約 1,746,492 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1499.html
木造の粗末なベッドに椅子とテーブルが一組、他に眼に付くものは壁に掛けられたタペストリーのみ。その質素な部屋が、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーの居室であった。 部屋の主は椅子に腰掛けると、机の抽斗を開いた。そこにはたった一つ、宝石が散りばめられた小箱が入っている。先端に小さな鍵の付いたネックレスを首から外すと、彼はそれを小箱の鍵穴に差し込んだ。 開いた蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。 ルイズとワルド、それにギアッチョがその箱を覗き込んでいることに気付いて、ウェールズははにかむように笑った。 「宝箱でね」 小箱の中に入っていた手紙を、ウェールズはそっと取り出す。それこそがアンリエッタの手紙であるらしかった。愛しそうに手紙に口づけた後、ウェールズは便箋を引き出してゆっくりと読み始める。 何度もそうやって読まれたらしいそれは、既にボロボロだった。 「これが姫から頂いた手紙だ」 ウェールズはゆっくりと手紙を読み返すと、ルイズにそれを手渡して 「確かに返却したよ」と言った。深く頭を下げて、ルイズは手紙を押し頂く。 「ありがとうございます、殿下」 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。 それに乗って、トリステインに帰るといい」 しかしウェールズから告げられた任務終了の言葉にも、ルイズは安堵の顔を見せない。それどころか、彼女の表情は悲しげにすら見える。 少しの間彼女はじっと手紙を見詰めていたが、やがて決心したように口を開いた。 「……あの、殿下 申し上げにくいのですが……その」 「言ってごらん」 「……王軍に勝ち目は、ないのでしょうか」 躊躇うように問うルイズに、ウェールズはあっさり答える。 「ああ、ないよ」 「我が軍は総勢三百、敵は五万だ 万に一つの可能性も有り得ないさ 我々に出来ることは、王家の誇りを最期の一瞬まで彼奴らに刻み込むこと――それだけだ」 幾分おどけたような口調でそう言うウェールズの眼に、しかし冗談の色は含まれていなかった。ルイズは俯いて口を開く。 「……殿下も、討ち死になさるおつもりなのですか?」 「当然さ 私は真っ先に死ぬつもりだよ」 愕然とした顔をするルイズの横で、ワルドはただ黙って眼を閉じている。 そしてギアッチョもまた、黙してウェールズを見つめていた。しかし眼鏡のレンズに阻まれて、彼の表情を読み取ることは出来ない。 「……殿下、失礼をお許しくださいませ 恐れながら、申し上げたいことが ございます」 「なんだね?」 「この、只今お預かりした手紙の内容 これは――」 「ルイズ」 ワルドがルイズの肩をそっと掴んでたしなめる。しかしルイズは、キッと顔を上げてウェールズを見つめた。 「わたくしがこの任務を仰せつかった折の姫様の御様子、尋常なものでは ございませんでした まるで……まるで恋人を案じるような…… それに先ほどの小箱に描かれた姫様の肖像画や、姫様のお話をなされる時の殿下の物憂げなお顔……もしや、姫様と殿下は――」 「恋仲であった、と言いたいのかな」 微笑むウェールズに、ルイズは頷いた。 「……とんだご無礼をお許しくださいませ しかし、そうであるならばこの 手紙の内容は……」 「……そう、恋文だよ ゲルマニアにこれが渡っては不味いというのは、つまりそういうことさ 何せ、彼女は始祖ブリミルの名において永久の愛を私に誓ってしまっているのだからね これが白日に晒されれば、無論ゲルマニアとの同盟は相成らぬ トリステインはただ一国にて、貴族派共と杖を交えねばならなくなるだろう」 「……殿下、僭越ながらお願い申し上げます どうか、我が国へ亡命なされませ!」 ルイズは今にも叫びだしそうな勢いで言うが、ウェールズは笑って取り合わない。 「それは出来ないよ」 「殿下、姫様のことを愛しておられるのならば、どうか、どうかお聞き入れ下さいませ!幼少のみぎり、わたくしは畏れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました 姫様のご気性、わたくしはよく存じております!王宮の中にあって、姫様はとても純粋な方でございます 殿下の戦死を、あの方はきっと納得出来ませぬ。 先にお渡しした手紙にも、姫様は恐らくあなた様に亡命をお勧めになっているのでございましょう?いえ、わたくしには分かりますわ。亡命を受け入れず叛徒の手にかかって死んでしまわれたなどと、わたくしは一体どのような顔で姫様にお伝えすればよいのでしょうかそんなことを聞けば、姫様のお心はきっと張り裂けてしまいますわ! 殿下、お願いでございます!姫様の為に、どうか、どうか我が国へ!」 ルイズの心からの嘆願に、ウェールズは一瞬苦しげな顔を見せたが、しかしすぐに首を振ってそれを打ち消した。 「……本当に、君は彼女のことをよく知っているようだね そうさ、その通りだ。この手紙の末尾には私の亡命を勧める一文がしたためられている。……だが、私は亡命するわけにはいかない。絶対にだ」 「何故……!」 「私がトリステインへ亡命などすれば、叛徒共はそれを口実にすぐトリステインへ攻め込んで来るさ。奴ら――『レコンキスタ』の目的はハルケギニアの統一と『聖地』の奪還だそうだ まさか出来るなどとは思わないが。 それに私がここで逃げなどすれば、我がアルビオン王家の為に命を投げ打ってくれる三百人に一体どう詫びればいい? 我々はせめて最期の一瞬まで勇猛に戦って、ハルケギニアの王家は決して劣弱などではないことを知らしめなければならぬ それが、没する王家の最期の義務であり責任なのだ」 「……殿下……!」 「もうやめるんだルイズ 君の気持ちは殿下にも痛い程伝わっているさ だが殿下のお覚悟も理解しなければいけないよ」 そう言ってワルドはルイズの肩を抱く。彼女はそれでようやく諦めたようだった。悄然として俯くルイズの頭を優しげに撫でて、ウェールズは口を開く。 「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢 正直で、まっすぐだ とてもいい眼をしている」 にこりと魅力的に微笑んで、ウェールズはルイズの眼を覗き込んだ。 「そのように正直では、大使は務まらないよ しっかりしなさい ……しかし、亡国への大使としては適任かも知れないな 明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね 名誉と矜持、これ以外に守るものなど何もないのだから」 そう言って、彼は己の顔を隠すように机の上に眼を落とした。そこには水の張られた盆が置かれている。水に浮かんでいる針は、微動だにせず一点を指していた。どうやら、これが時計であるらしい。 「……そろそろパーティーの時間だな。君達は我が王国最後の客人だ。是非とも出席していただきたい」 やがて上げられた彼の顔に、物憂げな様子は見られなかった。 ルイズはそれに応えるように、出来る限りの笑顔を作って一礼する。 「……ありがとうございます 喜んで出席させていただきますわ」 「光栄至極に存じます」 同じく一礼すると、ワルドは先頭に立って部屋を退出した。後に続こうとして、ルイズはギアッチョに顔を向ける。 「ほら、ギアッチョ行くわよ」 「先に行ってろ オレはまだ用がある」 「……は?ちょっ、何言ってるのよ!」 ルイズは焦ったような声を上げる。ギアッチョを一人にすれば一体どんな事態になるか解らない。しかしウェールズは微笑んでルイズを制した。 「私は構わないよ ラ・ヴァリエール嬢、先に行っていなさい」 ルイズは困ったように二人を見比べていたが、ギアッチョの眼に退かない光を感じて、諦めたように首を振った。 「変なことしたら許さないんだからね!」と何度も怒鳴るように念押しして、それでもどこか心配そうな顔をしながらルイズは退出した。 ぱたんと扉が閉まるのを確認して、ギアッチョはウェールズに視線を移す。何を言うでもなく、頭をがしがしと掻いてギアッチョはただウェールズを見つめて――否、観察している。 ウェールズもまた、ギアッチョを眺めて彼の言葉を待ったが、ギアッチョはなかなか用件を言い出そうとしない。少し困ったような顔をして、ウェールズはギアッチョに話しかけた。 「……人の使い魔とは珍しい トリステインとは変わった国であるようだね」 「…………トリステインでも珍しいらしいがな」 ギアッチョのぶっきらぼうな口調にウェールズは驚いたような顔になるが、それも一瞬のことだった。すぐにいつもの顔に戻ると、ウェールズはギアッチョに問い掛ける。 「……それで、私に一体何の用かな?子爵と同じ用件だとは思えないが」 それを聞いて、ギアッチョはずいとウェールズの前に進み出た。 ウェールズの蒼い瞳を覗き込むと、彼はようやく話を始めた。 「最初に言っとくが……オレは遥か彼方の世界から来た トリステインやアルビオンの礼儀作法なんざ知らねーし、迂遠な会話で曖昧に濁すつもりもねえ。答えてもらうぜウェールズ・テューダー はっきりとよォォ」 鬼のような眼差しでウェールズを睨んで、ギアッチョは続ける。 「てめーは何の為に死ぬ?聞けば敵は五万だそうじゃあねーか こんなもんは戦争じゃあねえ 一方的な虐殺だろうが」 ギアッチョの言葉に、ウェールズの顔はもう驚愕も不快も表さなかった。 「確かにその通りだ 恐らくは――いや、明日は確実にそうなることだろうね 何の為にか……理由は一つではないが、先ほども言った通り我々は最後まで戦って王家の誇りを示さねばならぬ 奴らの目的が現実のものとなってしまわぬようにだ」 ウェールズはうろたえることなく言い放った。 ウェールズの言葉を、ギアッチョはハッと鼻で笑い飛ばす。 「馬鹿も休み休み言えよ王子様。てめーは使命感に酔ってるだけだ。 誇りを示す?てめーらが総員討ち死にしたところで何も変わりゃあしねーぜ。 それとも何か?この世界にゃあ五万に三百で立ち向かって玉砕した人間を『間抜け』と思わない奴らが山ほど居るってわけか?」 「ああ、それも確かに君の言う通りかも知れないさ。だが我らの意志を誰か一人でも受け継いでくれる可能性があるのならば、私達はどうしてそれに賭けずにいられようか! 遥か異郷から来たという君には分からないかもしれないが、奴ら貴族派――『レコンキスタ』が本当に『聖地』奪還などに動き出せば、数限りない死者が出る。 それを阻止する為には、我々王家は決して奴らに屈してはならないんだ」 ウェールズの毅然とした反論を聞いて、ギアッチョは苛だった顔を見せる。 「……下らねぇな それなら他にいくらでもやりようはあるだろうが。てめーらは自分の国が裏切り者に渡るのを見ずに死にてーだけじゃあねーのか?ええ?オイ。 戦争って名を借りて自殺するってェわけだ。自尊心も満たせりゃ誇りも示せるからなァァァ」 「それは違うッ!!」 ウェールズはついに怒鳴った。握り締めた拳はぶるぶると震えている。 「我々の覚悟を侮辱しないでもらおう!我々はただ死ぬ為に死ぬのではない……死にに行くのでもない!希望を明日へと繋ぐ為に、『戦いに』行くのだ!!」 ドガンッ!! 「ぐッ……!」 壁を殴るような音が、部屋中に響き渡った。ウェールズは首根っこを掴まれて、他ならぬギアッチョの手によって壁に叩きつけられていた。 ウェールズを壁に押し付けたまま、ギアッチョは静かに口を開く。 「そんなに死にてーならよォォォーー 今ここで死ね」 ビキビキと音を立てて、ウェールズの首が凍り始める。ウェールズは驚愕に眼を見開いて呻いた。 「……な……んだ……これは…………!」 「動くんじゃあねーぜ王子様 そうすりゃあ楽に死ねるからよォォー」 「ッ……君は……何者なんだ……」 肺腑から細く息を吐き出すウェールズを死神も震え上がらんばかりの凶眼で見つめて、ギアッチョはつまらなさそうに口を開く。 「さてな……魔人だと言ったらてめーは信じるか?」 「何……?」 「だがオレは慈悲深い てめーを送った後はお仲間もしっかりそっちに届けてやるぜ この城を丸ごと氷の棺にでもしてな……」 それを聞いた途端、ウェールズの右手が跳ねるように動いた。一瞬で懐から杖を引き抜くと、素早く呪文を唱えてギアッチョに空気の塊を打ち放った。 「チッ……!」 今度はギアッチョが壁に叩きつけられる番だった。ギアッチョを引き離したことを確認して、ウェールズはぜいぜいと肩で息をしながらも油断なく杖を構える。 「ふざけるな……!私達は何としてでも明日まで生き延びるッ! それを阻むと言うのであれば、ギアッチョ!例えラ・ヴァリエール嬢の使い魔であろうと私は君を容赦しない!」 言うが早いかウェールズは立て続けに呪文を詠唱する。ギアッチョが弾かれたようにウェールズへ走り出すのと、ウェールズの呪文が完成するのは同時だった。ウェールズの杖から突如巻き起こった烈風は三枚の不可視の刃となってギアッチョに襲い掛かるが、 「ホワイト・アルバム!」 ギアッチョを切断するかと思われた瞬間、三つの刃は小さな銀の粉塵と化して砕け消えた。 「なッ――!?」 驚愕の声を上げるウェールズに、ギアッチョは寸毫待たず肉薄する。 ギアッチョはそのまま左の裏拳でウェールズの杖を殴り飛ばす。同時に右手でウェールズの頭を容赦なく掴むと、 ドグシャアァアッ!! 思いっきり床に叩きつけた。 「が……ッ!!」 「終わりだ」 機械的にギアッチョはそう宣告するが、 「うぉぉおおぉおッ!!」 ウェールズは諦めなかった。両の拳でもがきながらギアッチョに殴りかかり、何とか彼から逃れようとする。しかし所詮はメイジの細腕、百戦錬磨のギアッチョに敵う道理などあろうはずもなかった。 「……ぐッ……くそッ……!離れろッ……!!」 片手で拳を捌かれ続けても、彼は諦めない。荒い呼吸を繰り返しながらも攻撃を止めないウェールズを感情の読めない眼で見遣って、ギアッチョはパッと、攻撃を防いでいた左手を上げた。 バギャアア!! 「……ッ」 「なッ!?」 ギアッチョはウェールズの拳をモロに顔面で喰らい――否、受け止めた。いくら疲弊したメイジの拳とはいえ、思いっきり顔に受ければかなりのダメージがあるはずだった。しかしギアッチョは痛がる素振り一つ見せずにウェールズを睨む。次いで頭を掴んでいた右手を離すと、彼は両手を上げて立ち上がった。 「……やれやれ、悪かったな王子様よォォ オレの負けだ」 「……何だって……?」 ウェールズは魂が抜け落ちたような顔で言う。彼を引き起こしながら、ギアッチョはがしがしと頭を掻いた。 「とっとと諦めるか……さもなきゃあ命乞いでもするかと思ったんだがな。 てめーの『覚悟』は本物だったらしい 疑って悪かった……っつーところだ」 「……演技だったってわけかい……」 ウェールズははぁと溜息をついて椅子に滑り落ちた。 「そういうわけだ オレは慈悲深くも何ともねーからな。そんなに死にてーなら好き放題に死ね」 その言葉にウェールズはぽかんとしていたが、やがて堰を切ったように笑い出した。 「あっははははははは!そんな言葉を言われて安心したのは生まれて初めてだよ! 全くラ・ヴァリエール嬢は珍しい使い魔を召喚したものだ!」 おかしくてたまらないという風に笑い転げるウェールズに背を向けて、ギアッチョは扉へと歩き出す。 「話はこれだけだ ……あの姫さんにゃあオレからよろしく言っといて やるぜ」 そう言って扉に手を掛けたギアッチョに、後ろから「待ちたまえ」という声が掛かる。肩越しに振り向くと、笑いを収めたウェールズがギアッチョを見つめていた。 「……ならば私からも、一つ質問させてもらおう」 「……何だ」 「外つ国の住人である君は、何故私にこんなことをする?君が我らを気にかける理由がどこにあるのか、差し支えなければ教えて欲しいのだが」 ギアッチョは何も答えず扉に顔を戻す。その格好のまま、数瞬の沈黙を越えて彼は口を開いた。 「『覚悟』のねー野郎がさも世を悟り切ったかのような顔で生きてやがるのが気に食わねーからだ」 ウェールズは何も言わずにギアッチョを見つめ続ける。 まるでそんな答えには納得しないと言うかのように。 部屋を再び沈黙が包み――観念したのか、ギアッチョは溜息をついて頭を掻いた。 「…………と、思ってたんだがな……」 感化されたのかもしれねーな、と彼は独白するように言う。 「……感化?あの優しい少女にかい?」 「…………そうかもな あの真っ直ぐ過ぎるクソガキ――いや、クソガキ共か…… 全くオレもヤキが回ったもんだ」 不満げに舌打ちするギアッチョの後姿を眺めて、ウェールズは微笑む。彼は落ち着き払った仕草ですっと立ち上がると、顔を背けたままのギアッチョに近づいた。 「……私は君という人間をよく知らない ましてや、昔の君のことなど全く分からない……しかし言わせて欲しい」 ウェールズにとって、ギアッチョは彼の「覚悟」を今、恐らく最も曇りなく理解している人間だった。 ウェールズは微笑んだまま、太陽のような、しかしその中に峻厳たる誠実さを含んだ口調で言った。 「……今の君に、ありがとうと」 ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、乱暴に扉を開けながら返す。 「とんだお人よしだな……てめーはよ」 その言葉と共に、ギアッチョは廊下へ歩き去った。 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8871.html
前ページ次ページゼロの使い魔BW 抜けるような青空、というのはこういった空のことを言うんだろうか。 ぼんやりとした思考で、少年はそんなことを思った。 視線を落とせば、豊かな草原が一面に広がっている。暖められた草の、青臭い匂いが鼻をくすぐる。 遠くに、石造りの立派な城が見えた。彼が居たはずのイッシュでは、余り見ないタイプの建物だ。 だけどよくよく考えれば、以前に『彼』と雌雄を決したのも『城』だったなと思う。そう考えれば、そんなに不思議でもないのかもしれない。 ただそれも、彼が直前まで居たのが『海底遺跡』でなければの話だ。 海の底にある古びた遺跡のそのまた最奥に居たはずの自分が、何故こんな開けた場所に居るのか。 混乱している思考でそんなことを考えているところに、背後から声をかけられた。 「あんた誰?」 振り返れば、見慣れない格好をした女の子が、腰に手を当ててこちらを睨んでいる。 いや、白いブラウスにグレーのプリーツスカートと、服自体はそんなに妙でもない。ただ、首元のブローチによって留められた黒いマントが異彩を放っている。 顔は、まず可愛いと言って間違いはない。白い陶器で作ったようなつくりの良い顔に、強い光を放つ鳶色の眼。背中までかかっている柔らかくウェーブした髪は、ちょっと珍しい桃色がかったブロンドである。 周囲には同じような格好をした少年少女が、彼と女の子を取り巻くようにして立っていた。物珍しげな視線を向けられ、なんとも居心地が悪い。 マントがなければ、学生の集団のようにも見える。まるで昔見た映画の魔法学校のようだ。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』でヘイミンを呼び出してどうするの?」 どこかからそんな声が上がると、意地の悪い笑いのさざめきが少年少女の間に広がった。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 目の前の女の子が、声の上がったほうをきっと睨みつけて口を開く。 「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」 「流石はゼロのルイズだ!」 誰かがそう言うと、人垣がどっと笑う。 どうやら目の前の彼女はルイズと言うらしい。 とにかく、「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け」である。 まずは名前を答えようと口を開いたところで、集団に混じっている『彼ら』に気づいた。 ほぼ習慣と化している手順でバッグを探り、手帳サイズのそれを取り出して開く。 そして最新技術の結晶であるそれのカメラを、彼らのうちの一体――青い髪の小柄な子の隣に控える、やっぱり青いドラゴン――に向け、ボタンを押した。 ERROR:対象はポケモンではありません 「あれ……?」 思わず首を傾げた。これは、人間や単なる無機物に対してそれ――ポケモン図鑑を起動した際に出るメッセージだ。ならアレは、ポケモンではないのだろうか。 とりあえず他の彼らにカメラを向け、同じようにボタンを押してみる。モグリューやきわめて小さいニョロトノのようなそれらにも、図鑑は反応しない。 嫌な予感がして、今度はタウンマップを取り出し起動した。 イッシュではない。カントーでもない。ジョウトでもない。ホウエンでもない。シンオウでもない。 該当データ、なし。 海底遺跡の調査が終わったら他の地方を回ってみようと思っていたから、マップデータはあらかた詰め込んだはずだ。それこそ、普通は入れないような細かいデータまで。 目の前がまっしろになりかけた。 先ほど彼の前に居た女の子が、人垣を割って現れた髪の薄い男性になにやら喰ってかかっているが、そんなことを気にしている場合ではない。 無意識に、腰元のボールを手で探った。『そらをとぶ』を使えば、例え見知らぬ場所であろうと、ポケモンの優れた方向感覚によって見知った街に飛ぶことができる。 だが、手はそこで止まった。今の彼に、それを試してみる勇気はない。試してみて、万が一失敗してしまえば、どうしようもない事実が確定してしまいそうだったから。 ポケモンではない、青いドラゴンやモグリューのような生き物が存在する世界。 果たしてそれは、彼の居た世界と同じものなのだろうか? 「彼はただの平民かも知れないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなくてはならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、この儀式のルールは他のあらゆるルールに優先するのだから」 「そんな……」 視界の隅では、男性に諭された女の子ががっくりと肩を落としていた。 男性がこちらを指さしていた辺り、彼にも関わる話なのだろうが、内容は全く分からない。 「召喚には手間取ったけれど、最後は成功したんだ。きちんと契約まで済ませて、儀式を完遂しなさい」 「……はい」 男性に厳しさと優しさの混じった微笑を向けられて、女の子――ルイズがくるりとこちらを向く。 そのまま近づいてきた彼女は、困ったような表情で彼を見つめて言った。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことをされるなんて、普通は一生ないんだから」 キゾク? 貴族、だろうか。ならさっきの「ヘイミン」というのは平民のことか。 困惑する彼の前で、ルイズは諦めたように目をつむり、手に持った小さな杖を振る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、我の使い魔となせ」 まるで呪文のような文言を唱えると、杖を彼の額に置いた。 そして、呆気に取られる少年の頬を手で支えると――小さな唇を、彼のそれに重ねた。 「っ!?」 「……終わりました」 すっと立ち上がり、顔を真っ赤にしつつ報告したルイズの背中を、少年は呆然と見つめた。 『ちょうおんぱ』に『あやしいひかり』を重ねがけされた上で『ばくれつパンチ』を喰らったような気分である。分かりやすく言うと、なにがなんだか分からないということだ。 「『サモン・サーヴァント』は何度も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」 頭の薄い男性が、嬉しそうに言った。 それを皮きりとして、またしても人垣が騒ぎ立てる。 どうやら、ルイズというこの女の子は基本的にからかわれる立場らしい。『洪水』『香水』『ゼロ』などの言葉が飛び交うが、頭に入ってくることはなかった。 駄目だ。完璧に混乱してしまっている。とりあえず、あの男の人にでも話を聞いてみよう。 そう決めたところで、身体が妙に熱くなった。 特に右手の甲が熱い。むしろ痛い。熱したヤカンに手の甲を押しつけたらこうなるだろうか。思わず右手を抑えてうずくまる彼に、ルイズが苛立った声をかける。 「『使い魔のルーン』を刻んでいるだけだから、すぐ終わるわよ」 それは、時間にすれば確かにすぐ終わるのかもしれなかった。ただ、これまで強い負荷を受け続けてきた彼の精神は、そんな痛みに耐えきれず。 トウヤは めのまえがまっしろになった! 「ねえ、ちょっと、大丈夫!?」 ゆさゆさと身体を揺さぶられて、少年は目を覚ました。眼前には、女の子――ルイズの顔。 バックに広がっているのは青い空だ。どうやら彼は、草原にあおむけで横たわっているらしい。痛みの酷かった右手の傍では、髪の薄い男性がなにやらスケッチを取っていた。 大丈夫、と言って起き上がると、ルイズがじろりと睨みつけてくる。 「ルーンを刻まれた程度で倒れるなんて……まぁ、大事でなくて安心したけど」 後半が良く聞こえず聞き返そうとするも、その前に周囲から野次が飛んだ。 「契約で使い魔を殺したのかと思ったよ!」 「そしたら、ゼロどころかマイナスじゃない。ルイズのキスは『あくまのキッス』ってやつ?」 ルイズの鳶色の眼が怒りできらめく。そのまま唇を開いて反撃の言葉を吐き出そうとしたところで、男性がパンパンと手を叩いて場をおさめた。 「そこまでです。……じゃあ皆さん、部屋に戻りましょうか」 そして男性はくるりときびすをかえすと、ふわりと宙に浮いた。 周囲の人垣も、同じように宙に浮く。そしてそのまま、城のような石造りの建物へと飛び去った。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ、『フライ』どころか『レビテーション』すら使えないんだぜ」 「その平民、『ゼロ』の使い魔としてお似合いよ!」 口々に叫んでは、紐で引かれるように城へと飛んでいく。 少年は口をあんぐりと開けてそれを見送った。彼の常識では、人は飛ばない。個人で使える飛ぶ手段はあったはずだが、どうにも思考がはっきりしなかった。 少年と二人残されたルイズは深いため息をつくと、疲れたように彼に問いかけた。 「あんた、なんなのよ」 訊かれたのでとりあえず名前を答えようとして、すんなり出てこないことに戸惑った。それどころか記憶全体にもやがかかっているようで、なにも思い出せない。 思い出せないので首を振る。ルイズが慌てたように「名前は?」とか「住んでいた場所は?」などと訊いてくるが、ことごとく返せない。 「まさか、記憶喪失……?」 「そう、みたい」 恐る恐るといったその言葉に、彼はこくんと頷く。 「よりによって召喚したのが平民で、しかもそれが記憶喪失だとか……ああもう!」 「……ごめん」 ルイズは苛立ちを込めて彼を睨みつけるが、恐縮したように縮こまってしまっている相手に怒り続けることは難しかったらしい。 彼女は再び肩を落とすと「部屋に戻るわよ」と気の抜けた声で言った。 「記憶喪失ってのは本当みたいね」 ルイズがこちらの世界のあらましを語り、少年が分からないところについて訊く、といった形でいくらか会話した後、彼女はそう頷いた。 地名や歴史はともかく、貴族と平民の違いやメイジ、更には魔法についてすら知らないというのは、ハルキゲニアではあり得ない。幼児ですら持っている知識だ。 例え東方にあるとされる『ロバ・アル・カリイエ』から来たと考えても、魔法についての知識まで欠けているというのはおかしい。かの地の近くには、あの恐ろしいエルフが居るはずなのだから。 「……とりあえず、明日にでも校医に診て貰いましょう。ここまでなにもかも忘れてると、日々の暮らしにすら支障が出かねないわ」 「ありがとう」 にこりと笑いかけられ、つい溜息が洩れる。この使い魔は、事態の深刻さを理解しているのだろうか。 「使い魔の健康管理も主人の仕事よ。気にしなくて良いわ」 「……俺がゴシュジンサマのツカイマだってのは分かったけど、具体的にはなにをすれば良いんだろう?」 そういえば、彼の立場については説明したが、使い魔の仕事の詳細までは話していなかった。 記憶が戻るにしろ戻らないにしろ、知らせておいて損はないだろう。 「使い魔の仕事は主に三つよ。まず、主人の目となり、耳となること……なんだけど、これはダメね。わたし、なんにも見えないもの」 「そうなんだ」 使い魔は申し訳なさと安堵の入り混じった微妙な表情で頷いた。 「次に、特定の魔法を使う時に必要な秘薬を見つけてくること……なんだけど、これもダメね。記憶喪失じゃ、コケやら硫黄やらって言っても分からないでしょ?」 「うん」 平民では記憶が戻ったとしても駄目な気がするが、あえてそれは考えまい。 「そして最後に、主人の身を守る存在であること……なんだけど、これもダメよね。あんた、腕っ節があるようには見えないし、なにか特別な能力があるわけでもないだろうし」 「……ん、ああ、そうだね」 身を守る、と言ったところでなにか引っかかっていたようだが、大したことではないようだ。 しかし整理すると、この使い魔は使い魔らしいことは何一つ出来ない、ということになる。 平民を召喚してしまった自分のふがいなさにちょっとだけ泣きたくなったが、それよりまずは彼の仕事を決めることにした。なにが出来ずとも、遊ばせておくわけにはいかないのだから。 「ということで、あんたには洗濯と掃除、後はその他の雑用をやってもらうわ」 「了解」 能力と種族はともあれ、従順なのは美点だ。使い魔としてはそれが普通なのだが、ヒトであり、かつ常識に欠ける以上は、もう少し軋轢があってもおかしくなかった。 記憶喪失から来る不安もあるのだろう。それが、自分の行った『コントラクト・サーヴァント』が原因である可能性を考えると、ちょっとだけ後ろめたくなった。 そんな後ろめたさを振り払うように、ルイズは話を変えた。 「ところで、あんた召喚された時になんかごそごそやってたけど、あれはなにをしてたの?」 「ごそごそ?」 「いや、このバッグ漁って、なにかやってたじゃない」 そう言ってバッグを手渡してやるも、使い魔は首を傾げている。やはり、自分の持ちものについてすら忘れてしまっているらしい。 もしかすれば、バッグが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないと思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。前途多難である。 ルイズは一つ首を振ると、疲れ切ったように言った。 「いいわ、忘れて。……たくさんしゃべって疲れちゃったから、寝るわ」 「分かった」 そう簡潔に答えると、使い魔はごく自然な動作で部屋を出ようとする。慌てて止めた。 「ちょ、ちょっと待ちなさい! 何処に行くのよ!」 「……? ツカイマは外、じゃないの?」 「いやまぁ普通はそうだけど! 使い魔用の厩舎もあるけど!」 ご主人様と使い魔の関係をはっきりさせておこうとは思っていたけれど、流石にそこで寝ろとまでは言わない。むしろ言えない。 あれだけの思いをして契約した使い魔が、大型の幻獣に餌と間違われて美味しく頂かれてしまいました、なんてなったら、泣くに泣けない。 毛布を投げ渡しつつ、ベッドから離れた床の一角を指指す。 「これ貸してあげるから、そこで寝なさい」 「……ん、ありがとう」 反抗的なのは大変だろうが、理解が良すぎるのもそれはそれで疲れるものだ。 そんなことを思いながら、ルイズは寝るために着替えることにする。ブラウスのボタンを全て外したところで、使い魔に視線をやると、毛布にくるまり既に寝息を立てていた。 「……はぁ」 本来なら怒鳴ってでも起こしてやるべきところなのだろうが、今日は色々とあり過ぎて気力がない。洗濯に関しては、明日にでも改めて言いつけることにしよう。 ルイズはランプの灯を落とすと、寝台に横になる。するとよほど疲れていたのか、使い魔に負けず劣らずの早さで寝息を立て始めた。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3607.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 朝の洗濯で使った水汲み場に立ち寄り、掃除で付いた汗と汚れを洗い流した龍麻は、 幾分さっぱりとした足取りと表情で食堂へと向かっていた。 扉を押し開け、室内へと足を踏み入れる。 既に生徒らの大半は食事を終えてる様で、朝に知り合ったシエスタを始めとするメイド達がデザートを配っている。 テーブルの一角では、金髪の少年――ギーシュと呼ばれていた彼を囲んで出来た人垣からの、何やら囃立てる様な声を余所に 龍麻は、人目を引く桃色がかったブロンドの髪の持ち主の元に向かい、声を掛ける。 「部屋の後始末は終わったぞ」 「そう。随分とモタついたようだけど、まあいいわ。アンタの言う通り、ご飯は外に置いてるから。 食べ終えたら、呼ぶまで外で待ってなさい」 「解った」 ルイズの声に簡潔に応えて、踵を返す。 先程の雑談の輪の側を龍麻が通り掛かる直前。 ギーシュのポケットから何かが落ち、テーブルの下に転がるのが視界の隅に映った。 何かの液体が詰まった小壜である。無視しても良かったが一応、龍麻は床を指して声を掛ける。 「おい。今、ポケットから壜が落ちたぞ」 距離的に十分聞こえた筈だが、当の落とし主はそっぽを向いて応えない。 動こうとしないギーシュに代わり、龍麻は床に転がった小壜を拾い上げ、 「ほら、落とし物だ。気が付かなかったのか?」 目の前に置いてやる。 …が。その返答は剣呑な視線に続いての、 「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」 という不機嫌な声である。 そして、その壜を見た同級生らが口々に騒ぎ出す。 「お? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」 「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分の為だけに調合してる香水だぞ!」 ――そこからの流れは、急激かつ波乱含みの…一言で言えば、修羅場であった。 まず、後ろのテーブルに腰掛けていた小柄な栗色の髪の少女がギーシュの前で泣き始める。 そのケティなる少女は、ギーシュの言い訳に耳も貸さず平手打ちを見舞い、食堂から走り去る。 更にはテーブルの向こうにいた、豪勢な巻き髪の少女が足音も高くギーシュへと歩み寄る。 「モンモランシー。誤解だ。彼女とは只、一緒にラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」 等と手を振り、首を振り話掛けるギーシュであったが、当のモンモランシーなる少女は それを一顧だにせず、掴んだワインの瓶の中身を ギーシュの頭にぶちまけた後、 「嘘付き!」 の一言をぶつけ、やはりギーシュの前から足早に立ち去っていった。 微妙な沈黙が室内を満たす中、男女問わず複数の視線がギーシュへと集中し……。 「あのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」 なぞと、ハンカチで顔を拭いつつ宣うと、食堂中に脱力感に似た空気が充満する。 (……。天然か真性か。どっちにしても、関わりたくは無いな) 長居は無用と、龍麻が一歩を踏み出した時。 「君、待ちたまえ」 背後からの声に、顔を半分向けて応じる。 「なんだ?」 「君が軽率に、香水の壜なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷付いた。どうしてくれるんだね」 等と、龍麻の予想もしない台詞を言い立てる。 「あのな。そもそも、あの二人に責められるだけの事をやったのは、 お前であって俺じゃない。他人に責任を問える事か?」 言い掛かりも大概にしろ…とのニュアンスを言外に含め、即座に言い返す龍麻。 「その通りだギーシュ! お前が悪い!」 誰かがそう言うや、取り巻く生徒らが一斉に笑い出す一方、ギーシュの顔色が急変する。 「いいかね君? 僕は君が香水の壜をテーブルに置いた時、知らないフリをしたじゃないか。 話を合わせるぐらいの機転があってもよいだろう?」 「そうやって他人を難詰する前に、まずあの二人に謝りに行くのが、 人としての誠意や常識じゃないのか? 傷付けたって自覚があるんならな」 得手勝手な詭弁には正論で返すが、ギーシュはそれに動じるどころか露骨に見下した態度で鼻を鳴らす。 「ああ、君は……確か、あのゼロのルイズが呼び出した、平民だったな。 平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」 「貴族だ平民だの関係あるか。そんな風に自分の非を認めず、外面を取り繕う事しかしないから、 その有様なんだろう。お前の様に自分が可愛いだけの人間が、真に他人の心を惹いたり、掴めるもんか」 龍麻とて子供相手に大人気ない…と思わないでも無いが、ギーシュの言動に対する不快感が先に立つ。 自然と口調は厳しくなり、ギーシュを含めた周りの人間からの射込む様な視線が龍麻へと飛ぶ。 「…どうやら、君は貴族に対する礼を知らない様だな」 「礼を払って貰える様な事をした覚えがあるのか? 責任転嫁や自己正当化も度が過ぎるとみっともないし、笑えないぞ」 完全な、売り言葉に買い言葉。 「――よかろう。君に礼儀を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」 と、ギーシュは外套を翻し、自信たっぷりな表情で立ち上がる。 「脛齧りの孺子が他人に礼儀を教える? 俺の前にお前こそが、人間関係やら節度って物の意味を学ぶべきじゃないのか?」 睨み合い、一言ごとに毒気と敵意が両者の間で濃度を上げていく。 「ヴェストリの広場で待っている。準備が出来たら、来たまえ。……その無礼に相応しい報いを与えよう」 ギーシュの他、半ダース程の人間が悠然と食堂から出ていき、一人はその場に残った。 室内を満たすざわめきがいや増す一方で、嘲笑、侮蔑、呆れ等を存分に込めた 貴族達の視線が、龍麻の全身に降り注ぐ中。 「あ、あなた、殺されちゃう……。貴族を本気で怒らせたら……」 シエスタがおののき、怯えた顔で呟きながら、龍麻から後ずさって離れるのと入れ違いに。 「アンタ! 何してんのよ!見てたわよ! なに勝手に決闘なんか約束してんのよ!」 人垣を掻き分け、ルイズが龍麻の前に立つ。 「別に。単に、互いに持つ見解や良識に責任の所在の相違だよ」 平然と返す龍麻に、ルイズはやれやれと肩をすくめつつ、溜息をついてみせる。 「謝っちゃいなさいよ」 「どうしてだ?」 表情一つ変えず答える。 「怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかも知れないわ」 「両成敗なら兎も角、俺が一方的に諂らわなきゃならん道理は無いね。それ以上に…此所で 悪くも無い頭を下げて、自分は正しい、何でも思う通りになる等と、野郎の増長と勘違いを認める方が間違いだ」 「いいから」 と、ルイズは口調を強め、龍麻を見上げる。 「真っ平御免だ」 「わからずやね……。あのね、絶対に勝てないし、あんたは怪我するわ。いや、怪我で済んだら運がいいわよ!」 「そうかい。けど、考えるのと事実と結果は必ずしも、同じじゃないぞ」 「聞きなさい! メイジに平民は絶対に勝てないの!」 「絶対、ね。例えどんな異能を持とうと、使うのは人間だ。 自ずと隙や限界も生まれるって物だ。……で、ヴェストリの広場ってのはどこだ?」 「こっちだ。平民」 龍麻の声に、見張りに残ったらしい生徒が顎をしゃくる。 「ああもう! 本当に! 使い魔の癖に勝手な事ばっかりするんだから!」 ルイズの怒声を背後に聞きながら、龍麻は食堂を出た。 ――そんなゴタゴタが沸き起こる、その少し前……。 過日の『使い魔召喚儀式』の監督であった、コルベール教諭は多忙であった。 彼は、自身の教え子が召喚び出した、平民とおぼしき青年…厳密には、その左手に刻まれた 未見のルーンに興味を抱き、それに関する資料を求め、先人の知恵と記録が収められた学院内の図書館に 夜を徹して籠もっていたのだ。 ……膨大な書籍の山と向き合った末、彼は長らく手に取られる事の無かった一冊の古書を探り当て、 その内容と手にした件のルーンを書き留めた紙片とを照らし合わせた直後、 ある種の興奮と動転が入り交じった顔で、上司の元へと馳せ参じたのだった。 ――学院長室。 部屋の主にして、諸国に名を轟かせる偉大なる老メイジ…それが、オールド・オスマンである。 ……が、その威厳や存在感も何処へやら。彼の一日は申し訳程度の書類処理とそれに倍する居眠り、 そして秘書官たるミス・ロングビルへのセクハラで潰れるのが殆どであった。 この日とて例外では無く、自分の使い魔による覗きと直接に撫で回す…という狼藉の末に、 ミス・ロングビルからの容赦無い折檻…もとい、「実力行使」を受けていたその時に、 息せききって飛び込んで来たのが、コルベール教諭である。 「大変な事なぞ、ある物か。全ては小事じゃ」 …等と、一分前迄の醜態を細片も見せない余裕を漂わせ、興奮するコルベール教諭を迎えたオスマン学院長であったが、 コルベール教諭が持参した文献……『始祖ブリミルと使い魔達』の名と、その内容を聞くや傍らに立つ秘書に退室を促すと、 それ迄の色ボケ爺的な表情と雰囲気は影を潜め、冷静な知性と重厚な為人がそれに取って変わる。 「……詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」 ―――ヴェストリの広場。 それは、学院内に聳え立つ『風』と『火』の塔の間にある広場の名称である。 本来、西向きで人が足を向ける事の少ない閑散とした場所だったが、この日ばかりは 予期せぬイベントの会場となった事から、黒山の人だかりであった。 「諸君! 決闘だ!」 薔薇の造花を手に、ギーシュは高々と声を張り上げると、無責任な喝采やら歓声が乱れ飛ぶ。 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」 場の喧騒と興奮は、もう一方の当事者…龍麻の到着で更に高まる。 誰一人、互角の闘争になるなどとは思ってはおらず、場の興味と関心は一つしか無い……。 ――即ち。生意気な平民が散々に叩きのめされた末、慈悲を乞い縋る醜態を見る為に集まったと断言していい。 手を上げ、笑みを振り撒き、観客に応えていたギーシュが、初めて龍麻を見る。 「取り敢えず、逃げずに来た事だけは、褒めてやろうじゃないか」 「もう少し、気の利いた事を言ってくれ。正直、その台詞は聞き飽きてんだ」 歌うかのような口調のギーシュの挑発に、龍麻もやり返す。 「ふん……。では、始めようか」 「その前に確認するが。ルールはあるんだろうな?」 「勿論さ。君が前非を悔い、僕に詫びるか、あるいはどちらかが動けなくなるか…。 そして、僕がこの薔薇を地に落とすか……。だよ」 余裕の笑みを浮かべて言い放つギーシュ。 「そうかい。判りやすくて助かるよ。…手加減は下手だからな」 龍麻も又、ゆっくりと構えを取る。 もう何百、何千回と繰り返した挙動。己が血肉となった、その《力》を呼び醒ます。 ――奇しくも状況は、六年前の春に似ていた。 あの、忘れられぬ一年を過ごした学校への転校初日。ならず者達に絡まれ、人気の少ない 体育館裏に連れ込まれて、立ち回りを演じた事を思い出し、龍麻は内心苦笑する。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」 ギーシュが手にした薔薇の花を振ると、舞い飛んだ一枚の花弁が 一瞬にして形とサイズを変え、ヒトの形を取るとギーシュと龍麻の間に立った。 ――それは鈍色に輝く肌を持つ、甲冑を纏った女性を象った彫像。 「こいつは……式神か!?」 初めて目にする眼前の“それ”に、龍麻は過去の経験と知識から最も近いと思われる物を当て嵌める。 。 「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。 従って青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう」――それが、開戦の号砲となった。 構えを崩さぬまま、相手との間合いを慎重に推し量る龍麻に、戦乙女の名を与えられた戦士が襲い掛かる――。 それとほぼ、同時刻。 「…始祖ブリミルが使い魔『ガンダールヴ』に行き着いた、という訳じゃな?」 学院長室にて、コルベール教諭の説明を受けたオスマン学院長は、例のルーンが書かれた紙と文献を交互に眺める。 「そうです! あの青年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれたモノと全く同じであります!」 「で、君の結論は?」 「あの青年はガンダールヴです! これが大事でなくて、なんなんですか! オールド・オスマン!」 口角唾を飛ばして力説するコルベール教諭に同調せず、オスマン学院長は腕を組み、思慮深げに息を吐く。 「確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じという事は、只の平民だったその青年は、『ガンダールヴ』になった……。 と、いう事になるんじゃろうな」 「どうしましょう」 「始祖ブリミルの記録を疑う訳ではないが……。如何にルーンが同じだといえど、 そう決め付けるのはちと、早計に過ぎはせんかね?」 「それも…そうですな」 教師二人の会話が途切れたその時、足音に続きドアがノックされる。 「誰じゃ?」 扉越しに、先程退室した秘書官の声が届く。 「私です。オールド・オスマン」 「なんじゃ?」 「ヴェストリの広場にて、生徒による決闘が行われ、大きな騒ぎになっています。 止めに入った教師もいましたが、生徒達に邪魔されて、止められずにいます」 澱み無い報告を聞き、オスマン学院長はうんざり顔で頭を振る。 「……全く。暇を持て余した貴族程、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるのだね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「ああ、グラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪を掛けて女好きと来た。 大方、女の子の取り合いじゃろうて。相手は誰じゃ?」 「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の青年です」 想像外、しかも先程迄話し込んでいた人物の名が出た事に、両者は期せずして困惑と驚きの表情を互いの顔に見出だす。 「教師達は、決闘を止める為に『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが」 それを聞いたオスマン学院長は、片方の眉を跳ね上げると憮然たる声を出す。 「アホか。たかが喧嘩一つ止めるのに、秘宝を持ち出す者がおるかね。放っておきなさい。 …まあ、結果如何によっては、当事者への処分も考えるがのう」 「わかりました」 秘書官の足音と気配が去ったのを確かめ、コルベールは上司に向き直る。 「オールド・オスマン」 「うむ」 頷くが早いが、呪の詠唱と杖が振られる。 壁に掛けられた大鏡が輝きを放つと、そこにヴェストリ広場の現況が映し出された。 前ページ次ページゼロの使い魔人
https://w.atwiki.jp/fullgenre/pages/337.html
下記サイトで視聴可能 youtube ttp //www.youtube.com/watch?v=7oytt1Z5N_I
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/882.html
未だに失神しているフーケを馬車の最後尾に乗せる。勿論彼女の杖はヘシ 折ってあった。彼女の足はギアッチョが未だに凍らせてあるが、そのくるぶし から下は見るも無残に砕けている。この有様では国中のスクウェアメイジが 集っても再生は不可能だろう。その惨状にルイズ達は少しフーケを哀れに 思ったが、彼女の所業を思い出してその感情を打ち消した。フーケは、今 キュルケが抱えているこの破壊の杖の使用法を知る為だけに自分達を おびき寄せ、そして使い方など知らないと解るや否や皆殺しにしようとした のである。おまけにその後も使用方法がわかるまでおびき出して皆殺しを 繰り返そうとしていたのだから、正に悪逆無道もここに極まれりといった ところだろう。その上、本来ならギアッチョは容赦なく彼女を全身凍結し あっさり粉砕していたはずだ。オールド・オスマンから生け捕りを指示されて いたからこそ、フーケは今生きていられるのである。両足の粉砕だけで 済んだのは、むしろ僥倖というべきであろう。――もっとも、どう考えても 彼女に死刑以外の判決が下されることはないだろうが。 そういえば、とタバサとキュルケに続いて馬車に乗り込んだルイズは 思った。先ほどギアッチョが珍しく驚いたような感情を露にして破壊の杖を 見ていた気がする。あの驚きようからすると、ひょっとして破壊の杖は 彼の世界の武器なのだろうか。そう思いながらまだ馬車の外にいる ギアッチョを見ると、彼はギーシュに声をかけているところだった。 「おい、ギーシュ」 後ろからギアッチョに呼ばれてギーシュは振り返った。 「なんだい・・・って 僕の名前・・・?」 感じた違和感の正体を口に出して、彼はギアッチョを見る。 「てめーもよォォ 助かったぜ ・・・そしてよくやった」 「・・・よくやった?僕が?」 面と向かって言われているにも関わらず、あのギアッチョが本当に自分に 言っているのか信じられずにギーシュはオウム返しに尋ねた。馬車の上で それを見ていたルイズ達は、思わず身を乗り出して話を聞いている。 「てめーのおかげでシルフィードに気付き・・・そしてあそこを突破できた」 ギアッチョはそう言ってギーシュを見据える。 「てめーの「覚悟」に敬意を表するぜ ギーシュ・ド・グラモン」 ギーシュはしばし呆然としたような表情でその言葉を噛み締めていたが、 やがてスッと姿勢を正すときびすを返して馬車に乗り込むギアッチョの 背中に向けて言葉を返した。 「ギアッチョ・・・君のおかげで僕は今ここにいる 君の全ての行動、 全ての言葉に僕は心から感謝を捧げよう!」 ギアッチョは何も答えなかったが、それでよかった。ギーシュは心の中で 彼にただ敬礼していた。 今度はちゃんと自分の横に座るギアッチョに気付いて、思わず顔が緩み かけたルイズは慌てて下を向いた。が、ルイズはそれと同時にしなければ ならないことも思い出していた。 ちらりと前に眼を遣る。ルイズの対面に座ったのはギーシュだった。 ルイズは口を開くが、言葉が出てこない。自分の為に命を賭けてくれた 彼らに謝らなければいけない、そして礼を言わなければならないのに。 自分のこんな性格を、彼らは理解しているだろう。だけどそれは逃避の 理由にはならないはずだ。拳を血が出そうなほど握り締めて、ルイズが 口を開こうと―― 「礼ならいらないよ」 その言葉に、ルイズは顔を上げてギーシュを見る。 「この世のあらゆる女性を守ることが僕の使命なのさ 僕はその使命を 果たしただけ 礼も謝罪もいらないのだよ」 その相変わらずキザったらしいセリフを受けて、デルフリンガーが言葉を 継いだ。 「俺もいらねーぜ そこの坊ちゃんじゃねーが俺も同じよ 誓いを果たした だけなのさ」 ギアッチョはギーシュとデルフリンガーを交互に見ると、やれやれと言った 顔で最後を締める。 「使い魔の仕事は主人の剣となり盾となることらしいからな・・・オレは 職務を忠実に遂行しただけってわけだ」 その言葉にギーシュがニヤッと笑い、喋る魔剣は陽気に笑った。ギアッチョは そのままルイズへ首を向けて言う。 「そういうわけだ・・・ おめーは黙ってその情けない顔を何とかしな」 そう言われて、ルイズは自分がまた泣き出しそうな顔をしていたことに気付き、 「・・・・・・うん・・・」 彼らへの無数の感謝を心に仕舞い、ルイズはまた顔を下げた。 キュルケはそんな彼らを少し羨ましげに見つめていたが、ふとあることに 思い当たって声を上げた。 「・・・そういえば、皆乗ってるけど誰が運転するのかしら?」 その声に皆が顔を見合わせる。一般的に、御者というのは平民の仕事である。 馬を駆ることはあっても、馬車の運転となればそれはまた違った技術が 必要になるのだった。馬に乗ったことすら数えるほどしかないギアッチョなどは 更に論外である。馬車を捨ててシルフィードに乗るしかないだろうか、と皆が 思案していた時、 「ならばその役目、僕が引き受けようじゃないか」 ギーシュが御者に名乗りを上げた。 「なぁに、こう見えても僕はグラモン家の男、馬車の御し方ぐらい多少の心得が あるのさ」 出来るんだろうなという皆の視線に余裕の表情で答えると、ギーシュは手綱を 握った。 そういうわけで今、一行を乗せた馬車は一路トリステイン魔法学院へと 向かっている。なるほど、ギーシュは確かに馬の御し方に「多少の」心得が あるようだった。あっちへふらふらこっちへふらふら、そのうち路傍の木に ぶつかるのではないかというぐらいテクニカルな運転をしてくれる。 一度などは横転しそうなほどに車体が傾き、「いい加減にしろマンモーニッ!」 とギアッチョに怒鳴られていた。呼び名が戻ってすこぶる落ち込んでいる 様子のギーシュに哀れむような視線を送ってから、キュルケは聞きたかった ことを尋ねることにした。 「・・・ねぇギアッチョ あなたって一体何者なの?」 「ああ?」 「あなたがただの平民じゃないなんてことは誰が見ても解るわ あなたの魔法は どう見ても私達のそれとは違うし・・・あなたはたまにまるで貴族なんてものが いない場所から来たかのような振る舞いをするもの 一体あなたは何者?そして 一体どこからやって来たの?」 キュルケはギアッチョを見つめる。ギーシュは聞き耳を立て、タバサも本を 閉じて彼を注視していた。 「生徒達の間で あなたがなんて呼ばれてるか知ってる?」 「・・・しらねーな」 ギアッチョの両目を覗き込んだまま、キュルケは続けた。 「『魔人』だそうよ」 「なるほどな」とギアッチョは薄く笑う。 「得体の知れない魔法を使う異端者は、貴族でも平民でもないってわけか」 ルイズは周りを見渡す。キュルケ達の眼は、依然一瞬たりとも外れること なくギアッチョに注がれていた。ルイズは最後に隣のギアッチョに顔を向け、 彼が深く黙考していることに気付いた。 ギーシュと決闘をした時、ギアッチョはキュルケに確かにこう言った。「オレが 何者なのか話してやってもいい」と。しかしそれはあくまでさっさと方法を 見つけてイタリアに帰るつもりだったからである。リゾットがどうなったか・・・ 恐らく既に決着がついている今、そしてギアッチョ自身の心が変化を始め、 彼とその周囲との関係が変わって来た今、簡単に自分の正体をバラしても いいものだろうか、と彼は考えている。ルイズは彼に、不穏分子は粛清される 可能性があると言った。キュルケ、タバサ、そしてギーシュ・・・ギアッチョは 彼らと幾度か行動を重ねて理解していた。こいつらはきっと、いつでもルイズの 味方になってくれるだろうと。しかし情報というものはどこから漏れるか解らない。 万一自分の身に何か起これば、自分に依存してしまっているルイズはきっと打ち のめされるだろう。そこまで考えて、ギアッチョは知らず知らずのうちにルイズの 心配をしていた自分に気付いた。バカかオレは、と彼は心中で毒づいたが―― 「・・・今度 話してやる」 結局どうしていいものか判断のつかないまま、彼は答えを先延ばしにした。 キュルケ達は、しかしそれでも満足していた。「今度」話してくれるというのだ。 「今度」、たった二文字の言葉だが・・・そこには様々な意味が込められて いる。今は話せないが、自分達はそれを話すに足る人物だと。いずれ話せる 時が来るまで待っていろと。彼女達は、それで満足だった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1270.html
「嘘・・・どうしてフーケが!?」 岩石を切り抜いて作られたラ・ロシェールそのものを素材にして錬金された 巨大ゴーレム。突如出現したそれの肩に長い緑髪をなびかせて座っている女は、 忘れもしない土くれのフーケだった。自分の言葉を中断されて少し助かったと 思ってしまい、ルイズはぶんぶんと首を振る。フーケは端正な顔を不機嫌に 歪めてルイズに答えた。 「実に親切なお方がいらっしゃってねぇ わたしみたいな美人はもっと世の中に 貢献しなくちゃいけないっておっしゃってね 牢から出してくれたのよ」 皮肉たっぷりにそう言って、フーケはじろりと隣を睨む。彼女の刺すような視線の 先にいたのは、白い仮面をつけた黒マントの貴族の男だった。フーケの言動に 一切の反応を示さず、腕を組んで冷厳とルイズ達を見下ろしている。 「個人的にはあんた達なんかとは二度と関わりたくないんだけどね これも仕事よ、恨まないことね!」 言うが早いか、ゴーレムの柱を束ねたような腕が高速で振り下ろされた。いつの 間にか己の剣を握っていたギアッチョは、ルイズを小脇に抱えるとベランダの 手すりを踏み台にルーンの力で数メイルを飛び上がった。直後岩で出来た ベランダを粉々に破壊したその拳に見事に着地して、ギアッチョはピクリとも 動かない表情のまま口を開く。 「やっぱりよォォ~~ オレは戦うのが性に合ってるみてーだなァァ」 「ちょ、ちょっと!どどど、どこ触ってんのよこのバカ!離しなさいよ!」 小脇に抱えられたままルイズがじたばたと騒ぐ。 「どこ触ろうと同じだろーがてめーの身体は 黙ってねーと舌噛むぞ」 「おなっ・・・!?」 ルイズの頭にガーンという音が響き渡った。心に深いダメージを負ったルイズの ことなどつゆ知らず、ギアッチョは戦闘態勢に入った眼でフーケ達を睨む。 足場にしている拳に振り落とされる前に、「ガンダールヴ」の脚力で一瞬のうちに 肩へと駆け上がる。デルフリンガーを持つ方向に身体をひねり二人まとめて 横薙ぎにブッた切るつもりだったが、 「チィッ!」 仮面の男が一瞬の機転でフーケの首根っこを掴んで後方へ落下した為、 デルフリンガーは虚しく宙を切った。ギアッチョは特にイラだった顔も見せずに 地面を覗き込む。レビテーションをかけたのか、男とフーケは無事に地上に 降り立っていた。フーケと結託しているのなら、仮面の男とその仲間には当然 ホワイト・アルバムのことは知られているだろう。もはや隠す必要もないと考えて ギアッチョはゴーレムを凍結しようとするが――下のほうから聞こえてきた怒声や 物音がそれを中断させた。 「どうやら・・・あいつらも襲われてるみてーだな」 放っておくべきか一瞬迷ったが、酒を飲んでいるならマトモに戦えていないかも 知れないと考え、ギアッチョは助けに行くことを選択した。もはや抵抗もしない ルイズを小脇にかかえたまま、見るも無残に破壊されたベランダから部屋に 飛び込み、扉を蹴破って廊下を走り、手すりを乗り越えて階段を飛び降りる。 果たしてギーシュ達は、全員無事に揃っていた。もっとも、テーブルを盾にして いる彼らの頭上では無数の矢が飛び交っていたが。 ギーシュ達と共にワルドがいたのを見て、ギアッチョはピクリと眉を上げる。 背格好といいタイミングといいあの仮面の男がワルドだとギアッチョは殆ど確信 していたのだが、どうやら自分の推理は間違っていたらしい。考え込む彼に 気付いて、ギーシュが声を上げる。 「ギアッチョ!無事だったのかい!」 その声でキュルケ達は一斉にギアッチョを見た。ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、 ルイズを引っ張ってキュルケ達の後ろに身を伏せる。 ギアッチョはフーケがいることを伝えたが、どうやらその必要はなかったらしい。 戸口からは思いっきりゴーレムの足が覗いていた。「それはともかく」と前置きして、 キュルケは鬱オーラ全開で俯くルイズを見る。 「ルイズ、あなた大丈夫?」 「・・・・・・尊厳を汚された・・・」 「は?」 意味が分からずに怪訝な声を上げるキュルケだったが、「一年後に後悔しても 許してあげないんだから」だの「まだ変身を三回残してるのよ きっとそうよ」だのと 肩を震わせながらブツブツと呟いているルイズを見てなんとなく事情を察した。 とりあえずルイズは放置することに決めて、彼女はギアッチョに向き直る。 「どうするの?ギアッチョ」 言外に「魔法を使うのか」と尋ねるキュルケに、ギアッチョは思案顔で黙り込んだ。 しかしギアッチョが結論を下す前に、ワルドが口を開く。 「諸君、このような任務は半数が目的地に辿り着けば成功とされる」 周りの状況などおかまいなしに本を読んでいたタバサが、それを受けてワルドを 見る。ぱたりと本を閉じると、キュルケ、ギーシュ、そして自分を指差して「囮」と 呟いた。ワルドは重々しく頷いて後を引き継ぐ。 「彼女達が派手に暴れて敵を引きつける 僕らはその隙に、裏口から出て 桟橋へ向かう」 その言葉に、ルイズが弾かれたように顔を上げた。 「ダメよそんなの!フーケもいるのよ!?死んじゃったらどうするのよ!」 「いざとなれば逃げるわよ それにわたし、今ちょっと暴れたい気分なのよね」 キュルケは余裕の笑みでそう嘯く。それに追従してタバサが「問題ない」と言い、 ギーシュは相変わらずガタガタ震えていたが、「いいい行きたまえよ君達! ぼ、ぼぼ僕はフーケのゴーレムに勝った男だぜ!」 と誰が見ても明らかに分かる虚勢を張り上げてルイズ達を促した。 「行って」というタバサの声と、「行きなさい」というキュルケの声が重なる。 ルイズはそれでも二の足を踏んでいたが、 「別にルイズの為にやるわけじゃないんだからね 勘違いされちゃ困るわよ」 というキュルケの発破で、何とか行く決心がついたようだった。「わ、分かって るわよ!」とキュルケを睨むと、「おーおー、素晴らしきは友情だね」と笑う デルフリンガーに二人で蹴りを叩き込んで走って行った。それを追ってワルドも 裏口へ去って行く。去り際ルイズが小さく呟いた「ありがとう」という言葉に 意表を突かれて一瞬顔が赤くなったキュルケだったが、コホンと一つ咳をすると すぐいつもの顔に戻った。 「それで、今度はどんなお言葉を下さるのかしら?」 未だ動かないギアッチョに余裕の仕草で笑いかける。ギアッチョは溜息を一つ つくと、彼女達に向き直って口を開いた。 「このまま死なれちゃ寝覚めが悪いんで忠告しといてやる ・・・命を賭けてまで戦おうとするんじゃあねーぞ」 慈悲の欠片も見当たらないような表情で、しかしギアッチョはそう言った。 「無理を悟ったらとっとと逃げろ 桟橋とやらで追いつかれたところでどうせ オレが何とか出来るんだからな」 一見どうでもいいような口調でそう言って、ギアッチョはガシガシと頭を掻く。 そうならない為に今まで隠して来たんじゃないのか、等と言う気は誰にも なかった。一様に真剣な顔で頷く三人に一瞥を向けると、彼は無言で ルイズ達の後を追った。 音を立てずに駆け去るギアッチョの後姿を見送って、キュルケはふぅと 溜息をつく。 「全く、この主にしてこの使い魔ありって感じよねぇ」 やれやれといった風に笑うキュルケに、タバサはこくりと頷いて杖を握った。 大きな音を立てて自分の顔を叩いて、ギーシュは一つ気合を入れる。 「よ、よし!行こうじゃないか二人とも!」 「ええ、火傷しない程度にね」 二人して杖を抜き放ち、ニヤリと笑いあった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2900.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 …授業が行われる教室の構造は、大学の講義室と凡そ変わりない。 半分に切った擦り鉢の様な石作りの部屋に、階段状にしつらえられた机と椅子が並んでいる。 ルイズと共に龍麻が入室するや、あちこちで笑い声が上る。 笑い声の元を睨みつけつつ、ルイズは席の一つに着くが、龍麻は部屋の最後部の壁際…、部屋全体を見回す位置に立つ。 龍麻が見た限り、生徒連中は全員が大なり小なり、使い魔らしき生物を引き連れていた。 ――まあ猫や鴉、大蛇や梟とかはまだしも、例のキュルケが連れていた火トカゲに始まり、コンピューターRPGや 幻想小説にのみ存在し得た筈のクリーチャーが当たり前の様にいる光景には、それなりに 『経験値』を蓄えている龍麻といえど、感心や呆れとは無縁で居られなかった。 (よくもまあ…。此処は本気で何でもアリというか、とんだお化け屋敷だな……) 内心で呟いていると、扉が開き紫色のローブと同色の帽子を被った、教師と思しき中年の女性が現れた。 その際、真意は兎も角シュヴルーズと名乗ったその教師が放った一言が引き金で、 教室中の生徒連中が笑い出し、ルイズと近くにいた男生徒が口喧嘩を初めたが、 彼女は魔法で黙らせると授業に入る。 (…一体、何をやらかしたかは分からんが、俺を召喚び出した事も含めて、露骨に見下されているな、あいつは……) そのやり取りを見た龍麻は疑問を抱きつつも、手にした情報端末に素早く授業の内容を打ち込んでいく。 ――曰く、『火』『水』『土』『風』、そして喪われたとされる『虚無』という、五つに系統される魔法。 『土』の魔法だと、建築や鉱業、農業の殆どが魔法とその成果により、支えられている等……。 (成る程。別段『土』にとどまらず、「こっち」は科学に替わり、社会生活の何もかもが魔法とそれを扱う魔術師に 依存、って事か…。「向こう」とは比較する事自体が間違いだろうが、えらく歪な世界だな…) そうして、龍麻や生徒連中の前でシュヴルーズ教諭は『土』の魔法の基本という、『錬金』で いとも簡単そうに教卓の上に置かれた石を、金属へと変えてみせる。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは『スクウェア』クラスのメイジ だけです。私はただの…『トライアングル』ですから……』 キュルケとシュヴルーズ教諭の会話を聞きながら、龍麻は驚きを声に出していた。 「話の内容から、「有り」かもとは思ってたが、まさか真物の錬金術にお目に掛かれるとは…! あいつが見たら驚喜するだろうな、多分……」 『トライアングル』やら『スクウェア』の意味も含め、今夜にでも煩がられない程度に雇い主に質問してみるかと、龍麻が考えている所に。 「それでは、おさらいも兼ねて…ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょう」 「え? わたしですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 ――瞬間。 ざわ…ざわ……。 室内の雰囲気が変わった事を龍麻は気付かされ、その強張った空気の中、キュルケが口を開いた。 「先生。それは、止めといた方がいいと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 その発言に教室中の生徒が頷いてみせるが、シュヴルーズ教諭は取り合わず、 ルイズに『錬金』を使うよう促し、彼女も真剣な面持ちで教卓の前に立つ。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 杖を構え、呪文の詠唱に掛かるべく目を閉じ、精神を集中させるルイズ。 一方で、他の生徒連中は姿勢を低くして机の陰へと入ったり、耳を塞いで足早に後ろの席へと下がる…と、いった行動を取っている。 「――もしかしなくても、ヤバそうだな…」 流れと雰囲気から、事の剣呑さを感じた龍麻も用心の為、近くの机を盾にしつつ、ルイズの様子を見守る。 ――詠唱が終わり、杖を振り下ろした瞬間。 拳大の石ころの表面が一瞬輝き…轟然たる爆発を引き起こした。 教卓は爆砕し、至近にいたルイズらは爆風で吹き飛び、黒板に叩きつけられたり、床に這う。 部屋を満たす煙と破片。悪罵混じりの悲鳴に窓硝子の割れる音。更には部屋にいた使い魔達が好き勝手に暴れ出すわと、収拾が付かない有様である。 生徒達の学び舎は、さながら爆弾テロの現場も同様の惨状を呈していた。 「……。此処はボスニアの南か、北アイルランドやヨハネスブルグなのか…?」 唖然とする龍麻。一方で、 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 等と、一斉に上がる糾弾の声。 事の当事者たる二名…、床に倒れ伏したシュヴワーズ教諭を余所に、ルイズが立ち上がる。 外傷こそ無いが、髪や服に外套は所々が裂け汚れて、全身埃塗れに煤塗れ。 火事で焼け出された難民もかくやな格好である。 「――無事だったか。柔弱(やわ)そうで案外、タフな奴だな」 龍麻が呟く中、ルイズは顔や服の汚れを払いつつ、普段と変わらぬ声で言う。 「ちょっと失敗みたいね」 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功確率、殆どゼロじゃないかよ!」 「いい加減にしろよな! ほんとに!」 「反省がないぞ、反省が!!」 が、言い終わるが早いが、声量・数共に、数倍する生徒らのブーイングの前に掻き消される事になる。 (――成る程。『ゼロ』ってのはそう言う意味だったのか。しかし…この件の後始末は俺ら、なんだろうな……) ――程無くして、騒ぎを聞き付けて来た他の教師達により、シュヴワーズ教諭は医務室へと担ぎ込まれ、 他の生徒達には昼迄の自習が言い渡された。 そして、騒ぎの張本人たるルイズ本人には、ペナルティとして魔法を使わず(元々使えないが)に、部屋の後始末と修繕が命じられる事となる。 恨みがましい視線と罵声にイヤミを投げ付けながら、生徒連中と教師達が教室を後にすると、 残った二人…は荒れた室内を見回すと、それぞれの表情で溜め息をついたり、以後の段取りを立てたりする。 「…取り合えずは、だ。着替えて来たらどうだ? で、帰りにバケツに水を汲んで持って来てくれたら、その分早く終わるんだけどな」 ちら、とルイズの格好を見やって龍麻はそう声を掛けると、早速仕事に取り掛かる。 ――割れた硝子を掃き集め、元教卓な破片や壊れた机に椅子等と纏めて室外に出す。 暫くして、着替えを済まし戻って来たルイズが(以外にも)バケツを持って来てくれた事に礼を言うと、また次の作業に移る。 元来、龍麻は嫌な事から先に片付ける主義であり、本質的には勤勉を尊び、怠惰や手抜きを嫌う。 ルイズから場所を聞くと、倉庫から予備の机や教卓を運び入れ、所定の位置へと据え付けていく。 「…もう、わかったでしょ」 かたや、嫌々といった動きと表情で、机の汚れを拭くルイズがふと口を開いた。 「話は後だ。口より手を動かさないと、終わらないぞ」 「うるさいわね! 今だって、何にも考えてないような顔して、あんたも内心じゃわたしをバカにしてるんでしょう…!? ええ、そうよ。あんたが気にして、キュルケや他のクラスメイトが言った通り、わたしは魔法が使えない、成功しない、『ゼロ』のルイズよ!!」 突然の癇癪にも、手を止めず、振り向かずに応じる。 「勝手に決め付けるない」 「ふんだ! 口では何とだって言えるわよ!」 床か机を蹴り付けたらしき音と同時に、憎まれ口が飛んでくる。 「そう思うのは勝手だが…、大体、何を根拠に俺もそうだと、決め付けて掛かるんだ?」 言った所で水掛け論にしかならんと思いつつも、応じる。 「また、白々しい事を! いつも、誰も彼もそうだったわよ!! みんな、わたしのした事を見た後で、 白い目で見て笑うのよ! 貴族なのに、メイジなら誰でも出来る事、初歩のコモン・マジックさえ出来ない、半端者の『ゼロ』だって! わたしだって…、わたしだって好きで爆発させてる訳でも無いし、失敗したい訳じゃないわ…!!」 「なら尚の事、一緒にするな。失敗したといっても、まだ取返しが利かん事は無いだろ。捨て鉢に成るのはまだ早い。 俺はお前が何者だろうが、含む様な所は無いし、他人を下に見て、自分が優れてると思いたがってる輩なぞほっとけばいい」 そう言っても、まだ棘の有る視線が無形の針となってこちらに突き立てられるのを感じ、龍麻はルイズの方へと振り向く。 両者の身長差は30cm以上あるのだが、ルイズは両手を固く握り締め、 唇を一文字に引き絞った、険の有り過ぎる表情で睨み上げて来る。 「…何よ。言いたい事があるなら、言ってごらんなさいよ! 使い魔風情が何をさえずるか、聞いてあげようじゃない」 「俺は魔術師じゃ無いし、この世界の事はまるで分からん。だからお前の抱えた問題だって解決は元より、 助言一つ出来んが…経験上、これだけは断言出来る。《力》の有無で、人間の有り様や値打ちは決まりはしない、ってな」 ルイズの顔を真っ正面から見据え、言い切る。 「…『信じろ』なんぞと、図々しい事は言わない。俺は、原因や理由次第では失敗した奴に怒りはするが、 それを盾にして相手を一方的に謗り、辱める様な真似はしない。この一件にしても、怒る様な事では無いし 『ゼロ』だ何だの、俺には関係無い。お前が、俺の中の仁義や良心に背いたり、どう考えても間違った事を手を染めない限り、 此処にいる間はお前の手伝いと外敵が現れた時はそれを追い払うのが仕事だし、今はそれをこなすだけだ」 一息に吐き出した後、背を向けて掃除を再開する。 「…悪い。随分勝手というか只、一方的に言いたてただけだったな。聞き流してくれていい」 ――何の《力》を持たずとも、己の信じる所を貫き徹して、理不尽や現実に立ち向かった者がいた。 酷い逆境や業を抱え、あるいは自分の無力を嘆く事はあっても尚、『護りたい』と いう想いを一心に抱いて、前を見続けて歩く事を諦めなかった者も、男女問わずいた。 (いや、特別な《力》で無くたっていい。小さくとも他人からの吹聴や外圧を撥ね除けるだけの、 『何か』を自分自身の裡から見出だせりゃ、こいつも変わっていけるとは思うんだが…。こればっかりは、 他人がどうこう出来る訳でも無いしなあ…) 再び、床や壁の汚れを雑巾で拭き清めながら、龍麻は思案する。 「………」 龍麻からルイズの表情は窺えないし、黙り込んだままだが、それでも彼女が先程迄振り撒いていた癇気が僅かながらも、下がったのが感じられた。 …駄菓子菓子。会ったばかり、しかも第一印象とそこからのやり取りも加え、両者の関係は確認する迄も無く最悪に近い訳で。 そんな人間から何か言われた所で、古くは物心付いた頃からだろう鬱積した澱みや、激情等が抑まる筈も無く。 「…取り敢えず、あんたの言い分はわかったわ。随分と言いたい放題、無礼勝手な駄犬だけど、 ご主人様を立てるって事ぐらいは弁えているようね」 そんな、不機嫌さに満ちた声が背後から響いて来る。 「…で、何が言いたいんだお前?」 「簡単よ。残った場所の掃除、全部あんたがやりなさい。わたしの手伝いをするのが、あんたの仕事でしょ? 何か間違ってる?」 当然の様に言い放ち、雑巾を放り出すと、ルイズは出入り口へと足早に向かう。 「って、お前は何処へ行くんだ?」 「食堂よ。そろそろお昼の時間だし、午後からの授業の用意もあるもの。 …いい? わたしがいないからって、さぼるんじゃないわよ?」 等と、腰に手を当てながら念入りに釘を刺す。 「あっそ。行くならどうぞ。この程度なら、一人でも手は回るしな」 「ええ。そうさせて貰うわ。終わったら、知らせに来なさい。終わる迄、ご飯ぬきね」 (…言うと思った) 踵を返し、教室を出て行くルイズを見送ると、龍麻はバケツに汚れた雑巾を浸す。 そこから暫し、時は流れ……。 「ふう…」 昼を告げる鐘の音が室内に谺するのを聴きつつ、教室内を見回す龍麻。 床や壁、黒板に机迄もが輝く程に…とはいかないが、ルイズかやらかした爆発事故直前に近い状態にはなっていた。 「この待遇も、“積悪の報い”って奴かもなぁ……」 慨嘆を洩らしながら、掃除用具一式を元の場所に戻し終えて、龍麻は事の次第を報告すべく、教室を後にした。 前ページ次ページゼロの使い魔人
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2707.html
前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ ついに登場! 大人気ピチピチ猟奇SS 「ゼロの使い魔ももえサイズ」 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 トリステイン魔法学院の女生徒であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは威厳たっぷりに言ってみせたのだがこれが何十回目の事なのかは覚えていなかった。 しかし、始祖ブリミルは彼女を見捨てることはなかった。 「あーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」 上空で何かが光ったかと思うとルイズの元めがけて人が落ちてきたのだ。 「危ないっ!」 どしーんという大きな音がして周りには砂煙が舞っていた。 危険を感じたミスタ・コルベールはとっさのタックルでルイズはなんとか回避することができた。 「ふぅ………ここが私の通っている学校か。いつのまにか急に古風になっちゃって。」 彼女は肩にツメらしきものをつけて、紫色の装束に身を包み、 膝元には大きな鎖がつけられていて、足元には狂犬の首があった。 とにかく彼女がこの世界のものではないということだけは一目見てわかった。 「………あんた、誰?」 「私? 私の名前はももえ、死神ももえだよ。 あんたは?」 「変な名前ね……私はルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ところであなた何者なの?」 「いやー どうやらここに悪魔がいっぱいいるって聞いて来たのはいいんだけどさー」 そう言ってももえは大きなカマを取り出した。 「一体そいつはどこにいるのかなーって」 そしてそのままカマを振り回し始めた。 「あわわわわ!!!! あああああ、危ないでしょ! そんなもの振り回しちゃ。」 ももえがカマを振り回すごとに風がびゅんびゅん鳴って周りの生徒たちはそれに慄くばかりであった。 「まあこうやってあぶり出しでもすれば悪魔も出てくるんじゃないかなーってね。」 ???ものしり館??? ※あぶり出し 乾燥すると無色となる液体で文字や絵を紙などに書き、それに熱を加えてあぶることで成分に酸化などの化学変化をさせて見えなかった文字、絵を表示させるもの。 転じて、あるものの裏に隠れていた対象を、隠していたものから浮き上がらせるという比喩表現にも使われている。 ももえは一心不乱にカマを振り回し続ける。 「きゃああああーーーーー!!!!!!」 「うわーーーーーーー!!!!!!」 「皆静まりなさい! それとミス・ヴァリエール、いい加減に彼女を取り押さえなさい!」 その状況をぼーっと眺めていたルイズだったがコルベールの一言によって現実に帰ると、とりあえずももえを取り押さえることにした。 「モモエ! とにかくその危険なものを振り回すのはやめなさい!」 ルイズは彼女の腰をつかんだ。彼女の露出させた腰はとてもつかみ心地がよくてそのままトリップしてしまいそうな――― 「いたーーーー!!!!」 あぶり出された悪魔が姿を現した。ももえにしか見えないのかと思っていたがルイズの目にもはっきりと確認することができた。 「あれが……悪魔。」 それは真っ黒な色をした一つ目で少し毛のようなものが数本生えていて、とても気色悪いシロモノであった。 「たぁッ」 それを見たももえは躊躇することなく悪魔めがけてカマを横に振った。 最もその一瞬の間に悪魔は姿を消し、代わりに取り付かれていたサラマンダーが顔を出した瞬間――― ドシュッ サラマンダーの首が宙を舞った。そしてその首は地面に落ちることなくどこかへ行ってしまった。 「あ、あんたなんて事を…………」 ルイズはももえを指差しながら、体を震わせてサラマンダーの持ち主に必死にアピールしていた。 目線で「私はやってない。悪いのはこの女よ。」とアピールしていたのだが、 「大丈夫だった、フレイム?」 サラマンダーの使い魔の持ち主はももえに近づいて頭をなで始めたのだ。 『ももえのカマで斬られた者の存在はこの世から存在が抹消されてしまう。 そして存在保存の法則により、その存在はももえが肩代わりすることになるのだ!』 とりあえずももえはサラマンダーらしく持ち主である彼女めがけて火を噴いてみた。 「ごーっ」 その威力はすさまじく、彼女を黒焦げにさせた。 「あの………大丈夫かしら、キュルケ?」 ルイズがおそるおそる聞いてみるとキュルケは笑顔で 「ぜんぜん平気よ、むしろ涼しいぐらいだわ。」 と答えたのであった。 「ミス・ヴァリエール、早くこの彼女とコントラクト・サーヴァントの儀式の契約をしなさい。」 「ええっ!?」 きまりとはいえ、ルイズはかなり嫌な顔をした。武器を持っているとはいえこんな娘と契約を結ぶのはごめんだ。危険すぎる。 「ミスタ・コルベールやり直しを 「ごーっ」 フレイムの能力を使ったももえの火が彼女を襲った。ついでにももえは周りめがけて意味もなく火を噴き始めた。 後ろのほうで「何やってんだよ、キュルケ。自分の使い魔なんだからちゃんとしとけよ。」とか、 「ごめんごめん。この子、ちょっとやんちゃだから。」 とか言ってキャッキャウフフな世界が繰り広げられていたのだがルイズは無視することにした。 ルイズは自慢の髪が黒焦げにされて腹が立ったが、これ以上何かすると持っているカマで切られるかもしれないから何も言うことができなかった。 「やり直しは認められない。 もしこの召喚の儀式が不成功ならば君は留年だ。」 「ダブり!?」 その言葉にももえはいち早く反応した。明らかにルイズに留年を期待している視線を注いでいたがルイズはそれに屈することなく彼女を使い魔にすることで妥協することにした。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 ルイズはももえに唇を合わせてとっとと契約の儀式を終わらせた。 しばらくするとももえの体が光りだし、体に使い魔のルーンが刻まれた。 「ふむ………これは珍しいルーンだね。」 そう言ってコルベールはももえに刻まれたルーンを熱心にスケッチしていたが、ももえの頭の中ではせっかく自分に留年仲間が出来ると思っていた期待が外れたのとファーストキスを黒焦げでアフロになったままの女の子に奪われたショックでかなり落ち込んでいた。 「はぁ………」 ルイズの部屋に戻っても、ももえは体育坐りの姿勢で落ち込んだままだった。ルイズはそんな彼女をあの手この手で慰めなければならなかった。 「はぁ………」 「ったく、いい加減にしなさいよ! いつまでそうやって落ち込んでるのよ!」 数時間後、ルイズはとうとうキレてしまった。 そしてどうでもよくなってきて適当にその辺で寝かせてやろうと思っていたのだが――― 「サイズラッガー!」 突如立ち上がったももえはいきなり持っていたカマをブーメランのように投げつけた。 ???ものしり館??? ※サイズラッガー 死神ももえの必殺技。カマを回転させながら相手に投げつける事が出来る。 この世界でガンダールヴの能力を手に入れた彼女だが元々カマを120パーセント以上も活用しているのであまり意味は無い。 ルイズは思わずそれをよけた。そしてカマは窓を破ってそのまま地面へと向かい――― 「ギャッ」 生徒の誰かが真っ二つに切られたのだがルイズはそれが誰なのかわからなかった。 「あ、私ダブりじゃなくなってる。」 どうやら斬られた生徒は上級生だったようだ。その事実に気づいたももえは嬉しくなって思わず部屋の中で小躍りした。 ルイズは見知らぬ上級生に対して冥福を祈ったのであった。 「ところでなんで急に元気になったの?」 「いや、ちょっとむしゃくしゃしてたから。まーでも元の学年に戻ったからどうでもいいや。」 ルイズは始祖ブリミルが自らを見捨てたのではなく試練を課したのだということに気づいた。 こうしてルイズと使い魔だという事実をよくわかっていないももえの生活が始まったのである。 『ももえのカマで斬られた者の存在はももえが肩代わり 上級生を斬ったのでダブりであったももえは本来の学年に戻ります。』 ※おわり これまでのご愛読、ご支援ありがとうございました。 ※次回から始まる「ゼロの使い魔死神フレイム二年生ももえサイズ」に乞うご期待!!! 前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ
https://w.atwiki.jp/anews/pages/212.html
公式サイト→ゼロの使い魔~三美姫(プリンセッセ)の輪舞(ロンド)~ オフィシャルサイト 2008年7月 過去90日間に書かれた、三美姫の輪舞を含む全ての言語のブログ記事 このグラフをブログに貼ろう! ブログ記事 #blogsearch2 ニュース記事 gnewプラグインエラー「三美姫の輪舞」は見つからないか、接続エラーです。 書籍
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1409.html
「桟橋」の階段の先は、一本の巨大な枝に続いている。そこに吊り下げ られている船の甲板にワルドとルイズはいた。ギアッチョは左手に デルフリンガーを握ると、昇降の為に備えられているタラップに眼も くれずそのまま甲板に飛び降りる。着地の衝撃が身体を揺らすが、 「ガンダールヴ」の力はギアッチョにまるで痛みを感じさせなかった。 「便利なもんだな」と呟きながら剣を仕舞う。ワルドに視線を遣ると、 彼は遅いぞと言わんばかりの眼をこちらに向けていた。 「交渉は成功してるんだろーな」 「勿論」 ワルドは杖の先で羽根帽子のつばをついと押し上げ、舳先の方で 船員達に指示を出していた船長に声をかけた。 「船長、もう結構だ 出してくれたまえ」 船長は小ずるい笑みでワルドに一礼すると、船員達に向き直って怒鳴る。 「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」 がくんという衝撃と共に船が浮き上がる。ギアッチョは舷側に乗り出して、 興味深そうに地上を見下ろした。ルイズの話では、船体に内臓された 「風石」とやらの力で宙に浮かんでいるのだという。徐々に速度を増して 遠ざかってゆくラ・ロシェールの明かりを眺めて、ギアッチョはキュルケ達の ことを考えた。あの三人とシルフィードなら、引き際を誤らなければ死ぬ ことはないだろう。しかしそう思いつつも、意思に反して彼の心はどこか ざわついている。今日何度目かの舌打ちをして、ギアッチョは去り行く港の 灯りから眼を離した。ボスを裏切って7人散り散りに別れたあの日以来、 こんな気分になることはもうないと思っていた。 どうしてこんな気持ちになる?彼女達が死んだところで自分にどんな不都合が あるというのだろう。暗殺者という軛を外れた彼が否応なく人としての心を 取り戻しつつあることに、ギアッチョは気付けない。 「クソ・・・気分が悪ィ・・・」 自由な片腕で欄干にもたれたまま、ギアッチョは不機嫌な顔で眼を閉じた。 包帯と軟膏を持って、ルイズは少し釈然としない顔で船室から甲板へ戻って きた。怪我人がいるから譲って欲しいと船長に頼んだのだが、薬は高いし 船の上では補充も効かないと言われて二倍以上の金額で買わされたのだった。 しかしまぁそれも仕方ないかなとルイズは思う。身近な国で戦争が起こっている このご時世、平民からすれば少しでも金は欲しいのだろうし、包帯や薬は アルビオンに輸出されて品薄になっているのかも知れない。船長ならちゃんと 船員に金を分け与えるだろうし、貴族としてこのくらいの支出はしなければ。 等と素直に考えている辺り、ルイズはまだまだ純粋な少女であった。 欄干にもたれているギアッチョの元へ、ルイズは足早に歩いて行く。 マストの下で、ワルドと船長が何事か話していた。「攻囲されて・・・」だの 「苦戦中・・・」だのという言葉が聞こえてくる。やはり戦況は芳しくないようだ。 どうやら手紙の所持者、ウェールズ皇太子はまだ生きて戦い続けてはいる らしい。しかしアルビオンの王党派は、もはやいつ全滅してもおかしくない 瀬戸際にいるという。脳裏をよぎった最悪の可能性に首を振って、ルイズは ギアッチョの元へ逃げるように駆け出した。 「左手、出して」 「ああ?」 後ろからかけられた言葉に、ギアッチョは気だるげに振り向く。両手に 包帯と軟膏を抱えてルイズが立っていた。 「包帯巻くのよ」 「・・・オレをミイラ男にでもする気かてめーは」 ギアッチョはじろりと包帯を見る。どっさりと抱えられたそれは、彼女のか細い 両腕から今にも転がり落ちそうだ。 「う・・・あ、明日の分もいるでしょ!そ、それに交換もしなきゃいけないし・・・ あと、えーと・・・・・・ああもう!とにかく左手出しなさいよ!」 「そこに置いとけ 包帯ぐらいてめーで巻ける」 どうでもいいようにそう言って、ギアッチョは再び空に顔を戻した。 ルイズは少しムッとする。わざわざそんな言い方をしなくてもいいではないか。 「左手出しなさいってば!」 ルイズは意固地になって繰り返す。 「てめーで巻けるって言ってるだろーが」 「自分じゃ巻きにくいじゃない!巻いてあげるって言ってるんだから大人しく 聞きなさいよ!」 「いらねーってのが分からねーのかてめーは いいからそこに置け」 「あんたこそ出せって言うのが分からないの!?いいから出しなさい!」 絶対巻いてやるんだから!と躍起になるルイズと全く巻かせる気のない ギアッチョは、一進も一退もしない攻防を続ける。無表情で拒否を繰り返す ギアッチョにいい加減疲れてきたルイズは、はぁと溜息をついて尋ねた。 「もう・・・どうしてそんな意地になるのよ」 借りを作るのは面倒の元だ、と言おうとしてギアッチョはハッとする。 ここはそういう世界ではないのだ。そしてルイズはそんな人間ではない。 進んで手当てをしておいて貸しを作ったなどと、考えすらしないだろう。しかし。 「・・・な、何よ」 ギアッチョはじろりとルイズを見る。 彼にも矜持というものがある。大の男が年端もゆかぬ――しつこいようだが ギアッチョはそう思い込んでいる――少女に包帯を巻かれる等という状況は とても容認出来るものではなかった。そんなギアッチョの心境を感じ取ったのか どうなのか、 「分かったわ・・・じゃあこうしましょう あんたが包帯巻くのをわたしが手伝うわ」 ルイズはそう言って、まるで名案でも思いついたかのようにえっへんと残念な 胸を張った。その拍子に次々と包帯が甲板に落ちて、ルイズは慌ててそれを 拾い集める。そんなルイズを見下ろして、ギアッチョはしょーがねーなと考えた。 借りがどうだと言うのなら、そもそも命を助けられた時点でこれ以上ない借りを 作っているのだ。借りを返すということで我慢してやることにして、ギアッチョは あくまで投げやりに口を開いた。 「・・・勝手にしろ」 「――ッ!」 ギアッチョの左腕を捲り上げて、ルイズは息を呑んだ。仮面の男の雷撃に よって、ギアッチョの左腕は見るも無残に焼け爛れていた。 「ひどい・・・」 ルイズは思わず声を上げるが、 「この程度で騒ぐんじゃあねー」 ギアッチョはことも無げにそう言って、ルイズの腕の中の包帯と軟膏を一つ 無造作に掴み取った。それらをポケットに突っ込むと、ショックを受けている ルイズを放置して船室へと入って行く。船員に言って水を貰い、痛みをこらえて 傷口を洗い流し軟膏を塗りつける。それから包帯を取り上げると、右手と口で 器用にそれを巻いていく。半分ほど巻き終わったところで、 「ひ、一人で何やってんのよあんたはーーーっ!」 ようやく正気を取り戻したルイズが飛び込んで来た。 「も、もうこんなに巻いてるじゃない!わたしも手伝うって言ったでしょ!?」 「だから勝手にしろって言っただろーが 来なかったのはおめーの勝手だ」 しれっと言ってのけるギアッチョに、ルイズの肩がふるふると震える。これは キレたか?と思ったギアッチョだったが、 「・・・何よ 手当てぐらいさせなさいよ・・・」 ルイズの口から出てきたのは、実に弱弱しい言葉だった。少し眼を伏せた 格好で、ルイズは殆ど呟くような声で言う。 「・・・姫様に頼まれたのはわたしなのに、わたしだけが何も出来ないなんて 最低よ・・・ あんたもワルドも、キュルケ達まで戦ってるのにわたしは何も 出来ずに見てるだけなんて、こんなのメイジのやることじゃないわ・・・ 挙句にわたしを庇ってこんな大怪我までされて・・・せめて手当てぐらい しなきゃ、わたし・・・!」 ルイズの言葉は、彼女の悔しさと申し訳なさを如実に物語っていた。 ギアッチョは改めてルイズを見る。俯いて立ち尽くすルイズの拳は、痛い ほどに握り締められていた。 「主人を庇うのが使い魔の仕事なんだろーが」 包帯を巻く手を休めてギアッチョは言うが、その言葉はルイズの傷をえぐる だけだった。 「そうだけど・・・そうだけど違うもん 使い魔だけど、あんたは人間だもん ・・・何よ 何でも出来るからって、どれもこれも一人でやらないでよ・・・ 一つくらい、主人らしいことさせてよ・・・」 ここまで深刻に悩んでいるとは思わなかった。ギアッチョはがしがしと頭を掻く。 ルイズはこう見えて責任感が強い。何も出来ずただ守られているだけの自分を、 彼女は許せないのだろう。 「・・・てめーでやれることをすりゃあいいんだ 拗ねることじゃあねーだろ」 「・・・拗ねてなんかないもん 使い魔の前で拗ねる主人なんていないもん」 拗ねながら落ち込むという若干高度なテクニックを披露するルイズに軽い 頭痛を感じたが、しかし一方でギアッチョにはルイズの無力感が痛いほどよく 分かる。フーケ戦で己の無力を痛感したギアッチョに、今のルイズはどうしても 捨て置けなかった。 自分を誤魔化すようにはぁと溜息をつくと、彼は左手をルイズに突き出した。 「・・・片手でやるのはもう疲れた 後はおめーがやれ 一度やると言ったんだからな、嫌だと言っても巻いてもらうぜ」 その言葉に、ルイズの顔が一瞬ぱぁっと明るくなる。それに気付いてルイズは ぷいっと怒ったように顔を背けて答えた。 「い、言われなくたってやってあげるわよ!しょうがないけど、言ったことは やらなきゃダメだもの ご主人様が直々に手当てしてあげるんだから、 かか、感謝しなさいよね!」 誰が見ても照れ隠しと分かる顔で早口にそう言って、ルイズはギアッチョの 右手から包帯の端をひったくった。手持ち無沙汰になったギアッチョはフンと 鼻を鳴らして眼鏡を押し上げると、何をするでもなく黙り込んだ。 まるで白磁のような手で、ルイズは包帯を巻いてゆく。未だに燃えているかと 錯覚するほどに熱い腕を、その冷たい指で冷ましながら。 たどたどしい手つきではあるが、出来うる限り優しく丁寧に巻こうと苦心している ことが十二分に伝わってくる。良くも悪くも、真っ直ぐな少女だった。 一心不乱に包帯と戦っているルイズを見下ろして、ギアッチョはふと思う。 ペッシを見守るプロシュートは、こんな感じだったのだろうかと。もっとも、 ペッシとルイズの容姿には本当に同じ人間同士かというほどの差はあるのだが。 「おめーも物好きな野郎だな」などと冗談交じりに話していたことを思い出す。 しかしあいつの気持ちが、今なら少し――本当にほんの少しだが、分かるかも 知れない。そのうち地獄でプロシュートに会ったら、「オレもヤキが回ったもんだ」 と言ってやろうかとギアッチョは思う。しかし少なくとも、手紙を回収するまでは そっちには行けそうにない。ならば当面はプロシュートに学ぼうかと彼は考えて みた。あんな時こんな時、あいつはどう説教していただろうか、どうフォローして いただろうか。「何でオレはこんなことをバカみてーに考えてんだ」と心中毒づき ながらも、ギアッチョはプロシュートの偉大さを痛感した。ギアッチョが覚えている だけでも、プロシュートは結構な回数ペッシをブン殴っていた。にも関わらず、 ペッシはプロシュートを変わらず「兄貴」と慕っていたのである。 ――カリスマってヤツか? いや、それはリゾットだろうか。まあどの道、とギアッチョは結考える。どの道 自分にプロシュートのような真似は出来ない。特に額に額を当てる彼の得意技 など、ギアッチョがやれば恫喝にしか見えないだろう。 オレはオレで適当にやらせてもらうとしようと結論づけて、ギアッチョは己の 左腕に眼を落とす。包帯は既にその大部分を包んでいた。 ついでにプロシュートはこの状況ならどうするだろうかと考えてみる。 「『手当てした』なら使ってもいいッ!」と真顔で言うプロシュートが何故か思い 浮かんで、ギアッチョは思わず口の端がつり上がった。そんなギアッチョと偶然 眼が合って、彼の笑みをどう解釈したものか、ルイズは少し顔を赤らめて眼を 逸らした。