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あってはならない惨劇から半日もの間、俺は一歩も動けずただじっと座っていることしかできなかった。 俺が読んでいた国木田のノートは全部偽物? それどころか、俺の妄想にすぎなかってのか? だが、あの正体不明のノートのおかげでそれが現実になり、古泉たちの存在まで書き換えてしまった。 そして、俺が作り出した妄想で俺が悪の組織に仕立て上げた機関の人たちを俺の手で皆殺しにしてしまった。 「いつまでそうやっているつもり?」 力なく自動車道の縁石に座り込んでいる俺の隣には、ずっと朝倉がいた。座りもせずにただただ優しげな笑みを浮かべ 俺をじっと見下ろしている。 俺は力なく路面を見つめたまま、 「……何もする気が起きないんだよ」 「でも、何もしないからといってこの現実は変わらないわよ」 朝倉の台詞は陳腐にすら思えるほど定番なものに感じた。その通りだ。何もしないからといって何が変わるわけもない。 だが…… 「どうしろってんだよ……! 死んだ人間はもう生き返らなねえんだぞ! こんな……こんなことをやらかして どの面下げてハルヒたちのところにいけって言うんだ!」 絞り上げれられたような声が口から吐き出た。そうだ。もうどうしようもない。どうにもならない…… 「ごめんなさい……」 ここに来て朝倉の声が変わった。今までのにこやかなものとはうってかわり、悲痛に満ちたものに変化している。 俺はすっと頭を上げて、朝倉を見た。そこには初めて見るような悲しげな表情を浮かべた彼女の顔があった。 「さっきはごめんなさい」 朝倉は謝罪を続けるが、なぜ謝る? 「思わずあなたが悪いように責めちゃったから。少し考えてみたけど、やっぱりあなたは悪くないわ」 「安っぽい同情なんて止めてくれ。そんなことをされても虚しくなるだけだ……」 「いいえ、これは重要なことなの」 そう言うと朝倉はすっとしゃがみ込んで俺の背後に回り、ささやくように言葉を続ける。 「あなたは悪くないわ。やったのはあのノートをあなたに渡した人よ。何の目的があってやったのかは知らないけど、 あなたを陥れようとしていたことは確実だわ」 「だが、いくら誘導されても俺がみんなを信じ切れなかったことは確かなんだよ! あんな妄言なんて信じずに まず古泉たちに一言相談すれば良かったんだ」 俺は頭を埋め尽くす後悔の念に耐えられなくなり、手で顔を覆う。 少し考えればわかったことだった。最初に機関にあのノートを見せるなというのは、 国木田に対する信頼もあったから否定することは難しかったかも知れない。だが、内容は今考えれば明らかにおかしい。 そもそもなぜ回想録のように今までのことを振り返る形式で書かれている? そんな重要な告発文なら とっとと結論を書いておくはずだ。理由は簡単。あの時俺の頭には、国木田がどうして、どうやって機関に入ったのかを 知りたい願望があった。だから、あのノートの内容を裏で操作していた奴は、それを叶えるように回想録のような形式にした。 俺は自分が知りたいという願望が忠実に再現されていたため、その内容に全く違和感を憶えていなかった。 そして、次に決定的に不自然だったのがページからページに飛ぶ際だ。まれに続きが気になるような切れ方をしていたが、 その次のページには俺が望んだとおりの内容が書かれていた。あれが知りたい、これはこうだったんじゃないか―― そう言った要求や想像に的確に答えている。考えればすぐにわかったことだ。 それなのに俺はまるで何も考えず、その内容をただ受け入れた。 その時は良いと思っても、あとで見返せばとんでもなく問題のある行為だった、なんていう話は日常ではよく見かける。 俺はこの重要な局面でそれを犯してしまったんだ。 「それは違うわ。そもそも、あんなノートを使ってあなたの猜疑心を煽るなんて言うことがなければ、 こんな事にはならなかったのよ? 色々条件が整えば、誰でもつい不安に思ったりしちゃう。 大抵の場合は、それは時間が進んで別の事実に付き合わせれば、ただの妄想に過ぎないって解消されるわ。 でもね、このノートは徹底的にあなたを煽り続けたの。不安に不安を募らせて、あまつさえ現実へ介入さえした。 だから、全てに置いて矛盾が発生しなかった。こんなことは第3者の悪意がなければ成り立たない話よ。 はっきりと言えるわ、あなたのせいじゃないって」 「だが……やっちまったことには変わりがないんだよ。もうどうしようも……」 ここで朝倉はすっと俺の背中に抱きついてきた。そして、さらに耳元でささやき始める。 「自分のミスが許せないのね。でもね、こんな理不尽な話があると思う? 自分のせいじゃないのに、とんでもなく大きい罪を 着せられてしまう。やった本人に復讐はできるけど、だからといって起きてしまったことが変わる訳じゃない。 あなたはそんな不合理が許せる?」 「それが現実って奴だ。一度やってしまったことが消えるなんて言うことはあり得ない」 「でも、その方法が一つだけ存在していると言ったらどうする?」 朝倉の言葉に、俺ははっと顔を上げた。俺のミスが全部無かったことになる? バカ言うな。そんなことがあるわけがない。 だが、朝倉はしゃがんだまま俺の前に立ち、両手で俺の方をなでるようにつかむと、 「あるわ。一つだけね。そして、その方法をあなたは知っている……」 俺を見つめている朝倉の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。そんな方法が存在していて、俺が知っている? この俺の失態を無かったことにできる方法は一つ。死んだ古泉たちを生き返らせるぐらいしかないぞ。 そんなことはいくら望んでも適うわけが――いや、ある。確かにある。 「……あのノートだ! あそこに俺が殺してしまった人たちが生き返るように書けば――」 「それは無理。少なくともあなたが望むようなことにはならないわ」 「なんでだ! あそこに書いたものは全て現実になるんだろ? なら生き返れと書けば生き返るはずだっ!」 つばを飛ばして力説する俺だったが、朝倉は顔を背けることもなく、ゆっくりと首を振って、 「有機生命体の生存活動を再開することは可能だと思う。でも、それでできあがるのはただ生きているだけで意思のかけらもない ただのタンパク質の固まりのようなものだけよ。記憶、感情、身体的構造……あなたはそれを全て知っている? それを事細かに表現して、ノートに記さなければ、あなたが望んだ人形ができあがるだけだわ」 「だったら全部元通りって書けばいいだろ!」 「それもどうかしら? 曖昧な記述では、どういう作用の仕方をするかわからないわよ? それにあのノートの背後に あなたを誘導していた人がいることを忘れないで。そいつの意思で記述の内容をどうにでも書き換えられるんだから。 やってみる? うまくいくかも知れないし、失敗するかも知れない。あなたに任せるわ。でも、そんなリスクのある方法よりも もっと確実な手段をあなたは知っているはずよ。よく考えてみて」 朝倉の問いかけに、俺は再度思考をめぐらせる。確かにノートの使用にはリスクが生じる。 そもそも、あれは俺を陥れるために渡されたものだ。同じ事が再現するだけかも知れない。 そうなれば、もっと良い方法があるならそっちを選択するべきだな。他には――他に―― 次に脳裏に過ぎったのは、過去に遡ってとっととあのノートを破り捨ててしまう方法だ。 そうだ、過去を改ざんしてしまえば惨劇は全てなかったことにできる。それを可能にするためには 朝比奈さんのTPDDがあれば可能だ。そうだ、それでいい。 だが、すぐに問題点が頭に浮かんだ。まず朝比奈さんがTPDDを使わせてくれるのだろうか? いや、大体あれを使うかどうかは、過去の朝比奈さんの言葉から察するに彼女一人の判断ではできない。 未来側の許可がいることになっているようだ。俺のミスを帳消しにしたいから過去に戻りたいなんていって許可が下りるか? 到底、そんなことが認められるとは思えない。それに、過去を変えてしまったら、今こうやって自分の失態に苦しんで 打開策を悩んでいる俺自身はどうなる? 過去が帰られたが故に、俺のいる未来そのものがばっさりと切り捨てられることになる。 それでは何の意味もない。 「――涼宮ハルヒ」 唐突に朝倉の口から飛び出してきた言葉。ハルヒ。長門曰く情報爆発であり、朝比奈さん曰く時間の断層、 古泉に至っては神と呼ぶ存在。そして、それが有している力は何でも作り出せる情報創造能力。 「……そうか。ハルヒか! 確かにこんな閉鎖空間を平気に作り出せる奴だ! あいつの能力をちょっとだけ使わせてもらえば、 こんなことは全部無かったことにできるかも知れない! そうだハルヒだ!」 至った結論に俺は大きく笑い出してしまった。さっきまでの絶望感が嘘のように無くなり、閉鎖空間の灰色も ずっと明るくなっているようにすら感じられる。 「そうよ、涼宮さんの力を使えば何でもできるわ。あなたの理想がすべて叶うのよ。それってすごく素敵な事じゃない? そして、あなたは涼宮さんにとって大きな存在でもある。自覚さえしてくれれば、きっとあなたの言うことも叶えてくれるはずね」 「だが、どうすればいいんだ?」 ここで朝倉は俺の頬から手を離し、立ち上がる。そして、すっと空を見上げると、 「実を言うとね、あたしは涼宮さんの居場所を知っているの。でも、頑固に閉じこもっちゃってて出てこないのよ。 だから、あなたに説得して欲しいのね」 「……わかった。すまないがハルヒのところまで案内してくれ」 「うん、そうする。でね、ちょっとお願いがあるんだけど……」 朝倉はもじもじした仕草を見せつつ、 「あなたが涼宮さんにお願いするときに、あたしの願いも叶えて欲しいの」 「いいぞ、そのくらい。ハルヒに頼んでやるさ」 「ありがとう! じゃあ、これから涼宮さんのところに連れて行ってあげる♪」 そう言って朝倉は軽い足取りで俺の手を引き始めた。そうだ、ハルヒのところへ行こう。そうすれば、全て終わるんだから―― ――目を覚ませ! この大バカ野郎が!―― 「いてっ!」 耳に背後から聞いたことのあるような無いような声が届いたかと思ったら、頭の頂点分を何かで思いっきり殴られた痛みが走る。 ヘルメットを外していたおかげで、何かが頭を直撃したようだ。 俺はあまりの痛みに頭をさすりながら、振り返る。せっかく気分が良くなったってのに、なんだ一体! ……しかし、振り返った瞬間、俺の身体が凍り付いた。なぜならそこには一瞬だけ『俺』がいたように見えたからだ。 すぐに2,3度目をこすって見返す。すると、『俺』の姿はすでに消えていた。幻覚でも見たかと思ったが、 頭の痛みはそのままだ。なんだってんだ。 「どうかしたの?」 俺の異変に気がついたのか、朝倉が不思議そうにこっちを見つめている。俺は痛みの残る部分をさすり、 特に怪我とかをしていないことを確認しつつ、 「いや……何でもねえよ。さあ、とっととハルヒのところへ行こうぜ」 「うん、わかった」 そう言って俺たちはまた歩き出す。しかし、さっきのは何だったんだ? 一瞬俺の姿も見えた気がしたが、 それにその前に浴びせられた罵倒は俺の声じゃなかったか? まさかドッペルゲンガーじゃねえよな。 それとも俺の深層心理の部分で何か引っかかるものがあるとでも言うのだろうか。目を覚ませ。それがその時聞こえた言葉の一つ。 「……目を覚ませ――か」 その台詞はあのノートに騙されている時にかけられるべき言葉だろ。俺の第六感ってのは反応まで半日以上かかるような 鈍い代物なのか? まあいい。もうそんなことなんてどうでもいいんだ。ハルヒの元に行けば全て解決するんだからな。 ――騙されないでっ!―― 今度は可愛らしいが鼓膜が吹っ飛ぶぐらいの声が脳内に響く。 ――お願いですっ! しっかりしてくださぁいっ!―― しばらく声の音量がでかすぎて気がつかなかったが、ようやくわかった。 「……朝比奈さんですか!?」 俺の頭の中の声は間違いなく朝比奈さんのものだった。ああ、2年近く聞いていなかったが、このエンジェルボイスだけは どんなことがあってもわすれるつもりはねえぞ。 ――キョンくんっキョンくんっ! 気を確かにしてくださいぃ! がんばって! しっかり!―― 「いや朝比奈さん! 声をかけてくれるのは大変ありがたいんですが、もうちょっと音量を下げて……。 鼓膜がいかれるどころか、脳内の音声認識回路までふっとんじまいそうですよ!」 ――あ、すみませんっ……ごめんなさいぃぃぃぃぃ―― もうこのふにゃふにゃな対応は朝比奈さんそのものだ。これがまた朝倉のように脳内イメージから作り出されたっていう偽物なら 俺はもう何にも信じられなくなるぞ―― ……唐突に。本当に唐突に気がついた。いや、気がついたと言うよりもあの『目を覚ませ』『しっかりしてくださぁい』の 意味がようやくわかったといった方がいいだろう。ちっ、何で今まで気がつかなかった? 「本当にどうしたの? 大丈夫?」 また朝倉が不思議そうな顔+不安な顔を俺に向けてきていた、 俺は立ち止まったまま朝倉を凝視し 「お前は誰だ?」 その言葉に、朝倉の顔にわずかながら動揺が走った。まるで気が付かれたかと言いたげなように少しだけ引きつっている。 だが、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻ると、 「そんなこと知ってどうするの? あたしのことなんかより、今のあなたにはやらなければならないことがあるんじゃない?」 「そうだ。だからこそ、不安要素は全て消し去っておきたいんだよ」 俺の返答に、朝倉は今度ははっきりと失望の表情を浮かべた。そして、視線を下げたまま俺の元に歩いてくる。 ――キョンくん気をつけて。その人は……―― ああ、朝比奈さん。今度は声が小さすぎて聞こえませんよ。何ですか? だが朝比奈さんが再び声をかけるまでに、朝倉が俺の前に立ち、とんでもないバカ力で俺の肩をつかんできた。 「良いから黙って付いてくればいいのよっ!」 俺は驚愕する。今さっきまでは確かに俺の前にいたのは朝倉涼子だった。あの谷口はAA+評価を下すような完璧の美少女。 だが、今俺の肩をつかんでいるのは、全く見たことすらない中年女だった。浴びせてきた声も可愛らしいものとは正反対の すり切れて低い声だ。 ――その人はキョンくんの知っている人ではありません!―― 「何で言うことを聞かない!?」 朝倉――いや、中年女のどす黒い罵声が俺の身体を震わせる。その顔は怒りと悪意で醜くねじ曲がり、異様な殺気を 噴出していた。上から下まで見回しても見たことのない奴だ。俺が生まれてきてから見てきた人の中に こんな奴は全く該当しない。誰なんだ。 「あんたは黙って言うことを聞けばいいっ! そうすれば、仲間を皆殺しにした罪は全部消えるんだよっ! 何の損がある!? まだ何か不満でもあるって言うのかいっ!?」 「――離せこの野郎!」 俺は必死にその中年女引きはがそうとするが、化け物じみた力で俺を押さえつけているらしく全く微動だにしない。 挙げ句の果てに、怒りにまかせて俺の身体を揺さぶり始めると、 「どうしてあたしの邪魔ばかりするっ! どいつもこいつも気にくわない! せっかく優しくしてやったのに、 平然と疑いやがって! 何様のつもりだ、このくそ男が!」 あまりの罵倒ぶりに一瞬頭の中が空っぽになる。何だ、こいつは。今まで変な奴も見たことはあったが、 度を超して狂っているぞ、こいつは。 「ああそうかい! お前がそんな態度を取るってなら、こっちも情けなんてかけないよ! 今すぐお前の思考能力を奪ってあたしの人形に仕立て上げてやる――」 『そうはさせない』 今度は長門の声が俺の頭の中に響いた。ほどなくして、中年女の表情が一変して俺から離れようとするが、 すぐに醜い悲鳴を上げて苦しみ始める。ああ、はっきりいって展開について行けてねえぞ俺は! 「ふざけやがって! 死ね! みんな死んじまえ! どいつもこいつも! みんな消えて無くなればいいのよ! 消えちまえっ!」 そう最期まで汚らしい罵声を上げながら、その中年女の姿が原子分解でもされたかのように光の粉となって消えていく。 そう言えば、長門が朝倉を消滅させた時もあんな状態だったな…… 『時間がない。すぐあなたを別の時間軸へ転移させる』 いや、長門。少しは俺に説明してくれよ。はっきり言って訳がわからなくて、頭の中でA~Zまでの単語がバウンドして 暴れ回っているんだ。 『急がないと彼らがやってくる。すぐに行きたい場所を思い浮かべて』 ああ、もうわかったよ。その代わりあとでゆっくりと事情を聞かせてもらうぞ。ところで、どうやって別の時間に行くんだ? 長門は確か時間移動できないんじゃないのか? 『朝比奈みくるのTPDDを強制起動して使用する。今あなたを危険性のない空間に移動させるにはそれしかない。 同一時間平面上では彼らはすぐに追いかけてくる』 ――ええっ!? ちょちょちょっと待ってくださぁいぃ!―― 朝比奈さんもパニックになっているぞ。やっぱりもうちょっと落ち着いてだな…… 『来た』 「え――」 長門の言葉に反応して、俺は辺りを見回して――腰を抜かした。いつの間二やら、俺の周りを大勢の人間が囲んでいた。 男女年齢性別に関わらず、一応に無表情な顔つきで俺を睨みつけている。明らかに敵意を感じるぞ。 『彼らにあなたを渡すわけにはいかない。彼らはあなたの外見と記憶だけが必要。一度捕まれば、あなたの自我意識は 修復不可能なレベルまで分解される。そうなれば、どれだけ情報操作を行っても元には戻せない』 「うわっわわわっ!」 俺は長門の言葉も耳に入らず、腰を抜かして辺りを逃げ回った。だが、不思議なことにそいつらは立ち止まったまま、 一向に俺の方に近づいて来ようとしない。 ――ほどなくして、まるでラジオの奥底からかすかに聞こえるような小さな物音が耳に届き始める。 じわりじわりとその音量が大きくなっていき、次第に耐えられないほどの騒音とかしてきた。 俺は必死に耳を閉じてそれをシャットダウンしようとするが、直接脳が認識しているせいか全く効果がない。 その騒音は最初はただの意味をなさない雑音だと思っていた。だが、たまに人間の言葉らしきものが混じっていることに 気が付く。それはさっきあの中年女が言っていたのと全く同じようなものだった。 罵倒の応酬。今俺の頭にそんなものがぶつけられている。このままだと長持ちしねえぞ。 『彼らが互いを牽制している。今の内に、あなたを移動させる。早く行きたい場所を思い浮かべて』 ええい、また説明もなく急転直下の展開か! だが、これ以上耳元で騒がれたら本当におかしくなる! やむ得ず、喧噪の中、俺はどこに行きたいか考え始める。色々頭に浮かぶが雑音が邪魔してまとまらねえ。 行きたい場所――会いたい人。長門は完全ではないが、会った。朝比奈さんはさっきようやく声が聞けた。 なら、まだたった一人声を聞けていない人物…… ……その時、俺はハルヒに会いたいと思った。 ◇◇◇◇ 俺はいつの間にか閉じられていた目を開く。 重力を失ったように、俺は暗闇の中を漂っていた。いや、薄暗いものの周りには何かが見える―― 『ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね』 『何で俺が』 耳に入ってきた会話。エコーがかかったようにぼやけたものだったが、はっきりと聞き覚えのあるものだった。 俺は目をこすって辺りを確認する。薄暗く霞がかかったみたいに視界が悪い。それに光が屈折しているかのようにゆがんでいる。 何とかそんな視界にようやく慣れてきたころ、俺は今目の前で何が起ころうとしているのか悟った。 待て! そっちに行くな! 必死に叫ぶが、声が出ない。 視線の先には脳天気に自動販売機を目指して歩いている奴がいる。どっからどうみても俺だ。あの日――俺が事故にあった日。 今俺はその時間にいるんだ。だが、どうしてこんな中途半端な状態なんだ? 必死に泳ぐように俺の後を追おうとするが、蹴るものが何もない状態では進みようがない。周りには俺の姿が見えていないのか、 誰一人こっちを気にかける人もいない。 止めなきゃならん。俺が事故に遭うのを阻止できれば、その先に起こる悲劇は全部起きなくなるんだ。 今ここにいる俺が消えるかも知れない? 知ったことか! 目の前で起こることの結末を知っていながら見過ごすほど 落ちぶれちゃいねえ! すぐに身体中を手で探り、何か使えるものがないか探す。しかし、使えそうなものは何もなかった。 このままではあと数十秒で俺が盛大にはねられるというのに、何もできずにただ見ているだけなんてまっぴらゴメンだ。 俺はふと思い出す。靴を脱ぎかけの状態にし、目の前を歩くの俺の反対方向へ蹴り飛ばした。すると思った通りに 反作用が発生して、ゆっくりと俺の身体が流れるように動き出す。よしいいぞ。このまま俺の背中を捕まえてやる。 ゆっくりと移動し、俺の背中に迫る。幸いまだ信号待ちの状態だ。このまま手を伸ばせば―― 『邪魔をするな』 衝撃を伴った大勢の声が辺りに響く。俺は一瞬身構えて、辺りを見回した。 誰もいない――いや違う! 俺の方を見つめている人たちがいる。歩道を歩いている老人、公園のベンチに座っている青年、 自動車に乗るOL、自転車に乗ったまま立ち止まっている女子学生……周りを歩く一般人たちの中にポツンポツンと 俺の存在に気が付いているように見ている人がいる。 ――瞬間、俺は気が付いた。目の前にいた俺の背中が横断歩道を歩き始めていることに。 待て! 進むな! それ以上進むと…… そして、はっきりと目撃した。目の前で俺がトラックに轢かれる瞬間をだ。確かに一瞬俺の身体はバラバラになっていた。 しかし、すぐにビデオの逆再生のように復元される。振り返れば、ハルヒが手を伸ばしてこっちに走ってきていた。 やはり、ハルヒが俺の傷を癒していたのか? トラックはすぐにバランスを崩して、近くの電柱に突っ込んだ。激しい衝突音が耳を貫き、ほどなくしてクラクションの音が 虚しく鳴り続けるようになる。 『キョン! キョン!』 ハルヒがすぐに路上に倒れたままぴくりとも動かない俺のそばに駆け寄った。続いて、朝比奈さん、長門、古泉も真っ青な顔で 俺の様子をうかがう。 古泉は思い出したように携帯電話を取り出すと何やら話し始めた。おそらく救急車を呼んでいるんだろう。 朝比奈さんは泣きじゃくりながら俺への呼びかけを続けている。一方の長門は、俺の身体に何も異変がないことを察知したのだろう 少し安心したような――表情には出していないがそんな雰囲気を見せながら、辺りの様子をうかがっていた。 そこで思い出す。さっき俺を見ていた連中を再度見回すと、今度は倒れている俺辺りを全員で見つめていた。 こいつらはいったい何なんだ? 一方の長門も全身のオーラを一変させて、強い警戒感をあらわにしている。 と、そこで見つめたまま動かなかった自転車に乗った女子学生が無表情から心配そうな表情に変化させて、 俺のそばに寄ってきた。どうやら身を案じているようだったが、それをすぐに長門が遮る。 『近寄らないで。重傷のおそれがある。専門知識を持った人以外は触れない方がいい』 その言葉に、女子学生は納得したような表情を浮かべたが、そいつが軽く舌打ちしたのを俺は見逃さなかった。 長門の言葉を聞いたのか、古泉がハルヒと朝比奈さんを俺から引き離し始める。二人は完全に腰を抜かしてしまっているようで、 もう何も言えずに路上に座り込んでいた。 ほどなくして、救急車がたどり着き、救急隊員が俺の様態を調べ始める。一方の長門は、やはり殺気の連中が気になるのか、 俺から少し離れてその周りをグルグル回っていた。 ――だが、長門の死角になったあたりで、あろうことか救急隊員の一人が妙な行動を取った。俺の額に手を当てて 何かをしている。明らかに医療行為とは違う。なぜなら、そいつの顔が狂気に染まった笑みを浮かべているからだ。 だが、長門は周りに警戒心を見せているために、それには気が付いていなかった。 やがて、担架に乗せられた俺は救急車に運び込まれ、ハルヒたちも乗り込んだ。そのまま、病院に向けて走り出す。 野次馬がそのまま残って見ている中、俺たちを見ていた連中はまるで何も起きなかったように、その場を去っていった。 ちくしょう……せっかく大チャンスだったってのに、何もできずに終わるなんて……! 後悔と自分の無力さを嘆くが、どうにもならない。これからどうする? まだ別の場所に移動できるのか? このまま浮遊したままなんてゴメンだ。 俺はまた願い始める…… ◇◇◇◇ 「ぐはっ!」 強烈な落下感とともに、俺の背中に強烈な刺激が展開した。一瞬呼吸が止まり、全身に震えが走る。 俺はしばらくそれにもだえていたが、ほどなく寝ころんだまま手で周りを探り始めた。どうやら仰向けに倒れているらしい。 手のひらに床のような冷たい感触が感じられる。とりあえず、海の上とか水中とか火の中とか、地獄巡りな場所ではなさそうだ。 ゆっくりと目を開けると、見覚えのある天井と蛍光灯が目に入った。いや、見覚えがあるどころか懐かしいと表現した方がいい。 続いて身体を起こして、辺りを見回す。部屋の中央に置かれたテーブル、古めかしい黒板、脇には朝比奈さんのコスプレ衣装、 ノートパソコンの山…… 次に目に入ったものに、俺は目を疑った。『部室』にある窓、そしてその前に置かれている『団長席』とパソコン。 そして、そこに座って唖然とした表情を浮かべるSOS団団長の涼宮ハルヒの姿…… 「キョン!?」 ハルヒは俺の姿を見るや否や、椅子をけっ飛ばして俺の元に駆け寄る。ハルヒ? ハルヒなのか? 本当に? 「ちょっとどうしたのよ……っていうか、あんた病院で眠っているんじゃなかったの!? でも何よ、その軍隊みたいな格好は!」 「い、いや、ちょっと待て! 俺も何が何だかわからなくて混乱――」 この時、俺の目がハルヒの視線に捕まった。まあ、眼力パワーはもの凄いハルヒなわけだから、ここで頬を赤らめて 視線を外したりはしないし、そもそもそんなことは期待していないんだが。代わりに俺の胃の辺りから 今までに感じたことの無いような感覚囲み上がってくる。 我慢しておくべきか? いや、周りには誰もいないしな、そんな必要はないだろ。 だが、俺にだってプライドがあるんだ。相手はあのハルヒだぞ? いいのか? 自分の気持ちに素直になったって良いじゃないか。こんな時ぐらいは。 えーと、何で俺は問答をしているんだ? いいじゃねえか。ここでやらなかったら、次にいつ逢えるか―― いつ逢えるかわからないんだ! 「ハルヒっ!」 俺はハルヒに抱きついた。強く強く抱きしめる。 唐突な行動に、ハルヒは当然ながら、 「ちょ、ちょっと何すんのよキョン! 放しなさいってば!」 「……すまん! 少しだけ! 少しだけこのままでいさせてくれ……!」 懇願する俺にハルヒは観念したのか、代わりに俺の背中をなで始め、 「まあ……いいわ。何があったのか知らないけど、団員が辛いときは団長がそれを受け止めてあげなきゃね」 「すまねえ……すまねえ……」 俺は謝罪の言葉を続けながら、ハルヒを抱きしめ続ける。離したくなかった。ずっとこのままつなぎ止めておきたかった。 でなければ、次いつ逢えるかわからないから。 「ちょっと休みなさい。あんた、すごく疲れているみたいだからね。ふふっ、大丈夫よ。ずっとそばにいて上げるから……」 ハルヒの言うとおり、俺には相当な疲労がたまっていたのだろう。ほどなくして俺は深い眠りに落ちていった。 ◇◇◇◇ どのくらい眠っただろうか。俺は自分が長時間眠っていたことを自覚したとたん、がばっと起き上がる。 そして、辺りをきょろきょろ見回し、状況確認に努める。 辺りはすっかり暗くなり、月明かりだけがSOS団部室を照らしていた。そして、その中をハルヒは団長席に 突っ伏するようにすーすーと寝息を立てて眠っている。俺のためにずっと残っていてくれたのか? 俺はとりあえずハルヒを起こさないように、状況確認を再開した。まず今の日付だ。カレンダーをのぞくと、 どうやら俺が事故に遭ってからちょうど14日目になる。ん、そういや、古泉から聞いた説明だと、 俺が昏睡状態になってから一週間後、ハルヒはSOS団の部室に閉じこもったと言っていた。ならハルヒはもうここにこもって 一週間が経過していると言うことになるが……。 ちょっと待て。そして、ハルヒが閉じこもってから一週間後に確か全世界で神人が大量発生したはずじゃなかったか? そうなるともうすぐそれが起きるということになる。 俺は時計を見た。時刻は22時過ぎ。残念ながら神人発生の詳しい時刻までは聞いていなかったが、俺が昏睡状態になってから 2週間後に大惨事が発生したことは確実だ。そうなると、近々それが発生すると言うことになる。 すぐにハルヒを起こそうとして、窓際に経って気が付く。外に誰かがいる。それも校庭、向かい側の校舎の廊下、屋上と ありとあらゆる場所に人がいて、そこから不気味な視線を向けられている。なんだったんだ。 とにかくハルヒを起こさなくてはならない。俺は軽くハルヒの背中を揺さぶる。 「……んあ?」 間の抜けた声を上げるが、目の前に俺の顔があることがわかるとすぐに口に付いたよだれを拭いて、 「ちょっと! なに人の寝顔を見てんのよっ!」 「しっ! 静かにしろって!」 俺は怒鳴り始めたハルヒの口を押さえる。しばらく抗議の声を上げて口をもぐもぐさせていたが、 窓の外を指さして外にいる連中の存在を知らせると、すぐに頷いて黙った。 ハルヒが大人しくなったことを確認すると、俺は手をどけて、 「外にいる連中にも憶えがあるか?」 そう俺たちを監視するように見ている連中を指さす。ハルヒはかなり不安そうな表情を浮かべて、 「……あんたが事故に遭ってから何度か見かけているわ。最初はあたしを遠くから眺めている程度だったけど、 一週間前ぐらいになるとエスカレートしてきて、自宅の部屋まで現れたわ。その時は叫んだらすぐに消えたけど、 それ以降ずっとあたしの周りをまとわりついてくるの。それも一人じゃない。すごく大勢」 「今、外にいる連中はそいつらってことか」 ハルヒは恐る恐る外を見て、 「うん。あいつらどういうわけか部室の中には入ってこないの。だから、あたし一週間前からずっと閉じこもったっきり」 「長門や朝比奈さんも部室に入れていないのか?」 「あいつら、みんなの後ろにくっついて入ってこようとしたのよ」 ぞっとする話だ。自宅の寝室まで上がり込んでくるなんてただの犯罪者のように見えるが、騒いだら消える? まるで幽霊じゃないか。大体、何で教師たちは気が付いていない? ハルヒはふるふると首を振って、 「わかんない。何度も学校側や警察に訴えたわ。でも、あたしには見えるのに写真やカメラには全く写らないの。 みくるちゃんたちも気が付いていないみたい。そのせいで、幻覚を見ているんだろうと相手にしてくれなくて」 そこでハルヒははっと気が付いたらしく、 「キョン! あんたにはあいつらが見えるの!?」 「ああ……不愉快だがばっちり視線に捉えている」 そう言いながら、外を一瞥する。はっきりとはわからないが、あの棒立ちのような姿を見る限り、俺の事故現場にいたやつらと 同質の連中だろう。あの時は俺を見ているのかと思ったが、本当はハルヒを見ていたのか。だが目的は? ふと、もう一つの事実に気が付く。少し混乱していたせいで記憶は定かではないが、あの棒立ちの様子は 過去にとばされる寸前に俺を囲っていた奴らに雰囲気がそっくりだ? 何モンなんだ一体。 「って、お前一週間もここに閉じこもっているのかよ。その間のメシとかはどうしたんだ?」 「古泉くんが持ってきてくれたわ。ドアの前に置いてもらって、あたしが隙を見て回収してた。トイレもたまにこっそりと出てね。 それでも最近はすぐ扉の前に立っていたりするからうかつに開けられなくて……」 ホラー映画かよ。マジで勘弁してくれ。となると今もドアの外に立っている可能性があるって事だ。 それじゃ、うかつに出れやしねえ。 俺は再度連中の姿を確認するべく、外を眺める。と、急にハルヒが俺の手を握ってきて、 「……キョン。あんたキョンよね? あたしにはわかる。別人じゃない。正真正銘のキョン本人だわ。でも、キョンは病院で 眠っているはずよ。どういう事か説明して」 当然の疑問だな。一週間籠城していたハルヒの前に、病院で寝ているはずの俺が、迷彩服姿で出現したんだ。 おかしいと思わない方がどうかしている。 俺は返答に困ってしまった。どう答えればいいのか、自分でもわからないんだからしょうがない。 あの閉鎖空間の一件、さらに今俺たちを囲んでいるの正体。何一つわかりゃしねえんだから。 「……わりい。俺も自分がどうしてここにいるのかさっぱりなんだ」 「そう……」 ハルヒは俺から目をそらす。思えば、さっきからハルヒらしい傍若無人な姿は全く見せていない。外の連中に よっぽど怖い目に遭わされたのだろう。そう思うと、俺に激しい怒りが立ちこめてくる。 「今俺がはっきりと断言できるのは、ハルヒ、俺はお前の味方だ。例えどんな状況になろうともな」 「…………!」 そんな俺の言葉が予想外のものだったのか、ハルヒは何かこみ上げてくるものがあったらしく顔を紅潮させていた。 が、すぐに顔を振ってそれを振り払うように、 「当然よ当然! 団員は団長のためにきりきり働くの! それが社会や組織の原理ってもんだわ!」 腕を組んでえらそうに言ってくれるよ全く。でも……その方がハルヒらしいけどな。 ◇◇◇◇ 午前1時。0時に何かが起きるのではと緊迫していたが、一向にあの白い化け物が現れる気配はない。ハルヒに異常もない。 退屈そうにネットをやっているぐらいだ。 ――気が付いたときには遅かった。異変はとっくに起こっていたのだ。 俺がようやくそれに気が付いたのは、外の連中の様子をうかがった時だ。 「…………?」 見れば、いつの間にやら取り囲んでいた連中の姿が無い。さっきまでが嘘のように無人になっている。 「――きゃあ!」 次に起こったのはハルヒの悲鳴だ。俺があわてて駆け寄ると、パソコンの液晶ディスプレイの画面が渦を巻くように ゆがんでいる。ただの故障かと思ったが、そんなものではないことがすぐにわかった。何せ、ディスプレイが盛り上がり、 そこから何かが出てこようとし始めたからだ。 俺はすぐにディスプレイの電源を引っこ抜くが、一向に電源が落ちない。次第に盛り上がってくるディスプレイが 人の顔のようになってきていることに気が付いた。まさか、パソコンのネット回線を介して侵入してきやがったのか!? すぐにそのディスプレイを壁に叩きつけて破壊する。ぱちぱちとスパークする音がなり、ディスプレイの電源が落ちた。 盛りだしていた人の形をした物体も消えていく。 「今までネットをやっていて大丈夫だったのか!?」 「き、昨日までは何にも起きてなかった……ひっ!」 ハルヒの短い悲鳴。今度はなんだと思えば、ホラー映画のワンシーンのように部室の扉がゆっくりと開き始めている。 バカな。ちゃんと鍵はかけておいたはずだぞ。 しかし、そんな俺の抗議も無視して扉は完全に開いてしまった。そこには黒いセーラー服を纏った少女が一人立っている。 やはり見たことのない奴だ。 俺は何か武器になるものはないかと辺りを回し、掃除用具入れからモップを取り出して構えた。 「来るな! 今すぐ出て行け! 怪我してもしらねえぞ!」 そうモップを振り回して威嚇してみるが、完全にそれを無視してその少女は部屋の中に入ってきた。 さらにその後に続くように大勢の人――子供から老人まで様々――が部室内に入ってくる。 多勢に無勢。俺は戦っても相手にならないと思い、ハルヒの手を引いて窓際まで下がる。仕方がない。ここは二階だが、 飛び降りれないこともない。一か八か飛び降りるしか…… しかし、その考えはすぐに打ち砕かれた。バタバタ!と窓が揺さぶられ何事だと振り返ってみて、 ――腰を抜かした。そこには獲物をほしがっている肉食動物のように、人間の顔が大量に窓に押しつけられている。 ぎしぎしと力を込めて今にも窓が破壊されそうだ。一方で出入り口の扉からは次々と連中が流れ込んで来ている。 囲まれちまったぞ。 「何の用だ! とっとと出て行きやがれ!」 俺はモップを振り回して奴らを追い払おうとするが、全く連中は動じない。それどころか、一人の少年があっさりと それを取り上げて部室の脇に投げ捨ててしまった。 じりじりと狭まる包囲網。窓の外は奴らで埋め尽くされ、入り口も溢れかえっている。逃げ場がないのだ。 が、奴らの動きが止まった。窓のきしむ音も聞こえなくなる。今度は何だ―― ――突如上がる悲鳴。言葉に表現できないような絶望的な声を上げ始めたのはハルヒだ。頭を抱えて床を転がり周り 痛みにもだえるかのように泣き声を上げる。 「ハルヒ! どうしたハルヒ! しっかりしろ!」 俺は必死にハルヒを抱きかかえ、落ち着かせようとするが、ハルヒは目もうつろに口からよだれを流して悲鳴を上げ続ける。 このままじゃハルヒがおかしくなっちまう。誰か! 頼む! 誰か助けてくれ! 俺の叫びが通じたのかはわからない。突然、部室の壁が吹っ飛んだ。衝撃にしばらく耐えていたが、 やがてそれが収まったことを感じ取ると、目を開く。 そこには北高のセーラー服を着た長門の姿があった。すぐ横にはおびえる朝比奈さんの姿もある。 「遅くなった」 「だ、だいじょうぶですかぁ!?」 二人の声。だが、久しぶりの再会に感動している場合ではない。ハルヒはもう声すら上げられない状態になっているんだ。 「長門! 朝比奈さん! 頼む――ハルヒを助けてくれ! お願いだ!」 俺の言葉に反応するように、長門が手を振った。するとなんということか。連中の姿が全て消失する。助かった! 全く長門さまさまだ。 が。 「遅かった」 長門の言葉は絶望に満ちていたように感じる。なんだ? 長門が奴らを消し去ってくれたんじゃなかったのか―― 『なぜだ!』 突然起きる脳内ボイス。あの閉鎖空間や事故現場で聞こえたのと同じものだ。もの凄い圧力で俺の全身を揺さぶってくる。 『お前ら邪魔だ!』 『お前こそ邪魔だ!』 『うるさいわね! 無能な連中は消えてよ!』 『なんだとこの野郎!』 『邪魔しないでよ~! お願いだからぁ~』 『くそ野郎!』 『何なのあんたたちは!』 『お願いだ! 一つだけで良い! 頼む!』 『俺以外みんな消えろ!』 洪水のように襲いかかる罵声の嵐。俺は耐えられなくなり床に倒れ込む。だが、そんなことをしている場合ではない。 口を開けたまま完全に意識を失っているハルヒが目の前にいるんだ。助けないと! そこの長門がやってきて、 「すでに涼宮ハルヒの意識の一部分が彼らに浸食された。このままでは全ての意識を奪われる可能性がある」 「何でも良いからハルヒを!」 「わかっている。すぐに自立防御を精神階層に張り巡らせ、これ以上の浸食を防ぐ」 そう言って長門はハルヒの額に手を当ててあの高速呪文を唱え始めた。 その時だった。俺の背中が月明かり以外の何かで照らされていることに気が付く。そして、窓の外にいたのは、 「神……人?」 あの光の巨人。ハルヒのストレスが最高潮になったときに閉鎖空間内で暴れ回る怪物。そいつが閉鎖空間ではないのに 今目の前に生まれ出ようとしている。 「なん……で」 「彼らのストレスが最高潮に達した証。それを解消するべく発生させた」 長門の淡々とした説明に俺は、 「ここは閉鎖空間じゃねえぞ! なんでだ!」 「涼宮ハルヒが閉鎖空間内であれを発生させていた理由は無用な被害を出さないため。だが、涼宮ハルヒの能力を一部奪った彼らは そのような認識を持っていない。自ら以外の有機生命体の死を持ってそれを解消させようとしている」 「ば……!」 冗談ではない。大量殺戮でストレス解消だと! ふざけんな! ハルヒの力をそんなふざけたことに使うんじゃねえ! だが、俺の抗議なんて通じるわけもなく、神人は破壊活動を開始した。俺が知っている神人発生と同じならば 奴らは全世界に発生して暴れているはずだ。 と、長門が急に辺りを見回し始めた。 「これは」 「今度は何だ!?」 「閉鎖空間が発生した。発生させているのは涼宮ハルヒ本人」 「何だと……!?」 最初は何が起きているのかわからなかったが、すぐに理解できた。ハルヒは神人の発生を感じ取り、あわてて閉鎖空間を 発生させて神人を閉じこめようとしているんだ。全ては被害を出さないために。 なんて……奴だよ、ハルヒ。お前はそこまで……! 長門は今度は俺の手を握り、 「あなたはここにいてはいけない。すぐにもとの時間軸へ戻るべき。危険。彼らに利用される」 「目の前でハルヒが苦しみながら戦っているのに、逃げ出せって言うのか!?」 「ここであなたができることは何もない。でも、あなたがいた時間にはできることがある。その時間上のわたしが言っている」 『一時的だが脅威は排除した。もう戻って問題ない』 頭の中に響く長門の声。それは目の前でハルヒの手当をしている長門ではない。閉鎖空間の中で俺の身体を 乗っ取ったときと同じだ。何でここにいる? 『朝比奈みくるのTPDDを再度使用した。ここにも朝比奈みくるがいるので、同じ方法で戻れる』 「だがよ……世界がどうなるかわかっているのに……」 「自分の力を過信しないで」 そう反論してきたのは、ハルヒの手当をしている長門だ。俺の方をじっと見つめている。 「できなくても誰もあなたを責めたりはしない。あなたはあなたができることを確実にするべき」 『そう。そして、元の時間ではあなたを信頼している人たちが待っている』 まさか……古泉たちか!? だが、みんな俺の手で…… 『それは全て欺瞞。全ては彼らがあなたを利用するために手段。全員の無事は確認している』 ……そうか。よかった……よかった……! まだ俺はやり直せる……! 俺はすっとハルヒの両手を握る。 「待っていてくれハルヒ。絶対に迎えに来るからな! 少しだけ――少しだけ辛抱してくれ……!」 続いて、長門と朝比奈さんを交互に見回して、 「長門、朝比奈さん。ハルヒのこと……頼みます!」 「は、はい! がんばります!」 「あなたが来るまで全て対応する。任せて。必ず守ってみせる」 俺はすっと立ち上がり、町を破壊している神人を睨み付ける。何だかしらねえが、これ以上好き放題させねえ。 「長門! 俺を元の時間にもどしてくれ!」 『わかった』 長門の声と同時に、俺の意識が闇へと落ちた…… ~~その5へ~~
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俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか 言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない ごくごく普通の日常であると断言できる。 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に 俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、 確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、 細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。 相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による 食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。 「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。 それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、 「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。 そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。 ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、 「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」 そんなことをしみじみとつぶやく。 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、 この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな…… ……この時まで俺はそう確信していた。 ◇◇◇◇ 「ちょっと公園で一休みしましょう」 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは どうかと思うぞ。全くうらやまし――じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。 「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」 「ふえ~」 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、 ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。 アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも 文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で 無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。 「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」 「何で俺が」 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、 「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい! あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。 いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。 ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。 あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に 自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。 ――キョンっ!? 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で 気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。 当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった―― ◇◇◇◇ ――キョンっ――キョンっ――お願い――目を開けて―― ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ…… 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、 肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ――どうなってやがる…… ――キョンくん……どうして……こんなことに―― 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して 全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも 動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。 いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。 はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と 激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした? しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、 ――何――やってんのよ――病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!―― ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。 ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう…… ――やあ、キョン―― ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに…… ――久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね? ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ…… ――僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら―― 俺はここで眠りに落ちた…… 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、 起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく 頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても 無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。 ――ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。 ――あたしが悪いの――――――――――――ごめんなさいっ――――本当にごめんなさい――だから目を開けて――お願い―― そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。 らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから―― あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ…… それから果てしない時間が過ぎたような気がする。 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて――もう考えることすらうっとおしくなってきている。 ――あきらめないで。 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか? ――今、わたしは何もできない。 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ? ――あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。 ――残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。 そうだ、また退屈になったら話してくれないか? ――もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。 なんだ? ――このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。 ――そして、世界は消滅する。 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな…… そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。 そして、俺はゆっくりと目を開いた…… ~~その1へ~~
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2から そんなこんなで、出発当日。 ハルヒから電話をもらった俺は、パッケージング・バイ・ハルヒのトランクを、俺の部屋から玄関へと運び、その到着を待っていた。 ほぼ予定時刻に、すでに涼宮家を満載したライト・バン型タクシー(?)が、うちの家の前に到着した。 「いわゆる空港行きの乗り合いタクシーだ。予約している飛行機の便を連絡しとくと、タクシー会社が調整して、ドア・トゥ・ドアで送迎してくれる。今日は、おれたちだけみたいだが」 とハルヒの親父さんが、運転手に代わってそのシステムを説明してくれる。 「それじゃあ、行ってくるから」 と家族に、特に妹に、言い聞かせるように旅立ちの挨拶をする。 「ご迷惑かけないようにね。涼宮さん、お世話になります」 「こちらこそ。無理を言ってすみません」 「いえいえ、うちの馬鹿息子は、本当にハルヒちゃんにはお世話になりっぱなしですから」 といった親たちのエール交換は、当人たちには「どうでもいい」というレベルを遥かに超えて「今日のところは、どうかひとつ、そこまでにしておいてくれ」というべき方向へどんどん発展していってしまう。 俺がハルヒの方を見ると、ハルヒも俺の方を見ていて、目の中で首を縦に振っている。よし、それじゃあ、 「そろそろ行かないと」 と俺が口火を切り、ハルヒはそれに合わせて、親父さんの脇をかるく肘でつく。 「ごほん。そうだな。じゃあ行ってきます」 大きな音で咳払いし、大きな声で親父さんが宣言。皆がうなずいて、車がゆっくりと前で出た。 「あれ、妹ちゃん」 車は走り出したが、妹が走って追いかけてくる。 うう、兄ちゃん、そこまでのドラマはいらないぞ。いつもどおりの妹でさえいてくれれば、カバンにこっそり入ってさえなければ。 「あれ、妹ちゃんが手に持って振ってるの、パスポートじゃないの?」 「わはは。お約束だな。大方、トイレに行っている間、持っててくれ、と預けたままってところか?」 親父さん、図星です。 車は止まり、俺とハルヒが飛び降りる。 俺はパスポートを受け取り、ハルヒは妹の頭をなでる。 「キョン君、気をつけていってくるんだよ。ハルにゃん、キョン君をお願いね」 「うん、わかったわ。絶対、元気にして帰すからね」 いや、それはやり過ぎと言うか、胸を張り過ぎというか。それから妹よ、あまり殊勝なことを言うな。そういう時は「お土産、忘れないでね」くらいにしておいてくれ。でないと、最近ただでさえゆるい兄の涙腺が……。 「ほら、キョン。ちゃっちゃと行くわよ。飛行機は、遅刻したナショナル・チームだって待ってくれないんだから」 確かに、ここでこれ以上ドラマを掘り下げたら、また搭乗まで話が進まなくなるだろう。 別れを惜しみつつ、いざ行かん、天国にだって近いという、なんとかいう南の島。 「それと、あんたのパスポート貸しなさい」 素直にハルヒに渡すと、ハルヒかバックから出した布製のケースみたいなのに俺のパスポートを入れて、返してきた。 「ほら、パスポート・ケース。これで首から下げられるから、なくさなくて済むわ」 「ちなみにお手製だそうだ」 「親父、うっさい」 午前の道は、俺たちの前途を祝福するかのようにガラすきで、空港へは登場予定時効の3時間前に着いてしまった。 「余裕があるに越したことはない」 と親父さん。 「俺なんか離陸の30分前に、食パンをくわえて出国審査を受けたことがある」 「あんたは転校一日目から遅刻するヒロインか!?」 ハルヒのつっこみも、今日は長打こそないが、確実に芯で捉えている。ボール(?)が見えている証拠だ。 「ちょっとチェックインしてくる。キョン君、わるいがそこのカートに積んでトランクを運んで付いて来てくれ」 「はい」 ハルヒの母さんとハルヒと俺のトランクをカートについて、自分のトランクを転がしながら先を行く親父さんの後を追う。 カウンターでは、これも親父さん的にはきっと恒例なんだろう。ナイストゥミーチュー、スパシーボなどなど、怪しい多国籍人を装う話術でカウンターのお姉さんの目を白黒させながら、それでも当初の目的を果たしてしまう。なるほど、ハルヒ母+ハルヒが、遠くで他人の振りをしているのは、このせいか。と、親父さんに気付いたのか、カウンターの奥の責任者っぽい人がカウンターにやって来た。 「ベルさん、今日は出張じゃなくて家族サービスかい?」 「何度も言うが、俺は鈴宮じゃなくて涼宮だ」 「こっちの彼は、お初だね?」 「ここはどこの飲み屋だ? こいつは保安官補でキョン。ついでにいうと、俺の娘と恋仲だ。まあ、いずれは決闘だな」 「おいおい、ハルヒちゃんも、そんな歳か。少年、しっかりやれ。この親父は悪いやつじゃないが質は悪いぞ」 「ははは」笑うしかないよな、ここは。 「おい、有能な彼女が手続きができたって、言ってるぞ」 親父さんは、ややオーバーアクション気味に、責任者さんに不平をいう。 「オーライ。じゃ、トランクに貼ったこのシールの切れ端を持ってってくれ。あとでトランクを探すのに役に立つ。ボンボヤージュ(よき旅を)!」 「発音がなってないよな。ま、とりあえず、ハルヒたちと合流するか」 その必要はなかった。カウンターでの一部始終を、涼宮家の女性軍は遠目ながらもしっかり見ていて、絶妙のタイミングで自分たちの位置を知らせるように歩いてきた。というより、彼女たち自体が、遠目からでも見落としようがない存在感やら何かを周囲に発散しているのだ。 そんな訳で、俺の隣にいた親父さんは言った。 「おい、いいだろ。あそこにいるのは、おれの女房なんだ」 「ぐっ」 さ、さすがにその手は……使うのは、何だかいろいろ怖い。 「すまんな。たまには年長者に勝ちを譲るのもいいもんだろ?」 その気になったら全戦圧勝じゃないですか、と心の中で言う。へたれ、俺。 「旅はまだ始まったばかりだ。陽気にいこうぜ、キョン君」 「ちょっと親父! またキョンをいじめたでしょ!?」 ハルヒが、つかつかつか、と早足でやってくる。ロボットのように肩をすくめる親父さん。 「オー、マイ、ドウター。ワタシガ、イツ、ゴシュジンサマ ヲ ソンナ メ ニ」 「読みにくいだけから、出典が明示できない物真似はやめなさい」 「でも、ふざけてるのはわかるだろ?」 と、ひらりとかわす親父さん。 「いつ真面目なのかが、わかんないの!」 それをも狙い打つ娘ハルヒ。 「いつもこんな感じよ」 と日だまりのようなニコニコ笑顔を絶やさないハルヒ母。 「はあ」 とすでに慣れてきているが、それがよいことなのかどうか、未だに判断がつかない俺。 次は手荷物検査場はずだったが、 「ああ、キョン君、俺たちはこっちから行こう」 「向こうの列、すごく混んでましたね」 「手荷物検査場はどうしてもなあ。関西の空港も優先ゲートができて助かってる」 「親父、わがままなくせに、待ったり並ぶのが嫌いだからね」 「わがままだから、嫌いなんだ」 俺たちが向かっているのは、専用ゲート(専用保安検査場)というところのようだった。なんたら会員(ゴールド・メンバー?)になっておけば、ただでさえ混む手荷物検査場も専門の(つまり空いている)検査場で済ますことができるし、さっき預けたトランクも優先取り扱いされて、到着後あまり待たずに受け取れるのだとか。どうすればメンバーになれるかって?親父さんによれば、 「要はたくさん飛行機に乗りゃいい」 だそうだ。 「といっても、伊丹じゃ、もう何が優先やら、って感じで混んじまってるがな」 優先検査場というだけあって、手荷物検査はあっけなく済んでしまった。ありがちな時計やらキーケースなんかの出し忘れを、事前にハルヒのやつに注意されていたからではないこともない。 「出国検査場じゃ、こうはいかんぞ」 とニヤニヤして脅す親父さん。 「おどかすんじゃない。パスポートにハンコ押してもらうだけでしょ」 とつっこむハルヒ。ほんと、いつもこんな感じなんだろうな。 「ハンコ押すだけだが、国の外に出しちゃいかんやつもいるからな」 「このメンバーだと、親父よね」 「笑い事じゃないぞ。俺のツレなんか、家族旅行なのに、昔やった悪事がバレて大変だったんだぞ」 「だったら3人でバカンスを満喫するまでよ」 「だから、ツレの話だよ」 出国検査場もまた、なんということもなく、一人づつパスポートを見せ、ハンコを押してもらう。 ハルヒの親父さんのパスポートは、さすがにすごいハンコの数だ 「全部、仕事でだ」 と、やれやれ顔をつくって親父さんは言う。 「早く引退して、ひきこもりになりたいよ」 「親父がひきこもって何する気よ」 「庭でライオン飼って、夕方になったらドビュッシーを弾く」 「なにそれ?」 「映画だ、『007カジノ・ロワイヤル』の古い方。見たことないのか? あの希代のバカ映画を」 とりあえず、これで「出国OK」ということだな。形的には、一応これで外国に出た、ってことになるのか。 「向こうに専用ラウンジなんてものもあるが、おまえら、どうする? 搭乗までは、まだ結構時間はあるが」 「免税店とかあるんでしょ? ちょっと見て回るわ」 とハルヒはすでに、俺の手首を引っ掴んで、スタンバイの体勢。 「さっそく二人になりたい、とハルヒは思った」 オヤジさんは肩をすくめてみせる。 「へんな心理描写いれるな」 「じゃ、これからは茶々を入れてやる」 「よけい悪い! あんまりかわらないけど」 「検査が全部済んだと言っても浮かれるなよ。確率的には、今から搭乗するまでが、一番馬鹿みたいな失敗が多い」 「大丈夫よ」 ハルヒもおれも、パスポートとチケットは、ハルヒ謹製のパスポート・ケースに入れてある。 「時間厳守だぞ。時間が来たら、ナショナル・チームでも飛行機は待たんからな。で、おまえら時計持ってるのか?」 「あ」 「普段ケータイで時間を見てるような連中は、こういうはめに陥る。免税店で安いやつを見繕ってこい」 親父さんに一本とられたのが悔しいのか、ハルヒはアヒル口になって、無言で俺を引っ張っていく。 ハルヒの母さんはニコニコと俺たちを見送り、自分の鞄から布のブックカバーをつけた文庫本を出して読み始める。親父さんもそれに合わせてか、上着のポケットからペーパーバックを取り出す。 ハルヒは振り返らず、前だけを見てぐんぐん進む。俺は引かれていく。 「時計なんて、空港中いたるところにあるじゃない!」 「まあな」 「向こう着いたら、時間を忘れて遊ぶんだからね!」 「ああ、そうだな」 ハルヒはどこからかカードを取り出した。正確には取り出して構えた。 「腹立ちまぎれに無駄遣いしてやるわ」 「こらこら」 なんなんだ、その高級そうなクレジット・カードは? 「ブランド品なんかに興味はないけどね」 何故だか、恨みはないけどね、と聞こえるぞ。 「店ごと買うとか言うなよ。機内持ち込みできんぞ」 「わかってるわよ、そんなこと」 そりゃ、わかってるだろうけどな。 「ねえ、キョン。あんた、すごーく高い時計欲しくない?」 ほら、そうやって必ず不穏なことを思いつくんだ、おまえは。 「おまえはどうすんだ?」 「そんなの2つも買えないわよ。すごく高いんだから」 「全然高くないやつ、2つにしろよ」 「だーめ。もう決めたの」 「ヤクザかナンバーワン・ホストでなきゃ持てないような時計はいらんぞ」 「あほ。そんな時計、あんたに似合わないわよ」 じゃあ、「俺に似合う、すごーく高い時計」を探しているのか? それはすごーく嫌な予感がするぞ。 「はい、これ。安心しなさい。何十万も、何百万もするものじゃないから」 「あ、ああ」 「総称でパイロット・ウォッチって言ってね、文字通りパイロットがつける腕時計ね。元祖のブライトリング社のなら、満十万するけど。この文字盤の周囲についてるリングがあるでしょ。これが回るの。目盛りの刻み方が変なのに気付いた? これ回転計算尺になってるの」 「計算尺ってなんだ?」 「計算が、とくにかけ算と割り算だけれど、一瞬でできるものね。尺という位で、物差しタイプが一般的だけど、それを円形にまとめたものがこれ。パイロットは計器やコンピュータがみんな狂っても、残燃料と空港までの距離だとか、落下速度と地上までの距離とか、計算したいものが沢山あるでしょ、それも時間がらみで。だから時計に計算尺をつけたのは大正解ってわけ」 「ほう」 「わかってないわね。親父の腕時計、見た?」 「え?いや」 「まあ、あっちは元祖の本物だけどね。何万年に数秒しか狂わない電波ソーラー式時計の時代に、毎日10秒以上も狂う自動巻時計って何考えてんのかしらね。計算尺の使い方は、どうせ搭乗まで暇だからゆっくり教えてあげるけど、親父に聞けば、語りに語り続けるわ。旅行が終わっちゃうわね、多分」 わー、すげえ聞きたいが、今は聞きたくない感じ。 「だが、ひとつきりで、どうすんだよ」 「まだ、わかんないの?」 いや、わかってはいるが、今わかるわけにはいかない、というか。 「あんたがあたしの『時計係』になるに決まってるでしょ」 ラウンジの、ハルヒの親父さん&母さんのところに戻った。ハルヒが鼻息も荒く、俺の左手首を、とくに親父さんに、見せびらかすように高らかにあげる。俺は自由になる右手でこめかみを押さえる。オー、ジーザス。ああ、ほんとにすいません。 親父さんは「やれやれ」という意味のジェスチャー、ハルヒ母は読んでいた文庫本を口に当てて笑いがこらえられない様子だ。 「娘よ、やってくれたな」 「どう? ぐうの音も出ないでしょ?」 「負け惜しみで言うんじゃないが、キョンを日本に置いていったらな、どこかのバカの国際長電話代で、そんなもの5、6個は買えたぞ」 「と言ってる時点で、完全に負け惜しみね」 「ぐう」 しかたない、といった感じで本をしまったハルヒの母さんは、 「お父さん、いつ搭乗口に向かいます?」 「もう15分もすればアナウンスがあるだろうが、少し遅めに行こう」 「そんな、とろとろとしたことでいいの?」 腰に手をあてて胸を張り、暫定勝者ハルヒが親父さんを見下ろす。 「日本人は時間とアナウンスには従順だからな。合わせて動くと混雑を応援に行くようなもんだ。俺たちの席は前の方だから、少し遅れて乗り込む方が邪魔にならなくていい」 「あー、たいくつ、たいくつ!」 電車の長椅子に上って窓を見たいから靴を脱がせろと騒ぐ幼児のように、暴れ出すハルヒ。涼宮家ではこれにどういう風に対処するのか、後学のためにしばらく見ていよう。 「なんのために、キョンを連れてきたんだ」 って、親父さん、いきなり俺頼みですか? ハルヒの母さん、もう笑いスイッチ入ってますね? 「キョンはそんなんじゃなーい」 お、ハルヒ。あまり期待してないが、言ってやれ。 「キョンはね、キョンはね・・・」 それじゃ、古来の、針が溝をなぞっていた頃の壊れたレコードだ。 「・・・うー……と・に・か・く、キョンなのよ!」 「随分とテツガク的な惚気をありがとう」いや親父さん、今のは惚気では、ないと思います、よ。 「ハル、暇なら何か読む?」 「うん。母さん、何持ってきたの?」 「旅行には、やっぱり旅行記よね」 「って、えーと、クセノポン『アナバシス』? カエサル『ガリア戦記』? クラウゼヴィッツ『ナポレオン戦争従軍記』? って、全部、旅行記じゃなくて戦記でしょ!」 「あら、でもみんな遠征してるわよ」 「遠征は、旅っていえば旅だけども!」 「俺のを読むか?」 「期待しないけど、聞くだけは聞いてあげる。・・・Making a Good Script Greatって、何これ?」 「映画のシナリオをどう書き直すかのマニュアル本だな。ハリウッド映画だと、制作費が馬鹿でかくて映画が当たるか当たらないか不確定だから、映画自体に保険をかける。保険会社がキャスト表とシナリオを分析して、これだと当たりそうだから保険の掛け金は低くてこれくらいでいいや、このシナリオだとヒットしそうにないから掛け金を高くしよう、ってな具合にな。で、保険の掛け金を低く抑えたい映画会社やプロデューサーは、シナリオを『シナリオ・コンサルタント』のところに持っていくんだ。シナリオ・コンサルタントは元のシナリオの長所を生かしながら短所を修正していくんだな。どうやれば冒頭シーンで客を引きつけられるとか、どうやって泣かせるとか、いろいろ手練手管がある訳だ。これはそのシナリオ・コンサルタントの一人が書いたマニュアル本で・・・」 「そんな本読んで、どうしようっての?」 「あ、この映画はあの手をつかってやがる、ちがう、そこで例の手を使えばいいのに、といろいろ突っ込めて楽しいぞ」 「キョンは、あんな悪魔に魂売っちゃ駄目だからね」 俺はすこーし、その本を読むのもいいかもしれん、と思ったぞ。次作の超監督とかが。俺が読むと、俺が窮地に陥る気がしたので、口にはしないがな。好事魔多しとは、こういうことを言うんだろうか。 日本語と英語で、搭乗開始を知らせるアナウンスが流れた。 あちこちで腰を上げ、指定された搭乗ゲートの方へ流れていく人たち。親父さんと母さんは読書を続け、ハルヒと俺は、買ったばかりの腕時計の計算尺リングを回して、1.69×2.7といったかけ算をしているのだが、頭を付き合わせ、手を取り合って、何をしてるように見えるんだかね。 「人ごみが薄くなってきた」 親父さんがゆっくり腰を上げた。他の3人もそれに合わせて立ち上がる。 「ぼちぼち、ぶらぶら、まったり、行くか」 とにかく全く急がないで進もうという親父さんの提案に、他3人はそれぞれ違った風にうなずいた。多分、考えていることなんかも、それぞれに違っているんだろう。 搭乗口は、さっきまでゴッタ替えしていたようだった。自動改札みたいなのの側に係員のお姉さんが立っていて、そこでチケットを入れると、席の位置を示す半券みたいなのが出てくる。 親父さんはシナリオのリライト・マニュアルを読みながら、チケットをいれ、 「パスポートは?」と問いかけ 「あ、拝見します」という返事を待たずに、ポケットからパスポート入れを出して係員に渡している。あれもハルヒ謹製と見た。 「何をやるにも不真面目ね」 続いてハルヒがぷんぷん怒りながら通っていく。続いて俺。最後がハルヒの母さん。さすがに本はしまってある。 「思ったより、飛行機飛んでないわね」 大きなガラスの向こうの滑走路を見ながら、ハルヒの母さんが言う。 「国内便はみんな伊丹にいっちまった。午前10時から午後4時まで、ここから成田へ行く飛行機は一機もないそうだ」 という親父さんの答えに、 「そうなの」とハルヒの母さんはつぶやいてチケットをしまった。 すでに搭乗予定のほとんどの人が乗り込んでおり、飛行機の中に入ると中にはぎっしり人が詰まっていた。 親父さんが言ってたとおり、俺たちの席は、入り口からたいして離れていないところにあった。 ハルヒに窓側を譲ろうとしたが、「キョン、あんた始めてなんだから、あんたが窓際行きなさい」と頑として聞かない。 ようやく俺の頭に、いつぞやの古泉の言葉が浮かんだ。 「わかった。じゃあ窓際に座らせてもらうぞ」 「どうぞ」 3人がけの席で、ハルヒは俺の隣に座る、その向こうが通路側になりハルヒの母さん。親父さんは通路を挟んで、さらにその向こうに座る。 機長の自己紹介やら、救命設備の説明アナウンスやらが流れて、スチュワーデスさんが踊っているように装着の実演をやっていた。 「最近はビデオ流して済ますのが多いがな。マイナーな路線ほど、今のダンスが見れる」 2つ席の向こうから、親父さんが解説してくれる。 こうしてしっかり席についてから、離陸のために飛行機が滑走路を走り出すまでの時間がけっこう長い。これだけでかい空港でも、滑走路の数は少なくて、待ち時間なんかがあるためだそうだ。 全然別の経験なんだが、予防注射って奴は、注射のちくりという痛みよりも、注射されるまで並んで待っているのが案外つらいんだよな。 気がつくと、ハルヒの母さんの、ニコニコという音がほんとにしそうな笑顔からも、親父さんの何故か声はしないが「ゲラゲラ」というのが伝わってきそうな笑いからも、どこか生暖かい視線にも似たものが飛んで来ていた。 なるほど。そういえば、いつも騒がしいとなりの奴が、席に着いた途端に、借りてきた猫のようじゃないか。 「なあ、ハルヒ。ひょっとしておまえ、飛行機こわいのか?」 「ば、ばかじゃないの? 怖いわけがないじゃない!」 「鉄の塊が飛ぶのは、おかしいとか、信じられないとか、その手の類か?」 「こ、こんなもんはね、目つぶって寝てたら、いつのまにか現地に到着してるものなの!」 「それだと機内食も食えないだろ。ほら、手、貸せ」 「は?なに?」 「手だ。握っといてやる」 「あんた、ばかじゃないの。……親もいるってのに」 「かまわん。俺は気にせんぞ」 「あんたが気にしなくても、あたしが気にするわよ……その、ちょっとは」 「じゃあ、そっちの目はつぶってろ」 「意味わかんない。……わかったわよ、握ればいいんでしょ、握れば」いかにも渋々といった感じで、俺の手を取りに来る。 「……離したら、承知しないからね」 「母さん、ピンチだ。たすけてくれ。自分の娘と婿に萌え死にそうだ」 「まだ婿じゃありませんよ」 「『恋愛が与えることができる最大の幸福は愛する女性の手を握ることである』(スタンダール)」 「何か言いました?」 「いいなあ、って言ったんだ」 「飛行機に乗るなんて、いつものことじゃありませんか」 「忘れられんフライトになりそうだ」 その4へつづく
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涼宮ハルヒの驚愕(前) 以下のデータは、前後編であることが発表される前のものが含まれています。 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:2011年5月25日(初回限定版)(当初予定は2007年6月1日発売予定だったが、その後発売延期となる。しかし、『ザ・スニーカー2010年6月号』にて一部先行掲載が行われた。) 初回限定版は5月25日、通常版は6月15日発売予定である。 本編ページ291P 表紙絵:涼宮ハルヒ(ザ・スニーカー2007年6月号付録の付替えカバーは朝比奈みくる) タイトル色:橙色(付替えカバーは緑色、全体色も緑色) 初出:書き下ろし 初出順第27話 裏表紙のあらすじ紹介 SOS団の面々が学年を上げたといって俺の魂に安寧が訪れることもなく、春らしい話題であるはずの旧友との再会についてはやっかいな事態の来訪を告げただけだったが、これらが引き起こすであろう事件は不確定な未来でしかありえなく、かつ過去に起きたことも磐石の一枚岩ではないという疑惑を振り払えず、つまり何が言いたいかというと面倒な立場に追い込まれてこんな独り言をぼやいてる俺の身になってほしいってことだの第10巻!涼宮ハルヒの驚愕付替えカバー(ザ・スニーカー2007年6月号付録)の裏表紙より。没バージョン。 SOS団の最終防衛ラインにして、その信頼性の高さは俺の精神安定に欠かさざる存在であるところの長門が伏せっているだと?原因はあの宇宙人別バージョン女らしいんだが、そいつが堂々と目の前に現れやがったのには開いた口も塞がらない心持ちだ。どうやら、こいつを始めとしたSOS団もどきな連中は俺に敵認定されたいらしいな。上等だ、俺の怒髪は天どころか、とっくに月軌道を越えちまってるんだぜ?待望のシリーズ第10巻! 目次 第四章・・・Page5 第五章・・・Page68 第六章・・・Page189 アニメ 全編未アニメ化 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第17巻に収録第82話『涼宮ハルヒの驚愕I』(P5-P40、何も起こらず通常通りに学校生活を送る(α7)SOS団が長門のマンションに向かう途中からキョンと九曜の会話中に朝倉が乱入する場面(β7)) コミックス第18巻に収録第83話『涼宮ハルヒの驚愕II』(P40-P60、朝倉がキョンにナイフを突きつけるシーンから九曜朝倉喜緑江美里が立ち去ったのちキョンが誰かからの『面白い冗談だわ・・・』という言葉を聞く場面まで。(β7)) 第84話『涼宮ハルヒの驚愕III』(P60-P102、長門のマンションへ戻るところから佐々木の留守電を受ける(β7)第5章の最初から入部試験のペーパーテストを終えた場面α8最後まで(α8)) 第85話『涼宮ハルヒの驚愕IV』(P102-P149、β8の最初から(火曜日朝)キョン・佐々木・橘・藤原・周防との喫茶店の会合で藤原の『好意で言ってやっている』後の九曜が発言するまで(β8)) 第86話『涼宮ハルヒの驚愕V』(P149-P169、キョン・佐々木・橘・藤原・周防との喫茶店の会合で佐々木の状況整理から佐々木・九曜・キョンが谷口と国木田に会うまで(β8)) 第87話『涼宮ハルヒの驚愕VI』(P169-P227、佐々木・九曜・キョンが谷口と国木田に会うところから、国木田・九曜と佐々木キョンの会話を経てキョンと佐々木の九曜についての特性について会話をする(β8)第6章に入り新入団員試験第一次適性検査を行うも、合格者が一人出るところまで(α9)) コミックス第19巻に収録第88話『涼宮ハルヒの驚愕VII』(P227-P282、新入団員試験合格者のヤスミが退出するところからヤスミの秘密に疑念を抱くキョンの場面(α9)β9の最初のキョンと国木田の会話から、キョンの家に佐々木が訪ねてきて佐々木が会いに来た目的を話す場面まで) 第89話『涼宮ハルヒの驚愕VIII』(P282-P295、キョンの家に佐々木が訪ねてきて佐々木が会いに来た目的を話す場面から(β9)佐々木が帰るまで(最後まで以降は驚愕後編へ)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 朝比奈みくる 古泉一樹 長門有希 周防九曜 朝倉涼子 喜緑江美里 佐々木 橘京子 周防九曜 藤原 渡橋泰水(ヤスミ、わたぁし) ハルヒの母親(会話の内容のみ) あらすじ 長門有希が学校を休んでいることが分かったSOS団は、長門のお見舞いに行き、世話をすることになる。 しかし、長門は「心配するな」とキョンの携帯にメールを送る中で休止状態に入ってしまう。 キョンが怒りに任せてマンションを飛び出すとそこには九曜がいた… 後に繋がる伏線 刊行順 ←第9巻『涼宮ハルヒの分裂』↑第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』↑第11巻『涼宮ハルヒの驚愕(後)』→
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涼宮ハルヒの時駆 第一章
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第三章 7月7日…とうとうこの日が来てしまった。 俺は何の対策も考えていない。 何かいい考えは無いかと考えている間に午前の授業が終わった。 昼飯は一年の時と同様谷口や国木田と食べている。 卵焼きを突いていた谷口がこんなことを言い出した。 「涼宮って去年の7月7日おかしくなかったか?俺学校の帰り道で東中の前通るんだけどさ、 俺去年の七夕の日学校が終わってゲーセンによってから帰ったんだ。たしか8時ごろ、 東中の前を通ったら涼宮が校庭でずっと立ってたんだ、しかも雨が降ってたのに傘もささずに。あれなんか意味あるのか?あいつのやることはやっぱよくわからん。」 「ふ~ん、そうか」俺は平然を装った。なんとなく動揺しているのを見られるのはまずい気がした。 心の中では適当に済ませばいいなんて考えていた俺をもう一人の俺が殴っていた。俗に言う心の中の天使と悪魔と言うやつである。 そして悪魔のほうが天使にぶっ飛ばされたわけだが、天使が勝ったところでどうにかなるわけでもなく俺は途方に暮れていた。 午後の授業もあっという間に過ぎ、とうとう部活の時間だ、今日だけはあいつと顔を合わせたくないのだが行かないほうがめんどくさいことになる気がするので文芸部室へと足を運んだ。 すると足取りが重かったせいか俺が部室に着く時には全員がそろっていてハルヒが嫌な笑みを浮かべた。 この瞬間俺は背筋が凍りつくような寒気を感じた。 このときの俺はこれから何が起こるかなんて知るよしも無かった。 ハルヒは全員がそろったと言うことでこう言った。 「今日は七夕で不思議も油断しているかもしれないわ!今日はこれから久しぶりに市内探索しましょ!!」 なんだって?最近驚いてばかりってのに驚きだ。市内探索?今から? 実は今までに5回市内探索が行われたのだが、結局一度もハルヒとなることは無かった。 そしてハルヒは例のごとくどこにしまっていたのか爪楊枝を取り出し例のごとく俺たちは爪楊枝を引いた、 そして驚いたなんと俺とハルヒがペアになっていたのである。 その瞬間明らかに長門、古泉両名の顔が明らかにゆがんだ。 ハルヒは言った。「何であんたとペアなのよ。まあいいわ、足手まといにならないようにしなさいよ!」いかにもハルヒらしい発言が聞けて俺は安心した。 「わかってるよ。」そう言い返しておいた。俺はなんかうれしいかった、それが何故かはわからないが。 そして夕方5時過ぎに俺とハルヒは学校を出た、そして行くあてはあるのかと聞いてみたするとハルヒは当然のように「東中。」 俺はそうか何しに行くんだ?とわざと聞いてみた。 するとちょっと怒ったように「あんた昨日の話聞いてたの?あたしは人を探しているのよ!」と答えるハルヒ。 俺は何故か行ったらまずい様な気がした、しかし断る理由も無く、思いつきもしなかったため「冗談だ、なら急ごう」そう言ってハルヒの前を歩いた。 北校から中学まで30分ほどで着いた。着いたはいいがまだ部活やら補修やらで残っている生徒がいるようだこれでは中に入れない。 「どうする?ハルヒ。」と聞いてみる。 「そうね、今入るのはまずいわねどこかで時間を潰しましょう。近くにちょうどいい公園があるわ、そこに行きましょう。」 あの変わり者のメッカか…こいつも好きらしいな断る理由も無い。 「わかった。」と答えた。 公園に着くと二人でベンチに座った。傍から見れば完全にカップルだ。 お似合いに見えるかは置いといてだな。 「だいだい8時ぐらいまでは待ってなきゃだめだろうな。」と俺。 「そうね、後2時間ぐらいね」とハルヒ。 「なんか話しでもするか。」 そして俺たちはしゃべり続けた。 新しいクラスがつまらないこと、朝比奈さんのコスプレ衣装の希望、これからのSOS団の活動内容について、新しい担任がむかつく事 そしてあっという間に2時間が過ぎた。 ハルヒが時計を確認し「そろそろ時間よ、行きましょう」そして後についていく俺。 学校に着くとさすがに真っ暗で携帯のライトで周りを照らした。 そしてこの後俺は信じられない光景を目の当たりにする ハルヒがライトを向け俺の名前を呼ぼうとしたときだ。 「キョ… 涼宮ハルヒがいきなり倒れたのだ、俺は焦った。 こんなに焦ったのはハルヒが消失しちまったとき以来だ。 焦りながらも俺は古泉に電話を掛けた、後から考えればナイスな判断だったと思う。 「古泉!!ハルヒが倒れた!!!!」 「どうしました落ち着いて下さい。」 「北校でハルヒが倒れたんだよ!!」 「わかりました15分…いや10分で向かわせます。」 「わかった。早くしてくれ」 こんな感じだったと思う、あまり覚えていない。 たぶん10分ぐらいで救急車が着たんだろうが俺には3倍ぐらい長く思えた。 そして機関御用達の病院にハルヒは検査入院ということで入院した 第四章
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涼宮ハルヒの懐柔 ◆IU4EWEf33I (非登録タグ) パロロワ ニコニコ動画バトルロワイアル 第百五十話⇔第百五十一話 第百五十一話⇔第百五十二話 「逃げろ……ですか」 地下に戻った後、僕はずっとさっきの八意さんのセリフを思い返していた。 前に言われた『逃げる準備をしろ』なら解る、その言葉には『ピンチになったら私も一緒に逃げるからその準備をして』と言うニュアンスがあるからだ。しかし、彼女は『逃げろ』と言った。 僕と彼女はさっき出会ったばかり――いや、彼女の方は前に僕に出会っているんでしたね。 でも、この殺し合いの場において、尚且つ僕ら二人は優勝を目的としているのにも関わらず――彼女は『逃げる準備をしろ』とは言わなかった。 『逃げろ』とは明らかに『僕独りで』という事。もう合流できないかもしれないのに、折角出来た仲間と。彼女は薄情な奴では無い、僕が彼女を信用している様に、彼女も僕を信用してくれているはず、何故? ――いえ、答えは解っています。彼女が話をした時の仕草から、解っていました。でもそれを素直に受け入れるのには、かなり迷いがあった。日本人の悪い癖だな。 恐らく彼女は“僕一人で優勝できるだけの能力がある”と思ってくれている。そして僕が優勝し彼女の“皆を元通りにする”という願いを叶えてくれると思っている。 僕も馬鹿じゃあない。彼女の語調から、あの壁の向こう側には恐ろしいほどの危険があるということが感じ取れた。彼女も命を落しかねない位の危険が。 ――今、僕の目の前にはいくつか道が並んでいる。 僕は今、それを選ばなければならない。 でも、その道の先を僕は見ることが出来ない。 道の先を見るのは、僕の超能力では無理だ。 ――どの道を選ぶ、古泉一樹? このまま逃げるか? それとも助けに行くか? はたまたここで待っているか? いや、そんな事最初っから決まっている、改まるまでも無い。 助けに行く。 そうでなければ何故彼女をあの化け物から守ったのか解らない。そうしなければ優勝もできない、当然“彼”も戻ってこない。 とりあえず今は出来ることをしよう。 僕は2人分のディバックと乾燥中のDCSを持ち、台所へ向かった。 「くそッ!どうして設計者は隙間でも空けておかなかったのよ!!何も解らないじゃない!!!」 小声で悪態をついてみる。とりあえず喉を攻撃されたダメージは引き、喋れるようにはなったが他のダメージも酷い。 「もう富竹は居なくなったような気もするけど……居るような気もするし………」 それにしても、どうしてこうなってしまったのか。こんな非日常は私が望むようなものではない。いつもの日常に戻りたい。 有希、みくるちゃん、古泉くん………キョン、助けて!! でも有希とキョンはもう居ない。もう、話をすることも声を聞くことも出来ない。二人の死、その事実が重くのしかかる。 ここに居るSOS団は古泉君しかいない。いや、もう誰でもいい、助けて…… こんな思考を何回繰り返しただろうか?でもこの思考は今最も会いたい人の一人によって中止させられた。 「涼宮さん、出てきてください」 暗いシンクの中に光が射す、それと共に懐かしい顔が飛び込んできた。SOS団の副団長の顔だ。 ここに涼宮ハルヒが居ることは僕も八意さんもわかっていた。元々八意さんが外に出た理由はこれだった。 涼宮ハルヒがここに入って来た時に発した音はちゃんと地下にも伝わっていた。 この女は僕の最も嫌いな奴だ。八つ裂きにしても余る、凌遅の刑にしても気は晴れない。 でも、この空間ではそんなものでも使わないと生き残ることは出来ない。 一時の感情で可能性を潰す、そんな愚の骨頂を僕は犯すつもりはない。 彼女にはして貰いたい事が二つある。 「…古泉くんッ!」 彼女が抱きついてきた。彼女が僕の事が好きならば良かったのに、そうすればこの女にも幾許か救いはあった。 殴り飛ばしたい気分を振り切り、まずは彼女を安心させようとした。 「涼宮さん……どうしたんです、その酷い格好は?」 僕は彼女からこのようになった一部始終を聞いた。 そして解ったことが一つ、“彼女は今、普通の精神状態ではない”。 話の中で彼女は、彼女がいつも使わないようなとても汚い単語を連呼していた。 日本語の限界、そう言葉を置き換えてもいいほどに。 こんな精神状態ならば、楽に落とせる。 「涼宮さん、キョン君は死んでしまいました。」 少し語調を強めてみる、初めの言葉はこれでいいだろう。 「そっ…そんなの解っているわよ………」 やはり彼女は動揺した。いい、計画通りだ。 「でももし、蘇らせる方法があったとしたら?」 「えっ?」 泣くのをやめ、こちらを見ている。普通の男なら落とせそうな、潤んだ眼。 まあ、僕には無効ですがねwwwwそういうのはアホの谷口にでもして下さい。 「それは……貴女が、元の世界に帰る事です」 彼女は何故自分が元の世界に戻ることが彼の蘇生に繋がるのか解らないだろう、だから続けてこう言う。 「信じてもらえないかも知れませんが―――貴女には、願望を実現する能力があるんです」 ――そこから僕は、今まで彼女以外のSOS団のメンバーが秘密にしてきた全てを打ち明けた。 彼女自身のこと、長門有希のこと、朝比奈みくるのこと、そして僕のこと。 もし彼女が普通の場所で、普通の精神状態であったら全く信じなかったであろう。 でも今の彼女は普通の状態ではないのだ。彼女は僕の話を半信半疑ながらも信用した。 これが彼女にして貰いたい事の一つだ。主催者は信じられない。あいつらは僕らの殺し合いを見て楽しもうとしているわけではないだろう。 必ず目的があるはずだ。そのためにこの殺し合いをするという状況が必要だったのではないか? だとしたら人を――それも参加者全員を蘇らせろといっても、叶えてくれるハズがない。そもそも願いを叶えるといった事さえ嘘かもしれない。 ならばこの女を優勝させ、彼女に参加者を蘇らせる事をさせる方が確実だ。 「でもさっき話した富竹って奴のことをず~っと私はブチ殺してやりたいと思っているけど さっき古泉くんの話した能力が私にあったのなら、もう脳漿ぶちまけて死んでいるハズよ」 やれやれ、僕は右手を首に持っていった。 「これが原因です」 「これって……首輪?」 僕は八意さんと話した事を思い出す。雑談中、彼女は自分の能力が抑えられていると言っていた。 そしてその原因はこの首輪じゃないか?とも、彼女は言っていた。 恐らく能力だけ見たら涼宮ハルヒは主催者達よりも強力だろう、能力だけを見れば。そんな彼女の能力を、主催者達は抑えないはずは無い。 その旨を僕は彼女に伝えた。 「なるほど……本当に主催者達はムシケラ以下ね、串刺しにして晒してやりたいわ」 「まあ能力の確認はこの首輪の外れた時にでもして下さい」 「………でも、どうやって元に戻るの?」 そこはやっぱり話さなきゃか 「どうやってって、優勝してですよ」 「えっ……でもそれって………」 「ええ、他の参加者達は殺すことになります」 「そんな……」 彼女は手を口に持っていき目線を下に移した、動揺しているな。散々さっきまで殺すだのなんだの言っていたくせに。 「いいですか、涼宮さん。貴女が元の世界に戻れればキョン君だけでなく他の皆も生き返るんです」 「でも……」 「よく考えてみて下さい。貴女以外の人が優勝したら、そいつしか生きて元の世界に帰れないんですよ。 も僕たちが優勝したら皆が生き返り、全ては上手くいくんです。……正義はどちらです?」 そういうと彼女は黙ってしまった。この話はこれくらいでいいか。 さて、本題に入ろうか。もう話して3分くらい経過してしまっている。 「そして今、僕の仲間は危機的状況にあります」 「……」 「恐らく彼女は今闘っている……いま外から聞こえてるのはその音でしょう」 「……」 「貴女に手伝って欲しい、彼女は僕たちの“作戦”に必要な人です」 「……」 さっきから彼女は沈黙を通している、これは……駄目か?駄目ならば殺すしか…… 「答えを……涼宮さん………」 「……わかったわ」 そういうと彼女は立ち上がり、いつもの調子で 「じゃあ作戦を立てましょう、敵を殺すには作戦が必要でしょ?」 と言った。 これは機関的にはマズイ事かも知れない、でも生還することの方が重要のはず。 生きて帰れたら長門さんにでも記憶操作を頼めばいい。それにこの緊急事態でそんな事言っていられない。 ともかく僕は一応勝った、後は八意さんだけだ。 「ではとりあえずこれを」 僕は彼女に二つ薬を渡す 「何これ、古泉くん?」 「右が鎮痛剤です、見たところ傷も酷いし使って下さい。左はドーピング剤、コンソメじゃないですよ。 まあそれは僕の指示で使って下さい。さて、実は作戦はもう考えてあるんです」 「え!!本当?」 「じゃあまず段取りから……」 【E-3 町・薬局内部/一日目・夜】 【古泉一樹@涼宮ハルヒの憂鬱】 [状態]:頭部強打、八意永琳を信頼、肩脱臼(肩は永琳にはめてもらいました) [装備]:無し [道具]:支給品一式*2(食料一食、水二本消費)、ゆめにっき@ゆめにっき(手の形に血が付着、糸で厳重に封をしてある) 逆刃刀@フタエノキワミ アッー!(るろうに剣心 英語版)、赤甲羅@スーパーマリオシリーズ、鎮痛剤一包み、 睡眠薬一包み、糸(あと二メートルほど)、裁縫針、ワンカップ一本(あと半分)、武器になりそうな薬物、小型爆弾、DCS-8sp(乾燥中のものも) [思考・状況] 1.永琳をお助けするゾ! 2.キョン君(´Д`;)ハァハァ…ウッ…… 3.優勝して、愛しの彼を生き返らせる。 4.殺し合いにのっていない参加者を優先的に始末。相手が強い場合は撤退や交渉も考える。 5.八意永琳、涼宮ハルヒと協力する。八意方はかなり信頼。 6.優勝して「合法的に愛しの彼とニャンニャンできる世界」を願う(ただし、生き返らせることを優先) ※地下に薬売りの部屋@怪~ayakashi~化猫には現在蓋がされています。よく見れば床に変な所があるとわかるかも知れません。 薬売りの部屋の床には退魔の剣@モノノ怪が刺さっていて、抜け穴の鍵となっています。抜け穴の行き先は不明です。 抜け穴の大きさは、大人が這って通れる程度です。 ※一方的に情報交換をしました。涼宮ハルヒの情報を古泉一樹は知っていますが逆は成り立ちません。 【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】 [状態]:富竹への憎しみ、精神錯乱、左肩に銃創、左脇腹と顔面と首に殴られた傷、腕から出血、脇腹に弾丸がかすった傷、古泉達を信頼、鎮痛剤服用 [装備]:陵桜学園の制服@らき☆すた、包丁、 DCS-8sp [道具]:支給品一式*2、びしょ濡れの北高の制服@涼宮ハルヒの憂鬱、テニスボール、アニマルマスク・サラブレット@現実、ゾンビマスク@現実(ゾンビーズ) [思考・状況] 1.古泉についていく 2.どんな手段を使ってでも絶対に富竹を殺す 3.皆を蘇らせるために協力者を探す 4.ゲームの優勝 5.自分にそんな能力があるなんて…… ※第三回定時放送をほとんど聞いていません。死亡者の人数のみ把握しました。 ※自分の服装が、かがみを勘違いさせたことを知りました ※自分が狂い掛けている事に薄々気づいています ※喋れる様になりました。 ※脱出寄りでしたが優勝に方針を変えました。 ※自分の能力を教えられましたが半信半疑です。 sm150:無限大な思いのあとの 時系列順 sm152:二人合わせばレッドベジーモンの知恵(前編) sm150:無限大な思いのあとの 投下順 sm152:二人合わせばレッドベジーモンの知恵(前編) sm148:Encount Modern or Ancient 古泉一樹 sm155:『殲滅計画YOKODUNA』(前編) sm148:Encount Modern or Ancient 涼宮ハルヒ sm155:『殲滅計画YOKODUNA』(前編)
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【 YouTubeアニメ無料動画@Wiki >涼宮ハルヒの憂鬱>【MAD】涼宮ハルヒの憂鬱「キョンとハルヒ」【YUKI】】 【MAD】涼宮ハルヒの憂鬱「キョンとハルヒ」【YUKI】 お気に入りに追加する bookmark_hatena このページは YouTube ,veoh,MEGAなどで視聴できる【MAD】涼宮ハルヒの憂鬱「キョンとハルヒ」【YUKI】の 無料 動画 を紹介しています。 更新状況 更新履歴を必要最低限にわかりやすくまとめたものです。 【広告】あの部長のドメインが、ワタシのより可愛いなんて・・・・。 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【今更】刀語:アニメ最新話追加しました!(9/23) 【最新】けいおん!!:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【最新】屍鬼:アニメ動画2本追加しました!(9/23) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【ソノ他】動画ページ上部に「お知らせ」を追加しました!(9/23) 【過去】とらドラ!:アニメ動画10本追加しました!(9/5) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(9/2) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/30) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/30) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/26) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】殿といっしょ:アニメ動画3本追加しました!(8/25) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【修正】デュラララ!!:第7話を視聴可能な動画に更新しました!(8/16) 【今更】刀語:アニメ最新話追加しました!(8/16) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/15) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【過去】とらドラ!:アニメ動画5本追加しました!(8/14) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/12) 【ソノ他】70万ヒット達成!ありがとうございますヽ(´∀`)ノ(8/11) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/11) 【過去】とらドラ!:アニメ動画10本追加しました!(8/11) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【関連】殿といっしょ:MAD動画等7本追加しました!(8/10) 【最新】殿といっしょ:アニメ動画2本追加しました!(8/10) 【過去】こばと。:アニメ動画全話追加し終えました!(8/9) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/8) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/8) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/6) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/3) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/3) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/3) お知らせ↓追加しました!(9/23) 最近、更新が停滞していて本当にごめんなさい。管理人の都合で、またしばらくサイトの更新ができなくなります。えっと、都合というのはちょっとした国家試験なんです。もっと早く勉強を始めていれば・・・と後悔が募るばかりですが、この度、生まれて初めて(!)本気を出そうと思います。もうすでに遅いような気もしますが、ネットするのを我慢して、自分なりに頑張ってみようと思ってます。たまに更新することもあるかもしれませんが、その時は勉強サボってるなあと思ってください(^^;) 更新は10月下旬頃に再開する予定です。怠け者でダメ人間な管理人ですが、これからも生温かい目で見守ってくれるとうれしいです(*´□`*)♪ ※実はこっそり隠れてツイッターもやっています。あまり見られたくないですが、もし見つけたらリプくれると喜びます! 当サイトについて 動画は最近放送されたアニメを中心に( ´∀`)マターリ紹介しています。管理人の気まぐれや人気記事ランキング、リクエストなどを参照して過去のアニメも更新してます。最近はニコ動などのMAD動画やYouTubeなどにあるOP&EDもバリバリ更新!事前に動画共有サイトから埋め込みタグを取得しているので、他サイトに移動する必要はありません。再生マークをポチっとするだけでOK.゚(*´∀`)b゚+.゚ veoh アニメ動画専用。再生マークを一回押したら見れます。削除されている場合も結構あります。30分以上だと5分間しか見れませんが、ほとんどのアニメは30分以内なので全部見れます。→ Ranking MEGA アニメ動画専用。再生マーク赤をポチっとしたら、広告といっしょにもう一度表示されるので、再生マーク緑をクリックすると再生できます。あまり削除されません。72分間連続視聴すると動画が見れなくなりますので、その場合は54分空けてから見て下さい。また通常は1日に10本までしか見れません。→ Ranking YouTube アニメ動画やMAD動画など。再生マークを一回押したら見れます。アニメ動画の場合は削除されることが多々あります。MAD動画の場合はなるべくコメント付きのニコニコ動画で見ることをお勧めします。YouTubeだけで紹介(そんな時期がありました…)しているアニメ動画のページは、かなり削除済み多数です(*_ _)人ゴメンナサイ。全部はとても対応できそうにないので、どうしても見たい動画は【リクエスト】してください。→ Ranking ニコニコ動画 MAD動画など。再生マークを一回押したら見れます。削除されている場合もたまにあります。通常は登録しないと見れませんが、埋め込みなのでログイン不要です。コメントに慣れてない人は右下の吹き出しマークをクリックして非表示にしてみてください。広告は×を押して消して下さい。→ Ranking コメントについて↓一部更新しました!(9/23) いつもたくさんのコメントありがとうございます!遅くなる事もありますが、すべて読ませてもらってます♪ 少し注意事項です。動画ページには各ページ中部に感想を書くためのコメント欄がありますが、最近そのコメント欄に「動画が見れない」などのコメントが目立ちます。そのような視聴不可報告は【リクエスト・視聴不可・不具合報告】にコメントしてください。それ以外のページの視聴不可報告は見落としてしまって対応できないことがあります。ご協力よろしくお願いします。 上の注意事項は一部の方です。みんなの感想や応援のコメントには本当に感謝しています!励まされます!アリガトウ(●´∀`●)ノ 見れない時は… veohとMEGAの両方とも削除済みで見れない時は【視聴不可報告】にコメントして頂けると助かります。 動画の視聴に便利なサイト ■GOM PLAYER:MP4やFLV動画の再生ソフトです。DVD,AVIなどの再生にも対応しています。 ■GOM ENCODER :対応ファイル形式が豊富なカンタン高速動画変換ソフトです。PSP/iPod/iPhone/WALKMANなどに対応。 ■バンディカム:CPUの占有率が低く、キャプチャー中でもゲームがカクカクしません。無料動画キャプチャーソフトの新定番です。 動画を見る前or後に押してくれるとうれしいですd(≧▽≦*d) ニコニコ動画 選曲ナイス! このページのタグ YouTube アニメ 無料 動画MAD 涼宮ハルヒの憂鬱 コメント(感想) 動画【MAD】涼宮ハルヒの憂鬱「キョンとハルヒ」【YUKI】に関するコメントを気軽に書いてください♪ 名前 クリック単価、広告の種類、管理画面の使いやすさなど総合的に判断しても1番オススメです(●`・v・) 今日の人気ページランキング にゃんこい! 第4話「美しい人」 おまもりひまり 第2話「海ねこスクランブル」 クレヨンしんちゃん シロをレンタルするゾ 昨日の人気ページランキング 荒川アンダーザブリッジ OP「ヴィーナスとジーザス」Full らき☆すた 第14話「ひとつ屋根の下」 【マイムマイム】マサオミマイム【紀田正臣】 君に届け 第13話「恋」 屍鬼 コメント/ひだまりスケッチ×365 第11話「9月28日 パンツの怪」 デュラララ!!ラジオ 略して デュララジ!! 第1回 デュラララ!! 公式パーフェクトガイド けいおん!の歌のシーンを集めてみた
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「い、言い出したのは、おまえだからな」 とおれ、何を言ってる? 「わ、わかったわよ。別に……どうってことないわ」 どうってこと、あるだろうが、その顔は? 「何よ?」 やめろ、考え直せ。 「な、なんでもない……」 そうじゃない! 何かあるだろ!? なんでもいい。部屋が寒いとか、風邪気味だとか、じいさんの遺言だとか、 学校に来る途中黒い猫に前を横切られたとか、なんかそういう、 それこそどーでもいい、断る理由が、だ。 「お、おまえ、さ、寒くないのか?」 「さ、寒いわけないでしょ! それがこれから服を脱ぐ人間に対して言うセリフ!?」 いや、まったく、そのとおり。って、だから、それ、既定事項かよ! 「ハルヒ!」 「ちょっと離して! あんたに脱がされるくらいなら!」 おれはハルヒの腕を取り、引き寄せようとして失敗して、 それならと自分の方から近づいた。 おれの上半身がこいつに覆いかぶさるようにぶつかる。 おれはこいつの腕を離し、かわりに背中に回した自分の腕をつかんだ。 「ちょっと、何すんの!」 「うるさい」 「ぬ、脱がすだけじゃ飽き足らず、襲おうってわけ? 上等よ!!」 「そうじゃない!」 腕に少しだけ力を込める。 「そうじゃない。……バカなことするな」 「な、なにがバカよ!」 「簡単に見せていいものでも、見ていいものでもない」 「……」 「おれもむきになってた。謝る。だから……」 「……へえ、あんた、あたしのハダカ、見たくないんだ……」 「そうじゃなくて! 人の話、ちゃんと聞けよ」 「このお、アホバカエロキョン!」 叫ぶなり、ハルヒは体を沈め、次に床を激しく踏んで、 全身の力を頭突きでおれのあごにぶつけ、見事おれの腕から脱出した。 「ぐおっ!」 「……あ、あたしが本気になったら、あんたなんかに指一本触れさせないわ!」 おれは尻もちをつき、体中に走った痛みに耐えながら、何か唸った。 「……そ、そうかよ」 「な、何よ、自分だけ格好つけたつもり!? 人の気持ちも知らないで!!」 「あ、あんたが悪いんだからね……」 ハルヒの、ためらっていた右手が、 セーラー服のスカーフをつかむ。 おれは目を上げていられず、思わず顔を伏せる。 スカーフが、おれの視線の先に、床の上に落ちた。 部屋は耳が痛くなるほど静かで、 自分の鼓動と布すれの音だけが聞こえる。 とても近くに……。 「罰よ」 ハルヒの両腕が、しゃがんでいるおれの肩に乗せられた。 首の後ろで交差し、二人の肩の距離を縮めて行く。 二人の体が次第に近付いていき、これ以上進めなくなって…… ハルヒの腕から、いや全身から、何かが崩れ落ちるように力が抜けた。 おれは手をそえ、こいつの体を抱き抱えた。 でないと、床の上に倒れるか、あるいは、 そのままかき消えてしまうんじゃないかと思うくらい、 ハルヒの眼から光が、体から力が、消えちまっていた。 「ハルヒ……、おいハルヒ!」 「……聞こえてる。こんなに近くにいるんだから」 その声は、どこかこの世でないところから響いているみたいに弱く遠かった。 「どうした?大丈夫だよな?」 「そういうときは大丈夫か?って聞くのよ。……大丈夫。 力は抜けちゃったけど、あんたが支えてくれたら、あたしは倒れないわ」 聞きたいのはそういうことじゃない。 けれど、今、こいつの話をさえぎるなんてできない相談だった。 そんなことしたら、……いや、あり得ないことだと頭では分かっている。 だが、おれの体と心のあちこちが、警報を発してる。 「……確かに、今日のあたしはどうかしてる。 あんたのヘタレが感染(うつ)ったのかしらね。 ……普段なら、こんなこと絶対言わないわ。 聞けるとしても、キョン、今日限りだって思いなさい。あたしは……」 「あたしは……あたしには、あんたが怖がってるのが分かる。 ……正直に言うわ。あたしも同じ。でもね……」 「……ハルヒ?」 頼むから黙るな。声を聞かせてくれ。 「……でもね、たとえ何があろうと、あたしは変わらないし、あんたも変わらない。 成長しないとか、そういうことじゃないわよ。 とにかく変わらないの。だから……」 ハルヒはおれの胸から体を起こし、 よじのぼるようにして上半身をのばし、 おれの眼の中を見て、少しだけ笑った。 「キスだけで夢オチなんて願い下げよ」 お互いの動きに応えるように、お互いの口が相手の唇でふさぐ。 「……どう?あんたは消えてなくならないし、あたしもいなくならない。 少しは落ちついた?」 心臓が大火事のときの半鐘のように打ちまくってる。 「まだだ」 「や、やっぱり、あんたはエロキョンのままね!」 「そんなこと、うれしそうに言うな」 「だ、誰がうれしそうよ!?」 「おまえだ、エロハルヒ」 「聞き捨てならないわね」 「捨てられてたまるか」 「捨てないわよ、安心しなさい!」 「そっちの捨てるじゃない!!」 「……う、うれしいに決まってるでしょ! これがうれしくなかったら、何がうれしいっていうのよ!」 「あ……」 「ふん。こういうのはね、ビビって後出しする方が負けなの」 ああ、きっと、そうなんだろう。 おまえはいつも、おれの一歩先に居て、 おれをぐいぐい引っ張って行く。 そして、おれがまだみたこともない何かを おれに見せつけるんだ。 離そうたって、目が離せないような……。 だからな……。 「こ、こら! キョン、重い! のしかかるな!」 「のしかかってるんじゃない。襲ってるんだ!」 一瞬、二人とも絶句する。 「……だったら!」 「なんだ?」 「もっと……真面目にやんなさい」 「ハルヒ」 「何よ!?」 「こっち見ろよ」 「だから、何?」 「おれは真面目だ」 「うそ。目が笑ってるわ。泳いでるより……いいけど」 「笑ってるんじゃない」 「だったら、何?」 そして、ようやく二人の目が合った。 「……し、幸せに浸ってんだ」 「あ、あんたってやつは!」 「……あ、後出しが、負けなんだろ?」 「うっさい! あたしの方がね、あんたの何倍も何十倍も幸せよ!」 「そんなこと、競うな! というか、それはそれで問題あるだろ!?」 「じゃなくて! それなら、もっと先に言う言葉があるでしょ!」 「お、おう……」 「あ、あたしの方はもう言ったようなもんだし……あとは、あんただけよ!」 おい、ちょっと待て。 「今日は日が悪いとか、年寄りくさい言い訳はあらかじめ全方面的に却下よ!」 「……は、ハルヒ」 「ハルヒはあたしよ。もうこれ以上、名前を呼ぶ必要は無いからね!」 「うっ……あ」 「あ?」 「…………あ」 「あ!?」 「あけま(ボコッ!)………さ、最後まで言わせろよ!」 「聞くに耐えない」 「あー、ごほん。…… span style="font-size 80%;" 好きだ、ハルヒ /span 」 「そんなのは百も承知よ!」 「え?(コレジャナイノ?)」 「で?」 「 span style="font-size 80%;" あいして……ます /span 」 「何で、です・ます調なのよ!?」 「いや、細部じゃなくて意を汲んでくれ」 「男ならそこは、『好きなんだから、良いだろお』でしょ!!」 「……ハルヒ、立場が逆なら殴られてるぞ」 「そ、そうなの?」 「うっとうしい! 邪魔するぞ!!」 「お、親父さん!?」 「バカ親父、絶対的かつ超越論的に邪魔よ! っていうか、いつから居たの!?」 「馬鹿ハルキョン、まとめて聞け。 姫始め(ひめはじめ)というのは、1月2日の行事で、由来は諸説あってはっきりしておらず、 本来は何をする行事であったのかも判っていない。 一般には、その年になって初めて夫妻などが交合することと考えられているが、 正月の強飯(こわいい。蒸した固い飯。別名「おこわ」)からはじめて 正月にやわらかくたいた飯(=姫飯(ひめいい))を食べ始める日とも、 「飛馬始め」で馬の乗り初めの日とも、 「姫糊始め」の意で女が洗濯や洗い張りを始める日ともいわれる」 「ええ? 年越しでエッチするんじゃないの!?」 「全然違う。かすりもしてない。という訳だ、キョン、出直してこい」 「は、はい」 「おせち料理を手伝うのをさぼったバカ娘には、母さんから本気で話があるそうだ」 「へ、ふえ?」 「お、おれもいっしょに……」 「ダメだ。どうしてもというなら、キョン、おれが特別にじっくり話をしてやる。 雪崩にあった母と幼子の話だ。 幼子に乳を飲ませるため、 水分を摂取しようと雪を食べ、 その乳で幼子は助かったが、 母親は、氷を水にするためにカロリーを消耗して凍死した話だ。 昔、理科の教科書に載ってた」 「うああ、ほとんど聞いちまったけど、聞きたくない!」 (おしまい、今年こそがんばります by 親父書き)
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いつからだったのだろう──── ────世界に色がついたのは いつからだったのだろう──── ────静寂に音楽が流れ始めたのは いつからだったのだろう──── ────いつも笑ってられるようになったのは いつからだったのだろう──── ────私の心にあいつが現れたのは ‐ 涼宮ハルヒの羨望 ‐ いつもと変わらぬ日常。 くだらない授業。 適当に聞いとけば満点の取れる内容なんて、ばかばかしくてイヤになる。 くだらない、ほんとにくだらない。 この生活が気に入っている人も居るんだろうケド、私にとってはただの苦痛。 なんで私はここにいるの? なんのために生きてるの? ふと、頭をよぎる当然の疑問。 誰しもが思い、誰しもが感じる、疑問。 ねぇ、なんで? 小さく、ほんとに小さく、誰にも聞こえないように呟いた。 そうすることで、何かが変わる気がしたから。 実際は─── ───言うまでもないケド。 退屈は私を覗き見る。 退屈は私を蝕む。 まるで、私は私自身が置き物のように感じる。 その気持ちに押しつぶされそうになる。 目頭が熱くなる。 私は、世界の部品じゃない。 耐え切れなくなって、前の席を叩く。 「……どーした?」 授業の邪魔にならないように、小さく呟くキョン。 めんどくさそうに、いかにもめんどくさそうにね。 キョン。 「何だ?」 ……なんだろう? 何のためにキョンを呼んだの、私。 こいつと話してると気がまぎれるの? そうなの、私? 「………ハルヒ?」 何よ 「いや、用はないのか?」 あるわけないじゃない。 ないから呼んだんじゃない。 ……あー、我ながら意味わかんないわね。 イライラするイライラするイライラする。 なんかない? 我ながら馬鹿馬鹿しい台詞。 「なんか、ってなんだ?」 なんかはなんかよ 「まず、何をしたいのか俺によくわかるように言ってくれ」 再び私を沈黙が覆う。 私、何がしたいの? …… 「ハルヒ?」 なんでもない。 「……おーい?」 もういい。 私がそう言うと、諦めたのか、前を見る。 そして会話中に黒板に書かれた文章をノートに書き写す。 なんでこいつはこんなに勉強しててあんなに頭悪いの? ばっかみたい。 長く連なる時の流れは私に退屈という名のナイフを突き刺していく。 その苦痛のせいで、寝ることもできない。 何か起こらないかな。 そんなどうでもいいことを望む。 ───あら? 何気なく校庭を眺めると古泉くんが歩いて校門へと向かっていた。 なんだろう、早退かな? 具合は悪そうに見えないから、何か用事でもあるのかな? 古泉くんの帰宅する理由を考えることで多少の気はまぎれた。 でもわかんないから今度聞いてみよう。 覚えてたら、だけどさ? ───キーンコーンカーンコーン やっと。 やっと終わった。 なんでこんなにかかるの。 時と交渉ができるのなら私の時間だけ早く進むようにして欲しい。 あ、楽しいときは別よ? 楽しいときはむしろ時間の流れを遅くして まぁいいわ、ようやく、私の時間だから。 「ハルヒ、さっきはどうしたんだ?」 不意に前の席から声がかかる。 なんでもないわよ、さ、行くわよ 「行くって?」 SOS団に決まってるじゃない! 「あ、ああ」 私は彼を残して教室を飛び出る。 待ちに待った放課後の時間。 待ちに待ったSOS団! さぁ、今日は何をしようかしら。 みくるちゃんにどんな服着させようかな。 そういえば昨日ネットオークションにかけられてたコスプレどーなったんだろう。 落札できてるといいな。 頭からどんどん湧き出る期待を胸に、私は意気揚々と文芸部室へ飛び込んだ。 部屋には有希と着替え中のみくるちゃんがいた。 「やっほぉー!」 「あ、こんにちは涼宮さん」 挨拶はもっと元気よくしなさい! そうね、語尾ににゃんとかつけるといいわ、かわいいから。 30分後、キョンが遅れてやってきた。 遅い! なんで私と同じクラスなのにこんなに遅いのよ! 「ちょっと成績のことで岡部とな」 なんなら私が一から教えてあげてもいいわよ? 丁寧に、かつわかりやすく。 「いい、隣で『なんでこんな簡単なのわかんないのよ、もーぅ』とか言われたくないから」 失礼ね! そんなこと…………ないと思うわよ? 保障はできないけど。 うん、100%なんてこの世に存在しないんだから。 「そういえば古泉は?」 古泉くんならさっき学校を出て行くのが見えたけど? 「古泉一樹は用事のため早退」 あら、有希、聞いてたの? 「昼休みに少しだけ」 理由はわかる? 「不明」 そっか。 楽しい部活の時間が過ぎていく。 有希が本を閉じた。 それは部活終了の合図。 いつも凄く正確で、驚くぐらい。 私は荷物をまとめて部室を出る。 明日は土曜日ね、いつもの場所でいつもの時間に!古泉君にも言っといて。 最後にそう皆に伝えた。 登校の時はキツめの坂道を、私は悠々と、一人で降りる。 ずっと、皆といられたらいいのに。 ふと、立ち止まる。 ずっと、いられたらいいのに? 不意に、不安が、私を掴む。 どうしてこんな気持ちになるの? わからない。 まるで、この日常が壊れることへの不安? 気にしすぎよ、少しは体もやすめないと壊れちゃうわ。 違う。 何が違うのかはわからない。 けど、何か違う。 いつも感じる日常とはまた別。 退屈という名のナイフじゃない。 これは何? 不安で足を早める私。 家について、ご飯を食べても、まだ私に絡みつく。 お風呂を浴びてさっぱりしても、何なのこれ。 部屋の中で電気もつけずに、私は枕を抱きかかえる。 ふと、思いついた。 ピリリリリリリ 「もしもし?」 キョン、私だけど。 「どうした」 ……… まただ、なんで私またキョンに? 「明日、ちゃんと来てよ?」 …今更じゃない、私? キョンは予定をサボったりはしない。 少なくともいつもはそうだったし。 「どーした?」 何が? 「なんか、今日のお前変だぞ?」 気のせいよ。 「…そうか?」 そうよ。 「わかった、明日もちゃんと行く」 絶対よ? 遅刻したらまたおごりだからね! 「遅刻しないでもおごるのは俺じゃねーか」 つべこべ言わないの! 「へいへい、じゃ、また明日な」 あ、キョン。 「ん?どした」 ……なんでもない。 「?」 明日、ちゃんと来なさいよ? 「わかったわかった、んじゃな」 電話が切れる。 なんだろう、この気持ち。 カーテンを開けて、窓の外を見る。 どこまでも広がる、星の瞬く夜空。 3年前に校庭に書いたメッセージは、どこかで誰かが読んでるだろうか。 その日の月は、とても綺麗だった。 ふぁ~。 よく寝た。 夜空を眺めながら、私はカーテンを開けて寝た。 そうすれば私は安心できたから。 昨日、あんなに不安でいっぱいだった頭も、一晩寝たらすごく軽かった。 結局なんだったんだろう、あれ。 まぁいいわ、準備して行きますか。 キョンより早くいかないとね、おごりはあいつ、私じゃないわ。 そこについた時、キョン以外のメンバーはすでにいた。 やっぱりできのいい団員がいると違うわね、うん。 みくるちゃんはやっぱりかわいいわね、私服も。 「そーですかぁ?ありがとうございます」 ほんとにかわいい、もし私が男だったら襲ってるわ、間違いなく。 有希、いつも眠そうだけど、ちゃんと寝れてる? 「大丈夫」 いつも通りの口調で返答される。 ならいいんだけど。 古泉くん、なんで昨日早退したの? 「少し親族のほうに急な用事ができまして」 肩をすくめて笑顔で答える。 ふーん、ま、いいわ。 にしても、キョンはいつも遅いわね。 いっそのこと集合に遅れないように私が毎朝電話してたたき起こしてやろうかしら。 時間が過ぎていく。 遅い! 遅い! 本当に遅い! もう一時間も遅刻してるじゃない! 携帯に連絡しても出ないし! なんなのよもう! それにしても遅いわね! 何してるのかしら! もう一度携帯電話に手を伸ばす。 こうなったら出るまでずっとかけてやるんだから! ピリリリリリリリ…… ガチャッ あら?繋がった? 「ハルヒちゃん?」 出たのは、キョンの母親だった。 なんで? 予想もつかなかった。 考えたくもなかった答えが返ってきた。 うそよ! 公道を私達を乗せた車が疾走しついく 「きっと、大丈夫ですよ、涼宮さん」 ありがとう、みくるちゃん。 そうよね、大丈夫よね。 うん、じゃなきゃ許さないわ。 絶対、絶対許さない。 だって、だって約束したじゃない、今日絶対来るって、昨日。 「もうすぐつきます」 古泉くんが呟いた。 走る窓から病院が見えた。 キョンが倒れた? ありえない。 そんなベタな展開、認めないからね。 さようならも言えずに、サヨナラなんて、そんなの認めないからね! 原因は何? なんで倒れたの? なんでキョンなの? どうして今日突然? 昨日までピンピンしてたじゃない! 病院につくと同時に、私はキョンの入院してる部屋まで駆け出した。 前もあったっけ、こんなこと。 クリスマスパーティの準備中に、あいつがいきなり。 やだ、思い出したくない! いやよ!いやよいやよ、いや! 気を失ったキョンの顔。 でもあの時は、ちゃんと起きたわよね。 そうよ! 今回も大丈夫なはず! じゃなきゃ許さない! 約束したじゃない、来るって! 胸へとつかえる何かを感じながら、私は病室のドアを開いた。 そして感じた、視線。 私を見つめる、妹ちゃんの目。 キョンの母親の目。 お医者さんの目。 そして、 キョン!よかった! キョンが私を見ていた。 意識は戻ってたらしい。 心配かけるんじゃないわよ!バカ! 私はキョンに駆け寄って、まくしたてた。 ホントは別のことを言いたかったけど、とにかく、無事でよかった。 ほんとに、よかった。 なんでそんな目で私を見てるの、キョン。 まるで、初対面を見るような─── 「ごめんなさい、あなたは、誰ですか?」 ―――――嘘って言ってよ 私は望んでいただけ そしてあいつは、それに応えてくれていた 私は調子に乗っていたのかもしれない 一度も、あいつの事を考えてあげなかった いや、考えてはいたのよ でも、結果的に、私はあいつを蝕んでいた そして、あいつが手のひらからこぼれおちた時 ようやく、そのことに、気がついたの キョン? 「キョンというのは、俺のことですか?」 何言ってるの? キョンはキョンよ、あなたでしょ 「すみません」 なんで謝るの? なんで?なんで?なんで? 「ごめん、なさい」 胸が痛む。 本当にキョンは申し訳なさそうな顔をする。 やめてよ。 「え?」 こんなの、キョンじゃない…… 「落ち着いてください、涼宮さん」 …みくるちゃん 「少し、話をしてもいいですか?涼宮さん」 キョンに聞こえないように私に呟く古泉くん。 古泉くん、話って何? 「彼の記憶喪失の原因についてです」 記憶、喪失? キョンが? うそよ、何それ。 何それ何それ何それ。 もしかしてそれが倒れた原因? 「医師の話によると倒れた理由も記憶を失った理由も同じらしいです。」 廊下で医師から一通りの説明をうけたあと、私は古泉くんと話していた。 古泉くんが続きを述べ始める。 「彼の精神は極度に疲労していた、それが倒れる原因になったと」 疲労? だって、そんなそぶりは一度も。 「長い間に蓄積されたものらしいです。」 どういうこと? 「例をあげて説明しましょう。 フラッシュバックというものがあります。 麻薬の一部には使用することで幻覚を見るものがあります。 その時の感覚が忘れられず人は使用を繰り返し、何度も使用するうちに麻薬は人の体を蝕みます。 重度の中毒者になった場合は、麻薬の恐ろしさに気づきやめるでしょう。 しかし、たとえ長い時間をかけて回復しても、ふとしたきっかけで全てが麻薬をしていた状態に戻ってしまうことがあります。 それが、フラッシュバックです。」 必死に理解する。 「つまり、彼の中には長い間精神的疲労、言わばストレスがたまっていきました。 しかし、そのストレスは小さなもので、簡単に消えていったはずです。 それが、何かのきっかけで消えたはずのストレスが一気に戻ったとします。 いわばストレスのフラッシュバックと言いましょうか、そうして、彼は倒れたのです。」 どうして? つまり悩みを抱えていたんでしょ? どうして私に言ってくれなかったの? 「それは、おそらく」 そこまで言って、古泉くんは口を閉ざした。 いつになく真剣なまなざし。 知ってるの? じゃあ、教えて。 「だめです」 なんで 「だめなんです」 教えないさいよ! 「涼宮さん……」 いいから、教えろって言ってんでしょうが!! ふと、気がつけば有希が隣に立っていた。 何? 「あなたは、知るべきではない」 何それ なんでよ? 「後悔する」 なんで? 「選択して」 何を 「知りたい?」 当たり前じゃない 「わかった」 「長門さん……」 「彼女は選んだ、知ることを。 だから伝える。」 「……わかりました」 「彼のストレスの原因は、」 私は言葉を待った。 沈黙で耳が痛くなった。 「あなた」 わたし? なんで、私なのよ。 「本当に、おわかりでないんですか?」 何を。 真剣なまなざしで、いつもと違う、怖い顔で私を見る古泉くん。 「彼はいつもあなたに合わせてきました」 ………… 「そしてあなたはまれに彼の精神レベルを超えた要求をしていたんです」 ………て 「それが彼のストレスとなった」 ……めて 「彼はあなたにこたえるために、いつも無理をしてきた」 …やめて 「彼はお人よしですからね」 やめて! 私は気がついたら両耳を抑えて叫んでいた。 「知ることを選んだのは、あなたです」 古泉くんは私に追い討ちをかける。 「だから伝えました、真実を」 いつからだったのだろう──── ────世界に色がついたのは いつからだったのだろう──── ────静寂に音楽が流れ始めたのは いつからだったのだろう──── ────いつも笑ってられるようになったのは いつからだったのだろう──── ────私の心にあいつが現れたのは いつからだったのだろう──── ────私の中のあいつがこんなにも大きくなっていた いつからだったのだろう──── ────あいつは、私にとって必要な人になっていた …ごめんね 私は泣いてた。 ごめんね、ごめんね、キョン 俯いて、両手で、顔を覆って。 ごめん、ごめん、ごめんなさい 有希が、倒れこもうとする私の体を支える。 「今日は、もう帰りましょう」 古泉くんがいつもの優しい口調になって喋る。 「あなたも、少し休むべきです」 うん、ごめんね。 「大丈夫です、おそらく一時的な記憶の混乱です、すぐに治りますよ」 そうね。 治ったら、いいな。 うぇえ… 「涼宮さん…」 どうやって帰ったのか覚えていない ただ、体がすごく重たかった ご飯は、全然おいしくなかった お風呂は、全然気持ちよくなかった どれだけ泣いたんだろう 枕は涙でびしょびしょだった でも、涙は枯れなかった 枯れてくれなかった 枯れるどころか、どんどん溢れでる 私にとって、それほどに大きくなってたんだ キョン 私は呟いた そして、泣き疲れて、寝てしまった 闇が、私を包んでいく 再び目を覚ましたとき、灰色の空の下、私は駅前の公園に居た。 そして、キョンがそこにいて、私を見ていた。 前にも似たような夢を見た。 夢よね? 夢、だよね? 目の前に立つキョンが私を見つめる。 私は耐えられなくなって視線を逸らす。 「ここは?」 キョンも驚いたような声を上げる。 当たり前よね、なんで私夢の中でまでキョンに迷惑を── 「ここは、覚えてる」 キョンが呟いた。 私は、はっとして彼を見据えた。 覚えてるって? 「なぜかはわからない」 キョンは私と目を合わせた。 私は今度は逸らさずに彼の瞳を見据えた。 申し訳なさそうな、でも、力強い瞳。 「ここに来なきゃいけない気がしたんです」 なんで? 「約束したから……」 私は、また泣いた。 ありがとう、覚えててくれて。 声を上げて泣いた。 ごめんね?ごめんね? ほんとに、ごめんなさい 私のせいで、私の、せい、で ふと、私の体がひっぱられた。 背中にキョンの左手が回される。 頭をキョンの右手が撫でる。 暖かい。 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。 もう少し、このままで。 「何、泣いてんだハルヒ」 ――――っ!キョン? じっとあいつの顔を見つめる。 いたずらっこみたいな表情で私を見る。 もしかして、記憶が? 「迷惑かけたようだな、悪ぃ」 軽く悪びれたそぶりで語るキョン。 迷惑? 迷惑かけたのは私のほうなのに? 「ハルヒ?」 私は、あなたにむりをさせたのよ!? 私は、あなたにわがままを押し付けたのよ!? 私は、私は、私は、あなたを、縛り付けたのよ!? 私、あなたに………謝りたかった 「ハルヒ」 何? キョンが私の目を見る とても力強く、決心したように。 私を抱いていた手に、力が入る。 痛いぐらいに、でも暖かい。 「どうして、俺がお前のわがまま聞いてたか、知ってるか?」 え? 「お前のことが大切だったからだ」 ………キョン? 「ハルヒ、俺はな、お前のことが──── え。 ふいに、目を覚ました。 頬を伝う涙。 体に残るあいつの温もり。 ベッドから降りる。 携帯を鳴らす。 再び、彼のもとへ 今度こそ、言えなかった言葉を。 ごめんね、と。 ありがとう、と。 そして───── ピリリリリリリ…… カチャッ 「もしもし?」 キョン? 「どうした?わがままな団長さん」 - 涼宮ハルヒの羨望 終 - 涼宮ハルヒの羨望、外伝 笑ってくれる 私のために 私みたいなわがままなヤツのために 嬉しかった すごく嬉しかった 私のわがままにつきあってくれる それがたまらなく嬉しかった ある雨の降る放課後 私とあなたしかいない部室 寝ているあなたにそっと呟いた ――――ありがとう ‐ 終 ‐