約 438,538 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/826.html
ロングビルを助けたギーシュ達は、ロングビルの治療のためシルフィードに乗ってトリスティン魔法学院に急いだ。 学院に到着する頃、遠くから昇る朝日を見て、キュルケはルイズの身を案じていた。 「早く帰ってきなさいよ…」 ギーシュ達が魔法学院に到着した頃。 ルイズは夢を見ていた。 使い魔品評会の日に、アンリエッタがルイズに会いに来た、その時の夢だ。 メイジの常識で言えば、使い魔の居ないルイズはメイジとして失格だと思われても仕方がない。 そんな自分に、アンリエッタは重要な任務を任せた。 他のメイジ達が聞けば、アンリエッタは気が狂ったのかとでも思われるだろう。 なぜ自分だったのか? おそらく、アンリエッタの周囲には、心から信頼できる人が居ない。 この手紙の件を話せる人が居たとしても、アンリエッタの周囲にいる貴族が『政治』を担っている以上、決して話すことは出来ない。 アンリエッタは、この手紙を交渉の材料として使われることを恐れたに違いない。 だから、『おともだちのルイズ』に任せたのだろうか。 もし、アンリエッタが自分を利用しているとしたら? …関係ない、自分は貴族なのだから、王女の命令に従うのは当然だ。 もし、アンリエッタが自分を利用しているとしたら? …関係ない、アンリエッタになら騙されていてもいい、そう思って引き受けたのだから。 アンリエッタが『おともだち』として自分を信頼してくれているのなら、絶対に生きて帰らなければならない。 でなければ、アンリエッタは友達殺しの罪に、一生苛まれる事になるだろうから。 ルイズの意識が、朝焼けと共に覚醒してくる。 わずかに暗い空に流れ星が流れ、あの時名付けた名前を思い出す。 「スタープラチナ…」 ルイズが呟くと、ルイズの手からもう一本の手が現れた。 その手を握りしめ、開き、また握りしめて、その『感触』を確かめた。 「アルビオンが見えたぞ!」 鐘台の上に立った見張りの船員が大声を上げた。 ルイズは起きあがり、船員の指さす方を見ると、雲の切れ目からアルビオンの大陸が見えていた。 周囲をきょろきょろと見回すと、右舷の方向に何かの影が見えた。 「…?」 雲の切れ目から何かが現れたような気がしたので、その方向に向かって集中力を高める。 するともう一つの目が景色を拡大させる、遠見の鏡で遠くを見るかのように、雲の切れ目がクッキリと拡大されていく。 雲の切れ目から見えたのは、大砲を備えた船であり、輸送船や客船には見えない。 「あの船は何?」 ルイズが船員に聞いたが、船員にはその船が見えないらしく、 「何もありませんぜ」 としか返事は帰ってこなかった。 しかし、その船員はルイズの言葉を嫌でも信じるハメになる。 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 ルイズが見た船は、いつの間にか輸送船の死角となる雲中から現れ、大砲の照準を向けてきたのだ。 後甲板で、ワルドと船長は、見張りが指差した方角を見上げ驚いていた。 黒くタールが塗られた、いかにも戦艦だと思わせる船体からは、二十数個も並んだ砲門をこちらに向けていた。 「アルビオンの貴族派か?それとも…」 見張り員が輸送船の副長に合図を送る、すると青ざめた顔で副長が船長に駆け寄り、見張り員からの報告を伝えた。 「あの船は旗を掲げておりません!」 船長の顔も、みるみるうちに青ざめる。 「してみると、く、空賊か?」 「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になると予測されていましたが、既に…」 「逃げろ! 取り舵いっぱい!」 船長は輸送船を空賊から遠ざけようとしたが、既に空賊の船は輸送船と併走していた。 ボン!と音を立てて空賊の船から砲弾が発射され、輸送船の進路上にある雲に砲弾の穴が開く。 「船長!停船命令です…」 空賊の船から手旗での停船命令を受けると、船長はワルドを見た。 ワルドはこの船を浮かすために魔力のほとんどを傾けていたため、戦っても勝ち目はない。 ワルドは短く「私も打ち止めだよ」と言った。 船長は、停船命令を受ける旨を、見張り員に伝えた。 空賊に捕らえられたルイズ達は、船倉に閉じこめられていた。 輸送船の船員達は、船の曳航を手伝わされているらしく、ここには居ない。 ルイズはワルドから「チャンスを待とう」と言われ、ワルドの隣に座ってじっとしている。 がちゃりと扉が開き、船室に空賊の男が入ってきた。 「飯だ」 ルイズはじっと黙ってその男を見ていた。 ワルドが受け取ろうとしたとき、男はその皿をひょいと持ち上げた。 「質問に答えてからだ…お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」 「旅行よ」 ルイズは床に座ったまま答えた。 「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行だって?いったい、なにを見物するつもりだ?」 「そんなこと、あなたに言う必要はないわ」 「へっ、随分と強がるじゃねえか」 ルイズが顔を背けると、男は皿と水の入ったコップを床に置いた。 ワルドが皿を取り、ルイズに先食べるよう薦める。 「食べないと、体がもたないぞ」 しかしルイズはそのスープを飲もうとしない。 仕方なくワルドは半分だけ飲み、しばらくしてからルイズもスープを飲んだ。 「あんなやつらの出したスープを飲むなんて…」 ルイズが悔しそうに呟くと、ワルドはルイズの肩に手を回した。 「今は体力を温存するんだ、僕のルイズ…きっとどうにかしてみせるさ」 いつものルイズなら、恥ずかしがって顔を赤らめていたかもしれない。 しかし、今は違う。 ルイズは自分の思考が恐ろしい程冷めているのを実感していた。 ワルドに『毒味』させたのだ、悔しがるような台詞はそれを誤魔化すための演技だった。 私はこんな性格だっただろうか、そんな事を考えながら、ワルドに身を預けていた。 その時再びドアが開かれ、今度は別の男が船倉に入ってきた。 「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」 男の質問には答えない。 「おいおい、だんまりじゃ困っちまう、貴族派だったら失礼したな。俺らは貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。」 「…じゃあこの船は、貴族派の軍艦なのね?」 「おめえらには関係ねえことだがな。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」 ルイズは、悩む仕草をしているワルドを差し置いて、立ち上がった。 そして空賊を見据え、言い放った。 「誰が貴族派なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派への使いよ!し、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」 「………」 ワルドはじっと黙っていた、ルイズにはそれが気になったが、決して勝算が無くてこのような事を言ったワケではない。 ルイズの右腕からもう一つの腕が伸びる。 いざとなれば、この使い魔を使って何とかしようと考えていた。 この船が貴族派のものだとして、これから拷問にかけられるのならば、何かの道具を使って拷問しようとするだろう。 それを奪えるだけの力があるはず、そう考えての発言でもあった。 「ハッハッ!こいつは驚いた、お嬢ちゃん正直なのはいいが、ただじゃ済まないぞ」 「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」 「頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」 そう言って空賊の男はは去っていった。 ワルドはルイズを抱き寄せて、耳元でささやいた。 「君は昔からそうだったなぁ…いいぞ、さすがは僕の花嫁だ」 しばらくして、再び扉が開き、先ほどと同じ空賊が入ってきた。 「頭がお呼びだ」 狭い通路を通って連れていかれた先は、空賊にしては上品に過ぎると思えるほどの部屋だった。 後甲板の上に設けられたその部屋は、空賊船の船長室らしい。 大きな水晶のついた杖をいじる空賊の頭、杖をいじっていることから、メイジであることが理解できる。 その周囲では、ガラの悪そうな空賊たちがニヤニヤと笑いながら、ルイズたちを見ている。 「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶しろ」 自分たちを連れてきた空賊がそう言っても、ルイズは頭をにらむばかりで、頭を下げようとはしなかった。 「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」 「大使としての扱いを要求するわ」 ルイズは、先ほどと同じセリフを繰り返した。 そして、ゆっくりとスタープラチナの腕に意識を向ける。 三歩、いや二歩前に出られればそれでいい。 空賊の頭が杖を振り、こちらに向けてくれば好都合だ。 この『腕』は、自分の腕から更に2メイル(m)の距離まで伸ばせるはず。 二歩前に出られれば、空賊の頭から杖を取り上げることも可能なはずだ。 ルイズが悩んでいる間にも、空賊の頭は話を進めていく。 「王党派か…なにしに行くんだ? あいつらはもう風前のともし火だ。それよりも貴族派につく気はないかね?来るべき革命に向け、戦力となるメイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」 「死んでもイヤよ」 「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」 ルイズはきっと顔を上げ、腕を腰に当てて胸を張る。 「無いわ」 ルイズの言葉を聞いて、空賊の頭は大声で笑った。 「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」 空賊の頭は笑いながら立ち上がり、杖を納めた。 そして縮れた黒髪と、付けひげと、眼帯を外す。 「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはいけないな」 周りに控えた空賊達が、一斉に整列する。 その中央には、凛々しい金髪の若者。 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官、本国艦隊といっても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」 金髪の若者は威儀を正して名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは驚き、そして緊張が解けたせいか、膝の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。 「アルビオン王国へようこそ。大使殿」 そう言ってウェールズは、ルイズとワルドに席を勧めた。 あまりのことに驚いたルイズだったが、ワルドがルイズを立たせて、ルイズの代わりに申し上げた。 「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」 「ふむ、姫殿下とな。きみは?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」 ウェールズが「ほう」と呟く。 「そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢でざいます。殿下」 「なるほど!きみ達のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに!して、その密書とやらは?」 ルイズは慌てながらアンリエッタの手紙を取り出す。 ウェールズに近づき手紙を渡そうとしたが、その前に、確認することがあった。 「あ、あの……」 「なんだね?」 「その、失礼ですが、ほんとに皇太子さま?」 ウェールズは笑った。 「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」 ウェールズはルイズの指に光る、水のルビーを見つめて言った。 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。 二つの宝石が共鳴しあい、虹色の光を振りまく。 「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君がはめているのは、アンリエッタのはめていた、水のルビーだ。そうだね?」 ルイズは頷いた。 「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 「大変、失礼をばいたしました」 ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡すと、ウェールズは愛おしそうにその手紙を見つめ、花押に接吻した。 その様子を見たルイズは、やっぱり恋文だったのねと、心の中で呟いた。 その後、ウエールズは手紙の内容を見て驚き、そして、今自分たちの置かれている状況を話した。 表向きには知られてないが、一月ほど前から既に王党派は何人も暗殺され、静かに革命が始まっていた。 アルビオンの所有する戦艦の殆どは貴族派に押さえられており、王党派は既に政治の実権どころではなく、地下に潜伏して逃げ隠れている状態なのだ。 それを聞いたルイズは、トリスティンに伝わっている情報がほんのごく一部だったことを思い知らされた。 アンリエッタからの手紙には、昔の手紙を返して欲しいと書かれていた。 そのため、アルビオンの城、ニューカッスル地下にある秘密港にまで来て欲しいと言われ、ルイズ達はそれを承諾した。 アルビオンの日陰になる雲の中は、暗闇といって差し支えないほどの空間で、周囲は何も見えない。 そんな中でも、熟練の船員達は船を秘密港まで移動させている。 その技術にワルドも驚きを隠せないようだった。 秘密港に到着すると、ルイズ達はウェールズに促されるままタラップを降りた。 そこに、背の高い年老いたメイジと、20代半ばのメイドが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらつた。 「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」 年老いたメイジは、軍艦『イーグル』号に続いて現れた輸送船を見て言った。 「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」 ウェールズの言葉に、その場にいる者達が歓声を上げる。 硫黄は火の秘薬として用いられ、使い方によっては恐るべき破壊力を生む。 戦争を避けられぬ彼らにとって、待ち望んだ物だった。 「戦を前にしてお客様が来られるとは、思っても見ませんでした」 パリーと呼ばれた老メイジと共に、ルイズ達を迎えたメイドを見て、ルイズは息を呑んだ。 『……一人前のメイドになって、アルビオンの王族に、仕えることになった、娘を見て、うれしかった…………』 この女性(ひと)だ…! ルイズの頭の中に、モット伯の別荘でメイジと戦った記憶がよみがえる。 なぜ今まで忘れていたのだろう? あの時、私は、この女性の父親を、見捨てて… そこまで考え、ルイズは、気を失った。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-21]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-23]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/369.html
ルイズ、タバサ、モンモランシー、ギーシュ。 この四名は学院長室で『土くれのフーケ襲撃事件』について、事細かに質問された。 暗くじめじめとした場所で涼んでいたカエル、モンモランシーの使い魔ロビンが、不審な人物を発見したのが事件の切っ掛けだった。 主人に異変を知らせたロビンは主人の到着を待ったが、ここで困ったことが起きた。 使い魔は主人の目となり耳となる。しかし、それはメイジが実力で使い魔を従えている場合と、メイジと使い魔がお互いを信頼している場合である。 使い魔品評会の日、モンモランシーは気が気ではなかった。 香水のモンモランシーの名の通り、彼女は水系統のマジックアイテムを調合する技術に優れたメイジだが、使い魔にさせる芸はとんと思いつかない。 ロビンが異変を伝えたのは、使い魔品評会が始まって間もない時だった。 使い魔のロビンが姿を見せないので、不機嫌だったモンモランシーには「ロビンが何かを伝えようとしている」程度にしか分からなかったのだ。 急いで宝物庫周辺にいるロビンを探しに行ったが、そこに居たのはフードを被った怪しい男。 モンモランシーはロビンを探していたので、不審な男に気づきはしたが気には止めなかった。 だが、男は、自分が盗賊であると気付かれた、と思いこみ、モンモランシーを拘束したのだ。 男は小型のゴーレムでモンモランシーを殴って気絶させ、手足を錬金した鉛で拘束した。いざという時の人質になると考え、ゴーレムでモンモランシーを運ぼうとしたときに、モンモランシーを追ってきたギーシュに発見されたのだ。 ギーシュは焦っていた。 何せ下級生女子のメイジに声を掛けられ、少し話し込んでいただけなのに、偶然横を通りかかったモンモランシーが血相を変えてで走り去って行ったからだ。 モンモランシーは使い魔のロビンを探しに行っただけだが、ギーシュは『また嫌われた』と思いこみ、慌ててモンモランシーを追いかけた。 そして、後はルイズの知るとおりである。 大怪我した者もおらず、一件落着かと思われたが、オールド・オスマンは神妙な面持ちを崩さなかった。 「だいたいの事情はわかった。しかし災難じゃったのう」 「いえ、このギーシュ・ド・グラモン、薔薇の刺が花を守るように、当然のことをしたまでです」 キザったらしい態度を、隣に立つモンモランシーに見せつけつつ、ギーシュが答える。 「………」 隣に立つモンモランシーは赤面し、目をウルウルさせている。キザったらしい態度は逆効果な気がしたが、どうやらモンモランシーにはストライクだったらしい。 ルイズはモンモランシーの隣で、心底嫌そうな表情をした。 オスマン氏は、ほっほっほと笑い、話を続けた。 「ミス・ヴァリエール、そしてミス・タバサ、君たちもご苦労じゃった。 危険を顧みずに立ち向かう行為は、誇り高い行為と言えるじゃろう。 しかし、貴族は魔法で領民を守るだけでなく、領地を治めることも意識せねばならん。 死を覚悟するのはかまわんが、無謀と勇気をはき違え、領民を混乱させるようなことがあってはならんのじゃぞ」 「「「「はい」」」」 四人は同時に答えた。 「さて、もう一つ、土くれのフーケが処刑されたという話じゃが…あれは偽物じゃ」 モンモランシーは驚いたが、他三人は特に驚きもしなかった。 土くれのフーケ操る巨大ゴーレムを破壊したのは、他ならぬ”本物の”土くれのフーケだ。 土くれのフーケは有名になりすぎ、既に二名の偽物が逮捕されている。 オスマン氏の話によると、今回の事件で逮捕された男は『鉛のゴーゾ』という男らしい。 その男が『土くれのフーケ』という名前を使い、一連の盗難事件を起こしたとして、処刑されたというのだ。 偽物を本物として処刑する。何かの作戦なのか、貴族達の面子からなのか、おそらく両方の思惑が絡んでいるのだろう。 不意に、オスマン氏が杖を振った。 バタン!と扉が開かれ、聞き耳を立てていたキュルケが、ごろんと転がり込んできた。 「ミス・ツェルプストー、盗み聞きはいかんぞ」 オスマン氏は呆れたように言った。 キュルケはばつが悪そうにしていたが、開き直って、オスマン氏に詰め寄る。 「このまま本物の土くれのフーケを放っておいて良いとは思えませんわ」 「…ほう?この部屋はサイレントの魔法で包まれておる。ミス・ツェルプストーはそれを打ち消せると言うのかね?」 オスマン氏の疑問に答えるかのように、タバサが「私がもう一体のゴーレムの話をしました」と言った。 オスマン氏は「なるほど」と言って頷くと、ここに集まった五人意外には口外無用だと伝えた。 「それにしても喧嘩するほど仲が良いとは、よく言ったものじゃのう。持つべき者は親友じゃわい」 そう言ってルイズとキュルケを見比べるオールド・オスマン、それに気付いた二人が 「誰がこんな奴と!」「誰がこんな奴に!」 と同時に叫んだ。 その様子を見たモンモランシーとタバサが「仲が良いじゃない」「類は友を呼ぶ」などと言って、 ゼロ(爆発)vs微熱の、学院史に残る戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。 オスマン氏が「うまく誤魔化せた」とほくそ笑んでいたのは秘密だ。 かくして、土くれのフーケ事件も終え、一応の平穏が戻ったトリスティン魔法学院だが。 とても『魔法』学院とは思えないような奇妙な噂に、教師は頭を抱えていた。 幽霊騒ぎである。 事の起こりはこうだ。ある日の夜、お手洗いに行こうとした女生徒が、廊下を歩く幽霊を見たのだ。 最初は誰も相手にしなかったが、目撃者が増えるにつれ、その噂は信憑性を増していった。 もう一つは、謎の『小物紛失事件』である。 夜眠っている間に、部屋にある道具が移動している。 最初は使い魔の悪戯かと思われていたが、 魔法も唱えていないのに宙に小物が動いたとか。 魔法の気配もないのに扉が開いたとか。 誰もいないはずの廊下で何かにぶつかったとか。 そんな体験談を話す生徒が増え、ついに幽霊退治の話が持ち上がった。 「で、何で私が手伝わなきゃいけないのよ」 ルイズの部屋には二人の客が居た、キュルケとタバサである。 「得体の知れない相手には得体の知れない魔法が聞くかもしれないじゃない」 「な、何よその言いぐさはぁ!」 タバサは喧嘩の始まりそうな二人を制止してから、ルイズに頼んだ。 「貴方の力を借りたい」 タバサの言い分ではこうだ。キュルケのファイヤーボールは相手に向かって飛んでいく。自分の風の魔法は小型の竜巻も起こせるが、発生の予兆を関知されるおそれがある。 それに比べてルイズの魔法は、杖を持って呪文を唱えるだけで、突然爆発する。 爆発の予兆は他の魔法に比べて判別しづらい…らしい。 「それにこの子、幽霊とか苦手なのよ」 キュルケが言うと、普段感情を見せないタバサにしては珍しく、キュルケを恨めしそうに見つめた。 黙っていて欲しかったらしい。 ルイズにしても幽霊には良い思い出はない。 アンリエッタ姫と遊んでいた頃、姫を驚かそうとシーツを被り、幽霊のフリをしたことがある、 困ったことに姫も同じ事を考えており、シーツを被った二人は廊下で鉢合わせして、仲良く気絶してしまったのだ。 そんな負い目もあるので、ルイズは幽霊退治を引き受けることにした。 「で、どうするのよ」 ルイズが質問すると、体より大きい杖をカツッと地面に突き立て、タバサが答えた。 「三人で行動、幽霊を発見したら全力で殲滅」 「ちょ、ちょっと…」 さすがのキュルケも焦る。こんな過激なことを言うとは思わなかったからだ。 それにタバサの実力もある程度は知っている。覚悟を決めたタバサと、ルイズが全力を出したら、建物が半壊、いや全壊してしまうのではないかと危惧した。 「そ、その前に、本当にそれが幽霊なのか確かめてからにしなさいよ」 ルイズも冷や汗をかきながら提案する。それぐらいタバサの覚悟には迫力があった。 タバサはしばらく考えてから、渋々頷いた。 そんなわけで、その日の夜から、ルイズ・タバサ・キュルケによる見回りが始まった。 タバサは風の魔法で周囲を探知、キュルケは日の魔法で暗がりを照らし、ルイズはその後をついていくだけだった。 見回りの最中、半裸の女生徒と男子生徒、頬を染めて抱き合う女子生徒二人、頬を染めて抱き合う男(略等々、余計な者を発見してしまうことも多かった。 ただ、見回りが功を奏したのか、見回りを始めてから幽霊を目撃したという話は出なかった。 一週間目のことだ。ルイズは半ば呆れていたが、キュルケとタバサは至って真面目に幽霊を探していた。 タバサは幽霊が苦手なだけでなく、幽霊を見たと言っていたので、意地になるのは分かる。 しかしキュルケが毎晩タバサと行動を共にするのを見て、少しばかり羨ましく感じていたのも事実なのだ。 呆れながらも行動を共にしてくれるルイズに、言葉にはしなかったものの、キュルケとタバサは感謝していた。 「ふわ……」 最後尾で欠伸したルイズに、キュルケが気づき、今日は終わりにしようと提案した。 タバサは無言で頷くと、部屋に戻るための最短距離を選び、歩いていった。 ルイズは廊下から外を見た。空には月が二つ浮かんでいる。 月を見ると思い出す。加速した世界の中で闘っている自分…いや、自分ではない誰かを。 不意に、頭を真っ二つに切り裂かれる瞬間が思い浮かぶ。 その時は、自分の精神エネルギーも一緒に切り裂かれていたはずだ。 真っ二つに切り裂かれたそのエネルギーの名前は、確か『スタープラチナ』 ギーシュとモンモランシーが潰されそうになった時、不意に叫んだ名前と一緒だ。 ルイズは背筋が寒くなり、歩みを止めた。 「ルイズ?」 ルイズが歩みを止めたのに気付き、キュルケが後ろを振り向く。 タバサもそれにつられて振り向いた。 「…あ、何でもない。ちょっと考え事してただけよ」 そう言ってキュルケとタバサに近づこうとしたが、どうも二人の様子がおかしい。 キュルケは褐色の肌が黒く見えるほど顔を青ざめ、 タバサは白い肌が真っ白になるほど呆然としている。 そして、二人とも、ルイズではなく…ルイズの後ろを見ていた。 ルイズが後ろを振り向いてカンテラを掲げると… 顔を真っ二つに切り裂かれた大男が ルイズの持ったカンテラに照らされて 半透明でぼやけた姿を漂わせていた ドカン! 突然の爆音と共に、使用人部屋の扉が吹き飛ばされ、シエスタは飛び起きた。 それと同時にシエスタの体に、何かがぶつかってきた。 「 ! ? !!!! ??? !?」 突然体を拘束されてパニックに陥りそうになるたシエスタだが、 月明かりによって、ルイズと他二人の貴族に抱きつかれているとすぐに気が付いた。 ガクガク、ブルブルと震えてた三人に抱きつかれたまま、シエスタは朝を迎えることになる。 翌日 厨房付きのメイド、シエスタは ルイズ・タバサ・キュルケ三人の貴族の極秘命令により 三人の下着を洗濯することになったとか。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1114.html
モンモラシーは、朝一番でギーシュのお見舞いへと来ていた。 友人には、二股していた奴に、よく会いに行けるわねぇ、と言われたが、仕方ない。 ――――――だって、好きなのだから。 あの浮気性は困り者だが、それさえ無ければ、お調子者で女の子に優しくてキザでドットで………… ………………・・・せめて、浮気性ぐらい秘薬で治しておくべきか。 そういえば、惚れ薬なんて言うのもあったわねぇ、とか考えていると、医務室の前に辿りついた。 でも、なんというか、様子がおかしい。 朝一番と言ったが、空はまだ薄暗い。 だと言うのに、扉が僅かに開いている医務室から話し声が聞こえてくる。 なんだろうと思い、僅かな隙間をそっと広げて中を窺ってみると、そこにはコルベールとロングビルの姿があった。 そして、その二人が囲っているベッドの上には――― 「ギーシュ!!」 扉を勢い良く開け放ち、ベッドの上に居るギーシュへと呼びかける。 コルベールとロングビルは、唐突に響いた大声に、驚いたような表情でモンモラシーを見たが、彼女にそんな事は関係ない。 「あぁ、ギーシュ、ギーシュ! 心配したのよ、私。でも、良かった。なんともないようで……ギーシュ?」 なんというか違和感がある。 目をぼんやりと開けたままのギーシュは、あぅあぅと呟いて、中空を見つめているだけで、自分に対してまったく反応してこない。 「ねぇ、ギーシュ、どうしたのよ、ねぇ、ちょっと、ふざけないで、どうして、ねぇ お願い、返事を、返事をしてよ、ギーシュ!!」 モンモラシーの悲痛な叫びが、早朝の学園に響き渡った。 水差しを洗いに行って戻ってくる途中であったメイドは、その声に、くすりと笑みを溢した。 今朝の目覚めは、ルイズにとって最高であった。 何時も自分で取っていた服が、杖を振るだけで手元へとやってくる。 そんな、メイジにとっての当たり前が、ルイズにとっては、とてつもなく嬉しかった。 そのまま、気分良く着替えていた所で、机の上に置かれている手紙に気が付く。 「ホワイトスネイク」 「ナンダ?」 「これ何?」 ホワイトスネイクの返答は、夜中に扉の下から挿し込まれたらしい。 中を開いて見ると達筆な字で、ルイズが起こした決闘騒ぎの罰が書いてあった。 あの時、オスマンが言ったように、ルイズは謹慎一週間で決定の印が押されていた。 「一週間……暇になったわねぇ……」 この決定にルイズは対して、不満を持っていなかった。 何せ、罪を犯したのは事実なのだから。 その罪と言うのは、勿論、禁止された決闘を行ったことであって、ギーシュから才能を奪って殺害寸前まで追い込んだのは、彼女の中では罪ではなく、ギーシュに対する報いであったのは説明するまでもないが。 「まぁいいわ、あの平民の様子も見に行きたかったし……」 自分の使い魔のルーンをDISCとして差し込まれている、あの少年。 あの時の速さは、通常時のホワイトスネイクを遥かに上回る速度であった。 「使い魔は、もう居るし……無難な所で使用人って所かしら…… 執事って程に落ち着いた様子は無かったし、ん~」 少年を自分専用の護衛として雇う気満々のルイズは、どんな肩書きが少年に合うのか、 じっくりと考えながら医務室まで歩き始めた。 部屋を出て、医務室のある学園の方に行く為の螺旋階段を下りる時、見慣れた赤毛がルイズの目に留まる。 「あっ……」 キュルケはルイズを見つけた瞬間に、元々俯いていたその顔を、さらに俯かせた。 だが、すぐに顔を上げて何時ものように、色気を帯びた笑みを浮かべてルイズに手を振った。 「ルイズ、元気? 昨日は大変だったみたいねぇ! で、どうなの? 噂では、ギーシュの魔法を使えるようになったとか、言われてたけど どうなのよぉ、そこんところは」 明るく振舞うキュルケに、ルイズは煩そうに顔を顰め、腕を軽く振るう。 伸びる腕 押さえつける手 押し付けられる身体 ホワイトスネイクがキュルケの身体を、杖を抜く暇も与えずに、壁に押し付けたのだ。 呆然とするキュルケにルイズは、グイッと顔を近づける。 目を逸らす事も許さない。 強い視線でキュルケの目を見据えながら、ルイズの口が開く。 「良い、よーく聞きなさいよ。 私は、これから医務室に行くの、用事があるからね。 あんたの相手は、その後。精々、魔法を扱える最後の時間を楽しんでおきなさい」 そう言ってルイズは、壁にキュルケを押し付けていたホワイトスネイクを消し、そのまま螺旋階段を下る。 これ以上、言葉を交わす気の無い事を態度と行動で示されたキュルケは、そのままの体勢で赤髪を揺らし、耐え切れぬように叫ぶ。 「ねぇ、ルイズ、何が、何が、貴方をそこまで変えてしまったの? それは、私? 私が原因の事で、貴方は変わったの!?」 キュルケの慟哭にルイズは首を振るう。 変わった……? 違う、私は手段を手に入れただけに過ぎない。 人間とは、泡のようなものだ。 小さな気泡の人間も居れば、大きな気泡の人間も居る。 気泡を大量に持つ人間も居れば、一つしか持たない人間も居る。 千差万別の大きさと数がある気泡達だが、共通している事が二つある。 それは、その気泡の中に入ってるモノが感情であると言う事と もう一つ、その気泡は『起爆剤』さえ見つけてしまえば、理屈も何も無く、破裂してしまう事だ。 そして破裂した泡は、中に溜められていた感情を噴出す。 噴出された感情は、周囲に何があろうと、その発散を止められない。 いや、割れた当人にとっては、止める気もしないだろう。 ルイズは、今、まさにその状態だ。 魔法を奪うと言う、完璧な『起爆剤』を見つけてしまったルイズは、 16年間溜め続けた、使えない者として泡を破裂させてしまった。 記憶の積み重ねが人間であると、ホワイトネスイクは自らの主に言っていた。 ならば、この鬱積した感情もまた、ルイズと言う人間を形作る重要な因子なのである。 例え、その中の感情がドロドロに溶け合った黒であったとしても、だ。 「ルイズ……」 どうすれば、どうすれば、あの少女は、元の意地っ張りだけど、自分に正直な少女に戻ってくれるのか。 考えても、考えても、キュルケの頭には、何も浮かんでこなかった。 そんな親友の苦悩を、螺旋階段の一番上で眼鏡を掛けた少女は静かに見つめていた。 医務室に行って、ルイズが最初に目にした光景は、黒髪のメイドが真っ赤になって使用人になる予定の少年の身体を拭いている場面であった。 「………………」 「………………」 少し血走った目で、半裸の少年の世話をしているメイドもそうであるが、 初めて同年代の異性の身体を直接見たルイズも、時が止まってしまっている。 別に何も後ろめたい事は無い。 シエスタはシエスタで、自分を助けてくれた才人の身体を拭いていただけであるし、ルイズも、ただ医務室の扉を開けただけだ。 だと言うのに静止時間は、こくこくと過ぎていく。 永劫に続くかと言うような、その静止時間は、ブッチギリで10秒を越えた時に少年から漏れた僅かな呻き声で、ようやく進み始めた。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのですね! これは、これはその……汗を拭いてあげてるだけでして!」 「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そのぐらい分かってるわよ! べ、別に変な勘違いとか、その、初めて男の子の裸を見たから動揺とか、してないからね!!」 二人して吃って真っ赤な顔をしているその様は、傍から見るととてつもなく変な光景であった。 「そ、そ、そ、そうですよね! 怪我人の身体を拭いてたぐらいで勘違いなんてしませんよね!」 「も、も、も、勿論じゃない! か、勘違いなんて、そ、そんなものしないに決まってるじゃない!」 あはは、と乾いた笑い声を出すシエスタに、ルイズはなんとか平常心を取り戻そうと、息を吸ったり吐いたりしながら、備え付けの椅子へと座る。 ―――私は冷静、私は冷静、私は冷静――― なんとか頭から先程の光景を消そうと試みるが、基本的に箱入りで異性の裸に免疫が無いルイズにとって、それは至難の業である。と言うか、成功なんてするはずも無い。 シエスタはシエスタで、ようやく落ち着いたのか、また才人の身体を拭く作業を再開させている。 両人共、耳まで真っ赤に染めあげ、まるで熟れたトマトのようだ。 ――― ―――――― ――――――――― 幾許かの時が過ぎて、ようやく丁寧すぎる作業が終わったシエスタは、脱がせた才人の服を着せ始める。 かなり長い時間を掛け、若干の平常心を取り戻したルイズは窓の外を見ながら、作業を終えたシエスタに声を掛けた。 「ねぇ……そいつってさ、なんであんなのと決闘したの?」 「それは……私の所為なんです」 そういえば決闘してたのを手助けしただけで、理由までは知らない。 あの時、広場に一緒に居たこのメイドならば知っているのでは無いかと聞いてみると、ある意味、予想通りの答えが返ってきた。 (ふぅん……やっぱりね) 一緒に居たのだから無関係では無いと睨んでいたが、案の定である。 続く、シエスタの言葉で、あの時の詳細を知る。 どうやら、最初の発端は、シエスタがギーシュの香水の瓶を拾わなかったのが原因らしい。 それが元で、二股がバレてその八つ当たりに晒されていたのを、 才人が庇い、そんな才人の態度にますます腹を立てたギーシュが決闘を申し込んだらしい。 「ふん……馬鹿ね」 「確かに平民が貴族に歯向かうなんて馬鹿かも知れませんけど、才人さんは!!」 恩人が侮辱されたと思い、声を荒げるシエスタにルイズは違う違う、と手を振り、 溜め息を吐きながら、自分の言葉が誰に対するモノなのかを明確にする。 「私が馬鹿って言ったのは、ギーシュ……決闘を申し込んだ貴族の方よ。 あんた、落ちてた香水の瓶には気付いて無かったんでしょ? それなのに、責任を追及するなんて馬鹿げてるわ。 おまけに、二人の名誉が傷付けられた? 傷付けたのは誰よ? 少なくとも、あんたやそいつじゃあ無いわね」 フンッ、と鼻を鳴らし不機嫌に呟くルイズに、シエスタは、この人は普通の貴族じゃあ無いみたいと心の中で呟く。 彼女の中の貴族とは、平民に対しての配慮など、まったくしない。 そういう思考回路が最初から存在していないのだ。 だと言うのに、選民思想で凝り固まった今の貴族にしては珍しく、この少女は、もしかして、平民を人間として見ているのでは無いか、とシエスタは思ったが―――――― 「話を聞く限り、やっぱりあいつは貴族として失格ね。力を奪って正解だったわ。 あんなのが、私と“同じ”貴族だったと思うと反吐が出るわ」 その言葉に、シエスタはやっぱり違う、とルイズに聞こえぬように呟いた。 この少女は、心の底まで貴族で出来ている。 確かに、今の彼女には、無実の者に罪を擦りつけられた事に対する怒りもあるが、それ以上に、 『貴族』と言う名を持った者が、無実の者に罪を擦りつけ『貴族』の名に泥を塗った事に対しての怒りの方が占めるベクトルが大きいのだ。 才人に対し、治療費を出してくれた事などから、平民に対しての理解はあるらしいが、それも上の立場から見た者の理解である。 対等とは程遠い。 そう思うと、才人や自分を昨日、ここに運んでくれた事や、秘薬の代金を全額負担してくれた事に対する有り難みの気持ちが薄れていくのをシエスタは感じていた。 「ところで、今日はどのような用事でここに来られたのですか?」 なんとなく突き放したような感じの言葉を吐いてしまった自分に、心の中で失敗した、と思ったが、言ってしまった言葉は戻らない。 相手も、言葉に含められていたニュアンスに気が付き、目を鋭くさせたが、まぁいいわ、と呟いて、すぐにその鋭さを取り払った。 「そいつの様子を見に来たんだけど……まだ、目覚めてないみたいね」 「治療をしてくださった方のお話では、もう目覚めても良いとの事ですが……」 磨耗した精神が休息を欲しているのか、それとも、もっと別の要因なのか。 「目覚めても良いって事は、もう治療は終わってるのよね?」 「えぇ、治療自体は昨日、全て終わっていますけど」 「なら……問題は無いわね」 シエスタの言葉に、ルイズはホワイトスネイクを出現させる。 唐突に現れたホワイトスネイクに、シエスタは驚愕の表情を浮かべていたが、ホワイトスネイクが現れた事は、さらなる驚愕への布石であった。 「ホワイトスネイク、あいつを起こしなさい」 命令が下されると同時に、ホワイトスネイクの手にDISCが出現する。 それを寝ている才人の頭に差し込んだ。 「何をしてるんですか!?」 「『覚醒』のDISCよ。 どれだけ深い眠りだろうが、DISCの命令には逆らえない」 自慢げに説明するルイズの目の前で、ベッドの上に寝かされていた才人の身体が震える。 「うぅ……うぅん……」 そして、DISCを差し込んでから僅か三秒 上半身を起こして、間の抜けた欠伸を才人は披露した。 そこは、ハルケギニアではなく、もっと、もっと遠く、そして辿りつけない世界。 知る者が語れば、悪鬼の巣窟とも、この世の天国とも答えるその場所は秋葉原と言う、日本と言う国の電気街であった。 その街の一角の、古ぼけた店に修理を頼んでいたパソコンを取りに来た才人は、突然の事態に目を丸くしていた。 なんというか、気が付いたら皆、全裸なのだ。 下着一枚身に着けていない通行人達を見て、才人は一瞬、ぽかーん、と大口を開けていたが、 すぐに自分も服を着ていない事に気が付いた。 何が起こったのか分からないが、このままでは警察に捕まると、凄まじい勢いで才人が服を着終わる頃に、街を歩いていた通行人達も、この不可解な現象に叫び声を上げ始めていた。 とりあえず、面倒になるのは嫌だったので、早足でその場を立ち去る。 預けていたパソコンを回収することも忘れて、駅へと向かった。 とりあえずは、家へと帰ろう。 そう思い、駅への近道である路地裏を通ろうとした時に『ソレ』は現れた。 自分の身長以上もある鏡。 これは、なんだろうか? 疑問に思った才人は、石を投げ込んでみたり、家の鍵を差し込んでみたりと色々試した挙句に、結局、その中に入る事にした。 中に何が待ち受けているのか、才人は分からなかったが、何故だか分からない予感だけは存在した。 多分、この鏡を通過したら、自分は『別の世界』に行くのでは無いかと言う予感が…… そうだ……それで俺は…… その予感の通りに月が二つある異世界に来てしまったのだ。 始めは、この突飛な事に、才人は驚いた。 驚いたが『絶望』はしなかった。 何故だか分からない世界で、一人だけだと言う事実すら『絶望』を才人に与える事は出来なかった。 何故なら、そういう予感があり、こうなると言う『覚悟』を才人は無意識に持っていたからだ。 そうして、自分はシエスタと出会って……それから…… あの桃色の髪の少女と、出会ったのだ。 「ふぁぁぁぁぁ……ん」 ピキピキと起きたばかりの筋肉が張る音を、ぼんやりと才人は聞きながら、大きな欠伸をした。 なんというか、もの凄く目覚めが良い。 十時間以上グッスリ眠った後の目覚めも、ここまで爽快感を与えてはくれないだろう。 そんな事を、つらつらと考えていると、急にベッドに押し倒された。 「にぇ、にゃんだ!?」 回らない舌で、叫んだ声は自分で聞いても酷く間抜けで泣きたくなったが、 それよりも、今、自分に抱きついてきてる者の方へと意識がいく。 「良かった……良かった……才人さん、本当に、良かった……」 抱きついてきた少女は、泣きながら才人の覚醒を喜び、その胸の中で、彼の暖かさを感じていた。 「ごめん……心配掛けた……」 泣いている少女を安心させる為に、才人も確りとその細い身体を抱きしめる。 二人がお互いの体温を感じている中、ルイズだけが不機嫌そうにその光景を眺めていた。 「ちょっと」 一分か二分か、まぁ、ともかく時間が暫く経過すると、ルイズは、とうとう我慢しきれずに声を掛けた。 その声に、才人は、うわわわわぁ、とあからさまにうろたえて、シエスタは、と言うと、なんだか物凄い目でルイズを見てきた。 その目は明らかに、空気を読んでくださいと言っていたが、あえて無視する。 「あんた!」 「はい、なんでしょうか!」 ルイズの怒声に、才人は、これは逆らうとマズいなと感じて、思わず敬語で返答する。 と言うか、さっきから予感が訴えてくる。 これから、この少女に扱き使われると言う、あまりにも叶って欲しくない予感が…… 「あんたを、これから私専属の使用人に任命するわ。 この私の世話が出来るのよ、ありがたく思いなさいよ」 「なっ! どっ、どういう事ですか!?」 桃色の少女の言葉に、シエスタが噛み付いているが、才人は、多分、少女の言った通りになる事を感じていた。 (『覚悟』はあった……『覚悟』はあったけど、正直、泣きてぇよなぁ……) これから起こるであろう苦難の道の『予感』に、才人は溜め息しかでなかった。 アルヴィーズの食堂での豪勢な昼食を前にして、キュルケは昨日と今朝のルイズの様子を思い出してブルーになっていた。 そんなキュルケの隣には、目の前の料理をパクパクモグモグハグハグと次々に胃袋へと収める暴食魔人が座っている。 「ねぇ……タバサ」 そんな暴飲暴食娘に、キュルケは声を掛ける。 何時もの彼女らしくなく、とても弱々しい声。 「どうして……ルイズは……」 その先は続かなかった。キュルケは、言葉を詰まらせ、テーブルの上に載っていたワインを呷る。 タバサは、ルイズの事を魔法が使えないメイジであり、それを理由に周囲から苛められていたぐらいのことしか知らない。 だから、ルイズの事は『危険』だと認識していた。 虐げられていた者の所へ、虐げていた者達に復讐するだけの力が手に入ったなら、 どんな聖人や天使だろうと、その力を振るう。 何故なら、そういう者達は信じているからだ。 虐げられている自分達の事を助けてくれる何かが、何時か、きっと自分達を救ってくれると。 タバサ自身、そんなものに一片の希望すら持っていないが、心の底ではもしかしてと思っている。 もし、あの使い魔を召喚したのが自分であるならば…… 自分は、何の疑問も抱かずに祖国へと戻り、あの男を―――――― そこまで考え、タバサは首を振るう。 本筋から話が逸れている。 今は、そんなIFを考えている暇では無い。 おくびにも出していなかったが、タバサは昨日からキュルケの護衛をしている。 もしも、自分がルイズであるならば、仇敵の家柄であり、尚且つ、自分に対してからかいの言葉を毎日掛けてきたキュルケを狙いに来るだろうと考えたからだ。 キュルケ自身、あのからかいの言葉にそこまでの意味を見出していなかったが、あの言葉はルイズの自尊心を傷付けるのに、十分な威力を持っていた。 そんな言葉を毎日のように掛けていたのだ。殺意を抱かれる恐れは多いにある。 と言うか、今朝の言葉からして、ルイズがキュルケに対して殺る気満々なのは、疑う余地も無かった。 「そういえば……今朝から、モンモラシーを見ていないわね……タバサ、知ってる?」 話題を変えよう、別の娘の話を振ってきたが、振ってから、 キュルケはモンモラシーがギーシュの恋人である事を思い出した。 恋人が突然、メイジでは無くなったのだ。 かなりショッキングな出来事だったのだろう。 「ちょっと、様子でも見に行こうかしらね……」 心配そうに立ち上がるキュルケの手を掴み、そのまま椅子へ座らせる。 困ったような顔をしているキュルケに、皿一杯に盛られた料理を差し出す。 「今は、良いわよ。食べる気分じゃないから」 「そう言って、昨日の夜から何も食べていない。 おまけに目の下にクマも出来ている」 その言葉に、慌てて手鏡を取り出して目の下を確かめるキュルケにタバサは、ゆっくりと声を掛ける。 「大丈夫、彼女の様子は私が見に行く。 だから、貴方は食事をして、部屋で休むべき」 「別に大丈夫よ。 今はダイエット中だし、それにこのクマも、大したことじゃあ無いわ。だから―――」 「―――お願い」 休むように懇願するタバサの姿に、キュルケは溜め息を吐いて、わかったわ、と呟いた。 それに満足したタバサは、モンモラシーの様子を見に行く為に食堂を後にする。 勿論、自分の代わりの護衛を用意するのも忘れない。 タバサが居なくなった後の食堂では、変なテンションの青髪メイドが、キュルケの口に無理矢理食事を運ぶと言う珍妙な光景が見られたとか。 「あの……シエスタ」 「………………」 「その、怒ってるのは分かるよ、けどさ……」 「………………」 「話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃないのかなぁと、ぼかぁ思うんですけど……」 「………………」 現在の時刻は夕刻。 朱色の空と二つの月が合わさって、絶景を作り上げていたが、そんな事を気にしている暇では無かった。 私……怒ってます。物凄く怒っています。 そんな、怒ってますオーラを身に纏って才人の事を無視するシエスタに、正直、才人はビビッていた。 ルイズが宣言した使用人になれ、と言う発言に、猛然と噛み付いたシエスタだったが、他ならぬ才人自身が、別に構わない、と言ってしまったので、どうにもならなくなってしまったのだ。 そんな訳で、晴れて才人はルイズの使用人となってしまった訳であるが、それも明日からの話だ。 別に才人としては今日からでも良かったのだが、幾ら秘薬で治療したと言っても、怪我をしてから一日しか経っていない。 万が一と言う事もあるので、シエスタの提案で今日も医務室で夜を過ごす事となったのである。 しかし―――――― 「おーい、シエスタ。あの、マジでそろそろ限界なんだけど、あの降りていいかな?」 昨日の昼から気絶していた才人は、当然の如く尿意を催しており、 その排泄をしようとベッドから立ち上がろうとすると、シエスタが無言で止めてくる。 その目は、怪我人ですからベッドから立つなんてとんでもございません、と告げていたが、 はっきり言って、シエスタのお仕置きであるのは疑うまで無い。 使用人のピンチだと言うのに、姿の見えないルイズは、昼頃までここで話し込んでから姿を消している。 と言う事で、現在、医務室には才人とシエスタしかおらず、シエスタに完全にビビッている才人にとっては動くに動けない状況なのだ。 「あの~、シエスタさん。本当、本当、ちょっと、トイレに行くだけですから、勘弁してください、お願いします」 涙目で訴えてくる才人に、シエスタも限界であることをようやく悟り、無言だった口から、 久方ぶりに、仕方ありませんね、と発音が聞こえる。 やった! と叫びのをグッと堪えた才人が、ベッドから降りようとすると、シエスタが手で静止してくる。 あれ、許可してくれたんじゃないの? 「はい……才人さんは怪我人ですから、怪我人の方のトイレは“コレ”ですよね?」 シエスタの手に微妙に黄色い尿瓶が握られているのを見た才人は――――――泣いた。 同時刻 静寂が支配する部屋の中で、赤色の明りに照らされたキュルケは俯いてベッドに座っていた。 夕焼けの赤と地の赤で、彩色された髪で隠れた顔には、 普段の彼女ならば絶対にするはずの無い愁いの表情を張り付かせている。 「……ルイズ……」 何処か、遠くへと行ってしまった友人の名を呼ぶように、意地っ張りで素直では無い桃色の少女の名を呼ぶ。 返答など期待していない。 喪失感を紛らわす為だけに発した、その言葉に――― 「なぁに……キュルケ?」 ―――反応したのは、血の様に赤い空と二つの月を背にする漆黒のローブを羽織る少女であった。 氷柱を背中に突っ込まれたような気分だ。 自分一人だけしか存在していなかった部屋に、物音一つ立てずに、この少女は現れた。 息が……苦しい。 ルイズの放つ威圧感に、キュルケは呼吸すら忘れてしまっていた。 「ねぇ……何か用なの? せっかく、私が足を運んできたのだから、面白い話題なんでしょうねぇ?」 ケラケラと童女のように笑うルイズは、なんというか、言い知れぬ不気味さと人を惹きつける魅力を身に纏っている。 ―――違う こいつは、こんなのはルイズじゃあない。 自分の知っているルイズは、あんな化け物みたいな笑い方はしないっ! 「貴方……誰? どうして、ルイズの姿をしているの!?」 敵意を込めた視線に、ルイズは、フンッ、と鼻を鳴らし、右手を掲げる。 瞬間、ホワイトスネイクが背後からキュルケの頭を一文字に薙ぎ払い、DISCを奪い取った。 込み上げる喪失感に泣きそうになるのを我慢しながら、キュルケはルイズを睨むのを止めない。 その様子に、使い魔から渡されたDISCを頭に差し込んだルイズは口を開く。 「一体、何を言っているのか、さっぱり分からないけど、私は私よ。 他の誰でも、他の何者でも無いわ」 淀みなく答えるその言葉に、キュルケは首を振る、違う、と 「私の知っているルイズは、我慢が出来なくて、すぐになんでも癇癪を起こすけど、それでもこんな事をする娘じゃあ無かった! 他人から力を奪うような娘じゃあ、絶対に無かったわ!!」 我慢していたはずの涙が流れているのを、キュルケは気が付かなかった。 18年間共に歩んできた才能を奪われたのだ。無理も無い。 しかし、今、ここでその悲しみに泣き崩れていたら、もっと大切なモノを失ってしまう。 「ねぇ……ルイズ、もう止めましょう。 奪った才能を返して、また何時ものように一緒に学びましょう? そうして、他人から奪った才能なんかじゃあ無くて、貴方自身の才能を育てて行けば良いじゃない……」 「………………」 「こんな事をしたって根本的な解決にはならないわ。 ねぇ、お願いよ、ルイズ。何時もの優しい貴方に戻って。 努力家で、意地っ張りで、誇り高い貴方に―――」 「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」 髪を振り回し、取り乱したように叫ぶルイズに、キュルケは近づこうとするが、動いた瞬間、ホワイトスネイクに床に叩きつけられた。 「がはっ―――!」 肺の中から追い出された空気が、口から漏れる音を自身で聞いたキュルケは、それでもルイズに言葉を掛け続ける。 今なら、先程のような余裕を持っていない今ならば、自分の言葉もルイズに届くはずだ。 いや、届かせなければならない。 「こんな……こんな力に振り回されるのは貴方じゃあ無い! 今の貴方は、この使い魔の力に酔っているだけ! お願い! 正気に戻って! ルイズ!!!」 最後の言葉を吐き出したと同時に、キュルケの口から血が噴出す。 上から踏みつけてくるホワイトスネイクに、何処か、生きるのに重要な器官が潰されたのかも知れないが、それでも止める訳にはいかない。 大切な、友達を助ける為に…… 「ルイズ……」 「うるさいって言ってるでしょ! 戻れですって!? あの魔法を使えず、侮辱され続け、屈辱を投げつけられていたアレに!? 冗談じゃない! 私は戻らない! あんな! あんな! 最低の場所に戻るなんて絶対イヤ! 酔っているだけ? 違う! 私は『使いこなしている』だけ! この力で、貴方達を、私を『ゼロ』と馬鹿にした連中全てを、私は―――!!」 感情のままに吐露するルイズの言葉を、キュルケは遮ろうとするが、それはまったく別の形で中断された。 窓側の壁全てが、一瞬にして破壊されたのだ。 見晴らしの良くなった部屋の中で、乱れた髪を気にも留めずに、ルイズは壁を壊した闖入者へと目を向ける。 蒼い髪に眼鏡を掛けたその少女は、ウィンドドラゴンの幼体の上に立ち、 その身体に似合わぬ大きな杖を、迷い無くルイズへと向けていた。 「二度目よ……貴方が、私の邪魔をするのは……」 ポキリと散らばった廃材を踏みつけ、ルイズはドラゴンへと一歩踏み出す。 キュルケを踏みつけていたはずのホワイトスネイクも、その後に続いていく。 「貴方……『覚悟』はしているのでしょうねぇ 人の邪魔をするって事は、排除されるかも知れないって言う『覚悟』を」 淡々と語るルイズに、タバサは僅かに口を開く。 「昼間……モンモラシーとギーシュに会った……」 「何を言っているの?」 ルイズは、疑問符を頭の上に浮かべていた。 何故、ここでギーシュの話題なのか。 この眼鏡の娘は、ギーシュと何か親密な中で、その為、邪魔をしているとでも良いたいのだろうか? そんなルイズの困惑を余所にタバサは言葉を続けた。 「彼は……壊れていた。心も、記憶も……何もかも」 それは、無感動な彼女にしては珍しく、誰が聞いても怒っていると分かる、静かな怒声であった。 それが異常な事だと分かったのは、倒れているキュルケだけで、普段のタバサを知らないルイズは、ただ、壊れたの、と詰まらなそうに呟く。 「情けないわね……私は、16年間、魔法を使えない事に耐えてきたのに。 一晩も耐えられないなんて……貧弱ね」 蔑むような声色を発した、その『敵』へ、タバサは呪文を紡ぐ。 ウィンディ・アイシクル タバサの最も得意とする、トライアングルスペルの一つだ。 「へぇ……」 感心したようなルイズの声に、タバサによって作り上げられた氷の矢が、一斉に襲い掛かる―――が 「ウオシャアアアアアアアアアア!!」 ホワイトスネイクの烈火の如き叫び共に繰り出された拳で、全て叩き落された。 「―――ッ!」 あの使い魔が有能な事は、能力から見て推測出来たが、まさかここまでとはタバサも思っていなかった。 しかも、氷の矢を真正面から叩き壊したと言うのに、ホワイトスネイクの両手には傷一つ存在していない。 辛い、戦いになる。 シルフィードの背中の上で、次なる呪文を紡ぐタバサは、これまでの戦いの中で最も困難な事になるであろう事を感じていた。 一方、ルイズも内心は焦りを持っていた。 ホワイトスネイクは有能だ。 本体の性能も言わずもがな、その能力は、使い方さえ考えれば、最強の盾にもなり、矛にもなる。 が、射程距離の内部であるのならばの話だ。 ルイズにとっての一番の問題は、どうやって空を飛ぶ敵に近づくのか、だ。 今奪ったばかりの魔法で叩き落すと言う選択肢もあるが、今の一撃から、魔法の技量は、今まで奪った二枚のDISCの中に記憶されているモノよりも、遥かに上であることが理解できる。 そんな相手に、地面から相手よりも下手な魔法を撃った所で、通用するはずも無い。 長期戦になれば、人が来る。 否、もうすでに壁の破壊音に気が付いて、宿直の教師が近づいてきているかも知れない。 となると、ここは出し惜しみ無しで、ホワイトスネイクを至近距離まで近づかせ、短期決戦で勝負をつける。 奪ったDISCの中で使えそうな呪文を全て引っ張り出しながら、ルイズは、敵意を剥き出しにして、タバサを睨みつけた。 そんな二人が激突するのを見ている事しか出来ないキュルケは、満足に呼吸が出来なくなった身体で、静かに立ち上がった。 もうすでに戦いの場は、キュルケの部屋から移り変わり、二つの月が浮かぶ空が、戦闘の場となっている。 「何故……」 どうして二人が戦わなければならないのか。 どうして私は、二人を止める事が出来ないのか。 キュルケは悔しくて堪らなかった。 そんな彼女の足元に、きゅるきゅると鳴きながら、今まで部屋の隅で震えていたフレイムが擦り寄ってくる。 口元を紅く染める主人を心配するようなフレイムに、キュルケは大丈夫と告げると、動くだけで激痛を訴える身体に鞭を打ち、二人の後を追っていった。 第3.5話 戻る 第五話
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/260.html
ドオン! 一瞬の閃光。遅れて爆発音空気を振動させる。 静かな平原に立ち上る土煙は、抜けるような青空に吸い込まれるようにして消えていった。 「あーあ、まただ」 「さすがゼロのルイズだ。期待を裏切らねえ!」 「何回目だ?」 「さぁ…20回は失敗してるよな」 爆発を遠巻きに見ている群衆から聞こえる声は、ささやき声に過ぎない。 しかし、この爆発を起こした張本人である少女は、大声で指を指して笑われているに等しい屈辱感を味わっていた。 「あー…、コホン、ミス・ヴァリエール」 傍らで見守っていた男が、爆発を起こした少女に声をかける。 しかし声をかけられた少女は、泥だらけになった顔のまま呆然としていた。 「ミス・ヴァリエール、予定の時間も過ぎています。規則ではまだ数日の猶予がありますから、今日の所魔法学院に戻りましょう」 「…はい」 男から手渡されたハンカチを力なく握りしめて、少女は静かに呟いた。 「コルベール先生、やるだけ無駄だって!だってそいつはゼロのルイズなんだぜ!」 コルベール先生と呼ばれたその男は、学友にそんなことを言ってはいけませんと一言注意し、皆に学院に戻るように号令をかけた。 しかし、ルイズと呼ばれたこの少女への罵倒は止むことはなく、「ゼロはゼロらしく歩いて来いよ!」などと言い捨て、傍らに様々な獣を連れて飛び立っていった。 先ほど飛び立っていった者達が連れていた獣たちは、春の使い魔召喚儀式で召喚された使い魔達。 いわゆる魔法使いである『メイジ』達が、生涯のパートナーと成りうる使い魔を召喚をしていたのだ。 メイジの力量によって召喚される使い魔も異なるため、学園に通う生徒達にとっては、期待と落胆の入り交じる儀式なのだ。 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、生徒達の中でただ一人だけ使い魔を召喚出来ず、落胆どころか絶望と言える状態だった。 ルイズは力なく立ち上がり、呆然としたままトリスティン魔法学院に向けて歩き出そうとした。だが、先ほどの爆発痕からキラリと何かが光った気がして、歩みを止めた。 膝ほどの深さのクレーターの底には、銀色に鋭く輝く円盤が落ちていたのだ。 彼女はそれをしばらく見つめた後、ため息と共に拾い上げて懐にしまい、トリスティン魔法学院に向けて歩き出した。 ルイズは歩きながら独り言を呟く。 「マジックアイテム…?」 「そんなわけ無いわよね…埋まってただけよね」 「でも、この輝き、銀にしては軽すぎるし…」 「鏡にしても軽すぎるわね。真ん中に穴が開いてたら使い物にならないし」 「もしかして未発見の幻獣とか、マジックアイテムだったりして」 ふと歩みを止めて、懐から杖を取り出し唱える。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そして彼女は円盤に口づけをした。 ズキュウゥゥゥゥゥゥゥン! オオオオオオオラァーーーーーーーッ!!! 「!」 口づけと共に全身に走る強烈な衝撃、そして魂に響く叫び声に、 疲労の蓄積したルイズは絶えられず、あっけなくその場で意識を手放した。 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/848.html
気を失ったルイズは、手近な部屋のベッドへと運び込まれた。 ニューカッスル城の水のメイジは、極度の緊張から解放されたストレスで気を失ったのだと診断した。 ウエールズの計らいで、ワルドもまた、消費しきった魔力を回復するためにルイズの傍らで体を休めていた。 ルイズは、すぐ側の椅子にワルドが座っているのを感じていた。 起きあがり声をかけようとしたが、体も動かず、声も出ない。 なんとか体を動かそうとするルイズに、誰かの声が聞こえてきた。 『………ズ』 『…ルイズ…』 しばらくその声に耳を傾けていると、少しずつハッキリと聞こえてくるようになった。 「だれ? 私を呼んでるのは」 『やれやれ、やっと気づいたか』 暗い意識の中で、ルイズの目の前には、不思議な出で立ちの男が立っていた。 五芒星の装飾をあしらった黒い服に身を包み、マントと見まがうような長いコートを着ている。 少なくともトリスティンでは見たこともない服装だったが、ルイズはその男が誰なのか知っていた。 「あんた、オークに殴られた時に助けてくれた…ええと…なんだっけ」 『空条承太郎だ』 「クゥジョー、ジョォタロー? 変な名前ね…ねえ、貴方、もしかしてあの変な円盤から出てきたの?」 ルイズが使い魔召喚の日に見つけた、銀色の円盤を思い浮かべる。 そのイメージが伝わったのか、承太郎は無言で頷いた。 「ふーん…何よ、やっぱり私、サモン・サーヴァントに成功してたんじゃない」 『やれやれ、いろんなスタンド使いと戦ったが…使い魔として呼び出されるなんてのは初めてだ』 「そりゃそうでしょうね、貴方の記憶が夢に出てきたもの、あなたの世界ってこっちとはずいぶん違…」 そこまで言ってルイズは思い出した、目の前の男は、承太郎は、時間の加速した世界の中で、仲間がバラバラにされていくのを見ていたのだ。 その中にはもちろん実の娘もいた、杉本鈴美が自分以外の幽霊の姿を見たように、彼もまた幽霊の視点で娘の死を見ていたのだろう。 『…気にするな、徐倫は、やるべきことをしたんだ』 「ごめんなさい…でも、あの時死んだ貴方がなぜDISCになって現れたの?」 『さあな、それは俺にも分からん、だが、今俺は使い魔として召喚され、お前の意識に同居している、それだけが事実だ』 ルイズは意識の中で、腰に手を当て、胸を張った。 「使い魔としての自覚はあるのね、ちょっと複雑だけど…でも、いいわ。それと私のことはルイズでいいわよ。どうせ他の人には聞こえないもの」 『わかった』 「で、突然私の前に現れたのはなぜ?ウエールズ王太子殿下に手紙を渡さないといけないのよ」 『その事だが、一つだけ言っておきたいことがある』 「何?」 『ワルド…奴には気をつけろ』 「えっ…」 そこでルイズの意識は光に包まれた。 ガバッ、と体を起こすと、そこはベッドの上だった。 近くにいたワルドがルイズを心配して駆け寄る。 「ルイズ!目が覚めたか、大丈夫か?」 「あ、ワルド…うん、大丈夫よ、ちょっと疲れたみたい、ごめんなさい」 「それならいいんだ、僕の花嫁に何かあったら、僕は気が気じゃないからね」 今まで何かの夢を見ていた、それだけは覚えている、しかもワルドに関わる夢を見ていたはずだ。 しかし、その夢の内容が思い出せない。 ルイズはベッドから降りると、ウェールズ王太子に面会するため、ワルドと共に部屋を出て行った。 ウェールズの部屋は王子の部屋とは思えない程粗末で、質素な部屋だった。 ルイズはウェールズから手紙を受け取る、確かにアンリエッタの花押が押されている。 「ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を懐にしまった。 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港する。それに乗ってトリステインに帰りなさい」 ウェールズは実に爽やかに言ってのける。 しかしその言葉は、自分はそれに乗らないというニュアンスが含まれていた。 「あの、殿下…王軍に勝ち目はないのですか?」 ルイズは一瞬だけ躊躇したが、ウェールズの目を見据えて言った、それに答えるかのように、ウェールズも凛々しいまなざしをルイズに向けて答えた。 「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」 ルイズは俯いた。 「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」 ガタン、と扉から音が鳴った。 それに気づいたウェールズは杖を振って扉を開く、すると扉の向こうには、ルイズ達を迎えたメイドが立っていた。 「きみは…」 そのメイドは、恭しく頭を垂れると、ウェールズの部屋へと入り、扉を閉めた。 「殿下、お使者の方々、失礼をお許し下さい。恐れながら申し上げたいことがございます」 「…申してみよ」 「どうかトリスティンに亡命なされませ、私どもはアルビオンの意志と血を絶やさぬために戦うのです、どうか、王太子殿下だけでも生き延びて…」 「それは、できない」 ウェールズがきっぱりと言い放つ。 「君は非戦闘員だ、女子供を無惨に殺されるわけにはいかぬ、私は名誉のために死を選ぶのではない、意志を伝えるために戦うのだ、戦わなければ、意志は受け継がれないのだよ」 「ですが…!」 「トリスティンからの使者の前だ、これ以上の無礼は私が許さん、下がりなさい」 ウェールズの固い決心を聞いてもなお、納得いかないといった表情だったが、メイドは一礼するとウェールズの部屋から退室した。 「ふぅ…メイドが失礼をした、あのように私を慕ってくれる者もいるのだ、だからこそ私は戦わなければならないのだよ」 ルイズはウェールズの言葉を黙って聞いていたが、意を決して話し出した。 「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは…」 ごくり、と喉が鳴る。 「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……。それに、手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」 ウェールズは微笑んだ。ルイズが言いたいことを察したのである。 「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」 ルイズが頷くと、ウェールズは悩んだ仕草をしたあと、口を開いた。 「その通り。きみが想像しているとおり、これは恋文さ、彼女は始祖ブリミルの名おいて、永久の愛を私に誓ったんだ」 ルイズは「ああ」と心の中でため息を漏らした。 始祖に誓う愛は、つまり婚姻の際の誓い。アンリエッタが既にウェールズと愛を誓っていると知られれば、ゲルマニアの皇帝との結婚は重婚となる。 重婚の罪を犯したと知られれば、ゲルマニアの皇帝は、姫との婚約は取り消し、同盟の約束も反故にしてしまうだろう。 「殿下…姫様の手紙には、殿下に亡命を求める内容など一言も書かれてはいなかったと思います。 それが、それが姫様の、姫様の『覚悟』でございます、ですが、私は…私は殿下に亡命を、トリスティンへの亡命を進言致します!」 ワルドがルイズの肩を押さえる、落ち着けと言いたいのだろうが、ルイズの興奮は収まらない。 「それはできんよ」 ウェールズは笑いながら言った。 「殿下、これはわたくしだけの願いではございません!姫さまの願いでございます!姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません!姫様の覚悟を、どうか!」 ウェールズは首を振った。 「…君は、本当にアンリエッタのことを知っているのだね、幼い頃の遊び相手の話を、アンリエッタはよく話してくれたよ、君がそうなのだろう?」 「殿下!」 ルイズはウェールズに詰め寄った。 「私は王族だ。そしてアンリエッタを愛する一人の男でもある、だからこそアンリエッタの覚悟を汲まねばならぬ。アンリエッタはこの手紙を覚悟して書いたのだろう、『この手紙に書かれていることが真実である』と『覚悟』して書いたのだろう。だからこそ、姫と、私の名誉に誓って、私はここで戦い、そしてアルビオンの意志を貴族派の者達に、世界の者達に見せなければならぬ」 ウェールズは苦しそうに言った。 王女であるアンリエッタが、どれだけの苦しみを覚悟して、残酷な手紙を書いたのか、ウェールズには痛いほど理解できたのだ。 ウェールズがルイズの肩を叩く。 「きみは、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、純粋な、いい目をしている」 ルイズは、寂しそうに俯いた。 「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」 ウェールズの微笑みは、爽やかな、魅力的な笑みだった。 「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他にないのだから」 そう言うとウェールズは時計を見る、決戦前夜のパーティーの時間が近づいていた。 ウェールズは、ルイズとワルドにパーティへの出席を促すと、部屋を出て行った。 パーティは城のホールで行われた。 簡易の玉座が置かれ、そこにはアルビオンの王が腰掛けて、集まった貴族や臣下を見守っていた。 とても、明日には滅びる者達のパーティとは思えない、華やかなパーティーだった。 最後の晩餐に参加したトリステイン客、ルイズとワルドの二人は、城に残った王党派の貴族達に最高のものを振る舞われた。 明日死ぬかもしれない、そんな悲観に暮れた言葉など一切漏らさず、二人に明るく料理を、酒を勧め、冗談を言ってきた。 ルイズは歓迎が一段落つくのを見計らって、ホールを離れた。 城のバルコニーへと出て月夜を眺めようとしたのだ。 しかし、そこには先客が居た。 先ほどウェールズに進言しようとしたメイドが、ウェールズに何かを訴えていたのだ。 「殿下…怖くは、ないのですか?」 「怖い?」 ウェールズはきょとんとした顔をして、メイドを見つめた、そしてはっはっはと笑った。 「怖いさ!だがね、私を案じてくれる者がいるからこそ、私は笑っていられるのだよ」 「そんな…私だったら、私だったら、怖くてとても、殿下のように笑えません、そんな風に笑えるなんて、私には」 「いいかね? 死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。王族も、貴族も、平民も、それは同じだろう」 「では」 「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ」 「何を守るのですか?私は、モット伯に引き取られたとき、モット伯の衛士の方から、どんなにふがいなくとも生きろと教えられました、生き残る屈辱に耐えて、伝えるべき『魂』を伝えろと、そう教わったのです」 メイドは語気を強めて言ったが、ウェールズは笑顔を崩さない、そして、言い聞かせるように優しく語り始めた。 「優しいのだな、君は、だからこそ私は君たちに生きて欲しい、語り継ぐのは君たちの役目だ、私が戦わなければ、アルビオンの貴族が勇敢に戦ったと言えなくなるのだよ」 「でも…もう、すでに勝ち目はないですのに…」 「我らは勝てずともいい、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。君は将来、誰かと恋に落ち、そして子を育てるだろう、私はその子らの為に戦いに行くのだ、無碍に民草の血を流させぬためにも、少数でも団結した者達が如何に難敵であるかを見せつけねばならんのだよ。」 「そんな…」 「これは我らの義務なのだ。王家に生まれたものの義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだよ、君は違う、生き延びなさい」 そう言ってウェールズはバルコニーを離れた、廊下で立ち聞きしていたルイズを見つけ、ウェールズはルイズに微笑んだ。 「おやおや、聞こえてしまったが。…今言ったことは、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、彼女の美貌を害してしまう。彼女は可憐な花のようだ。きみもそう思うだろう?」 ルイズは頷いた。それを見たウェールズは、目をつむって言った。 「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」 それだけ言うと、ウェールズは再びパーティーの中心に入っていった。 翌日、非戦闘員が秘密港から避難している頃。 始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。 周りには誰もいない、戦の準備で忙しいのだ。 ウェールズも、すぐに式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりだ。 礼拝堂の扉が開き、ルイズとワルドが現れる。 ルイズは礼拝堂と、ウェールズの姿を見て呆然としたが、ワルドに促されて、ウェールズの前に歩み寄った。 ルイズは戸惑っていた、朝早くワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのだだ。 戸惑いはしたが、深く考えずに、半分眠ったような頭でここまでやってきた。 死を覚悟した王子たちの様子、そして、前日に聞いたメイドとウェールズの会話が、ルイズの頭を混乱させていた。 ワルドは、そんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭にのせた。 新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。 そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせた。 新婦しか身につけることを許されぬ、乙女のマントが、ルイズの背中を包んだ。 しかし、そのようにワルドの手によって着飾られたルイズは戸惑っていた。 確かにワルドはあこがれの人だ、その人から結婚を申し込まれて嬉しくないはずはない。 しかし、何かが引っかかる、ワルドの変わらぬ笑顔が、なぜかとても冷たいものに見えた。 ワルドは戸惑い恥ずかしがるルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。 ウェールズの前で、ルイズとワルドは並び、一礼する。 「では、式を始める」 王子の声が、ルイズの耳に届く。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って領き、今度はルイズに視線を移した。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげる。 相手は憧れていた頼もしいワルド、自分の父とワルドの父が交わした、結婚の約束が、今まさに成就しようとしている。 ワルドのことは嫌いではない、しかし… 「新婦?」 ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ、緊張するものだからね」 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」 そしてルイズは思い出す。 スタープラチナが視た映像を。 桟橋で、ルイズの前に現れた、仮面の男。 その男の背丈は、ワルドと完全に一致する。 顔に被った仮面も、ワルドの変わらぬ笑顔を象徴するかの如くだった。 そして何よりも、ワルドは風のスクエアであるという事実。 風の魔法には、偏在の魔法という、分身を作り出す魔法がある。 偏在とは、空気が『色』と『形』を持ち、見た目こそ魔法を詠唱したメイジと変わらぬ姿を出現させるが、その中身は言わば『雲』だ。 ルイズの傍らに立つ使い魔、スタープラチナの腕が、承太郎の心臓を止めた時のように、ワルドの身体に入り込んでいた。 ワルドの身体の中には、内蔵の感触が無かった。 「新婦?」 「ルイズ?」 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。 ルイズはワルドに向き直り、悲しい表情を浮かべて首を横に振った。 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」 「違うの…」 「日が悪いなら、改めて……」 「そうじゃない、そうじゃないの。ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」 いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。私は…分身と結婚しようとは思いません」 ウェールズは困ったように首をかしげたが、『分身』の意味するところに気づき、真剣な表情でワルドを見た。 ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。 「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」 「さわらないで!」 ルイズがワルドの手をはねのける、するとワルドはルイズの肩を掴む。 ワルドの目はつりあがり、既に笑顔はない、まるでトカゲか何かを思わせる表情に変わった。 「ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!」 ルイズはワルドの手から逃れようと後ろに飛ぶ、そしてウエールズがワルドとルイズの間に割って入り、ワルドを制止した。 「なんたる無礼!なんたる侮辱だ! 子爵よ、風が教えてくれている、本体は扉の外に隠れているな!」 そう言ってウェールズはウインド・カッターを唱え、ワルドの身体を切り裂く、するとワルドの身体は霧のように霧散して消えた。 それと同時に、礼拝堂の扉が開かれた、そこにはワルドと、城の衛士の死体が転がっていた。 ワルドの表情は怒りでもなく、笑顔でもない。しかし無表情でもない、言うなれば冷たい表情で、じっとルイズを見つめていた。 「君はなんたる無礼な振る舞いをしたのだ!我が魔法の刃は、きみ決して許しはせぬぞ!」 ウェールズの言葉を意に介さず、ワルドは礼拝壇に向けて歩き出した。 「この旅で、きみの気持ちをつかむために、随分努力したんだが……」 「よく言うわ」 「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦よう」 ワルドは唇の端をつりあげると、禍々しい笑みを浮かべた。 「この旅における僕の目的は三つだ、その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」 そう言いながらワルドは、ウェールズを指さした。 「まず一つはきみだ。ルイズ。きみを手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 ルイズは黙っていた、ウェールズもワルドを警戒しながら杖を向ける。 「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」 ルイズも杖を抜き、魔法の詠唱を始める。 「そして三つ目……」 ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズが呪文を詠唱した。 しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、一瞬で呪文の詠唱を完成させた。 礼拝堂の入り口から、目にも止まらぬ速度でウェールズへと接近したワルド。 ウェールズの胸を、魔法をまとった杖で貫こうとした、そのとき、ルイズの身体が何かを『超えた』 『最初は幻覚だと思った、 訓練された戦士は、相手の動きが超スローモーションで見え、 死を直感した人間は、一瞬が何秒にも何分にも感じられるあれだと思った。 だけど、私は、 その静止している空間を、二歩、三歩と駆けて、ウェールズ殿下の身代わりになることができた、 幻覚では、なかったんだ…』 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-22]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-24]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/950.html
「「・・・」」 (平賀 才人…名前的に日本人っぽいが…俺が死んだ所じゃなくて日本にあの鏡出やがったのか…?) 何だかえらい気まずい沈黙が空間を満たした…がまぁ…気を取り直してっと… 「才人か…悪いが俺の質問に答えてくれないか?」 「はい・・・俺もまだ質問したいけど…先どうぞ」 「お前…どこの国にいた?」 「?俺は日本にいたけど、ここはトリスティンって言ってたけどヨーロッパのどの辺に? ってか何で俺こんな所にいるんだ?あんたが俺をここに連れてきたのか?ってかあの鏡なんだよ!?」 「あ~落ち着け落ち着け、一辺に質問すんな…俺も行き成りでまだわけわからねぇんだよ・・・」 …つってもこの状況じゃ落ち着け言ってもムリだな… と思ったら何かまだまだ言いたそうな顔していたが黙って深呼吸をし周りを見渡し状況を確認していた。 こいつ見た目よりも大物か…?いや…ただ抜けてるだけか…? 「あんた達…私を無視するんじゃなぁああああいぃいいいいい!!」 行き成りの怒声は、俺の真後ろにまで来てたさっきのピンク色の髪のガキ(面倒だから以後ピンク)だった。 …忘れてた…かなり本気で怒っている。まぁ行き成り自分が増えたと思ったらまた爆発するわ、召喚されるのは あいつ等から言えば平民だわ、挙句の果てには自分を無視して平民同士で話あっている…そりゃ怒るか… このピンクどうするか・・・と才人の方を見ると、才人が?って顔で惚けている。 それを見た時俺はすっくと立ち上がり茶を振舞う時の笑顔で才人に近づき…肩を掴み立ち上がらせた。 「?あの何するんすか?」 「ん?それはな…こうするんだよ!!」 ・・・才人の頭を掴み、俺の真後ろにいるピンクに向かって…キスをさせた・・・ 「『ザ・ワールド!!』そして時は止まる…」ん?何か幻聴が・・・ 「「・・・」」 「そして時は動き出す…」・・・お前だれだ? 「な・・・なにするだぁあああああ!!!」 「ヤッダバァアアアアア」 ほぅ…ミゾオチに幻の左で宙を舞うか・・・中々の威力だな…ってこっちにも殴りかかってきた! とりあえずガキの腕力だから掴んでおけばいいか… 「は…離しなさいよ!貴族にそんな無礼するなんてどんだけ田舎者よ!!」 「いててて…何をするんだってのはこっちのセリフだ!! ってかあんた!何で俺に行き成りこいつとキスさせるんだよ!」 「ん?それか、その理由わ…」 「ぐあ!ぐぁあああああ!あっちぃぃいいい!!」 行き成り左腕を押さえて叫び出したがまぁ、いいか 「あぁ、そうなるのか何でもあいつ等が言うには契約?かなそれだと思うが、どうなんだ?」 くるぅ~りと目の前で悶絶してる才人を無視してピンクに向かって言った。 「あ・・・あんたの思っている通り『使い魔のルーン』を刻んでいるだけよ」 「刻むな!俺の体に何しやがった!」 む?思ったよりも早く復活したなこいつと関心していると、ハゲた中年のおっさんがこっちきやがった。 「ふむ…まさか『サモン・サーヴァント』で平民をなおかつ二人も呼ぶとは異例だが… それよりもミス・ヴァリエールが二人に見えた気するが…風のスクウェアクラスの魔法かな? 杖が無いのに発動とはおかしいが…先住魔法…君はエルフ…か…? …説明する気ないか…それならばこちらで勝手に調べさせてもらう。そしてミス・ヴァリエール 一応契約した少年の方を使い魔としなさい。そして彼のルーンも見せてもらうよ」 才人の左腕の甲には何だか分からない文字が書かれてあったが、なるほどあれがルーンって奴か 「珍しいルーンだな」 おい・・・それだけかよ 「いったい…なんなんだあんたら!」 それには俺も同感だなって…何で俺の方を向く。まぁ、他の奴等の視線が俺に集中してるから無理も無いか。 「…俺はただの通りすがりだ。行き成りここに連れてかれて俺も困っているんだ。」 連れて来られる前は死人だった事は理解させるまで話すのが面倒だから簡単に説明した。 「とりあえずお前が使い魔になったって事で俺は帰らせてもらう」 「え?俺も一緒に帰してくれよ!」 「契約したんだから諦めろと言いたい所だが…仕方ないな…ついてこい、遅れても俺は待たんぞ それじゃもう一度ムーディブルース!」 その声を合図にまた出現したコピールイズが出るやいなや…周りの生徒達は 「またあれが来るぞぉおおおおお」「作者面倒だからってコピールイズ何度もするなぁぁああ!」 「ずっとルイズのターンかよぉおお!」「マルコリシールドォオ!!貴方の尊い犠牲は忘れないわ…5分ぐらい」 と非難轟々で即座に地面に穴開ける者も居れば、自分の使い魔に乗りダッシュで逃げ惑う者もいた… かなり阿鼻叫喚な図でそんな中気の毒にもさっきの爆発を見ていない才人には???と思うしか出来なかった… 「おい、ぼけっと突っ立てるとあぶねぇぞ」 「?何で?ってか何で皆あんな必死に逃げてるんだ?」 「これ」と俺はコピールイズを指差して地面に伏せた。 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッゴォオォォォン 「ヤッダバァアアアアア」 さっきと同じセリフかよ…才人…芸が無い哀れな奴…だが俺は待たないと言った… 今度こそあの鏡に飛び込み場所が違うとは言え、元の世界に戻りそしてブチャラティを助けねば… …他の場所に出現し、手がかりも無しにあいつ等に追いつける可能性は0に近いが… それでも可能性があるならば、俺は戻らねばならない! そう決意し、爆風がまだ吹き荒れている中アバッキオは中心にある銀鏡目掛けて飛び込んだ…が… そこには…何も…無かった・・・ 「な…何故だ!何故銀鏡が無いんだ!俺は確かにリプレイしたはずだぞ!!」 「契約」 横から感情が篭らないまるで人形のように平坦な声がした。 「契約?」 契約はさっき才人がしたはず…それと何の関係があるんだ?と声の方向に振り向くと12歳ぐらい? の青髪のガキがいた。その横の赤髪の女は人盾をポイッと捨てている。 「あなたはさっきそこの彼とルイズを契約させた。召喚儀式は使い魔が居ると発動しない。」 「…つまり才人が死なないと…召喚は出来ないって事…か・・・?」 「そう」 …俺の後ろにのびているこいつが死ぬ事…か…今こいつを殺してしまえば、 すぐ戻れプチャラティに追いつく事が出来るかもしれない…俺は以前警官だった時に 正当防衛で殺人犯を射殺した事はある…しかしこいつは何の罪も無いただのガキだ… しかも俺が道連れにしてしまった…ブチャラティそしてこの罪の無い才人…どちらを優先させるべきかと 心が揺れ動き葛藤していると後ろからの爆発により…俺の意識は飛んだ…。 「あ・・・あたしを無視するんじゃなぁああああぃいいいい!」 「ちょ…ちょっとルイズ!やりすぎよ!気絶してるじゃないの!!」 「あたしが召喚した使い魔なのよ!あたしのやり方で罰を与えるわ!!」 「…罰与えるのはイイけど…ルイズ…あなたどうやって学院まで戻る気?」 「・・・あ・・・」 爆風でのびている少年と…ルイズがたった今爆発を直接ぶつけた大人…ロクに魔法が使えないルイズには 運ぶ手段が無かった…さすがに哀れと思ったのかタバサがシルフィードに試し乗りさせてみたいと言い のびている二人とルイズ キュルケ フレイムを載せて学院に運んでくれた… …帰っている途中でフレイムが火山に住んでるクセに高所恐怖症らしく恐慌状態に陥り シルフィードに危うく火を吹きかけそうになり周りが慌てて止めたが、才人の髪が一部アフロになったらしい… マリコルヌ またもや爆風避けの盾に…うわ言で「マッ…マルコリシールドって…僕の名前は マ…リコ…ル・・・ヌ・・・」と言っていたらしい。 重傷 再起可能 To Be Continued →...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/276.html
ルイズがサモン・サーヴァントに失敗してから何日か過ぎた。 授業が終わると一人で草原に出て、夜になるまでサモン・サーヴァントを 繰り返し、早朝は皆より早く起きてサモン・サーヴァントの魔法を繰り返す。 コルベール先生は魔法学院の中庭を使っていいと言ってくれたが、 魔法が失敗するたびに爆発するのでは苦情が来ると言って断った。 本当は、失敗する姿を見られれたくないと考えてたのだが。 毎朝毎晩、サモン・サーヴァントを繰り返し、疲労の回復しないまま授業を受ける。 当然居眠りする時間も増えてしまう。 教師に怒られるわ食事には間に合わないわ、さんざんな日々を送っていた。 もしルイズにキュルケにとってのタバサのような、いわゆる親友がいれば 彼女の変化に気付いたかもしれない。 魔法に失敗して癇癪を起こす訳でもなく、泣くわけでもない。 何度失敗しても、何度も何度も挑戦すればいいと、前向きに考えるようになったのだ。 そんなルイズの変化は、眠っているときに見る夢の影響が大きかった。 夢の中で、ルイズは墓の前に立っていた。朝早く墓に花束を供えて、 遺族に気付かれぬよう静かに墓地を去る。 その時のやるせない気持ちは言葉では表現出来ない。 ルイズの姉「カトレア」は病弱ではあるがまだ生きている。 しかし夢の中の主人公は、友達を「失って」いる。 ぶっきらぼうに生きているが、その内心にはとても繊細な面もあった。 ある日のことだ。 早朝、相変わらずサモン・サーヴァントに失敗したルイズが、朝食を食べようと食堂に行くと、かすかな薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。 薔薇の香りと言えば、キザで女たらしだと有名な同級生「ギーシュ・ド・グラモン」ぐらいしか思い浮かばない。 案の定すぐ近くの席で、ギーシュとその友人達が楽しそうに笑っていた。 「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」 ギーシュは唇の前に指を立てて、こう言った。 「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 ルイズは馬鹿馬鹿しいと考えながら、食事が始まるのを待っていた。 食事が終わりに近づき、デザートが配られると、さきほどは楽しそうにしていたギーシュが、女性二人の怒りを買っている姿が見られた。 よくある痴話喧嘩だ、話を聞いていると、ギーシュは二股をかけていたらしい。 「呆れるわね」 ルイズはぼそりと呟いた。 いつものルイズなら、そのまま無関心を決め込むはずだった。 他人の痴話喧嘩に口を出すような真似はしたくない。 しかし、痴話喧嘩の原因作った「二股のギーシュ」は、 メイドの少女に責任転嫁をし始めた。 いつもなら無視するところだが、その時、何故かルイズは立ち上がっていた。 「いいからその辺にしておきなさいよ。二股掛けてたあんたが悪いんでしょう」 「……ミス・ヴァリエール、何を言うんだね。僕は躾のなってないメイドに注意をだね」「注意ってのは貴族の権威を傘にして、自分の責任を押しつけることなの?」 (二万円もするズボンは破けたけど…)と不可解なことを言いそうになったが、ぐっと我慢した。 そこでギーシュは、馬鹿にしたような口調でこう言った。 「使い魔の召喚出来ない君には分からない事だったね。魔法の使えないキミに、貴族の何が分かるというのかい?」 「へえ、魔法を見せなきゃ成金にしか見えない貴方が貴族を語るの?」 ギーシュの目が光った。 「どうやら、君は魔法どころか礼儀も”ゼロ”なんだね」 「あらそう、誇りがゼロのギーシュに言われるなんて光栄ね」 ルイズははギーシュを真似て、キザったらしい仕草で言った。 「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ。 ヴェストリの広場で待っている。」 ギーシュの友人達は驚いたような顔で立ち上がり、ギーシュの後を追う。 床にへたりこんだメイド、確か名前は「シエスタ」だと思ったが、彼女はぶるぶる震えながら、ルイズを見つめている。 「大丈夫?」 「あ、あのっ、わ、私…」 「ここから先は私の問題だから、お仕事を済ませて、貴方は自分の仕事をしたんだから誇りを持って。ね?」 「……」 呆然とするシエスタを横目に、ルイズはヴェストリの広場に向けて歩き出した。 ルイズは何故か穏やかな精神に驚いていた。 驚きながらも、それが自然なのだと思えるような、堂々とした足取りで歩く。 貴族同士の決闘は禁止されているとか、そんなことはどうでもよかった。 怯えたシエスタの目を見て思い出したのは、ルイズの姉「カトレア」の姿。 優しい「カトレア」姉様は使用人達からも慕われていた。 彼女は体が弱く、遠出の出来ない体だったが、 動物たち、使用人達、兵士達からいろいろな土地の話を聞いて楽しんでいた。 彼女は体が弱い分、誰かに守って貰わなければ長く生きられない事を知っている。 だからこそ彼女の周りには、恐怖心ではなく、純粋な気持ちで慕う人が集まるのだ。 ルイズは長女の「エレオノール」姉から貴族の恐ろしさを。 「カトレア」姉からは貴族としての理想を学んだのかもしれない。 メイドに責任を押しつけてプライドを保つ。そんな貴族は笑いものだ。 この時のルイズの後ろ姿を見た友人達は、後にこう語る。 まるで空気が震えているようだった、と。 ”ド ド ド ド ド ド ド ド ” 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/362.html
ドスン、と響く巨大な足音。 ルイズは巨大な土のゴーレムを目の当たりにし、少しばかり後悔していた。 使い魔品評会で恥をかくはずだったルイズは、ルイズの出番が来る前に現れた巨大なゴーレムのおかげで、その難を逃れていた。 巨大なゴーレムを見て、ここ最近噂になっている「土くれのフーケ」の話を思い出した。 土くれのフーケは通称だが、その名の通り土の系統のメイジだと言われている。 時には巨大なゴーレムを操り、時には強固な宝物庫の壁を土に錬金して穴を開けてしまう。 ゴーレムを目の前にしたルイズは、フーケの能力がかなり高く、トライアングルかそれ以上の実力を持つと噂されるのがよく理解できた。 使い魔が居ないのを誤魔化すため、フーケの前に一番乗りしたつもりだったが、既にゴーレムと闘っている男がいた。 二股の…もとい、青銅のギーシュである。 ギーシュはドット、つまり初級のメイジであり、土くれのフーケ相手に勝ち目はない。 それなのにギーシュは闘っている、と言うよりも逃げ回っていると表現すべきだろうか。 ゴーレムから逃げるように右往左往しているギーシュの姿に疑問を感じたが、すぐに疑問は氷解した。 誰かが倒れている。特徴的な色のカエルがその傍らにいるので、カエルを使い魔にした水系統のメイジ、モンモランシーだろう。 ルイズは後悔しつつも、呪文を詠唱した。 ズドン! と、空気を震わせてゴーレムの右腕が爆発する。 「土くれのフーケ!あんたの相手はこっちよ!」 ルイズが叫ぶ。それに気付いたギーシュは驚き「ヴァリエール!?」と叫んだ。 「とっととモンモランシーを助けなさい!」 ルイズが叫ぶと、ギーシュは慌ててモンモランシーに駆け寄り、その体を拘束している鉛の手かせを土に錬金して開放する。 ルイズがゴーレムを引きつけている間にモンモランシーを抱き上げて、その場を離れようとしたが、ギーシュの耳にルイズの叫びが響いた。 「逃げて!」 え?と疑問に思う間もなく、ギーシュに影が差す。 ゴーレムは自分の体をちぎるようにして投げ、ギーシュの真上に投げたのだ。 ギーシュが上を向くと、直径2メイル(m)はありそうな鉛色の固まりが、自分に向けて落ちてくるのが見えた。 ルイズには見えていた。 ゴーレムの一部が鉛に錬金され、ギーシュとモンモランシーを押し潰すそうとしている。 まるでスローモーションのように落下が見えた。 魔法を唱えて爆発を起こすのは間に合わない。 駆け足で10歩の距離では突き飛ばすこともできない。 絶望的な状況の中、ルイズは自分でも気付かぬうちに、ある言葉を叫んでいた。 「ス タ ー プ ラ チ ナ !」 次の瞬間、爆発音とは違う鈍い音が響き、大きな鉛の固まりはくの字に変形して宙を舞いつつ地面に落下した。 ルイズは、何かが鉛の固まりを吹き飛ばした事に驚いていた。 土くれのフーケも驚いていた事だろう。 呪文の詠唱も無く、杖を振りかざしてもいない。 そこにいた一同は何が起こったか分からなかった。 一番訳の分からないのはルイズだ。 今のは自分がやったのか? それとも誰かが助けてくれたのか? そもそも、今のは魔法なのか? 今起こった出来事が何なのか分からず、頭の中が混乱する。 「ヴァリエール!」 ハッ、とルイズの思考が戻る。 土くれのフーケと闘っているのを思い出し、ルイズは慌ててゴーレムに向き直る。 振り向いたルイズが見たものは、鉛の鈍い輝きだった。 まるで小石を蹴飛ばすかのように宙を舞うルイズ。 そのまま宝物庫の壁にぶち当たり、ルイズの爆発魔法よりも大きな音が響いた。 ギーシュは目を見開いた。体が震えるのを止められなかった、恐怖からではなく、それは純粋な驚きからだった。 あの決闘の日から、ギーシュはルイズに一目置いていた。それには少なからず畏敬の念が混じっている。 ルイズをメイジとして認めたつもりはない。しかし、彼女は間違いなく『貴族』だと思った。 ルイズに負けたとき、ルイズの迫力に体が震えた。そして、悔しさよりも情けなさが勝っていた。 その貴族たるルイズが! 自分と!モンモランシーを助けようと! 果敢に巨大なゴーレムに立ち向かったのだ! ギーシュはゴーレムの肩に乗るフーケを睨んだ。フーケもまた、ギーシュを見てニヤリと笑った。 今までのようなくだらない自尊心からではない。ギーシュは、フーケに対して確実な殺意を向けたのだ。 そんなギーシュにはお構いなしに、ゴーレムは巨大な手を上げる。 ギーシュは死を覚悟している。しかしモンモランシーだけでも逃がした。 でなければ、ルイズに会わせる顔がない。 『自分はどうすればいい!?』 生まれて初めて感じる、悔しさだったかもしれない。 だが、次の瞬間、もう一体の巨大なゴーレムが、土くれのフーケごとゴーレムを殴り飛ばした。 もう一体のゴーレムは土くれのフーケが操るゴーレムより一回り大きく、その上形も均整が取れていた。 フーケよりも実力のあるメイジの作り出したものだと、即座に理解出来た。 あまりの衝撃に受け身も取れず地面に落ちたフーケ。ゴーレムはあえなく崩れ去り、フーケは意識を失ったのが分かる。 それと同時に、もう一体のゴーレムも崩れ去り、跡には土の山だけが残った。 一歩出遅れたタバサは、空中からその様子を見ていた。 「ヴァリエールを!彼女を助けてくれ!」 ギーシュがタバサに向かって叫ぶ。タバサは頷くより早くルイズの元に駆けつけ、レビテーションの魔法でルイズの体を浮かせ、治癒魔法を得意とする教師の下へと急いだ。 モンモランシーを担いだままだったギーシュは、力なく膝をつくと、モンモランシーを地面におろした。 モンモランシーには外傷はない。気絶しているだけだ。 フーケに目を向けると、遅れてきた衛兵が土くれのフーケを捕縛している。 喜ばしいはずなのに、ルイズのことを考えると、ギーシュは決して喜ぶことが出来なかった。 「あんた無茶するわねえ」 「ゼロ、ゼロって馬鹿にされるよりいいわよ」 その日の夜、ルイズ、タバサ、キュルケの三人は治療室で談笑していた。 ルイズは派手に蹴り飛ばされたが、奇跡的にほぼ無傷。 ただ、背中を強く打ち付けたせいか、呼吸が酷く乱れていたが、寝ているうちに落ち着いたようだ。 「本当に驚いたわよ。あんたどんな丈夫な体してんの? 宝物庫の壁はスクエアメイジが固定化の魔法をかけてるって言うじゃない。その壁がへこむ程の勢いでぶつかったのよ。それで『打撲』で済んじゃうなんて、どんな体してんのよ!」 「あたしに言われたって分かるわけないでしょ!」 「ここ、病室」 キュルケとルイズがヒートアップする度、タバサがツッコミを入れて落ち着かせる、そんなやりとりが続いていた。 「失礼、ミス・ヴァリエールはこちらかな?」 キュルケとタバサが部屋に戻ろうとした時、ギーシュが治療室を訪ねた。 「ミス・ヴァリエール…この度は」 「礼なんて別に良いわよ。怪我もたいしたこと無かったし」 ギーシュにはルイズの言葉が信じられなかったが、現に本人が元気そうにしている以上、あまり多く追求することも出来ずにいた。 「その、とにかく、一言だけでも礼を言わせて貰うよ。この恩は忘れない」 いつものギーシュからは想像出来ないほど神妙な言葉に、キュルケは呟いた。 「ルイズに惚れたの?」 「ち、違う!僕はモンモランシー一筋さ!これは愛情ではなくて、そう、尊敬とかそんな感じのアレだよ!」 「怪しい」 タバサですら疑っている。どうやらギーシュの信用はかなり薄いらしい。 「え…ええと…」 困惑するギーシュが余程滑稽だったのか、その後しばらく笑い声は止まなかった。 その頃、学院長のオールド・オスマンは、宝物庫の壁を見に来ていた。 周囲には衛兵と、教師のコルベールがおり、興味深そうに壁の凹みを見ている。 「どう思うかね、ミスタ・コルベール」 「私には何とも言えません、ただ…」 「ただ?」 「ミス・ヴァリエールは、既に使い魔の召喚に成功しているのかもしれません」 壁に残った痕跡は、小柄な少女の者ではなく、身長2メイルはあろうかという筋骨隆々とした男の背中の跡だった。 オールド・オスマンは、今日はもう休ませて貰う、とコルベール先生に告げ、その場を離れた。 宝物庫の壁の修理。 今回逮捕された土くれのフーケ。 おそらく”本物の土くれのフーケ”が作り出したゴーレムの痕跡と、そこに残された予告状。 『次は破壊の杖を頂きます』 「今年は問題ごとばかりですねえ」 コルベール先生は、ため息をついた。 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/270.html
「うーん…」 ルイズはベッドの上で目を覚ました。 どう見ても自分の部屋だ。 しかし何か違和感があった。大事なことを忘れているような気がしてならない。 ベッドから体を起こし背伸びをする。外は明るい。いつもの朝だ。 とりあえず顔を洗い、着替えて、鏡を見て身だしなみを整える。 欠伸をした時、ふと、鏡に誰かが映ったような気がした。 「…?」 ルイズは訝しげに部屋を見渡すが、自分以外は誰もいない。 目の錯覚だろう。そう考えたルイズは眠気が残ったまま部屋から出たが… 廊下を歩く同級生達と、その傍らを歩いたり飛んだりしている使い魔達を見て、 一瞬で目が覚めた。 「あーーーっ!」 ルイズの突然の叫びに一部の臆病な使い魔達が驚いているが、 同級生達にとっては、ルイズの失敗魔法ほどの驚きはなく、またかと言った表情でルイズの前を通り過ぎていった。 と、廊下にある戸がひとつ開く。中から出てきたのは褐色の美女、兼同級生、兼宿敵のキュルケだった。 「朝から騒がしいわねえ、どうしたのよ」 「…………」 放心状態のルイズにかまわず続ける。 「それにしても昨日のうちに召喚出来ないなんて残念ねえ。あ、そうそう、私の使い魔を見せて無かったわよね。この子が私の使い魔、フレイムよ」 キュルケの背後から現れたのは尻尾に火が点いた巨大なトカゲだった。 「火竜山脈のサラマンダー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」 「………」 呆然としながらも、視線をフレイムに向けるルイズ。 それを見てキュルケが、今度は馬鹿にした含みを持たず素直に心配する。 「ちょっとあんた大丈夫? まだ時間はあるんだから、サモン・サーヴァントが成功するまで頑張んなさいよ」 「…あんたが同情するなんて、何よ、今日は雪?」 「なに言ってんのよ。『ゼロのルイズ』がどんな使い魔を召喚するのか楽しみなのよ」 クスリ、と何かを含んだような笑みを見せるキュルケに、思わず怪しむような視線を向けてしまう。 「あ、そうそう、あんた後でタバサにお礼言っておきなさいよ。倒れてたあんたを見つけて連れてきたのはあの子と…あの子のドラゴンなんだから」 そう言って、フレイムを連れたキュルケは食堂の逆方向へと歩いていった。 サラマンダーは種類によってはドラゴンに匹敵する使い魔として、高い能力を持つと教わった。 きっと、フレイムを見せびらかすために遠回りして食堂に行くのだろう。 それに比べて自分は使い魔を持つどころか、召喚に失敗。 その上ドラゴンを召喚したメイジもいると聞いて、あまりにも情けない自分に目眩がした。 朝食を取るために食堂に入る。もう既にほとんどのメイジ達は席に着いていた。 先生と生徒を含めた沢山のメイジ達が、ひとときの談笑を楽しんでいた。 周囲から聞こえてくる会話は使い魔の話ばかり。 今年はどんな種族が多かったとか、一番強そうなのは何だとか。 上級生である3年生は使い魔の値踏みを。 下級生である1年生は、使い魔を召喚した二年生への憧れを話し、 同級生である2年生は自分の使い魔自慢をしている。 召喚出来なかったルイズは、自分がバカにされるのを覚悟していたが、 皆自分の使い魔のことで頭がいっぱいらしく、自分のことを噂しているような声は聞こえなかったが、なぜか寂しい気がした。 しばらくして、朝食を終えた生徒達が教室へ移動を始める。 ルイズも教室へと移動し、適当な席に座った。 教室にはクラスメイトが召喚した様々な使い魔達がいて、少し騒がしい。 しばらくすると、土系統のメイジであり教師でもある『赤土のシュルヴルーズ』 がやって来て、授業が始まった。 授業は一年のおさらいと、練金に関する内容だった。 『火』『水』『土』『風』『虚無』 この手の話は、何度も何度も聞かされていた。 もう使い手の居ない伝説の属性『虚無』 ある者はそれに憧れ、ある者はそれを伝説だと笑う、 『ゼロのルイズ』とあだ名されるルイズにとって、『虚無』の魔法が伝説だと言われ笑われるのが、自分への皮肉にも聞こえた。 授業は進み、退屈な時間が過ぎていき… ルイズは、机に突っ伏して眠ってしまった。 『………!』 『…倫……』 『…!……徐………倫…!』 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 「授業中の居眠りとは何事ですか!」 突然の声に驚き、ルイズは飛び起きた。 こっちを睨んでいる声の主を見て、自分が居眠りしていたことに気づき、ルイズは慌てて謝った。 「す、すみません!」 「…それに、なんですか、その顔は。 練金をあなたにやってもらおうと思いましたが、それ以前の問題ですね。 早く顔を洗ってらっしゃい」 「はい…」 力なく答えて教室を出て水場に行く。水場に備え付けられた鏡で顔を見て、 やっと自分が泣いていたことに気付いた。 なんで泣いたのか分からなかったが、一つだけ思い当たることがあった。 夢の中でルイズは誰かと闘っていた。 その戦いの中で、敵を倒すか、娘を助けるかの二者択一を迫られたのだ。 一瞬の葛藤。けれども深い葛藤の末に、娘を助けることを選んだわたしは、 敵に切り裂かれて…そこで目が覚めた。 この涙は、敵を倒せなかった無念ではなく、娘の無事を願っていたのでは… 思わず涙を流しそうになり、それを誤魔化すかのように顔を洗った。 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/328.html
「使い魔品評会が開かれます!」 食堂に集まった生徒達は、コルベール先生による使い魔品評会の知らせを聞いて大いに驚いた。 使い魔の品評会は、簡単に言えば使い魔自慢だが、今回はアンリエッタ姫殿下が使い魔の品評を行うという。 アンリエッタ姫殿下はその清楚さと、幼さを見せない凛とした姿に人気があり、国民の憧れの的と言っても過言ではない。 他国からの留学生であるキュルケ、タバサはその逆で、姫には興味がないと言った感じだ。 わいわいと騒ぐ生徒達の中で、ルイズは、本日何度目か解らないため息をついた。 「皆さん静かに! …先ほども言いましたが、品評会は明後日、今日と明日しか猶予はありません。 しかし、トリスティン魔法学院の生徒達は皆、普段から使い魔の能力を熟知し、 パートナーとして最大限の力を活かせるものだと信じております! 尚、今日と明日はオールド・オスマン氏のはからいにより、 授業はすべて中止となります」 授業が中止と聞いて、生徒達は喜び、やった!などと声を上げるものも多かった。 そんな中で、ルイズから向かって右端の方に座っている教師二人が、ボソボソと何かを呟いているのが見えた。 『二学年に、使い魔の居ない人が確か…』 『ヴァリエール侯爵の娘ですよ』 『ああ、そうでしたね』 『欠席は認められないとなれば、魔法学院にとっても恥ではありませんか』 無礼な教師二人の声は、とてもルイズまでは届かない。それどころか最前列に座っている生徒にも聞こえていないだろう。 しかし唇の動きがハッキリと見え、その言葉が頭に流れ込んでくる。 (何よあいつら、聞こえてないと思って好き勝手言って…) ルイズは悔しさに身を震わすばかりで、言葉が見えてしまうことに疑問を感じる暇もなかった。 やがて生徒達は、使い魔にどんな芸をさせようかと思案しながら食堂を出て行く。 後には思い詰めたような顔をしたルイズと、メイドのシエスタが残っており、 メイドは深刻な表情のルイズに声をかけて良いものか迷ったが、意を決して話しかけた。 「あ、あのっ」 「え? あ、この間の…えっと」 「シエスタ、です。この間は私のせいで、貴族様に、その、ご迷惑を」 緊張しているのか、言葉がたどたどしい。ルイズは笑いかけるように言った。 「あれはもう私の問題よ。貴方はメイドとしてちゃんと仕事をしただけじゃない」 「でも…」 「いいの、迷惑だなんて思ってないわよ。それに…」 ”恐怖で人を縛り付けるのはよくない。”と言おうと思ったが、言えなかった。 ルイズの姉エレオノールは威厳と実力を示し、人を従わせるタイプだった。ルイズはその姉が苦手で苦手で仕方がない。 しかし、苦手なエレオノール姉の姿こそ、貴族の理想だと思っていた。 もう一人の姉カトレアは、その穏やかな人柄と、どんな相手にも分け隔て無く接する優しさを持ち、人を従えるのではなく、人が慕ってくるタイプだった。 使い魔召喚に失敗したあの日から見続けている奇妙な夢。 それが、エレオノール姉への憧れを打ち消し、カトレア姉への憧れを強くしていく。 しかし、時には恐怖で人を従わせるエレオノールの振る舞いも貴族のあるべき姿だと思っているのだ。 ルイズは、頭の中の混乱を上手く言葉にすることが出来ない、と感じたのか、余計なことは言わないでおくことにした。 「何でもないわ。それよりも貴方、私のこと貴族様って呼ぶの止めてよ。ルイズでいいわよ」 「は、はい、ルイズ様」 ルイズは少し考えた後。 「様もいらないわよ」 とだけ言って笑いかけ、席を立った。 シエスタは立ち去ろうとするルイズに深々とお辞儀をしてから、 食器の片づけをしようとして、ルイズの席の食器を手に持った。 その時、足下に落ちていた誰かの香水入れを踏みつけ、バランスを崩した。 「!」 この学院で使われる食器は、貴族から見ればそれほどの価値はない。 しかし平民のシエスタにとっては大変なものだ。 もし趣味の悪い貴族に仕えるメイドならば、粗相をしたと言って殺されても不思議ではない。 手の中から滑り落ちる食器の感覚に、この世の終わりのような思いをしたシエスタ。 彼女の耳に食器の割れる音が届くかと思われたが… なぜか食器はテーブルの上に置かれていた。 「ちょっと、どうしたのよ。気をつけなさい…って、それモンモランシーの香水入れじゃない。こんな所にあったら危ないじゃないの」 そういってルイズは香水入れを拾い上げた。 そして、何が起こったか解らず呆然としているシエスタは、少しの思考の後『ルイズ様が魔法で何とかしてくれた』という結論に達し、ルイズに対する尊敬はますます高まっていくのだった。 そして、魔術学院の学生達が待ちに待った、使い魔品評会、その前日の夜。 ルイズはベッドの中で丸まっていた。 どうしよう、どうしよう、と、終わりのない自問自答を繰り返す。 サモン・サーヴァントは一回も成功していない。 このままでは使い魔品評会で恥をかいてしまう。 使い魔を呼び出すサモン・サーヴァントは、成功確率が高い魔法と言われている。 使い魔と主従の契約を交わすコントラクト・サーヴァントの方が難しいこともある。 どんな魔法を使っても爆発、つまりは失敗。 もしかしたら、自分は魔法の才能が無いどころか、メイジですらないのかもしれない。 数え切れないほど失敗を繰り返したルイズの手には火傷の痕が残り、頬にはかすり傷もついていた。 「退学…かな…」 最悪の結果を考えて、ルイズは自分が弱気になっていることに気付いた。 使い魔品評会には、使い魔がいなければ何も出来ない。 ギーシュとの決闘の時、私は魔法を使って勝ったはずだと何度も自分に言い聞かせた。 落ち込むばかりじゃいけない、まだ少しだけ時間がある。 ルイズは寝間着の上にマントを羽織り、杖を持って、最後のチャンスに賭けようと外に出た。 中庭は二つの月に照らされて明るく、神秘的な雰囲気を醸し出していた。 その中央に誰かが立っている。誰だろう?と思い近づいてみると、シエスタが二つの月を見上げていた。 「何やってるのよ、こんな時間に」 「!…ご、ごめんなさ…ルイズ様?」 「様はいいわよ、もう…幽霊でも出たかと思って驚いたじゃない」 「すみません…ちょっと、祖父のことを思い出していたんです」 「お爺さんの?」 「はい。私の髪の色は、ここでは珍しい色です」 そういえば黒い髪なんてあまり居ないわね、と心の中で呟く。 「祖父の生まれた土地では、黒い髪の毛の人しかいなかったそうです」 ルイズは自分の祖父の姿を思い出しながら、シエスタの話を聞いていた。 「…祖父は、遠く東の果てから来たと言っていました。村の人たちは誰も信じません。 でも、祖父はいつも月を見上げては、故郷の月は一つだった…って言っていたんです」 「月が一つ?そんなのどこに行けば見られるのよ」 不意に、ルイズの思考を別の記憶が流れ込む。 私は砂漠の中に立っていた。 昼間の熱気とはうってかわって、極端に寒くなる砂漠の夜。 仲間達と共に月を見上げ、ひとときの休息を味わう。 「村の人は誰も信じません。でも、私には祖父の言葉が嘘だとは思えなかったんです」 「信じるわよ」 「えっ?」 「そんな世界も、どこかにあるかもしれないじゃない」 その時のシエスタの表情は、今までに見たことのない、明るい笑顔だった。 「私も、月が一つの世界に、一度行ってみたいわ」 そう言ってルイズは月を見上げ、記憶をたぐり寄せる。 高速で巡る月。 加速する世界。 娘に降り注ごうとするナイフの雨。 ナイフを弾き、次の瞬間、切り裂かれる自分の体。 「あうっ!」 「え、る、ルイズさん!どうかしたんですか!?」 膝の力が抜け、倒れそうになるルイズを、シエスタが支えた。 「だいじょうぶ、だいじょう、ぶ、ホントに、大丈夫だから…気にしないで」 「でも、お顔が真っ青です。それに、こんなに震えて」 「月明かりのせいよ」 「違います。すぐに治癒の先生の元へお連れしますから」 「大丈夫。本当に大丈夫よ。ちょっと足が震えただけなんだから、部屋で休めばすぐ治るわよ…」 シエスタは口で答えるよりも早くルイズの体を支え、ルイズの部屋へと歩き出した。 夜中なので足音を立てぬよう、静かに歩く。 女子寮に入るのは初めてだったが、ルイズの案内で部屋の前まで来ると、フードを被った不審な人物が、ルイズの部屋の前で立ち往生しているのが見えた。 「ルイズ!ルイズ・フランソワーズ、どうしたの?そんな、辛そうにして…」 フードを被った人物は女性らしい細い声で、ルイズに声を掛けた。 シエスタはフードを被った人物が誰だか分からなかったが、ルイズの体を支えようとしたので、ルイズの友人だろうと判断した。 フードを被った女性はルイズの部屋を開け、シエスタはルイズをベッドに座らせる。 その間にフードを被った女性は扉を閉めて、罠を関知する魔法で安全を確かめ、サイレントの魔法で部屋の音を外に漏らさぬようにした。 「ルイズ…ああ、どうしたことでしょう。顔を真っ青にして…」 そう言いながらフードを外し、アンリエッタ姫殿下ルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」 「…ひ、姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へお越しになられるなんて……」 「そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。あなたとわたくしはお友達じゃないの!」 そう言って二人は、ルイズの体の調子を気にしつつも、過去の思い出話に花を咲かせた。 幼い頃、ルイズはアンリエッタ姫の遊び相手をしていた。利欲と陰謀の渦巻く王家と貴族の間で、アンリエッタ姫が唯一心を許せる友達がルイズなのだ。 「あら。ごめんなさい、貴方のことをすっかり忘れていたわ。私の友達を助けてくださったのに…」 さっきから一人放置されていたシエスタは、突然自分に声を掛けられて、それこそ輪切りにされてホルマリン漬けにされる程驚いた。 「あ、あの、ご、ご無礼を、いたしました…」 先ほどのルイズよりもひどく震えながら、アンリエッタ姫の前に土下座するシエスタ。 その態度から、アンリエッタはシエスタが平民だと見抜き、そして寂しそうな表情をした。 「貴方は平民なのですね。そんなに怖がらないで。私の友達を助けてくださったのですから、貴方に感謝することはあれど、罰することはありませんよ」 アンリエッタがそこまで言っても、シエスタは土下座したまま震えている。きっとパニックに陥っているのだろう。 ルイズは無言でシエスタを抱き起こす。シエスタの目にはハッキリと怯えが見えていた。 「…これは、私の至らなさが原因なのです」 ぼつりと、アンリエッタが呟き、そして話が始まった。 アンリエッタが諸侯を視察している時の話だ、道中、外を見ると、アンリエッタを歓迎する貴族と平民達が見える。 皆の喜ぶ顔はアンリエッタにとっても喜びだった。 しかし、その一方で、躾と称して平民を殺す貴族もいる。過剰な拷問を趣味にしたり、平民が貴族に逆らえないのをいいことに、平民の少女でハーレムを作る貴族もいる。 アンリエッタは、それがとても汚らしいものに見えた。 しかしそれを正せるほどの権威は、今の自分には無い。そんなことをすれば貴族達からの反感を買い、クーデターが起こってもおかしくはない。 ルイズという身分違いの友達を得ることで、アンリエッタは自分の本心を見せられる友達のありがたさを知り、身分の差を疎ましく感じるようになった。 それと同時に、自分は籠の中の鳥なのだ。貴族の暴虐を黙認し、その見返りとして貴族に守られなければ、何も出来ない弱者なのだと感じていた。 「それは姫様だけの責任ではありませんわ!貴族全員の…」 「わかっています。ですが、王家の者として、貴族が恐怖の象徴として扱われることに責任を感じているのです」 話を聞いていたシエスタも、少し落ち着いたのか、悲しそうな表情で姫を見た。 それは同情からくるものであり、無礼ではあったが、アンリエッタは数少ない理解者が増えた気がして、その視線に喜びを感じていた。 「あ、あのっ、難しいことはよく分かりませんけど…わたし、アンリエッタ姫様が、今の話で、好きになりました。ですから…あ、あの」 この時代、貴族に、しかも王族に話しかけるという行為すら咎められることがある。勇気を振り絞ったシエスタの言葉を聞き、アンリエッタとルイズは心底嬉しそうに笑った。 しばらく三人で談笑した後、アンリエッタは、 「それでは、明日を楽しみにしています、ルイズ、体をいたわって下さいね」 と言って、シエスタと共に部屋を出て行った。 結局、使い魔の召喚には成功していない、明日恥をかくのはもう避けられない。 けれども別の充実感があった、アンリエッタ姫にまた一人友達が増えたことだ。 一人だけでになり、寂しくなった部屋で、ふと窓の外を見た、 もし、使い魔がいたら、私はどんな名前を付けただろう。 そう考えたルイズの目に、銀よりも強い輝き、白金色の光をまとった流れ星が流れた。 『星 の 白 金』 「スタープラチナ」 ルイズは、小声で呟いた。 翌日朝、使い魔品評会が始まる直前まで、女子達の間では新たに出現した幽霊の話で持ちきりだった。 『月夜に中庭に立つ幽霊』 『廊下で足を引きずって歩く幽霊』 『フードを被った女性の幽霊』 ルイズは冷や汗をかき。 キュルケは呆れ。 タバサの洗濯物は今日も一枚多かった。