約 3,520,733 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/195.html
タララ王女の謎 第4巻 メラ・リキス 著 ジーナが皇帝の密偵、ブリシエンナ夫人に会うことは二度となかったが、彼女は約束を守った。帝都に仕える処刑人、プロセッカスは、ストレイル卿の屋敷に変装してやってきた。ジーナは有能だった。数日もあれば知るべきことは学べてしまいそうだった。 「こいつは単純な魅了の呪文でして、激怒したデイドロスを恋にのぼせた子犬に変えてしまう、ということはありません」と、プロセッカスは言った。「相手を怒らせるようなことを実行するか、そういったことを口にすれば、効果が弱まるでしょう。ちょうど幻惑の流派の呪文のように、あなたに対する相手の認識を一時的にゆがめますが、敬意や憧憬の念を抱かせようとしたら、もう少しマジカ性の弱い魅了を使って対処しなければならないのです」 「わかったわ」ジーナは微笑むと、ふたつの幻惑の呪文を教授してくれて師に感謝した。身につけたばかりのスキルを実践するときがやってきた。 カムローンにある娼婦のギルド屋敷は立派な宮殿で、裕福な街の北部地区にあった。サイロン王子は目隠ししていようが、いつものように泥酔していようが、そこまでたどりつけた。が、今夜の王子はほろ酔いといったところで、これ以上は一滴も飲まないと決めていた。今夜は楽しみたい気分だった。彼らしいやり方で。 「私のお気に入りはどこだね、グリジア?」彼は入ってくるなり、ギルドの女将に申しつけた。 「あの娘は先週のご指名で負った傷がまだ癒えておりませんのよ」と、女将は穏やかに言った。「他の娘はみな出払っておりますわ。けれど、あなたのためにとっておきの娘を残しておきましたの。新人ですけど、きっとお楽しみいただけますわ」 王子が案内されたのはビロードとシルクでぜいたくに装飾された特別室だった。王子が入ってくるのをみて、ジーナはついたての陰から歩み出ると、素早く呪文をとなえた。プロセッカスに教わったように、おおらかな心で信じながら。最初は魔法が効いているのかどうかなんとも言えなかった。王子は残忍な笑みを浮かべてジーナを見ていたが、雲間から太陽がのぞくように、残虐性がさっと晴れた。王子はジーナの手中にあった。彼女に名前を訊いてきた。 「名前と名前の板ばさみになっておりますの」ジーナはからかった。「本物の王子様と愛し合ったことなんてございませんわ。王宮に入ったことすらありませんの。さぞかし…… ご立派なんでしょうね」 「まだ私のものではない」王子は肩をすくめた。「が、いつかきっと王になる」 「あんな王宮で暮らせたら素敵でしょうね」と、ジーナは甘えた声で言った。「一千年の歴史。見るものすべてが古めかしくて美しい。絵画、書物、彫像、タペストリー。皇室の方々は過去の財宝をみんな手放さずに持っておりますの?」 「ああ。くだらないがらくたと一緒に宝物庫の資料室にしまってある。そろそろ、おまえの裸を見せておくれ」 「まずはおしゃべりを楽しんでから。王子様がお脱ぎになりたいとおっしゃるなら、どうぞご自由に」ジーナは言った。「資料室があるとは聞いておりましたけど、巧みに隠されているとか」 「皇族の墓所の裏手にまやかしの壁がある」と、王子は言った。彼女の手首をつかんで引き寄せると、彼女の唇を奪った。と、その目つきが変わった。 「腕が痛みますわ」と、ジーナは叫んだ。 「おしゃべりはおしまいだ、妖艶な売春婦め」王子は怒鳴った。鋭い恐怖心を押さえつけながら、ジーナはつとめて冷静であろうとし、知覚イメージが流れるにまかせた。王子の怒れる口が彼女の唇に触れると、ジーナは幻惑の師から学んだふたつめの呪文をとなえた。 王子は肉体が石と化したのを感じた。その場に凍りついたまま、ジーナが乱れた服装を直して部屋から出ていくのを見ていた。麻痺状態はあと数分しか続かないが、ジーナにとってはそれだけで充分だった。 ジーナとストレイル卿の指示どおり、ギルドの女将はすでに娼婦たちを連れて逃げていた。事態が沈静化すれば、戻ってくるようにとの連絡が彼らから入ることになっていた。この計略の一端を担ってくれたにもかかわらず、女将は一銭も受け取ろうとしなかった。娼婦たちはあの残虐な変態王子に二度と拷問されないですむなら、それだけで充分だからと。 「とんでもない坊やね」法衣の頭巾を上げながら、ジーナは思った。ストレイル卿の屋敷に向かって通りを突っ走っていた。「あの坊やが王になることがなくてよかったわ」 翌朝、カムローンの王と王妃はいつものごとく貴族やら外交官やらと接見していた。人の集まりが悪く、謁見室はがらがらだった。一日を始めるやり方としてはあまりに気だるかった。ひとつの陳述が終わると、いかにも王らしいあくびをした。 「肝心な人たちはどうしてしまったの?」王妃がつぶやいた。「私たちの大切な坊やは?」 「北区のあたりで荒れに荒れているらしい。娼婦に騙されてあとを追ってるようだな」王は愛のある含み笑いをもらした。「なんともできのいい息子だわい」 「それなら、あなたの魔闘士は?」 「きわめて難しい任務にあたらせている」王は眉を寄せた。「が、かれこれ一週間になるし、まるで音沙汰がない。穏やかではないな」 「もちろんだわ。エリル卿をそんなに長い間遠ざけておくべきじゃないもの」王妃は顔をしかめた。「危険な妖術師が私たちを脅してきたらどうするの? あなたは笑うかもしれないけれど、ハイ・ロックの王族が魔術師の家臣をいつも傍らに待機させているのはそのためでしょう。邪悪な付呪から王宮を守るためだわ。こないだだって、哀れな皇帝が付呪に苦しめられたじゃないの」 「側近の魔闘士の手でな」王はくすくすと笑った。 「エリル卿はあんなふうにあなたを裏切ったりはしないわ。わかってるでしょう。あなたがオロインの公爵だった時代から仕えてきてるのよ。エリル卿とジャガル・サルンをそうやって比較するなんて、まったく…」王妃ははねつけるように手を振った。「タムリエル各地の王国をむしばんでいるのは、その類の信頼感の欠如なの。ストレイル卿なら──」 「そういえば彼も行方不明になっているな」王は沈思黙考した。 「大使のこと?」王妃はかぶりを振った。「いいえ、ここにいるわよ。どうしても墓所を訪れてあなたの高貴なる祖先に敬意をささげたいって言うから、場所を教えてあげたわ。おかしいくらい時間がかかってるけど、それだけ敬虔だってことかしらね」 王妃は驚いた。王が立ち上がったのだ。その顔に危機感を浮かべて。「どうして黙ってたんだ?」 王妃が答えようとするまでもなく、話題の主が開け放たれた扉から謁見室に入ってきた。一流貴族が着るような緋色と金色の壮麗なガウンをまとった金髪の女性をその腕に従えて。王妃は、あ然としている夫の視線を追っていき、同じようにあ然とした。 「大使は『花祭り』の娼婦の一人にご執心だったと思ったけど、淑女ではなくて」と、王妃はささやいた。「しかも、あなたの娘にそっくりだわ、ジリア夫人に」 「ああ、瓜二つだ」王は息をのんだ。「ジリアのいとこのタララ姫だ」 謁見室の貴族たちはこそこそと話をしていた。姫が失踪したのは20年前で、王族の他のメンバー同様に殺されたというのが大方の見方だった。その当時から王宮で働いていたものは少なかったが、何人かの古参の政治家がはっきりと覚えていた。玉座の上に限らず、「タララ」という言葉が付呪のように空気中を伝播していた。 「ストレイル卿、そちらのご淑女を紹介していただけませんか?」王妃は丁寧な笑みを浮かべて訊いた。 「しばしお待ちを、王妃様。まずは、火急の件を論じなければなりませんので」ストレイル卿は頭を下げた。「できれば内密に行いたいのですが」 王は帝都の大使をじっと見て、表情から真意を読み取ろうとした。手を振りかざして貴族たちを退出させ、扉を閉じさせた。謁見室に残されたのは王、王妃、大使、数名の近衛兵、それと謎の女性だった。 大使がポケットから一枚の黄ばんだ羊皮紙を取り出した。「王様、兄上とご家族が殺されてあなたが戴冠されたとき、当然のことですが、証文や遺言のような重要書類はすべて、書記官や大臣の管理のもとで保管されました。亡き王の副次的な重要ではない私的文書については、慣習にのっとって、資料室に送られました。この手紙はその中から見つかったものです」 「いったいどういうことなのかね?」と、王は大声で言った。「手紙には何と?」 「王様のことではありません。実際のところ、王様が戴冠なさった時点では、誰かが手紙を読んだところでその意義が理解できなかったでしょうな。手紙はあなたの兄上である亡き王が皇帝に宛てたもので、暗殺の直前に書かれました。ここカムローンのセシエテ神殿にかつて魔術師および僧侶として仕えていた、義賊についての手紙です。その義賊の名は、ジャガル・サルン」 「ジャガル・サルン?」王妃はそわそわしながら笑った。「あらあら、ちょうどサーンのことを話してたのよ」 「サーンは、強力な呪文や忘れられし呪文に関する書物を何冊も盗み出しました。それから、混沌の杖のような秘宝にまつわる伝承も。杖の隠し場所や使い方を知るために。情報はゆっくりと西方のハイ・ロックまでやってきます。皇帝の新たな魔闘士の名がジャガル・サルンだという情報が亡き王の耳に入る頃には、もう何年も過ぎていました。亡き王は手紙をしたためて、背徳の魔闘士について皇帝に警告しようとしました。が、手紙が完結することはなかったのです」ストレイル卿は手紙を高く掲げた。「手紙の日付は385年の、王が暗殺された日です。ジャガル・サルンが皇帝を裏切って『虚構帝都』による10年間の暴政を開始する4年前のことです」 「じつに興味深い話だが」王は吠えるように言った。「私と何の関係があるのだ?」 「帝都は現在、亡き王の暗殺にただならぬ関心を寄せています。そして、あなたの忠実なる魔闘士、エリル卿から自白を取らせていただきました」 王は顔色を失った。「このみすぼらしい虫けらめ、何人たりとも私を脅せるものか。おまえも、その娼婦も、その手紙も、もう二度と陽光をおがむことはあるまい。衛兵!」 近衛兵が剣を抜き放ち、つめ寄ってきた。と、いきなり光がきらめき、プロセッカス率いる帝都の処刑人たちがわらわらとわいてきた。彼らは何時間も部屋に潜んでいたのだ。誰にも気づかれないように影の中で息を殺して。 「帝都の偉大なる太陽、ユリエル・セプティム七世の名において、あなたを逮捕します」と、ストレイルは言った。 扉が開かれ、うなだれた王と王妃が連れ出された。ふたりの息子であるサイロン王子が寄りつきそうな場所を、ジーナはプロセッカスに教えた。謁見室にいた廷臣や貴族は、彼らの王と王妃が奇妙なほど厳粛に王立刑務所へと行進していくさまをながめていた。口を開くものはいなかった。 とうとう声が上がったとき、誰もが仰天した。ジリア夫人が王宮に到着したのだ。「どういうことなの? 王と王妃の権威を奪ったりして、一体どういうつもりなの?」 ストレイル卿はプロセッカスのほうを向いた。「われらとジリア夫人だけで話をしたほうがいい。なすべきことはわかっているな?」 プロセッカスはうなずくと、謁見室への扉をまたもや閉めた。廷臣たちは木の扉に体を押しつけ、ひと言たりとも聞き逃さないよう耳をそばだてた。黙ってはいたが、彼らもまた、ジリア夫人と変わらぬくらい事情を知りたがっていたのだ。 物語(歴史小説) 緑2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/179.html
狂気の十六の協約 第十二巻 マラキャスの物語 オルシニウムの発見が為される前の時代、疎外されていたオークの民は、我々の時代における彼らの子孫が慣れているそれよりずっと厳しくおびただしい追放と迫害の対象となっていた。そのため多くのオーシマーのチャンピオンが、同胞の増殖のために境界を強化しながら旅をした。たくさんのチャンピオンたちが今でも語りぐさとなっており、その呪いの軍団には、無毛のグロンマと、気高いエンメグ・グロ=カイラも含まれている。後者の聖戦士は、あるデイドラの王子たちに目をつけられることがなければ、タムリエル中に知られる伝説的存在へと間違いなくのし上がっていたはずである。 エンメグ・グロ=カイラはある若い女性の庶子として生まれたが、母親は彼の出産と共に亡くなっていた。そのため、現在はノルマル高地と呼ばれている山に住む彼の部族、グリリカマウグの、シャーマンに育てられることになった。15歳の後半になってから、エンメグは部族における成人の儀式に従い、手の込んだウロコ鎧を一式、自分で鍛造して作った。ある風の強い日、エンメグは最後の鋲を打ち込み、分厚い外套の上に重いマントを羽織って、村から永遠に旅立った。隊商を盗賊の手から守ったり、奴隷にされた獣人を解放したりといった英雄的行為の噂が、常に故郷にまで届いた。気高いオークの聖戦士の噂はブレトンの者たちにまで喜々として語られるようになったが、わずかばかりの恐怖心を伴って伝えられることも多かった。 成人に達してから2年も経っていなかったある晩、グロ=カイラがテントを張っていると、どんよりとした闇の中から呼びかけるか細い声が聞こえた。明らかにオークの者ではない口から自分の部族の言葉が出るのを聞いて、彼は驚いた。 「カイラ卿よ」と声は語りかけ、「お前の功績が多くの者たちの口に伝っており、私の耳にも届いたのだ」。エンメグが暗闇に目をこらすと、ぼんやりとしたたき火に揺らめくように、外套をまとった者のシルエットがどうにか見えた。声のみで判断すると、侵入者は老婆かと思われたのだが、細かい所までは何も分からないものの、どうやらきゃしゃでひょろっとした体つきの男がそこにいるようだった。 「そうかもしれません。」と、慎重なオークは答え、「しかし私は栄光を求めてはいません。あなたは誰なのですか?」 質問を無視して、そのよそ者は話を続けた。「にもかかわらず、オーシマーよ、栄光はお前にもたらされた。そしてそれに見合う贈り物を私は携えている」。訪問者は外套をわずかに開き、淡い月の光にかすかにきらめくボタンだけをのぞかせながら、一つの包みを取り出し、二人の間にあるたき火のそばに放り投げた。その物に巻かれたぼろ切れを注意深く取り除くと、凝った装飾の柄を持つ、幅の広い弓なりの刃が出てきて、エンメグは驚嘆した。剣はずっしりと重く、実際に振ってみると、手の込んだ柄がかなりの重さを持つ刃とのバランスを保つという実用的な役割を果たしていることが、エンメグには分かった。今の状態では特にどうということがないようにも見えるが、汚れを落とし、取れてしまっている宝石を元通りにすれば、自分の十倍もの評価を持つチャンピオンにもふさわしい剣になるだろうと思われた。 「剣の名はネブ=クレセンだ」と、その価値を認めて顔を輝かせるグロ=カイラを見ながら、やせたよそ者が言った。「私は暖かい地方で、1頭の馬とある秘密とを差し出して、それを手に入れた。だがこの年齢になっては、そんな武器を持ち上げられるだけでも幸運というものだ。お前のような者に渡すことこそ、正しいことと言えるだろう。その剣を手にすれば、お前の人生は永遠に変わることになる」。鍛え上げられた弓なりの鋼鉄に夢中になる気持ちをひとまず抑え、エンメグは訪問者に注意を戻した。 「お言葉はもっともですが、ご老人、」あえて疑念を隠さずにエンメグが言った「私も馬鹿ではありません。交換によってこの剣を手に入れたのなら、今夜もまた、何かと交換するつもりでしょう。望みは何です?」。よそ者が肩の力を抜き、黄昏時にやってきた真の目的を明らかにしてくれたので、エンメグは喜んだ。よそ者と一緒にしばらく座り込んだ後、風変わりな武器との交換品として、たくさんの毛皮と、温かい食事、一握りの硬貨を彼に差し出した。朝が来る前に、よそ者は去っていった。 エンメグがよそ者と出会った翌週は、ネブ=クレセンが鞘から抜かれることはなかった。森で敵に遭遇することはなかったし、食事は弓矢で捕まえた鳥や小さめの獲物で賄っていたからだ。安らかでいられることが心地よかったが、7日目の朝、低く垂れ下がった大枝の間にまだ霧が立ち込めていた頃、深い雪と森の堆積物をザクザクと踏みしだく確かな足音が近くで発せられているのを、エンメグの耳は聞き取った。 エンメグは鼻の穴をひくひくさせてみたが、彼のほうが風上だった。訪問者の姿も匂いも分からず、しかも自分の匂いがそよ風に乗ってその相手のほうへと流れていることを知ったエンメグは警戒を強め、ネブ=クレセンを慎重に鞘から抜いた。次に何が起きたのか、エンメグ自身にも完全には分からなかった。 ネブ=クレセンを抜いてからの最初の記憶としてエンメグ・グロ=カイラの意識に残っているのは、弓なりの剣が目の前でさっと振られ、森の地面を覆う汚れなき粉雪に血が飛び散った光景だった。次に記憶にあるのは、激しく血を欲する感情が自分に忍び寄ってきたことだったが、その時になって初めて、彼は犠牲となった者の姿を目にしたのだった。それはおそらく彼より少し若いと思われるオークの女性で、その身体には、屈強な男を10回は殺せるほどのむごたらしい傷が一面についていた。 それまで彼を包んでいた狂気を嫌悪感が圧倒し、自らの全意志に後押しされるような形で彼は握りしめていたネブ=クレセンを放り投げた。耳障りな音を立てながら剣は宙を切り裂き、雪の吹き溜まりに埋まった。恥ずかしさと恐怖を感じたエンメグは、昇る太陽からの批判の視線を避けるかのように外套の頭巾で顔を隠して、その場から逃げ去った。 エンメグ・グロ=カイラが同族の一人を殺害した現場は、ゾッとするような有り様だった。死体の首から下は見分けもつかないほど斬りつけられて損なわれていたのに、無傷の顔は絶望的な恐怖の表情をしたまま凍りついていたのだ。 この場所でシェオゴラスがある儀式を行ってマラキャスを召喚して、デイドラの主である二人は、ひどく損なわれた死体の前で問い詰め合った。 「なぜこれを私に見せるのだ、マッドゴッド?」。言葉を失うほど激怒していた状態から立ち直って、マラキャスが口を開いた。「我が子らの殺害を嘆き悲しむ姿を眺めて、楽しもうとでも言うのか?」。ガラガラとした声を轟かせながらそう言うと、オーシマーの守護者である彼は責めるような目で相手を見つめた。 「生まれに関しては、彼女はお前の物だ。落ちこぼれの兄弟よ」。いかめしい顔つきと態度でシェオゴラスが話し始めた。「だが自らの習性により、彼女は私の娘になったのだ。私の悲嘆は決してお前のそれに劣る物ではないし、憤激もまた然りだ」 「それはどうか分からないが、」マラキャスが声を轟かせ「この罪に対する報復が私の役割であることは確かだ。貴様との争いなど望んではいない。下がっていてくれ」。恐怖の王子が押しのけて通り過ぎようとすると、シェオゴラス閣下が再び話し始めた。 「お前の報復を邪魔するつもりは全くない。実際、私はお前を助けたいのだ。この荒野には私の召使いがいて、我々の共通の敵がどこにいるのかを教えることができる。ただ、お前には私が選んだ武器を使ってもらいたい。私の剣で罪人を傷つけて、私の平面へと追いやって、私自身の罰を受けさせてやって欲しい。名誉のための殺人をする権利は、お前にある」 その申し出にマラキャスは同意し、幅広の剣をシェオゴラスから受け取ってその場を後にした。 マラキャスは殺害者の行く手に姿を現した。外套を身にまとった彼の姿は、猛吹雪の中にかすんで見えた。周囲の木をしおれさせるほど汚らわしい悪態の言葉をがなり立てながら、マラキャスは剣を抜き、野生の狐よりも素早く相手との距離を縮めていった。烈火のごとく怒った彼は滑らかな弧を描くようにして剣を振り、敵の首をきれいに切り払った。さらにその刃を胸に突き刺して柄の部分まで押し込み、血が噴き出すのを抑えたため、ウロコ鎧と重い外套の下で赤い泡の染みがじわじわと広がっていった。 予期せぬ慌ただしさと憤激を込めて殺害を行ったマラキャスは息を切らし、激しく傷ついて仰向けに倒れた死体と、大きな平たい石の上に無様に乗っかった首を前にして、片膝をついて休んだ。すると突然、静寂を打ち破る音が聞こえてきた。 「わ、悪かった……」。そう吐き出した声は、エンメグ・グロ=カイラの物だった。マラキャスが目を見開き、切断された頭を見つめると、傷口から血が染み出しているというのに、まだそれが生きていることが分かった。その瞳は激しく揺れ動き、前にいるマラキャスの姿に焦点を合わせようとしていた。かつて誇りに満ちていたチャンピオンの瞳は、深い悲しみと苦しみ、そして混乱がもたらす涙で一杯になっていた。 恐ろしいことに、ここに至って初めてマラキャスはあることに気がついた。彼が殺した男は、彼にとってオーシマーの子の一人であるというだけでなく、文字どおり、彼が今から幾年か前にあるオークの乙女に授けた息子だったのだ。落胆と衝撃に包まれて、二人はしばらくの間、痛々しく見つめ合った。 やがて、油を塗った鉄のごとき静けさで、シェオゴラスがその空き地まで歩いてやって来た。そしてエンメグ・グロ=カイラの切断された首を持ち上げ、小さな灰色の袋に放り込んだ。シェオゴラスはネブ=クレセンを死体から引き抜くと、背を向けて去っていった。マラキャスは立ち上がりかけたが、取り返しがつかないほど我が子を破滅させてシェオゴラスの領域へと送ってしまったことを知り、再びひざまずいた。そして、しわがれた声で弁明をする息子の声が凍える地平線へと消えていく中で、己の失敗を嘆き続けたのだった。 SI 神話・宗教 茶4
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/118.html
シェザールと神々 帝都図書館 古代神学・古数神秘学芸員補 フォースティラス・ジュニアス 著 シェザールは誤解されがちな存在であるが、シロディールでは信仰を勝ち得ている。彼や、他の多くの神々は、帝都における数々の大規模な宗派の崇拝の対象となっている。シェザールは特に西部コロヴィア地方で崇拝されており、当地ではショールという名で呼ばれている。西部の王たちの多くが民族意識的にも宗教的にもノルドであるためである。 シェザールと他の神々との関係にはわからない部分が多い(彼はよく神々の「失われた兄弟」と呼ばれる)。その経歴はシロディールの「奴隷の女王」と呼ばれた聖アレッシアが帝都シロディールの原型を築いた時代から始まる。ハートランドにおけるシロディールとノルドたちの歴史の初期、シェザールは人間を代表してアイレイド(ハートランドの支配者エルフ)と戦った。その後、なぜかシェザールは歴史の舞台から消え(他の土地の人間を助けに行ったと考えられている)、彼の統率力を失った人間たちはアイレイドによって征服され、彼らの奴隷と化した。 奴隷制度は何世代にもわたって続いた。そのあいだ、互いに接触のなかった人間たちは主人であるエルフたちの神々を崇めるようになり、また彼らは支配者エルフの宗教的な習慣を彼ら自身の信仰に取り入れたため、人間とエルフの宗教は混ざり合い、区別があいまいになっていった。 第一紀242年、アレッシアと彼女の半神の恋人である「カイネの息吹」モーリアウス、そして悪名高いペリナル・ホワイトストレークに率いられ、シロディールの人間たちは反乱を起こした。スカイリムがこの南の奴隷の女王に味方の兵を送って協力したため、反乱は成功した。アイレイドの覇権は瞬く間に滅ぼされた。それからまもなくして、アレッシアの勢力は白金の塔を占領し、アレッシア自ら最初のシロディール女帝となった。そのことはまた、彼女がアカトシュ信仰の女教皇となったことも意味した。 アカトシュはアルドメリの神であり、アレッシアの治める人々はまだエルフの神々への信仰を捨てようとしていなかった。このことは、彼女に政治的な問題をもたらした。彼女はノルドの人々を支配化に置いておきたかったが、彼らは(当時は)エルフの宗教を拒絶していたのである。だからといって、人々に今度はノルドの宗教を強要することはさらなる革命をまねく恐れがあり、避けたかった。そのため、宗教的寛容が推進され、女皇アレッシアは新たな信仰の対象を設けた。八大神である。八大神は、ノルドとアルドメリそれぞれの宗教の綿密な調査に基づく適切な融合であった。 結果として、シェザールについても変更が加えられなくてはならなかった。彼はもはや、アルドメリと敵対する血に飢えた武将ではいられなかったのである。しかし彼はまた、消え去ることもできなかった。彼を信仰することを否定すれば、ノルドの人々はアレッシアの支配圏から去ってしまっていたであろう。最終的に、彼は「人間の全ての営みを助ける御霊」ということになった。これはショールの特徴を薄め、軽く偽装したようなものであったが、ノルドたちは満足していた。 なぜタイバー・セプティムがアルドメリの領土を攻める際に本来のシェザールを「復活」させなかったのかについては、憶測の域を出ないが、アレッシアたちの悪行(ドラゴンの突破、正義戦争、ゲルナンブリア・ムーアでの敗北)の記憶は、帝都の王座をめぐる戦いに不利に働くと考えられたからであろう。 九大神の騎士関連 白1 神話・宗教
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/37.html
魔術師ギルド憲章 Ⅰ.目的 魔術師ギルドは魔術の専門家に利益を分配し、また魔術の公正な使用に関する規律を制定する。魔術師ギルドは、タムリエル市民の公益に重きを置き、魔術に関する知識の収集、保存、分配にあたる。 Ⅱ.権威 魔術師ギルドは、ヴァヌス・ガレリオンとライリス十二世によって第二期230年サマーセット島に設立され、その後、支配者ヴェルシデュ・シャイエのギルド法令によって認可された。 Ⅲ.規律および処分 ギルド構成員に対する犯罪には、厳罰をもって対処する。ギルド構成員のギルド内における以前の地位への復帰は、アークメイジが決定権を持つ。 補還:第三期431年より有効、ギルドに対する犯罪を犯したギルド構成員は、その場でギルド構成員としての諸権利を差し止められる。差し止めは、魔術師評議会の役員の決定により解除される。複数回差し止めを受けたギルド構成員は、評議会の略式決定に基づき即座に、永久的にギルドから追放される。 Ⅳ.加入資格 魔術師ギルドは、優れた知性と高い理想を持つ者をギルド構成員として受け入れる。候補者は、次に挙げる魔術の主要な分野に精通していなければならない:破壊、変性、幻惑、神秘。また、候補者は、魔術と錬金術に関する実際的な知識を有することも証明しなければならない。 Ⅴ.加入手続き ギルド構成員候補者は、ギルド本部の執事に面会し、考査の上、承認を得なけらばならない。 補還:第三期431年より有効、アークメイジであるトレイヴンの決定に基づき、候補者はギルド本部の全ての役員の承認を得た上で、その旨を速やかに魔術師評議会へ書面で通知しなければならない。 補還:第三期431年より有効、評議会の決定に基づき、帝都州における呪文の販売の収益は、ギルド本部に再分配される。各魔術分野は、下記の支部がそれぞれ担当する。 変性:シェイディンハル 召喚:コロール 破壊:スキングラード 幻惑:ブラヴィル 神秘:レヤウィン 回復:アンヴィル 社会 茶2 魔術師ギルド関連
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/191.html
タララ王女の謎 第1巻 メラ・リキス 著 時は第三紀405年。ブレトンのカムローン王国の建国千年の祝典での出来事である。すべての大通りや狭い小道に、様々な金と紫の旗が掲げられた。非常に簡素なものや王家の紋章が印されたもの、王の臣下の公国や公爵位の紋章が印されたものもあった。大小の広場では楽隊が音楽を奏で、通りや角で異国情緒溢れる新進の大道芸人たちが芸を披露していた。レッドガードの蛇使いや、カジートの曲芸、本物の魔力を持つ手品師。もっとも、手品師たちの見せるきらびやかな芸は、たとえ本当の魔術でなくても見るものに感銘を与えた。 カムローン男性市民の注目を一身に集めたもの、それは「美の行進」であった。一千人もの麗しく若い女性たちが、挑発的な衣装に身をつつみ、セシエテ神殿から王宮までの大通りを踊りながら練り歩いていた。男たちは皆互いに押し合い、よく見えるように首を伸ばし、お気に入りの女性を見つけようとした。その女性たちが売春婦であることは一目瞭然で、このあと夜には「花祭り」が待ち構えていた。その祭典で彼女たちはより親密な「お仕事」をこなすのだ。 ジーナは絹と花びらでところどころ覆われたすらりとした曲線美と亜麻色の巻き毛で、多くの男性の視線を集めていた。年は20代後半にさしかかり、売春婦の中でも決して若いわけではなかったが、間違いなく最も魅力的だった。その物腰から、挑発的な流し目を使い慣れているのは明らかだったが、彼女は壮麗な街の眺めに飽きてそうしているわけでは決してなかった。彼女の故郷であるダガーフォールのごみごみした街並みと比べれば、祝典ムードできらめくカムローンは夢の世界のように感じられた。しかし不思議なことに、彼女はここへ一度も訪れたことはなかったのに、既視感を覚えていた。 国王の娘、ジリア夫人は馬にまたがり宮殿の門をくぐり出ると、すぐさま自分の不幸を呪った。すっかり“美の行進”のことを忘れていたのであった。通りは混沌とし、人々が立ち止まっていた。行進が過ぎ去るまで小一時間は待たなければいけなかった。しかし彼女は、街の南方にある老乳母ラムクの家を訪れる約束をしていたのだった。ジリアはしばし考えをめぐらせ、街の通りを思い浮かべ、行進でふさがれている大通りを避けて通る近道を考えついた。 走り出してしばらくの間は賢明な策を取ったと思っていたが、小道を曲がるとそこには祝典のための仮説テントや舞台で通行止めになっていた。あっという間に、長年──5年をのぞいて──住み続けたこの街で迷子になってしまったのである。 路地から覗き込むと、大通りは依然「美の行進」で盛り上がっていた。そこが行進の最後尾であること、再び迷子にならないことを祈りながら馬を祝典の方へと向けた。彼女は路地の出口に蛇使いがいることに気づいていなかった。蛇がシューシューと音をたてながら頭を膨らませたその時、馬がおびえて後ろ足で立ち上がってしまった。 行進に加わっていた女性たちはハッと息をのむとすぐさま散ってしまったが、ジリア夫人はすぐに馬を鎮めた。彼女は自分のしでかした失態に赤面して、「ごめんなさいね。淑女のみなさん」と言って軍の敬礼をまねてみせた。 「ご心配なさらないでください」と金髪の髪に絹をまとった女性が答えた。「すぐに道を空けますわ」 ジリア夫人は行進が過ぎ去るのを見ながらも、自分と鏡で映したかのごとくそっくりなその女性に目を奪われていた。同じ年頃、同じ背丈、同じ目の色に容姿、どれをとってもほとんど同じだった。その女性も同じようにジリアを見つめ返していた。まるで同じことを考えているかのように。 それはジーナだった。時折ダガーフォールに立ち寄る年老いた魔女が、ドッペルゲンガーのことを話していた。自分に似た姿形で現れ、死の前兆を表すもの。しかし、彼女はまったく怯えなかった。この異国の地で起きたちょっと変わった出来事ぐらいにしか捉えなかったからだ。行進が宮殿の門に辿り着く頃には、そんな出来事もすっかり忘れてしまっていた。 売春婦たちが宮殿の中庭でひしめきあっていると、国王がバルコニーに姿を現した。彼の両隣には護衛隊長と魔闘士が彼からじっと目を離さずに側に仕えていた。国王は中年のなかでは美形なほうであったが、ジーナにしてみれば、正直に言ってそれほどたいしたほどでもなかった。しかし、国王を見たジーナは恐れおののいた。「あれは確か夢で…… そう、夢の中だわ」彼女は国王と夢の中で会ったことがあるのだ。今では2人の間に距離があるものの、夢の中で国王はひざまずいて彼女にキスをしたのだ。欲望からではなく、優しさと礼儀のこもったキスであった。 「淑女のみなさま、このカムローンの偉大な首都や大通りにあなたがたの美を降り注いでくれたことに感謝します」と国王は大声で言い放ち、集まった聴衆の笑いや話し声を一気に鎮めた。誇り高い笑みをたたえたその時、国王とジーナの目が合った。彼は話をやめ、震えた。永遠にも感じられそうなほどの時間、王妃が間に割って入り、演説を続けるよううながすまで2人は見つめあった。 女性たちは夜の祭典に向けて着替えのテントへと向かっていった。そこへ1人の古株の売春婦がジーナに近づいてきた。「国王のあの目、見た? もしあんたがうまく立ち回れば、この祝典が終わる頃には側室に仲間入りできるよ」 「今までさんざん『腹ぺこ』のやつらを見てきたけど、今回のはなんだか違う気がするのよ」とジーナは笑った。「それか馬に乗って突進してきた娘さんと間違えたんじゃないかしらね。彼女は確か王族の人でしょ。彼は多分自分の身内が売春婦の格好をして行進に参加してるのかと見間違えたんじゃないかしら。それはそれでスキャンダルよね」 二人がテントに戻ると、がっちりとした体格の、着飾った頭の禿げた若い男から挨拶を受けた。彼は自己紹介をした。彼の名はストレイル卿といい、皇帝から直々に遣わされた大使であって、彼女たちを雇っているパトロンだそうだ。国王とカムローン王国へのプレゼントとして今回彼女たちを雇い入れた張本人であった。 「『美の行進』は『花祭り』の前座にすぎません」国王と違って大声を出しはしなかったが、彼の地声は十分大きく、はっきりと聞こえた。「すばらしい演出を期待しておりますよ。今回の莫大な経費に見合うようなものを見せていただかないと。さあ、日が沈みきる前に支度してキャヴィルスティル・ロックに行ってください」 大使が心配するほどでもなく、女性たちは皆この仕事のプロフェッショナルだったので、着るものを脱いだり着たりするのは、普通の女性が求められるのより何倍も速かった。彼の召使いが着替えの手伝いをするよう申し出たが、実際彼が手伝うようなことは何一つなかった。女性たちの衣装はいたってシンプルであり、やわらかく、細いシーツのようであり、頭を出す穴が開いているだけであった。ベルトがなければ彼女たちの四肢を露にするだけのガウンのようなものだった。 日が沈むよりも早く売春婦たちはダンサーへと様変わりし、キャヴィルスティル・ロックにいた。そこは海に面する広々とした岬で、「花祭り」には最適の場所であり、まだ灯りのついてない松明が大きな輪になって、ふたのされたかごが置かれていた。女性たちと同様に早めに到着した客で、すでに会場は溢れんばかりであった。女性たちは円の中心へと集まり、時が来るのを待った。 ジーナは膨れ上がる観衆を見ていた。行進の時に出会った王女が彼女の元へと近づいてくるのを見てもさして驚かなかった。彼女は、年老いて短い髪も真っ白となった女性を引き連れていた。その老女は沖合いの島を指差したり、不安な様子であった。王女のほうは何といったらよいかといった緊張した面持ちであった。ジーナはこの手の不安を抱える客には慣れていたので彼女のほうから声を掛けた。 「またお会いしましたね。私、ダガーフォールのジーナと言います」 「さきほどの馬の件、どうかお気を悪くなさらないでくださいね」と言って王女は笑い、幾分安心したかのようだった。「私はジリア夫人・レイズと申します。国王の娘です」 「国王の娘ならば『王女』とお呼びしたほうがよいかしら」とジーナは笑顔で答えた。 「カムローンでは、王家を継ぐ場合のみ、そう呼ばれます。父には新しい女王との間にできた息子がおりますので」とジリアは答えながら、自分の言葉にめまいを覚えた。売春婦に王族の内部事情を詳しく話してしまうとは。「この話題に関連することですが、ちょっと不思議なことをお聞きしてよろしいかしら。今までタララという名を耳にした覚えはございませんか?」 ジーナはしばらく考え、「どこかで聞いたことがあるような名前だわ。なぜ私に?」と答えた。 「わかりません。もしかしたらあなたは知っているんじゃないかと思って」と言ってジリア夫人はためいきをついた。「今までにカムローンに住んだことは?」 「あったかも知れませんが、おそらくうんと小さい頃にですね」とジーナは答えたが、彼女は今は何事も率直に答えるべきだと感じた。ジリア夫人の親しみやすさや、率直な物言いが彼女をそういう気持ちにさせたのかもしれない。「正直に言いますと、9、10歳より前のことはあまりよく覚えておりません。おそらく、両親とこの地に住んでいたかもしれませんが、その両親もどんな人たちだったのか… 私もすごく幼かったので。でも、昔ここにいたような気がするんです。はっきりとは思い出せないのですが、この街も、あなたま、国王もみな…… 見たことがあるような気がします。昔ここにいたことがあるみたいに」と、ジーナは言った。 ジリア夫人はハッと息を飲み、後ずさりした。海を見つめ、ブツブツとつぶやく老女の手をグッと握り締めた。彼女はジリア夫人を驚いたように見て、その視線をジーナの方へと移した。彼女の年老いて半分ほどにしか開かれていない目は、何かをとらえたかのように光が宿り、驚きの声をあげた。その声に今度はジーナが驚いた。国王がもしかしたら夢で会ったかもしれない程度であれば、この老女は確かに知っている顔だった。守護霊のように確かでおぼろげな存在。 「ごめんなさい」と、ジリア夫人は口ごもりながら言った。「この人はわたしの子どもの頃の乳母で、名前はラムクと言います」 「彼女です!」と老女は目を見開き、大声で叫んだ。老女は前へ進み出ようと手を伸ばしたが、ジリアが背中を押さえた。ジーナは自分が裸同然の格好のように感じ、ローブを体のほうへたぐり寄せた。 「違うわよ」とささやいて、ジリア夫人はラムクをしっかりと抱いた。「タララ王女は亡くなったのよ。知ってるでしょ。あなたを連れてくるべきじゃなかたわ。おうちへ帰りましょう」ジーナの方を振り向いたジリア夫人の目には、大粒の涙がこぼれていた。「カムローン王家は、20年以上前に皆暗殺されてしまったのです。私の父はオロイン公爵、国王の弟です。亡き兄の後に、王位を継承しました。ごめんなさい、お騒がせしてしまって。おやすみなさい」 ジーナはジリア夫人と老女が観衆の中に消えていくのを見守った。しかし彼女には先ほどまでの話の内容を考える時間は少しもなかった。日は沈み、いよいよ「花祭り」の始まる時刻となった。暗闇から腰巻とマスクだけを身につけた20人の若い男が松明をかかげて現れた。炎が燃えさかり、ジーナと他の女性たちダンサーがかごへ駆け寄り、中に入っている花やつる草を両手いっぱいに抱えた。 初めに、女性たちはペアを組んで、風に向かって花びらを舞い散らせていた。音楽が盛り上がるにつれて観衆も参加してきた。そこは狂おしくも美しい混沌となった。ジーナは森の妖精のごとく夢中で飛び跳ねた。しかしその時、なんの警告もなしに、ごつごつとした手が彼女を背中から突き飛ばした。 何事かと理解する前に彼女は落ちていった。なんとか意識を失わずにはいたが、気がついた時には彼女は100フィートもの高さのある崖のふもと近くまで落ちていた。彼女は腕をばたつかせ、岩肌をとらえた。指で岩肌を探り、傷を作りながら、なんとか捕まれるところを見つけ、そこにはりついた。しばらくの間、その体勢のまま息を激しくついた。そして彼女は大声で叫び始めた。 音楽と祭りの騒ぎとで、どんなに大声を出しても、崖の上にいる人たちには届かなかった。彼女自身、自分の声が聞き取れなかった。彼女の下には波が激しく打ちつけていた。ここから落ちようものならすべての骨がぐしゃっと折れてしまうであろう。彼女が目を閉じると、あるイメージが浮かんできた。彼女の下に1人の男が立っている。深い知恵と慈悲を持った王が暖かい眼差しで彼女を見上げている。そして、髪は金色に輝き、いたずらが好きそうな顔つきで、親友でもあり身内でもある小さな女の子が現れて、今、ジーナのそばで岩にしがみついていた。 「いい? 飛び降りるコツはね、体の力を抜くことよ。それと幸運ね。大丈夫、あなたは助かるわ」少女は言った。彼女はうなずいて、少女が誰であったかを思い出した。八年間の暗闇が一気に晴れ上がったのだ。 彼女は手を離し、風の上に舞い落ちる木の葉のように落ちていった。 物語(歴史小説) 緑3 タララ王女の謎 第2巻 メラ・リキス 著 彼女は何も感じなかった。暗闇が彼女の体と心を包んでいた。突然足に痛みが走り、その感覚とともに全身をひどい寒さが包んだ。彼女は目を開け、自分が溺れていることに気付いた。 左足はまったく動かず、右足と腕を必死に動かして頭上に見える月にむかって泳いだ。水流が彼女を水底におし戻そうとしたので長い時間がかかったが、やっとのことで水面にたどりつき、夜の冷たい空気の中に顔を出すことができた。そこからはまだカムローン王国の首都の岩だらけの海岸線が見えたが、彼女が海に落ちたキャヴィルスティル・ロックからはずいぶん離れていた。 落ちたんじゃない。彼女は思った。落とされたのだ。 彼女はしばらく、海流に流されるままになっていた。このあたりの海岸は海面からすぐ切り立った崖になっていた。前方の海岸の上に大きな屋敷の影が見え、近づいてゆくと煙突から出る煙や窓にうつる暖炉の火の光が見えた。足の痛みもひどかったが、それよりもこの水の冷たさは耐えがたかった。暖炉の火にあたりたい一心で、彼女は再び泳ぎだした。 海岸まで泳いできたが、陸に上がろうとして立てないことに気付いた。岩と砂の間を這い進みながら、彼女の目からは涙が零れ落ち海水と混じりあった。花祭りのための衣装だった白い布はぼろぼろに破け、鉛でできた重りのように背中にのしかかった。彼女はとうとう疲れきって前のめりに倒れ、すすり泣きはじめた。 「助けて!」彼女は叫んだ。「聞こえますか、お願い、助けに来て!」 すこし間があってから、屋敷の扉が開き、女の人が出てきた。花祭りで会った、ラムクという名前の老婦人だった。花祭りで、彼女が誰かわかる前に「彼女が来たわ!」と最初に叫んだのがこの老婦人だった。しかし、海岸に倒れた彼女のもとに近づいてくるとき、老婦人の目にその時の輝きはなかった。 「なんてことでしょう、怪我してるのね?」ラムクはささやき、松葉杖のように彼女を支えて立ち上がらせた。「あなたの衣装には見覚えがあるわ。今夜の花祭りで踊っていませんでしたか? 私は王様のご令嬢ジリア・レイズ様と一緒にそこにいたんですよ」 「知ってます。彼女が私たちを紹介してくれたんです」と、彼女はうめくように言った。「私、ダガーフォールのジャイナです」 「ああ、そうでした。見たことがあると思いましたよ」老婦人は笑い、彼女を支えて一歩一歩海岸を進ませ、屋敷へ導いた。「この歳になると、あまり新しいことを覚えておけないの。さあ、暖かいところへどうぞ。足の怪我をみてみましょう」 ラムクはジャイナの体から濡れた布を取り、かわりに毛布で包んで暖炉の前に座らせた。冷えた体が温まって感覚が戻りはじめると、足の激しい痛みが襲ってきた。その時まで、彼女は怖くて怪我を見ることもできなかった。やっと足に目をやったとたん、彼女は吐き気を覚えた。深い切り傷から魚肉のような白い肉が見え、はじけそうに腫れていた。動脈から血が泡をたてて溢れ、床に流れ落ちていた。 「ひどいわね」老婦人が暖炉のそばに戻ってきて言った。「痛いでしょう、かわいそうに。昔の回復呪文を覚えていてよかったわ」 ラムクは床に座り、傷の両側に手を置いた。ジャイナは焼けるような痛みを感じたが、痛みはすぐに軽くなり、ちくちくする感覚だけが残った。彼女が傷のほうを見ると、ラムクが傷の両側に置いたしわだらけの手を互いに近づけているところだった。手が近づくにつれて、ジャイナの目の前で傷が治り始めた。肉が互いにくっつき、腫れが引きはじめたのだ。 「優しいキナレス」ジャイナは息をのんだ。「あなたはいなければ死ぬところでした」 「それだけじゃないわ、きれいな足に傷が残らないようにしておきましたよ」ラムクは笑った。「ジリア様が小さかったころ、よくこの呪文を使ったものですよ。私はあの方のお世話係でしたから」 「そうでしたね」ジャイナはほほえんだ。「でも、ずっと昔でしょう。よく呪文を覚えてらっしゃいますね」 「何かを覚えようとおもったら、たくさん勉強して失敗を重ねないといけないものでしょう、回復の分野でも何でもね。でも、私ぐらい歳をとれば、思い出さなくてもよくなるの。知識が自分のものになるのね。それに、この呪文は本当に何千回も唱えたんですよ。小さいころのジリア様とタララ王女ときたら、いつも切り傷やあざを作っておいででしたから。王宮の登れるところにはどこでも登っておしまいになるんですから、当たり前ですよね」 ジャイナはため息をついた。「ジリア様をとてもかわいがっておられたんですね」 「今でもですよ」ラムクはにっこり笑った。「でも今はもうあの方も大きくなられて、あのころとは違います。ああ、そういえば、さっきはびしょ濡れだったからわかりませんでしたけど、あなたはあの方によく似ていますね。フェスティバルでお会いしたときに言ったかしら?」 「ええ」と、ジャイナは言った。「というより、タララ王女に似ているとお思いになったのでは?」 「ああ、あなたがタララ王女で、ここへお戻りになったのだとしたらどんなに素晴らしいでしょう」ラムクは声をつまらせた。「前の王家の人々がみんな殺されて、皆タララ王女も殺されたに違いないと言っていました。でも遺体は見つからなかったんです。一番の犠牲者はジリア様でしたよ。ひどくお心を痛められて、しばらくのあいだ、正気まで失っておられるようでしたもの」 「どういうことですか?」と、ジャイナはたずねた。「何があったのですか?」 「よそから来た方にお話していいことかどうか。でもカムローンでは皆が知っていることですし、あなたは他人のような気がしませんし… 」ラムクはしばらく迷い、やがて話しはじめた。「ジリア様は目の前で暗殺をご覧になったんです。私が見つけたとき、あの方は血の海になった王の間に隠れて、まるで壊れた人形のようなご様子でした。なにもお話にならず、なにも召し上がりませんでした。私は回復の呪文を唱えましたが、私の力ではあの方のお心を治すことができませんでした。膝の擦り傷とはわけが違ったのです。当時オロインの公爵であられたお父様は、ジリア様を田舎の療養所へ送ってそこで過ごさせることになさいました」 「かわいそうに」ジャイナは涙を流した。 「ジリア様がもとのジリア様に戻るまで、何年もかかりました」ラムクはうなずきながら続けた。「しかしジリア様は、完全にはお治りにならなかったんです。お父様が王になられたとき、ジリア様を王位継承者になさらなかったのは、まだジリア様が完治されていないとお考えになったからです。ある意味、それは正しかったのです。ジリア様はまだ何も思い出せておられませんから」 「もしも──」ジャイナは注意ぶかく言葉を選んで言った。「いとこのタララ王女が生きているとわかったら、ジリア様はよくなるでしょうか?」 ラムクは少し考え、答えた。「そうでしょうね。でも、タララ王女はきっとお亡くなりになったのでしょう。夢みたいなことを望むのはよくありません」 ジャイナは立ち上がった。彼女の足は、まるで怪我などしていなかったかのようだった。彼女の服はすでに乾いており、ラムクが外は夜で寒いからと言ってマントをくれた。扉を出るとき、ジャイナは老婦人の頬にキスをして感謝した。回復の呪文とマントだけではなく、彼女が今までにしてくれた全てのことに対する感謝だった。 屋敷の近くの道は南北に伸びていた。左に行けばカムローンだ。そこにある謎の鍵を握るのは、ジャイナただ一人だった。右へ行けば南のダガーフォール、彼女が20年以上住んでいる町だった。その町の通りにある彼女の店へ戻るのは簡単だったが、少し悩んだあと、彼女は心を決めた。 それほど歩かないうちに、3頭の帝都の紋章のついた馬に引かれた黒い馬車と8頭の騎馬が彼女を追い抜いて行った。前方の森の中の小道に差しかかる前に、彼らは急に馬を止めた。ジャイナは、馬に乗った兵士の一人がストレイル卿の家来のノルブースだと気付いた。馬車の扉が開き、皇帝の大使ストレイル卿その人が降りてきた。彼が、ジャイナと他の女たちを王宮の踊り子として雇った人物だった。 「おまえは!」と、ストレイル卿は不機嫌に言った。「私が雇った娼婦だな? 花祭りの最中にいなくなっただろう? ジャイナ、そうだな?」 「その通りです」ジャイナは苦笑いした。「ただ、私の名前はジャイナではありませんでした」 「そんなことはどうでもいい」と、ストレイル卿は言った。「この南の道で何をしているんだ? 王宮の皆を喜ばせるためにお前に金を払ったんだぞ」 「私がカムローンに戻ったら、喜ばない人がたくさんいますよ」 「どういうことだ」と、ストレイル卿はたずねた。 そして彼女はどういうことか説明し、ストレイル卿は耳を傾けた。 物語(歴史小説) 緑2 タララ王女の謎 第3巻 メラ・リキス 著 カムローンで行きつけの酒場「ブレイキング・ブランチ亭」を出た直後、ノルブースは彼の名を呼ばれたが、その名は聞き違える類のものではなかった。見まわすと、城付魔闘士のエリル卿が路地の闇から姿を現した。 「エリル様……」と、ノルブースは恭しく微笑んで言った。 「今宵、おまえが出歩いているのを見かけるとは驚いたぞ、ノルブース」と、エリル卿は歪んだ笑みを浮かべて言った。「千年記念の祭り以来、おまえとおまえの御主人殿を見かけることはほとんどなかったが、多忙だったと聞いてはいる。私が聞きたいのは、多忙であった理由だ」 「カムローンでの帝都の利権を守るのは忙しい仕事にございます。大使の細かな時ごときの些事が、エリル様のご興味にかなうとは思えません」 「それが、かなうのだよ」と魔闘士が答えた。「大使殿が最近非常に奇妙な、配慮を欠いた言動をされているのでなおさらなのだ。しかも、花の祭典の娼婦の一人を家に招き入れたそうではないか。名をジーナといったかな?」 ノルブースは肩をすくめて言った。「親方様は恋をされているのかとお見受け致しますが。恋が男に非常に奇妙な言動をさせることは、勿論ご存じであろうかと」 「確かに美しい女ではあるな」エリル卿は笑った。「亡きタララ王女によく似ていると思わぬか?」 「カムローンには僅か十五年しかおりませんので、王女様の生前のお姿は拝見しておりません」 「詩吟でも詠み始めたというならわからんでもないが、宮殿の厨房で年老いた召使いと話して暮らすのが恋だというのか? 私の限られた経験からも、それが身を溶かすような熱愛の現れであるとは思えんがな」と、エリル卿は呆れたように言った。「それに、大使殿は一体あそこに何の用で… あの村の名前が思い出せんが」 「アンビントンでしょうか?」ノルブースは答えたが、直後に後悔した。エリル卿はそのような気配は微塵も見せてはいなかったが、ノルブースは城付魔闘士がストレイル卿が帝都を離れていることを知らなかったのだろうと、直感的に察した。この場を離れて大使殿に報せる必要があったが、焦りは禁物であった。「現地に移動されるのは明日のはずです。確か、帝都の承認が必要な証文に印を押すだけの用件だったかと」 「それだけなのか? 実に退屈な用事だな。それならお帰りになった時にお会いするとしよう」と、エリル卿は会釈をして言った。「詳しく聞かせてもらえて助かったよ。失礼する」 城付魔闘士が角を曲がった直後、ノルブースは愛馬に飛び乗っていた。一、二杯ほど飲み過ぎてはいたが、エリル卿の暗殺者より先にアンビントンに辿り着かなければならないのは明白であった。彼は道路沿いに進めば主人に追いつけるよう祈りつつ、帝都を出て東へと馬を走らせた。 カビと酸っぱくなったビールの臭いがする酒場の座席で、ストレイル卿は帝都の密偵であるブリシエンナ夫人の、密談をする際に多数の人間が集まる場を選ぶという手法に感心していた。アンビントンでは収穫期に入っており、畑仕事を手伝う労働者たちは僅かな給料を酒代に馬鹿騒ぎしつつあった。卿はその場に合わせ、粗い作りのズボンと質素な平民の上衣を着ていたが、それでも人目を引いている気がしてならなかった。連れである二人の女性に比べれば、確かにその通りであった。彼の右手に座る女性はダガーフォールの卑しい界隈に一介の娼婦として出入りするのに慣れていたし、左手に座るブリシエンナ夫人はそれをさらに上回る場慣れぶりであった。 「何とお呼びすべきでしょうか?」と、ブリシエンナ夫人が心配そうに聞いた。 「ジーナと呼ばれるのに慣れていますが、それも変えないといけないかもしれませんね」と、その女性は答えた。「もちろん、そのまま変わらないかもしれないけれど。墓石には娼婦のジーナと書かれるのかもね」 「花の祭典のようにあなたが襲われることのないよう、手を打ちます」と、ストレイル卿が眉をしかめて言った。「ですが皇帝の御助力無しでは、いつまでお守りできるかわかりません。唯一の抜本的な解決法は、あなたを狙っている者共を捕らえ、あなたにも相応の地位についていただくことです」 「私の話を信じていただけるのでしょうか?」ジーナはブリシエンナ夫人の方に向き直った。 「私はもう何年も、皇帝陛下のハイ・ロックでの密偵長を務めてきましたが、これほど奇妙な話を聞くことは稀です。もし大使殿の調査であのような事実が判明していなければ、すぐにあなたが正気を失っているのだと決めつけたでしょう」ブリシエンナ夫人は笑い、ジーナもこれに合わせて微笑んだ。「ですが、今は信じています。正気を失っているのは私なのかもしれませんが」 「御助力いただけるのですかな?」と、ストレイル卿が短く尋ねた。 「地方領に干渉するというのは難しい仕事なのです」と、ブリシエンナ夫人は手元の杯を覗き込みながら言った。「帝都そのものに対する脅威が存在しない限り、関与しないのが無難と考えています。この一件はすなわち、20年前に起きた非常に厄介な暗殺と、その余波なのです。皇帝陛下が諸領の世継ぎ問題全てに関与されてしまっては、タムリエル全体のために何もできなくなってしまうでしょう」 「わかります」と、ジーナはつぶやいた。「自分の正体と境遇を含め、全てを思い出した時、私は何もしないと決意しました。実のところ、カムローンを離れて故郷のダガーフォールに戻ろうとしていたところでストレイル卿と再会したのです。この一件を解決しようと行動を開始したのは、私ではなく彼なのです。卿に連れられて来た時、従妹に会って私が誰であるのか話したかったのですが、卿に禁じられました」 「それは危険過ぎるでしょう」ストレイル卿がうなった。「陰謀がどれほど深いものなのかをわかっていない。永遠に判明しないのかもしれん」 「申し訳ありません、短い質問に長い説明を返してしまう悪い癖がありまして。ストレイル卿に助力いただけるのか、と問われた時、最初に「はい」とお返事すべきでした」ブリシエンナ夫人はストレイルおよびジーナの表情の変わりように笑いをこぼした。「勿論お力になります。ですが、事態を良い方に向かわせるには、皇帝陛下の命のもとで二点、お願いしたいことがあります。一点目は、あなた方が暴いた陰謀の黒幕が何者であるのかを、絶対確実に証明していただきたいのです。誰かに自白をさせる必要があるわけです」 「二点目は……」ストレイル卿がうなずきながら言った。「この一件が地元の些事などではなく、皇帝陛下にご配慮いだたくにふさわしい問題であることを証明することだ」 ストレイル卿、ブリシエンナ夫人そしてジーナと名乗った女性は、その後数時間かけて目的の達成方法を話し合った。とるべき行動が決まると、ブリシエンナ夫人は仲間の一人であるプロセッカスを探しに席を立ち、ストレイル卿とジーナは西にあるカムローンに向けて出発した。森の中に入って間もなくして、遥か前方から疾走する馬の蹄の音が聞こえてきた。ストレイル卿は剣を抜き、ジーナに合図をして馬を自分の後方に配置するよう合図を送った。 その直後、敵が四方八方から襲いかかってきた。斧を持った男が8人潜んでいて、奇襲をしかけてきたのである。 ストレイル卿は素早くジーナを引き寄せ、自分のすぐ後ろへと移乗させた。そして手馴れた様子で、両手で短く模様を描いた。二人の周囲に火炎の輪が現れて外側へと広がり、暗殺者たちに命中した。男たちは悲鳴を上げて膝をつき、ストレイル卿は最も近くにいた敵を馬ごと飛び越えて全速力で西へ向かった。 「ただの大使様じゃなく、魔術師だったなんて!」ジーナは笑った。 「これで交渉が望ましい局面もあると、今でも信じていますよ」と、ストレイル卿が返した。 先ほど遠方に聞こえていた馬とその乗り手に道路上で遭遇してみると、相手はノルブースだった。「御主人様、城付魔闘士です! あなた方がアンビントンにいらっしゃることを知られてしまいました!」 「それも容易くな」エリル卿の声が森の中から鳴り響いた。ノルブース、ジーナそしてストレイル卿の三人は暗い木々の合間を見まわしたが、人影は見当たらなかった。魔闘士の声はそこら中から聞こえるものの、その出どころを特定することはできなかった。 「申し訳ございません、御主人様」ノルブースがうめいた。「できるだけ速くお報せにあがったのですが……」 「来世では飲んだくれに計画を知らせないよう、おぼえておくがいいさ!」エリル卿は笑った。そして三人に狙いを定め、呪文を放った。 指先から出た火球の光に照らされた魔闘士の姿を最初に見つけたのはノルブースであった。エリル卿は後に、あの愚か者は何をしようとしていたのだろうか、と自問することになる。ストレイル卿を火球の通り道から引っ張り出そうと突進したのか。あるいは破滅を免れようとしつつも、右へ避けるべきところで左へ避けただけなのか。それとも、可能性は低そうであったが、主人を救うために身を投げ出したのか。理由はどうあれ、結果は変わらなかった。 彼は火球の通り道にいたのである。 巨大な力の爆発が夜の森を明るく照らし、強烈な反響音が周囲一マイル以内の気を揺らし、そこにとまっていた鳥を揺さぶり落とした。ノルブースとその馬が立っていた地点には、黒ずんだ草のみが残されていた。蒸発どころではすまなかったのだ。ジーナとストレイル卿は爆圧で後方に投げ出され、乗っていた馬は我に返ると一目散にその場から走り去ってしまった。呪文の爆発の残光の中で、ストレイル卿は森の中の一点を凝視していた。驚いた表情の城付闘士と目を合わせていたのだ。 「くそっ」エリル卿はそう漏らすと走り出した。大使も跳ね起きてその後を追った。 「たとえ貴様とはいえ、今の呪文はマジカを大量に消耗しただろう」と、ストレイル卿は走りながら言った。「遠射呪文を放つ場合、目標が遮蔽されないことを確かめることくらい、貴様なら知っているはずだろう?」 「まさかあのうすのろが……」エリル卿は背後から殴りつけられ、言い終わる前に湿った森の地面に転がった。 「まさかではすまないのだよ」ストレイル卿は落ち着いた口調で言い、魔闘士を仰向けに引っくり返し、自分の両膝でその両膝を地面に抑えつけた。「私は魔闘士ではないが、もてる力の全てを貴様の仕組んだ不意打ち相手に使うべきではないことくらいわかっていた。もしかすると考え方の差かもしれんがな。国の遣いとして、私は浪費を好まないのだ」 「何をするつもりだ?」と、エリル卿が情けない声で聞いた。 「ノルブースは指折りのいい部下だった。貴様には苦痛を味わってもらう」大使が僅かに体を動かすと、その両手が眩く輝き始めた。「それだけは確かだ。その後でどれだけ貴様を痛めつけるかは、貴様がこれから喋る内容による。先のオロイン公爵について聞かせてもらおうか」 「何を話せばいい?」エリル卿が絶叫した。 「ひとまず洗いざらい吐け」。ストレイル卿は落ち着きはらった様子で返した。 物語(歴史小説) 緑2 タララ王女の謎 第4巻 メラ・リキス 著 ジーナが皇帝の密偵、ブリシエンナ夫人に会うことは二度となかったが、彼女は約束を守った。帝都に仕える処刑人、プロセッカスは、ストレイル卿の屋敷に変装してやってきた。ジーナは有能だった。数日もあれば知るべきことは学べてしまいそうだった。 「こいつは単純な魅了の呪文でして、激怒したデイドロスを恋にのぼせた子犬に変えてしまう、ということはありません」と、プロセッカスは言った。「相手を怒らせるようなことを実行するか、そういったことを口にすれば、効果が弱まるでしょう。ちょうど幻惑の流派の呪文のように、あなたに対する相手の認識を一時的にゆがめますが、敬意や憧憬の念を抱かせようとしたら、もう少しマジカ性の弱い魅了を使って対処しなければならないのです」 「わかったわ」ジーナは微笑むと、ふたつの幻惑の呪文を教授してくれて師に感謝した。身につけたばかりのスキルを実践するときがやってきた。 カムローンにある娼婦のギルド屋敷は立派な宮殿で、裕福な街の北部地区にあった。サイロン王子は目隠ししていようが、いつものように泥酔していようが、そこまでたどりつけた。が、今夜の王子はほろ酔いといったところで、これ以上は一滴も飲まないと決めていた。今夜は楽しみたい気分だった。彼らしいやり方で。 「私のお気に入りはどこだね、グリジア?」彼は入ってくるなり、ギルドの女将に申しつけた。 「あの娘は先週のご指名で負った傷がまだ癒えておりませんのよ」と、女将は穏やかに言った。「他の娘はみな出払っておりますわ。けれど、あなたのためにとっておきの娘を残しておきましたの。新人ですけど、きっとお楽しみいただけますわ」 王子が案内されたのはビロードとシルクでぜいたくに装飾された特別室だった。王子が入ってくるのをみて、ジーナはついたての陰から歩み出ると、素早く呪文をとなえた。プロセッカスに教わったように、おおらかな心で信じながら。最初は魔法が効いているのかどうかなんとも言えなかった。王子は残忍な笑みを浮かべてジーナを見ていたが、雲間から太陽がのぞくように、残虐性がさっと晴れた。王子はジーナの手中にあった。彼女に名前を訊いてきた。 「名前と名前の板ばさみになっておりますの」ジーナはからかった。「本物の王子様と愛し合ったことなんてございませんわ。王宮に入ったことすらありませんの。さぞかし…… ご立派なんでしょうね」 「まだ私のものではない」王子は肩をすくめた。「が、いつかきっと王になる」 「あんな王宮で暮らせたら素敵でしょうね」と、ジーナは甘えた声で言った。「一千年の歴史。見るものすべてが古めかしくて美しい。絵画、書物、彫像、タペストリー。皇室の方々は過去の財宝をみんな手放さずに持っておりますの?」 「ああ。くだらないがらくたと一緒に宝物庫の資料室にしまってある。そろそろ、おまえの裸を見せておくれ」 「まずはおしゃべりを楽しんでから。王子様がお脱ぎになりたいとおっしゃるなら、どうぞご自由に」ジーナは言った。「資料室があるとは聞いておりましたけど、巧みに隠されているとか」 「皇族の墓所の裏手にまやかしの壁がある」と、王子は言った。彼女の手首をつかんで引き寄せると、彼女の唇を奪った。と、その目つきが変わった。 「腕が痛みますわ」と、ジーナは叫んだ。 「おしゃべりはおしまいだ、妖艶な売春婦め」王子は怒鳴った。鋭い恐怖心を押さえつけながら、ジーナはつとめて冷静であろうとし、知覚イメージが流れるにまかせた。王子の怒れる口が彼女の唇に触れると、ジーナは幻惑の師から学んだふたつめの呪文をとなえた。 王子は肉体が石と化したのを感じた。その場に凍りついたまま、ジーナが乱れた服装を直して部屋から出ていくのを見ていた。麻痺状態はあと数分しか続かないが、ジーナにとってはそれだけで充分だった。 ジーナとストレイル卿の指示どおり、ギルドの女将はすでに娼婦たちを連れて逃げていた。事態が沈静化すれば、戻ってくるようにとの連絡が彼らから入ることになっていた。この計略の一端を担ってくれたにもかかわらず、女将は一銭も受け取ろうとしなかった。娼婦たちはあの残虐な変態王子に二度と拷問されないですむなら、それだけで充分だからと。 「とんでもない坊やね」法衣の頭巾を上げながら、ジーナは思った。ストレイル卿の屋敷に向かって通りを突っ走っていた。「あの坊やが王になることがなくてよかったわ」 翌朝、カムローンの王と王妃はいつものごとく貴族やら外交官やらと接見していた。人の集まりが悪く、謁見室はがらがらだった。一日を始めるやり方としてはあまりに気だるかった。ひとつの陳述が終わると、いかにも王らしいあくびをした。 「肝心な人たちはどうしてしまったの?」王妃がつぶやいた。「私たちの大切な坊やは?」 「北区のあたりで荒れに荒れているらしい。娼婦に騙されてあとを追ってるようだな」王は愛のある含み笑いをもらした。「なんともできのいい息子だわい」 「それなら、あなたの魔闘士は?」 「きわめて難しい任務にあたらせている」王は眉を寄せた。「が、かれこれ一週間になるし、まるで音沙汰がない。穏やかではないな」 「もちろんだわ。エリル卿をそんなに長い間遠ざけておくべきじゃないもの」王妃は顔をしかめた。「危険な妖術師が私たちを脅してきたらどうするの? あなたは笑うかもしれないけれど、ハイ・ロックの王族が魔術師の家臣をいつも傍らに待機させているのはそのためでしょう。邪悪な付呪から王宮を守るためだわ。こないだだって、哀れな皇帝が付呪に苦しめられたじゃないの」 「側近の魔闘士の手でな」王はくすくすと笑った。 「エリル卿はあんなふうにあなたを裏切ったりはしないわ。わかってるでしょう。あなたがオロインの公爵だった時代から仕えてきてるのよ。エリル卿とジャガル・サルンをそうやって比較するなんて、まったく…」王妃ははねつけるように手を振った。「タムリエル各地の王国をむしばんでいるのは、その類の信頼感の欠如なの。ストレイル卿なら──」 「そういえば彼も行方不明になっているな」王は沈思黙考した。 「大使のこと?」王妃はかぶりを振った。「いいえ、ここにいるわよ。どうしても墓所を訪れてあなたの高貴なる祖先に敬意をささげたいって言うから、場所を教えてあげたわ。おかしいくらい時間がかかってるけど、それだけ敬虔だってことかしらね」 王妃は驚いた。王が立ち上がったのだ。その顔に危機感を浮かべて。「どうして黙ってたんだ?」 王妃が答えようとするまでもなく、話題の主が開け放たれた扉から謁見室に入ってきた。一流貴族が着るような緋色と金色の壮麗なガウンをまとった金髪の女性をその腕に従えて。王妃は、あ然としている夫の視線を追っていき、同じようにあ然とした。 「大使は『花祭り』の娼婦の一人にご執心だったと思ったけど、淑女ではなくて」と、王妃はささやいた。「しかも、あなたの娘にそっくりだわ、ジリア夫人に」 「ああ、瓜二つだ」王は息をのんだ。「ジリアのいとこのタララ姫だ」 謁見室の貴族たちはこそこそと話をしていた。姫が失踪したのは20年前で、王族の他のメンバー同様に殺されたというのが大方の見方だった。その当時から王宮で働いていたものは少なかったが、何人かの古参の政治家がはっきりと覚えていた。玉座の上に限らず、「タララ」という言葉が付呪のように空気中を伝播していた。 「ストレイル卿、そちらのご淑女を紹介していただけませんか?」王妃は丁寧な笑みを浮かべて訊いた。 「しばしお待ちを、王妃様。まずは、火急の件を論じなければなりませんので」ストレイル卿は頭を下げた。「できれば内密に行いたいのですが」 王は帝都の大使をじっと見て、表情から真意を読み取ろうとした。手を振りかざして貴族たちを退出させ、扉を閉じさせた。謁見室に残されたのは王、王妃、大使、数名の近衛兵、それと謎の女性だった。 大使がポケットから一枚の黄ばんだ羊皮紙を取り出した。「王様、兄上とご家族が殺されてあなたが戴冠されたとき、当然のことですが、証文や遺言のような重要書類はすべて、書記官や大臣の管理のもとで保管されました。亡き王の副次的な重要ではない私的文書については、慣習にのっとって、資料室に送られました。この手紙はその中から見つかったものです」 「いったいどういうことなのかね?」と、王は大声で言った。「手紙には何と?」 「王様のことではありません。実際のところ、王様が戴冠なさった時点では、誰かが手紙を読んだところでその意義が理解できなかったでしょうな。手紙はあなたの兄上である亡き王が皇帝に宛てたもので、暗殺の直前に書かれました。ここカムローンのセシエテ神殿にかつて魔術師および僧侶として仕えていた、義賊についての手紙です。その義賊の名は、ジャガル・サルン」 「ジャガル・サルン?」王妃はそわそわしながら笑った。「あらあら、ちょうどサーンのことを話してたのよ」 「サーンは、強力な呪文や忘れられし呪文に関する書物を何冊も盗み出しました。それから、混沌の杖のような秘宝にまつわる伝承も。杖の隠し場所や使い方を知るために。情報はゆっくりと西方のハイ・ロックまでやってきます。皇帝の新たな魔闘士の名がジャガル・サルンだという情報が亡き王の耳に入る頃には、もう何年も過ぎていました。亡き王は手紙をしたためて、背徳の魔闘士について皇帝に警告しようとしました。が、手紙が完結することはなかったのです」ストレイル卿は手紙を高く掲げた。「手紙の日付は385年の、王が暗殺された日です。ジャガル・サルンが皇帝を裏切って『虚構帝都』による10年間の暴政を開始する4年前のことです」 「じつに興味深い話だが」王は吠えるように言った。「私と何の関係があるのだ?」 「帝都は現在、亡き王の暗殺にただならぬ関心を寄せています。そして、あなたの忠実なる魔闘士、エリル卿から自白を取らせていただきました」 王は顔色を失った。「このみすぼらしい虫けらめ、何人たりとも私を脅せるものか。おまえも、その娼婦も、その手紙も、もう二度と陽光をおがむことはあるまい。衛兵!」 近衛兵が剣を抜き放ち、つめ寄ってきた。と、いきなり光がきらめき、プロセッカス率いる帝都の処刑人たちがわらわらとわいてきた。彼らは何時間も部屋に潜んでいたのだ。誰にも気づかれないように影の中で息を殺して。 「帝都の偉大なる太陽、ユリエル・セプティム七世の名において、あなたを逮捕します」と、ストレイルは言った。 扉が開かれ、うなだれた王と王妃が連れ出された。ふたりの息子であるサイロン王子が寄りつきそうな場所を、ジーナはプロセッカスに教えた。謁見室にいた廷臣や貴族は、彼らの王と王妃が奇妙なほど厳粛に王立刑務所へと行進していくさまをながめていた。口を開くものはいなかった。 とうとう声が上がったとき、誰もが仰天した。ジリア夫人が王宮に到着したのだ。「どういうことなの? 王と王妃の権威を奪ったりして、一体どういうつもりなの?」 ストレイル卿はプロセッカスのほうを向いた。「われらとジリア夫人だけで話をしたほうがいい。なすべきことはわかっているな?」 プロセッカスはうなずくと、謁見室への扉をまたもや閉めた。廷臣たちは木の扉に体を押しつけ、ひと言たりとも聞き逃さないよう耳をそばだてた。黙ってはいたが、彼らもまた、ジリア夫人と変わらぬくらい事情を知りたがっていたのだ。 物語(歴史小説) 緑2 タララ王女の謎 第5巻 メラ・リキス 著 「何の権利を持って父を拘束するのですか?」ジリア夫人は叫んだ。「彼が何をしたと言うの?」 「私はインペリアル司令官、および大使として、カムローンの王者、オロインの元デュークを拘束する」ストレイク卿は言った。「地方の貴族権限のすべてに優先するタムリエルの皇帝の秩序権限に基づいて」 ジーナは前に進みジリアの腕に手を添えようと試みたが、冷たく突き返された。彼女は、今は誰もいない謁見室の玉座の前に、静かに座り込んだ。 「完全に記憶を取り戻したこの若い女性が私のもとを訪れてきたのだが、彼女の話は信じ難いを超越していた、単純に信じられなかったのだ」と、ストレイク卿は話した。「しかし、彼女は確信していたので、私も調査してみるしかなかった。その話に多少なりとも真実性があるか、20年前、この王宮にいた全員と話した。当然、王者と女王が殺害され、王女が失そうしたときは完全な取り調べが行われたが、今回は違う質問があった。その質問とは、2人の従姉妹、ジリア・レイズ夫人と王女の関係だ」 「何度も何度もみんなに言いました、人生で、あの時期だけ何も覚えていないのです」と、涙を浮かべながらジリアは言った。 「それは分かっている。あなたが恐ろしい凶行を目撃し、あなたと彼女の記憶が消えたことは一度も疑ったことがないし」ストレイル卿はジーナを手招きしながら言った。「疑う余地もない。王宮の召使いや他の人たちから、少女たちは密接な間柄だったと聞いた。他に遊ぶ友達もいなく、王女は常に親のそばに居なければいけなかったので、幼い頃のジリア夫人もそのすぐそばにいた。暗殺者が王族を殺しに来たとき、王者と女王は寝室に、そして少女らは謁見室にいた」 「記憶が戻ったときは、まるで封印された箱を開けたようだったわ」と、ジーナは厳かに言った。「20年前ではなく、昨日起きた出来事のようにすべてが鮮明で詳細だったの。私は玉座に座って女帝を演じていて、あなたは演壇の裏に隠れて、私があなたを投獄した地下牢に入れられているフリをしていたの。血まみれの刀をもった知らない男が、部屋に王の寝室から飛び込んできたわ。私に向かってきたから必死で逃げたの。演壇に向かって走り始めたのを覚えているけど、あなたの恐怖で凍りついた顔が見えて、彼をあなたに導きたくなかったわ。だから、窓に向かって走ったの」 「前、一緒にふざけて城壁を登ったことがあったわね、あの崖にしがみついている姿が、一番初めに戻ってきた記憶だったわ。あなたと私が城壁に登って、下から王が降り方を言ってくれたわね。でも、あの日は、あまりにも震えていて、つかまっていられなかったの。私は落ちて、川に着水したの」 「目撃した恐怖のせいか、それとも落下した衝撃と水の冷たさが折り重なってかは分からないけど、頭の中が真っ白になったの。かなり離れた場所でようやく川から自分を引っ張り出したとき、自分が誰だか分からなかったわ。それがそのまま続いたの」ジーナは笑った。「今まではね」 「では、あなたがタララ王女なのですか?」と、ジリアは叫んだ。 「私が混乱したように、単に結果だけを言ってしまうとあなたも混乱してしまうので、その問いに彼女が答える前に、もうちょっと私に説明をさせてもらおう」ストレイル卿が言った。「暗殺者は王宮から逃げられる前に捕まった── 実のところ、捕まると分かっていたはずだ。彼は即座に王族を殺害したことを認めた。彼が言うに、王女は窓から投げ出して殺したと。下に居た召使いが悲鳴を聞き、何かが窓の前を飛び落ちていくのを見ているので、彼はそれが事実であると知っていた」 「子守り役のラムクによって演壇の裏に隠れていた幼いジリア夫人が、恐怖で震えながら喋れずに、誇りまみれで発見されるまで数時間かかった。ラムクはとてもあなたのことを注意深く守っていた」ストラルはジリアに向かってうなずきながら語った。「彼女は、即刻あなたを部屋へ連れて行くよう主張して、オロインのデュークへ、王族が殺害され、彼の娘が殺人を目撃したが生き延びたとの伝言を走らせた」 「そのことは、少しだけ思い出してきました」と、不思議そうにジリアは言った。「ラムクに慰められながらベッドで横になっていたのを覚えています。すごく混乱していて、集中できなかったのです。なぜかは分かりませんが、ずっとお遊びの時間であって欲しいと思っていたのを覚えています。そして、荷物をまとめられて、養育院へ連れられて行かれたのを覚えています」 「もうすぐすべて思い出すわ」ジーナは微笑んだ。「保証するわ。それが思い出し始めた方法よ。一つだけ詳細を掴んだら、すべてが流れこんできたの」 「それです」ジリアは失意で泣きだした。「混乱以外の何も覚えていません。いえ、連れ去られるとき、父が私のことを見てもくれなかったことも覚えています。そして、そのことも、他のことも気にしていなかったことを覚えています」 「皆にとって混迷期だった、特に少女たちにとっては。とりわけ、あなたたち二人が体験したような羽目にあった少女たちには……」と、同情してストレイル卿は言った。「私の理解では、ラムクからの伝言を聞いたデュークは、オロインの王宮を後にして、あなたがこの出来事から回復するまで私設療養所へ送るよう命じ、情報を引き出すために、私設衛兵とともに暗殺者の拷問に着手した。最初の自白をしたとき以降、デュークと私設衛兵以外は暗殺者を見ていなく、暗殺者が脱走しようとして殺されたとき、デュークと彼の衛兵以外誰も居なかったということを初めて聞いたとき、私はそれを重要視した」 「その場に居たことが分かっていたうちの一人、エリル卿と話をしたが、手にしている以上の証拠品を持っているように見せかけ、脅さなければならなかった。危険な作戦ではあったが、願っていたような反応が得られた。とうとう彼は、私が真実であると分かっていたことを自供した」 「暗殺者は……」ストレイル卿は中断し、そして仕方なくジリアの目を見て言った。「相続人の王女も含めて、王族を殺害するために、オロインのデュークによって雇われていたのだ。彼や子供たちに王冠が渡るように」 ジリアは驚き、ストレイル卿を見つめた。「私の父が──」 「暗殺者は、デュークが彼を拘留したら、すぐに報酬が支払われ、脱獄が準備されると言われていた。だが、この悪党は欲を出す場所を間違えて、ゴールドをもっと手に入れようとした。デュークは沈黙させてしまうほうが安上がりだと判断し、彼が事の真相を誰にも話せないように、その場で即刻殺してしまった」ストレイル卿は肩をすくめた。「たいした損失ではないな。それから数年後、幼児期の記憶が完全に欠如していることを除けば、少々動揺してはいるものの、普通に戻ったあなたが療養所から戻った。そしてその間に、オロインの元デュークは兄の変わりにカムローンの王者となっていた。容易くできたことではない」 「ええ」と、ジリアは静かに言った。「もの凄く忙しかったのだと思います。彼は再婚して、もう1人子供がいました。ラムク以外は誰も療養所へ見舞いにきませんでした」 「もし彼が見舞いにいって、あなたを見ていたら……」と、ジーナが言った。「この話はまったく違う展開になっていたかもね」 「どういう意味ですか?」と、ジリアは問いかけた。 「ここが一番驚くべきところだ」と、ストレイル卿が言った。「以前から、ジーナがタララ王女なのかどうかが問われていた。彼女の記憶が戻り、覚えていることを私に話してくれたとき、私はいくつかの証拠をつなぎ合わせた。これらの事実を考えてみよう」 「まったく違う人生を歩んできたあなたたち2人は20年後の今も著しく似ているし、変わらぬ遊び友達、そして少女だったあなたたちは瓜二つだった」 「暗殺のとき、そこに行ったことがなかった暗殺者は、玉座の上に1人の少女しか見ておらず、彼はその子を獲物と思いこんだ」 「ジリア夫人を見つけだしたのは不安定な精神の持ち主で、自分の役目に狂信的な愛着をもっていた子守り役のラムクだった── その種の人は、自分が愛してやまない少女が、行方不明になったほうかもしれないという可能性を絶対に受けいれない。子守り役はあなたを療養所で見舞った、タララ王女とジリア夫人の2人を知る唯一の人物だった」 「最後に」と、ストレイル卿は言い放った。「あなたが宮廷に戻ったとき、5年間がすぎていて、あなたは子供から若い女性へと育っていた事実を考えてもらおう。見覚えはあるが、あなたの家族が覚えているあなたとは完全に一致しない、もっともなことではある」 「理解できません」可哀想な女性は目を見開いて叫んだ。だが、理解できていた。彼女の記憶はひどい洪水のように流れ、集まっていた。 「こう説明するわ……」彼女の従姉妹は腕で包みながら言った。「今は自分が誰なのかわかるわ。私の本名はジリア・レイズ。拘束された男は私の父親、王者を殺した男── あなたの父を。あなたがタララ王女なのよ」 物語(歴史小説) 赤3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/121.html
2920 暁星の月(1巻) 第一紀 最後の年 カルロヴァック・タウンウェイ 著 2920年 暁星の月1日 モルンホールド(モロウウィンド) アルマレクシアは毛皮のベッドに横たわり、夢を見ていた。太陽が窓に当たり、彼女の肌色の部屋に乳白色の光が注ぎ込まれて、ようやく彼女はその目を開けた。それは静寂と静けさであり、彼女が見ていた血と祝典で溢れていた夢とは驚くほどに違っていた。数分間、彼女は天井を見つめビジョンの整理を試みた。 彼女の王宮の宮廷には冬の朝の涼しさで湯煙を立てている、沸き立つプールがあった。手の一握りで湯煙は消え、彼女の恋人ヴィヴェックの顔と姿が北の書斎に見えた。すぐには話しかけたくなかった: 赤のローブを着て、毎朝のように詩を書く彼はりりしく見えた。 「ヴィヴェック」彼女が言うと、彼は笑顔とともに顔を上げ、何千マイルもの彼方から彼女の顔を見ていた。「戦争の終わりのビジョンを見たわ」 「80年も経った今、誰にも終わりは見えないと思うが…」と、ヴィヴェックは笑顔とともに言ったが、真剣になり、アルマレクシアの予言を信じた。「誰が勝つ? モロウウィンドか、それともシロディール帝都か?」 「ソーサ・シルがモロウウィンドにいなければ、私たちは負けるわ」と、彼女は返答した。 「私の情報によると、帝都は北部を春の早い段階で攻撃するであろう。遅くとも蒔種の月にはね。アルテウムへ行き、戻るよう彼を説得してくれるか?」 「今日発つわ」と、彼女は即座に言った。 2920年 暁星の月4日 ギデオン (ブラック・マーシュ) 女帝は牢獄のなかを歩き回っていた。冬の季節が彼女に必要のない体力を与えていたが、夏はただ窓の近くに座り、彼女を冷ましにきた、ムッとするような沼地の風に感謝するだけであった。部屋の反対側では、帝都宮廷での舞踏会を描写した、未完成のつづり織りが彼女を嘲るように見えた。彼女はそれを枠から破り取り、床に落としながら引き裂いた。 その後、自らの無駄な反抗の意思表示を笑った。修理するのに十分な時間があり、その上で更に100枚作る時間もあった。皇帝は7年前に彼女をギオヴェッセ城に監禁し、おそらく彼女が死ぬまでそこに拘留するつもりであろう。 ため息とともに、彼女の騎士ズークを呼ぶ綱を引いた。帝都衛兵にも相応しい制服を着た彼は、数分以内に扉の前に現れた。ブラック・マーシュ出身のコスリンギーの民のほとんどは裸でいることを好んだが、ズークは衣服に前向きな楽しみを覚えていた。彼の銀色で反射する皮膚はほとんど見えず、顔、首、手のみを露出していた。 「殿下」と、お辞儀をしながら彼は言った。 「ズーク」と、女帝タヴィアは言った。「退屈である。今日は夫を暗殺する手段を話そうぞ」 2920年 暁星の月14日 帝都 (シロディール) 南風の祈りを宣告する鐘の音が帝都の広い大通りや庭園に鳴り響き、皆を神殿へと呼んでいる。皇帝レマン三世はいつでも最高神の神殿の礼拝に参列したが、彼の息子にして継承者である王子ジュイレックは、各宗教的祝日はそれぞれ違う神殿にて礼拝に参列するほうが政治上より良いと思っていた。今年はマーラの慈善大聖堂であった。 慈善での礼拝は幸い短かったが、皇帝が王宮から戻れたのは正午を大きく回ってからであった。その頃には、闘技場の闘士たちは式典の始まりをしびれを切らして待っていた。ポテンテイト・ヴェルシデュ・シャイエがカジートの軽業師の一座による実演を手配していたため、群集はそれほど落ち着かない様子ではなかった。 「そちの宗教は我が宗教よりも都合がよいな」と、皇帝はポテンテイトに謝罪するかのように言った。「最初のゲームは何であるか?」 「優れた戦士2人による、一対一の決闘であります」と、ポテンテイトが立ち上がりながら言った。うろこ状の皮膚が、日の光を受け止めていた。「彼らの文化に相応しい武装で」 「よいぞ」と皇帝は言い、手を叩いた。「競技を開始せよ!」 二人の戦士が群衆の声援が沸き立つ闘技場に入るや否や、皇帝レマン三世はこのことについて数ヶ月前に約束したが、忘れてしまっていたことに気がついた。闘士の1人はポテンテイトの息子サヴィリエン・チョラック。ギラギラした象牙色のうなぎは、アカヴィリ剣と小剣を一見細く、弱そうな腕で握っている。もう一方は、皇帝の息子、王子ジュイレック。黒檀の鎧とともに野蛮なオークの兜と盾、そしてロングソードを携えている。 「この見物は興味をそそります」と、ポテンテイトが息を漏らすように言い、細い顔でにこやかに笑った。「シロディールがアカヴィルとこのように戦うのを見た覚えがありません。通常は、軍対軍ですからな。やっとどちらの考え方が良いのか決着がつけられます── あなた方のように、剣と戦うために鎧を作るのか、それとも、我々のように、鎧と戦うために剣を作るのか」 まばらにいるアカヴィリの参事とポテンテイト以外はサヴィリエン・チョラックの勝ちを望んではいなかったが、彼の優雅な動きを目にしたとき、皆息を呑んだ。彼の剣は体の一部のようで、尻尾が腕から伸び、後ろの腕に合わせる。重量を平衡させる業で、若い蛇男を丸まらせ回転しながら、攻撃姿勢のままでの舞台の中央への移動を可能とさせた。王子はそれほど印象的ではない、普通の移動方法で、とぼとぼと前へ進んだ。 二人がお互いに飛び掛ると、群集は歓喜の叫びを上げた。アカヴィリはまるで彼が王子の衛星軌道上の月であるかのように、後ろからの攻撃を試みるために楽々と彼の肩を飛び越えたが、王子は盾で防ぐためにすぐに旋回した。彼の反撃は、敵が地面に倒れこみ、スルスルと彼の足の間を抜けながら足を引っ掛けたので空を切った。王子は大きな衝突音とともに地面に倒れた。 王子はすべて盾で防いだが、サヴィリエン・チョラックが幾度となく王子に攻撃をしかけると、金属と空気が溶けて融合した。 「私たちの文化に盾はありません」と、ヴェルシデュ・シャイエが皇帝に呟いた。「息子には盾が奇妙に見えているのでしょう。私たちの国では、殴られたくなかったら、避けるのです」 サヴィリエン・チョラックが再度目もくらむような攻撃に備えて後ろ足で立ったとき、王子は彼の尻尾を蹴り彼を一瞬後ろに退かせた。彼はすぐに立ち直ったが、王子も地に立っていた。二人ともお互いの周りを回っていたが、そのうち蛇男が、アカヴィリ剣を突き出して前に回転しながら出てきた。王子は敵の策を見破っており、アカヴィリ剣をロングソードで、そして小剣を盾で防いだ。その短く突き抜く刃は金属にめり込んでしまい、サヴィリエン・チョラックは平衡を崩されてしまった。 王子のロングソードがアカヴィルの胸を切り、突然の激しい痛みが彼に両方の武器を落とさせてしまった。直後、戦いは終わった。サヴィリエン・チョラックは王子のロングソードを首に突きつけられた。解体される家畜同然であった。 「ゲームは終了である!」と、皇帝は叫んだが、闘技場内の拍手の音でかすかに聞こえただけである。 王子はにっこりと笑い、サヴィリエン・チョラックが立ち上がるのを手伝い、治癒師へ連れて行った。皇帝は安堵しながらポテンテイトの背中を叩いた。戦いが始まったとき、息子が勝つ可能性の低さに気付いていなかった。 「彼はいい戦士になります」と、ヴェルシデュ・シャイエが言った。「そして、偉大な皇帝に」 「これだけは憶えておけ」皇帝は笑った。アカヴィリには派手な技が多いが、我々の攻撃が1度でも通用すれば、それで終わりなのだ」 「よく憶えておきます」ポテンテイトは頷いた。 レマンの残りのゲームの最中、その言葉のことを考えていて心底楽しめなかった。ポテンテイトも、女帝がそうであったように敵なのだろうか? この件は監視することにした。 2920年 暁星の月21日 モルンホールド(モロウウィンド) 「なぜ私があげた緑のローブを着ない?」と、モルンホールドのデュークは若い娘が服を着るのを見ながら聞いた。 「合わないからよ」トゥララは笑った。「それに、赤が好きなのを知っているでしょう」 「合わないのは、太り始めているからだ」と、デュークは笑い、彼女をベッドに引き込み、胸や腹部に口づけをした。くすぐったくて彼女は笑ったが、起き上がり、赤いローブを羽織った。 「女性らしく出るところは出ているのよ」と、トゥララは言った。「明日会える?」 「いや」と、デュークは言った。「明日はヴィヴェックをもてなさなければならない、そして次の日はエボンハートのデュークがここを訪れる。アルマレクシアが居なくなるまで、私はアルマレクシアと彼女の政治手腕を大切に思っていなかった。信じられるか?」 「私と同じね」トゥララは微笑んだ。「私が居なくなって初めて大切に思うのよ」 「そんなことはない」デュークはせせら笑った。「今、大切に思っているさ」 トゥララは扉を出る前に、デュークに最後の口づけを許した。彼女は彼の言った言葉を考え続けた。彼女が太り始めているのは彼の子を宿しているからだと知ったら、彼はどれだけ彼女を大切に思ってくれるのだろうか? 結婚するほど大切に思ってくれるだろうか? 時は薄明の月へと続く。 物語(歴史小説) 紫1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/152.html
妖精族 第1巻 ウォーヒン・ジャース 著 その偉大な賢者は背が高く、不精な感じの男で、髭をたくわえており、頭ははげていた。彼の所蔵の本も持ち主に似て、どの本も長い間にホコリをかぶり、本棚の奥へと突っ込まれていた。最近の授業で、彼はその中の数冊を用いて、ヴァヌス・ガレリオンがどのようにして魔術師ギルドを設立するに至ったかを学生のタクシムとヴォングルダクに説明していた。2人はサイジック教団でのガレリオンの修行時代について、またそこで行われた魔術の研究と魔術師ギルドのものとはどのように異なるのかなど、たくさんの質問を投げかけた。 「サイジック教団は、今も昔もは非常に組織的な生活様式を持つ機関である」と賢者は説明した。「実際、きわめてエリート主義的である。ガレリオンはその点を批判していた。彼は魔術の研究を自由に解放したかったのだ。まあ、『自由に』とはいかないまでも、少なくとも誰にでも門戸が開かれているようにだ。そのためにまず彼はタムリエルで路線を変更した」 「ガレリオンは現代の薬剤師、道具工、呪術師がみな使用しているような慣習と儀式を体系化したのですよね?」と、ヴォングルダクが尋ねた。 「それは業績の1つに過ぎない。ヴァヌス・ガレリオンは、今日の魔術を作り上げたのだ。彼は一般大衆でも理解できるように、魔術の体系を組み直した。また、彼は錬金術の道具を開発した。誰もが魔法の跳ね返しを恐れずに、どんなものでも、どのような技術でも、懐の許す限り混ぜ合わせることができるようになった。そう、彼は最終的にそういうものを作り上げたのだ」 「どういう意味ですか?」と、タクシムが尋ねた。 「初期の道具は、現在の我々のものよりも自動化されたものだった。どんな素人でも、魔法や錬金術のことを知らなくてもその道具を使うことができた。アルテウム島では、学生は何年にもわたる苦労を重ねて技術を習得しなければならなかったが、ガレリオンはそれがサイジック教団のエリート主義の一例に過ぎないと考えた。当初彼の開発した道具は、いわば機械の付呪師や錬金術師で、金さえ出せば客は望むものを何でも作り出せた」 「例えば、世界を真っ二つに切り裂くような剣も作れますか?」ヴォングルダクが尋ねた。 「理論的には出来るだろうが、それを作るには世界中の金が必要になるだろう」と言って賢者は笑った。「これまでのところ、我々が大変な危機に直面したことはないが、学識のない田舎者が己の理解を超えた物を作り出してしまったという不運な事故は少なからずあった。そういうこともあり、ガレリオンは古い道具を廃棄して、我々が現在使っているようなものを作り上げた。ある意味エリート主義かもしれないが、何かをする前には自分が何をしようとしているのか分かっている必要がある。きわめて当然なことではあるが」 「人々はどんなものを作ったのですか?」と、タクシムが尋ねた。「何かエピソードはありますか?」 「君たちは試験を受けるのが嫌で、話をそらすつもりなんだな」と偉大な賢者は言った。「だが、要点を押さえたちょうどいい話をしよう。サムーセット島の西海岸に在るアリノールの街が舞台の、タウーバッドという書記にまつわる物語だ」 それは第二紀、ヴァヌス・ガレリオンが魔術師ギルドを初めて設立してからまだ間もない頃、その支部がタムリエルの本土にまでは進出まではしていないが、サムーセットの至るところに広がった頃のことであった。 この5年間、書記タウーバッドは、伝令のゴルゴスという少年を通して外の世界に向け文書を送り出す生活を送っていた。隠遁生活だった最初の年には、わずかに残っていた本当に少数の友人や親族── 実際は亡妻の友人や親族であったけれど── が彼を訪ねようとしたが、一番しぶとく粘った身内でさえ諦めてしまった。誰もがタウーバッド・フルジクと交友を続ける理由をたいして持っていなかったので、そのうち、連絡を取ろうとするものはほとんどいなくなった。時々、義理の妹から彼がほとんど覚えていないような人々の近況を綴った手紙が届いていたが、それも極めてまれなことだった。彼の家を往き来する手紙のほとんどは、彼の仕事、つまりオリエル神殿から毎週発刊される公報を書く仕事に関するものであった。公報は神殿の扉に釘で止めて貼り出されるのだが、内容は地域のニュースや説教などであった。 その日、ゴルゴスが持ってきた最初の手紙は治癒師もので、木曜の約束の確認だった。しばらく時間をかけて、彼は浮かない顔つきで了承の返事を書いた。タウーバッドはクリムゾンの疫病を患っており、治療に多額のお金を使っていた。ちなみに、この物語が治癒魔法の流派が高度に専門化する以前の物語であることをお忘れなく。それは恐ろしい病気で、彼は文字通り声を失った。この為、彼のコミュニケーションは筆記によるものに限られていた。 次の手紙は教会の秘書であるアルフィアからだった。彼女の手紙はいつも乱雑な文章で不愉快なものであった。「タウーバッドへ、添付資料は日曜の説教、来週のスケジュール、死亡情報です。少しは『色を付けて』記事を書いてください。前回の分には失望しています」 タウーバッドはアルフィアが神殿に勤め出す前から公報の作成に携わっていたので、彼が心に抱く彼女のイメージは純粋に頭の中だけで作り上げたものであり、それは時間とともに変化していった。最初は、イボだらけの醜く太った雌の醜い魔物の姿をしていた。最近は、痩せ細った行かず後家のオークに変異している。ひょっとしたら、彼の千里眼は当たっていて、ちょうど彼女も体重を落としたところかも知れない。 そもそもアルフィアの外見がどのようなものでも、タウーバッドを見下す態度は明らかだった。彼のユーモアセンスも大嫌いなら、どんなに小さな書き損じも見逃さない。彼の文章と筆跡は素人レベルでも最低であると思っている。幸い神殿の仕事は、善良なるアリノール国王の為の仕事の次に安定していた。稼ぎはたいしたことはないが、タウーバッドはほとんど金を使わなかった。実際のところ金は必要なかった。彼はすでに一財産を築いていたし、日々の生活に働く以外の楽しみはなかったのである。つまり、ほかに時間や思考を費やすところがない彼にとって、その公報の仕事は何よりも大事だった。 すべての手紙を配達し終えたゴルゴスは、掃除を始め、やりながらタウーバッドに街のニュースをすべて伝えた。少年はいつもそうしていて、タウーバッドはいつもあまり聞いていなかったのだが、今日のニュースには興味深いものがあった。魔術師ギルドがアリノールに進出したというものである。 タウーバッドが熱心に耳を傾けるので、ゴルゴスは、ギルドに関する全てを、つまり驚くべき大賢者と、錬金術と付呪用の道具について話した。彼が話を終えると、タウーバッドは簡単なメモを書いて、そのメモと一緒に1本の羽ペンをゴルゴスに渡した。そこには「この羽ペンに魔法を封じてもらってきてくれ」と書いてあった。 「お金がかかりますよ」と、ゴルゴスは言った。 タウーバッドは、長年貯めてきた数千枚のゴールドを彼に渡して送り出した。タウーバッドは、アルフィアを感動させ、オリエル神殿に栄光をもたらす力を手に入れようと決心したのだ。 後に聞くところによれば、ゴルゴスはそのお金を横取りしてアリノールから逃げようとも思ったが、貧しく老いたタウーバッドのことが心配になった。何より、主人からの手紙を届けるために、毎日会わねばならないアルフィアのことが彼も大嫌いだった。良い動機と言えないまでも、ゴルゴスはギルドに赴いて羽ペンに魔法を封じてもらおうと決めた。 最初に話したとおり、その当時は特に、魔術師ギルドはエリート主義の団体ではなかった。だが、ただの伝令の少年が魔導具の製造機を使わせてほしいと頼んだ時は、すくなからず疑いの眼差しを向けられた。しかし袋の中身を見せると、彼らの態度は一変し、ゴルゴスは部屋に招き入れられた。 ところで、私はその古い付呪用の道具を見たことがない。君たちには想像力を働かせてほしい。その道具には、マジカを封入するための大きなプリズムや、一揃いの魂石、エネルギーを封じ込めた球体などがついていた。それ以上は、その外見も効果もよくはわからない。ギルドに渡したゴールドのおかげで、その羽ペンには最高額の魂、つまり妖精族というデイドラの魂を封じられることになった。ギルドの修練僧は、当時の他のメンバーと同様に無知であって、その魂がエネルギーに満ち溢れているという以外には、大した知識はなかった。ゴルゴスが部屋をあとにした時には、その羽ペンには限界かそれ以上の付呪が施され、力で震えているようだった。 もちろん、タウーバッドがその羽ペンを使ってみると、それがどれだけ彼の理解を越えたものであったかが明らかになったのだ。 「それでは…… 試験を始めよう」と、偉大な賢者は言った。 小説・物語 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/156.html
帝都の略歴 第1巻 帝都歴史家 ストロナッハ・コージュ三世 著 初代皇帝タイバー・セプティムによる統治以前、タムリエルは混沌に包まれていた。詩人トラシジスはこの時代を「絶え間ない血と憎悪にまみれた昼と夜」と書いている。各地の王たちはどれも貪欲な暴君で、地上に秩序をもたらそうとするセプティムに武力をもって抵抗した。 しかし、彼らはみな自堕落で統率がとれていなかったため、セプティムの力によって駆逐され、タムリエルに平和がもたらされた。第二紀896年のことであった。次の年に皇帝は新しい時代の始まりを宣言し、第三紀の幕が開けた。 皇帝タイバーは、38年間に渡り最高権力者として君臨した。その統治は正当かつ神聖で、この輝かしい時代では奴隷から支配者まで全ての人間が正義の恩恵を享受できた。皇帝の崩御の際には雨が2週間も降り続き、まるでタムリエルそのものが悲しみの涙を流しているかのようであった。 皇帝タイバーの後は、孫であるペラギウスが帝位を継いだ。彼の治世は短いものであったが、前皇帝と比べても遜色のない確固たる統治により、帝都の黄金時代は続いた。しかし、なんということか、皇帝家に敵対する何者かがあの呪われた殺し屋集団「闇の一党」に依頼し、帝都の最高神の神殿でひざまずき祈りを捧げる皇帝を襲わせたのである。ペラギウス一世の治世は3年にも満たなかった。 ペラギウスの崩御当時、彼に子供はいなかったので、帝位は彼のいとこでタイバーの弟アグノリスの娘へと渡ることになった。その娘、シルヴェナール女王キンタイラは、女皇キンタイラ一世として即位した。彼女の統治中、帝都は繁栄と豊作に恵まれ、また彼女自身は美術、音楽、舞踊を積極的に保護し発展させた。 そしてキンタイラ亡き後は、その息子が帝位を継いだ。タムリエル皇帝で始めてユリエルという皇帝名を使ったのが彼である。ユリエル一世は歴代皇帝の中でも随一の優れた立法者であり、私有の会社やギルドの設立を推奨した。彼の保護と規律のもと、戦士ギルドと魔術師ギルドがタムリエル中で活性化した。第三紀64年のユリエル一世の崩御後は息子のユリエル二世が、第三紀82年のペラギウス二世の帝位継承までの18年間帝位に就いた。悲劇的にも、ユリエル二世の治世中、帝都は都市の荒廃、疫病、暴動に悩まされることとなった。残念なことに、ユリエル二世が父から受け継いだ慈悲の心はタムリエルに行き渡らず、正義は果たされなかった。 ペラギウス二世はその父から帝位とともに負の遺産、つまり財政の困窮と法治の衰退を受け継がなければならなかった。ペラギウスは元老院を解散し、元老院の地位のために大金を払う者だけを残して残りの者を追放した。また、臣下であるタムリエル各地の王にもそうすることを推奨し、その甲斐あって、彼の17年間の治世が終わる頃にはタムリエルは再び繁栄した。ただし、この政策によって、英知がありながら金を払えなかった者が指導的立場から追われることになったとする批判もある。このことは、ペラギウスの後帝位を継いだアンティオカスの代に起こった諸問題の遠因となった。 質実な気風のセプティム家の中で、アンティオカスは珍しく派手な性格であった。彼は多くの妻と同じくらいの数の愛人を持ち、贅沢で派手な装いと快活な人格で知られた。しかし不運にも、彼の治世は祖父のユリエル二世の代よりも市民戦争の多い時代であった。第三紀110年のアイル戦争では、サマーセット島のほぼ全域がタムリエルから失われることになった。サマーセットの諸王と皇帝の連合軍は暴風雨のために苦戦し、ピアンドニアのオルグハム王を討ち負かすにとどまった。伝説によれば、アルテウム島のサイジック団が魔術をもってこの大嵐を起こしたとされる。 アンティオカスの後に帝位を継いだ娘のキンタイラ二世は、歴代で最も悲劇的な皇帝であろう。彼女のいとこでソリチュード女王ポテマの息子ユリエルが、アンティオカス統治下の帝都の退廃を仄めかしながら、キンタイラを私生児であると告発したのである。この告発でキンタイラの戴冠を止めることはできなかったが、ユリエルはその後も帝政に不満を持つハイ・ロック、スカイリム、モロウウィンドの諸王とポテマ女王を味方につけ、皇帝に対し3回の反乱を起こした。 一度目の反乱は、ハイ・ロックとハンマーフェルを隔てるイリアック湾周辺地域で起こった。この戦いでキンタイラの側近は殺され、彼女自身は捕われた。それから2年間、キンタイラはグレンポイントもしくはグレンモイルにあったとされる帝都獄舎に捕らわれた後、独房で謎の死を遂げた。 二度目の反乱はモロウウィンド諸島沿岸の守備隊に対する攻撃であった。キンタイラの夫コンティン・アリンクスは、この時砦を守る戦いの中で命を落とした。三度目の、そして最後の攻撃は帝都の占領であった。その直前、ハイ・ロックおよび東モロウウィンド攻撃のために元老院が帝都軍を分割しており、帝都の防衛力は落ちていた。そのため、ユリエルの圧倒的な戦力による侵略に抗することができず、わずか2週間後に帝都は陥落した。 ユリエルは帝都陥落の夜に自ら戴冠し、タムリエル皇帝ウリエル三世として即死した。第三紀121年のことであった。ここに端を発するレッド・ダイヤモンド戦争については、次巻で述べる。 歴史・伝記 緑3 帝都の略歴 第2巻 帝都歴史家 ストロナッハ・コージュ三世 著 本著の第1巻で、歴代皇帝のうち最初の8代皇帝について述べた。栄光あるタイバー・セプティムから、その子の、いとこの、孫の、曾孫であるキンタイラ二世までの系譜である。グレンポイントの獄中でのキンタイラ二世の死を、正当なセプティムの血統の終わりであるとする見方もある。実際のところ、それによって何か重大なものが失われたことは間違ない。 ユリエル三世はタムリエル皇帝を名乗ったばかりでなく、高貴な名であるセプティムを称号とし自らをユリエル・セプティム三世と称した。実際には、彼の名字は父親の家系のマンティアルコである。ユリエルはほどなくして帝位を追われ彼の罪は非難されたが、このセプティムという名を皇帝の称号とする伝統はその後も続くこととなった。 六年の間、レッド・ダイヤモンド戦争(この呼び名は有名な皇帝家の印に由来する)は帝都を分断した。ペラギウス二世の3人の子であるポテマ、セフォラス、マグナス、そして彼らの子らが互いに帝位をめぐって争った。ポテマは当然息子であるユリエル三世を支援し、スカイリムと北モロウウィンドの王を全て味方につけた。しかしセフォラスとマグナスの尽力によりハイ・ロックはポテマを裏切った。ハンマーフェル、サマーセット島、ヴァレンウッド、エルスウェーア、そしてブラック・マーシュについてはそれぞれ地域内で違った思惑があったが、多くの王たちはセフォラスとマグナスの側についた。 第三紀127年、ハンマーフェルにおけるイチダグの戦で、ユリエル三世が捕虜となった。その後、彼を帝都での審判のために護送する途中、群集が彼の居る檻を奪い檻ごと焼き殺した。彼の叔父たちはそのまま帝都に帰り、民衆の支持によってセフォラスがタムリエル皇帝セフォラス一世として即位した。 セフォラスの治世は戦争に明け暮れることとなった。彼は素晴らしく柔和で知的な皇帝であったが、残念ながらその時代のタムリエルが必要としていた偉大な闘将になることはできなかった。彼が度重なる戦いの後とうとうポテマを討ち負かすまで、実に10年の時を要した。ソリチュードの狼の女王と呼ばれたポテマは、137年に彼女の領地が陥落する際に命を落とした。そのわずか3年後、セフォラスもまたこの夜を去った。戦争に明け暮れる中でセフォラスは子供を残せなかったため、弟の、ペラギウス二世の第4子であるマグナスが帝位を継いだ。 皇帝マグナスは即位した際に既に年老いており、さらにレッド・ダイヤモンド戦争で敵対した諸国の王を征伐する任務が、彼の生命力を奪った。伝説ではマグナスの息子で帝位継承者であるペラギウス三世が彼を殺したとされるが実際にはありえないだろう。ペラギウス三世はポテマの死後ソリチュードの王位に就き、ほとんど帝都に戻ることは無かったためである。 狂王ペラギウスとして知られるペラギウス三世は、第三紀145年に即位した。その直後から、彼の奇行は官僚の間で問題になり始めた。彼のふるまいは、教皇や臣下の王たちを当惑させ、時には反感を買い、さらには彼が自殺を試みたために、伝統ある王宮舞踏会が取りやめになるという事件さえあった。最終的には、女帝が摂政となり皇帝に成り代わって政治を行い、当の皇帝は精神病院に入れられたまま、第三紀153年に34歳でこの世を去った。 摂政女帝は夫の死後、タムリエル女帝カタリア一世として即位した。キンタイラの死をセプティムの血統の最後としない者の多くは、このダークエルフの女性の即位こそが、その血統を終わらせたと主張する。一方、彼女を擁護する者は、彼女自身はタイバーの血を引かないものの、彼女とペラギウス三世の子は正当な皇帝の血統であり、皇帝家は途切れてはいないとする。人種差別主義者の主張に反して、彼女の46年間の治世は、タムリエルの歴史の中でも最も祝福された時代の一つであった。居心地の悪い帝都から逃れるため、彼女は帝都全域を歴代の皇帝が一度も足を踏み入れることのなかったような地まで旅した。彼女は前皇帝によって危機にさらされていた各地の王との同盟を修復し、国交を回復した。貴族たちはともかく、タムリエルの民衆は女皇を愛していた。ブラック・マーシュにおける小戦闘の中でのカタリアの死は、陰謀論の好きな歴史家が好んで論じる事件である。例えば、賢者モンタリウスの発表した、とある皇籍を剥奪されたセプティムの傍系の存在と彼らの小戦闘への関与などは、興味深い新事実であるといえよう。 息子キャシンダールが帝位を継いだとき、彼は既に中年であった。彼はエルフの血を半分しか受け継いでいなかったため、ブレトンと同じように歳をとっていたのである。しかも、病弱だったため、領地ウェイレストの統治を異父弟であるユリエルに任せていた。しかしながら、彼は唯一ペラギウスの血を引くタイバーの血統であったので、帝位を継ぐほかなかったのである。大方の予想通り、彼の治世は長くなかった。わずか2年ののち、彼は永遠の眠りについた。 キャシンダールの異父弟、ユリエル・ラリアートは、カタリアと再婚相手のガリベール・ラリアートとの間にできた子(つまり、ペラギウス三世の死後のことである)であったが、皇帝ユリエル四世として帝位につくためウェイレストを離れた。ユリエル四世は、法律上、セプティム家の人であり、キャシンダールがウェイレストの統治を委任する際に、彼を皇帝家に入れていたためである。 しかしながら、元老院にとって、そして民衆にとっても、彼はカタリアの婚外子であった。母親のような力強さを持たなかった彼の43年間の治世中、帝都は暴動と騒乱の温床となった。 ユリエル四世については、第3巻で語ることにする。 歴史・伝記 緑3 帝都の略歴 第3巻 帝都歴史家 ストロナッハ・コージュ三世 著 本著の第1巻では、セプティム王朝初代皇帝タイバーから第8代皇帝キンタイラまでの歴史の概略を述べた。第2巻では、レッド・ダイヤモンド戦争とその後に続くユリエル三世からキャシンダール一世までの治世について述べた。また、その巻の最後に、いかにして皇帝キャシンダールの異父弟ユリエル四世が帝位を継承したかを論じた。 ご存知のように、ユリエル四世はセプティムの血を引いていなかった。彼の母カタリア一世はダークエルフだが、セプティムの血統である皇帝ペラギウス三世に嫁ぎ、夫の死後長い間女皇として君臨した。しかしユリエルの父親は、カタリアがペラギウスの死後に再婚したブレトンの貴族、ガリヴェール・ラリアートであった。キャシンダールは帝位を継ぐ以前、ウェイレストの王であったが病弱だったため、また子供がいなかったためにその地位を異父弟のユリエルに譲って退位した。その際、キャシンダールは法的にユリエルを養子として皇籍に迎えたのである。その7年後、母カタリアの死によってキャシンダールは皇帝として即位し、さらに3年後にユリエルは再びキャシンダールの位を継ぐことになるのである。 ユリエル四世の治世は長く、問題の多い時代であった。彼は正当に皇籍に入っていたし、また彼の父親の家系であるラリアート家もセプティムの傍系で高い地位にあったにも関わらず、元老院の大多数は彼を正当なセプティムの血統と認めなかった。元老院はカタリアの長い治世中、加えてキャシンダールの短い治世中も、帝政にかかわる権限の大部分を任されていたので、意思の強いユリエル四世のような皇帝は彼らにとって「異物」であり、彼らの忠誠を勝ち得るのは不可能であった。皇帝と元老院は一度ならず意見を違え、多くの場合元老院の意見が通された。ペラギウス二世の時代から、元老院は帝都の中で最も裕福な男女で占められ、絶大な権力を持っていたのである。 そして元老院の反抗はユリエル四世の死後も続いた。ユリエル四世の息子アンドラックは元老院の決定により帝位を継げず、代わりに、セプティムの家系により近い彼のいとこセフォラス二世が第三紀247年に即位した。セフォラス二世の即位から9年間、アンドラックを擁護する勢力は帝都と帝位をめぐって争った。賢者エラインタインによる「タイバー・セプティムの沈黙の心臓」条例によって、アンドラックはショーンヘルムのハイ・ロック王国の王となり、争いに終止符が打たれた。その地は今にいたるまでアンドラックの子孫が治めている。 しかし、セフォラス二世はアンドラックに関することよりも大きな問題を抱えていた。強奪者キャモランと名乗る男、エランタインが「暗黒の悪夢」と呼んだデイドラとアンデッドの軍隊を率いてヴァレンウッドに侵攻し、その地の王国を次々に征服したのである。彼の猛攻に抗えるものは少なく、血塗られた年となった第三紀249年になると、抗おうと試みるものすらいなくなった。セフォラス二世はハンマーフェルに次々と傭兵を送り込み征服者の北進を止めようとしたが、彼らはみな買収されるか、そうでなければ殺されてアンデッドとして征服者に加わった。 強奪者キャモランについては、それだけで1冊の本が書けるほどである(詳細についてはバロウズ・イルトーレによる「征服者の滅亡」を参照されたい)。ここでは、征服者の討伐に皇帝はほとんど貢献していないことを記すにとどめる。皇帝に残されたものは局地的な勝利、それに無力な皇帝に対する王たちの反感と反乱の増加であった。 しかし、セフォラス二世の息子である次代皇帝のユリエル五世は、帝都の潜在能力を示し反感を鎮めた。タムリエルの民衆の注目を国内の争いから逸らすため、彼は第三紀268年の即位直後から帝都外への遠征を始めたのである。ユリエル五世は271年にロスクリーを、276年にキャスノキーを、279年にイェスリーを、そして284年にエスロニーを、次々と征服した。 第三紀288年、彼はついに最も大きな野望であったアカヴィル王国の侵略に乗り出した。この試みはしかし、ユリエル五世がアカヴィルでのイオニスの戦いにおいて命を落としたことで最終的に失敗に終わった。それでもなお、ユリエル五世は歴代皇帝の中でもタイバーに次ぐ武人として評価されている。 ユリエル五世の幼い息子を始めとする、最近の4代の皇帝については次の最終巻で述べる。 歴史・伝記 緑3 帝都の略歴 第4巻 帝都歴史家 ストロナッハ・コージュ三世 著 本著の第1巻では、初代皇帝タイバーから第8代皇帝の時代までの歴史を概観した。第2巻では、レッド・ダイヤモンド戦争以降の6代の皇帝について論じた。第3巻では、続く3代の皇帝の受難、すなわちユリエル四世の失意、セフォラス二世の非力、そしてユリエル五世の英雄的な悲劇について語った。 ユリエル五世が遠く海を隔てた敵国アカヴィルで命を落とした時、皇位継承者のユリエル六世はまだ5歳であった。実際、彼が生まれたのは父であるユリエル五世がアカヴィルへ旅立つ直前のことであった。ユリエル五世の他の子は、平民との間にできた双子で、彼が旅立った直後に生まれたモリハーサとエロイザしかいなかった。そのため、第三紀290年にユリエル六世は即位したが、彼が成年に達するまでのあいだは、ユリエル五世の后でユリエル六世の母親であるソニカが摂政として限られた権限を持ち、実権はカタリア一世の世から変わらず元老院が握ることになった。 元老院は勝手な法律を広めては利益を貪っていたため、なかなかユリエル六世には帝政にかかわる実権を渡さなかった。彼が正式に皇帝としての権利を認められたのは307年、彼が22歳の時である。それまでにも少しずつ皇帝としての責任ある立場を任されてはいたが、元老院も、そして限られた摂政権しか持たない彼の母親でさえ、その支配力を全て彼に譲るのを嫌がり、先延ばしにしたためである。彼が帝位につく頃には、帝政に関する皇帝の権限は拒否権を残してほとんどなくなっていた。 しかし、ユリエル六世はこの残された拒否権を積極的に行使した。そのせいもあって、313年までには彼は名実ともにタムリエルの支配者となった。彼はほとんど忘れられていたスパイ組織と衛兵隊を有効に利用し、元老院の中で反抗的な者を威圧したのである。異母妹のモリハーサは(意外なことではないが)彼の最も忠実な味方であり、彼女がウィンターホールドの男爵ウルフェと結婚し富と権力を得てからは、さらに頼りになる勢力となった。賢者ユガリッジの言葉を借りれば、「ユリエル五世はエスロニーを降伏させ、ユリエル六世は元老院を降伏させた」のである。 ユリエル六世が落馬し、帝都で最も優れた治癒師の尽力にも関わらず命を落としたため、彼の最愛の妹モリハーサが帝位を継承した。このとき25歳のモリハーサは、外交官たちから(立場上のお世辞もあったであろうが)タムリエル一の美しさであると称えられた。彼女は教養があり、快活で、運動神経と政治能力に恵まれていた。彼女はスカイリムから大賢者を帝都に招き、タイバー・セプティム以来二人目の帝都軍の魔闘士を持つ皇帝となった。 モリハーサは彼女の兄が始めた政策を引き継ぎ、帝都州の政治を真の意味で女皇の(そして後に続く皇帝たちの)支配下に置いた。しかしながら、帝都州の外においては、女皇の支配力は少しずつ弱まっていた。反乱や市民戦争が、女皇の祖父セフォラス二世の時代から有効な対策がとられないままに各地で激しさを増していた。モリハーサはやり過ぎない程度に注意深く反撃と鎮圧の指示を出し、反乱を起こした地域を少しずつ支配下に戻していった。 モリハーサの戦略は効果的ではあったが、慎重すぎたためにしばしば元老院の反感を買った。そんな一人、アルゴニアンのソリクレス・ロマスは、女皇がブラック・マーシュの自分の領地の危機に軍隊を派遣しなかったためひどく怒り、殺し屋を雇って彼女を第三紀339年に暗殺した。ロマスはすぐに捕らえられ裁判にかけられ、最後まで無罪を主張したが処刑された。 モリハーサに子供はなく、妹のエロイザは4年前に高熱で他界していた。そのため、エロイザの25歳になる息子、ペラギウスが皇帝ペラギウス四世として即位した。ペラギウス四世は彼の叔母の仕事を受け継ぎ、反乱を起こした王国や領地を少しずつ皇帝の支配下に取り戻していった。彼はモリハーサの冷静さと慎重さを受け継いだが、残念ながら彼の戦いは彼女のようにはうまくいかなかった。各地の王国は長い間皇帝の支配を離れていたため、その支配がどんなに寛大であろうとも皇帝の存在自体が疎まれるようになっていたのである。しかし、ペラギウスが29年間の安定した統治の後この世を去る頃には、タムリエルの諸地方はユリエル一世の時代よりも結束を固めていた。 我々の現在の皇帝である、ペラギウス四世の息子にして栄光あるユリエル・セプティム七世陛下は、大伯母モリハーサの勤勉さ、大伯父ユリエル六世の政治力、大伯父の父ユリエル五世の武勇とを受け継いだ。二十一年間にわたり、彼はタムリエルを統治し地上を正義の光で照らした。しかし第三紀389年、帝都軍の魔闘士ジャガル・サルンが謀反を起こしたのである。 ターンはユリエル七世を別次元に作りあげた牢獄に閉じ込め、幻惑を使って皇帝の地位を乗っ取った。その後10年間、ターンは皇帝としての特権と利益を欲しいままにしたが、ユリエル七世の始めた帝政の強化には無関心だった。今に至るまで、ターンの真の目的も、君主に成りすましている10年間に何を得たのかも完全にはわかっていない。第三紀399年、謎めいたチャンピオンが王宮の地下で魔闘士を倒し、別次元に捕らわれていたユリエル七世を解放した。 解放されて以来、ユリエル七世はタムリエルの全土を支配下に置くための戦いを精力的に続けている。ターンの邪魔によって勢いが落ちたのは事実であるが、近年の戦いが証明しているように、タムリエルをタイバー・セプティムの時代以来再び皇帝の栄光のもとに統一し黄金時代をもたらす希望は残されている。 歴史・伝記 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/28.html
正当なるリスラヴ シンジン 著 真の英雄がすべからくそうであるように、リスラヴ・ラリッチの生誕は不吉なものだった。年代記に記されているところによれば、彼が生まれた第一紀448年の春の夜は季節外れの寒さで、我が子の姿を目にして間もなく、母親のリネイダ女王は亡くなったことになっている。すでにたくさんの後継ぎに恵まれ、3人の息子と4人の娘の父親であったスキングラードのモーラス王が果たしてリスラヴを大いに可愛がったかどうか、年代記編者たちは特に触れていない。 彼の存在はあまりにも目立たないものであったため、その人生の最初の20年間については実質的に何も記録が残されていない。教育に関して言えば、コロヴィア西部の「予備の王子」がみんなそうであったように、アイレイドの家庭教師たちが狩りと戦闘の仕方を教えていたのだろうということぐらいは想像できる。礼儀作法、宗教的な教え、そして政治の基本でさえ、より文明が開けていたニベネイ渓谷とは異なり、コロヴィア台地における王子教育にはほとんど含まれていなかった。 第一紀461年、薄明の付きの23日に行われたゴリエウス皇帝の戴冠式の参列者名簿の一部として、彼および彼の家族に関するごく簡単な記述が見られる。式典が行われたのはもちろんアレッシアのマルク教養の時代であり、それゆえに娯楽性は一切なかったが、それでもとにかく13歳のリスラヴは最も偉大な伝説的人物たちを何人か目撃することができたのである。アネクイナの野獣ことダルロック・ブレイが王国を代表し、皇帝に敬意を表した。スカイリムの長であった白王クジョリックとその息子ホーグも出席していた。さらに、エルフ全般に対して帝都は不寛容であったにもかかわらず、チャイマーのインドリル・ネレヴァルとドゥーマーのドワーフの王デュマクも、特に波風を立てることもなく、レスデインの外交代表として確かに参列していた。 また、ハイ・ロックの帝都法廷に雇われていた若いメルで、後にリスラヴとともに大いなる歴史を築くことになる者の名も名簿の中にはあった。ライエイン・ディレニである。 ほぼ同年齢であった二人の若者がその場で会って話をしたかどうかに関しては、完全に歴史家の想像に委ねるしかない。最終的にイリアック湾のパルフィエラ島を買い取り、ハイ・ロック全域とハンマーフェル、およびスカイリムの大半も徐々に手中に収めていった、大地主としてのライエインについては賞賛の言葉で語られているが、リスラヴの名はさらに17年間、歴史書に一切登場していない。以下に述べる事実に基づいて推測することしか我々にはできないのである。 王の子どもたちというものは、言うまでもないことだが、同盟を結ぶことを目的として他の王の子どもたちと結婚するものである。五世紀にはいるとスキングラードとクヴァッチの王国は共通の領土を巡って小競り合いを繰り返し、ようやく和平合意に達したのは472年のことだった。この協定に関する詳細は記録されていないが、6年後、ジャスティニアス王の娘ベレンの夫としてリスラヴ王子がクヴァッチの法廷に立っていたことは分かっているから、和平を目的として二人が結婚していたと考えるのは根拠ある推測だと言えるだろう。 これをきっかけとして我々は、シロディール全域、特に独立国のコロヴィア西部において疫病が猛威を振るっていた478年に目を向けることになる。犠牲者の中にはモーラス王およびスキングラードの王族全員も含まれていた。リスラヴの兄として唯一生き残ったドラルドは、マルクの僧侶として帝都にいたおかげで助かったのである。ドラルドは王位を継ぐために故国に戻ることになる。 ドラルドに関してはいくらか歴史に記録がある。王の次男であった彼は、ややお人好しであると同時に、非常に信心深い男でもあったようだ。年代記編者はこぞってその人の良さと、幼い頃にお告げを見たことをきっかけとして──父親の賛意を得た上で──やがてスキングラードから帝都へと移り、聖職に就いた経緯について記している。マルクの聖職者にとっては、宗教的なことと政治的なことの間にもちろん何の区別もなかった。それがアレッシア帝都の宗教であり、皇帝に刃向かうことは神に刃向かうことと同じだと説いていたのである。それを知っていれば、ドラルドがスキングラードの独立王国の王となったとしても特に驚くには当たらないだろう。 王位に就いて彼が最初に発した布告は、王国を帝都に譲渡するというものだった。 それに対する反応として、コロヴィアの私有地全域に衝撃と憤激が満ちた。他のどこよりもそうだったのがクヴァッチの法廷だった。リスラヴ・ラリッチはその妻および義父配下の24人の騎兵隊を引き連れて、兄の王国に向かったとされている。年代記編者がどれほど尾ひれをつけようとしてみても軍隊としては見栄えのしないものであったことは明らかだが、それを阻止しようとドラルドが派遣した衛兵たちを突破するのにさほど苦労は要らなかった。実際のところ、戦闘は行われなかったのである。スキングラードの兵士たちも、自治権を放棄するという新しい王の決定に憤慨していたからだ。 兄弟は自分たちが育った城の中庭で向かい合った。 典型的なコロヴィアのやり方に従い、裁判もなければ反逆罪の告発もなく、陪審員も裁判官もそこにはいなかった。死刑執行人がいただけである。「汝、我が同胞にあらず」と、リスラヴ・ラリッチはそう言い、一撃でドラルドの首をはねた。血まみれの斧を両手に握ったまま、彼はスキングラードの王の冠を戴いた。 リスラヴ王にはそれまで戦闘の経験がなかったのだろうが、すぐにそんなことは言っていられない状況になった。一度は領地を差し出したはずのスキングラードが申し出を撤回したという話があっという間に帝都に広まった。ゴリエウスは帝位に就く以前から熟練した戦士であり、皇帝になってからの17年間の平穏な状態はかろうじて保たれたものだった。ドラルドが暗殺されてリスラヴが支配の座に就くわずか8ヶ月前、ゴリエウスと配下のアレッシア軍は、やはり戴冠式の参列者の一人であった白王クジョリックと凍てつく北の平原で相対していた。スカイリムの族長たちの長はサンガードの戦いで命を落とした。残された族長たち新たな指導者を選んでいる間、シロディールはスカイリム南部での失った領土を取り戻すことに余念がなかった。 要するに、ゴリエウス皇帝は反抗的な臣下に対処するやり方を知っていたのだ。 年代記編者の言葉を借りるなら「死の洪水のように」、スキングラード征服に必要な数を大幅に上回るアレッシア軍が西に向かって突進していった。実際の戦闘がどのようなものになるかは、ゴリエウスも知り得なかった。前述したようにリスラヴの戦争経験は皆無かそれに近いもので、家庭教師の下で訓練を数日したに過ぎない。彼の王国とコロヴィア西部全域は疫病で甚大な被害を被ったばかりである。武器をちらつかせるだけで降参するに違いないとアレッシア軍は[踏んでいた。 ところが、リスラヴは戦闘の準備を行っていたのだ。自軍の状態を手早く視察して彼は計画を立てた。 それまでリスラヴの人生には目もくれなかった年代記編者たちはここに至って、崇拝にも似た喜びを持ち、この王のあれやこれやについて書き連ね始めるのである。それは文学的価値や趣に欠けた文章だったかもしれないが、少なくともそのおかげでようやく我々は何らかの詳細を知ることができるようになる。驚くにはあたらないが、王は当時としては最高の鎧を身につけていた。タムリエル全体の中でも最高の皮鎧──当時は皮鎧しかなかった──を作る職人たちがコロヴィア私有地に住んでいたからだ。王のクリバニオン鎧は、丈夫にするために茹でてからロウを塗り、1インチの鋲を打ち込んだもので、深みのある赤茶色をしており、彼は黒いチュニックの上にそれを着て、さらにその上に黒い外套を身につけていた。スキングラードに現在建っている正当なるリスラヴの像は美化された姿であるとはいえ、鎧以外はほぼ正確に作られている。コロヴィア西部に住む吟遊詩人が市場に向かうときでも、あそこまで簡単な防備で出かけるようなことはなかっただろう。しかし銅像には、後に詳しく述べるように、リスラヴにとって最も重要な装備もちゃんと含まれている。訓練された鷹と、足の速い馬だ。 冬の雨は南へと続く道を洗い流し、大量の水がウェストウィルドからヴァレンウッドへと流れ込んでいた。皇帝は北のルートを選択していて、少数の偵察隊を引き連れたリスラヴ王は、現在は黄金の道という名で知られている低い道で彼に出くわした。皇帝軍は、その行軍の音が数百マイルも離れたアネクイナの野獣の耳にも届いたと言われるぐらいの巨大なものだったが、不本意にも皇帝は恐怖に震えていたと年代記編者たちは記している。 一方のリスラヴは震えていなかったと書かれている。完ぺきな礼儀正しさを保ちながら、彼はスキングラードの小さな王国でもてなすにはあまりにも軍隊が大きすぎることを皇帝に伝えた。 「次にいらっしゃる時は……」と、リスラヴが言った。「前もってご一報ください」 アレッシアの皇帝の多くがそうであるように、ゴリエウスはあまりユーモアを解する男ではなく、リスラヴの頭にシェオゴラスでも取りついたのだろうと考えた。そして、この哀れな頭のおかしい男を捕まえるように警護の者たちに命じたのだが、その瞬間、スキングラードの王は片腕を上げて鷹を空にはなったのである。それは彼の軍隊が待ち受けていた合図だった。アレッシアの兵士たちはすべて、リスラヴ軍が放つ矢が届く範囲内の道の上にいた。 リスラヴ王と警護の者たちは、年代記編者いわく「興奮したキナレスに口づけされたかのように」、西に向かって一目散に馬を走らせた。あえて振り返って確かめようとはしなかったが、計画は完ぺきに進んでいた。その道の東の突き当たりは転げ落とされたいくつもの大きな岩でふさがれていたため、アレッシア軍は西に向かう以外になかった。スキングラードの射手たちは報復攻撃を受ける心配のない高台にいて、帝都軍に向けて矢の雨を降らせた。怒り狂ったゴリエウス皇帝はリスラヴを追いかけてスキングラードを遥かに越え、ウィルドからコロヴィア台地にまで進軍したが、その間に配下の軍隊は見る見る小さくなっていった。 コロヴィア台地の古い森の中で、帝都軍はリスラヴの義父であるクヴァッチ王の軍隊に出くわすことになった。アレッシア軍はおそらくまだ数の上で敵より優勢ではあったが、疲労困ぱいしており、矢のあられを浴びせられたことで士気は失われていた。1時間の戦闘の後、彼らは現在では帝都保護区として知られている北の地域に向かって撤退し、そこからさらに北、そして東へと向かい、ニベネイまで退却して傷と誇りの回復に努めた。 それがアレッシアの覇権にとっての終えんの始まりだった。コロヴィア西部の諸王もクヴァッチおよびスキングラードに加勢し、帝都の侵略に抵抗した。ライエイン率いるディレニの一族もそれに刺激され、ハイ・ロックの全所有地からアレッシア改革派の宗教を追放し、帝都の領土へと攻め込み始めた。新たにスカイリムの族長たちの長となったホーグはホーグ・メルキラーという名で呼ばれるようになり、公然と異国人を嫌っているという点では皇帝と同じだったが、やはり抵抗運動に加わった。ホーグが戦死した後にはその後継者となったアトモラのイスミール・ウルフハース王が闘争を続け、やはり歴史にその名を残すことになった。 実質的に一人で皇帝軍に立ち向かい、その終えんの端緒を開いた英雄的なスキングラードの王は、まさに、正当なるリスラヴという愛称で呼ばれるのにふさわしい人物だったのである。 歴史・伝記 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/267.html
西の歪み 報告編集:ウルヴィウス・テロ、ブレイズ公文書保管係 極秘事項 閣下のウェイレスト王宮への大使任命の儀に、お祝いの言葉を申し上げます。 閣下がお尋ねになられた第三紀417年の「西の歪み」に関して、現存するブレイズ報告の再調査、およびそこの現在状況に関する要約書であります。 閣下は当時、ブラック・マーシュにてソソリウス提督に幕僚として仕えていたため、「平和の奇跡」と位置づけられている期間や、これらの事象を帝都公表や聖堂布告からしかご存知ないかと思います。公式説明によると、「平和の奇跡」の間、以前は戦争によって破壊されていたイリアック湾領域は、小競り合いを続ける貴族領や小規模王国の寄せ集めから、一夜にしてハンマーフェル、センチネル、ウェイレスト、オルシニウムの平和で近代的な郡に変貌しました。「西の歪み」としても「平和の奇跡」は知られ、問題の多いこの地域を平和で、しっかりと統治された帝都の郡に変えようとしたステンダール、マーラ、アカトシュの奇跡的介入の結果として祝われています。この奇跡に伴った壊滅的な地形や所有物の崩壊、そして失われた多くの命は「悲劇、そして人智のおよばぬところ」として理解されています。 この報告が現在の境界線の正当性を立証、および裏づけており、「九大神による任命」によってこれら郡の支配者や境界線が特定されていますが、「平和の奇跡」は太古の小規模領地や主権国家を平和的に合併し、従順な帝都管轄区域にしようとする帝都の目的を果たしています。この事象による他の驚くべき特徴は── 集団失そう、軍が不可解に何百マイルも移動させられるか、またはその全滅、巨大な嵐、天象、特定の場所の時間の途切れ── これらの事象は非常に大きく、不可思議な神の干渉であると言う概念に当てはまります。 しかしこれは、これらの事象の公の報告であり、おそらくは閣下が疑われているように、他の多くの報告とは矛盾しています。単純に言いますと、これらの説明は帝都の方針に都合よく、歴史的妥当性に欠けています。 閣下にお知りおきいただきたいのは、ブレイズはこれらの事象に対するもっともらしい歴史的説明はないと結論付け、今後ももっともらしい歴史的説明は生まれないであろうと絶望ししています。ブレイズの結論は、事象の程度は説明できないにせよ「奇跡」は起きたというものですが、ブレイズは奇跡が神々に起源することを強く疑っています。 イリアック湾地域に現存する4つの郡の支配家系には、事象の警告があらかじめあったと信じられる、もっともな理由があります。さらに、これらの家族のいくつかがこの事象に対して直接、または間接的な責任があることを示すいくつかの証拠もあります。事象を引き起こした正確な行動の順序は分かりませんが、我々は「トーテム」秘宝が関与していたと確信しており、ブレイズの密偵がその秘宝の使用に関わっています。残念ながら、事象の直後からその密偵との連絡が途絶えてしまいました。彼の報告書は、相反し矛盾した事象の説明を解明するに至ったかもしれません。 ブレイズは「西の歪み」の期間の密偵からの報告をいくつか記録しています。我々の密偵の大多数は事象当初の混乱によって失われましたが、その他は事象後の混乱によって失われました。彼らの全体的な限界を把握するために、これらの報告書をお渡しするとともに、閣下の外交先任者であったストレイル卿の報告書も含めます。他の個人的な、そして風説的なその時代の報告も手に入れられていたはずです。これらの書類は答えよりもさらに多くの疑問を提起する点に同意していただけると思います。 ハンマーフェル密偵「ブリアーバード」の報告 「降霜の月9日、私はベルガマから数マイル南のアリカー砂漠で任務についていました。早朝だったので、私はまだ野営をしていましたが、そのとき激しい地面の揺れを感じ、私は地面に投げ出されたのです。放心状態の私は、凄まじい砂嵐のうなりに気付き、高い砂丘の上にいたにも関わらず、そのような砂嵐が直前まで地平線のどこにも見られなかったことに恐怖しました。それは私が膝で立てる前に到着し、私と野営地を埋めてしまいました。 砂から這い出てみると、食べ物や水のすべてが吹き飛ばされていたので、急ぎ、できるだけ早くベルガマに戻らねばならないことを自覚しました。述べたように、移動を始めた頃に太陽が昇り始めていました。ベルガマに到着したとき、夕暮れ時になっていました。街はセンチネルの兵士で溢れていて、混乱していました。ベルガマ領主の要塞は崩れ落ちていました。 攻撃があったのですが、誰もそれを目にしておらず、その後の侵略だけが目撃されています。センチネルの女王アコリシーは、どのような方法でこの奇襲を成し遂げたのかに関する対談を拒否しましたが、今は北ハンマーフェルの全域が彼らに属すると言う理解に達しました。さらに奇妙なのは、私が行った日の出から夕暮れまでの移動は、1日ではなく2日かかっていました。今は11日であり、10日ではないのです。どこかで1日失ったのですが、どうやら他の皆も…… なぜか正しい日付を知っているアコリシーの兵士以外は。 彼らは事前警告を受けており、それ故に、歪みによる奇妙な時間と日付の混乱に対処する準備ができていたと結論付けました」 ハイ・ロック密偵、「グレイレディ」の報告 「歪みのとき、私は魔女として中央ハイ・ロックにあるフィルギアスのスケフィントン魔女集会に潜入していました。報告を提出するために、私はカムローンの連絡係との接触を容易に図れる、物品を集める長旅に志願しました。降霜の月9日、私がロウスガリアン山のふもとに沿って北東へと移動していると、後ろに炎のような高熱を感じました。振り返りましたが、残念ながら何を見たかはお伝えできません。治癒師によると、私の両眼は燃え尽きていたようです。 地面が足元から崩れていくような感覚と同時に倒れるのをはっきりと憶えているので、私は半意識状態に陥ったのだと思います。そして遠く、南の方で連続爆発が起こり、高い笛吹音が徐々に大きくなり近づいてきました。私は盾を持っていて、運良く空から落ちてくる何らかの一斉射撃を予測していました。それらを見ることはできませんでしたが、遠くから飛来してくるのが聞こえたので、盾を使い私にあたるのを防ぐことができました。 強襲は突然止み、煙の匂いがしました。後に知ったことですが、さらに遠く南のダエニアとイレッサン丘で発生した猛火によって、イカロンとフィルギアスの森の大部分が火事になっていました。幸いにも、方向感覚を保てたので北へと移動し、最終的には荒野にたたずむ神殿に到着し、そこで可能な限り傷を治療してもらいました。 その神殿にて、私がいた場所のすぐ近くでダガーフォール、ウェイレスト、オルシニウムによる三つ巴の戦が行なわれ、彼らの王国と王国の中間にある土地が破壊されたと知ったのです」 大使ナイゴン・ストレイル卿の報告 「この確実な保証のない報告では詳細を伝えることはできないが、皇帝閣下は私の公式な立場をウェイレスト宮廷への皇帝大使として、繊細な任務に送りだした。そこから、既にその周辺にいた旧友のブリシエンナ貴婦人に会うはずであった。隠すような行為もせず、私は帝都将官艇に乗り、ビョルサエ川を西へと帆を張った、降霜の月9日の朝であった。少々肌寒い日ではあったが、空は青かったと記憶している。 船長が警鐘を鳴らしたのは、きれいな川沿いのキャンドルマス村を通り過ぎてすぐであった。そこには、我々の目前に最低でも30フィートはある、とてつもなく大きな水の壁があった。それは、誰かが反応する前に我々の艇を粉々にした。私は、奇跡的にも意識を失わなかった召使いの1人に救出されたのち、岸で眼が覚めた。生き残ったのは、彼と私ともう1人の男だけであった。 ハイ・ロックにいたが、異常な暴風雨によってイリアック湾の私掠船員の砦付近にて難破させられてしまったという、我々の密偵の身に起きた事象に疑わしいくらい似ていると思った。憤り、似たような力が働いているのかを調べる決意をして、私はウェイレストに向かって急いで歩き始めた。 急いで歩き始めはしたものの、あまり早くは進めなかった。ビョルサエ川に沿った村々はすべて火事の被害にあっており、ウェイレストの東、元ガウヴァドン独立公国の地で、オルシニウムのオークと王者イードワイヤーの兵士たちが激戦を繰り広げていた。私は熟達した魔術師であり、自身を防衛できるが、それでもウェイレストまでの数マイルを踏破するのに1週間近くかかってしまった。 私が到着したとき、王者イードワイヤーと彼の女王バレンジアは彼らの大勝利を祝っていた。その頃には、事態に関する最低限の事実を突き止めてあった。イリアック湾では、7つの大きな戦闘が同時に行なわれ、血まみれの結果以外は誰一人としてそれらの戦闘について説明できるものはいなかった。 要約すると:もしも征服されていない領土であるロウスガリアン山、ドラゴンテイル山、ハイ・ロック沿岸、バルフィエラ島、アリカー砂漠を含めたとすると、降霜の月9日には44の独立した王国、郡、男爵領、公爵領がイリアック湾の周辺に存在していた。降霜の月11日にはそれが4つだけになっていた── ダガーフォール、センチネル、ウェイレスト、オルシニウム── そして、それぞれの境界が接触する地点は、軍が戦闘を続け荒廃させられていた。 私は、外交的ではない外交官になる必要があったとしても、断固として王者から真実を聞きだすつもりでいた。 普段は陽気なイードワイヤーではあったが、軍事機密を教えるつもりはないと怒鳴り散らした。常に冷静で、読めない赤い眼を持つ女王は、「私たちには分からない」と言った。 バレンジアは私にすべてを語らなかったと推測しても差し支えないと思うが、彼女の話の真相は── 後のダガーフォール、センチネル、オルシニウムとの険しい会談後に検証した── 彼らは、ある強力な太古の武器が発動されることを知った。その名はここでは明かされない。ウェイレストに対して使われることを恐れ、王者はその武器のありかを発見した若い冒険者からそれを買い上げようと試みた。結局その考えは正しかったのであるが、イードワイヤーは湾の周辺の他国家もその装置の所有権を勝ち取ろうとしているであろうと考えた。 その後どうなったかは、バレンジアが言ったように「私たちには分からない」。 9日の朝と11日の朝は、どういうわけか、西の歪みを通じて融合し、ウェイレストは彼らが戦時中であることを知った。彼らの土地は3倍に膨れ上がったが、西ではダガーフォール、東ではオルシニウム、そして南からはセンチネルの攻撃を受けていた。何が起きたのかを理解する時間はなかったと王者は言った。彼らはただ反応して、同様に領土的優位性を得た他の王国から彼らの土地を守るために軍を出しただけであった。 私は報告のために帝都に戻りつつあるが、数ヶ月経った今も戦闘は続いている。十分に述べたとは思うが、他の近代戦同様、戦いは血なまぐさく暴力的なぶつかり合いである、しかし、私は4王国の間にある、黒く焼け焦げ、荒廃した無人地帯を見てきた。あの徹底的な破壊は人間の軍隊によるものではない。 第三紀417年、降霜の月10日にイリアック湾を揺るがした力は、今日の偉大な王国が持つ力とは比べようもないくらい巨大なものであったと言える。 帝都から王国が離脱するのを防ぎ、加えて他にも作用したであろういくつかの奇妙な事象があの日起きたとも言える。 そして、それは跡形もなく消えたと言える── 湾で起きたこの力、この武器── その武器が生み出した歪みが、それを飲み込んでしまった」 イリアック湾における現在の政治事情 約20年が経過し、変貌したその地域は安定化しました。争点となっている領土はなく、ダガーフォール、ウェイレスト、センチネル、オルシニウムの王国は彼らの新しい国境を比較的平和に保っています。 ウェイレストは湾の東沿岸一帯に広がり、以前はアンチクレールと呼ばれた地域から、ガウヴァドンの半分まで伸びています。イードワイヤーは先祖の下へと発ち、王国を娘であるエリサナの手に委ねました。彼女には配偶者との間に生まれた2人の子供がおり、父の領土を保つであろうと思われます。閣下もモルンホールドの王者ヘルセスや女王バレンジアと直接お話することをお勧めします。彼らの主な関心事は、当然ながらモロウウィンドの事柄ですが、女王エリサナの宮廷を理解する手助けをしてくれるような、ウェイレストの支配家系や政治環境に関する有用な意見を持っているかもしれません。 オルシニウムの王者ゴルトウォグはロウスガリアン山の大部分、および収益の高いビョルサエ川流域を支配しています。彼はオルシニウムがハイ・ロックから離れた帝都地方として認知されるよう要求を続けています。元老院はゴルトウォグを王者として扱い、税は直接オルシニウムから徴収し、厳密に言えばハイ・ロックとハンマーフェルの両地方におよぶオルシニウムではありますが、ハイ・ロックの郡に留まっています。 センチネルが一番多く土地を獲得しました。それは南イリアック湾全域、ドラゴンテイル山を越えたアビボン・ゴーラから、オルシニウムの領地であるモーンノスの端まで広がっています。女王アコリシーは亡くなる際に、彼女の巨大な王国を生存する唯一の息子、ロートンに残しました。彼は間違いなくタムリエルの最も強力な王者の1人であります。 ダガーフォールは今でもブレトンの王者ゴスリッド、およびレッドガードの女王アウブキによって支配されています。彼らの領土は今、西ハイ・ロックの全域を網羅しており、東はウェイレストとの境界を共有するアンチクレールから北はイカロンまでとなっています。彼らには4人の子供たちがおり、領土内でとても愛されています。 もし、他にもこの奇妙な「西の歪み」の影響があったとしたら、過去20年間の観察からは、我々の目にはとまっていません。 歴史・伝記 茶2