約 1,893,839 件
https://w.atwiki.jp/ws_wiki/pages/6881.html
ココロヤサシイナカマレコン【登録タグ ID SAO パワーパンプ 応援 村瀬歩】 autolink() SAO/S20-033 カード名:心優しい仲間 レコン カテゴリ:キャラクター 色:緑 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:1000 ソウル:1 特徴:《アバター》?・《武器》? 【永】応援 このカードの前のあなたのキャラすべてに、パワーを+500。 ひ、ひどいよ、一言声かけてから出発してもいいじゃない レアリティ:U illust.
https://w.atwiki.jp/strikekingdom/pages/206.html
必要行動力:23 レスタ草原 / ジャガ砂漠 / コンダイ渓谷 / ボーゴ洞窟 / マットマ火山 / ロセリ神殿 / 機械都市クオラ / ブカ雪原 / レコン結晶洞 / ギーネ海宮 / 魔王城 たどり着いた光の洞窟 落ちる?落とす? 食うか食われるか!? 迷子の潜む場所 この壁じゃま!! 目指せ最深部! ボーナスマップ 情報提供お待ちしています! [部分編集] たどり着いた光の洞窟 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット 経験値 ステージボーナス ★ かんたん 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv66-75 コボルト(盾):火*6ラージスライム:水*5ハイゴブりん(弓):無*4スキルゴースト 5500 17ターン以内にクリア11225金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ ふつう 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv71-80 33 15ターン以内にクリア11985金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ ちょいむず 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ むずい 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ まじむず 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ [部分編集] 落ちる?落とす? 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット 経験値 ステージボーナス ★ かんたん 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv69-78 コボルト(盾):火*6ラージスライム:水*6ハイゴブりん(弓):無*5コボルドメイジ:火*1デッドリードラゴン:水増援ラージスライム:水*2ハイゴブりん(弓):無*2コボルトアーチャー:火*2グランソウル:水 5600 26ターン以内にクリア19812金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ ふつう 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv74-83 33 24ターン以内にクリア21072金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ ちょいむず 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ むずい 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ まじむず 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ [部分編集] 食うか食われるか!? 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット 経験値 ステージボーナス ★ かんたん 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv71-80 ラージスライム水*5コボルト(盾):火*4ハイゴブりん(弓):無*6コボルト:火*1カッパーミミックグランパペット:水 5700 17ターン以内にクリア12969金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ ふつう 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv76-85 33 15ターン以内にクリア13779金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ ちょいむず 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ むずい 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ まじむず 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ [部分編集] 迷子の潜む場所 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット 経験値 ステージボーナス ★ かんたん 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? コボルト(盾):火*6ラージスライム:水*4ハイゴブりん(弓):無*7コボルドメイジ:火*1リッチ:闇増援コボルト(盾):火*4ラージスライム:水*4ハイゴブりん(弓):無*1グランジュエル:水スキルゴースト 26ターン以内にクリア23115金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ ふつう 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv79-88 23ターン以内にクリア24525金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ ちょいむず 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ むずい 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ まじむず 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ [部分編集] この壁じゃま!! 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット 経験値 ステージボーナス ★ かんたん 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ラージスライム:水*6コボルト(盾):火*6ハイゴブりん(弓):無*4カッパーミミックグランジュエル 水 5900 17ターン以内にクリア14630金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ ふつう 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv81-90 33 15ターン以内にクリア15490金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ ちょいむず 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ むずい 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ まじむず 1/2 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv97-99 54 9ターン以内にクリア17540金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/2 9ターン以内に敵を全て倒せ [部分編集] 目指せ最深部! 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット 経験値 ステージボーナス ★ かんたん 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ハイゴブりん(弓):無*8ラージスライム:水*3コボルト(盾):火*6コボルドメイジ:火*1ゴブりんキング(魔):無*1ゴブりんキング(槌):無*1グランジュエル:水スキルゴースト**増援**ゴブりんキング(弓):無*1コボルト(盾):火*3ハイゴブりん(弓):無*1 26ターン以内にクリア21981金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ ふつう 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv84-93 23ターン以内にクリア23241金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内に敵を全て倒せ ちょいむず 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ むずい 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ まじむず 1/3 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv? ?ターン以内にクリア?金貨以上獲得リタイアなしでクリア 2/3 9ターン以内に敵を全て倒せ 3/3 9ターン以内にボスを倒せ [部分編集] ボーナスマップ 難易度 ステージ 勝利条件 出現ユニット かんたん 1/1 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv?-? ホブゴブりん(弓):無*2火*2水*1コボルトアーチャー:無*1火*1水*1コボルト(盾):無*3火*1水*1グランソウル:木グランパペット:木ハイジュエル:闇ボスユニット名レアユニット名 ふつう 1/1 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv?-? ちょいむず 1/1 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv?-? むずい 1/1 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv?-? まじむず 1/1 9ターン以内に敵を全て倒せ Lv?-? レスタ草原 / ジャガ砂漠 / コンダイ渓谷 / ボーゴ洞窟 / マットマ火山 / ロセリ神殿 / 機械都市クオラ / ブカ雪原 / レコン結晶洞 / ギーネ海宮 / 魔王城 情報提供お待ちしています! 備考:ゴブキン魔体当たり無効、ゴブキン槌体当たり 遠距離無効、ゴブキン弓近接以外無効。殺しに来てます。 -- 名無しさん (2014-05-15 01 49 34) この壁じゃまでグランジュエル水。まじむず☆9T -- 名無しさん (2014-06-14 05 04 24) 17540金貨。敵Lv97~99 -- 名無しさん (2014-06-14 05 05 55) 経験値54 -- 名無しさん (2014-06-14 05 09 49) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/seisoku-index/pages/378.html
サーシャ「亡命します」(長編)(完結)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5196.html
聖堂内に、木材乾いた音が反響する。 矢のように飛び込んできた一撃に、居合わせた三人の動きが止まる。 殺す者、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと、殺される者、プリンス・オブ・ウェールズ。 二人の間に割って入ったのは、七つの節の入った、2メイル程の長さの棍だった。 「――と、危ねぇ危ねぇ。ちょっとギリギリだったな」 「サイト!」 ルイズが驚きの声を上げる。 昨夜、ケンカ別れしたはずの使い魔が、こんな土壇場に現れるとは思ってもいなかった。 「……トリステインへ帰ったのでは無かったのかい? 使い魔くん」 「敵を欺くには、まず味方から、ってね。 アンタの三文芝居よりはいい演技だったと思うぜ」 「……」 ワルドは無言で飛び退ると、才人向けて杖を構えなおした。 「王子と姫君を助けにきたナイト気取り、か。 だが、丸腰でどうやって戦うつもりだ!」 叫びと同時に烈風が放たれ、衝撃波が才人目掛けて牙を剥く。 いかに伝説と言えども、丸腰の使い魔では避けようのない一撃――だが、 「ガンダールヴ舐めんな! 色男」 衝撃が全身を包んだかに見えた刹那、驚くべき勢いで才人が横に跳ねる。 空中で、ワルドへ向けて、その右腕を伸ばす。 「なッ!?」 才人の指先から放たれた光弾が、ワルド目掛けて一直線に伸びる。 咄嗟にそれをフィストガードで受け止められたのは、ワルドの並々ならぬの修練の証だった。 鈍い金属音が響き、弾かれた霞石が宙を舞う。 ワルドが記憶を走らせる。指先だけで飛礫を弾き、標的を射抜く武芸が存在すると、噂だけでは聞いたことがあった。 尤もその時は、しょせん魔法の使えぬ平民の児戯と、一笑に付したのだが。 堂内を駆けながら、才人が次々と指弾を放つ。今度はワルドは笑えなかった。 飛礫の小ささに加え、打つ前の予備動作が殆ど無い。 しかも放たれる一撃は、直撃すれば額を穿つほどの威力を秘めている。 ワルドは、自身の中の油断を認めざるを得なかった。 平民の技術も、伝説の使い魔の力も侮っていた。 あらゆる武器を操れる『神の左手』に、あらゆる物を『武器』と見做す武術が合わさった時、その脅威は――。 「この前の決闘では、本気を出していなかったと言うわけか」 「へへっ、能ある鷹は、ってね!」 チッ、ワルドが舌打ちをする。 先の決闘に於いて、ワルドは敢えて真正面から才人を叩きのめした。 彼の読み通り、プライドを大きく傷つけられた少年は、八つ当たりから主人と衝突し、その元を去った。 ――その全てが実は、少年の掌の上で踊っていただけだったとは。 「だがな、爪を隠していたのは、貴様だけではないぞ!」 ――ユビキタス・デル・ウィンデ……。 ワルドの詠唱が堂内に響き、揺らめく空気がヒト型を為し、瞬く間に4人のワルドが出現する。 「風は偏在する。どう受ける、ガンダールヴ?」 「サイト!」 堂内を回り込んだルイズが、才人へ棍を放る。 飛び退きながら棍を受け取ると、才人は何を思ったか、あらぬ方向へと思い切り振るう。 同時に左手が激しく瞬く。 カカカッ、というテンポの良い音とともに、棍を構成する七つの節が外れ、間から鎖が勢いよく飛び出す。 棍は一瞬の内に10メイル程伸び、手前ではなく、奥で詠唱を始めていた偏在を襲った。 意表を突いた攻撃に、偏在は反応できない。 受け損ねた杖が根元で折れ、伸びきった棍の先端が喉を貫く。 呻き声を一つ上げ、偏在の体が揺らいで消える。 才人が更に左手を振るう。 鎖が大蛇の如く大地をのたうち、手前の偏在の足を払う。 その隙に棍を引き戻す。蛇は急速に才人の手元に引き寄せられ、カッ、という音とともに元の棍へと戻った。 「七節棍……だと! 貴様ッ、誰に習った?」 「そいつを聞いて何になる!」 風を巻いて才人が走る。 一気に偏在の間をすり抜け、ワルドに肉薄する。ただし、杖の間合いには踏み込まない。 棍の両端を振り回しながら、太刀先一寸の距離から交互に投げ放つ。 時折、遠巻きに魔法を試みる偏在に棍を伸ばし、踏み込んで来る本体は、槍の優位性でもって打ち払う。 変幻自在の棍捌きに、ワルドが思わず舌を巻く。 偏在三体を突撃させて動きを封じる、という手段も残っていたが、その手は使えなかった。 隙を見て烈風の一撃を見舞おうと、油断なく杖を構えるウェールズの姿が視界に入ったためだった。 「クッ!」 猛烈な才人の連撃を受けかね、ワルドがフライで上空へと逃れる。 「見事だ。この場は素直に負けを認めよう。 ――だが、俺に勝利したところで、貴様らの命運が変わるわけではないぞ!」 グッ、とウェールズが唇を噛む。 ニューカッスルの古城は、既にレコン・キスタの大軍に囲まれ、明日をも知れぬ状態である。 ワルドの言うとおり、ここで彼を撃退したところで、寿命が少し延びただけに過ぎなかった。 「さらばだ! 次は、総攻撃の時に遭おう」 そう言うと、ワルドは偏在をけしかけつつ、自らはステンドグラス目掛けて飛んだ。 体当たりでガラスを破り、そのまま脱出を図るつもりだった。 ――が、 意外な事に、ガラスは外側から破られ、突如として、何者かが室内へと飛び込んできた。 「総攻めは中止だよ」 「な……? なん…… だッ!」 一瞬の交錯で頸椎を打たれ、ワルドが昏倒する。 乱入者は片手でワルドを抱えると、左手の棍を、聖堂の天井目掛けて跳ばした。 棍は梁へと絡みつき、ふたりは中空を大きく旋回しながら、やがて、部屋の中央へと降り立った。 「あなた…… アンリエッタ様の!」 「土鬼さん!」 男が深編笠を外す。 豊かな黒髪を携えた、隻眼の若者の素顔が、ウェールズの前に現れる。 「それがし、アンリエッタ王女の使い、土鬼と申す者。 ウェールズ皇太子、御身を囮に使い危険に晒した事、まずはお許し下され」 「アンリエッタの使い? それに、おとり…… とは?」 呆然としたウェールズの様子に、頭をかきながら才人が応える。 「ワルドを泳がせたのは、土鬼さんの策だったんですよ。 つまり、土鬼さんが敵陣で自由に行動するために、 キレ者のワルドには、レコン・キスタ本体から離れていて欲しかったんです」 「潜入ですって! レコン・キスタに?」 「ウェールズ殿下」 土鬼が片膝をつき、一歩、ウェールズの前へと歩み出る。 「敵本隊が混乱している今こそ好機。 このまま夜陰に乗じ、搦め手より城外に落ち延びるのが得策と存じまする」 「! レコン・キスタ本体に、何か異変があったのか?」 ウェールズの問いかけに、土鬼の隻眼が瞬く。 「レコン・キスタの指導者、オリヴァー・クロムウェル。 彼は既に、この世の者ではござらん」 一刻程前、 レコン・キスタ本陣の天幕の中で、クロムウェルは、城内に潜伏したワルドからの報告を待っていた。 本来、圧倒的な兵力差で以て包囲を完成した時点で、この戦いは詰んでいる。 ワルドの作戦の成否など、余興の一つに過ぎない。 にも関わらず、組んだ両指をせわしなく動かし、知らぬ間に貧乏ゆすりを繰り返してしまうのは、 図らずも巨大な陰謀に巻き込まれ、分不相応な身分を手にしてしまった男の、悲しい性であった。 ――と、 不意に、幕を開く音と共に、一瞬、湿った空気が入り込んでくる。 「来たか! 同志ワルドからの報告は……」 振り返ろうとしたその動きがピタリと止まる。 背後に座る男から、尋常ならざる気配を感じ取ったためだった。 「静かに、ゆっくりとこちらを向け」 言われるがままに、クロムウェルが振り向く。 眼前にいたのは、異国の旅装と思しき隻眼の若者。 折り目正しく正座を組んで、まっすぐにクロムウェルを見つめている。 「まるで烏合の衆だな。 なまじ魔法を使えるという驕りが仇となり、刺客の侵入を許すほどの油断を生む」 「し、刺客だと?」 しっ、と、土鬼が人差し指を立てる。 「此度、俺がこの地を訪れたのは、友の友誼に応えんがため。 本当は、研鑽を重ねた裏の武芸を、再び暗殺に使うつもりなど毛頭無かった……が」 土鬼の左目が野獣の如く慧々と光る。額に大粒の汗を浮かべ、クロムウェルが生唾を飲み込む。 「この国の有様はなんだ? 敵の亡骸を容赦なく晒し者にし、 傭兵どもは野盗と化して、喜々として村々を焼き払う。 人手が足りないとなれば、化物どもを雇い入れて平気なツラをしている。 お前等の掲げる崇高な使命とは、こんなにも非道を強いるものなのか?」 「……」 クロムウェルは答えられない。 必要さえあらば、万を超す大軍すら酔わせる英雄になれる彼だったが、 その弁舌は、自らの身に刃の及ばぬ場所に於いてのみ、真価を発揮するものだった。 「答えろ、レコン・キスタの指導者、オリヴァー・クロムウェル」 「う、うるさいッ! 余に指図するとは……ッ!」 クロムウェルはその先を告げる事ができなかった。 指輪をかざそうとした左手の甲を、飛礫が貫いたからだ。 激痛に声を上げる事もできず、クロムウェルがその場にうずくまる。 「閣下、どうかなされましたか?」 「……なんでもない……持ち場に戻れ」 天幕の外からの問いかけに、かろうじてクロムウェルが応じる。 人の気配が去ったのを確認し、土鬼がゆっくりと歩み寄る。 「それが、お前の奥の手か?」 手にした棍でクロムウェルの手首を押さえつけると、土鬼は、その奇妙な指輪をまじまじと見つめた。 「か、勘弁 してくれ」 「……質問を変えよう。 お前の主人は誰だ? クロムウェル」 「……!?」 酸欠の金魚のような表情で、クロムウェルが口をパクパクとさせる。 尤も、土鬼からしてみれば、こんなものは秘密でもなんでもない。 死を前にした眼前の男には、革命家の苛烈さも、殉教者の陶酔も、悪党の強かさも一切見受けられない。 国一つをひっくり返すほどの大胆な計画を実行できる男とは、到底思えなかった。 「……なあ、人生をやり直したくはないか? クロムウェル」 「なっ、何?」 「とっくに気が付いているんだろう? お前には革命指導者の地位は重すぎる。 眼前の敵を下し、権力を増すごとに お前の心はどんどん平穏から遠のいているはずだ」 「……」 「お前が全てを白状するなら、俺が、この場からお前を逃してやってもいい。 トリステインに脱出するためのツテを用意しよう。 その後の事は、お前の好きにすればいいさ」 「ほ…… 本当、か?」 「ああ、だから答えろ。お前に指示を出していた者の名は?」 「……それは」 クロムウェルが口を開いた瞬間、異常な気配を感じ取り、土鬼が後方へと跳ねる。 同時に黒い旋風がクロムウェルの脇を通り抜け、天幕の外へと飛び去っていく。 「こ、これ…… ばっ!?」 指輪を手首ごと持ち去られたクロムウェルが、信じられない、といった表情で断面を見つめる。 直後、首筋から鮮血が噴水の如く吹き出し、どうっ、とその場に倒れこんだ。 「しまった……! あれが【があごいる】と言う物か」 土鬼が驚嘆の声を洩らす。 魔法仕掛けの人形の話は聞いてはいたが、単なる置物にしか見なえかったそれが、あれ程の精密さで動くとは思わなかった。 天幕の外から喧騒が聞こえて来る。 土鬼は片手で太刀を引き抜くと、卓上のランプを、入口目掛けて叩きつけた。 「賊だ! 賊が侵入した!」 「本陣より火の手が上がったぞッ!」 衛兵が入口の炎に気を取られている隙に、後方の幕が切り裂かれる。 そのまま土鬼は、闇の中へと消えたのだった……。 後編へと進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4635.html
前ページ次ページもう一人の『左手』 . 「これはこれは、お初にお目にかかります殿下、オリヴァー・クロムウェルと申します」 「ウェールズ・テューダーだ。大司教、一度あなたとはゆっくり話がしたいと思っていたよ」 貴族派空軍旗艦『レキシントン』の艦橋で、にこやかに挨拶を交し合う二人の男。 金髪碧眼の皇太子は、敵艦斬り込み隊の中でも、特に腕利きな六人のメイジをその背に従え、艦橋に入室した。 だが、勝者の代表を待ち受けていた、僧衣と僧帽に身を固めた黒づくめの男に、敗軍の将たる悲壮感はカケラもない。 男は、白面の貴公子を慇懃な態度で出迎え、室内にしつらえられた豪華なテーブルまで、自ら案内する。しかし、そこに卑屈さはなかった。その所作はあくまで『客』をもてなす作法の範疇を出ないものだったからだ。その瞳に宿る蛇のような眼光を除けばだが。 当然、王党派のメイジたちは、男の慇懃無礼な態度に鼻白んだが、肝心の若き王子は、そんなことなど全く意に介さぬといった自然な鷹揚さで応え、彼に請われるままに席に着いた。 まるで互いに面識のない親戚同士が、冠婚葬祭のイベントで初めて会った時のような、なごやかな雰囲気であるが、……これから行われる会談は、当然そんな空気通りのものでは在り得ない。 かたや、王党派を担う白面の貴公子。アルビオン王国王立空軍大将にして本国艦隊司令長官ウェールズ・テューダー皇太子。 かたや、蛇の眼を持つ貴族派の首魁。アルビオン貴族派連合軍総司令官にしてレコン・キスタ貴族院議長オリヴァー・クロムウェル大司教。 アルビオン一国を揺るがせた大乱は、いまや最終段階に移ろうとしていた。 紫紺の軍服に身を包んだウェールズを、背後から見つめるワルドの胸中は複雑だった。 彼自身、ウェールズに侍る六人の代表交渉団の一人として、この『レキシントン』の艦橋にいるわけだが、それは何もワルド自身の、メイジとしての実力を買われたというだけが理由ではない。 今でこそウェールズの下に身を寄せているが、彼は、もともと王党派でも貴族派でもない。トリステインに領土と爵位を持つ、歴とした異邦人なのだ。 つまり、感情に囚われる事無く、今回の停戦交渉を客観的な視野で見る事が出来る、唯一の第三国出身者というべき存在と言える。 ――無論、ワルドをそういう眼で見ている王党派の者たちは、彼が故国の中でも、高等法院長リッシュモンと並ぶ『レコン・キスタ』の大幹部である事実を知らない。 まあ、経緯はともかく、ワルドは今、ウェールズと共にある。 そして彼はクロムウェルが、フーケとともにいた自分の『偏在』に、あらためて皇太子暗殺の指令を出した事を知っていた。 もともと、今回のアルビオン出張に於いて、ワルドには三つの目的があった。 一つ目は、ルイズ・フランソワーズの篭絡。 二つ目は、“手紙”の入手。 そして三つ目こそが、王党派の指導者たるウェールズの首級だった。つまり、いまさら言われるまでもなくワルドには、ウェールズの殺害命令がすでに出ていた事になる。 忘れていたつもりはなかった。 確実に始末できるように、それでいて、下手人が自分であると目星を付けられぬように、機会を待っているはずだった。いまが戦時中である以上、そのチャンスは程なく訪れるであろう。そう思いつつ。 そして、これまでチャンスは幾たびか在った。――確実に。 ニューカッスル城塞の、人気も寂しい地下の居住区。 いつ流れ弾が飛んでくるかも知れない『イーグル』号の甲板。 そして先程。艦隊戦の真っ只中を“フライ”で飛んだ、その移動中。 だが、結果から言えば――ワルドの杖が、ウェールズに向けられる事はなかった。 (何故だ……?) 我ながら、不思議に思う。――いや、それも嘘だ。 本当はワルドも理解している。認めたくないというだけで、意識の底では、機会に恵まれながらも暗殺を実行できぬ自分の心理を、理解している。 (俺は――おそらくウェールズを殺したくないのだ……!!) . そもそも、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが、王家を裏切り貴族派に組したのは、世界と社会に対する復讐心からであるが、そういう意味では、始祖から与えられた王権を否定する『レコン・キスタ』は、格好の集団だった。 無能なる王家を廃し、有能な貴族たちによる“議会”が国家を運営する共和政。だが、その首領たるクロムウェルに対し、ワルドは懐疑的――もっとハッキリ言えば否定的だった。 ……まあ、目的達成のためなら手段を問わぬ彼のやり口を、名誉と誇りを重んじる貴族たちが白眼視するは当然とも言えるが、そういう貴族の価値観にとらわれぬ男ならばこそ、諸侯や太守どもが、神輿として担ぎ上げたのだということも、ワルドには分かる。 そして、クロムウェルとて、ただ担がれているだけの傀儡ではない。 一癖も二癖もある、油断のならない蛇のような男だという事は、ワルドとて知っている。 ――だが、彼は所詮、それ以上の男ではない。 『レコン・キスタ』は国境の枠を越えた組織であり、その目的は、王権否定思想によってハルケギニアの列国を、すべて議会制共和主義に塗り替えさせることだ。断じてアルビオンの転覆にとどまるものであってはならない。 特定の王家ではなく、真に優秀な貴族が、門閥に囚われずに、能力に相応しい地位と権限を得る政治体制。貧乏貴族の末っ子でさえ、天稟に恵まれたなら、一国の主席となれる国家運営システム。 そして、今後のアルビオンは、その理想実現のための雛型とならねばならないのだ。 だが、そのための手腕が、首領クロムウェルにあるかと問われれば、『レコン・キスタ』の全ての構成員が、一様に首をひねらざるを得ないだろう。 これから『レコン・キスタ』が、アルビオンで行うべきは“革命”であり、単に為政者の首がすげ変わるだけのクーデターであってはならない。断じてならない。 王権を否定するということは、単に暴君ジェームズ個人を否定するにとどまってはならない。王家による専制君主制という、これまでの国家体制すべてを否定せねばならない。そのためには、旧体制に代わる、全く新しい国家観を標榜する必要がある。 そうでなければ、アルビオンで燃え上がった王権否定の波を他国に波及させる事など出来はしない。ただ軍事力のみを頼りに勢力を伸張させても、そこそこ人は集まるだろう。だが、そんな勝ち馬の尻に乗っかるだけの連中が何人いようが、そこに意味は無いのだ。 現に、この乱にしたところで、客観的に見れば『レコン・キスタ』はジェームズの失政を利用しただけで、貴族派の参加諸侯の大半は、王権否定に大義があるとは思ってもいまい。王党派が万一巻き返せば、奴らは簡単にこっちを見限るだろう。 ワルドはクロムウェルを見、そしてウェールズを見る。 今後の『レコン・キスタ』に必要なのは、王権否定思想を、ハルケギニア全ての貴族たちにとっての“正義”に昇華させるための理論整備であり、その“正義”を主張するための、全く新しい国家改造論を実行する事なのだ。 それは無から有を創造するに近い行為とさえ言えるだろう。 そのためには、とてつもない才腕が要求されるはずだ。指導者だけではない。内政・外交・軍事・経済・流通・財政・教育、その他あらゆる方面に有能なる者を配さねばならない。これまで門閥によって排斥され、冷遇されてきた、有能なる貴族たちを。 そうでなければ、所詮『レコン・キスタ』は、叛徒・逆賊・簒奪者の汚名に甘んじ続ける事になる。それこそ、ハルケギニアが存在する限り永久に。 だが――皮肉な事に、こと能力という一事に関して言えば、ウェールズ以上に有能な貴族を、ワルドは知らない。『レコン・キスタ』内部の話だけではない。トリステイン魔法衛士隊長ワルドが知る、ハルケギニア中のあらゆる貴族と比較しての話である。 純粋に人材としての資質という意味では、どう考えてもウェールズの方が、少なくとも、クロムウェルより二枚は上であろう。それは政治家としても、将軍としても、官僚としても――そして指導者としても、だ。 ニューカッスルで、ウェールズと寝食を共にするうちに、ワルドはますますそう思うようになった。 ……だが、ウェールズは貴族派の人間ではない。 彼は無能として排斥・否定されるべき、王家の人間なのだ。 . ワルドは迷っていた。 (この男を、本当に殺してよいのか? 殺すべきなのか? 俺がこれからやろうとしている事は、これからのアルビオンのために、『レコン・キスタ』のために、本当に正しいのか!?) この才能溢れる若き貴公子が、『レコン・キスタ』最大の敵である事を承知しつつ、それでもワルドは、迷っていた。 ――が、トリステインの青年貴族の葛藤をよそに、時間は事態を動かしつづける。 ウェールズの対面の椅子に、まったく悪びれた様子もなく、足を組みながら腰を降ろし、クロムウェルが口を開いた。まるで世間話のような、お気楽な口調で。 「早速ですが殿下、この停戦交渉を始めるに当たって、一つお願いを申し上げたいのですが」 「ああ、なんだい?」 「この協定に関する議論は、余人を交えず我らだけで話したいのですよ」 @@@@@@@@@ 巨大な翼が作り出す、烈風のような風圧と、鼓膜に響く羽ばたき音。 竜が舞い降りた。 体長15メイルはある、シルフィードよりさらに一回り以上巨大なドラゴン。それも一匹ではない。同じサイズの大型爬虫類が五匹、彼らを取り囲むように、この場に降り立ったのだ。 貴族派空軍を突如裏切った、竜騎士隊の風竜――密かに竜を操って裏切らせた人物が、ここにいる『ヴィンダールヴ』を名乗る男だとは、当の竜騎士本人でさえ知らない。 そして、竜騎士が本来騎乗すべきはずの鞍には誰の姿もなかった。おそらくは、手綱に従わない竜を無理に従わせようとして、振り落とされてしまったのだろう。 その頭を、黒革の上下に身を包んだ男に撫でられた一匹の竜は、気持ち良さげに、きゅいと鳴いた。 その男――風見志郎は、眼前の風竜にヒラリと跨ると、ぽかんと口を開けて見ていたトリステイン魔法学院の少年少女たちを、悪戯っぽい視線を送る。 「さあ、君たちも乗るんだ」 その、錆びた声で発された台詞と同時に、才人たち五人に、残りの竜も同じように頭を下げた。 一体、何が起こっているのか、サッパリ分からない。 才人も、ギーシュも、キュルケも、タバサも、事の成り行きに唖然とする他はない。この風見の言葉も、行動も、目的も、何もかもが彼らの想像の範疇を軽く凌駕していたからだ。 タバサは周囲を見回した。 青い長髪をなびかせた美女――シルフィードが、不安げに自分を見ている。 眼だけで風見を示すと、シルフィードは首を小さく横に振り、主の背中に、そっとすがり付いた。 ――このカザミは、やはり我々の知るカザミではない。この韻竜はそう言っている。 自分たちには分からずとも、シルフィードの鋭敏な感覚には判別がつくのだろう。 だが、問題はそこではない。 「待って」 このカザミの狙いは何だ? わたしたちを一体どうしたいのだ? 「この風竜に乗って、一体どこへ行くの?」 だが、風見志郎の言葉は、この場にいる全員の想像を絶したものだった。 空を振り返ると、彼はこう言った。 「あの小船に、ルイズ・フランソワーズがいる」 少年少女たちの――とりわけ、才人の表情が凍りついた。 「会いたいだろ?」 . 返事をするまでもない。 才人は、そう言わんばかりの顔色で、眼前のドラゴンに駆け寄っていた。 風竜は、獰猛で聞こえる竜種の中では比較的おとなしい種であるとはいえ、初見の人間に、あっさり鞍を許すほど生易しい幻獣ではない。それは知識・雑学とさえ呼べない、ハルケギニアの常識。 だが、才人はまったく躊躇する事無く巨大なドラゴンによじ登り、鞍に腰掛け、あぶみに足を据え、手綱を握る。飼い馴らされた虎でさえ、主を食い殺す事もあるというのに、少年は全く竜を怖がる様子すらない。相変わらず、信じられないクソ度胸だ。 反射的にタバサは叫んだ。 「待ちなさい、サイトっ!!」 だが才人は止まらない。手綱を一打ちすると、彼を乗せた風竜は巨大な翼をはためかせ、周囲に暴風を巻き起こす。 「シルフィッッ!!」 風と共に吹き荒れる土埃から目を庇いながら、タバサは杖を振りかざして“レビテーション”で、傍らの美女を宙に舞わせる。 「きゅいっっ!? お姉さまっ!?」 だが、シルフィードがすとんと腰を落としたのは、なんと風竜に跨る才人の背後だった。 「タバサ?」 キュルケとギーシュが、いきなりタバサが取った行動に奇異の目を向ける。才人自身も、驚いた表情をこちらに向けたが、タバサと視線が合うと力強く頷いた。自らの使い魔を才人の背に預けた少女の思惑を、その瞬間に理解したのだろう。 二人を乗せたドラゴンが飛び立ったのは、それからすぐだった。 「やれやれ、よほど俺は信用されてないらしいな」 だが、タバサの瞳は、そんな風見の独白など、まるで聞こえないかのような冷ややかなものだった。 「あなた、一体何者なの?」 だが黒革の男は、苦笑いを浮かべつつ、答えない。 「答えられないの?」 タバサの声に鋭さが増した。 この空の向こうにルイズがいる。 この男はそう言うが、その言葉が真実かどうか確認するすべは、今の自分たちにはない。あるとすれば、風見の導くままに竜に乗り、彼の言う『ルイズがいる小船』まで、のこのこついて行くしかない。 しかし、眼前の男の正体が不明である以上、みすみす、そんな危険な真似は出来ない。 その『小船』にルイズが本当にいるかどうか分からない。それどころか、空中でドラゴンが自分たちを振り落としにかかるかも知れない。本来その背にいた竜騎士を振り落としたように。 この風見は、この場にいるドラゴンを五匹――どういう手段を用いたかは知らないが――自在に御し切っている。それは少なくとも間違いない。ならば、そのドラゴンに騎乗する危険性は圧倒的だ。 才人には、身の危険を顧みずにルイズに会いに行かねばならない理由がある。 だが、ルイズには悪いが、タバサは才人とは違う。特に親しかったわけでもない彼女のために、そこまで無鉄砲な真似は出来ない。 しかし、我が身可愛さのために、級友を見捨てるほど薄情な彼女でもない。シルフィードを才人に同行させたのは、彼の万一の事態を考えての事だ。空を飛べない少年でも、あの韻竜が傍らにいれば、最悪、墜落死の憂き目を迎える可能性は、少しは減るだろうからだ。 . 『ヴィンダールヴ』という言葉の意味は分からないが、それでも、この風見と行動を共にするならば、その前に自分は見極めねばならない。この男が、本当に味方であるのかどうかを。 タバサは考える。 この風見は、自分たちが知る風見と同一人物ではない。もし、この点で彼が嘘をついていたなら、論ずるまでもなく敵性人物と判断できただろう。だが、彼は嘘をつかなかった。それこそ騙すつもりならいくらでも騙せたはずなのに。 (なぜ?) 理由は幾つか想像できる。だが、もし嘘をつく必要がなかった――自己紹介をする必要があったのなら、この男は少なくとも、自分たちが何者なのか承知している事になる。 (なぜ?) 才人がすがり付いて再会の涙を流した時、この男は明らかな困惑の表情を浮かべていた。その態度が一変したのは、才人が名乗ってからだ。ということは、少なくとも自分たちの名と存在を、この風見は事前に知っていたと考えて間違いはない。 だが、トリステイン魔法学院から、自分たちがルイズを追ってきた事を知っている者は、 タバサが知る限り、王党派にも貴族派にもいないはずだ。 才人の言葉を信じるならば、ニューカッスルのルイズは、自分たちに気付いていたらしいが、それとて確かな根拠に基づく話ではない。 (どっちにしても、この男が、わたしの問いに何と答えるか、それで判断するしかない) 「おいおい、これでも俺は君たちの味方のつもりなんだがな」 飄々とした口調とは裏腹に、風見の目は笑っていない。 だが、笑わない少女といえば、それこそタバサの代名詞だ。彼女は視線以上の鋭い口調で、カザミを追及する。 「あなたがわたしたちの味方であるという証明は出来る?」 「さっき、オーク鬼から、命を救ってやったはずだ。まさか、それでも不十分だって言うのか?」 「その事に関しては礼を言う。でも、助けてくれたからといって、あなたが、わたしの質問に答えない理由にはならない」 そこまで言われては、さすがに風見もムッとした表情を浮かべる。 まあ、わざわざ命を助けてやった子供から、こんな生意気な口を利かれたら、誰だって気分を害するだろう。特にタバサは、顔といい、声といい、体格といい、実年齢以上に、自分が幼く見える事を知っている。 だが、それでもタバサは、簡単にこの風見を信用する気になれない。 それは、幾多の危機から彼女を救ってきた、タバサ独特の勘が、そう告げるのだ。 「もう一度訊く。あなたは何者なの?」 数秒間の沈黙の後、風見は溜め息をついた。 やれやれといった風に肩をすくめると、いつまでも頑なに警戒を解こうとしない少女に向かって、彼は口を開いた。 それこそ、タバサの予想を遥か斜め上を行く、その台詞を。 「俺は、ロマリアから来た。お前らが“教皇”と呼ぶ男に依頼されて、この戦争の行く末を見届けるためにな。お前らを、ルイズ・フランソワーズのもとへ送ってやろうというのは、ただの親切だ。別に下心はない」 . ウェールズの背後に侍るメイジたちは、一瞬何を言われたか理解できなかった。 「……おい、何を言っとるんだ貴様は……?」 「お前、自分が白旗を揚げたことを忘れておるのか!?」 「敗軍の将が何をほざいておる!! 頭がおかしいのか貴様はっ!!」 次々に声を荒げる王党派の貴族たち。 だが、ウェールズは顔色一つ変えずに部下たちを振り返る。 「静まれ」 そして、静かな眼差しをクロムウェルに向ける。 「分かるように言ってくれ大司教。どういうことだ?」 「簡単な話ですよ。私にせよ殿下にせよ、こういう小うるさい輩がいる前では、出来ない話も、何かとございますでしょう?」 クロムウェルはそう言いながら、おのれの背後を顎で示した。 そこには『レキシントン』艦長ヘンリー・ボーウッド、そして秘書のシェフィールド、そして艦の高級士官や、貴族派空軍の幕僚たちなどが居並んでいる。無論、彼らは王党派の手によって杖を奪われ、寸鉄一つ身に帯びぬ丸腰である事が確認されている。 フーケの姿はすでにない。彼らは白旗の混乱に乗じて、武装解除を受け入れる前に、いずこへともなく姿を消していた。 「大司教、そなたが部下の前では命乞いがしづらいと言うなら、部下どもを好きに下がらせるがよい。だが私には、部下たちの前で出来ぬ話など何一つない。よって、人払いをするつもりはない」 ウェールズの言葉は痛烈だった。彼の背後にいるメイジたちも、言葉の尻馬に乗ってクロムウェルを嘲笑う。ボーウッドを始めとする貴族派の軍人たちは、羞恥と屈辱に思わず俯いた。 「――と言いたいが、まあ、そなたの気持ちも分からぬでもない。汲んでやろう」 楽しそうにウェールズはそう言うと、背後の部下たちに手を振った。 王党派の者たちは一瞬、驚いた顔をする。 まさか、ここへ来て、皇太子が本気でクロムウェルの要求に興味を示すとは思わなかったからだ。 だがウェールズは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、楽しそうに言葉を続ける。 「構わぬ、外で待つがいい。それとも『レコン・キスタ』の親玉と二人きりにさせるには、このウェールズではいささか心もとない。……そう言いたいのかな?」 そう言われてしまえば、もはや彼らは、ウェールズの意思を翻させる言葉がないことを思い知るしかない。彼は冷静沈着な指揮官ではあるが、育ちや年齢相応に、一度言い出したら諫言など耳にしないワガママさを持ち合わせている事も、彼らは知っていたからだ。 まあ、この部屋に罠や仕掛けの類いが無いことは、すでにディティクト・マジックで確認してある。それに、いかに敵の首領が相手とはいえ、杖を持たない――いや、そもそもメイジでさえない僧職あがりの男と、いまさら二人にする事を心配する必要もないだろう。 なにせウェールズは、卓抜した将であると同時に、卓抜した戦士でさえあるのだから。 いまさら身を案じる事さえ無礼に当たる――とまでは言わないが、それでも王党派のメイジたちは、ウェールズを信頼していた。この御方なら、まあ大丈夫だろう、と。 結果――苦笑しつつも王党派の軍人たちは、艦橋から姿を消した。無論、シェフィールドを含む貴族派の関係者たちを、室内から追い立てながらだ。 だが……、 「ああ、ワルド子爵、念のために君は残ってくれ。トリステイン貴族の君には、この場の証人となってもらいたい」 ワルドは、そのウェールズの台詞に唖然となった。 事ここに及んで、まさかクロムウェルの予想通りに自分が居残りを命じられるとは、思ってもいなかったからだ。 そして、……艦橋には誰もいなくなった。王党派のウェールズ、貴族派のクロムウェル、そして第三国の調停者――という名目で居残らされた――ワルド以外には。 「さて、それでは本題に入ろうか、大司教」 「はい、殿下」 「とりあえず殿下、貴方はこれからのアルビオンを、一体どうなさるおつもりですかな?」 . 開口一番、そう尋ねたクロムウェルの瞳に、爬虫類を思わせる光は宿ってはいない。 そして、ウェールズも、敵将の真摯な眼光に呼応するように、人払いを命じたときの見下したような笑みは、口元から消えている。 「知れたこと。きさまら貴族派を即刻解体し、ふたたび我らが国土に王政復古の大号令を布く」 「国王ジェームズの暴政により、テューダー朝の権威は地に落ちた。それを承知の発言でございますかな?」 「乱の発端となった『万民税』は即刻撤廃し、父には退位を勧める」 「それだけですかな?」 「反乱軍に荷担した貴族には特別の恩赦として、大逆の罪一切を問わぬ事を約束する。いや、それだけではない。『万民税』実施後に廃絶された家門は、すべて旧領を安堵する事を約束しよう」 「それだけですかな……?」 ウェールズは、そこで初めてクロムウェルに訝しげな視線を向ける。 ここまで彼が挙げた条件は、乱を起こされた王党派としては、まさしく破格の条件だといってもいい。古来、勝者が敗者に罪を問わぬ戦など、あったであろうか? だが、クロムウェルは、まだ足りぬと言いたいらしい。 ならば、この男は一体何が言いたいのだ? ウェールズの眉間に縦皺が寄るのも当然だろう。 「殿下、ひとたび失墜した王権を回復しようとするならば、その程度の処置は当然でございましょう。此度の乱には全アルビオンの八割の貴族が、我が軍に荷担したのですぞ。彼らの支持を取り戻すおつもりなら、陛下の政策を完全に否定するのは、むしろ必然の流れ」 「ならば聞いてやろう。言いたい事を言うがよい」 (ほう……) ワルドは、少々意外な心持で自らの首領を見る。 謀略以外に取り得のない男と思っていたが、どうやら、ワルドは彼を見誤っていたらしい。少なくとも、こういう場でウェールズから話の主導権を奪取できる男であったとは、思ってもいなかった。 ワルドは自らに課せられた暗殺指令を意識しながらも、クロムウェルという男が、ここで何を言うかで、ふたたび彼の器を量り直そうと思っていた。 「要は、ジェームズ陛下のごとき暗君一人で、たやすく混乱に陥る、我が国の国家体制そのものを問い直すべきだと、そう申し上げているのです」 ウェールズは笑った。 「その手には乗らん。ここで貴様らの主張する『共和政』の話を持ち出すつもりなのだろうが、あいにく私は、貴様らが『無能』と否定する王家の人間だ。始祖から与えられし王権を自ら否定するような真似が出来ると思うか?」 「それは六千年もの昔の話でございましょう。一人の王が時代と共に代わるように、国家もまた、時代と共に移り変わっても不思議はあるまいと存知まする」 「仮にも大司教の地位まで上った聖職者が、始祖の権威を否定するというのか?」 「僧なればこそ知るのでございますよ。人の世を動かすのは神ならぬ人であるということを」 「もういいっ!!」 ウェールズがテーブルを叩いて立ち上がった。 「言いたい事を言えと申した!! 言葉遊びはやめにして、さっさと本音を吐いたらどうだっ!!」 . 「ならばハッキリ言いましょう」 クロムウェルは卓上の紅茶を一口飲み、カップを静かに置いた。 「ウェールズ・テューダー皇太子に、我ら『レコン・キスタ』の指導者の地位に座って頂きたい」 ウェールズは表情を変えなかった。 むしろ、一切の表情は消えたと言っていい。クロムウェルの言葉を聞いて彼が何を思ったのか、それを窺う手立ては、もはやない。 逆に、クロムウェルが畳み掛けるように卓上に乗り出す。 「此度の白旗で、我らが『レコン・キスタ』が敗北したなどと、賢明なる殿下が判断なさっておられぬ事は分かっております。私が合図をすれば、停戦中の我が軍五万は、この瞬間にでも殿下の手勢に牙を剥くでしょう」 ――言われるまでもない。 何のかんのとウェールズが、クロムウェルの要求をのんで人払いをしたのは、王党派の勝利など、貴族派の白旗一枚が演出した“状況”に過ぎないと理解していたからだ。 クロムウェルがその気になれば、いつでも状況は転覆できる。それを分かっていたから、敢えてこの男と、二人になることを選択したのだ。 無論、ウェールズとて、そんな紙一重の状況に甘んじているつもりはない。 この停戦中に、貴族派に潜入させている間者を使って、『レコン・キスタを離反し、王家に帰参した貴族については一切の叛乱の罪を問わない』と、噂をばら撒いている。 また、貴族派の中核を担う大諸侯たちの本陣に、直々に使者を送り、王家への帰参を説かせてもいる。 これで少しは敵の士気を挫くことは出来るだろうが、……しかし所詮、あてには出来ない。今回の乱で、王家による専制君主体制そのものに疑問を抱いた貴族たちも、多く存在するからだ。 「貴方は分かっておられるはずです、ウェールズ殿下」 クロムウェルは言う。 「いかに恩赦を施し、私の首を晒したとしても、貴族たちはもう昔には戻れない。彼らは、王などおらずとも国は存続できるという事実を知ってしまっている。王権を否定したところで、そんな自分たちを罰する事さえ出来ぬ王の姿を見てしまっている。そんな彼らに」 ――貴方は、君臨する事が出来ますか? 「できる!!」 ウェールズは叫ぶ。 だが、クロムウェルは怯まない。 「なるほど、貴方なら出来るかも知れない。諸侯たちが頼れる藩屏などではなく、一朝事あらば、平然と王家に牙を剥く危険な存在であると知ってなお、彼らに君臨し、王権を再興する事が」 クロムウェルの勢いは止まらない。 「ですが、貴方の子はいかがです? または貴方の孫は? 貴方と同じく王者として振舞えると思いますか? 貴族たちの影に怯え、ゆえなき大弾圧を開始せぬと、貴方は保障できますか!?」 「……」 ウェールズはさすがに黙らざるを得なかった。 彼は支配者階層独特の視野狭窄な人間ではない。ないからこそ分かるのだ。クロムウェルの言い分にも、理があるということが。 「テューダー家に、六千年の大政を奉還せよということか……?」 クロムウェルはにやりと笑う。 「王家としてではなく、アルビオンの一貴族としてなら、殿下が『レコン・キスタ』に参加することに意義を唱える者は誰もいないでしょう。いや――それどころか、王家を見放した全ての貴族たちが、安心して貴方を支持するはずだ」 そして貴方には、――とクロムウェルが付け加える。 「私にはない、国造りの才がおありになる」 ワルドは理解していた。 この要求に否を唱えた瞬間、ウェールズを刺せ、とクロムウェルが無言で命じている事を。 前ページ次ページもう一人の『左手』
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5528.html
前ページ次ページナイトメイジ 「呼んだ?」 まさに突如としか言いようがない様で少女──ベール・ゼファー──はそこにいた。 扉から入ってきたのではない。 その前にはクロムウェル達がいるからだ。 窓は? それも違う。 クロムウェル達の向かいの壁には窓があるが、そこから入ってくればわからないはずがない。 「さて、と」 なにをしたのかクロムウェルにはわかるはずもなく、突然の闖入者に驚き、ルイズにかけようとした魔法を中断してしまっていた。 「えーと……あなたが」 目を半分閉じ、代わりに口を開けてぼうっとしているルイズの側に立つと、ベルは白い人差し指で 「クロムウェルね」 クロムウェルの隣に立つ冷たい雰囲気の女性を指した。 「女装じゃないわよね。クロムウェルなんて名前だから男と思ってたけど女だったのね」 うんうんと何か納得しているベルにクロムウェルは今までの穏やかな表情を捨て、怒鳴りつけた。 「違う!それはシェフィールド、余の秘書だ。クロムウェルは私だ!」 「え……嘘でしょ」 「嘘ではない!余こそがレコン・キスタ総司令にして皇帝オリバー・クロムウェルだ!!」 「えーー」 大変嫌そうな声だ。 「思ってたより随分違うけど、まあ、いいわ。ということは、あなたが虚無の力の使い手というわけね」 言ってみればここは敵地の中心である。 にもかかわらず、ベルは笑みすら浮かべて今度はクロムウェルの指にある未だ光り続ける指輪を見た。 「それが虚無の力の鍵みたいね。それ、もらうわ」 人差し指だけが突き出されていた手が花のように開き、クロムウェルの手に近寄る。 「誰か!誰かいないのか!」 それに毒花の香りに似たものでも感じたのかクロムウェルはもう一方の手で指輪をかばい、壁が背中に当たるまで後ずさった。 光の侵食はルイズの心のすべてを覆い尽くす前に針の先ほどの穴を残して止まった。 たったそれだけであるがルイズは望まぬ者の友人となることはなかった。 同時に手も足も動かせないのだが。 いや、動かそうという意志すら起きない。 中途半端に縛られた心は動くことなく、ただそこにあるだけの物となっていた。 目には何か映っている。だが、それが何かを判断する意志はなく、しようともしない。 耳には何か聞こえてくる。だが、それが何かを判断する意志はなく、しようともしない。 「それがきょむのちからのかぎみたいねそれもらうわ」 「だれかだれかいないのか」 ルイズは耳に入る言葉をただ繰り返しつぶやいていた。 それが針の先ほどの残された心でできる精一杯だった。 クロムウェルの声に応じ、開け放たれたままの扉を光を思わせる速度でワルドがくぐる。 瞬時にクロムウェルの前に入り、抜きはなった剣拵えの杖をベルに向けた。 「ワルド君。よく来てくれた。だが君だけなのかね」 ワルドは視線と杖を油断なくベルから離さず、振り返りもせずに答えた。 「はい。今、城内は混乱しています。この辺りにいるのは私だけのようです」 それを聞いたベルは途端に、突きつけられた杖などないように鈴のような声で笑い出す。 「面白いでしょ。傭兵がみんな南の方に行っちゃったら、それを指揮する騎士もそっちに行っちゃったのね」 「これは君が引き起こしたことなのか?」 「ええ。あっちにまだ誰も見たことのないお宝があると言ったらみんな大慌て。案外簡単だったわ」 油断と言えば油断だったかもしれない。 クロムウェルに護衛をつけなかったことだ。 だがこの地の敵はすべて排除したあとであった上に、何よりも皇帝であるクロムウェル自身が護衛をつけることを拒んだ。 それを押してまで兵を動かす権限を持たないワルドは城内の混乱に気づきながらも、1人で少し離れてクロムウェルの護衛にとなる他なかった。 「でも、やっぱりあなたにまでは効かなかった……か」 「そうだ。だから君もここまでだ。ルイズの使い魔ならば、彼女と同じく我々に協力したまえ」 「それは無理。ルイズがあなたに言ったことは嘘だもの。本当はルイズはそこのお姫様を取り返したがっている。そして私は使い魔。主の望みを果たすのがその役目」 ワルドもそのことはわかっていた。 だが、ルイズを手元に置いておけば何を考えていようともどうにでもできる。 「返すわけにはいかんな」 逆に言えば手元になければどうにもできない。 「なら、力尽くで返してもらうわ。ルイズも、お姫様も」 「まさしくその通りだな」 目の前にいるのは少女だが、土くれのフーケを撃退したという話もある。 故にワルドは力を出し惜しみする気はなかった。 「だが、その判断はこれをみてからにしてもらおう」 動く杖の先はわずか。 呪文は速やかに流れるように。 「ユキピタス・デル・ウィンデ!」 一陣の風と共にワルド姿がぶれる。 すぐさま風はやみ、その後には5人のワルドがいた。 腕の立つメイジであっても驚嘆と恐怖を覚えるような魔法だ。 しかし、ベルの目は興味で大きく開かれ、声は弾んでいた。 「これって……ただの分身じゃないみたいね」 「その通り。風の遍在。この魔法で作り出された分身は一つ一つが意志と力を持っている。遍在する風のごとくだ」 言いながら全てのワルドは白い仮面を取り出し、顔にかぶせた。 「なるほどね。その風の遍在を使ったというわけね。あの夜、そしてラ・ロシェールの桟橋に来た仮面の男はあなたに似ていると思っていたのよね。だけどあなたは実体としてルイズ達といた。おかしいとは思っていたんだけど、こういうわけだったのね」 「君にはつまらない物のようだったががね」 「ああ、それは仮面なんてつけてたからよ」 「仮面は嫌いかね」 肩をすくめるベルは溜息をつく。 5本の杖に囲まれてなお、彼女は平静を崩さない。 「千年の時を無駄にしちゃったり、シスコンだったり、マザコンだったり。仮面をつけてる男はそんなのばっかり」 ベルは遍在から目を離さない。 だが、その目は敵を見る目ではなく面白いおもちゃをもらった子供のような目だ。 ──ここまでわずかな詠唱と魔力で精巧な分身を、しかも複数作る魔法は初めて見たわ。 「あなたの魔法を侮っていたようね。これは本当に面白い魔法よ。楽しませてもらったわ」 「それは良かった」 「でもおかしいわね。あのとき、その遍在を使ってルイズを連れて行けば良かったんじゃない?」 「君が居たからだよ。魔法を使えば精神力を消費する。それは風の遍在も例外ではない。私は君が来る可能性を否定しきれなかった。だから温存しておいたのだよ。それも無駄だったがね。君はあのとき来なかった」 「そうね。お互いうまくいかないものだわ」 左右一つずつ、遍在が動いた。 同時杖を振り、また同時に呪文を唱え始める。 「では君に警告しよう。この状態なら私は魔法を5つ同時に君にぶつけることができる」 「でしょうね」 「それから君が逃れる術はない。君の死は決まったも同然だ。だが、あえて言わせてもらおう。降伏したまえ」 杖の先に風が巻き、稲妻が音を立てる。 死を告げるその音には誰もが恐怖を感じる。 事実、アンリエッタは小さな悲鳴を上げていた。 認識の闇の中の小さな光にルイズはすがりつく。 「ではきみにけいこくしようこのじょうたいならわたしはまほうを5つどうじにきみにぶつけることができる」 「でしょうね」 「それからきみがのがれるすべはないきみのしはきまったもどうぜんだだがあえていわせてもらおうこうふくしたまえ」 それをやめれば永遠に心が閉ざされてしまう。 それをなぜ拒否しなければいけないのかわからないままにルイズはつぶやき続けた。 クロムウェルはようやく落ち着きを取り戻す。 ここに突然現れたのには確かに驚いたが、杖も持っていなければ剣も銃も持っていない。 さらにはスクエアの魔法である遍在に囲まれている。 彼女は何もできないのだ。 この少女を恐れる理由はない。 同時に興味も湧いてきた。 閃光の二つ名を持つ魔法衛士隊の隊長、さらにはスクエアのメイジであるワルドが遍在まで使って警戒するのだ。 よほどの人間に違いない。 彼はそういう人間を様々な方法でレコン・キスタに引き入れていた。 「降伏とは穏やかではないな。ワルド君。彼女に少し話があるのだが、いいかね」 「閣下!お下がりください」 それを無視してクロムウェルは真ん中のワルドの横に並ぶ。 ワルドは聞こえぬように舌打ちをした。 「えー、ミス……」 「ベール・ゼファーよ」 「なら、ミス・ゼファー。アンリエッタ王女はあの通り我々の友人となった」 クロムウェルの後ろにアンリエッタが控え、首を縦に振る。 「そこでだ、君も主人共々私の友人となってくれないかな?悪い話ではあるまい」 「そうです。ベール・ゼファー様。そうしてください」 そのアンリエッタの声に嘘はない。 少なくとも、今の彼女は本心からそういっている。 「悪い話ではないだろう。これから大きな戦争が起こる。我々の勝利に終わる戦争だ。トリステインに残るより、その方がよほど安全だ。君も君の主もね」 「でしょうね」 「なんなら君も君の主も私の側にいてもいい。そうなればレコン・キスタ数万の将兵が盾となり、剣となり、杖となって君の主を守ることになる。どうかね」 「そうよね」 「そうだ。君も使い魔の使命を果たせる。悪い話ではないはずだ」 およそ交渉にはパンと杖の二つがある。 パン、すなわち利益であり。 杖、すなわち暴力と強制である。 彼には皇帝にまでなったのは魔法ばかりではなく、この二つを使うことに長けているからだという自負があった。 今その二つは用意された。 だから彼女は必ずこれに同意する。 クロムウェルはそう確信していた。 「でもね……私には魅力のない話ね」 「なっ!」 だが少女の口から出た答えは否定。 言葉をつまらせたクロムウェルは混乱する。 当たり前だ。 ──これ以上何を望むのか?何を恐れるのか? その疑問は言葉にならずとも、彼の目にありありと映され、ベルはそれを読み取っていた。 「あなたのいうとおり、今レコン・キスタがトリステインと戦えば間違いなくレコン・キスタの勝利で戦争が終わるわ。その中で私たちは守られているだけ。そんな簡単なゲーム面白くないじゃない。だから答えはNo、あるいはいいえよ」 溺れるように口をぱくつかせるクロムウェルの代わりにワルドが言葉を継いだ。 同時に三人目の遍在が動き、杖に光の刃を作る。 ブレイドの魔法だ。 「主を危険にさらしてもか?」 「ええ」 「狂っているのか?使い魔の考えではないな」 「そうかしら」 「考えが変わった。君はここで死んでもらう。君は危険だ」 今度は4人目の遍在が動いた。 目には見えない何かが空を切り裂く音が断続的に上がる。 「交渉決裂ね。じゃあ、ワルド。あなたの警告のお礼に私も警告させてもらうわ」 最期のワルドも動き必殺の魔法を唱える。 嵐と雷撃、風と光の刃。 全てがベルに集中する。 よけられるはずもなければ耐えられるような物でもなかった。 「この私相手に遍在はたった4つでいいのかしら?」 その時何が起こったのか、と問われればワルドはおそらくこう答えるだろう。 「わからない」 彼にとっては全くの未知の現象が起こったのだ。 魔法がベルを切り刻み、貫いたと確信した次の瞬間には、自分の視界がゆがみ、自身の体も捻れ、さらに壁に吹き飛ばされていた。 首を横に向ければ同じように倒れているクロムウェルが見えた。 シェフィールドの姿は見えなかったがどこかに倒れているはずだ。 アンリエッタは?飛ばされた方向が逆だったらしい。未だ光のない目でどこかを見ているルイズの足下に転がっている。 その視界を遮る者がいた。 ベール・ゼファーだ。 五つの魔法を受けたにもかかわらず傷一つない。 その金の瞳に見下ろされたワルドは、闇に飲み込まれるような感覚を覚えた。 「く……殺す……のか」 「安心なさい。今はその気なんてはないわ」 安堵はない。 闇色の金はそのようなものをぬぐい去る。 「あなたにはゲームに参加してもらうわ」 「ゲーム?」 「そう。名前はね……ナイトメイジなんてどうかしら。世界征服を企む魔王と、それを阻止しようとする勇者のゲーム」 ベルはまるで新しい遊びを思いついた子供がそれを披露するように語り出す。 「ルールは簡単。魔王が世界を征服すれば魔王の勝ち。魔王を倒せば勇者の勝ち」 聞く者が子供なら、共に楽しげになったかもしれない。 「あなたには勇者をやってもらうわ。魔王に魅入られた幼馴染を取り返すため勇者が今、立ち上がる。ふふ、ぴったりじゃない。」 だが、今のワルドはベルと同じ場所にいるのではない。 「そして魔王はこの私。ベール・ゼファー」 子供にもてあそばれる虫。それが今のワルドだ。 「でもね、このゲームって簡単すぎるのよ。私がちょっと本気出せばすぐにクリア。だからちょっとハンデをつけることにしたわ。魔王はルイズの力を使って世界を征服する。そのためにルイズを育てなければならない。これくらいがちょうどいいわね」 「ルイズの力……だと」 「あら、おかしい?あなたも言ってたじゃない。ルイズには特別な力があるって。その特別な力を発現させて、成長させるにはトリステインとレコン・キスタの戦争はちょうどいいのよ。だから、あなたは殺さない。クロムウェルも殺さない。レコン・キスタも潰さない。戦争したいんでしょ?待ってるわ。そして私を倒しに来なさい、勇者様。そうでないとハルケギニアは魔王の手で征服されてしまうわよ」 恐ろしい大言壮語だ。 この少女は世界を征服すると宣言しているのだ。 しかもルイズの力、つまり個人の力でだ。 そんなものは子供の戯言だ。 できるわけがない。 「その顔はまだわかってないわね。じゃあ、もう一つ。やる気が湧いてくるようにしてあげましょう」 ベルの手がワルドの胸元に光るペンダントに伸びる。 ぷつりと音を立てて鎖を引きちぎったベルは、その先にあるロケットを開き中を見ると笑みをいっそう大きくした。 「綺麗な人ね。誰かしら……」 「かえ……せ」 傷は見えないが手が鉛のように重い。 閃光と呼ばれる早業を生み出す腕も今はわずかしか動かない。 「その様子だととても大切な物みたいね。大丈夫よ、なにもしないから」 鎖をまとめたペンダントを持つベルの手がワルドの伸ばした手の上で開かれる。 落ちるペンダントがきらりと光った。 「なーんてね。う・そ」 突如、開いたベルの手のひらの下に黒い球体が現れる。 ワルドの欲したペンダントは音もなく黒球に吸い込まれ……消えた。 跡形もなく。痕跡もなく。 「貴様!よくも母の肖像を!!」 ワルドは体に力を込める。 体が痛みを悲鳴として動くなと訴えていたが、それを怒りで抑える。 上体を起こし、杖を持つ手に力を込めた。 何か体の中で音がしたが、それでもかまわない。 この女に一撃をくれずにはいられなかった。 「いい目よワルド。やる気が出てきたみたいじゃない。あなたが面白いゲーム相手になってくれるのを期待しているわ。じゃあね」 言葉と共に光がワルドを包んだ。 光に宿る衝撃が再び体を打ち据える。 光の消滅と共に意識もまた消えた。 前ページ次ページナイトメイジ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7908.html
前ページ次ページゼロと電流 ろくな怪我もしないうちから負けを認め、無様に許しを請う。 ワルドは、二つの状況に微笑んでいた。 今の自分と、そして彼女の今。 つまり彼女は、どうしようもなく貴族なのだ。 姫殿下の命令を受けたわけではない。 言外に頼まれたわけでもない。 困っている姫を見て義憤に駆られたと言えば聞こえは良い。だが、それも、成功してからの結果論だろう。 このまま事破れて死ねば、ただの愚か者である。 だが、それがどうしたとワルドは思う。 動く事のできない、いや、おのれの保身のためだけに汲々として動く貴族共に比べて、どれほど貴族らしいのか。 少なくとも、彼女は前を向いて走ろうとしているではないか。それが覚束ない足下であろうとも、小気味良いではないか。 愚かだと誹るならば誹れ。自分は彼女を認めよう。 嘲笑うならば嘲笑え。自分は彼女を認めよう。 願わくば、彼女が我と共にあらんことを。 残念ながら、その望みは薄いだろう。彼女が自分のかつて求めた真の貴族に近ければ近いほど、彼女は自分に幻滅するのだろうから。 「何がおかしいんです?」 不愉快な口調ではなかった。真剣にこちらを案じている口調だ。 口だけの男だと侮辱されても仕方のない醜態を晒したというのに。 それでも、彼女の言葉はこちらの身を案じるものだった。 貴族を志す心ゆえか、それとも、婚約者という立場を慮ってのものか。どちらにしろ、その口調はこの身には心地よすぎる。 これでは、口が滑ってしまうではないか。 「ルイズ。僕の身は、既にレコン・キスタにあるんだよ」 そう言えば、この気高い少女はどんな反応を示すのだろう。 試してみたい誘惑に駆られながら、ワルドはせめてもの威厳で答える。 「君の使い魔の実力を見抜けなかった、自分の間抜け加減を笑っているのさ」 チェーンパンチ、ブーメランカッター。 壁を砕き、柱を切り裂いた二つの技を見せられただけで、ワルドは白旗を揚げたのだ。 決闘という言葉を使ったところで、元より命を懸ける気も懸けさせる気もなかった、と。 ごめんなさい、と何故かルイズは謝った。 力試しは殿方同士の試し。ならば、仕方がないとはいえ手加減できぬ力のザボーガーが不調法ではあるまいかと。 いや、使い魔のせいにするなど主失格だ。手加減を命じる術を持たない自分の不器量が恥だと。 「しかし、君のアルビオン行きには断固反対する」 「ワルド様、約束が違います」 「そうだな。約束が違う。僕は、約束を破る恥知らずだ。しかし、そこまでしても僕は君の身を不安に思っている」 姫殿下のためという理由はもう消えている。その任は、すでにワルドが宰相より受けているのだ。 あとはルイズの心だけ。 だから、ルイズはイタズラをするように笑った。 「我が侭を言いますよ?」 「婚約者の器量を試す気かい? 行く末が怖いな、君は」 「私を、アルビオンに連れて行ってくださいませ」 いっぱしの男なら、騎士なら、隊長と呼ばれる身なら、婚約者の身一つくらい守って見せろ。 それがルイズの言葉。 なるほど、あの二人の娘だ、とワルドは内心喝采を送る。それでこそ、ヴァリエールの名に相応しいと。 ならば応えねばなるまい。その期待に。いや、それ以上のモノを見せねばなるまい。 それが例え、別れに繋がろうとも。 閃光の二つ名は、伊達ではないのだ。そして、秘めたこの野望も。 同じ頃、レコン・キスタの野戦司令本部。その奥に設えられた司令官室には四人の男女がいた。 本部中央に設えられた天幕の中、正面を見据えて動かない男オリヴァー・クロムウェル。 横に侍るは二人のメイジ。背後に控えるは不詳の少女。その三人ともが、通じていたわけではないが素顔を隠している。 メイジ二人は仮面を被り、少女は顔まで覆う派手な兜を。 もっとも、クロムウェルは全員の素顔を知っているはずだった。一応彼は、レコン・キスタの総司令官である。 しかし、実につまらない男だ。 と、二人のメイジの内一人であるフーケは思う。 彼女の見る限り、クロムウェルからは風采の上がらない男が衣装で誤魔化しているといった雰囲気が拭えない。 威張るだけしか能がない貴族のほうが、まだしも見た目はマシだろう。何しろ向こうは威張り慣れている。 こちらは、威張る事に慣れていない。慣れているように見せかけようとはしているが、うすらみっともないのだ。 万事がこうなのだろう。要は、立ち位地があまりにも分不相応なのだ。 もっとも、それですら有り難がるような無能の傀儡ばかりを身の回りに侍らせているところからして、本人も自覚があるようだが。 これが総司令官だというのだ。レコン・キスタという組織も程度が知れる。少なくとも、自分が身を寄せていたいと思うような集団ではない。 フーケはそう考えていた。 それでもしかし、自分はここにいなければならない。 「ミス・サウスゴータは、退屈そうですね」 「流浪の身でしたから。このような場所には慣れておりません」 「気になさる事はない。正義の戦はすぐに終わります。新生アルビオン生誕の暁には、サウスゴータ領は再び貴方のものとなるでしょう」 「過分なお言葉、有難く思いますわ」 ここでは、フーケはマチルダ・サウスゴータ。かつての名前を名乗らされている。 対アルビオンと考えれば、この方が都合が良いのだろう。その理屈はよくわかる。 「それでよいですね。ミス・シェフィールド」 クロムウェルは、マチルダから視線を逸らすと自らの背後の少女に尋ねる。 「司令官殿の良いように」 「では、サウスゴータ領はそのようにするとしましょうか」 シェフィールドと呼ばれている仮面の少女には、微かだがガリア訛りがある。それも、田舎訛りではなく洗練された都会の訛りが。 「私は助言するだけです。アルビオンの新たなる皇帝よ」 フーケは微かに顔をしかめた。シェフィールドの物言いは好きになれない。 言外に、「好きにすればいい。どうせお前は傀儡だ」と匂わす言動が多すぎるのだ。さらに、それにクロムウェルは気付いていない。 今にして思えば、確かにオールド・オスマンは一廉の人物であった。あのセクハラ老人ならば、このような腹芸など鼻息一つで吹き飛ばしてみせるだろう。 ある意味、シェフィールドの言動も稚拙だった。ただ、クロムウェルがそれに輪をかけて愚かなのだ。 どうしてこんな男が総司令官の器なのか。初めて会ったときの疑問は、殆どその直後に解消された。 力だ。それすらこの男の力ではない。この男の持つアイテムの力だった。 「アンドバリの指輪だな」 フーケとクロムウェルを初めて引き合わせた後に、ワルドは言った。 水の精霊の力を秘めた指輪。偽りの命を人に与える力を秘めた神秘の指輪。それがアンドバリの指輪だ。 クロムウェルには過ぎた力だと、フーケは素直に感想を述べた。 するとワルドは笑いながら頷いたのだ。 その指輪すら、実際はクロムウェルのモノではないと。おそらくは、その黒幕であるシェフィールドから与えられたモノだろうと。 いや、シェフィールドすら、おそらくは真の黒幕ではあるまい。 「ガリアかい」 ガリア訛りに既に気付いていたフーケを、ワルドは感心した眼で見ていた。 「さすがだな」 「あそこの国王が本物の無能なら、とっくにガリアは滅びてるよ」 無能王。それは、魔法が全く使えないと言われている現ガリア国王、ジョゼフを揶揄する言葉だった。 そしてフーケは知っている。 王家の血筋を引きつつも魔法の使えない者が、その代償として普通でない別の力を得るかもしれないということを。 おそらくは無能王はそれだ。そしてもう一人、フーケは知っている。 アルビオンの王家の血を引きながら、系統魔法の使えぬ少女を。 そしてもしかすると、ルイズも。 「妹の事を考えているのか?」 ワルドの言葉に、フーケは睨みを返す。 「そう尖るな。俺にも思い出すこどある、それだけのことだ。王家の血……すなわちブリミルの末裔でありながら、魔法という力に見放された娘のことをな」 「何処まで知っているんだい?」 「さあな? だが、貴様は俺に従い続けろ。貴族を捨てたのが事実なら、悪いようにはせん」 「妹に手を出すようなら、只じゃ済まないよ」 「貴様が俺に従っている限り、約束は守る。第一、俺の敵でないのなら、手を出す理由はない」 そのワルドは、今はアルビオンから下りている。フーケの隣で白い仮面を付けて立っているのは遍在だ。 三人を見回すように眺めていたクロムウェルが、感に堪えないという様子で静かに笑っていた。 「あと少しでアルビオン王党派は滅びる。その時こそ、我ら新生アルビオン、レコン・キスタの栄光が始まるのだ」 違う。 フーケは心の中でクロムウェルの言葉に異を唱えていた。 あんたが始めたがっているのはレコン・キスタの栄光じゃない。アルビオン新皇帝、オリヴァー・クロムウェルの栄光さ。 それは、来やしないんだよ。 フーケの視線が上がると、そこにはシェフィールド。 微かに頷く少女、その赤と黄色の奇妙な兜からフーケは目をそらしていた。 何故か、その兜は思い出させるのだ。ルイズの奇妙な兜を。 その連想も当然だろう。 シェフィールド……イザベラが被っているのはマシンバッハ用のヘルメットである。ある意味、ルイズの被るザボーガー用ヘルメットとは対になるものなのだ。 そして、ワルドの目にもそのヘルメットは映っている。 遍在の見たものは、本体へと伝えられる。 今もワルドの本体は見ているのだ。ルイズの隣で、この様子を。 「婚約者の我が侭を叶えるのも、男の甲斐性と言うわけかい?」 アルビオン行きをねだる婚約者。困ってみせる男。 戦火が近づいていないのであれば、それは微笑ましい光景だっただろう。 この状況でワルドがルイズを置いていく事は、誰が見ても正当だろう。責める者などいない。 だが、ルイズが諦めないであろう事にワルドは気付いていた。 ルイズはウェールズに会わなければならない。アンリエッタの言外の望みを叶えなければならない。 既にそれは強迫観念かも知れない。それとも、王女に最も近しい貴族としての義務感か、あるいは親友としての想いか。 どちらにしろ、理屈では間違っているが、思いとしては間違っていない。 叶えられるものなら叶えたい、というのも衆目の一致するところだろう。 そして、ワルドにとっても実はその方が都合がいいのだ。 実質レコン・キスタに与した身にとって、戦火の中でルイズ一人の身の安全を保証する事は容易いだろう。 それこそ、レコン・キスタ側に連れ去ってしまえば片が付く話なのだ。 万が一ルイズがワルドの目論見に気付いた場合でも、使い魔ザボーガーさえ封じればどうにでもなる。 ガンダールヴの力だけなら、正面からの戦闘で打ち倒せる。 ルイズをトリステインに返す必要はないのだ。そうすれば、虚無とアルビオンを同時に手に入れることができる。 「ただし、アルビオンにいる間は僕の指示に従ってもらうよ」 「それはわかっているわ」 「いいだろう」 ワルドの心中の笑みに、ルイズが気付く事はなかった。 前ページ次ページゼロと電流
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1895.html
……夢を見ている… 夢を見ている時に、その事を認識できるなんて結構めずらしいわね…… でも、真っ暗だ……何も見えないわね。 これから何が始まるのかしら? 子供の時の記憶?脈絡の無いストーリー? ……それとも、プロシュートの体験? ……声が聞こえてきた…… 「…………」 「……………………」 フーケとワルド? 「どうした、土くれよ。貴様もあの連中のように、宝石を漁らんのか?」 「私とあんな連中といっしょにしないで欲しいわね」 「あらら。懐かしのウェールズさまじゃない」 「そんな奴は放っておけ」 ウェールズさま?何も見えないのが、もどかしい。 「ひっ!ぷ、プロシュート!」 「ふっ、ガンダールヴか」 プロシュート? 「あんた、マジでこの男に勝ったんだね…… 正直、やられると思ってたよ……」 「ああ、正直に言うと、まともに戦っていれば負けていたな」 「なら、どうやって勝ったんだい、教えておくれよ?」 「始祖ブリミルのご加護だ」 「ああ……そう」 フーケの返事から聞くんじゃなかったと、うんざりとした声が聞こえた。 始祖ブリミルのご加護か、なんという皮肉。 「子爵!ワルド君!件の手紙は見つかったかね?」 聞いたことが無い男の声が聞こえてきた。誰だろ? 「閣下。どうやら、手紙は穴からすり抜けたようです。私のミスです。 申し訳ありません。なんなりと罰をお与えください」 閣下? 「何を言うか!子爵!きみは目覚しい働きをしたのだよ。 敵軍の勇将を一人で討ち取る働きをしてみせたのだ! ほら、そこに眠っているのは、あの親愛なるウェールズ皇太子じゃないかね? 誇りたまえ!きみが倒したのだ!彼は、ずいぶんと余を嫌っていたが…… こうして見ると不思議だ、妙な友情さえ感じるよ。ああ、そうだった。 死んでしまえば、誰もが友達だったな」 ウェールズさまが敵将ということは…… この男が貴族派レコンキスタの閣下…… 「子爵、そこの綺麗な女性を余に紹介してくれたまえ。 未だ僧籍に身を置く余からは、女性に声をかけずらいからね」 僧籍……この男、神官なの? 「彼女が、かつてトリステインの貴族たちを震え上がらせた 『土くれ』のフーケにございます。閣下」 「おお!噂はかねがね存じておるよ! お会いできて光栄だ。ミス・サウスゴータ」 「ワルドに、わたしの名前を教えたのは、あなたなのね?」 「そうとも。余はアルビオンのすべての貴族を知っておる。 系図、紋章、土地の所有権……司教時代に全て諳んじた。 おお、ご挨拶が遅れたね」 「『レコン・キスタ』総司令官を務めさせていただいておる、 オリヴァー・クロムウェルだ。元はこの通り、一介の司教にすぎぬ……」 司教、オリヴァー・クロムウェル…… 「ワルド君。ウェールズ皇太子を、是非とも余の友人に加えたいのだが。 彼はなるほど、余の最大の敵であったが、だからこそ死して後は 良き友人になれると思う。異存はあるかね?」 「閣下の決定に異論が挟めようはずもございません」 「おはよう、皇太子」 「久しぶりだね、大司教」 間違い無い!ウェールズさまの声だ。 「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子」 「そうだった。これは失礼した。閣下」 「きみを余の親衛隊の一人に加えようと思うのだが。ウェールズ君」 「喜んで」 何を言っているんですか、ウェールズさま。 「この男かね?」 「はい、この男は間違いなく我らの『力』となるでしょう」 「ほう、ワルド君の、お墨付きとは心強い」 真っ暗な視界に光が差し込む。 ここは、あの礼拝堂だ。 そこには、ワルド、そのワルドに隠れる様にフーケが立っている。 目の前に知らない男が立っている。こいつがクロムウェルなの? その隣にウェールズさまが立っていた。 目の前の男、クロムウェルが口を開いた。 「はじめまして。ミスタ・プロシュート」 プロシュート!?これはプロシュートの記憶なの!? 『レコン・キスタ』総司令官を務めさせていただいておる、 オリヴァー・クロムウェルだ、きみは不思議な『力』を 使うそうじゃないか。一つ、それを我々のために 見せてはくれないかね」 プロシュートがアンタなんかの言うことを聞くはず無いじゃない。 「ああ、かまわねえぜ」 ……………え? クロムウェルが左手を差し出してくる。 やめて……やめて、やめてー!! 跪いてクロムウェルの左手にキスをした………… うああああああぁああああああああああ……………… 許さない、絶対に許さないわ!! オリヴァー・クロムウェル ヴァリエールの名に懸けて必ずお前を八つ裂きにしてやる!!
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4727.html
前ページ次ページもう一人の『左手』 . 「大政奉還、そして新政府への参加、か……」 ウェールズはぬるくなった紅茶を一口飲むと、 「考える時間はくれないのか?」 そう言った。 クロムウェルは、そんな皇太子に微笑んだ。 「勿論ここで即答せよとは申しませんよ殿下。それほど簡単な話をしているつもりは、私にもありません。状況が許す限り、あなたには深く考えて頂きたい。ただし――」 「ただし?」 「殿下には、私のこの言葉に対して、確たる回答を返す義務がある。……それは承知して頂きたい」 真摯な瞳でそう言い切ったクロムウェルを前に、ウェールズは溜め息をついた。 「……たいしたものだな大司教。噂で聞く君とは、まるで別人のようだよ」 その愚痴にも似た呟きに、黒衣の大司教は、苦笑して何も答えなかった。 (それはまったく同感だよ、皇太子殿下) ワルドは顎ヒゲをなでながら、胸中にそう呟かざるを得なかった。 『レコン・キスタ』首領オリヴァー・クロムウェル。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの知る、彼という人間は、わずかばかりの小才を鼻にかけて傲慢に振舞う、恥知らずな策謀家というに過ぎなかった。 そしてその見解は、おそらくクロムウェルを知るすべての者が等しく抱いていたはずだ。 恥知らずであるがゆえに常識に囚われない。かつて聖職者であったからこそ神の禁忌を信じない。貴族の出自でないからこそ体面にも誇りにもにこだわらない。 そんな彼ならばこそ、目的のためにはどんな卑劣な手段も平然と使う、タブーの向こう側にいる人間であることも周知の事実だ。逆に言えば、メイジでさえないクロムウェルが、まがりなりにも貴族たちを束ねる事が出来たのは、彼がそういう人間であったればこそだ。 トリステイン貴族であるワルドは、アルビオンの諸侯たちが、クロムウェルを自派のトップに担ぎ上げた理由と課程を知らない。――だが、ただそれだけの男では、革命勢力の首魁に成り上がることなど出来はしないことも確かなはずだった。 ワルドは知っていた。 本当か嘘かは分からないが、貴族派の有力諸侯たちが彼を担ぎ上げたのは、その厚顔無恥な行動力もさることながら、クロムウェルが死者すら蘇生させる伝説の系統“虚無”の担い手であるからこそだ、という噂があることを。 無論、メイジでさえない男が伝説の系統の使い手であるなど、どう考えても在り得ない話である。だがそれでも、その噂が組織上層部における彼の指導力を水増ししていることも確かであった。 (――違う!!) だが、今この瞬間ワルドは、クロムウェルという人間に対して自分が抱いていた見解が、完全に誤っていたことを認めざるを得なかった。 この首領は、自分の能力の限界を知っている。 一国を転覆する勢力の頂点に座していながら、その現状に甘んじる事無く、組織の運営・発展に必要な要因を模索する事こそが、トップである自分の最重要課題であるということを知っている。 そして、そのためならば、自らの地位への執着さえ、組織の将来を危ぶむ結果になる事を知っている。 そして、もしウェールズが『レコン・キスタ』の指揮を執るようになれば、組織に参加する全ての者たちが各個の思惑を捨て、一つにまとまることができるだろう。 それは、ウェールズの指導力の問題だけではない。 彼は、『レコン・キスタ』が打倒した、テューダー王家の嫡子なのだ。 どのような大義があったとしても、六千年の忠義を裏切り、王国を滅ぼした罪の意識は容易に消えるものではない。ハルケギニアの全貴族が自分たちを、叛徒・逆賊・簒奪者の汚名を以って呼んでいるという屈辱と不名誉は、それこそ拭えるものではない。 だが、当の王家の人間が自ら王政に幕を引き、政権を禅譲するというのであれば、そこに流血革命の無残さはない。いわんやその本人が、自分たちの勢力に参加し、指導者の立場に立つというなら、なおの事だ。 それはつまり、王家自らが、王権を打倒した“革命”の大義と理念を認めた、と解釈できる事態なのだから。 . ――だが、そこまでは分かっていても、実際にその選択をウェールズに持ちかける器量がクロムウェルにあるとは、ワルドも思ってもいなかった。 組織の発展のためにトップの座を退く。しかも地位を譲る相手は、部下でも同志でもない。ほんの数時間前まで実際に戦火を交えた敵の領袖なのだ。 ワルドはむしろ信じたくなかった。 だが、ここにいる男は、まぎれもなく本物だ。 俊才で名高いウェールズを向こうに回して一歩も引かぬ、その堂々とした態度。己の名を捨て、組織の実と国家の発展を選ぶ、その発想。そして行動力。もはや彼の眼光に、日頃の蛇のような冷たい輝きは、一分たりとも宿ってはいない。 (ならば、この男の日頃の行動は何だったのだ? あの卑しい目付きや、人を不快にする物腰や、目的のためには手段を問わぬやり口は?) ――擬態、だったとでもいうのか……!! そう考えれば、色々と辻褄の合う点が、多々ある。 貴族という存在は、みな一様にプライドが高い。 たとえ大司教の地位まで上った神官といえど、そして自らの首領として担ぎ上げた者といえど、――メイジでさえない男が、その有能さを十二分に主張して貴族を顎でこき使えば、そこに軋轢がうまれないわけがない。 むしろ、油断ならぬ男と警戒されつつも、その人格を白眼視されているくらいの方が、組織の運営には好都合であろう。ならば、クロムウェルが今ウェールズに見せている政治家としての識見も、おそらく彼が隠し持った“顔”の一つに過ぎないのだろう。 人の姿は一面ではない。その在り様は状況によって変化して然るべきだ。そして人材としての人間の価値は、その素顔にはない。あるとすればそれは、その場その場の状況に応じて、何枚の“顔”を使い分けられるかという点に尽きる。ワルドなればこそ、それが分かる。 なぜなら彼もまた、トリステイン魔法衛士隊長と『レコン・キスタ』幹部という、複数の“顔”を使い分けて生きる人間だからだ。 だが、その“顔”一枚一枚に、これほどまでの中身を持たせることが出来るなら、自分が考えているよりもクロムウェルという男の『底』が深いのは間違いない。ならば―― (認めてやるよクロムウェル。お前は確かに単なる神輿などではなかった。お前は、率いるべくして貴族どもを率い、六千年の王朝を打倒した男なのだということを、な) ワルドは杖を握る手に力を込めた。 そして、ウェールズに聞こえぬように、呪文の詠唱を開始する。クロムウェルの指令どおり、眼前の王子の返答如何によっては、その背を貫くために。 先程まで胸中に渦巻いていた葛藤は、もはやない。 この皇太子が『レコン・キスタ』を、あくまで拒むなら、ここで消えてもらうまでだ。 クロムウェルという男の器が、いま自分が再確認した通りであるならば、ここでワルドがウェールズの存在にこだわる理由は全くない。ウェールズがおらずとも、クロムウェルは彼なりの方法論で『レコン・キスタ』と共和政運動を盛り上げてゆく事だろう。 (さあウェールズ、今度はお前の番だ。お前の器量を、俺に見せてみろ!) ワルドがそう思った、まさにそのときだった。 「――ああ、話は変わるが子爵。君の婚約者は承知しているのかな?」 ウェールズがこちらを振り返りもせず、いきなり発した言葉に、ワルドは瞬間、きょとんとなった。 すでに詠唱は完了している。 いつでも不意打ちを仕掛ける準備が出来ているからこそ、その“標的”から突然かけられた言葉は、ワルドの心胆を混乱させたのだ。が、懸命に心を落ち着かせ、彼は顔が引きつりそうになるのを懸命にこらえる。 「……何が、でございますか殿下?」 だが、そんなワルドの心中を知ってか知らずか、ウェールズはこともなげに笑う。 「決まっているだろう、子爵」 「君が祖国を裏切って『レコン・キスタ』に参加している事実を、だよ」 ワルドの心臓は凍りついた。 「きゅいきゅいっ、すごいのねっ!! 竜の背に乗るのが、こんなに気持ちがいいなんてシルフィ知らなかったのねっ!!」 その背に巨乳を押しつけながら、感極まった声を上げるシルフィード。 だが、いまの才人にとっては、そんな胸の感触すら集中をかき乱す存在に過ぎない。 宙空の双月や、いまだ燃え尽きぬ地上の業火のおかげで、アルビオン上空は闇夜とは言いがたい状態ではあったが、実際、目を皿のようにしてルイズを捜す彼からすれば、背中の美女は結構うっとうしかった。 「自分で飛ぶのと乗るのとじゃ、こんなに違うなんて、お姉さまは教えてくれなかったのねっ! こんなのずるい、ずる過ぎるのねっ!!」 「ああもう、うるせえなっ! なにがズルイってんだよ!?」 「だってお姉さまは、シルフィに乗るたびに、こんなに心地いい風を感じていたなんて、そんなの不公平なのねっ。気持ちいい風はシルフィだって感じたいのねっ!!」 そう言いながら背中でハシャギ回るシルフィード。 「おいっ、やめろ、暴れるなよっ!? 危ないってばっ!!」 叫びながらも、鞍から振り落とされないように、才人はあぶみに置いた両足に懸命に力を込め、竜の首を挟み込む。 「だっ、だいたい、お前はタバサを乗せるのが仕事だろう? そのお前が乗る側に回っちまったら、竜がもう一匹必要になってくるじゃねえか? それとも、アレだ――お前の親戚から、ヒマな竜でも連れて来るかっ!?」 そう言った瞬間、シルフィードの声は消えた。背中で騒ぐ気配も消えた。 だが――。 「いだだだっだぁぁぁッッッッ!!」 がぶり、と音がせんばかりの勢いでシルフィードが、背後から才人の耳朶に噛みついたのだ。だが、この状態で彼女に抵抗するすべは今の才人にはない。ここは上空ウン百メートルの雲の上なのだ。下手に落ちれば海面に叩きつけられて、確実にペシャンコだ。 さすがに、このシルフィードの反応は、才人の予想の斜め上を行き過ぎていた。 「きゅいきゅいっ!! サイトったら意地悪なのねっ!! お父様やお母様がどこにいるかなんて、今のシルフィには分からないのねっ!! ふえええぇぇぇんんっっっっ!!」 そうなのだ。 使い魔として召喚されたのは自分だけではない。 このシルフィードもまた、別れを告げる暇もなく、自分の家族から突然引き離され、いまの境遇に身を置くしかない者たちの一人なのだ。 才人は唇を噛みしめる。 かつてタバサが言っていた。このシルフィードは、齢百歳を経た韻竜ではあるが、その寿命に換算すれば、肉体・精神ともに、まだまだ幼生と呼ぶしかない存在なのだと。 つまり彼女は、同じく召喚された身であっても、自分のように、親の存在を邪魔臭がって暮らしていた高校生とは根本的に違う。里心がつけば泣いて暴れるの子供なのだ。 (里心、か……) 才人の脳裡に、一瞬、口うるさいが優しかった母親の姿や、寡黙ではあったが頼りになった父親の姿が、懐かしさと共に浮かび上がる。 その映像は、耳に走る激痛とは別に、才人の胸に疼くような痛みを走らせ、口から一つの問いを紡がせていた。 「シルフィ、帰りたいか……?」 はっとしたように、シルフィードは歯に込めた力を抜き、やがて彼の耳から唇を離した。 才人は感じた。 彼女が自分の背中に額を押し付け、静かに首を横に振ったのを。 「寂しくないのか」 「……シルフィには、お姉さまがいるのね……だから、寂しくないのね……」 「帰りたくないのか」 「……帰りたいけど……でも、お姉さまを、一人にはしておけないのね。シルフィが帰っちゃったら、お姉さまが一人ぼっちになっちゃうのね。それに多分……シルフィもお姉さまがいない方が寂しいのね……」 「……そうか」 そうだ。 その通りだ。 分かっていたはずだ。 アイツを一人にはしておけない。 才人の脳裡に浮かぶ映像は、いつの間にか両親から、別のものに差し代わっていた。 『ゼロ』と呼ばれ、罵られ、嘲笑われ、小さな肩を震わせながらも、頑なな目付きで、何かに抵抗するように虚空を睨みつけている、アイツ。 ――帰りたくないと言えば、それはさすがに嘘だ。 でも、今はせめて、アイツの傍にいてやりたい。おれに何が出来るかは分からないが。 . 「やっぱりサイトも、おうちに帰りたいの?」 「そりゃあそうさ……でも」 「でも?」 「帰るのは、何も今でなくてもいい」 才人は肩越しに背後に手を伸ばし、シルフィードの青い髪を、そっと撫でた。 「だから今はせめて、あの寂しがり屋の御主人様とやらのために全力を尽くすか。お互いにな?」 さらさらの青髪から手を離し、才人は振り返る。 シルフィードの顔は……朱に染まっていた。 「きゅい~~~~~~~~~っっっ!!」 「おわっ!?」 いきなり人外の腕力で背後から抱き締められ、才人の肋骨が悲鳴をあげる。 「きゅいきゅいっっ!! やっぱり、やっぱりサイトはカッコイイのねっ!!」 「わがっだ! わがっだがら! ルイズを捜すの手伝えって!! な!?」 「はいなのねっ!!」 さっき泣いた韻竜が、もう元気に笑っていた。 lllllllllllllllllll 「殿下……いったい何を仰られているのか、私には分かりかねますが」 そう答えた声が震えなかった事を、ワルドは少し始祖に感謝した。こんな台詞一つで動揺して、尻尾を出すような己なら、クロムウェルやウェールズを向こうに回して、到底この先、世界を手中に収める事など出来はしないだろう。 そう言い聞かせながら、震える心胆を懸命に落ち着かせる。 だが、ウェールズの表情は変わらない。 「そうか。なら――」 彼は、クロムウェルを振り向くと、 「大司教、私に指導者の地位を譲るとまで言った君が、いまさら、組織に関わる情報に嘘を交えるなどという事はあるまいな?」 だが、その言葉を聞いて、黒衣の大司教の口元に浮かんだのは、久々の蛇の笑いだった。 「そのお言葉は、殿下が私の考えに賛同して下さったと解釈して、宜しいのですかな?」 クロムウェルに呼応して、ウェールズも亀裂のような笑みを浮かべる……などというような事はなかった。それどころか、クロムウェルのその台詞に驚きの色を浮かべたのは、むしろ話を振ったウェールズの方であった。 「……おいおい、らしくないな大司教。今のは、その迂闊な言葉が意味することを、本当に理解した上での発言なのかね?」 ウェールズが戸惑うのも無理はない。その台詞は、やはりワルド子爵が『レコン・キスタ』の一員であると教えているようなものなのだから。 彼自身、ワルドの正体にどれほどの確信があったかは知らないが、敵の首領自らが、それをアッサリ認めてしまうなどと誰が思うだろう? ウェールズはむしろワルドに同情するような視線さえ向ける。 「でっ、殿下っ!? ですから私は違うと――」 思わず声を荒げるワルド。だが、クロムウェルの態度は変わらない。 「いかにも、このワルド子爵は『レコン・キスタ』の息がかかりし者にございます」 ワルドは、もはや口を開けたまま、声を上げることさえ出来なかった。 何故!? 何故ここへ来て、暴露ッッッ!? どういうつもりなのだ!? 俺に、ウェールズを殺させたいのではなかったのか!? ――だが、眼前の首領は、平然と言葉を続ける。 「ワルド子爵だけではございませんよ。殿下も御承知の通り、我が『レコン・キスタ』は国境を越えて貴族の連帯を呼びかける組織でございますからな。ゲルマニアにも、ロマリアにも、ガリアにも、多くの同志が存在いたします」 ワルドは唖然とした。この期に及んでクロムウェルは、ウェールズの言葉を逆手に取って、『レコン・キスタ』の潜在戦力をアピールする気なのか!? 「無論、トリステインに根付きし同志も、子爵一人にとどまりません。我々がその気になれば、アルビオンと同じことを、いつどこの国でも始める事が出来るのですよ」 「なるほど。『レコン・キスタ』の基盤は、もはや磐石であるということか」 「ええ。――なれど、これ以上の機密は、さすがにお教えできません。無論、殿下が『レコン・キスタ』に参加して頂けると言うなら話は別でございますが」 ウェールズは、その言葉には苦笑する。 「道理だな。――だが大司教、機密も何も、もし私が君の要求を蹴った場合、この部屋から、はたして生きて退出させてもらえるのかな?」 そう言ったウェールズの視線は、あきらかにワルドを向いていた。 . (気付いているのか……俺の殺気を……!!) ワルドは、かつてフーケに、嘘が下手だと指摘されたことを思い出していた。 ウェールズがいつから自分に目をつけていたのかは分からない。だがおそらく、停戦交渉を始める前から、自分を怪しんでいたとは考えにくい。もしニューカッスルにいた頃から眼を付けられていたとするなら、一軍の将として、いくら何でも無防備すぎる。 それとも――、 (泳がされていた、というのか……!? どうせ、大した事はできまいと、タカを括られ、見逃されていたということか……!?) だが、ワルドがそう思った瞬間、ウェールズは静かに口を開いていた。 「そうではないよ」 一瞬、ワルドは、ウェールズが発したその言葉の意味が分からなかった。 誰に対しての、何に対しての否定の言葉なのか。 しかしウェールズは、そんなワルドの瞬時の疑問に答えるかのように、さらに言葉を付け足した。 「ニューカッスルで、君が私を見ていたように、私も君のことを見ていた。だから、君という貴族がどういう人間なのか、私なりに了解しているつもりだ」 「……」 「だからこそ、私の背を任せたのだ。『レコン・キスタ』のワルド子爵に、ではない。トリステイン魔法衛士隊長のワルド子爵に、でもない。胸中に抱く理想はともかく、あるがままの君という人間は、信ずるに価する。――そう思ったからだ」 その言葉が本気であったかどうかは分からない。 だが、そう言ったウェールズの瞳には、一分の曇りも後ろめたさも見えない、誠実な光が宿っていた。少なくともワルドには、そう見えた。 だが、その真っ直ぐすぎる視線は、むしろワルドの心を波立たせた。 信じたからだと言えば聞こえはいい。だがそれでも、間諜と疑ってなお自分を警戒すらしない野放図さは、ウェールズの器量というよりはやはり、ただ無視された――歯牙にもかけられなかった――としか解釈の仕様がないではないか。 だとすれば、この舐められ方は尋常ではない。 努力と才能によって、王宮のエリートたる魔法衛士の隊長職にまで上り詰めたワルドにとって、ここまで徹底的に甘く見られ、虚仮のように扱われた経験は、生まれてこのかた一度たりとも無いことであった。 ――見くびりおって、この、若造がッッッ……!! 屈辱が理性を凌駕した瞬間、ワルドの手は杖にかかっていた。 もう詠唱は済ませてある。 杖に精神力を込めるだけで、このサーベル状の杖は、容易く眼前の貴公子の胸板を貫くはずだ。 トリステイン王宮魔法衛士隊長として磨き抜かれた動きは、文字通り目にも止まらぬ速度で――。 「無駄だよ、子爵」 ワルドの杖は止まっていた。 ウェールズの左胸。心臓の位置。 その青白く光る杖は、――しかし、眼前の皇太子の胸元から、それこそ紙一重の位置で止まっていた。スクウェアクラスの魔力を込められ、岩をも貫くはずのその“光の魔剣”は、ウェールズの服にケシ粒ほどの僅瑕さえ残さなかった。 ウェールズはワルドの目を見たまま微動だにしていない。 「……ワっ、ワルド、子爵……!?」 さすがのクロムウェルも、事の成り行きが読めずに、呆然としている。 ワルドが杖を止めたのだ。自らの意思で。――いや、そこにワルド自身の意思が働いていたかどうかも、かなり怪しい。何故なら杖を寸前で停止させた事実に、ワルド本人こそが一番驚いていたからだ。 (なっ……なんで……ッッッ!?) 理由はない。反射だ。 殺気を剥き出してなお、まったく一分の動揺すら見せぬウェールズの眼光。そして、その冷静な声音に、ワルドの肉体が自身の意思に反し、勝手に杖を停止させてしまったのだ。――そうとしか表現しようがない。 「無駄、とは……?」 かすれた声で、かろうじてワルドが尋ねる。 ウェールズは引きつった顔で杖を突きつけるスクウェアメイジに、こともなげに言う。 「お前が俺を殺すはずがないからだよ、ワルド」 . ウェールズは自分の事を『私』でも『僕』でもなく『俺』と言い、そしてワルドを、これまでのように爵位ではなく、その名で呼んだ。これがどういう事を意味するのか。 少なくともアルビオンで、『俺』という一人称を使うウェールズを見た者は、誰もいまい。 ワルドの心中がいかに混乱していても、さすがにその意味に気付かぬほど彼はバカではない。 だが、それでもワルドは抵抗するように叫ぶ。 「何を言っているっ!? 俺はいま、貴様を殺そうとしたんだぞッッ!!」 「だが、結局お前は、そうしなかっただろう?」 その言葉に、ワルドは絶句した。 殺すべき標的の言葉に動揺し、その心臓を貫くはずだった杖を止め、そしていま、標的の真摯な視線に晒されて口を開く事さえ出来ない自分……。 分かっている。 本当は、ワルドにも分かっているのだ。ニューカッスルにいた頃から。 この男は、自分を甘く見てなどいない。 それどころか、自分は、この貴公子の人物に惹かれつつある。 クロムウェルの器量を再確認する事で、一時はそういう自分を忘れ、ウェールズの価値を否定する事はできた。だが、忘れていたといっても忘却の彼方へ沈んだわけではない。その思いは、何かきっかけがあればすぐに浮上する。 王女アンリエッタにも、宰相マザリーニにも、大后マリアンヌにも、いや先代のトリステイン王にさえも、ワルドは自らの身命を捧げる価値があるとは、実は一度も思った事などない。 彼らは、ただ国権の象徴というだけの存在。ワルドにとって祖国の王家など、それ以上でものでは在り得ない。何故なら彼らはワルドから見れば、『レコン・キスタ』が提唱するところの“無能なる王家”以外の何者でもなかったのだから。 だが、このウェールズは違う。 ワルドは、生涯初めて『この男の子分になってもいい』と思える対象を発見したのだ。 クロムウェルが、彼を担ごうとするのも納得のいく話だ。この男の才能はともかく、そのカリスマはまさしく天性のものであろう。だが――、 (認めろと、いうのか……!!) 男が男を認めるとき、そこには並々ならぬ苦痛と自身への無力感を覚える場合がある。ウェールズの魅力に、半ば心を奪われかけている自分を認めるには、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの気位は高すぎた。 「……ワルド……くん……?」 クロムウェルが恐る恐る口を開く。 いまの二人のやりとりを目にして、すっかり毒気を抜かれてしまったのだろう。そして、ウェールズは椅子から立ち上がると、硬い視線をクロムウェルに向けた。 「大司教、『イーグル』号の全乗員と地上の兵、そして我が父ジェームズの命を保障せよ」 「そっ、それでは……ッッッ!?」 クロムウェルが弾かれたようにウェールズを見上げる。 貴族派の首領が出した要求に、王党派の指導者が条件を突きつけた。即ち、この事態の意味するところは一つ。 「『レコン・キスタ』に参加しよう。――ただし首座には就かぬ。あくまで君の補佐役に回らせてもらう。それで異存はないな?」 「ウッ、ウェールズ殿下……!」 クロムウェルはもはや、完全にウェールズに呑まれていた。その表情に、先程までこの場を支配していた政治家の“顔”は、痕跡すら見出せない。 「ワルド」 振り返ったウェールズを、しかしワルドは茫然と見返す。 「本気なのかウェールズ……本気でお前は……!?」 だが、ウェールズの言葉は、ワルドとは対照的に迷いはなかった。 「やる以上は全力を出させてもらう。王制ではやれなかった政治も、やれなかった戦も、ここでならやれそうだしな。それに何より――」 ウェールズは、そこで言葉を切ってにやりと笑った。 「親父の尻拭いは、もう飽きたのだよ」 「ウェールズ……」 「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド! 今日より俺の背中は貴様に任せよう。反論は一切認めぬ!!」 「一命を賭して!!」 もはや、ためらいは無かった。 ワルドは跪いていた。捧げるように杖を置き、帽子を脱ぎ、目を伏せていた。 あたかも父祖の王にそうするように。 その戦列艦が怪しいと思った根拠は、正直に言うと皆無に等しい。 だが、編隊から次々に離脱していく艦の中でも、何故か才人は、その一隻にフネから目が離せなかった。 そして、そのフネが突如発砲するに及んで、彼の疑念は確信に変わった。 フネの位置からしても、その砲撃が『イーグル』号を狙ったものでない事は歴然だ。ならば、ヤツラは何を撃っている? 「きゅいきゅいっ!! サイトっ、あれ見てっ!!」 シルフィードが空中を指し示す。例の艦の延長射線上――そこに一隻の小型艇が浮かんでいた。 「――ルイズ……!!」 才人には見えた。 その小船に、特徴的なピンクブロンドの少女が乗りこんでいるのを。 (冗談じゃねえ……!!) やっとの事で発見した、その少女。 だが彼女は今、戦艦の放つ艦砲射撃に晒され、いつ直撃弾を喰らって、木っ端微塵になるか知れない状態だ。 (冗談じゃねえ……ッッッッッ!!) 才人は手綱を打った。 「急げっ!! ここまで来て、死なせてたまるかっ!!」 彼らの騎乗する巨大な風竜は、ぎゅい、と一声鳴くと、翼をはためかせ、一直線に才人の意識する方角へ飛行し始める。 「相棒いけねえ! 進路を変えろ!!」 才人の背から耳元に声が響く。 巨大なバストを押し付け、しがみ付いているシルフィードではない。 その金属的な声の所有者は、彼の佩剣。知恵持つ刃デルフリンガー。 だが、今の才人にその叫びを理解する余裕は無い。 「バカ野郎、悠長な事言ってる場合かっ! とっととアイツを助けなきゃ、死んじまうじゃねえか!!」 「だめだっ!! あの貴族の嬢ちゃんなら大丈夫だ!! このまま進めば、むしろ俺たちの方が危ねえんだよっ!!」 「わけの分からん事を言ってるんじゃねえっ!!」 自らの背に怒鳴り返す才人。そう言っている間にも彼が御する風竜は、矢のような速度で宙を突っ切り、例の艦の上空へと差し掛かっていた。 「だから……とにかくヤバイんだよっ!! このまま行けば、俺たちまで“虚無”の巻き添えになっちまう――って、だから、聞けってんだよヒラガサイトッッ!!」 だが、少年の意識には、その声はもはや届かない。 彼の脳中にあったのは、もはや確実にそれと分かる少女の顔――。 「ルイズゥゥゥゥゥッッッ!!!」 そのときだった。 彼の騎乗する風竜。その直下にあった戦列艦が、大爆発を起こしたのは。 才人は知らなかった。 少年と剣と韻竜を乗せたドラゴン。それは先程まで『イーグル』号に攻撃を仕掛けていた貴族派に属する竜騎士のものであったことを。 その禍々しい獣の陰影が、小型艇で脱出を図っていた彼らの目にどう映っていたのかを。 才人は不幸にも知らなかった。 「きゅいッッッ……!?」 突如巻き起こった大爆発の衝撃波は、直上にいた巨大な風竜の腹部をやすやすと切り裂き、その背の鞍にいた彼らは、あっさり空中に放り出される。 だが、才人が恐怖を覚える暇は無かった。彼の意識は、爆光の白い闇に包み込まれ、すでにして、肉体から弾き飛ばされていたのだから。 偉大なる始祖ブリミルが行使したという伝説の系統“虚無”はこの日、復活した。 だが、その担い手と使い魔は、浮遊大陸に於いて、互いに求め合いながらも、ついに出会うことは無かった。 前ページ次ページもう一人の『左手』
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5280.html
前ページ次ページナイトメイジ 「どうしよう、じゃないわよどうしようじゃ。何とかしないと。ルイズは生きているんだし、それに力を失ったわけじゃないんだから全部ダメになったわけじゃないのよね。何とか巻き返さないと。えーとえーとえーと、まずは……。うん、そうしましょう」 遠くで戦いの音がする。 それが徐々に近づいてきていてもルイズは泣いていた。 悔しくて泣いていた。 つらくて泣いていた。 悲しくて泣いていた。 そして扉のきしむ音がした。 ルイズはワルドが戻ってきたのかもしれないという期待と恐れを混ぜたまなざしでそれを見たが、その先にいたのはベルだった。 「どうしたの?ルイズ」 ルイズの使い魔はこの礼拝堂に立ちこめる血のにおいなど気にならないのか奥に向かって歩き、ルイズのそばに来ると手を差し伸べた。 「ワルドが、ウェールズ王子が……姫様が……あ、ああああああぅ」 語ろうとしても言葉がうまく出ない。 思い出すたびに嗚咽が邪魔をする。 「そう」 それなのにベルはすべてがわかっているようにうなずいている。 「何でこんな事になったの?私が悪かったの?どこが間違ったの?」 あったのかもしれない。無かったのかもしれない。 だからそれは今すぐ答えられるものではない。 その答えられない問いかけにベルが答えた。 「あなたに力がなかったから」 「え……?」 「力がなかったからウェールズ王子は殺された。アンリエッタは浚われた。全部、あなたの無力が招いたこと」 「そう……なの?」 ベルは優しく、ひたすらに優しく答えた。 「ええ。あなたは無力よ」 ルイズの目からまた涙が落ちる。 叫び声のような嗚咽は止まらず礼拝堂を満たし、響いた。 「だから帰りましょう」 ──そう、帰ってしまえばいい。帰ってしまえばきっと…… ルイズは学院に帰るために差し伸べられたベルの手に自分の手を伸ばす。 「フーケの時とは違うものね」 ──フーケ? 手が止まる ルイズはあのときの自分の言葉を思い出す。 ──敵に後ろを見せないものを、貴族と呼ぶのよ なら今、帰るのはどういう事か。 間違いなく敵に後ろを見せることだ。 それは貴族の行うべき行動ではない。 それに気づくとルイズの目から落ちる涙は無くなった。 「いいえ、帰らないわ」 ルイズはベルの手を握る。 帰るためではない。敵に後ろを見せないために。 「浚われた姫様を助け出す。帰るのはそれからよ」 「力もないのに?」 ルイズは立ち上がる。 その両目には迷いはなく、両足には力がある。 「力があるか無いか無いかなんて関係ないわ。無くても姫様を助けないといけないのよ。それが貴族としての、いいえちがうわ」 そう、ちがう。 それだけではない。 ルイズが貴族でなくともやらなければならないことだ。 「姫様の親友としての私の使命よ」 「そう、なら行きましょう」 「ちょっと待って」 ルイズは背後に横たわるウェールズ王子の死体のそばにしゃがみ込む。 血の海の中でも気にはならない。決心がルイズを支えていた。 ルイズが何か形見になるものはないかと赤く濡れている王子の死体を探っていると、彼の指先にルビーの指輪を見つけた。 「王子様、申し訳ありません。でも、姫様は必ず助け出してトリステインにお連れします」 ルイズは指輪を抜き取り強く握りしめる。 「これは形見にいただいていきます。その時には、これを姫様に……」 死体はなにも語ることはないし何もできない。 「もういい?」 「ええ、行きましょう」 ルイズはベルの後をかけだした。 礼拝堂にはもう言葉を話すものはなにない。 そこには静寂を作り出すもののみが残った。 「力があるか無いかなんて関係ない……か。でもルイズは分かっているのかしら。その言葉の裏側には力を渇望する強くて貪欲な意志が横たわっているのにね」 ゴーレムが城門を破る音がしたのはつい先ほどのことだ。 戦いの場は既に城内に移り、剣劇の音が聞こえる。 パリーの居るホールにもレコン・キスタ兵が大挙して押し寄せてきた。 皆目を血走らせ、中にはこれからの略奪で何を奪うか物色している気の早い輩まで居る。 ウェールズの戦装束を着込んだパリーは老いた声を魔法で高くして叫んだ。 「我が名はウェールズ・テューダー」 その名乗りにレコン・キスタの兵達は色めき立つ。 ウェールズを倒したとなれば大手柄だ。 報酬が数倍にふくれあがることは間違いない。 兵達はホールのそこかしこに置かれた樽を乗り越え、よけながらパリーに殺到する。 「レコン・キスタの方々、よくぞここまで参られた。あいにく何もない城ではあるが火薬だけはこれこのとおり、山のようにある」 またもレコン・キスタの兵達は色めき立つ。 その言葉で彼らはこのホールに置かれた大量の樽のに何がつまっているかが分かったのだ。 そして何のために置かれているのかも理解した。 「たらふく食らわれよ」 今度は逆に兵達はホールの出口に殺到するが狭い扉に殺到しては出られるものも出られない。 パリーが発火の呪文を唱えると、杖の先に火が灯った。 「王子、どうかご無事で」 杖を押しつけられた樽は瞬時に火に包まれ、燃え上がる。 数を数える暇もなく樽の中の火薬はパリーを巻き込んで爆発を起こした。 それにつられ、ホールの中の樽もすぐさま爆発を起こす。 火竜の吐息すらも凌ぐような炎がレコン・キスタ兵を飲み込んだ。 「滑稽ね。ウェールズはもう死んでいるのにあそこで戦っている何人かは彼のために戦っているなんて」 「ベル、何か言った?」 「なんにも」 パリーの遺志は既に果たされることはないが、彼の行動はルイズに幸運をもたらした。 立ち上る火炎と城を揺るがす爆音が人の注目を引かぬはずはない。 二人の少女はそれに紛れて城を離れ、そして戦場から離れた。 三百。 これがこの戦におけるアルビオン王国軍の損害である。 これはすなわち全滅を意味する。 軍事用語での全滅ではない。一兵卒残らず死亡という意味での全滅だ。 一方、レコンキスタの損害は二千。 王国軍は彼らが望んだように望むだけの戦果を存分に上げたのである。 戦が終わった次の日。 ワルドはニューカッスルの戦場跡を検分していた。 あたりでは兵士達が城に残された財宝を漁っていたが彼はそんなものには興味がなかった。 人を待っていたのだ。 戦いが終わってすぐ、速度に優れた風竜に乗った騎士にしたためた手紙を渡した。 手紙を受け取った人物はよほど急いでいたのだろう。 返事は口答できた。 「すぐに行く」 内容はそれだけだった。 手紙を出した相手は陣の後方にいる。 来るのはもう少しかかるだろう、と足下の小石を蹴り飛ばしたワルドに声がかけられた。 「子爵!ワルドくん!知らせを聞いて飛んできたよ。遅れてすまなかった。いやはや、立場というものは時に不便なものだ。大急ぎで駆けつけたかったが護衛だ何だといろいろあってね。今までかかってしまった」 この三十代半ばの聖職者のような格好をした男こそレコン・キスタ総司令、オリヴァー・クロムウェルである。 事実彼は元は一塊の司教であり、共和制を標榜する貴族議会の投票により総司令に任じられてからそれほど日数はたっていない。 「いえ、出迎に遅れ謝罪せねばならないのは私の方です。お許しください」 膝をつき、頭を垂れるワルドの肩にクロムウェルは手を置き、人なつこそうな魅力的ともいえる笑みを浮かべた。 「それくらいがなんだ。子爵。君は目覚ましいと言う言葉も陳腐に聞こえるような働きをしたのだ。もっと誇りたまえ。それでだな、子爵……」 クロムウェルは待ちきれないというようにいささか早口で言葉を続けた。 「本当に、捕まえたのだろうね?」 「はい。間違いありません。しかし閣下」 ワルドの面を上げ、視線をクロムウェルの後ろに立つ眼鏡をかけた女性に向けた。 「彼女は何者なのです?よろしいのですか、この話を聞かせて。まだ誰にでも聞かせて良いようなものではないと思うのですが」 「おお、そうだな。では、紹介しよう」 クロムウェルは片手でその女性に前に出るように促し、そのすぐそばに立つ。 「といっても余も今日、出会ったばかりなのだがね。彼女の名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。かつて王家に不当にも取りつぶされたサウスゴータ太守の娘だよ。昨日もゴーレムを使い我が軍の勝利に貢献してくれたのだよ」 マチルダと紹介されたその女性は品の良さそうな顔をワルドに向け、わずかに頭を下げた。 土くれのフーケがアルビオンに到着したのはつい二日前のことである。 ルイズの乗るマリー・ガラント号にベール・ゼファーの指示により密航したフーケはニューカッスルに到着するとすぐさま船を下り、城から抜け出した。 その後フーケは思案することになった。 もともとレコン・キスタに潜り込むつもりでアルビオンに来たのだが、それをどうやって果たそうかと言うわけだ。 幸いにもそれはすぐに解決した。 レコン・キスタには以前彼女の父親が懇意にしていたとある貴族が参加していたのだ。 首尾良くその貴族と接触したフーケはマチルダ・オブ・サウスゴータという本名を明らかにし、こう言ったのだ。 「父の無念を晴らすために、どうかレコン・キスタに参加させてください」 かくしてレコン・キスタの一員となったフーケことマチルダは攻城戦においてゴーレムの一撃で城門を破壊し、さらにはその功績によって司令官であるオリバー・クロムウェルに紹介されることとなったのである。 「君の二つの働きを是非彼女にも見せたいと思い連れてきたのだよ」 「分かりました。では、こちらへ」 立ち上がったワルドは二人を案内し、歩き出そうとしたところで呼び止められた。 今度はまじめそうな少年の兵士だった。 これが初陣なのだろうか、彼は少しおどおどしながらワルドに報告を始めた。 「あ……の。子爵の妻と名乗る女性が来られております。どうしましょう」 「なに?妻?」 ワルドは少し考える。 ──自分の妻? ワルドには心当たりがあった。 それはルイズのことだろう。 「ほう、子爵は結婚をしていたのかね。それは初耳だ」 「ええ、つい先日のことですが。彼女は待たせておきます。まずは閣下に……」 「いやいや」 クロムウェルは笑みをさらに大きくする。 「君の妻にも見せてあげようじゃないか。いや、しかし今日はすばらしい日だ。4つもの出会いに巡り会えるのだからね。ブリミルがお引き会わせとしか思えないではないか」 聖印を切り、神に祈るクロムウェルはまさにブリミルの忠実な使途であった。 レコン・キスタの陣のすぐ側でベール・ゼファーは3度ほどうなずいた。 「向こうはこれでいいわね。さて、私もやることをしないと」 周囲を見渡し、あれはダメだ、これもダメだ、と言っていると彼女のすぐ横でばさばさという音が聞こえてきた。 風竜が下りてきたのである。 その背に乗るのはまだ年若い竜騎士だ。 慣れぬ戦場で竜の操作を誤ってしまったのだろうか。普通ならばこんなところに下りるはずはない。 「ちょうどいいわ。あれにしましょう」 ベルは全くそれが当然というように少年騎士の前に立ち、そして命じた。 「私の言うことを聞きなさい。いいわね、あなたはこれから……」 少年は突然現れた少女をきょとんと見下ろしていた 前ページ次ページナイトメイジ