約 3,151,993 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/148.html
帝都の略歴 第1巻 帝都歴史家 ストロナッハ・コージュ三世 著 初代皇帝タイバー・セプティムによる統治以前、タムリエルは混沌に包まれていた。詩人トラシジスはこの時代を「絶え間ない血と憎悪にまみれた昼と夜」と書いている。各地の王たちはどれも貪欲な暴君で、地上に秩序をもたらそうとするセプティムに武力をもって抵抗した。 しかし、彼らはみな自堕落で統率がとれていなかったため、セプティムの力によって駆逐され、タムリエルに平和がもたらされた。第二紀896年のことであった。次の年に皇帝は新しい時代の始まりを宣言し、第三紀の幕が開けた。 皇帝タイバーは、38年間に渡り最高権力者として君臨した。その統治は正当かつ神聖で、この輝かしい時代では奴隷から支配者まで全ての人間が正義の恩恵を享受できた。皇帝の崩御の際には雨が2週間も降り続き、まるでタムリエルそのものが悲しみの涙を流しているかのようであった。 皇帝タイバーの後は、孫であるペラギウスが帝位を継いだ。彼の治世は短いものであったが、前皇帝と比べても遜色のない確固たる統治により、帝都の黄金時代は続いた。しかし、なんということか、皇帝家に敵対する何者かがあの呪われた殺し屋集団「闇の一党」に依頼し、帝都の最高神の神殿でひざまずき祈りを捧げる皇帝を襲わせたのである。ペラギウス一世の治世は3年にも満たなかった。 ペラギウスの崩御当時、彼に子供はいなかったので、帝位は彼のいとこでタイバーの弟アグノリスの娘へと渡ることになった。その娘、シルヴェナール女王キンタイラは、女皇キンタイラ一世として即位した。彼女の統治中、帝都は繁栄と豊作に恵まれ、また彼女自身は美術、音楽、舞踊を積極的に保護し発展させた。 そしてキンタイラ亡き後は、その息子が帝位を継いだ。タムリエル皇帝で始めてユリエルという皇帝名を使ったのが彼である。ユリエル一世は歴代皇帝の中でも随一の優れた立法者であり、私有の会社やギルドの設立を推奨した。彼の保護と規律のもと、戦士ギルドと魔術師ギルドがタムリエル中で活性化した。第三紀64年のユリエル一世の崩御後は息子のユリエル二世が、第三紀82年のペラギウス二世の帝位継承までの18年間帝位に就いた。悲劇的にも、ユリエル二世の治世中、帝都は都市の荒廃、疫病、暴動に悩まされることとなった。残念なことに、ユリエル二世が父から受け継いだ慈悲の心はタムリエルに行き渡らず、正義は果たされなかった。 ペラギウス二世はその父から帝位とともに負の遺産、つまり財政の困窮と法治の衰退を受け継がなければならなかった。ペラギウスは元老院を解散し、元老院の地位のために大金を払う者だけを残して残りの者を追放した。また、臣下であるタムリエル各地の王にもそうすることを推奨し、その甲斐あって、彼の17年間の治世が終わる頃にはタムリエルは再び繁栄した。ただし、この政策によって、英知がありながら金を払えなかった者が指導的立場から追われることになったとする批判もある。このことは、ペラギウスの後帝位を継いだアンティオカスの代に起こった諸問題の遠因となった。 質実な気風のセプティム家の中で、アンティオカスは珍しく派手な性格であった。彼は多くの妻と同じくらいの数の愛人を持ち、贅沢で派手な装いと快活な人格で知られた。しかし不運にも、彼の治世は祖父のユリエル二世の代よりも市民戦争の多い時代であった。第三紀110年のアイル戦争では、サマーセット島のほぼ全域がタムリエルから失われることになった。サマーセットの諸王と皇帝の連合軍は暴風雨のために苦戦し、ピアンドニアのオルグハム王を討ち負かすにとどまった。伝説によれば、アルテウム島のサイジック団が魔術をもってこの大嵐を起こしたとされる。 アンティオカスの後に帝位を継いだ娘のキンタイラ二世は、歴代で最も悲劇的な皇帝であろう。彼女のいとこでソリチュード女王ポテマの息子ユリエルが、アンティオカス統治下の帝都の退廃を仄めかしながら、キンタイラを私生児であると告発したのである。この告発でキンタイラの戴冠を止めることはできなかったが、ユリエルはその後も帝政に不満を持つハイ・ロック、スカイリム、モロウウィンドの諸王とポテマ女王を味方につけ、皇帝に対し3回の反乱を起こした。 一度目の反乱は、ハイ・ロックとハンマーフェルを隔てるイリアック湾周辺地域で起こった。この戦いでキンタイラの側近は殺され、彼女自身は捕われた。それから2年間、キンタイラはグレンポイントもしくはグレンモイルにあったとされる帝都獄舎に捕らわれた後、独房で謎の死を遂げた。 二度目の反乱はモロウウィンド諸島沿岸の守備隊に対する攻撃であった。キンタイラの夫コンティン・アリンクスは、この時砦を守る戦いの中で命を落とした。三度目の、そして最後の攻撃は帝都の占領であった。その直前、ハイ・ロックおよび東モロウウィンド攻撃のために元老院が帝都軍を分割しており、帝都の防衛力は落ちていた。そのため、ユリエルの圧倒的な戦力による侵略に抗することができず、わずか2週間後に帝都は陥落した。 ユリエルは帝都陥落の夜に自ら戴冠し、タムリエル皇帝ウリエル三世として即死した。第三紀121年のことであった。ここに端を発するレッド・ダイヤモンド戦争については、次巻で述べる。 歴史・伝記 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/185.html
火中に舞う 第4章 ウォーヒン・ジャース 著 18人のボズマーと1人の帝都建設会社の元事務員デクマス・スコッティは、重い足取りでジャングルの中を西へ、ザイロ川からヴィンディジの古い集落へと向かっていた。スコッティにとって、ジャングルは敵意に満ちていて居心地が悪いところだった。巨大に生い茂った木々が明るいはずの朝の日差しを闇で覆ってしまい、彼らの進行を妨げる邪悪な爪のようだった。低木の葉でさえも、邪悪な力によって震えているかのように見えた。さらによくないことに、不安そうなのは彼だけではなかった。彼と共に旅をしているのは、カジートの攻撃を生き延びたグレノスやアセイヤーの地元民だが、その顔は明らかに恐怖におびえていた。 ジャングルの中には何かの感覚、単なる乱心ではなく、その土地固有の慈悲深い精神を感じさせる何かがあった。それでもスコッティは視野の端に、自分たちのあとをつけ木々の間を飛びかいながら移動するカジートの影をとらえていた。だがスコッティがその影のほうに目を向けると気配は瞬時に消えてしまい、そこには最初から誰もいなかったような、ただの暗闇となってしまうのだった。しかし、彼らに見られていることは確実だった。ボズマーたちも彼らの姿に気づき、歩くペースを速めた。 18時間歩いて、虫に喰われ、何千というとげにひっかかれ、ようやく開けた渓谷へと出た。既に夜になっていたが、渓谷には松明の灯りが彼らを歓迎しているかのように一列に並び、ヴィンディジの集落の皮製のテントやそこらじゅうに転がる石を照らしていた。渓谷の端には松明で囲まれた聖域があった。筋くれだった木々が積み重ねられ、神殿を形作っていた。無言のままボズマー達は松明の列の間を通り、神殿へと向かっていった。スコッティも彼らのあとをついていった。密集した木々の一角にぽっかり口をあけた門にたどり着くと、その奥から青白い光が漏れていた。中では何百人ものうめき声が反響しあっていた。スコッティの前にボズマーの娘が手をかざし、彼を止めた。 「あなたには理解できないでしょうが、外の人はいくら友人でも入れないわ。ここはあたしたちの聖域なのよ」 スコッティは頷き、彼らが頭を下げながら神殿の中へと入っていくのを見ていた。最後列にいたウッドエルフが中に入ってしまうと、スコッティは振り返って村の方を見てみた。あそこなら間違いなく空腹を満たせるものがあるだろう。松明の向こうに見える、一筋の煙と鹿の肉が焼かれる微かなにおいが彼を導いた。 そこには5人のシロディールと2人のブレトン、そして1人のノルドがいた。彼らは白く焼けた石の焚き火を囲み、細長く裂いた大鹿の肉を蒸し焼きにしていた。スコッティが近づくと、そこにいた全員が立ち上がった…… いや、正確には1人を除いて。ノルドだけは目の前の大きな肉の塊に目が釘付けだった。 「こんばんは。お邪魔して申し訳ない。私に少し何か食べ物を分けていただけませんか? グレノスとアセイヤーから逃げてきた人たちとここまで1日中歩いてきて、とても空腹なのです」 彼らはスコッティに座って一緒に食べるように勧めた。そして自己紹介をした。 「戦争が再び始まってしまったようですね」と、スコッティは愛想よく言った。 「触らぬ神にたたりなしだ」と、ノルドが肉をほおばりながら言った。「俺はこんなにふざけた文明を見たことないよ。陸ではカジートと、海ではハイエルフたちと戦っている。こんな仕打ちを受ける価値がある場所は、あのムカつくヴァレンウッドぐらいなもんだ」 「しかし、ヴァレンウッドのやつらは、別にあんたのことを嫌ったりしてないだろう」と、ブレトンの1人が笑いながら言った。 「やつらは生まれながらの悪党さ。優しい顔して侵略するところはカジートよりもたちが悪い」ノルドは脂のかたまりを焼けた石に吐き出し、ジュージュー音をさせた。 「徐々に、自分たち領土の森を他国にまで広げていくんだ。だが、思いがけずエルスウェーアの反撃をくらい、慌てふためいているってわけさ。俺はあれほどの悪党は見たことがないね」 「あなたはここで何をしているんですか?」とスコッティは尋ねた。 「俺はジェヘナの宮廷の外交屋さ」とノルドは食べ物の方を向きながらつぶやいた。 「あなたは? 一体ここで何をしているのですか?」とシロディールの1人が聞いた。 「私は帝都にあるアトリウス建設会社で働いています。以前一緒に働いていた仲間から手紙をもらい、ヴァレンウッドへ来るようと書かれてました。もう戦争が終わったので、壊れた建物を建て直す仕事をしている私の会社と大口の契約を結べるだろうというのです。しかし、災難に次ぐ災難で、ここにくるまでに全財産を失い、戦争は再び始まりそうだし、手紙をくれた仲間にも会えないしでほとほと困っています」 「その昔の仲間というのは……」もう1人のレグリウスと名乗るシロディールが小声で言った。「もしかしてリオデス・ジュラスという名ではありませんか?」 「彼を知っているのですか?」 「私もあなたと同じように彼から誘いを受けて来たのです」レグリウスはいやな笑いを浮かべた。「私はあなたの会社とはライバルのヴァネック卿の元で働いており、リオデス・ジュラスも以前そこで一緒に働いていました。私も彼から手紙をもらいました。戦で倒壊した建物の再建を手伝わないか、とね。私はちょうどその時、会社をクビになったばかりでしてね。これは何かのチャンスだと思いましたよ。彼とはアセイヤーで会い、シルヴェナールともっと儲けのいい話をするつもりだと言っていました」 スコッティは叫んだ。「彼は今、どこにいるんですか?」 「私は神学者ではないから、なんとも言えませんが……」とレグリウスは肩をすくめた。「おそらく彼は死にましたよ。カジートがアセイヤーを攻撃した時、奴らはジュラスが彼の船を泊めていた港に火をつけ始めました。あ、いや、私の金で買ったものだから『私の船』ですが。何がなんだかわからないままに、気づいた時には何もかもが燃やされて灰になってました。カジートは動物かもしれませんが、攻撃の心得はあるようですね」 「カジートはヴィンディジのジャングルを通って我々を尾けてきていました」と、スコッティは神経質に言った。「あの梢のあたりを飛び回っていたのは間違いなくやつらの仲間だ」 「ただの猿人の類じゃないのか?」ノルド人はせせら笑うように言った。「何も心配することはねえよ」 「私たちが最初にヴィンディジに入った時、ボズマーが皆あの木のとこに入って行ったんです。彼らは怒りながら“古代の恐怖を我らの敵に解き放て”というようなことをブツブツ言っていました」と言ったブレトンは、その時の情景を思い出し、ブルブル震えていた。「それから1日半もの間、こもったきりなんです。心配なら、あそこを調べてみたらいいんじゃないですか?」 ダガーフォールの魔術師ギルドの代表者と自己紹介したもう1人のブレトンは、仲間が話している間、暗闇を見ていた。「どうもジャングルの中にも何かいるようだな。村の右の端の方を見ている」 「戦から逃れてきた人たちでは?」スコッティは自分が警戒しているのを悟られないような声で尋ねた。 「この時間帯に木々を抜けてくるとはおかしいだろう」とウィザードは小声で答え、ノルドとシロディールの1人が湿った皮のシートを引っ張り出して火にかぶせた。火はたちまちに静かに消えた。ようやくスコッティにも侵入者たちの姿が見えた。彼らは楕円形の黄色い目を持ち、長剣と松明をかかげていた。スコッティは恐怖で固まり、敵に見つかっていないことを願った。 彼は何かに背中を押されたのを感じ、はっと息を飲んだ。 レグリウスが頭上からささやいた。「たのむから静かにしてここを登って」 スコッティは消えた焚き火の横の高い木から垂れ下がる、2本の蔓を結んだロープをつかんだ。彼は急いでそのロープをよじ登り、その努力を無に帰さないように必死に息を殺した。頭上高くのロープの先には、三つ又に分かれた枝の上に乗った、かつて巨大な鳥がこしらえたであろう巣が打ち捨てられていた。スコッティが柔らかく、ワラのいいにおいのする巣の中へともぐりこむと、レグリウスはロープを引き上げた。そこには他に誰もおらず、下を覗いてみるとそこにも誰もいなかった。カジート以外には。彼らは神殿の灯りにむかってゆっくりと進んでいった。 「ありがとう」とスコッティはささやいた。ライバル会社の人が助けてくれたことに深く感謝していた。集落から目を離して辺りに目をやると、より上の方の枝が苔生した渓谷を囲む壁にもたれかかっていることに気づいた。「もっと上に行きましょう」 「バカ言うんじゃない」と、レグリウスは息を殺して言った。「奴らがいなくなるまでここに隠れていよう」 「アセイヤーやグレノスにしたように、カジートがヴィンディジに火をつけたら、私たちは地上にいるのも同然で、確実に死んでしまう」と言うとスコッティは、ゆっくりと用心しながら枝を確かめつつさらに上へと登っていった。「彼らの動き、わかりますか?」 「どうだろうね」とレグリウスはじっと薄暗い中を目をこらして見ていた。「奴ら、神殿の前に集まっている。何か手に持ってるな…… 長いロープみたいだ。前後に垂れ下がっている」 スコッティは表面が濡れてごつごつした崖に向かって伸びる枝の中で一番丈夫そうなのを選び、その上を這っていった。決して距離のあるジャンプではない。実際、石の湿った、ひんやりとするにおいが嗅げそうなほどの距離だった。しかし、一会社員として過ごしてきた彼の人生の中で地上から高さ100フィートもあるところから切り立った岩までジャンプする経験など皆無であった。彼はジャングルで頭上よりもうんと高いところから彼を尾けねらってきた影の動きを思い描いた。彼らのバネがついてるかのような脚、しなやかにものをかっさらおうとする腕。そして彼は飛んだ。 スコッティは岩をつかんだが、縄のように長く厚い苔のほうがつかまりやすそうだった。彼は苔にしっかりつかまって足を前に出そうとしたその時、足がすべって、宙に浮いた。体勢を整えるまでの数秒間、自分が上下さかさまになっているのがわかった。崖から突き出た細い岩のようなところがあり、彼はそこに立ってようやく息をついた。 「レグリウスさん、レグリウスさん」と、スコッティは声にならない声で呼びかけた。しばらくして、枝がゆれ、ヴァネック卿の元部下が、まず彼の鞄、頭、そして残りの部分の順番で姿を現した。スコッティは小声でなにか言おうとしたが、レグリウスは激しく首を振り、下を指差した。カジートの1人が木の下で焚き火の跡をじっと見ていた。 レグリウスは不恰好に枝の上でバランスをとろうとしたが、片方の手だけでそれをやるのはあまりにも困難だった。スコッティは両のひらを丸めてみせ、次に鞄を指差した。レグリウスは嫌そうだったが、鞄をつかみ、スコッティに投げてよこした。 鞄には目に見えないほどの小さな穴が開いており、スコッティが鞄をキャッチした時にゴールドが1枚、下へと落ちてしまった。ゴールドは岩壁に当たって、高く柔らかい音をたて落ちていった。今までに聞いたことがないほど大音量のアラーム音のようだった。 そしてたくさんのことがいっぺんに起きた。 木の下にいたキャセイ・ラートは上を見て、おたけびの声をあげた。そのほかのカジートたちもその声に呼応して、猫のように身をかがめたかと思うと、跳ね上がり、下の枝に飛び移った。レグリウスは、ありえない器用さで上ってくるカジートの姿を自分の下に見てパニックに陥った。スコッティが「絶対に落ちる」と言う暇もなく彼はジャンプした。悲痛な叫び声をあげながら、レグリウスは地面に落下し、衝撃で首を折った。 その時、神殿のあらゆる隙間から白炎の閃光が一気に噴き出した。ボズマーの詠唱の声はもはや乱心じみており、この世のものとは思えないほどになっていた。気を登っていたキャセイ・ラートも動きをとめ、神殿のほうをじっと見た。 「キアゴーだ」とキャセイ・ラートは言って息をのんだ。「荒野の狩人だ」 それはまるで現実世界に裂け目が入ったような光景であった。神殿から恐ろしい獣たち── 全身から触手が生えたヒキガエル、硬い鎧と鋭い棘をもった虫、体表がねばねばした大蛇、神々の顔をした霧状の化け物、これらすべてが怒りに我を失ったように勢いで神殿から飛び出してきた。それら恐ろしい獣たちはまず神殿の前にいたカジートたちの体を引き裂いた。それを見たほかのカジートたちは一目散にジャングルの中へ逃げ込もうとしたが、自分たちの持っていたロープに足をとられた。瞬く間に、ヴィンディジの集落は荒野の狩人たちの幻影の乱心のるつぼと化した。 言葉にならない叫び声や、獣の群れがあげるおたけびの声が蔓延する中、身を隠していたシロディール、ノルド、それと2人のブレトンも全員見つかってしまい、貪り喰われてしまった。ウィザードは自分の姿が見えないよう呪文をかけていたが、視覚に頼らない虫たちにはせっかくの魔法も無力であった。木の下にいたキャセイ・ラートが想像できないほどの力で木を揺さぶり始めた。このカジートの恐怖におびえる目を見て、スコッティは縄状の太い苔を1本、彼に向けて差し出した。 スコッティに差し出されたロープにつかまろうとするカジートの表情は痛ましいほどの感謝の念であふれていた。スコッティがそのロープを引っ張ろうとするとカジートはその表情を変える間もなく落下していった。彼は地面に落ちる前に荒野の狩人に骨まで食いつくされた。 スコッティもその場から逃げようと別の突出した岩に向かって飛びうつった。思いのほかうまくいった。そこから崖の頂上へとよじ登り、ヴィンディジの変わり果てた姿を一望することができた。獣たちの群れはだんだんと膨れ上がり、その数は谷全体へと広がり、逃げ惑うカジートたちを追っていた。その光景はまさに地獄絵だった。 月夜に照らされ、スコッティのいるところからはカジートたちがロープを取り付けようとしていた場所が見えた。その時、雷のような轟音が鳴り響き、雪崩のように次々と巨石が転がってきた。粉塵がおさまると、谷は巨石によって完全に封鎖されてしまった。荒野の狩人たちはそこにとどまった。 スコッティはこれ以上の人食いの饗宴を見ていられず、顔をそむけた。眼前には網の目のように木々の生い茂るジャングルが広がっていた。彼はレグリウスの鞄を肩にかけ、再びジャングルの中へと入っていった。 物語(歴史小説) 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/196.html
タララ王女の謎 第5巻 メラ・リキス 著 「何の権利を持って父を拘束するのですか?」ジリア夫人は叫んだ。「彼が何をしたと言うの?」 「私はインペリアル司令官、および大使として、カムローンの王者、オロインの元デュークを拘束する」ストレイク卿は言った。「地方の貴族権限のすべてに優先するタムリエルの皇帝の秩序権限に基づいて」 ジーナは前に進みジリアの腕に手を添えようと試みたが、冷たく突き返された。彼女は、今は誰もいない謁見室の玉座の前に、静かに座り込んだ。 「完全に記憶を取り戻したこの若い女性が私のもとを訪れてきたのだが、彼女の話は信じ難いを超越していた、単純に信じられなかったのだ」と、ストレイク卿は話した。「しかし、彼女は確信していたので、私も調査してみるしかなかった。その話に多少なりとも真実性があるか、20年前、この王宮にいた全員と話した。当然、王者と女王が殺害され、王女が失そうしたときは完全な取り調べが行われたが、今回は違う質問があった。その質問とは、2人の従姉妹、ジリア・レイズ夫人と王女の関係だ」 「何度も何度もみんなに言いました、人生で、あの時期だけ何も覚えていないのです」と、涙を浮かべながらジリアは言った。 「それは分かっている。あなたが恐ろしい凶行を目撃し、あなたと彼女の記憶が消えたことは一度も疑ったことがないし」ストレイル卿はジーナを手招きしながら言った。「疑う余地もない。王宮の召使いや他の人たちから、少女たちは密接な間柄だったと聞いた。他に遊ぶ友達もいなく、王女は常に親のそばに居なければいけなかったので、幼い頃のジリア夫人もそのすぐそばにいた。暗殺者が王族を殺しに来たとき、王者と女王は寝室に、そして少女らは謁見室にいた」 「記憶が戻ったときは、まるで封印された箱を開けたようだったわ」と、ジーナは厳かに言った。「20年前ではなく、昨日起きた出来事のようにすべてが鮮明で詳細だったの。私は玉座に座って女帝を演じていて、あなたは演壇の裏に隠れて、私があなたを投獄した地下牢に入れられているフリをしていたの。血まみれの刀をもった知らない男が、部屋に王の寝室から飛び込んできたわ。私に向かってきたから必死で逃げたの。演壇に向かって走り始めたのを覚えているけど、あなたの恐怖で凍りついた顔が見えて、彼をあなたに導きたくなかったわ。だから、窓に向かって走ったの」 「前、一緒にふざけて城壁を登ったことがあったわね、あの崖にしがみついている姿が、一番初めに戻ってきた記憶だったわ。あなたと私が城壁に登って、下から王が降り方を言ってくれたわね。でも、あの日は、あまりにも震えていて、つかまっていられなかったの。私は落ちて、川に着水したの」 「目撃した恐怖のせいか、それとも落下した衝撃と水の冷たさが折り重なってかは分からないけど、頭の中が真っ白になったの。かなり離れた場所でようやく川から自分を引っ張り出したとき、自分が誰だか分からなかったわ。それがそのまま続いたの」ジーナは笑った。「今まではね」 「では、あなたがタララ王女なのですか?」と、ジリアは叫んだ。 「私が混乱したように、単に結果だけを言ってしまうとあなたも混乱してしまうので、その問いに彼女が答える前に、もうちょっと私に説明をさせてもらおう」ストレイル卿が言った。「暗殺者は王宮から逃げられる前に捕まった── 実のところ、捕まると分かっていたはずだ。彼は即座に王族を殺害したことを認めた。彼が言うに、王女は窓から投げ出して殺したと。下に居た召使いが悲鳴を聞き、何かが窓の前を飛び落ちていくのを見ているので、彼はそれが事実であると知っていた」 「子守り役のラムクによって演壇の裏に隠れていた幼いジリア夫人が、恐怖で震えながら喋れずに、誇りまみれで発見されるまで数時間かかった。ラムクはとてもあなたのことを注意深く守っていた」ストラルはジリアに向かってうなずきながら語った。「彼女は、即刻あなたを部屋へ連れて行くよう主張して、オロインのデュークへ、王族が殺害され、彼の娘が殺人を目撃したが生き延びたとの伝言を走らせた」 「そのことは、少しだけ思い出してきました」と、不思議そうにジリアは言った。「ラムクに慰められながらベッドで横になっていたのを覚えています。すごく混乱していて、集中できなかったのです。なぜかは分かりませんが、ずっとお遊びの時間であって欲しいと思っていたのを覚えています。そして、荷物をまとめられて、養育院へ連れられて行かれたのを覚えています」 「もうすぐすべて思い出すわ」ジーナは微笑んだ。「保証するわ。それが思い出し始めた方法よ。一つだけ詳細を掴んだら、すべてが流れこんできたの」 「それです」ジリアは失意で泣きだした。「混乱以外の何も覚えていません。いえ、連れ去られるとき、父が私のことを見てもくれなかったことも覚えています。そして、そのことも、他のことも気にしていなかったことを覚えています」 「皆にとって混迷期だった、特に少女たちにとっては。とりわけ、あなたたち二人が体験したような羽目にあった少女たちには……」と、同情してストレイル卿は言った。「私の理解では、ラムクからの伝言を聞いたデュークは、オロインの王宮を後にして、あなたがこの出来事から回復するまで私設療養所へ送るよう命じ、情報を引き出すために、私設衛兵とともに暗殺者の拷問に着手した。最初の自白をしたとき以降、デュークと私設衛兵以外は暗殺者を見ていなく、暗殺者が脱走しようとして殺されたとき、デュークと彼の衛兵以外誰も居なかったということを初めて聞いたとき、私はそれを重要視した」 「その場に居たことが分かっていたうちの一人、エリル卿と話をしたが、手にしている以上の証拠品を持っているように見せかけ、脅さなければならなかった。危険な作戦ではあったが、願っていたような反応が得られた。とうとう彼は、私が真実であると分かっていたことを自供した」 「暗殺者は……」ストレイル卿は中断し、そして仕方なくジリアの目を見て言った。「相続人の王女も含めて、王族を殺害するために、オロインのデュークによって雇われていたのだ。彼や子供たちに王冠が渡るように」 ジリアは驚き、ストレイル卿を見つめた。「私の父が──」 「暗殺者は、デュークが彼を拘留したら、すぐに報酬が支払われ、脱獄が準備されると言われていた。だが、この悪党は欲を出す場所を間違えて、ゴールドをもっと手に入れようとした。デュークは沈黙させてしまうほうが安上がりだと判断し、彼が事の真相を誰にも話せないように、その場で即刻殺してしまった」ストレイル卿は肩をすくめた。「たいした損失ではないな。それから数年後、幼児期の記憶が完全に欠如していることを除けば、少々動揺してはいるものの、普通に戻ったあなたが療養所から戻った。そしてその間に、オロインの元デュークは兄の変わりにカムローンの王者となっていた。容易くできたことではない」 「ええ」と、ジリアは静かに言った。「もの凄く忙しかったのだと思います。彼は再婚して、もう1人子供がいました。ラムク以外は誰も療養所へ見舞いにきませんでした」 「もし彼が見舞いにいって、あなたを見ていたら……」と、ジーナが言った。「この話はまったく違う展開になっていたかもね」 「どういう意味ですか?」と、ジリアは問いかけた。 「ここが一番驚くべきところだ」と、ストレイル卿が言った。「以前から、ジーナがタララ王女なのかどうかが問われていた。彼女の記憶が戻り、覚えていることを私に話してくれたとき、私はいくつかの証拠をつなぎ合わせた。これらの事実を考えてみよう」 「まったく違う人生を歩んできたあなたたち2人は20年後の今も著しく似ているし、変わらぬ遊び友達、そして少女だったあなたたちは瓜二つだった」 「暗殺のとき、そこに行ったことがなかった暗殺者は、玉座の上に1人の少女しか見ておらず、彼はその子を獲物と思いこんだ」 「ジリア夫人を見つけだしたのは不安定な精神の持ち主で、自分の役目に狂信的な愛着をもっていた子守り役のラムクだった── その種の人は、自分が愛してやまない少女が、行方不明になったほうかもしれないという可能性を絶対に受けいれない。子守り役はあなたを療養所で見舞った、タララ王女とジリア夫人の2人を知る唯一の人物だった」 「最後に」と、ストレイル卿は言い放った。「あなたが宮廷に戻ったとき、5年間がすぎていて、あなたは子供から若い女性へと育っていた事実を考えてもらおう。見覚えはあるが、あなたの家族が覚えているあなたとは完全に一致しない、もっともなことではある」 「理解できません」可哀想な女性は目を見開いて叫んだ。だが、理解できていた。彼女の記憶はひどい洪水のように流れ、集まっていた。 「こう説明するわ……」彼女の従姉妹は腕で包みながら言った。「今は自分が誰なのかわかるわ。私の本名はジリア・レイズ。拘束された男は私の父親、王者を殺した男── あなたの父を。あなたがタララ王女なのよ」 物語(歴史小説) 赤3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/30.html
戦士ギルドの歴史 第二紀283年、支配者ヴェルシデュ・シャイエは、帝都分裂の危機に直面していた。タムリエルに散らばる隷属国の反抗ぶりは新たな次元に到達し、公然と彼の支配に挑んでくるようになった。彼らの税金の支払いを拒絶し、軍を率いて各地の帝都軍に襲いかかった。ドーンスターの砦が陥落すると、シャイエは帝都評議会を招集した。ドーンスターの南にある会合地となった街の名前をとって、「バードモント会議」とでも呼んでおこう。その会議で、大君主は包括的かつ普遍的な戒厳令を宣言した。軍隊を解散しないタムリエルの王子たちには大君主の懲罰が待っていた。 それからの37年間は、タムリエルの歴史において、もっとも血なまぐさい時代となった。 王立軍をひとつ残らず叩きつぶすため、ヴェルシデュ・シャイエはみずからの精鋭軍の多くを犠牲にすることを強いられた。さらに、帝都公庫の財源もほとんど使い果たした。それでも、かれは考えられないことをやってのけた。歴史上初めて、地上に軍隊がひとつしかない、シャイエの軍隊しか存在しない時代が到来したのである。 いくつかの問題がすぐさま表面化した。それは、シャイエの偉業と変わらないほと衝撃的なものだった。シャイエの戦争は貧困を蔓延させていた。敗戦国もまた、軍資金を防衛費につぎ込んでしまっていた。農民も商人も生活の手段を粉みじんに破壊されていた。タムリエルの王子たちは以前のように税金を出し渋るのではなく、払いたくても払えなくなっていたのだ。 戦争で利ざやを稼いだのは犯罪者だけだった。地元の衛兵や義勇軍が消えうせた今、逮捕される心配もないまま、彼らは無法と化した土地の残骸を食い荒らした。シャイエが最後の家来の軍を破壊する以前からアカヴィルが懸念していた事態だったが、解決策はどこにもなかった。シャイエとしては、隷属国に軍隊を再組織させるわけにもいかず、結果として、かつてないスケールで無秩序が深まりつつあった。シャイエの軍は犯罪の増加を食い止めようとしたが、地元の犯罪組織は中央政権をみじんも恐れてはいなかった。 320年の幕開けとともに、ヴェルシデュ・シャイエの親類である「鉄宰」ディニエラス・ヴェスが、大勢の仲間を従えて大君主に謁見した。常備軍の代案として、利益を追求した、貴族が雇うことのできる傭兵の結社を作ってはどうかと提案したのが彼だった。雇用契約は一時的なものとし、契約料の数パーセントを中央政府が徴収する。そうすることで、シャイエの激痛のうち、ふたつは癒せるのではないかと。 結成当時はまだ、ツァエシ語で「戦士」を意味する「シフィム」と呼ばれてはいたものの、ここにおいて、後に「戦士ギルド」として知られるようになる組織が誕生したのである。 「鉄宰」ディニエラス・ヴェスは当初、アカヴィル人だけの結社にすることが大切だと考えていた。彼がこうした信念を抱いていたことはどの歴史家も認めるところだが、その動機については意見が分かれる。古典的でシンプルな理論は、ヴェスは同郷人のことをよくわかっていて、信用しており、利益のために戦うという彼らの伝統がプラスに働くと踏んだからだ、というものだ。また、鉄宰と大君主のどちらもこの組織を利用して、五百年前に端を発するタムリエルの征服を達成しようとしたのだという、これまたもっともな意見もある。第一紀2703年にタムリエルを襲撃したとき、アカヴィルはリマン王朝に撃退された。そして今、大君主が権力の座につき、ディニエラス・ヴェスの策謀によってアカヴィル人だけの現地軍が生まれようとしている。戦闘で成し遂げられなかったものを、忍耐力でまんまと成し遂げようとしていたのだ。多くの研究者が提唱するように、こうしたやり方はアカヴィルのツァエシにとって、伝統的な戦略なのである。なにしろ彼らはいつでも時間を味方につけられる不死の蛇人なのだから。 だが、それらは空論でしかない。シフィムはシロディールと隣接するいくつかの王国で地位を確立したものの、あっという間に現地の戦士の必要性が高まった。問題の一部は単純に、なすべき仕事をこなせるだけのアカヴィル人がいなかったということだ。それと、配属された地域の地理や政治を蛇人が理解しないという問題もあった。 シフィムがアカヴィル人だけでは成り立たないことは明白だった。そして、その年の中頃までに、戦士兼妖術師、ならず者、騎士といった3人のノルドが組織に加わった。 そのノルドの騎士は、名前は時間の流砂に埋もれてしまったが、腕のいい鎧職人でもあった。それにひょっとすると、ディニエラス・ヴェスを除けばもっとも組織の発展に貢献した人物であったかもしれない。しばしば述べられてきたように、アカヴィル人、とりわけツァエシは鎧よりも武器についての造詣が深い。彼らが鎧を着ることはなかったとしても、騎士は他のメンバーに敵の鎧の弱点を説明し、ポールドンやグリーヴには関節がいくつあるかとか、アケトンとアームカチェン、ゴーゲットとグリドシュリム、パレットとパスガード、陣羽織と草ずりの違いについて説いて聞かせたのだった。 こうした知識のおかげでシフィムは、その心もとない戦力からは考えられないほど効率的に、賊どもを一掃するための長い戦いに勝つことができた。歴史家はこんな冗談すら口にする。アカヴィルが第一紀にノルドの鎧職人を雇っていたら、侵略は成功しただろうに、と。 シフィムに加わった3人の部外者が活躍したことで、現地メンバーの加入に拍車がかかった。その年度末までに、シフィムの活動は帝都全域に広がっていた。若い男や女が大挙して組織に加わった。その理由は、生活が苦しいから、ひと暴れしたいから、冒険に出たいから、犯罪のはびこる隣国を助けたいから、などなど、十人十色だった。彼らは訓練を積み、悩みを抱える貴族を救うべくすぐさま派遣され、管轄区域における衛兵や戦士としての役割を担った。 犯罪撲滅や怪物退治におけるシフィムの目ざましい活躍ぶりが呼び水となって、支配者ヴェルシデュ・シャイエは帝都の是認を求める他の組織の代表者も手厚くもてなすようになった。魔術師ギルドは比較的早い時期に結成されてはいたものの、帝都から疑わしく思われていた。第二紀321年、大君主は「ギルド法案」を採択し、魔術師ギルドは帝都公認のギルドとなった。この法案では他にも、鋳掛師、靴職人、娼婦、代書人、建築家、酒造家、ワイン商、機織工、ねずみ捕獲人、毛皮職人、料理人、占星術師、治癒師、仕立て人、吟遊詩人、弁護士、それと戦士であるシフィムも公認ギルドとなった。ただし、勅許状にはシフィムとは記されておらず、すでに市民のあいだに浸透していた呼称を立てる形で、「戦士ギルド」と呼ばれるようになった。どのギルドも、第二、第三紀にかけて新たに認められた他のギルドも、タムリエルの人民に対する価値を認められ、シロディールのもとで保護され、奨励されることになっていた。対価を払わなければ勢力を広げることはできなかった。ギルドの存在により帝都の基盤は強化され、その財源は再び潤っていった。 ヴェルシデュ・シャイエの死後間もなく、ギルド法案の採択からわずか3年後、世継ぎのサヴィリエン・チョラックは現地軍の再編に着手した。戦士ギルドはもはや地方貴族の主力部隊ではなくなっていたものの、その存在価値は揺るぎないものとなっていた。過去においても、私的財産を求めた力のある個人は確かに存在したが、ディニエラス・ヴェスこそが、近代における冒険ブーム、つまり富と名誉をつかむことに人生を捧げる男たちや女たちの「奔り」とも言える存在であると、多くの歴史家が述べている。 それゆえに、誰もが戦士ギルドに感謝しなければならない。そのメンバーだけでなく、対価を払えば法の範囲内で強い戦士を提供するというギルドの公平なる方針に助けられてきた人々も。戦士ギルドがなければ、どんなギルドも存在しなかったのだから。それどころか、自立した冒険家という生き方すら存在しなかったかもしれないのである。 戦士ギルド関連 歴史・伝記 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/276.html
本物のバレンジア 第3巻 著者不明 数日のあいだ、友人に会えないという悲しみにバレンジアの心は沈んでいた。が、二週間もすると少しは元気を取り戻しはじめていた。こうしたまた旅ができることが喜ばしくはあったが、ストローがそばにいないという喪失感はことのほか大きかった。護衛についていたのはレッドガードの騎士団で、彼らのそばにいると心がなごんだ。かつてともに旅した隊商の衛兵に比べると、ひと回りもふた回りも規律にうるさく、礼儀をわきまえてはいたのだが、バレンジアのおふざけにも気さくに、それでいて敬意を忘れずに応じていた。 シムマチャスはこっそりと彼女を叱りつけた。女王たるもの、ひと時たりとも王族の威厳を忘れてはなりませんと。 「いっさいのお楽しみはおあずけってこと?」と、バレンジアはすねながら訊いた。 「その、ああいう輩とはいけません。女王の沽券にかかわりますから。権力者に求められるのは典雅さであって親しみやすさではないのです。帝都ではいつもしおらしく、慎ましくなさるように」 バレンジアは顔をしかめた。「ダークムーア城に戻ったほうがましかもね。エルフはね、生まれつき淫乱なの。みんなそう言うわ」 「なら、みんながおかしいのです。淫乱なエルフもそうでないエルフもいる。皇帝としても私としても、あなたには見識と良識を兼ね備えていただきたい。お忘れでしょうか、女王様。あなたがモーンホールドの王位に就けるのは血筋の力ではなく、タイバー・セプティムのご意向だからですぞ。皇帝が不適格とみなせば、あなたの統治は始まるまでもなく終焉を迎えます。皇帝は知性、服従、分別、それに絶対的忠誠を部下に求められる。とりわけ、女性には純潔さと謙虚さを要求されるお方だ。女王様にはぜひとも、ドレリアン嬢の立ち居振る舞いを見習っていただきたい」 「ああもう、ダークムーアに帰りたいわ!」と、バレンジアはいらついて言い放った。冷静沈着でぶりっ子なドレリアンの真似をするなど願い下げだった。 「あきらめるんですな、女王様。あなたの価値がなくなれば、皇帝は自分の敵にとってもあなたの価値がなくなったと考えるでしょうから」と、将軍は大仰に言った。「用済みにされたくなければ言うことを聞くんですな。さらに付け加えるなら、権力のもたらす喜びには淫蕩やちんぴらのどんちゃん騒ぎの類は含まれませんぞ」 シムマチャスは芸術、文学、演劇、音楽、それと宮廷での華やかな舞踏会のことを話しだした。バレンジアは興味がわいてきたように聞いていたが、脅されてしぶしぶそうしているわけでもなかった。が、あとになっておずおずと効いてみた。帝都でも魔法の勉強を続けられるのかしら、と。シムマチャスはこの質問に気を良くしたようで、手はずを整えようと約束した。それで勢いがついたのか、彼女はさらに続けた。護衛の騎士のうち、三人は女性だから、あくまで練習をするために彼女らとちょっとでも訓練をすることはできないものかしら、と。これには将軍はさほどいい顔はしなかったが、いいでしょう、と請け合った。ただし、その三人の女性とだけですよ、と念を押した。 その年の晩冬は晴天続きだった。いささか寒さは厳しかったが、旅の終わりにかけてはしっかりした街道を駆け足で旅することができた。旅の最終日には雪解けの気配もうかがわれ、ようやく春が到来したようだった。街道はぬかるんで、あちらこちらから水の流れる音やしたたる音がかすかに、だが途切れることなく聞こえてきた。歓迎の音だった。 *** 陽が沈むころ、一行は帝都とを結ぶ立派な橋のたもとまでやってきた。大都市にそびえる鮮やかな白い大理石造りの巨大な建物が、ばら色の夕日に照らされてほのかなピンク色に染まっていた。どの建物も新しくて壮麗で一点の曇りもなかった。北に向かう幅広の大通りが王宮まで続いていた。ゆったりとした中央広場には、容姿も種族も異なる人々が集まっていた。夕闇が迫ってくると商店の火は消され、宿屋の火は灯された。一番星がきらめき、さらに二つ、三つと輝きだした。裏道でさえも広々としており、美しい光が踊っていた。王宮のそばでは、東側に圧倒的な魔術師ギルドのホールがそびえ、西側では巨大な礼拝堂のステンドグラスの窓が余光に照り映えていた。 シムマチャスは王宮から少し離れた神殿(将軍はそばを通るときに「最高神の神殿」、と紹介した。皇帝の信仰する古代ノルド人の異教らしく、彼に認められるようバレンジアも信者になったほうがいいということだった)を過ぎたところにある豪邸にいくつか部屋を持っていた。王宮は豪華絢爛だったが、バレンジアの趣味ではなかった。外壁も調度品も美しい純白で統一され、引き立て役としてくすんだ金色がささやかながら使われていた。床には鈍い輝きを放つ黒の大理石が用いられていた。バレンジアは自らの瞳が色彩やら繊細な陰影の交錯やらを欲しているのを感じた。 翌朝、シムマチャスとドレリアンはバレンジアを帝都の王宮まで案内した。バレンジアは誰かに出くわすたびに、彼らがシムマチャスに丁重な敬意でもって、人によってはほとんど媚びへつらうかのように挨拶することに気づいた。将軍にとっては毎度のことらしかった。 彼らは直に皇帝のもとへ通された。細かい枠で仕切られた大きな窓から差し込む朝日が小部屋を満たし、豪勢な朝食の並んだテーブルとそこに逆行を受けて座っている一人の男を照らしていた。一行が部屋に入ると、男はすっと立ち上がって駆け寄ってきた。「おお、わが忠実なる親友シムマチャス。そなたの帰還を心より歓迎しよう」男はその手でシムマチャスの肩をそっと懐かしむように触れると、彼がとっていた礼式的な深く片ひざを曲げる表敬の姿勢をやめさせた。 タイバー・セプティムが振り向くと、バレンジアはひざを曲げてお辞儀をした。 「バレンジア、わがおてんばの脱走娘よ。ご機嫌はいかがかな? さあ、もっと近くで顔を見せてくれ。なんと、かわいらしい。シムマチャスよ、実にかわいらしい娘さんではないか。どうして何年も隠しておったのだ? どうした、光がまぶしすぎるかね? カーテンを閉めようかね? もちろん、そうしよう」制止しようとするシムマチャスを手であしらい、皇帝みずからカーテンを閉めた。召使いを呼ぶまでもないと言わんばかりに。「われらの非礼をどうか許しておくれ。考えることが多すぎて、もてなしの心を忘れてしまったらしい。もっとも、そんなのは空しい言い訳でしかないが。おおそうだ、こっちへきなさい。ブラック・マーシュ産の最高級ネクタリンがある」 彼らはテーブルについた。バレンジアはばかされたような気分になっていた。実物のタイバー・セプティムは思い描いていたようないかつい顔をした巨体の戦士とはほど遠かったからだ。背丈は平均的で、のっぽのシムマチャスと比べると頭半分ほど低かった。皇帝のほうががっしりしていて身のこなしもしなやかだったが。愛嬌のある笑み、射抜かれてしまいそうな青い瞳、ふさふさの白髪にしわだらけの年老いた顔。四十歳とも八十歳ともとれそうな容姿をしていた。一行に食事と飲み物をすすめて、数日前の将軍と同じように彼女に問いかけた。どうして逃げたりしたのかね、後見人に冷たくあしらわれたのかね、と。 「いいえ、閣下」と、バレンジアは言った。「そういうわけではありませんわ。時折、そうした想像をふくらませてはおりましたが」バレンシアは、シムマチャスが筋立てた物語を話していた。そこにはいくらか疑わしい箇所もあったが。馬屋番のストローに言い聞かされましたの。後見人がふさわしい夫を見つけられないからと、リハドの内妻として私を売り飛ばそうとしていると。そうしていよいよレッドガードがやってくる段になって、頭がこんがらがってしまい、ストローと逃げ出したのです。 バレンジアが隊商の護衛としての暮らしぶりについて語りだすと、タイバー・セプティムはうっとりと聞き惚れていた。「なんともはや、バラッドではないか!」皇帝は言った。「最高神の名において、宮廷詩人にメロディーをつけさせよう。さぞかしかわいらしい少年だったことだろうな」 「シムマチャス将軍は──」バレンジアは一瞬だけまごついたが、なんとか先を続けた。「将軍は、とても少年には見えないとおっしゃりましたわ。この数ヶ月でぐんぐん成長したものですから」そう言ってうつむいた。乙女の恥じらいをうまく表現できているかしらと思いつつ。 「われらが親友、シムマチャスの目はごまかせんからな」 「浅はかな娘だったと心底思いますわ、閣下。どうかご容赦くださいませ。後見人にも迷惑をおかけしたと存じております。だいぶ前から自覚はしていたのですが、わが身を恥じるあまり家には戻れませんでした。しかしながら、閣下、私はもうダークムーアに戻りたいとは思いません。モーンホールドが恋しいのです。わが故国に心を奪われているのです」 「われらが愛娘よ、もちろん故郷へ帰れるとも。が、しばらくは帝都に留まって準備をしなければならん。これから背負うことになる粛々たる使命のためにな」 バレンジアはかしこまって皇帝を見つめた。心臓が激しく脈打っていた。シムマチャスの言葉どおりに物事が進んでいた。将軍への感謝の念で心がなごむのを感じたが、意識はあくまでも皇帝に向けられていた。「光栄ですわ、閣下。閣下のため、閣下の築いてこられたこの偉大なる帝都のために、及ばずながら努めて粛然とお仕えしたい所存でございます」 *** 数日後、シムマチャスは暫定的な統治者となるべく、モーンホールドに旅立った。バレンジアの戴冠の準備が整えば、そのまま首相に就任する手はずになっていた。バレンジアはお目付け役のドレリアンと一緒に王宮のスイートルームで暮らしていた。女王にふさわしい教養を一通り身につけるため、数人の家庭教師がつけられていた。そういう生活を続けるうちに、魔法学にはどっぷりとのめりこんでいったが、歴史や政治はまったくもって好きにはなれなかった。 王宮の庭園で皇帝と会うこともあった。皇帝はそのたびに勉学ははかどっているのかとうやうやしく問いかけ、政治への関心が薄いと知るや笑いながらたしなめた。が、いつでも喜んでバレンジアに魔法の素晴らしさを説いて聞かせ、歴史や政治でさえも楽しめるように学ばせた。「彼らは人なのだよ、バレンジア。埃をかぶった事典の中の無味乾燥な事実ではないのだ」 バレンジアの知識が広がるにつれて、皇帝との談論も長く、深くなり、そうする回数も増えた。皇帝は統一タムリエルの展望についても彼女に話して聞かせた。それぞれの種族がばらばらに暮らしながらもひとつの理想と目標を共有し、国民がおしなべて公共の福利に貢献するような国家について。「この世には、善意の心のそなわった誰もが抱いている、普遍というべきものがある」と、皇帝は言った。「それが最高神の教えなのだ。オークやトロールやゴブリン、それにもっとひどいモンスターのような邪悪で残忍な出来損ないと戦うには、われらはひとつにならねばならん」そう夢を語るとき、彼の青い瞳はらんらんと輝いた。バレンジアはただ座って聞いているだけで楽しかった。皇帝がそばにやってきて肩を並べると、くすぶる炎が迫ってきたかのような熱さを肌で感じたものだった。お互いの手が触れ合おうものなら、皇帝そのものが雷撃のスペルと化したかのようにバレンシアの体はびりびりとうずいた。 ある日、思いがけないことが起きた。皇帝はその手で彼女の顔に触れると、やさしく口づけをした。バレンジアはみずからの感情が昂ぶるのを感じて、驚いたようにしばらく身を引いていた。皇帝がすかさずわびた。「そ、そ、そんなつもりはなかったのだが。おまえがあまりに美しいものだから。まったく、なんと美しいのだ」皇帝は寛大な瞳にどうにもならない渇望を浮かべて彼女を見つめていた。 バレンジアは顔をそむけた。涙がほおを流れ落ちた。 「怒っているのかい? 何か言っておくれ、お願いだ」 バレンジアは首を振った。「怒るわけがありませんわ、閣下。あ、あなたを、愛していますから。いけないことだとはわかっていますが、どうにもならないのです」 「朕には妻がいる」と、皇帝は言った。「素晴らしい徳のある女性で、朕の子と未来の後継者の母だ。何があっても妻をないがしろにはできんが、朕と妻とのあいだには何もない。心のつながりが皆無なのだ。妻のおかげで朕は朕以上のものになれるのであろうな。朕はタムリエルでもっとも力があるかもしれんが、もっとも孤独でもあるのだよ、バレンジア」皇帝はいきなり立ち上がった。「力!」と、むき出しの軽蔑を込めて言った。「神々が認めてくれようものなら、朕はわが力のほとんどを失ってでも若さと愛を手にしたい」 「けれど閣下は強く、たくましく、生気にあふれているではありませんか。閣下のような男性とは出会ったことがありませんわ」 皇帝は激しくかぶりを振った。「今はそうかもしれん。それでも今日の朕は昨日よりも、去年よりも、十年前よりも衰えておる。天命が朕の心をさいなみ、痛いほどに苦しめるのだ」 「その痛み、私が癒してあげましょう」バレンジアは手を伸ばしたまま皇帝に近づいた。 「いかん。おまえの純潔を奪いたくない」 「私はさほど純潔ではありませんわ」 「どうして?」いきなり皇帝の声音が不快なほどけわしくなり、眉根が寄った。 バレンジアは口がからからに渇いていた。とんでもないことを口走ってしまった。しかし、もう後戻りはできない。皇帝に見透かされてしまうだろう。「ストローがいたので」と、ためらいがちに言った。「そ、それに、私も孤独でしたから。今も孤独ですわ。閣下ほどお強くはありませんし」そう言って、まごつきながら目を伏せた。「私は…… 価値のない女でしょうか、閣下……」 「いいや、そんなことはない。バレンジア、朕のバレンジアよ。どのみち、この関係はさほど長くは続くまい。おまえにはモーンホールドと帝都に果たすべき義務がある。朕にも負うべき義務がある。だが、しばしのあいだは、お互いを分かち合い、できることを楽しもうではないか。最高神に祈りを捧げて、脆弱なわれらを許してもらおうではないか」 皇帝は黙ったまま、嬉しそうに両手を広げた。バレンジアは彼の胸に飛び込んだ。 *** 「バレンジア、噴火口のへりで悪ふざけをするようなものですわ」と、ドレリアンは言い諭した。バレンジアは皇族の愛人から交際1ヶ月を記念して贈られた豪華なスターサファイアの指輪をうっとりとながめていた。 「どうして? お互い幸せなのに。誰にも迷惑はかけてないわ。シムマチャスには見識も良識も必要だって言われたけど。恋人にするには最高の人じゃない? それに、良識だってきちんとわきまえてるわ。皇帝はね、人前では娘みたいに接してくるもの」タイバー・セプティムの夜這いについては、ひとにぎりの王宮の人物、つまり、皇帝その人と数人の側近だけが知っている秘密の伝達経路から広まっていた。 「夕食のときなんて、まるで駄犬みたいにあなたにへつらってますわ。女帝と皇太子の冷たい視線を感じませんか?」 バレンジアは肩をすくめた。皇帝とねんごろになる以前から、彼の家族からは虚礼しか受け取っていなかったのだから。そう、陳腐なほどの礼節しか。「だからどうだっていうの。権力があるのは皇帝だわ」 「しかしですね、将来をになうのは皇太子なのですよ。どうか女帝を公の笑いものになさらぬようお願いします」 「夕食の団らんでも夫を退屈させるような妻なのよ、どうにもならないわ」 「人前ではおしゃべりを慎むこと。私の望みはそれだけです。女帝にほとんど力がないというのは事実です。が、彼女を愛している子供たちを敵にまわすのは懸命ではありません。皇帝の寿命はそれほど長くはないのですから」バレンジアのしかめっ面を見て、ドレリアンはすかさず言い直した。「人間は短命なのです。われらエルフは彼らを『一夜草』と呼びます。季節がめぐるたびに咲いては散るものですが、皇帝の家族がすぐに散るということはありません。皇帝に取り入って甘い汁を吸おうと思うなら、家族との仲たがいは避けるべきです。とはいえ、どうやったら本当にわかってもらえるのやら。あなたはまだ若いし、人間に育てられたのですから。あなたが賢く生きる術を知っているなら、あなたもモーンホールドも、もちろん皇帝がおっしゃるように王朝を興したらの話ですが、セプティム王朝の没落を目にすることができるでしょうね。これまでその興隆を目にしてきたように。それが人間のたどる歴史というもの。気まぐれな潮のように満ちては引くのです。人間の街や国家は春の花のように咲き乱れますが、夏もたけなわになればしおれて枯れてしまう。が、エルフは耐えられる。人間の一時間はエルフにとっての一年、人間の一日はエルフにとっての十年なのですよ」 バレンジアはひたすら笑っていた。皇帝との密通が噂になっていることは知っていたのだ。彼女は注目を浴びることを楽しんでいた。女帝と皇太子をのぞけば、誰もが彼女のとりこになっているようだった。吟遊詩人は彼女の黒肌の美しさと愛らしい仕草を歌にした。街は彼女の話題で持ちきりで、彼女自身は恋をしていた。たとえそれがはかないものであっても。はかなくないものなどがあるだろうか? バレンジアは生まれてはじめて幸せを感じていた。毎日が生きる喜びに満ちていた。もちろん、夜の素晴らしさもまた格別だった。 *** 「私ったら、どうしちゃったのかしら」バレンジアは嘆いてみせた。「ほら、このスカートが入らないもの。腰のくびれはどこにいっちゃったの? 太ったのかしら?」バレンジアは鏡に映るきゃしゃな手足と疑いようもなくぽっちゃりした腰まわりをむっつりとながめた。 ドレリアンは肩をすくめた。「身ごもったようですね、まだ若いのに。人間といつも交わっていたから早熟になったのでしょう。皇帝の庇護を受けている以上、皇帝に打ち明けるしかないでしょう。皇帝のお許しがもらえたら、これからモーンホールドに向かってそこで子育てをするのが最善策でしょうね」 「ひとりで?」バレンジアは膨らんだお腹をさすった。目が涙ぐんでいた。愛の結晶を愛する人と分かち合いたいと体が訴えていた。「そういうことにはならないわ。皇帝は今さら私を手放したりはしないもの。そうに決まっているわ」 ドレリアンはかぶりを振った。それ以上は何も言わなかったが、その顔にはいつもの冷ややかな笑いではなく、思いやるような悲しみが浮かんでいた。 その晩、皇帝がいつもの逢瀬にやってくると、バレンジアはすべてを話した。 「身ごもったと?」皇帝は動揺していた。いや、がく然としていた。「何かの間違いじゃないのかね? エルフは若いうちに妊娠しないという話だったが……」 バレンジアはぎこちなく微笑んだ。「間違いようがありませんわ。だって──」 「主治医を呼んでこよう」 その医師は中年のハイエルフで、バレンジアが確かに妊娠していると診断した。それから、これは前代未聞のことですよと付け加えた。陛下の絶倫さの賜物ですな、とごまをするように言った。皇帝は彼を怒鳴りつけた。 「あってはならんことだ!」と、皇帝は言った。「おろせ。命令だ」 「しかしながら……」と、医師はあんぐりと口を開けて言った。「私にはできません…… ひょっとしたら──」 「できないことはなかろう、このろくでなしのうすのろめが」と、皇帝はぴしゃりと言った。「たっての願いだ」 バレンジアは恐ろしさのあまり目をむいて言葉を失っていたが、とっさに寝床で身を起こした。「いや!」と、叫んだ。「だめ! いったいどういうおつもりですか?」 「バレンジア……」皇帝は彼女のそばに腰をおろした。いつもの愛嬌のある笑みを浮かべた。「すまないね。心からそう思う。が、これは許されんことだ。この件は息子やその息子たちにとっての脅威となろう。どうかわかっておくれ」 「しかし、閣下の子ではありませんか!」と、バレンジアは泣き叫んだ。 「いいや、あくまでひとつの可能性でしかない。その子はまだ魂を授かっても命を育んでもいない。そうなっては困るのだ。許さん」皇帝は厳しい目つきで医師をひとにらみした。バレンジアは震えだした。 「しかしながら、彼女の子です。エルフの子はなかなか生まれません。エルフの女が4度以上妊娠することは極めて稀なのです。たいていは2人しか産みません。ひとりも産まないエルフもいれば、ひとりだけ産むエルフもいます。この子をおろしてしまえば、彼女は二度と身ごもれなくなるかもしれない」 「われらにやや子はできないと言ったのはおまえではないか。おまえの見立てなどあてにならん」 バレンジアはあわてて布団をはぎ取ると、ドアに向かって走った。行くあてなどなかった。ただ、その場にとどまるわけにはいかなかったのだ。だが、ドアに触れることはなかった。目の前が真っ暗になった。 *** バレンジアは痛みで目が覚めた。むなしかった。かつてその空虚を埋めていたものが、そこに息づいていたものが殺され、永遠に消えてしまったのだ。ドレリアンはそばで痛みを和らげてくれていた。時折、股のあいだから流れ落ちる血を拭き取ってくれてもいた。だが、むなしさを満たすものはひとつもなかった。空虚さが消えることもなかった。 皇帝は高価な贈り物や立派な花束を送り届けたり、家来を従えて少しだけ様子を見にきたりしていた。バレンジアは初めのうちこそこうした面会を嬉しく思ったが、夜になって皇帝がやってくることはなかった。しばらくすると、会いにきてほしいとも思わなくなった。 数週間が過ぎ、体調が完ぺきに回復すると、ドレリアンがバレンジアに告げた。これからすぐにモーンホールドに移るようにと、シムマチャスが手紙を書いてよこしていた。バレンジアのモーンホールド行きがただちに発表された。 バレンジアは貫禄のある従者と女王にふさわしい嫁入り道具一式を与えられ、盛大かつ感動的な儀式ばった見送りを受けながら、帝都の門を出ていった。彼女の出発にがっくりと肩を落とすものや、泣きじゃくって引きとめることで悲しみを表現する者もいた。だが、悲しみなどおくびにも出さない者たちもいた。 物語(歴史小説) 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/18.html
影を盗む ウォーヒン・ジャース 著 第1章 ろうそくの明かりがつき、泥棒はまばたきをしながら立ち尽くした。見つかってしまったのだった。泥棒は年若い少女で、身なりは汚く、ぼろぼろの黒い服を着ていた。数週間前、町一番の仕立て屋から盗み出したときは小奇麗で高級な服だったのだが。彼女の顔からは徐々に驚きが消え、無表情で手に持った金をテーブルの上に戻し始めた。 「なにやってるんだ?」と、ろうそくを持った男が、暗がりから出てきて言った。「聞くまでもないでしょ」と、少女は憮然として答えた。「泥棒してるに決まってるじゃない」 「まだ何も盗られてないようだから」男はテーブルに戻された金を見て笑った。「泥棒とは言えないな。盗もうとはしていたんだろうけどな。私が聞きたいのは、なぜうちに泥棒に入ったのかっていうことなんだよ。私が誰だか知ってるんだろう。鍵のかかってない家に入ってきたわけじゃないんだからな」 「他の家にはもう全部入って盗んじゃったのよ。魔術師ギルドの霊玉も盗んだし、最上級の警備で守られた砦の宝物も盗んだ。ジュリアノス聖堂の大司教からもお金を騙し取ったし、ペラギウス皇帝のポケットからも盗んだ。彼の戴冠式の最中にね。それで、次はあなたの番だと思ったってわけ」 「光栄だね」男はうなずいた。「さて、君の試みは失敗したわけだけど、どうする? 逃げるのか? 泥棒をやめるのか?」 「あなたの生徒になるわ」と少女は答え、笑みをこぼした。「この砦の錠前は全部やぶったし、警備の人たち全員の目をかいくぐってきたの。あなたが作った錠前と、あなたが配置した警備なんだから、訓練されてない人間にとってそれがどれほど難しいか知ってるでしょ。6ゴールドが欲しくてここへ来たわけじゃないのよ。私にそれができるって証明したかったの。私をあなたの生徒にしてよ」 隠密行動の達人は泥棒の少女を見た。「君の技術は十分高い、訓練は必要ないだろう。君の計画はまずまずだが、それについては教えてあげられることがありそうだな。そして、君の向上心は絶望的だ。君は今までの人生を盗みをしながら生きてきて、今ではやりがいのためではなく、楽しみのために盗みをしている。そういう性格は直らないし、そういう性格の人間は早死にする」 「盗めない物を盗んでみたいと思ったことないの?」と、少女はたずねた。「盗んだ人の名前が永遠に残るようなものを?」 達人は何も答えなかった。彼はただ眉をひそめた。 「あなたの名声に惑わされていただけみたいね」少女は肩をすくめ、窓を開けた。「一緒に歴史に残るような大仕事をする相棒をお探しかと思ったんだけど。あなたの言うとおり、私の計画はそんなに素晴らしくなかったのね。逃げ道のことは考えてなかったけど、なんとかここから逃げることにするわ」 泥棒の少女は、垂直な壁をすべり下り、暗い中庭を素早く走りぬけると、数分もしないうちに廃酒場の2階の彼女の部屋へ帰りついた。暗い部屋の中で、達人が彼女を出迎えた。 「いつ追い越したのかわからなかったわ」彼女は息をのんだ。 「道で、ふくろうの鳴き声がして振り返っただろう」彼は答えた。「泥棒の技術のうち、一番重要なのが相手に隙をつくることだ。そのために準備するときもあれば、偶然を利用することもある。これが最初の授業だ」 「それで、最後の試験はどんなことをするの?」少女は笑った。 彼がその計画を話したとき、彼女はただ目を丸くするだけだった。どうやら彼は、彼女が思っていたとおりの怖いもの知らずだったようだ。まったく彼女の期待通りだった。 第2章 薪木の月8日までの1週間、リンデールの空は暗く、うごめいていた。カラスの大群が雲のように太陽を隠していたのだ。彼らの耳障りな鳴き声とうめき声で、ほかの音は何も聞こえないほどだった。村人たちは家に閉じこもって扉と窓にかんぬきをかけ、このもっとも不吉な日々を生き延びられるよう祈るだけだった。 召喚の儀式の日、カラスたちは声もたてず、まばたきもせずに、その黒い瞳で渓谷へ向う魔女たちの行列を見ていた。月は出ておらず、薄暗がりの中で魔女たちを導く明かりといえば先頭の魔女の持つたいまつだけだった。彼女らの白い服は輪郭を失ってぼんやりと浮かび上がり、まるで消え入りそうに揺らめく亡霊の群れのようだった。 空き地の真ん中に、一本の高い木が立っており、その全ての枝には無数のカラスたちがひしめき合って、身動きもせずに儀式を見守っていた。魔女たちの長がたいまつを木の下の置き、他の17人の魔女たちはそのまわりに輪になって並んだ。そして、ゆっくりと、すすりなくような声で奇妙な詠唱を始めた。 魔女たちが歌い続けていると、たいまつの炎の色が変わってきた。炎の大きさは少しも変わらなかったが、その色はみるみるうちに灰色になり、それに照らされた魔女たちは脈うちながら降り注ぐ灰をかぶったように見えた。炎の色はますます暗くなり、まだたいまつが燃えているにもかかわらず、あたりはまるで真夜中の森のような暗さになった。たいまつの変化はとどまることろを知らず、とうとうその炎の色は漆黒よりも黒く、虚空のような名付けようのない色になっていった。炎は魔女たちを照らしていたが、それは普通の光とは程遠いものだった。彼女らの白い服は黒く変わった。ダークエルフの魔女は緑の目と象牙のように白い肌になり、ノルドの魔女は墨のように黒い肌になった。頭上で見守っていたカラスたちの羽は、魔女たちが着ていた服のように真っ白になった。 デイドラの王女、ノクターナルが色のない色の穴から進み出た。 彼女は魔女たちの輪の中心に、青白いカラスで満たされた木を玉座のようにして、高慢な態度で立っていた。魔女たちは高貴な支配者に対する服従を示すため、服を脱いで裸になった。彼女は夜のマントに身を包み、魔女たちの歌に笑みを浮かべた。それは彼女の神秘、隠された美、永遠の暗い影、そして太陽の火が消えた後の神聖な未来を謳い上げていたのだった。 ノクターナルはマントを肩から滑らせるように脱ぎ、裸になった。魔女たちは地面に目を落としたまま、顔をあげずに闇を賛美する歌を歌い続けた。 「今だわ」少女はつぶやいた。 彼女はこっけいなカラスの変装を身に付け、一日中木の上にいた。ひどく居心地が悪かったが、魔女たちが集まってくると彼女は体の痛みも忘れて他のカラスたちと同じように固まった。彼女と隠密行動の達人は苦心して計画と調査を重ねこの渓谷を探し出し、ノクターナル召喚の儀式がどんなものかも調べ上げていた。 ゆっくりと、静かに、泥棒の少女は低い枝へと下りて行き、どんどんデイドラの王女の方へ近づいた。途中、彼女は一瞬緊張を解き、達人はどうしているだろうかと考えた。達人は、この計画に自信があるように見えた。彼が言うには、ノクターナルがマントを脱ぎ捨てたとき、彼女に隙をつくる出来事が起こる。もしその瞬間に少女が正しい位置にいれば、マントを盗むことができるというのだ。 少女は一番低い枝を、カラスたちを慎重に押しやりながら横に移動した。カラスたちは、達人の言ったとおり王女の裸の美しさに身動きもせずに見とれていた。少女はもう、手を伸ばせばノクターナルの背中に触れる位置まできていた。 歌声がだんだんと大きく盛り上がり、少女は儀式が終わりに近づいていることを知った。ノクターナルは魔女たちが歌い終わる前に再びマントを身に纏うはずだった。そうなれば、マントを盗む機会は失われてしまう。少女ははやる気持ちのまま、枝を握りしめた。もし、達人がこの場に来ていなかったらどうしよう? これが本当にただの試験だったとしたら? ただ、こういうことができると示すためだけの計画で、本当に盗むつもりは最初からなかったのでは? 少女は腹を立てていた。彼女は彼女の仕事を完璧にやり遂げたのに、隠密行動の達人と呼ばれるあの男は恐れをなして逃げ出したのだ。この1ヶ月、計画のために、達人は彼女にいくつかのことを教えてくれた、だがそれが一体何になるというのだ? ただ、彼女は一つだけ得るものがあったと思っていた。あの夜、達人の砦に忍び込んだとき、彼女は1ゴールドだけくすねていたのだが、達人はそれに気付いていなかったのだ。それは、ノクターナルの手の届くところからマントを盗むのと同じくらい大きな意味を持つ盗みの成果だった。隠密行動の達人からでも何かを盗めるという証明だったのだ。 少女はこの考えに夢中になっていたので、男の声が闇の中から「王女様!」と叫ぶのが聞こえたとき、一瞬空耳かと思った。 次の叫びが聞こえて、彼女はそれが空耳でないとわかった、「王女様! 泥棒がいます! うしろです!」 魔女たちはいっせいに顔をあげ、叫び声をあげた。儀式の神聖さはやぶられ、魔女たちが少女のほうへ近づいてきた。カラスたちは我にかえり、羽を撒き散らし、ヒキガエルのような叫び声をあげながらはじけるように飛び去った。ノクターナル自身も、ゆっくりと振り向いた。 「汝、我を欺き汚さんと試むるか?」王女が囁くような声で言うと、漆黒の影が彼女の体から立ちのぼり、死のような冷たさとともに少女を包み込んだ。 生きたまま闇に飲み込まれながら、少女は最期の瞬間、地面にあった王女のマントがなくなっていることに気付いた。そして、彼女は全てを理解し、王女の質問に答えた。「私? 私は、あなたに隙を作っただけよ」 デイドラの神像関連 小説・物語 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/50.html
アレッシア・オッタスの スキングラード案内書 ジュリアノス、全ての正義と知恵はあなたと共に! 私の名はアレッシア・オッタス。スキングラードの全てについて皆様にお教えしましょう。 スキングラードはワイン、トマト、チーズの名産地として名高く、またシロディールでも最も清潔で、最も安全で、最も栄えている町の一つでもあります。ウェストウィルド高地の中心部に位置するスキングラードは、古き良きコロヴィアの至宝であり、コロヴィアの美徳である独立、勤勉、強い意志を象徴する存在です。 スキングラードは、城、ハイタウン、聖堂の3つの区域に分かれています。そして、ハイタウンを囲む壁に沿って、橋の下を街道が東西に貫いています。ハイタウンの西にはギルドや宿屋「ウェストウィルド」があり、北の道沿いには多くの商店や高級住宅街が並んでいます。町の南半分はというと、東の端に聖堂が、そして中央の通り沿いにスキングラードのもう一つの宿屋「トゥー・シスターズ」があり、庶民の住宅が周囲に点在しています。いくつかの門や橋が、街道を越えてハイタウンと聖堂を繋いでいます。スキングラード城は南西の高い丘に、町から完全に独立して建っています。町から城へ行くには、町の東の門からのびる道が城へ通じています。 スキングラード伯爵のジャナス・ハシルドアは長年スキングラードを治め、魔術師としての名声も高い人物です。彼は人との交わりを非常に嫌っており、全ての面談を断っています。また、彼は不信心にも九大神への礼拝を怠っています。領主が模範を示さなければ、領民はいったいどうやって徳を身に付けるというのでしょう? しかし、それでもなお彼は人々から尊敬され、スキングラードは順調で平和な領国の模範となっています。実際に、この町では犯罪、ギャンブル、路上の酔っ払いなどは全くと言って良いほど見られないし、スキングラードのワインやチーズはタムリエル全土で高値で取り引きされています。 スキングラードには宿屋が2軒あります。そのうち、宿屋「トゥー・シスターズ」はオークが経営しています。この宿屋は清潔で良く管理されており、すばらしいことに騒動や酔っ払いとは無縁です。もう一方の宿屋は感じの良い帝都民の女性が切り盛りしています。両方の宿屋の経営者ともにジュリアノス聖堂に礼拝に現れないので、食べ物や休息を求めている巡礼の皆様にどちらの宿屋をお勧めするべきかはわかりません。 しかし、おいしいロールパンをお探しならば、聖堂区域にあるパン職人サルモの店は間違いなくおすすめできます―― この店のパンは最高です! スキングラードの他の名産品―― トマトとチーズ―― については、各人の好みによって判断が異なるでしょう。また、これを読んでいる皆様はスキングラード名産のワインには興味がないでしょう、酒は人の心を乱し、心の乱れは罪につながるのですから。 この地の魔術師ギルドは他の土地のそれと変わりませんが、戦士ギルドはゴブリン狩りを専門としており、ウェストウィルドを旅する人々に質の高いサービスを提供しています。それにしても町の鍛冶屋が自身を指して“悩める者アグネッテ”と呼んではばからないことには驚かされます。いったいなぜそのような恥知らずなことができるのでしょうか? 九大神をいつも胸に! 地理・旅行 茶3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/209.html
ネクロム事件 ジョンクイラ・ボーズ 著 「つまりはこういうことだ」と、フラクシスは言った。どの彫像にも負けないくらい彫りの深い、毅然とした顔で。「街の西側にある墓地が悪しき存在にとりつかれていて、何年もそのまま放置されているんだ。民はもうそれを受け入れてしまっている。明るいうちに死者の埋葬を終えて、大月神と小月神が夜空に浮かび、邪悪が目覚める前に墓地から離れるようにしている。魔物どもの餌食になるのはよほどの愚か者かよそ者くらいなものだ」 「自然なやり方で厄介払いができていいじゃないの」と、ニトラはけらけらと笑った。背の高い中年の女性で、目は冷たく、唇は薄い。「彼らを救うお金はどこから出るわけ?」 「神殿からだ。墓地の近くの新しい修道院を再開させようとしていて、是が非でも悪霊を浄化したがってる。莫大な報酬がもらえるってことで、依頼を請け負った。私が討伐チームを集め、報酬は分配するという条件つきで。それで君たちを探したわけだ。聞いたところでは、ニトラはモロウウィンド最強の剣士らしいね」 ニトラはむっつりした顔で最高の笑顔をこしらえた。 「それから、オスミックは世に知れた盗賊だ。もっとも、投獄された経験はないらしいが」 頭のはげた青年はどもりながら反論しようとしたが、すぐに笑顔に戻った。「どんな場所でも入れるようにしてやるが、その先はあんたらに任せるよ。こちとら戦いは苦手なんでね」 「ニトラと私の手に負えないことは、マシッサが勇気をもって対処してくれよう」フラクシスはそう言って、討伐隊の4人目のメンバーに向き直った。「とてつもない力と技を秘めた妖術師という触れ込みだから」 マシッサは純粋無垢を絵に書いたような女性で、丸顔に丸い目をしていた。ニトラとオスミックはいぶかしげに彼女を見た。フラクシスが墓地に巣くうモンスターの恐ろしさを説明しているときに、いかにもおびえたような表情を浮かべたのがとくに気になった。彼女が人間の男女以外の敵と戦ったことがないのは明白だった。その場にいる誰もが思った。マシッサが生き残るようなことがあれば、驚くべき番狂わせだと。 夕刻、4人組は重い足取りで墓地に向かう道すがら、新人のマシッサに質問をぶつけてみた。 「バンパイアはいやらしいモンスターだわ」と、ニトラは言った。「病気をばら撒くの。はるか西方のバンパイアは苦悩をもたらすだけでなく、無差別に呪いをかけてまわると言うわ。この辺のバンパイアはそういうことはあまりしないけど、傷を負わされたら手当てをしないとだめ。メンバーの誰かが咬まれたら、回復の呪文とかそういうので助けてくれるんでしょう?」 「少しは知ってるけど、治療師じゃないから」と、マシッサは控えめに言った。 「魔闘士に近いのか?」とオスミックが訊いた。 「至近距離でならかすり傷くらいは負わせられるけど、あんまり得意じゃないの。どっちかというと幻惑師なのよ、私」 ニトラとオスミックは不安感もあらわに顔を見合わせた。と、一行は墓地の門に到着した。影が動いていた。がれきだらけのひび割れた小道を縫うように飛びまわる迷える死霊たち。迷路状になっているわけでもなく、どこにでもありそうな荒廃した墓地だったが、ひときわ目立つ特徴がひとつあった。墓標を見なくても、それが何なのかわかった。シロディール家の無名の役人が安置された第二紀の霊廟が遠くにそびえていた。どこか風変わりな建物だったが、費用のいっさいかからない「腐朽」という様式で作られたダンマーの墓とも釣り合いがとれていた。 「びっくりするほど便利な流派なのよ」マシッサはみずからを弁護するようにささやいた。「あのね、マジカのパワーで、物体の物理的構造を変化させずに認識結果だけをゆがめることが肝要なの。たとえば知覚情報を排除して視力を奪ったりするわけね。聴覚や臭覚も無効にできる。うまく使えば──」 赤毛の女バンパイアが影から躍り出ると、フラクシスの背中を突き飛ばした。ニトラはとっさに剣を抜き放ったが、マシッサのほうが早かった。彼女が手を振りかざすと、モンスターは動くのをやめてその場で固まった。あごでフラクシスの喉を食いちぎろうとする直前で。フラクシスは剣を抜いてバンパイアにとどめを刺した。 「幻惑か?」と、オスミックは訊いた。 「ええ」マシッサは微笑んだ。「バンパイアの動きだけを奪ったのよ、その形態を変えることなく」 四人は小道を乗り越えて霊廟の正門までやってきた。オスミックが鍵をぱちんと外し、毒の罠を解除した。ほこりまみれの廊下を進みながら、マシッサは光の波を照射して影を消し去り、闇の住人をおびき出した。その直後、一対のバンパイアが襲いかかってきた。吠えたりうなったりしながら血をよこせと訴えていた。 戦いが始まった。最初の2匹のバンパイアが倒れるやいなや援軍が飛びかかってきた。吸血鬼どもはけた外れの体力と忍耐力の備わった驚異の戦士だったが、マシッサの麻痺の魔法とフラクシスとニトラの剣術でもって、討伐隊は敵をなで斬りにしていった。オスミックでさえ戦いに加わった。 「危険なやつらね」ようやく戦いが終わると、マシッサは息を切らせて言った。 「クァラだ。バンパイアの血族でもっとも残忍と言われる」とフラクシスは言った。「最後の一匹までやつらを見つけ出して始末せねばならん」 霊廟の地下深くへと進んでいきながら、討伐隊はさらにモンスターを成敗した。それぞれ見かけは異なったが、力と爪でめったやたらに攻撃してくるという点では通ずるものがあった。隅から隅まで霊廟を捜索して怪物を全滅させると、討伐隊はとうとう地上へ引き返すことにした。あと一時間もすれば夜明けだった。 逆上したような叫びやうなり声はもはや聞こえてこなかった。突撃してくる敵もいなかった。最後の攻撃はこれまでとはまるで違ったため、討伐隊は完ぺきに不意を突かれた。 古代の怪物が墓地の出口付近で待ちかまえていたのだ。そうとも知らずに、討伐隊のメンバーは報酬の分け前の使い道について談笑していた。怪物はもっとも手ごわい相手を慎重に見極めると、マシッサに襲いかかった。フラクシスが門のほうから視線を戻さなかったら、マシッサは叫び声をあげる間もなく八つ裂きにされていただろう。 バンパイアはマシッサを墓石に向かって突き飛ばした。鉤爪で彼女の背中を引っかいたが、攻撃の手をゆるめて、フラクシスの剣の一撃を受け止めようとした。バンパイアはきわめて残忍にその思惑を成し遂げた。戦士の腕を肩からもぎとったのだ。オスミックとニトラも加勢したが、負け戦になると直感した。弱っていたマシッサが血を流しながらも岩の山からなんとか立ち上がったまさにそのとき、戦況が変わった。マシッサが魔法の火の玉をバンパイアめがけて投げつけると、怪物は憤激して彼女に向き直った。ニトラはここがチャンスと見るや、剣を一閃、バンパイアの首をはね飛ばした。 「少しは攻撃の呪文も使えるのね、話したとおりに」と、ニトラは言った。 「それから少しの回復呪文も」と、マシッサは力なく言った。「けど、フラクシスは助からない」 戦士は土の上で血まみれになって息絶えていた。三人はしんみりと、朝陽に照らされた郊外をネクロムに向かって歩いていった。マシッサは背中で強烈な痛みが増していくのを感じていた。それから、氷漬けにでもされたように全身の感覚が失われていった。 「感染したかどうか、治療師にみてもらわないと」街に到着すると、マシッサは言った。 「明朝、『蚕と炎』で落ち合いましょう」と、ニトラは言った。「私たちはこの足で神殿に行って報酬をもらってくるわ。きっかり三等分しておくわね」 三時間後、オスミックとニトラは宿屋の一室で、嬉しそうに何度も何度も金を数えなおしていた。三等分してもかなりの額になった。 「治療師がマシッサの症状をみて、さじを投げたらどうする?」と、オスミックは夢見心地で言った。「潜伏性の病ってこともありうるからな」 「廊下で音がしなかった?」ニトラはすかさず訊いた。が、外を調べても誰もいなかった。部屋に戻って後ろ手に扉を閉めた。「あれからすぐ治療師のところに向かっていれば、マシッサはきっと助かるわ。けど、私たちは今夜のうちに金を持ち逃げしたっていい」 「われらの哀れな妖術師のために、最後の乾杯といこうか」と、オスミックは言った。ニトラを連れて部屋を出ると、階下に向かった。 ニトラは笑った。「私たちのあとを追おうとしても、幻惑の呪文だけじゃ何にもならないわ。どんなに便利であってもね。麻痺、光、沈黙。どれもこれも、手さぐり状態じゃ役に立たないもの」 彼らは部屋の扉を閉めた。 「透明化も幻惑の呪文のひとつなのよ」と、マシッサは幽体離脱した状態で言った。テーブルの上の金が宙に浮かび、ぱっと消えた。彼女がバッグにしまったのだった。ふたたび扉が開いて閉じると、部屋は静かになった。数分後、オスミックとニトラが戻ってくるまでは。 小説・物語 茶4
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/158.html
マルク神聖僧団記 第4巻 神殿の浄化 [編者注:本文書はアレッシア教団第一期の分派である同僧団の記録のうち、唯一現存が確認されている一片である。カヌラス湖にある同僧団の大修道院群が正道戦争(第一紀2321年)の際に破壊され、保管文書が喪失ないし分散してしまうまで、そこに保管されていたようである。 なお、この時代のアレッシア一派の書記官はアレッシアの神化(第一紀266年)を元に日付を算出していた点に留意されたい。] 以下に、アレッシアの祝福127年目の出来事を記す。 この年は全土において昼の光が暗くなり、太陽が大月神三日程度の暖かさにとどまり、日中でありながらその周囲に星々が見えることがあった。これは蒔種の月の5日のことであった。これを目にした者は誰もが不安を覚え、近々大いなる出来事が訪れるであろうと口々に語った。いかにも、同年中に太古のエルフの神殿であるマラーダより、ベルハルザ王の御世以来となる規模の魔族の大群が湧き出たのであった。これら魔族の汚濁により大地は冒され、耕すことも刈り取ることも種を蒔くことすらままならず、人々は救いを求め、マルク神聖僧団にすがった。これを受けてコスマス修道院長が修道僧全員を集結させ、エルフの言葉で「大いなる神殿」としても知られるマラーダへと向かい、聖なる炎をもってそれを攻め、汚らわしい魔族たちは滅ぼされ、神殿内で発見された多数の邪悪なる遺物や書物が燃やされたのであった。そしてその地では何年もの間、平和が続くこととなった。 その他クエスト関連 歴史・伝記 紫1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/67.html
アレッシア・オッタスの 帝都案内書 アカトシュを称えよ! 帝都と全ての民に祝福を! 私の名前はアレッシア・オッタス。皆様に、帝都の全てについてお伝えしましょう。 帝都について 帝都におられるお方といえば? そうです、タムリエル皇帝ユリエル・セプティム、信仰のディフェンダーにして、聖タイバー・セプティム、主タロスの血統であり、神聖なる国家と法の主、九大神とともにあるもの。私たちはみな、皇帝の善良さと神聖さを知っています。彼はよく、最高神の神殿で九大神と聖人たちに祈りを捧げています。 では、皇帝が住んでおられるのは? 帝都の中心部にある王宮の白金の塔です。白金の塔は遠い昔、邪神デイドラを信仰するアイレイドたちによって建てられました。邪教の古代文明が積み上げた石の塔が、今では帝都の正義と信仰を象徴する記念碑として神に捧げられているのですから、本当に素晴らしいことです。帝都の王宮を訪れる人々は聖人や伯爵、魔闘士、歴代皇帝が眠る墓地を散策し、町のどこからでも見える白金の塔を畏敬の念を込めて見上げるのです。 王宮にある長老会の会議室は、一般の立ち入りは禁止されています。また、帝都衛兵の古式ゆかしい武具に驚嘆するかもしれませんが、彼らは粗野で非礼なのであまり近づかないほうが良いでしょう。 帝都の地区 帝都は10の地区に分かれています。中心地にあるのが王宮で、残りの9地区がその周りを囲んでいます。王宮の北西の地区がエルフガーデンで、住みやすい住宅街です。 そこから反時計回りに、次の地区はタロス広場地区です。ここは王宮の西にある高級住宅地です。南西にあるのが神殿地区です。神殿地区の壁の向こう側、街の外には悪臭漂う不潔な波止場地区があります。王宮の南東は庭園地区で、そこの壁の向こう側には評判の悪い魔術師ギルドのアルケイン大学が建っています。東にあるのは悪名高い闘技場地区です。そして最後に、王宮の北東はなんでも手に入る商業地区です。商業地区の壁の外側には獄舎地区があります。 神殿地区 私が住んでいるのは帝都の神殿地区ですが、ほんとうに美しいところです。最高神の神殿に礼拝に来られることがあれば、ぜひうちを訪ねてください。夫と娘もご紹介します。ここはとても素晴らしい地域で、住んでいるのは感じのよい上品な人たちばかりです。ただ、帝都の他の地域と同じく、物乞いがうろうろしているのが玉にきずです。 庭園地区 この美しい庭園では、あの有名な九大神の像を見ることができます。中央の像が主タロス、皇帝タイバー・セプティムです。しかし、この九大神の中心という名誉な位置に、最高神アカトシュを差し置いてタロスが彫られているというのはいかがなものでしょうか。実際のところ、この恥ずべき間違いの元凶は、タロスの子孫である皇帝を必要以上に賛美しようとした長老会です。 商業地区 帝都商業会議所の前には、商人による詐欺の被害を訴えにくる人々の行列が絶えません。ここは不潔な地区で、商店が捨てた木箱がそこら中に積み重なり、気味の悪い茸や菌類がびっしりと生えて、敷石はぬるぬるした汚れですっかり覆われています。ここへは自分で買い物に行くよりも、使用人を使いに出せるならそうしたほうが良いでしょう。 アルケイン大学 ここはひどく汚く、荒れた、スラムのような場所です。屋外には一人の生徒も魔術師も見当たりません。彼らは暗い地下室に座って異端の書物に没頭しているか、巻物に難解な悪文を書き付けるのに忙しいのです。 アークメイジの塔の中には、帝都の太陽系儀が置かれています。魔術師たちはそれを使って天文学の研究をするのです。なんと愚かな! そんな馬鹿げた高価な機械を覗き込んでいる暇があれば、どうして神の御業に目を向け、教えの通り九大神を崇めないのでしょう? 魔術師たちは貴重な本を集めた巨大な図書館を持っていますが、意地悪くも一般の利用者は締め出しています。しかし、これは特に非難すべきことではないし、惜しくもありません。なぜなら、彼らの集めるような本は確実に不道徳でとるに足らない内容でしょうから。 帝都波止場地区 この場所は本当に最低です。この場所を歩いていて、殺された女子供の死体につまづくことはそう珍しくありません。タムリエルで最もたちの悪い人種は商人と船乗りですが、ここにはそういったごろつきが集まってきては市民の稼いだお金を騙し取る算段をするのです。賭博、人身売買、スクゥーマ、その他のもっと恐ろしい罪が港湾倉庫や船倉で行われています。彼らを取り締まるべき衛兵は何をしているかですって? どこにも見あたりません。 帝都獄舎地区 この牢獄は陰惨で身の毛のよだつような場所で、じめじめした不潔な建物の中のいたるところに、鎖、やっとこ、手枷、足枷、その他あらゆる拷問道具が置かれています。でも、肝心の囚人はどこでしょう? いません! 衛兵があんなにも怠けているせいで、牢獄はいつもからっぽなのです! 帝都のいたるところに衛兵の姿が見られます。彼らも町中に居る盗賊や強盗がこわいので、常に数人で一緒に行動しています。どうして彼らが、鬱陶しい物乞いどもをまとめて牢屋に入れてしまわないのか不思議でなりません。犯罪者は大胆で、白昼、町中で犯罪に出くわすことも珍しくありません。ある恥知らずのならず者などは、彼の武具が帝都獄舎から盗んだものであるとおおっぴらに自慢しているほどです。いったい、どれほど看守が怠けていればそんなことが可能なのでしょう! 犯罪者を牢に閉じこめておくべきはずの看守の上司が賄賂を受け取っているため、看守たちは恥知らずにも職務を怠っているのです。 闘技場 この場所については説明する必要がないでしょう。皆様が足を運ぶような場所ではありません。怠惰で愚かな人々だけがここへ来て勝ち負けに金を賭けたり、時には自分で血を流して戦ったりするのです。そんな無益な戦ができるなら、どうして町中にたむろする強盗や物乞いを駆逐することにその力を使わないのでしょう。 九大神の祝福とご加護がありますように! 地理・旅行 茶2