約 3,810,922 件
https://w.atwiki.jp/dq_dictionary_2han/pages/5949.html
DQⅨ 【ガナン帝国城】の地下にあるダンジョンで、天使たちが幽閉されている牢獄。 城の最上階で【暗黒皇帝ガナサダイ】を倒した後に入れるようになる。 出現モンスターは城内と共通しているものが多く、さほど苦戦するものではないだろう。 地下2階の隠し通路を通った先には宝箱が2つあるので、忘れず回収しておこう。 地下3階で捕えられていた天使たちを解放し、更に下に進んでいくと、最下層で【エルギオス】を発見する。 しかし彼は300年前の出来事から人間への憎しみを増幅させていたため、戦闘になってしまう。 上位の天使には逆らえないという理により、この時点では絶対に勝てない。 クエストNo.76「3人の弟子」、No.141【ベクセリアのなぞ】、No.162【竜もどきの夢】で再度訪れることになるのだが、帝国城内部を経由してこないといけないので、実に面倒である。
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18222.html
そういや、前に唯の家に集まって、 軽音部の皆と憂ちゃんでホラー映画を観た事がある。 私はホラーは平気な方だし、 ムギは何にでも興味津々だから目をキラキラさせてた。 唯はちょっと恐がってたみたいだけど、 その後に憂ちゃんが用意してくれたアイスクリームを食べたら、全部忘れちゃってた。 結局、恐がってたのは、毎度の如く澪だけだったな。 映画の内容より、あいつの叫び声の方が恐かったくらいだ。 そもそもC級に近いホラーだったから、勿論梓もほとんど恐がってなかった。 しかも、梓はホラー映画を映画館でたまに観てるらしいから、 一般的な女子高生に比べれば、ホラーにかなり耐性がある方だろう。 少なくともほとんどの女子高生は、ホラー映画をDVDでは観ても、 デート以外では映画館でホラー映画を観る事は少ない……はずだ。 よく知らんが。 とにかく、人には意外な趣味があるもんだよな。 そんな梓でも、今の状況は少なからず不安らしかった。 私の手のひらをかなり強い力で握ってるのがその証拠だ。 不謹慎だけど、ちょっと安心する。 何かがあっても、梓はそれを顔に出したり、口に出したりする事が少ないからな。 感情を素直に表現しがちな澪の幼馴染みをやってきたせいか、 私は梓みたいに自分の感情を隠しがちな子の相手が得意じゃないと思う。 勿論、梓の事は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。 後輩だけど、同い年の子みたいに一緒に本気になって遊べる。 それが嬉しい。 でも、たまに、梓はどうなんだろう、って考える。 梓は私と遊んでて楽しいんだろうか。 いや、楽しいはずだ。楽しんでくれてるはずだ。 喜びを素直に表現してくれるくらいには、私は梓と仲良くなれたはずなんだ。 けど……、辛い時はどうだろう? 悲しい時は……、どうなんだろう……? 私は梓の悲しみのサインを見逃してないだろうか? あいつに後輩を作ってやれなかった私は、 あいつの本当の寂しさを分かってやれてたんだろうか? 分からない。 分からないけれど……、今はちょっとだけ不安を見せる梓の姿が嬉しかった。 不謹慎だけど、出来れば梓にはもっとそういう弱さを見せてほしかった。 そうすれば、私にも何かしてやれるかもしれないからだ。 「心配すんなって、梓」 安心出来たせいか、自分でも驚くくらい優しい声が出ていた。 本当は梓以上に私が不安がってたのかもしれない。 「オカルト研の中に変な物があっても護ってやるって。 元部長は現部長よりも強いってのがお約束だ。 りっちゃん部長に任せろ!」 私がそう言って梓の頭を撫でると、 妙に冷静な言葉を淡々と返してくれやがった。 「お言葉は嬉しいんですけど、律先輩……。 それ、映画だと真っ先に死んじゃう人の台詞ですよ」 「中野ー!」 ちょっと大声を出して、私は中野の後ろに回ってチョークスリーパーを極める。 中野め、ホラー映画に通なせいか、 死亡フラグにも精通してるようじゃないか、この生意気な中野め。 でも、その言葉が生意気なだけじゃないってのも、私は知っていた。 チョークを極められながら、中……梓は嬉しそうに、楽しそうに笑ってる。 考えてみれば、梓とこんなに身体を密着させるのも久し振りだ。 何故か気持ちがとても落ち着く。 もしかしたら、梓も私と久し振りにくっ付きたくて生意気を言ったのかもしれない。 本当はすぐに梓から身体を離して、純ちゃんの話を聞くべきだったんだろう。 でも、それはすぐには出来なかった。 私と梓、二人ともがお互いの身体を離したくなかったんだ。 どうしようもないくらい。 梓と身体を密着させながら、気付く。 恐がったり、不安になったりした時、澪がよく私に抱き着いて来る理由を。 やっぱり、人肌の温もりは心を落ち着かせてくれるんだ。 だから、澪はよく私に抱き着いて来るんだろう。 それが私にとって、澪にとって、梓にとって、 いい事か悪い事かは分からないけどな……。 時間にして二分くらいだったと思う。 名残惜しく私が梓から身体を離した時、純ちゃんが苦笑しながら梓に言った。 「梓、律先輩とイチャイチャし過ぎ。 やっぱり愛人の私なんかより、本妻の方が好きなのね……! よよよよ……!」 「何よ、愛人とか本妻とかって……」 梓が呆れて呟き、また肩を落とす。 つーか、本妻って私か? でも、私と梓がくっ付いてるのを見守っててくれたのを見る限り、 純ちゃんは梓が幸せならそれでいいんだって思ってくれてるんだろう。 勿論、愛人とか本妻とかそういう意味じゃなくて、 一人の親友として、梓の幸福を願ってくれてるんだと思う。 一瞬、純ちゃんが真面目な顔に戻る。 それから、ちょっと苦々しげに言葉を続けた。 「でもね、梓。 そろそろそのハーレム体質、いい加減どうにかしないと。 唯先輩にはよく抱き着かれてるし、澪先輩とは姉妹みたいだし、 律先輩とはメールしまくりだし、最近はムギ先輩とも仲がいいみたいじゃない。 何よ、そのハーレム……。 あー、羨ましい!」 最後には本当に悔しそうに叫んでいた。 苦々しそうに見えたのは、単に羨ましかっただけか……。 まあ、確かに私が純ちゃんの立場なら、梓の事が羨ましくなるかもしれない。 私はともかくとしても、 澪はファンクラブもある上に面倒見がいいし、 ムギも優しくておやつを提供してくれるし、 唯も度が過ぎる所はあるけど後輩想いで面白い奴だからなあ。 こんな先輩達が居るなんて、確かに羨ましいな……。 純ちゃんのそんな叫びには慣れてるんだろう。 梓が苦笑を浮かべて、言葉を続けた。 「それより、純。 オカルト研の中に大変な物があるんでしょ? それを見に行かなくていいの?」 「そうそう、そうだよ。 梓のハーレム体質のせいで忘れちゃってた。 ごめん、梓。律先輩もごめんなさい」 純ちゃんはそう言いながら、首を傾げて頭を掻いた。 舌こそ出してなかったけど、 そのポーズはさわちゃんがたまにやるポーズとよく似ている。 梓が何度か言ってた事だけど、さわちゃんと純ちゃんって結構似てるのかもしれない。 少なくとも発想や仕種はそっくりな気がするぞ。 さわちゃん……。 さわちゃんか……。 卒業以来、さわちゃんとは顔を合わせてない。 この夏休み、久し振りに会える予定だったのに、 人が居なくなるって奇妙な現象が起こったせいで、それが出来なくなった。 別にさわちゃんは何も変わってないはずだ。それは分かってる。 でも、その何も変わってないはずのさわちゃんを確かめられないのは残念だ。 さわちゃんは元気なんだろうか? さわちゃんだけじゃなく、新入部員の子達、皆の家族も……。 そんな事は分からない。分かるはずもない。 だけど、せめて私達の知らない場所で、元気で居てほしいと思う。 「それじゃあ、これから私が見つけた物をお見せしますね。 多分、衝撃的な物なんですけど、律先輩、驚かないで下さいよ。 絶対に驚かないで下さいね。絶対ですよ?」 前振りかよ……。 つい突っ込みそうになったけど、 そう言った純ちゃんの優しい微笑みを見るとそんな気も失せた。 純ちゃんは私が少し暗い顔をしてたのに気付いたんだろう。 それでわざとふざけてみせてくれたのかもしれない。 ごめんな、ありがとう。 私は心の中だけで純ちゃんに礼を言って、軽く頷いた。 私が頷いたのを見届けると、純ちゃんは私の手を引いてオカルト研の部室の扉を開いた。 鍵は掛かってないみたいだった。 純ちゃんが鍵を見つけたのか、元から掛かってなかったのか、それはどっちでもいいか。 勝手に入るのには、勿論ちょっと抵抗がある。 でも、今更そんな事を言ってる場合でもなかった。 大体、非常事態とは言え、昨日私達は近所のスーパーから食べ物を持ち出してるんだよな。 悪い事をしてるとは思ったんだけど、他に食べ物を手に入れる方法は無かった。 一応、レジの中にお金を入れておいたけれど、勝手にやっちゃ犯罪だよな……。 もしもこの状況が解決したら、スーパーの人に謝らないといけない。 もしも解決したら、ではあるけど……。 「うわー……」 オカルト研の部室に入ってすぐ、梓が何とも言えない微妙な声を上げた。 多分、梓がオカルト研の部室に入るのは久し振りなんだろうし、私だって久し振りだった。 だから、梓が微妙な声を上げる気持ちも分かる。 久し振りのオカルト研は、私の記憶の中にあるオカルト研より遥かにパワーアップしていた。 前のオカルト研は少し怪しくて薄暗い程度の部室だったはずだ。 でも、今のオカルト研は違った。 何と言うか、こう……、単純な言葉じゃ言い表せない感じだ。 まず目に入ったのは等身大のチュパカブラの模型だった。 いや、チュパカブラの正確な体長を知ってるわけじゃないが、多分等身大だろうと思う。 それくらい大きな一メートルくらいの模型だった。 ロミジュリの時に借りたりっちゃんのお墓(平沢唯・談)と言い、うちのオカルト研は本格的だよな。 模型も墓も相当高いと思うんだけど、どこからそんな資金が……? やっぱり部員の誰かが理事長の孫娘なのか? それと窓や壁のあちこちがアルミホイルで覆われてるのも気になる。 銀色の光がちょっと目に眩しい。 一見異常な光景だけど、私にはそのアルミホイルの理由に心当たりがあった。 前に皆と百物語をしようと思って読んでおいたオカルト雑誌に書いてあった。 よく分からないんだけど、アルミホイルは人間を操る電波を遮断するんだそうだ。 人間を操る電波ってのが何なのかって事には触れないでくれ。 オカルト研の中で、そういう電波関係のオカルトがブームだった時期があったんだろうな。 でも、窓や壁がアルミホイルで完全に覆われてないのを見る限りじゃ、 結構すぐにその電波関係のオカルトのブームが過ぎちゃったんだろう。 オカルトにも流行り廃りはあるんだよな。 だからこそ、中途半端にアルミホイルが残ってるに違いない。 他にも色々何とも言いにくい物があったけど、それは置いておこう。 とにかく、オカルト研も順調に活動してるみたいで何よりだ。 軽音部も負けないように頑張らないとな。 「ほら、これですよ、これ。 律先輩、これをちょっと読んでもらえますか?」 私と梓がオカルト研の変貌に沈黙してる間に、 純ちゃんは昨日見つけたらしい大変かもしれない物を手に取っていた。 私は純ちゃんに差し出されたそれを手に取り、じっと見つめてみる。 純ちゃんが言う大変かもしれない物……、 それは黒い紐でとじられた一冊のレポートだった。 レポートのタイトルには『フィラデルフィア実験文書』と記されていた。 梓が私の後ろからレポートを覗き込んで呟く。 「フィラデルフィア実験……? 何、これ……?」 「そうだよ、梓。フィラデルフィア実験……。 驚くかもしれないけど、律先輩と一緒に読んでみて」 言って、純ちゃんが真剣な表情で梓の肩を叩いた。 梓が不安そうな表情で私の肩を軽く掴み、それでもレポートから目を逸らさなかった。 私は小さく息を吐いてから、レポートの表紙を捲る。 このレポートを書いたのはオカルト研の部員の誰かなんだろう。 妙に可愛らしい丸文字でそのレポートは記されていた。 ただ、その丸文字とは裏腹に、内容は私達を戦慄させるものだった。 以下はレポートに記されていた内容である……。 第二次世界大戦中にアメリカのフィラデルフィアで行われたフィラディルフィア実験。 戦艦をレーダーから不可視化するための実験に使われたエルドリッジ号。 数々の電気機器を用い、船体をレーダーのみならず肉眼からの不可視化にも成功。 しかし、実験中に予想外の現象が起こる。 エルドリッチが突如実験場から消失。 その後、千六百マイル離れたノーフォーク沖への顕現を確認。 つまり、艦全体がテレポートしたと言うのだ。 エルドリッジはフィラデルフィアにその後帰還するも、 乗員の中には肉体が船体に溶けてしまった者や、 衣服のみが船体に焼き付けられた者、精神に異常をきたした者も居たらしい。 そして、その文書の最後にはこう記されていた。 近くオカルト研もこのテレポート実験に挑戦したい、と。 「な、何だってーっ!」 私の叫びがオカルト研の中に響く。 その叫びに梓が怯え、私の肩を掴む手に力を込める。 純ちゃんは怯えた様子も見せず、満足そうに私を見つめながら頷いていた。 「分かって頂けましたか、律先輩……。 封印されたテレポート実験……、人々の消失現象……、 今の私達の状況はこのフィラディルフィア実験によく似ていると思いませんか? それにその文書の最後の言葉……、 『近くオカルト研もこのテレポート実験に挑戦したい』って……。 もしかしたらなんですけど、今の私達のこの状況はオカルト研の実験で……」 「な、何だってーっ!」 もう一度、私は叫ぶ。 あまりにも衝撃的な事実に、身体を震わせて叫ぶふりをするんだ。 その叫びに梓は怯えず、私の肩を掴む手から力を抜いた。 純ちゃんは怯えた様子も見せず、少し呆れて私を見ながら突っ込んでいた。 「律先輩、二度はわざとらしいですよ……」 「あ? ばれた? もうちょっとインパクトがあった方がいいかと思ったんだけど……。 このレポートも出来はいいんだけど、オカルト研が実験する予定ってのがなー……。 そりゃ可能性としてありえなくはないんだろうけどさ、ちょっとリアリティ無いよな。 だから、もうちょっとだけ盛り上げようかと思ったんだけど、やっぱわざとらしかった?」 「ばればれですよ、律先輩。 と言うか、いきなり叫ばないで下さい。 びっくりするじゃないですか」 非難するようにまた梓が私の肩を強く掴んだ。 やっぱり梓が怯えたのは、レポートの内容じゃなくて、私の叫び声の方みたいだった。 二度目はわざとらしかったけど、一度梓を驚かせられただけとよしとするかな。 ちょっと微笑んでから、私は手に持っていたレポートを純ちゃんに返した。 7
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18215.html
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 ※シリアス注意 にゃんこ 2012/01/17 http //ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1326793040/ 戻る 名前 コメント すべてのコメントを見る これいい作品なんだけど、少し長すぎるんだよな… -- (名無しさん) 2015-03-30 00 37 38 話の流れからすると律唯になりそうなもんだけど、 作者が律梓派だからしゃーないな。 文章上手いのにもったいない。 -- (名無しさん) 2013-02-01 10 06 30 なげえな〜。 -- (通りすがり) 2013-01-07 07 02 12 律唯がよかったな、これは -- (名無しさん) 2013-01-07 06 19 44 面白かったけど、中盤からいきなり律梓に傾いたのがどうしても違和感を拭えない。あんな感じで傾くのなら.憂にも和にも傾いてもおかしくはない(というより、ストーリー上そっちの方が可能性が高い)。せめて最初から律梓をかぐわせるようなシーンを入れるべきだったと思う。 良作なだけに、とても残念。 -- (名無しさん) 2012-10-06 15 01 37 ラストの後どうなったか気になるけど、あれで終わってよかったのかなとも思う -- (名無しさん) 2012-09-21 06 59 30 確かに地の文がちょいくどいけど、展開のさせ方が秀逸だったから 一気に読めたわ。なんというか、水面から顔を出した瞬間に脚を引っ張られるとういうかw そして律梓成分が主だったのが俺得だったwww 作者マジで乙! -- (名無しさん) 2012-09-18 01 56 00 りっちゃんと憂純の後輩コンビの絡みがよかった 言い回しは確かにくどいけど、それも味かな -- (名無しさん) 2012-07-27 08 31 13 律唯推しじゃないけど律唯がよかったと思う みんなもとの世界に戻れたといいね -- (名無しさん) 2012-07-16 04 20 53 休日1日使ってやっと読み終えたー。 これだけ長いのに、ラストがやや消化不良。あとやっぱり地の文多過ぎて、肝心の話が展開しないのはイライラする。 作者は気持ちいいだろうけど、もう少し読者にも気を配ってほしい。 読み手ごときが!と言われればそれまでだけど。わ -- (名無しさん) 2012-07-15 08 51 48
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18225.html
それにしても、身体は言葉以上に饒舌……とはよく聞く言葉だけど、 自分自身が実際に経験する事になるなんて思ってなかった。 手を繋ぐ事で言葉以上に想いを届けられるなんて、 世界はまだまだ私の知らない事ばかりなんだな……。 「あ……」 私が何かを言う前に、梓がまた私のボロボロの手を握ってくれた。 照れ臭い気分になりながらも、私は手のひらに少し神経を集中させてみる。 私ほどボロボロってわけじゃなかったけど、 梓の左手の指先には小さなまめがいくつかあるみたいだった。 私よりボロボロじゃないのは、 梓の練習量が少ないからじゃなくて、逆に普段から継続して練習してる証拠だ。 私の方がボロボロな理由は、少しブランクがあったせいで、 急な猛練習の久々の負荷に手のひらが耐えられなかったせいだろうな。 そんな事よりも、やっぱり梓は頑張ってるんだな、って私は思った。 真面目な梓の事だから疑ってなかったけど、こうして肌で感じると余計に思う。 梓は音楽の事が好きなんだって。 こんな小さくて可愛らしい指先にまめを多く作るくらい、梓は音楽が大好きなんだよな。 「なあ、梓」 もう一度、私は梓に向けて声を掛けてみた。 今度は梓も私の方に顔を向けてくれた。 優しく微笑んでくれてはいたけど、まだ少し不安そうにも見える。 私は梓の不安を吹き飛ばすために、梓と繋いだ手に少しだけ力を込めた。 「セッション……、しようぜ? 私がドラム続けてるって事を信じてくれたのは嬉しいんだけどさ、 やっぱり梓も私のドラムの演奏を聞いてみない事には完全に信じられないだろ? だから、セッションしちゃおうじゃんか。 今はまだそんな余裕はないけど、落ち着いたら近いうちにやろうぜ?」 本当は新軽音部と旧軽音部でバンド対決とかしたいんだけど、 ……とは言わなかった。言えなかった。 旧軽音部はともかく、新軽音部のメンバーは揃ってないんだ。 こんな状態でバンド対決なんて、冗談でも不謹慎過ぎて言えなかった。 今はそんな寂しい事を梓に考えさせなくてもいい時のはずだ。 だから、代わりにもっと楽しい事を考えよう。 今は梓を笑顔にさせられる言葉だけを伝えたい。 「放課後ティータイムの再結成だな。 別に解散してたわけじゃないけどさ」 「放課後ティータイムの再結成……」 私が微笑みながら言ってやると、確かめるみたいに梓が呟いた。 放課後ティータイムの再結成。 勢いで言った事だけど、それはとても素敵な考えだと思った。 考えただけで胸がワクワクしてくる。 こんな状況なんだ。少しくらいは楽しい事を考えたっていいだろう。 それにこれは梓のためだけのセッションじゃない。 この世界に残ってる皆のためのセッションなんだ。 皆でセッションをすれば、唯もムギも喜ぶはず。 聴いてる純ちゃんや和、憂ちゃんも笑顔になってくれるはずだ。 こんな状況でだって、音楽を奏でれば皆の心を一つにする事が出来るはずなんだ。 澪だって、セッションをしていれば、心に残る不安を振り払えるだろう。 音楽ってのは、そういうものなんだから。 絆を深めてくれるものなんだから。 ほら、見る見るうちに梓の表情も笑顔に変わっていく。 きっと梓も放課後ティータイムの再結成に胸が高鳴るのを感じてるんだろう。 よかった……。 やっぱり、梓には楽しそうな笑顔が一番似合うよな。 「いいですね、セッション! 私、すっごく楽しみです! 上達した私の腕前、律先輩にも見せてあげます! あ、でも……」 「どした?」 「練習してるのは信じますけど、 律先輩のドラムの腕ってどれくらい落ちてるんですか? 私達とちゃんとセッション出来るレベルなんですかね?」 「中野のくのやろー!」 「きゃー、おたすけー!」 私が笑って梓にフロントネックロックを繰り出すと、 梓も笑顔で悲鳴を上げながら私に技を仕掛けられてくれていた。 懐かしい梓とのじゃれ合いだ。 嬉しかった。 擦れ違いそうだった私と梓だったけど、音楽の力で一つにまとまろうとしてる。 だから、きっと大丈夫。 皆だって音楽が大好きなんだ。 何もかも解決するってわけじゃないけど、 皆でセッションをすれば、心を一つにして笑顔にする事くらいは出来るはずだ。 何だったら純ちゃんと憂ちゃんにも参加してもらって、 全員参加の大演奏にしてしまうのも楽しいかもしれない。 和にはボーカルをやってもらうってのも面白いだろう。 その時の私はそんな事を考えてたし、 梓も同じ様な事を考えてくれてたはずだ。 私達の笑顔に嘘は無かった。 でも、その時の私は胸に湧き上がってた違和感の正体を、もっと考えておくべきだったんだと思う。 楽しくて、嬉しかったから、私はその違和感から目を逸らしてたんだ。 考えるまでもない事だと思っていた。 梓とじゃれ合いながら胸に湧き上がった違和感……、 それはチョークスリーパーを得意技とする私が、 どうしてその時だけ梓にフロントネックロックを仕掛けたのかって事だ。 いや、その違和感の正体はその時にはもう分かってた。 フロントネックロックを仕掛けた理由は単純。 梓に右手を強く握られていて、左腕しか使えなかったからだ。 左腕しか使えないとなると、私的に使える締め技はフロントネックロックしかない。 そして……。 梓はフロントネックロックを仕掛けられながらも、 私が技から解放するまで、繋いだ手を一度たりとも私から離そうとしなかったんだ。 私達の心を繋いだ手を……。 まるで。 音楽や言葉よりも、私の体温だけをずっとずっと強く信じてるみたいに。 ◎ また少し梓とセッションの予定や澪の事なんかを話した後、 私の手を離そうとしない梓と歩いて生徒会室に戻ると、私と梓以外の全員が揃っていた。 美味しそうな匂いが私の鼻に届く。 お昼時にはちょっと早いけど、憂ちゃんと和が昼食の準備をしてくれたみたいだ。 唯の家から持って来た携帯用のガスコンロを使って、温かそうなごはんが机の上に並んでいた。 外回りから戻った私達は、嬉しそうな顔の唯に迎えられた。 迎えてくれた唯は私達が手を繋いでる事に気付いたけど、意外にやきもちを焼いたりはしなかった。 自分だけが梓を独占したいわけじゃなくて、 私達の誰かが梓と仲が良ければそれでいいって考えてるんじゃないかな。 唯は梓の事が大好きだけど、私達の事も同じくらい大好きで居てくれてるんだろう。 だから、誰が梓と仲良しでも嬉しそうなんだ。 そういえば、唯は好きな物に順位を付けたりしない奴だ。 前に「唯の一番好きなお菓子は何なんだ?」と訊ねた時、唯は何種類ものお菓子を挙げた。 チョコ、ケーキ、お饅頭、飴ちゃん……、 一番好きなのは何なのか、って聞いてるのに、何種類も挙げる唯に対して皆も苦笑してたな。 でも、別にこれは唯が優柔不断ってわけじゃないって事も、こいつとの結構長い付き合いで分かる。 きっと、唯の中では一番好きな物が一つじゃない。 一番が一杯あるんだろう。 一見、簡単そうだけど、その実はそう簡単な事じゃないはずだ。 何かを守るために何かを捨てなくちゃいけない時は一生のうちで何度もある。 これまでも私は何度も大切な物と大切な物の取り捨て選択をしてきた。 例えば私は中学の頃にマキちゃんと仲が良かったけど、マキちゃんと同じ高校には進まなかった。 澪が居たから、澪と一緒に居たかったから、私は澪と同じ高校に進んだ。 どっちが大切かなんて考えたくなかったけど、その時の私は澪を選んだんだ。 唯は違うんじゃないかなって思う。 そりゃ、どちらが大切かを決める時くらいは唯にだってあるだろう。 皆と同じ様に、一番を決める時は唯にだってある。 だけど、こいつは本当にギリギリまで迷うんだろうな。 普通なら、仕方が無い事だって簡単に諦めてしまう時でも、 こいつならきっと、最後の最後までどっちが本当に大切なのかを悩み続けるはずだ。 一番を一杯持ってる奴だから……。 そんな姿を見せる唯はいつだって眩しい。 何と言っても、卒業旅行の時、 オカルト研に冗談で頼まれたネッシーの写真を、本気で撮ろうと思ってた奴なんだ。 馬鹿みたいだし、本当に馬鹿なんだろうけど、私はそんな唯と友達で居られて嬉しいと思う。 そのままの唯が私だって大好きだ。 不意に梓が私と繋いでいた手を名残惜しそうに離した。 どうも憂ちゃんと純ちゃんに、私達が手を繋いでる事に気付かれたかららしい。 唯に気付かれた時にはあんまり気にしてなかったみたいだけど、 同い年の親友に自分のそんな姿を見せるのは、流石の梓も少し恥ずかしいみたいだ。 頬を少し染めながら、梓は純ちゃん達の近くの席に腰掛けた。 私は梓が席に座るのを見届けてから、空いている席に足を進める。 最後に空いていたのは澪の左隣で、唯の右隣の席だった。 皆が気を遣ってその席を空けていてくれたんだろうか。 ちょっとだけ、躊躇う。 らしくなく緊張する。 私はまだ澪に掛けられる言葉を持ってないんだ。 こんな状態で、私は澪の隣で落ち着いて居られるのか……? 椅子の縁に手を置いて、何秒か沈黙する。 でも……、 予想もしてなかった挨拶が、私を包んでくれた。 「おはよう、律。 梓と……、散歩にでも行ってたのふぁ……?」 言ったのは、澪だった。 多分、精一杯勇気を出して、言ってくれたんだろう。 言葉の調子は震えてたし、語尾に至っては噛んでいた。 私が視線を向けると、言葉を噛んだのが恥ずかしいのか、 澪は顔を赤く染めて視線を落とし、私達の中では大柄な部類の身体を小さくしていた。 悪いとは思ったんだけど、私は軽く笑ってしまっていた。 久し振り……、って言うほど前の話じゃないけど、 でも、やっぱり久し振りな気がする普段の澪の姿に、安心出来たからかもしれない。 そうだよな……。 私が澪と何を話したらいいのか分からなかったのと同じくらい、 澪だって私と何を話したらいいのか分かってなかったはずだ。 同じくらい、悩んでたはずだ。 だけど、澪は自分から挨拶してくれた。 澪の性格じゃ相当に難しい事だったはずなのに、 いつもあいつを引っ張ってるはずの私よりも先に声を掛けてくれたんだ。 胸の中が一気に満たされる気がして、逆に息苦しくなる。 嫌な気分じゃない。 でも、何だか胸が詰まり過ぎてて、 口を開けばふとした拍子に泣き出してしまいそうだった。 でも、そんなんじゃ駄目だ。 澪が挨拶してくれたんだ。 私だって澪に自分の言葉を届けなきゃ、文字通りお話にならない。 一度深呼吸をしてから、私はゆっくり口を開いた。 「おはよう、澪。 おうよ! 梓とちょっと校庭を散歩しへはんだぜ!」 ……私も噛んでしまった。 やっぱり、まだ緊張しちゃってるのかもしれない。 一気に恥ずかしさが込み上げてくる。 折角の澪との挨拶なのに、上手く出来ない自分の間抜けさが情けない……。 「あははっ、 澪ちゃんもりっちゃんも噛んじゃってるー!」 唯が急に私達の方を指差して笑い出した。 唯も緊張してなかったわけじゃないんだろうけど、 思いがけない私達の間抜けなやりとりについ笑っちゃったんだろう。 笑っちゃいけないって思ってると、笑いの沸点って一気に下がっちゃうからなあ……。 相変わらず空気が読めてない奴だ。 でも、ある意味、空気が読めている……のかな? ここは笑っちゃっていい所のはずだ。 周りを見回してみると、ムギと澪は笑いを堪えていて、 残った和達は笑っていいものか複雑な表情を浮かべてるみたいだった。 個人によって温度差のある生徒会室……。 その様子がどうにも滑稽で、気が付いたら私も笑顔になってしまっていた。 「うるさいザマスよ、唯ちゃん! 噛む噛まない以前に、振り出しと振り袖を素で間違える唯ちゃんが言うんじゃないザマス!」 突っ込みながら、唯の頭に軽くチョップをかます。 「それ今関係無いじゃん……」と唯が頬を膨らませ、でも、またすぐに笑った。 途端、生徒会室の中が笑い声で満たされた。 ちらほら苦笑も混じってはいたけど、とにかく皆が笑顔になれた。 澪の勇気と唯の笑顔が私達を笑顔にしてくれたんだ。 まだ何も解決してないし、 全員が全員、心の底から笑えたわけじゃないかもしれない。 それでも、皆が笑顔になる事が出来ただけでも、大きな一歩だと思いたい。 結局、その後、私は澪と挨拶以上の会話を交わす事は出来なかった。 他愛の無い会話くらいなら、今の私でも出来たと思う。 でも、澪とはもっと深い事を話し合いたかったし、 それにはお互いにもう少しだけ時間が必要な気がした。 少しだけ澪と合わせてみた視線からは、お互いにそんな事を感じ合ってたと思う。 でも、出来れば今晩には、澪と二人きりで話してみたいかな。 今日一日、もう一度だけ私達の町を回ってみて、 何かを感じて……、何かを考えて……、 その後で今までの事を謝って、これからの私達の事なんかを話し合ったりしたい。 この世界で私達が何をするべきなのかを。 ◎ 手を伸ばせば届く……。 よりも更に近い距離で私達は肩を寄せ合っていた。 いや、肩を寄せ合うどころか、肩と肩を触れ合わせてるんだけどな。 私達……ってのは、私と憂ちゃんの事だった。 今、私と憂ちゃんは珍しく二人きりで過ごしている。 珍しくって言っても、唯と知り合ってから三年以上経つけど、 憂ちゃんと二人きりになりたくなかったわけじゃない。 憂ちゃんとはもっと色んな事を話してみたかったし、 ゲームが得意な憂ちゃんからあのゲームのコツなんかも特に聞きたかった。 つい思い付きでやっちゃうせいか、 あのゲームじゃ四連鎖以上が中々出せないんだよな、私ってば。 初めて唯の家で憂ちゃんと対戦した時の事は忘れられん。 憂ちゃんってば、平然とした顔で十連鎖を繰り出してきたからな。 たまに追い込めたと思っても、そこから平気で大逆転してくるし……。 憂ちゃん相手じゃ、九割追い込んでも全然惜しくないんだよな……。 ええい! 平沢家の妹は化物か! 勿論、ゲーム以外の事だって話したかった。 憂ちゃんは料理が得意だから、 気軽に作れる夕食のメニューとかも話し合いたかったし、 唯の昔の話を聞き出して、それをちらつかして唯をからかったりもしたかった。 でも、それが出来なかったのは、ちょっとした気恥ずかしさがあったからだ。 いや、普通は誰だってそうなんじゃないかと思う。 年下と付き合うのが恥ずかしいわけじゃない。 年下なら梓とは普通に付き合ってるわけだしな。 恥ずかしい理由はたった一つ。 憂ちゃんが唯の妹だからだ。 友達の妹だからだ。 友達の妹……、考えてみるだけでドキドキしてくる。 正直、どうしたらいいか、かなり戸惑う。 距離感が全然掴めないんだよな。 憂ちゃんはいい子だ。本当はもっともっと仲良くなりたい。 何だったら聡と憂ちゃんを交換しちゃいたい気持ちもあるくらいだ。 いや、流石にそれは冗談だが。 最初は取っ付きづらかった澪に自分から話し掛けた私だけど、 そんな私だって友達の妹とどんな感じに付き合っていけばいいかは分からない。 友達ではないけれどよく知っていて、 だからと言って、今更個別に付き合う友達にはなれない。 そんな事は無いはずだけど、仮に唯よりも気が合っちゃったらどうしようって気もしてる。 友達の妹と友達よりも仲良くなっちゃうなんて、後々気まず過ぎるわ。 そういや、世界は広いもので、 バンドユニットの中には友達の妹と組んでるバンドや、 お姉ちゃんが元々組んでたバンドに弟が加入してきたってバンドもあるらしい。 前にその話をした時、聡はそういうのは嫌だと言っていた。 「絶対に無理!」だそうな。 そんなに嫌か……。 まあ、聡がバンドを組んだとして、そのバンドに加入する勇気は私にも無いけどな。 そんなわけで、私は今まで憂ちゃんと自分から進んで話をする事は少なかった。 憂ちゃんもそんな私に気を遣ってくれてるのか、 それとも私と同じ様な事を考えてるのか、 憂ちゃんも私に話し掛けて来る事はそんなに無かった。 でも、幸か不幸か、今現在、私と憂ちゃんは二人で肩を触れ合わせていた。 そして、憂ちゃんは裸で、私も一糸纏わぬ全裸だった。 憂ちゃんは髪を解き、私もカチューシャを取って、 お互いに新鮮さを感じ合いながら、肌の感触を二人で感じ合う。 裸の二人が肩が触れるくらい近くに居る。 それも二人とも頬を紅潮させて、熱い汗まで流しながら……。 ……いやいや、変な意味じゃない。 二人で風呂に入ってるってだけだ。 この夏の暑い真っ盛り、汗まみれで過ごすのは衛生的に良くない。 そんな発案で和がプールサイドに簡易的なお風呂を作ってくれたんだ。 しかし、それは何故か五右衛門風呂だった。 いや、お風呂場のガスが使えないから、 五右衛門風呂って発想は正しくはあるんだが、何処から持って来た。 それを訊くと「自前よ」と和は言っていたけど、冗談……のはずだ。 だが、そういえば前に和から聞いた事がある。 和達が幼稚園の頃、唯が大量のザリガニを捕まえて、 近くにあった和の家の風呂場に溢れるほど入れてたとか何とか。 ひょっとして、それ以来、和は自宅の風呂場にトラウマが出来て、 自前の五右衛門風呂にしか入れなくなった……、ってのは無いか。 うん、無いな。 何はともかくとしても、風呂があるのは助かる。 三日ぶりの風呂だしな。 いや、風呂には入ってないけど、ちゃんと今までも川辺で水浴びはしてたぞ? 誰に弁論してるってわけでもないけど。 ちなみに今、私が憂ちゃんと二人で風呂に入ってるのは、 焚き木で何度も沸かすのは手間だし、 お湯が勿体無いから、二人ずつ入ってほしいっていう和の要望からだった。 その和の要望に異論は無いし、応えてあげたいんだけど、 二人ずつ入る組み合わせが憂ちゃんと私ってのは意外だった。 てっきり憂ちゃんは唯と入るものだと思ってたんだが……。 10
https://w.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/3092.html
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18230.html
◎ 「それにしても、よくあんないっぱいあったもんだよなー」 パンパンに膨らんだリュックサックを背負って、自転車を漕ぎながら私は呟く。 かなり肩に来る重さだけど、今後の事を考えると贅沢は言ってられない。 特にムギは私以上に大きなリュックサックを背負ってるんだ。 これで文句を言っちゃ罰が当たるってもんだ。 「非常時の事を考えて用意してくれてたらしいの。 そんなに必要なのかな? って前から思ってたんだけど、 実際こうして役に立つ日が来たんだから、人生、何が起こるか分からないよね」 ムギが苦笑しながら呟く。 その顔に少し元気が無いのは、 やっぱり誰の姿も無い自宅を目の当たりにしてしまったからだろう。 期待しちゃいけないって事は、ムギだって分かってたと思う。 これだけ捜しても、私達以外の姿は何処にも見つからないんだ。 自分の家族だけ無事に居てくれるって考えるなんて、都合が良過ぎる。 分かってる。 私だって分かってるつもりだった。 でも、我ながら馬鹿だなって思うんだけど、 自分の目で確認しなきゃ、期待や希望ってものは持ち続けちゃうものなんだよな。 私なんか自分の家族を自宅に見つけられなかったのに、 ひょっとしたら、ムギの家族だったら無事かもしれないって期待しちゃってたんだ。 ムギの家族は金持ちだ。 どれくらい金持ちなのかはしらないけど、 ただ事じゃないくらいの金持ちではあるらしい。 別荘だって何件も持ってるんだしな。 だから、私は馬鹿みたいな期待をしてた。 金持ちのムギの家族は前々からこの世界……、 まあ、国どころか県からも出てないから、他の地域の事は何も分からないけど、 とにかくこの世界から生き物が全て消失するって現象を予期してて、 今もその現象への対策を自宅の対策本部かなんかで練ってくれてるんじゃないかってな。 勿論、そんな事があるはずも無かった。 そりゃそうだ。 大体、こんな状況になる予期をしてたんだったら、 大切な娘のムギをみすみす外出なんかさせるかっての。 分かっちゃいたけど、期待せずにはいられなかった。 自分の力じゃどうにもならない気がして、他の力のある誰かに頼りたかったんだと思う。 こんな状況、自分達じゃどうする事も出来ないから……。 だから……、誰かに助けてほしかった。 誰かに救ってほしかったんだ……。 でも、その期待は簡単に打ち崩された。 私の実家より遥かに大きくて、 執事やお手伝いさんなんかも大勢居るはずのムギの家にも、誰一人居なかった。 それどころか、ムギの家で飼ってるらしいミシシッピ何たらって亀の姿も一匹も無かった。 分かっちゃいた事だけど、 もう本気で私達以外の生き物はこの世界に存在しないのかもしれない。 無音が私の耳に届く。 いや、自転車の車輪の音と風の音くらいは聞こえるけど、そんなの音じゃない。 音だけど、音じゃないんだ。 音ってのはもっと……、そう、他の誰かや他の何かが立てる物音なんだと思う。 騒がしくて、やかましくて、嫌になる事もあるけど、 その一切が消えてしまった今じゃ、ほんの少しの雑音だって懐かしかった。 誰か他者の存在を感じたかった。 でも、そんなに落ち込んでるわけでもない。 事態が良くなったわけじゃないけど、 自分の置かれた現状が分からなかった時よりはずっとマシだと思う。 テストの結果を待ってる時と、テストの結果が出た後って感じかな。 変な例えなんだけどさ。 テストの結果なんて、自分がテストを解いた時点でもう決まってるのに、 テスト用紙が返ってくるまで、いい点であるよう神様に祈るなんて、誰だってやる事だと思う。 私なんか大学受験の時は、結果が出るまで神様にずっと祈ってた。 結果が分からない時ってのは、それくらい変な期待に満ち溢れちゃうもんなんだよな。 だから、同時に不安にもなる。 期待をするから、そうじゃなかった時の心配もどんどん膨らんでく。 それに押し潰されそうになる事もある。 でも、良い結果でも、悪い結果でも、出てしまえばそれは単なる結果なんだ。 最悪な結果でも、出ないよりはずっとマシなんだと思う。 町をずっと回って、ムギの家を訊ねてみて、 少なくとも市内には誰一人居ないのは間違いなさそうな感じになってきた。 嫌な調査結果だけど、そのおかげでこれからの事を考えられるって事でもある。 落ち込んでる暇なんか無い。 それに私には、まだ大切な仲間が居るんだからな……。 負けてられないよな……。 私は微笑んで、ムギにもう一度話し掛けてみる。 「だけど、ムギも寂しがりだよなー。 自分のキーボードを使いたいからって、電池を取りに行くなんてさ」 「えへへ、ごめんなさい……。 だって、皆は電気が通ってなくても楽器を弾けるのに、 キーボードだけはどうしても電気が無いと弾けないじゃない? 皆が演奏してるの見てて、自分だけ演奏出来ないのは寂しかったんだもん……。 音楽室にはピアノが置いてあるにはあるんだけど、 音色は違ってくるし、やっぱりね……、私は自分のキーボードが弾きたかったの。 これって我儘……かな……?」 視線を落とし、寂しそうに苦笑するムギ。 私は自転車のペダルを漕いでムギに並び、軽くその頭を撫でた。 「我儘だなんて、そんな事無いって、ムギ。 ミュージシャンとしては、むしろ我儘なくらいで問題無しだし! それより私達も自分達の事ばっかり考えちゃってたみたいでごめんな。 そうだよな。キーボードは電気が通ってないと弾けないもんな……。 内蔵電池式ってのもたまにあるみたいだけど、それにしたって充電しなきゃいけないもんな。 それに気付けなくて、私の方こそごめん。 だからさ、帰ったらムギのキーボード聴かせてくれないか? 考えてみたら、ずっと一緒に練習はしてたけど、 ムギのソロのキーボードはあんまり聴く機会が無かった気がするしな。 まずはハニースイートを聴かせてほしいよ。 ムギの口笛聞いてたらさ、本家本元を聴きたくなっちゃったんだよな。 勿論、ボーカル付きでもいいぞ。 そうだ。折角だし、ムギのワンマンライブってのも楽しそうだよな。 報酬は今日の夕食でムギの好きなおかずを一品増しってのはどうだ? と言うか、もうムギの好きなおかずを一品増しにする事は決めたから、 ワンマンライブを開催してくれなきゃ、 報酬だけ受け取っちゃったって後味の悪さを、ムギが感じる事になるんだけどな」 「もう……、りっちゃんたら強引なんだから……。 でも、いいよね。ワンマンライブ、すっごく楽しそう! 三日ぶりだから上手く弾けないかもしれないけど、私、頑張ってみるね。 あ、そうだ! それなら、私、りっちゃんのワンマンライブも見てみたいな。 私、りっちゃんのドラム、大好きだもん」 「私のワンマンライブ……? あ、いや……、別にいいんだけどさ……。 でも、キーボードならともかく、 ドラムスのワンマンライブなんて、多分つまんないぞ? まあ、世界にはドラムスでワンマンライブやれてるミュージシャンも居るけど、 その人達はワンマン用の曲を準備してて、そのテクニックを持ってるわけだしな……。 知っての通り、私が叩けるのは皆で演奏する用の放課後ティータイムの曲だぜ? そんな面白味の無さそうなやつでいいなら、やってもいいけど……」 私が呟くみたいに言うと、ムギが急に真剣な表情を浮かべた。 強い視線を私の方に向けて、強い言葉で話を続ける。 「ううん、つまんないなんて、そんな事無いよ、りっちゃん。 私、セッションしてる時に聴いてるりっちゃんのドラムの音、大好きだもん。 一度、セッション中じゃない時に、落ち着いた気分で聴いてみたかったんだ」 「そう……なのか……? そっか……。 おっし、わかった! だったら、ムギちゃんために、りっちゃんのワンマンライブを開催しようじゃんか。 『ゆいあず』ならぬ『りつむぎ』ユニットの結成だぜ! ユニットっつっても、一緒に演奏するわけじゃないけどな!」 私がニヤリと不敵に微笑んでやると、ムギも不敵な表情を浮かべた。 目尻を細め、口元を悪人っぽく歪める。 出会った頃には想像も出来なかったムギの崩れた表情。 ムギもこういう顔が出来るようになったんだな、って思うと、何だか笑えてくるし楽しい。 まあ、隠し芸でマンボウとか変な顔をする事はあったけどさ。 と。 不意に私は重要な事を思い出し、ムギに真面目な顔を向けて言った。 「ライブもいいんだけどさ……。 ムギに一つお願いがあるんだが、聞いてもらえるか? とても重要なお願いなんだ……」 「重要なお願い……? う、うん……。 私に出来る事なら何でも言って、りっちゃん……!」 「それは助かるよ……。 実はな、ムギ……」 私は言葉を止める。 深呼吸をして、結構勿体ぶってから、私は続けた。 重要なお願いをムギに伝えるために。 「学校に戻ったらさ……。 ………。 肩、揉んでくんないか? 流石に電池が満杯に詰まったリュックは重いわ、マジで。 肩が痛くなって来ちゃって、結構きついんだよなー」 言った後、「きゃはっ!」って可愛い子ぶってから、ムギにピースサインを見せる。 ムギが少し呆けた表情になったけど、 すぐに「りっちゃんったら……」と苦笑しながら呟いた。 よかった。笑えてもらえたみたいだ。 少しはムギの気が晴れてたら嬉しい。 勿論、これはムギを笑わすために言った冗談なんだけど、 実を言うと、ほんのちょっだけ冗談じゃなかったりする。 いやー……、流石に単一、単二、単三、単四全部で五百本を超える電池は重いよ。 学校に戻ったらしばらく休んで、本当に誰かに肩を揉んでもらいたい。 そりゃ、今後の事を考えると、電池は必要な物なんだけど、 でも、それにしても、単二電池なんて久し振りに見たな……。 小学校の理科の授業で先生が持って来た以来じゃないか? 流石は琴吹家。 準備がいいと言うか何と言うか……。 まあ、単二電池を使う機会は、これからも絶対に無い気がするけどな。 ちなみに私より大きいムギのリュックの中には、 ただの電池だけじゃなくて、変圧器や蓄電池も入ってる。 キーボードを使うには単なる電池じゃ駄目なのは分かってるけど、 まさか蓄電池や変圧器なんかも用意してるなんて、やはり恐るべし琴吹家。 金持ちをやるにはそれくらいの用意周到さが必要なのかもな。 「分かったわ、りっちゃん」 急にムギがまた真剣な表情を浮かべて言った。 私より遥かに重いリュックを背負ってるのに、それはそれは力強い表情だった。 「学校に戻ったら、私、りっちゃんの肩を思い切り揉むね! 大丈夫、心配しないで。 こんな時のために、お家で誰かの肩を揉む練習してたから! 私、友達の肩を揉んであげるのって、一度やってみたかったの!」 「そ……、そうか。ありがとう、ムギ……。 お手柔らかに頼むな。 くれぐれもお手柔らかに頼む……」 くれぐれも、本当に、くれぐれもお手柔らかに頼みたい。 ムギって力持ちだからなあ……。 あんまり力を入れられると、逆に酷い事になりそうだ。 自分から頼んでおいて何なんだけどさ……。 でも、練習してたって言ってるから、多分、大丈夫かな。 ムギはそういう気配りは出来る子だから、心配する事は無いはずだ。 そんな風にムギの事を考えていると、いつの間にか私は微笑んでたみたいだった。 その私の表情に気付いたのか、ムギがまた静かに言葉を続ける。 「そうだ、りっちゃん。 りっちゃんの肩を揉む代わりに、私も一つお願いをしていい? 一つだけ……、りっちゃんに大切なお願いがあるの……」 「何だ? うん、いいぞ。何でも言ってくれよ、ムギ。 肩を揉んでくれるお返しだ。出来る限りのお願いなら聞くぞ」 私はムギに笑い掛ける。 ムギの大切なお願いなら、聞かないわけにはいかない。 ムギには普段からずっとお世話になってるんだもんな。 肩を揉らうお返しじゃなくたって、ムギのお願いなら何でも聞いてあげたい。 ムギは小さく息を吸い込む。 深呼吸してるんだろう。 そのお願いを口にするのを、結構躊躇ってるみたいだ。 そんなに言いにくいお願いなんだろうか……? まさか、憂ちゃんとの馴れ初めを教えてほしい、とかってお願いじゃないよな……? そういやムギの誤解も解けてない事だし、そういうお願いもある……のか? つい変な事を考えちゃった私だけど、 それからムギは、そんな私の考えとは全然異なった真剣な言葉を口にした。 「あのね、りっちゃん……。 私が言う事じゃないと思うんだけど……、 こんな事、私に言われなくたって、りっちゃんなら分かってると思うんだけど……。 でもね……、私の我儘だと思って聞いてほしいの。 ねえ、りっちゃん……。 あの……ね……、澪ちゃんのね……、傍に居てあげてほしいの……。 りっちゃんが傍に居れば、澪ちゃんももっと安心出来ると思うし……。 だからね……」 言葉を止めて、ムギが視線を伏せる。 漕いでいたペダルも止めて、その場……道路の真ん中に自転車を停める。 ムギより少しだけ前に行っちゃってた私も、 自転車を停めて、ゆっくりとムギの表情を覗き込む。 ムギはとても不安そうな表情を浮かべていた。 その表情には「言っちゃった……」って書いてあるように思えた。 ムギが言葉通り、それはムギが言う事じゃない。 ムギに言われなくたって、私にも分かってる。 私は澪と話をするべきなんだって。 傍に居て、また今朝の挨拶程度じゃなくて、 もっと笑い合えるように努力するべきなんだって。 分かってる。分かり切ってるし、実際にも今晩に澪と話そうと思ってた。 そんなの、ムギに言われる事じゃないんだ。 ムギもそれを分かってる。 自分がそれを口にするべきじゃないのかもしれない、って思ってる。 だから、不安と後悔に溢れた表情を浮かべてるんだろう。 私はムギの言葉に腹が立った。 そんな事、ムギに言われるまでもない……。 腹が立って、拳を握って、不安そうなムギに向けて言葉を届けた。 「ああ……、そうだよな……。 澪の奴の傍にも、居なきゃいけないよな……。 あんなに不安そうにしてる幼馴染みの傍に居ないなんて、駄目だよな……。 ごめん、ムギ。嫌な事、言わせちゃって……」 言い終わってから、ムギに頭を下げる。 そうなんだよな。 ムギに言われなくたって、澪の傍に居るべきなんだって事は分かってる。 今晩、話をしようとも思ってた。 だけど、ムギに言われなきゃ、それは思うだけだったかもしれない。 いや、多分、そうだったと思う。 私って頭で分かってても、行動に移せない事が結構ある。 勉強しなきゃと思いながら遊んじゃいがちだし、 受験する大学の事も全然考えてなかったし、 前に澪と喧嘩した時も、謝ろうと思いながらも自分から謝りにはいけなかった。 今だって……。 今朝の事を思い出す。 和、純ちゃん、梓、憂ちゃん……。 皆、私と澪の事を心配して、話しに来てくれたんだろうと思う。 勿論、動機の全てってわけじゃないんだろうけど、何割かはそうなんだろうな。 だから、私は腹が立って仕方が無い。 勿論、何も出来てない自分自身に対してだ。 皆に気を遣わせて、心配させて、澪にも不安な気持ちを抱かせたままで……。 元とは言え、部長の私が何やってんだよって話だよな……。 「謝らないで、りっちゃん……。 謝らなきゃいけないのは私の方なんだから……。 勿論、澪ちゃんの事は心配。 澪ちゃんにはまたりっちゃんと二人で、いつもみたいな笑顔を見せてほしい。 でもね……、それだけじゃないの……。 私、りっちゃんと澪ちゃんが一緒に居ないのが嫌で、 それが恐くて、自分が不安なのを我慢出来なくて……、 だからね……、りっちゃんと澪ちゃんの問題なのに、 こんな事、口をするべきじゃなかったのに、私……」 ムギが辛そうな表情を浮かべて、私に頭を下げる。 確かに当人同士の問題に口を出しちゃいけない、ってのは一般常識だ。 本当はそんな事に第三者が口を挟むべきじゃない。 でも、それだけ私達の……、 いや、私の行動が見るに堪えなかったって事でもあるんだよな。 確かに私は澪から逃げてた。 澪に何を言えばいいのか分からなくて、 あいつを余計傷付けないようにって言い訳して、あいつから遠ざかってた。 言い訳して、逃げてたんだ。 一番恐がってるはずのあいつをほっぽり出して、自分が傷付かないように……。 「いいよ、ムギ。 こっちこそ、ごめんな。 言ってくれて、ありがとう」 私は自転車から降りて、ムギの方まで歩いていく。 ムギは長い髪を震わせて、まだ不安そうにしていた。 歩み寄りながら、私はもう一度口を開く。 「ムギの言う通りだと思うよ。 伝える言葉が思い付かなくても、澪とはもっと話しとくべきだった。 頭じゃ分かってたんだけどさ、私も恐かったんだな、結局の話……。 不安に怯えてるあいつを前にして、 もっと不安にさせちゃったらどうしようってさ……。 でも、それじゃ駄目なんだよな。 怯えてるのは澪だけじゃなくて、逆に私の方が澪よりも怯えてるのかもな……。 澪の奴だけどさ……、本当に困った奴だよな。 皆、恐いのに真っ先に怯えちゃうしさ、 今だけじゃなくて、普段から駄々こねてばっかりだし……。 だけどさ……、 澪が真っ先に恐がってくれるから、 私達が妙に落ち着けるってのもあるよな。 澪が慌てたり恐がったりすると、何だかすごく落ち着かないか? 澪も別に意識してやってるわけじゃないんだろうけどさ」 15
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18223.html
「純ちゃんもよく見つけたよな、こんなレポート。 上手い具合に私達の今の状況とそっくりな事が書いてあるじゃんか。 こりゃ、この実験の内容を知らない人が見たら信じちゃうよ。 だから、澪達には見せないでくれよな。 私と梓だからよかったけど、澪と唯なんかは本気で信じちゃいそうだからさ」 「はい! だから、梓と律先輩を呼んだんです! 期待通りの反応を頂き、ありがとうございます!」 純ちゃんが嬉しそうにピースをしながら笑う。 なるほど。純ちゃんも冗談を言う相手をちゃんと選んでるんだな。 残ったメンバーの中では、憂ちゃんとムギは半信半疑ながら信じかけそうだし、 和に至っては「そうなんだ。それじゃ私、生徒会室に行くね」とか真顔で言いそうだ。 そうなると、純ちゃんがこのネタを使えるのは、私と梓しか居なくなるよな。 「もー……、純ったら変な事にばっかり夢中になるんだから……。 律先輩も純の変な話に乗っからないで下さいよ……。 純が調子に乗るじゃないですか」 言ってから、純ちゃんに向けて梓が頬を膨らませる。 何だ。梓の奴、私達以外にもそんな顔が見せられるんじゃないか……。 拗ねたり、怒ったりも出来るんじゃないか……。 よかった……。 いつの間にか私は軽く微笑んでいた。 その私の表情に気付いたらしく、純ちゃんが悪びれた様子もなく微笑んだ。 「えー、いいじゃん。 これで梓もちょっと気が晴れたでしょ?」 「えっ……?」 驚いた感じで梓が呟く。 瞬間、「隙あり!」と言いながら、純ちゃんが梓の頭を強く撫でた。 撫でられるのが気持ちいいのか、梓はしばらく目を細める。 数秒後、私に見られてる事に気付いたらしく、梓は恥ずかしそうに純ちゃんの手を払った。 「撫でないでよ、もー!」 「照れるな、照れるな。 梓だって撫でられるの好きなんでしょ?」 「照れてないもん! 撫でられるのも好きじゃないもん!」 大声で否定する梓には悪いけど、私も純ちゃんと同意見だった。 梓は人との身体的接触が好きなんだと思う。 唯にはよく抱き締められてるし、私のチョークスリーパーにも抵抗しない。 澪やムギに頭を撫でられて目を細めるのもしょっちゅうだ。 本当に猫みたいだな、と思う。 あずにゃんとはよく言ったもんだよな。 「照れるなよ、あずにゃん」 何となく思い付いて言ってみると、梓は急に顔を真っ赤にして俯いた。 耳元まで赤くしてるのを見ると、よっぽど恥ずかしかったんだろう。 しかし、何で梓はそんなに恥ずかしがってるんだろうか。 『あずにゃん』なんて唯に呼ばれ慣れてるだろうに。 そう思いながら私が首を傾げると、純ちゃんが楽しそうに私に耳打ちしてくれた。 「梓はですね……、 律先輩に『あずにゃん』って呼ばれるのがくすぐったいんですよ」 「もうっ! 純っ!」 純ちゃんの言葉が聞こえていたらしく、 梓が顔を真っ赤に染めたままで純ちゃんを非難する。 仲が良さそうで何よりだ。 でも、私に『あずにゃん』って呼ばれるのがくすぐったい……? 確かに呼ばれ慣れてはいないだろうけど、そんなに恥ずかしがる事なのか? そこまで考えた直後、ちょっと変な事に気付いて、私も自分の顔が赤くなるのに気付いた。 梓の事を『あずにゃん』と呼ぶのは、私の周りでは唯だけだ。 唯以外の誰かが梓を『あずにゃん』と呼んだら、梓はどう反応するんだろう。 普通にその呼び方を受け容れるんだろうか。 多分、唯が相手だから、梓は『あずにゃん』って呼び方を受け容れてるんだとは思う。 でも、もし……。 誰が相手でも『あずにゃん』って呼び方を受け容れるんだとしたら、 今の純ちゃんの言葉の意味は、つまり……。 いやいや、何を考えてるんだ、私は。 ありえない考えだと思うけど、そう考え始めるとどうにも気恥ずかしい。 自分が梓にとって特別な先輩だって考えるなんて、それは自意識過剰過ぎるよな。 頭では分かってるのに、ついつい私は黙り込んでしまう。 その私の様子に気付いているのかいないのか、梓もしばらく顔を赤くして黙っていた。 何とも言えない空気がオカルト研の中に漂う。 「それにしても、梓」 その不思議な沈黙を破ってくれるためか、 純ちゃんが微笑みながら妙に明るい声で切り出してくれた。 「よく騙されなかったよね、フィラディルフィア実験のレポート。 もう少し驚いてくれるかと思ってたんだけど、結構反応薄くて残念だったな。 ひょっとして、この実験の事、知ってたの?」 深呼吸した後、赤かった顔を少し元に戻して梓が頷いた。 流石は優等生の梓。色んな知識を持ってるもんだ。 純ちゃんに乱された髪型を直しながら、梓が小さく口を開く。 「うん。知ってるよ。 この実験をモチーフにした映画が家にあって、ちょっとだけ観た事があるの。 でも、律先輩もこの実験の事を知ってたなんて意外でした。 映画で知ったってわけじゃなさそうですし、何処で知ったんですか?」 「ああ、私はゲームだな。 ロボットが出てくるやつなんだけど、その実験って複雑怪奇な話じゃんか。 SFのネタにしやすいのか、結構その筋じゃ有名らしいんだよな」 「あ、やっぱり律先輩もあのゲームをプレイしてましたか。 前に話題にしてた事があったから、そうじゃないかなって思ったんですけど」 純ちゃんが嬉しそうに私の顔を見つめる。 その顔にはゲームの話が出来る仲間が増えて嬉しいと書いてあった。 梓はあんまりゲームをやらないタイプだし、 憂ちゃんもやるのはパズルゲームがメインみたいだから、ゲーム仲間が少ないんだろう。 あの作品、ロボットの出てくるRPGだからなあ……。 女子の中でプレイしてる子は少ないだろう。私も女子ではあるが。 純ちゃんにはお兄さんが居るらしいから、そういうゲームに触れる機会も多かったんだろうな。 あのゲームをプレイしてた仲間が増えるのは私も嬉しい。 ディスク2から始まる無茶な演出とか、 難解過ぎる裏設定も含めて話し合いたい所だ。 でも、それはまた今度にしよう。 どうして純ちゃんがそんな限られた人にしか分からない話を持ち出して来たのか。 それを話す方が先決だろうからな。 純ちゃんの言葉を聞く通りなら、多分、いや、間違いなくその理由は……。 フィラディルフィア実験……。 昔、都市伝説レベルだけど、そういう実験が行われたという噂がある。 現実に行われたのかどうかは分からない。 ホラーの雑誌に載ってる事から考えれば、 どっちかと言えばリアリティのある話と言うよりはオカルトに近い。 だからこそ、オカルト研もフィラディルフィア実験に興味を持って、実行しようとしてたんだろう。 予想以上の規模を持ってるオカルト研だから、もしかしたら既に実行も出来てるのかもしれない。 その実験が成功したか失敗したかはさておき、 それと私達の今の状況を繋げて考えるのは急ぎ過ぎだと思う。 特にフィラディルフィア実験は結構有名な実験らしいし、 オカルト好きの人達は世界中で真似た実験を行ってきたに違いない。 そんな下手したら百を下らないくらい行われてきたはずの実験が、 私達と関係してるなんてどうしても思えないんだよな。 確かにフィラディルフィア実験は今の私達の状況と似通っている。 でも、それだけだ。 何かと何かが似通ってるってだけで関係があるってんなら、 例えば髪を下ろした姿が唯に似てるって言われる私は、唯と姉妹って事になるじゃないか。 流石にそれは無茶な話だよな。 それに何となく思うんだ。 これはきっと遠い誰かの実験や、何かの陰謀かなんかで起こった事じゃない。 私達に深く関係のある何かから起こってる事なんだって思う。 何となくだけど、そう思うんだ。 じゃなきゃ、私達八人だけがこの世界に取り残されてる説明が付かないしな。 そういう風に考えているのは私だけじゃない気がする。 様子を見る限りじゃ、梓も純ちゃんもそう考えてるみたいだ。 わざわざオカルト研に私達を連れて来た純ちゃんもそう考えてるって事は、 純ちゃんは私と実験の話をする事じゃなくて、私を連れ出す事が目的だったんだろう。 勿論、梓と一緒に……。 「なあ、純ちゃん。 純ちゃんは私と実験の話をしたいわけじゃなくて、ひょっとすると私と……」 私と梓を連れ出したかったんじゃないか? とは、口に出せなかった。 流石にそれを言うのは、気を遣ってくれた純ちゃんに悪い気がした。 純ちゃんはきっと梓に元気が無い事が分かっていたんだろう。 私も梓に元気が無いのは分かっていたけど、何も声を掛けられてなかった。 ずっと一緒に居た澪とすら話せてないのに、何を話せばいいのか分からなかったんだ。 でも、それはやっぱり甘えだったのかもしれないな。 大体、後輩に気を遣わせるなんて、先輩としては情けない事この上ない。 元部長としては、後進の手本とならなきゃな。 ……よっしゃ。 まだ何を話せばいいのか分からないけど、何とか声を掛けてみよう。 何だって始めてみない事にはどうなるか分からないんだ。 ドラマーに必要なのは勢いだ! 「そういやさ、梓」 「あのですね、律先輩」 見事なくらいに私と梓の言葉が重なった。 梓も純ちゃんが気を遣ってくれてる事に気付いてたんだろう。 梓だって周囲の皆の事を気に掛けられる現部長なんだから。 だから、私と話をしようと声を出してくれたんだ。 でも、流石に私達のタイミングが合い過ぎた。 それだけで、私の口にしようと思っていた言葉が、頭から完全に飛んでしまっていた。 「いや、その……だな……」 思わず口ごもる。 二人の言葉が重なっちゃった時くらい、新しい話題を出しにくい時は無い。 もう一度声を出してまた言葉を重ねちゃうのは恥ずかしいし、 だからと言って「どうぞどうぞ」と譲った所で、変な譲り合いになっちゃうだろう。 軽く視線を向けてみると、梓もまた話を切り出すべきかどうか迷ってるみたいだった。 ど……、どうしよう……。 「あ、そうだ!」 そうやっていきなり大きな声を出したのは、私達じゃなくて純ちゃんだった。 手を大きく叩いて、何かを思い出した……ふりをしたみたいだった。 「そういえば、憂とギターの練習の約束してたんだ! ごめんね、梓。私、憂の所に行かなきゃ! 律先輩もすみません。自分から連れて来ておいて、ご迷惑お掛けしました! 後はお若い二人に任せますんで、実験について新しい事が分かったら教えて下さいね! あー、やばいやばい! 急げ急げー!」 その言葉が完全に終わるより先に、 純ちゃんはオカルト研から大急ぎで飛び出して行った。 嵐みたいな子だな……。 私、純ちゃんと似てるって言われた事があるけど、私ってあんな感じなのか? 嫌じゃないけど、何だか複雑な気持ちだな……。 「もう……。何なのよ、純ったら……」 呟きながら、梓が苦笑する。 それは呆れたから浮かべる苦笑じゃなくて、優しい笑顔の交じった苦笑だった。 梓も分かってるんだろうな。 私達に二人きりで話をさせてあげようと考えて、純ちゃんが飛び出して行ったんだって事を。 純ちゃんが本当に憂ちゃんとギターの練習をするのか、それは今はどうでもいい。 私に出来る事は、こんな機会を作ってくれた純ちゃんに感謝して、梓と話す事だけだと思う。 「あのさ、梓」 「ねえ、律先輩」 また私と梓の言葉が重なる。 どれだけタイミングが合ってるんだ、私達は。 これって逆に間が悪いって言った方がいいのか、もしかして。 何だか恥ずかしいな……。 でも、そんな恥ずかしさなんて、もう気にする必要はない。 私はちょっとだけ微笑んで、梓の頭に軽く手を置いて続けた。 今度は言葉が重ならなかった。 「純ちゃんに気を遣わせちゃったな……。 今晩、純ちゃんの好きなドーナツのスーパーオールスターパックでも持って行こうぜ。 賞味期限がちょっと心配だけど、まあ、まだ大丈夫だろ、多分……」 「駄目ですよ、律先輩。 そんなに純を甘やかさないで下さい。 純ったら甘やかすとすぐ調子に乗るんですから。 ……せめてスーパーじゃないオールスターパックくらいにしておくべきです」 言って、梓が軽く微笑む。 釣られて、私も笑った。 純ちゃんは不思議な子だ。 普段、我儘を言って梓を困らせてるみたいに見えるのに、いざという時は梓を全力で支えてる。 自慢してもいいくらい立派な梓の親友だ。 純ちゃんに似てるらしい私も、梓にとってのそういう存在になれるんだろうか? それは分からないけれど、そうなれるように今は少しでも努力したい。 「梓と二人きりで話すのも久し振りだよなー……」 話題を少し変えてみる。 純ちゃんの話もしたかったけど、 純ちゃんの想いに応えるためにも、まずは私達自身の話をするべきだと思った。 「そうですね。 メールのやりとりは結構してた気がしますけど……」 何かを思い出してるみたいに、梓が遠い目をしながら話す。 そうだ。私達が二人きりで話すのは久し振りだった。 卒業以来、私は意識して梓とあんまり話してなかった。 電話もほとんどしてない。しない方がいいんだと思った。 部長の梓が一人で頑張るのを見守るべきなんだと思ったから。 そのおかげだと思いたいけど、梓は立派に部長をやってるみたいだ。 その代わり、私と梓はよくメールしていた。 意外に梓から送られてきて始まるメールが多かった気がする。 勿論、唯達とも沢山メールをしてるんだろうけど、 梓が私の事を忘れてないらしいメールのやりとりは、単純に嬉しかった。 好かれてる方だとは思ってないけど、嫌われてないらしいのは本当に嬉しい。 「メールで読む限りは元気そうだけどさ、最近は元気か、梓? 新入部員の子達ともちゃんとやれてるか? 何か問題が起こったら、この元部長に相談するといいぞ」 ちょっとからかいながら梓の頭を撫でると、 梓は私の手を優しく振り払ってから頬を軽く膨らませた。 「ご心配には及びません。 今の軽音部は律先輩達が居た頃より、 ずっとずっと、ずーっとすごい部になってるんですからね! 律先輩こそ、ちゃんとドラムの練習をしてるんでしょうね?」 「さってなー……。 最近忙しかったから、ちょっと腕が落ちちゃってるかもなー?」 それは単にふざけて言ってみただけの言葉だった。 本当は皆と猛練習してるのはまだ内緒にしておきたかったし、 久し振りに梓に「ちゃんと練習もしましょうよ!」と叱られたかったからでもある。 梓に叱られると、何だか元気になれるんだよな。 やってやろう! って、そんなやる気が湧き出て来るんだ。 いやいや、別に私は人に叱られて喜ぶ趣味は無いぞ。 梓に叱られるのが特別ってだけだ。 だけど、どれだけ待っても梓のお叱りはこなかった。 待ち構えても、期待してた事は起こらない……。 私は不安になって、目の前の梓の顔に視線を向ける。 梓は辛そうな表情で、「そんな……」と小さく呟いていた。 「そんな……、律先輩のドラムが……? それじゃ、私は……、私はどうしたら……」 瞬間、やってしまった、と思った。 私は、私達が遠く離れてた事を、全然深く考えてなかった。 梓が軽音部で頑張ってる事は知ってる。 メールでそういう話もしてたし、真面目な梓だからその辺の心配はしてなかった。 でも……、考えてみれば、 私の方からバンドの練習について話した事はほとんど無かった。 言わなくても分かってるだろうと思ってたけど、 これまで言わなくても分かってもらえてたのは、近くで同じ部活をしていたからだ。 遠く離れてしまったら、言わなきゃ分からない事が増えていくってのに……。 高校二年の時、澪が違うクラスになった時、 私の言葉が足りずに澪と喧嘩しちゃった時に、それが分かってたはずなのに……。 「あの……、ごめん、梓……。 私、そんなつもりじゃなくて……。私、今でも練習はちゃんと……」 掠れた声をどうにか絞り出す。 どうにか私の本当の気持ちを伝えたかった。 でも、今更言葉を重ねても、何もかもわざとらしくなってしまう気がした。 折角、二人きりで梓と話せる時間が出来たのに、どうして私はこんな失敗をしちゃうんだ……。 言葉が止まる。 オカルト研の中に気まずい沈黙が流れる。 今にも逃げ出したい雰囲気。 でも、逃げちゃいけない。 逃げたら本当にどうしようもなくなる。 どうにかしなきゃいけないんだ。 だけど、私はこれ以上どうしたら……? 「律先輩」 不意に梓が少しだけ大きな声を出した。 表情はさっきより明るくなっていた。 でも、声色は暗いままだった。 「ちょっと、二人で散歩でもしませんか? 少しだけですけど、学校も色々変わったんですよ。 だから、その辺を案内させて下さいませんか? それに……」 「それに……?」 「この大きなチュパカブラの模型に見られながら、話を続けるのはちょっと……」 チュパカブラの模型に視線を向けながら、梓が苦笑する。 それは確かにその通りで、梓の言葉は正しかったし、笑う所だったんだろう。 でも、梓の声はやっぱり暗いままで、私もこんな状態で無責任に笑う事は出来なかった。 8
https://w.atwiki.jp/ak2unwiki/pages/14.html
DSi対応マジコンと言ったらAcekard2iですけど、他にもいろいろありますよね でも問題は販売店ですよね 代引が使えなかったり、1万円台だったり 探した中で一番安く支払い方法も安全だったのはhttp //www.ds-dsi.jp/ ですね もっとも最悪だったのはhttp //netdekau.jp/http //www.r4-dstt.com/ (詐欺師のサイトと呼ばれる)
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18263.html
不意に。 私は思い付いた。 思い付いてしまった。 それは私の焦りが産み出した悪魔の囁きだったのかもしれない。 だけど、悪魔の囁きでも、それは私自身が産み出した悪魔には違いなかった。 時計屋から拝借してきた腕時計で時間を確認してみる。 時間はもうすぐ七時を回ろうとしている。 あっという間に二時間も過ぎ去ってしまった。 もうすぐ陽も落ちてしまうだろう。 ピックが落ちている場所の推測が全然出来てない上に、陽まで落ちてしまったら本当に打つ手が無い。 ライト付きのヘルメットは被ってるけど、 こんな小さなライトくらいが何の役に立つのかも分かったもんじゃない。 だから、私は思った。 思ってしまった。 今から楽器屋に行って適当なピックを見つけて、 それにほうかごガールズのマークを描いてしまうってのはどうだろうって。 そのピックを本物として通すのはどうだろうって……、思ってしまった……。 ピックの事は私と唯しか知らない。 そして、本物のピックの形は私しか知らない。 本物のピックだって言って渡してしまえば、唯は単純に信じてくれるだろう。 心を落ち着かせてくれて、元気になってくれるだろう。 そうだ……。 今は一刻も争う時なんだ……。 さっき私は自分に嘘を吐く事を決めたじゃないか。 唯のために、皆のために、嘘を吐くって決めたじゃないか。 単に私がこれからずっとこの嘘を胸に抱えて、生きていけばいいだけだ。 唯に生きてもらうためなんだ。 唯に元気になってもらうためなんだ。 皆のためなら、私は嘘吐きにだってなってみせ……。 「……くそっ!」 拳を握り締めて、コンクリートの道路に自分の拳を叩き付ける。 分かってる。 唯を救うためには、そうするのが一番いいんだ。 私以外の誰も傷付かないいい方法だって事はよく分かってる。 でも……、駄目だ……。 それだけは……、絶対に出来ない……。 唯は私のために精一杯ピックを捜してくれた。 澪達も私を信じて、私に勇気をくれた。 皆の想いを……、どうしても裏切れない……。 肝心な所で、私は私の想いを偽れない。裏切れない……! 唯のためだってのに……。 そうしなけりゃ、唯が死んじゃうかもしれないっていうのに……! だけど、耳に響く言葉がある。 私の言葉より強く響くあいつの言葉がある。 「私に嘘を吐かないでくれよ、律。 嘘を吐かれても分かるし、嘘が分かっちゃうのも悲しいじゃないか」 ロンドンに転移させられる前、夜の屋上で澪に言われた言葉。 嘘なんて吐けない。 あいつの前では吐けない。 勿論、唯の前でだって、ムギの前だって、梓の前だって吐きたくない。 嘘を吐きたくないんだ……! 嘘なんて吐けるかよ、皆の前で……! 少しは吐けたって、吐き続けられるわけないだろ……! 本当にどうしようもない奴だとは自分でも思う。 最善のはずの行動すら出来ない。 本当に役立たずだな、私は……。 皆の足を引っ張ってばっかりだよ……。 だけど、どうしようもなく臆病なおかげで、 弱かったおかげで、どうにか最後の失敗だけはせずに居られたみたいだ。 偽物のピックを持っていく事なんて絶対に出来ない。 私はもう嘘なんて吐けない。 皆の前でも、自分自身の気持ちにも、嘘なんて吐きたくないんだ。 ああ、認めるよ。 私だって本当は和達を見捨てたくなんかなかった。 何としても和達を見つけ出したかった。 一緒に居たかった。 ほうかごガールズのライブをしてやりたかった。 でも、それ以上に残った皆を失うのが怖かったから、自分を誤魔化してたんだ。 皆を守るため、皆と一緒に未来に進むためって言い訳して、 和達の事を必死に思い出さないようにしてたんだ。 そのためにピックを捨てたんだ。 未来に進むためじゃなくて、過去を思い出さないために……。 私はずっとそんな自分を見たくなかった。 弱くて逃げてばっかりの自分を見ていたくなかった。 でも、もうそれは無理だ……。 もう認めようと思う、今度こそ。 私は弱くて、皆の足手纏いだったって事に。 それをどうにか悟られないように自分の心を誤魔化して、 余計に皆に心配を掛けて、結局、嘘を吐いた所で何も変えられなかった。 事態を悪化させただけだったんだよな……。 だから、もう嘘は吐けない。吐かない。 ピックをもし見つけられても、正直な想いを唯に伝える。 今度こそ、なけなしの誤魔化しの勇気じゃなくて、本当の勇気で皆を支える。 そのためには……! 「……っしゃあっ!」 声を出し、立ち上がる。 全ては振り出しに戻ってしまった。 何もかも振り出しで、ゼロだ。 だけど、マイナスじゃない。もうマイナスじゃない。 ピックを見つけてみせる。 今度こそ自分の意志で、自分の気持ちに嘘を吐かないで。 それこそが本当の意味で皆と私のために出来る最後の事だ……! 見つけてみせる、絶対に……! まずは落ち着け。 落ち着いて考えるんだ。 この周辺の地面にはピックが落ちてなかった。 それは事実だ。 だからって、何処か遠い場所にピックが飛ばされたって考えるのも早過ぎないか? そう思うのにはちゃんと理由がある。 昔の話なんだけど、聡がカードゲームに使うカードを落とした事があった。 家の近くで落としたのは確からしいんだけど、 私も一緒に捜したのに何故か見つからなかった。 大事なレアカードらしく、聡は相当落ち込んでいたけど、 数日後、そのカードは本当に意外な所から見つかった。 聡のカードが見つかったのは自宅の屋根の上だった。 風で飛ばされたのか、何かの拍子で運ばれたのか、そのどちらかは分からない。 だけど、落としたカードは、確かに私の家の近くにあったんだ。 この周辺の地面にピックは無かった。 地面には。 だったら、地面以外に落ちてるんじゃないか? それなら唯がピックを見つけられなかったのも納得出来る。 唯もピックは地面に落ちてる物だって思い込んで捜していたはずだ。 それが普通なんだ。さっきまでの私もそうだったしな。 だとしたら、地面じゃなくて建物の屋根や窓、 配水管なんかに挟まってる可能性も決してゼロじゃないどころかかなり高いはずだ。 「よしっ……!」 そう呟くと、私はまず一旦ホテルの入口に戻り、フロントに置いておいた物を手に取った。 それを首から掛け、すぐに元の場所まで戻る。 一息、深呼吸。 逸る気持ちを抑えながら、それの接眼レンズに目を近付ける。 持って来たのは、当然だけど双眼鏡だ。 地面ならともかく、高所にピックが挟まってるとなると肉眼じゃとても捜し切れない。 私は久々に使う双眼鏡に戸惑いながらも、全力でピックを捜し始める。 簡単に見つけられるとは思ってない。 私の考えが間違ってる可能性だってある。 だけど、絶対に見つけ出してやる……! 今度こそ、何が起こったって……! 元々捜し物が苦手な私だ。 最初こそ直立不動でピックを捜していたんだけど、 そのうちに双眼鏡を覗き込むだけじゃもどかしくて、いつの間にか歩き出していた。 少なくとも歩きながら捜した方が、効率よくピックを捜せるはずだしな……。 そう思っていたのが、間違いだったのかもしれない。 「いだっ……!」 不意に、私は自分の側頭部に鈍い痛みが襲ったのを感じた。 双眼鏡を目から離して周囲を見渡してみて、 私はやっと自分がビルの壁にぶつかったんだという事に気付いた。 双眼鏡を覗き込んでたせいで近くが見えてなかったらしい。 これは気を付けないといけなかったな……。 でも、私の頭にそれほどの痛みは無かった。 それはライト付きヘルメットを被っていたおかげだったみたいだ。 ライトの方をメインで使おうと思って被っていたはずなんだけど、 まさかヘルメットの方に助けられるとは思わなかった。 これが転ばぬ先の杖ってやつか? いや、違うか。 いや、そんな事はどうでもいい。 自分がライト付きヘルメットを被っていた事を思い出して、 その瞬間、私はとても重要な事に気付いていた。 今……、何時だ……? さっき時間を確認した時は七時前だったはずだけど、まだ結構明るいぞ? 昨日までは七時過ぎには完全に陽が落ちていたはずだったんだが……。 そんなに経ってないのか……? そう思って腕時計を確認してみて思わずぎょっとした。 腕時計が七時五十分を指し示していたからだ。 なのに、陽が落ちてない……? それどころか朝焼けくらいには明るくないか……? 何でだ……? 私は少し動揺して太陽に視線を向けてみる。 太陽はかなり低い位置にあったけど、どうもこれ以上沈みそうには見えなかった。 夕焼けと言うか、まるで朝焼けみたいだ。 いや……、もしかしたら、これは……。 「白夜……?」 気が付くと私は呟いていた。 そうだよ、白夜だ。 直接目にした事は勿論無いけど、テレビで何度か見た事はある。 夜になっても一晩中太陽が沈まないって言うあの自然現象だ。 そういや、ロンドンに行く前に澪に訊ねた事があったっけな。 ロンドンって北の国ってイメージあるから、白夜見られるかなって。 そう訊ねると、呆れた顔で澪は言ってくれたんだったな。 白夜が見られる季節は夏。 それも北緯が66.6度以上の国だけだって。 それはそれは詳しく教えてくれた。 多分、澪もイギリスで白夜が見られるかと思って、私より先に調べてたんだろうな。 だけど、今はそんな事はどうでもよかった。 見られるはずのない白夜が、どうしてロンドンの街で見られるんだろうか。 しかも、今日に限って。 ……唯だ、と瞬間的に思った。 私も人の事は言えないけど、 唯だってロンドンじゃ白夜が見れないって事は知らないはずだ。 南十字星が何故か日本で見られるのと同じように、 唯の勝手な思い込みで今このロンドンに白夜が発生してるんだろう。 本当に適当な奴だよな……。 でも、私はそれを唯の意志だと感じた。 ロンドンで白夜が見られるかどうかは別として、今日白夜になったって事が重要なんだ。 これは唯が私を助けてくれてるって事だと、私は思う。 私がピックを捜す手助けをしてくれてるんだ。 多分、無意識の内に……。 ここは唯の夢の世界とは言っても、 唯自身が完全にコントロール出来てるわけじゃないみたいだ。 もし自在にコントロール出来るくらいだったら、最初から和達の姿を消したりはしないだろう。 唯自身もこの世界の力を持て余してるんだ……。 だけど、今、ロンドンは白夜になっている。 それは唯の生きたいって意志の反映のはずだって、私は結論を出した。 勿論、そうじゃないかもしれない。 単に熱に苦しむ唯の想いが暴走してるだけなのかもしれないし、 それ以外の理由で白夜になってるだけって可能性だってある。 それでも、私はこの白夜を唯の生への意志だと思う事にした。 勘違いだって構わない。 どちらにしろ、この白夜が私の手助けをしてくれてるのは間違いないんだから。 あまり悠長な事は言ってられないけど、少なくとも多少は落ち着いてピックを捜せるんだから。 「待ってろ……。 待ってろよ、唯……。 和、純ちゃん、憂ちゃん……」 気が付けば私は消えてしまった三人の名前を呼んでいた。 和達を見捨ててしまった私に、三人の名前を呼ぶ資格は無いのかもしれない。 恨まれても当然なのかもしれない。 これまで私はそれが怖かったけど、今は三人を忘れる事の方が怖かった。 もう忘れたくない。 恨まれてたって憎まれてたって、和達の事は憶えていたいんだ。 それに和達がもしも私を恨んでいたって、 和達も唯に生きていて欲しい事だけは間違いないはずだ。 恨んでくれても構わない。 だけど、今だけは唯のために、私に少しだけ勇気を分けてほしい。 皆との思い出を力にさせてほしい。 心から、そう思う。 また必死に周囲を捜す。 小さなピックを見つけ出すのは至難の業だけど、もう諦めない。 絶対に見落とさない。 見つからない……。 唯が三日間捜して見つからなかった物なんだ。 そう簡単に見つかるはずもない……けど、そこで不意に私はある事に気付いた。 私はホテルの周囲を三時間以上捜した。 これでもかってくらいに捜した。 でも、まだ捜してない場所がある事にやっと気付けた。 時間制限が少なくなって、多少は冷静になれたからかもしれない。 また捜してない場所……、そこは……。 私は振り向いて、双眼鏡のレンズを覗き込んでその場所を見渡す。 簡単でこれまで思いもつかなかった場所、 単純過ぎて呆れてしまうくらいの盲点……、その場所こそ、私達が滞在してるホテルだ。 この周辺にピックは落ちていなかった。 確信は無いけど、風で遠くに飛ばされてるとも考えにくい。 周囲の建物の何処かに挟まってるようでもない。 なら、これで決まりだ。 ピックがある場所はこのホテル以外には考えられない。 あの夜、私は三つ同時にピックを投げた。 自分の過去と一緒に捨てようと思って投げ捨てた。 でも、力強く投げ捨てられたわけじゃなかった。 躊躇いや迷いや悲しみや……、 そんな色んな想いがあって、どうにか投げ捨てられただけだった。 力なんて……、ほとんど入れられてなかったんだ……。 遠い場所に飛ばされてたわけじゃない。 近過ぎて分からない所に落ちたって考える方が妥当だった。 唯が見つけられた二つのピックが何処にあったのかは分からない。 ホテルの周辺をずっと捜してたらしいし、 ここからそう遠くない場所で見つけたんだろうと思う。 だとしたら、一緒に投げた最後のピックだって、その二つのピックの近くにあるはずなんだ。 その場所こそこのホテルの外壁の何処かなんだ。 例えば、ホテルの入口の庇とか……。 思って、私はホテルの入口の庇……って言うのかどうかは分からないけど、 とにかく日本建築の建物だと庇に該当する部分を双眼鏡で見渡した。 勿論、そう簡単に見つかるとは思ってない。 でも、見つからなくたって、絶対に見つけ出してやる。 今度こそ私の考えは間違ってないはずだ。 ピックは間違いなく、このホテルの外壁の何処かに挟まっているはずなんだ。 どんな高い場所にあったって、どんなに見つけにくい場所にあったって、 私は絶対に今度こそ諦めずに見つけ出してやるんだ……! だけど……、私はそこで予想もしてなかった事態に、声を上げてしまう事になる。 「あった……っ?」 あんまりにも簡単で信じられなかった。 唐突過ぎて変な夢でも見てるんじゃないかと勘違いしたくらいだ。 何度も双眼鏡を確認してみる。 でも、私が見つけたそれ……、ピックは確かにそこにあって、 双眼鏡越しにでもほうかごガールズのマークは簡単に確認出来た。 まさかホテルの外壁にあるかもって気付いてから、即座に見つかるとは思ってなかった。 確かにこれまで捜しもしなかった場所ではあるけど、こんなすぐに見つけられるなんて……。 ホテルの入口の庇だぞ? これまで捜してた場所とは目と鼻の先じゃんか……。 いや……、これまで捜しもしなかった場所だからこそ、か。 思いもよらない場所だからこそ、それに気付けばすぐに見つけられるんだ。 まさしく灯台下暗しってやつだ。 そうか……。 ちょっと考え方を変えるだけで、答えは簡単に見つけられるんだな……。 そう……だったんだな……。 私は思わず泣き出しそうになってしまう。 悲しいのか嬉しいのか分かんないけど、何故だかとても泣いてしまいたい。 でも、そんなわけにもいかなかった。 私は鼓動が激しくなる心臓を抑えながら、ホテルの入口に向かう。 今はピックを回収して、唯に見せてやる方が先だ。 唯に何を言えばいいのかは分からない。 何を言ってやれるのかは分からない。 でも、とにかくピックだけは回収しておかないとな……。 と。 ピックを見つけられた事で少し安心出来たせいか、 私に不意に今まで気にしないようにしていた感覚が頭に戻って来た。 痛みだ。 ズキズキと痛む私の頭頂部の痛み。 さっき壁に頭をぶつけた時の痛みじゃない。 あれも痛かったけど、ヘルメットを被ってたおかげで大した負傷にはなってなかった。 それ以外の頭の痛みと言えば、考えるまでもない。 澪に殴られた痛みだ。 さっきまで忘れてたけど、気にし始めるとかなりズキズキと痛い。 澪の奴……、相当本気で殴りやがったんだな……。 でも、私はそれが嬉しかった。 変な話だけど、澪が傍に居てくれてるってそんな気がしたからだ。 私が弱気に傾こうとした時、こうして喝を入れてくれるんだ、澪は。 今は傍に居なくたって……。 弱気になってなんて、居られないよな……。 「よっしゃあっ!」 私はそう言って自分に気合いを入れ、入口の庇に視線を向ける。 少し高い場所ではあるけど、脚立があれば簡単に届くくらいの高さだ。 脚立なら確かホテルのフロントに置いていたはずだ。 梓がホームセンターから念のため持って来てた物だけど、こんな時に役に立つなんてな。 梓の先見の明ってやつには感謝しないといけない。 あいつには助けられて、支えられてばっかりだ。 律先輩、律先輩って、呆れた顔をしながらも、あいつは私を支えてくれた。 呼ばれ過ぎて、傍に居なくたって鮮明にあいつの声を思い出せるくらいだ。 「律先輩!」 ほら、今だってあいつの声が……。 ……って、違う。 今のは現実に耳に届いた声だ。 私は驚きながら声がした方向……、ホテルの内部に視線を向ける。 居た。梓だ。小さな身体で私達を支えてくれてる梓だ。 その梓がツインテールを振り乱して、息を切らしながら私に駆け寄って来ていた。 私の目の前にまで辿り着くと、梓は大きな声を張り上げた。 「大丈夫ですか、律先輩……っ!」 「大丈夫……って?」 「何不思議そうな顔してるんですか! 心配したんですよ! だって……、律先輩、三時間も経つのに全然戻って来てくれないし……、 気になって窓から外を見てみたら、八時過ぎなのに全然太陽が沈まないし……、 こんな異常事態……、心配するなって方が無理ですよ!」 48
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18231.html
話している内に、私は無意識に軽く笑っていた。 ちょっとした事でも不安がって怯える澪の姿を思い出す。 怪談どころか、自分でも他人でも誰かの擦り傷程度の怪我でも大騒ぎする澪。 ジンクスやトラウマも苦手。 恐い事が苦手で、駄々っ子で、ああ見えて子供っぽい所もまだ沢山残ってる。 そういや、小学生の頃に公園で遊んでる時、 登った木から落ちて骨を折った事があったっけ。 あの時は澪が大騒ぎして、大声出して、大泣きしてた。 骨を折ったのは私だったんだが。 澪の奴、「りっちゃんが死んじゃうよう!」とか泣きながら叫んでたんだよな。 いや、死なねーよ、左手の人差し指が骨折したくらいで。 澪が大騒ぎしてるせいで、 別の友達が呼んで来てくれた私の母さんが、 私と澪のどっちが骨折したのか迷ってたくらいだったし……。 まったく、色々と騒がしい奴だよ……。 でも、澪が大騒ぎしてくれたおかげで、骨折した私の方は落ち着いてた。 痛いはずなのに、慌てる澪の姿を見てたら、そんな痛さなんか吹っ飛んじゃってた。 誰かに先に慌てられたら、傍から見てる人間は冷静になっちゃうってのは本当だよな。 何となく、澪にはそういう強さ……、じゃないか、強味がある奴だって感じる。 恐い事を素直に恐がれる事も強味の一つなんじゃないだろうか。 気が付けば、ムギも少し微笑んでるみたいだった。 私の骨折の話を知ってるわけじゃないだろうけど、 私の話の中に思い当たる事がいっぱいあったんじゃないかな。 私はムギから一メートルくらい離れた場所で足を止め、ムギの次の言葉を待つ事にした。 少し経って、「そうだね」とムギが笑って言った。 「澪ちゃんには悪いなって思うんけど、私もりっちゃんの言う事が分かるな。 澪ちゃんが緊張したり恐がってくれると、何か肩の力が抜けるよね。 実はね、高一の学園祭の時なんだけど、私もすっごく緊張してたの。 ピアノの発表会なら何度か経験もあったんだけど、 ライブは初めてだったし、雰囲気も全然違うじゃない? だから、口にはしなかったけど、すっごく恐かったな……。 でも、私なんかより澪ちゃんの方がずっと緊張してたし、不安な表情も見せてくれてたよね? そんな澪ちゃんを見てるとね、安心出来たんだ。 緊張してるのは私だけじゃない。 不安なのは私だけじゃない。 澪ちゃんも緊張してるし、きっと唯ちゃんもりっちゃんも緊張してて不安なんだって。 そう思えたから、高一の学園祭も頑張れたの。 勿論、今だってそう。 澪ちゃんが一番に恐がってくれたおかげで、私も少しだけ落ち着けたの。 澪ちゃんが恐がってくれなきゃ、もしかしたら私の方が閉じこもってたかも……」 それはムギだけじゃないって思った。 私にも、多分、他の皆にも同じ事が言える。 和……はどうかは分からないけど、 それ以外の皆なら、澪と同じ事をした可能性があったはずだ。 澪が閉じこもらなきゃ、私だってどう転んだか分からない。 ムギと二人で顔を合わせて苦笑する。 昨日までの澪の姿は、あったかもしれない私達のもう一つの姿なんだ。 だからこそ、私も澪じゃなくて、 もう一人の自分を不安にさせたくなくて、澪と話せなかったのかもしれない。 話そう、と思った。 今晩、本当に真剣に澪と話そう。 事態が好転するとは限らないけれど、逃げたままでもいられないしな。 それに梓との約束もある。 放課後ティータイムの再結成……。 そのためには逃げたままの私じゃ駄目なんだ。 色々な事がいい加減な私ではあるけど、 皆とのセッションだけは真正面から真剣に向き合いたい。 そういう事を考えていたせいか、 私が真面目な顔になってたんだろうと思う。 ムギも苦笑をやめて真面目な表情になって、ある意味ムギらしい事を言った。 「学園祭の時にね、落ち着けたのは澪ちゃんのおかげだけじゃないんだ。 私が落ち着けたのは澪ちゃんと、いつもよりも楽しそうな唯ちゃん……、 それと勿論、澪ちゃんや私達を安心させようとしてくれてるりっちゃんが居たから。 りっちゃんや、皆が居てくれたからなんだよ……。 そうだ。 ライブ直前、りっちゃんがやってくれたMC、今でもはっきり覚えてるんだよ。 「ドラムー! 容姿端麗! 頭脳明晰! 爽やか笑顔で幸せ運ぶ皆のアイドル! 田井中律ぅ!」。 どう? ……似てるかな?」 うん、似てる。 しかも、声色だけじゃなくて、その時に取ったポーズまで完全再現してる。 結構前の話だからはっきりとは覚えてないけど、確かそんなポーズをした気がする。 しかし、完全再現過ぎるだろ……。 ひょっとしたら、ムギの奴、誰かに見せようと思って、家で練習してたんだろうか。 いや、そんな事より……。 「やめてくれー……。 思い出させるなー……」 顔を手で押さえて俯き、呻くみたいにムギに訴える。 やめてくれ。 マジでやめてくれ。 私達が居たから落ち着けたってムギの言葉は嬉しいけど、とても照れ臭い。 それ以上に、昔の自分の行動を間近で見せられるのは本気で恥ずかしい。 三年前の私って、こんな恥ずかしい事をやってたのか……。 後悔はしてないし、あの時はそれでよかったんだって信じてる。 でも、三年前の私と今の私じゃ、色々と違って来てる所もあるからなあ……。 昔の自分を見せられる事ほど、恥ずかしい事もそうはない。 特にこれって小学生の頃の卒業文集を読まれるようなもんだろ……。 そういや、卒業文集には何て書いたんだっけ? あ、やべ……。 卒業文集はまだマシな事を書いてた気がするけど、もっとやばい事思い出した。 小三くらいの頃に書いた『しょうらいの夢』って題材の作文だ。 確かあれに、『みおちゃんのおむこさん』って書いたんだよな、私……。 いや、その……、何だ……。 あの頃は澪と仲良くなり始めたばかりで、 それこそ澪とはずっと一緒に居た頃に書いた作文だったんだよ。 いつも一緒に居て、澪とは大人になってもずっと一緒に居る約束なんかしてて、 それで単純にずっと一緒に居るためには、二人が結婚したらいいって話になって……。 でも、女の子同士だと結婚出来ないから、 「じゃあ、私がみおちゃんのおむこさんになる!」って私が言ってたんだ……。 うああああああああ! もいっちょ、うああああああああ! しかも、確かその作文、母さんに保管されてたんだった……! 中学三年生の頃、私が受験勉強もせずに遊んでばかりいた時、 業を煮やしたのか、母さんが突然あの作文を使って脅迫を始めたんだよな……。 私の部屋を掃除してた時に見つけたらしく、 何かに使えると思って保管しておいたんだとか何とか。 なんつー母親だ……。 「これを澪ちゃんに公開されたくなかったら勉強しなさいよ」って、 途轍もなく意地の悪い笑顔を浮かべてた母さんの顔を思い出すと、未だに寒気がするぜ……。 こんな作文、澪に見せられたらどうなるか分かったもんじゃない。 多分、十発くらい澪に殴られるな……。 流石にこの作文を覚えてるって事は無いだろうけど、もしも覚えてたらそれも困る。 まあ、それで猛勉強を始める事になったおかげで、 桜高に入学出来たってのもあるかもしれんが、それはそれ、これはこれ。 しかし、ムギの奴も人の古傷を抉ってくれるな……。 いや、作文とムギは関係無いんだけど、 思い出したくない過去をちょっと思い出したら、 芋づる式に他のトラウマがどんどん蘇ってくる事ってありますよねー……。 ムギに悪気が無い事は分かってるんだけどな……。 でも、今晩、澪と話す事だけはこれで確定だ。 澪のためだけじゃなく、私のためだけでもない。 放課後ティータイムのために、皆のこれからのために、澪と私は話すべきなんだ。 そう思わせてくれたのはムギのおかげだ。 私は自分の顔を押さえていた手を外して、口を開く。 「MCの話はともかくとして、ムギのおかげで澪と話せそうな気がしてきたよ。 ムギ、あり……」 ありがとう、と言おうとしたけど、それ以上言葉にする事が出来なかった。 一瞬にして、異様で当然の光景が私の視界に飛び込んで来たからだ。 一陣の風が吹いたわけじゃない。 何の前触れもなく、その異変が起こっていた。 音がする。 ついこの前まで耳にしていた人々の生活音。 人の足音、生き物の気配。 人の……声……。 驚いた私は、急いで首を動かして周囲を見回す。 そこには人が居た。 人だけじゃない。 猫や犬、カラスも当たり前みたいにこの世界に存在していた そして、見覚えのある顔が歩道にあって……。 あれは……、いちごと晶か……? 二人で道路脇で何をしてるんだ……? 二人は知り合いだったのか……? いや、そんな事よりも……。 これは……、何だ……? 夢……なのか? 白昼夢? 明晰夢? 夢って……、どっちが夢だ? 誰も居ないはずの世界に、人間が居たって願望の夢を見てるのか? それとも、元々の世界で、一切の生き物が消えてしまったって悪夢を見てたのか? 分からない……。 何も分からない……。 どうしようもなく不安になって、私は目の前のムギに視線を向ける。 ムギも呆然としていた。 大きな目を更に見開いて、今起こってる事に混乱してるみたいだった。 と。 不意にこれまで聞き慣れてたはずの懐かしい音が響いた。 耳障りだけど、安全の為にもなってる騒音……、自動車の排気ガスの音。 自動車……? そこで私は迂闊にもやっと思い出した。 私達は今、道路の真ん中に居るんだって事に。 騒音の方向に急いで視線を向ける。 騒音の正体はすぐに見つかった。ムギの五メートルくらい後方……。 私達の姿に気付いていないのか、速度が全く落ちていないトラックが……。 「ムギっ! 危ないっ!」 気付けば、私はムギに走り寄り、飛び掛かっていた。 何が起こったのか、何が起こってるのか分からない。 そんな事よりも、今はムギの身の安全の方が何億倍も大事だ! ムギを腕の中に抱えながら、自転車を倒しながら何とか路傍に飛び込む。 自転車が倒れる大きな音が響く。 夏のアスファルトに肘から倒れ込み、皮が擦り剥けるのを感じる。 熱くて痛いが……、今は痛くない! 痛くないんだ! 今はトラックから身を隠す方が重要……。 だけど、その瞬間、妙な違和感に襲われた。 音が響いていない事に気付く。 さっきまで世界を包んでいたはずの音が。 人の声も、生活音も、カラスや猫の鳴き声も、 うるさいほど響いていたはずのトラックのエンジン音も……。 アスファルトの上、 ムギを腕の中に庇いながら、頭を振って辺りを見回してみる。 当然と言うべきなのか。 どっちが異常で、どっちが正常なのか。 とにかく、生き物の姿は当たり前みたいに、この世界からまた消え去っていた。 まるで私とかくれんぼでもして遊んでるみたいに。 何が起こってるんだ……? これは私の願望が見せた夢なのか……? どっちが現実で、どっちが夢なんだ……? 頭が混乱する。 分かってた事のはずなのに、身体中に震えを感じて、叫び出したくなる。 実際、心の中じゃ、絶叫してた気がする。 何が何だか分かんなくて、思い切り叫んでやりたかったんだ。 でも、実際にはそうしなかった。 何とか叫び出さずに踏み止まれたのは、腕の中の違和感に気付けたからだ。 当然、私の腕の中にはムギが居る。 いきなり飛びかかったにしては、何とか怪我もしてないみたいだ。 でも、今のムギの肌の感触は、 これまで何度か抱き着いた事があるムギの肌とは、全然違う感触だったんだ。 冷え切ってる、って思った。 夏なのに、炎天下のアスファルトの上なのに、 しかも、一家に一台欲しいって言われるくらい体温の高いムギなのに、 その肌と、多分、その心も冷え切っていた。 冷たいムギの肌の感触が、私の頭も冷静にしていく。 駄目だ……。 このままじゃ駄目だ……。 澪が怯えてたみたいに、ムギだって自分の置かれた状況に怯えてるんだ。 私だって恐いし、逃げ出したくなってる。 でも、逃げてちゃ、間違いなく、もっとひどい事になってしまう。 何とか……。 何とかしなきゃ……。 「ごめんね、りっちゃん……」 私の腕の中で、ムギがとても申し訳なさそうな表情を浮かべて呟いた。 泣き出しそうにも見えるくらいだった。 「聡くんの自転車、傷付けちゃったね……。 ごめん……、ごめんね……。 私が聡くんの自転車に乗りたいなんて、我儘言っちゃったから……」 「そんな事……っ!」 思わず大声になっていた。 そんな事、ムギが気にする事じゃない。 自転車を倒したのは私だし、傷付いたって言っても見る限りはほんの少しだ。 聡だってそんな程度の傷じゃ怒らないだろうし、 もしも怒ってしまったら、私がバイトでも何でもして新品を買ってやる。 大体、そもそもの原因は、こんな異常な状況に何も出来ないのが悔しくて、 車道の真ん中を走ってやろうってなけなしの反抗を思い付いた私にあるんだ。 ムギが気に病む必要なんて何処にも無いんだ。 だから、言った。 辛そうな表情のムギの両肩を掴んで、真正面から瞳を覗き込みながら伝えた。 「いいんだよ、ムギ。 自転車が傷付いた事なんて気にしなくてもいいんだ。 そんな事より、ムギが無事な事の方が何倍も大切なんだよ。 だから、そんなに自分を責めないでくれ。 そもそも最初に道路の真ん中を渡ってやろうなんて、 馬鹿な事を思い付いちゃった私が悪いんだから……。 だから、さ。 ムギが無事で、ムギがトラックに轢かれなくて、本当によかった。 私のせいでムギに怪我をさせる事にならなくて、本当によかったんだから……。 もうそんな事は気にしなくていいんだよ。 聡に怒られたら、ちゃんと私が謝るから、ムギは何の心配もしなくていいんだよ……」 もしも、本当にまた聡に会えたら、とは言わなかった。 今はそんな事を言う時じゃない。 今はムギをもっと安心させてやらなきゃいけない時なんだ。 こんなに冷え切っちゃてるムギの体温を、取り戻してやらなきゃいけない時なんだ。 だから、私はちょっと苦笑しながら言った。 わざとらしかったかもしれないけど、ムギには笑顔を向けたかった。 「それにさ、謝るのは私の方だよ、ムギ。 ムギが倒れちゃったのも、 自転車を倒しちゃったのも、私がムギに飛び掛かったからじゃんか。 大体、トラック何処かに消えちまったし……。 これじゃ私の早とちりって言われても仕方が無いよな。 だから、ムギはむしろ被害者なんだよ。 悲しそうな顔をする必要なんてないんだぜ? そうだな……。 逆に怒ってさ、澪みたいに私の頭を叩いてくれていいんだ。 思い出してみたら、 私がムギを叩いた事はあったけど、 ムギが私を叩いた事なんて無かった気がするしな。 いいぞ、気の向くままに叩いてくれよ」 私の言葉にムギが戸惑った表情を見せる。 私を叩こうか迷ってるんだったら、全然嬉しい事だった。 いくらでも叩いてくれていい。 でも、残念ながら、ムギが戸惑った表情を浮かべた理由はそうじゃなかったらしい。 ムギが確かめるみたいに小さく呟いた言葉から、それは分かった。 「トラック……、少しだけ見えた町の人達……、猫、犬……。 あれは……、何だったの……? りっちゃんも見えてたわけだから、夢……じゃないよね……? 勿論、錯覚や幻想でも……。 だったら、あれは……」 それについては私も無責任な事は言えなかった。 生き物の姿を見たのが自分一人だけなら、夢や妄想だって事で片付けられた。 夏の熱が見せた蜃気楼って事にしても問題無いくらいだ。 でも、ムギも見てるとなると、話は全然変わってくる。 異常事態の中に起こった異常事態とでも言うんだろうか。 ひょっとすると……、って思った。 ひょっとすると、この世界と生き物が存在する世界が重なった……? 朝話した時に和は否定してたけど、 やっぱりこの世界はパラレルワールドで、 不意のきっかけで私達が元居た世界と重なり合って……、とか? そこまで考えてから、私はもう一度辺りを見回してみる。 また私達の元居た世界と重ならないかなって、期待と願いも込めて。 瞬間、私は息を呑んだ。 残念だけど、私達の他に生き物が見つかったってわけじゃない。 でも、それくらいの事に気付けた気がしていた。 この状況を解決するための糸口を、やっと掴めたのかもしれない。 気付けたのはとても単純な事だった。 場所だ。 今、私達が居るのが偶然にも……、 いや、多分、偶然じゃないと思うんだけど、 とにかく、とても見覚えのある場所だったんだ。 高校に通っていた時、 いつも軽音部の皆と待ち合わせをしてた横断歩道……。 つまり……、一陣の風が吹いて、 生き物の姿が消えてしまった因縁の場所だったんだ。 これが偶然だなんて、私はとても思えない。 だから、私は考えた。 もしかすると、この場所には何かがあるんじゃないかって。 異世界同士を繋ぐ門みたいな物があるんじゃないだろうかって。 そうだよ……。 多分、私達は何かのきっかけで、 その門を通り抜けちゃって、こんな世界に迷い込んだんだ。 だとしたら、門を通り直せば、元の世界に戻る事が出来るはずなんだ。 解決の糸口はこれかもしれなかった。 多分……、いや、きっと、これが現状の打破の糸口になるはずだ。 糸口になってほしいと思う。 そうでなきゃ、皆、こんな状況に耐え切れない。 気分が高揚して、胸が高鳴るのを感じる。 やっと、ささやかだけど希望を見つけられたんだ。 そりゃ胸が高鳴るってもんじゃないか。 大発見(だと思う)に心が落ち着かない。 とりあえず、これを伝えればムギだって喜ぶはずだ。 これでまたムギの笑顔が見れるんだ……! ちょっとだけ深呼吸をしてから、私はもう一度ムギに視線を向ける。 今すぐにでもムギを笑顔にしてやりたかった。 ムギの笑顔が見たかった。 だから、私の発見をムギに伝えたかったんだけど、 それよりも先に、ムギが予想以上の大きな声を出していた。 「ああっ! りっちゃん、大変!」 「ど……、どうしたんだよ?」 「りっちゃん、肘から血が出てるじゃない! 皮まですっごく剥けてるし、早く手当てをしないと……! 私、絆創膏持ってるから、ちょっとだけ待ってて……!」 16