約 1,367,014 件
https://w.atwiki.jp/frontmission1st/pages/638.html
New 名称 価格 AT DF Hit Range Weight Bullet Type 備考 回×攻 防 的 射程 重 弾 タイプ GLAW TASK-SE グロウタスクSEライフル 640 1×47 - 80 1(1-1) 24 - Short(近) GLOWTUSK-SE RAPTOR FX ラプターFX MG 660 5× 9 - 74 1(1-1) 24 - Short(近) FV-24 FV-24 バルカン 700 5×11 - 74 1(1-1) 30 - Short(近) RIM-4 RIM-4 グレネード 720 1×60 - 60 4(1-4) 36 - Long(近/遠) New URANIO ウラニオ MG 740 3×19 - 74 1(1-1) 26 - Short(近) New IBISⅡ アイビスⅡ ライフル 760 1×58 - 82 1(1-1) 28 - Short(近) IBIS Ⅱ
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/44009.html
覇炎機騎兵 ランボルシェオン・ボルシャウル OR 火 (11) 進化クリーチャー:アーマロイド/アーマード・ドラゴン/ヒューマノイド 9000+ ■∞ソウルシフト ■進化V−自分の火のアーマロイド2体 ■W・ブレイカー ■パワーアタッカー+9000 ■このクリーチャーが攻撃する時、自分の山札の上から1枚を墓地に置く。それが進化ではないアーマロイドであれば、コストを支払わずに出してもよい。 ■このクリーチャーの攻撃が終わった時、相手のシールドを2枚ブレイクする。 ■自分のアーマロイドすべてに「スピードアタッカー」を与える。 作者:シザー・ガイ 「現代デュエマの火文明のトップレアクリーチャー」をイメージした能力。 こういう感じのは初めてなんでイメージが出来た時嬉しかったです 収録 パロディ・パックSG-01「邪神帝アイビス君臨!?」 フレーバーテキスト 評価 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/wrtb/pages/5710.html
アイビー・ジョージ 名前:Ivy George 出生:2007年5月16日 - 職業:女優 出身:アメリカ 出演作品 2010年代 2016年 エージェント・カーター*(アグネス・カリー(幼少期)) ガール・ミーツ・ワールド(マヤ(幼少期)(#50,63,66)) 2017年 ラプンツェル ザ・シリーズ*(ラプンツェル(幼少期))
https://w.atwiki.jp/nitendo/pages/9737.html
キィウィ とは、【パイロットウイングス64】?のキャラクター。 プロフィール 作品別 元ネタ推測 関連キャラクター コメント プロフィール キィウィ 他言語 Kiwi 性別 女 年齢 12歳 身長 142cm 体重 30kg 初登場 【パイロットウイングス64】? おさげ髪の似合う女の子。元気で明るいおてんば娘。体が軽いので風の影響を受けやすい。 作品別 【パイロットウイングス64】? ゲームでのタイプは【ラーク】?と同じ。ハングライダーは旋回性能が高く風の影響を受けやすいためサーマルで高く上昇しやすいが風の強い場所では操作がやや不安定に、ジャイロコプターとスカイダイビングは標準的な性能、ロケットベルトとキャノンボールは風の影響を受けやすく、ジャンブルホッパーはゆっくりで高いジャンプをするがやはり風の影響を受けやすい。 元ネタ推測 kiwi(絶滅した鳥である「キーウィ」) 関連キャラクター 【ラーク】? 【アイビス】 【グース(パイロットウイングス64)】 【ホーク(パイロットウイングス64)】 【フーター】 コメント 名前 全てのコメントを見る?
https://w.atwiki.jp/worldtrigger2ch/pages/299.html
桃園の誓い 名前: 桃園 藤一郎 (ももぞの とういちろう) 年齢: 17歳(高校生) 5月15日生まれ 身長: 176㎝ 星座: ねこ座 血液型: A型 好きなもの: バスケ 自転車 チキン南蛮 炊き込みご飯 所属: ボーダー本部所属 A級8位片桐隊 階級: A級隊員 肩書き: スナイパー 所持トリガー: ◇ボーダーのノーマルトリガー: メイン> イーグレット アイビス シールド Free Trigger サブ > バッグワーム Free Trigger シールド Free Trigger 片桐隊の一員。 作者のデビュー作である読切作品の「ROOM303」に登場したキャラと同じ名前のキャラ。 ワートリではトップの辺りをハネさせた刈り上げの明るい髪で軽い印象を受ける容姿で小さめの目が特徴。 「ROOM303」では旧三バカの「一番むかつくやつ」にも似た軽い印象のキャラだったが、ワートリでは幾分落ち着いた雰囲気。 片桐、雪丸のあとに部隊に参加した。 遅れて入ったため、それほど東からの指導は受けていない。 部隊に入ってすぐにA級になってしまったため今も慌てがちな様子。 作者には一人前ではなく0.8人前と言われている。 流されやすい性格でバスケ好きなのに片桐に誘われ野球部に、銃手志望だったのに奈良坂に誘われ狙撃手になっている。 BBFによるとポジションは狙撃手(スナイパー)。 あまり使用者のいないトリガーや改造トリガー、試作トリガーなどを装備する他の片桐隊の戦闘員と比べて彼のトリガー構成に特筆すべき点は見当たらないが、 しいて言うならライトニング抜きのイーグレット・アイビスという組み合わせは他の正隊員のスナイパーには見られないものである。 フリートリガーを多めにしてるのはトリオン確保のためかもしれない。 家族は両親以外に祖父も一緒に暮らしていて、犬を飼っているようだ。 桃園藤一郎のトリガー編成も他のスナイパーとはちょっと違うんだよな やっぱり片桐隊は特殊だ -- 名無しさん (2016-11-16 02 48 42) やっぱり観測手の尼倉亜澄とセットで戦うのかな -- 名無しさん (2016-11-16 02 49 05) スカウト旅で対人よりのライトニングは置いてった。みたいな説もひとつよろしく -- 名無しさん (2019-01-07 15 48 01) 宇野ともまた違うトリガー構成だね -- 名無しさん (2019-01-12 22 54 32) おそらくトリオンが10以上あってイーグレットと尼倉の組み合わせで超長距離狙撃をしてくるんだろう -- 名無しさん (2019-08-14 14 40 42) もう、プロフィール帳でてる、流石だ -- 醤油 (2021-12-03 20 30 42) ライトニング入れてないとこ見るにトリオンは少ない方なのかな。奈良坂さんに誘われるくらいだから銃手時代から射撃精度がよくてそれが武器だったりするのだろうか。 -- 名無しさん (2024-06-01 03 18 23) 尼倉の索敵補正を受けるから、ライトニングで嫌がらせをするより一撃狙いなんじゃないかな -- 名無しさん (2024-06-15 20 08 33) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/frontmission1st/pages/647.html
New 名称 価格 AT DF Hit Range Weight Bullet Type 備考 回×攻 防 的 射程 重 弾 タイプ IBISⅡ アイビスⅡ ライフル 760 1×58 - 82 1(1-1) 28 - Short(近) IBIS Ⅱ New GRAVEⅡ グレイブ2 MG 780 4×14 - 74 1(1-1) 28 - Short(近) GRAVE Ⅱ New CEMETERY10 セメテリー10 MG 800 4×15 - 74 1(1-1) 30 - Short(近) CEMETERY-10 New Be-11 Be-11 バズーカ 800 1×59 - 60 4(1-4) 38 - Long(近/遠) New HOT DOG ホットドッグ 800 1×61 - 80 1(1-1) 28 - Short(近) New BANISH バニッシュ バズーカ 840 1×61 - 60 4(1-4) 40 - Long(近/遠)
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/42210.html
プロト・クラスター C 水 (3) クリーチャー:サイバー・クラスター 4000 ■ブロッカー ■このクリーチャーは攻撃できない。 ■このクリーチャーが出た時、バトルゾーンに自分の他のサイバーが1体でもあれば、カードを1枚引いてもよい。 作者:シザー・ガイ 《戯具 グリリング》と比べるとパワーが1000高い代わりにcipのドローが不安定。 しかし「引かないという選択肢」もとれます。 そうですね。お好みで。 収録 パロディ・パックSG-01「邪神帝アイビス君臨!?」 フレーバーテキスト 「そもそも、量産機と言うモノは性能がある程度保証されているからこそ大量に作られているのだ。そんじょそこらのポット出ごときに負けるなんて事はありえん。」---サイバー・ムーンにケンカを売る、とある水文明の科学者(パロディ・パックSG-01) 関連 + ... 《アクア・ハルフォート》 《ミラージュ・マーメイド》 評価 名前 コメント 自由使用可能カードリスト
https://w.atwiki.jp/twkurono/pages/2.html
ハルカ・ユリィ ダンテ(ペット) デュマ(ペット) エイダン・レイヴィル ヴィル リュオル・ユリィ ウェルギリアス アイビス=ハートレイジ たま エスピオ・ヴィーレ ベルナ キジリ メルティアリス もも カレンドラ・エール シオン・サイラス ハルシオン・カイツォール ジャスティス 狩魔 憂璃 クレル・フォンレイ コキュトス ヴィルヘルム・メフィスト アサシ ティト・ベルデリカ タンベレント ミルフィア・リアナイト レヴィアン・ディー ティーダ・グレンシア ミケ三世 リュシア トト イヴァン(イヴ) 玉琴 吏秀 夜月 澪 フロリア ウォレン・シーヴァ スノウ・エンヴィディア セドル ヒメリア セレスティノ・アスナール モルテ ユナ・ベルンハルト ラグナ ルクスリア フィオッド・オリビエ レオーネ・インフィガルド アンジェリカ・ストラーノ ジンジャー・ジャックス チェルビアット・アトローチェ リリアーナ・アントワネット 彌黒 水無月 李仁 ☆サブキャラ ミカド・ムウト フローラ・ランセル リーフ・エール エフィム・クレイン ケント・ソレイユ カメリア・エスフェルソ リーウェン・エスフェルソ 鮮血の十字架
https://w.atwiki.jp/horserace/pages/81.html
サチノスイーティーをお気に入りに追加 サチノスイーティーの情報をまとめています。リンク先には学生・未成年の方には不適切な表現内容が含まれる場合があります。またリンク先の内容を保証するものではありません。ご自身の責任でクリックしてください。 サチノスイーティー <保存課> 使い方 サイト名 URL サチノスイーティー <情報1課> #bf サチノスイーティー <情報2課> #blogsearch2 サチノスイーティー <情報3課> #technorati サチノスイーティー <報道課> 【アイビスSD】ロードエースは15着惨敗…松山「いい形かと思ったのですが…」 - サンケイスポーツ サチノスイーティー <成分解析課> サチノスイーティーの63%は愛で出来ています。サチノスイーティーの33%は希望で出来ています。サチノスイーティーの2%は知恵で出来ています。サチノスイーティーの2%は大人の都合で出来ています。 ページ先頭へ version3.0
https://w.atwiki.jp/meidaibungei/pages/302.html
2005年08月29日(月) 14時55分-月組 『賢石の園』を出てから一日と数時間後――ソレは突然に、彼らの頭上に平等に降り注いだ。 「ご乗客の皆様に、お知らせいたします。次の停車駅は、『めぐりあいの地』、『めぐりあいの地』でございます。繰り返します、次の停車駅は、『めぐりあいの地』でございます。お降りのお客様は、お早い準備をお願いいたします――」 よく響く車内アナウンスは、知る者にとって、もうそのような場所まで来たのかと実感させるものであった。 そして彼らは決意する。 この先に行く前に、下りなければならないと。 そのアナウンスを食堂車の奥にある厨房で聞いていたジャンルーカとテューンは、その隣にいた婦人が大いに仰天したのとは対照的に、平然とくつろいでいた。 「もう、そんな・・・早いものね」 婦人は優雅な仕草で驚き、次の駅で降車する必要の無い、ゆったりと構えた少女とその膝の上に陣取る猫を、少々の羨望といくらかの感心をもって見やった。少女の上で、くああ、と猫のテューンが大あくびをする。 厨房でくつろぐというのも妙な話だが、彼らは今、重大な任務をやり遂げ、結果を待つのみとなっていたのである。そして厨房ですることといえば一つ。 そう、彼らは今、クッキーを焼いていたのである。 「おばさぁ~ん、そぉ~慌てなさんなぁ~」 オーブンの前に据えられた椅子にもたれかかりながら、そう婦人に声をかける。 「うま~くできるかどうかはぁ~、運命次第~だから~」 「ああ、ううん、違うのよ、ジャンルーカちゃん。がんばって作ったクッキーだものね、失敗するはずはないわ」 こくん、とジャンルーカの首が上下する。視線は相変わらず、燃える炎を見つめたままだ。 「私が驚いたのはね、今のアナウンスのことなの」 語りかける口調で、婦人は笑った。 「私達は、次の駅で列車を乗り換えなければならないから、もうジャンルーカちゃんともお別れなのね。寂しいわ」 「うん、ボクも~、色々とぉ~、ありがとぉでした~」 列車に乗っている希沙のためにお菓子をプレゼントしていないことに気付いたジャンルーカとテューンがここの厨房を借りれたのも、うまく動けない彼女達を手伝ってクッキー作りを指導してくれたのも、この婦人のだった。 「じゃあ今から、お別れのティータイムといきましょうか。みんな、おいで」 微笑みながら、婦人は厨房の入り口から中をうかがっている子供達を手招きした。どっと厨房に詰め込んだその数は、両手では足りるまい。 そんなたくさんの小さな子供達がいっぺんにわあっと一所に集まったからたまったものではない。香ばしい匂いが溢れる厨房は、たちまちはちきれんばかりパンパンに膨れ上がった。 全員が全員、他の子のことを省みずに婦人にいっぺんに話し掛けているのを見て、テューンはうるさそうに耳を伏せた。 聞こえてくる雑音は様々だったが、主に、「クッキーちょうだい」、もしくは「もうすぐ降りちゃうの」、という二つだった。 「みんな、よぉく、聞いてちょうだいね」 「はぁ~い!」 澄み通った婦人の声に、子供達の元気一杯の声がそう唱和する。彼ら一人一人の顔をニッコリと見渡しながら、彼女は、 「みんなでおやつを食べたら、この電車から降ります」 と言った。うんうん、と子供達が大きめの頭を上下させる。 「自分の荷物は、自分でしっかりと持つこと。いい子にして、車掌さんに元気な声で、ありがとうを言いましょうね」 またあの「はぁ~い!」が返ってきた。 「それじゃあ、テーブルの準備をしてもらえるかしら?」 今度は「わぁ~い!」という叫び声と、「クッキークッキー!」「おやつおやつ!」という呪文のような喋り声と、そして小さな足音が重なる大きな振動が返ってきた。 元気だねぇ、というテューンの呟きに、婦人はふふっと微笑を返す。 「あの子達は、私の希望なんです」 無駄に元気だというだけで、別に褒めたわけではないんだけどな――その思いは心のうちにしまったまま、テューンは嬉しそうに子供らの背中を見守る婦人の横顔をじっと見詰めた。 そういえば、とふと思う。 母者人セティーナ様がまだ若かった頃も、こんな優しい顔をしていたっけ、と。 そんな視線に気付いたのかどうか、婦人はちょっとテューンの方を見やると、 「あらいやだ。ぼうっとしてたらクッキーを焦がしてしまうわ。さ、じゃあおりこうなネコちゃん、ちょっとどいてもらえるかしら」 そう問いかけるようにして命じられたので、テューンはとりあえず、ぶすっとした顔を婦人に向けると、さっとジャンルーカの膝から飛び降りた。 ジャンルーカがゆるゆると立ち上がり、焼きたてのクッキーを婦人の肩越しに覗き込んだ。婦人は満面の笑顔でこう言った。 「すごいわジャンルーカちゃん、上出来よ! ううん、上出来なんてもんじゃないわ、すばらしいわ! おばさんも教えたかいがあったってものよ」 彼女の言うとおり、クッキーは匂いをかいだだけでもうっとりするような出来栄えだった。惜しむらくは自分がこのクッキーを食べられないことだろうな――テューンはますます仏頂面に力を込めると、彼女らをせかすようににゃーと鳴いた。 普段では閑散としている車内の長椅子が全部埋まってしまうぐらいに、人がいた。いつもならばコンパートメントに閉じこもっているであろう乗客達が、次の駅に到着するのを今か今かと待ち構えているのだ。 車窓が沈み行く太陽が次第にオレンジ色に変わってゆく様を逐一見せ続けたが、彼らの目にはおそらくその美しい光景は映ってはいないのだろう。ただ、何も知らない子供達が、キレイキレイとはしゃぎながらあっちこっちを指差して笑っているだけだ。 「こらこら、もう少し静かにしていなさい。他の人に迷惑ですよ」 まったくもって迷惑千万、といった乗客達をよそに子供達は楽しそうに笑い、そんな彼らを優しく婦人は見詰めている。 そんな折、彼らが待ちに待ったアナウンスが降ってきた。 「ご乗客の皆様に、お知らせいたします。間も無く当列車は『めぐりあいの地』、『めぐりあいの地』に到着いたします。お降りの際は、お手荷物などお忘れ物の無いようお願いいたします。繰り返します、間も無く当列車は『めぐりあいの地』に到着いたします。お降りのお客様は、扉付近押し合わないよう、順序良くお降り下さい――」 ガタガタと席を立つ音。列車は次第に、その速度を落としている。 音も無く、衝撃も無く、いつの間にか列車は止まった。ややあって、閉ざされた車内と広がる世界とを繋ぐ唯一の扉が開かれ、手に荷物を持った乗客達がゾロゾロと列車から吐き出されていった。 薄暗い黄昏の中、彼らは互いに何か語り合うことも無く、石畳の道を踏み締めて遠ざかって行った。 希沙がぼんやりから覚めて扉の外に出たのは、大声で彼女を呼ぶ声と、そして笑い声がしたからであろう。実際、彼女の扉の前では例の子供達が「キぃ~サぁ~ちゃ~ん!」唱和して騒いでいたし、アイビスが背丈の足りない子供達の代わりに扉をとんとんとノックして「キサ、早くしないとダメよ」呼びかけていたし、その後ろでは「こぉ~んな扉ぁ、バンってやって壊せないかなぁ~」などと物騒なことを言い出すテューンとジャンルーカを、良識あるストルクや婦人が「やめなさい、そんなことは」「危ないですよ」止めていたり、かと思えば面白がって賈が「おう、いいな、やってみろ譲ちゃん」煽っていたりと、通常では考えられないような騒がしさだったのである。 「え? えっと、ちょっと待って!」 ただならぬ雰囲気に慌てて希沙が飛び出してきたところを、一斉に子供達がわあっと円陣を狭めて駆け寄った。 「何? 何、何? 何が起こってるの?」 口々に「これどうぞ」を連発しながら、子供達は彼女に群がった。手を下げて器の形を取らされたかと思えば、その彼女の手に小さな指で金平糖が次々と入れられていった。そして仕事が終わった子供達は、「バイバイ、キサおねえちゃん」とこれまた思い思いに叫びながら手を振り、タッタッとタラップを降りて行ってしまう。 最後に少し大きい、みんなのまとめ役のような子供――といっても小学校低学年ぐらいだが――がペコリと頭を下げると、 「キサおねえさん、これ、もらってください」 と言って、最後に白い金平糖を山盛りになった金平糖山の上に乗せた。呆然とする希沙に笑顔で頭を下げると、彼はぶんぶんと手を振った。 「さよなら、キサおねえさん。みなさんも、お元気で」 その他大勢に含まれてしまった人々が軽く手を上げて別れの意を示す中、希沙はまだはっきりしない頭を抱えたまま、ぼんやりと扉の前に突っ立っていた。 子供達がタラップを駆け下りると、嵐が過ぎ去った後のようだった。 「貴方が、希沙さんね」 「・・・え、えーっと・・・え、は、はいそうですけど!?」 急に名前を呼ばれてびっくりして前を見ると、希沙の前にあの婦人が立っていた。彼女は希沙の手をとると、持っている袋の中に、希沙の手を塞いでいた色とりどりの金平糖を注ぎ入れた。暫く手の上に載っていたにもかかわらず、金平糖はべたつくことも無く、素直に袋の中に入っていった。 「遅くなってしまって、ごめんなさいね」 袋の口を白いリボンで花をあしらいながら綺麗に結ぶと、婦人はその袋を希沙の手に預けた。 「どうぞ、受け取ってくださいまし。あの子達も、喜びますわ」 「え、あ、ありがとうございます」 どうしてもらえるんだろう、という疑問符を頭に浮かべている希沙にアイビスがそっと耳打ちをする――ほら、あたしもあげたじゃない。あれよ。 「他の方からも、貴方に渡してくれと頼まれましたわ」 見れば、ジャンルーカの腕にはテューンの代わりに箱にドッサリと入ったお菓子があった。 「金平糖~が~、ここにおらせる~、アマンダ婦人~。と~、その子供達~」 「子供達みんな、貴方にありがとうと言っていただけて光栄ですわ」 「あと~、クッキーが~、ボクらのぶ~ん」 「ジャンルーカちゃんの手作りなんですよ」 「んで~、ア~モンドチョコが~、黒ヒゲの紳士さ~ん」 「ブエラ公です」 「ホワイトチョコが~、双子さ~ん」 「ウィルソン兄弟ですね」 「キャラメルが~、犬のおば~さん」 「ベネット婦人です」 「あとは~色々と~、袋詰め~」 「詳しいお名前は手紙にご記入いただきましたので、後ほど時間のあるときにご覧下さいな」 見ればそれらしき手紙があった。何気なく広げて見ると、『アニー・アマンダ』の下に、子供達の名前がびっしりと――イーダ、イリア、ウラノ、ウラー、カルロス、カルロッタ、ケニス、ケート、コーダ、コロナ、サイラス、サラ、ジュノ、ジュリエ、ソロ、ソニア、ティーダ、ティンク、トト、トーラ、ナイル、ナイラ、ネス、ネネ、ノルド、ノール、バド、パトラ、ブルーノ、フィーダ、ヘンリー、ヘレナ、ポール、ポーラ、マット、マリー、ミック、ミント、メリル、メリー、ヤン、ユーリ、ランディ、ララ、リッド、リンダ、ルノ、ルシア、レイ、レナ、ロイド、ロザンナ、ワム、ワンダ――書かれていた。それだけで一枚埋まっている。 希沙がうわぁ、と感心していると、ドサッと腕に重りを感じた。ジャンルーカが相変わらず無表情のままで――来るのが遅いから腕が疲れてしまったわ、という無言の怒りを感じた――希沙の腕に箱を下ろしたのだ。心なしか、その顔も冷たい怒りが隠れているような気がしてくる。 「えと・・・ジャンルーカさん、ごめんね」 腕が重いのをこらえながら、精一杯、悪かったの顔をしてみせる。アイビスがすっと、箱を半分持ってくれた。 「あ、ありがとアイビス・・・」 「・・・よかった。ようやく笑ってくれて」 ニコッと笑い返す彼女の顔を見て、希沙はあっと口を開いた。そういえば、『賢石の園』を出て以来、彼女とはケンカ別れの状態だったのだ。ごめんね、と思わずうつむいたところを、アイビスにつつかれる。 「気にしてないわ。そういう時もあるし。Let’s forget our quarrels.よ」 「うん・・・?」 とりあえず意味はわからなかったが、希沙は顔を上げた。そこでもう一度、あっと顔を赤く染めた。気まずいところを見られてしまった。 「いや、これは、その、ですね・・・」 「いやいや、嬢ちゃん、気にするこたないな。良かったじゃねぇか、なぁ」 賈にニヤッと笑いかけられ、一層希沙は顔を赤くする。いつの間にか彼女の肩にはアイビスの腕が回されており、それを下からテューンがニヤニヤした顔で見ている。ストルクと婦人はそれを微笑ましいことだと笑っていた。 「それでは、私はここで失礼いたしますわ。指し示す導(しるべ)があるように・・・みな様の旅のご無事を、お祈りしておりますわ」 アマンダ婦人は胸の前で何かの模様を指できると、手を合わせた。例の挨拶だ、と希沙が思っていると、素早くストルクがそれに応えて、同じような少し違うような模様を指できって返した。 「旅に祈りを・・・ご婦人も、お元気で」 アマンダ婦人は砂糖菓子がとろけるような甘い笑顔を残して、タラップを降りていった。思わず見とれていた希沙の耳に、子供達が、待っていましたというように婦人の手を取り合って駆け出してゆく、あの笑い声が心地よく響いた。 「とりあえず、希沙、部屋に荷物を置いたら、いったん列車を降りよう」 ストルクに促されるまま、希沙は部屋の入り口に箱を下ろすと、甲高い音を立てながらタラップを駆け下りた。夜風になりたての冷たい風が、そっと彼女の火照った頬を撫でていった。 名残惜しそうに赤い光を投げかける夕日に赤く照らされながら、タラップから黒尽くめの男性が二人、降りて来た。 「私で、最後ですね」 「ええ」 二人はすっと黒い列車に目を戻して、それからまた二人で面と向かい合った。 「それでは、私はここで」 「お疲れ様です」 四角い鞄を持った方が、おそらく運転手なのだろう。彼が石畳を歩いて遠ざかっていくのを、彼の姿が見えなくなるまで見送った後、車掌と思しき乗務員は敬礼の手を下げ、希沙達の方を振り返った。 「さて、ここに残られる皆様は、引き続きのご乗車ということでよろしいでしょうか」 うん、と大きく頷いて見せたのは、ジャンルーカとテューンだった。彼女らは車掌の横をすり抜けると、そのまま素早い動きでタラップの手摺りに手をかけた。 「いっちばぁ~ん!」 門番さながらに陣取っているジャンルーカとテューンにちょっと羨ましい気持ちがしたが――いやいや、もうそんなお子様じゃないもん、私は――希沙は気を取り直して、車掌に尋ねた。 「それって、あの、一体・・・どういう、ことです、か?」 じっと車掌が希沙を見詰めるので、彼女はどぎまぎしながらそう言った。これといって特徴の無い顔が、帽子の影を受けて不気味さを醸し出している。 「そうですね、希沙様は初めてでいらっしゃいますので――」 「あたしもだけど」 「俺もだな」 アイビスと賈の冷ややかな突っ込みを見事に無視しながら、彼は仕事口調で淡々と繋いだ。 「この『めぐりあいの地』駅は、乗換駅でございます。この先、この列車は目的地までのお時間を短縮するため、多少なりとも危険な道を通ります。もちろん、安全規定は定められてはおりますが、お客様にも多大な迷惑がかかる恐れが多々ございますので、そのようなものは有って無きようなものと心にお留め置き頂きたく存じます」 車掌は感情のこもらない声でそこまで言うと、急に寒気を感じた希沙に向かってこう言い切った。 「ですが、希沙様はここで乗り換えることは出来ません。それが、貴方が持つ資格の意味するところでございますゆえ」 「そんな危ない目をしてまで、キサに乗り続けろって言うの?」 「はい。そういった決まりでございます」 怒り心頭のアイビスに彼は事も無げにそう返すと、 「それがお嫌でしたら、ここで引き返すことも出来ますが・・・それはお客様がご自身で、お決めくださいませ。それでは、当列車は新しい運転手が着き次第、出発をいたします。停車時間はおおよそ30分でございます。他のお客様も、よく考えてお乗りくださいますよう、切にお願いいたします」 機械的にそう言い、踵を返した。 「待って! じゃあ貴方は何故乗ってるの?」 彼はアイビスの問いに少し歩みを止めたかのように思えたが、まったく変わらぬスピードで列車に向かって歩きながら、 「それが私の使命でございます。他に適任者もおりませぬので」 背を向けたままそう答えると、ジャンルーカとテューンの間を割って列車に戻っていった。 「さんば~ん、車掌ぉさ~ん」 その子供らしい声が、いやに空々しく黄昏時に響いた。 結局、希沙は列車を降りなかった。 こうなったら最後まで見届けてやるんだから――意地というものが、彼女の中にどっかと居座っていた。そして、昔の親友・咲のことも。きっと大丈夫だという、全く根拠の無い自信が彼女にはあった。そしてそれは事実、彼女を守ってくれたのだ。 そういった訳で、ここで別れを告げた人も少なくは無かったようだ。乗ろうと決めていたものの、怖気づいて石畳を越えていった人も大勢いた。意気地無し、とはテューンの言だ。しかし実際、すんなりと乗ることを決めたのはジャンルーカとテューン、車掌、あと3人の乗客、希沙、アイビスの8人だった。 賈もかなり迷っていたが、俺は決めたぞ、と意を決して乗り込んだ。 「きゅうばんめ~、怪し~おじさ~んの賈さ~ん、と~、鳴かないカナリアさ~ん」 だがそれ以上に迷っていたのはストルクだった。最後には、アイビスが「あたしを最後まで送ってくれるって約束よ」という一言で押し切ったものの、かなり乗り気しない様子ではあった。とはいえ、乗り込む時にはもう、私も決着をつけなければ、と笑っていたのだが。 「じゅういちばんめ~、悩める旅人~ストルク~」 各人はおのおの、コンパートメントに戻ったり、長椅子に腰掛けて談笑していたりしたが、ジャンルーカとテューンだけは、一番星が輝く空寒い景色の中、タラップに腰掛けて続けていた。そうやってじっと、石畳の向こうを見ていた。何を見ているのか、寒くないのかと尋ねても、教えない、寒くないの一点張りだった。 そうこうしているうちに、 「じゅうにばんめ~、たぶん運転手さ~ん」 そう告げる声があった。もうすぐ、出発の時刻だ。 ジャンルーカとテューンがようやく車内に戻ると、そこには車掌がいるだけだった。 「お部屋にお戻りください。揺れますので」 返事を返す前に、別の声が聞こえた。 幼い子供の声。邪気の無いような気がする、純粋そうな声だ。だがそれはいわば氷の無垢さ。先ほどまでの子供らとは全く異なった、対極に位置する声だった。 その、凍りきった子供らしからぬ、だが子供らしい、生気の無い声は言った。 「私も、乗ります」 そこには、手を触れれば壊れてしまいそうなほど、傷つき弱りきった、それでいて美しい子供がいた。ジャンルーカを触れれば割れそうなガラス細工だとするならば、その子は触れれば崩れてしまいそうな脆くなった石像だった。 白を通り越して青くなった肌に、赤と黒の派手な色使いのひらひらした服をまとっていた。そこから突き出た腕や足は驚くほどに細い。髪は色素の無い白、唇は乾いてささくれ血が滲んだ赤紫色をしており、目の下に深く刻まれたくまや、血色が悪く紫色を呈し始めている瞼の中で、その琥珀色の双眸だけが、ギラギラと肉食獣のそれのように異様な輝きを放っていた。 だがその空恐ろしい客の姿を見ても、車掌は全く動じずに淡々と責務を果たしていた。 「畏まりました。資格を拝見――」 「私は、伯爵様の使いです」 子供がそう答えると車掌は何も言わず、頭を下げると車掌室に戻った。 「それって資格ぅ~?」 わざと明るく尋ねるテューンに、子供は大きく頷くと、 「この先は『伯爵様の領土』です。そのお目付け役が、私です」 誇り高く言い切ると、コンパートメントに続く扉の中に消えた。 だが、テューンにはその不気味さがはっきりと、やけに鮮明にわかった。 同類、あるいは似た存在であると。 そして思い出していた。クッキーを食べながら、確かアマンダ婦人はこう言ったのだ。この子達が伯爵に気に入られないよう、私はこの駅で乗り換えるのよ――と。伯爵のお気に入りとなった者は、二度と戻っては来ないと、それはあくまでも噂だというが。 「じゅう・・・さんばんめ、か」 テューンはそう呟くと、ジャンルーカの後を追って自分達のコンパートメントに戻った。 列車の電気が弱々しく、人気の無い車内を照らし続けている。 ややあって、列車はすっかり暗くなってしまった暗闇の中、音を立てて走り出した。もう、後戻りは出来ぬのだという、警告のような音を立てて。 ◆17 夜食の時間だった。部屋で食べても良いのだが、希沙にそのつもりはない。大勢で食べたほうが楽しいから。 車両に出てみると、そこにいたのはいつもの面々。賈はテューンとジャンルーカの向かいでしきりに喋っている。何やら滑稽な話をしているらしく、テューンは所々で相槌を打っている。ジャンルーカは相変らず無表情だが、心もち笑っているような感じもする。アイビスは隣の席で、賈の駄弁を聞くとも無しに聞いている。ストルクは一人離れて窓の外を眺めつつ思索に耽っている。 どうやら今晩の夜食はサンドイッチらしい。 前に座った希沙を、アイビスは笑って迎えた。空腹のため、しばし無言でサンドイッチをほおばる。二つ、三つ。咽喉のほうがつまりかけると、ジュースでもって流し込む。 「――そこで俺は言ってやったのさ。『雁首揃えりゃなんとかなると思ってんのか。聞くけどな、お前らは蟻の群れを怖がるか?』。言い終わるや、俺は少林寺とジュードーの技を駆使し、連中をちぎっては投げちぎっては投げ、しまいにゃその場にいた五百人のヤクザは、みんな俺の靴を嘗めて舎弟になると誓ったわけでな」 「よく肩を痛めなかったね~」 希沙と眼が合うと、アイビスは笑って、ひょいと肩をすくめる。またやってるわ、という意味である。希沙もつられて笑う。 がらっ、という扉の開く音。 そちらを見ると、件のけばけばしい身なりの少年が入ってきたところだ。賈やストルクの表情がこわばった。少年は彼らには見向きもせずに、つかつかと歩みを進めてくると、希沙に言った。 「隣、いいかな?」 わけもなく心臓がどきりとした。 「……どうぞ」 少年はすっと、希沙の横に腰掛けた。希沙は頭がくらくらした。少年のつけている香水のせいだろうか? しかしさほど嫌な臭いでも、強烈な香りを放っているわけでもない。少年はサンドイッチには手をつけず、ジュースをほんの一口コップに注ぎ、ちょっと舌で嘗めた。それ以上は何も口にする様子がなかった。 ややあって、少年はふいと賈のほうを向いた。 「どうぞお構いなく、お喋りを続けてくださいよ」 「あんたにゃ詰まらん話さ」 「……でしょうね、あなたの生涯で一番面白い出来事についでは良く知ってますし、それ以外の出来事など陳腐で聞く気にもなりません。……珊珊の具合はどうです?」 「おかげさまで、絶好調」と答えたのは賈ではなく、カナリヤの珊珊。 少年は目を細める。 「身体の保存を伯爵様に頼んでおきながら、一方で魂まで保存しておかれたんですね。あの人に――伯爵の仇敵であるあの人に、それを頼んだんですか」 賈も珊珊も沈黙する。少年は破顔する。 「なに、伯爵様は気を悪くなどされませんよ。身体も魂も自分のものにしておきたいって、そういう思考には酷く共感されますからね。私もですけど」少年はニヤニヤと笑いを浮かべながら、続ける。「――で、どうなんですか、調子のほうは。永遠に恋人を抱いていられるというのは格別でしょう?」 険悪な調子になりかかったのを遮ったのは、いつの間にかこちらに来ていたストルクだった。 「いい加減にしなよ、ローゼン。若い娘の前で言う冗談じゃないだろう」 ローゼンと呼ばれた少年は、薄ら笑いを浮かべながら立ち上がり、正面からストルクを見据える。 「それもそうですね、失礼しました。――ああ、ストルクさん、あなたも相変らず面白い人生を送ってるんですね。興味を引かれる部分もないわけじゃないですよ。ただあなたは、少しばかり長生きし過ぎてますから、そこがちょっと」 「私の倍も生きているくせに、よくもまあそんなことを言えるものだ」 見えない火花が、二人の間で散った。 「――とにかく、伯爵には軽はずみに手を出さないよう言っておくんだな。乗り続けると決めた以上、私は目的地まで行く。手は出させない。誰にも、決して」 それだけ言うと、ストルクはふいと背を向けて、自分の部屋に戻ってしまった。ローゼンはオレンジ色の巻き髪をかきあげ、次にテューンたちを見た。ややあって、ため息。 「駄目ですね」 「何がぁ~?」 と、テューンが露骨に嫌悪感を示して問う。ローゼンは言う。 「地上のものにしか興味がないんですよ。あなたたち、半分あの世に脚を踏み入れてるでしょ。――いや、寧ろあの世からこちらに半分脚を踏み入れてるのかな」 憮然とするテューンをよそに、ローゼンは再び座席について、アイビスのほうを向く。 「そこへいくと、生きている人はいいですね。そう思いませんか、ブロンズヤード」 アイビスは眉間に皺を寄せる。 「どうして私の名前を知ってるのか分からないけど、私の名前を知ってるくらいなら、私がセカンド・ネームを嫌ってることくらい、ご存知のはずよね?」 ローゼンは、相変らず薄ら笑いを浮かべたまま。 「ですが、あなたが面白いのは、あなたの姓ゆえですから」 アイビスは大げさな身振りで立ち上がると、希沙の手を取る。テューンたちも賈も、とっくに車両を去っている。 「行こう、希沙」 「え? で、でも」 先ほどから皆が何を言っているのか分からないでいた希沙は、突然行こうと言われて戸惑ってしまった。ローゼンを一人残しておいていいものだろうか。ローゼンは嫌な思いをしないのか。 アイビスはぶんぶんと首を振った。 「あー、もう、知らない。私は寝るから」 そしてそのままくるりと回れ右をして、自分の部屋へ去ってしまった。 ローゼンと一緒に残された希沙は、ふとどうしたものか分からなくなって、ジュースを飲むふりをしながら、相席の少年をちらちらと見やった。少年は相変らず不思議な笑いを浮かべながら、ちろちろとジュースを嘗めていた。 「あの」 希沙が声をかけると、少年が振り向いた。わけもなく顔が赤くなって、何を言おうとしたのかきれいさっぱり忘れてしまった。 「何か?」 「あ、その……えと……食べないんですか」 「お気遣いありがとう、でも食欲がなくて」 言ったそばから、少年のお腹がぐう、となる。 希沙と少年の目が合う。二人は思わず笑い出した。 「実はね、結構食べるほうなんですよ、これでも」少年が言う。「でもね、どうも、人前で貪るのは恥ずかしくって」 「あ、分かります、それ」希沙が応じる。「クラスで給食を食べるとき、おかわりしたくても、他の子の視線が気になって、つい気が引けちゃったりとか」 少年はあはは、と笑って、 「では一つ、秘密の大食らい同士、友情の儀式でもやっておきますか」 というと、希沙も楽しくなって、 「うん、誓いましょう誓いましょう」 と答えた。少年は希沙のコップにジュースをなみなみと注ぎ、希沙も少年のコップに注ぐ。少年はコップを掲げて、言った。 「それでは、世界のあらゆる美食と、新しい友に乾杯」 「乾杯♪」 さすがに食べ過ぎて、もたれ気味の胃をさすりながら、希沙は部屋に戻った。ローゼンはその背中を見送りながら、首をかしげてひとりごちた。 「不思議だな。なんで彼女のような人が、この列車に乗ってるんだろう」 18(バーネット) 「おはよう、キサ。昨日は大丈夫だった? あいつに何かされたりしなかった?」 次の日の朝、車両に現れた希沙に真っ先に気づいたアイビスの第一声はこんな言葉だった。 「え? あ、うん」 最後にアイビスがいなくなってから二人で夜食を食べながらお喋りをした。男の子と一対一で話した経験などそれほど多くなく初めは少し緊張していた希沙だったが、いつの間にかそれも解けて、長いこと二人で喋り続けていた。ただそれだけだ。 「そう。ならいいわ。それじゃ朝食を食べに行きましょう」 希沙の返答に安心したらしく、アイビスはくるりと向きを変えると前の車両へと歩き出す。その隣を歩きながら、希沙は昨日の夜からずっと気になっていた疑問を口にした。 「ねえ、アイビス。その……どうしてみんなローゼン君のこと嫌がるの?」 自分以外の皆が彼を嫌っているのは希沙にも分かった。だが、その理由が分からないのだ。確かに派手な格好をして不健康そうで――もっとも彼に言わせれば十分健康らしいが――ちょっと怖そうに見えるが、昨日話した感じでは普通の男の子のようだった。希沙にはあの少年が何か酷いことをするようには思えなかったのだ。 アイビスはわずかに考え込んだ後 「……そうね。キサの安全のためにも早めに話しておいたほうがよさそうだし」 そう言いながら前の車両へ移るためのドアに手をかけ、そのまま開いた。 「まあ、その話は食べながらしましょう」 「おはよう、お二人さん。先に頂いてるぞ」 そう言って二人に声をかけてきたのは賈だった。 ここは食堂車。やや大きめのテーブルがいくつかあり、その周りを囲むようにいくつもの椅子が置かれている。そのテーブルのうちの一つにいつものメンバーが集まっていた。 「おはようございます」 「おはよう」 「ああ、おはよう」 希沙、アイビスの挨拶をストルクが返す。が、いつもここで返ってくるはずの間延びした声が聞こえない。そういえばジャンルーカはいるのにテューンの姿が見えない。 「あれ、テューンは?」 希沙の問いかけに対してジャンルーカが無表情のまま下を指差す。その指の先に目をやると――顔ごと容器に突っ込んで一心不乱に何かを飲んでいる灰色の猫がいた。普段の不思議な感じは消えていて、本当にただの猫と化している。ちょっとかわいい。 「まずは飲み物を取りに行きましょう、キサ」 「うん」 二人は飲み物が置いてある中央のテーブルへと歩いていく。その間に希沙は他のテーブルをきょろきょろと見まわすが、どのテーブルにも人はいなかった。つい先日までは食事時になるとたくさんの人がここに集まって食事をしていたのに、今は自分たち以外誰もいない。みんな降りてしまったのだから仕方が無いのだが、やっぱり寂しい。 「キサはオレンジジュースでよかったわよね?」 「う、うん」 希沙が周りを見まわしている間に先に着いたアイビスがジュースをコップに注ぎ、希沙へと渡す。アイビス自身は湯気を立てるカップを持っている。飲み物を手に二人は皆のいるテーブルに座る。 「「いただきます」」 二人で声をそろえて言い、食べ物に手を伸ばす。テーブルの上に置かれているのはバスケットいっぱいに詰められたロールパンと大皿の上に山盛りにされたスクランブルエッグだった。ハムやベーコンも添えられている。パン用にマーガリンや赤、オレンジ、紫、さらに緑や黄といった色のジャムの瓶もある。とりあえずパンを取り、試しに緑色のジャムを付けて食べてみる。甘い、がちょっと酸っぱい。多分これはキウイだ。 「みんな、ちょっといい?」 希沙の隣でスクランブルエッグを自分の取り皿に移し終えたアイビスが口を開いた。 「キサに伯爵のことを話しておきたいと思うの。これから先何か起こったときのために」 伯爵、という言葉が出た瞬間、皆の動きが止まった。それぞれが手にしていたものを皿の上に置き、アイビスへと視線を向ける。普通ではない雰囲気に希沙も慌ててパンを置く。それぞれの顔に苦々しいものがよぎったのが見えた。もっともジャンルーカは無表情のままだし、テューンの姿は見えていなかったが。 「……もうここは『伯爵の領土』だ。確かに何か起こっても不思議ではない」 「まあ、そうだな。ここを通る以上、嬢ちゃんも知っておいたほうがいいだろう」 楽しい食事の時間が一転、一気に重苦しいものになった。希沙は訳が分からず、心の中でえっ、えっ、と困惑する。 「えっと……、伯爵さんってどんな人なの?」 「そうね、あえて一言で言うなら、そう……変態ね」 「へっ、ヘンタイ!? ヘンタイってあの変態だよね……!?」 「……あなたの頭の中の変態のイメージがどんなものかちょっと気になるけど、多分間違ってないと思うわ」 ちなみに希沙が想像した変態とは、コートだけを着て女の子の前でいきなり裸を見せるおじさんだったりする。しかし、希沙が知る限り伯爵というのはかなり偉い人のはずだ。偉い人はそんなことをしないだろうと考え直そうとして――なぜか裸を見せる偉そうなおじさんを想像してしまい、余計に怖くなってちょっと泣きそうになった。 「そうだな。幼児趣味でサド、おまけに両刀って噂だしな。どこまで本当かは知らないが」 「まあ、少なくとも全部が単なる噂ということはないだろう」 「ヨウジシュミ? サド? リョウトウ?」 「あー、そうか嬢ちゃんには分からんよな。幼児趣味ってのは小さな子供――嬢ちゃんたちみたいのをいやらしい目で見るやつのことで、サドって言うのは相手を痛めつけるのが楽しくて楽しくてたまらないやつのことだ。あと両刀ってのはだな――ん、どうした嬢ちゃん?」 賈の視線の先で希沙はあうあうと目線でアイビスに助けを求めていた。少し震えているようにも見える。ちなみに今現在希沙の頭の中には、小さな子供をいやらしい目で見る相手を痛めつけるのが大好きな裸を見せる偉そうなおじさんが存在している。希沙、かなり本気で泣きそうである。 「……それくらいにしてあげて。キサにはまだ早すぎるみたい」 希沙の目線の意味を正しく理解したアイビスが賈を止める。と、そこに聞き覚えのある間延びした声が割り込んできた。 「あぁ~~、お~いしか~った~。や~っぱり~、伯爵領のミルクはぁ~最高だ~ね~」 テューンはぴょんと飛び上がると、いつもの定位置――つまりジャンルーカの膝の上に着地した。顔全体が白くなっているが、本人は満足ここに極まれりといった感じである。 「これだけはぁ~ここのことをぉ~褒めても~いいかもね~」 「ええ、伯爵様は大のミルクティー好きですからね」 新たな声は誰も予想していなかったところから聞こえてきた。全員が一斉に声のほうへと振り向く。そこにいたのは―― 「私も同席させていただいてもよろしいですか?」 伯爵の使いを名乗る少年だった。 19 皆既日食 「あ・・・ローゼン君、おはよう」 さすがに賈の話を聞いた後では、少年に対する態度もぎこちなくなってしまう。 「おはようございます希沙さん。昨夜はよく眠れましたか?」 「え、ええ」 少年は-伯爵の使いは、そんな希沙の様子にもかまわず言葉を続ける。 「それよりみなさん、本日は伯爵様が是非みなさんを館に招待したいとのことです。外出の準備は早めにしてくださいね」 「嫌よ」 「断る」 「遠慮しとくよぉー」 「ヤだね」 希沙を除く全員が、一切の迷いもなく即答した。 「はは、そんなことを言われましても」 さすがのローゼンも少しだけ困った顔をするが 「もう到着しますし、あきらめて招待されていただけませんか?」 がたん 列車が止まる。 「馬鹿な!駅でもないのにこの列車が止まるだと!?」 珍しいことにストルクが声を荒げる。 「おや、先ほど貴方がおっしゃったことでしょう?ここは『伯爵の領土』。何が起こっても、不思議ではありません」 からかうように少年が言うと、列車は再び動き出した。 ただし、ひどくゆっくりと。 「それではみなさん窓の外をご覧ください――伯爵様ご自慢の館、<スノウホワイト>でございます。」 希沙が窓の外を見てみると、先ほどまでとは風景が一変していた。 白亜の城。そうとしか形容しようのないほど光り輝く純白の外観をもった中世ヨーロッパ風のお城の門が開き、その中に列車がゆっくりと入っていく。 列車はそのまま噴水の横を通り過ぎ、紅いバラの庭園の中を通って、正門の前に到って止まった。 列車のドアの前には真っ赤な絨毯が敷かれ、その脇には女性とも男性ともつかない、真っ白な鎧に身を包んだ騎士たちがずらりと並んでいる。 「行くしかないってわけね・・・」 アイビスが、心の底から忌々しそうにつぶやいた。 この列車に乗ってからいろんな珍しいものを見たが、列車を出た瞬間にもう帰りたいと思ったのは初めてだった。 伯爵の館はそれはもう豪華できれいで、とにかくひたすら圧倒された。 天井で輝く巨大なシャンデリア、絨毯も足首まで沈むのではないかというぐらいのもので、 館においてあるものはすべて希沙の目から見てもありえないほどの超高級アンティークであることがわかった。 そんな中で、パジャマにコートの希沙。 正直言って恥ずかしさで顔から火が出そうだった。 そしてそのまま応接間にみんなそろって案内されて、真っ白なソファーに身体を縮こませて座っている。 ローゼンが「少しお待ちください」と言って出て行ったあと、誰一人として口を開こうとしない。 ガチャ 恐ろしく重苦しい雰囲気の中、ついにドアが開いた。 20 藤枝りあん 「ようこそ、我が館へ」 だがしかし、そこに現れたのは柔和な笑みをたたえた上品な感じのする男性だった。銀髪をオールバックで固め、濃灰色のベストをかっちりと着込んだ身なりの整った、年齢不詳の――しかし、若すぎも老いすぎもしていない――威厳あるこの館の主だ。 希沙は、当然のごとく首をかしげた――もちろん、心の中でひっそりと、だが。 というのも、見る限り、ローゼンを傍らに従えたその人は、他の人達が恐れるような雰囲気は全く感じられなかったからだ。言うまでもなく、自分のイメージした危ないおじさんとは似ても似つかなかったからというのもある。 ところが、彼女が横に座っている人々を盗み見ると、人間のお客さん達全員が、白磁よりも青白くなった顔で、その男を眺めたり視線をさまよわせたりしていた。ちなみに人間でないお客さん、テューンはというと、何事も全く気にする様子も無く、縄張りを示そうとするネコのように、豪華そうなふかふかのソファーで爪をといでいた。しかし、それをとがめる者は誰もいない。 伯爵はというと、そんな駄猫の様子など目に入らないようで、皆よりも一段高い場所で足を止めたまま、列車に乗っていた人々を順々に見定めていた。 「今日のお客人は・・・ふぅむ、11人か。ローゼン、これで全員だな」 「・・・いえ、それが・・・」 言いかけて、ローゼンははっと口をつぐんだ。 「どうした。言いたいことがあるならば、はっきりと言いたまえ・・・」 伯爵が笑いかけるような蜜の含んだ声で、そう少年に声をかけた。ローゼンは何かを言いたそうに伯爵の顔を見上げていたが、「・・・はい、間違いありません」と消え入るように呟いて、ちらとその無礼極まりないネコを見やった。 「ああ、11人と1匹か。ふふっ、そうかネコが・・・」 「・・・よろしいのですか」 面白そうに含み笑いをしている伯爵に、ローゼンはためらいがちに尋ねた。伯爵様に無礼を働くのを見過ごしていてよろしいのですか、その言葉にはそんな意図が感じられた。 だが伯爵は「構わないさ」と少年を制し、それから、 「飼い主はどなたかな」 と問いかけた。 誰も手を上げない。 そっか、ジャンルーカちゃんも怖いんだ。どうしてだろう――本当はただ単純に自分の意思で手を上げることが出来ないだけなのだが、希沙はそう思った。 すると、伯爵らの視線が自分に向けられていることに気が付いた。希沙は思わず「え?」と口に出して下を見た。 そこには、丸くなっているテューンの姿。彼女の膝にどっかりと居座っている。 「え、あの・・・その」 「気にしてはいないよ。ただ、愛玩動物の躾はきちんとすべきだと、老婆心ながら忠告しておこうかな」 そうは思わないかい、と伯爵はローゼンに無言で伝えた。それをはっきりとわかったうえで、ローゼンは、 「そのとおりでございます、伯爵様」 と心底同感したように頷いてから、もう一度、今度は軽蔑と嫌悪感を加えた眼差しをテューンに向けた。 男の人なのになぜお婆さんの心なのか、などというところに疑問を抱いた希沙は、周囲の人々が――ジャンルーカを除いて、というのも彼女が何を思っているのかを知るすべは無いからである――血の気を失ったことに気が回らなかった。 『愛玩動物』――伯爵が言うそれの意味が、確実に『人間』にも向けられているということを、彼の隣に従順に控えている少年の立ち振る舞いを見れば、嫌というほどに思い知らされるからだ。 今度の犠牲者は誰だ――ここの噂を知る者は、どうかそれが自分で無いようにと祈りを捧げた。そして、伯爵が一定年齢以上の人間には興味を示さないことが真実であるようにと願った。 そしてそれは正しく、彼らは解放されることとなる。 「・・・伯爵様。申し訳ありませんが、我々はここにとどまるわけにはいきませんので、そろそろお暇したいのですが」 そう切り出した勇気ある人物は、車掌だった。ただし、事務的な口調で、だ。 「まだそんなに時は経っていないだろう? もう少し羽を伸ばしていったらどうだね」 「お心遣い感謝いたします。が、我々は、少なくとも私と運転手は、今現在も勤務中でございます。列車に戻り、他のお客様を待つのが役目である以上、もてなしは受けられません」 「そうか・・・いや、残念だ。また次の機会を待つとしよう」 明るく伯爵はそう言って、座ったまま軽く手を上げた。 「では、失礼いたします」 無言のままの運転手と共に、制服姿の車掌はきびきびと立ち上がり、深々と一礼をしてから、くるりと踵を返してエントランスから出て行ってしまった。 それに乗じようと、数人が立ち上がりかけたが、 「まだ帰るには早いのではありませんか、皆様」 ローゼンの一言で再び腰を下ろす羽目になった。 「玄関先で話を・・・というのも無粋極まりない。さあ、どうぞ奥へ。つつましいながらもお茶の席をご用意させていただいたのでね」 伯爵が楽しそうに話せば話すほど、人々はますます生きた心地がしなくなっていた。 「はは、遠慮は無用。我が家だと思ってくつろいでいただきたい。ローゼン」 「はい。皆様、ご案内いたします。どうぞ、こちらへ」 否定する者はいなかった。どうしようかという逡巡は見られたものの、逆らってはいけないのだという諦めと共に、ローゼンの後を死者のようにぞろぞろとついて行く。 その時、アイビスが強張った顔で希沙の手を握った。そしてその隣ではストルクが、何やら厳しい顔をしているのも見えた。 一体どうしてこんなにも伯爵を恐れているのか、問いただしてみたい気もしたのだが、希沙はそんな皆の雰囲気を察して、黙っていることにした。 ただ、希沙はともかくジャンルーカにテューンを返そうとしたのだが、テューンが彼女にへばりついて離れなかったことと、ストルクの「今は君の猫としておいた方がいい」という謎の言葉に従って、首をかしげながらそのままテューンを抱いていた。 まるで拷問だった。 そのお茶会は、誰も出された紅茶や茶菓子に手をつけず、伯爵が尋ねることに淡々と答えるだけの時間が流れていた。といっても、主に応答をしているのは賈やストルク、それも自分から何か必要以上を語ることは決して無かった。ただきつく表情を固め、そこに鎮座し続けていた。 暫くして伯爵が一度席を立った時、ローゼンの刺すような視線に耐えて一人が転がるように飛び出していった。アイビスが、「無事に帰れるといいけど」と、何やら不穏な言葉を口にしたが、希沙がその意味を問うよりも早く伯爵が戻って来てしまったので、またあの地獄のようなお茶会が再開されたのである。 「ローゼン、君はどう思う」 「・・・」 ローゼンは黙っていた。 その問いかけは、お茶会はどうだろうかという意味ではなく、伯爵の御眼鏡に叶うような者がいると思うかという確認だったからだ。 それはつまりローゼンにとって、伯爵の寵愛を受けられなくなるのではという、彼にとっては恐ろしい考えを呼び起こさせるものだった。 「ローゼン、私は君の意見を聞きたいのだよ」 「・・・お耳汚しになろうかと」 「かまわん」 無表情で絨毯に落ちた花びらを見つめながら、ローゼンは重い口を開いた。 「・・・あの、少女ならば」 顔を上げればわかっただろうが、伯爵は嬉しそうに笑っていた。ここで「誰もいません」などと口にしようものならば、確実にローゼンはお気に入りから外されていただろう。 己を脅かす可能性があるものを、彼自身に告げさせるというのも一興――伯爵にとってはその程度の事だ。だがローゼンは精気の無い顔で淡々と続ける。 「3人です・・・うち一人は本物ではないので名前はよろしいかと・・・」 「それは私自身が決める。何と?」 「・・・ジャンルーカ。あの目を引く美しい少女です」 「あの物言わぬ少女か。そうか、それは残念だ・・・なかなかお目に掛かれない逸材かと思っていたのだがな」 少し聞き覚えのあるような、無いような名前だった。コレクションの一人にでも似たような名前をつけていたからだろうと、然程気にすることも無く、伯爵は「それで他には」と先を促した。 「・・・金髪の娘がアイビス。ブロンズヤード姓です。そしてこの場に似つかわしくない服装の少女が、希沙。希沙・Heartlyです」 「Heartly?」 「・・・翼の生えた鳥、という意味だそうです」 さらに感情を押し殺した声で、ローゼンは素早く言い切った。 あんな程度が、という思いが強い。歯牙にもかけなかったような輩がこの僕と同等に扱われるかもしれないなんて。確かに、あの不思議な少女だけは、伯爵様も興味を引かれるかもしれないとは覚悟していたのだが。 伯爵はそんな彼の様子をつぶさに観察しながら、あえて暫し考え込むふりをした。嫉妬心や何やらに耐えているローゼンの姿も、なかなか愛しいものだ。 「・・・よし、では戻ろうか」 「・・・・・・はい」 十分満足するまで彼の心理を玩んだ後、伯爵は茶会の席へと足を向けた。 誰かが選ばれてしまったのだろうか、とローゼンは不安になった。外見では伯爵様に気に入られるものはいなかったはずだ。だがしかし、あの希沙とかいう少女だけはどうだろうか。 そこに、伯爵の声が降ってくる。 「・・・正直、今回はあのような珍しい鳥を手に入れる事が出来るとは思っていなかったよ、ローゼン」 一瞬、ローゼンの足が止まった。遅れてはいけないと慌てて後を追うが、既に心は乱れに乱れていた。 やはりとは思っていたが、まさか―― 「・・・そうでございますか、伯爵様。喜ばしい、事でございます」 口だけで心にも無いことを述べる。 「そう思ってくれるか」 「はい。ですが――」 茶会の席を今度は二人で立ったので、もう誰もいないかもしれない。むしろ、そうあって欲しいとローゼンは強く願った。 「――君が何を願っているのか、私がわからないとは思わぬことだ、ローゼン」 「いえ、私は何も・・・」 ふっと笑みをこぼしながら、伯爵は言った。 「もし逃げられたとしても、この手で捕まえてみせるさ・・・小鳥は籠の中で愛でられるべきだ。そうだろう? ローゼン」 美しいものはすぐ傍らに置き、それを慈しまなければならない――それが伯爵の信条だということぐらい、ローゼンにはわかっていた。 だが、だからこそ、ローゼンは恐れていた。 また、あの暗い場所に戻されるのではないか、と。伯爵に見向きもされず、ただただ時をその身に刻み続けるしかない、あの場所へ。選び出されたのが気紛れであったとしても、戻されるのも気紛れにされるわけにはいかない。 しかし、ローゼンにはなすすべも無い。仕方無しに、彼はうつむいたまま、 「はい、伯爵様」 と答えた。 誰もここに残っていなければいいのに。ローゼンはひたすら、その思いに身を寄せ、元の道を歩き続けていた。 しかし、そこにはまだ彼らは誰一人欠けることなく居た。 ローゼンは落胆したが、それを表に出さぬように努め、こう切り出した。 「お待たせいたしました、皆様。まさかお待ちいただけるとは思っておりませんでしたので、いささか驚いておりますよ」 「・・・許可が無いと、帰れない――伯爵の領土からはね。違いますか、伯爵」 思わぬところから礼の無い言葉が返ってきて、そこにいた全員が驚いた。その声の主は、ストルクだった。彼は決意をあらわに、伯爵に向かって正面から視線を投げかけていた。 「成る程、ここでの私は全てを決定する支配者、というわけか」 「その通りでは?」 「ふむ・・・それはいささか物騒な話だな。はっはっは」 ストルクの冷たい皮肉を笑って返しながら、伯爵は席に着いた。 「さて、どこまで話したものだったかな――」 「『めぐりあいの地』まで。そしてもう、話すことなどありません」 そう言い切ったストルクに、視線が集中した。 何という恐れ知らずなのだろうか。だがしかし正論でもあり、また、ここから去るためのいい口実にはなる。 「――よくもまあ、そんな事を言えたものですね、ストルクさん」 「事実だ」 乗客らは、一縷の希望を秘めた非難まじりの瞳で彼を見た。 伯爵はテーブルに肘をつき、頬杖をしながらその勇気ある男性を無表情でじっと見据えていたが、 「そうですか」 と呟くと、意外とあっさりと引き下がった。 「それにもうこんな時間――いや、それはすまないことをいたしましたね。ここから出ずにいると、外の世界が気に掛かる時があるのですよ。この館、そしてこの領土よりも外の世界に思い焦がれる――旅に、ね。そうは思いませんか、皆さん」 じっと、その視線が皆に向けられ、彼らはこっそりと目を逸らしてうつむく。 「旅が出来るとは、羨ましいですよ。しかし私はここから出られない・・・そして旅をなさる方々の話を聞くのが、せめてもの慰みでしてね。申し訳無い」 伯爵が動くよりも早く、ローゼンがつつと立ち上がって伯爵に上着をかけた。 「それでは、皆様の旅に祈りを・・・指し示す導(しるべ)があるように」 ほっと安堵の溜息をつきながら、ガタンガタンと人々が次々と席を立った。希沙も隣に座っていたアイビスに手を引かれ立ち上がったのだが、 「――伯爵様がお待ちです」 「え・・・?」 もう片方の手を、ローゼンの細い腕で握られて立ち止まってしまった。 「聞いてないわよ、そんな話。行きましょ、キサ」 「いえ、そういうわけには・・・」 ギュッと両方の手に力が込められ、希沙はうろたえながらアイビスとローゼンの顔を見比べた。上座の席では、伯爵がニコニコと笑っているのが見える。 「おいおい、お嬢ちゃん、いつまでこんなとこに――」 賈が部屋の扉の外から、中に入ろうとして鎧に阻まれた。 「なッ!? 何だこいつら!?」 ただの装飾品かと思っていた古の騎士の鎧が、剣や槍を手に開かれた扉の前に陣取っていた。中に入るのであれば容赦しない、とその鎧の空洞の闇が暗に言っている。 「老賈!」 駆け寄ろうとしたストルクもまた、いつの間にか周囲を取り囲んでいる生命の無い鎧に気が付いた。 「・・・どういうおつもりか」 「いや、なに」 伯爵は笑ったまま、テーブルの端に手を突いて優雅に立っていた。 「出口までそれらに警護させようと思っているのですよ。何分、昨今ではこの辺りも安全とは言い難くなって参りまして、ね。お客人を無事に帰せぬとあらば、我が先祖代々の『伯爵』の名折れ・・・」 「・・・誰が、貴方に・・・!」 一歩、希沙とアイビスの元へ近寄ろうと踏み出したストルクの首元に、槍が交差した。 「・・・口を慎みたまえよ、ストルク」 本性を垣間見せながら、伯爵が唇を引き攣らせた。 「この領地では私が支配者だと、先程君が言ったばかりだろう? 私が用があるのは、そこの君――」 視線を向けられて、アイビスと希沙、二人の少女は身を硬くした。その隙に、ローゼンが希沙の手を引っ張って強引にアイビスから引き剥がした。 「え? え?」 「キサッ!」 「アイビス・ブロンズヤード嬢、一緒に連れて行ってやれなくてすまないね。しかし残念ながら、今の君では私の興味を引くものは何一つ無い――青銅の庭を捨てた君には」 希沙を追おうとして、アイビスは自分の足が動かないことに気が付いた。恐怖が、理性を抑えて彼女の動きを止めていた。 ――ダメよ、動きなさい! 動いて! 必死になって前に出ようとして、アイビスはバランスを崩し、椅子の背もたれにどうにか掴まって身を支えた。伯爵に見られていると思うだけで、ワナワナと小刻みに体が震えて止まらない。 「さて。ご理解いただけたところで、部外者はご退出願おうか」 最後に、場の雰囲気を読まない無礼者――ジャンルーカに、伯爵の注意が向けられた。彼女は無表情のまま、希沙と、彼女の足元にしっかりとくっついて行っている猫のテューンを眺めている。 「・・・君のことだよ、お嬢さん」 伯爵はツカツカとジャンルーカに歩み寄ると、顎の下に手を添えて乱暴に自分の方を向かせた。それでも、彼女は無表情のままだ。 「ふん・・・やはり偽者、命無き人形か」 伯爵が軽く手を振り払うと、彼女は文字通り、椅子から転げ落ちて地面に倒れた。そこを待ち構えていた鎧が二体、身動き出来ない彼女の両脇を引っ掴んで半ば擦るようにして立ち上がらせる。 腕が折れてしまうのではないかと思えるほど無茶な力で、彼らは人形を扱うかのようにズルズルとジャンルーカを扉まで引っ張って行く。途中、何度か足がもつれて転び、その度にこすれて血が滲んだ彼女を、鎧が乱暴に掴み直す。 「ちょ、ちょっと! 女の子に何てことするのよ!!」 「やめろ! 彼女に手を出すな!!」 ガチャン、とストルクが立ち塞がる鎧にぶつかって音を立てる。ようやく扉まで辿り着いたジャンルーカを、鎧は無造作に放り投げる。賈が「大丈夫か、しっかりしろ!」と駆け寄って服をはたいてやっている。 希沙はぼんやりと、それらを見るとはなしに眺めていた。 何故だろうか、ぼんやりと遠い。 感じるのはただ、ローゼンの手の少し冷たい感触と、伯爵の吸い込まれそうな赤い瞳だけ。 「お、おい! お嬢ちゃん!!」 「キサッ! 戻って! 手を振り払ってこっちに来るのよ!!」 「しっかりするんだ、希沙! 飲み込まれてはいけない!!」 「・・・耳を貸さないで」 別に皆が言うほど、伯爵という人は悪い人ではないのでは――そんな思いだけが、彼女の心に居座っていた。 ――そうだよ、どうしてアイビスはあんなことを言っているのだろう。ローゼン君も、あんなに慕っているのに。 今にも部屋の外に追い出されそうになっている友人の心配をよそに、ゆるゆると、希沙は伯爵の元へと来てしまっていた。 「さあ、行こうか、希沙。では、ローゼン」 「・・・ついて来て下さい」 「・・・・・・うん」 行っちゃダメだ、誰かが最後にそう叫んだ気がした。 バタンと音を立てて閉まった扉の向こうで、誰かが呼んでいるような気がした。 しかし、そんなものは気のせいに過ぎないのだと、希沙は素直にローゼンの手に従って歩き始めた。 その足元では、テューンが厳しい顔つきをしながら、希沙の後をついて来ていた。 案内されたのは、どうやら衣装室だった。 「その格好で、いつまでもいるわけにはいかないだろう?」 「え・・・あ、はい・・・」 ぼんやりと、そう希沙は答えた。 伯爵がローゼンに、「彼女に会う服を見繕うように」とか「彼女には黒が似合うだろう」とか言っているのが、何となく聞き取れた。 それから伯爵は何やら言葉を残して、部屋から出て行ってしまった。 暫くぼうっとしていたが、希沙は少し頭のもやが取り払われたような気がして辺りを見渡した。 自分の部屋よりも明らかに広い場所に、黒光りする木製のつやのある巨大なクローゼットが林立している。ただその部屋はあまりにも――薄暗く、不気味だった。 「・・・ネコ・・・?」 ぼそりと、ローゼンがそう呟くのが聞こえた。針を落としても聞こえるような静けさだ、いくら声を落としたとしても呟きは聞こえてしまう。 「ネコが、どうかしたの・・・?」 ローゼンは答えない。 「いつの間に、ここへ・・・? まさか、ずっとついて来てた・・・?」 ローゼンの捕まえようとする手をスルリとすり抜けて、テューンは近くにあった椅子の上に飛び乗った。その脚で無遠慮に、希沙のために出されていた黒い衣装を踏みつけて勝ち誇ったように立っている。 「ちょ、テューン、ダメだよ、しわになっちゃうよ」 希沙は慌ててテューンを抱き上げると、めっと睨んでみせた。高価そうなドレスが、哀れにもしわしわになっていた。 「別に・・・代わりなどいくらでもありますよ」 ローゼンは希沙に向かって、しかし全く別な方向を向いたまま、そう呟いた。 「黒い服がいいかと思いますが、ご自由に選んでくださって結構です」 投げ捨てるようにして、クローゼットから黒い衣装を三枚ほど椅子にかける。 「私の見込みは期待せずに、ごゆっくりとどうぞ」 「あ、ま、待って!」 そのまま出て行こうとするローゼンを、希沙は呼び止めた。こんな所に一人にされるのが怖かったのだ。 だが、ぐるりと振り返ったローゼンの表情を見て、希沙は危うく叫び出すところだった。 痛々しい赤が目に付いた。 泣きはらしたような血走った瞳、強く締め付けて腫れている二の腕、爪の間から滲む血。 そしてあまりにも強く噛み過ぎたためだろう、ローゼンの唇は切れ、ぷっくりと小さな血の玉が盛り上がっていた。 「あの・・・ローゼン君・・・」 「気安く呼ばないでいただきたい・・・!」 心配そうな希沙の一言を、そのローゼン本人が憤怒を伴って断ち切った。 その血走った眼はカッと見開かれ、怨敵を睨み付けるような輝きで希沙に突き刺さった。つい先程まで、それこそこの館に踏み入れるまで、そんな表情は微塵も見せなかったというのに。 希沙には、ローゼンの豹変振りが全く理解出来なかった。思い当たる節すらないのだ。 しかしローゼンはというと、依然どす黒い炎を渦巻かせながら、ふつふつとその憎しみをたぎらせていた。その幼く壊れそうなほど脆い彼の顔に、その熱が異様な美しさと不気味さを与えている。 希沙は思わず胸にギュッとテューンを抱きしめ、猫越しに彼の足元の辺りに視線を落とした。 気まずい沈黙がどれほど続いたのだろうか。ふと、ローゼンが口を開いた。 「では・・・ここでお待ちください、希沙・Heartly。伯爵様を・・・呼んで参ります」 感情の全くこもらない声で彼はそう言い残すと、ゆらゆらと希沙の視界から消えた。ガチャリ、という扉の閉まった音が、やけにはっきりと彼女の耳を貫いた。 誰もいなくなった。 生きている躍動感や生活臭といった、ある種の安らぎを与えてくれるものは何もそこには無かった。あるのはただ、赤や黒や紫といった派手な色使いとレースやフリルの目立つ、可愛らしくも人形に着せるような、現実味の全く無い様々な衣装を収めた巨大なクローゼットばかりだ。 こんなにも多くのドレスのような衣服を、ローゼン一人が着ているのだろうか。それともまだ他にも、彼のような人がいるのだろうか。もしそうだとしても、男の子なのにこんな短くてひらひらしたスカートをはいたりしているのだろうか。そんなフランス人形のような格好をさせられて、ローゼンは何とも思っていないのだろうか。 様々な疑問が希沙の思考の表層を掠めていった。しかしそのどれもが、彼女の心に引っかからない。大切なことなのかもしれないのにという思いは、そこにはもう無かった。 そういえば、と希沙は別のことに気が向いた。君には黒が似合うだろうと伯爵に言われたが、それを試してみたいとは思えない。 ただ希沙は、パジャマの袖を握り締めながら、ひたすら何かを待ち続けた。 すると――それは一瞬だったのだろうか、あるいはもっと長い時間経った後のことだったのだろうか。 リー・・・ン 自分の呼吸と、テューンの鼓動以外に音が無かった世界に、澄み渡った鈴の音がかすかに、しかしはっきりと響き渡った。 それはまるで警鐘だった。 希沙は突然、何かから解放されたような感じを味わった。と同時に、今すべきこと、絶対にしなければならないことが思い出される。 ――逃げなきゃ! だがその戒めから抜け出した途端、今までそれとなく彼女の周りを漂っていた『恐怖』が一斉に希沙を取り囲んだ。 今まで迂闊に手を出せない状況にあったからだろう。その反動で、正気に戻った希沙に『恐怖』はあっという間に集った。幾重にも包囲し、押し寄せ、潰してあげようとばかりに、じわりじわりと近付いて来る。 叫ぼうと口を開いて、危うく息が出来なくなっている自分に愕然とした。ガタガタと震えるほどに寒いのに、じっとりと汗が噴き出し始めていた。 無理を言ってでも、みんなについていくんだった――一人で。たった独りで、こんな所に取り残されて、これからどうなってしまうのだろう。 怖い。 誰か、助けて。 ――そんな希沙の心を感じ取ったかのように、テューンがぺろりと舌で彼女の頬を舐めた。少し牛乳のにおいもするし、何よりもザラザラした感触で飛び上がるほど驚いてしまったが、それがテューンの仕業だと気付いて表情が緩んだ。 「そっか・・・テューンもいるんだよね・・・」 微妙に左右で目玉の向きが違うその瞳を、テューンはしっかりと希沙の顔に向けていた。それから、にゃぁ、と鳴いてバシバシと彼女の背を叩いた。 「うん、わかった、わかったから・・・そうだね、ともかく・・・列車に戻らないと」 テューンの喝を受け、希沙は瞬きをして涙を振り落とした。ぐすっと鼻が鳴るが、それをもろとも拳で拭い去る。 本当は彼に喋ってもらいたかったが、そこは大人らしくグッと我慢する。もしかしたら、彼は本当にただのちょっと変わった猫なのかもしれないという嫌な不安をかき消すためにも、さらに彼を抱く腕に力を込める。 張り付いたようになっていた右足を床から引き剥がし、ずっと前に出る。その次は左足。ずりっ、ずりっと出口の扉に近付く。 と、暫く進むと、扉にあと少しという安堵感からか足をもつれてしまい、扉にぶつかってバァンという派手な音がした。ローゼンが戻ってくるのではと身を硬くしたが、その様子は無かった。 そろそろと顔を出し、廊下の様子を伺う。頭がぐるぐると回り続け、周囲がだんだんと薄暗くなって来ていた。 いま少しだけでも冷静を装わなければいけないと、希沙の内に潜む防衛本能とでも言うべきものが、彼女に語りかけて落ち着きを取り戻させようとする。 震える息で、大きく息を吸い、強引に吐き出す。それを数回繰り返し、へたり込んでいた足に力を込め、ぐいっと立ち上がる。 ――廊下は真っ直ぐだった。だから、外に出られる! 希沙は、「よしっ」っと頷いて気合を入れると、壁に手をつきながら元来た道を辿り始めた。そうしないと数十歩先が見えないほどに、希沙の視界は閉ざされようとしていた。 ――しっかりするんだ、自分! 希沙はバクバク飛び跳ねる心臓をテューンに押し付けながら、そのぬくもりで心を静めようと努力した。怖い怖いと思っているから、余計に暗く、前が見えにくくなっているのだと。 いや、だがそれは違った。 いくつ目かの閉ざされた扉に触れた時、希沙は自覚した。 ――霧!? そう、霧だった。いつの間にか、この館に黒っぽい暗い何かが広がっていた。 「急ぐんだ、希沙。このままでは危ない」 誰かにそう肩を叩かれたような気がして、希沙はぱっと左肩を見た。だがそこにいるのは、視線に気が付いて彼女の顔を不思議そうに見返しているテューンだけだ。 誰もいない。だが不思議と、怖くは無かった。どこかでこんな感触を味わったような気がしたのだ。 しかし、思い出に浸るわけにはいかなかった。テューンの一声で希沙はすぐに前に向き直ると、「うん、ごめん」と彼に声をかけ、再び歩き始めた。 ――この霧に覆いつくされる前に、出なきゃ! 希沙はその奇妙な確信にも似た思いを胸に、わななく右手を杖代わりに、少しずつ着実に歩を速めた。 その肩の上で、テューンが身じろぎ一つせずに、次第に濃くなってまとわり付くこの不気味な霧を、その眼光で追い払うかのようにじっと睨み続けている。 21 穂永秋琴 闇の奥から、銀色の光が二つ。がしゃがしゃと、耳障りな音を立てて。 ――来たっ! 次第にはっきり見えてくる。人でないモノがまとっている、銀色の甲冑が。その手に携えられた、朱房の槍が。 「止まっちゃダメだ!」 希沙は耳元の声に勇気を得て、まっしぐらに駆けた。テューンは一声うなって、希沙の肩から跳躍し、地面に降り立つ。二度目の跳躍で、一体の鎧の、右足の継ぎ目あたりに、思い切り体当たりする。継ぎ目が外れて鎧は転倒し、取り落とした槍を踏みつけて、もう一方の鎧も大きな音を立てて倒れこんだ。希沙は二体の鎧を跳び越える。 全力で駆ける希沙のうしろから、がしゃがしゃという音が迫ってくる。 そのせいだろうか。前から”何か”がやって来る音に、気がつかなかった。 ”それ”は、不意に姿をあらわした。 身体はライオンのようだが、毛並みは赤い。サソリの尾が九本生えている。そして何より恐ろしいのは、その顔――人間の女だった。その表情は笑うが如く泣くが如く、滑稽である以上に恐ろしげである。 獣が悲鳴を上げた。女の、耳を劈く甲高さで。そして叫び終わるや、希沙に向かって飛び掛った。 テューンも同じく空中を舞い、この獣を迎え撃とうとしたが、あっさりと前肢ではたき落とされた。希沙は足がすくんで、逃げることもできなかった。 希沙は後ろから、突き倒された。 ――後ろから? 突き倒したのはあの銀の甲冑だった。獣の爪が鎧を引き裂いた。中の空虚から血が流れていた。 後ろから、もう一人やってきて、喝した。 「去れ」 獣は、その人物と睨み合い、それから笑うが如く泣くが如き声を上げて、闇の奥へ去っていった。その人物は鎧の下から希沙を引き出すと、手を取った。 「こっちだ」 伯爵だった。希沙は逆らうことなど思いつきもせず、手を引かれてついてゆく。テューンがあとに従った。 一室に連れ込まれた。広いようで狭く、狭いようで広い。伯爵が部屋の明かりをつけた。希沙はその部屋が図書室であると知った。 「怪我はないか」 伯爵は尋ねた。希沙は首を振る。 「その血は」 伯爵の問いかけに希沙が自分の腰のあたりを見ると、べっとりと血がついている。思わずどきりとしたが、触ってみれば別に傷はない。 「あの、鎧の、人、の……」 「そうか、無事で結構。そちらの猫はどうかね」 テューンがふいとそっぽを向く。伯爵はまじまじと眺める。 「どうやら左前肢が折れているようだな。……ふむ、先ほどの躾をすべきという言葉は、失言であったか。忠誠は確かなようだ……いや、友情と言うべきかな。希沙君はおまえの主人ではなかろう」 テューンは何も答えない。希沙が「なぜ気づいたんですか?」と聞くと、伯爵は「私の眼はごまかせんよ」と答えた。 それから伯爵は、面を改めて、言った。 「夜、一人で部屋を出てはならぬ。この館には我が父祖への呪いと、私への呪いが満ち溢れていて、魑魅魍魎が至る所に徘徊しているからだ。君も見た通りな。私の衛士がいなければ、君の命はなかった」 これを聞いて、希沙はようやく恐れがこみ上げてきた。先ほどは逃げるのに手一杯で、怖いなどと感じる間はなかったのだ。だがふと伯爵を見ると、その顔は自分のそれより――というのは、自分で自分が青ざめていることがわかったからだが――よほど青い。 「あの、大丈夫、ですか……?」 「私かね。うむ、身体は別に大事ない。だが、どうも血を見るのは苦手でな。……ちと、気付けの酒でも飲むとしよう」 「え~と、取ってきましょうか?」 「私が今言ったことを忘れたのかね」 問い返されて、希沙は赤くなった。一人でここを出てどうしようというのだ。 伯爵は部屋の電話でローゼンを呼び、ぶどう酒を持って書庫へ来るように言いつけた。希沙が心配げな顔を見せると、「彼は慣れているから大丈夫だ」と伯爵は言った。 それから、沈黙。 ややあって扉が開き、ローゼンが入ってきた。手に持った盆にはぶどう酒と、ミルク。 「ご苦労」 ローゼンは酒をグラスに注いで、伯爵に渡した。それからコップにミルクを注ぐと、 「あなたの分だ」 と言って希沙に渡した。 「ありが……」 希沙が礼を言い終わらないうちに、ローゼンは憤然として言った。 「誰があなたに出歩く許可を与えましたか」 詰問されて、希沙がとまどっていると、伯爵が助け舟を出した。 「急に水が飲みたくなったのだそうだ。そうだね?」 希沙は慌ててうなずいた。ローゼンの表情は釈然としない。それを見て、伯爵は聞いた。 「まだミルクは残っているかね」 「え? ええ……はい」 「では、彼にも飲ませてやりなさい」 伯爵はテューンを示した。ローゼンはやはり納得しかねる表情のまま、一番安手の食器にミルクを注ぐと、テューンの前に置いた。ローゼンと同じくらい無愛想な表情を浮かべていたテューンだったが、この誘惑には耐えられなかった。 ややあって、それぞれが飲み物を飲み終えると、伯爵は立ち上がって、言った。 「さて、ローゼン。希沙君を部屋まで送っていって、一晩つきそってあげなさい。今日、色々と見たもののことで、心が怯えているようだから。食器のことは気にしなくても、後で別の者を呼んで片付けさせる。私かね? ここに来たら、ふとある本を読みたくなった。今晩はそれを読むことにする。さあ、行きたまえ」 ローゼンが渋っていると、 「行きたまえ。今夜は一人で、読書をしたい気分なのだ」 と伯爵は言った。そこでローゼンは、希沙の手を引いて、書庫を出た。 テューンが足を引き摺って、その後を追った。 ローゼンはずんずんと歩いていった。希沙はほとんど駆け足のような格好で、手をひかれてついていった。おかしなものの気配はまだあちこちに忍んでいたが、敢えて向かってくる様子は無かった。二人と一匹は、何事も無いままに部屋についた。希沙が入ると、ローゼンは扉をゆっくりと閉めた。テューンが滑り込んだ。希沙は思わず、長い長いため息をついた。 「着替えてください」とローゼンが言った。「その血まみれの服で、伯爵様の家具を汚してはいけませんから」 こう言われては、希沙も反論できない。気は進まなかったが、クローゼットから適当に一着、飾り気のなさそうなものを取り出す。黒ではなく、白を基調にしたものを選んだのは、別に反抗したいわけではなく、ただ自分の好みに従ったまでのことだ。 「あの」 「何か?」 ローゼンは扉のほうを向いていた。希沙は「あっちを向いていて」と言おうとしたのだが、ローゼンははなから着替えを覗こうなどとは考えていないらしい。言葉を継ぐことができずに、希沙は黙り込んだ。 「――ごめんなさい」 ややあって、希沙は言った。 「何を謝ってるんですか?」 ローゼンには希沙の言葉が理解できない。 「その……さっき、怒らせちゃったから」 ローゼンは黙った。希沙も言葉を続けない。 「別に、今はもう怒ってませんよ」 何の感情もこめずに、ぽつりとローゼンは言った。 「やっぱり、怒ってたんだ」希沙の言葉に、ローゼンは返事をしない。「あの、もう着替え終わったから」 ローゼンは静かに振り向いた。柔和な笑顔を浮かべていたので、希沙はほっとした。ローゼンはつかつかと歩いてきて、希沙の隣に腰掛けた。 「こちらこそ」とローゼン。「先ほどは取り乱して、みっともないところを見せてしまいました」 あの、と希沙が言いかける。ローゼンは首を振る。 「もうこの話はやめましょう」とローゼンは言った。それからまた、二人は黙り込む。重い雰囲気の中で会話を盛り上げる能力は、双方とも持ち合わせていない。 「旅は楽しいですか?」なんとなく、ローゼンはそう聞いてみた。 「楽しい……かな、多分」希沙はそう答えた。 「はっきりしない言葉ですね」 「よく分からないの」 会話が続かない。 「あの」今度は希沙が聞く。「……私のこと、嫌い?」 「よく分からない」とローゼンは、少し仰向いて、言った。そのまま長嘆息して、ばたりとベッドに倒れた。 希沙も、そのすぐ隣で、横になった。 「ローゼン君、元気?」 「……疲労がたまってます。精神的にも肉体的にも」 「私も。なんか疲れちゃった」 ローゼンはがばりと起き上がった。 「もう休んだらどうですか」 「そうする」 希沙も一度起き上がり、布団をめくって、中に入った。ローゼンはまだベッドの端に腰掛けていた。まさに立ち上がろうとしたとき、希沙が急に言った。 「ローゼン君、一緒に寝てくれる?」 「は?」 少女の口からかくもストレートな誘惑の言葉が発せられるとは夢にも思わず、ローゼンは頓狂な声を上げた。 「あの、さっき、旅は楽しいかって聞いたじゃない」 「ええ、でもそれと、私があなたと同衾することと、どういう関係が」 どうきん、という言葉の意味は分からなかったが、希沙はかまわずに答えた。 「よく分からないって言ったけど、今になって分かった。みんなといたときは楽しくて、一人になったら寂しくて、心細かったの。ローゼン君……一人にしないで」 まじまじと見つめられて、ローゼンは狼狽した。性的な意味で寝てくれと言っているわけではないのは分かったが、どう答えたものか検討もつかない。断るにも断りきれそうにない。 「――無知は無垢、ですか」 「え、どういう……」 「いや、分かりました」ローゼンは動悸を抑えて、ベッドに入った。「失礼しますよ」 「うん、……お休み、ローゼン君」 希沙の眼は早くもとろりとしていた。 「お休みなさい、希沙さん」 逆にローゼンのほうは眠るどころではなかった。 希沙の寝息と髪の毛が、ふわりと顔にかかる。希沙が息をするたびに、小さな胸が自分の胸に触れる。おまけに、どんな花の香水とも違う、不思議に強くて心地よい香りが漂ってくる。 ローゼンは頭がくらくらした。 ――私は何を考えてるんだ。 それでも結局、やがて疲れて寝入ってしまった。 この一幕を残らず見ていた人物がいた。 伯爵である。目の前のスクリーンは、安らかな表情で眠る希沙とローゼンを映し出していた。伯爵は鉛筆を持ち、手元のノートに二人の様子をスケッチしていた。 伯爵は手は休めずに、部屋に紛れ込んだ不粋者に声をかけた。 「さて――私の眼をごまかすことはできぬよ。出たまえ、賈玉鳴」 呼ばれて本棚の影からぬっと顔を出したのは、あの賈だった。 「よく分かったな」 「おまえこそ、よく入ってこれたものだな」 「これでも、若い頃は泥の道で食ってたからな。まだまだ腕は衰えちゃいねえ」 「まったく見事よ。――座りたまえ。珊珊は連れてきていないのかね。結構、なら遠慮なく話もできるというもの。……珊珊の具合はどうかね」 「身体のほうか、魂のほうか。ま、どっちも生きてるときと変わんねえな。二つがくっついてねえだけで」 「大変よろしい。そしておまえも、彼女が生きていたときと――いや、今でも生きているのかね――同様に、彼女と交わっているわけか。なかなか美しい」 「屍姦趣味を美しいと言うのか、あんたは」 自嘲をこめた賈に、伯爵は心底からの声で答えた。 「私はそう思うね。まあ、魂のほう、人間の魂を鳥の身体に入れるなどということは、悪趣味の極みと思うがね」 「わざわざ留めた客の少女を、お気に入りの寵童と同衾させて、それを写生するような変態に、悪趣味なんて言われたかねえな」 伯爵は手を止めなかったが、言葉を止めた。賈も口を閉ざした。ややあって、伯爵は、これまでとはがらりと調子を変えた声――まるで力のこもらぬ声――で、尋ねた。 「魂の移植は、あの女に頼んだのだろうな」 「ああ」 「――あの女は、壮健だったかね?」 「口だけは全盛期のままさ。歯もまだ全部残ってる。ただ脚はもうほとんど動かないし、老眼も進んでる。耳も遠くなってるな」 「彼女も老いたか」 苦い思いをこめて、伯爵はつぶやいた。 「ところで、戻ってきた理由は何かな?」 伯爵が問い掛ける。賈は笑った。その笑いは、もはや今までの、人の好い中年親父のそれではなかった。 「ダチを連れ去られて、緑林の好漢が黙ってると思うなよ」 伯爵も笑った。ドスのきいた賈の笑いに比べ、あくまでも上品に。そしてそれ以上に凄然と。 「では、どうやって彼女を連れ戻す?」 22(バーネット) 「さて、どうしようかねぇ。ここで、いや、この『伯爵の領土』の中であんたの相手をすることは神様と喧嘩するのと同じようなものだからな」 そう言うものの、賈の眼は毅然として真っ直ぐに伯爵を見据えている。が、それとは対照的に伯爵は嘲るような表情をしてみせた。 「神? この私を神と呼ぶのかね、おまえは。……どうやら私のことを正しく理解出来ていぬようだな。この私がわざわざ説明したというのに」 「理解してるさ。あんたはこの世界――『伯爵の領土』そのものだっていうんだろう。要は同じだろうが」 「違うのだよ。まったく違う。むしろ逆といってもいい。――私が世界なのではない。世界が私なのだよ」 伯爵はそこでようやく手に持っていた鉛筆とノートを置き、体ごと賈のほうへと向き直った。嘲りの表情はそのままに。 「話をしよう、賈玉鳴。この私についてだ。静聴したまえ」 そう言って伯爵は一人、講義をするように――あるいは芝居を始めるかのように語り始めた。 「おまえの言うとおり私は世界だ。だが厳密には世界の一部と言ったほうが正しい。分かるかね。この世界、『伯爵の領土』こそが私の本体なのだ。いや、本体という言い方はおかしいか。私とこの世界は別のものでもあるのだからな。……私はね、人でも物でも無い、世界の偏在点なのだ。偶然か必然かは知らないが、この異常なる世界に満ちる要素が――世界という巨大にして希薄なる意思の一部が一点に集約されて生まれた存在。それが私だ」 少し薄暗い部屋の中に伯爵の声が響く。饒舌な伯爵とは反対に、賈は憮然とした表情で押し黙っていた。こうなった伯爵を止めることは出来ないと知っているからだ。伯爵の一人語りは続く。 「もし私が人間だったなら恐らく自分の存在について悩んだだろう。世界という要素で形作られている私は、本当に世界とは別の存在なのかと。今ここに存在する私という意識は果たして本当に私のものだろうかと。だが、私はそのようなことには悩まなかった。私が『伯爵』だったからだ。そう、私は最初から――生まれたときから『伯爵』だった。美しいものを愛し、快楽を何よりも好む。理由など無しにそれを行う、そういう存在だったのだ」 「………………」 「先ほど世界と私とは別の存在だと言ったがね、それでも完全に別の存在というわけではないのだ。私とこの世界の間には絆のようなつながりがある。それを利用することで私は力を得ているわけだが、このつながりが奇妙な感覚を引き起こす。この世界が、私と同一の存在であると感じるのだ。いいかね、賈玉鳴。世界とつながるということは世界の中に存在するあらゆるものとつながるということだ。この城も、この衣服も、そしてここを満たす空気さえもが私と同質だと分かるのだよ。これがどういうことか分かるかね?」 伯爵の語りは次第に熱を帯びていく。伯爵自身の顔も上気し、陶酔とも恍惚ともとれる表情を浮かべている。冷たい夜の空気すらも伯爵の熱気に蝕まれ、部屋には異様な空気が満ちる。 「例えばだ。おまえは今呼吸をしている。呼吸をせねば生きていられないのだから間違いないだろう? 呼吸をするということは空気を自らの体の中に取り入れるということだ。ここにある空気を、だ。そう、今おまえの体の中を満たしているのはこの私と同質の存在、いや、あえて言わせて貰おう、――この私自身なのだよ。中だけではない。その肌にまとわり付いている空気とて同じだ。外も、中も、おまえの体はこの私で満たされているのだよ。おまえだけではない。『伯爵の領土』にいる外から来た存在すべてに言えることだ。これほど素晴らしいことはなかなか無いぞ。私の可愛い子供たちとの深夜の宴にも匹敵する。だから私は多くの者をここに招待し、食事を振舞う。有らん限りの贅沢をもってだ。そして心の中でこう叫ぶのだよ。『さあ! その胃を! その肺を! その体すべてをこの私で満たしたまえ!!』、と!」 「……ド変態め」 「結構。よく理解してもらえたようで何よりだ」 聞こえてきた――というか本人はわざと聞こえるように言ったのだが――賈の呟きを気にもせず、それどころかその身に賞賛を受けたかのように満足げな表情で伯爵は話を終えた。そして、元の小馬鹿にするような口調に戻り賈に問いかけた。 「さて、私の話は以上だが、おまえはどうするのだ? 私は神ではないがそれに匹敵する力は持っている。その私からどうやって取り返す?」 だが、その見下したような問いに、賈は平然としたまま答えた。 「なに、勝算はあるさ。……あんたは俺を殺さないからな」 「ほう……? どうしてそう思う?」 口調を幾分か真面目なものに変えて再び伯爵が問い返す。それに対し、賈はなんでもないことを語るような口ぶりで答えを返す。 「簡単だ。俺を殺すより生かしておいたほうがあんたは楽しめる」 「なるほど。思っていたよりもこの私のことを理解しているようだ」 ふむ、と小さく呟き、伯爵は賈を見据えた。賈も負けじと伯爵を見据え返す。先ほどまでの異様な空気が嘘のように部屋の中が静まる。 静寂を破ったのは伯爵のほうだった。 「いいだろう。……ゲームをしようではないか」 「ゲーム……だと?」 「そうゲームだ。おまえはあの娘を取り戻そうとし、私はそれを阻止する。ルールは、そうだな……まず、私はおまえも彼女も殺さない。それと今この城に存在するものだけで戦おう。それ以外では私は力を使わない。その代わりおまえは外の仲間に助けを求めてはいけない。それ以外は自由だ。期限は八時間。ちょうど朝日が昇る頃だ。それまでに彼女をこの城から連れ出せればおまえの勝ちだ」 「待て。そんなことをしてあんたに何の徳が――」 「私が楽しめる。十分な理由だろう? それにおまえに拒否権は無い。その気になればおまえをこの城の外まで排除することぐらいは出来るのだからな」 「……そのルールが守られるって言う保障は?」 「無い。だが破らんよ。世の中には自分に圧倒的に有利な条件の中で相手をいたぶるのが好きな輩がいるようだが、私には全く理解できん。勝負というのはルールという対等な条件の下で、お互いの手を読み合う心理戦に熱中し、相手の起こす一挙一投足に無駄なほどに緊張し、何の前触れも無く起こるすべてを台無しにする偶然に大いに慌てながらやるものだ。自らが優位に立てば興奮しながら次の一手を打ち、不利になっても巻き返すべく奮起し逆転のための策を練る。それこそが勝負だ。そうでなくては面白くない。ただ圧倒的な勝利を得るだけの勝負などむしろナンセンスだ。もっとも、勝利の美酒の味が素晴らしいものであるのは否定できないがね」 そう告げる伯爵の顔は楽しげだった。何かをはき捨てるような顔をした賈とは対照的に本当に楽しそうだった。その心がこれから始まる楽しみの訪れに歓喜しているのは間違いないだろう。そして、一人の少女の命運を握るゲームの幕開けにしては異常なほど嬉しそうな表情で伯爵は告げた。 「さあ、存分に楽しもうではないか」 23 皆既日食 「へいへい。そーさせてもらいますわ」 賈はにやりと笑うと、右手に抱えていたバッグを放り投げた。 「あばよ」 即座に部屋から退避しながら、カチッと無線式のボタンを押す。 爆音と共に、部屋が丸ごと吹き飛んだ。 「さて、とりあえずこれでモニターは潰せたな」 つぶやきながらも全力で走る足は緩めない。 「そいじゃあ頼むぜ、テューン」 併走する猫に笑いかける。まずは希沙を助け出さなければならない。 明かりのひとつもない暗い廊下を、一人と一匹は駆け抜ける。 夢を見ていた。 悲しい夢だ。 彼はとても貧しい家に生まれた。 希望なんてなかった。 誕生の祝福に与えられたのは絶望のみ。 そう長く生きられないということは、誰に聞かなくてもわかっていた。 やがて彼の周りの人間が死んでいった。 疫病だった。 彼は迫害された。 「おまえが病気をうつしたんだ」「おまえは疫病神だ」「死神め!」 彼は住処を離れた。 どこまでも逃げた――否、逃げようとした。 お金もない、体力もない。頼るべき人もいない。 そんな彼が遠くへ行けるはずもなかった。 彼は倒れた。 死を目前にして、恐怖しなかったといえば嘘になる。 でもそれ以上に彼は安堵した。 もうおびえなくていいのだから。 ゆっくりと体から力が抜けていく。 その彼に、手を差し伸べてきた人がいた。 貴方は誰? あなたはだれ? アナタハダレ―――? ローゼンは目を覚ました。 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。 となりに眠る希沙はぐっすりと眠っている。 「やれやれ」 調子が狂う。まったくこの子は。 さて、自分ももうひと眠りしよう。 今度はいい夢が見られますように。 「ここか」 テューンの案内によって、ようやく希沙がいる部屋にたどり着いた。 ドアに手をかける。が、その寸前で思いとどまる。何しろ相手はあの伯爵だ。こういうところにこそ罠を仕掛けたがる。 入念にチェックしてから、ようやく賈はドアを開いた。 ◆藤枝りあん(24) そしてそこにいたのは―― 「おや、戻られるとは・・・何かご質問でも?」 あの男、伯爵その人だった。 「いや、それともわざわざお詫びに来てくれたのかな? 君らしくもないが・・・何とも義理堅いことだ」 驚愕の表情を顔に出すまいとしている賈に、伯爵はおかしそうに笑いかける。 だんまりを決め込む賈を意に介さず、彼はつらつらと喋り続けた。 「なぁに、心配は要らないよ。あのモニターは外界の技術を真似たものでね――確かに惜しくないかと言われれば、手に入りにくい珍しいものだから少し残念ではあるが――代わりはいくらでもある。また創り出すだけのことでもあるしね・・・手間はかかるよ、もちろん。だが、気に病んでもらうようなことではないから、安心してゲームを続けたまえ」 コツコツコツ、とわざとらしく伯爵はゆっくりと賈の横をすり抜け、扉の外に出てから振り返った。 「そうそう、もう一つ・・・この館は迷いやすい。注意したまえよ」 大きなお世話だ――賈がそう伯爵の背中に吐き捨てると同時に、彼は扉を閉めて向こう側へ行ってしまった。その扉に手をかけ、少し開いてから、賈はもう一度舌打ちをした。 「なるほどな・・・この館もアイツだって事らしいな」 そこには闇夜に広がる星空があった。 先程まであった廊下ではなく、バルコニーへと、扉一枚を介して空間そのものが捻れて繋がっている。 「こりゃ・・・相当手間がかかるゲームだな・・・」 にゃあ、とテューンがそれに同意も否定もしない返事をし、もう一つの扉を開けるように催促する。 「わぁってるって。男・賈玉鳴、これしきの事でへこたれるほど、ヤワな人生は送っちゃいないぜ」 勢いを振り回し、彼は扉に手をかける。 勝算は無い。だが、やるしかない。果たして次の場所は、吉と出るか凶と出るか―― その頃、列車内では、一騒動が持ち上がりつつあった。 「――だからサ、エ? 何度も言うようだケド、こっちも客なンだよ。それがなンだい? ここで帰って来るかもわからりゃしない他の乗客をボサッと待つだって? ふざけンじゃないよ」 「いえ、お客様、当方は決してそういうわけでは――」 「言い訳はもう沢山さね。アタシゃね、急いでンだ。エ? いいかい、急いでンだよ。そのためにワザワザこっちに乗ったってェのに――」 「そこをお願い出来ませんか、ご婦人」 車掌を挟むようにして、ストルクがその女性に静かに語りかけた。だが彼女はフン、と鼻息を荒くすると、 「出来るわけないねェ、お若いの。差し詰め、車掌が渋ってンのもアンタらの入れ知恵なンだろ? エ?」 と今度はその彼に突っかかって来る。 伯爵から解放され、列車に戻ってからずっとこうだ。 彼女は――といっても実際に年齢がどれだけなのかわからないのだが――発車の素振りを見せない車掌と、乗客を待つべきだというストルクとを相手に、延々と同じ事を言い続けているのだ。 「待つ、待つだってサ。呑気なもんだねェ、帰って来やしないってのに」 「そんなこと、わからないでしょう」 「わかるのサ、アタシゃね」 ジャラジャラと、全身を覆うローブにつけた様々な装飾品から派手な音を立てながら、女性はフンとあごを上げた。 「そこいらのボンクラどもと一緒にすンじゃないよ、アタシを。ハッ? ここで鎮座して待ってたらみんな仲良くお手手繋いで帰って来るだって? バカにしてくれンじゃないか、エ? 伯爵がお気に入りを手に入れてうっとりしてるスキに、後ろからこっそりオサラバってェのが常識ってモンさ。違うのかい?」 彼女はシャラン、と頭や耳や首から垂れ下がり巻き付いている巨大な宝石やら鎖やらを振った。本人にしてみれば、ただ得意そうに髪の毛をかき上げただけだが、その一挙一動がうるさく音を立てる。 彼女の黒いローブ以外は、すべて、金銀細工や眩い輝石、そしてそれらを繋ぐ鎖や石の数珠だった。ローブの裾という裾に刺繍を施し石を括った紐飾りを垂らし、首には幾重にもネックレスをかけ、耳が千切れんばかりのイヤリングに、頭には小型のティアラにごてごてと装飾をあしらったものを載せている。 それらを長く伸びた、真っ黒に染められた爪で弄りながら、彼女が鼻で笑った。 「どうしたヨ、反論は無いのかい? エ? 所詮は口で言っても自分が可愛いんだねェ、偽善者だらけの列車に綺麗事・・・笑わせてくれるねェ、ヒッヒッヒ」 「お客様、ここでは皆様の誹謗中傷は――」 「何さ、文句あるのかい? アンタみたいな影法師が、このアタシに説教? ハッ」 赤く呪法が刻印されたその顔で、その紫に塗られた口元を歪めながら、彼女は笑った。 車掌は表情一つ変えなかったが、そのまま黙ってしまう。 「じゃあ聞いてみるがねェ、今からあそこに囚われの姫君を助けに行こうって奴が何人いるのさ? 手を上げな」 すっと、二本の手が伸びた。アイビスはまっすぐに上に伸び、ストルクは逡巡しながらも手のひらを上げている。 しかし彼女はそれを一蹴すると、「やめときな」と手を振った――驚くべきは、その指にはすべて幾つもの指輪がはめられ、その腕には首に勝るとも劣らない数のブレスレットが巻いてあったことだ。さらに、手の甲にまで赤い刺青が施されていることだろう――そして、言う。 「手の込んだ自殺をしたいってェならとめやしないがねェ、今のアンタらじゃ、むざむざ死にに行くようなモンさね」 「でもッ!」 「お嬢ちゃん、いやァ、ブロンズヤード嬢・・・アンタ、捕まりたいかい?」 「え・・・?」 突然の質問に、アイビスが少し詰まった。でも希沙を思えばそれくらい、と彼女が言いかけた瞬間、その女性がジャラジャラと頭を振った。 「違うねェ、そうじゃない。伯爵のことじゃあないのさ・・・アンタの、血に、青銅の庭に、力に、その先祖達の過去に、呪いに、一生付き纏われそして己自身を侵食されても構わないって程の覚悟はあるのかって訊いたンだよォ?」 さぁっとアイビスの顔から血の気が消え失せた。 「ヒッヒヒヒ・・・無理だろォ? いーや、答えなくていいサ、出来っこないンだからねェ。ヒヒ・・・けど受け入れらンないからって、恥じる必要は無いさァ。それにアタシの知ってる限りじゃァ、それはアンタが思ってンのよりもずっと凄惨で残酷で一縷の希望すら持てない未来さね」 「・・・で・・・も・・・」 アイビスがパクパクと口を開けて、ほとんど息のような声でそう呟いたのを、女性は耳聡く聞き付けて手を振った。 「決めたんだろォ? 捨てるなら捨てちまいな、そんな名字。それに迷ってちゃ、捨てられるモンも捨てらンないよォ?」 唇を噛み締めて、アイビスが俯く。代わりに、ストルクが女性に声をかける。 「ならば私が――」 「無理さね、アンタじゃ」 落ちかかる装身具をかき上げながら、彼女はピアスのはめられた紫の唇を奇妙に歪めた。 「勇気はかってやるさァ、ケドねェ、それだけじゃどうしようもない。それに・・・伯爵はアンタが酷くお嫌いのようだ、素直に入れてくれるとも思えないねェ、キッヒヒヒヒヒヒ」 おかしそうに、体を揺すりながら女性が笑う。つられてジャラジャラと音が鳴り、まるで体中で笑っているような錯覚に陥らせる。 「まァ、それを言うならあのカだかなんだか言う男も止めてやるべきだったンだろうがねェ・・・ヒヒヒ、アタシゃアイツが嫌いだから・・・知ったこっちゃないねェ、キキキキキ」 黙りこむ彼らの前で、女性はつと視線を逸らした。 「とゆぅワケさァ、お嬢ちゃん。覚悟は出来てンだろうね、エ?」 彼女の視線を追うと、その先には椅子に座ったままのジャンルーカの姿があった。 「え・・・?」 「ちょ、ちょっと」 無造作のジャンルーカを掴み、立ち上がらせる女性に待ったの声がかかった。しかし彼女は意に介さず、「さっさとしな」とジャンルーカを急かしている。 「何だい何だい、そこをどきな」 「・・・行かせられません」 スッと、ストルクが列車の出口に立ち塞がった。 「彼女を・・・巻き込むわけにはいかないのです」 「フン、そう頼まれた、って奴かい? 馬鹿馬鹿しいったら・・・」 呟いて、女性はドンとジャンルーカの背を押した。バランスを崩し、ストルクにぶつかる。まさかそう出るとは思っていなかった彼の体ごと、二人は列車の扉をぶち開けて外に転がり落ちた。 「ストルク!!」 慌てて外に飛び出したアイビスの周囲に、ムッとした霧が立ち込める。 列車の中からはわかりにくかったが、外はかなり霧が出始めているらしい。 「さぁて、行くかねェ・・・」 どこからかキセルを取り出すと、女性はおもむろにプゥッと吹いた。紫煙が霧の中に混じる。 「ほらァ、邪魔邪魔、邪魔だってンだよ」 思わずぼんやりとしたアイビスを手でしっしとどかしながら、ローブの裾を引き摺り引き摺り、女性は列車を降り、倒れているジャンルーカを引き起こした。 「まったく、手間がかかるし世話が焼けるね、エ? それでよく助けに行くなんて言えたモンだ」 「お客様、大丈夫ですか」 すぐに、車掌が列車から身を乗り出してそう尋ねた。 「私は・・・ゲホッ」 「大丈夫でも平気でもないわよ! ちょっと、そこの!! 何てことするのよ!!」 ストルクを抱えながら、アイビスが女性に噛み付く。 「アタシの邪魔をする方が悪いンだよ、お嬢ちゃん」 だが女性はそれをあっさりと素通りすると、霧の中へと歩を進めた。 「あぁ、ちょっと待ってな、すぐ戻るからサ。わかってンだろうねェ、アタシを置いてくなンて馬鹿な考えをしたら・・・無いとは思うケドねェ」 「何をする気なのよ!? 待ちなさいったら!!」 思わず叫んだアイビスに、女性はくるりと振り返った。 そして、紅紫色の双眸を妖しく輝かせながら、首を傾げたような格好でハハンと軽く笑うと、こう言い切った。 「このアタシが、キサとかいうのを助けてやるって言ってンだ。感謝しな」 そしてそのまま、止める間も無く、そして声をかける間も無く、女性の姿は霧の中へと消えてしまった。 剪定され、手入れの行き届いているだろう庭を歩きながら、女性は独り言のようにブチブチと呟いていた。 「何て日だい、エ? 厄日だったのかねェ・・・アタシが自分の事を占えさえしたらねェ、こんな目には遭わなかっただろうよ。忌々しいったら」 その隣を、ゆるゆるとジャンルーカがついて来ていた。 「アンタもだよ、キヒヒ、特別と知り合いになるとロクなこと無いってェ、身に沁みてわかったろ、エ?」 「・・・」 「フン、好きに言ってな、アタシゃ関係無いねェ。あるとすれば、アンタの母親・・・セティーナだけさね」 「・・・」 「ハン? そんなモンどうだっていいだろ? 嫌いなモンは嫌いなのさ。アタシゃね、あの女が大嫌いなのさ、あの女だけじゃない、アタシゃあの女もあの男のあの野郎もあのアマもみんな嫌いさね。理由? 必要無いサ、そんなモン」 「・・・」 「よくわかってンじゃないか、そうさ、アタシゃそんな奴サ。そんな奴からお嬢ちゃんに教えたげよう・・・察するにセティーナはもうじき死ぬらしいねェ、喜ばしいこった」 「・・・!」 「何さ、知らなかったってェの? ハッ、馬鹿らしい、あの女らしい馬鹿げた優しさとやらさァ、無駄骨だったがねェ。ヒヒヒ、何でそう思うかって? そりゃそうでなきゃ、籠からアンタを出したりなんかしやしないのさ、あの女はねェ」 「・・・」 「そりゃ知ってるさァ、アタシゃ誰だって知ってンのさ。ヒヒヒ、だが、死、か・・・キヒヒ、いいねェ、せいせいするよ。イヒヒヒキヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒ」 「・・・」 暫くゲラゲラと笑いながら、霧の濃い方へ濃い方へと進んでいく。 ややあって、女性の方が立ち止まった。 「ここまでさね」 キセルからもくもくと煙を立ち上らせながら、女性は呟いた。 「わかってンだろうケド、こっから先はアタシの関与するこっちゃない。覚えときな」 わずかに頷いたか頷かなかったか、ジャンルーカはそのまま立っている。 「そうさねェ、アタシゃあのキサしか助けないよォ? あの女さえ戻って来れば、車掌は列車を出すってンだ。アタシゃ余分な労力は使いたくないンでねェ」 「・・・」 「ああン? アタシがどうするかってェ? 決まってンじゃないか、安全な場所から見てやるに決まってンだろ? なァに、その点についての心配は一切無用さァ、アタシを誰だと思ってンだい? エ? 伯爵だか子爵だか知らないがね、このユージュ様の足を止めた事を後悔させてやるさァ。キッヒヒヒヒヒ」 「・・・」 キセルを加えたまま、ユージュはジャンルーカの頬をそっとなぞった。 「さァ、行きな。アンタはたった今からアタシの目さ」 「・・・」 無造作にペンダントを一本外すと、それをジャンルーカにかける。 「言っとくケド、期待はしてないからねェ。それはただの飾りさ。ま、セティーナの鈴よか役に立つに決まってンだけどねェ・・・ヒヒヒ」 「・・・」 「ボサッとしてないで、さっさと行きな」 追い立てられるようにしてジャンルーカが一歩踏み出したとたん、立ち止まる。 「・・・」 「どうしたんだい? まさかもう駄目だとでも?」 「・・・違・う・・・」 聞こえるかどうかの声で、彼女が呟く。 「・・・霧・・・」 「あァ、この霧はどうやら、中に入っている精神同士を勝手に繋げるモンらしいねェ。無差別精神交流って奴さァ。思った通り・・・さすがはアタシ、狂いは無い。ヒヒ、気持ち悪いだろうが、味方の考えもわかるンだ、慣れて逆に利用するこったね」 「・・・声・・・」 「そうさ、こっちの考えが声になって誰にでも伝わる、反面、誰かの心も伝わってくる。その様子からして、どうせ伯爵だろ? 早速気付かれたねェ。頑張ンな。どーせ奴のことだ、アンタをコレクションにしたがってンだろ? 違うのかい」 ジャンルーカが首を横に振る。 「・・・声・が・・・」 イライラした様子で、ユージュがズイッと彼女に迫る。それこそ接吻出来るような距離まで近付いて、長い爪でじわじわと肌をなぞる。 「わかンない奴さねェ。アタシに必要なのは『目』だけさ。アンタはアタシの『目』になりさえすりゃいいんだよォ。アンタはキサを探して、目に映してこればいい。後はこっちでうまくやンだからサ」 「・・・」 「だから他は好きにしな。自分が助かりたけりゃ、自分で何とかしな。他の奴を助けたけりゃ、それも自分で何とかしな」 伯爵とはまた異なった威厳と、恐ろしさ。 この人物の言うことを聞かなければならない、いや、従うことこそが自分にとって正しいのだと、そう思わせるような魅力をたたえている。 並大抵の人間であったならば、ここで素直に頷いてしまっただろうが、ジャンルーカは正確には人間ではない。無表情はそのままだったが、暫くして、ユージュの方が眉をひそめた。 「ハァン? 取引かい、このユージュ様と。いい度胸さね」 じっと、目を逸らさずにらみ合う。 そして、どうやらユージュが折れる気になったらしい。彼女はふぅっと煙を吹き出すと、手にしたキセルでジャンルーカの顎を上げて冷たく笑った。 「・・・いいだろう、探しといで。ただし、アタシゃ手伝いなんぞしないからねェ、うまく『駒』が揃ったら、そのとき初めて・・・道を開いてやろう」 ジャラリ、と音を立てて霧の中を指差しながら、ユージュが最後に言った。 「さァ、行きな、アタシの可愛い『目』よ。もう戻って来ンじゃないよォ・・・ヒヒヒ」 ジャンルーカが霧のより濃い方へと姿を消した事を見届けてから、ユージュは元来た道を満足そうに戻っていった。 「ちょっと、ねえ! どういうことなのよ!?」 ガタン、ガタン・・・列車は単調なリズムを繰り返しながら、動いていた。 敷かれたレールの上を、ゆっくりと、しかし確実に、走っている。 「車掌さん、納得出来ません。一体どうして・・・まだ彼女は戻ってきていないんですよ?」 「いいンだよ、車掌サン」 ぷはぁっと盛大に煙を吐き出しながら、ユージュが割り込んだ。 「このまま走らせとくれな」 「では説明を――」 「止めなさい! 止めなさいよ!!」 ガクンガクンと車掌を揺さぶりながら、アイビスが叫んでいる。 「ですから・・・お客、様、説明を・・・」 「いらないわよ!」 そのやり取りを面白そうに目を細めて見ながら、ユージュは手にした杖で水鏡の面をかき混ぜていた。 「アイビス、落ち着いて。車掌さん、説明とはどういう事なんですか」 「ええ、お客様・・・ッ・・・ここで、待っていても・・・仕方が無いと」 咳き込まぬように言葉を止めながら、車掌がポツポツと言葉を継いだ。 「どういうことです?」 「つまり、戻って来られない、お客様を・・・待つに・・・相応しい場、所にて・・・お待ちし、ようと・・・いうわけで、ございます・・・失礼」 車掌は咄嗟に振り返って、ゴホゴホと大きく咳をしてからまた向き直った。 「失礼いたしました。現在、この近隣の状況は酷く悪化しております。『霧』の発生、時空の捻れ・・・伯爵の領土では茶飯事ではございますが、こうも重なる事は通常ありえません」 まだ事態を飲み込めていないというストルクに、ユージュが馬鹿にしたように声をかける。 「要するに、あの館の前でいつまで待ってたって、誰一人戻って来やしないさ。キサはもちろん、あのカとかいう男も、ねェ・・・ああ、ジャンルーカもか」 「な・・・ッ!」 「ヒヒ・・・本人がそう望んだんだから仕方ないだろう? ま、もっとも、本当に助けたいのは彼氏の方らしいけどねェ」 ぐるぐると渦巻きの中を覗き込みながら、ユージュが笑う。 「運が良けりゃ、全員戻って来るだろうよ」 「・・・運が、悪かったらどうする気なのよ・・・!?」 ユージュはアイビスに視線をくれることも無く、キセルから煙を立ち上らせたまま、にべも無くこう言った。 「さァ? 興味無いねェ」 絶句して声も出ない彼らに、さらに追い討ちをかけるようにこう続ける。 「とりあえず、キサさえ助かりゃいいのさ、アタシは」 ――今からでは、外に出ることも出来ない。 ストルクは窓の外を睨みつけたまま、唇を噛み締めた。不本意ながら、自分以外の者に彼女達の運命を託さなければならなくなってしまった。 ――今出来るのは、祈ることしか・・・ 「どうか、皆、無事で・・・」 その隣では、一心不乱にアイビスが祈りの言葉を呟いている。 列車は様々な思いを乗せ、ただ走り続ける。 ジャンルーカは、どこかの館にいた。 扉を開けた先が、同じ館に繋がっているとは限らない事は良くわかっていた。 だからこそ、みな――伯爵に連れ去られてしまった希沙、彼女を助けに行くと言って列車を飛び出した賈、伯爵の使いでもあるローゼン、茶会の席から逃げ出した人、そしてテューン――が、どこにいるのか把握する事は、伯爵以外では不可能に近い。 先程から霧の力によって聞こえる『声』に耳を澄ませても、聞こえて来るのは「君は何をしに来たのかな?」「ようこそ、歓迎しよう傀儡の少女」といった伯爵の声や、「殺ス」「ドコニイル・・・肉ハ? 血ハ?」といった魑魅魍魎の声ばかりである。 気が滅入りそうではあったが、彼女にとっては吹き付ける風のようにそれらを受け流すことが出来た。 そうやって歩き続けていると、ふと、別の声が聞こえた。 「畜生・・・や、やめてくれ・・・嫌だ、嫌だ・・・うわあああああああッ!」 断末魔の声――人間の声だ。 一瞬、テューンのそれかと思って身を硬くしたが、違う声だった。 安心して、それからその声の主がおそらく逃げ出した人であり、そして魑魅魍魎にやられてしまったのだという事実に胸を締め付けられる。 全員助けてみせる――それは早くも成せなかったのだ。 しかし、次の瞬間。 「―――――――――――――――――――――――――! ! !!」 声にならない振動がジャンルーカの中を駆け抜けていった。 人間ではなく、化け物の死に際の叫び。 不審に思っていると、先程と同じ声で、こう思っているのが伝わってきた。 「何だ・・・あっけない。ククク・・・化け物だらけ、か」 笑っている。 この状況を、心底楽しんでいる声。 霧の力の声に、嘘はつけない。だから先程の恐怖に引き攣った声も、この喜んでいる声も、両方とも本心なのだ。 「ひゃっははは! ざまぁみろ、この体は俺のものだ! ザコは引っ込んでな、伯爵から逃げ出したお前にこの体は必要無い!」 「ち、違う・・・逃げなきゃ助からないんだ。消えろ、殺戮者め!!」 「くッ、返すものか・・・これは俺の体だ、俺の!」 「もう俺は嫌だ、誰も殺したくない、もう血なんて見たくないんだ・・・」 ふいに、声が途切れる。 扉を開けて、どこかに行ってしまったようだ。 気を取り直して、ジャンルーカは再び先に進む。どこかでまた、必ず会える。そして、その時は――あのユージュ自身が、約束を果たしてくれる番なのだ。 そしてそのためにも、彼女は進むしかない。 伯爵のゲームに、彼の敗北は無い。 しかし、時にゲームとは、予想外の不確定因子によって、その勝負が覆るものなのである。 ◆穂永秋琴(25) 長い夜が明けて太陽が姿を現した、しかしそれは、希望を感じさせるような代物では到底無かった。鮮やかすぎる朝焼け。朝焼けの光を反射して赤く染まる霧。赤い赤い霧。 ――嫌な色だ。 窓の外の赤い霧を眺めながら、伯爵は思った。その赤さは、否応なしにあの色を思い起こさせる。 ――あの女は、こういう色が好きだった。 本当に、とことんまで、反りが合わない女だった。そんな彼女も、もう自分と会うこともないまま、まもなく朽ちていくのだろう。一方の自分には、まだ永劫の時が残されている。彼女とのことも、結局のところ、すぐに癒えるような小さな傷痕を残したに過ぎないのだ。 ドアが開いた。 「――かけたまえ。紅茶くらいは出そう」 目前にいた人物に一瞬ひるみながらも、ジャンルーカは伯爵の招きに応じて席に着いた。どこからともなく給仕が現れて、紅茶とトーストをテーブルに置いて、またどこかへ去っていった。 「眠くはないかね? ――結構。変な呪いをかけられているな。かわいそうに」 ジャンルーカは何の反応も示さない。茶とパンにも手をつけない。 「そうか、客の中にそういう人物がいたな。確か、ユージュ、といったか」 ジャンルーカは何の反応も示さない。 「ユージュか。私に対抗できるつもりでいるとは滑稽だね。あの女の妹だから、私が手加減するとでも思っているのか。――失礼、君に聞かせたところで仕方がないか。いや、君に聞かせれば聞こえるのかな? まあいいさ。ユージュはともかく、君は見たいものがあって来たのだろう。結構。見たまえ」 伯爵が手を一ひねりすると、空中に――そこにはスクリーンもテレビもなかった――映像が現れた。静かに眠っている希沙とローゼン。 「タイトルは『平和』、『抱擁』、はたまた――いや、どれも凡庸だな。いかんね、起きたばかりでは頭が働かない。もっと良い題があるはずだが。――私はこれ以外のものを見る気にはなれんが、折角君が来てくれたのだから、少しは我慢しよう」 手をまた一ひねり。今度は賈とテューン。柱の陰に隠れて、衛士の隙を窺っている。衛士が背を向けると、さっと次の柱の陰へ。 「上手く敵をかわしてまだ傷も負っておらん。天晴れ、友のためには命も賭けると。何? いや、彼らは別に滑稽ではないよ。ユージュと違って、悪意がないからね。『悪意』、ひどく喜劇的な言葉さ。おっと、つい話がユージュのほうへ行ってしまったな。まあ、含むところもあるからね――それに比べて、彼らの様はどうだ。これぞ叙事詩中の英雄だよ。悲劇の主役だ。しかし何より滑稽なのは、尊大で自分の思い通りにならんことはないと思ってる女より、泥まみれの中年男のほうが美しいという有様さ。くくく」 賈が衛士に見つかった。衛士の振り回す槍の穂先を紙一重でかわすと、賈とテューンは後も振り返らずに背中を向けて逃げ出した。追いかけようとする衛士が無様に転倒し、空っぽの鎧がバラバラになる。賈が逃げるとき、床に油を撒いていたのだ。鎧の篭手がにょきりと動き出し、胴と兜、すね当てなどをくっつけ、間もなく元通りの姿になって、賈のあとを追っていく。――ジャンルーカは何の反応も示さない。 「ひどい表情だ。心配はいらんよ。彼らはたやすくは、私の手にかかりなどしないさ。もうそろそろ時間だし、穏便に帰ってもらうとしよう。――何。まだ見る気かね。嫌だぞ私は。嫌だ断る。私は見たくないのだ。――やれやれ、強情だな。私のことなど気遣ってはくれんわけだね」 伯爵はまた手をくるり。今度はあの客――最初のお茶会のとき、途中で逃げ出したあの客の映像だ。だが、彼の顔――彼をよく知っているわけではないが、穏やかそうな顔だった――は醜く歪み、ひきつり笑いを浮かべており、身体は血にまみれていた。だがその血は、一滴たりとも彼自身のものではない。彼が一晩の間に、殺して殺して殺しまくった、衛士や魑魅どもの返り血である。 「――もういいだろう。この映像は消させてくれ。――嫌な性格をしているな。私にとっては拷問だ」 伯爵は青い顔を映像から背けた。それからシャツのように白い手をひねって、映像を消した。それからしばらく呼吸を整えると、また顔色が落ち着いてきた。 「さて、時間まであと三十分といったところだな。希沙もローゼンもそろそろ起きるだろう。――君は招かざる客だが、来た者を拒むことはするまい。しばらくここにいたまえ。私の勝利の瞬間には、みなにこの場所に集まってもらおう。そして互いの健闘を称えて杯を乾すとしよう。いや、お茶だがね。君たちに酒を飲ませるわけにはいかない。当然だが。くくく」 (まだ、逆転の目は、ある) 伯爵は驚いて、ジャンルーカを見た。確かに聞こえたような気がしたが、彼女が喋った様子はない。 「いいさ」 ややあって、伯爵はつぶやいた。 「逆転されても、再逆転するだけのこと。ゲームとしては、そのほうが面白いだろう。くくく、何でも起こるがいいさ。血を見るのはごめんだが」 窓の外を眺めると、空の赤は薄い白に変わっていた。 26(バーネット) カーレル・ウィーバーはただの少年だった。馬鹿ではないが、それほど頭がいいわけでもない。友人が多いわけではないが、さりとて皆無というわけでもない。どちらかといえば目立たないいたって普通の少年だった。――十年前までは。 十年前のその夜、いつもより早く眠りについていたカーレルは何かの物音で目を覚ました。聞こえたのはクラッカーを連想させるような短い音、それが三つ。無視することも出来たのだが、なぜか気になったカーレルはそっと自分の部屋を抜け出し、明かりの点っているリビングへと足を向けた。 リビングは静かだった。壁にあるシミの位置まですべて知りつくしているその部屋に入ったカーレルは、そこに自分の知らないモノを二つ見つけた。一つは全身黒ずくめでバイクのヘルメットをかぶった人間、そして二つ目は床に広がる紅とその中心に横たわっている人間らしきものだった。手には黒いものを握っている。 足音に気付いたのか黒ずくめがカーレルへと振り向いた。そして何を思ったかメットのバイザーを上げると、右手に持った銃を突きつけた。 「せっかくだ、この顔とケビン・イーストウッドって名前を覚えときな」 黒ずくめは低い声でそう言って、クククと笑った。ヘルメットのせいで口元を見ることは出来ないが、その瞳を――その瞳の中に浮かぶ色を間近で見たカーレルは黒ずくめが心の底から笑っているのが理解できてしまった。話が通じる相手ではないということも。 ――ここから先をカーレルはよく覚えていない。ただ、やらなければ殺られると思ったことと、――『殺れる』と頭のどこかが自分に告げてきたのだけははっきりと覚えている。とっさに血の海の中に倒れていた父の手にあった銃を取り、黒ずくめが撃つより早く左胸――心臓の位置を狙って一発だけ撃ったのも曖昧には覚えている。 今考えてみるとこの行動は異常であったと言える。当時のカーレルは扱い方に関する知識はあったものの、実際に銃を撃つのは初めてだった。銃というのは初心者が狙ったところへ当てられるようなものではない。にもかかわらずカーレルの放った弾丸は正確に心臓を打ち抜いていた。一発しか打たなかったというのも妙である。あの状況ならば確実に沈黙させるため、あるいは錯乱して全弾撃ち尽くすのが普通である。だが、カーレルは一発しか打たなかった。それ一発で確実に仕留められると分かっていたかのように。 その後、友人との夕食会に参加していた母親がリビングの惨状と呆然とそこに立ち尽くしているカーレルを見つけ、混乱しながらも警察と救急を呼んだ。警官が現れたときには黒ずくめと父はすでに死んでいた。 しばらくの後、カーレルは一通りの事情聴取を受けた。その際にあの黒ずくめはケビン・イーストウッドという名でいわゆる殺人狂だったことも知った。いろいろあったが最終的に正当防衛が認められ、カーレルは普通の生活に戻った。 こうして彼の悲劇は終わった、否、終わるはずだった。 普通の生活に戻ってから、カーレルはおかしくなった。見知らぬ通行人の横を通り過ぎるとき、野良猫に菓子のクズをくれてやるとき、そして友人たちと話をしているとき。あらゆる生き物をその目に捉えるとき、カーレルはどうすればその生き物を殺せるかを無意識のうちに理解できるようになっていた。異常としか言いようが無かった。精神科に行くべきかとも考えたが、人に知られるのが怖くて結局行かなかった。それからずっとカーレルは沸きあがってくるそれを押し込めるのに必死だったが、月日が経つにつれそれは確実にカーレルを蝕んでいった。 最初に殺したのは路地裏の野良猫だった。その数ヶ月後、人気の無い場所で絡んできたチンピラを殺した。カッターで首を切ったらあっさり死んだ。そして十八歳で母親の頭を撃ち抜いたとき、カーレルは本当の意味で普通ではなくなった。 自らの手で肉親を撃ち殺すその直前、カーレルは心の中から語りかけてくる声を聞いた。実のところ、あの事件以来自分の心の中にカーレル自身が理解できない何かがあるような気はしていたのだが、まさかそれが意思を持っているなどとは考えたことも無かった。 声は自らケビン・イーストウッドと名乗った。さらに自分がカーレルの中にいることと、そして殺すことが何よりの楽しみであるということを語った。そして無理やりにカーレルの体を乗っ取ると、カーレルの母親を殺した。この日からカーレル・ウィーバーとケビン・イーストウッドのせめぎ合いが始まった。 手当たり次第に殺しつくしたカーレル――ケビンは満足していた。これだけ殺したのは久しぶりだった。贅沢を言えば普通の生き物がよかったのだが、殺せたのだからまあいいだろう。それに、防衛本能かあるいは気持ちの問題か、化け物が相手のときはカーレルの抵抗が弱いのでずいぶんと気持ちよくやれた。 それにしても亡霊から血が出るとは、この呪いを造ったヤツは随分と悪趣味なようだ。もっともケビンにとっては都合がよかったが。そんなことを考えながら血まみれになった剣――最初に殺した甲冑から奪ったものだ――を軽く振る。 ここがどんなところかはケビンも知っていたが恐れるつもりは全く無かった。伯爵が何者だろうが関係ない、どんな力を持っていようがそれをかいくぐって殺すだけだ。それは伯爵に限ったことではない。弱者も強者も関係なくケビンは等しく全てを殺すつもりだった。 逆に殺すこと以外に関してのケビンの興味は極めて薄い。実際カーレルが何を思ってあの列車に乗っているのかにも興味が無かった。何が目的かは大体想像がついてはいたが。 そしてケビンは愚かではない。殺してはまずいときには心の中に潜み何もせず、だが殺しても問題無いと判断すれば心の中から現れ、何のためらいもなく殺しつくした。日常はカーレルの領域、非日常はケビンの領域であるとも言うことも出来るだろう。 そして今は非日常だった。ケビンは血の紅に染められた廊下を後にする。より多くを殺すため、殺戮の舞踏を一秒でも長く続けるために。自らの欲望に従い殺戮の天才は歩を進める。廊下の先には扉が見えていた。 27 皆既日食 扉を開けると、少年と少女が一緒に眠っていた。 この狂乱の夜にはまったくふさわしくないその寝顔。まるで絵画に描かれたかのような、あまりにも安らかで平和な姿。 その姿を見て、殺人鬼ケビン・イーストウッドの顔に穏やかなほほえみが浮かんだ。 ざくり。 並んだ首を一緒に切断。すばらしい、これで絵画は完成した。芸術とはまさにかくあるべきだ。 ガラにもないことを考えながら、再び廊下に戻る。 「まだまだ夜は長いぜぇ?」 なんとすばらしい日だろうか!思わず独り言も出ようというものだ。スキップを踏んで駆け回りたいくらいだ。――さすがにそんなマネはしないが。 「ああもう、これで幾つ目だよ!」 半分やけになりながら賈はドアを開ける。はずれ。 時間は限られている。まったく、想像以上に面倒なゲームに賭けてしまったらしい。 「よぉそこのニイサン」 「あ?」 なんだてめえは今俺は忙しいんだよ用があるなら後にしやがれ、と言おうとして気づいた。ここは伯爵の館だ。 相手の姿を見る。一見どこにでもいそうな少年、しかしその手には血にぬれた一振りの剣が握られていた。 (ひょっとしてゲームの中ボスってところか?) 胸中でつぶやき、腰を落とす。 「一応聞いとくが・・・誰だよ」 「誰?俺がダレ?うひゃひゃひゃひゃ!誰でもいいんだよそんなこと!とりあえず俺に殺されろ!あはっはははははっは!!!」 うわあ。伯爵絶対趣味最悪。いまさらか。 伯爵様が確実に変○です。ごめんなさい。(R) 殺伐とした中、主人公一人でほのぼの。――伯爵の館に行くところまで書けなかったよ。(穂永) 伯爵=○態が確定です。あとアイビスがお姉さんっぽいとの指摘が。自分的にはこんな感じだと思ってるんですがどうでしょう? (バーネット) 次回、ついに変○伯爵登場か!?(逃げた) (日食) もぉ何でもいーや。長くないヨー(藤枝) ……そっ、そんな眼で見ないでくれ! 僕が変○なんじゃない、伯爵だ、伯爵が○態なんだ! 巻き添えを食って賈まで変○になってしまいましたが、伯爵のほうはちと良い人にしてしまったかねえ。うむ、難しい。穂永。 ずいぶん遅れてしまった……。皆既日食さんごめんなさい。 伯爵が人間じゃなくなってますが、それでもやっぱり伯爵は○態です。むしろレベルアップしてます。しかも大幅に。 ちなみに、伯爵が心の中で叫んでる言葉は某ゲームエピソード2の白髪○態にーちゃんの台詞をいじったシロモノです。まあ、○態つながりと言うことで。(バーネット) さて、ずいぶんあっさり部屋までたどり着きましたが、これはまあ仕様です(おぃ。でも伯爵ワールド展開中なので実は違う部屋とか少年少女の中身偽者とかドア開いたらやっぱりトラップ発動とかもありです。希望が潰える瞬間って楽しいよね!(日食) ニューキャラ登場!(またか!) 一人は黒魔法使い系の女性、もう一人は二重人格のケがありそうなおそらく男性。 他にマトモな奴は乗ってねーのかこの列車! Yes! 絶対、乗ってない!(R) さて逆転はあるのか、そして勝利はあるのか。決着は近い(……逃げた。ごめん)。穂永。 最後の(?)乗客登場です。結局あの列車の乗客にまともなヤツはいないようです。まあ、分かりきっていたことですが(バーネット) 芸術ってわかんないなあ。でもまあ絵画ですから。ホンモノではないってことで(皆既日食),