約 3,152,070 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/234.html
狼の女王の伝記 カタール・エリファネス 著 歴史的な人物の中で紛れもなく極悪人だとされる者はわずかしかいないが、ポテマ、いわゆるソリチュードの狼の女王には、その不名誉を受ける資格が確実にある。第三紀67年に皇室に生まれたポテマは、誕生してすぐ、心優しい人として知られていた祖父の皇帝ユリエル・セプティム二世にその姿を披露されたのだが、きつい目つきでしかめっ面をしている赤ん坊を見た皇帝は「まるで今にも飛びかかろうとしている雌狼だ」と、つぶやいたとされる。 帝都でのポテマの少女時代は、間違いなく、初めから困難に満ちていた。父ペラギウス・セプティム王子と母キザラは、子どもたちにほとんど愛情を示さなかったからだ。兄アンティオカスはポテマが生まれた時には16歳になっていて、すでに大酒飲みの女たらしとして帝都では悪名高い存在だった。彼女の弟となるセフォラスとマグナスが生まれるのはずっと後のことだったから、しばらくはポテマが帝都の宮廷における唯一の子どもだった。 14歳になる頃にはポテマは美人としてその名を知られ、求婚者も多くいたのだが、ノルドのソリチュード王国のマンティアルコ王と結婚した。嫁いだときにはいわばチェスのポーンだった彼女が、あっという間にクイーンに変わったと人は噂した。初老のマンティアルコ王は彼女を愛し、彼女が望む権力、全権力を委ねるようになったからだ。 翌年、ユリエル・セプティム二世が亡くなると、ポテマの父が皇帝の座に就いたのだが、前皇帝のやりくりがずさんであったため、その時には既に資金が大きく枯渇していた。ペラギウス二世は元老院を一旦解散し、復職を望む者には議員職を買い戻すことを強制した。第三紀97年、何度もの流産の後、ソリチュード王国の女王は息子を出産し、祖父にちなんでユリエルと名づけた。マンティアルコがすぐにユリエルを世継ぎに定めたが、女王は息子のためにもっと大きな野望を持っていた。 二年後にペラギウス二世が亡くなり── 復讐心に燃える元議員によって毒を盛られたのだろうとする見方が多い──、その息子でポテマの兄であるアンティオカスが皇位に就いた。彼はまだ48歳であり、野性的なその種がそのうちどこかで芽を出すだろうと人々が噂していたとしてもおかしくない。歴史書に記された彼の治世の宮廷内における生活の描写は、ほとんどポルノ的でさえある。ポテマは、姦淫に対してではなく、権力の行方を危ぶんで、帝都を訪れるたびに憤慨していた。 ソリチュード王マンティアルコはペラギウス二世が逝去した翌春に亡くなった。ユリエルが王位を継承し、母と連帯して国を治めた。むろん、ユリエルには一人で国を支配する権利があるし、そうしたかっただろうと思われるが、この地位は一時的なものでしかないとポテマが説得したのだった。単に王国を一つ手に入れるのではなく、帝都そのものを手に入れてしかるべきだと話したのだ。スカイリム内の他の王国からソリチュードの城を訪問する多数の外交団を歓待しながら、ポテマは不平の種を彼らにも植えつけようとした。長年の間に彼女が迎えた来賓の名簿はどんどん厚くなり、ハイ・ロックとモロウウィンドの王や女王たちの名前もその中には含まれていた。 アンティオカスは13年間に渡ってタムリエルを治め、道徳面でのだらしなさにもかかわらず、指導者としては有能であることを証明してみせた。ポテマが呪文をかけて兄の命を奪ったと記している歴史家も何人かいるが、その証明の手がかりはすべて時の流れの中で失われている。いずれにせよ、彼女と息子のユリエルはアンティオカスが亡くなった第三紀112年に帝都の宮廷を訪れ、アンティオカスの娘であり後継者に指名されたキンタイラの即位に対して即座に異議申し立てをした。 ポテマが元老院に対して行った演説は、弁論術を学ぶ学生たちにとっては大いに参考になるに違いない。 彼女はまず、追従と卑下から話を始めた。「我が友人であり、この上ない威厳と見識を兼ね備えておられる元老院議員の皆さま、一地方の女王に過ぎない私ではございますが、皆さまがすでに思案されているであろう問題をあえてここに持ち出さずにいられません」 さらに彼女は、欠点をものともせず愛される支配者であった亡き皇帝を褒め称えてみせた。「真のセプティム家の男として、また偉大なる戦士として、兄は ――皆さま方のご助言を得て―― 無敵とされた隣国ピアンドニアの大軍も掃討しました」 しかしほとんど時間を無駄にすることなく、彼女は肝心な点へと話を進めた。「残念ながらマグナ女帝は、我が兄の好色な気質を満たす手立てを何も取りませんでした。実の話、帝都のスラム街にいる娼婦の誰よりも数多くのベッドに横たわった経験を女帝はお持ちなのですが。もしも宮廷内の寝室でのお勤めをもっと誠実にやっておられれば、皇帝には本当の後継者ができていたはずです。我こそは皇帝の子だと言い張る、あの頭の弱い、腰抜けの畜生みたいな連中ではなく、本当の後継者がです。キンタイラとかいう娘はマグナと衛兵隊長との間にできた子だと広く信じられております。あるいは溜め池の掃除係の青年とマグナの子かもしれませんわね。確かなことは分かりません。我が息子ユリエルほど血統が明確な子は他にいないのです。ユリエルこそがセプティム王朝の末えいです」 ポテマが雄弁を振るったにもかかわらず、元老院はキンタイラが皇位を継承し、女帝キンタイラ二世となることを認めた。ポテマとユリエルは憤慨してスカイリムに戻り、反乱軍の結集に取りかかった。 レッド・ダイヤモンドの戦いについては他の歴史物語に詳細が綴られている。第三紀114年に女帝キンタイラ二世がハイ・ロックで捕らえられて処刑されたことについてここで詳述すべきではないだろうし、その7年後、ポテマの息子ユリエル三世が皇帝に即位したことについても同様だろう。ポテマの兄弟でまだ生き残っていたセフォラスとマグナスは、帝都およびポテマを相手に長い戦いを挑み続け、内戦によって帝都の平穏はかき乱された。 第三紀127年、ユリエル三世がハンマーフェルにおけるイキダグの戦いで叔父セフォラスに挑んでいた時、ポテマは、自分にとってはもう一人の弟であり、ユリエルにとってはやはり叔父であるマグナスと、スカイリムでファルコンスターの戦いを繰り広げていた。最も手薄になっていたマグナスの側面からポテマが攻撃を仕掛けようとしていたその時、息子が敗北して捕らえられたという知らせが届けられた。61歳になっていた狼の女王は激怒して駆けつけ、自ら率いて猛攻撃をかけた。これは成功し、マグナスとその軍は退却した。その勝利を祝福しているさなか、息子である皇帝が、帝都で裁判にもかけられないうちに怒り狂った群集によって殺されてしまったという知らせがポテマの耳に入った。ユリエルは乗せられていた馬車ごと燃やされて死んだのだった。 セフォラスが皇帝即位を宣言すると、ポテマの憤激は手がつけられないほどになった。デイドラを召喚して戦わせ、死んだ敵を死霊術師に蘇らせてアンデッドの戦士としながら、セフォラス一世の皇帝軍に執ように挑みかかった。彼女の乱心が膨れあがるに従って同盟者たちは離れて行き、しまいには、長年に渡って招集したゾンビとスケルトンのみが唯一の友軍となった。ソリチュード王国は死者の国となった。腐りかけたスケルトンの侍女に身の回りの世話をしてもらい、吸血鬼の将軍たちと一緒になって戦争計画を練る年老いた狼の女王の姿に、臣下の者たちは身震いした。 第三紀137年、1ヶ月に渡って城を包囲攻撃された後、ポテマは亡くなった。90歳だった。生存中の彼女は、ソリチュードの狼の女王であり、ペラギウス二世の娘であり、マンティアルコ王の妻であり、キンタイラ女帝二世の叔母であり、ユリエル皇帝二世の母であり、そしてアンティオカス皇帝とセフォラス皇帝の姉だった。彼女の死から3年後、セフォラスが亡くなり、彼の── そしてポテマの── 弟であるマグナスが即位した。 死によってもポテマの悪名が薄らぐことはほとんどなかった。直接的な証拠はほとんどないが、彼女のスピリットがあまりにも強力であったため、その死後はデイドラとなり、生者たちを狂った野望と裏切り行為へと駆り立て続けていると主張する神学者たちもいる。また、彼女の乱心があまりにも強く注ぎ込まれたため、城を次に支配した王にも乱心が感染したとも言われている。皮肉なことにその王というのは、当時18歳だった彼女の甥ペラギウス、つまりマグナスの息子だった。伝説の信ぴょう性については何とも言えないが、皇帝ペラギウス三世の称号を受けるために第三紀145年にソリチュードを離れたペラギウスが、ほどなく狂帝ペラギウスとして知られるようになったことは紛れもない事実である。父マグナスを殺害したのは彼だという噂も広く行き渡っている。 狼の女王も草葉の陰でそれを聞いて、大いに笑ったことだろう。 歴史・伝記 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/101.html
ペリナルの歌 第3巻:その敵 [編者注:1巻から6巻に収められた文章は、帝都図書館所蔵のいわゆるレマン文書から採られたものである。この文書は、第二紀初期に無名の研究者によって集められたもので、古代文書の断章の写しからなる。古代文書のそもそもの出所は不明であり、いくつかの断章は同時期に書かれた(同じ文書からの断章という可能性もある)ものと考えられている。しかし、6つの断章の成立時期に関する学術的な合意は得られておらず、ここでもその断定は避ける。] ペリナル・ホワイトストレークは当時のシロドに住む全てのエルフの敵であった。しかし、彼はアイレイドの妖術師の王たちを、戦争ではなく、主に彼自身が決闘をして倒していた。反乱はパラヴォニアの軍隊と彼が甥と呼んだ雄牛モーリアウスに任せていた。ペリナルは銅と茶のハロミアをトールでの決闘に呼び出し、彼の頚動脈を噛み切ってレマンを称える雄たけびを上げた。レマンという名は、当時誰にも知られていなかった。シェイパーのゴルドハウアーの首は山羊の顔を模したニネンダーヴァの祭壇に落とされ、ウェルキンドの魔力によって悪が蘇らないよう、ペリナルは賢明にも呪文によって彼らを封印した。その同じ季節のうちに、ペリナルはセヤ・タールの御影石の階段でハドフールを倒した。火の玉の槍兵が初めて破られた戦いであった。その当時、アイレイドの武器でペリナルの防具を貫けるものは何一つ無かった。ペリナルはその防具が人間の作ったものでないことは認めても、それ以上のことはどんなに請われても語らなかった。ペリナルが初めて憤怒に我を忘れたのは、彼が農奴から重装歩兵にまで育てあげ、非常にかわいがっていたフーナが、シンガーのセレスレルのくちばしから作られた矢じりで殺されたときであった。彼はナルレミーからセレディールまで全てのものを破壊しながら進み、これらの土地をエルフと人間の地図の上から消してしまった。ペリフは神々にいけにえを捧げ、この行いに怒って地上を去らないよう祈らなければならなかった。そして、その後、白金の強襲が起こった。アイレイドたちがメリディアのオーロランたちと協定を結んで彼らを呼び出し、金色の半エルフ、羽を失いしウマリルを彼らの味方の闘士にしたのである。そして、地上に現れて初めて、ペリナルは決闘に呼び出される側になった。アダの血をひくウマリルは不死身であり、恐れを知らなかった。 歴史・伝記 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/109.html
アダバル・ア 編者注:アダバル・アとは、奴隷の女王アレッシアの夫であったモーリアウスの物語であると考えられている。このことについては歴史学的に証明することは難しいが、アダバル・アが第一紀から伝わる最古の文書のひとつであることは間違いない。 ペリナルの死 そして、血の海と化した白金の塔の玉座の間で、ペリナルの切り落とされた首は翼のある半神の雄牛にしてアレ=エシュの想い人、モーリアウスに向かってこう語った。「我らの敵が私を殺し、この体を引き裂いて別々の場所に隠したのだ。神々の意思をあざ笑いながら、あのアイレイド達は私を8つに引き裂いた。彼らはその数字に取り付かれているからだ」 モーリアウスは困惑し、鼻輪のついた鼻を鳴らして言った。「ホワイトストレイク、あなたの戦いぶりは彼女の想像を超えていた。だが、俺は思慮のない雄牛だ。これからすべての捕虜をこの角で突く。もし、あなたがやつらを生かしたままにしておくのなら。あなたは血まみれの栄光そのものだった、叔父よ、あなたは必ず帰ってくるだろう。今度は狐か光となって。シロドは我々のものだ」 そして、ペリナルは最期にこう語った。「気をつけろ、モーリアウス。気をつけるんだ! こうして死にゆく私には感じられるのだ、敵はまだ生きている。それを知りながら死んでゆくのは辛いことだ。勝利を信じたまま死ねればよかったのだが。おそらくだが、彼は再び現れるだろう。油断するんじゃないぞ! 私はもはや、人々をウマリルの復讐から守ってはやれないのだ」 アレッシアの青春時代もしくは奴隷時代 ペリフの出身部族はわかっていないが、彼女はサルド(サルダヴァー・リードとも呼ばれる)で育った。この地には、アイレイドがニベン中の数々の部族から人間を集めて来ていたのである。それらの部族とは、コスリ、ネード、アル・ゲマ、クリーズ族(彼らは後に北方から連れてこられたことが明らかになった)、ケプチュ、ギー族(花の王ニリチが虫の神である??にいけにえを捧げたことで滅ぼされた)、アル・ハレッド、ケト族、その他であった。しかし、この地はシロドであり、支配者エルフたちの領土の中心であり、人間たちには何の自由も与えられていなかった。家族を持つことや、公に名前を持つことすら禁じられていた。侵略者の支配者たちは、彼らに名前をつける必要などみじんも感じていなかったのである。 人間たちは、岩を運んだり、用水路を作ったり、神殿や道路を整備したりといった労働を強制された。また、人間たちはアイレイドの拷問芸術の歪んだ喜びの犠牲にもなった。ヴィンダセルの嘆きの車輪、セルセンの内臓庭園、多くの奴隷の体に見られた人体彫刻などである。また、火の王ハドフールの領土ではさらにひどいことも行われていた。デイドロンから抽出した薬を人間に使って苦痛を与える新たな方法が発見されたのである。子供たちは夜になると彼らの戦いを見て大喜びした。 モーリアウスが語るアレッシアの名前 そして、モーリアウスは彼らに言った。「彼女のことを語るとき、お前たちは彼女を様々な名前で呼ぶ。アレ=エシュというのは、畏敬の念を込めた呼び名だ。訳すと、「高貴な、あまりにも高貴な」という冗長な意味になる。アレ=エシュという名前がくずれて、もう少し親しみやすい呼び名が生まれた。アレシュト、エシャ、アレッシアなどだ。また、彼女はパラヴァントとしても知られている。彼女の即位のときに、「彼らのなかで始めのもの」という意味を込めてつけられた名前だ。死を免れない人間でありながら敵を討ち、捜し求め、癒し続けた彼女の偉大さを称えて神々が与えた。この名前からはパラヴァル、ペヴェシュ、ペレス、ペリフなどの名前が生まれた。そして、俺自身は、大切な彼女をパラヴァニアと呼んでいた」 「彼女は俺のもとを去ってしまったが、今でも星々に囲まれて光り輝いている。最初の女皇、天の女神、シロドの女王として」 彼らはその答えに満足し、その場を去った。 ダンジョン 九大神の騎士関連 歴史・伝記 赤2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/274.html
本物のバレンジア 第1巻 著者不明 500年前のことだ。宝珠の街、モーンホールドに盲目の未亡人と、かさばる体つきの独り息子が暮らしていた。亡き父がそうであったように、彼もまた鉱員であった。マジカの才能に乏しいため、モーンホールドの王の所有する鉱山でありふれた肉体労働についていた。立派な仕事ではあったが、賃金は安かった。母親は手作りのコーンベリーのケーキを市場で売って、苦しい家計の足しにしていた。なんとか暮らしていけるものね、と母は言った。食事に困ることもないし、衣服は一着もあれば事足りるし、雨が降らなければ雨漏りもしないから、と。が、シムマチャスはそれ以上のものを望んだ。とてつもない鉱脈を掘り当てて、高額の賞与を手にすることを夢見ていた。仕事が終わればジョッキを片手に酒場で友人と盛りあがり、賭けトランプに興じていた。かわいいエルフの娘たちに色目を使い、ため息をつかせてもいたが、まともに相手にされることはなかった。彼は典型的な田舎育ちのダークエルフの若者で、巨体以外にはとりえがなかった。ノルドの血が混じっているのではないかという噂もあった。 シムマチャスが30歳のとき、モーンホールドの街が歓喜にわいた。王と王妃に女の子が授かったのだ。「女王様の誕生だ!」と人々は喜びを歌にした。モーンホールドの民にとって、女の世継ぎが生まれたことは、未来の平和と繁栄を約束する象徴でもあった。 王族の子の「命名の儀」が近づくと、鉱山はいったん休業となった。シムマチャスはすっ飛んで家に帰って体を洗い、一張羅を身につけた。「真っ先に家に帰ってきて母さんに報告するから」と、出かけられない母親をきづかった。体が弱っていたこともあったが、祝典に集った人ごみの渦に飲み込まれてしまいかねなかったからだ。それに盲目のため、いずれにしても何かを見ることはかなわなかった。 「おまえや」と、母は言った。「出かける前に、僧侶か医者を呼んできておくれ。おまえが帰ってくるまでにおだぶつになっちまいそうだよ」 シムマチャスはわら布団に横たわる母のもとへ近づくと、ひどく不安になった。母のおでこは燃えるように熱く、その息も浅かった。床板を力ずくでずらすと、その下に隠してあったわずかばかりの蓄えをじっと見た。僧侶に治療してもらうにはとても足りなかった。すべての蓄えをはたいたうえで、残金を借りることになりそうだった。シムマチャスは外套を引っつかむと、あわてて出ていった。 通りは聖なる森へと急ぐ人々でごった返していた。が、神殿の門は閉ざされ、かんぬきで錠がしてあった。「儀式のためご容赦ください」と、どの張り紙にも記されていた。 シムマチャスは人ごみを肘でかき分けて進み、茶色の法衣に身を包んだ僧侶になんとか追いついた。「儀式が終わってからではいけませんか」と、僧侶が言った。「お布施さえ頂けるなら喜んで診てあげましょう。聖職者は全員出席するようにとの陛下のお達しですし、陛下の機嫌を損ねるわけにはいきませんので」 「母はひどい病気なんです」と、シムマチャスは泣きついた。「ただの僧侶がひとり欠席したくらいで、陛下が気にされるとは思えません」 「もっともです。が、大司教が気にされる」と、僧侶はいらついて言った。法衣にすかりつくシムマチャスの手を振り払い、群集の中に消えた。 シムマチャスは他の僧侶や魔術師にさえも頼んでみたが、徒労に終わった。鎧をまとった衛兵がつかつかと歩いてくると、手にした槍で彼を脇へ押しやった。王族の行進が近づいてきた。 王家の面々を乗せた馬車が通り過ぎようとしたとき、シムマチャスは人ごみから走り出て声を張り上げた。「陛下、陛下! 母が死にそうなのです!」 「かように輝かしい夜に死ぬことなど認めん!」と、王が叫んだ。高らかに笑いながら、群集に金をばら撒いた。シムマチャスは王のワインの息をかげるほどまで近づいていた。馬車の奥では王妃が赤ん坊を胸に抱き寄せて座っていた。流し目でシムマチャスを見やると、蔑むように鼻の穴をふくらませた。 「衛兵!」と怒鳴った。「この男をなんとかして」シムマチャスは荒っぽい手に鷲づかみにされると、道の脇まで殴り飛ばされ、その場で呆然としていた。 頭痛をこらえながら人ごみのあとをついていき、丘のてっぺんから「命名の儀」を見届けた。僧侶は茶色の法衣を、魔術師は青色の法衣を纏い、はるか眼下の高貴なる面々のもとへ集っていた。 バレンジア。 シムマチャスはぼんやりとその名を耳にした。地平線の両端にある双子の月「昇りしジョン」と「沈みしジョド」に差し出すようにして、高僧がおくるみに包まれた赤子を高くかかげた。 「ご覧あれ、モーンホールドの地に生を受けしバレンジア王女を! 親愛なる神々よ、何時の祝福と賢慮を与えたまえ。王女がやがて理をもってモーンホールドを支配するその日のために。叡智と繁栄、友情と家族の土地を守りたまえ」 「王女ばんざい、王女ばんざい」と、王と王妃のまわりに集まった人々も、両手を突き上げながら、歌うように叫んだ。 シムマチャスだけがひっそりとたたずみ、うなだれていた。最愛の母が亡くなったと心で感じていた。静寂のなか、揺るぎない誓いを立てた。みずから王の災いとなってみせよう。無意味な死に追いやられた母へのとむらいとして、バレンジアを我が嫁として迎え入れ、やがて生まれる母の孫にモーンホールドの地を支配させるのだと。 *** 儀式が終わり、シムマチャスは王族の行進が宮殿へと戻っていくのを冷ややかに見つめた。最初に話しかけた僧侶がやってきた。シムマチャスがゴールドを手渡し、治療がすんだらもっと報酬がはずむことを約束すると、今回はいかにも嬉しそうな顔をしてついてきた。 母親はすでに死んでいた。 僧侶はため息をついて、金の入った袋をしまい込んだ。「ほんとうに残念です。もちろん、残金のことは忘れてもらってけっこう。私にできることはひとつもありませんから。きっと──」 「おれの金を返せ!」と、シムマチャスは怒鳴りつけた。「おまえは何もしてないじゃないか!」威嚇するように右腕を振りかざした。 僧侶は後ずさりし、呪詛をつぶやきかけた。が、三つめの言葉を口にしたところで、シムマチャスに顔面を殴りつけられた。がっくりと膝をついてくずおれると、火をくべるための炉に使われている石のひとつにまともに頭をぶつけた。即死だった。 シムマチャスはゴールドをひったくると街から逃げた。走りながら、ある言葉を何度も何度もつぶやいていた。ちょうど妖術師が詠唱するように。「バレンジア」そう言った。「バレンジア。バレンジア」 *** バレンジアは宮殿のバルコニーから中庭をながめていた。まばゆいばかりの鎧をまとった兵士がぶらぶらしていたが、やがていつもの順番に整列してバレンシアの両親を出迎えた。王も王妃も宮殿から出てきたところだった。ふたりとも黒檀の鎧で全身を包み込み、紫に染めた長い毛皮のコートをたなびかせていた。豪華絢爛に飾り立てられた肌つやのいい黒毛の馬が引いてこられると、そこにまたがった。それから中庭の門まで進んでいき、振り返ってバレンジアに一礼した。 「バレンジア!」と、ふたりが声を張り上げた。「われらの愛しい娘よ、さらばだ!」 少女は涙をごまかすように目をしばたたき、気丈に手を振ってみせた。お気に入りの銀狼の子のぬいぐるみであるウッフェンをもう片方の手で胸に抱き寄せながら。両親と離れ離れになるのは初めてのことだった。それが何を意味するのか彼女には見当もつかなかった。はっきりしているのは西方で戦争が起きたらしく、誰もが憎悪と恐怖を込めてタイバー・セプティムの名を口にしているということだけだった。 「バレンジア!」と、兵士たちが叫んだ。手にした槍や剣や弓を振り上げながら。そして、彼女の両親は背を向けて走り去っていった。そのあとを騎士たちが追っていき、やがて中庭はほとんどもぬけの殻になった。 *** しばらくたったある日のこと、バレンジアは乳母に揺り起こされた。あわただしく服を着せられると、彼女の背におぶさって宮殿をあとにした。 この恐ろしい経験についてバレンジアが覚えているのは、空を埋めつくす巨大な影に燃えるような瞳が光っていることだけだった。外国の兵士が現れては消え、そしてまた現れた。乳母はいなくなり、見知らぬ人たちがかわりにやってきた。怪しげな人たちもいた。数日間、ひょっとすると数週間、旅が続いた。 ある朝、バレンシアは目が覚めると、馬車から歩み出た。外は寒かった。巨大な灰色の石造りの城が、灰白色の雪でまばらに覆われた丘の中腹に立っていた。その丘はくすんだ緑色をしており、ひっそりとしていてどこまでも続いていた。彼女はウッフェンを両手でしかと抱き寄せ、灰色の朝もやの中で眼をぱちくりさせながら震えていた。この果てしない、灰色と白色の支配する場所にいると、なんだか心細くなり、ひどく気が滅入った。 バレンジアとハナは城砦に向かった。この茶色い肌と黒い髪の女中とはここ数日のあいだ旅をともにしていた。ふたりが城砦に入ると、くすんだ金色の氷のような髪をした、上背のある青白い女が暖炉のそばに立っていた。ブルーが鮮やかなぞっとする目つきでバレンジアを見やった。 「彼女はとても…… 黒いのね」と、女はハナに向かって言った。「ダークエルフを見るのは初めてだわ」 「私もあの種族のことはよくわかりません、奥さま」ハナは言った。「けど、この娘がいかにも赤毛らしく気が強いことはわかります。気をつけてください、咬まれますよ。それだけじゃすまないかもしれません」 「しつけてやめさせるわ」女は見下した態度で言った。「それに、その汚らしいものは何なの? ひどい臭い!」そう言ってウッフェンをもぎ取ると、燃えさかる暖炉に投げ入れた。 バレンジアは悲鳴をあげ、ぬいぐるみに飛びついたつもりだった。が、咬みついたり引っかいたりして懸命に抵抗したものの、取り押さえられた。ウッフェンは哀れにも黒焦げの灰に成り果てた。 *** バレンジアはスカイリムの庭に植えられた雑草のように成長した。そこはスヴェン卿とその妻、インガ夫人の土地だった。表向きはすくすく育っていたが、心はいつも冷たくて空虚だった。 「わが娘のようにあの子を育ててきたのよ」インガ夫人はひとつため息をついた。遊びにやってきた近所のご夫人たちと下世話な話に興じながら。「けどね、あの子はダークエルフだから。期待なんてかけられないわ」 バレンジアは盗み聞きするつもりはなかった。少なくとも自分ではそう思っていた。ただ、ノルドの主人たちよりも耳がよかったのだ。それ以外のダークエルフの能力はあまり誉められたものではなかった。手癖が悪く、嘘つきで、弱い炎のスペルを唱えてみては、意味もなく浮遊したりする。彼女は大人への階段をのぼっていくにつれて、異性への強い興味を抱くようにもなった。彼らの与えてくれるときめきはとても心地よく、そればかりか贈り物までしてくれるのだ。が、インガにはわけのわからない理由で反対されてしまうため、できるだけこっそり楽しむようにしていた。 「バレンジアはね、子供たちとは仲がいいのよ」とインガは付け加えた。バレンジアよりも幼い彼女の五人の子供たちのことを言っているのだ。「あの子といるときに子供たちが危険な目にあったことはないもの」ジョンニが6歳、バレンジアが8歳のとき、ある家庭教師が雇われたことがあり、ふたりはそろって授業を受けた。バレンジアが武具のことも学びたがってみせると、スヴェン卿とインガ夫人はそんなことはけしからんとたしなめた。そういうわけで、バレンジアに与えられたのは小さな弓がひとつだけだった。その弓で男の子に混じって射撃練習をすることだけが許された。彼女は機会があればいつでも男の子たちの武術訓練をのぞき見し、大人たちがいないところで手合わせをし、実力では誰にも負けていないことに気づいた。 「彼女はとても…… 誇りを持ってるのね」ご婦人方のひとりがインガにそうささやくと、バレンジアは聞こえない振りをして、ひそかに納得してうなずいたものだった。スヴェン卿やインガ夫人よりも自分のほうが優れているような気がしてならなかった。軽蔑の念を抱かせられる何かが彼らにはあった。 のちに、スヴェンとインガはダークムーア城でもっとも地位の低い住人の遠い親戚であることがわかった。これでバレンジアはようやく合点がいった。彼らはきざなペテン師で、誰かを支配できるような器ではなかったのだ。少なくとも、そうなるようには育てられていない。そう考えると、なんとも形容しがたい怒りがわいてきた。怒りや恨みとは無縁のきわめて健全な憎悪だった。彼らのことが、嫌われこそすれ、恐れられることのない、胸の悪くなるような不快な虫のように思えてきた。 *** 月に一度、皇帝の急使がやってくる日があった。スヴェンとインガは金の入った小ぶりの袋を、バレンジアは大好物のモロウウィンド産乾燥マッシュルームの入った大ぶりの袋を受け取るのだ。この日になるといつも、バレンジアはちゃんとした格好をさせられてから、あるいは、痩せっぽちのダークエルフができるかぎりめかし込んだとインガの目に映るような身なりをさせられてから、急使とのささやかな顔合わせのために呼ばれるのだった。訪れる急使はたいてい違っていたが、農夫が売りごろの豚をじっくりと見定めるかのように彼女をじろじろとながめる仕草は、誰がやってきても繰り返された。 16歳の春、バレンジアは急使の目つきから、自分の売りごろがやってきたことに気づいた。 じっくりと考えたのち、バレンジアは売られたくないという結論にいたった。彼女はここ数週間、金髪で大柄で体つきのいい、ぎこちなくて優しくて温かくていかにも単純な馬屋番の青年、ストローから、駆け落ちをしようと口説かれていた。バレンジアは急使の置いていった金の袋をくすねると、貯蔵室からマッシュルームを失敬して、ジョニーの古いチュニカと脱ぎ捨てられた半ズボンで少年に見えるように変装した。そして、さわやかなある春の夜、バレンジアとストローはとっておきの二頭の馬をこっそり盗み出し、そこそこ栄えている街ではもっとも近い、ストローがどうしても訪れてみたいというホワイトランに向かって夜を一目散に駆け抜けた。が、モーンホールドとモロウウィンドもまた東方の土地であり、それがバレンジアを引きつけたともいえた。ちょうど磁石が鉄を引きつけるように。 翌朝、ふたりは馬を乗り捨てることにした。バレンシアがそうすべきだと言い張ったのだ。追っ手にひづめのあとをたどってこられる可能性があった。追跡されそうな要素は一掃しておくべきだった。 午後はひたすら歩いた。わき道を逸れないように進み、打ち捨てられた小屋で何時間か睡眠をとった。黄昏どきに小屋をあとにし、夜明け前にホワイトランの街の正門についた。バレンジアはストローのためにうさんくさい通行証を用意してあった。地元の村の領主の使いで街の神殿までやってきた旨が記されている間に合わせの書類だった。バレンジアは浮遊のスペルで外壁をひとまたぎした。一緒に旅をしているダークエルフの娘とノルドの少年に目を光らせておくようにとのお触れがこの衛兵のもとにも届いていると考えるのが妥当だったからだ。案の定、その推理は正しかった。ストローのような、連れのいないおのぼりさんの姿はありふれた光景だった。さらに通行証もあるのだから、彼が人目を引く心配はないと考えてよかった。 バレンジアの計画は滞りなく進んだ。正門のすぐ近くにある神殿でストローと落ち合った。彼女は何度かホワイトランに来たことがあったが、ストローは生まれ故郷であるスヴァンの邸宅から数マイル以上は離れたことがなかった。 ふたりは街中を進んでいき、ホワイトランの貧民街にあるうらぶれた宿屋にやってきた。肌寒い朝で、バレンジアは手袋とロングコートと頭巾を身につけていたため、その黒っぽい肌や赤い眼が人目に触れることはなく、彼らに注意を払うものもいなかった。二人は別々に宿屋に入った。ストローは宿屋の番頭に金を払って一人部屋を借り、たっぷりの食事と酒をジョッキで二杯注文した。バレンジアは数分してからこっそりと部屋に入った。 ふたりは飲み食いを満喫した。脱走の成功を祝い、狭苦しいベッドで激しく愛し合ってから、死んだように眠った。夢さえも見なかった。 *** ホワイトランでの滞在は一週間にもなった。ストローは使い走りをして小遣いを稼ぎ、バレンジアはいくつかの家で夜盗を働いた。あいかわらず少年の格好をしていた。さらなる変装にこだわって髪を短く切りそろえ、燃えるような赤毛を漆黒に染めた。そのうえでなるたけ人目には触れないように心がけた。ホワイトランでダークエルフを見かけるのはまれだった。 ある日、ストローのとりなしで、東方へ向かう隊商の警護の仕事をすることになった。隻腕の軍曹がバレンジアをいぶかしげに見つめた。 「ふん、ダークエルフとはな」と、言いながら苦笑した。「狼に羊の番をさせるようなもんだな。とはいうものの、腕っ節のいいやつが足りない。それに、モロウウィンドには近寄らないようにするから、おまえさんの仲間に売り飛ばされることもない。あそこの盗賊どもときたら、敵でも味方でも見境なく喉をかっ切りやがる」 軍曹は振り向くと、見定めるような目つきでストローをながめた。と、バレンジアのほうに勢いよく向き直り、ショートソードをすらりと抜いた。バレンジアもまたたく間にダガーを取り出して迎え撃つ姿勢になった。ストローはナイフを手にとると、男の背後にまわり込んだ。軍曹は剣を地面に落とすと、また苦笑した。 「なかなかやるじゃないか。弓の腕前はどうなんだ?」バレンジアは実力の一端を披露した。「悪くない、悪くないな。おまえは夜目もきくし、いい耳を持ってる。信頼できるダークエルフほど心強い味方はいないよ。よくわかってる。片腕をなくして傷病兵としてお払い箱にされるまでは、あのシムマチャスに仕えていたんだ」 「裏切ってやろうぜ。金払いのいい知り合いがいるんだ」と、おんぼろの宿屋での最後の晩、寝床につくと、ストローは言った。「それか、おれらでひったくるとか。あの商人どもはうなるほど金を持ってるぜ、ベリー」 バレンジアはけらけらと笑った。「そんな大金、いったいどうするの? 第一、旅の護衛が必要なのはこっちも向こうも変わらないわ」 「ちっぽけな牧場を買おう。ふたりの牧場だよ。そこで暮らすのさ。幸せだろうな」 あさましい夢ね! バレンジアは軽蔑の念を込めて心の中でつぶやいた。ストローはつまらない田舎者で、つまらない夢しか思い描けないのだ。そう思ったが口には出さなかった。「ここじゃだめよ、ストロー。ダークムーアに近すぎるもの。東に行けばもっと可能性が広がるわ」 *** 隊商はサンガードまで東進しただけだった。皇帝タイバー・セプティム一世は、比較的安全で警備体制の整った街道の建設にことのほか貢献していたが、べらぼうに高い通行料を払わなくてもすむよう、彼らはここまで側道を使ってきた。そのため、人間やオークの追いはぎや、種族を超えて徒党を組んだ盗賊団に襲われる懸念もあったが、商売や貿易にはこうした危険はつきものだった。 サンガードにたどりつくまでに、こうした蛮族に二度ほど襲われた。待ち伏せされたときには、バレンジアが鋭い耳で感づいてくれたため、余裕を持って隠れている連中の背後から奇襲をかけることができた。カジートと人間とウッドエルフの入り混じった賊に闇討ちをされたこともあった。したたかな連中で、バレンジアの嗅覚をもってしても彼らの接近に気がつかず、迎え撃つ体勢になれなかった。このときは激しい戦闘になった。なんとか撃退したものの、隊商の衛兵がふたり殺され、ストローは襲いかかるカジートの喉笛をバレンジアと連携してかっ切るまでに、太ももに深手を負った。 バレンジアはそうした毎日を楽しんでいた。話好きな軍曹は彼女を気に入ったらしく、夜になると篝火を囲みながら、セプティム皇帝とシムマチャス将軍についてモロウウィンドを行軍したときのことを語ってくれた。軍曹が言うには、シムマチャスはモーンホールドの陥落後に将軍となったらしかった。「シムマチャスはたいした戦士だよ、まったく。もっとも、腕がいいから抜擢されたとは限らんがね、モロウウィンドはそういう土地柄だから。まあ、おまえさんならわかってるとは思うがね」 「ううん、僕、よく覚えてないんだ」バレンジアはさり気なく言った。「ほとんどスカイリムで過ごしてきたから。母さんはスカイリムの男と結ばれたんだ。どっちも死んじゃったけど。それで、モーンホールドの王と王妃はどうなったの?」 軍曹は肩をすくめた。「どうなったことやら。おそらくは死んでる。休戦が調印されるまではあちこちで戦火があがってたから。今では静かなもんさ。静かすぎるくらいだ。嵐の前の静けさというやつか。で、おまえはあそこに戻るのか?」 「たぶん」と、バレンジアは言った。本当はモロウウィンドに、モーンホールドに抗いたいほど惹かれていた。ストローはそのことを察していた。むっつりしているのはそのせいだろうが、バレンジアが少年を演じているせいで一緒に寝ることができないのが不満でもあった。彼女もまたそうしたことに飢えてはいたが、ストローほど切羽詰っているわけではなかった。表向きは。 軍曹としては、帰り道もふたりに護衛を頼みたかった。彼らはその申し出を断ったものの、特別報酬と羊皮紙の推薦状を与えられた。 ストローはサンガードの近くに定住したがったが、バレンジアは東への旅を続けると言って譲らなかった。「私はね、モーンホールドの王女なんだから」と、そう口にしながら、それが真実なのかどうかわからなかった。ひょっとすると、わけもわからずにうろたえていた幼いころの自分がこしらえた白昼夢にすぎないのかもしれない。「故郷へ帰りたいの。帰らないといけないの」ということだけは真実だった。 *** 数週間後、ふたりは東へ向かう別の隊商に乗せてもらえることになった。初冬にはリフトンに到着し、モロウウィンドの国境に近づきつつあった。が、冬が深まるにつれて寒さはいっそう厳しさを増し、東へ向かう隊商をつかまえるには次の春を待たなくてはならなかった。 バレンジアは街の城壁のてっぺんに立ち、深い渓谷を見渡した。目の前には雪を戴いた山が人を寄せつけないようにそびえ立ち、その向こうにモロウウィンドがあった。 「ベリー」と、ストローは優しく声をかけた。「モーンホールドまではまだかなりあるし、どのみちこれより先へは進めないよ。あの土地は野生の狼や盗賊やオークでいっぱいだし、もっと手ごわいモンスターもいる。雪解けを待ったほうがいいよ」 「シルグロッドの塔があるわ」と、バレンジアは言った。スカイリムとモロウウィンドの国境を警備するための古代の尖塔を囲むようにして栄えてきた、ダークエルフの街のことを話しているのだった。 「橋の衛兵が通してくれないさ、ベリー。帝都の精鋭たちだからね。賄賂も通用しない。どうしてもと言うなら、独りで行ってくれ。引きとめはしない。けど、どうするつもりなんだ? シルグロッドの塔は帝都軍だらけだぞ。あいつらの洗濯係にでもなるつもりか? それとも慰安婦にでも?」 「その気はないわ」と、バレンジアはゆっくりと、もったいぶって言った。その考えに少しの魅力も感じないわけではなかった。兵士と寝れば、そこそこ暮らせていけるだけの金は稼げる。スカイリムを旅している頃、彼女はそういう類の火遊びを楽しんだことがあった。女の格好をして、ストローの目を盗んで抜け出したのだ。彼女は味に変化をつけたいだけだった。ストローは優しいが退屈だったから。ことが終わると、引っかけた男から金を差し出された。バレンジアは驚いたが、跳びあがって喜びたくもなった。もっとも、ストローは腹を立てていた。情事の現場を取り押さえると、しばらく怒鳴り散らしてから、数日間はすねてしまうことがあった。彼は嫉妬深かった。別れようと脅したりもしたが、実行したわけではなかった。できやしなかったのだ。 だが、帝都の兵士は男っぽくて野性味にあふれているらしかった。バレンジアは旅すがら、いかにも汚らわしい話を聞かされていた。なかでも極めつけは、隊商の篝火を囲みながら退役軍人がしてくれた話だった。彼は誇らしげにとうとうと語った。ふたりを困らせてからかっているのだと、バレンジアは気づいていた。ストローはこの手の卑猥な話を毛嫌いしていたが、それよりもバレンジアの耳に入ってしまうことがどうしても許せなかった。それでも心のどこかでは、彼もまたそうした話に魅了されていた。 バレンジアはそれに気づくと、ストローにも他の女をあさるように勧めた。が、バレンジア以外の女などほしくないと突っぱねられた。自分はそういう女じゃないわと、彼女はにべもなく言った。それでも、誰よりもストローのことが好きだとも。「だったらどうして他の男と寝たりするんだ?」あるとき、ストローはそう尋ねた。 「わからないわ」 ストローはため息をついた。「やっぱり、ダークエルフの女はそういうもんなのか」 バレンジアは微笑んでから肩をすくめた。「わからないわ。でも、わかるような気もする。ええ、わかるわ」と、バレンジアは振り向きながら言い、愛情たっぷりのキスをした。「これであなたもわかってくれたかしら」 物語(歴史小説) 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/237.html
「戦士」 レヴェン 著 この本は4巻の本からなる連続物語の3巻目になっている。もし最初の2巻、「物乞い」および「盗賊」を読んでいない場合は、そちらを読むことをお勧めする。 スオイバッド・エロルは自分の過去についてあまり知らなかったし、知りたいとも思ってはいなかった。 子供のころ、彼はエロルガードで暮らしていたが、王国はとても困窮しており、その結果、税金は非常に高かった。彼は多額の遺産を管理するには若すぎたが、彼の破滅を心配した召使いたちが彼をジャレンハイムに移動させた。なぜその地が選ばれたのかは誰も知らない。とうの昔に死んだ召使いの1人が、子供を育てるには良い場所だと思ったのであろう。他に案を持つものもいなかった。 若きスオイバッドよりも甘やかされて育った子供たちもいると思うかもしれないが、恐らく実際にはそんなことはないだろう。育つにつれ、彼は自分が金持ちであることを理解したが、他には何もなかった。家族も社会的地位もなく、警護もまるでなかった。忠誠心は真には買えないと知ったのは1度ではない。自分に巨大な財産という強みしかないことを充分に分かっている彼は、それを守り、そして可能であれば増やすことに必死になった。 一般的にも、良い人たちの中に強欲なものはいるが、スオイバッドは富の入手と貯蓄以外にはまったく興味を持たない珍しい人種であった。彼は富を増やすためならば何でもするつもりで、彼は実際に、魅力的な土地を攻撃するための傭兵を秘密裏に雇い、その後、誰も住みたがらなくなったときに買い上げるといった方法をとった。当然、攻撃はそれで止み、スオイバッドは有益な土地を格安で手に入れることになる。最初はいくつかの小さな農家から始まったが、最近はさらに野心的な作戦行動を行い始めている。 北中央スカイリムには、地理的に興味深いアールトと呼ばれる地域がある。そこは周囲を氷河によって囲まれている休火山低地であるため、土壌は火山によって温められるが、常に霧雨状態で空気は冷たい。そこではジャズベイと呼ばれるブドウが快適に育つが、それはタムリエルの他のどの場所でも萎れて死んでしまう。この奇妙なブドウ園は私有物であるため、そのブドウから作り出されるワインには希少価値があり、極めて高価である。皇帝がこのワインを年に一度飲むには、帝都評議会の許可が必要であると言われている程である。 アールトの所有者を苦しめ、彼の土地を安く手放させるためには、かなりの数の傭兵を雇わねばならなかった。よって彼は、スカイリムにおける最高の私兵集団を雇う必要があった。 スオイバッドはお金を使うことが好きではなかったが、リンゴと同じ大きさの宝石を、ライスィフィトラと呼ばれる将軍に支払うことを承知した。もちろん、支払いは任務が成功したときに行なわれるので、まだ渡してはいなかったが。しかし、こんな素晴らしいものを手放すことを分かっている彼は、夜も眠れなかった。彼は盗賊が夜うろつくのを知っていたので、倉庫を監視するためにいつも日中に寝た。 ある日、うつらうつらした眠りからスオイバッドが昼頃に起き、突然、彼の寝室で盗賊に出くわした。その盗賊こそ、エスラフであった。 エスラフはどのように窓から飛び降り、要塞化された大邸宅の壁の表にある百フィート下の木々の枝に体をあて、いかに積んである干草に身を投じるかを沈思していた。そのような離れ技に挑戦したことがある人はおそらく、かなりの集中力と度胸が必要であると言うであろう。寝ている富豪が起きたのを見たとき、その両方とも吹き飛んでしまい、エスラフは飾ってある装飾用の大きな盾の裏に潜み、スオイバッドが再び眠りにつくのを待った。 スオイバッドが再び寝ることはなかった。彼は何も聞いてはいないが、誰かが一緒に部屋の中にいることを感じた。彼は立ち上がり、部屋の中をうろうろし始めた。 スオイバッドは歩き回ったが、徐々に自分が想像しているだけだと思い込んだ。そこには誰もいない。彼の富は無事だ。 何か物音を聞いたとき、彼はベッドに戻りかけていた。振り向くと、ライスィフィトラに渡すことになっている宝石が、アトモラの騎兵用の盾から少し離れた床上に見えた。盾の裏から手が伸びてきて、それを拾い上げた。 「盗賊だ!」スオイバッドは叫び、宝石で装飾されたアカヴィリ剣を壁からつかみ下ろし、盾に向かって突進していった。 エスラフとスオイバッドの「戦い」は偉大な決闘の記録には残らない。スオイバッドは剣の扱いを知らなかったし、エスラフは盾による防御に関して無知であった。その戦いはぎこちなく、不細工であった。スオイバッドは激怒していたが、繊細な飾り付けを傷めて価値を下げてしまうような使い方を心理的にできなかった。エスラフは盾を彼と剣の間に置くようにしながら、盾を引きずりつつ動き続けた。何といっても、それが盾防御の要である。 スオイバッドは盾を殴りながら叫び、その盾は殴られる反動で部屋を移動していった。宝石はライスィフィトラという名の偉大な戦士に約束されていると説明し、返してくれるならスオイバッドは喜んで他のものを渡すと、彼は盗賊と交渉すら試みた。エスラフは天才ではなかったが、それでもそれが嘘だと判った。 主人の呼び出しに応え、スオイバッドの衛兵が寝室に到着したときには、窓の近くまで盾を追いつめていた。 スオイバッドよりも遥かに剣の力量に富む彼らは盾にのし掛かったが、そこには誰もいなかった。すでにエスラフは窓から飛び降り逃走していたのだ。 懐にしまったゴールドを鳴らし、巨大な宝石が体に擦れるのを感じつつ、ジャレンハイムの街路を重そうに走るエスラフは、どこに行けば良いのか分からなかった。ただ、この街にはもう戻れないということと、宝石の所有権を持つライスィフィトラという名の戦士に会うことだけは絶対に避けなければならないことはわかっていた。 エスラフ・エロルの物語は、「王者」に続く 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/69.html
仮説上の欺まん ─幕物 アンシル・モルヴァー 著 登場人物 マルヴァシアン:ハイエルフ魔闘士 インゾリア:ダークエルフ魔闘士 ドルチェタス:シロディール治癒師 シアヴァス:アルゴニアン蛮族 ゴースト 山賊数名 場面: エルデンウッド 幕が上がると、霧が立ち込めた迷路のようなヴァレンウッドの伝説的なエルデングローブの地形が見える。周囲ではウルフたちが吠えているのが聞こえる。血まみれのは虫類の姿をしたシネヴァスが木の枝の間から現れ、周囲を見渡す。 シアヴァス: 邪魔はない。 インゾリア、美しいダークエルフ魔術師が蛮族に手伝われて木から下りてきた。近くに足音がする。シアヴァスは彼の剣を構え、インゾリアは呪文詠唱の準備をした。何も現れなかった。 インゾリア: 出血しているわ。ドルチェタスに治癒してもらったほうがいいわ。 シアヴァス: 彼はまだ洞窟で唱えた多くの呪文で疲れ果てている。俺は大丈夫だ。もしここから出られて、他に俺よりも必要な人がいなければ、最後の回復の薬をもらう。マルヴァシアンはどこだ? マルヴァシアン、ハイエルフ魔闘士とドルチェタス、シロディール治癒師が木から重そうな宝箱を2人で抱えながら現れた。彼らは略奪品を運びながら、ぎこちなく木から下りようとした。 マルヴァシアン: きたよ。何で私が重い荷物を運んでいるのかはサッパリ分からないけどね。蛮族と一緒に洞窟探査に行く利点は、彼が戦利品を持ち運ぶからだといつも思っていたのにさ。 シアヴァス: もし俺がそれを運んだら、手がいっぱいで戦えないだろう。それに、もし間違っていたら言って欲しいんだが、おまえら3人のうち、誰1人としてここから生きて出られるほどのマジカを残していないだろう。地下であの数の小人を感電させて、吹き飛ばした後ではな。 ドルチェタス: 小人たちですね。 シアヴァス: 心配しなくても、俺はおまえらが思っているようなことはしない。 インゾリア(純粋そうに): 何のこと? シアヴァス: おまえらを全員殺して、黒檀の鎧をいただくことさ。正直に言えよ── 俺がそう考えていると思ったんだろう。 ドルチェタス: 恐ろしいことを考える。どれほど卑しく、堕落した人間でもそんなことを── インゾリア: なぜ、やらないの? マルヴァシアン: 運び手が必要だからさ、さっきも言ってたじゃないか。宝箱を運び、エルデングローブの住民と戦うのは無理だからな。 ドルチェタス: ああ、ステンダールの神よ、意地悪く、自己中心的で、典型的なアルゴニアンの中でもあんたは── インゾリア: それで、なぜ私に生きていて欲しいの? シアヴァス: 必ずしも生きていて欲しいわけではない。ただ、あんたは他の2人よりも可愛いから、ツル肌にしてはな。それに、何かに追いかけられたら、先にあんたを狙うかもしれないしな。 近くの茂みの中から物音がする。 シアヴァス: 見てこい。 インゾリア: きっとウルフよ。この森にはいっぱいいるもの。見てきて。 シアヴァス: インゾリア、選択肢があるぞ。見に行けば、生きられるかもしれない。ここに残れば、間違いなく生きてはいられない。 インゾリアはしばし考え、それから茂みへと向かう。 シアヴァス(マルヴァシアンとドルチェタスに向かって): シルヴェナールの王者はこの鎧にたんまり金を出すと思うぜ。それに、4人より3人で分けたほうが気持ちいい。 インゾリア: そのとおりね。 インゾリアが突然舞台上に浮揚する。半透明のゴーストが茂みから現れ、一番近くにいる者、シアヴァスに向かっていく。蛮族が悲鳴をあげ、剣でそれを突き刺す中、ゴーストは渦を巻く気体を彼に吹きかけ、彼は地に崩れ落ちる。次にドルチェタス治癒師のほうを向き、ゴーストが哀れなドルチェタスに冷気を見舞う中、マルヴァシアンが炎の玉を唱え、ゴーストは蒸発して霧の中へと消えていく。 マルヴァシアンが、ゴーストの低下能力により顔を蒼白にしているドルチェタスやシアヴァスの体を調べていると、インゾリアが地上に下りてきた。 マルヴァシアン: 結局、多少はマジカを温存していたんだね。 いんぞりあ:あなたもね。彼らは死んでいるの? マルヴァシアンは、回復の薬をドルチェタスの袋の中から取り出す。 マルヴァシアン: ああ。幸いにも彼が倒れたとき、回復の薬は壊れなかった。さて、これで報酬を受け取れるのは2人だけになったみたいだね。 インゾリア: お互いに協力しなかったら、ここからは出られないわ。好むと好まざるとに関わらずね。 二人の魔闘士は宝箱を持ち上げ、下生えの中を慎重に歩き出す。何者かの足音やその他の不気味な音に時折、足を止める。 マルヴァシアン: 理解しているかを確認させてほしい。あなたには少しばかりのマジカが残っていたので、それを使ってシアヴァスをゴーストの最初の餌食にすることを選び、私があなたより強力にならないように、私の限られた蓄えを使わせてゴーストを追い払わせた。一流の考え方だね。 インゾリア: ありがとう。道理にかなっていただけよ。他に呪文を唱える力は残っているの? マルヴァシアン: 当然。このようなときのために、経験を積んだ魔闘士は必ず小さくても非常に効果的な呪文をいくつかは知っているものだよ。あなたもいくつか切り札を持っているんでしょう? インゾリア: もちろん、あなたが言ったようにね。 恐ろしい泣き声が空気を切り裂き、一旦止まる。それが消えてなくなると、重い足取りで再び歩き始める。 インゾリア: ただの知的訓練として、もしこれ以上の戦闘もなくここから出られたとしたら、あなたは私にどのような呪文をかけるのかしら。 マルヴァシアン: まさか、暗に宝を独り占めするために、私があなたを殺そうと思っていると言いたいわけじゃないよね? インゾリア: もちろん違うし、私もあなたにそんなことをしようと思っていないわ。ただの知的訓練よ。 マルヴァシアン: なるほど、それでは単純に知的訓練として、私はおそらくあなたの生命力を奪い、自分を治癒するために体力奪取の呪文をかけるね。結局、ここからシルヴェナールまでの道中には山賊がたくさんいて、貴重な秘宝を持った手負いの魔闘士は魅力的な獲物だろうしね。ただ単に野原で死ぬために、エルデングローブを生き抜くのはごめんだよ。 インゾリア: 理にかなった返答ね。私としては、何度も言うようにこのようなことをしようとは思ってもいないけれど、突然の雷撃で十分役目を果たせると思うわ。山賊に関しての意見は同じだけれど、回復の薬があるのを忘れないで。ごく簡単にあなたを殺して、自分を完治出来るわ。 マルヴァシアン: 言うとおりだね。そうすると、最終的な疑問は、その瞬間にどっちの呪文の効果のほうが高かったかっていうことになる。もしお互いの呪文が反作用して、結局私があなたの生命力を奪い、あなたの雷撃で活動不能になったら、2人とも死んでしまうかもしれない。または、あまりの瀕死状態で、単なる回復の薬では2人ともはおろか、どちらか1人の助けにもならなくなる。もし2人の画策する魔闘士が、画策していると言っているのではなく、この知的訓練のためにね、死に直面し、マジカも枯渇し、1本だけしか回復の薬がなかったとしたら、どれだけ皮肉なことか。その場合、誰が手に入れる? インゾリア: 必然的に先に飲んだほうでしょうね。この場合、持っているのだからあなたになるわね。じゃあ、もし私たちのうち1人だけが傷ついたけれど、死ななかった場合は? マルヴァシアン: 論理に従うと、画策する魔闘士が薬を取り、傷ついたほうを精霊の慈悲に任せて立ち去るんじゃないかな。 インゾリア: それが最も賢明に見えるわね。でも、画策するような類ではあるものの、その魔闘士たちがお互いにある程度の敬意を持っていたらと仮定してみて。その場合、例えば、ひどく怪我をした相手の近くにある木の上に、勝者が薬を置くとか。そして、怪我をしたほうが十分なマジカを補充できたとき、彼または彼女は木の枝まで浮揚して薬を回収できる。その頃には勝った魔闘士がすでに報酬を受け取っているでしょうね。 近くの茂みから聞こえてくる音に一瞬、足を止める。慎重に木の枝に登り、その場を凌ぐ。 マルヴァシアン: 何を言いたいかはわかるけど、被害者を生かすなんて、私たちが仮説をたてるような画策する魔闘士には柄にもないことに見えるけど。 インゾリア: そうかもしれないわね。でも私の観察では、多くの画策する魔闘士は誰かに勝ち、屈辱を耐えさせるためにその人を生かしておく感覚を楽しむわ。 マルヴァシアン: この仮説上の画策する魔闘士って…… (興奮して)太陽の光だ! 見える? 二人は枝の上を素早く渡り、茂みの裏に落ち、舞台から姿を消す。一方で、キラキラと光る日光の光輪が見える。 マルヴァシアン(背の高い茂みの後ろ): 出られた。 インゾリア(同じく、背の高い茂みの後ろ):確かに。 突然、電気の爆発と凄まじい赤い光のオーラが発生する。辺りは沈黙に包まれる。しばらくして、何者かが木に登る音が聞こえてくる。それは、高いところにある枝の上に薬を置くマルヴァシアンである。含み笑いをもらしながら木から下り、幕が下りる。 エピローグ シルヴェナールへの道中で幕が上がる。山賊の一味が杖に寄りかかり、辛うじて立っているマルヴァシアンを囲み、簡単に宝箱を彼から引き離す。 山賊 #1: なんだこりゃ?そんな病気で道をぶらつくのは危ねえって知らねえのか?ほら、荷物を運ぶのを手伝ってやるよ。 マルヴァシアン(弱って): お願いだ…… 放っておいてくれ…… 山賊 #2: どうした、術者さんよ、奪い返してみろよ! マルヴァシアン: 無理だ…… 弱りすぎている…… 突然インゾリアが飛び入り、雷撃を指先から山賊へと放ち、その山賊たちは急いで逃げていく。彼女は着地して、宝箱を拾い上げる。マルヴァシアンは死にそうに倒れこむ。 マルヴァシアン: 仮定で、もしも…… 魔闘士がその場では彼を傷つけず…… 生命力とマジカを徐々に流出させ、その場では気がつかないが…… 回復の薬を置いていくほど十分な自信を感じる呪文を相手にかけたとしたら? インゾリア: 彼女は最も不実な魔闘士でしょうね。 マルヴァシアン: そして…… 仮定で…… 彼女は、彼が生きて屈辱に耐えているのを楽しむために、倒れた相手を…… 助けそうか? インゾリア: 私の経験上、仮定で、いいえ。彼女は間抜けではなさそうだし。 インゾリアが宝箱をシルヴェナールへと引き寄せる。マルヴァシアンは舞台上で息を引き取る中、幕が下りる。 物語(戯曲) 茶3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/122.html
2920 薄明の月(2巻) 第一紀 最後の年 カルロヴァック・タウンウェイ 著 2920年 薄明の月3日 アルタエルム島(サマーセット) 見習いたちが一人一人オアッソムの木へと浮かび上がり、高いほうの枝から果実もしくは花を摘み、地面へと舞い降りてくる様子を、その身のこなしの個人差を含めて、ソーサ・シルは眺めていた。彼は満足げにうなずきつつも、一瞬その日の天気を楽しんだ。大魔術師自身が遥か昔に手本となって作られたとされるシラベインの白い像が、湾を見下ろす崖の近くに立っていた。淡い紫色のブロスカートの花がそよ風に揺られて前後していた。その向こうには大海と、アルタエルムとサマーセット本島を分けるもやがかった境界線が見えた。 「概ね良好だな」最後の見習いから果実を受け取りながら、彼は講評を述べた。手を一振りすると、果実も花も元あった位置へと戻っていた。もう一振りすると、見習いたちは半円状に妖術師を取り囲んだ。彼は白いローブの中から直径一フィートほどの小さな繊維質の玉を取り出した。 「これが何かわかるか?」 修練僧たちは質問の意図を理解していた。すなわち、謎の物体に鑑定の呪文を唱えよとのことだった。彼らは一人一人、目を閉じ、その塊が万物の真実の中にあるのを思い浮かべた。あらゆる物質および精神体がそうであるように、玉は独特の響きを発しており、それには負の要素、鏡面要素、相対経路、真の意味、宇宙における歌、時空の中での性質、そして常にあり続け、いつまでもあり続けるであろう存在の側面があった。 「玉です」ウェレグと名乗る若いノルドが口にすると、年の若い修練僧たちの間で忍び笑いをする声も聞こえたが、ソーサ・シル本人を含め、多くの者は眉をひそめた。 「愚かな答えを返すなら、せめて愉快な答え方をするがいい」妖術師は叱るように言うと、困惑した様子の、若い黒髪のハイエルフの娘に目を向けた。「わかるか、リラーサ?」 「グロムです」と、リラーサは自信なさげに答えた。「ドルーがメフするものです。ク… ク… クレヴィナシムの後で」 「正確にはカルヴィナシムだが、良い答えだ」と、ソーサ・シルは言った。「どういう意味なのか、説明はできるか?」 「わかりません」リラーサは認めた。他の修練僧たちも首を振った。 「物事の理解にはいくつかの層が存在する」と、ソーサ・シルは言った。「そこらの者であれば、物を見る際に自らの考えの中に当てはめる。古き習わし、すなわちサイジックたちの法、神秘に長けた者たちは、物を見てその役割から素性を知ることができる。だが理解に達するには、もう一枚、剥がすべき層が存在する。物をその役割と真実から鑑定し、その意味を解釈する必要があるのだ。この場合、この玉は確かにグロムである。大陸の北部および西部に生息する水棲種族、ドルーが分泌する物質の名称だ。ドルーはその生活環のうち、一年間カルヴィナシムを経て、陸上を歩くことになる。その後、水へと戻ってメフすることになる。すなわち陸上での生存に必要であった皮膚と器官を自ら貪る。そしてこのような小さな玉状のものを吐き出す。グロム、すなわちドルーの吐しゃ物のことだ」 修練僧たちは妙な表情で玉を見つめていた。ソーサ・シルはこの講義が何よりも好きだった。 2920年 薄明の月4日 帝都(シロディール) 「密偵だ」皇帝は風呂につかり、足にできたこぶを見つめながら漏らした。「余のまわりは裏切り者と密偵だらけだ」 妾のリッジャは皇帝の腰に両脚を絡めたまま、その背中を流した。長年の経験より、性と官能の使い分けは心得ていた。皇帝がこのような機嫌の時は、落ち着かせるように、なだめるように、誘惑するかのように官能的であるのが正解だった。かつ、直接何かを尋ねられない限りは一言も発しないことだった。 もっとも、すぐに質問がとんできた。「皇帝陛下の足を踏みつけた者がいたとして、『申し訳ありません、皇帝陛下』と言ってきたらどう思う? 『お許しください、皇帝陛下』のほうが適切だと思わんかね。『申し訳ありません』では、まるであのアルゴニアンめが私が皇帝陛下であることを申し訳無く思っているかのようではないか。我々がモロウウィンドとの戦に負ければいいと願っているかのようにな。そう聞こえる」 「いかがなさいますか?」と、リッジャは問いかけた。「鞭打ちに処すべきでしょうか? 所詮はソウルレストの武将に過ぎません。足元に気をつけるよう、思い知らせてやるのもいいでしょう」 「余の父であれば、鞭打ちにしていただろう。祖父であれば処刑していたな」と、皇帝は不満そうに言った。「だが私は足くらいならいくら踏まれてもかまわん。相応の敬意さえ表してくれればな。そして、謀叛を企てなければな」 「せめてどなたかは信用なさらないと」 「おまえだけだよ」皇帝は微笑み、僅かに身体をひねってリッジャに接吻をした。「息子のジュイレクもだろうな。あいつにはもう少し慎重さがほしいが」 「議会と、摂政様は?」と、リッジャは尋ねた。 「密偵の群れと、蛇だ」皇帝は笑い、再び妾に接吻した。愛し合い始めつつ、彼はささやいた。「おまえさえ忠実であれば、世は何とでもなる」 2920年 薄明の月13日 モーンホールド(モロウウィンド) トゥララは黒い、装飾された街の門の前に立っていた。風が彼女の体に吹きつけていたが、何も感じなかった。 公爵はお気に入りの愛人が妊娠したと知って激怒し、彼女を追放したのだった。何度も何度も面会をと懇願したものの、衛兵に追い返されてしまったのだ。彼女はついに家族のもとに帰り、真実を伝えたのであった。真実を隠し、父親が分からないと言い張りさえしていれば。兵士でも、流れ者の冒険者でも、誰でもよかったのに。だが彼女は父親は公爵、すなわちインドリル家の一員であると話したのだった。誇り高きレドラン家の者である以上、彼らのとった対処はやむを得ないものであり、そのことは彼女も承知していた。 トゥララの手には、父が泣きながら押しつけた追放の烙印が焼きついていた。だが、彼女にとっては公爵に受けた仕打ちのほうが遥かに苦痛であった。トゥララは門を通して真冬の荒野を見渡した。歪んだ姿で眠り続ける木々と、鳥のいない空。もはや、モロウウィンドに彼女を受け入れてくれる者などいない。遠くへ行かなければ。 重い、悲痛な足取りで、彼女の旅は始まった。 2920年 薄明の月16日 アネクイナ(今日のエルスウェーア)、センシャル 「何かご心配事でも?」と、ハサーマ王妃は夫の機嫌の悪さに気づいて尋ねた。普段は恋人の日の夜となると、夫は大抵上機嫌になり、他の招待客と共に舞踏場で踊っているのが常であったが、今夜は早めに引き上げてきたのであった。王妃が様子を見に行くと、彼は寝床で身体を丸め、眉をひそめていた。 「あの忌々しい吟遊詩人が聞かせたポリドールとエロイサの物語、あれで気分を害してしまったよ」王は不満そうに唸った。「どうしてあのような気の滅入るような話をするのだ?」 「ですが、それこそがあの物語の真実ではないのですか? 世の理の残酷さゆえに破滅を迎えたのでは」 「真実かどうかは、どうでもいいことだ。くだらん話に、下手な語り手だ。もう二度とやらせはすまい」ドローゼル王は寝床から跳ね起きた。その目は涙で曇っていた。「どこの出だと言っていたか?」 「ヴァレンウッド東端のギルヴァーデイルだったかと」と、王妃は動揺した様子で答えた。「あなた、何をなさるおつもりなのです?」 ドローゼルは一瞬で部屋を出、塔へと続く階段を駆け上がっていった。ハサーマ王妃は夫の意図を察していたとしても、彼を制しようとはしなかった。最近は妙な言動やかんしゃくが目立ち、ひきつけさえ起こしていたのだった。だが彼女は王の乱心の根深さも、吟遊詩人、および彼が語って聞かせた人間たちの残酷さと異常さに関する物語に対し、王がどれだけ憎しみを感じていたかも気づいていなかったのである。 2920年 薄明の月19日 ギルヴァーデイル(ヴァレンウッド) 「もう一度よく聞くんだぞ」と、年老いた大工は言った。「三つめの部屋に黄銅のくず鉄があるなら、二つめの部屋に金の鍵がある。一つめの部屋に金の鍵があるなら、三つめの部屋には黄銅のくず鉄がある。二つめの部屋に黄銅のくず鉄があるなら、一つめの部屋に金の鍵がある」 「わかったわ」と、婦人は言った。「言われた通りにね。だから一つめの部屋に金の鍵があるわけでしょう?」 「違う」と、大工は答えた。「もう一度最初からいくぞ」 「お母さん?」と、少年が母親の袖を引っ張って言った。 「ちょっと待っててね、お母さんお話し中なの」母親は答えると、謎かけに意識を集中させた。「あなた言ったわよね、『二つめの部屋に黄銅のくず鉄があるなら、三つめの部屋に金の鍵がある』って」 「いや、違う」大工は根気良く答えた。「三つめの部屋に黄銅のくず鉄があるのは、二つの……」 「お母さん!」少年が悲鳴を上げた。母親はようやくその意図に気づいた。 明るい赤色の霧が波となって街に押し寄せ、建物を次々と飲み込みつつあった。その前を赤い皮膚の巨人、デイドラのモラグ・バルが大股で歩いていた。その顔に笑みを浮かべて。 2920年 薄明の月29日 ギルヴァーデイル(ヴァレンウッド) アルマレクシアは辺り一面の泥沼の中で馬を止め、川の水を飲ませようとしたが、飲みたがらないどころか見ずに嫌悪を覚えているようであった。モーンホールドからかなりとばして来たことを考えれば、喉も渇いているはずである。妙だ。彼女は馬を下りると、一行のいる方へと足を運んだ。 「現在位置は?」と、アルマレクシアは尋ねた。 婦人の一人が地図を取り出した。「ギルヴァーデイルという町に近づきつつあるはずですが……」 アルマレクシアは目を閉じ、すぐにまた開けた。その光景は耐え難いものであった。従者たちが見ている中、彼女は煉瓦と骨の欠片を拾い上げ、その胸に抱いた。 「アルテウムへと急ぐぞ」と、彼女は静かに言った。 この年は、蒔種の月へと続く。 物語(歴史小説) 紫1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/216.html
ザレクの身代金 ドゥーマー太古の物語 第1部 マロバー・サル 著 ジャレミルは彼女の庭園に立ち、召使いが持ってきた手紙を読んだ。手にしていたバラの束が地に落ちた。一瞬、鳥のさえずりが消え、雲が空を覆った。丁寧に育て、作り上げてきた安息の地が暗闇に包まれた。 「息子は預かった」手紙にはそう書かれていた。「近いうちに身代金の要求をする」 やはりザレクは、アッガンに辿り着けなかったんだわ。道中の強盗、多分オークか憎たらしいダンマーに、上品な乗り物を見られて人質にとられたんだわ―― ジャレミルは柱にもたれ掛かり、息子に怪我がないかを案じた。彼はただの学生で、装備の整った男たちと戦えるような子ではないけど、殴られたりしていないかしら―― 母親の心には、想像するに耐え難いことであった。 「もう身代金を要求する手紙が来たなんて言わないでよね」聞き覚えのある声と見慣れた顔が垣根の隙間から見えた。ザレクであった。ジャレミルは涙を流しながら、急いで少年を抱きしめに行った。 「何が起こったの?」彼女は声を上げた。「誘拐されたんじゃなかったの?」 「されたよ」と、ザレクは行った。「フリムヴォーン峠で、もの凄く大きなノルド3人が、僕の乗り物を襲ったんだ。マサイス、ユリン、コーグ、この3人は兄弟だって分かったの。母さんにも見せてあげたかったな、本当に。もし正面玄関をくぐろうとしたら苦労すると思うよ」 「何が起こったの?」と、ジャレミルは再度問いかけた。「助けられたの?」 「助けを待とうとも考えたんだけど、身代金要求の手紙を送るって分かっていたし、母さんが心配性なのも分かっているから。だから、アッガンの先生がよく言っていた言葉を思い出したんだ、落ち着いて、周りを良く見て、敵の弱点を探る」ザレクはにっこりと笑った。「彼らは本当に怪物だったから、すこし時間が掛かっちゃったけどね。それで、彼らがお互いに自慢しあっている話を聞いたとき、彼らの弱点は虚栄心だって分かったの」 「それで何をしたの?」 「カエルに近い、幅広い川を見下ろす小高い丘の森のキャンプで鎖につながれていたの。コーグが、あの川を泳いで往復するには1時間近く掛かるだろうって、他の二人に話しているのを聞いたんだ。二人とも同感でうなずいていた、そのとき話しかけたんだ」 「僕なら30分で戻ってこられるね」そう僕は言ってやった。 「無理だ」と、コーグが言い放った。「おまえみたいな子犬より、俺のほうが早く泳げる」 「そこで、2人とも崖から飛び降りて、真ん中の島まで泳いで帰ってくるって決めたんだ。お互いの岩まで行ったとき、コーグが義務付けられているみたいに水泳のコツを僕に説教し始めたんだ。最大の速度のための、連動した腕と足の動きの重要性。息継ぎは、頻繁すぎて遅くならず、少なすぎて息切れしないように、必ず3、4回水を掻いたあとにすることがどれだけ肝心か。彼が言うコツに同意して、うなずいたんだ。それでお互いに崖から飛び込んだの。1時間ちょっと掛けて島まで泳いで帰ってきたけど、コーグは戻ってこなかった。彼は崖の下にある岩で頭をかち割っていたんだ。水の動きで水面下の岩が分かったから、飛び込むのに右の岩を選んだの」 「それで戻っちゃったの?」と、驚いたジャレミルは聞いた。「そのときに逃げたんじゃないの?」 「そのとき、逃げるのは危険すぎたよ」と、ザレクが言った。「彼らは僕を簡単に捕まえられただろうし、コーグが消えた責任も負わされたくなかったしね。彼に何が起きたか分からないと言ってから、ちょっと捜した後で、彼らはコーグが競争のことを忘れて、向こう岸で食料でも狩っているのだろうって思ってくれたの。僕が泳いでいたのは見えていたし、彼の失そうに関係があるとは思えなかったんだろうね。兄弟は僕が逃げられないように理想的な場所を選んで、岩の多い、崖のふちに沿ったところにキャンプを張り出したんだ」 「兄弟の一人、マサイスが、下の入り江の周りを巡る土の質と、岩の緩やかな傾斜について意見を言い始めたんだ。競争に理想的だ、そう彼は言った。僕がその競技について何も知らないことを伝えると、彼は競争に適した技術の一部始終を教えたがったんだ。変な顔を作って、どれだけ鼻から息を吸って口から出すことが必要かとか、どのように膝を適切な角度まで持ち上げるかや、足運びの重要性などをね。一番重要なのは、勝つつもりなら走者は積極的な、でも疲れすぎない速度を保つべきだと言った。二番手を走ってもいい、もし最後に追い抜く意志と体力があるならって言ったんだ」 「僕は熱心に聞き入ったよ、そしてマサイスは、夜になる前に入り江のふちの周りで簡単な競争をすると決めたんだ。ユリンは僕たちに、戻るときに薪を持ってこいと言った。僕たちは細道を過ぎたらすぐに、崖のふちに沿って走り始めたの。息や足取りや足運びは彼の忠告通りにしたけど、最初から全速力で走った。彼の足のほうが長いにもかかわらず、最初の角を曲がったとき、僕は彼の数歩前を走っていたんだ」 「彼の目は僕の背中に置かれていて、マサイスは僕が飛び越えた崖の割れ目が見えなかったんだ。叫ぶ間もなく下に落ちて行ったよ。キャンプに居るユリンのところへ戻る前に、数分かけて何本か小枝を拾ってから戻ったんだ」 「まったく、調子に乗って」と、しかめ面をしたジャレミルが言った。「間違いなく、その時に逃げればよかったのに」 「そう思うかもしれないけど」と、ザレクは同意しながら言った。「でもね、あの地形を見れば分かるよ―― 大きな木が何本かあって、他は低い木ばかりだったんだ。ユリンは僕が居ないことに気付いただろうね。すぐに追いつかれたら、マサイスが居ないことを説明するのがとても難しかったと思う。だけどね、手短に周辺を見て回れたおかげで何本かの木をじかに見られたから、最後の計画を立てられたんだ」 「僕は何本かの小枝を持ってキャンプに戻り、マサイスは大きな倒木を引っ張っているから、戻るのに時間がかかっているとユリンに言ったんだ。そうしたらユリンはマサイスの腕力をあざ笑って、彼では生きている木を引き抜いて燃やすには時間がかかると言ったんだ。僕は言ってやったんだ、そんなことはできないでしょうと」 「『見せてやるよ』と彼は言い、10フィートもの木を楽々と引き抜いたんだ」 「『でも、それはただの苗木だ』と僕が意見したんだ。『大木を引っこ抜けると思ってたのに』」彼の目は、僕の視線を追い、その先にある素晴らしい大木を見た。ユリンはその大木をつかんで、凄まじい力で根から土を離そうとゆすり始めたんだ。それで、木の一番上の枝から垂れ下がっていた蜂の巣が緩んで、彼の頭の上に落ちたんだ。 「母さん、僕はその時逃げたんだ」ザレクは少年らしい誇らしさで締めくくった。「マサイスとコーグは崖の下、そしてユリンは蜂の大群に飲み込まれて必死になっているときにね」 ジャレミルはもう一度息子を抱きしめた。 出版社注: 私は「マロバー・サル」の作品を出版する事に気が進まなかったが、グウィリム大学出版局がこの版の編集を依頼してきた時、この機会にきっぱりと事実を明確にしようと決めた。 学者たちはマロバー・サルの作品の正確な年代に関して同意していないが、それらの作品は、初代シロディール帝都の崩壊とタイバー・セプティムが台頭するまでの空白期間に、一般的な喜劇や恋愛物語で有名な劇作家「ゴア・フェリム」によって書かれたものであるという説に大多数が同意している。現在の説が支えるのは、フェリムは本物のドゥーマーの物語をいくつか聞き、金儲けのためにそれらを舞台に適応したり、自分の劇を書き換えたりしたという点だ。 ゴア・フェリムは自分の作品に妥当性を持たせるために、まただまされやすい人々にとってさらに貴重であるよう、ドゥーマーの言語を翻訳できる「マロバー・サル」の人物像を作り上げた。注目すべきは、「マロバー・サル」と彼の作品が激しい論争の題材になったが、実際に誰かが「マロバー・サル」に会った信頼性のある記録もなければ、同名の人物が魔術師ギルドやジュリアノス、または他の知的団体に所属していた記録もない。 どうであれ、「マロバー・サル」の物語の中でドゥーマーは、ダンマーやノルドやレッドガードさえも服従させ、現在でさえも解明されていない遺跡を作った、恐ろしくて計り知れない種族に類似点を持っている。 小説・物語 茶4 種たるもの ドゥーマー太古の物語 第2部 マロバー・サル 著 ロリックのハムレット村は、単調な灰色と褐色の砂丘やデジャシスの岩山に抱かれた、静かでのどかなドゥーマーの集落であった。なんの草木もロリックには生えていないが、黒く変色した大きな枯れ木が街中のいたるところに転がっていた。幌馬車で到着したカムディダは、彼女のあたらしい街に落胆した。彼女は父の家族が暮らしていた、北の森林地帯に慣れていた。ここには木陰や広々とした空もなければ、水もすくない。ただの荒れ地に見えた。 母親の家族がカムディダと弟のネビスを引き取り、とても優しく孤児たちに接したが、彼女は見知らぬ村で寂しかった。そんなとき、給水所で働くアルゴニアン老女に出会い、カムディダは友達を得た。名前はシゲルス、そして彼女の家族は広く、麗しかった頃のロリックに、ドゥーマーが現れる何世紀も前から住んでいたと言った。 「なんで木々は死んだの?」と、カムディダは聞いた。 「アルゴニアンしかこの地に居なかった頃、私たちにはあなた達が使うような燃料や木製の建物の必要がなかったから、木を切らなかったのよ。ドゥーマーが来たときも、私たちやこの土地にとって神聖なヒストの木を傷つけないかわりに、必要な時は工場とかを使わせてあげていたの。その後、お尋ね者とかも出ず、何年も平穏な暮らしが続いたわ」 「それで、何が起こったの?」 「あなたたちの科学者が、ある樹液を蒸留して、成形して、乾かすことでレジンと言う弾力性のある鎧を作れることを発見したの」と、シゲルスは言った。「ここで育つほとんどの木の樹皮のしたにはちょっとしか液体がないの、でもヒストの木は違うわ。多くは樹液で溢れていたの、それはドゥーマーの商人たちを強欲にしたわ。商人たちはジュニンという木こりを雇って、利益のために聖なる木の伐採を始めたの」 アルゴニアン老女はほこりが舞う大地を見て、ため息をついた。「もちろん私たちアルゴニアンは皆反対したわ。私たちの家だったし、ヒストの木は一度消えたらもう戻らないもの。商人たちは考え直してくれた、でもジュニンたちは私たちを打ちのめすつもりだったの。ある恐ろしい日、彼の並外れた斧の腕前は木々だけではなく人にも通用すると証明したの。彼の行く手を阻んだ人たちは、老若男女を問わずバラバラに切り倒されたわ。ロリックのドゥーマーたちは皆、家の扉を閉じて殺人の叫び声に耳を閉ざしたの」 「ひどい」と、あえぎながらカムディダは言った。 「説明するのは難しいけど……」と、シゲルスが言った。「私たちにとって、木々の死に比べたら、生きているものの死はたいしたことじゃないのよ。分かって欲しいのは、私たちにとってヒストの木は母であり、目指す場所なの。体を破壊されるのはどうってことないの、でも私たちの木々を滅ぼすことは、私たちを根絶やしにすることなの。そしてジュニンがヒストの木に斧を向けたとき、彼はこの土地を殺したの。水は枯れて、動物は死に、木々によってその命を支えられていた生き物はみな干からびて、ほこりとなったのよ」 「でも、まだここに居るの?」カムディダは聞いた。「なぜ去らなかったの?」 「私たちは身動きが取れないの。私は死に行く最後の数人の1人なのよ。私たちの多くは先祖代々の林を離れて暮らしていけるほど強くはないし、今でも時折り、ロリックの空気に生きる気力を与えてくれる香りが漂っているわ。私たちが全員いなくなるまで、それほど時は掛からないわ」 カムディダは目に涙が浮かんでくるのを感じた。「そうしたら私は木々もなく、友達もいないこんな場所で独りぼっちになっちゃう」 「私たちアルゴニアンには良い表現があるわ」悲しそうな微笑を浮かべ、カムディダの手を取りながらシゲルスは言った。「種の最良の土壌は心の中にあるものなのよ」 カムディダが手の中を見ると、そこにはシゲルスが渡した小さくて黒いものがあった。種であった。「死んでるみたい」 「ロリックの中のある一ヶ所でしか育たないのよ」と、老アルゴニアンは言った。「街外れの丘に建つ古い小屋の外よ。私はそこへは行けないの、所有者に見られたら、その場で殺されてしまうし、他の私と同じ種族の人たちのように、今では自分を守るには脆すぎるの。でも、あなたならそこへ行って種を植えられるわ」 「どうなるの?」と、カムディダは聞いた。「ヒストの木が戻るの?」 「いいえ。でも、木の力の一部は戻るわ」 その夜、カムディダは家を抜け出し丘へと向かった。シゲルスが話した小屋は知っていた。叔父と叔母からは絶対にそこへは行かないようにと言われていた。近くまで行くと、扉が開き、老いてはいるが屈強な体格の男が大斧を肩に乗せて現れた。 「おい、ここで何をしている?」彼は詰問した。「暗くてトカゲ野郎と間違えそうになったぞ」 「暗くて道に迷ってしまったのです」彼女は瞬時に答えた。「ロリックにある家へ帰ろうとしているのですけど」 「では早く行け」 「ロウソクを1本貰えませんか?」彼女が聞いた。「ぐるぐると同じところを歩いていて、明かりがなかったらまたここに戻ってきてしまいそうです」 老人はブツブツ言いながら家の中へと入っていった。カムディダは素早く穴を掘り、できるだけ深く種を埋めた。男は明かりを灯したロウソクを持って戻ってきた。 「絶対ここへは戻るなよ、もし戻ったら……」うなり声で彼は言った。「真っ二つにしてやる」 彼は暖かい家の中へと戻っていった。次の朝、目覚めた彼は扉を開けると、小屋が巨大な木の中に完全に閉じ込められていることに気付いた。斧を拾って、木に向かって次から次へと切りかかるが、打ち破れなかった。横から切ってみたが、木は治癒してしまった。上下左右から切って、くさび形の切り込みを入れようとしたが、木は治癒してしまった。 ジュニンのやせ衰えた体が、鈍り、折れた斧を手に持ち、開け広げられた扉の前に横たわっているのを誰かが発見するまでにはかなりの時がすぎた。何を切っていたのか皆には謎であったが、刃にはヒストの樹液が付いていたとの伝説が、ロリックでささやき始められた。 それから暫らくして、小さな砂漠の花が乾いた土を押し分けて、育ち始めた。新しく植えた木々や植物も、豊かにとは言えなかったとしても、それなりに育ち始めた。ヒストの木は戻らなかったが、カムディダやロリックの人々は、夕暮れ時のある時刻になると、過去の偉大な木々の長い陰が、街や丘を包み込んでいることに気付いた。 出版社注: 『種たるもの』はマロバー・サルの物語りの1つで、何に由来するかは誰もが知っている。この物語は、南モロウウィンドのアルゴニアの奴隷に源を発する。マロバー・サルは単に、ダンマーと記されたところをドゥーマーに変え、ドゥーマーの遺跡で見つけたと主張した。さらに、アルゴニア版は、ただ単に彼の「原本」を改作しただけであると後に主張した。 明らかにドゥーマーの地名ではないロリックは、簡単に言うと、存在しないのである。その上、ロリックとはゴア・フェリムの劇中で頻繁に、ダンマーの男という意味で間違って使われていた名前である。アルゴニア版の物語はたいていヴァーデンフェル島のテルヴァンニの街かサドリスモーラを舞台とする。もちろん、零の神殿の「学者」と言われている人たちは、この物語は「ロルカーン」と関連していると言うであろう、同じ「ロ」の文字から始まっているだけで。 小説・物語 戦士ギルド関連 茶2 狙いどころ指南書 ドゥーマー太古の物語 第3部 マロバー・サル 著 オスロバーの族長は、彼の賢者たちを集めこう言った。「毎朝、家畜が死んでいる。何が原因なのだ?」 ファングビス戦闘隊長は言った。「モンスターが山から下りてきて、家畜を食べているのかもしれません」 治癒師ゴーリックは言った。「新種の疫病が原因かもしれませんな」 ベラン司祭は言った。「女神に助けていただくには、生けにえを捧げる必要がある」 賢者たちは生けにえを捧げ、彼らが女神からの答えを待つ間、ファングビスは師匠ジョルタレグの下へ行きこう言った。「ゾリアの棍棒の鍛造や、それを戦闘でどのように使うのかを実によく教えていただきましたが、今は自分の技能をいつ使えばよいのかを知る必要があります。女神からの回答があるまで、または薬が効くまで待つのでしょうか。それとも山にいると分かっているモンスターを退治に行くのでしょうか? 」 「『いつ』は重要ではない」と、ジョルタレグは言った。「『どこ』なのかが重要だ」 ファングビスはゾリアの棍棒を手に持ち、暗い森の中を遠く、偉大な山のふもとまで歩いた。そこで彼は2匹のモンスターに出会った。オスロバーの族長の家畜の血でぬれていた片方は、連れが逃げるあいだ彼と戦った。ファングビスは「どこ」が重要であると言った師匠の言葉を思い出した。 彼はモンスターの急所5ヶ所を殴った。頭、股間、喉、背中、胸。五ヶ所を5回ずつ殴り、モンスターは倒された。そのモンスターは運ぶには重すぎたが、それでも意気揚々としてファングビスはオスロバーへ戻った。 「おーい、家畜を食べたモンスターを殺しました」と、彼は叫んだ。 「モンスターを殺したという証拠はどこにあるのだ?」と、族長は聞いた。 「おーい、私の薬が家畜を救いましたぞ」と、治癒師ゴーリックは言った。 「おーい、我が生けにえによって女神が家畜を救ったのだ」と、ベラン司祭が言った。 朝が2回すぎたが家畜は無事であった、しかし、3日目の朝、また族長の家畜が10匹殺されていた。治癒師ゴーリックは彼の書斎へ新しい薬を探しに行った。ベラン司祭はさらなる生けにえの準備を行なった。ファングビスはゾリアの棍棒を手に、またしても暗い森の中を遠く偉大な山のふもとまで歩いた。そこで、オスロバーの族長の家畜の血でぬれた、もう一方のモンスターに出会った。彼らは戦い、またしても、「どこ」が重要であると言った師匠の言葉を思い出した。 彼がモンスターの頭を5回殴ると、モンスターは逃げた。山沿いに追いかけ、彼が股間を5回殴ると、モンスターは逃げた。森の中を走りながら、ファングビスはモンスターを追い越し、喉を5回殴ると、モンスターは逃げた。オスロバーの田畑に入り、ファングビスはモンスターを追い越し、背中を5回殴ると、モンスターは逃げた。砦の下ではモンスターが嘆く音を聞き、族長や賢者たちが顔を覗かせた。彼らはそこから族長の家畜を殺したモンスターを見守った。ファングビスがモンスターの胸を5回殴ると、モンスターは死んだ。 ファングビスの名誉を称えて大きな祝宴が開かれ、その後2度とオスロバーの家畜が殺されることはなかった。ジョルタレグは彼の弟子を抱きしめ、こう言った。「やっと“どこ”で敵を殴ればよいのかを覚えたようだな」 出版社注: この物語もまた、ヴァーデンフェル島のアッシュランダー族に明らかな起源を持つ物語であり、彼らの最古の物語の1つである。「マロバー・サル」は単に登場人物の名前を「ドワーフ」らしい名前に変え、彼の書籍として再販売したのである。物語に登場する偉大な山は、森に覆われているとの記述をよそに、明らかに「赤き山」である。流星や後の大噴火が赤き山の植物を破壊し、今日の荒廃した外観を与えた。 原始的なアッシュランダーの文化を示唆するこの物語は学術的な興味を引くが、物語の中には今日のヴァーデンフェル島に存在する、遺跡のような「砦」での生活のことを話している。ヴァーデンフェル島とスカイリムの間の「オスロバー」砦についてさえも言及しているが、まばらに定住者が住むヴァーデンフェル島外の砦のうち、今日まで現存するものは少数である。学者たちは誰がいつこれらの砦を造ったのかについて合意しないが、太古のアッシュランダー族は今日のように麦わら小屋の野営地を設置するのではなく、これらの砦を使用していたことが、この物語や他の証拠からも明白である。 言葉遊びが寓話の教訓を形成する── どこでモンスターを殺すべきか(砦の下)はモンスターのどこを殴って殺すかと同等に重要である── これは多くのアッシュランダー物語の典型である。この物語のような簡単ななぞ掛けであっても、アッシュランダーや滅んだドゥーマーたちには好まれていた。ドゥーマーは通常なぞ掛けを出題する側として表現されるが、アッシュランダーの物語のように解く側ではない。 小説・物語 緑3 キマルヴァミディウム ドゥーマー太古の物語 第4部 マロバー・サル 著 いくつもの戦いをへて、戦争の勝利が見えてきた。チャイマーはマジカや剣術においては秀でていたが、ジナッゴの手による洗練された防具を装備したドゥーマーの装甲兵が相手では、勝てる見込みはきわめて薄かった。“ランド”の平和維持を第一に考えた武将スソヴィンは、「野獣」カレンイシル・バリフと休戦協定を結んだ。スソヴィンは「紛争地域」を獲得し、その代償としてバリフに強力なゴーレムを授けた。北方の蛮族の襲撃からチャイマーの土地を守ってくれるだろう、と。 この贈り物にバリフは満足し、野営地に持ち帰った。ゴーレムを目にすると、仲間の戦士たちはあ然とした。金色に輝くその姿は、誇りに満ちたドゥーマーの騎士そのものだった。その強さを試そうと、彼らはゴーレムを闘技場の真ん中に立たせて稲妻の魔法で打ち抜いた。ゴーレムは目にもとまらぬ早業でほとんどの雷撃をよけてみせた。腰をくねらせることで、バランスを崩さずに攻撃の矛先をかわすことができた。さらに火の玉が弧を描いて飛んでくると、膝を折ってコマのように回転しながら巧みに攻撃をかわした。何度かよけられないこともあったが、もっとも頑丈にできている胸や腹部で攻撃を受け止めていた。 俊敏さと力強さを併せ持ったその創造物に、戦士たちは歓声をあげた。ゴーレムを守備の要に据えておけば、スカイリムの蛮族が村を襲ってきても返り討ちにしてやれそうだった。彼らはゴーレムを、「チャイマーの希望」を意味する「キマルヴァミディウム」と名づけた。 バリフは一族の全家長を連れて、ゴーレムを私室へと持ち込んだ。そこで彼らはキマルヴァミディウムの力、スピード、回復力を徹底的に試した。その設計に穴は見つからなかった。 「丸裸の蛮族め、襲撃にきてこいつを目にしたらどんな顔をするかのう」家長のひとりが高らかに笑った。 「われらではなく、ドゥーマーに似ているのが口惜しいがな」カレンイシル・バリフはゴーレムをとっくりとながめた。 「そもそも、休戦協定など受け入れるべきではなかったのだ」と、強硬派の家長が言った。「武将スソヴィンに冷や汗をかかせるにはもう遅すぎるかのう?」 「遅すぎるということはない」と、バリフは言った。「が、やつの装甲兵たちは手ごわいぞ」 「私の情報では──」と、バリフの諜報参謀が言った。「スソヴィンの兵は夜明けとともに目覚める。その一時間前に襲撃すれば、やつらは赤子も同然だ。まだ水浴びも終えてないだろうから、鎧を装備しているはずがない」 「鎧職人のジナッゴをひっ捕らえて、鍛工術の秘訣を吐かせることもできよう」と、バリフは言った。「善は急げだ。明朝、夜明けの一時間前に襲撃するぞ」 段取りは整った。チャイマーの兵は夜のうちに進軍し、ドゥーマーの野営地になだれ込んだ。キマルヴァミディウムを中心とする第一陣を攻撃に送り込んだが、肝心のゴーレムは調子がおかしくなってチャイマーの兵を襲いだした。それに加えて、ドゥーマーは防具一式を装備し、睡眠も充分にとっており、万全の戦闘態勢にあった。奇襲は失敗し、「野獣」カレンイシル・バリフをはじめとするチャイマーの上官はほとんど捕虜となった。 チャイマーたちは何も訊かないことで誇りを守ろうとした。と、スソヴィンはある仲間から“天啓”を与えられて、奇襲攻撃のことを知ったのだと説明した。 「わが陣にスパイがいたというのか」バリフは皮肉っぽく笑った。 捕虜のそばで立ちすくんでいたキマルヴァミディウムが、頭を取り外した。鋼鉄の体からジネッゴの顔がのぞいた。そう、鎧職人の。 「八歳のドゥーマーはゴーレムを作れる」と、ジネッゴは言った。「だが、ゴーレムになりきれるのは真に偉大なる戦士と鎧職人だけだ」 出版社注: この話は本作品集の中でも、ドゥーマーの伝承を本源とする数少ない物語のひとつである。エルフ語による旧版とは表現法がかなり異なるが、大筋は変わらない。「キマルヴァミディウム」とはおそらく、ドゥーマー語の“ヌチャマサンダムズ”のことではなかろうか。この言葉はドワーフの鎧や「アニムンクリ」の設計図にも散見されるが、その意味は不明である。もっとも、「チャイマーの希望」でないことだけは確かだ。 重装鎧を使ったのは、おそらくドゥーマーが最初である。この話で特筆すべきは、重装鎧を身につけた男が大勢のチャイマーを欺くことができたという事実と、チャイマーの戦士の反応である。この話がはじめて語られた時代には全身を覆う鎧はまだ珍しく新しかったが、その一方で、ゴーレムや大隊長のようなドワーフ製の創造物は広く知られていた。 学術的にはたいへん貴重なことに、マロバー・サルはオリジナル版の数箇所を手を加えずに残している。その一例が、エルフ語版に見られる原文の一節、「八歳のドゥーマーはゴーレムを作れるが、八人のドゥーマーはひとつになれる」である。 この伝承に関して、私のような研究者が興味深いと感じることのひとつが、「召命」という言葉である。この伝承にかぎらず、ドゥーマーの種族には言葉を介さないマジカ的な交信能力が備わっていたと伝えられている。ある記録によると、サイジック教団もそうした神秘の知識があったという。いずれにしても、「召命」なる魔力について具体的に述べた文書は残されていない。 シロディールの歴史家であるボーグシルス・マリエーは、この「召命」こそがドゥーマーの失踪の謎を解く決め手になるとはじめて提唱した人物である。彼の仮説によると、第一紀668年、各所に暮らしていたドゥーマーが、有力な哲学者兼妖術師(ある資料では「カガーナク」と呼ばれている)のひとりに呼び集められ、大いなる旅へと出発したのだという。それは崇高なる叡智を求める旅であるため、ドゥーマーたちはあらゆる都市や土地を投げうってまで、ひとつの民族として、未知なる山嶺を究めようとしたのだと。 小説・物語 茶3 錬金術師の詩歌 ドゥーマー太古の物語 第5部 マロバー・サル 著 マラネオ国王おかかえの錬金術師が持ち場を去った 研究所での実験中に爆発事故を起こしたからだ 国王のおふれが回された 新しい術師を募集する 薬や何かを混ぜるのだ 王が選ぶと決めたのは 術と道具を使えるものだけ 愚かな術師はもうたくさん 検討、会議、話し合い 王は候補を2人に決めた イアンスィップス・ミンサークとウンファティック・ファー どちらもとにかく野心でいっぱい どちらがすごいか競うのだ 王は「試験を行う」と 薬草、宝石、書物にお鍋、軽量カップを用意した 透明ドームの屋根の下、部屋に2人は通された 「飲むと姿が見えなくなる薬を作り出せ」 笑い上戸の王様はやっぱり笑ってこう言った イアンスィップス・ミンサークとウンファティック・ファー 2人は作業に取り掛かる 薬草刻んで金属溶かし、奇妙なオイルを精製し 釜に入れたら温めて用心深くあわ立たす 中身を鉢に移したら混ぜて混ぜて混ぜまくる 時々互いを盗み見て、相手の様子を確認し 45分も経ったころ、 イアンスィップス・ミンサークとウンファティック・ファー どっちも自分が勝ったと思い、相手にウィンクしてやった マラネオ国王こう言った 「それでは今から自分たちの作った薬を飲んでみろ なべからひとさじすくい取り味見をして見せてくれ」 ミンサークが薬を口にするやいなや彼の姿は消え失せた ファーも味見をしてみたが、彼の姿はそのままだった 「銀とブルーダイヤモンドと黄色の草をちゃんと混ぜたと思うのか?」 王は笑って教えてやった。「見てみろガラスの天井だ 光がお前を惑わせて使うべきだった材料の 色を変えてしまったのだ」” 「ところで何を混ぜたのかな」浮かれてうるさい声がたずねた 「レッド・ダイヤモンドと青い草、それに金ではないのかな?」 「(ドゥーマーの神の名前)の力によって」ファーは若干おびえて言った 「私は自分の知能を高める薬を作りました」 出版社の注釈: この詩は明らかにゴア・フェリムの書く文体であり、解説も特に必要ない。AA/BB/CCという単純な旋律を踏んでいて、歌のようであるが意図的におかしな律動にしてある。あきらかにおかしな名前、ウンファティック・ファーとイアンスィップス・ミンサークというジョークが繰り返し現れる。最後にきわめつけなのが、錬金術師が頭の賢くなる薬を発明してしまうところだ。あたかも偶然の発明のように装っているが、空位期間にある聴衆の反知的探求に対して訴えかける形となっている。しかし、結局はドゥーマーに却下されてしまうことになるのだが。 マロバー・サルはドゥーマーの神の名を用いることを嫌がる特徴がある。そう呼んでよいかどうか分からないところもあるが、ドゥーマー信仰は、彼らの文化の複雑で難解な一面でもある。 千年の間に、この詩歌は学術書以外からは姿を消し、ハイ・ロックでは居酒屋の歌として有名になった。ドゥーマーの人々と同じような運命である。 茶3 詩歌 結婚持参金 ドゥーマー太古の物語 第10部 マロバー・サル 著 イナレイはグナルで最も裕福な地主であった。彼は、娘のゲネフラと結婚する男のために、長年にわたって莫大な額の持参金を蓄えてきた。彼女が結婚を承諾できる年齢に達すると、彼はゴールドをしまい込み、娘を結婚させると公表した。彼女はは顔立ちがよく、学者であり、運動も万能ではあったが、気難しく考え込んでいる印象を与える容貌であった。花婿候補として名乗りをあげてくる男たちはこの性格上の欠点を気にしていなかったし、それ同等に彼女の特性にも関心がなかった。男たちは皆、ゲネフラの夫、そしてイナレイの娘婿として莫大な富が手に入ることを知っていた。それだけで、何百もの男たちがゲネフラのもとへ求愛に訪れるに十分であった。 「我が娘と結婚する男は……」と、イナレイは参列者たちに言い放った。「金銭欲から結婚を希望してはならぬ。私が満足する自らの富を示さなければならぬ」 その簡単な表明によって、彼らのわずかな財産では地主を感心させられないと分っていた男たちの大多数は離れていった。それでも以後数日間、数十名は良質なキラーク布と銀糸で仕立てた衣服をまとい、異国の召使いたちを引き連れ、素晴らしい乗り物に乗って現れた。訪れた男たちでイナレイに認められたものの中でも、ウェリン・ナリリックの服装はひと際輝いていた。誰も聞いたことがないこの若い男は、ドラゴンの群れに引かせる眩い黒檀の乗り物に乗り、非常に珍しい仕立ての衣服を身にまとい、グナルの誰も今までに見たことがないような幻想的な召使いの行列に付き添われて到着した。従者の目は前後左右に着いていて、召使いたちはまるで宝石を散りばめたかのような外観であった。 それでも、イナレイにとって十分ではなかった。 「我が娘と結婚する男には、自分が知的であることを証明してもらう。私の義理の息子、そして一緒に仕事をする上で、無知な男はほしくない」と、彼は宣言した。 この宣告で、贅沢な生活の中でほとんど物事を考える必要が無かった大多数の求婚者が失格となった。それでも、それからの数日間、才覚と教養を披露したり、過去の偉大な賢者の言葉を引用したり、基本原理や錬金術に関する持論を披露する男達が数人訪れた。ウェリン・ナリリックも同様に、彼がグナルの郊外に借りた別荘で食事をともにするようイナレイにお願いした。そこで地主は、数多くの筆記者がアルドメリ語の小冊子を翻訳する姿を目にし、その若者の、少々的外れではあるが興味をそそる知性を楽しんだ。 イナレイはウェリン・ナリリックに十分感心していたが、それでもなお、別の課題を出した。 「私は娘を深く愛している」と、イナレイは言った。「また、娘が結婚する男にも彼女を幸せにしてほしい。もし彼女を笑わせることができる男がこの中に居るならば、娘と莫大な持参金を与えよう」 それからの数日間、求婚者たちは列をなし、彼女に歌を捧げたり、深い愛情を示したり、彼女の美しさをこれ以上ない詩的な言い回しで表現した。ゲネフラは憂うつさと嫌悪で彼らを睨むばかりであった。彼女の側に居たイナレイは、とうとう失望し始めた。求婚者たちは皆、この課題を果たせずにいるのだ。ここでやっと、ウェリン・ナリリックが部屋に入ってきた。 「私があなたの 娘を笑わせましょう」と、彼は言った。「思い切って言いますが、私と彼女の結婚を認めていただいた後に、彼女を笑わせます。もし、婚約から1時間経っても彼女に喜んでいただけなかったら、結婚は破棄していただいて結構です」 イナレイは娘のほうを向いてみた。笑ってはいなかったが、目の中に、彼女がこの若者に対して陰湿な興味を持った色が伺えた。他の求婚者たちはそんな反応すら彼女から得られなかったので、彼は同意した。 「もちろんのことながら、持参金は結婚してからでなければ支払われない」と、イナレイは言った。「婚約だけでは不十分だ」 「持参金を見せていただけますか?」と、ウェリンは頼んだ。 この宝がどれだけ有名で、恐らくこの若者が実際に手にすることはないだろうと考えたイナレイは了承した。彼はかなりウェリンのことが気に入っていた。イナレイの命令で、ウェリン、イナレイ、不機嫌そうなゲネフラ、そして城代の一行は、グナルの砦奥深くへと進んだ。最初の扉を開錠するにはルーン文字を連続で押さなければならなかった。もし一つでも押す文字を間違えたならば、毒矢の一斉射撃が盗賊を見舞ったであろう。イナレイは次の警備策を特に誇りに思っているようだ── 錠は18本の回転式の刃で構成され、3本の鍵を同時に回すことで入室が許される。刃は、一つだけの鍵穴を破ろうとする者を切り刻むように作られている。ようやく一行は保管室に辿りついた。 完全にカラだった。 「ああ、ロルカーンよ、強盗に入られた!」イナレイは悲痛に言った。「しかし、どうやって? 誰がこんなことをできたのだ?」 「恐れながら申し上げますが、かなりの才能がある強盗のようです」と、ウェリンが言った。「長年にわたってあなたの娘を遠くから愛し続けた男でしたが、人を感心させるようなごう奢さも教養もありませんでした。でもそれは、彼女の結婚持参金が私にその機会を与えてくれるまでの話です」 「貴様が?」と、とても信じられないイナレイは叫んだ。その時、さらに信じ難いことが起きた。 ゲネフラが笑い始めたのだ。彼女は、このような盗賊と出会えるなどとは夢にも思っていなかった。彼女は、激怒している父の目前で、ウェリンの両腕の中に飛び込んで行った。しばし時がたち、イナレイも同様に笑い始めた。 ゲネフラとウェリンは1ヶ月もしないうちに結婚した。彼は実際貧乏であったし教養も無いに等しかったが、この義理の息子と一緒に仕事を始めてからの富の増えかたにイナレイは驚きを隠せなかった。ただし、その過剰なゴールドの出どころに関しては絶対に聞かないようにした。 出版社注: 乙女の心を得ようとする男に対して、父が(一般的には裕福な男か王者)すべての求婚者に試練を課す物語はよくあります。もっと最近の物語で例えると、ジョル・ヨリベス著『ベニタールの四人の求婚者』です。登場する人物の行動はドゥーマーの柄に合っていません。今日では、誰も彼らの結婚に関する風習を知るものも居ませんし、結婚自体が存在したか知る由もありません。 「ドワーフの消失」に関して、本書や、マロバー・サルが著述した他の書物から、一つの奇妙な説がもたらされています。その説は、ドゥーマーは実際ニルンを離れてはおらず、ましてやタムリエル大陸からも出てはいない、彼らはいまなお変装して我々の間に潜んでいると唱えています。これらの学者達は「アズラと箱」の話を引き合いに出して、ドゥーマーが理解することも支配することも出来なかったアズラを恐れていたことを示唆し、アズラの目を逃れるために、彼らがキマルやアルトマーの作法や服装を真似たとしています。 小説・物語 茶2 アズラと箱 ドゥーマー太古の物語 第11部 マロバー・サル 著 ナイルバーは若いころは冒険心にあふれていたが、やがてとても賢い老ドゥーマーとなり、真理の探究や俗説の見直しに生涯をささげた。彼は実にいろいろな定理や論理的構造を打ち出しその名を世間にとどろかせていった。しかし彼にとって世界の多くはいまだなお不思議なものに満ち、とりわけエイドラとデイドラの本質は謎そのものであった。探求の結果、神々の多くは人類などによるつくりごとであるという結論に達した。 しかしながら、ナイルバーにとって神道力の限界以上の疑問はなかった。偉大なる存在がこの世全体の支配者なのであろうか? もしくは謙虚な生き物たちが自ら己の運命を切り開く力を持っているのだろうか? ナイルバーは自分の死期が近いと予感し、最後にこの疑問に挑まなければならないと感じた。 彼の知人でアシーニックという聖なる鐘の司祭がいた。司祭がベタラグ=ズーラムを訪れた際に、ナイルバーは彼に神道力の本質の探究に挑むつもりであることを話した。アシーニックは恐れおののき、そのような謎に手を出さないよう説得するもナイルバーの決心は固かった。司祭は神への冒涜になることを恐たが、最後には愛する友のため手伝うことに同意した。 アシーニックはアズラを召喚した。司祭が彼女の力への信仰を誓ういつもの儀式を行い、アズラが司祭には危害を加えないことを約束すると、ナイルバーと彼の多くの教え子たちは召喚の間へと大きな箱を運び入れた。 「この地に降り立つアズラよ、あなたは黄昏と暁の神であり、神秘の支配者である」とナイルバーは語りかけ、できるだけ従順な態度に見えるようにした。「あなたの知識は絶大です」 「そのとおり」とデイドラは微笑んだ。 「たとえば、この箱の中には何が入っているのかお分かりでしょうね」とナイルバーは言った。 アズラはアシーニックの方に向き直った。険しい顔だった。司祭は急いで、「神よ。このドゥーマーはとても賢く、尊敬された人物です。どうか私を信じてください。これは貴方様のお力を試すためではございません。しかし、この科学者と疑い深い連中の念をはらすため貴方様のお力をどうかお見せください。何度私のほうから説明しても、彼はその目で確かめたいという信念を持っているのです」と釈明した。 「もしこのドゥーマーたちが持ち込んだやり方で私の力を示すのであれば、その力はこれまで行ってきたことよりも印象的な業となるであろう」とアズラは怒鳴り、そしてナイルバーの目を真っ直ぐに見た。「箱の中には赤い花が1本入っている」 ナイルバーは表情を変えず、箱を開けて中身を見せた。箱の中身は空だった。 教え子たちはいっせいにアズラの方を向くと、彼女は姿を消していた。唯一アシーニックだけが彼女が消え去る前に「神の業」を見た。彼はただ何もしゃべることが出来ず、震えているだけであった。彼は呪いがふりかかった、と確信した。しかし先ほど証明された神道力についての考え方の方が呪わしかった。ナイルバーは青ざめ、足元もおぼつかなかったが、彼の顔は恐れではなく喜びで輝いていた。疑問に過ぎなかった真実の証拠を見つけた、という笑顔だ。 教え子の2人は彼を支え、もう2人は司祭を支え、召喚の間から出て行った。 「私は長い年月をかけて研究してきた。数え切れないほどの実験をこなし、独学で何ヶ国語も学んだ。最終的な真実を私に教えてくれた技術でさえ、ただ食べていくためだけに努力する貧しい若者だった頃に身に着けたやり方だ」と賢者は言った。 ベッドに上がる階段に連れて来られた時、彼のゆったりとしたローブのたもとから1枚の赤い花びらが落ちた。ナイルバーはその夜、息を引き取った、彼の死顔は知り得たことに満足して穏やかなものだった。 出版社注: これはドゥーマーのオリジナルの物語とはまったくの別物である。エルフ語に翻訳したものとも異なるが、物語の本質は同じものである。ダンマーにはナイルバーに関する同じような話が伝わっているが、その物語では、アズラはひっかけであることを見破り、答えることを拒んだ。彼女は疑念にかられたドゥーマーを殺し、ダンマーには冒涜に対して呪いを与えた。 エルフ語版では、アズラは空箱ではなく、直方体に変化する球体を入れた箱で試された。もちろんエルフ語版は、オリジナルのものに非常に近いもので、また難解な内容でもあった。おそらく「舞台マジック」の説明はゴア・フェリムがこのようなトリックを劇中で魔術を使わずに試した経験にもとづいてフェリム自身が付け加えたものである。 このマロバー・サル版ではナイルバーは孤独に描かれ、ドゥーマーの持つ多くの長所を表現した。ナイルバーの疑念はエルフ語版ほど絶対的なものでなく、ドゥーマーや貧しい司祭の名もなき家に呪いがかけられてもなお称賛されている。 神の本質が何であるにしろ、またドゥーマーがそれに対していかに正しかったか、または誤っていたかとしても、この物語はドワーフがタムリエルから消えた謎を解き明かしている。ナイルバーたちはそもそもエイドラとデイドラを欺くつもりはなかったのかもしれないが、彼らの疑念は神々の命に背いていた。 デイドラの神像関連 小説・物語 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/90.html
パルラ 第1巻 ヴォンヌ・ミエルスティード 著 パルラ。パル・ラ。初めてその名を聞いたときのことを覚えている。そこまで昔の話じゃない。ミル・コラップの西にある豪邸の“物語と獣脂の舞踏会”での出来事だった。私と魔術師ギルドの修練僧は思いがけず舞踏会に招待されたのだった。まあ、驚いて腰を抜かすということはなかった。ミル・コラップ── 第二紀に富裕層のリゾート地として栄えた街── には数えるほどの貴族しか暮らしていない。振り返ってみるに、神秘的な祝日には妖術師と魔術師がいたほうがさまになったということだろう。なんでもござれの小さなギルド修道院の生徒という以上の魅力が私たちにあったわけではなく、やはり、他の選択肢が限られていただけに過ぎない。 一年近くのあいだ、私にとって家と呼べる場所は、やたら広いだけでお粗末なミル・コラップ魔術師ギルドの敷地内の一角だった。唯一の仲間である同輩の修練僧たちも仕方がないからと私と付き合っているという感じで、師匠たちは、僻地のギルドで教えることを苦々しく思っていたため、その怒りを発散するように生徒をいじめ抜いた。 私はすぐに幻惑の流派に惹きつけられた。賢者は私のことを、科学的呪文だけでなくその哲学的基盤をも愛する有望な生徒と評してくれた。光や音や精神といった目に見えないエネルギーを歪めるという概念が、どことなく私の本分を刺激したのだろう。破壊や変性といったけばけばしい流派、回復や召喚のような聖なる流派、錬金や付呪といった実践的な流派、神秘のようなよくわからない流派、そのどれも私向きではなかった。ありふれたものをちょっとした魔法でそれ以上のものに見せかけることに、私は至上の喜びを感じたのだった。 その哲学を私の単調な暮らしに当てはめようとしたら、持てる以上の想像力が求められたろう。朝の授業のあと、私たちは雑用を命じられた。夜の授業まではまだ時間があったからだ。私の仕事は、最近亡くなったギルドの住人の書斎を片づけて、呪文の解説書、お守り、初期刊本といった遺品を分類することだった。 みじめで退屈な仕事だった。賢者テンディクスは筋金入りのがらくた収集家だった。なんの価値もなさそうなものを捨てようとするたびに、私は叱責された。しだいに、故人の所持品をしかるべき学部に届けられるようになった。回復の薬は回復の賢者へ、物理的現象の書物は変性の賢者へ、薬草や鉱物は錬金術師へ、魂の石と魔道具は付呪師へ。付呪師への配達をひとつすませると、毎度のことながらむげに扱われて、その場を去ろうとした。と、賢者イルサーに呼び止められた。 「ぼうず」と、かっぷくの良い老人は道具をひとつ、手渡してきた。「こいつを破壊しろ」 ルーン文字が刻み込まれた小ぶりの黒い円盤で、骨のような赤橙色の宝石の指輪で縁取りされていた。 「すみません、賢者」私は口ごもった。「あなたに見せておくべきだと思ったので」 「火にぶちこんで燃やしてしまえ」彼はぶっきらぼうに命じると、背を向けた。「ここには持ってこなかったことにしておけ」 私は興味をかき立てられた。というのも、イルサーにこうした反応を起こさせるものはひとつしかなかったからだ。死霊術。私は賢者テンディクスの書斎に戻って彼のメモを読みあさり、円盤に関する記述がないものか探した。残念ながら、ほとんどのメモは奇妙な暗号でしたためられていて、無力な私には解読できなかった。私はこの謎解きに夢中になり、夜の部屋の、賢者イルサーその人が教鞭をとる付呪の授業にも遅刻しかけた。 それからの数週間、私は時間を使い分けて、がらくたの山を分類し、届けものをし、円盤を調査した。自分の直感は正しかった。円盤はまさしく死霊術の秘宝だったのだ。メモの大部分は解読できずじまいだったが、私にははっきりとわかった。この円盤で愛する人を墓から蘇らせられると賢者は考えたのだ。 悲しいことに、その時がきた。分類が終わって部屋がすっきりと片づいたのだ。私は別の仕事をあてがわれた。ギルドが所有する野獣畜舎の手伝いだった。少なくとも、これでようやくギルドの修練僧といっしょに働けるわけだった。それから、ギルドにお使いにやってくる庶民や貴族と触れ合う機会も巡ってくる。かくして、私がこの仕事についているときに、「物語と獣脂の舞踏会」へのお誘いがギルドの全員に対して届けられたわけである。 華やかな夜になりそうだったが、それに花を添えるのが、ハンマーフェル出身の若くて豊かで未婚の孤児という女主人だった。つい1、2ヶ月前、帝都の片隅の森林地帯にあるさびれたわが街に、旧家の邸宅と土地を取り戻すために彼女はやってきた。ギルドの修練僧たちは老婦人のように、この謎めいた若い娘のうわさ話に花を咲かせた。彼女の両親に何が起きたのか。彼女はどうして祖国を去ったのか、それとも祖国を追われたのか。その名をベタニキーといい、私たちにわかっているのはそれだけだった。 私たちは誇らしげに入会の儀式の法衣を身につけ、舞踏会に臨んだ。壮麗な大理石のロビーで、従者が私たちの名前をひとりずつ読み上げた。貴族になったような気分だった。盛りあがりをみせる人々の輪の中心へ小走りに駆けていくと、盛大な賛辞を浴びせられた。もちろん、それが終わるともののみごとの誰からも相手にされなくなった。本質的には、私たちはどうでもよい存在で、頭数を増やすために舞踏会に呼ばれたにすぎない。「さくら」なのだ。 有力者たちが完ぺきな丁重さで私たちを押しのけていった。シャウディラ婦人がバルモラとの外交予定についてリムファーリン公と話し合っていた。オークの武将が笑い上戸のお姫様を強姦や略奪の話でもてなしていた。ギルドの3人の賢者は、痛々しいほどか細い貴族の未婚夫人といっしょに、ダガーフォールの幽霊のことを気にかけていた。帝都や各地の最高裁判所でのスキャンダルの噂について、彼らは分析し、そっと笑い飛ばし、やきもきし、乾杯し、はねつけ、評価し、軽んじ、警告し、覆した。私たちがそばにいても目をくれようともしなかった。幻惑のスキルで透明化しているかのように扱われた。 私はワインのビンを持ってテラスに出た。月が増えていた。空に浮かぶ月も、庭の巨大プールに照り映える月も、変わらぬくらいに明るい。プールの脇に立ち並ぶ白い大理石の彫像がその燃えるような光をとらえて、闇夜に浮かぶたいまつのように輝いていた。それはもう幻想的な光景で、私はうっとりと見とれていた。石となって永遠に生きつづける見知らぬレッドガードの像にも魅了されていた。女主人はまだ越してきたばかりのため、彫像のいくつかは、そよ風にはためく防水布がかけられたままになっていた。どのくらいそうしていたのかはわからないが、気がつくと私は独りではなかった。 彼女はとても小柄で浅黒かった。肌だけでなく着るものも。そのせいで影のように見えた。彼女が私のほうを向いた。とても美しく、若かった。せいぜい17歳といったところか。 「あなたが女主人様?」と、私はようやく訊いた。 「ええ」彼女は顔を赤らめてはにかんだ。「けど、私ったらひどい女主人ね。新しくお隣さんになった方々と中にいるべきなんでしょうけど。話題がかみ合わなそうなの」 「あの人たちが、私と話題がかみ合ってほしくないと思っているのは、もうはっきりしてますけどね」私は笑った。「魔術師ギルドで修練を卒業したら、もう少し平等な目で見てくれるんでしょうか」 「シロディールでは、何が平等なのかまだよくわからないの」彼女は顔をしかめた。「私の文化では力で認めさせるわ。期待してるだけじゃだめ。私の両親はふたりとも偉大な戦士だったの。私もそうなりたい」 彼女は視線を芝生に落としてから彫像に向けた。 「彫像のモデルはご両親ですか?」 「お父さんのパリオムよ」彼女はそう言って、等身大の像を身振りで示した。鍛えあげられた肉体を恥らうことなくさらけだし、もうひとりの戦士の喉をつかんで、すらりと伸びた剣でその首を斬り落とそうとしていた。現実味にあふれる描写だった。パリオムの顔はのっぺりしていて、狭い額が醜くすらあった。髪はぼさぼさで、無精ひげを生やしていた。歯並びの悪ささえ再現されていた。彫刻家がそういった誇張をすることは考えられない。実際のモデルの特徴を余すところなく表現しようとするのでなければ。 「それと、お母さん?」私はすぐそばの像を指差した。威厳のあるずんぐりした戦士の女性で、マンティラとスカーフを身につけ、子供を抱いていた。 「いやだわ」彼女はけらけらと笑った。「あれは私の叔父の昔の乳母よ。お母さんの像はまだ防水布がかかったままなの」 どうしてそんなことを口走ったのかわからないが、私は彼女が指差した像の防水布を取り払おうと言った。たぶん、そうなる運命だったのだ。それと、会話を続けたいというわがままな欲望からか。私は恐れていた。話題を提供できなければ彼女はパーティ会場に戻ってしまい、ふたたび独りで取り残されるかもしれない。最初、彼女はためらった。湿気が多く、急に冷え込むこともあるシロディールの気候に像をさらしてよいものかどうか思いあぐねているとのことだった。全部の像を防水布でおおうべきかもしれない、とも言った。ひょっとすると、彼女もただ会話を長引かせていただけで、私と同じように、よそよそしい会話でも止めたくなかったのかもしれない。できるだけパーティ会場には戻りたくなかったのだろう。 数分後、私たちは防水布をベタニキーの母親の像から取り外した。このときだった。私の人生が永遠に変わったのは。 彼女は飼いならされていない自然そのものだった。黒い大理石で作られた不恰好な怪物と取っ組み合い、雄たけびをあげ、すらりと伸びた華麗な指で怪物の顔を引っかいていた。怪物はその鉤爪で愛撫するように彼女の胸をわしづかみにし、致命傷を負わせようとしていた。お互いの脚をからみつかせて、さながらダンスをしているようだった。私は陶酔しきっていた。このしなやかだが力強い女性は表面的な基準でははかり知れない美しさをたたえていた。誰が彫刻したのであれ、女神の顔や姿だけでなく、その力や意志までもどうにかして表現してみせていた。悲壮感と高揚感のどちらも漂わせていた。私は瞬間的かつ宿命的な恋に落ちていた。 修練のひとりであるゲリンが会場を離れて背後から近づいてきたことにも私は気づかなかった。このとき、私が「神々しい」という言葉をつぶやいていたのは間違いない。というのも、ベタニキーが「ええ、神々しいわ」と、大陸の向こうから響くような声で返事をしたのが聞こえたからだ。「だから、雨風にはさらしたくないの」 それから、私ははっきりと耳にした。石が水に落ちたように。グレンがこう言ったのだ。「これはすごい。パルラ様ですね」 「お母さんのことを知ってるのね?」ベタニキーはグレンのほうを向きながら訊いた。 「出身がウェイレストなので。故郷はハンマーフェルとの国境沿いでしてね、あなたの母上のことを知らないものなどおりません。忌まわしい野獣の大地を馬で駆けめぐった勇猛果敢な女性ですから。あの戦いでお亡くなりになられたのでしたのよね?」 「ええ」と、彼女は悲しげに言った。「怪物を道連れにしてね」 しばらく、私たちは押し黙っていた。私はこれ以降、この晩のことをまるで覚えていない。翌日の夕食に招待されたような気もするが、私の魂と心は完ぺきに、そして永遠に、その像に奪われてしまっていた。ギルドに戻ってからも、私は熱に浮かされたような夢を見るばかりで、一睡もできなかった。白い光が散乱し、あらゆるものがぼやけて見えた。美しくも恐ろしいある女性を除いては。そう、パルラをだ。 小説・物語 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/168.html
ウィザーシンズ ヤクート・タワシ 著 「あの…… どうしてずっと黙っているの?」カザガは言った。 ザキはハチミツ酒のカップを置き、少しの間妻の顔を見つめた。そして、いかにも嫌々という感じで言った。「言ったろ、あいうえお順にしかしゃべれないからだ。やめるには、最初から黙ってるしかないんだ」 カザガは我慢強く語りかけた。「うーん、ねえ、ちょっと考えすぎじゃない? あなたが偏執狂みたいな妄想にとらわれるのはこれが初めてじゃないでしょう。このあいだなんか、ブラック・マーシュの帝都軍の魔闘士が木の陰からあなたを狙ってるなんて言ってきかなかったじゃない。あなたのような中年の、太った、はげた仕立て屋を性奴隷にするためにですって? あのね、恥ずかしいことじゃないのよ、でもシェオゴラスに頭をやられちゃった人はそういうふうになるものなのよ。だから、治癒師のところへ行って──」 「偉そうにグダグダ言いやがって!」と、ザキは妻を怒鳴りつけ、家を飛び出し、ドアを力任せに閉めた。外に出たところで、ザキは隣人のシヤサットとぶつかりそうになった。 「お話の途中よ、まだ!」と、シヤサットは去って行くザキの背中に向かって言った。ザキは両手で耳をふさいだまま通りを走り抜け、彼の職場である仕立て屋へ向かった。最初の客が、店の前でにこにこして彼を待っていた。ザキはいらいらする気持ちをおさえつけ、鍵を取り出して店を開けると、客の方へ振り向いた。 「からっとした、いいお天気ですね」と、客の若い男が言った。 「貴様!」とザキは怒鳴り、強烈なパンチで客の男をぶっ飛ばしてから勢いよく走り去った。 カザガの言うことを認めたくはなかったが、どうやらまた治癒師に薬草を調合してもらわなければならないらしかった。北に少し行ったところに、タルスの精神・肉体治癒の神殿の特徴的な塔があった。薬草師長のハルクァが、入り口で彼を見つけて話しかけた。 「苦しそうなお顔ですね。どうなさいました、サ・ザキ・サフさん?」 「健康な人はここへは来ないでしょう。タルス先生の診療の予約をしたいんです」と、ザキはできるだけ冷静に言った。 「これからの先生の予定を確認してみますので、少しお待ちください」ハルクァはそう言って、巻物を見た。「緊急ですか?」 「さあ、そうですね」と言ってから、ザキは自分の頭を叩いた。どうして「はい」と言わないんだ? 実際、明らかに緊急じゃないか。 「診察は……」ハルクァは、顔をしかめた。「どんなに早くても、来週の水曜日です。それでもよろしいですか?」 「水曜日!」と、ザキは叫んだ。「それまでに、どんどんおかしくなっていきますよ。もうすこし早くなりませんか?」 聞く前からわかっていた。彼女は「はい」とは答えない。「はい」と言わせるには、は行まで会話を続けなくてはいけないのだ。 「先生はお忙しいので……」と、ハルクァは答えた。「それより早くは無理です。すみません。水曜日でいかがですか?」 ザキは歯ぎしりしながら神殿を出た。通りをさまよい、誰とも話さないように下を向いて歩き続けていると、いつのまにか波止場まで来ていた。心地よいそよ風が水面を渡ってきて、深呼吸をすると、正気を取り戻せたような気がした。少し落ち着いて、彼は考え始めた。もし、この「あいうえお順の会話」が、妄想じゃなかったとしたら? 彼が偏執狂なのではなくて、まわりが実際におかしくなっていて、彼だけがそれに気づいているのだとしたら? それが正気を失った人たちにありがちな悩みだとわかっていても、考えずにいられなかった。おかしいのは自分なのか、それとも、まわりの人々なのか? 通りの向こうに、パラ・ドクスという店があった。ショーウィンドウに薬草や水晶、何かの気体を閉じ込めたガラス球などが飾られ、看板には「霊能相談・日の出から正午まで」と書かれている。怪しいが試してみる価値はあると、ザキは思った。普通、治癒を求めて波止場まで来るような人間は、普通の方法を知らずにどうしていいかわからなくなってしまった馬鹿者だけなのだが。 店内はピンクや金の香の煙が立ちこめ、そのむこうに様々なものが雑然と置かれているのが見えた。壁に掛けられたジジックのデスマスクがこちらを睨みつけ、天井からは香炉が鎖で吊り下げられていた。本棚がところ狭しと置かれ、まるで迷路のようだった。店の奥の古ぼけた机に小さな男が座っており、客の若い女が買ったものを紙に書きつけているところだった。 「それじゃ……」と、その男は言った。「57ゴールドいただきましょうか。うろこ用の回復クリームはおまけしときますよ。邪悪なゴロフロックスに願い事を言う前に、このロウソクを灯すことを忘れないで。それから、マンドレイクの根は直射日光を当てないようにしてくださいね」 客の女は、ザキに少しだけほほえみかけ、店を出て行った。 「助けてください」と、ザキは男に言った。「会話が全部、あいうえお順にしか進まないんです。自分の頭が変なのか、なにか変な力が働いてそうなってるのか、とにかくまったくわからないんです。正直いって、こういう霊能とかそういったものは信じてないのですが、藁をも掴みたい気分なんです。この妄想をなんとかしてもらえませんか?」 「ちっとも珍しいことじゃありませんよ」と、男はザキの腕をなでて言った。「50音を最後の「ん」まで行ったら、また『あ』に戻るんですか、それとも、『わ』に戻るんですか?」 「つまりそれは…… 逆向きに進んでいくんです」と、ザキは言った。が、そこではっとした。「いや、間違いました! 『あ』に戻るんです。ああ…… これからもこれがずっと続くのかと思うと、まるで拷問です。霊を呼び出して、私の頭がおかしいのか見てもらえませんか?」 「テリキさん」男はほほえみ、安心させるような調子で言った。「その必要はありませんよ。あなたは正常です」 「どうもありがとう」と、言いながらザキは顔をしかめた。「でも、私の名前はザキです。テリキじゃなくて」 「名前をまだ聞いてませんでしたからね。あてずっぽうにしては近かったでしょ?」そう言って男は、ザキの背中を叩いた。「ちなみに私はオクトプラズムといいます。こちらへどうぞ、ちょうどいいものがありますから」 オクトプラズムは、ザキを机のむこうの狭い廊下へ案内した。廊下の両側の棚には、液体に漬けられた奇妙な生き物がたくさん並んでいた。その先には古い石が山のように積まれており、さらに、カビだらけの皮の表紙の本がいたるところに積み重なっていた。その先が、店の中心部らしかった。そこでオクトプラズムは、ずんぐりした円柱形の小さな筒と本を手に取り、ザキに渡した。 「『肉体的・精神的な吸血病』、『デイドラ憑依』、「ウィザーシンズ療法』?」本をぱらぱらとめくりながら、ザキはがっかりして言った。「いったいぜんたい、何の関係があるっていうんですか? 私は吸血鬼じゃない、こんな日に焼けた吸血鬼はいないでしょう。それに、このウィザーシンズ療法って何ですか? いんちきな霊能療法で、すごく高い治療代を騙し取るつもりじゃないでしょうね?」 「濡れ衣ですよ。ウィザーシンズ療法というのは、古シロディール語の『反転』を意味する『ウィザーサインズ』という言葉からくる由緒ある治療法なんです。反転療法とでもいいましょうか」オクトプラズムが真剣な調子で言った。「物事の順序を逆にして、霊的な世界との交流を図るというものです。それによって呪いを解いたり、吸血病を治療したり、他の様々な忌まわしいものをしりぞけたりするのですよ。あの話があるでしょう、スローターフィッシュが熱湯の中に住んでいると聞いた男が、『それなら、氷水に入れてやったら煮えて死ぬだろう』と言ったという話」 「『熱する氷』の話ですね、それを言ったのはゼノファスですよ」ザキはすぐにその話の題名を思い出した。彼の兄が31年前に帝都学校で難解な哲学の講義を受けていて、ゼノファスのことも彼に話してくれたのだ。題名を口にしてから、ザキはそんなこと思い出さなければよかったと思った。「それで、この変な筒は何なんです?」 オクトプラズムはろうそくを灯し、その上に筒をかざしてよく見えるようにした。筒の側面にはたくさんの切れ込みが入れられていて、ザキが覗き込むと古い白黒の絵が見えた。何枚もの連続した絵があり、裸の男が箱を飛び越える様子が描かれていた。 「覗きながら、こうやって回すのですよ」オクトプラズムはゆっくりと、時計回りに筒を回してみせた。絵に描かれた男が動き出し、箱をいくつも飛び越えてゆくのが見えた。「ゾーエトロープっていうんですよ。面白いでしょう? さあ、こんどは反時計回りに回してみてください。そして、回しながら、この本のこの印の部分を唱えるんです」 ザキはゾーエトロープを持って、ろうそくの上で反時計回りに回し始めた。絵の中の男が、後ろ向きに一つまた一つと箱を飛び越えた。一定の速さで回すのには注意力と集中力がいったが、最初はぎくしゃくしていた絵の中の男の動きがだんだんと滑らかになっていった。もう、一つ一つの絵ではなく、連続した動きにしか見えなかった。まるで、人間の形をしたハムスターが回し車の中を後ろ向きに走り続けているようだった。片手でゾーエトロープを回しながら、ザキはもう一方の手で本を持ち、印のつけられた文章を声に出して読んだ。 「反対まわり、ゾーエトロープよ/このわだちから出してください/女神ボエシア、キナレス、それにドリシスよ/人知を超えた苦しみから救ってください/無意味で退屈かもしれないこの世/それでも正気を失いたくはない/反対にしてもとに戻してください/反対まわり、反対まわり、反対まわりのゾーエトロープよ」 呪文を唱えていると、絵の中の裸の男がどんどんザキに似てきた。口ひげが消え、頭もはげかかっている。体が太り、下腹が風船のようにふくれてきた。アルゴニアン特有のうろこが全身を覆っていた。箱を飛び越えたあとに転んだり、汗をかいて荒い息をつきさえした。ザキが呪文を唱え終わる頃には、絵の中の彼は胸をかきむしりながら箱の上を転がるようにして越え、そのまま落ちてしまうようになっていた。 オクトプラズムは、ザキの手からゾーエトロープと本を取った。何も変わっていないように見えた。稲妻がほとばしったり、翼のある蛇が頭から出てきたり、爆発が起こったり、そんなことは一切なかった。ただ、ザキは何かが違うと感じていた。それも、良いほうに。正常に戻れたのだった。 ザキが店のカウンターで財布を取り出すと、オクトプラズムは首を振った。「。んせまきいはにけわるす戴頂を費療治、でのんせまいてれさ認確だまが用作副な的期長、は治療荒ういうこ、がすでいなもでまるげ上し申」 数日にわたる悩みから解放されて、ザキは軽い足取りで後ろ向きに歩きながら、自分の店へ戻っていった。 小説・物語 緑1