約 438,577 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1997.html
ジョジョとサイトの奇妙な冒険-1 ジョジョとサイトの奇妙な冒険-2
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/746.html
夕方になり、ワルドとギーシュが女神の杵に戻ってきた。 ギーシュは、あっちを見てこいこっちを見てこい等と、一日中こき使われたらしい。 「魔法衛士隊は、ばけものだ…」 酒場のテーブルでへばっていたギーシュが、そう呟いた。 「馬鹿ねえ、朝は『魔法衛士隊隊長のお供が出来るなんて幸せだ!』とか言ってたクセに」 「ううう…」 キュルケに言われても何の反論も出来ない、それを見たタバサは相変わらずパジャマ姿のまま読書していた。 しばらくしてから、ワルド、ロングビル、ルイズも酒場へ集まり、明日の予定が話し合われた。 今日ギーシュとワルドが交渉したおかげで、朝一番に出航する輸送船でアルビオンに行けることになった。 明日は朝が早いので、遅れたら置いていくと語るワルドに、ギーシュは今日何度目か分からない冷や汗を流した。 そろそろ部屋に戻ろうと、ワルドが立ち上がった時に、酒場の外からガヤガヤと声が聞こえてきた。 ラ・ロシェールの町は宿場町でもあるので、夜中でも人通りはある、しかし何か雰囲気がおかしい。 ワルドに続き、キュルケとタバサもそれに気づいた。 次の瞬間、扉が吹き飛ばされ、軽装鎧を着込んだ男がルイズ達に弓矢を向けた。 突然の事に驚いたのはルイズ達だけではない、この酒場には他の客もいるのだ。 慌てて逃げようとした客達は、弓矢におびえてカウンターの下に隠れている。 ラ・ロシェール中の傭兵が集まっているのではないかと思えるほどの傭兵を前にしては、キュルケ達でも分が悪かった。 テーブルを盾にして矢をしのぎ、魔法で応戦していたが、どうにも勝手が悪い。 傭兵たちは魔法の有効な範囲になかなか入ってこない。 メイジとの戦いに慣れているのか、キュルケ達が応戦しているうちに射程を見極められているようだった。 他の客たちはカウンターの下で震えているのが見える。 「参ったわね…」 ロングビルの言葉に皆がうなずく。 「いいか諸君、このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ成功とされる」 非常事態にもかかわらず本を読んでいたタバサは、ワルドの言葉を聞いて本を閉じた。 そして、ワルドとルイズとロングビルを指さした。 「桟橋」 そしてキュルケと自分とギーシュを指さし 「囮」 と呟く。 ワルドがタバサにタイミングを尋ねると、タバサは今すぐと答えた。 「聞いてのとおりだ。裏口に回る、行くぞ!」 ルイズははキュルケ達を見ると、キュルケはご自慢の赤髪をかきあげ、つまらなそうに唇を尖らせていた。 「危なくなったら逃げなさいよ!」 「何言ってんのよ、もう十分危ない目に遭ってるじゃない」 ルイズがキュルケを心配するが、キュルケは余裕の表情を崩さない。 タバサがルイズを見つめた。 「行って」 ギーシュも薔薇の形をした杖を手に持ちつつ、ルイズを見た。 「こ、これも姫様のため、そして友人のためさ!」 緊張か恐怖のあまり、微妙にろれつが回っていなかったが、そんな虚勢がルイズの心を解きほぐした。 「ねえ、ルイズ。勘違いしないでね?あんたのために囮になるんじゃないんだからね」 「わ、わかってるわよ、か帰ってきたら決着を付けるんだからね!」 ルイズはそう言ってから、キュルケたちにぺこりと頭を下げた。 そんなちぐはぐな態度がおかしくて、震えていたギーシュにも少し余裕が戻る。 ロングビは転がっていた椅子をバリケード状の金属板に練金し、ワルドとルイズを連れて裏口へ急いだ。 通用口から出る頃には、酒場から爆発音が聞こえてきた、陽動が始まったのだろう。 「……始まったみたいね」 先行するワルド、しんがりのロングビルに挟まれて、ルイズが言った。 裏口の方へルイズ達が向かったのを確かめると、キュルケはギーシュに厨房の油をもってくるように命令した。 「じゃあおっぱじめますわよ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋のことかい?」 「そうよ。それをあなたのゴーレムで取ってきてちょうだい」 「お安い御用だ」 ギーシュはテーブルの陰で杖を振りワルキューレを出す。 ワルキューレは矢を体にめり込ませながら厨房に走り、油の入った鍋を運び出した。 「ギーシュ、それを入り口に向かって投げて」 そう言いながらもキュルケは化粧を直している。 「こんなときに化粧するのか。きみは」 呆れ気味のギーシュがワルキューレを操り、油を酒場の入り口に向かって投げる。 「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ、しまらないじゃないの!」 まき散らされた油に向かって、キュルケは杖を振る、油は一気に引火して、酒場の入り口とその周辺に炎を振りまいた。 「花びら」 タバサが短く言うと、風の呪文を詠唱して床に風を起こす。 ギーシュは言われるままに、薔薇の形をした杖から花びらを放ち、風に舞わせた。 「練金」 タバサの指示にハッと気づいたギーシュは、花びらを油に練金する。 色気たっぷりの仕草で呪文を詠唱するキュルケが、再び杖を振るう。 タバサの風が花びらを巻き込み、花びらは油となる、そこにキュルケの放った火球が混ざり、地面を炎が覆い尽くした。 炎は酒場の外にいるる傭兵達にまでからみつき、つい先ほどまで統制のとれていた傭兵達は、一瞬で混乱状態に陥った。 ギーシュは驚いていた、キュルケとタバサの使った魔法はごく基本的な魔法だ。 しかし、火、油、風の三つが、酒場の外を覆う傭兵達を混乱させ、何割かを戦闘不能に陥いらせている。 ルイズは自分の失敗魔法をコントロールすることで、ギーシュとの決闘に勝った。 ギーシュは使い方次第で驚くべき効果を発揮する魔法と、それを効果的に操るキュルケとタバサに尊敬のまなざしを向けた。 そして、自分の無知を恥じつつ、ルイズの無事を案じていた。 その頃ルイズ達は桟橋へ向けて走っていた。 とある建物の間にある長い階段へと駆け込み、脇目もふらず駆け上る。 長い階段を上りきって丘の上に出ると、そこに生えた巨大な樹が四方八方に枝を伸ばしていた。 山ほどもある樹の枝に、船が吊されているのを見て、ロングビルは「急ぎましょう」とルイズに言う。 この樹は内側が空洞になっており、いくつかの階段があった。 ワルドが階段にかけられているプレートから目当てのものを探し、そこを駆け上がる。 途中の踊り場で、ルイズは後ろから近づいてくる何者かの気配に気づいた。 後ろを見ると、ロングビルの後ろに黒い影が近づいている。 ばっ、とロングビルとルイズの頭上を飛び越して、その影はルイズの前に立った。 「ヴァリエール嬢!」 ロングビルの声に反応したルイズが、後ろに飛ぶ。 男はルイズを捕まえようとしたが、ルイズが予想外の反応速度で跳んだのでからぶってしまう。 その隙にロングビルが仮面を付けた男の足下を練金し、足を鉄で拘束する。 「行きなさい!」 ロングビルが叫ぶ、ルイズは無言で頷き、仮面を付けた男の脇を走り抜けようとした。 男は杖を振り呪文を唱えたが、それより一瞬早くルイズの周囲に金属のドームが作られた。 仮面の男が持つ杖から電撃が放たれたが、ドーム状の金属に吸収されて、あっけなく霧散してしまった。 仮面の男は、ロングビルを見た、いや、仮面に隠されてはいるが、その目は明らかにロングビルを睨んでいるのだと分かる。 「土くれのフーケ…貴様、裏切ったか…やはり盗賊は盗賊だな」 「ふん、あんたが何者なのか知らないけどね、あたしは一匹狼が似合ってるのよ」 そう言いながらロングビルは男の周囲を練金し、男を土で包み込んだ。 「貴様!後悔することになるぞ」 「おあいにく様、狙われるのは慣れっこよ」 男は、ベキベキベキベキと嫌な音を立てながら、土の中に消えた。 「ふう…あたし、何やってんだろ」 そう呟くロングビル…いや、土くれのフーケの表情は、貴族をからかっていた時の笑顔とはまるで違う、和やかなものだった。 「まったくだな」 「!?」 ロングビルは、背後から突然聞こえた声に驚いた。 慌てて後ろを振り向くと、そこには今死んだはずの、男が杖を向けていた。 呪文を詠唱する間も無いと悟ったロングビルは、踊り場の窓を突き破って外に飛び出す。 フライの呪文で体勢を立て直そうとするが、仮面の男はそれよりも早く外に飛び出て、ロングビルに杖を向ける。 「『ライトニング・クラウド』!」 バチン、と男の周囲で空気が弾ける音が鳴り、次の瞬間、ロングビルの体を電撃が走っていた。 「ッあああァァあァアアあッ!」 電撃による衝撃で意識を失い、ロングビルは地面に落ちるかと思われたが、仮面の男はロングビルをゆっくりと地面に着地させた。 そして、ふと『女神の杵』の方を見る。 既に傭兵達を倒したであろう三人が、ロングビルの後を追ってくるのは想像に難くない。 仮面の男は、懐から掌に収まる程度の箱を取り出すと、うつぶせに倒れたロングビルと地面の間に挟み、短く練金の呪文を唱えた。 小さな箱から、カチリ、と不吉な音が鳴った。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-19]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-21]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/598.html
もしこの光景を第三者が見ていれば、余程間抜けな光景に見えただろう。 学院中の生徒が広場に集まった中、誰も言葉を発さずに何が起こったのかを全員が計りかねている、という状況を。 その中でも現状を生み出したジョセフ本人が一番計りかねているというのが、何よりもマヌケだった。 (い……今ありのままに起こった事を話すぜ! なんてモンじゃあないわいッ……もっと恐ろしい何かがこのわしに起こっておるッッッ) どこぞのフランス人のようなことを考えながらも、ハッタリを最大の武器としているジョセフである。いち早く正気を取り戻すと、歯を剥き出すほど笑い、握り締めた左手をギーシュに向かって見せ付ける。 「どうじゃッ! これがこのわしジョセフ・ジョースターの実力の片鱗というモンじゃッ! 降参するなら今のうちじゃぞお坊ちゃん!」 (いや違う違う、何言ってんじゃあわしぃ~~~~~シエスタを侮辱したあやつをブッチめるんじゃろうがッ気が動転してるからっていつも通りに振る舞ってどうするッッッ) 心の中で自分にツッコミを入れながらも、口から出てしまった言葉は取り消せない。 (頼むッ! ここでヘタれて参りましたとか言わんとってくれッ、そんな決着はお互いのためになりゃせんのじゃッ) ガッツポーズは取りながらも、内心冷や汗流し放題のジョセフだった。無論、そんな様子は億尾にも出さないのは流石と言うべきか。 薔薇を突き出したままのギーシュは、そっと俯いたかと思うと……肩を小刻みに震わせた。 「ふっ……」 「ふ?」 「ふざけるなッッッッこの平民がーーーーーッッッ」 ギーシュがブチ切れた。降伏勧告がいい方向に行ったのは喜ばしいが、ジョセフはジョセフで(あっちゃー、こりゃ本当にヤッベェかもしれんのう)と他人事のように考えていた。 「次のお前のセリフは『こんな侮辱をしておいて生きて帰れると思うな』じゃ」 それにしてもこのジジイノリノリである。 「こんな侮辱をしておいて生きて帰れると思うなッ……貴様ああああッッッ!!」 彼が怒りに任せて薔薇を振り下ろすと、今度は七枚の花びらが宙に舞い……七体のワルキューレが広場に現れた! しかも今度は、七体のワルキューレそれぞれが槍、斧、剣を持ち、片手にはシールドさえ構えている。先程までより格段に殺意の高い錬金に、観客達は大盛り上がりだ。 「おおっギーシュの奴本気出してきたぞ!」 「ワルキューレ七体同時とか大人気なくね? 二股バレたからってどうなんだアレ」 「こりゃあの平民死んだろ」 観客はジョセフ以上に他人事丸出しの無責任な言葉を並べ立てる。 しかしジョセフは、内心胸を撫で下ろしていた。 (二股か。あの年で二股なぞけしからんッ。ロクな大人にゃなりゃせんわいッ。 だがまぁ~~よしよし。流石にあのお坊ちゃんも、そこまでヘタレじゃなかったということじゃな。ちょうどいい、わしに一体何が起こっているのか確認させてもらうッ!) 両腕をボクシングスタイルに構えると、ワルキューレ達がどう来るのか様子を見る。 地面に散らばるワルキューレの残骸を目の当たりにした後では、流石にギーシュも慎重な陣形を引いてくる。 一体を自分の左前方に置き、ひとまずの守りを固める。前衛に四体横に並べ、中堅には二体を並べてジリジリと進軍させてくる。怒り狂っている割にはジョセフを侮ることをやめた、堅実な用兵をしてくる。 (ただのお坊ちゃまじゃないようじゃな。こうなると、いきなりお坊ちゃまに走り込んで殴り倒して終了ォッという甘い話にゃならんな) 数の上ではお坊ちゃん+ワルキューレ七体で合わせて八人、対するこちらは一人。 得体の知れない第三の力が手元にあるらしいが、それがどう使えるものなのか。 さっきの状況をもう一度頭に思い浮かべてみる。 (波紋を込めた左手でアッパーぶちこんだら、あのワルキューレが吹き飛びおった。敵に強度がなかったワケじゃない……今の状況で波紋ヌキとかは出来ん。では左手以外で攻撃を仕掛けたらどうなるか、じゃな) 確認すべき事柄を頭の中で反復すると、姿勢を低くして一番左のワルキューレに距離を詰める! 波紋を流しているとは言え、これほど身体を軽く感じるのは五十年ぶり……これまでのことを考えれば、まるで身体が羽根のようだ、とさえジョセフは思った。 「食らえぃッ! 波紋のビィィィィィトッッッ!!」 まず最初は頭数を減らすことも期待して、左ストレートをワルキューレのくびれた腰目掛け撃ち放つ! 鉄球を鉄骨の上に叩きつけたような凄まじい音を発したワルキューレは、陥没して引きちぎれた腰から上が地面に重々しく落ち、続いて残った下半身も膝から崩れ落ちた。 (左手はマグレじゃないということかッ) ワルキューレが使い物にならなくなったのを横目で確認して、すぐ隣のワルキューレの懐へ一気に飛び込んで距離を詰め……今度はワルキューレの脛に左のローキック! 続いて響くのは、鉄板に鉄槌を振り下ろしたような鈍く大きな音。 彼女の足はひしゃげるどころか引き千切れ、ぐらりと体勢を崩す。そのまま勢いに任せ、右フックを盾を構えた左腕目掛けて打ち込めば、盾を構えた腕どころか胴体にまで拳がめり込んだ。 ワルキューレのフォルムが大きく歪んだのを確認すると、カウンター気味に振り回された腕を左腕で受け止め、そのまま反発する波紋を流して4メイルほど背後へ飛びずさる。 僅かな時間で二体の金属人形をスクラップにしたジョセフは、自らの身体に起こっている異変にひたすら驚愕していた。 (い……一体、わしの身体に何が起こってるんじゃッ! これは明らかにわしの知らん力が働いておるッ……! だがDIOの血の効果じゃあないッ) まだそうだと判断するには早計かもしれないが、その可能性を否定する材料には乏しい。DIOの血が原因だとすれば、波紋を流し続けている自分にダメージが来ているはず。 今のジョセフの血は、波紋の影響で主人にダメージを与えるどころか、ダメージ自体ほぼなくなっている。それはつまり、DIOの血はおおよそ浄化されているということだ。その考えたくもない可能性を放棄出来ることに、ジョセフは安堵の吐息を漏らす。 しかしギーシュは素早く薔薇を振り、再びワルキューレの数を七に戻す。 前に残っている四体のワルキューレは、一気にスピードを上げてジョセフへ距離を詰めていく。 (そりゃそうじゃわな、数で押してりゃどうにかなるかもしれんからなッ。幾らブッ飛ばしてもお坊ちゃんがすーぐに七体に数戻しやがるのが厄介じゃわいッ) ジリ、と後ろずさるジョセフの踵に、先程破壊したワルキューレの残骸が当たる。拳大ほどの青銅塊は、武器としても十分に使えそうだ。 ジョセフは続いてテストを行うべく、素早く身を屈めると塊を両手に取り、左手の塊にだけ波紋を流す。 「これでも食らえぃッ!」 裂帛の叫びと共に、一番近いワルキューレの足元目掛け、波紋を流した青銅を投げ付ける。 その身体の振りを利用し、返す腕で波紋を流していない塊を二番目に近いワルキューレの足元へと投げ付ける! 本当は胴体目掛けて投げたかったが、流れ弾を観客にぶつけてしまうのは本意ではない。外れれば地面にめり込むコースを心がけて投げた。 ワルキューレは素早く避けようとしたが、その努力もむなしく二体とも足に青銅塊の直撃を受けた。酷く歪んだ足は自重を支えることが出来ず、そのままぐらりと地面へと崩れ落ちた。 (これもそうかッ……投げたモノでもあのデカブツをブッ壊せるッ! それも波紋のあるなしは関係ナシということじゃな。詳しい事はちっともわからんが、これって…… スター取ったファイヤーマリオ状態っつーことでいいんじゃろうなァ~~~ッ?) 力の意味はよく判らんがとにかく凄い力だ、とジョセフは判断した。 だがしかしだ。今しがた二つのワルキューレを再起不能にしたというのに、ギーシュは倒れたワルキューレに素早く見切りを付け、またも新しいワルキューレを錬金していた。 ギーシュのその顔に焦りはない。むしろ余裕を取り戻した笑みさえ浮かべていた。 (そうさッ……冷静に考えたら幾ら平民が強かろうが、じっくりとチェックメイトまで駒を動かし続ければいいんだ! 向こうはたった一人、僕はワルキューレ七体とメイジ一人……この勝負、勝てるッ!) チッ、と舌打ちがジョセフの口から小さく漏れた。 (質量保存の法則とか余裕無視じゃのー。向こうが魔力尽きるまで根競べするか? ……出来ればそれは避けたいッ。お坊ちゃんの顔を見るに……まだまだ余裕ですよッて顔しとる!) 得体の知れない力とは言え、いつどんな反動が来るかさえ理解できていない。そんな力に頼るのは出来うる限り避けたい。 だがこちらは一人、どれだけ早く動いたとしても一度の動作で二体壊すのが今の限界。 二体壊してもすぐに向こうは新しいのを用意してくるのだから、堂々巡りもいいところだ。 無理矢理接近してもいいが、向こうもまだ何を隠し持ってるかは判らない。かと言ってこのままではジリ貧になるのは目に見えている。 ならば取る手は! ジョセフは帽子を手に取ると、軽く頭を掻きむしり。そして帽子を被り直すとパンパンと手を叩き合せ、ニヤリと笑って言い放つ! 「こーゆー時は強行突破すんのが一番じゃよなァ~~~~~~!!?」 そう叫んだ瞬間、ジョセフはワルキューレの隙間を潜り抜けてギーシュへの速攻タッチダウンを狙う! 「そう簡単に行かせると思うなよッ!! ワルキューレッッッッ!!」 だがそれはギーシュにとって予想内の行動でしかない! そして何より、ギーシュの付近には召喚したてのワルキューレが多くいる。ギーシュへ辿り着く進路を巧みにブロックしながら、ジョセフの前に立ちふさがるワルキューレから必殺の速度を持って槍が突かれる! 「フンッッッ!!!」 しかしその一撃は、ジョセフが素早く突き出した左肘が、切っ先を受け止める! だが背後からは剣を大きく振りかぶったワルキューレが、ジョセフの脳天を打ち砕こうと大上段から振り下ろし…… 「チィッッ!!」 こちらは帽子に当たったところで、帽子に流れた波紋が剣の動きを封じ込めた! だがそれでジョセフの足は敢え無く止まってしまい、その隙を見逃さないワルキューレ達が一斉に武器を哀れな老人目掛けて打ち下ろしたッ! 「まっ……まだまだ、じゃああああ!!」 ジョセフは意地を見せる! 続いて振り下ろされる斧も剣も槍もメイスも、波紋を流した指や腕や肘で、辛くも全てを受け止めた。だがジョセフは、七体のワルキューレで象られた円陣の中央に封じ込められる結果となってしまった。 少しでも力を抜けばジョセフはワルキューレ達の武器に押し潰されるだろう。ワルキューレ達は各々の怪力と数に任せ、ジリジリとジョセフへの圧迫を強めていく。 それを見たギーシュが、自らの勝利を疑わない高らかな笑い声を上げた。 「は、はははははははッッ! 惨めな姿だな平民! まるで鳥篭の中のボロマリオネットじゃあないか!」 ジョセフが身動き取れなくなったのを見て、余裕たっぷりに近付いていくギーシュ。 ギーシュはマリオネットと言ったが、見る人間が見れば新しいジョジョ立ちとも称する事の 出来る……とどのつまり、ジョセフは人体構造にかなり無理を強いる体勢になっていた。 「やっ……やかましいわい!」 さしものジョセフも、七体のワルキューレを支え切るのがやっとらしい。 先程までの余裕の表情は何処へやら、歯を強く食いしばって辛うじてワルキューレを留めている、といった状態だった。 「ふはははははっ、全くお似合いの姿だよ! ああ、言い忘れていたが僕の能力は当然とも言えるかもしれないが『錬金』だけじゃない。僕自身にも攻撃手段があるということを先に言わせて貰おうッ! 僕の勝ちだッ平民ッッッ!!」 罠にかかった獲物を今から嬲り殺そうとするハンターの笑みを浮かべながら、薔薇をジョセフに向けたその時! 「ちょっ……ちょぉっと待ってくれんかのぉ?」 媚びているようなジョセフの笑みが、ギーシュに見えた。 「なんだどうした? あれだけ威勢のいいことを言っておきながら今頃命乞いか?」 「いやいや、命乞いだとはそんな。ここは一つ、お互いのために引き分け、ということにせんかと提案をな」 当然ギーシュはハン、と鼻で笑い飛ばした。 「引き分けェ? 僕が勝ったのに? どうして僕が君の言う事を聞かなければならないんだい?」 「どうしてもダメですかなァ~?」 「どうしてもダメだな」 「どうしても?」 ジョセフの笑みが消え、はっきりと唇が動いた。 「ならお前の負けじゃ。色男のお坊ちゃん」 ギーシュがその言葉の意味を吟味するよりも先に、ジョセフは瞬時に身を屈めたかと思うと――ジョセフのボディブローが、眼前のワルキューレの胴体を歪めて行く! 「この期に及んで悪足掻きをしてどうするッッッ」 未だワルキューレの輪の中心にいるジョセフを見下ろし、悠然と薔薇を振ってワルキューレ達を動かそうとしたギーシュは、やっと気付いた。 『ジョセフに止められていたはずのワルキューレ達の武器が、ジョセフはしゃがんでいるというのに微動だにしていなかったこと』と、『薔薇を振ったはずなのにワルキューレ達はジョセフに抑えられているかのように身動きが取れないこと』に。 「なっ……」 「どおおおおりゃああああああッッッッ」 何が起こっているのか理解し損ねたギーシュの眼前で、一体のワルキューレが吹き飛ばされ青銅の塊に成り下がった。 六体のワルキューレは、それでも動こうとするが全く動くことが出来ない。 目の前で起きていることが信じられず、何かに憑かれたように薔薇を振り回すギーシュの眼前に、ジョセフが立ちはだかった。 ギーシュの心に、これまで経験したことのない感情が沸き上がったのを、彼は知った。 「なっ……何をした!? 何をしたと言うんだァーーーーッッッ!!?」 「そんぐらい自分で考えんと成長できんぞとさっき言ったはずじゃよな、お貴族様のお坊ちゃま?」 ジョセフの左手が素早く動き、ギーシュの右手を薔薇ごと掴む。 振り解くことも、薔薇を落とすことさえも、異様な握力の手は許さなかった。 何故ワルキューレの動きが封じられたかを説明しようッ! ジョセフがワルキューレ達に突撃する前に『帽子を手に取ると、軽く頭を掻きむしり。そして帽子を被り直すとパンパンと手を叩き合せ』たことを思い出して欲しい。 ここの描写をもっと詳細に描写するとこうなる。 『ジョセフは自分の髪の毛を数本掌に取り、波紋を流した髪の毛を両手に用意した』が、正確な描写なのだッ! ジョセフはワルキューレ達を自らの身を囮として誘き寄せさせて、ワルキューレ達の攻撃をわざと受け止めたのだ。 その際振り下ろされた武器に波紋を流した髪を付着させ、隣にやって来たワルキューレにくっつけることにより、『ワルキューレ達を瞬間的に溶接』してしまったのだッッッ! そして一体だけ、「囲まれた後の脱出口を作る」ため、わざと溶接しないワルキューレを残す。 ジョセフはワルキューレを各個撃破してもギーシュが次々と作り出す事への対抗策として、『壊さずに動きを止め、ワルキューレ達が動かないことに動揺したギーシュに接近をかける』ことを選んだのだッ! だがジョセフは、ギーシュに手品の種明かしをすることはしない。 「さぁて……オシオキの時間じゃのォ~~~~~、色男のお坊ちゃんよォ~~~~~?」 今、自分が抱いている感情の名前は、恐怖なのだと。ギーシュの心の何処かが、答えを出した。 To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2273.html
その日の夜。 ルイズは悩んでいた。 風呂に行ってて部屋にいない使い魔のことで悩んでいた。 どのくらい悩んでいるかと言えば、ベッドの上であーうーと唸ったりごろごろ転がったり枕をかぶって足をジタバタさせるくらい悩んでいた。 ジョセフは有能だった。頭はよくて話し上手で強くて、波紋やハーミットパープルまで使える。使い魔としては申し分のない大当たりだった。欠点と言えば、父親よりも年上の老人で感覚の共有が出来ないくらい。 けれど有能なのも問題がある。 クラスメイトや平民の使用人から満遍無く好感を持たれているのもいいとしよう。見た目が不気味で他人から嫌悪されるよりは、笑顔を向けられる使い魔の方がいいに決まってる。 「……それにしたって限度があるわよ。最近、ジョセフに向けられる笑顔がイヤに増えてるわ。皇太子殿下や王女殿下から笑顔を向けられるのはいいのよ。それだけの働きを成し遂げられる使い魔だということだもの。 ただなんだ。ちょっと最近若い女からの笑顔がえらく増えてないかしら。 色ボケツェルプストーが色目を使うのは今に始まったことじゃあないわよ。だがだ。アルビオンから帰ってきてから色目の質が変わったのはどういうことよ。他の男どもにあんな情熱的な色目を向けていた記憶なんかないわよ。 あの黒髪のメイドもそうよ。あの決闘騒ぎでジョセフに助けてもらってからというもの、それこそ毎日擦り寄ってきてるわ……食事抜きの罰が全く効果ナシだったのも、あのメイドがいそいそと食事を運んできたからじゃない! モンモランシーだってそうよ。あのアホのギーシュとヨロシクやってるクセして、何かしら理由をつけてはジョセフに近付いて来てる様な気がするわ……。まさかギーシュからジョセフに乗り換えようとかそんなハレンチな企みがあるんじゃないでしょうね!?」 ぶつぶつぶつぶつと独り言が口から洩れていることすら気付いていない。ルイズの頭の中では洩れた思考の数倍のあらぬ考えが浮かんでは消えを繰り返していた。 どれくらいあらぬ考えかと言えば、常日頃ギーシュといちゃいちゃバカップルっぷりを見せびらかしているモンモランシーにさえ疑いの目を向けるくらいあらぬ考えだった。 「けど何が一番気に食わないって、ご主人様が側にいるのにあのジジイったらあーそりゃもう他の女が近寄って来たらデレデレ嬉しそうな顔して! アンタ孫もいる妻帯者だって言ってたんじゃないの! しかもなんだ。孫は17歳とか言ってたな。孫より年下のコドモの色香にメロメロか! どれだけ節操がないのよ! いい年してどんなに色ボケなのよ!? 首輪の綱をしっかり私が掴んでるからまだどうにかなってるけど、ちょっとでも手から離してしまったらどうなるかなんて考える前から腹立たしいわ!」 暴走したルイズの思考と、良く言えば若々しく率直に言えば子供っぽいジョセフの日頃の行いのハーモニーが、ルイズの思考を宜しくない方向へ加速させ続ける。 「――大体使い魔があんなにフラフラするかしら!? 他の使い魔はもっとほら、ご主人様好き好き好きーとかそういう感じじゃない!? なのにあのボケ犬ってば他の女にすーぐ鼻の下伸ばすのよ!?」 体の中から沸き上った激情に駆られたルイズは、両手で鷲掴みにした枕でシーツをぼふぼふぼふと乱打する。しばらくそうやっていれば当然腕が疲れるので、埃舞い散る枕をぽいと投げ捨てた。 「どういうことかしら、これは。由々しき問題だわ。 これは何が原因か。胸か。やはり胸なのか。いや待て、モンモランシーはそんなに大きくないわ。むしろ私と同じくらいだわ。胸じゃないのかしら。胸じゃないとしたら何が原因だというの。ちっとも判らないわ……」 答えの見えない思考の迷宮で彷徨うルイズの脳裏に、不意にアンリエッタの言葉が蘇った。 『――ああルイズ。ルイズ・フランソワーズ……忠誠には報いるところがなくてはならないのよ――』 その時ルイズに電流走る――! アンリエッタから与えられ、自分の指にはまっている水のルビーを見た。 アルビオンでの任務に当たった自分の忠誠に対して、こんな高価な宝物を頂いた。だが自分以上に奮闘したジョセフに対して、自分は何も与えていない。 王女殿下が臣下の忠誠に応えていると言うのに、その臣下が有能な使い魔に対して何も応えていないと言うのは、王女殿下の顔に泥を塗るような真似ではないだろうか。 「……でも、今のジョセフに何を報いたらいいのかしら」 食事は主人と同じもの。雑用もそんなに言い付けてはいないし、基本的に不自由な生活はさせていないはず。むしろジョセフが自分が待遇に関して不満を訴えたことがあるだろうか、と考えてみて、特になかったことに気が付いた。 『こんな可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ』とは言っていたが、それはそれこれはこれ。 「……ジョセフはどうにも隠し事をするタイプだから……言ってるコトが全部本当だと思うのは危険だわ……」 考えてみれば、ジョセフはちょくちょくルイズに対して嘘を言っていた。 召喚されたばかりの頃はボケ老人のフリをしていたし、アルビオンの時だって早々とワルドが裏切り者だと気付いていたのにそれを主人に告げたのは、ワルド本人が裏切りを宣言した後。 正体がバレた後もハーミットパープルを披露したのは少し時間が経ってからだった。 アルビオンの事だって、あれやこれや聞きたがるクラスメイト達を言葉巧みにはぐらかす弁舌を考えれば、果たしてジョセフはどこまで本当の事を言っていてどこまでが嘘なのか判断すらつかなくなってくる。 「あああああああ! なんで使い魔のことでこんなに悩まなくちゃいけないのよ!」 学園にいる多種多様なメイジの中で、使い魔との関係に悩むメイジはたった一人しかいないだろう。従って誰にも相談出来ない問題と言うのもルイズの焦りを加速させる。 そもそもジョースターの血統に連なる人間は危機的状況に陥った場合、親しい人間に自分の本心を隠す傾向がある。ジョセフの祖父ジョナサンも、父ジョージ二世も、母エリザベスも、娘ホリィも、孫の承太郎も、息子の仗助も。 何かしらの危機に際して立ち向かう時、危険に晒されるのは自分だけでいいと考え、親しい者には何も教えないまま……という傾向が強く見られる。 そんなジョースターの血統を色濃く受け継ぐジョセフも、魔法を持つルイズに対してはそれなりに本心を打ち明けている方だった。打ち明けている方なのだが、日頃の大嘘っぷりが信用を損なってしまうという……まあ言ってみれば自業自得と言うやつである。 「あああああ、私にもハーミットパープルさえあれば……! ジョセフの考えてることなんか全部つるっとまるっとお見通しなのに……!」 そしてまたベッドの上で仰向けになって足をじたばたさせる光景が繰り返された。 しかし、不意にルイズの足の動きがぴたりと止まる。足を止めたルイズの視線が、部屋の隅に広げられているボロ毛布に向けられていた。 (ああっ……! そうか、これよ、これだわ……!) 忠誠に報いるべき点が見つかった。 しかし本当にやっていいのかどうか。考えれば考えるほど危険なイメージが浮かばないこともない……が、その不安は指にはまったルビーを見ることで和らげる。 「……しっかりしなさい、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール……こ、これは……忠実な使い魔に対する御褒美なんだから……それ以上のことなんかないんだから……!」 はぁぁぁぁぁぁぁぁ、と波紋呼吸にも似た深呼吸をしながら、意を決してクローゼットに向かうとネグリジェを取ってベッドに戻る。そしてジョセフが戻ってこないうちに着替えてしまおうとボタンを外し、ブラウスを脱ごうと袖から腕を抜き始めたその時。 「帰ったぞー」 外でタイミング計ってたんじゃね? というくらい見事なタイミングでドアを開けて帰ってくる使い魔。 「ひ」 引き攣った悲鳴になりかけた音が口から洩れた次の瞬間、左手で素早く胸を隠し、右手で掴んだ枕を即座にジョセフ目掛けて投げ付けた。 「うお! 何すんじゃルイズ!」 「あ、あああああああんたレディの着替え中にノックもしないで入ってくるとかどういうことよ!?」 「いや待て、ちょっと前までわしに着替えさせてたじゃろ!」 「問答無用! いいって言うまで外に出てなさいよ!」 ルイズが杖を手に取ったのを見て慌てて部屋から出て行くジョセフ。 ジョセフはまたもどっぷり落ち込んで壁に凭れ掛かった。 ホリィがルイズと同じ年頃の時は、他の思春期の少女によく見られる、父親を嫌悪する様子はなかった。むしろベタベタと甘えてきたし、ジョセフもそれが当たり前だと思っていた。 十年振りに会った途端に義手の指を抜き取る、反抗期とか中二病とかそんなチャチなもんじゃないもっと恐ろしい孫は問題外として、世間並みと言える反抗期を初めて体験するジョセフには非常に辛い経験だった。 「わしが一体何かしたんか? 最近ルイズが冷たい……」 ジョセフとしては依然変わりなく小生意気で可愛い孫の世話をしているはずなのに、その孫が見せる反抗期っぷりにずっしり落ち込んでいた。 「……入ってもいいわよ」 躊躇いがちに聞こえたルイズの言葉があってから少々間を置いて、ジョセフは部屋に入る。ネグリジェ姿のルイズが、窓から差し込む月明かりに照らされていた。 ルイズはぷいと顔を背けながらも、部屋に入ったジョセフに向けてブラシを差し出す。 「……ほら、髪、梳きなさいよ」 着替えは見せないくせに髪は梳かせる不可解さにジョセフは首を傾げたが、それに言及するとまた怒鳴りそうなので、大人しくブラシを受け取って髪を梳いてやる。 艶やかな桃色のブロンドを梳き終わると、ルイズはベッドに横たわった。 机の上のランプに向かって杖を振ると、明かりが消える。持ち主の合図で付いたり消えたりする何という事はない魔法のランプだが、これでも随分と高価なものである。 窓から差し込む月明かりがほのかに部屋を照らす中、ジョセフはいつものように部屋の隅の毛布へ向かって歩いていく。 「――ねえ、ジョセフ」 髪を梳かせていた時から言うタイミングを逸し続けていたルイズだったが、喉の半ばで詰まっていた言葉をやっとの思いで吐き出した。 「どうした、ルイズ」 立ち止まって振り返るジョセフを見つめ、また喉につかえかけた言葉を懸命に続けた。 「い、いつまでも床ってのはあんまりだわ。だから、その、ベッドで寝ても……いいわ」 「は?」 思わずジョセフが聞き返した。 「か、勘違いしちゃダメよ! 床の上で寝てるのが可哀想だって思っただけなんだから! ヘ、ヘンなこととかしたら追い出すんだから!」 時折妙な行動を取りがちなルイズだが、今夜は一際奇妙だった。 相手のこれまでの行動や言動を把握して次に言うセリフの予言さえ簡単に出来てしまうジョセフでも、ルイズの次の言葉を予測するのは至難の業だった。 ベッドの端で毛布に包まって丸くなっているルイズの後頭部に向かって声をかける。 「いや、そりゃー床の上よりベッドの方がいいけどなァ。本当にいいんか?」 「いいって言ってるじゃない。何度も同じこと言わせないで」 こういう場合に遠慮しないジョセフは、それ以上は特に聞かずベッドに上がり込む。 枕が空いてるので遠慮なく頭を乗せ、ベッドが広々と空いてるので大の字に寝る。 「……寝てもいいって言ったけど。ご主人様より占有面積が多いってどういうことよ」 毛布からちょこりと頭を出し、我が物顔に寝転ぶジョセフを睨む。 「ああお構いなく」 「構うわよ! このベッドは誰のベッドだと思ってるのよ!?」 「それならそんな端っこで丸まってないでお前も遠慮なく手足を伸ばせばいいじゃろ。わしとお前の二人なら十分に大の字で乗れるぞ」 「……なら枕返しなさいよ」 「ん? んじゃこうすりゃいいんじゃないか」 ルイズが反応する間もなく、ジョセフの手がルイズを抱き抱えたかと思うとそのまま自分の横に引き寄せた。 「え?」 ルイズの頭が何かに乗せられた。普段使っている枕に比べて固くて高いが、頭の据わりはいい。 「え? え?」 頭を横に動かしてみる。 すると、ジョセフがすぐ真横にいる。 「え? え? え?」 ジョセフの腕がルイズの頭の下に、ルイズの頭がジョセフの腕の上に。 「え……えぇーっ!?」 つまり腕枕の形になっていた。 「あ、ああああああああああんたいいいいいいいいいいったいなななななななななにを」 今の自分がどんなことになっているか気付いたルイズは、間違いなく自分の顔から火が出ているとしか思えなかった。 「何って腕枕じゃが」 「いいいいいいいいいやそそそそそそそそそういうもんだいじゃああああ」 (昔はちい姉様によく添い寝してもらったけれど、それでも腕枕だなんて。それも、こんなおっきい男だなんて。いくら使い魔だからってここここここここれは) 「ふぁぁぁ」 思考が暴走しかけたルイズを引き止めたのは、暢気な欠伸だった。 ルイズに腕を貸したジョセフが早々と意識を手放そうとしているのを見て、これまでの躊躇いとか逡巡が全部無駄だったことに気付いた。 と言う訳でとりあえず。 「おふっ」 何のいわれもなく脇腹にチョップを入れられたジョセフが、ちょっと恨めしそうにルイズに視線を向けた。 「……何よ。せっかくご主人様が一緒のベッドで寝てもいいって言ってるのに特に感想もなく寝ようって言うのかしら」 「感想っつってもなー。いや、今までに比べたら随分と寝心地がいいがのォ」 「他にはないの」 「他? えーと、ご主人様の溢れる慈愛に感謝しとりますじゃとか」 「……まあいいわ」 ルイズは少しだけ口を尖らせたが、頭をもぞもぞと動かしてもっと落ち着きのある位置を模索した。 それからちょっとして、ちょうどいい角度を見つけたので本格的に頭をジョセフの腕に預けてしまう。 愛用の枕に慣れ親しんでいた感覚からすれば違和感はやはりあるが、それもそのうち慣れてしまうのだろう。 「……あふ」 ルイズの小さな欠伸が消えると、再び静寂が訪れる。 しかしジョセフは再び眠気を捕らえようとしているのに対し、ルイズは頭の中でぐるぐると益体もない思考を巡らせていた。 (……何よ。私だけが大騒ぎしてただけっていうこと? 馬鹿馬鹿しいわ) 最悪の場合、家族やアンリエッタ王女殿下にお詫びしなければならない事態も考えていた。けれどジョセフは、ルイズと同衾することは孫娘と一緒に寝ること以上でも以下でもないようだった。 (……そりゃそうよね。私は、孫よりも年下で……うん。ジョセフはお父様より年上だもの。そんなはしたないことになるワケがないじゃない。考えすぎだったのよ) けれど、それでも胸の奥をちくりと刺す様な痛みを無視できない。 それは本当に小さくて、無視しようと思えば簡単に無視できるけれど、ルイズはその痛みを無視したくなかった。 何故ならその痛みは、ルイズの中にある確かな痛みだったから。 「……ねえ、ジョセフ」 「んあ?」 少しまどろみかけていたジョセフのシャツの裾を、小さな手でちょっと握った。 「……眠るまで何かお話して」 「話か? んー、どんなのがいい」 「そうね……じゃあ、ジョセフのいた世界のおとぎ話なんか聞きたいわ」 「む、おとぎ話か。じゃあ、こんなのはどうかのう……」 昔、小さいホリィに話した記憶を思い出しながら、赤ずきんを話して聞かせる。 最初のうちは相槌も興味深げに打たれていたが、それも少しずつゆっくりとなり、少しずつあやふやになっていく。だがジョセフは、それでもおとぎ話を続けていく。 やがて安らかな寝息が立て始めたルイズは、ころり、とジョセフに向かって寝返りを打つと細い手を使い魔の胸に回した。 ジョセフは優しく目を細めると、ルイズの肩に毛布をかけてやった。 「……狼はお腹に詰め込まれた石が重くて、川で溺れてしまったんじゃ。猟師に助けられた赤ずきんとお婆さんは、三人でパンとワインをおいしく食べたそうな。めでたしめでたし……」 すう、すう、と規則的な寝息を立てるルイズを見て、ジョセフも今度こそはと目を閉じる。 やがて小さな寝息と、十分間途切れない寝息を重ねる二人を、ただ月明かりだけが照らしていた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1400.html
魔法学院の門を潜って現れた王女一行は、王家と名乗るに相応しい豪華絢爛な出で立ちだった。整列した生徒達は一斉に杖を掲げれば、杖の音が小気味良く重なった。 馬車には至る所に金と銀と白金の飾りがあしらわれ、その馬車を引く四頭の馬達もただの馬ではなく純白のユニコーンである。 その後ろをついて進むもう一台の馬車も、引く馬はユニコーンではなく常識的な馬ではあるものの、馬車は王女の馬車に負けず劣らず……いや、むしろ王女の馬車よりも立派であった。 後ろの馬車は先帝亡き今、トリステインの外交と内政を一手に担ってきたマザリーニ枢機卿の馬車である。国民には妬みの対象となっているため人気は無いが、しかして馬車の質が如実に現在のトリステインでの権勢を示すものとなっていた。 お飾りの女王と、実際に国を担う者。その差が現れているという事だ。 二台の馬車の四方を固める王室直属の近衛隊、魔法衛士隊は漆黒のマントを身にまとい、静々と王女の護衛を相務める。トリステインの誉れを凝縮したかのような一行は、トリステイン国民には貴族平民の別なく歓声の対象となるべき存在であった。 だがジョセフは、イギリスやアメリカにすら愛国心を持っていない。トリステインに至っては何を言わんや。しかしだからと言って自分の所属している国にいちいち食って掛かったりするほど子供でもないため、周囲に倣って突っ立っているだけだった。 正門を潜った先には本塔の玄関があり、そこに立って王女の一行を迎えるのは院長であるミスタ・オスマンであった。 馬車が止まると召使達が駆け寄り、馬車の扉まで紅いフェルトの絨毯を敷き詰めた。 (どの世界でも大体やるこたァ一緒なんじゃのォ) イギリス王室の行事にも幾度か参加したことのあるジョセフは、妙な所で感心していた。 呼び出しの衛士が緊張した顔と声で、王女の登場を告げた。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーーりーーーーーーーっ!」 しかしその呼び出しと生徒達の期待に反して、馬車の扉から出てきたのはマザリーニ枢機卿だった。露骨なブーイングこそ無いものの、肩透かしを食らった生徒達の鼻白んだ空気が周囲に蔓延した。 だが続いて馬車から降りてきた王女が、枢機卿に手を取られて姿を現すと、生徒達から挙がった歓声が一気にそれまでの空気を塗り替えていった。 アンリエッタ王女は当年とって17歳。清楚な気品を漂わせる顔立ちに薄いブルーの瞳、たおやかな雰囲気と、国民の人気を受けるに相応しい美貌を持つ美少女であった。 (ほほー。やっぱり王女様というのはどこの国でも美人じゃのー) 王家や貴族は美男美女を代々優先的に選り好み出来るから、えてして美貌に恵まれるものである。魔法学院の生徒達もおおよそは美男美女で構成されている。無論例外もあるが。 王女は薔薇のような微笑を生徒達に惜しげもなく振り撒くと、優雅に手を振った。 「あれがトリステインの王女? あれが王女なら私は間違いなく女王だわ」 美貌を誉めはやされる王女の姿を一瞥したキュルケは、つまらなさそうに眉を顰めた。 「ねーえ、ダーリンは王女と私、どっちがキレイだと思う?」 と、横に立っているジョセフの腕に自分の胸を押し付けながら妖艶に問い掛ける。 「んあ? そりゃどっちもキレイじゃよ」 「だーめ、そんな曖昧な答えじゃあ。ちゃんと答えてくれなくちゃ拗ねちゃうんだから」 普段ならこの辺りでルイズが怒鳴りつけてくるはずだが、珍しくルイズの反応は無かった。 首を傾げながらジョセフがルイズの方を見やると、彼女は随分と熱心に王女を見つめており、横にいるジョセフとキュルケのやり取りすら耳に入っていないようだった。 こうやって黙っていれば深窓の美少女という形容詞がよく似合うルイズである。女性の審美眼には厳しいジョセフからしても、上位ランクに格付けされる。高飛車で意地っ張りでワガママなところもあるが、それでもジョセフにとっては可愛らしい孫であることは間違いない。 そんなルイズの横顔を見ていると、不意に表情がはっとしたものに変わり、ゆっくりと頬が赤らんでいくのが判った。 ルイズの視線の先を見てみれば、一人の魔法衛士の姿が目に入る。 立派な羽帽子を被った凛々しいその貴族は、鷲の頭と翼を持つライオンに跨っている。ありゃグリフォンか、と、コミック好きのジョセフはその幻獣の名を思い出せた。 ルイズはどこか夢見るような視線で彼を見ているのが判れば、ジョセフはとてもとても不快な気分になった。 目に入れても痛くないほど可愛がっていた一人娘を取ったばかりか、地球の裏まで連れて行ったあのクソ忌々しい若造のことは今でも許していない。あのせいで日本人の男を心底嫌いになったのだから。ちなみに日本女性は小柄で可愛らしいので大歓迎だ。 横を見てみれば、ついさっきまで腕にしがみ付いていたキュルケも目をハート形にしてルイズと同じ羽根帽子の貴族を見つめていた。 あいつは敵だ。紛う事無き敵だ。ジョセフの脳裏では羽根帽子の貴族が仇敵フォルダにばっちりと収められた。カーズやDIOと同ランクである。 生徒達の騒ぎにも頓着せず、相も変わらず本を読んでいるタバサは、ふと顔を上げて、そんなジョセフの姿を見て……ちょっとだけ溜息をついて、また本の世界に戻った。 その日の夜。 食事も終えて後は寝るだけ、という頃合である。 結局昼間からルイズの様子はおかしくなりっぱなしだった。部屋に帰ってきてからと言うもの、ベッドの上に腰掛けているかと思えば不意に立ち上がって部屋の中をうろうろ歩き回ったりまたベッドに倒れこんで足をばたばたさせたり。 着替えもしていないので、マントも着けたままである。 熱病に浮かされたようなルイズの振る舞いに、ジョセフの機嫌は悪くなりっぱなしだった。 (あークソックソッ! ホリイもこうじゃったッ! あンの若造に騙されてた時はこんな感じじゃったッ! ああいうのは大抵ろくでもない男じゃと相場が決まっとるんじゃぞッ!) 心此処にあらずといったルイズと、憎悪にも似た怒りを纏ったジョセフ。 剣なのに肝の太いデルフリンガーですら、下手に言葉を端挟むのを躊躇われる空気だった。 (やべえやべえ。こんな修羅場な空気そう滅多にあるもんじゃねーぞ) 武器屋で買われてからそんなに時間が経ったわけではないが、これは非常事態だというのは馬鹿でも判る。ジョセフもルイズもこんなに普段と違う雰囲気を漂わせていては、軽口を叩いてもろくな結果になることは有り得まい。 デルフリンガーはそんじょそこらの調子乗りな少年ではないので、自分のウィットに富んだジョークで場の空気を変えようと試みるほどの、チャレンジブルとも向こう見ずとも言える勇気は持ち合わせていなかった。 (よし。俺は寝よう。次に目覚めたらきっと事態が好転してるに違いない。きっとそうだ) デルフリンガーは勇気ある撤退を決め、眠りについた。 それからしばらく、ルイズだけが落ち着き無く動き回っていたが、不意にノックの音が聞こえた。 「む?」 怒りに染まっていた思考が現実に引き戻される。 始めに長く二回、続けて短いノックが三回。そのノックを聞いたルイズの意識も現実に戻り、はっとした顔になる。 急いで立ち上がるとドアを開けた。 そこに立っていたのは黒いローブにフードをすっぽりと被った少女だった。 注意深く周囲を伺ってから素早く部屋の中に入ると、後ろ手でドアを閉めた。 「……あなたは?」 ルイズの誰何の声に、黒ずくめの少女は口元に指を立てて「静かに」とジェスチャーをすると、ローブの隙間から杖を取り出してルーンを唱えた。すると部屋に光の粉が舞う。 「ディテクトマジック?」 部屋に舞った光の粉を見たルイズの質問に、少女が頷く。 「どこに目や耳があるとも判ったものではありませんから」 部屋に何者かが覗き見したり盗み聞きしたりする魔法の目や耳が無いことを確認してから、彼女はフードを外した。 フードを外したのはアンリエッタ王女その人である。間近で見た王女の横顔の美しさと言ったら、今まで鬱屈していた怒りを思わずジョセフが手放すほどのものだった。 「姫殿下!」 と、思わずルイズが膝をついたのを見て、ジョセフも倣って膝をついた。 「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」 王女はたおやかな微笑と共にルイズの名を呼んだかと思うと、感極まった表情で膝をついたままのルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません、このような下賎な場所に来られるなどと……」 「ああルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい言葉遣いはやめてちょうだい、私達はお友達じゃないの! 私達はただのアンリエッタとただのルイズなのだわ、そうだと言って頂戴!」 王女のその言葉に、ルイズもまたアンリエッタを強く抱きしめ返した。 「ああ、なんて勿体無いお言葉! 姫殿下にそのようなお言葉を掛けてもらえるだなんて!」 普段の高飛車さは陰も見せないほどのかしこまった口調で受け答えするルイズと、超のつく美少女が二人固く抱きしめあう光景。 そう簡単には見れない光景を前にしたジョセフは、ひとまず(いやー、珍しいものが見れたわい。眼福眼福)と、今の光景を目に焼き付けることにした。 それからしばらく二人の思い出話に花が咲く。蝶を追って泥まみれになっただの菓子を取り合って掴み合いの喧嘩はしょっちゅうだのドレスを取り合って気絶するほどの蹴りがお腹に入っただの、美少女二人の十年前はなかなかバイオレンスだったらしい。 「ああ、おかしい。そうよルイズ、わたくしこんなにおなかが痛くなるほど笑ったのは一体いつぶりのことだったかしら。貴女が変わりなくわたくしのルイズでいてくれて本当に嬉しいわ」 「ええと。王女殿下とご主人様はどういう御関係なのかの」 毛布に座って所在無さげに二人のやり取りを眺めていたジョセフが、話の腰が折れたタイミングを見計らってルイズに聞いた。 「姫様が御幼少のみぎり、恐れ多くも遊び相手を務めさせていただいてたのよ」 ヴァリエールが公爵家だと言うのはジョセフは嫌と言うほど聞いていたので、すぐに合点する。公爵ともなれば王家からもかなり近い血筋であるため、同じ年頃のルイズがアンリエッタの遊び相手に選ばれたとしても何の不思議もない。 「でも感激です。姫様がそのような昔のことを覚えてくださっていただなんて……わたしのことなど、もうお忘れになっていてもおかしくないのに」 アンリエッタは、臣下の礼を弁えたルイズの言葉に溜息をつきつつもベッドに腰掛けた。 「忘れるわけないじゃない。子供の頃は毎日が楽しかったもの……何の悩みとも無関係で。出来ればあの何も分別のなかった頃に戻りたいわ」 深い憂いばかりで紡がれた言葉が、薔薇の色で彩られた唇から漏れた。 ジョセフは微妙に嫌な予感を感じ取った。高貴な者が友人とは言え臣下の部屋にただ旧交を暖めに来たのではないような気配が、ひしひしと感じられたのだ。 そしてジョセフの勘は非常に良く当たった。 そこからの話を要約すれば、アルビオンという国があるがそこでは貴族達が反乱を起こし、王室を今にも打倒しようとしている。 反乱軍が勝てば次に矛先を向けるのはトリステインであることは明白である。その為、ゲルマニアと同盟を結ぶ為の政略結婚としてアンリエッタがゲルマニアに嫁ぐことになった、と。 (ふうむ。妥当な話っつーところかのう。珍しいコトでもあるまい) 勉強嫌いのジョセフだが、歴史はエリナお祖母ちゃんから教わっているため非常に詳しい。どこの世界でも大体同じようなもんなんじゃのう、という感想がせいぜいである。本人が望んでいないのは口調と表情が嫌と言うほど主張しているのだが。 だが本題は此処からだった。 アルビオンの貴族達はこの結婚を妨げる為、血眼になってあるものを探しているという。 ジョセフはこんな話の流れになった時点で「ああ、これは致命的な何かがあるんじゃな」と察しが付いていた。だがルイズは、その答えを王女自身の口から聞かなければ信じられないとばかりに、顔を青くしながら問いかけ、アンリエッタは悲しげに頷いた。 「おお、始祖ブリミルよ……この、この不幸な姫をお救い下さい……」 そして顔を両手で覆い、床に崩れ落ちるアンリエッタ。舞台上での悲劇のヒロインの演技だとしても、少々演技過剰な点は否めない。 だがルイズはあっさりとそれにつられ、興奮した様子で次の言葉を求める。結婚を妨げるためのあるものとは何か、と。両手で顔を覆ったままのアンリエッタは、搾り出すような声で答えを返した。 かつて自分がしたためた一通の手紙、それがゲルマニアの皇室に渡ればすぐさま結婚は破棄され、トリステインは一国でアルビオンと立ち向かわなければなるまい、と。 すっかり興奮してしまったルイズは、自分も空想の舞台に上がって王女の手を取った。 「いったい、その手紙は何処に!? トリステインに危機をもたらすその手紙は!」 「それが……手元にはないのです。あの手紙は、アルビオン……反乱軍達と骨肉の争いを繰り広げているアルビオン王家の、ウェールズ皇太子の手の中にあるのです……」 「プリンス・オブ・ウェールズ? あの、凛々しき王子様が?」 ルイズの言葉に、アンリエッタは力なくベッドに横たわり、手を顔元に翳した。 傍から見ているジョセフの感想は(うっわー。三文芝居もいいところじゃのう。さあてそろそろ本題というところか……平穏な生活よさらば! OH MY GOD!)であった。 ウェールズ皇太子が捕われてしまえばあの手紙が貴族達に渡ってしまう、そうなれば同盟が破棄されてトリステインはあの恥知らずの貴族達とただ一国で立ち向かわなければならない……という意味合いの言葉を、随分と感情たっぷりに比喩も混ぜこぜて語る王女殿下。 王女の唇から感情たっぷり言葉が紡がれるごとにルイズの頭は前のめりになり、哀れな姫殿下をの忠実な下僕としての立ち位置を明らかにしていた。だが、公爵家三女の使い魔であるはずのジョセフは。どんどんと目が冷ややかなものになっているのを、二人は知る由もない。 「では王女殿下、私が為すべきことというのは……」 「ああ! ダメよ! ムリだわ! わたくしったら何と恐ろしい事を口にしようとしているの! 何を考えているの、貴族と王党派が血みどろの争いを繰り広げているアルビオンに赴くなどという危険なことを、大切なお友達に頼めるはずがないというのに!」 「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが竜のアギトの中だろうが、姫様の御為ならば何処なりとも向かいますわ!」 そしてルイズは、再び臣下の礼をとるべく膝をつき、恭しく頭を下げた。 アンリエッタの美しい顔を哀切に塗れさせての切ない言葉は、ルイズならずとも……特に、男ならば無条件で言う事を聞いてしまうであろう力を持っていた。だがそれは、王女という立場の人間が使うべき力ではなかった。 「姫様とトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家三女たるルイズ・フランソワーズが見過ごすわけには参りません。是非、このわたくしめにこの一件をお任せくださいますよう」 貴族としての忠節を示すルイズの姿勢こそは立派なものである。フーケを捕らえたという自負もあるし、そして使い魔であるジョセフがいるという自信が、無理難題とも言える王女の願いを容易く聞き入れることになったのだ。 「ああ、ルイズ! わたくしのルイズ! このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! あなたこそ真のお友達だわ!」 「何を仰います姫様! 私の忠誠はあの頃からなんら変わりませんわ!」 ルイズの両手がアンリエッタの手を強く包み込むように握り締めると、アンリエッタのブルーの両眼から真珠のような涙が次々と零れ落ちていった。 「姫様! このルイズ、いつまでも姫様のお友達で忠実な臣下で御座います! 永久に誓った忠誠を忘れることなど、例え天が引っ繰り返ろうと有り得ませんわ!」 「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です! 感激しました、わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れることはないでしょう! わたくしのルイズ・フランソワーズ!」 感極まった二人は涙に濡れながら固く抱きしめあった。 しかし、蚊帳の外から二人を見つめ……いや、観察するような目つきで見ていたジョセフの表情には、静かな怒りがありありと浮かんでいた。 それはかつて食堂で見せた、シエスタを責め立てるギーシュに向けられたものと同一。 その怒りはルイズではなく、アンリエッタに向けられていた。 「――のうルイズや。友情を確認しあってるところ、水を差すようで悪いんじゃが」 だが口から出た言葉は、あくまでも平静であった。 「あによ」 「戦争やってるところに行くワケじゃが、危険だという事は判ってるわな?」 「んなこと判ってるわよ。でもね、私がやらなくちゃいけないことだってあるわ! 危険だからって部屋の隅で震えてたら、このトリステインが危険に晒されるのよ!」 凛とした態度で言い切るルイズの言葉は、迷いがない。ジョセフは主人の揺ぎ無い言葉に、満足したように笑みを浮かべ……しかし、その笑みはすぐに消えていった。 「アルビオンに赴きウェールズ皇太子を捜し出し、手紙を取り戻せばよいのですね?」 ルイズの言葉に、アンリエッタは静かに頷いた。 「ええ、その通りです。『土くれ』のフーケを捕まえた貴方達なら、きっとこの困難な任務も成し遂げることが出来るでしょう」 「一命にかけても。なれば明日にでも学院を発たねばなりますまい」 「ありがとう、ルイズ。アルビオンの貴族達は既に王党派を国の隅にまで追い詰めていると聞きます。もしやすれば明日にでも敗北するかもしれません……」 ルイズは真剣な顔で、アンリエッタに頷いて見せた。 「では、明日の早朝。ここを出発致します」 ルイズの言葉を聞いたアンリエッタはルイズから、毛布に座ったままのジョセフに視線を移した。普段のジョセフならば、超がつく美少女を前にすればだらしなく顔を緩ませるところだ。が、今のジョセフは、何の感情の揺らぎも見せずにアンリエッタを見つめていた。 肩の上で切り揃えられた栗色の髪は柔らかく揺れ、ブルーの瞳は鮮やかな南海の海の色そのままに輝いている。肌は透き通るように白く、造詣の良いパーツが最良のバランスで配置された、小さくも形の良い顔。 だが美少女を前にしているはずのジョセフは、嬉しそうな顔をしていない。 また可愛い女の子にデレデレして、と不機嫌になりかけたルイズは――ジョセフの様子がどこかおかしいことに気付き、戸惑った。 あれ。ジョセフが怒っているような。どうして? To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1501.html
ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。 「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。 「一つ残念な知らせがある」 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。 「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。 「僕とルイズは同室だ」 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。 「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」 「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。 「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」 と、ルイズに同意を求める。 「あ……うん、そうね。私も、その方が……」 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。 「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。 「ええ、じゃあ」 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。 「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」 「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。 (いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。 「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」 「うるさいわいッ」 「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」 「やかましいわいッ!」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。 ――ワルドからのプロポーズ。 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。 To Be Contined → 29 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1231.html
開け放たれた窓からの緩やかな風と暖かい陽射しに、清潔な白のカーテンが揺れる医務室で、一人の少女がベッドの上で眠っている。 少女の名はルイズ。 目を瞑り、規則正しい寝息を立てるその姿は、ピスクドール人形を思わせる程に可憐で、両手両足に巻かれた痛々しい包帯も、その可憐さを引き立てるアクセントにしかならない。 欠けたモノ程、美しい。 誰が言ったかその言葉は、心底、美しさと言う概念を理解したモノの言葉であろう。 万人が納得する美しさなど存在しない。 一人一人が己が内に秘めた美しさこそが、何よりも自身の心を揺さぶる衝撃となる。 その衝撃を与える為にはどうすれば良いのか? 簡単な事である。非常に簡単で尚且つ、誰にでも行う事が出来るその方法とは、完成させないことだ。 一つの終着点に辿り着いてしまえば、それ以上の上を想像しない人間と言う生き物を満足させるには、完成させずに、己が頭の内で先を想像させるのが、一番、誰もが納得できる美しさを作り出す事が出来るであろう。 そして、その例で言うならば、このベッドで寝ている可憐さと包帯による痛々しさを併せ持つ、この少女は、現在、意識が無いと言う未完成さを持ち、故に、誰もが息を呑む程の美しさを手に入れているのだ。 それは、泡沫の夢に似た幻影の美。 目覚めてしまえば、意識を取り戻してしまえば崩れてしまう、時間制限付きの絵画。 その、およそ美術品としては向かないが、瞬間の美としては合格点をブッチギリで越えたこの少女に、目を奪われてしまった少年が居た。 平賀才人。 異世界に来てから一週間と少しで、ルイズの付きの使用人にされてしまった、薄幸少年である。 ごくり、と生唾を嚥下しながら、使用人としての仕事である、少女の包帯を取り替える。 すでに、少女が意識を失ってから丸一日が経っている。 治療の際に使われた包帯は、外からは見えないが、内は傷口から滲み出た血でどす黒く変色している。 それを、ゆっくりと解いて、まずは傷口に貼られているどす黒いの布切れを剥がす。 乾いた血のペリペリとした剥脱音が耳に痛い中、少女の顔が痛みの所為か曇ってしまう。 その事を残念に思いながら、才人は新しい布をまだ血が滲んでいる傷口に宛がう。 治療してくれた長い髭の爺さんが言うには、完全に治療するには学園にある秘薬だけでは足らず、 自分の時のように完全に怪我が完治している訳では無いらしい。 そんな訳で、完全に皮膚が再構築されていない箇所も、少女の足や腕にちらほらある。 流石に胴体の怪我は、優先的に治療された所為か、少女の胴体には傷一つ無い……らしい。 少なくとも、この娘の友達であると言う、赤髪の少女はそう言っていた。 つらつらとそんな事を考えている内に、包帯の取替え作業が終わる。 はふぅ、と一息吐く才人は、備え付けの椅子に座って、ベッドの上に横たわる少女を、じっと眺める。 どうにも……おかしい。 確かに自分は、元の世界で出会い系に手を出す程に、その……そっち系に飢えていたが、こんなロリ系の少女に、しかも、二回しか見た事の無い(その内、会話をしたのは一回のみ)と言うのに、何故? 微妙に高鳴る鼓動に、疑問を憶えつつ、才人は開けていた窓を閉めようとして――――――その手を止めた。 いや、止めざるをえなかった。 才人が閉めようとしていた窓の縁に、奇妙な姿をした者が何時の間にか座っているだから。 姿形を抜きにして、才人はその突然現れた存在に好意的な感情を抱けなかった。 同じ主を持つ中だと言うのに。 「どうしたんすか、ホワイトスネイクさん。そんな所に座って」 現れたのは、ルイズの使い魔にして彼女のスタンド、ホワイトスネイク。 本体が再起不能に近い怪我を負いながら、消すのを忘れた為に、現実空間にそのまま居座り続ける破目に陥っているのだ。 まぁ……ルイズが本体となってからは、あまり消えてはいないのだが。 ともあれ、それはこの数日間の話であり、元本体の時は、消えている時間が長かった彼にとって、この状況は困惑ものである。 まだ、指示をする本体が居れば良いのだが、本体も居なく、自分の自由意志を元に動ける状況で、ホワイトスネイクは心底困っていた。 何せ、今まで命令され続けて培われた自由意志だ。いきなり、ほっぽりだされては、“何をすれば良いのか分からない” 結局、やる事を考えつかなかったホワイトスネイクは、眠っている主の近くで、いつでも不慮の事態に動けるように待機していた。 基本的にルイズが眠っている医務室付近に居るのだが、この時は、何故か閉めようとしていた窓の縁に、唐突に現れたのだ。 ビビる才人、平然とするホワイトスネイク。 ホワイトスネイクは才人の質問に答えず、ただ窓の外を眺めている。 やっぱりこいつ苦手だと、才人は思いながら窓を閉めるのを諦め、椅子に座り、シエスタから貸して貰った本を片手にペンを走らせる。 シエスタ曰く、貴族の使用人になるのであれば、文字ぐらい読めないと話にならないらしい。 そんな訳で、この世界の文字を勉強している才人だが、何故だか、もの凄く勉強が捗っている。 自分の世界での言葉すら、まともに覚えられなかった自分がだ。 その事に対して違和感を覚える才人であったが、まぁいいやの一言でその問題を忘れ、せっせかと文字の習得をしていく。 ホワイトネスイクは窓の外を見ながら、そんな才人をチラリと流し見ていた。 才人が勉強を始めて、一時間と少し、医務室へと向かう足音に、ホワイトスネイクは気がついた。 こつこつと石造りの床と皮製の靴が鳴らす音の持ち主は、医務室の扉を三回ノックしてから、返事を待たずに扉を開けた。 才人は、ノックしても返事を待たないなら、別にする意味無いんじゃないのかなぁとか思いながら、挨拶をする。 「おはよう、キュルケ」 「おはよう、ルイズの使用人さん。ルイズは…………まだ目が覚めてないみたいね」 才人の挨拶に丁寧に返答した赤髪の少女は、丸一日経ったと言うのに目覚めぬルイズへの心配で、何時もより元気が無く見えた。 「それにしても、君は心配性だねぇ」 「何が?」 備え付けの椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う才人とキュルケは、手持ち無沙汰も手伝って、軽い雑談を交わしていた。 内容は、昨日も怪我の治療の時から付きっ切りで、先生が止めていなかったら、医務室に泊まる勢いだったキュルケについてである。 上で記したように、すでにルイズには命の危機は無い。だと言うのに、キュルケはまるで余命幾許の無い者に接するように、出来る限りの時間をルイズと一緒に居ようとしていた。 才人にとって、幾ら心配だとしても、それは聊かやり過ぎのように思えたのだ。 そんな疑問に対して、キュルケは物憂いな表情で、ルイズを見ながら口を開く。 「別に……ルイズの体が心配って言う訳じゃないわ」 「じゃあ、なんで?」 「自覚は無かったけど……私、この娘に相当酷い事を言ってきたみたいでね……」 ルイズ見つめるキュルケの目は、焦点が合っていなく、少なくとも、今のルイズを見ているのでは無い事が分かる。 「私自身、この娘とは友達だったと思っていたわ。 だけど、知らず知らずの内に、この娘を傷つけていた私に、友達で居る資格なんてあるのかしら? 少なくとも……私は、無いと思うわ」 独白のようなキュルケの言葉に、才人は口を挟まなかった。 否、挟めるような口も言葉も、今の才人は持ち合わせていない。 「だけどね……私は、この娘と友達で居たい。 この娘と笑って、この娘と遊んで、ハシャいで、楽しみたい……」 キュルケの目が、過去を見ているように、この言葉も才人に宛てた言葉では無いのだろう。 「私は、そうしたいと思ってる。思ってるから……ルイズが目覚めたら、いの一番に言ってやるの。 今まで、ごめんなさい。貴方が許してくれるなら、私はこれからも貴方と友達で居たいと思ってるってね」 全てを語り終えたか、椅子から立ち上がったキュルケは、ベッドに近づき、そっと、ルイズの頬を撫でる。 暖かく、滑らかで瑞々しい肌。 傷一つ負っていない無垢なるモノ。 本当であるならば、彼女の心も、こうなるべきだったと言うのに。 自分だけでは無い。 しかし、彼女の心の、傷の内の一つ……いいや、幾つかは自分がしてしまった行為によるものだ。 「…………ルイズ…………」 慈しみの響きを持たせ、ルイズの名を呼ぶキュルケの姿は、なんというか、子を守る母のような雰囲気をしており、見ているだけで周囲のモノに慈愛の心を植えつける。 「……んっ……」 果たして、それは奇蹟なのか、それとも、単なる条件反射だったのか。 キュルケがルイズの名を呼んで、彼女の頬を撫でていると、ルイズの傷だらけの手が、キュルケの手を掴む。 「………………」 瞼を開き、焦点のぼやけた目でキュルケを見るルイズは、無言で握った手の力を段々と強くしていく。 まるで、これだけは放したくは無いと言わんが如く。 「ルイズっ! 貴方、意識が!?」 「………………・・・」 キュルケの問い掛けにルイズは答えず、ただ、ぼんやりと中空へと視線を巡らす。 「…………キュルケ……何で……」 ぽつりと、小さな声で漏れた言葉と同時に、ルイズの目が一気に開かれる。 「いっ!!!」 そして、凄まじい勢いで身体を起き上がらせようとして、腕と足の痛みに、瞬間的に動きが止まる。 痛みに耐えるように両腕を抱くようにして、腕同士が触れて、また痛みを訴える連鎖に、ルイズは我慢できなくなり、自分の使い魔へと声を掛ける。 「ホワイトスネイク!」 その声に反応するように、ホワイトスネイクは何時の間にかルイズのすぐ傍にまで歩み寄り、彼女の頭から気絶している時に戻しておいた『痛覚』のDISCをまた抜き取る。 痛みから解放されたルイズは、ようやく、思考を今の状況へと割り当て始めた。 目の前には、自分が才能を返却した少女と雇ったはずの使用人。 どんな状況なんだと疑問が彼女の頭に湧いたが、すぐに、自分の腕と足に巻かれた包帯と、今居る部屋が医務室なのを理解して、現状を把握した。 どうやら、自分は医務室で眠っていたらしい。 何故と言う言葉は要らない。そんな言葉など無くても、頭には、自分が重症を負った光景が浮かんでいた。 (私は……『一手』遅かった……キュルケが庇ってくれていなかったら、今頃……) あの時、風竜の事を完全に忘れていた自分と、そこまで必死になるように追い込んだ少女の事を思い出し、ルイズは一人、唇を噛み締める。 「……ルイズ?」 そんな不審な行動に訝しげな顔で、キュルケが言葉を掛けると、ルイズは、とりあえず、あの女の事を忘れて、赤髪の少女へと向き直った。 「あのね……キュルケ、私―――」 「ストップ! その前に、私、貴方に言わなきゃならない事があるのよ」 キュルケはルイズの言葉を遮り、自分の今の気持ちをそのままに口にしようとした。 ちなみに、才人は普段読めないはずの空気を、敏感に察知して、すでに部屋の外に出ていたりする。 二人だけの部屋。 そこでキュルケは、あの時は一言で済ませてしまった言葉を、もう一度、今度は、要約せずに丸ごと、言おうとして、口元に一本指を立てられた。 「もう良いのよ……もう…………」 ルイズは、静かにそう呟き、そっと立ち上がり、キュルケを抱きしめる。 「私を庇ってくれた事で、貴方の気持ちは、もう十分伝わったわ。 だから、もう止めましょう。ねっ?」 「…………ごめん……なさい……ごめんなさい、ルイズ―――っ!!」 感極まり涙を流すキュルケの身体抱きながら、背伸びをして(キュルケの方が身長が高い為)彼女の髪を撫でる。 まるで、先程自分の頬を撫でてくれたように、優しく、慈しみを持った手で髪を梳いていき ――――――ぞぶり、と自らの指を彼女の頭へと突き刺した。 ジュルジュルと生理的嫌悪を感じる音を部屋に響かせながら頭部に進入したルイズの手は、 キュルケの今の思考をDISC化したものを彼女の頭から、ルイズが確認できるように、引っ張る。 DISCした記憶の表面には、泣いて謝るキュルケと謝る対象である自分の姿が見て取れた。 (キュルケは……嘘をついていない……本当に、私に済まないと思っている……) 人の言葉など、どれほど信用なら無いか、僅かな時しか生きていないルイズですら知っている。 あまりに不確かで、不鮮明な言葉で、全てを信用するのは愚かでしかない。 では、確固たる鮮明さを持ち、不変的な『真実』とはなんなのか。 ホワイトスネイクを従えるルイズは、それを『記憶』だと思っている。 『記憶』は何時までも変わらない。 薄れ、忘却こそされるが、内容が変わる訳では無い。 故に、そこには偽りは存在しなく、真実だけが在る。 ルイズは、キュルケの頭から少しだけ出ているDISCを戻し、もっと強く、彼女の身体を抱きしめる。 この子は、もう私を侮辱なんかしない。 心の底から、私に謝るこの子は、私の味方だ。 ――――――友と競い、学びあい、談笑しろ―――――― 何処かで聞いた言葉が頭を過ぎる。 この言葉を始めて聞いた時、私は……どんな返答を返したのか…… ―――――――私に……そんな相手なんか―――――― 忘れてしまった『記憶』の底に貼りつく言葉に首を振る。 居た。 私にも居た。 一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に泣いて、一緒に学んで、一緒に歩ける友人が。 「――――――私にも……居たのよ……」 それが、こんなにも嬉しいのが、可笑しかった。 それが、こんなにも暖かい気持ちになるのが、心地良かった。 それが、こんなにも大切な事だと言うのが、気付かされた。 ――――――離さない ――――――離したく無い ――――――離れたくない 「絶対……離さない……」 願うならば、この誇るべき友人と、ずっと共に歩いて行きたい。 それだけが、自分を本当に気遣ってくれる相手に気付けたルイズの、思いだった。 場面は変わり、部屋の外へと出た才人は、あまりにも空気を読めた自分の行動に疑問を感じていた。 「おかしいな……俺、あんなに敏感なやつだったっけ?」 唐変木と言うよりは空気が読めないはずの自分が、あんなベストなタイミングで部屋から出れたなど、自分の行動だと言うのに信じられない。 ん~、と首を傾げながら歩く才人に一人の女の子がぶつかった。 「きゃっ!」 「うわっち!?」 少女が尻餅をつく前に、伸びきった手を掴み、傾いたままで姿勢を維持させる。 「君、大丈夫?」 そのまま腕を引っ張り、きちんと重力に垂直に立たせて、才人は少女を見る。 金色が目に痛いぐらい輝く髪を、幾つにもロールしているその少女は、才人の中の、もしも中世のお嬢様が居たらこんな髪型でこんな感じだろうなぁと言うイメージにピッタリと重なっていた。 「……っ~! 平民の癖に貴族にぶつかるなんて!」 いや、マジでピッタリだよ。色々と 「あっ、ごめん。ちょっと考え事しててさ。 でも、君の方も前を見てなかったみたいだし、おあいこじゃないかな?」 ここの通路は、ひたすらに真っ直ぐだ。そんな場所で二人してぶつかるのは、どちらも前を見ていなかったに違いない。 そのような推測の元、才人の口から出た言葉に金髪の少女は、顔を真っ赤して怒鳴る。 「おあいこだなんて、そんな訳無いじゃない! 平民が貴族にぶつかったのよ!? どう考えても悪いのは平民の方じゃない!!」 シエスタから、貴族は――――――特に、このトリステインの貴族は、傲慢と自尊心の塊であるから、決して機嫌を損ねていけないと言う言葉を、才人は今更ながら思い出す。 まずったなぁ、とか呟きながら、どうにかして目の前の、貴族様の怒りを静めなければならない。 「はぁ、どうも申し訳ありませんでした。これ以降は気をつけますので、どうか許してください」 とりあえず適当に謝れば良いんじゃね? な思考から、謝罪の言葉を口にすると、向こうも分かれば良いのよ、とか言って、そのままスタスタと歩いていってしまった。 なんだあれ? とか才人は思ったが、まぁ仕方ないかと諦めた。 少し考えれば、まだ授業を行っている時間帯だと言うのに、歩いている少女が、何処に向かっているのか。 其処から出てきたなら気付きそうなものだが、結局、才人は気がつかないで、そのまま適当にぶらつくかと、ふらふらと何処かへ行ってしまったのだった。 報いと言うものは必ず受けなければならない行為である。 しかし、報いに報いた行動にさえ、それを要求されるのであれば、それはまるでメビウスの輪のように堂々巡りとなるのでは無いか。 少なくとも、ホワイトスネイクは言い争う本体と金髪の少女を見て、そう考えていた。 医務室に訊ねてきたモンモラシーは、最初にルイズが意識を取り戻した事を知ると、さっさとギーシュに才能を返すように言ったが、ルイズはそれを承諾しなかった。 何故なら、ギーシュとは真っ当な勝負の結果で奪った才能であるし、自分の事をあそこまで虚仮にした奴に、どうしてこの力を返さなければならないのか。 彼女には不思議だった。 しかし、横に居たキュルケもギーシュに才能を返した方が良いとモンモラシーの援護しだし、旗色が悪くなると、ルイズは、自分を負かした少女が、ギーシュは壊れていたと言っていたのを思い出し、壊れている人間に才能を返却した所で使う事が出来ない。 なら、私が有効活用してあげるわ。と言った所、モンモラシーが、もの凄い形相で怒り出したのだ。 「ルイズ!!」 顔を真っ赤にして怒鳴るモンモラシーに、ルイズは、面倒ね、と顔を顰めた。 「私も……今の言葉はどうだったかなぁ、と思うわ」 キュルケにも言われると、流石に顰めた顔を、今度は思考の顔にしなければならない。 適材適所。 その言葉の通りならば、今の彼が、この才能を持っているよりは、自分が才能を持っていた方が良いに決まっている。 だが、キュルケとモンモラシーは持ち主に返すべきであると言う意見を決して曲げないであろう。 モンモラシーの事は別に良いが、キュルケに対して別の意見を持つのは拙い。 せっかく見つけた、信頼できる友人を、たかだか『土』のドットクラスの魔法で失うのは嫌だ。 「分かったわよ……返すわ、返せば良いんでしょう」 ここで下手に話を拗れさせては、どうしようもない。 そういう結論に至ったルイズは、才能を返却する事にした。 別に、ドットくらいなら構わない。 これがスクウェアとかトライアングルクラスならば、ルイズも少しぐらい粘っただろうが、たかが青銅しか『錬金』出来ない才能に、そこまで労力を割く必要も無いだろう。 元々、この才能を奪ったのは、ギーシュが自分の事を侮辱してきた報いであった。 彼女の“本来”の計画では、ギーシュの才能になど触れてすらいない。 「そうよ! それが貴方に出来る償いなんだからね!」 償いと言う言葉に、ピクリと眉が動いたが、ルイズはなんとかそれを押さえ込む。 彼女しては珍しく、無いに等しい自制心が働いたお陰であった。 「……まぁいいわ。返しに行くのなら、さっさと行きましょう。 面倒事は、早めは片付けた方が良いに決まってるわ」 今度はモンモラシーが耐える番であった。 ルイズの一言にグッと耐え、震える握り拳をそっと背後に隠す。 その様子に気付いたキュルケが、何か言おうとするが止めた。 どちらが悪いと問われれば、ギーシュとルイズの問題は少々込み入り過ぎている。 一概にどちらが悪く、どちらが正しいと言える事柄では無いからだ。 ともあれ、ルイズはまだまともに歩けず、ホワイトスネイクにおんぶをして貰ってギーシュの自室へと移動を始める。 基本的に、スタンドの負傷が本体に伝わるように、本体の負傷もスタンドに伝わっているのだが、ホワイトスネイクは、ルイズを運ぶ痛みに顔色一つ変えずに、彼女をギーシュの部屋へと運びきるのであった。 「ここよ」 男子寮の一角。比較的入り口に近い場所に、ギーシュの部屋はあった。 モンモラシーは、ギーシュの部屋の前で一度深呼吸をして、こんこん、と扉をノックする。 返事は――――――なかった。 「入りましょう」 辛そうな顔で言うモンモラシーは、アンロックの呪文を掛け、鍵の掛けられた扉を開いた。 中は、昼間だと言うのに何処か薄暗く、少し土の匂いがした。 「ギーシュ、戻ってきたわ。返事をして」 「あぅあ……」 悲痛な声で、モンモラシーは、ベッドの上に座っている自身と同じ髪色の少年へと呼びかける。 しかし、少年の口から漏れるのは、自我が放棄された発音。 ルイズとキュルケは、眉を顰めた。 ここまで酷いとは、想像していなかった。 目の焦点が合わず、口からは意味不明の単音が漏れるしかない少年は、まるで痴呆患者そのものだ。 「………………」 ルイズは無言で、モンモラシーに髪型を整えられているギーシュへと歩み寄る。 すでにホワイトスネイクの背中からは降りている。 そうして、自分の頭に手を入れ、中からDISCを取り出し、それをギーシュの頭へと挿入する。 「これで良いでしょ?」 自分のやるべき事は終わったと言わんばかりのルイズは、備え付けの椅子をホワイトスネイクに持ってこさせ、どかりと座り込む。 モンモラシーとキュルケは、あっさりと終わった才能の返却に、しばし呆然としていたが、 「あぅ?」 才能が戻った感触に不思議そうな声を出したギーシュによって、現実へと戻ってきた。 「これで……ギーシュは、また魔法が使えるようになったの?」 確認するように紡ぐモンモラシーの言葉にルイズは、そうよ、と返答する。 「………………」 一抹の望みがモンモラシーにはあった。 この壊れてしまったギーシュも、才能を戻しさえすれば、なんとか元通りになってくれるのでは無いかと言う望みが。 「ギーシュ、ねぇ、戻ってきたのよ。貴方の才能が。 ほら、これでまた貴方のワルキューレが作れるわよ。 それに、固定化とか錬金も、また出来るのよ」 才能は戻った――――――だが、彼は戻らなかった。 ただ、それだけだと言うのに、モンモラシーの目からは涙が溢れ出ていた。 先生方が言っていた。 これだけ見事に壊れていると、どんな秘薬があろうとメイジには、もう治せないと。 だからこそ、この才能が返ってくる時に、ギーシュの精神が治ってくれると、どれだけ願っていた事か。 「私ね……首飾りが欲しいのよ。 貴方の錬金してくれたものがね。 青銅しか錬金できなくても、別に構わない。 貴方が作ってくれたのなら、それで良いの。 だから、お願い、お願いだから、私に首飾りを作ってよ!!」 悲しい結末となった恋人達の末路に、キュルケの胸は苦しくなっていた。 これが双方共に、自分に面識の無い人間であるならば、そういうこともあると納得できるだろうが、残念ながら、二人共、自分と同じ学生で、特にモンモラシーとは、割りと話す仲でもある。 「ねぇ……ルイズ」 同情と言えば、それで終わりであるが、キュルケはそれでも言葉の続きを口にした。 「ギーシュなんだけど……もうあのままなのかしらね?」 「あんた……あいつに元に戻って欲しいの?」 疑問文に疑問文で返したルイズの言葉に、キュルケは頷く。 それはそうだろう。 目の前に悲惨な事態に陥っている恋人達が居たら、自分に助けられる事が助けたくなるのは人情だ。 ルイズは、そんなキュルケに目を僅かに細め、分かったわ。と静かに立ち上がり――― 「ホワイトスネイク! ギーシュの壊れた原因を抜き取りなさい!!」 自らの使い魔へと命令を下した。 モンモラシーが撫でていたギーシュの頭に、ホワイトスネイクの右手が突き刺さる。 あまりの驚愕の光景に、モンモラシーは声を上げる事さえ忘れて、ただ口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。 キュルケも同様に驚きで目を丸くし、ただ一人、ルイズだけが、満足げにホワイトスネイクの行動に見入っている。 「『記憶』ト言ウモノハ、ソノ人間ノ生キタ証、マタハ歩ンデキタ道ダ。 ナラバ、壊レタ瞬間カラ、今ニ至ルマデノ壊レタ『記憶』ヲ抜キ取レバ、壊レル前の正常ナ人間ニ戻ル。 理屈ハ、忘却ト、ホボ同ジダ。ドレダケ辛イ事ガアロウト時ハ、辛サヲ忘レサセル。 マァ、完全ニ物事ヲ忘却デキル人間ナド居ナイノダカラ、僅カニ残滓ハ残ルガナ」 饒舌に語り始めた使い魔の言葉に、キュルケとモンモラシーは、どうやらルイズがギーシュの精神を治そうとしている考えに至った。 「お願い…………お願い……お願い!!」 藁にも縋るような思いで、ホワイトスネイクの行動を見守る事にしたモンモラシーの口から出るのは、懇願の言葉のみ。 キュルケも同様に、ただギーシュが治る事を願っていた。 「サァ、忘レルガイイ、壊レタ者ヨ。 オマエガ壊レテシマッタ……ソノ瞬間ヲナ!!」 二人の願いが通じたのか、ホワイトスネイクが右手を引き抜いた時、一枚のDISCが握られていた。 どす黒く変色している、そのDISCは誰が見ても危険物と分かる程の禍々しいオーラを纏っており、通常のDISCと違うのは、一目で見て取れる。 「う……うぅん……」 先程と違い、理知的な声を口から漏らしたギーシュは、ベッドへと倒れこんだ。 慌てて、ギーシュの頭を確認するモンモラシーだったが、外傷も無く、ただ単に気絶しているだけのようだ。 「これで元通り、こいつの『記憶』は壊れる前に戻ったわ」 そう言うと、ルイズは自分の身体が一気に重たくなるのを感じた。 (流石に起きたばかりで無茶はするもんじゃないわね……) なんとか、ホワイトスネイクの背中に乗ると、ルイズは、じゃあねと言い、モンモラシーとキュルケをギーシュの部屋へと残し、自分は退室した。 「シカシ……良カッタノカ」 「何がよ?」 自分の部屋へと帰る途中、ホワイトスネイクの主語を抜いた言葉に、ルイズは疑問符を頭の上に浮かべる。 「折角、奪ッタ才能ヲ、簡単ニ返却シテシマッタ事ダ。 君ハ、確カニ魔法ヲ使イタイと心カラ願イ、使エルヨウニナッタノダロウ」 「…………そうね」 「ナラバ、何故、返シタノダ? マタ、元ノ使エナイ人間ニ戻ルト言ウノニ」 ホワイトスネイクの疑問は最もだ。 折角、苦労して奪った才能を、あんなに簡単に持ち主へと返し、自分はまた『ゼロ』へと逆戻り。 とてもじゃないが、あそこまで魔法を使える事に執着した人間と同じには思えない。 「モシモ、君ガ、センチナ感情ニ動カサレテイルト言ウノデアレバ、ソレハマッタクノ無意味ダ」 「…………別に、あいつが可哀想だから才能を返した訳じゃないわよ」 「デハ、何故? 何故、君ハ自ラヲ犠牲ニシテマデ、アノヨウナ事ヲシタノダ?」 蛇のように粘着質なホワイトスネイクの質問にルイズは、暫く無言を徹す。 まるで、自分の内に秘めた思いをどう言葉にすれば良いのか、迷っているかの如く。 「私は自分が犠牲になったつもりは、さらさら無いわ あいつに才能を返す事が、私にとって、プラスになると思って返しただけよ」 考えが纏まったのか、それとも、ただ気分が向いたのか。 ルイズは、ホワイトスネイクに自らの思いを吐露していく。 「あそこで、あの場で返すのを渋ったら、それこそ私は、キュルケと道を違えてたでしょうね」 「アノ女ノ為ニ、君ハ拘ッテイタモノヲ諦メタノカ?」 「それだけの価値が、キュルケには……うぅん、友達にはあるのよ」 力強い、ルイズの肯定にホワイトスネイクは足を止めた。 (友……カ……) 元本体にも友と呼べる人――――――いや、化け物が居た。 そいつと居る間、本体の心は安らぎ有り得ない程の安定に包まれる。 ルイズも……現在の本体も、そんな安らぎの場所を求めたのだろうか。 「でもね、ホワイトスネイク。 私は別に魔法を奪うのを止めた訳じゃあ無いわよ」 「君ハ、アノ女ニハ嫌ワレタクナイノダロウ?」 「えぇ、だから、今後は“此処”で才能を奪うのを止めるし、侮辱された報復なら、貴方を嗾けるわ。 私が才能を奪うのは、悪い奴からだけ。 世間一般が悪と言う奴から才能を奪うなら、キュルケも文句は無いでしょう?」 奪うのは変わらない。 ただ、その理由が、報復から、罰に変わっただけ。 しかし、その変わった事がけっこう重要だったりする。 どれだけ強い武力があろうと、大義名分が無ければ、ただの暴力と片付けられるように。 自分の才能を奪う事も、悪人に対する罰と言う大義名分が付けば、少なくとも、報復の為に奪うよりは、周りに受け入れられるだろう。 「さっそく奪いに行きたい所だけど……足が無いわね」 謹慎期間の為に、この一週間は休みのルイズであるが、 生徒達が遠出をする為の馬が用意されるのは虚無の曜日だけなのだ。 つまり、遠出をするならば、どうしても虚無の曜日まで待たなければならない。 「虚無の曜日は明後日か……怪我の具合もあるし……丁度良いかしらね?」 遠足に行くのが楽しみで仕方ない小学生のように尋ねるルイズの言葉に、 ホワイトスネイクは返答をせずに、止めていた足を、また動かし始める。 「あぁ、今度は『土』や『火』じゃなくて『水』が良いわね。 やっぱり、自分で怪我の治療が出来た方が便利だし……」 自分の背中で、ぶつぶつと呟かれているホワイトスネイクは、才能云々の話で一枚のDISCについて思い出した。 「ルイズ」 「やっぱり、最低でもトライアン――――――んっ? 何よ?」 「一応言ッテオク、君ノ、スカートノ中ニ、一枚ノDISCガ入ッテイル」 ホワイトスネイクに言われ、自分のスカートに手を伸ばすルイズは、その中にあるDISCを手に取った。 『記憶』DISCとも、『魔法』DISCとも違う輝きを持つ、そのDISCの表面には、右半身が砕けた屈強な肉体を持つ何者かが写りこんでいる。 「ソレハ……『世界』ト呼バレル『最強』ノスタンドダ。 最モ、『無敵』ニ対シテ敗北ヲ喫シタ『最強』ダガナ」 「何それ? 負けたら『最強』じゃあないじゃない と言うか、スタンドって、あんたの種族みたいなもんでしょ? それがどうしてDISCになるのよ」 「原理ハ、才能ヲ奪ッタ時ト、ホボ同ジダ」 「ふ~ん」 感心したようにルイズは、DISCを繁々と観察してから、それを自分の頭部へと、そっと差し入れる――――――が 『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!』 「あひゃあっ!!」 唐突に脳に響いた怒声と身体の芯に叩き込まれた衝撃に、ルイズの身体はホワイトスネイクの背中から吹っ飛ぶ。 痛覚を抜いてままで良かった。 もし、痛覚が残ったままだったら、この衝撃による両手両足の痛みで気絶しただろうなぁ、とかルイズは考えていた。 「っ~!……何よ、これ!? なんで差し込んだら吹っ飛ぶのよ!? あんた、私の事を騙したんじゃないでしょうね!?」 「騙シタ訳デハ無イガ……ナルホド、ドウヤラ、君ノ今ノ精神力ト体力デハ、『世界』ヲ扱ウ事ガ出来ナイヨウダ」 「どういう事よ?」 じと目で睨んでくるルイズを尻目に、悠々とDISCを拾うホワイトスネイクは、DISCの表面の人型をなぞりながら、言葉を続ける。 「コノ『世界』ハ、スタンドノ中デモ、格ガ違ウ存在ダ。 例エ、弱体化シテイタ所デ、君ガ扱ウニハ、マダマダ成長シナケレバナラナイト言ウ事ダ」 最も、あの時のように感情を高ぶらせれば別だろうがな、と言う言葉を飲み込み、ホワイトスネイクは、倒れているルイズをおぶり、DISCを渡す。 ルイズは、渡されたDISCを、暫く見つめていたが、はぁ、と溜め息を吐いてから仕舞う。 「まったく…………今、使えないんじゃ意味無いわよ」 ホワイトスネイクと出逢った日に呟いた言葉に酷似した台詞を言うと、ルイズはゆっくりとホワイトスネイクの背中へと寄り掛かる。 頭をくっつけ、ホワイトスネイクの心音を後ろから聞くような体勢のルイズは、部屋に着く前に、深い眠りへと落ちるのであった。 第五話 戻る 第七話
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1473.html
翌朝、犯行現場である宝物庫の前に呼び出されたルイズは、丁度、教師達が醜い罪の擦り付け合いをしている最中に辿り着いた。 やれ宿直やら、責任やら、衛兵やら、とりあえず自分の所に火の粉が掛からないよう必死過ぎるその姿に、吐き気を堪えるのに精一杯だった。 さっさと自室に戻って、フーケを追う準備でもしたい所だが、呼び出された手前、そういう訳にもいかない。 仕方なく、なるべく教師の会話に耳を傾けないようにしていると、蒼髪の少女の姿が目に留まった。 「あんたも呼び出されたんだ」 「目撃者」 隣に立ち止まったタバサの簡潔な言葉に、ルイズは特に何の感慨も抱かなかった。 普通なら、素っ気無い対応に腹でも立てるところなのだが、昨晩、共通の敵に対して共闘した事で、破滅的であった関係に僅かだが上方修正が加わった為、タバサの必要最低限しか話さない対応も、そういう個性であると捉える事が出来るようになったのである。 それに――― 「そうそう……とりあえず、コレはあんたに預けておくわ」 そう言って、ルイズは制服のポケットから、一枚のDISCを取り出した。 昨日と同じ、そのDISCを受け取ったタバサは、傍目からでも強張ったのが見て取れる。 ルイズは、タバサの表情に、ニタリと哂ったが、すぐにこの頃、板についてきたポーカーフェイスに戻り、タバサへ言葉を続ける。 「何も、すぐに使えるようになれとは言わないわ。 だけど、昨日のあの力……使えれば便利だと思わない?」 昨日、自室に戻った後、ルイズはDISCを自分の頭に差し込んでみたが、案の定、吹っ飛ばされた。 ホワイトスネイク曰く、DISCのスタンドを扱えるようになるには、適正が第一条件であり、第二条件が、スタンドを制御する為の精神力であると言う。 ルイズは、その二つ共が欠落している為、DISCから弾かれ、タバサは、二つの内の前者、適正がある為にDISCから弾かれずに済んだのだが、スタンドを制御する為の精神力が足りなく、暴走と言う結果になったらしい。 つまり、精神力だけを補えば、暴走をせず、使いこなせるスタンド使いになれる可能性が、タバサにはあるのだ。 無論、今の所はDISCから弾かれているルイズも、適正は無いが、適性を補う程の精神力があれば扱えない事も無い。 事実、感情の高ぶりによって爆発的に増大した精神力で、一瞬だが、ルイズはDISCのスタンドを、その支配下に置いていた。 だが、持続的にその精神力を発揮出来るかと言われれば、ルイズは顔を顰めるだろう。 人の精神は、無尽蔵であるが、無限では無い。 一度に引っ張り出せる力の量には限りがあり、今だ成長段階にあるルイズがDISCのスタンドを完璧に使いこなせるように精神力の限界を上げるとしたら、後3年程度は必要になるだろう。 ホワイトスネイクから、この考察を聞いた時、3年と言う年月にルイズは、げんなりしたが、ある意味、決心がついた。 適正は、精神力よりも必要性が高い位置にある。 要するに、適正がすでにあるタバサは、ルイズよりも遥かに短い年月でDISCのスタンドを我が物として扱う事が出来るようになるのだ。 適材適所。 今、使えないモノが自分の手元にあるよりは、すぐに使えるようになる者の手元に置いておいた方が、よほど建設的であろう。 ルイズは、そう考えて、タバサにDISCを預けたのだった。 タバサはルイズの言葉をどう受け取ったのか、DISCを自分のポケットに仕舞うと 「努力する」 ルイズの目を真っ直ぐに見つめて、そう呟く。 やる気に満ちた目に、ルイズは上機嫌で、フフンと口ずさんだ。 「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」 タバサとルイズがDISCについて話している中、教師達の会話は、何処をどう転んだのか、フーケを捕まえ、盗まれた『破壊の杖』と言う代物を取り返すまでに進んでいた。 勿論、ルイズは捜索隊に志願する為に杖を掲げる。 回りから、生徒では頼りないだとか、『ゼロ』に何がとか聞こえてきたが、あえて全てを無視する。 「君は生徒なんだ、ミス・ヴァリエール。危険な事は教師に任せなさい!」 「なら聞きますが、ミスタ・コルベール。 30メイルもあり、宝物庫の壁も叩き壊したゴーレムと戦う覚悟がある方が、この場に他におりますでしょうか?」 本気で身を案じているのか、苦しげな表情で言葉を掛けてきたコルベールに対して、ルイズは問答無用と言わんばかりに返答する。 ルイズの口から出た言葉に、他の教師達はお互いの顔を見合わせるばかりで、誰一人杖を掲げる者は居なかった。 フーケを討伐すれば確かに名は挙がるが、基本的に皆、命が惜しいのだ。 自分以外、誰一人杖を掲げない光景に、ルイズは不満げに鼻を鳴らした。 教師とは、生徒を正しく導き、そして危険から守る為の人材だ。 それが、例え自分から志願したとは言え、危険に晒されようとしている教え子と同行しようとする者が一人も居ないとはこの学園も長くは無いなと、ルイズは思ったが、口には出さなかった。 「しかしなぁ、ミス・ヴァリエール……流石に君一人と言う訳には……」 困ったように一人はマズいと告げるオスマンの言葉に、ルイズの隣の少女が、その杖を掲げた。 「ミス・タバサ!! 君もなのか!?」 疲弊したかのようなコルベールの声に、タバサは掲げた杖を、無言でより高く掲げなおす。 「どういうつもり?」 「私にも責任の一旦がある」 タバサの言葉に、なるほどと呟いたルイズは、宝物庫に集まった教師を一度、じろりと見回した後に、 タバサを伴って、さっさとその場から立ち去ってしまった。 あわてて、フーケの居場所を知らせてくれたミス・ロングビルに道案内を頼んで、二人の後を追うように指示するオスマンだが、その顔は幾分、不安によって曇っていた。 「さぁ、どんどん食べてくださいね、サイトさん」 「お……おぉぉぉぉ!!」 朝の仕込みで忙しい厨房の片隅で、シエスタの朗らかな笑顔を見ながら、才人は目の前の豪勢な料理に叫び声を上げていた。 才人の様子に、厨房で働いている人々は本当に楽しそうに笑っている。 本来ならば、平民が貴族の屋敷に乗り込み、尚且つ、自分の意見を通すなど天地が逆さになってもありえないのだが、才人は、そのありえない事を仕出かし、シエスタを救い出してきたのだ。 噂好きのメイド達は、貴族に見初められた恋人を救い出した平民に狂喜乱舞し、料理人達は、才人の男らしい行動に、心の底から感心していた。 実際は、モット伯を再起不能に追い込んだのはルイズとホワイトスネイクであり、シエスタを救い出したのも、恋愛感情では無く、恩人の身を案じた為であるのだが、それは言わぬが花だろう。 ともあれ、厨房の面々が自分の為に、朝の仕込みの合間を縫って作ってくれた料理を食べる才人と甲斐甲斐しく給仕をしながら料理を頬張る才人を見ているシエスタは幸せオーラを振り撒いており、何人たりとも近づけない雰囲気を醸し出していた。 が―――――― 「―――ちょっと、探したわよ」 桃色のチェシャ猫は、その雰囲気を真っ向から打ち壊し、誰も近づけないはずの二人の至近距離まで近づいたのだった。 「ふぁっ! ふぁいづ!?」 ルイズと叫びたかったのだろうが、口の中に料理が詰め込まれている才人は、正しい発音が出来ず、あたふたと聞き苦しい言葉を発し続ける。 「食べてる最中は喋らないでよ、汚いわね」 そんな才人を、ルイズは嗜めると、当然と言わんばかりに才人の為に用意された料理の席に座る。 座席は才人の分しか用意されてない為に、才人から席を奪ったのは言うまでも無い。 「平民の癖に随分と豪勢なものを食べてるのね」 嫌味でも何でも無くただなんとなく口に出した言葉に、厨房の働き手達は一様に顔を顰めたが、ルイズはその事を特に気にした様子は無かった。 「何か御用なんですか?」 今だに口の中に物がある才人に変わって問い掛けたシエスタの言葉に、ローストビーフをフォークで突き刺しながら、ルイズは用件を告げる。 「サイト、今すぐに正門に来なさい。私の護衛としての初仕事よ」 簡潔にそう述べると、それだけで説明は終わりと、ルイズはローストビーフを口に運ぶ。肉厚のあるビーフは、咀嚼する度に肉汁と旨みを口内に広がらせ、一度食べれば病みつきになる事、間違いなしなまでに料理として完成度が高かった。 ルイズの傲慢とも取れる態度に、才人は溜め息を吐いてから、食べかけていた料理を一摘みする。 「行儀が悪いから止めなさい」 いや、お前がそこに座っているからだろ、と才人は言いたかったが、シエスタを救って貰う時の借りがある訳だし、強く言う事は出来ない。 とりあえず、破天荒を地で行くルイズの行動に目尻を吊り上げているシエスタと調理場の人々に一言謝ると、才人は部屋に置いてあるデルフを取りに調理場を後にする。 哀愁漂うその背中を見ながら、ルイズは絶妙な味付けの料理に舌鼓を打っていた。 タバサは自室で、フーケ討伐の為の準備を整えていた。 準備と言っても、何時も彼女と共にある大きな杖と彼女のトレードマークである眼鏡を布で拭いているだけなのだが、そこにはある種の気迫に満ち溢れていた。 「きゅいきゅい!!」 窓の外で、タバサの使い魔である風竜が、珍しく傍目から見てもやる気に溢れているタバサに驚きの鳴き声を上げているが、それすら、今のタバサの耳には入ってこない。 拭き終わった眼鏡を掛け、ぴかぴかに光る杖を右手に持ったタバサは、『雪風』の名に相応しく、ひんやりとした闘気を身に纏い、力強く、一歩を踏み出した。 「あら? タバサじゃない、こんな時間にどうしたの?」 一歩目から波乱に満ちていた訳だが。 「それで付いて来た訳?」 「不覚」 ぽりぽりと頭を掻くルイズとタバサの視線の先には、 赤髪の少女が、黒髪の使用人の少年と何事かを話している光景があった。 タバサが自室から正門の馬車へと移動する時、偶然廊下を歩いていたキュルケと鉢合わせしてしまい、あれよあれよと言う間に付いてくると言う方向で話が纏まってしまった。 勿論、タバサは危険だと反対したのだが、逆にそんな危険な所に友達を送り出すだけなんて出来ないと言われると、 もうキュルケのペースで話が進んでいってしまう。 結局、キュルケの同行を断り続ける事が出来なかったタバサは、仕方なく一緒に馬車へ移動してきたのだ。 「キュルケが強引なのは、今に始まった事じゃないけど……今回は、ね」 ルイズの言葉に、タバサは頷く。 二人とも、掛け替えの無い親友であるキュルケが危険な目に遭うのが、心配なのだが、当の本人は二人の苦悩を知ってか知らずか、馬車の席の中で、一番座り心地が良さそうな場所にさっさと陣取っていた。 「おーい、そろそろ出発するぞー!」 手綱を握った黒髪の使用人の声に、ルイズとタバサは杖を握る手の力を無意識に強めながら、馬車に乗り込んだ。 「それにしても……泥棒退治なんかする気になったわねぇ」 道中の暇潰しか、キュルケがタバサとルイズに訊ねるように言葉を呟くが、二人とも、フーケと戦う時の戦術を話に夢中になっており、キュルケの言葉に返答しない。 本来なら、ここでカチンとくるはずのキュルケであったが、二人の真剣な表情に文句を飲み込む。 プライド高く、目の前で行われた犯行を止められなかった事に対して、それなりに責任と怒りを感じているルイズはともかくとして。 普段物静かなタバサですら、何時も手にしている本を手放し、熱心に議論を交わしているのだ。 止めるのは野暮と言うものだろう。 「二人とも、随分とやる気に満ちてるみたいですね、ミス・ロングビル」 「………………」 「ミス?」 キュルケの言葉に気付かず、ロングビルは、対フーケについて話し合うルイズとタバサを、鷹のように鋭い目付きで見詰めていた。 「どうかされたんですか、ミス?」 「―――いえ、なんでもありませんよ、ミス・ツェルプストー」 再度の言葉に、ようやく返答するロングビルだが、やはり視線は二人に固定され、キュルケの方へと振り向こうともしない。 そこに何か、薄ら寒い感覚を感じたキュルケだったが、結局、ロングビルに話しかけるのも止め、道の凸凹に上下する馬車の揺れに身を任した。 フーケが潜伏していると情報があった小屋は、深い森の中にあり、 森の入り口まで来た五人は、目立つ馬車から降り、徒歩でその場所に辿り着いた。 森の中の開けた場所の中心にある小屋を、ギリギリ視界に入れられる地点で立ち止まった五人は、ルイズとタバサが道中立てた作戦を聞かされる。 一先ず、偵察役兼制圧役を小屋に突入させ、それでフーケを捕まえられれば良し。 捕まえられなければ、待機メンバー全員で各々の最大の火力を、小屋を出てきたフーケにぶつけると言う、今ある戦力で出来る最大限の作戦であった。 突入役には、才人、ホワイトスネイクが担当し、 待機メンバーは、ルイズ、タバサ、キュルケ、ミス・ロングビルである。 「あの、ミス・ヴァリエール。貴方の使い魔が突入役に入っていますが……一体何処に?」 突入メンバーにホワイトスネイクの名があるのに、その場に居ない事を疑問に思ったロングビルがルイズに訊ねると、彼女は右手を上げてそれに答えた。 「私ナラバ、ココニ居ル」 ルイズの右手が合図だったのか、ホワイトスネイクがルイズのすぐ傍に具現すると、ロングビルは思わず一歩後ろに下がってしまう。 ホワイトスネイクに慣れていないキュルケも同様である。 「サイトとホワイトスネイクは合図があるまで、小屋のすぐ傍で待機して」 「合図はどうするんだよ?」 「私が直接ホワイトスネイクに出すから、あんたはあいつの指示に従って」 ルイズの言葉に、才人は、溜め息を吐きながら頷くと鞘からデルフを抜く。 「あ~、ひさびさに外出たよ。あのメイド、きっちり鞘に入れやがって、喋れやしねぇじゃねえか」 ぶつくさと文句を吐くデルフを、片手で軽くノックをして黙らせてから、才人は静かに小屋に近づいていく。無論、後ろからホワイトスネイクも続く。 「タバサ、例の物は準備出来てる?」 小屋の窓から死角になる位置に到着し、合図を待つ才人とホワイトスネイクを見ながらルイズが問うと、タバサは僅かに首を動かし、鬱蒼と茂る森の木々の間にある空を指差した。 その返答に満足げにルイズは頷くと、キュルケとロングビルに杖を構えるように促し、自らもまた杖を小屋の方へと向ける。 それぞれが詠唱を終えるのを確認し、ルイズはホワイトスネイクへ合図を送るように指示を出す。 命令を受けたホワイトスネイクは、三本立てて指を才人に見えるようにすると、それを一本ずつ減らしていく。 3 2 1 0! 指が全て畳まれると同時に、才人とホワイトスネイクは小屋の中へと突入する。 才人とホワイトスネイクは意外性により相手の動きを止める為、わざわざ壁にデルフで穴を開け、その中から進入した。 中に入った瞬間、小屋全体へ視線を巡らす才人とホワイトスネイクだが、小屋の中には人っ子一人居ない。 「もぬけの空って……やつか」 「ドウヤラ、ソノヨウダナ。隠レル場所モ在リハシナイ」 警戒を解く才人とホワイトスネイクは、ルイズ達へ中には誰も居ない事を報告し、そのまま小屋の中の探索に入る。 普通なら、罠なりなんなり有りそうなのだが、その気配はしない。 「『破壊の杖』ね、仰々しい名前だけど、どんな形か分からないからには探しようが……」 ぼやく才人を尻目に、足で床に置いてある木箱を蹴るホワイトスネイクは、木箱の奇妙な重さに気がついた。 木箱だけを踏み壊すと、木箱よりも一回り小さい長方形の飾りつけられた箱が出てきた。 蹴ってみると、ずしりと重い。 どうやら中に何か入っているらしかった。 「どう、様子は?」 小屋の扉の方向から聞こえてきた声に、才人とホワイトスネイクは探索の手を止めて、扉の方向を見る。 そこには、ルイズとタバサとキュルケの姿があったが、ミス・ロングビルの姿が見当たらなかった。 「一人足りなくねぇか?」 「ミス・ロングビルなら辺りの偵察って言ってたわよ」 歩くだけで埃が舞う小屋に、顔を顰めながらキュルケが答えると、 一人じゃあ危ないから俺も一緒に偵察してくる、と言って、才人が小屋の外へと出て行く。 ちなみに、一人では危ないと考えていたのも事実だが、本音を言うと埃っぽい小屋の中に居たくなかったのだが。 ともあれ、才人が小屋の外へと出て、一人少なくなった小屋の中で、タバサとルイズはホワイトスネイクの足元にある奇妙な箱に気がついた。 明らかに木とは違う材質で作られたその箱に、二人は覚えがあった。 事前に、ロングビルから伝えられた情報によると、確かあのような形の箱に『破壊の杖』が保管されているらしい。 まさかと思いつつ、二人が箱を開けてみると、なるほど、その中には無骨なデザインの細長い筒のようなモノが入っていた。 見ようによっては、確かに杖に見えない事も無い。 「もしかして……これが『破壊の杖』?」 呆けたように呟くキュルケの言葉にルイズとタバサは、じっと『破壊の杖』と思わしき物体を見詰めていた。 もし、仮にこれが『破壊の杖』だとして、どうしてフーケはこんな場所に置いたままにしているのか。 まさか、ここに荷物を置いておいて、自分は何処かで朝食でも食べているとでも? どういう事なのか、ルイズとタバサがお互いの推測を述べようとした時、天を揺るがさんばかりの地響きが周囲に木霊する。 ざわざわと木の葉を揺らす地響きに、ルイズとタバサは下唇を噛み締めた。 「ナルホド……撒キ餌ダッタ訳カ」 「どういう事よ!?」 焦ったようにホワイトスネイクの言葉を問うキュルケに、ルイズは自分達がハメられた事に対する怒りを露にしながら叫んだ。 「つまり、釣られたのよ、私達!!」 叫び声に反応するかのように、ホワイトスネイクはキュルケを抱きかかえ、 老朽化の為か脆くなった壁を突き破り外へと逃げる。 ルイズとタバサは杖を片手に、ホワイトスネイクが開けた穴から、外へと出るのであった。 「くそっ! こいつ、斬っても斬っても、すぐに直りやがって!!」 「すぐに貴族の嬢ちゃん達が来るから、無茶すんなよ、相棒!」 外に出ていた才人は、ちょうどゴーレムが生成される場所に出くわし、なんとか倒そうとしたのだが、幾ら斬っても土同士が結合しあい、どうにもこちらの勝ちが見えてこない。 「こーいうゴーレムが相手の場合は、術者を倒すのが一番なんだがな~」 「居ないもんはしょうがないだろ!!」 30メイルの巨体からは想像も出来ない程に素早く振るわれるゴーレムの拳を、人間とは思えぬ反射神経と運動能力で避ける才人であったが、疲れを感じぬ石人形と人間では、どちらにとってジリ貧の状況なのかは目に見えている。 この状況を打開する一番の方法は、ゴーレムを操っている術者の無力化なのだが、才人の視界内に術者と思わしき人物は存在しなかった。 「もっと良く探せ! こんなにパワーがあるのに、近く居ないはずなんてねぇ!」 デルフから檄が飛ぶが、探そうにも目の前のデカブツが放ってくる拳が、才人の余裕を精神的にも肉体的にも奪っていってしまい、それどころでは無い。 「良いか、やっこさんの速さはお前さんの速さには追いついてない!! 落ち着いて対処すらぁ、お前さんに攻撃なんて当たりっこねぇよ!!」 使い手を落ち着かせる為にデルフが声を掛けるが、戦闘行為など数える程しかしていないのに、それだけで落ち着くはずなど無い。 結果、ゴーレムの攻撃に対して無駄な動きが多くなっていく。 「ちっ!」 焦りを含んだ舌打ちに反応するかのように、ゴーレムは左手を繰り出してくる。 それを切り崩す為に逆袈裟に切り上げるが、デルフリンガーが触れる前に、土で構成されているゴーレムの腕がハリネズミのように形を造り変えた。 「相棒!!」 今まで拳と言う避けやすい攻撃しかしてこないと思い込んでいた才人は、突然切り替わったゴーレムの攻撃に反応しきれずに、その身を岩石の針で貫かれ――――――なかった。 「シャアアアアァァァァ!!」 まるで、蛇の鳴き声のようだと、才人は砕かれる岩を目の前にしながらそう思った。 「たくっ、遅すぎるぜ、嬢ちゃん達」 ほっとしたかのような安堵を含みながら、デルフは才人の心の内を代弁するのだった。 「ホワイトスネイク!!」 自らの使い魔の名を叫びルイズの声に、才人は、ハッと我を取り戻し、目の前の股座を潜り、ゴーレムの背後へと回り込む。 ホワイトスネイクと才人の二人に挟み込まれたゴーレムは、集るハエを追い払うように、上半身をグルグルと回し、 前方と後方へ同時に攻撃をするが、先程の攻撃で用心深くなった才人と、元より慢心など有り得ないホワイトスネイクの二人には、1ミリも掠りはしない。 「キュルケ! タバサ! 併せて!」 ルイズ配下の二人によって撹乱しているゴーレムへ攻撃呪文を集中させる三人娘だが、炎で焼かれようが、風で吹き飛ばそうが、水で濡れようが、お構いなしにゴーレムは攻撃を続ける。 「どんだけ頑丈なのよ、あいつ!?」 忌々しそうにキュルケが吐き捨てるが、それでゴーレムの歩みが止まる訳は無い。 すでに、ゴーレムの攻撃対象は、ホワイトスネイクと才人から、メイジである三人へと移行しており、ゴーレムの周囲の二人は足止めの為の行動に切り替えていたが、完全に動きを止める事は出来ていない。 「タバサ! 例のヤツを!!」 有効打を与えられない事に苛立ったようにルイズが叫ぶと、タバサは頷き、空を目上げた。 一見すると何も居ないと思われる蒼穹から、凄まじい速度で何かが地上へと一直線に落ちてくる。 「きゅーーーー!!!」 口に樽を咥えたシルフィード。 傍から見ると間抜けな姿だが、それをしているシルフィードも、させているタバサも大真面目だ。 「今!」 タバサの合図と共に、シルフィードは口から樽を離し、眼下で暴虐の限りを尽くすゴーレムへと投下する。 「ナイス! タバサと、え~と、その、タバサの使い魔!!」 歓声を上げるルイズは、奪ってからすでに一日経ち、随分と身体に馴染んだ『水』の魔法の才能をフルに稼動させ、 一気に樽の中身をゴーレムの身体に浸透させた。 「キュルケ! 最大火力で!!」 「締めを飾ってあげるわ!!」 限界まで込められた魔力により胎動する感覚に、キュルケは笑みを浮かべながらそれを解放する。 火は炎となり、炎は焔となり、ゴーレムに染み込んだ純度の高いアルコールと周囲の酸素、それに魔力を糧とし、煉獄をこの世に再現させる。 ゴーレムは、罪を嘆き、罰を受ける罪人のように、膝を折り地面へと倒れ落ちた。 「……終わったのか?」 キュルケの焔から影響の薄い地帯にまで引いていた才人が、プスプスと炎に包まれているゴーレムに向かってぼそりと呟く。 「サァナ……ダガ、トリアエズノ危機ハ去ッタラシイ」 周囲を警戒しつつ、ホワイトスネイクがそう告げると、才人は溜め息を吐きながら、デルフリンガーを握っている手の力を緩める。 「ま~だ、気を緩めるんじゃねぇ。 ゴーレムが倒れただけで術者は、まだ健在なんだぜ」 「んな事言われなくても分かってるよ」 渋々、デルフを握る手にまた力を入れつつ、周囲を見回すとルイズやタバサも油断なく辺りを見回している。 ただ一人、キュルケだけが嬉しそうに自分が燃やしたゴーレムを指差しはしゃいでいた。 「見た、ルイズ!? ねぇ、見た、私の活躍を!!」 自慢げに語るキュルケにルイズは少し迷惑そうだったが、キュルケが居てくれたお陰でゴーレムを燃やす手間が省けたのも確かだ。 「助かったわ、キュルケ。 でも、まだフーケが残ってるから、気を抜かないようにね」 「もう、心配性なのね。 ゴーレムは倒したんだから、残ったフーケなんて牙の無い犬以下じゃない」 ケラケラと笑うキュルケだが、その笑いは、耳を劈く爆音によって掻き消えた。 完全にルイズ達の前に敗れ去ったかのように思えたフーケのゴーレムだが、燃え盛る火炎に包まれながら、芯に当たる箇所は奇跡的にも無事だった。 否、それは奇蹟では無い。 予め、ルイズとタバサが話していた作戦の内容を聞いた“そいつ”はゴーレムの胴体に当たる箇所をアルコールが浸透しない金属で作っていたのだ。 傍目から見ても分からないように、きちんと土を上から被せ、カモフラージュも忘れずに。 案の定、ゴーレムが炎上し、地面へと倒れ伏すと、ルイズ達はゴーレムを倒した事から油断してしまった。 勿論、ルイズ達には油断していると言う認識は無い。無いが、やはり強大な敵を打ち倒した後には、気が緩んでしまうのは仕方ない。 このような荒事に慣れているはずのタバサですら、僅かにだが、戦闘時よりも警戒が鈍っていた。 そして、それこそが“そいつ”の目的だった。 警戒の緩んだ、ルイズ達が取り囲むゴーレム。 今にも燃え尽きようとする四肢の土達に、無事な胴体の金属から魔力と指令が下る。 今すぐに、弾けて四散しろと言う、無慈悲で残酷な自害命令。 意思など無く、命も無い土は、その身を砕き、一斉に周囲360°に飛び散るのだった。 咄嗟に反応できたのは、鈍っているとは言え、様々な経験により研磨された意識を辺りに散りばめていたタバサだった。 ゴーレムが破砕し、燃え盛る岩石が自分を直撃する前になんとか風の防護壁を展開するが、岩石の弾丸はそれを容易く貫通し、タバサの身体を打ち付ける。 致命傷の箇所の防護壁は分厚くしていたお陰か、なんとか即死は免れたが、それでも、右手、腹部、左足に焼け焦げた石が直撃し、ジュウウウと言う肉が焼ける音と、骨の砕ける音が同時にタバサの耳に届く。 ルイズの場合は、もっと深刻だった。 突然の事態に、反応が遅れたキュルケを庇う為に、彼女を抱くような形でキュルケの前に立ったが、その為に詠唱をする時間が無く、凄まじい勢いの石の弾丸をモロに喰らってしまった。 奇跡的に背骨は折れなかったが、その代わりに、右肩の肩甲骨を砕かれ、 完全に右腕の機能が停止してしまい、握っていた杖が手からぽとりと落ちていく。 さらに、石としての硬度を保ったままの小さい粒達が散弾銃のようにルイズの背中を激しく撃ちつける。 ルイズの負傷により、ホワイトスネイクも足元から地面へと倒れ落ち、立ち上がる事すら出来なくなっていた。 「ルイズ、皆!?」 ただ一人、反則的な反射神経と動体視力によって、大きな岩石を避け、小さな石にしか当たらず比較的軽傷な才人が叫ぶが、彼の仲間で、その声に返答する者は居なかった。 第九話 戻る 第十話 後編
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1474.html
「まったく、ただの平民だと思ったら、案外やるもんだねぇ」 そう、ルイズも、タバサも、キュルケも、ホワイトスネイクも、才人の言葉に返答しなかった。 ならば、この声の持ち主は…… 「その言い草……なるほどね、獅子身中の虫って事かい」 カタカタと鍔を揺らすデルフの声は、珍しく怒りを満ちていた。 デルフの言葉に、才人は身を固くし、ゴーレムの攻撃と爆発の影響が無い場所に潜み、今、勝利を確信してこの場所に現れた“そいつ”に剣を向ける。 「あんたが……あんたが……!!」 “そいつ”の名はミス・ロングビル。 またの名を―――――― 「『土くれ』のフーケ!!」 「正解。賞品は出ないけどね」 ふてぶてしく嘯くフーケは、才人達の中で一番負傷が激しいルイズへと杖を向けている。 「分かっていると思うけど、詠唱はもう終わっているから、 一歩でも動いたら、このお嬢ちゃんの頭が柘榴みたいになっちまうよ おぉっと、そこの眼鏡の子も、杖から手を放すんだ、良いね」 抜け目無くタバサが無事な左手で持っていた杖を捨てさせたフーケは、ゆっくりとルイズへと近づきながら、今回の事件に関する説明を始める。 「最初、計画通りに『破壊の杖』を盗んだまでは良かったんだけど、どうにも私には、使い方が分からなくてね。 それなら、使い方が分かる奴に使って貰おうと考えた訳さ。 魔法学院の連中なら知ってると踏んだんだけど……どうやらハズレを引いたみたいだね」 誰に聞かれるでも無く、何故、わざわざ学院に戻り捜索隊が出るように仕向けたかを話すフーケに、自分を庇い重症を負ったルイズを抱いていたキュルケは、ふつふつと怒りが込み上げてきていた。 「そんな……そんなくだらない理由で―――!!」 「くだらないなんて、とんでもない。 使い方の分からないマジックアイテムなんて、杖を持ってないメイジみたいなものよ。 価値なんてありゃしない」 まぁ、あんた達には分からないでしょうねぇ、と呟くフーケを、射殺さんばかりに睨むキュルケの唇は、怒りのままに噛み締められ、真っ赤な血が滴り落ちている。 「正直、ゴーレムを倒した手並みは見事だったけど、詰めが甘いよ。 来世では、きちんと最後まで気を抜かないようにね」 目付きを鋭くしたフーケが呪文を解放しようと、杖を、気付かれないように摺り足で移動していた才人に突きつける。 「まずは、あんたからだよ!」 そう言い、解放しようとした瞬間、フーケは咄嗟に後ろに下がった。 キュルケの腕に抱えられていた少女が立ち上がり、自分の方へ、そのか細い腕を向けた為に。 「何のつもりだい? まさか、杖も無しに私に戦いを挑む気なの?」 「そのまさかよ『土くれ』 私はこれからあんたを倒すわ」 右肩が砕かれ、その他の箇所にも岩石が当たり、呼吸をするのもやっとだと言うのに、ルイズは普段通りの口調とテンポで言葉を紡いでいた。 「どうして貴族様と言うのは、こう負けず嫌いなのかね?」 やれやれと言わんばかりに杖を構えるフーケに対し、ルイズは、それは違うと首を振る。 「確かに……あんたにここまでされたのは癪よ。だけど、私が、今、立ち上がっているのは、それとはまったく関係無い。 私はね、フーケ。何よりも自分の理想を汚すのが、一番耐えられないから、立ち上がっているのよ」 前だけを見据えて、桃色の少女は言う。 「理想?」 「えぇ、敵に後ろを見せず、例えその先にあるのが死だとしても、毅然として立ち向かう。 ――――――それが、私が求める理想よ」 一歩、さらに前へと踏み出し、フーケに近づくが、体重を支え、地を蹴る為の足は小刻みに震え、もう、すでに限界に来ている事を告げている。 「理想ねぇ……勝てない敵に……必ず死ぬと分かっている者に立ち向かうのは、そんなに大層なもんじゃない。 ただの無謀と言うんだよ」 「無謀だからと言って、その場から逃げたなら人間は人間じゃなくなる。 その辺の家畜と変わらなくなるわ。 理想あっての人間。理想を実現する過程が、人間が生きるべき、最も尊い道。 私は、絶対に其処から外れるのは嫌。外れてなんかやらない。外れるものですか―――!!」 声は力となり、限界のはずの足を動かす。 前へと、己が敵を打ち倒す為に、ただ、只管に前へと。 「なら、その道で果てな!!」 フーケの杖から魔法が炸裂する。 その魔法は、ルイズの足元の土を一気に氷柱のように変化させ、そのままルイズの心臓を貫こうとする。 キュルケは、友人が死んでしまう現実に、顔を覆った。 タバサは、やっと見つけた希望が潰えるのに、絶望を顕わにしていた。 才人は、初めて見る死と言う事象に呆然としていた。 故に、この状況で動くのはただ一人。 「なっ!」 確かに桃色の髪をした少女に気を取られ、他の連中に対しての警戒が散漫になっていたのは認める。 認めるが、フーケは目の前の現実が信じられなかった。 崩れ落ちる少女の身体。 支える白の使い魔。 そして、粉砕された土柱。 「マッタク、君ノ成長速度ニハ呆レルシカナイナ。マサカ、一週間足ラズデ、エンリコ・プッチト同ジ程ノ精神ノ強サヲ持ツトハ…… 『世界』ノDISCヲ扱ウノニ三年ハ月日ガ必要ダト言ッタガ、ドウヤラ、ソノ認識ハ改メナケレバナラナイラシイ」 ルイズと同じだけの負傷を負っているはずのホワイトスネイクだが、その口調には隠し切れない喜びの韻が、確かに含まれていた。 それは、主が自分の望む強さに辿り着いたが故の喜びか。 歓喜に吼えるホワイトスネイクに、ルイズは、こいつを召喚してから一週間と一日しか経ってないんだなぁ、と現状とは違う事を考えていた。 「死に損ないが! 潰れな!!」 右肩が砕け、口から血を溢しているホワイトスネイクに、フーケは残りの魔力を総動員して作った、10メイルのゴーレムを嗾ける。 先程のゴーレムに比べれば、遥かに力は落ちるが、それでも亜人一匹殺すには十分過ぎる戦力のはずだ。 だが――― 「―――俺を忘れんな」 四肢を切り落とされ、ダルマにされるゴーレム。 その横には、剣についた土を振り払う黒髪の少年の姿。 硬直していた才人の頭が、ようやく再起動を果たしたのだ。 2対1 自分にとって不利な状況になってしまった事に気がついたフーケは、ダルマになったゴーレムに先程のゴーレムにした命令と、まったく同じ命令を下す。 この距離では、自分も被害が被るが、命には代えられない。 顔を腕で覆い、頭への被弾を防ぐような格好をしたが、それはまったくの無駄であった。 ルイズを支えていたホワイトスネイクは、即座にルイズから離れ、爆発寸前のゴーレムを左手と両足だけで完璧に粉砕したからだ。 その速さと破壊力は、明らかに人型のどの生物をも超越していた。 「……化け物」 フーケが思わず呟いたその一言に、ホワイトスネイクは、鼻を、フンと鳴らす。 奇しくもそれは、最近のルイズの癖に酷似していた。 「化ケ物カ……悪クハ無イナ。少ナクトモ、貴様ノヨウナ者ト同列ニ見ラレナイダケナ」 嘲るようにそう言うと、ホワイトスネイクはフーケの傍まで歩き出す。 フーケは、即座に踵を返して逃げようと走り出したが、彼女を守るべき泥人形が居ない今となっては、逃げられるはずも無い。 すぐに追いついた才人が、足を引っ掛けてこけさせて、フーケの杖を奪い取る。 無様に転んだが、それでも逃げようとするフーケの足をホワイトスネイクは掴み、持ち上げる。 「離しなさいよ、この!!」 「良イダロウ」 宙吊り状態になっても抵抗していたフーケを、遥か高く空中に放り投げ、落下してくるその身体に、拳を叩き込む。 何度も、何度も、何度も、何度も。 「おい! もう良いだろ! 止せ!!」 才人の声に、殴るのを止めたホワイトスネイクの横に、フーケの身体が落下する。 その身体には、幾重もの青痣が刻まれ、口元からは血が滲み出ていた。 「大丈夫なのかよ?」 「心配ナイ。死体ニナッテハDISCヲ取リ出セナイカラナ。急所ハ全テ外シテアル」 そういう問題じゃねぇだろ、と呟く才人の声に返答せず、 ホワイトスネイクは、殴打によって意識が無いフーケの頭から一枚、DISCを取り出す。 「貰ッタゾ……貴様ノ才能」 吐き捨てるように言葉を浴びせたホワイトスネイクは、さっそくそれをルイズに渡そうと振り返ると、桃色の少女は赤髪の少女の膝枕で気持ち良さそうに目を瞑り、意識を深い闇の底へと沈ませていた。 「どうやら終わったみたいね」 ルイズが起きないように、小さな声で言うキュルケの言葉に、才人とホワイトスネイクが同時に頷く。 フーケを戦闘不能に追い込み、『破壊の杖』の奪取にも成功した。 これは、文句なしの大成果である。 「帰還」 合図をし、風竜を呼び寄せたタバサに、一同はそれぞれの負傷を庇いながら風竜へと乗り込むのであった。 「それにしても……ミス・ロングビルが『土くれ』だったとはのぅ」 学長室で自慢の髭を擦りながら呟くオールド・オスマンは、物凄く残念そうである。 秘書として完全無欠、おまけに尻の触り心地も最高だったと言うのに、解雇しなければいけない事を、彼は本気で嘆いているのだ。 「いや、しかし、よくやってくれた、皆の者。 君たちのシュヴァリエの爵位申請を宮廷に提出しておいた。 あぁ、ミス・タバサは、すでにシュヴァリエじゃったから、精霊勲章の授与を申請しておいたぞい」 パイプの煙を吐き出しながら告げられた内容に、オスマンの元へ報告に来ていた、ルイズ、タバサ、キュルケの三人は顔を綻ばせた。 いや、タバサは何時も通りの無表情であったが。 三人共、フーケに負わされた怪我は、オスマン自ら治療を施し、ルイズに至ってはタバサ戦から長引いていた両腕と両足の怪我も完璧に完治していた。 「さて、ミス・ヴァリエールには、もう一つご褒美じゃ。 君に対して科せられていた謹慎処分を、現時点を持って取り消すとする」 オスマンの威厳がたっぷり込められた言葉に、ルイズは目を丸くした。 「あの……まだ期間はありますけど?」 「じゃから、ご褒美じゃと言ってるじゃろ。 確かに間違いを犯したと言う事実を消す事は出来ない。じゃがな、ミス・ヴァリエール。 消す事は出来んが、正しき行いによって払拭する事は出来る。つまりそう言う事じゃ」 呵々とその辺に居る爺さんとまったく変わらない笑い声に、ルイズは深く頭を下げた。 「ありがとうございます……オールド・オスマン」 「良い良い。さて、諸君。今宵の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。 主役は勿論、フーケを討伐した君達じゃ。楽しんでくれたまえ」 三人は元気良く、はいと返事をすると、学長室から退室する。 オールド・オスマンは、誰も居なくなった部屋で、一人パイプを吹かしながら、惜しいのぅと呟いた。 「ねぇ、ホワイトスネイク」 自室に戻り、舞踏会の為のドレスに着替え始めたルイズは、自分が完治した事により、怪我が癒えた使い魔の名を呼ぶ。 ホワイトスネイクは椅子に座り、奪ったばかりのDISCを手で弄んでいたが、ルイズの声に顔を上げ、彼女の方を見る。 「ドウシタ、ルイズ?」 ホワイトスネイクの声に、ルイズは何かを言おうと口を動かすが、途中で止める。 言おうか言うまいか迷っている、と言った様子だ。 そんなルイズの様子に、ホワイトスネイクは不思議そうに首を傾げた。 「ドウシタト言ウノダ、ルイズ。何カ言イタイ事ガアルナラ、ハッキリ告ゲタ方ガ良イ」 「―――分かった、言うわ。あのね、ホワイトスネイク。 …………エンリコ・プッチって、誰?」 真剣勝負寸前の武士のような顔で告げられた内容に、ホワイトスネイクは拍子抜けしたが、すぐに、そういえば、まだ話していなかったな、と思い出した。 「エンリコ・プッチトハ、私ノ元本体。私ヲ生ミ出シタ言ワバ、父デアリ、母親ダ。 彼ノ精神ノ象徴ガ私デアリ、故ニ彼ハ私ヲ100%使イコナス事ガ出来テイタ」 懐かしむように語り始めたホワイトスネイクを、ルイズは怒りとか悲しみとか、とにかく、そういうのがごちまちゃになった表情で、彼を見つめていた。 「私ハ彼デアリ、彼ハ私デアッタ。彼ノ望ミハ、私ノ望ミ。彼ノ悲シミハ私ノ悲シミ。 イヤ、スタンドデアル私ニ、悲シミヤ怒リナドト言ッタ感情ハ無イカラ、私ガ感ジテイタ悲シミヤ苦シミハ、彼ノ感情ダッタノダロウナ」 「ホワイトスネイク……貴方……」 その人の所に戻りたいの? とルイズは聞けなかった。 何故なら、プッチと言う男を語る彼の眼は、故郷を懐かしむ人間のそれであったから。 「シカシ、ルイズ。何故、コンナ事ヲ聞ク?」 「別に……他意は無いわよ。 ただの知的好奇心ってやつかしらね」 素っ気無く、ルイズはそう答えると、さっさと部屋から出て行った。 ホワイトスネイクは、何処かおかしげな本体の様子に首を捻るしかなかった。 「ヴァリエール公爵が皇女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~~り~~~~~!」 白を基調としたドレスに身を包み登場したルイズに、魔法学院の生徒達は、皆、大口を開けていた。 普段『ゼロ』とか無能呼ばわりしていたはずの娘が、着飾ればここまで美しかった事を、誰一人予想していなかったからだ。 「僕とダンスをご一緒しませんか?」 「いえ、ここは私と」 「何を言う、ヴァリエールは俺と踊るんだ」 がやがやと自分の回りに集る男子生徒にルイズは、人間とはこうも簡単に手の平を返せるものかと、一種の感心さえしていたが、今まで自分の事を蔑んできた者と踊る趣味など、ルイズは持っていなかった。 最初の頃は、諦めずに粘る生徒も居たが、頑ななルイズの態度に、一人、また一人と居なくなり、とうとう、ルイズの回りから生徒達は完全に居なくなった。 「良かったのかよ、断って」 「良いのよ、あんな連中と踊る身体なんか持ち合わせてはいないわ」 軽食とワインをお盆に載せて付き従う才人の言葉に答えると、 ルイズの足は自然と、誰も人の居ないバルコニーへと向かっていた。 「ホワイトスネイク」 バルコニーに出ようとする所で、ルイズは自分の使い魔を呼びつける。 「今日は、あんたが一番のお手柄だから、今だけは私の傍を離れるのを許すわ。 パーティー、存分に楽しみなさい」 そう言い、さっさとバルコニーに出るルイズの後姿は絶対に着いて来るな、ホワイトスネイクに告げていた。 「おい!」 慌てて後を追う才人であったが、主の意図を汲み取ったホワイトスネイクは、暫くテラスを見つめていたが、やがて、パーティーの喧騒の中に紛れていった。 「どうしたのだよ、お前」 「……別にどうもしてないわよ」 バルコニーの手すりに寄り掛かるルイズだが、その顔は誰が見ても曇っているようにしか見えない。 「あのなぁ、そんな顔でどうもしてないとか言われても、はいそうですかって言えねぇんだけど」 呆れたように溜め息を吐く才人に、ルイズはムッとしたのか柳眉を逆立てたが、すぐにそれも元通りとなってしまう。 こりゃ、重症だなと才人は頭を掻く。 先程の様子では、ホワイトスネイクと何かあったらしいが、訳を知らない自分に出来る事など無いに等しい。 なので、とりあえず、その無きに等しい自分に出来る事を、才人はする事にした。 「ホワイトスネイクの事で悩んでるだろ」 「―――ッ! なんで……?」 「お前な……あいつにあんな態度取ってたんだから、丸分かりだっつうの。 まぁ、あいつの何で悩んでるかまでは分からないけどさ」 ルイズは、あっさりと自分がホワイトスネイクについて悩んでいる事を言い当てられたのに、手すりから離れ才人の顔を正面から見た。 「うちの親父が言ってたんだ。誰かについて悩んでる時って言うのは、その人の事を信じられなくなっているからって。 あ~、要するにだな。ホワイトスネイクを信じてやれよ。 一体、何で悩んでるか知らないけど、俺が見る限り、あいつはお前の事を本当に大切に思っているよ。 そんな奴の事を、信じられないのか?」 私が……ホワイトスネイクを、あいつを疑っている? そんなはずは無い。自分に対して常に忠実であり、裏切る事など初めから思考回路に存在しない、あいつを、どうして疑わなければならな―――――― ――――――その人の所に戻りたいの?―――――― っ! そうだ、自分は聞けなかった。 もし、帰りたいと告げられた時、一体、どんな顔をすれば良いのか分からなかったから…… いいや、それも違う。 そんな事を考えたく無かったから。 ホワイトスネイクが自分の元から居なくなるなんて、想像もしたくなかったから。 自分を底辺のさらに底から助けてくれた者を、失いたくは無かったから。 だから、私は聞けなかった。 ホワイトスネイクが、自分では無く、元本体を取ると疑ったから、私はあいつに聞けなかった―――っ!! 「サイト!!」 「はっ、はい!!」 「……ありがとう。あんたのお陰で目が覚めたわ」 「はっ?」 呆ける才人をその場に置いて、ルイズはパーティーの喧騒に紛れて行った使い魔の所へ走っていく。 「元気だねぇ、まったく」 二人の会話に口を挟まなかったデルフが、やれやれと呟いた。 ルイズと別れたホワイトスネイクは、特にこれと言ってやる事が無かったので、ぶらぶらと会場をうろついていた。 回りの学生達は、奇妙な姿をしたホワイトスネイクにこそこそと陰口を言っていたが、彼には関係無かった。 どれだけ蔑まれようが、どれだけ侮られようが、その事に関して怒りを感じたり、何らかのアクションをホワイトスネイクが取る事は無い。 これが本体への侮辱であるならば、話は別だが。 ともあれ、今宵のルイズの美しさは、使い魔が奇妙な姿である事を差し引いても、蔑まれる事が無い程であり、ホワイトスネイクの被害者は今のところ0名である。 「奇遇」 会場に設置されたテーブルの近くを通ったホワイトスネイクは、何の肉なのか良く分からない巨大な肉を喰らうタバサに話しかけられた。 普段の彼ならば、軽く無視するのだが、今は暇を持て余している身分なので、左手を上げて挨拶を返す。 「美味」 「残念ダガ、食物ヲ取ル必要性ガ私ニハ存在シナイノデナ」 差し出された料理を断ると、タバサは残念そうにもぐもぐと料理を胃袋に収め、 丸く透き通った瞳でホワイトスネイクの顔を覗き込んだ 「ナンダ?」 何か聞きたい事がある事を察し、どうせ暇だからと聞き易いように自分から話を振ると、タバサはゆっくりと口を動かす。 「ありがとう」 「別ニ、オマエヲ救ウ為ニ、フーケヲ倒シタ訳デハ無イ」 詰まらなげに呟くホワイトスネイクの言葉に、あえてタバサは何も言わなかった。 ただ、感謝の言葉を口にしただけで満足なのか、蒼色の髪を揺らしながら、テーブルの料理をお腹に詰める作業を再開する。 ホワイトスネイクは、そんなタバサの背中を見つめていたが、やがて、その場から立ち去った。 次にホワイトスネイクが出会ったのは、多くの男子生徒と会話とダンスを楽しんでいたキュルケだった。 彼女は、生徒の垣根を越えてホワイトスネイクの前に立つと突然、その頭を下げた。 キュルケが亜人に頭を下げた事に周囲の生徒達はざわめいたが、キュルケはそんな事、気にも留めずに、先程のタバサと同じように感謝の言葉を口にした。 「ありがとうね、貴方のお陰で色々と助かったわ」 「解セナイナ。オマエヲ助ケタノハ、ルイズダロウ」 「あぁ、今日の事じゃないわ。切っ掛けはどうあれ、貴方が来てくれたお陰で、私は自分がしてきた事に気がついて、ルイズに謝る事が出来た。 本当にありがとう。貴方のお陰で、私はルイズと本当に親友になれた気がするわ」 そう言って、生徒達の中心に戻るキュルケに、ホワイトスネイクは何かを言おうとしたが、結局止めた。 まったく、変な日である。 まさか、本体では無く、自分が人から感謝の言葉を受けるとは思ってもいなかった。 初めての事に戸惑いながら、歩いていた彼は、軽快な音楽を奏でている楽師達の前に来ていた。 そこは楽師達と近く喧しい事から人は居なく、ホワイトスネイク一人だけである。 「―――こんな所に居たのね」 周囲から隔離されたように人が居ないその場所に、もう一人の人物が現れる。 その人物は、桃色の髪をしたルイズと言う少女であった。 ルイズは、静かにホワイトスネイクに近づく。 丁度、楽師達は次の演奏の打ち合わせで音楽を鳴らしていない為に、人々のざわめきが唯一のBGMだ。 「あのね……ホワイトスネイク」 学生の声に紛れるような小さな声。しかし、込められた思いの大きさ故に、耳まで届く音。 「私…………貴方に聞きたい事があるのよ」 意を決したように紡がれる音に、ホワイトスネイクは無言のまま耳を傾ける。 どれだけ小さな音であろうと聞き逃す事が無いようにと。 「エンリコ・プッチの……貴方の元本体の所に……………………戻りたい?」 「マサカ」 即答だった。 吟味も、考慮も、何も無く、ホワイトスネイクは脊髄反射のように答えた。 あまりの速さに、ルイズは問い掛けたままの形で彫刻となっていた。 「何ヲ考エテイルカト思エバ……ソンナ無駄ナ事ダトハナ…… 良イカ、ルイズ。私ノ今ノ本体ハ一体誰ダ? 私ヲ具現シ、従ワセテイルノハ誰ダ? 私ノ力ヲ使イ、自身ノ望ミヲ叶エテイルノハ誰ダ? 言ウマデモ無イ。ソレハ君ダ、ルイズ。 君ガ私ヲ従ワセ、君ガ私ヲ形作リ、君ガ私ヲ運用スル。 ソコニ疑問ヲ挟ム余地ナド在リハシナイ。ハッキリト言オウ、ルイズ。 君ガ、私ノ本体デ在ル限リ、私ハ君ト共ニ在リ続ケル。 ソレトモ何カ、君ハ私ノ本体デアル事ニ嫌気デモ差シタノカ?」 「そんなこと無い!! 貴方の主で居る事を嫌だなんて思った事なんて、私、一度も無い!!」 「ナラバ、私ト君ノ関係ハ未来永劫安泰ダ。 君ト言ウ存在ガ、コノ世カラ消失スルマデ、私ハ君ト共ニ在ル事ヲ誓オウ」 赤面モノな台詞を面と向かって言われたルイズは、顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせている。 「あっ、あっ、当たり前じゃない!! あんたは、わっ、私のつ、つ、使い魔なのよ! 嫌だって言ったって、いっ、一生扱き使ってやるんだから!!」 なんとか本心を隠したつもりのルイズであったが、その様子は、ばっちりと他の生徒達に見られていた。 その生徒達の中でキュルケはくすくすと、タバサは興味津々と、才人は呆れた風に肩を竦めて、素直では無い少女を見守るのであった。 第十話 前編 戻る 第十一話
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1061.html
ルイズの朝の目覚めは酷く遅かった。 それと言うのも、昨日のホワイトスネイクの『記憶』をDISCとする能力について詳しく聞いていた所為である。 「あー、この時間じゃあ、朝ご飯には間に合わないわね」 「私ハ、何度モ警告ヲ与エタ。ソレヲ無視シタノハ、ルイズ、君ダ」 ベッドで寝覚めたルイズの隣に、ホワイトスネイクは悠然と存在している。 その事実が、ルイズに不思議な安心を与えていた。 絶対なる力が自分の管理下にある、優越感による安心。 それがあんまりにも心地良くて、遅刻しそうなっているはずが、 ルイズの口元は油断すると緩みそうであった。 「っと、いけない。授業にまで遅刻したら流石にマズいわね」 すでにホワイトスネイクによって用意されていた着替えに、袖を通し着替えを始める。 ルイズが着替えている間、ホワイトスネイクは部屋の窓を開け、右手にDISCを一枚創りだす。 その様子を、ルイズは着替えの片手間にちらりと流し見た。 昨日の夜、ホワイトスネイクは自分の能力の他に、自分がどのような存在であるかも語り始めた。 『スタンド』 傍に立つ者と言う意味を持つその単語で表すエネルギー体であると言う言葉に、最初は半信半疑であったルイズだが、ホワイトスネイクが自分の考えたままの行動をし始めてから、『スタンド』の存在を信じるようになっていた。 自分自身の命令で動く使い魔。 しかも、その命令の伝達スピードは凄まじく、まるで自分の身体のようだとルイズは思った。 まぁ、真実、自分の身体な訳だったのだが。 ともあれ、ホワイトスネイクはどんな命令であれ従うし、能力的にもルイズに不満は無い。 まさに、彼女にとってホワイトスネイクは完璧な使い魔であった。 「さてと……そろそろ行くわよ」 着替えを終え、杖を右手に持つと扉には向かわず窓際へ向かう。 窓の外は晴々とした天気で、そろそろ授業の始業時間であることを告げていたので、ルイズは溜め息を吐き、少し急ぐことにした。 「ホワイトスネイク」 「可能ダ」 考えている事を察した自分の使い魔に、頬が緩みそうになったが、それに耐え、凛とした表情でルイズは窓からその身を投げ出した。 それに従うように、ホワイトスネイクも落ちていく。 堕落の中、ホワイトスネイクがルイズの身体を左腕でルイズを抱え、右手でDISCを寮の外壁に押し付ける。簡単なブレーキと言うやつだ。 部屋の窓から身を投げて、僅かに三秒弱。 十分に減速した速度で着地したホワイトスネイクの腕の中で、ルイズは満足げに呟く。 「まぁまぁね」 それは、素直ではないルイズの最上級の褒め言葉であるが、ホワイトスネイクに褒められて嬉しいと言う感情は存在しない。 「ほら、次は教室まで急ぎなさい」 抱えていたルイズを今度は背中におんぶして、ホワイトスネイクは草原を走り出した。 「良かった……ギリギリ間に合った……」 朝食は食べ損ねたが、なんとか授業には間に合うことが出来た。 ルイズは、小さな胸をほっと撫で下ろし、適当な椅子に腰掛けた。 ホワイトスネイクはと言うと、教室前でルイズを降ろした為、彼女の後ろに立ったままだ。 「………………」 「………………」 沈黙が重たい。 急いでいた為、ルイズは気が付かなかったが、ルイズとホワイトスネイクが教室に入ってきた瞬間、今まで雑談をしていた生徒達が一斉に喋るのを止めたのだ。 彼らは皆、昨日のマリコルヌがミンチ寸前にまでされるのを見ていた。 ―――目を付けられたらどうなるか分かったものじゃない。 教室に居た生徒の大多数はそういう思考であった。 無論、大多数と言うことは、そうは思っていない者も勿論居る訳で…… 「おはよう、ルイズ」 情熱で着色したように赤い髪に、それを一層引き立たせる褐色の肌と豊満な胸を合わせもった女生徒の挨拶に、ルイズは満面の笑みで返事をした 「おはよう、キュルケ」 その微笑みに、キュルケは違和感を覚えた。 家柄同士、憎みあう仇敵である自分に微笑むこともそうであるが、それ以上に、今朝のルイズは昨日までとは何かが違った。 「なあに、今日の貴方、ずいぶんご機嫌じゃない」 「そうかしら?」 「そうよ。そんなに使い魔がきちんと召喚できたのが嬉しかったの?」 「別に、使い魔が召喚出来たのが嬉しかった訳じゃないわよ」 これは嘘。ルイズは使い魔が出てきた事に心底喜んでいた。 最も、ホワイトスネイクの能力を知った今となっては、使い魔を召喚した喜びではなく、ホワイトスネイクを召喚した喜びに摩り替わっているが。 キュルケは、そんなルイズの嘘を簡単に見抜いていた。 伊達に一年間、家の因縁とか理由を付けてストーキングをしていた訳ではない。 ルイズの陳腐な嘘など、キュルケには丸分かりなのだ。 あんな亜人でこんなに喜んでいるなら、自分の使い魔を見せたらどんな顔をするのかしら? そんな思考が、キュルケの頭を過ぎり、すぐに自分の使い魔を呼ぶ。 無論、自慢する為にだ。 「そうなの……あ、そうそう、紹介するわ。私のフレイム。 どう、この尻尾。ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ」 「ふ~ん」 大して興味の無さそうに返事するルイズに、キュルケは眉を顰めた。 予定ならばここで苦々しげな顔をして、羨ましくなんか無いと言うオーラ全開の、意地っ張ルイズを見ることが出来たのだが、ルイズはこちらに全然興味を持っていない。 「羨ましくないの?」 思わず、キュルケはそう聞き返してしまった。 ルイズの召喚した亜人なんかより、こちらの方が絶対に良い使い魔なのに。 その思考から出された言葉に、ルイズは何を言っているんだ、こいつは? と言う視線をキュルケに返す。 「なんで、私が羨ましがらないといけないのよ?」 自尊心からではなく、本当に、ルイズは不思議そうに聞き返してくる。 それにキュルケは、ホワイトスネイクに視線を向けた。 どうやら、この使い魔。見た目以上にルイズの心を掴む何かがあったらしい。 その何かが、自分のフレイムよりも優れていて、その所為でルイズが羨ましがらない。 知りたい。 ルイズが、自分の使い魔をサラマンダーよりも上位に置いているその理由を知りたいと思い、 ルイズに訊ねようとした時、丁度良く扉が開き、担当の先生が教室に入ってきた。 仕方なく、追求の手を中断するしかないことにキュルケは不満だったが、 昼食の時に聞けば良いかと、席へと戻った。 ルイズは、勤勉な生徒だ。 自身の属性が分からない為、どの属性の授業もきちんと聞き、授業態度も非常に良い。 それなのに、今日のルイズは何時もと違った。 ホワイトスネイク。彼が居る為であった。 (ちょっと! あんたの方も気合入れなさいよ!) (無茶ヲ言ウナ。本来デアルナラバ、私ノ視覚ヲ本体ガ感ジル事ハ、意図モ簡単ニ出来ル事ノハズナノダゾ) (何よ、それって私が駄目な奴って言ってるの!?) (違ウ。昨日モ、言ッタガ、『認識』ガ足リナイ。モット、当然ト、出来テ当タリ前ト思ウノダ) 昨日の夜は、一瞬しか出来なかった。視聴覚への同調。 授業時間を使って、その練習をしているルイズであったが、ぶっちゃけ、うんうんと唸って五月蝿い。 「ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが、そんなルイズの態度に気付き、注意をしようと声を掛けたが、ルイズは気が付かない。 「ミス・ヴァリエール!!」 もう一度、今度は大きな声を出し名前を呼ぶと、ルイズはビクッと跳ねて立ち上がった。 教室中の視線が自分に集まっている事に気付き、顔を真っ赤にして座るが、シュヴルーズは、そんなルイズに前に出てくるように告げた。 「貴方が努力家であると言う事は、他の先生に聞いています。 さぁ、この石を貴方の錬金したい金属に変えてごらんなさい」 他の生徒からは止めた方が良いと野次が飛ぶが、それは、ルイズの負けん気を刺激するスパイスにしかならない。 (あんな凄い使い魔が召喚出来たのよ! 錬金なんて目じゃないわ!!) そう、なんと言っても自分の使い魔は『心』を操り『記憶』をDISCに変える使い魔。 そんな使い魔を召喚した私が、錬金程度できなくてどうする!! 心から成功を確信し、杖を振り下ろすルイズ。 結果は、全てを薙ぎ払う爆発であった。 散らかった机の破片や爆発により砕けた硝子をホワイトスネイクは器用に片付けていく。 その様子を、ルイズは椅子に座って、ぼ~と見ている。 きちんとした使い魔は召喚できた。 召喚できたのに、何故、自分の魔法は一向に成功しないのか。 ルイズは、本当に疑問に思っていた。 自分はゼロなのか? No 何故なら、自分は使い魔を召喚している。 しかも、あんなに素晴らしい力を持っている者を。 では、何故失敗するのか。 ……それはきっと……自分が悪いから? 「ソレハ違ウ」 掃除をしていたはずのホワイトスネイクが何時の間にかルイズのすぐ傍にまで接近していた。 ルイズは、掃除していない事に怒るよりも、ホワイトスネイクの言葉が耳にこびりついて離れない。 「違うって……何が違うのよ」 「ルイズ、君ガ悪イカラ、他ノ連中ノヨウナ事ガデキナイノデハナイ。 君ハ、ソウイウ役割ナノダ。兵士ニ兵士ノ役割ガアルヨウニナ」 「何よ……それって、魔法が使えないのが、私の役割だって言うの…… ふざけないで!! そんな、そんな訳無い!! 魔法が使えないのが私の役割な訳無い!!」 ルイズの怒声に、ホワイトスネイクは何も言わなかった。 世の中には、自分が役割を演じていることすら知らずに居る人間が過半数だ。 別に、彼は自分の本体に、その少数になれとは言わない。 ただ、本体が自分の役割に満足していないのであれば、その欲求を満たすのもスタンドである自分の役目。 「自分ノ役割ガ不満デ、アルナラバ、ソノ場合、話ハ簡単ダ。 欲シイ役割ヲ他人カラ奪エバイイ」 「……奪う?」 随分と物騒な単語にルイズは思わず聞き返す。 役割を奪う……一体、どういうこと? 「生物トハ『記憶』ノ集合体ダ。誰モ彼モガ、ソレヲ知ッテイナガラ『認識』シテイナイ。 マァ、ソンナコトハ、ドウデモイイ話ナノダガナ。 重要ナノハ、先モ言ッタヨウニ、生物ガ『記憶』ノ集合体デアルトコロダ。 ドンナ些細ナ事デモイイ。例エバ、トイレデ、ケツヲ拭ク時ニハ、ミシン目デ紙ヲ切ルトカ、ソンナ些細ナ事モ『記憶』ガアルカラ出来ル事ダ。 ココデ、ルイズ。君ニ質問ダ。 素晴ラシイ料理人ガ居タトシヨウ。彼ノ作ル料理ハ人々ノ舌ヲ満足サセル。 モシモ、ソノ料理人カラ、人々ヲ満足サセル料理ヲ作レル『記憶』ヲ抜イタラ、ドウナルト思ウ?」 「そんなの、作れなくなるに決まってるじゃない」 幾ら腕の良い料理人もレシピも無しには料理は作れない。 同様に、その美味しい料理を作れると言う事実を忘れているのならば、美味い料理なんて作れるはずがない。 ルイズの返答に、ホワイトスネイクは、勉強を教えた子供が、初めて自力で問題を解いた時のように満足げに頷き、そこから、さらにもう一つの問いを口にした。 「デハ、ソノ『記憶』ヲ何モ知ラナイ、何モ作レナイ人間ニ与エレバドウナル?」 先程の問題を飛躍させたものだが、簡単過ぎる問題だ。 記憶が無くなれば作れない。 ならば、記憶があれば作れるようになるに決まってるじゃないか。 「そりゃあ、美味しい料理が作れるように――――――」 答えを形にしている最中、ルイズは止まった。 1秒・・・2秒・・・3秒・・・4秒・・・5秒 きっかりと静止時間5秒を体感した後、錆びた歯車のように不自然に口が動き始める。 「まさか……うぅん、でも、そんなことって……」 うわ言のように漏れる言葉。 それは、否定できないモノを否定する言葉であり、ホワイトスネイクが告げた事が、ルイズにとって、どれだけショッキングなのか、端的に表していた。 そんなルイズの耳元へ囁くように、ホワイトスネイクは優しく語り掛ける。 「君ガ『魔法』トイウモノニ拘ッテイルノハ知ッテイル。 ドレダケ君ガ辛イカモナ。何セ、私ハ君ナンダカラナ。 ナア、ルイズ。トテモ簡単ナ事ナンダ。 君ガ、一言、私ニ命ジテクレレバ、スグニデモ、君ハ新シイ役割ガ手ニ入ル」 その囁きは悪魔の囁き。 だが、ルイズにとっては天使の福音に其の物。 目の前に渇望してやまない物を出され、それを断れる人間など、どれ程居るのだろうか。 少なくとも、ルイズはそれを断れる人間では無かった。 キュルケが、アルヴィーズの食堂で頑張って鶏肉を頬張っているルイズを見つけたのは、昼食の時間が始まってから半分程した頃だった。 パクパクと、小さな口に鶏肉を一杯に頬張っているその様子がリスのようで、下品と言うように感じないのは、ルイズの容姿の所為であろう。 ともあれ、キュルケはルイズに近づこうと足を動かし―――その場で止まった。 なんというか……血走っている。 何がと言うと、ルイズの目がである。 獲物を狙う狩猟者のように鋭い目付きで、鶏肉をがっつきながら、辺りを見回している。 そんな彼女の後ろには、ホワイトスネイクが教室の時と同じように、威圧感を撒き散らしながら存在していた。 声を掛けるのも、近づくのも躊躇われる。 そんな雰囲気を身に纏うルイズに、キュルケは首を軽く振って近づいていった。 「今朝の爆発は、また一段と凄かったわねぇ」 フランクにからかいの言葉を掛けると、ルイズは食べていた鶏肉を皿に置き、口元を拭いながら立ち上がり、自分よりも背の高いキュルケを睨み上げた。 「何、なにか反論でもあるの?」 「――――――ッ!」 反論したくても、反論できない。 何せ爆発したのは事実なのだ。幾ら言葉を用いた所で、その事実を変えることは出来ない。 苦々しげにルイズは、椅子に座り食べ掛けの鶏肉へと手を伸ばす。 キュルケは、その様子に安堵していた。 やはり、ルイズはこうでないと。 今朝のように、余裕を持った態度ではなく、何時も切羽詰り、怒っていて、それでいて、誰よりも努力を忘れない、そんなキャラクターでないと。 ―――そうじゃないと、可愛くないじゃない まぁ、普通にしている時もお人形みたいで愛らしいんだけどね、と心の中でキュルケは呟く。 ここで、彼女の名誉の為に言っておくが、キュルケは同性愛者ではなく、普通の恋愛を楽しめる、普通な少女(?)である。 ここでの、愛らしいとか、可愛らしいとかは、背伸びして頑張っていくルイズを見るうちに目覚めた、母性本能のようなものだ。 まぁ、からかって、それに対して怒っている表情を見て、可愛いとか思っている時点で、母性本能とは、少しばかり離れている感じもしなくは無いが。 とにかく、ルイズの苦悶の表情は、キュルケの母性を刺激する。 なので、今回も、もうちょっと、その顔を、出来ればもう少し、怒った感じの表情見たいなぁ、のノリで、キュルケは悪ノリして、さらにからかいの言葉を掛けようと口を開くが 彼女は知らなかった。 その一言が、自分とルイズの間に、決定的な溝を作ることを。 「まぁ、これ以上責めるのも可哀想ね。例え、使い魔を召喚出来たとしても、『ゼロ』なんだからね」 キュルケには罪は無い。 何時もと同じノリで、軽く、飽くまで軽く口から出た言葉は、何時ものようにルイズの堪忍袋の尾を刺激して…… 「ホワイトスネイク!!!」 プッツーーーーーンと、小気味良い音と共にぶち切れたのだった。 それをキュルケが避けられたのは、奇蹟だった。 突然、鼻がむず痒くなり、人前だと言うのに大きなくしゃみをしてしまった。 くしゃみの反動で下がる頭―――その頭の上、僅か数ミリの所をホワイトスネイクの右手が通り過ぎた。 「えっ?」 最初、キュルケは何をされたのか分からなかった。 ただ、目の前、もう掠っても良い所をルイズの使い魔の右手が 恐るべき速さで自分の頭があった場所を薙ぎ払っていた事だけを認識して、あれに当たっていたら、頭なんて簡単にぐしゃぐしゃになるだろうなぁと場違いな事を思い浮かべていた。 「ちっ」 初撃を外した事に対するルイズの舌打ちが耳に届いた時、キュルケはようやく正気に戻った。 懐から杖を抜き、条件反射で魔法を唱えようとしたが、それは遅きに失した行為だった。 「ぐっ!」 杖を手に掴んだ瞬間に、自らの首もホワイトスネイクに掴まれる。 キュルケは自分を見つめるルイズの氷のように冷たい視線と、慈愛を持ち合わせていないようなホワイトスネイクの体温に、この唐突に訪れた事態が、自分の死である事にようやく気が付いた。 「……あっ」 漏れた単音は、一体何を伝えたかったのか。 キュルケ自身も、それは分からなかった。 ゆっくりと流れていく世界。 一秒が一日のような濃密さの死の淵で、キュルケは自分に振り下ろされるホワイトスネイクの左手を見つめ――― 「そこまで」 止まった。 キュルケも、ルイズも、ホワイトスネイクすらも止まった。 先程のルイズの怒声で皆がルイズ達を見ていたが、 誰一人、突然の事態に対応できなかった中で、ここでようやく事態を把握した第三者が出現した。 それに全員の世界が停止したのだ。 そして、その停止した世界を作り出した少女は、無言でルイズの後ろ姿に杖を向けている。 「タ……バサ」 首を掴まれ、呼吸も儘ならないキュルケの声に唐突に現れた少女―――タバサは眉すら動かさず、ルイズに向けた杖を動かさない。 「やり過ぎ」 タバサは、何時ものように自分をからかったキュルケに対する怒りを爆発させたと思って窘めの言葉を簡潔に述べたが、ルイズの身体は動かない。 ただ、静かに、音を立てぬように歯噛みするだけだ。 「ホワイトスネイク!」 怒りも顕わに、ルイズは使い魔の名前を呼ぶと、ホワイトスネイクは一瞬にしてその姿を、この世界から消失させた。 「「!!」」 首を掴まれていたキュルケも、そしてタバサも驚愕に顔色を変える。 ルイズはそんな二人の顔を見て、僅かに気が晴れたのか、 幾分怒りを和らげた表情になっていたが、それでも回りから見れば、十分にプッツンしている表情だ。 その表情のまま、ルイズは皿に残されていた鶏肉を一気に口の中に入れてから、小人の食堂を後にする。 残されたキュルケは、タバサに助けられて立ち上がりながら、言い過ぎた自分の口を恨むしかなかった。 小人の食堂を出たルイズは、暫く無言だったが、食堂から遠ざかるにつれて口の中で何かを呟き始める。 その呟きは、食堂に居た二人の内の、良い所で邪魔をしてくれた蒼い髪をした少女への呪詛の言葉。 「あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女!!」 なんという所で邪魔をしてくれたのだ。 もう少し、後、もうほんの少しで、あの忌々しいツェルプストーの牛女を永久に黙らせて、ついでに自分の望むモノを得られたと言うのに 「先に私を侮辱したのはキュルケなのよ!! 私は侮辱した事に対する報復をしただけなのに、何故止められなければならないのよ!!」 「少シ、落ツ着クノダ。我ガ本体」 「落ち着ける訳無いでしょう!! ほんの少し、あの幼児体型が邪魔に入るのが遅かったら、今頃、私を『ゼロ』と呼んだあの女を始末していたのに!!」 「……我ガ本体ヨ。コウ、考エルノダ。 アノ女ノ無キ者トスルノハ、マダ時期デハ無カッタ……トナ」 「どういう意味よ?」 足を止め、ホワイトスネイクに疑問を投げ掛けると、昨日の夜のように、ホワイトスネイクの長く分かり難い講義が始まった。 「『運命』トハ、時ヲ戻ソウガ、加速サセヨウガ、決シテ変ワル事ハ無イ。 君ガ、アノ女ヲ殺ス事ガ出来ナカッタノモ、ソウイウ運命ダッタカラダ」 「運命?」 「ソウ、運命ダ。 ルイズ。『ナルヨウニシカナラナイ』トイウ力ニ無理に逆ラオウトスルナ。 逆ラエバ、ヤガテハソノ反動ガ君ヲ襲ウダロウ。 ダガ、逆ニ考エルノダ。運命ニ抗エバ、抗ッタ分ダケノ反動ガ来ルノデアレバ ソノ運命ニ抗ワズ、運命ニ乗ルノダ。 ソウスレバ、キット行為スル道モ開ケルダロウ」 「何よ、それ。つまり、今はまだ、私を侮辱したあの女を生かしておけって事?」 ホワイトスネイクの言葉に、ルイズは若干不満げにそう呟くが、確かに思い当たる節はある。 あの時、確実にキュルケに当たると確信していたホワイトスネイクの右手が、偶然、当たらなかった。 偶然……言い換えれば運命となるその言葉に、どうやらキュルケは守護されていたらしい。 「ソノ通リダ。ルイズ、コレカラノ君ハ、運命ノ流レヲ見極メル事ニ力ヲ入レタ方ガ良イ」 「運命の……流れね」 ルイズは顎に手を当てて熟考する。 運命。 自分の使い魔である、ホワイトスネイクは記憶を操るスタンドだ。 だが、そのホワイトスネイクですら、運命は操れないし、見ることも聞くことも出来ない。 ならば、その運命を気に掛けるのは、使い魔の主である、メイジの役目。 「分かったわよ。これからはその事を心に留めとく事にするわ」 正直な話、運命などルイズにはまったく分からないが、それでも気に掛けとくのと、まったく気にしないのでは、どちらが良いか考えるまでも無い。 「ダガナ……ルイズヨ。一ツダケ言ッテオク事ガ―――」 「おぉい! 聞いたか!? ギーシュの奴が平民とヴェストリの広場で決闘するらしいぞ!?」 「聞いた聞いた、なんでもその平民は、この間、ここに来たばかりの男らしいぞ」 「あぁ、あのデザート配ってた奴か。珍しい黒髪をしてたなぁ……顔も結構可愛かったし……」 最後に一つ。 これだけは伝えなければいけない事柄を伝える前に、ホワイトスネイクの言葉は食堂から出てきたらしい生徒達の話し声に中断を余儀なくされた。 一方、ルイズはホワイトスネイクの言葉の続きよりも、聞こえてきた言葉に聞き耳を立てるのに必死である。 「貴族と平民が決闘だなんて馬鹿じゃないの? まぁいいわ、腹の虫は治まってないし、貴族に楯突いた平民の末路でも見て、気でも晴らしましょう」 まるで何処ぞに散歩に行くような気軽さで、ルイズはヴェストリの広場へと向かうが、ホワイトスネイクはそんなルイズの後を追わずに、その後ろ姿を見ながら中断された言葉の続きを口にする。 「ドンナ運命ダロウト……ドンナ因縁ダロウト……ソイツラハ乗リ越エル。 例エ、腕ガ無クナロウガ、例エ、友ガ死ニ絶エヨウガ、奴ラハ諦メナイ。 アノ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者達ハ。 我ガ本体、ルイズヨ。決シテ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者ヲ敵ニ回スナ。 奴ラニハ如何ナル能力モ、如何ナル力モ、勝利スル事ハ出来ナイ」 故に……『黄金の精神』を持つ者を見つけたなら、味方にすることを考えろ。 元本体の結末を思い出しながら、ホワイトスネイクは心の中で、そう付け加えるのだった。 第一話 戻る 第三話