約 1,629,512 件
https://w.atwiki.jp/gods/pages/75781.html
レルメビオン アーサー王伝説に登場する騎士。 「エーレク」に記される。 ヤルベスの人。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5497.html
前ページ次ページKNIGHT-ZERO カ マテ! カ マテ! カ オラ、カ オラ! テネイ テ タンガタ プッフル=フル ナア ネ イ ティキ マイ ファカ=フィティ テ ラ! ア ウパネ! ア フパネ! ア ウパネ! カ=ウパネ! フィティ テ ラ! ヒ! (訳) これは死だ。これは死だ。これは生だ。これは生だ。 この男が私を助けてくれた。一歩、一歩太陽に近づく マオリの民族舞踊"ハカ"より 白い国の短い初夏が終わり、消えぬ薄雲に包まれた空中大陸特有の霧雨が降り続くアルビオン ルイズとKITTはトリスティン統治下にあるアルビオン西部地方アイルランドの首都ベルファストに居た 情報将校 それがアンリエッタ女王により、アルビオン駐留軍に従軍するルイズに与えられた軍務と地位だった KITTのそれまでの稼動記憶を蓄積した人工知能は複雑な気持ちを有していた、ルイズが得たのは かつてのパートナーだったマイケルがROTC(大学予備役科)から入隊した米陸軍での兵科と同一のもの そしてマイケルは地獄のベトナム戦争で心と体に深い傷を負い、その傷が後の彼の運命を流転させた アルビオン駐留トリスティン王国軍の本拠として徴発されたユーロパ・ホテルの階段をルイズは降りていた この老朽ホテルをベルファストの最高級ホテルとして提供したアイルランドの連中もいい面の皮だが 最上階に篭ってこの国の特産であるウイスキーやサイコロゲームに興じる老貴族にもうんざりしていた 特務士官として駐留軍の大概の場所に出入りする特権を持ちながら、士官会議への出席義務の無い立場 着任報告以来久しぶりに来た統治軍最高司令部でも、ルイズは"ヴァリエール家のお嬢ちゃん"扱いだった ホテルの上階、ルイズにあてがわれた続き部屋のあるフロアを素通りして一階まで降り、正門から外に出た ルイズは自分のために手配されたホテル貴賓用のスイートルームを、荷物置き場にしか使っていなかった 灰色の空の下、ルイズはクロークに預けていた革ジャンのジッパーを締め、ポケットに手を突っ込み歩く 占領軍目当てにホテル前で店を出してる露店でワインやパイ、チーズ、ハム、お茶を買い、軍票で支払うと そのままホテルに引き返し、国風そのものの武骨な建物を回りこんで、裏手にある馬車溜りに向かった ずっと置きっぱなしになって朽ちかけている竜籠の影に霧雨に濡れた黒いボディが見える、赤い光の往復 CGとペジェ曲線が導入されるより前、デザイナーのフリーハンドによるボディデザインの最後の世代 デトロイト製の2ドアクーペが持つ官能的な姿に、ホテルの中からずっと仏頂面だったルイズの顔が綻ぶ ルイズは両手に紙袋を抱えたままKITTに音声指示で操縦席側のドアを開けさせ、その中に滑り込んだ 異国にあっても変わらぬルイズの我が家、慣れ親しんだタン色のバケットシートに沈み、操縦桿に触れる 待機状態だったV8水素核融合エンジンが始動し、腹ワタに染みわたる重低音がルイズを優しく包んだ 食料の詰まった袋を助手席に放り出し、両足をコントロールパネルの上に乗っけると、ルイズは息を吐いた 「なるほど、お父様があっさり許可するわけだわ、これじゃお空の上の大陸まで避暑に来たようなもんよ」 KITTのボイス・インジケーターが点滅して唇を形作り、ルイズの全身に心地よく触れる声が聞こえてきた 「ルイズ、何か新規の情報は収集しましたか?アンリエッタ様への定時報告の時間まであと15分ですが」 ルイズは紙袋の中身をを漁り、アルビオン貴族が好んで読む"新聞"の上に食料を広げながら返答した 「なぁ~んにも、何も無し、女王陛下に謹んでご報告します、本日の議題はこの国の酒と飯と女の味、と」 ワインの小瓶を取り出すと、安物ワインやエールでコルクの替わりに使われているゴム栓をひっこ抜いた 「付け加えることがあるとすれば、この国はジジィ貴族のいい廃兵院として機能してるって事ぐらいね」 ルイズは紙袋からパイを取り出し、革ジャンの内ポケットから革鞘に納まった小さなナイフを抜いた 古参兵によると従軍に一番必要なものは手ごろなナイフで、それは武器よりも生活道具として必須だという そのナイフはベルファストの古道具屋で買った物で、デルフリンガーとかいう大層な名前がついていた ルイズはシエスタが持たせてくれたクックベリー・ジャムの瓶詰めを開け、ナイフに山盛りにすると パイに塗りつけ始めた、ルイズの大好物のクックベリー・パイはホテル近くのパン屋にはなかった 店主に「兎のミートパイもキーライムのパイもあって、なんであんなに美味しい物が無いの?」と聞くと チェリーパイが自慢の店主は「なんであんな不味い物を置かなくちゃいけないんだ?」と聞き返してきた このクソ爺ィ、と思った、まぁごもっともだな、とも思った、とりあえず何も入ってないパイを買った 蜂蜜と果汁の入ったワインを学院の料理長から借りたクリスタル・グラスに注ぐと、一息に飲み干した 甘口ワインの弱いアルコールが胃を暖め、体をほぐす、ルイズがこの国に来て覚えた食欲増進の儀式 酔いで少し熱っぽくなったルイズはカーステレオをつけた、エンヤが故郷の神話世界をケルト語で唄う KITTが生まれ、かつて過ごした異世界にも存在するというアルビオンと、その国で生まれた歌 以前はあまり馴染まなかった優しい歌も、この地で聞くと悪くない、酔っ払って聞くともっといい ルイズは手製のクックベリーパイとナイフで削いだパンとハム、牛乳と砂糖の入ったお茶の食事を終えた 豚毛の筆型歯ブラシで歯を磨く、ルイズは他の多くのトリスティン人と同じく塩と灰で歯を磨いていたが アルビオン製のミント入り歯磨き粉は気に入った、不味いと言われたこの国の食事も、平民の軽食は旨い 水筒の水で口を漱いだ、ホテルで貰ったアルビオンの湧き水はトリスティンの硬水よりも口当たりがいい 歯磨き粉入りの水を石畳に吐いたルイズは、白い歯をデルフリンガーに映した、やはりナイフは役に立つ その後ルイズはアンリエッタに預けているKITTの通信装備、コミュニケーター・リンクを呼び出し 三時のお茶に合わせた定時報告を行った、今日も会話の内容は茶菓子を摘みながらのお喋りが殆どだった KITTが遠距離ソナーで傍聴し、要点を纏めて送信している定例会議の内容もさして中身の無い物だった 「ねぇKITT…このままわたし、アルビオンの名産を喰い散らかしながら従軍任務を終えるのかしら?」 茶菓子と新聞と衣類、そして酒瓶で散らかり、すっかり快適な住居となった車内にKITTの声が響く 「私にはそれが決して悪しきことではないと思います、あなたは最近よく動いた、静養が必要でしょう」 ボロ布でデルフリンガーを拭き、ジャムを丁寧に落としていたルイズは、鋼の輝きを見つめながら呟く 「…わたしね、思うの…動くわよ…この先、この国が、この空中大陸が…まるで嵐の中の船みたいに、ね」 ランチマット替わりの新聞には「ロンディニウムの修道院が積極的な救貧活動」の見出しが踊っていた 夕暮れ、ホテル裏に停めたKITTから出たルイズは、ぶらぶらと歩きながら表通りにある酒場に向かった 魅惑の妖精亭 駐留兵士の慰問のために運行される船に乗って、多くの商人が植民地で一旗揚げるべくこの国に来ていた その店は主に着飾った娘達が男性に酒と食事を出す店で、ルイズは最初、自分には無縁だと思っていたが 酒場での情報を目当てに入り、その料理のうまさに驚いたルイズは、以後の夕食を主にここで摂っていた 薄鉄の鍋に炎を上げながら料理する主人が出してくれる料理や「麺」とかいうパスタは刺激的な味がした 聞けば店主スカロンはタルブの出身で、シエスタの縁戚だそうだ、そのスカロンという男はシエスタとは 似ても似つかぬむさくるしい巨漢だったが、娘で店の看板のジェシカは確かに似てる、黒髪と生意気な胸 ジェシカはシエスタの父から聞いた、戦艦と竜騎兵に立ち向かいタルブを救った騎士の話をしてくれた ルイズが「それ私」と言うと、よほどウケたらしく桃りんごのシードルをむせさせながら大笑いしていた ルイズにはそれより、スカロン店長の人間離れした容姿のほうが印象的だった、とても筆舌に尽くせない 閉店の時間にルイズを迎えに来て彼と対面したKITTの最初の第一声は「うわっシッシッ!あっちにいけ!」 ジェシカや店の妖精達がKITTを見て「ガーゴイルの使い魔なんて、ヘンなの」と言う中、スカロン店長は 「82年式のトランザムね、これ、燃料噴射装置がすぐ壊れるのよ」とルイズに理解できない感想を述べた 「いらっしゃいませ~、お客様、パイプか葉巻は嗜まれますか?、ではこちらの喫煙席にどうぞ」 ルイズはKITTのボディのような深い漆黒のビスチェに身を包み、愛想よく貴族の客を案内していた 魅惑の妖精亭に通うようになって数日、スカロンの熱烈なスカウトを受けてこの店で働きはじめていた 初めの内は夕食が目的で、食事と食後のワインを楽しんだ後は、勘定と充分なチップを払い帰っていたが スカロン店長が作ったスロットとかいう異世界の博打に金を吸われ、ルイズの懐は早々に寂しくなった 慌ててアンリエッタに調査経費の追加送金を頼んだ所、偶然、公務でその場に居たのは母親のカリーヌ …「自分で何とかしなさい」… 通信は切られた、ルイズは通信機越しに母の鉄拳を恐れ震えあがった ホテルでルーム掃除をするか、銀行でも襲うかと考えた結果、ルイズは気心の知れた店で働くことにした 初めてのバイト経験、同年代に近い女店員(スカロンに言わせれば妖精たち)との話は弾むことが多かった ルイズは最初の内、豊満で色っぽい妖精達に気後れして、目立たぬ給仕と厨房の手伝いを希望していたが 学院制服のミニスカートで配膳をしている時に、何か勘違いした中年貴族に指名を受けたのをきっかけに すっかりルイズは店の妖精の一人として馴染んでしまっていた、チップの集まりは中の下くらいだった ルイズは「情報収集のため」と自分に言い訳をしていたが、実際は無為な宮仕えには無い刺激を求めていた 夜更け過ぎ スカロンによって閉店時刻と決められた"てっぺん"と呼ばれる日付の変わる時間に近くなった頃 客の酔いが進み、財布の紐が緩くなる店の稼ぎ時に、店内で酒場には付き物の騒動が起こった トリスティン駐留兵らしきゴツい男の一団が店の奥にあるテーブルを占め、辺り憚らぬ声で騒いでいた バーカウンターで静かに飲んでいたオークの商人が顔をしかめながら勘定とチップを支払い、店を去った 八分ほど入っていた客の内の何人かが、普段とは打って変わって騒がしい店内を嫌い、早々に引き上げる 客が食事を終えた後の酒の時間が妖精達の稼ぎ時、上客を追い出す迷惑な兵士達は、どうやら貴族らしい 酒の席では身分を忘れるという暗黙の了解によりマントを外して寛ぎの時間を楽しんでいる貴族達の中で 本国を追い出され占領地に流れてきたらしき貴族兵は、揃って軍の部隊章の入ったマントを羽織っていた 酒場のマナーも知らない田舎メイジ達は貴重な輸入ワインを次々と抜き、泥酔者特有の大声を上げている テーブルに並んだガリア・シャンパーニュ製のスパークリングワインの値段には不釣合いな粗末な軍服 飲み代を払う気があるかも怪しい、当時そういう下級の駐留兵により踏み倒しがあちこちで起きていた 統治国派遣兵の徴募に応じた貴族の中には、普段は山賊や盗賊で食っている無法者連中が少なからず居た 貴族兵の一人が杖を振り、テーブルについていたジェシカの緑色のビスチェの裾を風魔法でめくった ジェシカは田舎育ちのデカい声で罵ろうとしたが、啖呵を飲み込みながら愛想のいい笑顔を浮かべる やり取りを見ていた他の妖精達が顔を見合せる、ジェシカの翡翠像のような笑顔は初回だけの執行猶予で 懲りずに二度目の狼藉を働けば、即座に彼女の蹴りが無礼な客のコメカミに叩きこまれる事を知っていた 皆が困惑する中、バーカウンターでシェーカーを振っていたスカロンが尻を振りながら近づいてきた 異世界で「モンローウォーク」と呼ばれる歩行法を見た貴族達は、獣の威嚇を見た時のように身構える 「困りますわ~、あたしのお店では魔法はご法度よ、そんな怖い顔しないで楽しく飲みましょうよ~」 目の前に立ちふさがるマッチョなオカマの前に、体格にコンプレックスがあるらしき小男の貴族兵が立ち その背に不似合いな長槍型の杖を突き出すと、こちらはチビにお似合いな甲高い怒鳴り声を上げる 「おいバケモノみたいなオッサン、相手見て物を言えよ、俺達ぁ戦勝国トリスティン陸軍の伍長様だぜ」 スカロンが小男の大杖で突かれた、後ろにひっくり返った拍子に真っ赤なビスチェがまくれ上がる 彼が競走馬のような腿を晒しながら発した「いやぁ~ん!」という声に三人の貴族兵が揃って笑った 「魔法を喰らいたくなきゃ平民風情は引っ込んでろ、野蛮なアルビオン人を貴族様が教育して何が悪い」 目の前で父を突き飛ばされたジェシカは震えながら直立し、男達に向かって膝に額がつくほど頭を下げる 日本の営業マンのようなジェシカの深いお辞儀は、得意のハイキックに備えて腰を伸ばす準備運動だった 頭を下げるジェシカの姿を屈服と勘違いした肥満体の貴族兵が彼女に杖を向け、悪戯をしようとした ジェシカは頭を下げたまま上目遣いに「霞」と呼ばれるコメカミの急所を確認し、「覇~」と息を吐く 誰もが息を殺してやりとりを見守る、酒場に似合わぬ静寂が支配する中で、店の隅の席がガタっと鳴った 入り口脇の小卓で、指名がご無沙汰のため会計仕事をしていた黒いビスチェの少女が静かに立ち上がった ルイズの周りの空気が凶暴に歪む、鳶色の瞳はKITTの赤いフロント・スキャナーのように輝いていた 「この貴族の恥さらしが…いい加減にしないとあんたら…その髪の毛の一本も残さず…ゼロにするわよ…」 ルイズは一団の最古参らしき背の高い男の前に歩み寄り、自分の黒いビスチェの胸元を開いてみせた その中身、女性なら谷間があるであろう部分を上から見下ろしたメイジに「お、男…?」と言われた瞬間 この場を穏便に解決しようとする気持ちを思い切りよく捨て、襟裏に付けた金の延べ板を見せつけた 「その目ん玉が飾りでないならよ~くごらんなさい!我が名はルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール 特務情報士官として女王陛下より少尉待遇の地位を得ているわ、あんたらの親分やってる軍曹殿の上官よ」 ルイズがビスチェの襟裏につけていた近衛少尉の階級章を見た陸軍下士官の男達は、指差して笑い出した 「こちとら便衣兵や不正規兵を相手にしてんだ、そんなペテンに引っかかるかよ、貴族ごっこの平民女が」 占領地ではよくゲルマニア系の彫金屋が店を出していて、模造の勲章など駐留兵向けの土産物を売っていた ルイズは突き飛ばされた、張り手で突いただけとはいえ男の力、思わず呼吸が止まり、目の前に星が飛んだ 襟がめくれた拍子に見えた葡萄の葉のメダル、頼みもしないのに付けられたオマケを見て、男は鼻で笑う 「生意気にタルブ従軍章まで偽造しやがって、アルビオン騎兵と戦った勇士がこんな所に居るかってんだ」 初めて味わう男の暴力に、ちょっと前のルイズなら恐怖と動転で頭が真っ白になっていただろう ルイズは雲海の中を航行するクリッパー(快速帆船)の甲板で、所在なさげに舷側に寄りかかっていた トリスティンの軍港アムステルダムからアルビオンまでのKITTとの船旅、幸い船酔いとは無縁だったが KITTは現在、帆船の客室を二間ブチ抜いた臨時の車庫で、厳重な警備兵の監視の下で保管されている 特務士官ルイズもまたアンリエッタの命令により客船並の船室を与えられ、快適な船旅を過ごしていた 船上でKITTに乗る事は許されていなかった、船の王といわれるボースン(甲板長)には逆らえない その空族上がりのボースンははどこかで、この使い魔がアルビオンの戦艦を破壊した事を聞いたんだろう タルブ村侵攻の後、座礁した戦艦レキシントンは砲や風石機関をアルビオンの戦後処理官が持ち去った後 村からの再三の撤去要請にも関わらず放置された、シエスタの父はサルベージの困難な大型戦艦の解体を ルイズに依頼し、喜んで引受けたルイズは戦艦にKITTを突っ込ませて5分少々で薪の山にしてしまった ルイズは上空の冷気に身を震わせ、シエスタから借りた革ジャンを着込むと、暇に任せて甲板を歩き始めた 高度3000メイルまでの上昇航路に乗った風石帆船は、出航直後の忙しい動索操作が終わったらしく マスト上の見張り台に立つ船員を残して、残りは船乗りにとって値千金の睡眠時間を過ごしている様子 ルイズは甲板を走り始めた、陸と空の長旅で日課のジョギングも疎遠になり、体は運動不足を訴えていた 揺れる甲板でのジョギング、足首の柔軟さを求められるランニングにもすぐに慣れ、規則的に走るルイズ 後ろから、同じくリズミカルながらテンポの速い足音が近づいてくる、濃い霧の中で姿はよく見えない ルイズはフットボール選手のように後ろ向きに走りながら、足音と軽甲冑の発てる金属音の正体を探った 走ってくるのは一人の騎士であることを知った、髪の短い若い女、シュヴァリエになって日が浅いらしい ルイズはジョギング仲間が出来たと思い、手を振って挨拶をしようとした、向こうも手を振っている その騎士の振られた手には、長く鋭い剣が握られていた、サーベルはルイズに向かって斬りかかってくる 濃霧の船上で、ルイズはサーベルを振り回す狂戦士から逃げ回った、剣先が掠り、肌に冷たい感触を残す ルイズは無言で剣を撃ち込む女騎士から必死で逃げたが、上空の薄い空気に息が切れ、甲板に倒れこんだ ルイズの鼻先にサーベルが突きつけられ、続いて鉄甲の入った靴で腹をめがけて蹴りが飛んでくる 「わたしは銃士隊のアニエス・ド・ミラン曹長だ、貴様がルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールか アンリエッタ女王より貴様の鍛錬を受け持った、さぁ立てルイズ、まずは走れ、倒れるまで走るんだ」 ルイズはアニエスのヤクザ蹴りを転がって避けながら、主人の危機にKITTが助けに来ない訳を知った 「新米シュヴァリエが何呼び捨てにしてんのよ!わたしはヴァリエール家三女、姫様直属の特務少尉よ!」 甲板を転がりながらルイズは威勢だけはよく怒鳴ったが、アニエスは潰す前の虫を見るような目で見下げた 「陸に下りたら少尉とも閣下とも何なりと呼ぼう、しかしこの船に居る限り貴様は只のルイズだ、いいな?」 ルイズの反論はアニエスに尻を蹴られた拍子に出た「ひゃっ!」という情けない悲鳴にしかならなかった ルイズは甲板で腕立て伏せをしていた、汗まみれで上空の冷気を感じなくなる、薄い空気で息が切れた 「一体…何をやらせようってのよ…わたしは護身術を習ってるんで…力自慢にろうってんじゃないのよ」 胸が床につくまで身を沈める、ルイズは胸と床の距離の関係で他の女性より少々余分に苦労させられた 「貴様ら貴族士官は揃ってシャバではろくでもない暮らしをしてた奴ばかりだ、まずその鈍った体を オーバーホールしないと使い物にならん、…それからこの船の上で、私に疑問を持つことは許さん」 船旅は退屈とは程遠い物になった、日中は過酷な筋力鍛錬で絞り尽くされ、大味な船員飯がうまかった 夕暮れ後、ルイズはフラフラになりながらも、船室に戻らず船の先端近くにある錨鎖庫に入り込んだ 「…KITT…ねぇKITT……起きてる?わたしよ…今日も…寝るまで…お話、しよう…」 ルイズは舫綱に座り込みながら壁に向かって話しかけた、KITTの船室と隣り合った、ルイズの秘密の場所 日中の鍛錬を開放された後のKITTとの夜のお喋りは、ルイズにとっての唯一の安らぎの時間だった 「ルイズ、彼女はかなりのサディストですよ、私の世界で彼女に並ぶのは声優の風音嬢ぐらいでしょう」 「わたしあ~いうドSな女が一番苦手だわ、ほらわたしってKITTの扱いといい、かなりのMじゃない?」 KITTの船室の中で何かドンガラガッシャ~ン!という音がした、反論を考えすぎてエラーを起こしたらしい 船上での鍛錬はその時間の殆どを体力作りと走りこみに費やされ、護身術は最後にほんの少しやっただけ 単調な鍛錬の中で突然、アニエスが蹴りや木鞘での一撃を喰らわせる事もあり、気の休まる暇も無かった 数日の船旅の後、ルイズの乗った帆船はアルビオン南西部、統治軍共同の軍港グラスゴーに接岸した 桟橋にKITTを降ろす作業に立ち会うルイズの元にアニエスがやってきた、いつも通りの傲岸な目つき ルイズがKITTと共にアルビオン本土に降り立った途端、アニエスは鞭打たれたような直立不動で敬礼した」 「トリスティン王宮直属特務情報士官ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエー少尉殿 任務の成功と無事の帰還をお祈りします、並びに、艦内での不敬な言動を深くお詫びいたします」 ルイズは学院で従軍経験者のギトー先生から少し習った不慣れな答礼をする替わりに、右手を差し出した 「…ルイズでいいわ…」 「もったいないお言葉であります、私アニエス、貴官の訓練に従事できた事はこの上ない誇りであります」 ルイズとアニエスはしっかりと手を握り合った、互いに相手の手を握り潰さんばかりに握力を篭める アニエスは握手の時、ルイズの目を見て囁いた、船上でルイズを震え上がらせた、虫を見るような目付き 「ルイズ、アルビオンで何かあった時は、ベルファスト治安維持部隊の三番隊に私が居ることを思い出せ」 ジェシカが店の若い従業員に、急いで駐留軍が詰めている屯所に知らせにいくように耳打ちしていた 「あ~、ジェシカ、お願いがあるの、騎士隊を呼ぶなら、くれぐれも三番隊だけはやめてちょうだい」 ルイズはビスチェの懐に手を突っ込み、こっちは偽造出来ない水魔法紙の身分証明書を取り出そうとした 「あれ…忘れた」 ルイズの身元と地位を証明できるのは、たった今笑いものにされた階級章と、身分証明書だけだった 「ちょ…ちょっと待ちなさい!ホテルに置き忘れてきただけだから、今、届けさせるから!」 ルイズは嗜虐の笑みを浮かべて歩み寄る三人の貴族兵士を手で制しながら、店の周囲の壁を見回す 「…ここがいいわね」 ルイズは店の隅、急ごしらえで建てた店の粗末な壁に、帳簿つけに使ってた黒鉛の筆で大きな丸を描いた KITTは既に傍聴した会話から危険を察し、ホテルの馬車停めから急発進して表通りを疾走していた 北米の幾つかの州では、出動前の消防車ではハードロックをかけて隊員を鼓舞することが定められている KITTはその規則に従い、ルイズのお気に入りを入れてるミュージックフォルダからランダム再生した その晩、KITTが駆け抜けたベルファスト中心街に、デトロイド・メタル・シティのサウンドが響き渡った KITTはこの歌詞を解する人間が居ない事を感謝し、この曲がハルケギニアでカバーされない事を祈った 近づいてくるV8のエンジン音とクラウザー様、貴族兵が身構え、少女達が不安の表情を浮かべる中で 妖精達をカウンター内に退避させたスカロンだけはなぜか懐かしそうな表情で、その音に聞き入っている 貴族兵がルイズに向かって杖を振りかざした、炎のスペルにも動じずルイズは挑戦的な笑みを浮かべる 「ねぇ、田舎貴族のオッサン、あんたは一流ホテルのルームサービスなんて、頼んだことないでしょ?」 ルイズがつけた印に沿って壁が吹っ飛んだ、赤い光、KITTの黒いボディが店内に飛び込んでくる SATSU-GAI! KITTのノーズに炎メイジの貴族兵が跳ね飛ばされる、突入時の速度調整により無傷なのは言うまでもない 「お待たせしました、ルイズ、ご指示通りアンリエッタ女王発行の身分証明書をただ今お持ちしました」 接客のあまり丁寧でないルイズへの面当てのような馬鹿丁寧な口調、叱ろうにもつい顔はニヤけてしまう 「わたしの"ホテル"はムチャクチャ速いのよ」 ルイズはKITTの車内から、夕べサンドイッチを食べる時にナプキン替わりにしていた紙を取り出した 身分証明書を見せるまでもなく、貴族兵達は奇怪な黒い物体に恐れを成し、じりじりと後ずさっている その時、店の端から悲鳴が上がった 兵士の一人が店の妖精を後ろ手に捻り上げ、底を叩き割ったガラスの酒瓶を彼女の顔に突きつけていた 見てくれの割りに戦場の経験の無い兵士、彼は未知の魔法アイテムが持つ力の前に理性を失っていた 恐怖から生存の本能を剥き出しにした彼が突きつけているのは杖ではない、彼はもう、貴族ですらない ルイズは震える手を振ってKITTを下がらせた、握り締めた拳で黒いビスチェのスカートを押さえた ルイズがKITTと共に活動するようになって知った、この世界にはあまりにも不似合いな不殺傷の思想 後に虚無の系統に開眼したルイズは、自分がエクスプロージョンという前代未聞の魔法を使えると知った 今まで狙った場所が爆発した試しの無い味方殺しの魔法だったが、その未曾有の破壊力を得たルイズは KITTの能力と自らのエクスプロージョンの魔法を、決して人を傷つける事に使わない、と誓っていた 「それは、それ!」 ルイズは黒いビスチェのフリルスカートを翻し、腿のガーターから抜いた杖を貴族メイジに突きつけた 「これは…これ!」 ルイズは自らの体内を巡る力を加速させ、目の前のクソ男を吹っ飛ばす特上の爆破魔法を唱え始めた 詠唱を完成させようとするルイズの前に、足音一つ発てることなくスカロンの巨きな背中が立ち塞がった 素手や剣の届かぬ双方の位置関係は、平民が剣や銃を持っていても貴族の魔法には決して勝てない距離 スカロンの爪先がキュっと鳴った瞬間、間合が一瞬で詰められ、酒瓶を持った男が店の端まで吹っ飛んだ 別の男がエア・ハンマーを乱れ撃ちするが、スカロンはその攻撃を左右の拳で砕き、腹にフックを打ち込む もう一人が炎の魔法を発動するより早く、術者保護のため魔法が発動しない直近でジャブ連打を浴びせた あっという間に三人の貴族が床に昏倒した、以前に何度か同じ光景を見たらしき店の常連達が口笛を吹く ルイズが唖然と見つめる横で、KITTが突入に備え上昇させていたエンジン回転数を下げ、声を漏らした 「拳よりその足さばきが私のライブラリーに残っていました、あなたもまた、地球からの召喚者ですね」 「あなたが最初の防衛戦の直前に突然姿を消したことを悔やんでいるボクシング・ファンは数多くいます 北米、環太平洋クルーザー級王者、18試合18勝12KOの重量級新人王、石 夏龍(hsu karon)さん」 スカロンはクネクネさせながら、たった今凶器として使った拳を両頬に当て、恥じらいの声を上げる 「なぁ~んのことかしらぁ、 私はこの魅惑の妖精亭の主人、チクトンネの美の化身、スカロンよぉ~」 KITTの情報によれば、シエスタの曽祖父を始めとする異世界からの召喚者達はあらゆる所に居るらしい ある者は地球への帰還を試みて果たせず失意の内に死に、ある者は召喚の影響で記憶を失ったまま生き そしてそれ以外の人々は意外な所に意外な形で居るらしい、おそらく、それは地球でも同じかもしれない スカロンのパンチでメイジ達がノックアウトされ、やっと騒ぎが終息した頃に騎士隊が駆けつけてきた 「何だルイズ、貴様か、どこかしらで騒ぎを起こす奴だとは思ってたが、酒場の喧嘩とは随分安っぽいな」 女性だけの騎士隊、トリスティンでは貴族に替わり武装した平民を中心とした銃士隊の運用が始まっていた 「ホントにルイズって呼ぶんじゃないわよ!ヴァリエール少尉よ!sirをつけなさいアニエス曹長!」 アニエスは面倒臭そうに襟を見せた、中尉の徽章、外地勤務で騎士隊副官昇進のボーナスを貰ったらしい 「なるほど、店員から話は聞いたが、こいつらは札付きでね、これで不名誉除隊は免れられないだろう スカロン殿の店は軍のお偉方にも好かれてたからな、ヘタすりゃ貴族廃籍だ、まぁ自業自得だな」 「こいつらは貴族じゃないわ、自分のやった事の責任を取れる人間、決して逃げない者を貴族と言うのよ」 ルイズが渋面で呟きながら再会の握手の手を差し出すと、アニエスはそのままルイズの手を引き寄せた 「さ、来いヴァリエール少尉殿、どうせ貴様も手を出したんだろう、事情聴取くらいさせて貰うぞ」 「ちょ…ちょっとアニエス!店長よ!みんなスカロン店長が殴り倒したのよ~!わたし何もしてない~~」 アニエスはスカロンのほうを向くと、アルビオンの港でルイズに見せた時よりずっと丁寧な敬礼をした 「スカロン店長、報告書その他の書類の体裁は、私とこのヴァリエール少尉殿が整えておきます 店長は心置きなく店の復旧をお急ぎください、被害は後ほどこの男達の俸禄から弁済させますので それから…我が銃士隊一同は、あなたが再び拳闘と柔術の稽古にお越し頂くことをお待ちしております」 隊員達に将軍の閲兵のような敬礼をされたスカロンは、キラっと星が飛びそうなウインクで答礼する 「そんな野蛮なことしたらおハダが荒れちゃうわぁ…でも、アニエスちゃんと部下のカワイコちゃん達が あたしの作ったビスチェを着てお店に出てくれれば、次は居合とクンフーでも教えてあげちゃおうかしら 銃士隊の女性隊員が妖精達のビスチェを見てまんざらでもない表情をする中、アニエスは弱気を見せる 「そ…それは…その任務を果たすには…自分は力量不足でありまして、わたし…カラダにはあまり自身が…」 スカロンはアニエスのバストを見ると、薄鋼の胸当てで覆われたオッパイのサイズを掌で正確に形造った 「もったいなぁい、ちょっと寄せて上げればナイスバディよぉ、ルイズちゃんだってお店に出てるんだし」 アニエスはルイズが見た事ないほど狼狽し、片手で冷や汗を拭き、もう片手でルイズを引きずり逃げ出した 店に残ってた客達が退場するルイズに歓声を上げ、今まで貰ったチップを超えるほどのおひねりを投げた 半分は威勢のいい台詞と貴族の誇りを見せてくれた事へのご祝儀で、残り半分は保釈金のカンパだった 銀貨をかき集めたジェシカが「今月のチップレースはルイズちゃんの逆転勝利ね」と声を漏らす 「ルイズちゃんおつとめ頑張って~、壁を壊した分の給料天引きは負けといてあげるわよ~」 「アニエス中尉、せいぜいルイズにはたっぷりと油を絞ってあげてください、たまにはいい薬です」 アニエスに襟首を掴まれ、ジタバタしながら逃げ出そうとするルイズは無慈悲に引っ立てられて行った 「て、て、店長の鬼~、アニエスの悪魔~…KITTの鬼悪魔ぁぁぁ~~~~」 結局ルイズはアニエスのちょっとした悪戯でブタ箱に一泊し、人生最初の臭いメシを食う羽目になった 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6528.html
前ページ次ページゼロと損種実験体 ルイズの就寝は遅い。夜遅くまで勉学に励む彼女は、ゆえに一度寝入るとまず目を覚ますことはない。 そんなわけで、朝になって、アプトムに起こされないかぎり目覚めるはずのない彼女は、しかし今回に限って自分の洩らした寝言で目を覚ます。 「いけない人ですわ。子爵さまは……。え? そんな、恥ずかしいですわ。って、あれ? なんでアプトムが出てくるの? って今度は誰? アンタ誰よ?」 何の夢を見てるんだか? とアプトムが見ていると、パチリと眼を開いたルイズと眼が合う。 「あれっ? あれっ? えーと、わたし何か寝言を言ってた?」 「いや、聞いてない」 さらっと嘘をつくアプトムに、ルイズはうーんと頭を捻る。寝言など人に聞かれないにこしたことはないが、さっきまで良い夢を見ていた気がする。それがどんなものだったのか、目覚めと共に忘れてしまったので思い出したいと質問をしてしまっていた。 が、睡眠時間の足りていない彼女は、すぐにまた眠りの世界に旅立つ事になるのだが、その前に、いつも黙って自分に従ってくれているアプトムの姿に、不意にある考えが頭をよぎった。 アプトムは、最初に召喚した時から、故郷に帰ることを望んでおり、ルイズに従っているのも、いつか彼女が彼を帰す魔法を作り出すという約束によるものである。 しかし、よくよく考えてみると、サモン・サーヴァントとは対象の前に召喚のゲートを開く魔法であり、そこを潜るかどうかは、相手の意思に委ねられている。 ならば、彼が召喚されたのは、彼自身の意志によるものではないだろうか? そんな疑問を思い浮かべた彼女は、特に深い考えもなく口に出し、「事故だ」という答えを聞いて納得し、次に起きた時にはそんな質問をしたことも、夢のことも完全に忘却してしまうのであった。 そして、ルイズが寝入ったのを確認して、アプトムは一人考える。 思い出すのは、彼が召喚されたときに融合捕食をしかけた斥候獣化兵。今思えば、ルイズが召喚しようとしていたのは、あの獣化兵であり、彼のゾアノイドはそれに応えてゲートを潜ろうとしていたのではなかったか。つまり自分は、そこに割り込んだ乱入者であり、そのクセ自分を帰せと無理難題を言っているのではないか。 だが、だからといって地球に帰る事をあきらめることは出来ない。彼には自分の生き方を変えることなど出来ないのだから。 まったく、何故今頃になってそんな事を聞いてくるのだとアプトムはルイズを睨みつける。 初めて会ったときに言われたのなら、知ったことかと無視もできたろうに、短くとも共にいた時間のせいで多少なりとも情の移ってしまった今では、気にせずにはいられないではないか。 そんな主従の、どうという事のない出来事があったある夜、一人の女性の元に不審者が現れていた。 女性の名はミス・ロングビル。学院長秘書の立場を持つ女性である。 夜遅くまで起きていた彼女が何をやっていたのかというと、手紙を書いていた。 ミス・ロングビルには、もう一つの名がある。土くれのフーケという盗賊としての名である。彼女がこの学院に勤めるようになったのは、学院の宝物庫にあるマジックアイテムを盗み出すためであり、盗賊としての仕事が終わればすぐにでも出て行くつもりであった。 そして、今回の仕事が終わったら、一度妹の元に帰るつもりであったのだが、その仕事が変な失敗をして帰る機会を逸してしまった。 仕事が失敗した今も彼女が、いつまでもこの学院に留まっていることに特別な理由はない。ただ単に、出て行くきっかけがないからであり、学院長秘書という身分に支給される給料が、仕事の失敗の埋め合わせに充分なものであるという理由からである。 そんなわけで、自分が盗賊などというヤクザな仕事をしていることを知らない、遠く離れた地に暮らす妹に、帰るのが遅くなるという言い訳を並べた手紙を書いていた時、その男はやってきた。 その男は風と共に現れた。 開いた窓から吹き込んだ微風にカーテンが揺れた時、白い仮面で顔を隠したその男は月明かりに照らされ立っていた。 「『土くれ』だな?」 問いではなく確認ですらない断定に、しかし彼女は何を言われたのは分からないと、とぼけて見せる。 学院長秘書のミス・ロングビルと盗賊の土くれのフーケを繋げる事実を知るものは、彼女の知る限り一人しかいない。そして、その一人は決してその事実を人に話さないだろう確信があったから。だが、男の次の言葉に彼女の演技は引き剥がされる。 「再びアルビオンに仕える気はないかね? マチルダ・オブ・サウスゴータ」 自身以外は妹ぐらいしか知らないはずの名を突きつけられ、彼女は蒼白になる。 「あんた、何者だい?」 「質問しているのは、こちらなんだがな」 くつくつと喉を鳴らして笑う男に、彼女は否と答える。アルビオン王家は彼女の仇である。父を、家を、全てを奪った敵だ。そんなものに仕える気などないと怒鳴りつける。 そんな彼女に男は笑いを収めることなく、勘違いするなと返す。 「王家に仕えろなどと誰が言った? アルビオン王家は、じきに倒れる。お前が仕えるのは、王家が倒れた後の我々有能な貴族が政を行うアルビオンだ」 有能な貴族ね。と彼女は呟く。そういえば聞いたことがある。今、アルビオンでは王家と貴族が争い、王家が劣勢にあると。 もっとも、それは彼女には関係のない話である。 かつて、アルビオン王家に仕えた貴族の家に生まれた彼女は、しかし今はもうその王家に恨みはあっても忠誠心などない。かといって、王家に復讐をしようという考えもない。かつては、そんな想いもあったが、自身と妹を食べさせていくのが精一杯の最初の生活と、その後の多くの孤児を抱えた現実の前に、磨耗した。 「へえ? で? 王家を倒して何をしようってんだい? アルビオンの新しい王様にでもなりたいのかい?」 バカにしたように笑う彼女に、男は冷淡に答える。 「我々はハルケギニアの将来を憂う高潔な貴族の連盟だ。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ。アルビオンなど、手始めにすぎんよ」 高潔ときたか。と彼女は内心で笑う。 ご立派な理想を語る者は、自分自身それを信じてなどいないと彼女は知っている。信じるのは、駒として使い捨てられる者たちだけだ。 彼女は捨て駒になどなる気はない。大体、アルビオン一国を支配できたところで、ハルケギニアを統一するなど夢物語だし、仮にそれが出来たところで聖地にはエルフがいる。 この世界で最強の魔法使いたるエルフたちに勝てるものなど、この世界に一人も……、いや、二人くらいならいるような気がするが、それは置いといて、ハルケギニア中の貴族を集めても勝ち目などない。 ついでに言えば、彼女はとある事情からエルフという種族に特に悪感情を持っていないし始祖ブリミルに対する信仰も薄い。ので、聖地なんかエルフにくれてやれよという想いがある。 とはいえ。 「『土くれ』よ。お前には選択することができる」 「あんたらの手下になるか、ここで死ぬかを?」 皮肉で答えてみるが、男は悪びれもせずに「そうだ」と頷いてくる。 最初から男には、彼女に選択の余地を与えるつもりなどない。べらべら自分たちの目的を喋ったのも、そういう理由があるからだ。 戦って勝てるとは思わない。土メイジの自分は、正面からの戦いに向いていないと彼女は自覚している。 だから彼女は、「まあ、いいさ。アルビオン王家には恨みがあるし、エルフを倒して聖地を取り戻すってのも面白そうだ」と嘘をつく。 罪悪感はない。誇りなどない。生きるためならなんでもする。それが、彼女の生き方だから。 「それで、これから旗を振る組織の名前は、なんていうんだい?」 「レコン・キスタだ」 こうして、ミス・ロングビルという名の学院長秘書は、学院から姿を消すことになる。休暇届を提出してであるが。 それが、本当に単なる休暇で終わるのかどうか、それは彼女自身にも今は分からない。 その日、学院は喧騒に包まれていた。 いつも通りの朝を迎えて、いつも通りの授業が始まると思われた日常に、この国トリステインの王女アンリエッタが訪問するとの連絡が入ったからである。 当日になって急に連絡を入れてきたり、それを歓迎したりと、この国の貴族というやつは、刹那的な情動で生きているのか? などとアプトムは思ったが、口には出さない。これも、いつも通り彼には関係のないどうでもいい事だからである。 そんなわけで、魔法学院の正門をくぐる王女一行を整列して出迎えるルイズたち学院の生徒を、アプトムは塔の屋根に登り、そこから興味なさげに見ていた。 貴族ではなく、学院で働く使用人でもない使い魔という立場のアプトムには、王女が来たからと言って何かをしなければならない義務はなく、自分から何かをしてやろうという意志もない。ついでに王女というものに興味もない。 しかしまあ、部外者が多く学院にやってきているのにルイズから眼を離して何事か起これば困ったことになるなと、遠くから観察していたアプトムは多くの生徒たちが王女に注目している中、ルイズが別の人間に視線を向けたことに気づいた。 それは羽帽子をかぶり、鷲の頭と獅子の体を持つ幻獣に乗った口ひげも凛々しい男であった。 知り合いか? と思ってみるが、本人に問いただしでもしない限り分からないことであるし、ルイズの知人であったとしても自分とは関わりのないことだと、彼はその男の事を考えるのをやめる。翌日には、その男と顔を合わせることになるなどと、この時点では考えもしていない。 ついでに、ルイズの隣に立っているキュルケが、その男を切ない眼差しで見ていたりしたのだが、その事にはアプトムは気づかなかった。 キュルケはアプトムを嫌い敵視していたが、アプトムにとってキュルケはよくルイズと話をしている少女だという程度の認識しかなかったのである。 なんにしても、明日からはまた、代わり映えのない毎日が続くのだろうというアプトムの予想は、その日の夜に覆されることとなる。 いつもなら机に向かっているはず時間に、惚けた顔でベッドに腰かけたルイズに、さてどうしたものかとアプトムは考える。 ルイズに何があったのかなどアプトムには分からない。昼間見た男が関係しているのだろうという事は分かるが、それで何故ルイズがこういう状態になるのかなど彼の知るところではない。 分からないなら聞けばすむことだろうが、彼がルイズとの間に望んでいるのは契約という感情を差し挟まない関係である。相手の内面に踏み込むような行動は避けたいところだ。 それならば、相手の心情など気にせず、魔法を使えるように勉強をするか寝ろ。とでも言えばよさそうなものだが、昨夜の寝惚けたルイズの言葉に多少の罪悪感を覚えてしまった今のアプトムには、それも難しい。 本当に、どうしたものだろうかと悩んでいたところに、人の気配を感じたアプトムは扉の方を振り向き、そして扉をノックする音を聞いた。 珍しいな。そう思ったのは、彼が知る限り、この部屋に誰かが尋ねてきた前例がなかったから。この学院でもっとも多くルイズと言葉を交わすキュルケですら、この部屋に尋ねてきたことはない。 だから、彼が扉の外にいる者に対する警戒を解かなかったのは当然の事であろう。だが、その警戒がルイズに向けられているはずもなく、ノックを聞いたルイズが、はっと顔を上げ扉に走るなどとは想像もしていなかったアプトムが止める間もなく、彼女は無警戒に扉の向こうにいた黒い頭巾をすっぽりかぶって顔を隠した少女と対面していた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは夢見がちな少女である。そうでなければ、どれだけ努力してもかなわなかった魔法を使うという夢をいつまでも持ち続けることなど出来なかっただろう。 そんな彼女は、自分にとって都合の悪い想像というものをあまりやらないが、逆に都合のいい妄想ならばよくする。 昼間、王女一行の一員として学院にやってきた一人の男、いわゆるヒゲダンディーは彼女の知り合いである。しかも、ただの顔見知りなどではなく特別な関係と言っても良い相手である。彼と前に会ったのは、十年程前のことだが、それでも彼女の中の彼に対する想いは色あせずに残っている。 そして、それは彼も同じだろうか。同じであって欲しいと感じる彼女は妄想の翼を羽ばたかせる。 王女に随伴してきた彼に、ルイズは一目で気づいた。ならば、きっと彼も自分に気づいたはずだ。そうなれば彼は自分に会いに来てくれるだろう。そうでなくてはならない。何故なら、彼は自分の……。 そんな事を考えていた時に、来客があったのだから、彼女がヒゲダンディーが尋ねてきたのだと思い込むのは当然の事で、開いた扉の向こうにいたのが期待していた相手ではなかったと気づいてフリーズしてしまったのも致し方ない。 そんな彼女に構わず、黒頭巾の少女は部屋に入り、後ろ手に扉を閉めると、ルーンを唱え探知の魔法を使って、この部屋が監視されていないか確認し、そうして初めて頭巾を取った。 そこにあった顔は……、 「姫殿下!」 そうルイズが呼んだとおり、この国の王女アンリエッタであった。 アンリエッタ・ド・トリステインは、とても恵まれた人間である。 彼女は現在この国で唯一といっていい王位継承権の持ち主であり、優秀な水のメイジであり、美しい容姿であり、多くの人に好かれるまっすぐな気性の持ち主である。 そんな彼女であるから、多くの人間に好かれるし、甘やかされもする。 彼女には、望んだことが叶えられなかった経験が非常に少ない。 それは、王女と言う身分のせいでもあるし、基本的に我侭を言わない控えめな性格のせいでもある。 だが、そんな人生経験は当然のごとく彼女の人格形成に多大な影響を及ぼす。 よほどのことでない限り、自分の望んだことは必ず叶う。そんな歪んだ思考を持つようになってしまったのも、そのよほどの基準が多くの人間の考えるそれと大きく乖離してしまっているのも、彼女一人の責任とは言えまい。 そんな彼女が今回望んだのは、恋する男性に送った恋文の回収である。 アルビオンという国がある。その国では、現在貴族たちが王族に対し反乱を起こし内乱が起こっているのだが、その戦で王家が倒れる事は、もはや避けられない事態となっており、勝利した後の反乱軍は、次にトリステインを攻めるであろうというのが、この国の政治を取り仕切る者の考えであった。 アルビオンに比べて、トリステインの国力は低い。 単体でアルビオンに勝つことができるわけもなく、ゆえに他国と同盟を組む事に決めたトリステインはゲルマニアの皇帝の下に、王女を嫁がせることにした。 この国の唯一の王位継承者を他国に嫁がせることに反対するものがいなかったわけではないが、反対する者たちに代案があったわけではない。結局この決定は覆らなかった。 さて、この決定に対して、アンリエッタに不満がなかったわけではない。彼女には恋する男性がいて、その相手と結ばれる未来を夢見ていたりもした。 しかし、このおめでたい頭の持ち主である王女にも、それが自分には叶わぬことと理解できていた。 とても不本意ではあるが、ゲルマニアに嫁ぐ決心をした彼女は、その障害になるかもしれない、ある品物のことを思い出した。 それが、アルビオンの皇太子ウェールズに送った恋文である。 それのことを思い出したアンリエッタは、激しくうろたえた。 アルビオン王家が倒れ、ウェールズ王子が持っているはずの、その恋文が貴族派の者たちの手に渡ってしまえば、自分の決死の覚悟は無駄になり、この国の民の平和も脅かされる。 ここまでは、ごく普通の思考であるのだが、ここからがアンリエッタという少女の歪んだ思考である。 恋文を回収しなければならないと考えた彼女は、まずどうやってと言うもっともな疑問を頭に浮かべた。 この国の政治を取り仕切る人物であるマザリーニ枢機卿に相談するという案は真っ先に捨てた。 あるいは、誰よりもこの国のことを考えているのだろうが、『鳥の骨』などとも言われる男を彼女は嫌っている。 そもそも、アンリエッタのゲルマニアへの輿入れの話を持ち出したのも彼なのである。それが、最善の選択だと理解しても彼女が好意を持てなくなるには充分である。 では、他の誰にと王宮の貴族たちの顔を思い浮かべて、それを切り捨てた。嫁ぎ先が決まった娘が、他の男に送った恋文を回収しようとしているなどという醜聞を迂闊にもらすわけにはいかない。大体、王宮の貴族たちは、最終的に自分のゲルマニアへの輿入れに同意した者たちである。そんな連中に自分のプライバシーを明かす気にはならない。 では、誰に頼むかと考えて、彼女は自分の親友とも言える幼馴染のことを思い出した。 貴族の誇りを重視しながらも、自分の心を大事に思いやってくれて、王女にあるまじきいろんな我侭も二つ返事で聞いてくれる大切な『おともだち』ルイズ・フランソワーズのことを。 他人が聞けば、それは本当に友達なのかと疑問を感じてしまう認識だが、あいにくと彼女には、他に本音を語れる親しい相手というものが当のルイズ以外にいないので、この認識に疑問を感じたことがない。 かくして、アンリエッタはルイズに会い、その事を話し頼み込み、快く快諾し更には望まぬ婚姻をしなくてはならない彼女を慰めてくれさえした友人に、ああ、これで全ては上手くいくと安心した。さすがに、その回収すべき手紙が恋文であるとは言わなかったが。 それが、戦地にろくな魔法も使えない世間知らずの小娘を送り出すという、危険どころではない所業であるという自覚はない。 ルイズが、失敗するかもしれない。それどころか死ぬかもしれないという可能性には思い当たらない。彼女の望むことは、よほども事でない限り叶うのだから。 これは、アンリエッタの頼みごとに、いつも疑問を差し挟まず素直に聞くルイズにも問題があるのだが、ルイズにも言い分がある。 姫さまのやることが間違いだったことがない。それが、彼女の認識なのだから。 実際、ウェールズに送った恋文を回収しようという考えに間違いはない。頼む相手を間違えているだけで。 なんにせよ、王女の頼みを受けたルイズは、かたわらにいるアプトムに顔を向けた。その顔には「もちろん手伝ってくれるわよね」と書 いてあり、彼は任せろと言わんばかりにルイズの頭に手を置き。 「わかった。その手紙は返してもらってくるから、大人しく待っていろ」 と言った。 アプトムが快く承知してくれたことに気をよくしたルイズはニッコリ笑い。そして、アレ? と疑問を覚えた。 今この男は、なんと言っただろうか? 大人しく待ってろ? 待ってろ? 「今、待ってろって言った?」 「言ったぞ」 うん。やっぱり聞き間違いじゃなかった。つまり、アプトムは一人で行くから自分にはついてくるなって言ってるわけだ。 「って、なんでよ!?」 叫んでみるが、アプトムは動じない。 「何がだ?」 「頼まれたのは、わたしなのよ。わたしが行かなくて、どうするのよ!」 「どうもしなくていい。使い魔の仕事は、メイジができないことを代わりにやることだろう?」 「わたしは貴族なのよ!」 貴族が、自分に与えられた任務を人に押し付けられるわけがないと言うルイズに、アプトムは、それがどうしたと答える。お前に、この依頼が果たせると思っているのかと。自分が何者かを見つめなおしてみろと。 そして、ルイズは黙り込む。彼女は貴族である。貴族の誇りにかけて、姫さまの頼みに答えなければならない。そして、彼女はゼロのルイズである。魔法の成功の確率ゼロのルイズ。 そんなお前に、姫さまの与える任務をこなせるのか。アプトムはそう言っているのかとルイズは、歯噛みする。だが、それは思い違い。 「おまえは、貴族である前に学生だろう。貴族がどうのこうのに、縛られるのは学院を卒業してからでも遅くない。大体、王党派と貴族派が争っている中、皇太子に会いに行くという任務は、世間知らずの学生に果たせるほど簡単なものなのか?」 ルイズが魔法を使えるかどうかなど関係がない。魔法が使えようが貴族だろうが、学生という未熟な存在であるルイズは、この任務を受けるべきではないのだとアプトムは言っているのだ。尚、彼がまだクロノスに対し忠実であった頃に、盟友のソムルムとダイムを斃したガイバーI・深町晶もまた当時はルイズと同様に一介の学生であり、自我に目覚めクロノスを離反した後、前述の盟友達の死から深町を己が手で打倒すべき敵と認識しつつも、彼もまたクロノスの所為で生きる為に闘わざるを得なかった事自体はきちんと認識しており、その事と今回のルイズの立場と被ったが故の考えと、取れなくもないといえよう。 それは正論であり、召喚されて以来、ルイズに忠実であったアプトムの言葉であるから、彼女は頭ごなしに否定ができない。しかし発言の真意が理解できたルイズは感情を整理し冷静になれたのも事実である。 「でも、アプトム一人じゃ、王党派の人たちに信用してもらえないかもしれないし……」 それでは手紙を返してもらえないかもという苦し紛れの言葉は、ルイズがいても信用される保証はないし、平民のほうが貴族派に怪しまれる心配がなくていいだろうというアプトムの返答に切り払われる。 それでも納得することなどできないルイズは、「あの、ルイズ。その方は?」というアンリエッタの言葉に、そういえばと、説明してなかった事を思い出す。ずっと、この部屋にいるアプトムのことを今頃になって尋ねてくるアンリエッタもどうかしているが。 「こいつは、アプトム。わたしの使い魔です」 「使い魔?」 確かに本人もそんなことを言っていたけど、とアンリエッタは首を傾げる。 「人にしか見えませんが……」 「人です。姫さま」 人間じゃなくて亜人ですが。とは言わない。敬愛する姫さまといえど教えるわけにはいかない事もある。 「そうよね。ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「…ほっといてください」 ルイズにとってアプトムは自慢の使い魔であるが、表向きただの平民であると通している以上、周りの眼が冷たくなるのは仕方がないと、最近になって彼女は理解していた。 それはともかく、ふとルイズは浮かんだ疑問を口にする。 「じゃあ、アプトム一人で行くって言うの?」 「そのほうが身動きがとりやすいからな」 「でも、アプトムってトリステインの生まれじゃないわよね。というか魔法に頼らないと帰れないくらい遠くの生まれでしょ。案内なしで道が分かるの?」 そう、アプトムはハルケギニアの人間ではない。地球という他の天体から召喚されてきた者だ。そんな彼にアルビオンへに道が分かるわけがなく、交通手段についての知識もない。 だが、その辺りについても考えがある。 アンリエッタは、この部屋に一人で入ってきたが、この女子寮まで一人できたとはアプトムは思っていない。彼の見たところ、この王女はルイズにも負けない浅はかな思考の持ち主だが、それでも一人で出歩くほど能天気ではないだろうし、本人がそのつもりだったとしても周りの者は、この国の王位継承者が護衛もつけないで出歩くのを許したりはしないだろう。 現に、この部屋の外。扉の向こうからは、この部屋の様子を伺っている何者かの気配があり、それが王女の護衛なのだろうとアプトムは予想する。 その護衛が、アンリエッタが連れてきた者なのか、勝手に着いてきた者なのかは、流石のアプトムでも知るところではない。 しかしどちらにしろ、自分がアルビオンに向かう道案内にはちょうどよかろう。 だからと、「こいつを連れて行く」と扉を開けて中に招きいれようとして、アプトムは、そこで扉に耳を当てて盗み聞きしていたらしい金髪巻き毛の少年と顔を合わせた。 それは、王女の護衛などではなく、ルイズと同じく、この任務に連れて行くには不適切なただの学生であったのだけど、今更勘違いでしたと言うわけにもいかない状況である。 この計算外の事態にも、表面上は平静を装ったアプトムではあったが、内心ではそうではなかったため、同じ学生の身分であるギーシュは良くて自分は駄目だというのには納得できないと言うルイズに反論しきることができず、結局ルイズはアプトムと何故かギーシュの三人でアルビオンに向かう事となり、ルイズはアンリエッタからウェールズへ充てた手紙を受け取り、ついでに路銀の足しにと王女が母親から頂いたという指輪も預かった。 ギーシュ・ド・グラモンは、軟派な外見や性格とは裏腹に、貴族としての誇りを強く持つ少年である。 彼の尊敬する父は、元帥の地位を持つ勇敢かつ優秀な軍人であり、彼も将来はかくありたいと思っている。 その父親が好色な性質であったことが、彼の女性に対するだらしなさの原因の一つであるが、それは置こう。 彼には、許せない相手がいる。ゼロのルイズと呼ばれている少女が召喚したアプトムという名の男である。 あの男のせいで二股をかけていた少女二人に振られたから。その後に起こった決闘で勝負にもならずに負けたから。というわけではない。 それがないとは言わないが、彼にはそれ以上に許せないことがあった。 それが、あの男の自分を見る眼。 彼は、貴族である。貴族は平民になど負けてはいけない立場にいる。その自分に、あの男は勝利した。それだけなら良かった。それだけならお互いの健闘を称えあうこともできただろう。 だが、あの男は自分を見ていない-もっとも、逆に言えば敵と見做されていないだけでも、ギーシュにとっては僥倖の極みなわけなのだが-と気づいてしまった。あの男にとって自分は、炉辺の石ころにも等しい。彼我の実力差を考えれば、あの男がそういう眼で見てくるのは当然なのかもしれないのだけど、それを彼は許せない。 そんな眼で見てくる相手が明らかに自分より優秀だと分かるメイジで、例えば女王を守る魔法衛士隊隊長なんかなら、彼もそんな風には思わずに負けを認めていたのだろうが、ギーシュのアプトムという男への認識は魔法の一つも使えないただの平民である。そんな相手に見下すどころではない眼で見られることを許容出来るほど彼の矜持は安くなく、ゆえに必ずや、あの男の心に自分の名を刻んでやると心に誓っていた。 そんな彼であるから、何度もアプトムに対して、決闘を申し込んでいた。 錬金で作り出したゴーレム『ワルキューレ』に、武器を持たせて挑ませたこともある。落とし穴を掘ってワルキューレに誘導させて動きを封じる策を練ったこともある。パワーで勝てないのならと軽量化を図ったワルキューレで100メイル走をしかけて勝負したこともあるし、走り幅跳びだってやった。パワーもスピードも敵わないのなら頭脳だと、ワルキューレにチェスの勝負を仕掛けさせたこともある。 しかし、一度たりとも勝利をつかむ事はできなかった。自分を敵だと認めさせることすらできなかった。 代わりと言っては何だが、クラスメイトの眼が生ぬるい物になってきたが、ギーシュは気にしない。深く考えたら、泣いちゃいそうだし。 そんな現在の彼にとって、何よりも優先されるのはアプトムに自分を認めさせることであり、ゆえに長らく可愛い女の子を見ても興味を抱く事すらない毎日を送っていた。 そんな彼だが、アンリエッタという、この国の王女に対してまで、無関心でいることはできなかった。 平民が貴族に対して従属する義務があるのならば、貴族には王家に従属する義務があり、それは名誉ですらあると彼は認識している。そんな彼にとって王女とは憧れの対象であり、その相手が若くて美しい女性となれば、お近づきになりたいと考えるのは当然のことであろう。 とはいえ、だから何をしようと考えたわけではない。父親ならともかく、彼自身はただの学生の身分である。そんな彼に、王女と直接顔を合わせるという栄誉が得られるはずもない。 だが、いずれは自分もあの美しい王女に謁見が許されるような立場になってやるとギーシュは夢を描く。 それが、多くの若い貴族が胸に描き、しかし成し遂げられずにあきらめていくであろう妄想の一つであろうことだなどと、彼は思わない。 彼は若く、夢は若者の特権なのだから。 それはさておき、ギーシュは学院の中庭で月を見ていた。 大地を優しく照らし出す二つ月の一つに、若く美しい王女の面影を見出すことなど、彼には容易い。 今夜の、寝る前の自分大活躍妄想劇場に王女に登場してもらうため、彼は王女の姿を心に刻み込む。ちなみに、もう一つの月には、最近疎遠なモンモラシーの姿を見出していたりもする。 そんなとき、彼は視界の隅を横切った人影に気づいた。 その人影は、真っ黒な頭巾をかぶり、正体が知れなかったのだけれど、ギーシュは一瞥でそれを王女と見抜いた。 単に、何とか王女とお近づきになれないかなと思っていたときに、たまたま通りかかった女性がいたので、特別な理由もなく関連付けてしまったというのが、正しいのだが、事実として、その人影は王女アンリエッタその人であった。 王女を見たギーシュは、特に深い考えもなく、後をつけていく事にした。後をつけて何をしようと考えていたわけではないし、王女がお供もつけずに一人で歩いていることにも、特に不信感を抱くこともなかった。彼に限ったことではなく、トリステイン貴族は、深く考えるよりも、その時のノリで動くことが多いゆえの行動である。 そんなわけで、王女を追って女子寮に入っていったギーシュは、ある一室に入っていったのを見送り、即座に扉に耳を当て聞き耳を立てた。 そうして、図らずも王女に直接頼みごとをされる機会を得た彼は、貴族としての矜持と、美しく王女への思慕とアプトムへの対抗心ゆえに、この国の存亡にも関わりかねない任務に参加することになるのである。 前ページ次ページゼロと損種実験体
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5837.html
前ページZERO A EVIL アルビオンがオディオと名乗る魔王に占領されてしばらくたったある日、一匹の風竜がアルビオンに向かっていた。 その風竜の背には青い髪の小柄な少女が乗っている。本を読んでいるその姿は、これから魔王のいる国に向かうとはとても思えない。 その時、どこからともなく少女に話しかける声が聞こえてくる。だが、風竜の背には少女以外の姿は見当たらない。 それもそのはず、少女に話しかけていたのは人間ではなく、少女が乗っている風竜だったのだから。 「お姉さまは魔王が怖くないの?」 「……別に」 「シルフィは怖いのね。国を一つ占領しちゃうんだもん、きっと恐ろしい姿の怪物なのだわ」 怖がる風竜の頭を少女は優しくなでる。そして、そっと呟いた。 「大丈夫」 この言葉で風竜は少し落ち着いたようだ。今は今晩のご飯はお肉がいいと少女にねだっている。 だが、少女の心から不安が消えることはない。先程の言葉は、出発してからずっと自分に言い聞かせていた言葉なのだから。 青い髪の少女、タバサがアルビオンに向かうのは、彼女のもう一つの顔である北花壇騎士・七号に任務が下されたからだ。 任務の内容はアルビオンにいる魔王の偵察。だが、この任務を言い渡した北花壇騎士団団長、ガリア王女イザベラの様子はどこかおかしかった。 いつもならタバサに対して、嫌がらせや皮肉たっぷりの言葉をぶつけるイザベラが、今回はどこかばつの悪い顔でただ任務を言い渡すだけだったのだ。 そのイザベラの態度でタバサには、この任務を自分に与えたのがイザベラではなく、別の人物であることがわかってしまう。 王女であるイザベラよりも権力を持ち、北花壇騎士に自由に命令を下せる人物。そう、ガリア王ジョゼフだ。 いち早く魔王に対して不可侵を決めたトリステインに続き、他の国々も次々と中立を宣言していく中、ガリアだけは魔王に対する方針を定めていなかった。 魔王からはガリアに侵攻する気はないと書状が送られてきていたが、ガリア王ジョゼフはそれをまったく信じていない。 ガリアの多くの国民が他の国のように中立を宣言してほしいと願っているのに対し、ジョゼフは中立を宣言するどころか魔王と戦う気さえ見せ始めている。 ガリアでは王が裏で秘密兵器を開発し、魔王と戦うつもりだという噂で持ちきりであった。 そんな中、タバサに命じられた魔王への偵察任務。タバサが成功しようが、失敗しようがジョゼフに損はない。 タバサの本当の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。ジョゼフの弟、シャルルの一人娘だ。 すでにシャルルが暗殺されている今、ジョゼフに対して不満を抱く人間が旗頭にするのはシャルロットしかいない。 魔王がシャルロットを始末してくれれば、ジョゼフは後顧の憂いを絶つことができ、魔王との戦いに専念できる。 そんなジョゼフの思惑がわかっていても、タバサは任務を断ることはできない。 彼女には毒で心を狂わされた母親がいる。任務を断ったり、逃げ出したりすれば母がどんな目に遭うかわからないのだ。 断るという選択肢がないタバサは、憮然とした表情のイザベラから任務の内容が書かれた紙を受け取り、その場を退出しようとする。 その時、イザベラからタバサに声がかけられた。 「そんな任務、さっさと終わらせてきな。あんたにはあたしの用意した任務がたっぷり残ってるんだからね」 タバサにはイザベラの言葉の真意はわからなかった。彼女のことだから、自分が用意していた任務をふいにされたのが気に食わないだけかもしれない。 それでも、嫌がらせや皮肉を受けずに出発できたことは、タバサの心をほんの少しだけ軽くしてくれたのだった。 「お姉さま、アルビオンが見えてきたのね」 シルフィードの声でタバサは我に返った。前方には空に浮かぶ大陸の姿が確認できる。 いよいよ魔王のいるアルビオンに潜入する時がきたのだ。 「雲に紛れて上陸、その後は合図があるまで隠れてて」 「了解なのね。でも、危なくなったらすぐにシルフィを呼ぶのね」 「わかってる」 「絶対なのね! お姉さまは一人で無茶をするから、シルフィはいつも心配なの。きゅいきゅい!!」 そのシルフィードの心遣いにタバサは感謝していた。もし、自分一人だけだったなら不安に押し潰されていただろう。 「無茶はしない、心配しないで」 そう言って、タバサは再びシルフィードの頭をなでた。頭をなでられたシルフィードは、目を細めてきゅいきゅいと嬉しそうに鳴いている。 使い魔召喚の儀式で風韻竜を召喚した時は、面倒なことになったと考えたこともあった。 絶滅したといわれている韻竜を召喚したことがばれれば、厄介ごとに巻き込まれるのが目に見えていたからだ。 だが、今ではシルフィードに感謝している。つらい任務も彼女と一緒なら失敗することはなかったし、一人で任務をこなしていた時より随分楽になった。 今回の任務もシルフィードと一緒ならきっとうまくいく。例え相手が恐ろしい魔王だったとしても。 その後、特に問題なくアルビオンに到着したタバサは、情報収集のためにかつて王都と呼ばれていたロンディニウムに向かった。 しばらくして、ロンディニウムに到着したタバサの目に飛び込んできたのは、魔王の国にあるとは思えない平和な街の姿だった。 談笑しながら歩いている人の姿も見えるし、開けた所にある広場では子供達の遊んでいる姿が確認できる。 大通りでは露店が開かれており、多くの客で賑わっていた。表情は皆明るく、買い物を楽しんでいるのが見ているだけでも伝わってくる。 タバサはアルビオンの街がここまで平和だとは思ってもいなかった。 てっきり、魔王に占領された国のことを悲しみ、毎日を怯えながら過ごしているとばかり考えていたのだ。 だが、タバサがそう考えていたのも無理はない。圧倒的な力を持ち、人々から恐れられている魔王が、平和な街を作るという想像ができる人間がいるだろうか。 その時、困惑しているタバサに声がかけられた。 「そこのかた、今日は新鮮な果物が揃ってるよ。一つどうだい?」 どうやら話しかけてきたのは露店の店主のようだ。確かに、店には色とりどりの果物が並んでいる。 思わず果物に目が行ってしまうが、今は買い物をしている場合ではない。 「いらない。それより聞きたいことが……」 「こんにちは、おじさん」 タバサが店主に話を聞こうとしたちょうどその時、後ろから店主に話しかける声が聞こえてきた。 おそらく買い物客だろうと思い、何気なく振り向いたタバサはその人物を見て固まってしまう。 「いらっしゃい、ティファニアちゃん。今日もおいしい果物が揃ってるよ」 「本当、おいしそう!」 タバサは目の前の光景が理解できなかった。ティファニアと呼ばれた人物の耳は細長く、一目でエルフだとわかる。 エルフは強力な先住魔法の使い手であり、このハルケギニアで一番恐れられている存在だ。 だが、店主は目の前のエルフをまったく恐れていない。それどころか、エルフと親しそうに話している。 「ん? お客さん、もしかして旅の人かい?」 固まってしまったタバサに気付いた店主が声をかけてくる。タバサは黙って頷くことしかできなかった。 「まさかこの魔王の国にやってくる人がいるとは……あ、この娘はあなたに危害を加えることはないから、警戒しなくても大丈夫だよ」 店主と親しそうに話していたエルフは、今は不安そうな顔でタバサのことを見ている。 その姿からは、タバサのことを攻撃しようという意思はまったく感じられない。どうやら、店主が言っていることは本当のようだ。 「エルフが怖くないの?」 「そりゃあ最初は怖かったよ。でもね、あの恐ろしい魔王に比べたら、大人しくて優しいティファニアちゃんは天使に見えるってもんさ」 確かに、今この国は魔王という正体不明の存在に占領されている。 恐ろしい力を持ち、姿形がまったくわからない魔王に比べたら、この大人しそうなエルフの方がましだといえるだろう。 それに、このエルフは十分に美少女といえる顔立ちをしているし、なにより胸が大きい。これなら、男性に人気が出るのもわかるというものだ。 「それに、ティファニアちゃんはマチルダさんの家族だからね。この街の恩人の家族を邪険にはできないよ」 「マチルダさん?」 「ああ、あの人のおかげでこの街の人間は安心して暮らしていられるんだ」 そして、店主は魔王がアルビオンに現れてから起こった出来事をタバサに話してくれた。 店主の話では、最初は魔王を倒すために多くの人間が魔王の城に向かっていったという。だが、ほとんどの人間がその日のうちに逃げ帰り、それ以来魔王の城に向かう者はいなくなってしまった。 魔王が街に危害を加えることはなかったが、いつまでも魔王が何もしてこないとは限らない。不安に駆られた住人達は、この街から次々と逃げ出していった。 残った住人達は、これ以上この街から人がいなくなるのを防ぐために魔王と話し合うことを決意する。だが、ここで問題が発生した。 残っている住人のほとんどが魔法の使えない平民だったのだ。力をまったく持っていない平民相手に魔王が話し合いに応じてくれるとは思えない。 その時、困り果てていた街の住人達の前に現れたのがマチルダだった。土のトライアングルのメイジである彼女は、住人達の代わりに魔王との話し合いに臨んでくれるというのだ。 マチルダに全てを託すことにした住人達は、祈るような気持ちで彼女の帰りを待つことにした。 次の日、住人達は街に戻ってきたマチルダから話し合いが成功したという報告を受ける。 彼女の話では、魔王はこの街の住人に危害を加えないことを約束してくれたらしい。さらに、それを証明するために、今日の夜住人達の前に魔王が姿を見せるというのだ。 そしてその日の夜、鳥の顔をした巨大なゴーレムに乗って約束どおり魔王は街に現れた。 「魔王はどんな姿をしていたの?」 謎に包まれていた魔王の姿がわかるとあって、普段は無口なタバサも思わず店主に質問をしてしまう。 「体格は大柄で、真っ黒なローブに鎧と兜を身に着けてたよ。顔は暗くてよく見えなかったな」 魔王は住人達に姿を見せてからすぐに立ち去ってしまったため、魔王の顔を見た者は誰もいなかったらしい。 その後、この街から住人が逃げ出すことはなくなり、王党派と貴族派が争っていた時よりも平穏な暮らしができるようになった。 街の恩人であるマチルダは、住人達の願いでこの街に住むことになり、現在は家族と一緒にこの街で暮らしている。 ティファニアはマチルダの家族のハーフエルフで、最初は住人達も対応に戸惑ったが、今では誰も彼女を怖がる者はいない。 それどころか、その愛らしい容姿と優しい性格ですっかり街の人気者になっているとのことだった。 「これで俺の話はおしまいさ。他に何か聞きたいことはあるかい?」 「魔王のこと、本当に信じてるの?」 「魔王を完全に信じてるわけじゃないよ。ただね、魔王に怯えて暮らすよりも、魔王なんか気にしないで笑って暮らした方がいいって、みんな吹っ切れたんだろうね」 だからそのきっかけを与えてくれたマチルダにみんな感謝している、最後にそう付け加えて店主の話は終わった。 タバサは話を聞かせてくれた店主にお礼を言うと、最後に一つ質問をする。一番重要な魔王の居場所についてだ。 「魔王はニューカッスル城にいるよ、もっとも今はみんな魔王城って呼んでるけどね」 それを聞いたタバサは再度店主にお礼を言い、足早にその場を去ろうとする。 だが、店から少し離れた場所である人物に呼び止められてしまう。タバサを呼び止めたのは、先程の露店にいたハーフエルフのティファニアだった。 「ま、待って。もしかしてお城に行くの?」 タバサはいつものように無表情で何も答えなかった。この後、夜になってから魔王の城に行くつもりだったが、それをこの少女に言う必要はない。 ティファニアは何か言いたいことがあったようだが、何も答えないタバサに戸惑っているようだ。 しばらく二人の間で無言の時間が続いたが、やがて意を決したティファニアがタバサに話しかけた。 「あ、あのね、魔王は本当はとても優しい人なの。だから、お城に行っても魔王を退治しようだなんて思わないで」 そのティファニアの言葉でタバサはある噂話を思い出していた。魔王の正体はエルフではないかという噂だ。 もし魔王がエルフなら、同属であるこの少女に酷いことはしないだろう。そう考えたタバサは、ティファニアに何も答えずその場を去っていった。 夜までに色々準備をすることもある、こんな所でぐずぐずしている時間はタバサにはないのだ。 そんなタバサの背中をティファニアは悲しそうな顔で見つめていた。 そして、辺りがすっかり暗くなった頃、タバサは魔王の城の近くまでやってきた。 今回の任務はあくまで偵察だ。ハーフエルフの少女に返答はしなかったが、魔王を倒す気など最初から頭にない。 あとは、魔王の居場所が本当にこの城で間違いないのかを確かめれば、偵察としての任務はこなせたといえるだろう。 もし魔王に見つかって戦闘になるようなことになれば、すぐにシルフィードを呼んで脱出するつもりだ。 シルフィードは近くの森で待機している。タバサの合図があればすぐにでも駆けつけてくれるだろう。 すべての準備を整えたタバサは、魔王の城へと目を向ける。 明かりはほとんど点いておらず、城門前には門番らしき者もいない。だが、中庭には鳥の顔をしたゴーレムの姿が確認できる。 おそらくあれが見張り番なのだろう。城に侵入するには、あのゴーレムを避けて通らなければならない。 タバサは一つ息を吐くと、ゴーレムに見つからないように魔王の城へと向かっていった。 運良くゴーレムに見つからずに、タバサは城に侵入することができた。 あとは魔王を探すだけだが、この広い城内で魔王を見つけるのは容易なことではない。それに、城内に魔王の手下がいないとも限らないのだ。 タバサは気合を入れなおすと、静まり返っている城内を歩き始めた。 しばらく歩いていると、薄暗い城内の中で明かりが灯っているのが目に飛び込んでくる。 素早くその場所に向かったタバサだったが、そこは魔王の部屋ではなかった。 明かりが灯っていた部屋はこの城の厨房のようで、中ではメイド服姿の少女が一人で料理を作っている。 後ろから見た少女の耳は細長くはなく、少女がエルフではないことがすぐにわかった。魔王が人間の少女に食事を作らせているのは驚いたが、今は少女を気にしている場合ではない。 タバサはすぐにこの場所を離れようとしたが、あることに気付き途中で足を止めた。少女の後姿をどこかで見たような気がしたのだ。 だが、すぐに気のせいだと思い、その場を離れる。いつまでもここで無駄な時間を使うわけにはいかなかった。 次にタバサが訪れた場所は城のホールと思わしき場所だった。魔王が現れる前は、ここで華やかなパーティーが開かれていたのであろう。 タバサが薄暗いホールを進んでいくと、中央に何かあるのに気が付いた。近付いて見てみると、それが台座に乗った石像であることがわかる。 石像は剣を手に持ち、鎧を身に纏った男の姿をしていた。なぜこんな物が城のホールにあるのか、タバサには検討もつかない。 その時、ふと辺りを見回したタバサは、他にも石像があることに気付いた。中央にある男の石像を囲むように、全部で七体の石像がホールに置かれている。 石像の姿はすべてばらばらで、普通の人間から翼のないドラゴンのような生物まで実に様々だ。中庭にいたゴーレムの姿と同じ物もある。 嫌な予感がしたタバサは、この場からすぐに立ち去ろうとしたが、どうやら少し遅かったようだ。 すでに魔王はタバサの前にその姿を現していたのだから…… 「我が名は……魔王オディオ……」 魔王の姿は街で聞いた話と同じだった。大柄で黒のローブに鎧と兜を身に着けている。 だが、魔王の声はその姿とは裏腹に甲高く、まるで少女のようだ。 (早く逃げないと……) 魔王の正体は気になるが、今はそんなことを考えている場合ではない。見つかってしまった以上、この城から脱出するのが先決だ。 すぐさまタバサはシルフィードを呼ぶために口笛を吹こうとする。 「逃げられないわよ……この私からは……」 次の瞬間、まるで地震が起こったかのようにホールが揺れ、辺りが暗闇に包まれる。 何も見えない暗闇の世界が晴れた時、タバサの前には常識では考えられない異様な光景が広がっていた。 「どうなってるの?」 タバサがいたはずの城は跡形も無くなり、外は夜のはずなのに夕焼けのような赤い空が広がっている。 辺りを見渡しても、前方に大きな穴が開いている以外はでこぼこした地面が広がっているのみで、城どころか木の一本すら生えていない。 シルフィードを呼びたくてもこれではどうしようもない、この場所は先程いた場所とは明らかに異なっている。 突然変な場所に飛ばされてしまったタバサが戸惑っていると、目の前に恐ろしいものが姿を現した。 現れたのは巨大な目と大きな口、そして鳥の羽のようなものに包まれた奇妙な物体である。目は二つあり、タバサのことをじっと見つめていた。 あまりの恐怖と驚きで、その場に尻餅をついてしまったタバサの目にさらに恐ろしいものが飛び込んでくる。それは地面から伸びている人間の手だった。 今まででこぼこした地面だと思っていたものは、石になってしまった人間が折り重なってできたものだったのだ。 恐怖で固まってしまったタバサの前に巨大な目が迫ってくる。 それに気付いたタバサは魔法を詠唱しようとするが、巨大な目に見つめられた瞬間、急に眠気が襲ってきた。 それが巨大な目の攻撃だとわかっていても、耐えられない強烈な眠気の前に、タバサはあっけなく意識を手放してしまう。 タバサの目に最後に映ったのは、鋭い歯と光る目を持つ魔王と呼ぶに相応しい怪物が空に浮かんでいる姿だった。 「いつまでもそんなところで寝てると風邪ひくわよ」 その声を聞いた瞬間、タバサは跳ねるように飛び起きた。目の前には、黒いローブを着た小柄な人物が立っている。 声で女性だとわかるが、ローブのフードのせいで顔はよく見えない。 「ここは……」 タバサが立っていたのは魔王の城のホールだった。周りを見渡しても、巨大な目や人間でできた地面は確認できない。 唖然としていたタバサだったが、すぐに足元に落ちている杖を拾い上げ、目の前にいる人物と距離をとる。 「あなたは誰?」 「さっき名乗ったでしょ」 「……魔王」 「そうよ。あの世界に戻りたくなかったら、今すぐここから立ち去りなさい」 この人物が本当に魔王なのかはわからない。だが、今は魔王の正体より、この城から脱出するほうが先である。 罠の可能性もあるが、もし本当に見逃してもらえるのならば素直に従ったほうがいいだろう。 それに、ここで逆らって命を落とすわけにはいかない。やらなければいけないことはまだたくさん残っている。 そう考えたタバサは、辺りを警戒しながらホールの出口に向かっていく。 その時、魔王を名乗る黒いローブの人物がタバサに話しかけてきた。 「一つ忠告しといてあげるわ」 黒いローブの人物がその言葉を発した瞬間、今まで静寂に包まれていたホールに異変が起こる。 ホールに置いてある石像の目が一斉に光りだしたのだ。その異様な光景にタバサは思わず身構えてしまう。 だが、黒いローブの人物はそんなタバサの様子を気にもせずに、ある言葉を告げる。 それは、全てに裏切られ魔王となってしまった青年が英雄達に語った最後の言葉と同じものだった。 「憎しみがある限り、誰でも魔王になる可能性がある。あなたも魔王にならないように気をつけることね」 ルイズはタバサが城から出た後もホールに残っていた。その手にはデルフリンガーが握られている。 「相棒。さっきはなんであんなこと言ったんだ?」 「別に深い意味はないわ。ただ、あの子も憎しみを抱いているようだから、少し助言してあげただけよ」 デルフリンガーの問いかけにそう答えると、ルイズは目深に被っていたローブのフードを脱いだ。 「あの娘っ子も魔王退治に来たのかね?」 「そうは思えないわ。最初から戦う素振りは見せなかったし、おそらくは偵察でしょうね」 「ガリアの王様の命令でやってきたって訳か」 「たぶんね。やっぱりガリアの動向には注意しないといけないようね」 他の国と違い、ガリアだけは書状を送っても魔王と戦う姿勢を見せている。 なんとか戦いを避けようとしていたルイズだったが、ガリアとの戦いは避けられそうになかった。 「しばらくはトリステインに帰れそうにないな」 「そうね。ガリアの件もあるし、テファが女王になってアルビオンが落ち着くまでは帰れないわ」 ルイズはティファニアにアルビオンの女王になってもらおうと考えていた。 マチルダから、ティファニアは前アルビオン国王ジェームズ一世の弟の娘であると聞いているので、血筋的にも王家を継ぐには申し分ない。 すでにロンディニウムでは人気者なっているようなので、これからアルビオン中にティファニアのいい評判を流していくつもりだ。 ちなみにマチルダは土くれのフーケの本名である。 マチルダの父親がティファニアの家に仕えていたらしく、ティファニアとエルフである彼女の母親を匿っていたらしい。 だが、そのせいでアルビオン王家により家名を取り潰されてしまう。 その後、マチルダは盗賊になり、両親を殺されたティファニアは森の中の小さな村に隠れ住んでいたとのことだった。 しばらくルイズとデルフリンガーが話していると、誰かがホールに入ってきた。 といってもタバサが去った今、この城にいるルイズ以外の人間は一人しかいない。 「ルイズ様、食事の用意ができましたよ」 「今、行くわ」 ルイズが魔王になった後も、シエスタは今まで通りルイズの世話をしている。変わった事といえば食事を一緒にするようになった事ぐらいだ。 もうルイズにはシエスタがいない生活は考えられない。魔王となってしまったルイズの心の支えがシエスタだった。 もし、シエスタがいなかったら間違いなくハルケギニアを滅ぼす魔王になっていただろう。 「今日はルイズ様の好きなクックベリーパイもご用意してますよ」 「本当! シエスタのクックベリーパイはおいしいから楽しみだわ!」 「普段はクールに振舞ってるけど、まだまだ相棒は子供だな」 「う、うるさいわね!」 シエスタはルイズとデルフリンガーが騒ぎ出したのを微笑みながら見守っている。 その時、ふと視線を感じたシエスタが振り向いてみると、中央にある石像が目に映った。ルイズがよく眺めている剣士の石像だ。 このホールにある石像は恐ろしい姿をしているものが多い。だから、シエスタは普段はあまり石像を見ないようにしている。 だが、剣士の石像は想像していた恐ろしい表情ではなく、どこか薄く微笑んでいるような優しい表情をしているようにシエスタには見えた。 これから先、ルイズには様々な困難が待ち受けている。 いずれは再び力を使い、魔王オディオとなる時が来るかもしれない。 だが、ルイズが本当の魔王になることはないだろう。 彼女のことを信じてくれる人が一人でもいる限り…… 前ページZERO A EVIL
https://w.atwiki.jp/30mmcolors/pages/10.html
キャラクター 「COLORS」試験運用研究所 エル アーサー 矢作 直人 矢作 元朱 黒アーサー 黒羽 イズナ ホノカ アサギ アスカ ゼロ マル ヒデヒサ・ナカザワ アヤネ・ナカザワ イーナ 長柄博士 永桜神国ロイヤルガード アル SW隊 エス サイラス第42開発室 リア ニュクス隊 クロエ キサラギ研究所 カグラ・キサラギ カナミ・キサラギ ハルト・キサラギ 開発一課 ウォン•リン ミルキークラウン隊 ミカ ミリー 第9技術開発部 ネル アサルトリシェ隊 アズキ・イーゾラ 「レメゲトンワークス」 ソフィ・レーナ レナ・リオス ティナ・リオス リーナ・アウス リサ・レモリー サラ・レモリー ミナ・カロル ミラ・カロル 遊撃部隊アルビオン隊 シェルミー・ノーラ タチバナ・カスミ バレンシア隊/欧州A王国 セトカ・バレンシア yos P Works. ブラン ブリュレ 第18技術開発 第二分隊 エメリア・シャンプール B連合皇国 クリスティーナ・レナートヴナ・メレフ 第204実験部隊“TEARS” ナナセ=セツナ エトナ・ロックフェルト メタルゴースト ユリア = フルメヴァーラ エステル = ケウルライネン 連合 オルドリン・ネージュ・ハウゼン アメリ・ヴァルトシュタイン レイラ・ティーマス ミューナ・カーン レイラ・ライトマン エレナ・ジョー 連合食堂 レイナ
https://w.atwiki.jp/arms900/pages/277.html
シドニー湾 マップ一覧へ マップ詳細 種類 水中 作戦名 出現 デラーズ紛争編のみ 解説 一年戦争時のコロニー落としによって消滅したシドニーの跡地。 地形 備考 マップ 宇宙 0% ・中央に唯一の足場。 地上 5% 砂漠 0% 森林 0% 冷地 0% 水中 95% 曲 優勢 強襲揚陸波 通常 THE WINNER 劣勢 ソロモンの悪夢 特殊部隊 連邦軍 (両雄激突編) 機体番号 キャラクター メカ 武装A 武装B カスタム 備考 隊長機 サウス・バニング(R) ジム改 ブルパップ・マシンガン シールド(ジム寒冷地仕様) 予備弾倉 2番機 ディック・アレン パワード・ジム ハイパー・バズーカ(ジム改仕様) シールド(ジム寒冷地仕様) 駆動系チューニングβ 3番機 コウ・ウラキ(R,ver.1) ガンダム試作1号機 ブルパップ・マシンガン なし オプション・ブースター 4番機 チャック・キース ザクII後期型(地球連邦軍仕様) MMP-78マシンガン なし 不明 5番機 一般兵 水中型ガンダム/HA 水中用偏向ビーム・ライフル なし 不明 艦長 ニナ・パープルトン アルビオン 部隊名 アルビオン隊+α 出展 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY(第1話 ガンダム強奪) ジオン軍 (両雄激突編) 機体番号 キャラクター メカ 武装A 武装B カスタム 備考 隊長機 アナベル・ガトー(UC) ガンダム試作2号機 なし なし ゲリラ作戦 一定時間経過後登場 2番機 ボブ ザメル なし なし 定置迎撃 初期位置は中央の小島 3番機 ゲイリー ドム・トローペン ラケーテン・バズ なし ミノフスキー粒子散布装置 4番機 アダムスキー ドム・トローペン ラケーテン・バズ なし ロングレンジスコープ 艦長 ドライゼ U-801 部隊名 トリントン基地襲撃部隊 出展 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY(第1話 ガンダム強奪) CPU部隊 連邦軍 機体番号 キャラクター メカ 武装A 武装B カスタム 備考 隊長機 マスター・P・レイヤー ジム・スナイパーII/WD ロケットランチャー なし アクティブ・サスペンション 2番機 レオン・リーフェイ ガンキャノン量産型/WD ロケット・ランチャー なし アクティブ・サスペンション 3番機 マクシミリアン・バーガー ジム/WD 100mmマシンガン なし アクティブ・サスペンション 艦長 一般兵 ミデア後期生産型 部隊名 ホワイトディンゴ隊 出展 機動戦士ガンダム外伝 コロニーの落ちた地で… ジオン軍 機体番号 キャラクター メカ 武装A 武装B カスタム 備考 隊長機 ヴィッシュ・ドナヒュー グフ クラッカー シールド(グフ仕様) アクティブ・サスペンション 2番機 一般兵 ゴッグ なし なし なし 3番機 一般兵 ゴッグ なし なし なし 艦長 一般兵 ガウ 部隊名 荒野の迅雷+α 出展 機動戦士ガンダム外伝 コロニーの落ちた地で…
https://w.atwiki.jp/daoine/pages/436.html
カルネリア公国(PixivファンタジアⅤ) トライガルド帝国西部にある島および公国。 首都は商工都市ノヴァ・カルドア、指導者はカルネリア公カルメン カルネリア公国。カルネリア島。(⇒ルベル島) トライガルド西部、ルベル島(カルネリア島)にある公国。 アルビオン侵攻におけるカルメンのセリフから、 その建立には小さくない戦いが伴ったと思われる。 エデリオン戦役ではカルネリア艦隊と攻城兵器の存在が確認できる。 ■ 語源は恐らくCarnelian(カーネリアン/紅玉髄) .
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2791.html
――生まれえざる0―― 「ふ…たった7万か……やれやれ、私は何処までも罪人なのだな…」 アルビオンから艦隊が退却する折、その殿を押し付けられた己の主に代わって、私がこれを迎え撃つ事になった。 「彼女は艦に乗せておいた、後は全てを殺し……いや、止める」 銀の髪の毛を風に遊ばせながら、長身の男が一人、覚悟を決めた。 私は、私が生まれた世界で数多の罪を犯した男だ。 世界を、つまらないし美しくも無い物であると決め付けて、目に付いた全てを殺し続けた。 世界を愛した姉さんをこの手で殺し、あの不思議な石版の力を我が物にした時から、私は狂っていたのだろう。 そんな私を止めてくれた男がいた。 最初に出会った時、彼は狼の力を持ち、しかしその力は私の腕の一振りで吹き飛んでしまうほど弱かった。 だというのに彼は何度でも立ち上がり、最後には、石版をおいて逃げざる終えなくなってしまった。 そしてその時から、私の中に二つの声が争うようになったのだ。 一つは世界を愛し罪を償えという、姉さんに良く似た人の声 もう一つは、世界を異形で満たし、己の天下とせよという悪魔の声 やがて、悪魔の声が人の声を押さえ込むようになり、私は多くの人を殺した。 あれは、そんな時だった……女の身で私の力を模倣したガイアの使いを切り伏せた時に、彼が現われた。 彼は、以前よりも鋭く、強く、早い攻撃を持って私を打ち据えた。しかし、それでも私の方がずっと強かった。 心が折れるような速さで腕を振るい、骨が砕けるような力で蹴りを入れ、魂が霧散するような斬撃を喰らわせて…それでも彼は倒れない。 私は……私の中の悪魔は、彼を恐れた。 私の中の、僅かに残っていた人間が、彼の姿に光を見た。 そして、悪魔は逃げた……私の中の悪魔が、彼を危険な存在だと認めたのだ。 その瞬間、私は、人としての私は、私を模倣した女性と共にこの悪魔を切り裂いた。 その後私は、自分の犯した数多の罪に絶望し、そして悔やんだ。 贖罪の為にと言われて武道会に出たりもしたが……そんな事で償いきれるものではなかった。 そして、少しでも贖罪になればと世界を飛び回っていた時の事だ、私はこのハルゲニアに召喚された。 それからは、私には眩しすぎるような楽しい日々だった。 私を召喚した少女は、私の顔を見ると頬を赤く染めて目を背ける事が多かった。 洗濯物を頼まれ、困っていたところで話しかけてきたメイドとも友になった。 薔薇を名乗る少年がそのメイドを攻め立てた時、私は彼女を庇って決闘を受けた。 ――青銅とはいえ、動く金属の塊を7体同時に戦う為には、私も思わず本気を出さざる終えなかったが… 職員に扮していた女盗賊が使う、巨大な岩の巨人と戦った事もあった。 窮地に立たされた時、主である少女の誇りある姿を見て、私の中で何かが吹っ切れたように想う。 胸に刻まれた不思議な模様が、嘗ての石版とは異なる、清浄な力を私にくれて、私はゴーレムを切り裂いた。 アルビオンに書類の奪還に赴いた時には、主である少女の婚約者が裏切りを働き、私は裏切り者である彼の腕を切り落とした。 そういえば、アルビオンの王子が――死者ではあったが嘗ての私の様に操られた事もあったな… 私は、平和を願って戦った。 短い間であったが、主である少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと過ごした時間を、私は忘れない。 そして、大きな戦の最終局面、撤退する艦隊の殿を彼女が一人で行う事になったと聞いて、私は決意した。 僅かな時間ではあったが、こんな罪人に明るい世界と楽しい時間をくれた彼女を、美しい世界を、私は守りたいと… 私は、ここで私の命を燃やし尽くす覚悟がある。 嘗て悪魔が私を利用していた時には遠く及ばないだろうが、それでも、私は負けない。 胸に刻まれた模様が…ルイズとの絆が、私の思いと魂を燃やし戦う力をくれるのだから、私は負けない! 「うォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」 私は『生まれえざるモノ』へと姿を変える。 私の髪と同じ色の外皮を持ち、長い触角と虫のような外郭、手首と足首からは鋭い刃が伸び、背中からは長い触手が2本生えている異形… その見るに耐えない、禍々しき怪物に、幸せな時間をくれた主を……この怪物は、心から守りたいと想う。 だから私は今一度、武器を持つ人ではなく、人に武器を持たせる国を、世界を殺す罪人と成ろう! ―――以下旧アルビオン軍司令部大将の記録より抜粋 7万の軍勢がトリステイン軍の艦隊に追撃をかけた時の事だ、我々は異形の勇者に出会った。 ソレはおおよそ人には見えない姿であり、人所かエルフですら実現しえないであろう動きで我が軍を翻弄した。 放たれた矢も、魔法もソレの振るう刃の前には無力であり、空を飛ぶ軍艦ですらも、ただの一刀で切り伏せでみせた。 それだけならば、ただの怪物でしかないのだろうが、ソレは違った。 負傷者は数え切れなかったが、驚くべき事に死者は一人もいなかったのだ。 船が落ちたというのに、その乗員の全てをソレはただ一つの体で救ったのだ! ソレは異形の姿ではあったが、イーヴァルディの勇者だとその場に居た全員が思った… 我が軍は戦意を喪失し、異形なるイーヴァルディの勇者は我々の前から消えた。 それから5年ほどが経過した時、世界は大きく変わっていた。 各国の保有していた火薬が、武器が、船の全てが何者かによって破壊されたのだ。 その破壊の爪跡は、巨大な刃物を振り回したかの様だった。 それだけではない、平民の間に製鉄技術や金属加工の技術、液状化した石炭を燃やすだけで動く動力などが齎された。 その上、安価で効果の高い薬を、岩や草等の材料を磨り潰し、または水や酒に溶かして混ぜただけで作れる者すら現われたのだ。 たった1年と言う短い時間の流れは、我々メイジの存在意義すら否定して見せたのだ。 そして、その全てをあの『異形のイーヴァルディの勇者』が行ったのだと云われている。 我々、旧アルビオン軍を初めとする調査委員会の全てが、彼の軌跡を追っているが、依然として彼の行方は知れない。 ――――――――――――――――――― 空には星が輝き、町には魔法ではない安定した灯りが点っている。 産業の発展によって大気汚染や水質汚染が引き起こされる事がないように、後10年は世界を見て回った方がいいだろう。 だが、私には会わねばならない相手が居る。 数年前、私がこの世界に来る切欠となった光の鏡が現われた…しかし、あの時私は彼女の元に戻るわけにはいかなかった。 ただ、何者かに襲われている事だけは解ったので、片腕だけを突っ込み、私の生まれえざるものとしての感覚を頼りに敵を切り伏せた。 私は、あの時腕にすがり付いてきた彼女の温もりを未だに覚えている。 だが、私は言った、あと5年だけ時間をくれと…皆が平等で、平和な世界を作りたいんだと… あれから丁度5年になる。彼女は怒るだろう、もしかすると爆発に巻き込まれるかもしれない。 だが、私はそれらを恐れる事は無い。 私は、彼女の今の住まい……ヴァリエール家の門を叩く。 少しして扉が開くと、そこには…… ――お帰りなさい、バカシオン―― BLOODY ROAR3~4、EXより、世界を震撼させた異形の獣人―シオンを召喚―
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8863.html
前ページ萌え萌えゼロ大戦(略) (シンさんはMI6にいたわけじゃないはずだけど……) エミリーは内心そう思ったが、だからといって諜報活動ができない わけではない。それでも、今までシンにそういう任務を与えていたのも、 このタイミングで秘密にしていた小隊を白日の下にさらしたのも、 間違いなく目の前のアンリエッタ姫。その理由が、エミリーには理解 できなかった。 そして、シンはエミリーの質問には完全な答えを出さなかった。 「そのことはノーコメント。でも、ボクが今日この村に到着すると 知らせたから、姫殿下はこうして足を運んでくださったわけで」 「そうなのですか?それではどうしてアニエス隊長にも内密に事を 進めたのですか?」 「後顧の憂いを絶つ絶好の機会だから、ですわ。それに、わたくしの 師であるあかぎさまが目覚めたと聞いてご挨拶にも伺わないとは失礼にも ほどがあります」 アンリエッタ姫はそう言って目の前のエルザを納得させる。真の理由を 知るワルドはその滑稽さに思わず笑みを漏らしたが、素性が良いだけに それすら様になるだけだった。 アンリエッタ姫がエミリーたちに案内されてシエスタの家に到着した時。 そこにはルーリーとティファニア、チハもいた。アンリエッタ姫到着の 報を聞いて、あかぎは思わず溜息を漏らす。 「……今日はなんだかすごい日ね。はぁ~」 「ずっと眠りに就いていた恩師が目覚めたと聞いて駆けつけない弟子は おりませんわ」 アンリエッタ姫が通された食堂には、今この五人しかいない。あかぎの 態度にも動じないアンリエッタ姫に、あかぎは一言釘を刺す。 「私は確かに『女の子の武器はここぞという時には最大限に使いなさい』とは 教えたけれど、だからといってこういうことは感心しないわね」 「今がそのときですわ。あかぎさま。できうるならば、もっと教えを 請いたいと思います」 「それは私に参謀になれ、ということかしら~?」 ジト目でアンリエッタ姫を見るあかぎ。だが、アンリエッタ姫は信念を 持った目でそれに応えた。 「そうであって欲しいと思っておりますわ。それに……」 アンリエッタ姫は視線をティファニアに移す。 「はじめましてティファニア。わたくしはアンリエッタ・ド・トリステイン。 あなたの従姉です」 「え?あ、あの……は、はじめまして……」 アンリエッタ姫の雰囲気に、ティファニアは完全に呑まれてしまっていた。 おどおどと返答をするティファニアに、アンリエッタ姫はにこやかに 微笑んだ。 「わたくしがこの村に急ぎ足を向けた理由は二つ。一つ目はあかぎさまに ご挨拶すること。そして、もう一つは……」 アンリエッタ姫はそこでいったん言葉を切る。そして、ティファニアに 向き直った。 「ティファニア。あなたに、王族としての務めを果たしてもらいたいと 思ったからです」 「は、はいっ!?」 ティファニアはその言葉に心底驚いた。そして、あかぎとルーリーは その表情に険しさを加える。 「……そういうこと、ね」 あかぎは一際大きな溜息をつく。だが、ティファニアはその溜息の 意味に気づかず、ただおろおろとするだけ。そこにアンリエッタ姫が たたみかける。 「ティファニア。あなたのご両親、モード大公とシャジャルどのを粛清した 王家を恨んでいるでしょう。ですが、王家なき今のアルビオンは、 簒奪者どもの手によりこのハルケギニア全土を巻き込む戦乱を企てる 悪しき国となってしまいました。始祖の系統たる王家を復興し、 アルビオンを元の平和な国に戻すには、あなたの力が必要なのです」 アンリエッタ姫はそう言ってティファニアの手を取る。 「わた、わたし……が?」 「ええ。あなたの従姉として、わたくしが支えます。このタルブに 身を寄せているアルビオンの民を率いて、起ってもらえますか? 正当なアルビオン王家最後の姫であるあなたが旗を掲げれば、彼らは すぐにあなたの元にはせ参じることでしょう」 「わたしが?アルビオンを……取り戻す?」 ティファニアはチハとあかぎ、ルーリーに視線を移す。だが、門外漢の チハはそれに明確な回答を持たず、あかぎとルーリーは無言のまま。 誰も救いの手をさしのべてくれない状況で、ティファニアは下を向いて 思案する。 「……わたしに、そんな資格……あるのかな?だって、わたしは……」 『まじりものだし』――そう言おうとしたティファニアの唇に、 アンリエッタ姫の指先が触れた。 「あなたはあなた、そうではありませんか?ティファニア? 誰に恥じることもない。あなたはアルビオン王弟モード大公と、 騎士シャジャルどのの忘れ形見。大きな心ですべてを受け入れ愛した 大公と、勇敢さと優しさを兼ね備えた騎士の娘。 それ以外の何だというのです?」 「アンリ……エッタ……」 顔を上げるティファニア。その目の前には、優しく微笑むアンリエッタ姫の 顔があった。 「もし……わたくしとあなたの立場が逆であったとしても、わたくしは 王権復興のために立ち上がることでしょう。それが、王家に連なる者の 宿命(さだめ)なのですから」 そう言って、アンリエッタ姫はティファニアの頭を優しく抱きしめる。 「……本当に、わたしで、いいのかな……こんな、わたしでも」 そうつぶやいて目を細めるティファニア。その様子にルーリーが アンリエッタ姫に注進しようとしたまさにそのとき。家の外からこの世界には 未だあり得ない音――レシプロエンジンの高回転ピストン音――が響き渡った。 それから間を置かず、食堂に三人の女たちが入ってくる。 先頭で息せき切るのはマチルダ、そしてルイズが続き、最後がふがく。 三人の闖入者にティファニアとチハは驚いたが、アンリエッタ姫やあかぎ、 ルーリーは動じなかった。 ルイズのおかげで遅くなったものの、ふがくに目一杯飛ばしてもらって タルブの村までやって来たマチルダだが、銃士隊の制止を振り切って シエスタの家に乗り込んだ時――自分は遅かったのだと知った。 そこにはアンリエッタ姫と以前魔法学院で出会った魔法衛士が、 あかぎやルーリー、そしてティファニアたちと一緒にいた。ティファニアは マチルダたちが乗り込んだ時にアンリエッタ姫の手を握って怯えた表情を 見せたが、それがマチルダだと知ってまた驚いた顔を見せた。 「マ、マチルダねえさん?」 「あら?どなたかと思えば……サウスゴータどのではありませんか」 ティファニアを抱いた姿勢のまましれっと言い放つアンリエッタ姫に、 マチルダは頭にかあっと血が上るのを抑えきれなかった。 その横で、ルイズは事情が飲み込めずに困惑する。自分が連れて行けと 駄々をこねて出発が遅れたからこうなった?でも、あかぎの家には アンリエッタ姫とワルド子爵がいて、それにアンリエッタ姫に抱かれるように 怯えた風を見せる見たこともない綺麗な女の子と、どことなく気弱そうな 雰囲気のある、こちらも見たこともない鉄の鎧を身につけた黒髪の少女。 そしてアンリエッタ姫はロングビルに向かって『サウスゴータ』と言った。 ルイズの記憶では、それは四年前にアルビオンで起こった内乱、 『モード大公の叛乱』で逆賊側に付いた貴族の家名だ。思わずマチルダに 視線を移すルイズを横に、マチルダは舌打ちした。 「……やってくれたね。お姫様」 「あらあら?なんのことでしょう?」 マチルダの貫くような鋭い視線を柳に風と受け流すアンリエッタ姫。 それがいっそうマチルダの激情を呼び覚ます。 「ざけんじゃあないわよ!あんた、テファにいったい何を吹き込んだ!」 「控えよ。ミス・サウスゴータ」 今にもつかみかからんとするマチルダに、ワルドがそう言って掣肘する。 いつの間にその位置に移動したのか、アンリエッタ姫の後ろに控えていたはずの ワルドが、後ろからマチルダの肩を掴んでいた。 「な……いつの間に」 「トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン殿下の 御前である。言葉遣いに気をつけたまえ」 ワルドはそう言ってマチルダに自制を要求する。ルイズには、そんな ワルドの様子に違和感を覚えた。そしてアンリエッタ姫にもう一度視線を 移して――まだ彼女に抱かれたままのティファニアの耳にようやく目が 行った。 「……エ、エルフぅ~っ!?」 驚愕に目を見開くルイズ。 だが、そのリアクションはルイズただ一人だけだった。 「……何かおかしな事でもありましたか?」 と、アンリエッタ姫。 「彼女、ティファニアちゃんはシャジャルちゃんの娘だから~。 別におかしな事はないわよ~」 と、あかぎが言う。ワルドも、あかぎの横にいるルーリーも、事情を 知っているためか何も言わない。この世界でエルフが人間からどう思われて いるかなど知らずティファニアと一緒にいたチハは別段驚くことなどなく、 チハと同じくこの世界のエルフのことなど知らないふがくも驚くことはなかった。 そんな周りの反応に、ルイズは思わず赤面する。自分だけ騒いで バカみたいと思ったからだ。 そのルイズの反応を見て、アンリエッタ姫はティファニアの体を離して 椅子から立ち上がった。ワルドが無言でその後ろに従う。 「とりあえずの用事が済みましたから、わたくしは戻ります。ティファニア」 「は、はいっ!?」 名前を呼ばれて思わずかしこまるティファニア。 その表情に、アンリエッタ姫は笑いかける。 「良い返事を期待していますわ」 そう言うと、アンリエッタ姫はシエスタの家を後にした。 ワルドとアンリエッタ姫を乗せた風竜がタルブの村を飛び立ったのは それからすぐのこと。村長や銃士隊にはアンリエッタ姫が今日ここに 来たことは内密にするよう強く言い含められた。その理由を知っている シンは別格として、何をするのかを理解したエミリーは小さく溜息を ついたのは余談だ。 二人がいなくなったシエスタの家から、ルーリーもまもなく出て行った。 その背中に、あかぎは話しかける。 「ルリちゃんはどうする気?」 「……さあね。アタシももう年だ。けれど……」 そこでルーリーは立ち止まる。背中を向けたまま、彼女は続けた。 「誰かのために何かがしたい、というなら、まだ手伝えるかもしれないね。 失ったものはどうやっても戻っては来ないがね」 その言葉に、ティファニアも、マチルダも、揃って言葉が出なかった。 そうして見えなくなったルーリーのその背中に、明確な返事ができたのは あかぎだけだった。 「……確かに失ったものは戻ってこないわね。けれど、まだなくして いないものだったら、取り戻せるかもしれないわ。 そう思わない?みんな?」 「私には全然話が見えないんだけど」 あかぎの言葉にふがくがそう答える。そして、チハに視線を向けた。 「日本の鋼の乙女、ね。陸軍?どっかで会ったことなかった?」 ふがくにそう言葉をかけられて、チハは感極まった。自分が守ろうとして 守れなかったはずの妹。あのときとは雰囲気が少し異なっているけれど、 その姿は忘れようはずもない。 もしも時間軸が少しずれていれば、南方のどこかでともに戦っていたかも 知れない。だが、チハの知っているふがくは、あの硫黄島で再起動直前の 状態のまま米軍に破壊されたフガクだ。一言も言葉を交わしたこともなければ、 こうして向き合ったこともない。だから、チハはこう答えた。 「そうです。はじめまして。私は大日本帝国陸軍の鋼の乙女、九七式中戦車 チハです」 「チハちゃん……」 あかぎはチハの言の葉ににじみ出る寂しさを感じ取った。大戦中盤の ミッドウェイ海戦で戦没したあかぎは、大戦末期の硫黄島の戦いは知らない。 あかぎが知っているのは、終戦の日をその目で見た白田技術大尉から 聞いたことだけでしかない。鋼鉄の暴風と米軍が呼称した凄惨な戦いだった、 とか、日本の鋼の乙女はその戦いでほぼ壊滅した、とか。その程度のことだ。 陸軍の無理解に端を発する作戦の稚拙さからフィリピンで米軍に鹵獲され 連合軍として戦った期間が長かったとはいえ、チハは海軍のゆきかぜと 並んであの大戦を生き残った日本の鋼の乙女だったが、その話を聞く前に アンリエッタ姫が訪れてしまったのだった。だから、あかぎにはチハが 何故そんな寂しさを感じさせるのか、その理由はうかがい知ることが できなかった。 ふがくもチハの雰囲気が変わったことに気づいたが、それが何故なのかは 思い当たらなかった。どこかで会ったような気がする――記憶の片隅に 確かにおぼろげな形が見え隠れするものの、それを肯定する材料がない。 だから、ふがくも努めていつもと変わらない返事をする。 「そう。私はふがく。見てのとおり超重爆撃機型の鋼の乙女よ。 アンタも災難ね。こんなところに飛ばされて」 「確かにそうかも……。でも、そのおかげでテファと出逢えたです」 「チハ……」 チハはそう言ってにこりと笑う。それを見て、ティファニアもようやく さっきまでの緊張が解けた気分になった。 「ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しい」 「テファは大事なお友達です。テファがそう願ったから、私はテファの 力になることに決めたんです」 チハのその言葉には、確かな自信が込められていた。そんな二人を見て、 ルイズは疎外感に囚われる。 (――わたしだけ、何も知らないんだ……) さっきのアンリエッタ姫のことも、ワルド子爵のことも。 そして、今目の前にいるティファニアという少女とチハという鋼の乙女のことも。 さっきだってロングビル――マチルダの言葉に突っかかって駄々をこねて ここまで付いてきたけれど、結局何もできないばかりか時間を取らせて 何か取り返しの付かないことになってしまった。 そんなルイズの思いは、誰にも伝わることはなかった。伝えようとして いないのだから当然だ。ルイズは、自身のことをさらけ出すことが苦手だった。 それはそうできる相手がカトレアしかいなかったことと、育った環境が 大貴族の三女というものも大きかった。 しかし、思いは伝わらなかったが、そんなルイズの心の揺らぎを 感じ取った者はいた。あかぎと、ふがくだ。 「……何してるのよ?」 「え?あ……」 「あ、じゃないでしょうが!アンタが駄々こねて無理矢理付いてきたんだから、 何がしたいのかはっきり言えばいいじゃない」 「え……あ……ご、ゴメン……」 ふがくにそう言われて、ルイズは思わず謝った。そこにふがくが さらに続ける。 「わかんないことがあるんだったら、聞けばいいでしょうが! アンタ、まさか自分が何でも知ってるなんて思い上がってるんじゃない でしょうね?」 「そ、そんなことないわ。だって……さっきの姫様のことだって、 どうしてあんなことになっていたのか全然わからないし」 「それは私も気になったわね。あかぎ、何か知ってる?」 ふがくにそう問われて、あかぎは小さく溜息をついた。 「そうね。彼女は私の優秀な生徒、ということね。少し優秀すぎたかも 知れないわ」 「どういうこと?」 次にそう聞いたのはルイズ。あかぎは視線をティファニアに移してから、 続ける。 「ティファニアちゃんのお父様ね、アルビオンのモード大公殿下なの。 ルイズちゃんなら、これで話がつながるかしら?」 「……それって!?」 あかぎの言うとおり。ルイズにはそれだけで十分だった。 「つまり、姫様は、ウェールズ皇太子様の敵討ちをするおつもりなの……?」 「立派な大義名分ね。モード大公家を滅亡に追いやったテューダー王家が 滅んだ今、ティファニアちゃんは正当な、最後のアルビオン王位継承権を 持つから。ティファニアちゃんを旗頭にして、生き残った王党派を まとめ上げることができれば、アンリエッタ姫殿下はティファニアちゃんを 支援する名目でアルビオン本土奪還と王権復古に向けて堂々と兵を 向けることができるわ。トリステインにいるアルビオン王家の遠縁を 担ぎ出すよりもよっぽど効果的ね。そもそも、そうする気なら姫殿下 ご自身がテューダー王家の血筋でもあるわね。ただ、そうしてしまうと 今度はトリステインがアルビオンを併合するという余計な詮索を招くかしら。 ともあれ、そうやって今の共和政府の首魁クロムウェルを打倒する つもりなのね」 「無茶ね」 あかぎの溜息交じりの話を聞いて、ふがくは一刀両断した。 「兵力は今度のゲルマニアとの同盟でそっちも引っ張り出せば都合が 付くでしょうけれど、保有兵器に技術差がありすぎるわ。蒸気機関と 施条砲を実用化している国に、今のトリステインじゃ勝ち目はないわね ……私たちが手を貸さない限り」 「内戦でどこまで灰燼に帰してくれたか、というところね。それでも 厳しいわね。……さて」 そこまで言ってから、あかぎはもう一度ティファニアに向き直る。 「ティファニアちゃん」 「は、はいっ!」 名前を呼ばれてティファニアは思わず姿勢を正した。あかぎの表情は真剣。 それ故に、ティファニアも思わず息を呑んだ。 「あなたにその覚悟はあるかしら?アンリエッタ姫殿下にどう返事する つもりなのかしら?」 「え……あ……あの……」 ティファニアの声には明らかな迷いがある。あかぎも誰も先を促さない。 そうしてしばらく時間が過ぎて――ティファニアは意を決したように あかぎに告げた。 「わたし、自分にしかそれができないってことだったら、やります。 アンリエッタにも、そう返事します」 「いいのかい?テファ。今聞いただろ?あの姫様、テファを利用する だけかも知れないんだよ?」 マチルダはそう言って翻意を促すが、ティファニアは譲らなかった。 「そう。ルリちゃんもあなたがその気になったら手を貸すことを いとわないでしょうし、あなたも、そうでしょ?」 それを見て、あかぎはマチルダに視線を送る。マチルダはティファニアの 決断を内心苦々しく思ったが、それを顔に出したのは最小限に留める。 「あの姫様に手引きしたのはスピノザだろうし。あたしらかつての モード大公家の直臣三家が揃ってテファに手を貸すことは、どうせ織り込み 済みだろうしね。 ただ、あんたが見てのとおりテファは……」 「それについては心配することはないでしょうね。確か、魔法の中には 偽りの姿を与えるものもあったはずだし、何なら装身具として常に耳当てを 付けていてもそんなに違和感はないわね。姫殿下がそのあたりを見落とす はずがないもの」 「『フェイス・チェンジ』だね。『水』と『風』のスクウェアスペルだよ…… って、まぁ一国の姫がやる謀ならそれくらいは用意するか。気にくわないねぇ。 何から何まで掌で踊らされている感じだよ」 「それも政よ。とにかく、みんな、今日はうちに泊まって行きなさい。 夜も遅いし、村長と銃士隊には明日の朝、私から話をしておくわ」 「あ、あかぎさん。私とテファは、あのおばあさんのところにご厄介に なるってことに……」 チハが申し訳なさそうに言うと、あかぎは思い出したように舌を出す。 「あ、いけない。そういえばルリちゃんがそんなことを言っていたわね。 私もティファニアちゃんにお母さんのことを聞きたかったけれど、 それはまた今度にするわね」 「あたしも一緒に行くよ。少し話したいことがあるからね」 そう言ってマチルダもティファニアとチハと一緒にシエスタの家を 後にする。それを見送って、ルイズはぽつりとつぶやいた。 「……わけわかんない……どうして姫様がそんなことを……」 「宮廷に上がったことのないルイズちゃんには難しいかも知れないわね。 でも、アンリエッタ姫殿下も考えた上でのことだと思うわ」 理解できない風のルイズに、あかぎが言う。それを聞いてふがくが続けた。 「確かに。今の神聖アルビオン共和国、だっけ?この前のタルブの村 襲撃にも絡んでたみたいだし、近いうちにしかけてくるでしょうね。 その前に叩く、か……あかぎ、いったいあのお姫様に何を教えたわけ?」 ふがくの問いかけに、あかぎは目を伏せた。 「……戦略と戦術よ。海軍軍令部で実施していた対米戦に関する数々の 演習問題を、姫殿下は十二才の時にたった一年でものにしたわ。 私が休眠してからも、独学で研鑽を続けたみたいね」 「冗談でしょ?」 「姫殿下も、自分にできることが何か、を真剣に考えているのよ。 ずっと以前からね」 「その演習問題って、何のことなの?」 ふがくが呆れたような声を出したのに、ルイズが問いかける。 それに答えたのはふがくだ。 「簡単に言えば、自国の十倍の国力を持つ敵国に勝つための方法よ。 最初はこっちを甘く見て油断してるけど、本気になったらこっちの攻撃が 届かない造船所から毎日補助艦艇、毎週準主力艦、毎月主力艦を量産 してくるような国を相手にね」 それを聞いてルイズは言葉が出なかった。逆を言えば、あかぎやふがくの いた大日本帝国は、そんな国を相手に戦うための方法を考えなければ ならなかった、ということになるのだから。 「ふうん。面白いことになってきたわね」 そう言って、人形のような白い顔の少女は、手にした袋からオブラート (これもタルブの特産だ。ハルケギニアで祭祀に用いられる無発酵の薄焼き パンと同名だが、世間には『食べられる紙』として認識されている)に 包まれたキャラメルを一つ取り出して口に含む。銃士隊の出立ちをしているが、 髪は長く、一般の隊員とは違った風体。その鋭い翠眼は、『竜の道』 近くにある庵から離れない。 そこに後ろから声がかかる。少女が振り向くと、そこにいたのは純白の マントを纏い、金髪をショートカットにした少年のような風体の銃士――シンだ。 「それにしても、まさかキミがいるとはね。ジャネット」 「たまたまですわ。シン小隊長もお一つどうです?」 「ありがとう」 ジャネットと呼ばれた銃士は、そう言ってキャラメルの袋をシンに向ける。 シンは袋からキャラメルを一つ取り出すと、ぽいっと口に放り込んだ。 「うん。やっぱりアルビオンのタフィーもいいけど、タルブのキャラメルの 方がボクは好きだな。懐かしい味がする」 「小隊長のお国の味だったんですか?」 「ううん。違うよ。これはチハさんの国のお菓子だからね」 「そうなんですか……」 そう言って、ジャネットは再び視線を庵に向ける。彼女の興味は もうシンから離れていた。 ジャネットと呼ばれたこの少女。彼女はトリステイン王国銃士隊で 諜報活動を担う第八小隊の隊員であると同時に、ガリア王国の非公式 組織であるガリア北花壇警護騎士団でも凄腕で知られる『元素の兄弟』の 末妹でもある――が、それを知る者はここにはいなかった。 前ページ萌え萌えゼロ大戦(略)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8377.html
前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― 「エツィオ・アウディトーレ! 無事だったか!」 「サー」 エツィオによる『レキシントン』号爆破から三日後、 ほぼ機能停止となったロサイスから遠く離れた街、スカボローで、エツィオはヘンリ・ボーウッドと再会を果たした。 二人は固く握手を交わすと、ボーウッドは苦笑しながら首を振った。 「よしてくれ、ぼくはもう『サー』ではない」 「これは失礼を、シニョーレ。……ここは人目が多い、歩きましょう」 エツィオは一礼すると、ボーウッドを促し、歩き出した。 「聞いたか? ロサイスで大規模な爆発事故が起こったらしいぞ」 「ああ聞いたよ、なんでも、『レキシントン』号が突然火を吹いて大爆発したんだろ? 死傷者の数は計り知れないんだってな」 二人がスカボローの街を歩いていると、住民達の噂話が聞こえてきた。 二人は街を歩きながら、その噂話に耳を傾ける。 「議会議員がまた一人殺されたって話は聞いたか? ロサイス郊外の街道で、ジョンストン議員が変死体で見つかったそうだ」 「おいおい、本当か! これで何人目だ? 一体誰がそんな事を……」 「決まっている。『死神』の仕業だ」 「『死神』?」 「ワルド子爵を暗殺してのけた王党派のアサシンだよ。ロンディニウムの広場に堂々と現れても、誰も手出しできない凄腕だそうだ。 なんでも、ロサイスで行われた緊急会談、その最中に現れて、議員一人を殺ったって話だぜ。すげえのは会議の閉会まで、誰も気がつかなかったそうだ」 「アルビオンは大丈夫なのか? 建国からまだ三週間と経っていないのに……」 そんな噂話を聞いていたボーウッドは口を開いた。 「街は君の噂でもち切りだな」 「そのようで、……しかし爆発事故と言うのは?」 「兵達の士気を考慮してのことだろう、ロサイスを壊滅させ、貴族議会すら半壊させたのが、 たった一人のアサシンの仕業だと知られては、否でも士気は下がるだろうからな。 ……とはいえ、もはやそれも無駄だろうがね。『レキシントン』号を失ったのは奴らにとっては大きな痛手だ」 「はい、偶然とはいえ、ロサイスの機能も停止させることができました。貴方のお陰です、シニョーレ」 「いやなに、ぼくはなにもしていないさ。それにしても、まさか政府高官まで暗殺してのけるとは……恐ろしい男だな、きみは」 ボーウッドは苦笑しながら呟いた。 「旗艦をはじめとした主力艦を四隻、軍事工廠、司令官の死。クロムウェルにとって、この損失は計り知れない程の大打撃だ」 「これで、侵攻を少しでも遅らせることができればよいのですが」 「ふむ……、どうだろうな、『レキシントン』を含む艦隊を失ったとはいえ、まだ他の艦隊や竜騎士隊は健在だからね」 「兵達の士気は?」 ボーウッドはエツィオを見つめ、にやっと笑った。 「きみのお陰でひどいものさ、きみが身にまとう王家のマントはもはや、『王党派』ではなく、『死』の象徴となりつつある。 『白(アルビオン)の死神』、『王家の亡霊』。呼び名は様々だが、みなきみを恐れている。 貴族議会の馬鹿どもは、白のローブとフードの着用を禁止する法案を本気で考えている始末だ」 「随分と嫌われたものだ」 「兵達は戦々恐々だ、街の巡回にしたって、次は自分が殺されるのではないかといって隊から逃げ出す者も出ているそうだ。 ……まったく、我が祖国は、いつからこのような腑抜けになってしまったのだろうか」 眉をひそめてボーウッドは呟く。それから苦笑しながら頭をかいた。 「とは言え、つい先日までぼくもきみの事を恐れていたのだがな、こうして、泣く子も黙るアサシンと、共に街を歩いていることが不思議に思えてくるよ」 「奇遇ですね、私もそう思っていたところですよ」 二人は笑いあいながら、とある建物に入ってゆく。 そこはスカボローの港にほど近い場所にある宿屋であった。 その中にある部屋のドアの前に立ち、軽くノックをして扉を開ける。 すると部屋の中にいた女性が立ち上がり、二人を迎え入れた。 「初めまして、かしらね。ミスタ」 「まさか貴女が、エツィオの言う協力者とは思いもよりませんでした、ミス・サウスゴータ」 二人を出迎えた女性、マチルダはボーウッドと握手を交わす。 マチルダはにっこりと笑顔を浮かべて言った。 「亡命をすると聞いて、耳を疑いましたわ、ミスタ」 「はは、これ以上簒奪者に仕えるのは我慢ならなくなってね」 クロムウェルの側近の一人であるマチルダに、 ボーウッドは苦笑を浮かべながらエツィオを見つめた。 「なるほど、我々の動向が全て君に筒抜けだったのは彼女のお陰と言うわけか」 「その通りです、シニョーレ。彼女は心強い味方ですよ」 エツィオは笑みを浮かべると、ボーウッドに席を勧める。 ボーウッドが椅子に腰かけるのを見ると、二人は同じ様に椅子に座りテーブルについた。 「船の手配はどうだ?」 「問題ないわ、すぐにでも出発できるはずよ」 「ありがとう、助かったよ」 「まったく、結構難儀だったわよ」 そう言うと、マチルダは一枚の羊皮紙を取り出してエツィオに手渡した。 羊皮紙にはフードを被った男の姿が描かれている、果たしてそれは、エツィオの手配書であった。 「あいかわらず酷い絵だな、俺はもっと男前だぞ」 エツィオは苦笑しながら、手配書をテーブルの上に放り投げる。 エツィオに懸けられた懸賞額を覗き見てボーウッドは思わず目を丸くした。 「……これは驚いた、アルビオンの長い歴史の中でも、過去最高金額だな……」 「50000エキュー、数字だけならフィレンツェと並んだな……」 自分の首にかかった懸賞金が十倍に跳ね上がったというのに、エツィオはこともなげに首を竦めて見せた。 「それにしたってこの絵は無いな、懸賞金と一緒に絵描きの腕も上げてもらいたいもんだ」 「言ってる場合? 船長にそいつを運んでくれと言ったら、結構吹っ掛けられたんだよ?」 「だろうな……。そいつは信用できるのか?」 「金さえ払えばしっかり仕事をしてくれるわ、口も堅い、あれでも職業意識ってもんがあるみたいね」 「なるほど……念の為こちらでも金を用意した方がよさそうだな。クロムウェルの様子は?」 「それがね、見てて笑えるわよ、ロサイスの一件以来、宮殿の自室にこもって一歩も外に出てこなくなってしまったわ。 ほかの議員もほとんど同じね、みな自分の屋敷に閉じこもって怯えているわ」 「結構なことだ」 エツィオは口元に笑みを浮かべると、テーブルの上に金貨がたっぷりと詰まった袋を差しだした。 それはやはりというべきか、エツィオが先日強奪したアルビオン共和国の軍資金であった。 「これは報酬だ、手間賃も入ってる」 「どうも、受け取っとくよ」 それを受け取ったマチルダを見てボーウッドは首を傾げる。 「貴女は、彼に雇われているのですか?」 「協力関係、と言って欲しいですわね」 「失礼、いつから彼と?」 「全てお話すると長くなるのですが……彼女が『レコン・キスタ』に参加する前からの仲なのですよ、シニョーレ」 「……ああ、これは失礼、ぼくとしたことが、野暮なことを詮索してしまったようだ」 ボーウッドはにやっと笑うと、二人を見つめる。 マチルダは冷笑を浮かべ、エツィオを睨みつけた。 この男はそうとは思っていないだろう。こいつはそういう奴だ。 「いえ、お気になさらずシニョー……あたっ!」 マチルダのそんな冷たい視線を知ってか知らずか、エツィオはにっこりとほほ笑んだ。 マチルダはエツィオの頭を叩くと、仕方がないとばかりに、これまでのいきさつをボーウッドに話して聞かせた。 「なるほど……それで彼と……」 「一応、彼には命を救われましたから。それに、彼を敵に回すことの恐ろしさを知っている、というのもあるでしょうか」 「ははは、ぼくも彼の恐ろしさを身を持って思い知ったばかりでね、出来ればもっと早く教えてほしかったよ」 マチルダがそう言うと、ボーウッドは豪快に笑って見せた。 マチルダは窓の外にちらと視線を送る。日はとっぷりと暮れ、空には二つの月が浮かんでいる。 「……そろそろ約束の時間ですわね、行きましょう」 マチルダはフードを目深に被ると、二人を促し立ち上がる。 宿を後にした三人は、トリステインへ向かう密航船が待つ、港の一角へと向かって行った。 人気のない、夜のスカボローの港の片隅に、一隻の古い小型のフリゲート船が停泊している。 船から降ろされたタラップの前で、船長と思わしき男と、フードを目深に被ったマチルダが交渉をしていた。 やがて交渉が終わったのか、マチルダは船長に金貨がたっぷり詰まった袋を手渡す、 船長は満足そうに頷くと、そそくさと船の中に入り出航の準備を始めた。 マチルダはそれを見送ると、こちらに近づいてきた。 「話はついたわ、さ、乗って」 「すまないな。ずっときみに世話になりっぱなしだ」 「ふん……、こっちも金を貰ってるからね」 エツィオはマチルダの顎を持ち、なにやら切なそうな表情を浮かべた。 「しばらくの間、きみに会えないのか……胸が張り裂けそうだ」 「何言ってんだか。はやくご主人様んとこに戻ってやんな」 「名残惜しいが……きみの姿を目に焼き付けてから行くとするよ」 マチルダと唇を合わせ、エツィオは真剣な表情になった。 「それじゃ、きみは引き続き調査を続けてくれ、何か動きがあったらすぐに連絡を。……くれぐれも無理はしないでくれ、いいな」 「わかってるよ……それじゃ」 するり、とマチルダからエツィオの腕が離れる。 マチルダはすぐに踵を返すと、闇の中へと消えて行った。 タラップを登り、船に乗り込む、すると先に乗っていたボーウッドがにやっと笑い、肩を竦めた。 「驚いたな」 「彼女のことですか?」 「いや、昔から英雄色を好むとあるが、どうやらきみもまた例外ではないようだね」 「こればかりは性分でして、どうにもならないですよ」 エツィオも甲板に寄り掛かりにやりと笑う。 ボーウッドも同じように甲板に寄り掛かると、エツィオを見た。 「気風だけをみると、きみはロマリア人のようだが……、どこの生まれだ?」 「フィレンツェです」 「フィレンツェ……すまない、聞いたことがないな」 「でしょうね、遠いところですよ」 エツィオは徐々に離れゆくアルビオンに別れを告げながら答えた。 「そんな遠いところから来たきみが、なぜアルビオンに?」 「いろいろありましてね、今はとある人物に仕える身です」 「とある人物……それを尋ねることは野暮と言う物だな」 「感謝します、シニョーレ。……アルビオンに来た理由は、その随伴です」 「随伴でここに? その主人はどうしたのかね?」 「一足先にここを離れました、私はその後始末ですよ。……とはいえ、ここまでする予定ではありませんでしたし、 その後始末自体、主人の知るところでもありません」 「主人の命ではない?」 「はい、全て私の判断です。加えて言うと、主人は、私が『アサシン』であることを全く知りません」 その言葉を聞いてボーウッドは言葉を失った、 この男は、主人に命じられるまでもなく、自己の判断で全ての暗殺を実行してきたというのか。 「なるほど……、きみのようなアサシンを配下に置く人物か、なんともうらやましい限りであり……恐ろしい限りだ」 「戦の遅延を目的とした暗殺、それらは全て"後始末"のついでにやったことです。私自身、クロムウェルが気に入りませんからね」 「それでは、なぜクロムウェルを暗殺しなかったんだね?」 「そこです」 ボーウッドが尋ねると、エツィオは真剣な表情になった。 「奴のもつ力は、マジックアイテムによる偽りの力です、それゆえ、奴を消したとしても、 同じようなアイテムを使い、第二第三のクロムウェルが現れるかもしれない」 「なるほど……今はまだその時ではない、と」 「はい。それと、これは私の勘ですが……。この反乱、何か裏があると思えてならないのです」 「裏?」 「メイジではない平民の男が、『死者を蘇らせる』とはいえ、たった一つの指輪だけで、 僅か数カ月かそこらで、あそこまで勢力を拡大し、王家を滅ぼした……。全てがあまりに急すぎる、話が出来すぎているのです」 「確かに……あの反乱は瞬く間に広がった。王家に不満を持つ貴族など、決して多くはなかったのに……」 ボーウッドも、感じ入るものがあったのか、顎に手を当てて考え込む。 「……クロムウェルという男自体は、名のある人物なので?」 「いや、この反乱が起こるまで、聞いたことがなかったな、なんでも、元は一介の司教だとか……」 「なるほど……。とはいえ、今はまだ情報が足りません、まだ奴には生きてもらわなくては。奴を消すのは、それからでも遅くはない」 「……全く、きみは本当に恐ろしい男だな。一国の皇帝を暗殺するなんて、普段は冗談か何かだと思うのだが。……きみが言うと、とても冗談とは思えないよ」 エツィオのその言葉に、ボーウッドは苦笑いを浮かべた。 「さて、こうしてアルビオンから離れたはいいが、トリステインに到着したらきみはどうするのかね?」 「到着次第、トリスタニアへ同行します。私は王宮へ行き、姫殿下に事の報告と貴方の亡命の申請を行ってきます」 「きみは姫殿下に目通りできるのかね?」 「面識は一度だけありますが、確実に門前払いでしょうね」 首を振って見せたエツィオに、ボーウッドは首を傾げた。 「ではどうやって……。まさか……」 「決まっています。忍び込むんですよ」 数日後……。こちらは、トリステインの王宮。 アンリエッタの居室では、女官や召使が、式に花嫁がまとうドレスの仮縫いでおおわらわであった。 大后マリアンヌの姿も見えた。彼女は純白のドレスに身を包んだ娘を、目を細めて見守っていた。 しかし、アンリエッタの表情はまるで氷のよう。仮縫いのための縫い子達が、袖の具合や腰の位置などを尋ねても、曖昧に頷くばかり。 そんな娘の様子を見かねた大后は縫い子達を下がらせた。 「愛しい娘や。元気がないようね」 「母さま」 アンリエッタは母后の膝に顔をうずめた。 「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」 「そのようなことはありません。わたくしは幸せ者ですわ、生きて結婚することができます。 結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」 その言葉とは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせて、さめざめと泣いた。 マリアンヌは、優しく娘の頭を撫でた。 「恋人がいるのですね?」 「『いた』と申すべきですわ。速い、速い川の流れにながされているような気分ですわ。すべてがわたしの横を通り過ぎてゆく。 愛も、優しい言葉も、なにも残りませぬ」 マリアンヌは首を振った。 「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れることができますよ」 「忘れることなど、できましょうか」 「あなたは王女なのです、忘れねばならないことは、忘れねばなりませんよ。 あなたがそのような顔をしていたら、民は不安になるでしょう」 諭すような口調で、マリアンヌは言った。 「わたしは、なんのために嫁ぐのですか?」 苦しそうな声で、アンリエッタは問うた。 「未来の為ですよ、民と、国と、そしてあなたの」 「わたしの?」 「アルビオンを支配する、レコン・キスタのクロムウェルは野心豊かな男。聞くところによると、かの者は『虚無』を操るとか」 「伝説の系統ではありませぬか」 「そうです、それがまことなら恐るべきことですよ、アンリエッタ。過ぎたる力は人を狂わせます。 不可侵条約を結んだとはいえ、そのような男が、空からおとなしくハルケギニアの大地を見下ろしているとは思えません。 軍事強国のゲルマニアにいたほうが、あなたのためでもあるのです」 アンリエッタは、母を抱きしめた。 「……申し訳ありません、わがままを言いました」 「いいのですよ。年頃のあなたとって、恋は全てでありましょう、母も知らぬわけではありませんよ」 母后が退出し、居室に一人になったアンリエッタは、椅子に腰かけ、ぼんやりとしていた。 「全ては……未来のため……」 小さく呟き、机の上に置かれた薔薇が差してある花瓶へと視線を送る。 ついと立ち上がり、薔薇を一輪手に取ると、アンリエッタは花弁を一枚、はらりと落とした。 「愛している……」 今は亡きウェールズの面影を思い浮かべながら、もう一枚花弁を落とす。 「愛していない……」 そうやって、一枚花弁を落とすたびに、呟く。 「愛している……、愛していない……」 はらりはらりと花弁を落としながら、物思いにふけっていると、窓の方からきいっ……という音がした。 アンリエッタは、はっと顔を上げ、音の気配がした方向に振り向いた。 「……! あなたは……!」 「ああ続けて、邪魔をするつもりはない」 アンリエッタはそこに立っていた人物を見て言葉を失った。 いつの間に入り込んでいたのだろうか、そこには、見覚えのある男が一人佇んでいた。白のローブを纏い、フードを目深にかぶった男。 その男には見覚えがある、確か彼は……。 「ルイズの使い魔の……! どうして……! いえ、生きておられたのですか!」 「はい、ルイズ・フランソワーズが使い魔、エツィオ・アウディトーレ、只今アルビオンより帰還いたしました」 アンリエッタが驚いた声で尋ねると、エツィオはフードを外し、恭しく片膝をついた。 「どうやって……、いえ、なぜここに?」 「殿下の居室に踏み入れたこと、どうかお許しを、ですがこれもトリステインの危機をお知らせするため」 「トリステインの危機?」 「はい、私がアルビオンで見聞きしたことをご報告に上がりました」 困惑するアンリエッタに、エツィオは深く頭を垂れた。 「まずは殿下にご覧になっていただきたいものが……こちらを」 エツィオは懐から一枚の羽根を取り出し、アンリエッタに差しだす。 アンリエッタはそれをおずおずと受け取ると、それを見つめた。 元は純白の羽根だったのであろうそれは、なにやら根元から赤黒く変色してしまっている。 アンリエッタは首を傾げると、エツィオに尋ねた。 「羽根? これは……?」 「裏切り者の血です」 「裏切り者の? ……まさか!」 その言葉が意味するところを知ったのだろう、アンリエッタは驚きのあまり、思わず羽根を取り落としてしまった。 エツィオは、淡々とその後を引きとる様に言った。 「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、犯した罪に相応しい末路を迎えました」 「子爵は……あの裏切り者は、死んだということですか?」 アンリエッタが信じられないと言った様子で口元を押さえた。 「はい、それが証拠の羽根でございます、殿下」 エツィオは膝をついたまま、淡々とした口調でアンリエッタに事の次第を報告をした。 ルイズ達と別れ、一人アルビオンに残っていたこと。 スカボローで行われた王党派残党の公開処刑、その式典の最中、ワルドを暗殺したこと。 しばらくアルビオンにて諜報活動を行っていたこと。 最初は驚いていた様子のアンリエッタであったが、エツィオの報告が終わるころには、幾分か落ち着きを取り戻していった。 「正直に申します……人の死を、これほど喜ばしく思う日がこようとは……。夢にも思いませんでした」 事の顛末を聞いたアンリエッタは、切なげにため息をつくと、悲しげな、それでいて安心したかの様な笑顔を浮かべた。 「……私もです」 「ルイズの使い魔さん……、いえ、エツィオ・アウディトーレ、ウェールズさまの仇を討って下さったことに、感謝の言葉もありません。 よくぞ……よくぞ討ち果たしてくれました」 「恐れ入ります」 それからアンリエッタはエツィオを見つめ首を傾げた。 「して、先ほどあなたはトリステインの危機と申しましたが、それは?」 「はい、先日締結された不可侵条約、それは全てまやかしでございます、殿下。彼らはすぐにでも攻め込む気でいるでしょう」 「そんなっ……!」 「ゲルマニアとの同盟がまとまりきる前に彼らはこの国を制圧する気でいます。 今はアルビオン国内で混乱が起きているためなんとか時間は稼げているはずですが、軍の再編が済み次第、彼らは攻め込むでしょう。……こちらを」 言葉を失い、呆然と立ちすくむアンリエッタにエツィオは一枚の羊皮紙を取り出すと、アンリエッタに手渡した。 アンリエッタはそれを手に取ると、その書類に目を通し、絶句した。 書面には、アルビオンの企む『親善訪問』の概要が、事細かに書かれていた。 「これは誰が書いたのですか?」 「一人、アルビオンから亡命を希望している者がおります、その者がしたためた書面でございます、殿下」 「その者とは?」 「現政権に不満を持っている、アルビオン空軍旗艦、『レキシントン』号の元艦長でございます、私の説得に応じてくれました。 先ほど申した通り、今はトリステインに亡命を申し出ております」 「……信用できるのですか? その男は」 「はい。万一裏切るようであれば、その時は奴の首をこの手で切り裂き、私の命も捧げましょう」 きっぱりと言い切ったエツィオに、アンリエッタは、しばらく考えるかのように顔を俯かせる。 そしてきっと顔を上げると、扉の方を見て衛兵を呼びつけた。 「衛兵!」 「はっ……! なっ! き、貴様! 一体どこから入った!」 アンリエッタの呼び出しにすぐさま部屋の中へ飛び込んだ衛兵は、部屋の中に佇んでいた侵入者に、 目を吊り上げながら、腰に差した杖を突きつける。 「やめよ! 彼はわたくしの大事な客人です!」 「は……、はっ!」 「すぐに将軍達を集めて、これよりアルビオンに対する軍議を行います」 「はっ、畏まりました!」 アンリエッタはそんな衛兵を窘めると、将軍達を招集するように命じた。 衛兵は敬礼すると、すぐに踵を返し将軍達を召集すべくアンリエッタの居室を退出する。 衛兵を見送った後、アンリエッタは机の上の羊皮紙に羽ペンで、さらさらと手紙をしたためると、花印を押し、エツィオに手渡した。 そこには城へ入ることを許可するという文面が記されていた。 「亡命を希望する者にお渡しください、直接伺いましょう」 「ありがとうございます。殿下、最後にもう一つ」 エツィオは深々と頭を下げると、懐から一つの指輪を取りだし、アンリエッタに差しだした。 「これを、友の……ウェールズ殿下の形見でございます」 「これは、風のルビーではありませんか、預かってきたのですか?」 「はい、手渡してくれ、と」 本当は斃れたウェールズの指から抜いてきたものなのであったが、エツィオはそう言った。 すこしでも、彼女の慰めになれば、と思っての事だった。 アンリエッタは風のルビーを指に通した。ウェールズがはめていたものなので、アンリエッタの指にはゆるゆるだったが……、 小さくアンリエッタが呪文を呟くと、指輪のリングの部分が窄まり、薬指にぴたりとおさまった。 アンリエッタは、風のルビーを愛おしそうに撫でた。それからエツィオのほうを向いて、はにかんだような笑みを浮かべた。 「なにからなにまで……、いくらお礼を申し上げても足りないくらいですわ」 寂しく、悲しい笑みだったが、エツィオに対する感謝の念がこもった笑みだった。 その笑みを見つめると、エツィオは再び頭を垂れ、呟いた。 「殿下、ウェールズ殿は、勇敢に戦い、そして立派に討ち死になさいました。それだけは間違いありません」 「……はい、わかっております」 「ウェールズ殿の魂は、その指輪……貴方と共にあります。 故に、この先、どのような事が起きようとも、それはウェールズ殿の真意ではありません。決して惑わされぬよう、お気を付け下さい」 「それは……どういう意味でしょうか?」 「それは……」 エツィオはウェールズが蘇ったことを明かすべきか迷った、クロムウェルによって死体を動かされているに過ぎないとはいえ、 ウェールズは彼女の想い人である、このトリステインにとって大事な時期に、彼女の心を乱すわけにはいかないだろう。 エツィオは唇を噛みしめると、呻くように呟いた。 「申し訳ない、今は……お伝えすることができません。今言えることは、クロムウェルはウェールズ殿下の名を使い、なにかを企んでいるということです」 「……わかりました。彼らの企みに決して惑わされぬと、この指輪に誓いますわ」 アンリエッタは、指光る風のルビーを見つめながら、言った。 それからエツィオを見つめ、ほほ笑んだ。 「あなたのこの度の働きには、いくら感謝を述べても足りないくらいですわ、本来ならば恩賞を与えるべきなのだけれど……。なにかお望みはあるのかしら」 「恩賞など……、では一つだけ、お願いしたいことが」 首を傾げるアンリエッタに、エツィオは人差し指を立てる。 「私の存在は内密にしていただきたい、望むことはそれだけでございます」 「それだけですか? 他になにも望まぬと?」 驚くように言ったアンリエッタに、エツィオは頷いた。 「はい、裏切り者が城内にいる可能性を鑑みると、私の存在が明るみになれば、いろいろと面倒になるでしょう、 それゆえ、くれぐれも私のことを口外なさらぬよう、是非ともお願いしたいのです」 「わかりました……、あなたがそれを望むなら、その通りにしましょう」 「ありがとうございます、殿下」 「わたくしのお友達は、本当に良い使い魔を持ったようですね」 「もったいなきお言葉、使い魔として当然のことをしたまでです」 微笑むエツィオに、アンリエッタは左手を差しだす、エツィオは手の甲に唇を落とし、一礼する、 そしてフードを目深に被ると、入ってきた窓へと歩を進めて行った。 そして窓の淵に足をかけた、その時、あの……と、アンリエッタがエツィオを呼びとめる。 その呼び声に振り返ったエツィオに、アンリエッタは首を傾げて尋ねた。 「そう言えばあなたは……、あなたは一体何者なのですか?」 「あなたの親愛なる友人、ルイズ・フランソワーズの使い魔ですよ、殿下。では……」 正体を尋ねるアンリエッタに、エツィオはニヤリと笑みを返すと、窓の淵から空へと向かい、大きく飛翔するように飛びだした。 「まさか本当にトリステインの王宮に。しかもアンリエッタ王女の部屋にまで侵入するとはね……」 呆れと驚きが混じったような声を上げたのは、ヘンリ・ボーウッドであった。 トリスタニアの城下町にある一件の宿屋、その一室で待っていた彼は、戻ったエツィオから事の次第を聞いて、目を丸くしていた。 「何度も思ったが……本当にきみは恐ろしいな。きみに暗殺できない人間はいないんじゃないか?」 「まだ修行中の身ですよ、シニョーレ。それに今回の目的は暗殺じゃない」 「そうだったね、それで、麗しの姫殿下のお部屋の中はどうだった?」 「ええ、甘い香りで頭が蕩けてしまいそうでしたよ」 「はっはっは! うらやましい限りだな!」 冗談を言い合い一しきり笑いあうと、エツィオは真剣な表情に戻った。 「さて、シニョーレ、冗談はここまでとして……、これを」 「うむ……」 そう言うと、エツィオはボーウッドに一枚の羊皮紙を手渡した。 それは先ほどアンリエッタがしたためた、王宮への入城と身分の保護を認める書簡であった。 ボーウッドはやや緊張した面持ちでそれを眺めると、大事そうに懐にしまい込んだ。 「城門の衛兵に見せれば、案内してもらえるでしょう」 「何から何まで、すまないね」 「いえ……、それよりシニョーレ、別れる前に一つ頼みたいことが」 「何かな?」 「私がアサシンであること、そしてウェールズ殿下が蘇った事は、全て内密に願いたいのです」 「それはどうしてだ? きみがアルビオンで挙げた成果は計り知れないのだぞ?」 エツィオの口止めに、ボーウッドは驚いたように顔を上げた。 「殿下が蘇ったと知れば、アンリエッタ姫殿下は確実にお心を乱すでしょう、 一応釘は差しましたが、興し入れの前にそれだけはなんとしても避けるべきかと。 それと……、これは個人的な事ですが、私がアサシンであることは、主人にも知られていないこと、 王宮の人間に知られるのは好ましい事とは思えません、どうかご理解を、シニョーレ」 エツィオの言うことに一理あると考えたのか、ボーウッドはしばらく考えると、頷いた。 「わかった、その通りにしよう」 「感謝します。そうだ、あと……」 エツィオはそう言うと、ボーウッドの耳元で、二言三言口にした。 「ふむ……なるほど」 「不意を打つ相手なら、こちらも相応の手で応じるべきかと……もっとも戦略は門外漢、頭の片隅にでも」 「いや、面白い考えだ、検討しておくとするよ」 ボーウッドがにっこりとほほ笑むと、エツィオは右手を差しだした。 「シニョーレ、貴方とはここでお別れです、後のことはよろしくおねがいします」 「世話になったね、ここからはぼくの仕事だ」 ボーウッドはその手を握りしめ、二人は固く握手を交わした。 ボーウッドは苦笑を浮かべながら頭をかいた。 「こういうのもなんだが、最初は敵対していた者同士だったとはとても思えないな」 「不思議な物です。……さて、私はそろそろ主人の元に帰るとします、癇癪を起されては堪りませんからね」 そんなエツィオにボーウッドは肩を竦めて笑った。 「はてさて、死神が帰る場所とは一体どこだろうね。まさか冥府ではないだろう?」 「ええシニョーレ、『楽園』ですよ。私にとってはね。……では、縁があればまたお会いしましょう」 「ああ、またきみと会える日を楽しみにしているよ」 そう言うとボーウッドは城へ向かうべく歩き出す、その姿をしばらくの間見送ると、 エツィオも踵を返し、主人の元へ、トリステイン魔法学院に戻る為に歩き出した。 一方、トリステイン魔法学院では……。 オスマン氏は王宮から届けられた一冊の本を見つめながら、ぼんやりと髭を捻っていた。 古びた皮の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうだった。 色あせた羊皮紙のページは、色あせてくすんでいる。 ふむ……、と頷きながら、オスマン氏はページをめくる。そこにはなにも書かれてはいない。 およそ、三百ページぐらいのその本は、どこまでめくっても、真っ白なのであった。 「これがトリステイン王室に伝わる、『虚無の祈祷書』か……」 六千年前、始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に詠みあげた呪文が記されていると、伝承には残っているが、 呪文のルーンどころか、文字さえ書かれていない。 「まがい物じゃないかの?」 オスマン氏は、胡散臭げにその本を眺めた。偽物……この手の『伝説の品』にはよくある話だ。 その証拠に、一冊しかない筈の『始祖の祈祷書』は各地に存在する、金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……。 いずれも自分の『始祖の祈祷書』が本物だと主張している。それらを全部集めると、図書館ができると言われているくらいだ。 「しかし、まがい物にしたって、酷い出来じゃ、文字さえ書かれておらぬではないか」 オスマン氏は、各地で幾度か『始祖の祈祷書』を見たことがあった。ルーン文字が踊り、祈祷書の体裁を整えていた。 しかし、この本には文字一つ見当たらない、これではいくらなんでも詐欺ではないか。 そのとき、ノックの音がした。オスマン氏は秘書を雇わねばならぬな、と思いながら、入室を促した。 「鍵はかかっておらぬ、入ってきなさい」 扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。桃色がかかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズであった。 「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」 「おお、ミス・ヴァリエール。待っておったよ。身体の調子はどうかな?」 ルイズは言った。オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎した。 「はい……大分楽になりました、今は授業にも出ています」 「ふむ、大鷲は……まだ帰って来てはおらぬようじゃな」 「……はい」 表情を曇らせ、弱弱しい声で答えたルイズに、察したようにオスマン氏は言った。 「そんな顔をするでない、ミス・ヴァリエール。大鷲は必ず帰ってくるとも」 優しい声で、オスマン氏は言った。 「さて、今日お主に来てもらった件なんじゃが……」 オスマン氏の言葉に、ルイズは首を傾げた。 一体何の用だろう、と思っていると、オスマン氏は手に持っていた『始祖の祈祷書』をルイズに差しだした。 「これは?」 ルイズは、怪訝そうな顔でその本を見つめた。 「始祖の祈祷書じゃ」 「始祖の祈祷書? これが?」 王室に伝わる、伝説の書物。国宝のはずだった。どうしてそれをオスマン氏がもっているのだろう。 「お主も知っての通り、来月にはゲルマニアで、王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる予定となっておる。 それでじゃな、トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」 「はぁ」 ルイズは、そこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事をした。 「そして姫は、その巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」 「姫さまが?」 「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」 「ええっ! 詔をわたしが考えるんですか!」 「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……。 伝統と言うのは、面倒なもんじゃの。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。 これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 アンリエッタは、幼いころ、共に過ごした自分を巫女役に選んでくれたのだ。 ルイズはきっと顔をあげた。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズはオスマン氏の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。 オスマン氏は目を細めて、ルイズを見つめた。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 「はあ……」 オスマン氏から受け取った『始祖の祈祷書』を手に、ため息を吐きながら、ルイズは自室へと戻るべく歩いていた。 勢いで受けてしまったものの……、こんなに暗く沈んだ気分で詔など浮かぶのだろうか……。 アルビオンから帰ってきたその日から、ルイズの気持ちは深く沈んだまま、なにも変わっていない、ずっと胸がちくちくと痛み、ルイズを苛む。 「エツィオ……」 ルイズは思わず自分の使い魔の名前を呟いていた。 そう、使い魔だ、あの日、アルビオンに一人残ったエツィオの事を考えるだけで、胸の奥がキリキリと痛み、悲鳴をあげる。 彼が帰ってこない限り、この心にかかった暗雲は、決して晴れることはないのだ。 一度エツィオの事を考えると、ルイズの気分はますます深く沈んでゆく。そうして歩いていると、いつの間にか自分の部屋の前まで辿り着いていた。 ぐすっ……と鼻を啜り、いつの間にか目に溜まっていた涙をごしごしと拭う。 とりあえず、受けてしまったものは仕方がない、精いっぱい素敵な詔を考えなくては、 そう思いながら、ドアの鍵を開け、扉を開けた。 「おや?」 懐かしい、どこか人を小馬鹿にしたかのようなとぼけた声。 扉を開けたルイズの目に飛び込んできたのは、開けっぱなしの窓から入る風に翻る一枚のマント。 次いで目に入ってきた、白のローブを纏った一人の青年を見た時、ルイズは溢れる涙を止められなくなった。 「エツィオぉ……」 もっていた『始祖の祈祷書』を取り落とし、顔を涙で濡らしながら、ずっと待ち続けた使い魔の名前を呼ぶ。 名前を呼ばれた使い魔は、ついと振り返ると、いつもルイズに見せていた、からかうような、子供っぽい笑みを浮かべた。 「やあルイズ。なんだ? この部屋の散らかりようは、まるで戦場だな。掃除するのは誰だと思ってるんだよ」 衣服や食器、果ては下着までもが散乱した部屋を見渡しながら、エツィオはニヤリとうそぶいた。 そんな余裕たっぷりの使い魔の態度に、腹立たしいやら嬉しいやら、様々な気持ちがごちゃ混ぜになって、ルイズはエツィオを怒鳴りつけた。 「どこにっ! 今までどこ行ってたのよッ!」 「アルビオンさ、道に迷ってね、ついさっき戻ってきたんだ」 「ふ、ふざけないで! あんたっ! わ、わたしがっ……わたしがどれだけっ……、どれだけ心配したと思って……!」 最後の方は、もう言葉にならなかった。 ルイズの目頭から、大粒の涙がぽろっと流れた、それがきっかけとなり、ルイズはぽろぽろと泣きだしてしまった。 「勝手に、勝手にいなくならないでよ。ばか、きらい」 エツィオは、優しい笑みを浮かべると、泣いているルイズの目頭を指先で拭った。 「悪かったよ、だから泣かないでくれ、ルイズ」 「ばか、知らない、だいっきらい」 ルイズはますます強く泣き始め、エツィオの身体にもたれかかった。 エツィオの胸板を拳で叩きながら、ぐずるルイズの頭を、エツィオは優しく撫でてやった。 「相棒は泣く子も黙る凄腕の……、はずなんだけどなぁ」 傍らに立てかけられたデルフリンガーがそんなエツィオの様子を眺めて呆れたように言った。 エツィオはそんなデルフリンガーをちらと視線を送り、軽くウィンクすると、改めてルイズを見つめた。 「すまなかったな、心配をかけた」 「もう、もう戻ってこないのかと思った……。怖かった、不安だったんだから」 ルイズは顔をぐしぐしとエツィオの胸に押しつけると、上目づかいにエツィオを見つめた。 「もう……いなくならない?」 いつか、ニューカッスルの廊下で聞いた、その言葉。 エツィオは優しい頬笑みを浮かべると、ルイズの額に唇を落とし、呟いた。 「いなくならないよ。……ただいま、ルイズ」 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―