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こなた「やふー」 かがみ「おーす」 つかさ「めーす」 こなた「待ってたよ、つかさと他一名。」 かがみ「略すな。」 こなた「で?星の煌輝の感想は?」 つかさ「う~ん、ロビンちゃんだね。」 かがみ「そうそう、ロビンって子がなかなかだよね。」 こなた「ふふふ、ということで、アクエリでもしよ。」 1.こなた(PDソフィー)VSつかさ(緑赤リムノレイア) 1ターン目。 こなた「私のターン!更龍セット!戦士セット!ドラグーンキッズセット! メイン終了!パワーカードフェイズ!戦士にパワー2枚セットしてエンド!」 つかさ「私のターン!ドロー!えーと・・・、まりもをセット。泡姫をセット。ダイビング巫女をセット。 メイン終了するね。パワーカードフェイズ・・・でダイビング巫女にパワー1枚、泡姫にパワー2枚セットしてエンドだよ。」 こなた:手札2枚、ダメージ0 場:【支配】戦士(黄:2/2/2パワー2)、更龍(赤:0/0/3パワー0) 【勢力】ドラグーンキッズ(黒:1/2/1パワー0) つかさ:手札2枚、ダメージ0 場:【支配】ダイビング巫女(赤:1/1/1パワー1)、泡姫(緑:2/2/2パワー2) 【勢力】まりも(緑:1/1/1パワー0) 2ターン目。 こなた「私のターン、2ドロー!アグレッシブ本体!2点。天使と仔竜、セット!新月・・・ダメージへ。」 つかさ「ええええ!カウンター入れてたの?」 こなた「そだよー。では行きます。メインフェイズ!0コストでドラグーンキッズをラプトルカートでブレイク! さらに、姫騎士をセットし、2コスト支払い、姫将軍でブレイク!」 つかさ「ふぇええ、一気に2体も!」 こなた「メイン終了パワーカードフェイズ!手札から戦士にパワー1枚、ラプトルカートにパワー1枚、チャージが3枚姫将軍にセットしてターンエンド!」 つかさ「私のターン、2ドロー!ええと、アグレッシブは本体で・・・。1点。 あ、結界落ちた。 メインフェイズ、私はダイビング巫女のエフェクトでコストを手札に戻すね。」 こなた「どれどれ・・・ってうわぁ!リムノレイア上段じゃん・・・いいよ。」 つかさ「そして、星降学園バンド ダンス&コーラス担当をセット!そして、1コストを支払い、まりもをゼーアハスをブレイク! メインフェイズは終了で、手札から1枚をダンス&コーラス担当にセット。チャージを1枚ダイビング巫女に、もう1枚をゼーアハスにセット。ターンエンド。」 こなた:手札0枚、ダメージ1(新月) 場:【支配】戦士(黄:2/2/2パワー1)、更龍(赤:0/0/3パワー0)、ラプトルカート(黄:3/3/2パワー1)、 姫将軍(黄:4/4/3パワー3)、天使と仔竜(黒:0/0/3パワー0) つかさ:手札1枚、ダメージ1(結界) 場:【支配】ダイビング巫女(赤:1/1/1パワー1)、泡姫(緑:2/2/2パワー1)、ゼーアハス(緑:2/3/3パワー1)、 星降学園バンド ダンス&コーラス担当(赤:1/1/1パワー1) 3ターン目 こなた「私のターン、3ドロー!メインフェイズ!(う~ん、殴りに行きたいけど無理だ。)姫将軍のエフェクトを使用!コストバック!」 つかさ「プライベートドラゴンに、新月、竜燐兵かぁ、いいよ。」 こなた「ドラゴンスポーンセット!それをサラマンドラでブレイク!メイン終了!パワーカードフェイズ! 手札から1枚をサラマンドラにセット!チャージ4を姫将軍にセット!ターンエンド!」 つかさ「私のターン、2ドロー!(あ、来た!)メインフェイズ。デビルフィッシュをセット! それを2コスト支払い、人魚姫“リムノレイア”でブレイク、そしてさらに1コスト支払って、陸に上がった人魚姫“リムノレイア”でブレイク!」 こなた「で、でたぁ!」 つかさ「さらにゼーアハスのエフェクトでコストを手札に戻すね。」 こなた「まりもだね。いいよ!」 つかさ「メインフェイズは終了で、パワーカードフェイズ!手札から1枚を星降学園バンド ダンス&コーラス担当にセット。 さらにチャージ3のうち1枚をゼーアハスに、1枚をダイビング巫女に、1枚を泡姫にセット。 ターンエンドだよ。」 こなた:手札4枚、ダメージ1(新月) 場:【支配】戦士(黄:2/2/2パワー1)、更龍(赤:0/0/3パワー0)、ラプトルカート(黄:3/3/2パワー1)、 姫将軍(黄:4/4/3パワー4)、天使と仔竜(黒:0/0/3パワー0)、サラマンドラ(黄:3/3/2パワー1) つかさ:手札0枚、ダメージ1(結界) 場:【支配】ダイビング巫女(赤:1/1/1パワー1)、泡姫(緑:2/2/2パワー1)、ゼーアハス(緑:2/3/3パワー1)、 星降学園バンド ダンス&コーラス担当(赤:1/1/1パワー1)、陸に上がった人魚姫“リムノレイア”(緑:4/6/6パワー0) 4ターン目 こなた「3ドロー!(精神攻撃入れてれば良かった。)姫騎士セット!それを2コスト支払いドラゴンナイト“ソフィー・ラスタバン”でブレイク! そしてソフィーにプライベート・ドラゴンをセット!これでドラグーン♂♀全員にシンクロ・ペネトレイトがつくよ! そして姫将軍のエフェクト発動!コストバックする!」 つかさ「更龍、竜脈使い、竜脈使い、アイスウォールだね、いいよ。」 こなた「メイン終了!パワーカードフェイズ!手札から3枚ソフィーにセット、戦士に1枚セット、サラマンドラに1枚セット。 チャージ3を姫将軍に、のこりのチャージ2をソフィーにセットしてターンエンド!」 つづく
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+閃光の発明家ジゼル 電磁都市ガリギア。 魔導とは対を成す科学や、機械の製造及び研究をしている都市。 多くの研究者や科学者を擁する、この街では機械音が鳴り響いており、鉄と油の匂いがそこかしこに溢れている。 ガリギアで行われている研究は生活の利便性を高めるためのもので、機械を通して誰もが魔法の恩恵を得られるようにという信条がある。 そのため、魔術や詠唱などで魔法を運用する魔導都市マーニルとは相容れない。 「おーい、いっくぞー!」 スパァンッ!快活な音が響く。 広場では数人の子供達がボール遊びに興じていた。 「い、イッテー!ち、ちくしょー」 ボールを当てられた子供は、背中をさすりながら転がるボールを拾う。 「なかなかやるじゃん…けどなぁ、ボール投げ一筋10年間!この俺の弾を避けられるかな!?」 大きく振りかぶり、腰を唸らせては足で大地を踏みしめる。そして、体中の力を全てボールへと込めていく。 理にかなった重心移動と体の運びはとても10歳とは思えないほどの技術であった。 「くらえっっっ!!ストロングショットォオッ!」 空気とボールの摩擦が熱を帯びては焦げた匂いが鼻をつく。 だが、ボールを投げようとした瞬間、遠くから大きな声が聞こえてきた。 「みんなぁーっ!」 ボールはあさっての方向に投げられてはそのまま宙を切る。 子供達は声の主に向かって一斉に視線を注いでいた。 「みてみてー!やっとできたんだよー」 ぶんぶんと大きく手を振りながら、女の子が小走りで子供達の方へとやってくる。 金髪を三つ編みに編みこんだ髪にはちょこんと可愛らしいリボンがのっている。 頭にゴーグルをのせた装いは、ガリギアの研究者然とした姿だ。 そして女の子の姿を見つけた子供達はボール遊びを止めて戦慄する。 「う、うわぁーっ!ジゼルがきたぞ!手になんか持ってやがるぞーっ!」 「やべえ!また、真っ黒焦げにされちまう!みんな逃げろーっ!」 子供達は大声を出しながら散り散りになって逃げ出し始めた。 「えーっ!?あーん待ってよー。実験つきあってよー!」 ジゼルと呼ばれた女の子は見慣れない機械を握り締めて子供達を追いかける。 「いやだよっ!お前の実験で何回死にかけたと思ってんだ!」 全力で逃げる子供達の一人がジゼルに向かって叫ぶ。 「今度はだいじょうぶだよー!実験させてよーっ!」 ジゼルも懸命に追いかけるが、ゼェゼェと息が乱れて追いつけない。 子供達ははるか遠くに逃げ去っていき、一人ジゼルがぽつんとその場に取り残された。 「ハァッハァッ…んもう!ばかーっ!あほたれーっ!!」 ジゼルは天に向かって大声を張り上げた。 せっかく作った機械を友達に見せたかっただけなのに…ちょっとだけ実験に付き合って欲しいだけなのに…。 ジゼルはやるせない気持ちでとぼとぼと家路につく。 両親が研究者だったこともあり、ジゼルは機械いじりと実験が大好きな子に育っていた。 何かを作っては友達に試してもらう。 同世代の子供達も最初は好奇心からか、ジゼルの作る機械に興味津々で快く実験に付き合ってくれていた。 しかし、いつもロクな結果にならず、実験に付き合ってくれた大抵の子は、痛い目を見るか大怪我をするのがオチであった。 それでもジゼルはめげずに機械を作り続ける。 しかし、次第に実験に付き合ってくれるような子は稀有な存在となってしまっていた。 「んー…どうすればいいのかなぁ」 ジゼルは歩きながら思考を張り巡らす。 まだまだ試したい機械はいっぱいあるし、実験ができないことには何も始まらない…。 だけど、今日みたいに逃げられたら…あたし運動苦手だし追いつけないしなぁ。 どうしようかなと考えていると突然空からアイディアが降ってくる。 「むっふっふ…閃いちゃった。そうだよ!機械で解決すればいいじゃん!」 ジゼルはウキウキしながら足早に帰宅する。 逃げられる…追いつけない…実験できない。 逃げられる…追いつく!逃がさない!実験できる! 簡単な答えだった。 単純に、逃げられても追いつけばいいだけだ。 けど、あたしは運動が苦手…。 それならば、自分の体を思い通りに動かせる機械を作ろう! 思いつくがいなや早速、魔素を利用して身体強化をする研究に打ち込むジゼル。 魔素は様々な力の源であり、制御できれば強大な力の恩恵にあずかることができると踏んでのことだった。 「よーし、早速はじめちゃおう。まずは…これ!火の魔素!」 火の力を使って推進力を生み出し、逃げ惑う友達を捕まえる。 頭に設計図を浮かばせてジゼルは製作にはいった。 カチャカチャと機械をいじる音が三日三晩研究室に響き渡る。 そして、推進装置を備えた筒のような機械が完成した。 「できたぁ!ふふ…この炎のジェット噴射でスピードを出せば…」 機械を背中に背負い、そう言いつつジゼルはスイッチに手を伸ばす。 ウィィィィンンン…静かな機械音が響いていく。 取り付けられたメーターで火の魔素から徐々にエネルギーが充填されていくのがわかる。 「やったぁ!動いた!成功…熱っ!うぁああ!あちちち!熱いっ熱いよっ!」 バァーッン!とジゼルは機械を脱いでは投げ捨てる。 機械は燃え上がりモクモクと黒い煙がのぼっていた。 「えーん…失敗だぁ!」 どうやら火の魔素は高度な専門知識が必要で、制御がとても難しくて力を取り出すのは困難だったことをジゼルは後に知る。 ――数週間後 ジゼルは研究室で研究に没頭していた。 前回の反省を踏まえ、火の魔素ではなく水の魔素を使うことに決める。 「ふっふ~ん。水の魔素なら燃えることもないし安全だもんね」 水を打ち出す力で推進力を発生させて逃げ惑う友達を捕まえる。 頭の中で設計図はすでに出来上がっていた。 トンテンカンテンと研究室には軽快なリズム音が響き渡る。 そして、短いホースの付いた靴型のような機械が完成した。 「できたぁ!ふふ…これを履いてっと…スイッチオォーーーン!」 靴型の機械を履いて、ジゼルはポチッとスイッチを押す。 ヴヴヴォォン…鈍い機械音が部屋中に響いていく。 バシュッ!靴型の機械に仕掛けられた短いホースから勢いよく水が飛び出す。 「やったぁ!動いた!成功…わっ!うわわ!とまんないよぉっ!」 ズドンッ!大きな音をたててジゼルは研究室の壁にぶつかった。 壁には大きな穴が開き、ジゼルが顔を真っ黒にしてひょっこりと顔を出す。 「えーん…失敗だぁ!」 水の魔素は確かに安定しており、水の力で滑って移動することは可能だった。 しかし、バランスをとるのが難しく、運動が苦手なジゼルには一生かけても体得できないであろうことを…数回の実験後にジゼルは理解した。 ――数週間後 ジゼルは研究室で扇を表裏に動かしたり強くあおいだりと色々と試していた。 火も水もダメだった…次に使うのは地の魔素。 失敗を繰り返さないためにもジゼルは入念に計画を練っていく。 「むっふっふ…最初からこうすればよかったんじゃーん」 地の魔素が生み出す風に乗って、逃げ惑う友達を捕まえる。 進行方向に風の道を作れば…あとはそこに乗るだけ。 完璧な設計図を頭の中に描いていく。 ガンガンゴンゴンと研究室には轟音が鳴り響いていく。 そして、巨大なファンが取り付けられた砲が出来上がる。 「完成ィイっ!これを左手に装着してっと…さあ、いくわよっ!」 腕に装着した砲を前に突き出す。 スイッチを入れるとヴヴィンンン…と音を出しながら砲に付けられた巨大なファンが回転を始めた。 徐々にファンの回転速度は上がっていき、風のうねりを作り出していく。 「やったぁ!動いた!成功…どっわぁああ!研究室がぁあっ!!」 風のうねりは竜巻と化していた。 誰がどう見ても乗りこなす事ができるシロモノではない。 さらにファンの回転速度は上がっていき竜巻をいくつも産み出していく。 「あ、嵐がーっ!どわあああっ!止まれーっ」 研究室内ではちっちゃな嵐が発生して、産み出された竜巻は屋根を吹き飛ばし、そこかしこに散らばる研究品や機械を打ち上げていく。 「えーん…失敗だぁ!」 数刻後、地の魔素から送られるエネルギーが切れたことで機械の動きは止まる。 研究室は原形が分からないほどに滅茶苦茶に荒れ果てていた。 地の魔素は扱うには風の知識が必要で手に余るものだとジゼルは確信する。 「いいアイディアだと思ったんだけどなあ…これじゃ友達がバラバラになっちゃうなあ…」 さすがにそれはまずいと考え、ジゼルは地の魔素を使うのは諦めた。 ――数ヵ月後 ジゼルは新しく改築された研究室で頭を抱えていた。 火も水も地もダメだった…んじゃあ、次は闇の魔素? 「んー…これ、どうやって使おうか…」 かれこれ数ヶ月は、闇の魔素を研究対象としていたが、一向に考えがまとまらずにいた。 「あっそうか!そういうことか!むっふっふ…これでいこう!」 突如、何かを思いつきパッと飛び起きて機械を作り始める。 闇の魔素の力で友達の動きを封じてしまえばいい。 逃げ惑う友達をこれで捕まえて好きなだけ実験ができる。 ジゼルは頭で設計図をイメージしながら製作を進めていった。 カンカンカンと甲高い音が研究室に響き渡る。 そして、台座にパイプと歯車が乗った機械が出来上がった。 「できたぁ!これを使って……視界を遮ることが出来たら成功じゃんっ!」 早速、ジゼルは機械のスイッチを入れてみる。 ゴォンゴォンと重い音を立てながら歯車が回転を始めパイプからは黒い霧が吐き出されていく。 「やったぁ!動いた!成功…ぶふぁおあ!く、黒い霧が!!なんも見えない!」 闇の魔素で構成された黒い霧は光を遮断し吸収していく。 そして、歯車の回転速度が上がるにつれてパイプからは大量の黒い霧が生成される。 黒い霧は部屋中に闇の空間をつくりあげていった。 ライトの光も蝋燭の火の光も…そこには光を一切遮断した闇の世界が広がる。 「えーん…失敗だぁ!」 ――三日後 ジゼルは研究室で黒い霧を消し去る作業を続けていた。 相反する属性である光の魔素を撃ち当てては黒い霧を中和していく。 機械はエネルギーを使い果たしてすでに止まっているが、残った黒い霧は消えずに研究室を支配していた。 「闇の魔素は…ちょーっと危険かな?なんも見えなくなるし…」 パシュンパシュンと光の魔素を撃ち当てられた黒い霧が消滅していく。 「まだ試してないのは光の魔素かー」 ジゼルはうーんと頭を悩ませながら、つまらなそうにパシュンパシュンと黒い霧を消していく。 「ちょっと休憩にしようか」 ゴーグルと手袋をはずして作業の手を止めるジゼル。 額にはうっすらと汗がにじみ出ていた。 だが、籠につめられた光の魔素を含んだ宝石に素手で触れた瞬間だった。 ビリリリ!と身体の全身に電気が駆け巡るような感覚に襲われてしびれてしまう。 「ぶふぁおあっ……!!」 純粋な光の魔素の力が身体に流れてジゼルは気絶する。 そして数分後、ジゼルはやっと動けるようになってきた。 「あーもう、びっくりしたぁ。まったくついてないな…ん?あれ?おやおやぁ??」 なんか身体が軽くなった感じがする…?あんなに痺れたのに…これはもしかしたら!? 「やったぁ!これって新発見じゃーん!」 ジゼルは光の魔素の新しい可能性を見つけたことで飛び上がって喜んだ。 それは、とても運動が苦手だとは思えないようなジャンプ力だった。 「光の魔素をうまく使えば…身体能力を飛躍的にあげられるかも」 この経験をきっかけにしてジゼルは本格的に光の魔素の研究をし始める。 友達を実験台にしたい!…その思いから始めた魔素の研究はひょんなことからジゼルの人生を変えるような出来事へと繋がっていった。 そして、ジゼルはさらに研究に没頭していくこととなる。 ――数年後 時は過ぎ、あの日から続いていたジゼルの研究も大詰めを迎えていた。 光の魔素を身体に直接流す装置の試作品が完成する。 光の魔素の扱いの研究から始まり、どうやってその力を伝えていくかの理論にたどり着く。 そして、様々な素材を実験に使っては光の魔素の力を伝えやすい金属を発見することに至った。 「理論上だとこれが今のところ一番効率がいいんだ…きっと、成功するはずさ」 ドキドキと心臓の鼓動が早まるのを抑えながらジゼルは装置に座る。 新しい金属で出来た金属板を体中に貼り付けてスイッチに手を伸ばす。 ポチッ。 ウィィイイン…装置に光が灯り、ものすごい勢いでジゼルの身体に光の魔素を流し込む。 「ぶふぁおあああああっ……!!」 悲鳴にも似たジゼルの叫び声が研究室にこだまする。 そして、装置が止まるが光の魔素が身体に流れたせいなのか、ジゼルは痺れてピクリとも動かなかった。 ピクッ…数分間の時間が流れてジゼルの指が動き始める。 そして、確かめるかのように次々と身体の色んな部位を動かしていく。 「す、すごい…すごいじゃん!これは世紀の大発明だよ!!」 身体が今までにないくらい軽く感じられ、いつもの数倍は早く動ける気がした。 研究室を出て、試しに外で走ってみる。 「おお!速い速―い!はっはっはー!」 実験は成功裏に終わった。 そして、この実験結果を元にジゼルは発明を論文にまとめ、世間に公表する。 ジゼルの発表した論文はガリギアで注目を浴び、ジゼルは一躍有名人となった。 それに伴って、資金援助や共に研究したいと申し出る人も増えていった。 ――数年後 新たに建築された研究所はジゼルの論文を元に、臨床実験を行う為の施設だった。 ここでは光の魔素を人体に流す実験を行っている。 「ジゼルさん…これが最後の実験ですよ?」 そこには、神妙な面持ちでジゼルに喋りかけている男の姿があった。 ゴクリと唾を飲み込み、ジゼルはこの時ばかりは真剣な面持ちで返事を返す。 ジゼルと男は揃って実験室へと向かって歩いていく。 普段使わない様な口調でジゼルが喋っているのには訳があった。 これが最後のチャンスなのである…。 あれから共に研究する人間も増え、潤沢な資金も出来たことで実験が行える環境は最高の状態に仕上がっていた。 だが、実験は一度も成功しなかった…。 何度も臨床試験を行うが、ジゼル以外の人間に光の魔素を流すと感電したかのように身体が麻痺を起こすだけだった。 それは、装置にどんな改良を加えていっても変わらなかった。 「さあ、始めてください」 実験室では先ほどの男が装置の上に乗り、実験の開始を促す。 この男はジゼルの研究を応援している最後のスポンサーだった。 一向に研究成果の上がらないジゼルに業を煮やし、この実験でスポンサーを続けるかの見極めをしようとしていたのだった。 「いきます…」 装置のレバーが落とされる。 ヴィヴィンンン…と音を立てて装置は動き始め、男の身体に光の魔素が流し込まれる。 「うぎゃああああっ!!」 男は悲鳴を上げピクリとも動かなくなる。 そして、プスプスと焦げた匂いが実験室に溢れていく。 「えーっ!なんでなんで~?ちょ、ちょっと大丈夫??」 最後の実験は失敗だった。 男は自分の連れてきた使用人に付き添われて、病院へと運ばれていった。 そして、この実験が決定打となる。 ジゼルの周りからは人が少しずつ去っていく。 また、孤独になってしまったジゼル。 最終的にガリギアでは光の魔素を人体に直接流す実験は危険だとされ、安全だという実証が取れない限り実験自体が禁止となってしまう。 だが、それでも諦めがつかないジゼルは実験を続けていく。 「諦めるにはまだ早いもん…身体が軽くなるってことはわかってるんだ。他の人にも使えるように実験を続けていかないと。それに…成功しちゃえばこっちのモンだしねぇ」 シッシッシとジゼルは笑った。 ―― ガリギアでは禁止になった実験を行うために、ジゼルは以前の自前の研究室に戻り、試行錯誤を繰り返して光の魔素を流す素材を見直すことにした。 「んー、金属だと魔素の力が伝わるの早いんだよねー…これ、どうかなー?」 ジゼルが取り出したのは革でつくられたグローブだった。 「んー、あとは実験かな!早速、実験台になってくれそうな人を探しに行かないとね」 一人で研究を続けるようになってからは実験台になってくれる人が決定的に不足していた。 その為、試作品が出来上がってはガリギアの街に繰り出し、実験に付き合ってくれる人を探すようにしていた。 ジゼルが準備を終えて研究室を出ようとした時だった。 外が騒がしい…?ドオォーンという轟音が街中に響き、そこら中から鬨(とき)の声が湧き上がっていく。 「え?え?なに?なんなの!?」 ジゼルはすぐに窓に向かい外の様子を確かめる。 街では至る場所の建物から火の手が上がっていた。 「あ、あれは!あの旗は…!」 ジゼルは一瞬、自分の目を疑ったが、何度見ても見間違いではなかった。 帝国軍の旗…。 街の中央部で高く掲げられ、風になびいているものは間違いなく帝国軍の旗だった。 「帝国が攻め込んできたっての!?こりゃ、まずいって!」 ジゼルは自分の研究が帝国に盗まれると考え、グローブを装着して急いで脱出を図る。 「おとなしくしろっ!帝国に逆らうと痛い目みるぞ!」 ダァンッ!と研究室のドアが蹴り破られては帝国軍の兵士が研究室になだれ込んでくる。 「やっば!きちゃったか!」 「手を上げろ!少しでも変な動きをしたら容赦はしない!」 帝国軍の兵士は槍の先端をジゼルに向けて威勢をはる。 だが、ジゼルの腕からキュイイインと音が鳴り、帝国兵が反応を示すよりも速くジゼルが動く。 「おとなしくなんてしてらんないよー!いっけー!」 「き、貴様…!」 ジゼルはグローブの装置を使い兵士の隙間をかいくぐっていく。 数秒の出来事だった。 まんまと脱出に成功するジゼル。 はるか遠くでは、先程まで威勢をはっていた兵士の怒号が響いていた。 ―― ジゼルはガリギアを脱出し、帝国兵に見つからぬように道なき道を走っている。 遠くではたいまつの火と共に数人の兵士が追っ手として捜索活動を続けていた。 「くっそぉ…あいつらほんとにしつこいなー!」 このまま真っ直ぐ進むと、とある遺跡へとたどり着く。 ジゼルはその遺跡を目指していた。 そこは、研究に使える数々の種類の宝石や貴重な金属などがありジゼルはよくこの遺跡に来てはそれらをくすねていた。 それに、遺跡の入り口は開かれておらず、ジゼルのみが知る隠し通路を通ってやっと中に入ることができる。 「ぷはぁッ!んもう、相変わらずここは埃っぽいなー。ま、しょうがないけどさっ!」 石でできた通路には蔦が生い茂り、ひんやりとした空気が流れていた。 隠し通路を道なりに少し進むと視界が開け大きな広間が現れる。 ここには食料もあれば実験で使用する機材も置かれていた。 何日間もかけて遺跡探索をする場合や、手に入れた素材をすぐ加工できるようにとジゼルが自分で用意していたものだった。 「ガリギアで戦いが終わるまでここを拠点にするかな、まだこの遺跡を全部探索してないしね」 ジゼルはこの遺跡で実験の続きをすることに決めた。 そして、帝国軍の兵士が研究室にやってきたときのことを思い出す。 あの時、試作品のグローブを使ってもアタシはまったくといっていいほど痺れなかった。 それなら、完成の直ぐ近くまできているはずだ。 「もうちょっとこのグローブの出来を確かめないとな。その為にも実験しないと!」 そして、ジゼルは実験を開始する。 金属を素材に使った時は痺れを起こしてから身体が軽くなるが、革だと痺れが起きない。 出力も問題はない…うん、やっぱりいい出来栄えだ! その後も実験を繰り返し、自身が使うには理想的でまったく問題がないことが分かる。 だが、これが自分以外の…他人でも扱えるのかどうかをさらに確かめる必要があった。 ジゼルは広間を後にし、遺跡の奥へと向かうことに決める。 自分以外の人間に実験するために、もうひとつグローブをつくらなければならない。 ―― いつもの探索よりも遺跡の奥へとジゼルは足を踏み入れていた。 何か研究に使えそうなものが落ちていないかと、くまなく遺跡を探していく。 「んーどれもこれも微妙だなあ。なーんかいいもんないかなぁ…」 ガラクタの山をかき分けながら、あれでもないこれでもないと物色を続けていく。 ガコッ…何かのスイッチを踏んだのか石畳の一部が音をたててへこむ。 そして…壁の一部がゴゴゴゴと動き始める。 「なにこれ!?すごい!こんな仕掛けがあったのか!」 ジゼルは驚いては興奮を覚える。 動いた壁の先には小部屋のような場所が広がっていた。 その奥からは何か人の気配を感じる…。 恐る恐る小部屋の中へ入っていくと、そこには黄金の鎧が直立不動で構えていた。 周りにあるボロボロの劣化したものとは違い、その鎧だけ異様な空気を放っている。 「んー?あの黄金の鎧の人どうやって遺跡に入ってきたんだろう?今まで人の気配なんてなかったのに…あ!むっふっふ…いいこと思いついちゃった!」 ジゼルの実験魂に火がついたのか、グローブを装着して忍び足で鎧へと近づいていく。 グローブは触れるだけでも光の魔素を流すことが出来る。 あの人でちょっとだけ実験してみよう!とジゼルは考えていた。 そして、背後から鎧の小手をガバッと掴む。 鎧に触れた、その瞬間だった…バチッと音を立ててグローブから光の魔素が漏れ出し鎧に電流が流れる。 鎧はガタガタと震えだし、兜が転がり落ちた。 兜の中身は空っぽだった…その兜を着けているはずの人の頭はそこにはなく、鎧の中も空洞であった。 「あ、あれ…?空っぽ?確かに人の気配がしたのに…なんでだ?」 ジゼルが頭を抱えて不思議がっていると、突然鎧の腕が持ち上がり、本来頭があるはずの何もない虚空をなでる様に動き始めた。 様子を見ていたジゼルは、黄金の鎧のとったその挙動に驚く。 「?…!?えぇえええ!すごい!動いてる!!なんでなんで!?」 ジゼルは鎧に駆け寄り、ペタペタと触ったり鎧の中を覗き込む。 だが、そんなジゼルを気にしない様子で鎧はあたりを見渡すようにゆっくりと左右に身体を動かす。 「ここは、どこだ?」 鎧のどこからか声が響いてきた。 ジゼルは転がった兜を拾い上げて中身を見る。 兜の内側には魔力回路が張り巡らされていた。 その回路はジゼルがグローブに組み込んだ回路にどことなく似ている。 そして、ひとつの疑問がジゼルに湧き上がる。 「アタシの研究に関わっていた人間がこの技術を盗んだのか…?」 しかし、ガリギアではこの手の身体強化をする実験が禁止されて久しい。 彼らにこんな研究を続ける度胸はないだろう。 しかも、回路に魔素を送る為のタンクはなく、それを制御するリミッター装置もついていない。 ガリギアの技術の根底を覆すような作りが出来るなら、アタシの発明よりももっと革新的な事ができるはず……。 じゃあ…一体誰が?ジゼルは純粋にこの鎧を作ったのが誰なのか気になった。 「ねえ、この兜ってどこで手に入れたの?」 ジゼルは鎧に質問をぶつけてみる。 「……わからない。何も覚えていない…」 ジゼルは考え続ける。 「それとも、アタシの研究…この努力の結晶が、他の研究者が先に完成させていたとか…?」 まさか!とジゼルは頭を振る。 ガリギアで論文発表した時、周囲はジゼルの事を絶賛していた。 有名な科学者も著名な学者もジゼルの論文を認めている。 それなのに、既にある技術なはずがない。 鎧はジゼルの思考を伺うような様子を見せる。 ジゼルは鎧に向かうがあることに気づく。 鎧には埃が積もっており、見た感じでは何十年もの月日がたっている。 「もしかして…新発見!?これは研究が進展する一歩かも!」 ジゼルは自分のグローブを見つめる。 このグローブには…というよりもアタシの研究はまだまだおっきな可能性を秘めている。 ジゼルは期待に胸を膨らませた。 そして、鎧はタイミングを見計らったかのようにジゼルに喋りかけた。 「私は、一筋の光が見え暗闇を抜けだすことができました。きっとあなたのつけているそれ(グローブ)のおかげです。それからは強い光の力を感じます。私は助けてくれたお礼がしたい!あなたのためなら何でもしよう」 鎧は平伏するかのように身をかがめる。 ジゼルはその様子をみて、何かを思いついたのだろう…にやりと悪巧みをするような笑顔を浮かべた。 「ふーん。ちょうど実験台が欲しかったところなんだ!君はなかなか興味深いしねぇ。そうだ、遺跡の外に出れば君の事を知ってるやつがいるかもしれないし、アタシについてきてよ!」 ジゼルは兜を鎧に返し、一緒に連れ添って歩き出す。 「はい、主様。このデアラスール、主様にこの身をささげま…す」 「デアラスール……?それが君の名前……?」 だが、歩き出すと同時にデアラスールはいきなり倒れ、大きな音をたててバラバラになった。 「うわぁぁあああ!!バラバラになった!!」 「主様……すみません。身体にまだ力が足りていないようです」 「力…?あ!そうか!」 ジゼルはデアラスールへと近づき、初めてデアラスールが動いた時と同じようにグローブで触れ、今度は魔力を一気に放出させる。 すると本来自分に流れるはずの魔素が吸い上げられるかのようにデアラスールへと流れだす。 そして、デアラスールのバラバラになった身体は引き寄せられ、合体した。 「おおおお!!なにこれおもしろい!!」 いい気になったジゼルは研究者としての性なのかどこが限界なのか試したくなる。 「実験開始ぃ!!」 ジゼルはグローブから流れる魔力の出力を一気に上げていく。 「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!」 デアラスールは光のオーラを放って羽を広げる。 そして、あふれ出した光の魔素は爆発を起こし、四肢がバラバラに吹き飛んでしまう。 ジゼルが触っていた胴体と頭を残し、他の部分はバラバラになり所々傷だらけになってしまった。 「あちゃ~これ直せるかなぁ……まぁ何とかなるか。代わりになりそうなものは沢山この遺跡に転がってるし」 「さすがです!主様。私のような難儀な人間を直す事ができるのですね」 「??人間?まぁいっか。そうだね~構造は難しそうだけど、アタシみたいな天才なら余裕だね!いちいちアタシがエネルギー供給しなきゃなんないのも面倒だし。ちゃちゃっと改造して自分で供給できるようにしちゃおっ!」 「助けていただいた上にそんなことまで…主様は、とてもお優しい上に聡明なのですね」 「そんなの当たり前じゃない?アタシほど聡明な人間もなかなかいないよ!?」 デアラスールに持ち上げられジゼルは気分を良くする。 鼻歌交じりに歩きつつ心の中ではなんていいものを拾ったんだ!と嬉々としていた。 ――数週間後 とある街で、動く黄金の鎧がいるとの噂が出回っていた。 「お前、知ってるか?黄金の鎧の噂!」 数人の男が固まって、噂について話していた。 「お前あの噂信じてるのか!?ありえないだろ!」 「その話、聞いたことあるぜ!なんか兜を取ったらそこには頭もなんもなかったってやつだろ?」 ワイワイガヤガヤと、男達は耳にした噂を披露しては熱心に話しあっていた。 そして、そんな男達のところにジゼルが現れる。 「お兄さん達…その金ぴか鎧に興味ある?ちょ~っと付き合ってくれるだけでその金ぴかにあわせてあげるよ?ホントにちょっとだけだから!」 とっても胡散臭い文句を口にしながらジゼルは男達を誘う。 男達は顔を見合わせてそれぞれが怪訝な表情をするが、好奇心が勝ったのであろう。 ジゼルの誘いに乗り、その後を付いて行く。 前を歩いているジゼルはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。 「むっふっふ…実験台ゲットーっ!」 声にならない声で小さくガッツポーズをしては喜んでいる。 それは、黄金の鎧のおかげで実験台を見つけるのに苦労しなくなり、好きなだけ実験が行えるようになったからであった。 着実に一歩ずつ、ジゼルは研究の前進に確かな手応えを感じていた。 +深淵の炎を纏う者クロウ 「悔い改めよ!!」 フィーリアが持つ聖剣が神父に振り下ろされる。 神父の身体から吹き出た紫炎は真っ二つに切り裂かれ、光が部屋の中を包み込む。 窓から部屋の中を覗き込むカラスの瞳から送り出された情報は、ある男の元に伝達される。 (ヒ……ヒヒャハハ……全て、計画通りにコトが運んだ……!) ――彼の意志を汲んだように、カラスは嗤(ワラ)う。 鎮魂の街ソーンに産まれた男は、本が大好きな少年だった。 お世辞でも社交的とは言えない少年は、友達も持たず、街で一番本のある神父様の家で過ごす。 「クロウ?あまり遅くまで本を読んではいけませんよ。今日も家には帰らないのですか?」 夜は更け、人々は寝静まり闇に包まれた街の中、この家だけはロウソクの明かりが揺れる。 家の中に入ってきた神父は、本から目を離そうとしない少年を心配していたが、彼にはどうでもいい事だった。 一日中、本を手放さない少年の知識欲は他分野に渡り、魔法や歴史、魔物の本など、目につく物は片っ端から読み漁る。 周りの子どもが何を話していようが、耳を貸さない。 またバカ共が騒いでいると、いつしか見下すようにさえなっていた。 その考えが態度にまで出ていれば、イジメに発展していくのは仕方のないことだったかもしれない。 呼び出されては無視をし、神父の家に向かう途中に囲まれて、森の中に連れて行かれ殴られる日々。 少年はいつからか、痛みに耐え、力を求めるようになった。 魔導書を読み、自分にも魔法が扱えないものかと試行錯誤してみたりもしたが、本を読んだだけで習得できるようなものではなかった。 いつも思っていた。 力が欲しい。 あいつらを、一人で殺せるだけの力が……。 そんなある日、いつものように神父の家で一冊の本を読み終えた少年は、本棚にその本を戻すと辺りを見渡す。 目につく本は、見たことのあるタイトルばかり……ついにここにある本を全て読破してしまったようだ。 突然この世から全ての人が消え、ただ一人残されたような虚無感を覚える。 本棚に体重を預け、天井を眺める。 これからどうすればいいのか……。 その時、突然本棚が動いたかと思うと、体勢を崩して床に激突する。 「うわっ!!」 派手に頭を襲う衝撃に悶絶している所に、大量の本が追い打ちの様に少年の背中に降り注ぐ。 そして少年は見つける事になる。 本棚の裏に隠された一冊の古書。 全ての始まりは、この時だった。 クロウはこの本に魅了された。 昔の文字なのか、殆ど読めない。 諦めずに、以前読んだ考古学の本の中にある一枚の挿絵に似た文字が刻まれていた事を思い出し、その1ページを鍵にして解読していく。 しかし、読めば読むほど、この本は恐ろしいものだった。 神父に見つからないように、古書を解読し続けること数年。 見えてきたものは、教会に隠された秘密。 このソーンの街が信仰しているカラス。 そのカラス達と密接に関わる闇の炎。 教会の地下に隠された紫炎は、神父だけに受け継がれる……。 継承する際の儀式に必要なものは、人間の生贄……。 闇の炎に誓約を結ぶと、闇の力とカラスの加護を受けられる。 カラスの加護とは、その人間が寿命以外では…… ――死ぬ事がなくなる。 「これは……また随分と黒いですね……教会というのは……」 神父は毎日同じ時刻に帰ると、深夜に一度教会へ行く。 その時間何をしているのか、人の行動に興味がなかったクロウは考えた事もなかった。 しかし、この古書を読み解いている今では話は違う。 「最近はその本ばかり読んでいますね。古い文字に興味を持ったのですか?あまり夜更かししないようにしてくださいね」 神父は笑顔を向けてくる。 神父の前で古書を読むことは直感が許さなかった。 その日も一言だけ声を掛けると、深い闇の街へ消えていく。 ドアが閉まる音がした数十秒後、クロウは立ち上がり神父の後を追う。 教会のすぐ横にある離れの小屋。 そこに辿り着いた神父は、いつになく険しい目つきで辺りを見渡してから静かにドアを開けた。 クロウは小屋に近付き中の様子を見ようとするが、この建物には窓がついていない。 聞き耳を立てるが、中からは物音一つなく、ただただレンガ造りの壁が耳を冷やした。 (ドアを開けるべきか……いや見つかればそれまで……) 唾を飲み込み、緊張を和らげようとするものの、心臓の音が邪魔をする。 次の瞬間、何か大きな物が動く音と振動が走ると、足音が聞こえてきた。 とっさに小屋の横に身を潜め、神父が出て来るのを待つ。 そして、ドアが開いたかと思うと神父は鍵をかけてその場を後にした。 神父が遠のくと、クロウは止めていた息を一気に吐き出す。 ドアには頑丈そうな南京鍵が外側からかけられ、鍵が無ければ入れそうにない。 神父が家に戻る前に先回りをして家に戻ったクロウは、次の日の計画を立てていた。 ――翌日 日中、神父の机の引き出しから小屋の鍵を見つけあの小屋に向かう。 この時間であれば、神父は教会で仕事をしている。 幸い小屋の周りに人影はなく、思っていたよりもあっさりと中に入ることができた。 中は物置だろうか、光の入らない暗い建物には沢山の物が置かれている。 昨日聞いた大きな物音は、何かを引き摺るような音。 目星をつけたのは大きな本棚だった。 「秘密にするのに、同じ仕掛けを2つも使うんですか~?」 何か興冷めするように肩を落としてから本棚の横を見ると、明らかに引き摺った後がある。 体重を乗せて本棚を押すと、さっぱりとした木の扉。 扉の奥には、地下に通じる階段が広がっていた。 「地下室……教会の地下に通じている?なるほど。あの本の内容はやはり本当のようですね」 心を踊らせながらランプを揺らし、地中深くに続く階段を降りていく。 そしてそこには、あの、闇の炎が揺れていた。 禍々しく揺れる紫炎。 まさしく本に書いてある通りの見た目に、クロウの口元が緩む。 触ろうと手を伸ばすも、その炎は火傷で済まないと想像させる何かを発している。 「俺が生贄をこいつに捧げたら、どうなるっていうんだ?」 クロウの歯が紫炎に照らされて不気味に浮かび上がった。 ――翌日 「俺に用事ってなんだてめぇ?また殴られてぇのか!?」 顔を合わせれば暴力を振るうガキ大将のドーク。 クロウから呼び出したのはこれが初めてだった。 いつもの取り巻き4人がついてこないように、わざわざドークの家の前で待ち伏せた。 「俺は本当はお前達の仲間になりたいと思ってたんだ。その友情の証って事で、贈り物をしたい。こっちについてきてくれますか?」 淡々と話すクロウに満足そうに笑うドークは、クロウの一歩後を歩きながら森の中を進んでいく。 「あの木の上を見てくれる?」 周りに生えている中で一際大きな木をクロウは指差し、ドークが見上げる。 その瞬間に、隠していたナイフで首元を切り裂いた。 「思ったよりも、簡単に死ぬのですね」 クロウは動かなくなったドークを見下ろして笑顔を作る。 大きな袋に入れて荷車に乗せ、街の近くまで運ぶ。 クロウにとっては初めての重労働だったが、苦に感じることはなかった。 その日の夜。 神父が紫炎の小屋から戻ってきてから、そっと鍵を盗んで外に抜け出した。 胸の高鳴りを抑えながらドークの死体を地下まで運ぶ。 紫炎の前に辿り着くと、ドークを炎の中へと投げ込んだ。 「さぁ!!紫炎よ!!俺に力を!!!」 炎は勢いを増す。 手の中に溢れる力を、クロウは確かに掴み取った。 力を入れると手の平から闇の炎が吹き出し、その熱を感じる。 「ヒャハハハハ!!これで俺も不死身になったのか!?」 ナイフで自分の手を思いっきり斬ってみると、鮮血が飛び散り、痛みを感じた。 「なぜだ!!?なぜあの書の通りにならない!?」 クロウは顎に手を当てて考える。 あの本にあった通り闇の炎の力を扱えるようになったが、まだ足りないものがあるのだろうか。 その日は一度戻り、傷の手当をしてからまた古書を読むことにした。 更に古書を解読していくも、今まで得た情報以上の事は書いていない。 ならば考えられる事は一つ。 既に神父が闇の炎の力を持っているからだろう。 あの神父を消せば…… しかし、神父は寿命でしか死ぬことがない。 事故に見せかけて殺す事が出来ないなら、神父の寿命を待つしかないのか。 不死の力について書かれている箇所の解読を進めるが、外傷を与える事が出来ないとしか書いていなかった。 しかし、闇の炎について書かれた箇所に、気になる一節を見つける。 『闇の力を制御する聖騎士の祈り。其の聖なる力は闇と共存する為に不可欠であり、闇の暴走を止められる唯一の手立て』 クロウは思案する。 確かに、聖騎士は毎週教会で祈りを捧げなければいけないという掟があり、祈りは聖騎士の役目となっている。 闇の力が制御できるように抑えているという事か……? 神父が闇の炎の力を悪用しようとした時には、聖騎士がその力を抑えられる…… ならば…… クロウは笑う。 「思ったよりも面倒ですが……寿命を待つよりは遥かに早くコトを進められそうですね~……」 その時、クロウの視界に空が広がった。 「なんだ!?」 眼下に広がる街並みは、ソーンの街だった。 「これは……鳥の視点……?カラス??」 カラスの群れが見えた時に、クロウは古書に書かれた事を思い出す。 闇の炎とカラスは密接に関わっている。 ソーンの信仰対象となっているカラス……。 「なるほど……こうしてカラスの視界を得る事で、ソーンの街を外敵から守っているのですか……」 意識を集中すると、カラスの飛ぶ方向を右へ左へと動かすこともできる。 ソーンにいるカラス達全てがクロウの視界となった瞬間だった。 「これは……面白いですね~……ククク……」 クロウはそれから数週間をかけて、カラスをより精確に操れるように毎日訓練をする。 同時に、聖騎士に神父を殺させる計画を立てていった。 何か一つでも間違えば全てが終わってしまう、失敗の許されない計画。 難しいかもしれないが、これを成功させれば完全なる闇の炎がクロウのものになるならば、一切隙のない完璧な計画を立てる必要があった。 「あの力が……あの力があれば俺は…………」 クロウは笑う。 ――数ヶ月後 新たな教会騎士が選出される時期になり、クロウは教会騎士へと志願した。 体力は他の人間よりもないクロウだったが、諜報部なら役に立てると神父に打診する事で、無事に教会騎士へと任命される。 しかし、その直後からクロウの闇の炎の力に異変が現れ始めた。 闇の炎の力が確実に衰え始めている。 手から出す事の出来る闇の炎は、決まって週に一度、聖騎士の祈りの日に小さくなっていく。 このままでは計画に支障をきたすと考え、対策を打つ事を余儀なくされた。 聖騎士の祈りで闇の炎が沈静化されているのであれば、さらに生贄を投げ込み、その力を増幅させる必要があると考えた。 しかし、一人で定期的に生贄を用意するのはあまりにもリスクが大きい。 必要なのは協力者だった。 昔ドークの取り巻きとしてクロウに暴力を振るっていた4人に目をつける。 この4人ならば裏切らない協力者にすることが可能だと考えた。 「みんな、よく集まってくれましたね。エイムス、ゴイル、グレゴに、チャーズ」 数年ぶりに会話をする4人は、何か気まずそうだ。 いじめていた張本人に招集されれば無理もないだろう。 「クロウ……元気そうだな。お前も教会騎士になったんだよな?昔は色々あったけど、これからは仲良くやろうな」 チャーズがバツの悪そうな顔をしながら話す。 クロウは笑顔で返した。 「はい、そうですね。私もそう考えていました」 クロウの声で、4人に安堵の表情が浮かぶ。 しかし、次の一言でその顔は凍りつく事となった。 「実は、皆さんに伝えなくてはならない事がありまして……。お友達だったドークを覚えていますよね?ドークを殺したのは私なんですよ」 「まて!!なんだそれ!?ドークは行方不明のまま……森の中で魔物に襲われたっていう事になって……」 クロウは笑う。 「死体が見つからなかったらそうなるでしょうね。でも実際は私が殺しました。皆さんも彼と同じ所に行きますか?」 そう口を切ると手から闇の炎を見せた。 「それはなんだ!?本当にお前がドークを………」 クロウは笑顔のまま答え、本題に入った。 「信じる信じないは勝手だと思いますが、これを誰かに話せば皆さんもドークと同じ場所に行くことになるのは覚えておいてくださいね。そして、皆さんには私の仕事を手伝って貰おうと思ってます」 「し、仕事?」 「はい。そう難しくはない力仕事ですよ。ほら、私はあまり体力がないもので、皆さんに手伝って欲しいんですよ」 4人は顔を見合わせると、ゴイルが口を開いた。 「少し考えさせてくれないか……」 「いいですよ。ただし、このことは他言無用でお願いしますね」 その日は解散して、各々教会騎士の宿舎に戻る。 夜になると、クロウは4人の中の一人、チャーズの部屋に出向いた。 「チャーズ。クロウです。少しお話をしてもいいですか?コーヒーをお持ちしました」 部屋に招き入れられたクロウは、他愛のない話を続ける。 ドークの隣の家に住んでいたチャーズを一番警戒するのは当たり前の事だった。 この計画で肝となっているチャーズに対し、最後の仕込みを入れる。 「おっと、長居してしまいましたね。そろそろ私は戻ります」 クロウは空になったコーヒーカップを持って自室へ戻った。 翌日、また4人を集めたクロウは、人気のない森の中へ歩いた。 「おい、クロウ……こんな森の中にいったいなにが……」 「まぁまぁ、力仕事があると言ったじゃないですか。ちょっと今日は手伝って貰おうと思いまして……」 チャーズ達は浮かない顔をしながらクロウについていく。 そして、ある木の下でクロウは立ち止まった。 「ここはですね、ドークを殺害した場所なんですよ」 4人の表情が一気に険しくなる。 「皆さんに頼みたいのはですね、死体を運んで貰いたいんです」 「死体!?一体誰の!?まさかドークの……!?」 「いえ、ドークの死体はその時に処理しました。今回運んで貰うのは、裏切り者の死体です」 クロウは笑みを浮かべながらチャーズの顔を見た。 チャーズは訳の分からないまま答える。 「裏切り者って……誰だよ……?」 クロウがパチンと指を鳴らすと、チャーズの身体が燃え上がる。 「うあぁああああああ!!!!」 3人は闇の炎に包まれるチャーズから飛び退き、その光景を傍観する事しかできない。 自分の手から出すことの出来る紫炎は、物に閉じ込めることもできると実験で分かった。 そして仕込んだ炎は自分の意図したタイミングで燃え上がらせる事ができる。 昨日仕込んだコーヒーに闇の炎をしっかりと入れ込んだ効果が出ている事に、クロウは満足気な表情を浮かべた。 倒れたチャーズを前に3人は息を呑む。 「それでは皆さん、死体が出来上がったので、この袋に詰めて運んでください。なぁに、チャーズは昨日の晩に私を売ろうとしたんですよ。ドークの件を許せなかったようですね。だから、彼と同じ所に行くんです。残りの皆さんはそんなバカげた行動は取らないと信じていますよ」 こうして、協力者を得たクロウは、3人にチャーズの死体を闇の炎へと投げ込ませた。 闇の力が強くなったのを確かめたクロウは笑う。 「聖騎士の祈りも、これで克服できました……。あとは……」 ――数週間後 この日、計画の上で重要な仕込みをするクロウは、エイムス、ゴイル、グレゴの3人に最終確認をとっていた。 この3人と、クロウ、聖騎士との5人での任務。 神父を殺す為に、この日のミスは許されなかった。 神父から予め盗んでおいた弔い瓶(とむらいびん)。 弔い瓶はソーンに伝わる風習のひとつで、親しい人が亡くなった際、弔いの意味を込めて身に着ける装飾品。 この世に一つとして同じ物はない。 これが計画においてキーになるのだ。 そして、もう一つのキーは、聖騎士のフィーリアと同じ孤児院で育ったライベルという教会騎士の存在。 ライベルはこの日、別の隊として行動をする予定だ。 任務は簡単な魔物退治であったが、クロウは道中から任務中までカラスを操る事に意識の大半を割いていた。 ライベルを上空から確認して、隙を狙い続ける。 「たいしたことはなかったな。クロウ、大丈夫か?」 突然話しかけてくるフィーリアに邪魔されながらも、その場をうまくやり過ごす。 次の瞬間、ライベル達の隊も最後の魔物を倒し、ライベルに隙が生まれた。 (今だ!カラスよ!!!) 上空から滑空するカラスにライベルが気づく筈もなく、カラスのクチバシがライベルの胸元に掛かったペンダントを捉える。 「何だっ!?カラス!?悪い……みんな、大事なペンダントが今のカラスに持っていかれた。先に戻ってくれるか?」 ライベルのペンダントは、孤児院に入る前、ライベルが両親から貰った大事な形見。 彼の事であれば、一人でカラスを追うだろう。 クロウの読みは的中していた。 エイムス、ゴイル、グレゴの3人に合図を送ったクロウは、フィーリアと別行動を取る。 「それじゃあ…まあ、戻るとしましょうか?教会への報告は私の方で済ませておきますから、聖騎士殿はどうぞ先に帰って休んでくださいな」 聖騎士と距離を取ったクロウ達は、近くまでおびき寄せているライベルの元へと向かった。 カラスを木の上に止まらせ、ペンダントを枝に引っ掛けさせ、カラスを飛び立たせる。 ライベルはその木を必死に登ろうとしていた。 「じゃあ、皆さん、あの木に全力で攻撃して木を倒してください」 3人が魔力を込めた武器を持って一斉にライベルの登る木を攻撃すると、木は音を立てて倒れる。 「うわぁあああ!!」 何が起こったか想像もしていないであろうライベルに一瞬で近づき、喉元をナイフで斬る。 切り口からは闇の炎が吹き出して、ライベルは絶命した。 3人にライベルを教会の付近まで運ぶように指示すると、ライベルのペンダントを奪わせたカラスに神父の弔い瓶を咥えさせる。 「それじゃあ、お願いしましたよ」 ライベルが元々任務でいた場所の付近にカラスを飛ばすと、クロウは3人にその場を任せて街まで走る。 街ではライベルの隊が既に教会で報告をしていた。 「お疲れ様です。あれ?ライベルさんの姿が見えませんが……」 クロウは何食わぬ顔で状況を確かめる。 「それが……任務が終わった後無くし物をしたとかでまだ戻っていないんです」 「そうですか……。最近教会騎士の失踪事件も増えていますし……心配ですね……ライベルさんまでいなくなったら……」 「そんな筈は!ライベルに限ってそんな事はないですよ!」 「そうですか?では、チャーズは失踪してもおかしくなかったとでも言うのですか?」 押し黙る男を見て、クロウは心底おかしく思う。 目の前の男が一気に不安に掻き立てられて青ざめていく様子は、クロウからすれば滑稽でならなかった。 「ライベルの捜索を……みんな!ライベルを探すんだ!」 突然慌てるように言い始めた男。 これでいい。 後は、フィーリアにこの情報を渡せば……。 街の中は慌ただしい雰囲気に包まれた。 あちこちで教会騎士が地図を持ちながら声を上げている。 クロウはその様子を見ながら正門に身を隠していると、フィーリアがやってきた。 こんな時間に門から出る騎士達を不審に思っているのだろう、騎士に声を掛けようとするフィーリア。 「お、おい……」 (さてと、しっかり釣られてくださいよ?) 「おやおや?聖騎士殿。どうしたのですか?教会への報告なら私がもう済ませましたよ?」 クロウが声をかけると、フィーリアは険しい表情で振り向いた。 「クロウか。いや、この騒ぎはなんだ?何かあったのか?」 クロウの想定通りの質問をしてくるフィーリアに楽しさが抑えきれない。 「ン~……どうやら、任務の途中で行方不明になった騎士がいるようで。いやぁ……最近多いみたいで怖いですよね?その騎士は確かライベルって名前で……」 そこまで話してフィーリアの顔を見ると、明らかに動揺をしている聖騎士にまた可笑しさがこみ上げてくる。 「おや?聖騎士殿?どうかされました?」 「クロウ!ライベルという名前で間違いないのか!?」 クロウの肩を掴み、フィーリアはものすごい剣幕でクロウに詰め寄る。 「え?ええ、間違いなくそう聞きましたよ。あれ?恋人とかだったんですか?」 冗談を混ぜないと可笑しくて吹き出してしまいそうだ。 少し感じ取られてしまったか、勘に触ったようだった。 「ライベルが最後に行った場所はどこだ!?私のとても大切な友人なんだ!今すぐ私が探しに行く!」 直ぐにでも場所を教えたい所だが、ここは少し演技をしなければ目論見がバレ兼ねない。 「ちょっ……落ち着いてくださいよ!今日はもう日が落ちますよ?聖騎士殿までいなくなったら……それに、捜索隊も結成するみたいですし……」 「頼む……知っているんだろ?……教えてくれ」 これでいい。そろそろ大丈夫だろう。 「あ~もう!分かりましたよ!でも、必ず帰ってきてくださいよ?私もできる限り協力します」 ニッと笑って手を差し出す。 フィーリアはクロウの手を取り、両手で包み込んだ。 「本当か!?恩に着る……」 これで、問題はないだろう。 「ライベルが行方不明になったのは、私達が魔物と戦ったところから少し東の場所のようです。魔物討伐の任務を受けていたみたいですが、帰ってきた同じ隊の連中が言うには……魔物討伐を終えて教会へ戻ろうとしたらライベルが忽然と消えていたんだそうです」 フィーリアはそれを聞くと踵を返し、森の方角へ走っていった。 「さてと、約束通り、協力しないとですね……ヒヒヒ……」 カラスを操り、フィーリアを見張る。 あの弔い瓶を置いた場所にフィーリアが辿り着く事。 しかし、それよりも先に、ライベルの死体を生贄にする時間を作らなくてはならない。 幸い、教会騎士は皆ライベルの捜索に当っている為、教会の隣の小屋の付近に人影はなかった。 エイムス、ゴイル、グレゴと落ち合う予定の場所まで移動し、ライベルの死体を運ぶ。 闇の炎の前に辿り着くと、3人を宿舎へと戻し、一人闇の炎に手を当てながらライベルの死体を投げ込んだ。 「ククク……いいぞ……いいぞ……!もっと俺に力を!!」 炎は燃え上がり、漆黒の火柱が上がる。 クロウは確かな手応えを感じていた。 「さて、そろそろ頃合いだろうか」 フィーリアを追っていたカラスを鳴かせて、目的の場所に誘導する。 そして、カラスの目を通してフィーリアが弔い瓶を無事に見つける事を確認した。 「ヒヒャハハハ……!!これでまた一つ計画が進んだ!!」 額に手を当てて狂うように、クロウは笑う。 そして、神父が闇の炎を見にくる時間がやってくる。 クロウはその場から動かない。 次の仕込みは、神父に仕掛ける計画。 (さぁ……こいよ……) 数分後、階段を降りてくる足音が聞こえ、クロウは神父を出迎える準備を整えた。 「し、神父様!?これは一体なんなのですか!?」 クロウは闇の炎を指差しながら神父に問い詰める。 「クロウ……あなたは何故ここにいるのですか?」 驚いている神父に向けて、クロウは用意していた通りに話を進めた。 「教会騎士がいなくなっている。諜報部員として色々と調べていたら、夜な夜なこの辺りに人影を見ると話がありました。調べてみたら、小屋の奥にこんな物があるじゃないですか!そこに、あなたが来た……。どういう事か説明して貰えますか!?」 クロウは迫真の演技を続ける。 「もしかして……教会騎士が消えている事に関して、神父様が関係しているとでもいうのですか!?」 「クロウ……それは違います……」 後ずさりする神父。 この闇の炎のことは誰も知らない。 それがバレてしまった瞬間の今、変な疑いも掛けられて神父はパニック状態だろう。 「説明してもらえますか!?本当の事を話してください!!」 神父の肩を掴み、力強く身体を揺する。 その拍子に神父の胸元から、モノクルが落ちるのをクロウは見逃さなかった。 「わかりました……全てお話しますから……落ち着いてください」 クロウは目的の一つを果たし、神父の話に耳を傾ける。 「これは、闇の炎……この街、ソーンを守る存在なのです」 神父は炎をその手に出してクロウに見せる。 神父の話は本に書いてある通りだった。 ソーンの神父は代々、この闇の炎の力でカラスの瞳を手に入れ、街の平穏を保っていた事。 聖騎士の祈りによって闇の炎の力が抑制されている事。 そして、今回の教会騎士の失踪に関しては、神父は何も知らない事。 想像していた通り、神父は毎晩闇の炎へ出向き、そこでカラスの瞳を使っていた事。 何故いつでも使えるものを使わないのかと疑問に思っていたが…神父の掟にはカラスの瞳を悪用しない為にも決まった時間にのみ、この炎の前で行うという規定があるらしい。 神父が闇の炎に出向く時間はカラスの瞳を使わなかったのは正解だったようだ。 全ての話を聞き終えたクロウは、真剣な表情で神父を見ていた。 「わかりました。この事は私の心に留めておきましょう」 「本当ですか?」 「えぇ。神父様が教会騎士の失踪と絡んでないのであれば、その事件を解決する事が先決ですし……。それに今の話を聞いた所、神父様は事件解決の為にこの炎でカラスを使っていたという事ですよね?」 「えぇ……まぁそうですね」 「なら、やはり事件の解決を急ぎましょう。疑ってしまい、申し訳ありません」 クロウは話を続ける。 「聖騎士のフィーリアにも、事件解決の為に動いて貰ってもいいですか?彼女は優秀だ。きっと何か掴んでくれる筈です」 「実は、最近この炎の力が不安定になってきているのです。今回の事件と関係があるのかはまだ分かりませんが……。フィーリアには祈りを続けて貰わねばなりません」 「今日行方不明になった教会騎士……ライベルでしたか……聖騎士様にとって良いご友人だったかと。彼女を縛り続けるのは酷な話です。神父様の懸念も分かりますが、彼女の意思を尊重してあげてください」 「それも……そうですね。いや、クロウ。君には随分と助けられてしまうな……」 「いいのですよ。神父様は社会に馴染めなかった私を救って貰った恩人ですしね……。おっと、もし彼女がこの闇の炎に関して気が付いて神父様に問う事があれば、下手に隠さずに、今私に話したように全て話した方がいいですよ。変に隠そうとすると、それこそ話が拗れるでしょうし」 「わかりました。そうしましょう」 クロウの目的は全て果たされた。 これで神父側の準備は問題ない。 後は――― ――数日後 計画は最終段階に入った。 次は、フィーリアに自分の事を疑わせる必要がある。 クロウは、街中を歩くフィーリアに声を掛けた。 「おやおや、聖騎士殿。こんな所で奇遇ですね。鎧が直ったんですか?いやあ、あんなにボロボロのドロドロになるまで……ライベルを探すなんて中々無茶しますよねぇ。そういえばライベルの手がかりが全く掴めていないみたいじゃないですか?」 「クロウか……余計なお世話だ」 「聖騎士殿はつれないですね~。教会騎士の間じゃこの事件を“夜の鍵”の仕業だとか、神隠しだとか……。そもそも神に仕える身で何を言っているんだか…ほんと、笑っちゃいますよね?」 「クロウ……私は忙しいんだ」 関心を持とうとしないフィーリアに、一つ目の罠を仕掛ける。 「この間消えたっていう二人も、“森”で一人で行動したから消えたって……まったく!迷子じゃあるまいし、ほんと聖騎士殿も気をつけてくださいよ」 「森……?クロウ、お前やけにこの件に詳しいじゃないか。一人で行動をしていたやつが行方不明になるのは知っているが、場所に関しての情報は表に出ていないはずだぞ?なぜお前がそれを知っているんだ?」 (ヒヒヒ……掛かった……。思ったよりも頭がキレますね~。手間が省けて良いことです!) 「え?あ、いやあ……あれですよ。一緒にいた隊の騎士に聞いたんですよ」 「それは嘘だな。行方不明になった者が隊を組んでいたとは聞いていないぞ」 (確実に食いついている。いいぞ……いいぞ……) 「か、勘違いですかね~?あ、それよりもその弔い瓶は……」 (話を誤魔化しているように見えるだろうか……?演技というのは難しいですね~) 「この弔い瓶はライベルがいなくなった場所にあった。私の物でもライベルのものでもない。こいつは……お前のものじゃないのか?」 「弱りましたねぇ……私を疑うんですか?なんで行方不明になったのかもわからないのに、私を疑うなんてあんまりですよ!それに私は弔い瓶なんて持っていませんし……」 (さぁ!来い!もっと食いつけ!!) 「……すまんな、気がどうかしていたよ。忘れてくれ」 急に頭に手を当てて、フィーリアは今までの会話を忘れるように首を振る。 (おい!急にどうした!?もっと疑えよ!俺は怪しいだろう!?) フィーリアの様子から、これ以上は話したくないという空気を感じ取り、クロウは苦肉の策を取る。 「待ってください!…疑われたままでは私の名誉に関わりますよ。今日一日私を監視してみてはいかがですか?身の潔白くらい証明させてくださいよぉ。あ、それに今日は任務もないので手がかりを探すお手伝いもできますよ」 「そうか。わかった」 少し危なかったが、なんとか自分の部屋にフィーリアを招き入れる事ができた。 これで作戦の最終段階は整った。 後は、勝手にフィーリアが動く筈。 クロウは他愛のない話をした後、自分のベッドに潜り込んで“その時”が来るのを待った。 ――その日の深夜 窓の外のカラスの目から自室の様子を伺ってみる。 フィーリアが寝ていれば鳴かせて注意を引きつける予定だったのだが、フィーリアは窓際で起きているようだった。 予定通り、エイムス、ゴイル、グレゴにカラスを使って合図を送り、墓荒らしに出かけさせる。 通るルートは自室の窓から見える道を選んだ。 フィーリアはこの3人を見つける筈だ。 「ん?あれは、エイムスにゴイルにグレゴじゃないか。こんな時間に何をしているんだ?」 フィーリアはクロウの部屋から出ていく。 計画通り事が進み、クロウは枕で笑い声を抑えていた。 3人が墓荒らしをしている現場をフィーリアは見納め、そのまま教会横の小屋まで3人を追う。 その場で声を掛ける事もあるだろうと踏んで次の手を用意しておいたが、思ったよりもフィーリアは慎重なようだ。 無事に小屋まで誘導する事が出来た。 カラスの瞳から小屋の様子を伺う。 フィーリアは小屋の中に入り、辺りを物色しているようだった。 闇の炎に死体を投げ入れ終わった3人が、隠し扉から出てくる。 予定通り、フィーリアと鉢合わせた。 「貴様らが一連の失踪事件の犯人だったのだな!吐け!その先には何がある!?とぼけても無駄だ……この小屋に死体を運び込むのを見ていた!さぁ吐け!貴様らがしたことを一つ残らずだ!この先には一体何がある!」 怒声を上げるフィーリア。 クロウはその様子を、半空きになった小屋の入り口に配置したカラスの瞳から眺めている。 「こ、殺さないでくれ!俺達は、なんにも知らねぇんだ!脅されててよ…やるしかなかったんだよ!」 エイムスのなんとも滑稽な態度にクロウは吹き出した。 「わ、分かった、正直に話す!だから、命だけは!」 (頃合いだな。お前ら、よく働いたご褒美だ) クロウはパチンと指を鳴らす。 予め3人に飲ませたコーヒーに仕込んでおいた闇の炎が燃え上がり、身体の内側から燃えていく。 「ぐぉおおおおおああああああ!!!」 (さぁ、後一手で、チェックメイトですね) クロウは笑う。 朝になり、教会の側で身を潜めていたフィーリアに声を掛ける。 「おやおや聖騎士殿。昨晩は突然どちらに行かれたんですか?朝起きたら聖騎士殿はいないし、親しい仲間が三人も亡くなってしまって…そしてこの騒ぎですよ」 小屋の外で一晩を明かしたフィーリアには流石に疲れが見て取れる。 3人の焼死体はシスターが発見し、既に小屋の周りには人だかりが出来ていた。 その中には神父の姿もある。 「クロウ!どういうことだ?私を疑っているのか!?私が奴らを殺したと」 「えぇ…まぁ普通に考えたらまずあなたを疑うでしょうね。あなたが突然いなくなって朝まで帰ってこない。そして死体が三つも見つかる…十分じゃないですか?」 「クロウ。彼らは臓腑を炎で焼かれたと聞いたが……私には炎の魔素は扱えない」 頭を悩ませているフィーリアに、最後の一手を用意しようと、クロウはフィーリアに別れを告げて小屋に向かう。 「この小屋の調査は教会騎士の諜報部が行います。皆さん、速やかに撤収してください。神父様も、それでいいですね?」 神父に目配せで、闇の炎は私が守りますと伝えると、神父は首を縦に振った。 「現場はクロウに任せて、皆さんは3名の葬儀の準備を急いでください」 慌ただしい現場は一旦クロウに任せられて、他の者は散り散りになった。 その時、フィーリアがクロウに近づいてくる。 「聖騎士様、どうされました?まだなにか……」 クロウは構える。 ここでミスがあれば全てが水の泡になってしまう。 フィーリアは手に何かを乗せてクロウに見せてきた。 「クロウ。あの小屋には得体の知れない禍々しい炎が隠されていたんだ。私はそこでこれを拾った」 クロウは目を丸くする。 それは、最後の一手だと用意しておいた神父のモノクル。 現場検証の際に自分が見つけてフィーリアへと渡すつもりだったがクロウにとっては、嬉しい誤算だった。 笑いを隠すのが難しい。 「ゴホッゴホッ……失礼。ほう……これは……何かのレンズですかね?若干度が入っているように見受けられます」 必死に笑いを咳払いで誤魔化し、確信に迫る。 最後の一手を打ち切った。 (さぁ、チェックメイトです) フィーリアが去ったのを見届け、クロウは笑う。 あのレンズが神父のモノクルだという事は感づいただろう。 そして、あの弔い瓶も神父のものだとフィーリアは気がついている。 神父にその話をすれば、クロウの助言通り神父は事実をフィーリアに話す。 そして闇の炎を神父が手から出すのを見せれば、その時が神父の死ぬ時。 全て、計画通りにコトが運ぶ……。 そして―――― カラスの瞳を使い、神父の部屋の窓を眺めるクロウ。 やってきたフィーリアは、クロウの台本通りのやり取りをしていく。 「悔い改めよ!!」 倒れ込む神父。 崩れ落ちるフィーリア。 (ヒ……ヒヒャハハ……全て、計画通りにコトが運んだ……!) フィーリアのいる部屋に足を運ぶクロウ。 最後にフィーリアを励ますような言葉を吐いて穏便に終わる。 そうすれば、闇の炎はクロウのものになる。 全て計画が上手くいったのだ……最後まで成し遂げよう。 「今の音は一体どうしたんです!大丈夫ですか神父様!!……な、なんと!?せ、聖騎士殿これは一体……何があったんですか?」 「神父様が……ライベルや他の騎士達を!私は、許せなかった!育ての親であっても間違いは正さなければ……」 笑いがこみ上げる。 我慢……ここで我慢しなければ……。 「一人で抱えないでくださいよ、聖騎士殿。私もお力になりますから。あ!胸を貸しましょうか?いくらでもこの胸で泣いていただいてかまいませんよ!」 (ダメだ……堪えきれない……) 口元が緩むクロウ。 目の前にいるフィーリアは、今まで信頼してきた神父を騙されて殺して……そしてその騙された男に恩を感じている……こんなに滑稽な事があっていいのだろうか…… 「今は……お前のその適当な感じに救われる」 「ン~、私は至って真面目なつもりなんですがねぇ」 「フフフッ……それはすまなかったな」 (もう……限界だ……) 「フフフ……フフハハハ……ヒヒャハハハハ!!!」 どうしようもなかった。 こんなにも面白い事が世の中にあっていいのだろうか。 「クロウ!?どうした!?」 「どうしたもこうしたもあるか!!これが笑わずにいろってのが無理な話だろうが!!ヒャハハハ……」 全てが上手くいった。 それが途方もなく可笑しい。 クロウは笑う。 その時、外から物凄い音が聞こえてきた。 ソーンの街に、帝国軍が進行した瞬間だった。 混乱する人々の声、崩れる建物の音。 フィーリアはとっさに外に飛び出した。 クロウは笑いをまだ抑える事が出来ない。 「今度は……なんだってんだ……ヒャハハハ!!」 ――数刻後 クロウが教会から出ると、目の前に戦場が広がっていた。 その最前線にフィーリアが見えるが、どうやら押されているようだ。 腹を抱えてクロウは笑う。 「助けてやろうか!?聖騎士様よぉ……!!ヒャハハハ……!!」 全てを悟ったフィーリアは、クロウを睨みつける。 「貴様の助けなどいらん!この裏切り者が!!!」 その怒りさえ、クロウには堪らない。 「ヒャハハハ!!お前は街を守りたい!俺は帝国に炎の秘密を知られたくない!動機は違うが、目的は一致してるじゃねぇか!!俺が一緒に戦ってやるよ!ヒヒャハッハハハハ!!!!」 +聖夜に舞う赤き風エリス 「やだやだやだ~!クリスマスなのに~!!」 「エリス~!プレゼントくれよ~!」 「あ、あははは……」 所属する海賊団員全員で臨んだ大仕事。 やっとの思いでその仕事を片付け、バルバームへとくたくたの体で帰り着いた途端、街の子ども達に囲まれたエリス。 「えっとぉ~……クリスマスなのはわかったんだけど……何でアタシがみんなにプレゼントを?」 「船長は毎年プレゼントくれてたぞ!」 「船長が!?」 聞けばその船長。 クリスマスの時期になると、サンタ代わりに街の子ども達にプレゼントを毎年配っていたとのこと。 貧しい家々の子ども達に対する粋な計らいである。 「でもね、でもね、今年はプレゼントまだもらってないの……!」 「あ~……」 それも無理からぬことだ。 ここ数週間、大きな仕事に備えて団員一同は大忙し。 船長ともなると、計画を練ったり、皆の監督をしたりと、その苦労も人一倍だったことだろう。 当然、プレゼントを用意する時間など無かったはずだ。 「最近ちょっと忙しかったから、船長さんも大変だったんだよ?だから許してあげて?ね??」 「知ってるよ!だから代わりにエリスに頼んでるの!」 「…………何でアタシなのかなぁ?」 出来る事なら船長の気持ちを不意にはしたくないし、楽しみにしていた子ども達を裏切るのも忍びない。 しかし……しかし……金がない。 こればかりはどうにもできそうになかった。 「ねぇ……もう諦めようよ。エリスお姉ちゃん困ってるよ?」 「お前はプレゼント欲しくないのかよぉ!?」 「だって、だってね……プレゼントは大人の人がくれる物だから。エリスお姉ちゃんに頼んでも……」 「……そんなの……わかってるよ……」 エリスの顔から少し下の方へ視線を落として溜息をつく男の子。 その表情を見て、エリスは罪悪感を覚える。 このままでは、船長が子ども達の期待を裏切った事になる。 そんなのは見過ごす事ができない。 その想いが、エリスの心に火を点けた。 「わかったよ!全部エリスお姉さんに任せなさい!今年もプレゼントを用意してあげるんだからっ!」 「ホントに~!?」 「おいおい、大丈夫なのかよ?」 「ふっふっふ……我に秘策有り……!」 ―――――― ―――― ―― 「イヴァンせんぱ~い!ちょっといいですかぁ??」 「うぉわ!?エ、エリス!?なんだてめぇ……ノックもしねぇでいきなり人の部屋に!!」 「まだ寝てなくて良かったですぅ!先輩にちょっと相談があるんですよぉ!!」 「あぁ!?俺はマジで疲れてっから!!起きてからにしてくれ」 「まぁまぁ……先輩にとってもいいお話ですから、とりあえず聞いてみるだけでも!」 「はぁ……仕方ねぇな……聞くだけぐれぇなら……」 「流石せんぱいですぅ!!話の分かるいい男ですねっ!!」 「てめぇ……ほんと現金な奴だよな……」 「何の事ですかぁ?エリスわかんな~い!」 「ったく……。表の酒場で待ってろ。着替えてから行く……そういやエリス。てめぇ、俺が裸なのに動じたりしないんだな?」 「え??その辺の犬も服なんて着てないじゃないですか。それに先輩って常に半裸ですし。そもそも視界にはなるべく入れないようにしてるんで、大丈夫ですよ!?」 「それが頼み事をする人間の態度か……?」 「じゃあ酒場で待ってますから、早くしてくださいね!!」 「聞けよ、てめぇ!!」 待つこと五分程だろうか。 酒場のカウンターでミルクをあおっていたエリスの元に、イヴァンが顔を出す。 「も~!遅いですよ、せ・ん・ぱ・い!アタシのために気合入れておめかししてくれていたんですかぁ?」 「なんでてめえと話すのにおめかしする必要があんだよ……で、その先輩を呼びつけるほどの相談ってのは?」 疲れた身体に鞭打たれ、是非も無く呼び出されたのだ。 しかも同じ海賊団の後輩に。 当然と言えば当然だが、イヴァンの機嫌はあまり良いようには見えない。 それでもこの場に現れたのは『相談』という言葉を無下にできない彼の性格を表していると言えるだろう。 「おやっさんがねぇ……」 事の顛末を話すと、イヴァンは子ども達に囲まれていた時のエリスと同じ、思うところはあるが渋るような、そんな悩ましい表情を浮かべる 「船長に相談しようとも思ったんですけど、たぶんまだお仕事の後始末とか残ってると思うし……」 「ま、そりゃ酷だわな。善意でやっていたとはいえ、強制されちゃおやっさんも堪ったもんじゃねぇだろ。だから俺のとこに来たわけか……」 「どうですか?ちゃちゃっと片付けちゃいません?」 「普段なら暇だしそれくらい手伝ってやってもいいけどよ……今はとにかく仕事の疲れがなぁ……」 「……そう……ですか。仕方ないですよね。これ以上アタシのワガママに先輩を付き合わせるのも悪いですし、アタシ一人で何とかしてみます……くすん」 「いくら俺でも雑巾の絞り汁みたいな嘘の涙には釣られねぇぞ?」 「……っち!」 「そんなんだから俺もやる気が起きねぇんだよ……ったく」 「あ~……でも、先輩?これってチャンスでもあると思うんですよね?アタシ」 「チャンス?」 「船長もきっと今回の事を気に病んでいると思うんですよ。そこに颯爽と現れて、その想いを汲んでくれる船員がいたら、船長はどう思うんでしょうね?」 「……ふむ」 「船長だけじゃありませんよ?街の子ども達だって大感謝確実ですよね。船長に並ぶ街の優しい兄貴分として評判はうなぎ登り!」 「…………ほぅ」 「さらに!普段そういう事をしなさそうな人が突然そんな事をすれば、これぞまさにギャップ萌え!ついでに子ども達のお姉さん、お母さん、その友達に至るまで、街中のご婦人達が頬を染めながら憧れの眼差しを向けてくるように!!」 「作戦について聞こうか!!」 「それでこそイヴァン先輩です!!」 イヴァンは先程とは打って変わって、真剣な目でエリスを見る。 「俺にもプレゼント用意する金はない。これについて何か策は?エリス」 「お金は必要ありません。プレゼントは盗みます!」 「ふっ……海賊らしいな。で、当てはあるのか?」 「少し前、仕事のターゲットにしようとしてたイエルの貴族は覚えてますか?」 「あぁ……確か悪徳商売で私腹を肥やした成金豚野郎だったな。その後大きな仕事が急に飛び込んできて、結局計画はお流れになっちまったんだっけか」 「そうです!せっかくだから今回、プレゼントの手配役に一躍かってもらおうと思いまして」 イヴァンは目を閉じて少し俯くと、額に手を当てて少し笑う。 「なるほどな……悪くない」 「せんぱい……そろそろウザいんで元のキャラに戻してください」 「いちいちうるせぇな……でもよぉ?貴族邸となると警備もそれなりだぞ?二人だけでやんのかよ?」 「そのまま突破するのは二人じゃ難しいので、ちょろっと先輩に別の仕事を頼めないかな~なんて!」 「別の仕事?」 「イヴァン先輩には、イエルに魔物をおびき寄せてきて欲しいんですよ」 「そりゃ……パニックが起きて、家から避難するわな」 「そしてあらかじめイエルに潜入したアタシが、華麗に貴族の屋敷に忍び込む!あ、あくまでパニックを起こすためだけなので、凶悪すぎる魔物はくれぐれも連れてこないようにお願いしますね!!」 「いいぜ!確かに手勢不足を補うにはいい作戦だ!けど、もし見つかったらてめぇ一人でどうすんだよ?」 「もちろん、いざという時の事も考えてますよ!でも、それはまた後程ということで!」 「何するつもりだ……?まぁ、いいか。じゃあ準備が出来たらバルバームの門前に集合な」 「了解ですぅ!」 間もなく陽が落ちようという頃、約束通りバルバームの門で落ち合う二人。 先に到着しイヴァンは寝転がってエリスを待っていたが、近づいてくるエリスの気配を感じて立ち上がる。 「やっと来やがったか……いつまで待たせ――うぉおい!?何だその恰好!?!?」 エリスは、普段の仕事の時に着る服ではなく、軽装を可愛らしくアレンジしたサンタコスプレで登場していた。 「あれ?似合ってないですかぁ?」 「そ、そ、そういう問題じゃなくてだな……!」 「これなら現場を押さえられそうになっても、サンタさんですよと言い張って誤魔化すことができますよね!」 「んなわけねぇだろ……!」 「あれあれ~?先輩……顔が赤いですよぉ?見たかったらもっと見てくれてもいいんですよぉ??」 「っるせぇ!!貧相なてめぇなんか誰も見ねぇよ!!」 「……は?何様ですか~?」 こうして二人はイエルへ向けて出発していく。 イエルの街で何が待っているのか、この時のイヴァンはまだ知らない。
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ー=アクエリとかいろいろ = ==1.思いついたカード == 高校生”涼宮ハルヒ” E.G.O 2F2C スチューデント/アスリート 4/3/3 ▼ イニシアチブ このキャラクター はブレイクしていないキャラクターが場にいない時、アタック宣言・ガード宣言することはできない。 このキャラクター からこのキャラクターを対象としないプロジェクト・ファスト・パーマネントカードのコストを支払うことはできない。 SOS団団長”涼宮ハルヒ” E.G.O 3F1C スチューデント/アスリート 5/4/4 イニシアチブ ブレイクスルー 【”涼宮ハルヒ”のみブレイク可能】 このキャラクターが支配エリアに存在するとき、 あなたの全ての支配キャラクター はシンクロを得る。 全ての対戦相手 はこのキャラクターを対象としないプロジェクト・ファストカードを使用することができない。 ※解説 1段目は自己中団長。2段目はSOSの結束です。 ヒューマノイドインターフェース”長門有希” E.G.O 2F2C スチューデント/スカラー/ミスティック 4/(3)/3 このキャラクターはファクターにイレイザーを持つ。 このキャラクターにパワーカードが精神力分だけセットされたとき、 全てのプレイヤー はこのキャラクターの精神力分のダメージを受ける。 このキャラクター はアタック宣言・ガード宣言することはできない。 SOS団団員”長門有希” E.G.O 3F1C スチューデント/スカラー/ミスティック 5/(4)/4 イニシアチブ br/ 【”長門有希”のみブレイク可能】 このキャラクターはファクターにイレイザーを持つ。 ≪このキャラクターのアタック宣言に対してガード宣言するか、このキャラクターにガード宣言されたキャラクター≫にXダメージを与える。 Xはこのキャラクターの精神力に等しい。あなたのターン終了時に、このキャラクターのパワーが精神力未満だった場合、 ≪あなた≫はデッキからこのキャラクターの精神力分だけドローし、このキャラクターのパワーが精神力と等しくなるまで、手札をパワーカードとしてこのキャラクターにセットする。 ※解説 1段目は梃子でも動かない長門。2段目は暗躍する長門。 時空管理員”朝比奈みくる” E.G.O 2F2C 4/3/3 スチューデント/ワーカー/タレント ドロー-1 パーマネント+1 ≪このキャラクター≫が捨て札になる場合、このカードを あなた の手札に戻す。 SOS団団員”朝比奈みくる” E.G.O 3F1C 5/4/4 スチューデント/ワーカー/タレント ドロー+1 パーマネント+1 【”朝比奈みくる”のみブレイク可能】 ≪このキャラクター≫が捨て札になる場合、このキャラクターにセットされているパーマネントカード1枚を捨て札することで、 このキャラクターを場に残すことができる。 ※解説 1段目はドジっ子、2段目はコスプレさえさせば死なないメイドさんです。 高校生”キョン” E.G.O 2F2C 4/3/3 スチューデント♂/アスリート♂ X 目標の≪あなたの手札のネームレベルでないブレイクカード1枚≫を、あなたの支配エリアのキャラクターにセットする。 必要ファクター・分類・ブレイク条件は満たしていなければならない。 Xは目標のコストに等しい。 SOS団団員”キョン” E.G.O 3F1C 5/4/4 スチューデント♂/アスリート♂ 【"キョン"のみブレイク可能】 X 目標の≪あなたの手札のブレイクカード1枚≫を、あなたの支配エリアのキャラクターにセットする。 必要ファクター・分類・ネーム・ブレイク条件は満たしていなければならない。 Xは目標のコストに等しい。 ※解説 生きたイースター。以上。 超能力者”古泉一樹” E.G.O 2F2C 4/(3)/3 スチューデント♂/スキャナー♂ 1 メインフェイズ終了時まで、≪このキャラクター≫はブレイクスルーを得る。 SOS団団員”古泉一樹” E.G.O 3F1C 5/(4)/4 スチューデント♂/スキャナー♂ 【”古泉一樹”のみブレイク可能】 1 メインフェイズ終了時まで、≪このキャラクター≫はブレイクスルー・ステルスを得る。 また、メインフェイズ終了時までキャラクターを目標にアタックすることが可能。 ※解説 ふんもっふに2段目は閉鎖空間モードがつきました。 高校生”谷口” E.G.O 3F3C 5/4/4 スチューデント♂/タレント♂ このキャラクターがバトルする際、≪このキャラクターのバトル相手のスキル・エフェクト全て≫を無効化する。 ※解説 WAWAWAでスキル・エフェクトを消します。 高校生”国木田”E.G.O 3F3C 5/(4)/4 スチューデント♂/スカラー♂ ≪このキャラクターとこのキャラクターにセットされている全てのカード≫はプロジェクトカード・ファストカード・エフェクトの効果を受けない。 ※解説 谷口と対で作ってみました。 高校生”鶴屋さん” E.G.O 3F3C 5/4/4 スチューデント/ワーカー X このキャラクターにセットされているパワーカードX枚を、目標の≪あなたの支配キャラクター1人≫に、パワーカードとしてセットする。 X あなたの手札X枚を、目標の≪あなたの支配キャラクター1人≫に、パワーカードとしてセットする。 ※解説 金持ちのお嬢様だけあって、なかなかの補給能力の持ち主。 生徒会書記”喜緑江美里” E.G.O 3F3C 5/(4)/4 スチューデント/スカラー このキャラクターはファクターにイレイザーを持つ。 1 目標の≪キャラクター1体にセットされているあなたの任意のパワーカード1枚≫を、そのオーナーの手札に戻す。 ※解説 秘書らしく、整理しています。 学級委員長”朝倉涼子” E.G.O 3F3C 5/4/4 スチューデント/ウォリアー/タレント イニシアチブ このキャラクターはファクターにイレイザーを持つ。 1 メインフェイズ終了時まで、≪このキャラクター≫はステルスを得る。 ※解説 最強の切り込み隊長。 情報制御空間で相手プレイヤーを切り刻め! 情報連結解除 Project Card E.G.O 4F3C 目標/瞬間 このカードはあなたの支配エリアにイレイザーのファクターを持つネームレベルのキャラクターが存在しなければ効果を発揮しない。 ≪あなたの任意のキャラクター1体を構成するカード及びセットされているカード全て≫をそのオーナーのダメージ置き場に置く。 その後、メインフェイズを終了する。 ※解説 ハルヒシリーズ最強の切り札。 条件は厳しいが、決まれば即死物。 中学生”植木耕助” E.G.O 2F2C 4/3/3 スチューデント♂/アスリート♂ 1 メインフェイズ終了時まで≪このキャラクター≫に0/+1/+1を与える。 新天界人”植木耕助” E.G.O 3F1C 5/4/4 スチューデント♂/アスリート♂ 【”植木耕助”のみブレイク可能】 ブレイクスルー ≪このキャラクター≫のパワー1につき、0/+1/+1を与える。 1 メインフェイズ終了時まで≪このキャラクター≫にイニシアチブを与える。 1 このキャラクターのアタック宣言に対し目標となったプレイヤーは通常のガード宣言に加え、 さらにもう1体ガード宣言しなければ目標となったプレイヤーともダメージ計算を行う。 対戦相手はさらにもう1体でガード宣言した時、別々にバトルを行う。バトルを行う順は対戦相手が決める。 十つ星天界人”植木耕助” E.G.O 4F0C 6/5/5 スチューデント♂/アスリート♂/イレイザー♂ 【新天界人”植木耕助”のみブレイク可能】 イニシアチブ ブレイクスルー ≪このキャラクター≫を対象に含むコストX以下のプロジェクトカード・ファストカード エフェクトは効果を発揮しない。Xはこのキャラクターのパワーに等しい。 Xはこのキャラクターのパワーに等しい。 ≪このキャラクター≫はバトル時に0/+X/+Xを与える。Xはこのキャラクターのパワーに等しい。 1 ≪精神力X以下のキャラクター1体≫のアタック宣言もしくはガード宣言を取り消す。 Xはこのキャラクターのパワーに等しい。 1 このキャラクターのアタック宣言に対し目標となったプレイヤーは通常のガード宣言に加え、 さらにもう1体ガード宣言しなければ目標となったプレイヤーともダメージ計算を行う。 対戦相手はさらにもう1体でガード宣言した時、別々にバトルを行う。バトルを行う順は対戦相手が決める。 ※解説 植木最終形態。レベル2十つ星天界人という最強のキャラクターです。 まさしく「魔王」といえる存在です。 レベル2の効果「リバース」により大抵のプロジェクトカード・ファストカード エフェクトは意味をなさなくなります。
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+煌光の聖騎士フィーリア 大陸で数少ない信仰を持つ街ソーン。 ソーンではカラスが生と死を見守る存在として信仰されている為、街に沢山ある教会にはカラスを模した彫刻が設置されていた。 教会には親のいない子供達の為に孤児院が存在していた。 孤児院は神父達により運営されており、戦や魔物との戦い、病などで両親を失った子供達の為に生活の面倒や教育を施していた。 ある日、フィーリアという幼い少女が神父に連れられてやってくる。 両親を早くに亡くし、身寄りがなかった彼女は孤児院へと引き取られることとなった。 泣きじゃくり、神父に手を引かれながら初めて施設を訪れたフィーリア。 周囲をぐるりと子供達が囲んではフィーリアを物珍しそうに見ている。 フィーリアはこの場をすぐにでも逃げ出したかった。 優しい両親を失って間もなく、さらには自分を取り囲む環境が目まぐるしく動いては変化していく。 いっその事、パパやママの元へ行けたら…楽になるのかな…? フィーリアの頭の中では両親との思い出が走馬灯のように蘇る。 「おいっ!おいってば!」 呼びかけられたフィーリアは現実に戻される。 「は、はい!…な、なぁに?」 声をかけてきたのはフィーリアより背が高く、施設では年長者であろう男の子だった。 満面の笑みで顔を近づけてはジロジロと興味をフィーリアにぶつける。 「俺の名前はライベル!お前は何て名前なんだ?……フィーリア?ふーん、いい名前だな!」 ライベルの勢いに圧倒されつつ、小さな声で自分の名前を名乗るフィーリア。 「今日からここで暮らすんだろ?よろしくな。ああ、そうだ。いいものやるよ」 ライベルはポケットから袋を取り出し、中身をフィーリアの手の上に出す。 袋からは鮮やかな色をした星型の砂糖菓子が落ちてくる。 「ほら、食ってみろよ。すげぇ甘いんだぞ?それ食ったら元気が出るぞ!」 フィーリアは砂糖菓子の一粒を口の中に含む。 「んむ…あ、あまぁい!」 パァァッと自分の顔がほころぶのがわかった。 「だろ?へへ。向こうにみんないるんだ。ほら、行こうぜ」 「う、うん…!」 ライベルに差し出された手を握り、皆の輪に入っていくフィーリアを見て神父はにこやかに頷いていた。 そして、施設へ入りたてのフィーリアの面倒はライベルが見ることとなる。 ライベルは施設の子供達の兄のような存在でみんなから慕われていた。 最初は馴染めなかった孤児院の空気も、ライベルのおかげですぐに溶け込んでいくことができた。 ――歳月は流れ 施設で育った孤児達は厚い信仰心から皆、教会への恩を返す為に教会騎士となっていく。 教会ではそんな彼らの為に教会騎士の訓練を行っていた。 そして、子供達は基礎訓練を終えて16歳になると教会騎士団へ正式に入団する。 今日はライベルの教会騎士団への入団式の日。 年長者であるライベルはフィーリア達の孤児院では、誰よりも先に教会騎士となった。 教会騎士は教会を守り、ソーンの街を護る騎士団である。 そして、入団者には信仰の対象となっているカラスを意識した黒い装束と、教会関係者の証であるカラスの羽のアクセサリーが与えられる。 入団式にはフィーリア達も先輩の晴れ姿を見る為に参列した。 孤児院ではライベルが抜けたことで、フィーリアが一番の年長者となる。 厳かな雰囲気で執り行われた式で、ライベルはとても凛々しくて勇ましく見え、真っ黒な教会騎士の装いをした姿にフィーリアは感動と憧れを覚えた。 そして、自分もいつか、ライベルのような素敵な騎士になりたいと心に誓い、訓練と教会での祈りに邁進していく。 ――さらに歳月は流れ フィーリアも16歳となり、正式に教会騎士団への入団が認められる。 入団を明日に控えたフィーリアは、大聖堂で祈りを捧げていた。 「フィーリア、ちょっといいですか?」 不意にフィーリアに声をかけてくる者がいた。 それは、宝冠を被り荘厳な雰囲気を漂わせる神父様であった。 「これは神父様!如何なさいましたか?」 神父は一つ咳払いをしてから話を始める。 「入団式がついに明日になりましたね。まずは、おめでとうと言わせてください。あなたの信心は素晴らしいものです。正義の心と人を愛する心、そして何よりも教会への忠誠心も強い」 「そ、そんな…もったいないお言葉です」 神父から贈られる賛辞にフィーリアは照れる。 その表情を微笑ましく見つつ、神父はフィーリアに頼みがあると言う。 「フィーリア、あなたに聖騎士の称号を授けます。受け取って頂けますね?」 一瞬、神父様が何を言っているのか分からなかった。 聖騎士?まだ入団式も済ませていない私が…? 神父はフィーリアの心情を悟ったかのように言葉を続ける。 「前任の聖騎士が病に倒れ、亡くなられたのはご存じですね?聖騎士は教会騎士団の象徴でもあります。その席を空位のままにすることはできません。それに…強い信仰心を持つ者でなければ聖騎士の証でもある十字の聖剣を扱うことができません」 フィーリアは迷っていた。 神父様の言うことは間違いない。 聖騎士が空席のままでは…教会騎士団の面子に関わる。 「し、神父様、ですが…」 神父はフィーリアの言葉を遮り、話を続ける。 「前任の聖騎士は私ととても親しい方でした。まさか先立たれてしまうとは想像もしていませんでした。こうして遺灰を弔い瓶(とむらいビン)につめる日が来ようとは……」 神父様は悲しそうな顔を浮かべながら、首からネックレスのように下げている7つの弔い瓶の1つを撫でる。 弔い瓶はソーンに伝わる風習のひとつで、親しい人が亡くなった際、弔いの意味を込めて身に着ける装飾品である。 「私は毎日祈りを捧げているあなたの姿を見てきました。この教会には聖騎士が必要なのです。私にはあなた以外に適任者がいるとは思えません。フィーリア…お願いできますか?」 あの神父様にここまで頼まれれば断れるわけがない…。 意を決し、フィーリアはゆっくりと膝を落として、神父へ向けて跪いて誓いを立てる。 「身に余る光栄です…未熟ながら、このフィーリアは親愛なる神父様と教会の為に、聖騎士の称号を頂き、精一杯努めて御恩をお返したいと思います」 翌日、教会騎士団の入団式と併せて、すべての教会騎士、神職に就くものが大聖堂へ集められ、聖騎士就任の儀が執り行われた。 神父様は壇上で聖典を開きモノクルを眼窩にはめる。 祝辞が読み上げられ、聖歌隊が聖騎士へ捧げる詩を歌い始める。 フィーリアは聖騎士の象徴である純白の鎧に身を包み十字の聖剣を受け取った。 そして、教会騎士達に向けて十字の聖剣を掲げると一斉に敬礼が行われる。 その中には、先に教会騎士になっていたライベルの姿もあった。 フィーリアがライベルの姿を見つけて目が合うと、ライベルは優しい笑顔をしながら力強く敬礼をした。 今日をもって、フィーリアは教会騎士団の聖騎士となった。 ―― 晴れて、聖騎士としての称号を受け取り教会騎士となったフィーリアは、任務に就くこととなる。 聖騎士といっても教会騎士であることに変わりはなく、他の教会騎士と共に街の人からの依頼や、街の警備、葬儀の執り行い、街周辺に現れた魔物の討伐などが主な任務となっている。 他の騎士達と違う所といえば、週に1度の祈りの儀があること。 身と剣を清める為、大聖堂で聖歌隊の詩と神父様の祝詞を聴き、祈りを捧げる。 その日、祈りを終えて大聖堂を出ると、次の任務を共にする教会騎士達が待っていた。 「どうも~聖騎士殿。私はクロウと言うものです」 ひょうひょうとした笑顔でその男はクロウと名乗った。 クロウの着ている教会騎士の黒い軽鎧は、フィーリアの純白の鎧とは対照的に漆黒に染まっている。 「あぁ、よろしく。それと聖騎士殿と呼ばれるのは堅苦しい。フィーリアでいい」 「いやいや、そんな名前でなんて呼べませんよぉ…聖騎士殿と呼ばせてください」 クロウはその笑顔を絶やさないままフィーリアに軽く敬礼し、任務の内容を読み上げた。 「今日はですねぇ…近隣の森に現れた魔物達の討伐みたいです。最近、魔物の活動も活発ですしね。あ、本隊は聖騎士殿と私、エイムス、ゴイル、グレゴの5人ですよ。なんか…隊の人数が少なくないですか?ほんとに、人使い荒いですよねぇ~。まぁ、ちゃっちゃと終わらせますか」 ヘラヘラしながら面倒だと言わんばかりのクロウにフィーリアは注意をする。 「クロウ、戦いの前だ。万が一と言うこともある。気を緩めるな」 「は~い。了解しました!」 間延びをした返事を返すクロウ。 このクロウという男、バカなのか?自信のあらわれなのか?これから魔物と戦いに行くというのに緊張感がまったくない…フィーリアは真意のまったく読めないクロウを訝(いぶか)しがった。 フィーリアの隊が任務で指定された場所へ着くと大量の魔物がうごめいていた。 こいつは…一筋縄ではいかないな。 フィーリアの隊は五人、圧倒的な数的不利は目に見えている。 どうするか…?フィーリアは考える。 「クロウ、私と共に奇襲をかけるぞ!エイムス、ゴイル、グレゴは魔法で援護してくれ」 「え?聖騎士殿が私をご指名ですか?でも…戦うのは得意じゃないんですよねぇ…」 「けっこうな場数を踏んでいるだろう?身のこなしでわかる。謙遜しなくていい」 クロウの口元にかすかな笑みがこぼれた。 「まいりましたね…買いかぶりじゃないですか?でも、せっかくのご指名ですし…やりましょう!あなた達頼みましたよ?」 他の三人にそう告げるとクロウは短剣を抜く。 「クロウ!遅れるなよ!」 フィーリアとクロウは魔物達に向かって駆け出す。 そして、近くにいた魔物から十字の聖剣で一気に薙ぎ払う。 魔物にとってフィーリア達の出現は予想外だったらしく、突然の奇襲に右往左往とし混乱を極める。 フィーリアの剣を運よく避けてもクロウの短剣が魔物の急所を的確に貫いていく。 また、後衛に配置された三人の援護もよく機能し、逃げ惑う魔物を仕留めていった。 半刻程の戦闘で魔物達は一掃され、辺りにはその屍が転がる。 「たいしたことはなかったな。クロウ、大丈夫か?」 フィーリアは傍らで短剣の汚れを落としていたクロウに声をかける。 「ええ、大丈夫ですよ~。怪我もありませんし。他の3人も無事ですかぁ?」 後衛にいた三人組は頷く。 「それにしても見事な腕前ですね~。聖騎士殿は一体どこで剣を学んだんですか?」 「お世辞はいい。私の剣は、ほとんどこの聖剣のおかげだ」 クロウの問いにツンとした返事をするフィーリア。 後衛の三人組は息を切らしていた……だが、クロウに呼吸の乱れはなかった。 自分と一緒に前衛で戦っていたのに、こいつは一体何者だ?フィーリアが思考を巡らせていると、クロウが口を開く。 「それじゃあ…まあ、戻るとしましょうか?教会への報告は私の方で済ませておきますから、聖騎士殿はどうぞ先に帰って休んでくださいな」 クロウはそう言うと同時に教会へと向かって駆け出していた。 続いて三人組が遅れまいと後を追う。 ―― フィーリアは一人、大聖堂に向かい魔物の冥福を祈っていた。 「……」 魔物と言えど、命に変わりはない…その命を奪った禊(みそぎ)としていつも祈りを捧げている。 祈りを終え外に出ると、大聖堂を取り囲むように沢山のカラスが鳴いていた。 どこか少し不穏な空気を感じながら兵舎へと向かう。 途中、教会の近くに差し掛かったところで、正門の方から言い争う声が聞こえてくる。 フィーリアが様子を見ようと教会へ足を延ばすと、そこでは騎士達が揉めていた。 「お、おい……」 フィーリアが近づいて声をかけようとすると、どこからかクロウが現れた。 「おやおや?聖騎士殿。どうしたのですか?教会への報告なら私がもう済ませましたよ?」 「クロウか。いや、この騒ぎはなんだ?何かあったのか?」 クロウは少し困った表情をしながらも、笑みを絶やさずに話す。 「ン~…どうやら、任務の途中で行方不明になった騎士がいるようで。いやぁ…最近多いみたいで怖いですよね?その騎士は確かライベルって名前で……おや?聖騎士殿?どうかされました?」 フィーリアの顔からさっと血の気が引いていく…ライベルだと?そんなまさか! 「クロウ!ライベルという名前で間違いないのか!?」 「え?ええ、間違いなくそう聞きましたよ。あれ?恋人とかだったんですか?」 フィーリアはクロウの胸倉を強く掴んで声を荒げる。 「ライベルが最後に行った場所はどこだ!?私のとても大切な友人なんだ!今すぐ私が探しに行く!」 「ちょっ…落ち着いてくださいよ!今日はもう日が落ちますよ?聖騎士殿までいなくなったら…それに、捜索隊も結成するみたいですし…」 フィーリアは必死の形相で頼み込む。 「頼む…知っているんだろ?…教えてくれ」 「あ~もう!分かりましたよ!でも、必ず帰ってきてくださいよ?私もできる限り協力します。」 フィーリアはクロウの手を取り、両手で包み込む。 「本当か!?恩に着る…」 「ライベルが行方不明になったのは、私達が魔物と戦ったところから少し東の場所のようです。魔物討伐の任務を受けていたみたいですが、帰ってきた同じ隊の連中が言うには…魔物討伐を終えて教会へ戻ろうとしたらライベルが忽然と消えていたんだそうです」 それを聞くと、考えるよりも先に足が動き出していた。 ライベルの消えた場所へ着く頃には、空に月が出ていた。 暗がりの中、松明の明かりだけを頼りに森の中でライベルの名前を叫び探す。 「ライベルッ!ライベルどこだー!?」 人を拒むかのような深い森の中を、フィーリアは強行軍で進んでいく。 マントは木の枝に刺さっては破れ、純白の鎧も突き出た岩にぶつかっては形を変えていく。 木々をかき分け、やっとのことで少し開けた場所へとたどり着いたフィーリア。 煌々と輝く月が、夜空に蠢く何者かの影を森の広間に映し出す。 フワリと眼前を横切る黒い羽根、空にはカラスたちが集まっていた。 フィーリアの頭上でカーカーと鳴くカラスたち。 ライベルの痕跡すら掴めず、闇の中で彷徨うフィーリアは 本来、信仰の対象であるカラスたちの声を、まるで嘲笑われているかのように感じていた。 「どこだ!どこにいるんだ!ライベル!私を置いていなくならないでくれ!!」 フィーリアは松明を投げ、その場に両膝をついた。 幼少の頃、ライベルと共に遊んだことを思い浮かべる。 親も身寄りもなく、孤児院を通して同じ境遇で育った家族じゃないか…なんで、なんでこんなことに…。 投げ出された松明は静かに転がっていく。 するとその松明に照らし出されたように、淡く紫色に輝く光があった。 「あ、あれは…」 フィーリアが急いでその光に近づくと、そこには弔い瓶が転がっていた。 弔い瓶は聖火によって清められており、遺灰は特殊な魔素を含んでいる為、炎に反応しては淡く紫色に光り輝く。 フィーリアは、弔い瓶を拾い上げ、強く握りしめた。 ――翌朝 フィーリアはボロボロの姿で教会へと戻ってくる。 ドロドロの破れたマントとボロボロの鎧の修復を騎士団の鍛冶師に頼み、フィーリアは鎧の代わりに白装束へと着替えて神父様の元へと急いで向かった。 フィーリアは神父様の私室の前までくると呼吸を整え、ドアを数度ノックする。 「神父様、フィーリアです。ご相談に参りました」 「どうぞ。ドアは開いていますよ」 フィーリアが中に入ると、神父は新しい教本をシスターのアメリに読ませていた。 それを見たフィーリアは、少し違和感を覚えて不思議に思ったがそのまま神父様に向かい合う。 「神父様!ライベルの件をお聞きになりましたか!?」 神父はアメリに読むのを止めるように言うと、フィーリアに顔を向ける。 「ええ、聞きました。教会騎士達にはライベルを探すように任務をだしています」 フィーリアはその言葉を聞くと、神父の前で片膝をつく。 「私もその捜索隊に入れてください!最近は教会騎士の行方不明者が多いと聞いております。きっとお役に立てると思います!」 神父は眉間を押さえ、ため息をついた。 「フィーリア…あなたにはあなたのやるべきことがあるでしょう」 「し、しかし…神父様!」 「あとのことは捜索隊に任せるのです」 「私がライベルと同じ孤児院で育った事もご存知ですよね!?」 「はぁ…わかりました。どうしてもと言うのなら…自分の任務に支障がない範囲でお願いしますよ。さあ、もうお行きなさい」 「し、神父様…まだお話が…」 神父はフィーリアに背を向けると、アメリに教本の続きを読ませる。 フィーリアはその姿を見て仕方なく部屋を後にした。 ――数日が経ち ライベル失踪から数日、フィーリアは弔い瓶以外、何の手がかりも得ることができなかった。 あれからさらに二人の行方不明者が出ており、教会騎士達は、次は自分の番かもしれないと不安の色を見せている。 フィーリアは鍛冶師から修復完了の報告を受け、鎧を受け取りにきていた。 「どうだ!ピカピカになっただろう?せっかくの純白の鎧だ。傷も塞いで、きれいに磨きあげといたぜ!大事に着てくれよな!」 「すまないな。次からは気を付ける」 「そうそう、鎧に弔い瓶がついたままだったぞ」 鍛冶師はフィーリアに弔い瓶を手渡す。 それは、ライベルを探していたときに見つけた弔い瓶だった。 あの時は暗がりでよく分からなかったが、ライベルのつけていた弔い瓶とは違うものだった。 なんだろう?どこかで見た事があるが…いま一つ思い出せない。 フィーリアは何とか思い出そうと一所懸命に唸る。 「おやおや、聖騎士殿。こんな所で奇遇ですね。鎧が直ったんですか?いやあ、あんなにボロボロのドロドロになるまで…ライベルを探すなんて中々無茶しますよねぇ。そういえばライベルの手がかりが全く掴めていないみたいじゃないですか?」 「クロウか…余計なお世話だ。」 「聖騎士殿はつれないですね~。教会騎士の間じゃこの事件を“夜の鍵”の仕業だとか、神隠しだとか…。そもそも神に仕える身で何を言っているんだか…ほんと、笑っちゃいますよね?」 「クロウ…私は忙しいんだ」 だがそんなフィーリアにお構い無しにクロウはしゃべり続ける。 「この間消えたっていう二人も、森で一人で行動したから消えたって…まったく!迷子じゃあるまいし、ほんと聖騎士殿も気をつけてくださいよ」 「森…?クロウ、お前やけにこの件に詳しいじゃないか。一人で行動をしていたやつが行方不明になるのは知っているが、場所に関しての情報は表に出ていないはずだぞ?なぜお前がそれを知っているんだ?」 「え?あ、いやあ…あれですよ。一緒にいた隊の騎士に聞いたんですよ」 「それは嘘だな。行方不明になった者が隊を組んでいたとは聞いていないぞ」 クロウは慌てて話の流れをきる。 「か、勘違いですかね~?あ、それよりもその弔い瓶は…」 クロウの言動に疑問を持つフィーリアは、クロウを疑いの目で睨む。 「この弔い瓶はライベルがいなくなった場所にあった。私の物でもライベルのものでもない。こいつは…お前のものじゃないのか?」 クロウは驚いたような表情をし、すぐに弁解をした。 「弱りましたねぇ…私を疑うんですか?なんで行方不明になったのかもわからないのに、私を疑うなんてあんまりですよ!それに私は弔い瓶なんて持っていませんし…」 フィーリアはライベルが見つからない焦燥感と仲間を疑っている自分に嫌気がさした。 「…すまんな、気がどうかしていたよ。忘れてくれ。」 フィーリアはその場を立ち去ろうとしたが、クロウに呼び止められる。 「待ってください!…疑われたままでは私の名誉に関わりますよ。今日一日私を監視してみてはいかがですか?身の潔白くらい証明させてくださいよぉ。あ、それに今日は任務もないので手がかりを探すお手伝いもできますよ」 「そうか。わかった。」 フィーリアは了承し、その日一日をクロウと共に行動する。 聞き込みや目撃者探しなど…だが、手がかりは得られなかった。 クロウも特に怪しいところなどなく、その日一日を終えて二人はクロウの私室に来ていた。 「どうです?中々の見晴らしでしょう?」 フィーリアは窓の外を見ていた。 クロウの私室は兵舎の四階にあり、窓からは兵舎の入り口や街の様子がよく見える。 「ああ、ここからなら街の様子がよく見えるな」 「それは良かった。私は疲れたので先に寝かせていただきますね」 クロウはそそくさとベッドに潜り込み静かな寝息を立て始めた。 「なるほどな…」 フィーリアはつぶやいた。 ここからなら街を一望することができる。 ソーンの街が見渡せることを聞いてクロウの部屋まで来た。 この街で何かが起こっている…フィーリアはそのまま月明かりに照らされた街を見ていた。 兵舎の入り口からだった。 夜も深まってきた頃、三つの影が動き、月明かりに照らし出される。 「ん?あれは、エイムスにゴイルにグレゴじゃないか。こんな時間に何をしているんだ?」 三人は手に大きな袋を持って森へと向かっていった。 フィーリアはクロウを一瞥し、熟睡しているのを見ると剣を手に取り、一人で兵舎をでて三人の後をつける。 バサバサと暗闇の中を飛び立つカラス達はフィーリアの頭上でカーカーと鳴いた。 何か、不吉な暗示をしているかのように沢山のカラスが集まっては…嗤(ワラ)う。 三人は森の奥深くへと入っていくと土を掘り始める。 フィーリアは木の陰に身を隠して三人の様子を伺う。 徐々に掘り出された土が小さな山になり、彼らが掲げている松明の明かりは、掘り返されたモノの正体を明らかにする。 あれは……人の死体か!? フィーリアはとっさに自分の口を押える。 フィーリアの声に死体を穴から持ち上げるエイムスがきょろきょろとあたりを見回す。 「エイムス、何しているんだ?さっさと袋に詰めちまおうぜ」 「ゴイル、グレゴ。今何か聞こえなかったか?」 エイムスはあたりを見回しながら二人に言う。 「どうせ、魔物がコイツの死臭でおびき寄せられて集まってるんだろ?とっとと片づけようぜ」 グレゴはその場に袋を広げた。 三人は大きな袋に死体を詰めると重たそうに持ち上げ、街へと向かい始める。 「死体をどこへ運ぶつもりだ?とにかく奴らをつけて、白日の元にさらしあげてやる!」 フィーリアは、さらに三人の後をつける。 三人は教会のすぐ横にある離れの小屋へと入って行く。 フィーリアも小屋へと近づき中の様子を伺うが、小屋に入ったはずの三人が見当たらない。 「な!?ど、どこに消えた」 フィーリアは慌てて小屋へと侵入し辺りを見回す。 三人があの死体を抱えて、この短時間で小屋から逃げ出せるとは思えない。 フィーリアは剣を構えながら辺りを捜索する。 しばらくすると、何かを引きずる音と共に本棚が動き始め、出てきたのは隠し扉だった。 こざっぱりとした装飾が施された扉から出てきたのは、あの三人だった。 フィーリアはその姿を確認するなり、聖剣を構えては三人に突きつける。 「貴様らが一連の失踪事件の犯人だったのだな!吐け!その先には何がある!?とぼけても無駄だ……この小屋に死体を運び込むのを見ていた!」 この三人がライベルを殺した犯人だ…ライベルはこの奥にいる。 自然と声には怒気が混ざっていた。 「さぁ吐け!貴様らがしたことを一つ残らずだ!この先には一体何がある!」 「こ、殺さないでくれ!俺達は、なんにも知らねぇんだ!脅されててよ…やるしかなかったんだよ!」 エイムスは慌てながら答えた。 「他に仲間がいるのか?誰だ!一人残らず、教会に告発し罪を償ってもらう!」 「わ、分かった、正直に話す!だから、命だけは!……!?」 エイムスが仲間の名前を言おうと口を開いた瞬間、彼の口から紫の炎が吹き出した。 「ぐぉおおおおおああああああ!!!」 エイムスの叫びにつられるかのように、他の二人の口からも同時に、内側からすべてを焼き尽くすかのように紫の炎を吐き出していく。 フィーリアは目を疑った。 喉を抑えながら口から炎を吐き出し続ける三人がどのような状態なのか、検討もつかない。 辺りは肉が焦げる匂いに包まれ、炎を吐き出しきった三人はその場に倒れた。 「おい!……ダメか……死んでいる」 フィーリアが駆け寄ると三人はすでに息絶えていた。 「口を封じられたか…。莫迦者どもめ…。」 黒煙を口から吐き出すエイムス達に、せめてもの情けだと三人のまぶたを優しく閉じさせる。 そして、本棚の先から隠し扉へ近づくと地下へ続く階段を見つけた。 「この先には一体何があるんだ?ライベル……奥にいるのか?」 フィーリアは地下へと続く階段を慎重に降りて行く。 地下に近づくにつれ、徐々に怪しい紫色の光が揺れているのが見えてくる。 降りきった先には大きな祭壇が広がっており、その中心では禍々しい闇の炎が揺れていた。 「どうしてこんなものが、教会の地下に……」 フィーリアは地下を歩き回り、先ほどの死体を探す。 祭壇の前まで来ると、パリッと何かを砕いた音が鳴り響く。 フィーリアが足元を見ると、それは砕けたガラス片だった。 手にとってみるが、それが何かは解らない。 結局、その後も辺りを捜索したが、他に手がかりとなりそうな物は見つからなかった。 フィーリアは、三人の言葉を思い出す。 『脅されててよ…やるしかなかったんだよ!』 黒幕は確かにいる……だが、誰なのか分からない以上は教会へ告げる事すら危険だろう。 告げる事が出来ない以上、三人の死体をどうすれば良い…? もし死体を見つけたと報告したとして、私が疑われてしまったらどうする…。 それこそ黒幕の思う壺ではないか…! フィーリアは考えた末、苦渋の決断をする。 ―― 翌朝、小屋に入る教会のシスターが悲鳴をあげる。 すぐに人が駆けつけ、人だかりが出来たかと思うと、野次馬をかき分けるようにして、三人の死体が担架に乗せられて運ばれていった。 彼らの焼けた匂いにつられてきたのか、小屋の上に集まった沢山のカラス達が鳴いている。 フィーリアは小屋から少し離れた場所でその光景を見て、信仰対象であるはずのカラスをうとましいと感じていた。 兵舎へ向かいとぼとぼと歩くフィーリア。 周りからは教会騎士の三人が死んでいたという声で溢れている。 これからどうしていいかも分からずに、ただただ歩を進めた。 「おやおや聖騎士殿。昨晩は突然どちらに行かれたんですか?朝起きたら聖騎士殿はいないし、親しい仲間が三人も亡くなってしまって…そしてこの騒ぎですよ」 ふと前を見ると、クロウが慌てた表情でフィーリアを見ていた。 「クロウ!どういうことだ?私を疑っているのか!?私が奴らを殺したと」 「えぇ…まぁ普通に考えたらまずあなたを疑うでしょうね。あなたが突然いなくなって朝まで帰ってこない。そして死体が三つも見つかる…十分じゃないですか?」 フィーリアは真実を告げるか思い悩んだ……しかし、この男は信用してはいけないと、直感が訴えている。 「クロウ。彼らは臓腑を炎で焼かれたと聞いたが……私には炎の魔素は扱えない」 クロウは、少し考えたような顔をしてにやりと笑うと答えた。 「それもそうですねぇ……まぁでも死体があるということは葬儀ができるということです。 行方不明になった方々には悪いですが彼らはまだ幸運だったでしょう」 フィーリアはその言葉に拳を握りしめる。 ―― 大聖堂で三人の葬儀を執り行うことになった。 シスター達は突然の葬儀の準備であわただしく動いていた。 葬儀への参加者へ花を渡す列では、クロウが三人の遺族を慰めていた。 三人の遺体は棺へと入れられ、参列者が花を並べていく。 全員が彼らの冥福を祈り、シスターのアメリが神父様に聖火を渡す。 「彼らの魂は今清められ、我々を見守ってくれるでしょう」 そう言って神父は棺にゆっくりと火をつける。 聖火はまるで生きているかのように彼らの遺体を焼く 魂が完全に抜け落ちる瞬間なのか、炎が激しく燃え上がった。 神父の胸元から、6つの淡い紫色の光が放たれる。 首に下げられた弔い瓶がその炎に照らされているようだ。 火葬が終わると、神父様は、新しい小瓶を3つ取り出す。 遺灰を集めると、それぞれの遺灰を分けて小瓶に入れていく。 参列者もそれに続いて、親しかった死者の遺灰を集めて小瓶にいれる。 フィーリアはその光景を見ながら、拳を握りしめていた。 ―― 葬儀が終わり日も沈んだ頃、フィーリアは教会の長い廊下を歩いていた。 「認めたくはないが、奴が黒幕で間違いない。ライベル……今、仇を討つからな」 フィーリアは扉の前に立ち、ゆっくりと中の様子を確かめるように扉を開ける。 そして…いつものような笑顔で神父はフィーリアを迎え入れた。 「フィーリアではないですか。こんな夜遅くにどうしたのですか」 「神父様…先ほどの葬儀は、急だったのにも関わらずお疲れ様でした」 神父は、驚いた様子で答える。 「ええ、私の義務ですからね」 フィーリアは神父の首元にある弔い瓶を見る。 「神父様は、今日の葬儀でまた弔い瓶が増えたようですね」 神父は弔い瓶を数えるように撫でると答える。 「ええ、悲しい事です……一度で三人も。全部で10個……長生きをすると乗り越えなければならない悲しみも増えていく一方です」 「……そうですね。葬儀の最中、聖火に照らされて神父様の弔い瓶が輝いていました」 神父は優しい笑顔で答える。 「ええ、弔い瓶は炎を受けて紫色に淡く輝きますからね」 フィーリアは神父へ一歩詰め寄る。 「今日見た光は6つ。神父様の胸の弔い瓶は7つあるはず……なぜ一つ輝かなかったのですか?」 神父は不思議そうな顔で答える。 「おかしいですね……何かの見間違えではありませんか?」 フィーリアは腰に下げていた弔い瓶を取り出す。 「神父様この弔い瓶に見覚えはありませんか?」 神父は目を細めてフィーリアが持つ弔い瓶を見る。 「私の……モノに似ていますね。それがどうかしたのですか?」 フィーリアは湧きあがる怒りを押し殺しながら答える。 「この弔い瓶はライベルが行方不明になった森に落ちていたモノです」 神父は目を見開く。 「フィーリア…私を疑っているのですか?それは誤解です!」 フィーリアは神父に小さな文字が書かれた教会の依頼書を差し出す。 「では、この紙に書かれた文字、読んでいただけますか?」 神父は少し怒ったように答えた。 「フィーリア。私の目が悪いのは知っているでしょう。そんな小さい字は読めません。」 「いつも使ってらっしゃる片眼鏡……モノクルはどうされたのですか?」 神父は淡々と答える。 「あいにく今は手元に無いもので……」 「私がライベルの捜索の許可を頂きに伺った時、神父様は新しい教本を自分ではお読みにならず、シスターに読ませておりましたね?あのモノクル……壊してしまわれたのではないですか?」 「えぇ、その通りです。もう年も年ですから、転んで壊してしまったのです」 「やはりそうですか」 フィーリアはガラス片を取り出して神父に見せた。 「このガラス片、度が入っています。神父様のモノクルの破片ではないですか?」 「さ、さぁどうでしょうか?」 神父は少し焦ったように答える。フィーリアはそれを見逃さずに畳みかけていく。 「神父様。今、明らかに顔色が変わりましたね……。この大聖堂に務めている方で眼鏡の類をつけているのは、神父様だけ。間違いありませんね?」 「だとしたら何だと言うのです?」 「このガラス片、教会の離れにある小屋の地下で見つけた物です」 「……。」 「激しく紫炎を巻き上げる、祭壇の前で」 押し黙ったままの神父はしばらくして口を開いた 「……そうですか。あの炎を見てフィーリアはどう思いました?」 「お認めになるのですね……」 「フィーリア。それは違います。我々が信ずるカラスの神。その源があの巨大な紫炎なのです!」 フィーリアは手に持っていたガラス片を投げ捨て、反論する。 「バカな!あんな瘴気を放つ禍々しい炎が、我々の神だとでもいうのですか……!!」 「その通りです。我ら教会の神父は代々紫炎の力を授かり、この地を護って来たのです」 そう言って神父はもろ手を広げると、両手から紫炎を出した。 「その炎!やはり、貴様が!!……そんな禍々しい力を手に入れる為に……!!」 「フィーリア!誤解です!」 怒りに駆り立てられたフィーリアは背負っていた“十字の聖剣”を抜く。 「まだ、言うか!貴様の罪、償ってもらう!!」 そう言ってフィーリアは神父へと斬りかかる。 「フィーリア!止まりなさい!」 「はぁぁあああああ!!!」 「クッ、紫炎よ!」 神父は両手から紫炎を噴き出しフィーリアを攻撃する。 その時、フィーリアが持つ聖剣は強く輝き、紫炎を切り裂いた。 「悔い改めよ!!」 聖剣を振り下ろす轟音と共に神父が首から下げていた弔い瓶が辺りに散らばる。 フィーリアは床で倒れる神父様を眺めながら、両ひざをついた。 何故こうなってしまったのか…。 育ての親である…神父様を…この手で…殺めなければならないのか…。 しばらくしてから、騒ぎを聞きつけたクロウが部屋へと駆けつけた。 「今の音は一体どうしたんです!大丈夫ですか神父様!!……な、なんと!?」 部屋の惨状に驚くクロウ。 そして糸が切れた人形のように座り込むフィーリアに気がついて声をかける。 「せ、聖騎士殿これは一体……何があったんですか?」 フィーリアは泣き出しながら、クロウに説明をし始めた。 「神父様が……ライベルや他の騎士達を!私は、許せなかった!育ての親であっても間違いは正さなければ……」 クロウはジッとフィーリアを見つめて言葉を発する。 「もし、それが本当であれば、聖騎士殿がやった事は間違いではありません。あなたが無事でよかった。神父様もその力に支配されていたのでしょうか……それとも……。どちらにせよ裁かれるべきでした。辛かったでしょう……」 フィーリアの目から涙が溢れる。 「私は…私は、正しい行いをしたのだろうか?これで全て終わらせられたのか…?」 「はい…聖騎士殿は正しい道をちゃんと歩んでいますよ。何の心配もいりません」 「そうか…すまない……情けない所を見せた……聖騎士として私がこの教会を…支えていかねば…」 「一人で抱えないでくださいよ、聖騎士殿。私もお力になりますから。あ!胸を貸しましょうか?いくらでもこの胸で泣いていただいてかまいませんよ!」 クロウは笑顔をつくる。 そして、フィーリアは小さくクスッと笑った。 「今は…お前のその適当な感じに救われる」 「ン~、私は至って真面目なつもりなんですがねぇ」 クロウは少し困ったような顔をする。 「フフフッ…、それはすまなかったな」 ―――――――――――――――― ――――――――――― ――――――― ――――― ――― ―― 教会の外には無数のカラスが集まっていた。 一羽、また一羽と教会の屋根で羽を休めるカラス達。 その中の一羽が「カー!」と鳴くと、それにつられて他のカラス達も鳴き始める。 カラスの声の大合唱は「カー!」という音が連なり、重なり、複雑に絡み合った不協和音を奏で始める。 途切れる事を知らないその音は、ジッと聞いているとまるで笑い声のよう。 未だ闇の中で足掻く者達を嘲笑うかのように… ――カラスは嗤(ワラ)う。 +無垢なる甘き親愛エミル 商業都市『イエル』のはずれ。 そこには傭兵達が群れを成して生活をする一角が存在する。 その家々の中、とある一軒を覗いてみると、キッチンに立つ小さな娘の姿があった。 「んっと……まずは実を割って豆を取り出す……か。よぉ~し!」 少女の名はエミル。 傭兵である父バスタと二人でここに暮らす少女。 三日後にバレンタインデーを控えた今日、彼女の母がいつも使っていたレシピノートを真剣な眼差しで読みながら、父のために一人で頑張ってチョコレートを作るその姿は何とも愛らしい。 「豆を取り出したら……120℃で30分ロースト…………ろーすと?」 とはいえ、お菓子作りどころか、本格的な料理さえも未経験の彼女にとって『チョコレートを作る』という行為はあまりにハードルの高いもの。 しかも、それを豆から行うともなれば尚更である。 「すり鉢を45℃で……ゆ……ゆ…………しながらココアバターを加えて……」 レシピに綴られたいくつもの聞いたことの無い言葉。 読み方さえもわからないそれらの意味を前後の文章から予想しながら作業を続けていたが、工程を経るごとにその手が止まることが多くなってきた。 「……どうしよ……わかんないよぉ……」 目の前に揃えていた材料たちは彼女の知るチョコレートの形とは程遠い姿へと変わっていき、失敗したという事実に本人が気づいたとき、彼女の心は涙となって悲鳴を上げた。 彼女とて確信があったわけではないだろう。 心のこもった手作りチョコレートを大好きなパパへ。 そう考えた時から根拠ない自信が彼女を突き動かした。 材料を自分の足で探しに行き、道中で遭遇する魔物にも負けずにそれを入手した瞬間、今の自分には何でもできるんだと錯覚するほどの悦に浸ったことだろう。 「ママ……」 滲む涙で歪んでいく視界の中、すでに亡き母のレシピを見て、その笑顔を思い出す。 また一から材料を揃えている時間はない。 幼い心が挫けようとした時、母のノートの端っこに彼女の目が止まる。 ――大切なのは愛情! 「愛情……」 その文字が自分に宛てられたように思えたエミル。 彼女は涙をグイッと拭うと、なけなしのお小遣いの詰まった瓶を握り締めて家を飛び出した。 それから少しして、ノンストップで駆け続けたエミルの足が、商業通りの菓子店の前で止まった。 エミルはショーウインドウにベッタリと貼り付くと、そこに並ぶお菓子たちを吟味した。 手作りを諦めた彼女が次の手段にと考えたのは、既製品のチョコを贈る方法だ。 そこに愛情さえあれば、気持ちさえあれば、きっと喜んでもらえる。 母の言葉をそう汲み取っての行動だった。 「これだぁ!!」 棚の上段に置かれた一際大きなチョコレート。 小奇麗に、そして豪華に飾り付けられたそれは、まさにエミルが想像していた百点満点のチョコレートだった。 ――カランカランッ 勢いよく店内へと飛び込んだエミルはレジの前まで駆け寄ると、先程のチョコレートを指差しながら、店員に尋ねる。 「すみません!あのおっきいチョコが欲しいんですけど!」 「いらっしゃい。棚の一番上のものかい?けっこう値段の張るものだけど、お遣いかな?」 「ううん!パパにあげるチョコを買いに来たの!お金も、ちゃんと持ってきました!!」 店員はエミルから元気よく差し出された瓶を一目見ると、その表情を曇らせた。 「えっと……お嬢ちゃん。申し訳ないんだけど、それじゃちょっと足りないかなぁ……」 「え……あ、あといくらもってきたら買えますか?」 エミルが選んだ商品は、この店でもそこそこ値の張る部類に入る一品で、気合を入れたレディをターゲットにしたちょっとお洒落で大胆なチョコレート。 とてもじゃないが子供のお小遣いで買えるような代物ではなかった。 「チョコって……そんなに高かったんだ……」 「ご、ごめんね!でも、お嬢ちゃんが用意したお金でも買えるものもたくさんあるよ!?例えば……ほら!これなんかどうだい!?」 あからさまに落ち込むエミルを前にして、店員も慌ただしく他の商品を薦めるが、そのどれもが彼女のお眼鏡に適う事はない様子。 せっかくなら自分が本当に良いと思った物をプレゼントしたい。 その気持ちに踏ん切りをつけることが出来ないのだろう。 「え、えっと……弱ったなぁ…………」 最終的には俯いたまま無言になってしまったエミルと、困り果てた店員が向き合って立ち尽くすだけの絵となった。 ――カランカランッ そんな時、店内に響いた戸の開く鐘の音。 「エミルじゃねぇか!珍しいなこんなとこで!」 自分の名を呼ばれたことで顔を上げて店の入り口を見るエミル。 そこには彼女にとってはよく見知った顔があった。 「おじちゃん!」 男はバスタの傭兵仲間だった。 その付き合いはエミルが生まれる前からのものらしく、いわゆる親友というやつのようだ。 バスタの後ろをトコトコ付いて歩くエミルを担ぎ上げてよくからかっており、エミルの信用を勝ち得ている数少ない大人の一人でもある。 「おう!店の前を通った時にお前を見かけてな。困ってたように見えたんだが、どうかしたのか?」 「困ってる……けど…………」 事情を尋ねられるが、エミルの口は重い。 父に内緒でチョコを用意しようとしている彼女にとって、父の友人である彼もまた秘密を打ち明けにくい相手なのだ。 立ち話からうっかり、なんてことも十分あり得ると考えているのだろう。 「あ!そうだ!!」 「うん?」 しかしエミルはここで閃く。 「おじちゃん!傭兵のお仕事に連れて行って!」 「どうした急に!?」 「えっと……欲しい物があるの!それを買うのにお金がいるの!」 エミルの思い付きは非常に単純なものだった。 仕事をこなし、その報酬として金を得る。 傭兵である父と共に戦場に立っている彼女が知る唯一かつ確実な金を稼ぐ方法だった。 しかし、彼女の思惑は簡単に覆される。 「そいつは無理ってもんだ。戦の話なんてそう都合よく転がってるもんでもねぇしな」 「でも……」 「それに、バスタのヤツに黙ってお前を戦に参加させたことが知れたら、俺がこっぴどく叱られちまうよ……」 「でもぉ……ぐすっ……ひっぐ…………」 これではチョコを用意することが出来ない。 いよいよ手詰まりになったエミル。 ここまでなんとか堪えてきた涙が、とうとう溢れてきてしまう。 「お、おい!?一体、どうしたってんだ――ん?」 泣き始めたエミルを見て、慌てて店員の方へ視線を向けた男の視界にあるものが映る。 小銭がたくさん入った瓶。 レジカウンターに並べられた小さなチョコたち。 様子を見守っている店員の困り果てた顔。 男がそれで粗方の事情を察したようだった。 「……なるほどね」 ぼそりと呟いた男に対し、何かを肯定するかの様に店員が激しく首を縦に振っている。 「エミル!仕事は傭兵業だけじゃねぇぞ?俺がお前にあるクエストを出す。それを無事にやり遂げる事が出来たなら報酬をやるぜ?」 「ぐすっ……くえすと……?」 男の言葉に反応し、エミルの涙が止まる。 「仕事のことさ!もともと俺がやろうと思ってたのがいくつかあってな、それをお前に分けてやる。もちろん成功報酬は全部お前のものだ。悪くねぇだろ?」 「仕事!?ホント!?やる!頑張る!!」 言わずもがな、男の粋な計らいだった。 緊急クエストの発行である。 「よし!じゃあ詳細を伝えるぞ!」 「はいっ!!」 「隣の診療所の先生が病室に飾る花を欲しがっている。それに見合う美しい花をたんまり摘んできてくれ。期限は今日の日没まで!どうだ?」 「ダメ!」 「よし――って、あれ!?」 「そんな簡単なクエストじゃダメ!報酬がいっぱいもらえるのが良い!」 報酬に見合うだけの重要な仕事を。 まだ金銭の価値が曖昧なエミルにとって、あのチョコレートはそれはそれは高価なものだったのだ。 「う……う~ん…………」 二つ返事で引き受けてもらえるものと思っていた男は頭を悩ませる。 エミルにとってとても重要だと確信できる仕事。 少なくとも日没までには片付ける事が出来て、危険の無い仕事。 そんな条件に合う仕事を必死に考え、一つの回答を導き出す。 「……わかった。とても重要なクエストだ。俺だけじゃねぇ。俺の家族の命運までかかってる。どうだ?」 「や、やる!」 「責任感のある、本当に信用できる人間にしか頼めない難しいクエストだ。それでもやるか?」 「やるっ!!」 「よし、ちょいと待ってな……」 そうエミルに告げると、静かに店を出て、何処へともなく去っていった男。 「どんなすごいクエストなんだろうねぇ?」 「頑張るもんっ!あっ……でも、お仕事の間にチョコが売れちゃったらどうしよぅ……!」 「心配しなくても大丈夫だよ。あのチョコはお嬢ちゃんの為に取っておくよ。約束だ!だからクエスト頑張るんだよ?」 「ありがとう!」 男が戻るまでの暫しの間、エミルを気にかけていた店員が彼女のお相手を務める。 様々な妄想に胸を膨らませながら意気込む健気な少女は、店員の彼に限らず、見る者皆がその背を押してあげたくなることだろう。 ――カランッカランッ 再び店の鐘が鳴るまでに、さほど時間はかからなかった。 「おう!待たせたな」 「お帰りなさい!くえすとは!?」 「お?気合十分じゃねぇか。ちゃんと用意してきたぜ?」 そう言いながら、男は一つの筒をエミルに差し出した。 「なぁに?これ……」 巻かれた羊皮紙に何かの紋の浮かぶ封蝋。 書簡。 それは、エミルにとっては初めて目にする物ではあったが、とても重要な物の様だという印象だけは確実に受け取ったようだった。 「手紙みたいなもんさ。内容は極秘事項だけどな」 「……ごくひ?」 「内緒ってことだよ。それだけ大事な事が書かれてるんだ」 「……う、うん!」 それを聞き、エミルはゴクリと息を呑んだ。 先ほど断ったクエストとは格が違う。 少し躊躇しつつも自分を奮い立たせ、覚悟に燃える眼差しを男へと向けている。 「こいつを隣村の村長の元へ届けてくれ。さっきも言ったが、本当にとてもとても大事な物だ。失敗は許されないぞ?報酬は見合った分だけ用意してやる」 「うん!!」 「隣村まではそう遠くないが、道は大丈夫か?」 「大丈夫!パパと何回も行ったことあるから平気!」 「良し。あぁ、そうだ。魔物が出る事なんてまずないだろうが、用心のために剣は持って行けよ?」 「わかってるよ!ママのお守りだもん!」 「そうだったな!じゃあ、今日の日没までには帰ってくるように。俺は家で待ってるから、戻ったら報告してくれ。頼んだぜ?」 「了解!行ってきます!!」 ――カランッカランッ 真剣な面持ちで元気よく返事をしたエミルは、飛び出すように戸の鐘を鳴らして駆けて行った。 「あんな娘さんをお持ちのお父様が羨ましい限りですねぇ」 「まったくだな……ところで、そんな娘さんのために一つ相談したいことがあるんだが――」 ――数時間後 太陽は天辺を回り、そろそろ傾き始めるかといった頃合い。 イエルから北へ里二つほど行ったところで隣村が見えてきた。 「あ!見えてきた!!」 街の店を飛び出してから走りっぱなしだったエミルだが、さほど疲れはない様子。 それどころか、笑みさえ浮かべながら一層その脚を速める。 「到っ着~!!」 彼女にとって既に見知った村ではあったが、一人で来ると見え方も少し変わったものとなるのだろう。 村の敷地の境界線を踏み超える瞬間、彼女の表情にはどこか緊張のようなものが感じられた。 そのまま真っ直ぐ村長の家へと向かった彼女は、深く深呼吸をしてから戸をノックした。 ――コンコンッ! 「こ、こんにちは!村長さんはいます……いらっしゃいますか?」 「あいよ?どちらさんかな?」 間も無くして開いたドアの向こうから、フサフサの白髭を蓄えた老人が姿を現す。 「おや?お嬢ちゃんは確か……あ~……バ……バ……バストさんのとこの娘さん!」 「バスタだよ!」 「おぉ!そうじゃった、そうじゃった!パスタさんじゃったな」 「『バ』だよ!『バ』!!バ・ス・タ!!」 「そうか、そうか……いや、最近物忘れが激しくてのぉ……ひょっひょっひょっひょっ!」 大丈夫なのだろうか。 そんな文字がエミルの顔に書いてある。 しかし、このやり取りもあってか、先ほどまでと比べ、彼女の表情は柔らかい。 「あの……これ……届けて欲しいって言われてきました」 「んん?何だねこれは?」 本題へと入ったエミル。 書簡を手渡された村長は、首をかしげながら封蝋を外してその内容を検める。 「どれどれ……ん?」 それはある報酬の請求書だった。 今回の件とは関係無い。 エミルにクエストを発行した男が先日こなしたであろう仕事についてのものである。 普段は商業組合を通して送付していた書簡だが、それを今回はエミルに届けてもらったという訳だった。 そして、更に添え書きが続く。 そこには今回の件の事情説明がしたためられており、村長にもその目的と意図がハッキリと伝わったようだ。 「ほほぅ……おやおや……なるほどなるほど……」 「…………」 反応が気になるのか、エミルがウズウズしているのが伝わってくる。 「コホン……此度の重要なクエスト、大いにご苦労であった!」 「は、はい!ありがとうございます!!」 中身を読み終えた村長が、改まった様子でエミルを称える。 「これは確かに受けとったよ。依頼主とお父上によろしく伝えておくれ」 村長はそう述べながら、エミルに向かってニッコリと笑ってみせた。 エミルがイエルに帰り着いたのは、丁度クエストの報告期限とされていた日没間近のことだった。 「いっそげ~!いっそげ~!いっそっげ~!」 期限が近いことは察しているようだが、お気楽そうに見えてしまうのはクエストをやり遂げた達成感からだろうか。 足取りも急いでいると言う割にはスキップに近いような軽いものだ。 しかし彼女のクエストはまだ終わってはいない。 これからその報告と報酬の受け取りが待っている。 「おじちゃん!ただいま!!」 「おぉ!帰ったか!!なかなか戻らないから心配したぞ、ちくしょう!!危うく探しに行っちまうとこだったじゃねぇか!」 報告に顔を出したエミルを見た途端、男は彼女を抱き上げて喜びと安堵の叫びをあげる。 「ごめんなさい……でも、クエストはちゃんとできたよ?村長さんが、おじちゃんとパパによろしくだって!」 「そうか、そうか!じゃあ報酬をやらねぇとな!」 「うん!」 エミルを下ろした男は、少しもったいぶったようなニヤケ顔をエミルに向けた後、報酬を差し出した。 「あ……これ!」 それはあの店のチョコレート。 エミルが一目惚れしたあのチョコレート。 「いいの!?」 「あぁ!これはお前の成功に対する正当な報酬だ。傭兵なら、こなしたクエストの報酬は自信を持って受け取ることだ!」 「はい!ありがとう!おじちゃん!!」 エミルが人生で初めて、一人の力でクエストを完了した瞬間だった。 ――バレンタイン当日 エミルは自宅で父の帰りを待っていた。 その手には手紙の添えられたチョコレート。 食卓の椅子に座り、足をプラプラとさせながらそのチョコを眺めて笑っている。 父はどんな顔をするだろうか。 驚くかな? 笑うかな? どんな顔をするにしろ、きっと喜んでくれるだろう。 間も無く訪れるであろう幸せの時間に心躍らせながら、エミルは今か今かと父の帰りを待っていた。 「ただいま~!」 帰ってきた。 エミルは瞬時に反応し、玄関の父の元へと駆け寄る。 「遅くなってすまない。すぐにご飯を用意するから――」 「おかえりなさい!パパ!はい、これ!ハッピーバレンタイン!」 抱きつく様に父の胸元へ飛び込んだエミルを、バスタが受け止める。 「うぉお!?どうしたんだ、エミル……?これは……チョコレートか?」 「今日はバレンタインだよ!」 「エミルが用意してくれたのか?」 「うん!」 喜んでくれる。 そう思っていた。 しかし、その淡い期待は叶わない。 「どうしたんだこれ?こんな見るからに高価そうなもの……また何か危ない事をしたんじゃないのか!?」 「え……それは、あたしがクエストを受けて……報酬として――」 「クエスト!?一人でか!?何故そんな真似をした!?あれほどいつも心配させるなと言っているだろう!」 「だって……パパに……」 「どうしてわかってくれないんだ!?もしものことがあったら、俺は……!」 あんなに頑張ったのに。 一人でも頑張ったのに。 喜んでもらえるどころか悲しませた。 褒めてもらえるどころか怒られた。 二人で笑顔になれるはずだったのに。 どうしてこうなってしまったのか。 エミルの心をギュと締め付ける。 「……パパの……パパのばかぁああああ!」 「エミル――ブッ!?」 チョコで父の顔面を殴り付け、暴れる様にして父の腕から脱出したエミルは、そのまま自室へと駆け込んだ。 その顔は怒りと悲しみの入り混じる涙でボロボロになっていた。 「エミル……」 バスタもまた、トボトボと自室へと向かい、引きこもった。 少しすると、食卓に声が聞こえてきた。 既に泣き疲れているであろうエミルの声ではない。 低い声で苦しむような、呻くような、そんなくぐもった声。 声を辿ると、それはバスタの部屋から聞こえてきていた。 「……ぐぅ……ふぐぅ……ふぶぅう……ぶぉおおおお……」 バスタはむせび泣いていた。 その手にはエミルから殴り渡されたチョコレートと、開かれた手紙。 彼とて嬉しかったはずだ。 本気で怒るほど心配し、愛している娘からの贈り物。 伝える気持ちの順番を少し間違えただけ。 きっと明日には、感謝と喜びに満ちた笑顔の彼と、同じく笑う娘が家を駆け回っていることだろう。 涙で濡れた手紙は、そんな予感を抱かせてくれた。 世界一のパパへ―― いつもおしごとおつかれさま。 いつもママのかわりにおいしいごはんありがとう。 あたしもすぐに大きくなって、もっとおしごと手伝えるようにがんばるね。 チョコ作りはしっぱいしちゃったけど、ごはんも作れるようになるね。 今年はお店で買ったやつだけど、次はきっと平気だから、楽しみにしててね。 いつもしんぱいかけてごめんなさい。 でも、あたしもつよくなったよ。 パパのことを見て、いっぱいれんしゅうしたよ。 もう、あたしだけでもクエストに行けるくらいつよくなったよ。 もっともっとつよくなって、パパを守ってあげられるようになるね。 今までいっぱい守ってくれたパパにお礼がしたいです。 これからもずっと元気でいてね。 ――エミルより +白嵐の王国騎士団長アルド そこはレミエール王国南方領地。 今まさに、その地で死闘は繰り広げられていた。 睨み合う二つの陣営。 片や、誇り高き王国直属の騎士団員が数十名。 片や、百戦錬磨の傭兵団延べ数十名。 しかし、これは戦にあらず。 互いが互いに真っ直ぐと立ち並び、ただただ眼前の一点を見つめているのみ。 「はぁああああああ!!」 「おぉおおおおおお!!」 二つの軍勢が向かい合うその中央で、凌ぎを削り合う二人の男。 その場にいる全員が、戦いの光景を目に焼き付ける様に見据えていた。 「でぃやぁああああああ!!」 「ぐぉ!?」 レミエール騎士団の正装に身を包む男が、相対する敵に強烈な一撃を叩き込む。 「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」 同時に、その背後に控える騎士団員たち全員が雄叫びを上げる。 「まだ……だぁああああああああ!」 「ぬぅ……!?」 あまりの衝撃に一瞬よろめく相対者は狼のガルム。 こちらも負けじと、即座に体制を整え反撃する。 「「っしゃおらぁああああああああああ!!」」 同時に、その背後に控える傭兵達が吼える。 「いい加減しつこいぜ……アルドさんとやら……!」 「名は……確かエーリッヒと言ったな?こっちの台詞だ……!」 今この状況に至るまでを経緯を説明するためには、数日前へと話は遡る―――― ――今回、王国領内のとある貴族が、不正に利権を独占して私腹を肥やしているとの報せを受けた王家は、アルドが率いる騎士団に対し、事実確認と、必要とあらばその身柄を拘束することを命じてこの地に派遣した。 こうした事例そのものは珍しい事ではなかったが、問題は容疑をかけられた貴族の対応だった。 通常であれば、王城より発行された礼状を携えた騎士団が到着すると、疑いをかけられた者は速やかに協力し、事情聴取に応じるといった運びとなる。 しかし、今回容疑者である貴族は、事前にどこからか騎士団派兵の情報を入手したらしく、なんと傭兵を雇い入れていたのである。 貴族邸に到着した騎士団一行を門前で待ち構えていた傭兵たち。 目的と立場を確認するため、アルドが彼らに歩み寄った時、傭兵のうちの一人もまた一歩前へと足を踏み出した。 その人物こそが、傭兵団頭目エーリッヒである。 「おぅ……待ってたぜ?」 狼のガルム族。 筋骨隆々の鍛え抜かれた身体。 分厚い鎧に身を包んでいることもあり、一層その存在感が大きく見える。 「レミエール王国騎士団だ。傭兵がここで何をしている?」 「だから今言ったろ?お前らを待ってたんだよ」 「……俺はアルド。本騎士団を指揮している者だ。お前がこいつらの頭目か?」 「おぅ!名はエーリッヒ!」 「で、そのエーリッヒさんとやらは俺たちを待ち伏せして、何か用か?」 「おぅおぅ……上から目線でモノ言ってんじゃねぇぞ?強者には媚びへつらうが、弱者は自分たちを食わせる餌としか思ってねぇ。やはり騎士様ってのは王様たちの飼い犬か?」 「レミエール王国の誇りを……王家を侮辱する気か?犬はどっちだ……金に釣られるだけの野犬が。もう一度だけ聞いてやる。ここで何をしている?抵抗するなら容赦しねぇぞ?」 アルドの放つ気配が明らかに殺気立つ。 「ダメだな……この期に及んで自覚がないと見える。つくづく救えねぇ……」 「まだほざくか?俺たちは王の命令で――」 「奪いに来たんだってなぁああああああ!!」 突如、アルドに攻撃を仕掛けたエーリッヒ。 そのまま互いの軍勢を巻き込み、大規模な戦闘となるかと思われたが、そうはならなかった。 「全員、手を出すなっ!!」 剣の柄に手をかけ、今まさに駆け出そうとしていた騎士団員たちが制止する。 それはエーリッヒからの初撃を意図も容易く受け止めたアルドから発せられたものだった。 「躾がなってねぇ野良犬は……俺が王に代わり教育してやるっ!」 「はっ……ははっ!おもしろい!お前らも手は出すなよ!!騎士様に現実をわからせてやらねぇとな!」 こうして、軍団同士の直接衝突とはならず、互いの代表同士が一騎打ちをする形となった―――― 「傭兵如きと侮ったのは早計だったか……が、ここまでだ……!」 「お前もなかなかやるじゃねぇか……温室育ちの騎士様にしては、だがな!」 二人の決闘が開始されてから既に一刻が経過。 互いの全身には、その激しさを裏付ける夥しい数の傷跡が見て取れる。 それでも一向に止まる気配の無いアルドとエーリッヒは、一撃、また一撃と、力を交わし続ける。 「ア、アルド団長……!」 「おい……もう止めた方がいいんじゃねぇのか?」 更に熱を増すアルド、エーリッヒとは対称に、周囲の者たちからは不安の声が上がり始める。 当然、当人たちの耳にも聞こえている。 それでも彼らは止まらない。 「これで決めてやるよぉおおおおおお!」 「うぉおおおおおおおお!!」 譲れぬ想いが再び衝突する。 「ぐっ……あぁああ……!?」 「うっ……ぬぅ……!!」 互いの渾身の一撃が交差した瞬間、二人の表情が歪んだ。 アルドは左目を押さえたままよろめき、エーリッヒは左腕を庇うように膝をつく。 「いかんっ!これ以上は無理だ!」 「頭ぁ!やべぇ!止めるぞ!!」 もうこれ以上は見ていられないと、互いの部下たちが二人に駆け寄る。 アルドの左目は深々とえぐられ、もはや治癒魔術でさえ治療が不可能であることが明らかな状態。 一方のエーリッヒも、先程まで繋がっていた彼の左肘から先が地に転がっているのを見ると、絶望的な深手を負ったことは言うまでも無かった。 「来るなぁ!!まだ決着はついてねぇっ!!」 剣を地に突き立て、倒れることを拒否するアルドの怒声。 血塗れになりながらも、片目を失ってもなお、微塵も闘志の衰えを感じさせないアルドの姿は、傭兵たちに心に恐怖を刻み込む。 「は……ははっ!はははははははは!! その中でただ一人、恐怖よりも喜びの感情を覚えたエーリッヒが笑う。 「アルド。お前、どういうつもりだ?国に媚びへつらうだけのヤツが俺と対等に戦えるわけがねぇ……何か強い信念を感じる」 「守るべきモノを守るためだ。お前こそ、何のために戦う?少なくとも、金のために剣を握るヤツの戦い方には見えねぇぞ?」 「金などいるか!!ただ、誰もが平和に暮らせる安らかな世界のために!俺はそのためだけに戦うのみだ!」 「あの屋敷に住む馬鹿貴族を助けることが、お前の言う平和に繋がるのか?」 「そうだ!王族や国といった強者から虐げられ、踏みつけられる弱者は救わねばならない!お前は違うのか!?弱き民は、騎士のお前にとって守るべきモノではないのか!?」 どうも話が噛み合っていない。 思えば戦闘を開始する前からエーリッヒはアルドが腑に落ちないことを口走っていた。 眉をひそめるアルドは、改めて考える。 自分たちがここにいる理由。 それに敵対する理由。 エーリッヒたちが貴族を弱者と呼ぶ理由。 疑問が一つの仮説を導き出す。 「エーリッヒよ。俺たちがここに来た理由を知ってるか?」 「あそこの貴族様を捕えて、財産を取り上げるためだろう?」 「質問を変える。何故、俺たちがそうしなきゃいけないか知ってるか?」 「あぁん?弱者から権利と財産を無理やり取り上げて、自分たちがおいしい思いするためだろうが!?」 アルドが立てた仮説は正しかった。 この地の貴族は、エーリッヒたち傭兵団を雇う際に自分の立場とこれまでの行いを説明していない。 不正に王国から全てをむしり取られる被害者を演じ、虚言と悪意をもってエーリッヒの情けに訴えたのだ。 そこまでわかれば話は簡単だった。 アルドたちの目的と行動理由を詳細にエーリッヒに伝える。 それだけで解決する。 「は、離せっ!!くそっ……役に立たん傭兵どもだ……!!」 程無くして屋敷は制圧され、任務対象だった貴族は騎士団の手により王都へと連行された。 アルドの話を聞いたエーリッヒは、自分たちが誤解していたことをすぐに理解した。 貴族の口車に乗せられ、平和のために行動していたアルドたちに対し、刃を向けてしまった過ちを認め、謝罪したのだ。 「今回の件は悪かった……あんなペテンにかけられちまうとは情けねぇ話だ。お前の目にも消えない傷を残しちまった……すまねぇ」 「お互い様だ。お前こそ、その腕じゃ不自由することだろうよ」 「なぁに。ヘタこいたツケとしちゃ、命があるだけまだ安いってもんだろ?」 「ふふっ……そうかもな」 「じゃ、俺たちはもう行くぜ?稼ぎがパーになっちまったからな。新しい雇い主を探す」 「……お前とはまたどこかで会う気がするな。エーリッヒ」 「当たり前だ。言っておくが、勝負の決着はまだついてねぇんだからな?忘れるなよ、アルド?」 「あぁ。逃げも隠れもしねぇ!」 この一件こそ、アルドとエーリッヒの、生涯を通して唯一ライバルと呼べる存在との出会いだった。 ―― 一カ月後。 エーリッヒに受けた傷の疼きも落ち着き、アルドが完全に騎士団に復帰した頃、彼はレミエール王国王女エリーゼの召喚に応じ、王城の謁見の間を訪れていた。 「よく来てくれました、アルド。もう傷は平気ですか?」 「はっ!この通りにございます」 「傷だらけで帰ってきたアルドの姿を見た時は驚きました……本当に良かった」 「お心遣い、痛み入ります。部下たちにも不安を与えてしまいました。一層、職務に励み、一刻も早く安心させてやらねば」 「そうですね。実は今回、貴方に頼みたい任務があるのです」 「如何様な任務であろうとも、御心のままに」 「ありがとう!」 エリーゼより受けた命は、彼女が近々行う領地内への視察に同行し、そのサポートと警護を行うという内容だった。 今の王族が領内の民から厚い信頼を得ている理由の一つとして、こうして御身自らが彼らの姿を見て、声を聞き、接してきた過去があることが挙げられる。 無論、身の危険を考えれば良い事ばかりではないことも彼らは承知はしていたが、それでも民のため、国のためを想う姿勢あっての判断だ。 それだけの想いと覚悟をもって行われる政務と、それを傍で支えるお役目。 アルドにとっても光栄の至りであることだろう。 「間も無く出立だ。各自、準備は万全か?」 「「はっ!!」」 エリーゼの命を受けたアルドは、今回の任務に当たり、直属の部隊から十人程度の騎士を選抜した。 一人一人が騎士団の中でも一目置かれる精鋭たち。 アルドは、エリーゼが王都を発つまでの数日の間に警護の陣形、ルートの確認、各地の事前調査を完了させ、任務に備えた。 「皆さん。今日はよろしくお願いします」 「エリーゼ殿下……御自らお言葉を頂けるとは。我ら一同、この命と誇りにかけ、御身をお守りいたします」 「こら、アルド。そんなに気負っていたら、民の皆さんを怖がらせてしまいます!」 「ま、誠に失礼を……!」 「ふふ……冗談です!」 「これは……ははは。一本取られてしまいましたな」 張り詰めていた空気が柔らかく和んでいく。 緊張していたはずの部下たちも、いつしか自然な笑み浮かべていた。 「言葉もない……このお方を、この地を、この平和を、守るべきモノを守らねば……」 「アルド?何か言いましたか?」 「いえ。何でもありませぬ。やや!そろそろ出発のお時間です!」 「はい。では、共に頑張りましょう!」 こうして王都を出発した一行。 予定通りのルート。 予定通りのスケジュール。 全てが順調に進み、視察は消化されていく。 「あ!お姫さまだ!わーい!エリーゼさまー!」 「ごきげんよう。最近、何か困った事はありませんか?」 「ないです!毎日すっごく楽しいです!」 「今回も王女様自らよく赴いてくださいました。おかげ様で、この村は平和で幸せな日々を暮らしております」 「それはなによりです。少しでも気になったことがあれば、何でも言ってください!」 「へへぇ……ありがとうございます!」 訪れる街々、村々で同じように繰り返される光景。 それを見る度に、自身が仕えてきたモノに、守ってきたモノに間違いはなかったと噛み締めるアルド。 夕刻まで続けられたそんな旅路も次の街で最後。 一日かけてようやく王国領地全体の十分の一程度。 エリーゼ、ひいてはレミエール王国の王族は、こうした視察を各地で定期的に行う。 政務という言葉で片付けるのは簡単だが、同じことを行えている王たちが世界中にどれだけいることだろう。 言う者に言わせればただのご機嫌伺いや点数稼ぎに過ぎないのかもしれない。 労力に見合うだけの成果が得られているのかもわからない。 それでも、この国の王族は代々に渡りこういった姿勢を守り抜いてきた。 信頼や感謝にどれだけの価値をつけるかは人それぞれだが、彼らはその価値を深く重んじ、大切にしているのだ。 「殿下。今回の視察は次の街で最後となります。お疲れではありませんか?」 「いいえ。私はまだ子供ですが、これが王家の務めであり、私の責任です。それに、皆さんの笑顔を見れば、疲れなど吹き飛んでしまいます!アルドもそうでしょう?」 「然り。実に喜ばしい事です」 しかし、そんな時間も束の間、そろそろ街の影が見えようかという所で、横道から一行の前に躍り出る人影をいち早くアルドが察知した。 「全員!警戒!!」 アルドの声に素早く反応した隊員たちが、エリーゼを囲み、剣を抜く。 「何者だ?貴様!」 「レミエール王国王女殿下、エリーゼ姫とお見受けした……」 「――っ!?気を付けろ!まだいるぞ!!」 馬車が停止したことを皮切りに、素早く忍び寄ってくる複数の気配。 その数は五、十、十五、続々と増えていく。 「アルド団長!」 「殿下のご無事が最優先だ!囲まれる前に突破するぞ!!」 「「はっ!!」」 一見するとただの野盗。 だが、仕掛けてくるタイミングや、獲物を包囲する際の手際の良さなど、場慣れした野盗のそれとは正確さもレベルも桁違いだ。 恐らくは特殊な訓練を受けた何者からによる偽装である。 「八時方向に転進!森の中へ!!」 「せぇやぁああああ!」 最も包囲の薄そうな場所を瞬時に見極めたアルドの指示で、隊員が突破口を開く。 「止まるな!進めぇ!!」 先頭にエリーゼを乗せた馬車。 その周囲を隊員が囲んで護衛。 追撃をアルド含む数人の騎士が阻む。 そうして何とか追っ手を振り切ることに成功した一行は、近くにあった森の中へと逃げ込むことに成功した。 だが、これも恐らくは敵の計画通りなのだ。 「団長。ただいま戻りました。どうやらこの付近には敵の姿はないようです」 「ご苦労。少し休んでくれ」 周囲の状況と安全を確認するため、哨戒に向かわせていた部下からの報告を受け、アルドは対策を練る。 「しかし、やられました……森は視界が悪く、敵の接近を察知することも難しい。身動きを取りにくくするようにここへ追い込んだのでしょう」 「あぁ。あれは野盗なんかじゃねぇ。間違いなくプロだ。不用意に森から出ようと動けばあっという間に索敵網にひっかかる」 「しかし、捜索の網は徐々に狭まってきます。ならばいっそ、少しでも早く突破を試みた方がよろしいのでは!?」 「早く手を打たなければならんのは正解だが、その方法は危険すぎる。殿下もおられるのだ」 物々しい視察を避けたがったが故の少人数での護衛だったが、この判断が裏目に出た結果となった。 精鋭揃いとはいえ、数倍の人数差を相手にしながら護衛対象を守り切らなければならない戦闘。 いくらなんでも勝ち目が薄すぎる。 「ですが……なら、どうすれば……」 「奴らの狙いは殿下だ。殿下がここにいる限り、奴らも森を離れることはできん」 「それはそうですが……」 「例え護衛の一人や二人が逃げ出そうとも、むしろ殿下の守りが薄くなるだけ奴らは歓迎するはずなのさ」 「王都へ増援を要請するおつもりですか!?」 こちら側の手勢が増えれば、正面突破さえも容易になる。 それが騎士団の大部隊ともなれば、いかなプロとはいえども、撤退せざるを得ない。 だが、それは実現不可能な机上の空論に過ぎなかった。 「無理です!ここから王都へ走り、再び戻ってくるだけでも半日以上!部隊を動かすとなると早くとも一日近くかかります!」 「その通り。だから援軍の要請先は王都じゃねぇ。あっちだ!」 アルドが指差した方向は王都とは真逆の方角。 首をかしげながらそちらを見たアルドの部下は、少し考えた後、驚きの声をあげる。 「まさか!?視察先の街に援軍を求めるおつもりですか!?」 「あの街なら半日もかからず往復できるからな」 「アルド団長……お言葉ですが……エリーゼ殿下は、民たちに危険が及ぶことを良しとはしないはずです!」 「そんなことわかってる。一般人じゃねぇ。正規軍が駐留してねぇ小さな街だが、運が良けりゃあ、まとまった人数の自警団程度は組織されてるだろ。そいつらを頼る。数さえ集まりゃ他の作戦の立てようもあるからな」 「た、確かに……!」 「ここで殿下を失うことは、今の平和と、この先に続くはずの平和を全て失うことと同じなんだよ。殿下を慕う民たちの多くはそのことも理解している。お前もそのはずだな?」 「……はい!レミエールの騎士の誇りにかけて!」 「だったらその者達を連れてこい!守るべきモノを守るため、共に戦う戦士たちをなぁ!!」 「はっ!!」 「俺は他のヤツらとなるべくここで時間を稼ぐ。お前一人に任せることになっちまってすまねぇな」 「いえ!団長も、ご武運を!」 それからはただ待った。 いつ来るかもわからない。 本当に来るかどうかさえわからない希望。 一瞬も気を抜かず、それを待ち続けなければならない状況は、屈強な騎士たちの精神を少しずつ、だが確実に削り取っていく。 だが、そんな苦しみから解放される時は、彼らが思うよりもずっと早く訪れた。 望まぬ形として。 「――っ!?敵襲ぅうううう!!」 アルド指揮の元、厳戒態勢でエリーゼの護衛を続けていた一行の姿が野盗に発見された。 敵の気配を誰よりも早く察知したアルドは、視線を感じる方向を睨み付け、剣を構える。 「アルド!?何があったの!?」 「いけません、殿下!馬車にお戻りを!」 「早く殿下の周囲を固めろ!指一本触れさせてはならん!!」 慌ただしく陣形を整える騎士団。 「もう逃がしはしない……姫のお命、ここで頂戴する」 続々と集結する敵の気配。 完全に囲まれた。 もはや戦う他に道はない。 「誰一人として死ぬことは許さん!守り抜き、勝利し、再び王都の地を踏みしめるぞ!!」 「「はっ!!」」 「くっくっくっ……たかが十人程度の兵を鼓舞したところで、何が出来ようというのか。全員血祭にあげて――」 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 緊迫した空気を切り裂いた遠吠えの様な声。 アルドはその声に聞き覚えがあった。 思い出したくないような、馬鹿で憎たらしいある一人の男の顔が浮かぶ。 「ははっ!俺らも混ぜろよ!なぁ、アルド?」 分厚い鎧を身に纏い、散歩でもするように戦場を闊歩するふてぶてしさ。 ギラリとした眼光と、薄ら笑いを浮かべるつり上がった口角。 数カ月前と相も変わらぬ、アルドと死闘を演じたエーリッヒの姿に他ならない。 「やはりお前か……エーリッヒ!」 「増援だと!?王都からこんなにも早く駆け付けられるはずがないっ!」 「おぃおぃ……俺らが品行方正な騎士様に見えるのか?」 エーリッヒの後ろからぞろぞろと姿を現す屈強な男たち。 見覚えのある顔もいくつかある。 「その恰好……まさか傭兵か?」 「ご明察。そこの団長さんとはちょっとばかし縁があるもんでな。邪魔させてもらうぞ?」 「ふんっ……傭兵風情が加わったところで、何が変わるわけでもない。はした金に目をくらませ、わざわざ無駄死にしに来るとは。馬鹿な連中だ」 「ほほぅ……煽るじゃねぇか。なら変えてみせようか。戦況ってやつを……!」 睨みを利かせ合うエーリッヒたちと野盗集団。 「エーリッヒ!俺の部下はどうしやがった!?」 「安心しな。街の酒場で寝かせておいたぜ?傷だらけで転がり込んできたと思ったら、助けてくれなんて言うもんだからよぉ?聞いてみりゃ、お前がやべぇって話じゃねぇか」 「まさかお前らがあの街にいたとはな……いろいろと期待を裏切りやがって……!」 アルドにとっては何よりもやっかいで、心強い援軍の到来。 希望に現実味が湧いてきた。 「おらぁああああ!!」 「ふんぬっ!?」 ふと胸を撫で下ろし、アルドが息をついた瞬間だった。 味方だと考えていたエーリッヒからの攻撃。 アルドはそれを咄嗟に受け止める。 「はははっ!何を安心してやがる、アルド!?勘違いはするな。俺との決着を残したまま、お前に死なれちゃ困るんだよ!」 「ふふっ……なるほどな。こんな状況でそんな馬鹿なこと言えるのはお前くらいだ。らしいと言えばらしいが」 「そういう事だ。俺は俺のやり方で、やりたいことを成すのみ!」 「俺だって同じだよ。守るべきモノを守り続ける。それこそが俺の役目であり、行動理由だ……!」 「それでいい!わかったらさっさと行け!お姫様を死なせちゃならねぇんだろ?国のために!平和のために!」 「あぁ!この場は任せる!!」 「おぅ!任されてやらぁ!!」 エリーゼを乗せた馬車を先導するために踵を返すアルド。 当然、目標であるエリーゼをそう簡単に逃がすまいと敵が行く手を阻む。 「行かせるとでも思うか……?」 「押し通る!!」 アルドはあえて大袈裟に剣を振り回し、退路を無理やりこじ開けていく。 「いかん!逃がすな!!」 「お前らの相手は俺たちだろう……なぁ!?」 後を追おうとする敵兵の前に立ちはだかるエーリッヒ。 敵の包囲網を破ることに成功した騎士団一行はそのまま森を駆け抜ける。 少しずつ遠ざかっていく戦闘の音。 アルドは、それが聞こえなくなるまで唇を噛み締めていた。 「アルド!?どこへ行くのです!?」 「私は森へ戻ります!エーリッヒたちをあのまま放ってはおけません!」 森から脱出し、最後の視察予定地であった街まで無事に辿り着くことのできた一行だったが、到着するや否や、アルドは一人で馬を転進させた。 「アルド団長!ならば我々も共に――」 「ダメだっ!この街に敵が潜んでないとも限らん。殿下の護衛をこれ以上減らすわけにはいかん!」 「しかし、団長……!」 「申し訳ありません、エリーゼ殿下。殿下の安全をお守りすることは騎士たる者の務め……ましてや団を預かる者がそれを放棄することなどあってはならない愚行。どのような処罰でも受け入れる所存です。しかし、それでも私は行かねばなりません……!!」 「……わかりました。友を救いたいという貴方の気持ち、私は支持します!」 「有り難きお言葉!すまんな、お前ら。殿下の警護は任せたぞ!」 「……わかりました。どうか、ご武運を!」 「あぁ!!」 再び馬を走らせるアルド。 エリーゼが口にしたように、彼にとって今のエーリッヒという男が果たして友と呼べる存在なのかどうかはわからない。 だが少なくとも、駆けつけてくれた恩がある。 守るべき尊い方を救ってくれた恩がある。 それだけで彼にとっては十分すぎる理由。 騎士として、男として、その恩をただ受け取ったままでいることは許されない。 「……っ!?」 森に再び足を踏み入れて間もなく、至る所に転がる亡骸の影が視界に飛び込んできた。 その中の多くがエーリッヒの率いていた傭兵たち。 敵は手練れの、恐らくは暗殺部隊。 彼ら傭兵とてそれなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者であるはずだが、この惨状を見る限り、かなり分が悪いことは明白である。 「くそっ……!!」 更に森の奥から漂ってくる血の匂い。 まだ戦闘が継続されている気配も感じる。 「エーリッヒ……!?」 何かを懇願するような表情を浮かべながら、木々の間を駆け抜けていくアルド。 そして視線の先に、横たわる仲間を庇いながら、ただ一人奮闘を続けるエーリッヒの姿を見た。 「はぁああああああああ!」 「何っ――ぐあぁ!?」 手近な敵に狙いを定め、その首元から斜めに一刀両断。 「アルド!?馬鹿野郎が……何故戻ってきた!?」 「待たせたな、エーリッヒ!借りっぱなしは性に合わねぇ!」 周囲に立っている者はエーリッヒと十数人の敵兵のみ。 その足元には、敵味方入り混じったいくつもの人影が地に伏している。 中にはまだ息のある者もいるようだが、皆一様に深手を負い、戦闘を継続することはまず不可能だろう。 「エーリッヒ。まだやれんのか?なんなら休んでてもいいぜ?」 「どうせお前だけじゃ全部片付けられっこねぇからな。休みたくても休んでなんていられねぇだろ」 「そういや、お前……俺が斬ったはずの左腕は……?」 「この通り!ガリギア製、特注もんの義手だぜ?さすがに片手は不便だからな!」 「また珍妙な……」 「お前こそ俺に目ん玉片っぽ取られてんだろうが?そんな状態でまともに戦えんのか?」 「一個ありゃ十分だ。斬るべき相手の姿はしっかりと見えてる!」 アルドからギラリと光る眼光を向けられる野盗たち。 しかし、そこは流石に手練れ。 臆さず、だが決して焦らず、静かに武器を構えたまま、アルドとエーリッヒの動きに警戒を払っている。 「いいからお前は少し休んでろ。足元ふらついてんぞ?血の流しすぎだ」 「これくらい気合で何とでもなるさ!それに、もともと血の気が多いんだよ。むしろ頭スッキリ快調この上ないな!」 「ったく……まだ俺との勝負はついてないんだ。死んで勝負を投げ出すことは許さねぇぞ?」 「当たり前だ!!お前こそ一人でおっちんだりするなよ!?」 「さて、じゃあさっさと片付けるか!!」 「おぅよ!!」 レミエール王国騎士団団長と、ガルムの傭兵団頭目。 立場も生まれも全く違う二人の戦士が、共に敵陣へと斬り込んでいく。 「レミエールに刃を向けた不届き者どもがぁ!全て葬り去ってくれるわ!!」 一人、二人と豪快に斬り伏せながら、一太刀、二太刀と身に刃を受ける。 見る見るうちに傷だらけになっていくというのに、痛みさえも感じていないのか、ますます勢いを増して暴れ狂うアルド。 「おらぁああああああ!どんどん来やがれぇ!!」 つい先ほどまで死んでもおかしくないような戦闘を続け、心身ともに疲弊しきっているはずのエーリッヒ。 いくら鎧に身を包んでいようとも、決して無傷でいられたはずもない。 それが何故、今しがた戦線に加わったばかりのアルドに負けず劣らずの威勢を発揮できるのか。 「死んでねぇだろうなぁ!?エーリッヒ!!」 「こっちの台詞だ!!アルドぉおおおお!!」 二人は互いの背を預け、鼓舞しながら、確実に敵を倒していく。 「な、何なんだこいつらは……!」 「隊長!と、止められませ――ぎゃぁああ!! 「化け物か……!?」 感情の起伏さえも乏しかった敵の表情。 しかし、アルドとエーリッヒの狂気にも似た戦意にあてられたのか、それも今では完全に崩れ去り、じわじわと減らされていく味方の数に比例して恐怖へと染まりつつある。 「た、隊長!我々の目標はこやつらではないはずです……!」 「ぬぅ……やむを得んか……撤収だ!」 号令を受け、蜘蛛の子を散らすように戦場から離脱していく敵兵たち。 アルドとエーリッヒは、互いの背中を支えに立ち尽くすのみで、その後ろを追おうとはしなかった。 否、追うことが出来る状態ではなかった。 「撤収だぁ?ははっ……撤退の間違いだろう……なぁ、アルド?」 「なんだ……まだ口を利く余裕があんのかよ、エーリッヒ。てっきり死んだのかと思ったぜ?」 「こっちの台詞だ……馬鹿野郎」 「途中からほとんど動かねぇから……心配してやったんだよ……」 「こちとらお前の百倍以上倒してんだぞ……ちょっと疲れたから休んでただけだ……」 「吹いてんじゃねぇよ……合流してからあいつら斬ったのほとんど俺じゃねぇか……」 「俺がヘロヘロにしたヤツばっか狙ってたからだろ?このハイエナ野郎が……」 「だいたい百倍って何だ……戦争でもあるめぇし、もう少しまともな数字で強がれねぇのかよ。血ぃ流しすぎて正気も保ってられねぇか?」 「例えだろが……なんならお前も一緒に捻り潰してやってもいいんだぜ?」 「くっくっくっ……面白ぇ。決着付けてやるよ」 「ぷっ……ははっ……片目潰れて距離感掴めねぇんだろ?俺も片目つぶってやろうか?」 「ハンデとしちゃ丁度良いだろ?なんなら両目瞑って相手してやってもいいぜ?」 「言いやがったな!?絶対目開けんなよ、てめぇ!あの世で後悔させてやる!!」 「おう!かかってこいや!!」 「おらぁああああああああ!!」 一夜明けてようやく街へ帰還したアルドとエーリッヒ。 肩を組んで支え合い、足を引きずりながら歩く二人の身体は、後ろに控える生き延びた傭兵たちよりも遥かにボロボロで、エリーゼを含み、迎えに上がった騎士たちを驚愕させた。 その日の午前中に、最後の視察を済ませたエリーゼ。 アルドとエーリッヒはというと、休息と呼べるほどの休息も取らぬまま、その視察に護衛として同行。 麗しいエリーゼの背後で睨み合う傷だらけの男二人。 その奇妙な光景は街の民の記憶に強く留まり続けたことだろう。 「何でお前が王都まで付いてくんだ?エーリッヒ。お前への依頼はもう済んだろ?」 「団長様が負傷中とあっちゃ、王女さんも不安かと思ってな。王都に送り届けるまでの護衛を買って出たまでだ。王女さんも了承済みだぜ?」 「殿下!?何故このような者に!こやつとて負傷兵ですぞ!!」 「彼がせっかく申し出てくれたので……それに、城に招待してちゃんとしたお礼がしたいな、と!」 「……要は謝礼目当てか?おぃ」 「あぁ?そんなんじゃねぇよ!ただ、お前があぁまでして守ろうとした王女さんってのがどんな人間か気になっただけだ!」 「ふふ……二人は本当に仲が良いのですね!まるで兄弟のよう!」 「殿下!ご冗談を!!」 「まぁ、このエーリッヒが生意気な弟分として直々に鍛えてやってもいいかな、という気にはなってますがね……?」 「まぁ!お優しいのですね!」 「何企んでる……殿下をたぶらかすとは……この不届き者がぁ!」 「ぐふぉ!?は……ははっ……この野郎……先に手ぇ出したのはてめぇだからな!今度こそケリつけてやるよぉ!!」 「望むところだぁああああ!!」 +戦場に舞う妖美なる炎狐フェンテ 「この先になんの用事?」 「何者だ貴様!我々の道を塞ぐというのか!?」 王都から北東に進んだ長閑な街道。 獣境の村ヴィレスへと続く道の上で、その場には似つかわしくない怒号が響く。 剣を抜き威嚇しているのは漆黒の鎧を身にまとった男達。 いくら世間に疎いものであっても、その風貌から帝国兵だと分かるだろう。 そして男達の前には、一人のガルムがいた。 「私は別にあなた達を通らせたくない訳じゃないの。もしそうであれば、目的なんて尋ねる必要はないわ。ただ『通らせない』と口にするだけで済む話。でもその様子だと……何か疚しい事があるのかしら……?」 フワフワとした黒い尻尾をゆっくりと左右に振りながら、ガルムの女は男達を見定めるように覗き込んだ。 その中の一人、小隊の隊長らしき男が一歩前に出ると、睨みをきかせながら低いトーンで返事をする。 「……悪い事は言わない。大人しく道を開けて貰おうか」 「お話は出来そうにないわね。よっぽど後ろめたい用事があるのかしら?例えば……ヴィレスにちょっかいをかける前準備とか?」 彼女は口元に笑みを見せながら、挑発するように問いかける。 まるで男達の持つ剣がおもちゃであるかのように余裕を振りまく彼女を前に、帝国軍は警戒せざるを得ない。 「ただの通り掛かりってわけでもなさそうだな。その風貌からしてガルム族か。ヴィレスからの使者か?」 「さぁね……。ただ、素性の知れない者をヴィレスに近づけたくないと思っている事は確かかしら?それがもしも、小汚い帝国の人達なら尚更ね」 「貴様!帝国軍を愚弄するか!」 男達は剣を強く握り、微笑みを崩さない女を睨みつける。 「私にその態度?フフフ……威勢がいいのね。なら、温めてあげましょうか」 女がそう言った次の瞬間、男達は不思議な熱に包まれる。 寒い冬の夜に暖炉の前に腰を降ろしたような、どこかホッとするような温かさ。 優しく大きな腕で抱きしめられたような、安らげる温もり。 「安心して。後悔はさせないわ」 最後にどこからか聞こえてくる女の声。 身体の内側から湧き上がってくるような熱は、今自分が何をしていて、どうしてここにいるのか……そんな事はどうでもいいと思うほどの心地良さ。 そして次の瞬間――。 「うわぁあああああ!!」 一体何が起こったのか分らない帝国兵の男達。 つい先程まで目の前にいた女から炎が吹き上がったかと思えば、隊長は声を上げることもなく一瞬で燃え上がり、その場にバタリと倒れたのだから無理もない。 「き、きき、貴様!た、隊長に何をしやがった!?」 男の手は震えている。 これが幻術やトリックの部類であってくれと願うも、生き物が焦げる強烈な臭いがそれを否定していた。 「ちくしょぉおおおお!!」 兵士の一人が剣を構えて女へと向かっていく。 その姿は勇姿とは程遠く、真っ赤に燃えている隊長を現実として受け入れる事が出来ずに、パニックに陥っているように見える。 しかし、そんな状態の彼でもこの異常な状況を打開してくれるのではと、他の兵士は淡い期待を持たざるを得ない。 「そんなに焦っても良いことはないわよ?」 女は依然うっすらと笑みを浮かべたまま妖艶な眼差しを男達に送り続けている。 綺麗に整った目鼻立ちも、敵対する者からすれば恐怖しか生まれない。 そしてまた一人、炎に包まれる。 「ぐぁあああ!!」 「ば、化物……!!」 帝国兵の男達は、隊長や仲間の亡骸を背に走り出す。 このままこの場所に留まれば、確実に全滅してしまうだろう。 冥界の魔物を召喚する宝具がなければ、勝てる相手ではない。 男達はただ闇雲に走り続ける。 どれくらい走っただろう。 助けを呼ぶ声を上げながら、必死に足を動かし続けた。 もうどうやって呼吸をしていいのか分らない程にゼェゼェという音が胸から聞こえてくる。 しかしもっと早く、早く逃げなければ。 援軍を呼ばなければ小隊は全滅してしまう。 その思いだけが彼を動かしていた。 ふと、視界に大きな門が入り込んだ。 今は帝国が支配する王都レミエール。 「助かった……おい!誰かぁああ!!」 男は痛む喉を必死に開いて出来る限りの声を上げる。 門の横で警備をしている仲間の帝国兵にその声がなんとか届いたようだ。 「お前……確かヴィレスに偵察に行った隊だったよな?何があったんだ!?」 「化物が……!化物が……!」 なんとか見てきた状況を説明しなければならない。 しかし壊れかけた喉で絞り出した言葉は、全く要領を得ない。 駆けつけた門番の兵士が男に駆け寄る。 「おい!しっかりしろ!他の仲間はどうした!?」 男はハッと気が付いて後ろを振り返る。 自分のすぐ後ろを走っていた筈の仲間達。 しかし、その者達の影はなく、自分のものであろう荒々しい足跡が点々と続くだけだった。 「みんなやられちまったっていうのか……!?」 またあの光景が脳裏に過る。 そして、疲労と恐怖と受け入れ難い事実に耐えきれなくなった男は、その場で意識を失った。 「おい!おい!しっかりしろ!誰か!術士を呼んできてくれ!!」 ――獣境の村ヴィレス 十六代目の王が戴冠(たいかん)してからこの村は平穏に包まれている。 他種族からの迫害を受けてきたガルム族が『人』としての扱いを受けられるようになったのも、アレイオス王政における功績だと、この村に住む者であれば誰もが認知しているだろう。 多少のいざこざはあるものの、歴史を振り返ればどの時代よりも活気で溢れていた。 「おい!フェンテ!どこに行ってた!?皆探し回ってたんだぞ!」 大きな尻尾を持つ女性の肩を掴んだ男は、そのままやや乱暴に振り向かせた。 女性の胸元でチャリンと鳴らされるヴィレス特別作戦部隊の首飾り。 男の胸にも同じ物がぶら下がっている。 「あら、そんなに慌てて何かあったの?クレイル」 クレイルと呼ばれた男は、眉間にシワを寄せた。 「勝手にどこかに行くなと何度も言っているだろう!特隊の自覚はないのか!?」 「少しお散歩していただけよ。そんなに小言ばかり言っているとまた血圧があがるわよ?」 ヴィレス特別作戦部隊、通称『特隊』。 この国に設立されている数ある部隊の中でも、最も重い役目を担う部隊。 王からの極秘任務をこなしたり、有事の際に独断で動く事を許可されている唯一の部隊だ。 そんな部隊だからこそ、所属する面々は切れ者や鬼才で名の通った者達ばかり。 「はぁ……どうしてお前みたいなのが特隊にいられるのか俺には分からん」 クレイルは大きなため息を吐いてから、つまらなそうな顔を横に向ける。 十数年前、突然王宮へと招集された面々に王が紹介したのは、まだ幼さの残るフェンテだった。 その場にいた者は口を揃えて、何故こんな少女が特隊へと入隊する事になったのか説明を求めたが、王は『後に解ることになる』とだけ言い放ちその場を後にした。 クレイルが王の采配の意図を汲み取れなかったのは、後にも先にもこの一件だけ。 つい先日も、ヴィレスに連行されたマリーヴィアの問題児と言われる猫のガルムが、王の決定で治安維持部隊に所属する事となった事件ですら、クレイルからすればあの弓の腕前を見れば納得のいくものだった。 しかし、突如特隊に放り込まれてきた少女は、誰にも心を開かず何を考えているか分らない。 誰からの助けも求めず、誰かの力になろうとする事もないフェンテ。 それは7、8才の少女にしてはあまりにも不自然だった。 しかし、王が決めたのだから彼女を追い出す訳にもいかない。 クレイルは自分が彼女の面倒を見ると仲間に言うと、それから必死にフェンテに話し掛け続けた。 ――剣の稽古をしないか?俺達は有事の際に戦わなくちゃならないんだからな。 ――好きなものはあるのか?食い物でも場所でも何でもいいから教えてくれよ。 ――父ちゃんや母ちゃんは今どこにいるんだ?その容姿じゃ母ちゃんは美人なんだろうな。 返ってくるのは適当な返事ばかり。 ――面倒くさい。 ――特に。 ――そうね。 俗に言う“可愛げ”なんていうものは一切ない。 多少の表情はあるものの、いつもどこか遠くを見ているような、そんな子どもだった。 そしてそのまま、年月は過ぎていく。 「私も同感よ。何かに縛られるのは好きじゃないし……もっと自由でいたいものだわ」 フェンテは遠い空を眺めながら独り言のように呟く。 本人もこの部隊にいる事を望んでいない。 ならば、王は何を考えているのだろうか。 クレイルはひとつため息を吐くと本題に入った。 「はぁ……まぁいい。仕事だ。王都の方面から帝国兵らしき者が近付いているという情報が入った。規模も目的も分からないが、特隊に調査命令が下っている。すぐに身支度をして――」 「規模は8名の小隊。帝国兵で間違いないわ。目的は調査、もしくは偵察ね。武器は装備していたけれど、大きな戦闘に備えたような物ではなかったわ」 クレイルの話を遮って淡々と説明するフェンテ。 「待て。何故そこまで知っているんだ?」 「言ったでしょう?お散歩していたのよ」 フェンテはうっすらと笑みを浮かべる。 「見たのか!?帝国がヴィレスに向かっているのか!?」 「いいえ。私がお相手したわ。一人はお家に返して、他は今頃私達を見下ろしているかしらね」 フェンテの言葉を聞いて男は天を見上げる。 何か、ゾッとするものを感じて、すぐにフェンテに向き直った。 「そんな事があったなら何故早く報告しない!?」 焦るクレイルとは対象的に、不思議そうに首を横に傾けるフェンテ。 「報告に向かっていたら貴方が呼び止めたんでしょう?」 確かに特隊にはどこからも許可を得ずに独断で行動する事が出来る。 しかし、他国というだけならまだしも、王都を陥落させた帝国の人間に手を出したというのは大事件というレベルではない。 クレイルであれば、どの様な状況であろうとも簡単に行動に移すことはしないだろう。 にも関わらず、彼女はそれを対して大きな出来事だと捉えている様には見えない。 「そろそろ道をあけてくれるかしら?」 「……あぁ」 苦い表情のクレイルだったが、その場は彼女の言う通りにするしかなかった。 十数年の付き合いがあるものの、未だにフェンテが何を考え、何を思って行動しているのかが分らない。 形のない不安がクレイルの胸の中で大きくなっていく。 フェンテへの疑念は王への疑念へと繋がると分かっていても、やはり彼女を信じ切る事が出来なかった。 クレイルはフェンテの背中を追い王宮へと足を運ぶ。 玉座の扉の両脇に立つ近衛兵は、クレイルの顔を見るなり敬礼をする。 「お疲れ様です。ただいま王はフェンテ殿とお話をしている最中でして――」 「あぁ、わかっている。楽にしてくれ。俺はその話の内容を知りたいのだ」 「そうですか。しかしいくらクレイル殿の頼みとありましても、盗み聞きをさせる訳には……」 「そんな事は頼んでおらん。ここで待たせてくれたらそれで良い」 「わ、わかりました。失礼しました」 その時、玉座の扉がスッと開いたかと思うと、話を終えたであろうフェンテが顔を見せた。 クレイルの顔を見るなり、フェンテは何か意味を含んだ笑みを浮かべ、ゆっくりと近付いてくる。 「あら、私の事を追いかけてきたの?寂しがり屋さんなんだから」 クレイルにグッと顔を近づけるフェンテ。 ほんのりと甘い香りがクレイルの鼻を付く。 「茶化すな。俺も王に話があるだけだ」 クレイルから顔を離すと、長い髪をかきあげた。 「ふふっ……照れなくてもいいのに」 2人の近衛兵はお互いの顔を見合わせる。 きっとクレイルとフェンテの関係性でも想像しているのだろう。 フェンテがどんな男に対してもこういう態度を取る事を知らなければそれも致し方ない。 怪しく誘うような文句にどれだけの男が誑(たぶら)かされたことか、クレイルが知るだけでも両手では数えられない程だ。 フェンテに熱を上げた者がいたとしても、彼女は誰かに身を寄せる事はない。 まるで雲のように掴むことが出来ないと、失恋に肩を落とす者たちは口を揃えていた。 「それじゃあねクレイル。先に戻ってシャワーを浴びてるわ」 「いちいちそういう発言をするなと何度も言ってるだろ」 その言葉はきっとフェンテには届かない。 しかし同じ特隊所属の者として、小言を言わなければ特隊の品位を疑われてしまう。 現に目の前の近衛兵の2人には変な目で見られてしまっているのだから、誤解を解く事も仕事の一つだ。 クレイルはひとつ息を吐いてから、玉座の扉に近付いた。 しかし、その足はフェンテの声で止められる。 「クレイル、言い忘れた事があったわ。私、特隊を抜ける事にしたから。今まで世話になったわね」 クレイルは耳を疑った。 戦死した者や、老いから現役を退いた者はいるものの、そのどちらでもなく特隊を抜けた者など長い歴史の中で例がない。 「おい!どういう事だ!?」 「どういう事ってそういう事よ。もう王には話を通してあるわ」 フェンテは尻尾を振りながら歩き続ける。 「待て!フェンテ!!」 走り出そうと足を出した時に、玉座の扉が静かに開き、中から声が聞こえてきた。 「待つのはお前だ、クレイル。中へ入れ」 「ガレオス王!」 呼び止めた声は第十七代ヴィレス王のガレオス。 突拍子もないフェンテの発言に頭が付いてこず、軽いパニックとなっているクレイルの肩に手を置くと、玉座へと招き入れる。 「すまんな。儂のせいでお前には随分と苦労をかけたようだ」 「王、お話をお聞かせ願えますでしょうか」 「椅子に掛けてくれるか。少し長くなるやもしれん」 王は静かに語り始めた。 ―――― ―― 「フェンテに、やりたい事ができたと??」 「あぁ、そう聞いた。あの娘がそんな事を言う日が来るとはな」 王の話は、クレイルには信じ難いものだった。 あの万年やる気を見せず、何事にも無気力に思えた掴みどころのないフェンテが、自分の口から何かをやりたいなどと口にした事は記憶にない。 誰かに自分の意志を告げる事もなければ、自発的に行動する事もなかった。 あの自由気ままな雲のようにふわふわとしている女が、急にやりたい事なんて言うのだろうか。 王も信じられないといった様子だ。 「その目的はお聞きになったのですか?」 「聞いてはみたが、本心だと思えるような返答はなかった」 「なら、特隊から脱退するという話は、受け入れなかったのですよね!?」 「いや、儂が許可した。今日付けでフェンテはヴィレス特殊部隊から除名とする」 「何故ですか!?」 納得のいく答えが欲しい。 そんな事があって良いはずがないのだ。 「あの娘は、幼い頃に家族を失っている。それからは、大人も友達も信じようとせずに塞ぎ込んでしまったのだ。しかし、娘には力があった。それはお主も知っているだろう?」 彼女が扱う炎の術は、他人に簡単に真似できるようなものではない。 過去に炎の剣聖バレルがヴィレスを訪れた時に、バレルの技と仲間のアーラェの魔法を見たが、フェンテはその2人と比べても肩を並べるだけの才能を持っていた。 後に勇者と名の通る程の面々と比べても、遜色のない技を繰り出すフェンテの評価が高い事も頷ける。 王都レミエールがあんな事になっていなければ、聖王国騎士になる事も出来たかもしれない。 それ程の実力を持っている事は確かだった。 しかし、その技をどのようにして手に入れたのか、誰に教わったのか、知る者は特隊の中にはいない。 「はい、確かに彼女の技は目を見張るものがありますが……」 「その力を有効活用できる場所は特隊以外にないのではないかと考えたのだが、結局長い年月を掛けても誰も彼女と解り合うことは出来なかったようだ。ならば、これ以上特隊にあの娘を縛り付けておく必要もないかと思ってな。本人の希望があるならば尚更だ」 ガレオス王はどこか悔やんでいるような、渋い表情をしながら話を続ける。 クレイルの持っていた王への疑念。 それは王自身も感じていた事なのかもしれない。 「お主には随分と重荷を背負わせてしまったな。すまなかった」 「謝罪をする王などいてはいけませぬ。私達は貴方に付いていくのですから」 「そうは言っても儂も一人の男なのだ……いかんな。こんな事ではガルオン殿にまた説教をされてしまう」 王は窓の外を見ながら頭を掻く。 「それと、報告にあった帝国の話だが……」 フェンテが相対した帝国軍。 憶測になるが、その目的はヴィレスの調査なのだろうとガレオスは話す。 王都に飽き足らずにこのヴィレスまで手を伸ばす帝国をこれ以上好きにさせる訳にはいかない。 しかし、あの小国だった帝国が一夜にして王国をその手中に収めたのには、それなりの訳があるはずだ。 噂では世にも奇妙な魔物を召喚して操る等と聞くが、その話も定かではない。 相手の手の内が分からなければ下手に動く事も出来ないが、この件をきっかけに何かアクションを起こしてくる可能性は小さくないだろう。 「全く、フェンテの奴……最後の最後にとんだ爆弾を落としていったものですね……ん?」 そこまで口を走らせたクレイルはハッと気が付いた。 帝国の兵に手を出して、その直後にやりたい事が出来た……この2つは関係のない事なのだろうか。 嫌な予感が胸の中で膨らみ続ける。 「クレイルよ。少しの間、フェンテの動向を追ってはくれぬか?」 胸の内を読まれたのか、または同じ考えを持っているのか、ガレオスは静かに打診をした。 「私もそれが良いと考えておりました」 王宮を飛び出したクレイルは、フェンテの跡を追う。 玉座の前では『先に戻る』と言っていたのを思い出し、まずは宿舎へと向かった。 しかし、そこに彼女の姿はない。 地道に聞き込みを行い、なんとか手がかりを見つけようとする。 「あぁ、フェンテさんなら少し前に街の外に出たのを見たよ」 「本当か!?どの方向だ?」 聞き込みを続けること半刻。 ついにフェンテに辿り着く情報を手に入れた。 男が言うには王都に向かう街道を歩いていったらしい。 「恩に着る!」 ――ヴィレスからの街道 日は傾き、夜のとばりが下りてもクレイルは馬を走らせ続けた。 あのフェンテが何を企んでいるのか。 胸の中の嫌な予感は薄まるどころか更に濃くなっていく。 異様な静けさが広がる街道に蹄の音だけが響き渡る。 ぼんやりと照らす月明かりを頼りに、彼女の姿を探した。 ふと目の前に人影が見える。 それも一人ではなく、複数の人影。 クレイルは馬から降りると、ゆっくりと近付いていく。 その影は、道に倒れたままピクリとも動く様子はない。 「死んでいるのか?」 直ぐ側まで近づくと、腰を落として目を凝らす。 「この鎧は……帝国兵……?」 噂で聞いた全身を覆う黒の鎧。 小隊だろうか、動かぬ兵士は5体。 フェンテが話していた者達に間違いないだろう。 つまり、これは全てフェンテがやったという事になる。 「随分と派手にやったものだな……」 死体の周りに広がる黒ずんだ燃え後が、目の前の亡骸がいかに強大な力で焼き払われたのかを物語っていた。 これは間違いなく、フェンテの技。 あの赤々とした炎がこの者達を包んだのであろう。 他に何か手がかりになるようなものがないかと周囲を捜索してみるが、生き物が焼けたひどい匂いが広がるばかりで、それ以上の情報はなかった。 「仕方ない……もう少し街道を進むか……」 馬の鞍を掴み跨がろうとしたその時、辺りが急に明るくなった。 「なんだ!?」 明かりの出処に視界を向けると、遠くに巨大な炎の柱が上がっている。 間違いなく、フェンテだろう。 また馬を走らせるクレイル。 そこで何が起こっているのだろうか。 援軍を呼んだ帝国兵との戦闘ならば納得が行くが、何故フェンテは特隊を抜け、単独で戦う選択をしたのかが分らない。 そこに行けば答えがある。 何故か分らないが、そんな確信があった。 ―― キン……ガン……ゴォオオオオ 交戦音がクレイルの耳に届いてきた。 フェンテはまだ誰かと戦っているようだ。 「……いい加減正直に話しなさいよ!!」 次に聞こえてきたのは、フェンテの声ではない。 女性だが、フェンテよりもずっと幼い、少女のような声色。 「何を勘違いしているの?いい加減疲れるのだけれど」 今度はフェンテの声。 2人はどうやら争っているようだ。 と、次の瞬間。 ――ドォオオオオオ 目の前に火柱が上がる。 まるで火山が噴火したような激しい炎。 その炎の中心に、2つの影が見える。 一人はフェンテ。 大剣を構えながら一度後ろに飛び退くと、長い髪をかき上げる。 「しぶといわね。一体なんだっていうの?」 「しらばっくれてもあなたの事は分かってるのよ!」 もう一人は見た事のない顔。 どうやら人間の少女のようだ。 金髪のツーサイドアップを赤いリボンでまとめた容姿は、お世辞にもこの場に似合うとは言えない。 しかし、騎士のような装いからどこか他国の騎士団の人間であろうことが予想される。 大盾を構えながら噛み付くように叫んでいる姿は子どもの姿そのものだが、あのフェンテと対等に渡り合っているように見えるのもまた事実。 彼女は何者なのだろうか。 「なんの事だか分らないと言っているでしょう?」 「あなたの愛情は歪んでいますね!私が矯正してあげます!」 少女は盾を真っ直ぐ前に突き出して、そのままフェンテへ突っ込んでいく。 「仕方ないわね……」 フェンテも大剣を構え直し、臨戦態勢となる。 「待てぇえええ!!」 気が付けばクレイルは飛び出していた。 2人の中心へと走っていき、両手を広げて手の平をお互いに向ける。 「戦いを止めろ!!」 「クレイル!?」 「っ……!!あなたは誰!?」 両者は文字通り燃え上がった戦意を鎮める。 「2人共、少し話を聞かせてくれないか」 争いが一時的にでも収まった事に胸を撫で下ろしながらも、緊張は解かずに言葉を選ぶ。 しかし、少女はクレイルにも食って掛かった。 「誰って聞いてるのよ!もしかして、その女の仲間!?」 クレイルは両手の平を少女に向けて敵意のない事をアピールしながら、慎重に言葉を選ぶ。 「待て。悪かった。俺はクレイルという者だ。ヴィレスの騎士とでも言おう。そこの彼女……フェンテとは――」 「大人の関係よ」 フェンテがクレイルの肩から顔を出して少女に向かい口元を緩ませる。 「お前はこんな時にふざけている場合ではないだろう!!」 今回ばかりはいつもの小言ではなく、本気で怒るクレイル。 しかし、その怒りも次の少女の一言で一気に鎮まる事となる。 「私はカルテット騎士団ハート隊、隊長のノアです。申し訳ないですが、そこをどいて頂けますか?私はその雌狐に用事があるので」 「カルテット騎士団……!?」 聞いたことがあった。 確か、どこの国にも属さない多国籍軍。 噂ではトランプのマークを掲げた4つの隊からなる組織だとか。 独自の思想を持ち、決して誰の命も受けず、大陸の秩序を守るために健軍されているという話だ。 実際に見た事がある者はいるものの、この騎士団がどこを拠点としていて、誰が指揮しているのかも全く分らない。 しかし、もし少女が言っている事が本当であれば、フェンテと互角にやりあっている事にも説明が付く。 日常で出会った少女から「カルテット騎士団の隊長だ」と聞いたとしたら、ごっこ遊びだろうとでも思うのかもしれないが、目の前の光景からそうも言っていられないのだ。 酒場で溢れている噂話の一つに、何故こんな所で出くわしたのだろうか。 そして、このノアという少女は何故フェンテに敵意を向けているのだろうか。 深まる謎を紐解くには、直接話を聞くのが一番早いと考えたクレイルは、やや緊張しながら口火を切る。 「ノアとやら。すまないがこのフェンテへの用事というのを聞かせて貰えないだろうか。状況が見えていないまま2人を放っておく訳にはいかないんだ」 丁寧に話をした事に驚いたのか、ノアはしばらく黙ったままクレイルを睨みつけていたが、やがて構えていた大盾を地面に付けて話し始めた。 「どうやら貴方はその雌狐の裏の顔を知らないようですね……。ならば教えてあげましょう。その雌狐がどのくらいねじ曲がった愛を持っているかを」 裏の顔。 その単語にひどく引っ掛かりを覚えた。 この少女が考えている『表の顔』がヴィレスの特隊なのだとすれば、少女の言うようにクレイルはフェンテの裏の顔を知らない事になる。 これまで、有事の際にフェンテがどこにいるのか分からず、特隊の人員をフェンテ捜索に割く事が幾度となくあった。 本人に問いただしても、『散歩に行っていた』等と軽い返答をするものだから、基本的に部隊に所属している自覚が少なく、その責任も軽いと考えているのだろうと皆が思っていた。 しかし、もし、少女の言う『裏の顔』があるのだとすれば……。 ノアは話を続ける。 「貴方は“夜の鍵”という組織をご存知ですか?」 ――夜の鍵。 カルテット騎士団よりも随分とおとぎ話に近い単語が出てきた。 世の中で起こる、説明することができない事件。 神隠し、密室の殺人、謎の突然死。 これらが起こると、必ずその名が噂として囁かれていた。 当然クレイルも子ども騙しの作り話だと認識している。 怪談やオカルト話が好きな連中の作り話に、徐々に尾ひれがついていった噂の組織。 「その……聞いた事はあるが……」 「誰も見たことがない都市伝説。そう思うのが一般的です。信じている人なんて、子どもか単なるおバカ――」 静かに話し続けるノアも、クレイルから見れば十分に子どもに見える。 クリスマスのサンタクロースをまだ信じていても可笑しくないだろう。 「――もしくは、真実を知るものです」 「っ……!!」 この少女の言葉を鵜呑みにしていいのだろうか。 自分が誂われているのではないかと思うような話を真剣な表情で語り続ける。 「私達、カルテット騎士団は、世間から『愛を持った有志が集った騎士隊』なんて思われているかもしれませんが――」 クレイルの認識とは少し違うが、話の腰を折るのは気が引ける。 黙ってノアの言葉に耳を傾けた。 「私達の目的は、夜の鍵を潰すことです。間違った愛を育む思想を止めなければなりません。ですから、私はその雌狐に本当の愛を教える必要があるんです!」 尻上がりに強くなっていくノアの口調に圧倒されてしまう。 言っている事は無茶苦茶のように思えるが、少女の目の奥に潜む強い信念のようなものを確かに感じる事ができた。 ノアが嘘を言っていないのだとしたら……。 「待ってくれ!もしそうなら、フェンテが“夜の鍵”の構成員だとでもいうのか!?」 「はい。私には確信があります!当の本人は認めないようですが、そこのフェンテという雌狐は間違いなく“夜の鍵”の団員です!」 ノアがバシっと指をさした方向に目線を向ける。 フェンテはつまらなそうな顔をしながら、ウェーブ掛かった髪の毛を指でクルクルと巻いて遊んでいるように見えた。 全く話を聞いていないような態度を取っているフェンテに、確認を取らなければならない。 「ノアが言っている事は本当なのか?フェンテ……」 「だから、その子の勘違いだと言っているじゃない」 「ならば、何故戦う!?何故突然、特隊を抜ける等と言い出したのだ!」 フェンテはフフっと少し笑った後、大剣にもたれかかるようにしてクレイルを覗き込む。 「その子が挑んで来るから相手をしていただけよ。なぁに?もしかしてクレイル……妬いてるの?」 「茶化すな!お前は何を企んでいる!?」 「企む……?フフフ……そうね。強いて言えば、その子の持つ情報に興味があるからかしら。私の扱う炎と同じものを見たのよね?」 フェンテはノアに対して質問をしているようだ。 クレイルも釣られるように再びノアの方へと振り返る。 「この街道で帝国の兵士が焼き払われた炎の跡を、ある盗賊団のアジトで見ました。その盗賊達は全員消息不明。巷では、“夜の鍵”の仕業だって言われていました。手口から言っても間違いはないでしょう。あの盗賊団を襲ったのは貴女なのでしょう!?」 「何度違うと言えば解るのかしら……。はぁ……」 「これだけ証拠が揃っているのよ!さっさと白状した方が胸もスッキリするんじゃない!?」 「何を言っても聞く耳は持たないようね……」 剣を構えるフェンテ。 それに釣られるように、ノアも盾を構え直した。 「待て待て!!2人共落ち着いてくれないか!?」 慌てて止めようとするも、ノアが突っ込んでくる。 「これ以上話しても時間の無駄よ!そのねじ曲がった愛を矯正してあげるんだから!!」 ――数刻後 辺りは朝日の優しい温かさで包まれていく。 街道横の平原は一面が焼け野原となり、至る所から煙が上がっていた。 「いい加減にしろ……お前ら……」 クレイルはボロボロになりながら、2人の争いをどうにか止めようと藻掻いていた。 「はぁ……はぁ……そこまで邪魔をするなんて……貴方も相当歪んだ愛を持っているようですね……」 力を使い切った様子のノアだが、それでもまだ立ち上がる。 「もう日が登っちゃったじゃない。早くお風呂に入りたいわ……」 台詞こそ余裕がありそうなフェンテだが、彼女がここまで消耗している姿を見るのはクレイルの記憶の中では初めてのことだった。 「フェンテ。お前が腹を割って話せばこの場は収まると、何度言えば解るんだ」 「そうよ!知っている事を全部話しなさい!!」 クレイルに続き、ノアもフェンテに叫ぶ。 フェンテはため息を吐いた後にポツリと呟いた。 「もういいわ……。私の降参でいいわよ」 「やっと白状する気になったのね!」 ノアは嬉しそうにフェンテに詰め寄った。 クレイルはあちこち痛む身体を庇いながら地面に腰を下ろす。 次の瞬間―― 辺りが暗闇に包まれる。 登っていた朝日も、ノアとフェンテの戦闘で焼けていた平原も、全てが黒に染まる。 「なんだ!?何が起こってる!?」 クレイルは痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がる。 「フェンテ!ノア!どこだ!?」 すぐ近くに居たはずの2人も見えない。 それどころか、自分の足元……いや、自分の腕すらも見えない。 まるで目隠しをされたような完全な闇。 「なんだこれは!!ちくしょう!!」 必死に叫ぶも、その声は闇の中に溶けていく。 「団長、この男です」 すぐ後ろで、女の声がした。 ナイフのような冷たい声は、知人ではなさそうだ。 (誰だっ……!?) 後ろを振り返ると、全く何も見えない闇の中に、ほのかに光る人影が2つ。 一人はローブで全身を覆い、一人は大きなハットを深く被り、厚手のコートのようなものを来ているように見える。 影がクレイルに近付くが、全く身動きが取れそうにない。 まるでクレイルの視界だけがその場にあるようだ。 「ヴィレスの特別作戦部隊のクレイル君かな?」 大きなハットの奥から、男の声が聞こえる。 (誰だ貴様!!これは一体……) 自分の声が出ているのかも分らない。 一切の感覚がなくなっている。 しかし目の前の2人にはどうやら聞こえているようだった。 「質問をしているのはこちらです。余計な時間を取らせないようにお願いします」 ローブの奥から冷たい女の声が聞こえてくる。 (……くっ……だったらどうする!?) 「我々に協力して欲しい。君の力を借りたいと思っている」 (協力……!?貴様等は誰だ!?これはなんなんだ!?2人はどうした!?) 「カルテットのハートは泳がせておくよ。おかげでいいものが手に入ったしね。ヴィレスの篝火さんも、少し様子を見たいと思う。今日の目的はクレイル君。君だからね」 異常な空間での会話は続く。 ヴィレスの篝火……とは話の内容からフェンテの事だろう。 しかし、篝火の一族は十数年前にその役割を終えたと聞く。 この男は何を知っているのだろう。 そして目的は……。 「そうそう。これは少し魔術を用いた結界だよ。君と話がしたくてね……気に入ってくれたかな?」 そんな魔術は聞いた事もない。 という事はフードの女がマーニルの魔術師か何かなのだろうか。 「あ、悪いな。まだ我々の事を話していなかった。我々は――」 ハットの男の影がクレイルへと近づく。 そして手の平でクレイルの視界を塞ぐと、そこに完全な闇が生まれた。 「――暗黒組織“夜の鍵”だ」 男の声が聞こえた瞬間、激しい頭痛がクレイルを襲う。 (うわぁあああああああああああ!!!) この世のものとは思えない痛み。 もし目の前に銃があったら、自らの眉間を撃ち抜いてしまうかもしれない。 そんな、絶望的な痛み。 (あぁぁああああああああああ……!!!) 「君には期待しているよ。そうだ、新しい名を考えなければ」 (ああぁぁ……ああぁぁあ……!!!) 「目を覚ます時までに考えておくから、楽しみにしていてくれ」 (うぁぁ……!!!) 「おやすみ。クレイル君。素敵な夜には素敵な計画を」 ―――――― ―――― ―― ― 「おはよう。グレア君。体調はどうだ?」
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らき☆すたでアクエリ3GX 設定編 泉こなた 使用デッキ:緑タッチ赤(主にベリティリ中心)、白タッチ青(主に斎木美奈) ガチンコで戦う場合は前者、暇つぶしで戦うときは後者。 柊つかさ 使用デッキ:赤単(特に美鈴or美晴パーミッション) 赤中心で戦うデッキ、美鈴or美晴でパーミッションで行い、最後は弓削で叩き潰すデッキ。 柊かがみ 使用デッキ:黒タッチ白(主にマシンデッキ) 戦艦パニⅡやラグエルなどを主体とするマシンデッキ。木星軌道+パニⅡ+新月のシナジーを狙う。 高良みゆき 使用デッキ:青単(主に中津焼け野原) 中津などの耐久性のあるカードを中心とし、デスルーンなどで焼け野原にする。 日下部みさお 使用デッキ:白単(主に天野ミチルや日比野凛)もしくは黄タッチ白(シュリーデッキ) アスリートを中心とするデッキ。 小早川ゆたか 使用デッキ:緑タッチ白(主にリムノレイア) マーメイドやタレントを中心に組み、純血で突破を狙う。 泉かなた 使用デッキ:黒単(主にアムビエル) かがみ同様木星軌道+パニⅡ+新月のシナジーを狙い、アムビエルで一気に畳み掛ける。 (ちなみに俺のデッキ) 主なシーン みゆき「やはり残しましたか・・・。かなたさん。 でもそこまでです、ジリアン・マキャフリーの攻撃!ダークバーニング!」 つかさ「できた!厳島三重結界!ゆきちゃんごめんね。 弓削遥の攻撃!法弓作法!」 みさお「柊妹、お前一番相性の悪いデッキと当たっちまったらしいな。 お前の三重結界、今から完全に崩してやるよ。アブソリュート・『ヴァ』ニッシュ!」 かがみ「日下部、宇宙からの砲撃、受けてみな! パニッシュメントⅡ、波動エネルギー発射!ドゥームズデイ!」 こなた「ふふん、ロック完了♪かがみん、覚悟はいいかい? ベリティリの攻撃!ブラッディドレイン!」 ゆたか「お姉ちゃんのキャラクターの攻撃、レスポンスしないよ。 でも、リムノレイアがガードするよ!アブソリュートガード!」 かなた「ゆたかちゃんの場にブレイクしているキャラ居ないわね。 アムビエル攻撃!プロヴィデンス・デストラクション!」 みき「甘いわね…。破邪鏡装着璃莉夢の攻撃!ナイトメアペイン!」 ゆかり「さぁ、ソリティアの時間よ。アレキサンドリアのエフェクトで5枚ドロー、 そしてアルコルをダメージ置き場に送るわ。発動よ!死兆星の導き!」
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+恋獄の暗殺者リーズレット 「なんだ貴様等は!!!」 イエルの資産家である男は、今この瞬間まで何不自由ない生活を送っていた。 目を覚ますと、見知らぬ男と少女が枕元に立っている。 何が起きているのか、男には想像する事すら難しいだろう。 屋敷の中は勿論、門にも配置した筈の兵士達はいったい何をしているのか。 「誰か!こいつらをつまみ出せ!」 大きな声を上げるが、屋敷の中は静まり返っている。 「リーズレット……」 黒いスーツに身を包んだ男は、少女に声を掛けた。 「はい」 少女は無表情のまま返事をした。 「誰なんだお前達……っ……!!」 突然、声が出なくなった。 何が起こったのかは分からない。 「詰めが甘いぞ。見ろ。まだ目が動いている」 スーツの男の手が頭上に伸びる。 手には短剣が握られていた。 その短剣を見て全てを悟った。 暗殺家系の一族の持つ赤い短剣。 貴族の男から聞いた事があった。 金さえあれば、人の命すら奪う組織がある……と。 表には決して出ず、影の仕事をする者達。 痕跡を残さずに人を消す暗殺者。 そんな者を雇い、自分を殺そうとする人間を思い浮かべる……。 多すぎて絞り込む事も出来ない。 しかし、このまま何もできず死ぬのは嫌だ。 伝えなければ…………。 「見ろ、この男は書くものを探している。分かるか?」 ベッドから手を伸ばしてサイドテーブルの上を漁っている。 「死にそうになった者は、何かを伝える事に必死になるのだ」 少女は黙ってスーツの男の言葉を聞きながら男を見続ける。 「確実に息の根を止める事を覚えろ」 短剣が男の胸元に振り下ろされた。 男の身体は動かなくなる。 「ごめんなさい。お父さん」 少女はその光景を見ながらも顔色を変えずに、ただジッと、もう動かない男を見続けた。 「謝って済む問題ではない!」 スーツの男がリーズレットの腹部を蹴りつけると、少女はその場に倒れこむ。 「ほう……よく胃液を現場に吐かなかったな。偉いぞ」 必死に口を抑え耐えるリーズレット。 声も出さず、咳き込む事もせず、身体を丸めて息が整うまでただひたすら耐えて待つ。 「よし、帰るぞ」 父は少女を気にもかけずに、部屋から出ようとする。 リーズレットはなんとか立ち上がり、父の後を追った。 初めて父に連れて来られた現場。 人を殺すという事は、彼女にとって思ったよりもあっけないものだった。 代々、暗殺を仕事とする家系。 一族が住む屋敷に産まれたリーズレットは、幼い頃から、仕事をする為に徹底された教育を受けてきた。 それは一族の掟でもあり、この運命から逃れる事は死を意味していた。 しかし、この家に産まれたリーズレットにとっては日常的に行われる訓練が当然のものだと考えており、特に疑問に思う事もない。 幸せな家庭を知らない事。 それは彼女にとって救いでもあり、この生活を続けざるを得ない絶望でもある。 夢を持ってはいけない。 人と深く関わってはいけない。 人に好意を持ってはいけない。 仕事に支障が出るであろう要素はことごとく禁止されていた。 一流の暗殺者になり、一人で仕事が出来るようになる事。 それだけがリーズレットに課せられた使命であり、目指す目標であった。 家長を務める父は、一族の中でも優秀な暗殺者。 その父だからこそ、リーズレットへの行き過ぎた教育は加速していく。 できて当たり前。 できない時には体罰。 一族の者達の中には、リーズレットに同情する声もあるにはあったが、掟を破る事となる為、皆一様に見て見ぬふりをしていた。 そんな父に育てられたリーズレットは、父の技をひとつひとつ盗み、自分のものにしていく。 ストイックな父の英才教育の賜物か、はたまた生まれ持った才能か、リーズレットのナイフ捌きは父も目を見張るものがあった。 父に連れてこられたイエルの街。 初めて見る活気ある街並も、リーズレットには少しの感動を得ることもなかった。 同じ年頃の少女であれば、異国の文化に心を踊らせ、道行く人々に興味を持つものだが、彼女にとって他人は殺害するものであり、少しの期待もしていない。 強いて言えば、父のように隙なく歩く人間がいない事に多少の違和感を覚える程度だった。 宿に戻り、いつものように会話もなく椅子に座る。 シャワーを浴びた父が部屋に戻ると、また出かける準備をしていた。 「私は次の仕事に行ってくる。夜には戻る」 そう言うと、父はドアを開けて出かけていった。 リーズレットは連れて行って貰えない事に脱力する。 あの男を殺しきれなかった事を父はまだ怒っているのだろうか。 自分に足らないものは……。 リーズレットは宿の鍵をかけ、一人街に出かけた。 気配を消し、誰にも見つからないように宿を出る。 これも父から教わった隠密の技術。 これだけの人の目がある街中を、誰にも勘付かれずに歩ければ父も認めてくれるだろうか。 物陰に隠れながら、人々を観察する。 ここから4歩で、まずあの人の背中を刺す。 倒れこむ人に目がいった2人目の横に回り込んで首を落とす。 その流れで3人目もいけるけど……4人目は少し距離がある……なら一旦馬車に身を隠してから近寄った所を……。 頭の中でシミュレートした殺害計画はエスカレートしていく。 122人目と123人目の喉を掻っ切った所で、一度周りに人はいなくなる。 ひと目につかない安全な所に退避しないと……。 リーズレットは目に止まった家を見上げる。 地上3階建の建物にはバルコニーが各階についていた。 バルコニーと雨よけを伝っていけば……いけるかしら? 直ぐにその家の庭へ侵入すると、音もなく屋根の上へと飛び登った。 目につく所の人間は全員殺した。 まだ人がいるとすれば……小さな路地。 大通りから外れた細い路地が見えた。 屋根から屋根へと素早く移動して、細い路地を見下ろしてみる。 路地には3人の男の姿が見えた。 もし、大通りで仕事をしたならば、あの3人は見ているかもしれない。 疑いのある者は全て消す。 それが父のやりかただった。 この距離で3人……。 手持ちの短剣は2本。 短剣を投げて殺したとしても1手足らない。 他の方法で殺さないと……。 この高さから飛び降りたら自分の身体が無事で終わる保証ができない。 周りに何か殺害に使えそうな物はないか探してみる。 屋根に使われたレンガは確実性に欠けるだろう。 他に使えそうな物は目につかない。 彼らは私の犯行を見て誰かに伝えてしまう……。 ならば、飛ぶしかない。 向かいの建物には2階の窓が見える。 窓に足を付くことが出来れば、一度勢いを殺して比較的安全に男に飛びつく事が出来る。 あとは、あの窓までジャンプできるかどうか…… その瞬間。 足元のレンガがリーズレットの重みに耐え切れず、崩れてしまった。 リーズレットはそのままバランスを崩して天地が逆になる。 「わっ……!!」 普段滅多に声を出さないリーズレットだったが、この時ばかりは小さな声を出してしまう。 そのまま、重力に逆らうことなく地面に吸い込まれるリーズレット。 「うぉわっ!!!なんだなんだ!!!?」 3人の男は跳び跳ねて驚く。 狭い路地で物盗りの計画を立てていた彼らの直ぐ横に置いてあったバケツが、突然爆発したような音を出したのだから無理もない。 突然現れた赤いものが、人間の髪の毛であると認識するのに数秒が必要だった。 「お、女の子!?なんだよ!?空から降って来たのか!?」 「こいつ死んでるのか!?今の話を聞いてた訳じゃねぇだろうな」 リーズレットはハッと気が付いて顔を上げる。 やばい……見つかった……どうしよう……殺す? だめ……仕事以外の殺しはしないってお父さんと約束がある…。 身体は……動く。 どうにかしてやり過ごさないと。 リーズレットは立ち上がる。 「ごめんなさい。お邪魔しました」 歩き出そうとするリーズレットに、男の一人が話しかける。 「待てよお嬢ちゃん!大丈夫か!?」 リーズレットはそのまま歩き始める。 「私は平気です」 しかし、次の男の声で足を止める。 「おい、この獲物はお嬢ちゃんのかい?」 リーズレットが振り返ると、男の手には、父から貰ったあの短剣が握られている。 いつも隠している腰を確かめると、確かに1本無くなっていた。 まずい……取り返さないと……。 何も言わずにジッと短剣を見る少女に、男達は顔を合わせる。 「こりゃ高そうな短剣だな。ガキには勿体無い。こいつもしかして金持ちか?」 「へぇ?じゃあ確かめなきゃな……」 先ほどまで呆気に取られていた男達の表情は、ニヤニヤとした品のない笑顔に変わっていく。 「お嬢ちゃん!悪いようにはしねぇからよ、お兄さん達と遊んでくれよ~」 突然手を出してきた男に反応してとっさに身を引いた。 「お嬢ちゃんお家はどこだい?お父さんはお金持ち?俺達に協力してくれたら、美味しいおやつをあげるよ?」 短剣を奪われる訳にはいかない……。 でも……どうやって取り返せばいい……? 「お前ら、女の子をイジめんなぁあああああ!!」 狭い路地に響く大声。 男達は声の方向に顔を向けたかと思うと、男の一人が路地の奥に飛んでいった。 誰……? 男の子……? 路地に飛び込んできたのは、リーズレットと同年齢くらいの少年だった。 リーズレットが呆然と立ち尽くしていると、突然手を握られる。 「大丈夫か!?こっちだ!逃げようぜ!」 「えっ?」 そのまま手を引っ張られ、身体が勝手に動き出す。 この人はなんなの? なんで私の手を握ってるの? なんで逃げるの? リーズレットには分からない。 助けられたという事がない彼女にとって、自分の身を案じる人間がいるなどと考えられなかった。 彼が何をしているのか、理解ができない。 戸惑っていると、後ろから殺気を感じる。 とっさに右に避けて殺気をかわすと、男の腕が目の前を通りすぎた。 男の手はそのまま前方を走っている少年の二の腕を掴んだかと思うと、力任せに後方に引っ張った。 少年は男に引っ張られて視界から消えていく。 リーズレットはその場で立ち止まった。 持ち上げられた少年は壁に叩きつけられ、男に何かを言われている。 リーズレットは男の一人が持ったままだった短剣をジッと見つめていた。 あの子に気を取られている……。 今なら……。 瞬間的に飛び出すと、男の手から短剣を奪い、反対側の壁を蹴ってバルコニーに登ると、そのまま屋上まで駆け上った。 短剣を奪った男を見下ろすと、手から離れた短剣を探して周りを見ている。 気付かれていない……。 このまま逃げれば……。 少年は男達に殴られ、口から血を出している。 いつも自分が父にされているような行為。 見ているのは平気だと思っていたが、自分以外の人間が殴られているのを見るのは正直気持ちの良いものではなかった。 立ち去ろうとするリーズレット。 このままなら逃げられる。 逃げる事ができるのに、何かが後ろ髪を引く。 自分は助けられた。 それなのに、このまま置き去りにしていいのだろうか。 …………。 借りを返すだけだから……。 リーズレットは大通りの方面に走ると、バルコニーをトントンと駆け下りて地上に戻る。 先ほど、殺そうとシミュレーションしていた商店街の人々に声をかける。 「男の子が襲われてるの……たすけて……!!」 「なんだって!?クラッズか!?どこだ!?」 (あの子はクラッズという名前……?) 「こっち!早く!」 男達を路地に案内すると、3人の男に囲まれたクラッズに向かって走っていった。 これで貸し借りはなし。 ホッと胸を撫で下ろした。 数分後、男達が戻ってくる。 リーズレットは姿を消す事もできたが、本当に少年が助けられたのか、事の顛末を見届けたいとその場に居続けていた。 少年が男に担がれて運ばれてくる。 男は少年を商店街の隅に下ろすと肩に手を置いて何かを喋っているようだ。 よかった。 あの子は無事なのね。 ふと、父の顔が頭に浮かんだ。 この話しが父に届いたら、どんな仕打ちが待っているのだろう。 想像したら、足が震えてきた。 早く宿に戻ろう……。 リーズレットが背を向けようとした時、少年がこちらに歩いてくるのが見えた。 いや、左足を引き摺りながら右の膝に手を添えている様子は、歩いているとは言い難い。 「カッコ悪いところ見せちゃったな……みんなを呼んでくれてありがとう」 腫れた目を薄く開けながら、笑顔で手を差し伸べてくる。 その姿は、リーズレットには到底理解できるものではなかった。 私のせいで傷付いて……それでもなんでお礼を言ってくるの? 普通だったら私は殴られてもおかしくないのに、なんで嬉しそうにしているの? こんなに近くで人の笑顔を見たことなんてない。 ボロボロになった少年を見て、どうしていいのか分からない。 気がつけば、涙が溢れそうになる。 人前で泣いた事なんてないのに、どうしても我慢ができない。 この涙の理由も、今の自分の気持ちも分からない。 それでも、次の言葉が自然と喉から溢れ出てきた。 「私の方こそありがとう。沢山怪我させちゃって、ごめんね」 今まで感じたことのない心の温度。 それがなんなのか、彼女には分からない。 その後、2,3言葉を交わした気がする。 内容は覚えていない。 少年は商店街の男に担がれて連れて行かれた。 その時、男は確かにこう言った。 「……レノール伯…いや、お前の父ちゃんにも……」 レノール伯……。 聞いたことはない。 しかし、彼の情報だった。 忘れないように、頭で何度も繰り返す。 レノール伯……レノール伯…… そして、宿に戻った。 父は先に戻っていたようで、ドアの向こうに気配を感じる。 「どこに行っていた?」 「少し……街を歩いていました……」 「何をしていた?」 「街を見ていただけです……」 「ふん……」 初めて父に嘘をついた。 短剣を見られた事。 あの男は、この短剣がどんな物か知っているような雰囲気ではなかったが、父からすれば自分達の情報に繋がるものと考えるかもしれない。 自分の失態に恐怖していたのは確かだ。 それでも、心の中では違うことを考えている。 あの少年との接触は隠さなければならないと思った。 それが何故だかは分からない。 父には知られたくないと、心の中で叫んでいる自分がいる。 その正体がなんなのか……この時はまだ分からなかった。 父は口を開く。 「まぁいい。世の中を知ることも重要だ。掟を破らない範囲で好きにしろ。私は予定通り、これから3週間程度ある貴族の家に潜入して仕事をする事になっている。宿の主人には、仕事があると話を通しておいた。一人にするが、3週間後の朝にはここにいろ。わかったな?」 「はい」 リーズレットは、心にまだ温かさを感じていた。 3週間。 この期間で何が出来るかは分からない。 出来る限りの事をする。 この温度の正体を知らなくてはならない。 翌朝、父の背中を見送ると身支度を整えて街に出た。 商店街の人間には顔を見られている。 できるだけ違うルートで辿りつかなくてはならない。 昨日の商店街とは別の露店が立ち並ぶ朝市にやってきた。 早い時間だというのに、既に活気で溢れている。 果物を売っている男と視線が合った。 「リンゴを一つ頂けるかしら」 リーズレットは金貨を一枚手のひらに乗せて露店商に渡す。 「はいよ!って金貨!?ちょっと待ってな!お釣り、お釣りっと」 「いいの。お釣りの変わりに情報をいただけない?」 イエルの貴族街に屋敷を持つレノール伯。 貴族では珍しく評判の良い家柄だが、貴族の中では立場が弱い。 一人息子のクラッズというヤンチャ坊主に手を焼いている。 そして屋敷の特徴まで。 男は陽気に話してくれた。 その情報でリンゴを数百個買える程の価値がないと考える男は、リーズレットに釣りを必死に渡そうとしている。 笑顔で断ると、手を降ってレノールの屋敷に足を運んだ。 レノールの屋敷についたリーズレットは門の陰に身を潜める。 貴族とは言うものの門番はおらず、警備は手薄なようだ。 予想よりも簡単に潜入できるかもしれない。 屋敷の間取りを、その外観から想像しながら、クラッズの部屋はどこだろうかと思案する。 すると、庭先から声が聞こえてきた。 「うぉおおお!!」 クラッズの声だった。 リーズレットの心臓がドクンと響く。 あの優しさに溢れた声。 門をくぐり抜けて、木陰に身を隠しながら庭の様子を見る。 そして彼を見つけた。 またリーズレットの心臓が大きく動く。 あちこちに巻かれた包帯は、昨日の怪我が大きかった事を物語っている。 「クラッズ様……何をしておられるのでしょうか……」 自然と独り言が出ていた。 彼は庭を走り、木に登っては飛び降り、また走っては鉄の棒を振り回し、また走っては声を出していた。 その様子をジッと見つめるリーズレット。 1時間はそうしていただろうか。 クラッズは突然芝生に倒れこみ、息を切らして空を見つめる。 彼が発した一言をリーズレットは聞き逃さなかった。 「必ず……冒険者になるんだ……強い……冒険者に……」 リーズレットは感動していた。 「あれは、クラッズ様の目指すもの……夢……」 “夢を持ってはいけない” 一族の掟。 自分が決して持ってはいけない夢を、彼は持っている 彼女の胸に、一つの目標ができた瞬間だった。 彼の夢を、応援したい。 彼の喉を潤そうと、庭先に置かれたテーブルにそっと水を注いだコップを置いた。 彼が一秒でも早く、冒険者になれるようにと、今できる精一杯のサポートをする。 リーズレットは冒険者というものを調べる事にした。 街の北西に様々な書物が保管されている巨大な倉庫のような建物に侵入し、冒険者についての資料を探す。 子ども向けの小説に、冒険者の事が書かれていた。 本の中の冒険者は、盗賊のアジトに単身乗り込んで彼らが盗んだ宝物を手に入れて、王様に表彰されていた。 「これが…クラッズ様がなりたい冒険者なの?」 リーズレットは計画を立て、そして3週間の期間内にクラッズを冒険者にする為に動き始めた。 イエルの街で手に入れた山賊の情報。 行商人が数回襲われているらしい。 リーズレットは目撃された場所へと足を運び、3日目に山賊と接触する事になる。 「あなた達は山賊?」 「あぁ?なんだてめぇ?言い掛かりつけてんのか?」 「違うならいいの。お互いの利益になる話をしようと思っただけだから」 山賊に与える情報は、武器や宝石を積んだ行商人が1週間以内に通るルート。 彼等からすれば、そんな美味しい情報をタダで渡してくる少女に違和感を覚えるのは当然だろう。 「それを俺達に教えて、お前に何か得があんのか?」 リーズレットは山賊の一人の顔の前に短剣を突き出す。 「あなた達が行商人を襲ってくれたら、別の仕事がしやすくなるだけ」 「おめぇ……その短剣……暗殺一族の者か…………」 「察しがいいわね。これは取引。あなた達は私が教えた行商人を襲うだけ」 山賊の男達は顔を合わせる。 目の前にいる幼い少女に歯向かえば、明日には組織が壊滅しているかもしれない。 暗殺の一族を知る者にとっては、恐怖する存在でしかない。 「わかった……。お頭に話を通す」 レノールが管轄する行商人の情報は、レノールの家を調べれば直ぐに洗い出す事ができた。 そして、その行商人達の旅のスケジュール、積み荷、ルートまでを把握する。 情報を山賊に流せば、自動的に山賊は行商人を襲う。 そして山賊の情報はレノールの耳に入る筈だ。 クラッズ様であれば、その情報を元に冒険者となろうとする。 リーズレットの計画内にある、“クラッズが情報に気が付かなければいけない”かつ“情報に気が付いたクラッズが山賊のアジトに向かう”という2つの条件が成立するか否かは、賭けに近かった。 しかし、リーズレットは確信を持っている。 「クラッズ様ならば、必ず冒険者になる」 山賊に情報を流し始めてから6日目、ついにその日が訪れた。 レノールの屋敷に商人が訪ねてくると、山賊についての情報をレノールに流した。 クラッズはその様子をしっかりと見ている。 リーズレットの計画通り。 「さすが……クラッズ様……」 しかし、リーズレットの想定外の事が発生する。 クラッズはその話を聞いた直後、山賊のアジトに向かってしまった。 山賊を別の場所に移動させた後、もぬけの殻となったアジトをクラッズに散策させる予定だったが、動きが想定よりも早すぎる。 慌てて山賊のアジトに先回りをして、初めて山賊に嘘の情報を与えた。 「今から宝石商がすごい宝石を持って西の街道を移動するわ」 山賊達はリーズレットを多少疑うような目で見ていた。 今までは3日前には行商人の予定を教えていたにも関わらず、突然今からと言われれば疑いを持つのも仕方がないかもしれない。 最悪、ここで山賊を消す事になったとしても……。 「わかった。野郎ども行くぞ!ダラダラすんな!」 山賊の頭領は部下を連れてアジトを出て行った。 ホッと一つ胸を撫で下ろし、後はクラッズを待つだけとなる。 しかし、待ってもクラッズは姿を見せない。 行商人がレノールに話していた情報の中に、正確なアジトの場所がなかった事にリーズレットは気がつく。 それでも、クラッズを信じて、ただひたすら待った。 日が落ちて、空に月が出始めた頃、草木を分ける音が聞こえてくる。 「クラッズ様……信じていました……」 リーズレットが待ち望んだ少年の顔が見えた。 クラッズは辺りを警戒しながら山賊のアジトへと入っていく。 あとは、クラッズが武器や宝石を見つけ、安全に抜け出すだけ。 しかしその時、複数の足音が近付いてくるのをリーズレットは聞き逃さなかった。 山賊達が帰ってきてしまう。 クラッズはまだアジトの中にいた。 やるしかないかと、短剣を構えて様子を伺う。 アジトの中に山賊が入ってから数十秒後、中から怒鳴り声が聞こえてきた。 「誰だ!そこにいるのは!!出てこい!!」 直後に何やら大きな物音が聞こえてくる。 まずい……クラッズ様が危ない。 リーズレットはアジトに向かい走ると、ドアに手を掛けた。 次の瞬間、アジトは爆発した。 リーズレットも爆風に吹き飛ばされてしまう。 何が起こったのか分からない。 土煙が収まると、クラッズだけが立っている。 大きな盾を構えて、周囲に風の力を纏っていた。 「さすが……クラッズ様……」 彼はリーズレットの力を借りる事なく、山賊をねじ伏せてしまった。 それは彼女にとって最高の喜びであり、一つの目標を達成した瞬間だった。 リーズレットの心臓は踊るように動いていた。 次の日、クラッズの顔は晴れ渡っていた。 巨大な盾を握りしめ、天に掲げる。 その顔を見て、リーズレットは満足していた。 応援する事ができた……冒険者にする事ができた。 レノールの屋敷に背を向けるリーズレット。 目標は達成した。 達成感はあるものの、何かが足りない。 振り返り、クラッズに今一度視線を送る。 彼から離れるのは辛い。 彼と一緒にいたい。 リーズレットの心拍数が上がる。 この時に自分の気持ちに気が付いた。 人に好意を持ってはならない。 一族の掟を破ってしまった。 それでも、リーズレットに後悔はない。 約束の3週間が経過し、父と合流して街の門を潜る。 この門を少し前に潜った時には、私はただの暗殺者だった。 今の私には夢ができた。 一族の掟を破ってしまうけれど、この気持ちを止める事なんてできない。 私は、必ず戻りますので、それまで待っていてくださいね………クラッズ様………。 リーズレットはこころに強く誓ってイエルの街を後にした。 ――数年後 イエルの街に入る門を見上げるリーズレット。 あの時の誓いを果たすために家から飛び出してきた。 父に一人前と認められたまでは良かったが、家を出る事には反対された。 一族の皆が反対するものだから……。 まだ新しい血のついた短剣を腰に、リーズレットは門を潜った。 もうあの家に帰る事もない。 これからはクラッズと共に生きる為に…… 全てを消してきた。 その足でレノールの屋敷へと足を運んだ。 屋敷はあの日から何も変わっていないように見える。 門の前で立ち話をしていたレノールを見かける。 相手は商人だろうか、笑いながら話していた。 会話の内容から、レノール伯はクラッズが家の跡継ぎになれるかどうかを心配し、メイドを雇う事を考えている事が分かった。 これはチャンスだと考えたリーズレットは、商人の後を追い、家を突き止める。 次の日、メイドの装いをして商人の家にやってくると、メイドとして雇って貰えないかと打診した。 金銭的に余裕はないから無理だと断られる。 それならば、と、メイドを探している人を紹介して欲しいと金貨を渡すとレノール伯の話が出てきた。 全てはリーズレットの計算通りに動いている。 レノール伯の屋敷にやってきたリーズレットは、貴族のメイドとして生計を立ててきたが、その貴族が没落した為に生活を失ってしまったと話し、レノールに雇われる事となった。 クラッズのメイドとして、彼を勉強させて欲しいと願いを聞き、リーズレットの計画はついに現実のものとなる。 数年ぶりにクラッズと顔を合わせる。 彼も成長していて、リーズレットはうっとりと彼を眺める。 レノールから紹介を受け一つ頭を下げると、彼は口を開いた。 「君は……もしかして……」 クラッズ様が……私を覚えてくれている……!? ただし、今はこの家に来たメイド。 初日から粗相をするわけにはいかない。 なんとか気持ちを落ち着かせて受け答えをする。 「早速ですが、クラッズ様のお部屋にお勉強のご用意をさせて頂きました。一緒に来て頂けますか?」 しかし、クラッズと直接顔を合わせたのはあの路地裏での一度きり。 それなのに、彼は私の事を覚えているとしたら……。 リーズレットの心臓が大きく跳ねる。 廊下を2人で歩いていると、半歩後ろを歩いているクラッズから声が飛んできた。 「なぁ、リーズレット…?昔、商店街の路地でチンピラに絡まれてなかったか?」 本当に覚えていた……。 リーズレットはあまりもの感動に立ち止まってしまった。 目に浮かぶ涙を必死に堪えてから、頭を軽く振る。 今日からクラッズ様のメイドとなったのだ。 今は、しっかりとメイドとして信用を築かなければいけない。 「申し訳ありませんクラッズ様。そのような記憶は御座いません」 嘘を付くというのは、ここまで苦しいものなのだろうか。 溢れそうな涙を堪えて無理矢理笑顔を作った。 ――こうしてクラッズのメイドとしての生活が始まる ――リーズレットにとって、最高に幸せな時間が続く ――それは初めて手に入れた幸せだった 「なぁ、リーズレット。貴族ってのはなんで勉強ばっかりしなきゃいけないんだ?」 不意に話しかけてきたクラッズ。 リーズレットは笑顔で答えた。 「そうですね。いずれレノール様の後を継ぐ事になった場合、街の情勢や貴族間の歴史、大陸の外との貿易の知識は家の反映の為に必要ですから」 クラッズは不満そうな顔をする。 「俺は家を継ぐよりも、他の事をしたいんだ…」 「他の事……というと……?」 やはりクラッズ様はまだ……。 「笑われるかもしれないけどさ……俺は冒険者になりたいんだよ」 「素敵な夢ですね」 クラッズは驚いた表情でリーズレットに顔を向けた。 「リーズレットもそう思うか!?」 「はい。勿論です」 クラッズの顔が晴れ渡っていく。 「そっか……俺に嫌われない為に言ってるのかもしれないけど、俺の夢を認めてくれたのはリーズレットが初めてな気がするよ」 私が初めて……。 クラッズ様が……。 私に認められたと喜んでいる……。 クラッズは夜な夜な外に出るようになっていた。 リーズレットも後を追う。 静かな真夜中の街中を歩くクラッズ。 クラッズが何か事件に巻き込まれる事のないように、毎晩リーズレットは影から見守り続ける。 ――そんなある日の事だった。 突然レノールから聞いた話に、リーズレットは耳を疑った。 クラッズを婿養子に出す。 そんな事が許される訳がない。 リーズレットは気が狂いそうになりながら、どうにかしてこの話を消せないか模索する。 クラッズ様が結婚する? 私以外の人と? 考えるだけでおかしくなりそう……。 私とクラッズ様は相思相愛なのに……。 私が止めなきゃ……。 夜。 レノールの私室に入り、シュレイドとの契約書を発見する。 そこには税の引き上げ等、シュレイド側が得する内容が書かれていた。 つまりシュレイドは自分の家にクラッズを迎える事でこの家門の安泰を提示しながらも、自分達が得するように動いているようだ。 クラッズ様を……金儲けの道具にするつもりなのかしら……。 リーズレットは怒り狂い、契約書を手に取って部屋を後にした。 ――翌日 筆跡を真似して作り上げた契約書。 この偽造された契約書を一晩で作り上げたリーズレットは、これからの計画を頭の中で固め、クラッズの部屋の前に立つ。 自分が止めなければ、クラッズが自分以外の誰かと結婚してしまう。 何が何でも、止めなければならない。 この結婚の話は全て仕組まれていて、クラッズの命が危ない事にしてしまう。 その証拠にと、偽造した契約書を作った。 クラッズがこれを見れば、きっとシュレイドに直談判をするだろう。 そして、自らこの話を破棄しろと動く。 クラッズならば、レノールに相談などせずに絶対に自分で動く。 そう確信していた。 クラッズに全ての話を終えると、一人で考えさせてくれと言われた。 クラッズが動くとすれば今日の晩。 その前に、シュレイドの屋敷に出向いてクラッズのサポートをする。 短剣を腰に隠して屋敷を出るリーズレット。 シュレイドの屋敷は、流石にイエルの三大貴族と言われるだけあり、警備の数も多い。 目の付く正門は諦めて、裏門に周り、まずは兵士3人を消す。 兵士の持ち物を漁り、裏口のドアの鍵を見つけて屋敷の中に潜入する。 屋敷の中にも兵士は配置されており、一人ずつ隠密状態で殺害していく。 死体は物置となっている部屋に一纏めにした。 シュレイドの部屋を突き止めて、裏口からこの部屋までのルートの安全を確保した。 あとはクラッズを待つだけとなる。 シュレイドの部屋の隣に位置する部屋に侵入して、じっとクラッズを待った。 そして、計画通りクラッズはやってきた。 リーズレットは、その足音でクラッズだと確信すると、息を潜めてクラッズを待つ。 ついに近くまで来たかと思うと、大きな声が屋敷の中に響いた。 「おらぁああああ!!」 どうやらシュレイドの部屋にクラッズが入れたようだ。 ものすごい音と同時にシュレイドの声が聞こえてくる。 「何事だ!!」 話し合いが始まったが、どうやら交渉は決裂したらしい。 さらに大きな音が鳴ったかと思うと、窓を突き破る音が聞こえてきた。 とっさに窓際に寄ったリーズレットは、クラッズが胸ぐらを掴んでバルコニーの外に宙吊りになっているシュレイドが見えた。 「頼む!助けてくれ!お前の家にはもう何もしない!頼むから!」 リーズレットはホッと一息ついた。 どうやら、少しモメたようだが、シュレイドはクラッズの話を聞き入れたらしい。 クラッズはシュレイドを部屋の中に投げ入れると、何かを書かせている。 そして、何かを書かせた紙を持ってクラッズはシュレイドの部屋を後にした。 さすがクラッズ様。 もしかしたら、私の手伝いは不要だったかもしれません……。 クラッズに惚れ惚れとしていると、シュレイドの声が聞こえてくる。 「兵は何をしていたのだ!このポンコツ共が!あの家は絶対に崩壊させてやる!レノール家は終わりだ!密書を出せ!根絶やしにしてくれるわ!!」 リーズレットは耳を疑った。 せっかく……クラッズ様が直々にお話を通したというのに……。 救えないゴミは、メイドとして、お掃除しないといけませんね。 ――数日後 シュレイドの家は滅んだというのに、クラッズは浮かない顔をしていた。 それが何故なのか、リーズレットは分からない。 「なぁ、リーズレット。なんでシュレイドは死んだんだ?」 「人を悲しませる人間は、嫌われるものではないでしょうか」 クラッズは何も知らなくていい。 クラッズの中では、シュレイドは改心しているのだ。 わざわざ真実を教えて、彼を悲しませる事はできない。 そして、クラッズは真剣な表情になる。 「リーズレット。俺はこの家を出る。本当の冒険者になるんだ」 それは、一緒に来てくれという事ですよね? クラッズ様が私を誘ってくれている。 この屋敷を出て、一緒に暮らそうと……そう言っている。 リーズレットは笑顔を作る。 「わかりました。今までありがとうございました」 レノール家の門を出るクラッズ。 見送るリーズレットは、彼の気持ちに興奮していた。 別れ際に、手を降って笑顔で合図を送ってくるクラッズ。 リーズレットはニコっと笑顔を返してから、レノールの家を出る準備を始める。 走って、走って、街道に立つクラッズの影を見つけた。 その大きな盾を背負った姿に、鼓動が高鳴る。 しかし、後から馬車が走り抜けたかと思うと、大勢の男が馬車から降りてきてクラッズを囲んでしまう。 とっさに出ようとするリーズレットだが、相手が誰なのか分からない。 暗殺者として、知らない人間を殺す事は、自分にとても不利だと教えられていた。 クラッズが馬車に乗せられるのを見守り、その後を追う。 ――辿り着いた先は…… クラッズが連れてこられたのは別の貴族の屋敷。 調べると、シュレイドの傘下の貴族だった。 シュレイドが消えた原因がクラッズにあると踏んだのだろう。 どこまでもゴミは湧いてくるのですね。 リーズレットは屋敷の中に足を踏み入れた。 目に入った人間を一人ずつ殺していく。 最後に辿り着いたのは、地下に作られた牢獄だった。 「クラッズ様…………」 牢獄に入れられたクラッズは気を失っているようだった。 自分のせいでクラッズを危険に晒してしまった。 リーズレットは激しい後悔の念に駆られる。 涙を流して、クラッズの手に触れる。 「私が甘かったです。もう絶対に離れないと、誓わせて頂きます」 自分の手とクラッズの手に、大きな手錠を掛けた。 「これで、もう……離れる事はありませんよね……」 しっかりと手錠に鍵が掛かった事を確かめる。 涙を流しながら、5cm程の手錠の鍵を飲み込む。 「この苦しみは……クラッズ様の苦しみ……」 喉に引っかかる鍵を無理矢理通すと、リーズレットは笑う。 「もう安心して下さいね。私は離れませんから」 ――そしてクラッズが意識を取り戻した 辺りを見回した後、リーズレットに気が付いた様子のクラッズ。 「こんな所で・・・何をしてるんだ・・・?」 「何をしてるって、私はクラッズ様のメイドですから……」 彼を真っ直ぐ見つめる。 「俺はあの屋敷をもう出たんだぞ!?」 「だから……ではないのですか?」 「どういう事だよ……」 「申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに、クラッズ様を危険に晒してしまいました」 屋敷を出たからこそ、今度こそ2人きりで旅をする。 その出鼻を挫かれてしまった。 もう同じ過ちはしない。 「この手錠は……なんなんだよ……?」 「これでもう、離れてしまう事はございませんね」 笑顔で返すリーズレット。 クラッズは何かに恐怖しているようだった。 「大丈夫ですか?すごい汗ですよ?どこかお怪我を……」 近づこうとすると、後ろに飛び退くクラッズ。 「なんだよ!来るなっ!!」 逃げようとするクラッズだが、手錠がリーズレットを引っ張り、そのままクラッズの胸に抱きついてしまう。 「クラッズ様……っ!!!」 ついに、自分を受け入れてくれた。 リーズレットは、クラッズを強く抱きしめる。 「もう……離れませんから……」 「なんなんだよもう!!!」 クラッズに盾で殴られるリーズレット。 壁にぶつかり、意識が遠のく。 「クラッズ様……」 ―― リーズレットが目を覚ますと、手錠の鎖は断ち切られていた。 そこにクラッズの姿はない。 「クラッズ様……」 思考を巡らせる。 突然の事で、恥ずかしかったのですね……。 私も少し、大胆になりすぎてしまいました。 頬を赤らめるリーズレット。 手錠の鎖を切ったという事は、こんなものがなくても2人は離れないという強い意志ですね……。 クラッズ様は私よりもずっと……私を想ってくれている……。 「クラッズ様は伝えてくれた……」 リーズレットは、スッと立ち上がった。 「私も、この気持ちを……クラッズ様に伝えなくちゃ」 +蒼き双刃の執事レスター 傭兵として戦場に立ち、勝って帰った報酬銀貨五枚と銅貨七枚。 それが仕事に見合ったものかどうかを考える必要はない。 少なくとも自分には…… 「おう!帰ったか。稼ぎは?」 家に帰ると、ドアの前で父が待ち構えるようにして立っている。 労いの言葉一つかけることもせず、息子の稼ぎを搾取する父。 銀貨四枚と銅貨七枚を手渡されると、満足そうな顔を浮かべてしばらく家を出て行くのだから何とも気楽なものだ。 「レスター?帰ったの?」 「ただいま、母さん。これお給料」 ポケットから取り出した一枚の銀貨を手渡す。 「いつもありがとう。このご時世に数日で銀貨一枚なんて……商店街の裏方の仕事なんでしょう?危ないことはしてないのよね?」 「もちろん。悪い事なんてしてないよ。ちゃんとした仕事さ」 母には本当の事は伝えていない。 商店街の地主に裏方の仕事を紹介してもらったと嘘を付き、本当は傭兵として戦うことを仕事にしている。 まだ十歳の子供がそんなことをしていると知れば、無理をしてでも止めようとするだろう。 女手一つで家計を支えようと、長年無理をしてきた母を少しでも楽にしてあげたい。 大陸南の海沿いに位置する小さな街。 そんなところでできる仕事といえば限られる。 近くにある流水の都『ラグーエル』まで出稼ぎに行くか、傭兵として戦場に出る。 そうでなければ漁業の手伝いくらいなものだ。 「あの人は……?」 「出て行ったよ。しばらく帰ってこないんじゃないかな?」 最初にこの仕事を紹介してきたのは父だ。 父は昔、そこそこ名の知れた傭兵だったらしい。 実際に使っていた短剣と磨き上げた技と生き残るための知識。 幼い頃からそれを叩き込まれたが、それは苦ではなかった。 父と刃を交える瞬間はその力と誇りを感じることができたから。 だが、昨年のことだ。 いきなり傭兵として戦場に放り込まれた。 命からがら帰ってきた自分を見ると、あろうことか、父はその報酬をふんだくり、ラグーエルのカジノへ入り浸るようになる。 最初からそうだったのだ。 代わりに金を稼ぐ身代わり作り。 自分はあの男にとってそれ以上でも以下でもない。 それでも感謝できる点を挙げるなら、賃金の中からくすねた金を母に渡せるようになったことと、母を支え、護るだけの力を与えてもらったことだ。 そんな矢先、ギャンブルに負けた父が家の金に手をつけた。 最初は自分の稼ぎ。 それが面倒になって息子の稼ぎ。 そして最後に母が懸命に工面していた金。 怒りで我を失いそうだった。 「ゴメンね……あなたの頑張りだって含まれてるのに……」 「そんなこと言うなよ!僕がもっと頑張るから!!」 「……もういいの」 「なんとかやってこれたんだ!もっといい仕事を紹介してもらえばすぐに……!」 「もういいの」 「何がさ!?」 「お母さんと、この家を出ましょう」 「……え?」 「ラグーエルのウィース家は知ってるわね?」 ウィース家。 ラグーエルに居を構える由緒ある貴族で、街全体の貿易を管理している。 街の住人からの信頼も厚く、ラグーエルの実質的リーダーの一角ともいえる一族。 「そのメイド長がお母さんの昔のお友達なの。前から相談してたのだけど、今回の話をすれば助けてくれると思うわ」 「それじゃあアイツから逃げたみたいじゃないか!?」 「あなたが気にすることじゃないわ。お母さんが決めたことよ。あなたを守るために」 「母さん……」 こうして長年暮らした家と父を捨て、母と自分はウィース家を頼ることとなった。 当のウィース家はというと、母の頼みを快く受け入れ、住み込みで働かせてくれるとのことだ。 「ゴメンなさい……押しかけることになってしまって……」 「水臭いわよ。人は助け合うことで共に生きていける。旦那様がいつもおっしゃっているわ」 「ありがとう……」 「そちらは息子さんね?まだ若いのに大変だったでしょう」 「初めまして。レスターです」 「ふふ。お嬢様とも良いご友人になれそう。部屋に案内するわ。荷物を置いたら、旦那様方に挨拶に伺いましょう」 見るもの、触れるもの全てに生きる世界が違うと痛感させられる。 いくらジャンプしても届きそうにない高い天井。 フカフカの絨毯が敷き詰められた廊下。 見慣れない景色にいかんせん落ち着かない。 ――コンコンッ 「旦那様。お二人をお連れしました」 「うむ。入りたまえ」 ――ガチャッ 「待ちわびたよ!彼女の友人だと聞いて楽しみにしていた!言ってくれれば迎えを寄越したのだが、遠慮したのだろうか?なかなか謙虚な性格のようだね。ところで昼食はもう済ませたかな?我々はこれからなのだが良ければ一緒にどうだろう?立場上、街の外に足を運ぶ機会を作ることも簡単ではなくてね。是非、外の話を聞かせてもらいたいものだ。そうだ!代わりに海の向こう側の話を聞かせよう!行商人達からの受け売りのものばかりだが、面白い話も多くてね!おや?押し黙ってしまって。緊張でもしているのかね?」 「……違いますわ、お父様。また悪い癖が出てますの!」 「おっと……失敬。話好きな性分なものでね。この調子でいつも相手を困らせてしまっているのだが、どうも癖というのは抜けないもので、こうして娘に注意されてしまう。ところで――」 「お父様!」 「うむ。危なかった」 「お初にお目にかかりますわ。ウィース家長女、リオーネ=ウィースですの」 「ウィース家当主、レオナルド=ウィースだ。家を代表して歓迎するよ!」 まるで夥しい数の弓でも浴びせられたような衝撃だった。 だが、なんにせよ悪い人ではないようだ。 その日から母はウィース家に仕えるメイドの一員として働くことになった。 自分はというと…… 「レスター!屋敷の中に隠れるなんて卑怯ですのよ!」 「かくれんぼは見つかりにくいところに隠れるのが当たり前だろ?リオーネは屋敷の中は禁止だなんて言ってなかったし」 ウィース家ご令嬢、リオーネと遊ぶ日々。 彼女の父レオナルドは仕事が忙しく、これまではメイドが遊び相手をしていたようなのだが、歳が近いこともあり、自分が屋敷に来てからは自然と自分が遊び相手となった。 友情を深めていく中で、このように衝突することも少なくない。 「言うまでもないですの!お外で遊ぼうと言いましたわ!」 「だから始めるときは外に出たじゃないか!だいたい庭の真ん中に隠れられるところなんてないだろ!?」 「お嬢様!如何なさいました!?また息子が何か失礼を!?」 「違うよ、母さん!リオーネが――」 「お嬢様とお呼びしないとダメでしょう!少し目を離すとすぐにこうなんだから……あぁ……申し訳ありません!」 その度に母が大慌てで頭を下げに飛んできたが、彼女も二人の勝負だと言い張って譲らずますますヒートアップ。 肝心のレオナルドはというと、書斎からその様子を笑って見守っていた。 そうして数年を過ごしたある日のことだった。 母が他界した。 買出しに出向いた先で、暴漢に襲われたらしい。 何かが心の中で崩れていくのを感じた。 そういえばここに自分がいられたのは、住み込みで働く母がいたからだ。 母がいなくなった今、もうこのお屋敷にはいられない。 「これまでお世話になりました……」 すでに陽も落ちていたが、屋敷を一人出たレスターは、門を出たところで振り返り、深く頭を下げた後、どこへともなく歩いて行った…… 「起きなさい!!」 虚ろな目を頭上に向けると、眩しい朝日に被る形でリオーネの顔が見える。 「ん……リオーネ?」 体を起こそうとすると、じわりと体中に広がる鈍い痛み。 路地の石畳と、屋敷のベッドの寝心地の違いが身に染みる。 あても無く街を歩き続け、終にはそのまま道端で眠ってしまったようだ。 「呑気なものですわね!探しましたのよ!」 「……何で?」 「貴方を連れ帰るために決まっていますわ!」 自分を立たせようと手を差し伸べる彼女。 だが、その手を取ることはできない。 「もう母さんもいないし、何もできない僕を屋敷に置いておく理由はないじゃないか……」 「いいから早く帰りますわよ!!」 手を掴み、何が何でも屋敷に連れ戻そうとする彼女。 なぜそこまで必死になっているのかが理解できない。 「リオーネ。探したぞ……大丈夫かね?」 「お父様!レスターが!」 「わかっているよ。少し落ち着きなさい」 「わかりましたわ……」 「リオーネ。もう日も落ちる。屋敷に戻りなさい」 「いやですわ!レスターをこんな所に置いて帰れるわけがありませんの!」 「いいんだよリオーネ。元々僕は血もつながってないただの他人だし……母さんがいなくなったんだから屋敷にいて良い訳がないじゃないか……」 「何を言っていますの!?許しませんわ!」 「レオナルドさんもそう思いますよね!?僕を養うメリットなんてないじゃないか!」 「うーん……困ったね。レスター君の言う事も一理ある」 「お父様!?」 「わかっただろうリオーネ!?もう放っといてくれよ!!」 レオナルドは難しい顔をしていた。 同情しているのだろうか。 そんなもの……いらない……僕には…… 「いやですわ!!」 リオーネは歯を食いしばりながら、目に涙を溜めているように見えた。 「いい加減にしろよ!僕に屋敷で暮らす資格なんてないんだ!」 「ならわたくしがその資格を作りますわ!!レスターは今からわたくしの執事になりなさい!」 「はぁ!?何言ってんだ!?」 「決めましたわ!今直ぐ屋敷に戻りなさい!わたくしの執事なんですから!」 「待てよ!何勝手に!!レオナルドさんもなんとか言って……」 「決まりだね。この子が一度言い出したら私でも止められないことは知っているだろう?」 レオナルドは笑顔を向ける。 まるで、最初からこうなる事が分かっていたかのように。 「レスター君。大変申し訳ないが、君にはこれからこの子の専属執事として、正式に働いてもらうことになった。面倒な手続きなどは私の権限によりこの場で省く。これで君は屋敷に戻る権利を得ると同時に、義務を課せられてしまったわけだ。わかるね?」 「さぁ、すぐに帰りますわよ!」 「ちょっと待って――」 こうしてなし崩し的にリオーネの専属執事となったレスター。 考えるよりも先に行動しがちな彼女らしい判断だが、今回に至っては彼女の父までがそれを後押ししている。 やはり親子だ。 彼が言うには自分もまた家族らしい。 状況を飲み込み切れずにはいたが、新たな家族を得たという嬉しさと、楽しかった屋敷での暮らしに戻れる喜びは、断る気を根こそぎ奪い去っていった。 湯気に煽られふわりと漂う茶葉の香り。 音を立てずに差し出されたティーカップの取手をつまみ、ゆっくりと口元に運ぶ様子を微かに緊張した面持ちで見守る。 「……うん。合格ですわね。お供がマカロンなら満点でしたわ」 「ありがとうございます。明日、ご用意いたしましょう」 リオーネの専属執事となったあの日から数年の月日が流れた。 この数年で培った経験は何から何まで彼女仕様。 肉体的にも精神的にもかなり堪える。 喧嘩を見かければ中心に飛び込み仲裁しようとする。 買い物のお供をすれば、片道数日はかかろうという距離のミールまで連れ回され、買って帰ったのはランプ一つ。 その程度ならまだマシだ。 風呂の支度を任されれば、待ちきれないと言いながらタオル一枚で入ってくる。 部屋に呼ばれたかと思えば、ドレスの背中のファスナーを上げてくれだの。 そもそもそこにいるのが自分と同年代の男であるという自覚はあるのだろうか。 それを当たり前だと思っているのか、それとも相手を選んだ結果なのか…… こんな日中を過ごす毎日だが、レスターはどこか楽しんでいた。 そして日が落ちると、レスターは違う顔を見せるようになる。 ――カランッ 路地裏にひっそりと戸を構えるバー。 カウンターまで歩み寄ると、バーテンに銀貨三枚を手渡す。 探しているのは情報。 既に母の死の悲しみは乗り越えた。 だが、下手人が何の罰も受けずにのうのうと生きていると考えると、我慢がならない。 レスターはリオーネが眠りについた後、毎晩のように夜の街へと出かけ、母の死の真実を探っていた。 目撃情報から、犯人が剣の旗を掲げた海賊であることはすぐにわかった。 しかし、その所在をいくら調べても掴むことができない。 「――というわけです。何かご存じありませんか?」 「海賊ねぇ……近頃この辺に出没してるらしいが、剣の旗となると知らねぇな」 「そうですか……何か情報を掴んだら教えてください」 「……あいよ」 さらに差し出された銀貨一枚。 軽く笑みを浮かべながらバーテンは答えた。 「今日も収穫は無しですか……ん?」 数時間ほど街を徘徊し、屋敷へ戻ろうと踵を返した矢先、何やら揉めている男達の姿が見える。 夜の街では時々こうしたトラブルを目撃する。 貿易業を管理するウィース家にとっては、ラグーエルの治安は信用そのもの。 ウィース家に拾われた恩を少しでも返そうと、素性を隠して速やかに解決することにしていた。 いつしかラグーエルの夜闇に舞う仮面のヒーローなどと噂されているらしいが、こうした噂が犯罪の抑制に繋がるならば大いに結構。 「どうしましたか?」 どうやら男達が数人がかりで一人の兵士をいたぶっている様子。 今回のはただの喧嘩のようだ。 「あぁ?何だそのふざけた仮面は?誰だてめぇ!?」 「おい……こいつ、噂の仮面のヒーローじゃねぇか?」 「丁度いい。その仮面ひっぺがして、正体暴いてやるよ。皆知りたがってるだろうぜ」 「やれやれ……やはりこうなりますか」 「スカしてんじゃねぇぞ!」 男が隠し持っていたナイフが勢いよく突き出される。 レスターはヒラリと躱し、腰に差していた短剣で打ち払う。 驚いてひるむ男達。 その隙に一撃ずつ加え、瞬く間に床へ転がす。 「すまねぇな……助かったよ」 「いえ。では私はこれで」 「一つだけ聞きたいんだが、その短剣……あんたのか?」 「これですか?そうですが何か?」 鞘に収められた短剣を覗き込むようにしながら問いかける男。 昔、父にもらったものだが、あの男を知っているのだろうか。 あえてはぐらかすようにレスターは答える。 「……いや、なんでもねぇ。ありがとな!」 数日後、思わぬ形でレスターは驚かされることとなる。 レスターの耳に、仮面のヒーローの新たな噂が飛び込んだ。 その正体として、ある人物の名前が挙がっているそうだ。 その名は救世主ラザレス。 父の名である。 ラザレスの使っていた短剣が、ヒーローの持っていた短剣と酷似していたことから生まれた話らしい。 短剣を見られたことがこんな形で誤解を招くとは。 話を聞くと、その名が知れ渡ったのは二十年前に起きた、魔物の襲撃事件の時とのこと。 その際、最前線で最も大きな功績をあげ、街を救った救世主として称えられた傭兵が父だ。 当時、この事実は街中で大々的に報じられ、当時ウィース家を含む街の権力者たちは彼を表彰しようとしたが、父は金や名誉のためにやったことではないとこれを拒否。 ある貴族がその態度を咎め、母と共に国外追放処分としたのだという。 あの男が一体何を想って剣を握ったのか。 今回の件は、聞くべきではなかったと後悔している自分がいる。 ただの憎らしい父のままでいてくれた方がよほど気楽というもの…… 「あら?ここにいましたのね」 メイドに父にまつわる話を聞いた後、リオーネの部屋へと向かおうとしたところで彼女とバッタリ出くわした。 「近くにいないものですから探してしまいましたわ」 「申し訳ありません。すぐにお荷物をお運びいたします」 ちょうどその日は、予てよりリオーネが楽しみにしていたアスピドケロンへの旅立ちの日だった。 彼の地では、年に一度弓の大会が開かれる。 由緒ある歴史と規模は大陸一と言っても過言ではないだろう。 数年間打ち込んできた弓の技量を試す目的とはいえ、小さな大会などには目もくれず、いきなりそれに出場しようという辺りがいかにも彼女らしい。 「二人とも準備はできたかね?」 「えぇ!お父様」 「うむ。では行こうか」 娘の晴れ舞台を傍で応援しようと、レオナルドもまた同行する。 出るからには優勝……とはいかないまでも、せめて二人が笑顔となる結果に終わってくれれば幸いである…… ………… …… 「お父様!レスター!見まして!?優勝しましたわよ!」 「なんとも……これは……」 「お、お見事……です」 弓の鍛錬に励む姿を見てきた自分やレオナルドにすら予想外の結果だった。 思えば、彼女以外の弓の使い手を見る機会はなく、それゆえに彼女の才能がいかに優れているものか考えたこともなかったのだ。 本来なら三日かけて開催されるはずだった大会。 しかし、予選で他の参加者と観客に見せつけた圧倒的な才能のせいで、ほとんどの選手は棄権。 残った参加者も健闘していたが、思わぬダークホースの出現に困惑したのか、平静を欠いたまま脱落していった。 最終的にはわずか数時間足らずで大会の幕が下りる結果となり、歴代最年少優勝という肩書と共に、見事優勝を果たしたのがリオーネだったわけだ。 三日間の滞在を予定していた為、ぽっかりと予定が空いてしまった一行。 レオナルドは丁度溜まっていた仕事があるといい、お供を連れて先に帰ったが、リオーネとレスターはそのまま二日かけて街を観光して回った。 「実に楽しかったですわね!時間が一瞬で通り過ぎたかのようでしたわ」 「はい。道中の船旅の方が長く感じてしまうほどでございます」 「……レスターは、わたくしがこの旅で目的にしていたことが何かおわかりかしら?」 「弓の実力を試したかった……のでは?」 「それもありますわ。でも、もう一つありますの。わたくしの夢にとって、得られるものがあると考えたからですわ」 「夢ですか……それを私に聞かせていただけると?」 「お父様にも言ってませんのよ?内緒にしてくださるかしら?」 「お嬢様がそう望まれるなら」 「……わたくし、お父様のように優しくて、力のある人間になりたいと考えていますの」 「でしたら今でも十分に――」 「それはあくまでわたくし個人の力に過ぎませんわ。皆を代表する立場に立ち、信頼され、その想いに報いるために力を振るう。お父様は昔からわたくしの憧れでもありますの」 「…………」 「お父様は自分を信頼してくれる全ての方々を家族だと思っていますわ。未熟なわたくしは、まだ屋敷にいる皆がせいぜい。でも、お父様のように街全体を……そしていつかは大陸中を一つの家族として、最高に幸せな世界を作って見せますの!それがわたくしの夢の終着点ですわ!今回の旅は、将来家族になっていただく方々と触れ合う貴重な機会にもなると考えたからですの」 「私にはスケールが違いすぎて想像もできない世界です。ですが、お嬢様がそれを望まれるなら、私はそれを執事として、家族として全力で支えたいと思っております」 「素敵な言葉ですわね!レスターはどんな夢をお持ちですの?」 「私は……夢など考えたこともありません。ウィース家に仕える前は母と共に生きることに必死でしたので。今はその頃に比べて本当に幸せです。これ以上は何も望みません」 「そう……何かやりたいこともありませんの?」 「そうですね……果たしたいこと、という意味でしたら、母の命を奪った連中には然るべき報いを受けさせてやりたいとは思います」 「レスター……」 「あっ……申し訳ありません!お嬢様のお耳にこのような……」 「いいえ。あの方は、私にとっても家族でしたわ。その無念を晴らすことは間違ったことだとは思いませんの」 「お嬢様……」 「でも、道に外れる様なことだけはしないと誓っていただきますわ!ならばわたくしもできる限りの協力を惜しみませんの!」 そう。 ウィース家を訪れたあの日から、今は自分と同じように母を想ってくれる人がいる。 それだけで救われる気がした。 「必ず誓います……」 ――二日後 「ただいま帰りましたわ!」 「無事に戻った様で何よりだ!レスター君もご苦労だったね」 「とんでもございません」 「お父様!祝勝会の用意は進んでおりますの?」 「それが……祝勝会は少し待ってくれるかな?」 「……何か急用ですの?」 「あぁ。すまないな」 その時の様子がどうにも気になった。 茶を運んだ際、そのことについて尋ねてみたレスター。 「やはり私は隠し事が苦手なようだ……実は、君たちが留守の間にやっかいなことが起きてね……」 ラグーエルの商船が度々海賊に襲撃される事件が発生。 レオナルドが屋敷へ戻った直後に報告を受けたという。 様々な策を講じるも、毎度の如く逃げ果せられてしまい、今も対策に追われているとのことだ。 『海賊』 その言葉は、レスターの胸をざわつかせる。 「リオーネには内密に頼むよ。また無茶をしかねない」 「承知いたしました……ところで……」 「君の考えていることはなんとなくわかる。が、こういう時こそ冷静に対処しなくてはならない。わかるね?」 「……はい」 それから数日、リオーネが自室にこもりっきりになった。 初日は、自分の出したお茶が口に合わず気を悪くしたのかなどと、さほど重くは考えていなかったが、かれこれもう三日になる。 海賊のことが彼女の耳に入れば、飛び出して事件の渦中へ飛び込んでいくのは目に見えているので、幸いその危険は無さそうだが、これはこれで心配だ。 「お嬢様?夕食をお持ちしました。もう部屋に閉じこもって三日。旦那様も心配されております」 「……入って構いませんわ」 「失礼します。一体どうなされたのですか?」 「レスター。わたくし、海賊討伐に参加しますわ。留守を頼みますの」 「……今なんと?」 「今、お父様の雇った傭兵の方達が海賊を討伐するための作戦を立ててますの。なんでも軍用船を商船に偽装して彼らを誘き出す作戦のようですけど……それではダメ。同じ作戦を何度試してもダメですわ!」 確かにレオナルドは様々な策を講じているとは言っていたが、部屋に閉じこもったままどうやってその話を聞きつけたのか甚だ謎である。 口元は笑っているが瞳の奥が燃えているリオーネが良からぬ事を考えている気がしてならない。 「わたくしはお父様には出来ない作戦を決行しますわ!」 「お待ちください!なぜお嬢様がそのような危険を――」 「レスター!お父様はこの件でずっと頭を悩ませていましたの……なら、家族としてそれを解決する手助けをするのは当然ですわ!」 「それは……間違ってはおりませんが……しかし――」 「ウィース家の一員として、外の方達だけに任せて事態をただ見守るなんてわけにはいきませんわ!なんと言われましても、わたくしは行きますわよ!」 「旦那様が傭兵を雇われたのは、お嬢様や家の者達を危険に晒すまいと考えたからなのでは!?」 「それは父としての判断で、ウィース家当主としてのものではありませんわ!わたくしは父レオナルドの娘である前に、ウィース家の一員ですのよ!」 「ならば傭兵と協力しましょう!それならいくらか危険を減らすことも――」 「海賊は生きるために船を襲いますの。獲物を観察し、確実に仕留められると判断した時にのみ行動を起こしますわ。軍船をいくら巧妙に偽装したところで、そんな彼らの目を本気で誤魔化せるとお思い?」 「ではそれを傭兵に伝え、作戦の変更を提案すれば――」 「どのみち外の方達の手を借りる形で解決することをわたくしは望みませんの!」 ダメだ。 こうなった彼女は止められない。 恐らくレオナルドにも無理だろう。 ならばせめて……。 「……わかりました。しかし、私も同行させていただきます。これは絶対条件です」 「レスターが!?わたくし一人で……」 「それができないのであれば、屋敷から出すわけにいきません」 「ぐっ……仕方ありませんわね……くれぐれもわたくしの邪魔をしようなどとは思わぬことですわ!良いですわね!?」 「承知しております……時にお嬢様?ここ数日、部屋に籠られていた理由は何なのでしょう?」 「何でもありませんわ。少し調べ事をしてましたの」 今回の騒ぎを聞きつけた理由もその辺りにありそうだが、追及しても今ははぐらかされるだけだろう。 お嬢様の事だ。 海賊に報いを受けさせる……。 アスピドケロンの大会の帰路で私が話した事がキッカケになっているのだろう。 お嬢様が何を言っても聞く耳を持たない時は、誰かの為と決まっている。 「家の者に見られぬよう抜け出しますわよ。バレたら連れ戻されかねませんわ……」 「承知いたしました……」 そこを理解していながらの行動は、褒めるべきか呆れるべきか。 なんとか誰にも見られることなく屋敷を抜け出した二人。 船着き場へと到着し、乗り込む船を探すと、まさに出港準備中の商船が停泊していた。 二人は人目を避け、船尾から船へと潜り込むと、適当な船室に身を隠して出航を待つ。 数時間後もすると、甲板が少し騒がしくなってきた。 間もなく出航のようだ。 「ん……レスター?どうしましたの?」 「まだお休みになっていてください。そろそろ船が出るようです」 「そう……お言葉に甘えて、もうお少しだけ寝かせてもらいますわ……着いたら起こしてくださいまし……」 船室のベッドで仮眠を取っていたリオーネだが、このような質素なベッドで眠る経験などない彼女には、熟睡することは難しかったのだろう。 目を開けないまま、再び眠りについてしまった。 それを見守るレスターの心中は彼女への謝罪の言葉で溢れていた。 海賊が現れたら自分一人で片を付ける。 屋敷では決心が固められずにここまで連れてきてしまったが、穏やかな彼女の寝顔を見て、ようやく心は決まった。 相手がどれほどの戦力を持っているかもわからず、彼女には実戦経験もない。 戦闘が発生すれば、確実に彼女を守れる保証はない。 いっその事、このまま何事もなく目的地まで着き、海賊の方は傭兵がなんとかしてくれれば。 そんな希望的観測が頭の中を巡る。 彼女さえ無事でいてくれるのなら…… そんなレスターの願いは、次の瞬間に打ち砕かれる。 「おい!なんだあの船!?……海賊だ!!」 ここまでお嬢様を連れてきた罰でも当たったのか、海賊船の襲撃を知らせる声が甲板から響き渡る。 「くっ……お嬢様!こちらへ!」 「レスター?どこへ行きますの!?」 行先は船底。 そこに都合のいい物置を見つけると、リオーネを半ば無理やり中へ入らせる。 「ちょっと……何ですの!?海賊が出たのでは!?」 「申し訳ありません。後でいくらでもお叱りは受けますので!」 「どういうことですの!?」 「お願いいたします!絶対にここから動かないでください!お嬢様を危険に晒すわけにはいかないのです!」 「そんな!ここまできて!!レスター!!」 「どうかお許しを!」 扉を閉め、傍にあった木箱で塞ぎ閉じ込める。 そのまま即座に踵を返し、レスターは甲板へと駆け戻った。 「急いで荷を隠せ!違う!!貴重品からに決まっているだろう!!」 「ちくしょう……ちくしょう……!」 既に甲板は混乱に陥っていた。 ゆっくりと距離を詰めてくる船影。 旗を確認するが、そこに剣の印は見えない。 結局、自分にとっては無駄足となってしまったわけだが、今はそんなことも言っていられない。 全て自分一人で片付ける。 「お、おい誰だお前!?うわっ!!」 突如、メインマストの上にある見張り台からの声。 何事かと思い、見上げた視線の先。 そこには身を半分乗り出して見張り台から落ちかけている男と、あろうことかリオーネの姿があった。 「な……!?お嬢様!」 扉を塞いでいたとはいえ、無理をすればそこから出ることも可能だっただろう。 だからこそ自分はあれだけ頼み込んだというのに。 「あの女……何する気だ!?」 眼前の船を真っ直ぐ見据え、弓を弾き絞るリオーネ。 「まさか……」 「狙いましてよ!」 掛け声とともに、船腹に向けて雨のように弓を浴びせるリオーネ。 完全に不意打ちを食らう形となった海賊船は、逃げることも抵抗することもできないまま、見る見るうちに沈んでいく。 レスターにそれを止める術はなかった。 何はともあれ、レオナルドにはこの件を報告しなくてはならない。 だが、なんと報告すべきなのか考えがまとまらず、結局夜が明けても答えを出せずにいた。 当然、リオーネが海賊船を沈めましたなどとは口が裂けても言えない。 かといって彼女の気持ちを父に一切伏せるというのも心苦しい。 考えは堂々巡り。 「仕方ないですね……」 もう済んでしまったことだ。 今回の件は正直に話し、自分だけでなるべくお叱りを引き受けよう。 それがレスターの出した答えだった。 「本当に恐いもの知らずというか……ねぇ?」 レオナルドの書斎へと向かう途中、メイドたちのそんな会話が耳に入ってきた。 「何かあったのですか?」 「あぁ、レスター君。なんでも昨日、帝国軍の船が商船に沈められたんですって」 「帝国……の船……?」 「ほら。最近、海賊の一件で街が慌ただしいでしょ?帝国軍も哨戒任務中だったらしいのだけど、見かけた商船を検問しようとした途端、弓で一方的に攻撃されたらしいわ」 「……その話、お嬢様には?」 「いえ。まだお聞きになっていないと思うわ」 「そうですか。お嬢様にはご内密にお願いします。これ以上、問題事をお耳に入れるのは好ましくありませんから」 「そうね……わかったわ」 なんということだ。 帝国は何が何でも犯人を見つけ出そうと今も血眼になっていることだろう。 自分が彼女を止められていればこんな事にはならなかった。 彼女の意思を尊重したかったと考えつつ、結局は自分の手で彼女を悲しませたくなかっただけの甘えた行動のつけだ。 きっかけはなんにせよ、レオナルドや街のことを想って取った行動がウィース家の危機を招いたと知れば、とてつもない苦しみが彼女を襲うことになるだろう。 自分の甘さが最も彼女を傷つける結果を生んでしまった。 恐らくこれが最後の日記となることだろうと考えながらペンを走らせる。 明日、レオナルドにこの一見の犯人が自分であることを告げに行く。 きっと戻っては来る事はできない。 部屋を整理して、出来るだけ物を残さずに去ろう。 少なからずウィース家の名誉を穢すことにはなるだろうが、直系の者でないのなら最悪の事態だけは避けられるかもしれない。 「レスター君!大変よ!お嬢様が……!!」 翌朝、レオナルドの元へと向かおうとしていたレスターが呼び止められる。 メイドが言うには、朝になってもなかなか起きてこないリオーネを不審に思って部屋を覗いてみると、ベッドはもぬけの殻となっており、彼女の姿を屋敷中探したが見当たらないようだ。 「お嬢様!?」 ノックもせずにリオーネの部屋へと踏み入るレスター。 やはり彼女の姿はない。 「くそっ!どこに……これは?」 ふと彼女の机に、一冊の本が開かれたまま置きっぱなしになっているのが見えた。 悪い考えが頭を過り、屋敷を飛び出して街の方へ走り出す。 机の上に置かれていた本。 それはレスターが日々の出来事を記録していた日記だった。 迂闊な事に、そこには帝国軍船をリオーネが沈めたことも書いており、それを見たリオーネが何らかの行動を起こしたのだ。 「すまない!誰か、ウィース家のリオーネお嬢様を見かけなかったか!?」 「珍しいな。昼間からここに来るなんて」 夜な夜な足を運んでいた酒場。 表通りをひとしきり探しても彼女を見つけられなかったため、今度は裏道沿いを捜索する。 「そのお嬢さんかはわからないが、向こうの通りで揉めてる男女なら見かけたぜ?」 「本当か!?」 それがリオーネなら、トラブルを起こしていた相手は帝国軍の関係者である可能性も十分考えられる。 もし、連行されでもしたら取り戻すのはまず無理だろう。 「くそっ……どこだ!?」 その時、レスターの頭の底から一片の記憶が蘇る。 「そういえば……この辺りは……」 反帝国勢力。 巷でその存在が噂されている彼らのアジトがこの辺りの地下にあるという話。 路地を少し探索すると、確かに地下に降りる階段が見つかった。 そのまま階段を駆け下りると、そこには地下とは思えないほど広いホールのような空間が広がる。 さらに、少し遠目に何やら男達と口論している人影……そこに彼女がいた。 「お嬢様!!」 駆け寄るレスターに気付きはしたようだが、意にも介さず口論を続ける。 「何故わたくしの入隊を認めませんの!?」 「ウィース家のお嬢さんと言えばこの街じゃ有名人だ。俺達があまり目立ちたくないのはわかるだろ?大体、帝国の船を沈めたのがあんただって証拠もないだろう?」 「ですから!弓の腕前ならばいくらでも見せますわ!!」 平行線を辿る会話の中、リオーネの腕を掴み来た道を引き返そうとする。 「お嬢様。屋敷に戻りましょう。彼らも困っています。旦那様には私が説明しますから」 レスターとしては帝国にあえて弓引く組織へリオーネを預けるなどあってはならない。 家に迷惑をかけたくないという彼女の想いはわかるが、このやり方は危険すぎる。 幸い、先方も断っているようだ。 便乗してなんとか説得しようと試みるが…… 「おい!ちょっと待った!」 鎧を着込んだ男がレスターを止める。 「申し訳御座いません。ご迷惑をお掛けしました。今後同じことのないようお話しますので」 そこまで口に出すと、男の後方にある重たそうな鉄のドアが開いた。 「あっ頭首……お疲れ様です」 門番をしていたであろう男は軽く頭を下げる。 「そこの2人。この場所をどうやって知った?」 汗が出る程の威圧感。 そんな中でも、リオーネは態度を変えない。 「馬鹿にしないでくださいまし!こんな所に身を隠して、本気で帝国の目から逃れられるとでも思っていまして?」 「なんだと……?」 「現に、噂だけでここへ辿り着いた人間が二人もいましてよ?本当に帝国と戦う気がありますの!?」 「ぐっ……言わせておけば……!」 門番の男は剣を抜いた。 それに反応してレスターも短剣を抜く。 「なるほど……本当の事だったか……」 頭首の男はニヤリと笑う。 レスターにはその意味が分らない。 「お嬢さんの入隊を認めよう。だが、どうやら君の執事は反対しているようだが?」 「お待ち下さい!お嬢様をこんな組織に加入させる訳には……」 「悪いが、君は少し黙っていてくれ」 「大丈夫ですわ、レスター」 大丈夫な訳がない。 「では先程の条件通りですわね」 「あぁ、その男も一緒だというなら入隊を認める」 リオーネはレスターに向き直る。 「聞いていましたわね?レスター。わたくしと共に帝国軍と戦いますわよ」 「お嬢様!!何故そうなるのですか!?」 そんな話を受け入れられる訳がない。 しかし、こうなった彼女を止めることがどれだけ難しいか…… 頭首の男は、レスターが手にする短剣を指差しながら笑みを浮かべた。 「お嬢様が心配だよな?なら共に剣を持とうぜ。仮面のヒーローさん?」 「っ……!?」 (なぜこの男がそれを……短剣……!?) 「お嬢さんの話は本当だったか。こんな芝居を打ってまで俺達に確認させようとは、大したお嬢さんだ」 (芝居?) 「噂は聞いてるぜ!あんだけ街の中を騒がしてれば聞かねぇ方が変だがな。あんたほどの手練れが仲間になるのなら、お嬢さんくらいのリスクは喜んで抱えようってもんだ。俺らは新たな戦力を手に入れ、あんたらは俺達という後ろ盾を手に入れる。どうだ?」 リオーネがニッと笑うのをレスターは見逃さなかった。 「レスター?これまで夜な夜な屋敷を抜け出してあなたがしていた事を、わたくしが知らないとでも思って?」 「……全て計算済みというわけですか……なるほど。話が見えてきました」 レスターは深い溜め息を吐く。 「しかし、それでもお嬢様を危険な目に合わせる訳にはいきません。私の正体をバラしたいのであればどうぞご勝手に。そんな脅しで私が揺らぐとでも――」 「違いますわ、レスター。あなたが断るのであれば、わたくしは帝国の船を沈めたと帝国軍に出頭するだけですわ」 「っ……!?そんな!!お嬢様それは!!」 「あなたは自分の命を帝国に差し出す事でウィース家を守ろうとしている。わたくしがそれに気付いていないと思っていますの?」 「それは……お嬢様の執事として――!!」 「それをわたくしが良しとすると思って?」 「それは――」 続く言葉が出てこない。 「選びなさいレスター。わたくしが帝国軍に出頭して罪を償うか、わたくしと共に帝国軍と戦うか」 母の敵討ちの件を話してしまったミス。 商船に乗せてしまったミス。 日記を覗かれ、真実を知らせてしまったミス。 全て自分の至らなさからここまでの事態になろうとは。 覚悟を決めなければいけない。 「ふぅ……困りましたね。どうしましょうか」 「何がですの!?早く決めて頂けませんの!?」 「帝国と戦うとなると……旦那様にどう説明すればよいか……」 問題は山積みだが、レスターの気持ちは穏やかだった。 「ということは、一緒に組織に入ってくれますのね!?」 一人で抱えようとすると、いつも助けようとするお嬢様。 誰かの為ならば、どんな無理もしてしまうお嬢様。 もう十二分に優しくて、力を持っているお嬢様。 このお嬢様を、何に変えてもお守りしたい。 「はい。私は、リオーネお嬢様に仕える執事ですから」 +魔蝶の声を聴きし者ルリア 穏やかな風に煽られ、金の麦穂たちが波を打つ。 ここ、風車の街『エムル』では、間もなく今年の収穫祭が開かれようとしている。 豊かな自然に囲まれ、様々な作物の産地として名の通る街だが、その最大の特徴は他にある。 街の冠ともなっている風車。 古きより風の恩恵を何よりも大切にし、自然と共に生きてきたこの街には、至る所に風車が立ち並ぶ。 製粉や地下水の揚水、生活の基盤を支える処々に風を利用しており、それは民達の生命線ともいえる存在だ。 穂を狩り入れている農夫達の様子を伺うと、彼らが皆一様に同じ形のブローチを身に着けていることに気が付く。 街の大門に掲げられている木彫りの像も同様で、全て蝶を象ったものだ。 それは、彼らが守り神と崇める『魔蝶』の姿をモチーフとしたシンボルである。 「今年も良い風を恵んでくださった!」 「あぁ。本当に感謝いたします……」 彼らが崇める魔蝶。 エムルの街を抜けて大陸に送り出す風は、豊饒の恵みを司り、その恩恵は万物に繁栄をもたらすとされる。 事実、この風を大切に守ってきた護り手の一族、ひいてはエムルの民は、その恩恵によりこれ程までの振興を図ることができた。 街より僅か北の外れ、魔蝶の住まう森を眺めながら、民達は口々に感謝の言葉を述べていた。 「そういえば、そろそろ『守護者』様の継承者がお生まれになるとか……」 「本当か!?なんともめでたい!!」 その昔、魔蝶を守護するためにエムルより森に遣わしたエルフの一族がいるという。 以来、彼らは森の中で役目に従事しながらひっそりと暮らしているという。 彼ら一族の者は皆『護り手』とされ、その中でも、魔蝶の眷属として仕え、一族の長となる存在は『守護者』と呼ばれた。 街の人間でも、ほとんどその姿を見た者はいない。 だが、収穫祭の後、供物として捧げられる作物を、森の入口から魔蝶へと届ける役目をも担う姿を、幸運にもその場に居合わせた人間たちは確かに目にするそうだ。 その時、僅かばかりの言葉で情報を交わしつつ、互いの労をねぎらい、末永い繁栄を願い合うという。 そして間もなく、次代を担う新たな守護者がその生を芽吹かせようとしていた……。 ――十数年後 魔蝶の森内、護り手の一族の集落では怒声が響き渡っていた。 「なんということか!未だに、眷属達との意思疎通すらも叶わぬとは……!!」 「申し訳ありません……ドロウス様……」 「…………」 集落の中心に根を張る巨大樹の幹の中に作られたとある部屋。 怒りで顔を真っ赤にした老人と、その前に跪きながら首を垂れる二人の少女の姿がそこにあった。 「立派に守護者の務めも果たせず、貴様らを生んだ母に申し訳ないとは思わぬのか!?」 彼女達の名は、アリルとルリア。 生まれながらにして『守護者』となる運命を背負った、護り手一族のエルフである。 しかし、その生まれは決して望まれた通りの形ではなかった。 守護者は代々、己の実子へとその役目を託す、一子相伝の慣わしにより引き継がれてきた。 しかし、現守護者である姉妹の母が、その歴史上、未だ例のない双子として彼女達を生んだ為、守護者候補が二人になる珍事に陥ってしまっているのである。 「いずれ……いずれ、必ずや守護者の御力を賜れるよう邁進して参ります!」 腰を撫でる長い髪と、大きく見開かれた目をした姉のアリル。 その持ち前の明るさと人当たりの良さもあり、集落中の子供達から姉のように慕われる。 「どうか、お気をお鎮めください……」 短髪で、姉に比べて少し半目気味のキリッとした目から、大人しい印象を受ける妹のルリア。 見た目通り、内向的ではあるが、文武二道の秀でた才と、深い想いやりの心を持つ。 「黙れぃ!もうよいわ!一体、これまでに何度この問答をしてきたことか!!さっさと出て行けぃ!!」 「はい……失礼します」 「失礼します……」 彼女達を大声で叱責する男の名はドロウス。 この姉妹が生まれた際、どちらを次の守護者にするかということで揉めに揉めていた一族の者達を取りまとめた人物である。 集落において最も高齢である彼は、一族の長である守護者に勝るとも劣らぬ発言力と影響力を持っており、今回、二人の成長を見守り、その素質をより濃く示した方を守護者とすることを定めた。 しかし、自ら二人の指導役を買って出るも、全く守護者としての力が発現しない姉妹の様子に、日々不満を募らせている様子。 「アリル……」 部屋を出た二人。 ルリアは姉の裾をつかみ、心配そうに声をかける。 「大丈夫よ、ルリア!!私がなんとかしてみせるからっ!!」 姉に比べて気弱なルリアは、日に日に度を増していくドロウスの叱咤に怯えていたが、妹を庇い、矢面に立っていた姉アリル。 同じ立場にありながら、情けない自分を護ってくれる姉には感謝しつつも、それ以上に彼女の身が心配で居た堪れない。 守護者としての資質を認められれば、姉妹揃ってこの苦しみから解放されることになる。 そのためにも、日々あらゆる修練に励み、技や知識を身に着けてきてはいるものの、肝心な守護者の力が目覚める気配はない。 守護者は、他の護り手とは異なる特別な力を有し、同じく魔蝶の眷属である蝶達と意思を通わせ、力を借りることにより、強大な力を行使することができるという。 これは技術でなく、受け継がれる血がもたらす異能の力。 いくら努力を積み重ねたところで、強制的に発現させられるものではなかった。 「今日も…………いたの………………かしら……」 「…………次の…………どうなるんだ……?」 ドロウスの部屋から自室に戻るまでの間、姉妹を目にした集落の者達が何やらひそひそと話している声が聞こえた。 ハッキリと聞き取ることはできないが、その内容は聞かずともわかる。 守護者を継ぐはずの二人にその兆候が全く見られないため、一族の先行きを不安がっているのだ。 いつも一緒に遊んでいた同世代の子達は、親たちに制され、姉妹には近づかなくなった。 二人を庇っていた両親は、その心労から体を壊してしまった。 もはや、二人にとって心安らぐ場など無く、このままでは姉も両親と同じ道をたどることとなるかもしれない。 そう考えると怖くて堪らなくなる。 しかし、ルリアまだ気が付いていなかった。 この時すでに、アリルの精神的な負担は限界を迎えつつあったことを……。 ――翌日 今日もドロウスによる厳しい指導が行われる。 これまでに基本的な教育の他、守護者としての力を発現させるべく考えうる限りの修練がなされたが、やはり今回もこれに関しては変化が見られない。 「やはりダメか……このまま守護者の名が貴様らの代で潰えでもしてみよ!?ご先祖様方へなんと報告すればよいのじゃ!?」 「あの……その……」 「ごめんなさい……」 当然、ドロウスの怒りが収まるはずはなく、姉妹を目の前に座らせては罵声を浴びせるように声を張り上げる。 「貴様らも間もなく十五を迎えるが……これは人間が成人と認められる年齢だ!にもかかわらず、貴様らときたら!これっぽっちも成長せん、赤子以下じゃ!!」 「お待ちください!他種族のことは我々には――」 「黙れいっ!誇りある守護者がこの有様……。エムルの民の目にどう映ることか……くぅううう!!」 「ですから――」 「一族の恥さらしめが!わしらの顔にまで泥を塗りよって!!」 「そんな……私達は……」 またしても彼を一人で諫めようと、姉がなんとか言葉を紡ぐ。 「えぇい!ルリア!!貴様は話を聞いているのか!!」 「は、はい!ごめんなさい……!」 「……ルリア」 ひそめた眉。 曇った瞳。 そこにいつもの明るい姉の面影は無い。 「ア、アリル……?」 (いけない……!アリルはもう……!) 「……あの……その…………」 「ド、ドロウス様。もう……今日のところは……どうか……」 (許さない……これ以上、アリルを叱るというなら……私は……私は……!) 「なにを――ぬ!?ぬぅ…………」 恐れに耐えつつ、決死の想いでドロウスを睨み、訴える。 彼がその瞳の奥に何を感じたのかはわからないが、どこか怯んだ様子で姉妹に部屋を下がるよう言い渡した。 「アリル……大丈夫……?」 「うん……平気だよ……」 自分達の部屋へと帰る最中、何度も何度もそう尋ねた。 彼女が無理に作って見せる笑顔は、何よりも心を締め付ける。 自室の戸を開き、いつも二人で肩を抱き合っていた部屋の隅っこへと向かう。 そして考える。 嫌な思いをする度に慰めてくれた姉。 辛い事がある度に励ましてくれた姉。 同じ重荷を背負っているはずなのに、自分のせいで更に辛い思いをさせてしまっている。 いい加減、姉に頼りきるのは終わりにしよう。 「もう、私に構わないでいいから……」 「え?」 「もう……守ってくれなくていいから……」 (これ以上、頑張っちゃったらアリルがもたないよ……) 目を瞑ると、ドロウスの怒り狂ったあの顔が浮かんでくる。 「…………」 (怖いけど……でも……!) 「なんでよ!?ルリア!」 自分を奮い立たせようと思い詰めていたところに飛び込んできたのは、姉の悲鳴にも似た叫び声。 思わず体がビクッと震える。 「え、私……」 「またそうやって!私だって苦しいのに!!私だって!!!!」 「ご、ごめん……もう……大丈夫だから……」 (ち、違う……そうじゃなくて…………) 「こんなに苦しいなら守護者なんてもうどうでもいい!私も何にも考えずにいられたらどんなに楽か!!」 とうとう爆発した姉の想い。 こんなになるまで自分のために耐え続けてくれていたことを改めて痛感する。 釈明しようとした気持ちを想い留め、静かに姉の言葉に耳を傾けた。 これは罰だ…… 「うん……」 (全部吐き出してくれていいから……) 「双子なんかに生まれたくなかったよ!ルリアのバカぁ!もう知らないから!!」 「…………」 (もう辛い思いはさせないから……) ここで謝ってしまうと、たぶん永遠に姉に顔向けできなくなる。 許しを乞うことなんて許されるはずも無い。 自分がこれまでどれだけの事をしてきたのか、どれほどの重圧の中に姉をひとり置き去りにしていたのかを噛み締めろ。 「え!?」 懸命に作った笑顔を姉へと向ける。 それはせめてもの気持ち。 込み上げる涙を漏らさぬよう堪えながら、できる限りの明るい笑顔を姉に覚えていてもらいたい。 予想していなかったルリアの顔に驚いたのだろう。 「私……ご、ごめん……!!」」 アリルは逃げるように部屋を飛び出していった。 一人、部屋に残されたルリアは再び考える。 どうすることが何よりも最善なのかを。 これまで守護者はその実子へと受け継がれてきた。 自分達は双子であるが故に事態が混乱している。 ならば、自分が消えれば候補者は姉一人となり、今のような苦しみからは解放されるのではないだろうか。 何度考えても同じ答え。 ルリアは立ち上がり、静かに部屋を出た。 その足で目指したのは魔蝶が住むとされる聖木。 守護者を含め、その眷属にのみ立ち入ることが許されるその場所は、未熟者の自分には教えられていない。 特に行く当てもなかったことに加え、知りたかった。 もしかすると、自分が将来目にすることがあったかもしれないその光景を。 禁忌とされていることだろうと、今の自分にはもはや関係のない事。 「はぁ……はぁ…………」 ルリアらしからぬ、思いつきでの行動。 そして、やはりというか、それはあまりにも無謀だった。 集落を抜け出し、森の奥へと入ってからそれなりに歩いたはず。 だが、聖木らしきものは影も形も見当たらない。 さほど広くない森とはいえ、まだ年若い娘の足で簡単に踏破できるはずもなかった。 一族の者と共に踏み入ったことのあるラインはとっくに超え、既に帰り道すらもわからない状況。 「まだ帰り道のことなんて気にしてるんだ……私……」 戻らぬと決めた道を振り返り、またすぐに前を向いて歩みを進める。 その一歩一歩が自分の命を削ぎ落としていくような、そんな感覚だった。 そういえば、もうどれくらい歩いただろうか。 右へ左へと足元がふらつく。 徐々に力が入らなくなってきている。 「…………あ……あれは……?」 そんな時だった。 視線の先に捉えた、一本の巨木。 果たしてそれが目的の木であるかはわからないが、最後の力を振り絞り、足を前に出す。 目の前にすると、その大きさが良く分かる。 壁のように目の前に反り立つそれを、幹にもたれ掛かりながらぐるっと一周してみる。 「そうだよね……」 それは求めていた聖木などではなく、ただの朽ちかけた大木。 精根尽き果てたルリアは、ちょうどそこにあった樹洞へと潜り込み、あの部屋の隅でしていたように膝を抱えた。 「私、何のために生まれてきたんだろ……」 望まれぬ双子の生まれ。 資格のない継承者。 姉の足を引っ張り続ける日々。 無駄足に終わった最後のちっぽけな望み。 「……う……うぅ……ぐすっ……アリルぅ……」 見出せない自分の存在意義や、姉への懺悔の気持ちから漏れる嗚咽。 ――ルリア! 「アリル……!?」 姉の声が聞こえたような気がした。 だが、周囲を見渡しても人の気配は皆無。 「………………」 それは幻聴だったのかもしれない。 だが、ルリアの耳には確かに聞こえた声だった。 この期に及んでも、まだ姉の温もりを欲しているのかと自身を内心でほくそ笑む。 結局、最後もまた姉に励まされてしまった。 「もし……もしも……もう一度チャンスがあるなら……」 姉の声が芽吹かせた一つの願い。 自分がいなくなれば姉は守護者になれる。 無事に将来的にそうなったとしても、重い使命と責任を背負い続けることに変わりはないのではないだろうか。 今、自分が選択している道は、姉への贖罪などではなく、ただ逃げている事に他ならないのではないだろうか。 また姉だけに背負わせてしまうところだった。 「これからは、私も一緒に背負います……今まで甘えていた分も背負いますから……どうか……どうか……この先も姉と共に……生きる未来を……」 目の前の朽樹を聖木に例える。 見えもしない魔蝶の御前で祈るように。 片膝をつき、胸の前で祈り手を合わせて願う。 ――ナンダ、ナンダ? 「え!?」 突如、頭上からの声。 祈りを捧げていたルリアの頭上をヒラヒラと舞う光。 ――ルリア、ドシタ? 「蝶ちょ……?」 仰ぐ空に続々と集まってくる光る蝶達。 母に聞いた言葉を思い出す。 守護者の力を持つ者には、眷属である蝶の姿が輝いて見え、意思と言葉を交わすことができると。 それにしても、これまでありとあらゆる方法を用いても手に入れることができなかった力が何故、今になって…… 「守護者……私が……」 ――ンン?ナイテル、イタイ? 「え……?あ……だ、大丈夫……大丈夫……」 驚きと喜びのあまり、またしても涙を零すルリア。 「眷属さん……私の話、聞いてくれる……?」 ――オハナシ、キク 「ありがとう……!」 まさに夢のような時間。 普段は決して口数の多い方ではなかったが、このときの彼女の姿は、まるで気の知れた友人たちとのおしゃべりのようだった。 昔の楽しい思い出話から、辛かった修練の話。 大好きな姉のことや、ケンカしてしまったこと。 時間を忘れるほどに夢中で話し続けたルリア。 ――ルリア、アリルニ、アイタイ? 「……うん。これからの事を話したいよ」 ――ナカナオリ、スル 「そうだね……ちゃんと謝らないと……」 「ルリア!?いるの!?!?」 「え……?アリル!?」 思いもよらぬ姉の声。 樹洞から這い出て、声の聞こえた方へ視線を向けると―― 「ルリアーーーー!!」 駆けた勢いのまま飛び付いてきたアリル。 力が入らずぐらつく足で懸命に踏ん張りながら、姉の身を受け止めた。 再び出会えた喜びと、姉の体温で体が熱くなる。 しかし、誰にも告げずにここまで来た自分をどうして見つけることができたのだろうか。 「なんでここが……?」 「そう!聞いてよ、ルリア!実は――」 「……?」 「もうここしかないと思って、とにかく森の中をずっと駆け回ってたの。そしたら、ここに蝶が集まってるのが見えたから、もしかしたらと思って!」 アリルだってここには来たことがないはず。 まっすぐ進んできた私よりも、ずっと長い距離を走り回っているだろう。 「会えて良かったよぉ……ルリア……ゴメンね!あんなこと言ってゴメンねぇ……!」 それを言いに、ここまで走ってきたんだ。 アリルを……お姉ちゃんをそこまで心配させてしまった。 「私も勝手なことして……ゴメン……もう……逃げないから……」 「うん……!これからも一緒に頑張ろう!私も頑張るから!」 「うん……もう……アリルだけに無理させないから……」 「見つけられて本当に良かった……!もう二度と会えないかと思ったよぉ……」 「本当にごめん……もう絶対にこんなことしないから……」 「約束だからね!こんなとこで一体何してたのよ!これからどうするつもりだったの!?」 ギクリとした。 いつの間にか眷属達の輝きが消えている。 たまたま一時的に力が発現しただけ? それでも、守護者としての資質が自分に備わっていることだけは確かだ。 この事実をドロウス達が知れば『守護者』として認めざるをえないはず。 ただ、姉はどうなのだろう? もしも自分だけが力に目覚めたとなれば、姉は一人で居場所を追われることになってしまう。 「あ……えっと……か、考えてなかった……」 「もう!本当に馬鹿なんだから!私より勉強はできる癖に!」 「それは、考えなしに森を走り回るアリルも同類……」 「う……ま、まあね!あはははは!」 「ふふ……」 恐ろしくて聞くことも、言うこともできない。 まだ、今はまだ…… 「そうだ!ルリア!!私と一緒に修行しない!?」 「修行……?」 「うん!今まではさ、お母さんやドロウス様の言いつけで、いろんな訓練はしてたけど、やっぱり守護者の力に目覚めなかった。だから、今度は自分達でいろいろ考えながら修行してみない?」 姉からの意外な申し出に、これは好機だと思った。 双子のアリルであれば、自分と同様に守護者の資質が備わっているはず。 二人の修行でそれを目覚めさせることができれば、二人揃って胸を張り守護者になれる。 確証なんてなくとも、叶えると決めた夢を諦めてなるものか。 「……うん。それ……すごく良い……」 「明日から早速始めるからね!」 「わかった……頑張ろ、アリル」 早速、翌日から開始された修行は、森の奥深くに設けた特製の修行場にて行われた。 この件が公になると、他の者からどのような事を言われるのか容易に想像できる。 さらに人目を避けるため、寝静まった夜更けになるまで動くのを待った。 二人揃って、守護者の資格を見せつけると誓い合った約束。 今日も二人は森の中に作った修行場へと忍んで向かう。 「アリル……起きてる?」 「もちろん。じゃあ行こっか」 しかし、思うように成果は得られなかった。 自分自身、どうやって眷属達と繋がることができたのかわかっていないのだから当然だ。 ここ一週間、足繁く修行に通うも、彼女たちに力が発現する気配は感じられない。 とはいえ、悲観はしない。 十数年もの間、そのきっかけさえも見つけることができなかったのだ。 ようやく掴んだ糸口を必死に手繰り寄せようと足掻き続ける。 「ドロウス様。二人は今日も森の中へと向かいました」 「うむ……調べはついておるのか?」 「はい。やはりドロウス様の睨んだ通り、守護者としての力を発現させるべく、何やら修練を積んでいる模様です」 「そうか……」 「これで結果が出れば良いのですが……」 「んん?あぁ……そうじゃな…………」 まさかこの時、ドロウスが自分達の行動を見抜いていたことなど想像もしていない姉妹。 しかし、ドロウスは憤ることなく、ただただじっと夜空を眺めていた……。 ――翌日 その日の指導を終え、部屋に戻った二人は夜の修行に備えて、すでに床に就くところだった。 「今日のドロウス様、なんだか優しく……はないけど、いつもと違うように感じなかった?」 「言われてみるとそうかも……いつもみたいにガミガミしてなかったし、なんか不気味……良い事だけど」 「ルリアってば、あんまり言うとバレた時に怒られるよ~?」 「その時は、アリルも同罪……!」 他愛無い話に花を咲かせていたところに、ノックも無く開かれる部屋のドア。 そこにはドロウスからの遣いが立っていた。 「アリル。ドロウス様が、お部屋まで来るようにとのことだ」 「え?私一人ですか?」 「ああ。急げよ……」 二人の顔も見ず、用件だけ手早く伝えて去っていった男。 思い当たる節を探し、アリルとルリアは眉をしかめる。 「アリル……」 「何の話かわからないけど、たぶん大丈夫よ!もし遅くなっちゃったら、先に行ってて!」 見送る姉の背を見つめながら、胸に手をやる。 前例のないアリルのみへの呼び出し。 男の挙動。 様々な違和感は混じり合い、不安となって押し寄せる。 「…………大丈夫かな」 横になっても収まらない胸騒ぎ。 目を閉じても全く眠れる気はしなかった。 小一時間程してからだろうか。 部屋の前に人が立つ気配を感じ、体を起こす。 開かれた戸を潜り入ってきたのはアリル。 「おかえりなさい……何のお話だった……?」 「ただいま。うん……実は、最近修行してることがバレちゃってたみたいなの」 「また……怒られたの……?」 「ううん。むしろ褒めてくれたよ!そのうちホントに守護者の力が目覚めるかもって!でも、夜中に森の奥まで行くのは危ないからって注意されちゃった。しばらく修行はやめておいた方がいいかも」 「そっか……じゃあ今日の修行は無し……?」 「そうだね。明日、また新しい修行方法を考えよ!」 「うん……わかった」 無事に戻った姉の様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。 無理に強がっている様子も無く、本当に何も無かったようだ。 「じゃあ、今日のところは寝ようか。久しぶりにゆっくり寝られるね!」 「いつもぎりぎりまでお寝坊してるくせに……」 「あはは!じゃあ、おやすみ!」 「おやすみなさい……」 安心して眠りについたルリアだったが、またしても違和感を覚えて目を覚ます。 虫の知らせとでもいうのだろうか。 「なに……?」 寒くも無いのに体が震える。 姉に相談しようと、彼女の寝床に這い寄るが、そこは既にもぬけの殻だった。 「アリル……!?」 布団はまだ微かに温かい。 部屋を出てから、そう時間は経ってはいないということ。 窓の外を見ると、『真紫月(しんしづき)』が夜空の天辺に達しているのが見えた。 紫の明かりに、どんどん強まっていく嫌な予感。 「アリル!?どこ!?!?」 慌てて部屋を飛び出して辺りを見回すが、こんな時間に外をうろつくような者がいるはずも無い。 となると、見えないところに姉はいる。 己の経験を思い出す。 暗く、木々に遮られて視界も悪い森の中。 「まさか……」 熟考などしている時間はない。 鼓動が急かすように強く訴える。 自分の直感を信じ、ルリアが森へと入ろうとした時だった―― 「……っ!?」 何者かの気配。 背にする小屋の影から感じるねっとりとした視線。 「ふー…………」 立ち止まり、深く息を吐いて精神を研ぎ澄ませていく。 普段の彼女であったなら、怖気づき、そのまま放置していたかもしれない。 ただ、今の彼女は違った。 何よりも優先して守るべき存在のため、ただそれだけに集中したその姿は、一族の者達が見てきた彼女とは一線を画す。 「…………!!」 振り向き様に一瞬で気配の位置を確認。 彼女の強烈な殺気を孕んだ眼光に、人影が怯んだ。 「ひぃいいいい!?」 瞬く間に間合いを詰め、腰に差していたナイフを対象の喉元へと走らせる。 「待て待て待て!おれだ!おれだよ!!!!」 「あれ?貴方は……」 ルリアの足元で震えながら尻餅をついている男は、先刻自分達の部屋を訪れたドロウスの遣いだった。 腰には普段身につけていない短刀が見える。 「か、勘弁してくれ!いきなり何をするんだ!!」 「…………」 またも直感が告げている。 こいつは何かを隠している。 「……言いなさい。何を隠しているの?」 「はぁ?こっちが聞きたいくらいだ!だいたいこんなことしてただで済むと思っているのか!?」 「言わないなら……」 「いい加減に……し…………」 短刀に手をかけようとした男の手を払いのけ、喉元のナイフに力を入れる。 男の目に、ルリアはどう映っていたのだろうか。 恐らくは本人でさえも抑えきれないであろう程の殺気。 彼女に比べ、男の存在は羽虫のようにちっぽけに見える。 「くそっ……お……おれは何も知らない!言われた通りにしただけで!」 それは誰に向けての言い訳なのか、その表情から薄ら笑いは消え去り、ただ助かりたいという思いでのみ行動しているようだ。 「命令したのは誰……?」 「あ……あぁ……それは……!」 まだ抵抗する気迫が残っている? 否、天秤にかけているのだ。 命の危険さえ伴うほどの今の状況と比べられるほどの脅威。 そう考えると、導き出せる答えは一つだけ…… ――コンコンッ 「む……誰じゃ?」 「ルリアです。失礼します……」 「誰が入れと言った?」 訪れたドロウスの部屋。 こんな夜更けだというのに、休んでいた様子はない。 もっとも、静かに寝息でも立てていれば、そのまま永遠に眠らせてしまいかねない。 「どうか……言葉にお気を付けください……今の私を刺激しないように……」 「……なんだその言い草は……部屋に戻れ……」 「アリルはどこ……?」 「……部屋におらぬのか?わしは何も知らん……」 「アリルはどこだと聞いているの!!」 ドロウスは小さく舌打ちをする。 「ちぃっ……お前はもう少し頭が良いと思っていたが……買いかぶり過ぎだったようじゃのぉ」 「どういう事!?説明して!」 「わしはお前を……守護者にしようとしているだけだ……」 「……っ!?どういうこと!?」 「お前の姉……アリルもそれを容認した」 「そんな筈は……!!」 「姉の性格を考えてもみよ……本当に否定しきれるのか?」 確かに……アリルならばそう打診されたら受け入れるかもしれない。 他でもない、私を……妹を誰よりも想っている……あのアリルだから。 「それが……本当だとして……アリルはどこに行ったの!?」 「……それを知ってどうする?」 「守護者になるのは私でもアリルでもない!二人でなると決めていた!だから私達は二人だけで特訓していた!!」 「その特訓とやらの成果はあったのか?」 「……それは……まだ……でも、いずれ……」 「いつまで続けても同じ事じゃろう。姉もそう悟ったのじゃ……」 「そんな筈は……」 段々とルリアのトーンは落ちていく。 アリルを疑っている訳ではない。 アリルだからこそ、その答えを導き出す可能性があった。 「姉の気持ちくらい分かる奴だと思っていたが……まぁいい。これからは守護者となる為に精進するのじゃ。さぁ、もう部屋に戻れ」 これ以上、何を言おうと無駄だと悟った。 下手に外にいた使者の話をすれば、ここで捕われてしまうかもしれない。 「わかりました……」 アリルが危ない…… ドロウスは姉を消そうとしている。 それだけは確かだ。 ドロウスの使者の男は森へ向かっていた。 アリルは森にいる。 私を守護者にしようとしているという話が本当か嘘かなんて今はどうでもいい。 アリルを助けないと…… 懸命に森を走り回るルリア。 しかし、この森のどこにアリルはいるのだろう。 こんな時、守護者の力が扱えれば姉を救うことができるかもしれないのに。 時間の経過がとてつもなく早く感じる。 「アリルぅううううう!!お願い!!返事をして!!!!」 激しくなる動悸。 息も絶え絶えになりながら姉の名を叫ぶ。 既に顔は汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。 「あぁ…………お願い……アリルを助けて……魔蝶様!守護者になれなくてもいいから!だからアリルを助けてよぉおおおお!!」 ――ルリア!! 滲む視界にふと浮かび上がった光。 それは姉の形を成したと思いきや、自分の名を呼びながらこちらに手を差し伸べた。 「アリル!?」 とっさにその手を掴むルリア。 次の瞬間。 体が宙を舞ったかのように世界は広がり、傍にアリルを感じた。 いつの間にか集まってきていた小さな光達。 ――ルリア、タダイマ、オカエリ? 「眷属さん……!また会えたね!」 習ったわけでもないのに、そうするものだとわかる。 意識を集中したルリアは、姉へと意思を飛ばす。 ――アリル。私たち…… うん。わかるよ―― 至る覚醒の時。 言葉を介さずとも、想うだけで流れ込んでくる様々な声と意思。 アリルが何を想うのか、魔蝶が何を望むのか、眷属達を通して全てを理解した。 眷属を纏いながら、アリルがならず者達を前にしている光景が見える。 ――二つを一つに…… ――我ら、魔蝶を守護する番(つがい)の風。森を汚せし蛮族を、粛正する 声を揃えて述べる口上。 魔蝶達を通し、自分の力がアリルへと流れていく。 力を受け取ったアリルは、手にする槍へとそれを込め、その存在を高めていく。 「これは……ちっ、引くぞ!!」 後退していく男達。 逃がしはしない。 「覚えておけ……我ら番の守護者がいる限り、エムルに吹く穏やかな風は決して止むことは無い……」 男達の群れめがけて放たれた槍。 「おのれぇええええええ……――」 魔蝶の風と、守護者の力を纏いし一撃は、いとも簡単に男達を殲滅した。 「アリル……!」 静けさを取り戻した森を再び走るルリア。 もう道に迷うことは無い。 真っ直ぐに姉の元へと駆けつけ、腰を落としたまま動けずにいるアリルを抱きしめる。 「お姉ちゃん……!」 「うわぁ!?ル、ルリア!!」 絶望の淵で拾った奇跡。 もう二度と会えないと思った。 「ルリアぁああ!恐かったよぉおおおお!!」 「アリル……無事で良かった!本当に良かった……!!」 想いは互いに同じ。 守護者の力を用いずとも確信できた。 その様子を心配したのか、魔蝶の眷属達も周りに集まってきた。 ――ルリア、アリル、ナイテル ――イタイ?ヘーキ? 自然と流れ込んでくる眷属達の意思。 完全に覚醒したことで、体がそれに適応してくれている。 「うん!平気だよ。やっぱり眷属さん達だったんだね!」 「また、お話しできた……助けてくれてありがとう。眷属さん」 「また?」 「あ……うん。実はね――」 姉妹は手を繋ぎながら集落へと帰った。 二人はその間、いろいろな事を話し、知ることとなる。 「え!?ルリアも眷属さんとお話したことがあるの!?」 「うん……その時は言えなかったけど……」 「そっか。私も……同じ。あーあ……最初から全部話してれば、こんなことにならなかったかもしれないのに」 「でも、そしたら『守護者』にはなれなかったかも……」 「そうかもね……あはは」 アリルは微笑んでいる。 そう、私達は二人で一つ。 「私、今回のことで気が付いたんだけどさ……たぶん守護者になるためのきっかけって、誰かを強く想うことなんじゃないかなって」 「私たちが同時にお互いのことを想ったから?」 「そう。お母さんが昔、言ってたんだ。護りたいものを強く愛する人になりなさいって」 「あ……私も覚えてる……」 「その時はよくわかんなかったけど、今ならわかる気がするよ」 「うん……」 心の中がスッキリしたような気がする。 「じゃあ、行くよ」 「ドロウス様のところ……」 「いろいろ聞かなきゃいけないことがあるからね」 ――夜明け 集落へと帰り着いた二人は、真っ直ぐにドロウスの部屋へと向かう。 入口にはあの時の男が立っていたので、とりあえず一睨み利かせておいた。 「ドロウス様。お話があります……」 「な!?き、貴様ら……!?」 我が物顔で部屋に上がり込んできた姉妹の姿に、ドロウスは椅子に踏ん反り返りながら目を丸くしている。 「あなたが差し向けた刺客でしたら、眷属達の力を借り、撃退しました」 「眷属の力だと!?馬鹿なことを言うでない!守護者でもないお前たちに、そんなことできるわけがなかろう!!」 「信じられませんか……?」 ゆっくりと顔を見合わせる姉妹。 静かに目を閉じ、守護者の力を発現させる。 「こ……これは……!?」 部屋を埋め尽くさんとする程の煌き。 瑠璃色になった瞳は、守護者の証そのもの。 そして、彼女達が放つ蝶の加護の力は、歴代の守護者をも遥かに超える圧倒的なものだった。 「……そんな…………まさか…………」 『我らを魔蝶の守護者と認めよ……』 意識がシンクロした二人。 その口から出る言葉は、魔蝶の意志だとドロウスは直感する。 『貴方は貴方のすべき責務を果たそうとしたまで』 「そ、それはそうかもしれぬが……」 尊厳をも投げ捨て、遜るドロウス。 『私達は……あなたを恨んでいません……』 「な、何故じゃ……?わしは……殺そうと……」 『それは許しがたい事。しかし、今回の件で守護者として私達が目覚めたのもまた事実です。ですから……これからも私達と、この集落をお願いします……』 「…………あぁ……勿論だとも……!この命枯れ果てるまで、お仕え致しますぞ!」 一族で最も権力を持っていたドロウスが認めた新たなる守護者。 その手の平の返しように皆戸惑ってはいたが、彼の横に並ぶアリルとルリアの清々しくも誇らしい顔は、皆を頷かせるのに値するものだった。 後日、一族の者たちを集め、正式に姉妹を守護者と定めることが決定し、名実共に新たな『守護者』は誕生した。 「うわぁ……!」 「アリル……挨拶!」 更に後、ドロウスに案内されて訪れた魔蝶の住まう聖木。 初の魔蝶との対面。 風車の羽根にも勝るとも劣らぬ羽には、幻想的な模様が浮かび、その神々しさの前にはただ息を呑むしかなかった。 「この度、守護者のお役目を賜りました……ルリアと申します」 「アリルと申します」 守護者となったその身は魔蝶の眷属の一員となる。 そのための儀がこれより執り行われようとしている。 ――新たなる守護者の子らよ。そう臆することはありません。此度の件、さぞや大変だったことでしょう。 ずしりとした重さの中に感じられる温かな優しさ。 幼い頃、耳にしていた母の言葉のような…… ――我が眷属達の目を通し、全てを見ていました。只今、この時より、そなたらもまた我が眷属として迎えましょう。 「光栄の至りです……」 ――アリル、そしてルリアよ。我が盾であり、眷属であり、盟友であり、そして子である娘達よ。此処に最初の命を授けます。 「「はっ!」」 ――眷属らと共に世界を巡りながら、所縁ある地を繋ぎ、我らが領域を築きなさい。 「……領域?」 ――我らは遠く離れた地においても、眷属同士で意思を交わし、その地の事柄を知ることができます。 「あちこちの森に眷属さんを連れて行って、それを結びつけることで、警戒網を作る……」 「おぉ!そういうことか!!ルリア、やっぱり頭いいね……!」 ――不穏な輩を事前に察知することで、今回のような悲劇も未然に防ぐことができることでしょう。 「でも、私たち……森の外の事は何も知らない……」 「エムルにすら行ったことないもんね……」 ――これはそなたらが成長するための試練でもあるのです。世界を知り、見聞を深め、守護者としても、人としても立派になって帰ることを願っています。 「世界かぁ……」 ――さあ、行きなさい。その旅路に幸運あらんことを。恵みの風はどこまでもそなたらの姿を見守っています。 「「はい!」」 「行くよ、ルリア!」 「うん。お姉ちゃん……!」 微かな不安を感じつつも、それ以上の期待に胸を膨らませる姉妹は駆け出した。 森から吹く風に背中を押されながら、その境界線を越え、新たな旅への第一歩を今踏み出す。
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それはある日、タイムの家の近くになにかが落ちてきた それは、バート、リン、モリトの3人だったのだ。 そして、なぜタイムの世界に来たかというと時空の切れ目からきたのだった。 数々の世界に切れ目が発生。 切れ目が出たのはDr.ガイの仕業であったのだ。 超次元スーパーウルトラ大ストーリーSFホラーファンタジーコラボ小説。 見たい方は↓のURLをクリック http //irosuma.progoo.com/bbs/irosuma_tree_pr_614.html
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+信念と雷光の鋭槍エリオット 「もーいーかい?」 「もーいーよ!」 楽都『アルモニア』の裕福な家庭に生まれ、優しい両親の元で何不自由なく育てられる。 戦争や犯罪といったものは言葉の上では理解していたが、目にするどころか、全く縁の無い幸せな暮らしを続けていた。 夕食の後に母といつものようにかくれんぼ。 その日は床下に隠す形で設けられた地下室に隠れ、暗がりの中でハラハラというか、ドキドキというか、そんなくすぐったい感情を楽しんでいたことを覚えている。 ――ガタンッ! 「な、何!?」 「おい……大きな音がしたが――だ、誰だお前は!?」 それは突然やってきた。 何かを蹴り付けたような大きな物音。 騒ぎを聞きつけてやってきたのであろう父の声。 外の様子が気になった自分は、扉の隙間から差し込む光に目を凝らした。 「うぉあああああ!!」 「ぐぁあ!!」 男がいきなり家に飛び込んできたようだ。 野獣のような雄叫びの直後に聞こえた父の悲鳴。 「どうか……どうか命だけは……!」 赤い大剣。 それから、その前に立つ母の脚。 狭い視界の中から少しでも情報を得ようと顔を動かし隙間をなぞる。 「うぅ……がぁあああああ!!」 肉が断たれる生々しい音。 ドサッという音と共に、光が遮られた。 隙間から滴り落ちてくる温かい液体は、直感で母の血であるとわかる。 地下室の扉を塞ぐように倒れた母は、自分を護ろうとしたのだと思う。 いつも自分を探し当てるのに時間がかかっていたのに。 ずっと手加減をしてくれていたのだ。 口を塞いで震え続ける事しかできなかった自分。 息を荒くしながら去っていく男の気配。 直後、聞こえてきたパチパチという音。 しばらくして、臭いと熱のおかげで家が燃えていることに気が付いた。 恐らくその時、地下室の上は既に火の海となっていたはずだ。 もはや自分には膝を抱えて蹲る他なかった。 火が何もかもを焼き尽くすまで…… 再び扉の隙間から光が刺した。 朝になったのだろう。 恐る恐る地下室の扉に触れると、炭となっていた扉は簡単に崩れ落ちた。 頭を出してみると、そこにあったはずの屋敷は無く、炭と灰の山だけが残されている。 家も、財産も、肉親も、何もかもを失い途方に暮れた。 それでも自ら命を絶とうとは思わなかった。 討たねばならない悪がいるから。 成さねばならぬ正義があるから。 それから数日、生きていくことの辛さを知った。 たった一夜の内に、自身を取り巻く環境がこうも変わることを予期できようか。 求人の張り紙を頼りに仕事を求めるも全て門前払い。 ひとまず食べる物と寝るところだけでも確保しようと、家族で頻繁に利用していたホテルを訪ねたが、自分の顔を見るや否やしかめっ面を向ける主人。 結局、取りつく島も無く追い払われてしまう。 途中、通りかかった路地裏に目を向けると、寝床を持たない人間たちが、新聞を布団代わりにして横になっている姿が見える。 とてもじゃないが真似できないと思ったものだが、今の自分にそんな選択肢はあるのだろうか。 食料は皆一様に宿屋や飲食店の裏口にあるゴミ箱を漁って手に入れているようだった。 空腹に耐えきれず、自分もゴミ箱を覗き込んではみたものの、腐りかけた食物の臭いは耐え難いものだった。 欲しいと口にするだけで何でも手に入った過去。 数日とはいえ、自分が如何に恵まれた生活をしていたのか痛感するには十分な時間だった。 また朝日が昇る。 あれから何日経っただろう。 極度の空腹のためか、目まいに襲われ、そのまま人形のように地べたに倒れ込む。 ――あなた、大丈夫? 消え入る意識の中で、誰かに声をかけられた気がした…… ――ン~♪フフフ~ン♪ 歌が聞こえる。 昔、母が自分を寝かしつけるためによく歌ってくれていた子守歌によく似た…… 「――お母さん……?」 「あら、お目覚めかしら?ざ~んねん。アタシはあなたのママじゃないわよ!」 「……え!?」 聞き慣れない声に慌てて身を起こすと、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。 「あなたは……?ここはどこですか!?」 「ここはアルモニア音楽騎士団の宿舎。そしてアタシは団長。あなた、街で行き倒れていたのよ?覚えてないの?」 「あ……あぁ……」 徐々に思い返される記憶。 あのまま気を失ってしまったのか。 「あんまり良い気分ではないみたいね。ところで、この手を離してくれるかしら?」 寝ている間に伸ばしたであろう自分の手が、隣に座っていた団長と名乗る人物の手を握っている。 「え?あ……ご、ごめんなさい!」 「ま!そんなに慌てて離さなくってもいいのに」 そそくさと手を離すと、少し残念そうな笑みを見せた。 「そうだ!まずはご飯にしましょ!お話しはその後ゆっくりと……ね」 そう言って、目を覚ました自分を支えながら食堂まで連れていくと、温かいご飯をたらふく食べさせてくれた。 周りで食事をしながら談笑している男女は皆、鎧なり武器を身に着けている。 薄汚い恰好の自分があまりに場違いで恥ずかしくなったが、どうやら気にしている様子はない。 「さて、何があったのか話してみなさい。話したくなければ別にいいけど?」 生きることに行き詰っていたことや、恩人に何の事情も説明しないのは気兼ねしてしまうこともあり、ひとまず事件の事を話してみることにする。 「なるほどね~……なかなかヘビィなお話だったわ」 「…………」 「で……その男に復讐したいってわけね?」 「え!?」 確かに事件については全て正直に話したが、復讐を考えていることだけは話していない。 「あら……バレてないとでも思ったのかしら?」 「ご……ごめんなさい……!」 「ん?なぜ謝るの?」 「いや……だって……」 「怒られると思った?それとも嫌われると思ったのかしら?」 両方だ。 自分にとって復讐が正義だとしても、考えてみればそれが正しいことなのかどうかは不安があった。 それにせっかく自分に親切にしてくれた人に嫌われたくないという気持ちも正直ある。 だから意識的にその事だけは悟られないように話した。 それを全て見透かされた。 「その先をどう受け止めるかは自分次第ってことになるけど、復讐そのものを全部否定しようとは思わないわ。やられたらやり返すくらいの気概は男ならねぇ……」 「……はぁ」 「そうだ!どうせ行く当てもないんでしょ?だったらうちで働きなさいよ~!雑用係が抜けちゃって、誰か代わりを探してたの!衣食住だけは約束するわよ?」 「何で……僕なんかを……?」 「だから雑用係がいないと困るのよ。あ、それから……男が自分なんかなんて口にするんじゃないの。わかったわね?」 「は、はい……!」 こうして自分は流されるままにアルモニア騎士団の雑用見習いとなった。 それからというもの、僕の生活は劇的に変化した。 毎朝、朝日が昇る頃に料理長に叩き起こされ、朝食の準備の手伝いと買い出し。 昼前には昼食の準備を手伝った後、宿舎中の掃除。 夕方までにやっと掃除を終えても、すぐに夕食の準備。 夜には帰還してきた隊員の装備の手入れが待っている。 ヘトヘトになって床に就いても、すぐに朝日が昇りまた叩き起こされ、同じ日々の繰り返し。 団長が雑用を欲しがる理由もよくわかる。 楽とはお世辞にも言えなかった。 だが、満たされるものを感じていたのも事実だった。 生きているということ。 そんな経験したことのない充実した日々は、どん底にあった暗い気持ちすらも徐々に晴らしてくれた。 何より、団長や隊員達と関わりを持つ内に、エリオットという一人の人間の居場所があると思えることが嬉しくて堪らなかった。 「エリオット!卵と塩……それから肉をしこたま買って来い!!」 「わかりました!」 今日の買い出しの品目をメモし、買い物かごを片手に宿舎を飛び出す。 充実した日々の中で、自分の目的が少しずつ少しずつ薄れていった。 その時までは…… 「おじさん!良い肉入ってる?」 「あぁ……どれくらいご入用だ?」 「えっと……」 身震いした。 財布を覗こうとした自分の背後を通りかかった人影。 視界の端にチラッと映っただけだったが、十分だった。 事件の日、目に焼き付けた唯一の手掛かり。 あの赤い大剣。 『奴』だ…… 「あ……あ…………」 「あん?どれくらい必要なんだ……?」 「……いや……ちょっと……用事を思い出した……」 竜の鱗だろうか。 ノコギリを思わせる刺々しい刃の大剣と、身に着ける鎧の節々に赤く光るそれ。 如何にもな顔つきと、鍛え上げられたであろう肉体。 気取られないよう注意しながら『奴』の背後をつける。 「はぁ……はぁ…………」 走ったわけでもないのに息が乱れる。 薄れつつあった生きる目的が息を吹き返し、鼓動を早くする。 騎士団の財布を預かる身を案じ、団長が護身用に持たせてくれていた槍。 背中に刺していたそれをゆっくりと抜き、機会を伺う。 「……!」 『奴』が歩調を変えず、細い路地へと入っていった。 好機だ。 路地の曲がり角に身を伏せ、ゆっくりとその姿を再確認しようとすると…… 「さっきから追ってきてるのは分かってる。俺は逃げねぇから、出て来いよ」 誰にでもなく発せられた声だが、それが自分に向けられたものだとわかる。 気付かれていた。 しかし、ここで怖気づくわけにはいかない。 「……覚えているか?お前が殺し……家を焼いた……この街の夫婦を、覚えているか…?」 「!?」 姿を『奴』の前に晒すと、その瞬間、確かに男が動揺したように思えた。 「……っ!!」 隙有りと見て、手にした槍を思い切り突き出す。 が、それは意図も簡単に躱され、逆に『奴』の抜いた剣が自分の喉元に突き付けられる。 「……早く殺せよ」 隙なるものが本当にあったのかどうかはわからないが、さも当然のように切り返された。 本格的な武術の心得を持たない自分でもわかる実力差。 「早く殺せよ!」 せめてもの抵抗として、殺してやりたいという思いを込め『奴』を睨む。 「もっと強くならねぇと、俺には勝てねぇぞ……」 何を言っているのだろう。 まさか自分の命を狙った人間をこのまま見逃そうとでも言うのだろうか。 剣先をゆっくり下げた男は、そのまま背を向け去っていく。 「…………」 (いまさら善人ぶるつもりか?それとも僕が斬るに値しない人間だとでも?) 何だろう、この感情は。 怒りの奥底に感じる微かな喜び。 まさか自身が無事だったことに対するもの? 「……違う!」 これは、再び『奴』を殺す機会を得ることができることに対する喜び。 今に見ていろ。 そう強く念じながら、その背中が見えなくなるまで男から視線を外さなかった。 幸か不幸か、再度手に入れた復讐の機会。 戦い慣れしているであろうとはいえ、ああも簡単にあしらわれるとは思ってもいなかった。 ただ闇雲に向かって行っても勝てない。 何かしら勝つためのヒントがないか、男の素性を調べてみることにした。 調査は難航するかと思いきや、街で男の風貌を伝え、少し聞き込みをするだけで多くの話を聞くことができた。 男の名は『グラフィード』というらしい。 伝説の傭兵と呼ばれ、騎士団の人間を三十人返り討ちにしたドラゴンを仕留めるなど、いくつもの逸話を持つ武人。 如何にも正義の味方といわんばかりの人物だが、ならば何故そんな男が自分の両親を手にかけたのだろうか。 「え……?」 「だから、グラフィードの親父が死んだのは、この前の事件で家を燃やされた奴隷商のせいだって話だろ?」 「奴隷商……?」 「あぁ。あんまり大きな声じゃ言えねぇが、街の人間の中には鬱陶しく思ってたやつは多いと思うぜ」 「その奴隷商が……グラフィードの父を殺したの?」 「どうだかな。まぁ、そのグラフィードが復讐のために家を燃やしたんじゃないかって専らの噂だぜ」 「そんな……」 「そういや、その奴隷商の息子だか娘だかはどっかで生きてるって話だな。そういや坊主、お前さんどっかで見た顔だな……」 「……気のせいだよ……ありがとう……」 考えもしなかった。 被害者だとばかり思ってた自分の両親が、実は奴隷商を商っていて、しかもグラフィードの親を殺していようとは。 あの優しい笑顔の裏で両親がそんなことを。 何もかもがわからなくなった。 グラフィードの立場からすれば、復讐を考えるのも頷ける。 今の自分と同じ想いなのだから。 ならば、自分がグラフィードに復讐を考えるのは間違っているのだろうか。 否、自分にとってはかけがえのない大切な家族だった。 しかし、それではやはり自分もグラフィードと同じ道を辿ることになる。 果たしてそれでいいのだろうか。 正しい選択はどれなのだろうか。 正義とは何なのだろうか…… あれだけ楽しかった日常が酷く色褪せて感じる。 事実を知って以来、自分が何のために生きているのか、何をするべきかを完全に見失ってしまった。 「エリオットちゃん。最近、元気ないみたいだけど、何かあったのかしら?」 「団長……僕は…………僕はどうすればよいのでしょうか……」 「……ま、話してみなさい」 自分の様子を見かねたのか、団長に声をかけられた。 いつもそうだった。 困ったときや、悩んだときは必ず進んで相談に乗ってくれる。 エリオットはグラフィードとの一件や、自身の身の上の話など、包み隠さず全て打ち明けてみることにした。 人に相談していいものかと少し躊躇したが、もしそれで団長が自分を見放すことがあっても、受け入れようと決めていた。 それほどに参っていたのだ。 「ふ~ん……それは困ったわね」 「え……ま、まぁ……」 「言っておくけど、アタシは答えを教えてあげるなんて一言も言ってないわよ?」 「それは……そうですよね……」 「あ~違う、違う!教えてあげないんじゃなくて、教えてあげられないの」 「……?」 「そりゃそうよ。どう生きるべきかなんて自分にしかわかるわけないし、それが正解かもわからない」 「団長にもわからないことがあるんですね……」 「神でも何でもないただの人間ですもの。まあ女神ではあるかもしれないけど」 「でも、団長は僕を助けてくれました」 「それはあくまで生きようとするあなたに手を貸しただけ。導いたのではなく、支えてあげたのよ」 「僕は騎士団の人間でもなければ……嫌われ者の……奴隷商人の子供で……団長は知っていたんじゃないですか?」 「……ま、正直に言うと知ってたわ。それについてはアタシにも色々思うところがあったのよ」 その時の団長の顔は、これまで見たこともないような深刻な、思いつめたような表情だった。 「アタシのことはいいの。今、あなたにはもっと考えなきゃいけないことがあるでしょ?」 「……はい」 「前にも言ったけど、復讐の善悪はアタシにはわからないわ。悩んでもいい。立ち止まっても、いつかまた歩き出すための糧にすればいいの」 「それがやっぱり間違った道だったら?」 「また立ち止まって悩めばいいじゃない。そしてまた歩き出すの。迷っても、後戻りすることになっても構わない。それが人生ってものよ」 「いつか見つけられるでしょうか……?正しい道を」 「それは坊や次第ね。進むべき道が見えるまで探し続けて、その先に納得できる道があればそれでハッピーよ!」 「……はい!」 「エリオット。あなた、騎士団に入りなさい」 「ぼ、僕がですか!?」 「立ち位置が変われば見えるものも変わるわ。答えはゆっくり探せばいい。まだ若いんだから」 面倒な身の上だけでなく、問題事まで抱えているエリオットに対し、団長は何故こんなにも親身になってくれるのだろう。 やはり先ほど言葉を濁したことに理由があるのだろうか。 「僕、やってみます……!」 「うん。それでいいのよ!」 「はい!」 アルモニア騎士団に身を寄せること一年。 エリオットは、団長の下で改めて騎士団員として働くこととなった。 団長への恩に報いるため。 何より、自分の進むべき道と、正義とは何かを探すため。 とはいえ、すぐに戦場へというわけにもいかなかった。 まずは団長を始めとする騎士団の猛者たちを相手に槍の腕を磨く日々。 エリオットはここで団長さえも予期していなかった才能を発揮。 無我夢中で自分を鍛え、力をメキメキと付けていき、その実力は団長含め、騎士団内の注目の的となる。 そして、僅か二年で実戦への参加を果たすこととなった。 「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」 ぶつかり合う大勢の魂。 初めて戦場の土を踏んだ。 理解していたつもりが、命のやり取りの現場を直に目にし、足がすくむ。 「はぁ!?なんでガキがこんなとこにいやがんだ!?」 「ぼ、僕は……」 自分を見つけた敵兵と対峙したが、男を前にして震えが止まらない。 鍛錬ではもっと強い団長や、歴戦の兵ともやり合ってきた。 そのはずなのに、その敵がとてつもなく大きく見える。 「戦士ごっこならお家でパパとやってるんだな!ここは戦場なんだぜ!!」 「うわぁ!?」 襲い掛かる刃が頭上を掠める。 勢い余って尻もちをついたエリオットの視界に、幾人もの敵を薙ぎ払う団長の姿が見えた。 「そうだ……僕は……」 「けっ……ガキを斬っても寝覚めが悪いだけだぜ……さっさと帰んな!」 「ま、待て!!」 「……あ?」 「僕を……僕を子ども扱いするな!僕だって騎士だ!」 「……度胸は良いが、あの世で後悔することになるぜ?」 「う……うわぁあああああああああ!」 「馬鹿が!!」 緊張でうまく体が動かない。 それでも必死に刃を切り結ぶ。 「ぬ!?こ、の、ガキ……!」 「……!?」 それは間もなく訪れた。 一太刀、また一太刀と槍を振るう度、何かが徐々に払い落とされていく感覚。 防戦一方だったはずの立ち合いが少しずつ自分へと傾いていくのがわかる。 「ふっ!」 剣を盾で受けた直後、横に払うと男がバランスを崩した。 「しまっ――」 「はぁああああ!!」 返す手で突き出した槍。 切先が男の体を貫く感触。 命を奪う実感。 「か……はっ……!」 間も無く動かなくなった兵士。 見下ろすエリオットは想う。 きっとこの男にも探すものや、守るものがあったのだろう。 戦場とは、それを奪い合う場なのだ。 「すまない……僕にも成すべきことがあるんだ……!」 エリオットが齢十を迎えた年のことだった。 その後も幾重もの戦場を潜り抜けたエリオット。 飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していった彼は、入団数年にして二番隊隊長に就任。 見事、騎士団を支える柱の一本となる。 十二歳という歴代最年少での隊長就任に騎士団は大きく沸いた。 未だ答えは見つけられず。 だが、あの時の団長の言葉を信じ、彼は邁進し続ける。 「遠征ですか?」 「えぇ。ラキラから救援要請がきたの。恐らく帝国軍との戦闘になるわね……」 エリオット率いる二番隊に、ラキラへの遠征命令。 近頃、帝国が各地の街を占拠しているという話は耳にしていた。 今回はその手がラキラに伸びる。 早速、現地へと赴いた二番隊。 到着したラキラは、それは美しい街だった。 色とりどりの花が咲き乱れ、その幻想的な光景は観光所としても有名だ。 「お待ちしておりました。エリオット隊長」 「状況は把握しているか?」 「はっ!」 先遣隊と速やかに合流し、現状把握に努めるエリオット。 既に街の北外縁部には帝国軍が展開し、今か今かと戦の準備を整えている模様。 その数は目算で数十程といったところだろうか。 エリオットの部隊だけでも十分に対抗できそうに思える。 しかも、今回の戦には、ラキラの呼び掛けに応え、各地から傭兵や警備隊が参戦。 隊が到着した後も、続々と集まってきている。 「勝てるな……!」 確信に近いものを感じつつも、エリオットは念のために部隊を四つに分け、街を哨戒するよう指示した。 「見慣れない装いの者も多いな」 「ええ。かなり遠方からも援軍が駆けつけているようですね」 男達が数人から十数人、あちこちで円を囲い、何やら作戦の打ち合わせをしているようだ。 流石というべきか、その表情に油断の色は微塵も無い。 その光景に少し安心感を覚えていると、次の瞬間、目に映ったある男の姿に緊張が走る。 「あれは……!!」 忘れるはずもない。 あれから数年の時が経ったが、ますます歴戦の猛者を思わせる雰囲気を放っている。 一人で噴水に腰かけ、剣の手入れをしているその男に近づくと、エリオットはおもむろに声をかけた。 「グラフィードさんですね?少しお時間を頂けませんか?」 グラフィードはエリオットを一瞥すると、何かを察したように口を開いた。 「仇が打ちてぇのは分かるが、俺に勝てるようになったのか?」 「あの時の僕とは違います。あなたを倒す為に、僕は強くなりました」 ずっと迷っていたはずなのに。 グラフィードを前にすると、自然と心が決まった。 自分が選んだ道。 やはり、自分はこの男を討たねばならない。 迷いの消えたエリオットの瞳は、真っ直ぐ彼を見据えて微動だにしない。 「…………」 ――ドォオオオン! グラフィードが何かを口にしようとした直後、響き渡る爆発音が開戦の狼煙を上げた。 「悪ぃな。急用が入っちまった。俺は帝国のヤツらに好きにさせたくねぇ。お前はここで待っててもいいし、俺を後ろから襲ってもいい。お前の好きにしろ」 そう一言だけ言い残し、煙の上がった方へと姿を消す。 本当なら今すぐ斬りつけに行ってやりたいところだったが、今の自分には使命もあれば、部下達もいる。 あの男なら簡単に死ぬことも無いだろう。 「二番隊!整列!!」 隊をまとめながら、改めて戦場を測るように観察。 敵対する帝国兵は百人足らず。 対して、ざっと見積もっても延べ数百人にも上る友軍。 しかし妙だ。 経験から言って、これほどの戦力差があれば数十分で決着は付くはず。 そもそも帝国が勝ち目の無い戦を仕掛けるのもおかしい。 均衡するどころか、押され始めている前線が違和感を裏付ける。 「第一分隊は前衛左翼。第二分隊は右翼。第三分隊は負傷者の救助と他方からの急襲を警戒!!」 「「はっ!!」」 「進めぇ!!我らアルモニア騎士団に勝利あらんことを!!」 「「おぉおおおおおおおおおおお!!」」 前線へと近づくにつれ、悲鳴や怒声が大きくなっていく。 その中に混じる異質な声。 「グォオオオオオオオオオオオオ!!」 「やはり魔物か……!!」 最前線で暴れていたのは帝国兵ではなく、見たこともない魔物の群れだった。 帝国兵に操られているであろう魔物は、数人がかりで群がる味方兵士を簡単に蹴散らしていく。 「この野郎ぉおおお!」 「ぎゃぁあああああああ!」 「はぁ!!」 前線が押されるのも頷ける。 十数人がかりでやっと一体倒したところで、次々と湧いてくる。 数では圧倒的に勝っているはずだが、戦況は目に見えて帝国側へ傾く。 「陣形を崩すな!連携を重視し、互いを守り合え!」 数多の戦場を踏破してきたであろう傭兵達や、腕自慢の集まる自警団は戦線をなんとか維持。 街に被害が出ないように踏ん張り続けている。 だが、どうしようもなく生じる綻びから連携は崩れ、エリオットの部隊も徐々に機能を失い、部下達は散り散りになりつつある。 「くそっ!後退しつつ隊を整えろ!!」 隊へ指示を出すため、背後に視線を向けたその時だった―― 「グォオオオオオ!!」 「しまっ――」 魔物が振り下ろす巨爪。 反応の遅れたエリオットに死の影が迫る。 「おらぉあああああああ!」 「あなたは!?」 土煙の中から現れたグラフィードが、魔物の爪を腕ごと斬り落とした。 「ったく……ぼさっとしてんじゃねえぞ。小僧」 「な!?子供扱いはやめてください!!」 傷付きながらも立ち上がろうとしている魔物に、とどめの槍を突き立てながらエリオットが吼える。 「心遣いは無用です!!」 「そりゃ悪かった……目に入ったもんでな!」 後に続く魔物達を次々と斬り伏せていくグラフィード。 やはり強い。 改めて自分との力の差を実感させられる。 経験を積み、鍛錬を続けてきたが故に、その技術の高さがよりわかるようになった。 「ここはもうダメだな……下がるぞ」 「あなたの指図は受けません!」 「強情なガキだぜ、まったく……好きにしな」 「だから、子供扱いはやめてくださいと言っています!」 とは言うものの、もはや前線は壊滅。 再び陣を整えているであろう後衛に下がるのが正解だ。 「くそっ!」 構えは解かず、警戒しながら後ろに下がる二人。 そんな二人の頭上にチカチカと光が見えた。 「っち……!!」 「魔術!?」 ――ドン!ドドドドン!ドドン!! 雨のように降り注ぐ魔弾。 魔物達の後衛に控えていた帝国兵から放たれたものだ。 「くぅ……!」 盾を傘にし、必死に耐えるエリオット。 爆風により土煙が巻きあげられる中、グラフィードも大剣を盾にし、何とか凌いでいるのが伺える。 が、そんな彼の背後を狙い、魔物が再び牙を向ける。 「グラフィードさん!!」 手にした槍を思い切り投げつけ、魔物の胴体を貫く。 「馬鹿野郎!!」 何かに気付いたグラフィードはエリオットに飛び掛かり、体当たりでエリオットの体を突き飛ばす。 「ぐ!?な、何を――え!?」 「グゥアウウウ!」 同じくエリオットの隙を狙っていた魔物。 その牙がグラフィードに深々と突き刺さっている。 「ぐ……あっ……!」 「くそぉ!!」 すぐさま槍を拾い、魔物を斬り捨てるエリオット。 「大丈夫ですか!?」 「ドジっ……たぜ……!」 噛みつかれる瞬間、剣を盾にすることで致命傷だけはギリギリ免れていた。 とはいえ、それでも十分すぎる重傷。 「今はこの場を離れないと……!」 幸い、魔術攻撃により発生した土煙が目隠しになっている。 そのままグラフィードを背負い上げたエリオットは、近くの廃墟へと身を隠した。 「他人を助けておきながら、自分が大けがを負っていれば世話無いですよ!」 「お前も俺を助けてんじゃねぇか……」 「貸し借りなんて冗談じゃない……絶対に助けるから死ぬんじゃないぞ!」 敵に察知されていないかを確認した後、すぐにグラフィードの応急手当に取り掛かるエリオット。 「俺に死んでほしいんだろ……?」 「違います!あなたは僕が殺すんだ!あなたにはそれまでは生きる責任がある!」 「へっ……そうかい……」 複雑な心境で治療を進めるエリオット。 間もなく手当てが完了する頃、辺りから勝鬨が上がり始めた。 直前の戦況を考えれば、恐らく帝国兵達のものだろう。 「大局は決したな……いつまでもここにいるのはマズい……」 「そ、その傷で立ち上がれるんですか!?」 簡単に立ち上がったグラフィードに素直に驚く。 平然、とまではいかないまでも、とても重傷を負っているようには見えない。 「鍛え方がちげぇんだよ……一番近い門まで走るぞ」 「だから、僕に指図しないでくださいよ!」 一時的にではあるが、協力し合い、街からの脱出を試みることとなった二人。 見つからぬようにコソコソと行くより、ここは短時間で一気に駆け抜ける方が正しいということで意見は一致した。 「よし……行くぜ!!」 「だから――あ~、もうっ!!」 廃墟を飛び出した二人から門までの距離おおよそ二百メートル。 通常なら三十秒もあれば十分な距離だが、グラフィードは負傷しているうえ、残党狩りや、門を見張る帝国兵と遭遇する可能性は高い。 「ん?おい!残党がいたぞ!!」 案の定、門の前に待機していた帝国兵に発見される。 「突っ切ります!!」 グラフィードの正面に躍り出るエリオット。 二人の体を隠すように盾を構え、真っ直ぐ突き進む。 門まで残り百メートル。 「えぇい……構わん!撃て、撃て!!」 次々に放たれる矢。 身構えた盾で全てを弾きながら、駆ける足を前へ出し続ける。 「ぬぅ……奴らを止めろ!!」 その声に応え、門前に立ちふさがる一頭の巨大な魔物。 「そのまま行けぇえええ!!」 「指図するなと言っているでしょう!!」 真っ直ぐに駆けてくる二人に目がけて振り下ろされる魔物の尾。 「ぐぅううう!!」 盾でその一撃を受けとめ、小さな体で足を踏ん張るエリオット。 「よくやった小僧!うぉらああああ!!」 攻撃直後の隙を逃さないグラフィードが魔物の胴体を真っ二つに両断。 残る障害は門前に控える帝国兵数人のみ。 しかし、グラフィードの前で盾を構えていたエリオットの身体が崩れる。 「ぐぅ……しまった……!」 魔物の攻撃を防いだ際に、無防備となったエリオットの足を、一本の矢が深々と貫いていた。 「この野郎ぉおおおお!」 「ぐはぁ!!」 「うぎゃぁああ!」 次の矢を番える前に帝国兵を斬って捨てるグラフィード。 「小僧!走れるか!?」 うずくまるエリオットに視線を向けると、その背後に、事態を察知した帝国兵達が駆け寄ってきているのが見える。 「く……あなただけでも逃げてください!」 「あぁ!?馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!」 グラフィードはエリオットの元に駆け寄り、乱暴に担ぎ上げた。 「無理です!このままでは二人とも……!」 「黙ってろ!!」 よしんばこのまま門を抜けられたとしても、この足ではすぐに帝国兵に追いつかれ捕縛される。 「もう僕を助ける理由はないでしょう!?」 「お前にもやることが残ってんだろうが!そんなもんかよ!?お前の覚悟は!?」 「それは……」 なんとか門を抜けることには成功した二人。 しかし、そのすぐ後方には敵の手が迫っている。 「くそがぁ……!」 もうダメかと諦めかけた二人だが―― 「隊長!ご無事ですか!?」 前方から馬を駆り近づいてくる一団。 アルモニア騎士団の生き残りだった。 「お前たち……!」 しかも、その後ろには撤退戦の準備を整える友軍が陣を築いている。 その光景を目の当たりにして、帝国兵達の足は止まり、すごすごと門の中へと引き下がっていった。 「命、拾っちまったな……」 「そのようですね……」 救護班が控える荷馬車までエリオットを運んだグラフィード。 簡単な治療を受け、彼はその足で街を後にしようとエリオットに声をかけた。 「じゃあな。またどこかで会うこともあるだろう……」 「待ってください!」 「あん?」 荷馬車に横になったまま、グラフィードを引き留めたエリオットは、大きく深呼吸した後、静かに切り出す。 「一つ聞いておきたい。あなたにとって『正義』とは何ですか?」 「いきなり何だ?」 「ふざけてはいません。答えてください……」 真剣な眼差しを受け、グラフィードも同様に大きく息をつき、語り出す。 「俺にとっての正義とは『信念』を持って自分が選択した道だ」 「ず、随分と勝手な考えですね……単純すぎて羨ましくは思いますが……」 「まぁな。正義を貫くって言葉をよく聞くだろ?そういう連中は俺と似た考えの連中さ。自分の意思を貫き通してるだけだ」 「僕はあなたに刃を向けたあの日からずっと、自分がなすべき道、正義について考えてきました」 「ほぅ……で、答えは出たのかよ?」 「えぇ。今日、出たところです」 「聞かせてみな……」 「正しい行いを成した結果の先にある理想こそが『正義』だと考えます」 「おぉ……随分と難しい答えが返ってきたな……」 「あなたの考え方は危険です。結局はただのエゴだ」 「ハハッ!違いねぇ……でもよぉ、人それぞれ違う捉え方をするのは当然だと思うぜ?」 「いいえ。この世界には『正義』を確固たるものとして定義できる者がいないからこそ、個人での認識に差が生まれているだけに過ぎません」 「お前の言う正義と、俺の言う正義は同じもので、ちょっと行き違いがあるだけだってことか?」 「そうです」 「なら、俺がお前の両親を殺したことと、お前が俺に復讐しようとすることは元々どっちも同じ正義ってことかよ?」 「それは違います。そこに正義は存在しません。あるのは善悪だけです」 「……人の勝手さをどうこう言えたもんじゃねぇな」 「正義とは崇高なものであり、比べたり、並べて考えるものではありません」 「善と善を比べて、勝った方を単に正義としているのかもしれないぜ?悪と悪を並べて、より被害の小さい側を正義と呼んでるのかもしれない」 「そんな単純なものではありません。そもそも今の世に正義を謳うことを許された者などいない。まだ今の世には正義なんて存在しないんですよ」 「あるのは善悪だけか……ただの言葉遊びだろ?俺は自分が善だと思ったことを正義と呼んでるだけだぜ?」 「自身のエゴを正義だなどと……正義とは理想です。誰の元にも存在し得ない善の集合体。それを追い求め、善を積み重ねていくのが正しい人の在り方だ!」 「そうか。なら、そんな理想はありえない」 「善と悪は存在するでしょう?野盗に襲われる民の命を救うことは善。私欲のために圧政を敷く独裁者は悪だ!」 「野盗になった連中には、明日生き残るための手段がそれしかなかったのかもしれない。一人の犠牲で何十人という人間が明日を生き残った例を俺はいくつも知っている」 「……何の話ですか?」 「独裁者は国の財政難を解決するため、国という存在を守るために仕方なくやった事かもしれない。国が滅びれば何人の命が消えると思う?」 「そんな、もしかしたらの話をしているのではない!」 「いいや。大事な事だ。民の命よりも国を護りたかった独裁者も、他人を犠牲にしてでも仲間と明日を生きたい野盗も、各々が信念を貫いた結果だ。俺に言わせりゃそれは正義の元に成した事!」 「詭弁です!罪のない者の犠牲の上に成り立つ正義などあってはならない!正しくない!!」 「おまえの眼前に火に包まれる村と街があったとしよう。村には五十人、町には五千人の人間がいる。もし、どちらかの頭上に雨を降らせる力がお前にあったならどちらを救う?当然、両方を取ることは不可能だ」 「そ、それは……」 「考えたままを言えよ。街の五千人を救うだろう?たくさん人を救うことは良い事だ」 「しかし……」 「そう。おまえは村の五十人を見捨てたことになる」 「どちらかしか救えないなら、より多くの命を救うしかない!」 「おいおい、都合がいいな。見捨てられた村の人間達はお前のことをどう思う?見殺しにされたと思うんじゃないのか?」 「見殺しにしたいわけじゃない!」 「人を救いたいという思いがあれば、例え犠牲を出してもそれは善なのか?いいや、そこで言い訳をしてしまったならお前の行動は正義でもなければ、善ですらない」 「勝手すぎる……!!」 「そうさ。いい加減で、自分勝手だ。一部に恨まれようとも構わない。言っただろう?『信念』を持って進んだ道こそ正義を名乗ることが許されるんだよ」 「僕が動かなければどちらも救えなかった!片方を見捨てたのではなく、片方を救うことができたんだ!そして、両方救うことができたならそれは最善だ。同じ思いが多く集まれば、両方を救うことのできる大きな力となり、いつかそれは正義となる!」 「都合のいい時だけ『正義』を隠して、その場の恨みの念から目をそらすのか?お前の言う正義とやらは、まだこの世に存在しないから今は諦めてくれ、と」 「亡くなった人達がいることは残念に思うし、自分の非力さを悔やみもします。しかし、追い求めなければ実現できぬ理想もある。仕方ないと諦めるのではなく、できる限りの最善を尽くし続けることは必ず正義に繋がるはずだ。そうでなくては、ただ永遠に取捨選択を続けていくことになる」 「わかってるじゃねぇか。人生は終わりなき選択の連続さ。正義を執行した人間は、自分が片方を捨てた悪であることもまた理解しなければいけないのさ。言い訳せずに受け止めろ」 「ならば言い訳なんて必要無いくらい力を付けますよ!いつか、まだ届かぬ理想を掴むために!」 「『信念』を持ってやり遂げるならそれも良いな。だが、高すぎる理想は挫折しか生まねぇんだ。お前の言う正義にはいつまでも手が届かず、ただの妄想止まりで終わっちまうかもしれないぜ?」 「無理だと決めつけ、追い求める努力をしない人間にはなりたくない!あなたのように!現状に甘んじ、出来ないから仕方ないと片づけてしまう人間には……!」 「その理想に賛同してくれる人間がどれだけいるもんかねぇ……」 「ならば我々は何の元に集い、志を共にしている?今、この戦場に集まった者達にも共通の理想があるはずです!」 「集団における正義か……そりゃ結局、複数の個人の正義をかき集めて、大局を占めた方が正義だと謳ってるだけのまやかしさ。多数決と同じだよ」 「……エゴの塊にすぎないと?」 「別にこの世に絶対的な正義なんて無くてもいいじゃねぇか。俺は小難しいことをずっと考えていられるほど頭は良くないんだ。自分の行いさえ、今日は正義と称えられても、明日は悪と蔑まれるかもしれない。だが、それでいい!」 「……理解できない考え方です」 「それもいいさ。俺は復讐を悪だとは思わない。例え不意打ちだろうが、お前が向かってくるなら相手になるぜ。俺は、ただ俺の『正義』を通す。どうする?今すぐ向かってくるか?」 「今、この場であなたに挑んでも返り討ちになるだけでしょう……僕は僕の『信念』を貫きます。高すぎる理想だったとしても、僕は諦められない!必ず成し遂げます!それまでは、みすみす命を投げ捨てたりはしない!」 「そうかい……次に会った時は、また面白い話ができるかもな」 「必ず会いに行きます。それまで死ぬなんてこと、僕は絶対に許しませんよ?」 「ハハッ!やっぱりお前も十分自分勝手だと思うぜ」 もしかすると間違った道なのかもしれない。 それでも進んでみようと思う。 人は立ち止まっても、道に迷っても、また再び歩きだすことができるのだから―― +粗暴なる守護者ヴィーネル 大陸中央部より南西に位置する街、夜蛍の都ミール。 この街には工芸品を作る職人が大勢おり、特に魔力を込めたランプ産業が盛んな職人の街である。 王国の協定に加盟はしているものの、王都から離れた場所に位置するために、街には兵団などの大きな組織は存在しない。 ミールでは夜になると街中のランプに明かりが灯り、柔らかな炎の光は街を幻想的な雰囲気で包みこんでいく。 初めてミールで夜を迎える人は、例外なくこの光景に驚き、圧倒され、感動を覚え、その息を呑む。 ミールに住む人々は装飾品として小さなランプを使用している。 この小さなランプはミールの人にとっては特別なものであり、婚姻の際に男女はランプの交換をする習わしがある。 それは、『離れていても互いが常に互いを照らし続ける』という想いが込められたものであった。 そのため、この街で生まれ育ったすべての者は13歳のときに自分の手で一からランプを創り、完成をもって初めて成人として認められる。 静かで平和で幻想的な街ミールは、おおよそ喧騒とは縁遠いはずであったが… 「おい!ヴィーネル!今日こそはテメェに礼儀ってもんを教えてやる!」 「ハンッ!お前らみたいな半端モンにアタシがやられるかよ。また池に投げ込まれたいのか?」 「ちげえねぇっ!まだまだ寒くて…泳ぐには早いと思うけどなっ!ギャハハハッ!」 「ぐぬぬぬぬ。テ、テメェら……」 街の大通りで対峙する二つの集団。 それぞれの集団のリーダー格であろう者が挑発と舌戦を繰り広げていた。 一人は頭を剃り上げ、ドクロの入れ墨を施したスキンヘッドの大男。 もう一人は眼光鋭いヴィーネルと呼ばれた女の子であった。 「どくろハゲーっ!どくろハゲーっっ!」 ヴィーネルの集団からだろう、どこからか飛んできた野次は大合唱に変わり、罵倒を浴びせられた大男は体を震わせながら…遂にキレた。 「このクソガキどもがっ!全員ギッタギッタにしてやるっ!」 開口と同時にヴィーネルに向かってタックルを仕掛ける大男。 それを合図に二つの集団は大乱闘を始める。 街の大通りで白昼に始まった抗争は、静かで平和なミールの街を喧騒の渦に巻き込んだ。 半刻の時がたち、一つの集団が勝利の雄叫びをあげる。 ――勝利の軍配はヴィーネル達に上がった。 いつからだろうか?ヴィーネルは親や周りの大人に反抗して、不良街道をまっすぐに進んでいた。 街の不良たちとツルみ、毎日を喧嘩に明け暮れるヴィーネル。 持ち前の面倒見の良さから不良仲間が増えていき、また、腕っぷしの強さは不良たちの間では伝説と化していた。 いわく、一人で1000人を相手に戦って勝ったとか、西の都が滅んだのはヴィーネルの怒りに触れただとか…眉唾物の話でも不良たちの間では、噂がまことしやかに囁かれている。 ――ある日の事だった。 ヴィーネルはミールの領主に呼び出される。 何事かと思いながらも領主の館に向かい話を聞くと、領主の話は自警団についてだった。 ヴィーネル率いる不良集団を丸ごと自警団に編成したいと。 だが、すぐさまヴィーネルはそんな組織に入る気はないと断る。 領主もその言葉を予測していたかのように、次の言葉を続けた。 「ヴィーネル、私は君達の腕を買っているんだ。この街には軍隊はおろか兵団もなく、小さな自警団があるのみだ。近頃は魔物達も増えて凶暴化してきている。このままでは、いつ魔物に街が襲われるか…君達が自由や仲間を大事にしているのはよく分かっている。だから、故郷を守るためにも自警団に力を貸してくれないか?」 「自警団なんてガラにもない…。アタシはうっとおしいのはキライなんだよ!」 「まあまあ、とりあえず見るだけでもどうだ?私の話だけでは自警団がどういうものなのかもわからんだろう。それに、私が聞いた噂では…君達と対立していた不良たちはことごとく君達に倒されたのだろう?」 「…よく調べたな、その通りだ。ここいらでアタシらに逆らおうって奴らは皆無だな」 ミールの領主はヴィーネルのその言葉を聞き、満足気に笑う。 「はっはっは。さすがだな。それならば…手持ち無沙汰ではないのか?せっかくの腕っ節がなんともったいない…。自警団ならば好きなだけ暴れられて、さらに給料も出るぞ?」 ヴィーネルは領主の言葉に耳を傾け思案する。 確かに領主の言うとおりだ…近隣でアタシらに対抗していた奴らは軒並みシメてやった。 次の目標も特に決まっていないが……。 「イヤだったら…すぐに辞めるからな?」 ヴィーネルが答えを出して話は決まった。 決断を促したのは、ヴィーネル含めた全員を自警団にという領主の強い意向であった。 ウチには…チンピラじみてて、喧嘩しか能がないやつもいる。 当分は大きな喧嘩もないだろうし、遊ばせておくには確かにもったいないな。 それに、給料が出るなら全員の職が決まったようなもんだ。 イヤなら辞めればいいしな、とりあえずウチの連中に伝えるか。 ヴィーネルは領主の館を出て、ブツブツと心の内でつぶやきながらいつもの溜まり場へと向かっていく。 ――その翌日 ヴィーネル達は、期待を胸に抱いて前途洋々と自警団の駐屯地を訪れる。 昨日の事だった、ヴィーネルは皆に領主から受けた話をしたところ、ヴィーネルの決定だからと誰も反対の声をあげなかった。 なにより…自警団へ入るということは自分達が認められたんだ!と喜ぶ者さえいた。 ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。 わずかな戦力だったが、誰もが精悍な顔つきをしており歴戦のツワモノを思わせる雰囲気を醸し出す。 自警団のリーダーは赤髪の男、名をレッズと言った。 団長室のドアからコンコンとノックが部屋に鳴り響く。 「…どうぞ。空いてるぜ」 「失礼する」 赤髪の男、レッズは入室してくる集団を見回し、そしてヴィーネルの姿に目をやる。 「今日から自警団に加わることになった。よろしくな。アタシの名はヴィー……」 「…話は聞いている。お前さんがヴィーネルだろ。相当腕が立つんだってな?」 「あ、ああ。まあ……」 レッズはヴィーネルの返事を待つことなく話を続けていく。 「だがなぁ…ここは自警団だ。分かっているのか?魔物を相手にするんだぜ?ガキの喧嘩でいくら鳴らしてようが、チンピラなんて使えないだろう。まして…」 そこまで喋ったところで今度はヴィーネルがレッズの話を遮る。 ヴィーネルの表情は怒りに満ち溢れていた。 レッズの胸倉を掴みながら眼光鋭く睨む。 「オイ…誰が使えないって?」 今にもレッズに襲い掛かりそうなヴィーネルの怒気であたりが緊張感に包まれる。 「ふんっ…」 バッ!と胸倉を掴んでいたヴィーネルの腕を振り払いレッズは言葉を続ける。 「元気だけはあるようだな。だがな、何度でも言うがここは自警団だ。魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?ガキの遊び場じゃねぇんだよ!」 「ああん?上等だよ!魔物がどんだけのもんだよ!アタシのくぐってきた修羅場はなあ…半端じゃねぇんだ!」 「ほう、相当な自信だな。そこまで言うなら…そうだな、あの山が見えるか?あの山に、魔物が出没するって情報なんだが…お前たちだけで倒せるか?」 「ハンッ!そんな魔物なんて、アタシらにかかれば楽勝だ!」 「ふふ…いい根性だ。朗報を待っているぞ」 ――魔物退治 レッズとの口論の後、ヴィーネルはすぐさま仲間を引き連れて山へと向かい魔物を探す。 程なくしてすぐに魔物は見つかり、ヴィーネル達は魔物との戦闘へ入る。 生と死が隣り合わせで背中に張り付く感覚。 そこいら中に響く仲間の悲鳴と怒号。 …確かに街でチンピラ相手に戦う感じとは違う。 ヴィーネルはレッズの言っていた言葉を思い返す。 『魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?』 それと同時に、ヴィーネルはニヤッと口元に不敵な笑みを浮かべる。 「上等だよ!アタシが魔物なんかにやられるもんか!オラッ!テメエら!逃げたらはっ倒すぞ!気合い入れてブチかませぇぇぇ!」 ヴィーネルは声を張り上げて仲間全員を激励する。 その声を聞いて、右往左往としていた者たちも一斉に魔物へと立ち向かい、連携のとれた動きで魔物を翻弄して徐々に追い詰めていく。 魔物が見せたほんの一瞬の隙をヴィーネルは見逃さなかった。 ヴィーネルの放った槍は魔物の喉元に突き刺さり、魔物は断末魔の咆哮とともに崩れ落ちる。 勝利の軍配はヴィーネル達に上がり、勝どきと歓喜の声があたりに響く。 パチパチパチ…拍手の音が聞こえる。 音の鳴るほうに全員の視線が注がれ、その先からは意外な人物が姿を現す。 「見事だな、ヴィーネル。お前たちの実力と根性は確かに見せてもらった。入隊を認めよう。自警団はお前らを歓迎する」 「レッズ…アンタそこでずっと見ていたのか?」 「ああ。危なくなったら助太刀にはいるつもりだったが、どうやら必要はなかったみたいだな」 ヴィーネルの中でふつふつとした怒りの感情が舞い起こる。 ナメやがって…こいつは、まったくアタシらを信用していなかったのか? 「はぁ?なんだその偉そうな態度は!自警団なんか願い下げだ!誰が入隊なんかするかよ!テメエら行くぞっ!」 初めての魔物との戦い、命のやり取り、高揚した胸の鼓動… 何か全部をバカにされた気分だ。 レッズに向かって吐き捨てるかのように声を荒げ足早に去っていくヴィーネル。 そして、その後を動揺しながらも追いかける仲間達がいた。 1人ポツンとその場にはレッズのみが取り残される。 「…やれやれ」 ――数日後 街の大通りで不機嫌そうに1人で歩くヴィーネルの姿があった。 冷静になって考えてみることで、ヴィーネルにも先日の件は理解できていた。 分かっているさ。 レッズ…アイツはなんだかんだで、アタシらの事を心配してくれていたのは。 魔物との戦いは喧嘩じゃない、ホントに死ぬ。 生死を賭けている戦いって事を学んだ…。 けど、お守りをされているなんて真っ平ゴメンだ。 結局、奴はアタシらに勇気があるか?覚悟はあるのか?って事を試したかったのだろう。 「けっ…アイツは何様のつもりだ!」 ゴンッ!とヴィーネルは路上に置かれたカゴを勢いよく蹴り上げる。 カゴにレッズの顔を思い浮かべて不満と鬱憤をぶつけながら…。 「た、たいへんだーっ!ま、魔物が現れたぞっ!」 角の路地に差しかかろうとしたその時、仲間の大声がヴィーネルの足を止める。 「ヴィ…ヴィーネル!大変だ!そ、外に魔物が!見たこともない大群が街に向かって…!」 「…!?なんだって!」 ヴィーネル達は大急ぎで街の外に向かう。 そこにはレッズを筆頭に魔物と交戦する自警団の姿があった。 続々と現れる魔物たちに自警団の旗色は決してよくはなかった。 1人に対して相対する魔物は5~6体以上を数えている。 いくら精鋭といえど、こんな戦い方は無理があるようにしか見えない。 「おい!緊急招集だ!他のヤツラを呼んで、武器を持たせてここに集合させろ!」 ここまで一緒に来た仲間にそう告げると、ヴィーネルはレッズの元へと走り出す。 「おい!バカか?なんで人も呼ばずにこんな少人数で戦っているんだよ!」 レッズの背に向かって襲い掛かろうとしている魔物を槍で突き伏せてからヴィーネルは怒鳴った。 「ヴィーネルか!よくきたな!ここを突破されたら、街に魔物が入るかもしれんだろ?絶対に…絶対にここは死守する!」 レッズの返答にヴィーネルは衝撃をうけた。 ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。 傭兵だぞ?自分が可愛くないのか?自警団だからって街を守るために命を賭けるのか? 「ヴィーネル、立ち止まるなっ!」 ヴィーネルを狙って魔物の戦斧が振り下ろされようとした刹那、レッズの剣閃は魔物の腕を切り落とす。 「くっ…」 「まだまだだな?戦場では一瞬の気の緩みは死を招くぞ!」 「う…うるさい!アタシに指図するな!」 互いに背を守りながらヴィーネルとレッズは魔物たちを斬り伏せていく。 自警団か…意外に悪くないかもな。 共に戦うことで、ヴィーネルは自分の心のわだかまりが解けていくことを感じていた。 「うぉおおおおおおーーーっ!」 「魔物なんて怖かねぇぞーっ!!」 遠くから砂埃を巻き上げ、武器を手にした集団が鬨(とき)の声をあげてやってくる。 緊急招集を聞きつけた仲間が助けに来てくれたのだろう。 自警団と連携しながら、めいめいに近くの魔物に襲い掛かっては蹴散らす。 そして、分が悪いと悟った魔物達は一斉に退却を始めた。 「ふぅ…追い払えたようだな。ヴィーネル、怪我はないか?」 魔物達が遠くに走り去るのを確認してから、レッズはヴィーネルに向き合い声をかけた。 「フンッ…あんな魔物なんかに、アタシがやられるかよ」 ヴィーネルはレッズに悪態をつく。 「はっはっは。どうやらそのようだな。ああ、お前には礼をしないといけないな」 「待て…礼なんかいらない。それより、アンタら自警団はいつもこんな戦いをしているのか?」 「ん?ああ、いつもは各個撃破が基本作戦なんだが、今日は少し魔物の数が多かったな」 サラリと話をするレッズ。 自警団はミールの街を守るために、いつもこんな戦いをしているのか…。 お守りをされているのはイヤだという考えが頭をよぎる。 街を守ってもらうのもそういうことだろう?いいのかそれで? 自問自答をし、ヴィーネルの闘争心に火がつく。 ヴィーネルは何かを思い立ち、レッズに詰め寄る。 「おい、レッズ…アタシも自警団に入るぞ!礼の代わりだ。イヤとは言わせないからな?」 「ヴィーネル…ああ、ありがたい。歓迎する!」 こうして、ミールの自警団は新たな仲間を迎えた。 ――団長レッズの夢 ヴィーネル達が自警団に入隊してから数年が経った。 自警団での生活は充実していて、特攻隊長のようなヴィーネルに作戦指揮を執るレッズ。 レッズの作戦立案はとても見事であったが、達成難易度が高く、多くはヴィーネルの腕を必要としていた。 対して、ヴィーネルもレッズの作戦があるからこそ大いに暴れることができ、その腕を存分にふるえる。 二人のコンビは、いつしか下の団員達から最強コンビと呼ばれていた。 あるとき、二人は作戦のすりあわせを行う為に団長室で会議をしていた。 議事はすんなりと進行して、一息つけようとレッズが席を立つ。 「ヴィーネル、俺はこの窓から見えるミールの街が大好きなんだ」 レッズは団長室の窓からミールの街を一望する。 外は夕暮れ時に差し掛かっており、ぽつぽつとミールの街にランプの灯りがともる。 「いきなりどうしたんだ?」 ヴィーネルの問いには答えずにレッズは話を続ける。 「お前が入ってくれたおかげで自警団はすごく助かっている。ミールの街はこんなにも穏やかで平和だ。だがな、俺は世の中すべてをこのミールみたいに平和にするのが夢なんだ。その為に戦っているし、これからも戦い続けてやる」 レッズが語った突然の言葉にヴィーネルは困惑したが、すぐにその真意を汲み取った。 「ああ、そうだな…」 確かに自警団の働きでミールの街は平和を保っている。 だが、いまだに魔物たちの動きは活発で、その被害が聞こえない日はない。 この二人だけの会議は、その魔物対策を話し合う場でもあった。 「変に熱くなっちまったな…すまん。続きの議題を片付けようか」 「ああ、そうしよう」 夢は世の中すべての平和…不意に心情を漏らしたレッズの言葉をヴィーネルは心に刻む。 ――発端 ある日の事だった。 ミールの街に大型の魔物が攻め込んできた。 それも、魔物の大群を引き連れて…。 大型の魔物は見たこともない巨大な四足獣で、魔物の大群を従えて街を目指し、一直線に突き進んでくる。 「くそっ何だこいつら!応援だ!もっと応援を呼んでこい!」 レッズ、ヴィーネルら自警団も応戦するが、わらわらと湧き出てくる魔物の群れに手を焼いて防戦一方となっていた。 「グウォオオンンン―!」 巨大な四足獣があげた咆哮と共に魔物の一団が動きはじめ、自警団の一角をめがけては突撃を繰り返す。 このままではまずい…あの大型の魔物は咆哮を使って群れを統率していやがる。 やつを何とかしなければ…このままじゃ全滅しちまう! くっそ、どうすりゃいい!? レッズは考えると同時に魔物の群れを駆け抜け、巨大な四足獣の前に躍り出る。 「ヴィーネルっ!聞こえているだろう!?今から、俺がコイツの足を止める!お前の槍で…こいつを貫けぇっ!」 戦場は人も魔物も入り乱れて混戦をきわめていた。 レッズはヴィーネルの姿を一度も見つけていない。 だが、戦場のどこかで戦っているヴィーネルに対して大声を張り上げた。 「レッズ!戻れっ!1人で無茶をするなぁ!」 戦場のどこからかヴィーネルの張り上げた声が響く。 巨大な魔物を相手に大立ち回りを繰り広げるレッズ。 単身で戦うレッズの奮闘により、魔物の群れには足並みの乱れが生じていた。 ヴィーネルは自警団の一隊を率いながら、間隙を縫って巨大な魔物の前へと進む。 「加勢するぞ、レッズ!無事か!?レッ……」 だが、目にした光景はヴィーネルには耐え難いものであった。 巨大な魔物の前で倒れこんでいるレッズ。 剣は折れ、鎧はボロボロ…息遣いも絶え絶えに、変わり果てた…レッズの姿があった。 ヴィーネルの全身に衝撃が走る。 そして、あらわしようのない激情がヴィーネルの身体を支配していく。 槍を手にし、ギュッと強く握る…荒ぶる怒りと深い悲しみの行き場はなかった。 一心不乱に巨大な魔物に向かって槍を奮う…。 そして、半刻後だろうか…ヴィーネルが我を取り戻した時には、周囲には巨大な四足獣をはじめとした、おびただしい数の…魔物の骸が横たわっていた。 その後、その場にいた自警団の仲間達は、その時の話を一切話そうとしない。 ヴィーネルに脅されても、誰にせがまれても口をずっとつぐむままだった。 ――自警団『レッドピース』の誕生 あの戦いの後、レッズの葬儀を自警団のみで厳かに執り行った。 元々は傭兵であったレッズに身寄りはなく身内と呼べるものも居なかった。 その為、必然的に自警団の仲間達のみが参列者となる。 葬儀後、ヴィーネルは自らの髪の一部を赤く染めた。 いつだったか、ミールの街を望みながらレッズが語った平和への思い。 その思いと意志を受け継ぐ事をヴィーネルは染めた赤髪に誓う。 1人、また1人…日を追って自警団の連中も髪の一部を赤く染めてくる。 皆それぞれが、レッズの思いを受け継ぐ事への意思表示をする。 「てめぇらっ!最高に上等だぜ!」 「うぉおおおおーーー!!」 ヴィーネルの声にあわせて歓声が巻き起こる。 「いいか!ようく覚えとけ!今日から…アタシらはレッドピースを名乗る!」 「うぉおおお!総長ーっ!イカすぜーっ!」 ヴィーネルは自警団全員を集め、駐屯地に高台を築いて声高らかに宣言を行う。 自警団の駐屯地は熱気と興奮に包まれていた。 レッズのシンボルであった赤髪とレッズの夢であった平和。 ふたつをあわせてレッズの意志を継ぐ自警団“レッドピース”と名づけた。 「団長はレッズだけだ…アタシは総長として団員をとりまとめる!テメェら、アタシについてこい!」 「総長ーっ!総長ーっ!」 自然と沸き起こった総長コールはいつまでも鳴り止まずに駐屯地の空へと響き渡っていった。 ――ヴィーネルの旅立ち 自警団『レッドピース』結成から数年後。 大陸中を駆け巡る事件が起こっていた。 帝国軍が進軍を開始する。 大陸各地を侵攻し、瞬く間に勢力図を塗り替えていく帝国軍。 戦乱に焼け出された人々は平和と安全を求めて、このミールの街にもやってくる。 ヴィーネルは1人で思案に明け暮れていた。 「レッズ…今、帝国軍は大陸中を荒らしている。アンタの夢だった平和がこうも踏みにじられているんだ。レッズ…お前なら一体どうする?」 部屋の片隅に転がるカゴをレッズに見立ててヴィーネルは問いかける。 「帝国の進軍は戦乱を呼び込む、アタシもレッズもそれは望んでいない。…決まりだな!」 自問自答を繰り返した末にヴィーネルは反帝国組織に入る道を選び、ミールの街を出る決心をする。 固い決意を胸に秘めて、ミールの街の郊外へ向かう。 その第一歩を踏み出すと同時に、見知った顔がヴィーネルの前に姿をあらわす。 「おいおいおいおい!総長!待ってくれよ!」 「どっどくろハゲ?ど、どうしてここに?」 「総長!水臭いじゃないですかっ!1人で行こうたって、そうは…問屋が三枚卸ですぜ!」 「バカっ!そうは問屋が卸さない!だろうがっ!」 頭にどくろの入れ墨を施した男は、過去にヴィーネルと対立していた不良集団の頭であったが、今は自警団『レッドピース』の団員である。 ぞろぞろと現れる団員達は口を揃えて総長に付いていく!と言いはじめる。 「お前ら…その気持ちは嬉しい」 胸にグッと来るものを押さえ込み、ヴィーネルは言葉を繋ぐ。 「だけどな…お前らが付いてきたら、一体誰がミールを守るんだ?今や、魔物だけじゃない。帝国だって…アタシの、いや、総長としての命令だ。街を…ミールの街を守れ!」 「そ、総長…わ、わかりました。了解です!」 大勢の団員達を背にヴィーネルは旅立つ。 数奇な運命を辿って前途多難な旅路が今始まろうとしていた。 ――ラキラで起こった事件 反帝国の勢力が集まっているとの噂を耳にしたヴィーネルは、とりあえず商業都市イエルへと向かう。 旅の道中、花園の都ラキラに寄ったところで事件は起こる。 花園の都ラキラは、その名の通り美しい花の咲き乱れる街であった。 だが、ここにも帝国の魔の手が伸びていた。 花を一輪、身体に装飾としてつけている女性は、見た目からしてラキラの者である事が読み取れる。 その女性は口を封じられながら、帝国兵に乱暴に担がれ運ばれていた。 「あれは、帝国兵…?」 身を隠し、声を殺しながら…ヴィーネルは帝国兵の後をつけていく。 帝国兵に担がれている女性がヴィーネルに気づいて救いを求め、涙ながらに目で訴える。 人気のない森へと運ばれた女性。 ここまで運んできた帝国兵は女性の服を剥ぎ、乱暴をしようとする…その瞬間だった。 帝国兵の首をヴィーネルの槍が掠める。 「な、なんだ貴様は!我々を帝国軍と知っての狼藉か?」 「去れ…アタシはなあ、あんたらみたいなのを見ると虫唾が走るんだよ!」 「ふんっ…正義の味方気取りか?くくく…これを見てもその態度が続くかな?」 帝国兵が指輪を掲げると同時に、目の前の空間から異形のモノが現れた。 「はっはっは!どうだぁ?冥界の魔物を召喚してやったぞ!貴様など、こいつに食われちまえ!」 一瞬、驚いた表情を見せたヴィーネルだったが、すぐさま持ち直して槍の一突きから魔物と帝国兵を串刺しに貫く。 「…救いようのないやつだ」 ――事件の翌日のことだった ヴィーネルがとった宿は大量のラキラ兵と帝国兵に囲まれ、投降を呼びかけられていた。 投降しなければ宿に火を放つぞ!…帝国兵は外でそう怒鳴る。 怯える店主を前にして、ヴィーネルは迷惑をかけられないと投降せざるを得なかった。 「まあ、悪いことはしていないんだ。少し道草になるが…しょうがないか」 この時点で出したヴィーネルの判断は、後に甘かったことを思い知らされる。 裁判が始まり、罪状が読み上げられる。 帝国への侮辱罪、窃盗罪、不敬罪、動乱罪…などなど、まったく身に覚えもなければ名前も聞いたことのない罪が言い並べられた。 助けた女性さえも姿を現さず、下された判決は死刑…時を待たずして、その日に処刑が執行される運びとなった。 「はあ…まさか、こんなところがアタシの死に場所になるのか?これじゃ、アイツらに顔が立たないな。クッソ…」 ヴィーネルは観念したかのようにぽつりとつぶやく。 悔しさが胸をついた。 この理不尽さは何だ?アタシが小さい頃に反抗してきたものそのものじゃないか! ヴィーネルは心の内で声を張り上げていた。 ――ラキラの大司教 処刑台へ連行されようとしていたヴィーネルだったが、ラキラの大司教に呼び止められ一室へと案内されていた。 「そなた、ついていなかったな」 開口一番の大司教のセリフだった。 ヴィーネルは頭に血が昇るのを必死で抑えて聞き返す。 「なんだと?一体どういうことだよ!」 大司教が語るには、帝国の息がかかったラキラの裁判では無罪であろうが、罪のなすりつけや罪の捏造などが日常茶飯事に行われている為、有罪は決して免れないとのこと。 「だがな、ワシならそなたを救えるぞ?お前が助けた女性からな…そなたを助けて欲しいと願いがきておる」 「え…そうなのか?」 ヴィーネルが助けた女性はラキラの出身である。 裁判にかけられれば有罪を覆すことは不可能だと知っていたからこそ、ラキラの大司教にヴィーネルを救う事を願い出たのだろう。 それにより、大司教は全ての事情を把握していた。 「冥界の魔物を呼び出した帝国兵を倒したと聞いておるが、ワシはその実力を買いたいのだ。そなたの処刑は偽装しておく。そのかわりといってはなんだが…」 大司教はヴィーネルに交換条件を提示した。 処刑を偽装してヴィーネルを助けるが、そのかわりに娘リリアの護衛兼教育係をして欲しい…と。 「はぁ?なんでアタシがガキのお守りをしなきゃなんないんだ?」 「ふむ…だがな、そなたを助けるにはこの条件を飲んでもらわんとな。いくら無実であろうが、有罪の決まった者…まして死刑囚だ。大司教がその処刑を偽装して死刑囚を助ける…何も知らぬ世間の者は承知しないだろう?ワシにもリスクがある。だからこその交換条件じゃ」 「む…」 ヴィーネルは次の言葉がでなかった。 確かに大司教の言う事は正論である。 女性からの願い出があったとはいえ、ヴィーネルと大司教は今日はじめて会ったもの同士だ…そんな間柄では危険を冒してまで助ける義理など本当はないのだろう。 処刑されるか、護衛兼教育係になるか…脅しとも取れる二択に、ヴィーネルは渋々ながらも交換条件を承諾した。 「やるよ。アンタの娘、リリア=ラキラだったか?その子の護衛兼教育係…」 ヴィーネルの返答に大司教は顔をほころばせた。 「おお!よくぞ決心してくれた!ほっほっほ。ワシはそなたを失うには惜しかったのじゃ」 「…こんな脅迫みたいな交換条件を出す大司教様が何を言っているんだか」 ヴィーネルが皮肉の言葉を投げつけるが、大司教は意にも介さない風であった。 「ほっほっほ。まあ、そう言うな。今日からそなたはワシの娘リリアの教育係じゃ。身内も同然だからのう。ワシも帝国の横暴には許しがたい思いを感じているのは、そなたと同じじゃよ」 ヴィーネルが護衛兼教育係を引き受けることが決まると大司教は嬉々とした表情を見せる。 そこには娘を案じる1人の父親の姿があった。 もう身内だからと大司教はヴィーネルに対し反帝国の志を語っていく。 元より、ヴィーネルの目的は反帝国勢力に参加する事である。 そのために、反帝国勢力が集まっているとの噂を聞きつけて、商業都市イエルへと向かう旅を始めたのだった。 最初は、ガキのお守りなどできるか!と思っていたが、大司教の志を知った今では、特に反対する理由もなくなっていたことに気が付く。 ――リリア=ラキラ ラキラの大司教家は代々ラキラを束ねてきた権力者である。 そのなかでもリリアは太陽の力を持ち、光の剣を操ることで屈強な剣士でも敵わない腕を持っていた。 護衛兼教育係としての初日の事。 大司教家の大広間から廊下を歩き、階段から2階へと昇る。 「大司教の娘…か」 ヴィーネルはつぶやいた。 大司教より、教育の為ならば多少の無茶は問題ないと言われている。 それがどういう意味を持っていたのかを、後にヴィーネルは理解することになる。 2階に入ってすぐの突き当たりにリリアの部屋はあった。 ドアには可愛らしく“りりあの部屋”と書かれたプレートが垂れ下がる。 ヴィーネルが数度ドアをノックすると、中からどうぞ~という声が聞こえる。 「失礼します…」 だが、部屋に入るとリリアの姿はなかった。 「ん…、お嬢様?どこにいらっしゃるのです?」 ヴィーネルは部屋を見渡し、リリアの姿を探すが見つからない。 「……そこかぁっ!!」 ヴィーネルは部屋に転がっていたカゴを手にし、勢いよく天井へ向けて投げつける! ドスンッ!大きな音を立てて天井から人が降ってきた。 「い…イタタタ。あ、アタシの擬装はカンペキだったのに…どうしてっ?なんでわかったの!?アンタ…一体何者なのよっ!?」 ドレス姿で、頭には小さな宝冠をのせ、ひまわりの花一輪をつけた女の子。 これがリリア=ラキラか…すぐにヴィーネルは全てを理解してニヤッと口元を緩ます。 「はじめまして、お嬢様。ヴィーネルと申します。今日から、お嬢様の護衛兼教育係を承っております。どうぞよろしくお願いいたします」 姿勢を正してうやうやしく、ヴィーネルはリリアに挨拶をする。 これは張り合いがありそうだと、ヴィーネルは心のうちで秘かに喜んでいた。 『教育の為ならば多少の無茶は問題ない』 大司教が言いたい事が分かった。 それと同時に、どうしてもヴィーネルを教育係にしたがっていた大司教の気持ちを理解する事ができた。 後日、大司教家の広い庭ではいつものやり取りが聞こえてくる。 「お嬢様?何度言えば分かってくれるんですか?」 「ヴィ、ヴイーネル…ちょっと怖いよ?」 「何をおっしゃいます。今はちょっと…怒っているだけですよ?」 「きゃーっ!ご、ごめんなさーい!!」 「あっ!お嬢様っ!?ええぃ…逃がすかぁっ!」 大司教家では日常に見られる光景になったヴィーネルとリリアの追いかけっこ。 広大な敷地では今日も元気な声が響いていた。 だが、大司教家を囲む柵の外では二人を怪訝そうに見守る数人の男達の姿があった…。 「おい、なんで総長はあんなガキの相手をしているんだ?」 「まさか、総長は騙されて…」 「何言ってんだ!あの総長だぞ?きっと何か深い事情があるに違いない!」 「そ、そうだな!俺としたことが、危うく取り乱しそうだったぜ」 「お前は、総長のことになると見境がなくなるからなぁー」 「て、テメェだって!」 今にも殴りあいの喧嘩を始めようとする二人を、他の男がなだめる。 「まあまあ、やめとけって。俺達の想いを忘れたのか!みんなで誓い合っただろう?総長に何かあったら…俺達が総長を守るんだ!」 「そ、そうだ!」 「ああ…喧嘩してる場合じゃなかったな」 ガシッと握手を交わしてから、男達は全員で円陣を組んだ。 「生きるも死すも総長と共にッ!!」 男達の叫び声は天へと昇った。 まだ明るい日の内だったが、空からは目に見えない流れ星がキラリと一筋、東へと流れていった。 +祭夜を舞う魅惑の翼リリヴィス 「何で私までこんな格好しなきゃいけないの……お祭りなら一人でやればいいじゃない?」 「ハロウィンよ。ヴィレスに住んでた頃、毎年やってたわよ?」 「大陸の外の祭りなんでしょう?私たちには関係ないじゃない」 「私には関係あるの!いいから付き合いなさいよ!!」 「ちょっ……勝手に脱がさないでよ!!」 「団長も……きっと普段と違う私達を見てくれるわよ?」 「ぐっ……そ、そうなの……?」 ロングブーツにロンググローブ、あとは殆ど裸のような状態なのは変わらないが、黒を基調としたカラーは確かに普段のリリヴィスよりも大人っぽく見えるかもしれない。 燭台のような槍にカボチャのついた盾を持ち、自前の羽にはペイントだろうかシールだろうか、コウモリが描かれている。 毎年この時期になると袖を通すこの衣装。 少しずつサイズは合わなくなり、手直しする度に時の流れを感じさせられる。 メアリに用意した衣装を無理やり着せようとすると、リリヴィスにとっての初めてのハロウィンの記憶が蘇る……。 「リリヴィス!やっぱりやめよう!恥ずかしいよこんな格好!!」 「お菓子いっぱいもらえるんでしょう?レンは欲しくないの!?」 「ん~……お菓子は欲しいな……」 海に近い獣境の村『ヴィレス』は、大陸の内外の両方から影響を受けることにより、独自の文化を築くガルムの集う土地。 狐のガルムであるレンとは、いろんな遊びを考えながら毎日を過ごしていた。 ある日、どこからか『ハロウィン』という祭りの話をもってきたレン。 それは幼子であった自分の興味を強く惹く内容だった。 「子供たちが魔女やお化けに変装するんだ!そして、村中の家をイタズラして回って、許してほしかったらお菓子をよこせ~!ってたくさんお菓子を貰うお祭りなんだよ!」 「お菓子がいっぱいもらえるの!?やるしかないわね!!」 で、いざとなって仮装が恥ずかしいとレンが渋りだしたわけだ。 「もう!男でしょ!!いいから早く着替えるの!!」 「ちょっ……勝手に脱がさないでよ!!」 こうして無理やりレンを着替えさせたリリヴィス。 さあ、いよいよハロウィンの始まりだ。 「まずはこの家ね!」 「待って!ここはまずいよ!リリヴィス!!」 小さな二人の前にそびえ立つように門を構えるお屋敷。 村でも有数と名高いある貴族様の家だ。 「こんなに大きな家に住んでるんだからきっと大金持ちよ!食べたことないお菓子だっていっぱいもらえるはずだわ!!」 「貴族にイタズラなんてしたら捕まっちゃうよ!!」 「貴族は偉いんでしょ?偉い人はみんなの笑顔を守る義務があるってママが言ってたわ!きっとわかってくれるわよ!」 忍び込んだ屋敷の中。 何やらいい匂いが漂ってくる。 そういえばおやつの時間がそろそろだった。 「期待できるわよ……レン!」 「なんか僕もやる気が出てきたよ……リリヴィス!」 匂いを辿り、部屋を覗き込むとテーブルにケーキと紅茶が用意されているのが見えた。 「レン。あれを勝手に食べちゃうのがイタズラってのはどう?」 「イタズラをされないためのお菓子を貰うというのは間違ってないけど、その流れを楽しむのがハロウィンだと思うんだけど?」 「ケーキを食べるのはイタズラで、貰うお菓子はまた別でしょ?」 「それ、もはやお化けというより追剥ぎみたいだけど平気?」 「ん……ん~……それはちょっと……」 「おい……誰だお前たち?ここで何をしている?」 「「え!?」」 廊下でイタズラの内容を相談するお化けは流石にマヌケすぎた。 恐らく屋敷の者だろう。 綺麗な身だしなみに、美しい白い羽の生えた少年に背後から声をかけられ、慌ててその場を立ち去ろうとする二人。 「リリヴィス!逃げるよ!」 「ま、待ってよ!レン!!」 「怪しいヤツらめ!逃げられると思うなよ!!」 屋敷から逃げ出し、村中を走り回ること半刻。 なんとか逃げることはできたものの、結局ケーキもお菓子も手に入れられず仕舞いだった。 「何よ、まだガキんちょのくせにあのアホ鳥!!」 「ちょっと……口が悪いよ?僕らよりも年下なのに随分としっかりしてたね……さすがは貴族様」 「いいわ!次のターゲットはあそこよ!!」 「え……?いやいやいやいや!!あそこは絶対ダメだって!!」 「逃したお菓子の分までたっぷり頂いてやるのよ!!」 「ちょ!?まずいってば!!」 リリヴィスが次の標的に選んだのは、この地を治める国王の家。 すなわち王宮である。 「じゃ!頑張ってね!僕、夕ご飯のお手伝いをしない――と!?」 「待ってよ!私も……一人じゃちょっと……」 「ほら!まずいってわかってるんじゃん!!」 「だってお腹空いてイライラしてたんだもん!!」 ――ゴゴゴゴゴゴ 入口で騒ぐ二人に中の者が気付いたのか、二人の眼前にある巨大な扉が重厚な音を立てながらゆっくりと開く。 「やばいよ!!と、とにかく頭を低くするんだ、リリヴィス!!」 「え!?あ、うん!!」 「んん?おやおや。こんな所に可愛らしいお客さんが二人もいるではないか。どうしたのかな?」 地に頭をこすりつける二人の頭上からかけられた静かでいて、優しい声。 その温かさに安心したのか、面を上げる二人だったが…… 「「!?」」 「んん?どうかしたのかな?」 「「うわぁあああああああああああああああああああ!!」」 あの日、幼いながらに覚えた恐怖は忘れることはないだろう。 本気で頭から食べられると思ったものだ。 その人物こそが、ヴィレスの王だったと知ったのはそれからだいぶ後の話だ。 ―――― ―― ― メアリの髪に櫛を通しながら、懐かしさに更ける。 「ふふ……」 「何がおかしいのよ?」 「ん?あぁ、ちょっと思い出し笑いをね」 「人を無理やり着替えさせといて、他人事なのね……」 「まぁまぁ!ところで……なんか無理させちゃったみたいね」 それは殆ど壁と言って良いだろう。 「……どこ見て言ってるの?」 「なんか……ゴメンねぇ」 「……どこ見て謝ってるの?ねぇ!?ちょっとアンタ!!」
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#region(close,太陽の姫君リリア=ラキラ) 会場中が静かに息を呑んで見守る。 見世物屋が主催した自由参加型の闘技イベントの最中、いよいよ決勝戦となった時に突如として舞台へと舞い降りた人影。 アクシデントともいえる出来事に、どう反応すれば良いのかわからない。 「え、え~っと……」 舞台を囲む観客同様、審判を務める司会進行役さえも動けずにいる。 乱入者など、こういったイベントでは最高に盛り上がる要素の一つだ。 しかし、その人物というのがあまりにも場違いで、不似合いで、歪な…… 「おい!ふざけんじゃねぇぞガキ!」 「何しに来たぁ?まさか俺達の邪魔をしようって訳じゃねぇだろうなぁ?」 戸惑う場を制するように声を張り上げたのは、この場における主人公達であったはずの二人。 雌雄を分かつ激戦を勝ち抜いた者だけが立つことの許される舞台に土足で上がり込んだ上、あろうことか場内の視線と期待を一身に集める不届き者がいるのだ。 当然、おもしろくない。 「誰がガキですって!?このワタシが誰か分かっててそんな口利いているのかしら!?」 不届き者は全く尻込みせず、それどころか逆に声高々と宣告をする。 「ワタシはリリア=ラキラよ!その目で直接拝められることがどれだけ有り難いかおわかりね!?わかったら、さっさと崇め奉りなさい!」 「ラキラ……!?」 その言葉に反応を示し、周囲がざわつく。 皆の脳裏に浮かぶある人物の顔。 この街、花園の都ラキラの最高機関であるところの聖花教会。 その最高権威者の大司教を務める『グラティオ=ラキラ』その人である。 帝国軍の支配下にありながらも、国民から絶大な支持を得続ける教会。 無理に手を出せば、反乱どころか、ラキラの街そのものを失う事態にもなりかねない程の影響力を持つため、帝国軍とて迂闊に動けずいるのが現状だ。 元々、色とりどりの花が咲き乱れる美しい光景が特徴の街。 その景観が今なお守られているのも教会あってのことと言えるだろう。 つまり、この街における『ラキラ』の名はそれほどの意味を持っていた。 「待て!こんな娘がラキラ家にいるなんて聞いた事ねぇぞ!」 「何よっ!このワタシの言うことが信じられないって言うの!?なんて不遜な奴らなのかしら……っていうか、またガキって言ったわね!?」 信じろと言う方が無理だ。 綺麗なドレスに如何にもな装飾。 見てくれこそ貴族や聖家令嬢のそれだが、言葉遣い、そして今の行動そのものがあまりにも伴っていない。 「許さないわよ……ワタシが許さないと決めたんだから!」 「本気かよ!?ケガじゃすまねぇかもしれないぜ……?」 「我が身の心配をしなさいっ!太陽の力を浴びて、浄化されるどころか、焼き尽くされちゃったって知らないんだから!!」 天高く跳び上がるリリア。 剣を振り上げたその姿に後光が刺す。 決して背にする太陽から受けるものではない。 リリアの身体からその怒りを具現化したように迸(ほとばし)っている。 「何だこりゃ……!?」 「逃げろぉおおおお!」 「逃がすわけないでしょスカタン!大人しくオシオキを受けなさぁあああい!!」 ――ドゴォオオオン! 天から降り注ぐ陽光の一線と見紛う瞬き。 振り下ろされた剣は舞台を撃ち、見事一撃のもとに割断した。 「フフ~ン!どれだけ畏れ多い事をしたか理解できたかしら?早くこの姫の前に跪きなさい!!」 舞台の瓦礫に埋もれながら目を回している参加者と司会者。 唖然とした表情で開いた口が塞がらない観客達。 静まり返る会場の真ん中で鼻高々にふんぞりかえるリリア。 「あれ?ちょっと!歓声はどうしたのよ!?」 「姫様~!探しましたぞ!!」 「何をなさっているのですか!?急ぎお戻りください!!」 そんなリリアに駆け寄ってくる数人の男達。 ラキラ家に仕える近衛騎士、要はリリアの親衛隊である。 「良いとこに来たわ、アナタ達!この者達の代わりにワタシを褒め称えなさい!」 「それよりもお早く!お父上がお探しですぞ!!」 「はぁ?え!?ちょ、何するのよ……お、おぉ?良いわねこれ!って、どこ行くのよ!?ワタシの命令を聞きなさい!こらぁ!!」 親衛隊は、玉座をあしらった神輿にリリアを座らせると、その場を逃げるように走り去っていった。 この時の観客の一人は、後の調査にて、まさに嵐が通り過ぎたようだったと語っている。 「アナタたち……許さないから……後で覚えてなさいよ!!」 「ど、どうかご容赦を……!」 無理矢理連れてこられたのは、聖花教会の隣に門を構えるラキラ家の屋敷。 その当主であるグラティオ大司教の部屋だった。 「苦労をかけたな……下がって良いぞ」 「はっ!」 親衛隊を下がらせたグラティオは、大きなため息をつく。 「はぁ……式典の準備の隙を狙い屋敷を抜け出すとは……何をしているのだ」 「ワタシは自由が欲しいの!ず~っと屋敷に閉じ込められて……そのうえ退屈な式に出るなんて面倒くさいもの!!」 「花授式はこの街にとって、ラキラ家にとってもとても大切な式典だ。説明しただろう?」 『花授式』 ここラキラで毎年行われる由緒ある式典。 その年に満十二歳を迎える子供達は、皆この式典に出席し、それぞれ花を冠した名前を授けられる。 遥か昔、ラキラという名の太陽の力を持つ魔女がこの地を蘇らせた時から始まったと言われる伝統だ。 その花は、この街で生まれ、成人を迎えた証であり、生涯を通し自身の名とする。 そして、名となった花を一輪、身に着けて生きていくという掟。 拒めば、神聖なる教えに背いたとされ罰せられるという厳しいものではあるが、街の人間は誰しもが神に賜る大切なものとして感謝している。 故に、この街を訪れる旅人は、風に乗り旅をする花、タンポポの綿毛をモチーフとしたゲストアクセサリが一時的に貸与される。 「そんなこと知らないもんっ!どうせわたしは花の名前もらえないんだし!!」 「ラキラ家は代々街を束ねる一族として、人々に花を授けるお役目を担っている。己達に花を授けることは禁止されていることも説明したはずだ」 「だったらワタシが式典に出る必要なんてないじゃない!ボケーっと座ってるだけなんて何の意味があるっていうの?」 「今年で十二を迎えるお前もまたこの街の成人。一族の跡取りとして、街の皆に紹介する必要があるのだ」 「む~……」 「お嬢様……ここはどうか。主様もお困りになられていることですし……」 「ワタシに指図するなんていい度胸ね、クランク!」 グラティオの後ろに控えていた下男が口を開いた。 リリアの護衛兼教育係として、父グラティオが外の街から雇い入れたクランクという男。 「そういうわけでは……」 「とにかく式には出てもらう。家の事を思えば、お前もわからぬわけではあるまい?」 「う~……じゃあ、その代わり!チョコレートパフェを用意しなさい!さっき街の出店で見かけたんだけど、こ~んなに大きいの!!あれが食べたいわ!!」 「はぁ……わかった。用意させよう」 嫌々ながらも家の事情を持ち出されては仕方ない。 誇りある一族の名に傷をつけたいとは思わない。 それどころか、早く一人前のラキラ家の人間になって父のように日の当たる舞台に立ちたいとは思っているのだ。 ついでにパフェの約束まで取り付けたリリアは、喜々として部屋を後にし、そのまま式典用のドレスに着替える為に自室へ戻った。 「苦労をかけるな。クランク」 「いえ……とんでもございません」 ラキラ家の人間、大司教の娘という立場もあり、リリアは自由に外を出歩くことを許されておらず、その束縛に嫌気がさしていることは十分に父にも伝わっていた。 「あのお転婆っぷりはどうにかならないものだろうか。何か策を打たねば……」 ――数日後。 無事に式典も終え、屋敷の中で暇をつぶす日々。 そろそろ普通の遊びでは我慢できそうにない。 「ふっふ~ん♪ふっふふ~ん♪」 そう思いたったリリアが、ご機嫌に鼻歌を歌いながら作っているもの。 それは部屋中のカーテンをかき集めて編んだロープ。 「で~きた!さてさて……」 窓を全開にし、お手製のロープをベッドの足に結び付け、そのまま窓の外へと放り投げる。 誰がどう見ても脱走の準備だ。 ――コンコンッ 「おぉ!?来た来た……♪」 恐らくクランクだろう。 部屋の扉をノックする音。 「んしょ……んっしょ……」 リリアは天井の板を外し、天井裏へと身を隠す。 部屋に自分の姿は無く、この現場の有様。 見れば間違いなく脱走したものと思い、慌てて父に知らせるだろう。 だが、自分はそんな悪いことはしていない。 勘違いで騒ぎを起こしたクランクが大目玉を食らうといった算段だ。 ――コンコンッ! 「どうぞ~♪」 天井から頭だけを出してノックに応え、すぐに引っ込めて天板を閉める。 「失礼します……」 部屋に入ってきた。 ここまでは計画通り。 (あれ!?聞いたことの無い声……) 「ん……お嬢様?どこにいらっしゃるのです?」 もぬけの殻となった部屋を見回し、リリアを探す人物。 (誰?クランクじゃない……知らない女の人……) 見知らぬ人物を警戒しつつ、天井裏から様子を伺う。 「……そこかぁ!!」 部屋に転がっていたカゴを拾うと、そのままこちらへ投げつけてきた。 ぶつかったカゴによって天板は外れ、足場を失ったリリアの身体が宙に投げ出される。 ――ドスンッ! 「い……イタタタ。わ、ワタシの偽装はカンペキだったのに…どうしてっ?なんでわかったの!?アンタ……一体何者なのよっ!?」 鋭い眼光に、赤いメッシュの入った綺麗な長髪。 まだ昼だというのに、手にする槍のような棒にはランプを吊るしている。 クランク以外に余所の街の人間は知らないが、これは普通なのだろうか。 黙っていても伝わってくる豪胆さ。 そして何より、その強さを示す威圧感。 直感がこの女は危険だと告げている。 「はじめまして、お嬢様。ヴィーネルと申します。今日から、お嬢様の護衛兼教育係を承っております。どうぞよろしくお願いいたします」 うやうやしく頭を下げ、ヴィーネルと名乗る女。 「はぁあ!?ちょっと待ちなさいよ!新しいってどういう意味!?ワタシ聞いてないわよ!?クランクは!?」 「クランク?あぁ、前任の指南役の。さて、私は詳しく伺っておりません」 「ななな……き、来なさい!お父様のところへ行くわよ!!」 ヴィーネルからの返答を聞く間もなく部屋を出るリリア。 がに股歩きでズンズンと音を鳴らすように父の部屋へと向かう。 部屋に近づくにつれ、何やら騒がしい声が聞こえてきた。 「お父様!?リリアよ!一体、どういうことか――」 「どういうことか説明して頂きたい!!」 「ふぇ?」 無遠慮に部屋に上がり込むと、机越しに父に詰め寄るクランクの姿。 廊下まで聞こえていた騒ぎは彼によるものだったのか。 「私は聞いておりませぬ!素性もよく分からぬ余所者をお嬢様に近づけるなど!」 どうやらクランクも新しい指南役については何も聞かされていなかったらしい。 ここは流れに乗っておこう。 「そうよ!何の相談も無くこんな事決めるなんて!クランクにだってひどいんじゃない!?」 「お、お嬢様……そんなにも私の事を……!!」 それは違う。 決してクランクに同情したのではなく、彼は何かと顎で使いやすいため、リリア的には新しい指南役など御免なだけだ。 「落ち着けお前たち。急な事で混乱するのはわかる。それについては私の独断で行ったことだ。すまない」 「し、しかし……」 「だが、決断は変わらない。そこにいるヴィーネルをリリアの新たな指南役とし、護衛と教育を担当してもらう!」 「こ、この女が一体何だというのです!?長年ラキラ家に仕えてきた私がどれほど……!」 「クランク。お前には本当に感謝している。リリアの担当からは外れてもらうが、これからも我が一族のため、その力を振るって欲しい!」 「それは……勿論でございますが……」 「ちょっとクランク!?押されてるわよ!食い下がりなさい!!」 「コホン。話は済んだようですね。クランク殿には挨拶が遅れておりました。この度、貴殿の後任を務めさせて頂くヴィーネルです。どうぞお見知りおきを」 「貴様……!」 「それにしてもグラティオ殿。貴方様がおっしゃった『教育の為ならば多少の無茶は問題ない』との言葉の意味、得心がいきました。確かにこれは少々骨が折れそうだ……」 話しに割って入ったヴィーネルが、何故かリリアを見下ろすようにしながら笑みを浮かべている。 「……お、お父様?何かこの女、すごく偉そうなんだけど?」 「私がこの目で見て、その腕を見込み、直接頼んだ。お前の困った性格をこの際、叩き直してもらおうと思う。ヴィーネルもそのようにな」 「心得ております」 「……マジ?ちょっと何とかしなさいよクランク!!」 「私は――」 「お前たちが何を言おうとも私の心は変わらぬ!」 「そ、そんな……」 こうして現れた新たな指南役。 クランクは最後まで抵抗していたようだが、やはり父の言葉には逆らえなかったようだ。 相変わらず使えない男である。 「お嬢様。起きてください」 「……えぇ~もう朝……なの?もう……少しだけ……むにゃむにゃ……」 「起きろと言ったのが聞こえなかったか……?」 「!?」 突如として身を襲う殺気で眠気が吹き飛ぶ。 跳び上がったリリアに満足げな笑みを見せ、朝の挨拶を交わす。 「おはようございます。お嬢様」 「お……おはよう……」 朝食を済ませ一息ついていると、彼女に剣の鍛錬を勧められた。 「……そうね!ヴィーネル、早速手解きをお願いできるかしら?」 こんな女、逆に打ち負かして追い返してやる。 どす黒い感情を胸に抱きつつ、スキップしながら庭へと向かう。 「随分とご機嫌ですね。お嬢様」 「んん?まぁ、クランクはこの手の事はあんまり得意じゃなかったから少し楽しみではあるわね♪」 「お父上から伺っております。お嬢様が御幼少の折にひどい目にあわされたクランク殿は、それ以来、剣の鍛錬を付けることを避けていたとか」 「ワタシ悪くないわよ!?クランクが悪いの!!」 幼少の頃の記憶が蘇る。 物心付いてすぐに始められた英才教育。 大司教の父と、家の名に泥を塗るわけにはいかないという思いで必死に励んだ。 五歳を迎えた頃に父が連れてきた指南役の男。 それがクランクだった。 彼からは剣も教わることとなったが、それは子供相手にもまるで容赦ない極めて厳しいものだった。 そして、毎日のように続けられ、ついに耐えきれず怒りが爆発。 怒りをきっかけに『太陽の力』が発現した自分は、クランクをボコボコにし、その目元に消えない傷をつけてしまった。 「太陽の力……はしたないとは承知の上で申し上げると、興味があります……」 「まさか、鍛錬なのに本気で戦えって言いたいの……?」 「ええ。遠慮なく打ち込んできてください!」 「クランクみたいなおっきな傷がついちゃっても知らないわよ?」 「問題ありません」 「本当にいいのね?責任持てないわよ?」 「はい。どうぞ」 「……そこまで言うなら」 (何考えてんのよ、この女!もう知らないからね……どうなってもワタシは知らないから!) 庭へと降り、静かに精神を研ぎ澄ますリリア。 カッと目を見開いた途端、体から溢れる眩い光。 リリア自身が太陽になったかのような、それ程までの存在感。 「いくわよっ!!」 「来いっ!!」 槍を構えたヴィーネルの口調が変わった。 その口元は小さく笑みを浮かべている。 「ワタシを舐めたことをあの世で後悔することね!出会ってすぐにバイバイなんて寂しいけれど、これも貴女から言い出した事だから仕方ないの!自分の発言には責任を持たないといけない………… ―――――― ―――― ―― 「私の予想よりもずっと凄まじいものでした……お見事です」 「そ、そうでしょう!これこそラキラ家の姫の力よ!思い知ったかしら!?」 全力で戦うこと数時間。 終ぞヴィーネルに一撃すら当てることはできなかった。 それでも面目を保とうと虚勢を張るが、足のかくつきが収まらない。 リリアの用いる『太陽の力』は、このラキラの街の生まれに由来する。 力を使い、ただの荒野だったこの地を恵まれた今の姿に変えた魔女。 その家系はラキラの名を脈々と受け継ぎ、今のラキラ家の繁栄を築く。 リリアは歴代の血族の中でも特に色濃くその血を継いでおり、初代ラキラが用いた太陽の力を行使することができた。 これには父も、またそれを知る他の家の者も大いに喜んだ。 自分が褒められることは嬉しかったが、この力が原因で今の束縛された暮らしがあるのもまた事実。 祝福でもあり、同時に呪いでもある。 リリアにとって太陽の力とはそういうもの。 が、今問題なのは、その力を使っても手も足も出ない女が目の前にいることだ。 「なるほど…。そうしてもてはやされ続けた結果が、今のこの性格か……」 「ん?何か言った?」 「いえ。ブローチが随分とお似合いだと思いまして」 リリアの腰に光るブローチを指し、微笑む彼女。 「あぁ、お父様が花の名前の代わりに贈ってくれたものよ。太陽を意味する花らしいわ。ヒメヒマワリっていう珍しい花らしいのだけど、本物は見たことないの……」 「この街の人間は皆、花の名前を持つのでしたね。出身はわかりませんが、花の名を持つ人間には何度か会ったことがあります」 「ラキラ家以外の人間はね…ワタシも素敵なお花の名前が欲しかったわ……」 「リリア様も素敵なお名前かと。そうだ……街の花屋に行ってみましょう。ヒメヒマワリを見る事もできるかもしれませんよ?」 「ダメよ……お父様に外出するの禁止されてるから……」 「ご安心を。お父上から、世間を学ばせるため、私が同伴するなら外出を許すとのお言葉を頂いております」 「うそ!?ホントに!?」 「ええ。完全な自由とまではいきませんが、少しはお嬢様の気も晴れる――」 「何やってるのよ、ヴィーネル!早く行くわよ!!」 話しを終える前に、既に屋敷の門で足踏みしながらヴィーネルを待つリリア。 それを見たヴィーネルは、大きくため息をつきながら眉をピクピクさせていた。 街を出歩くということはリリアにとってまたとない喜びだった。 当初の目的であった花屋に辿り着くまでの間、露店を横切ろうとする度に一軒一軒その前で立ち止まり、座り込んでは目を輝かせる。 「残念でしたね。ヒメヒマワリの花はこの地方では滅多に見られないそうで、店に並ぶことはまずないそうです……」 「それもそのはずよね!」 「失礼ながら、落ち込むものとばかり……」 「ワタシを象徴する花なのよ!?その辺の雑草に混じって咲いてる花と一緒なはずないじゃない!下々の者が手に入れることだって許されるはずがないわ!」 「……お嬢様。私はお父上からお嬢様の教育も承っております。なので、今後はそういった発言は控えていただくようお願いしたいのですが?」 「そういうって、どういう??」 「そこからか……」 「ところで……ヴィーネル?」 「はい?何でしょう?」 「なぜアイツらまで付いてきてるのかしら?てっきりヴィーネルと二人だと思っていたのだけど?」 「あぁ……あれは……」 チラッと二人の後方、数十メートルの辺りへと目をやるヴィーネル。 雑踏の中や店の影、植込み裏など、様々なところに見覚えのある顔。 リリアの親衛隊の面々だ。 「私は聞いておりません。恐らく、彼らが独断で行動しているものかと」 「なーんだ。お父様の差し金じゃないのね。それにしてもバレバレなのよ!せめて変装するとか工夫しなさいっての!あとでオシオキね!」 「これも偏にお嬢様の身を案じての事かと」 「ワタシだって花授式を終えて成人になったんだから、いつまでも子ども扱いしないで欲しいものだわ!」 「では、まず私に認めさせてみては?そうすれば、私からお父上にリリア様の独り立ちをご相談してみましょう」 「そうなると……ワタシ一人でも外を出歩けるかも?」 「ですね」 「それよ!わかったわ、ヴィーネル!明日にもワタシが立派な一人前であると認めさせてあげるわ!!」 「はい。期待しております」 ――翌日 「てやぁあああ!」 「甘いです」 「まだまだぁあああ!!」 「はい。まだまだ」 「このぉおおおおお!!」 「次は頑張ってください」 剣の鍛錬でヴィーネルを打ち負かす。 そうすれば、少なくとも護衛がなくとも問題ないという点では一人前。 昨晩、自分がヴィーネルに勝つ姿を想像するだけでニヤニヤが止まらず、なかなか眠れなかったものだが、今晩は悪夢にうなされ眠れなくなりそうだ。 全力での打ち込みは流され、連撃は躱され、不意打ちは弾かれ、最後の策の罠も見破られた。 ヴィーネルの実力は初めて会った時に理解したつもりだったが、底を見せていないのか、余裕しゃくしゃくといった様子。 「む~!!ちょっとヴィーネル!大人気ないわよ!せめて気付かれないようギリギリの戦いを演じるくらいのことしてもいいんじゃない!?」 「それではためになりませんので。私は一人前の騎士としても立派になっていただきたいと」 「ぐ……ぬぬぬぬぬ……」 「そういえば、今朝も私が起こしに行くまで、ずっとお休みでしたね?」 「そ、それが何よ?昨日はちょっと寝つきが悪くて……」 「剣の道もそうですが、お父上や私の言う一人前とは、人としてしっかり自立することを指します。正直、朝も一人で起きられないようでは……ふっ……」 「えぇえええ!?ちょっとぉ!今鼻で笑ったでしょ!?」 「申し訳ありません。こういった言葉遣いや振舞いは慣れていないもので、つい……」 「ぐぬぬ……見てなさいよ!!明日こそは思い知らせてやるんだから!!」 ――さらに翌日 「ん……朝か……」 朝日の気配で目を覚ましたヴィーネル。 身なりを整え、支度を済まると、今日もリリアを起こすために彼女の部屋へと向かう。 自室の扉を開き、廊下に出ようとすると…… 「おはよう、ヴィーネル!いえ、おそようかしら?」 「……何を?」 途中、眠たくて死にそうな気持を堪え、一晩中ヴィーネルの部屋の前で仁王立ちし続けたリリア。 「ワタシがあなたの命を狙う刺客だったなら、寝込みを何度襲うことができたのかしらね?途中までは数えていたのだけれど、あまりに多すぎるから気を失いかけて忘れてしまったわ!」 「ほう……では試してみるとするか。刺客様の力とやらを……」 「え……?ちょっと、ヴィーネル?寝ぼけてるの??」 放つ殺気は本物。 槍を握る彼女の手にどんどん力が込められていくのがわかる。 「さっさと顔を洗ってきやがれ!!今日はとことんしごいてやるから、そのつもりでなぁあああ!!」 「ひ~~ん!ゴメンなさい!ゴメンなさい!!」 ヴィーネルが屋敷で働くようになって一カ月の月日が経った。 相変わらず厳しい教育が続けられており、未だ一人前だとは認めてもらえないリリア。 それでも少しずつ進歩はしていた。 「う!?」 「あ!当たった!!」 「これは流石に驚いた……いえ、お見事です。お嬢様」 「やった!やったぁ!!あぁ……でも、まだちょっと剣先がかすっただけなのよね……」 「いいえ。正直に申しますと、ここまで成長するのもまだ先の事だと思っていました。特に最近は格段に腕を上げられています」 「フフーン!これでも剣に関しては皆から“天才”と呼ばれていたのよ?」 「確かに。一端の兵士と比べても遜色ありません。あくまでこの場において、ですが」 「ん?どういう意味なの??」 「今はまだ気になさらなくても良いと思いますよ」 「ふ~ん……」 実は、近頃のリリアの急成長には理由があった。 ヴィーネルの目を盗んでは剣の鍛錬に励んでいたのである。 親衛隊に周囲を見張らせ、誰にも知られないように気を払いながら行われる秘密の特訓。 「はぁ!えいっ!やっ!!」 こんな努力をした経験はなかった。 自由という目的もあるが、日々自分が成長している実感を得られることは非常に楽しい。 事実、今日はヴィーネル相手に一本とは言わないまでも、一矢報いることができた。 「えーーーいっ!ふっふっふ……もう少し、もう少しであのヴィーネルを一泡吹かせることができるわ……!」 「ひ、姫様!」 「何よ!?今いいところだから邪魔しないでよねっ!」 見張り番を言いつけておいた親衛隊の一人が血相を変えてリリアの元へ駆け寄ってくる。 「く、曲者です!お逃げくださいっ!!」 「なんですって!?」 「ちょっと邪魔するぜ……」 周囲の草むらから姿を現した如何にもといった風貌な男達。 「な、何よ……コイツら……!」 「ここは私が時間を稼ぎます!急ぎ、ヴィーネル殿に!!」 「ほ、他の親衛隊はどうしたのよ!?」 「皆やられました!不意を突かれてしまい…申し訳ありません!」 「ちょっとぉ!?あんなどこの誰かもわからない連中にやられるなんて、ワタシの親衛隊として恥ずかしくないのかしら!?」 「め、面目次第もありません……!」 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」 「姫様に触れることは私が許さ――ぐっはぁ!」 「ふざけんじゃないわよ!一発で負けてんじゃないの!!」 「お嬢ちゃんも静かにしような!」 「わ!?ちょ、ちょっと!誰がワタシに触れていいって言ったのよ!?離しなさ――むぐぅ!?」 隙を突かれ、背後から羽交い絞めにされたリリア。 そのまま麻袋を被せられ、視界と自由を奪われる。 「よし、とっとと退くぞ!」 騒ぎを聞きつけられる前に早々とその場を退散する一団。 ものの数分での出来事だった。 捕縛されたリリアはすぐに暴れることの無意味さに気付き、しばらくどこかへと大人しく運ばれた。 これから自分はいったいどうなるのだろう。 悪い想像ばかりが脳裏をよぎり、涙ぐんでしまう。 ――ドサッ! 乱暴に地べたへと落とされた。 そう時間は経っていないことを考えると、せいぜい街外れかその近郊といったところか。 「ぷはぁ……!アンタ達!こんなことして、お父様に知られたらどうなるかわかってるんでしょうね!?」 麻袋から出された途端に噛み付くような勢いで威嚇する。 「相変わらず威勢の良い娘だ……」 窓も無い、無機質な石に囲まれた部屋。 十畳程の広さのその真ん中に座らされる自分。 その目の前で椅子に座りながらこちらを眺める覆面を被った男。 明らかに他の者達と風体が異なる。 「アナタが頭目ね!こんなバカな真似はやめて今すぐワタシを開放しなさい!そうすれば特別に死罪だけは容赦してあげるわよっ!」 (それにしてもこの男の声、どこかで聞いたような……) 「安心しろ。すぐに解放してやる。ただ、少しだけ協力してもらえるとありがたい」 「何をさせるつもり……?」 「おい……」 「へいっ!」 顎で配下に何かを指示した頭目と思われる男。 指示を受けた男はナイフを手に、ゆっくりと近づいてくる。 「甘いのよ!!」 「なに!?ぐわぁ!」 怯むこともせず、すかさず男を叩き伏せたリリア。 幼少の頃から受けてきた様々な教育とヴィーネルによる鍛錬。 今のリリアは剣に頼らずとも、普通の男一人を相手取ることくらいは難なくやってのける。 そのまま落ちたナイフを拾い上げ、頭目へと切っ先を向ける。 「このリリア=ラキラ!アンタ達みたいな有象無象にやられるほど落ちぶれてはいないわ!!」 「仕方ない。勘違いお姫様を少し教育してやるか……」 動じる様子も無いまま椅子から立ち上がる頭目。 腰に下げている直刀を抜き、リリアの前へと歩み出る。 「覚悟なさいっ!!はぁああああ!!」 ―――――― ―――― ―― 「何だと!?リリアが……!?」 一方、ラキラ家の屋敷では意識を取り戻した親衛隊により、リリアが誘拐されたことがヴィーネルとグラティオに知らされていた。 「すぐに救出に向かいます!親衛隊は街で聞き込みを!少しでも情報を集めろ!」 「「はっ!!」」 もしもリリアの命が目的ならその場で済ませればよいだけの事。 となると、何か目的があってリリアを誘拐した。 子供とはいえ人一人を抱えたまま街をうろつくのは目立つ。 なるべく人目を避けながら、それでいて見つかりにくい場所へ身を隠すとしたら…… 思考を巡らせるヴィーネル。 かつて所属していたレッドピース自警団。 そこで解決したいくつもの誘拐事件の経験と、今の状況を照らし合わせていく。 まずヴィーネルが目を付けたのは地下水路だった。 一般人が立ち入ることはしない上、街外へ出ずとも良いため、門まで走ってその様子を目撃される危険も無い。 ちょうど都合の良さそうな水路の入口を見つけると、その入り口であるものを見つけた。 「当たりか……!」 拾い上げたそれはヒメヒマワリのブローチ。 リリアが腰に付けていたものだ。 ご丁寧なことに、複数の荒々しい足跡が奥へと続いている。 「……仕方ないな」 一瞬、何かを考えたヴィーネル。 万全を期すなら親衛隊と呼び集めるべきだが、犯人の目的がわからぬ以上、一刻を争う事態となる可能性もある。 ヴィーネルが下した判断は、そのまま単身での突入だった。 その頃、犯人達のアジトでは、その頭目とリリアによる戦闘が続いていた。 「おや?ご自慢の太陽の力はどうしたのかな?」 「はぁ……はぁ……なんで!?」 ナイフという慣れない武器。 相対する敵とのリーチの違い。 鍛錬による疲れ。 いつになく疲弊している要因ならいくつか考えられるが、太陽の力を使うことができないのは何故だ。 「ワタシに何かしたわね!?」 「いいや。俺達はまだ何もしていない」 「嘘よ!だったらなんで!?」 「勘違いもここに極まれりだな。教えてやるよ、お姫様。アンタは実戦ってものを知らなさすぎる」 「実戦……?」 「鍛錬の相手をしてくれてる指南役が、本気で姫様に危険が及ぶような攻撃をしたか?そういえば街の闘技大会にも出たんだったか?それも所詮は見世物。命を取り合う実戦とはまるで違う」 言われてみればそうだ。 この男が放つ攻撃は、ヴィーネルのものとは比べられない程に遅く、甘い。 それなのに、一撃一撃がガリガリと精神を削りとっていく。 込められた殺気、殺し合いの場に立つ者の気迫。 そういったものを自分はあまりに知らない。 「ほらよっ!」 「あっ!」 自分の無知さ加減を痛感していた隙を突かれた。 ナイフを打ち払われ、胸元に突き付けられる刃。 太陽の力を発動するには集中した意識と気合が必要。 初めて体験する本物の勝負の中でそれを発揮するには未熟過ぎたのだ。 ―― 一端の兵士と比べても遜色ありません。あくまでこの場において 「ヴィーネルが言ってた言葉の意味が分かったわ……」 「何の事だ?まぁいい。さっさと用事を済ませようか……」 「きゃっ……!」 突き付けられていた刃が返され、二の腕を軽く斬られる。 ポタポタと滴る血。 男はそれを手巾でサッ拭うと、おもむろに配下へと手渡した。 「例の場所へ届けろ」 「了解……」 それが何を意味するのかは分からないが、自分の血が目的であったことだけは理解できた。 「あん?何だてめ――ぐっほぁああああ!」 リリアの血を受け取り、扉から出て行ったはずの男が部屋へと飛び込んできた。 否、吹き飛ばされてきたのか。 その胸には強烈な一撃を受けた痕跡が深々と残っている。 「お嬢様。お一人で外出する許可はまだ与えていないはずですが?困ったものですね……お迎えに上がりました」 「ヴィーネル!!」 「貴様……!何故ここがわかった!?」 「あん?そういうことか……」 頭目の男を一瞥し、何かを納得した様子のヴィーネル。 「いつもいつも邪魔しやがってぇええええ!!」 大声で吠えつつ、ヴィーネルへと突進する。 敵の増援を目にしたからといって、ここまで動揺するものだろうか。 明らかに冷静さを欠いている。 「お嬢様の手前申し訳ないが、種明かしといこぅか……!」 次の瞬間に見た光景を一生忘れることは無いだろう。 突き出された剣先を紙一重で躱しながら一歩前へ。 盾で男の腕元を叩き上げ、手にした剣が宙に舞う。 さらに一歩踏み込みつつ体を捻り一回転。 その勢いを乗せ、背中越しに槍の横っ腹で一撃。 「……かっ!!」 呻き声すら上げることもできずに意識を刈り取られる男。 そのあまりの衝撃に、彼の顔を隠していた覆面が外れる。 「やはりな……」 目元に見て取れる大きな傷跡。 さらには聞き覚えのあった声。 もはや他人の空似では片付けられない。 「クランク……」 「わざわざ危険の大きい屋敷への侵入。にも拘わらず、私がお嬢様の傍にいないタイミングを見計らっての犯行。身内から情報が洩れていることは疑いようがありませんでした」 「……」 「ご安心を。殺してはいません。色々と聞かなくてはならないこともあるので」 「ううん。そうじゃないの……それよりも、遅いわよ!姫であるワタシをこんな薄汚いところに放置して!!」 「……これでも全速力で駆け付けたのですが?」 「ふん!まあいいわ!持ってきてるんでしょうね!?」 「勿論です」 手を差し伸べたリリアに対し、ヴィーネルは背中に背負った棒状の包みを手渡す。 「さすがね!褒めて遣わすわ!!」 包みを乱暴に剥ぎ取ると、その中からは愛用の剣が姿を見せる。 「さて、残党はおおよそ二十といったところですが……参加なさいますか?」 「当たり前でしょ!畏れ多くも、このワタシに断りも無く触れたのよ?許しておけるはずがないじゃない!!」 「でしょうね……」 恐らく彼女は実践に不慣れな自分を心配しているのだろう。 だがもう先程のような失態は見せない。 心に焼き付いて離れないあの姿に憧れ、自分も近づきたいと思ってしまったから。 「姫様ぁああ!!ヴィーネル殿ぉおおお!!」 「我ら親衛隊も参上いたしました!!」 水路の入口から親衛隊の声が響いてきた。 「今頃遅いのよ!さっきは何の役にも立たなかったんだからね!少しは挽回して、明日の陽の目を見られるように励みなさい!!」 「「はっ!!」」 「いつまでくっちゃべってんだぁ!!」 「まとめてやっちまえ!」 こうして開始された乱戦。 敵味方入り混じる戦場は、リリアの何よりの経験となった。 「ぐっはぁああ!」 「うっほぁああああ!」 「だから何で親衛隊のアナタ達が敵より先にやられるのよ!オシオキ百万倍だからぁ!!」 「お嬢様……私の後ろへ!」 「平気よ!!私だって太陽の力を受け継いだ姫なのよ!?こんなところで躓くわけにはいかないの。貴方に一人前と認めさせるためにもね!」 「……はい。存分にお振るいください!」 その晩、街中に張り巡らされた人気のないはずの水路には、溢れんばかりの光が走った。 石畳の隙間から溢れた瞬きは天へと昇り、まるで咲き誇る大輪のように空を照らし出したという。 一人残らず一団を捕らえ、親衛隊とヴィーネルと共に屋敷へと凱旋する頃には明け方になっていた。 父、大司教グラティオの前に頭目クランクを突き出し、事の顛末を吐かせる。 その時のヴィーネルの顔は正直思い出したくはない。 「話さなくていい……だが、もしも話したくなったらいつでも口を開け……」 最初は黙秘に徹していたクランクだが、槍を構えたヴィーネルが発したこの一言により面白いほど簡単に全てを吐き散らした。 実は帝国の指示により太陽の力について調べていたクランク。 彼は、影響力の強い大司教相手に強攻手段の取りにくかった帝国が用意したスパイだった。 力を濃く受け継いだリリアの事を知り、その血液からなんらかのヒントを掴めると踏んでいたクランクだったが、機会を伺う内に予期せぬヴィーネルの出現。 指南役の座を奪われた彼がリリアの血を入手する機会は激減。 帝国からの強い催促もあり、今回の犯行に及んだという。 「元はと言えば、私がこの男の素性を掴めていなかったことが原因だ……すまなかった。リリア、ヴィーネル」 リリアの指南役として努めてきてくれた人物。 裏にそのような顔があったとはいえ、それ以外にも、ラキラ家のために何年もの間尽くしてくれた。 父の表情からはその無念さが痛いほど伝わってくる。 そして、それは自分もまた同じだった。 事件から一夜明け、いつものように目を覚ましたヴィーネルがリリアを起こすために部屋へと向かう。 最近、自ら起きられるようになってきていたリリアだったが、昨晩の疲れのこともある。 ゆっくりと寝かせてやろうとも考えたようだが、心を鬼にしてドアをノックした。 「お嬢様?もう起きられていますか?」 返事がない。 それほどに眠り込んでいるのかと思い、ドアを開けると、ベッドの上にリリアの姿は無かった。 「まさか……!?」 昨晩の光景を思い出したヴィーネルを不安が襲う。 慌てて屋敷を飛び出した彼女だったが、途中、庭に座り込む小さな人影を視界の端に捉えた。 「……お嬢様?」 庭先に装備を広げ、懸命に手入れをしている。 その真剣な面持ちは、出会った頃の幼さの残るそれとは一線を画すものだった。 「あ!おはよう、ヴィーネル!鍛錬の前に済ませておこうと思って!」 「そうでしたか……そういえば、私もまだでした」 「あら~?ワタシは今終わったけど、ヴィーネルはまだ手入れもしてなかったの~?」 「ふふ……そんなに鍛錬を楽しみにされては、気合を入れざるを得ませんね」 「え……いや、ちょっとした冗談よ?ね?かわいい冗談!てへっ♪」 「覚悟しろよ……?」 「きゃ~~っ!!ゴメンなさい~!!」 もし、近い将来一人前と認めてもらえたなら、ヴィーネルを旅に誘ってみたい思う。 とりあえずは太陽を追いかけてみよう。 きっとその先は、まだまだ私の知らない人や物で溢れているはずだから―― #endregion #region(close,お宝トレジャーズリシェル) 王都から西に進み険しい山岳地帯を抜けると、鉄で石を打つ音が聞こえてくる。 男達は鉱石を積んだ一輪車を押しながら、石作りの精錬所へと運んでいく。 村の女性が働く精錬所では、それぞれの鉱石毎に仕分けされた原石から余分な部分を切り落とす作業が続けられていた。 鉱石を所定の場所に降ろした鉱夫は1杯の水で喉を潤すと、空になった一輪車を押して巨大な鉱山の入り口へと戻っていく。 銅や鉄、更には通貨に使われる金まで掘る事ができる鉱山は、大陸で使われる金属の8割と言われている。 鉱山の正面口と言われる巨大な入り口の周りには、出稼ぎに来た鉱夫の宿舎や、鉱石を買い付けに来る行商人の為の宿、鉱夫の憩いの場となっている酒場が立ち並ぶ。 永住を決めた鉱夫は家を建て、鉱山近辺に生活の基盤を持った。 鉱山というよりも一つの村として機能している事から、鉱山の名のまま“ガライア村”と呼ばれている。 村の中には、今日も名物悪ガキコンビの声が響き渡る。 「リシェル!今日もお宝探しに行こうぜ!」 ガライアで生まれた少年ランビーは、幼なじみの家の前で大声を出す。 窓が開くと、まだ眠そうなリシェルが顔を出している。 「おはよ~ランビ~!あとパウパウも!」 肩に載せた鉱山穴モグラのパウパウは、リシェルの頬を舐めていた。 ランビーは手招きしながらリシェルを急かす。 「早く!作戦会議に遅れるとトレジャーズ失格だぞ!」 「えっ!それはダメだよ!絶対ダメ!すぐ行くから待ってー!!」 リシェルは窓から姿を消し、バタバタと音を立てながら玄関を飛び出して来くると、ピタっと止まり敬礼をする。 「リシェル!到着しました!」 ランビーはニッと笑い、リシェルの手を引いて鉱山にある秘密基地へと走っていく。 リシェルの両親は窓越しに、“村の名物悪ガキコンビ”と言われている2人を呆れた表情で見送った。 鉱山の中に入った2人は低い姿勢を保ち、子どもの身長でしか通り抜ける事が出来ない横穴を進んでいく。 横穴を抜けた先には、何十年も使っていない様子の小さな部屋があった。 正規の入り口は落盤で埋もれ、この抜け穴からしか部屋に入る事は出来ない。 天井に吊り下がっているランプに火を付けるランビーは、机の上に広げられた鉱山の地図を見ながら今日はどこに行こうか悩んでいた。 「リシェル!今日はどこを探検する!?」 リシェルは両手を頭の上に乗せて左右にユラユラ揺れている。 「う~~~ん。お宝がある場所は……お宝の匂いがする所じゃないかな!?」 「それだ!でかしたぞリシェル!」 二人は机に飛びついて、地図に顔を近づけてクンクンと嗅ぎ始めた。 長い歴史の中で、アリの巣のように複雑に掘り進められたガライア鉱山の全貌を把握している者は誰一人としていない。 過去に鉱石を掘り尽くした、または落盤等の危険性を危惧して閉鎖された坑道には看板が建てられ、それ以降入る者はいなくなる。 数百年の時と共に忘れられた坑道は最新の地図には記されておらず、ランビーとリシェルが見つけた古い地図は2人にとって宝の地図のようだった。 「クンクン……おっ!リシェル!ここだ!ここからお宝の匂いがする!」 「どれどれ??…クンクン…ホントだランビー!すごい!すごい!ここに行こうよ!」 ランビーとリシェルは目を輝かせて、出発の準備を始めた。 「ハンカチよし!地図も持った!万全だな!」 「ランプも持ったよ!あと非常用のお菓子でしょ!パウパウもいるし……完璧だね!」 「それじゃあ、いくぜ!?」 いつもの出発の合図が始まる。 「獲物は逃さないぜ!ランビー!」 「全部いただくよ!リシェル!」 「2人揃って!お宝トレジャーズ!出発!」 声を揃えた2人は、ハイタッチをしてから鉱山の奥地へと進み始めた。 人の踏み入らない鉱山の中には、鉱石に含まれる魔素を求めた魔物が巣食っている事も珍しくない。 大人でさえ複数人でなければ危険と言われている廃坑道の中を、ランプ一つで進んでいく2人。 以前坑道の中で見つけた弓と長剣を手にした2人には、怖いものなどある訳がなかった。 「ランビー!なんかいるよ!ほらあそこ!」 「なんだこいつ!?魔物!?よーし!お宝トレジャーズ!戦闘準備だー!」 「よーし!いくよー!!」 ランビーとリシェルは、とても子どもだとは思えない身のこなしで魔物を撃退していく。 物心ついた頃から遊び場として坑道の中に入っていた2人にとって、日常茶飯事になっていた魔物との戦いは最早お手の物だった。 「いくぜ!これで決める!ランビーアターーーック!!!」 魔物にトドメを刺したランビーは、息を切らす事もなく笑顔でリシェルに向き直る。 「お宝トレジャーズ!最強!」 その笑顔にリシェルも∨サインで返す。 「さっすがアタシ達!お宝トレジャーズの前に敵はないね!」 武器を腰に戻して更に奥へと進む中、ランビーはいつになく真剣な表情を見せてリシェルに問いかける。 「なぁ、リシェル……ちょっといいか?」 「なぁにランビー?」 「さっきの魔物と戦ってる時に思ったんだけどさ……」 ランビーは立ち止まり腕を組んで考えこむような素振りを見せ、言葉を続ける。 「やっぱり、リシェルにはまだ足らないものがあると思うんだよ」 「足りないもの?……お宝?」 リシェルはいつもと違うランビーを覗き込みながら考える。 しかし、ランビーは目を閉じたまま首を振った。 「違うんだ……確かにお宝も欲しいけど……もっと大事な物が……リシェルには足らないんだ……」 「ランビー……教えて!アタシに足りないものって何!?」 ランビーは目を開き、リシェルを指差した。 「ずばり!必殺技の名前だ!!」 「!!!!」 リシェルは稲妻に打たれたような驚きの表情を見せる。 「ランビー!!たしかにそうだね!どうしよう!格好いい必殺技の名前がないよ!」 「だろ!?さっき戦ってて思ったんだ……強い敵と死闘を繰り広げたなら、最後は超格好いい必殺技でトドメを刺すもんだろ!?」 うんうん、とリシェルは頷く。 「そうだねランビー!!」 「格好いい必殺技の名前がなかったら……リシェルはただの村人A……良くて元気な少女になっちまう!」 「大変だよランビー!どうしよう!!」 リシェルはランビーの肩を掴み、必死な表情で訴える。 「格好いい必殺技の名前ってどうやったら思いつくの!?全然思いつかないよ!」 ランビーはニッと笑って手を軽く前に出し、人差し指を天井へ向ける。 「フッフッフ……リシェル安心しろ!本で読んだんだ!好きなカタカナを沢山繋げれば、必殺技の名前になるらしいぜ!」 リシェルの顔が晴れ渡っていく。 「そうなの!!?すごい!!それじゃ……えっと……」 リシェルは額に手を乗せて考える素振りを見せ、次の瞬間両手を打ってからランビーを指差す。 「ウルトラミラクルスーパー!!ってどう!?」 「…………すげぇ……格好いいぜリシェル!!なんかすげぇ強そうだし!」 ランビーは拳を握りしめて感動する。 「でしょ!!閃いちゃった!!」 「リシェルは才能の塊だぜ!」 「もう一個あるよ!!ビーフミートソーセージ!!!」 「そっちも良いな!!リシェル天才!!さすがお宝トレジャーズ!パウパウもそう思うよな!?」 リシェルの肩から飛び降りたパウパウは、リシェルの周りをグルグルと楽しそうに周った。 人には決して懐かないと言われている鉱山穴モグラ。 鉱夫達は、時々人前に現れるモグラに手を出す事はない。 普段、一切鳴く事はなく暗い穴の中で生活している動物だが、地震などの天災が起こる前には一斉に鳴き声を上げて鉱夫達に知らせる事から、鉱山の守り神と呼ばれている。 幼い頃、風邪で寝込んでいたリシェルは、見舞いに来たランビーに何か欲しい物はないかと尋ねられた。 「アタシは、モグラちゃんが欲しい……」 次の日、ランビーは鉱山穴モグラの子どもを抱きかかえてリシェルに渡した。 リシェルはそのモグラを“パウパウ”と名付け、大切に育てる。 何度も部屋に穴を開けて逃げ出そうとするパウパウだったが、リシェルは怒ることもなく根気よく付き合い続けた。 その結果心を開いたパウパウは、リシェルの肩に乗って毎日を過ごすようになる。 リシェルからすればパウパウは大切な友達だったが、始めてパウパウを見る鉱夫達はその光景に目を疑った。 人とは住み分けを行い、決して歩み寄る事はないと思っていた動物を肩に乗せている少女を見れば無理もない。 「リシェル!これ見ろ!お宝だぞ!!」 坑道を進むランビーとリシェルの前に、鉄の金具がついた木の箱が現れた。 長年放置されていたのであろうか、半分が土に埋もれている。 「ランビー!!早く開けてみようよ!」 硬い蓋を無理やりこじ開けると、中からは大量のピッケルが出てくる。 昔の鉱夫が使っていた物だろうが、ランビーとリシェルには輝くお宝に見えた。 「これは……ものすごいお宝だよランビー!!」 「あぁ!!リシェル!ついに見つけたな!きっと伝説の鉱夫が使ってた極上のお宝だ!!箱ごと持って帰ろうぜ!」 「わかった!!!お宝ゲットだぁーーー!!」 周りの土を掘り起こして退けた後、箱の両側に立った二人は掛け声をかける。 「いくぞーリシェル!!せーーーのっ!!!」 「ラ…ランビー……重いいぃいいいい!!」 「せ……せっかく見つけたお宝だ!このまま手ぶらでなんか帰れないだろ!お宝トレジャーズの根性を見せてやろうぜ!」 中腰になりながら、足場の悪い坑道を戻る2人。 坑道は奥に行くにつれ地中になっている為、帰り道は決まって上り坂だった。 「ハァハァ…リシェル…こういうの……荷が重いって言うんだよな……!?」 「ゼェゼェ……ランビー!物知り博士………だね!!」 やっとの思いで鉱山の入り口に辿り着いた2人は、箱を地面に降ろして倒れ込んだ。 「ゼェ……ゼェ…やった…やったな…リシェル……」 「ハァ……ハァ…やったね…ランビー……」 すでに日は落ちて、村の建物には明かりが灯っていた。 大の字になったランビーは、父親の顔を想像して起き上がった。 「やばい!早く家に帰らないと父ちゃんにぶち殺される!」 「でも、ランビーお宝はどうするの!?」 「え……どうしよう…秘密基地に持ってく時間は……」 その瞬間、二人は眩しさに目を細める。 誰かが松明を持って近づいてきていた。 「お前ら…悪ガキコンビじゃねぇか!?こんな時間に…何やってんだ?」 鉱夫の男は、泥だらけの2人を見て驚いた様子だ。 「アタシ達はお宝トレジャーズ!悪ガキなんかじゃないもん!」 「はいはい分かった分かった。あんま遅くまでブラブラするんじゃない……ん?お前らその箱なんだ?」 箱に気がついた鉱夫は興味を持って手で触れようとする。 ランビーは飛び上がって箱の前に両手を広げ、鉱夫を近づけさせないようにブロックした。 「これは俺たちのお宝だ!触るんじゃねぇ!」 「おっと…そりゃ悪かったな。無理矢理奪ったりなんかしねぇよ。そんなにすげぇお宝なら、ちょっと見せてくれないか?」 鉱夫は眉を八の字にしながら笑い、敵意がない事を示すように手のひらを前に出す。 「見せるだけだからな!」 ランビーは厳しい視線を男に投げながら、箱の蓋を開ける。 「どうだ!!すげぇお宝だろ!?」 鉱夫は箱いっぱいに詰まったピッケルを見ると目を丸くする。 「こいつは……お前らすげぇもん持って帰ってきたなぁ…。まだまだ使えそうじゃねぇか」 リシェルはその言葉を聞いて怒り出す。 「当たり前でしょ!伝説のお宝なんだよ!?」 鉱夫は少し悩んでから、ランビーとリシェルを見下ろした。 「頼みがあるんだが……うちの組合で採掘用の道具が足りてねぇんだ。そこでお宝トレジャーズのお二人様に相談なんだが、そのお宝を譲ってくれやしねぇか?」 ランビーとリシェルは目を合わせた後、鉱夫に厳しい視線をぶつける。 「あのな!これはすげぇお宝なんだって言ってるだろ!?」 「そうだよ!アタシ達がこれを手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってるの!?」 鉱夫はぐいぐいと迫ってくる2人に後ずさりをする。 「いや、聞いてくれ!もちろんただとは言わねぇ……」 その言葉を聞いてランビーとリシェルは立ち止まる。 「ほう…面白いじゃねぇか。この伝説のお宝に見合うような代物を用意するっていうのか!?」 「それだけの物が用意できるなら、考えてあげなくもないよ。用意できれば…だけどね!」 鉱夫は2人の真剣な表情を見て、一か八かの賭けに出た。 「俺の嫁は、今家で伝説のシチューを作ってる。あの勇者バレルでさえ、このシチューを食うことは出来なかった。それを、お前らにご馳走してやらんこともないぞ。ど、どうだ……?」 一時の沈黙が流れた後、ランビーとリシェルは声を揃えた。 「そこまで言うなら仕方ないな!!」 鉱夫は胸を撫で下ろし、大量のピッケルが入った箱を抱え、ランビーとリシェルを家に招待した。 ごく一般的な家庭で出される“伝説のシチュー”を堪能した2人は、鉱夫に手を振り家路につく。 「伝説のシチューはやっぱりすごかったぜ!またなー!!」 その後、ランビーが父親にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。 ―――数週間後 今日も秘密基地で作戦を立てるランビーとリシェル。 地図に記された坑道はあらかた足を運んでしまい、どこに行こうかと悩んでいた。 「ねぇランビー!!これみて!!」 よじ登った本棚から降りてきたリシェルは、一枚の紙をランビーに見せる。 「なんだこれ??坑道の封鎖報告???」 日付が書かれた部分には数百年前の年号が使われており、更には坑道の場所を記しているであろう番号が書かれている。 その内容は、現在発掘を進めている坑道があまりにも危険だと判断した為、坑道を封鎖するというものだった。 目を通したランビーは、いまいち内容を理解していない様子だったが、楽しそうにはしゃぎだす。 「これは……お宝の匂いがプンプンしないか?…リシェル!!」 「そうだねランビー!絶対秘密のお宝があるよ!」 「まずは、この暗号を解かないといけないな。えっと、この“坑道J-475”ってなんだ?」 リシェルは机の上に広げてある地図に指を置く。 「ここにも暗号が書いてあるよ!」 各坑道には、場所を示す番号が振られており、封鎖報告書に記された番号は封鎖された坑道の番号だという事に辿りついた2人は、必死に“J-475”を探す。 しかし、いくら探せど、地図上にそんな番号は存在せず、早くも迷宮入りとなりそうな空気が漂っていた。 「う~~~ん……ランビー。この地図には乗ってないんじゃないかなぁ?」 ランビーは地図を遠目から眺めながら、何か策はないかと考えている。 「あっ!!!リシェル!!地図の上にランプ置いちゃだめだろ!」 「わっ!ごめんランビー!地図燃えちゃう!?大火事!?」 急いでランプを持ち上げたリシェルは、地図の様子を見る。 「ぎゃーー!!ランビー!!!真っ赤っ赤だよぉおお!地図から血が出たぁああああ!!」 ランプが置いてあった場所には、赤いドロドロとした物がついている。 「うわああああ!!なんだこれ!!この地図生きてるのか!!?」 ガクガクと震えるランビーとリシェルは、ふと辺りに漂う匂いに気がついた。 「ん?これなんの匂いだ?」 「え?……なにこれ!?なんか変な匂い…なんだっけこの匂い?」 ほのかに部屋に香る匂いを記憶の中から呼び起こすリシェル。 なんだかその匂いを嗅ぐと眠たくなってくる気がする。 そう、いつもこの匂いがするのはベッドの中。 パウパウに「おやすみ」を言った後、この匂いが漂って、まぶたがだんだん重く…… 「あっ!!ロウソクの匂いだ!」 「ロウソク?何言ってんだリシェル。ロウソクなんてこの部屋にないぜ!?ランプは油だし……あれ?」 その時、ランビーの目に入ってきたのは、地図に記された赤い印だった。 「もしかして、この印ってロウソクでできてんのか!?」 リシェルはハッと気が付き手を打つ。 「わかったよランビー!机の上でロウソクを付ける時は、誕生日のケーキしかあり得ない!!きっと誰かが誕生日で、ここで誕生会をやってたんだよ!」 「なるほどな……それでこんなにアチコチにロウソクが……え!?ケーキ何個あったんだ!?」 「すっごい大きなケーキで200歳くらいの誕生日をしてたのかもしれないね……」 「200歳って化物じゃんか!あの伝説の、魔法学校の学長がここにいたっていうのか!?」 ランビーは、溶けた赤いロウをマジマジと見ながら身震いする。 「怖ぇええ……あれ?……おいリシェル!!ここ見てみろ!」 溶けたロウの下には、今まで行ったことのない坑道の入り口が現れた。 その下には“坑道L-115”の表記もある。 余計な憶測で遠回りしていた2人だったが、ついに核心に迫っていた。 「リシェル!ランプ貸してくれ!!」 「ん?ランプ?……はい!」 何をするつもりなのか解らないリシェルは、不思議に思いながらランビーにランプを渡す。 ランビーはランプの蓋を開けると、そこら辺に落ちていたスプーンを火に直接当てて熱し始めた。 「よし、こんなもんか?」 熱々になったスプーンを地図に近づけるランビー。 「ランビー!?どうしたの!?」 ランビーは地図の至る所にあるロウに、スプーンを押し当てる。 「きたきたきたぁああー!!!リシェル見てみろ!!」 言われた通りに、ランビーの指す場所を見てみると、地図上にあの番号が浮き上がった。 “J-475” 「すごいランビー!!やっぱりこれはお宝が隠された地図だったんだね!」 「あぁ、時間が掛かったけど、俺達はついに見つけたんだ!」 大喜びする2人に釣られて、肩に乗ったパウパウも飛び跳ねていた。 冒険の準備を整えた2人は、いつもよりも念入りに持ち物の最終確認をする。 大事件が待ち受けている事を分かっているかのように……。 地図が示した坑道までやってきたランビーとリシェルは、その入口に違和感を覚える。 「なぁリシェル…本当にここか?」 坑道には今までのように看板が立てられておらず、鉄の扉が設置されていた。 扉には頑丈な鎖と鍵が掛けられ、何やら文字が刻まれたプレートが貼り付けられている。 しかし、その文字は年月が経っているせいか、殆ど読むことはできない。 「なんだこれ……お宝の匂いがバッチバチするぜ!!」 「きっと中はすーーーんごいお宝がギッチギチだね!」 ランビーとリシェルは笑顔で目を合わせると、同時に口を開く。 「で、どうやってこれ開けるんだ?(開けるの?)」 ひと時の沈黙の後に、リシェルが口を開く。 「よーし!パウパウ!穴を掘って向こう側に行って鍵を開けて、鎖を切ってこの扉をなんとかしてきて!」 パウパウは目をパチクリさせながら首を傾げている。 リシェルは頬を膨らます。 「パウパウ!もう!この奥には伝説のカレーがあるかもしれないんだよ!?」 ランビーがその言葉を聞いて飛びつく。 「リシェル!それは本当か!?俺も掘るぜ!!!」 扉の下を必死に掘るランビーとリシェル。 老朽化した扉はミシミシと音を立て始めた。 「うわわわあああ!!!」 ズシンと音を立てて扉が奥側に倒れると、200年間眠っていた坑道が現れた。 「ランビー!やったね!これで奥に進めるよ!」 リシェルは嬉しそうに目を輝かせる。 「びっくりしたぁ……よっしゃ、進もうぜ!」 その直後だった。 「ランビー……アタシなんか上手く歩けないよ……」 「どうしたんだリシェル!?どこか怪我したのか?」 「違うの、足がグラグラしてね、歩き辛いの!」 「え?そういえばさっきから揺れて……」 坑道全体が揺れていた。 先ほどの鉄の扉の衝撃のせいだろうか、もろくなった地盤にヒビが走った。 ヒビは一気に蜂の巣状に広がると、2人の足元が崩壊していく。 「うわああああああああ!!!!」 2人は瓦礫と共に深い闇の中に落ちていった。 「おいリシェル!大丈夫か!?リシェル!」 目を覚ますと、ランビーが心配そうな顔で肩を揺らしていた。 「もう朝~?おはよ~ランビ~~。パウパウもおはよう~」 胸の上から必死に顔を舐めるパウパウ。 「違うよリシェル!今は朝じゃなくて、俺達落っこちちゃったんだぞ!」 「え?……あーーーー!!!お宝はあった!?」 飛び起きるリシェルに、ランビーは笑顔で返す。 「良かった。その様子じゃ無事っぽいな!お宝探しにいこうぜ!ほらあそこ見てみろよ!ここにお宝ありますって書いてあるみたいだろ!?」 ランビーが指す方向を見ると、何やら怪しい祭壇が見える。 2人が落ちてきたこの場所は、広い空洞のような大きな空間だった。 とても坑道の中とは思えない広さに、人間が鉱石採取の為に掘った穴ではない事が解る。 ひんやりと冷たい空気が流れ、風が通り抜けているようだ。 その広い空間にポツリとある石造りの祭壇。 まるで冒険者の本に出てくる伝説の秘宝が眠る秘密の祭壇。 ランビーとリシェルが求めるお宝が眠っていても不思議はない。 「それじゃあ、いくぜ!?」 抑えきれないワクワクを胸に、気合を入れ直す。 「獲物は逃さないぜ!ランビー!」 「全部いただくよ!リシェル!」 「2人揃って!お宝トレジャー……」 声を揃えている所で、リシェルが突然叫び出した。 「うわぁあああああ!!!ランビーーーー!!!!!」 「どうしたリシェル!!」 リシェルは泣きそうな顔をする。 「お…お財布忘れた……。お宝が有料だったらどうしよう……」 ランビーは笑顔で返す。 「大丈夫だぜリシェル!お金を持ってなくても、お皿を洗えば許してくれるぞ!!」 「そっか!ランビー冴えてるね!!」 祭壇へ近付いていくランビーとリシェル。 階段を登ると、その中央には漆黒の闇を纏う長剣と、真っ赤に燃えるような赤い弓が置かれている。 「うぉおおおお!!」 「やったねランビー!!」 「お宝だぁあああ!!!」 歓喜の声を上げる2人は早速そのお宝を手にしてみる。 2つの武器を手に、天高く掲げた。 「お宝トレジャーズ!!優勝!!」 「ちょっと待ってランビー!お皿は洗わなくていいのかな!?」 「あっ!!そうだった……でも洗うお皿がないぞ!?」 「どどどどうしよう!!!あっ!変わりに、これを置いとけばバレないんじゃないかな!?」 「おっ!冴えてるなリシェル!!そうしよう!」 今まで使い古した木の弓と鉄の剣を祭壇に起き、両手を合わせて祈る2人。 「どうか、これでご勘弁を……」 その時だった。 祭壇はゴゴゴと音を立てながら揺れ始め、パラパラと埃が小石が振ってくる。 「やばい!やっぱダメだったか!?」 焦る2人は立っているのがやっとで、逃げ出す事も出来ない。 しばらくすると、祭壇の下から黒い影が伸びた。 「なんだなんだ!?」 周りを包み込んだ黒い影は、更に天井まで伸びると、2人が置いた弓と剣に降り注ぐ。 「うわあああああ!!」 ドーーンと音が響き渡り、衝撃が走る。 顔を腕で抑えて耐え凌いだ2人は、目の前に現れた“それ”に目を疑った。 「なんだ…これ……ま、魔神……!?」 漆黒の鉱石を身にまとった巨大な人型の石の塊。 その姿は、これまでに見てきた何よりも“ヤバイ”オーラが漂っている。 「ランビー……どうしよう……」 「謝って許してくれるかな…こいつ……」 2人を見下ろす魔神は、有無を言わさずに襲いかかってきた。 「うわあああああ!!!」 なんとか魔神の一撃を交す2人。 「ごめんなさい!怒らないでよ!お皿がないから洗えないの!!」 「リシェル!危ない!!」 間髪入れずに次の攻撃を繰り出す魔神。 リシェルに当たるギリギリのところでランビーは魔神の攻撃を弾き返す。 「リシェル!どうする!?逃げられるか!?」 心配するランビーを余所に、リシェルは武器を構える。 「ランビー!ダメだよ!!アタシ達はお宝トレジャーズ!お金がないなら、強奪すればいいんだよ!!」 「頭いいなリシェル!」 後ろに飛んだ2人は決めポーズと共に魔神に向かい声を荒げた。 「獲物は逃さないぜ!ランビー!」 「全部いただくよ!リシェル!」 「2人揃って!お宝トレジャー……」 ゴォオオオオオオ!!! ポーズの途中で魔神は走り向かってきたと思いきや、その巨大な拳で2人を叩き潰そうとする。 間一髪横に飛び、攻撃を避けた2人は顔に影を落として肩を震わせる。 「ランビー……やっちゃったね……」 「あぁ……あいつは……やっちゃいけない事をやっちまった…」 2人は同時に魔神に顔を向ける。 その表情は怒りに満ち溢れていた。 「お前のママは、ヒーローの決め台詞中に攻撃するなって教えてくれなかったのか!!?」 「ランビー!あいつは悪党の中の悪党だね!極悪ブ道だね!」 「あぁ!甘すぎるぜ!」 パウパウもリシェルの肩に乗りながら、魔神を威嚇する。 そして、二手に別れた2人は左右から魔神に攻撃を開始する。 「ゴーゴーゴー!!!」 弓と剣の連撃に魔神は怯む。 ランビーとリシェルに迷いはなく、ただ魔神を討つ事に集中していた。 その力は、祭壇の武器の効果なのか、それとも先天的に才能があるのかは解らない。 強大な敵に臆することなく立ち向かい、その時は訪れる。 「今だ!リシェル!!決めようぜ!!」 「OKランビー!行くよ!!」 魔神が怯んだ瞬間を見過ごさず、その一瞬の隙に全力の攻撃を叩き込む。 「ランビーアターーーック!!!」 「ビーフミートソーセージ!!!」 2人の攻撃は魔神に直撃して、漆黒の鉱石が砕けた。 ゴォオオオオオオ…… その巨体を足で支える事が出来ず、崩れ落ちる魔神。 物凄い音と振動が辺りに広がる。 ドォオオオオオン!!! 魔神は砕け散り、バラバラの岩となった。 「やったぜ!ミッションクリア!!」 「やったねランビー!」 「お宝トレジャーズ!大勝利!!」 喜んでいる2人をよそに、岩の隙間から小さな影がスッと天井の方に登っていく。 「なんだ!?」 目を凝らして見ると、青い羽根のようなものをパタパタと羽ばたかせ、黒く長い尻尾をユラユラとさせる“何か”が見える。 2人は、空に浮かぶ凧のようにフワフワと左右に揺れながら飛んでいく“何か”を目で追っている。 「ランビー!あの子!かわいい!!」 リシェルはランビーの肩を叩く。 「あいつも欲しいのかリシェル!?パウパウがいるじゃんか!」 ランビーはまた上を見上げて、空を飛ぶ謎の生物を見つめる。 「まぁ…リシェルがそう言うなら、せっかくだし捕まえるか!」 「やったー!」 ランビーは鞄から長いロープを引っ張り出して、先端に輪をつくり、グルグルと回しながら狙いを定める。 「逃げるなよぉ……そこだぁああああ!!!」 思いっきり振りぬかれて飛んでいくロープは、その生物の尻尾を捉えると輪がギュッと締まった。 バタバタと逃げようとする謎の生物を、力任せに引っ張り続けるランビー。 「ランビーがんばれがんばれ~!」 クネクネと踊りながら応援するリシェル。 「うぉおおお!!」 少しずつ近付いてくる謎の生物は、それでも尚パタパタと羽根を動かして左右に揺れる。 しかし、縄が完全に尻尾の棘のような物に絡まって逃げる事は許されない。 5m……3m……1m…… 「よっしゃー!ゲットぉおおおお!!」 ついに謎の生物を捕まえたランビーは、バタバタと暴れる謎の生物をガッシリと両手で抱きしめる。 「なんだろ~この子……かわいい!!妖精かな?真っ黒な妖精さんなの!?」 黒い肌と、青い羽根が生えたその生物をマジマジと観察し始めるリシェル。 「妖精か……でも妖精はもっと肌色だから、影の妖精なんじゃないのか?」 「影の妖精さん!?今日からランビーと一緒だよ!挨拶は~?」 リシェルの声に暴れるのを止めた妖精は、ランビーの顔を見ているようだ。 「おぅ!よろしくな!影の妖精さん!!!」 ランビーは満面の笑みを向ける。 その瞬間だった。 影の妖精の目が怪しく光ったかと思うと、ランビーの身体は突然浮き始める。 「うわああああああ!!」 そのまま、影の妖精の身体に吸い込まれ始めたランビー。 既に、ランビーの頭がすっぽりと影の妖精の身体の中に入ってしまっている。 「ランビー!!ちょっとダメぇえええ!!」 必死にランビーの足を抱えて、ひっぱり出そうとするリシェル。 それでも、少しずつランビーは影の妖精に吸い込まれてしまう。 「ランビー!!ランビー!!」 リシェルの努力虚しく、ランビーの上半身は全て影の妖精の身体に入ってしまった。 「ランビーを返してよぉおおお!!」 涙を浮かべながらリシェルは引っ張り続ける。 一瞬、吸い込まれる力が抜けたような気がした。 その瞬間、リシェルも引っ張る力を抜いてしまう。 しかし、その直後に物凄い勢いでランビーは吸い込まれる。 リシェルは、すぐにランビーの足を掴み直すが、リシェルの体ごと持って行かれてしまい、ついにはリシェルも影の妖精の身体に入り込んでしまう。 それでもランビーの足だけは掴み続けて必死に叫んだ。 「ランビーィイイイイイイ!!!」 祭壇に静寂が訪れた。 ―――リシェルは目を覚ました そこはあの祭壇のある空洞。 何が起こったのか解らない。 ただ、何か違和感がある。 「あれ……アタシ………」 ふと顔を上げると、見慣れた顔が目の前にある。 その表情は、不安と驚きの色で溢れていた。 「ラ…ランビー……?」 ランビーは自分の身体をベタベタと触り、異常がないかを確かめる。 「と、とりあえず、身体は問題ないみたい……うわああああ!!」 突然尻もちをつくリシェル。 目の前には影の妖精がいた。 「お前!まだいたのかよ!」 「ど、どうしよう……」 リシェルにぴったりとくっついている影の妖精は、フワフワと浮いている。 特に危害を加えるつもりもなさそうだった。 その時、リシェルとランビーは、耳を疑った。 「フィ~~~~~~~~!!!」 あの、天災が起こる時にしか鳴かないという鉱山穴モグラのパウパウが、鳴いている。 「う、うわあああああああああ!!!」 リシェルとランビーは絶叫を上げる。 「ランビー!どうしよう!!!」 「どうしようって言われても俺もわかんないよ!!」 リシェルとランビーは大混乱に陥る。 2人でああでもないこうでもないと話をする。 「どうにかしないとまずいだろ!」 「でも!このままここにいたらお腹空いて死んじゃうよ!」 「どうやって出るんだよ!!」 「そんなの分かんないよ!ロープは……」 「あ!まだ影の妖精についてるじゃん!」 影の妖精からロープを外し、落ちてきた穴へと投げる。 何かに引っかかったロープに、体重を掛けても平気な事を確認する。 「リシェル!!俺が先に登るから、OKって言ったらこのロープに捕まってくれよ!」 「わかった!気をつけてね!もし落ちても、アタシがファインプレイでナイスキャッチする!!」 それを聞くと、スルスルとロープを登っていく。 「OK!リシェル!捕まって!俺が引き上げるから!」 必死にロープに掴まり、少しずつ上へと上がっていく。 落ちた穴まで登り切ると、2人は鉄の扉の上に倒れこんだ。 「はぁ…はぁ…戻ってこれた……」 「と、とりあえず、秘密基地に帰ろう……」 元来た道を慎重に進む。 しかし、その足取りは重たい。 肩に乗るパウパウと、フワフワ付いてくる影の妖精。 2人と2匹は、鉱山の入り口近くの秘密基地に辿り着いた。 「リシェル!色々あったけど、無事にお宝を手に入れて戻ってこれたな!」 「うん!そうだねランビー!ついでにかわいい影の妖精もゲットしてきちゃったし!」 「問題は………」 2人はお互いを見ながら、頭を悩ませる。 きっと誰も信じない。 だから、2人は約束をする。 「リシェルわかったか?」 「うん、大丈夫だよ!秘密の約束だね!」 2人はお互いの小指を交差させて約束を交す。 今日あった事は、絶対に誰にも話さない。 バレてしまうような事もしない。 今まで通り、普通に過ごす。 「あぁ!2人だけの、秘密の約束だ!」 きっと誰も信じない。 リシェルとランビーでさえ、まだ夢ではないかと考えている。 誰であろうと、信じられる訳がなかった。 #endregion #region(close,炎纏の王国騎士ロラン) 「これを受け取った時点で、お前達は聖王国騎士だ。その名に恥じないよう、精進しろよ」 レミエール聖王国騎士団、団長アルドは、訓練兵の2人に真新しい鎧を手渡しながら激励を飛ばす。 「ありがとうございます」 ロランは軽く会釈をすると、両手で鎧を受け取る。 これで、父の居た騎士団に所属する事ができた。 ひとつ大きな目標を達成したという充実感が胸に広がり、自然と鎧を触る手に力が入る。 ――数年前 父の大きな背中を追いかける為に、レミエール王国の騎士訓練兵として志願したロラン。 片手剣と盾を持つ軽戦士隊を選択したのも、目標である父と同じ条件にする事で、自分自身にプレッシャーを与える為だった。 日々の訓練だけでは飽き足らず、自主的にトレーニングを積むことで成績をあげ続け、軽戦士隊の筆頭訓練兵となる。 しかし、訓練兵全体で言えば上には上がいる。 その頂点にいつもいるのは、遊撃士隊の筆頭訓練兵のセシル。 その弓の技術は現役の王国騎士を凌ぐとも噂され、正式に騎士となる頃には聖王国騎士に配属される事が約束されていると言われていた。 彼女を抜かなければ、聖王国騎士になる事は難しい。 筆頭訓練兵の中で成績1位の者だけが選ばれる栄誉、聖王国騎士への切符をロランが手にするには、更に努力をする必要があった。 ただ身体を鍛え、技を磨くだけでは足りないと考え、軽戦士隊以外の隊の役割や、戦場での指揮、策略などを本で学ぶようになる。 そして迎えた模擬戦闘試験の日。 ロランは小隊の隊長として、作戦を説明していた。 「みんな良く聞いてくれ。まずはランサーが前で注意を引いて、その隙に俺がAの地点まで走り抜ける。ランサーのフォローを、クレリックにしてもらう。上の標的はアーチャーが落としてくれ。俺がAの地点に辿り着いたら――」 今までは各々が状況を判断して全力を尽くそうと、士気をあげる事だけを意識していたが、より効率的に動く為に予め考えた作戦を共有していく。 ロランの小隊は頷きながら話に耳を向けていた。 「俺が考えた作戦は以上だ。何か質問は?」 「もしCの地点に目標がなかったらどうするんだ?」 「その時は声を出してみんなに教えてくれ。残る地点はDとGだけになるから――」 ワンマンとならないように、そして最善を尽くせるように人からも意見を取り入れる。 慣れないながらも、今できる準備を全て整えた。 こうして出来上がった小隊の作戦。 そして、その時が訪れる。 「そこまで!」 戦場を模した平原に指導官の声が響き渡る。 ロランの立てた作戦の通り、それぞれが最善を尽くして目標の撃破を達成した。 確かな手応えを感じていたロランは、仲間と顔を合わせ静かに拳を上げる。 「やったなロラン!いい感じだったぜ!」 「あぁ。皆が頑張ってくれたからな」 「もしかしたら、セシルの小隊にも勝てるかもしれないぞ?」 「その為に努力したんだ。俺達は勝たなければいけない」 笑顔で喜ぶチームメイトに、真剣な表情で言葉を返すロラン。 その視線の先には、模擬戦闘試験最終組の小隊。 リーダーのセシルは気を引き締めている様子だった。 試験が行われる平原から少し離れた高台の丘まで歩くと、セシル小隊の試験風景を見下ろす。 目に飛び込んできたのは、遊撃士でありながらも自ら動き周り、的確に目標を破壊していくセシルだった。 チームメイトとの連携が取れているとはお世辞でも言い難い。 しかし、セシルが率先して行動する事で、他の者も攻撃的に戦場を制圧していく。 ロランの小隊とは正反対の作戦。 確かな技量と絶対なる自信がなければ、こんな作戦を押し通す指揮官はいないだろう。 にも拘わらず、そのやり方でトップを取り続けているセシルは、それだけ優秀という事だ。 全ての模擬戦闘試験が終わり、指導官がその結果を読み上げる。 皆緊張した様子でその声に耳を傾けた。 「では、まずは1位、得点93。ロラン小隊」 「嘘でしょ!?」 信じられない様子のセシルが声を上げた。 集まった訓練兵はざわざわとどよめく。 「静かに。2位は得点91。セシル小隊」 それを聞いて力が抜けた様子のセシルは視線を地に落とす。 ロランはチームメイトと顔を見合わせてニっと歯を見せた。 努力が実を結んだ瞬間。 グッと拳を握り、喜びを確かめる。 これで聖王国騎士という目標に大きく近付いた。 残された課題はこの順位の継続。 それが出来れば――。 「ちょっとアンタ!」 宿舎への帰り道、突然背後から声が飛んでくる。 振り向くと、眉を逆ハの字に釣り上げたセシルが立っていた。 「セシルか。なんか用か?」 「何すましてるの!?一時的にとは言え、アタシを抜いて訓練兵の1位になったのよ!?もう少し喜んだらどうなの!?」 セシルと2人で会話をするのはこの時が初めてだった。 元々ロラン自身が積極的に人と会話をするタイプの人間ではなかったというのもあるが、軽戦士隊と遊撃士隊は模擬戦闘試験で同じチームに配属されなければ顔を合わす事も少ない。 突然絡んできたという事は、首位を取られたという事がよほど悔しいのだろう。 「いや……俺は喜んでるけど……そう見えないかな……はは」 無理矢理笑顔を作りながら、彼女の怒りを買わないように返事をする。 敵は作らないに越したことはない。 「全然そんな風に見えないわよ!……まぁいいわ!今日はたまたま調子が悪かっただけなんだから……次は絶対にアタシが1位になるから、覚悟しておきなさい!」 そこまで言うと、ロランの横を通り過ぎて宿舎に向かい走り去った。 「なんだよ……」 更に話したとしても、火に油を注ぐだけだろう。 プライドの高そうな彼女の事だ、必ず次の試験には対策を講じてくる。 彼女に抜き返されないように自分を更に高めようと気を引き締めた。 ―――――― ―――― ―― 「それで、お前達の最初の任務なんだが、まずは3日後の朝に王都の民間人に新しい聖王国騎士のお披露目がある。これに参加してもらう」 「了解しました!」 鎧を受け取ったロランとセシルは、敬礼をしながらアルドの目を真っ直ぐ見つめる。 「2人共、あんま堅くなるな。国王や大臣の前ではビシっとする事も大事だが、俺には敬語も敬礼も必要ない。命を預ける仲間なんだぞ?上下関係ってのは俺の隊には必要ねぇんだよ!はっはっは!」 「了解!アルド団長」 憧れのアルド団長の意志を尊重して、多少無理をしながらも合わせるロラン。 セシルもそれに続く。 「りょ、了解」 「それにしても、2人共優秀らしいじゃねぇか。指導官から聞いたぞ?良いライバルなんだってな!」 セシルが声を荒らげる。 「そ、そんなんじゃないです!」 「じゃあなんでお前達は同時に入隊できたんだ?毎年トップの成績の者しかこの隊には入ってこれない筈だったろ」 「それは……アタシ達にはわかりません……」 あの模擬戦闘試験の後、同じように何度も試験は行われ、ロランは1位を取り続けた。 聖王国騎士になる為に努力をし続けた結果、セシルに順位を抜き返される事なくここまで辿り着く。 しかし、呼び出されたのはロランとセシル。 なぜ2人が聖王国騎士となれたのか、2人には告げられずにここまできた。 「まぁ、2人で気合い入れろって事だな!」 「はい、父に負けない騎士になる為に、精一杯頑張ります」 「ほぅ?確かにお前の親父さんは素晴らしい騎士だった。俺も憧れたもんさ」 「自慢の父です」 「はっはっは!そりゃそうだな!」 「アンタそんな話一度も聞いた事ないけど……」 セシルが横から口を挟み、横目でロランを睨んでいる。 「言ったことなかったか?」 「なるほどね。アンタの底抜けな忍耐はそこから来てるって事か」 セシルには自主的なトレーニングをしている事は話していない。 何故彼女がそんな事を言うのか、ロランには分からなかった。 「悪ぃ、長話になっちまったな!ちょっとこの後用事があるから、これからよろしくな!」 アルドが2人の肩を叩いた。 「はい!よろしくお願いします!」 ロランとセシルの声が揃う。 「そういう堅苦しいのはなしって言っただろ?俺の隊に入ったんだから、俺のルールを守れよ」 アルド団長は笑いながら二人を見る。 「よ、よろしく……」 「あぁ、これからよろしく」 #endregion
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+海を駆る蒼き絆レイナ 徐々に遠ざかっていくアスピドケロンの姿は既に米粒のように小さい。 それが見えなくなるまで、いつまでもいつまでも船の甲板上から見つめ続ける少女。 そしてその少女を同じ甲板上で少し心配そうに観察する少女がもう一人。 「ちゃんとバイバイできた?」 「うん……またいつか会おうねって」 「今からでも追いかけられるけど……ルルーテは帰りたい?」 「ううん……大丈夫。もうわたしは街には帰れないから。それに、レイナと――おねぇちゃんとも約束したから」 「そっか!でも……いつかまた会いに来ようね!」 「……うん!!」 アスピドケロンに背を向け、振り返りざまに満面の笑みを浮かべるルルーテ。 目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。 彼女にしか分からぬ様々な想いが溢れているのだろう。 それでも笑ってみせたのは、レイナを心配させたくないとの気持ちからだろうか。 そんな彼女に応えるように、負けじと満面の笑みを返すレイナ。 仲睦まじげな姉妹のように見える二人だが、その出会いはつい先程の話なのだ。 巨大な亀を思わせる魔物がそのまま街となった海獣都市『アスピドケロン』 その暴走を止めるため街から生贄として捧げられたルルーテを、そうとも知らずに助け出したレイナ。 ルルーテの命を救い、アスピドケロンの暴走を止めることを条件に、レイナは自らが船長を務めるバルバーム海賊団の一味へ、ルルーテが加わるよう提案。 これをルルーテは承知し、見事にレイナは約束を果たした形だ。 「改めてよろしくね!バルバーム海賊団へようこそ!!」 「こちらこそ!レイナおねぇちゃん!」 ――フンフンッ…… 「きゃぁあ!?なになに!?」 ルルーテの太もも辺りに急に冷たい何かが触れ、その場を飛びのく。 「こら!驚かせちゃダメだよ、パピー!」 「……スンッ!」 「その子はパピー。私の大事な家族。ルルーテのことが気に入ったみたいね」 「わぁ……よろしくね、パピー!」 「ウォン!!」 「さーて、そろそろ帰ろうか!」 「バルバームへ行くの?」 「そうだよ!村のみんなが私たちの稼ぎを待ってるからね!」 「へぇ……わたし、アスピドケロンの外は初めてなんだ」 「ふ~ん……じゃあ、いろいろお話しよう!どうせバルバームまではけっこうかかるしね!」 「聞かせて!レイナちゃん達のことも、バルバームのことも!」 「こら!お姉ちゃんでしょ!大人の女に向かって失礼だよぉ?」 「そ、そうだったね!おねぇちゃん!」 どうみてもルルーテより更に幼く見える女の子に対する呼び方としては相応しくないかもしれないが、これも船長命令では仕方のないことなのである。 「よしよし……じゃあ何から話そうかな……」 「おねぇちゃんはずっとバルバームで暮らしているの?」 「違うよ!じゃあそこから話そうか……!」 ―――――― ―――― ―― 「ま、待ってくれ!君は……」 その男は、大陸から見て極東に位置する孤高の島国『アルジア』の出身。 「何か用かい?」 その女は、流浪の村『コーク』に住んでいた、狼の血を引くガルム族。 コークがマリーヴィアの近くを通りがかった際に二人は出会い、瞬く間に結ばれ、男はすぐに父親になり、女は母親となった。 二人の間に生まれた娘は『レイナ』と名付けられた。 「パパ、お帰り!!」 「おぉ!?いいパンチだな、レイナ!ママにも負けてないぞ!?」 「何言ってんだい……またぶっ飛ばされたいのかい?」 父親は仕事のためアルジアとマリーヴィアを行ったり来たりの生活だったため、母親はレイナと共にコークを出てマリーヴィアに移り住んだ。 快活でしっかりものだった母親の影響を受け、よく似た性格に育つレイナ。 アルジアから帰ってくる父の土産話を聞きながらじゃれあうのが一番の楽しみだった。 その様子を見て母親は常々思っていたようだ。 父親の職業柄仕方のない事だとは理解しつつも、彼には少しでも長くマリーヴィアに留まってもらい、レイナと自分、家族との時間を大切に過ごしてほしいと。 そんなやりとりが度々あり、寂しさからか夫婦喧嘩に発展することもままあった。 その場合、決まって母親は父親に決闘を申し込み、暴力を持って決着させる。 戦いはいつも母親の圧勝だった。 子供の教育上、あまり良い方法だとは思えないが、レイナの目には勇ましい母親の姿がキラキラと輝いて見えていたことだろう。 父親は勝負に勝つことこそなかったが、どれだけ打ちのめされても絶対に諦めない姿勢だけは貫いていた。 その根気に負け、結局母親が折れる形となることもしばしば。 勝負に負けて試合に勝つ。 そんな父親の姿もまたレイナにとっては関心の的なのであった。 こうしてすくすくと成長していったレイナ。 彼女が七歳を迎えた頃、彼女の人生に大きな転機が訪れる。 ついに家族全員でアルジアに移り住むことが決まったのだ。 家族みんなで過ごす時間が増える。 これには家族全員が心から喜んだ。 しかし、それは叶うことの無いまま夢と消えることとなる。 アルジアへと向かう航行の最中、大きな嵐に遭遇してしまった一行。 高波に煽られて船は損傷し、瞬く間に沈んでいく。 三人連れ立って海に飛び込むも、激しい潮の流れに揉まれ、散り散りになってしまった。 「ん……っぷは……マ、ママ!?パパぁ!?」 一人で荒波の中をもがき続けるレイナは、浮かんでいた木材に必死にしがみつき、いつまでもいつまでも両親を呼び続けた…… ――ペシペシ 「んぁ……?」 「おい!?お嬢ちゃん、大丈夫か……?」 頬を軽く叩かれた衝撃で目を覚ましたレイナ。 おぼろげな視界ではあったが、自分の目の前に見覚えのない男の顔があることはわかった。 「え……うっわぁ!?」 ――ドンッ 物凄い勢いで後退りする彼女だったが、その背に硬い何かが当たる。 振り返ると、それは太い木を交差させて設置された手すり。 「ここって……何で!?」 立ち上がり周囲を見渡すと、無限の広がりを見せる大海原。 ここでやっと自分が大きな船の甲板上にいることを認識することができたレイナ。 ――数日後 再び所変わり、ここは海賊の村『バルバーム』 海で両親と生き別れたあの日、気を失ったまま海を漂い続けていたレイナを救ったのはこの一帯を縄張りとする海賊の船だった。 そのまま海賊達に保護され、村に連れてこられたレイナは、特に何をするでもなく、ただただボーッとするだけの日々を過ごしていた。 ここに連れてこられるまでの間、船の上では海賊の男達が聞きもしていないことを色々と話していた。 彼らが見つけたのは、船の残骸と、漂流していたレイナ一人だけだったこと。 レイナに対して悪意は抱いておらず、彼らの村で保護するつもりであること。 そしてバルバームのこと。 バルバームは海賊達の根城ともなっていた小さな村で、元々は島流しにされた犯罪者やならず者達が集まり作った小さな集落に過ぎなかったが、近年、著しい発展を遂げ、今では人口も文化レベルも大陸の立派な街と肩を並べる程にまで成長している。 その理由は海賊の生業に起因する。 時折、海で見かけていた帝国軍船。 海賊達は、彼らの大陸での傍若無人っぷりを知るや否や、その船を積極的に襲うようになる。 そうして資源や技術を奪うことで、著しい発展を遂げることに成功したのである。 当然、帝国も安全な海上ルート確保のため、これに対処しようと躍起になっているようだが、バルバームは村の外の者にその存在が知られないよう、特別な結界によって隠されている村であるため、今もこうして平穏な暮らしを営むことが出来ていた。 「ウォン!」 「ん?どうしたのパピー?お腹空いた?」 海賊は悪い奴。 いくら自分を助けてくれたとはいえ、こうした世間一般的な印象を拭い切ることはできなかった。 真っ向から拒絶するでもなく、ただし自分からは決して近づかない。 そんな微妙な距離を保ちつつ、村の中心的存在とも呼べる彼らに心を開くことのできないレイナ。 当然、そんな彼女が村に馴染めるはずも無かった。 ただ、パピーだけは例外だった。 「スンスン……スン……」 「ごめんねぇ。さっきお昼ご飯食べちゃったから何も持ってないんだ」 「クゥン……」 パピーとはバルバームの村で飼われている不思議な雰囲気を持った狼の名だ。 飼われているといっても明確な飼い主がいるわけではなく、村人達みんなで世話しているといった方が正しいかもしれない。 パピーは村に連れてこられたレイナを初めて見た瞬間から彼女に対して興味を抱き、進んですり寄っていっては懐くようになった。 レイナが狼系のガルムのハーフであることから、同胞であると考えているのだろうか。 そのわけはパピーしか知らない。 少なくともレイナ自身は、言い表しようのない不思議な繋がりを感じていた。 「相変わらず仲が良いなぁ!」 「あ……えっと……」 「おっと……そんなに警戒しないでくれよ。そろそろおやつの時間だろ?コイツもお腹を空かせてると思って持ってきたんだ。もちろん嬢ちゃんの分もあるぜ?」 静かに寄り添う二人に話しかけてきた海賊団の船員だと思われる若い男。 その手には干し芋の入った紙袋が握られていた。 「隣いいかぃ?一緒に食べないか?」 「う、うん……」 こうしてたまに話しかけてくる村人も少なくないが、重苦しい空気とレイナの暗い表情に耐えきれず、いつもすぐにその場を離れて行ってしまう。 恐らくこの男もすぐに…… 「ほら、パピー。オマエも食え」 「スンスン……ワォン!」 「ははは!やっぱりオマエはこっちの方がいいよな!」 観念したようにポケットから干し肉を数切れ取り出すと、パピーに与える男。 この村にレイナが来る以前からこうしておやつの時間を楽しんでいたのだろう。 それを思うと、唯一の友達が取られてしまったような、少し悔しい気持になる。 「ほら?嬢ちゃんも、干し芋。あ、干し肉の方が良かったか?」 「いや……私は……」 「……嬢ちゃんを見てると、この村に来たばかりのパピーの姿を思い出すなぁ」 「……パピーを?」 「あぁ。三カ月くらい前だったかな。パピーも嬢ちゃんと同じように、俺達に拾われてここに来たんだ」 「この子も海を漂流してたの?」 「仕事中に見かけた難破船にコイツだけが残ってたんだ。詳しくはわからねぇけどな。だが、コイツも今の嬢ちゃんみたいに暗い顔してたぜ?毎日何かを探すようにフラフラとな」 「おじさん達はいつもそんなことをしてるの?」 「そうさ!この村に住んでいる三割くらいの人間が、ここに生きる希望を求めてやってきたり、海で遭難したり、嬢ちゃんみたいに漂流してたヤツらさ。俺も含めてな」 「そうなの!?」 「海賊って言うと聞こえは良くないけどな。でも、やってることは間違ってるとは思わねぇよ?ここに連れてこられたときは俺も何されるか怖くて堪ったもんじゃなかったけどな。だが、すぐに考えは変わった」 男は話す。 行く当てのある人間は、保護したらそこまで送り届け、行き場のない人間は誰であろうと村で保護して生きる手伝いをする。 村の人間が普段食べている食料のほとんどは、海賊団からの施しによりもたらされたもので、食料に限らず、衣服、雑貨、その他もろもろ含め、ここでの生活は海賊達の支えがあってこそ成り立っているものだと。 「海賊なのに良い人なの……?」 「良い人……とは言えねぇだろうな。俺達は奴隷船や密輸船ばかり襲って稼いでいるわけだが、村のためとはいえやってることは盗人だ。良い人のすることじゃねぇよ」 「でも村の人たちはみんな感謝してるんでしょ?」 「まぁな。だが、心の中は後ろめたい気持ちでいっぱいだったり、俺達を軽蔑してるヤツもいるかもしれねぇ。それでも俺達は海賊を辞めるわけにはいかねぇんだ。少なくとも、今は生きるためにな」 「……生きるって……難しいんだね」 「あぁ。だから俺は進むことを選んだんだ。拾ってくれた恩を返したいって気持ちと、ここでの暮らしが好きで、守りたいって気持ちには嘘はなかったからな。それで海賊団に入れてもらった。悩んだまま立ち止まることをしたくなかったんだ」 「それで、おじさんの選んだやり方は正しかったのかわかった?」 「まだだ。俺はバカだからよ!いつか答えが出るかもしれねぇが、当分かかりそうだ。ははは!」 「そっか……」 レイナは男の話を全て理解することはできなかった。 良い事のように見えても、それは悪い事かもしれない。 義賊であっても、海賊であることに変わりはない。 自分が知らない価値観と世界。 わからなくとも、それは彼女の興味を強く引き付けた。 「こんにちは!」 「ワォン!」 「おぅ、レイナ!パピーもご機嫌だな!」 海賊の船員の話を聞いたことがきっかけに、徐々に船員達と打ち解けていったレイナ。 当時の暗さは完全に払拭され、村人達とも笑顔で言葉を交わせるようになった。 「ねぇ?船長さんに話があるんだけど」 「おやっさんにか?何の用だ?」 「うん。実はね……ここの海賊団に入りたいの!」 レイナが海賊へ向ける興味は次第にその形を具体的なものへと変えていった。 今日、その意志を直接、海賊団の船長に伝えるために港を訪れたのだ。 「いやぁ……驚いた。まさかそんなこと考えてたとはな」 「海賊に入るには、船長に許しを貰わないといけないんでしょ?」 「え?そりゃあ……まぁ、そうなんだが……無理だと思うぞ?」 「何で!?聞いてもいないのにそんなのわかんないじゃん!?」 「だってなぁ……ま、いいか。決めるのはおやっさんだ。俺がどうこう言っても仕方ねぇ」 「うん!」 「あっちのテントで飯食ってるはずだから行ってみな。ただし、おやっさんがダメだと言ったら諦めるんだぞ?」 「大丈夫だもん!!」 決してただの興味本位や、思い付きからの行動ではなかった。 助けてもらった恩を返すため。 そして、行方不明の両親を探すため。 説明すれば理解してもらえるはず。 その時のレイナはそう信じて疑わなかった。 「ダメだ……」 「何で!?」 「ダメなもんはダメだ!」 「だから何で!?」 「オマエの気持ちは嬉しいさ。だが気持ちだけで十分だ!親を探したいなら仕事の合間に俺達が探してやる!だから諦めて村で大人しくしてな!俺達は海賊だぞ!?オマエみたいな小娘に務まるような甘い仕事じゃねぇんだ!!」 レイナの話を聞くなりすぐさまこれを拒絶した船長。 自信のありようはともかく、まだ幼く、それも女の子であるレイナが自ら危険な場所へと踏み込むのを止める。 船長の判断は、世間的に見れば至極真っ当であると言えた。 それでもレイナは決して引き下がろうとはしない。 「私なら大丈夫だよ!自分の身は自分で守れるもん!!」 「そうやって簡単に言えちまうところがガキなんだ!無理だ!!」 「だったら決闘だ!それで私の力を証明してやる!!私が勝ったら海賊団に入れてよ!!」 「本気で言ってんのか?」 「船長が相手でもいい!!」 「おいおい……勘弁してくれ。オマエみたいな小娘とマジで立合ったとなりゃ俺が笑われちまう」 「じゃあ誰がやるの!?私は誰でもいいよ!」 「……どうやら本気みてぇだな。確認するぞ?決闘に負けたらきっぱりと今回の話は諦める!それでいいな!?」 「わかった!!」 「いつがいい?」 「いつでもいい!今からでも!!」 「よし……相手は用意してやる。今日の昼過ぎに村の広場で待ってな」 「うん!!」 言うまでも無く、この時のレイナの頭の中には母と父の決闘の光景が回想されていた。 女でありながらも果敢に父に挑み、いつも勝利を手にしていた憧れの母の姿。 今、その姿を自分に重ねているのだ。 「おい、レイナがおやっさんに決闘申し込んだってのはマジか?」 「レイナが突っかけたらしいぜ?船に乗せるかどうかを決めるらしいな」 船長との話を終えるとすぐに広場へと向かい、静かに集中力を研ぎ澄ませていたレイナ。 いつの間にかこの件の話を聞きつけた船員達が、勝負の行方を一目見ようと広場を囲むようにして集まりつつあった。 さらには、その様子を見て事情も知らない村人たちまでもが何だ何だと野次馬となっている。 「ん?もう来てたのか。どうやら待たせちまったようだな。随分と気の早いことだが、まだ約束の時間までは少しある。どうする?もう始めちまうか?」 「いつでもいいよ……!」 「よし。まずはオマエの相手を紹介しよう。うちの古株の一人で、まぁそこそこの腕利きだ。こいつに勝つことが出来ればオマエを俺達の船に乗せてやる」 「わかった!」 「おやっさん直々の頼みだから引き受けはしたが、本当にやっていいのかぃ?」 「好きにやれ」 見るからに屈強そうな男。 鍛えこまれた筋肉と、体のあちこちにある戦闘の傷跡が猛者の雰囲気を匂わせる。 軽口を叩いてはいるが、その眼光は決してレイナを侮ってなどいない。 下手な油断は命取りであることを体の芯まで理解していることは勿論、船長の目の前で、しかも自分の体格の半分にも満たないような少女に後れを取ったとなれば、どんな仕打ちが待っているとも知れない。 「二人とも、ルールを説明するぞ。互いに全力を出して構わん。ただし、相手を殺すのは無しだ。だが、殺されないことを理由に無駄な足掻きを続けるような真似は絶対に許さん。俺が決着だと判断した時が決闘終了だ。いいな?」 「あいよ……」 「うん……!」 「じゃあ始めるぞ……?」 広場中央に立つ二人を中心に、静かに固唾を飲んで見守る観衆。 片や身の丈と同等の長さを誇る大剣を構える海賊の男。 片や身の丈以上の斧を背負うガルムの少女。 体格差こそ圧倒的だが、得物の破壊力に差は見受けられない。 問題は果たしてそれを使いこなすことができるか…… 「始め!!」 「てぃやぁああああ!!」 開始の合図と共に飛び出したレイナ。 策も無しにただ真っ直ぐに突っ込んだだけ。 「うぉお!?」 だがその速度は、人間の常識のそれではなかった。 巨大な斧を抱えたまま、まさか一瞬で間を詰められるなど想像もしていなかった男に動揺が走る。 「えぇい!!」 ――ドッゴォオオオオン!! 反射的に後ろに跳ぶことで、間一髪レイナの振り下ろしを回避する男。 本来、彼の頭に振り下ろされるはずだった斧は大地を穿ち、硬い岩盤をもお構いなしに深々と突き刺さっている。 「冗談じゃねぇぞ……!?」 あんなものをまともに喰らってしまえば命の保証なんて言っていられない。 男の表情は先程までの冷静さを完全に失い、焦りと驚きに染まっている。 「流石はガルムだな……まぁ、ひよっこでもこれくらいはやってのけるだろ……」 戦いを見詰める面々の中、ただ一人冷めた目でレイナを見据える船長。 だが、当然自分の部下が負けるとは思っていない。 初手の衝撃で場の空気こそ味方につけたレイナだが、戦いはそう単純なものではないことをこの男は熟知していた。 「ふぅ……マジで驚いたぜ。これは気が抜けねぇな」 船長に次いで、冷静さを取り戻したのはレイナと対峙する船員の男だった。 自身の経験が危険信号を発しているのを感じる。 だがしかし、この手の相手に勝つための術は知っている。 「来なよ、レイナお嬢ちゃん。まだ始まったばかりだぜ?」 「言われなくたってぇ!!」 観衆達の予想に反し、相手を圧倒している様子のレイナ。 だが、戦闘が開始されてから時間が経過する程に、その違和感に皆が気付き始める。 船員は手を出すこともせず、じっくりとレイナの動きを観察しつつ回避に専念。 一撃も有効打を受けることの無いまま、既に開戦から五分以上が経過しようしていた。 「くっそぉ!!逃げてばっかりでずるいぞ!!」 「攻撃だけが戦いじゃねぇんだぜ?にしてもすげぇスタミナだな」 ここまでの戦況を鑑みるに、腕力、脚力、体力はガルムの血を持つレイナが勝っているように思えるが、彼女の表情からはそんな優位性は感じられず、逆に徐々に焦るような、不安の表情を浮かべ始めている。 「よし……大体わかったぜ。今度はこっちから攻めさせてもらう。覚悟しなよ?お嬢ちゃん」 「ふんっ!今さら何だ!!もう私の方が強いのはわかってるんだから!!」 「そうかい!?」 声と共に、真っ直ぐと大剣を突き出す男。 レイナの研ぎ澄まされた反射神経はこれを楽々と捉え、意図も容易く回避。 そのまま身を翻し、勢いをつけて男を叩き切ろうと斧を握る手に力を込める。 「これで……!」 「甘いぜ!!」 「わ!?なに!?!?」 肩口を足で抑え付けられた途端、振り回そうとしていた腕に力が伝わらなくなった。 それはレイナが知るはずのない戦いのための技術。 「おらよっ!!」 「わわっ!?」 体勢を崩しながらも、カウンターをなんとか躱したレイナ。 「覚えときな。強いだけじゃ勝てないんだぜ?」 「くそぉ……!!」 経験の差。 リーチの差。 それは身体能力で勝るレイナを少しずつ追い詰めていく。 焦りは呼吸を乱し、体力を瞬く間に奪っていく。 それでも何とか凌ぎ続けてはいるが、次第に男の攻撃はレイナの動きを捉え始めていた。 「ちっ……しつこいにも程があるぜ!!」 「うぅ!!」 「よく頑張ったよ。遊び半分だったが俺にとってもいい経験になった。もっと強くなったらまたやろうぜ?」 「ま、まだ終わってないんだからぁ!!」 この時点で、大勢は誰の目から見ても明らかだった。 観衆の中には、船長から発せられる決着の合図を待つ者も多かったことだろう。 「せやぁあ!!」 それでもレイナは諦めない。 「このぉ!やぁ!!」 決死の想いで斧を振り続けるも、握力の衰えた攻撃は簡単にいなされてしまい、遂に喉元に男の剣の切っ先が突き付けられた。 「おやっさん!これで決着ってことでいいんだよなぁ?」 「くぅ……」 「あぁ。この勝負……」 「ウォン!!!!」 「パピー!?」 決着の合図を寸断する咆哮。 目にも止まらぬ速さでレイナと男の間に割って入ったパピー。 「はぁ?なんでオマエが出てくるんだよ!どっかいけってんだ!」 「グルルルルル……!!」 男に対して明らかな敵対心を感じる。 鋭い牙を?き出しにして威嚇するパピー。 決闘の様子を見て、レイナがいじめられていると勘違いしたのだろうか。 「お、おやっさん!?どうすんだこれ!?」 「ウォン!」 「うん!行くよパピー!!」 「あっ!?てめぇ!!」 隙を突き、パピーの背に跨ったレイナ。 瞬く間に男の間合いから離脱し、体勢を整える。 「おい!いいのかよ、おやっさん!?」 「アイツを手懐けたのも……いや、アイツの信頼を勝ち取ったのもレイナの力ってわけだ。そいつらは二人で一人前なんだよ」 「そんな決闘ありなのかよ……まぁ、犬っころが一匹増えたところで大して恐くねぇけどな!」 「パピー……アイツをやっつけるよ!!」 「ウォン!!」 レイナを乗せたまま目まぐるしく男の周囲を旋回するパピー。 その動きはもはや目で追うことすら難しいものだった。 「くっそ……ちょろちょろと!!」 大剣を大きく振り回して自分の間合いを死守しようとするが、少しずつ目の慣れてきた彼は、パピーの背にいたはずのレイナがいつの間にか居なくなっていることに気が付く。 「あ、あれ?」 「当たれぇ!!」 「上か!?」 死角になっていた頭上から斧を振り下ろすレイナだが、ギリギリのところで勘付かれ、再び間合いを取られる。 だが…… 「ガルルルル……!」 「な!?パピー!?てめぇ!!」 後ろに跳んだ男の裾を咥え込み、動きを封じたパピー。 着地したレイナは、踏ん張る脚でそのまま地を蹴り、男の懐へと飛び込んだ。 「ありがとう、パピー!いっくよぉおおおお!!」 「ちょ、待て!!俺の負けだ!!おい――」 「カッキーーーーーーーーンッ!!!!」 レイナが斧腹をぶつける様にして男をひっぱたくと、彼はそのまま港を飛び越え、海へと落ちていった。 「はんっ……大したもんだ。レイナ、パピー。オマエ達の勝ちだ」 「やったぁあああ!!私達の勝ちだよ、パピー!!」 「ウォオオオオオン!!」 こうして正式に海賊団に入団することが認められたレイナ。 当然、これからのパピーの居場所もレイナの隣である。 「レイナ!飯はまだかぁ~!?」 「今日の上りは上々っと……そろそろ肉も仕入れとかないといけないか……」 「お~い!レイナ~!!」 「わかってるよ!ちょっと待ってってば!!」 レイナにとって、海賊団での日々は想っていたのとは少し違ったモノだった。 男衆しかいなかった海賊団の中で、母直伝の料理や、父譲りの金勘定のスキルを発揮していった彼女は、すぐに一団にとって必要不可欠な存在となっていき、幼くも船の生活を支える母親役のような不思議な立ち位置へと収まっていった。 レイナの成長はそれだけに留まらず、船上での戦闘でも、リーチ差を埋める巨大斧とパピーとの素早い連携により次々と戦果をあげていく。 こうして船長を含め、船員達の信頼を瞬く間に厚くしていった結果、船長が船を降りることを決めた時には、次代の船長の座を任されることになった。 本来ならば、最も若く、最も新入りであるレイナが船長を務めることに、船員からの不満の一つでも出そうなものではあるが、そんな声を上げようとは誰も思わなかった。 この話を聞くだけでも、どれほど彼女が努力を重ねてきたかが少しは理解できるだろうというものだ。 「そろそろ目的の海域?」 「おぅ、レイナ。見てみろよ?ここらにはまだ手付かずの船が山ほど沈んでるんだぜ!?」 「宝の山だぁ~!って……そろそろ船長って呼んでよね!!」 船内に残されているお宝目当てに、沈んだ船をサルベージしようとバルバームから少し離れた海域にまで足を伸ばしていた一行。 海賊団結成以来、こうした行為は初めてではなかったが、いつもとは違う海域での仕事はどうしても緊張が伴う。 船内はいつもよりもほんの少しだけピリピリしているように感じられた。 この空気を敏感に察していたレイナも周囲の警戒を怠ることはせず、パピーもまた同じくである。 「んん……?あんなところに島なんてあったっけ??」 波で少し船が流されでもしたのか、いつの間にか遠くに島が見えていた。 この距離でも視認できるサイズとなると、島の中でも相当巨大な部類に入るだろう。 とはいえ、特別興味を惹かれるものでもなかったため、レイナは再び作業に戻る。 「……あれ?え!?何で!?!?」 先ほどの違和感がとてつもない異常であることに気が付き驚愕する。 作業に集中していたとはいえ、遠くに小さく見えていた島が明らかに大きく、否、距離が詰まっていた。 こんな短時間でそこまで流されるような波は出ていない。 つまりは動いているのは船ではなく、島の方であるという事実が見えてくる。 「皆ぁ!大変!!島が近づいてきてる!!」 「あぁ?何だって??」 「島だよ!!あの島がこっちに近づいてきてる!!」 「島だぁ?……おぉ!?ハハハ!こりゃ縁起が良い!」 船員達に緊急事態を直ちに知らせたレイナだが、事態を把握しても慌てているのはレイナ一人だけ。 中にはレイナよりも早く島の存在に気づいていながら、笑みを浮かべて様子を見守る者さえいるようだ。 「な……なんで?」 「そういえば、レイナはアレを見るの初めてだったか?あれはアスピドケロンだ」 「アス……アスピ……?」 海獣都市『アスピドケロン』 巨大な亀の様な生物の背に人々が暮らす、移動する海上都市。 「航海中にアスピドケロンを見ると、その船は幸運に恵まれるってな。昔から言われてる迷信だ。今日の仕事は期待できるんじゃねぇか!?ハハッ!」 「あれって生き物なの!?」 ひとまず危険はない事を悟って胸を撫で下ろしつつも、レイナの興味は尽きない。 まだまだ幼い彼女の知らない広き世界。 そこにはまるでお伽話の様な話がいくらでも存在しているのだ。 アスピドケロンの登場に、活気立つ船上。 話を聞いた船員達も続々と甲板に集まってきていた。 だが、その顔はみるみるうちに青ざめていくこととなる。 「なぁ……ちょっと早すぎやしないか?前に見た時はもっとゆっくり進んでいたような……」 「あぁ……しかも、こっちに真っ直ぐ突っ込んできてやがる……このままじゃ……」 「「…………逃げろぉおおおおおおおお!!」」 急いで錨を引き上げ、帆を張って船を走らせる一同。 アスピドケロンはもう船の目と鼻の先まで迫っており、我を忘れたように怒り狂った顔が恐怖を煽り立てる。 「取り舵いっぱぁああああい!!」 アスピドケロンとの衝突コースから逃れようと、船首がゆっくりと左を向く。 躱しきれるか微妙なタイミング。 「おい!あそこ見ろ!アスピドケロンの顔の横!」 船の運命が間も無く決まるという最中、船員の一人がアスピドケロンを指差す。 波飛沫と船の揺れでしっかりと確認することはできなかったが、人間大の光る玉のようなものが宙に浮いているのが辛うじて見て取れた。 「バカ野郎ぉ!こんな時に何言ってんだ!!」 「す、すまん!!」 「……あれ……何だろ?」 我に返った船員達が再び忙しなく手を動かし始めるが、レイナだけは光の玉から視線を逸らさなかった。 「やべぇぞ、レイナ!避けられねぇ!!」 「そのまま直進!!」 「はぁ!?テンパってんじゃねぇぞ!?」 「あの子を助けないと!!」 「あの子って……誰のこと言ってんだ!?」 「あの光の玉!女の子が捕まってる!!」 「何だとぉ!?」 彼女の野生譲りの視力だけが捉えていた。 玉の中にぼんやりと浮かぶ、光る人影。 涙しながらに祈りを捧げる少女の姿を。 「前進!!早く!!!!」 「ぐ……ちっくしょう!どうなっても知らねぇぞ!?」 押し寄せる高波の中、前進を続ける船。 激しい揺れと、甲板にまで登ってくる海水の勢いで船員が次々と海面へと投げ出される。 「レイナぁ!こ、これ以上は無理――うわぁああああ!」 「コラぁ!船長って呼べぇ!!って、誰も残ってないの!?」 ただ一人、マストにしがみ付いて足を踏ん張り続けるレイナ。 その時、光の玉がアスピドケロンの眼前にふわりと躍り出る。 「なになに!?」 アスピドケロンが大きな口を開けた途端、光の玉は水泡のように弾け、中から女の子が放り出されるのが確認できた。 「ダメぇええええ!!」 「ウォン!!」 「パピー!?」 もう間に合わない。 諦めかけたその時、パピーが船の錨を引きずりながらレイナの傍に寄ってきた。 「おぉ!!それだ!!!!」 パピーから錨を受け取り、肩に担いだまま船首へと駆け出すレイナ。 船から投げ出された船員達は、荒れ狂う海面からなんとか顔を出し、その様子を見守る。 「いっけぇええええええええ!!」 レイナの手から勢いよく放たれた錨は、放物線を描きながら少女の元へと駆ける。 「早く捕まってぇええ!」 少女はその声に反応した。 反射的に伸ばされた手が錨の鉤を確かに掴んだ。 「やった!!」 「「おぉおおおおおおおおおお!!」」 物凄い速さで船の元へと引き返す錨。 それを離すまいと必死にしがみ付く少女は、辛くもアスピドケロンの口元から逃れることに成功し、そのまま船腹付近の海へと落ちた。 「わわわわっ!?落ちちゃった!!」 「ウォン!!」 「おぉ!ありがと、パピー!!」 慌てるレイナの足元に駆け寄ったパピーの口には大きな網が咥えられていた。 その網で少女を急ぎ海から掬い上げ、容体を確認する。 「ぷはぁっ…ハァ…ハァ…」 「生きてるー!?生きてたら寝てないで手伝ってー!せっかく助けたんだから!」 ―――――― ―――― ―― 「――という訳でね?見事、ルルーテを救い出した我ら海賊団!!そして、そして、こここそ我らがアジトのバルバームだぁ!!」 「わぁ!!ここがお姉ちゃんたちの村なんだね?」 半日程の航海。 アスピドケロンとルルーテとの邂逅を経て帰り着いたバルバームの村。 帰りの航海中、延々と続くレイナの話を聞き続けたルルーテだったが、その表情は明るい。 目の前で激しく繰り返される喜怒哀楽を心から楽しみ、様々な希望を胸に抱くこととなったその船旅は、ルルーテにとってとても充実したものとなったことだろう。 ルルーテの様子に、レイナも自分のこと以上に喜んでみせた。 「じゃあ、あとはよろしくね!!報告は後で聞くから!!」 「おぃ、レイナ!雑用押し付けて先に帰る気か!?」 「船長でしょ!!私はルルーテに村を案内してあげないといけないの!!」 「へぃへぃ……後で俺達にも話聞かせろよな!?」 「わかってるよー!じゃあ、いこっか?ルルーテ!パピー!」 「うん!レイナお姉ちゃん!」 「ウォン!!」 その仲睦まじい光景に、船員達の顔もついほころぶ。 船長という肩書を背負いながらも、やはりレイナもまだ少女。 初めて同年代の友を得たことがたまらなく嬉しいことは聞かずとも理解できた。 「そういえばルルーテのこと、全然聞いてなかった……ねぇ!?今度はルルーテの話を聞かせてくれる?」 「え~……あんまり面白い話はできないよ?」 「いいのいいの!教えて!ルルーテのこと、もっともっと!」 「じゃあ、どこから話そうかなぁ……」 この時点ではまだルルーテが自分より年上であったことを知らずにいたレイナ。 それを知ったところで、レイナが先輩風を吹かせてルルーテを妹分にすることに変わりはないわけだが、狼を連れた怪力少女船長と強大な魔力を操る右腕ルルーテ。 この義姉妹の名がバルバームを飛び出し、海を越えて大陸中に轟くことになるのは、そう遠くない未来のことである。 +愛叫ぶ轟音の歌姫ジョセフィーヌ 遠くアルモニアで、たった一人アタシの帰りを待つ愛する妹キャサリン。 何よりも大切な唯一の肉親。 アタシはあなたのために今、ここで刃を振るうわ。 「さぁ、出てきなさい!アタシの妹に手を出そうだなんて命知らずは、どこのどいつかしら!?」 事はほんの数日前、楽都『アルモニア』にて起こる。 遠征でアルモニアを訪れたシャムール義勇兵団。 その中の一人が、あろうことか道ですれ違ったアタシの妹に一目惚れして、声をかけた。 幼い頃からアタシが男なんて寄せ付けさせなかったから、あの子に男に免疫なんてあるわけがない。 だからこそあの子はコロッと騙されてしまい、その気になってしまった。 それは確かにアタシの不覚。 仕事であの子の傍にいられなかったことも、世間の恐ろしさを教えることを怠ってしまった。 でも、だからといって許せるはずがないじゃない! 「き、貴様!何者だ!!」 「ここがシャムール義勇兵団の屯所と知っての所業だろうな!?」 「アタシが何者かって……?見たらわかるでしょうが!!」 そう。 アタシこそ、大陸に名を馳せるアルモニア騎士団一番隊長ジョセフィーヌ! ただし、今日のアタシは愛する妹をたぶらかし、傷つけようとする不届き者を成敗するため、遠くアルモニアから遣わされた愛の守護者! 「……カマか?」 「いや、変態だ……!」 「はぁああああ!?何ですってぇ!?!?」 許さない。 あの子だけでなく、アタシの乙女心まで踏みにじるなんて……よくも……よくも! 「あんたらも同罪よ……いいかしら?あんた達は乙女に手をあげたのよ?心無い言葉でガラス細工のように繊細で美しい心を殴りつけたの……」 「な、何なんだこいつは……!?」 「覚悟なさいっ!アタシの……シャウトッ!!」 「ひっ――!?」 安心なさい。 死にはしないわ。 ただし、その心に刻み付ける! 乙女を傷つけた代償として、痛みと共に最大の恐怖を! 「はぁああああっ!!」 ――ドゴォオオオオオオオオン! 「――っ!?」 「これ以上の狼藉は見逃すわけにはいきません……ガラス細工の美しさを語るにしては、横暴が過ぎるというものでしょう」 振り切られたアタシの拳を素手で受け止めたのは、見慣れない隊服に身を包んだ大鷲のガルムの男。 よくよく見ると、男とアタシの拳の間には、風の魔素で生成された障壁が存在した。 とはいえ、直接のダメージが防げたところで、アタシの拳の衝撃はちんけな障壁一つで全て吸収しきれるものじゃない。 それを受け切るだけの鍛え方はしてるってわけね。 「あんた……誰よ?」 「無論、義勇兵団の関係者です。名高きシャムール特産のガラスを扱う職人でもあります」 「職人のくせして、少しはやるみたいだけど……それくらいでいい気になってんじゃないでしょうね?」 「まさか。アルモニア音楽騎士団、一番隊隊長ともあろう方の全力が、この程度だとは思ってはいません」 「あら……流石ね。職人なだけはあるわ。見る目あるじゃない。それとも単にアタシのファンかしら?」 「見紛うはずもない。深紅の隊服に、雄叫びを上げて敵を薙ぎ倒す豪斧。『轟音の赤鬼』ジョセフィーヌ殿。直接お目にかかるのは初めてだが、その武勇は遠く聞き及んでいます」 「その呼ばれ方はあまり好きじゃないのよね。いかにもゴツくてむさ苦しそうな名前じゃない?で、そういうあんたはどなた様なのかしら?」 「これは失礼。名乗りが遅れました。私はシャムール義勇兵団の遊撃隊隊長を任されております、アギラという者です。なにやら屯所で暴れている者がいると部下に聞き、参上しました」 シャムール義勇兵団? そういえばさっきからそんなこと言ってたわね。 えっと……なんだったかしら。 確か『自分たちの芸術を守るため』とか言ってこの辺の有志が集まってできた非正規兵団だったわね。 今ではそれが転じて『正義のために』だとかなんとか。 「でも、まぁ……つまりはあんたもアタシを止めに来たお邪魔虫ってことでいいのよね?」 「止めに来た、というのとは少し違います。正直なところ、私一人で貴殿を完全に抑え込むとことは難しいでしょう。ですが、それはあくまで実力行使ならば、という話です」 「と、言うと?」 いちいち面倒な言い回しをする男ね…… いい加減イライラしてきたわ。 ストレスはお肌の大敵だって言うし、さっさとぶっ飛ばしちゃおうかしら。 「聞けば、貴殿は妹に言い寄った我が兵団の者を探しているとのことですが、その妹君はキャサリンという名では?」 「…………不思議ね。アタシはここで妹の名前を口にした覚えはないのだけど」 「アルモニアでキャサリン殿に声をかけたのはこの私だったというだけのことです。つまり、貴殿の目的はこの私ということになる。ならば、私さえいれば無関係な仲間たちに刃を向ける理由もなくなると思うのですが……いかがでしょう?」 「へぇ……あんたがね…………」 見返りも求めないで剣を持ったその志は結構なことだけど、そんな連中がナンパに精を出してるようじゃ笑い話にもならないわ。 安心なさい、キャサリン。 あなたを毒牙にかけた悪しき男は、アタシが成敗してあげる。 所詮、男なんて女の前では飢えた狼でしかないの。 それが世界でアタシの次にプリティなあなたの前となれば、例え忠節を重んじる騎士であろうと、万人に崇められる聖人君主であろうと、一瞬で本性を剥き出しにする。 「いいわ……ちょっと表に出なさいな。直接話が付けられるならアタシも大歓迎よ」 「心遣い、痛み入る。というわけだ。全員屯所から出ることは許さん。この方は私の客人だ。いいな?」 「で、でも……アギラさんとはいえ、轟音の赤鬼を一人で相手にするのは――」 「客人だと言っている!いいな!?」 「わ、わかりました……!」 とことんくっさい男ね。 剣を捧げた場所は違っても、正義のために戦う者としての流儀は共通ってわけ? いいわ。 すぐにその化けの皮を引っぺがしてあげる。 「――んなもん知ったこっちゃねぇんだよぉおおおお!!」 「ぐ……はぁああ!?」 「アギラさん!?!?」 ベラベラと薄っぺらな言葉ばかり垂れ流す、そのいけ好かない顎を完璧に捉えたわ。 「アタシの素性を知って、どうせ大したことはできないと踏んだんだろうが、お生憎様だったなぁ!!」 「貴様っ!!アギラさんの誠意を無下にするつもりかっ!?」 「黙ってろ、三下ぁ!知ったこっちゃねぇんだよ!アタシにとっては愛する妹こそが第一!何よりの正義!騎士の誇りも礼節も、遥か彼方に置き去りにしてここに来てんだ!いい加減に悟れやぁ!!」 「っち……皆で取り囲め!!所詮は多勢に無勢だ!!」 「やめろ!!」 「ア、アギラさん……!」 「手出し無用!これは私とジョセフィーヌ殿との問題だ!」 軽~く五メートルは吹き飛ばされておいて、それでも立ち上がろうってわけ? そりゃ、仲間の前で簡単にやられるわけにはいかないものね。 まぁ、これで少しはやる気になったのならいいわ。 一方的に攻めるのは嫌いじゃないけど、すまし顔のまま逝かれるのは大嫌いなのよね……! 「仲間の手前、カッコつけてるとこ悪いけど、膝が笑ってるわよ?いいから全力でかかってきなさい。あの世まで返り討ちにしてあげるから」 「殺すつもりなら今の一撃でそうしていたはず……そうしなかったということは、何か狙いがあってのことでは……?」 「減らず口も大概にしなさいよ?あんたなんて斧を振るうまでもないと思っただけのことよ。それを今から証明してあげるわ」 なんてことを言ってはみたけど、この男が言ったことは的を得ている。 アタシの目的は『殺し』じゃない。 あくまで、妹に仇なす者を成敗すること。 「ふんっ!!」 もし仮に、心からキャサリンと愛し合う男が現れたとして、その男とあの子の未来に待ち受ける結果が、あの子が傷つくようなものだとしたら、そんな一時の幸せなんて得ない方がマシ。 「どりゃぁああ!」 ましてや、アタシの拳で簡単に音を上げるような軟弱な男に、あの子と真に幸せな人生を築くことなんてできるはずがない。 これまでだってそうだった。 「うぉらぁああああああああ!!」 薄っぺらな愛を語って、妹に近づこうとする男は皆そう。 何があっても幸せにしてみせる? 一生あの子を守り抜く? あの子に誓ったはずのそんな台詞を、アタシを前にして言い続けられた男なんていやしなかった。 「ふんぬぅうううううううううううう!!」 だというのに、どうしてこの男は立ち上がってこられる。 これだけアタシの拳を受け続けても、瞳の奥で燃える炎はこれっぽっちも衰えちゃいない。 「ど……どうしました……もう満足しま……したか……?」 明らかに違う。 これまであの子に近づこうとした有象無象とは。 「…………いいわ。話くらいは聞いてあげようじゃない。あんた、遠征でこっちに来た時にアタシの妹をナンパしたんですってね。大切なお仕事をほっぽりだしてまで女に現を抜かすなんて、あるまじき行為なんじゃない?義勇兵団とやらは見せかけだけの正義マンごっこだったってわけかしら?」 「そう……ですね…………自分でも、何故あのような行動を取ったのか……今でも理解できません…………しかし、これだけは確かです。私はキャサリン殿を一目で愛し、幸せにしたいと心から願ってしまった!」 「な……!?」 「相手がキャサリン殿の兄君であろうとも、ここは譲るわけにはいかない!まだ気が済まないと言うのであれば、何度でも拳を振るうと良い!だが、これだけは覚えておいていただきたい!我が剣はすでにキャサリン殿に捧げた!例えその斧でこの首が刎ねられることになろうとも、一度捧げた剣を曲げるような真似は絶対にしてなるものか!!」 「…………」 アタシとしてことが、言葉を失ってしまった。 このアギラという男なら、もしかすると―― 「――っ!?危ないっ!!」 その声でハッと我に返り、身を翻すと、猛スピードで一台の馬車が突っ込んできた。 でも、馬車に突っ込まれた程度で逝ける身体なら、アルモニア音楽騎士団の隊長なんて張ってないのよねぇ。 「ふんっ!!!!もう……危ないじゃない!!」 アタシは馬車から飛び降りてくる人物を目にして、驚きを隠すことができなかったわ。 馬車を受け止めたアタシに目を丸くしている御者なんて、比較にならない程にね。 「ジョセフィーヌ兄さんっ!!」 「キャ、キャサリン!?どうしてあなたがここに!?」 「騎士団の方々から聞きましたの!兄さんがアギラ様を追いかけてシャムールへ向かったと!」 「だからって、あなた護衛も付けずに――」 「アギラ様!?」 話の途中だというのに、あの男の姿を見た途端に駆け出すキャサリン。 あなたという子は、もうそんなにも彼のことが…… 「ご無事ですか!?あぁ……こんなにも血を流して……私の兄が本当に申し訳ありませんっ!」 「キャ、キャサリン殿……よいのです。兄君は、あなたを想うがために、私の元を一人訪れ、真価を試そうとしただけに過ぎないのですから」 「だからといって……早く治療を……!」 「心配は無用です。あなたの顔を見た途端、痛みなど忘れてしまいました。あなたの姿、声こそが、私にとっての何よりの癒し。どうか笑ってください。愛する妹のために全てを投げ捨て突き進む兄君と、こんな不器用な形でしかあなたへの想いを証明できない私のことを」 「……ふふ。あなた様がそう望むのであれば、キャサリンはいくらでも笑いますわ」 「おぉ……身体の内から力が湧いてくるのを感じます。やはり、あなたは私にとっての女神だったのですね。キャサリン殿……」 「アギラ様……」 「黙れ○○○野郎が!その○○臭い手をすぐキャサリンから離せぇええええ!」 なによこれ。 なんなのよこれ。 前回アルモニアで顔を合わせて、今日がまだ二回目。 それなのに、もうお互いの全てを信じ、完全に通じ合っています的な空気。 許すまじ。 あぁ、許すまじ。 キャサリン。 すぐにでもこの男の正体を暴いて、あなたの目を覚まさせてあげる! 「まだ認めては頂けないようですね……いいでしょう!ならば私も拳をもって、貴殿にキャサリンとの愛を理解してもらうのみ!」 「よく言ったぁああああ!!二度と立てないように捻り潰してやるわぁああああああああ!!」 ――二日後 「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ…………」 「はぁ……はぁ…………ま……まだ……だ……!」 「二人共!!もうやめてくださいませ!!」 キャサリンを賭けたアギラとの男同士――じゃなかった! 女と男と戦いは、二昼夜に及んで続いた。 互いに一歩も引かず、拳の交換を続けてはいたけど、それは最初のうちだけ。 やっぱりアタシの拳に敵う男なんて、そう易々と見つかるわけがなかった。 でも……それでも…… 「な……何で……これだけやられても立ってこられるのよ!?あんたは!!」 「……全ては…………キャサリン殿に捧げた……我が愛のため…………例えこの身が引きちぎれようとも…………彼女が見守ってくれている限り……この心が折れることはない!」 「あんた……」 「アギラ様……!」 こんな男に出会えるなんてね。 最愛の妹ながら、良い眼をしてるわ。 認めましょう。 この男なら本当にキャサリンを幸せにしてくれるかもしれない。 アギラに寄り添うキャサリン。 その絵は、まさに『お似合い』で、こんなにもアタシの心を震わせるんだもの。 「いいわ……その根性とキャサリンの気持ちに免じて、交際を認めてあげる」 「おぉ……感謝しますぞ!ジョセフィーヌ殿!いや、ジョセフィーヌ兄さんとお呼びしたい!!」 「そこまで許した覚えはないわよっ!!それに、もし!キャサリンを傷つけるような真似を一度でもしてみなさい!?その時は、アタシが絶対にあんたを許さないから!いいわね!?アギラ!!」 「あぁ……承知した!!」 「それよりも兄さん!今回の件、騎士団へはどのように報告するおつもりですか!?シャムール義勇兵団の方々にここまで無礼を働いてしまった以上、タダでは済まされませんわよ!!」 「そ、それは…………」 「構いません。仲間たちには私が口止めしておきます。あくまで、私とジョセフィーヌ殿の間に置ける個人的な問題であったと。ですので、ジョセフィーヌ殿はアルモニア音楽騎士団の方々に同じように報告してもらえれば、それで事は収まるかと」 「アギラ様……何から何まで申し訳ありません。もう二度とこのようなことがないよう、兄には私が責任を持って言いつけておきますので、どうかお許しを……」 「あなたは私が愛する家族も同然の方。となれば、その兄君であるジョセフィーヌ殿も私の家族。平和を守ること以上に、家族を守ることに理由が必要でしょうか?」 「ありがとうございます……!」 「ごらぁああああ!そこっ!二人の世界に入ってんじゃねぇぞ!?調子に乗りやがって、このガキャーー!!」 「もうっ!少しは兄さんもわきまえてください!ほら、兄さんも頭を下げて!!」 「あ……ヤダっ!ちょっとキャサリン……無理やりだなんて……」 てっきりキャラ作りかと思ってたけど、この男本物だわ。 くそ真面目なのに天然とかいう一番めんどくさいタイプ。 しっかり監視しておかないと何をしでかすかわかったもんじゃないわね。 「はははっ!では、これからよろしく頼む。ジョセフィーヌ殿。共にキャサリン殿を守り抜こうではないか!」 「いきなりタメ口だなんて、馴れ馴れしいわね。ほんっと、手の速い男だこと……まぁ、いいわ。堅苦しいのはアタシもゴメンだし。あ、あと『殿』も付けなくていいわ。どうせ何かつけるなら可愛らしく『ちゃん』とかにしてくれるかしら?」 「感謝する。ジョセフィーヌ殿。では、共に守っていこう!キャサリンちゃんを!」 「そっちじゃないわよ!!」 「な、なぜ怒る!?『ちゃん』とは若い女性に用いられる敬称で、キャサリン殿をそう呼ぶように指示されたものと解釈したのだが、違ったのか!?まさかジョセフィーヌ殿を『ちゃん』付けで呼べというわけではあるまい!?」 「あーーーーー!!やっぱ嫌い!!アタシこいつ嫌いよ!!!!」 「兄さん!!いい加減にしてくださいっ!!」 その後、アタシはキャサリンに連れられてアルモニアへと帰還。 到着直後に騎士団からの呼び出しを受け、今回の一件についての釈明を求められた。 少し意外だったのは、アタシへのお咎めが全くといっていいほどなかったこと。 団長から注意こそ受けたものの、当のシャムール義勇兵団からは抗議どころか『今後もより良い関係を』なんて書簡が届いたもんだから、部下たちへの体面もあってか、重い処分を科することは難しかったのでしょうね。 キャサリンは喜んでいたけれど、それがアギラの口添えあってのものだと考えると、少し複雑な気持ちにはなる。 とはいえ、これがきっかけとなり、彼らとの間に軋轢が生まれようものなら、キャサリンは大手を振ってアギラと顔を合わせることすらできなくなるわけで、それはあの子がひどく悲しむ。 だから、今回の事に関してはアギラに感謝しなくてはいけない。 仮にもアタシが認めた男だしね。 そうして本件は一件落着。 アタシとアギラは、共に妹を愛す、良き友人となったわけ。 ちょっと悔しいわね…… シャムールでの一件から一年。 アタシがアルモニア音楽騎士団団長に就任することが決まった。 前団長がいい歳になってきたもんで、後継者を指名するとか言い始めたのが始まりで、後継者を決める会議で満場一致の支持を受けたのがアタシ。 めんどくさそうな書類仕事に追われるのはお肌にも悪そうだから断ろうかと思ってたのだけど、このことをキャサリンに話すと大喜び。 最前線で戦っていたアタシをずっと心配してくれていたのね。 だからこそ、アタシは前線から一歩身を引く決心をした。 それで少しでもあの子が安心してくれるなら、書類の山の処理くらい安い手間ってもんよね。 「ジョセフィーヌ。団長就任おめでとう!君が団長ならば皆も安心することだろう!」 「兄さん。おめでとうございます。これで少しは気を休めることもできそうですわ」 式典衣装に着替え、会場へと向かう途中、廊下でアタシを待っていたのはアギラとキャサリンの二人だった。 来賓として招いたのだけど、二人揃って気が早いこと。 「ん~!ありがとう、キャサリン!もうあなたに心配かけないようにアタシ頑張るわね!アギラ!!式典中、アタシの監視がないのを良いことにキャサリンとイチャついたりしたらタダじゃおかないから……ね?」 「もうっ!兄さんってば!!」 「ははは!わかってるさ!むしろ変な虫が付かないよう心して警護しなくてはね」 「いやですわ、アギラさん。兄さんの前で……」 「そこっ!!!!イチャつくなって言ってんのよ!!!!」 「おっと、もう式が始まってしまう!急がなくては!」 「ちょっと!?わかってるの!?ねぇ!?ホントにわかってるんでしょうね!?」 「ほら!兄さん、急いで!!」 その後、式典はつつがなく執り行われた。 「アルモニア音楽騎士団一番隊隊長ジョセフィーヌ。今を以て、貴公の一番隊隊長の任を解き、新たに騎士団長の任を命ずる」 「はっ!謹んでお受けいたします!」 アルモニア音楽騎士団の新団長の誕生を受け、式典に出席してくれた面々が盛大な拍手をアタシに浴びせてくれた。 「姉御!いや、団長!!昇進おめでとうございます!!」 「あんなことまでやらかしておいて、団長にまで昇り詰めちまうだなんて、流石っすね!!」 「お姉さま!これからも騎士団をよろしくね~!!」 「団長になっても私たちのジョセフィーヌ様でいてね~!」 主に騒がしいのは団員たちで、その様子に騎士団外からの出席者が圧倒されているのがわかる。 「ちょっとあんたたち~?まだ就任式は終わってないんだから、少しは礼節ってものをわきまえなさい!!」 形式ばった重苦しい空気は一変、あっけらかんとした暖かい空気に包まれる会場。 これには前団長もやれやれといった様子。 うちの騎士団にはこっちのが合ってるものね。 そんな雰囲気をそのままに、式典後のパーティーへと移る会場。 「すごい人気だったな……『ジョセフィーヌ』の名は私たちの故郷でも聞き及ぶところではあるが、ここまでとは思わなかった」 「兄さんは私の事となるとああですけど、仲間想いで、人望が厚いと聞いていますわ。それだけに無茶をすることも多くて、私もハラハラすることが多々ありましたの」 「は~い!そんな妹想いで、仲間想いのジョセフィーヌさんの登場よ~!残念だけど、二人っきりの時間はこ・こ・ま・で!今夜はアタシが主役なの!」 「おぉ、ジョセフィーヌ!丁度君の話をしていたところだ」 「兄さん……お酒臭い……それに、そのお連れの方たちは……」 「ん~??」 ほんの数本ワインを空けてから、急いで二人のところにきたつもりだったのだけど、背中にしがみついたまま離れない部下達に気付かないまま引きずってきてしまってたみたいで。 「何よあんたたち!アタシはこれから愛する妹と兄妹水入らずの時間を過ごすのよ!!あっちへお行きっ!! 「ひっどいっすよ、姉御~!これから任務でご一緒する機会も減っちまうんですよ~?」 「そうっすよ!俺たちと思い出話でもしながら盛り上がりましょうよ~!!」 「嫌よ!!なんであんたらみたいなむさ苦しい男共に囲まれて酒飲まなきゃいけないのよ!一緒に飲みたけりゃ王子様系のイケメンでも引っ張ってきなさい!!なんならアタシの拳で今すぐ美しい顔に整形してあげようかしら!?」 「姉御のいけず~!飲みましょうよ~!!」 「んもうっ!剣を振ることばっかりでパーティー慣れしてない子はこれだから!!あ、ほら!あそこにダンスの相手を探してる子猫ちゃんたちがいるわよ!アタシほどじゃないけど、そこそこイケてるわね!」 「なにぃ!?おい、行くぞ!!」 「おぅよ!!」 しがみ付いて離さなかった部下たちを何とか振り払うアタシを楽しそうに笑いながら、アギラがこんなことを口にする。 「はははは!私たちのことは気にしなくて大丈夫だ。せっかくの機会だ。君も部下たちと親睦を深めてきたまえ!キャサリンのことも私が責任を持って警護する」 「気にするっての!だいたいあんたはいっつもいっつもそうやって余裕ぶっちゃってもぅー!なに!?アタシを挑発してるわけ!?」 「なんのことだ?」 「きーーーーっ!!」 これもいい機会だと思った。 キャサリンとアギラが交際を始めてそろそろ一年。 あの時の誓いを忘れていないか試してやるわ! 「いいわ……もう一度はっきりさせようじゃない。あんたがキャサリンに捧げた剣とやらで、この子を本当に守り抜けるか……!」 「なるほど……一年越しの再試験というわけか。その勝負、男として背を向けるわけにはいかんな!」 「アギラさん!?兄さんも、ちょっと落ち着いてください!」 「ふんっ!なによ!!ちょっと仲良くなって『アギラさん』なんて呼ばれるようになったからって、腑抜けて剣が鈍ってたりでもしたら即アウトよ?アウト~!」 「無論。むしろ、この一年。愛する者を守るため、以前にも増して鍛錬には力を注いできたつもりだ!今では君を相手取ることも叶うものと信じている!」 「は……よく言った……この爽やかチキンが!素揚げにして食ってやるわぁああああ!!」 「はぁああああああああ!!」 「むっ!?」 流れるように放たれる強烈な蹴り。 そして、このキレ。 アタシが飲んでいることを抜きにしても、速い。 「しかし、甘~~~~い!!」 「ぐはぁ!?」 「魔素も纏わせてないただの蹴り一発でアタシを満足させられるとでも思ってるのかしら!?そうやって場所や周りの目を気にしてる余裕が、いつかキャサリンに傷をつけることになるのよ!このおバカ~!!」 「ふ……たしかに、酒に飲まれるような男ではないか。ならば遠慮も無用という訳だ。どうだろう、ジョセフィーヌ?一つ賭けをしないか?」 「おもしろいじゃない。アタシが勝ったらあんたとキャサリンは即破局!絶縁よ!永遠にド田舎の果てで泣いてなさい!」 「いいだろう!ならば私が勝ったなら、キャサリンがシャムールで私と共に暮らすことを許してもらう!!」 「…………は?」 それっていわゆる同棲ってやつ? 結婚前のカップルが夫婦になった時の生活を想定して一緒に暮らすラブラブイベントってやつ? 「認めるわきゃねぇだろぉ、ボケぇ!!だいたいそれじゃアタシがキャサリンと過ごす時間が減っちまうだろぅがぁああああ!!」 「キャサリンとの別れを賭けるのだ。否が応でも認めてもらう!」 普通にやり合えば実力的にまだアタシの方が上のはず。 だけど、空気に煽られたアギラのこのやる気…… 酒もまだ抜けきっていないし、もしも負けでもすれば…… 「この決闘を見守る全ての者たちが証人だ!私が勝てばキャサリンとの暮らしを許してもらう!あなたが勝てば、私は手を引くことを誓おう!異論はないな!?ジョセフィーヌ!!」 「ぐ……!」 ちょっとした試験のつもりが、決闘同然の様相を呈してきたもんで、会場内の皆が騒ぎに気付いて集まってきちゃったじゃない。 もしものことを考えて、この場を煙に巻いてしまうのは簡単。 でも、新団長が就任初日にそんな醜態さらしたりすれば、騎士団そのものに不信感を抱かせることにもなる…… 「涼しい顔してえげつないこと考えるじゃない……アギラ。アタシが一度は認めた男だけのことはあるわね……」 「と、いうことは?」 「いいだろう……その決闘!!受けて立ぁああああつ!!」 あの子の兄として、親代わりとして、あの子の幸せだけを願って生きてきた。 漢として、絶対に負けられない闘いがここにある! それでもアタシを倒してのけたなら、もう何も言うまい! あんたに全てをくれてやる!! 「いくぞ!アギラぁああああ!!!!」 「こい!ジョセフィーヌぅうううう!!!!」 「待ってください!!」 「――っ!?」 その時、突然アタシとアギラの間に割り込んできたキャサリンによって拳が止まる。 「危ないじゃないの、キャサリン!」 「ジョセフィーヌ兄さん!私をいつまでも子ども扱いしないでください!!」 「キャサリン、どいていてくれ。これは私とジョセフィーヌの誇りを賭けた男同士の決闘だ。何人も止めることは許されない!」 「いいえ!これは私とアギラさんの問題ですっ!アギラさん変な空気にあてられ過ぎです!」 「キャサリン……?」 「兄さんが私のことを想い、これまでずっと守ってきてくれたことはよく知っています。でも、もういいんです!いつまでも私が兄さんにおんぶにだっこされていては、兄さんが報われません!」 「……いいのよ、そんなこと。アタシはそうしたいからそうしているだけ。あなたの幸せがアタシにとっての幸せでもあるの」 「いいえ!今回は私だって引きません!もし、それが兄さんの幸せだとするなら、そんな幸せは間違ってます!私はアギラさんの幸せを願うと共に、自身もまた幸せになろうと決めました!そう思える人に初めて出会えたんです!だから、兄さんにもそう思える人を見つけて欲しい。そうして初めて兄さんは自分の人生を歩むことができるんです!」 キャサリンが私に正面切って対立している。 初めての経験。 なんだかんだ言っても、いつでもアタシを信じ、後ろをついて歩いてきたキャサリン。 いいえ。 思えば、アギラと出会ってからこの子は変わった。 アタシという鳥篭から抜け出し、自分自身で幸せを見つけるために飛び立とうとしている。 なら、アタシにはもう…… 「今まで守ってくれてありがとうございました……兄さんのおかげで、今の私がここにいます。だから、もう十分なんです。今度は、私が兄さんの幸せを願う番です……」 「……アギラ……今一度誓いなさい。この子を泣かせるような真似をしたらブッ殺す!絶対に、守り抜くと誓いなさい!!」 「おうとも!私は彼女を永遠に守り抜くことを我が魂に誓う!!」 「任せたわよ……」 「兄さん……わかってくれたんですね」 「ごめんなさいね……もしかしたら、アタシのしてきたことは酷くおせっかいだったのかもしれないわ。守っているつもりが、いつまでもあなたを縛り付けていただけだった……」 「ううん……いいのよ、兄さん……だって、こうして私たちの結婚まで認めてくれたんですもの……!」 そうね。 これでキャサリンもアギラと結ばれて―― ん? 「ちょっと待ちなさい、キャサリン。今、あなた『結婚』って言わなかったかしら?」 「はい、そのように。だって、アギラさんは『永遠に守り抜く』とおっしゃってくれましたので……」 「安心してくれ、ジョセフィーヌ。誓いは違えない。我が剣は必ずやキャサリンの幸せを守り抜く!」 「てめぇ!!そこまで許した覚えはねぇぞぉおお!?」 「ぐほぉ!?」 「あぁ!?アギラさん!!兄さん、一体どうしたというの!?」 後日、間も無くキャサリンはアギラとめでたく式を挙げた。 当初は式をぶち壊してやるつもりで式場に乗り込んだアタシだったけれど、それも結局起きることはなかった。 花嫁衣裳に身に包み、心からの幸せを感じ、涙するあの子を見てしまったら、そんな気なんて失せてしまったわ。 アギラもそれに胸を張って応えていた。 きっと大丈夫ね。 あの二人なら、誰もが羨むような幸せを築いてくれる。 アタシも頑張らなくちゃね。 あの子もアタシの幸せを願ってくれてるわけだし。 どこかにいい男いないかしら。 「――って!何なのよこれ!?違ーーーーう!!こんなのアタシが予定していた幸せ発見ライフと違ーーーーう!!!!」 流れゆく日々。 団長となったアタシの日常は、早くも十五年が経過したが、自分の幸せを見つけるための道に影を落としたのは、毎日山のように机に積まれる書類たちだった。 最初の内だけだと思っていたこの憎たらしい山は、年を追うごとに巨大化し、今やアタシのデスクを埋め尽くそうとしている。 「団長……手が止まってますよ?」 「あぁん……エリオットちゃん!今や、あなただけがアタシの心のオアシス……いっそのこと、このまま二人で愛を育む永遠の遠征にでも出かけちゃう?」 「これが全部片付いたらそれも考えます」 「だって!どんだけ処理しても後から後から後からポンポンポンポン上乗せされていくじゃないの!!全部燃やしちゃっても手が追いつかないわよ~…………え!?今考えるって言ったわよね!?」 「ちなみに、団長の目の前の山の一番下に、妹さんからの手紙を挟んでおきました。書類を燃やしちゃったら、その手紙も燃えちゃうことになりますが、いいんですか?」 「手紙……キャサリンからの……はっ!?今日は太陽の日!?」 「その山を全て処理したら読んで頂いて構いません。ボクも手伝いますから、頑張りましょう」 「おっしゃぁああああ!やったろうじゃねぇかぁああああ!!」 毎月太陽の日に届けられる、愛する妹キャサリンからの手紙。 それはあの子がアギラと共にアルモニアを離れて十五年経った今も続いている。 子供が生まれ、日々すくすくと成長していること。 アギラが休暇の日には、家族みんなで近くの湖にピクニックに行くこと。 そんな幸せな日々が綴られた手紙は、唯一アタシが妹の幸せを知る手段となっていた。 でも、手紙の最後にはいつも同じ言葉が記されている。 ――兄さんは自分の幸せを見つけることができましたか? ごめんなさい、キャサリン。 あなたが願ってくれたアタシの幸せ。 それを見つけることはまだできていないの。 だって、騎士団の子たちときたら、アタシが付いてないと危なっかしすぎて、とてもじゃないけど自分のことなんて考えていられないんだもの。 でもね、最近こう思えてきたの。 忙しくて大変な毎日だけど、そんな日々の中で皆と笑い合える一瞬に感じる小さな幸せ。 そんな小さな幸せが積み重なったところに、アタシの幸せはあるのかもしれないって。 「――っしゃああああ!辿り着いたわよ、キャサリーーーーン!」 「お疲れ様でした。毎日これくらいの量を処理してくれれば、終わりも見えるというものなんですけどね……」 「また生意気言っちゃって。これは愛による力なの。そして、アタシはだれかれ構わず愛を振り撒くはしたない女とは違うの……」 「僕にはよくわかりませんね……」 「あら……じゃあアタシが愛を教えてあげましょうか?」 「たった今、相手を選ぶという話をしていませんでしたか……?心から遠慮します」 「あらぁ!あなたはその辺の有象無象とは違うもの~!ダメよ~?自分を小さく見積もったりしたら。身体とかいろいろ大きくならないんだからね!」 この子はエリオット。 五年程前、アルモニアの路上で拾った孤児。 いろいろと事情のある子なんだけど、放っておくこともできなくて今もここに置いている。 もしかしたら、話に聞くキャサリンとアギラの子共と歳が近かったこともあったのかもしれないわね。 でも、それは決して、この子の本質を見抜いたうえでの行いではなかった。 「でも、お陰様で助かってるわ。一人じゃとてもじゃないけど処理しきれる量じゃないもの」 「いえ。僕にとっても勉強になりますから」 「ホント、いい子を拾っちゃったわ……あんたなら隊長になっても皆が文句を言うことはないでしょ。いいえ!アタシが言わせないわ!エリオットちゃんを悪く言ってるのはドコの誰!?顔面を凹ませてあげる!!」 「それも団長が組織体制の見直しに尽力してくれたからです。本来なら、僕のような子供が……しかも新参者が隊長になろうと思ったら何十年も努力しないといけないはずなのに……」 「そういう見栄やしきたりを重んじるやり方は嫌いなのよ。アルモニア音楽騎士団は違うわ。なんてったって、他でもないアタシが団長なんですもの」 アタシ自身が驚いている。 今やこの目の前の少年の実力は騎士団内でも指折り。 ずぶの素人だった子が、わずか数年でここまでの才能を発揮するなんてね。 それについては、もはや団内の全員が知るところで、明日はこの子が二番隊隊長に就任するための式が執り行われる。 十二歳の少年を隊長にすると言った時のお偉方の顔ときたら…… 説得には苦労したけど、頑張った甲斐あったってもんよね。 「アルモニア音楽騎士団団長補佐エリオット。今を以て、貴公の団長補佐の任を解き、新たに二番隊隊長の任を命ずる」 「はいっ!謹んでお受けいたします!」 翌日、予定通り行われた就任式の場で、エリオットは堂々たる姿で新たな任を拝命した。 「「おぉおおおおおおおおおおお!!」」 歴代隊長の最年少記録を大きく更新した彼の隊長就任に、団員たちは大いに沸いた。 これもアタシにとっては小さな幸せの一つ。 幸せを掴み取ってみせたと、キャサリンに胸を張って言うことはまだ難しいけれど、それでも少しずつ近づいている。 キャサリンの願いが実を結ぶまで、アタシは頑張るわ。 「おめでとう。エリオット……」 そんなある日、シャムールから応援要請が届いた。 近頃、シャムールの街周辺で、正体不明の魔物の目撃例が多発していて、シャムールが総力を挙げて調査に当たってはみたものの、件の魔物を捕獲することは叶わず、原因を突き止めることができずにいるらしい。 長期間に渡り街の不安を放置するわけにもいかず、原因の究明と解決にあたり、アルモニア音楽騎士団に協力を依頼してきたってわけ。 一つ気になったのは、何故か応援部隊の指揮として、アタシが指名されていること。 でも、少し考えたら全てわかった。 シャムールでこんな事件が起きたことを知れば、遅かれ早かれアタシはキャサリンの身を案じて飛び出していく。 それこそいつかの殴り込みの時のように。 とはいえ、今やアタシは騎士団の顔である団長。 そんな真似をすれば、今度は直属部隊だけでなく、騎士団全体が動揺することでしょう。 そこで、あえてシャムール側から指名することでアタシに大儀名分を与え、動きやすくする。 アタシの性格をよく知っていて、シャムールの意向に介在できる力を持つ者。 まぁ、アギラしかいないわよね。 キャサリンからの手紙では、アギラ自身はもう前線を退いて、若い人材の育成に尽力してるって話だったけど、元義勇兵団の遊撃隊隊長ともなれば、シャムールのお偉方に口添えするくらいのことは今でもできるんでしょう。 「一番隊を召集してちょうだい!要請を受け、これよりシャムール周辺の魔物の調査、討伐任務の現地へ向かうわよ!」 乗せられた感があることは否めないけど、感謝するわ、アギラ。 もしかしたらキャサリンや甥の顔を見る時間もできるかもしれないしね。 でも、そんな妄想はあくまでも妄想に過ぎなかったということなのかしら。 「話と違うじゃない……どこにいるのよ、その魔物とやらは!?」 「我々にもさっぱりわからんのだ……アルモニア音楽騎士団に応援を打診した頃は、確かに魔物が周辺をうろついていた。それは調査団の報告でも確認できている」 シャムールに到着し、現地の騎士団連中に案内させながら調査に乗り出したアルモニア音楽騎士団。 でも、どれだけ探索しても、その魔物とやらの姿を発見することはできなかった。 「その魔物ってのはどんなヤツなの?」 「正直なところ謎だらけだ。姿形は様々だが、今まで見たこともないような奇妙な形をしている個体ばかり。捕獲して詳しく調査しようにも、人が近づこうとすると、すーっと煙のように姿をくらましてしまう始末だ」 「魔物が人間相手にかくれんぼってわけ?シャムール周辺のヤツらは随分と気が利くものね。おかげで退屈せずに済んでるわ」 「今のところはケガ人も物的被害も出ていない。ただ、存在していることだけは間違いないという状況だ」 「ホントにもう……気持ち悪いわね」 「まったくもってその通りだ。我々としても早急に解決したいところなのだが、なかなか成果をあげることができずにいる……」 案内役の顔を見ると、完全に参ってしまっていることがよくわかる。 ちゃっちゃと任務を済ませて、余った滞在時間でキャサリンたちとの時間を過ごそうと思っていたけど、任務を途中で放棄してそんなことするわけにはいかないし、残念だけどまたの機会になりそうね…… 「アタシたちがアルモニアに帰るまで、まだ三日あるわ。その間に何としてもヤツらを見つけ出すわよ!」 「協力、感謝する!」 シャムールの人々とアルモニア音楽騎士団は連携し、徹底的に街の周辺を捜索したが、丸三日が経過しても、標的どころか、その痕跡を発見することさえできなかった。 謎は深まるばかり。 アタシたちがやってきたことで、戦力的に不利になったと見て、どこかに身を隠しているのかもしれない。 だとしても、ここまで完全に自分たちの痕跡を断つことが、魔物の知能で可能なのかしら。 「あ~あ……結局、空振りだったわね……こんな気分でアルモニアに帰ることになるとは思ってなかったわ……最悪ね、もう……こんなにブルーになったのはいつ以来かしら?」 「これだけ探してもダメだったんです。何か進展があるのを待つしかないでしょう……」 「シャムールからも、引き続いて情報提供はしてくれると申し出があったわけですしね」 シャムール滞在最終日。 この日の調査も終了し、いよいよアルモニアへの帰路に就くまで残すところ数刻。 肩を落としながら部下たちと話すアタシの目の前では、帰投準備に駆け周る団員達の姿。 「そういえば、団長。シャムールには妹さんがいらっしゃったのでは?もう長いこと会ってないんじゃ……」 「まぁね……でも、任務も失敗しちゃったし、アタシだけウキウキしながらあの子のとこに遊びに行くわけにもいかないでしょ……」 これは自分に課した誓約。 騎士団内で最も権力を持つ団長という肩書があれば、多少仕事を部下に任せてプライベートな時間を作ることは簡単。 でも、アタシはその肩書を振りかざしたりはしない。 騎士団に所属する者たちは皆がアタシにとっての家族。 家族が一人でも頑張っている内は、アタシも役目を放って遊び呆けたりするわけにはいかない。 どのみち、甥の顔なんて見ちゃったら、戻って仕事なんてできなくなっちゃうでしょうしね。 「行ってきてくださいよ!もうあんまり時間もないですけど、こんな機会早々あるもんじゃないですよ?」 「……気持ちは嬉しいわ。でも、アタシも帰る準備とか、シャムールの面々に挨拶とかいろいろあるし――」 「大丈夫っすよ!団長、ずっと休み無しに騎士団のために働いてたじゃないですか!これくらいの特別休暇があっても誰も文句言いませんよ!それに、団長らしく振舞おうだなんて、姉御らしくないですよ?」 「姉御、ね……懐かしい呼び方しちゃって……でも、いくらアタシでも団長の立場ってもんが――」 「姉御も丸くなりましたね~?らしくないっすよ?俺たちは姉御が団長になるって聞いた時、すごく嬉しかったんすよ!団長になったからって、団長らしくなってほしかったわけじゃないんす!」 「挨拶や荷造りは自分たちがやっておきます!だから行ってきてください!!」 「あんたたち……」 「ほら!どんどん時間がなくなっちゃいますよ!!」 「もぅ……馬鹿ねぇ……団長をそそのかす団員なんて、あるまじきだわ!罰として、アルモニアに帰ったら酒樽の中で溺れさせてあげるから、覚えてらっしゃい!!」 「「いぇーーーーい!!」」 部下の計らいで得られたほんのひと時の余暇の時間。 十五年ぶりにキャサリンとアギラに、そして初めて甥に会える。 馬を走らせるアタシの視界が揺ら揺らとぼやけていく。 もう歳かしらね……涙もろくなっちゃっていけないわ。 「確か……こっちの方って聞いたけど…………」 シャムール義勇兵団の屯所で聞いたアギラの家の住所。 とはいえ、不慣れな土地で目的地まで真っ直ぐ向かうということはなかなか難しい話。 焦らないように、でも、急ぎつつ目的地を目指す。 「この道を真っ直ぐ進んで、突き当たりの家ね……!」 今行くわよ、あんたたち。 まずは思い切り抱きしめて、それから―― ――ズドォオオオオオオン!! 『ヒヒィイイイイイン!!』 「――っなに!?」 途端、地鳴りのように響き渡った爆音により、馬が足を止めた。 続いて同じ爆音が街のあちこちから響き渡り、ただ事ではない事態であることを告げる。 この時、アタシは二つの選択肢を迫られた。 一つ、キャサリンたちのところまで急行し、安否を確認する。 一つ、騎士団のところまで戻り、事態の把握と対応に努める。 ジョセフィーヌ個人としては前者。 アルモニア音楽騎士団団長としては後者。 迷いは延々と絡み合い、アタシの足を地に縛り付ける。 「敵兵発見!!」 「――っ!?」 直後、行く手に現れたのは、漆黒の鎧を纏った兵士たち。 それを見て、アタシは無意識の内に馬の腹を蹴っていた。 奴らが現れたのが、キャサリンの家がある方角だったことが理由だったのだろうと思う。 「おぉおおおおおおおお!!」 「な、何だこいつ……急に――ぐぁああああ!!」 間違いない。 こいつらがこの騒ぎの首謀者。 その正体は、帝国軍。 理由はともかくとして、シャムールを襲撃してきたのだ。 「キャサリィイイイイン!!」 立ちはだかる雑兵を蹴散らし、前へ前へと馬を走らせる。 『ゴァアアアアアアアア!!』 「何よ……あれ……!!」 目的の家に近づくにつれ、その家が既に半壊していること。 そして、そこにいる巨大な魔物が、何かに向けて威嚇している様子が見えてくる。 「母さんっ!!」 魔物の足元。 ちょうど家の影になって見えはしなかったが、そこから響き渡った幼い声を聞いた途端、アタシの脳裏でブチッと何かが切れる音がした。 「うぉらぁああああああああ!!」 比べようのない体格差。 黒く、硬い鱗に覆われた皮膚に刃は通るのか。 そんなこと考えるまでもなく、アタシは魔物の脳天目がけて斧を叩きつける。 『――ッグ……オォオオオオ……!!』 「キャサリン!?アギラ!?」 着地と同時に家内を見回すと、そこに見覚えのある顔が。 「ジョ、ジョセフィーヌ!?よく来てくれた、友よ!!」 「アギラ!!」 ちょうど魔物と相対する形で、血だらけになりつつ弓を構えていたアギラの姿。 その背後に、背中から血を流して床に伏すキャサリンと、泣きながら彼女にすがりつく小さな子供。 「何なのよ、コイツは!?」 「わからん……!突然現れて、暴れ出した。その時、崩れた屋根からミルヴァを庇ってキャサリンが……!!」 「ミルヴァ……?」 それは手紙で伝え聞いていたキャサリンとアギラの子の名前。 すると、他でもない、キャサリンにすがるこの子供こそがミルヴァ。 実際に見るのは初めてだけど、綺麗な桃色の髪は紛れもなくキャサリンから受け継いだもの。 「とにかく、さっさと片付けるわよ!コイツだけじゃない!帝国軍も街に攻めてきてる!!」 「帝国軍が!?くっ……なんて間の悪い……!!」 『グルルルル……!!』 よくよく見て、目の前の魔物がこれまで見てきた魔物のどれとも異質なものであることがよく分かった。 竜種のようだけど、体を覆う鱗と鉱石のような皮膚。 こんな個体、見たことない。 まさか、これがシャムール騎士団が探していた例の謎の魔物ってわけ? 「やれるわね?アギラ!」 「無論だ……!キャサリンを決して傷つけないと君の前で誓っておきながら、この様……罰なら後でいくらでも背負おうというもの!今はこいつを倒すのみ!!」 『ゴォアアアアアアアア!!』 振り下ろされる巨大な爪を皮一枚のところで避け、前へと足を踏み出す。 威力はとてつもないけど、そんなどんくさい動きじゃアタシは捕まえられないわよ! 「ふんっ!!」 地を蹴り、勢いに乗った体勢のまま放たれる一撃がこめかみを捉え、僅かに竜の重心が傾いた。 「はあっ!!」 すかさず同じ場所をアギラの矢の雨が襲い、竜はそれを庇おうと翼を盾にする。 でも、それじゃ視界が遮られて、アタシの姿が見えないでしょ? 「おらぁああああああああああああ!!」 『グギャァアアアア!』 余裕をもってあらん限りの力を溜め、渾身の一撃を見舞う。 かつて、どんなに巨大で強大な魔物であろうと仕留めてきた必殺の一撃。 「どうかしら?たまんないでしょ!」 「――っまだだ!ジョセフィーヌ!!」 『グルゥアアアア!』 迂闊だった。 技を放ったがための脱力感と、経験がもたらした油断がアタシの反応を一瞬遅らせた。 「ぐっ……!?」 「ジョセフィーヌ!?」 大木のような尾が鞭のようにしなって頭上から襲い掛かり、強烈な衝撃によりアタシの身体は床板を突き抜けて沈む。 「い、痛いわね……やってくれる……じゃない……!力任せは嫌われるわよ……?」 「無事か!?」 「えぇ……なんとか。なんて硬いのかしら……」 手早く片付けてしまおうと意気込んだはいいが、予想をはるかに上回る強靭さに、アギラの顔に焦りが見え始める。 アタシも同様だった。 必殺のつもりの一撃でさえ、僅かばかりのダメージを与えることが精一杯。 これでは逆にアタシたちの体力が持たない。 しかも…… 「母さん?母さん!?」 さっきからキャサリンがぐったりしたまま動かない。 出血の程からみても、かなり深手であることは間違いみたいね。 「このままじゃ……!」 「…………ジョセフィーヌ。頼みがある」 「なによ、こんな時に?」 「キャサリンとミルヴァを連れて、ここから逃げてくれ……!」 「あんた……なに言ってるの?」 意図していることは理解できる。 戦うにしても、背に二人を庇ったまま倒せるような敵ではない。 キャサリンの治療も急がないといけない状況。 それはわかる。 でも、傷ついたアギラが一人で戦って勝てるはずはないし、どんな理由があろうとも一人残していくような真似―― 「頼む……友よ。私には二人を抱えて逃げるだけの力は残っていない。だが、君ならなんとかできるだろう……?」 「だったら二人で逃げるのよ!アタシが二人を抱えるから――」 「追ってくるコイツをどうするつもりだ……?」 「それは……あんたが弓で牽制してくれれば……」 「はは……さっきも見ただろう。弓だけで抑え込めるならこんなことにはなってないさ。それに、帝国軍の奴らもうろついているはずだ」 「でも…………」 「大丈夫だ。私一人でもなんとか時間くらいは稼げる。君たちがこの場を去ったら、隙を見て私も脱出する……!」 「…………くっ!!」 アギラはそう言うが、それが容易でないことは明らか。 でも、全てを選ぶことはできない。 「アギラ……忘れてないでしょうね?あんたはキャサリンを『一生守る』と誓ったのよ!?こんなところで死んだりしたら、アタシがもう一回ぶっ殺すからね!!」 「あぁ……!すぐに追いつく!二人を頼んだぞ!!」 アタシはもう振り向かなかった。 キャサリンを背負い、ミルヴァを脇に抱え、駆ける足に力を込める。 信じるしかない。 アギラの誇りと信念を。 「父さん……!!」 「ミルヴァ……母さんを頼んだぞ!」 それからの道中のことはよく覚えていない。 噛み切った唇から滴る血に気付いた時、アタシはシャムール義勇兵団の屯所にいた。 腰かけた椅子に立て掛けられた斧の刃には夥しい血が付着していて、ここに辿り着くまでに相当数の帝国兵を斬ったことはうっすらと記憶にある。 それと、思い出せることがもう一つ。 屯所に駆け込み、急いで治療を施したキャサリンが、すでに息絶えてしまっていたこと。 アタシの頭は真っ白になった。 十年以上も顔を合わせることができずにいて、ようやく会えると思ったところに待っていたこの結末。 自身の幸せを掴み取り、兄のアタシの幸せまでも願ってくれた優しいあの子はもういない。 「……う……ひっぐ…………!」 ミルヴァはアタシの膝に顔をうずめながらずっと泣いている。 この子もまた、アタシと同様、アギラにキャサリンを託された。 でも、命を賭けて託された想いを、アタシたちは酌んでやることはできなかった。 「シャムール義勇兵団の屯所はここか?コイツを頼む……」 その時、屯所に訪れた男を見て、アタシの意識は覚醒した。 正確には、その男が大事に両手で抱いていたそれを見て。 「アギラ!?!?」 「え……?父さん!?父…………さん?」 男が抱いていたのは、アギラの亡骸だった。 「ミルヴァ……お前は無事だったんだな……!」 「グ、グラフィードさん!?」 ミルヴァがグラフィードと呼んだ男は、自身が先程見てきた光景を語った。 帝国軍と魔物の両方に襲撃されたシャムールの街がすでに酷い有様であること。 家で寝ていたところ、街が騒ぎになっていることに気が付き、表に出たところでアギラの家が燃えている現場に遭遇。 駆け付けはしたが、そこには巨大な魔物の死骸と、アギラの亡骸だけが残されていたこと。 あの魔物は炎を吐いたりはしなかった。 ということは、家が燃えたのは彼が自分自身の手で火を点けたということ。 幸せな思い出の詰まった家を自分で焼き払う。 それも、全ては愛する家族に生きて欲しいがため。 「俺がもっと早く駆け付けていれば結果も違ったかもしれねぇ……すまん…………すまん、ミルヴァ……!!」 「父さん……うぅ…………あぁ………………!!」 アタシは立ち上がり、ミルヴァに深々と頭を下げるグラフィードの元へと歩み寄る。 その時のアタシの心の内は、悲しみよりも、別の感情に支配されていた。 「あんた……傭兵のグラフィードね?名前くらいは聞いたことがあるわ」 「そういうあんたは……?」 「アルモニア音楽騎士団団長ジョセフィーヌよ」 「アルモニアの……?そういえば、遠征でこっちに来てたんだったか。不運だったな。出先でこんな事態に巻き込まれちまって」 「そんなことどうでもいいのよ……アタシが聞きたいのは、あんたがこれだけの騒ぎになるまで、どこで何してたかってことよ!」 力いっぱい襟元を締め上げられながらも、グラフィードは少しも抵抗しようとはしない。 やっぱり後ろめたいことがあるってわけ? 「俺は…………っ!」 「あんたがさっさと剣を振っていれば、もっと多くの人を助けられたんじゃないの!?キャサリンも!!アギラも!!!!皆が必死に戦って、守ろうとしている間、てめぇ――」 「やめてくださいっ!!」 間に割って入ってきたのは、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたミルヴァだった。 「グラフィードさんは悪くありません……!ボクが……えっぐ……ボクがもっと強ければ……ひっぐ……」 「ミルヴァ…………」 この子が抱いている感情は自分のことのようによくわかる。 アタシだってそう。 キャサリンとアギラを守れなかった自分の弱さが憎い。 でも、この子はアタシとは違った。 アタシはそれをグラフィードに押し付け、現実から逃げようとしてしまったのに対し、この子は自分の弱さを認める強さをこの歳にして持っている。 「……ごめんなさい……悪気はなかったの…………」 「いや……こんな時だ。仕方ねぇさ。俺も同じようなことを考えることがあるよ…………」 「ミルヴァ……あなたにもよ。ごめんなさい…………!」 「おじさん……?」 それしか言葉にすることができなかった。 言い訳も、反省も、慰めさえも。 もっと注意深く魔物を調査していれば、何らかの兆候を得ることができていたかもしれない。 変な意地を張らず、キャサリンたちの家にすぐに向かっていれば守れたかもしれない。 たらればなんてくだらない。 終わってしまった時は還らない。 そう思っていたはずなのに、夥しい数の小さな後悔が重なり合い、大きな波となってアタシの心を揺さぶった。 その後、私は部下に引きずられるようにしてシャムールを脱出した。 最後まで抵抗を続ける姿勢を崩さなかったシャムール義勇兵団を街に残して。 アタシもアギラの故郷を取り返さんと斧を握ったが、アルモニア音楽騎士団団長という立場は、その行為を許してはくれなかった。 ここで団長を失うようなことになれば、シャムール騎士団ばかりか、アルモニア音楽騎士団までもが崩壊してしまう。 そのことを案じた、現地の団員が、アタシの前に立ちはだかったのだ。 グラフィードは、ミルヴァをアタシに預け、シャムールの戦火の中へと消えていった。 生きているのか、死んでしまったのかもわからない。 だけど、別れ間際の彼の顔は、自分の道を見つけた。 そんな顔をしていたような気がする。 後に、数日が経って、シャムールを完全に占領した旨の告知が、帝国軍より発表された。 それはシャムール義勇兵団の壊滅と、キャサリンとアギラが幸せを築いた街が失われたことを意味していた。 「……おじさん。ボク、強くなりたいです」 「そうね……アタシももっと強くならないといけないわ……」 妹夫婦を含む、シャムールで失われた多くの命の葬儀は、所縁の深かったアルモニアの地で行われた。 アルモニア音楽騎士団の全員が通りに並び、盛大な追悼曲を街中に響き渡らせる中、参列者たちの列の一端で、ミルヴァはアタシの手を強く握りしめる。 「アンタはこれからどうするの?」 「言った通りです。強くなります。ボクの力で、誰かを守ってあげられるように」 「アンタは十分に強いわ。自分の弱さを認め、それでも前を向いて歩き出そうとしているんだもの。それは簡単にできることじゃないわ。その強さを教えてくれた父さんと母さんに感謝なさい」 いくつもの死と戦場を乗り越えてきたアタシでさえできないことを、こんなにも小さな少年がやってのけるなんてね。 「はい……でも、結局母さんを守ることはできませんでした……」 「それは、その心の力を現実にするだけの経験がアンタになかっただけよ」 「だったら教えてください!心の力を現実にする術を、ボクに!」 本当に強い子。 あれだけの経験をしておきながら、真っ直ぐとアタシを見る瞳の奥には、熱い信念に裏打ちされた炎が灯っているのがわかる。 そういえば、アギラもこんな目をしていたわね。 「いいわ。アタシが本気であんたに叩き込む。その心が報われるだけの漢にしてあげるわ」 「そうすれば、ボクもおじさんのようになれますか?」 「それはこれからのあんた次第。努力なさい。そして、父さんみたいないい男になるのよ?」 「はい!」 「それと、アタシはおじさんじゃない。心は乙女よ。お姉さんと呼びなさい?」 「はい!!」 この子といつか、シャムールを必ず奪還して、あの子たちに見せつけてあげなきゃね。 あんたたちが育てた雛鳥が、堂々と翼を広げ、希望の空を羽ばたく姿を…… +漆黒纏う幽船の長ジェーン 「おい!待てって!ジェーン!」 男達は1隻の船に向けて声を荒げる。 広げられた帆に書かれた大きなドクロのマークが広大な海原に視線を向ける。 「アタシを止めようったって無駄さ!絶対に見つけてやるさ!よっし!出航だぁああ!!」 ジェーンが舵を切ると、船は荒波へと乗り出した。 目指すは悪魔の海域の中にあるデビルズガーデン。 「戻ってこいジェーン!!誰も帰ってきやしねぇんだ!お前だって死んじまうぞ!」 男達は揺れる船を心配そうに見つめながらまだ何か叫んでいる。 誰も帰って来ない悪魔の海域。 コンパスも効かず、見通しの悪い霧の中を進まなければ、その島にはたどり着けない。 本当にその海域の中にあるかどうかも分からない島を目指すという事は、命を投げ捨てるも同義だ。 「ヒッヒッヒ……。んなことは分かってるよ。だからこそ、アタシは帰ってくるさ!!」 誰に話しかける訳でもなく、ジェーンは海を見ながら楽しそうに笑う。 彼女をこの島に惹きつけるのは、怖いもの見たさ、興味本位、誰も出来なかった事を成し遂げてやろうという野心……。 色々な理由はあるものの、やはり根底にあるのは島を目指したきり帰ってこない両親の存在。 バルバームの島にジェーンを置いていったきり、彼らが戻ることはなかった。 首から下げた懐中時計を手に取ると、まだあの2人の声が聞こえてくる気がする。 ―― ―――― ―――――― 「なんでだよ!アタシも連れていけよ!家族だろ!?」 父は海図を広げた机を眺めながら、駄々をこねるジェーンを一蹴する。 「何度言えば分かるんだ?家族だと思っているからこそ、今回の旅には連れていけないと言っているだろ」 「くそ親父が!そんなに危険な所だったら行かなきゃいいだろ!」 ジェーンは机の足を殴り付け、怒りを露わにする。 「おい!やめろ!」 「うるせぇな!お前らがやめればいいだろうが!」 机の上に置かれていたコンパスや羽ペンが床に転がり、部屋の中は険悪なムードに包まれる。 ジェーンも喧嘩などしたくはないが、ここまで来たら引くに引けない。 父親はジェーンに乗せられて更にヒートアップしていた。 「ガキがグダグダとうるせぇんだよ!俺が決めた事に口出すんじゃねぇ!」 部屋のあちこちで物が宙を舞う。 壁にランプや本が当たる音を聞きつけて、母が部屋に飛び込んできた。 「二人共いい加減にしなさい!まったくあなたはどうしていつまでも子どもなのかしら!ジェーン!そんな男は放っておいてこっちにきなさい!」 母には頭が上がらない父は、舌打ちをしてから大きな音を立てて椅子に腰掛ける。 ジェーンは部屋を出る間際、最後の反抗だとばかりに落ちていたインク瓶を投げつけてから力いっぱいドアを閉める。 「反省しろバカ親父!」 「ジェーン、あなたも少しは大人になりなさい」 母は少し怒った様子でジェーンを見下ろした。 「だってよ!次の航海はすげぇ冒険なんだろ!?なんでアタシは留守番なんだよ!おかしいだろ!」 「私もジェーンの歳だったらそう言ってたわ。でもね、本当に帰ってこれないかもしれない危険な航海なのよ?」 「それは分かってるよ!だったら必ず帰ってくるなんて言わなければいいだろ!?変じゃんか!」 母は首から下げた懐中時計を外すとジェーンに見せる。 「あなた、これ欲しがってたわよね?」 ジェーンからすれば、欲しいなんてもんじゃない。 珍しいオウルホロウで作られた懐中時計。 バルバームの海賊の中に、持ってる人間なんて見たこともない。 あの父が結婚指輪の代わりにって母に渡したらしいが、本当にあのダメ親父がそんなガラにもない事をするのかと、疑わざるを得なかった。 母はこの時計を肌身離さず持ち歩き、大切に大切にしている。 「これを貴女に預けておくわ」 母は笑顔で、その懐中時計をジェーンの首に下げた。 「いいのかよ……?これあのアホ親父に貰ったんだろ?最初で最後のプレゼントだって言ってたじゃんか!!」 「勘違いしないで。預けておくだけよ?私達が戻ってきたら返して貰うから」 「な、なんだよそれ……」 ジェーンは懐中時計を見つめ、母にそれほどの覚悟がある事を理解した。 ―――――― ―――― ―― 「本当にバカな奴だ!後悔しても遅ぇんだからな!」 きっとあの2人が船を出した時もこんな言葉を掛けられたのだろう。 でなければ、海賊仲間から“夢見がちな夫婦の娘”なんて言われたりする訳がない。 両親はみんなからバカにされていた。 伝説のデビルズガーデン。 あの海域の中に本当にあると信じている人間は少ない。 噂は知ってはいるが、数あるおとぎ話の一つとして語られているだけだ。 魔の海域に隠された島デビルズガーデン、海の中に眠る街ポートレア、コルキドの氷海に眠る伝説の宝剣。 その一つでも証明する事が出来れば、この海に名を馳せる事が出来るのは間違いないだろう。 しかし、そんなものを大真面目に探していればバカにされるのは当たり前だった。 だが、ジェーンの両親はそのロマンを追いかけ続けた。 「夢見るのが海賊ってもんだろ!船も気持ちも全力前進だ!沈んで良いのは夕日だけってな!」 親父がいつも言っていた。 ジェーンはそんな親父を鬱陶しがっていたが、血は争えないらしい。 両親をバカにする海賊達の話を聞いていると腹が立った。 死人に口なし……何とでも言える。 戻ってこない親父達がバカにされるのは当たり前なのかもしれない。 それでも、だからこそ、自分がデビルズガーデンを見つけて戻ってくる。 そうすれば、きっと親父達をバカにしてた奴らを黙らせる事ができる。 何より、ロマンを追いかけたかった。 だから今日この日、単身悪魔の海域に向かって船を出す。 誰も成し遂げられなかった大義を果たす為に。 「てめぇら!見送りご苦労さん!ちょっくら悪魔に挨拶して戻ってくるわ!!」 バルバームの島はみるみるうちに小さくなり、やがて360度大海原に囲まれた。 待ってろよ親父、お袋。 今からアタシがお前らの汚名を返上してやる。 ――数日後 船は順調に目的地へと近づいていた。 見えてきたのは、忽然と現れた霧の壁。 噂では聞いていたが、いざ目の前にするとこの世のものだとは思えない。 「ヒッヒッヒ……こいつは楽しそうじゃん!」 ジェーンは笑い、臆する事なく霧の中に真っ直ぐと船を向ける。 中に入ると、驚いた事に数メートル先も見ることができない濃霧で囲まれた。 「こんな中進まなきゃならないのか?やってやろうじゃん!」 風が出てきたのか、帆がバタバタと音を立てる。 霧の中で強い風が吹くというのは、なんとも奇怪だ。 ここでは海の常識など通用しない事をジェーンは思い知る。 波が荒立ち、ギシギシと船体が軋み始めた。 そして、追い打ちのように雨が降り、やがて嵐がやってくる。 「こんなんどうしろって言うんだよ!」 舵を切る事もままならなくなり、立っている事がやっとな甲板から船内へと避難するジェーン。 船室にいれば雨風はしのげるが、いくら船に慣れているとはいえこの尋常ではない揺れ方に三半規管がおかしくなる。 「やっべぇな……一旦嵐が収まるまで待つしかないか……」 壁を伝い、自室までやってくると天蓋付きのベッドに飛び込む。 ここ数日、ろくに寝ていないせいで意識は朦朧とし、やがて深い眠りに落ちた。 ―― ―――― 「あれ?どこだここ?」 目を覚ますと深い霧の掛かった海に立っている。 海に足を付けているのにも拘らず、沈みもしない事に疑問を感じなかったのは、目の前の少女に視線を奪われたからだろうか。 黒いフードを被った少女は、ジェーンを真っ直ぐ見ながら口を開く。 「あなたは、ここに何をしにきたの?」 ジェーンは驚く事もなく、少女に笑顔を向ける。 「アタシはジェーン!海賊だ。ここらへんにあるっていうデビルズガーデンって島を探しにきた。お前は?」 少女は少しだけ動いたかと思うと、フードの影から瞳を向ける。 その瞳は、なんとも不思議な赤色をしていた。 「アタシは……守る者……」 「守る?守るって島をか?おい!ちょっと待てよ!」 ジェーンから少女が高速で離れていく。 特に歩いたり走ったりはしていない。 急速に遠くへ行く少女にジェーンは手を伸ばした。 「おい、待てって!!」 ―――― ―― 「待てって言ってんだろ!!」 目を覚ますと、天蓋付きのベッドで上半身を起こしていた。 「あれ……?夢か……」 もう一度ベッドに倒れ込んだ。 額に手を当てて、落ち着きを取り戻そうとする。 「えっと、今日は何日だ……」 自分が何をしていたのか、ハッキリと思い出す事ができない。 夢の中の少女の声が耳にへばり付いて、意識を集中する事ができないような変な感覚。 ふと横を見ると、見慣れない小さなタオルが落ちている。 手にとって見ると、ひんやりと冷たい。 よく見れば、ベッドの横に椅子が置かれており、上には鉄のバケツに水が揺れている。 「誰かがこの船にいる……?」 警戒しながら辺りを見渡すと、ドアが半分開いている。 バケツも小さなタオルもこの船の物ではない。 ならば、外からこの船の中に誰かが入ってきている事は間違いない。 看病をしていたのならば敵対している訳ではなさそうだが、何にせよまずはどんな奴なのか確かめなければ……。 次の瞬間、半開きだったドアが物凄い勢いで開いた。 飛び込んできたのは、年端もいかない少女。 構えていた自分が馬鹿らしくなるほど、明るい笑顔を向ける。 「お前……誰だ?」 少女は銀髪を靡かせながら、元気に口を開く。 「気が付いたんだね!良かった!私はプリシィだよ!もう起きないのかと思って心配しちゃった!はい、果物と水があるから、とりあえず口に入れて!」 少女のテンションについて行けず、呆然とするジェーン。 一体何が起きていたのか……。 一つずつ確かめなければならない。 「あぁ…悪いな…。看病してくれてたのか?」 「そうだよ!色々お話を聞こうと思ってね!」 「そうか……船は……」 そう言えば、船は波に揺れている様子がない。 ならば、どこか陸につけているのだろう……。 そこまで考えて、記憶が戻ってくる。 「あっ!!」 飛び起きると、プリシィと名乗る少女の肩を掴む。 「ここはどこだ!?デビルズガーデンか!?」 「でびるずがーでん??」 「違うのか?どこかの街に漂流してきちゃったか?」 プリシィは何か考えるような様子を見せる。 「そうなの!?じゃあこの島はでびるずがーでんって名前なの?」 島……やはり辿りついたのだ……。 記憶はないが、魔の海域を抜けて、ついに……。 渡された果物を一気に頬張ると、水で流し込む。 「こうしちゃいられねぇ!!外に行くぞ!」 壁に掛けられた帽子を被り、船室から走り出す。 「ちょっと!まだ動いたらだめだよ!!」 「こうしちゃいられないって!ついに来たのか!?ヒッヒッヒ!」 廊下を走り抜けて外の光が漏れるドアを蹴り開ける。 眩しさに目を細めながら、辺りを見渡した。 そして、見たこともない島が目に飛び込んできた。 「うぉおおおお!!本当にデビルズガーデンか!!ついに来たんだなぁ!!」 両手を上げて歓喜の声をあげる。 船の先端まで走り、島をよく眺めて見ると美しい砂浜の奥に森が広がり、あちこちに遺跡のような建物が見える。 「もう!そんなに飛び起きて死んじゃっても知らないんだから!」 後ろから急いで追ってきたのか、息を切らしながらプリシィが口を挟んだ。 「あー悪い悪い。誰にも成せなかった事をやったんだなって思ったら感動しちまってなぁ~!アタシはジェーン。プリシィだっけ?よろしくな!」 「誰にも成せなかったって、どういう事?この島は特別なの?」 不思議そうな顔をする少女に、興奮しながら説明する。 「特別も何も!!一年中霧に覆われ悪魔の住むと言われる海域!!コンパスも効かず、視界も全くない中を進んだ先にあると言われている伝説の島!!それがデビルズガーデンさ!!何人もの海賊がこの伝説の地に眠ると言われている財宝を求めて旅をしたが、誰一人帰ってきた者はいない!そこにアタシは辿り着いたんだ!感動しなくってどうする!?」 「あれれ!?そうだね……えっ!?ちょっと待って!そんなに怖い島だったのここ!?」 プリシィは慌てている様子だ。 そう言えば、そんな島に何故少女がいるのだろうか。 あまりにその場に馴染みすぎて忘れていた事を思い出したジェーンは、プリシィに疑問をぶつけた。 「っていうか、なんでこの島に子どもがいるんだ?お前はどうやって来た?もしかして島の住民がいるのか?」 「私はパパとママと一緒に船に乗ってたんだけど、いつの間にかここに来ちゃったの」 いつの間にか来れるような場所でもないような気がするが、逆に来ようとして来れる所でもない。 妙に納得できる答えに、ジェーンは頷いた。 「なるほどねぇ~遭難者か。まぁ、そうでもなければこの海域に来る事すらないとは思うけど……他に人はいないのか?」 「うん……」 プリシィは寂しそうに答える。 そうか、両親と来たはずなのに、その両親がいないっていう事ははぐれたのか、もしくはこの島に来たのはこの少女だけという事になる。 なら、ここは明るく振舞って元気づけなきゃならない。 沈んで良いのは夕日だけだ。 「そうか、それなら良かった!アタシの仕事を手伝え!この島には詳しいんだろ?財宝の在り処を教えてくれよ!そしたら、一緒にこの島を出よう!どうだ?悪い話じゃないだろ?」 「財宝?どういう事?」 少なからず、こんな少女でもデビルズガーデンに来た者としては先輩な訳だ。 何か島について知っている事もあるだろう。 両親と離れ離れになっているならば、その寂しさは誰よりも知っている。 親代わりとまではいかないにしろ、プリシィの面倒を見る事を決めた。 こうして、ジェーンとプリシィの二人は、翌日から島の各地にある遺跡を探検する事になった。 いつの物かも分からない風化した遺跡は、魔物の巣窟となっているらしい。 こんな危険な島でよく一人生きてこれたなと、プリシィを見て感心する。 彼女の扱う水魔法は、その年頃の少女の力とは思えない程。 こんな島に来た少女なのだから、何かそれなりに選ばれた人間なのだろうと笑みをこぼす。 この島を出たら、プリシィを自分の船に乗せる。 ジェーンはいつからか、そんな事を考えるようになっていた。 ――数日後 いくつの遺跡を回っただろうか。 特に目ぼしい物はまだ見つかっていないが、この探索は苦痛ではない。 こんな島に遺跡があるという事は、何かとっておきのお宝があるに違いない。 そう確信していたジェーンは、どこか常にワクワクした状態が続いていた。 「お宝あるかな~?もし見つけたら、一緒にこの島を出られるんだよ~?早く見つかると良いね!」 プリシィも相変わらず楽しそうに後ろを付いてくる。 長い間この島に暮らしているせいだろうか、明確にジェーンに話しかけている訳ではない独り言を口にする。 きっと色々なショックもあるのかもしれないと、特に何も言わずに放っている。 ただ、この時に限ってはそうも言っていられない。 「ちょっと静かにしろ……魔物の匂いがする」 遺跡の奥から今までにない程の禍々しい気配を感じる。 慎重に角を曲がると、大きな広間に巨大な四足獣の瞳が見えた。 「うわわわ~!?お宝の番人かな~?」 プリシィは小声で戯けた様子。 こんな敵を前にしても、泣き出したりパニックにならない辺り、やはり船に乗せても問題ないだろう。 むしろ、これほどの戦力ならば、そこら辺の海賊よりもよっぽど頼りになる。 「そうだといいな!よっしゃ!やっちまおうか!」 巨大なイカリを手に魔物に向かって襲いかかる。 プリシィは、ジェーンに合わせて魔法を詠唱した。 ジェーンの一撃が入ると四足獣は怯み、そこにプリシィの魔法が炸裂する。 浮き上がった所にジェーンがトドメの一撃を叩き込んだ。 「これで終わりだぁああああ!!!」 四足獣は倒れ、ピクリとも動かない。 「おっしゃ!今日も良いチームワークだったな!アタシと一緒に海賊やるか?ヒッヒッヒ!」 ジェーンは笑顔をプリシィに向ける。 「海賊~~?そんなのできるかな~~?」 「その魔法があれば大丈夫だろ!その歳でそれだけの魔術を扱えるなんて大したもんだ!」 認めている事はしっかり伝える。 父親を反面教師に、自分の有り方を考えていた。 バルバームに帰れば、誰もがジェーンの船に乗りたがる。 なにせ、あのデビルズガーデンからの生還者。 伝説の海賊船の船長となるからには、部下に信頼されなければならない。 そんな事を頭の隅で考えるようになっていた。 四足獣がいた広間を抜けて奥の祭壇までやってきたジェーンの目に飛び込んできたそれは、彼女が望んだ一品だった。 「おおおお!!これ見てみろ!!すっげぇぞ!!!」 「これな~に?大砲?」 船に装備する大砲がデビルズガーデンから拾ってきた物だとすれば、それ以上に象徴となるような物はないだろう。 財宝と呼ぶには少し違う気もするが、金目のものよりも何倍も価値がある。 「そうだ!船に乗せる用の飛び切り上物だな!」 「それじゃあ!財宝を見つけたって事なのかな!?」 「こんな形の砲筒見たことないし!これをアタシの船に乗せれば、そりゃあ驚かれるだろう!」 「やったやったぁあああーーー!!」 プリシィも自分の事のように喜んでいる。 いや、彼女もこの島から出る事が目的となっているならば、自分の事で正しいのだ。 砲筒をやっとの思いで運び出した2人は、さっそくジェーンの船に取り付ける。 船の主砲となったどこか神々しい砲筒を見て、プリシィも満足そうな顔をしていた。 「でもジェーン……この船で本当に大丈夫なの?」 プリシィが突然質問をぶつけてくる。 確かに、あの嵐をくぐり抜けてきた時に限界を迎えていたのだろう。 帆は破れ、あちこち傷つき、ボロボロになった船は、大凱旋を果たす船としては格好がつくか微妙な所だ。 それでも、一人でコツコツと資金を貯めて、ド派手な借金を作ってまで手に入れたこの船は、ジェーンにとって捨てられる筈のない船だった。 「あのな!この船はアタシの大事な船なんだ!絶対にこの船じゃなきゃだめなの!なんたってアタシの魂が入ってるからな!」 思えばここに来ると決めて、自分の船の名前を考えた日から随分長い時間が掛かった。 今でも信じられない事をしたという実感が徐々に湧いてくる。 「ヒッヒッヒ……!ジェーン・ドゥ号だ!これから乗る船の名前くらい覚えておけよな!それと、アタシの海賊船に乗るなら、今日からアタシの事は船長って呼ぶんだな!」 「せんちょう?」 「船で一番偉い人の事だよ!わかったか?」 「わかったよ!船長!!」 プリシィは楽しそうな笑顔を向けてくる。 こうして見ると、戦闘をしていない時の彼女は本当にただの女の子で、どこからあんな魔力が沸いてくるのか不思議に思う。 「ん~それでもプリシィみたいな子どもが乗ってると海賊船っぽくないか~?どうするかな~舐められたら嫌だし……」 プリシィを見ながら頭を悩ませる。 この海賊船に乗せてもビシっと決まる方法は何かないものか…。 「そうだ!!お前、うちの船の幽霊になれ!!」 「えっ?幽霊?」 「そうそう!こんなボロボロの船でもよ!幽霊船って言ったら格好良いだろ!?アタシは幽霊船の船長!そしてアタシが従えている幽霊!決めたぜ!!」 「でもでも!幽霊なんてわからないよ!どうすればいいの!?……えぇえええ!?」 一呼吸置いてから、無茶苦茶なことを言われていると気が付いたらしい。 「アタシは幽霊すら従えてしまう極悪船長!!お前はその船に乗る幽霊!そんな奴を仲間にしてる海賊なんて、前代未聞だろ!!ヒッヒッヒ!!」 デビルズガーデンからの生還だけではなく、更に強力な仲間を手に入れた。 両親をバカにしていた海賊達も、これで何も言う事は出来なくなるだろう。 考えるだけで笑いがこみ上げてくる。 デビルズガーデンから船が出る。 もう追い風を受ける帆は、ボロボロでないに等しいが、変わりに船首に取り付けたドクロの頭が、口から主砲を出しながら堂々と大海原に向かう。 霧の中でも迷わないようにプリシィの作った氷の道に沿って走る船は、ゆっくりと揺れながら順調に航路を進んだ。 甲板で舵を切るジェーンは、ふとプリシィの方に顔を向ける。 何やら一人でブツブツと独り言を言っているようだ。 「いつか2人で一緒にこの島を出ようって約束達成だね!これから2人で大冒険だよ!」 その言葉はジェーンに向かって吐かれた言葉なのだろうか。 背を向けているプリシィを見て、またいつもの独り言かとも考える。 後ろから脅かすつもりで肩を抱きかかえた。 「なんだ~その約束??まぁ確かに、これから大冒険だな!ヒッヒッヒ!!」 よほど驚いたのだろうか、プリシィは身体をビクっと震わせて、ジェーンの腕を掴む。 「もう!びっくりするじゃん船長!」 「ヒッヒッヒ!幽霊がこれくらいで驚いてたら世話ないぞ?もっと堂々としてないとな!」 「そんなのいきなり無理だよぉ……」 「なぁに!プリシィなら大丈夫だって!アタシが見込んだ女だ!」 「そうなのぉ?う~ん……わかった!もっと堂々とする!でも、どうやったら堂々となるの?」 そんな会話が霧に覆われた甲板に響き渡る。 この時のジェーンは、きっとプリシィはまだ色々と不安を抱えているのだろう程度にしか考えてはいなかった。 やがて、船は晴れ渡る世界へと飛び出す。 「よっしゃーー!!悪魔の海域を抜けたぞ!!アタシ達はデビルズガーデンから生還したんだ!!」 ジェーンは大空に手を伸ばして喜びを表現する。 プリシィも真似をして、両手をあげて飛び跳ねた。 「やったね船長!!」 ジェーンはこれからの事を考える。 まずはバルバームの島に行き、この大冒険の話をして、あの海賊達を見返してやる。 その後は……そうだな……。 世界を旅しながら、伝説の海賊として名を轟かせる。 この世界に、ジェーンの名を知らない者がいなくなるまで。 プリシィは楽しそうに笑う。 「これからも宜しくね!船長!エレシュちゃん!!」 「プ、プリシィ……?」 初めて聞く単語。 エレシュ……ちゃん……? 「あれ?船長!エレシュちゃんはどこに行ったの?」 突然プリシィは船の中を走り始めた。 「エレシュちゃんーーー!!?かくれんぼなのーーー??」 心配になるジェーン。 この船にはジェーンとプリシィしか乗っていない。 プリシィは何を探しているのだろう。 「ちょっと待てプリシィ!」 プリシィを追いかけて船内へと走り出す。 プリシィは不安そうな声を出しながら、船の中の部屋を片っ端から開けていた。 彼女が何をしているのか、ジェーンには想像も出来ない。 そして、廊下の突き当りにある最後の部屋、ジェーンの寝室に入ろうとしたプリシィの肩を掴んだ。 「いきなりどうしたんだよ?プリシィ?」 「船長……エレシュちゃんがいないの……」 ジェーンの首筋に、嫌な汗が流れる。 「なぁプリシィ……。エレシュって……誰だ?」 「え?何を言ってるの船長?」 不思議そうにしているプリシィ。 「いやいや、何を言ってるのか聞きたいのはアタシだ。エレシュっていうのは誰だ?」 プリシィの表情がどんどんと曇っていく。 「なんでそんな事言うの……ひどいよ船長……今までずっとずっと一緒に……3人でいたのに……」 プリシィは泣き出した。 ジェーンは、どうすればいいか分からない。 「待てってプリシィ!アタシ達は2人だっただろ?2人で財宝を探して、2人でデビルズガーデンから出たじゃんか!?なんか、悪い夢でも見たんじゃないのか?そうなんだろ!?」 プリシィはジェーンの手を振り解いて走り出した。 「船長なんかもう知らないもん!!」 ジェーンはその場から動けずに、プリシィをただただ見ている事しか出来なかった。 プリシィは何か夢のようなものを見ていて……いや、あんな島にずっと一人でいたんだ。 頭の中に友達を作らないと生きていくのも困難だったのかもしれない。 「アタシはどうすりゃいいんだよ……」 その場に座り込み、しばらく考えるジェーン。 話を合わせて、エレシュはデビルズガーデンに置いてきたとでも言うか……。 エレシュという名の人物が誰なのか分からない以上、適当な嘘を付いたとしても簡単にバレてしまうだろう。 どうすればプリシィを傷つけずに、いい方向に持っていける? エレシュの事が何も分からないなら、下手に芝居は打てない。 ならば、プリシィに当たり障りのないように、少しずつ聞くしか方法は……。 ジェーンはプリシィの部屋の前に立つと、一つため息を吐く。 「今は、正面切って聞いてみるしかないよな」 半刻程考えた後、覚悟を決めてプリシィのいる部屋のドアを開ける。 「プ、プリシィ……?」 部屋の中に入ると、彼女はベッドにうずくまっている。 そっと近づくと、微かに寝息が聞こえた。 泣き疲れたのか寝ているようだ。 「まったく……しょうがない奴だなぁ……」 次の瞬間、ジェーンは背後に凄まじい殺気を感じ取った。 「誰だ!?」 振り返ったジェーンは、目を疑う。 黒い布に包まれた“ソレ”は、明らかに生者ではない。 「……っ!?」 「大きな声を出さないで。プリシィが起きてしまう」 ジェーンの口元に人差し指を当て、声を出させないようにする。 その指は、白く、冷たく、硬い……まるで骨のような……。 その時、ジェーンは気が付いた。 この声、どこかで聞いたことがある。 記憶を辿り、その声の正体を探る。 (あなたは、ここに何をしにきたの?) そうだ。 デビルズガーデンに来る直前の夢の中。 黒いフードを被った少女。 あの時の声と、同じ声だ。 しかし、あの時は少女の外見をしていた筈だが、今目の前にいる“ソレ”はまさしく死神と言った風貌。 ジェーンは笑顔を作る。 「わかった。大きな声は出さないよ。アタシの部屋で話そう」 黒いフードの横を通り過ぎて、自室へと向かう。 ドアを開けると既に先回りしていたのか、“ソレ”が待ち受けていた。 「よし、質問をさせてもらうぞ。お前がエレシュか?」 「……随分と受け入れるのが早いのね。もう少し驚くと思ったわ」 「ヒッヒッヒ……海賊を舐めて貰っちゃ困るぜ。これから幽霊船の船長をやろうってんだ!これくらいでビビってたら世話ないだろ。まぁ……さっきは少しだけビビったけどな……」 「不思議な人ね……。お察しの通り、アタシがエレシュよ」 ジェーンはホッと胸を撫で下ろす。 プリシィの探していた人物に会えたのだから、状況は前進していると考えていいだろう。 「よし、1つずつ聞こうか。お前は、まず何なんだ?」 「アタシはあの子……プリシィを守る者」 そう言えば、夢の中でそんな話をしていた気がする。 「一回、アタシの夢の中で会ったような記憶があるんだけど、あれは夢じゃなかったって事でいいのか?」 「アタシはプリシィを守る者……あなたはデビルズガーデンに入ってきてしまった。だからプリシィの敵なのか、どうなのか、知りたかった」 「そう言えばあいつが言ってたな。オッドアイの人間だったか……今までずっと狙われてたっていう事か?」 「まぁ、そんな所ね」 「なるほど。安心してくれ!アタシはプリシィをどうにかしようなんて思ってないからな!あ、一緒に海賊をやろうとはしてるけど…ヒッヒッヒ……」 「貴女はそういう人だって知っているわ。だからアタシは手を出さずに今まで見てきた。プリシィをあの島から出そうとしてくれていたしね」 「じゃあ、次の質問だ。お前は、その、幽霊なのか?」 「幽霊……と言っていいのかは分からない。でも生者ではないわ。アタシはあの子の呪いとでも言うべきかしら。オッドアイの人間が高い魔力を所有しているのは、2つの魂を身体に宿しているから」 「ふ~んなるほどな」 「やけにあっさりと納得してくれるのね」 「まぁ、疑っても仕方ないだろうし、お前が嘘付いても良いことないだろ?」 「それはそうなのだけど……」 エレシュはジェーンが普通に会話を続けている事、更には自分の言った事を全て鵜呑みにしている事に疑問を覚えている様子だ。 しかし、ジェーンからすればそれは当然の事だった。 「プリシィの親はどうした?いなくなったって言ってたけど」 「……アタシが殺したわ」 「っ……!?なんでだ!」 ジェーンの表情が一気に強張る。 「あの子の親は、あの子を殺そうとしていた。直前まで悩んでいたみたいだけれど、あの子を庇い続ける事に限界を感じていたみたいなの。家財を詰んで海に出たのはいいけれど、何の宛てもなく海を彷徨う内に、気が滅入ってしまったのでしょうね。彼女を海に捨てると話していたのをアタシは聞いてしまった。結果、アタシが手を出す前に、海賊に殺されてしまったのだけれど、アタシはあの人達を見殺しにした。結果、アタシが殺したという事」 ジェーンは真剣な表情でエレシュの話を聞き続けた。 「それはエレシュが殺したんじゃない。クズみたいな海賊が殺したんだ。海賊は色々いる。そいつらみたいに、船を襲って金品を奪う奴らや、海の宝をサルベージして稼ぐ奴ら。アタシの親みたいに、色んな島に言って財宝を探す奴らとか、本当に色々いるから、アタシ的には一括りに海賊って言って欲しくないんだけどな」 「貴女の事は、それなりに信用しているからこそ、こうして姿をさらしたんだから」 「まぁ、その話は大体わかった。プリシィに変な期待をさせないようにするよ。それでいいか?」 「えぇ。構わないわ」 「それじゃ、最後の質問だ」 一番気になっていた事。 それを確かめなければいけない。 「何故プリシィに姿を見せない?」 エレシュは、それまでとは違い、少し間を置いてから切り出す。 「本来アタシは、あの子に姿を見せられないの」 「どういう事だ?」 「あの子にアタシの姿を見られたら2つの魂が消えてしまう」 「……なら、何故プリシィはエレシュの事を知ってる?」 「あの島、貴女がデビルズガーデンと呼ぶ島の周りは、世界の理がよじれた場所。アタシはあの空間にいる時だけ、あの子の意識と会話をする事ができた」 「なんだそりゃ?」 「貴女はあの島が本当にただの島だと思う?」 「……いや、そういう訳じゃないけどさ……変な遺跡いっぱいあったし」 「アタシだって最初は信じられなかった。あの子と会話が出来る日が来るなんて想像もしていなかったから」 「なら、なんであの島からプリシィが出る事を許容したんだ?お前だってプリシィと話したりしたいんじゃないのか?」 「それはそうだけれど、アタシと話しているよりも、プリシィには本当に理解のある人……生きている人間と生活をして欲しいから」 ジェーンは考える。 エレシュはこんな見た目をしているが、色々な事を考えて、今まで色んな選択をしながら、本当にプリシィの幸せを願っている。 「……わかった。アタシもお前と一緒だ。プリシィには楽しく生きて欲しいし、同じ船に乗る者として守ってやらないといけない。今からエレシュもアタシの船の仲間だな!ヒッヒッヒ……」 ジェーンは楽しそうに笑う。 「アタシが……仲間……?」 「おう!なんだ?アタシの船が不満だってのか!?」 「……フフフ……。そんな事を言われる日が来るとはね」 「これからよろしくな!ヒッヒッヒ……。そうだ、最後になんか一つプリシィに渡せるようなものないか?」 「あの子に渡せるもの?」 「あいつを納得させなきゃならないだろ?」 ――数時間後 プリシィの横に座るジェーンは、その寝顔を眺めていた。 「う、うーーん」 「起きたか?プリシィ!」 「船長……?あれ……?」 「ちょっと話があるからまず顔洗ってこい」 プリシィの意識を覚醒させてから、本題へと入る。 「エレシュがな、こいつをお前にって」 ジェーンは、黒のリボンを取り出した。 「え!?エレシュちゃんが?」 「あいつはな、あの海域から出る事が出来ないんだってよ。さっきまでアタシはエレシュの事知らなかったんだ。悪かった……。お前の大切な友達だったんだってな」 プリシィはリボンを受け取ると、まじまじと見つめる。 「これ、エレシュちゃんがつけてた……」 「あぁ。だけど、プリシィの事はずっと見守ってるし、アタシと一緒に海賊頑張れって言ってたぞ。お守りとして、それを付けててくれって」 ジェーンは、プリシィの手からリボンを取ると、彼女の右足に巻きつける。 「無くさないようにな。肌身離さず持っておけ。エレシュからの伝言だ」 キョトンとしているプリシィに笑顔で返す。 「船長……。エレシュちゃんにはもう会えないの?」 「そうだなぁ~。アタシの目的が済んだら、もう一度あのデビルズガーデンに行ってみようぜ?そしたら、また会えるだろ?」 「うん!そうする!!じゃあ、それまで海賊頑張らないとだね!」 笑顔になるプリシィを見てホッとするジェーン。 少し端折ってしまったが、彼女を納得させるには今はこれでいいだろう。 もし、本当の事を話さなければならない時がきたら、その時にまた考えればいい。 「よっしゃ!!それじゃあ!バルバームに向けて出発だ!遅れるなよプリシィ!」 船は小さな島を目指して進み続ける。 穏やかな風に乗り、順調な航海。 やがて、目的地であるバルバームが見えてきた。 「帰ってきたなーー!!」 「船長!まずはどうするんだっけ?」 「アタシの事をバカにしてた奴らの度肝を抜いてやるんだ!」 この時の事をシミュレーションして、沢山の言葉を考えた。 ついにそれを吐き出せると思うと、胸が高鳴る。 しかし、近づいてくる島を望遠鏡で覗いていると、何かがおかしい。 見慣れない船が多数、そして見慣れない建物。 大きな石作りの造船場は姿を変えて、レンガ作りの綺麗な建物になっている。 「ど、どういう事だ?」 とりあえず船を港につけたジェーンは、出迎えてくる海賊に更に驚く事になる。 「てめぇら!どこからやってきた!?そんなクソボロボロの船でバルバームに乗り込んでくるとはいい度胸だな!?」 剣を向ける海賊達。 その中に知っている顔がいない。 「待て待て!アタシはバルバームの海賊だ!ジェーンだよ!」 「ジェーン!?そんな奴は知らねぇな!!うちの島にはいねぇ!」 「どういう事だ!!?」 「船長どうしたの?」 プリシィが不安そうな表情でジェーンを見る。 「わからねぇ……が、何か変な事が起こってるのは確かだな」 ジェーンは混乱する。 「怪しい奴らだ!ちょっとこっちに来い!!」 男達に囲まれたジェーンとプリシィは、為す術もなく捕まってしまう。 「ちょっと待てよ!なんなんだよ!!」 「お前、珍しいモン持ってるじゃねぇか!」 ジェーンの胸に掛けられた懐中時計に手をかけようとする男。 「ふざけんな!これだけは渡さねぇ!」 男の手を振り解き、戦闘態勢に入るジェーン。 「プリシィ!もうめんどくせぇけど、やってやろうぜ!」 「海賊の戦いだね!船長!」 男達もそれに合わせて身構える。 「この懐中時計はオウルホロウで作られた超レアな代物だ!お前達が軽々しく手にしていいようなもんじゃない!」 「……オウルホロウ?どこだ?」 海賊達は顔を見合わせる。 何か反応がおかしい。 あの、魔導研究都市を知らない人間がいる訳がない。 男の一人が声を上げる。 「そう言えば聞いた事がある。何百年も昔に滅んだ、マーニルとガリギアの元となった都市が……確かそんな名前じゃなかったか?」 「あぁ!それなら聞いた事あるぜ?確か……絶魔地帯になっちまったんだろ?」 何百年も前に滅んだ? 親父がその街に行ったのはせいぜい30年前……。 ジェーンの頭に一つの仮設が浮かぶ。 この様変わりしたバルバーム。 知っている人間は誰一人としていない。 周りを見ると、見たこともない船の装備。 滅んだオウルホロウ。 行ったものは誰一人として、帰ってこない海域……。 エレシュの言葉を思い出す。 (あの島、貴女がデビルズガーデンと呼ぶ島の周りは、世界の理がよじれた場所) (貴女はあの島が本当にただの島だと思う?) 「なるほどな!!そりゃ誰も帰ってこない訳だ……」 急に叫んだジェーンに、プリシィはビックリしたようだ。 「どうしたの船長!?」 「ヒッヒッヒ……プリシィ、アタシ達はどうやら、未来に船を出しちまったみたいだぞ」 「……え?」