしたいものがあるんですじゃ」と、言葉を発し。 「どうしてご主人様に隠し事ばっかりしてるのよこのボケ犬ゥゥゥウゥッッッッ!!!」 食事を再び三ヶ月抜かれることになったとさ。 To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1084.html
夕食の時間、シエスタはデザートを配膳していた。 今日は色々あった。ほとんど謎の使い魔がらみだったけど。とにかく疲れた。 あの使い魔は結局気づいたら消えていた。本当に何がしたかったんだろう?嫌がらせ? でもエプロンは返しにきてくれたわけだし、悪い人(?)でもないのだろう。 とにかく今日は早く仕事を済ませて、さっさと寝てしまおう。今日は厄日だ。 そんなことを考えていたら、手前に座る金髪の少年のポケットから何か小瓶のようなものが落ちるのを見た。 すぐにそれを拾い、落とし主であるギーシュ・ド・グラモンに声を掛ける。 こうしてシエスタのその日最大の災難が始まった。 「疲れた…」 ルイズは紅茶を飲みながらぼやく。 半壊の教室の掃除は一人でやるには相当の時間と労力を必要とした。 こんなことならキュルケの手伝いの申し出を受ければよかったかもしれない。 そう思って、部屋を見渡しキュルケの姿を探す。 青い髪の少女と一緒におしゃべりをしているのを発見する。 だがいつもよりその顔色が悪いような気がした。 (もしかしてまだ気にしてるのかな……) 少し罪悪感が心に産まれる。もう使い魔のことを言ってもいいかもしれない。 ただ逃げられたことをどう説明するか……。 「その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」 「そうだ! その鮮やかな紫色はモンモランシーが調合している香水だぞ!」 急にガヤガヤと騒がしくなる。見ると、数人の生徒が集まっていた。その中心にはギーシュとメイド。 ギーシュがなにやら否定の言葉を並べ、その隣にいるメイドはさっきからどうしていいか分からずオロオロしている。 いつものギーシュの恋愛話か。どうでもいいや。 ルイズはさっさと自室に戻ろうと、残りの紅茶をいっきに飲むため、カップを口に持っていった。 「チャンスをやろう!」 「ぶッ!」 リアルに紅茶噴いた。 ギーシュは混乱していた。 メイドに「落としましたよ」と言われ、見るとそれはたしかにモンモランシーから貰った香水。 なんとか誤魔化そうとするも、回りの連中にはやしたてられてしまい、騒ぎが大きくなる。 このままではモンモランシーにもケティにもばれてしまう! 3択-一つだけ選びなさい 答え①ハンサムのギーシュは突如誤魔化すアイデアがひらめく 答え②仲間がきて助けてくれる 答え③誤魔化せない。 現実は非情である 答え-③ 答え③ 答え③…………しかし答えは違っていた!意外!その答えは④! 答え④変な奴がきて誤魔化せない。現実は非常識である 「チャンスをやろう!」 突如聞こえた、異質な声。見るといつのまにかメイドの背後に黒づくめの奇妙な亜人が立っている。 はやしたてていた連中も、メイドも声を失いこの奇妙な闖入者を見ている。 ザ・ワールド!時は止まる! ……………………その世界で最初に動いたのは、亜人と二人の少女だった。 「お前には向かうべき二つの道がある!ひとつは……「ギーシュ様、やはり、ミス・モンモランシーと…」」 亜人のセリフをかき消すようにギーシュに話しかけてきたのはケティである。 「え?ケティ!ち、違うんだ!」 急に話しかけられ反応できない。ギーシュはろくな弁解もできずに、ケティから頬をはたかれるしかなかった。 「もうひとつは!!さもなくば『死への…………「やっぱりあの一年生に手を出していたのね?嘘つき!!」」 また何か亜人が話そうとするが今度はモンモランシーに邪魔される。 モンモランシーはギーシュが何か言う前に、ワインをかけて行ってしまった。 呆然。何が起きた?なんなんだこいつは? ギーシュは亜人を睨みつける。すると、自分が睨まれていると勘違いしたのかメイドがビクっと震えた。 そういえばこのメイドが事の発端じゃないか。 くそうこの平民が!でもけっこうかわいいな。 だがそれはそれ、これはこれ。 「君のせいで二人のレディの名誉に傷がついたんだぞ!どうしてくれるんだ?」 ギーシュがメイドに詰め寄る。 メイドは泣きそうな顔になって、ひたすら謝罪の言葉を並べた。 その平謝りする姿がいくぶん滑稽で、少し優越感を覚えたギーシュはさらに続けた。 「君たちのその黒づくめの格好を見てるとこっちの気分まで暗くなってくる。 平民とはいえ貴族の前に出る時くらいは、もう少しまともな格好をしたらどうだい? …………と言ってもメイドの君の黒いのは、生まれつきだろうから変えることはできないか」 そういって笑うギーシュに、同調して回りの数人の生徒からも笑い声があがった。 「黒いの」 その言葉はシエスタの心を締め付けた。 それは後ろの使い魔の格好と、自分の髪と瞳の色のことを言っているのだろう。 大好きだった祖父から受け継いでいるこの黒い髪と瞳は、珍しい色だった。 それを馬鹿にされるのは、自分だけでなく祖父まで馬鹿にされているようで悔しかった。 シエスタの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ始めた…… その時 「それ以上の侮辱は許さないわよ」 シエスタは背後から声を聞いた。 その声の主は使い魔ではなかった。その主人であるミス・ヴァリーエル。『ゼロ』のルイズ。 ピンクの長い髪と、鳶色の瞳。今、その瞳からははっきりと怒りの感情を読み取ることができた。 「ルイズ」 主人を見つけた、使い魔の場違いな声が部屋に響いた。 To Be Continued 。。。。?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/558.html
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 通称、ゼロのルイズ。 彼女は今、部屋の窓から二つの月を眺めていた。 彼女は今一人だった。使い魔もいない。 やっとの事で呼び出した、平民のはずの使い魔。 名を、イルーゾォ。 鏡の中の使い魔 月を眺めていて彼の事を思い出すのは、彼がよく月を眺めていたからだろう。 月が一つしかない異世界から来たと言い張った男。生意気な使い魔。 口論の末に己が使い魔と認めさせても、彼は服従しなかった。 そのくらい未熟な自分でもわかると、いらだち混じりに爪を噛む。 イルーゾォがルイズに仕えた理由は二つ。 死んだ筈のイルーゾォを、召喚という魔法を通じてか生き返らせた事。 そして、彼のチームが全滅したであろう事。 彼が主張する「自分は死んだ」などという戯言をルイズは信じていない。 ルイズの前に、使い魔の証たるルーンをその手に刻んで確固として存在しているのだ。 はたして誰が信じられようか。 また彼のチームの全滅。 本当に異世界から召喚されたというのなら、いかなる手段を持って召喚された世界の事を知りえたというのか。 本人は夢で見たという。 夢? そんな物の何が信じられるというのだ! だがイルーゾォは言うのだ。 「オレの仲間は、もう、誰もいない」と。 「リゾット……プロシュート……ギアッチョ……メローネ…… ホルマジオ……ペッシ……ソルベ……ジェラート……」 彼の仲間達を口に乗せる。彼から直接聞いたわけではない。 ただうなされるイルーゾォの、その呟かれた中に込められた思いにいつしか覚えてしまっていた。 「すまない」と。「生き残ってしまって、すまない」と…… ルイズにはわからない。 肉親であれ友達であれ、離れてしまう事でその身を引き裂くほどに思えるほどの、それほどまで強いの繋がりを感じた事はないから。 「イルーゾォ……」 正直、うらやましいと思う。 それほどまでに思える仲間がいたのだから。 だから―――― 「無事、帰ってきなさいよ。ガリア王の暗殺なんて、できなくてもいいんだから……」 きっと、彼の仲間達は、敗北の中でそれでも誰か一人でも生きていて欲しかったと願って、そして偶然イルーゾォが呼び出されて。 夢を見たのもきっと、いつまでも自分達に縛られて欲しくなくて。 帰るよりも、新天地での新しい生活に専念して欲しくて。 だから吹っ切れさせるために自分達の末路を見せたのではと、ルイズは思っている。 その考えを、ルイズはイルーゾォに告げていない。 あくまでルイズの妄想であり、例え真実そうだとして、それが仲間を失った彼にとってはたしてどれだけの慰めになるものか。 だからルイズは待つ。 いつか傷口から血が止まり、この世界で生きる事を決意してくれる事を。 それが彼をこの世界に召喚したご主人様の務めであり、傷つきながらもなお、自分のために戦ってくれた誇りある使い魔に報いることだと信じているから。 正直な所、ルイズは己の使い魔の強さを知らない。 彼がその力の片鱗を見せたのは三度。 青銅のギーシュ、土くれのフーケ、そして、アルビオン王国に反旗を翻した貴族達。 青銅のギーシュの時はメイドのシェスタを助けるため。 今なお服従せずとも、助けられた恩を返すために惰性的に使い魔をやっていた当時のイルーゾォは、それ故にルイズの怒りをかった。 そのお仕置きとして食事を抜かされたイルーゾォに救いの手を差し伸べたのがメイドのシェスタだった。 食事を恵んでもらったお礼として彼女の手伝いをしていたイルーゾォは、ギーシュに絡まれたシェスタを助けるために決闘を受ける。 それは愚かな事だ。愚かな、筈だった。 気負うこともなく、ただ配膳のために使っていた磨かれた銀のお盆ただ一つを武器として決闘に挑み――勝利した。 いや、はたしてそれを通常の決闘の枠に組み入れていいものか。 ルイズにはいまだ理解できない。あの決闘を見ていた全ての者がそうだろう。 ヴェストリ広場に現れたイルーゾォは、お盆を武器と主張して、それをいぶかしむギーシュにお盆を見せて、そしてギーシュは消えた。 永遠に。ルイズ達の前から。その存在も死体すらも残さず。まるで悪魔にさらわれたかのように。 それ以来、ルイズをゼロと呼ぶ者も、イルーゾォを平民と馬鹿にする者もいなくなった。 何をしたかわからぬが故に、メイジ達のイルーゾォに対する恐怖は膨れ上がるばかりであった。 そしてそれはフーケの消失によって決定的となる。 見事学園の宝物庫より破壊の杖を盗み出したフーケ。 スクウェアクラスのメイジによる固定化の魔法。それを突破した強大なメイジ。 討伐に名乗りを上げたルイズ、キュルケ、タバサの三名をただの一人で手玉に取った彼女もまた、イルーゾォにあっさりと消された。 巨大なゴーレムは何の意味も成さず、ただ無残な土山を後に残すのみ。 戦いともいえぬ戦い。 その実力に目をつけたのはトリステイン王国王女アンリエッタ。 アルビオンに潜入し、ウェールズ皇太子にあてた手紙を取り戻して欲しいとの願いは相手がルイズであったからだとは承知している。 だがしかし、ルイズが強力な使い魔を持っていなければ、流石に敵地へと侵入してこいなどとは言わなかったろう。 その願いを押しとどめたのはイルーゾォ。 「要は、その反乱軍がいなくなりゃあ済む事だろ」 その言葉は、反乱軍の中心人物たちの集団失踪にて現実となる。 イルーゾォのもたらしたアルビオン反乱軍壊滅という圧倒的な戦果に、新たに目をつけたのはタバサであった。 その素性はガリア王国王弟オルレアン公の娘、シャルロット・エレーヌ・オルレアンである。 メイジの軍勢を容易く葬ったイルーゾォの強さに賭け、その素性を明かし協力を懇願したのだ。 ガリア王国国王ジョゼフとその使い魔の暗殺の、協力を。 受けたのはルイズ。彼女にはもはや己が使い魔の実力を疑う余地などなかった。 ならば政治的影響力を高めるためにもタバサの頼みは受けて置いて損はないと考えたのだ。 (今頃はもう、王城の中かな……) イルーゾォの力の正体。知りたくないと言えば嘘になるが、それでもルイズは訊こうとは思わなかった。 その時がくれば、きっと自分から話してくれる。そんな予感があったから。 だから彼女がする事といえば、ただ使い魔の帰還を信じて待ち続ける事だけだった。 ガリア王ジョゼフの使い魔、「神の頭脳」ミョズニトニルンたるシェフィールドは不機嫌だった。 主たるジョゼフがここの所、他の者に目移りしているのが面白くないのだ。 「神の盾」ガンダールヴと思しきとある少女の使い魔。 だが彼はその力を発揮することなく、まったく別の未知の力でもってジョゼフの計画を打ち砕いている。 それに興味を引かれたか、トリステイン王国に潜入させている密偵にはできる限りその男の情報を集めるように厳命する始末。 実に、腹立たしい。 久しぶりに直接顔をあわせたにもかかわらず、碌にかまってももらえずいらいらは頂点に達しようとしていた。 化粧でも落として寝ようと鏡を覗き込み、戦慄した。 そこには奇妙な、いっそ可愛らしいと言ってもよさそうな髪型の男。 だがその瞳は常人の物ではない。 他者の死を貪り喰らい生きてきた悪鬼の物。 それを頭が認識したかしないかの刹那で、シェフィールドは懐に忍ばせていたマジックアイテムを取り出しその力を開放しようとして―― ゴトッ 気付けば落としていた。 「――ッ!!」 男はまだ動かないが、その隣には先ほどは気付かなかったもう一人の人物がいた。 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。おそらくは、このガリアで最も己を恨んでいる人物。 思わぬ相手の登場に動揺を押さえ込みながらも、シェフィールドは別のマジックアイテムを取り出そうとし、取り出せない。 相手はまだ動かない。別のマジックアイテムも試してみる。取り出せない。 仕方なく落ちたマジックアイテムに手を伸ばす。動かない。まるで床の一部であるかのように。固定されたかのように。 そこまでいって、ようようシェフィールドは顔色を変えて逃げ出そうとした。 シャルロット達がいるのは部屋の奥の方。故にドアの方に向けて駆け出す。二人はまだ動かない。 特に邪魔されることもなくドアにたどり着けた事に疑問を感じながらも、ドアを空けて部屋から出ようとする。動かない。 二人の足音が近づく。動かない。 ドアに体当たりをする。ビクともしない。足音が近づく。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 足音が背後で止まった。絶望の色すら滲ませ、シェフィールドが振り向く。 そこにはもう、「神の頭脳」ミョズニトニルンはなく、ただの無力な一人の女がいた。 「貴女には、色々と聞くことがある」 感情を見せずに、静かにタバサが語る。 「大丈夫。誰も助けには来ないから。貴女に聞く時間はいくらでもあるから、安心して」 唇の端だけを歪めて浮かべる笑みは、死刑宣告にも似て―――― 床にへたり込んだシェフィールドは、股間が生温かく濡れていくのをどこか他人事のように自覚した。 その後の事について、特に語るべきことはない。 タバサは母親を癒す事ができたし、ガリア王ジョゼフは使い魔と共に行方不明になった。 次の王位にはタバサが就くかと思われたが若さを理由にこれを辞退。 しかし周囲の熱意もあり数年後の即位で話は纏まり、それまでは彼女の母親が席を暖めることとなる。 無論つい先日まで病人だった人物に政治などできる筈もなくあくまでタバサが就くまでの代理ではあったが、悲劇の女王として民衆の支持はなかなかのものであったという。 またジョゼフが所持していた土のルビーと始祖の香炉はルイズの元に届けられ、彼女の物になった。 これはタバサからの正式な贈り物とされ、ガリア王国の貴族達からも文句の出しようがなかったという。 ルイズはそれらを元に更なる虚無の魔法に目覚め、世界最強の魔法使いとして後世に名を残すことになる。 ――だが、彼女を最強の魔法使いとしたのは彼女自身の能力ではなく、いかなるメイジすらも密かに始末する最強の使い魔の存在であると、全ての歴史書には記されたという。 鏡の中の使い魔―――完―――
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/430.html
++第四話 ゼロのルイズ②++ 「これは?」 「あんたの朝食よ」 床に置いてある皿を指差して、ルイズは言った。 皿の上にはいかにも固そうで、まずそうなパンが乗っている。 それと、おまけ程度に肉のかけらの浮いたスープ。それだけだ。 「椅子は?」 「あるわけないでしょ。あんたは床」 確かに自分は使い魔になると言った。でも、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。 花京院の中で葛藤が生まれる。ここまでされても許すのか、それとも怒るのか。 しかし、ルイズはさっさと花京院を無視し、食事の前の祈りを始めてしまった。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 他の生徒たちの唱和も重なり、食堂に響き渡る。 怒るタイミングを逃してしまい、花京院は握り締めた拳を下ろした。 食事はお世辞にもおいしそうとは言いがたいが、あるだけましだ。もし、彼女に召喚されていなかったら食事にさえありつけなかったかもしれない。 それに比べたらましだろう。たぶん。 パンを一口かじってみたら、予想通り固かった。 明日からはなんとかしよう。絶対に。 花京院は静かに決意した。 朝食を終えると、生徒たちはそれぞれ教室へと移動する。 ルイズと花京院がやってきたのは大学の講義室のような教室だった。 二人が教室に入ると、生徒の視線が二人に集中する。 からかうような視線や好奇心むきだしの視線に、思わず花京院は反感を覚えた。 笑い声の木霊する教室を歩き、席につく。 「あんた、なに椅子に座ってんのよ」 ルイズが文句を言うが、さすがにここまでは譲れなかった。 鋭い視線をルイズに向け、花京院は言った。 「このぐらいは構わないだろう」 穏やかながらも、その言葉に含まれたものを感じ取ったのか、ルイズはもう何も言わなかった。 扉が開いて、教師が入ってきた。 紫色のローブに身を包み、帽子をかぶった中年の女性だ。ふっくらとしていて、優しい雰囲気を漂わせている。 「あの人も魔法使いなのかい?」 「当たり前でしょ」 呆れたようにルイズは言う。 花京院は教師に視線を向けたまま、密かにスタンドを出してみた。 彼のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』を床の下で移動させ、教室の中央の空間に出現させる。 もしも、スタンド使いならば何らかの反応があるはず。 そう思ってのことだったが、教室にいる生徒はぴくりとも動かなかった。どうやら本当にスタンドが見えていないらしい。 スタンド使いはいない。そう考えてもよさそうだ。 花京院は何食わぬ顔でスタンドを回収した。 何も気付かなかった教師はまん丸の瞳で教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズはルイズの隣に座る花京院を見て、目を大きくした。 「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 とぼけたシュヴルーズの声に、教室に笑いが巻き起こった。 ルイズはうつむいている。 笑い声に満ちた教室で、誰かの声が響いた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 その時、ルイズは立ち上がった。 長い、ブロンドの髪を揺らして、鈴の音のような澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが出て来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」 ルイズは声の主をにらみつけると、シュヴルーズに視線を移した。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ」 「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 マリコルヌは立ち上がり、ルイズを睨みつける。 教壇に立ったシュヴルーズは首を振って、小ぶりな杖を振った。 立ち上がった二人は糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 いさめるようなシュヴルーズの言葉に、ルイズは申し訳無さそうにうなだれる。 いつもの生意気な態度が嘘のような変わりようだった。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか? 「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」 くすくすと教室から笑いがもれる。 シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回し、杖を振った。 忍び笑いしていた生徒たちの口に、どこからか現れた赤土の粘土が張り付く。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 教室は静かになった。 こほんと咳払いをすると、 「それでは授業を始めますよ」 そう前置きをして、シュヴルーズは説明し始めた。 魔法に興味のあった花京院は熱心に授業を聞いた。 わからないところはルイズに聞きながら、魔法についての知識を吸収していく。 魔法には『火』『水』『土』『風』という四つの基本的な属性がある。 その他に、失われた系統魔法の『虚無』があるが、今は使えるものがいない。 属性を組み合わせることによって、より強力な魔法が使える。 組み合わせられる属性の数によってメイジのレベルが決まるようだ。 そこまで聞いたところで、シュヴルーズの説明は終わった。 「それでは、実際にやってみてもらいましょう」 誰に当てようか生徒たちの顔を順々に眺めていたシュヴルーズはルイズと目があった。 シュヴルーズは柔らかい笑みを浮かべた。 「ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょうか」 生徒の視線がルイズに集まる。そのどれもが恐怖と心配の入り混じっていた。 いつまでも立ち上がらないルイズを花京院は不思議に思った。 「行ってきたらいいじゃないか。ご指名だろう?」 花京院も促すが、ルイズは困ったようにもじもじするだけだ。 シュヴルーズは再度呼びかけた。 「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」 「先生」 おずおずと手を上げたのはキュルケだった。 「なんです? ミス・ツェルプトー」 「やめといた方がいいと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケは、きっぱりと言った。 その言葉に、教室のほとんど全員が頷く。 ルイズのこめかみがぴくりと震えるのを花京院は見た。 「危険? どうしてですか?」 「先生はルイズを教えるの初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家だということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 緊張した顔で、ルイズは教室の前へと歩いていった。 花京院はその様子を後ろから眺める。 「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズの隣でシュヴルーズは笑いかけた。 こくりと、小さな頭が上下に動く。 机の上に乗った小石を睨みつけ、ルイズは呪文を唱え始める。 その様子はいかにも魔法使いらしくて、花京院は少し感心した。 ルイズは呪文を唱え終えると、杖を振り下ろした。 ――その瞬間、机ごと小石は爆発した。 爆風をもろに受けたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。 机の破片があちこちに飛んでいき、窓ガラスを割り、何人かの生徒に当たる。 爆発に驚いた使い魔たちが暴れだす。キュルケのサラマンダーが火を吐き、マンティコアが窓から飛び出していく。 外から大蛇が忍び込み、誰かのカラスを飲み込んだ。 教室の至るところから悲鳴が起こり、物の破壊音が響き渡る。 キュルケは立ち上がると、ルイズを指差した。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「俺のラッキーが! ラッキーが食われたー!」 花京院は呆然とその光景を眺めた。 黒板に叩きつけられたシュヴルーズは床に倒れたまま、ぴくぴくと痙攣している。 ルイズの顔はすすで真っ黒になり、制服もぼろぼろだった。 しかし、さすがというべきだろうか。ルイズは落ち着いていた。 顔についたすすをハンカチで拭い、淡々と感想をもらした。 「ちょっと失敗みたいね」 当然、他の生徒たちが反発した。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 花京院はやっと、『ゼロのルイズ』の意味を悟った。 そして、これからの行く末に暗雲が立ち込めていくような、そんな気がした。 ゼロのルイズに、スタンド使いの自分。 どちらもこの世界では異端の存在のようだ。 そんな二人が、果たしてこのまま無事にいられるのだろうか。 花京院の不安は尽きることがなさそうだった。 To be continued→
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/908.html
「ミス・ヴァリエール。召喚の儀式を」 生え際の後退著しい中年教師が意を決したように言う。 その教師――名はコルベールといった。 コルベールはここ、トリステイン魔法学校にて2年生が行う中では最重要とも言える行事である召喚の儀式の監督を務めていた。 そしてその結果は満足に値するものであった。 上位陣にはそれはもう美しい風竜を召喚したタバサ、火山竜脈のサラマンダーを召喚したキュルケがいたし、 それ以外の生徒達も十二分に成功といえる内容の召喚を行っていた。 これから儀式を行う、一人の女生徒を除いては。 彼女は別にヤサグレてる訳でもなかったし成績が悪かったわけでもない。 他の生徒とのコミュニケーションも十分に取れている。 しかしただ一つ。 本当にただ一つだが彼女には欠点があった。 そしてその欠点こそがコルベールを不安にさせていた。 が、そんなコルベールの心配をよそに―― 「はいッ!」 その生徒――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは威勢のいい返事をした。 といっても別に彼女自身がこの儀式に対して特別に自信を持ってたわけではない。 むしろその心中では、 (大丈夫よ大丈夫よ大丈夫よ! 使い魔の召喚の儀式なのよ? いくら私が『ゼロ』だなんてバカにされてても…これが成功しないハズはないわッ! だから自信を持つのよイズッ!!) 全力で自分に暗示をかけていた。 そしてそれに反映されるように既に召喚を終えた生徒たちは、 「なあ…成功すると思うか?」 「いやいくら『ゼロ』でも召喚の儀式ぐらいは…」 「でもあの『ゼロ』だぜ?」 「だよなあ…失敗するかもだよなぁ~~」 どうにもルイズの成功を期待していない。 そんな周囲のヒソヒソ声と、「ルイズが成功するわけが無いでしょう。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」みたいな態度の生徒たちをを横目に見て、 ルイズはいつものようにカチンときた。 同時にさっきまでの不安もそのムカツキで吹っ飛んだ。 (ふん! 見てなさいよあんたたちッ! 私があんた達の使い魔よりもずっとカッコよくてずっと強い使い魔を召喚してやるんだからッ!) そして詠唱する。 「宇宙の果てのどこかにいるわたしのシモベよッ! 神聖で美しくッ、そして強力な使い魔よッ! わたしは心より求め、訴えるわ…我が導きに答えなさいッ!!」 気合十分の詠唱ッ! 手ごたえは十分ッ! (やったッ! 成功す――) ルイズがそう確信した瞬間―― ドッグォォォォォオオオオオオオオン!!! 盛大な爆発が巻き起こったッ! その規模は場所が場所なら「今ノハ人間ジャネェ~~~」なんて声が聞こえてきそうなレベルッ! 同時に爆心に近かったルイズは体重の軽さも相まって勢いよく後ろに吹っ飛ばされるッ! そして2度3度後転を繰り返した後、ルイズはべちゃっと地面にキスするハメになった。 「オホッオホンッオホン!」 「ゲホッゴホッ! クソッまたやったな『ゼロ』!」 「使い魔の召喚にさえ…ゲボッ! 失敗するなんて君も筋金入りだなッ!」 周囲から聞こえてくる罵倒をうつぶせの姿勢のまま聞き――ルイズは泣きたくなった。 (なんで…どうして『成功』しないのよぉ~~~~~~~~~!) 目にはじんわりと涙が浮かび始めたが、必死でそれをこらえる。 たとえ「ゼロ」と呼ばれてしまうようなメイジだったとしてもルイズは由緒正しきヴァリエール家の3女である。 そのプライドが彼女をギリギリのところで支えたのだ。 だがルイズがそんな衝動と戦っている頃―― 「お…おい!煙の中に何かいるぞ!」 「ホントだ! でもあのシルエットは…」 「サルにしちゃあ背が高すぎるし…」 「人間にしたってあれはデカすぎる!2メイルくらいはあるんじゃないか?」 「じゃあ亜人? オーク鬼か何かってことか?」 「おい! 煙が晴れるぞ!」 周囲の会話にようやく気づき、そして周囲に気づかれないようにこっそり涙をぬぐったルイズの目に映ったのは―― 実に奇妙ないでたちの人間、いや亜人だった。 贅肉の一切見当たらない筋肉質の身体には文字のようなものがびっしり彫りこまれており、 頭には奇妙な形の頭巾、そしてその身に纏うのはいずれも紫がかった黒色の襟巻きと短パン、リストバンドにブーツのみで、 しかも襟巻きと短パンの二つが体の正中線で帯のようにつながっている。 民族衣装だとかその類だとしても、かなりきわどい、いや、むしろ変態的な格好だ。 しかもよく見てみれば、耳も鼻もこの亜人には無い。 削がれたような傷が無いあたり、生まれつきそれらを持っていないとでも言うのだろうか? (なに…何なのコイツ? こんな亜人、あたし図鑑でも見たことなんて…) そんなことを考えていると、突然件の亜人が文字通り「飛ぶようにして」ルイズの前に移動した。 その速度はドヒュウゥン! と空気を切るほどッ! 「きゃあ!」 思わず悲鳴を上げるルイズ。 周囲も唖然としている。 だが亜人はそんなことは気にもかけないという様子でルイズに話しかけたッ! 「オ嬢サンニ聞キタイ事ガアル」 何だかカタコトだが、そんなことを気にしている余裕はルイズにはない。 「な、なななな、何よッ! そもそもあんた、何者なのよッ!名前と種族を言いなさいッ!」 「質問ニ対シテ質問で答エルノハ無礼ニ相当スルノダガ…マアイイダロウ」 「私ハホワイトスネイク。種族ハ…ソウダナ。トリアエズ人間デハナイ事ハ確実ダ」 その答えにルイズの顔がぱあっと明るくなった。 そして周囲はどよめき始める。 「人間じゃないって事は…」 「『ゼロ』が召喚に成功したッ!?」 「信じらんねぇーーーーーーーーーーーッ!!」 「ウソだろ承太郎!」 「これは『現実』だッ!」 周囲がいろいろ言ってるが、今のルイズにはそんなたわごとは届きようも無い。 何故なら、何故なら今の彼女はッ! (やったわ! あたしが召喚したこいつが人間じゃあないってことは…あたしが使い魔の召喚に成功したということッ! やったわッ! あたしはやったのよッ!!) 「最高にハイ」ってヤツだったからだッ!! だがそんなルイズの心中をカケラも察することなく、亜人――ホワイトスネイクは再びルイズに話しかけた。 「サテ、私ガ君ノ質問ニ答エタノダカラ…今度ハコッチノ質問ヲ聞イテモライタイトコロダナ」 「あっ…そ、そうだったわね! さあ何? 何が聞きたいの? 何でも答えてあげるわッ!」 すっかりご機嫌&有頂天なルイズはお安い御用とばかりに言う。 「ココハドコダ?」 「ここはトリステイン魔法学校。あんたはあたしに召喚されてあたしの使い魔になったのよ」 「トリステイン魔法学校? ソレニ使イ魔ダト? 使イ魔トハ一体ナンダ?」 「メイジの目となり耳となって、メイジに忠誠を誓うもののことよ」 「メイジトハナンダ?」 「…は?」 いくらか問答を続けるうちに、とんでもない質問が飛び出した。 メイジとは何だ、だって? トリステイン魔法学校を知らないのは置いておくにしても、いくら未開の地の亜人だってメイジの存在ぐらいは知ってるはずだろう。 (あ…ひょっとしてこいつの一族ではメイジのことを別の呼び方でいうのかしら? うん、そうだわ。そうに違いないわッ!) ルイズは適当に脳内解釈を済ませるとホワイトスネイクとの質疑応答に戻る。 「メイジってのはね、簡単に言えば魔法を使える者のことを言うのよ」 「魔法…ダト?」 「………」 ここまでくると流石に脳内解釈はキツイ。 いやそもそも物を考えられる生物の中で、魔法を知らない者がこの世界にいるだろうか? コーラを飲んだらゲップが出るのと同じくらい確実に、いないだろう。 「そもそもあんた…一体どこから来たのよ?」 「アメリカノフロリダ、ト言ウ所ダ」 「ふろりだ? どこのド田舎よ?」 「………」 今度はホワイトスネイクが沈黙する番だった。 「水族館」でエンリコ・プッチ神父とともにエンポリオに敗北したホワイトスネイク――もっともその時はメイド・イン・ヘブンだったが、 彼は本体のプッチ神父の死とともに消滅する間際、光る鏡のようなものに吸い込まれたのだ。 そして意識が戻ってみればこれだ。 周りは10代後半あたりであろうあどけない面を並べた小僧と小娘がお揃いの黒マントでズラリと囲んでおり、 その輪の中にはこれまた黒マントを着たピンクの髪の小娘がちょっぴり泥に汚れた顔でこっちを見ている。 しかもどういうわけか周囲の生徒も目の前の少女も自分の姿が見えているらしい。 ということは・・・こいつら全員がスタンド使いなのだろうか? 何故自分はいきなりこんなところにいるのか、とか何故本体であるプッチ神父を失った自分が存在し続けていられるのか、とか、 疑問はオキシドールと過酸化マンガンの反応から生成される酸素のようにムクムクと沸きあがってきていたが、 ホワイトスネイクはそれらの疑問をとりあえず置いておくことにした。 そして自分から一番近い小娘に話を聞いてみる。 するとその幼女は、トリステインだのメイジだのとホワイトスネイクが知りもしないような、 いやホワイトスネイクでなくても知らないような単語を当たり前のようにずらずらと並べて話をするではないか。 これには流石のホワイトスネイクも、 (マサカ我ガ主人トDIOガ目指シテイタ『新世界』トハコレノコトダッタノカ? 二人トモ私ニ内緒デ、随分ト変ワッタ趣味ヲ共有シテイタノダナ) などとまったく見当違いな事を考えざるを得なかった。 こうしてルイズとホワイトスネイクの間に気まずい空気が流れたところで、ようやくコルベールは我にかえった。 コルベール自身ホワイトスネイクのような使い魔を見るのは初めてだったし――ホワイトスネイクのド変態な格好をしていたのもあるが、 少しの間呆気に取られていたのだ。 コルベールは「オホン、ン」と軽く咳払いをすると、 「ミス・ヴァリエール。まだ使い魔との契約が終わっておりませんよ」 と言うと、ルイズもさっきのコルベールと同じようにハッと我に返り、 「ホワイトスネイク…だったわよね? あんたの名前」 「ソウダ」 「ちょっと屈みなさい?」 「何故ダ?」 「いいから屈みなさいよ。あんたの背が高すぎて届かないんだから」 ホワイトスネイクには何の事だかサッパリ分からなかったが、とりあえず言う通りにする。 ルイズはホワイトスネイクの頭が自分の身長と同じくらいにまで下がったのを確認すると、儀式に入った。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え・・・」 「待ってください、ミス・ヴァリエール!」 「え?」 突然コルベールがルイズの詠唱を遮った。 「…あなたはまだ使い魔との契約を済ませていない そうですね?」 当たり前のことを聞くコルベール。 「いきなり何を言い出すんだこのハゲは」とルイズは思ったが口には出さず、 「…はい。そうですけど」 当たり障りのない返答をした。 「そうでしょうね。私もあなたがこの使い魔を召喚してから、契約するところを見ていません。しかし…」 そこでコルベールは言葉を切ると、つかつかとホワイトスネイクのほうへ歩み寄る。 そしてホワイトスネイクの左手を取ると―― 「既に使い魔のルーンが現れているのです。この左手の甲に」 バァ―――――z______ン 「ウソ…」 その左手の甲に文字が浮かび上がっていた。 つまりルイズとホワイトスネイクとの契約は既に完了していたのだ。 こんなケースは召喚した本人であるルイズはおろか、教師であるコルベールにとっても見たことも聞いたことも無い怪奇であった。 そして二人ともそのことに沈黙している。 だが―― 「何ダ? コレハ…」 ホワイトスネイクはやはり空気を読まずに、自分の左手の甲にいつの間にか浮かび上がった奇妙な文字に興味を向けていた。 「と…とりあえず、この件は私が調べておきます。ではみなさん、今日はここまでです! 解散ッ!!」 と言って逃げるように、召喚の儀式のひとまずの終了を宣言する。 周囲の生徒達はなにやら状況が理解できていないようだったが、儀式が終了したことは理解したらしい。 そして次の瞬間、彼らはが突然ふわりと空中に浮かび上がったッ! さらにそのまま中世ヨーロッパの城のような建物へと飛ぶようにして移動し始める。 思わず目をむくホワイトスネイク。 しかしスタンドのヴィジョンが見えない以上スタンドに運んでもらっているわけではないようだ。 (確カコイツラハ『メイジ』トカイッタナ。 メイジトヤラハスタンド使イデ無クテモスタンドガ見エルモンナノカ? ソレニ…スタンド使イデナイノナラ…アイツラハ本当ニ魔法ッテヤツデ浮カンデルノカ?) などとホワイトスネイクが考えているとルイズから声がかかった。 「ほら、なにボケッとしてんのよ。あたしたちも行くわよ」 「君ハアノ空中ニ浮カベル力ヲ使ワナイノカ?」 当然ホワイトスネイクにとっては何気なく言った言葉である。 だがルイズはその言葉に一瞬顔を曇らせると、 「せ、精神力がもったいないから、使わないだけよ! 大体歩いていけば済むことなんだから、そんなことに魔法を使うなんてナンセンスよ!」 言葉の節々に何か言い訳じみたものを漂わせながらそう答えた。 そして逃げるように早足で、先ほどの建物の方へ行ってしまった。 「ヤレヤレ、ダナ」 そう呟き、ルイズの後を追おうとしたところで、ホワイトスネイクはあることに気づいた。 「コレハ…私ノ本体ガアノ小娘ニナッテイルノカ? トナルト…ソウカ、『契約』トハソウイウ事ダッタノカ」 そんなことを一人で勝手に納得しながら、ホワイトスネイクはルイズの後を追った。 To Be Continued...