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トリステインの近くにある大山の真下に存在する巨大な地底湖の畔でサイトは眼を覚ました。 地面に横たわった身体には薄手の毛布が掛けられており、ルイズにつけられた傷も完治している。 しかし身体には大量の包帯が巻かれ、地下水の所為で気温が低い為、サイトは毛布を身体にしっかりと巻きつける。 「これはこれは騎士様……お目覚めはどうですか?」 「うわぁぁぁぁぁ!?」 寝起きのサイトに後ろから真っ黒なフードを被った人物から声を掛けられ、声を上げてしまう。 フードの男の顔は見えず、左手には蒼い灯りを放つランタン、右手には細く長い鉄の棒だが三日月状の鋭い刀身が輝いている。 おまけに肩には鋭い眼光を発している真っ黒な鳥が居座り、腰にはデルフが下げられている。 サイトの顔は彼の姿と自分の世界でよく聞く存在と一致した為、一気に蒼白となる。 「俺もとうとう死んだのか!? ここは血の池地獄か! しかも隣には死神がぁぁぁぁ……」 「おい相棒、何言ってんだ? ここは唯の地底湖だぜ? それにそのナンタラ地獄って何だ?」 変な喋り方をした喋る剣デルフの声が暴走しているサイトを止める。 フードの男も何を言っているのかさっぱりで、首を傾げる。 「デッデルフ! そうか俺は生きてんだな? 死んでないんだな!」 「まぁそこに居るフードの傭兵の兄ちゃんの看護がなかったら、譲ちゃんとのケンカで死んでたがな」 「寝起きでそれだけ喋れれば大丈夫だな、これ食ってもっと元気になれ」 フードの男はランタンを地面に置き、背負っていた袋を地面に丁寧に置くと中から様々な食材と枯れ枝を取り出す。 それらを手早く捌き、火を点け、鉄の鍋を用意し、傍の湖から水を集め、慣れた様子であっという間に飯の用意が済む。 鍋から立ち上る煙が寝起きのサイトの胃袋を刺激し、腹の虫が豪快な音を上げる。 「騎士様には貧相だろうが、これでも立派な飯だ……しかし何であんな大怪我を?」 サイトは器に注がれているスープを恐る恐る食べるが、それはとても美味しくサイトは凄まじい勢いで平らげてしまう。 男もゆっくりと料理を食べ始め、空になったサイトの器にスープをついでいく。 食う事に夢中のサイトに代わって、デルフが淡々と理由を述べていく。 「なぁに、ちょっと他の譲ちゃん達とイチャイチャしてた所を見られて御主人様が大激怒、それから逃げてた時にこの近くに転落しただけの事よ しかし相棒も良く粘ったよなぁ! ”エクスプロージョン”に耐えてた上まさかここまで逃げてくるとはな!!」 「……ルイズ、シエスタ、姫様、タバサ……皆心配してるだろうけど、この身体じゃまだ無理だな」 サイトが一気に残ったスープを食べ、両手を合わせてから器を地面に置く。 「そりゃあ大変だったな……どうりでここら一帯が清貧女王直下の銃士隊や真似事騎士団がうろうろしてる訳だな まぁ……変な木偶人形どもや石人形達もうろついてたが、それも騎士団が殺してくれたから良いがな」 「ギーシュやアニエスさんも来てるのか! あぁそういえば名乗ってませんでしたね、俺の名前はヒラガ・サイト、シュバリエのヒラガ・サイトです 本当に助けてくれてありがとうございました!」 フードの男が首を傾げ、ゆっくりと答えを出す。 「はっ? 何を言ってるんだい? シュバリエ・サイトはトリステインに居る筈だぞ……それに行方不明になってるのは女王の筈だ だから女王直属の部隊が動いてるんだろ? 君も類を見ない彼に憧れるからと言ってそんな嘘はいけないぞ」 「ちょっと待ってください! 俺が城に居る!? 姫様が行方不明!? いったいどういう事ですか!?」 サイトが男に掴みかかるが、その腕は容易く外され、頬に一発ビンタを入れられる。 サイトは眼を白黒させながらも男からデルフを受け取り、ゆっくりと立ち上がる。 「まぁどっかの誰かがやっかいな事をしてるのは確かだな……どうする、相棒?」 「決まってる! 今すぐ城に戻って偽者をぶっ飛ばしてやる!!」 急に元気になったサイトは血気盛んとなり、視界に入っている洞窟へと走り出す。 「おいサイトくん! 走るのは良いが! そっちは出口じゃないぞ! 出口はこっちだ! 迷うと死ぬぞ!!」 男の声を聞いたサイトは急いで戻ってくる。 男は一足先に出口へと歩き始め、サイトは見失わないように追いかけていく。 しばらくして、サイトと男は洞窟から抜け出し、森へと出た。 大空はまだ青く、太陽もまだに夕日に近い頃であり、まだ夜や夕方ではない頃だった。 「名乗ってなかったな、俺の名前はゾラって言うしがない傭兵だ……”炎蛇”と呼ばれるメイジを探していてな、やっとそれらしい人が判ったんだ それと城に行っても間に合わない、今日ここら辺で密輸の取引がある、もしかしたらそれに女王が居るかもしれない それにデルフブリンガーに頼まれてね、王都や学園にそれらしい情報を流しておいたから、真似事騎士団も来る筈だ」 「何でそんな事を……」 ゾラの顔はフードで見えないが、その口が微笑み、子供ならそれだけで泣いてしまいそうな雰囲気を出す。 またその声はサイトと話していた際の穏やかさはなく、殺気に満ちた声に豹変している。 「傭兵は生きる為なら幾等でも裏切るさ……デルフ、あの約束を忘れるなよ? お前の主人やその周りの為にもな」 「わぁぁぁぁってるよ! 後でブリミルについて思い出した限り話してやるよ!」 「記憶は忘れたくなくても薄れていくからな……判ってるならそれで良いんだ、サイト君は隠れていろ、その姿は目立つ」 ゾラの命令に従い、サイトはあの洞窟の入り口へと隠れ、その偽者やアンリエッタ女王が乗せられたと思われる馬車を待つ。 ゾラはただそこに立ち尽くし、密輸相手の到着を待つ事にした。 (さて……奴らが何時来るかで、殺す数が大きく変わるな……) 蒼かった空も暗くなり、夜空には二つの大きな月が浮かび上がり、なんとも言えない雰囲気へと替わり始める。 ゾラは明り代わりにあの蒼い光を灯すランタンを取り出し、その火を点け、周囲の気配を探り続ける。 そして暗闇の先からフードを被った女が十体を超えるガーゴイルと一台の馬車を引き連れて現れる。 「今回も護衛なんだろうが、しかし今日は石人形どもを十体以上も使うとは……今回の品物はそんなにやばい物なのか? それらに関する事を教えてくれんなら今回の依頼は降りさせて貰う、道中は敵だらけだが頑張ってくれよ?」 ゾラはランタンを腰のベルトへと下げ、両手でその長く大きな鎌を構える。 フードの女はガーゴイル達に攻撃の命令を与えようとしたが、それを意味する手は振り上げられず、ゆっくりと語り始めた。 その声はサイトには少し馴染みのある声であった。 「……何故ならトリステインの女王陛下を誘拐しているのだ、警備がこれだけでは心許無いのが実情だが、エルフである貴様が居るからこそ! たったこれだけの警備で充分なのだ……しかし貴様は奇怪なエルフだな? 報酬が金と書物とは、本が恋人なのか?」 「そうか……護衛はこれだけなのか…………女、書物は良い物だ、知らない事、空想上にしかない物語、様々な事が心を躍らせてくれる良い物だ 特に、シャイターンの門に関する書物はエルフの一族にもなくてな……知っているのは”虚無”くらいだからな それからもう一つ言っておきたい事がある……」 女がゾラの横をゆっくりと横切り、ガーゴイルやそれらに守られた馬車も横切った瞬間、最後尾のガーゴイルの上半身がズレ落ちる。 それを合図としてサイトが洞窟から抜け出し、先頭のガーゴイルを縦に一刀両断し、剣をしっかりと構え行く手を塞ぐ。 「ゾラ……貴様裏切ったな!?」 「傭兵は生きる事に忠実なのさ、特に自分の欲望と呼ばれる部分にはな!」 エルフが用いる”先住魔法”による無詠唱の空気の槍が女を掠め、そのフードを破る。 あらわになった顔の額には微かにルーン文字が見え隠れしている女……シェフィールドの顔が現れる。 「だが、貴様の裏切りも予想済みなのだ! だからこそ”あれ”を用意したのだ!」 空に一騎の竜騎が現れ、それから一人の人が飛び降り、馬車へと着地する。 黒髪に黒眼というこの世界では珍しい存在である身体をし、この世界では見ない服を着込んだ少年。 その背には一振りの長物を背負い、ゆっくりとその剣を抜き、構える。 「あれが俺の偽者か!」 「偉そうに語るから何かと思えば……何だ、所詮は似せて作った偽者か?」 「唯の偽者ではない事を思い知るが良い!」 偽サイトが本物のサイトに切りかかるが、その斬撃は防がれる。 偽サイトは何度も何度も偽デルフを振り回すが、それは本物のデルフを操るガンダールブ・サイトには通じない。 何度も何度も火花が咲き、どちらが本物かはその腕が示したいた。 「ふふっ、人形や偽者と遊んでいろ!」 シェフィールドが馬車に飛び乗り、馬車を森の中へと走らせていく。 「あの女、女王を攫って人質にするつもりか!? これ以上”無能王”をのさばらせる訳にはいかないんだがな!」 ゾラは腰から左腕用の短剣マインゴーシュでガーゴイルの鋭い爪を受け流すと、右手に強く握った大鎌の振り上げがガーゴイルを両断する。 四方から更にガーゴイルの追撃が襲い掛かるが、マインゴーシュを捨て両腕で鎌を握り直しその場で素早く一回転する事で薙ぎ払う。 四つの石人形の首が地面に転げ落ち、地面に落としたマインゴーシュを拾いなおし逆手に持ち替え、眼前に迫った石人形の脳天に突き刺し、振り下ろす。 その際にフードがズレ落ちてしまい、銀色の髪と眼が綺麗な光沢を放っているが、その顔の左半分は火傷の傷跡が痛々しい。 「おい相棒やばいぞ! 闇夜の森で逃げ切られたらどうにもなんねぇぞ!?」 「でもこの偽者! 結構強いし……石から作ったのか固いぞ!」 デルフブリンガーの切れ味を持ってしても切れない人形は手強く、サイトの行く手を阻み続ける。 ゾラもガーゴイルを切り伏せるが、時間が掛かり過ぎてしまった。 「退けよ! 姫様をたすけなきぁいけないんだ!」 「本物の俺……お前を殺せば、俺は俺になれるんだ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 焦る気持ちが剣を乱れを生み、執念が強さを際立たせる。 それらの要素が折り重なり、偽者が本物を追い詰め、互い崩れた体勢の立て直しに差が生まれ偽者の剣が本物の喉下へと迫る。 「相棒!」 「サイト君!」 どうやっても防ぐ事の出来ない凶刃が喉下に突き刺さろうとした瞬間、複数の小さな閃光が剣を使い手の手から剥ぎ取る。 偽者が閃光が放たれたと思われる方向に眼を逸らしたのを本物のサイトは見逃さず、偽者に渾身の一撃を振り下ろす。 「何で…何で俺は”英雄”に生まれたんだ? 何でお前は……俺なら…自分なら切り殺せ…………る?」 渾身の斬撃は偽者を一刀両断し、唯の土くれへと変えてしまう。 「……決まってんだろう、俺は俺だからだ」 「相棒は相棒、スケベな犬だからな、お前さんみたいにあっさりと”殺す”なんて出来ないのさ」 サイトは仮にも自分を演じていた土くれを悲しい瞳でほんの少しの間眺める。 「さて、本物のシュバリエ・サイトを助けたのは銃士隊の諸君かい? 真似事騎士団に追撃を任せて良いのか?」 ゾラの視線の先には幾つモノ影が見え隠れしていたが、その内の大半がシェフィールドが走り去った方向へと消え、二つの影が近づく。 一人は言ったら悪いが頭が薄い大きな杖を持った男のメイジ。 もう一人は女で騎士のマントと鎧を着込み、片手には銃を構え、腰には剣を下げている。 「サイト君……そのエルフから離れなさい」 「まさかあのサイトが偽者とは……貴様は本物だな!」 二人の敵意はゾラに向けられており、口では偽者と言いつつも心が本物と疑っていない。 唯の人から見ればエルフは畏怖にして長い歴史の中で大敗と屈辱の思いしか残っていない。 「コルベール先生! アニエスさんも待った待った!! この人は死に掛けた俺を助けてくれた人なんだ!」 「……サイト君、歴史に刻まれた概念や記憶は消えない敵意を作る、所詮俺は酷い火傷を負った醜いエルフなんだよ まぁ昔に人間を虐殺した事もあったから、判る人には判るんだよ……取れない鉄臭い血の臭いがね」 不敵な笑みを浮かべながらゾラはマインゴーシュを鞘へと納め、その鎌の矛先をコルベールやアニエスへと向けるがその顔はすぐに崩れる。 アニエスも銃を構えゾラの頭部に照準を定めるが、コルベールは密かに詠唱していたにも関わらずその詠唱は途切れる。 ゾラとコルベールが互いを震えながらも指差し、ゆっくりとその口を動かす。 「…………”そよ風は吹き荒れて”」 「…………”カガリ火は業炎へと化す”」 コルベールとゾラは互いの武器を下げ、互いに力強く握手する。 サイトとアニエスは何が何だか理解できず、首を傾げている。 「まさか”そよ風”君とはな……顔の火傷はあえて消してないのか?」 「友の傷は消さんさ……さて急ごうぜ”炎蛇”女王を助ける騎士様はここに居るからな」 「そうだな、サイト君はゾラの背中に! シュバリエ・アニエスは私の背に! 急ぎなさい!!」 サイトは素直にゾラに背負われるが、アニエスの方はなにやら戸惑ってたがコルベールに無理矢理背負われる。 いや、お姫様抱っこと呼ばれる体勢になっている為、抱えるの方が正しいかも知れない。 二人が静かに詠唱を始め、二人の身体が地面からほんの少しだけ宙に浮く。 そしてコルベールの詠唱が完了した時、二人の身体は暴風に押し出され驚異的な速度で飛んでいく。 その速度は風竜顔負けの速度に到達しており、先行していた銃士隊を追い抜き、追撃していた筈の真似事騎士団に追いついてしまう。 その先頭は青い韻竜シルフィードであり、そのすぐ後ろにはギーシュ達の軍馬が連なっている。 その少し前にはシェフィールドが駆る、アンリエッタを乗せた馬車が走っている。 「サイト! 何でここに居んのよ!? あんた空から追ってたんじゃ……」 「あれは偽者だったんだよ! 本物の俺はここ数日間死に掛けてたんだ!」 シルフィードの背に居るルイズとサイトの口喧嘩が始まるが、それもエルフであるゾラの存在で途切れるかと思われたがそれはなかった。 ゾラの事など何も止めず普通に話し、ただ追撃している。 「サイト君……君は良い主を持っているようだね? ……飛んでみるかい?」 「冗談じゃない! 毎度毎度鞭打たれる俺の身にもなってくださいよ! ……えっ? 飛ぶ?」 その言葉の意味を聞く間もなくサイトはゾラに馬車まで思いっきりぶん投げられた。 サイトは言葉にもならない悲鳴をあげながらも馬車にデルフを突き立て、馬車へと取り付く事に成功する。 「銃士隊! 誰でも良い! 銃を一丁寄越せ! ”炎蛇”!」 ゾラは投げ渡される銃を受け取り、狙いを定め、弾丸に空気の槍を纏わせ共に撃ち出す。 それにコルベールが火を与える事でそれは強力な炎の槍と化し、馬車の厳重に掛けられた鍵ごと扉を撃ち砕く。 そして馬車の中へサイトが突入し、中からアンリエッタを見つけ出す。 「姫様! 無事ですか!?」 「サイトさん! 助けに来てくださったのですか!?」 サイトがアンリエッタを抱えて馬車から飛び降りると同時に何人ものメイジが”レビテーション”で二人を保護する。 シェフィールドは舌打ちすると、そのまま逃げ去っていった。 「隊長! 追撃しますか!」 「いや追うな! 我々の任務は女王陛下の救出だ! 皆ごくろうだった! 作戦は成功だ!」 コルベールに抱っこされた状態で言われても、どこか間抜けである為かその場に停止した全員が笑い始める。 「隊長……なんか説得力ありませんよ?」 アニエスは顔を真っ赤にしてコルベールから降り、再度指示を与え始める。 サイトは涙を必死に堪えているアンリエッタに抱きつかれて身動きが取れず、竜すら逃げ出すオーラを纏ったルイズに正面から対峙している。 タバサもその傍にいるが、あくまでサイトの味方である為彼女の前に立ち塞がる。 「……良い生徒達だな、今は何と名乗ってるんだ?」 「コルベールと名乗っている……あれから多くの戦いや殺しをしてしまった……そう……取り返しがつかないほどにな それに君もその傷を残している、勘違いであったとは言えども私は君にそれ程の火傷を負わせてしまったんだ そして王国の杖としての最後であるダングテールの虐殺……私達は人の死に慣れすぎてしまった」 コルベールの瞳は何処か遠くを見ており、ゾラは”英雄”であるサイトとその周りの人間を見渡す。 どれもまだ戦争などに”飲まれた”眼をしておらず、虐殺者である傭兵とメイジには輝かしく見えていた。 「平和か……サイト君は切り捨てられないと良いな、少なくとも俺達みたいに”虐殺者”で終わって欲しくないな 覚えてるか? 俺とお前の出会いは一つの村を滅ぼした時だったよな……あれがエルフとしての最後の仕事だったんだ お偉いに反発して、シャイターンの門についた調べて、エルフの異端として追放させる口実に虐殺をさせたんだ 平和とかお偉いさんは真っ先に俺やお前……そして”英雄”を切り捨てたがる、いや、切り捨てねばならないんだきっと……」 「そうだろうな……内心私もサイト君を恐れている部分がある、七万の大軍勢を単騎で止めた事、伝説の使い魔である事、異世界の人間である事、情け無いものだな ”英雄”の闘争心の矛先や”虚無”の行く末などに怯えてしまうとは……さて私達は学園に帰るとするよ 君はどうする気だ? その物言いだと里には戻れない、そしてあの雇い主に逆らってしまったんだ、ただではすまされないだろう?」 コルベールの問いにゾラは真剣に考え込んでしまう。 一方サイト達は帰還の支度を整えつつある……サイトはまるでボロ雑巾のようにボロボロになっている。 サイトがルイズとタバサにシルフィードに乗せられると、アンリエッタも同じくシルフィードの背に乗る。 ゾラは何か思いついたかのようにアンリエッタに近づくが、アニエスの剣の矛先や周囲にいるメイジ達の杖が一斉に魔力を帯びる。 しかしコルベールが傍に立った事でアニエスは剣を下げ、メイジ達も杖をしまい込む。 「エルフの民よ、私に何用でしょうか?」 「……アンリエッタ女王、貴女様に折入って頼みがございます、私をコルベールの傍……魔法学院の一教員として置いて頂きたい所存です 私は”虚無”についての知識やエルフとしての実力を持っています、学院の一警備員としての働きも見込めるでしょう 貴女様が望むなら”裏”の仕事も何なりとこなしましょう……願えないでしょうか?」 アンリエッタは考え込むが、周りのメイジ達は猛反発を始める。 「冗談じゃない! エルフなんて信じれるか! そう言って学園に潜り込むつもりだろ!?」 「サイトを隠し偽者を送り込んだのもお前の仕事じゃないのか!」 「女王陛下に直に頼み込むなんてうらやま……とにかく信じれない!」 メイジ達は反発しているが、実戦になればこの場に居る全員が殺されるのは容易に想像はしていた。 だがやはり、植えつけられた歴史の事実は簡単には拭い去れないのだ。 「陛下、一教員の身でありますが彼の実力や忠義は信頼に値する者です……お願いします」 「おい周りの兄ちゃん達よ、相棒の命を三日三晩不眠で救ったのはこの兄ちゃんだぜ? オマケに俺の言葉を信じてこの事を知らせたのもだ兄ちゃんだ 確かにあの野郎と組んでたのは真実だけどよ……頼むからよ、”英雄”の愛剣が語る事を信じてくれねぇか?」 コルベールが頭を下げ、デルフが真剣に語るだけで信じれる者は信じた。 ゾラも鎌を地面に突き刺し、マインゴーシュを地に置き、頭を下げ土下座で頼む。 「姫様……その人が命の恩人なのは本当です……だから…お願いします」 ボロ雑巾のようになっていたサイトも微かだがアンリエッタに頼み込む。 流石に当の本人がこう言っているのでは周りは信じるほかなく、間接でも命の恩人である人物を無碍にしたりしない。 それが女王であり、アンリエッタなのだから……無論サイトの頼みだからもあるのだが 「……判りました、後日学院への編入の手続きを行いましょう しかし忘れないで下さい、これはシュバリエ・サイトやそのお方の弁論あってこそのものです その事を決して忘れぬように……」 「陛下、その広きお心ありがとうございます……このご恩、決して忘れませぬ!」 周りの者も女王陛下の決定を覆すほどの権力も証拠も持ち合わせていない。 それにあのコルベールが信頼するエルフに興味を持つ者も少なくはなかった。 「では皆様、帰りましょう」 アンリエッタの号令で一同は一斉に城を目指して走り始める。 「……これで当面の生活は何とかなる、傷の礼も出来る、”虚無”についての情報も探れる、彼を助けといて正解だったな」 その場に残ったゾラはポツリとそう愚痴をこぼし、あの隠れ家へと帰っていく。 その数日後、学院に着任したゾラはコルベールの補助教員となり彼同様の実験室を貰った。 「おいコルベール! その薬をそれに混ぜたら!?」 それから学院ではその実験室からの爆発がルイズの爆発の様に定番化したとかしなかったとか……
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 蝉達の合唱が聞こえている。鼓膜を少しだけ揺らす程に鳴いている。 お前が再び目を開けた直後に聞いた音は何かと問われれば、間違いなくそう答えているかもしれない。 霊夢はそんな事を一人思いつつも未だに重い瞼をゆっくりと上げ、博麗神社の社務所の中から夏の空を見上げた。 まる巨人がそのまま雲に包まれたかのような入道雲が、清流の様に真っ青な空と同居している。 そして空と雲より近くに見える緑の木々と真っ赤な鳥居が、青と白のモノクロカラーに鮮やかさを足していた。 気温が上がり、幽霊を瓶詰にして昼寝をする季節には必ず見るであろう景色であった。 霊夢本人としては見慣れてしまった光景だが、何処かのスキマ妖怪曰く「失われた日本の原風景」の一つらしい。 ――そんなに珍しいのなら、見物代くらい取れそうね。まぁ、誰も払わないだろうけど… ずっと前に呟いた冗談を思い出した彼女は、瞼を半分ほど開けた状態で苦笑いを浮かべた。 声は出ないが自分の口元がにやけていると知った後、彼女はふと視界の端に映る振り子時計を目にする。 小さな壁掛けタイプのそれの長針と短針が、丁度゛ⅩⅡ゛の時刻を示していた。 ―――あぁ、もうそんな時間かぁ…時間って意外と早く進むものなのね 霊夢は一人そんな事を考えながらも、随分前から自分に付きまとうようになった小さな百鬼夜行の事を思い出す。 こんなにも外が暑そうなのだ、きっと涼みにくるついでに自分の所で昼飯を頂くことは容易に想像できる。 以前に起った異変を解決してから、自分に関わってくるようになった鬼の笑顔を思い出しつつ、ふと「あと一人くらいは来るかも…」と呟く。 春夏秋冬、四六時中。神社に押しかけてはお茶やお菓子、挙句の果てに酒と食事も強請ってくる自称゛普通の魔法使い゛だという、黒白の少女。 夏真っ盛りだというのに、何処の誰よりも暑そうな服装でこの時期を過ごす彼女の姿を思い浮かべる。 ―――今日は機嫌が良いし、折角だから三人分作ってやろうかしら? 一眠りして機嫌が良いせいか、いつもの自分らしく無い提案が脳内に浮かび上がってくる。 別にやましい理由があるワケではない。ただ単に誰かと食べたいという気分に陥っただけである。 特に今日の様な、どこまでも続くような夏の青空の下ならば、そういう提案が出てきてもおかしくはない。 そう結論付けて一人納得した彼女は、今日の昼食は何を作ろうかと考えつつ上半身に力を入れて体を上げようとする。 味噌が余分にあるから冷汁でも良いし、そこにご飯ではなく妖怪退治の報酬で貰った大量の素麺をぶち込んでも良い。 ―――でも素麺だと冷汁じゃなくて、ただの味噌素麺になっちゃうわね… いい加減食べ飽きた白い麺の束を一網打尽にするか、定番のご飯を入れるべきか…という二つに一つの選択。 ある意味くだらないとも言えなくない選択に霊夢が悩もうとした。そんな時であった。 「あら、もう起きたのね。…相も変わらず飯時には早い事で」 ふと背後から、自分のモノではない女性の声が聞こえてきたのは。 その事に気づいた霊夢が「…え?」と呟いた直後、再び背後から謎の声が聞こえてくる。 「いっつも思うんだけどさぁ…アンタのソレも、所謂゛酷いくらいに冴えた勘゛ってヤツなのかしら?」 まるで最初から自分を観察していたかのように、声の主は落ち着いた様子で話しかけてきた。 多少呆れているかの様な喋り方が癪に障るのだが、生憎それに反論できる程今の霊夢は落ち着いていなかった。 突然自分の死角から聞こえてきた声のせいで、起き上がろうとした彼女の体はピタリと止まり、その目がカッと見開いてしまう。 次いで一センチほど浮いていた上半身が再び畳に着地し、すとん…という静かな音が彼女の耳に入り込んでくる。 その時に少しだけ後頭部を畳にぶつけてしまったが、今の霊夢にはそれを気にする程暇ではなかった。 今の彼女が優先的に気にするべき事―――それは自分の背後から聞こえてくる゛声の主゛が、誰なのかという事だ。 霊夢が知っている限り人の神社、それも社務所にズカズカと上がり込む輩には、身に覚えがある。 それも一人だけではない。文字通り゛掃いて捨てる゛程の人妖が、挨拶も遠慮も無くいきなり声をかけてくる事があるのだ。 しかし…それ程までにいる「無礼な連中」の中に、後ろから聞こえてくる声を持つ者はいない。 ではいったい誰なのか?体を動かすことを忘れた霊夢が、そこまで考えた時であった。 ふと視界の端に、見たことは無いが自分と同じ゛紅白の巫女服゛を着た゛長い黒髪の女゛がいるのに気が付いた。 霊夢よりも一回り体が大きく、腰まで伸ばした黒い髪は夏の日差しに照らされて艶めかしく輝いている。 紅白の巫女服は霊夢が身に着けている服と比べシンプルさが強く、何処か大人びた雰囲気を漂わせていた。 それでいて服と別離した白い袖だけは同じであり、それを横目で見た霊夢は親近感というモノをつい抱いてしまう。 生憎ながら顔の方は前髪に隠れており、どれ程の美貌を持っているのかだけは確認できない。 その一方で、声を出さずに観察していた霊夢の事など露知らず、目の前の女性が再びその口を開く。 「でもそれだけで巫女が務まるワケないし…ホント、あいつの強情さには困ったものね」 ――は?何ですって? 何処の誰かも知らぬ女にそんな事を言われた霊夢は、ついつい顔を顰めてしまう。 「巫女が務まる…」という部分に反応した彼女であったが、他人が思うほど怒ってはいない。 何せ幻想郷を作った妖怪曰く、今までいた博麗の巫女の中でも断トツで「グータラなうえに怠け者」らしいのだから。 その妖怪以外にも、知り合いの魔法使いや妖怪たちからもソレをネタに色々とからかわれている始末だ。 故に霊夢自身それに軽く怒った事はあれど、そこまで本気になるような事は滅多に無い。 精々相手に文句を言ったり突っ込み気分で叩いたりと、俗にいう「スキンシップ」程度の事で済ませてきた。 ―――どこの誰かは存じぬけども…赤の他人にしてはちょっと言いすぎよね だから今回の事も、姿を見せぬ不届き者の頭を引っ叩いてやろうと考えていた。 叩いた後に何か言ってくれば言い返せば良いし、逆上して襲い掛かってこようものなら返り討ちにすれば良い。 もはや言われた方が加害者となってしまうような物騒な事を考えている霊夢であったが、ふとその思考が止まってしまう。 別に畳のトゲが背中か臀部に刺さったという事ではなく、ましてや足を攣ってしまったという緊急事態に陥ったわけでもない。 ただ目の前で佇み、前髪越しにこちらを見下ろしていた女の体が、動いたのである。 「どんなに力や才能があっても、ある程度心が図太くないと博麗の巫女なんて…まともに出来っこないのよ」 事実、私には少し荷が重いし…。まるで自嘲するかのような言葉を吐き出した女が、その場に腰を下ろす。 一つとして乱れの無い動きで座った彼女と、その足元にいた霊夢との距離がより一層近くなる。 それに驚き思考が停止してしまった霊夢であったが、それで終わりではなかった。 一歩間違えれば口づけをしてしまうかもしれない距離で見つめ合う最中、再び女が口を開く。 「でも心が強いって事考えると…やっぱりアイツの言う通り、アンタには適性があるのかも…」 先程の言葉を聞いたせいか、その声に悲しそうな雰囲気が纏わりついていると錯覚してしまう。 それと同時に、突如現れた巫女服姿の女が、どうして自分に語り掛けてくるのか考えようとする。 何を言っているのかイマイチ分からないが、言い方から察して自分を哀れんでいるのだろうか? それとも妖怪か何かが変化の術でも行使して、自分を誑かそうとしているのか? 未だ落ち着きを取り戻せぬ霊夢がそんな事を考えていた直後。一陣の風が社務所の中へと入り込んできた。 混乱し始めた彼女の頭を冷やすかのように、真夏の風が彼女の顔をやや乱暴に撫でていく。 それと同時に艶やかな黒髪や、その身にまとう衣服とリボンが風にあおられパタパタ…ヒラヒラ…と波打っている。 彼女の前に腰を下ろした女も例外ではなく白い袖に紅い服が波打ち、ついで顔を隠していた前髪もサッとかきあげていった。 そして、それだけが目的であったかのように風はあっという間に社務所を抜け、何処へと去っていく。 風が通り過ぎた後…仰向けに寝転がっていた霊夢は、ここで初めて女の顔を目にした。 その時…彼女がどんな事を想い抱き、どんな感想を心の中で出したのかは誰も知らないし、彼女自身それをすぐに喋れない。 ただその目を見開き、予想だにしていなかったモノを見た時の様な表情を霊夢が浮かべようなど、誰も想像しないであろう。 それ程までに前髪に隠れていた女の素顔は、霊夢は驚かせるのに十分な価値が秘められていたのだ。 「でも大丈夫よ、霊夢。貴女は巫女をやる必要なんてない…すぐに何とかしてみせるわ」 黒みがかった赤い瞳に悲しみを湛えた女は、霊夢の顔をジッと覗き込みながら一人呟く。 そんな事を言われ、驚愕したまま落ち着きを取り戻せぬ彼女が考えていたことはただ一つ。 目の前にいる女性は、きっと未来の自分なのだろうか。 薄れていく意識の中でそう思える程に目の前の女性の顔は、霊夢と瓜二つであった。 馬の嘶きと通りを行き交う人々の雑踏が、苛立つくらいに鬱陶しい。 安っぽいベッドの上で目を覚ました霊夢が最初に思った感想は、どちらかといえば批判に近かった。 ここは?と思いつつシーツの中で体を軽く動かすと、彼女を乗せたベッドがギシギシと悲鳴を上げてしまう。 安い材木で作られたそれはもう寿命が近いのか、軋む音自体に何か不吉なものが感じられる。 良くこんな所で安眠できたものだ。自分の運の良さを多少は喜びつつ、霊夢は上半身を起こそうとした。 「――…ッ!?」 体を持ち上げようとした所まではうまくいったが、頭の方から強烈な痛みが襲いかかってくる。 まるで金槌で叩かれたような激痛に、彼女は顔を顰めて勢いよく倒れてしまう。 より一層鋭い悲鳴を上げるベッドをよそに、霊夢は自分の頭に何かが巻かれている事に気が付く。 ザラザラとした粗い触感のソレが何なのかと思った時、ふと横のテーブル置いてある手鏡が目に入る。 所々汚れているソレを右手で手にした彼女はサッと鏡を自分の顔に向け、次いで何が巻かれているのかが分かった。 自分が横になっているベッドや手にしている手鏡より安いであろうソレの正体は、白い包帯であった。 恐らく巻いた相手が素人だったのか、まるで頭だけが死後数十年物のミイラになったかのような状態である。 それでもちゃんと出来ている方なのか、不格好だが形そのものは崩れていなかった。 「まぁ、形が崩れてても別におかしくもない巻き方だけど…」 一人呟きながら頭の包帯を撫でていた霊夢であったが、ふと何かを思い出したかのような表情を浮かべる。 次いで辺りを見回し、左の方に窓がある事に気が付くとそこから外の景色を見やる。 窓から見える景色は、幻想郷では到底お目に掛かれぬ中世ヨーロッパ風の街並み。 亀の歩みよりずっと遅い速度で空を上っていく初夏の太陽に照らされている光景は、平和そのものである。 ずっと以前…魔理沙が見せてくれた本の中に、似たような景色を描いた絵画が掲載されていた事を思い出す。 レンガ造りの建物に三角屋根の家、狭い通りを行き交う人々と栗毛や黒毛の馬たち。 煙突から絶えず煙を吐き出すパン屋や血生臭い肉屋には、大勢の人々が訪れている。 当時、憧れはしなかったがいつかは見てみたいと思った「欧州の昔」が、霊夢の上半身程度しかない大きさの窓から見えていた。 そして彼女は知っていた。ここから見える風景――否、街の名前を。 「そっか…今の私は、トリスタニアにいるんだっけか」 思い出したかのように呟いた時、霊夢は昨日起った出来事を全て思い出した。 そう…買い物だけだと思っていた外出が、予想だにせぬ相手との戦いにまで発展したという事を… 彼女の記憶には、自分の偽者に致命傷を与えた事は覚えていた。無論、自身も盛大な「お返し」を貰った事も。 頭に強烈な一発を貰った後にルイズたちと何か話したような気がするものの、詳しい事までは覚えていない。 あの時は頭がグワングワンと揺れていて、ジンジンと脳内を回っているかのような強烈な痛みで、まともに話すことは出来なかった。 ただ耳に入ってくる三人の言葉に、思いつける限りの返事だけを口から出していたのだけは記憶に残っていた。 「思い出そうとしてみたけど…何も記憶に残ってないわね………あっ、そうだ」 無意識に首を傾げた彼女はそう言って、ふと自分の頭にいつも付けていた筈のリボンが無い事に気が付く。 思い出したかのように辺りを見回すのだが、目に入るのは安っぽくて質素な造りの部屋だけだ。 きっとこの部屋の中では自分の次に目立つであろうリボンはテーブルや椅子の上、出入り口横のコートラックにも掛けられていない。 部屋を一通り見回したところで目に入らなかったというところで諦めた霊夢は、軽いため息をついた。 まぁ今の状態ではリボンなんて付けられないだろう。包帯も外すことは出来ないし… 一人納得するかのような思いを心の中で吐露しながら、霊夢はまた何かを思い出すかのような表情を浮かべる。 「部屋に無いとするとルイズたちが持ってそうだけど……そういえば、あいつ等は何処に行ったのかしら?」 先程まで見ていた夢の事もあって今更なのだが、自分が今どんな状況にいるのか霊夢は知りもしなかった。 今いる部屋も初めて見るような場所だし、近くにいるはずであろうルイズや魔理沙…そしてあのキュルケの姿が見当たらない。 まぁ部屋自体が狭いしどこか別の所にいるのだろうが、それ以前にここがどういう場所なのかもわからなかった。 「せめて誰か傍にいてくれたって良かったのに」 特にすることもできずにいる彼女は背中をベッドに預けたまま、何となく呟く。 それから二分程度が過ぎた頃だろうか。 見慣れぬ天井を見つめ続けている内に、今度は先程まで見ていた夢が何なのかとという疑問を感じた。 あんな夢を見るのは初めてであったし、それにあの女性の顔が自分とよく似ていたというのも気にはしている。 今思い出すと多少大人びていた雰囲気があったものの、数年後の自分だと言われれば納得するかもしれない。 髪も今より長かったし、リボンだってその時には付けているかどうか分からないのだから。 夢の内容を暇つぶし程度に思い出していた霊夢であったが、突如その顔にハッとした表情が浮かぶ。 それは今考えている事よりも、ある程度優先して気にしなければいけない事であった。 「そういえば、私の偽者はどうなったのかしら?」 夢に出てきたもう一人の自分(?)を思い出した彼女は、少し慌てた様子で呟く。 最後の一撃を入れた時に確かな手ごたえを感じ、直後に強力な一撃をお見舞いされたのは覚えている。 しかしその後すぐに意識がなくなったせいか、今日まで続いているであろう厄介事の元凶がどうなったのかを確認していなかった。 あれで死んでいればそれで良いし、もしくはルイズや魔理沙たちが片付けてくれていればそれもまぁ結果オーライというものだ。 しかしあの一撃で死なず何処かへ逃げていれば厄介だ。最悪、また戦う羽目になるのは確実だろう。 (まぁ次出てこようものならば、三度目を許さず二度目で完膚なきまでに退治するまでよ) とりあえず悪い方のケースを想定し、決意した彼女は、ふと左手の甲に刻まれたガンダールヴのルーンを見やる。 手の甲を上げたその先に目にしたのは、目を瞑らせる程の激しい光を放つ…ルーンではなかった。 この世界ではある程度特殊な―――少なくとも複製ぐらい出来そうな――使い魔の印が、刻まれているだけであった。 別段光っていることも無く、それと連動して頭の中に性別不明な声が流れ込んでくることは無い。 「ガンダールヴのルーン…いつの間に光らなくなったのかしら?」 昨日まで何とかしようと考えていた霊夢が不思議そうに呟いた。その直後だった。 彼女の目から見て右にある部屋の出入り口越しに、人の気配を感じたのは。 「おい、目を覚ましたのか?」 それに気づいた霊夢が顔を向けようとする前に、ドアの向こうから女の声が聞こえてくる。 力強く、しっかりとした雰囲気を感じられるその呼びかけに、霊夢は「まぁね」と短く返す。 するとドアの中央より少し上の部分が耳に触る嫌な音を立てつつ左にずれたかとおもうと、そこから何者かが覗き込んできた。 どうやらそこの部分だけ覗き窓になっているらしい。今になって霊夢は気づく。 それと同時に、部屋を開ける前にそんな事をしている相手を見て思わず目を細めてしまう。 (薄々感じてはいたけど…やっぱり昨日の面倒事は全部終わって無さそうね) ルイズや魔理沙が近くにおらず、見覚えのない部屋にいる。二つの疑問を結びつけ、そんな結論を出した時だ。 再び耳をイラつかせるような音がひびいて覗き窓のスライド版が右にずれ、こちらを覗く女の視線が消える。 その後、ドア越しにカチャカチャと弄るような音が響いたたかと思うと、あっという間にドアの方から鍵が開く音が聞こえてきた。 (外から鍵を掛けるなんて驚きね。…というか、昨日よりもずっと厄介そうじゃないの) 何処か心をスッキリさせてくれるような音はしかし、ベッドに横たわる霊夢の心を更なる不安に陥れる。 少なくとも、ドアの向こうにいる相手がこのまま学院に返してくれる事は無いだろうと覚悟していた。 覗き窓付きというプライバシー皆無のドアが開くと同時に、一人の女性が遠慮なく部屋へと入ってきた。 薄い茶色の鎧を身に着けた彼女は、鎧と同じ色のロングブーツを履いた足で霊夢の方へと近づいていく。 一方の霊夢は頭だけを女の方へ動かし、それと同時に相手がそこら辺にいるような人間ではないという感想を抱いた。 女性らしい細身の体は魅力的ではあるが、女とは思えた程に目が男らしい輝きと、その体から近寄り難い雰囲気を放っていた。 魔理沙や紫と比べやや薄い金髪を短めに切りそろえており、それが女らしさを打ち消す原因の一つとなっている。 歩き方自体も男らしさが出ているせいか、ドレス姿を見せられても「番犬の頭にピンク色のリボン」という、変な感想しか口に出せない。 そして何より霊夢の目を惹かせるのが、腰に差した一本の鉄剣であった。 この世界では「貴族に抵抗する平民の牙」と揶揄されるソレからは、女性と同じ重苦しい気配が漂っている。 恐らく黒い鞘に収まったソレは文字通り゛血を吸った゛のだろう。そうでなければあんなにも近寄り難い゛何か゛を感じる理由が無い。 (妖夢だともっと詳しく分かりそうだけど…まぁその前に縮こまっちゃうかも) 幻想郷にいる知り合いの内一人である半霊半人の事を思い出した直後、すぐ傍までやってきた女が口を開く。 「…一目見た感じでは大丈夫そう…には見えないが、立てるか?」 少々の鋭さを見せる声は、腰に携えた獲物と同じ様な…聞いた者を怯ませる何かを漂わせている。 しかしそれにたじろ博麗の巫女ではなく、少し気難しそうな表情を浮かべた霊夢はとりあえずの返事を口に出す。 「さっき起き上がろうとしたけど…頭がズキッとしたわね」 そう言った後、もう少し何か口に出せば良かったのでは、という浅い後悔の念を抱く。 咄嗟に出た言葉の所為か、相手に聞こうとした質問をしゃべる事が出来なかった。 ここは何処のなのか、今の私はどういった状況にいるのか、私の近くにいたルイズたちはどうなったのか… そして、自分はこれからどうなるのか…そう言った質問が頭に浮かんでくるが、口に出すことが叶わないもどかしさ。 目の前の少女がそんな気持ちを抱いているとも知らずに、衛士姿の女はベッドに横たわる彼女を頭の先から足の爪先まで観察する。 最も下半分は白いシーツで隠れているの為実質目にしたのは頭の包帯部分だけであろうが。 「そうか、じゃあこれを飲んでみろ。一流品じゃないが鎮痛作用ぐらいはある」 懐を漁りながら喋る女が取り出したのは、掌サイズの瓶に詰められた無色透明の液体であった。 水と比べほんの気持ち程度粘り気がありそうな液体入りのソレを見て、霊夢は首を傾げる。 「何よコレ?タダの水って感じじゃあ無さそうだけど」 「安いポーションだ。さっき言ったように痛み止めの効果があるが…どうやら信じてないようだな」 丁度自分の掌と同じサイズの瓶を見た霊夢は、信じられないと言わんばかりに目を細めている。 女の言葉に霊夢は当たり前よと返しつつ、そのまま喋り続けた。 「いきなり見ず知らずのアンタに薬だ飲め、って言われて飲めるわけ無いじゃない。 第一、ここが何処なのかも私には皆目見当がついてないのよ。教えてくれない?今の私がどういう目にあってるのか」 とりあえず今言いたいことをついでにぶちまけた後、霊夢は軽く一呼吸する。 肺に残っていた僅かな空気を喉を通して口から出していくと、突っつくような痛みが頭を無駄に刺激する。 それに顔を顰めて耐えている彼女であったが、そんな彼女を見下ろしていた女が、ポツリと呟く。 「何だ、口数少ないヤツと思っていたが…案外喋れるんだな」 どこか感心したような言葉を述べた後、突如右手に持っていた瓶の蓋を抜いた。 ワインのコルクを抜いたときの様な音が部屋に響いたかと思うと、次いでその瓶をゆっくりと傾ける。 丁度飲み口から液体こぼれ落ちるところに空いている左の掌を添えて、慎重に右手を動かす。 やがてほんの少し粘性があるともないとも言える液体が飲み口から二、三滴こぼれ、女の左掌の上に落ちた。 それを確認してから傾けていた瓶をスッと上げたかと思うと、女は液体の付いた掌を自分の口元へと運ぶ。 そして霊夢がアッと言う前に、女は何の躊躇いもなく掌の上の液体を自分の下で舐めてしまった。 ソフトクリームの表面部分だけを軽く舐めるように舌を動かし、それを吟味するかのように口をもごもごと動かしている。 ほんの数秒程度の動作に何も言う事ができなかった彼女は、女の口から言葉が出るのを待っていた。 それから五秒ほどが過ぎた後、口の動きを止めた女が喋り出す。 「毒薬だと思ってたろ?ホラ、私の体にどこもおかしな所は無いぞ」 疑い深い巫女に教えるかのように、女はそう言って両手を横に広げた。 単なる勘ぐり過ぎだ。そんな事を言われたような気がした霊夢は少しだけムッとした表情を浮かべるも、右手を女の前に差し出す。 その意図を察してか、女もまた何言わずに飲み口が開いたままの瓶を彼女へと手渡した。 受け取った霊夢はほんの数秒間を瓶の中身を見つめた後に、ゆっくりと口の方へ近づける。 そして覚悟を決めたのか、軽い深呼吸をしてから一気に無色透明の液体を景気よく飲み始めた。 喉を鳴らして飲んでいく彼女が最初に思ったことは、瓶の中身は思った以上に冷たかったということであった。 まるで半分液状化したソフトクリームのように、喉越しの良い冷気が口の中を包み始めている。 味の方は良くわからないが、少なくとも自分の体に致命的な害を成す物ではないという事が今になって分かった。 小さな瓶の中身は飲み始めてすぐに無くなり、あっという間に霊夢の体内へと入り込んだ。 飲み干した事に気が付き、すぐに瓶を口元から離した彼女は、ホッと一息つく。 そして空になった瓶を右手に握る瓶を弄りながら、思っていた以上に良い物を飲めたことに多少の喜びを感じた。 (ふぅ…思った以上に飲みやすくて……ん?―――――…ひゃっ!!?) だがしかし、その喜びを女の前でアピールする暇もなく、彼女の口を唐突で過剰的な゛清涼感゛が襲った。 まるでペパーミントの葉を数十枚口の中に入れて噛みしめたかの様な清涼感は、もはや痛みに近い。 以前魔理沙と一緒に飲んだハシバミ草のお茶ほどひどくは無いが、それとは別にこの薬も人体に対し強烈だ。 「……うっ……!?うぅ…!」 程よいと思っていた冷たさがブリザードを思わせる過酷な冷気となり、口内を縦横無尽に暴れまわっている。 そんな風に例えるしかない予想外の事態に顔を歪ませている霊夢を見て、女はため息をついた。 「安物のポーションだからな。メープルでも入ってると思ってたか?」 明らかに子ども扱いしている言葉に対し、ハッキリとした怒りの表情を浮かべる。 確かに自分と同じ薬を口にして顔色一つ変えないのはスゴイと思うが、子ども扱いされるのだけは不服であった。 そんな思いを目から飛ばしているが、そんな事知らんと言わんばかりに自分を見つめ続ける女に、更なる怒りが溜まっていく。 今は無理だしまだ名も知らないが、いつかこの借りは耳を揃えてキッチリ返させて貰おう。 口の中に充満する殺人的清涼感に悶えつつも、霊夢は決意した。 それから五分くらい経過しただろうか。 先程までベッドに横たわっていた霊夢は、自分がいた部屋の前で女衛士と佇んでいた。 味はとんでもなかったが鎮痛効果はしっかりしていたのか、包帯を巻いた頭は殆ど痛まなくなっている。 完治したというワケでもないが、ひとまず立って歩くことぐらいはできるようになった。 「とりあえず、薬を飲ませてくれた事はお礼を言っておくわね。え~と…名前は?」 さっきと比べ回復した体に満足している巫女がお礼ついでに女の名を尋ねてみる。 衛士の女はそれに対し嫌悪や不快といったモノを感じないのか、そっけない表情を浮かべて名乗った。 「アニエスだ」 「そう…アニエスね?覚えておくついでにお礼も言っとくわね」 靴の中で足の指を動かしながら礼を述べると、霊夢は「で、色々聞きたいことがあるんだけどさぁ」と質問してみる。 それに対しアニエスは右手を腰に当てて、相手が何を聞いてくるのか待ち構えていた。 我に返答の意思あり。彼女の様子を見てそう解釈した霊夢は、一呼吸おいてから喋り出す。 「私が今いる場所は何処なのかしら?少なくとも街の中ってのは理解してるけど…」 「そうだな。ここはトリスタニアのブルドンネ街の中にある衛士の詰所本部、と言っておこうか」 お前とその仲間がいた場所から歩いて一時間だ。聞いてもいない事をついでに喋ってから、アニエスは口を閉じる。 意外にもハッキリとした答えをくれたアニエスに感心しつつも、霊夢は首を傾げた。 「衛士?ということは…ここって街の治安を守ってる連中の寝床かしらん」 この世界に来て初めて聞く名前を耳にして、ふと頭を上げて廊下を見回してみた。 それほど目新しくないやや濁った乳白色の壁は何回も塗装し直しているのか、壁全体がペットリとしている。 木造の廊下はちゃんと整備されており、その場で足踏みしてもあの部屋のベッドみたいに軋む音を上げたりはしない。 日差しを入れる窓も廊下と同じく念入りに磨かれていて、不快感を催す汚れやシミなどは見当たらない。 しかし…室内灯が魔法で動くカンテラではなく普通の燭台であり、彼女たちより少し上に設置されたソレに明りは灯っていない。 その所為か日差しが入っているのに関わらず、廊下全体が少し薄暗く物々しい雰囲気を放っている。 一通り廊下の風景を目に収めた巫女は再び女衛士に視線を戻してから、一言呟いた。 「なるほど…そんなに物騒な所なら、街の雑踏から隔離されていても不思議じゃないわね」 「そんな物騒な所で働いている私から見れば、外の方が随分とおっかないけどな」 相手の言葉にアニエスはそう返すと窓の外を一瞬だけ見やり、それから踵を返して霊夢に背を向けた。 どうしたのかと一瞬だけ思った霊夢であったが、すぐにアニエスが「ホラ、ついて来い」という言葉を口にした。 「ついて来いって…そりゃ歩ける様にはなったけど、いきなり過ぎない?」 それを聞いた彼女が苦々しい表情を浮かべてそう返すと、アニエスは背中を見せたまま淡々と言葉を続ける。 「お前が目を覚ましたら、すぐにここから出せという命令が出ているんだ」 「命令?…何か只事じゃなくなってきてるわね……というか、それって誰が出したのよ」 彼女の口から出た予想外の言葉に目を丸くした時、霊夢の頭にルイズの顔が浮かび上がる。 もしかすると彼女が色々としてくれたおかげで、今の自分がいるのではないのだろうか? そんな疑問を過らせた霊夢は聞いてみようと考え、女の背中に声を掛けた。 「ねぇ、その命令したヤツってさ…もしかすると、ルイズっていう名前の女の子かしら?」 巫女の言葉に対しアニエスは「嫌、違うぞ」と首を横に振りつつ短い言葉で返した。 しかしそれを聞いた霊夢が何かを―――言葉を出すか、表情を変えるか――をする前に、彼女はこんな事を口にした。 「…確かに怪我をしたお前の傍にいた魔法学院の生徒二人、それと三人ほどの少女をひとまずここへ連れてきた。 しかし、今から一時間程前に来たんだよ。お前を含めた少女たちをここから出せと命令した、とんでもない御方からの使いが…」 「御方…?」 戦いのみを職業とし、生きてきたような女衛士の口から出てきた言葉に霊夢は怪訝な表情を浮かべる それに、ルイズと魔理沙やキュルケ以外にも二人程誰かが一緒に連れてきたという事も気になってしまう。 意識があった段階でいたのは三人だけであったし、周囲には自分たち以外誰も見なかったのは記憶に残っている。 じゃあその二人とは一体誰の事なんだろうか?ますます深まっていく謎に霊夢が首を傾げようとする…その直前であった。 「―――――レイム!もう大丈夫なの!?」 突如前の方から、悲鳴にも近い叫び声を上げて何者かが早歩きで近づいてきた。 木造の廊下をしっかりと磨かれたローファーで蹴飛ばしつつやってくるのは、ピンクのブロンドが眩しい小柄な少女だ。 背中に付けた黒のマントをたなびかせて走ってくる彼女の顔には、精一杯゛何か゛を我慢しているような苦しげな表情が浮かんでいる。 貴族やメイジ達が命に次に大事と豪語する杖は腰に差しており、その両手には何も握られてはいない。 ただギュッと握り拳を作っているその手には顔に浮かべた表情と同じく、堪え切れぬ゛何か゛を必死に抑えているようにも見える。 「…イム、レイム!……アンタ、アンタ…!」 音を鳴らして歩いてる少女は衛士の後ろにいる巫女の名を呟きながら、二人の方へ近づいている。 流石に何かおかしいと感じたのか、アニエスも怪訝な表情を浮かべて近づいてくる少女に警戒し始めた。 五メイル、四メイル…そして後三メイルというところで、名を呼ばれている霊夢は本能的に後ろへ下がった。 彼女は感じ取ったのだ。自身の身に迫りつつある更なる危機を。 それは正に、怪我を負った狼が怒り心頭のマンティコアと対面した時のような予期せぬ絶望。 ただでさえ叶わないうえに傷ついた体でどうしようもない時に降りかかる、更なる恐怖。 百戦錬磨の霊夢はそういう風に例えられる気配を感じ取ったのだ。自信よりも背丈の低い少女から。 「レイム!アンタ…どんだけ人に心配させれば気が済むのよっ!?」 いつもから刺々しく、そして一度怒らせればどうしようもない少女―――ルイズがそう叫びながら、飛びかかってきた。 一メイルという近い場所まで来た彼女はローファーを履いた足で今までよりも力強く床を蹴り上げる。 そして握り締めていた両手をひらいて霊夢達へ向かってくる姿は、正に獲物を見つけて襲い掛かる肉食幻獣そのものであった。 小柄な体つきながらも食欲旺盛で凶暴なマンティコア――――そう例えられるぐらいに今のルイズは怒っていた。 「わっ…ちょっ…!」 突如物凄い勢いで迫ってくる相手に怪我を負った霊夢が避けられる筈もなく、このままでは酷い目に遭うであろう。 しかし、始祖ブリミルの微笑みはこの場にいる三人の内、異世界の巫女に向けられていたのかもしれない。 「おい、おい!こんな所で暴れるなよ、暴れるな!」 霊夢の前にいたアニエスがすぐに慌てて様子で突進してきたルイズを、その右腕で受け止めたのである。 柔らかい物同士がぶつかったような曇った音が聞こえてきたと同時に、霊夢の眼前をルイズの左手が通り過ぎていく。 思っていた事ができなくてせめてもの抵抗か、まるで猫じゃらしを弄る猫の手の様に彼女の左手が何もない空間を掻き毟る。 鳶色の瞳に怒りの色を滲ませたルイズを見て、寸での所で助けてくれた衛士に、霊夢は感謝の意を送った。 「何から何まで…本当今日はアンタに助けられてるわね」 「お世辞なんかよりもまずは仲直りした方が良いんじゃないか?傍から見るとかなり嫌悪な仲だぞ」 アニエスの助言じみた苦言にすかさずルイズが「余計なお世話よ!」と怒鳴り返し、今度は右手も振り回し始める。 もはや手がつけられない彼女に霊夢は肩を竦めつつ、これからどうしようかと悩む。 ルイズがここにいるなら何か知っているだろうが、今の状態で近づくと痛い目を見るだろう。 ただでさえ負傷しているのにこれ以上傷が増える事は遠慮願いたいので、知りたい事を聞けない。 さてどうしようかと悩もうとした直前、アニエスが先程呟いていた事を思い出した。 「そういえば、ちょっと聞きたいことが一つあるんだけど良いかしら」 彼女の口から出ていた言葉の内に気になるモノが一つだけあった霊夢は、彼女に話しかけてみる。 「お前、今の私が人の話を真面目に聞ける状態だと思っているのか?」 「別に良いじゃないの。もうルイズだって私に殴り掛かる気もなさそうだし」 「…アンタって相も変わらず、そんな性格だから私が頻繁に怒るのを分かってないみたいね」 二人のやりとりを耳にしていたルイズは、さっきまで宙を掻いていた両手をぷらぷらと揺らしつつ毒づいた。 本気で襲うつもりは無かったのだろう。ジト目で巫女を睨みつける今の彼女は、まるで人見知りの激しい飼い猫のようだ。 相手に襲う気が無いとわかったのか、ため息をつきながらもアニエスは「で、聞きたい事って何だ?」と霊夢に話しかける。 「そういえばアンタ、私たちを連れてきた云々の話で゛とんでもない御方゛って言ってた人間がいるけど…それって誰なのよ?」 「御方…?御方――あぁッ!」 彼女が質問を口に出した直後、アニエスの腕に抑えられていたルイズが突然大声を上げる。 いきなりの事に多少驚きつつも二人がそちらの方へ目を向けると、ハッとした表情を浮かべる彼女がいた。 まるで朝一番にすべき事を忘れ、さぁ昼食を食べようという時間に思い出したかのような、取り返しのつかない焦燥感に包まれた顔。 一体何なのかと思っていた時、先程飛びかかった時の様な俊敏な動きでもって、ルイズはアニエスの近くから離れた。 突拍子もない動きにアニエスが軽く驚くのを無視しつつ、ルイズは少し慌てた様子で少し乱れた服を直してから霊夢にこんな事を聞いた。 「あんた、もう歩けるのよね?昨日は見た目よりも結構な重傷で焦っちゃったけど…」 「えっ?ん、んぅ…まぁね。完治って言えるほどでも無いけど」 唐突な質問に霊夢は言葉を詰まらせかけながらも、包帯を巻いた頭を左の人差指でさしながらそう答える。 多少不格好さが目立つ白いソレを鳶色の瞳で見つめつつも、ルイズはまぁ大丈夫だろうと判断した。 調子が悪そうなのはすぐにわかるが、それ以外はいつもの厚かましい博麗霊夢だ。 一つ間違えればケンカに発展していたであろうやり取りでそれが分かった彼女は、その場で踵を返した。 「じゃあすぐにここを出ましょう。入り口の方で、馬車とマリサ達を待たせてるから早く行かないと」 やや早口で捲し立てる彼女に多少戸惑いながらも、霊夢は首を傾げて言葉を返す。 「馬車?という事は何よ、これから学院に帰るっていう事?」 突然出てきた知り合いの名を聞いてそんな事を言った巫女に対し、ルイズは「違うわよ」と首を横に振る。 「王宮よ。昨日私達が街で大騒ぎした事を知って、姫さまの使いが迎えに来てくれてるの」 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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タンケラボーガス ヨーロッパに伝わるボーギーの一。
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さんかいおうのゆびわ 機種:PC 作曲者:Emotional Union 発売元:エウシュリー 発売年:2016年 概要 ジャンルは戦略級SLG。6つの勢力を代表する6人のキャラクターから主人公を選び、それぞれが持っている指環を奪い合うバトルロワイヤル方式の海洋シミュレーションゲーム。 海賊を題材しており、陽気な曲も多い。 公式曰く、ボーカル曲はOPED共にブランド初起用の人らしいが・・・ 収録曲 曲名 作・編曲者 補足 順位 Disc1 覚醒する伝説 タイトル画面 desire hexagram 作編曲:柳英一朗 オープニング歌:Ayumi.アリツ編、ソーニャ編のラストバトル自軍フェイズ 心は大海原の流れと共に アリツ編自軍フェイズ 淡泊な瞳に映る一面の青碧 ソーニャ編自軍フェイズ 2016年337位 舞い降りたる調停者の使命 アニエス編自軍フェイズ 理想郷を希求せし紅き暴君 ラファエラ編自軍フェイズ 晦冥に潜む赤眼の黒衣者 アルヴィド編自軍フェイズ 黄金に輝くは天下の権力 ボルハ編自軍フェイズ 戦場に訪れたひと時の休息 入浴シーン 闇夜に浮かぶ澆薄の月 夜、不安シーン 荒波は息を潜めて近寄る 求めし者は身近な存在 渦巻く恥辱と快楽 その絆の行方…… Disc2 舟艇なくしては語れない 船強化 商売はいつでも賢く ルェアイ商会 軋轢を生ずる海域 敵軍フェイズ 旗幟を掲げて勝利を掴め 自軍フェイズ中の戦闘 迫り来る数多の気勢 敵軍フェイズ中の戦闘 投げられし賽とその行方 頃来に否定されし暴圧 危険種との戦闘 円環の光は輝きを増して 砲撃戦 伝承に謳われし地へ 海底エリア自軍フェイズ 深淵に眠りし権勢 海底エリアでの戦闘 明かされた真意と真実 ラストバトル戦闘 旗幟を掲げよ 戦闘勝利 次に繋げる戦 戦闘敗北 伝説は伝説のままに ゲームオーバー exceed way 作編曲:クサノユウキ from STRIKERS EDスタッフロール歌:marina エウシュリーちゃんのテーマ いつもの サウンドトラック 珊海王の円環サウンドコレクション ※公式通販のみ OPデモムービー
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地上 ベール・ゼファー 結界が砕け散った。 赤い月は消え、空に光るは白い月。 舞い散る結界の破片と共に金色の光が舞い降りた。 光はフェイト・T・ハラオウン。 「来たわね」 フェイトは答えない。 左手を突き出し、周囲に円筒形の魔法陣を複数展開させる。 「プラズマスマッシャー!」 魔法陣から電光の槍が撃ち出される。 ベール・ゼファーの視界を埋め尽くすほどの槍がつるべ打ちに撃ち出される。 「不意打ちなら通用すると思った?」 それでもベール・ゼファーには届かない。 歪んだ空間は槍の直進を許さず、ベール・ゼファーを避けて上へ、下へ、左へ、右へ。 「あなたもあの娘と一緒に殺してあげるわ」 光が右手に集まる。 絶対命中の光が強さをましていく。 「リブレイ……」 頭上に気配を感じた。 影が走った。 空 緋室灯 結界が内側から光り始めると同時に加速。 ガンナーズブルームがトップスピードで接触する直前に、灯の目の前で結界が割れた。 スピードは落とさない。 可能な最高速で目標を目指す。 見つけた。 空中にとどまり手足をだらんと脱力している白い魔道師、高町なのは。 なのはに向け、わずかに軌道修正。 落ちた速度を再び上げる。 すぐそばで気配がした。 「緋室灯!おとりを使うなんて何をする気?」 人影がいる。 地上から瞬時に飛び上がった人影は破壊の力を持つ白い光を纏った手をふるう。 「ベール・ゼファー!」 灯はガンナーズブルームを軸に縦に半回転。 ガンナーズブルームに足を絡ませ宙吊りになる。 ベール・ゼファーの手は宙を斬る。 灯は速度を落とさない。 宙づりになったまま両手を広げ、なのはに飛ぶ。 ぶつかる直前になのはの背中に手を回す。 なのはの手が自分の背中をひっかくのを感じた。 指に力が入っていない。 ガンナーズブルームに魔力をつぎ込む。 灯もまた、限界を超えた速度で飛んだ。 空 ベール・ゼファー 「私を無視する気ね」 蠅の女王は獲物を逃がす気はない。 「フライト」 宙を蹴り、光を纏って空を飛ぶ。 内火艇 ティアナ・ランスター エンジン音の響く内火艇に、ガンナーズブルームに乗った灯がなのはを抱いて突っ込んでくる。 ティアナとスバルは衝撃が加わらないように二人を受け止める。 放り出されたガンナーズブルームが床に激突。 滑りながら回転し壁にぶつかった。 パーツが砕け、外れていき、そこいらに散らばっていく。 焦げる臭いがした。 いくつかのパーツが煙を上げている。 壊れていく機械を見るのはいやなものだ。 だが感傷に浸っている暇はない。 ハッチの外、内火艇の後ろから魔力と音が迫ってくる。 打ち合わせ通りハッチギリギリに立ってクロスミラージュを構える。 目標が見えた。 高速で飛ぶ内火艇とそれに併走するフリードとフェイトを追ってくる。 内火艇も決して遅くない。 それなのに距離はどんどん狭まっていく。 「あんな女の子が!?」 構える両手の力が少し抜ける。 「ティアナさん!早く!」 エリオの叱咤が聞こえた。 「わかってる!」 手に力を入れ直す。 「フェイク・シルエット」 空 フェイト・T・ハラオウン ティアナの作り出した幻影が少し外れた軌道を飛んでいく。 あまり外れたコースを飛ばすことはできない。 幻影がばれてしまう。 あと少しだけ騙せればいい。 光が空を走った。 ベール・ゼファーの魔力が幻影を切り裂く。 霧散する幻影を確認したベール・ゼファーは本物の自分たちを追ってきた。 「プラズマスマッシャー!」 再び雷光をとぼす。 あと少し、少しだけ。 「待ちなさい」 ベール・ゼファー手が内火艇をつかんだ。 途端、フェイトの視界は遮られる。 周りの景色が次元空間を思わせるものに変わっている。 ベール・ゼファーは腕だけを残し消えていた。 その腕もすぐに力をなくし次元空間に消えていった。 空 ベール・ゼファー 逃げる内火艇の前方に魔法陣が見えた。 アンゼロット宮殿に続くゲートだ。 そこに入らせまいと内火艇をつかむが遅かった。 内火艇はゲートに消える。 同時にゲートとなっている魔法陣も消えた。 アンゼロット宮殿とこの場所の空間は切り離され、ついでに腕も切り離された。 「逃げられたみたいね」 切り離された腕があった場所を見る。 「フリップ・フラップ」 それは事象をゆがめる魔法。 ベール・ゼファーが腕を切り離されたという事実は消滅する。 故に、ベール・ゼファーは当然そこにある自分の腕を見る。 元に戻った腕を伸ばし、空間を探る。 「ゲートを閉じた……いえ、破壊したわね」 追跡を封じるためだろう。 「よほど、あの娘達を買っているのかしら。アンゼロット」 さて、どうしよう。 ここから追跡はできない。 別のゲートの場所はいくつか知っている。 そこから、追撃を試みるか。 止めることにした。 アンゼロット城に襲撃をかけたこともあったが今はその時と同じではない。 アニエスが世界結界を食べていくことによる世界の混乱がアンゼロット城の防備を固めさせているだろう。 「そうね、なら……来るのを待ちましょう」 アニエスの居場所は知られている。 せっかく作った異世界の結界を壊される可能性が残るのはつまらないが、追撃が難しいなら迎え撃つのも悪くないだろう。 それにアニエスは世界を食べるほどに強くなる。 時間は味方している。 「お客様を迎える準備をしましょう。釜の中に料理を入れて煮込むの。ことこと、ことこと」 光の尾を引きベール・ゼファーは再び空を飛ぶ。 「ふたを開けるのはお客様。開けたらきっとびっくりするわ」 さあ、どうお迎えしましょうか。 とても、とても楽しみ。 戻る 目次へ 次へ
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ロイド一覧 ★1 ★2 ★3 ★4 ★5 blankimgプラグインエラー:ご指定のファイルがありません。アップロード済みのファイルを指定してください。 ロイド名称 ビキニクリムローゼ レア ★★★★ エネルギー 260 距離 中衛 タイプ 補助型 武器 ビームガン 進化 ビキニクリムローゼ(★5) 関連ロイド ビキニクリムローゼ(★3)クリムローゼ(★3)クリムローゼ(★4)クリムローゼ(★5) ステータス スキル 特性 入手方法 コメント ステータス 初期Lv 最大Lv ◆無 ◆ ◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆ HP 1540 5251 ATK 51 159 ドロー数 2 2 3 ※◆は限界突破回数です スキル スキル名称 セクシーポーズ 説明 詳細 ダイナマイトセクシーなボディを披露して、味方に出撃するためのエネルギーを補給する補助スキル。 対象 効果 エネルギー補給 ロイドを出撃させるために必要なエネルギーを補給する 特性 特性名称 説明 入手方法 進化:ビキニクリムローゼ(★3) Lv 60 コメント 名前 コメント
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ヒーロー(9名) 旧・二部ヒーロー ヒーロー業界関係者 虎徹の家族 バーナビーの家族 カリーナの家族 ウロボロス関係者 その他 ヒーロー(9名) 鏑木・T・虎徹 バーナビー・ブルックスJr. イワン・カレリン カリーナ・ライル アントニオ・ロペス キース・グッドマン ネイサン・シーモア ホァン・パオリン ライアン・ゴールドスミス 旧・二部ヒーロー Mr.レジェンド ステルスソルジャー ボンベマン Ms.バイオレット スモウサンダー チョップマン ヒーロー業界関係者 アレキサンダー・ロイズ アニエス・ジュベール アルバート・マーベリック ベン・ジャクソン 斉藤 ケイン メアリー マリオ ユーリ・ペトロフ ナターシャ ロバート 虎徹の家族 鏑木楓 鏑木友恵 鏑木安寿 鏑木村正 バーナビーの家族 バーナビー・ブルックス エミリー・ブルックス サマンサ・テイラー カリーナの家族 エリック・ライル クリスティーナ・ライル ウロボロス関係者 ジェイク・マルチネス クリーム ハンス・チャックマン ロトワング シス H-01 その他 エドワード・ケディ ライオネル・ホーク 戻る→トップページ
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第72話 ヤプールの罠! 赤い雨の死闘 円盤生物 ブラックテリナ 円盤生物 ノーバ 高次元捕食体 ボガール 頭脳星人 チブル星人 登場! ヤプールの尖兵として、無数のテリナQをばらまき、何万人もの人間を殺人鬼に 変えた恐るべき怪獣、円盤生物ブラックテリナ、こいつを倒さない限り、テリナQの 汚染はアルビオン全体にとめどもなく広がり、やがてはこの巨大な浮遊大陸全土が 意思を奪われたゾンビの群れに占領されてしまう。 才人とルイズは、同じように取り付かれてしまったキュルケたちを救うためにも、 これまで散々やりたい放題をしてくれたヤプールに思い知らせてやるためにも、 怒りを込めて変身した。 (ヤプールめ、まさか円盤生物まで復活させているとは……だけど、正体が わかったからにはつぶさせてもらうぜ!) (よくもひどいめに合わせてくれたわね。この恨み、みんなの分も合わせて、 百万倍にして返してあげるわよ! そうでしょう?) (ああ、ヤプールがなにを企もうと、すべて粉砕してみせる。いくぞ!) 二人の意思を受けてウルトラマンAは、無感情に悪魔のプログラムを進める 漆黒の巨大貝に、ためらうことなく挑みかかっていった! 「ヘヤァッ!」 エースは、草原から再び飛び立とうとしているブラックテリナを捕まえて、もう一度 地面に引き摺り下ろした。 「デヤッ! ダアッ!」 そのまま、押し倒したブラックテリナへ向けてエースは枕を殴りつけるように、 パンチとチョップを叩き込んでいく。なにせ、ブラックテリナは全長こそ七八メートルと かなりの長さを持つが、二枚貝に触手がついたような体形からもわかるとおりに、 全高はエースのひざくらいまでしかない。 しかし、いくら小さいとはいってもブラックテリナも怪獣である。貝殻を閉じた 状態ではエースの攻撃も充分な効力を発揮できずに、逆に先端に鋭い爪が 生えた触手を振りかざしてエースを襲ってきた。 「デャッ!」 ブラックテリナの触手に巻き込まれる前に、エースはバックステップで距離を とると、浮遊して貝殻を開いて、体内にある目でこちらを睨みつけてくる ブラックテリナに構えをとった。普通、二枚貝に目玉はなく、精々光を感覚的に 検知することしかできないが、こいつは普通の貝でいえば内臓に当たる ところに人間のような眼球が二つついているという、他に類を見ないほど おぞましい姿を持っているのだ。 体当たりを仕掛けてくるブラックテリナを、エースはがっちりと捕まえると、 そのままさらに人のいない方向へと投げ飛ばした。 「デヤァァッ!」 森林地帯へ、木々をへし折りながらブラックテリナは転げながら墜落する。 このまま草原で戦い続けていたら、ブラックテリナに操られた人々を巻き込んで しまいかねないから、エースは足元を気にして満足に戦えないのだ。 そのため、その心配さえ取り除いてしまえば容赦する必要はない。 「トオッ!」 森の中から浮遊してくるブラックテリナへ、エースは走る。 しかし、ブラックテリナも貝殻を開くと、体内から火花を噴き出して森に 引火させ、山火事を起こしてエースを近寄らせまいとしてきた。 (エース、消火しよう) (ああ) 接近を阻む炎の壁に向かって、エースは両手を突き合わせて向けると、 その先から消火剤を強烈な勢いで噴射した。 『消火フォッグ!』 消防車の何百倍という水量の放出に、山火事もみるみるうちに消えていく。 (ようし、今だ!) むき出しとなったブラックテリナへ向けて、再度エースの攻撃が始まる。 炎が消えても、なおも触手を振り回して接近させまいとするブラックテリナへ 向けて、突き出したエースの両手の先からひし形の光弾が発射された。 『ダイヤ光線!』 五連続で発射されて光弾は、爆発を起こしてブラックテリナの表面を焼き、 何本かの触手がちぎれとんだ! 「ヘヤァッ」 チャンスは逃さず。残った触手の攻撃をかいくぐり、ブラックテリナの本体を狙う。 しかし貝殻を閉じた状態ではこちらの攻撃も効かないために、エースは 奴が殻を閉じて本体を防御する前に、その間に手を差し入れてこじ開けようとする。 「ヌォォッ!!」 渾身の力で、閉じようとあがくブラックテリナの力をねじ伏せて、 殻の中に隠された本体が徐々に白日にさらされていった。 (ようし、そのまま本体をやっつけてしまえ!) ブラックテリナは貝の形をした怪獣であるために、貝殻の中身は内臓が むき出しであり、内部の防御力は皆無に等しい。実際、レオと戦った ブラックテリナも、空中攻撃で善戦したものの、貝殻を無理矢理こじ開けられた あとで内臓をつぶされて倒されている。 だが、ブラックテリナには、生物兵器として改造されて感情はなくても、 生命の危機に瀕して自らを守ろうとする生物としての本能は残っている。 こじ開けられそうになる寸前、触手でエースの気を一瞬引いた隙に、 その巨大な貝殻を閉じてエースの左腕を挟み込んでしまったのだ! 「グォォッ!」 まるで巨大な万力に締め上げられたかのように、エースの左の 腕に激痛が走る。その光景には、安全のために通常は感覚を 切ってあるはずの才人とルイズでさえ、精神の顔を引きつらせて しまったほどだ。 (やばい、早く引き抜いてくれ!) (だめだ、食い込んでいて抜けない!) エースは全力で引っ張るが、ブラックテリナの貝殻は深く食い込んでいて 抜ける気配がない。しかも、右手だけではこじ開けるのに力が足りない。 このままでは、骨をへし折られるか、悪くすれば腕を挟み切られてしまう。 才人は、なんとかしてブラックテリナの弱点はないものかと考えるが、 そうすぐには思いつかない。しかし、ここでルイズはブラックテリナの形を 間近で見て、ふとあることを思い出した。 それはしばらく前のこと、学院で才人に得意げに料理を食べさせる シエスタを見て不愉快になり、衝動的に厨房に駆け込んだとき、ちょうど そこでは貝料理を作っていた。もちろん、知能指数と頭のよさは関係ない というふうに、考えなしにルイズは「わたしに料理を教えなさい!」と、 コックに詰め寄っていったのだが。 「えー、ではこのオオホタテ貝ですが、こういうふうに殻をがっちり 閉じていますので、そこで隙間から包丁を差し込んで貝柱を切れば……」 「もういいわ……」 そこで、生の食材を調理する現場の生々しさに負けてしまったルイズは 速攻でギブアップしたのだが、後になって思い起こすと情けないこと この上なかったので、迷惑かけたおわびとしてシエスタに菓子折りを 届けてもらったのだが、嫌な記憶というのは強く印象に残るものである。 ただし、嫌な記憶=無駄な記憶という方程式は成り立たない。 (そうだ、貝柱よ! 貝柱を切れば貝は閉じられなくなるわ!) そうか! と、エースの脳裏に希望の光がきらめいた。ブラックテリナとて 貝には違いない。その急所は! 「デヤァ!」 ブラックテリナの尾部、上下の貝殻が接着している箇所に狙いを つけると、エースは右手にエネルギーを集中させて、白く輝く丸い カッターを作り上げた。 『ウルトラスラッシュ!』 エースは、ウルトラマンの八つ裂き光輪と同じ形の円形ノコギリを 整形すると、通常は投げつけるそれを手持ちの刃物のように、 直接ブラックテリナの尾部に向かって振り下ろした! 「ヘヤァ!」 光のカッターと、硬い貝殻がぶつかりあって火花を上げる。 だが、カッターの刃の先端は、確かに殻のつなぎ目の隙間を抜けて、 その奥にある貝柱に致命的な傷を刻み付けていた。 (開いた!) その瞬間、これまで強烈な力で閉じようとしていたブラックテリナの 貝殻が、まるでゴムの伸びたカスタネットのようにだらしなく口を 大開きにした。当然、今がチャンスだと、エースはすぐさま左手を引き抜いて、 もはや決して殻を閉じることはかなわずにもだえるブラックテリナを持ち上げて、 力いっぱい空高く投げ上げた。 「トォォッ!」 バランスをとることができずに、ブラックテリナは回転しながら どんどん高く飛んでいく。 (とどめだ!) これまでだ。エースは飛び上がっていくブラックテリナを見据え、 もう地上の人々に影響を及ぼさないだけの高度に上がったと 確信すると、上空めがけて両腕をL字に組んだ! 『メタリウム光線!!』 輝く光が立ち上り、吸い込まれるようにブラックテリナへと直撃した。 その、圧倒的な光の力の前には、身を守るもののなくなったブラックテリナの 本体は到底耐えられない。閃光とともに、体内に収納していた数万のテリナQを 燃え盛る火花にして振りまきながら、黒い殺し屋は火炎に包まれて、木っ端微塵に 爆裂して消え去った! (やった!) (よっしゃあ!) 燃え尽きたブラックテリナの最期に、ルイズと才人は同時に喝采をあげた。 エースは、まだしびれる左腕を押さえて、じっとブラックテリナの燃え滓の 煙を見つめている。 (さすが、かつてはレオを苦しめただけはある。意外にてこずってしまった) 円盤生物と戦うのはこれが初めてだが、超獣とはまた別種の怪獣兵器の 威力には、エースも穏やかならぬものを感じていた。 けれど、これで少なくともキュルケたちや、平民たちを操っていた本体が 死んだために、テリナQも効力を失い、洗脳も解けたはずだ。見下ろすと、 平民たちが怪訝な顔で、きょろきょろとしながら立ち尽くし、彼らにとっては 突然現れたはずのエースの姿に驚いている。 また、時を同じくして、アルビオン中にまかれたテリナQも同時に機能を 停止し、取り付かれて刃物を振り上げたり、馬車を暴走させていた人々も すんでのところで正気を取り戻していた。むろん、アイが持ってかえって ティファニアに預けられたものも同様で、彼女は子供たちが昼寝をしている 寝室に、なぜか包丁を持って立っている自分の姿にきょとんとしていたが、 あと一分遅かったら……まさに間一髪だったことを、知るよしもなかった。 シルフィードの姿は見えないが、彼女たちのことだからまず無事だろう。 あとは、兵士たちにかかったほうの洗脳だが、それはエースよりも 才人たちで動くほうがやりやすい。 これで、やるべきことはすんだと思ったエースは、空を見上げて 飛び立とうとした。 そのとき! 「ヌワァッ!」 突然、飛び立とうとしたエースの背後から、鞭のようなものが伸びてきて エースの首に絡み付いてきたのだ。 (こ、こいつは!?) 鞭を掴み、振り向いた先に現れていたものを見てエースは愕然とした。 例えるのならば、巨大な赤い照る照る坊主、球形の頭にうつろな 穴で口と目を描き、垂れ下がった布のような体の左手側から鎌の ような武器を覗かせ、右手側から伸びてくる長大な鞭のような触手が エースの首へと絡み付いている。 その、数百数千ある怪獣の中でも、他の追随を許さないシンプルかつ 不気味なシルエットは、才人にブラックテリナ以上の衝撃をもたらした。 (円盤生物ノーバ! そんな、二匹目の円盤生物だってのか!?) 間髪いれずに襲い掛かってきた円盤生物の連続攻撃、そうだ、ウェールズを 操っていた張本人であるノーバも、この戦場に潜んでいたことを彼らは 知らなかったのだ。 そして、エースを掴んだままノーバは眼下の平民たちを見下ろすと、 その涙滴型の空洞状になった口から、真っ赤なガスを噴き出して、霧のように 彼らを包み込み、たった今ブラックテリナの洗脳が解けたばかりの人々を まとめて凶暴化ガスの餌食にしてしまった。 (ま、まさか……ブラックテリナは、最初から囮だったのか?) あっという間に状況を元に戻されてしまったことに、エースも才人も そうとしか思えなかった。考えてみれば、ノーバはメビウスと戦った個体も 自分の偽者のマケットノーバでメビウスのエネルギーを消耗させ、 そこを狙うというずるがしこい戦法を使っている。もちろん、ノーバの 能力ではブラックテリナとは違って、人間を凶暴化させられても 操ることはできないので、ブラックテリナがやられた場合の保険 という意味合いもあったのだろうが、暴徒をアルビオン中に溢れ かえらせようというヤプールの作戦からすれば、どちらでも問題は ないので、テリナQで派手に人間を操ってウルトラマンAの気を引き、 全力を出しつかせたところを狙っていたのだろう。 そんな、正々堂々とはほど遠い戦い方しかしないヤプールの やり口に、誇り高いルイズは怒りが爆発する。 (本当に、どこまでも卑劣で姑息な奴らねえ!) その怒りはエースにも伝わり、エースは腕に力を込めて、ノーバの 鞭を振りほどき、猛毒ガスで周囲を赤く染めていくノーバに構えをとった。 だが、エネルギーの減少だけはいかんともしがたく、エースの カラータイマーは無情にも点滅を始める。対して元気一杯のノーバは 鞭と鎌を振り上げて、その無機質な外見には不似合いな凶暴な 叫び声を上げてエースに向かってくる。 「シュワッ!」 鞭攻撃をかわして、ひらひらとした胴体にキックを打ち込むが、なんとも 手ごたえらしきものが感じられない。また、鎌での攻撃を右腕で受け止めて、 頭部へとパンチを打ち込んでも、のけぞりはするがまったく表情が変わらないので、 才人にしてもルイズにしても、まるでロボットかガーゴイルを相手にしているようで、 とても生き物を相手に戦っているとは思えない気味の悪さを感じ続けていた。 (こんな奴らと、レオは戦い抜いたのか) かつてMACステーションを奇襲して、おおとりゲン以外のステーションにいた 全隊員を殺し、次々に人間社会に潜入して、人々を騙し、利用し、地球侵略を 狙い続けた円盤生物群の恐ろしさを、エースは肌で感じ取っていた。 しかし、だからこそこんな奴らにこの世界を好きにさせるわけにはいかない。 エースは残り少ないエネルギーを両手に集中させて、ノーバに叩きつけた! 『フラッシュハンド!』 高エネルギーの電撃によるパンチやチョップには、さしものノーバの 手ごたえのない体にも焦げ目をつけて、引き裂くような悲鳴と共にダメージを 与えられていく。 けれども、ノーバが空に向かって叫び声をあげると、それまで夏空を 見せていた空が見る見るうちに暑い雲に覆われ、ぽつりぽつりと雨が 降り始めた。 (これは、赤い雨……) 血のように真っ赤な色をした雨が、たちまちのうちに豪雨となって、 世界を赤一色に染めていく。 そう、ノーバは照る照る坊主を模した姿をしているが、赤い雨を呼ぶ 能力はあっても晴れることは決してない。真紅に包まれた世界の中で、 エースと赤の世界の支配者との第二ラウンドが始まった。 しかし、赤い雨はノーバに元気を取り戻させはしたが、同時に奴自身にも 思いもよらぬ副次効果を呼んでいた。群集から離れた場所に不時着した おかげで、猛毒ガスの影響範囲から逃れられ、今まで気を失っていた シルフィードに乗ったキュルケやアニエスたちが、冷たい雨に体を打たれる 感覚で、目を覚ましていたのである。 彼女たちは、視界を覆い尽くす赤一色の世界に驚いたものの、雨音を 上回る轟音をあげて戦うエースの姿を認めると、すぐさまシルフィードを 飛び上がらせて周囲の状況を確認し、自分たちがどうするべきかを考えた。 「エースを援護しましょう。あたしたちの実力なら可能だわ」 最初に、もっとも簡単な意見を述べたのはキュルケだった。確かに、 メイジ三人が風竜に乗って戦う威力は大きく、以前にムザン星人を 倒した経験からも、彼女の自信は当然のものといえたが、それは 即座にタバサが否定した。 「無理、この豪雨の中では、炎は無力化されるし、土も風も威力は 半減する。むしろウルトラマンの邪魔になりかねない」 「あ、そっか……じゃあ、わたしたちにできることはないの?」 頭の回転は速いが、基本的に単純にものごとを考えたがる キュルケは行動に行き詰ったが、そこは戦闘指揮官として確かな 戦術眼を持つアニエスとミシェルが、すでに情報を分析していた。 「ミス・タバサ、この竜を王党派軍の先頭へもっていってくれ。 そこにウェールズと、この状況の半分を作り出したやつがいるはずだ」 アニエスは、最初に王党派軍を操っているものが、ウェールズの そばにいる参謀長であるであろうことを忘れてはいなかった。彼女は、 傷の治りきっていないミシェルに直接雨が当たらないように、自分の上着を 着せてやり、ミシェルも副長としての役割を考えて、アニエスの考えを補強した。 「幸い、竜などの幻獣は飛んでいませんし、この雨では対空攻撃の 精度も落ちるでしょう。むしろ、この雨は好機です。敵が念入りに準備を整えて 作戦を起こす奴ならば、恐らく自分の計画が成功するか見届けようとするでしょう。 そこを逃げられる前に勝負をかけましょう!」 むろん、ほかの誰にも依存はなかった。そうと決まれば、タバサは シルフィードをエースとノーバの戦いを避けて飛ばし、殺意を撒き散らして 広がりつつある群集と軍隊の上へと向かった。 「そういえば、ミス・ルイズとサイトくんは大丈夫かしら……」 ロングビルが、目を覚ましたときになぜかいなかった二人を気遣ってつぶやいた。 目覚めたあとで、まずはシルフィードで飛び上がって探したが、周りには 二人の姿はなく、あの二人のことだから無事だとは思っていたが、 やはり自分の生徒のことは気になるようだ。もちろん、その気持ちは この中の誰もが共通のはずだが、一番才人の身を案じているはずの ミシェルは力強く自らの思いを吐き出した。 「あいつは無事さ、きっとどこかでしぶとく生き延びていて頑張って、 あとでひょっこり顔を出してくるに違いないよ」 片目をパチリと閉じて、微笑む彼女の表情には、いつのまにか才人が ウルトラマンを信じるのと同じ輝きが宿っていた。 そのころ、本物のヒーローのようにミシェルの信頼を一身に受けているとは 知るよしもないが、才人はなおもウルトラマンAと共に戦っていた。 (光線が来るぞ!) ノーバの目が光ったと思った瞬間、才人は叫んだ。ノーバの武器は 猛毒ガスだけではない、その両眼から太いレーザー光線が発射されて、 寸前で回避したエースのいた先で、木々を十数本吹き飛ばす爆発を起こす。 「トォォッ!」 反撃のキックがノーバの頭を打ち、巨大なメトロノームのようにノーバの 体が大きく揺れ動く。こちらのエネルギーもとぼしいが、ここで負けるわけには いかないという才人たちの思いが、エースを支えていた。 そして、エースとノーバの戦いが激化しているのを横目で見ながら、 シルフィードは雨にまぎれて、ついに王党派陣営の本陣であったウェールズの 元へとたどり着いていた。 「王党派のVIPも当然のごとく全滅ね……ウェールズ皇太子は?」 シルフィードの下には、王軍の中核であったはずの将軍や騎士がやはり ゾンビのような無残な姿で徘徊している。昨日まで輝かしい栄光を見つめていた 彼らには悪夢だろうけれども、虚栄に釣られて集まった彼らの悪夢が 大勢の人々の悪夢に拡大する前に、事態を収拾しなくてはならない。 このゾンビの群れの中に、たった一人、したり顔で笑っているやつが いるはずだ、そいつを見つけ出さなくては。 「いたぞ、あれだ!」 最初に赤一色の風景の中から、唯一この惨状で平然と立っている人影を 見つけたのは、もっとも視力のよいアニエスだった。兵士たちを見下ろす 壇上に悠然と居座って、薄ら笑いながら、死兵となった大軍を眺めている 老人が、犯人でなくてなんだというのか。 さらにミシェルも確認して、壇上の老人のそばに、一人の豪奢な服を着た 青年が倒れているのがウェールズ皇太子その人だと断言した。レコン・キスタに 対する復讐心を、ノーバによって利用されるだけ利用されて、最後に全軍の 闘争心をかきたてるのに使われると、利用価値がなくなったとたんに ぼろ雑巾のように見捨てられ、ノーバが抜けて抜け殻のようになった その姿は、もはや凛々しかったかつての面影はどこにもなく、心の闇に とらわれ続けた者の哀れな末路のみをさらしていた。 「一国を統治する者として、情けない限りだな」 アニエスの酷評に反論する者はいない。彼の事情はどうであれ、彼自身の 心の隙が敵に付け入る暇を与え、このアルビオンを壊滅に追いやったのは 事実だからだ。 それに、ロングビルにとっては彼はかつて自分の一族を離散させた男の 息子に当たる。もちろん、親の恨みをその子に向けることは、彼らが自分たちに したことと同じということはわかっているが、その心中が穏やかなろうはずもなかった。 「皮肉なものですわね。私は王家の権勢を守るためにあなた方に追放されたけれど、 そのおかげで、こうして今はあなたの醜態を見下ろすことができます」 人生、なにがどう転ぶかわからない。ティファニアの件がなければ、 ロングビルもこの操り人形の一人にされていたかもしれないのだ。 かといって感謝する気は毛頭ないが、彼女もまたヤプールの道化に されていた過去を思うと、ウェールズを他人事だとは思えなかった。 彼女は、もし私やテファの父がまだ健在ならば、強い権限を持ち、有能で 忠実な太守であった彼らはクロムウェルなどにつけこまれる隙を与えずに、 もしかしたらこの反乱は未発に終わったかもと、そんな想像さえ浮かべていた。 「結局は、自分の手足を切り離して立っていられなくなった国の最後なんて、 ヤプールにつぶされなくてもこんなものなのかしらね」 有能な臣下や、忠臣の咎を攻め立てて追放し、ひたすら王家に媚を 売るものばかりが残れば、国は当然のように弱体化していく。もちろん、 それはウェールズの責任ではなく、先王ジェームズ一世の厳格な 法統治ゆえなのだが、その人間より法を重んじる厳格すぎる姿勢が、 かえって自らの足をすくったことになる。法は人を守るべきものであり、 支配するものではないはずなのに。 だが、それでもアニエスはアンリエッタ王女から賜った、ウェールズ皇太子を 救出するという任務を忘れてはいなかった。 「不本意であるが、王女殿下の命令だから助けてやる。それに貴様は、 こんな事態を招いた責任をとってもらわねばならんからな」 倒れているウェールズは、洗脳が解けただけであるから恐らく生きている。 ロングビルは多少しぶい顔をしたが、この内乱が終わったあとに国を迅速に 立て直すには、ウェールズが中核として必要であるとわかるので自分を納得させた。 それに、ウェールズもこの内戦が始まる前までは、本当に人望高い立派な 王子だったという。ただ軍事的、政治的才幹が乏しく、反乱を抑えられなかったのは 彼にも責任の一端がないとはいいきれないが、それも彼自身はまだ二十にも 届かない若年で、精神的に成熟しきっておらず、またアンリエッタ王女のように アニエスやマザリーニのような信頼できる副官もおらず、裏切りが続く中で 猜疑心の虜になっていったのは、人間として仕方があるまい。 目が覚めたら、ウェールズにとってはつらい現実が待っているであろうが、 そのときはトリステインのアンリエッタ王女が支援を惜しまずに、彼さえ その気になればトリステイン、アルビオンの両国に深い友愛が結ばれることも 充分にありえる。 それに、本当に許せないのは、そんな孤独なウェールズの心を道具のように もてあそび、数え切れないほどの不幸を撒き散らそうとしているものたちのほうだ。 彼女たちは、あれをやると目配せしあうと、赤い雨にまぎれて一気に上昇し、 死角から一気に老人めがけて急降下した! 『ジャベリン!』 空気中の水分、すなわち赤い雨を凝結させた真紅の氷の槍がタバサの 杖の先で瞬時に形成され、彼女はそれを真下の老人へ向かって勢いよく振り下ろした。 「やったか?」 ジャベリンが、老人の胴体に突き刺さり、枯れ木のような小柄な体がよろめき、 攻撃をおこなったこちら側を凝視してくる。それで、彼女たちは今度こそ一〇〇%の 確信を得た。胴体をぶち抜かれて、生きていられる人間などいるわけがない。 彼女たちはシルフィードから飛び降りてウェールズを回収し、さらに油断なく杖の先を 老人に向ける。 「おのれ、まだ生き残りがいたのか、小ざかしい虫けらどもが……」 参謀長だった老人は、胴体に氷の槍をつきたてたまま、憎憎しげにつぶやいた。 そこには、自らの立てた計画に従わなかった異分子に対する憎しみが満ちていたが、 そんなものに彼女たちはかまわず、キュルケが一笑のあとによく通る声で勝利宣言をした。 「人間をなめるから、そういうことになるんですわ。さっさと正体を現しちゃいなさい。 せめて楽にあの世に行かせてあげるわよ」 すると、老人はキュルケの挑発に激昂したかのように醜く顔を歪ませると、 その頭が見る見るうちに膨らんで、直径一メイルほどの大きな球体の下に目と口が ついた頭部に変形し、ついでジャベリンを打ち込まれた胴体は逆に見る見る縮小し、 クモの足のような触手がだらりと下がった。風船のような異様な姿の星人へと 変形したのだ。 アニエスが、キュルケがつばを飲んでその異形を睨みつける。 「それが、貴様の正体か」 「胴体は見せかけだったのね、どうりでジャベリンも効かないわけだわ」 頭脳星人チブル星人……それが、参謀長の正体。 こいつこそ、かつてウルトラ警備隊の時代にアンドロイド0指令という、子供を 洗脳して兵隊にする計画を立てた張本人であり、その準備の周到さと 人間の思考の盲点を突く悪賢さをヤプールに見込まれて、奴に雇われた 宇宙人の一人であった。 「油断しないで……」 タバサが注意を喚起すると、皆がそれに従った。これまでの経験から、 宇宙人はそれぞれ特殊能力を持っていることが多く、うかつに手を出せば どうなるかわからないからだ。 対して、チブル星人は奇怪な鳴き声を発しながらも、変身してからは一言も 人間の言葉を発しなかったが、奴の鳴き声に合わせるように周りの 人間たちがゆっくりと振り返ってその武器を、彼女たちに向けてきた。 「兵隊たちが!」 剣や槍、杖がゆっくりと彼女たちの方向を向いてくる。こいつは、その巨大に 発達した脳を利用して、脳波指令によって一気にその受信機を身につけた 大量の人間を操ることができる。 だいぶん散らばっているとはいえ、王軍の本陣であるから精鋭ぞろいで まだ三十人は残っている。これだけの兵隊から一斉攻撃を受けたら いくら彼女たちでもひとたまりもない。 しかし、アニエスは事態を改善する最短で最良の方法を選んだ。 自らの剣を不気味に浮遊し続けるチブル星人へ向かって投げつけたのだ! 「ちょ、アニエス!?」 キュルケが叫んだときには、すでにアニエスの剣はチブル星人を深々と貫き、 その後頭部にまで貫通、致命傷を与えていた。 「え……」 アニエス以外の全員が呆然とする中で、チブル星人は壇上の床に落ちて、 少しのあいだ足を痙攣させていたが、やがてまぶたを閉じると、そのまま 氷が溶けるように雨の中に消えていってしまった。 「よ、弱い……」 あんまりにもあっけなさ過ぎる星人の最期に、一同はそろってあっけに とられてしまった。いちかばちかで人間たちを操っている星人を狙おうとした アニエスも、予想を上回りすぎる戦果に喜ぶ気も失せてしまったほどだ。 だが、チブル星人は頭脳と引き換えに体を退化させてしまった宇宙人なので、 その脆弱さは人間以上で、過去もウルトラセブンのエメリウム光線一発で 簡単に倒されてしまっている。自らの代わりに戦わせるアンドロイドや、 人間の洗脳計画を立てるのはその裏返しともいえた。 どっちみち、星人の見た目の不気味さに警戒して、手を出せずにいた キュルケやタバサは騙されたようで不愉快だったが、星人が死んだ おかげで、武器を上げかけていた兵隊たちも、糸の切れたマリオネットの ように次々と泥の上に倒れていった。 「なんか釈然としないけど、洗脳は解けたみたいね。王子様のほうはどう?」 キュルケに問われて、彼を介抱していたロングビルは、洗脳の後遺症で 昏睡状態に陥っているけれど、生命には別状なさそうだと答えた。あとは ほかの人間も正気を取り戻したあとで、本職の医者に見せるしかあるまい。 ただしウェールズを連れて行くわけにも、かといって見ず知らずの自分たちが ここに残るわけにもいかないので、彼を司令部用と思われた近くの大き目の テントに運んで、そこの簡易ベッドの上に寝かせた。 「わたしたちにできることはここまでね。とりあえずこれでヤプールの計画は 頓挫させられたのかしら」 「いや……まだあの赤い怪獣がいる。あれを倒さない限り、ヤプールは何度でも 計画を立て直せる」 タバサがいまだに降りしきる赤い雨のかすむ先で、なおも戦い続けている ウルトラマンAとノーバの戦いを仰ぎ見ると、キュルケはふっとため息をついて、 それから気持ちを切り替えるように、濡れた髪をかきあげた。 「そうか……三段構えの作戦とは、その執念には恐れ入るわね。でも大丈夫よ、 エースが負けるわけないじゃない」 陽気にウィンクしてみせ、一行はそうだなと互いと自分に確認しあった。 ウルトラマンAとノーバの戦いは、まさに佳境を迎えていた。 エネルギーがブラックテリナ戦で消耗していたとはいえ、エースは ノーバと互角以上に渡りあい、追い詰めていっている。これならば、 もうエースの勝利は揺るぎないだろう。そう思い、彼女たちはこの戦いの 最後を見届けるべく再び飛び立とうとしたが、その直前で笑顔を引きつらせた。 なぜなら、ノーバに今まさにとどめを刺さんとするエースの背後に、 どす黒い次元の裂け目が出現したからだ。 「あれは……エース、危ない!」 キュルケとロングビルが絶叫し、その声がエースに届くのと、エースの 背中に青黒いエネルギー弾が炸裂したのはほぼ同時だった。 「グワァァッ!」 無防備な方向からの奇襲を受けて、エースは吹き飛ばされて地面に うつぶせに倒れこんだ。 (あ、あれは……まさか) 次元の裂け目からその姿を現し、エースに不意打ちをかけたその怪獣を、 才人はよく知っていた。かつて、健談宇宙人ファントン星人が地球に落とした 非常食料『シーピン929』が圧縮を破って巨大化し始めた事件で、GUYSは シーピンを宇宙空間まで移送する作戦を立て、才人はその光景を生中継で 見ていたが、作戦開始寸前にそいつは突如現れた。 (高次元捕食体、ボガール……) (馬鹿な、円盤生物に続いて、ボガールまでも復活させたというのか!) エースすら、目の前の光景を信じられなかった。ボガールのことはエースも 知っているが、宇宙の星々の生命を食い荒らし、果てしなく強大化を続け、 なおかつ宇宙警備隊の追撃もかわし続けた、あのボガール一族の中でも 特に進化したこいつを蘇らせられるとは、この短いあいだにヤプールの 力は想像を超えて巨大化していたのか。 そのとき、赤い雨の中にとどろくように、異次元のかなたからヤプールの 忘れようもない声が響いてきた。 「ふぁーはっはっは! 罠にかかったな、ウルトラマンA」 「ヤプール!」 「先日のノースサタンに続いて、ブラックテリナに、さらにノーバをも連戦して 倒しかけるとはさすがだな、だがここまでは敵ながらあっぱれとほめてやるが、 まだエネルギーは残っているか?」 やはりそれが狙いだったのかと、エースや才人たちは内心で歯噛みをしたが、 それよりも、これほどの怪獣軍団をヤプールが作り上げていたことが脅威である。 「ヤプール、貴様どうやって円盤生物やボガールまでも蘇らせたのだ?」 「ふははは! 以前お前たち兄弟の末っ子と戦ったロベルガーやノーバは、皇帝の 命を受けて俺が再生に協力したのだ、ボガールは、怪獣墓場に漂っていたのを 復活させるのには骨を折ったが、以前貴様に言っただろう。この世界に 満ちるマイナスエネルギーの規模は地球をしのいでいる。我らの捨て駒 として充分役に立ってくれたこの国の王子一人にしても、復讐心、猜疑心、 破壊衝動、わしがあれこれ手を加えるまでもなく、闇のとりこになっていた。 おかげで、軍団の再編も滞りなく進んでいるわ!」 ヤプールの一人称がコロコロ変わるのは、奴が多数の意識の集合体で あるからだろうが、ホタルンガ戦のときにヤプールが言っていたことが、 ここまでだったということがエースを愕然とさせた。 人間の汚れた心、マイナスエネルギーの発生にとって、ハルケギニアの 中でも特に内乱中のアルビオンが有力だったのは今さら驚くことでもないが、 超獣だけならまだしも、系統のまったく違う円盤生物やボガールまでも これほどの数を操っているとは。 「貴様が、この国の争いを画策したのか?」 「ふん、我らは人間同士の小ざかしい争いになどは興味はない。それどころか 感謝してもらいたいものだ。中々こっけいな見世物ゆえに、少々長引くように してやったが、我らが手を加えなければ、あやつらは当にどちらかが皆殺しに なるまで戦い続けて、貴様の嫌がる大量の死者が出ていただろうからな」 盗人猛々しいとはよく言ったものだ。それでも、アルビオンの人々が自ら 生み出した、貴族にとっては権力欲、支配欲、平民にとっては戦争に便乗した 金欲、物欲また双方に共通する復讐心、持てる者、身分が上の者への妬み、 嫉み、それらの邪念が、怪獣という形に変わって自分たちに襲い掛かって きているのは間違いなかった。 「ウルトラマンAよ、もう一度聞くが、こんな醜く歪みきった世界を、守る価値 などがあるのか?」 「ヤプールよ、その問いに対する私の答えは常にイエスだ。人間には 醜い心も確かにある。しかし、美しい心を持った人間も決して絶えはしない。 この世界にそうした人が一人でも残っている限り、私は戦う」 正義と悪、光と闇、守るものと壊すもの、そして未来を信じるものと 奪おうとするものは、けっして相容れることはなかった。 「ふふふ、まあ貴様ならそう言うだろうと思ったが、まだまだ我らの計画は 序の口だ! 無数の怨念を滞在させているのはこの国だけではない。 貴様一人がいくら奮闘しようと、この世界の滅亡は止められぬ! ウルトラマンA、貴様が守ろうとした人間の心が蘇らせた悪魔によって 死ぬがいい、ゆけボガール、エースを食い殺せ!」 ヤプールの声が終わるよりも早く、ボガールは自分に命令するな とばかりにヤプールの声の響いてきた空間の歪みに、腕から発射した 波動弾を撃ち込んで消滅させると、エースに襲い掛かってきた。 「ヘヤッ!」 突撃してくるボガールを正面から受け止めて、力負けすることなく エースは食い止めた。もうカラータイマーの点滅は相当に早くなって いるが、まだまだ不完全なボガールにやられはしない。 けれど、正面のボガールを受け止めた隙に、エースの背後から ノーバが鎌状の左腕を振り下ろしてきた! 「ヌワァッ!」 火花が散って、エースの巨体が崩れ落ち、倒れこんだエースを ボガールが蹴り上げる。 (くそっ、挟み撃ちかよ) (もう……ほとんど力が残ってないっていうのに) 勝ち誇るボガールを見上げて、才人とルイズは苦しげな声を漏らした。 通常はエースは二人の安全のためにと、肉体のリンクを切ってあるが、 ダメージの蓄積量が一定を超えると二人にもダメージが行ってしまう こともある。以前のザラガス戦で、エースの受けた目潰しが二人にも 反映されてしまったことがその顕著な例で、今はまだ疲労感が 襲ってくる程度だが、このままでは二人とも衰弱が進んでしまう。 なのに、残りわずかな生命力を振り絞って、エースは立った。 (だが、やるしかない! ここで負けたら、何十万という人間同士が 殺しあう惨劇が生じてしまう) それを避けるためにも、エースは引くわけにはいかなかった。むしろ、 そうしてエースの退路を絶つことも、ヤプールの策謀が悪辣極まりない ことを示すよい証左であっただろう。 ただ、そのために同化している才人とルイズまで生命の危険に 晒すことはエースの本意ではなかったが、ここで引いて世界が 地獄と化することは、二人にも承知できることではなかった。 (おれなら大丈夫だ、だから気にしないで戦ってくれ) (このくらいで、へたる……わけないでしょう。余計なことを、気にせずに…… さっさと終わらせちゃって) 二人とも、フルマラソンの後のような疲労感に襲われているはずだが、 文句の一つも言わずに、わずかな自分の生命エネルギーさえ 分け与えてくれた。 その思いを無駄にしないためにも、エースは二体の凶悪怪獣へ向けて立ち向かう。 「トァァッ!」 だが、心とは裏腹に、エースのエネルギーは底を切り、疲労も限界に 達していた。 ボガールとノーバが同時に光弾と光線を放ってくるのをエースは避けられずに、 直撃を受けて思わずひざをついた。 「グゥゥ……」 動きの止まったエースに対しても、二匹は攻撃の手を緩めずに、ボガールの 尻尾が蛇のように伸びてきてエースを突き倒し、飛び上がって円盤形態に なったノーバが、高速回転しながらカッターのようになったマントで体当たりをかけてくる。 「ウワァァッ!」 もし、エースが万全の状態であったならば、ボガールとノーバの二匹が相手でも 充分に戦うことはできただろうが、ヤプールの言うとおりに、スノーゴン、ノースサタン、 ブラックテリナときて、この二匹と、あまりに短期間に続いた連戦によって、 エースのエネルギーは衰亡しきっていたのだ。 そしてついに、ノーバがエネルギー切れ寸前に陥ったエースを、後ろから 鞭と鎌で羽交い絞めにして動きを封じると、ボガールは背中に羽のように 収納されていた捕食器官を、牙がびっしりと生えた口のように大きく広げて 迫ってきた! (くそっ、おれたちをエサにするつもりか!) 才人はボガールの意図を正確に見抜いたが、エースのカラータイマーはもう 消滅寸前にまで点滅を早めて、たった一つの光線を撃つエネルギーも、 組み付いたノーバを投げ飛ばすだけの体力も残されてはいなかった。 (くそっ、負けられない、負けるわけにはいかないんだ!) それでもエースの心は折れないが、今頃ヤプールは念願だった宿敵の最期を 前にして、異次元で大笑しているだろう。命令に従わないとはいえ、ボガールは 飢えを満たそうと、捕食器官を全開にして着実にエースに迫ってくる。 しかし、ヤプールはエースを倒すことに固執するあまり、一つだけ完全な 計算違いを犯していた。 はじめからこの戦いをじっと見守っていた一対の眼、それはずっとウルトラマンAと その敵を値踏みするように、戦いの一部始終を冷徹な思考で監視し続けていたが、 その者にとって、宇宙の調和を乱す存在、ボガールの出現を持ってついに動いた。 天空を覆い尽くしていた黒雲が切り裂かれ、陽光とともに一筋の光の矢が 今まさにエースを捕食しようとしていたボガールの背中に突き刺さったのだ! 『ダージリングアロー!!』 爆発とともにボガールが吹き飛ばされ、その余波で驚いたノーバの力が 緩んだ隙に、エースは脱出に成功した。 (あれは……) エースは、そしてキュルケたちは、晴れ渡っていく空の下で、金色の光に 包まれながら、血のようだった赤い雨とはまったく対照的に、邪悪を焼き尽くす 炎のような力強い真紅にその身を包んだ戦士を見た。 「もう一人の……ウルトラマン」 光に圧倒されるように消えていく暗雲を背中に見ながら、誰のものとも しれない呟きがシルフィードの背に流れたとき、本来交わるはずのなかった 異世界の光が、最初の邂逅を果たしたのだった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ毒の爪の使い魔 ――降臨祭最終日:ガリア王国・プチ・トロワ―― 暖かな陽光に照らされる廊下を、一人のメイドが二つの膳の乗った台車を押しながら歩いていた。 一つ膳の上には、焼きたてのふっくらしたパン、色取り取りの野菜のサラダ、肉汁の垂れるローストチキンなどが乗り、 もう一つの膳の上には、暖かな粥の入った大き目の皿、塩の入った瓶、スプーンなどが乗っている。 メイドは廊下の突き当たり、このプチ・トロワの最奥に位置した豪華な扉の前に立ち、ノックをする。 「誰だい?」 中から少々生意気な感じのする少女の声が聞こえた。 「朝食をお持ちしました、イザベラ様」 メイドはそう答え、扉を開けようと取っ手に手を掛ける。すると…、 「ま、待て!? 入って来るな!!」 その言葉にメイドは怪訝な表情を浮かべる。 朝食を持ってきたのに”開けるな”とはど言うことだろうか? そういえば…とメイドは他の召使達から聞いた話を思い出す。 随分前から、イザベラが自分の部屋に人を入れないようになったのだ。 三度の食事を届ける時だけでなく、用事を言い付ける時もわざわざ自分から部屋の外に出て話をするのだ。 部屋の掃除も、最近はペットの三匹の幻獣と一緒に自分でやっているらしい。 勿論、それまでのイザベラを知っている人からすれば、これらは異常な事態である。 高慢で我侭、非情な性格のイザベラが、自分の部屋の掃除をメイドにさせないなどありえない。 そんな事を考えていると扉が開き、イザベラが顔を出した。 「ご苦労だったね。じゃ、さっさと戻りな」 言いながらイザベラは台車を引っ掴むと、部屋の中に引きずり込む。 メイドは不思議そうな表情でイザベラに尋ねる。 「あの、イザベラ様?」 「何だい? わたしは”戻れ”と言ったはずだよ…」 イザベラはメイドを睨み付ける。 本来ならばその一睨みでメイドはこれ以上無い恐怖を味わい、飛ぶような勢いでその場を去っていただろう。 だが、不思議な事にメイドは然程恐怖を感じなかった。 …イザベラの睨みに凄みが無いのだ。いつもの相手を見下すような、憎悪するような感情が一切感じられない。 代わりに今の彼女から感じる物…、それは”焦り”だ。 何故だか解らないが、今のイザベラには余裕が無い。メイドはそれなりの人生経験からそれを感じ取った。 「どうかしたのですか?」 「いいから! 帰れ! 今直ぐに!」 イザベラの焦った叫び声が、朝のプチ・トロワに響き渡る。 メイドはそんなイザベラを見つめ、小さくため息を吐いた。 こんな態度は普段ならばしない。 今のイザベラが彼女には、癇癪を起こす小さな子供と何ら変わりなく見えたからだった。 「何かお困りな事があれば、その時に。それでは失礼します」 小さく会釈し、メイドはイザベラの前から去っていった。 イザベラは鼻息も荒く、扉を勢いよく閉めた。 「ったく…、わたしが言う事に大人しく従っていればいいのに…どいつもこいつも」 「のほほほほ、いつもと態度が変わりすぎているのですから…変に思っても仕方ないですよ」 暢気な声がイザベラに掛けられる。 イザベラは深くため息を吐き、声の主を睨み付ける。 「…誰の所為だと思ってんだい?」 「のほほほほほほ♪」 楽しそうに大笑いしたのはジョーカーだった。 イザベラの天蓋付きのベッドに横になりながら、片手をヒラヒラと振っている。 先のタルブにおけるジャンガとの大喧嘩の末に大怪我を負い、今はイザベラの部屋で療養中である。 その全身には絆創膏やら包帯やらが巻かれ、実に痛々しい。 イザベラはベッドへと歩み寄る。台車はペットのジャイアントムゥが押してきた。 「まったく……あんたが見た事無いほどの大怪我負って戻ってきた時は、わたしは本当にビックリしたよ。 あんたがそんなになるなんて考えた事も無かったからね…」 イザベラは思い返す。 ボロボロになったジョーカーが自分の部屋に戻ってきた時、イザベラは心底驚いた。 こいつは見た目も性格もふざけているが、色んな意味で油断ならない。 こんな大怪我を負って帰ってくるような事態は今の一度たりとも無かったのだ。 慌てたイザベラはベッドに彼を寝かし、慌てて大量の包帯や水の秘薬などを取り寄せたのだ。 無論、自分の部屋で何をしているかなどは一切秘密にして。 だが、どうして秘密にするのか? それは、使い魔ごときに献身になっている姿を見られたくないからに他ならない。 そんなのは彼女のプライドが許さなかった。 故に、ジョーカーの傷が治るまでの間、イザベラは人の立ち入りを禁じたのだった。 イザベラは台車に乗った膳の一つをベッドの横のテーブルに置く。 瓶に入った塩を粥に適度に振り掛けると、粥の入った皿とスプーンを手に取る。 粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけて冷まし、ジョーカーの口元に運ぶ。 「ほら、食べな」 「これはどうも。では遠慮なく」 口に寄せられた粥が無くなっていく。…閉じたような口でどうやって食べてるのか、甚だ疑問である。 スプーンが空になると、次を掬って口元へ運ぶ。そんな事を繰り返していると粥は空となった。 「おかわりはいるかい?」 「いえ、もう十分ですよ」 そうかい、と呟き、イザベラはもう一つの膳を手に取り、自分の朝食を取る。 「あ、そうです。イザベラさん?」 突然、思い出したかのようにジョーカーが口を開く。 「何だい?」 「お外のご様子はどうでしょうか? 今、アルビオンの方は大変な事になっているようですが…」 その言葉にイザベラは怪訝な表情になる。 聞きたがる理由は解る。今、アルビオンに居るだろう”親友”の事が心配なのだろう。 だが、こんな大怪我を負う原因となった相手の事を未だに慕い続けるその感覚は、彼女には理解し難い物があった。 「なんだってそいつの事を心配するんだい…、もう喧嘩別れしたんだろ?」 イザベラの言葉にジョーカーは笑う。 「とんでもない!? ワタクシとジャンガちゃんは深~い絆で結ばれてるんですよ。 それがどうして”あの程度”で切れたりしますか? いやいや、有り得ませんネ」 これほどの大怪我を負ったというのに”あの程度”呼ばわりとは…、イザベラは半ば呆れかえってしまった。 大きくため息を吐く。それを見て、ジョーカーは口を開く。 「イザベラさんだって、心配なんじゃないですか?」 「…何がだい?」 「シャルロットさんの事ですよ」 その言葉にイザベラの両目が開かれ、口元にパンを運んでいた手が止まる。 「な、何でわたしが、あのガーゴイル娘を…心配しなきゃならないんだい? あの娘は裏切り者だよ? 死んで清々はするけど、心配なんか微塵もしてないね」 そして、思い出したかのようにパンを握る手を動かし、イライラを発散させるが如く食い千切る。 それを見つめながら、ジョーカーは、ぷぷぷ、とさも可笑しそうに笑う。 その笑い声にイザベラは、キッと睨み付けた。 「何が可笑しいんだい!?」 「いやいや、イザベラさんも可愛い所が在ると思いましてネ…」 「んな!?」 イザベラは開口する。 「実の所、ワタクシ全部知ってるんですよ…、貴方がガーゴイルや人形と言って表は罵りながらも、 その裏でそんな態度しか取れない自分に悩んでいる事を。いやはや、悩めるお年頃ですか…ピュアですネ。 もう、素直に謝りたいのに謝れない…、そんな自分にイライラして周りに当たる…、そして更に落ち込む悪循環…。 いやはや、素直になれればどれだけ楽になれるやら…。 イザベラさんも本当に大変ですネ…、のほほほほほ―――ギニャァァァーーーーーーーッッッ!!!?」 響き渡るジョーカーの悲鳴。イザベラが包帯の一部を取り去り、瓶の中の塩を擦り込んだのだ。 それを行っているイザベラは無表情…、尚の事怖かった。 一通り擦り込み、イザベラはジョーカーの顔を真っ直ぐに睨み付ける。 「おい、わたしが何だって? もういっぺん言ってみろ、ええ、おいこら!?」 乱暴な口調で問い詰める。 ジョーカーは死にそうな表情で声を絞り出す。 「な、何でもないです…イザベラさん…」 「フン!」 大きく鼻を鳴らし、イザベラは自分の席で朝食を再開した。 それを横目で見ながらジョーカーは呟く。 「まぁ…冗談抜きで心配なんですよネ、お互いに…。いえ…ただの杞憂だと思うんですが、嫌な予感がするんですよ…」 その言葉を聞きながら、イザベラは無言で食事を続けた。 ――同日:アルビオン大陸・軍港ロサイス―― 降臨祭最終日、軍港ロサイスは人で溢れ返っていた。 誰しもが恐怖に駆られた表情をし、我先にと船に乗り込んでいく。 キメラドラゴンの群れと大量のボックスメアン、その双方によってシティオブサウスゴータは壊滅的打撃を受けた。 今回の襲撃によって出た死傷者は連合軍や町の住民を含め、数万人…もしくはそれ以上とも言われている。 怪物同士の同士討ちが無ければ、あの街に居た者全てがこの世には居なかったかもしれない。 同士討ちの隙を突く形で、何とか軍港ロサイスまで連合軍や避難民は退避できた。 だが、それで全てが解決したわけではない。 退避の際の偵察の竜騎士の報告によれば、首都ロンディニウムより敵主力部隊の出撃が確認されているのだ。 タイミングから考えても、先の化け物による襲撃はアルビオン側による物だという事がよく解った。 ぐずぐずしている暇は無い。 ド・ポワチエ等首脳部の人間がいない為、臨時で指揮を取っていたアニエスは本国に退却の許可の打診をした。 だが、事情が飲み込めていない王政府からは許可は出ない。 それでいきなり怒るほどアニエスも子供ではない…、彼女にも本国の人間の考えは解った。 それまで連勝を続けていた軍が突然の化け物の乱入で壊滅し、今は敗走しているなど確かに信じ難い事だろう。 しかし、事実なのだ。このままでは座して死を待つばかり。 アニエスは半日を掛けて本国と折衝し、漸く許可を出させた。 普通の軍人ならば無許可での撤退準備などしないだろう。 アニエスは折衝と平行して撤退の準備を進めていた為、半日が経過した今でも順調に事は進んでいた。 罪を問われるかもしれない…などの考えは彼女には無かったのだ。 ロサイスに臨時で設置された司令部で、アニエスは兵站参謀と話し合っていた。 アニエスは兵站参謀に尋ねる。 「撤退の完了までどれだけ掛かりそうだ?」 「何とも言えませんが…予め進めていたのが幸を制しそうです。おそらく、今夜までには…」 「ギリギリと言ったところか…」 敵の進行速度がどれほどのものかは解らないが、今夜までにここに到達するのは不可能だろう。 折衝と撤退の準備を平行して行ったのはやはり正解だった、とアニエスは思った。 と、誰かが司令部に入ってきた。偵察に出ていたジュリオだ。 「戻ったか。どうだ、敵軍主力の様子は?」 もし、敵軍の進軍速度が予想以上に速かったら…、アニエスの脳裏に悪い予感が一瞬過ぎる。 が、その予感は大きく外れた。 「それがね、随分とおかしな事になってるみたいだよ?」 「何だと?」 アニエスは竜騎士から報告を聞いた。 「敵主力が引き返してるだ?」 ジャンガは眉を顰める。 ジュリオは、ああ、と頷く。 彼はアニエスに報告をした後、その足でジャンガ達の所へと来たのだった。 「変な話だと思うだろ? こちらは化け物達の襲撃でガタガタだ。それを見越して彼等は軍を動かしたに決まっている。 なのに、途中で引き返し始めた。絶好のチャンスを自ら放棄したんだ。変と思わない方がおかしい」 ジャンガは顎に爪を添えて考える。 何故、敵の主力は引き返したのだろうか? キメラドラゴンやボックスメアンとの同士討ちを恐れた? いや、それなら動かす意味が無い。 こちらへの挑発行為? それも考え辛い、意味の無い行為だ。 ならば…引き返さなければならないだけの事態が起きた? では、全軍引き返させるだけの事態とは何だ? 暫し考え――そして思い至った。 「鳥篭の鳥が逃げたんだな」 「鳥?」 タバサが聞き返す。 「ねぇ、それってどう言う事? 鳥って何の事よ?」 ルイズの言葉には答えず、ジャンガは準備運動を始める。 「な、なにしてるのよ、あんた?」 「ちょっと行って来るゼ」 「行くって、何処に行く気なのよ?」 ジャンガは振り返らずに答える。 「敵主力のところだ」 一同全員驚愕する。…何を言っているんだこいつは? 「ま、待ちたまえ!? 君は本気で言っているのか? 四万はいるぞ、敵の主力は!?」 「そうよ! 引き返してくれるんだったらいいじゃないの、放っておきなさいよ!? だいたい、途中のシティオブサウスゴータには、まだあの化け物達が居るでしょ?」 ギーシュとキュルケが慌てた調子でジャンガに言う。 それらを聞きながらジャンガは首の骨をコキコキと鳴らす。 「姫嬢ちゃんが逃げたんだよ」 「「「「「「え?」」」」」」 「だから、奴等が引き返してるのは脱走した人質を確保するためだろ。主力が出てるって事は城は殆どもぬけの殻…。 そんなんじゃ、逃げた鳥を捕まえるのは難しい。だから引き返させたんだ」 「そんなの…解らないじゃない?」 ルイズの言葉にジャンガは笑う。 「キキキ、ああ解らないゼ」 「ちょ、解らないって、あんたね!?」 「だから確かめてくるんだろ? 何かあったらこいつで知らせてやる」 言いながら取り出したのはンガポコだった。先の艦隊決戦の際、ガーレンのメッセージを届けた奴だ。 艦隊決戦の際にメッセージを届けさせたが、その後もこうした事態を想定して手元においておいたのだ。 「じゃあな、ちィとばかし行って来るゼ」 言うが早いか、返事も待たずにジャンガは風のように駆けだした。 ジャンガは限界以上の速度で走り続ける。 「相棒、敵の主力は本当に女王陛下の脱走で引き返したと考えているのかい?」 背中のデルフリンガーの声にジャンガは静かに返す。 「さてな…、正直解らねェ。今しがたも言ったがよ、だから確かめに行くんだよ」 「だがよ、脱走が本当だったら、連れて帰るのは危険じゃねぇか?」 「…だよな」 面倒くさそうな表情で、頭を爪で掻きながらジャンガはぼやく。 「ま、そん時はそん時で考えるゼ」 「行き当たりばったりだな…」 「ウルセェ…」 そんなやり取りをしている間に、あっという間にシティオブサウスゴータへとジャンガは到着した。 ジャンガは一旦立ち止まり、シティオブサウスゴータの様子を見る。 建物は倒壊し、辺りからは火災の名残である黒煙が立ち上っているが、火災そのものは収まったようだ。 デルフリンガーが鞘から飛び出す。 「如何するんだ相棒? 遠回りするか?」 「いや、突っ切る。ここまで走ってきて解った。ガンダールヴの速度なら簡単に撒ける」 そう言ってジャンガはシティオブサウスゴータの中に突っ込んだ。 ジャンガは入ると同時に、キメラドラゴンとボックスメアンの攻撃を受けるとばかり思っていた。 だが、実際はそんな事は無かった。…それ以上に驚くべき光景も広がっている。 「…寝てるだと?」 あちこちに醜悪なキメラドラゴンの姿があった。だが、そのどれもが寝ている。 いや、どんなに不気味な姿の化け物でも生物ならば寝るのは当然だ。だが、少々不自然なのだ。 普通に地面や瓦礫の上にねそべっているのもいれば、飛んでいる最中に落下したとも思える格好で瓦礫に埋まるものもいた。 更に奇妙な事にボックスメアンも活動を停止していた。 どの機体も瞳の光が消えており、操る者がいない操り人形のように地面に崩れ落ちている。 何故だ? 人間の兵は戻して、これらは何故活動を停止させる必要があった? と、ジャンガは視界の端に気になるものを見つけた。 それは幻獣だった。無論、ジャンガの世界のである。 マジックマギ――嘗て学院でジョーカーが放った幻獣。 それも一匹だけでなく、あちらこちらに何匹もいる。 何でこんな所に居るのだろうか? マジックマギは一匹一匹がキメラドラゴンの前に立っている。 時折杖を振ると青白い雲がキメラドラゴンの頭上に現れる。 「ありゃ『スリープ・クラウド』だな。眠りの魔法だよ」 背中のデルフリンガーが呟く。 その言葉から察するにどうやら”こっち”の魔法のようだ。 何故マジックマギが使うのか…など愚問だ。 どうやら、キメラドラゴンが眠っているのはこいつ等が原因の様だ。 ボックスメアンの方は直接マスターコンピューターのスイッチが切られているのだろう。 勿論、それは”どうして眠っているか?”の理由の答えであって、”何の目的で眠らせているか”の答えにはならない。 ジャンガは暫く辺りの様子を伺っていたが、気にせず走り出した。 「いいのかよ、放っておいて?」 「構わねェよ。寧ろ、俺には大助かりだ」 「…この間と同じだな」 いつの事だ…とは聞かなかった。タバサを助けに行った時、見張りの兵隊達が眠っていた事を指しているのだ。 ジャンガはそれを行った犯人に大体見当はついていた。 だが、今回のは何故だか違うような気がする。…ならばどうして? となるが、考える必要も無い。 今はとにかく突っ切るのみだ。 息を切らせながら、アンリエッタは力の限り走った。 街の路地裏を走り、物陰に身を潜めながら周囲の様子を伺い、また走る。 ハヴィランド宮殿を脱出してからは、ずっとこんな調子だった。 そのまま連合軍がいる所まで逃げきろうと考えていたが、現実はそうそう上手く事を進ませてはくれない。 脱走した自分を捕まえるべきだろう…、前線に出ていただろうアルビオン軍がロンディニウムへと引き返してきたのだ。 軍は今、総出で街を捜索し、自分を探している。 竜騎士が空を飛び、トロール鬼などの亜人が表通りを徘徊するのが見えた。 アンリエッタは呼吸を整え、改めて外の様子を伺う。 今度は周囲に気配は無い…。アンリエッタは裏路地を走り出した。 その瞬間、肩に激痛が走った。 痛みに足を縺れさせてしまい、地面に転んでしまった。 見れば肩口にマジックアローが刺さり、傷口から血が流れている。 そこに三人ほどのメイジが現れた。アルビオン軍なのは間違い無い。 一人が下卑た笑みを浮かべながらアンリエッタの髪を鷲掴みにする。 「あぐっ!?」 肩口の傷と髪を無理やり引っ張られる痛みに声が漏れる。 痛みに汗を流しながら、それでもアンリエッタは気丈に目の前のメイジを睨み付ける。 男は笑った。一国の女王と言えど、こうなればただの小娘だと、嘲笑った。 悔しさに唇を噛み締めながらも、アンリエッタは杖を振ろうとする。 だが、別のメイジに杖を持った手を強かに打たれ、杖を落としてしまった。 抵抗の術を奪った三人はそのままアンリエッタを乱暴に立たせる。 一人の首が落ちた。 一人の胴が裂かれた。 一人が血反吐を吐いて倒れた。 突然、命を落とした三人にアンリエッタは訳が解らず、ただ呆然と三人の屍を見つめる。 その屍の向こうに長身の影を見た時、アンリエッタは安堵感を覚えた。 「ジャンガさん…」 相手の名を呼びながら思わず涙を浮かべる。 ジャンガは特に何を思うでもなく、アンリエッタに近寄ると背負った。 デルフリンガーの鞘は多少邪魔だろうが、そこは我慢してもらう。と言うよりも、文句は言わせない。 「テメェで掴まってろよ? 俺は両手使いたいんだからよ」 「は、はい」 肩口はまだ痛むが、掴まっている事が出来ないほどではない。 ジャンガの首に回した手に僅かに力を込める。 瞬間、ジャンガは疾風のように駆け出した。 路地裏を駆け、表通りを突っ切り、立ち塞がる者は毒の爪で片っ端から切り伏せた。 そのまま街の傍に広がる大きな森の中へと逃げ込んだ。 暫く走り、適当な大木の陰で立ち止まると、様子を伺う。 遠くからアルビオン軍の兵士の声が、上空からは竜騎士の乗る竜の羽ばたきや鳴き声が聞こえてくる。 だが、こちらには気が付かない様子だ。 ジャンガはアンリエッタを背から下ろし、自分も腰を下ろした。 「やれやれ、まさかとは思ったがよ…本気で脱獄するとは思わなかったゼ。キキキ、お転婆もここまでくれば上出来だゼ」 「わたくしも必死でしたから……痛っ」 肩口の痛みがぶり返してきた。 傷を庇うように手で覆う。 「手酷くやられたもんだな…」 「…向こうも色々と余裕が無いのでしょう。貴族としての誇りも品性もなくなってきているのでしょうが…」 アンリエッタは先程の男の顔を思い出し、歯噛みする。 ジャンガはそれを見ながら息を吐き出す。 「とりあえず…現状報告しとくか」 懐からンガポコを取り出し、起動させる。 『ン、ンガ?』 目を瞬かせ、ンガポコは起動した。 ジャンガはそのンガポコを見下ろしながら言った。 「メッセージを頼むゼ、伝言ロボ。『姫嬢ちゃんは無事だ。そっちの脱出船の最終便が出そうになったらこいつで連絡よこしな』 以上だ。軍港ロサイスに居る、タバサ嬢ちゃん達に届けな」 『ンガ!』 一声大きく返事を返すとンガポコは空へと飛んでいく。 飛び去っていくンガポコを見て、アンリエッタはジャンガに尋ねる。 「あの、今のは?」 「俺の世界の伝言ロボ。お前らに解り易く言えば、伝書フクロウなんかと変わらねェよ」 「いえ、そうではなく、脱出船とは?」 「ああ…その事か。知らないのか?」 アンリエッタは首を振る。 連合軍がこのアルビオンに来ているのは知っている。 だが、脱出船とは…敗走しているのだろうか? ジャンガは事情をかいつまんで説明した。 降臨祭の最終日になってシティオブサウスゴータに化け物が現れた事。 化け物の大暴れで連合軍はボロボロになり、避難民と共に軍港ロサイスまで退却した事。 今は撤退の真っ最中だと言う事。 自分は敵主力が後退した理由を調べに来た事。 「あの、では何故戻らないのですか?」 「お前バカか?」 いきなりバカと言われアンリエッタはムッとなったが、直ぐに怒鳴る事はしなかった。 「どう言う意味ですか?」 「今の状況考えろ。敵さんは全員お前を探す事に夢中になっている。つまり、お前が連中を足止めしているようなものだ。 実際、お前が足止めになったお陰で撤退の準備は滞りなく進んでるんだ。 このまま真っ直ぐ向こうに戻ってみろ…、敵も全員撤退中の味方の所に呼ぶはめになるぞ?」 「あ…」 アンリエッタは己の迂闊さに項垂れた。 自分は今敵に追われているのだから、ロサイスに戻ればそこまで敵が来るのは明白な事実だ。 確かに、今戻るのは危険と言える、ジャンガの読みは正しい。 「解りました。…でも、いつまでこうしていれば良いのでしょうか?」 「だから、その為にあいつを飛ばしたんだよ。撤退の最後の方で逃げられるようによ。 空に逃げれば連中も流石に追い辛いだろ」 「それはいつ頃になるのですか?」 「さてな…、とにかく待つだけだ…と。敵が此方にやって来たらまた走るからな」 そう言ってジャンガは大木に寄りかかると目を閉じた。寝てはいないだろう。 アンリエッタはため息を一つ吐き、自分も大木に身体を預けた。 今は少し休もう…、アンリエッタも目を閉じた。 前ページ次ページ毒の爪の使い魔
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