約 1,893,876 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3336.html
前ページ次ページゼロの英雄 ルイズの手記-3 △月○日 結局アタラクシアって赤竜を追ってアルビオンに行くことになった。 行くついでに姫様に用事を頼まれる、密命を帯びてアルビオンに向かったワルド様がいつまで経っても帰ってこないらしい。 ラ・ロシェーヌで一旦休んでとか思ったけど甘かった、スピノザが全力を出せばアルビオンまでひとっ飛びじゃないの。 キュルケとギーシュも何故か付いてきた、スピノザが頼まれると断れなかったらしい。 アルビオンは戦争の真っ直中、最近押され気味だった貴族派が勢力を盛り返しつつあるらしい。 途中あわやレコン・キスタ間諜かと疑われたけれど、姫様から預かった水のルビーが証を立ててくれた。 ウェールズ様は素晴らしい方だ、戦況は苦しいが最後まで戦い抜くと仰られた毅然とした態度に思わず感動。 ただもし自分たちが戦死した場合姫様がに迷惑が掛かるだろうと一通の手紙を預かった。 その時輝く水のルビー、って私の属性って虚無だったの!? 試しに一発撃ってみたらすっごい爆発が起きて貴族派の主力が吹き飛んだ、これ幸いと年甲斐もなく特攻するジェームズ陛下。 一気に王党派に傾いた戦場の様子を見て、ウェールズ様に預かった手紙を返す。 ところで先行……もとい閃光のワルド様は一体何処に? 元レコン・キスタ総指揮官オリヴァー・クロムウェルは走っていた。 森を掻き分け、川を渡り、崖から転げ落ちながら、がむしゃらに追撃の魔の手を逃れようと走っていた。 わざわざ特注で作らせた僧服は木々に引っかけぼろぼろで、かつての神聖な面影など欠片もない。 酷使を繰り返したせいか右手の中指に付けたアンドバリの指輪は効力を失って久しい。 「ふ、ふふふ……」 つまりは自分は見捨てられたのだ。 あの人を人とも思わぬガリアの狂王に。 「ふひ、ふひひひひ……」 惨めだ、途方もなく惨めだ。いっそこのまま…… その時がさりと蠢くものがあった。 「ひっ」 森の木々の奥に覗く真紅の巨体、それを見た瞬間体が凍る。 「ひへぇぇぇぇええええ」 鋼すら通さぬ皮膚、人など塵程度にしか思ってないだろう二つの紅玉、金属製のゴーレムすらやすやすと引き裂く爪と、雷を呼ぶ二本の角。 あまりにも圧倒的なその存在に出会ったとき、人は考えることをやめただ恐怖する。 己の存在の矮小さ自覚するが故に…… 「ひへぇぇぇぇぇえ!」 そのドラゴンはクロムウェルの左腕を囓り取った、そのままさも不味そうに咀嚼し、ゆっくりと飲み下す。 ――ああ、自分はこのままこの竜の昼飯になる運命なのだ。 クロムウェルがそう思い、瞳を閉じた瞬間。奇跡が起こった。 聞き覚えのない詠唱が耳を叩く。 その詠唱が終わると同時に、真紅のドラゴンはまるで夢を見たように呆然と周囲を見回した。 「おうちに帰りましょうか」 ドラゴンは一声なくと、ゆっくりとその場を飛び去っていく。 「大丈夫ですか?」 クロムウェルはほっと一息吐いて、自分を助けてくれた相手のことを見た。 金髪の髪、ぴっちりとした衣服を押し上げる二つのたわわな果実、そして美しい顔から覗く尖った耳。 ――エルフ!? 一難去ってまた一難、今度こそ完璧に硬直したクロムウェルに向かってそのエルフはゆっくりと近づいて来る。 「来るな……」 クロムウェルは残った右手を掲げる、それは死を前にしたクロムウェルの精神が生き残りたい一心で体を動かした結果だった。 「来るなぁぁぁぁあああああ!」 「きゃっ!?」 血で汚れ、光を無くした筈の指輪が蠱惑的な光を放った。 △月×日 ウェールズ様に聞いたところによると、赤いドラゴンは王都ロンディニウムから西へ飛んでいったらしい。 ウェールズ様にお礼を言い、スピノザの背に乗って西へ飛んでいくと、意外な人物と出会った。 「タバサじゃない」 『雪風』の二つ名を持つトライアングルメイジ、それに奇妙な服装の黒髪の平民と高飛車そうな微妙にタバサ似の青髪の女の子。 ものっそいおでこが眩しかった。 「きゅいきゅい、スピノザさま奇遇なのねーるーるるー」 シルフィはシルフィで色々と吹っ切ったのか、スピノザに甘える用に顔を擦りつける。 韻竜だからって隠すことを止めたらしい、まぁこれだけ韻竜が出てくればね…… アタラクシアを探していると言ったら、おでこが突っかかってきた。 なんでよ? 聞いた話によると元々デコが召喚したらしい、じゃあなんでこんなとこにいるのよ?って聞いたら 「うるさいうるさいうるさーい!」 ――取られた、私の十八番取られた…… スピノザはスピノザで平民の持った剣を呆けた用に見つめていた、破竜剣 ダンテ ? なにそれ? 魔王竜を殺す為だけの武器? 二丁拳銃ぶっ放せるようになったり変身出来るように――いや、なんでもない。 「きゅいきゅいきゅいー、そんな物騒なものだと気づかなかったのねー!?」 シルフィはもうこれ以上背に乗せたくないと騒いで、怒り狂ったおでこに鞭を入れられている、哀れ。 スピノザに聞いたら竜の臭いがするから、アタラクシアはこの付近に暫く留まっていたらしい。 けれどちょっと前にこの場から離れた様子だとか、一体何処に行ったのだろう? ある時は大盗賊『土くれ』のフーケ。 ある時は魔法学院の秘書ミスロングビル。 しかしてその実体は、アルビオンの元公爵家の一人娘、マチルダ・オブ・サウスゴーダ。 マチルダは上機嫌だった、学院から盗み出した使い方の分からない『どらごん殺し』が信じられない値段で売れたのである。 盗品の販売を任せている知人から連絡が来た時はからかわれているのかと思ったが、どこぞの王族が見た目を気に入って買っていったらしい。 故にマチルダの懐は随分と温かかった、これで暫くは孤児院の子供達を飢えさせずに済む。 「ん?」 その時マチルダは異変を感じ取った、普段は外で元気いっぱい遊んでいるか畑の世話をしている筈の子供達が一人も見当たらない。 いつもなら誰か一人が「あ、マチルダ姉ちゃんだ!」と言う叫びが上がると共に一斉に揉みくちゃにされるのだが…… 「何か、あったのかね?」 異変を感じ取ったマチルダはフーケの顔になる、杖を取りだしゴーレム作成の呪文を唱えた。 作りだしたのは五メイルほどの土のゴーレム、戦力としては頼りないが様子見には十分。 マチルダはゴーレムを使って孤児院の扉を開け…… 転がるようにしてその場から飛び退いた。 マチルダ立っていた場所を閃光のように細腕が薙ぐ、そのあまりの鋭さに回避したと言うのにマチルダの頬に血の玉が浮かんだ。 刺客は奇妙なことにどこかで見たようなメイド服を着込み、その左手に身の丈もある大剣を持っている。 ――こいつが、テファ達を! ぎりりと血が出るほどに唇を噛みしめる、そのまま渾身の精神力を込めて杖を振るった。 「此処に居た子達の仇だよ!」 地面から巨大な腕が生えた。 その腕は小柄なメイド服の人影を一薙ぎすると、そのまま地面から生えるに全長三十メイル以上の巨大なゴーレムへと成長した。 これで仕留めた、暗い感動に身を震わせたマチルダは薄れる土煙の奥に信じられないものを見た。 「なんて、奴だい……」 メイド服の人影は傷一つないまま、ゴーレムの腕の上に立っていた。 格が違う、そう理解したマチルダはゆっくりと杖を棄てる。 「参った、殺したいなら好きにしな」 目の前のメイドはとんでもない化け物だった、正攻法では絶対に敵わない。 ――だから自分の首を刎ねようと近づいて来た隙に、差し違えてでも仕留める。 太もものガーターベルトの仕込んだ予備の杖に手を当てながら、マチルダは今生最後と決めた呪文を唱え…… 「ミスロングビル?」 「おでれーた、このおっかねぇ姉ちゃんはシエスタの知り合いかい」 あまりにも予想外の名前を呼ばれたことに、今度こそ本当に杖を取り落とした。 ジョゼフの手記-3 △月×日 パソコンが動かなくなった、ガッデム! 理由は分からないのでマキシマムスピィィィンとばかりに頑張ってみたらEscが取れた。 修理を配下に任せ――パソコンのエロ画像が見れなくなって皆半狂乱だが……に託し、何故か青筋を浮かべたビダーシャルにイザベラ達が行ったらしきアルビオンの情勢を尋ねた。 「レコン・キスタがまた勢力を盛り返している」 待て、今なんと言った? もう一度聞きなおしてみても結果は変わらない、あの状況からどうやって…… 尋ねてみるとクロムウェルはエルフと真紅の魔竜と言う手札を手に入れて狂ったように暴れまわっているらしい、しかも死人の兵まで動員していると言う――どう考えても私がくれてやったアンドバリの指輪の効果じゃねぇか! しかもビダーシャルは人間がエルフを操っていることに激怒している、超恐い。 これ以上我が同胞を穢すつもりなら我等エルフ全てを敵に回すことを覚悟せよとか恐い、超々恐い、なんかキャラまで変わってるしよぉ…… いくらなんでも頃合いだろう、アルビオン内乱に介入することを決定し準備を進める。 だが準備と言う段階になって困ったことがあるのことにを気づく、最近ろくすっぽ暗躍していなかったので船が足りないのだ。 浮遊大陸でアルビオンに侵攻するには大規模な航空戦力が必要になる、我がガリアもある程度の航空戦力は有してはいるものの準備不足故いまいち決め手に欠ける。 まったく予想外の事態ばかり起こって楽しくて仕方がない、そんなことを考えていたら困惑した様子の部下が報告にやってきた。 ――コルベールが一週間でやってくれました! 魔法学院から客室研究員として招聘したハゲにパソコンで見た飛空艇と言う船のことを話したら、本当に作ってしまったらしい。 蒸気機関と言う燃料を燃やして動くカラクリを使い、風石さえあればメイジがいなくても空を飛ぶ船。 もしくは風石がなくても僅かな疲労で済むレビテーションだけで大空を駆けることが出来る船。 それなんてチート? 本人はしきりに後悔していたが知ったことではない、配下に命じて既存の船を全て飛空艇に改造させる。 いよっしゃー待ってろアルビオン、狂王ジョゼフが今いくぜー! 「そう言うことだったのかい、悪かったね……」 「いえいえ、見なかったことにして放っておくことは出来なかったので」 シエスタはその黒い髪を揺らし、ニコリと笑った。 子供達はティファニアが連れ去られた後、マチルダの言いつけを破って街へと探しに出たらしい。 その折り夜盗化した傭兵達に襲われたところをシエスタが助けに入り、とりあえず元の孤児院でマチルダの帰りを待つことにしたのだ。 いきなり手刀を叩き込もうとしたのは、マチルダがどう見ても夜盗にしか見えなかったからだとシエスタは言った。 「まぁ、確かに夜盗には違いないけどさ……」 マチルダはそう言って愚痴を零す。 「しかしあんた、一体何者だい?」 「いえ、学院で奉公させていただいている”ただ”のメイドですけど」 「ただのメイドがあんな動き出来るはずないじゃないのさ、それに何それ」 「俺っちのことかい?」 カタカタと音を立てながらデルフリンガーは言った。 「魔法を吸い取るインテリジェンス・ソードなんて伝説級の剣じゃないのさ」 たしかにただのメイドが持っていていい武器ではない。 「これはおばあちゃんの遺品でして」 「――何者だい、あんたのおばあちゃん」 「ただのメイドですよ、わたしは護身術からメイドの仕事の仕方まで全部おばあちゃんから教えて貰ったんです」 思わずマチルダの顔が引きつる、シエスタが護身術と言っているものは暗殺者の用いる体術そのものだったからだ。 「そう言えば、一度だけ変なことを言ってました」 ぽんとシエスタは手を叩いた。 「どんなだい?」 「遠い異国の言葉だったので意味は分からなかったんですけどね」 「駄目じゃねぇか!」 デルフリンガーが笑う。 「でもあの時のおばあちゃんの顔、凄く寂しそうで……」 「そうかい……」 しんみりした気持ちのままマチルダはシエスタを見た、誰にだって大切な過去の一つや二つくらいはある。 「ところであたしはこれからテファを連れ戻しに行く……」 子供達を頼む、そう言おうとしたマチルダの唇をシエスタの細い指が押さえ込んだ。 「水臭いですよ、辛い時は助けてくださいって言えばいいんです」 シエスタは笑った。 太陽のようなその笑みに、マチルダは思わず泣きそうになってしまった。 ???の手記 ――恐らく、神はこの私を許すまい。 それでも構わない、たとえこの身が悪魔と呼ばれようともけして私は躊躇うまい。 「本当にいいんだな?」 友の声に、娘は「お願いします」と答えた。 友が、左手に構えた大剣を振りかぶる。 音を立てて振り下ろされた剣が祈るように目を閉じたエルフの胸に突き立った。 流れる血潮、命の結晶。 それを前にして私は呪文を唱える。 コントラクト・サーヴァント。 対象を己が使い魔とする呪われた呪文を。 「エルフ達は私たちを許しますまい」 そのようなことは分かっている。 それでも、この人とエルフの血が混じった娘は願ったのだ。 人と人、人とエルフが憎しみあわずに暮らすことが出来る世界が来ることを。 確かにこの儀式が成功すれば長きに渡って続いてきたエルフとの戦いは終わるに違いない。 果たしてそれが、正しいことなのかどうかはともかくとして…… 「だが、それが娘っこの願いだろ?」 相変わらずひねた口調で、友は言った。 随分と長い付き合いだがこれほどやりきれない口調は初めてだった。 「なぁ、一つだけ頼みがあるんだが……」 それを皆まで聞かず、私は詠唱を終える。 そして今生の別れを惜しむようにその娘の唇へ口付けた。 五つの力を司るペンタゴン この者に呪いを与え、我の使い魔となせ 血が光へと変わり、娘の胸に使い魔のルーンが刻まれる。 私はただ憐れな娘のことを見ていた。 後の世のために生贄となることを望んだ、憐れなハーフエルフの娘のことを見ていた。 後世に伝えることすら憚られる、おぞましくも悲しい使い魔のことを私は見ていたのだ。 前ページ次ページゼロの英雄
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7034.html
前ページ次ページゴーストステップ・ゼロ ニューカッスル城の宝物庫で不思議な光景が展開されていた。 小さなオルゴールを掌にのせたまま微動だにしない少女を3人の男が見守っている。 未だ歳若い貴公子は少女の様子に戸惑い。 逞しく精悍な青年は少女の様子を驚きと期待をもって見つめている。 最後の一人、少女の使い魔たる男だけがただ当然の事と受け止めていた。 ゴーストステップ・ゼロ シーン22 “Parting salutation Ⅱ / わかれのことば Ⅱ” シーンカード:ニューロ(完成/成功。衆人の耳目を集めるほどの完璧な結果。最終目標の達成。) しかし。 「以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。 『エクスプロージョン(爆発)』」 少女……ルイズの唇からその言葉が紡がれた瞬間、ヒューの手が素早く動き、オルゴールの蓋を閉じてしまう。 その瞬間、唐突に夢から覚めた様に周囲を見回したルイズは、暫く事態を把握出来なかった。 「おめでとう、ルイズお嬢さん。 それが君の『魔法』だ。」 ヒューにそう告げられても未だルイズはぼんやりと掌にあるオルゴールを見つめている。 ウェールズは何事が起きているのか未だ把握してはいなかったが、残る一人……ワルドは理解した。 そう、とうとうルイズが『虚無』に目覚めたのだ、しかもそれはレコン・キスタの盟主クロムウェルや自分の手ではなく、ルイズの使い魔……ヒューによって。 ワルドは内心、臍を噛んだ。ルイズが『虚無』に目覚めた以上、最早コンプレックスを利用して彼女をレコン・キスタへと誘う事は出来ないだろう。 いや、彼女が『虚無』に目覚めたという事はレコン・キスタの正当性も疑われる事と等しい。何しろ“聖地を奪回しようとしなかった王家に成り代わる”と宣言して蜂起したのだ、ルイズの実家は言わずと知れたトリステイン王家と血縁関係にあるラ・ヴァリエール公爵家だ、正しくレコン・キスタの主張とは相反する家の娘だった。 そんな思考に没頭しているワルドの耳にルイズとヒューの会話が飛び込んで来る。 「ヒュー、貴方この事を知っていたの?」 ルイズは掌の中にあるオルゴールをみつめながら自分の使い魔に問いかける。 ヒューはルイズの質問にただ頷く事で答えた。 「どうしてそう思った?」 「だって、貴方だけ驚いていなかったもの。 ……理由、教えてくれるんでしょうね?」 そう聞いてきた主に使い魔は自分が知りえた情報を教えはじめる。 「実は『虚無』そのものに関する情報はそこまで知らないんだ。 知っていたのはルイズお嬢さんが『虚無』の使い手であること、使い手になる為の条件及び覚醒手段、具体的にどういった呪文か……、そんなところだ。」 「どうして教えてくれなかったの」 「ルイズお嬢さんも知っての通り、オレは平民で魔法は全くの門外漢だ、教えたところで信用したかい?」 「それは…分からないけど」 言い返しつつも、ルイズは自分が信用しなかったであろう事を確信している。理由はヒューが言った通り、『魔法』を使えない者にいくら「貴方は『虚無』の使い手だ」と言われた所で、信用するどころか怒り狂っていただろう事は想像に難くなかった。 そんな二人の会話に割って入ってくる人物がいた、先程まで呆然と目の前の出来事を見ているだけだったウェールズ皇太子だ。 「ちょっと良いかな? 話を聞いているとヒュー君は『虚無』の使い手になる為の条件とその覚醒手段を知っていると言っていたが。」 「ええ、又聞きですけどね。」 「そのような情報、一体誰から……」 「もしかしてオールド・オスマン?」 ウェールズの疑問にルイズは自分が知る内で一番知っていそうな人物の名前を挙げる。 だが、それに対するヒューの答えは「否」だった。 「じゃあ、誰から聞いたのよ」 【オレサマだよ娘っ子】 「デルフ?何でアンタがそんな事」 【そりゃあオレサマが“ガンダールヴ”の為の剣だからさ】 「“ガンダールヴ”?何よそれ」 【ブリミルのヤツが使役していた四人の使い魔の内の一人。 主人が呪文詠唱をしている間、無防備な主人を守る役目を担うのさ。 まぁ、オレサマの正しさはさっき娘ッ子が証明したわけだが。】 インテリジェンスソードの言葉にヒューを除く三人は息を呑む、デルフの後を継ぐようにヒューが話し始める。 「デルフから聞いた覚醒条件は次の3つ、ついでに俺の見解も入れようか。 1つ、始祖ブリミルに連なる血族である事。 恐らく始祖ブリミルの遺伝子……血に『虚無』を使用する為の因子があるんだろう、その因子がある程度強い事が『虚無』の使い手としての最低条件なんだろうな。 1つ、『系統魔法』が使えない事。 『虚無』を扱う為の因子が使い手レベルにまで強いメイジは、その因子の影響で『系統魔法』が正しく発動出来ないんじゃないかと思う。又、反対に因子が使い手レベルまで達していない場合、その因子は『系統魔法』の使用に影響を及ぼさないんだろう。 1つ、各王家に伝わる<ルビー>を指に嵌めた状態で<始祖の秘宝>を使用する事。 これは一種の安全装置なんだろう。王家の血が拡散してしまった場合、可能性として『虚無』の使い手の重複という事態が考えられる、その時に使い手を限定する為の仕掛けなんだろうな。 まぁ覚醒条件や方法が伝えられていないのは間抜けと言う他ないけど……。」 ヒューの話を聞いていたルイズはそこで一つ不思議な違和感を感じた、何だろうと思って話を数回頭の中で反芻し、この旅を始めてからこの宝物庫に至るまでの情報と照らし合わせた時、その違和感は明確な疑問としてルイズの口から溢れ出た。 「ちょっと待って頂戴、ヒューとデルフの言う事が正しいとしたらレコン・キスタのクロムウェルとかいう男はいずれかの王家の血を継いでいるという事になるんじゃないかしら?」 ルイズの言葉にヒューは頷きながら、その疑問に対する自分なりの答えを返す。 「その可能性はあるな。しかし、恐ろしく低い可能性の話だ。 確かに条件の1つ目と2つ目は王家の落胤ということでクリアできるだろう、しかし3つ目がネックだ。 『魔法』も碌に使えない一介の司教にガラクタ同然とはいえ王家の宝たる<ルビー>や<始祖の秘宝>を触らせるか?ありえないね、確かに可能性はあるだろうがかなり低い物だろう。例えるなら砂漠で小粒のダイヤを探す事に等しいな。 どちらかというのなら、クロムウェルが使えるという『虚無』は『虚無』と称する別の何かの可能性が高い。」 「ちょ、ちょっと待ちたまえ! ではクロムウェルが成したという奇跡はどう説明するんだ!」 ヒューの答えに声を荒げたのはワルドだった。だがそれは当然だろう、仮にヒューの言葉が正しいとすればレコン・キスタの正当性が崩れてしまう。いや正当性など元より無く、ただ詐欺師に担がれた愚か者の集団と言われても言い返せなくなってしまうのだから。 ワルドの言葉に返したのはウェールズ皇太子だった。 「そうか!<アンドバリの指輪>だな?ヒュー君が先程言っていた先住の秘宝の力をクロムウェルが『虚無』と称しているのなら……」 「<アンドバリの指輪>?ウェールズ殿下それは一体」 不安を押し隠しつつワルドが尋ねると、ウェールズが激しい憤りを声に滲ませながらもヒューから聞いた<アンドバリの指輪>の詳細を話し始める。 「私も先程ヒュー君から聞いたばかりなのだが、水の精霊が持つ秘宝に<アンドバリの指輪>というものがあるらしい。 その秘宝の能力を聞いた所、クロムウェルが使うという『虚無』に酷似しているのだよ。」 「な、なんと。それは本当なのか?」 「ああ、デルフからの情報だからな、可能性はある。」 ワルドから尋ねられたヒューは簡潔に肯定する。 ワルドはあまりな展開に呆然と立ち竦んだ、それはそうだろう理想と野心を胸に汚れ仕事も厭わず働いてみれば、その実ペテンに掛けられていたのだから。 ウェールズにとっても予想外と言うしかない真相だった。内乱が勃発して以降、次々と離反する忠臣に戸惑いながらも誇りだけを胸に今の今まで戦ってきたのだ、もうどうしようもない最後を迎える時になってこの様な事を知る事になるとは。 ウェールズの心にはトリステインから来た少女の目覚めを見た高揚は最早どこにもなく、やり場の無い憤りだけが渦巻いていた。 そんな時、トリステインから来たもう一人の男、知りたくなかった真実をあっさりと告げた男の声が宝物庫に響き渡る。 「ところでルイズお嬢さん、どうするんだい?」 話しかけられたルイズは暫く自分の使い魔が何を聞いているのか理解できなかった。 「え?」 「お嬢さんが修得した『虚無』は名前からすると攻撃系の呪文の様だからな、ここで王党派の援護に使うのもアリかもと思ったんだよ。」 確かに、先程オルゴールから響いてきた呪文の名称は『エクスプロージョン(爆発)』というものだった。 この名前で治癒系という事はないだろう、実際の所は使ってみないと何とも言えない。しかし、伝説とはいえ呪文一つでこれ程の戦力差を覆せるものだろうか、そう思っているとデルフリンガーの嗄れ声が聞こえてくる。 【なぁ、娘っ子。一つ教えておいてやる『虚無』っていうヤツは使った精神力に比例して効果が出るのさ、とはいえ仮にも伝説って看板を背負ってるからな、最低レベルでもかなりの威力が見込めるはずだ。 どちらにしろ使うのは娘っ子、お前ェだ“何に対して呪文を使うか”そこん所よっく考えてからぶっ放すんだな。】 「デルフ……」 デルフの忠告ともとれる言葉を聞いたルイズはヒューに向き直ると気になっていた事を口にした。 「ヒュー、貴方はどう思っているの?」 「俺がルイズお嬢さんに『虚無』の件で話をしていなかったのは、さっき言った通り門外漢であるっていうのが一番大きかったんだ、さらに言わせてもらうと周囲に対する影響力やお嬢さんの扱いに関する懸念もあったからな。」 「影響?」 「ルイズお嬢さん、トリステインは言うに及ばずハルケギニアの王家っていうのはゲルマニアを除いて“始祖ブリミルの直系”というのが一つの特徴だろう? だが、同じ血筋で『虚無』を使う家系があったらどうなる?本家にも扱えない『虚無』を分家の娘が扱える……、レコン・キスタじゃないが、お嬢さんを担ぎ上げようとする連中は少なからず出てくるだろうさ。 俺が聞いた話だと、始祖ブリミル以外『虚無』を使えたヤツはいないらしいからな、それなりの騒ぎになる可能性はあると思う。 それに、お嬢さんの扱いにも関わってくる。『虚無』を強力な武器と見て軍事利用するヤツは必ずいるだろうから、『虚無』の事を知る人間は極力減らすか、相手をよく見定めて協力者を増やすようにするべきだな。 本音を言えばこのまま“『魔法』が使えないメイジ”を装う事をお勧めするよ。」 ヒューのあまりな提案にルイズは戸惑った。ヒューと出会う前のルイズなら容易く暴発しただろう、しかし今のルイズには彼の言わんとしている事が理解できた、できてしまった。 『虚無』に目覚めた時は嬉しかった、嬉しくないはずがない。貴族であれば使えて当然の『魔法』という力を手に入れたのだから、……けれども手に入れた力はあまりにも大きな『虚無』という力。 メイジや貴族であれば当然ある高貴なる者・力を持つ者の責任や義務、しかしルイズに背負わされたそれは一介の貴族のそれとは比べ物にならない程、重く大きなものだ、その力はルイズという小さな少女にはあまりにも不釣合いだった。 渡せる物ならば誰かに渡したい、何故自分なのか。こんな大きな力はいらない!こんなただそこにあるだけで周囲に騒動を巻き起こす災いじみた力なんて……。 「どうしてよ、せっかく自分が使える系統が分かったのよ?私にはそれを誇る事すら赦されないと言うの? 何の為にこれまで頑張ってきたのよ、こんな酷い力を手に入れる為だったの? ヒュー、教えてよ……もう何も考えられないよ……」 宝物庫にか細い少女の嗚咽が零れ落ちる。レコン・キスタの真実を知って憤っていたウェールズも、呆然としていたワルドもルイズの嘆きに言葉を掛ける事が出来なかった、彼等にとってみれば『虚無』に目覚める事は祝福に等しい事だと思っていたのである。 しかし、残る男……ヒュー・スペンサーという男の話を聞くと、決してそれが祝福と同義であるとは思えなかったのだ。 貴族として生まれたにも関わらず、特定の条件を満たすまでただの落ち零れ・無能者として扱われ、『虚無』に目覚めたとしてもその強大な力故に波乱の原因となってしまう、祝福と同時に与えられた呪いと言っても差し支えないだろう。 ヒューはルイズを近くにある椅子に座らせると、ルイズと目線を合わせて穏やかな声で話し始めた。 「そうだな、酷い話だ俺が知っているドラマでもここまで酷いのはあまり無い位さ。 けど、これから……今からがルイズ、君の本当の物語の始まりなんだろう、残念な事に俺はそろそろ退場してしまうけど、何、君には頼りがいのある友人もいる、会った事はないけど誇り高くて優しいご家族もいるだろう? つらかったら頼ってみるといい、その人達はきっと文句を言いながら助けてくれる。何といっても君が『魔法』を使えない時からの付き合いなんだから。」 「ヒュー……貴方、何言ってるのよ。」 ルイズはいつもの彼らしくない言葉に戸惑う、いつも飄々と人を小馬鹿にしたように話すのがヒュー・スペンサーという男だったのに、今の彼は真摯に話しかけてくる。 「お別れの言葉ってやつだよ御主人様。自分の身体の事はよく知っているパーティーが始まる前にも言っただろう? どっちみちトリステインまでは持たない、最後の懸念だったルイズお嬢さんの『魔法』も見つける事が出来たし。悔いも思い残しも無い、『虚無』をどう使うかは君が自分で決めるんだ。 大丈夫、自分を信じる事だ。君は俺の御主人様なんだからきっと正しい道を選んでくれると信じているよ。」 そう言ってウィンクしたヒューに言葉を返そうとした瞬間、ルイズの意識は深い闇に落ちていった。 耳に「XYZ」というヒューの言葉を残して。 宝物庫で意識を失ったルイズを寝室まで運んだ後、三人の男はバルコニーで会話をしていた。 「君は本当にルイズの元から去るつもりなのかい?」 「ああ、お嬢さんも『魔法』を手に入れた事だし、ちょうど良い頃合いだろう。 そうそうウェールズ殿下、聞きたい事が一つと頼みたい事が一つあるんだけど良いかな?」 「何だね?」 「モード大公の事件の事なんだが、個人的にどう思っているのか聞かせてもらいたい。」 ウェールズはヒューの質問に辛そうな表情を浮かべると、個人的な見解だと断りを入れて話し始める。 「あれは痛ましい事件だった、確かに叔父上の愛妾は少々問題がある人物だったが果たしてあそこまでする必要があったのかと言われれば首を捻らずにはいられない。」 「というと、皇太子殿下としてはやりすぎだったと?」 「ウェールズ・テューダー個人としてはそう思う」 生真面目なウェールズの返答に苦笑すると、ヒューは頼みを口にした。 「ふむ、そういう事なら任せたまえ。その秘密は僕が墓まで持って行こうじゃないか。」 「ワルド子爵にも頼みたいんだが。」 「分かった、今の会話は決して口外しない事をこの杖に誓おう。」 二人の誓約を聞いたヒューは椅子の背凭れに身を預けると、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべてウェールズにとある女性からの伝言を伝える。 ヒューからその伝言を聞いたウェールズは快活に笑った後、「これは意地でも負けられないな」と口にしてバルコニーから去っていくのだった。 ウェールズが去った後どれくらい経っただろうか、手にしたワインをぐいと飲み干すとワルドはヒューに話しかける。 「ヒュー・スペンサー、やってくれたな」 「何の事だい?子爵」 ワルドに返すヒューの口調はいつも通り、飄々としてつかみどころないものだった。 「賭けの事だ、あんな隠し札があってはな。 元々勝てる賭けではなかったということだ。」 「大負けする前に下りる事ができたんだ、感謝される事はあっても恨まれる覚えはないな。」 「ああ、その件に関しては感謝はしている。しかしだな、貴様の手の内で良い様に転がされていた事は屈辱でしかない。」 「それについては転がされるような場所にいた自分を恨むんだな、こっちは自分の身を守ろうとしていただけだ。 ところで子爵、貴方はいつからルイズお嬢さんが『虚無』だと気付いた?」 「まぁ、今更だから答えるが。 レコン・キスタの方から『魔法』を使えない貴族を監視しろと命令が来たんだ。その後、レコン……面倒だな連中の蜂起があった時に『虚無』を掲げていたのでね、それでピンときたのさ。 脅威にならない者を何故監視する?もしも『虚無』を掲げる連中の反対勢力にその『虚無』が現れたとしたら? 連中の正当性は瞬く間に崩れ去るだろう、ならその監視対象こそが『虚無』の使い手である可能性が高いと思っていたんだ」 「なる程、良い読みだな子爵。しかし、ここでもう少し踏み込んで考えないか?」 「何だと?」 悪戯っぽい笑みを浮かべたヒューにワルドは訝しげな顔をする。 「おかしいと思わないか?“クロムウェルは『虚無』を使えない”これは確定している、確率的にありえないからな。」 ヒューの言葉にワルドはハッとした表情を浮かべる。 「ならどうして子爵は命令を受けたと思う?答えはある程度限られるから分かりやすい。 そう、レコン・キスタ……連中の後ろには『虚無』の使い手がいるのさ。 ゲルマニアとトリステイン以外の2国の何れかがな、一応は想像の範囲だがそう間違ってはいないはずだ。 ところでワルド子爵、ガリアとロマリア…この2国の王族で『魔法』が使えない人物はいるか?」 ヒューの質問にワルドは搾り出すように言葉を返す。 「ロマリアは分からんが、ガリアの現国王ジョゼフ1世は“無能王”と揶揄されると聞き及んでいる。」 「となるとその男が絡んでいる可能性が高いな、国王ともなれば<アンドバリの指輪>の入手も無理ではないだろうし。」 「となると“無能王”という評判も……」 「偽装と考えるべきだろう、何を考えて事を起こしたのかは情報不足で何とも言えないが、恐ろしく狡猾な人物だと思った方が良いだろうな。 子爵、トリステインで対抗できそうな人物に心当たりは?」 「マザリーニ枢機卿とルイズの父君ラ・ヴァリエール公爵位だろうか。他の貴族はあまり信用できないか政治家としては……。」 「ルイズお嬢さんの味方に引き込むなら父親からだな、下手に中枢にいる人物に『虚無』の事を教えるとロクでもない事になるのは間違いない。 枢機卿に明かすかどうかはルイズお嬢さんや公爵を交えて協議してくれ、出来る事ならアンリエッタ姫にも伏せさせるべきだろう、後は……そうだな宗教関係には気をつける事だ。 宗教がからむと理性的な人物でも歯止めが利かなくなる傾向がある、今のアルビオンが良い例だ。」 「まぁ、そんな所だろうな。しかし、ヒュー・スペンサー、よく僕を信用する気になったな」 ワルドはそう言うと不敵な表情を浮かべて、ヒューを見る。 そんなワルドの顔を見たヒューは苦笑しながら答える。 「子爵は生真面目な性質だと思ったんでね、こちらから裏切らない限りそうそう裏切る事はないだろう?」 ヒューのその言葉に「フン」と鼻を鳴らすとワルドは空になったグラスに再びワインを注ぐ。 「短い付き合いで良くもまあそこまで見れるものだな。」 「仕事柄人を見る目は鍛えたのさ。それはそうとルイズお嬢さんの事宜しく頼む。」 「君に言われるまでも無い、彼女は僕の婚約者でもあるんだ。安心したまえ」 ワルドの返事を聞いたヒューは音も立てずに立ち上がると、テーブルから離れていく。 数歩程歩いた所で振り向いたヒューがワルドに声をかける、その顔はパーティー会場からの光の所為で影になっており、どんな表情をしているのかワルドには分からなかった。 「そうそう子爵、一つ聞きたい事があるんだが?」 「餞別代りだ何だろうと答えよう。」 「クロムウェルは近くに来ているのかい?」 「明日の首検分の為に本陣に来ているはずだ。」 「なるほど、助かったよ。じゃあなワルド子爵」 「さらばだ使い魔君」 そうして、ヒューはパーティーの群集の中に消えていった。ワルドも最早そちらを見ようともしなかった。 ヒューが廊下を歩いていると踊りつかれたのか、ギーシュが椅子に腰掛けながら冷えた果実酒を飲んでいた。 「よう、ギーシュ。楽しんでいるようだな」 「やあヒューじゃないか、身体は大丈夫なのかい?」 「ぼちぼちといった所だ、ほどほどにしておけよ?」 「これ位で酔うほど柔じゃないさ、しかし分からないものだね」 「何がだ?」 「いや、ついこの間決闘をやらかしたのに、今では一緒にアルビオンまで来ている。 何とも不思議じゃないか。」 「人と人の関係なんてそんなものさ。 昨日まで友人だったヤツが足元で倒れていたり、ついさっきまで殺し合いをしていた相手と背中を預け合いながら戦ったりな。」 「むぅ、そんなものかね。」 「ああ、そうだとも。だからギーシュ、後悔するような事はするなよ?」 「そっそれはモンモランシーの事を言っているのかい?」 「何も言わずに出てきたんだ、少々の折檻は覚悟するべきじゃないか?」 からかうヒューの言葉にギーシュの顔色は青くなる。 「な、何か良いアイデアは無いかな?」 この期に及んで誤魔化そうとするギーシュにヒューは肩を竦めると、笑いながら忠告めいた事を告げる。 「女の勘は馬鹿に出来ないな、下手な嘘や借り物の言葉で誤魔化しきれると思っていたら甘いと言わざるを得ないぞ。」 「うう、やはりそうなるかね。」 「何、モンモランシーもオーガじゃないんだ、誠心誠意説明して謝れば赦してくれるだろう。」 「ああ、そうするよ。」 「じゃあな頑張れよ」 「うん、ありがとう。お休み……あ、あれ?ヒュー?」 礼を言おうとヒューがいただろう場所にギーシュが目を向けると、その場所どころか廊下の何処をみてもヒューの姿は見えなかった。 ギーシュと別れ自分にあてがわれている寝室へ向かっていると、部屋の前にキュルケとタバサが待ち構えていた。 「ヒュー、何も言わずに行こうだなんて水臭いんじゃない?」 「お嬢さん方はパーティーを楽しんでいるものだとばかり思っていたんでね、そんな野暮はしない事にしてるのさ。」 ヒューはそう言いながら、寝室へ入っていく。 キュルケとタバサは廊下に立ったまま中を見ている。 「ルイズにはもう言ったの?」 「ああ、納得はしていないだろうがな。」 「当然」 タバサの咎める様な言葉に苦笑すると、ヒューは部屋から出て廊下を進む。 二人はその後を付かず離れずの距離でついていく。 どれほど歩いただろう、唐突にヒューが二人に話しかける。 「二人に頼みがあるんだけど、頼まれてくれるかい?」 「とりあえず言ってごらんなさいな。」 「出来る事と出来ない事がある。」 「簡単さ。魔法学院にいる間だけでいい、ルイズお嬢さんの力になってやってくれないか。」 「あら、ツェルプストーにヴァリエールの世話を頼むだなんて正気?」 ヒューの言葉にキュルケは冗談めかして答える。 「そうだな、言い方を間違えた。 せいぜい弄ってやってくれ、泣かない程度にな。」 「了解。ヴァリエールを弄るのはツェルプストーの役目だもの、せいぜい楽しませてもらうわ。」 「意地っ張り」 「あら、それは違うわよタバサ、私の家とヴァリエールはこれ位でちょうど良いのよ。 下手に仲良くなったら色々大変だしね。」 三人の歩みはニューカッスル城本丸のゲートまで続いた。 「ヒュー、そういえばワルド子爵はどうするの?」 「ああ、その事なら大丈夫。 上手い具合に説得できたからな。」 「どうやって?」 タバサの質問にヒューはクロムウェルの『虚無』の正体の予測を話して聞かせる。 「そういった訳でな、連中は遠くない未来に瓦解する可能性が高いはずだ」 「へぇー、そんな秘宝があったなんて初耳だわ。」 「私も」 「精霊……いや『先住魔法』絡みの情報だからな、そうそう手に入るモノでもないだろう。」 「それもそうね、実際『先住魔法』については未だによく分からないし。」 「ヒュー、聞きたい事がある」 「タバサ?」 「世話になったからな、俺が答える事が出来る事なら答えよう。」 「姿を消す方法を教えて欲しい」 タバサの質問にヒューは答えても良いものか暫く考えはしたが、結局答えることにした。 世話になったというのもあるが、最早死んでいく自分が残せるのはこういったモノしかないのだろうと考えたからだった。 「じゃあ、置き土産代わりに方法だけ教えていく。 大体は手品と同じで相手の意識外・視界外で動く事、これが一番重要だ。 人の視界や動体を認識する能力は正直そこまで優れていない、例外はあるけどね。例えば動く物を見る場合だが。人は左右の動きを追う力と上下の動きを追う力を比較した場合、左右の動きに強い……言い換えると上下の動きに弱いと言える。 後は相手や周囲をよく観察する事、動く際に躊躇しない事、環境を利用する事。 こういった諸々の条件を複合させれば出来るはずだ。」 「わかった」 頷いたタバサの頭をワシャワシャとかき混ぜると、ヒューは二人に「これから色々大変だろうが頑張れ」と言い残すと暗闇の中に消えて行った。 そう、まるで最初から存在すらしていなかった“幽霊(ゴースト)”の様に。 前ページ次ページゴーストステップ・ゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7568.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ ソーサリー・ゼロ これまでのあらすじ 第一部「魔法使いの国」 君は、若く勇敢な魔法使いだ。 祖国アナランドを危機から救うべく、カーカバードの無法地帯を横断する旅を続けていた君だったが、ふと気がつくと周囲の光景は 一変していた。 そこは、ハルケギニア大陸のトリステイン王国と呼ばれる未知の土地であり、魔法を使える特別な血筋の者たちが王侯貴族として君臨し、 大多数の平民たちを支配しているという、奇妙な世界だったのだ。 君がこのハルケギニアにやって来たのは、ルイズという少女が執り行った、『≪使い魔≫召喚の儀式』が原因だった。 ルイズは大いに戸惑いながらも、とにかく君を≪使い魔≫にすることに決め、自分に対する忠誠を求めた。 今すぐカーカバードに戻る方法がないと知らされた君は、当面の庇護を得るために彼女に従うことに決めるが、自分が重大な任務を帯びた 魔法使いであることは、黙っておいた。 ルイズは、貴族の子弟のための学び舎『トリステイン魔法学院』の生徒であり、君も彼女の学業につきあわされることになる。 君の『ご主人様』であるルイズは、名門貴族の令嬢でありながら、どういうわけか魔法がまったく使えぬ劣等生であり、 心ない者たちから≪ゼロのルイズ≫という屈辱的な名で呼ばれていた。 ハルケギニアに召喚されてから七日目に、事件が起きた。 学院の教師コルベールが、解読の助けを求めて君に手渡した≪エルフの魔法書≫と呼ばれる書物が、≪土≫系統の魔法を操る正体不明の盗賊、 ≪土塊(つちくれ)のフーケ≫によって奪われたのだ。 森の中でフーケに追いついた君は、盗賊の正体が美しい女だと知るが、そこに思いもよらぬ乱入者が現れる。 かつて、君によって全滅させられたはずの『七大蛇』のうちの二匹、月大蛇と土大蛇が、君とフーケに向かって襲いかかってきたのだ。 さらには、ルイズと、彼女の同級生であるキュルケとタバサまでもが駆けつけ、激しい闘いの末、月大蛇は打ち滅ぼされ、土大蛇は逃走した。 学院に戻った君は、ルイズと学院長のオスマンに、自らの正体と≪諸王の冠≫奪回の任務について打ち明ける。 ふたりは大いに驚きながらも、君の話を信じ、君がカーカバードに帰還する方法を調べると、約束してくれた。 翌日の夜、学院で催された舞踏会から抜け出したルイズは、君のところへやって来て、必ず≪ゼロ≫から抜け出し、君より偉大な魔法使いに なってみせる、と宣言する。 君は、『ご主人様』のルイズや学院の人々、そして、この美しい世界に対して愛着を覚えるようになっていたが、自身の内側で起きている 恐るべき異変には気づいていなかった。 第二部「天空大陸アルビオン」 トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた日の夜、君とルイズはオスマン学院長の呼び出しを受ける。 オスマンが話すところによれば、彼の旧友であるリビングストン男爵という貴族が、遠く離れた二つの場所をつなげる≪門≫を作り出す魔法を 研究しているのだが、その≪門≫は、このハルケギニアと、君が居たカーカバードを結んでいるかもしれぬというのだ。 カーカバードへ戻れる望みが出てきたことを知った君は、男爵が住まうアルビオンに向かうが、その旅には『ご主人様』のルイズと、 かつて君を相手に決闘騒ぎを起こしたギーシュが、強引に同行してきた。 港町ラ・ロシェールで≪土塊のフーケ≫と再会した君は、彼女と力を合わせて水大蛇を倒すが、七大蛇がアルビオンに拠点を置いて、 何かを企んでいることを知る。 『白の国』の異名をもつアルビオンは、雲と霧に包まれて天空を漂う、驚異の地だった。 空飛ぶ船でアルビオンに降り立った君、ルイズ、ギーシュの三人は、リビングストン男爵の領地へ向かうが、アルビオンは国を二分しての 内乱に揺れており、男爵は行方知れずになっていた。 男爵を探してとある村に立ち寄った君たちは、そこで酸鼻きわまる虐殺を行っていた傭兵たちと出くわし、捕らえられてしまう。 君は、以前にオスマンから貰った、意思を持つ魔剣であるデルフリンガーの謎めいた力の助けを借りて、彼らの首領格であるメンヌヴィルを 討ち取り、残った傭兵たちは、突如現れた、アルビオン王国の皇太子ウェールズ率いる一隊によって、殲滅された。 君たちがアルビオンに来るにいたった事情を知らされたウェールズは、リビングストン男爵は貴族派と呼ばれる反乱軍によって捕らえられ、 むごたらしく殺されたと告げる。 ウェールズは、帰還の望みが絶たれたことを知らされて意気消沈する君を、ニューカッスルの城へと招いた。 追い詰められた王党派にとって最大の拠点であるその城には、男爵の遺品や書き置きが残されているかもしれぬのだ。 秘密の地下通路をたどってニューカッスルの城に入った君たちは、倉庫で男爵の日記を見いだすが、君の役に立つような記述は何もなかった。 ≪門≫の探索をあきらめてトリステインに戻ることに決めた君たちは、トリステインから派遣された大使、ワルド子爵と出会う。 婚約者であるルイズとの偶然の再会に喜ぶワルドだったが、その正体は、アルビオンの貴族派を背後から操る結社≪レコン・キスタ≫の 一員だった。 巨大なゴーレムがニューカッスルに襲来した混乱に乗じて、国王の命を奪い、ウェールズをも手にかけようとしたワルドだったが、その場に 君が立ちふさがる。 ルイズとデルフリンガーの助けもあって、どうにかワルドに打ち勝った君だったが、そこに火炎大蛇が現れ、ワルドは逃走する。 火炎大蛇が倒されたのち、ウェールズは君たちに、裏切り者のワルドにかわって、トリステイン大使の務めを果たしてほしいと頼む。 務めとは、かつてアンリエッタ王女がウェールズに宛てた恋文を、王女のもとへ持ち帰ることだった。 この恋文の存在が明らかになれば、締結直前にあるトリステインと帝政ゲルマニアの同盟は破棄され、トリステインは単独で、 ≪レコン・キスタ≫が主導する新生アルビオンの脅威に、立ち向かうことになってしまうのだという。 君たちに手紙を託したウェールズは、数日のうちに全軍による突撃を敢行し、名誉ある戦死を遂げるつもりだと言うが、ルイズはそれに反対し、 トリステインへの亡命を勧める。 ウェールズはルイズの意見に頑として耳を傾けなかったが、ついで説得に立った君の言葉に心を動かされ、たとえ卑怯者と呼ばれようとも 生き延びて、≪レコン・キスタ≫を苦しめてみせると告げた。 ウェールズと意気投合した君は、彼が語った噂話から、七大蛇が≪レコン・キスタ≫の頭目クロムウェルの忠実なしもべだと知る。 君たちはニューカッスルの城から脱出する難民船に便乗し、トリステインへの帰路につくが、その頃アルビオンでは大陸全土に、 奇妙な甲高い音が鳴り響いていた。 それは、二つの世界を隔てる壁が引き裂かれた音だった。 第三部「さまよえる冒険者」 トリステインに帰り着いた君たちは、アルビオンでの顛末とウェールズの決意をアンリエッタ王女に報告した。 アンリエッタは感謝の証として、ルイズに王家伝来の秘宝≪水のルビー≫を譲り、また、同じく国宝ではあるが、何も書かれていない頁が 連なるだけの書物≪始祖の祈祷書≫を預け、その調査を頼む。 アンリエッタは、大国ガリアを中心とした≪レコン・キスタ≫討伐のための諸国連合軍が結成され、トリステインもこれに参加することを、 君たちに伝える。 これによって、アルビオンの脅威は遠からず消滅することは確実なため、トリステインとゲルマニアの同盟締結は中止され、アンリエッタは、 ゲルマニア皇帝との望まぬ政略結婚をまぬがれることとなった。 学院に戻った君はタバサと言葉を交わし、彼女の家族が重い病に臥せっていると知り、近いうちにその者の治療に行くと約束した。 数日後、君は荷物持ちとして、ギーシュとその恋人モンモランシーとともに『北の山』へ行くことになったが、そこで土大蛇の襲撃を受ける。 土大蛇を倒した君だったが、深手を負ったギーシュを救うために、ブリム苺のしぼり汁を使い果たしてしまった。 この薬は、タバサの家族に試すはずの癒しの術を使うために、必要不可欠な物なのだ。 タルブの村の出身で、今は学院に奉公している少女シエスタの実家に、同じ薬があることが明らかになり、君、ルイズ、タバサ、キュルケ、 シエスタの五人は、タルブへと向かった。 シエスタの実家でブリム苺のしぼり汁を手に入れた君は、シエスタの曾祖父が、君と同じように≪タイタン≫の世界からハルケギニアに 迷い込んだ人物であることを知る。 君たちは、シエスタの曾祖父がくぐり抜けた≪門≫が存在するという洞窟を調べ、最深部にそれらしき場所を見出したが、そこに≪門≫はなかった。 洞窟の調査を終えた君たちがタルブに戻ると、そこに、生きた泥沼のような姿をした≪混沌≫の怪物が来襲する。 草木や家畜をむさぼり喰い、土や空気を汚染して、どんどん大きくなる≪混沌≫の怪物を前に、進退窮まる君たちだったが、ルイズが偶然開いた ≪始祖の祈祷書≫に現れた呪文を唱えると、まばゆい光が炸裂し、怪物は跡形もなく消滅した。 デルフリンガーによれば、ルイズが唱えた呪文は、伝説の失われた系統≪虚無≫のものであり、彼女は≪虚無≫の担い手なのだという。 ルイズが普通の≪四大系統≫の魔法を使えなかったのは、≪虚無≫を受け継いだ代償だったのだ。 タバサに連れられて、彼女の実家にやってきた君が見たものは、恐るべき毒に心を狂わされ、我が子を目にしておびえた声を上げる、 タバサの母親の姿だった。 タバサの母親に癒しの術をかけた結果は、完治には程遠いものだったが、それでも彼女は、恐怖や苦痛からは解放されたようだった。 タバサと、彼女の実家を管理する老執事は涙ながらに喜び、君は、タバサがガリア王家の出身であり、彼女とその両親は王位継承争いの 犠牲者だということを知らされた。 タルブから持ち帰ったブリム苺のしぼり汁は数に余裕があったため、君は次にルイズの姉を治療するべく、ルイズの実家である ラ・ヴァリエール公爵の屋敷へ行くが、そこで執事殺しの疑いをかけられ、屋敷の中を逃げ回ることになってしまった。 ルイズの姉カトレアは君の無実を信じ、部屋にかくまってくれるが、そこに今回の事件の黒幕である風大蛇が現れ、君たちに襲いかかる。 七大蛇の主人クロムウェルは、正体不明の兵器を用意していたが、それを妨げる手段を知るかもしれぬ君を危険な存在とみなし、 抹殺するべく土大蛇と風大蛇をさしむけてきたのだ。 風大蛇はルイズの母親によって倒され、怪物の放つ毒を吸って重態に陥ったカトレアも、君のかけた術によって救われたが、 癒しの術も、彼女の生まれつきの体質を改善するまでにはいたらなかった。 学院に戻った君は、≪虚無≫の絶大な力を恐れたルイズが、アンリエッタと相談した末、自分が≪虚無≫の担い手であることを絶対の 秘密とし、二度と≪虚無≫の術を使わぬと決めたことを知った。 ルイズやキュルケ、ギーシュたちと一緒になって、アルビオンに向かって出征するトリステインの軍勢を見物する君の内心は、 穏やかではなかった。 クロムウェルが用意しているという、この世界の常識を超えた恐るべき秘密の兵器とは、いったいなんなのだろうか? 一 夏の訪れを感じさせる陽射しを受け、額に汗をにじませながら、西の空を見上げる。 視界の遥か先を漂っているであろうアルビオン大陸の姿は、見えるはずもないが、雲と霧をまとって空に浮かぶ『白の国』の壮大な眺めは、 君の頭に刻み込まれている。 かの地では今、敵味方合わせて十万をゆうに越す大軍がぶつかり合い、火花を散らしているはずだ。 ハルケギニア諸国連合軍によるアルビオン遠征が始まって、二十日近くが経つが、トリステイン王国と魔法学院は平和そのものだ。 アルビオンにおける戦況について、宮廷からの発表はなく、人々の情報源はもっぱら、徴用された貨物船の水夫や荷役夫たちが持ち帰る土産話と、 貴族の将校たちが家族や恋人に宛てた手紙による。 君は学院とトリスタニアの町でこの大戦(おおいくさ)に関する噂を拾い集めたが、その多くは、万事が順調に進んでいることを示していた。 ──アルビオンへの進撃において、驚くべきことに、精強を謳われたアルビオン空軍の迎撃はなく、艦隊はまったくの無傷で上陸した。 ──連合軍は各地で快進撃を重ね、トリステイン軍は交通の要衝である古都シティ・オブ・サウスゴータを占領した。 ──主力をつとめるガリア軍は首都ロンディニウム攻略の準備にかかっており、もうすぐ≪レコン・キスタ≫は崩壊し、戦は終わるだろう。 噂を聞くかぎり、連合軍の勝利は揺るぎなきものと思えたが、君が本当に知りたいこと──ウェールズ皇太子の安否とクロムウェルの秘密兵器── に関する情報は、なにひとつ得られなかった。 『白の国』に上陸した連合軍はすぐさま、アルビオン王家の最後の生き残りであるウェールズの生死を確認すべく動いたが、 彼の足跡は、王党派最後の拠点ニューカッスルの城──今は瓦礫の山に変わっているそうだ──を最後にふっつりと途絶えており、 その行方は杳として知れぬという。 君は、アルビオンを発つ前夜にウェールズと交わした言葉を思い起こす。 「たとえ卑怯者のそしりを受けようとも、私は生きる」 「この命が続く限り、奴らの悪だくみを邪魔し続けてやるさ」 力強くそう言った皇太子が『名誉の戦死』を遂げたとは思えぬが、ならばなぜ、彼とその部下たちは連合軍と合流しておらぬのだろうか? また、ルイズの実家で風大蛇が語った、クロムウェルが準備しているという『百万の軍勢でも千フィートの城壁でも防げぬ、 まったく新しい武器』の存在も噂にあがらず、その実態は推測することもままならない。 追い詰められたクロムウェルにとって、起死回生の策となるであろう兵器は、結局のところ間に合わなかったのだろうか? それとも、連合軍を懐に引き寄せてから使って、一網打尽にするつもりなのだろうか? 君の不安はつのるばかりだが、アルビオンへ出向いて直接調べるわけにもいかない。 君の身分は、トリステイン魔法学院の生徒ルイズの≪使い魔≫にすぎぬのだから。 今日の授業は終わり、生徒たちは夕食までのあいだ、めいめいのやりかたで時間を潰している。 時間を潰さなければならぬのは、君も同じだ。 とくにルイズから言いつけられた用事があるわけでもなく、今の君は手持ち無沙汰なのだ。 これからどこに向かうべきかを考える。 マルトーやシエスタの居る調理場へ行けば、食糧や日用品を扱う出入りの商人から仕入れた、新しい噂を聞けるかもしれない。 噂といえば、ギーシュと話してみるのはどうだろう? 彼は武門の生まれであり、三人いる兄はいずれも、アルビオン遠征に参加しているらしい。 かの地の様子を記した手紙も、何通か受け取っているだろう。 授業が終わった直後に、東の広場へ向かっているところを見かけたので、そちらへ向かえば会えるはずだ。 そこまで考えたところで、君は唐突に、アルビオンから戻った直後にコルベールとかわした会話を思い出す。 コルベールは、君の左手に刻まれた≪ルーン≫の効果に興味を示し、人間のような知性をもつ生き物に≪ルーン≫が刻まれた例を 探してくれると言ったはずだが、あれから何の音沙汰もないままだ。 君は今の今までその事を忘れていた──考えてみれば、なんとも奇妙なことだ。 調べ物には何の進展もなかったのかもしれぬが、それでも彼の『研究室』を訪れるのは有意義だ。 彼のような学識豊かで誠実な人物と言葉をかわすというのは、悪くない時間の使いみちだろう。 どこへ行く? 調理場・二二二へ 『研究室』・一三六へ 東の広場・五三四へ ルイズの部屋・一二三へ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/chaos-tcg/pages/2727.html
街頭演説 読み:がいとうえんぜつ カテゴリー:Event 作品:世界征服彼女 Battle ターン終了時まで、相手のキャラすべての攻撃力や耐久力が上昇する効果を含む[永続]すべてを無効にする。 命を惜しむな、名を惜しめ! illust:Navel NV-161 U 収録:ブースターパック 「OS:Navel 2.00」
https://w.atwiki.jp/negipedia/pages/94.html
さくら演説 以下、演説の模様をそのままお伝えする 2 名前:さくらっぽい人 投稿日: 2007/11/08(木) 23 13 32 我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ! 一般人に比べ、我がロリコン同盟の国力は30分の1以下である。 にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か? 諸君!我がロリコン同盟の戦争目的が正義だからだ。これは諸君らが一番知っている。 我々は秋葉原を追われ、オタク移民者にさせられた。 そして、一握りのエリートらが閉鎖空間にまで膨れ上がったヒューマノイドインターフェースを支配して50余年、 秋葉原に住む我々が自由を要求して何度踏みにじられたか。 ロリコン同盟の掲げる人類一人一人の自由(アガペー)のための戦いを神(美少女と読む)が見捨てるはずはない。 私の弟!諸君らが愛してくれたネギーシュは死んだ。 何故だ!? 3 名前:ちぇりーっぽい人 投稿日: 2007/11/08(木) 23 14 02 「イケメンだからさ」 4 名前:さくらっぽい人 投稿日: 2007/11/08(木) 23 14 39 新しい時代の覇権を選ばれたロリコンが得るは、歴史の必然である。 ならば、我らは襟を正し、この戦局を打開しなければならぬ。 我々は過酷な中野ブロードウエイを生活の場としながらも共に苦悩し、錬磨して今日の文化を築き上げてきた。 かつて、おの・だいすけ☆は人類の革新はロリコン同盟の民たる我々から始まると言った。 しかしながら一般人のモグラ共は、自分たちが人類の支配権を有すると増長し我々に抗戦する。 諸君の父も、子もその一般人共の無思慮な迫害の前に死んでいったのだ! この悲しみも怒りも忘れてはならない!それを、ネギーシュは!死をもって我々に示してくれた! 我々は今、この怒りを結集し、一般人に叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。 この勝利こそ、萌死者全てへの最大の慰めとなる。 ロリコンよ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ!ロリコンよ! 我らロリコン同盟こそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。 優良種である我らこそ人類を救い得るのである。ジーク・ロリコン!! 5 名前:さくらッぽいひと:2007/11/09(金) 03 13 41 ロリコンの同士よここに集まれっ 我々は同士のみんなが集まることをここに望むっ!! 恥じることはないっ、諸君!
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5696.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 18.ブルースカイ・ハイ とぉぉんでるよ~そぉらぁをとぉぉんでるんだ~ クリフ・レーサーは空高く飛ぶんだぁ~とぉぉんでるよぉぉ~ ところで、クリフ・レーサーってなんなんだろう。後でマニマルコに教えてもらおっと。 「なぁ、犬」 レキシントン内の密室。吐き気をこらえるクロムウェルに向かって、ぞんざいにマニマルコは言った。 犬きた。クロムウェルはさて、何かしたっけと自分の秘書兼雇い主のマニマルコを見た。 「何かご用でしょうか?マニマルコ様」 「ワルドだったか。本当に使えるのか?」 いや、そんな事言われても連れてきたのはあなたですし、 水の精霊を従わせる為に、ラグドリアン湖に行ったのも俺・ワルド・貴女様でしょうに。 とは言えず、柔らかく言うクロムウェル。 「あなた様と一緒に水の精霊をどうにかしたのですから、使えるのでしょう?」 「ああ、そういえばそうだったな」 彼女は興味の無いことをすぐに忘れてしまうらしい。 その性格は便利だろうなぁ。最近胃薬の使用が絶えない彼からしてみれば、 羨ましいことこの上ないものだった。 オリヴァー・クロムウェル。今や貴族派の首領となった彼は、 元々はアルビオンで、司教という高い地位についていたのだが、 本人曰く「何で俺こんな席に座っているのか未だに分からない」だそうだ。 元々彼は、口の上手く手先の器用なこそ泥で、当時はオリヴァンと名乗っていた。 彼はアルビオンを渡り歩いて、少々ばかりの金銭を得て暮らしていた。 孤児院生まれの孤児院育ちだった彼は、働くことを嫌って小悪党になったのだ。 ある時、ひょんな事からある村の司祭を助け、それからトントン拍子に出世が続き、 いつの間にやらこの地位を得ていた。棚からぼた餅と一緒に大量の金塊が落ちてきた様な物である。 ちょっと調子に乗った彼は酒場で一言もらした。「王になるのも悪くないかもしれないな」と。 本当に現在進行形でなりつつある。少々マズイと思っていた。 自分はそんな器じゃない。司教の通知が届いた時も寝込んだというのに。 口の上手さは演説の上手さ。彼のそれは多くの民衆を魅了し、 信心深き者は尚更に敬虔なブリミル教徒へとなっていった。 俺の経歴知ったら傷つくだろうなぁ…今となっては誰にも言えない話である。 「マニマルコ?ここにいたんだ。クロムウェルも」 「ああ、イザベラか。どうしたのかね?」 マニマルコが唯一優しく接する彼女――青い髪のイザベラ。 凄まじい「先住魔法」の使い手にして、火竜すら素手でなぎ倒せるだろう程の力を持った彼女。 しかし――とクロムウェルは思う。あの薬を本当に使い続けて良いのだろうか。 「クリフ・レーサーって何?」 「ああ、空を飛ぶ化け物だ。人を襲う」 人ならざる気配を放つマニマルコは、イザベラの発作を押さえる為と称して、 赤い液体をクロムウェルに渡していた。飲ませろとの事だった。 どうにも危険な気がしてならない。以前見たスクゥーマなる薬に似た匂いだからだ。 エルフの地にある木。それの樹液が原料だという薬を飲むと、 とてつもない高揚感と共に幻覚を見て、飲み過ぎれば死ぬと言う。 自分は飲めなかった。怖いから。 時たま彼女が帰ってきた時、苦しそうに呻きながら暴れるのを、 クロムウェルはどうにか押さえ、薬を口に流し込む。 すると少々頭のネジがはずれたいつもの状態に戻るのだ。 大抵、彼女を押さえ込むときに骨をいくつかやったりするが、まぁ慣れた。 その後涙ながらに治してくれるし。可愛い女の子の涙は反則なのである。 「さっき教えてくれた歌って素敵ね。おもしろくて……」 「ん?どうかしたのか」 目の色が変わり、獣が怯えるだろう笑みをイザベラは浮かべた。 「いる」「どこに」「あっち」「ワルドは?」「いる」 たった三言でマニマルコは理解できているらしい。 話によると先住の魔法の中には生命力を放つ存在を、 探知する魔法まであるとか。おそらくイザベラは、 それを使って探知していたんだろう。 メイジでないクロムウェルにはあまり分からない事だった。 「ならダメだ。そいつらはワルドの獲物だ」 「えー…あ、もう一ついるよ!」 マニマルコの表情が変わった。私は何も聞いていないのだが。そんな顔だった。 「犬?」 「お、おそらくワルドが女官を使って姫殿下を操ったときに用いた『盗賊ギルド』の船かと…」 「そうか。ここにもいたか」 「は?」 メイジギルドにすら劣る連中を助けて何が起こると言うのか。 まぁ、そんな連中でも潰しておくことは大切だ。 もうあのような失態を犯すつもりは、マニマルコにはなかった。 「いや、いい。イザベラ、場所は分かっているね?」 「うん。やっつけていいの?」 「ああ。ジョゼフ様もお喜びになるだろうしね」 心からの笑みを浮かべて、イザベラは辺りを飛び跳ねだした。 「では、後を任せたぞクロムウェル。私は少々こいつをいじりたいんだ」 「ええ。分かりました…では」 先ほどから続く吐き気をおさえつつ、クロムウェルはイザベラと部屋をでた。 密室の名は遺体保管室。マニマルコのコレクションルームともいえるそこで、 舌なめずりをしながらどんなアンデッドにするか、考えるマニマルコであった。 人を殺し過ぎた人間は、ある日凶悪なドラゴンになるという。 ただでさえ酷い力を持つ蠱の王は権力と金を持ち、 さらなる力を求めてさまよっている。 もはや、人の言葉が通じぬ彼女を倒すドラゴンころしは、 未だ一人も目覚めてはいない。 「いぬ~いぬー。クロムウェルは何いぬなの?」 「さぁ、何だろうね?」 むーと口を膨らませるイザベラ。可愛らしい。まだ二十代のクロムウェルは、 いかんいかんと思って彼女から目をそらした。命令は伝えた。後は目的地に着くのを待つのみと思いながら。 「犬の癖にこのあたしに逆らうってのかい?」 うわ、スイッチ入った。彼女は時たま思い通りにならないと口調が荒くなり、目が赤くなる。 マニマルコの話だとこっちの方が素らしい。ガリア王家はどういう教育をしているのだろうか? いや、あの無能王の―― 「きいてんのかい!」 「あ、ああ。聞いてるよ。だから少し落ち着いて。皆怯えている」 イザベラははっとして辺りを見回した。戦場での彼女をよく知る兵達は震えを止めようともしない。 「あ、その、えと、ごめんなさい。駄目だなぁ。わたしって」 おしとやかじゃないとだめなのに。そう言って床に座り、のの字を書き出した。 彼女は、色々あったらしい。決して全てを語ろうとはしないが、 しかし、『エレーヌ』という子にとてもひどい事をしたと、悲しそうに話してくれた事があった。 「大丈夫だよ。君はとても優しい女性だとも。始祖に誓って言おう」 「本当!?クロムウェルってお上手なんだから!!」 よくもまぁ、あんなのにそんなセリフを吐ける物だ。 流石は聖職者、ネジが飛んでやがる。そこにいた兵士は一人残らずそう思った。 少しして、レキシントンが目的空域に到達した後、 甲板まで出たイザベラとクロムウェル。そこにいた兵達は敬礼して、一人が言った。 「クロムウェル様。『ブルー』を出すのですか?」 「ああ。彼女が敵を見つけたからね。すぐに片付けて来るとも」 ガリア王家とは絶対に言えないから、偽名である。 彼女は美しかったが、決して誰も近寄ろうとはしなかった。 別に、マニマルコに何か言われた訳でもなく、彼女と話すクロムウェル以外は。 どことなく、昔の自分を見ているのかもしれない。 そう思って彼は話しかけているつもりだが、 彼は未だに恋をした事がなかったりする。 つまり、そういうことなのだ。彼自身気がついていないし、 イザベラも…まぁ気がついていないだろう。おそらく。 「分かりました。ミス・ブルー。どうかお気を付けて」 「ええ、ありがとう。それじゃクロムウェル――」 クロムウェルの首根っこを、強引にひっつかんでその場に座らせると、彼女は頬にキスをした。 「いってきまーす!」 風を切る音のみが響く。竜すら越える速度で飛ぶ彼女から逃げ切れる存在など、 少なくともハルケギニアにはいなかろう。 「だ、大丈夫ですか閣下!」 「ん?ああ、慣れっこだとも。なかなか役得だと思えてきた」 こいつ筋金入りの変態だ。一部でそう思われている事を、 クロムウェルはこれっぽっちも知らないのだった。 エマー・ダレロス号は現在雲海の狭間を航行中である。 グレイ・フォックスが乗る船より彼の定期的な通信がフーケに届くため、 今の所遭難等の問題はなかった。 「しっかし、このマジックアイテムは便利だね」 「何ですの?それ」 キュルケはフーケの持っている人形を見た。 手あかの付いたそれは良く使われているらしい。 「ああ、サウスゴータの宝物庫にあってね。 これに向かって話すと遠くにいる相手に声が通じるのさ。 あたしが持ってる様なのはいくつかあってね。 ギルドの中で特殊な任務に就いてる奴が持って、 いつでも持ってる者同士で話が出来るって訳さ」 「なるほど、ところで――」 「姐御ぉ。何かまずいんだが」 哨戒ルートを知っているはずの太っちょが言った。 「何があったんだい?」 「さっき雲の隙間から見えたんだが、近場に何故かレキシントンがいる。 今日のルートは、ここより遠い場所でニューカッスル城を撃つ予定のはずなのに」 「ガセを掴まされたってことかい…?」 「いや、それならこっちがバレてるはずなんだが…」 「何もしてこない?」 「そうそう。賢いねゲルマニアのお嬢さん」 ふむ、とフーケは頭を捻らせる。 相手の狙いが何か、だ。 そもそも傭兵は誰から頼まれて襲撃した? 今徹底的に調べさせているから誰かが尻尾を掴むだろうけど―― 「姐御!相手が分かった。メイジだ!風のメイジ!」 「風…ねぇ」 まさか――ワルドという男はグリフォン隊の隊長で、風のスクウェアメイジと聞いた事がある。 最近どうも王宮の動きがリッシュモンを中心にきな臭くなっているが―― そう考えてみれば、あの姫様がいきなりあまり知らない野郎に、おともだちの婚約者と言っても頼み込むか? フーケの思考は疑惑から確信へと変わりつつあった。 「ちょいと聞きたいんだがね、ゲルマニアの。ワルドって男はどんな奴だったんだい?」 「そうね。何かヤな感じがしたわ。私になびかなかったし、 婚約者って言っていたけれど、ルイズの事、物としてしか見ていなかったもの」 「何か言ってなかったかい?力がどうのとか」 「聞いてないわね」 押しが弱い。それなら家名の為に物扱いしていると考えられる。 う~んとうめくフーケに、二回目の報が入った。 「姐御、スカロンからの連絡だ!人相が割れた。聞いた感じだとこんな奴みたいだ」 「流石は『影滅』のスカロン。平民なのに二つ名持ちは伊達じゃあないね。見せてみな」 言って、頭巾の男が持ってきた紙に書かれた人物を見る。ふむ…白い仮面を被った黒っぽい服とマントでこの体格の男は―― 「ワルドじゃない!」 キュルケが叫んだ。フーケは即座にグレイ・フォックスを呼び出し、 そいつが裏切り者である可能性が高い事を教えた。 「分かった。まぁそれならこの船は大丈夫ということか」 「何がだい?」 「『蒼い死神』の話だ。もしかしたらここら空域に現れるかもしれん。 レキシントン周辺での目撃回数が多いからな。そっちは気を付けろよ」 蒼い死神。クロムウェルが東方から呼び出したと言うそいつは、 数週間前から現れ、王党派の船を単騎で轟沈させてきたと言う。 また、杖も無く空を飛び、竜騎兵を素手で竜ごと葬り、 空からの魔法の一撃は、地上の兵を跡形無く消し去ったという。 そんな、それ何て『烈風』?という話から付けられたあだ名が『蒼い死神』なのだ 「…マジかい。それ」 「心配するな。その船にはノクターナルの魔法がかかっている。 色々とアレなデイドラ王子だが、付呪の腕前だけは絶対に間違い無い」 「その言葉信じるよマスター。それじゃ、影の導きがあらんことを――」 「きゅいー!!!」 通信を閉じてから、急にタバサのシルフィードが暴れ出した。 「な、何だい?」 「おねーさま!だめなのね!早く逃げるのね!あれは、あれは――」 「しゃべったぁ!?お前韻竜なのか?」 「そんな事どうでもいいのね!きゅい!大いなる意志の敵がくるの!シルフィ達が敵いっこないのね!」 それは、初め風の音だった。だが、それが近づくにつれてもっと違う音だとタバサは分かった。 空を飛ぶ音。しかも高速で何かが近づく音。やがて皆が気付く。何かがいるという事に。 しかし、暗い雲海の狭間では音はすれども姿は――いや、見えた。 赤い目の残光が、船の後方を亡霊の様に走る。 全身が青で統一された軽鎧に身を固め、 肩のみを真っ赤に染めている。暗くてまだ顔が見えない。 ゴクリ、と誰かがつばを飲み込んだ。何が東方だ。 あんな奴この世の存在じゃねぇ。冥府の死神に違いない。そう思いながら。 船が雲海を抜けた。 未だに尚それの音が近く、大きくなる。 タバサがその音の方を見ると、見知った顔がいた。 「イザベラ…?」 彼女はタバサに気づく訳でもなく、船を楽しそうに眺めていた。 どうしようかなぁ。炎で燃やす?氷でカチンコチンもいいなぁ。 稲妻でしびれさせて――ゾクゾクしちゃう! 「蒼い…蒼い死神だ!まずい、船長!スピード上がらねぇのか!?」 「こんな時だけワシ頼りかいっ!ダメだ。これ以上はもう上がらん!!」 すぐに追いつくだろう。曲線と直線を混ぜながらイザベラはこっちに飛んでくる。 遊んでいるらしい。上昇したり下降したりしながら、 速度に緩急をつけつつこちらに近づいていた。 船の鼻の先まで近づいたイザベラは、ふいに手を掲げた。 船より大きな火の球が手の先より現れる。 「なぁ船長。ちょっと聞いてくれるかい?」 「何だフーケ」 「この船にかけた魔法効果って何だっけ?」 「敵から逃れる奴だろ?」 忘れてしまったか?という風に船長はフーケを見る。 「発動条件は?」 「ノクターナルかグレイ・フォックスが乗っていること」 「どっちもいないじゃないかぁ!マスターのばかぁぁぁぁぁ!」 基本的に抜けているデイドラ王ノクターナル。それの性格は灰色狐にも伝播しているようだった。 フーケの嘆きを余所に、火球はイザベラの手を離れてエマー・ダレロス号へと向かう。 「回避!回避ぃぃぃぃぃ!」 「無理だ!!追ってきやがる!ちくしょうがぁぁぁぁぁぁ!」 本来、シロディールの魔法に誘導性能は無い。 そう、シロディール『だから』無いのだ。 マニマルコ秘伝の魔法は、彼女が万全な時であっても、 マジックアイテムの補助無くしては唱えられない物も多い。 この誘導性能付き炎魔法もそれの一つだった。 「燃えちゃえ!燃えちゃえ!船ごと燃えちゃえぇぇぇぇ!」 イザベラは楽しそうに笑っている。タバサは彼女が怖くなって震え始めた。 それを見たキュルケがタバサをきつく抱きしめた。あれには敵わない。 本能的に理解できたため、無駄な抵抗ができなかった。 「ちょ、ノクターナルゥゥゥ!何とかしておくれよ!!」 しかし、返事は無かった。 「いやぁぁぁぁ!!」 フーケが叫び、船が炎で包まれるかと思われたその時、 炎は止まり、少し小さくなった 「へ?何よ。何よそれぇ?」 何が起こっているのか、イザベラすら分からない。 皆の時間が止まり、炎球を見る。色が段々と変わり始めた。 みるみる内に灰色へとそれは変わり、炎に照らされた船とその乗組員やイザベラは、 脈打ちながら降り注ぐ灰をかぶったようになった。 炎の色はますます暗くなり、炎球の周りはまだ昼だというのに、 まるで真夜中の森のような暗さになっていく。しかし、 未だその変化はとどまる所を知らず、とうとう炎の色は漆黒よりも黒い、 『虚空のような名付けようのない色』になった。 炎は周りの全てを照らしたが、しかしその光は普通のそれとはほど遠い物だった。 タバサとイザベラの青い髪は白く輝く色になり、透き通る白い肌は闇よりも黒く光る。 キュルケの髪の色は緑色に輝き、肌は本来のタバサの様に白く輝いた。 フーケの髪は真っ赤に変わっている。 夜の女王ノクターナルが色のない色の炎から進み出ると共に炎の球は消えて、全てが元に戻る。 『待ったか?』 とても気楽そうに言う。フーケは少し怒鳴り気味で言った。 「ああ、もう寿命が10年は縮んだね」 『なに、英雄は・少し遅れて・やってくる。と聞いたからな』 「誰にだい?」 『決まっているであろう。英雄だ』 フーケは頭が痛くなってきた。いつもこいつはこんな感じだ。 神様特有というかそんなもんだとグレイ・フォックスには聞かされたが、 しかし、こう、何というか…そうフーケが考えていると、蒼い死神が動いた。 「何よ、何よあなた。邪魔よ、邪魔なんだよ。どけよそこうざいから。いや、もういい。失せろぉぉぉぉぉ!!!」 イザベラの目が赤く光って魔法を放つ。先ほどよりさらに大きな炎がノクターナル目掛けて投げられた。 しかし――ノクターナルがどこからか取り出した盾が、まるで吸い込むかのように魔法を消し去った。 『「灰色のイージス」なり』 その効果、全魔法完全無効化。その力、完全なるメイジ殺しの為の盾。 作りし者が不明の闘技場の戦士の品は、 最近ノクターナルが普通の盾に付呪して造った物であった。 勿論、これを持たせて闘技場に行かせたのも彼女である。 装飾はともかく、付呪師としては驚異的な才能を誇るノクターナル。 デイドラ王と超リッチの戦闘が、今、ここに始まろうとしていた。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1663.html
アルビオンの街の一つ、街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。 ここはアルビオンの、特に空軍にとって重要な街であり、そこかしこに無骨で巨大な煙突が建ち並んでいた。 ハルケギニアで工業技術の秀でた国と言えばゲルマニアだが、空の上に浮かぶアルビオンも造船技術では引けを取らない。 煙を吐き出している煙突は、巨大な工場らしき建造物から伸びており、工場の中では真っ赤に溶けた鉄が鋳型に流し込まれているところだった。 アルビオンの皇帝となったオリヴァー・クロムウェルは、お供の者達を引き連れて、工場の建ち並ぶロサイスの街を視察していた。 その中にはワルドの姿もあり、視線だけを動かして周囲を観察していた。 トリステインには無かった巨大な造船工場は、アルビオン国王のおふれに始まる。 百年以上昔、首都ロンディニウムでは大火事が発生し、木で出来た家々は消し止める間もなく次々に燃えていった。 当時の国王は、住宅を石造りにして火事に対処せよとおふれを出し、その結果、森林は傷つけられることなく残った。 アルビオンは、驚くほど木材資源が豊富なのだ。 ワルドは、満足そうに胸を張って歩くクロムウェルを見て、少し目を細めた。 しばらく歩いていると、三色の旗が目に入ってきた。。 現在、空軍の発令所となっている赤レンガの大きな建物には、レコン・キスタの旗がはためいている。 その背後には、天を仰ぐような巨大なテントが見える。 だが、それはテントではなく、アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号だった。 雨よけのための布が風を受けて、震えていた。 クロムウェルは、発令所から少し離れた場所で、戦艦を見上げている軍服姿の男を見つけ、楽しそうに声をかけた。 「なんとも雄大で頼もしい戦艦ではないか、このような艦を与えられたら、空と地を自由にできるような気分にならんかね? 艤装主任」 「わが身には余りある光栄ですな」 艤装主任と呼ばれた男は、少し気の張りがないような、あまり気乗りしていないと思えるような口調で答えた。 「サー・ヘンリ・ボーウッド君、君は革命戦争のおり、巡洋艦で見事二隻の敵艦を撃破して見せた。君はいかなるときも軍人として冷静だと聞いている」 「軍務に従ったまでのことです」 「ほう!いや、おごり高ぶらぬ態度は美徳だな。旗艦の艦長にはふさわしい!」 端で会話を聞いていたワルドは、ふと違和感を感じたが、アルビオン空軍の慣習を思い出して納得した。 確か、アルビオンでは、戦艦の艤装主任は、艤装の終了したのち、艦長へと就任する。 王立空軍ではなく、レコン・キスタ空軍となった今でも、その慣習はそのまま残っているのだろう。 「見たまえ。あの大砲を!」 クロムウェルは、戦艦の側面から突き出た大砲を指差す。 「きみへの信頼を象徴した新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集め、鋳造した長砲身の大砲だ!」 ボーウッドは、新兵器と聞いて、クロムウェルの指さす方を見た、そこには確かに真新しい砲門が姿を見せている。 「いいかね主任、設計主任の計算では、あの砲の射程は………」 調子良さそうに喋っていたクロムウェルの歯切れが悪くなると、すかさず脇に控えていた長髪の女性が、クロムウェルの言葉を代弁した。 「トリステイン、ゲルマニアの戦艦が装備するカノン砲と比較し、おおよそ一・五倍の射程を有します」 「おお、そうだったな、ミス・シェフィールド」 ボーウッドはシェフィールドと呼ばれた女性を見た。 二十代半ばに見えるその女性は、どこか冷たい雰囲気を漂わせていた。 マントを着けていないので、メイジではないのだろうかと疑問に思ったところで、クロムウェルがボーウッドの肩に手を置いた。 「彼女は遙か東方『ロバ・アル・カリイエ』から、優れた未知の技術を我々に伝えてくれた。言わば我らの同士だ」 「東方ですと?」 ボーウッドは少し胡散臭そうに聞き返したが、カノン砲の鋳造技術を思い返し、むむ、とうなった。 「エルフより学んだ技術を我々にもたらしてくれるとは、実に頼もしい!艤装主任、きみも彼女のともだちになるがいい」 「…はっ」 ボーウッドはつまらなそうに頷いて、シェフィールドと握手を交わした。 それが終わるとシェフィールドは、レキシントンの船内へと続く階段へと向かっていった。 ワルドは、ボーウッドの仕草を逐一見て、彼の心情を想像していた。 ボーウッドは心情的には王党派寄りだが、軍人として忠実であるために、上官の命令に従い、王軍に弓を引いたのだと想像できた。 ワルドもまた、つまらなそうに鼻を鳴らしたい所だったが、訓練された軍人としての仮面が、それを押さえた。 「この艤装が完了すれば、『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、少なくともこのハルケギニアの何処を探しても存在しないでしょうな」 貴族派の革命によって『ロイヤル・ソヴリン』は『レキシントン』と名を変えていたが、あえて旧名を呼んだ。 生粋の軍人であるが故に、革命で王軍に弓を引かざるを得なかった男の、皮肉だった。 「ミスタ・ボーウッド。アルビオンにはもう『王権』(ロイヤル・ソヴリン)は存在しないのだ」 「そうでしたな」 ボーウッドは、わざと興味なさそうに返事をした、正直なところクロムウェルには早く何処かに行って貰いたかった。 クロムウェルの口調といい、態度といい、戦略といい、すべてが下品に思えた。 その下品さの一つが、この戦艦の艤装を急がせる理由だった。 「ゲルマニアとトリステインの結婚式とはいえ、戦艦に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」 クロムウェルをはじめ、現在のアルビオンを統治する『神聖アルビオン共和国』の閣僚達は、レキシントンに乗って、トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式会場へと移動する。 その際、あえて新型のカノン砲を、見せびらかすように積んでいくのだから、下品といわれても仕方がない。 だが、下品といわれたクロムウェルは、むしろそれを誇らしげに思っているかのごとく、唇をゆがめて気味の悪い笑みを漏らした。 「ああ、きみには、この『親善訪問』の概要を説明していなかったのだな」 そう言って、クロムウェルはボーウッドの耳に口を寄せると、ぼそぼそと何かを呟いた。 すると、ボーウッドは表情こそ変えなかったものの、目にみえて顔を青ざめさせ、クロムウェルに言い返した。 「バカな!そのような破廉恥な行為は…!」 だが、それすら気にした様子もなく、クロムウェルは事も無げに呟く。 「軍事行動の一環だ」 「トリステインとは、不可侵条約を…!」 ボーウッドがついには怒りを顕わにし始めたので、ワルドと他数人のメイジが、一歩前に出る。 ワルドが杖を手にかけたところで、クロムウェルがそれを制止した。 「かまわん、説明が遅れたのは私のミスであった。…しかし、ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許されぬ。議会の決定、余の承認を経た正式な『政治的外交』だ」 「ぬ………っ。アルビオンは、恥を晒すことになりますぞ…!」 ボーウッドは、悔しそうに呟いたが、クロムウェルの周囲にいるメイジ達を見て、言葉を窄めてしまった。 ワルドは除くが、クロムウェルの周囲を警護していたのは、革命戦争の折に戦死したはずのメイジ達だったのだ。 ボーウッドは、つい数週間前、目の前に立つメイジ達の戦死に際して、敬礼を捧げていたのをハッキリと覚えていた。 「艤装主任…いや、艦長殿。彼らも『親善訪問』には諸手を挙げて賛成してくれているのだよ」 クロムウェルの言葉を聞いて、メイジ達は一斉ににやりと笑った。 ボーウッドは、力なく膝ついた。 メイジの一人が、ボーウッドの手を取って、ボーウッドを立たせた。 触れられた手が異様に冷たくて、ボーウッドは背筋に冷たいものを感じた。 それからクロムウェルは、ボーウッドのいる場所を離れ、レキシントンの艤装をより近くで見るために歩き出した。 かつての仲間達も、死んだはずの仲間達も、トリステインの魔法衛士の隊服を着た男もそれに続いた。 その場に取り残されたボーウッドは、恐怖か何かから来る寒気で身体が震えるのを止められなかった。 ボーウッドは『水』系統のトライアングルであり、生物の組成、治癒にかけてはエキスパートではあるが、死人を蘇らせる魔法などは想像の範疇を超えていた。 彼らは、精巧なゴーレムなのかもしれないと思ったが、掴まれた手から生気の流れを感じた。 ボーウッドは、『水』系統の使い手だからこそ、共に戦った仲間達の『生気の流れ』が別人のものではないと感じたのだ。 神聖皇帝クロムウェルは、『虚無』を操り、生命を操る……。 ただの誇張された噂話だと思っていたが、もし本当に『虚無』のメイジであり、もし『死者を蘇生』させる魔法があったとしたら…… 「……あいつは、ハルケギニアを、生命をどうしようというのだ」 ボーウッドは、震える声で呟いた。 しばらくの間、戦艦の外周を見て回ったクロムウェルは、傍らを歩くメイジ…ワルドに話しかけた。 「子爵、きみは竜騎兵隊の隊長として『レキシントン』に乗り組みたまえ」 「あの艦長殿の目付け、というわけですか?」 ワルドの憶測を、クロムウェルは首を横に振って否定した。 「あの男は、頑固で融通の効かぬ男だからこそ信用できる。余は魔法衛士隊を率いていた、きみの能力を買っているだけだ。竜にのったことはあるかね?」 「ありませぬ。しかし、わたしに乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアには存在しないと存じます」 「ふむ、だろうな…」 クロムウェルはワルドに向き直った、ワルドは、無いはずの左腕…いや、左腕に取り付けられた義手を、右手で撫でていた。 「…子爵、きみはなぜ余に従う?」 「わたしの忠誠をお疑いになりますか?」 「そうではない。ただ、きみは余に何も要求しようとしない、何も、だ」 ワルドは、静かに笑顔を見せつつ、首から下げたペンダントを右手で握りしめた。。 「閣下の進まれる道を、間近で見たいと…そう思っただけでございます」 「ほほう、余の道の先には『聖地』しかないがな」 「わたしが探すものは…そこに、そこにあると思いますゆえ」 そう言って、ワルドは首から提げられたペンダントを、無意識に握りしめた。 「信仰か?」 「…かも、しれませぬ」 「ふむ、欲がないな。」 少しの間、考え込むように視線を下げた後、ワルドは笑みを浮かべて呟いた。 「いえ、閣下。わたしは世界で一番、欲深い男です」 一方、トリステインの王宮では、アンリエッタの私室に女官や召使が忙しそうにしていた。 結婚式でアンリエッタが身に纏うドレスの寸法を合わせ、細かな部分を仮縫していたのだ。 傍らでは、太后マリアンヌがそれを見つめていた。 アンリエッタは未完成な純白のドレスに身を包んでいたが、表情は決して明るくなかった。 仮縫いのため、アンリエッタへと着心地はどうかと質問する縫い子たちの声にも、曖昧に頷くばかりだった。 それを見たマリアンヌは、縫い子や女官達を下がらせて、アンリエッタと二人きりになった。 「愛しい娘や。元気がないようね」 「母さま」 アンリエッタは、椅子に座っているマリアンヌに近寄ると、ひざまずくように姿勢を下げた。 下着姿で母の膝に頬をうずめると、マリアンヌはアンリエッタの頭を撫でた。 「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」 「そのようなことはありません。わたしは幸せ者ですわ」 その言葉とは裏腹に、アンリエッタの表情はどこか曇っていた。 「………愛おしい夢は、いずれ冷めます、熱が過ぎればいずれ忘れていきましょう」 「母さま、夢ではありませんわ」 マリアンヌは首を振った。 「恋は、はしかのようなものです、陽炎のような夢に浸っていては、王女としての勤めを果たせませんよ」 「陽炎では…ありません」 「あなたは王女なのです。夢でも陽炎でもないのなら、もう泣くのはおやめなさい。そんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」 「わたくは…なんのために、嫁ぐのでしょうか?民と、国の未来のためなのでしょうか…」 アンリエッタの言葉に、マリアンヌは首を横に振った。 「国と、民と、貴方自身のためでもあるのです」 「…私自身のため、でしょうか」 マリアンヌは、諭すように、静かに語った。 「レコン・キスタのクロムウェルは、皇帝を名乗りました。野心豊かな男です。聞くところによると、かのものは『虚無』を操るとか」 「私も、その話は聞きましたわ」 「…『虚無』がまことなら、恐ろしいことなのですよ。過ぎたる力は人を狂わせるのですから」 「過ぎたる…力…」 ふと、アンリエッタの脳裏にルイズの姿がよぎる。 ルイズは、今ごろはラ・ロシェールからアルビオンにたどり着いている頃だろう。 アンリエッタに『私は食屍鬼を作らない』と約束するルイズの姿は、どこか儚げだった。 ルイズは、自分の力を知っているからこそ、その力に振り回されぬように自制しているのだろうか? 『吸血鬼』であり『虚無』… この事に限っては、枢機卿と協力して、母にも、誰にも知られぬようにしていたのだ。 「野心にとりつかれた男が、軍隊を得て大人しくしているとは思えません。不可侵条約を結んでも同じ事です、軍事強国のゲルマニアにいたほうが、あなたの身は安全なのですよ」 アンリエッタは顔を上げた。 そして母の前で居住まいを正すと、母に頭を下げた。 「……申し訳ありません。わがままを言いました」 「いいのですよ。貴方の”夢”は、貴方の側には居られないと思いますが、貴方の幸せを誰よりも願っているのですよ」 「…はい」 そして、マリアンヌは立ち上がり、母と娘は抱き合った。 一方、港町ラ・ロシェールからほど近い森の奥では、シエスタが木の上で身を潜めていた。 タバサはシエスタの手から伸びたツタの先端を握りしめて、木の陰で何かを探そうと集中している。 ふたりは、タバサの足下から数えて約20メイル先の建物に意識を向けていた。 そこには廃墟となった寺院があった。 敷地面積は、トリステイン魔法学院の本塔と同じぐらいのだろうか。 錆びて朽ちかけた鉄の柵、倒れた円柱、割れたステンドグラスを見ると、かつては見事な建造物だったとわかる。 かつては、ここに村があり、この寺院は村の中心的な役割があった。 何百年か前に起こった、ゲルマニアとトリステインの戦争で、この村は燃やされてしまった。 とは言っても、非戦闘員の住む村落を無碍に燃やすことは、ゲルマニアでも禁じられている。 この村は、荒くれ者達や、自称『傭兵』達、もしくは盗賊達に荒らされてしまったのだ。 戦争も終わり、一応の平和が訪れたが…もはやこの寺院を訪れる人間は居なかった。 不意に、門柱の近くにある木から、ドォン!という音が響いた。 タバサとは別の場所に潜んでいるキュルケが、木に火の魔法を当てたのだ。 そして、どかどかと足音を立てながら、何者かが寺院の中から飛び出してきた。 この寺院を住処にしている、オーク鬼の群れだった。 「ぶひ」「ギィ」「ぶごっ、ぶごごっ!」 十匹にもなるオーク鬼の群れが、寺院の中から姿を現し、鼻を鳴らして互いに会話していた。 シエスタはガサガサと、わざと音を立てながら木から飛び降りた。 かなり高い位置から飛び降りたのだが、木の葉に波紋を流して吸い付き、勢いを殺しながら降りたのでダメージは無い。 それを見たオーク鬼達が一斉に「ブギィ!」と叫び、シエスタへと走り寄ってきた。 シエスタは、ワインや水を使って生命の波を探知するように、蔓草を通じてタバサに波紋を流していた。 すると、『風』を得意とするタバサの身体に変化が起こる。 まるで周囲を流れる微弱な風が、自分自身の指先になったかのように、敏感に、鮮明に、『生き物が持つ波紋』を感じられるのだ。 「ラグーズ・ウオータル・イズ・イーサ・ウインデ……」 タバサは小声だが、しっかりとした発音でルーンを詠唱し、『ウインディ・アイシクル』を放った。 タバサの隠れている木、その木の前に立つシエスタ、それらを一切傷つけることなく氷の槍が四方八方から飛来し、オークの群れへと殺到する。 先頭に立つオーク鬼の身体を貫通し、後ろのオーク鬼までを串刺しにして、氷の槍が砕け散る。 タバサが次に唱えた『エア・ハンマー』は、氷の破片を三匹目に殺到させ、オークの身体を穴だらけにした。 と、その様子を見ていた他のオーク鬼達が驚き、戸惑う、何匹かは寺院の中に戻ろうとしたが、寺院の中に居たのは青銅で作られたゴーレム、ワルキューレだった。 寺院の入り口は人間より二回り以上大きいが、オークにとっては丁度良い大きさだった。 その入り口を槍を構えたワルキューレが塞いでいたのだ。 「ぶぎ!」「ぎぎ、ぶごっ」 鼻を鳴らしてオーク鬼が会話する、その様子はまるで「おい、どうする?」と相談しているかのようだった。 事実、そうなのだろうが、その僅かな合間が命取りだった。 寺院の入り口から飛び出したワルキューレが、オーク鬼の持つ棍棒一振りでグシャグシャに潰されたが、左右に突然現れたワルキューレに両脇腹を槍で貫かれ、一匹が絶命した。 すかさず右からキュルケの炎が飛び、左からキュルケの使い魔フレイムの炎が飛ぶ。 更に一匹、二匹と焼かれていき、残った五匹は悲鳴を上げた。 そのうち一匹が、シエスタに向かって棍棒を投げた、オーク鬼の腕力は人間よりはるかに強く、まともに棍棒を受ければシエスタは肉片になってしまうだろう。 だが、シエスタは逃げなかった。 すかさずマントに手をかけると、内側のとある箇所を握りしめて波紋を流した。 するとマントはシュッ、と音を立てて円錐形に形を変え、その頂点をオーク鬼に向けた。 投げられた棍棒は、マントの表面を流れる『弾く』波紋により、あらぬ方向へと滑り飛んでいった。 残る、オーク鬼五匹。 かれらは、その腕力と獰猛さで人間の子供を食らうので、人間達から恐れられていたが、今は違った。 残忍な狩人であるオーク鬼達が、今は狩られる側に回っていたのだ。 シエスタは、マントを元の形に戻すと、両手の力を抜いた。 波紋を蔓草に流し、タバサの手から蔓草を巻き戻す。 「…いきます」 シエスタの言葉に、タバサとキュルケ頷いた。 オーク鬼に向けてシエスタが駆け出す、それは端から見れば自殺行為にも等しい。 メイジでもない人間が、素手でオークに立ち向かうなど、あまりにもバカげている。 シエスタに一番近いオーク鬼もそう考えたのだろう、ブヒ、と鼻を鳴らして右手を振り上げ、シエスタに向けて振り下ろした。 …だが、吹き飛ばされるはずのシエスタは、左手の指一本でオーク鬼の手を止めていた。 「ブゴ?」 きょとん、とした目で、オーク鬼は自分の手を見た。 か弱い人間をはじき飛ばすこともできない、それどころか、その指から自分の手が離れないのだ。 「ぶごぉ!?」 オーク鬼は、左手でシエスタを殴ろうとしたが、それよりも一瞬早く、シエスタの手から『波紋』が流された。 オーク鬼の身の丈は二メイルほどあり、大きさから考えて体重は人間の五倍ほどあると予測できる。 その身を、動物から剥いだ毛皮に包んでおり、棍棒などで武装していることがある。 知能は高いが、その豚のように突き出た鼻から、オーク鬼は二本足で立った豚と表現されている。 一般に、オーク鬼は太った体つきをしているが、ただ太っているわけではなく、相当量の筋肉が脂肪の下を埋め尽くしている。 人間の腕力をはるかに超えるその力は、今回ばかりは、かれらの弱点となった。 ベキベキベキベキと音が響く、オーク鬼の背中が、まるで弓のように反り返り、自分の背骨を砕いていたのだ。 オーク鬼の後頭部が地面に触れると、綺麗な曲線を描いがブリッジが完成した。 動物特有の発達した背筋が、自分の意志に反して過剰に収縮し、自分自身の骨を自分で砕いてしまったのだ。 他のオーク鬼達は、その姿に驚き、言葉…と言うよりは鳴き声を失った。 同胞の一人が、奇妙に丸まって全身の骨を砕かれ、絶命したのだ。 誰かが「ブゴッ」と鳴き声を上げると、残るオーク鬼四匹が後ずさった。 目の前にいる平民の少女…もっとも、オーク鬼達に『平民』と言っても分かりはしないが…杖を持たずに仲間を殺したこの少女が、恐ろしくなったのだ。 「ブギィ!」「ゴア!」「ビギーッ!」「ブゴオ!」 残された四匹のオーク鬼は、ちりぢりに逃げ出そうとした、しかし、キュルケのフレイムボール、タバサのエア・カッター、サラマンダーの炎、シエスタの波紋疾走にて打ち倒された。 オーク鬼が全て退治されたのを確認すると、屋根の上で身を潜めていたギーシュが、すっくと立ち上がって薔薇の造花を掲げた。 「フッ、これがトリステイン貴族の実力さ」 キザったらしく髪の毛をかき上げたギーシュだったが、そこに突然の風が襲った。 ばさっ、ばさっ、と音を立ててシルフィードが寺院の庭に着地したのだ。 風に煽られたギーシュは寺院の屋根から滑り落ち、そのまま地面に激突した。。 「ゴフッ!?」 「ギ、ギーシュ!大丈夫?」 シルフィードの背に乗っていたモンモランシーが慌てて飛び降り、ギーシュに駆け寄る。 頭を膝の上に乗せて膝枕の形になり、ギーシュの頭に手を当てて、優しくさすった。 「ああ…モンモランシー、白魚のような君の手が痛みを忘れさせてくれるよ」 「ギーシュ…」 二人の様子を見ていたキュルケとシエスタだったが、もう勝手にやってろと言わんばかりに首を横に振って、寺院の中へと入っていった。 タバサは、シルフィードに背中を預けると、いつも持ってきている本を読み始めた。 「この寺院の中には、祭壇があって、その下にチェストが隠されてるそうよ」 「祭壇ですね…あれでしょうか?」 キュルケの指示に従って、シエスタが祭壇を探したが、そこにはチェストなど影も形もなかった。 キュルケがレビテーションで祭壇をどかすと、その下には人一人が入れそうな空間があり、小さなチェストが置かれていた。 「ここの司祭が、寺院を放棄して逃げ出すときに隠した、金銀財宝と伝説の秘宝『ブリーシンガメル』があるって話よ?」 キュルケが得意げに髪をかきあげる、シエスタは蔓草を使ってチェストを引き上げると、床に置いた。 「ブリーシンガメルって、どんな物なんでしょう?」 シエスタが訪ねると、キュルケは手に持った地図を開き、そこに書かれた注釈を読んだ。「えっとね、黄金でできた首飾りみたいね。聞くだけでわくわくする名前ね! それを身につけたものは、あらゆる災厄から身を守ることが……」 シエスタがチェストの中を見ると、そこには色あせた装飾品や、がらくたしか入っていなかった。 その晩、一行は寺院の中庭でたき火を取り囲んでいた。 モンモランシーは、ギーシュと一緒にいられるのが嬉しいらしく、ギーシュに寄り添っては離れより沿って離れを繰り返している。 ギーシュもまた、モンモランシーの前では毅然とした態度を取ろうと心がけていたが、いかんせん膝枕の感触を思い出しては時々鼻の下を伸ばしている。 キュルケは、紙の束…よく見ればそれが地図と判る…をたき火の中に投げ入れた。 その様子を見て、ギーシュがふぅ、とため息をついてから、しゃべり出した。 「なあキュルケ、これで七件目だろう。地図をあてにして、お宝探しなんて…苦労しても何も見つからないじゃないか」 モンモランシーも、ギーシュの言葉に頷いた。 キュルケはどこからか手に入れた『宝の地図』を頼りに、宝探しをして小遣いを稼ごうと画策したのだ。 シエスタとタバサを連れて行ければいいと思っていたが、困ったことにギーシュがついてきてしまった。 どいやら、この間シエスタに決闘を挑んでしまった罪滅ぼしらしいが、それを聞いたモンモランシーまでもが参加することになった。 女三人とギーシュ一人である、モンモランシーが何か危惧するのは当然だろう。 キュルケは、モンモランシーは『水』系統の使い手であり、怪我をしたときに彼女が居ると有利だと考え、五人での宝探しが始まったのだ。 だが、一攫千金の宝探しなど、そうそう簡単に実現できるはずもなく、一行はことごとく偽のお宝を掴まされていた。 「何よ、あらかじめ言っておいたじゃない。この地図の『どれか』は本物なの『かも』しれないって」 「いくらなんでも、廃墟や洞窟にいる化け物を苦労して退治して、得られた報酬が銅貨数枚とガラクタだけじゃ、割にあわんこと甚だしいよ!」 ギーシュはそう言って、薔薇の造花を口にくわえ、中庭に敷いた毛布の上に寝転がった。 「そりゃそうよ。化け物を退治したぐらいで、ほいほいお宝が入ったら、誰も苦労しないわ」 俄に険悪な雰囲気が漂い始めたところで、シエスタの明るい声が響いた。 「みなさーん、お食事ができましたよー!」 たき火の火を使って、シエスタが調理していたのは、彼女の故郷独特のシチューだった。 深めの皿にシチューをよそる、シエスタが言うには、この形の皿を『チャワン』というらしい。 一人一人にシチューを渡すと、ほんのりと良い香りが鼻を刺激する。 「へえ、この草はハーブだったのか、雑草かと思っていたが…」 ギーシュがシチューを頬張りながら呟くと、モンモランシーがシチューをかき回して、中に入っている野草や肉の臭いを確かめた。 「…これはウサギ肉と、ハシバミ草の一種ね、もしかしてタバサに頼んで乾燥させていた草って、これ?」 「はい、乾燥させてから煮込みなおすと、アクが出てハシバミ草の苦みはほとんど無くなるんです、やりすぎると香りまで飛んでしまうのですけど」 「物知りねえ、この間貴方の故郷…タルブ村に行ったときに食べた、ヨシェナヴェに味付けが似てるわね」 キュルケが感心したように呟く、すると、タバサもそれに続いて「美味しかった」と呟いた。 「あら、二人ともシエスタの故郷に行ったことがあるの?」 モンモランシーが空になったお椀を差し出しながら聞く、シエスタはお椀にシチューをよそりながら答えた。 「はい、私が魔法学院に入学させて頂くことになった時、キュルケさんと、タバサさんが手伝って下さったんです」 「そうよ、ああ、あのワイン美味しかったわね。タルブ村にまた行きましょうよ、タバサもヨシェナヴェはお気に入りでしょ?」 キュルケの言葉にタバサが頷く。 「それに、最後に残った地図も、タルブ村の近くを示してるもの、最悪でもワインだけ貰って帰ってくればいいわ」 「最後のお宝って何よ、またインチキじゃないの?これ以上宝探しを続けても収穫はないと思うわよ。それに…ギーシュも疲れてるみたいだし」 キュルケは宝の地図を放り投げて、モンモランシーに渡した。 「…『竜の羽衣』って、何?」 シエスタが驚いて顔を上げ、モンモランシーが持った宝の地図を見つめた。 「…竜の羽衣ですか?そんな、あれはお宝なんてものじゃありません」 「知ってるの?」 「はい、あれは…コルベール先生が授業で言っていた、魔法を使わずに動くものらしいんです、でも今は壊れて…なんの価値もないと思います」 シエスタの言葉に、キュルケが驚いた。 「魔法を使わずに動くって、あの、『蛇くん』のこと?ホントにガラクタじゃない」 「…私も、最初はそう思っていたんです。けど…」 シエスタが竜の羽衣について話しだす。 皆は、はじめ胡散臭そうに聞いていたが、シエスタのマントが滑空する原理や、コルベール先生の開発した『ゆかいな蛇くん』の話をするにつれ、皆シエスタの話に夢中になっていた。 より原理的に完成された『エンジン』の存在。 他にもプロペラ、揚力、抗力、機関銃、合金、速度…それらの話を聞いていくうちに、タバサを除く皆の目に活力が見えてきた。 それらは曾祖父の日記に、理論と共に書かれていた。 それが正しければ、まさしく竜の羽衣はハルケギニアの技術を遙かに超えた『マジックアイテム以上のマジックアイテム』なのだ。 更に、シエスタの曾祖父がそれに乗ってタルブ村にやって来たと聞いて、皆は面白そうに目を輝かせた。 「面白そうじゃない!壊れていてもいいわよ、それ、竜の羽衣を一度見に行きましょう。」 キュルケがそう言うと、皆もそれを了承したのか、一様に頷いて肯定した。 「じゃあ、今日は早く寝ましょう、あのワイン美味しいのよね…楽しみだわー」 ワインの味を思い出して、キュルケは楽しそうに呟くと、傍らで本を読んでいたタバサも小声で呟いた。 「楽しみ」 「貴方はワインじゃなくてハシバミ草でしょう?」 「…」 タバサが無言で頷くと、皆が一様に笑い出した。 嵐の前の、つかの間の平和が、彼らを包んでいた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4413.html
前ページ次ページもう一人の『左手』 . 「敵突入部隊、接近してきます!!」 「指揮官は分かるか!?」 「そっ、それが……」 「どうしたっ!?」 「ウェールズ殿下本人が率いているようですっ!!」 その瞬間、『レキシントン』の幕僚たちを、沈黙が包み込んだ。 ――ウェールズ殿下が、来る……!! かつての自分たちの主君にして上司。 アルビオン史上類を見ないほどの大反乱を巻き起こした国王ジェームズ1世の虐政。だが、失望させられ続けてきたアルビオンの国民にとって、皇太子ウェールズは、王家に残された最後の希望だった。 その若き王子が、自らこのフネに乗り込んでくる。叛徒逆賊として、我々を殺すために。 ならば我々はどうだ? ボーウッドは自問する。 いかに敵とはいえ、杖を向けることが出来るか!? あのウェールズ殿下を、直接その手に掛ける事が出来るか!? ――ボーウッドは自答する。 (やるしかない……!!) 自分は軍人なのだ。 軍人として戦に臨む以上、私情は捨てねばならない。 再び背筋を伸ばした時、ボーウッドは迷いを捨てていた。 「対空砲火で応戦せよ!!」 索敵班の伝令に『レキシントン』の副長が、そう怒鳴り返すが、ヘンリー・ボーウッドは、その命令を制し、冷静な声音で指示を出す。 「無駄だ、撃ったところで当たりはせん。むしろ全砲門を閉じさせい」 そうなのだ。一人の敵兵を狙撃するのが大砲の役目でもないし、そんな小さな的を狙ったところで、当てるほどの命中精度も期待できない。軍艦が装備する火砲とは、あくまでも“面”を攻撃する兵器であり、“点”を狙うものではないからだ。 むしろ迂闊に砲門を開いていて、大砲の射出口に火矢でも射掛けられたら、たちまち火薬に引火して、こんな木造艦など木っ端微塵だ。 “フライ”で移動中のメイジは魔法を使えないが、王立空軍のメイジたちは、白兵戦のために、全員が長弓や弩・銃などの訓練を欠かさない。 それは“フライ”で飛翔しながら敵を攻撃するためであり、たとえ魔力が切れても戦闘を続行するためだ。無論、普通のメイジなら、たとえ軍人と言えど杖以外の武器など持たないが。 だが、王立空軍の司令官にウェールズが就任した時、彼は就任演説で、こう言い放った。軍人とは、精神力が切れれば何も出来ない者を呼ぶのではない、たとえ素手でも敵と戦う者をよぶのだと。 彼の方針に反感を抱いたメイジたちは少なくなかったが、それでもウェールズの持論が正論である事は間違いない。敵として、彼の斬り込みに相対した今、それは否応なく思い知らされる。 「艦内総員に通達! 敵の斬り込みが来る。戦闘員は至急、第一種兵装にて甲板で待機!たとえウェールズ殿下本人であろうとも容赦はいらん! 敵突入部隊を一人たりとも乗り込ませるな!!」 その時だった。 「索敵班から報告! 味方竜騎士隊が全騎180度回頭!『レキシントン』に向かってきます!!」 . バカどもめ!! ボーウッドはそう思った。 竜騎士たちは、どうやら我が艦の援護に回るつもりらしい。 竜騎士の機動性と小回りなら、ドッグファイトになっても“フライ”で自在に飛翔するメイジにも優位に立てる。いわんや竜騎士は、飛翔中のメイジとは違い、魔法も使えれば竜のブレスという『攻撃兵器』もある。空中戦の有利は言うまでも無い。 だが、今からでは遅い。竜騎士たちが敵に追いつく前に、敵は『レキシントン』の甲板に取り付いてしまうだろう。ならば、むしろ早々と『イーグル』号を撃墜してくれた方が助かる。 「竜騎士に発光信号を送れっ! 当艦には構わず、いそぎ敵艦を撃滅せよとな!!」 そのとき、ある竜騎士の吐いたブレスが、『レキシントン』の帆に命中する。メインマストは音を立てて炎上し始めた。 ヘンリー・ボーウッドは愕然とした。 こんな初歩的なミスを、歴戦の竜騎士ともあろう者がやるとは思わなかったのだ。 味方の艦に接近中の敵に向かって、背後から攻撃を仕掛けるときは、流れ弾が味方の艦を直撃しないように、射角に注意するのは、空戦に於ける基本中の基本なのだ。つまり『レキシントン』に接近する王党派の突撃部隊の存在に、よほど慌てたという事だろうか。 (ばかどもがっ!! だから言わんこっちゃない!!) ボーウッドは、床を激しく踏み鳴らした。 「発光信号を用意っ、接近中の竜騎士に通達せよっ!! 『軍令に従い、直ちに敵艦を攻撃せよ。これ以上、当艦に接近するならば、我が軍への反逆と見なす』となっ!!」 「はっ、はいっ!!」 「艦長、周辺の僚艦に連絡を」 シェフィールドが、またもや口を開いた。 しかし、その瞳にはもはや、いつもの嘲るような光は宿ってはいない。 だが、それでもボーウッドからすれば、彼女は所詮、耳障りな雑音を撒き散らす、でしゃばり素人に過ぎない。彼は聞こえないフリを決め込んだ。 「竜騎士が旗艦に攻撃を仕掛けた場合は、当艦もろとも竜騎士を狙撃せよ。そう伝えて下さい」 ボーウッドは一瞬、ぽかんと口を開いた。 何を言っているのだ、この女は!? まるで、竜騎士どもの離反が、すでに決定事項であるかのような口を利く。 「ミス・シェフィールドっ!! これ以上、余計な差し出口をされるようだと、艦橋から退出していただきますぞっ!!」 そう言って、ボーウッドが女を睨みつける。 だが、シェフィールドは怯まない。 「彼ら竜騎士の目標は、間違いなく当艦です。急ぎ『レキシントン』を後退させ、弾幕を張って下さい。さもないと、この艦は沈みます」 たまらず、幕僚たちが口を開いた。 「ミス・シェフィールド! 彼らの反逆が事実であるという根拠は!?」 「理由もなく味方を誹謗する事は許されませんぞ!!」 しかし――、 そのとき、三十騎の竜騎士が一斉に吐いたブレスは、残らず『レキシントン』に吸い込まれた。 「甲板員に消火を急がせろっ!! 『レキシントン』取り舵一杯っ!!」 「とっ、取り舵一杯、サー!!」 ボーウッドの悲鳴のような指示に、操舵手が舵を切る。だが、メインマストに損傷を受けたフネは、のろのろと手負いの獣のような、もたついた動きを見せるだけだ。 副長が、たまらず叫ぶ。 「全砲門開けっ、王党派の突撃隊は構うなっ!! 当たらずとも良い、裏切り者の竜騎士を接近させるなっ!!」 . (なんということだ……!!) ボーウッドは、思わず己の爪を噛みそうになる。 竜騎士隊が『イーグル』号から反転した時、彼らの離反をまったく疑っていなかったといえば、実のところ、それは嘘に近い。 ――ヘンリー・ボーウッド個人も、このレコン・キスタを名乗る反乱軍に身を置き、かつて忠誠を誓った王党派に刃を向けている自分を、密かに恥じていたのだから。 そして、彼は知っていた。貴族派に於いて、我が身を恥ながら戦っているのは、おそらく自分だけではないであろう、とも。 しかし、戦況を鑑みて、いくら何でも裏切りはすまいとタカを括っていたのは事実なのだ。……そう思って油断していた自分が許せない。王党派を追い込めば追い込むほど、彼らに心を残す者たちがどう動くか、それを甘く見ていた自分が許せなかった。 ――そして、戦況はまさに、シェフィールドが予言した通りになった……!! だが、実を言えば、竜騎士たちの反逆行為は、全てヴィンダールヴ風見の仕業であり、ボーウッドの考えている事はまったくの的外れなのだが、それを理解しているのは、この場ではシェフィールドただ一人であり、無論、彼女はそれを説明する気は無かった。 「白旗を揚げよ」 その場にいた全員が振り返った。 「聞こえたろう艦長。白旗を揚げ、次いで停戦の発光信号を打ち上げよ」 まるで他人事のような涼しい顔で、艦長にそう命じる一人の男。 ブザマな失神からようやく目覚めた、クロムウェルが屹立していた。 オリヴァー・クロムウェル大司教。 アルビオン貴族派連合軍総司令官にしてレコン・キスタ貴族院議長を兼任する、事実上の貴族派の首魁。だが、一見すれば、漆黒の僧衣を纏った、痩せぎすの男に過ぎない。 しかし、その眼鏡の奥に光る蛇のような瞳は、先程までだらしなく意識喪失していたとは、まるで思えない炯々とした輝きを放っていた。 だが、ボーウッドとしても、一人の軍人として、その命令に簡単に頷くわけには行かなかった。 「しっ、しかし、閣下! まだ戦は終わったわけではありませんぞっ!?」 「君の判断は聞くつもりは無い。それとも、あの竜騎士たち同様、君もわたしに逆らう気なのか?」 「……!!」 そう言われては、もはや彼としても返す言葉も無い。 結局ボーウッドは、副長を振り返ると、重く頷いた。 %%%%%%%%% 重さ1トンにも及ぶ鉄柱を挟んで、二人の改造人間が対峙していた。 ここは戦場。 貴族派本陣に自沈攻撃を仕掛けた『マリーガラント』号に積まれていた硫黄は、なおも燃え続け、天空の双月と相まって、夜にもかかわらず、まるで昼間のような明るさで大地を包む。 総勢五万を号する貴族派連合軍の重包囲網を、まるでナイフのように真一文字に切り裂く王党派二百の鉄騎軍。――だが、刃の切っ先となるべき仮面の男は、まるで凍てついたように、その動きを止めていた。 . 彼には、ティファニアに召喚される前の記憶がない。つまりハルケギニアに召喚される以前、何処で何をやっていたのか、そもそも自分は一体何者なのかという記憶を持っていない。覚えていたのは“ブイスリー”という名だけだ。 だから、眼前に対峙する、自分と同じ姿をした男を見た時、骨が震えるような感覚に襲われた。 “ブイスリー”は感じたのだ。 眼前に立つこの者は、まさしく自分と、まったく寸分違わぬ『同じ存在』であると。 双子の兄弟どころではない。肉体を組成する細胞の一片までも、完全に一致する同位体。文字通りのもう一人の『自分』。 相違点があるとするならば、ルーンの位置――“ブイスリー”が胸部にルーンを刻まれているのに対し、眼前の『自分』は、額にルーンを刻んでいた――くらいであろう。 つまり“ブイスリー”は、動けなかった。 そんな不可解極まりない存在が、いきなり出現したのだ。動揺するなと言う方が無理な話だ。 しかし、不意に出現したドッペルゲンガーを前にして“ブイスリー”の脳裡に、とある考えが電光のように浮かぶ。 (こいつなら、あるいは俺が何者か知っているかもしれない) 記憶を失った彼が、一瞬、そういう思いを巡らせたとしても、誰もそれを責める事は出来ないだろう。眼前に屹立している男は、まぎれも無い『自分』なのだ。本来在るべき、失われた記憶を持ち合わせているとしても、まったく不自然ではないはずだ。 知りたい事は無限にある。訊きたい事はそれ以上にある。だが、それを追求するためには、この奇怪な睨み合いの成り行きを呆然と見ている味方たちが邪魔だった。 自分が王党派のために戦っているのと同様、この不可解な闖入者も、貴族派に合力する者かも知れない。ならば、今の自分がやろうとしているのは、まぎれもない『敵との対話』であるからだ。それは少なくとも、戦闘中に許される行為ではない。 「マーヴェリー卿、こいつは俺が引き受けます。今すぐ軍を動かしてください」 周囲の兵と同じく、同じ顔をした亜人同士の、奇妙な一騎打ちに眼を奪われていた王軍の指揮官ジェラルド・マーヴェリー伯爵は、“ブイスリー”の声に込められた強い意思によって、まるで尻を叩かれたようにびくりと震えた。 (ここにいては巻き込まれる!? ……この怪物同士の戦闘に……!!) その超人的な戦闘能力によって、落日のニューカッスル城の防衛を、ほぼ一手に引き受けていた“ブイスリー”。そして、そんな彼と全く同じ姿をした、もう一人の赤い仮面。 ――恐竜と恐竜の戦いに人間が巻き込まれれば一体どうなるか。結果は火を見るより明らかだ。 何より、ここで王党派の勢いを停止させるわけにはいかない。五万の包囲網を中央突破し、貴族派の混乱をなおも助長せねば、寡兵の王軍に勝ち目は無い。そのためにも――、 「ゆくぞ皆の者!!」 マーヴェリー卿の声と同時に、王党派鉄騎兵たちは、ふたたび馬蹄を轟かせ、突撃を開始する。 「武運を祈るぞ“ブイスリー”!! いずれ勝利の祝宴でまた会おうぞ!!」 「軍人気取りか……いい気なものだな」 額のルーンを輝かせ、赤い仮面が皮肉を利かす。 “ブイスリー”は答えない。 王軍の存亡を一手に担う“ブイスリー”は、当然のように自分の事を『王党派の一兵士』であると認識している。だから軍人気取りと言われては、さすがにカチンときたが、それでも沈黙を守ったのは、興味が怒りを凌駕したからだ。 ――眼前のドッペルゲンガーが、一体自分に何を語ろうとしているのかという、純粋な興味が。 「一つだけ訊いておこう」 ドッペルゲンガーは言葉を続ける。 「仮面ライダーたる誇りを投げ捨て、改造人間のパワーを以って、ただの人間を殺戮する。――何故だ?」 . やはり“ブイスリー”には、彼の言わんとする意図が理解できない。 カメンライダーという言葉の意味は分からんが、敵と戦うのが兵士であり、敵を殺すのが戦争ではないか。そして俺は兵士であり、ここは戦場だ。 だから“ブイスリー”は、こう答えた。 「それの、なにが悪い」 「そうか。……やはり貴様は……」 眼前の男の口調が、あからさまに変わったように“ブイスリー”には聞こえた。 “ブイスリー”としては、実のところ、もう少し彼の話を聞きたくはある。――だが、眼前の『自分』の複眼を見た瞬間、もはや戦闘以外の一切の問答は無用である事を“ブイスリー”は知った。 彼が発していたものは、バカでも分かるほど明瞭な“殺気”であったからだ。 (『敵』……こいつは『俺』なんかじゃない。俺の前に立ちふさがる、ただの『敵』だ!!) 「殺す。貴様はこの世にあってはいけない存在だ」 そう言い放つや、額に『ミョズニトニルン』と刻まれた、もう一人の改造人間は、まるで綱引きのように引っ張り合っていた巨大な鉄柱を放り出し、その瞬間に赤い疾風と化していた。 忽然と姿を消した彼を追って、“ブイスリー”も反射的に地面を蹴る。まるで瞬間移動のような素早さで、彼らは、地上数十メイルもの上空へ跳躍したのだ。 その差は、まさしく一秒の数十分の一程度のものでしかなかったであろう。だが、先手を取る形で跳躍したミョズV3の攻撃は、下からジャンプしてくる“ブイスリー”を、必然的に上から迎撃する形になっていた。 (もらった!!) ミョズV3が、心中そう叫んだかどうかは分からない。 だが、身体性能が同等である以上、ものをいうのはタイミングや体勢といった二次的な条件である事は言うまでも無い。 ――V3キック。 仮面ライダーV3の一番スタンダードな決め技であり、無論、一撃必殺の破壊力は充分にある。 空気を切り裂かんばかりの速度で蹴り出された二本の右脚は、天空の双月を背景に、あたかもロボットアニメのドッキングシーンのような正確さで足裏を重ね合い、それぞれの力のベクトルを真正面からぶつけ合った。 「くうっ!!」 だが、パワーが同じなら、位置的・体勢的に有利な側の威力が上回るのは、物理法則上の必然だ。“ブイスリー”は、弾かれたように吹き飛ばされ、壮大な地響きを立てながら大地に激突する。 「ふっ……」 この程度かと言わんばかりに鼻で笑いながら、ミョズV3は軽やかに着地する。 その時だった。 「……っっ!?」 下半身から力が、不意に抜けた。 (なっ、なにいっ!?) 信じられなかった。 彼は膝をついていた。 蹴り勝ったのは自分のはずなのだ。現に“ブイスリー”は、同じキックを放っていながらもブザマに撃墜され、土埃にまみれて転がっている。 なのに、――なのに、この俺が……足を痺れさせて大地に膝を屈している!? 「~~~~~~~っっっっっっ!!」 足腰に無理やり力を込め、立ち上がる。 思わずふらつきそうになる下半身を、気力で支え、“奴”を振り向く。 “ブイスリー”は、そこにいた。 派手に吹き飛ばされ、ずっとダメージは大きいはずなのに、何事も無かったかのように、そこに屹立している。 まるで、ミョズV3が立ち上がるのを、待っていたかのようであった。 . こんな風に扱われる自分を、許す事は出来んっっ!! 自身に対する怒りが、ミョズV3の身体にエネルギーを注ぐ。 だが、感情論で、体力が回復できるとは、いくら彼でも思ってはいない。 時間を稼がねばならない。 あと30秒。――30秒攻撃を喰らわなければ、下半身に力が戻ってくる。 だが、いくら何でも“奴”が、そんな甘い敵であるはずがない。 ミョズV3は両腕を交差し、『スイッチ』を入れた。 クロスハンド……V3・26の秘密の一つ。両腕を交差して、細胞強化装置を作動させる事で、一時的に全身の防御力を上昇させる。 ゆらり。 身体が揺らめいたと思った瞬間、“ブイスリー”が土煙を舞い上げ、こっちに猛然と走り寄って来た。しかも、そのままの勢いで反動をつけ、右の拳を叩き込もうとしているらしい。 ――何というテレフォンパンチ……。 むしろ呆れるような失望感を伴いながらも、“ブイスリー”の右フックを廻し受けで捌き、ミョズV3は、カウンターの正拳を“奴”の顔面に叩き込んだ。 「なっ!?」 まともに入ったはずだった。 並みの人間ならば、頭蓋が砕けてザクロのように吹き飛んでいる。 たとえ腰に力が入りきらずとも、このタイミングで彼のパンチをまともに喰らったなら、その程度の威力は充分にあったはずだった。 だが、もろに入ったはずの彼の鉄拳を、“ブイスリー”はその場から一歩も引かず、頬で受け止め、微動だにしない。 「ばかな……!!」 その瞬間、するりと“ブイスリー”の両腕が動いた。 蛇のように巻きついた両手が、ミョズV3の頚骨を砕き折らんばかりにガッチリと掴み、締め上げる。恐るべきパワーだった。それは、これまでデストロンの怪人相手に戦闘経験を繰り広げていた彼でさえ、経験した事が無いほどに。 「くああああっっっ!!」 ミョズV3のアンテナが煌くような光を発すると、文字通り、稲妻のような衝撃が“ブイスリー”を襲った。 V3サンダー……V3・26の秘密の一つで、触覚から放つ、接近戦用の高圧電流。 だが――。 (こっ、こいつ……!! サンダーが効いていない、のか!?) “ブイスリー”は首を絞める手を一向に緩めない。むしろ、その腕力は上がっているように感じる。 その瞬間、ミョズV3の体がふわりと浮いた。 いや、そう感じただけだ。“ブイスリー”が、首を絞めたまま彼の体を、まるで人形のように軽々と放り投げたのだ。 「くうっ!!」 20メイルもの距離を、地面と平行にぶん投げられた赤い仮面が、派手な土煙をあげて大地に叩き付けられる。絵だけ見れば先程のキック合戦と同じだ。相違点があるとすれば、いま地面を這っているのは、さっきとは逆に、額にルーンを刻まれた側だということか。 (どういうことだ……!?) ダメージを負ったボディを叱咤し、懸命に立ち上がろうとするミョズV3。 どうもこうも……もう間違いない。 コイツは――この“個体”が持つパワーは、明らかに自分より上だ。残念ながら、そう判断せざるを得ない。 しかし、しかし何故だ!? 彼には分かる。 この“ブイスリー”の肉体条件は現在の自分と完全に同じだ。決して、再改造で超電子ダイナモやマーキュリー回路を内蔵しているわけではない。ギギやガガの腕輪といった外的要因で身体性能の増強を図っているわけでもない。 (ルーン、か……!?) . なおも炎上を続ける貴族派本陣をバックに、逆光になった“ブイスリー”の姿が目に映る。蒼白く輝くルーン文字をレッドボーンに刻み込んだ、おそるべき殺戮の兵士。 もし彼の推察通り、胸のルーンが“奴”に力を与えているのならば、それこそミョズV3の容認できることではない。使い魔の烙印ごときの力を借りて、パワーアップを果たす仮面ライダー。その“個体”に手も足も出ない仮面ライダー。 「恥知らずにも程があるだろ……!!」 彼の中で何かがごとりと音を立てた。 凄まじいまでの闘志が湧き上がってくる。 ――いや、やはり戦いというものは、そうこなくてはな……!! こういう逆境でこそ俺は――『風見志郎』は燃える男だったはずだ。 その瞬間、身を焦がすほどだった憤怒は消えた。羞恥も屈辱も消えた。あるのはただ、眼前のドッペルゲンガーに対する、純粋なまでの闘志、それだけだった。 彼は“ブイスリー”に対し、無意識の内に口走っていた。 「いいだろう。遊びはここまでだ」 ただパワーで自分を凌駕する相手、というだけならば、今までゲップが出るほど戦い、生き延びてきた。その気になれば、やりようはいくらでもある――。 その時だった。 上空に、見事なまでの満開の花火が打ち上がり、その瞬間、戦場の空気が変わった。 「そこまでだぜ、ズ~~~カ~~~」 大砲を背負ったカメという、V3の数倍以上の異形な肉体を持った怪人。 胸部にルーンを持つ、もう一人の改造人間。 ――カメバズーカが、そこに立っていた。 「あの花火は停戦の合図だ。そうなったらお前ら、もう戦うことは許されねえ。王党派にとっても、レコン・キスタにとってもなぁ」 $$$$$$$$ クロムウェルが指示した、停戦信号と白旗の効果は絶大だったようだ。 あれほど執拗に周囲を飛び回っていた竜騎士たちも、攻撃を止め、どこかへ飛び去ってしまったようだ。 だが、それで命の安堵を喜ぶ者は、この『レキシントン』の艦橋にはいない。艦長ヘンリー・ボーウッドを始め、その幕僚たちは皆、憤然とした表情をありありとクロムウェルに見せ付けていた。 ワルドは艦橋を出ると、廊下の壁にもたれ、パイプに火をつけた。 「いいかい?」 フーケが、ひょいと顔を出し、訝しげな視線を艦橋に――おそらくはクロムウェルに――向けた。 「あんた軍人だろ、分かりやすく説明してくんない? 一体何がどうなって白旗なんて揚げるハメになってるのさ?」 その言葉を聞いて、ワルドは薄く笑った。 「ちょっと、何がおかしいのさ?」 声を荒げるフーケをなだめるように、ワルドは優しい眼を向ける。 「お前が怒るほど悪い“策”ではないということさ」 そう言われては、フーケの剣幕も水をかけられたのと同じだ。 「“策”って、それじゃあやっぱり……!?」 「当然だろう」 クロムウェルは――と、ワルドは呼び捨てると、 「最初から降伏する気なんかないさ」 フーケは開いた口が塞がらないといった顔をする。 . 「さっきまでの戦況は把握しているな?」 フーケは無言で頷く。 「実際、かなり我が軍は危機的状況にあった。王党派の地上部隊は、包囲網を中央突破しかねない勢いにあったし、空では竜騎士に裏切られ、旗艦は敵に直接乗り込まれそうになっていたしな」 「……敗北寸前だったってこと?」 「ああ。だが、ここで大事なことが一つある。分かるか?」 フーケは無言で首を振る。 「敗北寸前と『敗北』は違うってことだ。このまま戦を続けていたとすれば、我が方の混乱に乗じて、敵はいよいよ勢いを増すだろう。旗艦は撃墜され、包囲網は突破され、貴族派は四分五裂になってしまうだろう。つまりそれが――『敗北』だ」 「だから『敗北』してしまう前に、自分から白旗を揚げて戦を止めたって言うのかい!?」 愕然としたようにフーケが言う。 「そうだ。『敗北』する前に『降伏』を選び、自軍の勢力を温存する。普通の軍人には絶対に出来ない選択だ」 そこまで言われれば、さすがにフーケでもクロムウェルの肚は読める。 自軍の勢力を維持したまま停戦するというのは、いつでも戦を仕切り直せるということなのだ。 そして、停戦によって王党派の破竹の勢いは水をかけられ、いざ再戦ということになれば、そこにあるのは、圧倒的な兵力の多寡という、物理的な有利のみが貴族派に残る。 そうなれば、むしろ交渉で下風に立たざるを得ないのはウェールズの方だ。再戦を回避せねばならない彼としては、出せるカードに決定的にハンディキャップがついているも同然だからだ。 そしてクロムウェルとしては、時間を稼いで兵に休息を取らせ終わり次第、交渉もクソもなく戦争を再開する事だろう。結果として言えば、貴族派の勝利だけが残る。 フーケはボーウッドたちが、あれほど苦い顔をしているわけを、ようやく理解できた気がした。 「小賢しいにも限度ってモンがあるだろう……騎士道もクソも無いじゃないか……!!」 「だが、古の武人はこうも言っている。勝てば官軍、とな」 そう言いながら廊下に顔を出したのは、采配を取ったクロムウェル本人であった。さすがのフーケも真っ青になって、顔を伏せる。そんな彼女に、クロムウェルは一見無邪気な笑顔を送る。 「フーケ君は不服なようだが、わたしは軍人たちよりさらに一歩、上からの視線を持たねばならないのでね。たとえ卑怯と謗られようが、それも為政者のつらいところさ。――まあ、部屋に入りたまえ」 ワルドはパイプの火を消すと、蒼くなっているフーケに肩をすくめて笑顔を見せ、僧衣を纏った蛇のような目をした男を追って、艦橋に入室する。 「艦長」 不意に、クロムウェルがボーウッドを振り返った。 「突入部隊を率いておるのは、本当にウェールズ本人なのか?」 ボーウッドは、何故そんな事を訊くと言わんばかりの硬い声で返答する。 「はい。索敵班の報告に拠れば、間違いないと思われます」 「ならば、話は早いな」 そう言うと、クロムウェルは亀裂のような笑みを見せた。 「停戦交渉はこの艦橋で執り行おう。白旗を揚げた側に、勝者が出向いて頂くというのもおかしな話だが、王党派の総帥が自ら乗り込んできているとすれば、その場で会談を始めた方が合理的だ」 そして、シェフィールドをちらりと、悪戯っぽい目で見ると、 「幸か不幸か、私もここにいる事だしな」 しかし、クロムウェルが何を言いたいのか、ワルドでさえよく分からない。 「その停戦交渉の場で、ワルド子爵――」 クロムウェルは眼鏡を外すと、まるでこともなげに言い放った。 「ウェールズを殺したまえ」 ワルドも、フーケも、ボーウッドも、この艦橋にいた『レキシントン』の全てのクルーが、クロムウェルのその言葉を聞いて唖然とした。 ただシェフィールドと、眼鏡のレンズをハンカチで拭いているクロムウェルだけが、変わらず爬虫類のような冷たい笑いを浮かべていた。 前ページ次ページもう一人の『左手』
https://w.atwiki.jp/doudan/pages/456.html
東国人+レコン+ベテランのウォードレス兵+突撃兵 データ イラストをクリックしてどうぞ! 突撃兵 データ 要点 腰まで水に,突撃銃,バンダナ,不敵な笑顔,歴戦の傷跡,ウォードレス,勇猛な,兵士,グレネード 周辺環境 戦場,密林 評価 t:評価 = 体格7,筋力7,耐久力7,外見2,敏捷6,器用2,感覚6,知識4,幸運2 特殊 *東国人の燃料変換 = ,,(生産フェイズごとに)燃料+1万t。 *東国人の資源消費 = ,,(生産フェイズごとに)資源-1万t。 *東国人のイベント時食料消費 = ,条件発動,(一般行為判定を伴うイベントに参加するごとに)食料-1万t。 *レコンの位置づけ = ,,歩兵系。 *ベテランのウォードレス兵の位置づけ = ,,{パイロット系,歩兵系}。 *突撃兵の位置づけ = ,,歩兵系。 *レコンのみなし職業 = ,,<偵察兵>。 *突撃兵のみなし職業 = ,,<歩兵>。 *ベテランのウォードレス兵の根源力制限 = ,,着用制限(根源力:150000以上)。 *突撃兵の根源力制限 = ,,着用制限(根源力:100001以上)。 *ベテランのウォードレス兵の着用資格 = ,,着用可能(ウォードレス)。 *ベテランのウォードレス兵の搭乗資格 = ,,搭乗可能({甲殻型ウォードレス,人型戦車})。 *レコンの白兵距離戦闘行為 = 歩兵,条件発動,白兵距離戦闘行為が可能。 #白兵距離戦闘評価:可能:(体格+筋力)÷2 *突撃兵の白兵距離戦闘行為 = 歩兵,条件発動,白兵距離戦闘行為が可能。 #白兵距離戦闘評価:可能:(体格+筋力)÷2 *レコンの近距離戦闘行為 = 歩兵,,近距離戦闘行為が可能。 #近距離戦闘評価:可能:(敏捷+筋力)÷2 *ベテランのウォードレス兵の近距離戦闘行為 = ,,近距離戦闘行為が可能。 #近距離戦闘評価:可能:(敏捷+筋力)÷2 *突撃兵の近距離戦闘行為 = 歩兵,,近距離戦闘行為が可能。 #近距離戦闘評価:可能:(敏捷+筋力)÷2 *レコンの近距離戦闘補正 = 歩兵,任意発動,(射撃(銃)、近距離での)攻撃、評価+2、燃料-1万t。属性(弾体)。 *ベテランのウォードレス兵の近距離戦闘補正 = ,条件発動,(射撃(銃)、近距離での)攻撃、評価+3、燃料-1万t。属性(弾体)。 *突撃兵の近距離戦闘補正 = 歩兵,条件発動,(射撃(銃)、近距離での)攻撃、評価+8、燃料-2万t。属性(弾体)。 *レコンの中距離戦闘行為 = 歩兵,条件発動,中距離戦闘行為が可能。 #中距離戦闘評価:可能:(感覚+知識)/2 *ベテランのウォードレス兵の中距離戦闘行為 = ,,中距離戦闘行為が可能。 #中距離戦闘評価:可能:(感覚+知識)÷2 *突撃兵の中距離戦闘行為 = 歩兵,,中距離戦闘行為が可能。 #中距離戦闘評価:可能:(感覚+知識)÷2 *ベテランのウォードレス兵の中距離戦闘補正 = ,条件発動,(射撃(銃)、中距離での)攻撃、評価+3。属性(弾体)。 *レコンの偵察補正 = 歩兵,条件発動,(偵察での)感覚、評価+3、燃料-1万t。75%制限。 #偵察評価:一般:感覚 *レコンの特殊能力 = ,,偵察した対象に再偵察することでAR1を消費させることができる。 *ベテランのウォードレス兵の着用時補正 = ,条件発動,(ウォードレス着用している場合での)全判定、評価+1。 *突撃兵の突撃補正 = 歩兵,条件発動,(侵入での)、評価+4。75%制限。 #偵察評価:一般:感覚 次のアイドレス 職業戦闘工兵(職業),擲弾兵(職業) L:東国人 = { t:名称 = 東国人(人) t:要点 = 東洋風の服装,東洋風の人材,黒い髪 t:周辺環境 = 四季,入り組んだ地形,稲作,紙と木でできた家,火山 } L:レコン = { t:名称 = レコン(職業) t:要点 = 腰まで水に,突撃銃,バンダナ t:周辺環境 = 密林 } L:ベテランのウォードレス兵 = { t:名称 = ベテランのウォードレス兵(職業) t:要点 = 不敵な笑顔,歴戦の傷跡,ウォードレス t:周辺環境 = 戦場 } 新アイドレスデビュー(10/26) L:突撃兵 = { t:名称 = 突撃兵(職業) t:要点 = 勇猛な,兵士,グレネード t:周辺環境 = 戦場 t:評価 = 体格7,筋力7,耐久力7,外見2,敏捷6,器用2,感覚6,知識4,幸運2 t:特殊 = { *突撃兵の職業カテゴリ = ,,派生職業アイドレス。 *突撃兵の位置づけ = ,,歩兵系。 *突撃兵のみなし職業 = ,,<歩兵>。 *突撃兵の根源力制限 = ,,着用制限(根源力:100001以上)。 *突撃兵の白兵距離戦闘行為 = 歩兵,条件発動,白兵距離戦闘行為が可能。#白兵距離戦闘評価:可能:(体格+筋力)÷2 *突撃兵の近距離戦闘行為 = 歩兵,,近距離戦闘行為が可能。#近距離戦闘評価:可能:(敏捷+筋力)÷2 *突撃兵の近距離戦闘補正 = 歩兵,条件発動,(射撃(銃)、近距離での)攻撃、評価+8、燃料-2万t。属性(弾体)。 *突撃兵の中距離戦闘行為 = 歩兵,,中距離戦闘行為が可能。#中距離戦闘評価:可能:(感覚+知識)÷2 *突撃兵の突撃補正 = 歩兵,条件発動,(侵入での)、評価+4。75%制限。 } t:→次のアイドレス = 戦闘工兵(職業),擲弾兵(職業) } ※要点開示 10/03/15 (記事) ※クオリティチェック結果 10/11 HQ認定 ※要点継承:東国人 スタッフ 絵:ホーリーさん 文:タルクさん らうーるさん HTML、Wikiページ作成:えるむさん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1760.html
第六話「黙ってコラえて」 アルビオンの首都、ロンディニウムはハヴィランド宮殿を一人の男が兵士に先導され、足早に歩を進めていた。 丸い球帽を被り、緑色のローブとマントを身に着けた、三十代半ばの男。 名をオリヴァー・クロムウェル。一介の司教の身でありながら、訳あってレコン・キスタの総司令官を勤めている。 普段は理知的な光をたたえた碧眼が、動揺で揺れていた。 「いや、しかし、あのワルド子爵が……信じられん」 「こちらです」 先導をしていた兵士が客間らしき部屋の前で止まり、扉を開けた。 中に入ったクロムウェルは息を呑む。 部屋の中は一人の男……ワルドが居た。否、そこにあった。 仮面を付けたまま、胸から血を流しピクリとも動かず倒れている。 素人目で見ても、死んでいるのが分かる。 「おお……まさか、まさか本当にワルド子爵が……一体誰に」 クロムェルの顔が驚愕の色に染まる。 先導をしていた兵士が躊躇しつつも口を開いた。 「ワルド子爵は……その、心臓を鋭利な刃物……恐らくは剣によって貫かれたことで、即死した模様です。 他に外傷は見当たらず出血も乏しいため、間違いないかと」 「……馬鹿な、剣?剣だと!」 それを聞いたクロムェルの驚愕が、さらに濃くなる。 「彼は!ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵は、ドットやラインではない、風のスクウェアメイジだぞ! それをまさか、メイジでもないただの剣士が打倒したというのかね!」 兵士が押し黙る。彼自身、自らの目で確認しても、未だに信じられないのだ。 非メイジはメイジには勝てない。これは赤子でも知っている常識だ。 無論、実際は数の差やメイジの実力不足、戦術などでそんなものはひっくり返るのだが、 今倒れているのはスクウェアメイジ。 数多く存在するメイジたちの中でトップクラスの実力者であり、魔法衛士隊の隊長すら勤めている化け物なのだ。 「メイジ殺し、というやつでしょうかね。クロムウェル司教」 クロムウェルと兵士が振り返る。 部屋の入り口に、一人の男が佇んでいた。 碧緑色のローブを身に纏い、長い黒髪も合間ってふとすれば女と見間違えかねないほど美しい顔立ちだ。 額に埋め込まれた黒水晶が、異彩を放っていた。 「いや、失礼。城内が慌しく、何事かと思っていましたら司教の声が耳に届きまして。 無作法と分かりながら少々立ち聞きさせていただきました」 男が、恭しく一礼する。堂に入っているのだが、言葉と同じくどこか相手を小馬鹿にした印象が鼻に付く。 そんな態度に気付いているのか気付いていないのか、クロムウェルは歓迎するかのように両腕を広げ笑みを浮かべた。 「おお、ロシュフォール殿!これは見苦しいところをみせた! ワルド子爵がよもや倒されるとは思っておらず、つい取り乱してしまった。 いや、それにしてもメイジ殺しとは。成る程、確かに世の中にはそのような怪物が存在するようだ!」 「ええ、全くです。いつの世も、いつの土地も、突然変異的に化け物というのは生まれるものですから」 ロシュフォールと呼ばれた男が、笑みを浮かべると、ちらりと倒れているワルドを見やった。 「差し出がましいかも知れませぬが……そちらの御仁、どうやら重用されていたご様子。 よろしければ我々が蘇らせましょうか?」 兵士がきょとんとした。この男は何を言っているのだろう、死んだ人間を蘇らせる?馬鹿げている。 しかしクロムウェルはそう思わなかったようで、笑顔で首を振る。 「いや、君たちの手を煩わせんよ。ワルド子爵は、余が蘇らせよう。余の虚無でな」 クロムェルはそういうと、腰に差した杖を引き抜き、小さな声で詠唱を開始した。 兵士が何を、と思いそれを見ていると、クロムウェルはワルドの死体へ杖を振り下ろす。 次の瞬間、兵士は悲鳴が喉から漏れそうになるのを必死で堪えた。 間違いなく死んでいたはずのワルドが、ゆっくりと身体を起こしたのだ。 ワルドが自らの手で仮面を外す。その下から現れた青白い、死体の顔が見る見るうちに生気を取り戻す。 「おはよう、ワルド君」 クロムウェルがそう呟くと起き上がったワルドは地面に膝を突き、クロムウェルに頭を垂れた。 「申し訳ありません閣下。私の力が及ばず、手紙の奪取は愚かウェールズの殺害も失敗致しました。 さらにお預かりした魔神まで失い……何なりと罰をお与えください」 「構わんよ子爵!確かに、ゲルマニアとトリステインの同盟を妨害する手紙を手に入れられなかったのは残念だ! ウェールズ皇太子を殺害できなかったのも無念といえよう! しかし!君は命懸けで、単身ニューカッスル城に乗り込み任務を果たそうとしたのだ! その勇気を誇りたまえ!我々に必要なのは結束だ!何ものにも打ち砕けぬ鉄の結束! あの忌まわしいエルフどもを聖地から取り戻すために結束が必要なのだ! 結束に必要なのは何か!そう、信用だ!子爵、余は命を懸けた君を信用する。 ゆえに些細な失敗は責めぬ、失態は次で取り戻せばよい」 「勿体無いお言葉です」 大げさな身振りで演説するクロムウェルに、ワルドはさらに深く頭を垂れた。 その様子を黙ってみていたロシュフォールが微笑む。 「先ほどの力が司教が手にした虚無ですか。死者蘇生とは実に素晴らしい。 これならばいくら戦死者が出ようと、死体さえ残っていれば問題ありませんな」 「何、そこまで便利なものではないよ。虚無と言えど系統魔法ということに変わりは無いのだ。 高等な魔法は連用が利かぬ、数日間を置かねばな」 ごほん、とクロムウェルは咳払いをすると、大仰な動作で声をあげた。 「さぁ、いくぞワルド君!今は攻城の真っ最中であろうが、着いた頃には後始末だ。 何せ5万対300、勝敗の行方など何も知らぬ子供でも分かること!」 そういうと、ワルドを連れクロムウェルは去っていった。 その背中を、ロシュフォールは暫く微笑んで見つめていたが視界から消えると、 顔から微笑が消え失せ、冷たい表情が張り付く。 先ほどまでとは違う言語が、彼の口から流れた。 「指輪の力に頼りきった異界の神職者風情が。 死者を蘇らせる?下らん、少々高等なブアウゾンビではないか。 しかし、虚無か。もしも実在するというのならば、我々の障害なりえるやも知れんな。 尤も、塔さえ完成すれば何人も敵ではないが」 ロシュフォールは酷薄な笑みを浮かべると、部屋を立ち去る。 血まみれの部屋に一人、呆然とした兵士だけが取り残された。 その日のトリステイン王宮はピリピリした雰囲気に包まれていた。 隣国アルビオンを制圧した反乱軍、レコン・キスタがトリステインに進攻という噂が、 城下城内問わず数日前から真しなやかに囁かれていた。 そのため、レコン・キスタからの間諜が紛れ込まぬよう、王宮を守る魔法衛士隊が厳戒態勢を布いているためだ。 フネ、幻獣問わず王宮の上空は飛行禁止令が出され、 普段は何気なく通される仕立て屋や出入りの菓子屋の主人までもが門で呼び止めらる。 身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが化けていないか 『魅了』の魔法等で何者かに操られていないかなど、厳しく調べれていた。 そんなとき、上空から一匹の風竜が王宮に降下してきたため、当直であった魔法衛士隊の隊員たちは色めきたった。 当直であるマンティコア隊の隊員たちが自らの騎獣で飛び立ち、 現在飛行禁止であることを風竜に乗っている六人組に告げる。 だが、風竜は警告を無視して中庭に着陸した。 中庭に着陸した風竜を隊員たちは腰からレイピアのような杖を引き抜き、いつでも魔法を唱えられるよう警戒し、取り囲む。 風竜の背から、桃色がかったブロンドの美少女に、燃えるような赤毛の女、金髪の少年に眼鏡をかけた小柄な少女、 皮肉気な表情をした青年、最後に平民らしき少女が中庭に降りた。 平民らしき少女は腰に剣を佩いており、何故だか着ている衣服が血で真っ赤に染まっていた。 尋常ではない様子に隊員たちは警戒心を増し、髭面のマンティコア隊の隊長が大声をあげる。 「ここは王宮ぞ!杖を……」 その言葉が言い切られる前に、侵入者たちは杖と剣を捨てた。 あまりの手際のよさに、隊員たちは困惑を露にする。 「流石に二度目となると手馴れたものだね、僕達」 「どこも対応同じねー。当たり前ではあるんだけれど、面白みがないわ」 金髪の少年が苦笑し、赤毛の女がつまらなさそうにぼやいた。 隊長が戸惑いながらも口を開く。 「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」 風竜の背から降り立った、桃色がかったブロンドの少女が一歩前に進み出て恭しく礼をする。 「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。 怪しいものではありません。姫殿下への取次ぎを願いたいわ」 「ラ・ヴァリエール公爵の三女とな?」 「如何にも」 杖を下ろし、隊長は髭を捻りながらその少女を見つめた。 ラ・ヴァリエール公爵夫妻ならば知っている。 高名な貴族であり、特にラ・ヴァリエール公爵夫人はマンティコア隊の前隊長、つまりかつて上官だった人物だ。 烈風カリンと呼ばれたあの女性のことは、嫌というほど知っている。 彼の中で逆らってはいけないものランキング堂々の第一位にランクインしているほどだ。 無い胸を張り、毅然と真っ直ぐ見つめてくるルイズの目を、隊長が見つめ返す。 「なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」 ルイズが首を横に振る。 「それはいえません。密命なのです」 「では殿下に取り次ぐわけには行かぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日には、こちらの首が飛びかねんからな」 ぼりぼりと髭を掻きながら、困った声で隊長が言った。 「責任はわたしが取ります。ルイズ・フランソワーズが参ったと、そう姫殿下に伝えてくださるだけで結構なのです」 「いや、ラ・ヴァリエール嬢に責任を取ってもらうと言われてもな……」 話が平行線を辿る。隊員たちの間に弛緩した空気が流れ、どうしたものかと皆顔を見合わせる。 小柄な少女……タバサなど地面に座り本を読み始めている。 取り次いでください。そう言われても。という応酬が暫く続き、イリーナの口からとりあえず一度帰りましょう、 という言葉が出そうになったとき、宮殿の入り口からひょっこりとアンリエッタが姿を現した。 魔法衛士隊に囲まれ押し問答をしているルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってくる。 「ルイズ!」 駆け寄るアンリエッタの姿を見て、いい加減押し問答に疲れていたルイズの顔が、 薔薇を巻き散らしたかのようにぱあっと輝いた。 「姫さま!」 二人は一行と魔法衛士隊が見守る中、ひしっと抱き合う。 隊員たちの、もう警備に戻っていいっすか?と言いたげな視線が隊長に集まる。 「ああ、無事に帰ってきたのね。うれしいわ、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……」 「姫さま……」 暫し抱き合った後、シャツの胸ポケットから手紙を取り出す。 「件の手紙は、無事、この通りでございます」 アンリエッタは大きく頷いてそれを受け取ると、ルイズの手を固く握り締めた。 「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」 「勿体無いお言葉です、姫さま」 しかし、一行にウェールズの姿が見えないことに気付いたアンリエッタは顔を曇らせる 「……ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」 ルイズは俯いて頷く。 「そう、ですか……。して、ワルド子爵は?姿が見えませんが。別行動をとっているのかしら? それとも……まさか……敵の手にかかって?そんな、あの子爵に限ってそんなはずは……」 一行が、顔を見合わせる。 「ワルドって誰でしょうか?」 「確か……魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長だよ。聞いたことがある」 「何でそんなやつの名前が出てくるんだ?」 「……もしかしてシルフィードだったからグリフォンじゃ追いつけず置いて行っちゃったのかしら」 きゅいきゅいとシルフィードが自慢げに鳴き、アンリエッタが固まる。 そういえばワルド子爵をついていかせると知らせるのを忘れていた。 今頃は必死でトリステインに戻っているのだろうか?それともアルビオンでルイズたちを探しているのだろうか? やばい、どうしよう。 「あー……殿下?」 隊長に声をかけられ、アンリエッタははっとして気を取り直すと誤魔化しも兼ねて慌てて説明した。 「か、彼らはわたくしの客人ですわ。隊長殿」 「さようですか」 隊長はアンリエッタの言葉で納得すると、隊員たちを促し、再び持ち場へ去っていった。 アンリエッタはこほん、と咳払いをするとルイズに向き直る。 「と、とりあえずです。道中、何があったのか教えてくださいまし。ここではなんですから、わたくしの部屋でお話をしましょう。 他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」 キュルケとタバサ、ギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはルイズとイリーナを自分の居室へ入れた。 ヒースも当然とばかりについてくる。 アンリエッタの居室は、流石一国のお姫様の部屋と言うべきか、 何気ない家具一つからして如何にも高級品という気配が出ている。 小さいながらも精巧なレリーフが象られた椅子に座り、アンリエッタは机に肘をつくと、ルイズはことの次第を説明した。 包み隠さず話したため、スカボローでのドジやニューカッスルへの突入の仕方を聞いて、 アンリエッタが少々頬を引きつらせていたが。 兎角、手紙は取り戻し、ハルケギニア統一と聖地奪還というレコン・キスタの大それた野望は二歩目から躓いたのだ。 説明が終わるとルイズは、躊躇しながらも懐から指輪を取り出しアンリエッタに手渡す。 ウェールズから預かった風のルビーだ。 「これは……?」 「ウェールズ皇太子から姫さまに、と。 ……ウェールズは勇敢に戦い、そして勇敢に死んでいった、と伝えてくれとも、言っておりました」 その言葉を聞くと、アンリエッタは指輪を抱きしめるように抱え、はらはらと涙を流す。 「姫さま……」 ルイズが、そっとアンリエッタの手を握る。 「あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら?ねぇ、ルイズ」 ルイズは頷いた。 「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」 「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのですね」 アンリエッタは、寂しげに首を振った。 「では、やはり……皇太子に亡命をお勧めになったのですね?」 風のルビーを指に嵌め、愛しそうに撫でながら、アンリエッタは頷いた。 「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ。わたくし」 それから、アンリエッタは寂しそうに微笑むとつぶやいた。 「わたくしより、名誉のほうが大事だったのかしら」 沈黙が流れる。 ルイズは言うべき言葉が見つからず、イリーナは必死で何か言おうとしているが良い言葉が思いつかないようだ。 ヒースに至っては腕を組んで目を瞑っており、最初から何も言うつもりは無いとしか思えない。 暫く沈黙が続いたのち、ルイズが口を開く。 「姫さま……。わたしがもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば……」 アンリエッタは立ち上がり、申し訳なさそうに呟くルイズの手を握った。 「いいのよ、ルイズ。あなたは立派にお役目どおり、手紙を取り戻してきたのです。 あなたが気にする必要はどこにもないのよ。 それにわたくしは、亡命を勧めて欲しいなんて、あなたに言ったわけではないのですから」 努めて明るい声でそういうと、アンリエッタはにっこりと笑った。誰が見ても、無理をしているのが分かる。 ルイズは、嵌めていた水のルビーを抜きアンリエッタに差し出す。 「姫さま。これ、お返しします」 アンリエッタは首を振って受け取ると、ルイズの指にそれを嵌め直した。 「これはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」 「そんな、トリステインの国宝ですよ?そんな大切なものを頂くわけには……」 「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」 ルイズは頷くと、大切そうに指輪を撫でた。 アンリエッタはイリーナとヒースに向き直る。 「あなたたちも、ご苦労様でした。使い魔さんと、ええと……」 「ヒースクリフだ。一応この筋肉娘の保護者」 そういってヒースはイリーナの頭をぽんぽんと軽く叩く。 誰が筋肉娘ですか!とイリーナがヒースの首を絞める。 アンリエッタはその様子に少しだけ楽しそうに微笑むと、風のルビーを見つめた。 「ねえ、ルイズ。あの人は、勇敢に死んでいったと。そう言われましたね」 ルイズは黙って頷く。 「ならば……わたくしも、あの人のように勇敢に生きてみようと思います」 王城から、魔法学院に向かう途中、シルフィードの背中の上は実に静かなものだった。 皆、疲れからか口数が少なく、ギーシュはぐーすか眠っている。 別にウェールズから取り戻してきた手紙の内容を、キュルケが聞きだそうとしたりもしていない。 話の流れや態度から、ウェールズとアンリエッタの関係や手紙の内容は誰もが推測できていたからだ。ギーシュ以外。 むしろ、キュルケの興味は最後に出てきた化け物……魔神に移っていた。 「ねえ、貴方あのまじんとかいう化け物のこと知ってるみたいだけれど……あれ、何なの?」 腕を組んでじっと考え事をしていたヒースが、少しの間をおいて自分が話しかけられたと気付く。 「ん、あー……うーむ……まぁいいか。あれはな、暗黒神ファラリスが創造したとされている異界の住人だ。 剣持ってたのがグルネル、羽生えてたのがザルバード。どっちも魔神としては最弱の部類に入る」 「邪悪な化け物です!」 新しい鎧を欲しがったが流石に血まみれの服のまま街を歩いた日には衛兵が飛んできかねないので、 却下されしょぼくれていたイリーナがヒースの説明に付け足すように叫ぶ。 異界と言う言葉に、キュルケが目を丸くした。 「異界って……まさかそんなのが実在するわけ」 「するぞ、俺様とイリーナも異世界から来たんだから」 耳をほじりながらさらりと告げられたことに、素で気付いていなかったイリーナが声を上げた。 「えええええええええ!?ここ異世界だったんですか!」 「いや、気づけ、脳筋娘。月が二つあるとかどう考えてもおかしいだろう。 それ以外にもカストゥールの文明跡が無いにも関わらず、 カストゥール時代に作られた魔獣に似た生物が居たり、竜の生態が異なってたり、おかしなところだらけだぞ」 瞑目し、必死で色々思い出そうとしているイリーナの頭から煙が噴出す。 竜の生態なんてものはイリーナはさっぱり知らない。 ふらふら揺れ、シルフィードの背から落ちそうになったところを慌ててキュルケが支えた。 「ねえ、ヴァリエール。あなたは知ってたの?二人が異世界から来たって」 王城を出てからずっと黙りこくっているルイズに問いかける。反応がない。 「ヴァリエールってば!ルイズ!ゼロのルイズ!何無視してるのよ!」 キュルケがルイズに掴みかかり、がくんがくんと揺さぶる。 そうされて初めて、ようやく気付いたかのようにルイズはキュルケに向き直った。 「何するのよ!危ないじゃない!」 がくん、と急にシルフィードが高度を落す。キュルケが暴れたため、バランスを崩したのだ。 皆慌てて風竜の背中にしがみ付く。 眠っていたギーシュはそんなことが出来ず、風竜から放り出された。その衝撃で目が覚める。 「あ」 イリーナが思わず声をあげる。一瞬目が合い、次の瞬間ギーシュは悲鳴をあげながら地上へ落下していった。 タバサが面倒そうに、本当に面倒そうに杖を振りギーシュにレビテーションをかけた。 地面に激突する前に、ギーシュが宙に浮く。 「だから!二人が異世界から召喚されたってこと知ってたかどうか聞いてるのよ!」 そんなギーシュのことを完全に無視してキュルケはルイズに詰め寄る。 ルイズは実にうざったそうに顔を顰めた。 「別に、知らなかったわよ。 ただ話し聞く限りじゃ単にロバ・アル・カリイエよりも遠い場所から来ただけじゃない、っていうのは思ってたけど。 神さまの声聞いて魔法使ったりなんて、普通じゃないもの。イリーナが嘘吐くわけがないし、ヒースは兎も角」 その言葉を聞いて、キュルケがふと思い直す。 イリーナは嘘を吐かない、ヒースは嘘を吐く、ということは。 「ってことは異世界とかはいつもの法螺ってことかしら」 ヒースを除いた四人がなるほど、と手を打った。 「ちょっとまてい!今回は俺様嘘ついてないぞ!」 「えー?」 桃色がかったブロンドと赤毛の髪の間から、信じられない、という想いがみっちり篭った視線が飛ぶ。 イリーナがヒースに向き直り、神の力の一端を自らの身体を通して行使するための言語、神聖語を呟いた。 「……悪意は感じられません。嘘は吐いてないみたいです」 「わざわざ“センス・イービル”使ってまで確かめるな!そんなに俺様の言うことが信用出来んか!」 当然、とばかりに全員が頷く。バランスの悪い風竜の背中の上で、器用にもヒースは膝を抱えた。 目尻の端に少し光るものが見えるのは気のせいったら気のせいだ。 女性陣はそんなヒースをスマートに無視した。酷い女達である。 「アルビオンで傷治した時も驚いたけど、今のも神聖魔法っていうやつ?何をしたのかわからなかったけれど」 「あ、はい。今使ったのは“センス・イービル”って言いまして、ファリス様の神官だけが使える奇跡です。 ファリス様が定める秩序に反する考え、分かりやすく言えば悪いことですね。 それを考えているとき、この呪文掛けると分かるんです。 ただしどんな悪いことを考えているかまでは分かりませんし、 極悪人でもそのとき悪いこと考えてないと分かりませんから、使いどころが難しいんです。 さっきヒース兄さんに使ったときは、嘘を吐いてるかどうかを判別するために使いました。 ファリス様の教義には虚言を弄するな、というのがありますし、誰かを騙そうとするのは邪悪ですから。 ですけど安心してくださいヒース兄さん。私はヒース兄さんが本気で嘘を吐いてるなんてこれっぽっちも思っていませんから」 ファリスの聖印である、神聖なる光十字が刻まれたペンダントを握り締め、イリーナはにっこりと笑顔で答える。 一応、ヒースもそれなりに敬虔なファリス信者である。 そのため基本的に法螺は吹くが嘘は吐かない。ただ日頃の大法螺で信用がないだけだ。 嘘吐いてないと思うのなら魔法使ってまで確かめるなよ、とヒースは心の中で盛大に泣いた。 「便利ねぇ……治療とその悪いこと感知するの以外、他に何が出来るの?」 「高位の司祭様になれば欠損した手足や眼球とかの体機能も再生できますし、死んだ人も生き返らせることができますよ。 そこまで出来るのは大陸全土でも十人と居ませんし、私だと解毒が限界ですけど……」 「死人生き返らせるって……何でもありね」 キュルケが驚いて口をあんぐりと開く。 ハルケギニアにおいて死んだらそれまで、というのは常識だ。 詐欺師などが魔法で生き返らせるなどと偽って藁にも縋る平民から金品を騙し取ることは、稀にある。 だが本当に生き返らせることが出来るものなど、一人も居ない。 本を読んでいたタバサの手が、ぴたりと止まった。本に落とされていた視線が、イリーナに向き直る。 その顔は、いつも通りの感情を読ませないものだが、どこか鬼気迫る雰囲気があった。 「どんな毒でも解毒は可能?」 「はい、どんな毒であれ解毒は出来ます。 ですけど、毒にも強さがありますから、その毒の強さを上回る魔力が無いと解毒が出来ないんです。 私の力だと、あんまり強力な毒はちょっと……アノスの法王様やジェニ様ならどんな毒でも解けると思いますけど」 そう、と呟くとタバサは本に再度目を落とした。 親友のただならぬ様子に何故解毒に拘るのだろう、と首を傾げつつもキュルケはその疑問を口には出さなかった。 年齢も性格も全く違う二人が友人になり、今でもその関係が続いているのは妙にウマが合うだけでなく、 お互い詮索したりしないからだ。 わざわざその友情に無意味な罅を入れる必要などどこにもない。 キュルケはこのことを頭からすっぱりと消し去った。 「ところで……魔神とかいうのが異界の化け物なら、何であの仮面の男が操ってたのかしら?実は同郷だったり?」 「ハルケギニアの魔法使ってたみたいですし、同郷って言うのは無いと思いますけど……そういえば、何ででしょう?」 イリーナとキュルケが首を捻る。二人の視線が、膝を抱えてるーるるーとか呟いているヒースに向いた。 その視線に気付いたヒースが、疲れたような声色で返した。 「んなもん俺様が教えて欲しいわい」 その後、キュルケに役に立たないなどと言われて、さらに拗ねたヒースの機嫌を取り直すのにイリーナは随分と苦労した。