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ルイズの爆発魔法でワルドの首が霧散したのを確認することもせず、シルフィードは急速降下に入った。 まだ終わりではない。ワルドは確かに倒したが、ジョセフを救わなければならない。このまま放って置けばニューカッスルの岬ごとジョセフは大地に叩き付けられる。いくらジョセフと言えども、そんな事になれば生きていられるとは到底思えない。 しかもワルドを撃破したと同時に、大木のように茂っていたハーミットパープルはまるで枯れて朽ちていくように消え失せた。 メイジは精神力を使い果たしてもせいぜい気絶する程度で済む。スタンド使いが精神力を使い果たしたらどうなるのかは知らない。 かつて武器屋探しのついでにハーミットパープルを初めて見た時、ジョセフはスタンドを『魂の具現化したもの』と言った。魂を具現化させたものが枯れていくということがどういうことか――考えなくても判る。 タバサが先程張った風のドームがシルフィードの背に乗ったメイジ達をしっかりと捕らえ、空に振り落としてしまうようなことは無い。 だが、空を風竜の出せる限りの速度で『落ちる』恐怖。 「うわああああああああっっっっっ!!?」 二十世紀の地球でも、時速三百kmを超えるジェットコースターは存在しない。 噛み締めようとしても抑え切れない、腹の底から沸き起こる恐怖に耐え切れず叫んでしまうことで、ギーシュを臆病者呼ばわりすることは出来ない。 キュルケはこの高速落下の恐怖を味わう前に、精神力を使い果たしていた所にワルドを倒したのを見届けた安堵で気が緩んだことで、幸運にも気絶していた。 故に悲鳴を上げたのは、ギーシュ一人だけだった。そのギーシュも数秒も持たない内に恐怖が思考を塗り潰し、意識を手放したのだが。 ウェールズは波紋で気を失ったままで、タバサはこの程度の速度は慣れたものとばかりに力強く手綱を握り締めている。 ルイズは、叫ばなかった。それどころか、瞬き一つもしまいと見開かれた両眼で落ちていく先を見据えていた。 (――ジョセフ!) 雲の隙間を縫うように空を降り、岬から切り離された瓦礫を恐ろしいスピードで追い抜いていくのにも構わずほんの僅か前まで茨が伸びてきた元を見つめていた。 これだけの猛スピードで追いかけても、岬が落ちてからスタートを切るまでに絶望的な時間が経過しているのは理解できている。 アルビオンが何故空に浮くかは誰も知らない。ニューカッスルの岬も大陸から切り離されれば遥か下の大地目掛けて落ちていった。 しかし、城が先端に建つほどの質量と面積を持った岬は、空気抵抗を大きく受ける。それに加えて元より空に浮いていた大陸の一部だった岬は、気休め程度ながらも重力に逆らうかのように落下速度に幾らかのブレーキがかかっている。 だからこそタバサは逡巡すら惜しんでシルフィードを降下させた。 ルイズとタバサ、二人の目には光度は違えど同じ輝きが灯っていた。 その輝きは、『何としてもジョセフを救う』という意思の輝き。 今もなお左目を占めるジョセフの視界を睨みながら、ルイズは唇を噛んだ。 待っていなさいよ、ジョセフ――アンタは私の使い魔なんだからっ。 私の手の届かない場所になんか、行かせないんだから! * ワルドを撃破したジョセフの左目は、ジョセフ本人の視界に戻った。 ルイズから差し当たっての危機が去った事を把握したジョセフには、既に波紋を練れる呼吸もスタンドパワーも、何も残っていない。 ハーミットパープルを維持する事すら出来なくなったジョセフは、落下し続ける地面に力なく倒れた。 「……もうタネも仕掛けも何も無い……今度こそ本当にな……」 落ちていく岬の上に伏せるというのも奇妙な話だが、下から吹き上がる大気の奔流は巨大な岬が受け止めていた。奔流は岬の下を潜り、側面から上へと抜けている。 その為、地面に倒れたジョセフは大気の渦に捕われる事は無かったのだった。 「相棒」 まだ左手に握られたままのデルフリンガーの声に、ジョセフは掠れた声で答えた。 「……おうデルフよ……。せっかく六千年ぶりに会ったのにここでおさらばっぽいなァ……お前はもしかしたら地面に落ちても耐えられるかもしらんが、わしはちょっち自信ねェもんでな……」 こんな時でも軽口を忘れないジョセフに、デルフはからからと笑った。 「なーに、気にすんな相棒。六千年は確かに長かったが、また会えたのは確かだからよ。もうしばらくつまんねえ時間を過ごせばそのうちまた会えるってモンだろ」 「そう言って貰えりゃ気も楽ってモンじゃ……」 ごろり、と大の字に寝そべったジョセフは、無言で空を見上げた。 「あー……心残りがけっこーあるんじゃよ……わしを見取るのが喋る剣一振りっつーんがなァ……」 「なんだい俺っちだけじゃ不服なのかよ」 「そりゃーあよォ……せっかく頑張って五十年連れ添った妻とか可愛い娘とか口が悪い孫とか生意気な孫に恵まれたのに、誰にもわしが死んだって伝えられんのはなァ……」 ハルケギニアに来る前。承太郎に、帰らなければスージーには死んだと伝えろと言ってこちらに来た。あの時こそは死を覚悟していたが、魔法が実在する奇妙な世界に居着いた今では心残りも多々ある。 可愛い主人や友人達を守り切れた、その事実には満足できる。 だが、それでも。 「せめてな……わしの好きな連中にゃ、笑っててほしいんじゃ……。わしの好きな連中を悲しませる理由が、わしがいなくなったからと言うんはなァ……それは、とても――寂しいことじゃろう……」 ジョセフは、寂しげに笑う。 そんなジョセフに、デルフリンガーは聞いてみた。 「――なぁ、相棒よ。相棒は自分が死ぬのは怖くないのかい?」 力尽きたジョセフの口から漏れるのは、恐怖の叫びでも後悔の言葉でもなく。ただ、自分が遺す事になる人々を心配する言葉ばかり。 剣として、無数の戦場で無数の命の終焉を見届けてきたデルフリンガーは、ジョセフのような潔い最期を迎えようとする人間を見たことは何度かはある。 だが、その何度かの例外の他、何千倍もの末期の言葉は、死への恐怖や後悔の言葉。 圧倒的に数少ない例外の中でも、ジョセフはあまりに落ち着いていた。 これからどれだけの長い間、つまらない時間を過ごすのかは判らないが、せめて何百年かの慰みに。この誇り高くしみったれた老人の言葉を聞いてみたくなったのだった。 「そりゃ怖ェに決まっとるじゃろ」 即座に返ってきた答えに、デルフリンガーは質問したことをちょっと後悔した。 「でも今更何が出来るよ。わしゃやるだけのことはやったし……ルイズ達を救うことも出来た。やるべきことも出来なくて、ルイズ達を助けられなかったんじゃあない……そんだけ出来たらまァ、上出来ってモンじゃろうよ……」 「そうか」 しかし続けられたジョセフの言葉に、デルフリンガーは鞘口を鳴らして頷いた。 ジョセフは、一瞬だけ沈黙し。か細い声で言った。 「……わりィ、もうそろそろわし眠いんじゃ……ちょっと、ちょっと寝かせてくれ……」 「ああ、悪かったな。じゃあゆっくり、寝てくれよ」 デルフリンガーの軽口に、返事は、無い。 ――竜が、そこに辿り着いたのはそれから僅か数秒後の事だった。 * ハーミットパープルが伸びてきた先を辿るのは、難しいことではなかった。 ほんの数秒前まで雄雄しく伸びていた茨は消え去っていたものの、どこから伸びてきたかは頭に入っている。 ハルケギニアの大地さえも視界に入る中、シルフィードは岬に追い付いた。 岬の上に見えたのは、力無く地面に横たわるジョセフの姿。 シルフィードは落ち行く岬に追い付き、翼を目一杯広げてスピードを急激に殺し、地面に着陸する。 例え既に事切れているにせよ、ジョセフをこのまま岬に叩き付けさせる訳には行かない。 置いていこうとしても、ルイズが自ら駆け寄って引き摺ってでもジョセフを連れてこようとするだろう。 だからタバサは、迅速にジョセフを回収する為に魔法を唱えた。 ジョセフは随分と大柄ではあるが、トライアングルメイジのタバサが操る風を用いればさしたる苦労も無く体を持ち上げられる。 「く……」 だがたったそれだけの魔法を完成させただけで、タバサの意識は揺らぎ、僅かながらも彼女の表情を歪ませる。 しかしジョセフを無事に引き寄せることは出来た。 「ジョセフっっ!!」 自分の前にジョセフを運ばれたルイズが名を呼んでも、ジョセフは身動ぎの一つもしない。シルフィードの背に横たわったまま―― 「ジョセフ!! ジョセフ、ジョセフ!?」 何の反応も無いジョセフへ抱き付くように縋り付いたルイズが必死に名を呼んで身体を揺さぶるが、ジョセフは主人の呼び掛けに何の答えも返すことは無い。 風のロープで掴んだジョセフをルイズの元へ届けるが早いか、魔法を解いて額の汗を拭った。 「……飛んで。全速力で」 すぐさま言い放つタバサの命令に、シルフィードはきゅいきゅいきゅいとけたたましく鳴いて不満を表明する。 いくら風竜と言えども、徹夜でこき使われた挙句空中戦を繰り広げたり落ちる岬に追い付く為に無理矢理な加速をさせられたりしていれば、身体にガタも来る。 竜使いの荒い主人に使い魔が懸命に抗議するが、当の主人はにべも無く答えた。 「貴方が飛ばないと私達が死ぬ」 端的に現状を突き付ける涼やかな声に、諦める寸前の慰みにきゅいー!と声も限りに叫んで、大きく広げた翼に風を受けた。 そして、シルフィードが力の限り岬から離脱した十数秒後。 ニューカッスル岬は、ハルケギニアに激突し、大陸を大きく揺らした。 高く聳える山脈を打ち砕く爆音と、空まで巻き上がる土煙が背後に発生する一大スペクタクルにも、竜に乗った若いメイジ達が頓着することはほぼ無かった。 ウェールズとキュルケとギーシュは今だ気を失ったままだし、ルイズはそんな些事に気を取られている余裕などない。 唯一の例外が、意外にもタバサだった。 ガリアの山脈が大きく形を変えた瞬間を目撃したタバサは、雪風の二つ名を受ける平静な表情を保つ事さえ忘れて、首ばかりか身体も後ろへ捩って大きく目を見開いていた。 タバサは若いながらもこれまでに様々な経験を積んできたが、これほどまでの劇的な情景を目の当たりにしたのは初めての事だった。 (……もし、彼の力があれば……) 自分が渇望する結果に辿り着くのも、ジョセフの知謀が加われば今すぐにも成就できるかもしれない。 だが、その肝心のジョセフは主人の声に応えることもない。 普段の高慢さをかなぐり捨てて懸命にジョセフの名を呼ぶルイズの姿もまた、彼女を良く知る者達が見ればその目を疑うことだろう。 ピンクの髪を振り乱し、鳶色の両眼を見開いて、小さな手で大きな身体を揺さ振り、喉も枯れよとばかりに声を張り上げる。 「ねえっ、起きなさいよ! アンタ、私の使い魔なんでしょ!? アンタご主人様の言う事が聞けないの!?」 だがジョセフは何の反応も見せない。 ただ力なく竜の背に倒れているだけだった。 「アンタっ……バカじゃない!? 元の世界に帰らなくちゃいけないんでしょ!? 自分の家族に会わなくちゃいけないんでしょ!? こんな……こんなこと、で……!」 大きな目に、涙が溜まっていく。 「私……! ただアンタに迷惑掛けただけじゃない! たくさん助けてもらったのにっ……私は何も出来ないままで……こんな、こんなのって、ないわ!」 自分が使い魔の召喚に成功しなければこんなことにならなかった。 自分がやったことは、戦いを終えて故郷に帰るはずだった老人を無理矢理異世界に連れてきて、こき使って、殺したというだけのこと。 ルイズの頬を伝う涙は、ぽたぽたとジョセフの頬に落ちていく。 「ジョセフ……! ジョセフ、ジョセフぅっ!!」 悲しみ、怒り、憤り、不甲斐なさ。 ネガティブな感情を大量に混ぜ合わせた衝動に突き動かされ、ルイズは物言わぬジョセフの身体に縋り付いて声も限りに泣き叫んだ。 「えーと」 しばらくルイズが泣いていた所、今まで黙ったままのデルフリンガーが、かちりと鞘口を鳴らした。 「盛り上がってるトコ悪いんだけどよぉー」 普段軽口ばかり叩いてるデルフリンガーにしては珍しく、多少決まり悪げな物言い。 「相棒、生きてるぜ」 ぴたり、とルイズの泣き声が止んだ。 「マジマジ。ピンピンしてる」 ルイズはとりあえずジョセフの鼻を摘んでみた。 ふが、と眉を顰めたジョセフは顔を振って鼻から手を放させた。 「そりゃーアレだろ、立ち回りはするわ徹夜で働くわ波紋は練れないわスタンドパワーは使い果たすわで疲れて眠らない方がおかしいって話だろーよ」 首を横向けたジョセフは、気道の位置が変わったせいか小さくいびきをかき始めた。 「それにしてもアレだな。死んだように眠るってのは正にこのことだーな。確かに勘違いしちまうのはしょーがないかもしれねーが、それでもあれはないわ」 ルイズは何も言わず、ジョセフの腰に下がったままの鞘を手に取るとデルフリンガーを収めて黙らせた。 袖で涙を拭いてから、じっと自分達の様子を伺っていたタバサを見やった。 「……ユニーク」 まるで何事も無かったように呟くタバサに、ルイズの耳は真っ赤になった。 「み、みみみみみみみみみ見たの?」 「見てしまった。けれど他言する必要性はない」 普段通りに感情の見えない淡々とした口調の中に、ルイズは微かな笑みが見えたような気がした。 だがそれは自分の気のせいだ、と無理矢理自分の中で結論付けて、大きく息を吸った。 「ま、まあこれくらいで死んじゃうような使い魔じゃないとは思ってたわよ! だって私の使い魔なんですもの!」 「そう」 懸命に言い繕うルイズへ興味なさげな返事をしたタバサは、続いてウェールズに視線をやった。 「ジョセフ・ジョースターと打ち合わせていた事がある。このまま皇太子を王宮に連れて行くわけには行かない」 タバサの言葉に、ルイズは声を張り上げた。 「なんでよ! 姫様に皇太子殿下をお会いさせなきゃならないじゃない!」 「魔法衛士隊の隊長が裏切り者だった今、下手に王宮に連れて行くのは利敵行為。他に内通者がいるのは火を見るより明らか。それこそ戦争の口実を向こうに与えることになる」 至極もっともな言葉に、ぐ、と言葉に詰まるルイズをよそに、タバサは淡々と言葉を続ける。 「だから今から学院に向かう。ミスタ・オスマンに頼んで皇太子を匿ってもらう、というのが彼の考え。学院なら人目に付くこともないし警備も整っている」 そこまで言ってから、タバサは手綱を握り直して前を向く。 必要最低限の事柄を伝達すれば後は何も言わない素っ気無さに、何よ、と小さく口を尖らせるが、それ以上は何も言わない。 強い風が頬を撫でる中、ふぅ、と小さく息を吐く。 竜に乗っている六人のうち四人が意識を失っており、意識がある一人のタバサはシルフィードの手綱を握って前を見ている。 残る一人のルイズは、気持ちよさそうに熟睡しているジョセフの頬を撫でた。 「……ばっかみたい。よくよく見たら普通に寝てただけじゃない」 心配かけて、と使い魔の額を指で弾くと、ジョセフはまた少し眉を顰めて小さく首を動かした。また気道の位置が変わったせいか、いびきは止んで静かな寝息に変わる。 こんな無防備な寝顔を見ていると、とても王様を騙してメイジ達をこき使って岬を落とし、挙句の果てに皇太子殿下まで騙して無理矢理連れてきている張本人とは思えない。 思えば姫様の命を受けてからたった数日の間に色んな事があった。 アルビオンを滅ぼした裏切り者達、初恋の人の変貌と裏切りと……かつてワルドだった人間を、自分の手で倒した事。 色々姫様に伝えなければならないこともある。 それでも、今は清々しい気持ちが胸を満たしていた。 空は抜けるように青く、髪を後ろへ流す髪は心地よく涼しい。 ふと、ジョセフを見下ろす。 召喚した時からずっと被っていた帽子はなくなって、白髪が露になっている。あの薄汚れた帽子は空を落ちる中で飛ばされてしまったらしい。 「……御褒美に、新しい帽子を買ってあげなくちゃ……」 たおやかな手でジョセフの頭を撫で。とくん、と胸の中が強い鼓動を打つ。 吐息が、熱い。 唇がそう感じたと思った。 その時、ルイズは自分が何を思っているのか、自分でも理解できていなかった。 だからかもしれない。 静かに目を閉じて身を屈めたルイズの唇が、ジョセフの唇を掠めるように触れた。 時間にすれば、一秒少しのこと。 ルイズがうっすらと目を開けたその時、ジョセフの顔が占める視界に、バネでも仕込まれていたかのような勢いで身を起こし、慌てて周囲を見た。 だが今もまだ友人達は気を失ったままで、タバサは前だけを見ていた。 今の衝動的なキスを見た人間は誰もいない。 ジョセフも、やはり変わりなく規則的な寝息を立てている。 (……何) ルイズは、火が燃えているかのように思える自分の顔を両手で覆う。 (私、今、何をしたの) その中でも、唇が一番熱いように思える。 ジョセフと微かに触れたそこだけが、とても、熱く。 (何を、考えてるの) ふるふるふる、と首を振る。 (ジョセフは使い魔で……平民で……孫がいて……お父様より、年上なのよ) 最初は、契約の為のキスだった。 二回目は、錯乱した自分を落ち着かせる為の強引なキスだった。 三回目は。謎の衝動に突き動かされた、キスだった。 (そんな。そんなの、ダメよ) 否定したい。否定しなければならない。でも、否定、出来ない。 (何、何よ……どうして、こんなにドキドキするの……) 今まで生きてきた中で、これほど心臓が激しく動いたことなどない。 息苦しくて、胸が痛くなるほどの鼓動の中、ルイズは懸命に自分の中に芽生えた感情を拒否しようとする。けれど、ルイズは既に理解していた。 (――私は……ジョセフのことが―― ) 信じられないし、信じたくもない。 この気持ちが果たして本物なのか、そもそも貴族の娘である自分が抱いていいものなのかすら。今のルイズには判断し辛いものだった。 だが、それでも。 彼女を中から打ち破りそうな胸の鼓動は、確かにあって。 ジョセフ・ジョースターの体温を感じて安心している自分がいて。 ジョセフが死んだと思った時、人目も憚らず泣いた自分が、いたのだ。 小さい頃にワルドに抱き抱えられた時も、ワルドが変わってしまったのを思い知らされた時も、人ではなくなったワルドに引導を渡した時も、こんな風にはならなかった。 理性も感情も、とっくに答えを出している。 けれども、それを認めてしまうのは……使い魔だとか平民だとか老人だとか、そんなのを抜きにしても。 (――私は……ジョセフのことが――好き) ああ、と声を漏らし、両手で自分を抱いて俯いたルイズの表情は誰にも窺い知る事が出来なかった。 第二部 -風のアルビオン- 完
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第一章 死と再生 第二章 乱心の『ゼロ』 第三章 誇りを賭けた戦い 第三章 誇りを賭けた戦い-2 第四章 平穏の終焉 第四章 平穏の終焉-2 第五章 二振りの剣 第五章 二振りの剣-2 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~ 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-2 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-3 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-4 第七章 双月の輝く夜に 第七章 双月の輝く夜に-2 第八章 王女殿下の依頼 第九章 獅子身中 第十章 探り合い 第十一章 土くれのフーケの反逆 ~ またはマチルダ・オブ・サウスゴーダの憂鬱 ~ 第十二章 白の国アルビオン 第十三章 悪魔の風 第十四章 土くれと鉄Ⅱ ~ 誉れなき戦い ~ 第十五章 この醜くも美しい世界 第十六章 過去を映す館 第十七章 真実を探す者、真実を待つ者 第十八章 束の間の休息、そして開戦 第十九章 夕暮れに昇る太陽 第二十章 タバサと小さなスタンド使い-1 第二十章 タバサと小さなスタンド使い-2 第二十一章 惚れ薬、その傾向と対策 第二十二章 過去 第二十三章 惚れ薬、その終結 第二十四章 怒りの日 前編
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戦いの決着が付いてから数秒が経って、やっとメイジ達は正気に戻った。 トリステインの魔法衛士隊の隊長を務めるスクウェアメイジが、四体の遍在を駆使してなお惨敗と言う言葉さえ生ぬるい敗北を喫したのを目撃したばかりでなく、それを成し遂げたのが杖の一つも持たないただの平民の老人であるという事実を受け止めきれない者も少なくない。 しかしそれでも、アルビオン王国有数の精鋭であるメイジ達は、一斉にジョセフへと杖を向けた。 この状況で真実が把握できない以上、騒動の中心にいた者達をまとめて捕縛するのは至極真っ当な思考であるからだ。 ジョセフもまた、それを理解しているからこそ。「うぉーい! 俺の! 俺の見せ場が!」と騒ぎ立てているデルフリンガーを取りにいく素振りすら見せず、悠然と両手を挙げているだけだった。 「夜分お騒がせして申し訳ない、ニューカッスルの皆様方よ! 事情はわしではなく、わしの主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが説明する! すまんが誰か主人を介抱してくれんか!」 抵抗の意思はないと判断した数人のメイジが、ルイズに駆け寄り応急手当てを開始する。 ウインドブレイクで吹き飛ばされて地面を転がされたルイズだったが、気は失っているが特に重傷を負ったというわけではないようで、メイジ達の様子に切羽詰ったものがないのが見える。 ジョセフは安堵の息をついて、警戒を弱めず自分に近付くメイジ達を眺めていたその時。 「待て! 彼らの身柄は私が預かろう!」 中庭に響く凛とした声に、その場にいた全員の目がそちらに向いた。 そこに現れたのは、ウェールズ皇太子と、キュルケ、タバサ、ギーシュ達だった。 この場で最も地位の高い王子の言葉に、メイジ達にざわめきが広がる。 「お待ち下さいウェールズ様! まだどのような事情があるのか把握できておりませぬ! ここは我々が――!」 一人のメイジの言葉にも、ウェールズは平素の悠然とした笑みを崩さずに言った。 「実は少し前にここに着いていたのでね、ヴァリエール嬢が貴君らの前に立ちはだかった直後から今までを見せてもらった。あの一連の光景を見て事情を察するべきではないかな、高貴なるアルビオン王家に仕える者としては」 にこやかに言うウェールズに、部下達はそれ以上食い下がることは出来なかった。 自分に反論がないのを見届けると、纏っていたマントを翻し、高らかに宣言した。 「彼らの身柄はこのウェールズが預かる! 貴族の風上にも置けぬこの裏切り者を捕縛し、地下牢に放り込んでおけ!」 ワルドを捕らえる様部下に命じてから、ジョセフへと鷹揚に近付いていく。キュルケ達も、メイジ達の視線を受けながら三者三様の様子でウェールズの後ろを付いていく。 「いや、すごい戦いだった。君のような戦士がもう少し早くアルビオンに来てくれれば……というのは、ただの願望だね」 警戒を全く見せず、平素の表情を見せるウェールズに、ジョセフはほんの少しの苦笑を浮かべて言葉を返す。 「宜しいのですかな、殿下。私がもし殿下を狙う暗殺者であったなら、最早この時点で殿下のお命は……」 「本当に私を殺す気がある者は、私にその様な忠告などしてくれないものだ。それに御老人にはいい主人といい友人がおられる。あの爆発音が聞こえて泡を食ってここに駆けつける最中、君の三人の友人達が懸命に事情を説明してくれた。 それを信じられぬほど、私の心は曇っていないつもりだが。それにあの貴族の鑑たるヴァリエール嬢を片や傷付け、片や傷付けられ憤る。どちらに義があるか、という話だ」 「聡明な判断に舌を巻くばかりですな。多少無警戒かと思いますが、こちらとしては都合がよいことでして」 それからジョセフは、ウェールズの後ろにいる三人の友人達に、普段と変わらない笑みを見せた。 「すまんな三人とも。王子様にあの部屋にいてもらうワケにゃーいかんかったので、ちょいとウソをついちまった」 その言葉に、不服そうな顔をしたのはギーシュだけだった。キュルケはいつも通りにあっけらかんと笑ってジョセフに答える。 「いいのよ、ダーリンが何かやろうと仕組んでる時の顔くらいもう判るわ。とりあえずルイズを起こしてあげなくちゃならないんじゃない?」 ジョセフ的にはチラ見程度のつもりだったが、周囲には気になって気になって仕方ありません以外の何物でもない視線の向け様で気絶したままのルイズを見ていた。 「おう、んじゃ行って来る」 さっとルイズへ小走りに向かうとメイジ達からルイズを受け取り、緩やかに波紋を流す。 僅かな間を置いて、小さな寝息のような声を立ててルイズの目が開いた。 まだ夢に片足入れているような表情で、自分を抱いているジョセフを見上げ。何かを言おうと口を動かそうとするが、何を言っていいのか判らず、困ったような悲しい顔で、それでも何かを言おうとするルイズの頭をそっと胸に抱いた。 「いいんじゃ、いいんじゃよ。今は何も言わんでいい。わしが守ってやるからな……」 「…………!」 平素の彼女なら、貴族の誇りや意地っ張りが邪魔してジョセフの脇腹にチョップを入れて適当に悪態を付いてジョセフの腕から離れていただろう。 だが、幼い時からの憧れであり婚約者であったワルドが醜い裏切り者で、何の躊躇もなく自分を殺そうとした殺人者で。 ルイズを守護し庇護するジョセフに縋り付いて、沸き上がる感情のままに泣き出さなかったのは、せめてもの彼女のプライドだった。 しかし、使い魔のシャツがたわむくらい強くつかんで、頭を強く胸に擦り付けることで、泣き出しそうになるのを懸命に食い止めていた。 その姿を見下ろすジョセフが何の思いも抱かない訳がない。 高慢でプライドばっかり高くて小生意気な主人が、人目があるこの状況で自分に縋り付いて感情を爆発させるのを堪えている。 この引き金を引いたのはワルドだ。だがそのワルドに引き金を引かせるべく銃を渡した張本人……レコン・キスタに、ジョセフの怒りが向けられないはずはない。 ピンクのブロンドの上から子供をあやすように背中を軽く叩いてやりながら、地面に落ちたデルフリンガーに歩いていって鞘に収めると、律儀に自分達を待っていたウェールズ達の元へと歩いていく。 その僅かな歩みのうちで、ジョセフはこれからの計画を全て築き上げていた。 「それにしても」 ウェールズは普段の朗らかな笑みの中に、少なからぬ自嘲の色を滲ませて呟く。 「それにしても、レコン・キスタは……よもや誉れ高きトリステイン王国のグリフォン隊隊長まで手中に収めるとは。なるほど、これでは我がアルビオン王国もあれほどまで容易く滅びに進まされた訳だ」 重いため息をついて双月を見上げるウェールズに、ジョセフは緩く首を振った。 「向こうの手練手管に絡め取られたのは事実、じゃがこのまま手をこまねいとれば、トリステインも二の舞を踏むことは判り切っておる。幸い、まだアルビオン王国に時間は残されておる。 アルビオン王家の滅亡を止める事は最早出来んじゃろーがッ。一つ、この老いぼれの戯言を聞いてみる気はありませんかな、殿下?」 ルイズを腕に抱いたまま、帽子の下からニヤリと笑った顔をウェールズに向けた。 明日には亡くなる国とは言え、ウェールズはれっきとした王家の皇太子である。ここで平民の老人の戯言など聞く道理などない。が、アンリエッタのいるトリステインの話を持ち出されれば話は違う。 「いいだろう、スヴェルの月夜だと言うのに随分と騒がしく眠気も覚めてしまった。一つ、夜話ついでに聞かせてもらえないだろうか」 ウェールズの興味を引いた時点で、ジョセフの計画は成ったも当然だった。 口の端を不敵に吊り上げたまま、ジョセフは友人達へ視線をやった。 「それでは、わしの主人と友人達にも同席をお許し頂きたいんですが構いませんかな?」 「ああ、大歓迎だ。それでは……ホールに行くとしよう。私の部屋は客人をもてなせる部屋ではなくなったようだからね」 苦笑を浮かべるウェールズに、ジョセフはいつも通りの悪戯めいた笑みを見せる。 「宝石箱だけはわしの部屋に何故か避難しておりました。何とも不思議なことですな」 その言葉に、一瞬ウェールズのみならずルイズ達も動きを止めた。 「アっ……アンタ何してくれてるのよぉーっ!!」 腕の中から上がったキンキン声に、ジョセフも思わずのけぞった。 王子の部屋に忍び込んで殺傷能力の高い爆弾を仕掛け、ついでに宝物を拝借する平民。何の情状酌量もなく即刻手打ちになって然るべき大罪である。 しかしウェールズはたまらず笑みを零し、それから弾ける様な大きな笑い声を上げた。 「全く! 出会ってからこの方一本取られてばかりだ! しかも私の命を救い裏切り者を誅しただけでなく、私の大切なものまで守ってくれるとは!」 こみ上げる笑いを堪え切れないまま、ウェールズはルイズに向き直った。 「ミス・ヴァリエール」 「は、はい!!?」 思わず声を裏返らせてジョセフの腕の中で固まるルイズに、皇太子は愉快さを隠しもせずに言った。 「君の使い魔殿は全く以って痛快だな! 羨ましさばかりが先に立つ、大切にすべきだ!」 「言われなくてもご覧の通り、とっくにダーリンにメロメロですわよ殿下」 その様子をチェシャ猫の様な楽しがるだけの笑みで口元に手を当てるキュルケの言葉に、ルイズが毅然と反論を試みた。 「ななななな何をねねねねねね捏造ししししししてくれてるのかしら!」 「君はとりあえず落ち着くべきだ」 この騒ぎも何処吹く風で読書を続けるタバサの横で、見かねたギーシュが呆れ顔でツッコミを入れた。 そのままの賑やかさを維持したまま、つい数時間前まで華やかなパーティが行われていた大広間に到着する。パーティの片鱗すら感じさせぬほど整然と片付けられたホールは、最後の務めとなる明朝の食事を待つだけだった。 全員が一卓のロングテーブルを囲んで座ると、ジョセフは企みを含んだ楽しげな笑みを自重しようともせず、広いホールに集まったたった五人の観客をぐるりと見やった。 「さてお集まりいただいた善男善女の皆々様、少しの間老いぼれの戯言に付き合ってもらうとしますかなッ」 それからジョセフのプレゼンテーションが開始された。 最初のうちこそ、メイジ達は「愉快な使い魔の一芸」を観覧するかのような気楽さで聞いていた。 しかしジョセフの説明が進んでいくに連れ、メイジ達の両眼には誰の例外も無く驚きの色が色濃く積もっていく。 タバサでさえ本から目を離し、驚きを隠さない目でジョセフを見つめるほどだった。他の面々は、言うまでもない。 さしたる時間も経たないうちに、ジョセフは五人のメイジ達の顔にただならぬ真剣さを帯びさせる事に成功していた。 「――とまァ、大体こんな感じかの。わしの見立てではこれで明日、レコン・キスタの連中に目に物見せてやれる。ただ手は幾らあってもいいんでな、わしの敬愛する主人と友人達にも助力を願うことになるんじゃが」 そのへんどうよ、とジョセフがルイズを見れば、信じられないと雄弁に語る瞳孔の開いた両眼でジョセフを見返していた。 「……それが本当なら、私達に断る理由なんてないわ。でも信じられないわ、そんな事が本当に出来るの!?」 大きく頭を振り、ジョセフが語った言葉をもう一度頭の中で繰り返すルイズ。 「わしの住んでた国ではけっこーオーソドックスな手段でな。非常に手軽で安価で便利じゃ。効果の程はわしが保証する」 「ジョジョ! 理屈は判った、でも問題は多い! 明日の決戦……確か正午だったか、それまでに本当に準備できるというのか!?」 ギーシュもまた、荒唐無稽としか思えないジョセフの言葉を信じ切れずにいた。 「なーに、このニューカッスルには三百のメイジと三百の使い魔がおる。まー多少時間は厳しいかもしれんが、問題ない」 「……でももっと大きな問題があるわ、ダーリン」 そっと手を上げたキュルケが言葉を繋げる。 「ダーリンをよく知ってる私達でさえ、今の話を信じ切れてないわ。そんな話を、どうやって他の貴族達に信じさせるというの?」 至極尤もな言葉にも、ジョセフは想定内の質問とばかりにニヤリと笑った。 「なァ~~~~~に、そんな初歩的なコトをこのジョセフ・ジョースターが考えてないワケがないじゃろ。まーァ見ておれ、ここで一つわしがいいモンを見せてやろう。 ただそれにはちょいと杖を貸してもらわなくちゃならんのと、今すぐに国王陛下にお目通り願わなくちゃーならんがなッ。このジョセフ・ジョースターの真骨頂を是非披露したくはあるんじゃが~~~~~」 そこで一旦言葉を切り、チラ、とウェールズ達を見る。 全員今にもエサに食いつきたくて仕方がないが、果たして本当に食いつくべき代物なのか悩みに悩んでいるのが手に取るように判る。ジョセフはそこで満を持してとどめの一言を放った。 「ま、どーせ信じろって言われてもムリな話じゃし。大人しくわしらはシルフィードに乗って帰るほうが無難じゃわなー」 こくり、と唾を飲んだ音が聞こえ。次の瞬間、バネでも仕掛けられたように勢いよく立ち上がった人物に、全員の視線が集まった。 「どうせ明日までの命だ、今夜以上に痛快な光景が見られるというのなら……!」 全員……いや、ジョセフ以外の視線は、驚愕。 してやったり、と笑うジョセフに、ウェールズは意を決して笑い返した。 「アルビオン王家の王子として約束しよう、今すぐにでもアルビオン王への謁見を許すと!」 六人で使うには余りに広すぎるホールに響く、皇太子の言葉。 「グッドッ!!」 68歳とは到底思えない満面の笑みにウィンクまでつけてサムズアップし、それからルイズ達に向き直る。 「さぁ、後は杖だけじゃな! さぁさぁ、このジョセフの口車に乗ってみせる向こう見ずはどこにおるッ!」 「いいわッ! 本当なら絶対、ぜぇぇぇぇぇぇったい触っちゃいけないモノだけど! 私は、私は!」 突き出された杖は、ルイズのそれだった。 「ジョセフ……自分の使い魔の本領とやら、主人として確認しなくちゃならない義務があるわッ!!」 ジョセフに向けて揺ぎ無く杖を突き出すルイズ。 その光景に、ルイズの同級生である三人は一様に驚きに捕われた。 メイジにとって杖とは、自分の誇りを示す証と言っても過言ではない。 そんな貴族の中でもプライドが恐ろしく高いルイズが、例え自分の使い魔と言えども平民に自分の杖を渡すなどとは想像だにし得なかった。 ジョセフの手が、まるで女王から授与される勲章を受け取るかのような恭しさで杖を受け取ったのを見届けると、自分の杖に掛かっていた手を離し、キュルケは愉悦を隠さずに言い切った。 「どうやら、このスヴェルの月夜は有り得ない事ばかり起こるらしいわねっ! ここを見逃したら一生悔やんでも悔やみ切れないことだけは判ったわ!」 断言したキュルケは、有無を言わさずタバサの手を取った手を上げた。 タバサも手を上げられたまま、小さくこくりと頷く。 自分以外が異様なテンションになっているのを見たギーシュは、おろおろと全員を見渡すが、最後には迷いや恐れを振り切り、叫んだ。 「ええい、こうなったらヤケだ! 僕も乗ればいいんだろう、ジョジョ!」 「そうじゃな、そうじゃなくっちゃなァ!!」 楽しくて仕方がない、と力一杯主張する笑みのまま、椅子から立ち上がった。 「さーあ、ここからわしのオンステージになっちまうワケじゃがッ。今から起こる事ははわしの友人達だからこそ見せておきたいモンじゃからなッ。しーっかり見といてもらわなくちゃ困っちまうぞ!」 自信満々に言ってのけるジョセフは、何が起こるかは言うつもりがないらしい。蓋を開けてのお楽しみ、と言う事を察したメイジ達は、一体これから何が起こるのか、大きな期待と多少の不安を胸に抱いたまま、ジェームズ一世の寝室へと向かうことになった。 ジェームズ一世には深夜の突然の訪問は堪えるようであった。 訪問してきたのが息子でなければ断っていただろう。 魔法のランプでほのかに灯された寝室の中、やっとの思いで半身を起こしたジェームス一世のベッドの傍らに、メイジに混じってとは言え平民の老人が跪いているのは、ある意味奇跡と称して良い光景である。 「何の用じゃ、トリステインからの客人達よ」 立ち上がるだけでさえよろめくような老いた王の声は、決して雄雄しいものではない。 「用の前に一つ。面白いものをご覧に入れましょう」 す、とジョセフが立ち上がり、杖を持ったまま寝台に近付く。 微かに聞こえる奇妙な呼吸音が波紋呼吸だと理解できたのは、ルイズ達魔法学院の生徒だけであり、王と王子にはそれが呼吸の音だとはすぐに理解は出来ない。 それからジョセフの口から呪文めいた言葉が流れるが、誰もその呪文が何なのか理解できない。それもそのはず、ビートルズの「GetBack」の歌詞を口ずさんでいるだけである。 それと同時に呼吸で練り上げられた波紋はジョセフの体内を駆け巡り、薄暗い寝室に太陽を思わせる光が灯っていく。 体内に巡る波紋を少しずつ右腕に集約させ、右手に凝縮し、杖に乗せ―― 「ちょっとだけ! 深仙脈疾走!!」 ボゴァ! と迸る音と共にジェームス一世の腕に当てられた杖から凄まじい勢いで流れ込む生命エネルギー! 「お、おおおおおおおお!!?」 ジェームス一世の全身から噴き出た波紋の残滓が、寝巻きを容易く引き裂く! 「な、何を!?」 何が起こるかを説明されていない一行は、王に起こった異変に息を呑む。 しかしそれもほんの瞬間の事。波紋の光が消えた部屋の中、ジェームス一世はくたりと首を俯かせて深く息を吐いた。 「さあ陛下、お手を」 ジョセフが差し出した手に伸ばされた手は、年老いた枯れ木のような手ではなく。若々しい生気に満ちた力強い手だった。 それだけではない。破れた寝巻きの狭間から見える肉体も往年の若さを取り戻していた。 「お、おおおおお……」 王の口から漏れる声すら、パーティで見せたような老いを微塵たりとも感じさせない。 自らの身体に起こった変化が信じられないながらも、ジェームス一世はあれほど難儀していたベッドから降りるという作業を、何の苦も無く行えた。その事実に、目を見開いた。 「こ、これは如何なることだ!? 一体、何が朕に起こったというのだ!?」 誰の助けを必要ともせず、両の足だけで支えられた身体を夢幻ではないかとひっきりなしに視線を走らせる王に、ジョセフは恭しく跪いた。 「失礼ながら、王にこのジョセフ・ジョースターの操る系統の片鱗をお見せしただけに過ぎませぬ」 「系統? 朕が知る四大系統の魔法に、この様な奇跡を起こす魔法などついぞ知らぬ!」 若さと生気を取り戻した驚きと、ふつふつと滲み出す歓喜に声を知らず張り上げても咳の一つすらする事はない。 ジョセフは不敵に笑って、王を見上げる。 「魔法の四大系統は御存知の通り、火、風、水、土。しかしながら魔法にはもう一つの系統が存在します。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統。真実、根源、万物の祖となる系統」 魔法の授業で聞きかじった単語を繋げていかにもそれらしい説明を立て板に水の例えの如く並べ立てるジョセフ。 波紋の力を理解していなければ、ジョセフの口から流れてくる言葉がまるっきりの大嘘だとは誰も理解できないだろう。彼を良く知るギーシュでさえ(ジョジョはまさか本当に虚無の使い手だったのか!?)と考えるに至っていた。 まして波紋を知らないアルビオン王家の親子にとって、それを信じない訳には行かなかった。 「まさか……まさか! 零番目の系統、虚無だと言うのか!」 ジェームス一世は自らの身体に走った波紋の流れを、虚無の力だと誤解してしまった。 ジョセフは跪いたまま、ニヤリと笑って頷いてみせる。 「私はその力を、始祖ブリミルより授かりました。しかしながらこの力は軽々には見せられぬもの。ですがアルビオン王国のみならず他の王家に仇為す反逆者どもの蛮行をこれ以上見過ごす訳には行きませぬ」 いくらジョセフが奇妙な能力に事欠かないとは言えども、ジョセフの親友達は彼の真の能力をまだ見ていなかったことにやっと気がついた。 ジョセフの本領とはガンダールヴの能力でも波紋でもハーミットパープルでもない。 ジョセフの真の能力は、嘘を真実に変貌させるその頭脳と口先! 奇跡を見せ付けられた人間が、奇跡を見せつけた人間の言葉を疑うのは非常に難しい。ただでさえ甘い言葉が、乾いた砂に水を注ぐように王の心を支配していく。 老いたりとは言え一国の王が、平民の言葉を信用し、受け入れ、最後には始祖ブリミルが遣わした使徒であると完全に信用してしまう光景を、若者達は目撃した。 部屋の隅に置かれた水時計は、ジョセフ達が寝室に入ってから出るまでの時間を「23分」と刻んでいた。 後に、数人のメイジの共著により記された本は「23分間の奇跡」と題され、交渉術の秘伝の書として密かに受け継がれていくことになるのだが。 それはまた、別の、話。 To Be Contined →
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ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内にある、いわゆる中庭である。 建物の日陰になる静かな場所であり、決闘にはうってつけの場所だが、今日ばかりは噂を聞きつけた生徒たちが沢山集まっていた。 「決闘だ!」 誰かが叫ぶ。すると、待ってましたと言わんばかりの歓声が起こる。 「ギーシュが決闘するぞ! ルイズ、ゼロのルイズが相手だとさ!」 ギーシュは周囲の歓声に答えるかのように腕を振る。そして、ルイズの方を向いた。 人垣の中から現れたルイズは、ギーシュから離れた位置で制止し、無言のままギーシュを見ている。 「ふん、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか。しかし僕も女性に乱暴な真似をしたくはないんだがね」 ルイズは黙ったままだ。 「…本当にやる気かい?やれやれ…謝るのは今のうちだよ」 ギーシュが言ったのに合わせて、ルイズは杖の先端をギーシュに向けた。 『戦いの準備は整っている』 そんなルイズの雰囲気がしゃくに障った。 ギーシュは、薔薇の花を振り、一枚の花びらを宙に舞わせる。 瞬く間に甲冑を着た女戦士、いや、女戦士の形をしたゴーレムが現れた。 「今更謝るまいね。この青銅のギーシュ、青銅のゴーレム『ワルキューレ』でお相手しよう!」 言うが早いか女戦士の形をしたゴーレムが、ルイズに殴りかかろうと突進し始めたその瞬間、ルイズは小声で呪文を唱え終わっていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司《つかさど》るペンタゴン。我の運命《さだめ》に従いし、〝使い魔〟を召喚せよ」 ズドン! 爆発音と共に宙に浮かぶワルキューレ。爆風に押されて転がるギーシュ。そして、手から離れ落ちた薔薇… 薔薇はギーシュの杖だった。 貴族同士の決闘は命がけのもの。しかし、そんなのは既に過去の話。 もっともエレガントな勝ち方は相手を傷つけず、杖を手から落とさせる勝ち方。 爆発によって巻き起こった煙が晴れ、後にはバラバラになったワルキューレと、何が起こったか分からないとでも言いそうな表情で目をぱちくりさせているギーシュだけが残っていた。 「…あ、な、なんだ、また失敗魔法じゃないか!」 そう言って杖に手を伸ばそうとするギーシュに、今度はファイヤーボールの呪文を唱える。 ポン! 今度は小さな爆発が起こり、ギーシュの杖を更に遠くに吹き飛ばした。 ギーシュはルイズに対する認識を改めていた。 観客の中にいるキュルケも、タバサも、今更になってルイズの変化に気付いていた。 「ギーシュ、あなたは杖を落としたわ。それでもまだやるの?」 杖をギーシュに向けたまま構えを解かないルイズ。彼女から発せられる言葉からは、何か得体の知れない”スゴ味”が伝わってくる。 ギーシュはルイズの雰囲気に飲まれ、その場から動くことが出来なかった。 決闘が始まる前は騒がしいほどだった歓声も、今はなく、風の音だけが耳に入る。 ルイズはおもむろに杖をしまうとギーシュに歩み寄り、観衆には聞こえない程度の声で、言った。 「…この”ゼロのルイズ”は…いわゆる落ちこぼれのレッテルをはられているわ。 何度魔法を試しても爆発するばかり。家庭教師だって何人も替わった。 イバルだけの家庭教師に、わざと魔法を爆発させたこともあったわ。 だけど、こんな私にも、貴族としての誇りはあるわ! 自分のために弱者を利用しふみつける人は、けっして貴族じゃない! ましてや平民の女の子を!貴方がやったのはそれよ! 魔法は被害者自身にも法律にも見えねえしわからねえ・・・だから!」 そこまで言ってルイズは言葉を止めた。 魔法は見えないはずはない。見えない魔法もあれば、見える魔法もある。 自分の言葉がおかしい。 何か別の人の言葉が口から出ているみたいだ。 これ以上言うとボロが出るかもしれない。そう考えてルイズは 「二股かけていた二人と、あのメイドに謝りなさいよ」 とだけ言って、ヴェストリの広場を立ち去った。 その姿はいつになく堂々としていた。 ギーシュも、モンモランシーも、キュルケも、タバサも、ルイズの後ろ姿を見ながら同じ事を考えていた。 ルイズの”スゴ味”の正体は、絶対の自信。 彼女はゼロのルイズ。魔法成功確率ゼロのルイズ。 逆に考えれば ”爆破成功率100%のルイズ”だ。 ---- //第六部,スタープラチナ #center{[[前へ 奇妙なルイズ-3]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-5]]}
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tes
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まるで鮮血で染まったかのような紅い空で、二つの影が、同じく二つの月をバックに対峙していた。 一つの影は、シルフィードを駆るタバサ。 そして、もう一つは右手に杖を握り、フライの魔法で浮遊するルイズであった。 普通ならば、このような対比は有り得ない。 何故なら、フライの魔法で飛行していると、他の魔法を使う事が出来ず、戦闘では的以外の何者でも無いからだ。 しかし、ルイズは違った。 フライの魔法で空を飛んでいた所で、今の彼女にはホワイトスネイクが居る。 生半可な魔法など、その両の手で叩き落し、接近戦であるならば、通常の人間以上の動きで攻撃を仕掛けてくる。 さらに、その手は頭部に触れると問答無用で対象の『記憶』をDISCとして引き出し、魔法すら奪う、悪魔の手だ。 近づけば負ける。 だが、それは反面、近づかなければ負けないと言う事でもある。 フライの魔法は空を飛ぶのに確かに便利であるが、風韻竜である自分の使い魔には速度と移動距離、共に劣っている。 さらに言えば、向こうはフライで飛んでいる限り、接近戦しか出来ないが、こちらは魔法を遠距離から唱えられる。 相性的に言うのであれば、自分達は敵に勝っている。 しかし、タバサは心の底から湧き上がる不安感を拭い去る事がどうしても出来なかった。 「ウオシャアアアアアアアアアアア!」 獰猛な毒蛇を思わせるホワイトスネイク独特の声と共に繰り出されるラッシュは、ルイズの元へ飛来してくる氷の矢や空気の塊、風の刃を全て叩き落す。 今の所、ルイズにダメージはゼロだが、それは向こうにも言えた事。 攻撃を叩き落しながら、シルフィードを追いかけているルイズであったが、向こうのスピードは自分のフライの速度よりも速く、このままでは何時まで経っても追いつく事が出来ない。 追いつけなければ、自分のホワイトスネイクを、あのクソ生意気な眼鏡の顔に叩き込む事が出来ないのだ。 (空中戦じゃあ勝ち目が無い! でも、だからってどうすれば良いの!?) 二度目であるはずのホワイトスネイクの戦闘運用であるが、効率的な運用方法がルイズの頭には浮かんでこない。 戦いとは、装備やそれを使う者の能力も必要であるが、最も重要なのは経験である。 何時、何処で、どのようなタイミングで繰り出すのが効果的なのか。 戦闘のセンス、或いは。戦術的な戦い方。 それらを鍛えるには、戦いの中で、自分で学び取るしかない。 一度目の戦いの時は、そんなものは必要無かった。 ホワイトスネイクは相手のワルキューレの何もかもを上回っていたし、勝負自体も一瞬で片付いた。 しかし、その一瞬で片付いた所為で、ルイズは戦いにおける経験を、まったくしていない。 模擬戦すら、まともに行っていないルイズには、諸事情により、ちょっとした百戦錬磨になっているタバサの相手は荷が重い。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」 タバサの詠唱が空に響く。 先程の氷の矢では無く、一回りも二回りも大きい、氷の槍。 蛇のようにシルフィードを回るその槍が、一直線にルイズへと襲い掛かる。 「ホワイトスネイク!!」 「不可能ダ」 あのサイズともなると、完全に弾くのは無理がある。 元の自分の性能なら可能だろうが、ルイズが本体となってから、ホワイトスネイクの破壊力は一段階下がっている。 無理を悟ると、ルイズはフライの魔法を切り、朱色の空から落下する。 その後を追うジャベリンに、キュルケのDISCから引き出した炎が喰らいつく。 外面は一気に気体にまで昇華させたが、芯は、まだ形を保っている。 「弾きなさい!!」 右腕を振るい、小さくなった氷の槍を弾く。 しかし、魔法による串刺しは免れたが、目の前まで迫った地面による死が間近に迫っている。 フライ、否、間に合わない!! 「なら、浮きなさい!」 フライよりも詠唱の短いレビテーションにより、墜落死の運命を書き換える。 だが、浮かぶ事しか出来ないレビテーションは、フライなどよりももっと、もっと簡単に当てる事の出来る的であった。 「来ルゾ!!」 二本目のジャベリンが、ルイズの身体に風穴を開ける為に、放たれる。 冗談じゃない。こちとら、嫁入り前なのよ、 すでに地面に近かった為、レビテーションを切り、地面へと着地する。 そして、ありったけの魔力を込めた火球をもう一度、ジャベリンにぶち当てた。 ジュウウウウと言う耳に残る音と共に、結びつきを無くす氷達は、芯すら残さずに空気中へと拡散する。 そうして拡散した水蒸気は、霧雨のようにルイズとホワイトスネイクを取り囲む。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」 そして、紡がれる詠唱。 その詠唱にルイズの頬が引きつった。 この呪文は、確か空気中の水蒸気を凍らして、氷の矢とする呪文……即ち――― 「チェックメイト」 タバサの無機質な声が、終わりを告げる。 ルイズの周囲を囲む水蒸気が、一瞬にして50を優に超す数の氷の矢に変質し、目標へと一斉に放たれた。 キュルケは走っていた。 いや、片足を引き摺り、動く度に口元から溢れ出る朱色ののものを拭う彼女は、予想以上に歩みが遅く、彼女は走っているつもりでも、他人から見ると歩くよりも遅く歩を進めていた。 顔は苦悶の表情しか表さず、動くだけで激痛を彼女が感じている事を物語っている。 だが、止まらない。 否、止まれない。 「すっごい……わがままなのよ……私はっ!」 紅い液体と共に吐かれた言葉は誰に向けたものなのか。 少なくとも、自身では無い。 キュルケは、基本的に良い奴と言う認識が、学園ではされている。 勿論、その明け透けな性格から恨みを買う事も多いが、友人間の間では広く信頼され、頼りにされている。 だが、キュルケ本人は自分の事を、すっごい我侭な奴と思っている。 自分は、自分のしたい事しかやっていない。 誰かを好きになったから、その人と愛を語り、誰かが困っているなら、自分が相談に乗りたいから相談に乗る。 元にあるのは全て、自分の意思。 これを、我侭と言わずなんと呼ぶのか。 キュルケは、くすりと微笑みと血を口元に張り付かせる。 今だってそうだ。 あれだけ拒絶され、殺されそうになるぐらいに恨まれている娘に自分は会いに行こうとしている。 あの娘らしく無い。 ただそれだけを戒め、そして出来ることであるならば、また共に歩きたいと思うが為。 言ってしまった言葉は戻らない。 やってしまった行動は覆らない。 「だから……どうしたって……言うのよ」 そんなことは知っている。 だから、どうした!? 覆らないのならば、戻らないのならば、償わなければならない! そうだ……向こうにそんな気が無くたって、私は、私は!! 「私は……あの娘の味方でありたい―――!!」 最後まで絶対に諦めない!! 周囲を囲む50を超す氷の矢に、ルイズの思考は一瞬停止する。 頭に浮かぶのは、氷の矢で串刺しになり、屍を晒す自分の姿。 それがあんまりにも、おぞましくて、ルイズはその運命に抗った。 「アァァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!」 天を轟かさんばかりの咆哮と共に、ホワイトスネイクの腕と足が、ルイズを中心に四方八方へと繰り出される。 拳打と蹴打の結界。 限界を超えんとばかりに振るわれる四つの衝撃の前に、氷の矢は次々に塵芥へと還っていく。 その数―――10―――20―――30―――40―――44!! 44も守りぬけた事を褒めるべきなのか、それとも、完全に守りきれなかった事を貶めるべきなのか。 ホワイトスネイクの拳が44個目を砕いた時、続く45本目がルイズの右肩を貫いた。 「あぐっ!」 スタンドのダメージが本体に伝わるように、本体のダメージもまたスタンドへと伝わる。 ルイズの右肩のダメージにより、右腕を使用できなくなったホワイトスネイクの結界に綻びが生じる。 46、47本目を砕くが、48本目が今度は、ルイズの横っ腹を直撃した。 同時にホワイトスネイクにもダメージが伝わり、動きが一瞬停止してしまった。 後は、もうどうにもならなかった。 なんとか頭部へと覆い被さる事で、本体の頭へと矢が刺さる事を阻止したが、それ以外の場所には余す事無く矢が突き刺さる。 「――――――ッ!!」 もはや、声すら出なかった。 殺到する氷の矢は、強姦魔の如く、少女の身体を自らの身体を持って陵辱する。 穿った場所から滴る血は、氷の矢が纏う冷気により、瞬時に固まり、無用に血で彩るのを禁止する。 それは、一つの彫刻であった。 少女から生える、無骨な氷の長躯。 彩るは、鮮血の朱色と桃色の細糸。 黒のローブを地とするそれらは、見る者にある種の感動すら沸き上がらせるだろう。 まだ幼き少女を、その彫刻へと変えた蒼の少女は、自らが駆る竜から降り、地面へと降り立った。 蒼の少女は、竜に何事かを伝えると、竜は僅かに頷き、空へと消えていく。 それを確認してから、少女は右手に杖を握り締めながら、ゆっくりと口を開いた。 「復讐に我を忘れ、力に酔った貴方は……危険」 それは果たして、桃色の少女にだけに向けた言葉だったのか。 蒼色の少女が、桃色の少女を見る目は、まるで自分の末路を見るように、絶望に彩られている。 復讐の失敗者を処断する、復讐者。 その、あまりの憐れさに、蒼色の少女は絶望していた。 絶望していたが……油断はしていなかった。 彫刻と化した少女から漏れる僅かな呼吸音。 驚くべき事だが、あの少女は、全身を氷の矢で貫かれていながら、まだ生きているのだ。 おまけに、その絶え絶えな息は、規則的では無く、少女が今だ意識を保っている事をタバサに告げていた。 「このまま、貴方を生かしておく訳にはいかない」 もし、このまま彼女を生かしたままとすると、彼女は間違いなくタバサの前に立ち塞がるだろう。 自らを傷付けた、その代償を貰いに―――――― 今回は、辛くも勝利したタバサであるが、次がどうなるかは分からない。 いや、今回のような真っ向勝負になるのなら、まだ良いが、日常に、あの白い使い魔が牙を剥いて来たとしたら…… ルイズを生かしておく事に、メリットなど存在しなかった。 「完全なるとどめを……刺す……」 他の学生達と違い、ある事情から自国の厄介事を請け負っているタバサは、人を殺した経験も勿論あった。 初めてで無い事に躊躇いなど存在しない。 ただ、ルイズを殺したら、キュルケと、これまで通り友人してやっていけなくなるであろう事を考え、それだけが胸に僅かな痛みを抱かせた。 (…………ごめんなさい) 心の中で友人に謝罪し、詠唱を始めようとした時、ルイズの身体が小刻みに振動し始めた。 「――――――くっ―――くくっ―――クククッ―――ク――――」 笑いを必死に噛み殺しても、噛み殺しきれない笑いが喉を、身体を揺らしている。 その認識にタバサが至ったと同時に、杖を握っていた右腕に激痛が奔る。 焼き鏝を直接当てられたかのような痛みの原因は、地面から伸びる青銅の剣。 鉄よりも柔らかいが、肉を断つには、まったく問題無いそれが、タバサの右腕に突き刺さっているのだ。 咄嗟に呪文を放とうしたが、今度は槍が地面から生え、杖を弾き飛ばす。 「あは―――あはは―――アハハハハハハハハハハハハッ!!!」 そんなタバサを、ルイズが哂いを噛み殺すの止め、耳元まで裂かんばかりに口を開き、禍々しいまでの嘲笑を持って、見つめていた。 その顔に苦悶は無く、まるで痛みすら感じていないようである。 「不思議かしら? あんな串刺しにされながら、呪文の詠唱を終えていた事が? んっ?」 ルイズの言葉に、タバサは耳を貸さない。 確かに疑問はある。 あんな傷だらけの身体では、痛みによって詠唱の為の集中など出来ないであろうに、彼女は自分が降り立つまでに錬金の詠唱を終えていた。 それは、つまり、あの串刺しの最中から詠唱をしていた事に他ならない。 「私のホワイトスネイクは『記憶』をDISCとする。 そして抜かれたDISCの『記憶』を失う。 これはその応用なんだけど、『痛覚』を『記憶』DISCにして抜いた訳よ。 痛覚さえ無ければ、痛みで詠唱の集中を邪魔される事も無かったわけ」 耳を貸すな……あれは、優越から来る油断だ。 今、この状況を打開するには、この油断の最中しかない。 考えろ、考えろ、考えろ。 この状況を打開する手段を。 「正直、あんたがここまで頑張れるなんて思わなかった。でも、それもお仕舞い。 ホワイトスネイク! あいつのDISCを私の手に!!」 傷だらけの白い身体が、歩き始める。 ルイズの元から離れ、ゆっくりとタバサの方へと。 「怖がる事は無いわ。 あんたの場合は、『才能』も『記憶』も両方奪ってあげる。 苦痛なんて無い……だから安心して、眠りなさい」 謳うように諦めろと言うルイズにタバサは、僅かに口に動かす。 「――――――――――――」 「何? 何か言い残す事でもあるの?」 遺言ぐらいなら聞くわよ、と言うルイズに、タバサは確りと首を振り 「遺言では無い。もう十分と言った」 確りした口調でそう言った。 「もう十分? 何、もう十分戦いましたとでも言いたいの?」 「もう十分引き付けた。後は貴方の仕事」 タバサの言葉に答えたのは、風を切り裂くブレスの轟音であった。 「風竜!? そんな、今まで何処に!?」 ルイズは知る訳が無い。 頭上でブレスを吐いたその竜が、すでに絶滅されたとする風韻竜であり、その身を今まで先住魔法により、空と同化させていたなどと。 いや、知っていた所で、これからの結末を変える事など彼女には出来なかった。 「ぐっ、ぐぐぐぐっ―――!」 無理矢理に身体をブレスの着弾点から移動させようとするが、彼女の身体の足は、すでに足として機能できないまでに壊れている。 例え、痛覚が無くなっていたとしても、壊れているモノは動かない。 頼みの綱のホワイトスネイクも、タバサの近くへ行っている為に間に合わない。 「――――――――――――――――――あっ」 今まで立っていた事が奇蹟のルイズの身体は、無理矢理に動かした事により、 ゆっくりと地面へと倒れ落ちようとしていた。 このまま倒れ落ちたら、多分、死ぬ。 いや、倒れなくても、このままブレスの直撃を受けて…… そこまでルイズの思考が辿りつくと、その先は、もうゼロだった。 何も考えられない。 何も考えたくない。 無我の境地と言えば聞こえは良いが、それは、現実を拒否する者の至る所。 忘却の果てのゼロに至ったルイズは、ぽかんとした顔で自分を完膚無きまでに 破壊するブレスを見上げ――― 「ルイズ!!」 何処か懐かしい、赤髪の少女に突き飛ばされた。 「そうして……君は“此処”に辿りついたと言う訳か…… ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 何もかもを委ねたくなるような、壮言な響きにルイズは、顔を上げた。 そこには、柔らかそうなキングサイズのベッドに身体を横たえ、ワイングラスを片手に大きな本を読む半裸の男が居た。 何者だろうこの男? いや、それよりも、此処は一体? 「“此処”において名などあまり重要では無い そんなモノで分類できるものなど、存在しないのだからな。 まぁ、それ以上に、私にとって名前は、意味は無い。 所詮、今の私は、君のスタンドの『記憶』から作り出された残滓なのだからな」 人の考えを読むように、疑問に答えた男は、僅かにワイングラスを傾け、それを口元へと運ぶ。 「そして“此処”だが……“此処”は君の中だよ、ルイズ」 私の……中? 「正確には、君の中に居るホワイトスネイクの『記憶』と 君の中の『才能』により、復元された『世界』だ」 どういう意味? 私の才能? それに世界って…… 「本来、ホワイトスネイクは『記憶』を扱う能力しか無い。 だが、あるスタンドと融合する事で、人々を天国へと到達させる存在へと成る。 あぁ、そんな怪訝そうな顔をするな。天国と言っても精神的なものだ。 何も、全ての者を死に絶えさせる存在じゃあ無い。 特異点へと加速をし『ゼロ』へと至る、そのスタンドの名を 『メイド・イン・ヘヴン』と呼ぶ」 そこで、一拍置き、私の理解できない頭を余所に男は話を続ける。 つうか、さっきの質問の答えにまるでなって無いわよ。 「天国へと至る為に、最も必要なのは特異点へ『ゼロ』へと至る事だ。 何故ならば、時の加速は、『ゼロ』に対する引力によって行うからであり、その場所に至らなければ、天国を実現することなど夢のまた夢」 さっきから『ゼロ』『ゼロ』『ゼロ』腹が立つんだけど…… と言うか、あんた、一体何が言いたいの? 「済まなかったな。では簡潔に言うとしよう。 ルイズ、君にはすでに天国へと至る準備が整っている。 特異点であるはずの『ゼロ』を内包し、天国へと至った『記憶』を持つホワイトスネイクを従える君には、辿り付けるはずなのだよ。 我々が望んでやまなかった。全てが『覚悟』を元に、運用される、天国に……な」 言っている事が訳分からないし、まぁ、でも、なんというか…… あんた……私に何かやらせる気なの? 「私がやらせる訳では無い。 全ては引力により、動いている。 人が誰と出会い、誰と恋し、誰と殺しあうのか。 全ては引力により決定され、我々にそれを変える術は無い。 その術を持つのは、『始まりから終わり』を持っている君だ。 君だけは、どんな世界であろうと『運命』の束縛に縛られる事は無い。 故に、君が天国へと至るのであれば、それは君の意思によるモノだ。 なぁに、難しく考える事では無い。 残念だが、今の君ではまだホワイトスネイクすら完全な性能で扱えていない。 今は成長の時だよ、ルイズ。 友と競い、学びあい、談笑しろ。それが君の精神を高め、スタンドを強める鍵となる」 …………私に……そんな相手なんか…… 「果たしてそうかな? 忌み嫌う相手だとしても、少し見方を変えるだけで、違って見えてくる。 私もそうだった。見下し、忌み嫌っていた相手が、無くてはならない友であることに気が付いた。 今では、もはや彼と私は文字通り、一心同体だがね」 ………………………………………………………………………… 「さぁ、目覚めるが良いルイズ。 君にとって必要な友を助けるか助けないかは、君が判断すれば良い」 ……助ける? 私……誰を助け………… ――――――ルイズ!!―――――― …………キュルケッ!! なんで!? どうして、私なんか…… 貴方の才能を奪って『ゼロ』にしたのは、私なのに……どうして!? 「それが友と言うものだからだ…… さぁ、もう行くが良い。それと、このホワイトスネイクに残滓として残っている『世界』を君に預けよう。 どうせ、『記憶』に過ぎない私には扱う事など出来ないのだからな。 もう、僅かな力しか残っていないが、相応しい持ち手にDISCの選定者である君が渡してくれたまえ……」 男はそう言うと、私の頭に、自分の頭から取り出したDISCを挿し込む。 すると、ベッドしか無かった空間に靄が掛かり、少しずつ何もかもが消えていく。 そうして、全てが消えたと同時に、私の頭は、この出来事すら忘れて現実へと帰還していった。 「キュルケッ!!!」 ルイズは、自身を突き飛ばした赤髪の少女の名を叫ぶ。 自身を呼ぶ声に気付いたキュルケは、ルイズへ微笑み、最後に鮮血で真っ赤に染まっている口元を動かす。 ――――――ごめんなさい―――――― それが謝罪の言葉であると理解した瞬間、ルイズの頭を血が駆け巡る。 もうキュルケのすぐ傍まで迫ったブレスが、彼女を吹き飛ばすのに、後一秒も掛からない。 一秒……それで十分だ。 何が十分なのか良く分からないが、とにかく十分だとルイズは感じていた。 その感覚は、吐き気を催す程の不快さをルイズへと与えてくるが、それに耐え、ルイズは、自分の身体に宿る、ホワイトスネイク以外の何かを『発動』させた。 キュルケは死を『覚悟』していた。 無論、自分には、まだまだ先があり、これから先、もっと生きていたいと言う欲求は確かにあった。 しかし、その欲求は、目の前で今にもブレスでバラバラにされそうな少女を見殺しにしてまで叶えたい願いでは無かった。 穴だらけのルイズを突き飛ばし、自分もブレスの着弾点から離れようとしたが、 すでにホワイトスネイクに踏みつけられた事で負傷をしているのを、鞭を打って移動していたキュルケの身体は、最悪のタイミングで限界を迎えてしまった。 先程のルイズと同じように崩れ落ちる身体。 ふと、キュルケはルイズと目が合った。 色々と言いたい事はあったが、この一瞬で伝えられる事は限られている。 だからこそ、彼女は、心の底からの謝罪の言葉を口にした。 「ごめんなさい……」 残念ながら、満足に口が動かず発音は出来なかったが、なんとか伝わってくれただろうか。 そんな疑問を胸に抱きながら、キユルケは死を受け入れようと目を瞑り…… 凄まじい衝撃音を耳にした。 あぁ、自分は死んでしまった、とキュルケは感じた。 あの物凄い轟音は、ブレスが着弾した音で、自分はその着弾点の中心でその音を聞いている。 (死ぬ時ぐらいは、もっと静かに死にたかったと言うのに……耳を塞げば、聞こえなくなるかしらねぇ) ルイズを助けた事で、何も思い残す事は無くなったキュルケは、何時も通りのノリに戻り、他愛も無い考えをつらつらと考えていた。 (お迎えは、まだかしらねぇ……と言うか、あの世に良い男って居るのかしら?) まぁ、あの世なんだから、良い男ぐらい居るでしょ、と自分で自分の疑問に答えたキュルケは、なんというか、違和感を感じ始めていた。 死んだはずだと言うのに、なんというか、痛い。 ルイズの使い魔に、踏みつけられた背中と、たぶん中身のどれかが潰れた腹の中が、もの凄く痛い。 (何よ! 死んでも痛みって感じるなんて、ちょっと! どう言う事よ!?) そんな理不尽な文句を、誰とも言えぬ誰かに言っていたが、 何者かに身体を抱き起こされる感覚に、キュルケは閉じていた目を開く。 そこには、桃色の髪を血で紅く染め上げた少女が、泣きそうな顔で自分を見つめていた。 ―――ルイズ……なんで?――― 疑問を口にしたかったが、声が上手く出ない。 それでも、ルイズには伝わったのか、自分もボロボロな癖に身体を持ち上げ、なんとか立ち上がらせてくれる。 そうして、見えたきた光景にキュルケは目を丸くした。 自分のすぐ横、その地点が、滅茶苦茶に抉れている。 間違いなく、シルフィードのブレスによる痕跡である。 しかし……何故? キュルケは、自分は確かにあそこに居たはずなのに、何故、位置がズレているのか、 もの凄く疑問だったが、その事をルイズに訊ねる前に、自分の頭に何かが入ってくる感触が彼女を襲っていた。 その何かは、まるで最初から自分の頭の中にあったように、ピタリとハマり、キュルケの中にあった喪失感を、まるごと消去する。 「……返す」 素っ気無いルイズの言葉に、キュルケは、ようやく、この少女が自分を取り戻してくれたのを悟るのであった。 ホワイトスネイクは、最初、何が起こったのか理解していなかった。 ただ、上に居る竜の吐いた何かに本体が潰されるのを、赤髪の女が庇い――― その女が、まるで『時を止めた』かのように、着弾点から一瞬で移動していた。 (コレハ……ルイズ……君ガ?) ホワイトスネイクは、彼にしては珍しく混乱していた。 時を止める。 その力は、彼の知る限り、両方共、消失しているはずであった。 一つは、彼自身の手で葬り、もう一つは、彼自身が取り込んだ。 なのに……何故? 赤髪の女を助け起こし、才能のDISCを返却する本体に目もくれずに、ホワイトスネイクは、ルイズが先程まで立っていた場所を調べる。 すると、そこには、一枚のDISCが落ちていた。 DISCの表面には、屈強な肉体を持つ右半身が砕けた人型が見て取れる。 DISCに封じられし、スタンド名は『世界』 ホワイトスネイクが吸収し、内に取り込んだはずのスタンドであった。 第四話 戻る 第六話
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『メイドの危機・ジョセフの場合』 ジョセフとえらく仲がいいっぽいメイドのシエスタが学院を辞めて、女癖の悪いことで有名なモット伯の館に奉公に行くことになった。 すぐさま馬を飛ばし、モット伯の館に出向くジョセフ。 伯爵は言った。 「そうまで言うならメイドを返してやってもいい。だが交換条件がある。ツェルプストーの家宝である『召喚されし書物』を持ってくることだ」 そういう理由でキュルケの部屋に行こうとしていた使い魔をとっ捕まえた私は、事情聴取を経てその様な経緯を把握したという次第だった。 「とは言ってもねー。平民からしてみたら、貴族の御寵愛に適うという事はある意味出世街道なわけで……」 「そこにシエスタの意思はあるんじゃろか」 私の部屋にて、ベッドに腰掛けた私と毛布に座り込んだジョセフの問答は続く。 「……まあないとも言い辛く……」 「なんじゃったらハーミットパープルでちょっくらシエスタの今の気持ちを読むことも辞さん覚悟じゃが」 言葉を濁そうとしたんだけど、ジョセフにそれが通用しないことは判り切っている。 もし否定的な答えが来れば、ジョセフはすぐさまキュルケの部屋に行くだろう。 そうなればあの色情魔の事だ。交換条件とか何とか言って、ジョセフに色目使ってあんなことやこんなことするに違いない! ジョセフってはじじいのクセに女の子に囲まれてデレーッとかしやがっちゃうから、すぐに色香に負けてあんなことやこんなことを……! 「ほぅらゼロには出来ないようなこともしてあげられるわー」 「ムム!?!?」 「なに想像してんのさ!」 ダメよダメよダメよダメダメダメダメ!!!! 自分の使い魔にツェルプストーの女の匂いがつくだなんてそんな屈辱ないわ!! 頭を下げて「私とジョセフに免じて家宝譲って♪」とお願いすれば、何とかならないかとも思うけど……それだって十分屈辱だわ!! 尻も口も軽いあの女に話題提供とかふざけんなってー話よ! ここで一番いいのは、「あのメイドをジョセフが大人しく諦める」というのが一番円満に収まる選択肢だわ! そうよ、間違いないわ! 「私は使い魔にツェルプストーの女の匂いをつけるのもイヤだし、あのメイドの為にツェルプストーの女に頭を下げたり出来ないの。王宮の勅使にケンカ売ったらヴァリエールもただじゃすまないんだから、それくらいは弁えて貰いたいわ」 つまり動くことは許しません! とキッパリと宣言する。 私も由緒正しいヴァリエール公爵家の末娘なんだから、使い魔の我侭で家に迷惑を掛けるわけにも行かない。そこはちゃーんと納得させなくちゃならないわ! 「判ったらさっさと寝る! 明日も早いんだから!」 そう言うと私は制服を脱ぎ捨てて寝巻きに着替え、ランプを消して眠りに付く。 ――寝つきのいい私は、使い魔がこっそりと出て行ったことに気付かなかった。 深夜……とは言え、地球ではまだ日付も変わらない頃合。 今度は馬ではなく、自らの足でジョセフはモット伯の屋敷に近付いていた。 「おいおい相棒、本当にやっちまうのかーぃ? トライアングルメイジっつったらそっちでもかなりの腕利きだっつーことだぜ?」 「黙っとれデル公や。そいつぁ真正面からやった時の話じゃろ?」 背中に背負ったデルフリンガーは、僅かに刀身を鞘から出してジョセフに話しかける。 夜でも魔法の力で煌々とライトアップされている屋敷は、暗闇の中で十分な目印となる。 森の中を駆けていくジョセフの耳に、唸り声を上げて侵入者を威嚇する獣の声が聞こえた。 「むっ……!」 昼に出向いた時に、翼の生えた黒犬が番犬として屋敷をうろついていたのを思い出す。 果たして、獣は時ならぬ侵入者の匂いを辿り、木々の間をすり抜けてこちらへ駆けてくる。 「なかなか鼻が利きよるわい」 「で、どうすんだい相棒。こんな森の中じゃ俺っちはまともに使わせてもらえないぜ?」 ニヤニヤ笑いながら他人事のように言うデルフリンガーに、ジョセフはにまりと笑うと、近くに伸びている木から小枝を一本手折る。 「剣が使えないなら、別のモノを武器にするんじゃよ」 指の間で鋭く回転させて逆手に握る枝に、波紋を流し込む。 程無くして侵入者を発見した翼犬が、ジョセフ目掛けて一気に距離を詰め飛び掛る! しかしジョセフは焦りの色の欠片さえ見せず、飛び掛ってきた犬から身をかわすのではなく、反対に犬目掛けてラリアットをぶち込む! 人間に比べて遥かに強靭な筋肉を持つはずの翼犬は、まるで丸太でもぶつけられたかのように吹き飛び、木の幹にしたたかに身体を打ち付ける。 ジョセフはそのまま俊敏に犬へ飛び掛り、獲物を背後から抱え込むような姿勢に移行し…… 「フンッ!」 波紋を流した枝を、犬の脊髄に突き刺し、ずぶりずぶりと回転させる。 「アフッ! ウォ……」 断末魔の叫びは、体内に流れた波紋がそれを塞き止める。 やがて命の抜け落ちた亡骸を地面に落とすが、翼犬は一匹だけではない。仲間の敵を討たんと、怒りに燃えたもう一匹の翼犬が、にっくきジョセフへと駆け寄ってくる。 「ふむ。今からじゃ手ごろな枝を見繕う余裕はないのう」 余裕綽綽の笑みを浮かべながら、今度は自らの長袖シャツに波紋を流す。 翼の滑空速度も加えた瞬速のタックルは、哀れな侵入者を即座に押し倒し、喉笛を噛み砕くに相応しい動きだった。だが彼(彼女かもしれないが)の不幸は……今夜の老人は獲物ではなく、自らと同じ立場の「狩猟者」であったことだった。 しかし必殺を疑うことなく、翼犬はジョセフの喉目掛けて奔る。ジョセフは慌てる素振りすら見せず……逃げるどころか、自らの腕を襲い来る犬に差し出すかのように拳を繰り出す! 巨大な顎の中へ狙い違わず打ち込まれた腕に穿たれた、肉を食い千切り骨を噛み砕き腕を食らうはずの牙は、しかし……たった一枚の粗末な布さえ破くことは出来ず、反対に布地は牙を捕らえてあらゆる自由を奪ってしまった。 「捕まえたァ、というヤツじゃのう」 そして間髪入れず、ジョセフの空いている手は犬の肋骨を鷲掴みにしてぼきりと外し。出来た隙間から更に無理矢理指先を押し込んで、万力の様な指先は犬の心臓を押し潰した! まるでオーガが戯れに犬を繰り潰したような刻印を胸に残し、同僚の上に落さとれる死骸。 「おでれーた。やるもんじゃねーか相棒」 「せっかくならワイン瓶でも持ってくればもうちょっと楽じゃったな」 ニマリと笑ったジョセフは、今度は道に近い木々の間を抜けていく。 そうしていれば、番犬達が駆け出して行ったのにやっと追いついてきた兵士が一人。ランタン掲げて「またコソ泥の死体を片付けなきゃなんねーのか」とウンザリした顔を見せながら。 音もなくデルフリンガーを抜いたジョセフは、木の幹の陰に身を隠し。足音を殺しながら兵士の後ろに近付いていき……鎧に包まれていない脇腹へ、ずぶりと刀身を沈め、ぐるりと束を回す。 こうやって体内に空気を入れ込まれれば、人間は呆気なくショック死してしまう。 何が起こったのか判らない、という顔で地面に倒れ伏した兵士を、ジョセフは茂みの中に引き入れ。そして再び、悠然とした足取りで屋敷へと向かっていくのだった。 モット伯はその日、執務室で新たなメイドを味見する直前の高揚した気分を満喫していた。 それは上級階級で話題になっている小説を読む直前の気持ちにも似ている。 「ふふふ……あのシエスタとかいうメイド、幼い顔をしているワリには随分と発育のいい身体じゃないか。これは実に楽しみだ……」 今夜はどのような趣向で男も知らない女を花開かせようか。下卑た笑みを、緩んだ口に乗せるのだった。 カン、カン。 「伯爵様、火急の件がこざいまして」 これからの興に思いを馳せていたモット伯は、無粋なノックと、ドアの向こうからの部下の声に現実に引き戻され、不機嫌に眉間を寄せた。 「なんだ」 「邸内に賊が進入している模様です。警備の兵も数人討たれた様子、伯爵様直々に御迎撃頂きたいのですが」 「何!? ええい、高い金で雇っているというのに! 全く平民は何の役にも立たん!」 伯爵の怒りはトライアングルメイジである自分の屋敷に侵入した不届きな賊だけではなく、無能な平民兵達にも向けられていた。 (平民どもは何の役にも立たんくせに貴族の脛ばかり齧りよる! 全く度し難い存在だな!) 歯噛みしながら、杖を手に取り足音も荒く扉に向かう。 そしてドアノブを苛立ちついでに勢い良くひねって扉を開けようとした瞬間―― 見えたのは、見覚えのない老人の姿。誰何の声を掛ける暇さえ与えず、僅かに開いた扉の隙間から、何本もの紫の茨が伯爵に絡みつく! 「なっ!?」 伯爵はすぐさま魔法を唱えようとするが、茨は杖を持つ手首をねじり込み、杖を離させ。そして喉に絡みついた茨が、呪文の詠唱さえ許さなかった。 「あがっ……がっ……!」 そして老人は茨を掴んだまま扉を背で閉める。 捕われた伯爵と捕らえた老人、それは扉を挟んで背中合わせの形となっていた。 「メイジなんぞ高い金で平民に養われてるというのに、魔法使えなかったらなぁんの役にも立たんのう」 楽しげにからかう声が、この世で伯爵が聞いた最期の言葉だった。 老人が、指先で茨を弾いた瞬間。伯爵の魂は、肉体の鎖から抜け落ちていった。 次の日、ジュール・ド・モット伯爵が病死したという知らせが学院にも届いた。 病死と言うのは建前のこと、本当の死因は何者かに首を絞められた挙句、彼の死体に鋭い一太刀が浴びせられていたのだ。 しかしメイジが魔法ではなく平民の用いる武器によって殺害されたとあっては、ドット伯爵家にとって最高に不名誉な事態であった。よって、建前上は病死という扱いになり、それ以上の事件に発展することはなかった。 彼の屋敷に雇われていた使用人はしばらくして新たな奉公先を見つけてそこに住まうことになる。シエスタも学院に戻り、前と変わらない生活を送ることとなった。 しかし内々の捜査が、とある一人の男に辿り着くのは、時間の問題だった―― 「ってことになっちゃうのよ!? ああ、そんなことになったらどうしよう……ヴァリエール家自体にも捜査の手が伸びてしまうわ!? あああああ、お父様やお母様に姉様にちいねえさま、何と言い訳すればいいの!? 不出来な使い魔を持った私でごめんなさい!!?」 何やらあらぬ想像を張り巡らせて一人でベッドでのたうち回る主人を、使い魔とその剣はぽかーんと見つめる以外になかった。 「なあ相棒。お前んとこの主人っていつもあんなんか?」 「……いやー、普段はあんなんじゃないんじゃがのう。パニック起こしたみたいじゃな」 ヒソヒソと内緒話を交わす一人と一振り。 ちなみに「私は使い魔にツェルプストーの女の匂いをつけるのもイヤだし~」と宣言したところからルイズの想像……というか妄想の産物である。 「それにしても一体ルイズん中でわしはどんなバケモノっつーことになっとるんじゃ?」 口の端々から漏れた妄想の欠片を繋ぎ合わせれば、ジョセフ一人いればハルケギニア全土を征服出来るかのような勢いである。 そろそろ誰か医者でも連れてきた方がいいんじゃないか、とジョセフとデルフリンガーが真剣に相談し始めた頃、ルイズはベッドで頭を抱えてうつ伏せに丸まってた身体を、バネ仕掛けのように凄まじい勢いで跳ね上がらせた。 「……しょうがないわ……ここは一時の恥を偲んで、キュルケに一緒にお願いに行ってあげるわ! ヴァリエールの家自体に悪辣非道な捜査の手を伸ばすくらいなら、たかがちょっとくらいの噂くらいどうってことないわよ!」 いや。それは勝手な想像で。幾らなんでもそこまでせんわい。というジョセフのか細い抗議を敢然と無視したルイズは、ジョセフの襟首引っつかんでキュルケの部屋に向かった。 結局、キュルケは「今度の虚無の曜日にジョセフと城下町に買い物に行く」という条件で家宝の書物を譲ることに賛同し、タバサのシルフィードで早速モット伯の屋敷へと向かう。 無事に学院に戻ることになったシエスタは、「きっとジョセフさんが『私の為』にミス・ヴァリエール達を動かしてくれたんだ」と、勘違いをすることになったが、あながち間違っていないのでジョセフは特に訂正もしなかった。 結果、ほっぺにチュを受けてジョセフはご満悦だった。 さてここで最もワリを食った我らがゼロのルイズ。 彼女の機嫌を取る為、しばらくジョセフは懸命に犬として振舞いまくったとさ。 『暗殺無用』・完 タイトル変わってる? 気にすんなよ