約 3,788,882 件
https://w.atwiki.jp/sevensjoker/pages/35.html
NN イノとか Lv 27 主武器 RV 補助武器 短剣 戦闘スタイル 隠密行動!?たま~に特攻死 得意技 ナイフはめかなw 一言 最近はかくれんぼにハマってるw
https://w.atwiki.jp/mioritsu/pages/635.html
大学のロビーは、昔行った事ある病院のロビーに似ていた。 『大学のロビー』という言い方は正しいのか? でも、正面玄関から入ってすぐの場所はそれなりに広い空間になっていて、言うなればロビーという感じだからそう形容しても差し支えないだろう。 そこにある自動販売機の前に私はいた。 気分は晴れてるわけでも曇っているわけでもなかった。いつも通りである。 それでも中途半端ながら喉が乾いたので何か飲もうと自動販売機までやってきたのだ。 紅茶にするか……でも、コーラも……あ、でもコーラは砂糖がなあ。 無難にオレンジジュースを選んだ。 バスケをやっていた高校時代は必ず運動をするので太るとか痩せるとか全然考えることはなかったけど、最近はサークルも入っていないから運動不足感が否めない。 そうそう太るタイプじゃないとは思うけど、毎日数十分歩いているだけで運動になるのかね。 缶のタブを押し開けたと同時に、自動ドアの玄関から誰かが入ってきた。 「あ、澪ちゃん」 「……お、おはようございます」 「おはよ」 ぎこちない敬語はまだ変わっていない。別に無理に変えなくてもいいと思う。 しかし、同級生から敬語というのはやっぱりどこか違和感があるな。 だけど性格上仕方ないことだと思うし、押し付けも良くないだろう。 私は澪ちゃんに近寄ると、そのまま並んで歩き出した。 このロビーを一直線に抜けた廊下。 その突き当たりの階段を上がってすぐが私たちの講義室だった。 私と澪ちゃんの学科は文科系で、あまり教室移動が無い。いくつかあるコマの内、三時間はその講義室だった。 だから今日もまずその講義室に向かう。こんなのもう慣れたものだった。 「澪ちゃんは課題やってる?」 数日前に出された課題の話題。 実は言うと私はほとんどやってなかった。 手書きかワープロでレポートを作成し来週の水曜日提出とのことだけど、なんというかやる気にならねえんだよなあ。 機械苦手だから、パソコンもDVD見ること以外よくわからないし。 第一課題の要項だけ読んでもいまいち理解しにくい。 「まあ、それなりに……」 廊下に二人分の足音が響く。 「やっぱり計画とか立てたりしてるんだ?」 澪ちゃんがびくっと反応した。 ん、何か気になること言ったかな? 「あ、えっと……その……」 どぎまぎしたような表情と声。 一瞬だけ鞄に手を入れようとする素振りを見せたけど、それもやめて結局黙ってしまった。 よくわからないけど、なんかしちゃったのかなあ。そうだとしたら申し訳ない。 私は場を繋ぐように声を出した。 「大変だよなー。私パソコンがあってさ、それでやろうかな思ってるんだけどなかなか上手く行かないんだよね」 チラッと澪ちゃんを見たら、顔を真っ赤にさせて泣きそうにしていた。 唇を噛み締めて、目を細めて。 どういう感情なのか読み取れないくらい、切なそうな顔をしていた。 わ、私やっぱり何かしたんじゃ――? 「えーと、で、パソコン結構使うの難しくって……」 無言は辛かったので、とにかく喋った。 そんな表情の澪ちゃんに何も言えなかった自分が悔しい。 でも、ただ喋るしかできなかった。 さっきまで続けていた話題をさらに続行させることしかできなかったのだ。 さっきの澪ちゃんの表情はやっぱり普通とは違う。 別に具合が悪くなってるような様子はなかったけれど。でも、でも。 なんか、モヤモヤした気分になるなあ。 その日も普通に終わった。 他愛も無い話をしたり、高校時代の話をしたり。 結局澪ちゃんもいつも通り、あんまり喋ってくれなかったけど。 でも、それでもよかった。 胸は痛むけど、それと同じくらい一緒にいると嬉しいから。 ● 4月25日 晴れ 私の馬鹿。 なんで田井中さんが予定の話をした時、手帳を見せなかったんだろ。 これに予定が書いてあるんだよって言えばよかったのに。 パソコンの話も、私もだよって言えばよかったのに。 私も同じようにパソコンに困ってるって、言えば。 もっともっと会話が続いて、田井中さんも笑ってくれたのになあ。 私、絶対馬鹿だ。なんであんなにビクビクして。 田井中さんにも嫌な思いさせて。 もっと話したいのに。全然対応できない。 緊張して、恥ずかしくて、ついすぐに会話を終わらせてしまう。 その度にちょっと田井中さんが寂しそうにするの、もう見たくないのに。 晩御飯は、また手抜きした。おいしくない。 課題はパソコンでやった。やっぱり全然使いにくいままだ。 田井中さんも、こんな風に頑張ってるのかな。 最近田井中さんのことばっかりだ。 どうしたんだろう私。 あそこまで積極的な人、初めてだからかな。 ● 澪ちゃんは読書が好きなようだ。 私が講義室に行くと澪ちゃんはやっぱり先についていて、いつもの一番前の席で一人座って読書している。 文庫本を細くて長い指で支えて、麗しい横顔と瞳でそれを読んでいる。 私はそれに見惚れるしかない。 「おはよ、澪ちゃん」 「あっ……お、おはようございます」 挨拶すると、澪ちゃんは顔を上げてぎこちない笑みを作ってくれる。 愛想笑いなのか、それとも本当に笑ってくれてるのかわからないけれど。 できれば後者であってほしかったし、少しでもいいから私に心を開いてくれてるといいなって思った。 澪ちゃんの隣に座って、頬杖を突く。 「ねえ、何読んでるの?」 「えっ……あ、いや……その」 当然の反応だ。 あんまり期待してなかった。今までも質問してもすぐに会話が途切れちゃうから。 だから今度も同じように、ただちょっと焦っちゃう澪ちゃんの姿を見てみようかな、というぐらいな軽い気持ちだったのだ。 が。 バッと私の目の前に、澪ちゃんは読んでいた本を突きつけてきた。 澪ちゃんは顔を真っ赤にして目を閉じている。 えーと、テレビで良く見るバレンタインチョコを渡す時の『受け取ってください!』みたいな図だった。 う、受け取っていいのかな。 「あ、えーと。ありがとう」 私は澪ちゃんのいつもと違う大胆な反応に驚きつつも喜んだ。 澪ちゃんの不器用な差出しに応じる。 突きつけてきた本を受け取って、パラパラと最初の数ページをめくってみた。 タイトルと目次。どこかで聞いたことがあるようなタイトルと作者だ。 読書自体そんなにしないから覚えているわけがないけど、でも私にでもタイトルがわかる作品ってことはそれなりに有名な本なのかな。 「澪ちゃん、何かオススメの本とかない?」 「えっ……あ、えっと」 読書が好きなら、何か教えてもらいたかった。 もしオススメの本があったとしたら、それを貸してもらったりして共通の話題が増えたりするし。 澪ちゃんも好きなことなら語りやすいんじゃないかなと思ったのだ。 予想外の質問だったのか、澪ちゃんはやっぱり不安そうにそわそわして目を逸らす。 私は唐突過ぎたことに少し反省して、ちょっと言葉を付け加えてみた。 「私あんまり読書が得意じゃなくてさ。初心者にもオススメの本とかないかな? できれば澪ちゃんが好きな奴で」 「……『――』、です」 澪ちゃんは、恥ずかしそうに本のタイトルを口にした。 見事に知らなかった。 でも、教えてくれたということは私を喜ばすのに十分な理由だった。 「面白そう! 明日……は、土曜日だった。じゃあ、月曜日持って来てよ! 読んでみたいな」 読書が好きじゃなくても、澪ちゃんが好きなら読んでみたい。 それで一緒に、物語の話をしてみたい。 一緒の物が増えていくって、きっと楽しいんだろうなあ。 「じゃ、じゃあ……持って、きます」 「うん、よろしく!」 ちょっとだけ澪ちゃんの顔が綻んだのを、見逃さなかった。 少しは。 少しはさ。 距離、縮まってるのかな。 ● 4月25日 晴れ やってしまった。変な子だと思われたかな。 恥ずかしくて無理に強引に本を突き出してしまった。 そこは失敗だった。 でも、好きな本を貸す約束をした。 嬉しかった。そんなの初めてだったから。 ―― ● 「やっべー。晩御飯の材料がないや」 私は冷蔵庫の中を覗いて、開口一番そう言った。 あーくそ、昨日の時点で気付いとくべきだったなあ。 まさか野菜がちょっとしかないなんて。 これじゃ野菜炒めですらまともに作れないぞ。 炊いたご飯だけでなんとかするしかないのかも。 「明日は土曜日か……」 冷蔵庫を閉めて、壁に掛かっている時計を見た。 時刻は六時手前。澪ちゃんと別れてからもう一時間ぐらいかな。 講義が終わって、少しだけ澪ちゃんと話して。 それで帰って、少しだけ昼寝したんだっけ。 私はあんまりはっきりしない記憶とぼやっとする頭を回転させる。 息を吐いて、後頭部をかいた。 細かいことはいいか。近くのコンビニに行って適当に弁当でも買って食べる事にしよう。 明日はちょうど土曜日だから、駅前のデパートにでも行って食材やらなんやらを買い込まなきゃなあ。 投げ捨ててあった鞄を手にとって、歩きながら中を確認する。 財布はちゃんと入ってる。小銭もちょっとぐらいは入ってるだろう。 弁当代ぐらいは常に入ってるようにしてるし。 外に出た。 微妙に寒かった。 私は下宿である二階建てのアパートの二階に住んでいるので、一番端っこの階段から降りる必要がある。 実家は当然一戸建てなわけだから、この動作にすら最初は慣れなかったもんだ。 今ではもう軽々しいけれど。 階段を下りて、歩き出す。 閑静な住宅街と言えばいいけれど、実際住宅街ばかりじゃない。 まあ結構田舎っぽい風景だった。 もちろん駅前まで行けばかなり都会の風景に様変わりする。 でもこの下宿の辺りは少しばかり閑散としていた。 大学までは徒歩で二十分ほど。目指しているコンビニは徒歩十分だ。 大学とは逆方向なので学生がコンビニに溢れているということもあまりない。 下宿の近くにコンビニがあるのはかなり助かった。 歩いていると、否応なしにいろいろと考える。 澪ちゃん今頃何してるんだろうなあ、とか。 最近は隙間さえあれば澪ちゃんのことばっかり考えてる気がする。 まあ友達になったばかりで、どうすればもっと仲良くなれるのかなあなんていろいろ考えてみたりするのが要因かもしれないけど。 でも、それだけじゃなくて。 なんか仲良くするしないは関係なくて……もっと、なんか言いようのない高揚っていうか。 (……なんだろうなあ、この気持ち) ふわふわっとしてんだよなあ。 でもズキズキするし。痛みもするし。だけど嫌な痛みってわけでもない。 別れ際が寂しかったりもすれば、夜中に急に澪ちゃんに会いたいなって思ったりもする。 それがどういう感情なのかも理解できないけど、でも確実に澪ちゃんのことばかり考えているのは確かだった。 よくわからない。 いろいろと経験したことのないことが多すぎる。 ……コンビニが見えた。 澪ちゃんのことを考えるとなんか胸が痛いので、とりあえずさっさと弁当を買ってきた方がよさそうだな。 減ったお腹もいい加減限界だ。 私は暗い中、一際輝くコンビニに向かって走り出した。 ● ――嬉しかった。そんなの初めてだったから。 だけど私はまた馬鹿だ。 その好きな本を実家に置いてきてしまったみたいだ。 せっかく田井中さんと約束したのに。 明日は土曜日だから、駅前のデパートに買い出しに行く。 その時ついでに書店でその本を買ってこよう。 約束破りたくない。 晩御飯は―― 最近書くスペースがない。田井中さんのことを書きすぎかな。 でも、書きたいんだから仕方ない。 戻|TOP|イノセント第二話
https://w.atwiki.jp/nightwizard/pages/151.html
一般人(the public)またはイノセント(Innocent)とは、ウィザードではない人間のこと。 「ハリー・ポッター」シリーズにおける「マグル」と似たような言葉。 概要 ナイトウィザードの世界において、ウィザードと呼ばれる存在は極めて少なく、地球に住む人間の大多数は何の力も持たない一般人である。 我々がそうであるように、この世に魔法という者が実在し、地球がエミュレイターの侵略に晒されていることすら知らされていない。 世界の真実 前述の通り、一般人には「世界の真実」が明かされていない。これには幾つかの理由がある。 一般人への被害 世界結界の定める常識の中に生きる一般人たちは、常識を無効化するエミュレイターに抵抗できない。 また、実際に魔法やエミュレイターを目にしてしまった場合、「神秘など存在しない」という常識とのズレが、精神に大きな傷を与えてしまう可能性がある。昏倒するくらいなら良いだろうが、発狂してしまったり、その結果「消される」ことになってしまうかも……。 世界結界の維持 常識(世界結界)を支えているのは、彼ら一般人たちであることも忘れてはならない。 一人一人のプラーナは微弱だが、総和としては数の少ないウィザードのそれよりはるかに大きい。 その彼らが魔法や魔物の存在を知ってしまえば、常識は「魔法は実在する」というものへ……エミュレイターの行動しやすい世界へと書き換わってしまう。 真実を知る一般人 以上のような理由から、一般人に魔法の存在を明かすのはウィザードにとってタブーの1つである。 ただし、各政府の首脳など、ウィザードの活動上どうしても話を通す必要のある人物には、知識としてウィザードやエミュレイターの存在が明かされていることもある。 もちろん、一般人にウィザードや魔法のことを話しても、大抵は単なるホラ吹きか妄想癖のある人間だと思われてしまうだろうが。
https://w.atwiki.jp/mioritsu/pages/645.html
次の日の講義と講義の合間の休みに、××さんがまたやってきた。 私たちはいつものように講義室の一番前の席に隣同士で座っていて、また何の起承転結もない他愛もない話をしていた頃だった。 ××さんと私は目が合って、微笑まれた。 だけど、すぐに視線は律の方へ向く。私は口を閉じたまま、二人を見ていた。 「りっちゃん、約束のお返事は?」 「あー……うん」 律は一瞬渋ったような苦笑いをして、また一瞬だけ私を見た。 なんだよ、何か言ってほしいのかよ。 私は目配せの意味が結局わからないまま、下を向いてしまった。 「……じゃあ、オッケーしといて」 ――! 「そう? あの子も喜ぶわ! じゃあそういうことでね」 ××さんはまた嬉しそうに走って行ってしまった。講義室を出て行ったということは、真っ先にその『理学部の子』に教えに行くのだろうか。 意中の律と食事ができますよって伝えに行くんだろうか。 嬉しいだろうなあその子。大好きな律がバレンタインを一緒に過ごしてくれるんだから……。 未だにモヤモヤする。 律と私は、数秒間固まったままだった。 先に沈黙を裂いたのは律だった。 「……これでいいかよ、澪」 「――えっ?」 「……やっぱりなんでもない」 しっかり聞こえてた。 これでいいかよって。 どういう意味だ。 律は少しだけ顔を染めて、口を尖らせている。 どういうこと? これでいいかって……。 いいか悪いかの判断なんて、私じゃないだろ? 私は、嫌だけど。 でも、嫌だって言ったって何も変わらない。 そうだよな……。 お互い『なんでもない』で、なあなあとしてる。 「……律は、その子の名前、まだ知らないんだろ?」 「知らない。理学部の子だとしか聞いてないんだ」 なんだそりゃ。食事に誘うのに、どうして名乗らないのだろう。 名前ぐらい知っててもいいんじゃないのか? 逆に名乗らない方が不自然だろう。 律も相手のことを『理学部の子』としか考えれないじゃないか。どういうことなんだ。 「まあ友達に食事のお誘いを頼むような人だから恥ずかしがり屋なんじゃないか? だから名前も教えないとか」 私がもし極度の恥ずかしがり屋でも、好きな人には名前を知っていてもらいたいと思うはずだ。 いやむしろ当日になるまで相手が自分の名前を知らないという状況はどう考えても不可思議だ。 世の中には私以上の恥ずかしがり屋が存在するのだろうか。 それこそ名前を好きな人に教えたくないぐらいの恥ずかしがり屋が。 釈然としないけど、でも今は胸が痛かった。 律と、律のことが好きな女の子が食事をする。 しかもバレンタインに。 「まあどうでもいいよ名前なんか。当日になりゃわかることだろ」 律は不機嫌そうに、次の講義の準備を始めた。 どうでもいいか。 その時点で律は、あんまり相手に興味がなさそうだけど……。 律が相手に興味を持ってない? 胸の痛みが少しだけ収まったのは、なんでだろう。 ■ その日の講義が終わった後、講義室から律と並んで出た。 しかし同時に、廊下で律はまた××さんに呼び止められて連れて行かれてしまった。 律が連れて行かれた先にいるのは、××さんを含む『律が大学で最初に友達になった数人』のグループだった。 律はその友達数人に囲まれて、何やら話している。 私と出会う前に、あの人たちは律と友達になったんだ。 ……いつからだろう。律が誰かと仲良くしてるのを見て、胸が痛むようになったのは。 律が私以外の誰かに笑顔を許したり、私が知らない思い出を律が語る時。 どうしようもなく寂しくて、悲しくなってしまったのはいつからだろう。 いつからって、初めて律の家に泊まった後ぐらいからかな。 あの時はまだ、全然こんな口調じゃなかった。 でも半年ぐらいずっと律の真似をしたりして、口調だけは自信に満ちたようになった。 それは律の前でしか出せないけれど。でもお互い音楽をやり始めて、もっと距離が近くなって……。 私は、律しか友達がいないから。 だから、余計に嫉妬してるのかな。 律に。 (……馬鹿澪) 私は爪先で床をトントンと叩いた。 少しして律が戻ってくると、申し訳なさそうに言った。 「待たせてごめん澪……なんか、みんなにカラオケ誘われた」 「えっ……いつ?」 「いや、今からだけど。それでさ、澪も行かない?」 カラオケ? 私も行かないかって、冷やかしかよ。 私が人前でそんな目立ったことできるわけないだろ。律の前ならまだしも……人の視線だって怖いし。 「行かない……」 「……そっか。わかった」 律はちょっと残念そうな顔をして、友達の元に戻った。 人前で歌うなんて、怖すぎる。下手な歌歌って目立ちたくなんかない。そ れにあのメンバーで行ったって、どう考えても私は浮く。 そんな気まずい中カラオケに行ったって、皆が歌ってるのを座って聞いてるだけしかできない。 律は、どうせ行くんだろうな。 カラオケなんて私以外と何度も行ったことがあるだろうしさ。 ……まただ。 またこれだ。 やめろ、私をもう痛くするな。 頭の中に、律が私以外の人と仲良くしている姿が再生される。 楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに……私じゃない誰かと。 一緒にカラオケ行ったり、お祭りに皆で出かけたりしたんだろうな。 律ぐらい友達が多いとそれぐらい普通だ。 普通だって。 律なら、そんなの普通だって。 わかってるのに! 誰かと仲良くしてるのを、考えるのが怖い。 私の初めての友達。 そんな律にとって、私は初めての友達じゃないんだ。 私の知らない律の記憶があるんだ。 律はもう、私を特別だとは――……。 「澪、帰ろうぜ」 その声で、我に返った。 「えっ……?」 「何? いや、帰ろうぜって」 「……カラオケは?」 「断ってきたよ」 律はそれがどうしたの? 何か問題でもあるの? と言いたげに目を白黒させる。 驚いているのはこっちだ。さっきまで行きそうな雰囲気だったじゃないか。 「な、なんで断ったんだよ」 断ってくれて、ありがとうと素直に言えばいいだろ。 でもそれはいいことじゃないから。 私が問うと、律は少しも考えずに即答した。 「だって、澪がいないとつまんないし」 「――」 律は白い歯を見せて、笑った。 「澪を一人にしたら悲しんじゃうだろうしなー」 「そ、そんなわけ……」 ある。 「ないだろ……」 あるけど、ないよと私は答えた。 「まあ仮にそうでも、澪を放って遊びに行くなんてできないよ」 おい。 やめろ。 「だったら……」 言うな、私。 「だったらなんで、食事会には行くんだ」 律の顔が、また表情を失くした。 私は自分をなんとか抑えようとしているのに、抑えきれなかった。 律は、額に手を当てて言った。 「……私のこと好きだって言ってくれる人がいて、その人と食事をするとかは…… そこに行くのは遊びじゃないし、カラオケとはまた違うだろ」 「でも……」 私を一人にしたら、悲しんじゃうだろって言ったのは律だろ! 今まさにそう言ったじゃないか! なんでそこまで言ってくれるのに、食事会は断らないんだよ! とは叫べなかった。 私の中の爆発しそうな感情は、廊下という公共の場であることで『目立ちたくない』という反発が働き現れなかった。 もしここが誰もいない、律と二人っきりの場所だったら、そうやって怒鳴りつけていたかもしれない。 言えない自分。 そこに、恐怖がある。 「……第一、行けばいいだろって最初に行ったのは澪じゃん」 律は目を逸らした。 あの一言は、本当に軽い気持ちで言ってしまった。 私はそれを、後悔しているのに。 「そ、そうだけど……」 「……澪は、私に何を言いたいんだよ」 「――」 律は、悲しいような寂しいような。 でも怒っているような。 そんな複雑そうな表情をして。 私は。 「……ごめん」 「何を謝ってるかわかんねーぞ。ほら、行こうぜ」 立ち直ったように笑った律。 私は廊下を歩き出した律に、暗い顔をしてついて行くだけしかできなかった。 その日も、律の家でセッションして帰った。 『澪は私に何を言いたいんだよ』――。 私は律に、何を言いたいんだ。 もう自分が一番わからないよ。 こんな気持ちになるの初めてだから、わからないよ。 律を見てると胸が苦しいのも、律が誰かと仲良くしてるのを見てると苦しいのも。 律ともっと早く出会いたかったって後悔みたいな気持ちも。 律がカラオケを断って私といてくれた時の、ほっこりした暖かい気持ちも。 全部全部、初めてなんだよ! だからわからないよ。 何を言いたいのか。 この痛みや、暖かさが、いったい何なのか。 私が一番知りたいよ。 教えてよ。 律のことずっと考えてて。 律のこと考えると胸が一杯になる理由を。 律が他人と仲良くしてると、また胸が痛い理由も。 律と一緒にいると、どうしようもなく幸せだって感じる理由も。 わからないんだ。 私は律に、何を言いたいのだろう。 ■ 2月9日 晴れ 澪が最近よくわからない。 私は澪と一緒が良かったから、カラオケには行かなかった そしたら澪は、なんで食事会は断らなかったんだと言ったんだ。 行けばって最初に言ったのは澪なのに。 もし少しでも行ってほしくないと思ってくれてるのなら、嬉しいけど。 でも実際にそれを口に出してくれないのはどうしてなんだろう。 もしそう言ってくれれば、簡単に断ってくるのに。 私は澪が、一番大事だって思ってるのに。 戻|TOP|イノセント第二話
https://w.atwiki.jp/magamorg/pages/1141.html
霊騎イノセント・プレイヤー コモン 自然文明 コスト4 パワー1000 アーク・セラフィム ■このクリーチャーは、クリーチャーを攻撃できない。 ■あらゆる場所にあるこのカードを、すべての 文明、種族、名前、種類のカードとして扱う (F)天性の柔軟さは、実直なその心ゆえに。 作者:mpedm 評価 種類というのは何なのですか? ODA 呪文、クロスギア、クリーチャー、城などですね。 MorG
https://w.atwiki.jp/mioritsu/pages/636.html
駅前までは徒歩だとさすがにかなり時間が掛かる。 徒歩で行けば四十分ほどになるんじゃないか。 別にそれはそれでいいのだけどさすがに大変だ。 しかも今日の目的は食材の買い出し。どうしたって荷物は多くなる。 それを帰りに四十分間持って歩くというのはなかなか重労働だろう。 そこで今日はバスを使うことにした。大学前のバス停から駅方面へとバスは走る。 家から出て一旦大学前まで行き、そこから駅前まで行く方が徒歩よりは楽だった。 私は今、大学前のバス停で待っている。 そのバス停からは大学の入口が見えていて、ときたま学生が入っていくのが見えたりする。 講義がある学科があるかもしれないし、サークルだったりがあるかもしれない。 それぞれの時間が土日にもあるんだろう。 私の学科は土日は講義はないし、私はサークルにも入っていないので土日は暇といえば暇である。 まあDVD見たり、趣味のあれをちょっとやってみたりという程度だった。 でも大抵は土日は寝てばっかりだ。 腕時計を見る。九時二十三分。そろそろか。 それから少ししてバスがやってきた。 気の抜けるようなぷしゅーという音と同時にドアが開く。中からまず私と同い年ぐらいの若い人たちが出てきた。多分大学に行くのだろう。 なんか皆大学に行くのに私はお休みですいませんというような申し訳なさも一瞬出てきたけど、皆が皆楽しそうにしててそれもなくなった。 高校よりも比較的自由だし、皆サークルとか楽しいんだろうなあ。 全員が降りたのを確認してバスに乗り込む。席はかなり空いていて、適当なところに座った。 私の後ろからはおばあさんと、女の人が入ってきて、やっぱり思い思いのところに座る。 私は窓の縁に頬杖を突いて、景色を見つめることにした。 発車と同時にガタンと大きく揺れるけど、私の体は揺れなかった。 この土地に来てもう三週間になるか。 家と大学の二十分間の景色は、見慣れた。 あと、駅前に一度だけ徒歩で行ったことがあるけど、そのときの景色もなんとなく覚えてる。 だけどバスで駅前まで行くのは初めてだった。 がたがた揺れる車体。景色はそれでも流れる。 (そういえば……) 澪ちゃんって、バスで大学に来てるんだっけ。 私はバスの中を見回した。つまりこのバスで澪ちゃんは毎日家と大学を行き来してるんだよなあ。 そう考えると、やっぱり澪ちゃんと何かを共有できてるのか持って思えて少しだけ嬉しくなった。 「……あはは」 呆れた。 また澪ちゃんのこと考えてるよ……。 自分で自分を笑った。 景色は少しずつ、家が増えて。 ビルも増えてきた。 デパートの中は、まだ開店して一時間だからかそれほど混み合ってはいなかった。 基本的にデパート内のスーパーはいつ行ったって人で溢れている場合が多い。 でも今日はそれなりにいるかな、という感じである。 まああんまり混み合ってても嫌だし、レジもすぐに開くからこれでいい。 食材をとりあえず集めよう。 私はとりあえず野菜や肉のコーナーを回ることにした。 これは必要かな、というものを値段や量、賞味期限を考えて買い物カゴに入れていく。 重いものは下、軽いものは上。 まだカゴの段階ではあるけど潰れないように注意しながら入れる。 私は『今晩はこれを作ろう』とか『今度はあれを作ろう』という、何かを目的にした買い出しはしなかった。 それだと計画的でうまく消費できるけれど、どちらかといえばその日の気分で食事を決めるほうがいい。 だから適当に好きな食材や、バランスや栄養を考えて食材を買っておく。 それで保存しておいて、いざ食事を作ろうという時に『これとこれがあるならこれを作ろう』と、あるもので何かを作るほうが性にあっていた。 うん、非難されそうだ。 (よし、こんなもんか) カゴがいっぱいになって、食材が偏りすぎてないかを確認する。 肉系、野菜系……あと、その他諸々。魚や肉は早いうちに食べちゃった方がいいな。 野菜もそれほど長くは持たないだろうから、まあもって来週だろうか。 毎週ここに買い出しに来た方がいいかもしれない。 少し重いカゴを持ってレジに並ぶ。時刻は十一時前で、レジは少し込んでいた。 どうやらスーパーの中を回っている間に結構時間が経ってたみたいだ。 見れば店内はそれなりに人が増えていて、人ごみとまでは行かないまでも人で溢れていた。 私の順番が回ってくる。カゴを台に乗せて、レジの女の人がピッピッとカゴの中の物を機械に通し、商品名を口に出していく。 私は財布を取り出して、それをじっと見ていた。 目の前の表示画面の金額がぽつぽつ上がっていく。 ふと向こう側を見た。 ここはデパートの中なので、スーパーから出ればすぐそこは別の店舗だ。 デパートっていうかショッピングモールっていうか。ここはスーパーの区画。 向こう側に出れば服屋さんだったり靴屋さんだったり。いろんなお店がずらっと向こう側まで続いているのだ。 ここは一階で、二階に上がれば書店だったりおもちゃ屋だったり、やっぱりいろんな店舗が連なっている。 二階に上がるための、エスカレーターがそこにある。 そのエスカレーターの途中辺りに、長い黒髪の女の子がいた。 ……もしかして。 (澪ちゃん……?) その女の子――もしかして女の『子』じゃなくて、普通の女性かもしれないけど、でもここからでも若く見え……あ、見えなくなった。 「二千八百六十円になります」 「あっ、えっはい」 私は呼びかけられて、慌てて財布からお金を出す。千円札を三枚と、十円。 店員さんは確認の言葉と同時に器用に素早くレジスターのボタンを押し、お釣りを差し出してくる。受け取って、カゴを持ってレジから離れた。 買い物袋に詰めるスペースのテーブルまで移動して、食材を袋に詰める。 あー、エコバッグ持ってくるんだった。まあ仕方ないか。 とりあえず潰れてもよさそうな物、箱に入っているものを底の方にいれて、肉や野菜の軽めな物を上に置いて行く。 なぜか急いでいた。 さっき見たエスカレーターの女の子。 もしかして、澪ちゃんだったりして。 そんな期待があったからかもしれない。 袋は一袋だけで収まった。 片手にそれを持ったままエスカレーターを上る。 もしかして澪ちゃんだったら、というかまあ澪ちゃんであったらいいなあという願望に変わっていた。 土日は会えないからちょっと寂しいと思っていたので、まさかばったり会えるなんてすごい、と勝手に気持ちが高ぶっていた。 澪ちゃんだったらいいなあ、なんて。 馬鹿か私は。 二階は専門店街のように結構いろんなお店が揃っている。 でもなんかいかにも都会の子が行きそうな高級感溢れるお店だったり、高い靴が揃ってたりするようなお店が多かった。 澪ちゃんはそういうのあんまり好きそうじゃないな。偏見かな。 となると澪ちゃんが行きそうなのは書店か。 私はそう思って書店の区画へ行ってみる。さすがデパート、それなりに広く人も結構入ってる。 皆雑誌を立ち読みしてたり、文庫本のコーナーを歩き回ったり。私はその人たちの中で長い黒髪の人を探して回った。 綺麗な黒髪は目立つからすぐ見つかるだろう。そう思った。 だけど、いなかった。 (あれー?) 見間違いだったのかな? 澪ちゃんに似てただけで違う人だったとか? でも、確かに長い黒髪の子は見たんだ。 書店には澪ちゃん見間違うような長い黒髪の人はいない。 澪ちゃんじゃなかったとしても、それに似たような長い黒髪の人がいるはずである。 でもここにはいなかった。ということは他のお店か。 でも二階の他のお店ってブランドのお店やゲームセンターとかぐらいな気が……。 でも人は見掛けによらない。 澪ちゃんは引っ込み思案に見せかけて実は結構ブランド物の高ーい服とか持ってたりするかも知れないぞ。 荷物を提げたまま二階を回るのは大変だ。 私はそう思って、二階の端っこのエレベーターやトイレがあるような一画まで行った。 そこにはコインロッカーがあって、重い荷物を一旦置いておくのに便利だ。 重い荷物を持って歩き回るよりか、澪ちゃんがいるいないに関わらず身軽なまま歩いたほうがいいだろう。 ところが。 コインロッカーの近くまで来た時。 そこで。 澪ちゃんが男に絡まれていた。 私は立ち止まって、それを硬直しながら見つめていた。 「なあいいじゃん」 「や、やめてください」 「どうせ男いないんだろ? カラオケでも行かない?」 髪をビンビンに逆立てたいかにもチャラい男である。 外見もだらしねー感じで、なんつーか……えらそうな奴だなという印象だ。 澪ちゃんは手に小さな袋を抱えたまま、怯えた表情で必死に断っている。 私は驚きとあまりの突然の光景に、どうしようかの判断さえ頭に浮かんでこなかった。 頭は冷えている。 だけど、それ以上の何かがせめぎあっている。 私はただ、こうやってその状況をモノローグして描写することだけしかできなかった。 今の私は、きっととんでもないくらい表情を失っている。 「いいじゃんかよ」 「い、嫌です……」 「あー、面倒くせーな」 男が、澪ちゃんの腕を掴んだ。 澪ちゃんの手から、抱えていた袋が床に落ちる。 澪ちゃんの小さく甲高い悲鳴が、耳に響く。 おい。 せめぎあってた何かが、溢れだした。 私は今日、ズボンだった。 それを選んできてよかったと思う。 私はゆっくりカチューシャを外した。 「澪」 私は、そう呼んだ。 澪ちゃんだけが、一瞬だけこっちを向く。。 私は、目が合った澪ちゃんに微笑んだ。 でも、ちゃんと微笑むことができただろうか。 笑えるような気持ちじゃなかった。 歩き出す。 「はいはい終了ー」 私は作り笑いと、作った陽気な声を出しながら二人に近づいた。 男が振り向いて私を見る。 澪ちゃんも男も驚いたような表情をしているが、男は『なんだこいつ』とでも言いたげな窺わしい表情をしている。 澪ちゃんは泣きながら、まだ真っ青でビクビクしていた。 前髪が邪魔で視界が狭いが、でもこれでいい。 私は澪ちゃんの腕を掴んでいる男の手を払った。 二人の間に割って入り、男を精一杯睨み付ける。 作った声で、男に言葉を言い放った。 「人の彼女に何してくれてんの?」 私は前髪の隙間から威圧した。 多分、私は怒ってた。 澪ちゃんは、私からすれば他人。澪ちゃんから見たって明らかに私は他人だ。 もしかしたら一方的な友情かもしれない。 澪ちゃんは一度だって自分から私に話しかけてくれたことはないんだ。 私がずっと話してばっかりで、澪ちゃんはすぐに会話を終わらせてしまうから。 だから、友達じゃないかもしれないけど。 ただの同じ学科の学生ってだけの間柄かもしれないけどさ。 だからなんなんだよ。 間柄がどうとか、友達だからとかそうじゃないからとか。 うるさいよ。 澪ちゃんが、泣いてるんだ。 それだけで、私が怒るに十分な理由なんだよ。 「ちっ……男がいたのかよ」 男は舌打ちして逃げていった。男がいたらアウトなんだな。 縮小していく男の後姿を見つめて、それが完全に消えた頃、私は振り返った。 澪ちゃんは床に座り込んで泣いていた。 「大丈夫? 澪ちゃん」 私は、しゃがんで俯いたまま喘いだり咳き込んだりする澪ちゃんに、できるだけ優しい声で話し掛ける。肩に手を置いた。 が。 弾かれた。 「さ、触らないで下さい……っ」 え? 触るなって、え? 私はあまりに突拍子もない言葉に、胸を銃で打ち抜かれたような衝撃を受けた。 まるで心臓を握り潰されたように、その言葉が心で木霊しズキズキと針を刺すように痛み出す。 触るなって……。 あはは。 だよな。 どうせ、私なんてさ。 やっぱり澪ちゃんは私なんて……。 「なんで私の、名前……」 「えっ?」 「なんで……わ、私の名前……知ってるんですか」 澪ちゃんは涙を拭いながら、切れ切れにそう言った。 何を言ってるんだ澪ちゃんは? だって私は、昨日まで話してた田井中律……。 って……。 私は私の眼前に揺れる物に気付いた。 なんか前が見えにくいなあと思ったら……自分でそうやったじゃないか。 男に怒りをぶつけるのに熱中しすぎて忘れてた。 「あーごめん」 私はポケットからカチューシャを出して取り付けた。 澪ちゃんは目を見開いた。 私はちょっと恥ずかしくなって頬を指で掻く。 「わからなかった? 私って――」 言い終わる前に、抱きつかれた。 高校の時に上級生がやってた、ロミジュリみたいな。 それを思い起こすぐらい、背中まで手を回されて。 澪ちゃんは私の肩に顔を埋めて、泣きじゃくった。 「うっ……っ……ぐす…………」 「澪ちゃん……」 「……怖かった……ひっく……」 コインロッカーの前。 通りがかる人は、不思議な目で私たちを見ていた。 でも、そんなの関係なくて。 今は、澪ちゃんを素直に受け止めなきゃなって思った。 「大丈夫。大丈夫だから……」 私も抱きしめ返して、背中を撫でてあげた。 泣き止んで、澪ちゃんが目元を拭いながら私からゆっくり離れた。 一応、落ち着いたようだ。だけど、まだ鼻をすすったり咳き込んだり。 どこか安定のない感じを私に与えていた。本当に落ち着いたのかなあ。 私はふと床に落ちたままだった澪ちゃんの持っていた袋が目に入った。 落とした勢いで袋から中身が少しだけ出ているようだった。 私はしゃがんでそれを拾う。 文庫本だった。 「――これ……」 その表紙に書かれているタイトル。 それは確かに、昨日澪ちゃんが言っていたオススメの本のタイトルだったのだ。 「澪ちゃん」 「あっ……えっと」 澪ちゃんは、顔を真っ赤にした。 「オススメの、それ……実家に忘れてて……約束、破りたくなくて……それで」 だんだんと萎縮してフェードアウトしていく声。 最後のほうは聞き取りにくかったけれど、でも精一杯言葉にしてくれた一生懸命さが伝わっくる。 「ありがとな……その、わざわざそのためにここまで?」 「だって……約束なんて、初めてで……せっかくオススメの本、聞いてくれたのに」 澪ちゃんは、泣き腫らした声と表情で続ける。 「約束破ったら……嫌われちゃうかもって……私、田井中さんに、嫌われたくなくて……だから――」 泣き止んでやっと落ち着いたと思ったのに、澪ちゃんはまた泣き出してしまった。 「あーあー、ほら。泣かないでっ」 私は申し訳ないけど泣いてる姿が可愛いと思ってしまった。 ここにいても埒が明かないし、通りすがる人は私が泣かしたと勘違いして……いやまあ実際私が泣かしたようなものか。 でも、ここにいると目立つし。 とりあえず、休憩所――自動販売機があったり座るベンチがあるような一画――まで行った方が良さそうだ。 そこで澪ちゃんに座ってもらって、ジュースか何か飲んだら落ち着くかな。 私は澪ちゃんの手を取った。 澪ちゃんは、握り返してくれた。 嬉しかった。 笑顔が見られないように、歩いた。 イノセント第一話|TOP|次
https://w.atwiki.jp/mioritsu/pages/637.html
休憩所で、澪ちゃんに温かいカフェオレを買ってあげた。 ベンチに座って、静かにそれを飲む澪ちゃん。 私も隣に座って、澪ちゃんが落ち着いてくれるのを待つ 。私もジュースを買っていたのでそれを飲んでいたけど、正直ドキドキしていて私のほうが落ち着けなかった。 「……ごめんなさい」 澪ちゃんが、俯いたままそう言った。 「えっと、何が?」 謝るような事を澪ちゃんはしていないと思うのだけど。 澪ちゃんは顔を少しだけ傾けて、私を見た。 落ち着いたようにも見えるけど、依然として顔は赤い。 「触らないでなんて、言って……私、田井中さんだってわからなくて」 『さ、触らないでください』 私の中で、その言葉がフラッシュバックして響く。 確かに、すっごいショックだったけど。 でも、それは……。 「いいよ別に。澪ちゃんは、私だってわからなかったんだろ?」 確かにおかしーよな、私の前髪。 今まで誰にも見せてこなかったけど。 でも少しでも男っぽく見せるためには仕方がなかったし……普段の私とはかなり違うから、間違えられても仕方ないだろうなあ。 「でも、ごめんなさい」 「いいよいいよ。そんなに気にしてないよ」 私は首を振った。 「それより、これ……なんかごめん」 私は澪ちゃんの横においてある袋を指差した。 もし私がこの本を読みたいなんて言わなければ、澪ちゃんはここに来ることもなかったかもしれないし、男に絡まれることなんてなかったかもしれないのだ。 私が軽い気持ちでオススメの本を借りたいって言って、約束を破りたくないからここまで澪ちゃんは買いに来た。 詰まるところ澪ちゃんがこんな思いをしているのは、私の所為なんじゃないかと思ってしまうのだった。 「私がこの本、借りたいなんて言わなきゃよかったかもね」 「そ、そんなこと……」 「だってさー、澪ちゃんってこの本を買うためだけにここに来たんでしょ?」 「買い出しも兼ねて、なんですけど」 「そうなの?」 なんか気負いして損した。 でもまたまた共通点発見。 私もここには買い出しでやってきた。 「毎週ここで買い出しとかしてるの?」 「はい。土曜日に」 「え? 私もだ」 「そうなんですか?」 「うん。まあまだ二回目だけどね。先週の土曜日もここに来たよ」 「私も、です」 すごい。 なんで会わなかったんだろう。 「すごいね。なんで会わなかったんだろうね」 「そうですね……」 澪ちゃんが笑った。 笑ってくれた。 その笑顔は、今まで見てきたどんな笑顔よりも。 私の心を射抜いた。 私はその勢いのまま、少しだけ畏まって言った。 「あっ、その」 「?」 澪ちゃんは首を傾げた。 私はさっきの一瞬を思い出していた。 やむを得ずそう呼んだんだ。 「……澪」 「――」 「澪って呼んじゃ、駄目、かな?」 さっき私は、澪ちゃんの彼氏である必要があった。 澪ちゃんを呼び捨てして、自信満々で強気に出れば、男も引くと思ったし。 だから、彼氏であることを印象付けるために呼び捨てした。 でも、それを一瞬だけにしたくなかったんだ。 「嫌なら、別に――」 「はい」 「えっ?」 「……澪で、いいです」 澪ちゃんは、ずっと恥ずかしそうにしている。 言ったよな? 今、いいって言ったよな? 聞き間違えじゃあない。いいですって言ったんだ。言ったよな? 聞き間違いか? いやでも、澪ちゃんがこんなあっさり? いやでも確かに――ってあああ。 頭が混乱してきたぞ。 でも。 ずっと願ってた願いが叶った時とか。 桜高や、N女子大に受かった時とか。 そういう類の嬉しさが湧き上がってきた。 いや、それよりもずっと――。 「ありがとっ! 澪!」 「あ……は、はい」 澪ちゃんは俯きつつも、笑ってるのがわかった。 「じゃあさ」 「はい?」 「澪も、私のこと、律って呼んでよ!」 私が呼び捨てなら、そうであってほしかった。 私は、澪と対等になりたかったんだ。 一人ぼっちだったから寂しいだろうと思って話しかけたとか、私の質だとか、性格とか。 引っ込み思案で静かな澪と、お調子者で明るい私。 性格の違いはあったって、そこに価値と程度、身分なんてものはないんだ。 澪に――田井中さんだなんて、呼んでほしくないよ。 敬語だって、使ってほしくなんか……。 「えっ、でも……」 「だってさ……まるで私が年上みたいじゃん。同い年だし、友達だし。だから、澪にも――律って、呼んでほしい」 ああ、もう。 対等になりたいなんて、格好つけてるだけだ。 表面上、取り繕ってるだけだ。 理由を作っておきたかっただけだ。 本当は。 澪のその口から。 澪のその声で。 ただ、呼んでほしかっただけ。 私の名前、呼んでほしい。 それだけで。 「……り、律」 ● 4月26日 晴れ 誰かの名前を、呼び捨てで呼ぶことになったのは初めてだ。 私の名前を、呼び捨てで呼んでくれたのも律が初めて。 律は、私の初めてをどんどん奪っていく。 律。 人の名前を呼び捨てできるって、こんなに嬉しいんだなあ。 そんなの今までなかった。友達なんて誰もいなくて。 皆名字で呼んでたし、私も名字で呼ばれていたし。 それでもよかったけど。それで構わなかったけど。 でも、呼び捨てって、なんか暖かかった。 律と距離が、近くなった気がした。 嬉しかった。 たかが呼び捨てで、なんでこんなに舞い上がっちゃうんだろう。 律って呼ぶこと。澪って呼んでもらえることが、こんなにも。 律のことを思い出すと、胸が詰まる。 なんだろう、この気持ち。 ● 澪とメアドを交換した。 思えば話しかけてもう五日も経つけれど、電話番号もメールアドレスもお互い知らないままだった。 だから、お互いを呼び捨てにして、澪も敬語をやめた今日という日に初めてそれを交換したのだった。 嬉しかった。 夜になって、澪とメールする。 文面だけだと澪の表情は見えないし、ぎこちない恥ずかしそうな口調もない。 だけど前よりも会話が成立するようになってきていて、私としては笑わずにはいられなかった。 澪の心が伝わってきてる、ってのは言いすぎかなあ。 私は、どうしたんだろう。 誰かとメアドを交換することなんて今まで何度もあった。 電話番号を教えてもらうことだって何度もあっただろうさ。 澪が初めてじゃない。 私は、今までたくさんの人と仲良くなって、メールもして、電話もしている。 だけど、こんな気持ちになったのは、初めて、か? メアドを交換して。 家に帰って、その相手からメールが来るのをウキウキしながら待つなんてありえなかったよな。 別に誰かがメールしてくるのを待つことはあったかもしれないけど、でもこんなにドキドキしながら待つなんて――。 澪は、今までの誰とも違う。 私が今まで相手してきた誰とも違う。 気になってしょうがない。 頭に澪の顔が浮かんでしょうがないんだよ。 (どうしちまったんだ、私……) でも、悪い気はしなかった。 あー、胸痛い。 こんなに悶えることなかったよなあ。 澪に会ってから、初めてなことばっかりだ。 澪とメールする。 私はロフトの布団に寝転んで、画面を見つめてやり取りした。 画面の向こうに、澪がいる。 「澪はどうして、N女子大を選んだの?」 「先生に紹介されたんだ。女子大がよくて」 『だ』にすごい違和感。もともと澪はこういう口調なのかもしれなかった。 ただ人見知りが激しいから誰構わず敬語を使っちゃうだけで。 もし澪が日記でも書いていたら、もっと自然体の澪の言葉が書かれてあるかもしれない。 それこそ『です』というような言葉遣いではなく、もっと普通の言葉遣いで。 「わかる。私も女子大がよかったんだよな。別にこれっていう強い理由があるわけじゃないんだけど」 桜高を選んだ時と同じだった。 小学校低学年ぐらいまでは、男の子と一緒に遊んだりすることも多くて、男女の隔たりなんてものは特になかったし。 だから女子高とか、共学とかどうでもよかったかもしれない。 でも、女子高の方が楽しいかなというぐらいの理由だったような気もする。 そんなにちゃんと覚えてはいなかった。 「私は、男の人が苦手で」 ズキっとした。 邪推をしてしまったのだ。 私は手早く返事する。 「もしかして、男と付き合ってて嫌な思いしたとか?」 自分で質問してて、実は自分が一番そうじゃなかったらいいなと思っていた。 「ううん。男の人と話したことは全然ないよ」 あまりに普通の返事――いや、男と話したことはないというのは普通か? それでもなんとなく自分の邪推が外れて嬉しかった。 澪が男と並んでいる姿を想像するだけで、無性に胃の辺りがチクチクしやがるのだ。 それが外れてホッとしている自分がいる。 「じゃあ、なんで?」 「男の人だけじゃなくて、もう誰と話すのも苦手なんだよ。だから、女子大で、あんまり他人と交流しなさそうな学科がよかったんだ」 私なんかよりはるかに理由がしっかりしていた。 あんまり他人と交流しなさそう――。 確かに私と澪のいる学科は、どちらかといえば自分の独学……他人とのコミュニケーションが重要とまではいかない。 自分一人で研究したり、授業を聞いてたりテスト受けたりと、一人でいたって何ら差し支えのない学科であるのは確かだった。 文系学科と割り切ってしまえばそこまでだけど、でも自分の性格と嫌なことをきちんと踏まえて学校を選んでいる澪は、私よりもしっかりしてるなあって思った。 「だから、ずっと一人でいたの?」 私は、思い出していた。 入学式で見た澪を。 それから説明会でも、教室移動でも、講義が終わって帰る時も。 いつだって澪は一人だった。 ずっと無表情で。 それでも、怖いほど涼しい綺麗な顔で――。 だけど、時折ふっと目を細めて寂しそうにしたり。 それがたまらなく私の心を揺さぶったり。 「だって、人と極力話したくない」 澪は、そう返事してきた。 メールって、不便だ。 私は、澪の表情が見えない。 声のトーンも強弱も、全部そこにない。 だから、怖い。 話したくない、と返事する澪の顔がわからない。 笑ってたら、いいんだよ。 でも、もし悲しそうだったり辛そうな顔でそんなこと言われたら、私は居た堪れない。 だってその『話したくない』んだ。『ない』は否定だ。 澪は話したくないと言ってるんだ。 それが私に対してじゃなくとも。 「私とは、話してくれるのか」 そう返事を送った。 純粋な疑問だった。 人とは極力話したくない――。 その『人』の中に、私は含まれてないとは言い切れないんだ。 信じれなくて、ごめん。 表情が、見えないから。 疑っちゃうよ。 ごめん。 携帯の画面から目を逸らす。 少しして、バイブする。 恐る恐る画面を見る。 「律は、特別」 ――。 この時ばかりは自分の単純さに、呆れるしかなかった。 さっきまでちょっとモヤモヤしてたくせにさ。 その文章を見ただけで、サッとそれが引いてしまった。 「ありがと。私も、澪みたいな奴初めてなんだ」 「どういうところがなの?」 澪は、私にいろんな初めてをくれたけど。 それがなぜかって言われるとわからない。 一人ぼっちに話しかけたのは何度目でもあるけれど、でもここまでずっと一緒にいたいと思える相手に出会えたのは初めてだったし、 笑ってくれるだけで心を満たしてくれる相手というのも初めてだったし……とにかく、今までの誰とも違うんだ。 澪のこと考えると、ズキズキしやがるんだよ。 こんなの初めてなんだよ。 でもそれを正直に言うのは、恥ずかしくて。 私は枕を抱き寄せながら返事した。 「わかんないけど、でも私にとっても、澪は特別」 それから、他愛もない話をした。 いろんな話をした後に、澪からこんなメールがやってきた。 「明日、律の家に遊びに行きたい」 戻|TOP|イノセント第三話
https://w.atwiki.jp/masshoi/pages/134.html
「イノセント」は、日笠陽子の楽曲。 基本情報 配信初出日 2013年6月5日 CD初出日 2013年6月5日 アーティスト 日笠陽子 発売元 ポニーキャニオン 作詞 yamazo 作曲 編曲 Chorus 日笠陽子 Guitars yamazo (F.M.F) Programming Bass 櫻井陸来 Drums 山内"masshoi"優 Puiano 岸田勇気 Strings 吉田宇宙Strings Vocal Directed by 小森茂生 Sound Directed by 深井康介 (F.M.F) Recording Engineers 井野健太郎 (F.M.F)比留間泰夫 Mixed by 井野健太郎 (F.M.F) Recorded at 音響ハウスA-tone四谷PONY CANYON代々木スタジオTune Studio Mixed at Mastered by 辻元宏 (from THE MASTER) ※初出CD準拠 収録CD 発売日 商品名 DiscNo. TrackNo. 楽曲名 歌唱 2013年6月5日 『終わらない詩』初回限定盤:PCCG-01344通常盤:PCCG-70181 - 2 「イノセント」 日笠陽子 4 「イノセント (Instrumental)」 - 動画
https://w.atwiki.jp/ws_wiki/pages/6988.html
autolink() PD/S22-089 カード名:初音ミク“イノセント” カテゴリ:キャラクター 色:青 レベル:2 コスト:1 トリガー:1 パワー:10000 ソウル:1 特徴:《音楽》?・《愛》? 【自】あなたのアンコールステップの始めに、あなたは自分のキャラを1枚選び、控え室に置く。 レアリティ:U illust. 13/03/14 今日のカード。 楽曲「ACUTE」の関連モジュールのひとつ。KAITO“ギルティ”のサーチ対象となっている。 2/1キャラでありながら査定1500の重いデメリットを背負うことで、10000という超パワーを持つ。 場に維持するためには、自分のアンコールステップのはじめに舞台のキャラを1枚控え室に置かなければならない。この効果は、ミクがKAITOと心中したことを思わせる原作ゲームPVのラストのシーンを意識したものだろう。その再現のためか、控え室に置く対象として自分自身を選ぶことも出来る。 デメリット効果が発動するのは、バトルでリバースしたキャラを控え室に置く直前のタイミングなので、チャンプアタックや相手の助太刀でリバースした前列のキャラを対象に選べば無駄がない。このカード自身が助太刀で倒されてしまった場合は、自分自身を選ぶのが有効だろう。 前列のキャラを選ぶと必然的にダイレクトアタックされる枠が出来てしまうことや、パワーは高いがコスト1である故にソウルが1しかないことを考えると、ダメージレース的には不安も生じる。 デメリットの重さも考えると、採用枚数は控えめにするのが望ましい。 F2ブースターで登場した、「アンコールステップのはじめにこのカードを思い出に置く」CXシナジー効果をもつ鏡音リン“リアクター”と併用して使う場合、思い出送りの前にこのカードの効果でリアクターを選ぶことで、舞台が開く被害を最小限に抑えることができるということを覚えておくといい。(結局1面開くことに変わりはないが) ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 KAITO“ギルティ” 1/0 5000/1/0 青
https://w.atwiki.jp/mioritsu/pages/650.html
気まずかった。 話題がないわけじゃない。 話したいことなら山ほどあるし、謝りたいことも、言いたいこともたくさんあった。 だけど、今私が抱えている鞄の中にチョコレートが入っている。 そして想いと伝えたい相手――律が、すぐ横にいるのだ。 だからどうしようもなく緊張して、言葉にならなかった。 だけど、律は律だった。 「なあ、澪」 優しい声だった。 私は、その声色で少しだけ緊張が解れた気がした。 「……うん」 しかし、それしか言えない。 横を見ると、律と目が合って。 数秒見つめあった。 そこから、会話が続いた。 「正直に言うと、私、あんまり食事会乗り気じゃないんだ」 「……なんで?」 「――わからない?」 律は、不敵に笑った。 それは普段の律からは想像もつかないような、女っぽくて、そして私を嘲笑うようで。 だけど、でも細い眼差しはやっぱり優しいままの。 「まあそんなことだろうと思ったよ、澪ならさ」 「い、意味がわからないぞ律……は、はっきり言えよ」 「……ここまで言って、わかんないのか?」 私も分かんないよ。 律は、口を尖らせて何かをブツブツ言った。 そして。 律は、勢いよく立ち上がった。 「わ、私は澪が――」 その時だった。 視界に、何か白い粒のようなものが浮いているのに気付いたのだ。 「――――雪だ」 私は、立ち上がって空を見上げた。 灰色っぽい空から、確かに白いふんわりとした粒が舞い降りてきている。 私は手を開いて、それを受け止めた。 「なんつータイミングだよ……」 律が苦笑いして息を吐く。 私は手の平に落ちて、すぐに水滴に変わる雪を見つめた。 それから、それが降ってくる空を見つめようと上を向こうとした。 ここは、中庭だから、大学の建物が囲っている。 視界に、二階の窓が入った。 その窓のところに、誰かが立っているのに気付く。 ――あれは、××さんと……平沢さん? なんであんなところに立っているのだろう。 「――?」 彼女たちは、私に小さく手を振って、親指を立てた。 そして誇らしげな表情をして、その場から去っていってしまった。 窓から、見えなくなった。 どういうこと? なんで××さんと平沢さんは、あそこで私を――私たちを見ていたのだろう。 見ていたんだろうか? でも、私と目が合ったってことは見ていたということだ。 なぜ私たちを、あんな所から観察していたのだろう? それに××さんは――『理学部の子』と律の仲介役だったじゃないか。 だとしたら、待ち合わせまで三十分の時点であんなところにいるのはなんだか不思議じゃないか? それとも、何か用があって……。 二人は、私に何をしたんだろう。 手を振って、親指を立てた。 ほとんど交流もないのに、私に何かを伝えるつもりだったのかな。 何かって……? 何だろう。 二人の行動が、頭にリプレイされた。 手を振って、親指を立てる? それって。 それって。 まるで、頑張れと言っているような。 昨日もだ。 『では、明日頑張ってくださいね』――。 『理学部の子』は、そう言ったんだ。 何を頑張るのか、わかんなかったけど。 でも、私自身が知ってるんだ。 私は、私の想いを伝えることに頑張ろうとしてた。 律のことが、好きだって。 じゃあ、『理学部の子』も、××さんも平沢さんも。 それに対して、頑張れと言ってくれたのかな。 そんなの、都合良すぎるかもしれないけど。 いける、気がした。 私は唇を舐めた。 息を呑む。 雪を見上げてる律。 私は、名前を呼んだ。 「――律」 ■ 律は、空に向いていた視線を私に下ろした。 数秒の視線の交錯。 名前を呼んでおいて、黙っていたら変だ。 だけど、それからしばらく見つめあっていた。 自分でも驚くほどに落ち着いていた。 だけど、異常なほど緊張していた。 自分で自分がわからない。 とにかく、私は今、自分の心を描写することはできようとも、それが正しくできないという状態だった。 私という人間の内面を、客観的に遠くから見降ろし、それがどうであるという風に説明ができない。 できたとしても、語彙が足りない。 それぐらい、落ち着いているのに、緊張してる。 小さな矛盾だけど、律の前じゃ仕方なかった。 「……なんだよ?」 「っ――」 落ち着いてた、はずなのに。 声を聞いたら。 なんだよって、言われたら。 急に恥ずかしさが身に染みてきて、唇と瞼が震えてきた。 「えっと……その……」 ここまで来て、躊躇うなんて。 一体どこまで憶病なんだと心の中で自分を罵るしかなかった。 名前を呼ぶだけはできたのに。いざ言おうってなると、そうはいかなかった。 まるで言葉が意志を持っているかのように、出たくないよと喉で止まるのだ。 口を開いて見せはするのに、えっと、とかそんな風にくぐもった声しか出ない。 彷徨に胸がどぎまぎし始めた。 けど。 私は、怖いんだ。 律に想いを伝えれなかった、もしもの未来を考えるだけで。 そんなの、嫌だ。 私は、律と恋人同士になりたい。 散々悩んだじゃないか。 チョコレートだって作って。あんなに頭抱えて、ズキズキする胸を撫でて律のこと想い続けたじゃないか。 朝起きても、ご飯食べてても、寝る時も、ベッドの中でもさ……いつだって、律のこと好きでいたじゃないか。 歌詞も書いて。 それで時折、誰もいない部屋で、ひとりごととして囁いてたじゃないか。 その言葉を。 ふとした時、独白のように、そう口に出してたじゃないか。 その言葉を、ポツリと。 だから、言えるだろ。 私は心の中で言い聞かせた。 そして。 「――……好き」 思ったよりも、声は出た。 律は、口を小さく開けっぱなして、固まった。 だけど、構わなかった。 私は、そこからなら何でも言える気がしたんだ。 一言目が怖かっただけで。 少しでもきっかけが掴まれば、私は私の言葉を口に出すだけだったんだ。 「律のことが、好きなんだ」 言えた。 言えた! だけど、言えたことへの嬉しさはすぐには湧いてこなかった。 それどころじゃない。 すごく恥ずかしい想いの方が先行していたのだ。 だから私は律の顔を見ることはできない。 律の顔を見たら、それ以上の言葉が出ないかもしれなかった。 もう一杯一杯だ。 でも、精一杯でやるしかないんだ。 私は拳を胸の前で握り締めた。 この、張り裂けそうなほどに、爆発しそうな高鳴りを。 私の咽の震えと、訴えるまでに高らかな声に変えるしかなかった。 それは、私の精一杯、そして限界を超えるほどの叫びだった。 「好きなんだっ……――」 辛かった。苦しかった。 律を想うと、毎日息が苦しかった。 喉が渇いた。 お腹の上のあたりがグルグルした。 モヤモヤもした。 何か引っかかってるんじゃないかってくらい、調子が悪くなって。 胸が痛くて。 喉も震えて。 ぼんやりしたり、ぼーっとしたり。 だけどふとした瞬間、律を思い出して。 律の笑顔を見たくなったり。 家に帰って一人なのが、寂しかったりもした。 唐突に律に会いたくなって。 布団に入っても、明日律と一緒にいることを楽しみに思えたり。 そこでまた、胸がキューッと縮まって。 ふんわりした気持ちにもなって。 だからこそ、この気持ちが何なのかわからなくて。 もどかしくて。 それで悩んだ毎日もあった。 でも、律を意識してから。 そこにいるだけで、一緒にいるだけで楽しくて。 律がそこにいなかったり、別の誰かのところにいたらモヤモヤするのも。 好きだから。 律のこと、誰よりも好きだから。 だから、いつも胸が一杯で苦しかったんだ。 だから叫びあげた。 中庭に人がいようが構わなかった。 言いたかったんだ。 律に届けたかったんだ。 だから、力一杯、叫んだ。 今まで生きてきた中で、一番声を張り上げたかもしれない。 それぐらい、大きな声で。 「好きなんだよっ……! 律のことが、律が、大好きなんだ……! 私は下を向いた。 アスファルトの地面が広がる。 そこに、ポタポタと何かが落ちるのが見えた。 雪が降っているから、雨じゃない。 それが、涙だと悟るのに長くはかからなかった。 いろんな感情が溢れだして、グチャグチャで。 なんで涙が出たのかわからないけど。 私は大泣きして、両腕の服の袖でとにかく涙を拭った。 叫びは、私の心の壁も壊したようだった。 張り詰めていた糸がプチンと切れて、それを境にいろんな想いが溢れて。 それが、涙という形となって私の頬を濡らす。 それは頬じゃ留めきれなくなって、地面に落ちる。 「うっ……ひっく、っ……うぅ……――」 情けない自分の声が、漏れた。 服の袖で顔を撫でる度に、そこはどんどん濡れていく一方で。 拭っても拭っても、涙は止まらない。 やっと言えた。 言えた。 律に好きって、言えたんだ。 それが嬉しくて、泣いてるのかな。 わからない。 でも、わからなくてもいい。 言えただけで、もうよかった。 もう後は、どうなってもいい。 涙が流れることだけ、考えよう。 そう思ったけど、もう頭に思考の隙間はなかった。 ただ、喘いで、咳き込んで、泣くだけで。 何も考えれなかった。 その時だ。 「みーお」 優しすぎる声がした。 涙で、目も耳も、何もかもがぐちゃぐちゃでわからない私。 だけど、その憎たらしいほどに優しくて、私を痺れさせる声を、私は聞き逃すことなんてできやしなかった。 こんなにも、今の私は酷い顔をしていて、そして頭の中もかき乱れているというのに。 その声だけ――私の名前を呼んでくれる…… こいつの声だけは……しっかりと耳が捕まえたのだった。 私の両頬を、何かが包んだ。 冷たいけど、温かな手の平だってすぐにわかって。 その手の平が、ゆっくりと私の顔を持ちあげた。 視界が開ける。 目の前に、律の顔。 涙の所為で滲んで見えるけれど、とっても優しい顔をしていた。 優しい優しいって。 何でもかんでも律は優しい。 そのうっとりする様に、私を見つめてくれる瞳も優しい。 私の頬に添えられている手の平だって優しい。 私の名前を呼ぶ声も、優しい。 だけど、今の律の顔はそれだけじゃなくて。 微笑みながらも――でも、真っ赤な顔をしていたんだ。 そして、ゆっくりと。 キスをした。 私は、驚くことさえできなくて。 初めての、よくわからない感触が口元に広がるのを感じるだけだった。 意識が全部吹き飛ぶ。 ただ私の五感は、全部律へ向けられていた そんな甘い感覚だけが、私の全身を支配するだけ。 長いキスは、短かった。 律が口を離した。 私は一息吐いてから、よろけながら自分の唇を指で撫でた。 そこで初めて、状況を理解した。 ……律が、私にキスをした。 あの律が……私に。 さっきまで、十分に混乱していたけど。 ここにきて体中が熱を帯びる。防寒のための厚着が、裏目に出る。 風邪をひいたときなんかよりも、ずっとずっと。 熱い。 でもその熱さの理由は、全部全部律の所為なんだ。 「私も、澪のこと好きだ」 ――。 う、そだ。 「嘘……」 私は、口元を手で覆った。 本当に小さく、そう呟くだけだった。 「嘘じゃ、ないよ」 「そ、そんなの……う、嘘だろっ……!」 律も私が好きだなんて。 嘘だ。 私はまた泣いた。 律にキスされて、少し涙は引いてきたと思ったのに。 「嘘じゃないぜ。本当に」 私は律のことが好きだ。 でも、律も私のことが好きだなんて。 そんな奇跡。 そんなこと、あるなんて。 ありえないだろうって。 そんなこと、あるわけないんだって思ってたのに。 いっつも、私は律を追い掛けてた。 だって、私には律しかいないのだから。 でも律は、私以外にいるんだ。 友達が。私は、その律の大勢の友達の一人だと。 そう思っていたのに! 信じられない。 あっていいの、こんなこと? 私が望んでいた、律も私を好きだということ。 嘘だと、後で言わないでくれよ。 「り、律は……私のこと、特別じゃないかと思ってっ……ひっく……」 「あー泣くなよ。信じてくれないのか?」 「だってだって……律が私のこと好きだなんて、うまくいきすぎだろ……っ」 私の好きな人も、私を好きでいてくれるなんて。 そんなのありえない。 あってほしかったけど、ありえないこと。 そうだと思って、諦めていた節もあったから。 だから、嘘だとしか言えないよ。 「嘘であって欲しいのか? 澪は?」 悪戯っぽく、律はそう言った。 「ばか……ばかりつ……ぅ……」 そんなわけない。 嘘であってほしくなんかない。 私は、声を絞り出すしかなかった。 「私の、気持ち……さっき、言ったから、わかってるだろっ……」 律のことが好き。 なら、律も私を好きであってくれることを、嘘だと思いたくない。 嘘であって、ほしくなんか……。 だけど、本当に、あり得ないことだって思ってたから。 律が私を好きなはずがないって。片想いだって。 そう、思ってたのに。 律も、私と同じ言葉を返してくれた。 あまりにも嬉しくて、夢なんじゃないかと思って。 それぐらい、嬉しいから……。 「本当? 本当に……わ、私のこと、好きなのか……?」 「ああ」 律は、声を張った。 「私も、澪のこと大好きだよ!」 大好き。 律の口から、律の声で、そんな風に言ってくれるなんて。 そんな言葉が、出るだなんて……。 さっきまで、嘘って疑うことしかできなかった。 それぐらい、私にとっては夢のようなことだから。 だけど、じわじわとそれが私の体に広がった。 驚きが嬉しさに。嬉しさが胸の震えに。 胸の震えが、涙と声に。 「うう……りつぅ……」 私はさらに泣き出す。 律、律って。 律の名前ばかり呼んで。 律はそれから、私を抱きしめてくれた。 いつかの日も、私が泣きじゃくる時は律が抱きしめてくれた。 私は律の肩を涙で濡らして、律の背中に手を回す。 「りつ……りつっ……」 「澪。みーお……」 私と律は、抱きしめあったまま、しばらく名前を呼び合っていた。 イノセント第二話|TOP|次