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隣の部屋で情熱の炎が燃え盛っているのも知らず、ルイズは夢を見ていた。 ラ・ヴァリエールの領地にある屋敷の中庭にある池。 幼いルイズにとって、そこは安心できる『秘密の場所』だった。季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチやベンチがある。岸辺から池の真ん中に伸びる木の橋の先には小さな島があり、その島には白い石造りの東屋が建っており、ほとりには一艘の小舟が浮いていた。 常に手入れは行き届き、こじんまりとしているが風光明媚と称せる美しさを保っている。 かつては家族でこの池に浮かべた小舟で舟遊びをすることもあった。今は家族――父も母も二人の姉も、誰もこの池に興味を向けない。が、それ故に幼い頃のルイズにとってここは安息の地であった。 二人の姉に比べて魔法の成績が悪いと母に叱られた時、ルイズは決まってこの池に逃げ込むと小さな小舟に乗り込んで、用意していた毛布を被って隠れて泣きじゃくるのだ。 やがて一頻り泣きじゃくって顔を上げると、いつの間にか小島にやってきていたらしい、マントを羽織った立派な貴族と目が合った。 「泣いてるのかい? ルイズ」 つばの広い羽根つき帽子が顔を隠しているので、顔はよく見えない。だがルイズには彼が誰かすぐに判った。自分より十歳年上で憧れの子爵様。十六歳になってすぐに近所の領地と爵位を相続した憧れの方。父と彼の父の間で交わされた約束の人―― 「子爵様、どうしてここに?」 「ルイズの姿が見えないとお母様が探されておられてね。きっとここにいるだろうと思った」 だって君のことは何でもよく知っているからね、と囁くように言われたルイズは、かぁっと顔が赤くなるのを止められなかった。 恥ずかしいのもあったが、憧れの子爵様にそう言われて嬉しい、という気持ちの方が強いというのもあった。 「子爵様ったらいけない人……私なんかからかって、何が楽しいのかしら」 ルイズはこの頃から意地っ張りでつい憎まれ口を叩いてしまう性分だった。 「ふふ、今日はあの話で君のお父様に呼ばれてたんだけれど。それより先に、僕の小さなルイズにお目通り出来た僕は幸せ者だろうね」 だが子爵様はさも楽しそうに言葉を続けるものだから、ルイズの顔から赤みが去ることはなかった。 「だ、だって、私まだ小さいし……よく、わかんないわ」 目の前の子爵様が十六歳くらいということは、この頃のルイズは六歳くらい。やっと少女に差し掛かったばかりの幼いルイズには、恋とか愛とかと言われてもピンと来ないのだ。 けれど、そんなルイズでも一つだけは判ることがあった。 (私は、子爵様のことが大好き) 難しいことはよく判らない。でも優しくてかっこいい憧れの子爵様は、大好きだ。 「ほら、おいで。僕からお父様にとりなしてあげる」 そう言って差し出された左手を取り……違和感を抱いた。 あれ。子爵様は、こんなボロボロの手袋を付けてたかしら? それになんか、手が柔らかくない……なんか、銅像の手を握っているような…… 「ほれどうしたルイズ。早くせんと置いてっちまうぞ」 明らかに声の質が変わった! 今までの青年の声じゃない、明らかに老人の声! ばっ、と勢い良く顔を上げたルイズは、いつの間にか六歳のルイズではなく十六歳のルイズに戻っていた。 「あっ……あんた、どうしてここにいんのよ!」 「どうしてって言われても困るのう」 親指で帽子のつばを押し上げたのは、どこからどう見てもジョセフ・ジョースターだった。 「ここで押し問答しとってもしょうがないじゃろ? ほら、わしも一緒に謝っちゃるから」 そう言うと有無を言わさずルイズの身体を軽々と抱き上げ、おんぶしてしまった。 「何するのよ! 離しなさいよ!」 さっきよりずっと顔を赤くして頭をぽこぽこ叩くが、ジョセフは気にせず歩き続けていく。 「まあまあ気にせんでええじゃろ。どうせ夢なんじゃし」 身も蓋もないことをのたまうジョセフから離れようとするが、ハーミットパープルがしっかりと身体を縛り付けていて離れる事も出来ない。 だが不快では決してないというか、むしろ広い背中に背負われているのが安心する。けれどそう思っている自分に、どうにもいら立った気分が広がるのも事実だった。 うなされていたルイズががばっと勢い良く身を起こした。 窓の外を見ればまだ日も昇る気配すら見せず、二つの月が空を煌々と照らしている。 びっしょりと汗をかいていた額を袖で拭いながら、何故か荒くなっていた胸の鼓動と吐息を落ち着かせるように呼吸を整えていく。 「な……何よ、今の夢……」 今までに何回もあんな夢を見たことはある。池の小舟で泣いている自分に子爵様が手を差し伸べてくれて、とても安心できる夢。だが今日のような展開は初めてだ。 よりにもよってこんな夢を見てしまっただなんて、どうかしてしまったんだろうか。 呼吸は少しずつ落ち着いてきているが、鼓動は痛いほどに胸を打ち続ける。 それでもしばらくすれば慌しかった呼吸も鼓動も平静を取り戻してきた。だが呼吸と鼓動が落ち着くのに反比例するように、段々と怒りが込み上げて来た。 (人がせっかく気持ちよく眠ってるのに、どうしてこんなヘンな夢を見せるのよ……!) それというのも、毛布の上で暢気に眠りこけているジョセフのせいだと結論づけると、苛立ち任せに枕元の乗馬鞭を掴んでベッドから降りる。 (そんな躾の行き届いてない使い魔はきちんと躾けなくちゃならないわね……!) 行き場のない怒りを何処にぶつけるか。一番手っ取り早いのはその原因にその怒りをぶつけること……とどのつまり八つ当たりである。ぺしん、ぺしん、と掌に鞭を当てながら、安らかに寝息を立てるジョセフにゆっくりと近付いていき――はた、と足を止めた。 (……あれ?) 怒りに燃えるルイズの足を止めたのは、ジョセフの奇妙な寝息だった。 よく耳を澄ませてみると、ずっと吐き続けているだけで吸おうとしない。 思わず聞き入るルイズの耳には途切れることなく、文字通りのジョセフの吐息ばかりが続いていた。試しに自分も大きく息を吸い込んでからゆっくりと息を吐いてみたが、その挑戦が終わってもまだジョセフの吐息は続いていた。 そう言えば波紋を習いたい、と言った時に十分間息を吐いて十分間息を吸う呼吸が出来れば使える、とかそんなことを言っていたような。とすると寝たままでも波紋の呼吸をしているということで…… (もしかしたらわかんないように息を吸ってるのかしら) さっきまでの怒りは何処へやら、探究心と好奇心に駆られたルイズは机の上から一枚紙を持って来ると、ジョセフの顔の上に置く。そして傍らにしゃがみ込んで使い魔の観察を始める。 ジョセフの吐息がずっと紙に当たり続ける音が聞こえ、全く吸う様子は見られない。 やがて吐息が途切れ、今度は静かに息を吸う音が続き始めた。 (あ。吸い始めた) 次に吸い終わるのをじっと待っていたが、十分間もしゃがんだまま待っていたら足が疲れるのは当然なので、ベッドに戻って両手で頬杖突きながら観察してみる。 それからおよそ十分後、再び紙に吐息が当たり始めた時にはとっくにルイズの怒りは収まっていた。というより、再び眠気がルイズの頭に纏わりついて猛威を振るっていた。 (……何バカなことしてたのかしら。よく考えたら夢の話じゃない……) とんでもない夢を見たから混乱してただけで、落ち着いてみればそんな下らない事で何を怒ってたんだという話である。そもそも眠いから考えるのも面倒くさくなった、というのは往々にして大きいのだが。 そしてルイズは再び毛布を被って眠りに付いた。 ジョセフの並外れた強運は年老いてもなお健在であった。 ただ彼の強運が証明されたことはほとんど誰も知る由がない。 強いて言えば、煌々と光る二つの月と、鞘に収められたままのデルフリンガーだけが事の顛末を見守っていた、ということだ。 To Be Contined →
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奇妙なルイズ-1 奇妙なルイズ-2 奇妙なルイズ-3 奇妙なルイズ-4 奇妙なルイズ-5 奇妙なルイズ-6 奇妙なルイズ-7 奇妙なルイズ-8 奇妙なルイズ-9 奇妙なルイズ-10 奇妙なルイズ-11 奇妙なルイズ-12 奇妙なルイズ-13 奇妙なルイズ-14 奇妙なルイズ-15 奇妙なルイズ-16 奇妙なルイズ-17 奇妙なルイズ-18 奇妙なルイズ-19 奇妙なルイズ-20 奇妙なルイズ-21 奇妙なルイズ-22 奇妙なルイズ-23 奇妙なルイズ-24 奇妙なルイズ-25 奇妙なルイズ-26 奇妙なルイズ・エピローグ~サイトの場合~ ~奇妙なルイズ 空条徐倫の場合~-1
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「朝ですぞー。起きてくれませんかのぉ」 「うにゃ……あと五分……あと五分~~~」 「三回目ですぞその言葉は……」 キングクリムゾン。 「どうしてもっと早く起こさないのよ! このバカ犬! 役立たず! ボケ老人!!」 「何回も起こしとったんですが……」 朝食の時間に間に合わないかもしれない時間に起きたにも拘わらず、ルイズはジョセフに自分の着替えをさせていた。 その間もきゃんきゃん怒鳴るものだから、ジョセフの耳はキンキンしっぱなしだった。 寝巻きを脱がせ、下着を着けさせ、制服を着せていく。 当然ルイズの生まれたままの姿を朝日の下で目撃することになる。 ジョセフの感想は「肌はすべすべじゃが、上から下まで子供そのものじゃのう。これは遺伝か?」だった。 しかし貧乳だとか幼児体型だとかいう単語を口にするのは危険だと、ジョセフの第六感は強く語りかけていた。 シエスタからは「使い魔と召使は別物」「雑用まで言いつけてるのはミス・ヴァリエールくらいのものではないか」「学院の生徒だから普通は自分でやるもの」「他の貴族の方々はもうちょっと使い魔を大切にしている」という話を、世間話ついでに聞いていた。 公爵家の生まれというのもあるだろうが、せっかく呼び出した使い魔は役に立たない(フリをしている)から、その鬱憤晴らしに当り散らしているのもあると見ていた。 しかしジョセフはそんな扱いに憤りを感じるどころか、「たまにはこんなのも悪くはないのう。いやはや役得役得」と男の幸せを噛み締めていた。 女性に服を着せる、というのも脱がせるのとはまた違った趣がある、ということをよく知っている彼だった。 「ああもう! 早く着替えさせなさいよ、朝食に間に合わないじゃない!」 と、ルイズが怒鳴りつけた直後。ノックと同時に部屋の扉が開かれた。 「ちょっとルイズ! もうそろそろ朝食だってのにいつまで寝て……」 部屋に入ってきた褐色肌の女は、部屋の中の光景を見て大きく目を見開き、ぽかんと口を開けた。 その時ジョセフは、ルイズのブラウスのボタンを留めようとしている所だった。 褐色肌の女視点でより詳細に描写すると、こんなことになっていた。 ピンク髪の幼児体型少女の前で背を屈めている、見覚えのないガタイの宜しい老人が、彼女のブラウスに、手を、かけていた。 二組の視線を集める彼女は、えほん、と咳払いをしてそそくさと後ろ向きに部屋を出ようとする。 「ご、ごめん。お楽しみのところだったのに邪魔しちゃって。あたしから上手に言っておくから続けて続けて」 「こら待てキュルケェェェェェ!!! 何勘違いしてんのWRYYYYYYYYY!!!」 褐色肌……キュルケの盛大な勘違いの意味に気付いたルイズが大爆発を起こし、ジョセフの手を振り切ってキュルケへと飛び掛る。 (あーこりゃ朝食には間に合わんかもしれんのう) 波紋で空腹を克服しているジョセフは、ほぼ他人事のような感想を抱いた。 褐色肌で背が高くナイスバディな彼女……キュルケと取っ組み合うルイズの姿を見たジョセフは、キュルケはルイズの友人なのだと理解した。 おそらく本人同士は「違う」と断言するだろうが。 そして数分後、やっと落ち着いたルイズの怒鳴り声を浴びながら着替えを終わらせたジョセフは、食堂へとやっと向かうことが出来た。 食堂の床に座って固いパンと薄いスープを食べた後、教室で魔法の授業を聞くジョセフ。 使い魔である彼は当然ながら、巨大モグラやサラマンダーやフクロウと一緒の場所に座らされているわけだが、ここで本日二回目のアメリカニューヨーク仕込の人心掌握術が炸裂していた。 授業の内容もそこそこに後ろを振り返ったルイズが見たものは、使い魔の輪の中心で胡坐をかいて談笑しているジョセフの姿だった。 (使い魔は使い魔同士、気が合うものなのかしらね) しかしルイズは微妙に気に入らなかった。 あんな朗らかな笑顔を自分の前じゃしなかったじゃないか。人の顔色を伺ってヘコヘコ頭を下げていたくせに、自分と同じ立場の使い魔達とはあんなすぐに仲良くなって。 役に立たないくせに友達はすぐに作れるだなんて。 役に立たないくせに…… 「ミス・ヴァリエール! 授業中は前をお向きになって頂きたいのですけれど!」 ルイズの取り止めもない思考は、教師の声で唐突に打ち切られた。 「ではミス・ヴァリエール、前に来てこの石を『錬金』してみせて下さい。どんな鉱石でも構いません」 事情を知らない教師の言いつけに、教室中から恐慌にも似たブーイングが巻き起こる。 怒涛のブーイングの中、ルイズは足音も荒く前へと歩み出て行き……覚悟を決めた生徒達は一斉に机の中へもぐり……使い魔達も物陰に隠れ…… 今日の爆発は、いつにも増して酷かった。 「いやはや、なかなか大したモンでしたぞご主人様。あれだけの破壊力なら十分実用レベルですじゃ」 「うるさいうるさいうるさい!」 ジョセフは心からの賛辞を送っているのだが、今のルイズには嫌味や皮肉にしか聞こえない。 ある意味この事態を巻き起こした張本人とも言える、教師シュヴルーズはルイズの起こした大爆発をまともに食らって再起不能。 一週間近くも自習が決まったことに生徒は喝采を叫んだものの、虫の息になったシュヴルーズは最後の力を振り絞って、ルイズに教室の掃除を命じた。 もはや掃除ではなく撤去作業と称してもいいほどの惨事に、ジョセフは一人で立ち向かっていた。ルイズは辛うじて無事だった机に座って、不機嫌そうに足を組んでいるだけだ。 「それにしても、ワシだけが仕事をするというのはどうにも不公平じゃありませんかのー。 そもそもご主人様が受けた罰なんじゃから、形くらい手伝ってもらいたいんですがの」 「うるさい! ご主人様と使い魔は運命共同体、言わばご主人様の受けた罰は使い魔に与えられた罰なのよ! そんな当たり前のこと言ってるヒマあったら手を動かす!」 イギリスには「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」という言葉がある。日本にはこの言葉を決め台詞にする人気キャラクターがいるが、それは偶然の一致らしい。 この分ではきっと、使い魔が貰ったものはご主人様のものだと言い出しかねない。 これまでのルイズの言動を鑑みて、その予想に魂を賭けてもいいとすらジョセフは思った。 「まぁしかしなんですじゃ。ご主人様が『ゼロ』と呼ばれる所以はよく理解できましたがの」 「アンタ喧嘩売ってるワケ?」 「滅相もない。例えばわしなぞ平民ですからの。ええと、こうでしたかな……」 と、教室を吹き飛ばした原因である『錬金』の呪文を、ジョセフが唱えてみせる。一度聞いただけの呪文を正確に間違えず唱えたことにルイズは僅かに感心したのか、眉をぴくりと動かした。 だが当然のことながら、杖も魔力もないジョセフの前には何の変化すらない。 「見ての通り何も起こりませんわい。じゃがご主人様は魔法を唱え、あのような爆発を起こせた。確かに『錬金』には失敗しておるかもしれませんが、『魔法が使えない』わけじゃないということですな」 ルイズは無言で聞いている。眉間には皺が寄っているが、「それで?」と問いかけるようにジョセフをねめつけていた。 「ご主人様の魔法は使い所を間違わなければ、十分に破壊力のある魔法だということですじゃ。わしゃ他のお偉方の魔法がどれほどのものかは知りませんが、わしのいた場所でこれだけの威力を出せたら一級品でしたな」 無論言うまでもなく、ジョセフの人心掌握術その三が炸裂しようとしているところである。だが人心掌握術云々をさておいても、これはジョセフの忌憚ない感想であった。 純粋な破壊力だけで言えば、波紋とハーミットパープルを使えるジョセフよりも確実に上。 「わしはご主人様を『ゼロ』とは決して呼びますまい。それは固く誓えますぞ」 しかしルイズは、ぷい、と顔を横にそらした。 「バッカじゃない? そんなの当たり前よ当たり前! いいからムダ口叩いてるヒマがあったら早く片付けちゃいなさいよ、全く使えないんだから!」 少し早口に言い切ってから、ルイズは心の中で思った。 (……昼ごはんは何か余計にあげてもいいかしら。鳥の皮くらいならあげてもいいわ) 人心掌握術その三は、ちょっとだけ功を奏したようだ。 結局ジョセフ一人が後片付けに従事したため、ルイズ達が昼食を取り始めたのは他の生徒達がメインディッシュを食べ終わり、デザートの配膳が始まろうかとしている頃だった。 「ほら、心して食べるのよ。ご主人様の慈悲深さに心から感謝しなさいよっ」 ジョセフの皿の上に切り分けた肉の脂身を落とすルイズ。 別にいらん、という心の声を億尾にも出さず、「ありがとうございますご主人様ァ~」とボケ老人のフリを絶賛続行中。 スージーにホリィに承太郎、そして部下達にこんな姿は絶対見せられんのォとも考えながらも、我ながら大したボケ老人っぷりじゃのうと自分の演技力に感嘆すらしていた。 (もし元の世界に帰って何か不都合があっても、ここで培った演技でとぼけ通せるんじゃないかのォ~~~。これならイケるんじゃねェ~~~~?) それはそれとして脂身だけでも確かに旨い。アメリカのレストランでこれだけの料理を食べられる店はあまりない。イギリスには存在するはずもない。少なくともここの料理人は一流だ。 スープでふやかした固いパンを咀嚼していると、デザートを配膳しているシエスタと視線があった。ちょっとはにかんだ笑顔でにっこり微笑むシエスタに、ジョセフはニカッと笑って会釈を返す。 (お互い大変ですね)とアイコンタクトを交わした後、ジョセフは食事に、シエスタは配膳の仕事に戻る。 ややあってあとはデザートを待つだけ、なった時、食堂に少女の怒鳴り声が響き、続いて貴族達の笑い声がドッと響いた。 なんだろう、とそちらを向いたジョセフを、ルイズは軽く叱り付けた。 「こらボケ老人! 何かあったからっていやらしくそっち見るんじゃないの!」 しかし当の本人のルイズも、何があったのか興味を隠せないらしい。ルイズはデザートも来ないうちから席を立って騒ぎの輪へと向かっていき、ジョセフも後ろを付いていく。 「全く、本当に気の利かないメイドだな! 知恵があるとは期待してなかったが、ここで働く以上は貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ!」 「も……申し訳ありません! 申し訳ありません!」 生徒達の輪の中心は、ワインをたっぷり浴びせられた金髪の少年と、その前に跪いて必死に許しを乞うている……シエスタ。 ルイズは、金髪の少年……ギーシュ・グラモンを見て、「ああ、どうせ二股バレて酷い目にあったんだわ。それでメイドに八つ当たりしてるってところかしら」と心の中で呆れた。 無論、この時は完全にジョセフの事など頭の中から消えうせていた。 だが、もし。ルイズがここでジョセフにちらりとでも視線をやっていたのなら――彼女は、見たことのない“男”の表情を間近で目撃することになっていただろう。 生徒達はニヤニヤと笑みを浮かべながら、事の顛末をただ眺めている。 そしてギーシュの取り巻き達が、この不躾なメイドに如何なる罰を与えるか囃し立てて盛り上がり、シエスタの恐怖が最高潮に達しようかとなった、その時。 一人の男が、生徒達の輪を潜り抜けてきたかと思うと―― ギーシュの顔面に、黒の革手袋が勢い良く叩き付けられたッッッ!!! 「わしの国では、決闘を挑む時は相手に手袋を投げ付ける……トリステインでの決闘の申し入れ方は知らんのでな……」 手袋を投げ付けた張本人は……ジョセフ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、ジョセフ・ジョースターッッッッ!! To Be Continued →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/722.html
いななきを上げる馬が二頭。 虚無の曜日の早朝、ルイズとジョセフは厩舎の前で馬に乗っていた。 「いやあ、ラクダに比べると馬に乗るのは随分と楽ですのう」 ジョセフは小さい頃に乗馬も仕込まれたので、けっこうスムーズに鞍に跨っていた。 ラクダ、という聞きなれない単語にルイズが軽く怪訝そうな顔をした。 「ラクダ? 何それ」 「砂漠の辺りに生息する……まあ砂漠で馬代わりに使う生き物ですじゃ。なかなか言う事を聞かんので往生しましたわい」 ルイズは少しの間、記憶の糸を辿り……かつて昔に呼んだことのある生物事典に載っていた名前を思い出した。 「乗ったことあるの? いつ?」 「ここに召喚されるちょっと前に仲間達と旅をしてた時にですな。まあ何と言うか……ずぅいぶんとマイペースな生き物でしてな。 色々苦労しましたわい」 はっはっは、と笑うジョセフを、ルイズはじっと見つめていた。 ルイズは、ジョセフを召喚してから今日に至るまで、彼に色んな事を聞かれていたことはあるが、自分から彼に話を聞いた経験がほとんどないことに気付いた。 (……まずいわ。もしかしなくても、ギーシュやキュルケの方が私よりジョセフのことをよく知ってたりするんだわ) 自分がジョセフについて知っている事を上げてみて……まずすぎるくらい何も知らないことが今更ながら思いやられる。 決闘までもろくすっぽ話してなかったし、決闘が終わってからは自分から口を利かないようにしていた。 そもそも「武器を買ってあげるわ!」と言ったのも、何を渡せばジョセフが喜ぶのかさえ知らないから、その場で出た出任せに近い申し出ではないか。 (……うろたえないッ! ヴァリエール公爵家三女はうろたえないッ! ここから城下町まで馬でも三時間、行って帰る間にジョセフから色々話を聞けば今からでも何とかなるわ! ……うふふ……この緻密で完璧な作戦、それでこそ私よ) スポンジのように穴だらけの緻密な完璧を抱くルイズに、ジョセフはのんびり声を掛けた。 「んじゃ行きますかいご主人様」 「え、ええ。行くわよジョセフ」 そして二人はゆったりした足取りで学院の門を潜る。 門を出てから三分後、ルイズはこれ以上ない自然さを心がけて横を歩くジョセフに声を掛けた。 「え、えーとジョセフ。なんかヒマだわ、せっかくだからあんたの話とか色々聞いてあげてもいいわ! ほら、私ご主人様だから使い魔のことは何でも知っておいてあげないとね!」 ものすごい一生懸命に話題を作ってきたルイズに、ジョセフは実に微笑ましげに彼女を見やった。彼女の懸命さに応じようと、彼女の不審な態度にはあえて触れようともしなかった。 「わしの話ですか? ううむ、どんな話をすればよいですかのう。赤い洗面器の話なぞいかがですかの。こいつぁ100%バカウケの話なんですが」 今クラスメート達の間では、「赤い洗面器」という単語が出ただけで大きな笑いが巻き起こるのをルイズはよく知っていた。すごい気になる。が。 (いやいやいやっ、そういう話を今聞いてる場合じゃないわっ! ジョセフのことを知っておかなきゃならないんだから!) 甘い知的探究心を全力で押さえつけようと、ぶんぶんと大きく首を振った。 「違う違う違う! そういう話は後でいいの! ジョセフが今までどういう風に生きてこんなヘンな平民になったのかを聞きたいの! あんた、ただの平民じゃないでしょ!? 私はイレギュラーな使い魔を持ってるんだから、その辺りちゃんと聞いとかないと!」 「ふうむ。わしの話ですか……なんのかの言って、68年生きてますからの。掻い摘んでもかなり長話になっちまうんですがいいんですかの?」 「とりあえず私に必要かなーとか思う所だけ掻い摘んでくれたらいいわ。どうせあんたか私が死ぬまで一緒にいることになるんだから、時間は有り余ってるでしょ?」 彼女の言葉に、ジョセフは思わず緩く天を仰いで口をへの字にしそうになったが、それを見咎められればまたルイズが目ざとく見つけるだろうと、頑張って表情を消した。 承太郎はDIOの死体をちゃんと処分しただろう。ただ、自分の死を孫の口から妻に伝えさせようとしたのは酷だとは思う。だが、あの鏡が現れた時点での最善手はどう考えてもあれしかなかったのだから。 「どうしたのよジョセフ。なんか気に食わないことでも?」 「あー、いやいや。ご主人様に話さなきゃならんことがかんなりありましてのう。どうダイジェストにするか考えてたところですじゃ」 息をするようにハッタリをかませるジョセフの言葉に、世間知らずのルイズはそれ以上疑うことをしなかった。 「ではまずわしの事を話す前に、家のことから話すとしましょうかの。わしの家はジョースター家と言いましてな……由緒正しい貴族の家じゃったんですじゃ。ただわしのいた世界では、貴族とはここのように魔法を使える者の事ではなく……」 それから語られたことは、ギーシュ達にも語られたことのない、ジョースター家と吸血鬼の確執、人類と柱の男との激闘の歴史だった。 ルイズは話の途中で「そんなホラ話が聞きたいんじゃない」と言おうとして、垣間見えた彼の横顔にその言葉を飲み込んだ。出来れば話したくないことだが、それでもなお話さなければならないと判断した、彼の苦悩を感じてしまったからだ。 ジョセフの言葉は、全て真実だ。そう感じて、ルイズはただジョセフの話を聞き続けた。 「……じゃがジョースターとDIOの因縁はまだ終わっていなかった。ついこの前のことじゃ。海の底から一つの棺が引き上げられた……」 いつの間にかジョセフの口調は敬語ではなくなり、ジョセフの普段のそれになっていたが、ルイズはそれを注意することすら忘れていた。 孫と自分に起こった不可思議な力、スタンドの発現。娘の命を救う為に、仇敵を倒しに行く二ヶ月足らずの旅。信頼を寄せ合った仲間達の死、仇敵DIOとの死闘。 最後、孫の手で蘇った直後の救急車の中、現れた召喚の鏡。 「……わしはなんとしても、DIOをあの鏡に触れさせてはいかんと感じた。そしてその直感は当たっておった。この世界に彼奴が来ていれば、何もかもが台無しになる。わしらの旅だけじゃあない。この美しい世界が、彼奴の手に落ちた。 わしはDIOに近付いてきた鏡の前に飛び出し、DIOの死体を全て蹴り飛ばし、鏡に飛び込んで……ご主人様の使い魔になった。あやつをこの世界にやらんかっただけでも、わしはこの世界に来た意味がある。――こんなところですかの」 朝日の中に町並みが見えてきた頃になって、ジョセフの話は終わりを告げた。 だがルイズは、知らず知らず手綱を強く握り詰めていることしかできなかった。 (何を言えばいいの……何を答えればいいの……? ジョセフは……ただの平民、なんかじゃなかった……。もう旅が終わって、帰れるのに……ジョセフは何があるのかも判らないのに、この世界に来たんだ! 私がもし、ジョセフなら……ジョセフのような事が出来た? ううん……出来ない……きっと足がすくんで、ただ見ているだけ……『突然のことでどうしようもなかった』って言って……それで、終わりにしてる……) 本当は途中で、「もういい!」と打ち切りたかった。図書室で出会った彼女の言葉とジョセフの告白が合わさって、痛過ぎるほど心を抉る。 彼女はジョセフをカットされたアメジストだと称し、ルイズを掘り出してもいない原石だと言った。 だがそれは、ジョセフをかなり過小評価した例えだと、痛感していた。 ジョセフはアメジストどころか、ルビーそのものだ。 認めたくないが、石ころにルビーをあしらった滑稽な姿を今更鏡で見せつけられた。今まで自分が美しいと自負してきたものは、ただの石ころだったのだ。何がメイジだ。何が貴族だ。 私がヴァリエールの生まれでなかったら……何も、何も。 胸の奥から溢れたものを必死に押さえ込もうとして、それが不毛な努力にしか過ぎないことを、ルイズは強く自覚していた。 ここ数日、何回も湧き上がってきた感情と似て非なるもの。ジョセフを妬んで悔しくて泣いたのではない。自らの小ささを本当に知った、不甲斐なさからの涙だった。 「……ジョセフ……ごめんなさい、ごめんなさい……」 抑えきれない感情の発露。片手で手綱は握りながらも、もう片手は拭いても拭いても零れ続ける涙を拭うしかできなかった。 「お、おいちょっと待たんかルイズ。なんじゃどうした、今の話で何も泣くポイントないじゃろ? ちょっと止まるぞ、そんなんで馬乗っとったら危ないわい」 ジョセフは柄にも無く狼狽しながら、急いで留めた馬を木に繋ぎ止めると、それでもなお泣き続けるルイズに腕を伸ばして抱き下ろす。 ごめんなさい、ごめんなさい、とただ繰り返して泣きじゃくるルイズは、まるで本当の子供のようで。 泣き止ませることを早いうちに諦めたジョセフは、少々悩んでから。ままよ、と自らの身を緩く屈めて、ルイズを自分の胸に抱きしめた。 何が悲しくて泣いているのか、何を謝られているのか、ジョセフには全く理解できない。 何で悲しくて泣いているのか、何で謝っているのか、ルイズにも全く理解できない。 だから少女が泣き止むまで。二人とも、何も出来なかった。 やがて慟哭が嗚咽に変わり、しゃくり上げる様な声に変わってきた頃、ルイズは、ジョセフに抱きしめられていた自分を改めて自覚し……今になって、ジョセフを突き飛ばすように離れた。 「……き、気にしないでっ……」 気にするなと言われても何を気にしなくていいのか見当も付かない。ジョセフは、小さくため息を漏らし。引っかかれる危険を押して、ルイズの頭に手を伸ばし、撫でた。 だがルイズはその手を振り解くこともせず、ただ撫でられるままになっていた。 「気にしてくれるなルイズ。わしは見ての通りジジイで平民で使い魔じゃ。他の誰にも言わんから、気にせんかったらいいんじゃよ」 「そうじゃないの! 私はあんたより下なのよ! 劣ってるのよ! 『ゼロ』なのよ!」 キッ、とジョセフを見上げて睨みつけるルイズ。 泣いた理由の片鱗が、少しだけ理解できた。ジョセフは小さくため息をついて、苦笑した。 「わしがルイズんくらいの年にゃ、ただ毎日ケンカしとるだけのクソガキじゃった。努力とか訓練とかが死ぬほど大嫌いで、とにかく気に入らんことがあったら誰彼構わず殴りかかっただけのクソガキじゃった。 それに比べたら、ルイズの方が……」 「おためごかし言わないでッ! 私は昔のあんたを召喚したんじゃないわ、今のあんたを召喚したのよ! あんたに比べて、私なんか……私なんか、情けなさ過ぎるのよッ!」 「おっと、それ以上言っちゃいかん。それ以上言うなら、シタ入れてキスしちまうぞ」 なおも言葉を続けようとしたルイズの唇に、ジョセフの指先が当てられた。 「いいかルイズ。わしもかつて、自分の才能だけで突き進んで、こっぴどくボロ負けしちまった。じゃがな、わしはそこで今までの愚かさを自覚し、大嫌いじゃった修行に専念した。それもせんとただウジウジしとるだけなら、わしは今頃ここにゃおらんわい」 やっとしゃくり上げるのを止めたルイズは、泣き腫らした目で、それでもまだ何か言いたげにジョセフを見上げて、彼の言葉を聞いていた。 「わしの修行をつけてくれた師匠も先輩も友人も、みぃんなわしよりずっと上にいた。今、ルイズが感じている悔しさは、きっとかつてのわしが感じた悔しさじゃ。世の中の人間は、貴族だろうが平民だろうが、必ず自分の弱さにぶち当たった。 今のお前は、正にぶち当たったところなんじゃ。大切なのはぶち当たってから、どうするかじゃよ。うじうじ悩んでるのもよし、弱い自分をどうにかしようとするのも足掻くのもいい。 じゃがルイズ、お前さんには忘れちゃあいかんものがあるんじゃ」 頭に置いていた手を、肩に置き。両手でルイズの肩を掴んだジョセフは、彼女の目の高さと同じ高さに自らの視線を合わせた。 「お前さんにはお前さんを心配してくれる友達だって、お前さんを心配しておる使い魔じゃっておるッ! いいか忘れちゃならんぞ、お前さんは一人じゃないッ! 一人で悩むんも時にはいいッ、じゃが一人で何もかもしようとするのはただの傲慢じゃ! 人を信じて頼るのは弱さじゃあないッ! 自分の弱さを直視せず、自分に出来ないことを出来ると嘘を吐く、その行為自体が真の弱さじゃ! 少なくともわしは、そう信じておるッッッ!!!」 ぐっ、と肩を強く掴んで、彼女に言い聞かせる。 潤んだ鳶色の瞳が、ジョセフの瞳を、真正面から見つめ返した。 「……私、『ゼロ』よ? ジョセフみたいに、すごくもなんともない……それでも、いい?」 「言ったじゃろ。今は『ゼロ』でも構わん。いずれ、強くなるんじゃ……『わしら』は」 「……離してっ、肩痛いわよ、ボケ犬っ」 ルイズはジョセフの手から離れると、背を向けて。ごしごしと目元を袖で拭って、背を向けたまま口を開いた。 「……聞いてて、とっても恥ずかしかったわっ」 「同感じゃな。わしも言ってて死ぬかと思ったわい」 主人の憎まれ口に、ちっとも死にそうじゃない口調で返すジョセフ。 「……どさくさに紛れて恥ずかしいコトばっかり言ってっ。そんなこと言ったからって三ヶ月の食事抜きは覆らないんだからねっ! 心配してくれても、エサあげないんだからっ!」 ピンクの髪の間から微かに覗くルイズの耳が真っ赤なのを、ジョセフは見た。 「そんだけ大口叩いたんだから、ちゃんと責任持って私が強くなるまでいなさいよっ! 思い切り頼ってこき使うわ、覚悟なさい! それから、それからっ……私が泣いた、なんて他の誰かに言いふらしたらっ……絶対に、ぜーったいに、許さないんだからね!? 絶対誰にも言わないでよっ!?」 振り返ったと同時に杖をジョセフの鼻先に吐き付けるルイズは、まだ顔は赤いままで。けれど、ジョセフを見上げる目は。今までとは、決定的に違っていた。 ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ――優しかった。 「墓場まで、持って行くことにしますわい。ご主人様?」 ジョセフの笑みは、今までと変わらず。どうしようもないくらい、優しかった。 「さっ、つい道草食べちゃったわ! 早く行かないと店が閉まっちゃうじゃないボケ犬!」 ピンクの髪を勢い良く風になびかせ。木に繋いでいた馬へ歩いていき……ジョセフはその後姿を、微笑ましげに見つめて、その後ろを歩いていった。 To Be Contined →
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