約 1,390,173 件
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/113.html
~これまでのあらすじ ~ 盗賊を追っていたアグリアス達の前に彼女の師匠、エルヴェシウスが現れる。 彼を父親のように慕うアグリアスは再会を喜びラムザに引き合わせる。 しかしエルヴェシウスは軟弱な容姿のラムザに激怒し、鍛えなおしてやる、とラムザを拉致したのだった。 …… 「ひ、酷い目に遭った・・・」 「すまんラムザ! お前にとんだ迷惑を掛けてしまった!」 医務室でラムザの手当てをしながらアグリアスは平謝りする。 エルヴェシウスに連れ去られたラムザは、あの後、彼と素手の組み手をやらされた。 豪腕でありながら柔軟で精緻なエルヴェシウスの投げ技の数々に、小柄なラムザは為す術なく幾度も地面に叩きつけられ、その度に意識は遠のき、アグリアスと後から止めに来たメリアドールの必死の懇願が無ければ、今頃彼は無様に失神していただろう。 「いえ、勉強になりました。世界の広さを改めて思い知った思いです。居るものなのですね。隠れた名人というものは」 「そ、そうか?」 気を悪くした様子も無い師に対するラムザの心からの賛辞に、アグリアスは嬉しくも照れ臭くなり、腕に出来た擦り傷に消毒液を塗る手が少し乱暴になる。 「ッツ!」 「す、すまん、沁みてしまったか?」 「あっ・・・だ、大丈夫です」 アグリアスは思わずラムザの手を両手で握ってしまっており、彼のどもり声を不審に思い見上げたその顔が赤くなったのを見て、ようやく自分が何をしているのかを把握した。 アグリアスの顔もボッと赤くなる。 しかし何故か手を離す気にはならなかった。 (ラムザの顔がこんなに近い・・・) ラムザも振り解きもせずにアグリアスの顔をじっと見つめた。 二人は手を繋ぎ、赤い顔で見つめ合う。 「え~と、邪魔するようで悪いんだけど~」 突然の申し訳なさそうな声に二人は文字通り飛び上がり、急いで飛び離れると、それが発された方向に、首がもげんばかりの勢いで振り向いた。 声を掛けたメリアドールは二人のその行動にビクッと驚く。 「あ、いや、その、大した用事じゃないのよ、ホント。ただね、この宿屋ってウチで殆ど貸しきってるじゃない? それで他の部屋も埋まっちゃっててエルヴェシウスさんの泊まる部屋が無いのよ。だからどうしようかな~と思ったの。それだけ」 誰に対する言い訳か、メリアドールはたどたどしく説明した。 「あ、ああ、そうですか。でしたら僕がムスタディオ達の所に泊まりますから」 「そ、そうか、す、すまんなラムザ。メリアドールも迷惑を掛ける」 「い、いいのよ。これくらい」 「「「はっはっはっは」」」 三者三様、お互い心臓をバクバクと言わせながら、乾いた声で笑いあったのだった。 医務室から出た三人は、そろそろ朝食の時間であるのを思い出し、微妙にギクシャクしたまま食堂に向かったのだった。 『そうさな、あれはあやつが十四の頃であったかな・・・』 「?」 途上、食堂からする声にラムザとメリアドールは違和感を憶えた。 いつもなら時間を問わず食事時は騒々しい面々が揃ったこの隊で、今日はたった一人、それもあまり聞き覚えの無い声のみがしたのだ。 「あら?どうしたの、アグリアス?」 その時メリアドールはアグリアスの顔が真っ青になっているのに気がつく。 「ま、まさか」 アグリアスはわななき、二人を残して食堂へと走って行った。 「部屋でくつろいでいるとあやつが青ざめた顔でやって来て言うたのよ。『先生、私は死んでしまうのでしょうか』とな。突然何を言い出すのかと思い理由を尋ねると『その、先程お手洗に行ったのですが、その時に血が・・・・・・、血が出たのです・・・・・・!』と言うたわけよ。だから儂はこう言ってやった。『アグリアス、それはお前の日頃の行いが悪いからだ。お前の行状を見かねた神々が罰を与えたのよ。直したくば行状を改める事だな』とな。するとあやつはしばらく俯いて考え込み『どうすればいいのですか?』と聞いてきおった。だから儂はこう言った。『毎日侍女達と共に屋敷の掃除をせよ』とな。その日から屋敷には侍女と混じり同じ格好で掃除するあやつの姿があったわけよ。一年ほど続いていたが、ある日怒鳴り込んで来おったわ。アカデミーの保健の授業で習ったと言うてな。あれ以来であったな、あまり神秘を信じぬようになったのは・・・」 エルヴェシウスはしみじみとそう言った。 話を聞く一同は鬼副長の昔話もさることながら、悪びれた様子もない彼のその態度も面白く、肩震わせ必死に声を殺して笑う。 「先生ぇええ!!」 其処にアグリアスが怒鳴り込んで来た。 「おお、アグリアス。遅かったな」 「先生! 何を話したのです!? 皆に何を話したのですか!!」 アグリアスは掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。 「何、ちょっとした昔話よ。お前の初潮の・・・」 「いやぁあああ!!何を話してるんですか!!」 「おおおお、よせアグリアス!首がもげてしまう!」 怒りのあまりアグリアスはエルヴェシウスの胸倉を掴んでガクガクと揺さぶった。 「他には!? 他には何を話したのですか!!」 「いや、まだこれだけだ。今からお前が十五の時に最後のおね・・・・・・」 「しなくていい!!しなくていいですよそんな話!!」 「うおおおおお、よせアグリアス!首が、首が!!」 遅れてやってきたラムザとメリアドールが見たのは師弟のそんな様子と、食卓に突っ伏して声を殺して笑う一同という、一種異様な光景であった。 そんな騒動の後、山賊退治に出た夜勤組は各々の部屋に休息を取りに戻った。アグリアスとラムザとメリアドールの三人は静かになった食堂でお茶を飲んでいた。 「先生も休んではいかがです?」 アグリアスがそう問うと、 「お前達に出会う前に既に休息は取っておる。でなくば流石の儂も夜道を行きはせんさ」 それを聞いても尚、アグリアスは心配そうな顔を浮かべるので、エルヴェシウスはその意味を看破すると、 「心配せずともお前が寝ている間に出て行きはせぬ。とっとと寝ろ」 と笑い、ウォージリスの街に出て行ったのだった。 「それにしても色々凄い、なんというか豪快な先生ですね」 「無理しなくても変人といってくれていいぞ」 ラムザは苦笑してアグリアスの言葉を聞いた。 「昔からああいう人だ。本気なのかふざけているのか分からない、何を考えているか分からん人だ。付き合うこっちは振り回されてばかりだ」 「あら、でも退屈はしないでしょう?あんな人が身近にいると」 ガックリと肩を落として言う彼女にメリアドールがクスクス笑って言う。 「まあ、退屈はしないさ、確かにな」 苦笑しながらため息を吐く。しかし決して心底から嫌がっているわけではないのだ。 「そう言えば伯はまだ戻られぬのか?是非お引合せしたいのだが・・・?」 「そうですね。今日ぐらいにお戻りになると仰ってましたけど」 伯というのは元南天騎士団長にして『雷神シド』と謳われた剣聖、シドルファス・オルランドゥ伯のことである。 現在、オルランドゥはラムザ達と行動を共にしているが、公的には故人である。それでなくとも『雷神シド』は泣く子も黙るといわれる英雄だ。 故に今は変名を用いて素性を伏せている。 そんな彼が大手を振って街を出歩けるはずも無く、殆どが拠点となる宿に篭りっきりになるのだ。 唯一、このウォージリスの地に来た際にバクロス海に浮かぶディープダンジョンに潜り、心身を鍛えるのがオルランドゥの数少ない楽しみであった。 生半可な腕では徒党を組んでも生きて戻る事さえ出来ぬと言われるディープダンジョン。其処に単身潜っての修行は、万夫不当と謳われる彼ならではと言える。 「まあエルヴェシウスさんに暫く逗留いただければ、遅かれ早かれお引合せできるでしょう。その時が楽しみですね」 「そうね。達人同士、どんな事を話されるのかしら」 「いや、先生はあれでも血気盛んでいらっしゃるから、直ぐに木剣持って『いざ勝負!』と言いかねんな」 三人は二人が対面した時を想像し、笑い合った。 それからラムザは真面目な顔になり二人に語りかける。 「そうそう。山賊の件なんですが、やっと情報が入りましたよ」 アグリアスとメリアドールも頭を切り替えて表情を引き締める。 「どうやら永世救心教が一枚噛んでいるらしいんです」 「それは本当か!」 「ええ、間違いないわ。私とヴィンセントが直接調べてきたんだから」 メリアドールは自信を持ってそう応えた。 話はこうだ。 交易都市であるウォージリスには商人が引っ切り無しに訪れるが、それを狙う山賊もまた多い。 しかしウォージリスの商人ギルドはそれにしても最近は襲撃が増えたと言う。しかも小物は襲わず、狙いすましたように大商人ばかりを襲うのだ。 幸いにしてこの辺りで最も巨大と言われた山賊団は、昨晩アグリアスらが殲滅した。しかし未だ山賊たちが街道筋に根を張っているのはまず間違いないだろう。 ではなぜ山賊たちが増え、そして狙いすましたように大商人ばかりを襲うのか。 簡単なこと、商人の情報を売る何者かがいるのだ。 情報がある場所には山賊が集まり、情報があれば小物は狙わず大物だけを狙う。メリアドールの調べによればその情報を売っているのが永世救心教だというのだ。 戦乱によって人々の心が荒んできた際には新興宗教が興りやすい。人々が現状から救い出してくれる新たな救いを求めるからだ。 永世救心教は城砦都市ヤードーに総本山を置く、五十年戦争、獅子戦争と相次ぐ戦乱の中で生まれた宗教の一つである。 「永世救心教といえば最近活発な新興宗教だろう?何故そのようなことを?」 「これよ」 アグリアスの問いにメリアドールは指で輪を作って示した。 「救心教は宗教なんて名ばかりで守銭奴の集まりよ。信者には献金を求め商人には祈祷の押し売り。道行く人に不吉な相があると言っては入信を迫り信者を増やす、やってる事は詐欺同然。神への冒涜だわ」 いまでこそ異端者ラムザと行動を共にしているが、かつては敬虔なグレバドス教徒であり神殿騎士として教会に忠誠を誓い、いまなお神への信仰そのものは揺らいでいないメリアドールは少々憤慨して言う。 説明を受けアグリアスは腕を組み、うーんと唸った。 「なるほど、そのような下地があれば確かに疑わしいな。それで詳細は?」 「救心教は信者を増やすため、そして資金を得るために祈祷を拒んだ商人の情報を流しているようなの。山賊に襲われた商人は祈祷をしなかったからだと風潮してね。教団に潜入しているヴィンセントの報告によると、今回襲われた商人も救心教徒ではなく、また取引相手が祈祷を拒んだためだと司祭が言っていたらしいわ」 「情報代に拒んだ商人への嫌がらせ、そして教団に対する信仰の増幅、か。これだけ出揃えばまず間違いないな」 「そうですね。ではとりあえず商人ギルドに報告しましょう。メリアドールさんお願いします」 メリアドールは頷いて立ち上がろうとしたその時、窓をコンコンと叩く音がした。 「ヴィンセントの伝書鳩!」 メリアドールは窓を開けて鳩を抱き上げると、足に括り付けられた手紙を解いて読む。その顔が少し驚きの色を帯びる。 「どうした? ヴィンセントはなんだと言っている?」 アグリアスが尋ねるとメリアドールは戸惑った顔をして答えた。 「‘変人来訪大立回り’だって・・・」 三人の頭には一人の男しか思い浮かばなかった。 三人がチョコボに乗って永世救心教のウォージリス支部に急行すると、入り口でローブを被った男が出迎えた。 いつか画家となることを夢見る異端者一行の軍師、ヴィンセントである。 「僕も状況がよく分からないんだが、妙な帽子を被った男が突然やって来て『お前がここの頭か』と声高に聞いたんだ。司祭が、まあ遠まわしに『そうだ』と言う意味のことを答えると、いきなり演説台ごと真っ二つ!あとは信徒相手に一人で大立ち回りだよ。まあ強いの何の」 ヴィンセントが興奮したように説明する間、三人はどうしたものかと苦笑いを浮かべる。 「あれ?ひょっとして君達何か知ってる?」 素早く空気を察したヴィンセントの問いにアグリアスは、 「私の剣の師匠だ」 と力なく答えた。 四人が中に入ってみると、内部はちょっとした地獄絵図だった。 其処彼処で信者達が気絶し、いつもはきちんと並んでいるだろう公聴用の長椅子はメチャクチャに乱れ、その上下で信徒達が苦悶している。 奥にある演説台も真っ二つに割れて血に濡れており、背後に立つ教団の象徴である奇妙な十字架だけが変わらず健在であった。 「そこの男はお前達の仲間であったか」 背後から突然声がして四人は心臓が飛び出さんばかりに驚いた。 振り向くとそこにいたのはやはりその男。入り口の扉の陰で腕を組んで寄りかかって笑っている。 「安心せい。司祭以外は死んではおらん」 「先生、これはどういうことですか? アグリアスの問いにエルヴェシウスは懐から何かを取り出して彼女に投げ寄越した。 「これは・・・あの十字架?」 それは救心教の象徴となる奇妙な十字架の首飾りであった。 「儂は永世救心教の教主に依頼されてここウォージリスに来たのだ」 永世救心教は必ずしもメリアドールが語っていたような守銭奴の集団ではない。その興りは純粋に人々の救済を願うものであったのだ。 しかし、その規模が大きくなるにつれて様々な教徒たちが増え、教団の力を利用し私腹を肥やそうとする者が現れ始めたのである。ウォージリス支部を治めていた司祭はその中でも最も悪質な輩だったのだ。 教主はなんとかこれを止めようとしたが、遠くヤードーからでは目が行き届かない。そうこうするうちに支部はどんどん暴走し始める。 これを憂いた教主はやむなく強硬手段に打って出たのだ。 「経典を悪質な手段に用いる者に対する見せしめ。それがこの儂というわけだ」 宿に戻った一同は、エルヴェシウスの話を黙って聞いていた。 商人ギルドにはヴィンセントが報告に赴いている。あとは捕らえた信徒から芋蔓式に山賊達まで辿り着くだろう。 「ともあれ完璧とは言わんが、これで山賊は減るだろう。救心教の信仰は揺らぐだろうがな」 「エルヴェシウスさんは救心教の信徒なのですか?」 ラムザがそう尋ねるとエルヴェシウスは苦笑する。 「いや、違う」 「それでは何故救心教に力を?」 メリアドールの問いに暫く考え込んでこう言った。 「一宿一飯の恩義。強いて言えばそれだ。放浪する最中に立ち寄った永世救心教総本山は、何処の誰とも知れぬこの儂にも礼を尽くして受け入れてくれた。その恩に報いたまで。いや」 エルヴェシウスはそう言いながらまた暫し考え、 「あるいは剣を振う場所を探しているだけかも知れぬな」 そう言って自嘲した。 しばらく場が静寂に包まれる。 「いかんいかん、湿っぽくなってしまった。どうもこういう雰囲気は苦手でな」 エルヴェシウスは後頭部を掻きながら照れくさそうに笑った。その仕草がなんとも子供っぽく、一同はクスリと微笑んだ。 「おや、客人かな」 食堂の入り口から声が掛かったのはその時だった。 皆が声の方を向くと、初老の男性が頭から被った渋柿色のローブを脱ごうとしていた。 初老とはいえ背筋も真っ直ぐに伸びて体つきも若き頃の逞しさを失っておらず、腰に下げる荘厳さを醸し出している騎士剣を振う腕前が並々ならぬものであることを如実に示している。 この人物が先に述べたオルランドゥである。 「あっ、お帰りですか伯」 「うむ。すまぬなラムザ、毎度毎度勝手をして。皆にも迷惑を掛けるの」 オルランドゥはそう言って申し訳なさげに笑う。 「気になさることではないでしょう。伯には日ごろからお世話になっているし、あまりに頼りっきりでは申し訳ありませんわ」 「そう言って貰えると肩の荷が下りるよメリアドール。ところで其方の御仁は・・・・・・?」 「はい、こちらは私の剣の師です」 アグリアスは先生、とエルヴェシウスに呼びかけてギョッ、とした。 一瞬彼の顔が能面のごとく無表情で、なおかつ不気味な色を帯びていたからだ。 オルランドゥはエルヴェシウスが一瞬見せた不穏な気配には気付かなかったらしく、ほう、と一つ頷いて彼に一礼する。 「これは挨拶が遅れて申し訳ない。儂はシドルファス・オルランドゥ。以後お見知り置きを」 ラムザ等の態度に加えアグリアスの剣の師と聞き気を許したらしく、オルランドゥは変名を用いずに名乗った。 「これはご丁寧に。儂はバダム・エルヴェシウスと申す者。こちらこそ良しなに」 エルヴェシウスは先ほどの気配は毛ほども見せずにオルランドゥの挨拶に応じた。 「いや、しかし驚き申した。風の噂ではオルランドゥ殿はお亡くなりになったと聞いて居り申したが、まさかに幽霊というわけでもございますまい?」 エルヴェシウスの軽口にオルランドゥはプッ、と噴出す。 「色々と事情がござってな。その辺りの事は後々お話するとして、アグリアス殿の剣の師と聞いては儂も剣士の端くれ、是非ともご一緒に剣談に華を咲かせたいものですな」 「さてさて、剣聖をご満足させることが出来ましょうかな」 二人は互いに笑い合い、それを見てラムザとメリアドールも笑う。 ただ一人アグリアスのみが硬い顔をしている。 師が僅かに除かせた殺気とも言える気配が彼女の心に影を差していた。 「では参り申す」 「お手柔らかに」 二人の剣豪が十歩を間に置き対峙する。 得物こそ木刀であるが、息苦しくなるほどに張り詰めた空気は真剣勝負のそれである。見守る一同も息を呑んで二人の動向を見守っていた。 オルランドゥとエルヴェシウスの剣談は大いに盛り上がり、互いの剣の精妙や極意といった物を惜し気もなく披露し合ったのだ。傍で聞いているラムザ、アグリアス、メリアドールの三人も稀代の剣豪が語る剣談に聞き入っていたものである。 そうして話に華を咲かせるうちにエルヴェシウスの、 「オルランドゥ殿。貴殿ほどの剣士と出会うという幸運はこの先二度とありますまい。宜しければ木剣取って一手ご指南戴きたいのですがいかがでござろう?」 という頼みにオルランドゥは気軽に応じ、現在に至るのである。 生きた伝説である雷神シドと、鬼副長アグリアスの師匠という、なんとも興味深い立合いに、それぞれ思い思いにその日を過ごしていた他の面々も、誰からともなく集まり、いまや隊の全員が二人を囲んでいるのである。 オルランドゥは左半身を前に出して顔の横で剣を直立させる、所謂八双の構え、対するエルヴェシウスは姿勢は同じく左半身を前にし、剣の切っ先を後ろに向け刀身を隠すようにする、脇構えである。 じりっ、とオルランドゥが摺り足に間を詰める。 エルヴェシウスは動かない。 じりっじりっと二人の間が縮まり、四歩の間にオルランドゥが足を踏み入れた、その刹那、エルヴェシウスは体躯を地に沈ませるように疾駆して一瞬で間を殺す。 オルランドゥは大きく踏み出し、弾丸の如く迫る相手に袈裟懸けの一撃を見舞い、対するエルヴェシウスは石火の切上げでそれに応じる。 かあん、と木剣同士が響き合い、その後にからんからんと乾いた音がこだました。 「見事」 そう口にしたのはオルランドゥだ。 その手に木剣は握られていない。 「貴殿も、流石でござる」 それはエルヴェシウスも同じであった。 両者の必殺の一撃は全くの互角、そして卓越した技量の持ち主同士であるが故に、互いの剣を跳ね飛ばしたのである。 見守っていた一同は空気が弛緩したのを感じ、ため息をついて力を抜いた。 全員が呼吸を忘れるほどに緊張を強いられたのである。 「ふうむ、いやはや驚いた。よもやこれほどの腕とは。いや少々侮っていたようだ。許されい」 「はっはっは、貴殿にそう言って貰えると儂も自信が付くというものでござる」 「そう言って戴けるとありがたい。いや良い手合わせであった。礼を申しますぞ」 二人の剣豪は豪快に笑いあう。それは非常に朗らかで、聞いているほうも明るくなるような笑い声であり、皆も釣られて笑いあったものである。 「いやぁ、イイモン見せてもらったぜ。すげえもんだな達人同士の勝負ってのは」 「ああ。しかしまさか伯とタメ張れる人間が居るなんてな。世の中広いぜ」 「放浪の名人。格好いい響きですね」 「たった一合見ただけで僕たちとはレベルが違うのがわかったよ。僕もまだまだだな~」 「ラムザ、君も大変だな」 「? 何がですか?」 「なにしろアレと比べられるんだろうからなぁ」 「あー、確かに大変かもですね~」 「え? え?」 興奮冷めやらず皆が談笑している中、輪を離れて二人の剣豪を、否エルヴェシウスを見つめる者が居た。 一人はアグリアス、そしてもう一人はメリアドールである。 アグリアスは不安げな顔で、メリアドールは険しい顔で、オルランドゥと健闘を称え合うエルヴェシウスを見つめていた。 その夜、アグリアスは何とは無しに目を覚ました。 時刻は深夜、このまま起きても何もすることは無かったが、しかしもう一度眠るには少々目が冴え過ぎていた。 (体でも動かすか) アグリアスはそう思い立ち、両脇のベッドで眠るアリシア、ラヴィアンの二人を起こさぬように稽古着に着替えると、剣立てから木剣を取って部屋を後にした。 「寒っ・・・」 宿の裏庭に出たアグリアスを夜風が襲う。秋半ばにも拘らず、もう冬の到来を思わせる寒風である。 「夜稽古か? 感心だな」 何処からか声が掛かる。 「ええ、今日は先生においしいところを取られてしまいましたから」 アグリアスはなんとなく声の主が居る様な気がしていたので驚かなかった。 「それは悪いことをした」 エルヴェシウスは笑って応じた。 「折角だ。久しぶりに稽古を付けてやろう」 エルヴェシウスは長刀を鞘ぐるみ抜くと正眼に構え、アグリアスもそれに応じて同じく構える。 雲間から覗く半月が二人を照らし、やがて再び雲に隠れたその刹那、アグリアスはエルヴェシウスの鞘をパンッと鳴らして弾き、 「ぃやあああああああ」 鋭い気合を発して斬り込んだ。 気が付くと目の前一杯に暗い夜空が広がっていた。 濃い雲に覆われ星一つない暗い空。 「明日は雨だな」 アグリアスはガバッっと上体を起き上がらせ、 「ッツ!」 途端に響いた鈍い頭痛に苦悶した。 「無理をするな。鞘とはいえ儂の剣をまともに喰らったのだ。しばらくは痛みが抜けぬだろう」 エルヴェシウスはアグリアスに背を向け、夜空を見上げて佇立していた。 なんだ、私は負けたのか。 アグリアスはそう思いながら、一方で当然のことだと可笑しくなった。 相手は自分の倍近い年月を剣に生きた剣豪なのだ。 エルヴェシウスはアグリアスの笑い声を聞いたのか、振り返って微笑んだ。 「すまんな。手加減ができなかった」 「笑いながら言うことじゃないですよ」 瘤になった患部に手を当てながらアグリアスはわざと不貞腐れた顔を作って言う。 「うれしいのよ。儂が手加減できぬほどに成長したのかと思うてな」 「成長しましたか?」 「うむ。見事であったぞ。頸根に刃風を感じたときには久しぶりに背筋が冷とうなったわ」 師の絶賛にアグリアスは照れ隠しに頭を掻く。 「この分なら儂も安心して発てるというものだ」 「先生! 行ってしまわれるのですか!?」 アグリアスは驚いてエルヴェシウスの顔を覗き込む。 その顔は僅かに悲しげで、見ているほうがどこか切なくなる微笑を浮かべていた。 「前にも言った通りこの地に来たのは永世求心教に義理を立ててのことだ。その義理を果した今は特に目的は無い。儂はまた流浪に戻らねばならぬ」 「何故ですか? 私達と一緒に居れば良いじゃないですか」 「それは出来ぬ、出来ぬのだ・・・・・・」 「どうして・・・・・・」 しかしそれ以上は言えなかった。 エルヴェシウスが見せた拒否の色が余りに堅かったからである。 「なに、今日明日ということではない。もう二、三日は厄介になる」 エルヴェシウスは悲しげにうな垂れる愛弟子に優しく微笑みかける。 「さ、もう遅い。子供は寝る時間だぞ」 そして今度は意地悪げな顔で笑って言った。表情の豊富な人だとアグリアスは思う。 「もう大人です」 「子供よ」 若干の憤慨を見せたアグリアスにエルヴェシウスが間髪居れずに応じる。 「儂にとっては幾つになってもな」 非常に優しい声。 まるで本当の・・・・・・。 「? 先生、何処に行かれるのです?」 突然歩き出したエルヴェシウスに、アグリアスは思考を戻して声を掛ける。 「もう少し汗を掻いてくる」 エルヴェシウスは振り向かずに言う。その背中にアグリアスは踏み込めぬ何かを感じた。 そしてそれは一度は押し込めた黒い物を呼び起こした。 「先生!」 背中を向けたその足が止まる。 「先生とオルランドゥ伯との間には、何が」 「お前は知らんでよい」 アグリアスの言葉を掻き消す様に、エルヴェシウスは一瞬声を荒げる。その強い調子にアグリアスは一瞬身をすくめた。 「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」 アグリアスはエルヴェシウスの背中に頭を下げて、宿へと足を向けた。 「アグリアス」 背中越しにエルヴェシウスは呼びかける。 「瘤は良く冷やせよ」 その言葉にアグリアスはくすりと笑うと、はい、と応じて宿の中に入っていった。エルヴェシウスその背中が見えなくなるまで、彼女を悲しげに見守っていた。 翌日エルヴェシウスは戻らず、そして更に次の日になっても姿を見せることはなかった。 その4へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/128.html
むかし、むかーしのおはなしです。 ダルマスカというくにに、それはそれはうつくしいおひめさまと、ゆうかんなおうじさまがいました。 ふたりのおさめるくには、それはそれはうつくしいくにでした。 しかし、あるひ、きょだいなていこくが、せんそうをはじめました。 おひめさまとおうじさまのくには、ていこくのぐんにせんりょうされ、 そのたたかいのなか、おうじさまはしんでしまったのでした。 おひめさまは、なきおうじさまに、ていこくへのふくしゅうと、 うつくしかったふたりのくにを、とりもどすちかいをたてました。 しかし、ていこくはつよく、おひめさまひとりのちからでは、かつことはできません。 おひめさまは、ていこくにたちむかうちからとなる、 でんせつの「はおうのつるぎ」、「みっつのはませき」をもとめ、たびにでました。 たびのとちゅう、おひめさまはこころづよいなかまとであい、ともにていこくとたたかうことになりました。 そらかけるとうぞくと、うつくしいもりのせんし、おひめさまにけんをささげたけんし。 そして、おひめさまのくにのみらいをうけつぐこどもたち。 しゃくねつのさばくをこえ、どこまでもひろがるそうげんをかけぬけ、ふぶきのゆきやまをさまよい、 おひめさまと、なかまたちのたびはつづきました。 ながいたびじのすえに、ついにおひめさまは「はおうのつるぎ」、「みっつのはませき」をてにいれました。 そして、おひめさまとなかまたちは、ていこくにたたかいをいどんだのです。 「はおうのつるぎ」と「みっつのはませき」のちからで、 きょだいなていこくも、じょじょにおしかえされていきました。 ていこくは、きりふだのせんかん「バハムート」をしゅつげきさせ、おひめさまにせまります。 おひめさまは、そらかけるとうぞくのふねにのり、「はおうのけん」をてに、「みっつのはませき」をむねに、 さいごのたたかいにむかいました。 そして「バハムート」は、ながいたたかいのすえに、はませきのちからでしずみ、 きりふだをうしなったていこくは、ダルマスカのくにからてったいしてゆきました。 おひめさまは、とうとうていこくにうちかったのです。 「おうじさま、わたし、かちました。これで、おうじさまも、やすらかにねむれるでしょう」 おうじさまのおはかのまえで、おひめさまは、なきました。 そのご、おひめさまは、それはそれはうつくしいじょうおうさまとなり、かつてのうつくしいくにを、ふたたびよみがえらせたのでした。 そのくには、わらいごえのたえない、とてもしあわせなくにとなったのでした。 めでたし、めでたし。 ~イヴァリース昔話より「ダルマスカのおひめさま」~ 「――アグリアスさん?」 ふと本から目をあげると、アグリアスさんはくぅくぅと寝息をたてていた。 物語を読むのに夢中になって、アグリアスさんが寝ちゃったことに気が付かなかった……。 珍しくアグリアスさんから、 「ラムザ、頼みがあるのだが……」 なんて言われたので、何を頼まれるのかと思ったら、僕の前に一冊の本を差し出して、 「……む、昔話を、読んで欲しい……」 なんて、顔を真っ赤にして言われた。思わず、 「ええっ、昔話!?」 って言ってしまって、強烈な張り手を喰らってしまった。 「お、お前しか頼める者がいないんだっ!恥ずかしいんだからこれ以上言わせるなっ!」 色々な意味で、ボムが自爆したみたいな衝撃だった……。 何でも、子供の頃、寝る時に母親に読んでもらっていた本らしい。 「イヴァリース昔話」 イヴァリースに住む人なら、誰もが知ってる昔話を集めた本だ。 この「ダルマスカのおひめさま」や、「せいじんアジョラ」「りゅうとひめぎみ」 「チョコボのおんがえし」「クリスタルのせんし」「のばらせんそう」などが収録されている。 街の本屋で見かけて、懐かしさのあまり買ってしまったものの、自分だけで読んでいると味気ない。 誰かに読んでほしい。できたら、昔のように寝る前に―― 「それで僕ですか……」 張られた頬をさすりながら聞いた。 「悪かった……。でも、お前くらいしか思いつかなくて、それで……」 すっかりしょげてしまったアグリアスさん。 「アリシアやラヴィアンやムスタディオでは馬鹿にされてしまうだろうし、ラファでは私が読んでやるような立場だし…… シド様やレーゼやメリアドールには……」 「分かりました。いいですよ」 言い訳が長くなりそうなので、僕はアグリアスさんの言葉をさえぎった。 「……すまない」 アグリアスさんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。 「それで、どのお話がいいですか?」 「……『ダルマスカのおひめさま』がいい……」 消え入りそうな声だった。 それで、この「ダルマスカのおひめさま」を、アグリアスさんのベッドの横で読んであげていたってわけだ。 眠るアグリアスさんの顔は、あどけない子供のよう。 ――戦闘では男顔負けの勇敢さなのに、子供みたいなところがあるんだよなぁ。そこも魅力ではあるんだけど。 僕は本を閉じると、アグリアスさんの枕元にそっと置いた。 僕でよければ、また読んであげますよ。 おやすみなさい、アグリアスさん。いい夢が見られますように。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/90.html
「ふっふっふ、やっと見つけたわ」 闇夜の草むらの影からこそりと姿を見せる怪しげな影。帽子の下で黄色く輝くその瞳は、 見るからに黒魔道士のそれにしか見えないが、実際そのとおりである。 「ベオルブ家の御曹司が異端者ねえ…名門のおぼっちゃまもおちたもんね」 そう呟いて彼女はにやりと笑ったのだが、黒魔道士の彼女の表情はやはり伺えない。 「見てなさいよぉ、あのラムザを捕まえればいかにあたしが優れた魔道士か、あの馬鹿な 連中もきっと理解するわ…うふふふふ…!」 彼女の名はジェニック。ラムザ一行を狙う賞金稼ぎの一人であった。 「人数増えたなあ…」 焚き火の前でそう呟くのはムスタディオである。 「ラムザさんは異端者なんだから、もっと自重して少人数で行動すべきだと思うんだけど…」 「いいじゃない、旅は道連れ世は情け、って言うし、味方だって多い方がいいわ」 眉をひそめるアリシアの肩を、ラヴィアンが笑いながらぽんぽん叩いている。 「でも、おかげで見張りも人数増やさなきゃならないって話でしょ?」 「今日の見張りはアグリアスにマラーク、あとクラウドか…」 「クラウドって変な奴よね。何考えてんのかわかんないんだもの」 「いい男じゃない?」 「黙っていればね…」 「っもー、アリシアったらカタイ! カタイわよ! クラウドの髪型なみにカタイ!」 楽天的なラヴィアンに、アリシアがため息をつく。 「けどほんっと訳わかんねえからな、あいつ。自分のこと全然話さねえ割りに人の話を聞くのは好きだって言うし」 「そーねー、ムスタディオの銃の話を何も言わずに聞いてくれるくらいだもんねえ」 「どういう意味だよそれ」 「…ぇっくしっ」 「なんだ、風邪か?」 くしゃみ一つするクラウドに声をかけるのはマラークである。 「いや…多分誰かが俺の噂をしてるだけだ」 クラウドも変なところが敏感である。 「そうか? ならいいんだが」 「ふむ…さてはクラウド、今朝の寝癖が噂されてないか気になってるな」 「わかるのか」 クラウドの目がきらりと輝く。どうやら変なところが敏感なのはアグリアスも同じようだ。 「別にそんなのどうでもいいだろ…とりあえず何もないんだな」 珍妙なやりとりを繰り出す二人に呆れ顔のマラークが、散開するように手で知らせる。 そんな3人にこっそり近づく人の影。そう、先程のジェニックである。 ジェニックから見て一番近いのはアグリアス。その隣にクラウド、一番遠いのは意外とこういう仕事に 慣れているマラークだ。 「さて、まずはどうやって落としてくか…って、うわわっ!? こ、こっちに気付いた!?」 観察している間にずんずん近づいてくるアグリアスにジェニックは慌てた。今ここでまともに戦うのは 分が悪いし、派手に騒いでも、騒がれてもまずい。いっぱいいっぱいになったジェニックが 出した答えは…これである。 「そうだわ、こんなときこそ…トード!!」 丁度アグリアスの身体が木陰に入った瞬間だった。ぼふっ、と煙に巻かれたかと思うと、 見る見るうちにアグリアスが縮んでいく。 (な、なんだ!? 一体何が…) 煙が晴れ、アグリアスが周囲を見渡すと、いつもよりも視点が低い。周囲の木々が大きく なったような気がする…。 「きゃあ~、可愛い~!」 声の方を見ると、黒魔道士姿の巨人が目を輝かせてこちらを見下ろしているではないか。 アグリアスは思わず声を上げた。 「にゃああ」 …にゃあ? 自分の声を聞いて、慌ててアグリアスが自分の右手を見た。そこにあったのは手ではない。 前足である。そう、猫の前足。アグリアスは小さな白い猫になっていた。 「…って、そうじゃなくって! おっかしいわね~、間違っちゃったかしら?」 目の前で一人漫才を演じている黒魔道士が、不満げな様子で首を傾げ、 「何処で間違ったのかしら~…もう一回、トード!!」 その黒魔道士は、なんと丁度近くにいたクラウドに魔法を唱える暴挙に出たのだ。 ぼん、とクラウドを煙が包み…なんと今度はクラウドがトカゲになってしまった。きょろきょろと 慌てふためくそのクラウドトカゲが黒魔道士とアグリアスの姿を見つけてぴょんぴょんと飛び跳ねている。 「うーん、惜しい! もうちょっとでカエルだったのに!」 そういう問題ではない。そして二人の後を追ってきたマラークも、それを目撃する。 「げっ!? なんだありゃ!?」 「いっけない、見られちゃった?」 いち早く慌てるマラークを捕捉したジェニックが、マラークにもトードを唱える。 「おとなしくしててよねッ! 三度目の正直ッ、トード!!」 そうして煙がマラークを包み、マラークはあっさりとカエルになってしまった。 「あ、やっとうまくいったわ! よーし、気を取り直して…あれ?」 満足げなジェニックが見渡すと、あの猫がいない。トカゲもいない。 「に、逃げられたあー! 追わなきゃーッ!」 きょろきょろと周囲を見渡して、ジェニックがテレポで姿を消した。 猫にされたアグリアス、トカゲにされたクラウド、そしてカエルにされたマラークが、 闇夜の森の中を思い思いに走っていた。 (大変だ! 誰かに急いで知らせないと!) そういううちにマラークがトカゲクラウドを見つける。ここは合流して協力するのが得策だろう、 そう判断したマラークが、クラウドの進行方向に狙いを定める。カエルの扱いには慣れているマラークである、 ジャンプ一番、トカゲにされたクラウドを見つけてその上に飛び乗った! …が、着地地点が最悪であった。 べちっ。 「っ!?」 なんせマラークの着地地点が、クラウドの顔面だったのだから。 「ゲゴッ! ゲゴー!」 べちべちとカエルマラークがクラウドの顔を叩くが、クラウドが何の反応も示しない。 カエル嫌いのクラウドが、マラークのボディプレス一発で気を失っていたからだ。 「ゲゴゲゴ! ゲゴー!」 さっさとキャンプに戻ればいいものを、マラークは気を失ったクラウドに慌ててそれすら忘れている。 そしてアグリアスもまた彼らに合流する。猫、トカゲ、カエルという異色の鳥獣サミットが始まった。 …。 ……。 ………。 じゅるり。 「ゲコーーーーー!」 (はっ!? い、いかんいかん、思わずカエルを美味しそうだと思ってしまった) アグリアスの涎に怯えたマラークの逃亡によりサミット閉幕。わずか5秒弱の三匹面談だった。 クラウドにいたっては気を失っているので実質不参加である。 (じきにマラークを食べてしまいそうだ…早く誰かに何とかしてもらう他ないな) 嗜好までも猫になりつつある自分に恐怖を感じながら、アグリアスはキャンプ目指して茂みの中を駆け抜けた。 キャンプまでの途中に小さな川がある。その川のそばで、ラムザはメリアドールと一緒にいた。 アグリアスがラムザの名を呼ぶが、その声はあくまで猫のもの。 「!?」 その声にメリアドールが反応する。 「! …猫ですね」 そしてラムザもアグリアスを発見する。二人とも、この猫がアグリアスであることはやはりわからないようだ。 (ラムザ! 敵に襲われてしまったんだ!) 必死に叫ぶアグリアスだが、しかし自分の口から出るのはにゃあにゃあという言葉ではない鳴き声ばかり。 「かわいいなあ」 アグリアスの叫びもむなしく、にこにこしながら近づくラムザはお構いなしに喉を撫で始める。 (うっ…!?) ちょっと固いラムザの指が、猫の弱点を刺激する。 (ちょ、ちょっと待って…! なんだこれは…!) ラムザの指が首筋をなでる。まるでマッサージを受けているようで気持ちよさに睡魔が襲ってくる。 (はっっ、いかんいかんいかん! こんなところでうたた寝してる場合じゃない!! 遊んでないで気付いてくれラムザッ!!) と、意思を持ち直そうとするも、 (はうっ、も、もうちょっと…あ、駄目、そこ…) 頭へ背中へ、首へ腹へとラムザの指はことごとく猫の弱点に潜り込む。 (ッだあーーーーーーー!) ここで誘惑に負けるわけにはいかない。気合を入れてアグリアスはラムザの間合いからひょいと飛び退き、 名残惜しそうなラムザの顔に後ろ髪引かれながらも背を向ける。 そのラムザの後ろではメリアドールが怯えている。どうやら猫が怖いらしい。怖がられているようでは ろくに話もできはしまい。 (それにしても、意外な弱点があったものだ) ふふ、と小さく笑いながら、アグリアスはキャンプを目指して駆け出した。 キャンプにたどり着いたアグリアス、まずはアリシアとラヴィアンを探す。といってもある程度の勝手は わかっている、この時間ならテントの中で荷物整理しているだろう。案の定、テントの中にアリシアと ラヴィアン、そしてムスタディオの3人を発見した。 「ん? 野良猫なんて珍しいね。ほら、おいでおいで」 そうして見つかるなりラヴィアンに抱え上げられるアグリアス。いくら姿が違うとはいえ、長年連れ立った 自分をすぐに認識できないとは、ちょっと情けないやら困ったやら。 「なんか困ってるみたいよ?」 「そんなことないわよ、ねーー?」 アリシアの言葉もほどほどに、アグリアスをなでくり回すラヴィアン。可愛がろうとしているのはわかるが、 無理やり体を丸められたまま無闇に頭を撫でられる。…苦しい。 「なんか苦しがってるぞ。お前、猫の扱い方知らないんじゃないか?」 「失礼ねえ、そんなことありませんよーだ」 「いいから俺にも触らせてくれよ。ほら」 そう言って差し出したムスタディオの手から、強い機械油の匂いがする。指にも少しすすが残っているようだ。 幾ら猫の扱いを知っている手だとしても、こんな手ではちょっと触られたくない。 「ほら」 「ふャーッ!」 そこまでするつもりはなかったが、ばりっ、と思わず手を引っかいてしまった。 「痛ッ! な、なにすんだこいつ!」 「そんな手じゃしょうがないわね。ほら、こっちにいらっしゃい」 そう言って今度はアリシアが抱きかかえる。力任せに撫でていたラヴィアンとは裏腹に、やたらと優しく アグリアスを撫でるアリシア。窮屈な腕の中から開放されてアグリアスがほっとしていたときに、 おぞましい『それ』が聞こえてきた。 「…気持ちいいでちゅかー?」 ぞわッッッ。 アグリアスのしっぽが容量を増す。 「いい子でちゅねー、じっとしててくだちゃいね~」 びきびきびきびき。 アリシアがぼそぼそ呟くたびに、アグリアスの身の毛も激しくよだっている。耳から入った囁きが、 血液の巡りを凍らせる。血液どころか声帯まで凍らされたようで、絶叫したくても声が全く出てこない。 むしろ開いた口から魂が逃げていってしまいそうだ。 「あっ?」 …部下に幼児言葉であやされるのが、これほどまでにおぞましいとは…。 アグリアスは一目散に逃げ出した。しっぽの太さを倍近くぶっとくして。 (酷い目に遭った…ううっ) 疲労困憊全身鳥肌のアグリアスが次に遭遇したのは隊の中でも一、二を争う実力の持ち主、シドである。 「うむ? 野良猫か。こんなところで独りきり…いや、一匹きりでは危なかろう」 そう言いながら猫を持ち上げて、一言。 「ふむ。女の子じゃな」 ずどしゅっ!! すさまじい勢いでアグリアスの北斗骨砕肉球打(たった今命名した)がシドに炸裂する。それでも 彼女は気が晴れなかったのか、今にも噛み付かんとする勢いで総毛を立ててひとしきり威嚇してから、 倒れたシドの上をべしべしと踏みつけつつ、また別の人間を求めて走り去っていった。 残ったのはぼろ雑巾のように叩きのめされた老剣士。改めて彼を紹介するが、彼こそは隊の中でも 一、二を争う実力の持ち主、南天騎士団にその名ありと謳われた、雷神の異名を持つ剣聖シドルファスである。 猫に敗北を喫し、たまたま用を足しに行っていたラッドに救出された彼は、このとき引退を考えたと語る…。 火の番をしているのはベイオウーフとレーゼである。ドラゴンに身を変えられていたレーゼならば…と アグリアスが二人に近づいた。にゃあ、というアグリアスの問いかけに、二人はそろって振り向いた。 「あら、珍しいお客さんね」 「ん? はは、本当だ」 アグリアスが暫く二人を見ていると、不意にベイオウーフがアグリアスを持ち上げ、そのまま自分の 脚の上に乗せた。今までの手厚い歓迎とは違って、ベイオウーフは何もしない。撫でてもこないし、あぐらを かいてそのままの体勢でじっとしてくれている。アグリアスにとっては丁度いいゆりかごになり、 焚き火の暖かさを受けて丸くなっていると、これはうとうとと眠くなってしまう。 「いつか、こんな風に二人でゆっくりと暮らしたいな」 ベイオウーフの言葉に、レーゼが黙ってうなずいた。 この二人の間には最低限の言葉しか要らないようだ。そんな二人のやり取りを微笑ましく思うとともに、 ふと、少しだけ、胸の奥がむずむずする。それはきっとうらやましいのだろうな、と、冷静に分析できたと思うと やはり少しだけ寂しさが増す。 「あら、この子ったらベイオに甘えているのかしら?」 そう言ってアグリアスの背中をレーゼが撫でている。こちらも猫の扱い方を知っている手だ。 「なんだいレーゼ、嫉妬してくれているのかい?」 「そうね、せめてこの子が男の子だったら話は違っていたかもしれないわ」 「おやおや穏やかじゃないな。レーゼも遠慮せず、俺にもっと甘えてくれてもいいんだよ?」 「うふふふ…冗談よ、冗談」 「はは、それは残念だな」 (………。) 前言撤回。頭上から降り注ぐピンク色の熱線が熱い。そんでもってレーゼの指が描く「の」の字がちょっと 加速気味でこそばゆいを通り越してちょっと痛痒い。 どっちみち、自分の意図に気付いてもらえないなら長居は意味がない。くつろぐためにお邪魔した わけではないのだ。アグリアスはベイオウーフの膝の上とレーゼの指先の間から、少々名残惜しくも 撤退することにした。 アグリアスは再びラムザに接触を試みる。ベイオウーフとレーゼの例を挙げても、やはり一番信頼している 人物に頼るべき、と判断したからだ。 そのラムザは、相変わらずメリアドールと一緒に川原にいた。聞き耳を立てたわけではないが、 弟がどうの、聖石がどうのと神妙な話のようだ。アグリアスも盗み聞きは悪いと思ったか、彼らの話を 遮って、再び二人の前でにゃあ、と声をかけた。 途端、メリアドールがびくり、と、跳ね上がる。相当に猫が怖いらしい。 ラムザは笑ってアグリアスに手を伸ばし、自分の膝の上に乗せる。 「メリアドールさん、そんなに怖がらなくてもいいんですよ」 「そ、そう?」 そういうことをしている場合ではないのだが、アグリアスにしてみれば、メリアドールが何かにおびえると いう状況を見たことがない。となるとやはり悪戯心をくすぐられるようで、もう少しこのメリアドールを 眺めていたいという衝動に駆られてしまう。 「…ん…!」 勇気を出しておずおずと手を出すメリアドールに、アグリアスはわざと噛み付こうとする素振りを見せる。 「ひっ!? …ラ、ラムザ、やっぱり駄目」 目に涙を浮かべてメリアドールが手を引っ込めてアグリアスから逃げようとする。 (やれやれ、そんなに私が怖いのか…) 初めのうちはからかっていたつもりのアグリアスだったが、そう思うと途端に少し切なくなる。 それに、こうも怯えて泣きそうにされていては、逆に弱いものいじめをしているようで気が咎めて しまうのもまた人情。 (まあ、たまには敵に塩を送るのも悪くはあるまい) 顔を上げたアグリアスが、怯えるメリアドールに近づいて…そのまま膝の上に乗って丸くなった。 ベイオウーフのゆりかごやラムザの腕の中もなかなかだったが、メリアドールの膝枕もまたくつろぐに 悪くない心地だ。かたやメリアドールは突然懐いてきた猫に驚いて硬直している。 「ははっ、メリアドールさん、気に入ってもらえたみたいじゃないですか」 「ちょっとラムザ、これ、ど、どうしたらいいのよお」 (…『これ』とはなんだ、『これ』とは) ちょっとかちんときたが、相変わらず涙目のメリアドールである。まあ、この程度の無礼は大目に見てやろうと アグリアスがそのまま目を瞑る。それに聊か疲れた、一息入れたいところだ。 (まあ、これで少しは慣れるがいい) 暫しの休息をメリアドールの膝の上で取る。しかし、その休息がとんでもない事態を引き起こした。 「ほら、撫でてあげるといいんですよ、この辺とか」 横からラムザがアグリアスの喉をさする。 「…こ、こう?」 追ってメリアドールの指がアグリアスの懐へ入り込む。 (…む?) それからが地獄のようだった。 「ここがいいのかしら?」 (ひ、ひあああ!?) メリアドールの指が動くたび、アグリアスの背筋にぞくぞくと気持ちよいものが走る。 「喜んでますね」 にこにこしながらラムザが言うが、とうのアグリアスはそれどころではない。 (やめてくれメリアドール!! このままでは本当に猫になってしまう!) アグリアスがにゃあ、と悲痛な──本人にとっては、だが──抗議の声を漏らすも二人には伝わらない。 無邪気な子供のように笑う二人の天使の笑顔が、アグリアスにはさながら悪魔のようだった。 (こ、こんなことをしている場合ではないんだ! こ、こんな…こんな…あああああ…) そう。こんなことをしている場合ではなかった。 「ブリザラ! ブリザラッ! あぁ、やっぱり炎よりこっちのほうが派手に目立たなくって奇襲にぴったり!」 「うわっ!?」 「きゃーっ!?」 「将を欲すればまず馬を射よ! ラムザがいないみたいだけど、それならそれで外堀から埋めさせて いただきましょーかっ!」 アグリアスと入れ違い気味にラムザたちのキャンプに現れたのは、高笑いする黒魔道士、ジェニックである。 「げっ、ジェニックじゃねえか」 「何よラッド、あんたの元カノ!?」 「うっげ、趣味悪いこと言うなよ! 商売敵だよ、腕はいいけど超の付くほど男嫌いでエリート思考で…」 「誰の趣味が悪いですってッ!? トードッ!」 言うが早いか、ラッドが煙に巻かれてカエルになる。 「うふふふ、男だろーとベヒーモスだろーと、カエルにしてしまえば問題ないわッ! 捕まえるのも簡単だし!」 ラッドをカエルにしたジェニックが得意げに笑う。 「ほらほら、痛い目見たくなかったら、どいつもこいつもゲコゲコお鳴きッ!」 なおもジェニックのトードが炸裂し、一人また一人とカエルにされていく。 「今度は誰ッ!? そこのお嬢ちゃん!?」 けらけらと笑いながら、ジェニックがラファにトードを唱える。 「いやあぁっ!」 ラファの姿が煙に巻かれ、やがて…そこにはぺたんと座り込むラファの姿と、見覚えのある、ラファに似た 風貌の男が一人。 「んん?」 「カエルにトードをかけると元に戻るって誰かに習わなかったかい?」 とっさにラファの身代わりに入ったマラークが棍を手の中でくるくると回しながら、煙の中からジェニックに 突進する。 「でぇいッ!」 マラークが、意表をつかれてたじろぐジェニックの見せた隙を見逃さず、棍を振るって彼女を叩き飛ばす。 ジェニックは思い切り腹を打ち据えられて、ごろごろと地面を転がってからヒステリックに叫んだ。 「っ痛ぁあっ!! 何すんのよ野蛮人! これだから男は嫌いなのよッ! もういいわ、あんたなんか 消し炭におなりッ! サンダガ!!」 「!」 ありえない速さで魔法を唱えるジェニック。マラークもまたその技術に少なからず驚嘆する。 「兄さーんッ!!」 瞬間の出来事に、ラファの叫びも虚しく、稲光と轟音がマラークを直撃する! …が、そのマラークは棍を身構えたまま平然と立っていた。 「…んんん?」 裏真言という特殊な能力を操るがためにイヴァリースの神々に対して信仰心がないマラークだが、 それでも魔法の直撃を食らって無傷というのはありえない。先ほどもトードをかけられ、それは見事に 効果を発しているのだ。ジェニックが首を傾げる一方で、にやりと笑ったマラークがきびすを返して カエルにされた仲間を乙女のキッスで治していく。 「な、な、なによその余裕の笑みは! ガキの癖に気に入らないわ! ファイガッ!!」 マラークを中心に再び爆炎が巻き起こるが、一体どうしてであろうか、マラークだけではなく誰一人として 火傷すらしていない。 「…な、なんでよ…なんでなのよ!」 「おやおや、魔道士を名乗る割に呪詛の類はからっきしのようだな」 棍で肩をとんとんと叩きながら、マラークが余裕の笑みを浮かべる。 「種は簡単。ゴクウの棒って知ってるよな? こいつでお前の信仰心を封じただけさ。ま、本当なら わざわざ教えてやる義理もないんだが…いや、そもそもこいつを知らないほうがおかしいと思うぜ?」 そう言って、手にした棍、ゴクウの棒をくるくると回してにやりと笑うマラーク。カエルにされたのが 癪だったのか、わざと説明して挑発する。 「きーーーッ!! 猪口才で狡くて小賢しくて、まるっきりサルじゃないのよ! お似合いだわッ!」 「やれやれ騒々しいな。なんとかして沈黙させた方が良かったか」 力を失ってなおまくし立てるジェニックに、マラークが呆れたように呟いた。 「そんなことより、形勢逆転ってやつだぜジェニックちゃんよ」 カエルの姿から元に戻ったラッドが、ジェニックにすごんでみせる。 「っく、来るんじゃないわよ! ガフガリオンのいないあんたみたいな雑魚にやられてたまるもんですか!」 「くうぅぅ、すげえむかつく! そう言われると近寄りたくなるのが人の性、ってやつだよなあ?」 「ラッドー、顔が悪役になってるわよ~。それにしても、大体何で男が嫌いなわけ? どこが嫌なの?」 と、ラヴィアンがふとした疑問を口にする。 「全部よ全部ッ!! あんなものの何がいいっていうの!?」 「あんなもの、ねえ。ふぅん…ま、いいけど?」 ラヴィアンが組んだ両手を広げ、空へと掲げた。 「ふ、ふんっ! 今のあたしに魔法が効くわけないでしょ! あんた今まで何を習ってきたのよ!!」 「少なくとも、あんたに大ダメージを与えるのに効果的な方法くらい簡単に思いつくわ」 なおも強がるジェニックに、ラヴィアンがニヤリと笑いながら魔法詠唱を完成させる。 「大地を統べる無限の躍動を以て…『悩殺』せん! タイタン!」 「へっ?」 ジェニックの頭上にあった月に、人間の影が浮かび上がる。その影はだんだんと大きくなり…地響きを立てて 月夜に降り立つ大地の巨人、タイタンの姿となった。 「さーあタイタン! 男の魅力を見せ付けてあげて!!」 ラヴィアンの声に応えるようにタイタンが白い歯を輝かせて微笑むと…渾身の力をこめてポージングを決める! 「ひ、ひ、ひぎゃああああああああ!!!」 次の瞬間、ジェニックの悲鳴が木霊した。そんな彼女にかまわず胸筋を上下させるタイタンの小麦色の肉体が 月光に照らされ、その月光が彼の歯をなおもきらりと輝かせる。兄貴、ナイス筋肉。すばらしい。 「い、いああ、いあいあいあーーーーーー!!!!」 一方のジェニックは最早呂律も回らないが、そんなことはお構いなしにタイタンのショータイムは続く。 脚を見せ、腕を見せ、背筋を見せ、腹筋を見せ、胸筋を見せ、そして白い歯を見せてタイタンが 満月のスポットライトの下で極上の笑顔とポーズを決める! と、 「ば、ば、ば、ばがーーーーーー!! ぢね! ぢね!! ぢねばがああああーーーーーーーーーー!!!!!」 罵声と悲鳴と涙とほかにもいろいろ見苦しいものを撒き散らしながら、ジェニックは一目散に 逃げ出したのだった。 「なーんでそんなに嫌がるのかなあ? 素敵じゃないの、タイタン」 「いや、普通は嫌がると思うぞ…」 「そうか? 滅茶苦茶ブラボーだったろ」 首を傾げるラヴィアンにムスタディオが正直な感想を述べる。ラッドは平気らしい…むしろそういう趣味か。 「それより、アグリアスやクラウドはどこへ行ったんだ?」 「そうだ、あの二人も動物に姿を変えられたんだ。クラウドはトカゲにされたのを見てる」 「トカゲ!?」 「もしかして、こいつか? こいつ、さっきから俺の肩につかまってて離れないんだ」 慌ててマラークがムスタディオの背に乗ったトカゲに万能薬を振り掛ける…と、光とともに、クラウドが 元の姿に戻る。 「…酷い目にあった…悪夢だ、あの女とはもう一生遭いたくない」 「だからって俺に抱き付かれても困る」 ムスタディオの背中にしがみついたまま、青い顔をしたクラウドが目に涙をためていた。一時的とはいえ あれだけ大量にカエルがいたのだ、無理もないだろうか。そのクラウドの背を叩いて、マラークが周囲を見渡した。 「よし、俺とクラウドはラムザにこのことを伝えに行く。みんなは悪いが、他に敵がいないか警戒しててくれ。 それと誰か…そうだな、アリシアさん、すまないがラファを頼む」 「? あたし?」 「男たちは近寄らない方がいいだろう…」 「「「???」」」 そう言い残して駆けていくマラーク。見ればラファは空を仰いで茫然としている。視線の先には夜空以外に 何もない。 「? ラファちゃん?」 アリシアが声をかけても、ラファは一言も発さない。 「…もしかして…」 アリシアがラファの視線の先を思い出す。…そうだ。ここはさっきまで踊っていたタイタンの真後ろ、 もう一つの『特等席』…! 「ラファちゃん? …ラファってば!? ねえ、起きてる? ねえ!? ラファ!?」 事の重大さに気付いたアリシアがラファの顔を覗き込む。しかし目の前で掌を振っても、ぺちぺち 頬を叩いても、ラファは何の反応も示さない。 「…ラーヴィーアーーンーーー!!?」 振り返ったアリシアの顔は、まるで般若のようだった。 (アリシアったら、だんだんアグリアス様に似てきたわね…) ラヴィアンは、そう微笑ましく思いながら脱兎のごとく逃げ出していた。 その2へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/97.html
浅黒い顔に真っ黒な髭を生やし、色鮮やかな布を頭と体にぐるぐる巻いた男達が、 土埃の舞う中をせわしなく行き交う。耳慣れぬ言葉と、聞き慣れぬ動物の声が 飛び交い、通りすがる男達は時折、落ちくぼんだ眼の底で彼ら同士にだけわかる 合図をかわす。 貿易都市ウォージリス。イヴァリースで最も異国人の多いこの街の、ごったがえす 市場の人混みをかき分けて、四人は進んでいた。 「まだ見つからぬのか。もう半分ほども見て回ったぞ」 「まだ半分だ。こういうものは時間をかけてじっくり探すものさ」 先頭を行くマラークはもの慣れた様子で、雑踏の中を縫うようにすいすいと人を かわしながら左右の店先にすばやく目を配っている。ルザリアやライオネルでは 日が落ちてからでないと表通りを歩けないその黒い肌も、この街であれば目に留める 者もない。異国の香料や反物、南方人のもつ独特の体臭がごたまぜになった エキゾチックな香りに満ちた空気も、あとに続くアグリアスやラムザの顔をしかめさせる ことはあっても、彼にとっては何の苦にもならないようだった。 南洋のあらゆる産物を扱うウォージリス中央市場の中でも、とくに人気のある 香辛料を扱う一画。立ち並ぶ店の軒先に赤や黄色の色彩を見かけるたび、マラークは 駆け寄っては指先でそれをつまみ上げ、匂いをかいで子細に検分する。後から来た ラファにも確かめさせてから、二人で首を振って元へ戻す。そんなことを、もう 半刻ほども四人は続けていた。 話は半月前、ラムザ一行がフォボハム近辺を通りかかった頃にさかのぼる。 アグリアスの故郷でもあるこの地域には、昔から伝わるファルシタスと呼ばれる 食べ物がある。 ファルシタスとは「詰め物」という意味で、この地方特有の丸くふくらんだ 赤唐辛子の中に、ひき肉と様々な香料を詰めて塩と酢で漬けたものである。 おかずにしてよし、酒のつまみによし、携行食にもよしという優れものの保存食で、 唐辛子の品種や、一緒に入れる香料の取り合わせによってさまざまに風味を変える。 この地方の家ならどこでも、自家秘伝の漬け方をもっているほどのものである。 このファルシタス、辛味が強いほど上等とみなされる。そしてアグリアスの 生まれたグスタハム一帯では、他でもないオークス家の地所のとある畑でとれた 唐辛子を使うのが、一番辛いという定評があった。 ラムザ達はたまたま、昨冬に漬け込んだファルシタスが甕から出される、一番の 旬の時期にグスタハム近郊を通りかかった。久々に故郷の名物を味わいたくなった アグリアスはこっそりラヴィアンを走らせ、昔なじみの農家から一瓶買い求めてきて 皆にふるまったものである。 「辛っ! これ辛すぎますよー」 「いやでも、うまいぜ。このショウガの香りがまた」 「これはいい。昔食べたのは、こんなに香料が色々入っていなかった」 「あたし駄目。辛くて駄目、とても食べらんない」 「慣れるとこの辛さがうまいのだがな。無理はするな」 と、うまいもの好きの面々にも好評で、アグリアスが気をよくしているところへ、 通りかかったのがガルテナーハ兄妹。お前達もどうだ、と勧められるままに ひょいとつまんで口に入れ、 「へえ、結構塩辛いんだな。確かに、酒に合いそうだ」 「でも、酸っぱくて私は好きだわ」 大粒のイチゴ程度の大きさのファルシタス一個を三つや四つに切って、その一切れを つついたり舐めたりして辛いの辛くないのと騒いでいる皆をよそに、ひと粒丸ごと 口に放り込んで、もぐもぐやりながら二人とも平然としている。アグリアスは呆気にとられて、 「お前達、辛くはないのか」 「え? ああ、こっちの食べ物にしては結構辛いな」 何気なく返しただけのマラークの言葉が、アグリアスにはカチンと来た。 「ほう。では貴公は、もっと辛いものを食べたことがあるか」 「そりゃそうさ。唐辛子といったら南が本場だ。あっちの辛いのはこんなもんじゃない」 「ほう、本場とな」 すっくとアグリアスが立ち上がる。ラファがしきりに兄の袖をひくが、マラークは まったく気付かない。 「それは是非、一度味わってみたいものだな。さぞや辛いのだろう」 静かだが有無を言わさぬ声に、その場にいた皆がいっせいに押し黙って二人の 方を見た。郷土愛が強く、しかも負けず嫌いの彼女のスイッチを入れてしまったことに、 鈍感なマラークもようやく気が付いた。 だが、彼も負けず嫌いなことでは人後に落ちない。唇の端を不敵にゆがめて、 正面からアグリアスを睨み返し、 「ウォージリスだ。次にウォージリスに行った時、あんたに本物の唐辛子を食わせてやるよ」 しこうしてウォージリスに着くやいなや、アグリアスとマラークは荷ほどきもそこそこに 市場へ飛び出した。兄につきあってラファが、野次馬兼見届け人としてラムザが 同行し、買い出しも兼ねて雑踏の中をはや一刻近く。 「まだか、マラーク。よもや、出任せの時間稼ぎをしているのではあるまいな」 「まあ待てってば。せっかくだから、飛びきりのを見せてやる」 アグリアスの苛立ちももっともで、通りの両側には赤や緑の、大きさも形も様々な 唐辛子が山ほど籠に入ったりすのこに並べられたりしているというのに、マラークは その一々にするどい目を走らせては、ふいと背を向けてしまう。異国の香辛料の むせ返るような香りの中を延々歩き続けているアグリアスもラムザも、頭痛が してきそうだった。 「兄さん、変なところで凝り性なんだから……」 ラファもうんざりした様子で肩をすくめている。ラムザも苦笑いをしようとした時、 前を行くマラークの姿がするりと消えた。露店と露店の隙間にある、細い路地に 入ったのだ。それがあまりにも素早かったので、どの通りを追えばいいのか完全に 見失ってしまい、三人で右往左往していると、 「何してるんだ。こっちだこっち」 干しタマネギの束と、干しニンニクの束のあいだから首だけ出して、マラークが 手招きしていた。 そこは薄暗く、埃っぽい匂いのする小さな店だった。店主らしき背中のまがった男が、 何段にも重なった抽斗のひとつを開けて中身を出すと、マラークが会心の笑みを 浮かべた。小皿に盛らせたのを、アグリアスの方へ差し出す。一見すると普通の 干唐辛子に見えたが、ただ表通りにあったような赤や緑の色ではなく、ややくすんだ 黄色の果皮をもっていた。獣脂ランプのにぶい明かりに照らされて、金色に輝いている ように見える。 「ニア島の金色唐辛子、ジムサの年の三年干し。俺の知ってる限りじゃあ、世界一辛い 食べ物だ」 店主が揉み手をして、深々とうなずく。すかさずラファが前に出て、値段の交渉に入った。 「こいつの食べ方は、まず…」 と、マラークが蘊蓄を傾けようとした矢先、アグリアスがひょいと手を伸ばし、その 金色の一片をつまんで、無造作に口に放り込んだ。 「「「「あ」」」」 マラーク、ラファ、ラムザ、店主の四人の声が重なった。アグリアスはさも「何だ、 この程度」と言わんばかりの顔で、ばりばりと口の中の唐辛子をかみ砕いている。 プチプチ、と種の弾ける音がして、店主が気の毒そうに目を伏せた。 三秒ほどして、アグリアスの咀嚼が止まった。口だけでなく、全身の動きが止まった。 顔が青くなった。ついで赤くなり、白くなって、最後にまた赤くなった。 「おい……」 マラークが声をかける。アグリアスの肩と、膝が小刻みに震えはじめた。だが、 誇り高き騎士はぐっと拳を握ってそれを押し殺した。労働八号が調子を悪くした時の ような動きでマラークの方へ顔を向ける。 「ら、らからかのものらな。たひかに、言うらけろことはある。たら、ひゅこひばかり、 風味がたりんら」 「あ、あのアグリアスさん……大丈夫?」 「らりがだ。わたひはころとおり、らんともらいぞ」 耳まで真っ赤になった顔からは汗が滝のように流れ落ち、前髪を額にへばりつかせ、 襟布をじっとりと濡らし、顎からもしたたり落ちて胸元に染みをつくっている。目尻には 涙がにじみ、奥歯を死ぬほど食いしばっているのが頬の上からわかる。だが、 その表情はあくまでも凛然としたたたずまいを崩さず、するどい眼差しには 一筋の乱れもなかった。 「……ラファ。勘定を頼む」 最初に口を開いたのはラムザだった。ラファが財布を取り出し、唐辛子を天秤で計って 小袋に収める。アグリアスの態度に感じ入ったのか、店主はずいぶんまけてれた ようだった。 店を出て大通りに戻ると、ラムザはマラークの肩に手を置いて、 「僕たちはこの後用事があるので、先に帰ります。アグリアスさんはゆっくりしてきて 下さい。ラファ、君も」 マラークが何か言おうとするのを目で制する。ラファは頷いて、アグリアスの手をとった。 「わかっら」 アグリアスはそれだけ言うのが精一杯に見えた。握りしめた手のふるえが、だんだん 隠しきれなくなってきている。くるりと背を向けて、大股に歩き出す背中へ、マラークが たまりかねて声をかけた。 「あのな。辛いものを食べた時は、牛乳を飲むかバターを舐めるといいんだぜ」 アグリアスはもう頷くことさえせず、背を向けたままかるく手を振った。ラムザと マラークも、二人に背を向けて反対方向へ歩き出す。 「金色唐辛子は油で炒めて、その油を他の油と合わせて、薄めて使うんだ。 そのまま食べるなんてことをしたら……」 マラークがぼそりと呟く。最初の角を曲がった時、背後の通りから、 「にぎゃー」 というような絶叫が聞こえた気がしたが、二人とも決して振り返らず、ただ黙って 宿への道を急いだ。 マラークの金色唐辛子は、一行に大いなる敬意と熱意をもって受け入れられたが、 それが用いられたいかなる料理にも、アグリアスは決して口を付けず、ファルシタスの 辛さを自慢することも二度となかった。 ただ後日、一行がルザリア城下に入った時、 「さあ、次はこちらのアプリカ・ド・マープルだ。これはカエデの木の蜜に漬けこんだ 干しアンズをパイでくるみ、たっぷりの粉砂糖を……」 「も、もう勘弁してくれ。わかったよ、イヴァリースの菓子は凄いよ」 「まだまだだ。本場の味を堪能して貰うには、あと三軒は回らねばな。さあ食べるのだ、 紅茶もあるぞ」 甘い甘いお菓子を山ほど抱えたアグリアスに追い回されるマラークと、ちょっと 羨ましげにそれを見つめるラムザとラファの姿があったという。 End
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/27.html
堅ゆで卵。好物は何かと聞かれたら、そう答える。 別にハードボイルド気取って恰好つけてる訳じゃねえ、単純に味が好みなだけだ。 ガキの頃はよく、鶏を飼ってる家に朝早く忍び込んで、生み立て卵を一個失敬していた。 平均すれば毎日五個くらい生まれているから、盗もうと思えばもっと盗めたものの、 引き際ってのを心得てなければいずれは欲がエスカレートして、バレちまうもんさ。 盗んだ卵は、時間が無い時は生のまま中身を丸呑みで、時間があれば堅ゆで卵にする。 朝食というのは大事なもので、堅ゆで卵を食べた日は盗みも殺しもたいていうまくいった。 そう、うまい飯ってのは栄養面だけでなく精神をも満たしてくれる。 だから、だ。ヤバイ時こそうまいモン食って英気を養うべきだ。 以上の理由を持って俺は堅ゆで卵を希望する。 「却下」 アグリアス・オークスは事も無げに答えた。俺の熱弁は右の耳から左の耳だったらしい。 どうにか説得できないものかと考えていると、外で雷鳴が響き、アグリアスが身を震わせた。 「おうおう、無双稲妻突きの権化ともあろうお方が、たかが雷で」 「違う、寒いだけだ」 「さいですか」 ここら辺で状況説明した方がいいだろうか? 俺、遭難中。アグリアス、遭難+捻挫中。ココ、出産後。 勘のいい奴はもう解ったと思うが、もう少し詳しく話そうか。 旅をしてたらモンスターに襲われて仲間とはぐれて山林の中で道に迷って雷雨が降り出した。 仕方ないから近場にあった小さな穴倉に俺とアグリアスは避難している。 ココはサイズ的に無理だったので外で雨に打たれてる。 で、ココが卵を産んだ。ボコとの愛の結晶だ万歳。俺達食料持ってないんだよね。 何かもうこの辺から序盤のハードボイルドな雰囲気台無しだよな。 「茹でるための水は現在進行形で降っている。火はかとんのたまを使えばいい。 鍋は、食器や調理器具の入った荷物を持ったココがいるから問題ない」 ちなみに食料の入った荷物はボコとマラークが担いでる。 「なあ、俺達はただでさえ昨日から何も食べてないんだ。次の街まで我慢しろと言われてな。 で、だ。卵、非常時だし、別によくね? 何ならオムレツ作ってやってもいいぞ。 実はラファにオムレツの作り方教えてやったの、俺。お前確かうまいって言ってたよな? ちなみに一番得意なのは堅ゆで卵なんだ。あのオムレツの三倍はうまいぜ」 「仲間の子を食えるかッ。この卵は孵化させて、面倒見切れないようなら、売る」 「売った先で焼き鳥にされる可能性もあーるけーどなー」 ガゴンッ。アグリアスの華麗なアッパーカットが俺の頭を揺さぶった。 ぐにゃぐにゃに歪んだ視界の中、俺から守るようにアグリアスは卵を抱きしめる。 倒れた拍子にガツンと頭を打つ衝撃とともに俺は意識を手放した。 三時間後、本隊に発見されたアグリアス達は無事保護され、近場の街へ向かうのだった。 ラッドはアッパーが相当利いたらしくまだ気絶中だ。 隊のみんなはさっそく温かい食事をすごい勢いでたいらげるとお風呂に向かった。 隊長と副隊長のラムザとアグリアスは、宿の手配や何やらで少々遅れ、 二人きりで食事する事になった。 スープに、チキンに、オムレツに、ゆで卵。 「ああ、生き返りますねぇ」 「うむ」 ラムザはおいしそうにモグモグと食べている。少年のようなあどけない笑顔が愛らしい。 アグリアスも釣られて笑顔をこぼしながら、ゆで卵の殻を剥く。 「ん……ところでラムザ。ラッドは、料理が上手なのか?」 「ええ、すごく。卵料理に関してはプロ級です。 この前ラファがみんなに振舞ったオムレツ、あの味つけは間違いなくラッドのものです。 みんなは気づかずおいしそうに食べてましたが」 「……そうか」 「ラファも料理が下手という訳ではないんですけど、焼き加減や微妙な味つけは、 ラッドには遠く及びません。あのガフガリオンですら唸らせていましたからね」 「……そんなにうまいのか?」 「ええ。特にラッドの作る堅ゆで卵は絶品です。傭兵時代、よくご馳走になってました。 鶏の卵、チョコボの卵、果てはモンスターの卵まで、完璧な茹で加減です。 シンプルだからこそ凄味が解るといいますか、一度食べたら病みつきですね。 本人は面倒くさがって他人の分は作りませんが、いいお酒とか用意してやると、 こっそり作ってくれたりするんですよ。何でも美容と健康と便秘に絶大な効果があるとか」 その後、アグリアスはこっそりと上等なワインを買ってきてラッドの部屋を訪ねた。 まだベッドで眠っているラッドの肩を揺すりながら声をかける。 「ラッド、ラッド。起きろ」 「うぅ……む……?」 「おお、起きたか。いや実はさっきは殴って悪かったと思ってな。 ところで美容と便……健康にいいというラッド特製堅ゆで卵を、 是非一度ご賞味したいと思ってだな……その……頼めるか? ほら、ワインやるから」 頭を抑えて起き上がりながらワインを受け取るラッドを見て、 アグリアスはそれが肯定の意だと判断し小さくガッツポーズを取った。 ワインを抱えながら、ラッドは言う。 「……ここはどこだ。あんた誰だ。俺は……俺はいったい誰だッ!?」 「記憶喪失オチィィィィィィッ!?」 こうしてラッド特製堅ゆで卵は永劫の闇へと消え去ってしまうのだった。 それとココの産んだ卵からは元気な黒チョコボが生まれましたそうな。 堅ゆで卵で行く! 完!
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/107.html
メリアドール「アグリアス!」 アグリアス「…メリアドール!?」 メリアドール「驚いた? フフフ…それは驚くでしょうね あんなことがあったのだから」 アグリアス「なぜ…」 メリアドール「私は今度こそ使えるディバインナイトになったの 獅子戦争で能力が修正された 見て! 剛剣でモンスターにもダメージを!」 アグリアス「そんな…そんなことは」 メリアドール「今度こそ胸を張って言えるわ 私はメリアドール、ラムザと聖アジョラに忠誠を誓う信仰の騎士 よろしくねアグリアス♪」 アグリアス「嘘だッ、貴公が使えるキャラになったなど…そんなこと」 メリアドール「なぜ?」 アグリアス「だって貴公は二線級キャラだったはずではないか… 影の薄いかわいそうな女… 聖剣技は中盤から一貫して戦闘の要になる優秀なアビリティ 貴公は…ホーリーナイトたる私とは違う」 メリアドール「…やっぱりそうなの 私のこと、ずっとそう思っていたんでしょう 自分より劣るかわいそうな控え要員だと」 アグリアス「それは…」 メリアドール「仲間として迎え入れたのも 公平な態度で接してくれたことも 私を哀れんでいただけ 上から見下ろして満足していたんでしょう!」 アグリアス「違う…」 メリアドール「自分が上だと… ラムザと共に戦うのは自分こそがふさわしいと そう思って私を笑っていただけなんでしょう!」 アグリアス「そんなことはない… 違う… 私は…」 メリアドール「うるさい! …嫌な女。少しばかり早くラムザと出会っただけなのに たまたま見せ場が多かったなのに… 私の存在なんて、あなたにとっては自分の引き立て役でしかなかった!」 アグリアス「違う! 私はせめて、貴公が分をわきまえて出過ぎることがないようにと思って…」 メリアドール「それが私を馬鹿にしていると言っているのよ! 私をあなたと互角の騎士と認めてくれてなかった!」 アグリアス「…しかし貴公は!」 メリアドール「あなたみたいな女が ラムザにふさわしいわけがない! 部隊の要は…私 父まで捨ててラムザの役に立とうと決意しているこの私… ルカヴィを倒してラムザに笑いかけてもらうの… 私を見つめてもらうの…」 (メリアドール、アグリアスに切りかかって髪をばっさりと切り落とす) アグリアス「? …あっ!」 メリアドール「あなただけがラムザに愛された?」 アグリアス「やめろ!」 メリアドール「信頼され 見つめられ 好意を寄せられてる? そんな幻想…打ち砕いてあげるわ! ラムザを支えるのは…」 (メリアドール、アグリアスのアーマーを破壊する) アグリアス「やめろーッ!!」 メリアドール「本当にふさわしいのは… 私よ!!」 (シャンタージュが木っ端微塵に砕け散る) アグリアス「ああぁ! ああぁぁぁぁぁ!! ラムザがくれたものなのに… ずっと大事にしようと思っていたのに… ああぁぁ…」 メリアドール「ウフフフフフ アハハハハハハハ!」 アグリアス「どうして…どうして……… 裏切り者のくせに…」 メリアドール「……なんですって?」 アグリアス「たまたま寝返っただけの… 姉キャラのくせに」 メリアドール「!」 アグリアス「補欠!!」 メリアドール「!!うおおおお!!! アグリアスぅ!!」 (鋭い剣の音) オルランドゥ「人には各々、分際があるというもの……」 メリアドール「雷神シド!」 オルランドゥ「聖剣技も剛剣もマスターし、なおかつ闇剣技も修めた ワシから見れば、そなたらなど二人まとめて未熟者よ 同類相食むのはやめるがいい…」 アグリアス「なんだとッ!? …うッ!」 (聖光爆裂破が二人を引き離す) アグリアス「メリアドール!!」 メリアドール「くっ…」 以上、ガ板より転載いたしました。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/63.html
ラムザ達の予想は見事に的中し、雑兵どころか ついに一人の刺客とも遭遇しないまま、二人は広間へと到着した。 燃え盛る二つの燭台に照らされて、薄暗い部屋に 5つの影が浮かび上がる。 ラムザとアグリアスの眼前に立つのは、銀髪鬼エルムドア。 その脇には、右と左に一人ずつ悪名高い女の殺し屋を はべらせている。 まんまとここまでラムザの侵入を許したにも関わらず、 エルムドアはあくまで泰然として、優雅な立ち振る舞いを決して崩さない。 二人の殺し屋は、人でありながらまるで闇の中に わだかまる影のような存在である。 存在感がおぼろで、実体をもった幽霊であるかのような 不気味な印象を二人に与えた。 見るからに、人気の無い場所では会いたくない類の人間である。 「ようこそ我がランベリー城へ。 手荒な歓迎になってしまったが、許して欲しい。 彼らは所詮、品格をもたない下衆でね。 主人の言いつけも守れず、 ろくに賓客の持て成しもできない駄犬なのだよ。 おかげで私自らがこうして君のお相手をしなくてはならない」 鷹揚に喋るエルムドアは白々しいほどの笑みを浮かべ、 親しげにラムザに語りかける。 貴族然とした態度は、彼が"かつて"本物の貴族であった 頃の名残だろう。しかし今となっては、銀髪鬼エルムドアは 心身共に聖石の魔力に蝕まれた、人外の存在でしかない。 「妹はどこにいる? アルマを返してもらおうか」 「ふふっ…。気が早いな。 単刀直入で事務的。 貴族同士の社交というものは、 もっと会話と雰囲気を愉しむものだよ。 それでこそ上流階級の嗜みではないのかね? ラムザ・ベルオブ」 「…僕はあなたとお喋りをしに ここまで乗り込んできたわけではない。 おとなしく妹を返してもらえれば良し、 さもなくば…死んでもらおう」 「つれないものだな。ここまで勝ち進んできた 君達の武勇伝でも聞かせてはくれないのかね?」 無言で剣を構えるラムザを目にして、エルムドアは 大きなため息をつき、肩をすくめた。 「まあ何にせよ、戦いは避けられない。 君にこの場を愉しむような気持ちはないようだ。 私としても、見過ごすことの出来ない 痛手を君達から受けているものでね。 どの道君達を生かして帰すつもりはない。 君達を殺してしまう前に、ほんの少しだけ お話に興じたいとも思ったが…残念だ」 そういってエルムドアが手を頭上にかざすと、 何も無い空間から突如異様な剣が出現した。 片刃の剣である。 いや、それ自体は二人も初見ではない。 ラムザ達が常用する両刃の剣とは異なる 片刃の剣は、遠く異国の地から貿易によって 国内に輸入される外来の剣であり、 硬度、切れ味ともに優秀な性能を備えている。 エルムドアが手にしている剣の異常性は、 その刀身の長さにある。 所有者の身長を優に倍する程の長さの刀身を備えた剣。 これほど常軌を逸した長物など、今日この日まで この世と地獄が交錯する修羅場と死線をくぐり抜けてきた 二人でも、見たことも聞いたことも無いような代物である。 剣の刀身は、基本的に長ければ長いほど良い。 刀身が長くなるだけ、使用者の攻撃の間合いが広くなるからだ。 しかし長すぎる刀身は、逆に使用者の負担となり、身軽さを奪う 足かせとなってしまう。剣とは、その構造上鉄の塊であり、 刀身が長ければ長いだけ剣の重量は増すのが道理である。 重い剣は使えない。実戦では、身軽さが何よりも要求される。 武器の威力や種類など二の次だ。 相手よりも先に得物を敵方に叩き込めば、ほぼ勝負は決する。 即死させることが叶わなくとも、重傷を受けて動きが鈍った敵を 追撃によって仕留めるのはたやすい。 したがって、使用者の負担が少ない軽い剣が好ましい。 小回りが利き、素早く振り回せる剣が望ましいのだ。 現に、暗殺と諜報を生業とする忍者は、 派手な長剣など決して使おうとしない。 彼らが好んで使用するのは、忍刀。 軽さと携帯性を重視して設計され、忍者達が頼みとする 高い機動性を損なわず、逆にそれを存分に生かすための 必要最小限の刀身を備えた短刀である。 もしも力と技量に自信があるのなら、自らの腕力と相談して 相応の長剣を使えば良い。 そんな剣士の常識から明らかに逸脱した刀を手にするエルムドア。 もしも彼があの"超"長物を自在に扱えるのだとしたら… 剣の重みや空気の抵抗など意にも介さないほどの 力で剣を振るえるのだとしたら…あの長物を使うことによって 得られる剣の間合いと威力の利は脅威である。 異常な長剣を軽々と片手で掲げながら、 エルムドアは悠々と二人の様子をうかがい見る。 ラムザの隣に控える女…整ったかんばせに備わった双眸は、 秋の澄んだ空を思わせる、鮮やかな蒼を携えている。 美しいばかりでなく、確かな信念に支えられた、揺ぎ無い 強い意志を宿した瞳は、彼女の凛とした佇まいを より一層強く印象付けるようである。 折れず、曲がらず、硬さと強さと美しさを兼ね備えた、 鍛え抜かれた異国の刀。そんな形容が、彼女にはぴったりだった。 見たことも無いであろう、異様な凶器を目の前に突きつけられてもなお、 おびえた様子を見せない彼女にエルムドアは思わず苦笑した。 「困ったな…。女性と斬り結ぶのは やったこともないし趣味でもない。 ………。 セリア。レディ」 生きた人形のように、直立不動のままエルムドアの 左右に控えていた二人が、揃って顔を上げる。 「あちらのお嬢さんのお相手は、 セリア。レディ。 お前達が務めて差し上げろ」 「わかりました」 「仰せのままに」 無機質にそう応えて、セリアとレディと呼ばれた殺し屋は 揃って佩剣を抜き払う。 セリアと呼ばれた女は侍が得物とする片刃の刀を両手に携え、 レディと呼ばれた女は忍者が用いる忍刀を両手に掲げ持つ。 それぞれが二刀流。四本の白刃が、薄暗い部屋の中で ちらちらと白く、妖しく輝いた。 「丁重に、誠意を込めて殺せ。 ただし首から上は傷つけるな。 色々と“遊び甲斐”がありそうだからな」 先ほどまでの弛緩した空気が急速に氷結し、 殺意と敵意がみなぎる、一触即発の緊迫した雰囲気に急変する。 「アグリアスさん」 視線の先を正面のエルムドアに据えたまま、 ラムザは隣のアグリアスにそっと声を掛ける。 「あの2人…僕達の仲間を以前、3人も殺しています。 強敵ですが…抑えておいてくれますか?」 「…一々確認するな。お前の背中を 守るのが私の仕事だ。 お前はあの銀髪を片付けることだけを考えろ」 ラムザの戦いの邪魔にならないように、 アグリアスはラムザと距離をとっていく。 2人の暗殺者も、指し合わせたように アグリアスと同じ方向へ移動していく。 「アグリアスさん。死なないで下さいよ」 「お前もな。生きろよ、ラムザ」 2人の間で交わされる、色気も何も無い無骨なやり取り。 視線も交わさず、互いが互いの力になることさえできない。 それでも、言葉を交わすことはできる。 死んで欲しくない。生きていて欲しいという願いを 互いに伝えることはできる。 その僅かなぬくもりは、儚い力しか持たない。 現実的には、何の助力にもならない気休めでしかないとも言える。 しかし、ラムザとアグリアスは、何度と無くこのやり取りを 繰り返して、今日この日まで戦い続けている。 このちっぽけな、生還のための祈りを繰り返して。 アグリアスは剣を構えたまま、微塵の隙も見せずに 眼前の2人を見据える。 気圧されないように自身を鼓舞し、相手を威嚇するためにも 鋭い視線を叩きつける…が…。 そんなにらみを全く意に介した様子も見せずに、 セリアとレディは静かに佇立し、アグリアスの様子を観察する。 実に嫌な目だった。 およそ人間らしい感情のほとんどを排した、人形じみた目。 敵意も、示威も、怒りも何も感じられない。 そこに在るのは、透明で純粋な殺意のみ。 それになにより、これから刃を交える相手を人間として 見なしていないかのような奇妙な視線。 アグリアスを、これから解体される牛か豚のように、 暗い目で無感情に見据えている。 アグリアスがこの人形じみた2人の思考の内容を知る由も無いが、 事実、2人の暗殺者の頭の中で今構築されている考えは、 目の前の標的をいかにして殺(バラ)すかという一点のみ。 過去に殺してきた膨大な数の人間の記憶と 眼前の標的の特徴を照合し、最短で死に至らしめる方法を検索する。 そこに感情など介する必要はなく、相手の苦痛や恐怖など 思いやる必要も何も無い。 迅速かつ確実に標的を亡き者にすること。 それだけが、2人を暗殺者たらしめる必要十分条件。 目の前に佇む2人の女がいかに危険な存在であるのか、 アグリアスは直感的に理解していた。 幾多の死線を乗り越え、アグリアスは色々な意味で 狂った人間を目の当たりにしてきた。 快楽殺人者を始めとした、殺しに喜びや生きがいを見出すアウトサイダー。 人の苦しみと悲しみ、怒りと絶望、それに命を 至高の糧として生きるような、社会の闇に巣食う破綻者達である。 そんな頭の螺子が緩んだ狂人達と、アグリアスはうんざりするほど 刃を交わしてきたが、心のあり方は違えど、彼らは"人間"だった。 人の不幸を喜ぶ心情も、嗜虐の感情も、人の心には 元から備わっている。戦場という常軌を逸した環境に放り込まれると、 そういった負の感情が増長し、たがが外れて心が歪んでしまうだけの話である。 異様な熱を帯びた殺人鬼、冷酷無比な拷問嗜好者。 心には温度があり、熱い心を持った者か、冷たい心をもった者かの いずれに属するのかは、目つきや雰囲気から容易に判断がつく。 その経験則から鑑みるに、眼前の2人の存在は異常というほかない。 彼女達には、「熱気」も「冷気」も感じられない。 温度をもたない、0度の世界で心が静止した存在。 殺人に喜びも悲しみも見出さない、快楽殺人者とは 明らかに異なる暗殺のプロフェッショナルである。 今までアグリアスが出逢ってきたどんな狂気とも違う、 死を生み出す闇が冷たく結晶し、人型をとったような人間。 殺しを日常化した作業として、淡々と遂行する、 感情と自我を削がれた完全なる狩猟犬。 自らは何も望まず、何も欲さず、主の命に従うまま ただ死人を増やしていくだけの存在である。 生きながらにして、2人の心は既に虚無、死人のそれと同じ。 歩く死人である。言わば生者を本能的に冥府へと 引きずり込む、悪霊の類と大差ない。 何の光も映さない、暗くよどんだ瞳には、人間らしさなどもはや 感じられない。 2人の瞳に宿る闇に吸い込まれるかのような錯覚を覚え、 アグリアスの全身に悪寒が走る。 戦士としての本能が、思考を介さずに適切な行動を選ばせていた。 ふとアグリアスが気づけば、自身の左手が腰に佩びた剣の柄に掛かっている。 剣士は、戦地に赴く際に、剣を二本持っていく。 剣とは折れるものである。折れずとも、斬り合いの際に 弾き飛ばされて、剣を失うという事態は珍しくない。 そういった場合を想定し、予備の剣を持っていくのである。 華やかな装飾に彩られた騎士剣は、彼女が普段から愛用して いる業物であり、予備の剣は、それに較べて何の変哲も無い みすぼらしい剣である。 この剣は、彼女が幼少の頃より使い続けてきた第二の命。 雨の日も、風の日も、この剣を振るって技をその身に刻み込んできた。 アグリアスと共に道を歩んできた、彼女の誓いと魂が宿った剣。 それを肌身離さず、こうして彼女はいつも戦場に持参していた。 初志を忘れないために。今までも、これからも、共に道を歩んでゆくために。 左手が、この剣を求めている。相対したこの死線において、 誓いの剣を使えと無言で訴えている。 体は自然にそれに応え、佩剣を左手で抜き払う。 右手には剣匠が魂を込めて鍛え上げた唯一無二の騎士剣を。 左手にはこれまでの道を共に歩んだ唯一無二の剣を。 二刀流は、専門外といえども修めている。 セリアとレディは共に二本の刀を手にしている。 四本の刀から繰り出される、驟雨の如き斬撃をしのぐためには、 一振りの剣だけではとても追いつかない。 絶対に、左手の剣の力が要る。 守りに頼みを置いていては出遅れる。 全ての力を攻めに回さなくては、この修羅場を乗り切れない。 「せいぜい苦しんで死んでもらおうか。 君の悲鳴と絶望こそ、我が溜飲を下げるための 極上の美酒となる」 異様な長物を苦も無く構え、白く、冷たく光輝く 白刃に殺意をたぎらせながら、エルムドアが邪にせせら笑う。 「貴様が死ね。エルムドア」 そう冷徹にはき捨てて、ラムザはエルムドアに踊りかかった。 信念を込めた騎士剣と、呪われた妖刀が刹那の間に交錯する。 白刃と白刃がぶつかり合う鋭い音が、同時にアグリアスと2人の 殺し屋の開戦を告げるのろしとなる。 セリアとレディが双方の間の距離を一瞬のうちに詰めて、 むき出しの殺意を込めた刀を振りかざし、アグリアスに斬りかかる。 素早さと正確さを兼ね備えた斬撃を二振りの剣で 打ち払いながら、刹那の隙を突いて反撃を試みるも、 申し合わせたように防がれてしまう。 「(…速いくせに重い剣…!)」 動きは軽捷にして、振るう太刀は鉛のように重い。 きゃしゃな外見には不釣合いな力は、攻撃を防ぐ アグリアスの体力を、確実にじわじわと削っていく。 いみじくも先ほどまでの読みは的中し、セリアとレディの 振るう四本の刀による攻撃は、間断なく雨のように降り注がれ、 アグリアスは一方的に防戦を強いられている。 多対一など、今まで何度も経験してきた戦いだが、 この2人はこれまでの敵とは別物である。 連携がほぼ完全にとれており、容赦の無い 正確な攻撃を次々と仕掛けてくる。 集団戦になろうと、しっかりとした連携をとって 一人に襲いかかれるような者は稀であり、 その隙が、多勢の難を崩すための突破口になるのだが…。 動きも素早く、目で追えないほどではないが、 連撃に次ぐ連撃は、アグリアスに息つく暇さえ与えてはくれない。 いかにせん、手数が多すぎる。 こうしてアグリアスと、2人の殺し屋が刃を交えるのは今が初めてだが、 以前に、エルムドアが率いるセリアとレディの2人と、 ラムザの部隊はリオファネス城屋上でぶつかったことがある。 ラムザの話によれば、その際に、鍛えられた手錬の仲間が この暗殺者たちに3人も殺されたという。 その言葉が事実であることを、アグリアスは今こうして 身をもって思い知っていた。 圧倒的優位を保っているにも関わらず、セリアとレディの顔には 余裕の笑みどころか表情も何も浮かんでいない。 油断や驕慢…いや、そんな人間らしい感情など一片も見せず、 付け入る隙を与えずに標的を迅速に仕留める狩人。 3人の仲間はまぎれもなく、正気の埒外の世界で暗躍する、 この闇の住人達の餌食となったのだ。 相変わらず、能面のような顔で、矢次早に刺突と斬撃を 見舞うセリアとレディは、絶え間なく動いているというのに、息一つ上がっていない。 最初の印象に違わず、彼女らは本物の殺人機械であった。 それも飛びっきりの、“人殺し”という名の道具。 道具は自我など持たず、生まれ持った性能をもってして 求められるところの役目を全うする。 セリアとレディは息もつかせぬ斬撃の嵐を繰り出して、 アグリアスは鍛えぬいた技をもってしてそれに応戦する。 一見すると、どちらも決め手を持たない、こう着状態のように 思えるが、攻撃を受け続けるだけで体力が削られていく アグリアスの方が、明らかに分が悪い。 このまま持久戦に持ち込まれれば、いずれ疲れ果てたところで セリアの侍刀か、レディの忍刀のどちらかに斬り刻まれることになる。 「(せめて聖剣技を使う隙があれば…)」 アグリアスの切り札ともいえる聖剣技は、確かに強力な 決め技であるが、技を繰り出すまでに数秒の硬直が生じるという 欠点があった。硬直が一番短い小技であっても、 2秒間の動作の停止を余儀なくされる。 この2人を前にして2秒の硬直…刈れと言わんばかりに 自ら首を差し出すがごとき愚行である。 敵方に傷を負わせて動きが鈍った場合や、 ある程度力量の差がある格下が相手の場合には 聖剣技は有効かつ頼もしい攻撃手段であるが、 今のような激しい剣の応酬下では、聖剣技を繰り出すための わずかな硬直が、即、死につながる。 セリアとレディが、そんな隙を見逃すはずが無い。 使おうとした瞬間に、間違いなく殺される。 結局の所、現時点において、聖剣技の使用は不可能なのである。 かといって、このまま消耗戦を強いられていれば いずれアグリアスが敗北することは明らかである。 じわじわと焦燥感が心を侵食し、歯噛みする アグリアスに対して、依然として2人の殺し屋は 付け入る隙を与えずに怒涛の剣戟を降り注ぐ。 そんなこう着状態の中で、ラムザとエルムドアの打ち合いが、 アグリアスの視界をちらりと横切った。 エルムドアのもつ、片刃の超長剣は伊達ではないようで、 異様に広い剣の間合いを存分に生かし、ラムザの進撃を許さない。 ラムザも執拗に食い下がり、懐にもぐりこんで 致命打を浴びせようと懸命に粘っているようであるが、 エルムドアの剣の腕も確かである。 そうはさせまいと、常人には手に持つことすら不可能であろう 重量の剣を軽々と、器用に振り回し、まるで球形の結界でも 紡いでいるかのようにラムザを寄せ付けないでいる。 さっさとこの2人を片付けてラムザに加勢したいのだが、 加勢どころか、このままでは自分の命がまず危ない。 その3へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/50.html
「アグリアスさんのミルクが飲みたいんですが」 「うむ、任せろ」 こんにちはアリシアです。 庭でお喋りをしていたアグリアス様とラムザさんに声をかけようとしたら、 いきなりトンデモ発言を発してしまってどうしたものかと頭を抱える私。 ちょっといやらしい話になりますが、男性も女性も、出せますよね。ミルク。 けれど、その、ええと……女性が出すには、その、ねえ? でも出産しなくとも母乳が出せたというケースも聞いた事があります。 しかしまさがアグリアス様が、その、ミルクを出せて、挙句、殿方に飲ませるとか。 これなんてエロゲ? そう言わざるえない。この世界にエロゲがあるのかとか、そういう問題じゃない。 官能小説なら鞄の置くに隠してるけど、それもこの際関係ない。 アグリアス様はそっち方面の話に疎いし、貞淑だし、生真面目だし。 そんなアグリアス様が搾乳プレイだなんて全年齢板でやっていいネタじゃないでしょう。 いや落ち着くのよアリシア。落ち着けば、落ち着け、落ち着く時、落ち着けられるはず。 BE COOL! BE COOL! そう、だからこれは、あのパターンだと私は予見する。 例えるならゲームをプレイしていて、こんなセリフを言うとしよう。 「きゃっ、そこはダメ」「アッ、アッ、アッ」「もう(HP的な意味で)逝っちゃう」 それを扉越しに聞いた人は勘違いする。 そして「何をしているんだ!」と闖入して、赤っ恥をかく、と。 そうよアリシアその通り、だから私は勘違いなどしない。 「アグリアスさんは本当に乳搾りがお好きでいらっしゃる」 「あぐっ……だって、気持ちいいんだぞ」 OK……完璧に読んだ。これは、アレよ。作者が誰かを考えれば答えは簡単。 まったく、同じオチを使い回すだなんて、ネタ切れなのかしら? いざ、という時になったら文字化けっぽい文章で誤魔化して終了よ。 「実はラッドも乳搾りが好きみたいなんですよ。昔はよくやってたって」 「ほう、意外だな」 「貴族の出で乳絞りをなさっているアグリアスさんの方が意外ですよ」 「いや、楽しくて……子供の頃にやってから、病み付きというか」 あー、あー、聞こえなーい。 牡牛座のアルデバランのように鼓膜を破るべきでしょうか。 ていうか、何で? ラッドもなの? ラッドもそういう性癖なの? 私、知らないよ? 求められてないよ? 何か頭が爆発しそう。 万能薬を飲みたい。私は今、混乱しているのだろうから。 万能薬……万能薬はどこ……。 「む?」 「アグリアスさん、どうかしましたか?」 「いや、アリシアがそこにいたような気がしたのだが……?」 「アリシアが? 気のせいではありませんか?」 「しかし、いい話をもらったな。 山羊の乳搾りを手伝えば、食事代を少しまけてくれるというのだから」 「朝早くに起きなきゃいけないから、結構つらいんでしょうね。 アグリアスさんの搾ったミルクを早く飲みたいです」 「任せろ、私は山羊の乳搾りの達人だ!」 「じゃあ明日の朝、お願いしますね」 「ああ。せっかくだからラッドにも手伝わせよう」 おはよう、アグリアス・オークスだ。 今日は宿で飼われている山羊の乳搾りを手伝い、食事代をまけてもらった。 朝食の席には、もちろん私の搾ったミルクが並んでいる。 ラムザはとてもおいしそうに飲んでくれていて、何だか気恥ずかしい。 私が乳搾りなどといった貴族らしからぬ趣味を持っているなど、 他のみんなは知らないだろう。だから、ラムザと二人きりの秘密だ。 ――と思ってたら。 「よぉ、アグリアス」 ラムザと歓談しながら食事をしていたラッドが、 ミルクを持って私の隣席へとやって来た。 と同時にアリシアがぎょっとした表情でこちらを見る。……何だ? そういえば昨日から様子がおかしい。 妙におどおどしているし、なぜか私の身体をチラチラと見るし、 体調不良だったのか万能薬を十本も飲んだ。 「ラムザから聞いたぜ」 私が部下の事で悩んでいるなど微塵も気に留めずラッドは続けた。 「騎士様は意外な趣味を持ってるようだな」 「あぐっ……ラムザめ、喋ってしまったか」 「まあ、人に知られたくないってんなら黙ってるから安心しろ」 「すまんな。で、用件は?」 「次やる時は俺にもやらせろ」 そう言って微笑むラッドは、素朴な少年のような顔をしていた。 傭兵などと血生臭い仕事をしていても、 子供の頃は家畜の乳を搾って暮らすよう平和な日々を送っていたのかもしれない。 乳を搾る時の感触、ミルクがバケツ一杯に溜まった時の達成感。 そして自分で搾ったミルクを飲んだり、チーズを作ったりするのは、とても楽しい。 ラッドも、そういう気持ちを忘れていないのだろう。 だから。 「ああ、いいぞ。今度一緒にやろう」 「おう、楽しみにして――」 ラッドの言葉の途中で、突如、あまりにも唐突に、アリシアが椅子を倒して立ち上がった。 いったい何事か、顔は真っ赤に染まり瞳がわずかに濡れている。 やはり悩み事でもあったのだろうか? どうした? と、問いかけるよりも早く、アリシアは叫んだ。 「わた、私の胸を、搾ればいいじゃないッ!」 ………………。意味が解らん。 食堂の空気と時間が凍りつき、皆の視線はアリシアへと向けられたまま固まっている。 ラッドも、何事なのか理解していないようで、目を丸くしている。 私も意味が理解できずにいて、頭の中が真っ白になってしまった。 ――その後、ラッドがアリシアをなだめ、食堂から連れ出し、十数分後、 ラッドが一人で戻ってきて言った。 「さっきの件はみんな忘れてくれ。でないとアリシアの奴、首を括りかねん」 こうして私達はアリシアの意味不明の発言を忘れるよう努めたが、 一ヶ月くらい気まずい雰囲気は払拭できなかった。 「搾乳プレイ……いいなぁ」 「む? ラムザ、今何か言ったか?」 「いえ、ミルクおいしいなぁ……って」 終われ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/93.html
ある酒場にて・・・ ラム「アグリアスさん、チェスの訓練をしましょうか」 アグ「わかった」 ラム「でもただ、訓練ってだけじゃつまらないので一つ賭けをしませんか?」 アグ「・・・ふむ、賭けか・・・よかろう。・・・で、何を賭けるのだ?」 ラム「負けたほうの初めてを勝った方が貰うでどうでしょうか?」 アグ「な、なんだと!?・・・・そ、その様な破廉恥な・・・いや、だがこれはチャンスだ・・・いや、しかし・・・」 ラム「???・・・どうします?条件を変えますか?」 アグ「あ、いや!それでいい!それでいこう!!い、いつも通りお前の部屋で・・・いいな?」 ラム「はい!(やった!これで勝てば念願のアグリアスさんとのデートのお約束だ!頑張るぞ!!(叫び発動(笑」 同時刻同じ酒場の違う一角では・・・ レーゼ「うふふふ~♪良い事、聞いちゃった♪」 メリア「・・・アグリアス、顔真っ赤すぎないかしら?」 アリ「ですね・・・どこぞの町娘モードになってますよ・・・」 ラヴィ「だめね・・・ありゃ、完全に思考が麻痺しかけてるわ・・・」 一同「「まっ・・・私達にはそっちの方が好都合なんだけどね!!」」(忍者にクラスチェンジ+ゲルマニウムブーツを装備(ぉぃ アリ「というわけで会長&副会長!覗きに逝って参ります!」 ラヴィ「必ずクリスタルになってでも任務は完遂いたします!!」 レーゼ「いってらっしゃい、無茶をしないように・・・じゃ、報告を楽しみにしてるわね♪」 メリア「私はラファ達を足止めしてくるわ・・・あ、これ使いなさい」(シャンタージュ&セッティエムソンを2セット投げて渡す それを受け取り、屋根裏の闇に瞬く間に消え、ラムザの部屋に向かう二人だった ちなみにメリアドールの足止め策の成功により、ラファは絵本をマラークに呼んでもらいその夜は悪夢を見るは目になった・・・ 所変わって、チェスで勝負中の二人が滞在中のラムザの部屋・・・ あれからかなりの時間が経っているが、互いに決定的な攻め手を欠き、現在は小康状態を保っている・・・表面上は・・・ 本来であればラムザとアグリアスのチェスの能力はアグリアスの26勝22敗15引き分けと若干有利なはずなのだが・・・今晩は邪念により冷静さを欠き、ラムザとほぼ互角の展開を繰り広げていた ラム「(さて包囲網を敷けた・・・あとはアグリアスさんがかかるのを待つのみか・・・。そろそろかな?でも今日のアグリアスさんはいつもと違う打ち手だなぁ・・・)」 アグ「(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け・・・ラムザは私のことはなんとも思っていない・・・だから落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け・・・(以下エンドレス))」 ラム「ポーンでまずは手始めにチェックです」 アグ「では・・・キングをここに・・・」 ラム「(かかった!!)さらに違うポーンでチェック!」 アグ「くっ!だが、ナイトで・・・!!」 ラム「すかさずビショップをここに!!」 アグ「むっ・・・これはまずいな・・・。仕方ない!ルークで対処を・・・」 ラム「流石にそれは読めませんでした・・・が!これでどうです?チェック!」 アグ「くっ!そこにクイーンとはな。投了だ・・・」 ラム「ふぅ・・・何とか勝てました・・・」 アグ「賭けは・・・・私の負けのようだな・・・さぁ、お望みどおり好きにしろ」 ラム「そうですね・・・では・・・明日、朝の9時に宿屋前に集合でどうでしょう?」 アグ「(そ、そんな!朝っぱらからヤるつもりなのか!!?・・・だが、約束は約束だ。)・・・わかった」 ラム「(やった!)じゃぁ、お洒落をしてきてくださいね♪」 アグ「(お洒落をしてこい?ラムザにはそっち系の趣味が・・・?)」 なお、ラムザの計画では秘密のデート予定だったが、当然ながら屋根裏に忍び込んでいた二人の忍者によって二人を見守る会全員が知ることになる・・・ 勿論、翌日のデートは大成功のうちに終わった、一部の人間を除いて・・・・ しかし、このデートが終わるまでラムザの言葉の意味を勘違いしていたアグリアスが己に対し自己嫌悪を少し感じたのは彼女だけの秘密である
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/56.html
ヤードー、数日のち アグリアスの献身もあってほどなく両の手の傷跡までが消えてきたラムザは、 ムスタディオとつきっきりで剣を握れるようになるまでの、手指の機能を回復させる訓練を続けている。 ラムザが単調な作業を黙々とこなすおかげでその回復は目覚しかった。 ラファの心身の疲れや塞ぎの虫もいくらか良くなり、リオファネス城の見取り図を描くと申し出てそれを仕上げている。 ただ、大量に回復薬を消費したこと、大怪我をしたラムザを受け入れてくれた宿への口止め料、 破損した装備品の新調などで彼らの懐具合は少々心もとない状況だった。 教会に名前を公表されていないラッド、アリシア、ラヴィアン達が儲け話から戻るまでの間をつなげるかどうか、 流れ者の暮らしに相応な金銭感覚に恵まれないアグリアスですら危機意識を抱きかけていた。 ラムザには適当に休みを入れることを約束させ、いまだに慣れない庶民相手の酒場まで恐る恐るひとり足を運ぶ。 武家の娘でもなり手が限られる女騎士の服装はどうあっても目立ってしまうので、 地味ながらも清楚なブラウスとスカートを日頃から用意してある。 「あのなー、アグねえ。はじめに言っとくけどあんたに向いてる仕事なんてないと思うぜ?」 ムスタディオはわざわざ例を挙げてもみせた。 モンスター退治や護衛などの剣をふるっていればいいようなものでも、使い手の特定される聖剣技を使えばそれだけで足がつく。 かといって秘境探検やサルベージのような一種独特のカンが求められるものには向き不向きもある。 こういったことにやたらと鼻のきくラッドなど、 食うに困らぬ貴族の出のうえ質実剛健な武家育ちのラムザやアグリアスには一生克服できない性質のものとまで断言している。 傭兵くずれや何でも屋風情を想定して頼まれるお使いの類では、貴族としては申し分ない品のある立ち居振る舞いが邪魔になる。 どうあっても高貴な佇まいが隠しきれない女騎士は、日没を待たずにふざけて脱ぎだす酔客らのどんちゃん騒ぎにすっかりあてられてしまった。 酒には手をつけず、料理をいくつか腹に収めるのがせいいっぱいだった。 これまでの旅路、ラムザ達がそれとなく自分の苦手とするような空気から遠ざけていてくれたことに今さらながら気付く。 頭痛をこらえながらふらりと酒場をあとにしてもまだ、夕暮れ時だった。 アグリアスの白い頬や透き通る金髪すらすべて朱に染めるような。 ふと、酒場のはす向かいに鬘屋を見つける。 ショーウィンドウにはいくつもの大仰な見本のかつらが並べられている。 どんな時代でも金をもてあまし、くだらない虚飾を好む輩はいる。 自分の髪は腰までとおあつらえむきな長さがある。金髪はとりわけかつらに好まれる。売り物になるかもしれない。 アグリアスは鬘屋の戸をたたこうとした。 「ねえ、切っちゃうの?髪」 幼い声に振り向けば子供がふたりいた。 ひとりは十歳前後の女の子で、もうひとりはその妹らしい5歳になるやならずやの更に小さな子供だった。 ツン、とした唇のかたちや目元がよく似ている。 「ねえお姉ちゃん。そこって、髪の毛を売ったり買ったりするお店でしょ。知ってるもん。 お姉ちゃんは髪の毛、切っちゃうの?」 茜さす時刻、全てが真っ赤に染められた世界でもなお、子供達の髪はもとからして相当に赤みがかった色あいのようだった。 確かに鬘屋に髪を売るということはそういうことになる。 「切っちゃうの?ねえ、せっかく綺麗な髪の毛なのにもったいないよね」 アグリアスは子供の目線に合わせてしゃがみ、声をかけてきた姉のほうの金色の瞳を見つめ、柔らかく微笑んだ。 「そうね。かつらにする為に髪の毛を売るから、そういうことになるわね」 「もったいないよ。だってこんなに綺麗な色でさらさらで」 「仕方がないわ。お金に困っているのよ」 「じゃあセリアがお金あげるよ」 はい、とポケットを探った子供は自分のこぶし大の塊をアグリアスの手のひらに載せた。 「これは・・・純金?」 「おばあちゃんが言ったの。これをお店で出してご飯たべてきなさいって」 いくらなんでも子供ふたりの食事に金塊などありえない。 子供達の着ているものは色あせ、ほつれやほころびも多い古着で、裕福な家の子供ではないどころか 親か祖母にちゃんと面倒を見てもらっているとさえ言いがたい格好だった。 「ね、ね、お姉ちゃん教えて。サカバ、ってこういうお店のことを言うのよね?」 道の反対側からでさえ賑わいが伝わる酒場の方向を、まだぷっくりとした丸みが残る指が指し示す。 「おばあちゃんがね、さかばでご飯食べて、それから、お仕事をしたい人をつれてらっしゃいって言ったわ」 「おねえちゃん、あたしおなかへった」 妹の方が無邪気な仕草でおなかをさする。 「じゃあオムレツ食べようよ。サカバにもオムレツあるかな」 「おねえちゃんおねえちゃん、とろとろのタマゴのがいいな」 「金色がきれーいな、とろとろのタマゴのがいいね」 姉妹はぎゅっとかたくお互いの手を握りあい、そのまま意気揚々と酒場へ向かう。、 「待って、セリア、待って。そこは大人しか入っちゃいけないのよ」 アグリアスが姉のほうを呼び止めると、素直に立ち止まってこちらを振り返る。 「どうして?」 子供が大人に、空は何で青いの、と聞くのと同じ調子だった。 「おばあちゃんがサカバでご飯を食べて、もうけばなしのぼしゅうをしてらっしゃいって言ったもん」 アグリアスは頭を抱える。 「セリア、一つ聞いてもいいかしら」 「なあに?いいよ」 「あなたのおばあさまは今どこかしら」 ついいつもの動きやすい騎士装束のならいが出てしまい、ずかずかと大股で暮れなずむ町をつっきってゆく。 姉妹の両親はなく、祖母は学者として研究に必要な知識をもとめ、姉妹を伴い旅から旅の生活をしている途上だという。 幼いセリアの話を総合すると、この近くの食堂の、勝手口から入れる部屋に三人で間借りしているらしい。 それにしても学者という生き物はまったくもって不可解だ。 仕官学校時代色々な意味で世話になった、退屈すぎる話を延々と続けて本人以外の全員を眠らせた伝説も持つ名物教授を思い出す。 セリアたち姉妹の面倒をろくに見ないどころかなんと、セリアの妹には未だに名前がないのだという。 「この子はねえ、セリアの妹よ。3さい。セリアは10さいよ。名前?しらなーい。 おばあちゃんはいつも、私のかわいい赤ちゃんって呼ぶよ」 まわりの大人たちの意見が一致しないせいで、首がすわる頃まで名前が決まらなかった赤子もいないことはない。 だが、セリアの連れ歩く妹は、姉のセリアが言うように少なくとも3、4歳にはなっている。 赤の他人ではあるが、幼い子供達をこれだけほったらかしにしておく保護者には一言言ってやらねばなるまいと、 アグリアスは両の手に姉妹のまるっこい手を引き、祖母と孫たちの下宿先へと向かう。 一階建ての白い漆喰の外壁を、屋上の露台に植えられたスイカズラが覆いかぶさるように咲き誇る。 食堂からは和やかな談笑が漏れ聞こえる。子供の食事に手が回らないのならこちらで食べさせれば良いものを。 たしかに、人手がほしいときに呼びかけるのであれば酒場のほうがふさわしいかもしれないが、 それはそれ、大人だけで募集をかけにゆけば済む。 酒場に比べればはるかに穏やかな空気が外まで伝わってくる。 甘く、人を惑わせる初夏の香りにくらりときながら裏手へ回った。 スイカズラのつたが絡みつくのを押し分け、セリアと妹はほとんど隠れたような具合の小さな木戸を探り当てる。 カギのかかっていないその扉をセリアが開け、さっさと入ってゆく。 「こっちよ」 灯もない部屋から手招きする姉妹に続き、アグリアスは腰をかがめながらその身をすべりこませた。 つん、と刺激の強い薬品くさいにおいが満ちている。 「おばあちゃんいないみたーい」 「みたーい」 孫達を放っておいてどういうつもりなのか問いただす気でいたアグリアスは拍子抜けしてしまう。 「セリアのおうちはねえ、いつも食べるものはなーんにもないのー。セリアがもっとちいちゃい頃からそうなのー」 「おなか減ったようおねえちゃん。ご飯たべたいよう」 セリアの妹がぐずり始め、やむなくアグリアスは二人の手を引いて表側の食堂に戻る。 ぽっちゃりした女将がせわしなくテーブルを行き来しては料理が増えていく。 居合わせた客の注文をすべて片付けた赤ら顔の亭主がやおらアコーディオンを持ち出し、 固太りの腹をゆすりながら古い流行歌をなかなかの美声で歌い上げる。 しっぽの先がくにゃりと不思議な格好に曲がった白いネコが亭主の足元に摺り寄り、金色の目を閉じて甘える。 「オバチャンおかわり!」 「セリアも!」 セリアと妹は瞬く間にいくつもの皿を空にしていく。 アグリアスはその旺盛な食欲にあっけにとられた。 確かに成長期というものはよく食べるものなのだと、 自他の経験を思いだしてどうにか納得しようとするが、それにしても姉妹の食欲はとどまるところを知らなかった。 まだまだ逞しくなりつづける年齢のうえよく動くラムザ、ムスタディオ、ラッドの食べる量をしのぎかねない。 財布の中身で果たして足りるかどうか。 セリアから渡された金塊は返そうとしても子供特有の頑固さで突っ返されてしまった。 やむなく手巾でくるんだまま財布といっしょに手提げバスケットにしまいこんである。 おまけにセリアの言い分をそのまま信じるとすると、 不可解な事に「おうちにはこういうのがいっぱいある」のだそうだ。 この手の貴金属類は山賊盗賊の類を撃退したときやサルベージのおりに手に入れることもある。 職人のはしくれとしてギルドへの出入りに慣れているムスタディオに一括して任せているので、 津々浦々の宝飾商人や職人のギルドに売って軍資金にするのはたやすい。 この場は自分が払ってやるよりなかろうと腹を決めたところ、あどけない声がふたたびおかわりをねだる。 「あっ、おかえりなさい、えと、アグリアス、さん」 「アグリアスさん、お帰りなさい」 「アグねえおかえりー。・・・・・・ちょっと待っててな。ラファちゃん、これ、付け直すまでなくさないように持っていてくれるかい?」 「何だいそれ、人形?」 宿にもどると、ラムザの部屋にいる面々は、昼間までの空気がうそのように和気藹々としていた。 なんでも、ムスタディオも仕事を探してヤードーをうろうろしたあいまに面白い機械の修理を請け負ったらしい。 「キカイ仕掛けのおもちゃみたいなものらしいですよ。ゴーグからここまではるばる売られてきたんでしょうね」 「カラクリ時計っていうんだ。ネジをまいておいて、決められた時刻がきたら人形が動いたり音楽が聴ける仕掛けなんだ。面白いぜ」 ムスタディオとラムザ、ラファが機械のつめられた木箱を覗いている。 ラファの手のひらには小さな白いネコの人形がのっていた。 「わあ、このネコちゃんかわいいですね。しっぽが面白いかたち!これが動くんだあ」 「こいつの絵の具塗りなおすの、やってみるかい?」 「うん!」 年相応の少女らしい笑顔を見せるラファに安堵したアグリアスは、 少なくとも出かける前の気がかりはなくなったことに安堵し、 そのまま放心して椅子に座り込んだ。 「で、どうだったのさ、仕事」 「・・・・・・見つかったわ・・・」 「ウソだろ!!絶対にウソだ!!」 「・・・・・本当ですか」 「私に丁度いい内容で、ね」 その割には嬉しそうでもないアグリアスを逆にラファが気遣う。 「あのう、随分お疲れみたいだけど、どんな仕事だったんですか?」 「イヴァリース古語で書かれた本を、蔵書目録と照らし合わせて整理と箱詰め。来週の引越しまで毎日」 端的に聞かれたことしか応えないその声音は疲労感にみちていた。 「ああ、それならアグリアスさんにぴったりですね。 確かお父上も趣味の範囲を超えて古典文学の研究をなさってましたよね」 無言で肯くアグリアスの体がふらりとゆらぎ、持っていた手提げバスケットからごろりごろりと大きな金塊が次々こぼれてくる。 「うわあ何だコレ、純金か!?」 背景に異様なものを感じ取った三人に、頭痛をこらえながらアグリアスはことの顛末を途切れがちに語った。 「はあ、学者さんねえ。そんなに沢山本を抱えて旅ガラスなんてまたすげえ生活だな。 こんだけゴロゴロ金塊持ってるっつうのもまた」 アグリアスから渡された金塊をじっくり鑑定していたムスタディオは、全てほんものの純金だと判断した。 「で、その子達のおばあさんは結局最初から家にいたんですか」 話す気力もなくなってしまったアグリアスがだるそうにまたうなずく。 ひどいなあ、そんな小さな孫をほったらかしだなんて、と、本来のお人よしな面をのぞかせたラムザも、 このおかしな家庭環境を初めて知ったときのアグリアス同様に腹をたてる。 この、年齢に不相応な修羅場を幾多もくぐり抜けた異端者もあの老婆にはかなうまいて。 老婆のらんらんと光る金の両目を思い出し、アグリアスは本日何度目なのかもわからないため息をついた。 くさい。 ただしそれは、例えば何日も歯を磨いていないだとかにおいのきつい食べ物を食べた直後というたぐいではなく、 およそ生き物らしい要素とはかけはなれた薬のそれ、薬品くさいという表現がぴったりだった。 目も耳も悪くなってきた老人なら仕方ないかもしれないが、 アグリアスの眼の前まで顔を近づけ、薬くさい息を吹きかけながら腹のそこから轟わたる大声で問いただす。 「あんたぁ!セリアが連れてきたってことは仕事をしに来た人かね!」 おくれ毛のひとつもなくきちんとまとめられたあかがね色の髪にはいく筋かの白髪が混じる。 染み一つ見当たらない白いローブ、口が動いていなければ一見理知的で品性すら感じる顔立ちと、 少女達の祖母は何から何まで容姿とその中身がかみあっていなかった。 明かりもない薄暗い室内でも猫の目のように輝く金色の両目、あかがね色の髪が、 かろうじてセリアたちとの血のつながりを示した。 「ああ!うちぃ!来週には引っ越すからね!これ!目録!あんたぁ!古代畏国語は読めるかね! 人ぉ!探すなら酒場だけど!酒場はどうにも文盲も多いからね!」 貴族の一般教養としてたしかに古代語はある程度なら読みこなせる。 がっしりと両の二の腕をつかまれたアグリアスはつい老婆の勢いにのみこまれ、首を縦にふってしまった。 「そこ!となりの部屋!全部の本頼むね!」 蔵書目録を押し付けられ、そのまま背中を押されてしまったついでに、ふたたたび金塊を握らされた。 「報酬は!一日あたり!これ一つ!いいね!」 また、その場の勢いで首を縦に振ってしまう。 「契約成立だね!」 くるりくるりと人形がまわる。 昔はやった歌が流れるや、扉からネコと夫婦の人形が出てきてダンスを披露する。 「よっし、直った!」 ラファが興味しんしんに人形を見つめる。 「凄いね。ムスタディオの手は魔法の手なのね」 ラファはすっかり一行の妹分として溶け込み、初対面のときの険しい表情もなりを潜めた。 それに安堵して微笑むラムザの両の手もまた、 アグリアスとムスタディオの尽力ですっかりもとの動きを取り戻した。 「さ、これを届けてきたらオレの仕事はおしまいっ。 ラッドたちも今日中には帰ってくるよな」 ラムザはムスタディオと目をあわせ、うん、と肯定する。 「アグリアスさんも今日あたりで仕事がおわりますよね」 行こう、リオファネスへ。 久方ぶりに剣を手に取り、素早く抜刀したラムザがそれで空を斬る。 「うん、大丈夫。すっかり元通りだ」 アグリアスは、セリアにもう一度別れを告げることを思うと胸が痛んだ。 「僕も、できるだけこの戦いに早く決着をつけます。 貴女がセリアちゃん達との約束を守れるように。 もちろん、オヴェリア様の元に無事に戻るためにも」 「ありがとう、ラムザ」 「つき合わせているのは僕のほうじゃないですか。ありがとう、アグリアスさん」 ねえ、お姉ちゃん。セリアの妹、名前がついたのよ。 レディ、っていうの。ね、ステキでしょ。セリアがつけたのよ。 アグリアスお姉ちゃんみたいな立派なレディになれますようにって。 その3へ