約 1,553,856 件
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/17.html
SS投稿方法 このページではダンゲロスSS3のトーナメントが始まったら投稿する、SSの投稿方法について説明します。 SS投稿先 SSはGK(ゲームキーパー/ゲーム進行役)宛にWebメールで直接送信してください。 アドレスは以下の★を半角アットマークにしたものです。 dangerousss3gk★gmail.com 投稿は下記の【テンプレート】を必ず用いるようお願いします。 本人が書いたか否かにかかわらず、幕間SSで起こったことを踏まえた投稿が可能ですが、すべての投票者が幕間SSに目を通すわけではないので、 一体どの幕間SSを採用したのか その幕間SSで重要なこと(一行程度) をテンプレートに沿って明記してください。採用していない場合はテンプレートの採用する幕間SS欄を空白のままで提出していただいて構いません。 投稿されたSSには、一日以内にGKが確認メールを返信いたします。 一日以上経過しても返信が返ってこない場合は、SS3スレッドにご連絡ください。 SSの投稿時間も、この返信内容で確認可能です。 (投稿時間は、同数得票の際のルールにのみ関係します。詳しくはこのページの下にある【同数得票について】をご確認ください) 【テンプレート】 件名:【第○回戦第○試合】【キャラクター:○○】 本文: ◆ハンドルネーム ◆採用する幕間SS ○ () ◆本文 記述例 件名:【第2回戦第9試合】【キャラクター:やまのは一人】 本文: ◆プレイヤーA ◆採用する幕間SS 7 (壊れた日本刀の代わりに長一郎のレイピアをもらう) 11 (山田とライバル化) ◆本文 あーだこーだして私が勝ちました 内容修正について 2013年4月19日追記:今回、ゲームが実際に始まり、非常に多くの方に参加して頂き、結果としてSSの公開時期が先に公開されるSSと後に公開されるSSとで大きくずれる事になりました。そのため、この項目に書かれたルール『公開前であれば、SSの追記や修正は自由に行うことが可能』を適用した場合、各SS間で公平性が取れないという理由から『投稿期限前であれば、SSの追記や修正は自由に行うことが可能』というルールに変更させて頂きます。ゲーム開始後のルール文修正となり、大変申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。 投稿されたSSは、投稿期間終了後に各試合場ごとに、ランダムで公開されます。 投稿期限前であれば、SSの追記や修正は自由に行うことが可能です。 些細な誤字や言い回しの修正もその都度応じますので、遠慮なくお願いします。 ただし、単なる修正以上の大量の追記などに関しましては、そのSS投稿時間は、その追記が投稿された時点として扱うことになります。(投稿時間は、同数得票の際のルールにのみ関係します。詳しくはこのページの下にある【同数得票について】をご確認ください) 最初に投稿したSSを破棄し、別のSSを投稿することも問題ありませんが、こちらについての投稿時間の扱いも、上と同様です。 【ペナルティについて】 投稿期間を超過したSSは、その時点で失格となります。 万が一、対戦者全員がSS投稿に遅刻した場合その試合の勝者は無しとなります。 失格となったSSの得票数は公開されませんので、遅刻には十分に注意しましょう。 参加者の皆さんは、可能な限り日程に余裕を持った投稿を心がけ、旅行、出張、急病等のやむを得ない事情がある場合には、事前連絡をSS3スレッドにしてくださるようよろしくお願いします。 【同数得票について】 投票結果が同数であった場合には、投稿の早かったプレイヤーの勝利となります。 SSの投稿を終えたら 他のプレイヤーの試合SSを読んで、面白かった作品に投票しましょう!投票の仕方については次のページ【投票方法】をご確認ください。
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1036.html
それはよく晴れた夏の日の出来事。 公園のベンチで我らがヒーロー・サンレッドは、鬱陶しそうにタバコを吹かしていた。 ちなみに今日のTシャツは<黒き血の兄弟>である。 浮かない顔の原因は、彼の隣に座る十歳ほどの少年。 「だからね、レッドさん!ぼくを弟子にしてよ!ぼくも立派なヒーローになりたいんだ!」 「…………」 ―――ふわふわの金髪に、蒼い海を思わせる碧眼。天使のように愛らしい笑顔の美少年である。 そんな少年を、レッドは困ったように見下ろしていた。 「あー、その。なんつったらいいかなー…」 「お願い!ぼくは真剣なんだ。ヒーローはチビっ子の味方でしょ?」 「そりゃまあ、通俗的に言えばそうだな…けどな」 レッドは頭痛を堪えるように眉間を押さえる。 「ヒーローになりたいっつっても、お前、吸血鬼じゃん…」 「うん、そうだよ」 だから何?と言いたげに朗らかに笑うその少年には、小さな牙が生えていた。 そう。彼こそは夜の世界の住人・吸血鬼であった。 天体戦士サンレッド ~月下の支配者!吸血鬼参上 ―――吸血鬼。映画やテレビでおなじみの、月下に生きる怪物。 その名の示す通り人の血を吸い、肉を喰らう、恐るべき闇の王。 しかしレッドの目の前にいる少年はそんなもの何処吹く風で、にこにこ笑っている。 「まー、別に吸血鬼がヒーローなんて目指すな、とは言わねーけどよ…」 レッドはタバコの煙を吐き出す。 「なあ、ガキ」 「ガキじゃないよ、ぼくには望月コタロウって立派な名前があるんだ!」 「そっか、そりゃ悪かったな…で、コタロウ。何だってお前ヒーローになりたいんだよ?」 「よくぞ訊いてくれました!」 ぐいっと胸を張る吸血鬼少年・コタロウ。 「ぼくはね、兄者を助けてあげられるような、強い男になりたいんだ!」 「兄者…?」 「そう。ぼくの兄者は吸血鬼でありながら悪の吸血鬼を狩る、正義の吸血鬼なのさっ!」 「吸血鬼を狩る吸血鬼…?おい、まさかお前の兄貴って<銀刀(ぎんとう)>とか呼ばれてるんじゃねーだろな?」 「え?レッドさん、兄者のこと知ってるの?」 「知ってるもクソもこの業界じゃ有名人じゃねーか。同族殺しの英雄、自らにとっても猛毒の銀の刀を振るう剣士… 敵という敵を斬り伏せて、付いた仇名が<銀刀>。ま、どっちかってーと勇名よりか悪名を轟かせてる、物騒な野郎 だって話だけどな。しかし、弟がいるって話までは聞いたことがなかったけどよ」 「へー。レッドさんも知ってるなんて、兄者ってやっぱすごいんだ!」 「まー、そういう噂話にゃ疎い俺でも知ってるって時点で、どんだけーってカンジだな…しかしよ、そいつが噂通り の強さならそれこそお前の助けなんざいらねーだろ」 「うん…そうかもしれない。いや、多分そうだよ。だけど…それじゃぼくは、ぼくが許せない」 コタロウは、ぐっと顔を引き締める。 「兄者はいつだって、ぼくを守ってくれるんだ…でも、兄者にとっては、ぼくは足手纏いですらないのかもしれない …ぼくなんて、お荷物ですらないのかもしれない」 「コタロウ…」 「だからぼくは、強くなりたいんだ…!兄者と肩を並べて闘えるくらいに強く…誰よりも強く!」 「コタロウ!」 「レッドさん!」 ヒーローと吸血鬼少年は、ガシっと肩を抱き合う。男同士の魂が呼応した、美しき瞬間だった。 「お前、それ、先週の<薬物戦隊クラッシュレンジャー>のグリーンのセリフじゃねーか」 「うっ!」 ―――そうでもなかった。 「レッドさんも見てたんだ、アレ…やっぱりヒーローとして、ああいう番組を見て勉強してるんだねっ」 「あ、ああ。まあな…」 単に<ヒマだったから適当にチャンネル回してただけ>とは流石のレッドも言えなかった。 「と、とにかくレッドさん。悩める少年をヒーローとして導いてくれたっていいじゃん!」 「そーだなー…まあ、早寝早起きして、栄養のあるモンたくさん食って、外で元気よく遊べばいいんじゃね?」 吸血鬼少年に対してとは思えないアドバイスだった。コタロウもプクーっと頬を膨らませる。 「そういうんじゃなくて、もっとこう、ド派手な必殺技とかさー、そういうの教えてよ!」 「ワガママばっか言ってんじゃねーよ、ったく…」 「じゃあ、レッドさんが実際に闘ってるところを見せてよ。ぼくはそれを観戦して、ヒーローの心得を学ぶから」 「つってもなー…ヴァンプ達は今、盆休み取ってやがるから、しばらく対決の予定がねーんだよ」 ちなみに十連休だそうな。それはともかく。 「じゃあ、対戦相手はぼくが用意するから!それならいいでしょ?」 「あ?お前が用意するって…空き地の野良犬とかじゃねーだろうな」 「そんなんじゃないってば!目下兄者と敵対してる悪の吸血鬼達だよ!」 「ほー…そりゃ楽しみだ。けどよ、どうやって用意すんだよ?」 「うん、ちょっと待ってて。メールするから」 「メール…」 携帯を取り出してポチポチ操作するコタロウを、レッドは何とも言えない顔で見る。 「お前、兄貴と敵対してる連中とメールのやり取りしてんのか…」 「え?だってそうじゃないと、急な対決の時に連絡が取れなかったりして困るでしょ」 「…そっか。そうだな」 どこの正義と悪も、大概は似たような関係らしい。レッドは深々と溜息をついたのだった。 「あ、きたきた、返信きたよ!…えー、ヤフリーしか予定空いてないのか…ホントはカーサかダールさんがよかった んだけど、しょうがないなー。公園で待ってますよ、っと」 「ヤフリー…?そいつと闘えってのか」 「うん。特別弱いってわけじゃないけど、どうにもカマセ属性の持ち主でね…」 「ちなみにカーサとかダールとか言ってたけどよ、そいつらはどうなんだ?」 「カーサは数百年生きてて、数々の魔術を使いこなす<黒蛇>と異名を取る魔女だよ。力だけに任せて闘ったら、 いくらレッドさんでもキツいんじゃないかなあ。ダールさんはもう千年以上生きてる二刀流の剣士でね。この人は とにかく、純粋に強いんだ。それだけに攻略は逆に難しいよ。真正面から闘って打ち勝つしかないからね」 「ほー、そりゃあ随分と骨のありそうな連中だな。で、今からやり合うヤフリーってのはどうなんだ?」 「えーと…吸血鬼になってから十年くらいで…まあ、剣の腕前はそれなりかな…そんくらい」 「…………ショボッ」 「うん。それを言っちゃあお終いだけどね…」 ―――それから二十分後。 公園の入口に、一人の男がやってきた。 「あーちくしょう…こんな真夏に呼び出しやがって。灰になったらどうしてくれんだよ、コタロウの奴…」 だぶだぶのフード付きパーカーに裾の短いワークパンツ、派手目のスニーカーというファッションに身を包む、まだ 十代半ばの少年―――だが、その目に宿る剣呑な光は、彼がただの小僧ではないと雄弁に語っていた。 極めつけは腰に提げた刀。モロに銃刀法違反であった。 そう。彼こそが件の悪の吸血鬼・ヤフリーである。 ヤフリーはキョロキョロと、何かを探すように公園を見回していた。 と、チンピラっぽい男(まあレッドさんだけどね!)が手を上げて彼を呼び止める。 「おー、もしかしてお前がヤフリーか?」 「え?まあ、そうっすけど…」 「あ、ヤフリー!おっそいよー!」 ベンチからコタロウが気の抜けた声で愚痴る。 「コタロウ!お前なー、妙な用件で俺らにメールすんじゃねえよ。いきなりヒーローと闘えってなんだよ、全く…」 「あはは、ごめんごめん。じゃあ早速だけど対決お願いね」 「はいはい、やりゃあいいんだろ、やりゃあ…。で、何処にいるんだよ、そのサンレッドってヒーローは」 「やだなあ、ヤフリーったら。目の前にいるこの人だよ」 「あん…?目の前って、チンピラ風の赤マスクしか…って、あの…もしかして、アンタがサンレッド?」 「そーだよ」 「え、いや、その…アンタ、ヒーローなんすよね?」 「何だよ。俺がヒーローだったら悪いのかよ」 「いや、だってアンタTシャツじゃねーっすか!半ズボンじゃねーっすか!サンダルじゃねーっすか!登場するのに 前口上とか派手なポーズとか何もねーじゃねーっすか!もっとこう、ヒーローの登場シーンってほら…」 「あー、そういうのはもうこちとら散々言われ慣れてんだよ。いいからほら、さっさとかかってこいや」 身も蓋もない言い方にヤフリーは面食らうが、すぐに気を取り直した。 「チッ…まあいいっすよ。こちとら、アンタを倒しに来たのには間違いねーんすからね」 そして彼は刀に手をかけ、畏まった口調で語り始める。 「お初にお目にかかる、太陽の加護を受けし勇者。日輪を司る天体の戦士。赤き制裁の体現者。溝ノ口の」 ガスッ! 前口上の途中で強烈な右フックを顔面にモロに喰らったヤフリーは地面に突っ伏し、ピクピク痙攣する。 「な、何を…」 「何をじゃねーよ。長ったらしい前口上なんざ聞きたくねーっつーの」 「だからってその隙を狙うなんて…アンタ、ヒーローでしょうが…」 「ああ?ヒーローだからなんだよ?ヒーローが口上中で隙だらけの敵を狙っちゃ悪いってか、コラ」 「い…いいか悪いかでいうなら、悪いと思うっす…」 「ぼくもそう思う…」 コタロウにまで非難され、レッドはバツが悪そうに舌打ちした。 「分かった、分かったよ。とにかくアレだ、コタロウ。お前としては俺にヒーローらしく振舞ってほしいと、そういうわけ なんだな?おっしゃ、じゃあいっちょ本気でやってやろうじゃねえか…」 そう言い放ち、レッドは両手を天高く掲げて精神を集中する。瞬間、レッドを中心に恐ろしい熱風が迸った。それは 渦を巻いてレッドの頭上へと収束していき、巨大な火球と化す。それはまさに地上に顕現した、小型の太陽。 まかり間違えばこの公園を中心に一帯を焦土と化すほどの莫大なエネルギーが秘められた、サンレッド必殺の業! それは月下の伝説として語り継がれる炎―――<螺炎(らえん)>と呼ばれる秘奥義にも匹敵する禍々しさと熱量。 コタロウとヤフリーは眼前に現れた破壊の化身を前に、ただ立ち尽くすのみだった。 「塵一つ残さず、消滅させてやらあ…<コロナアタック>!」 「ストップストップ!レッドさん、それはシャレにならないよ!いくらなんでもヤフリーを塵一つ残さず消滅させて ほしいなんて思ってないってば!」 「そ、そうっすよ!レッドさん、落ち着いて!」 ヤフリーも必死に(文字通り命がかかっているので当然である)レッドを宥める。その甲斐あってか、レッドは渋々 ながらもコロナアタックの構えを解いた。 「アレもダメ、コレもダメってお前らは注文が多いんだよ、ったく…仕方ねえな。おい、ヤフリーっつったか?普通 に闘ってやるから、そっちからかかってこいよ」 「そうしてくれりゃ助かりますよ、こっちも…じゃあその首、俺が貰い受けます。あの世で精々俺の名前を語り継ぐ ことっすね」 ヤフリーは刀を抜き放ち、人間の規格を遥かに超える吸血鬼の膂力を以て超高速の斬撃を繰り出す。 え、その結果どうなったかって?レッドさんがワンパンKOしたに決まってるじゃないですか。 一応断わっておくが、ヤフリーは決して弱くない。あくまでも、レッドさんが強すぎたのである。 いつの間にか日は傾き、ひぐらしが鳴いていた。 だからといってこの牧歌的な世界のこと、カメラマンが喉を掻き毟って死んだりはしない。神奈川県川崎市は今日も 平和である。 「あー、もうすっかり日が暮れちまったな…おい、コタロウ。送ってってやるから、お前ももう家に帰れよ」 「うん、そうだね。じゃあヤフリー、またねー!」 「…おう。<銀刀>にもよろしくな」 吸血鬼の回復力を以てしても未だに癒えない傷を負ったヤフリーは地面に大の字になったままぞんざいに手を振る。 彼は今日また一つ、吸血鬼生の厳しさを知り大人になった。 本人がそれをありがたいと思っているかどうかは別問題ではあるが。 「…俺、何しにこの話に出てきたんだろ…」 その呟きに答えてくれる者は誰もいない。ただ、秋の気配を感じさせる涼やかな夕暮れの風だけが、彼の頬を優しく 撫でるのであった。 ―――レッドの目の前には、オートロック付きの十階建て高級マンション。 並のサラリーマンの月収くらいの家賃を請求されそうな豪壮な佇まいである。 「ほー…お前ら、いいとこに住んでんじゃねーか。流石に<銀刀>ともなりゃ、それなりに儲かってんだな」 「あ、レッドさん。それちょっと違う」 「あん?」 「ぼくらはミミちゃんのお世話になってるの」 「ミミちゃん…?誰だよ、それ」 「えっと、詳しく話すと長くなるんだけど、ぼくらを養ってくれてる人」 「…養って…お前と、その、兄貴を?」 「うん」 レッドさんの脳裏にヒで始まってモで終わる、あまり印象のよくない言葉が浮かんだ。 「あー、えっと…それはその、なんだ。ぶっちゃけ、アレか?言いにくいけどよ、お前の兄貴ってその…」 「まあ正義の吸血鬼っていっても別に誰もお給料とかくれないし、食べていけないもん」 「…世知辛いね、そりゃ」 「だから、普段のぼくらはミミちゃんに衣食住の面倒を見てもらってるんだよ」 「…そ、そうか…」 レッドにとっては身につまされる話である。だらだらと背中を冷汗が滑り落ちていた。 「し、しかしよ、その<ミミちゃん>ってのは随分と羽振りがいいんだな。オートロックの高級マンション住まいで 居候二人置いてられる余裕があるなんて、中々のもんだぜ。何か怪しい商売でもやってんじゃねーだろな?」 「んー。よく分かんないけど、そのスジじゃあ<クイーンM>なんて呼ばれてるらしいよ」 「なんだそりゃ…そこはかとなく嫌な予感がする二つ名だな、おい」 「だから兄者、対決のない時はミミちゃんの護衛をしてるんだ。何だか危ないお仕事みたいだから。ちなみにぼくも 護衛として活躍してるんだよ!」 「あ…ああ~、なるほどな、そういうことか!なんだ、その、じゃあ兄貴は何か縛るものってわけじゃねーんだな! ちゃんと仕事してんだな!」 何故だか胸を撫で下ろすレッドだった。この純真な少年の兄がヒ○だったら、ちょっと辛い現実だからである。 「しかしお前も護衛やってるっつったけど、とても活躍できてそうにゃ見えねーけどな」 「そんなことないってば!…多分」 「どーだろね。んなもんは読者に訊けば分かるんだから見栄張ってると後で恥かくことになるぜ?」 「読者!?ぼくらの愛と友情と闘いの日々は小説だったのっ!?」 「ああ、富○見ファン○ジア文庫辺りで刊行されて本屋に平積みされてるのを見たぞ。確かアニメにもなってたな」 「やけに具体的だー!」 そんな雑談の間にエレベーターに乗り込み、最上階に辿り着いた。そして件の<ミミちゃん>の部屋の前に立つ。 「お茶くらい出すから、レッドさんも上がっていってよ」 「お、わりーな。それじゃあお言葉に甘えて…」 その時である。部屋の中からドンガラガッシャーンと大きな音がしたのだ。 「な、なんだ!敵襲か!?」 「レ、レッドさん、気を付けて!」 レッドは用心深く、そっとドアを開けて中を覗き見る。そこでは、一組の男女が言い争っていた。 「いい加減にしてよ、ジローさん!これでもう五回連続遅刻じゃない!」 「ミ、ミミコさん。どうか落ち着いて…」 「落ち着いてられるかぁ!あたし、もう少しで東京湾に沈められるとこだったのよ!?」 「ですから、間一髪で私が助け出したじゃないですか。ヒーローとは遅れてやってくるものなのです」 「ヒーローである前に社会に生きる者として五分前行動を心がけなさい!」 やたらハッスルしたアヒル口の少女。特別美人というわけでもないが、妙に愛嬌がある。 対するは赤いスーツに赤い帽子の赤ずくめのいでたちに、愛想笑いを浮かべた黒髪の青年である。 「あれが<ミミちゃん>とお前の兄貴の<銀刀>か?…あんまお前とは似てねーなー。それはそうと、なんつーか、 取り込み中みてーだけど…」 「うん…なんだか、ちょっと入り辛いね」 レッドに倣って部屋の様子を覗き見しているコタロウが、気まずそうに声を潜める。 「とにかく!ジローさん普段ゴロゴロしてばっかなんだから、仕事の時くらいきっちりしてもらわないと困るの!」 「夜も寝ずに過酷な闘いの日々を送る私に対して、なんと酷いことを…」 「夜寝なくても昼間はずっと寝てるでしょうが!女の子の世話になってグータラしてるだけなんてヒモよ、ヒモ!」 「な…!ミミコさん!いくら本当の事でも言っていいことと悪いことがあるでしょう!」 「自覚があんならもっとしっかりせんかぁぁぁぁぁっ!」 ますますハッスルしていく壮絶な闘い(?)を見つめ、レッドはボソっと呟いた。 「……………………ヒモ」 別に自分のことを言われているわけでもないのに、レッドはものごっつい居た堪れない気分であった。 「ねえ、レッドさん」 「…なんだよ」 「<ヒモ>って、なあに?」 穢れなき瞳で問いかけるコタロウに対し、レッドさんは何も答えることは出来なかったという。 ただ、一言。 「コタロウ…お前、ヒーローなんかならなくていいから、ヒモにだけはなるなよ…」 ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、男と女…もとい、善と悪の壮絶な闘いの物語である!
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1111.html
~序~ ~賢者が遺せしは~ ~真紅の吸血姫~ ~それぞれの思惑・前篇~ ~それぞれの思惑・中篇~ ~それぞれの思惑・後篇~ ~天体戦士サンレッドVS望月ジロー~ ~賢者の血統~ ~幕間劇(インターミッション)~ ~裏方、その奮闘~ 第二巻
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/906.html
悪の組織フロシャイム・川崎支部。 今ここに、新たなる恐怖の化身が舞い降りようとしていた―――! 「ふもっふ!」 「…………なにこれ」 我らがヴァンプ将軍は、玄関口で元気よく手をフリフリしているクマだかネズミだかよく分からんナマモノを前 に困惑するのであった。 読者の皆!今回は、ニクたら可愛い奴らが大活躍しちゃうぜ! 天体戦士サンレッド ~決死の潜入作戦!軍曹、命を賭した任務! 「もー!なにこれじゃなくて、新しくアニマルソルジャーに入った凶悪無比のボン太くんですよっ」 どこぞのハムスターによく似た声のウサギのぬいぐるみ型怪人・ウサコッツはプンプンしながら抗議する。 <アニマルソルジャー>。それは愛くるしいぬいぐるみ型怪人達で構成された、恐るべき殺戮集団。 女学生を中心に絶大な支持を誇る彼らだが、その容姿に騙されてはならない。 奴らは使い古しのフライパンを空き缶入れに不法投棄しようとするほど悪辣で狡猾なのだ。ああ、恐ろしい! メンバーは以下の通りである。 ウサコッツ(リーダー格。川崎支部でも有数の凶暴性と対サンレッド戦における実績を持つ) デビルねこ(ネコ型。最大の敵は糖尿と四十肩。インシュリンが相棒) Pちゃん・改(鳥型。無口。液体金属のボディを持ち、飛行速度は米軍の戦闘機に匹敵する。最終兵器は核) ヘルウルフ(狼型。満月を見ると凶悪な姿に変身する。アニマルソルジャー期待の新人) ムキエビ先輩(殻を剥いた海老。川崎支部最年長者。ウザい。可愛くない。そもそもメンバーじゃない) それはさておき、ボン太くんである。 「ワハハハハハハハハハ!」 「ヒーッヒッヒッヒッヒ!」 居間に入るなり大笑いしてきたのは、川崎支部所属の二人の怪人であった。 肩に装着された砲門は鋼をも容易く溶かす、不気味な仮面を被った人型怪人のメダリオ。 太古の呪いで敵を確実に死に至らしめる悪夢の呪術師、ミイラ怪人のカーメンマン。 ちなみに二人まとめてサンレッドにワンパンチで倒された。誤解しないでほしいがこの二人が弱いわけでは なく、レッドさんがアホほど強すぎるだけである。 「もー、皆してボン太くんのことをバカにしてー!」 「だ、だってお前、その顔と名前で凶悪無比って!そりゃねーって、ギャハハハハハ!」 「ますますお前らの偏差値上がっちゃうじゃん、可愛さの!あーもー可愛いでちゅねー!プップクプー!」 「ムッカー!ぼくは全然可愛くなんてないもーん!」 「オマエタチ コロス」 笑い転げる二人と、怒りのボルテージが上がっていくウサコッツとヘルウルフ。傍らに控えていたデビルねこ も猛抗議する。 「笑っていられるのも今のうちだよ!ボン太くんはその実力から<地獄の鋼鉄魔獣(フルメタルビースト)> とまで呼ばれてるんだからねっ」 「じ…じごくのふるめたるびーすとー!?」 「どこが地獄だよ、魔獣だよ!どー見ても遊園地のマスコットキャラじゃん!」 「もー、その辺にしときなよ、二人とも。失礼でしょ!」 「だってヴァンプ様。明らかにサンレッド抹殺に向いてないでしょ、この子」 「これじゃ精々小さなお子様がターゲットじゃないっすか」 「うーん…」 悩むヴァンプ様。と、ボン太くんはその肩をポンポンと叩く。 「ふもふも、もふもっ(将軍殿。上官達が仰ることには一理あります。組織としてもロクに実力も分からぬ者を 雇う訳にはいかないでしょう。自分がフロシャイムの一員として相応しいかどうか確かめていただきたい!)」 「…何言ってるのかよく分からないけど、要するに入団テストをやってくれって言いたいのかな?」 ボン太くんはブンブン首を縦に振った。 「よし。じゃあちょっと外に出て。戦闘力をテストしてみるから」 いつもはサンレッドとの対決の場である公園。 「もっふー、ふもふもふも、ふももー!」 やる気満々のボン太くんの眼前には、二体の量産型ロボット。しかし決して侮るなかれ、平均的な怪人と同等の 能力を持ったそれは、そう易々と打ち破れるものではない。 「おいおい、大丈夫かー?」 「一体だけにしといた方がいいんじゃないのー?」 「黙って見てなよ二人とも!ヴァンプ様、ボン太くんはもういけるよ!早速始めて!」 「よし―――ボン太くんよ!我が前にその力を示せ!力なくばこの地で土に還るがいい!」 その声と同時に疾駆する、二体のロボット。だがボン太くんは、より速く、より疾く動いた。 「ふもっふーっ!」 強烈な電撃を放つ特殊警棒を振り下ろす。その衝撃で動きが止まったロボットに対して馬乗りになり、嵐の如き 連撃を叩きこむ。完全にその機能を停止したのを確認し、もう一体のロボットに向き直った。接近戦は分が悪い と判断したか、距離を取るロボット―――だが。 「ふもーっ!」 ボン太くんは懐から手榴弾・マシンガン・散弾銃・バズーカ砲・その他諸々を取り出し、一斉に放った。 轟音。閃光。キノコ雲。 哀れ、ロボットは爆発し、爆散し、爆裂し、爆滅した。 戦闘開始より、実に10秒も経過していない。まさに圧倒。まさに瞬殺だった。 「どう?すっごいでしょー、ボン太くんは!」 「ね、ね?鋼鉄魔獣の異名はダテじゃないでしょ!」 「ボン太くん スキ」 「うん、うん!すごいよー、ボン太くん!頼もしいよ!」 大はしゃぎするアニソルメンバーとヴァンプ様。 「ま…まあまあ、かな…結構やるじゃん、ははは…」 「と、とりあえずは合格ってことにしといてやるか、あはは…」 そして、冷汗をダラダラ流すメダリオとカーメンマンだった。 ―――ざっ、ざっ、ざっ。不意に聴こえた足音に振り向くと。 「んー?お前ら、何してんだ。ガン首揃えちゃってよー」 「おっお前は…我らが宿敵・天体戦士サンレッド!…いたっ!なんで頭を叩くんですか、もー!」 「急に悪役っぽくなるんじゃねーよ。で?こいつ何?新しい怪人?今度はこいつが俺と闘うのか?」 「一度にそんな色々訊かないでくださいよ。この子は新人のボン太くんです。まだレッドさんと闘う予定はない んですけど…あ、そうだ。折角だからレッドさんに脅し文句の一つでも言ってみようか。予行演習に!」 「んな予行演習すんじゃねーよ…」 「まあまあ、そんなこと言わずにちょっとだけ付き合ってくださいよ。ほらボン太くん、何か言ってみて」 「ふもっ!」 大きく頷き、ボン太くんはレッドににじり寄った。 「ふもふもふもふもふもー、もっふふもふもふー、ふもっふ!」 「…………何て言ったんだよ。こいつは」 「え?えーっと…ボン太くん、悪いけど紙に書いてみて。ほら、ペンとメモ帳あるから、ここに」 ヴァンプから手渡された紙に、さらさらと走り書きしていく。そこにはこう書いてあった。 <ウジ虫のクソほどの価値もないアカ野郎が!ママの○○にこびり付いたパパの○○で生まれたのがお前だ! この地球上で最も劣った生物だ!この俺が貴様の口に銃を突っ込み、ケツから鉛のクソをひり出させてやる! 貴様の苦しむ顔を見ることが俺の楽しみだ、この(以下更に過激な表現のため検閲)> あまりといえばあんまりな内容に、ゾーッ…とヴァンプ達の背筋に戦慄が走る。 「ひでえ…俺だったらこんなん言われたら立ち直れないよ」 「ケツから鉛のクソって、どういう怪人生送ってたらこんなフレーズ浮かぶんだよ…」 レッドもまた、ゲンナリした様子でああった。 「…帰るわ、俺。じゃあな」 「あ、どうも、お疲れ様です…」 とぼとぼ歩いていくレッドを見送るフロシャイムの面々。そしてレッドはこう思った。 (俺主役なのに、出番これだけかよ…) ―――翌日。 某所に存在する、某高校にて。 とある少年と少女の会話。 「どーしたのよ、ソースケ。疲れた顔しちゃって」 「千鳥か…実は昨日から、悪の組織の元へ潜入していてな」 「へー、そう」 話半分といった様子で聞き流す少女。この少年、実はとある組織に所属する凄腕のエージェントである。 少女とてその事情は分かっているが、少年は大真面目に大ボケをやらかすことが日常茶飯事なので、こういう 話を一々真に受けていたら身が持たないのである。 「で、どんな感じなのよ」 「うむ…例のパワードスーツを持ち出さねばならないほどの激務といえば分かってもらえるだろう」 「あ、そう」 会話はますます右の耳から左の耳へと抜けていく。<例のパワードスーツ>の正体を知る彼女にしてみれば、 アレを持ち出す時点でシリアス展開とはほど遠いと容易に推測できた。 「そんなに大変な任務なら、ウチに来て晩御飯食べてきなさいよ。どうせロクなもん食べてないんでしょ」 「いや、その悪の組織の将軍が大変な料理上手でな。千鳥の料理より美味かった…」 パシン!と何処からともなく少女はハリセンを取り出し、少年の頭をどついた。 「痛いぞ、千鳥」 「うっさい、バカ!」 傍から見れば痴話喧嘩そのものの、平和な光景がそこにあった。 何でもないようなその時間が何より大切だったと、いつか彼らは思うのだろう。 ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である!
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1086.html
―――意表を突いた展開。それは物語にとって大切な要素の一つである。 されど、これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、人知を超えた怪人やヒーローの世知辛い日常を綴る物語。 それゆえに読者の皆様方には<どうせいつもの日常風景が垂れ流されるんだろ、ケッ>なんて思われるのだ。 うん。その通りなんです、すいません。 「いらっしゃいませ!ピ○・キャ○ットへようこそ!」 フリフリ可愛らしい制服に身を包んだ、ピンク髪の少女がにこやかに接客する。 そう、前回レッドさんに全力で闘ってもらえたある意味幸運、ある意味凶運の悪の姫君・エニシアである。 悪の軍団を率いる彼女は、今日はどうやらファミレスのバイトに精を出している様子だった。 「よー、エニシアちゃん。相変わらず可愛いねー」 「ちわっす!」「ちわっす!」 店に入ってきたのは、モグラ型怪人コンビのモギラとモゲラを引き連れたアリジゴク怪人・アントキラーさん。 「あ!アントさんじゃない。最近よく来てくれるね」 「いやー、もう三日に一度はエニシアちゃんの顔見ないと落ち着かなくて(笑)」 「またまたー。私より可愛い人なんて、この店にはたくさんいるじゃない」 「何言ってんの。今やウサ兄さんと並ぶ○ア・キャロッ○川崎店の看板娘じゃないの。なあ、お前ら」 「そうっすよ。もっと自分に自信持っていいんすよ」 「よっ、この癒し系!悪のアイドル!」 モギラとモゲラもアントキラーに続き、エニシアを褒め称える。先輩に追従してのおべっかでなく、本心である。 確かにアントキラーの言う通り、可愛い店員が多い事で有名なこの店でも、エニシアは頭一つ抜きん出た美少女 だ。その人気ぶりたるや、この漢に並ぶほどである。 「こらっ!エニシアちゃん、通路で立ち話してたらダメでしょ!」 思わず抱きしめたくなるような愛くるしい声で叱ってきたのは、そう、我等がアニソルのリーダー・ウサコッツ。 (※忘れていらっしゃる方が大半でしょうが、このSSではウサコッツはここでバイトしてます) 彼はエニシアの先輩として、彼女を厳しく戒める。 「す、すいません。ウサ先輩」 「バイトだってお金もらってる以上はプロなんだよ!?お客さんとお話しするのもサービスの一環だけど、きちんと 席に案内してからにしなよ!」 プリプリ怒るが、姿が愛らしいので全然怖くない。客や店員からは<きゃー!怒ってるウサちゃんも可愛いー!> と黄色い声が上がる始末だ。 それでも直接の後輩であるエニシア、そしてアントさん率いる三人組怪人はしゅんとしてしまう辺りは流石である。 「アントキラーも、お客さんだからって何してもいいわけじゃないんだよ?<お客様は神様>というけど、マナーは きっちり守ってもらわないと、困るのはお店なの!」 「はい!すんません、ウサ兄さん」 「すんませんっした!」「すんませんっした!」 「よし、反省したならいいよ。じゃあエニシアちゃん、席に案内してあげて」 「はい!ではアントさんにモギモゲさん、こちらへどうぞ」 丁寧な仕草で三人を案内するエニシア。それを見ながらウサコッツはうんうん、と頷くのだった。 そんな先輩と後輩の心温まる交流の中に、闖入者はやってきた。 「―――おい、お前ら。丁度よかった、ここにいたのか」 赤いマスクの今一つ影の薄い主人公・サンレッドである。 今日のTシャツは<バター飴・ジンギスカン・熊カレー>。これ、実は今回の伏線ね。テストに出るよ。 「あ…レッド!何しに来たのさ!」 「何だよ、ウサ公。いきなりケンカ腰か…別に仕事の邪魔しにきたわけじゃねーよ。ちょっと話があってな…」 いつになくテンションの低いレッドさんである。しかしてその顔つきは、どこか真剣であった。 「おう、お前ら。ちょっと座らせてもらうぞ」 アントさん達の席に、返事も待たずにさっさと座る。実に嫌な先輩っぽさである。 「え、でも…」 「ああ?何だよ、また病院に行きてーのか、コラ」 「…どうぞ座ってください」 流石のアントキラーもレッドさんに対してはそう言うしかない。レッドさんは早速タバコを吹かし始めた。 何となく重苦しい雰囲気である。そんな空気を打ち破るように、エニシアが注文を取りにやってきた。 「アントさん、御注文は…あれ?レッドさんも来てたんだ。あ、もしかして私に会いに来てくれたり?」 「あー、まあ、そんなトコだよ」 「うふふ、嬉しい。でも、浮気はダメだよ?そんな事したら、かよ子さんに言い付けちゃうからね」 「バーカ。そんなマセたセリフはあと十年経ってから言えっての…しかし、今日もバイトかよ?」 「うん!今日も明日もバイトだよ。だって夢(世界征服)のためには、グータラなんてしてられないもの」 エニシアはロリリッ!と表情を引き締め、決意を熱く語った。 (※ロリリッ!とは、ロリィな女の子がキリッ!とした時にどこからともなく放たれる効果音です) 「…そりゃ感心だ。けど、明日は休め。絶対休め。何が起きても休め。つーかもう、アジトに鍵かけて引きこもれ。 絶対に外を出歩くんじゃねーぞ。いいな」 「え?」 レッドさんの発言に、エニシアは目を丸くする。そりゃこんな訳の分からん事を突然言われりゃそうなるだろう。 「どういうことっすか、レッドさん」 アントキラーが会話に割って入る。レッドさんは気だるげにタバコの煙を吐き出した。その姿は、怯えているように さえ見える。宇宙最強とすら思える戦闘力の持ち主である、この漢が。 「…北海道にな、ヤベーくらいタチの悪いヒーロー二人組がいる。その人らにとっちゃ正義なんざ口実で、ただ単 に悪の怪人をしばき倒し、ぶっ殺す事が大好きっつー、とんでもねー連中だ」 ごくり、と悪の怪人達は唾を飲み込む。 このチンピラヒーローのサンレッドがこうも言うのだ。それだけで相当トンデモな二人組に違いない。 「そ、それは怖いね…でも、そのヒーローさん達は北海道にいるんでしょ?私達には関係ないよね?ねえ?」 エニシアの口調には、そうであってくれという切なる願いが込められていた。だがレッドさんは無情に首を横に振る。 「二人は北海道の怪人なんざとっくの昔に皆殺しにしちまってて…今は日本各地を回って、怪人狩りしてるんだよ。 けど成果が上がらなくて、もう怪人だったら誰でもいいってくらいのテンションになっちまってる…」 だらだらと、脱水症状を起こすんじゃないかというくらいの汗が額を流れ落ちる。 「そして、俺に連絡があったんだよ…明日、来るって…」 「ま…まさか…」 「そのまさか…明日、来るんだよ。神奈川県川崎市溝ノ口に!」 ヒイっと、誰ともなく悲鳴を上げた―――! 「俺の先輩…兄弟戦士アバシリンが!しかも、手当たり次第に殺る気満々で!」 天体戦士サンレッド ~絶望の宴!最凶ヒーロー兄弟・本土上陸 ―――そして、翌日。フロシャイム川崎支部アジト。 そこはアバシリン来襲の報を受けた川崎市在住の悪の皆さんの緊急避難所と化していた。 カーテンは固く閉ざされ、電灯は消され、蝋燭だけが唯一の光源。 皆は一様に防災頭巾を被り、お先真っ暗な顔で俯いている。 範馬勇次郎と江田島平八がタッグを組み、しかも殺る気満々でやって来るも同然なのだから、それも仕方なかろう。 「ああ、もう…何で姉貴や兄貴が全員海外に遠征してて俺一人で留守番って時に、こんな事になんだよ…」 吸血鬼のヤフリーくんは、今にも灰になって消滅しそうな程の恐怖に震えていた。 彼もまたコタロウ経由でレッドさんから連絡をもらい、こうして川崎支部へ身を寄せているのだった。 頼れる家族は上記の理由で不在、産まれ立ての仔鹿のように怯えるしかなかった彼をヴァンプ様達は快く迎えた。 今は吸血鬼も怪人もない、彼等は同じ脅威に立ち向かう同志である。 「…エロパロ板的展開ヤダ…婦女暴行ヤダ…凌辱ヤダ…触手ウネウネも人体改造もヤダヤダァァァァァッ!」 レッドさんから如何な話を聞かされたか、エニシアちゃんは悪夢の如き想像にすっかり怯えて、某アスキーアート のように泣き叫んでいた。 (彼女はエロパロ板サモンナイトスレにて、色々悲惨な経験をしていたりします。御了承下さい) ああ、見える。並行世界で肉便器の如き無惨な扱いを受ける自分の姿が。 きっと数時間後には、同じ不幸が我が身に降りかかるのだ。 「姫様、大丈夫です!俺達が必ずや鬼畜野郎アバシリンの魔の手から、姫様を御守りします!」 軍団員の皆様は、決死の覚悟で己の姫君を守り通す決意を固めつつ、ガチガチ歯を鳴らしていた。 「あー…百年バイトして、折角貯金したのになー…どうせならもっと贅沢すんだった…」 アントキラーはすっかり命を諦めていた。 「オメーはまだいいよ、アント。そうやって後悔する事が出来るんだから。俺なんて、ロクに後悔する事もねーよ… ああ、四千年生きたけど特に悪い事もなかったけど、いい事もなかったなー…バレンタインで母ちゃん以外から チョコ貰った事もねーし…ああ、義理チョコでいいから欲しかった…」 死を前にして、カーメンマンは己の特になにもなかった人生を嘆いていた。 「チクショー!せめて最期にカップ麺を喰いまくってやる!」 秘蔵のカップ麺コレクションを並べて、メダリオはヤケ喰いしていた。 「ああ…抹殺したかったなあ、レッドさん…征服したかったなあ、世界…」 虚ろな瞳で、ヴァンプ様は力なく呟く。 他の怪人達も似たようなもので、実に終末的なムードが漂っていた。 そんな中、ヒムが神妙に呟く。 「北海道の兄弟戦士アバシリンか…ここ川崎で、その名を聞くとはな」 「ヒムくん…もしかして、アバシリンの二人と何かあったの?」 ヴァンプ様からの質問に、ヒムは顔を暗くしながら答えた。 「オレの先輩にフレイザードという男がいた…戦場とあらば手段を選ばず勝利に固執し、女の顔も平然と焼き潰す 非道な男だったが、後輩に対しては面倒見のいい岩石生命体でな。オレや仲間も随分世話になった…」 魔界立魔界中学校に在籍していたあの頃。 仲間と共に不良のレッテルを張られ、親からも教師からも見放されていた。 そんな中、同じく札付きのワルだったフレイザード先輩だけは、自分達に何かと世話を焼いてくれたものだ。 (おい、ヒム。これ、もう見飽きたからやるよ) 無骨漢キャラを気にしてエロ本も買えない自分のために、それを譲ってくれた。 (ガラスを割ったのはオレだ。こいつは関係ねえ!) これ以上内申が悪くなったら退学というフェンブレンのために、罪を被ってくれた事もある。 (全く、情けねえ。こんくれえ自分で直せよな) 自転車のチェーンが外れて困っていたシグマを、憎まれ口を叩きながらも助けてくれた。 (テメエなんかに何が分かるんだ!こいつは金属生命体だ。腐ったミカンじゃねえ!) ブロックをネチネチいびっていた嫌味な教師の胸倉を掴み、そう言い放ったものだ。 (へっ!お前ら、こんな連中に手こずってんじゃねえぞ!) ザボエラ中学との抗争で危機に陥った時に、汗だくになって駆けつけてくれた時には、思わず涙が出た。 頼れる先輩だった。最高の先輩だった――― 「そんなフレイザード先輩は、例に漏れず世界征服を企み、北海道へ旅立った―――」 「あ…ま、まさか…!」 「そう。殺られたのさ、アバシリンに…!」 ヒムはぐっと、拳を握り締めた。 「実家に届けられた先輩の遺体は、原形を留めない程に惨たらしくもグチャグチャにされていた…あそこまでする 必要があったってのかよ、チクショウ…!先輩は、ちょっとばかり世界征服を企んでただけじゃねえか!」 「ヒムくん…」 ヴァンプ様は、そっとヒムの肩に手を置くしかなかった。 「悔しい…!オレは悔しいんだよ!先輩の仇がそこにいるってのに、コソコソ隠れるしかないのが!」 本当は今すぐに飛び出して、アバシリンにこの拳を叩きつけたい。 だが――― 「サンレッドすらビビらせるような奴相手に、今のオレじゃどう足掻いても勝ち目はねえ…くそっ…くそぉっ…!」 自分はこうして、悔し涙を流すしかないのか―――そんなヒムに、ヴァンプ様はそっと語りかける。 「悔しいなら、強くなればいいんだよ」 「将軍さん…」 「ヒムくん。その涙を、忘れちゃダメだよ。今の悔しさを忘れない限り…ヒムくんはきっと、もっと強くなれるよ」 「…へっ。変わってるよ、あんた。商売敵のオレを励ましてどうすんだ、全く…」 「はは。やっぱり私って、悪の将軍らしくないのかな。ダメだね、私ってば」 「ああ、全然な…けど、ありがとよ。ハドラー社長とアルビナスさん以外じゃ、あんたくらいのもんだよ。オレなんか を気遣ってくれた大人は…」 涙は止まる事はないが、心に重く圧し掛かっていた何かは消えていた。ヴァンプ様とヒムは、立場は違えど目的 を同じくする者同士、力強く笑い合った。 地獄と化した川崎に咲いた、友情という名の華一輪。 世界征服を企む悪の怪人同士とはいえ、その美しさに偽り などない。絶望の中で灯った希望に、悪の皆さんは僅かながら救われた気分だった。 その時。 カチャン――― 「え…い、今のは…」 玄関の鍵が開いた音に、一同は一気に顔面蒼白になった。 ギシッ…ギシッ…床が軋む音が、どんどん近付いてくる。 「あ、ああ…しまった…縁側の下に隠しておいた合鍵、回収しておくの忘れてた…!」 「ええーっ!」 「何してんすか、ヴァンプ様!」 「ご、ごめん…!」 「ヴァンプさんを責めてる場合じゃねーっすよ!どうすんですか!?」 「ヤダァァァァァァッ!肉奴隷人生ヤダヤダヤダヤダァァァァァァァァァッッッ!」 「姫様ぁぁぁぁ!どうかあなただけでもお逃げくださいぃぃぃぃ!」 「時が見える…」 「あれ?死んだはずのじいちゃんとばあちゃん…どうしたんだよ、そんな河の向こうで手を振って」 混乱と恐慌に陥る悪の権化達。しかし、敢然と立ち上がる漢が一人。 「ヒ…ヒム?お前…」 「皆、早く逃げろ。その時間くらいは、稼いでやる」 その横顔には単なる復讐心だけではない、壮烈なまでの覚悟が滲んでいる。 「そ、そんな!出来ないよ、キミだけ置いて逃げるだなんて!」 「いいんだ、将軍さん」 ヒムは今にも死地へ赴くとは思えない、爽やかな笑顔をヴァンプ様に向けた。背中からは後光が射して見える。 「この場所は、随分と居心地がよくてな…へっ。オレとした事が情が移っちまったらしい。自分の命なんか捨てて 構わねえ…それでも、あんた達にこんな所で死んでほしくねえんだ!」 がしっと、ヴァンプ様の手を握り締めた。 「オレの夢を、託すぜ。どうかオレの分まで生きて、世界征服を成し遂げてくれよ」 「…………!」 圧倒的なまでの漢っぷり。誰が予想しただろうか。このおちゃらけSSで、こんな燃え展開が来ようとは。 それは一同の今にも消えかけていた<勇気>という名の光に、確かに火を点けた。 「けっ…一人でカッコつけようったって、そうはいかねーぜ、ヒムちゃんよ」 「おうよ。悪の怪人がヒーローにビビってどうすんだっての!」 カーメンマンとメダリオが口火を切り、それは皆に伝染していく。 「はん…ほんっとバカっすねー、皆さん。一時のテンションに流されて、わざわざ死にに行こうだなんて…ま、俺 もそんなバカの一人か」 腰の刀を抜き放ち、ヤフリーは牙を剥き出しにする。 「…皆。私だけ助かろうなんて思わないよ。私達<エニシア軍団>は生きるも死ぬも一緒だよ。そうでしょ!?」 「ひ、姫様…分かりました!我々は地獄までも、姫様に付いていきます!」 悪夢から目覚め、エニシアは己の家族たる軍団員と共に立ち上がった。 そして我らがヴァンプ様も、悪の将軍としての威厳をこれでもかとばかりに発して号令をかけた。 「―――フロシャイム川崎支部、全軍出撃!我等に歯向かう兄弟戦士アバシリンを抹殺するのだ!」 「「「「「はいっ!」」」」」 ヒムはその光景に涙しそうになるのを堪え、先頭に立って憎むべき敵・アバシリンを待ち受ける。 一致団結。今、全ての悪があらゆる垣根を越えて、一つとなった。もはや彼等に、恐れる物など何もない。 それこそは結束の力。時に強大なる神々すらも退ける、決して断ち切れぬ絆がもたらす奇跡なのだ! そして、ガラガラと戸が開き――― 「あん?何だよお前ら、そんな張り切っちゃって。俺だよ俺、皆のヒーロー・サンレッドだよ。ははははは」 一気に脱力する悪の皆さん。そんなヴァンプ様達を見下ろし、レッドさんはガハハハと豪快に笑う。 「おい、カーテン開けろカーテン!蝋燭なんか立てて辛気くせーぞ!」 ちょちょいのぱっぱでカーテンを開いていくレッドさんである。相変わらず人の返事なんか聞いちゃいない。 「…いや、あの、レッドさん。今日はアバシリンさんが来るんじゃ…」 ヴァンプ様は顔を真っ青にしながらレッドさんに問うが、彼はへらへらしながら陽気に答える。 「ああ、それなんだけどよ!なんか北海道にデビルエゾジカ組とかいう連中が攻めてきたらしくってさー。アバ先輩 は喜び勇んで北海道に帰って行っちまった!つーわけでさ、もう何も心配いらねーってわけ!いやー、よかったな お前ら!死ななくて済んで!命ってホント大事だもんなー、粗末に捨てるもんじゃねーっての!」 ぎゃははははは!とバカ笑いするレッドさん。愕然としていた一同ではあったが、次第に命が助かったという実感が 沸き起こり、はあーっと安堵の溜息がそこかしこで漏れる。 「あー…気ぃ抜けたぜ、チクショウ…へへっ。まあこれで、また世界征服に向けて強くなれるってもんだぜ!」 「その意気だよ、ヒムくん。死んじゃったら何にもならないからね!よーし、皆!今日は腕によりをかけて御馳走を 作るから、ウチでご飯食べていきなさいよ!」 「おおーっ!さっすがヴァンプ様!生きててよかったー!」 「ヴァンプ様の美味しい料理が食べられるのも、命があるからだよなー!」 「ほんと、命って大切だよなー!」 「そうっすねー!というわけで、吸血鬼の俺も命の輝きに感謝しながらゴチになるっす!」 「うんうん。生きてるって素晴らしいよね!ねっ、皆!」 「その通りです、姫様!」 「命、バンザーイ!」 こうして世界征服を企む悪党達は、命の大切さをしみじみと噛み締めたのでした。 めでたしめでたし。 ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である! なお、北海道を襲ったデビルエゾジカ組の怪人は、一匹残らず八つ裂きにされたそうですが、それはまた別の話。 皆も一つしかない命が惜しかったら、世界征服を企んだとしても、北海道にだけは絶対行かないようにね!
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/18.html
SS作成方法 このページではダンゲロスSS3に投稿するSSの作成方法・内容の指針を説明します。 作成するSSの「お題」大枠について 今回のゲームでは、参加キャラクターは『世界最強の存在を決める大会』の出場選手となって大会の優勝を目指すことになります。トーナメントの組み合わせで決まった対戦相手を自慢の特殊能力で打ち倒し、あなたの掲げる『最強』を世界に見せつけましょう! ゲームの世界観や大会の詳細はストーリー・用語集・NPCをそれぞれご確認ください。 作成するSSの「お題」対戦相手・試合場について キャラクター募集が終わり次第、トーナメント表を作成します。(ランダムで決定) その際に、各試合が行われる試合場も決定します。(ランダムで決定) 戦闘に幅を持たせるギミック満載の試合場詳細については試合場をご確認ください。 作成するSSの「お題」試合のルールについて ゲーム内の大会で規定されている設定上のルールは以下の通りとなります。 試合の勝利条件は ・対戦相手の戦闘不能(審判判断) ・対戦相手の殺害 ・対戦相手のギブアップ ・対戦相手の戦闘領域からの離脱(試合場による) のいずれかを満たすことです。 ただし、以下の禁則事項を破っていたことが判明した場合、 その時点で反則敗けとなります。 (試合後に判明した場合でも直前の試合まで巻き戻して裁定) ・試合開始時刻になっても試合場に入場しない(遅刻) ・勝敗確定後の戦闘行為 ・参加者含む大会関係者との金品のやり取り (試合中のアイテム奪取や試合後敗者からアイテムを引き継ぐのは可) ・大会運営者への虚偽申請 ・試合中、対戦相手以外の観客等に危害を加える行為 ・その他大会運営者が著しい悪徳行為と判断した場合 プレイヤーは以上のルールを把握した上で自分のキャラクター、相手のキャラクター、試合場の設定を踏まえつつ、(基本的に)自分のキャラクターが試合に勝利するSSを書いて投稿してください。 作成するSSの内容について キャラクターの設定や能力の応用方法について、キャラクターの設定欄に書かれていないことであっても、後づけで設定を足すことは(それが相手キャラクターに関することであっても)可能です。もちろん無理な後づけは読者を納得させるだけの説得力を持たせる必要があるでしょうから、十分に注意しましょう。 勝ち残ったSSはその時点で今回のゲームにおける「正史」となり、そのSS内で登場した新たな設定なども公式のものとなります。そのため、2回戦以降は対戦相手のキャラクター説明だけでなく、相手が勝ち上がってきた過程のSSも読むように心がけましょう。 惜しくも負けてしまったSSの内容は並行世界で起きた出来事として「あー隣の並行世界では勝てていたんだけどねー」などと扱われます。新たな設定が登場していても公式のものとしては扱われません。 SSは試合のみを書く必要はありません。試合の前後を膨らませてもよいでしょう。ただし、あまりにも長すぎるものは読者が途中で読むのをやめる可能性があるので、十分に注意しましょう。 幕間SSについて また、試合のSSだけでなく、試合外での参加選手同士の交流や、自分の(場合によっては相手の)キャラクターの設定を深める幕間SS(補足SS)を作成するのもよいでしょう。 幕間SSはダンゲロス掲示板に立てた専用の幕間SSスレッドに書きこんでください。 幕間SSに投稿期限はありません。好きな時に書きこみましょう。 幕間SSで事前に書いた設定を使って試合SSを作成するのもよいでしょう。もしもそのSSが勝ち残った場合、引用した幕間SSの内容もまた今回のゲームにおける「正史」として扱われます。 SSが出来上がったら SS投稿期限内に作成したSSを投稿しましょう。投稿方法は次のページ【SS投稿方法】をご確認ください。 SS投稿期限を過ぎた場合、失格となります。十分にご注意ください。
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/971.html
某ファミレス前。 二人組の怪人が、時計と睨めっこしていた。 奴らの名は、モギラとモゲラ。モグラをそのまま大きくしたような姿の怪人であり、言うまでもない事だが悪の組織 フロシャイム・川崎支部の一員である。 「もうそろそろかな、アントキラーさん」 「それにしても店の中じゃなくて駐車場で待ってろって、どういうことだろ?」 その時だった。爆音を響かせ、一台のバイクが疾走してきたのだ。目を丸くする二匹の前でバイクは盛大にドリフト しながら停車する。 真っ赤なバイクだった。まるで特撮のヒーローが乗っているような、如何にもなシロモノだ。そしてそれに跨っている のはヒーローではなくこれまた怪人。干からびたように水気のない身体を、簡素な鎧が包んでいる。頭部を守るのは 二対の巨大なツノを備えた兜。 「よぉ~おめーら、待たせたな。どうよ、スゲーだろ?」 この男こそが件のアントキラー。古代エジプト出身のアリジゴク型の怪人であり、ちょっぴり嫌な先輩である。 ちなみにミイラ怪人カーメンマンの弟で、バカ兄弟と一部で評判であった。 天体戦士サンレッド ~参上!地獄の暴走ライダー 「いらっしゃいませ!ピ○・キャ○ットへようこそ!」 「おー。喫煙席に怪人三匹ね」 フリフリ制服の可愛らしいウエイトレスさんに案内され、席につくアントキラー達。 「いやー。それにしてもどうしたんですか、あのバイク。ビックリしましたよ~」 「あ、まさか、以前の自転車みたいにまたおパクリ…」 「してねーよ、バカ。もう懲りたよあれは…うっ…いてー…くっそー、レッドのヤロー…」 古傷の痛みに顔をしかめるアントキラー。彼は自転車おパクリを咎められて、我らがサンレッドに病院送りにされた のである。 「じゃあ買ったんですか?でもああいうのって、相当高かったんじゃ…」 「いや、それがな。俺も驚いたんだけどよ、23万だったんだよ、アレ」 「に、23万!?ドルじゃなくて円ですか!?」 「おう、円だよ。円。それだけじゃなくてな、アレ、レッドが売りに出したバイクなんだよ」 「レッドがー!?で、でもあいつヒーローでしょ?ヒーローが自分の乗り物売っていいんですか!?」 「実際売られてたんだからいいんだろ。まあとにかく、それで商談成立ってわけだよ」 「はあ、そうなんですか…だけど、23万だって安い買い物じゃないでしょ。よくお金が…あ、そうか。アントキラーさん 百年ほどバイトしてたからお金はあるんですね」 「あ、それはそうなんだけどよ。最近始めた副業が当たってな。折角だからデカい買い物しとこうと思ってさ」 「副業?」 「おう。ただの球根を植物型怪人に育ちますっつって売るんだよ。一つ57万円!」 「うわー…モロ詐欺じゃないっすか、それ」 「バーカ。別にいいんだよ、俺ら悪の怪人なんだし(笑)」 「だけど、それでよく売れましたねー」 「値段が値段だからな。中々買い手がつかなかったんだけど、静岡にいるベムって奴から問い合わせがあってな… 売ったよ。ただの球根を、57万円で!今頃立派な花が咲いてるぜー、くっくっく…」 「お客様、御注文はお決まりでしょうか?」 「あ、じゃあ俺はハンバーグランチで」 「俺もそれで」 「じゃあ俺は日替わりランチで。ドリンクバーもお願いね」 「ありがとうございます。では御注文はハンバーグランチがお二つ、日替わりランチがお一つ、ドリンクバーお一つ ですね?ランチのサラダはあちらでセルフサービスになっておりますので、御自由にどうぞ!」 忙しいにも関わらず、屈託のない笑顔で接客するウエイトレスさん。怪人三匹はそれを微笑ましく見つめていた。 「しかしこの店、女の子のレベル高いっすねー…」 「だろ?俺もここ来たのは初めてだけどよ、可愛い子ばっかって評判を聞いててな。一度来てみたかったんだよ」 それに、とアントキラーは声を潜める。 「最近、メチャクチャ可愛い子が入ったってもっぱらの噂なんだよ。分かる?こんだけルックスいいのが揃ってるん だぜ?普通に可愛いくらいじゃ、噂にならねーだろ」 「つまり、可愛い中で更に注目を浴びるくらい可愛い…」 「そりゃ、確かに興味ありますねー」 「だろ?」 くっくっく、と三匹で含み笑いしたその時。 「きゃー!」 「可愛いー!」 「こっち向いてー!」 「やだー、こっち来て、こっちー!」 客、そして店員からすらも黄色い声が上がる。皆して可愛い可愛いと大合唱だ。人だかりまで出来ている。 「あ、もしかしてあれが?」 「ウエイトレスさんまで騒いでるよ…どんだけレベル高いんだって話ですね」 「おい、ちょっくら見に行こーぜ。サラダ取りに行く振りして」 ヘラヘラしながら席を立ち、人だかりに近づく。そこで三匹が見たものとは。 「もー、やめてよー!ぼくは全然可愛くなんかないもん!」 ―――ウエイターの制服に身を包む、ウサギのぬいぐるみ―――否。 「ウ…ウサ兄さんじゃないっすか!」 「あれ?アントキラー達、来てたの」 直立不動でビシっと背筋を伸ばしたアントキラー達の元に駆け寄るウサギ(そう、ウサコッツである)。なお、彼らの フロシャイム内での序列においてはウサコッツが一番先輩である。そう、先輩であるという事実の前には、他の価値観 は駆逐される。よって愛くるしいぬいぐるみに厳つい怪人三匹が直立不動で挨拶するという珍妙な光景になっていた。 「ウサ兄さん、ここで働いてるんすか?」 「つい最近からだけどね。ほら、アニマルソルジャーも軍団員が増えてきたでしょ?工事現場のバイトだけじゃ活動費 が足りなくなってきてさー」 なお、工事現場でのウサコッツの仕事は監督の仕事ぶりをじっと見つめることである。そうすることで監督のモチベは 上がるのだ。これもウサコッツが可愛いからである。 「あー、そういやこないだ新しい子が加入したんですよね。ヴァンプ様が将来有望だって褒めてましたよ!」 「うん、ボン太くんっていってね。ちょっと変わってるけど頼りになる子で…あ、ごめんね。今は仕事中だからあまり 手が離せないんだ」 「いえ、こっちこそ仕事の邪魔してすいませんでした」 小さくなってそそくさとサラダを取り、席に戻る三匹であった。 「あービックリした…ウサ兄さんのことだったのか」 「でも納得だよ。兄さん可愛いからな」 「声デケーよバカ野郎!聞こえたらどうすんだ。兄さんは可愛い可愛いって言われるのを結構気にしてんだぞ!」 「す、すんません…」 「全くおめーらはよ…とりあえず兄さんも顔見知りがいたら気になって仕事しにくいだろうし、食ったらすぐ出るぞ」 「はい」 三十分後。三匹は無事食事を終えて○ア・キャロッ○を出る。 「ふー…ウエイトレスは可愛かったけど、味はもうちょいだったな」 「まあこういうファミレスに来る人は、味はそこまで求めてないんじゃないっすかねー」 「だな。俺達だって美味いもんが食いたいならアジトでヴァンプ様の料理食わせてもらえばいいんだし」 「ですよねー」 この時、ヴァンプ様がくしゃみをしたかどうかは定かではない。 「じゃー俺はちょっくらコイツで走ってくるからよ。風になってくるわ、風に」 「風…ですか」 「おう。風になってどこまでも行くのさ。コイツ(相棒)と一緒にな」 「は、はあ…お気をつけて」 「おう。それじゃーな!」 ブォンブォンとマフラーを空吹かしして、アントキラーはレッドバイクと共に走り去っていく。 「…結局、バイク自慢したかっただけなのかな、あの人…」 「多分…」 溜息をつくモギラとモゲラ。メシを奢ってもらったのを差っ引いてなお、アントキラーは話していると嫌な汗が出てくる タイプの先輩であった。 翌日。二匹はアントキラーと共に再びファミレスでメシを食っていた。 アントキラーは昨日とはうって変わって陰鬱な空気を醸し出していた。 「そりゃよー…俺もちょっとスピード出し過ぎたよ。けど、免停はあんまりだろ…チクショー、あの警官め。世界征服 したら真っ先に殴ってやる…なんであんなとこでネズミとりやってんだよ…」 「さ、災難でしたね…」 モグラコンビとしては、無難な言葉をかけるしかない。 「大体がスピード違反よりもっと取り締まるべきことなんて山ほどあるだろ。スピード違反した俺にネチネチ得意げ に説教してるその横で悪質放火魔が通り過ぎてるかもしれないっつーの…あ、そういやあの時横切ってったヒゲ 親父、ちょっと指名手配の写真で見たことあるな…火火火とか妙な笑い方してたし…」 「そ、そうですか…」 俺らに言われても仕方ねーよと言えるもんなら言っている。ゴホッゴホッとアントキラーは咳き込んだ。 「チクショー…なんか身体は重いし頭いてーし咳はヒデーし…あーダルい。まじダルビッシュ」 「カゼ引いたんですか?」 「カゼ引いたんですかじゃねーよ。カゼだよ、チクショー」 「あー…カゼですか…」 「カゼだよカゼ。あーダリーなーチクショー。まじ<日本ハム不動のエース>だよ、チクショー」 「はは…カゼか…」 風じゃなくてカゼになったんですね、なんてジョークは、とても言える雰囲気ではなかったという。 ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語であるが、悪の怪人だって案外世知辛い のだということを、どうか忘れないでほしい。
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1115.html
その時だった。 「面白そうな連中が、面白そうな話をしてるじゃない」 幼くもそれに似合わぬ怜悧な声だった。 「私も混ぜてくれないかしら?」 幽々子は顔を引き締め、障子を開け放つ。 眼前に広がる、優雅な庭園。聳え立つ巨大な桜―――<西行妖>。 その枝に、一匹の蝙蝠がぶら下がっていた。 「盗み聞きとは、趣味が悪いわね」 気分を害したのか、呑気な幽々子にしては少々険のある物言いだった。 「御免遊ばせ、退屈でしょうがなかったもので」 驚いた事に、蝙蝠が返答する。 「…<化身(メタモーフィシス)>」 ジローが呟いた。 読んで字の如く、己の姿をまるで別の何かに変化させる異能力。 「吸血鬼の中でも、魔術に長けた者の得意技ですよ…」 「吸血鬼…?そういやさっきの声、どっかで聞いたような」 そこまで言って、レッドも思い至った。 かつて川崎市に降り立ち、ある意味レッドすら震撼させた、幼くも恐るべき吸血鬼――― 「あら、私を知っているのかしら?」 「ああ。川崎でプリン落っことして泣いてたガキだろ?」 紫と幽々子が思わず吹き出し、蝙蝠はぐっと言葉に詰まる。 「ま、まあいいわ…見せてあげましょう、私の高貴なる姿を!」 まるでTVのチャンネルを回すように、瞬時に蝙蝠が姿を変えた―――いや<元に戻った>というべきか。 そこにいたのは、齢10に満たない程の幼い少女―――されど、その内実は見た目とは程遠い。 そもそも彼女は、既に五百年を超える時を生きている。 月光を浴びて煌く蒼い髪。血のように紅い瞳が、端正な美貌に華を添えている。 その神々しいまでの姿は、その場の全員に否応なく認識させた。 彼女こそが、月下の支配者なのだと。 「れ、レッドさん…私を守ってくださいね!」 「何ヒロインっぽい事言ってんだ、悪の将軍が」 まあ、そんな正義と悪の馴れ合いはともかく。 「こんばんは、そして初めまして―――我こそは紅魔館の主レミリア・スカーレット」 彼女はまるで踊るように軽やかな足取りで、縁側で成り行きを見守る一同に歩み寄る。 「一応言っておくけれど、狼藉は赦しませんよ」 「そんなことしないわよ。顔見せに来ただけ―――あの方に、ね」 そしてコタロウの前で立ち止まり、その顔をまじまじと見つめる。 「当然と言えばその通りだけど…似てるわねえ、あの方に」 <あの方>というのが誰を指すのか、訊くまでもない。 「む~…なんだかさっきから、そんなことばかり言われてる気がする」 当のコタロウは不満げだ。事態が自分のよく分からない方向に動いているのがお気に召さないらしい。 レミリアはクスリと笑い、今度はジローに顔を向ける。 「あなたが望月ジロー。あの方より直々に血を受けた者、か」 「レミリア・スカーレット…そういえば、彼女も貴女の事を語っていましたよ」 「あら、そうなの?どんな風に言っていたのかしら」 「…褒めていましたよ」 嘘は言っていない。<お人形さんみたいに可愛い>は褒め言葉のはずだ。 「そう。あの方も私を覚えていてくださったのね―――嬉しいわ」 彼女―――<賢者イヴ>の事は、彼女が幻想郷を訪れた際に一度会ったきりだが、よく覚えている。 その瞬間の感動は、未だに忘れられない。 全身の血が歓喜に沸き立つような、あの衝動は。 神との対話に成功した聖者の心地だった。 「あの方は…まさに吸血鬼の頂点。紛う事無きカリスマだったわ」 吸血鬼という括りは同じでも、その存在はまるで別物だった。 自分になくて彼女にあるものはいくらでも挙げる事が出来たが、その逆は何一つ思い付かなかった。 「驚いたわね…傲岸不遜が牙を生やして歩いてる貴女が、そこまで言うなんて」 「吸血鬼ならぬ貴女でも分かるはずよ、八雲紫。そして西行寺幽々子。あの方の偉大さが」 逆に言えば―――吸血鬼だからこそ、レミリアはかくも<賢者イヴ>に敬意を払っているのだろう。 <始祖(ソース・ブラッド)>とは、あらゆる吸血鬼にとって神も同然の存在である。 そして<賢者イヴ>は始祖の中でも<真祖混沌>と並ぶ崇高な吸血鬼とされている。 それは天上天下唯我独尊を地で行くレミリア・スカーレットにしても例外ではないのだ。 「そして、望月ジロー…あなたは、私よりも深く理解しているはず」 「…否定はしません。彼女は…アリス・イヴは、素晴らしい方だった」 ジローは、黙祷するように目を閉じた。紫と幽々子、そしてレミリアもそれに続く。 「なんかぼくたち、話に入れないね…」 「ちょっと寂しいですねー、レッドさん」 「うるせえ!俺に話を振るんじゃねーよ」 「ではこうしたら如何でしょう。コタロウくんとヴァンプさんとレッドさん、そしてこの魂魄妖夢で<蚊帳の外カルテット> を結成するというのは。しかしレッドさん、あなた主人公なのに蚊帳の外なんて地味にヤバい話ですよ。鰤市の苺くん だってもうちょい話に絡んできますよ。もっと危機感を持ってください」 「…………」 返事のない所を見ると、自覚はあったようである。それはともかく。 「…そういえば、自己紹介もまだでしたね。改めて名乗らせて頂くとしましょう」 目を開いたジローは、レミリアに向き直って凛と背筋を伸ばし、あごを軽く引いた。 一度息を吸い、恭しく頭を下げる。 「初にお目にかかる、レミリア・スカーレット。永遠に紅い幼き月。運命を操り司る吸血姫。遥か悠久の夜を生きる 古き血よ。私の名は、望月ジロー。<賢者イヴ>の血統に連なる者。また、香(こう)の港の戦よりのち<銀刀> と呼ばれし者。百の齢を重ねしが、いまだ浅き脈動なれば、貴女の流れを妨げることなく、共に強き鼓動を刻まん ことを」 その姿を、レッドは興味深げに眺めていた。古き吸血鬼―――所謂<古血(オールド・ブラッド)>同士が仁義を 交わす際の口上というのは、そうそう見れるものではない。コタロウやヴァンプも、いつもとまるで違うジローに 驚き、目を瞠っていた。 レミリアも気を良くしたのか、僅かに口元を綻ばせる。 「年長者に対する礼節は弁えているようね、望月ジロー。」 「恐縮です」 「最近の若い連中はその辺が疎かになっているから困るわ。例えば貧乏巫女とか魔法使いとか。きっちりと躾けて くれる大人がいないからそうなるのかしらね?あなたはどうだったのかしら」 すうっと。レミリアはジローに近づき、その目を覗き込んだ。 「…っ!」 「心配しないで。野暮な真似はしないわ」 反射的に目を逸らそうとするジローに対し、レミリアは小さな子供に言い聞かせるような声で語る。 吸血鬼は目を合わせただけで、その内在を己の意のままに操る事が出来る――― それが<視経侵攻(アイ・レイド)>と呼ばれる異能だ。 その精度は吸血鬼の力量によって左右されるが、レミリアともなれば、同じ吸血鬼であるジローですらも一瞬で忠実 な操り人形に堕としてしまえるだろう。 「そんな事をするつもりなんてないの。ちょっと視るだけよ」 有無を言わさずジローの頭を両手で挟み込み、その瞳をじっと見つめる―――それは、一瞬で終わった。 「クスクス」 何がおかしいのか、ジローから手を離した彼女は笑う。 「随分おっかない御爺様に育てられたのね?それに吸血鬼に成り立ての頃、先輩の女吸血鬼に随分苛められたよう だし…ああ、その女には今でもイビられてるのね、可哀想に。それに、やたらと図体の大きい吸血鬼…鬱陶しがって いながら、その実とても頼りに思ってるのね。素直じゃないんだから」 「…他にも、いらぬ事を覗いてはいないでしょうね?最後の辺りは既にいらぬ事の領域ですが」 「心配しないでと言ったでしょう?余計な物まで視るつもりもないわ。精々が世界恐慌の時に株で大損こいた記憶を 覗いたくらいよ」 「消せ!今すぐその記憶を抹消なさい!」 「さて、それはそうと」 レミリアは喚くジローを無視し、話を切り替えた。 「件のトーナメント、私も出場させてもらうわ―――あの方の遺品とあれば、是非ともこの手にしたいものね」 「はっ」 と、鼻で笑ったのは、レッドである。 「プリン落として泣いてたガキが生意気によー。どうせ出場しても恥とベソかくだけだからやめときな」 「…………」 レミリアは、張り付けたような笑顔でサンレッドを見つめる。 「もしかして、私に言ってるのかしら?聴き間違えならいいんだけど」 「ああ、悪りぃ。ガキに見えてもババァだから耳が遠いんだな?恥晒すから出場すんなって言ってんだよ」 挑発している、などというレベルではない。明らかにケンカを売っている。 しかも、別に理由もなく。この辺がチンピラヒーロー・レッドさんの悪い癖である。 「あはは」 レミリアは、笑う。明らかに笑っていない瞳で。 「愉快な人ねえ、あなた。愉快すぎて…殺したくなってきたわ」 凍えるような声と同時に、レミリアが今まで抑えていた気配を解き放つ。 その瞬間、空気が一瞬にして魔界の瘴気に転じたかのようだった。 肌を刺すような殺気に、ヴァンプとコタロウは抱き合って産まれ立ての仔鹿のように震える。 ジローと妖夢は圧倒的な鬼気を前に思わず刀を抜き、構える。 今なお平然としているのは紫と幽々子、そしてサンレッドだけだ。 「本番の前に<不幸な事故>で参加者が一人くらい減っても、別に誰も困らないわよね?」 「ほー。どうするってんだ?」 「決まっているでしょう」 運命の吸血姫は、天を―――月を仰ぎ見る。 「今夜は丁度退屈してたし、気分もいい。それにほら、こんなに月も紅い―――」 だから。 「本気で殺すわよ」 「殺す殺すって連呼してる時点で小物臭丸出しなんだよ。やれるもんなら殺ってみな、クソガキ」 レッドは庭園に降り立ち、レミリアを挑発する。吸血姫の紅の唇が、三日月の形に歪んだ。 「その減らず口、縫いつけてやるわ―――!」 赤い風が、吹き抜ける。真紅の吸血姫が、牙を剥き出しにする。 「―――<不夜城レッド>!」 叫びと同時にレミリアの身体から真紅の闘気が燃え上がり、周囲を薙ぎ払う。 吸血鬼にとっては基本的な技能といえる<力場思念(ハイド・ハンド)>――― 肉体ではなく魔力によって物理的な圧力を生み出す、俗にサイコキネシスと呼ばれる異能。 レミリアが行なったのは、本質的にはそれと同じ。 違うのは、放出された魔力の総量だ。そこらの吸血鬼では何十人が束になろうとも届かない程の圧倒的容量。 それを彼女は、呼吸をするような気軽さで解き放った。 「煙を巻き上げるだけかよ、しゃらくせえっ!」 だが、それをまともに受けてカスリ傷で済んだレッドも、やはり並ではない。 地を裂くほどの踏み込みでレミリアに肉薄する。その拳が今、炎を纏い夜空に煌く。 「―――<ファイアー・ブロウ>!」 単純明快―――拳に炎を纏わせ、渾身の力で殴りつける。 鳩尾に受けたレミリアは吹っ飛ばされつつも、空中で姿勢を整える。 「ふふ…やるじゃない。ドレスが焦げちゃったわ」 黒き羽根を広げ、ひらりと舞い上がり、余裕の笑みを浮かべた。 「へっ―――そりゃあこっちのセリフだ。ちったあ面白え闘いになりそうじゃねーか…!」 対するレッドもトントンと足踏みし、ボクシングのような構えを取った。 いつになく真剣なヒーローの姿に、観戦してるヴァンプ様はたらたら汗を流す。 「レ…レッドさんが、真面目に闘ってる…!いつもタバコ吸いながらダラダラやってるのに…!」 なんて風に感動なさっていた。 「本気出せばレッドさん、あんな風に出来たんだ…」 「本気?あれが?」 その言葉を、紫は鼻で笑って否定する。 「あんなの、二人にとってはじゃれ合ってるようなものよ」 「え…」 「まあ、見ておきなさい―――化物同士の闘争というものを」 二人の闘いに目を戻すと、既に激しい攻防が始まっていた。 刹那に無数の拳が飛び交い、互いにその全てを見切り、受け止める。 千のフェイントの中に一つだけ混ぜた殺意を込めた一撃。 それをいなした瞬間、更に追撃。その間隙を縫っての反撃。 「しゃあっ!」 「クッ…!」 レッドの拳が、レミリアをガードごと弾き飛ばした。 均衡しているかに見えた闘いだが、次第にレッドが押し始めている。 リーチの差を利用して間合いを制し、徐々に追い詰めていく。 「格闘じゃそっちが有利か―――なら、こんなのはどう?」 宙に舞って距離を取り、両の掌に魔力を集中する。 「悪魔の晩餐―――<デモンズディナーフォーク>!」 放たれた魔力が無数の槍と化し、サンレッドを襲う。全てをかわす事は、如何にレッドでも不可能。 「それがどうしたっ!」 ならばとレッドは、多少のダメージを無視して魔槍の嵐の中に敢えて飛び込む。 その決断はレミリアにとっても驚きだったに違いない。攻勢に出たレッドの動きを捉え損ねた、その一瞬。 「らあっ!」 遠心力をたっぷり込めたローリング・ソバットが、レミリアの側頭部を痛打した。 悲鳴を上げながらレミリアは地に叩き付けられ、レッドは更に追い打ちをかけるべく猛進する。 だが、その動きが縫い止められたかのように制止する。見れば彼の手足に、何かが巻き付いていた。 「運命は今、我が手に―――<ミゼラブルフェイト>!」 虚空より飛び出したそれは、真紅の鎖。 血のように赤い無数の鎖が、サンレッドの自由を完全に奪っていた。 「ちっ…!下らねー真似しやがって!」 「負け惜しみは男らしくないわよ?まあ、直にその口も利けなくなる」 レミリアは優位を確信し、レッドを見下ろす。その全身から沸き上がる、緋色の闘気。 「ブチ抜いてあげるわ―――<バッドレディスクランブル>!」 闘気を纏い、自らを弾丸と化しての突撃――― 無防備で喰らえば、レッドとて無傷では済まないだろう。だが。 「らぁぁぁぁぁぁァァァっ!」 怒号と共に裂帛の覇気を放ち、鎖を消し飛ばした。そしてカっ飛んでくるレミリアに向けて、足裏で蹴り付ける。 「なっ…!」 「サンレッド・スーパーキック!」 とか言いつつ、実態は単なるヤクザキック―――されど、彼の脚力とレミリアの勢いが合わさったカウンターだ。 さしもの吸血姫も相当のダメージを被り、倒れこそはしなかったものの大きくよろめいた。 その表情には常に己の一つ上をいくレッドへの驚愕と苛立ち、そしてそれを良しとしない矜持が浮かんでいる。 「へっ! テメーの技は見栄えがいいだけで中身がスカスカなんだよ…そんなんじゃ俺には勝てねーな」 「言ってくれる。幻想郷の闘いというのはただ勝てばいいわけではないの。如何に美しく闘うかを競うのよ」 そう語る彼女の右手に魔力が結集していき、煌々と輝く。 「魅せてあげるわ、サンレッド。我が真の力を―――!」 解き放たれた魔力は槍の形状を取り、太陽の戦士に襲いかかる。 対するサンレッドは、両手を天高く掲げ、己の太陽闘気(コロナ)を凝縮した火炎球を作り出す。 其れはまさしく、地上に顕現した神の火―――即ち、太陽! 「穿ち貫け、神の槍―――<スピア・ザ・グングニル>!」 「燃え盛れ、神の火―――<コロナアタック>!」 両者同時に放った、必殺の一撃。 片や全てを貫く神槍。 片や全てを焼く太陽。 二つの超エネルギーが激突すれば、辺り一面が焼け野原となってもおかしくはなかった。 だが。 「―――その辺にしときなさい。幽々子の家を壊すつもり?」 一瞬にして、相対する神の槍と神の火は消え去った。文字通りに跡形もなく消滅したのだ。 「…八雲紫…!」 レミリアは歯軋りし、いつの間にやら自分とレッドの間に陣取った紫を睨み付けた。 「何をやりやがった、テメエ…」 レッドも険を隠そうともせず問い詰める。大妖怪は事もなげに答えた。 「大したことじゃないわ。ちょいと境界を弄って別の空間に飛ばしただけよ」 そしてレミリアに向き直り、傲然と言い放つ。 「おいたもここまでにしなさい、レミリア・スカーレット。少し挑発されたくらいでこれ以上暴れるようなら私や幽々子 も黙っていないわよ」 「…………」 逡巡するが、答えは決まっていた。 少々熱くなってしまったが、所詮は暇潰しと気晴らし程度の意味しかない闘いだ。 それだけのために幻想郷屈指の実力者である八雲紫や西行寺幽々子を敵に回すほど、彼女は愚かではない。 漆黒の羽根で夜空に飛び上がり、月光を背にしてレッド達を高みより見下ろした。 「興が醒めたわね―――今夜の宴は御開きよ」 そして。 「覚悟しておくのね、サンレッド―――トーナメントで出会った時こそ、きっちりしっかり殺してあげる」 剣呑な言葉だけ残して、吸血姫は去っていく。 サンレッドは無言で、その背をただ静かに見送った。 「すっごーい!レッドさん、かっこよかったー!」 そんな彼にコタロウが駆け寄り、笑顔で抱き付く。 「まるで本物のヒーローみたいだったよ!」 「何だよ、その褒め方は…」 まるでいつもはヒーローじゃないかのようである。そして否定はできないのが悲しい。 「…レッドさん」 と。ヴァンプ様はジト目でレッドを見つめていた。そして、急にプリプリして文句を言いだす。 「もぉ~っ!レッドさん、何なんですか、今の闘い!」 「何を怒ってんだよ、お前…」 「何を、じゃありません!私達との対決じゃ、あんな派手なアクションしてくれないくせに、もう!私だってね、レッド さんがいつもああいう感じで対決してくれてたらこんな文句は言いませんよ!ほんとにもう!」 「…………」 レッドさんは救い難い、とばかりに嘆息し、ゲンコツで無理矢理黙らせた。 「に、しても…確かに強かったよ、あのガキ」 今でもこの身に、闘いの余韻が残っている。 結果的には終始優位に立っていたとはいえ、見た目ほど余裕があったわけでもない。 気を抜いていれば、こちらがやられていてもおかしくはなかった。 「あいつが川崎に来た時にお前の言ってた事も、あながち過大評価ってわけでもなかったな、ジロー」 「…………」 「おい、何ボーっとしてんだよ」 「…申し訳ない。正直、圧倒されていました」 同じ吸血鬼だからこそ、レミリアとの格の違い―――否、桁の違いは傍から見るだけで理解できた。 そして、そのレミリアと互角以上に渡り合ったサンレッド。 「おまけに、あなた方は双方共に全力を見せたわけではない…はっきり言って、気が滅入りますよ」 「もう、兄者ったらそんな弱気じゃダメだよ!」 コタロウはそう言って励ますが、ジローの表情は暗い。 「そうは言いますが、コタロウ…兄はとても嫌な予感がするのです。私の扱いに困った作者が、ロクでもない末路 を用意してそうな…自分で言うのもなんですが、私の強さは雑魚散らしには丁度いいけど強敵にはボロボロになる という、実に半端な強さなんですよ?サンレッドは素人から玄人まで扱いやすい圧倒的な強さですが、私のような 強さは素人には扱いが難しすぎるんです」 「だからメタ発言はやめましょう、ジローさん」 ぽんぽんと、妖夢はジローの肩を叩く。 「ジローさんのカッコいい所、私は全部分かってますから。主に原作小説で。だからこの腐れSSでどれだけ酷い 扱いを受けようとも、私は生暖かい視線で見守りますからね」 「5秒前に自分が仰った事を覚えていないんですか、あなたは…」 「ちなみに私はジロー×ケインよりジロー×陣内が好みです。好青年と渋いおじさま、いいですよね」 「死んでしまえ」 「おや、さてはゼルマン×ジローがいいのですか?美少年に強気責めされるのがいいんですね、このマゾ野郎め」 「殺す!必殺と書いて必ず殺す!」 「皆さんは男同士と見れば妄想カップリングに走る腐女子を毛嫌いしますが、あなた達だって女同士と見ればレズ カップリング妄想をなさるでしょう?マリアリだの勇パルだの、幻想に過ぎないのに…我々の本質は結局の所同じ なんですよ。現実を見ましょう、現実を」 「話を逸らすなぁっ!そしてハシさんを始めとする色んな方面を敵に回すなぁっ!」 「はいはい、境界操作境界操作」 八雲紫が境界を弄ったおかげで、およそ十行ほどの駄文はなかったことにされた。 マリアリはジャスティスだし、勇パルはジェラシー。大丈夫、これが現実だよ。 「まあ、何はともあれ…一筋縄じゃあいかなそうだな」 「その通りよ、サンレッド」 幽雅に扇を広げ、幽々子は妖艶に微笑む。 「最強の吸血鬼たるレミリアですら、此処ではあくまで<屈指の実力者>でしかないわ―――幻想郷はまさに人外 の群雄割拠。幽々白書っぽくいうと<バカな…!これほどの力を持った奴らが何の野心も持たずに暮らしていたと いうのか!?>よ」 「ポッと出のオッサンに優勝をかっ攫われそうな話だな…」 ま、そんなつもりはさらさらねーけどな。 サンレッドはそう言った。 「普段が普段だからよ―――ここらでヒーローらしい所をたっぷり見せてやるぜ」 ―――そしてトーナメントの噂は、瞬く間に幻想郷を駆け巡る。 次は、その参加者達のそれぞれの思惑を語るとしよう。
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1124.html
―――白玉楼の庭園。 既に予選は終了し、闘いを勝ち抜いた32名の精鋭が出揃っていた。 「…………」 サンレッドは無言で、本戦出場者達を眺め眇める。 まず目についたのは、頭から角を生やした長身の美女と小柄な幼女の二人組。 (あいつら、相当やるな…) 今は気配を抑えているようだが、それでも隠しきれない程の力が滲み出している。 「星熊勇儀と伊吹萃香―――強大な種族である鬼の中でも、更に突き抜けた二人よ」 不意にかけられた声に、ぎょっとして振り向く。 「あら、驚かせたかしら?ごめんなさいね」 夜だというのに日傘を差したその少女は、ニコニコ笑っていた。 それだけならどういう事もないが―――その全身は余す所なく血に濡れている。 彼女自身に怪我はないようだから、全て返り血だろう。 「私は風見幽香というの。あなたが外の世界のヒーロー・サンレッドね?噂は聞いてるわよ」 「お、おお。そりゃどーも…つーかお前、どうしたんだよ、その血…」 「これ?大した事じゃないの。ちょっと愉しみすぎちゃってね…うふ」 血で紅く染まった姿のまま、少女―――風見幽香は平然と言った。 (こいつは…関わり合いにならねー方がいいな) さり気なく距離を取ろうとするが、幽香はレッドの腕に手を回してくる。 「つれないわね?私とお話ししましょうよ。あなたとっても強そうだし、興味があるの」 甘い声でしな垂れかかる美少女。そう言えば聴こえはいいが、レッドには凶暴な野獣に牙を突き立てられたように しか思えない。 何よりも、自分がこうまで畏(おそ)れを喚起させられているという事実に、レッドは少なからず戦慄していた。 「他に強いのは…あら、霊夢がいるわね。あの紅白の巫女さんよ。人間だけど相当にできるわよ、あいつは――― あそこには輝夜姫様もいるわね。長く美しく黒い髪、誰もが見惚れた絶世の美女―――けど、実力は本物よ。彼女 の持つ能力は、普通にやってて攻略できるものじゃないわ」 レッドの返事も聞かず、一方的に喋る幽香。 「ふふ、懐かしい顔ぶれも何人かいるわね…魅魔ったら最近全然見ないから、成仏したのかとおもっちゃったわ。 神綺も、魔界神としての仕事はいいのかしら。後は―――レミリア・スカーレットと八雲紫。この二人は、あなたも 知ってるんじゃなくて?」 「ああ。訊いてもねーのにわざわざ解説してくれて、ありがとよ」 「お気になさらず。私、これでもドS(親切)ガールのゆうかりんと言われてるのよ」 皮肉をたっぷり込めた言葉も、幽香は軽く聞き流すばかりだった。 すっと絡めていた腕を解き、蕩ける様な極上の笑顔を見せる。 それはまるで、毒塗れの棘で覆われた美しき花のように。 「それじゃあね、サンレッド。縁があるならトーナメントでまた会いましょう」 幽香はそれだけ言い残し、軽い足取りで離れていった――― <究極加虐生物>風見幽香。 天体戦士サンレッドは二回戦で彼女と激突し、その加虐的な力を思い知る事となる。 幽香と入れ替わるように、小さな影が近づいてくるのをレッドは感じ取っていた。 既に接触した事のある気配だ。 「どうやら予選敗退なんてブザマは晒さずに済んだようね」 「テメーもな、クソガキ」 レミリア・スカーレット―――運命の吸血姫。 彼女は周囲を見回し、胡乱気に眉根を寄せる。 「望月ジローはどうしたの?古血(オールド・ブラッド)ともあろう者が予選で消えるとは思えないけど」 「…あいつは、俺と当たった」 「ふーん…そしてあなたは彼を、容赦なく討ち取ったというわけね」 「…………」 「怒らないでよ。ケンカを売ってるわけじゃないわ…ただ」 レミリアは、嘲るように口の端を吊り上げた。 「己の<兄>があなたに倒されたなんて知れば、あの方はどう思うかしらね?」 「―――っ!」 思考より速く、身体が動いた。 握り締めた拳をレミリアに向けて振り下ろす。 カウンターを狙い、レミリアも拳を突き出す。 ガシッ――― 「やめときな。祭りがまだ始まってもいない内から大騒ぎなんて、粋じゃないだろ?」 両者の拳は、間に割って入った者の掌で受け止められた。 毒気を抜かれたような顔で、二人は乱入者を見る。 女性としてはかなりの長身だ。サンレッドと視線の高さがほぼ等しい。 長くたなびく金の髪に映える、戦女神の如き凛々しい美貌。 額から長く伸びた、一本の角。 だがレッドが驚いたのはそんな事ではない。 (こいつ…俺とクソガキの拳を、あっさり受け止めやがった…!) 「…星熊勇儀…!」 忌々しげに、レミリアがその名を口にした。 「怖い目で見るなって、お嬢ちゃん。可愛いお顔が台無しだよ?」 対して勇儀は余裕の表情で、からからと笑う。 「サンレッド、だっけ?あんたもよしな。子供の挑発に乗るなんて、みっともないよ」 「…ちっ」 釈然としないながらも、レッドとレミリアは拳を引っ込めた。 「はいはい、そこの三人。その辺にしときなさい」 パンパンと、壇上に登った幽々子が手を叩き、声を張り上げる。 「皆さん、予選お疲れ様!本戦の予定については追って連絡いたします。それでは今日は解散!トーナメントでの 活躍、期待してますからね!」 そこでレッド達に目を向けて、にこやかに笑った。 「特にあなた達。その有り余ってる元気を、トーナメントで存分に発散して大いに盛り上げてね!」 あからさまな皮肉に、レミリアが怒りも露に舌打ちするが、結局は爆発にまで至らず、この場は引き下がった。 「…ふん、まあいい。トーナメントで全員の血を干乾びるまで吸い尽くしてやるわ―――それが嫌ならさっさと逃げる 準備でもしておくのね」 翼を広げ、飛び去っていく吸血姫。それを見上げて、勇儀はやれやれ、と苦笑する。 「あのワガママお嬢め。強いくせにああいう事ばっか言うから、イマイチ小物くさく思われるんだよなぁ」 ま、それはともかく。 そう言って勇儀はレッドに右手を差し出す。 「もしあたしと当たったら、そん時は楽しくやろうじゃないのさ」 反射的にその手を握り返したレッドは、顔をしかめる。 まるで万力の如き圧力だ。 「やるね、あんた。並の奴ならこの時点で砕けてる」 「砕くつもりだったのかよ、メスゴリラが」 「そう言うなって。強そうな奴を見れば力比べしたくなるのが鬼の性(サガ)―――」 「このくらいで砕けちまうようなヤワい拳なら、興味はないね」 勇儀は拳を離し、にぃっと剛毅な笑みを見せる。 「当たるかどうかは組み合わせ次第だけど―――あんたとのケンカ、楽しみにしてるよ」 <語られる怪力乱神>星熊勇儀。 彼女とサンレッドの死闘は幻想郷最大トーナメントの開幕を飾るに相応しき大一番として、後々まで語り継がれる事 となるのだった。 ―――白玉楼・邸内。 そこは怪我人で溢れて臨時の病院と化していた。所々から、呻き声が響く。 本戦出場者達が解散した後で、レッドはこの場所を訪れていた。 「予選で怪我を負った者のうち、症状の重い者はここに残って治療を受けています」 と、ここまで案内してくれた妖夢が解説する。 「中でも風見幽香にやられた者達は特に酷い有様です。生きているのが奇跡というか死んでた方が楽だったという べきなのか」 「風見…あいつか」 血に濡れたあの笑顔を、レッドは思い出していた。 「出会ったのですか?」 「ああ。予選が終わった後、あっちから声をかけてきたんだよ。見るからに危ねー女だった」 「ふーん…あっちから、ねえ…」 妖夢は<それは気の毒に>とでも言いたげな視線を向ける。 「あなた、最悪にも彼女に気に入られたかもしれませんよ。可哀想に」 「最悪ね…面白え」 レッドは空になったタバコの箱を握り潰す。それは音もなく燃え上がり、灰と化した。 「おお。やる気満々ですね、レッドさん」 「ああ。ちーと、どうしても優勝しなきゃならなくなっちまったんでな…」 「それは、ここに重症で運ばれてきたジローさんの事と関係があるんですか?」 「…まあな」 「シリアスっぽい空気なので軽口は控えましょう―――この先です。ヴァンプさんとコタロウくんもいるので、見れば 分かると思います」 「そっか、案内してくれてありがとよ」 「いえいえ、御気になさらず」 妖夢はにっこり微笑んだ。 「所詮あなたは女性に寄生しないと生命の維持もままならないヒモ野郎ですから、どうぞ私に頼って下さい」 ―――結局、軽口を控えるつもりなど更々ない妖夢さんだった。 「あ、レッドさん!こっちこっち!」 少し歩いた先。とある部屋の前で、ヴァンプ様が慌てた様子で手招きする。 「デケー声出すんじゃねーよ、テメーはよ」 「そんな事言ってる場合ですか!ジローさんが酷い傷で運ばれてきたんですよ!」 「…………」 「幸い命に別状はありませんでした。今はコタロウくんが付き添ってますが…誰がやったか知りませんけど、何で あそこまで痛めつける必要があるんですか…!?」 「…あー、その、まあ真剣勝負なわけだし、相手も今頃やりすぎたって反省してっかも…」 「だからってあんな…!やったのはきっとロクデナシでチンピラでヤカラのヒモ野郎ですよ!」 「おい…」 「レッドさん、きっと仇を討ってくださいね!ジローさんの無念を晴らし」 「うるせえ!やったのは俺だよ!」 「え…」 「予選で当たっちまって…まあ、見ての通りだよ」 それを聞き、ヴァンプ様は目をパチクリさせ、次に怒り出した。 「レッドさん、あなたって人は何て事をするんですか!」 「しょーがねーだろ、ジローはお前らみてーに軽くゲンコツ一発でハイお終いってわけにゃいかねーんだよ!」 「だからって、あんな―――」 「…いいんです、ヴァンプ将軍」 その声は、部屋の中からだった。 「ジローさん…」 「レッドは責められるような事などしていない。これはあくまで、正々堂々勝負した結果です」 「はあ…」 そう言われると、ヴァンプ様も黙るしかない。レッドは一つ咳払いして、襖に手をかける。 「ちょっと…入るぞ」 「どうぞ」 「あ、じゃあ私はどうしましょう?ここにいても邪魔なだけかもしれませんし…」 「あの大食い亡霊に夜食でも作ってやれよ…」 「そ、そうですね!幽々子さん、予選の準備やら何やらでお腹も空いてるだろうし!」 そそくさと去っていくヴァンプ様をジト目で見送り、レッドは部屋へと入った。 中央には布団が敷かれ、上半身に包帯を巻かれたジローが寝かされている。 その傍らには、コタロウの姿があった。 いささか後ろめたい気持ちで、襖を閉める。 ―――己の<兄>があなたに倒されたなんて知れば、あの方はどう思うかしらね? 「怪我…大丈夫か?」 「何、心配はいりません。優秀で美しい女医が手当てしてくださいましたからね…つっ…!」 流石に痛みが酷いのか、ジローは顔を歪める。 「…悪かったな。やっぱ、ちょっとやりすぎたわ」 「気にしないで下さい。弟も、怒ってなどいませんよ」 ジローは身を起こし、そう言った。コタロウは首を曲げて、レッドを見つめている。 「あのよ、コタロウ…何つーか、なあ…」 口ごもるレッド。だがコタロウは穏やかに笑って。 「分かってる」 コタロウは―――否。 それはコタロウであって、コタロウではなかった。 「レッドさん。あなたはジローと、きっちり正面から向き合ってくれたんだね」 「コタロウ…お前…」 彼は今、ジローを<兄>でなく<ジロー>と呼んだ。 その瞳のどこまでも深い蒼さに、レッドは思わずたじろぐ。 ジローはただ茫然と、弟の姿を見つめていた。 本能的にレッドは理解した。 これは。今、自分の目の前にいるこいつは――― (これが…賢者イヴだってのか…!?) レッドは驚いていた。それ以上に―――感動していた。 理屈を越えて湧き上がる<賢者>への畏敬。 神との対話に成功した聖者は、こういう気持ちなのかもしれない。そんな事を思った。 だが。 (違う…) それでも。 (こんなん、俺の知ってるコタロウじゃねーだろ…!) 「トーナメント、勝ってね。レッドさん」 「…勝つに決まってんだろ。<コタロウ>」 額に、軽くデコピンしてやった。 「レッドさんに任せときな。あっさり優勝してやっからよ」 <賢者>は目をパチクリさせて、屈託なく笑った。 「うん!兄者の分まで頑張ってよ、レッドさん!」 そこにいたのは、いつものコタロウだった。ふわあ、と大きな欠伸を一つ。 「あーあ…何だかぼく、眠くなっちゃった…」 「そ、そうですか…ではもう眠りなさい、コタロウ」 「うん、お休み…」 コタロウは目を擦りながら、部屋を後にする。 「コタロウ」 レッドはその背に、思わず問いかけた。 「お前は…望月コタロウだよな?」 「え?うん、そうだよ…レッドさんも、お休み…ふわ~ぁ…」 早速眠りに落ちかけているのか、ふらふらしながら歩いていき、柱に頭をぶつけた。 タンコブを押さえながら、コタロウは危うい足取りで奥へと消えていく。 その後姿を見送り、レッドはジローに向き直った。 彼は固く唇を引き結び、微動だにしない。 「…なあ、ジロー。今のは」 「灰より転生した<賢者イヴ>は、しばらくの間はただの子供とほとんど変わりありません…普通の人間のように 成長し、育っていきます」 「今は、その途中だって事か?」 「そう。そして十分に成長した時、再び<賢者>として覚醒する日を迎えるのです」 ならば、まさか―――今のが、そうだったのか? 「…もしかして、あのままにしといた方がよかったか?」 「いえ。どっちにしろ、今はまだ<孵化>にまでは至らなかったでしょう」 ジローは残念だ、とでも言いたげに力なく首を振った。 「本当に<賢者>として覚醒の時を迎えていたなら、あの程度で止まりはしないでしょうからね」 「そっか。俺が余計な事しちまったってんじゃねーんだな」 「ただ…ああして賢者としての意識が表に出てきたということは、その時も遠からず訪れるのかもしれません」 吸血鬼はそっと目を閉じる。いずれ来たるべき<その日>に、想いを馳せるかのように。 「お前はどうなるんだよ、ジロー」 「…………」 「その時になったら…お前はどうするんだ?それまでと同じように、あいつの兄貴のままでいられるのか?」 「…………」 「今みてーに、あいつの傍にいてやれるのかよ?」 「…………」 「三点リーダ四回ばっかで返事してんじゃねーぞ、おい!」 「私は、あやつの兄です」 ジローは目を開けて、その瞳をレッドに向けた。 そして、言った。 「あやつがどうなっても―――私はずっと、望月コタロウの兄、望月ジローですよ」 「…信じていいんだろうな?」 「勿論です」 胸を張って、にやりと笑った口元から牙を覗かせ、ジローは堂々と語る。 その表情には、一片の曇りもなかった。 「私、嘘なんてつきませんよ。正直なだけが取り柄ですから」 ―――数年後。 訪れた<その日>サンレッドは、望月ジローという男が大嘘つきだという事実を痛感する事になるのだが、 それはまた別の話である。 ―――さて。 次に、トーナメント開催に向けて闘う裏方達を紹介しよう。
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1136.html
総勢32名の全選手入場を終え、選手達が一旦引き揚げてからも、闘技場を包む興奮は一向に収まる気配がない。 誰もがこれから始まる凄まじい激闘の予感に高揚し、酔い痴れる。 「いやあー。賑やかで、まるでお祭りみたいですね」 「幻想郷の奴らなんて皆、理由を付けては騒ぐのが大好きだからな。一種のお祭りみたいなもんだろ」 と、魔理沙。 「お祭りというより、これもある種の異変じゃないの?」 「そうね。これだけの連中が一同に介して闘うなんて、普通じゃないわ」 そう言ったのはアリスとパチュリーだ。 「でも、優勝は絶対レッドさんだよ」 「あーら、このガキったら何言ってんのかしら。勝つのは幽香に決まってるでしょ」 「ふーんだ、君はレッドさんの強さを知らないからそんな事言えるんだよ!」 「あんただって、幽香がどれだけヤバいか知らないでしょ!」 「何だい、へちゃむくれ!」 「何さ、間抜け面!」 そしてどんどん会話の知的レベルを下げていくコタロウとメディスン。 十人十色の面々を尻目にしながら、ヴァンプ様は不安げに呟く。 「それにしてもレッドさん…大丈夫でしょうか?」 「心配いりませんよ、ヴァンプ将軍」 ジローは全幅の信頼を置いて、頷く。 「彼の強さは本物だ。それは、あなたもよく分かっているでしょう?」 「あ、いえ。そういう心配じゃなくて」 手をヒラヒラさせるヴァンプ様である。 「明らかにレッドさん一人だけ、浮いちゃってるじゃないですか」 「え…」 「他の選手はみんな綺麗なお嬢さんばかりなのに、レッドさんだけムサ苦しい男って…正直、ないですよね」 「うわあ…それは言っちゃダメだよ、ヴァンプさん。みんな薄々気付いてるけど黙ってるのに」 「でもね、コタロウくん。魔界の神様とか何とか凄い肩書きばっかの中で、あの人ったらアレだよ?チンピラでヒモ でヤカラのヒーローだよ?場違いというか、何というか…」 「むー、確かに」 「―――なあ。私はそのサンレッドだかレッドサンだかの事はよく知らないけどさ。アレだろ?さっきの入場で最後 に出てきた、あの赤いのだろ?」 「ええ、そうですよ。それがどうかしたんですか?」 「いや、あのさ…言いにくいんだけど」 魔理沙はそう前置きして、後方を指差す。 「さっきからその赤いのが、後ろにいるんだけど」 「え!?」 「え!?」 異口同音である。二人が恐る恐る振り向くと、そこにはいました、赤い奴。 その能面のような顔からは、如何なる感情も読み取れない(マスクなので当然だが)。 「あ、あの、レッドさん、ど、どうしてここに…」 「自分の出番が来るまでは控え室でも客席でもどこにいてもいいって言われたからよー。とりあえずお前らの様子 を見に来てみたら、お前らって奴は…」 「レ…レッドさん!悪いのは私なんです!コタロウくんは何も言ってません!」 「そ、そんな…違うよ、レッドさん!ヴァンプさんじゃない、ぼくが悪いんだよ!」 お互いを庇い合う悪の将軍と吸血鬼少年。美しい友情だった。 「うるせー!」 しかし、それで感動してくれるような相手ではないのが誤算であった。レッドさんのゲンコツを喰らい、大きなコブを こさえた二人はうずくまって悶絶する。 それを見つめて、妖夢は真面目くさった顔で顎に手を当て重々しく呟いた。 「人を悪く言えば、それは己に返ってくる―――因果応報ということですね」 「そうですね。貴女にだけはそれを言われたくないものですが」 ジローが皮肉を返したその時。 「―――では、皆様。まずは日程から説明いたします!」 バイオレンスかつグダグダな空気を断ち切るように、幽々子の声が会場に響く。 「本日は二回戦まで行い、本戦出場者32名を更に8名にまで絞ります―――そして五日後、その8名によって決勝 トーナメントを行い、優勝者を決定します!」 「へえ。今日で全部終わらせちまうわけじゃないんだな」 「多分、五日の間に幕間劇とかいれてなるべく話数を稼ごうという大人の事情ですよ」 分かったような事を口にする妖夢である。 その間も幽々子による各種説明は続く。 「ルールは規則・反則一切なしのバーリ・トゥード方式!武器も道具もガンガン使用しちゃってOK!」 「ルール無用ですか…レッドさん有利ですよ、ねっ!」 「どういう意味だよ、ヴァンプ…」 しかめっ面のレッドさんだった。 「勝敗はギブアップか、もしくは審判である四季映姫・ヤマザナドゥの判定によって決まります!ちなみに、万一 相手を死に至らしめてしまった場合は失格となりますのでご注意願います!」 「ギブアップって…そんな簡単に負けを認めるような奴もいないだろうに」 「となると判定か、でなきゃ死か…いずれにしろ、血を見る事になりそうね」 「ちょ、そんな事言わないでくださいよ!怖いなあ、もう…」 物騒な事を口にする魔理沙とアリス。ヴァンプ様はおっかながって震えるばかりである。 「なお観客席には防御結界が張り巡らされています。ちょっとやそっとでは破れないので、どうか御安心を――― しかし、選手の力がちょっとやそっとじゃなかったら破れるかもしれないのでその辺は御容赦を!」 「あ、フラグ立った」 と、パチュリー。ちなみに、破れるフラグである。 「―――では!早速ですが、開幕戦となる一回戦・第一試合の組み合わせを決めるとしましょうか!」 一際声を張り上げる幽々子。いつの間にやら、彼女の傍らには巨大な箱が置かれていた。 その背後には、32枠が用意されたトーナメント表。 『さあ、選手&観客の皆さん!ここからは私が説明しましょう!』 実況・射命丸文の声が会場を揺るがす。しかしこの鴉天狗、ノリノリである。 『もうお気付きの方も多いと存じ上げますが、あの箱の中には、選手の名が書かれた札が入っております!それを 今から、西行寺幽々子様が二枚引きます―――即ち、その二人が対戦相手!』 では、と文は幽々子を促す。 『幽々子様!それではよろしくお願いします!』 「はい!ではお待ちかね、最初の対戦カードは!?」 箱に手を突っ込み、勢いよく二枚のカードを引き抜き、天に翳す。 そこに記されていた名は。 「―――サンレッド!そして、星熊勇儀!」 『決定です!幻想郷最大トーナメント一回戦・第一試合は―――サンレッドVS星熊勇儀!』 おおー!と、会場中がどよめく。その中で、ヴァンプ様とコタロウはレッドさんの肩を掴んで揺する。 「ほら、レッドさん!いきなり出番ですよ!」 「頑張って、レッドさん!」 「何でお前らがはしゃぐんだよ、ったく…」 纏わりついてくる二人をあしらいつつ、レッドは思い出していた。 (星熊勇儀…あいつか) 予選終了後に、彼女とは少しばかり<挨拶>を交わしている―――その短い邂逅で、彼女は垣間見せた。 力。そして才気。 それも圧倒的容量を確信させる器。 「あらら…気の毒に。いきなり星熊勇儀とは相手が悪かったな、レッドサン」 「サンレッドだ、白黒」 茶化すような物言いの魔理沙に対し、レッドは肩を竦めてみせる。 「ま、ここの連中にいっちょ見せてやんよ…俺のケンカをな」 そう言い残し、レッドは悠然と去っていく。その背には確かに、壮絶な闘いへ向かう漢の頼もしさが滲み出ていた のだった。 そんな彼の後ろ姿を見つめ、妖夢はポツリと呟いた。 「…これが私達が、彼と言葉を交わした最後の瞬間でした」 「そこ。不謹慎且つ不吉な発言は控えなさい」 ―――選手には控え室として、一人ずつ個室が用意されている。 星熊勇儀は彼女に与えられた一室で、ソファに身を横たえていた。 その姿はさながら昼食後の睡魔にまどろむ虎のように獰猛で、野性的な美しさに満ちている。 視線の先には、会場の様子が映し出されたモニター。 西行寺幽々子の手に握られた二枚のカード。その名を呼ばれると同時に、勇儀は身を起こした。 「…へえ。奇縁だね、こりゃ」 こと戦闘において、鬼より優れた種族は幻想郷にも存在しない。ましてや彼女は、現時点で実在が確認されている 鬼の中でも、伊吹萃香と並ぶ二強と称されている。 その研ぎ澄まされた戦闘感覚が告げていた。天体戦士サンレッドの秘める、膨大な力量を。 「景気づけに、やるかね」 愛用の巨大な杯を右手に取り、瓢箪からなみなみと酒を注ぐ。人間ならば酒豪を称する者でも一口で昏倒する、鬼 特製の酒。勇儀はそれを軽々と飲み干し、旨そうに息をつく。 「さて、いくか」 その時、控え室のドアが遠慮がちにノックされた。 「ん…?何だい。あたしなら」 「次に貴女は<今から出るところだよ>と言います」 「今から出るところだよ…はっ!」 くすくすと、ドア越しに忍び笑いの気配。 「貴女のノリのいい性格、私は大好きですよ?」 「…入ってきなよ、古明地(こめいじ)」 「では、失礼して」 ドアが開かれ、<古明地>と呼ばれた訪問者の姿が露わになる。 幼いながらも端正な顔立ちは、氷の如く表情がない。やや癖っけのある、薄い紫色の短髪。淡い空色の部屋着の 胸元では、ギョロリとした第三の瞳が勇儀を値踏みするように見つめている。 彼女こそは古明地さとり。旧灼熱地獄跡に建造された地霊殿に棲む、地上を追われた妖怪達の総元締め。 <心を読む程度の能力>を持つ妖怪・覚(さとり)。 誰からも忌まれ、誰からも嫌われ、誰からも呪われた、この世で最もおぞましい妖怪として知られる存在である。 そんな彼女だが、星熊勇儀とは不思議と仲が良かった。 捻くれ者で繊細な所のあるさとりと、豪放磊落で単純一途・姉御肌の勇儀。 対極だからこそ、互いに惹かれるものがあったのかもしれない。 「<よくここまで入ってこれたな>ですって?こう見えても隠れ忍ぶのは得意技です。無意識を操る我が愚妹ほど ではありませんが、ね…おっと<この不法侵入者め>ときましたか。そんな固いことを仰らないでください」 「言ってないよ、思っただけさ」 「それはその通り。おや<どうしてここに来たんだ。あんたの可愛いお燐とお空の応援かい?>まあ、そういう事 ですよ」 「あのさあ、古明地」 げんなりした様子で、勇儀は大げさに溜息をつく。 「ちょっとは言葉のキャッチボールを楽しもうじゃないの。そうポンポンと頭を覗かれちゃたまったもんじゃない」 「そう申しましても、私の能力は自動的ですので」 「前にも聞いたよ、それ…」 「確かホワイトデーの時でしたよね」 「そうだよ。バレンタインを犠牲にした、アレだ」 「アレですね。で、勇儀さん。貴女への用件はそれに関する事でして」 さとりはスカートのポケットから、小さな布切れを取り出す。 「ん?それは…」 布切れに見えたのは、御守りだった。どうやら手作りのようで、市販のものに比べると不格好な長方形だ。 御世辞にも丁寧とは言い難い刺繍で、糸が所々ほつれてしまっている。 「<彼女>が勇儀さんのためにと作ったんですよ」 「…………」 勇儀は御守りを受け取り、胸元に仕舞い込む。その顔は、何やら深く考え込んでいるようだった。 「ふむ…<何て可愛い事をしてくれるんだあいつはああもう可愛過ぎる今すぐ帰ってイチャイチャしたい>」 「読むんじゃねーよ」 「自動的です」 「ちぇっ…」 「…<嬉しいけど、本当はここに来て応援してほしかった>それはまだ、無理ですよ」 さとりは不意に、表情を曇らせる。 「彼女にかけられた<呪い>は―――まだまだ、解けてはいないのですから」 「…分かってるよ」 だったら、と勇儀は笑う。 彼女らしい、明け透けで、豪快で、裏表のない、地底さえも照らす太陽のような笑顔だった。 「優勝を手土産に、あたしの方からあいつに会いにいくさ」 「そして18禁レベルのイチャイチャを繰り広げるのですね。ああやだやだ。小五ロリで乙女の私にはそんな猥雑 な思考は心に毒です」 「うるさいね。お前、あたしより年上だろうが」 「…頑張ってくださいね、勇儀さん」 忌み嫌われし妖怪・覚は、その悪名に似つかわしくない、まるでただの少女のように微笑んだ。 「私も地底の仲間として、貴女を応援していますから」 ―――星熊勇儀が去った後、さとりは<こちら側>に向き直った。 「…え?<さっきの会話がさっぱり意味分からん>ですって?ではハシさんが書かれたこちらのお話をどうぞ」 つ http //www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1112.html 「これを見れば星熊勇儀さんと私、そして<彼女>の事を理解していただけるかと。ではでは」 ―――そして。 闘技場に今、両雄が降り立つ。 『さあ、まずは天体戦士サンレッドが東の入場門より姿を見せました!』 真っ赤なバトルスーツに身を包み、太陽の戦士が大地を踏み締める。 『外の世界より来たる正義のヒーロー…その実力は全くの未知数!トーナメントの台風の目となるか!?それとも 力及ばず果てるか!?答えはその鋼の拳に訊け!』 期せずして、大歓声が巻き起こる。闘技場の中央に立ったレッドは、それに応えるように両手を高々と上げる。 『おっと、続いて星熊勇儀が西の入場門から登場だぁっ!』 その姿、まさしく威風堂々。地に足を付けて歩む仕草が、ただそれだけで苛烈にして華麗だ。 『妖怪の頂点に君臨する戦闘種族―――即ち鬼!その中でも最強と名高い星熊勇儀!<語られる怪力乱神>と 異名を取る彼女の力には疑う余地なし!このトーナメントにおいても文句なしの優勝候補です!』 ポキポキと拳を鳴らしながら、勇儀はサンレッドへと向かう。 勇壮なる両者は、闘技場中央で睨み合った。 「―――あんたも理解しているだろう、サンレッド」 「あん?何をだよ」 「強い者を見ると力比べせずにいられない、我々の習性さ」 分かっているはずさ―――と、勇儀は繰り返す。 「同類のあんたなら、分かるはずだ…あんたも、強い奴との闘いを求めてる」 「…かもしれねえな」 「あたしはさあ、サンレッド。あんたを強い男と見込んで期待してるんだ…」 だから。 「落胆させんじゃないよ」 「誰に向かってくっちゃべってんだ、メスゴリラ」 レッドは中指を立て、不敵に言い返す。 「そっちこそ、一撃二撃で沈むんじゃねーぞ」 「―――さあ。二人とも、一度離れて」 審判の四季映姫・ヤマザナドゥが一触即発の二人を制して、距離を取らせる。 「それでは存分に、白黒はっきり付けなさい―――」 「幻想郷最大トーナメント一回戦・第一試合―――始め!」