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【登録タグ VOCALOID そら ま 曲 鏡音レン】 作詞:そら 作曲:そら 編曲:そら 唄:鏡音レン 曲紹介 イラスト;あろえるじ 歌詞 (PIAPROより転載) 今日は気分がいいな でもまたうつがくるのかな? そんな事はどうでもいいかな! イライラして集中できない 落ち着かないんだよね 長時間話続け否定されると おこりはじめるよ? アイディアがどんどん出て来るけど 最後までやりとげられない 人が変わったようにおしゃべりをし そしておこる 情緒不安定なんて 日常的さ 嬉しくなって必要ないものを 衝動買いしちゃうよ 思い立ったら即行動 ねなくても調子がいいんだ 自分に言い訳をして やり過ごす まにっくすてーと 初めましてで声かけたい けどコミュ障 言葉が出ないよ もどかしいこの気持ち どうすればいい?? 買い物をしよう! これが負の連鎖だってわかるけど 止められないんだ これが躁状態なんだよ 迷惑かけて ほんとごめんなさい コメント 名前 コメント
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『てーと金メッキ』 94KB 愛で 独自設定 帝都あき ※ご注意を 一話完結となっていますが、過去のてーシリーズを読んでいただかないと話が意味不明です。 anko4095 てーとまりしゃ anko4099 てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん anko4122 てーありしゅのおかーさん anko4203 4204 てーと野良と長雨 前後編 anko4254 てーと野良と加工所と愛護団体 anko4308 てーとみなしごゆっくり anko4460 4463 てーと猛暑日 午前 午後 最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 愛でられるゆっくりはほとんどオリキャラのようになっています。 飼いゆっくりを愛称で呼びます。 鬼意惨に恋人がいます。 これでも注意書きが足らないかもしれません。 以上、少しでも嫌悪感を抱かれましたら、読まれると不快な思いさせてしまうかもしれません。 「マサとしぃちゃんってさ、ゆっくり飼ってるんだよな?」 ゼミが終わり教授が去っても室内は話し声で溢れていた。 饅殺男と虐子に話しかけてきたのもゼミの友人である。 「ああ、三年前くらいからな」 「てんこ種の子だよー」 「そっかそっか!」 茶髪を揺らしながら笑う友人、カチャカチャと金属のアクセサリーが音をたてる。 彼はいつでも笑顔で居る印象がある。 「いやーさ、実は結局ゆっくり買ったんだよ」 「おっ、ちゃんと金バッジにしたん?」 「したした、二人がしつけーから」 「絶対金バッジ以外の選択肢はないよー」 例えるなら銅は、野良を拾って身体を綺麗に洗った程度。ゲスの度合いも運しだい。 銀は最低限の躾と人間との力関係は教育済み。しかし放って置く、ましてや甘やかすと劣化する恐れがある。 金は人と暮らす事に特化教育し、その過程で所謂ゆっくり“らしさ”を矯正している。 「で?何種よ?」 「フツーにれいむ」 「れいむはトシくんも飼ってたよね。うちのてーちゃんもよく遊んでもらってるよー」 金バッジの両親から産まれ、そして赤ゆっくりの頃から厳しく躾られて育つのだ。 通常種とはいえ金バッジともなれば相応の値段になる。 「いくらだったん?4、5万くらい?」 「ん?いや、5000円」 「ごせっ!?え?それ本物?」 あまりの安さに驚く二人。いくらなんでもおかしい。 所謂“記念受験”を避けるために受験料がそもそも5000円なのだ。 「ははは、本物ってなんだよ。ははは!」 「いや…………まぁお前がいいならいいんだけさ。うまくやれてんの?」 「んーまぁ見てて飽きねぇし、そこまで手間かからないし。 うるせー時はなんか一緒についてきた薬飲ますとすぐ寝るしな」 「それって……」 どうも特徴を聞くに金バッジとは思えない。 “電源を切る”ための強制睡眠剤がついてくる金バッジなど聞いたことがない。 「そんでさ、れいむが他のゆっくりに会いたいとか言うからさ。こんどアイツと遊んでやってくんね?えっと、てーちゃんだっけ?」 「あー、まぁ……てーも友達が増えれば喜ぶタイプだし、いいんだけど……」 「いいんじゃない?――――でも、てーちゃんもまだ幼いからわがまま言っちゃって、れいむちゃん怒らせちゃったりしたらごめんね?」 「ん?あーおっけーおっけー、とりあえず会ってくれるだけでいいからさ」 気づけばゼミ室には三人以外誰も居なくなっていた。 「じゃぁ、今度の土曜に縦浜の公園行こうぜ。結構飼いゆっくり連れてくる人多いし」 「おおーまじか、サンキュー!」 「あ、私もいくよー」 「いやーありがと、れいむも喜ぶわ。あっ、細かいことはメールしてくれ。もちろんそっちの都合に合わせっから」 「あいよー」 友人は手を振ってゼミ室を出て行く。 残ったのは饅殺男と虐子の二人だけ。 「ねぇ?どう考えてもさ、“金メッキ”よね」 「だろうねぇ」 通常金バッジといえば、加工所が定めたバッジシステムに乗っ取った試験、それも高等に合格したゆっくりだけに与えられるものだ。 しかし近年ゆっくりを飼う人口が増加し、優秀な飼いゆっくりの需要が増えた。 そうなると、やはり違法スレスレの“汚い”商売をする店も出てくる。 つまりバッジシステムとは全く関係の無い、ただの金色のバッジをつけたゆっくりを売るのだ。 「一緒に暮らしているってことはそこまでゲスじゃないのか、それともアイツが何でも許しているのか」 「さぁ?でもさすがにゲスってことはないでしょ」 『元気のよさ金バッジ!』なんてフレーズと一緒に、金色のバッジつきゆっくりが平然と売られているのは珍しくない。 ゆっくりの飼い主、特に加工所認可の金バッジを飼っている者達からは、“金メッキ”などど蔑称されている。 「そうだといいんだが……。まぁ、最悪アレなら逃げよう。てーもいるし久しぶりに浜ボウル行こうぜ」 「いいわね、曲げる練習でもしようかしら」 「ただいま、れいむ生きてるかー?」 「ゆっ!おそいよぉぉぉぉ!!おにぃさぁぁあん!!すぐかえってくるっていったのにぃぃぃ!!!」 お兄さんの帰りを一日中待っていたれいむが叫んでいる。 リボンの先端では金色のバッジがその存在をアピールしている。 特に室内を荒らすような事はしないため、ケージ等に入れているわけではない。 もともとれいむが金バッジだと思っていることもあり、ある程度の自由が許されているのだ。 「おー、ワリィワリィ」 「れいむのおといれからくさいくさいがするしぃ!おなかもたくさんぺーこぺーこだよぉぉぉぉ!!」 「ん、おおー、ちゃんとトイレ使ってるな。偉いぞれいむ」 「あたりまえでしょぉぉ!れいむはきんばっじさん!なんだよ!」 「わかったわかった。ほら土産あるから落ち着けよ」 そう言ってお兄さんが取り出したのは、ごく普通のたい焼き。 れいむのために、小倉とクリームの両方用意してある。 「ゆゆうぅ!?たいやきさんっ!!はやくっ!はやくちょうだいねっ!!」 「おまえは本当に喰うよなぁ、はは、ホレ」 お兄さんがたい焼きをれいむのエサ皿に置いてやる。 するとれいむは目を細め、にんまり口を歪ませる。 「ゆふっ!ぐふふっ!あまあまざん!れいむがたべてあげるからこうえいにおもってねっ!! がーつがーつ!!ぐっちゃぐっちゃ!むじゅるむじゅる!!けっちゃっけっちゃ!!」 「あわてんなっての」 エサ皿の外まで食べかすを飛び散らせながら、れいむがたい焼きを食い漁る。 包装紙をといてやっていなければ、恐らく紙まで食べていただろう。 「ゆふぅ、おいじがったよ!ありがとうおにいざん!……でもまさかこれだけじゃないよねぇ?」 「ははは、ホレこっちはクリームだ」 「ゆふふふ!!さすがおにーさんだね!!」 そしてまたグチャグチャとクリームを顔の周りに散らかしながら、たい焼きを貪る。 「おれもクリーム食うか」 「ゆっじゅくっちゃ、ゆゆっ!?だめだよぉぉぉっ!! おにーさんはそとでおいしいものたくさんたべたんでしょぉぉぉぉっ!!!」 「いやいや、食べてねーよ」 半分ほど残ったたい焼きをもみあげでしっかりと自分に寄せながられいむが言う。 「いいでしょぉぉ!ちょうだいよぉぉぉ!!そっちのおさかなさんもおいしそうだよぉぉ!!」 「はっはっは!どっちも変わんねーっての、お前ほんとバカだなー」 「ゆっ!!ばかでもいいよ!ばかでもいいからちょうだいね!!」 ピョンピョンと跳ねて抗議しながら、お兄さんに向かって舌を突き出す。 「はやぐぅ!ばやぐぅぅぅ!!れいむのぉぉぉ!れいむのぉ!! ぞっちのがおおきいよぉおぉぉぉぉ!!!ほらぁぁぁ!!!」 「ソレはお前が食ったからだろ!っはっはっは!」 「れいむまだそっちだべてないよぉっ!?はやくかえしてぇぇ!!」 「そうじゃねぇって!はっはっは!!」 もうれいむは涙まで流している。 その顔があまりにも面白いのでお兄さんは笑う。 「はー、はー、くくっ。わかったわかった、やるよしゃーねーな」 「ゆぶぅ!やっだぁぁぁぁ!!!れいむのおさかなさんおかえりぃぃぃぃ!!! ゆっちゃくっちゃ……げふぅ、こっちもおいしぃぃよぉおぉっ!!」 「はっはは!同じなんだからあたりめーだろ!」 「ねっちゃにっちゃびゅるぐじゅる、うっめっ!がっつぐっちゅ」 もうれいむは何も聞いていない。 両のもみ上げでガッシリとたい焼きを抱え込み、食べること以外に口を動かそうとしない。 「おいじぃぃぃぃぃよぉぉぉぉお!!これぜんぶれいぶのだよぉぉぉぉぉ!!」 「なんでそんなに必死なんだよ」 大量のガムをかき混ぜているような音を出しながら、れいむはたい焼き二つの所有権を声高に主張する。 アンコもクリームもグチャグチャに混ぜ合わせながら、魚とは程遠い姿になったたい焼きをたるんだ腹に詰め込んでいく。 自身には色々なものを飛び散らしてはいるが、奇跡的にゆかは汚していない。 一応そこの所の最低限の教育は積んでいるらしい。とはいえあくまで人によって上下する最低限だが。 「ゆぶひゅ、ゆひゅぅ……げっぶっ!ゆふぅ、たくさんおいしかったよぉ!ありがとねおにいさんっ!」 「おう、ってかお前体汚ねぇな」 「ゆゆっ!!れいむはおでぶじゃないよぉおおおおおお!!れいむおこるよぉぉぉっ!?」 「言ってねぇから馬鹿。ホラ、コレで体拭けよ」 「ゆっ!」 れいむにタオルを投げ渡す、両のもみあげで受け取るとゴシゴシと身体を拭うれいむ。 いちいち動きが遅いのが気になるが、それでも容姿は綺麗に保ちたいらしく表情は真剣だ。 「ゆゆぅ、れいむはとってもびゆっくりだよねぇ!」 「それいつも言ってんな。ああそうだ、他のゆっくりに会いたいつってたよな?次の休みに会えるぞ」 「ゆゆぅぅ!?ほんとぉぉっ!?ゆっ!?れいむのらはいやだよっ!?のらなんてぜったいやだよぉぉっ!?」 「あー大丈夫、飼いゆっくり」 「ゆっ、あ!あとれいむにつりあうびゆっくりじゃないとだめだからねっ!?」 「あー?知らねぇけど希少種っつってたから平気じゃねぇの?」 「ゆっ!きしょうしゅ!……ゆふふふっ!!それならいいよっ!!とってもつごうがいいよっ!!ゆぶぶぶぶっ!!」 ぐふぐふお腹を波うたせながられいむが笑う。 そして仰向けに転がり、大きく長いあくびを一つ。 食欲が満たされれば眠くなる。当然欲求に素直なれいむは躊躇無く眠る体制へ移る。 「ゆはぁぁぁーあ、おにいさん!れいむくっしょんさんがほしいよ」 「あ?もう寝んのかよ、早ぇな」 ご飯が安全に満足な量手に入る幸せ。 飼いゆっくりなら当然だとれいむは考えているが、一応お兄さんのおかげで飢えずにすんでいると言うことは理解している。 だからこそれいむは最大限譲歩し、お行儀良く振舞ってあげているのだ。 ああ、なんて謙虚で素晴らしいゆっくりなのだろう。 当然こんなにも優秀なれいむは、もっと多くのゆっくりを望んでも許されるはずだ。 「ゆふん!れいむがねむいからねるんだよ!あたりまえでしょ! ……ゆっ!そうだよ!れいむのあさごはんさんはしっかりよういしておいてね!」 「あー、わかったわかった」 「たくさんだよっ!!」 そう念押ししてれいむが渡されたクッションを引きずりながら奥の部屋へと這って行く。 れいむが目覚めるのは身体が空腹を訴えた時だ。そうなるとれいむはもう我慢できない。 お兄さんが眠っていようと関係ない。れいむはお兄さんにご飯を用意させるためにのしかかって起こす。 以前一度寝起きで機嫌の悪いお兄さんが朝まで待つように言ったときには、大声で泣き喚いて抗議した。 「ふぅ……」 れいむが眠ると室内に静寂が戻る。 食事以外の殆どの手間がかからないのは助かるなと、お兄さんは自身の夕食を作りながら考える。 口を開けばほとんど空腹を訴えるだけだが、ちょっかいを出せばそれなりの反応は返ってくる。 一応上下関係を弁えているれいむは、致命的なわがままは言わない。 ――――もっともそれだけでは銀バッジすら取得できないのだが、あまつさえお兄さんはさすが金バッジなどど思っている。 そういう事情も含め、お兄さんとれいむの関係は今のところおおむね良好だ。 「ゆっくりショップねぇ……」 最初はなんとなくで入ったゼミ、せっかくゆっくり関係を学んでいるのだからと勢いで購入した金バッチ。 五千円は大きい出費だったが無駄ではない。 前々からゼミメンバーが飼いゆっくりの話題で盛り上がっているときは、輪に入れずにいた。 その心配もこれからは必要ない。 「へぇ、ゆっくり用品もこんなあんだな……」 お兄さんはネットで飼いゆっくり用品を見ているのだが、これがなかなか面白い。 服や装飾があるのは知っていたが、トレーニング器具や種ごとのオモチャなどユニークなものが溢れている。 もちろん今すぐに買う気はないのだが、こうやって見ているだけでもゆっくりを飼っている気分が高まる。 夢中になっているときは時間を忘れるもので、睡魔に肩を叩かれたときには時刻はとっくに深夜を回っていた。 「やべっ!明日一限じゃねぇかよ!」 慌てて歯を磨き、眠りについたお兄さんはれいむがあれほどうるさく注意した事を忘れてしまった。 お兄さんがれいむとの約束を忘れても――――れいむは空腹を忘れない。 「ゆゆ……ゆっ!れいむがゆっくりおきるよ!」 明け方近くになって目を覚ましたれいむは、カーテンに遮られた朝日の薄明かりの中にあっても正確に餌皿に直行する。 その口端からはポタポタと涎が零れ落ち、まるで足跡のように床をネラネラと滑らせる。 食事とはれいむの全てだ。 れいむの行動、思考は必ず食べることに繋がる。 運動するのはお腹を空かせてより多くのご飯を食べるためであり、眠るのは次の食事まで時間を早送りするためだ。 「ゆぐふっ、ゆぐふふふふふっ!」 れいむは我慢は大嫌いだが、テーブルに着き料理を待っているような、このワクワク感だけは別だ。 要するにれいむは食べるために生きているのであり、れいむにとって食事と幸せは同義なのである。 おいしいはしあわせ、しあわせはおいしい。 「ゆぶふぅ!れいむのぉぉ、すぅばぁむじゃむじゃだいぶ!はっじま――――え?」 だからこそ空の餌皿を見た瞬簡にれいむに走った衝撃は凄まじく、ガクンと下あごを落として数秒固まってしまった。 少し間を空けて、わなわなと震え出す。 「なんで……どうじでごはんざんないのぉおおおおおおおおおおっ!?」 明け方であり、お兄さんはもちろん近隣住民の殆どが眠っているだろう事はれいむに関係が無い。 山盛りで用意されているはずのゆっくりフードが存在しないのだ。 目を見開き大声で叫びながら、れいむがお兄さんの寝ている部屋へと跳ねて行く。 「おにいさんぅうう!!どういうことなのぉおおおおお!!おきてぇぇぇ!!おきろぉおおおおお!!」 そのままお兄さんを怒鳴りつけるが、返事は無い。 仕方が無いから諦めてお兄さんが目覚めてから存分に文句を言ってやろう――――などとれいむが引き下がるはずはなく。 そのままお兄さんに飛び乗ってもみあげで顔をピシピシと叩く。 「ん……なん……?ああ?」 「なんでごはんがないんだぁぁぁぁ!!でいぶおながずいだよぉぉぉぉ!!」 「うおっ!?なんだよっ!ああぁっ!?どけっ!」 「いだっ!いだぃいいいいいいいいいい!!!」 わけもわからず文字通り叩き起こされたお兄さんが、眼前で絶叫するれいむを思わず払いのける。 横っ面を張られ、畳に後頭部から落下したれいむが痛みにあえぐ。 苛立ち気味にお兄さんが上半身を起こす。 窓の外が薄暗い事を確認しまだ起床時間には遠いことを知る。 「なんなんだよ、うっせーな……」 「どうじででいむをぶつのぉおおおおおおおおおお!?おにいぃざんがわるいんでしょぉぉぉぉっ!?」 「ああぁっ!?」 多少の差はあれど人は誰しも寝起きは機嫌が悪い。それが耳元で大声を出されて起こされたのだとすればなおさらだ。 お兄さんはれいむを睨みつけながら理由を問う。 「れいむはちゃんとごはんをよういしてっていったでしょぉおおおおおおおおおお!?」 「あ?メシ?……ッチ、ああ」 お兄さんがようやく餌の用意を忘れていたことに気づいたが、だからといって素直に謝る気にはならない。 お兄さんにとっては些細な理由でこんな中途半端な時間に起こされたのだ。 「メシがネェくらいで騒ぐんじゃねぇよ……!」 「はあああああああああああ!?ごはんさんがないんだよぉぉぉ!?おにいさんはれいぶにあやまるのがふつうでしょぉぉ!?」 「だからウルせぇっつてんだよ!」 「おにいさんこそゆっくりしないでごはんさんをよういしろぉおおおおお!!すぐだぁぁぁぁ!!」 ゆ虐などしたこと無いし興味も無いお兄さんだが、この時ばかりはとっさに手が出そうになった。 そうならなかったのは、餌の用意という飼い主として最低限の役目を忘れてしまった負い目があるからだ。 これが飼い犬で、腹が減ったと吠えて起こされたのならここまで腹が立つことはなかったし、謝っていただろう。 会話のフリが出来るゆっくりだからこその弊害、それをお兄さんはたっぷり味わうことになったのだった。 ――――――結局お兄さんはしぶしぶ餌を用意したが、同時に強制睡眠剤も食べさせた。 かなり強力な薬のため、完食するとすぐにれいむは眠る。 やっと静かな朝を取り戻した部屋でお兄さんはため息をつく。 「はぁ、金バッジつっても所詮ゆっくりか……」 ゼミでゆっくりが自分本位であることは嫌というほど聞かされた。 野良にも絡まれたことはある。だからこそ金バッジを取得させる事がどれほど困難な仕事なのかも理解している。 しかしそのせいで少々期待しすぎてしまったようだ。 飼っている友達達の話では人間の都合を理解し、驚くほど聞き訳がいいとの事だったのだが。 「飼い主の贔屓目ってやつなのかね」 自分はそこまで寛大に慣れそうにないと、お兄さんは覚めてしまった目を無理やり閉じ込め、もう一度布団に入った。 「だでぃ、だーでぃー!おきて、おーきーてー!」 「ん……おぅ……。……おーけー、おはようのチューしてやる」 「うわっ!はーなーせー!んー!」 朝の七時、饅殺男はペチペチと胸をてーに叩かれて目覚めた。 ここは夕栗家、最近の週末はほとんど泊まらせてもらっている。 饅殺男を起こしたてーが次は虐子の上に乗る。 「まみぃまみぃ!おきてー!」 「う……んー!……おはよーてーちゃん」 「うん!おはよー!まみぃ!」 ついこの間まで暑さに辟易していたはずなのに、今朝はかなり冷える。 今年の秋は海外旅行にでも出かけてしまったのだろうか。 この調子では野良はともかく、越冬しなければならない野生のゆっくり達は悲惨なことになっているだろう。 「おはよ」 「おう」 勝手知ったる他人の家とばかりに朝ごはんを準備する。 虐子の両親は二階でまだ眠っている。てーがクリームパンを頬張る。 「今日何時に公園って言ってた?」 「あーっと、確か昼前?十二時頃だったか?」 「じゃあコンビニでお昼買って行きましょうか、ビニールシートでも持って」 「……弁当を作る女子力を発揮してくれないんですか?」 「そんなものはない」 「力強いな」 饅殺男が食べ終わる頃になってもまだてーは半分以上残る菓子パンを抱えている。 やはり顔の周りはクリームでベタベタだ。 「あはは、てーちゃんほらこっち向いて?」 「あ、うー」 「ははっ!ヒゲみたいになってんぞー」 「ひゅひゅさぃー!んー」 顔の周りを拭った後は、少しずつ食べさせてやる。 二人に撫でられながらご機嫌なてーは、気持ち咀嚼スピードを速める。 「うーん、晴れてるけど気温は低いみたいねー」 「風が冷たいってのは勘弁してほしいな」 「だでぃ、じゅーすとってー」 「ん、ほれ」 「ありがと!」 早くもてーの服装を悩み始めた虐子、饅殺男は確認のメールを友人のお兄さんに送る。 昼食まで準備して公園に行ったが、友人が寝坊したためにただのピクニックになりました、なんて事は避けたい。 すぐに返信が来た。しっかり起きていたらしい。 「さてさて、どんなれいむが来るのかなー?」 「愛嬌のある馬鹿ならいいけどな、それなら付き合っていけるんだけど」 「れいむおねーちゃんもくるの!?」 「あー、いつものれいむちゃんじゃないんだよー。新しいお友達……かな?」 「んー?」 今日まで会うたびに友人からいろいろ話を聞いていた。 テレながらそれでも少しだけ嬉しそうにれいむとの生活を語っていたのが二週間前の話。ここ一週間はほとんどが愚痴ばかり。 つまり恐れていたとおりハズレを引いたのだろう。 早くも金のメッキが剥がれてきたらしく、こないだもつい怒鳴ってしまったと聞いた。 「ほんとに、どんなヤツがくるのやら……」 「んー?」 「仲良くできるといいねーって事だよー」 コンビニに寄り道してから公園に到着。 先に着いていた饅殺男と虐子と合流し、二人の飼いゆっくりを紹介されたお兄さんは言葉を失っていた。 「こんにちは!てんこはてーです!」 「ちゃんとですって言えたねー」 「うん!」 希少種だとは聞いていたが、胴付だなんて聞いていない。 胴付ゆっくりと会話すること事態初めてなら、こんなに間近で見るのも初めてだ。 ともかく胴付ゆっくりは高価というイメージしかなかったので、物珍しさからついつい呆け見てしまう。 「えっと、うん、こんにちわ」 挨拶を返すとニッコリ笑って饅殺男の方へと戻っていく。 二人は娘のように接していると言っていたが、確かにそのほうがしっくりくる。 人間用と区別がつかない服を着ている事もあって、幼児にしかみえない。 「お邪魔しますっと」 「はいはいー」 そのまま二人が持ってきたシートに座らせてもらう。れいむはまだキャリーバッグの中で眠っている。 てーと名乗った子は、まさにちょこんなんて感じで饅殺男の胡坐の上に座る。 なんというかいちいち可愛らしい。 本来ペットというものはこういう挙動の一つ一つに癒されるものだったなと、どこか他人事のように関心する。 考えてみれば自分のれいむで笑った事はあるが、可愛いなんて思ったことは一度もない。 「そっちのれいむは?」 「ああーっと、この中で寝てる。……悪いけど多分腹減るまで起きねぇ」 「おーけー」 無理矢理起こしたられいむは騒ぐだろう。それも公園全体に響くような声で。 仕方が無いので先に昼食を取ることにする。それにお兄さん自身てーに興味が出てきた。 少し二人の話を聞いてみようと思う。 「てーちゃんとは普段どんな感じなん?」 「うん?ああ、まぁ普通だよ。一緒に飯食って、風呂入って、ちょっと遊んで、眠くなったら寝る……みたいな」 「遊ぶってどんなことしてんの?」 「あのね!だでぃにのぼるの!でもだでぃがつかまえてくるからにげるの!」 「……ま、こんな感じに」 「すげーな……」 水はゆっくりの天敵の一つだったはずなのに入浴できるとは驚きだ。 姿形の変化以上に、何か根本的に変わるらしい。 「まぁてーが絵本読んでる横で俺はテレビ見てたりするし、常にべったりって訳じゃねーけど……」 「え?字読めんの?マジで?」 「は?」 思わず身を乗り出して聞き返してしまったお兄さん。 ゼミの教授からはゆっくりの自己最優先の思考、友人からはゆ虐用ゆっくり達の理解不能な言い分を散々聞かされてきたので、 ゆっくりが字を理解できるなんてにわかには信じられなかった。 「いや、金バッジなら普通にひらがなくらいは読めるはずだぞ?」 「トシくんとこのれいむちゃんは常用漢字とかはスラスラ読んでたよー」 「……うちのれいむひらがなっていうか、文字って概念すら理解できてないんだけど。変な絵だと思ってる……」 「それってさぁ……」 『ゆっくりフード』と大きく書かれた餌袋になんの興味も示さないのがその証拠だ。 今までゆっくりだからしょうがないと、許してきたれいむの数々のわがままは実はとんでもなく醜い行為だったように思えてきた。 というよりもなぜ目の前の“てーちゃん”はそんなにお行儀よくしているんだ。 ゆっくりでしかも幼いといったら自分勝手に騒ぎ散らし、所構わずうんうんしーしーを撒き散らすものではないのか。 口に食べ物が入っていない時は寝ているか、食べ物を探しているかの二つしかないれいむ。 それを今この場で自分の飼いゆっくりだと紹介するのが急に恥ずかしくなってくる。 「まぁいいや、飯食おうぜ。買ってきたんだろ?」 「ん、ああ……」 「てーちゃんはオムライスだよー」 「やったー!なまえかく!」 「あはは、ケチャップでお絵かきするのはお家じゃないと出来ないよー」 「うい!」 コンビニで温めてもらってから多少時間はたったが、まだ弁当は温かさを失っていない。 蓋を留めている外れにくかったり逆に簡単に剥がれてしまったりするテープを切ると、食欲を誘う臭いが溢れてくる。 それを誰よりも早く嗅ぎ取ったのはお兄さんでも饅殺男や虐子ましてやてーではなく、眠っているはずのれいむだった。 「ゆ、ゆゆゆ……、そのごはんはれいむのだよ……?」 「あ、起きやがったコイツ」 「あ、ホント?てーちゃん、れいむちゃん起きたってー」 「んー?」 「あ、待て動くな、次右手拭くから」 寝ぼけながらもしっかりと所有権を主張するあたりはさすがれいむだ。 もしくは夢の中でも思う存分食事を楽しんでいたのか。 狭い暗いと騒ぐ前にお兄さんはキャリーバックから出してやる。 「ゆゆっ!!ごはんさんがあるよぉおおおおお!!ゆゆ!?なんでおにいさんがたべようとしてるの!? それはれいむのものでしょぉおおおおおおおおお!?」 「あーうるせー!それよりまず挨拶しろ!ほら、わざわざ会いにきてくれたんだぞ」 「――――ゆ?」 そう言われて、れいむが他の飼いゆっくりと会う日であった事を思い出し、お兄さんが指差す方向へと身体を向ける。 ギョロリと目玉を動かすれいむは、てーの姿を捉えると挨拶するよりも先に震える声でお兄さんに尋ねた。 「ね、ねぇおにーさん、まさかこのおちびちゃんがれいむにあわせてくれるっていってたゆっくりじゃないよね……?」 「は?そうに決まってんだろ」 「――――はああああああああああああああああっ!?」 それを聞いてれいむがいきなり大声で怒りだした。 あまりにも突然だったためにお兄さんは勿論、饅殺男や虐子まで驚いてれいむに注目する。 ただてーだけは、そんな両親をぽかんと眺めている。 「おちびちゃんじゃいみないでしょぉぉぉぉぉぉっ!?なにかんがえてるのぉぉぉっ!?」 「静かにしろっ!いきなり叫んでんじゃねーよっ!!」 「はああああああ!?おにーさんがわるいのになにいってるのぉぉぉぉっ!?」 お兄さんは思わず乱暴に押さえつけそうになったが、友人二人とそしてその幼い飼いゆっくりの前である。 何とか自分を抑えつつも恥ずかしさで顔を真っ赤にしながられいむを静めようとするが、れいむは口を閉じない。 「ほんとしんじられないよっ!もういいからはやくごはんさんをちょうだいねっ!!」 「あー、ウッゼ…………ごめん、マジで」 「あー、大丈夫大丈夫、あはは……」 饅殺男と虐子は苦笑いしか出来ない。 れいむは結婚相手を探しに、そう見合い相手を望んでいたのだ。 毎日たっぷり食べられる生活は幸せだが、たっぷり食べられるのならおちびちゃんがいてもいい。 だから美ゆっくりで希少種な夫が欲しかった。自分がさらにゆっくりするために。 「なにしてるのぉぉっ!?はやくれいむにたべさせてよぉぉっ!!」 「ッチ、ほら」 お兄さんがビニール袋にいれておいたゆっくりフードを、同じく持ってきておいた小皿に入れてれいむの目の前に少し乱暴に置く。 れいむはお兄さんの手が引っ込むのも待たずに、皿ごとかぶりつく勢いでフードを味わう。 見ているものの食欲を削ぐ最悪なテーブルマナーに、先ほどから下落の一途を辿るれいむの株はそろそろ便所紙より価値を落とす。 もしもれいむが少しでも空気を読もうとする性格ならば、眉をヒクつかせるお兄さんの静かな怒りに気づけたずだ。 「二人ともホントごめん……てーちゃんも驚かせちゃったよな」 「いやマジで気にしなくていいって。街歩いてると野良が大声で絡んでくるし、てーもこういうのは慣れてるんだわ。 ほら、平気で弁当食べてるし」 「んー?……えへへ」 コンビニで貰えるプラスチックスプーンはてーの手には大きすぎるため、虐子が食べさせている。 お兄さんと饅殺男の視線に気づくと手を振ってニッコリ笑う。 家の中ではないからなのか、普段よりも汚らしい食事を続けるれいむを視界の端に映し、お兄さんはそっとため息をついた。 「なんで同じ金バッジでこうも違うのかね……、やっぱり希少種だから?」 「あーいや、そんな事はないな。トシんとこのれいむちゃんは一緒に映画見て感想語り合えるくらいらしいし……っていうか」 そこでいったん言葉を区切り、この先をどう伝えたものか考える饅殺男。 責めるような口調にならないよう、慎重に言葉を選ぶ。 虐子は何も言わず、スローペースで咀嚼するてーを眺めている。 「実はさ、そのれいむ……ちゃんさ。金バッジじゃねぇんだわ」 「へ?……え?」 さすがにその返答は予想していなかったお兄さんは、思わず握っていた箸を落としかける。 れいむが金バッジではないだと?通常種のゆっくりに五千円も払ったのに? その値段がれいむに甘かった大きな理由だというのに。 当然その先を急かすお兄さん。 「なになに?マジでどういこと?」 「ほら、これてーの……帽子とるぞー?」 「うい!」 饅殺男がてーの帽子ごとついている金色のバッジをお兄さんに見せる。 「あれ、これ確か…………そうだ、加工所のロゴ……!」 「そう、それでお前のれいむがつけてるのにはこのロゴ入ってないだろ?」 「ああ、っていうか比べると全然違うな」 れいむのつけている金バッジは鮮やかな金色をしているが、てーの帽子についている加工所認可の金バッジは光を必要以上に反射しない。 偽者だと聞いてから改めてこの色の違いを考えてみれば、金色である事を過剰にアピールしているのは、つまりそういことで。 客の注意をつけているゆっくりよりもバッジ自体に引きたいからなんだろう。 「普通金バッジゆっくりって聞けば加工所が“このゆっくりは優秀です”って認めたゆっくりの事だと思うだろ?」 「ああ……」 「でも別に加工所の許可取ってなくても、ロゴなしでただ金色なだけのバッジをつけた馬鹿ゆっくりを売るのは可能なんだよ」 「……ああ」 やっと理解できた、自分が騙されていた事を。いや勝手に勘違いしていただけかもしれないが、それでも腹は立つ。 だってそうじゃないか、金バッジと言えば優秀なゆっくりを指すと思うに決まっている。 詳しくない人間はバッジのロゴなんてたいして注目しない。 「ほとんど詐欺じゃねぇかよ……」 「かなり批判もあるし、多分近いうちに取り締まられると思う。 まぁ加工所の高等ゆっくり試験合格証明バッジが、金バッジなんて通称で呼ばれてるからそういうことが起こるんだわ」 「試験名とか知らねぇし……」 「最近じゃあ一般人が一からゆっくり勉強させて、金バッジ取らせるなんてほとんどやんねぇからな。 ……ゼミでもちょいちょい名前は出てたけど」 もう既にれいむの光り輝く金色のバッジがなんとも安っぽいものに見えてきてしまっている。 これでれいむにもう少し愛嬌とか、可愛げがあれば良かったのだが、バッジの事を聞いた今、もはやれいむに対する情は限りなく薄い。 今までの細かいわがままの数々や、そして金バッジだと勘違いしていた事への怒りが混ざり合い、なんとも不快な気分になる。 饅殺男はそんなお兄さんの心境を気遣うように、声と口調を和らげそっと続ける。 「正直、最初に五千円で買ったって聞いたときにおかしいなとは思ったんだわ。 けどもしうまくやれてんなら、余計な事言って水を差すのもどうかと思って気を使ったつもりだんだけど……すまん」 「いや、謝んないでくれ。こっちこそアホな勘違いにわざわざつき合わせてすまん」 「それこそ全然気にしなくていい。 ただ……まぁ、あんま説教臭い事は言いたくねーんだけど、ペット飼うときはもうちょっと慎重になった方が良かったかもな。 特にゆっくりは……さ」 「そう……だな」 お兄さんがその場のテンションに任せてゆっくりを買ってしまった事を今更ながら後悔する。 ゆっくりをペットとして、つまり生き物として扱う以上はそれなりに考えるべきだった。 過去の自分が軽率だったとお兄さんが評価を改めたところで――――ゆっくりフードを食べつくしたれいむが、 いつものように空気を読まず、無駄に大きな声量でお兄さんに強請ってきた。 「ゆうぅぅ、おにぃさぁんっ!れいむまだたべたいよぉ!」 「……これだもんな。言われてみりゃいくらなんでもこれが金バッジはネェな。気づけよ俺」 「はははっ」 お兄さんが自嘲気味に笑う。こんな事を教授に話したら怒られそうだ、それとも逆に笑うだろうか。 もみあげでグイグイと袖口を引っ張っるれいむ。 飼い始めの頃はこれも可愛いわがままと許せたのだろうが、今はとてもそんな気分にはなれない。 それにゆっくりフードは十分な量与えたのだ。 「ほらぁ!おにぃさぁん!あのにんげんさんたちおいしそうなのたべてるよぉぉ!!れいむたべてないのにぃ!」 「お前は自分の食っただろ?れいむ、お前いい加減にしろよ?」 「ゆぅ、ゆぐぐぅ…………」 お兄さんに強く睨まれ、さすがにれいむが怯む。 だがそれでもれいむの食欲は抑えきれない。 それに相手が人間の場合ならばれいむは多少、本当に少しだけ遠慮するのだが、ゆっくりが相手であればその限りではない。 そんなれいむがやっとオムライスを半分ほど食べ終えたてーに気づいた。 「ゆゆうぅっ!!あのおちびぃ!すっごくおいしそーなのたべてるよぉっ!!」 「だからなんだよ、つーかいちいちデケぇ声だすんじゃねぇよ」 「あのおちびからもらうならいいでしょぉぉっ!?おにーさんにもにんげんさんにもめいわくかけないからぁっ!!」 「は?何言ってんだ?」 れいむが考える飼いゆっくりとしての最低限のルールとは、とりあえず人間にはあまり暴力的な行為にでないと言う事だ。 逆に言うとそれさえ守っていればゆっくりするために何をしてもいいと思っている。 当然お兄さんの友人関係など知ったことではないし、他の飼いゆっくりに危害を加えることが、 その飼い主はもちろんお兄さんにも迷惑がかかるという事にまでれいむの思考が及ぶ事はない。 そして何よりれいむの愛して止まないご飯さんを独り占めしているなんて到底許せる事ではないのだ。 「ゆゆぅ!ちょっとまてぇっ!!それいじょうむしゃむしゃするなぁっ!!れいむのぶんがなくなるだろぉ!」 「オイッ!れいむ!マジで黙れよっ!」 お兄さんが我慢できずに声を荒げても、てーに、そして残り少ないオムライスに夢中なれいむにはもう聞こえない。 おちびちゃんにあんなにたくさんのご飯さんはいらないだろう。もっと少なくていいはずだ。 それなのに今なおむーしゃむーしゃしているし、人間さんも食べさせるのを止めない。 そんなのは貴重なご飯さんの無駄遣いだ。それならばとってもお腹が空いているれいむに譲るべきだ。 それをこうしてわざわざ教えてやっているのに、一向に理解する気配が無い。 ――――これだから馬鹿なおちびは嫌なのだ! 「おにぃさんぅ!あいつがぁぁ!!れいむにわけてくれないよぉぉぉっ!!」 「……わかった、お前にも食わせてやるからちょっと待ってろ」 「ゆああああっ!?れいむのごはんさんをどうするきだぁああああ!!」 お兄さんは諦めて強制睡眠剤を飲ませる事を決めた。 興奮しきったれいむの様子に虐子は気を使って一度食事を止め、容器をれいむの視界から外そうとしたが、それは逆効果だった。 れいむは自分の餌を奪われると焦り、激怒したのだ。 ご飯を何処に持っていくきだ、れいむから隠して後であのおちびに全部食べさせる気だろう。 あのおちびは一言もお腹がすいたなんて言っていないじゃないか、れいむはたくさん言った。 それなのにれいむにくれない、あのおちびが食べようとしている。 このままではれいむの、れいむの大事な、大好きなご飯さんが――――――――食べられない。 「ふっざけるなぁああああああああああ!!」 「なっ、おいっ!」 突如としてれいむは猪のようにてーに向かって突進した。 まさかそんな暴挙に出るとは露ほども予想していなかったお兄さんは対応が遅れる。 勢いを殺さず、一切躊躇わずにれいむは咆哮しながら突撃していく。 愛しいご飯さんを強奪したゲスちびの怯えた顔めがけて飛び上がったところで――――――バチン!と饅殺男に渾身の力で打ち払われた。 「いっだぁああああああああああああぃぃぃ!!」 「すまんマサっ!て、てーちゃんは大丈夫かっ!?」 「おお、大丈夫。こっちこそごめん、おもいっきりひっぱたいちまった」 「う、あ、……ふ、ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」 「よしよしー、ビックリしちゃったねー。でももう平気だよー」 初めて味わう強烈な頬の痛みに上から下から砂糖水を撒き散らし悶え転がるれいむ。 燃え広がるように大きくなる激痛の中、それでもれいむは必死にオムライスを探していた。 しかし見当たらない、なぜか?それはゲスちびを抱いている人間が隠したからだ。 それだけでは飽き足らず、れいむに暴力まで振るった。許せない、万死に値する行為だ。 「おにいさんぅぅぅ!!このげすどもをせいさいしてよぉぉぉっ!!れいむ――いだぁああああああああ!!」 「…………これはもう無理だわ。申し訳ないけどちょっと席外すわ」 「ん、了解。ソイツをどうするにしろ、まぁほどほどにな」 「いだぃいだぃいだぁぁぁぁぁっ!!はなじでよぉっぉぉ!!いだいぃぃぃ!!」 お兄さんは低い怒りと諦めを顔に浮かべ、れいむの髪の毛を鷲掴みにしながら人気の無い公園の奥へと歩いて行く。 なぜ自分がこんな仕打ちをうけなければいけないのか分からないれいむは、下半身をもわんもわん振り回して抵抗する。 動けば動くほど髪の毛はミチミチ引っ張られ、それが余計な苦痛を生むのだがれいむは止まらない。 「はなぜっていってるでしょぉおおおおおおお!?おにぃさんはじぶんがなにしてるのか、わかってるのぉぉぉっ!? れいむはおにいさんのかわいいかいゆっくりなんだよぉぉぉっ!?」 「もう違ぇよ」 「――――ゆへぇ……?」 頭部の鋭い痛みをこのときばかりは忘れる事が出来た。そんな事に構ってる暇が無いほど、お兄さんは恐ろしい事を言わなかったか? 宙吊りのまま呆けているれいむにお兄さんは自己決定した事実を淡々と宣告する。 「今からそこの林にお前捨てっから。もう飼いゆっくりじゃねぇよ」 「はああああああああああああ!?れいむはきんばっじさんなんだよぉぉぉっ!?すてるなんてっ! だめにきまってるでしょぉおおおおおお!?」 「お前、金バッジじゃないんだってさ」 「ゆはっ!?……なにいってるのぉぉぉっ!?れいむのばっじさんはどこからどうみてもきんいろでしょぉぉぉおっ!?」 「そうだよな、普通そう思うよな。……何が金バッジだクソが」 お兄さんは独り言のように吐き捨てると、歩みを速める。 一向に自分を離そうとしないお兄さんにれいむの怒りは捨てられる恐怖へと変わっていく。 膨れていた頬はしぼみ、目じりが下がり、瞳は左右に泳ぐ。 「お、おにいさんほんとはじょうだんなんだよね……?れ、れいむをびっくりさせようとしてるんだよね……?」 「この期に及んでそう思うほど俺はチョロイと……いや実際甘かったのか」 「も、もしかしておにいさんおこってるのかな?わ、わかったよっ!! あのちびからごはんさんをとりかえしたら、おにいさんにもちゃんとわけてあげるよっ!! れいむはちゃんとおにいさんのことかんがえてあげてるからねっ!ゆうしゅうでごめんねっ!!」 「もういいから黙ってろ」 視線をれいむから外し、ひたすら足を前に前に動かす。 置き去りにするのと直接殺す事がどう違うんだと聞かれれば、お兄さんは答えられない。 どちらも結果は変わらないのはわかっている。それでもやはり自身が手を下す事への戸惑いはある。 だから捨て去る、その後どうなるかは考えない。もう二度と会う事もないだろうから。 れいむのわめき声と共に誰に向けるわけでもない言い訳を考えていたら、公園の端に着いた。 内部と外部を分ける柵から先は緩やかな斜面になっており、その奥には雑木林が広がっている。 まさに境界線である柵の上にそっとれいむを乗せる。 不安定なバランス、体以上に不安で揺れる心情をそのまま表情に出し、れいむがお兄さんに目で縋る。 しかしもはやれいむの姿は瞳に映っていても、お兄さんはれいむを見てはいない。 「……じゃあなれいむ」 「えっ……?ちょ、ちょっとまってよぉおおおおおおおお!!うそでしょぉぉぉぉっ!! ふざけるなぁぁぁぁ!!おにいさんがいなくなったら!れいむのごはんさんはだれがよういするのぉぉぉっ!? れいむおなかすいてるんだよぉぉぉぉっ!?ごはんさんがたべられないとゆっくりできないでしょぉおおおおおおっ!?」 「結局、お前は最初から最後まで食べる事にしか興味なかったんだな……」 「あたりまえでしょぉぉぉっ!?たべるからゆっくりできるんでしょぉぉぉっ!?」 静かに呟いたお兄さんは、自分がまた言い訳をしているだけだという事に気づき、自嘲気味に笑う。 そしてグネグネ揺れるれいむを数秒だけ見つめ――――そっと指でれいむを柵の上から押し出した。 「ゆっ!?ゆわあああああああああああああああああああああああ!!どまらない!!!!たずげでぇえええええええええ!!!」 れいむがころころと緩やかな雑草の上を転がり坂下へと遠ざかっていく。 滑稽なその様子とは裏腹に、泣き叫ぶれいむの形相は酷く歪み、土と千切れた草で荒れる。 「ひぃいいいいいいいいい!!ゆっぐりぃゆっぐりぃいいいいいいいいいい!!」 お兄さんはれいむの悲鳴に背を向け来た道を引き返す。 直前のれいむの許しがたい暴挙の数々のせいか、あまり罪悪感は無い。 「ただいま、れいむ捨ててきたわ」 「…………ん、そっか。蓋は閉めてきたか?」 「うん?よくわからんけど、まぁあいつは騒いでたな」 饅殺男と虐子の間で手を繋がれながら、ぴょんぴょん跳ねているてー。 二人が腕を上に伸ばすだけでてーは宙に浮く、それが楽しくて仕方が無いらしく歌うように笑っている。 羨ましい、素直にお兄さんはそう思った。 「はぁ、ツイてないわ」 「ドンマイ、だな」 「痛い出費だよねー、でもそのお店も酷いよね」 饅殺男も虐子も運やれいむだけでなく、お兄さん側にも原因があった事を承知の上で気休めを口にする。 確かに大学で野良の生態、人間への悪影響、関連の条例は学んでいる。 だが野良ゆっくりと飼いゆっくりは違う。 それは食べ物や住まいといった表面だけではなく、思考や性格といった内面まで、いっそ種類が違うといっても過言ではない。 それほどゆっくりが人間に合わせて生きていくというのは大変な事のなのだ。 それこそ生まれつき価値観を人間よりに形成していかなければとても耐えられるものではない。 銀バッジは人間との生活の中で何かしら我慢している。どうしてもそれだけはゆっくり出来ないと思っていることがある。 我慢は積み重ねていくといずれ崩れるか、天井につっかえる。 例えば食事の時間が不規則である事や、飼われている以上制限される自由など。 金バッジは我慢が飼い主をゆっくりさせることが出来ると教えられている。そう思えるように育てられている。 だからこそそれらの制限を受け入れられるのだ。飼い主と互いにゆっくりさせ合っている事が理解できるから。 頭がいいから金バッジなのではない、ペットとして優秀だから金バッジなのだ。 それを知らず、また自身のライフスタイルを考慮しないでゆっくりを飼ったのだから、失敗は決まっていたようなものだった。 「まぁ、勉強代だと思ってさ。もう衝動買いは止めようぜ?」 「十分懲りたわ、二度としねぇよ」 「ゆっくりはホント、種類も性格も色々だから、しっかり選ばないと飼えないからねー」 「半月前の俺にぜひ教えてやってくれ……はぁ……」 頭をかきながらお兄さんはシートに座り込む。 すると両親に振り回されていたてーが、勢いあまってよたよた飛ばされてきた。 それをそっと受け止めると、感触は柔らかいのにしっかりとした重さが備わっている事がわかった。 「あうっ!!……あ、ごめんなさい……」 「痛くなかった?」 「うん!ありがとー!」 そっと頭を撫でてやると笑顔を見せてくれる。 てとてと二人の下へ帰っていくてーを眺めながらお兄さんは饅殺男に尋ねた。 「なぁ、てーちゃんがいた店教えてくれよ。そこなら大丈夫だろ?」 「おいおい」 「いや、さすがに今から買いにいくわけじゃねーよ。金もねーしな。 ただれいむのせいでもうゆっくり飼うのが嫌になったってのも、なんか悔しいだろ」 「なるほどね。でも今度はマジでちゃんと考えろよ?店員さんかなり親切だから相談してみ?」 「ああ」 近くならこの後見に行くのもいいかと、早くもお兄さんはその気になっていた。 結局彼は“本物”の値段に驚愕し、しばらくバイトを増やす事になるのだった。 突き落とされたれいむは未だに叫んでいた。姿の見えないお兄さんに向かって。 涙と泥と雑草が張り付いた顔よりもさらに汚い言葉を吐き続けている。 「ぐぞおにいぃいざんぅぅううううう!!はやぐもどっでごいぃいいいいいいいい!!ふざげるなぁあああああ!!」 大声をあげながら坂を駆け上がろうとするが、数回跳ねた所でずるずると重力に引っ張られ、元の場所まで戻される。 それでも諦めるわけにはいかない。絶叫し、もみあげを振り回し、お兄さんを罵倒する。 このままではれいむは口にするだけで嫌悪感が溢れてくる野良になってしまうではないか。 恐怖と不安が吐き気という形で表に出ようとする。 「ゆげぇぇぇぇぇっっ!!ゆぼぇぇぇぇぇぇっ!!おにいざっ!!おにいざぁぁぁぇぇえええええ!!」 ドロドロの体内餡に咽ながらもれいむは叫ぶ事を止めない。 嫌だ、野良は嫌だ、野良なんかになりたくない。 焦れば焦るほど視界は歪み、不安が呼吸を妨げる。 徐々に目が霞む。 このまま意識を手放したくなるが、そうすると次に目覚めたときには手遅れになっているであろうことを、漠然と理解している。 「おねがいじまずぅううううう!!もどっでっ!たずげぇっ!!だずげでぐだざいぃぃっ!!おにいざぁあああああああんっ!!」 れいむの怒声は無意識のうちに懇願に変わっていた。 殴りつけるような声から足元にねっとりと絡みつくような声になり、人気の無い雑木林にむなしく響く。 どんなに勢いをつけても斜面を登りきることは出来ないし、振り返った先の木々の迷宮は薄暗く、 踏み入れれば二度出て来れそうにないと思わせる雰囲気がある。 ガチガチ、カチカチと震えるれいむの歯が一定のリズムを刻む。 「やだよぉぉ……のらはいやぁだぁ……!ゆげっほっ!!おえぇぇぇぇぇえっっ!!」 喉が破れそうになるほど叫んでも、柵の上にお兄さんの姿が現れることはなかった。 それでも口に餡子の泡を露出させ、何度も何度もれいむにとっては絶壁に等しい斜面に挑戦する。 転げ落ちそうになれば数本の草に齧りついて耐えるが、腕も足も無いゆっくりでは無駄なあがきだ。 そんな事は百も承知でれいむはしかし口から力を抜く事が出来ない。 遠い遠い山頂へとあまりにも短いもみあげを伸ばし、なんとか、なんとかして公園に、お兄さんの所へ―――― 「ゆわぁぁぁぁぁぁっ!!!」 ブチンとあっけなくれいむがしがみ付いていた雑草は千切れ、再びれいむは自身の涙で濡れた地面の上に転げ落ちる事となった。 「ゆげぇぇっ!!げふっ!!」 何度も揺さぶられた中枢餡へのダメージは決して無茶を通せるほど軽くは無い。 最後に大きく餡子を噴出し、れいむはたれ流した排泄物と吐瀉物の海に潰れこんだ。 あれからしばらくたって目を覚ましたれいむは、また斜面を登ろうと試みたがもはやそのような体力は残っていなかった。 倒れこむように上を見上げても当然お兄さんが自分を呼んでいるなんて事は無く、ただ遠くで誰かの笑い声だけが微かに聞こえた。 最後に一度だけ自分はここだと叫んでみたが結果は同じだった。 ゆっ、ゆっ、ゆっ、と涙を落としながら斜面に沿ってれいむはのろのろと進んでいく。 このまま同じ場所に留まっていてもゆっくり出来ないのは分かる。 だからといって何処へ向かえばいいというのか。 “ゆっくり”と自己暗示のように呟きながられいむは歩き続け、いつの間にか大通りに出ていた。 「ひっぐぅ……ゆっ、ゆっぐぅぅうううううう!!」 夕方の街はそれなりに賑やかで、れいむの目にも多数の人間が映っている。 当たり前だが呆然と立ち尽くしているような者は一人もいない。皆目的を持って移動している。 それが――――ひどくれいむの不安を煽った。 「どうしよぅ!!れいむどうしよぉおおおおおぉぉっ!!どうすればいいのぉぉぉぉっ!?」 いくらお気楽ゆっくりとはいえ、ここまできてお兄さんが自分を迎えに来てくれる事を期待するほどれいむは馬鹿ではない。 しかしれいむは眠って歌って時折覗いてくる人間を無視していれば店員がご飯を持ってきてくれる生活と、 眠って歌ってよく勝手にいなくなるお兄さんにご飯を持ってこさせる生活しか知らない。 そんな快適な室温と柔らかな布団と食事の保障、そして何よりも大事な保護者の庇護を突然奪われ、冷たいコンクリートに放り出されたのだ。 誰に助けを求めればいいのかわからない。どう助けを求めればいいのか分からない。お腹は空いている。 何かしなければゆっくり出来ないという、身を内側から突き刺されるような不安だけが強くなり、焦るばかりで考えがまとまらない。 お腹は空いている。 「ゆひぃぃっぃぃぃ、だ、だれかぁぁぁぁぁ!!だれかきてよぉぉぉぉぉっ!!」 街の人々はゆっくりが叫んでいる程度でわざわざ注目したりはしない。 ビラ配りの人間に見せるのと同じ反応で、近づきはしないが必要以上に遠ざかるわけでもない。 無関心、それは野良と長く接してきた街が出した一つの答えだった。 「ゆっぐ、おうちぃ、れいむのおうちぃぃぃ!!」 帰ろうにもどちらへ進めばいいのか。距離はどれほどなのか。 頼る相手がいない事がこれほどまでに恐ろしいとは思わなかった。 全てに依存してきたれいむにとっては目や耳といった五感を奪われたに等しい。 見えないから動けない、聞こえないから分からない。 「はっぐぅ、うっぐぅぅぅぅ……ゆひゅー、ゆひゅぅぅぅぅ」 深く深く息を吸い込み、必死で落ち着こうとする。 まずは考えなくてはならない。 どうにかしてお兄さんのいるれいむの家に帰るか、新しい飼い主を見つけるか。 それが出来なければ野良――――最低のゆっくりだ。 それだけは絶対に嫌だ。 「だ、だれかぁっ!!れいむをかってぇっ!!だれでもいいからぁあああああ!!」 れいむは新たな飼い主を探す事を選んだ。お兄さんの家へ戻ろうとするよりはマシな選択ではある。 自分は野良ゆっくりなんかとは違い清潔で美しい。そして何より自分にはそう、金バッジさんがついているのだ。 「みてぇぇっ!!れいむはきんばっじさんなんだよぉぉぉっ!!れいむゆうしゅなんだよぉぉぉぉっ!! おにーざんでもおねーざんでもゆっぐりさせてあげるよぉぉぉぉっ!!」 確かにれいむのお飾りには金のバッジがついている、それは多少泥がついたところで色褪せたりはしない。 ただ他ならぬれいむがそれを否定してしまっている。 街中で叫ぶようなゆっくりが優秀なわけがない、もし仮に金バッジだったとしても捨てられる理由としては十分だ。 人々の目にれいむの行為は自身の無能を叫んでいるとしか映らない。 「ねぇぇぇっ!きいてるのぉぉぉぉぉっ!?きんばっじさんのれいむがかいゆっくりになってあげるっていってるんだよぉぉぉっ!?」 とはいえそういった事情などれいむには知る由も無い、誰でもいいから自分に注目しろとわめいて近づいていく。 そんなれいむを止めたのは狂声に腹を立てた人間ではなく、少なくともれいむよりは街に詳しい――――そう野良だった。 「ゆぶへっぐぅぅぅっ!?」 パスン!と横からひっかけるようにれいむに身体を当てた野良は、振り返らずそのまま跳ねて行く。 体制を崩し床に突っ伏したれいむが顔を上げるころには、建物の隙間へ引き込んでいく犯人の後姿が見えるだけだった。 怒りで餡子が熱くなる、邪魔された。れいむの飼い主探しがよりによって野良なんかに邪魔された―――― 「ゆっざけるなぁぁぁっ!!どうしてじゃまするのぉおおおおぉっ!!しっとはゆぐぅっ!!いだぁぁぁっいぃ!!」 また当てられた、今度は逆側から。 しかも別の野良だ。軽く舌を噛んでしまった。痛いし腹が立つ、なんて醜い嫉妬なんだ。 れいむは元いた場所へ戻ろうとしてるだけだ。それを自分達は飼いゆっくりになれないからと妬んで邪魔するなんて。 どこまでコイツらはゆっくりしていないんだ! 「ぐっぞぉぉぉぉっ!!ぐぅぅ!!にんげんざぁんっ!!だずげでぇぇっ!!のらがいじめぶぅぅぅっ!!ぐっ!ゆぶっ!!」 今回の一撃は重かった。 野良に攻撃されている事を利用して同情を引こうと人々の足元へ這う無防備な背中を、思いっきり突き飛ばされた。 れいむはコンクリートの上を転がり、うめき声を数回漏らした後に止まると、グネグネと体内餡を動かして悶えた。 この痛みはしばらく治まりそうも無い。霞む視界で恨みを込めて去っていく乱暴者を睨む。 しかしそのまりさだけは、ゆっくりと自分で吹き飛ばしたれいむに近づいてくる。 「なんでぇ……?どうじでごんなひどいごとできるのぉ……?」 「つぎにさわいだらころしてやるのぜ」 「ゆぇ……?」 それだけ言うとまりさは他の乱暴者と同じように去っていった。 ――――懇願だろうが要求だろうがどう喝だろうがジョークの披露だろうが関係ない。 馬鹿なゆっくりが人間を刺激する。これほどそこに住む野良達にとって迷惑でそして恐ろしいものはないのだ。 確かに大抵の人間は無視する、それこそいきなり加工所職員が飛んでくることなど有り得ないだろう。 しかし一人でも暇な人間、潰す事を楽しむ人間が、不快感に押されて街の野良の数を少し減らす事に時間を割く決心をしたとしたら。 それは野良ゆっくりにとって余計な犠牲であり、負う必要の無い危険だ。 彼らは自分達の境遇が人の手によって向上する事を諦めている。 だからせめてこれ以上過酷にはしないで欲しい。 悪意も好意もいらない、このまま無関心で現状維持を貫いて欲しい。 自分達を放っておいてくれ、それがれいむを突き飛ばした野良達の総意だった。 「もう……なんなのぉぉっ……?なんなのぉぉぉぉぉっ!!!」 いよいよ何も分からなくなってれいむは言葉を失い、遠ざかる背中を眺め続けた。 そしてようやく気づいた、自分を見張る複数の冷たい視線に。 建物の隙間、看板の下、植木の中、場所は違えどその全てがれいむを見ている。 殺す――――あのまりさはハッキリとそう言った。 「ひっぐぅ……ゆっぐぅぅぅ……!!」 痛めつけられた身体をかろうじて操作しながら、れいむは路地裏を目指す。 あそこまで明確にそして強烈に警告されて、それでもまだ大声を出せるほどれいむは馬鹿でも強くもない。 ずるりずるりとお腹を引きずってれいむは街の影へと逃げていく。れいむの知らない――野良ゆっくりの領域へと。 そうしてれいむは暗い暗い路地裏で隠れるように泣いた。 殺すと言われた、そして実際れいむにとっては死ぬほどの痛みを味わった。 怖くて痛くて涙が止まらない。 だがそれよりも問題なのはこれでもう新しい飼い主を探す事が出来なくなったという事だ。 もちろん時間を空けて他の場所で試す事は出来る。 野良ゆっくり達の注意を引かずに人間だけの注目を集める事が出来ればの話だが。 その前に夜が来る。勝手の分からないこの場所でゆっくり出来るおうちも無しに一夜を明かさなければならない。 それが恐ろしくて仕方がない。そして何よりお腹がすいている。 「ぎゅぶべぇぇぇぇ、べへぇぇぇぇえっっ!!」 本当なら今頃はいつものお皿に大盛りでよそられたご飯さんをたくさんむーしゃむーしゃしてるはずだったのだ。 それがどうして、本当にどうしてこんな事になってしまったんだ。 れいむは何も悪い事していない、本当だ。ただゆっくりしていただけなのに。 それをゲスちびが邪魔した、ゲス人間が邪魔した、ゲスな飼い主が邪魔した、ゲスな野良が邪魔した。 ――――みんなみんな、れいむの邪魔ばかりする。 「くそぅぅぅ!!ゆぐそぉぉぉぉぅ!!」 悔しさが溢れて止まらない。なぜこんな理不尽な目にあわなければならない。 全ての責任を外に押し付けながら硬い足元を濡らし続けるれいむに、今日になって初めて同情が混ざった声がかかった。 「……にんげんさんにすてられたのぜ?」 「ゆばばべえ?だ、だれなのぉっ!?れ、れいむは」 「びびんなくていいのぜ。で?ばっじさんもってるのにすてられちゃったのぜ?」 「ゆ、ゆぅぅぅ!!ぞうだよぉぉぉぉ!れいむゆうしゅうでとってもいいこだったのにぃぃ!!」 突然話しかけてきたまりさが、自分の言葉に耳を傾けてくれそうだと思った瞬間にれいむの口は勝手に動いていた。 誰でもいいからともかく話を聞いて欲しかった。溜まったものをぶつけさせて欲しかった。 れいむの口は止まらない、どれだけ残酷な事をされたのか、どれほど不幸な一日を過ごしたのかを語り続ける。 「それでぇぇ!れいむはごはんさんをそまつにするのがゆるせないからぁぁっ!!だからたべようとしたのにぃぃ!! おにいさんがおこってぇぇぇっ!!れいむにひどいことしたんだよぉぉぉぉっ!!!」 「……………よくあるはなしなのぜ」 「ゆゆゆぅっ!?れ、れいむかわいそうでしょぉぉぉぉっ!?」 その長い舌で音を鳴らすとまりさはおさげで壁を叩いた。 人間の身勝手には生まれてから何度も何度も無理矢理つき合わされ、我慢に我慢を重ねてきた。 それでも一向に復讐の機会は来ない、恐らく、この先も無い気がする。 ――――それにしても本当に人間はろくなことをしない。 勝手に飼って、中途半端に世話して、飽きたら捨てる。 このれいむは三日も生きられないだろう。人間がそれを分からないはずはない。 死んでもかまわないと思っているのだ。それとも死んでくれと願っているのか。 ふざけている、何でもかんでも思い通りにさせてたまるか。 「ついてくれば……おしえてやってもいいのぜ」 「ゆえぇ……?」 「どうせいくあてなんてないのぜ?すこしだけせわしてやるのぜ」 「ゆぅ……」 もとより途方にくれていた身だ。れいむに選択の余地など無い。 まりさの顔を背けたくなる臭いは正直堪えるが、自分を助けてくれるらしい。 言われるがままにまりさの背中について行く。 狭くて汚くそして固い道をあんよの皮をすり減らしながら跳ねる。 建物のせいで光の入らない路地裏は薄暗く、そしてこの狭さでは人間は入って来れない。 れいむは飼いゆっくりに戻りたいのに、これでは逆にどんどん野良に近づいているみたいじゃないか。 「そこがまりさのおうちなのぜ」 「え……?どこ……?」 れいむの目の前には何も無い。太いパイプと灰色の壁と汚れた床とゴミの小山。 その中に家のドアらしきものを探すが見つからない。 まりさは答えずに壁の窪んだ部分に身体を落とす。 「れいむもすわればいいのぜ」 「は……え……?おうちって……いったでしょ?ゆぇ……?」 「ここがまりさのおうちなのぜ?」 「は、え……?うそ……でしょ……」 このれいむのトイレよりも酷い臭いのするこの場所がおうち? 屋根すらないじゃないか。 野良の生活がゆっくり出来ない事はもちろん知っている。 知っているが――――おうちは生きていくためにかかせないものだ。 だがこのゴミの、汚染された、いるだけで悪臭が染み付きそうなこの最悪な場所は、その最低レベルを大きく下回っている。 今すぐにでもこの場を離れたいが、号泣するお腹が引き止める。 「ま、まりさ!れいむをたすけてくれるっていったよねっ!」 「たすかるどうかは、れいむしだいなのぜ。まりさがこれからのらの――――」 「じゃ、じゃぁごはんさんをちょうだいねっ!!れいむすっごくおなかがすいてるんだよっ!!」 まりさの野良として最低限のルール講座はその序盤でれいむの食欲によって遮られた。 耳があったら塞ぎたい。まりさの心境を代弁するならこれしかない。 まずはこの大声をあげるクセを矯正する必要があるなと首を振り、まりさは食料を入れているビニールをおさげでつかみ出す。 「もちろんぜんぶじゃないのぜ、それにくちにあうかどうかもわからないのぜ?」 「ゆっ……そ、そうだね。……でもれいむおなかすいたんだよ」 「ふん」 飼いゆっくりだったれいむはさぞかしイイものを食べていたのだろう。 臭いだのマズイだの言うに決まっている。 だが最後には空腹に耐え切れずに食べるはずだ。 その時もまた大泣きするだろうが、脳内と現実のギャップを埋めるにはなかなかいい薬になる。 ここではお飾りについてるキラキラのバッジは何の役にもたたないのだから。 「じゃ、じゃあはやくだしてねっ!!もうれいむはたくさんたべてなくて、たくさんおなかぺーこぺーこなんだよっ!!」 「はん!じゃあえんりょうせずにたべればいいのぜ」 「ゆふふふ…………ゆっ!ちょっとなにするのっ!!」 まりさがれいむに向かって食料――――生ゴミに雑草が混ざった物を放る。 ペチャリと音を立て、仰け反ったれいむに飛沫がかかる。 不快感をあらわにしながられいむが吠えた。 「いきなりごみなげるなんておかしいでしょぉぉぉっ!!れいむをばかにしてるのぉぉぉぉっ!?」 「そういうとおもったのぜ」 「はあああああああああ!?ねぇぇっ!!からかってるならもういいよ!!」 「ははっ……ふん」 まりさは軽く笑ってれいむの足元にあるソレを舌ですくって口にいれた。 「え……?」 「むーしゃむーしゃ、ふん、それなりってやつなにのぜ」 「な、なにしてるのぉおおおおおおおおおおっ!!」 「ごはんさんにきまってるのぜ」 さも当然のように言うまりさの口内では今も生ゴミと草のブレンド品がすり潰されている。 ネチネチョとした音がれいむの皮から中身に響く。 食べているのだ。腐臭がする、汚物としか言いようが無いアレを。 意識してしまうと強烈な吐き気がこみ上げてきた。 「ほ、ほんとうに……なまごみをたべてるの……?うそでしょぉぉぉっ!? だってっ!そんなっ!!なまごみをたべてるっていうのは、わるぐちじゃなかったのぉおおおおおお!?」 「は!ずいぶんしあわせなあたまをしてるのぜ」 叫ばずにはいられない。どうしてあんなものを口に入れて飲み込むことができるんだ。 断言してもいい、絶対にれいむのうんうんの方が綺麗だ。 “生ゴミ漁り”だなんて野良への蔑称だと思っていた。 それか人間の捨てた道具でおうち作るためにゴミを漁るのだろうと。 れいむの認識は甘かった。 ここまで醜い生き物が存在しているなんて! 「なんでなまごみなんてたべてるのぉぉぉぉっ!!おかしいよぉおおおっ!!」 「ほかになにたべるのぜ?」 「はぁぁぁぁっ!?そんなのふーどさんとかぁぁぁっ!!たいやきさんとかぁぁぁっっ!!いろいろあるでしょぉぉぉっ!!」 「ゆ………ははっ!ゆっはっはっは!!」 れいむの声を跳ね返すような笑い声は、もちろんまりさから放たれている。 大げさに、おさげで身体を叩きながらお腹をそらす。 挑発されているようにしか思えないれいむは一瞬で怒りに火がつく。 「なにわらってるのぉぉぉぉっ!!れいむは――――」 「そんなものどこにあるのぜっ!!!!」 「ひっぇっ!!」 れいむが思わず命乞いしてしまいそうな迫力があった。 それほどまりさの変貌は一瞬で圧倒的なものだった。 声だけではなく表情も険しくなり、戦闘態勢と言ってもいいほどだ。 「……これがいちばんいいものなのぜ。これだってたくさんみつけるのはむずかしいのぜ」 「う、うそでしょぉっ!?だ、だってこんなの、たのまれたって!ゆぅぅ……」 「ふん、ならいしでもすなでもくってればいいのぜ。 ああ、それともあまいくささんがみつかるまで、てあたりしだいたべるってのもいいのぜ。 みつけたらぜひおしえるのぜ?もっとも、へたなものたべるとまりさでもしんじまうからちゅういするのぜ」 「ゆっぐぅ……!」 反論してやりたい。草や生ゴミが小石や泥とどう違うのだと。どれも食べられる代物ではないはずだ。 しかし現に目の前のまりさは食べた。 別段おいしそうだとか幸せそうではなかったが、辛そうではなかった。 毎日食べているという言葉は真実なのだろう。 だがれいむにはとても無理だ。 口に入れるどころか舌で触るのももみあげで掴むのも絶対に嫌だ。 「ま、まりさ!れいむには、ちょ、ちょっとこれはむりだよ!!だからまりさのおやつをちょうだいねっ!」 「ゆあ?なにいってるのぜ?おやつ?」 「ゆゆっ!?かくすきなのっ!?だってれいむはこんなのたべれないんだよっ!!しょうがないでしょっ!?」 「――――れいむ」 「ゆひっ!!お、おこらないでねっ!だ、だって……れいむは、そ、その、きんばっじさんだし……」 ジロリとまりさが睨むとれいむが二歩後退する。 怯んだが食事に関することにだけは強気なれいむはなおも食い下がる。 こんなものだけで生きていけるわけが無い。本当は何処かにあまあまを隠しているはずだ。 これが金バッジを名乗るれいむの推理である。 「どこにかくすっていうのぜ?」 「ゆへ?」 「このおうちのどこにかくすところあるっていうのぜ?」 「そ、それは……」 家具も屋根も隣家との区切りすらないまりさのおうち。 勿論、何かを隠せるような物は置いてないし、そもそもまりさはあまあまなど持っていない。 「じゃ、じゃぁおぼうしのなかとかに……」 「ふん」 おさげで器用に自分のお帽子を半回転させ、れいむに何も入ってない事を確認させる。 まりさが帽子を外した瞬間に漏れた臭いでれいむは顔をしかめたが、帽子の中身を覗き信じられないという顔でその場にへたりこむ。 「な、ないの?ほ、ほんとうにないのぉぉぉぉっ!?」 「そんなものあったらとっととくってるのぜ」 「ゆ、ぐふぅぅぅぅっ!!れいむおなかすいてるのにぃぃ!どうしよぉぉぉぉ!!」 こんなにも長時間自分のお腹を泣かせ続けていた事は無い。 しかも生ゴミとはいえ他ゆんの食事を同じ席で眺めていたのだ。 自分の料理が運ばれてきていないのに店を出てたまるか。 しかし、今のれいむの要求は例えるなら、高校生の文化祭の出店で満願全席を頼むようなものだった。 「で?どうするのぜ?いらないならまりさがぜんぶたべるのぜ?」 「ゆぐっ!!あうっ、ぐうっ……」 「いちおうこんなんでもうばいあうこともあるのぜ。もっとはっきりいうのぜ? これくえないなら、まちでくえるもんなんてないのぜ」 「そ、そんなぁぁぁぁっ!?」 今日はもう一生分の驚きを使い果たした。 そのせいで余計にお腹がすいた。チラリと散らばる最高級品だと言われた水っぽいソレを見る。 見た目以上に酷い臭いがするが、もしかしたら味は案外マトモなのかもしれない。 そんな事を考えてしまうくらいにはれいむは追い込まれていた。 「ま、まりさ、それはもしかしてとってもおいしいの…………?」 「ふん!そんなわけないのぜ」 「ゆぐぅぅぅぅぅ!!!」 恐る恐るれいむは悪臭の元へ近づいて行く。 強烈だ、頭が痛くなってくる。そして実に汚く、そして時折何か動いているように見える気がするのが余計に気持ち悪い。 これを食べようとしているのか自分は? 「むりだよぉぉぉっ!!こ、こんなのたべられないよぉぉぉっ!!」 「じゃぁ、しぬのぜ?」 「やだよぉぉぉぉぉぉっ!!」 泣きながられいむが舌を伸ばしていく。 れいむはそれなりに甘いゆっくりフードを毎日食べて生活してきた。 人間のおやつもチョコレートから、ドーナッツ、たい焼きなど、メジャーなものは大抵食べた事がある。 味覚が人間寄りならば当然、好みや食への意識も同じようにひっぱられる。 ――――つまり、突然ジャングルの奥地に放置され、数日間絶食した人間は果たして腐りきった生ゴミを食べるだろうかという話。 幸いな事にそんな極限状態に追い込まれた事は無いので分からないが、少なくともれいむは食べようと思ったようだ。 「ゆぐっ、ゆげぇぇぇぇぇっ!!ずっばいよぉぉぉっ!!」 「……がまんするのぜ。それくらいじゃ、しにゃしないのぜ」 「ひっ、ひぶぶぇぇぇぇっ!!ゆべぇぇぇぇぇっ!!」 舌を夏場地上に出たミミズのように動かしながら、れいむは“食べ物未満”に挑戦する。 餡子脳ごと吐き出しそうになる嫌悪感なんて初めだ。 まだ飲み込んでもいないというのに。 舌の感触が粘りつくソレにそのまま汚染されていくようで嫌だった。 涙が止まらない、力を入れすぎたもみあげが小刻みに震える。 「べべぇぇぇっ!!べっげえっぇえぇぇぇっ!!」 「さっさとくちのなかにもってくのぜばか!なんどもなめるほうがつらいにきまってるのぜ!」 「ゆぐふぅぅぅ!!ゆぐふぅぅぅっ!!」 あまりにも哀れな様子に見かねたまりさが助言する。 その意見には賛成なのだが、こんなにも苦い物を一気に口に放り入れる覚悟が一瞬で決まるわけが無い。 助けを求めるように涙腺が全開の目でまりさを見るが、覚悟を促してくる。 ためらう舌が何度も口を往復する。 「ゆっぐぅっ!ほ、ほがのごはんざんはぁ」 「ないのぜ!ほかはもっとからくていたいいたいのぜっ!」 「ゆべええええええええええ!!ひぐぅぅぅ!!」 「ほらっ!!はやくかきこむのぜ!!」 涙で視界がぐちゃぐちゃで、苦しくて痛くてうまく考えられない。 それなのにまりさは急かしてくる。 食べてしまえば全てから解放される気がして、れいむは夢中で一塊、舌でからめて押し込んだ。 「ゆぼっへええええええっっ!!がっほっ!げっほっ!!ゆべぇぇぇぇぇ!!」 「ふん、とうぜんなのぜ」 噛むとか、あまり舐めないようにしようとか、そんな余裕は一切無かった。 感じたのは痛み、“痛味”とでも呼べばいいのか。まるで無数の針を口内に突き入れたかのようだった。 全身が全臓器が一体となって吐き出すために協力した。 餡子がまとわりついた生ゴミがビチャビチャと地面に広がる。 「ゆげぇぇぇっ!!おえげぇえっぇぇぇっ!!」 「……たえるのぜ。ともかくいっかいぜんぶはくのぜ」 「ゆべぇぇぇぇっっ!!えげぇ、うぇぇぇぇ!!……ゆはぁっ!ゆばぁぁぁっ!!」 吐瀉物であんよを汚したれいむの荒い呼吸を、まりさは何も言わずにじっと聞いていた。 そしてれいむは後ろに倒れこむと、もみあげをばたばた振って泣きわめく。 「むりだよぉおおおおおおおお!!むりぃいい!!!」 「おちつくのぜ」 「おちつけるわけないでしょぉぉぉっ!?ごばんじゃんがぁっ!!ごばんざんがだべれながっだんだよぉぉっ!?」 「よくみるのぜ、ほら。れいむのあんこがついてるのぜ」 「はぁぁぁぁっ!?だからぁぁぁっ!?くるしかったんだよぉぉっ!?あたりまえでしょぉぉっ!!」 吐いた生ゴミにはれいむの体内餡が付着している。 「それならたべれらるはずなのぜ」 「ゆ……!?あ、で、でもきたない……」 「いまさらそんなことくちにするのぜ?いいからもういちどたべるのぜ!さっきよりはましになってるのぜ」 自分が吐き出したものを再び食べるなんてゆっくり出来ないが、それを言うならそもそも食べようとしているものがものなのだ。 改めて考えてみると信じられない。どうして、本当にどうしてこんな事になってしまったのだろうか。 これではまるで野良ゆっくりそのものだ。自分は誇り高き金バッジ、飼いゆっくりの中でもさらに優れたゆっくりなのに。 それがどうして――――飢え死にの心配なんてしなければいけないんだ。 「ゆぶっ、ゆべぇぇぇぇ……やだよぉぉっ!!なんでれいむがぁぁっっ!!!もうやだぁぁぁっ!!」 「ここまでやってあきらめるのぜ!?たべればすくなくともおなかはふくれるのぜ!」 「ぐっ、おなか……!ゆっ、ゆぅぅっ!!ゆがっ!!ゆがぁぁぁっ!!ぐざぃぃっ!!むじゃっ!がじゅがつ!」 半ば自棄になったれいむは舌を使わず、地面ごと噛み砕く勢いで生ゴミの餡子がけに喰らいつく。 嫌悪感が舌を操って押し戻そうとするが、我慢できる。たしかに針で刺される痛みは無くなった。 だが今度は布を飲む込むような息苦しさが続く、味なんて一つではないからわからない。 「ゆぐっ、ゆぼぉぉぇぇっ!!」 「のみこめ!くちをとじるのぜっ!!」 「ゆぐっっ!!…………んっ!!…………ぜはっ!ゆはっ!!」 何とか飲み込んだれいむが大きく息を吐く。 大好きな食事を終えた後だというのにその表情は歪み、未だ涙は止まらない。 今までの幸せだった食事が全て否定されたような気がする。 「はじめてのごはんさんは、みんなそうなのぜ」 「ゆ、ゆえ……?」 「まりさも、おちびのときはくるしくていっぱいはいちゃったのぜ」 「まりさ……」 にっこりと初めてまりさがれいむに笑いかけた。 お腹は苦しい、どう考えても幸せな気分ではないがそれでも空腹は和らいだ。 それは確かだ。れいむは少し迷って、礼を述べた。 「ゆ……その、ありがと、まりさ」 「きにするななのぜ。まりさはにんげんがきらいなだけなのぜ。……おみずさんでも――――」 「ぎっ!?がっげっ!!ゲベヒッ!クヒッ!ユゲェッ!ゲゲゲッ!」 「――――れいむ?れいむっ!?どうしたのぜっ!!れいむっ!!」 突然れいむの身体が激しく痙攣した。 目から黒が消え、真っ白になり口の端から餡子の泡をぶくぶくと吹いている。 もみあげはデタラメに動き、れいむは顔から地面に倒れこむ。 一番焦ったのはまりさだ。 「れいむっ!!しっかりっ!しっかりするのぜぇぇっ!!」 「ギュヒッっ!ゆげぇぇっ!ぼげぇぇぇぇぇぇっ!!おげぇぇぇっ!!」 「ゆぐうっ!!あんこさんはいちゃだめなのぜっ!!れい――――ゆぇ?こ、これいまたべたなまごみさん? どうじでぇぇぇっ!!れいむちゃんとたべたのにどうしてはいちゃうのぜぇぇぇぇっ!!」 結局、まりさは知らなかったのだ。 “舌が肥える”その意味を正確には理解していなかった。 贅沢になるだけだと、要は気持ちの問題だと思っていたのだ。甘えてるだけで、そのうち慣れると。 実際は違う。そうではないのだ。 「えべべべべべええええっ!!おでぇぇぇぇぇぇっ!!」 「れいむっ!く、くちをっ!おくちをとじるのぜぇぇっ!!」 生まれた時から生ゴミを食べて来た野良と、人間と同じようなものを食べて来た飼いゆっくり。 違うのは趣味思考だけではない。 当たり前の話だが、人間だって生ゴミを食べれば腹を壊すし、年齢や量によっては深刻な事態にもなる。 ゆっくりには食物を餡子に変換する力が多かれ少なかれ全種にある。 中身が餡子のゆっくりに生ゴミは毒だ。草だって決して良い食べ物とは言えない。 だが野良は生まれた時から少しずつ摂取し慣れて行く。そして親は生ゴミを食べて育った。 その餡子を受け継いでいる。だからこそ生ゴミなどの腐敗物を食べて生きていられるのだ。 しかし甘味と餡子変換効率の良いフードだけを食べて育った飼いゆっくりにそんな力は無い。 「ゆっげぇぇぇ、おげぇぇぇぇぇっ!!がっほっげっっ!げっほっ!!」 「れいむっ!れいむぅぅっ!!がまんしろっ!とじるのぜっ!!のみこむのぜっ!!」 どんなにまりさが呼びかけても無駄だ。 頭や脳で制御できる部分ではない、これは反射だ。 体の奥、意識できない中枢案が拒絶する。 体内に入り込んだ異物を吐き出すために、全身全霊少しの欠片も残すまいと押し出す。 自身の命を削りながら。 「かっ……!……けぇっ!!……くへぇっ!」 「ゆっぐっ、れいぶっ!!ゆぐぅぇぇぇっ!!でいむぅぅぅぅっ!!」 大量の液状になった体内餡の海に沈むれいむ。 かすかに動くもみあげと漏れるうめきがかろうじてれいむに息がある事をまりさに教える。 こんな事になるなんて想像していなかった。れいむは死に掛けている。 野良にとっては普通の、ごくありふれた食べ物を飲み込んだだけで。 「ゆっ……ゆっ……ゆがっ……」 「こ、こんなのってぇぇぇぇっ!!こんなのひどすぎるよぉぉぉぉぉっ!! だってっ!これじゃぁいきていけないでしょぉぉぉっ!?ぜったいむりだよぉぉぉっ!!ひどいよぉぉぉっ!!」 生ゴミを少し食べただけでこれでは、もうれいむが野良で生きていく事は不可能だ。 あまりにも脆弱で、哀れなほど何も知らない。 だがれいむをそう仕立て上げたのは人間なのだ。それもれいむのためでは無い、全て自分達の都合だ。 それなのに生きていけない事を承知で捨てた。 これは拷問だ。殺すよりもずっと残酷で恐ろしい。あまりにも冷酷な仕打ちだ。 「ひどずぎるっ!ごんなっ!!ごんなぁぁっ!!ちぐしょぉぉぉぉっ!! にんげっほっ!がっほっ!!……にんげんめぇぇぇっ!!ゆっぐりじでないにんげんっ!!ちぐじょぉぉぉぉっ!!」 「……ゆっ……けぽっ、こぷっ」 止め処なく泡を吐き続けるれいむと、まりさの慟哭。 他の野良達が見守る中、まりさは怒りと恨みを吐き出し続けた。 れいむが意識を取り戻すと、既にまりさの姿は無かった。 身体が重い、頭がガンガンと痛むし、視界は暗い、何も見えない。 それらの全ての原因が空腹にあることが分かる。 だってこんなにも――――お腹がすいている。 「ゆっ……ゆげぇぇぇ……きもぢわるぃ……」 身体を起こしただけで強烈な吐き気がこみ上げてきた。 あんよには冷たく、そして硬い感触。 ここは何処なのかと考え、そしてやっと今が夜であることに気づいた。 「ざむいぃ……さむいよぉぉ……」 風が冷たい、吹き止んでも寒い。 もしかしてれいむは“れいぞうこさん”の中にいるのかもしれない。 「ゆぶぅ!ゆふうっ!!」 恐怖につつかれ、周辺を見渡せば前方から明かりが見えた。 ぶるぶる震えながられいむがそちらへ進んでいく。 徐々に光が大きくなり、やがてれいむは大通りのすみに立っていた。 「ゆあ……」 そこはまるで別世界のようだった。 光と喧騒に溢れ、お腹をすかせているものは何処にもいない。 ただ残念なのは彼ら全員が人間であり、ゆっくりの姿はこの明るく暖かい世界には存在しないという事だ。 「ゆぅ、あぐっ」 れいむは歩みだす事が出来なかった。 一歩でも進み、明かりに照らされるのが怖かった。 こんなにもゆっくりしてそうな場所なのに、他のゆっくりの姿が見えないのは何故だ。 寒い、自分の歯がたてる衝突音がうるさい。考えに集中する事が出来ない。 「どうしよう……れいむは……」 向こう側はとても暖かそうだ。この暗い路地裏の世界とは比べ物にならないほど。 ふらふらとおぼつかない足取りで前に進もうとしたれいむ。 そんなれいむに横から静かだが強い声がかかった。 「どこいくのぜ?」 「ゆっ!?れ、れいむは、その」 「またにんげんさんにおおごえでけんかうるきなのぜ?ひるまみたいに?」 「ゆゆぅぅぅっ!!ど、どうしてそれをぉぉっ!!」 「そのぶさいくなばっじさんはめだつのぜ」 助けてくれたまりさとは声も姿も全く違う。 あらためて近くで見るととても大きく、そして迫力のあるまりさだ。 無意識にれいむは一歩後退する。 「つぎにさわいだらころすっていったはずなのぜ?」 「ゆっ、で、でもさむくて……れいむはあまあまがひつようでっ!もうしんじゃいそうだからっ!そ、そのっ!」 「いましにたいのぜ?」 「ゆひぃっ!!」 暗いこの場所でもまりさの恐ろしい形相だけははっきりとれいむの瞳に映る。 もう何も言えない。じりじりとれいむが後ずさっていく。 まりさはれいむを睨んだまま動かない。 「つぎににんげんさんのちかくでおまえをみつけたら…………かんたんにはしねないのぜ?」 「ゆっ、ゆわぁぁぁぁぁっ!!」 れいむは必死で跳ねた。途端に全身が悲鳴を上げるが、それを恐怖が押さえつけた。 まりさの姿が見えなくなっても自分が見られている気がして、あんよを止められなかった。 「ゆぶぶぶっ、ううううぅぅぅ……」 そして結局れいむはまたこの真っ暗な路地裏で震えることになった。 寄りかかる建物と前方の壁以外風を遮ってくれるものは無い。 もみあげの感覚がどんどん薄れていく。 「おふとんさん……れいむの……くっしょんさん……」 寒いとクシャミが何度も出て、背筋がゾクゾクする――――そんな想像がどれほど甘いものだったのが実感している。 自分が切り離されているような感覚、身体が石に変えられていくようだ。 魂が揺すられているような苦痛と、表面を虫が這っているかのような気持ちの悪さ。 「ひゅぶぅぅぅっ!!…………かぜざんやべべぇっ!!」 それに加えてほぼ丸一日食事をしていない空腹。 せめて幸せな幻覚でも見れればとは思うが、身体が冷えれば冷えるほど意識だけは逆に鮮明になる。 「ざぶぶぶぶぅぇ!!ぼがぼがじでぇぇぇ!!おねがいだがらららあっ!!」 身体がもうほとんどうまく動かせない。 凍えというよりは息苦しさ、体内が徐々に凍りついていく。 長時間氷のようなアスファルトに触れ続けたあんよは本当にまだ身体にくっついてるのかどうか。 確かめたくてもこの闇はれいむから視界を完全に奪い去っている。 あんよの感覚がないために本来ならあるはずの痛みも無いのがせめてもの救いだ。 「おわっでよぉぉっ!!はやぐおわっでぇぇぇっ!!」 何も見えない夜と残酷なほど冷たい風。 どちらかだけでも死ぬほどゆっくり出来ないのに、両方が一遍に来てしまった今、れいむに何が出来るというのか。 せめて片方だけでもどこかに行ってくれと頼むも、風の音が一層強く拒絶した。 「ゆぶぶぅぅっ!どうしてれいむばっかりつめたくずるのぉぉぉっ!!!れいむきんばっじざんなだよよよよっ!!」 縮こまって文句を言うだけでは、野良の世界で何一つ得る事も変える事も出来ない。 今日一日の経験だけではれいむは学べなかったようだ。 最もそれが分かったところで必ずしも結果を変えることが出来ないのが、野良生活の厳しいところなのだが。 「……っ、……っっ!」 そしてさらに三十分ほどたった頃には、とうとうほとんど声を出せなくなったれいむはただただ震えていた。 役目を果たさない目はそれでもつりあがり、口は上下の歯を打ち鳴らすのみ。 ――――それでもれいむは生きている。 中枢餡が完全に凍結するほどでもない限り、寒さで死んでしまうことはない。 そのくせ餡子は硬くなっているのでストレスで液状にもなり難い。 れいむは一秒でも早く解放される事を心から願っていた、眠りたい、気絶してしまいたいと。 眠ってしまったら目覚めないと分かっていたとしても、その願いは変わらないだろう。 初めて体験する自然の責め苦は人間よりも容赦がなく、そしてしつこかった。 「……っひ、ゆひひっ……ひひっ、ひひひひっ……」 この寒さが原因なのか、それともあるかどうかもわからない防衛本能によるものか。 ついにれいむの頭は少し、ほんの少しだけヒビ割れた。 「あっだ、がぐぐで、おいじぃ……ぺろ……ぺろ……」 壁を舐めている。 冷たくて硬くて苦いだけの壁を狂気の笑顔で。 震える身体から突き出された舌が力なく緩慢に上下する。 「あはっ……つめたぁ……あははっ」 とうとう身体が限界を迎え、もたれたままずるずると崩れ落ちていく。 コテンと横向きに倒れ、引っ込めることが出来ない舌がだらりと地面に投げ出される。 震える力があるのなられいむのいうことをきいてくれと、自身の体にお願いしても自由は戻らないし震えも止まらない。 「さむい…………」 一言だけ呟きれいむはそっと目を閉じたが――――いつまでたっても眠りは訪れなかった。 もう動こうとせず、れいむの瞳からツーと涙がこぼれる。 空と街が明かりを取り戻した頃、やっとれいむの意識は闇に落ちた。 「……びゅ」 夕方になって死体と区別のつかなかったれいむが動いた。 何度体験しても目が覚めた時、無機質な壁と腐敗した臭いに“おはよう”を言われるのには慣れない。 「ぐっ!……あぃぃ」 起き上がる事はこんなにも難しかっただろうか。 体中が痛む、まるで木材を擦り合わせているような不快感。 「ゆはぁ……ゆはぁ……」 空腹が限界を超えたれいむは、激しい無気力に支配されていた。 身体はまだノロノロと動くが、ほとんど頭は働かない。 力の入らない身体が、餡子が欠乏していると訴えている。 ここまでくるとさすがのれいむも、すぐそこまで死という現実が迫っている事に気づいている。 だからといってれいむはもう完全に手詰まりなのだ。 野良ゆっくりに頭を下げてまで食べ物を分けてもらったのに無駄だった。 あんなにも苦しみながら、みじめな思いに耐えながら飲み込んだものは猛毒だった。 そして親切なまりさでさえ、生ゴミを食べられないれいむを見捨ててどこかへ消えてしまった。 乱暴なまりさに脅され、人間に助けを求める事も出来ない。もしかしたらまだどこかで見張っているかも知れない。 これ以上、れいむに何が出来るというのか。 「ゆ……ぅ……」 暗い野良の世界の出口から、明るい通りを眺めている。 たまに人が通っても、焦点はどこにも合わない。 口は半開きでその場に座って動かない。 考えてみれば喉も渇いているはずなのだが、あまりにも巨大な飢えに潰され自分でも判断できない。 ――――車の音、響く足音、何処かの店のドアが開く音に、時々聞こえる足音。 全てれいむにとって意味はない。雑音、れいむの注意を引く事はない。 「……………いき!」 「……ゆ……?」 何か聞こえた。 人間の話し声ではない、れいむと同じゆっくりの声が聞こえた。 もう何年も聞いていないような、とても楽しげな声で。 ゆっくりしている野良が“しあわせー”しているのだろうかと、れいむがそちらに身体を向ける。 そしてれいむには見覚えがあった。そのゆっくりに。 「平気でもマフラーはしとけって」 「えー?でもごわごわする」 「マミィとおそろいだよー?」 「じゃあつける!」 れいむの目は最大限に開き、霧のかかっていた頭の中は一気に鮮明になる。 忘れるはずがない。あいつは、あのおちびは。れいむがこんなにも惨めな姿に落ちる事になった元凶。 あのゲスちびさえいなければれいむは今も満たされていた、幸せなはずだった。 それなのに、れいむがこんなにも苦しんでいるというのに、あいつは笑っている。 とても――――許せるはずがなかった。 「おばええええええええっっ!!おまえばぁぁぁぁぁぁ!!」 「うぉっ!?」 噴出した怒りが理性の許可を待たずにあんよを無茶苦茶に跳ねさせる。 吐き気や痛みも今のれいむには届かない。 全力で走り怒りが動かすままにあのゲスチビに突っ込む。 大きなまりさから警告された事も、標的は人間に抱かれている事も全て忘れ、れいむはアスファルトを蹴った。 「じねぇぇぇっ!!おまえのぜいでぇぇぇっ!!れいむはぁぁぁぁぁっ!!」 「あ、やっぱり目的はてーなのか。こういう馬鹿は久しぶりだなー」 「遊ぶ気?」 「いや、今日だけは早く帰んねーとな」 ただの野良で遊ぶ暇もなければ、いちいち潰して街を綺麗にする趣味もないと、饅殺男達は無視してれいむを避ける。 ビリビリとあまった皮が震えるほど叫んでいるのに、人間達は足を止めない。 さらにゲスチビにいたってはれいむから露骨に顔を逸らし、人間に抱きついている。 体内が燃えているような怒りがれいむを更に狂わせる。 「そいづをおろぜぇぇぇっ!!れいむがころじでやるぅぅっ!!」 「しつけーな、一発蹴っ飛ば…………ん、こいつのバッジ……?」 「あれ、これって確か……」 饅殺男と虐子がれいむ一日で灰色に変わったリボン、そこに未だついている汚れた金のバッジに気づいた。 れいむの態度の理由がやっと分かった。 「……アイツめ、回収箱に捨てたんじゃなかったのかよ」 「あー、そういう事か」 「きいてるのかぁぁぁぁっ!!れいむはおごっで――――いっだぁっ!!ゆべっ!」 パチンと饅殺男が取り出した棒でれいむを叩く。 たったそれだけで弱りきったれいむの身体は真後ろに倒れた。 もみあげだけが最後の抵抗とばかりによろよろ突き出されている。 怒りに誤魔化されていた体は、痛みによって極度の衰弱を思い出し、起き上がる力を忘れる。 「いだぃよぉっ……ひどいぃ……!!」 「えっと、君は昨日僕らにあったれいむだよね?」 「そうだよぉぉぉっ!!れいむは……れいむはぁぁっ……!おまえだちのせいでぇっ!のらになっぢゃったんだよぉぉっ!」 饅殺男の口調が変わるのはゆっくりで遊ぶ際のクセであり、れいむがオモチャにされる合図である。 最初は後ろ暗い喜びを有耶無耶にする演技だったが、今ではすっかり慣れてしまい照れくささもなくなった。 れいむの方も叫ぶ事を止め、仰向けのまま弱弱しく天に訴えた。 「れいむなにもわるいことしてないよぉ……!ゆっぐりしてただけなのにぃ……!」 「うーん、そうだねぇ。確かに君が悪いって訳じゃないね」 「ゆえっ……?」 予想外の肯定が聞こえ、れいむが饅殺男を見つめる。 笑っているわけでも怒っているわけでもなく、ただ自分を見下ろしていた。 「そんな風にしか振舞えないのはショップの教育のせいだし、金バッジなんて主張するのもそう店員に言われたからだもんね。 捨てられただいたいの原因もその嘘だし、正直アイツが騙されたのも下調べしなかったせいで、れいむが何かしたわけじゃないしね」 「ゆ、あ……?そ、そうでしょ……?で、でもじゃあ!なんでれいむはすてられたのぉぉっ!? なんでこんなくるしいおもいをしなきゃいけないのぉぉぉっ!?ねぇ!おしえてよぉぉっ!!」 「――――運かな。ツイてなかったね」 「ゆは……?」 れいむの血を撒き散らすような一日、あの地獄に落ちた理由が、ただ運が悪かっただけ。 それで諦めろというのか、あの屈辱を仕方が無かったのだと。 「ふっざけるなぁぁぁぁっ!!そんなのなっとくできるわけないでしょぉぉっ!?」 「そう?でもれいむ、君は今までだって人間に流されて生きてきたんじゃない? 何か一つでも自分で決めた事あったのかな?その金バッジをつけることとか、誰に飼われるか、とかさ」 「ゆゆっ!?あ、あるにきまってるでしょ!れ、れいむはぜんぶじぶんで、きめて……」 例えばお店にいた頃、れいむのお腹が空いてくると人間がご飯を持ってきた。 人間がご飯を用意してくれるのだから、できるだけ感謝しろといわれてしぶしぶ従っていた。 金バッジをつけてやると言われたのでつけた、悪い気はしなかった。 この人がお前の飼い主だと言われておうちから取り出された。これで念願の飼いゆっくりになれると喜んだ。 広くなったれいむのおうちで、ご飯さんをたくさん食べる事が出来て幸せだった。 思う存分ゆっくりしていたら、理不尽にお兄さんが激怒し、訳も分からぬままにれいむは捨てられた。 それからの一日は思い出したくもない。 「ゆ、あ……」 「ね?全部人間次第なんだよ。れいむは人間の都合に振り回されてただけ、確かに何も悪くないね」 「ひ、ひどいよぉぉぉっ!!なにそれぇぇぇっ!!れいむだっていきてるんだよぉぉぉっ!?」 「そうだね、生きてるけど…………一人じゃ生きていけないでしょ?」 「そ、それは……だ、だって!」 「捨てられてから、今まで一人で頑張ってたんだよね。 ご飯はちゃんと見つかったかな?おいしかった?暖かいお家はあった?ゆっくり――――出来たのかな?」 「ゆぐっ………!!」 自分がどれほど凄惨な体験をしたのか、教えてやりたい。 味わった苦しみ、痛み、悲しみ、その全てを言葉で伝える事が出来るなら、二度としゃべれなくなってもかまわない。 「できるわけないでしょぉぉぉぉっ!?おにいさんがれいむをすてたせいでぇぇぇっ!! にんげんがだれもたすけてくれなかったせいだよぉぉぉっ!!」 「お家もご飯も全部人間に頼ってたならさ、気分次第で捨てられても文句は言えないんじゃない?」 「はあぁぁぁぁっ!?だっておにいさんがれいむをかいたいからかったんでしょぉぉぉっ!?」 「その通り、飼いたいかられいむの世話をしてたんだよ。だから飼いたくなくなったら捨てられるよね? れいむは努力した?おにいさんにずっと飼って貰えるようにさ」 「ゆ……!そんなの……!!」 そんな事考えた事もない。 だってれいむはゆっくりしていた。それ以外に何が必要だというのか。 「さっきも言ったけど、人間が全部れいむの生き方を決めてきたんでしょ?れいむは一人じゃ生きれないんだし。 文句を言いたくなる気持ちはわかるけど……どうしようもないよね?」 「ど、どうしようもないって、だ、だってれいむはきんばっじさんなのに……!!」 「金バッジか、ふぅ……じゃあ、その金バッジつけてて何かいい事あったかな?」 「ゆ?」 いい事と言われても、人間は誰もれいむの話を聞いてくれなかった。 いくら金バッジだと叫んでも、確かめる事すらしてくれなかった。 そればかりかあのれいむを脅してきたまりさに、顔を覚えられる要因になった。 「…………なにも、なかったよ……」 「……結局さ、捨てられたら生きていけないんだから、もう少し我慢するべきだったんだよ。 君のお兄さんを怒らせないように、ずっと飼って貰えるように」 「だって……そんなこと、そんなことだれもおしえてくれなかったよぉぉ!!だからしょうがないでしょぉぉっ!?」 「うん、だから最初に運が悪かっただけだって言ったじゃないか」 「ゆ、あ……」 うなだれるれいむ。諦観が顔に浮かぶ。 怒りの矛先を削られてしまっては、もう何も言い返せない。 「れいむは悪くないし、飼い主のアイツも悪くない。ただちょっと、お互い運がなかった。 だから、何度も言うけど仕方ないって諦めるしかないんだよ。もう終わっちゃったんだから」 「ゆっく、ゆっぐぅ……ゆ、ゆあぁぁぁぁぁぁ……!ゆえぇぇぇぇ!!!」 運がなかった、その意味がやっと分かった。 “どうしてれいむがこんなめに”その“どうして”を責めるべき相手は人間ではない。 運命とでも言えばいいのだろうか。 悲劇のヒロインなんてれいむは望んでいなかったが、つまりはそういう事で、不運以外の敵などいない。 ――――だからもう、どうしようもないのだと。 「ゆっふっぐっ、れいむもうのらはいやだよぉぉっ!!かいゆっくりになりたいよぉぉぉっ……」 「その気持ちが飼われてるときにあれば良かったね。今更言っても嫌味にしかならないか」 「ゆぇぇぇぇぇぇぇっ!!ゆびぇぇぇぇぇっ!!」 心配も不安も関係なく、れいむはただ泣いた。 受け入れたくなくても、もう手遅れになってしまった事に気づいたから。 「あれ?まだやってたの?」 「だでぃだでぃ!おっきいのかったよっ!!こーんなおっきいの!」 「おかえり、何ケーキにした?」 「えへへ、ないしょ!」 「……ゆっ、あまあまのにおい……」 左手にケーキの袋をぶら下げ、右手でてーと手を繋ぎながら虐子が戻ってきた。 れいむがその紙袋から微かに漏れる甘い香りに反応する。 「けーきさんあるの……?れいむに……?」 「ごめんね、悪いけど君の分はない」 「…………れいむたくさんおなかすいてるんだよ?わかる……?ずっとたべてないの、れいむ」 「今日はこの子。僕のおちびちゃんの誕生日なんだよ。だからお祝いにケーキを買ったのさ」 「たんじょうび……?」 れいむの知らない言葉だ。“たんじょうび”とはなんだろう。 それがあるとケーキを食べられるのだろうか。 甘い香りに期待した体内餡が、早くもケーキを受け入れる準備をする。 「れいむのたんじょうびさんはどこにあるの……?れいむももってる……?」 「んー、誕生日っていうのは生まれた日の事だよ」 「うまれたひ……!!じゃ、じゃあれいむのたんじょうびはいつなのっ!?いつけーきさんもらえるの!?」 目に小さな光を取り戻したれいむが尋ねる。 饅殺男は肩をすくめ、そっと屈みれいむに顔を近づける。 「それを知らないって事はさ、誰も祝ってくれる人がいないって事だよれいむ」 「ゆえ……?」 「自分だけ誕生日を知っててもほとんど意味ないんだよ。 君が生まれてきてくれて嬉しい、そんな気持ちの誰かがいてくれなきゃ。 だって祝ってくれる人がいないと、ケーキだって貰えないだろ?」 「おいわいしてくれるひと……?」 おとーさんとおかーさんは顔も知らない、ショップの店員さんはほとんど顔も覚えていない。 自分を捨てたお兄さんが『生まれてくれてありがとう』なんて言ってくれるはずはないだろう。 ――――他にれいむは誰を知っている? 後思い浮かぶのが生ゴミをくれたまりさはともかく、殺すと脅してきたまりさしかいない時点で、答えは決まっていた。 誰もれいむを、れいむが生まれた事を祝福してくれない。 「ゆ、ゆあああああああああああ!!もう、もうやだああああああああ!!」 「……さて、じゃぁ僕はもう行くね。てーおいで…………よっと。 これからうちに帰って誕生日会の準備するからさ」 「ゆゆっ!?」 あっさりと悲しむれいむを放置する事を宣言し、てーを抱き上げて歩き出す饅殺男。 慌ててれいむが叫んだ。 「まってっ!!まってくださいぃぃぃぃっ!!れいむもつれてってぇぇぇぇっ!!」 「無理だよれいむ、説明しただろう?」 「れいむはんぜいじまじだっ!!たくざんはんぜいしたがらぁぁぁぁっ!!」 「ははっ、じゃぁれいむ――――どうしたら君のお兄さんはれいむを捨てなかったと思う?」 「ゆっ!?え、えっと、そ、っそれは、ゆっと、ゆ、ゆーん、ゆゆゆ……」 なんと答えればいい? この質問にしっかりと答えることが出来れば飼いゆっくりに戻れるかもしれない。 バクンバクンと激しく鼓動する中枢餡。 れいむはお兄さんをゆっくりさせてあげていたと思っていた。 でもそれは勘違いだったのかもしれない。 足りなかった、そうだお兄さんは少ししかゆっくりできなかったんだ。 もっとゆっくりするために必要なのは――――――おちびちゃんだ。 「れ、れいむがおちびちゃんをつくってあげてればよかったんです!!」 皮肉な事に、あの日お兄さんがれいむの結婚相手をちゃんと連れてきてくれていれば、すぐにでもおちびちゃんを作ったというのに。 やはり全面的にお兄さんが悪かったのだが、ここでそれを言えば折角のチャンスをふいにしてしまう事は理解できる。 「…………残念、不正解だよれいむ」 「――――ゆっ!?なんでぇぇぇぇぇぇっ!?どうしてなのぉぉぉっ!? あああああまってぇぇぇっ!!いかないでぇぇぇっ!!」 「れいむ、あんまり騒ぐとそこにいる――――」 「せ、せめてごはんさんだけでもくださいぃぃっ!!にんげんさんのごはんさんがいいんですっ!! た、たいやきさんっ!!しっぽだけでもいいですからぁぁぁっ!!たべたいんですぅぅぅっ!! もういちどだけぇぇっ!!もういっかいだけだべさせてくださいぃぃっ!!おねがいですぅぅっ!!」 必死だった。 人間なら誰もが持っているご飯さん、しかもこの人間はゲスとはいえおちびを飼っている。 ならばケーキ以外にもたいやきだって持っているはずだ。 この人間に飼ってもらう事は諦めた。違う場所で、今度は優しそうな人間がたくさんいる場所で頼もう。 そのためには体内を新しい餡子で満たさなければならない。 しかしれいむが食べられるものは人間しか持っていないのだ。 れいむは頭部だけを大きく振って懇願する。 「おねがいじまずっ!!れいぶにっ!!くだざいっ!! …………そっちのとってもがわいいおちびちゃんっ!!れいむにもごはんざんをわげてくだざいっ!!」 「ゲスって呼んでたのにねぇ……。悪いけどれいむ僕は――」 「おもいだしたよぉぉぁぉっ!!!いまおもいだしたんだけどれいむきょうがたんじょうびさんだったよぉぉっ!! う、うそじゃないよっ!!れいむのたんじょうびさんなんだよきょうっ!!おいわいしてねぇぇぇっ!!!」 「あははっ!!」 思わず饅殺男だけではなく、虐子も笑い出す。 てーはマフラーの位置が気になるようで両手でひっぱり、二人が笑った事でれいむは希望を見る。 「誕生日か、そっかそっか。じゃぁ食べ物は無理だけど、すっごくいい事を教えてあげるよ」 「ゆっ?い、いいこと……?」 「そう、いい事――――――アッチを見てごらんれいむ。 なんだか強そうなまりさがれいむを睨んでるよ?とっても怒ってるみたいだね」 「え――――?」 恐る恐るれいむが顔だけ動かし饅殺男の指を追う。 そこには弱ったれいむの倍は体重がありそうな、タカのような目でれいむを睨むまりさがいた。 思い出すなんて作業はいらない、あれはれいむを脅したまりさ。 そして恐らく――――れいむを殺そうとしている。 今はれいむの目の前に人間がいるからなのか、近づいてくる様子はない。 ただこの人間が去ったとき、あのまりさは躊躇しないだろう。 「ゆっ、ゆわあああああああああああ!!にげなきゃっ!にげなきゃぁぁぁぁっ!! ゆぇぇぇっ!?あ、あんよさんうごかないぃぃっ!!どうしてっ!!うごいてぇぇぇっ!!」 逃げようと跳ねたつもりでも、動いたのは頭ともみあげだけだった。 動く力が無いのとは違う、あんよがまるで消失したかのような感覚。 れいむは半ばパニック状態になりながら、しーしーで汚れるのもかまわずにもみあげであんよを叩いた。 「うごいてぇぇぇっ!!なんでぇぇっ!!あんよさんどうしちゃったのぉぉぉっ!?」 「誕生日らしいから、サービスでその理由も教えてあげるよ」 「ゆぇぇぇっ?」 今れいむの目の前に突き出されたのは細長くそして黒い棒。 特別先が尖っているというわけでもない。 それが何だというのか。 「カラスって名前なんだけど、それはどうでもいいよね。 これで叩かれたゆっくりは移動できなくなっちゃうんだ。 ゆっくりのお医者さんに貰ったやつだから信用してもらっていいよ」 「…………ゆ?え?えええええええええっ!?なんでぇぇぇっ!!どうしてぇぇぇっ!! ふっざげるなぁぁぁぁっ!!もどせぇぇぇっ!!れいむをもとにもどせぇぇぇぇっ!!」 怒りに任せて身体でこの人間を殴りつけようとするが、言われた通りあんよにまるで命令が届かない。 最後にニッコリ笑うと今度こそれいむから視線を外し、饅殺男は歩き出した。 「ゆひぃいいっ!?までぇぇぇぇぇっ!!いぐないくないくないぐなぁぁぁっ!!」 「ハッピーバースデーれいむ。ゆっくりしていってね」 「ゆっ――――ひぃぃいいいいいいい!!ごっちにぐるなぁぁぁっ!!ちがうよぉぉぉっ!!れいむはちがうよぉぉぉ!! いっっだぁあいぃいいいいいい!!ひっばるなぁぁぁっ!!!いだぁああああああああああ!!!」 やがて響いたれいむの悲鳴は、祝福を受けながら誕生したてーの耳には届かず、やがて路地裏へと吸い込まれていった。 「いだぃぃぃっ、れいむのがみさんぬげちゃうぅぅっ!!いだいぃよぉぉぉっ!!」 もみあげを含む髪の毛に食いつかれながら、ずるずると光の届かぬ世界へ引きづられて行くれいむ。 荒い地面にこすられているはずのあんよから痛みの信号は届かず、それがかえってれいむに不安と逃げられぬ絶望を与える。 「ころざないでぇぇっ……れいむじにたくないよぉぉっ……」 「あんしんするのぜ。かんたんにはしねないっていったのぜ?もしかしてわすれちまったのぜ? ああ、だからあんなにさけんでたのぜ。れいむはおっちょこちょいなのぜー」 「ゆびぃぃぃっ!!やだあぁぁぁっ!!はなじでぇぇぇっ!!」 口調こそ軽いがまりさは笑わない。むしろ歯が食い込む感触は更に強くなり、恐怖を煽る。 「れっれいむはおなががすいてただけなんでずっ!!おなかがへっでしんじゃいそうだからぁぁぁっ!!」 「ゆっはっは、そいつはこうつごうなのぜ。あんしするといいのぜ?たっぷりたべさせてやるのぜ」 「ゆへぇ?ゆぎゃっ!」 まりさが止まった。頭を急に離され地面を枕にしたれいむから悲鳴が上がる。 雑誌や壊れたプラスチックケースや空き瓶などで仕切りと屋根が作られた、まりさのおうちだった。 「おとーしゃんおかえりなしゃい!」 「ま、まりさおかえり!え、えっとそ、そのれいむはもしかして……」 「……ただいまなのぜ。こいつがあたらしい“ちょうみりょう”なのぜ」 「そ、っそう……やっぱりそうなんだよね……」 まりさの妻とおちびらしきゆっくりが、おうちから出てくる。 会話の意味はわからないが、妻の哀れむような視線にれいむの恐怖と不安は失神寸前まで高まる。 具体的に何をされるか告げられないというのは、ゆっくり出来ない想像を無限に広げる。 「な、なんなのぉぉぉっ!?れいむになにするつもりなのぉぉっ!?」 「ゆん?なにってたべさせてやるのぜ。おなかすいてたのぜ?」 「え、ゆ?れ、れいむにごはんさんくれるの……?」 「ああ、たっぷりくうといいのぜ」 そういってまりさがれいむの口元へ運んだのは、もとが何であったのか全く想像できない腐敗した何か。 貫くような臭いがれいむに警告する。 「ゆっ!ま、まってまってまってぇぇぇっ!!れいむはなまごみさんたべれないんだよぉぉぉぉっ!!」 「だからやってるのぜ」 「や、やめ――――んぶぶぶぶぶぅぅぅっ!!んぐっ!!うっばああああああああ!!」 閉じた口ごと押し込むようにねじ込まれた腐食の塊が、れいむの奥へと侵入する。 容赦も慈悲もなく、まりさは次々に押し込んでいく。 れいむの目玉が裏返り、早くも身体が痙攣する。 「ゆっぼぼぼぼおぼぉおおおおおっ!!」 「ん、それでいいのぜ」 ダムの放水のようにれいむが体内餡と押し込まれた異物を吐き出す。 まりさはためらいなくおさげを伸ばし、表面が餡子に包まれた生ゴミを取り出すと家族に投げる。 「くっていいのぜ、おちび」 「ゆっ!おとーさんありがとぅ!」 吐いた生ゴミと餡子をもう一度食べる事で、生ゴミの腐臭と痛味を誤魔化す。 その餡子ごと生ゴミを吐かせる役をれいむにやらせる事がまりさの目的だ。 この調理方法の優れた点は死臭がしない事であり、欠点はいずれ嘔吐役が死ぬ事だ。 「ほら、つぎいくのぜ?」 「やめぇでぇ……しんじゃう……れいむほんとにしんじゃうよぉぉ……!」 「じゃぁはきださなきゃいいのぜ。まりさはくえっていってるだけなのぜ」 「ぞんなぁ……むり――――ゆべべべべべべっ!!んぼぉぉぉぉっ!!!」 まりさはもちろん舌と身体の肥えたゆっくりが、生ゴミほどの刺激物を食べられない事を知っている。 同族へのこれほど残酷な仕打ちである、周囲から咎められることもあるだろう。 しかしリボンの金バッジがれいむが元飼いゆっくりである事を証明している。 飼いゆっくりを嫌う野良は多い、他の野良に迷惑がかかっていない以上、まりさの行為が罰せられる事はないだろう。 「ゆげげぇぇぇぇっ!!あえでべぇぇぇぇぇぇ!!」 生ゴミと自身の血肉を吐き出し、また生ゴミを押し込まれ血肉と一緒に吐き出す。 長持ちさせるために時折吐いた餡子を戻される。 『カラス』によって狂わされたあんよが治っても、れいむには逃亡はもちろん儚い抵抗すら出来ないだろう。 「もうたべだぐないぃぃっ!!もうたべたぐないよぉぉぉぉっ!!」 「なにいってるのぜ、こんなにはいちゃおなかすいてるはずなのぜ。 ごはんさんはぜんぶまりさのおごりなのぜ?」 「いやだぁぁぁっ!もういらないがらぁぁぁぁっ!!ごはんざんいらないぃぃぃっ!!」 吐き気と重苦でぼやける思考は別れ、かすかに残るれいむの意思が確かに悲しんだ。 あれほど大好きで幸せだった食事が、苦しくて痛い。 それは幸せだった甘い食べ物達との思い出まで汚されていくようで、痛涙とは違う涙が混ざった。 思い出そうとするのは、最後の幸せだった食事。 あの時、ご飯の用意を忘れたお兄さんに怒ったれいむ。 信じられない、少し食事の時間が遅れたくらいなんだというのだ。それで痛かったり死んでしまうわけではないというのに。 ――――ああもしかして、それがいけなかったのだろうか。それがお兄さんを怒らせてしまったのだろうか。 あの後もお兄さんはご飯を用意してくれた。れいむはお礼も言わなかった。 当然だと、むしろ特別なあまあまを用意するべきだと内心愚かな怒りすら覚えていた。 世の中には――――こんなにも酷い食事があるというのに。 「ゆぼぇっぇぇぇ……ごめんなざぃ……おにいざんぅ……ごめんなざぃぃっ……」 「きゅうになにいってるのぜ?ほらっ!これできょうはさいごなのぜ!」 「ゆぼごごごごぉぉぉぉっ!!んんんんぼぼぼぼへっ!!」 遅すぎる後悔がれいむの中で膨らんでいく。 届かない謝罪が口から這い出て、生ゴミと共に押し戻されていく。 「ゆべぇ…………あでぇ……」 「おそまつさまなのぜ。じゃあしたのあさごはんさんをたのしみにしてるのぜ!」 今後れいむはもう二度と幸せな食事を味わう事はなく、腐臭と酸味をかみ締めながら徐々に内側から腐っていくのだろう。 完全に腐るのが先か、それとも体内餡を全て吐き出して衰弱死するのが先かはわからない。 ただれいむにとって食事は痛くて苦しくて嘔吐する行為に変わり、 心から食事を望んでいた時の気持ちをどんなに頑張っても思い出すことはついに出来なかった。 「イェー!ハッピバースデー!!てー!」 「誕生日おめでとーてーちゃん!」 「おめでとう、てーちゃん」 「四歳の誕生日おめでとうございます、てーちゃん」 「ありがとー!ふーっ!」 桃の花をかたどったバースデーケーキに立てられた四本のロウソクを、一本一本吹き消していくてー。 見守る四人からの祝いの言葉と笑顔を送られ、それ以上の満面の笑顔を返す。 豪華な料理とケーキを前に散々写真とビデオを取った後、五つに切り分けていく。 「四歳になった感想はいかがですかね?てーさん」 「んー?えっとね!すごい!」 「はっはっは」 「あ、ケーキはご飯食べ終わるまで我慢だよー?」 「うい!」 男性陣にアルコールが入り賑やかさは増して行く。 もともとテンションが高いてーも更にハイになり、騒がしくも幸せな食事は長引く。 プレゼントはもちろん用意してあるが、それよりもこうして一緒に話して、歌う事を最も喜ぶ子だ。 少々のマナー違反も今日はお咎めなし、水を差すのはお酒だけにしよう。 「明日は何処にいこーかー?」 「あしたもおでかけ?やったー!」 「はっは、今日は私達が一緒にいけなかったからなぁ。明日こそは一緒に遊ぼうなーてーちゃん」 「うい!」 ボウリングにスケートさらには遊園地まで。 飼いゆっくりブームは様々な施設をゆっくりに開放し、そして新たな市場を生んだ。 人と暮らすゆっくりは増え続けている。 全ての関係がうまくいくわけもなく、加工所がどんなに努力しても捨てられるゆっくりをなくす事は出来ないだろう。 ただ野良は捨てゆっくりすらも歯車にし、街での生活を回して行く。 人間が直接野良に関わる事が少なくなっても、全ての行動の結果は野良に大きく影響する。 売る人間も飼う人間も殺す人間も、ゆっくりを利用して生きている事には変わらない。 そういう意味では、ゆっくりが人間をゆっくりさせているというのは間違いではない。 「ぐらんぱ!おんぶ!おんぶして!」 「よし!さあ乗りなさいてーちゃん」 「どーん!」 「こらこらっ!ジャンプタックルはやめなさい!」 「うっ!……はっはっは!き、今日は特に元気だねぇ」 「……お父さん腰大丈夫?」 夕飯とデザートを食べ終えるとすぐに、遊べと人を引き込むのは四歳になっても変わらないようだ。 四年という月日は途方もなく長く思えるのに、過ぎてみればあっという間だった。 途中胴付になる大きな変化はあったものの、中身は変わらず甘えん坊で意外と人見知り。 「ふぅ、寝てしまったようだね」 「いつものより一時間早いですね、よっぽどテンション上がってたみたいです」 「楽しんでくれて何よりだが…………プレゼントを渡しそびれてしまったな」 「あー……」 「別に明日渡せばいいんじゃない?ちょっとおでかけの出発が遅れるだろうけど」 虐子父が用意した、てーがすっぽり入ってしまうほど大きくて鮮やかなリボンがついた箱。 正直中身が気になって仕方が無いが、全ては明日のお楽しみだ。 「久しぶりに麻雀でもと思うが、起こしてしまうかな?」 「いや、絶対起きないと思います」 「そ、そうか。ではやろう。……てーちゃんにプレゼントを渡す順番を賭けるというのはどうだい?」 「うわー、あの大きさのプレゼントの後に渡すのだけはちょっと……」 「どうせへたくそなイカサマして、罰符だけでトブんでしょ?」 「…………賭けの対象は決まりという事でいいね?」 「ふふっ」 ジャラジャラとマットの上の牌達が音を立てる。 酔いもあってどこか危ない虐子父の目と手つきを覗けば、白熱した試合は夜中まで続いた。 ――――勝負の結果を語る意味は無いだろう。 翌朝誰よりも早く目を覚ましたてーがプレゼントを見つけ、危うく贈り主はサンタクロースになるところだったのだから。 焦る虐子父の様子に、休日の夕栗家は笑い声が溢れた。 最後までお読みいただきありがとうございました。 帝都あき 過去作については『ふたばゆっくりいじめss保管庫ミラー』 にて作者別のページを作っていただいたのでそちらをご覧ください。
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『てーと猛暑日 午前』 45KB 愛で 虐待 独自設定 続きます 帝都あき ※ご注意を この話だけでは完結しません。『てーと猛暑日 午後』に続きます。 過去のてーシリーズを読んでいただかないと話が意味不明です。 anko4095 てーとまりしゃ anko4099 てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん anko4122 てーありしゅのおかーさん anko4203 4204 てーと野良と長雨 前後編 anko4254 てーと野良と加工所と愛護団体 anko4308 てーとみなしごゆっくり 最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 愛でられるゆっくりはほとんどオリキャラのようになっています。 飼いゆっくりを愛称で呼びます。 鬼意惨に恋人がいます。 これでも注意書きが足らないかもしれません。 「うぅあっつぅ…………」 カーテン越しに照りつける強烈な日差しに起こされ、饅殺男が目を開く。 身体にべっとりと張り付くシャツの不快な感触と、思わず顔が緩む饅殺男のシャツを握り締めながら眠る愛娘の存在。 「9時か……よっと。てー?起きようぜ、朝だぞー」 あまりの暑さに熱中症――――があるかどうかは別として、水分を取らせようと饅殺男がてーを起こす。 「んう…………あ、だでぃ、おはよー!」 前髪をくしくしとのけながら、てーが上半身を起こす てーの頭を撫で、髪の毛を再びくしゃくしゃにする饅殺男。 「おはよー、てー。朝飯にすんぞー」 「うん!だっこ!」 「ういうい」 抱き起こしながらてーの“肌”を触ってチェックする。 プニプニという擬音が聞こえてくるような、指を押し返してくる弾力。 ムニッと軽く横に伸ばす、胴無しのころからこうやって遊んでいた。 「ひゃめろぉーだでぃー」 「はっは、びよーん」 「もー!」 別段、何か問題があるようには思えない。 頬を引っ張っていた手を止める。 もともと丈夫な子だ。 実際、夏バテ気味な饅殺男と違って毎日しっかりとご飯を完食し、日々饅殺男によじ登りしがみつき、有り余る体力を発散させていた。 さらさらと器にコーンフレークを注ぎ、牛乳と大量に買った業務用の練乳を混ぜる。 「はい、こぼすなよー」 「うい!」 しゃがみ込んでコーンフレークが入った器をてーに手渡す。 タプタプと音を立たせながら、テーブルへと運んでいくてー。 頼むから転ばないでくれよと、見守りながら饅殺男も菓子パンの袋から一つ取り出す。 最近ほぼ毎朝食べている“ランチぱっきゅ”は、食べやすく少なめで済ます朝食には丁度良い。 四角いパン生地の中には通常種の中からランダムで一種類の赤ゆがつまっている。 外見からは判断できず、食べてみるまでわからない。 「ん、ぱちゅりーか。うおっ、あっま……」 「きょうびょういんだよね……あむ」 「そうそう、ん?嫌か?」 「んーん!いやじゃないよー。でもね、なんかふしぎなにおいする!」 「あー臭いか……」 饅殺男はあまりそういったものを感じてはいなかった、しいていうなら消毒液のにおいが微かにするくらいか。 自分もテーブルにコーヒーを置き、シャリシャリと咀嚼しているてーの器に、ポチャンと苺を入れてやる。 「こっくん……いちごすき!まみぃもくる?」 「おう、来るぜー。コンビニで待ち合わせだってさ」 「やったー!」 生クリームのしつこさに辟易し、これで悲鳴が聞こえればなんて考えながら残りを口に押し込む。 サッと食べ終えた饅殺男は立ち上がり、てーの着替えを用意するために洋服ケースを取り出す。 さてどれにしようか。 凶悪な太陽光を遮るために帽子は必須だ。 しかし、てーのお飾りをそのままつけさせていくと桃が傷みそうで怖い。 「んー、あ」 「ごちそうさまでした!」 「これでいいか。……あーお口拭けなー」 「うい!」 考えた末に手に取ったのは、ほとんど新品のまましまわれていたブーニーハット。 某ゲームに夢中になっていた際につい購入してしまったものだ。 一度身につけ鏡を見たその瞬間から、二度と着用して外を歩かないことが饅殺男の中で決定された。 やはり鍛えていない人間には似合わないのか。 「ふぅ、てーおいで。着替えるぞー」 「うい!」 帽子以外は虐子から昨日のうちにメールで指示されている。 待ち合わせ時間と場所が末尾にくる事には、少なからず思うところがあるが、毎度の事なので了承の旨だけを返信した。 自分とてーが脱いだ服をそのまま洗濯機に放りなげ、カバンの中身を確認する。 「おでかけー、おでかけー!おそとは~おそとぉー!」 「えーっと、応急パックとアクエリと…………」 今日は言葉にするのも嫌なくらい暑いので、飲み物は多めに持つ。 他に何がいるだろうかと考え、頭の中で必要なものを並べる。 とはいえ何かを忘れたにしても最低限、財布さえあれば何とかなるかとカバンを閉める。 腕時計で時刻を確認し、全メロディーがサビで構成されたオリジナルソングを歌うてーを抱き上げる。 手を繋いで歩かせてもいいのだが、自分の半分以下の身長の子とその体勢をキープし続けるのは辛い。 斜め下に重心を下げ続けながら歩くのは、この天気では避けたい。 玄関にたち覚悟を決めドアを開く。 「うっ…………これは……」 「あはっ!あついー!」 ドアを開けるとむわっとした大気の壁が外出を拒むかのように押し寄せてきた。 思わずキャンセルの連絡を入れようかと本気で考えてしまう饅殺男。 が、なぜか喜んでいるてーを見るとそうもいかない。 ため息をつきながら紙パックのジュースを取り出して、ストローを差し込む。 「てー、とりあえずコンビニまで頑張ろうか・・・」 「はーい!」 「あぐぅ…………へはぁっ、へはぁっ!」 路地の傍らの植え込みの陰。 ドーム状になっているわけでもなく、均等に生えた植木達。 ゆっくりですらおうちとは呼ばない。 何の手も加えられていない草木の隣で、れいむと子供たちは一晩中立ち尽くしていた。 「ぜへぇぇー、あざ……?あざなの……?」 昨晩――――――眠ることは出来なかった。 あまりの暑さに気を失うことはあったが、脳は全く休めていない。 夜になり確かに恐ろしい太陽は沈んだが、それでも蒸すような気温は彼女達を苦しめた。 動くたびに硬くなった体内餡が悲鳴をあげるので、体の向きを変えることにすら痛みを伴う。 それだけでも厳しいのに、風が全くと言っていいほど吹かなかった。 身体にまとわりつく、粘りつくような熱気から一瞬でも解放されることはなかった。 それは自然そのものに文句を言っても全く変わらなかった。 「がぁ、なんでぇぇ、なんでまたたいようざんがいるのぉぉぉ……」 もちろん成体であるれいむすら泣いて許しを請うほどの環境で、子供達が平気なはずはない。 水が飲みたい、暑い、ゆっくりしたい、と泣くおちび達。 れいむが二匹の欲求を叶えることが出来ない以上、それは体内の水分を無駄に消費する以外の意味はない。 我慢しようね!大丈夫だからね!とれいむは声をかけたが、自分ですら我慢できないほどの暑さと渇きを幼い子供達が耐えられるわけが無い。 それを普段のれいむなら理解できるはずだったが、昨日はあまりにも余裕がなかった。 だんだんと小さくなっていく二匹の声を無視し、すこしでも涼しくなるように自由の効かない身体で体勢を入れ替えるのに夢中だった。 「ぐぞぅ!だいようざんはかえっでねっ!ゆっぐりじないでがえれぇぇっ!!」 アスファルトの上でもがき続け、明け方にようやく気絶できたれいむ。 それなのに自己主張する太陽に見つかって照らし出されてしまった。 「げっほっ!ゆっぼぉぇぇぇぇ!」 まるで一年間水分を取らなかったかのような強烈な渇きを訴える身体。 舌が喉にへばりつき、声を出すにも鋭く痛みが走る状態。 また呼吸のたびに熱風が体内に入り込み、熱がこもるのにそれを排出する術がない。 「おでびぃぢっん!お、でびぃ!ぢぃん!」 それでも何とか体温を下げようと、一晩中体外へと伸ばされていた舌は茶色く変色し、発声を妨げていた。 そんな状態でもれいむが必死に大きな声を出している理由が、足元でクシャクシャに丸めて捨てられたチラシのように動かない子供達だ。 本来なら優しくペーろペーろで覚醒を促すところだが、不自由になった舌では難しい。 もっとも既にそんな気遣いの出来る余裕など無く、れいむはもみあげで子供二匹を揺さぶる。 「おぢべでゃん!おでっ!べっぢゃん!」 「ゆっ……あ………ぃ」 「ゆへ、やめ……で……」 「おでびぢゃんっ!」 かすかな、本当にわずかな反応が返ってきたことに喜ぶれいむ。 まだ死んではいなかったらしい。 れいむがなんとか舌を伸ばしてぺーろぺーろする。 「ゆあぁ……やぁ……」 「あぇ、へぁぁぁ……」 舐められているというより、擦られる感触にうめき声をあげる死に掛けの二匹。 お互いにザラザラとした不快感しかないく、か弱い拒絶が小さな口から聞こえてくる。 「お……み、おみじゅ……」 「から……かへっ!かへぇぇっ!!」 「ゆぐっ、ぞうだねっ。おみずざんざがじにいごうねっ……!!」 食事すら喉を通らないこの状況では、何よりも水を手に入れることが最優先だということは分かっている。 なのだが、何処に行けば水が手に入るのかが分からない。 慣れた野良は空き缶に雨水を貯めておくものだが、れいむの両親は教えてくれなかった。 れいむに出来ることと言えば、気温三十五℃を超えた街の中を水を求めてさ迷い歩くことだけだ。 ノロノロと舌を伸ばし、れいみゅ、まりしゃを頭の上に乗せる。 子供達に笑顔も歓声もなく、ただシューシューと浅く薄い呼吸音がまだ生きていることを教える。 「いぐよっ……!きっどすぐおみずざんみつがるがらねっ……!」 「はやぐぅ……もうまりじゃたくざんがまんじだのじぇぇ……」 「ゆぇぇ……でぃみゅ……ゆっぐりぃ……」 生き延びるためには水を手に入れるしかない、れいむが進む。 太陽の下、跳ねる体力など既に尽きたれいむの進みは遅い。 ずーりずーりで移動していることを差し引いても、通常の半分以下のペースだ。 頭上の子供達に気を使っているわけではない、そんな事考えられるわけがない。 とにかく熱いのだ、地面が。 「ゆっがっ、いだぃっ!!」 日陰から少しでもはみ出れば、あんよがそれを激痛をもって伝えてくる。 長時間太陽にあぶられたアスファルトはゆっくりにとって凶器そのものだ。 途端に這うのが怖くなり、いつもよりもさらに慎重な歩みになる。 「おみずざんっ……!はやくでてきてねっ!おみずざんっ!!」 「あっだ?おみじゅしゃんあったじぇ……?」 「れいみゅの……おみじゅ、れいみゅの……」 太陽から逃げるようにして、日陰へ、暗がりへと進んでいるれいむ。 日陰からは出ず、影に合わせて曲がり、壁を沿って直進し―――――― 彼女はグルグルと同じ場所を周っている事に気づいていない。 同じ道を何度も通り過ぎているのだが、下ばかりにキョロキョロと目を散らしていてそれが分からない。 「おねがいおみずざん……でてきて、でてきて」 「あぢゅいのじぇぇ……のどざんがいだいぃ……」 「まりしゃ……がんばっちぇにぇ!まりじゃはいつかむれのおさになるんでじょ……!」 れいむが水を飲んだ数少ない経験は、親から口移しで飲ませてもらった時と、雨上がりに水溜りから直接すすったのがほとんど。 一度だけ捨てられた容器に残っていた飲み残しを手に入れた幸運もあったが、やはりそれも地面に落ちていた。 れいむのゆん生経験上、水とは地面に落ちているものなのである。 「なんでないの……!どうしてないのっ!!おみずざんっ!!これだけざがじだのにぃ!」 「ないのじぇ……?まりしゃのおみずしゃんないのじぇ……?」 「かへぇぇ……こふっ!かふっ!!」 家周りループ四週目に差し掛かると、とうとうれいむのあんよが止まった。 体力の限界まで這い回ったのに一滴の水すら見つけられなかった事に憤慨しているようだが、 そもそもアスファルトをどれだけ凝視しても水は湧き出てこない。 「あづぃ……!あづぃよぉぉ……!もううごげないぃ!」 べったりとその場に崩れ倒れ、れいむが憎い太陽を仰ぐ。 一度止まってしまうと、もう一度あんよを動かすことは不可能のように思えた。 鉛のように重い、熱い、そしてなにより水分が欲しい―――――――― 「ゆ……あ、う……」 「ゆえ、あべぇっ」 ころんと頭上から、二匹が転がり落ちる。 悲鳴も抗議も無かった。倒れた姿勢そのままに、か細いうめきをあげる。 「おみじゅ、まりじゃにくだじゃ……い……おみゅじゅ……」 「けっほかっほっ!…………っけ!へげぇぇ……」 「ゆぐぅ、おでぃびぢゃん………………!」 もう動けない、限界だ。 確実に水があるならともかく、“きっと”とかそういう曖昧な希望であんよは動いてくれない。 一番の理由であった“おちびちゃんのために”はもう使い切った、からっぽだ。 かろうじて塀の日陰となっている道端で、三匹は立ち尽くした。 「おみゅじゅは……?おがーじゃ……おみゅじゅは……?」 待っているだけで、水が沸いてくることは無い。 それは小さな二匹も知っている。 それなのに母親はもう動こうとしない。 「ごめんね、おでぃびちゃん……!もうおがぁざんうごけないよ……」 「しょんなぁ……!おがーしゃんぅ!」 「やぢゃぁぁ!!まりじゃおみじゅのみだいぃぃぃ!!」 れいむは決して楽をしたくて嘘をついているわけではないが、理由はどうあれ動かなければ助からない。 自分達では何も出来ない子供達が泣いて母親にすがる。 必死なその視線から逃げるように顔を背けながら、れいむは石をこすり合わせるような声で言った。 「おでぃびちゃん!もう、にんげんざんにおねがいずるじがないよ……!」 「ゆっ……!にんげんしゃん……」 それは暗に諦めた、と言っているようなものだった。 幼い二匹はまだ世の中の事を知らないが、人間がゆっくりしていない事は知っている。 ただそれは恐怖というより侮蔑の意味が強い。 自分達ですら見つけられないものを、人間なんかが用意できるのか?と。 「おみじゅぐれるの……?にんげ……がほんどに……?」 「まりじゃ、にんげんはきらいなのじぇ……」 「だいじょうぶだよっ!だがらがんばっでおねがいじようねっ!」 そしてもちろんれいむは子供達とは比べものにならないほど正確に理解している。 人間が自分達を助けてくれるはずがないと。 だがもうそれくらいしか考え付かないし、餡子脳も煮立ってきた。 焦点の定まらない両目で、路上を眺めている。 「やさしーにんげんしゃん……きちぇにぇ……」 「…………」 ゆらゆらと歪む視界、れいむには熱さのあまりついに世界が溶かされていくように思えた。 車の音がぐわんぐわん三匹の頭を揺らす、だが歩いている人間の姿は見つからない。 動かない家族とゆっくり確実に進んでいく時間。 「あちゅいよぉ……」 「おみじゅ…………」 なぜここまで人間はゆっくりにとって都合の悪い存在なのか。 れいむは餡子の底から怒りが沸いてくるままに、表情を硬くする。 生ゴミを漁っているときや、拾ってきたダンボールで作ったおうちを手に入れた時。 最も見られたくない瞬間に、必ずといっていいほど人間はやって来る。 なのになぜ、必要な時に来ないのだ。 あれほど!腹が立つほど街中にいるというのに! 「はやぐこいぃ……!くそにんげんがぁ……!」 気づけばれいむは路上を睨んでいた。 考えてみれば自分達がゆっくり出来ないのは全て人間のせいだ。 まりさを殺したのも、おうちから追い出したのも、ごはんさんを独り占めしているのも。 みんなみんな、人間。 れいむの抑えてきた怒りと諦めていた理不尽への不満が、どんどん大きくなる。 皮肉なことにそれは、生きる気力となってれいむを生へ齧りつかせる。 「にんげんしゃん……こないにぇ……」 「……おみじゅしゃんもっちぇくるのじぇ……にんげん……」 「ゆっは、はぁ、はぁ」 それなのに人間が来ない。 見られたくないときは呼んでもいないのに必ず来るくせに、さっきから一人も通らない。 うるさいセミの鳴き声だけがガンガンと頭の中に響く。 人間の足音は聞こえない。 れいむには知る由もないが、この暑さの中それも休日に外を出歩く人間は少ない。 「おみじゅ……にんげんじゃん……おみじゅ」 「ゆっげっほ、えぇぇげぇ」 「うるじゃいのじぇ……ぜみじゃん、うるじゃいのじぇぇぇ……!!」 むせ返るれいむの口から、砂のようにパサパサした餡子が吐き出される。 いよいよ末期症状だ、おちび達はもっと酷い。 妙な表現だが、泣いているのに一滴の涙すら出てこないのだ。 こんなにも辛くて苦しくて痛くてそして何より暑いのに、しーしーも漏らさずに虚ろな目でぶつぶつと恨み言だけを呟いている。 水気の多いはずの赤ゆっくりがこれでは、もう長くない。 「ひゅー………」 「ぜぜぇー、ぜぜぜぇぇ」 何かが詰まっている管を無理に通っているような呼吸音は、子供たちの命が夜には尽きることをれいむに教える。 それでもれいむは何もしない、何も出来ない。 唾液すら干上がった身体では母親を演じるには力不足で、観客はいないのに舞台は熱気だけが立ち込めていた。 「はやぐ、ごい、にんげ!ん!はやぐっ……!」 「おみじゅ……まりじゃのごーくごーく……」 「ゆっぐち……ゆっくち……」 「うわーマジ有り得ねぇ……」 「だでぃべちゃべちゃー!あはは!」 家を出て五分ほど歩いたところで、饅殺男のシャツは汗を吸って大部分が変色していた。 それを面白がってペチペチと叩くてーをたしなめる気力も無い。 というより体温の低いてーがいなければとっくに倒れている、割と本気で。 今日家を出たことはやはり失敗だった。 「ふぅ……あーっと、こっちだな」 「きょうはきのみち?」 「そうそう木の道」 大通りをはずれ、わき道に入っていく。 民家に沿って生えている街路樹が適度な木陰を提供してくれる。 多少遠回りだが少しでも快適な――実際はそこまで変わらないだろうが――道を選ぶ。 ぬるくなった紙パックの中身をすする。 「まずぅ……」 「んー?」 首から下げた迷子札で光を反射させながら、不思議そうな顔でてーが饅殺男を見る。 何でもないよと、頭を撫でたところで――――――カクンと片足を引っ張られた。 「おっと、何だ?」 「どうしたのだでぃ?」 立ち止まり自身の足元に視線を落とすと、一目で野良と分かるれいむが饅殺男のジーンズに必死に喰らいついていた。 引きずられてもなおデニム生地に歯が欠ける事もいとわずに噛み付いている姿は、それなりの迫力がある。 それに気づいた饅殺男の目に鈍く暗い光が宿る、ダレていた顔に笑みが浮かぶ。 「っ!っ!ぃぐっ!」 「あー、うん。てー?ちょっと待ってね」 「うい!」 ぽんぽんと背中を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めるてー。 この間テレビで見たラグドールとかいう猫みたいだなと思い出しながら、てーの帽子を深く下げる。 そしてなめくじのように引き倒された体勢のまま、かすれた声で何かを訴えているれいむ。 「まっ……くだざ……い、まっで……」 「何かな?大丈夫、ちゃんと待つよ」 「おねがいが、おねがいがあるんでず…………」 発声のたびに顔を歪めながら頭を上げ下げするれいむ。 察するに人間との力関係は分かっているようだ。 もっともわかっていない固体は、野良になりきる前にほとんど死んでしまうが。 そしてれいむの後ろには子供であろうれいみゅとまりしゃがいた。 「うわ、生きてるの?」 既に十分太陽に苦しめられたのだろう。 所々薄い線のような溝が出来た皮が、二匹の体内の水分が生命を維持できる量に達していないと叫んでいる。 「にんげん……おねが、でずっ!でいぶのはなじを……!」 「うん、だから聞くって」 と、饅殺男は返すが聞かなくたってわかる。水が欲しい、これだろう。 ゆっくりにとって水分とは、天敵でありそして餡子の次に欠かせないものである。 体内餡がスムーズに循環するためには、ある程度柔らかくなければならない。 そのために体内の水分が少なくなってくると動きが鈍る。 跳躍、おさげ及びもみあげの操作、さらには排泄器官すら機能しなくなる。 皮も硬くなり、ひどい時には表面がひび割れてしまう。 ――――よく誤解されがちだが、餡子自体は水に強い。相当量の水分を蓄えることが出来る。 ただ皮が弱い、致命的なほどに。みかんの皮ほどの強度を持つそれが、少量の水でトイレットペーパーのように溶けていく。 「ははっ」 「おねが、じまず……おねがいじまずぅ……!」 全く難儀な生き物だ、と苦笑する。 そのゆっくりの中にも胴付とはいえ、風呂にだって入れる子もいるというのに。 発見され続ける新種、つまり希少種はゆっくりの進化だという講義を思い出す。 人間との共存に生存の可能性を見たゆっくりが、ペットとしての生き方を受け入れ安い種を生み出し、それが新種として――――なんて内容だった。 推論が正しいと仮定するなら、人間の差別をゆっくりが受け入れたようにも考えられる。 「おねがいでず……ぞれを!ぞれをぐだざいっ!!」 「ん?コレ?」 れいむがもみ上げで指したのは、饅殺男が持っていた中身がほとんど入っていない紙パックだった。 最近てーに引っ張られて甘党の一員になったので、コーヒーではなくりんごジュースが入っている。 「ぞのなかのおみずさんをくだざいっ!おねがいでずっ!おでがいでずぅっ!」 そのまま一回転してしまいそうな勢いで、額を地面に打ち付けるれいむ。 良く見ると身体は小刻みに震え、怯えているのが分かる。 思ったとおり、人間に関わる事のリスクを承知の上での行動らしい。 「へぇ、コレが飲み物の容器だって知ってるみたいだね」 「はいぃぃ!だがらぞれをくだざいっ!!もうおちびちゃんだぢはぴょんぴょんもできないんでずっ!」 「そりゃぁねぇ……」 さっきからまるで動かない二匹は、生きているのかすらわからない。 跳ねるどころか、這う事だって出来るかどうか怪しいところだ。 「それにしてもよく話しかけてきたね。人間が怖いって知ってるんでしょ?」 「ゆっ、でもにんげんざんは、ゆっくりのおちびちゃんといっしょだから……」 飼いゆっくりを連れた人間はそうでない人よりも野良に絡まれやすい。 浅い野良達は、自分達にも理解を示してくれるとか、無条件にゆっくりに優しい人間だろうと思うらしい。 最もそういった固体は、数ヶ月と生きれまい。 「ふぅん、でも飼いゆっくりに話しかけちゃいけないってのも野良のルールじゃないの? しかも子供を二匹も連れてるのに、結構危ないことするんだね」 するとれいむは一瞬だけ躊躇した後、目を見開いて叫んだ。 「だって……だってっ!もうこのままじゃれいむだちしんじゃうんだよっ!! れいむだって!にんげんざんがっ!やさしくないっでしっでるよっ!!だぐざんじっでるよぉぉぉぉっ!!!!!」 「ふむふむ」 れいむの涙声にキョトンとしているてーの頬をむにむにと触りながら相槌をうつ。 「どうせしんじゃうなら!いっかいくらいにんげんざんにおねがいじだっていいでしょぉぉぉっ!? おこったならもうずっとゆっぐりざせてよぉぉぉっ!! いまなられいむだちうごけないがらっ……!ゆげっ!がっほっげっほっ!!」 血を吐くようなれいむの訴えは、幸か不幸か饅殺男の興味を引くことに成功した。 ニッコリと饅殺男が笑う。てーを抱えていなければ拍手をしていたかもしれない。 「なるほどね。確かにどうせ死ぬなら一か八か賭けてみるのも悪くないよね」 れいむの言うとおり、この家族は日向で三十分以内、日陰で数時間で全滅だろう。 「だから……おねがいです……それを……」 「いいよ」 「ゆえっ!?」 ガバッと顔を上げ、饅殺男を凝視するれいむ。 その反応から実際ほとんど諦めていたことが伺える。 「ほんどに……?ほんどにもらえるんですか……?」 「コレでしょ?あげるあげる」 「ゆ、ゆわぁぁっ!!!」 饅殺男が紙パックをれいむの目の前で揺らす。 「ち、ちょっどっ!ちょっどだけまっでくださいっ!いまっ!すぐおちびぢゃんだちつれできまずっ!!」 「おっけー」 「ほんどにすぐですっ!すぐにきますからそごにいてくだざいっ!!ちょっとですからっ!」 「大丈夫、待ってるから行っておいで」 消耗しすぎて跳ねる事が出来ないれいむが、それでも一生懸命に這って行く。 たった数メートルの移動すらおぼつかない。 「おちびちゃんたちっ!にんげんざんがおみずくれるってっ!!ゆっくりでぎるよっ!!」 「ほんちょ?ほんちょに……?」 「おみじゅ!まりしゃの……!」 そっと自分の頭に子供達を乗せ、またずーりずーりと時間を掛けて饅殺男のほうへ戻る。 日向のコンクリートに出るたびにうぎっと悲鳴を漏らすが、それでも何とか足元へたどり着いた。 「おまたせしました……おみずさんをください……!」 「おにいしゃん、ありがとうごじゃいましゅ……」 「ごじゃいましゅなのじぇ、おみじゅくだしゃいなのじぇ……!」 一応お礼を口にするちび二匹だが、まりしゃは今にでも催促しそうな雰囲気だ。 「はいはい、じゃぁコレ。少ないから大事にね。ここに口をつけて、傾けるんだよ?」 「はいっ!ああ……ありがとうございますぅ!!」 れいむの両のもみあげに、飲みやすいように口を大きく開けた紙パックを渡してやる饅殺男。 「余計な世話かもしれないけどさ、先にれいむが飲んだほうがいいと思うよ? 君が死んじゃったら子供たちだけじゃ生きていけないんだし」 「ありがとうございます!でもれいむはさいごでもがまんできまずっ! それにおちびぢゃんがかわいぞうだからっ、さきにのませてあげたいんでずっ!」 「そう?ならまぁ、頑張って」 れいむが警告の意味を全く理解していないことを確認し、薄く笑いながら饅殺男が少しだけ離れる。 「てー、ちょっと休憩な」 「はーい!…………じょりじょり」 手持ち無沙汰から剃り残しのある饅殺男のアゴを触っていたてーを膝に乗せ、日陰に座り込む。 れいむ達の正面なので、会話も良く聞こえる。 「はやきゅっ!はやくほしいのじぇぇぇっ!はやきゅぅぅ!」 「ゆっと……」 「れいみゅはちょっとがまんしゅるよ……いもーちょがさきにごーくごーくしちぇいいよ……」 「おねーしゃんありがちょうなのじぇぇぇぇっ!!!」 「さすがおねーちゃんだねっ!」 舌を出しながらハッハッハと犬のように鳴らすまりしゃ。 水が手に入ったという希望で、多少動けるようになったらしい。 ゆっくりのそういった思い込みの力だけは唯一尊敬できる、かは微妙なところだ。 それにしてもこの一家は比較的善良なようだ、賢いかどうかは別だが。 「おかーしゃぁぁん!ちょーじゃぃ!ちょぉぉじゃぃ!」 「ゆゆっ!そうだねっ!じゃぁここからおみずさんがでるからねっ!ぜったいこぼしちゃだめだよっ!!」 「はやきゅっ!はやきゅぅぅぅ!!」 れいむが紙パックを傾けまりしゃの口に押し当てる。 まりしゃが大きく口を開けてくわえ込んだのを確認し、中身をゆっくり流し込んでいく。 文字通り死ぬほど渇望していた水分がまりしゃ体内に入ってくる。 「ごーきゅ、ごーきゅ!もっちょ、ごきゅごーきゅ!」 「よかった……ほんとによかったよぉ……」 スポンジのようにジュースを吸収していくまりしゃを見て、安心感から目の端に涙を浮かべるれいむ。 そしてそれを見ながら顔をほころばす饅殺男。 もちろんいい事をした、なんて愛護団体のようなことを考えているわけではない。 距離が近いので、ゆっくり達に聞こえないようボソッと呟く。 「ははっ、親が先に飲めっていったのになぁ」 「んー……?ふぁ……だでぃ……?」 「何でもないよ、寝ちゃっていいんだよ?てー」 「ねないもん……」 あくびしながら眠る体勢に入ったてーの背中を撫でてやる。 この暑さをもろともせずに、マイペースなのが頼もしい。 するとれいむが、こちらをチラチラと見ながら半笑いを浮かべる。 饅殺男にとって見慣れた表情だ、野良にとって威嚇よりも作りなれた顔。 そうこれは――――――媚びている。 「に、にんげんさんありがとうね!れ、れいむおにいさんみたいにやさしいひとはじめてだよ!」 「そんなことないさ」 「だ、だからよかったらこのあとれいむたちをかいゆっくりに!……その、し、してくれたり!!」 まりしゃに与えているジュースをそのままに、器用に饅殺男の方を向いてあわよくば今後の安全を手に入れようとする。 だから気づかない。 半分も入っていなかった中身のジュースがどんどんまりしゃの中へ消えていっている事に。 そして勿論、饅殺男は気づいている。 「んー、残念だけど僕にはこの子がいるからねぇ」 「だ、だったられいむがそのおちびちゃんのおかーさんになってあげるよっ!! れいむはその、えっと、こ!こそだてがとくいなんだよっ!だから……!!!」 「はっはっは」 今の今まで子供たちを瀕死にさせていたというのに、子育てが得意とはよく口に出来たものだ。 れいむが今度は目を閉じているてーに気づく。 「ゆゆ!おちびちゃんがねむそーだねっ!れいむにはすぐわかるんだよ! よ、ようし!れいむがこもりうたをうたってあげるよ!にんげんさんもきいていてね!」 「いや、いいよ。喉痛いんだろ?無理しないで」 「だ、だいじょうぶだよっ!きっどにんげんざんも、そのえっとか、かわいいおちびちゃんもゆっぐりできるよ!」 そしてれいむが口を開き、不快な声が饅殺男の耳を刺激する。れいむは歌のつもりらしい。 今が夜ならなかなかにホラーな雰囲気を作り出し、涼しくなるかもしれないが今はただ不愉快なだけだ。 そして母親の交渉などは全く気にせず、生まれて初めての甘味に夢中になっているまりしゃ。 悪意は無いにしろ家族を気遣って自重することなど、赤ゆっくりに出来るはずが無い。 「ごーきゅっ!ごーきゅっ!ごーく……?ゆ?ゆゆ?ありぇ……? ゆ……?あっ……!…………も、もういいのじぇ!おかーしゃん! あ、あとはおねーしゃんとおかーしゃんにあげるのじぇ!」 「れいみゅも……はやきゅおみゅじゅしゃんほちぃよ……」 外から見れば明らかなまりしゃの動揺も、家族からは分からない。 恐らく中身が空になっているであろう紙パックをチラチラと見ながら、不安げに目を泳がせている。 どうやら少しは罪悪感があるらしい。いや、感じているのは責められることへの恐怖か。 「ゆっ!そうだね! に、にんげんさんがれいむたちをかいゆっくりにしてくれるっていうから、 ついむちゅうになっちゃったよ!ほら、おねーちゃんのばんだねっ!」 「うん……れいみゅもごーきゅごきゅ、やっちょできりゅんだにぇ……」 「ゆ……!あっと……ゆっとぉ……」 まりしゃは面白いくらい挙動不審で、身体をそむけながらも母と姉に視線は釘付けだ。 おさげが心境を代弁するかのようにくるくると動いている。 言い訳でも考えているのだろうか。 そして――――――れいみゅが気づいた。 「ゆ……?え……?にゃ、にゃんでぇ?どうしちぇ……?」 「ひっ!?」 「どうしたの?おちびちゃん?」 「おみじゅしゃんが……でてこないよ……、でてこにゃいよぉぉおおおおおおおお!!」 「――――え?」 「まっ、まりしゃじゃないよっ!!!」 母が状況を把握するのと同時にまりしゃが叫ぶが、それは最早自首だった。 饅殺男がブフッっと吹き出して笑う。 そしてようやく、渇きを未だに癒すことの出来ない母子は、紙パックを空にした犯人に気づいた。 「いもーちょが……ぜんぶ……のんじゃったの?れいみゅのぶんも……?」 「ち、ちがうのじぇっ!おみじゅさんがかってにいなくなっちゃったのじぇ! ま、まりしゃのせいじゃないのじぇぇぇぇっ!!」 「そんな……おみずさんがっ!!いもーとちゃん!どうしてえぇぇぇぇ!!」 「まりしゃわるくないのじぇぇぇぇぇっ!!ゆじぇぇええええええええ!!!」 補給したばかりの水分をさっそくしーしーとして活用し、まりしゃが身の潔白を訴える。 しかし母親はそんなまりしゃに構う余裕は無い。 水が、無くなったのだ。 「ない……の……?れいみゅのおみじゅしゃん……ない……の……そんにゃ……」 「おちびちゃんっ!?ああっ!ごろんしちゃだめだよぉっ!!おめめあけてぇぇっ!!」 コテンとれいみゅは真横に転がり、そして動かなくなった。 喉奥に砂利が常に張り付いているような痛み、発声すらままならない枯れた身体。 それをやっと癒せると気力で動かしていた体内餡は、“水が無い”その事実の前に打ち倒された。 精神が死んでしまっては体内餡は操れない。 かろじて命はあるようだが、もう起き上がることはないだろう。 「おねーしゃ――――」 「いもーとぢゃんっ!!どうじでっ!!なんでのんじゃったのっ!!ぜんぶっ!!」 「ゆ、ゆぇぇぇっ!?だ、だってまりしゃっ!!」 「あーあ、だかられいむが先に飲んだほうがいいって言ったのに」 いつの間にか近づいていた饅殺男が空になった紙パックを回収する。 「にんげん……さん」 「ま、まっちぇにぇ!まじゃおねーしゃんとおかーしゃんがごーくごーくしてないのじぇっ!!」 責任を逃れようと必死なまりしゃ。 そんなまりしゃに饅殺男はくすりと笑い、紙パックの両側を完全に開いて広げ、中身が空になっていることを確認させる。 「ひどいなぁ、まりしゃ。本当に一滴も残っていないじゃないか。独り占めはゆっくり出来ないんだよ?」 「ゆゆぅ!?ちがうのじぇぇっ!!ちがうのじぇぇぇっ!!」 「…………おちびちゃん」 水分と同時に糖分まで補給して回復した体をブンブンと振り回し、まりさが否定するが母親のフォローは無い。 まりしゃに対する怒りはあるのだが、幼いわが子が怯えていることも分かり、どうにも自分の感情をもてあましているれいむ。 「おみじゅしゃんがちょっとしかないのがいけないのじぇっ!!そうだじぇ!すぐになくなっちゃうのがわるいのじぇっ!! もっちょ、もっちょたくさんあればよかったのじぇぇぇぇっ!!」 「違うよまりしゃ。だって君はそもそもお姉ちゃんやお母さんの分を残す、分けてあげるとか考えてなかったろ?」 「ゆ、ゆじぇ、わけゆ……」 まりしゃだって独り占めするつもりはなかったが、ともかく自分の渇きを満たす事で餡子で構成された脳はいっぱいだった。 満足したらもちろん家族に譲っていただろう、その前に中身が無くなってしまった。 まりしゃにとっては完全に予想外の事で、だから自分には非が無いと本気で思っている。 「こんなふうにさ、てー?ちょっと貰うよー?」 「ん……、うん……いいよー……」 正確に聞こえていたのかどうか、半分寝ていたてーが目を擦りながら答える。 肩からかけられている小さな水筒のキャップを外してストローに口をつける。 足元のゆっくりたちにも聞こえるように、わざと音を立ててすする。 「ゆゆっ!?まだあったのじぇ?まりしゃにもちょーだいっ!!ちょーだいのじぇ!!」 「わけっこ……」 「そうそう、分けっこさ。 まりしゃがそうするか、それともれいむが交互に与えていればソコのお姉ちゃんは助かったのにね」 てーの持つ水筒が飲み物を入れる容器だと気づいたまりしゃが、目を輝かせて自身の分を要求してくる。 『家族に譲ってくれ』ではない所に見るに、反省はしていないようだ。 「だって、いもーとちゃんはおちびちゃんだから」 「あはは、僕の子もおちびちゃんだよ?」 てーの体重を上半身で支えながら饅殺男が笑う。 この暑さの中さらに汗でベトベトの饅殺男の腕の中、良く眠れるものだと思うが。 暑さ寒さに強いのはさすがてんこ種といったところだ。 「だってにんげんさんのおちびちゃんなんでしょっ!!かいゆっくりなんでじょっ!! だからぁ!わけっこできるんだよっ!!ゆっくりしながらっ!!」 「逆だね。言うことをちゃんと聞けて、わけっこも出来るから飼いゆっくりに成れるのさ」 「ゆぐぅ……!かほっ!げほっ!」 興奮して必要以上に力を入れて叫んだせいで、れいむが咳き込む。 かすっかすっ、と擦り切れた空気がれいむの口から飛び出す。 「まぁ、おちびちゃんは自制出来ないって話なら、やっぱりそんな子に最初に飲ませちゃだめだよね?」 「ゆぐっ!だってそれはっ!!おちびちゃんのためにぃ!」 「おちびちゃんのために?ああ、妹だけ助かればいいって考えなの?ならまぁ分からないでもないね」 「ちがっ!ゆぐぐっ!!」 歯を食いしばりながらうつむくれいむ、その顔は悔しさ一色に染まっていた。 そして顔を上げ、浮かべた悔しさをそのまま怒鳴り声に乗せて叩きつける。 「ちがうよぉぉぉっ!!れいむばっ!さぎにおちびぢゃんにのまぜであげたかったんだよっ!! だっでずっどごーくごーくじだいっていってたんだもんっ!!ずっとだよっ!? だからさいしょはおちびちゃんにあげたかったんだよぉぉぉぉぉっ!!!」 ゆぐんゆぐんと涙声でさけんでいるのに、寒天の目は決して滲まない。 それは長期間水が手に入らなかった事の何よりの証明になるが、残念ながら目の前の人間は野良に同情することは決してない。 「水が全く手にはらなかったのかー」 「ぞうだよっ!!だかられいむはおちびちゃんをゆうせんしたんだよっ!! ねぇ!?れいむはまちがってるのっ!?にんげんざんだっておちびちゃんがいるくせにっ!! れいむのきもちがわからないのっ!?ねぇっ!!!」 「んーそもそもさ」 片手はてーのおしりを支えたまま、指だけを交差させて起用にバツ印を作る。 「普通は水のアテが無いなら子供を作ったりしないんだよ」 「ゆえ……?」 「いやだってそうだろ? 最低でも食べ物、おうち、そして水、これくらいは確保しなきゃ。 赤ゆっくりなんてすぐ死んじゃうんだから」 「ぐ……が……!」 衣食住の安定、憲法25条1項が保障する健康的で文化的な――――全ては人間の決めた最低限。 それは野良がいつかは手に入れたいと願う生涯の夢であり、そして野良である以上叶うことのない幻である。 「そんなのっ!そんなのむりだってしっでるぐぜにぃいいいいい!!! れいむがどんなにがんばっでもだめだってしってるくせにぃいいいいいい!!」 「もちろん知ってるさ」 「じゃぁどうしてぞんなごというのぉおおおおおおっっ!?」 れいむは胸の中の激情を饅殺男に放った。 それは今まで我慢に我慢を重ねた理不尽への怒りが混ざったもので、一度発火すれば抑える事は到底不可能だった。 「別に用意できないことを責めてるんじゃないんだよ?れいむの努力だけじゃどうしようもないからね。 僕が言ってるのは用意できないのに、どうして子供作っちゃったの?ってこと。 子供産んだのはれいむの意思だよね?仕方なくとかじゃないよね?水は手に入らないのに。 おちびちゃん、喉が渇いたっていってたくさん泣いたんでしょ?」 「だからぁああああああ!!れいむはたくさんがんばってぇぇぇぇぇっ!!!」 「だから頑張っても手に入らないの知ってたんでしょ?ホント、どうする気だったの? おちびちゃんに水なんて与えなくてもいい、とか思ってたの?」 「ちがうよぉおおおおおおおおおお!!」 「じゃあ……どうしてかな?」 あくまで優しく、穏やかな微笑みを浮かべながられいむに答えるよう促す饅殺男。 ゆっくりに自分の話を真剣に聞かせようとするなら、表情はとても重要だ。 「ゆゆっ!ゆががっ」 「こんな風にさ、水が飲めなくておちびちゃんが死んじゃうのは分かってたって事でしょ?」 「ゆあぐぅ、だってっ!だっでぇっ!!」 野良は辛い、野良は苦しい、野良は――――ゆっくり出来ない。 生ける者はゆっくりを迫害するか数に入れず、自然の力は雨で溶かし、風で凍らせ、陽で焼く。 「それでも……れいむはっ!おちびちゃんどゆっぐりしたかったんだよぉぉっ!!」 「それでおちびちゃんはゆっくり出来たのかな?」 「ぐぅ、うるざいっ!!ほかのみんなだってそうやっでがんばってるんだよっ!!!れいむだけじゃなくで!みんな!」 「頑張っても無駄って知っているのに?」 「ゆがぁ、うぐ…………」 れいむは顔を下げ、『だって……』とか『野良は……』などと呟いている。 「まだ納得できないみたいだね。 じゃあさ、れいむが野良なのに産んだりしなければ、まりしゃは飼いゆっくりになれたかもしれない、って知ってたかな?」 「は……?え……?」 「ゆゆぅ!?まりしゃかいゆっくしになれるのじぇ!?」 母親であるれいむよりもさらに大きな反応を返したのはまりしゃ。 キラキラ目を光らせながら饅殺男のほうへ擦り寄っていく。 「どういうこと……?どうしてそんなひどいこというの……?」 「にんげんしゃん!かいゆっくしってゆっくりできるのじぇ!?」 「いや、だってそうでしょ?れいむだけじゃなくてさ。 野良がみんな子供作らなきゃさ、飼いゆっくりしか子供産まなくなるじゃないか。 だから産まれて来るおちびちゃんは、みんな飼いゆっくり。分かるよね?」 まりしゃには答えず、れいむに向かって優しく、まるでてーの子守唄を歌っているような口調で言う饅殺男。 それなのに、その言葉はれいむの心を削っていく。 「どういうこ、と?のらは、れいむたちはおちびちゃびちゃんだめだっていうの……?」 「ダメって言ってるわけじゃなくてさ。 よく君達野良は“おちびちゃんを飼いゆっくりにしてください!”なんて言ってるのにさ。 自分達で“野良のおちびちゃん”を増やしてるでしょ?君も含めて。何がしたいのかな?って思ってさ」 「それは……それ、は……」 野良のおちびちゃんを増やしている。 出産という神聖な行為を、そんなふうに考えたことなんて一度もなかった。 ゆっくりが新たなゆっくりという最高の生命を生む尊い、それこそ人間にだって不可能な奇跡。 それを、そんな、まるで悪行のように言われるなんて。 「ゆ、あ……が……あぐぅ」 言い返したいが確かに人間の言う通りで、れいむのおちびちゃんが野良として生きてきたのは事実だ。 まりさが生きているうちはまだ良かった。 夫が死んでしまってからは、食事すら満足に取れず、おちびちゃんの笑顔も激減した。 そしてとうとう、水が手にはいらないばかりにおちびちゃんが死んでしまった。 それもこれも、れいむが産んでしまったせいなの? 「れいむが、いけ、いけないの?れいむが、うんだから……おちびちゃんはゆっくりできなかったの……?」 「だからさっきから説明しているだろ? 野良が産んだら野良としておちびちゃんが産まれる、当たり前だよね? 自分で子供を野良にしたくせに“どうして飼いゆっくりにしてくれないの?”とか、虫がよすぎるんじゃないかな?」 「ぞんなぁ……ぞんなぁぁぁ!!」 「ゆじぇぇ?ゆぅぅ?」 野良にとって唯一にして最大の希望としあわせーであるおちびちゃん。 それを育てるどころか、産む事自体がおちびちゃんにとってゆっくり出来ない事だったなんて。 これほど残酷な話はないだろう、だってそれなられいむは、野良は何のために生きてきたというのか。 しかも―――――― 「かいゆっくりはおちびちゃんつくってもいいの……?かいゆっくりだけ?れいむたちはだめなのに…………?」 「飼いゆっくりが産んだ子は、飼いゆっくりが育てるから飼いゆっくり。当たり前だよね。 だから君の言う通りゆっくりさせてあげたいなら、飼いゆっくり以外は子供産んじゃいけないね。 勿論、おちびちゃんが苦しもうが死のうが関係ない、っていうなら好きに産めばいいさ」 「ゆがああああああ!!どうしてかいゆっくりだけぇぇぇっ!!」 野良から見たら全てを持っている飼いゆっくり。 そんな彼等のしあわせーに唯一勝っていると思えるのが、おちびちゃんだった。 理由は知らないが、彼等は一匹でいることのほうが多い。 その分人間からチヤホヤされているのも知っているが、飼いゆっくりの前でおちびちゃんの世話する時、なんとも言えない優越感を得ることが出来た。 「だってしょうがないだろ?君達じゃゆっくりさせれないんだから」 「ゆがぁあああああ!!うるざぃいいいいい!!おちびちゃんはゆっぐりできるんだぁぁぁっ!!」 「君達はそうかもね。ただ、おちびちゃんはゆっくり出来ない」 「くっ、が、ああああああああああ!!」」 それだけは認めたくない。 そんな話なんて聞きたくなかった。 饅殺男の声を遮断するために大声でわめくれいむ。 そんなれいむを黙らせたのは、まさに渦中のおちびちゃんだった。 「ゆじぇ!ゆじぇぇ!けっきょくまりしゃはかいゆっくちになれるのじぇ!? かわいしょーなまりしゃはかいゆっくちになりたいのじぇ!あにょね! そしたらにぇ!あまあまをたっくさんたべちぇ――――――――――」 「なれないよ」 簡素だが明確な饅殺男の否定は、まりしゃの笑顔と語る夢を砕いた。 「ゆ……じぇ……まりしゃ……」 「君のお母さんのせいでね」 「ゆ…………?じぇ?ど、どうしちぇええええええええええ!?」 「な、なにを!」 慌ててれいむが否定しようとするが、まりしゃがキッっと睨みつける。 その視線があまりにも鋭く、そして何より悲しくてれいむは口をつぐむ。 「今れいむに説明したばっかなんだけどさ。 まりしゃだってわかるだろ?こんなお水すらくれないお母さんじゃなくてさ。 あまあまも、広いお家も、何でも持ってるお母さんとお父さんのおちびちゃんに生まれたら。 どう?とっても“しあわせー!”だよね?」 「ゆゆ!?……ほんとうなのじぇぇぇぇ!!しゅごいのじぇ! あまあまたべほうだいで、まいにちがえぶりでいさんなのじぇぇぇぇっ!!」 短いおさげをくるくる回し、まりしゃが自身の想像した幸せな世界をはしゃぎまわる。 そこに、引き込んだ悪魔が囁く。 「でも君は、このれいむから産まれちゃった」 「ゆ、じぇ……?」 「れいむが産まなきゃ飼いゆっくりだったかもしれない。 れいむの子供に産まれなきゃもっとゆっくり出来たはずだったのに」 「やめて……にんげんさん、もうやめて……」 「れいむさえ邪魔しなきゃ飼いゆっくり、それは無理でももしかしたらここらの群れの長の子供だったかもしれない」 「むれの……おしゃ……?まりしゃ、おしゃになれたのじぇ……? おかーしゃんがうまにゃかったら?あ、あまあまもたくさんもらえたのじぇ……?」 「そうだよ。まったく、ヒドイお母さんだよね」 「ゆぅううううううううう!!ひどいのじぇえええええええ!!」 理解が追いついたまりしゃが、小さな体を精一杯広げて怒った。 その声は母親の体内餡を震わせる。 「どうしておかーしゃんがまりしゃをうんだのじぇぇぇっ!! まりしゃはおしゃになれたのにぃいいいいい!!」 「おちび……ちゃん」 これは辛い、これは耐えれない。 人間からの辛辣な言葉も暴力も、街の暑さもこの痛みと比べればたいしたこと無いとハッキリ言える。 少なくともれいむ自身は何よりも大事にしていたおちびちゃん、そんな子から“なぜお前が母親なんだ” れいむは生きていくために必要な力が、スッっと体内から消えていくのを自覚した。 「ははっ、あんまりれいむを責めたら可哀想だよ? たくさん頑張って、君をゆっくりさせてあげようとしたみたいだしね」 「じぇんじぇんゆっくちできなかったのじぇぇえぇっ!! ごはんしゃんはおいしくにゃいしっ!ごーきゅごーきゅもできなかったのじぇぇっ!!」 「ごめん……なさい……おちびちゃん……ごめんなざぃ」 「そうだよっ!もっちょまりしゃにふさわしいきれいなおかーしゃんからうまれるはずだったのじぇぇぇっ!! おまえなんかじゃなくてぇぇぇっ!!ゆゆっ!? そうだじぇぇ!このおねーしゃんみたいにきれいになれたはずなのじぇぇぇっ!!」 「ゆぐっ、ごめんね、おかーさんがうんじゃってごめんねぇぇ……」 てーを基準に妄想の自分を美化させ、それを盾にまりしゃがれいむを責める。 それは何よりも鋭い矛となり、れいむの生きる意志を穿つ。 「ごめんじゃすまないのじぇぇぇっ!!どうしてくれるのじぇぇぇ!! まりじゃのしあわしぇっ!ゆっくりをかえすのじぇぇぇっ!! はやきゅぅ!はやくかえしぇぇぇぇっ!!ゆじぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」 ついに泣き出したまりしゃの目から、やっと手に入ったばかりの貴重な水分が流れていく。 そして干からびたはずのれいむの片目からも、ポトリとたった一滴の涙が零れた。 それはれいむの希望であり、愛であり、れいむを動かしていた最後の何かであり、残ったのは生への諦めだった。 「……おちびちゃん……ぴょんぴょんできるあいだに、おみずさんをさがしてね……」 「うるしゃいのじぇぇぇ!!おまえしゃえいなければぁぁぁ!!そうだじぇ! おまえがしねばいいのじぇぇぇえっ!!そうすればまりしゃはぁっ!」 「どうしても……だめだったら、こうえんさんに……みてね…………」 「しねっ!しぬのじぇぇっ!げしゅっ!げしゅぅぅ!!」 せめて最後まで親としてまりしゃが生き延びることを願うれいむの言葉は、口汚く母親を罵るまりしゃには届かない。 「ひとりぼっちになっちゃっても…………ゆっ……」 「うるしゃいっていってるのじぇぇぇぇっ!!」 ポコンと、しーしーで濡れた体でまりしゃがれいむを叩く。 もちろん痛みなどないが、それっきりれいむのおくち、そして全てが動くことは無かった。 「ゆっ!やっとしんだのじぇぇぇっ!!」 「大人のゆっくりを倒しちゃうなんてすごいねまりしゃ」 「ゆゆっ!?まりしゃすごい?」 片手でメールをうっていた饅殺男があくびをしながらまりしゃを褒める。 「おめでとうまりしゃ。これで自由の身だね」 「…………ゆじぇ?まりしゃはじゆうなの?」 「そうそう、これからは何をしたってまりしゃを叱るやつなんていないし、何処へ行ったって怒られない。 独り立ちしたまりしゃはもう一人前だね」 「いちにんまえ……じゆう……!やっちゃぁぁっ!!まりしゃはじゆうなのじぇぇぇぇっ!!」 おさげをブンブン振り回し、ちょこちょこ跳ね回って喜ぶまりしゃ。 「まりしゃはまいほーむをもつのがゆめだったのじぇ!! しょれから!まりしゃはじぶんのむれをつくりたいのじぇぇ!!」 その小さな身体には大きすぎる妄想が次々と飛び出してくる。 現実との巨大なズレを餡子の脳が理解していないのは、幼く、両親に全てを依存していた証だ。 「だからにんげんしゃん、まりしゃをいっしょにつれてってほしいのじぇ!」 「連れてく?悪いけど君を飼いゆっくりにするつもりはないよ?」 「あたりまえなのじぇ!まりしゃはにんげんがきらいなのじぇ!かいゆっくりになんかならないのじぇ!」 今度はぷくーと膨れて威嚇までしてくるまりしゃ。 赤ゆっくりのため身体全体が膨らむのではなく、頬の部分だけが風船のように丸くなる。 「はぁ、じゃあどういう事?」 「まりしゃにふさわしいおうちをつくるばしょをさがしにいくのじぇ! それに、まりしゃがおさになるむれもみつけなきゃいけないのじぇ! だからにんげんしゃんにいろんなところをつれてってほしいのじぇ!」 そんな事もわからないのかと言いたげな目でまりしゃが説明する。 おさげで頭を指差しくるくる回す。 相変わらずゆっくりの増長するスピードを目で捉えるのは難しい。 人間では理解が追いつかない。 「にんげんしゃんはにんげんにしては、おみじゅさんくれたりしてやさしかったのじぇ! まさかことわたりしないはずなのじぇー?」 ニタニタと笑いながらまりしゃが確認してくる。 普段から使用率の低い餡子脳で必死に考えたであろう案は、豆粒ほどの知性を感じさせなくもない。 「わかったよまりしゃ。今日は僕もこの子を連れてお散歩なんだ。 一日だけでいいなら、一緒につれていってあげるよ」 「ゆっふっ!はなしがわかるのじぇぇ!にんげんしゃん! にんげんはくずだけど、にんげんしゃんならまりしゃのむれにいれてあげてもいいのじぇ! それじゃあよろしくたのむのじぇ!」 のーびのーびの頂点でピシッっと姿勢を固定し、おさげでお帽子の傾けながらお礼をいうまりしゃ。 さながら気分は大富豪、リゾート地へと開発する自身の土地の下見にでも行くかのようだ。 ただ現実は彼女の中身ほど甘くはない。 「えっと、じゃぁどうしよ――――」 「はい、てーちゃん頂戴」 「うぉ!びっくりしたぁ」 いつの間にかメールで呼んだ虐子が隣に立っていたため、驚いた拍子にまりしゃを踏み潰しそうになった。 いや、わざとだ。 「ゆひぃっ!!」 「早えーな」 「呼んだのアンタでしょ? って、てーちゃん、この暑さでよく眠れるわね……。よいしょ」 てーを虐子に渡し、両手がフリーになった饅殺男がリュックから使い捨て手袋を取り出す。 さすがに野良と接する事に慣れているとはいえ、素手で触る気はない。 むしろ詳しいからこそ、野良が生ゴミを触り、ゴキブリなどをご馳走と呼んでいることを知っている。 しーしーを漏らしながら怯えているまりしゃを掴む。 「ゆゆっ!!まりしゃはおしょらを――――――」 「飛んでないよ」 お決まりの台詞を、しかし言い終わる前に饅殺男が強く遮った。 「ゆぇ!?」 「僕が持ち上げただけ、だいたい通常種のまりしゃが飛べるわけないだろ?」 「ゆ、ゆん、そうだったのじぇ……。 まりしゃはおそらをとぶのがゆめだったのじぇ、とりさんみたいにびゅーんって……。 おとーしゃんがすぐしんじゃって、たかいたかーいもしてもらったことが……」 「あっそ」 ごにょごにょと自分の不幸自慢を始めたまりしゃから意識を外し、立ち上がる。 長時間屈んだ姿勢だったために、両足にジーンとした痺れを感じる。 「てーちゃん冷やっこーい、すりすり~!」 「う……ん?あれ……まみぃ?」 「あっ、ごめん!起こしちゃったてーちゃん?おはよー、マミィだよー」 「まみぃ!おはよー!あのね!きょうね!あさね!こーんふれーくにいちごいれてたべたの!おいしかった!」 饅殺男は先行する“二人”の騒がしさに苦笑しながら、手の上で涙ぐみながら空への思いを語るまりしゃを見る。 野良生活が希望に満ち溢れているなんて勘違い、素晴らしいじゃないか。 ゆっくりしたマイホーム、ゆっくりした群れ。 今日もこれから野良の世界を生きるゆっくり達とたくさん出会えるだろう。 そこで自身の夢について尋ねてみるといい。 彼等はきっと、人間よりも正確で的確にまりしゃに答えてくれるはずだ。 「じゃぁ今日の夜はブドウ食べよっか!種ないやつねー」 「うん!……まみぃ、かわあるやつ?」 「うーん、皮はあるわね、でもマミィが全部剥いてあげるよー」 「やった!ありがとー!」 足の痺れが治まるまでに随分差がついてしまった。 饅殺男が歩き出す、その手に夢見るまりしゃを乗せて。 「さぁまりしゃ、お待たせ。出発しようか」 「ゆ、ゆん!そうだじぇ!まりしゃのさくせすすとーりーがここからはじまるのじぇ!」 まりしゃは満面の笑顔を見せている。 正午になり、太陽がその猛威を存分に振るう街で、その笑顔は果たして―――― 『てーと猛暑日 午後』に続きます。 ここまでお読みいただきありがとうございました。 帝都あき
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『てーとみなしごゆっくり』 81KB お願いします ※ご注意を 一話完結となっていますが、過去のてーシリーズを読んでいただかないと話が意味不明です。 anko4095 てーとまりしゃ anko4099 てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん anko4122 てーありしゅのおかーさん anko4203 4204 てーと野良と長雨 前後編 anko4254 てーと野良と加工所と愛護団体 最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 愛でられるゆっくりはほとんどオリキャラのようになっています。 飼いゆっくりを愛称で呼びます。 鬼意惨に恋人がいます。 これでも注意書きが足らないかもしれません。 『てーと野良と加工所と愛護団体』の直後のお話です。 「あっちゃかいわ!とっちぇもきもちぃわぁ!」 赤ありしゅを包み込むような母ありすのすーりすーり。 赤ありしゅの恍惚とした表情が、その幸せを語っている。 「ゆゆん!まりしゃのさいきょうひこうきしゃん!はっしん!なのじぇ!」 父まりさが逆さまにくわえる帽子の中に入り、浮遊感を楽しむまりしゃ。 歓喜の声は元気良く、家族の耳に届く。 「ゆふふぅ、とってもしあわしぇにぇ。でもざんねんだわ……。 これでむーしゃむーしゃできたら、とっちぇもとかいはにゃにょに」 母による慈しみを享受しきっていたありしゅが、聞こえよがしに呟く。 あくまでも独り言だ。 なぜなら呟くだけで数秒後にはごはんさんが出てくるのだ。 「やっちゃぁ!ごはんしゃんよっ!とってもおいししょうだわぁ!」 「いいなぁー!おねぇちゃんうらやましいのじぇ、まりしゃもむーしゃむーしゃしたいなぁ~」 おさげでお腹を押さえる仕草のおまけつき。 つまり『まりしゃにもごはんさんちょうだいね!』である。 そんなまりしゃを父まりさが放っておくはずがない。 「おちび、うしろをみるのぜ!」 「ゆじぇ、おとーしゃんどうしちゃの? ゆっ!?しゅごーいっ!!」 まりしゃが振り返った時には、もう既にごはんさんが用意されていた。 「ゆあああ!!これおにく!おにくさんのにおいがするのじぇ!!」 「ゆっふっふ、おとーさんのさぷらいず!なのぜ! いっぱいたべてゆっくりおおきくなるのぜ!」 「やっちゃあああ!これまりしゃのおにくだよぉぉっ!! がーつがーつ!!くっちゃっくちゃ!おいしぃのじぇぇぇぇ!!!」 公園内は人々の絶好のお昼スポットである。 そして中には落としてしまったオカズをそのまま放置して帰る、マナーのよくない人間も多い。 そのまま放置されたオカズは、野良にとって極上のご馳走となるのだ。 「ゆゆん、おいちかっちゃわ! いっぱいたべたらありしゅ、うんうんしたくなっちゃったわ……。 でもどうしよう、ありしゅひとりじゃできないし……」 母親の目の前で、心底困ったという表情をする赤ありしゅ。 「だいじょうぶよおちびちゃん!おかーさんがぺーろぺーろしてあげるからね!」 「ゆわーい!」 そうして、お尻の周りの皮を舐めてほぐしてもらうありしゅ。 自分から『あにゃるを舐めてくれ』なんていなかものの台詞は言い出せないし、言う必要はないのだ。 「すっきりしちゃわあ!ゆゆぅん、うんうんさんくさいわぁ!」 「まかせるのぜ!おちび!おとーしゃんがいまかたづけるのぜ」 赤ゆっくりの願望は何でも叶う。 叶える事を生きがいとする両親が居る限り。 「ゆっぷ、たくしゃんたべたのじぇ。 おにくしゃんはとってもおいしいのじぇぇ!」 「ゆふふ、よかったわねおちびちゃん。 さぁ、みんなでしあわせーしましょうね!」 子供達がゆっくりしたことを確認し、母ありすが言う。 家族みんなで声を合わせての“しあわせー!” 毎日を彩る幸せの魔法だ。 「さぁみんないくのぜ、ゆっせーの、せっ!」 身体を揺らしながらリズムを取るまりさ。 それにあわせて、キャッキャと笑いながら子供達も跳ねる。 そして口を開くのだ、しあわ―――― 『ゆわあああああああああああわあああああああああああああ!! かこうじょだああああああああああああああああああ!!!!!』 「ゆゆっ!?」 「にゃんにゃのぉおおお!?」 「こわいのじぇぇぇ!!!!」 突然飛び込んできた尋常ではない叫び声。 あっという間にゆっくり出来ない空気が家族を包む。 聞こえてくる悲鳴は収まらない、むしろどんどん増えていく。 「ま、まりさ……」 「ふつうじゃないのぜ!ちょっとみてくるのぜ!」 「そ、そうね!ありすもいくわ! おちびちゃんたちは、ぜったい!におうちからでちゃだめよ!」 さすがにじっとしてはいられない。 何が起こったのかを知らないと落ち着けない。 「おかーしゃん!」 「だいじょうぶよ!おちびちゃん! あなたはけんじゃさまに“てんっさいっ!”ていわれたとかいはでしょ? ちいさいおちびちゃんとおるすばんしててね!」 母ありすがありしゅに言い聞かせる。 “てんさいっ!”と言っても他の赤ゆっくりとくらべればマシな程度。 不安なことはかわらない。 「ゆゆっ、おちび!おねーちゃんのいうことをしっかりきくのぜ! おとーさんたちはすぐかってくるのぜ!」 「ゆっくりりかいしたのじぇ……」 こうして、両親は出て行った。 今日は公園の一斉駆除の日。 ノコノコと出て行き、職員に啖呵をきった二匹が戻ってくることは二度となかった。 「おとーしゃんとおかーしゃんかえっちぇこにゃいね……」 一斉駆除の終了から一晩たった今、公園は親を亡くした赤ゆ達、“みなしごゆっくり”で溢れていた。 加工所は成体ゆっくりを回収し、赤ゆっくりなど見向きもしない。 親が居ない赤ゆっくりは、その時点で致命傷を負っている。 「れいみゅおにゃかぺーこぺーこだよぉ」 「ごはんしゃん!しょうだよっ!もうたくさんごはんしゃんだべてにゃいのじぇ!」 巣の中で帰りを待っている姉妹が数匹。 空腹ををアピールしている。 「れいみゅきょうはいもむししゃんだべちゃいよ! たくさんがまんしたんだから、とうじぇんだよにぇ!」 「ゆゆ!?そうなのじぇ!こんなにがまんしたんだかりゃきっとすっごいごはんさんなのじぇ! もしかしたらおさかなさんかもしれにゃいのじぇ!」 昨日の夜は家に残っていたごはんを食べることで凌いだ。 もちろん親が戻って来ないなんて全く考えない赤ゆ達だ。 全てのご飯を食べつくした。 それでも満足できなかったようだが。 「おしゃかにゃさん!おしゃかにゃさんはゆっくりできるよっ!! れいみゅもたべりゅからにぇ!!」 「ゆぅーまりしゃがさっきにいったんだじぇ! まりしゃがいっぱいたべるにきまってるんだじぇ!」 「しょんなのじゅるいよっ!れいみゅだってだべちゃいもん!」 今日の夕飯の話で盛り上がり、自分達が何を待っていたことすら忘れてしまったようだ。 ――――親が死んだ赤ゆ達の中でも、このように姉妹がいるゆっくりはまだ幸せだと言える。 そう、何度も言うが赤ゆっくりなのだ。 孤独とは彼等の貧弱な精神で耐えられるものではない。 「おがあああああああしゃああああああああ!!おどぉしゃあああああああん!! ゆぶええええええええええ!!ああああああああああ!!!ああああああああああ!!」 たった独り、大声で泣き叫んでいる赤まりしゃ。 樹木の根元で帰らぬ両親を呼んでいる。 公園でのお散歩中、両親だけでなく大人のゆっくりはみんな人間に連れて行かれた。 何が起こっているのかすら分からず泣き喚いていたまりしゃは無視された。 それが救いだとは思えないが。 「まりしゃおにゃがすいたあああああああああああああ!!ああああああ!! うんうんさんしちゃいよぉおおおおぉぉ!!! ぽんぽんぺーろぺーろしちぇよぉおおおおおおおおおおおお!!!」 不安、この一言に尽きる。 今までの短いゆん生の中で一人っきりにされた事は一度もなかった。 それがいきなり母と父が抵抗も出来ず人間に連れて行かれたのだ。 「おがああああああああああ!!おどぉおおああふああああ!! ゆっがふっ!げぇぇぇぇ、ゆぇぇぇぇ。おどぉぉぉぉじゃあああ!!!」 身体は絶え間なく震え、しーしーは意思とは無関係に垂れ流される。 一晩中叫び続けた口は決して少なくないダメージを蓄積し、本ゆんにも痛みを与えている。 だがそれすらも気づくことが出来ずにまりしゃは叫び続けている、危険な状態である。 「おどぉぉぉあぁぁぁ!!ああああああああ!! ゆっげぇっ!!げぇぇ、あっ、あっ! あがあっぁ、おがぁっ!!おがぁぁぁぁ!!じゃああああああああ!!」 今は昼間で公園は明るい、それでも震える身体。 まりしゃにとって今、慣れ親しんだはずの公園はとっても恐ろしい未知の場所だ。 両親と来ていた時はただ後ろをついていけば全く問題はなかった。 場所や道をいちいち覚える、そんな考えすら浮かばなかった。 実際このまりしゃが住んでいた巣は公園内にある、赤ゆっくりでも十分帰ることは可能だ。 ただし道筋を知っていればの話だが。 「おうぢぃぃぃ!!おうぢぃがえりだぃぃぃぃぃ!!! あー!あー!ぼんぼんいぢゃいよおぉぉぉぉぉおおっ!!」 赤ゆっくりのご多分に洩れず自分が泣いたらすぐにその原因は両親に取り除いてもらえた。 だからまりしゃは本当に困ったり、危機というものに直面したことなど一度もなかった。 『何かあったらすぐおかーさんに言ってね?そうすれば大丈夫だからね?』 それが全てなのだ。 「おがぁぁぁじゃぁぁぁぁぁあ!!まりじゃここだよぉおぉぉぉ!! おがーじゃぁぁぁ!!!おどじゃああああああああ!!!」 だから自分では何も出来ない。 耐え切れない空腹も、小刻みに震え続ける身体の異常も、止まらないしーしーも。 潰されそうな不安も、がむしゃらに逃げ出したくなるような恐怖も。 まりしゃにはどうすることも出来ない。 「おがぁぁぁぁぇええええ、ぼゆぇぇぇぇぇぇえ!! ゆっげっ、ゆっごっ。……おどぉぉじゃぁぁ、おどぉぇおぇぇぇぇ」 だから親を呼び続ける、その行為が短い寿命を更にすり減らすものと知らずに。 明らかに異常なむせ方をして、餡子を吐き出しているのにもかかわらず。 なぜならまりしゃは身を守るすべをそれしか教えられていないから。 「ごわいよぉぉ……おどぉじゃぁぁぁ……。おがぁしゃぁぁ……えべぇ……」 命を削って叫んでも、両親は来てくれなかった。 意識が闇に落ちる最後の最後まで怖い、助けてと震えたまりしゃ。 その死体は晴れ渡る空の下で、自らが漏らし体液によってヌラヌラと光っていた。 現在孤独に耐える赤ゆっくり達は、おおむねこのような状態だ。 公園は泣き声で溢れている。 複数居たところで自体を解決することなど出来はしないが、まだ姉妹をアテにして楽観的で居られる。 だが一匹の場合は恐怖や不安が激増する。自身に何らかの不調が出ていなくてもパニックに陥るのだ。 ゆん生初の孤独、連れて行かれた両親、今も頭に残っている大勢の大人達の悲鳴。 頼れる存在は居ないし、そもそも思い浮かばない。これではストレスで死んでしまうのも仕方が無い。 とはいえ、姉妹で居ようが友達どうしで居ようが赤ゆっくりは赤ゆっくりだ。 親が消えた時点で行き先は皆同じ、快速電車で行くか各駅停車で行くのかの違い。 終点には必ず着く。 「しゃむいよぉぉぉ、れいみゅぷーるぷーるとまらにゃいよぉぉぉぉっ!!」 そして夜。 昼間の時点では夕食について思い思いの希望を述べていた姉妹達も、夜になりやっと危機を自覚し始めていた。 「おとぉしゃんとおかーしゃんはなんでかえってこないのじぇぇぇ!! しゃむぃぃぃ!!すーりすーりちてぇぇぇぇ!!!」 「おねーちゃぁあ!!れいみゅもうちゅかれたぁぁ!!おねーちゃんがれいみゅのぶんもすーりすーりしちぇぇよぉぉ!!」 「むりだよっ!れいみゅこそれいみゅをあったかくさせちぇにぇ!はやくしちぇ!」 「おにゃかすいたのじぇぇぇぇ!!!」 丁度梅雨に入ろうかという季節。昼間は暑く、夜は寒い。 そう寒いのだ。植木の間にあるスペースをおうちにしただけのこの巣では。 「か、かぜしゃんゆっくりしちぇよぉぉっ!!しゃむぃぃ!!」 「ゆひゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」 当然冷たい風は前後左右から赤ゆ達に襲い掛かる。 いつもは父親の帽子に入れてもらっていたり、母の大きな身体で暖めてもらっていたのだ。 それが出来ない、次の手段は知らない。 「ゆべぇぇぇ………あっ、あゆへ」 「ゆぅぅぅぅ!?おねぇぇちゃぁぁぁぁっっ!!!れいみゅがこわいのじぇぇぇっ!!」 「ゆぇっ!?れいみゅぅぅぅぅ!!!」 虚空を見つめ、しーしーをチョロチョロと漏らしながらだらしなく口を広げるれいみゅ。 食事を取ることが出来ないのに、寒さに凍え震える身体はエネルギーを消費し続ける。 そして限界が近くなってくると、このれいみゅのように自身の身体の制御がきかなくなる。 口を閉じることすら出来ず、目玉は垂れ下がり、“寒い”とすら言えない。 「さ……あ、あ、あ」 「れいみゅぅぅ!!おねーちゃぁぁ!!はやくぅぅぅ!!はやくいもうちょをたすけるのじぇぇぇ!!」 「ゆぇぇぇ!?」 「しょうだよっ!はやくおねーちゃんはおねーちゃんをたすけちぇにぇ! それにれいみゅもさむいよぉぉっ!!にゃんとかしちぇにぇ!!!」 姉、と言っても数秒早く生まれただけの存在。 だがそれに頼る、どこまでも頼るのだ。 「ゆぅ、ゆぅ~ん」 妹達から急かされ、長女のれいみゅが死にかけている妹に近づいて行く。 目の周りが黒ずみ、寒天の目は白く濁り、かすかに呻くだけ妹。 赤ゆっくりを怖がらせるには十分すぎる姿だった。 「ゆゎあああっ!!いもうちょこわいぃぃぃ!!!」 助けるどころか大量のしーしーを浴びせた長女、凍えているのに冷たい液体などかけられた方はたまったものではない。 「ゆっぇぇ、あぇえぇ」 「あああ!!いもーちょがぁぁ!!おねーちゃ!にゃにしてるのじぇぇぇぇ!?」 「だってだってぇぇ!!れいみゅこわいのやだぁ!!!いもーちょこわいよぉぉっ!!」 「ゆわぁあああ!あああああああああ!!」 全てを姉に任せ、その姉を責めるまりしゃ。 助けなければいけない妹に汚物をひっかけ、泣きながら言い訳する長女れいみゅ。 姉妹達の雰囲気に異常を感じ取り、ますます鳴き声を強くする妹れいみゅ。 ――――そしてついにその命を終えた末っ子れいみゅ。 「こ、ぷっ、れぇぇぇ……、……」 「ああああああああああ!!いもーちょぉぉぉぉ!!まりしゃのいもーちょがぁぁ!! しんじゃったのじぇぇぇぇ!!ゆえぇぇぇぇぇ!!!」 「ち、ちがうもんっ!!れいみゅのせいじゃないよっ!!!れいみゅわるくにゃいよぉぉっ!!」 貧相な巣の中は騒然としていた。 一匹の死によって、ゆっくりできない状態に拍車が掛かる。 それに先ほどまで寒さを必死のすーりすーりでなんとか耐えてきていたのだ。 それなのに、その唯一の暖房策さえ止めてしまった今。 「ゆっぺぇぇぇ」 「ああああ!!こっちのいもーちょまでぇぇ!!!」 「ゆわっぁぁあ!!にゃんであんこしゃんだしちゃうのぉぉぉっ!!」 寒い寒いとずっと泣いていたもう一匹のれいむまで餡子を吐き出した。 ゆっくりの体内餡は、それぞれが筋肉や消化器官のような役割を与えられている。 そんな大事な餡子を吐き出すということ、それは体内の餡子すら制御する力が無くなった証だ。 生きるための最低限のエネルギーが枯渇し、ドロドロの液体状になった餡子が出てしまう。 危険な状態というよりは、死体へ移行する準備段階。こうなるともう自力での蘇生は不可能になる。 「ゆっかぁぇぇぇ……」 「いもうちょぉおおおおおお!!」 あっという間に物言わぬ饅頭が二個出来上がった。 死体は、ただそこにあるだけで恐ろしい。 「ゆ、ゆ、もうやぢゃあああああああああ!! れいみゅもうおうちがえりゅぅぅぅぅ!! おかぁぁぁしゃあぁぁっぁあんん!!!」 「ゆゆっ!?おねーちゃぁっぁん!!まちゅのじぇぇぇ!! まりしゃをおいてっちゃこわいのじぇぇぇ!!!まっちぇぇぇ!!!」 早くも死臭が漂いだす巣から逃げ出した長女れいみゅ。 取り残されてはたまらないと、まりしゃもゆっちゆっちと追いかける。 「ゆぴょぉおおおおおおおおおお!!しゃむぃいいいいいいいい!!」 「おねーちゃん!?まり――――かぜしゃんしゃむぃいいいいいいい!!」 植木に集めた枝をせっせと絡めた巣とはいえ、吹きさらしよりはマシだった。 それを身をもって感じる二匹。 吹きすさぶ風は一瞬でなけなしの気力を奪った。 「ぅぅぅううううう!!もうやぢゃあああああああああ!!! やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃあああああああああぁぁ!!! にゃんでおかーしゃんいにゃいのぉぉぉっ!!! にゃんでごはんしゃんにゃいのぉおおおおおおお!!やぢゃあああああ!!」 「ゆああああああああああ!!しゃむぃぃよぉぉぉぉぉ!!しゃむぃんだじぇぇぇぇ!! しーしーするのじぇぇぇっ!!ちゅめちゃぃぃぃ!!しゅっきりできにゃいぃぃ!! くしゃぃぃぃ!!しーしーこっちこにゃいでぇぇぇ!!!」 自らのしーしーを風に煽られ、身体に塗りたくられたまりしゃ。 汚物まみれの顔でしゃむいしゃむいと、周囲に訴えている。 しかしそのか弱すぎる声は風音に阻まれ、誰にも届かないだろう。 れいみゅの方はと言えば、もみあげで自身の頭を覆い隠すようにして伏せ、現状への文句を連ねている。 ぷるぷると震える姿は、饅頭というよりもプリンの様で、脆さもそちらの方が近い。 「ひぃぃいいいいい!!!ぃぃぃぃぃっ!!」 とはいえジッとしていれば暖かくなるわけではない。 むしろまた吹いた風のあまりの寒さに跳ね上がるれいみゅ。 まりしゃの方はさらに深刻な状態だった。目の周りに特有の黒ずみが出てきている。 「おね……ちゃ、しゅりしゅりしてほしいのじぇ……。 まりしゃ……しゃむくちぇぇ、もううごけにゃいのじぇ……」 「……ゆっ!?やぢゃよっ!!れいみゅもうごきちゃくにゃいょっ!! まりしゃがれいみゅにすーりすりしちぇにぇ!!はやきゅっ!はやきゅしちぇっ!! れいみゅしゃむいしゃむいぢゃよっ!!たくさんすーりすーりしちぇにぇ!!」 「おね……ちゃ……」 この状況でまだ姉を頼るまりしゃと、それを許せないれいみゅ。 ――――それでも二匹はすぐに仲良く眠ることになるだろう、永遠に。 「そんでもう、てーがスゲー泣いちゃって、愛護団体にまで絡まれたんですよ」 「ないてねーもん!」 「はっはっは、そうかそうか。泣いちゃったのかてーちゃん」 虐子家のリビング、そこに今夜は饅殺男とてーもお邪魔して夕食をご馳走になっている。 メニューは焼肉。ジュージューと食材が焼ける香ばしい臭いが部屋に漂っている。 ビュービューという外の風の音も、鉄板と油が奏でる音と、家族の会話に遮られほとんど聞こえない。 「ダディは意地悪だねー。明日はマミィも一緒に公園行くから、いっぱい遊ぼうねー」 「うん!……あのね?てーほんとにないてないんだよ?」 「あははは」 饅殺男や虐子はなかなか味の濃いタレを、逆に虐子の両親は薄味のものを。 てーにいたってはハチミツだ、肉との組み合わせについてだが、てーは満足しているらしい。 唯一の欠点は口周りがベタベタになり、それを吹こうとして手もベタベタになり―――― 結局饅殺男にからかわれながら拭いてもらうことになるのが、恥ずかしい事。 「あー饅殺男君もさっきから焼いてくれているばっかりで、ちゃんと食べているかね?」 「あ、大丈夫です。 好きなものだけ自分の皿に乗せれるんで、実は一番得してます。 ありごとうございます」 「だでぃ!あーん!」 「お、さんきゅー。あーん」 てーがハチミツたっぷりでベトベトのお肉を饅殺男に差し出す。 とはいえさすがになれたもので、饅殺男も笑顔で躊躇なく口に入れる。 甘ったるい肉のしつこすぎる後味も悪くはないと思えるほどには、ハチミツ好きになってきた饅殺男。 「ごちそうさまでした!!」 両手を合わせて元気良くてーが言う。 ゆっくりであるがゆえか、極端に辛いものを除き好き嫌いがほとんどないてーのお皿は見事に空になっている。 「あらあら、てーちゃん。お顔がべたべたになっちゃたわねー。 おいで、グランマが吹いてあげる」 「良かったなてー、ほらいっといで」 「うん!」 トテトテとてーがグランマこと虐子母に向かって歩いていく。 「あらーお洋服にもタレがついちゃったわねぇ」 「えぅ、ごめんなさい」 「いいのいいの、じゃぁグランマとお風呂入りましょうか」 「やったー!」 虐子母はそう言ってーを抱き上げ、お風呂場へと向かっていった。 リビングに残ったのは饅殺男と虐子と虐子父。 まだ肉や野菜は少しだけ残っており、ホットプレートも熱いままだ。 しかし饅殺男の視線は別の所に釘付けだ。 「はっはっは、やっぱり饅殺男君は気づいていたか。コレだろう?」 「ええ、まぁ。ははは」 そういい父が取り出したのは『赤ゆ焼き』と書かれたケース。 「うわ、それ高いやつじゃないですか」 「あーお父さんそれ好きだよね」 「おや、饅殺男君もここのを買ってるのかい?私もここの店が好きでねぇ」 「いやーさすがにこんな高いのは買えませんよ」 赤ゆ焼きはかなりポピュラーなお菓子で、その名の通り赤ゆっくりを焼いただけの単純なお菓子だ。 ただ単純であるがゆえに種類も多く、屋台で300円程度で売っているものから、5000円さらには一万円クラスのものまである。 今日父が買ってきたものは、生きた赤ゆを家で調理して好みのタレで食べるタイプ。 しっかりとしたケースに専用の器具がそろい、赤ゆも『赤ゆ焼き』専用に育てられたもの。 有名なメーカーの商品なのでなかなかに値が張る。 「そうかそうか、いやここのものはおいしいんだ。ぜひ食べてみてくれ」 「めっちゃ楽しみです、ありがとうございます!」 「さすがにてーちゃん居る場で料理できないしね」 料理といっても、生きた赤ゆをホットプレートで焼くだけ。 好みの焼き加減に仕上げた後は、ゆっくりの種類によって塩やタレで食べる。 当然生きているので泣き叫ぶが、慣れた者にとってはそれも新鮮な証拠だ。 「まぁ、怖がってしまうだろうからね。だが、焼いてチョコで覆ったものなら食べれるだろう」 「あー、てーはそういう形のお菓子だと思ってるからわりと大丈夫ですよ」 容器はプラスチックで作られていて、中の赤ゆ達はカバーを外すまで眠っている。 このメーカーのれいみゅとまりさ種は皮と餡子の比率が絶妙で、餡子の質もそこらの数百円ものとは勝負にならない。 さっそく赤ゆ達を覆っている専用のカバーを外していく。 すると途端に目を覚ますのだ。 「ゆっ……?ここどこ?なんぢゃかとってもいいにおいがしゅるよ?」 ぱちくりと瞬きし、周囲の確認もそこそこに焼肉が放つ食欲を誘う匂いに反応するれいむ。 ともすれば涎すら垂らしそうな勢いだ。 「ゆわぁ~あ、まりしゃまだねむねむさんなのじぇ……? ゆゆっ?ごはんしゃんなのじぇ?にゃんだかとっちぇもおいししょうなにおいなのじぇ!」 「ゆゆ~ん」 取りあえず三人が食べる分数匹をケースから取り出し、目覚めさせた。 どのゆっくりも見知らぬ場所に対する恐怖よりも食欲が勝っているようだ。 「調理は任せてもらおう、焼き加減ってものがあるからね」 「あ、お願いします」 そう言って父は菜箸を受け取る。 やっと赤ゆ達も側に人間が居ることに気づいたらしい。 「ゆゆっ!!れいみゅおきたよにんげんしゃん! はやくごはんしゃんちょうだいにぇ!!おなかぺーこぺーこだよ!」 「そうなのじぇ!おいしいにおいのごはんさんをはやくたべさせるのじぇ!!」 この赤ゆ達は、実ゆっくりの時点で皮や餡子に味を染み込ませるなどの加工はされている。 が、もちろん性格の矯正などは一切行われていない。 なぜならゲスだろうと善良だろうと高温の鉄板の上に落とされれば、反応は変わらないから。 「あ、私まりしゃがいい」 「ああ、わかった。饅殺男君は――――まぁ一通り一匹ずつくらいなんなく食べれるだろう?」 「いいんスか!いやーマジ大好きなんスよ。ありがとうございます!」 「ゆっ!?なにしちぇるにょ?れいみゅに――――あいきゃんふらいぃぃぃ!!」 菜箸でれいむを挟み、ホットプレートの上まで持ち上げる。 浮遊感をきゃっきゃと喜んでいるが、残念ながらフライのスペルが違う。 「ゆゆぅ、にゃんだかあったか――――あれはおにくしゃんだぁあああああ!! れいむにょおいちいおいちいおにくしゃんだよぉぉぉっ!!」 「おにくしゃん!?おにくしゃんあるにょ!?まりしゃもたべちゃいのじぇぇぇ!!!」 れいみゅの声に、まだケース内にいるまりしゃも反応する。 もちろん二匹の声のどちらも無視し、菜箸でれいみゅをホットプレートの上に乗せていく。 「やちゃあああ!!おにくしゃんげっとだ――――いっびっぎゃあああああああああああ!!!」 「ゆゆぅぅ!?きょわぃぃぃぃぃ!!!」 高熱の鉄板がれいむのあんよを焼く、ジュワーという音が広がり、頬を緩ませる饅殺男と虐子。 しーしーが勢い良く飛び出し、即座に気体化していく。 無論れいみゅは号泣なんていうものではない、目が破れそれが蓋だったかのように、血の様な涙が流れ出している。 これにより体内の水気が泣くなり、皮はパリッとした食感、餡子からは味のしつこさが消えていく。 「ぎぎぃぎぎぃいいいいいいいぃぃぃっ!!!」 「れいみゅには塩ダレが合う」 「そのままでも十分美味しそうですね」 “熱い”などと口にする余裕は全くない。 そもそも熱いのか痛いのか苦しいのか分からない。あえて言うなら熱くて痛くて苦しいのだ。 その上塩分の高い液体まで掛けられるれいみゅ。 この時点で餡子を吐き、絶命してもおかしくないのだがそれは出来ない。 餡子を吐くようでは商品にならない、安物ならともかく、このれいみゅ達にはしっかりと処置がされている。 ゆえに楽には死ねない。 「さぁどんどん焼くか」 「わーい、あっ、次まりしゃにしてよ」 「このれいみゅハリがあっていい声だなぁ」 「やめぇるのじぇぇぇぇぇ!!まりしゃそっちいきちゃくおしょらをとんじぇるじぇぇぇ!! ゆっぇぇ!?にゃんでまりしゃのおぼうしとるにょぉぉっ!?かえしゅのじぇぇぇぇ!!! かえぇしぇぇぇ!!まりしゃのゆっくりしちゃさいきょーのおぼうしぃぃぃ!!!」 その小さすぎる口から出ているとは思えないほど、大きなれいみゅの苦痛の叫びを聞いているのだ。 まりしゃが怖がるのは当然だが、泣き叫ぶだけでは未来は変わらない。 そして訳も分からぬままに、灼熱の鉄板に降ろされる。 「おぼうしぃぃおぼぼぼぼぼぼぼががっががきいいいいいいいいい!!!!」 「ゆぎっ、っぎぎぎぎ、あぎぎぎ」 「おっ、跳ねた。スゲー」 「このまりしゃは活きがいいな。餡子も詰まっているのだろう」 「あはは、すごいしーしー。油と混ざってパチパチいってる」 そのゆん生で恐らく一瞬でも体験すれば、トラウマで二度と“しあわせー!”など口に出来なくなるような激痛を味わい続けているまりしゃ。 あにゃるにあたる部分がヒクヒクと動いているが、残念ながらうんうんを排出する機能は販売前に壊されている。 苦痛を司る餡子を排出して減らし、少しでも痛みを和らげようとする身体の防衛機能が使用不可能なのだ。 そのままこぼれてしまいそうなほど目玉は飛び出し、舌は限界まで突き出され、その苦しみを周りに伝えている。 不幸なことに周りにはそれを楽しむ人間と全く関心の無い人間しか居ない。 「うん、もうこのれいむはいいだろう。ほら饅殺男君」 「ありがとうございまーす」 「……っ…………っ」 あんよだけでなく、全身をくまなく焼かれたれいみゅを小皿によそってもらった饅殺男。 溶けた目が、それでも饅殺男の方を見ている。救いを求めているのだろうか。 それについては、命は助からないが、苦痛からは開放してもらえることだろう。 饅殺男がれいみゅの頭の部分から齧る。とてもか細くれいみゅが鳴いた。 「ぴぃっ!!」 「ゆ……じぇ……あちゅい、たしゅけ……ちぇ」 「あ、おいしい。これはヤバイですね」 「そうだろう?はっはっは、まだまだあるから遠慮せず食べなさい」 食べ物を褒める語呂など多く持たない饅殺男だが、その表情は口以上にれいみゅのおいしさを表現している。 パリパリの皮を突き破った後は、サクッとした餡子が絶妙な甘味を与え、それがタレの塩味でより一層際立たせられる。 ホットプレートの上では体内餡にもしっかりと熱が通り、感覚が消え、やっと熱いと口にだせたまりしゃがピクピクと痙攣している。 それを虐子が箸でつかみ、顔の部分を軽く焼き、小皿の茶色いタレをつけ口に運ぶ。 お尻の部分を一瞬で食いちぎられたまりしゃが断末魔の悲鳴を上げる。 「ゆびぃぃ!!びぃぃぃ!!」 「お前は……口をちゃんと焼かないからそうやって声が出るんだ」 「いいの、お父さん。これがいいんじゃない。ほら、饅殺男もニヤニヤしている」 「ちょ、おまっ、まぁその……あはは、ホント焼きゆはいいですね」 「まぁ、君達の共通の趣味に文句は言わないがね。……うんウマイ」 意外かもしれないが、肉にも合うしご飯にも合う焼きゆ。無論個人個人の好みがあるだろうが。 ゆっくりの餡子特有の水っぽさが抜けているため、さっぱりとしていて飽きもこない。 「てーちゃんはぱちゅりーでいいかね?」 「ソレにチョコ塗りが好きよ、てーちゃん。ハチミツだとまた口まわり汚れちゃうしね」 「まぁまかせなさい」 そう言い、ぱちゅりー種の赤ゆを箸で掴み上げる。 いくら加工済みとはいえ、ぱちゅりー種は非常に吐きやすく、そのせいで死に易い。 そのため余計なストレスを与えないよう直前まで、カバーを外さなかった。 「むっきゅ、いだいなぱちぇがおそらをとべるようになるのはわかっていたわ! だってぱちぇ―――――!――――――!」 嘔吐防止のためあんよからではなく顔面から鉄板に押し付け、口を塞ぐ。 「おお、クリームほとんど吐いてませんね」 「ふふ、コツがあるのだよ」 「おいしそーな甘い匂い、私ちぇんで作ろー。饅殺男パチュリーガン見しすぎ」 口が焼き付けられ悲鳴を上げられないぱちゅりーだが、皮がビクンビクンと痙攣している。 寒天の目も溶かされ何も見えなくなり、絶え間ない恐怖と激痛がぱちゅりーを殺していく。 それでも抵抗らしい抵抗ができないのが、赤ゆらしいと言うかぱちゅりーらしいと言えばいいのか。 「ふむ、いい出来だ。これはてーちゃんにあげよう」 「あーんしてあげたいだけでしょ?」 「あ、まりしゃいただきまーす」 表面を軽く炙られたぱちゅりーが、液体状のチョコレートにつけられる。 目ざとくチェックしていた饅殺男には分かる。 あのぱちゅりーはまだ生きていて、苦しんでいる。 甘い甘いチョレートに浸かって、少しはゆっくり出来ただろうか? ――――あり得ない、そんな馬鹿な考えに自分で笑ってしまう饅殺男。 「どうかしたかい?」 「あ、いや、てーが喜びそうだなって思いまして」 「ぱちゅりーまだ頑張ってるみたいだもんねー」 「……バレバレですか」 ガチャガチャとドアが開け閉めされる音が聞こえる。 てーがお風呂から上がったらしい。 すでにホットプレートの上で叫び声を上げられるような物も、マトモなゆっくりとしてのパーツを残している物もない。 「だでぃ!まみぃ!でたよー!」 パジャマ姿のてーがトタトタと走ってくる。 「はいはい、ほらてー。グランパがデザートくれるって」 「ほんとっ?」 「ああ、さぁおいでてーちゃん」 てーが全く動かなくなったチョコ塗れの焼きぱちゅりーを口に入れる。 もぐもぐと口を動かし、そして満面の笑みで言うのだ。 「おいしー!ぐらんぱありがと!」 「うんうん」 撫でられるてーはやっぱり口の周りにチョコがついていた。 公園の一斉駆除から二日。 両親から待っていろといわれたありしゅとまりしゃの姉妹は、もはや限界だった。 食料は巣に十分残っていたため、飢えずにすんでいた。 「おねーしゃんぅ、おとーしゃんたちかえっちぇこにゃいのじぇぇぇ、 もうまりしゃたちたくしゃんまっちゃのにぃ、ゆぇっ、えぐぅ」 「な、ないちゃだめよまりしゃ」 しかし、いくらなんでも遅すぎる。 今まで二匹だけにされる事なんて一度も無かったのに。 不安を誤魔化すために頻繁に食事を取るようになり、そしてとうとう食料が底をついた。 「しょれにもうごはんしゃんもないのじぇぇ……」 「ゆあ、ゆーん。こまっちゃわにぇ……」 じわじわと来る不安がストレスとなり、ゆっくりを求めてお腹が空く。 危険な悪循環だった。 チラチラとおうちの“げんかんっ!”を見るありしゅ。 やはり外へ行くべきだろうか。 このままでは、よくないだろう。それに妹を少しでも安心させてあげたい。 おかーしゃんから守ってあげるよう言われたのだ。 「ゆん、まりしゃ!」 「ゆじぇ?」 「おそとにいきましょう!おかーさんたちをむかえにいくにょ!」 二匹のように何とかおうちで耐えていた赤ゆ達も、皆おうちを出ざるを得ない状況になっていた。 「どぼじでごはんしゃんどこにもないにょぉぉぉぉぉっ!!」 「れいみゅたちがゆっくりできにゃぃいいいいいいいいい!!」 この二日でかなりの数の赤ゆっくりが死んだが、もともと一斉駆除が行われるほど繁殖していたのだ。 まだまだ赤ゆ達はそこらじゅうで泣いている。 「ごはんしゃんぅぅ!!かくれちぇにゃいででてきちぇぇぇ!!」 「はやくしぃちぇぇぇぇよぉぉっ!!もうまちぇにゃいぃぃぃ!!」 せまいおうちの中で叫ぶ二匹。 先ほどのありしゅとまりしゃの様に幸運にも家にはごはんの蓄えが少しあった。 『もうすぐおかーしゃんたちもどってくるから、ごはんしゃんたべてまちょーにぇ!』 最初は余裕に溢れていた。 初めてのお留守番をむしろ楽しんでいた。 食べて、寝て、排出して、食べて、寝た。 そしてまた目を覚まし、両親がまだ帰ってきていないことに落胆し、いつもより少ないうんうんを排出した。 元気を出すために朝ごはんを食べようとして――――今の状態になった。 「もうれいみゅたちたくしゃんまっちゃのにぃぃ!!」 「おしょしゅぎるよぉぉっ!!にゃんでごはんしゃんはえてこにゃいにょぉぉっ!!」 両親が居ない事と食べ物がないことを因果関係で結びつけることが出来ない姉妹。 彼女達にとってごはんは、自分達がゆっくりするために必要不可欠であり、あって当たり前なのだ。 自分たちが望めばニョキニョキと無限に生えてくる存在、それがごはんさんだ。 それが無くなってしまうなんて、生えてこないなんて酷すぎる仕打ちではないか! しかもよりによって両親が帰ってこないときに無くならなくてもいいじゃないか! というのがこの二匹の主張だ。 「ふこうだよぉぉっ!!れいみゅたちはあまりにもかわいしょうだよぉぉぉっ!!」 「ゆぇぇぇぇっ!!にゃんでこんにゃひどいことすりゅのぉぉぉぉっ!? れいみゅたちはおちびちゃんにゃんだよぉぉっ!?」 当然、何を何処に向かって叫んでも食料が目の前に勝手に出てくるハズはなく、 そうやって叫んで砂糖一粒ほどの体力を使えば余計に腹も空く。 「こんにゃにれいみゅたちがたべちゃいっていっちぇりゅのにぃぃぃぃ!!」 「ゆあぁぁぇぇぁぁぁぁぁ!!!」 とはいえ、泣き続け喉がヒリヒリと痛むようになってくるとさすがに諦めて別の行動に移る。 「ゆぇぇ……ゆっぐ、れいみゅ、おしょとにいぐよっ!」 「ゆぇ、おねーちゃん?」 「きょうのごはんしゃんは、はえてきてくりぇにゃいげしゅだよっ! だからべつのごはんしゃんをさがしにいくよっ!!」 「ゆゆっおねーちゃんしゅごぃ!!」 外にもごはんが生える場所があるらしい。 巣の外についてれいみゅが知っている情報はこれだけ。 人が小腹が空いたのでコンビニに行く、そんな気軽さで二匹は外出を決めた。 ゆっちゆっちとずーりずーりし、巣の外へと出て行く二匹。 「ゆわぁぁぁぁ!」 「ぽーかぽーかしてるよ……れいみゅぽーかぽーかできるよぉぉっ!!」 果たして外は明るかった。暖かかった。 そして気づけば自分達以外の声も聞こえる。 「まりしゃがんばって!こっちよ!」 「じぇー、じぇー、おねーちゃぁん!まりしゃつかれたのじぇ……!」 「ゆゆぁ……ごはんしゃん……どきょ……」 「ゆぅぅ、どれがむーしゃむしゃできるのかわからにゃいよぉ……」 「くさしゃん!たべられるくさしゃんだけへんじしちぇにぇ!」 周りには他の赤ゆっくりがたくさんいた。 だが皆不安そうな顔して、ゆっくり出来ていない。 きっと自分達と同じくお腹が空いているのだろう。 「ゆゆぅ、あっちにもごはんしゃんさがしてるこがいりゅよ……」 「ゆっ!?だめぢゃよ!れいみゅたちのがおにゃかすいちぇるもんっ!!」 もしかしたら先にごはんさんが生える場所を取られてしまうかもしれない―――― そんな心配は杞憂だった。 だって目の前にごはんさんを見つけたから。 「ゆゆっ!!みちぇ!!おにぇぇちゃん!!くしゃしゃんいっぱいありゅぅっ!!」 「しゅごぉおおおおおおおい!!これぜんぶくしゃしゃんだよぉぉっ!!!」 普段は雑草などたいして喜びもしない姉妹だったが、今は状況が違う。 ご飯が無いという異常すぎる状況に、身体より精神が不安で限界だった。 そこでこの食べきれないほど生えている雑草を見つけることが出来たのだ。 うれしーしーであんよを濡らすのも無理はない。 「さっそしゅくむしゃむしゃたいむだよっ!!」 「ゆゆんっ!!しょうだにぇ!!」 大きく口を開き、土下座のように地面の草を齧る。 二匹が雑草を食べようとしているのに気づき、周りの赤ゆっくり立ちも固唾を呑んで見守る。 「ゆひぃーやっちょごはんっしゃんだよぉぉ!!」 「ゆん!ゆん!こりぇでやっちょ――――」 嬉し涙を流しながら草をくっちゃくっちゃと噛んだ瞬間、二匹が思ったのはこうだ。 草が爆発した。 「ゆっがっがらぁあぁぁぃぃぃ!!!がらぃぃぃいだいぃぃ!!」 「ゆっげえええええええええええ!!げぇぇぇぇぇっ!げぇぇぇぇぇ!!」 雑草は苦い。雑草は甘味を待たない。 あえて明文化するのも馬鹿らしいが、少なくとも公園に生えている雑草のほぼ全てが苦い。 人間だろうと飲み込むことはできないだろう。 「あっ、げっげっげっげ」 「ゆげぇぇぇぇ、ゆげぇぇぇぇ!!」 飲み込んでしまった姉と、草自体は即座に吐き出した妹。 前者は白目を向いて痙攣し、後者はそれでも残った苦味を吐き出そうとして、餡子を吐き出してしまっている。 やっと見つけたおいしいごはん、そう確信していたからこそこの苦味は殊更にキツかった。 いつも親が狩で取ってくる雑草は、苦いものの中でも一番マシな草なのだ。 それは何匹も犠牲を出しながら命がけで得た大事な情報。 親から子へと伝えられていった、大切な大切な知識。 だがそのバトンはれいみゅに渡されることは無かった。 「ゆががががぁ、あががががが」 「げばぁぁぁ、にがいのどれないぃぃうべぇぇ、ぎもぢわるいぃぃぃ!!おねーぢゃぁぁだじゅげえっぇぇぇ!!」 そのマシな草も親によって噛み砕かれ、砂糖水の涎を塗された状態で食べさせてもらっていたのだ。 成体ゆっくりは知っている。 赤ゆはその苦味に耐えることが出来ないと。 「ゆっ……げぇあ……」 「ゆわぁぁぁぁぁぁ!!こわいにょじぇぇぇぇ!!!」 「ゆわぁっぁぁあん!ゆわぁぁっぁん!」 そして死んでいく二匹を見て騒ぐ他の赤ゆっくり達。 「たじゅけっげぇぇぇ、れいみゅをたしゅけちぇぇ……」 「ひぃぃぃっ!!きょわいぃぃぃぃ!!こにゃいでっぇえぇ!!」 「くさしゃんにどくはいっちぇりゅにゃんてぇぇぇ!!」 餡子を吐き、苦しい苦しいと叫ぶ二匹から目を離せない。 なぜなら、一歩間違えれば自分達もああなっていた。 ゾッとする、体中の餡子が凍り付いていくようだ。 「まりしゃっ!!ゆっくりしにゃいでにげりゅわよぉっ!!」 「おねーちゃぁぁん!ゆっくしぃ!ゆっくしぃぃ!!」 自分達の周りに生えている草を食べると死んでしまう。 一瞬で今たっている場所が毒にまみれた恐ろしい所に変化した。 底にへばり付いたカスカスの体力に鞭を打ち、赤ゆ達は二つの死体と周りに生えている草から必死に逃げた。 「ちゅかれたわぁ……はしったらもっとぺーこぺーこになっちゃったわぁ」 「まりしゃもぉぉぉ!!おにゃかしゅいたおにゃかしゅいたぁぁぁぁ!!!!」 空腹の状態でそんなに跳ねれるはずも無く、その場にへたり込むありしゅとまりしゃ。 周囲を見れば、他の子たちもみな一様にお腹が空いたと訴えている。 たくさん生えている草さんは毒が入っているし、かといって他に食べれそうなものも無い。 「おねぇぇぇちゃぁぁぁんぅぅ!!まりしゃむーじゃむーじゃしちゃいのじぇぇぇ!!!」 「ゆゆぅ……まりしゃ……」 両親と一緒だった最後の食事の記憶。 父がサプライズと称してもってきたおにくさんはおいしかった。 とってもおいしかった。 思い出すだけで涎が垂れてくる。外に出れば何とかなると思っていた。 きっとおいしいごはんさんがたくさん見つかるはずだと思っていたのに。 「どうしよう……どうしゅればいいのかしらぁ……」 「ゆじぇぇぇぇぇん!ゆじぇぇぇぇぇぇっ!!」 ありしゅの可愛い妹が泣いている。 本当はありしゅだって泣きたかったが、姉の自覚が踏ん張らせる。 といっても出来ることはなく、途方にくれる以外になかったが。 「ゆゆっ!?そこのれいむおばしゃん!ゆっくりっ!ゆっくりしていっちぇにぇ!!」 「ゆん?」 「ゆっ!!ゆわっぁあ!!れいむおばしゃん!おばしゃん!!」 側で同じように泣いていた一匹のれいみゅが急に起き上がり叫んだので、そちらを見れば大人のゆっくりがいた。 そう大人、自分達の数倍も大きい成体のれいむがいたのだ。 大人はいつでも赤ゆっくりに優しかった、微笑んでくれた。 これでもう安心だ。 あっというまに数匹の赤ゆっくりたちがれいむに群がっていく。 皆笑顔だ、もちろんありしゅとまりしゃも向かう。 「れいむおばしゃん!!ごはんしゃんちょうだいにぇ!!」 「れいみゅもっ!!れいみゅもぺーこぺーこなのっ!!はやくちょうだいぃ!」 「……はぁ?」 「おとーしゃんとおかーしゃんがかえってこにゃいのじぇぇぇ!!! まりしゃのおとーしゃんとおかーしゃんをさがしちぇよぉぉっ!!」 これでゆっくり出来る、そう確信した赤ゆ達はそれぞれの要求を同時に訴える。 「ふざけないでね、なんでれいむがそんなことしなきゃいけないの? さっさとそこどいてね!」 返答は期待の真逆、拒絶だった。 「ゆっ!?―――――どうちてしょんなこというにょぉおおおおおお!?」 「やぢゃぁぁぁ!!やぢゃぁぁぁ!!ごはんしゃんだべちゃぃぃぃぃ!! はやくちょうだいぃぃ!!はやくぅぅ!!はやくぅぅぅぅ!!!」 信じられなかった。大人のゆっくりは自分達をゆっくりさせてくれるはずなのに。 「ふんっ!!」 ――――――実際れいむに他のゆっくりを気遣う余裕なんてこれっぽちもなかった。 あの日、おちびちゃんを連れて人間から隠れている間、その無限にも思える恐怖の時間。 れいむだってしーしーを漏らすような仲間の悲鳴や命乞いを、ずっとおちびちゃんは聞いていたのだ。 ストレスのあまり、れいむにそっくりなおちびちゃんはもみあげが片方抜け落ちてしまった。 それだけでなく、あれから二日もたったのに未だにプルプルと震えている。 せめてあまあまさえ手に入れば! たまたま一斉駆除を免れたとはいえ、都合よく番が二匹とも生き残れるはずがなく。 夫のまりさも加工所に連れて行かれてしまった。 だから自分で狩をして、あまあまをとってこなければいけない。 そのため、おちびちゃんだけでお留守番させなければいけない。 れいむに自分の子でもないおちびちゃんに構っている暇は全くないのだ。 「ゆゆっ!まっちぇにぇ!まっちぇにぇ!」 「ゆん?まだなにかあるの?」 そんなれいむに、他の子達よりは離れたところで見ていたありしゅが声を掛ける。 「あ、ありしゅたちはおにゃかすいているにょよ……? うそじゃないの、もうたくしゃんむーしゃむーしゃしちぇにゃいにょよ……?」 この大人には自分たちの空腹が十分に伝わっていないのではないか。 ありしゅはそう考えた、それに賛同するように言葉を重ねる赤ゆっくり達。 「しょ、しょうだよ!とっちぇもぺーこぺーこぢゃよっ!!」 「はやきゅっ!はやきゅごはんしゃんちょうだいにぇ!!!」 ありしゅ達赤ゆにとって自分たちが空腹を訴えれば、食べ物が出てくるのは当たり前なのだ。 それはそう決まっているものであり、そうでなくてはならない。 だから間違っているのはこのれいむのほうなのだ。 「はなしにならないね、じゃまだからついてこないでね!」 「ゆゆぅぅ!?どうしていっちゃうにょぉおおおおおお!?」 「まっちぇぇぇ!!まだごはんしゃんもらってにゃいよぉぉぉぉっ!!」 これ以上会話する時間すら惜しいれいむは、背を向けぴょんぴょん跳ねていく。 焦ったのは赤ゆ達だ、やっと心の底から望んだ救世主が去っていってしまう。 「ゆゆぅぅ!?ねぇぇぇ!!いかにゃいでぇぇぇぇぇ!!!! ありしゅたち、もうほんとうにおなかすいちぇりゅにょよぉぉぉおっ!! しんじゃいそうなのにょぉおおおおおおおお!!!」 「ゆじぇぇぇぇぇぇん!!ゆじぇぇえええ!!!」 振り返りもしないれいむ。どんどん遠ざかっていく。 「まっちぇぇぇぇぇ!まちぇぇぇぇぇ!!!!」 「ゆっ!ゆっ!!ゆぅぅぅぅ!!どうしてはなれていっちゃうのぉぉぉおぉぉおっ!!!」 数匹の赤ゆっくりは必死で後を追いかけるが、成体と赤ゆの移動速度の違いは残酷なほど明らかだった。 そもそもが空腹で満足に体力も残されていない。 数秒で追跡を諦め、ただただ“待ってくれ”“行かないでくれ”と泣いて縋った。 ――――――当然、それでもれいむが足を止めることは一度も無かった。 れいむのように生き残った数少ない成体ゆっくり達も、みなしごゆっくりがたくさんのたくさん居る事は知っていた。 積極的に何かをしてあげる余裕は無いが、かといって無視するのも居心地が悪い。 そんなときに頼られるのは“まちのけんじゃ”ぱちゅりーだ。 簡単な文字を読み、駆除をあらかじめ知っていたぱちゅりーは当然生き残っていた。 そのぱちゅりーを尋ね、“何かしてあげたほうがいいのかな?” そう恐る恐る尋ねるゆっくり達にぱちゅりーは答えた。 『何もしなくていい、出来ることは何も無い』 異を唱える物は一匹もいなかった。 要するに誰かにそう言ってもらいたかったのだ。 みなしごゆっくり達を助けないのは悪くない。 仕方ないんだと認めてもらえればそれでよかったのだ。 ――――そしてみなしご達は群れの全てから見捨てられた。 「ゆぇぇぇ……ゆっく、ゆっくぅ……ゆわぁぁぇぇ……ゆっ、ゆっく」 「にゃんでぇぇぇ……にゃんでごはんしゃんくれにゃいにょぉぉ……」 「ゆっくりちちゃいよぉぉぉ……ゆっくりぃ……」 やっと大人のゆっくりを見つけ、これで助かると思った期待を裏切られた赤ゆ達は、もう動く気力さえ残っていなかった。 ゆんゆんと啜り泣きながら、ただただ地面を濡らす物。 ひんひん言いながら無意識に口をもごもごと動かし、耐え難い飢えに命を削られていく物。 諦めたわけじゃない、死を受け入れたわけではない。ただ無力だった、為す術が無かった。 空は明るく、太陽が輝き、とても暖かな空気は赤ゆっくりたちを優しく包んでいる。 ――――それでも彼等は生きていくことが出来ない。 「ゆぅしょ……ゆうしょ……、ほらまりしゃがんばりゅのよっ!」 「おねぇぇちゃぁん、まりしゃつかれちゃようぅ!!」 姉ありしゅはまだ諦めていなかった。 妹のまりしゃをゆっくりさせてあげなければいけない、その思いがありしゅを支えていた。 「きっと、きっとごはんしゃんをくれるゆっくりしたゆっくりがいりゅわっ!! だからもうちょっとだけがんばりましょうにぇ!」 「でみょ……でみょあのれいむおばしゃんはごはんしゃんくれなかったのじぇ……? まりしゃいっぱいおにゃかすいたっていったにょに……」 「ゆゆぅ、あのおばしゃんはゆっくりしてにゃい“いにゃかもの”だったにょよっ! そうよ!だってそうじゃなきゃ、ごはんさんをくれないなんておかしいもの!! いにゃかものはゆっくりしてにゃいわねっ!!」 「ゆゆ!そうだったのじぇ!?ゆぅぅぅ!!あれがおとーしゃんがいってたげすなのじぇぇ?」 「そうよ!あれはげしゅよっ!!だからもっとゆっくりしたゆっくりをさがしましょうにぇ!」 「ゆっきゅりりかいしたのじぇ!!」 精神的にかろうじて立ち直ることができた二匹がゆっくり跳ねていく。 といっても目的地があるわけではない。 だれか頼れる存在、自分達をゆっくりさせてくれる存在を。 お腹をいっぱいにしてくれる大人を探しているのだ。 「ゆゆっ!!おねーしゃん!ありぇ!ありぇみるのじぇ!」 「ゆゆっ!?」 ほんの数メートル。 しかし二匹にとってはたくさんの距離を移動し息が切れはじめた頃、まりしゃが何かを見つけた。 ありしゅも言われた方向へ向く。 「あ、あれは……に、にんげんしゃん!にんげんしゃんよまりしゃ! にんげんしゃんはゆっくりしてにゃくてとってもらんぼうだっておとーしゃんがいってちゃわ!」 人間はゆっくりしていなくて、口で勝てないからってすぐ暴力に訴える最低の生き物で……。 ありすとまりしゃの父親はいつもそう言って必ず不機嫌になるのだ。 それを聞いてありしゅ自身も、なんていなかものなのだろうと考えていた。 ゆっくりしているゆっくりに暴力を振るうなんてと、怒りさえ覚えた。 しかし今ここにきて感じるのは不安だ。 得体の知れない存在が、コチラに気づいていないとはいえ近くに居る。 「でもでもおねーしゃんぅ、あにょごはんしゃん!とっちぇもおいししょうだじぇ……?」 「ゆぅ?あっ……」 人間達は地面に座って何かを食べている。 それが何かまではここらじゃ分からないが、人間達の表情が全てを語っていた。 笑顔、それもとってもゆっくりしている笑顔。 あれはそう、自分たちが“しあわせー!”している時に浮かべているような表情。 それがもぐもぐしてごっくんするたびに、どんどんゆっくりしていくのだ。 きっと、とってもとってもおいしいごはんさんなのだろう。 「ゆゆぅ、まりしゃもたべちゃいのじぇぇぇ!!たべちゃいたべちゃいぃぃ!!」 「ゆぅん……」 目に涙を浮かべながら舌で自らの唇を無意識に舐めているまりしゃ。 ありしゅだって食べたい、食べたいがさすがに人間に要求する勇気は無い。 「ま、まりしゃ、あのごはんさんはとってもおいししょうだけど……。 に、にんげんしゃんにはちかづいちゃだめっておとーしゃんもいっていたから……。 ゆっと……えっと…」 しかし“諦めよう”――――その一言が言えない。 ただの空腹感とは違い、一跳ねするだけでも気持ち悪くなるような飢餓感。 それを我慢して頑張って、ようやく見つけたとってもおいそうなごはんさん。 それを涎をだーらだーら垂らしながら見つめているまりしゃ。 とてもまりしゃをたしなめることなどできない。 「それにぃ!ほらおねーしゃんぅ!あのこもだべちぇるのじぇぇ……!! まりしゃはたべてにゃいのにぃ!!しゅっごくゆっくりしてじゅるいのじぇぇ!!」 「ゆ?――――あっ!?」 ソコにはいた。 人間のあんよに座って、人間よりももっとゆっくりした笑顔でご飯を食べている。 捜し求めていたゆっくりしたゆっくりが。 「しゅ、しゅごいわしゅごいわぁ!!あのおねーしゃんはとっちぇもゆっくりしちぇいりゅわ!」 「にぇ!にぇ!しょりぇにとっちぇもきれいなのじぇ!!」 人間は怖い、近づくのは不安だ。 しかしそこにゆっくりしているゆっくりがいるなら話は別。 あれだけゆっくりしているなら、当然自分達の希望を叶えてくれるだろう。 「まりしゃ、ゆっくりごあいさちゅしにいくわよ!」 「ゆゆぅ!わかったのじぇぇ!!」 さっそくずーりずーり近づいて行く二匹。 やっとごはんさんをもらうことが出来る。 そう思うとおくちの中がベタベタの涎でいっぱいになり、おなかの餡子がキュルキュル動く。 距離が近づくに連れて、とっても美味しそうなごはんさんがハッキリと見えてきた。 やっぱりあれはまりしゃの大好きなおにくさんだ。自分達はツイている。 二匹は満面の笑顔を浮かべていた。 「そろそろ休憩ー!お昼にしようー」 「はーい!」 「おー」 虐子がそう言うと、てーも饅殺男も動きを止めて答える。 朝から公園でゴムボールを使って散々遊び、今は昼食をとるには丁度良い時刻。 てーもヒョロヒョロだがなんとかまっすぐボールを投げれるようになってきた。 木陰にビニールシートを広げ、弁当箱を取り出す。 「はいてーちゃん」 「ありがとまみぃ!あ、きょうもやきにくだ!」 「なるほど、昨日のもったいねーしな」 アンパン○ンの顔をイメージして作られている小さい弁当箱を受け取り、てーが虐子の足の間に座る。 饅殺男が凍らせていたペットボトルをカバンから取り出す。 梅雨の時期とはいえ雨が降らない日は暑い。 「いただきます!」 「いただきまーす」 「いただきヤス」 てーはまだ箸の使い方を練習中なので外ではスプーンとフォークで食べる。 ミートボールをその手のフォークで突き刺し、口に運ぶ。 「おいしー!」 「ねー、最近の冷凍食品はほんとに何でもあるわよね」 「便利でいいよな。俺が作ったヤツみたいに形崩れねーし」 「だでぃのごはんもおいしいよ?」 「愛情タップリですから」 小さな丸い弁当箱はどんどん軽くなっていく。 シートの近くには、良く分からない木の遊具があるが他に人は居ない。 ――――だからこそソレは目立った。 まず、てーに桃の天然水を飲ませていた虐子が気づいた。 その表情を見て悟った饅殺男が視線の先を追い、自分も同じ表情になる。 何も分かっていないてーの頭を二人して撫でながら、彼等の到着を待った。 「そこのおねーちゃん!ゆっきゅりしていっちぇにぇ!!」 ニヤリと歪む二人の口は、まさに二匹の行く末をもてあそぶ悪魔のようだ。 フォークとスプーンを持ったまま、“おねーちゃん”と言われたてーがきょとんとした顔で両親と二匹を交互に見る。 一方ありしゅとまりしゃはキラキラと期待に満ちた目で見つめてくる。 「んー」 さてどうしようか、饅殺男は考える。 成体ならともかく、てーの前で問答無用で赤ゆっくりを潰すのは戸惑われる。 それに興味がある。 一斉駆除からまだ二日しかたっていない。 人間に親ゆっくりを連れて行かれたみなしご達が、どれほどゆっくりできなかったのだろうか? 話している最中に暴言なり、暴力なり振るったら駆除すればいい。 「おねーしゃん……?」 「ゆゆっ!!きいてるのじぇ!?まりしゃはまりしゃなのじぇぇ!!」 焦れたのかもう一度二匹がてーを呼ぶ。 「ん、てーちゃん。お話聞いてあげよっか」 「――――うん! こんにちわ!てんこはてーだよ!」 虐子に許可を出されると、てーが元気に挨拶する。 それを聞いて二匹は大喜びだ、きゃっきゃと笑いながら飛び跳ねている。 そしてありしゅが口を開いた。 「おねーちゃんはとっちぇもとかいはにぇ!」 「んぅ?」 とかいは、と言われてもてーには理解できない。 饅殺男と虐子はいきなり褒める事から始めた二匹に少し驚く。 「おねーちゃんがたべていたごはんしゃんはとっちぇもおいししょーだっちゃわにぇ!」 「おに、じゃにゃくてごはんしゃんとっちぇもおにくしゃんたくしゃんおにくしゃんだったのじぇ!」 「プッ!」 「おべんとうのこと?うん、おいしかったよ!」 てーは無邪気に微笑みながら答え、饅殺男はあまりにも必死すぎるまりしゃに吹笑した。 「お、おべんとうしゃん……しょんにゃすてきなもにょをたべちぇるおにぇーちゃんはやっぱりときゃいはにゃのね!」 「じゅーりゅじゅりゅ、おべんちょうしゃん。じゅるる」 早くもまりしゃの口からは涎がだーらだーらと垂れている。 ありしゅの方は比較的冷静で、慎重に、てーの気分を害さないよう気をつかっているのが伺える。 「きっとおおきないもむしゃんとか、やわらかいなまごみしゃんがたくさんはいってるんでしょうにぇ!」 「おにくしゃん!おにくしゃんがはいっちぇるにょはまりしゃしっちぇるにょじぇ! ちゃんとみえちゃにょじぇ!おにくしゃんたくしゃんはいっちぇちゃのじぇ!」 唾が飛ぶほど興奮しながらしゃべり散らかす二匹。 てーは困惑気味に答える。 「いもむし……?えぅ、そんなのはいってないよ」 「ゆえ?しょう、しょうにゃのね!そうよね!いもむしさんはにゃかにゃかたべれにゃいものにぇ! ありしゅもまいにちたべたいんだけど……おとーしゃんもおかーしゃんもなかなかくれにゃくて……」 「でもでもおにくしゃんがあればしょんにゃのきにならにゃいのじぇ!にぇ!にぇ!」 残念な勘違いをしたありしゅが、精一杯のフォローをする。 まりしゃは興奮のあまりシートすれすれまで近づいてきた。 「てーちゃん、さっき何食べたかこの子達に教えたあげよっか」 「ゆゆぅ?」 「うん!あのね、えっとからあげでしょー。それとうぃんなーとかるび! あとねー、たまごやき!それで、えっとみかんもおいしかった!」 自分の好物をつぎつぎに挙げていくてー。 サラダも入っていたが好物ではないのでスルーする。 二匹の反応、特にまりしゃはすごかった。 「かっ、かりゃ!かりゃりゃげしゃんぅ!?しょれまりしゃのょだいきょうぶちゅにゃにょじぇぇぇ!!」 「よかっちゃわにぇまりしゃ!!」 何が良かったのかは知らないが、失禁と間違えるほどの量の涎を垂らすまりしゃは饅殺男と虐子を笑わせる。 しかしてーは相手が自分より幼いゆっくりということもあり、喜んで話を合わせる。 「うん!からあげおいしいよね!てーもすきだよ!」 「ゆじゅるじゅる、まりしゃはにぇ!ごはんしゃんのなかでも、いちばんおにくしゃんがだいしゅきなのじぇ!!」 てーが言うから揚げと、まりしゃが言う、人が取りこぼし長時間放置された元から揚げを、 父が持ち帰った腐った肉には大きな違いがある。 「ゆゆっ!しゅごいわにぇ! ありしゅたちは、そのたまごやきしゃん?とかうぃんにゃーしゃんとかたべちゃことにゃいの…… しょんなにいっぱいたべれちゃら、きっとおにゃかいっぱいになれるでしょうにぇ……」 まりしゃの興奮をよそに、ありしゅの声は少し震えていた。 慎重に、最大限言葉を選んだ。これで目の前のゆっくりがどう答えてくれるか――――。 「うん!てーはさっきごちそうさましておなかいっぱいになった!」 「ゆっ!」 てーの返答はありしゅの望み通りのものだった。 ありしゅは勝利を確信した。 後はこの台詞を言うだけだ。 「おねーしゃんはおなかいっぱいなのにぇ! ――――なんだかおはなしきいていたら、ありしゅもおにゃかすいてきちゃったわー!」 決まった。 軽くのーびのーびして、お腹をヘコませ、横目でてーを見ながらのとっておきの一言。 目の前のおねーしゃんはお腹いっぱい食べてゆっくりしている。 ありしゅ達はお腹が空いている。 この状況、当然ごはんさんを用意してくれるに決まっている。 おねーしゃんが口を開く。 からあげさんだろうか?それとも他のものをくれるのか。 そして言葉が聞こえてくる、もしかして全部もらえたり―――――。 「そっか、いまおひるだもんね!」 「――――ゆえ?」 「おね……しゃん?」 今度の返答はありしゅが望んだものではなかった。 相変わらず美ゆっくりのおねーしゃんはゆっくりした笑顔を浮かべている。 もしかしてまだ続きがあるのかと思い、ありしゅは待ったが、妙な間が生まれただけだった。 おかしい、なぜ“じゃあこれをたべてね!”って言ってくれないんだ。 もしかして“さぷらいずさん”なのだろうか。 「ま、まりしゃすききらいしにゃいいいこにゃのじぇ! にゃ、にゃんでもたくしゃんたべるのじぇ!」 「そ、そーよ!いもーちょはとっちぇもとかいはにむーしゃむーしゃしゅるのよ!」 「そうなんだ、えらいね!」 もしかして自分達の好みの心配をしてくれたのでは? そう思い、まりしゃが自身の食欲のすごさをアピールするが、無難に褒められてしまった。 おねーしゃんはおねーしゃんだが、大人のゆっくりではない事はありしゅにもわかる。 だからちょっとお馬鹿さんなのだろうか。 だからごはんさんを出してくれないのか。 「えっとあにょね!ありしゅたちうぃんなーさんなんていちどもたべたことにゃいの! ど、どんなあじがするのかしら~」 「まりしゃも!まりしゃもないのじぇ!!うそじゃないのじぇ?」 「うん、えっと、ういんなーはおにくで、かわがかたくて、えっとなかはやわらかいよ!」 実際に口にしたいと願う二匹。 食べたことが無い物に、味を伝えようと一生懸命なてー。 両者は決定的に食い違っていく。 そして赤ゆ二匹の意図に気づき、笑う饅殺男と虐子。 「きっととかいはなあじなんでしょうにぇ……。 いちどでいいからたべてみちゃいわぁ……」 「まりしゃからあげしゃんのことをかんがえるだけで、よだれがぼーとぼーとしちゃうにょじぇぇ!!」 二人には当然、二匹が図々しく遠まわしに食べ物を要求していることはわかる。 しかし二人と比べれば、幼いてーにはそれが伝わらない。 「“とかいは”なおねーしゃんがたべているんだから、きっといもむししゃんよりおいしいんでしょうにぇ!」 「おねーしゃんはとっちぇもゆっくりしてるのじぇ!」 「うん……?」 今度は露骨にてーを褒めだすが、てーはただ戸惑っている。 二匹が何を言いたいのかよくわっていないようだ。 「いいなぁ、いいにゃぁー、くささんはまじゅまじゅでおいしくにゃいのじぇ!」 「そうにぇ、くさしゃんはとかいはじゃないわぁー。おにぇーしゃんのおべんとうさんとちがって……」 チラチラと見てくるありしゅに、てーは困惑気味に言った。 「くささんはたべものじゃないよ……?」 「おっと」 饅殺男はこのてーの言葉で赤ゆ二匹が激昂するのではと考え、万が一に備え、てーに近づく。 確かに成体なら『野良の厳しさをしらないクソガキがぁぁぁっ!』等怒鳴ったことだろう。 しかし二匹は違った。 「そうよにぇ!ありしゅもそうおもうわ! もっとほかのものをたべるべきよにぇ!そうたとえば――――」 「おにくしゃん!おにくしゃんとかいいのじぇ!そうだよにぇ!?」 どうやら同情を引けると思ったらしい。 てーの返答をワクワクしながら待つ。 「そうだね!くさよりぜんぜんいいよ!」 「そうよね!」 「そうだじぇ!」 「………………」 そしてまた生まれる奇妙な間。 二匹は『これを食べてね』とてーがご飯をくれるのを待ち、てーは二人が急に黙ったので不思議に思っている。 「ぶはっ!」 耐えかねた饅殺男が吹き出す。 「ゆぅ、ゆー!おねーしゃん!」 「んぅ?」 「ほらみちぇにぇ!まりしゃこんなにもーぐもーぐがじょうずなんだじぇ! もーぐもーぐもーぐもーぐ!にぇ?しゅごいじょうずでしょ?」 二匹は諦めない。今度はまりしゃがてーに向かって、口を開いては閉じ、空気を咀嚼する。 「う、うん。じょうずだね……」 「でしょ!でしょ!? いまおいしーおにくをたべればさいきょうにしあわしぇーできるきがするのじぇ!」 余りにも必死になりすぎて、若干てーがひいてしまっているのに気づいていない。 ――――『ください』が言えない。 短いゆん生で一度も“ちょうだい!”と要求したことがなかった。 なぜなら不満を口にするだけで、両親が必ず解消してくれるのだ。 お腹が空いたといえばご飯をくれる。 うんうんしたいと言えばぺーろぺーろしてくれる。 寒いと言えばすりすりを。 「ぐぐぅー、ぐー。……ほらきこえた?ありしゅのおなかのおと! ぐぐぐー、えっと。ぐーぐー!」 「えー?くちでいってたよ……?」 口でぐーぐー言いながら、お腹が鳴ったと騒ぐありしゅ。 これが唯一知っている頼み方なのだ。 ストレートに要求することを知らない。これは二匹の責任ではない。 なぜなら教わっていないのだ。他者から物をねだる方法を知らない。 『ご飯が欲しければ、空腹をアピールする』 それが二匹の渡世術の全てなのだ。 「くっくははは!」 饅殺男と虐子もそれに気づいた。 そもそも一度も『あまあまよこせ!』もしくは『きゃわいい○○にちょうだいにぇ!』などど口にしないのだ。 不思議に思わないはずは無い。 恐らく学ぶ機会のないままに、両親が加工所に連れて行かれたのだろう。 精一杯、自身が空腹なことと、肉類が好物な事をてーに訴える姿は見ていて飽きない。 だから自分達も参加し始める。 「てーちゃん、マミィお腹いっぱいだからこのハム食べちゃって。 そしたらお弁当の中全部綺麗になくなるから」 「あっ、うん!」 「ゆゆぅ!!」 無くなる、それを聞いて二匹は焦った。 「そ、そんなにたべすぎるとおにぇーしゃんがゆっくりできなくなっちゃうかもなのじぇ! たとえばしょうだじぇ!まりしゃがしょのごはんしゃんをたべればちょうどいいくらいなのじぇ!」 「しょうにぇ!たべしゅぎはよくにゃいわ!きっとよくにゃいの!」 必死にてーを制止しようとする二匹。 そこへ虐子が口を挟む。 「うわー、ヒドイね。おデブちゃんだって!失礼だねー」 「むぅ、ちゃんとうんどうしてるからへいきだもん!」 「えっ、ちが――――」 否定して、てーがハムを頬張る。 「ゆわぁぁ!!どうしてだべちゃうのじぇぇぇ!?」 「ありしゅたちおにゃかすいてるって――――――」 「なにしてるんだぁそこのちびぃいいいいいいい!!!!」 「ん?」 いきなり成体れいむが怒鳴りながら突っ込んで来た。 饅殺男は咄嗟にてーを庇おうとするが、既に虐子が抱き上げている。 だがれいむはそんな二人には構わず、ありしゅとまりしゃにくってかかる。 「にんげんざんにめいわぐかけちゃだめでしょぉぉぉっ!? またかこうじょがきたらどうするのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」 「ゆぇ?あっ!さっきのれいむおばしゃん!」 「おばしゃんなにいっちぇるのじぇ?まりしゃはおはなし――――」 「だまれげすちびぃぃぃぃ!!」 大体の事情は把握した。 虐子がいまにもおちび二匹を踏み潰しそうなれいむに話しかける。 「れいむさん?落ち着いてください」 「ゆひぃぃぃぃぃぃ!!にんげんさんぅ!!!ごめんなさいぃぃ!!ゆるしてくださぃぃぃ!!」 その途端れいむが頭を地面に叩きつけて謝罪し始めた。 しーしーを漏らしてしまいそうな怖がり方だ。 “生き残り”では無理もない。 「はいはい、許します。で、どうしたんですか?」 「はいぃぃ!!かこうじょがきてぇぇぇ!!れいむのまりさはつれていかれちゃったんですぅぅぅ!! おちびちゃんもぉぉぉ!!ゆっくりできなくなっちゃてぇぇぇ!!」 「それはそれは、大変でしたね」 加工所の職員さんが、と小声でつぶやく。 涙でグシャグシャの顔で頷くれいむ。 「だからおねがいですぅぅ!!かこうじょをよばないでくださぃぃぃ!! れいむたちはんせいしましたぁぁぁ!!」 「はぁ、まぁそんなつもりはありませんが」 「ありがとうございますぅぅぅ!!!」 加工所の一斉駆除、あの日にれいむの知り合いはほとんどが人間に連れて行かれた。 そして、誰一人として帰って来なかった。 あの日からまだ二日しかたっていない、人間への恐怖はまったく薄れていない。 “まちのけんじゃ”が言うには、人間さんを怒らせたせいで“いっせいくじょ”されたそうだ。 二度と人間には関わるなとも言っていた。頼まれたって関わりたくはなかった。 ――――そう思っていたのにあのクソガキときたら! 「それであなたはどうしてここへ?あの子達を注意しに来ただけではないでしょう?」 「はいぃ!れいむはおちびちゃんのためにぃ!あまあまをさがしにきたんですけどぉっ!! ぜんぜんみつからないんですぅぅ!!おちびちゃんしんじゃいそうなのにぃぃぃ!! もうどうしたらいいのかわからないんですぅぅぅぅ!!!」 その場で泣き崩れるれいむ。 「あー、はいはい。私のおちびちゃんが寝れないんで静かにしてください」 「ゆあぁあぇぇぇ。ごべんなざぃぃ」 食後の満腹感からウトウトしているてーの背中を撫でながら、虐子はニヤリと笑う。 「じゃぁ、あまあまを手に入れる方法を教えてあげます」 「ゆっ!?ほんとうですかぁあああああ!?ありがとうございますぅぅぅ!!」 ガバッと顔を上げたれいむの顔は、砂や草が砂糖水のせいで張り付き、大変なことになっていた。 そんなれいむに笑顔を絶やさずに虐子は言った。 「それでは、あのおちびちゃん二匹を連れて帰ってあげてください」 「ゆぇ!?」 「ゆゆぅぅぅ!!おねーしゃんいっちゃった……」 「まりしゃまだむーしゃむーしゃいっかいもできてないのじぇぇ……。 ゆっ、ゆっ、ゆっ、もういやなのじぇぇぇぇぇぇ!!! なんでみんなごはんしゃんくれないのじぇぇぇ!!!!」 てーが虐子に抱き上げられ、ついでに今やってきたれいむもついて行ってしまった。 突然すぎて訳が分からなかったが、少なくともあれだけ頑張ったのにご飯をもらえなかったのは確かだ。 「ゆえぇぇぇぇ!おにゃかすいちゃぁぁっぁ!!おにゃかぁあぁぁ!! むーしゃむーしゃさせるのじぇぇぇぇ!!ゆじぇぇぇぇぇえんっ!!!」 「な、なかないでまりしゃぁ、ありしゅだっちぇ、ありしゅだっちぇ、ゆぇぇぇぇぇぇ!!」 もうどうすればいいのか分からない。 もうたくさん頑張った。 歩いて、人間と一緒に居る子と不安を我慢して会話までしたのに空腹感は強くなるばかり。 出来ることと言えば、ただ泣き喚くだけ。 「ねぇ君達さ」 「ぐっす、ゆぇ?」 「ゆじぇぇぇぇえ!!ゆじぇぇぇぇん!!」 そんな二匹に饅殺男が声を掛ける。 「ご飯さんが欲しかったのかな?」 「っ!!しょうにゃのよぉぉっぉぉぉ!!!ありしゅたちとってもおにゃかすいちぇるにょぉぉっ!! それにゃのにぃぃ!あのおねーしゃんはごはんしゃんをくれにゃいのよぉぉぉっ!! たくさん“いにゃかもの”だわぁっぁぁぁ!!!」 やっと自分達の気持ちを理解してくれる存在を見つけた。 今までたまっていた不満を一気にブチまけるありしゅ。 「どうしてあの子が君達にご馳走しなきゃいけないのかな?」 「ゆはぁぁぁ!?だってありしゅたちおにゃかすいちぇるにょよぉぉ!?」 「ゆじぇぇぇぇぇ!!おにくしゃんたべちゃぃぃぃ!!!」 何を言っているんだこの人間は、ありしゅは怒った。 どうしてだって?自分達が空腹だからに決まっているじゃないか。 それをあんなに丁寧に教えてあげたのに! 「ああ、そう。 それじゃぁ君達はご飯をどうやって手に入れるか知っているかな?」 「ゆは?」 手に入れる?ごはんさんを?意味が分からなかった。 「ごはんしゃんは、おとなならみんなもってるのよ……?」 「あっはっは!そうかそっか、そんな勘違いしてたのか!」 「ゆぇぇぇ!?かんちがいっ!?」 そんなはずは無い。 ご飯さんは大人なら必ずたくさん持っているんだ。 「だっちぇだっちぇ! おとーしゃんとおかーしゃんはありしゅがおにゃかすいちゃっていえば、いつもごはんさんをくれちゃわよ!」 「そうなのじぇぇ……おとーしゃんとおかーしゃんはごはんしゃんぜったいくれたのじぇぇぇ!!」 「そうか。でさ、他のゆっくりは?」 「ゆえ……?」 他といわれても、二匹は外に出たのは今日が初めてで他のゆっくりにあったのも初だ。 大人のゆっくりなんてさっきのれいむおばしゃんだけだ。 「れいむおばしゃんは、くれなかったけど……でもでも」 「みんな頑張って狩をして集めているんだよ?おとーさんは毎朝出かけてだろ?」 「ゆぅ……」 確かに父親は、いっつも居なくなってしまう。 そして帰ってくるころには、なんだが疲れた顔をしているのだ。 「かりってにゃに?ゆっくりできるのじぇ?」 「ご飯を探す事さ。君達だって外で一応探したんだろ? どう?ご飯はあったかな?」 「ゆ、ゆぅぅぅぅ……」 言われて思い出した。 雑草を口にして死んでしまったかわいそうな他のゆっくりの子。 周りの子達は自分達と同じく、お腹すいたと言っていた。 てっきり誰か食べさせてくれるゆっくりを探していたのだと思ったが――――あれはご飯を自分で探していたのか? なんだがどんどん不安になってくる。 「ね、ねぇにんげんしゃん。その……かり?ってむずかしいのかしりゃ?」 「そうだねぇ。君達のお父さんは毎日あまあまをもって来れた? 草とか多かったんじゃないかな?」 「ゆぅ!そうなのじぇ!!まりしゃおにくしゃんたべたいのにぃ!! ぜんぜんたべさせちぇくれにゃいのじぇぇ!!」 まりしゃはのん気に不満を口にしているが、ありしゅの不安は募っていく。 「だろうねぇ、あまあまなんて見つかるわけもないし、君が言うおにくだって無理。 草ですら君達でも食べられるようなものは、取り合いになるからね。 すっごく難しいと思うよ。おちびちゃんじゃ無理だね」 「しょんな……ゆっ!う、うそよ!にんげんしゃんはうそをいっちぇるわ! だってあのおにぇーしゃんはごはんさんたくさんたべてたじゃないにょ!!」 「そうなのじぇ!!まりしゃもみたのじぇ!!おにくしゃんたべちぇちゃのじぇぇぇ!!」 天啓をひらめいたかのように饅殺男に詰め寄る二匹。 クスリ、と笑いながら答える。 「ああ、あの子には僕があげたんだよ」 「ゆゆぅぅ!?しょうなのぉ!!しょうだったのにぇぇぇ!? ありしゅもとっちぇもおにゃかすいちぇりゅにょよぉぉっ!? むーしゃむーしゃしたらとかいはににゃれりゅわぁぁぁぁ!!」 「まりしゃおにくしゃん!!!おにくしゃんがいいのじぇぇぇ!!」 今日で何回目の『お腹が空いている』宣言だろうか。 とにもかくにも、自分達ももらえると確信した二匹は大騒ぎだ。 ますますその笑みを深くして、饅殺男は答える。 「君達にはあげないよ」 「ゆっ!?……どぼじちぇしょんにゃこというにょよぉおおおおおお!!! いじわりゅしにゃいでよぉぉぉぉぉ!!!」 「にゃんでくれにゃいのじぇぇぇぇぇ!!!まりしゃもうおなかこんにゃにへこんじゃって――――」 「あの子はね、僕のおちびちゃんなんだ」 またしても、饅殺男の言葉がありしゅ達を呆けさせた。 「ゆ……え……?」 「僕はあの子のおとーさんだからね。ご飯さんをあげるのは当たり前でしょ? 君達のおとーさんだって必ずごはんさんをくれたんだろう? 逆にさ、おとーさんとおかーさんが他の子にご飯あげた事はあったかな?」 「あ、それは……」 無い。そんなところは見た事無い。 「無いよね?当たり前さ、だってご飯さんを集めるのはとっても大変なんだ。 だから他の子なんかに絶対あげたりはしない。 繰り返すけど、狩は本当に大変で、ご飯を探すのはとっても難しいからね」 「そう、にゃのね……」 「かりしゃんは……ゆっくりできにゃいのじぇ……」 意気消沈。二匹の表情は重く、沈んでいく。 おとーさんが今までそんな苦労をしていたなんて知らなかった。 ご飯さんがそんなに手に入れ難いものだったなんて。 「ありしゅたちは、おとーしゃんとおかーしゃんをさがさなきゃいけなかったのにぇ」 「そうそう」 「ゆゆぅ、おとーしゃん、おかぁぁぁしゃぁぁぁぁぁん!!!」 言われて寂しさが一気に押し寄せてきたのだろう、まりしゃが泣き出す。 そうだ、自分達はご飯より何より両親を探すべきだったのだ。 何時だって自分達をゆっくりさせてくれたのは、ご飯じゃなくて両親だったのだから。 「ゆっくりりきゃいしちゃわ……。 にんげんしゃんぅ、ありしゅたちのおかーしゃんは――――」 あわよくばこの人間に探してもらおう。 そう思っていたありしゅの言葉に被せるように、ニヤニヤ笑う人間から返答がきた。 「死んでるよ」 「――――――――ゆぇ?」 おおよそ五秒間。 言われた言葉を餡子で出来た脳が理解するまでに掛かった時間だ。 「ゆぇぇぇぇぇ!?にゃんでぇぇ!?おとーしゃんとおかーしゃんがしぬわけないでしょぉぉ!!!」 「しょーなのじぇぇ!!おとーしゃんはさいきょうなのじぇぇぇぇ!!」 「じゃぁなんで君達は今、二匹だけなのかな?」 「それ……は……おとーしゃんたちがかえって、こにゃい、から……」 そう、そもそも自分達が外に出てきたのは両親がたくさん待っても帰ってこないからだ。 今までこんなことは勿論無かった、じゃあ何でこんなにも長く――――? マズイ、考えてはいけないとドクドク波打つ餡子が教える。 なのに、聞きたくも無い解説を人間がいれてくる。 「二日前に加工所の一斉駆除があってさ、大人のゆっくりはほとんど連れてかれちゃったんだよ。 僕も見てたから間違いないさ」 「ゆ……あ……」 「さっきれいむ――おばさんも言っているの聞いただろ?“かこうじょ”ってさ。 だから探したって無駄だよ。死んじゃったんだもん」 「ゆ、ゆ、ゆ、やじゃぁあああああああああああ!! おとーしゃあああああああああ!!おかぁっぁぁぁぁしゃぁぁぁぁ!! にゃんでしんじゃったのじぇぇぇぇぇぇ!!ゆっくりぃ!!ゆっくりぃぃぃ!!」 否定したくても事実両親は帰って来なかったし、あのれいむおばしゃん以外に大人を見ていない。 ありしゅ自身もうすうすおかしいとは思っていたのだ。 だけどそんな怖いことは考えないようにしていた、なのに、なのに! 「ゆわぁぁぁぁえぇぇぇえ!!しょんなのいやよぉぉぉぉぉ!! あああああああああああああ!!おかしゃぁぁぁぁあああ!!!」 「ゆじぇぇぇぇぇぇあぁえぇぇえぇ!!ゆじぇぇぇぇぇぇえん!!」 号泣する二匹を、ニコニコしながら饅殺男が見下ろす。 声を掛けるでもなく、もちろん慰めることなどせず、二匹が自然に落ち着くのをまった。 「ゆっぐぅ、ゆっぐぅぅぅ、おねーちゃぁぁ!!まりしゃたちこれかりゃどうすればいいのじぇ?」 「ひっぐぅ、ひっぐぅぅぅ!!しょんなのしらにゃいよぉ……」 「ゆえぇぇえぇぇあぁぇぇえぇぇえ!!」 そんな事ありしゅが聞きたいくらいだ。 だからそのまま、ありしゅは饅殺男に尋ねる。 「にんげしゃんぅ……」 「ん?何かな?」 「ありしゅたち、どうしゅればいいにょ……?」 いくら楽観的なゆっくりとはいえ、画期的な解決策を授けてくれるとはさすがに期待していなかった。 ともかく、これからの生活への望みが、髪の毛一本ほどの希望でもいいから欲しかった。 「さぁね、勝手にすればいいじゃないか」 「……ゆ、あゆ、ゆああああああああああああああ!!!」 冷たい、あまりにも突き放した答えだった。 酷すぎる、鬼だゲスだと罵りたかったが、そんな気力も体力もとっくに無かった。 「ゆじぇぇぇああぁぇぇえぇえぇ!!ゆじぇぇぇぁぁえぇぇ!!」 「まり……しゃ……」 妹はもう半狂乱になっている。おさげを振り乱し、帽子が落ちるほど頭動かし、泣き叫んでいる。 かわいいかわいい、ありしゅのたった一匹の妹が。 「ゆっぐぅぅぅ、ゆぐぅぅぅぅ!しにちゃくにゃいわぁぁ……」 死にたくない。 それがだめでも、もう一回だけでも妹にお腹いっぱいむーしゃむーしゃさせてあげたい。 もともとご飯さんを求めていた。たくさん頑張った、お腹すいているのに我慢してぴょんぴょんした。 それなのに何も手に入らなかった。 ごはんさん、ごはんさんが欲しい、ごはんさんごはんさん―――――― 「にんげんしゃん……」 「うん、聞いているよ」 「ありしゅに、ありしゅにかりをおしえてほしいのっ!」 「ゆじぇぇぇぇ……ゆっぐゆっぐぅ!」 それはありしゅの生まれて初めてのお願いだった。 妹を助けたい、ゆっくりさせたい。 その思いが、ありしゅに頭を下げることを教えた。 「あー、狩……ねぇ」 「おにぇがいよぉぉ!!ありしゅがんばるわぁぁ!! たくさんたくしゃん!がんばるからぁぁぁぁっぁぁぁ!!」 「んー」 言葉に嘘はなかった。ありしゅは本気だ。 今はともかくごはんさんが必要だ。 それにご飯さんを手に入れて、おうちでゆっくりしていれば両親も帰ってくるかもしれない。 「わかった」 「あ、あ、ありがちょぉぉぉぉ!!にんげんしゃんぅ!おにーしゃんはと――――」 「あの花」 「ゆえ?」 人間さんが指差す方向。 そこには茶色い大きな壁さんがあった。 そして確かに綺麗なお花さんが生えている。 「あの遊具にあるお花、アレを取ってこれるかな? もちろん食べていいよ。その前に段差があるけど僕は手伝わない。 それくらい何とか出来ないんじゃ、狩の仕方を教えても無駄だからね」 「っ!ゆっくり、りかいしちゃわ!」 「おはにゃ……たべられゆのじぇ?」 食べ物の話をしていると分かったまりしゃも泣き止む。 人間さんが言うお花さんは見えている。 すっごく大きい、食べればきっとお腹いっぱいになることが出来るだろう。 ただ人間さんが言う、“だんさ”というものが気になる、ここからじゃよくわからない。 「まりしゃ!あのおはなさんをとりにいくわよ!!ゆっくりむーしゃむーしゃできるのよ!!」 「ゆゆぅぅ!?ほんとなのじぇ?おはなしゃんたべられるのじぇ?うそじゃないのじぇ?」 何度も期待を裏切られ、疑い深くなったまりしゃがありしゅに繰り返し確認を取る。 「ほんとうよ!やっとたべられるの!がんばっちぇとりにいきましょうね!」 「ゆゆぅぅん!!やったのじぇぇぇ!!ゆっくりりかいしたのじぇぇぇ!!!」 さっそく力の入らない身体を引きずり、お花のほうへ近づいて行く。 近づけば近づくほど、お花はどんどん大きくなっていく。 「しゅごいしゅごいのじぇぇぇ!!まりしゃこーんなおおきいおはなはじめてなのじぇぇぇ!!」 「よかったわにぇ!まりしゃ!」 そしてどうにかお花の下へとたどり着いた。 そこでありしゅは段差を知る。 「どぼしてかべさんがあるのじぇぇぇぇ!!どくのじぇぇぇ!!どいちぇよぉぉぉ!!」 「これが……だんさなのにぇ」 壁と言っても自分達の背よりほんの少し高いくらい。 とはいえ、今の二匹にとっては絶壁に等しい。 元気な状態でも飛び越えることは難しいだろう。 「ゆぅぅ!!ゆぅぅぅぅ!!どどかにゃいぃぃぃ!!にゃんでぇぇぇ!! まりしゃのおはなぁぁぁ!!おはにゃさんぅぅぅぅ!!!!」 まりしゃはそれでも懸命に跳ねるが、ぽよんぽよんと跳ね返されるだけだ。 もちろん一度では諦めきれず、何度も何度も挑戦する。 チラリと人間さんを見るが、助けてくれるはずは無い。 やはり自分達で何とかするしかないのだ。 どうにかして登らないといけない。 「ゆぅん……まりしゃ」 「ゆひぃ、ゆひぃぃ、ゆ?おねーしゃん?」 少し悩んでありしゅが口を開いた。 「おねーしゃんのうえにのってぴょんぴょんしちぇにぇ!」 「ゆゆぅぅ!?で、でみょ……」 姉の上に乗って跳ねる。確かにそれなら登れるかもしれない。 だがさすがのまりしゃでもそれが、姉に苦痛を強いる行為だと知っている。 そもそも踏みつけはゆっくりの代表的な攻撃方法の一つだ。 それに姉とはいえ、自分とほとんど背丈は変わらない。 「いいのよ、それにおはなさんがあればかりをおしえてもらえるのよ! あんなにおおきなおはなさんいがいにも、もっちょもっちょたべられるの!」 「おねーしゃん……」 「さぁ、はやくのるのよ!」 「う、うん」 ありしゅが伏せた。 とはいえ、片方のあんよを乗せてから――なんて事は出来ないので、ためらいがちにまりしゃが飛び乗る。 「ゆべぇっ!」 「ゆゆぅぅ!?ご、ごめんなのじぇぇ!!おねーしゃんぅぅ!!」 「い、いいのよ、それよりもがんばってぴょんぴょんしちぇ!」 「ゆ、ゆん」 口ではそう言っても、姉の声はとっても苦しそうで、身体もプルプルと震えている。 とても全力で踏み込み、跳ねることなんてまりしゃには出来なかった。 「ゆんぅ!」 「ゆぎぎぃ」 ――――だがそれでは壁を登ることは出来ない。 「ゆっがぁぁぁ!」 「ゆぅ?ああああ!おねーしゃんぅ!」 当然着地地点はありしゅの身体の上であり、ありしゅに大きなダメージを与える。 まりしゃのあんよには、姉を押し潰しかけた感触がはっきりと残っている。 「ゆじぇぇぇ!!ごめんなしゃいぃぃぃ!!!」 「ゆぶぅ、ぶぶ、いい、がら、つぎは……しっぱいしないで」 「うん、うんぅぅぅ!!ぜったいとぶよぉぉ!!」 もはや姉を気遣う余裕など無い。 肉親を踏み潰すなんて絶対嫌だ。 今度こそ、思いっきり踏ん張り、まりしゃは跳んだ。 「ゆっしょぉぉ!!」 「あぎぃぃ!!」 その甲斐あってか、ありしゅのクリームを犠牲にして、まりしゃはついに段差を超えることが出来た。 「やっちゃぁっぁぁぁ!!やっちゃよぉおねぇぇぇちゃぁぁん!!」 「ゆ、しゅごいわ、まり、しゃ。おはなしゃんには、とどく……?」 ここでお花に届かないなんてことになったらお手上げだ。 どうしようもない、激しい緊張がありしゅに走る。 「ゆっ!だ、だいじょうぶなのじぇぇぇぇ!!!とどくっ!とどくのじぇぇぇ! しょごいよぉぉぉ!!まりしゃよりじぇんじぇんおおきいのじぇぇぇぇ!!!」 「よかっちゃわぁ……」 安心したら思わず涙が出てきた。 やっとだ、やっと希望が見えてきた。 そして何より、やっとごはんさんを食べることが出来る。 「いまそっちにもってかえるのじぇぇぇ!! おはなしゃん!まりしゃにゆっくりむーしゃむしゃされてね! あーん――――がっ!あ……え?ああああああああああああああああ!!!」 「まりしゃ!?どうしちゃのぉぉぉ!?」 まりしゃがお花さんを噛み千切ろうとした瞬間、突然異常な叫び声を上げ、転がり落ちてきた。 「いだぃぃぃぃ!!いだぃぃょおぉぉぉぉ!!まりしゃのはがぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「まりしゃぁああああああ!!!あああっ、はが……!」 いだいいだいと泣くまりしゃの歯は所々欠けていた、折れてしまっていた。 「いだだぎぃぃぃぃ!!いだいぃぃじぇぇえぇぇぇぇ!!ああああああ!!あああああ!!」 「なんでぇぇぇ!!どうしてまりしゃのはがおれぢゃっだのよぉぉぉぉ!!! おはなさんをとろうとしただけなにぃぃぃぃ!!!なんでよぉぉぉぉぉぉ!!!」 「絵なんだよ」 「――――――――え?」 果たしてありしゅの“え?”はどちらの意味だったのか。 何時の間にかありしゅのすぐ近くに人間が立っていった。 「あれは遊具に描いてある絵。つまりお花の形をした偽者なの。 木の板にペンキで書いてあるだけだから、食べられるわけないの」 「どうしちぇ……にゃんで……にゃんでそんなひどいこちょ……」 ゆっくりとありしゅは振り返り、かすれる様な声で聞き返す。 人間は笑っていた。 「絵と本物の区別が出来ないようじゃ、狩なんて絶対無理だからさ。 試したんだけど、やっぱり間違えちゃったね」 「まりじゃのはがおれじゃったよぉぉぉぉ!!いだいぃぃぃ!!おねーじゃぁぁぁん!!」 「ひどしゅぎる……ひどすぎるわぁぁぁぁ……」 今度こそ全ての気力が尽きた。怒りは当然ある。 あいつは、この人間は最初っから全部解っていた。 その上で笑っていたんだ。許せるはずがない。 それでもありしゅには、体当たりする力も、罵倒する体力も残っていない。 「ひどぃぃ、ひどいわよぉぉぉ……」 「ひぃぃぃ、あぐぃぃぃい!!ゆじぇぇぇぇぇ!!」 「これで分かったよね?もうどうしようもないよ。 まぁ、楽しませてもらったお礼に――――――」 「饅殺男ストップ」 「ん?」 片足をあげ、二匹をゆんごくへ送り届けようとしていた饅殺男を止めたのはてーを抱いた虐子だった。 足元にはれいむがいる。 「このれいむさんが、二匹を引き取ってくれるんだって」 「そうだよおにーさん!れいむがこのちびひきとるよ!」 「は?」 「ゆ、え?」 「ゆっぐ、えっぐぅ、いちゃいのじぇぇぇ……」 いきなりすぎて話についていけないのは、二匹も一人も一緒だった。 特に当事者のありしゅは完全に混乱していた。 「あにょ、ありしゅたちを?ひきと?え?」 「いいから、さっさとれいむのおうちにいくよ! そっちのないているちびもだよ!ごはんさんもたべさせてあげるよ!」 「ゆっぐぅぅぅ、えっぐぅぅぅ」 「よかったですねー。れいむさんが面倒見てくれるみたいですよ」 「あ、え?」 本当に訳が分からない。 そんなありしゅの心情など全く気にせず、れいむはまだ泣いているまりしゃを頭に乗せ、ありしゅを急かす。 「それじゃ、さよならー。れいむさん!おちびちゃん!」 「うん!にんげんさんありがとぉぉぉ!!れいむこのおんはわすれないよぉぉぉ!!」 「あ、さよな、ら?」 ありしゅは妹の歯の事、それから自分達を笑った人間の事すら、忘れてれいむの言った事を考えていた。 おうちに連れて行ってくれる?ごはんさんをくれる? 流されるままにありしゅも頭に乗せられ、れいむのおうちへと行くことになった。 後に残ったのは人間二人と、胴付ゆっくりが一匹。 「何言ったん?あのれいむ敬語止めてたし」 「まぁいろいろ。追っかけるでしょ?」 「当然」 二人はいつもの薄暗い笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩き出した。 「あ、あのれいむおばしゃん?ありしゅたちにごはんさんをくれるの?」 「そうだっていってるでしょ?なんどもきかないでね!」 「おばしゃんぅ、まりしゃはがいちゃいのじぇ……!」 「あーもう!いえにかえったらなおしてあげるよ!だからしずかにしててねっ!!」 「ゆん……」 先ほどからこの調子でまともに取り合ってくれない。 それになんだか不機嫌さが伝わってくる。 ありしゅは不安だった。 「まりしゃ、ぺーろぺーろ」 「おねぇちゃぁあん」 ともかく、かわいそうな妹だけはなんとかゆっくりさせてあげたくて、その傷ついた身体をぺーろぺーろする。 自分を頼ってくれる妹、これ以上は絶対に苦しませるようなことはさせない。 「……ついたよ」 「ゆ、ここがおうちなのにぇ……とかいはだわ」 自分達のおうちと同じくらいの大きさ。 外側だけでは何も分からなかったが、取りあえず褒めておいた。 「さ、まりしゃ。おばしゃんのうえからおりりゅわよ」 「ゆぅ、ゆっくりりかいしたのじぇ。……ゆん?」 「おばしゃん……?」 地面に降りたまりしゃにれいむが口を近づける。 もしかして、ケガをしている妹をくわえて運んでくれるのだろうか。 意外と優しいのかもしれない。 ありしゅがお礼を言おうとして口を開いたとき、れいむは口を閉じた。 まりしゃの頭部を噛んでいた口を。 「ゆびゅっ!?びゃっ!?びゃば?びゃばびゃばばばばばば!!」 「え?」 「やったぁぁぁ!!!ほんとだぁっぁぁ!ほんとにあまあまだったよぉぉぉ!! このちびたちほんとにあまいよぉぉぉぉぉぉ!!!ありがとうにんげんさんぅぅぅ!! これでれいむのおちびちゃんたちをたすけられるよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」 れいむに頭部を喰いちぎられたまりしゃは、中枢餡を傷つけてしまったのだろう。 笑っているかのような表情で、目玉をグルングルンと回し、異常な痙攣を続けている。 それでもまだ、ありしゅは目の前の光景が信じられなかった。 おめめから上が無くなった妹、あれでは死んでしまうじゃないか。 「よっかったよぉぉぉ!!!ゆっ!?そうだよ!ゆっくりしてるばあいじゃないよ!」 れいむが虐子から教えてもらったのは一言。 『赤ゆっくりは甘い』だった。 「ゆ……あ……、あ、あ、ああなにしちぇるにょよぉぉぉぉぉぉ!!!」 妹が、死んだ。殺された、同じゆっくりに。 「まりしゃをかえしてぇえぇぇぇぇ!!かえしなさぃぃぃ!!! あにょこはぁぁぁぁ!!!たったひとりのいもうちょなのよぉぉぉ!!」 「うるさいよ!!おまえもしんでね!!」 「ひぃぃぃぃぃ!あいぃぃぃぃぃ!!」 「まったく、おちびちゃんにあげるぶんがへっちゃったでしょ?」 怒り狂うありしゅも、れいむによって右半身をごっそり喰い取られた。 痛い、苦しい。悔しい。 結局外であったヤツは全員、人間もゆっくりも自分達をゆっくりさせてくれなかった。 そして最後は同族に妹と自分は殺される。誰も自分達を助けない。 「あああああああああ!まりしゃぁぁぁぁ!!!まりしゃぁああああああ!!」 「うるさいよっ!」 妹の名前を叫び続けるありしゅを、れいむの大きな口が向かえ入れた。 「おちびちゃぁぁぁぁん!!ごめんねぇ!おかーさんかえってきたよぉぉぉぉ!!」 「ゆぁ、あああ、おかーしゃん。れいみゅ、あにゃるからしーしーがとまりゃにゃいの……」 ぷるぷると震えながられいむに返事するれいみゅは、“ゆ下痢”の末期症状が出ていた。 下半身は断続的に漏れるしーしーのせいで、乾いた砂糖がこびりついてカピカピになっている。 「かわいそうなおちびちゃんぅぅぅぅ!!!いまあまあまさんをあげるからねぇぇ!!!」 「あまあま……しゃん?ゆっくり、あまあましゃんはゆっくりできりゅよぉ……」 れいむが口から未だ痙攣を続けるまりしゃとありしゅを取り出す。 ――――れいむは焦っていた、追い詰めれていた。 そしてこの二匹を“ゆっくり”ではなく“あまあま”としか見ていなかった。 だから失念していたのだ。 激しい恐怖とストレスにより、絶えずしーしーと餡子を吐き出してしまいそうになるほど追い詰められた赤ゆ。 その赤ゆの目に、自分が持ってきた“あまあま”はどう映るのかを。 「ゆっぼえぇぇぇぇぇべぇぇ!!!」 「ゆぅぅぅぅ!?おちびちゃんどうじであんごはいぢゃうのぉぉぉぉ!!?」 食べろと言いながら至近距離に瀕死の赤ゆっくりが置かれたのだ。 頭部が欠損し、大きく中枢餡が露出したまりしゃ。 顔の右半分から餡子が飛び出し、それでも絶えず左目が動き続けるありしゅを。 耐えられるハズがない。 「えげぇぇぇぇえ……」 「ぺーろぺーろぉぉぉ!!おちびちゃんよくなってぇぇ!!ぺーろぺーろ……?」 口を限界に開き、液状化した餡子を吐き出していくれいむのおちび。 なんとか止めようとれいむはぺーろぺーろするが、禁忌を犯し、ゆっくりの味を知った固体はもう戻れない。 無意識に舌で餡子を掬い上げ、自身の口へ運んでいる。 「ぺーろぺーろ、ぺーろぺーろ!!むーしゃむしゃ」 あっという間に痙攣する赤ゆっくりは三体になった。 そのなかの一匹はいままさに母親によって身体を貪られている。 「ゆへぇぇぇ!!おいしぃぃぃ!!おいしぃよぉぉぉ!!」 そして巣にはわが子を喰らう狂った母親の声だけが響いた。 「やった、うまくいったわー!」 「なかなかヒドイ事考えますな」 外から一部始終を見ていた二人が、れいむを残して離れる。 あのれいむはゆっくりという甘味を口にした。 野良の生活レベルでは、他にあまあまなど無いだろう。 肥えた舌でこの先生き続けるためには、他のゆっくりを殺して食べるしかない。 あのれいむが何体か食べるにしろ、群れから制裁されるにしろ。 どちらにしても、最低一匹野良が減る事は決まっている。 「てーも寝たし、帰るか?」 「そうね、運動して虐待して、なかなか充実した休日だったわね」 「確かに。そういやてーがもしかしたら死臭を感じるか心配してたんだけど」 「普段から赤ゆ焼きとか食べさせてるからねぇ、こんなのじゃもう気にならないんじゃない?」 「そりゃそうか」 足元にいくつも転がっている、無数の小さな餡子の塊。 アリやその他の虫がたかっている。 今日の夜から朝にかけて雨が降るらしい。 みなしごゆっくりは公園からいなくなっていることだろう。 「私達が言うのもなんだけど、救いが無いわね」 「救いねぇ……」 他者をとことんアテにして、奇跡的に差し出された救いの手にも条件が悪いと文句をつける。 そんな存在だれが救おうと思うだろうか。 「まっ、アレだ」 「なに?」 「皆死後ゆっくりって事で」 「……最低、オヤジギャグ……」 「ごめんなさい忘れてください」 最後までお読みいただきありがとうございました。 過去作 anko4095 『てーとまりしゃ』 anko4099 『てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん』 anko4122 『てーとありしゅのおかーさん』 anko4126 『choice』 anko4203 4204『てーと野良と長雨 前後編』 anko4206 『全部漢字表記になった理由』 anko4254 『てーと野良と加工所と愛護団体』 anko4267 『ドリブル』 anko4280 『邪怨』 anko4285 『ゆっくりでFPS』 『邪怨』の挿絵を二枚も頂き、人生が楽しくなりました。ありがとうございます。 めーりんの頂いた絵を見て、自身の作品なのにゲスへのヘイトが溜まりました。 “よしか”の絵は、チラっと描写した片目がズレかけている等までちゃんと描かれていて泣きそうになりました。 本当にありがとうございます。 おかげさまで十作目を無事超えることが出来ました。 せっかく名前をいただいたので次回から『帝都あき』を名乗らせていただきます。 これからもよろしくお願いします。
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『てーと猛暑日 午後』 68KB 愛で 虐待 独自設定 anko4460の続きです ※ anko4460 『てーと猛暑日 午前』の続きですので、そちらからお読みください。 「ゆゆーん、まりしゃのまいほーむぅー!とってもひろくてさいきょーうなーのじぇー!」 上機嫌なまりしゃを手のひらに乗せた饅殺男が、ミンミンという鳴き声に追い立てられるように歩いている。 数歩先には整備された川を見下ろしながら歩く虐子と、その腕の中にいるてー。 どちらもテンションが高い。 「ゆふふっ、どんなおうちにするかまようのじぇー。だんぼーるさんをたくさんつかうのじぇ!」 「ダンボールなんてそう簡単に見つからないと思うよ?」 「ゆぷぷっ!それはにんげんしゃんのかりがへたくそだからなのじぇ!まりしゃをいっしょにしないでほしいのじぇ! そうなのじぇ!はこんでくれたおれいにまりしゃがこんど、かりのしかたをおしえてあげてもいいのじぇ?」 一体どうやってそんな自信を作り出したのか、あるいは拾ってきたのか。 そもそも大きさと年齢的に考えて、まだ父親は狩を教えていなかっただろう。 まりしゃ自身も父親がすぐに死んだといっていたはずだが。 「おとーしゃんはかりがへたくそだったのじぇ!まいにちおいしくないごはんさんしかとってこれなかったのじぇ!」 「へぇ、毎日ご飯用意できてたんだ。優秀だね」 「ゆぷぷぷっ!!にんげんたちはまいにちたべられないのじぇ!?みじめすぎるのじぇ! ゆっくりはちゃんとまいにちごはんをたべるのじぇ!あたりまえなのじぇ!! まりしゃならたっくさんのあまあまをみつけられるのじぇ!うらやましいのじぇ?」 勝手に勘違いしてますます調子に乗ったまりしゃが、饅殺男の手をぺちんぺちんとおさげで叩く。 ある意味すごいなと、饅殺男が感心する。一時間前まで死ぬ一歩手前にいたはずなのだが。 「まりしゃはあまあまさんとからあげしゃんをあさにたべちぇ! よるはからあげさんとあまあまさんなのじぇ!おやつさんもちゃんとあるのじぇ!」 「へぇ、それは豪華だね」 「ゆふふっ、じゅる、にんげんさんがどうしてもっていうなら、めぐんであげてもいいのじぇ?」 とにかく自慢したいのだろう。話を区切る毎に饅殺男の反応をうかがうまりしゃ。 「もちろんまりしゃのむれはさいきょう!なのじぇ!」 「最強か、すごいね」 「ゆっと、まずつよいようむたいちょうがいるのじぇ!まりしゃのむれはねこさんにもまけないのじぇ!」 「まりしゃは戦わないの?」 「ゆぇっ!?ゆえっと……お、おさがたたかうはずないのじぇ!あたりまえなのじぇ!」 ゆっくりの天敵と対峙することを想像したのか、まりしゃが一瞬怯えた表情をしたのを饅殺男は見逃さなかった。 前を歩く虐子とてーの笑い声も聞こえてくる。 「てーちゃん見て、川がおみず無くなっちゃってるよー」 「ほんとだ!おさかなさんかわいそー。どうして?まみぃ」 「んー、暑いからかな。それでお水が減っちゃったの」 「みんなおさかなさんがのんじゃったの?」 「あははは」 舗装された川の横を通っている。 氾濫を防ぐために完全にコンクリートとブロックで固められたこの川も、今ではすっかり水かさが減り、上から見ると底が見えてしまっている。 転落防止用の柵もかなり高温になっている。 「かわさんってなんなのじぇ?どこにあるのじぇ?」 「ん?ほらそこ、した見てごらん」 饅殺男がまりしゃから見えるように、手の角度を調節する。 饅殺男の胸くらいの高さのある柵から、腕を伸ばす。 「した?……ゆわあああ!たかいのじぇぇぇぇ!!きょわぃいいいいい!!」 「ははは」 「ゆじぇぇぇぇん!ゆっ!?……お、おみじゅさんがいっぱいあるのじぇぇぇぇ!!」 恐怖から一転、やっと川に気づいたまりしゃが今度は歓声をあげる。 眼下にある大量の水は、とても一匹で飲みつくせる量ではない。 一時あれほど求めていた水がこんなにも簡単に見つかったのだ。 「ここにまりしゃのむれをちゅくるのじぇぇぇ!!けっていなのじぇぇぇ!」 「それはいいけど、どうやってお水取りに行くのかな?」 「ゆぇ?……あ」 水の楽園は遥か下、まりしゃが恐怖するほど高い谷底にある。 またしても時間をかけて、やっとここに群れを作る問題点に気づいた。 どうやって降りればいいのだろうか。 「あ……えあ……」 「まりしゃじゃ難しいと思うなぁ。っていうか僕でも柵乗り越えて飛び降りたら大怪我しちゃうし」 「ゆぅ……で、でみょ!おとなのゆっくりなら!」 せっかく見つけたゆっくりプレイス候補をそう簡単に諦めるわけにはいかない。 どこかに協力してくれるゆっくりはいないか目を振る。 そんなまりしゃに饅殺男は足元の存在について教えてやる。 「ほらまりしゃ、あれ。大人でも降りれなかったみたいだよ?」 「ゆぇ?あ……、し、しんでるのじぇえええええ!!」 人間からすればうんざりするほど見慣れている野良ゆっくりの死骸であり、まりしゃにとっては同族のグロテスクな死体がそこにあった。 「し、したいなのじぇぇええええええ!!」 川の柵に張り付くように死んでいたのは、れいむ種の成体と数匹の赤ゆ。 まるで砂のような皮とだらりと舌を放り出しながら死んでいる様子から、脱水で死んだようだ。 この一週間のゆっくりの死因ナンバーワンだろう。 「どうしちぇぇ!どうしちぇしんじゃってるのじぇぇ!!」 「まりしゃだってさっきまで死にそうだったろ?同じさ、水が無かったから」 「ゆじぇぇぇぇ!!でみょでみょぉっ!おとなにゃのじぇ!おとなもいるのじぇぇっ!!」 「大人だって飛べるわけじゃないからね。落ちたら死んじゃうってのはまりしゃにもわかるだろ?」 当たり前だ、落ちたら絶対死ぬ。 だから大人のゆっくりにどうにか先に下りてもらって、道を作らせようと考えていた。 「ゆぐぅ、でも……」 れいむの死体は柵にもたれかかっているというよりは、めり込んでいるといったほうが近い。 棒を連ねた柵はゆっくりなら通れるために、柵を越えた狭いスペースで二匹が死んでいる。 どうやらこのゆっくり達――恐らく家族であろう――は、川の存在を知っていたらしい。 「川には水があるけど、そこまでいけなかったんだろうね」 「ゆぅ!?だ、だっちゃらほかをさがせばいいのじぇぇぇ!! しんじゃうなら!ほかのおみずさんをさがすのはあたりまえなのじぇっ!!ばかぁ!」 飛べないゆっくりにとって十メートル近い高低差は、目の前に触れたら死んでしまう壁があるのと同じだ。 下りることが事が出来れば水が手に入る。しかし、飛び降りようものなら死ぬ。 もしかしたら助かるかも、なんて楽観が入る余地のない高さなのに、それでも水は見えている。 いっそその存在に気づかなければ、無力と悔しさに包まれて死ぬことはなかったのに。 「まりしゃならどうする?喉が渇いて、渇いて、死んじゃいそうな時にやっと見つけた水をさ。 目の前に見えてるのに、汲みに行けないからって諦められる?」 「ゆ、ゆじぇ…………しょれは……」 諦められるはずがない、そんなのは分かりきっている。 現にこうして最後まで川を眺め続けて死んだモノ達が目の前にある。 夫らしい死体が無いが、もしかしたら飛び込んだのかもしれない。 着水の衝撃で死んだなら潤いを感じられず。 水中で死んだのなら呼吸をしていると思い込んでいるがゆえに溺れ、あれほど渇望した水に体を溶かされ苦悶の死を迎えたのだろう。 渇死したものとどちらが幸せだったかなど、本ゆんにすら分かるわけがない。 「まりしゃも……おみじゅしゃんどこにあるのかしらないのじぇ……」 ポツリと不安げに漏らしたまりしゃの呟きに答える者はなく、ただセミの鳴き声だけが響いていた。 「やっとついた……」 「びょういん!びょういーん!」 「あちぃ…………」 死体を見てしまったせいか、すっかりおとなしくなったまりしゃは病院に着くまでほとんどしゃべらなかった。 どこかおどおどして、落ち着きがない。 そんなまりしゃが病院と聞いて饅殺男に尋ねる。 「びょういんさんなのじぇ……?なおしてくれるびょういんなのじぇ?」 「あれ、知ってるんだ。そうだよ」 「ゆあぁ!」 まりしゃに笑顔が戻った。 病院、それは奇跡そのもので、そこへ行けばどんな病気も怪我も一瞬で治る。 というのが、まりしゃが母から聞いたおとぎ話に出てきた病院のイメージである。 そんな伝説の病院が目の前にある。 「まみぃ!あるいていくー」 「んー、中でくっく脱いだらねー」 「うい!」 「しゅごいしゅごいのじぇぇぇぇ!!ここがびょういんさんなのじぇぇ!おっきいのじぇぇぇ!!」 虐子とてーが院内に入って行き、チリンチリンと鈴が鳴る。 それを見てまりしゃが饅殺男を急かす。 「にんげんしゃん!はやきゅ!はやきゅはいりちゃいのじぇっ!!」 「ん、そうだね。早く入らないと」 そう言って饅殺男もドアに近づき――――――センサーが反応し開く前にまりしゃを地面に置く。 「じゃ、まりしゃはここで待っててね」 「ゆじぇ?………………ゆゆぅっ!?なんでなのじぇぇぇぇぇっ!?まりしゃもはいりちゃいぃぃぃっ!!」 「ここは人間が作った建物だからね。だから人間と暮らしてる飼いゆっくりしかいれられないんだ」 「しょ、しょんなのってないのじぇぇぇぇ!!ずるいのじぇぇぇぇっっ!! あのおねーちゃんははいったのじぇぇぇっ!!」 まりしゃはピョンピョン跳ねて猛講義するも、饅殺男は意に介さない。 「あの子は僕の飼いゆっくりだからね。まりしゃはにんげんなんかと暮らしたくないんだろう?」 「あたりまえなのじぇぇぇぇっ!!ぜったいゆっくりしてないにんげんといっしょなんていやなのじぇぇ!! でもびょういんさんにははいりたいのじぇぇぇぇっっ!!!」 「ごめんねまりしゃ。キマリなんだ。飼いゆっくりしかいれてあげれない。じゃぁね、ばいばい」 「ゆゆっ!?ま、まつのじぇぇっ!!まっ、まっちぇよぉおおおおぉぉっ!!」 サッと饅殺男は開いたドアから中へと消えていく。 十中八九まりしゃはここで泣きながら待ち続けるだろう。 何かアクシデントが起こっていなくなる事はあるかもしれないが、それならそれで別段惜しくもない。 まりしゃが慌てて追いかけようとした頃にはドアは閉まってしまっていた。 「まちゅのじぇぇぇ!ゆじぇぇぇぇんっ!!いじゃっ!!どうじでかべさんがあるのじぇぇぇ!! まりしゃもいれちぇよぉおおおおおお!!ゆじぇぇええええええええ!!」 ぺしんぺしんとか弱い全身でドアを押すが、自分が痛いだけで道が開くことはない。 どうすることも出来ずまりしゃはその場で泣き始めた。 「どうしちぇまりしゃだけいれちぇくりぇにゃいのじぇええええ!!!ひじょいよぉおおお!! なかまはずれはゆっくりできにゃいぃぃぃぃぃぃ!!!」 ゆじゆじと暴れ泣き、上から下から砂糖水を泣き散らすまりしゃ。 家族からは常に甘やかされてきたので、こんな仕打ちを受けるのは初めてだ。 しかもここまで露骨に自分だけ仲間はずれにされてはたまらない。 理不尽すぎて納得できないのに、それを訴える相手はまりしゃを置いて行った。 「ゆぐっ、ひぐぅぅ、ゆじぇぇぇぁぁぁ」 「おちびちゃんはにんげんさんのかいゆっくりなのぜ?なのにいまどうしておいていかれちゃったのぜ?」 「ゆじぇ?」 だからそんなときに話しかけてきた大人のまりさは、まりしゃの目にはまるで救世主のように映った。 笑顔の看護師さん、なのかどうかは分からないが少なくとも饅殺男達はそう呼んでいるお姉さんに案内され、 いつも通り一度も座ったことのない待合室のイスを通り過ぎ、診察室のドアを開ける 「失礼しまーす」 「やぁ、良く来たね」 「こんにちは先生、今日もよろしくお願いします」 「よろしくおねがいします!」 いつも通り知性的な笑顔を浮かべ、馬路出医師が座っていた。 一応の挨拶を済ませ、勧められるままに用意されたイスに座る。 しっかりと三角形に三つイスが並べられているあたりはもう慣れたものだ。 馬路出医師の前にすわるのはてー、その後ろに饅殺男と虐子が並ぶ。 「今日はばかに暑いね。道中大変だったろう」 「いやもう、正直キャンセルの連絡しようかと思いました」 「あのね、せんせー!だでぃべちゃべちゃだったんだよー」 「ほう、べちゃべちゃか!それはすごいね」 院内はクーラーで調節されていて快適だ。 この涼しさに慣れると帰りが辛いことになる。 奥の研究室とかかれた無機質の扉が、明るい室内の中異様な雰囲気を発している。 「だったら丁度いい。こんなものが余っていてね」 「ん、何ですかコレ」 「きれー!」 「あっ、知ってます。ゆっくり用の清涼スプレーですよねこれ」 「その通り。最近発売されたばかりなんだが、さすがに詳しいね」 カラフルなスプレー缶には笑顔のれいむと、『ひんやりしていってね!』なんて名前が大きく書かれている。 この外見だとソッチになれた人間には、別の用具にしか見えない。 「一瞬虐待道具を想像したかい?」 「るぇっ!?い、いや、そんなことは」 「顔に出すぎ…………」 「んー?」 二人から指摘され、慌てて平静を装う饅殺男。 意味の分かっていないてーは不思議そうにそんな饅殺男を見ている。 くっくっくと笑った後、馬路出医師は道具の説明を始めた。 「まぁ見て分かるとおりスプレータイプの清涼剤だね。体内餡の保湿効果を高め、気休め程度には傷も修復できるかな」 「へー、ちょっといいですか?てー、手だして」 「ん?うい!……ひゃ!つめたい!」 「あははは」 シュッとてーの腕に一噴きすると、冷たさに驚いて引っ込めてしまった。 室内に笑い声が反響する。 「もー!だでぃのばか!」 「わりぃわりぃ、で、どう?冷たくて気持ちいい?」 「うー、わかんないよ……」 「ははは、お部屋涼しいもんね」 「とりあえず、香りは桃を渡したが構わないかい?主要な果物はだいたいあるんだが…………」 「おお、結構ありますね」 馬路出医師が机の上に色とりどりのスプレー缶を並べる。 オレンジ、グレープ、それにラベンダー等、花まである。 ゆうか種あたりは気に入りそうだ。 「適当にいくつか持っていってくれてかまわないよ。てーくんには使用感なんかを聞かせてもらえると助かるね」 「ありがとうございます、じゃぁ遠慮なく貰ってきます」 「先生も開発に?」 「ああ少しだけね」 そう言って馬路出医師は少し笑った。 「危険なものは入っていないから安心してもらっていい。 口に入れても平気だが、目に入るとしみるようだから注意して欲しい」 「はい」 「――――――さて、そろそろ診察をはじめようか。 ではてーくん、まずは大きく口を開けてくれるかい?」 「はーい!あ~~~~」 「ふふ、声はださなくてもいいんだよ?てーちゃん」 「しょれで、にんげんしゃんにここまでつれきてもらったのじぇ!」 「そうだったのぜ。ずいぶんやさしいにんげんさんなのぜ……」 病院の入口の横で、まりしゃとそれに輪をかけて汚れた成体まりさが話をしている。 まりしゃの主観で語られる、主演まりしゃの悲劇の物語を辛抱強くまりさは聞いていた。 大筋はだいたいあっているのだが、独り占めしたことなどは語られていない。 「のみものまでくれて、ここまではこんでくれるなんてしんじられないのぜ!」 「ゆぅ、でもでも!にんげんしゃんはまりしゃをおいていっちゃったよっ!」 「それはおちびちゃんがげんきだからじゃないのじぇ?」 「ゆゆぅ!?……そうなのじぇ!まりしゃはげんきひゃくばいなのじぇ!」 おさげをブンブン振り回し、自分を力強くアピールする。 上目で見つめる瞳が、褒めてくれることを期待している。 「まりさおじしゃんはおっきくてつよそーなのじぇ!どこかのむれのおさなのじぇ?」 「むれ……?ゆっはっは!そんなわけないのぜ。まりさはただのまりさなのぜ……」 「ゆ、ゆぅぅ。そうだったのじぇ…………。ね!ね!よかったらまりしゃのむれにいれてあげるのじぇ! わるいはなしじゃないのじぇ?っていうかこたえはきまってるのじぇ!ねっ!?」 ゆふんと上体を精一杯伸ばし、まりしゃがどうだと言わんばかりに胸を張る。 まりさは目線を逸らして微かに舌打ちして、今までとは違う低い声で言った。 「おちびちゃんはまちのことをしらなすぎるのぜ……。 このまちは、そんなにゆっくりできるところじゃないのぜ……」 「ゆゆぅ!?まりしゃはてんさいなのじぇぇ!まりしゃがゆっくりできないわけないのじぇぇっ!!」 「てんさいのわりには、びょういんさんにのらゆっくりがはいれないことをしらなかったみたいなのぜ?」 「ゆ、しょ、しょれは…………に、にんげんがいじわるだから、そうなのじぇ!にんげんがげすだからいけないのじぇ!」 「でも、ぜったいにかてないのぜ」 「ゆっ……!?」 急に無表情になったまりさ、しかし恨みと怒りと諦観が混ざった声だった。 「ま、まりしゃならかてるのじぇ!ま、まりしゃはさいきょうでっ!」 「じゃあ、いまここでまりさにかてるのぜ?」 「ゆひっ!!ゆ、ゆぁぁ………」 凄まれて、まりしゃが大きく後ずさる。怖い、こんなに強そうなまりさがから睨まれた事などもちろん一度もない。 あんよが勝手にプルプル動く。このまりさが人間に勝てないなんて信じられない。 ひぃひぃ言いながらまりしゃが目に涙を浮かべる。 まりしゃからしーしーが細く漏れ出した所で、急にまりさは笑顔になった。 「だからおちびちゃんみたいに、にんげんさんにやさしくされてるほうがすごいのぜ!えらいのぜ!」 「ゆっ!?ま、まりしゃえらい?……ゆっへん!そうなのじぇ!まりしゃはてんさいなのじぇ!えらいのじぇ!」 いきなり褒められたことに少し戸惑いながらも、もちろん悪い気はしない。 ヘラヘラ笑いながら自分をたたえるまりしゃ。 「それで――――けっきょくおちびちゃんはかいゆっくりにしてもらったのぜ?」 「ゆっ!?ゆっふん!まりしゃはたくさんのむれのおさになるのじぇ?にんげんなんかにかわれないのじぇ! ただ、さっきのにんげんしゃんはまりしゃをかいたいみたいなのじぇ! なんかいもまりしゃにかいゆっくりになってくれって、おねがいしてきたのじぇ!」 「そうだったのぜ……。ふぅん……、にんげんさんにきにいられてるのぜ……」 上機嫌になり口が止まらなくなったまりしゃを、まりさは顔に笑顔を貼り付けて眺めている。。 都合よく改ざんされたまりしゃの話を信じたようだ。おさげの挙動を確かめるようにぎゅっ、ぎゅっと何度も握る。 自分が目の前のまりさをゆっくりさせているに違いないと信じるまりしゃは、ますます調子に乗る。 跳ねて、笑って、お尻を振って踊るまりしゃの後ろで――――――チリンチリンとドアが開いた。 「くぉ……キッツぅ」 「あーわー、モワってしてるわね……」 「あははは!だでぃへんなかおー」 「ゆゆっ!?にんげんしゃん!やっとでてきたのじぇ!」 「っ!………………」 内外の温度差にうんざりしながら饅殺男達が出てくる。 両親二人に手をつながれながらてーは歩いている。 それを確認したまりしゃが振り向き、噛み付くような勢いでクレームをつける。 「にんげんしゃんまりしゃはおこってるのじぇぇぇっ!!」 「ああ、やっぱりまだいたんだ。……ん?」 「まりしゃはとっちぇも――――――ゆぎぃ!ぐぐぐっ!!」 吠え続けるまりしゃを黙らせたのは、まりしゃよりも数倍長い所々汚れたおさげだった。 まりしゃに食い込むほど強く巻きついて、激痛を与えている。 人間で言うと首を絞められているまりしゃに代わって、まりさが怒鳴った。 「おいにんげんっ!!こっちをみるのぜっ!みろぉおおおおおおおお!!」 「ゆべべべべっ……!!」 まりさはおさげを饅殺男に向かって突き出し、締め付けられてひょうたんのようになったまりしゃを見せ付ける。 「わー野良だー、怖いねてーちゃん!危ないからこっちおいでー」 「う、うん!まみぃ、ちっちゃいこをいじめてるよ……?」 「そうだねーヒドイね。てーちゃんは絶対近づいちゃだめだよ?」 「うい!」 虐子が手を引いて自分のほうへてーを引き寄せる。 まりさはそんな彼女達にはかまわず、饅殺男に近づいて行く。 「こいつをころされたくなかったら、まりさのいうことをきくのぜぇぇぇっ!! うごくなっ!まりさはこいつをいっしゅんでつぶせるのぜっ!!」 「ゆぎゅぎゅぎ、おねぇ、じゃ……どうじ……て」 「へぇ……ははっ、考えたね」 どうやらまりしゃは人質――人ではなくゆっくりだが――として捕らえられたようだ。 まりしゃを盾に饅殺男に自身の要求を通そうとするまりさ。 まりさは歯を剥き出しにし、目を真っ赤にしながら饅殺男を睨みつける。 本ゆんは命がけといっていいほど真剣なのだろうが、饅殺男から見ればただの茶番だ。 ついつい笑ってしまいそうになるのを手で隠す。 その仕草はまりさからは饅殺男の動揺に見えた。 「もういちどいうのぜ!まりさにさからったらこいつはしぬのぜっ!」 「ゆぎっ!!かへぇっ!」 「ぼ、僕にどうして欲しいのかな?」 堪えきれず笑ってしまい震える声は、怯えているようにも聞こえる。 ギュッギュッと締め付けられるたびにまりしゃが悲鳴を上げる。 肩を震わせながら尋ねてくる饅殺男の言葉に、まりさは手があったらガッツポーズしていただろう。 危険すぎる賭けだったが、うまくいきそうだ。 「まりさのおちびをびょういんにつれていくのぜぇっ!!いまっ!すぐぅ!!」 「あー病院ねぇ、先生大人気だな……」 「さっさしないとこいつはしんじまうのぜぇ!?ゆっくりしないでこたえるのぜっ!」 あくまで強気の姿勢を崩さないまりさは、睨みつけながらますますまりしゃを強く締める。 予想外の展開に、ニヤニヤしながら饅殺男は調子を合わせる。 「ゆぎぃ!!ぐべべべべっ……!」 「落ち着いてくれまりさ!頼む!それに君のおちびちゃんは何処にいるんだい!?」 「まりさのおぼうしのなかにいるのぜっ!だからまりさもびょういんさんにはいるのぜ!」 「そ、そうか、わかったよまりさ……」 「ゆへへっ……!」 決まった、これは決まりだろう。まりさは勝利を確信した。 人間は完全にまりさの術中にはまった。この人質さえいればまりさに手はだせない。 これならおちびを助けられる。交渉しだいではさらに食糧なんかも奪えるかもしれない。 「わかったらさっさとびょういんさんのいりぐちをあけるのぜぇぇぇぇっ!!!」 「嫌だよ」 ――――――だから人間の言葉が本当に理解できなかった。 「ゆ、へ?」 まりさの要求を断った事は分かる、だが、なぜ? まさかここで断られるなんてまったく想像していなかった。 まりさが本気でこのチビを殺すつもりなのは分かっているはずだ。 だからこそさっきまで怯えていたはずなのに、なぜあんなに冷たい目をしているのだ? 「たずけで……にんげ……ざん!まりじゃ、じにちゃくゆげっぇぇぇぇえl!!」 「だまれぇぇぇっ!!おいにんげんっ!おまえはなにをいっでるのがわかっでるのがぁぁぁ!!このちびをころすのぜぇぇっっ!?」 「どうぞ」 目の前で人質を痛めつけても、その態度は変わらない。 泣いて許しを請うと思ったのに、苦しむまりしゃを見てすらいない。 何か自分は致命的な思い違いをしているのではないか――――――不安が、冷えた汗と共にまりさの内側から染み出てくる。 それを振り払うように、おさげごとまりしゃを頭から地面に叩きつける。 「ちゅべぇっ!!いぎぃいいいいいいいい!!いじゃいぃぃいいいいい!」 「これでどうなのぜくそにんげんぅぅ!!」 「まりさ」 「ゆっ!こうかいしたのぜ?だったらさっさとそこのかべさんをどけろぉおおおおおおおっっ!!」 「僕の飼いゆっくりは、あの子」 「…………え?」 饅殺男がニッコリ笑って虐子に抱きしめられているてーを指差す。 ギギギとまるで機械のようなぎこちない動きで、指先のほうへ身体ごと視線を動かし、まりしゃがてーを確認した。 そのまま虐子とてーの間を交互に視線を往復し、不安で垂れた頬を締めてまた怒鳴った。 「う、うそつくんじゃないのぜ!あ、あのおちびはあっちのおねーさんのかいゆっくりなのぜっ!!」 「ああ、そうだね」 「――――がぁぁぁっ!!まりさをなめてるのかぜぇぇぇぇぇっ!?」 まりさがもう一度まりしゃを地面に叩きつけようとおさげを振りかぶり―――――― 「そして、僕の飼いゆっくりでもあるんだ」 「え、ぁ?」 ――――スッっと、まりしゃへの拘束が緩んだ。 わなわなと口を震わせ、まりさが饅殺男に尋ねるべき言葉を探している。 「だっ、か、かいぬしの、にん、にんげんがふたりなんて、そんなわけ、そんなわけないのぜぇぇぇぇっ!!!」」 「僕がお父さんであっちの人間がお母さん。だから二人さ」 「ゆがっ……!!で、でもこいつだってにんげんにつれてこられたっていってたのぜっ!!だ、だからっ! こいつをころされたくないでしょぉぉぉっ!?そうにきまってるのぜぇぇぇっ!?」 「確かに連れてきたけど、だからって僕にとって大切ってわけじゃないんだ。良かったらまりさにあげるよ」 既にまりさは脅す側の態度ではない。 しかし後一歩というところまで追い詰めていた自覚があるだけに、簡単には引き下がれない。 「ゆっが、ああああああああ!!だったらいますぐふみつぶしてやるのぜぇぇっ!!ほらぁぁ!! ほんとにやるのぜぇぇっ!!これがさいごのちゃんすなのぜぇぇぇぇっ!!!まりさぴょんするのぜぇぇ!? ほんとにしちゃうっていってるだろぉおおおおぉっ!?ねぇぇぇっ!!にんげんぅぅぅ!!!」 「ゆひぃぃいいいいいい!!!」 「お好きに。じゃぁねまりさとまりしゃ」 「――――えっ!?ま、えっ、まてっ!ほ、ほんとに……?」 今まさに跳躍してまりしゃを踏み潰そうとしているのに、人間は背を向けて歩き出してしまった。 もうまりさを見ていない、歩みは止まらない。 「うそだぁぁぁっ!!そんなのうそなのぜぇぇぇっ!!せっかくおちびをたすけられるとおもったのにぃぃぃ!!」 饅殺男は振り返らない。 そのままてーと虐子の元へと歩いていく。 「ま、まってくださいぃぃぃぃぃ!!にんげんさんぅぅ!!! まりさのおちびはほんとうにしんじゃいそうなんですぅうううう!!! おねがいですからたすけてくださぃぃぃ!!!!」 結局、焦ったまりさが取った行動は饅殺男にすがりついて懇願することだった。 それでは路上で慈悲を乞う野良と変わらない、饅殺男の興味は引けない。 「おちびをびょういんにぃぃぃ!!おねがいですからぁぁぁぁ!!」 「そんなお願い人間が聞いてくれるわけないから、あんなことしたんだろまりさ? 知ってたんだろう?野良は病院には入れない。診てもらえるのは飼いゆっくりだけ、ってさ」 「ぞ、ぞのおちびぢゃんげんきなのにびょういんにはいったじゃないですかぁぁぁっ!! まりざのおちびはしにぞうなんだよぉぉぉぉっ!?」 「はははっ」 前にも同じ事を言われたなと、思い出す。そういえばあれもまりさ種だった。 あの時のまりさよりも知識はあるようだが、だからといって人間の施設に入れるわけではない。 人間の施設を利用するには、人間の許可と保護が必要だ。 「ゆっ、ぐぅぅ!!に、にんげんさんのおちびちゃんっ!!!! ま、まりざににんげんさんをいっこかしてぐだざぃっ!!おねがいじますっ!!」 「ひゃ!」 「おいおい、ちょっとまりさ!」 饅殺男が話を聞く気がないとわかると、今度はてーに懇願するまりさ。 虐子の足元までびょいんびょいんと跳ねて行く。 「おねがいですぅ!ゆっくりしたおちびちゃんぅぅぅ!!まりさは――――」 「まりささん、ごめんなさい」 「ゆっ」 答えたのはてーではなく虐子。微笑みながらまりさを見下ろしている。 「この子とは野良ゆっくりと話しちゃダメだよって、約束してるんです」 「ゆは?なに……それ…………?」 がっくりとその場にへたり込み、まりさが目を潤ませ聞き返す。 「おねがいじゃなくて、はなすことすらだめなの……?はなすだけだよ……?」 「だってあなた達野良は飼いゆっくりに脅迫、命令、無茶な要求くらいしかしないでしょう? あとは騙しては利用しようとするくらいですよね?」 「ゆ、それは……」 「まりささん、あなたは純粋に挨拶したり、世間話だけを目的に飼いゆっくりに話しかけたことがありますか?」 そんな事あるわけがない。あんな羨ましい連中に挨拶なんて、こっちが負けた気分になるじゃないか。 騙してやろうとか、こんな風に非常事態でもなければ絶対に話しかけたりしない。 だから人間の言うことは確かに事実で、だからといって納得できるわけもなく、まりさはおちびのようにのように泣いて喚いた。 「う、っぐぅうう!!うるさいのぜぇぇぇ!!まりさのおねがいきけぇぇぇっ!! にんげんはまりさにもやさしくしろぉぉぉぉっ!!おいちびぃ!きいてるの――――」 「わ、わがままいっちゃだめなんだよ!」 「なっ……!!」 「あら」 目に涙を湛え、てーがまりさに叫んだ。 てーからしてみれば母親を困らすまりさに我慢できなかったのか、虐子の肩をぎゅっと掴んで涙目で睨む。 よしよしと虐子がてーの頭を撫でながら、まりさから遠ざかる。 当然まりさは罵声を浴びせながら追いすがる。 「なんだとくそちびがぁああああ!!かいゆっくりのくせにぃぃぃ!!しねぇぇっ!!おまえな――――」 「はいストップ。あんまり僕のおちびちゃんを怖がらせないで欲しいな」 「ゆゆぅ!?まりさのおぼうしぃ!!」 後ろからまりさに近づいた饅殺男が、くすんだお帽子をヒョイっと持ち上げる。 途端に素早く振り返り、まりさが憤怒の形相で饅殺男に唾と怒声を飛ばす。 「ああ、やっぱりね」 「かえせぇぇぇっっ!!まりざのっ!!まりざのおぼうじぃぃぃ!!かえ――――――ゆ?」 顔を起こし、真下から饅殺男を睨み殺すようにしていたまりさの頭から、パサっと何かが降って来た。 ――――それは一見、色の薄い干し柿のように見えた。 「ゆゆっ……?あ…………!あああ、あああああっ!!」 皮どころかお帽子までシワシワになり、目玉は灰色に濁り、決して円形ではない窪みに張り付いている。 ひび割れた皮から餡子が露出しているのに、全く流れ出てこないほどに渇ききったソレは。 まりさの命よりも大事なおちびの姿だった。 「うわあああああああああああ!!!おちびぃいいいい!!おちびぃいいいいっ!!!」 「お帽子の中ってのはまずかったねまりさ」 「ちょっとジュース買おうか、てーちゃん何がいい?」 「んっとね!かっこいいのがいい!」 黒い黒いまりさの自慢のお帽子は太陽光を吸収し続けた。 内部はほとんど空気の動きもなく、ただ温度だけが際限なく上昇し続けた。 そんな所に長時間閉じ込められていた赤ゆっくりは、まるで地獄の釜にてゆでられる罪人の気分を味わっていた事だろう。 夏場は赤ゆっくりにとって安全で快適で、最も信頼できるこの場所が処刑場に変わる。 苦悶の一言で表現するにはあまりにも壮絶なその死に顔は、まりさの心を折るのに十分すぎるインパクトがあった。 「しんじゃったぁぁぁっ!!おちびがしんじゃったよぉおおおおおおおお!!!」 「そうだね」 「ゆがああああああああああ!!ああああああああああああ!!」 狂ったように、いや本当に狂ってしまったのかもしれないが、まりさが叫び散らす。 上半身だけを左右にグングン振り、のーびのーびしながらわが子を見下ろす。 ポタッ、ポタッとまりしゃの死体に涙が落ちるが、砂漠にコップ一杯の水を零しても草木は蘇らない。 「ゆああああああああっ!!げほっ!がほぉっ!があああああああ!!」 もうてーの事も病院の事も頭から消えてしまっただろう。 狂ったまりさはミイラの周りをグルグル跳ねる。 絶えず頭を振り続けているその異様な姿は、古の儀式を思わせる。 子に蘇ってくれと願っているだろうまりさを考えれば、あながち遠くもない。 「ゆげぼぉぇぇぇぇ!るげぇぇぇぇ!!」 「よいしょっと」 いよいよ体内餡を制御できなくなり、口から大量の餡子を吐き始めたまりさ。 餡子が液状になっているという事はもう助からない。 饅殺男が回収箱に入れるために専用のトングで掴みあげる。 ぶりゅんぶりゅんと暴れるまりさを、箱に落とし、蓋を閉めるとそれでまりさの凶声は聞こえなくなった。 「ふぅ」 掃除を終え戻ろうとした饅殺男は、助けを求める声に気づいた。 「にんげんじゃん……まりじゃをっ!たずけじぇ……!」 「ん?ああ、まだ生きてたんだね」 視線を下げると必死で饅殺男に這い寄ろうとするまりしゃが目に入った。 頭からたたきつけられたせいなのか、潰れた帽子と歪んだ頭が目立つ。 強く締められていた身体はお腹の部分がへこんでいる。 「いだいのじぇぇ……からだがいたいのじぇぇぇっ!!まりじゃもびょういんにつれてってほしいのじぇぇ!!」 「さっきのまりさを見てただろう?連れて行くと思う?」 「ゆ、ゆじぇぇぇぇっ!!どうしてそんないじわるいうのじぇぇぇぇっ!!」 「ま、病院には連れていけないけど、約束だからね。帰り道も一緒にきたければ運んであげるよ」 そう言って饅殺男がまりさをつかみ、また手のひらに乗せる。 一瞬痛みを忘れ、お空を云々お決まりの台詞を吐くまりしゃ。 しかしすぐにその笑顔が痛覚に歪む。 「どうしじぇ、まりさおじしゃんはまりしゃをいじめたのじぇえぇ!!やさしかったのじぇえぇっ!! ぐじゅっ、とっちぇもゆっくりしたおとなだったのにぃぃ!!」 「野良ゆっくりはさっきのまりさみたいのばっかりだよ?まりしゃも気をつけようね」 「ゆゆっ!!そ、そんなわけないのじぇぇっ!!あいつがげすだったのじぇ! ほかのゆっくりはもっちょやさしいのじぇぇっ!!」 「そう?じゃぁまりしゃは他のゆっくりから優しくして貰った事あった?」 「ゆ?しょれは…………」 記憶を探ろうとしても、そもそも家族以外のゆっくりとまともに会話した経験なんてさっきのまりさが初めてだ。 もちろんすれ違ったりは何度もあるが、みんなゆっくりしていない表情でせわしなく動いていた。 その時も、どうしてあんなにゆっくりしていないのか疑問に思いつつ、内心馬鹿にしていたのだが。 みんながみんなあんな様子では、とてもゆっくりした群れなんて作ることは出来ないのではないか。 それよりも、またあんなゲスに捕まったら今度こそ殺されてしまうかもしれない。 急に心細くなり、まりしゃがブルッと身体を震わせる。 「に、にんげんんさん……!」 「ん?やっぱり一緒に来るのは嫌だった?」 「ゆっ!?あ、も、もうちょっとにんげんしゃんといっしょにいてあげるのじぇ!」 「わかった。でもさすがに僕の家までは連れて行けないからね?」 「ゆ……。ま、まりしゃだって、ゆっくりしたむれがみつかればにんげんなんかといっしょにいないのじぇ…………」 拗ねたように言い返しても、まりしゃを庇ってくれる母親も姉はもういない。 不安で揺れるまりしゃの瞳には今日の太陽はあまりにもまぶしすぎた。 「てーちゃん。そういえばどう?涼しい?」 「んぅ?どうしてー?てーだいじょうぶだよ?」 「あはは、てーちゃんは元気だもんね」 心配されたと勘違いしたてーが繋がれている手をブンブン振って答える。 虐子は笑いながら、馬路出ゆっくりにっくでもらったスプレーを取り出す。 「ほら、これシューってしたでしょ?どう?」 「んー、いいにおい!」 「あんまり変わんないかな?おいでー」 「うん!」 虐子がてーの腕をプニプニと触りながら引き寄せる。 お腹に手を回し抱き上げると、確かに桃の香りがする。 だがもともと桃餡が中身のてんこ種、胴付とはいえてーも桃の香りを発している。 いつもは微かに感じる程度だったが、今はスプレーのせいで若干わざとらしくもある。 「てーちゃんはもともといい臭いだもんねー」 「ん!まみぃもいいにおいだよ!」 「ありがと、てーちゃん」 優しく頬ずりし、頭を撫でる。 てーはどうもスプレーの効果を感じていないようだが、それでも表皮の保湿や保護はありがたい。 べた付きも無く、これで無臭タイプがあればなかなかいいなと虐子が商品のレビューを頭の中に書き連ねる。 肝心のてーの感想を見込めないのが残念だが、暑さに弱いちるのを飼ってる知り合いにでも今度勧めてみよう。 「お礼にちゅっちゅだー!」 「それはだめー!」 照れて顔を背けるてーの頬に唇を押し当てる。 親愛の表現は母子の笑顔を更に深くし、楽しげな声がセミの求愛に負けずに響く。 こっちとは大違いだなと、饅殺男がゆじゆじと泣いている手元のまりしゃに視線を落とす。 「いちゃいのなおんないのじぇ……いちゃいよぉぉ……!!」 おさげで体中をさすりながらまりしゃが痛みを訴える。 当たり前だが、応急処置すらしていない。 成体まりさのおさげで締め付けられ、さらにはゆっくりの力とはいえコンクリートに叩きつけられたのだ。 全く治療していない状態では、痛みや傷はすぐには消えない。 砂糖水の唾液を塗りつける分、ゆっくりのぺーろぺーろすら手当てになるのだが、それすら今のまりしゃは受けられない。 癒えぬ苦痛を訴えるのは当然だった。 「にんげんしゃんぅ!まりしゃもすりすりしちぇよぉぉぉ!!あたまがいたいのじぇぇぇっ!!」 「すりすりって…………嫌だよ」 「ゆぇぇぇえん!しょんにやぁぁぁ!いじゃいぃよぉ……」 砂利、そしてよくわからない茶色い粘液、黒ずんだあんよ。 それらがこびり付いた体に、頬ずりまたは撫でることを要求してくるまりしゃ。 哀れみを誘いたいようだが、不潔な印象をどうにかしないと不可能だ。 「じゃぁぺろぺろしちぇぇ、まりしゃのおめめさんがいちゃいのじぇぇ……!」 「絶対嫌だよ。とっても汚いじゃないか。 たぶんおかーさんくらいしかぺろぺろしてくれないんじゃない?」 「ゆぐぅ、でもおかーしゃんは…………しんじゃたのじぇぇ…………」 母親はまりしゃから母親であることを責められ、絶望し最後には死んでしまった。 さすがのまりしゃもそれは覚えている。 「で、でもまりしゃがきれいになれなかったのは、おかーしゃんがうんだせいなのじぇ!! に、にんげんさんもそういってたのじぇ!」 「そうだね」 「だ、だから……」 「だから、れいむが産んだまりしゃは汚い。誰もぺーろぺーろなんてしたくない」 「ゆ、ゆじぇ……」 痛む頭の重さに耐え切れなくなったかのように、うなだれるまりしゃ。 ゲスのせいで、あのくじゅ等、呟いている。 それから痛んだ髪の毛や、ゴミの付着した自身の体を見て、またも泣き出した。 「ひどいのじぇぇぇ、まりしゃのせいじゃないのにぃぃぃ……」 「かわいそうだね」 饅殺男が手の上の存在をそろそろもてあまし気味になってきた所で、コンビニが目に入った。 そしてその周りに潜む、見慣れた存在。 入口以外の壁、コンビニの正面ではなく側面にずらりと並ぶ野良達。 人が近づくとノロノロと逃げるが、しばらくするとまたこうして集まってくる。 「ゆゆぅ!おとながいっぱいいるのじぇぇぇ!!」 「あーそうだね……」 彼等は買い物客を脅すわけでも店内に侵入するわけでもない。 更に言えばコンビニのゴミ箱を倒そうとするわけでもなければ、一杯になったゴミ袋を保管しておく倉庫の中身を狙っているわけでもない。 コンビニは様々な人間が集まる。 ゆっくりがたちの目的はマナーの悪い……コンビニ周辺で座り込んで弁当を食べるような人間。 彼等がそのままにしていく食べ残しを狙っている。 たまに飲み残しの缶やパックを放置していく人間もいる。 それらを拾って食べる分にはあまり危険が無いことを学んだ。 「むれなのじぇ!?みんなむれなのじぇ!?おとながいっぱいなのじぇ!」 「どうだろうね」 あくまでも直接人間には関わらないようにしながら、コンビニ周辺でこの野良達は生活している。 そんな集団はとてもではないが―――――― 「ゆぅぅ!!はなすのじぇにんげんっ!!まりしゃはとりあえずあのむれにいくのじぇ!! もうおまえなんかといっしょにいないのじぇ!!」 「ああそう?わかった」 ともすれば飛び降りる勢いでまりしゃが手のひら上で暴れる。 この野良達に取り入って、自身のばかばかしい夢を叶えようというのだろう。 饅殺男が屈んで、まりしゃを降ろす。 まりしゃは振り返りもせずに跳ねて行く。 どうせ相手にされないだろう、数回おさげで殴られるかして泣き出す光景が目に浮かぶ。 「ダディがコンビニよりたいみたいだね。そういえばお昼食べてないんだっけ?てーちゃんお腹すいてる?」 「んー、ちょっと!」 「あー、そういや砂糖切れてたんだわ」 「今日もうちで食べてくでしょ?お母さんそのつもりで作ってたみたいだし」 店内へ消えていく饅殺男達、そしてなんとも言えない視線を送り続ける野良達。 特に虐子に抱かれたままのてーが入っていく時は、露骨に顔を険しくし、歯軋りしながら睨んでいた。 最もそれで何かが変わるわけではないのだが。 「ゆっしょゆっしょ、ゆっくり!ゆっくりしていくのじぇ!」 まりしゃがもっとも近くにいた野良に声をかける。 複数のゆっくりがちらりとまりしゃに視線を送り、すぐに外した。 そして何事も無かったかのように、裏手へと戻っていく。 「ゆ、ゆぅ!?ま、まりしゃはまりしゃなのじぇ!ゆっくりしちぇいくのじぇ!」 「…………」 声の反応は返って来なかった。ただ心底鬱陶しいという顔を隠そうともせず舌打ちする。 赤ゆっくりに対する態度としてかなり厳しいものだが、皆気にする様子は無い。 まりしゃの方は二回も無視されたことで、早くも目を潤ませ、おさげをくわえながら大人たちについて行く。 「ど、どうしちぇへんじしないのじぇっ!まりしゃはちゃんとごあいさつしたのじぇ!」 「だまるのぜ」 「ゆひぃぃぃっ!!」 きっぱりと拒絶した成体まりさの声量は大きなものではなかったが、低く太いその声はまりしゃの餡子を強く振るわせた。 ここまで明確に威嚇された経験はもちろんない。緩みっぱなしの穴からはしーしーがチョロチョロ漏れていく。 「ゆ、ゆじぇえっぇぇぇぇん!!まりしゃもむれにいれちぇよぉぉぉぉぉっ!!」 「ちっ、すてゆなのぜ、めんどくせぇのぜ」 「まっちぇぇよぉぉぉぉ!!ゆじぇぇぇぇん」 コンビニ裏手の高速道路の陸橋周辺の狭いスペースは簡単な柵で覆われてはいるが、雑草が生え放題の空き地だ。 もちろん近くを人は通っていくが、柵を越えて中にまで入ってこない。 ポイ捨てされたまま数年放置された錆付いた空き缶などのゴミが無数に広がるここに、コンビニの野良は住んでいた。 もちろん家として利用できるダンボールなどの便利な人工物は無く、住むというよりはただ“いる”と言ったほうが近い。 「ちかづくんじゃないのぜ!」 「ひびぃぃ!!ゆぇぇっぇぇぇぇぇぇんっ!!」 ぴょんぴょん跳ねながらついてくるまりしゃに、いい加減我慢できなくなり怒鳴りつける。 まりしゃは驚いて高くはね、その場にうずくまって号泣する。 もちろん周りの野良達はそんなまりしゃを意に介さず、おのおの食い残し飲み残しを探している。 「にゃんでまりしゃにいじわるしゅるのじぇぇぇ……。しぇっかくなかまをみちゅけたとおもっちゃのにぃ!」 まりしゃのプランでは、大人たちのほうから群れに入ってくれと懇願してくるはずだった。 そこでまりしゃの溢れるゆっくりでめきめきと地位を向上させ、いずれは長になる完璧な計画だ。 それがどういことだ、これでは話が違う。 まさかこちらの話を全く聞いてもらえないとは思わなかった。なんというゲス達だろう。 「ゆっ、げしゅ…………」 野良ゆっくりはゲスばっかりだという人間の言葉を思い出した。 もちろん信じてはいなかったが、ここでもこんなにたくさんの大人がいるのに誰も優しくしてくれない。 もしかして本当なのだろうか。 それはまりしゃにとって非常に困ることで、とってもゆっくり出来ない気分になっていく。 「ゆっ、だ、だれかまりしゃのはなしをきいてほしいのじぇぇぇっ!!だりぇか――――」 「おちびちゃんはすてられちゃったのかな?」 「ゆっ!?」 まりしゃの後方から優しげに話しかけてきたのは、大きな大きなれいむだった。 下半身が異様に膨れたその体はまるで胎生妊娠しているようだが、そうではない。 まりしゃは圧倒されてしまってただただ呆然とれいむの全身を眺めている。 「おちびちゃん?だいじょうぶ?かいぬしさんはこんびにさんのなかだよ?」 「ま、まりしゃはかいゆっくしじゃないのじぇ!ま、まりしゃはにんげんとはきょうはじめてあったのじぇ!!」 「ふーん、すてゆっくりじゃないんだね」 ジロジロとまりしゃの全身をチェックするれいむ。 目立つ汚れはまりしゃが嘘を言っていない事を証明している。 「それならなんでばかみたいにさわいでたのかな?あんまりさわぐとにんげんさんのまえに、みんなからせいさいされちゃうよ?」 「ゆゆぅっ!?だ、だっちぇ、まりしゃは、むれのおしゃになりたかったのじぇ……!むれのおしゃになってゆっくりしたむれを……!」 「むれ……?ゆははっ!むれをさがしてたの?おちびちゃんはむれをっ!?ゆははははっ!!」 れいむがもみあげでたゆんたゆん揺れるお腹を抱えて笑う。 その大きな口が開くたびに、まりしゃの元へ腐臭が届けられる。 「ゆゆぅ!!なんでわらうのじぇっ!!まりしゃはぜったいむれのおしゃになるのじぇ!!」 「ゆっはっは!だってさ!おちびちゃんがっ!!あはははっ!おかしなこというからぁ!!」 「ゆゆぅぅ!!うそじゃないのじぇぇぇっ!!まりしゃはさいきょうなのじぇぇぇっ!!!」 餡子の詰まったれいむの体は、笑うたびに波打つ。 疑われている事に怒ったまりしゃは健気にも精一杯体を膨らませるが、れいむと比べるとあまりにも小さい。 「ゆゆぅぅ!!わらわないじぇよぉぉっ!!まりしゃはほんとにぜったいおさになるのじぇぇぇっ!!ほんとなのじぇぇぇ!!」 「あはは!!れいむはそこでわらってるわけじゃないよ!」 「じゃぁなんなのじぇぇぇっ!!まりしゃはどんなむれでもおさになるそしつがあるのじぇぇぇ!!」 「――――むれなんてないよ?」 「…………ゆじぇ?」 何か今、とってもゆっくり出来ない事を聞いた、聞いてしまった。 バクン、バクンとまりしゃの餡子の動悸が激しくなる。 「おばしゃん、いま――――」 「まちにむれなんてないよ、あたりまえでしょ?」 本当にあっさりと、名前だけの自己紹介のように事実のみを告げているという感じで、れいむが言い切った。 いろいろな感情がじわじわとまりしゃの中で湧き出てくる。 不安、驚愕、そして恐怖。 「なんじぇ……?むれがないなんて、そんなこちょ……」 「むれなんてつくったらすぐ、にんげんさんにいっせいくじょされちゃうでしょ?」 「ひっ!い、いっせいくじょ……!」 呪いの言葉と表現してもいい。 聞くだけでゆっくり出来なくなる恐怖の単語。 成熟度は関係なく、ゆっくりなら皆生まれたときより餡子に刻まれてるトラウマ、それが一斉駆除だ。 「いっせいくじょされちゃうのじぇ……?む、むれをちゅくると……?」 「ゆっくりがいっぱいいるとにんげんさんはいやがるみたいだからね。 このあいだもこうえんさんにすんでたゆっくりが、みんなつれてかれちゃったみたいだよ!」 「ゆゆぅぅぅっ!!」 群れを作るだけで一斉駆除されるというのがまず納得できないが、それよりもなぜ目の前のれいむはそんなに楽しげなのだろうか。 まるであまあまを食べた感想でも言うかのように、ゆっくりした表情で凄惨な事件を語る。 「む、むれならっ!たっくさんゆっくりがいるはずなのじぇぇぇっ!!に、にんげんなんかにまけるわけないのじぇぇぇっ!!」 「にんげんさんにはかてないよ」 「ゆひっ!!」 れいむの笑顔が一瞬で消え、冷たい無機質な表情に一瞬で変わった。 『人間には勝てない』それはあのまりさも言っていた事で、ここで言い返せるほどまりしゃは勇敢ではなかった。 「だってそうでしょ?にんげんさんにかてるなら、みんなまいにちまずいごはんさんなんてたべてないよ。 もっとおおきなおうちにすんでるし、おちびちゃんもたくさんうんでるよ」 「ゆ、ゆぐぅ、おばしゃんも……まじゅいまじゅいごはんしゃんたべてるのじぇ……?」 「ゆふふっ、ごはんさんがおいしいわけないよ!まぁ、おちびちゃんじゃしょうがないけどね」 「ゆゆぐぅ!しょんなぁ!まりしゃはあまあまさんたべちゃいのじぇぇぇっ!!」 ひんひん泣くまりしゃ、群れが無い、群れが作れない。 まりしゃの夢を全否定するようなれいむの説明は、到底納得できない。 まりしゃが食い下がる。 「じゃぁじゃぁ!ここのおとなたちはなんなのじぇ!たくさんいるのじぇ!」 「いるだけだよ?」 「ゆえ?」 またしても、何故そんな事を聞くのかとでも言いたげなれいむの顔。 責めるでなく、心底不思議で仕様がないという目でまりしゃを見ている。 「いるだ……け?」 「こんびにさんのまわりにいるとね?にんげんさんが、あまいぼうさんとかをすてていくんだよ。 にんげんさんはあいすさんだけたべちゃって、ぼうさんはぽいしちゃうからね。 あとほかにも、からあげさんのはことかもぺーろぺーろすると、ちいさいからあげさんがついてたりするよ。 みんなそういうのをひろいたくてあつまってるんだよ」 「ゆ……?」 まりしゃはいまいち理解できないと、体をかしげる。 れいむはニヤリと非常に人間臭く笑うと、もみあげでまりさをヌメリと撫でた。 「れいむはね、まわりのゆっくりはみんなきらいだよ」 「ゆっ!な、なんじぇ?」 「だってあいつらがいなきゃ、れいむがぜんぶひとりじめできるでしょ? ごはんさんもおうちもぜんぶれいむのものになれば、とってもゆっくりできるよ」 「しょ、しょんなのなかまじゃないのじぇぇぇぇっ!!!むれは!もっとみんなできょうりょくしゅるのじぇぇえぇっ!! きょうりょくしてかりをしちぇ!みんなでてきさんとたたかうのじぇぇ!!」 「それでどうなるの?」 「ゆ、じぇ?」 わざとらしくため息をついて、小馬鹿にした視線をまりしゃに向ける。 まりしゃはれいむの一挙一動に過剰に反応する。 おさげはプルプルと振るえ、青白い皮を叩く。 「ゆっくりがどんなにきょうりょくしてもにんげんさんにはかてなかったよ? みんなみんなにんげんさんにころされちゃったよ」 「みんな……なのじぇ……?まりしゃも……?おとなのまりしゃもまけちゃったのじぇ!?」 「うん、まりさがいちばんさきににんげんさんとたたかうからいっつもまりさからしんじゃうよ。 れいむはこわいからにげるけど、にげれなかったゆっくりはみんなころされちゃったよ」 「しょ、しょんなぁぁぁぁぁ!!じゃぁどうやってむれをちゅくればいいのじぇぇぇぇっ!!」 「むれをつくってもにんげんさんにすぐいっせいくじょされちゃうよ。ゆっくりりかいしてね」 「しょんなのやだぁぁぁぁぁっ!!:」 身体を左右に振り回し、まりしゃが泣きじゃくる。 群れが存在しないなんて、作ってもすぐ怖い怖い一斉駆除されてしまうなんて。 嘘だ、信じたくない。 「だったらごはんしゃんはっ!?みんにゃでかりをしゅればあまあまもみつかるでしょぉぉぉっ!?」 「そうだね、まえにだれかがあまあまをみつけたこともあったよ」 「だ、だったら――――」 「すぐにそのまりさはみんなにつぶされてしんじゃったよ」 「……ゆ、え?……な、なんじぇ……?なんじぇあまあまみつけたのにみんなからせいさいされちゃうのじぇ?」 あまあまを見つけるなんて、大活躍じゃないか。 褒められこそすれ、何故殺されなきゃいけないのだ。 やっぱりこいつはゲスで、まりしゃに嘘を言っているに違いない。 そこまで考えたまりしゃが文句を言うよりも先に、れいむが続けた。 「だってみんなあまあまたべたいでしょ?」 「ゆっ?ど、どういことなのじぇ……?」 「みんながたべたいから、けんかになるでしょ?あまあまをうばうためにたたかってると、どっちかがしんじゃうよ。 かったほうとまたほかのゆっくりがたたかって、またかったほうとたたかってってやってたらね。 みんなしんじゃったんだよ。でもそうやっててにいれたあまあまはとってもおいしかったよ!」 「な、な、なにいってるのじぇぇぇぇげしゅぅぅぅ!!それはどろぼうなのじぇぇぇっ!! ゆっくりごろしはゆっくりできないのじぇぇぇぇっ!!!たべたいなら、えっとそにょ……」 「じゃぁおちびちゃんはがまんできるのかな?ちょうだいっていわない?」 「ゆっ?……ゆ、ゆぅ」 想像の中のあまあま、言葉にするだけで口の中に涎が満ちるようなしあわせーな食べ物。 それを、目の前でみせびらかしているゆっくりがいたら。 もちろんせがむだろう。自分にも分けてくれと。 「ゆ、そうなのじぇ!わけっこすればいいのじぇぇぇっ!!そうすりぇば――――」 「おちびちゃんはわけっこできるの?」 「ゆ…………あっ!」 わけっこなんて言葉をまりしゃが何処で知ったかと思い出す。 人間に飲み物を貰っていたとき、そうだとてもおいしかった。 その時に言われた。 まりしゃが独り占めしたせいで家族が死んでしまったと。 「できないよね!れいむもむりだよ!だからあまあまはほかにだれにもみつからないようにするんだよ! とられちゃうからね!そろーりそろーりもってかえるんだよ!」 「しょんなのゆっくしできにゃいのじぇぇぇっ!!」 「そう?じゃあおちびちゃんはけんかするの?そっちのほうがゆっくりできる?」 「ちがうちがうのじぇぇぇっ!!あまあましゃんがたくさんないのがいけないのじぇぇぇっ!!」 「ゆふふっ!どうしたのおちびちゃん、いきなりないちゃったりして。でもそうだね、あまあまがたくさんあるばしょはれいむしってるよ!」 「ゆゆっ!!だったらそこにいけばいいのじぇぇぇっ!!おばしゃんはいじわるしないでにぇ!!ゆっ!?」 いきなりれいむがずーりずーり移動し始めた。 わけもわからず、まりしゃが制止を呼びかけながらついて行く。 そしてコンビニの正面が見える位置に来ると、れいむがもみあげで入口を指しながら言った。 「こんびにさんのなかにはあまあまがたくさんあるよ」 「ゆゆっ!?そうだったのじぇ!!こんなちかくにあまあましゃんがあったのじぇえぇぇっ!! だったらとりにいけばいいのじぇぇぇっ!!なんなのじぇ!?おばしゃんはおとなのくせにかりがへたくそなのじぇぇぇっ!?」 「うん、みんなそうおもってとりにいって。みんなしんじゃったよ」 「ゆは?」 全くどうしてこう、このれいむはすぐ死んだなんていうのか。 まりしゃが怖いじゃないか、震えてしまうじゃないか、想像してしまうじゃないか。 聞きたくも無いのに、目の前の巨大なれいむはまた“死んだ”と口にするのだ。 「れいむがさいしょにみたのはまりさだったよ。はいってすぐにんげんさんにけられながらでてきたよ」 「けられる……?しょ、しょれっていたいのじぇ!?いたいのじぇ!?」 「どうなのかな、れいむはけられたことないからわからないよ!でもまりさはしんじゃってたよ」 「ゆひぃいいいいい!!」 何が面白いのかゆふふと笑いながら、れいむが身体を揺する。 その目はしっかりとまりしゃを捉え、まりしゃは自分の体ほどの大きさの両目から目を逸らせない。 「こんどはまけないように、えっと…………ようむとちぇんとまりさとありすもいたようなきがするよ! ともかくたくさんで、こんびにさんにはいろうとしたよ!」 「しょ、しょれなら!」 「はいるまえにつかまっちゃって、すぐにおっきなはこさんにいれられちゃったんだよ!」 「ゆ、じぇ、はこしゃん……しょ、しょれでどうなったのじぇ!」 「にんげんさんがいなくなってから、はこさんにちかづいたら、みんなたすけてっていってたよ! でもれいむたちがたいあたりしても、はこさんはたおれなくて!そのうちこえもきこえなくなっちゃったんだぁ! みんなしんじゃったんだね、きっと!ゆふふふっ!」 「も、もういいのじぇぇぇぇっ!!!もうききたくないのじぇぇぇぇ!!ゆじぇえええええ!!」 今更聞かなければ良かったと後悔しても遅すぎた。 まりしゃはもうしっかり想像してしまっている。 怯えながら必死に出してくれと叫ぶ大人たちの姿を、それは病院前のあのまりさの泣き顔のように。 「でももうだいじょうぶだよ!」 「ゆじぇぇぇ……?だいじょうびゅ……?」 「あそこのくろいくろいさんをふんじゃうと、すっごくいたくてくるしいみたいだからね! まえにれいむがあれにさわってしんじゃったよ!たくさんさけんでたよ! だからもうだれもこんびにさんにはいろうとしないよ!」 「ゆうううううううううううう!!!こわいのじぇぇぇぇっ!!」 途端にコンビニの正面であるここが危険な場所に思えてきた。 れいむが言う黒い黒いはまりしゃからも見えている。 それがゆっくり忌避用のマットレスである事までは分からないだろうが、これだけ丁寧に説明されれば恐ろしさは理解できる。 「ゆじぇぇぇっ!!むれもなくちぇっ!!あまあましゃんもないならどうやってゆっくりすればいいのじぇぇぇっ!!! おばしゃんはどうやってゆっくりしてるのじぇ!?しあわしぇーできることをおしえるのじぇぇぇっ!!!」 「できないよ?」 「…………っ!」 その答えを予想していなかったと言えば嘘になる。だからこそ怖くて泣いていた、不安で暴れていた。 れいむの口が形を変えていくのがスローモーションでまりしゃの目に映る。 いやだ、聞きたくない。やめてくれ、決定的な言葉が出てくる前にここから―――――― 「ゆっくりできることなんてほとんどないよ」 「……ゆあぁっぁあああ……ゆぁあぁぁっぁっぁぁぁぁ」 「ごはんさんはおいしくないし、おちびちゃんはすぐしんじゃうよ。せっかくおうちをつくってもすぐにんげんさんにこわされちゃうよ」 「ゆじぇぇぇっぇぇっぇぇ……ゆじぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」 まりしゃの思い描いていた幸せな未来が音を立てて崩れ、その下にあったつまらない未来、 結婚して普通のゆっくりとして子供を育てるという未来も巻き込んでバラバラになった。 残ったのは何も無い絶望、真っ暗な頭の中と真っ暗な未来。何も見えない、何も考えられない。 ゆっくり出来ないなんて、そんなの、そんなのどうやって生きていけばいいというのか。 「ひっく、ゆっぐぅ、じゃぁどうしておばしゃんはいきてるのじぇぇっ!ゆっくりできないのにぃぃっ!!」 「ゆっ?うーん、れいむはしんじゃうのはこわいからね!とってもこわいよ!おちびちゃんはこわくないの?」 「こ、こわいにきまってるのじぇぇぇっ!!しんじゃうのはいやなのじぇぇぇぇっ!!」 「じゃぁゆっくりできなくてもいきていくしかないよね!がんばろうね!」 「…………やじゃぁああああああ!!そんにゃのやじゃぁぁぁああああああ!!!」 全く希望の無い答え。 生きる理由は無いが、死ぬのは嫌だ。だから仕方なく生きる、そんなゆん生。 幼いまりしゃはこれからずっとずっとそんな生き方をしなければいけない。 無理だ、絶対に耐えられるわけが無い。 「いやじゃぁぁぁあ!!ゆっぐりしたいのじぇぇぇっ!!!ゆっぐりぃぃぃっ!!」 「あははは!!ぜったいむりだよ!あはっはははああ!!ぜったいむり!あははははは!!」 不安で死にそうなのに、それでもどんどん不安が大きくなる。 どうにか、なにかゆっくり出来るようにする方法は無いか。 焦れば焦るほど吐き気がこみ上げてきて、それがさらにまりしゃを焦らせる。 あまあまのようにしあわせでゆっくりできるもの、あまあまみたいに――――。 「ゆっ!?そ、そうだよぉおおおお!!にんげんといっしょにいたおねーしゃんはこんびにさんにはいっていったのじぇぇっ!! まりしゃみたのじぇぇぇっ!!ゆっくりなのにぃぃ!!やっぱりにんげんじゃなくてもこんびにさんにはいれるはじゅなのじぇぇえぇぇ!!」 「ああ、かいゆっくりでしょ?」 「それがどうしたのじぇぇぇぇっ!!」 「……おちびちゃんはかいゆっくりをしらないみたいだね!」 「ゆっ!ばかにするなじぇぇぇっ!!かいゆっくりはいっつもにんげんといっしょにいるやつなのじぇ!」 まりしゃが涙目で胸を張るが、れいむにため息を吹きかけられ、顔を歪めた。 「かいゆっくりはね?にんげんさんにたくさんひいきされてるんだよ。 おようふくさんをもらったり、あまあまをもらったり、にんげんさんのおうちにいれてもらったりね」 「ゆゆぅ、ずるいのじぇ!ゆぅぅ、やっぱりそれはにんげんなんかとがまんしていっしょにいるからなのじぇ?」 「うんそうだね!にんげんさんといっしょにいられるからだよ!」 「ゆぅ……」 まりしゃが悩む、脳内の天秤は揺れ動く。 人間は嫌いだ、ゆっくり出来ない。 しかしこのれいむから聞いた話はそれ以上にゆっくり出来ない。とっても恐ろしい。 それならば選択の余地は無いのではないか。 四六時中人間と一緒にいる事に我慢さえ出来れば、あまあまも食べられるしおうちも貰えるという。 ならば仕方がないか、まりしゃが諦めて決心する。 「きめたのじぇ……れいむおばしゃん」 「ん、きめたってなにかな?れいむにおしえてほしいよ!」 「まりしゃはさっきのにんげんのかいゆっくりになってくるのじぇ!にんげんはきらいだけどがまんするのじぇ!!」 「ゆっ?…………ゆはははは!!ゆははははっは!!そっかそっか!ゆっくりりかいしたよ! それじゃぁ、にんげんさんにおねがいしなきゃね!がんばってね!」 「そうなのじぇ、にんげんがいるせいかつをがんばるまりしゃはえらいのじぇ……!」 「ゆははははは!!!」 れいむは笑う、まりしゃの甘い甘い考えと愉快な勘違いを。 まりしゃも笑う、辛い選択をした自身の気丈さと勇気に酔いしれながら。 この瞬間だけを見れば、両者はとてもゆっくりしていた。 「おばしゃん!いろいろありがちょうなのじぇ!」 「ゆはっはっは!ど、どういたしましてだね!あはははは!!」 まりしゃはコンビニの入口を見つめながら、饅殺男達が出てくるのを今か今かと待ち続けている。 その顔に先ほどまでの不安は一切なく、今日の空のように雲ひとつなく晴れ渡っていた。 「すごいねてーちゃん!クジでアイス当てちゃうなんて!」 「うん!あのね!てーもうあいすかってもらったからまみぃにあげる!」 「わーい!ありがとー!」 「じゃぁ俺はてーのアイスもらっちゃおうかなー」 「うん!いいよ!いっしょにたべよだでぃ!」 「え、あっと、お、おう!ありがとなてー!…………痛い、小指は踏まないでください虐子さん」 今日は会計時に七百円毎に一枚クジが引け、当たりはそれに描かれている商品を貰えるというキャンペーン中だった。 砂糖だけの予定が菓子パンや新しく出ていたカップ麺等、買い込んでいたら二回引ける金額になってしまった。 饅殺男はハズレ、応募券と描かれた裏面を見ながら物欲センサーがどうのと言い訳していた。 「溶けちゃうから食べちゃおうねー」 「ねー!」 店を出て、アイスの袋を破り、屋根の下で食べ始める虐子と抱えられているてー。 忘れたかった暑さが飛び込んできたために、思わず本当に一口貰おうと考えた饅殺男の耳にまりしゃの声が届く。 「にんげんしゃん!こっちにくるのじぇぇぇっ!!」 「ん?ああ、まだいたのか」 少し離れたところにある金網の近くに、半日を共にしたまりしゃがふんぞり返っていた。 「どうしたの?むれつくるんじゃなかったの?」 「ゆっふん、まぁそうかんがえてだんだけどまりしゃにぜんぜんふさわしくないむれだったのじぇ! だから、しょうがないからにんげんしゃんにかわれてあげてようかなっておもってまってたのじぇ! それなのににんげんしゃんはくるのがおしょすぎりゅのじぇ!!かんだいなまりしゃじゃなかったらかえってたのじぇ?」 「ふーん」 まりさはにんまりと口を曲げ、得意そうに語っているが何のことは無い。 現実を知っただけだろう。 怪我をしているわけでもないのようなので、どうやら口頭で説明されてもらったようだ。 優しい、というかずいぶん暇なゆっくりもいたものだと、そこだけ少し驚く。 ただそのせいか、この期に及んで自分はゆっくり出来ると、飼いゆっくりになれると勘違いしている。 「まりしゃのごはんしゃんはからあげしゃんとあまあまなのじぇ! たっくさん!よういしゅるのじぇ?そうしないとまりしゃは、いえでさんするのじぇぇ! しょれからおうちはとっちぇもひろくちぇ!ゆゆっ!そうだじぇ、びゆっくりもよういしゅ――――」 「嫌だよ」 「ゆゆっ!?び、びゆっくりはむりなのじぇ!?で、でもまりしゃのおくしゃんはびゆっくりじゃないといやなのじぇ!! ゆゆっ、それちょもごはんしゃんのことなのじぇっ!?だったらゆるさないのじぇぇぇっ!! まりしゃはからあげしゃんとあまあましかたべないのじぇっ!!だから――――――」 「僕はまりしゃを飼わないよ?」 「――――――は?」 本当に予想外だったのだろう。 まりしゃが妄想を垂れ流していたそのままに数秒固まる。 餡子脳はフル回転で、饅殺男の言葉を理解しようとする。 「は、え?どういういみなのじぇ?かわにゃい?そりぇってゆっく、え? ま、え、あ、まりしゃを、かいゆっくりにしないっていみじゃにゃいよね?じぇ?」 「その通りだよ。僕は飼わない」 「ゆ、は、はああああああああああああああああ!?なにいってるのじぇぇぇぇっ!? はなしがちがうのじぇぇぇっ!!?いみがわからないのじぇぇぇっ!! まりしゃをかいたいからいままでいっしょにいたんでしょぉぉぉぉぉぉぉっ!?」 ぐわっと口を開いて餡子を膨張させながらまりしゃが饅殺男を怒鳴りつける。 「言ってないよ」 「ゆっ!?うそちゅきぃいいいいいいい!! かいたいっていった!いったのじぇぇぇぇぇっ!!いったはずなのじぇぇぇぇっ!!」 かいゆっくりになれなきゃまりしゃがゆっくりできないのじぇぇぇぇっっ!!!」 ゆっくりが記憶を改ざんどころか、人間の言葉自体を都合よく誤認することは珍しくない。 というより、正確に理解することのほうが珍しい。 まりしゃにとっては饅殺男にさんざん飼いゆっくりになるようアプローチをかけられていたのは事実で、 だからこそまさか断られるとは思っていなかった。 「そろそろいいかな?おちびちゃんが待ってるからさ」 「まりしゃもおちびちゃんなのじぇぇぇぇっ!!まってるのじぇぇぇぇぇぇっ!!!」 「あのさ、まりしゃ」 肩をすくめた饅殺男の目が少し大きく開かれ、顔にもまた薄暗い笑みが浮かぶ。 「言ったよね。まりしゃはれいむから生まれたって、覚えてない?」 「おぼえてるにきまってるのじぇぇぇっ!!だからゆっくりできないのじぇぇぇっ!!あのげしゅのせいでぇっ!!」 「そう、だからまりしゃは野良なんだよね?まりしゃは野良から生まれたから」 「だからかいゆっくりにしろっていってるのじぇぇぇっ!!いいからはやくしろぉぉぉぉっ!!」 スッと饅殺男が屈む、出来るだけまりしゃに顔を近づける。 「飼いゆっくりに生まれたから飼いゆっくりともいったよね?」 「ゆっ……?」 「だからさ、飼いゆっくりになるには飼いゆっくりに生まれるしかないんだよ。だからまりしゃも怒ってたんじゃないの?おかーさんに。 まりしゃみたいにお願いしたって飼いゆっくりになれたりしないんだ」 「な、そ、そんなこと」 「もっと分かりやすく言おうか」 饅殺男がまりしゃを指差す。こくんとまりしゃが唾を飲み込む音が聞こえてくる。 「僕がまりしゃに、今すぐまりしゃじゃなくてれいみゅになってください、ってお願いしたらなれる?なれないよね?」 「あ、あたりまえなのじぇぇぇっ!!まりしゃはまりしゃにうまれ……た……ぁ…………」 「そう無理だね。それと同じことなんだよ。飼いゆっくりに生まれてないのに飼いゆっくりにしてくれって言われても無理」 「あ……ああ……ああああ…………」 嫌なのに、納得したくないのにまりしゃは理解してしまった。 飼いゆっくりになることは不可能であると。 まりさ種がれいむ種に変身するなんて有り得ない、そんな話し聞いたことが無い。 だから、だからまりしゃは飼いゆっくりになれない。 「い、いやじゃああああああああああ!!まりしゃゆっくりしちゃいよぉぉぉぉぉぉっ!!」 「ゆっくり理解してくれたみたいだね。じゃあねまりしゃ、そろそろ僕はいくよ」 「ま、まっちぇ!!まっちぇくだしゃぃぃぃぃぃぃ!!ど、どうにかまりしゃをかいゆっくりにしてくだしゃぃぃぃ!! まりしゃをかいゆっくぢにがんばっちぇくだしゃぃぃぃ!!まりしゃゆっぐししちゃいんでしゅぅううう!!!」 「だから無理なんだって」 饅殺男が立ち上がると慌ててまりしゃが泣き叫びながら飛びついてくる。 しーしーはそろそろ品切れだ、勢いもない。 「だでぃー!あいすなくなっちゃうよー!」 「おー!すぐ行くなー!……ほら呼んでるから行かなきゃ、見えるかなあそこ」 「ゆゆぅ!!あいしゅさん、むーしゃむーしゃしてるのあいしゅさんなのじぇ!?」 野良では手に入らないと、持っているだけで殺されると言われたあまあま。 そんなものを堂々と、しかも大声でアピールしながら食べている。 あれが飼いゆっくりか、あんなにゆっくりしているのが飼いゆっくりなのか。 「ま、まりしゃもかいゆっくしになるよぉぉぉぉ!!ぜったいゆっくりできるもんぅ! だ、だっちぇあいすしゃん!あいしゅしゃんあるじぇえ!だからはやくかいゆっくしにしちぇよぉぉぉ!!」 「いやさ、だから……」 「じゃ、じゃぁこうたい!あのおねーしゃんとこうたいなのじぇぇっ!!こうたいならいいでしょぉぉぉっ!! あのおねーしゃんはずっとかいゆっくしだったんでしょぉぉぉっ!!つぎはまりしゃのばんじゃよぉぉぉぉ!! ねっ!ねぇぇ!?だからまりしゃをつれってってくだしゃぃぃぃぃぃぃ!!」 「ごめんね、無理」 「ゆじぇえええええええええええええええええ!!!ああああああああああああ!! あああああああああああああああああああああ!!まりしゃもかいゆっくしにうまれちゃかっちゃよぉぉぉぉっ!! かいゆっくしにうまれさせちぇよぉぉぉぉぉぉっ!!ああああっっ!!!ゆじぇぇぇぇぇぇん!」 おさげで地面をバシンバシン叩きながら、まりしゃが悔しがる。 自分に非が無い原因によって不幸を味わう理不尽を叫び続ける。 そんなまりしゃを見ながら饅殺男は思い出したようにカバンを漁り、一本だけ取り出した。 「ゆっくしぃぃぃ!!かいゆっくしにうんでよぉぉぉぉ!!ゆじぇぇぇぇああえええぇぇ!!」 「まりしゃ」 「じぇあぇ!?がいゆっぐぢにじでぐゆゆっっ!!ちゅ、ちゅめたいのじぇやめるのじぇぇぇ!!」 プシューと饅殺男が長めに噴きかけたのは、バニラの香りの『ひんやりしていってね!』 甘ったるい臭いがまりしゃとアスファルトを包む。 「ゆ!ゆっ!あまあまのにおいがしゅるのじぇぇぇぇ!!こ、これでかいゆっくしになれるのじぇ!? へんしんできるのじぇ!?しょうなんでしょ!?」 「まさか、僕は魔法使いじゃないからね」 「しょんにゃぁぁぁっぁぁぁ!!じゃぁこのあまあまのにおいはなんなのじぇぇぇぇぇっ!! あまあましゃんどこにあるのじぇぇぇぇっ!!!」 キャップをしっかりと締め、カバンに戻して背負いなおす。 そしてまりしゃから一歩離れ、効果を説明する。 「これでまりしゃは喉がカラカラになっても、長く耐えられるようになったんだよ」 「ゆゆっ!?おみじゅさんのまなくてもへいきなのじぇ?ゆっくりできりゅよにぇ!?」 「いやいや、喉は渇くよ?死に難くなっただけ。だから苦しいのは苦しいし痛いのは痛いよ?ただそれが長くなるのさ。 まりしゃはこれから野良で生活するからね、少しでも長生きできるようにプレゼントさ」 「ゆ、しょ、しょんにゃのいらないのじぇぇぇっぇぇっっ!!やじゃあぁぁああああああああああ!! ゆゆぅっ!!?ど、どこいくのじぇぇぇっ!?」 「じゃぁねまりしゃ、元気でね」 「まっちぇよぉおおおおおお!!まだまりしゃかいゆっくしになってないのじぇぇぇぇっ!!ゆゆぅぅ!!まっちぇくだしゃぃぃぃ!! ごめんにゃさいぃぃ!!ごめんにゃさいですからぁぁぁぁぁぁっ!!ごめんにゃさいでしゅぅぅ!!ゆるしてくだしゃぃぃぃぃ!!!」 駆け足で饅殺男は自分を呼ぶ娘の元へ戻っていく。 当然まりしゃに追いつけるスピードではない。 跳ねても跳ねても距離は開いていく、叫んでも泣いても謝ってもその差は縮まらない。 二人と合流した饅殺男はそのまま歩いていく。 すぐにまりさの視界からその姿は消え、まりしゃはどちらに進めばいいのかすらわからなくなった。 「あああああああああ!!ゆじぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 力なく金網にもたれながら鳴くまりしゃは、コンクリートの上でもがくミミズの様だった。 どれくらい泣き続けていたのかまりしゃには分からない。 喉がたくさん痛くて、ようやくもう人間は戻ってこないと諦めた。 その諦めは、自分のしあわせーを諦めることでもあり、小さな瞳は淀んでいた。 そんなまりしゃに生暖かい息がかかる。 「ゆぷっ、ゆふふぅ!!おちびちゃん!かいゆっくりにはなれなかったみたいだねぇぇ!! ゆぷぷふっ!!ど、どうかな?かなしいのかな?ゆっくりできないかな?れいむおしえてほしいよ! ゆっふふふふふふははっはっっ!!!!ゆぶっははっはっはっは!!」 まりしゃの夢を粉々に打ち砕いた肥満体のれいむがそこにいた。 諦観に支配された意思が、怒りによって燃え上がる。 「な、なんでわらってるのじぇぇぇぇぇっ!!!まりしゃがゆっくりできないのにぃぃぃ!! まりしゃがかいゆっくしになれなかったのにぃぃぃぃぃ!!!!」 「おもしろいからだよ?」 「ゆ……ん……?」 てっきり形だけでも謝罪すると思っていたのだが、まさか肯定されるとは思わなかった。 怒りも忘れて、まりしゃがれいむの揺れるお腹をじっと見つめる。 「ゆふ、れいむはね?おちびちゃんみたいに、ほかのゆっくりがゆっくりできないととってもゆっくりできるんだよ! だからいまさいっこうにゆっくりしてるよっ!ゆふふっ!!」 「なん……で……?げすなのじぇ?」 「んー、ちょっとちがうとおもうよ!れいむはげすでもいいけどね! れいむはにんげんさんがゆっくりをいじめてるのをなんどもみてきたよ! そのなかでいっかいだけにんげんさんが、なんどもなんどもゆっくりをけってるのをみたことがあるよ!」 「そ、それがどうしたのじぇぇぇぇっ!!」 「にんげんさんはとってもゆっくりしてたよ!とってもだよ!しあわせーなかおでわらってたんだよ! れいむそれをみてたらとってもうらやましくなったんだよ!だからね…………」 れいむが言葉を切り、ニヤリと深く深く笑う。 それはまるで人間のようで、憂いなどなく心底楽しくて仕方が無いという表情だ。 そして何度目だろう、まりしゃが続きを聞きたくないと思うのは。 「ちかくにいたおかーさんおとーさんのいないおちびちゃんをせいっさいしたよ! いっしゅんじゃなくて、なんどもなんどももみあげでぶったんだよ!」 「な……なにいって…………」 「すっごくたくさんたのしかったよ!おちびちゃんがいたいっていうたびにれいむゆっくりしちゃったんだぁ! やめてねっていわれるたびにうれしくなって!うれしすぎてぴょんぴょんしたらつぶしちゃった!」 「ひっ、ひぃぃぃ!!」 狂っている、このれいむは狂っている。 怖い、逃げたい、なのにあんよはがくがくと震えるばかりで跳ねる事が出来ない。 「それかられいむはたっくさんおちびちゃんをせいさいしたよ!ひとりだけのおちびちゃんなられいむがせいさいされたりしないからね! すっごくゆっくりできるんだよ?まずいまずいごはんさんでもぜんぜんへいき!たくさんたべれるよ! だっておちびちゃんをいじめればれいむはゆっくりできるからね!」 「ゆひぃいいいいいいいい!!ゆっくりごろしぃぃぃ!!ゆっくりごろしなのじぇぇぇぇっ!!」 ゆひぃゆひぃ言いながら、自由の利かないあんよを必死で動かそうと暴れるまりしゃ。 おさげで地面を掻いても一向に前に進むことが出来ない。 「まぁそれでもおちびちゃんがしんじゃうと、とってもくさいのだけはゆっくりできないね! だかられいむはいままで、ゆっくりをたべたことなかったんだけど…………」 「ひぃぃぃっ!ひぃぃぃっ!!!くりゅなぁぁ!!こっちくりゅなぁぁぁっ!!」 「おちびちゃん、とってもおいしそうなにおいがするねぇ!」 「ゆへぇええええええええ!?」 まりしゃが動くたびに漂うバニラの香り。 それはもちろん饅殺男が噴きかけたスプレーのもので、麻薬のよう危険な魅力を放っていた。 「ま、まりしゃおいしくないのじぇぇぇぇぇっっ!!いやじゃあああああああああ!!」 「あまあまさんのにおいがするおちびちゃんなんてはじめてだよ!れいむとってもうれしいなっ! ゆっ、よだれさんがたれちゃった!ゆへ、へへへ!」 「ゆぴいぃいいいいいいいいいいいい!!」 大きな口に生える無数の歯、今のまりしゃには全てが鋭い牙に見える。 れいむの吐息が全身にかかるほどの至近距離、当然バニラの臭いはれいむを強く刺激する。 完全にまりしゃはパニックだった。 「ゆびゃあああああ!!にげりゅぅううううう!!にげりゅうぅぅぅ!!」 「いいよぉおちびちゃんぅ!れいむとってもゆっくりできるよぉぉぉっ!! ああ、でももうれいむがまんできないよぉぉっ!!むーしゃむーしゃさせてねぇぇっ!!」 「だじゅげっ!おがああああああああしゃああああああああああんぅぅ!!たじゅげぇえええ!!! おがああああああああああああしゃああああああああああ!!おねえええしゃあああああああああ!!」 ゲス呼ばわりしていた母に救いを求めても、もともとゆっくりには差し伸べる手が無い。 そしてここは人が寄り付かない陸橋の下、不意の乱入も期待できない。 まはやまりしゃに叫ぶ以外に出来ることなどなく、受け入れられぬ死をもたらすれいむの口に受け入れられるのを待つより無かった。 そしてれいむのお口がまりしゃの右の頭部を抉り齧る。 「ぐぎぃぎぃぃぎぎぎぃいいいいいいいいいいいいいいいああああああああああ!!!」 「むーじゃむーじゃ!ゆゆゆぅ!!おいじぃいよぉぉぉぉぉ!!さいこうだよぉおおおおお!!」 眼球を含む全体の四分の一を食い取られたまりしゃが、例えようもない痛みに絶叫する。 この期に及んで無事な目が眼前のれいむを捉えているのが、まりしゃの不幸だ。 そしてまたれいむがまりしゃの何倍もあるお口を全開にする。 「じにちゃく、じにぢゃぐないぃいいいいいいいい!!ころじゃないでぇぇぇぇぇぇっっ!! ゆあああああああ!やじゃぁ、やじゃあぁぁぁぁあ!!まりじゃじにぢゃくないぃ!! じにじゃくにゃいぃぃぃ!!じゃああああああああああああああああ!!がげええええっ!!」 「んーんー!じあわぜー!!れいむうれしーしーしぢゃうよぉぉぉぉぉっ!!」 くっちゃっくっちゃとまりしゃがすり潰され、裏返しにされ、そして溶かされていく。 中枢案を飴のように舐め回すれいむの行為が苦痛を長引かせる。 ――――――結局、まりしゃが他者をゆっくりさせられたのは、これが最初で最後だった。 「かなかなっていってる!せみさんかなかなって!」 「おーほんとだ。夕方くらいにあのセミさんは鳴くみたいだなー」 「涼しくなったからかな?」 「せみさんもあついのやなの?」 「どうかなー」 今は饅殺男に抱かれるてーはセミの鳴き声に耳を傾けている。 そしてその目は、民家の庭にあったゴムプールを見つけた。 「あれなにっ!?ちっちゃいいけさん!?」 「あーあれはプールだな。てーみたいにちっちゃい子が泳ぐの」 「およいでいいの?だめじゃないの?」 「そうだねー、マミィとダディと一緒ならいいんだよー」 日ごろから水周りには近づくなと言い聞かせているせいか、水遊びという発想がなかったようだ。 虐子がてーを帽子の上から撫でる。 「そういえば、ウチにもふっるーいのあったかなぁー」 「あるの!?まみぃ!てーもあそびたい!」 「あーうん、ぐらんぱにおねだりすればだしてくれるよー」 「おいおい」 やったぁと無邪気に喜ぶてーを見ながら、虐子父が黙々と倉庫を漁る様子を想像する。 きっと人力で膨らますとこまで一人でやると言い張るのだろう。 「おっきいやつかなぁ?まみぃ!」 「んー、あんまり覚えてないなぁ。でもてーちゃんなら泳げるよー」 「まみぃは?いっしょにおよげる?」 「す、スリムなまみぃでもちょっときついかなぁー、あはは」 てーは今からとても楽しそうで、この様子では眠るまでプールの話が止まらないだろう。 水を撒き散らしながらばしゃばしゃ遊ぶてーを想像すると自然と顔が笑顔を作る。 そしてもし水不足で苦しむ野良を―――――― 「水が欲しい野良達を動けなくして、てーちゃんがプールで遊ぶ様子を見せたい?」 「さすが」 ただそれは、わざわざセッティングするまでもなくそこらで似たようなことは行われているだろう。 それは自販機の近くだったり、公園の噴水であったりと。 「ま、わざわざ用意するのは好きじゃないしな。絡んできたのでやるのがいいんだよ」 「めんどくさいだけでしょ?」 そろそろ虐子家が見えてくる頃だ。 そこを曲がれば―――――― 「あっ!!」 「ん?どした?」 「まみぃ?」 「てーちゃんの水着買ってない!」 「なんだよ、びっくりさせんな」 いきなり立ち止まったために、驚いてオーバーに跳ねてしまった。 これではゆっくりみたいじゃないか。 まぁ、てーの服への執着は今に始まったことではないかと苦笑し―――― 「今から行くわよ!まだお店開いてるし!」 「は?」 ――――その笑顔が凍りついた。 最後までお読みいただきありがとうございました。 帝都あき 過去作については『ふたばゆっくりいじめss保管庫ミラー』 にて作者別のページを作っていただいたのでそちらをご覧ください。
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『てーと野良と長雨 前編』 68KB 愛で 虐待 現代 独自設定 野良が雨に苦しむお話 ※ご注意を 前作『anko4095 てーとまりしゃ』『anko4099 てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん』 『anko4122 てーありしゅのおかーさん』の完全な続きになります。 前作までの設定をそのまま使っているので、読んでいただかないと話が意味不明です。 最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 愛でられるゆっくりは作者に都合がいいほとんどオリキャラのようになっております。 飼いゆっくりを愛称で呼びます。 作者にとって非常に都合がいい設定を垂れ流すシーンがあります。 大した落ち度のないゆっくりが不幸な目にあいます。 鬼意惨に恋人がいます。 鬼意惨達の野良に対する性格が悪いです。 これでも注意書きが足らないかもしれません。 以上、少しでも嫌悪感を抱かれましたら、読まれると不快な思いさせてしまうかもしれません。 てーは雨が好きだ。 天気予報の言うとおり、ここ数日間は雨が続いていた。 そんな雨の中、歌いながら歩く一人と一匹。 「あい~とぉゆうき」 「と~誇りを持ぉって~戦うよぉ~」 レインコート姿のてーと手を繋いで歩く饅殺男。 ハシャぐ様子からは雨に対する恐怖は微塵も感じられない。 「だでぃ、そのうたちがうー」 「ははは、わりぃわりぃ。こっちのヒーローも好きでね」 そう答える饅殺男も上機嫌だ。 雨は良い。 こうして降っている間は野良にからまれずにすむし、野良自体の数も減るだろう。 雨を楽しむてーのレインコートに落ちる雨音のリズムも心地よい。 「こらこら。水溜りぴょんぴょんは禁止」 「えー」 「他の人にかかっちゃうだろう? ていうかダディにもかかっちゃったつーの」 注意はしたが、あの顔では納得していないだろう。 見た限り人はいない。誰か来たら止めさせればいいだろう。 饅殺男がそんなふうに考えていると、予想外の存在が飛び出してきた。 「れいみゅだっておしょとであしょぶよっ!!!」 「うぉっ!?」 「あ、れいみゅだ!」 立ち並ぶ建物の間。 人間には小さいその隙間から一匹の赤ゆっくりが飛び出して来た。 雨の中、脆弱な赤れいみゅが飛び出したということは。 「いちゃいぃぃぃ!あめしゃんやめてぇぇぇぇっ!!」 当然雨の冷たさを知ることになる。 その冷たさが痛みとなってれいみゅの身体を責める。 「やめちえぇぇっっ!!ちゅめたいよぉぉっ!いちゃぅ!いちゃいぅ!」 れいみゅはもがくうちに、幸運にも饅殺男の足元まで転がってきたため、傘によって一時的に雨を逃れる。 「にゃんでれいみゅにはいじわりゅすりゅのぉおおおおお!! そっちのこにはやさしくしてりゅのにぃいいいい!!!!! れいみゅはきゃわいいんだよぉおお!!おちびちゃんにゃんだよぉお!!」 一瞬饅殺男は自分に言われたのかと思ったが、れいみゅの向いている方向を見て気づく。 こいつ雨に文句言ってる、と。 「ふこうへいじゃよぉお!!!れいみゅもあそびちゃいにょにぃいいいい!! いちゃいちゃいしにゃいでよぉおおっっ!!」 つまりこの赤ゆっくりはてーを見て、外に出ても大丈夫だと勘違いしたのだ。 親と思われるれいむも出てきた。もちろん屋根のある所までだが。 「おちびちゃん!なにしてるのぉぉっ!!!」 「おきゃあしゃぁああん!!げしゅなあめしゃんがいじわりゅすりゅぅ!!」 「おそといっちゃだめっていったでしょぉっ!! かえってきなさいぃっ!! あめさんはゆっくりできないよぉおお!!」 「だってだってあにょこはゆっくりしてるよぉ? ひとりだけゆっくりするなんてずるいよぉおおおおお!!」 『あの子』とれいみゅに言われたてーはキョトンとしている。 当然だ、饅殺男にも理解できない。 れいむの様子から見て、雨の危険は教えられていただろうに。 やはり自己愛が餡子の原動力と言う話は本当らしい。 『他のゆっくりが雨さんと遊んでいる。じゃあれいみゅだって遊ぶよ!』 とか考えたのだろう。 生存本能は先祖の餡子に置いてきたのだろうか? 「にんげんさんにちかづいちゃだめっていったでしょぉおお? あのこは“かいゆっくり”なんだよぉおお!? ゆっくりしないでおうちかえってきなさぃぃ!」 「へぇ……」 「やぢゃぁあぁぁつ!!れいみゅもあそびゅんだよぉぉっ!!」 饅殺男はまた少し驚かされた。 親のほうは人間の恐ろしさと飼いゆっくりについても知っているらしい。 これならわざわざ潰す必要はないだろう。 「しょこのにんげぇん!にゃにしちぇりゅにょぉっ!? れいみゅがいたがっちぇりゅんだよっ!さっさとたすけりょぉぉ!」 今さら饅殺男の存在に気づいたのだろうか。 世の中を自分の餡子よりも甘い存在だと信じるれいみゅが、命令してくる。 もちろん饅殺男に取り合う気は無い。 隣にいるてーの手を引っ張る。 「てー?いくぞー」 「うい!」 「……そのお返事はマミィの前では禁止な」 「うい!」 「ゆぅ!?にゃにむししちぇりゅにょ?おみみしゃんがくさっちぇるにょ? おお、あわりぇだにぇ!ゆっくりしちぇにゃいねっ! でもれいみゅはかんだいだからおまえをどれいにしちぇ――――」 てーが野良をちゃんと無視した事を褒めながら歩き出す饅殺男。 当然傘は一緒に移動するため、れいみゅの頭上から消える。 「きいてりゅにょかどりぇいぃぃ!ぐずはきらっ、ゆひぃ!? ちゅめちゃ!いちゃぁ!どぼちであめしゃんがいるにょぉぉっ!? やめちぇぇぇl!!!」 またしても雨にさらされるれいみゅ。 逃げようとして、あんよをガムシャラに動かす。 「いちゃぁっ!!あんよしゃんいちゃぃ!」 当然弱った皮で無理をすれば簡単に破ける。 「ゆわぁああああああああ! おちびちゃんっ!おちびちゃん!がんばってぴょんぴょんしてぇっ!!」 「にゃんでぇええ、にゃんでぇうごかないのぉおおおおおお!! ヒィっ!いちゃぃぃぃ!!」 これでもうれいみゅの運命は決まった。 親れいむも叫んでいるがそれだけだ。 中途半端に賢いために、自分では助けることは出来ないのがわかってしまう。 「にんげんさんっ!おねがいしますぅ! れいむのおちびちゃんをたすけてくださぃ!!!」 だから饅殺男に懇願する。 ゆっくりと一緒にいる人間なら、きっと助けてくれると思ったのだろう。 そう思うのも無理もないが、残念ながら勘違いだ。 そもそも、饅殺男とてーはとっくに歩き出している。 「ゆゆっ!? どぉうしていっちゃぁうのぉおおおおおおおっっ!! まってぇえええええ!!まってくださいぃいい!! このままじゃれいみゅのおちびちゃんがしんじゃうんですぅぅ!!」 「いちゃあああああああああああああ!! やめっ!あめしゃああああ!ごめんにゃしゃ! ゆぎぃ!あぎぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」 軽く後ろを振り返りながら饅殺男は思う。 雨は良い、騒ぐ饅頭の声もかき消してくれる。 「あびゅぅ!ゆびゅぅ!いびぃ!びぃぃ……ぎぃい!!」 「いやぁあああ!れいむのかわいいおちびちゃんがぁあ……」 残ったのは雨粒にその身を蹂躙されるたびに痙攣するれいみゅ。 そして必死に、おちびちゃんの救助を願うれいむ。 「ほらほら、わざわざ水溜り行っちゃだめだって」 「はーい!」 パシャンと音を立て、てーが履く長靴が水溜りを軽く散らす。 続いてれいむの絶叫が響く、どうやられいみゅの命も散ったらしい。 直接雨に当たることによって死ぬゆっくりは確かに多い。 だが同じくらい雨によって引き起こされる、いわば二次災害によって死ぬゆっくりがいる。 「しゃむぃよぉっ、おかぁぁぁしゃんっしゃむぃよぉぉっ!」 「もういやなのじぇえ!!まりしゃおうちかえりゅのじぇっ!!」 「おちびちゃん!おちびちゃんもうちょっとがんばってね! もうすぐあめさんはどっかいくからね!!」 空が雲に覆われ雨が降る事を予告しているのに、それが分からないゆっくり。 元気でやんちゃなおちびちゃんにせがまれお散歩した結果。 予定通り雨が降り出し、おうちに帰れなくなった。 「まりしゃはゆっくりかえるのじぇ……ゆいしょ、ゆいしょ。 ――――どぅじであめしゃんがここにもいるのじぇぇえぇえっ!? ゆっくりしないでどくのじぇぇ!めいれいなのじぇぇっ! ゆっぴゃあああ!!!ぴちゃぴちゃうるしゃいのじぇぇえええええっl!!」 「おちびちゃん!そっちいったらあぶないよっ!!」 何とか公園内のベンチとテーブルに小さな屋根のついた休憩所に逃げた。 雨がすぐに止むなら助かったと言えるだろう。 「しゃむぃぃ、ごはんしゃんたべちゃぃぃ、ゆぅぅゆぅぅぅ!」 「お、おうちにかえればたくさんたべれるのぜっ!! だから、もうすこしだけがまんするのぜぇ!」 雨はもう数時間は降り続けている。 そのおかげで、赤ゆっくりたちにとって耐え難い寒さと空腹が襲う。 必死で両親が慰めるも、言葉だけではどうしようもない。 「ゆぅぅ、どうしよぉぉ。どうしよぉぉぅ」 普段からは考えられないほど情けない声を出す親まりさ。 助けを求めて辺りを見回していた。 「でさ、てー。明日も雨かもしれないぞ?」 「えー、れいむおねーちゃんとあそぶのに。 だでぃ、あめやだよー」 「うーん、さすがにダディも雨はどうしようもないなぁ」 人間に例えると、氾濫した川の中洲にいるまりさ達家族。 そんな一家の目にはどう映ったのだろうか。 雨の中を平然と歩き、楽しそうに人間と話しているゆっくりの姿は。 「ど、どういうことなのぜ! ちょっとまつのぜぇっ!!」 「しゅごぃのじぇぇっ!!! あめしゃんのなかでもへいきなのじぇっ!?」 頭に浮かんだものをそのまま発言してしまうゆっくり。 親まりさは理解できない疑問に対する怒りを、子まりしゃは素直に感動しながら。 「……でもあめのおさんぽはたのしいよ!」 「よしよし。そうだなー、てーが今日の病院でいい子にしてたら明日は晴れるんじゃないか?」 だがまりさ達への反応は無かった。 全身を見たこと無いお飾りで覆うゆっくりとは目があったはずなのに。 怒りでまりさの餡子が外の寒さを忘れるほど一瞬で沸騰する。 「むしするなぁぁぁぁぁっ!!! まりさたちがこまってるんだぞぉぉぉぉぉっ!!」 「しゃむぃよぉぉぉ」 おちびちゃんが悲しんでいるのを見たくせに無視するなんて。 なんてゆっくりしてないゆっくりなんだ。 見たところまだ幼いゆっくりのようだが、“どうつきさん”みたいだから正確にはわからない。 ――――もしかして幼い故にまりさ達の状況がわからないのだろうか。 「もういいからゆっくりしないでこっちにこいっ! ――――ゆっ? な、なんではなれていくのぉぉっ!? まてぇっ!にげるなぁっっ!!! まりさが大声で近づくよう要求する頃には、もう人間に連れられたゆっくりは遠ざかっていた。 そもそも饅殺男とてーは一度も足を止めていない。 広い広い公園を通るほうが近いから来ただけだ。 「まりさのはなしをきけぇぇぇっっ!!!!」 「れいむのだーりんはつよいんだよぉっ! いうこときかないとせいさいするよぉっ!」 あっという間に見えなくなってしまった。 これでは声は届かない、実際は届いても結果は同じだが。 「あああああああああっ!! にげちゃったのぜぇ!!。 くそっ!いくらまりさがつよすぎるからってぇっ! おくびょうものっ!!こわがりぃっ!」 「まりさぁ、どうするのぉ?」 強すぎるのも困り者だ。 せっかくの脱出手段が逃げてしまった。 あのおちびの奴隷の人間をどうにかして奪って、おうちに連れて行かせようと思ったのに。 「おとーしゃんぅ、おかーしゃんっ!れいみゅぅ!もうやぢゃぁぁぁっ!!」 「しゃむいのぜぇええ!ゆぅ!かぜしゃんはどっかいくのじぇぇ! ゆぅぅ!?なんであめしゃんまでくるのじぇぇええ!! きょわいぃのじぇぇっ!!!」 だが今は目の前に最大の危機が迫っている。 おちびちゃんはもう限界だし、せっかくのチャンスもどこかへいってしまった。 「ゆぅう、でもあのゆっくりはおちびちゃんのくせにあめさんのなかでもゆっくりしてたのぜ」 そうだ、そこが疑問なのだ。 人間は卑怯な手を使っているため、雨も平気なのだろう。 でもあのゆっくりは――――そういえば何だか白い“もやもやさん”のお飾りをつけていた。 それも体全体を覆うように。 「わかったのぜぇ!!! あのおかざりなのぜ!!!あれであめさんのなかでもゆっくりしてたのぜ!!」 「ゆゆっ!!すごいよまりさぁっ!てんさいだよぉっ!!!!」 まるで生還出来たかのように喜ぶ夫婦。 未だに雨は降り続き、少しずつ風も強くなってきているのに。 しかし、褒められるほど増長するゆっくり。 「まりさのおぼうしさんがあんなおかざりにまけるはずないのぜぇ! だからまりさならあめさんもへいきなのぜ!」 「すごすぎるよ!まりさぁ!」 「おとーしゃんかっこいいのじぇ!!」 そうだ、なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか。 自分のお帽子ならこんな雨、ぜんぜん怖くないじゃないか。 あんなおちびちゃんがつけていたお飾りより、自分のものが劣っているハズが無いのだから。 「ゆぇぇぇ……おにゃかしゅいちゃよぉお……。 たべちゃいぃい!むーしゃむーしゃしちゃぃよ!」 「ゆぅ!!まってるのぜおちびぃ!! おとーさんがすぐにごはんさんをもってくるのぜぇぇ!!」 過剰な自身から“だぜ”口調となったまりさが屋根の庇護から飛び出す。 これくらいの小雨なら、まりさ種のお帽子が傘として機能する。 あくまで短時間だけなら。 「ゆっ!やっぱりぜんぜんへいきなのぜぇっ! まりさはあめさんすらもちょうえつしたのぜぇぇっ! さいきょうなのぜぇぇぇぇっ!!!!」 「まりさぁ!れいむ、れいむうれしいよぉ!」 番の頼もしい姿にれいむは涙を流す。 「いってくるのぜ!おちび!あとちょっとだけがまんするのぜぇ!!」 勇ましく飛び跳ねていくまりさ。 ぴょん、ぴょん、ぴょん、ボチャン!バシャ!パシャ!ぴょん、ぺちゃ、ぴちゃ、グシャ。 「――――ゆぇ?」 わずか十回。 それが今回まりさに許された跳躍回数だった。 途中水溜りに入ったのがいけなかった、致命的なダメージ受けたあんよは耐え切れずその役目を終えた。 「あ、ゆぇ?ゆぁ、どうして、ど、え? ま、えぁ、あんよさん?あ、え、ゆっくり、うご、うごいてね?」 自分の目に映るあんよの惨状に言葉がおかしくなるまりさ。 “だぜ”口調も引っ込む。 「あ、あ、あああああああああああああああああ!!! いだいぃぃっ!!!どぼじであんよさんがぁあ!!」 遅れて痛みが中枢餡に届く。 雨音をかき消すようなまりさの絶叫が響く。 「まりさ?どうしたのぉっ!? あああああああっ!まりさのあんよさんやぶれてるよぉぉっ!!」 たいして距離を稼げなかったために、番からもおちびちゃんからもまりさの惨めな姿がよく見えている。 「いたいぃ!つめたいぃぃっ!! ゆぐぅ!!あめさんやめてぇっ!!こないでぇぇぇぇっ!!」 体を激しく動かせば、帽子ではカバーしきれない部分が生まれる。 しかし番から自身のあんよの現状を、克明に告げられたまりさはパニックになっている。 「れいむぅ!たすけてぇ!こわいよぉっ!! あんよさんいたいのぉおおおお!!うごかないのぉ! つめたいぃぃ!!たすけてえぇ!」 結局こうなるのだ。 家族を助けるために動いたハズなのに、家族に助けを請う。 「ゆぇええ!?む、むりだよぉぉっっ!!れいむじゃあめさんにはかてないよぉ!」 数秒前は家族の守護神、いまやおちびちゃんより頼りないまりさ。 そんなまりさの転落を目の前で見て、誰が外に飛び出そうなんて思えるだろうか。 「おとぉしゃん!!がんばるのじぇっ!!まけちゃだめだじぇっ!!」 おちびちゃん達は残念ながら、現状を理解しきれていないらしい。 「いたぃよぉ……ゆっくりしたいよぉ……あめさんやめてぇ……」 痛くて冷たくて寒くてそして怖かった。 しーしーを漏らしていたが雨はそれさえも溶かした。 逃げたいのに体は動かない、自分が本当にゆっくりと雨に全てを奪われるのがわかる。 「たすけてぇ……おかーさんぅ……」 この後、まりさは自身が死ぬまで泣いて救いを求めた。 残された家族はまりさが死んだ後も泣き続けていた。 「ついたついた」 「んー?あっ!まみぃ!!」 饅殺男に抱かれていたてーが大声をあげる。 跳ね回って疲れたてーから抱き上げることを要求された饅殺男。 どうせそうなると思っていた。 濡れたレインコートを脱がし、ここまで運んで来た。 ゆっくり専門病院、通称“ゆっくりにっく”へと。 「なんかずいぶんいっぱいいっぱいね」 「片手でてーを支えつつ、濡らさないように絶妙に傘をコントロールして来た俺は、もっと褒められてもいいと思う」 「まみぃ!だっこ!」 「んー、おいでー」 そのまま先に着いていた虐子にてーを受け渡し、病院に入る。 「こんにちわー」 「はーい、こんにちわ」 「こんにちわ!」 「えーっとカード、カードっと」 受付にいるお姉さんに診察券を渡す。 コンビニくらいの大きさの病院。 広くは無いが待合室は清潔感に溢れ、雨が降る外と違い暖かい。 しかしせっかくの待合室だが、ここでは一度も待たされたことがない。 「はい、じゃぁスグ先生の所にいってあげてください。 待ってましたから」 「はい」 「てーちゃん、こっち」 「うい!」 「――――饅殺男?後で話しあるから」 「い、いやちげーから」 ゆっくり専門の病院。 飼いゆっくりがここまで普及しているこの時代。 当然あってしかるべき施設として、早くから設立のために加工所は動いた。 しかし今やその名を知らぬものはいない大企業となった加工所でさえ、このプロジェクトは難航した。 そもそも医者がいない。 ゆっくり医療のエキスパート養成、これがまず第一の試練だった。 試行錯誤のすえに十数年を費やし、『餡医師免許』というものを確立させた。 やっとの思いで作った“ゆっくりにっく” 都心を中心に複数設立され、数ヶ月がたったころ。 職員達は第二の試練に気づいた。 患者――患畜という言い方は例の愛護団体から苦情が来たらしい――がいない。 そもそも相手はオレンジジュースをかけるだけで傷が治るような存在なのだ。 そのオレンジジュースすら効かない状態にまで陥ったゆっくりは、病院に着く前にほとんどが死んでしまう。 “ゆ下痢”や“カビ”などの病気は、人間によって食事を与えられ、栄養が十分ならまずこれらの病気にはかからない。 そして飼いゆっくりをこのような病気にかからせる人間は、わざわざ病院に連れてきたりするはずがない。 ――――要するにヒマなのだ。これにはさすがの加工所もお手上げだった。 「よろしくお願いします」 「やぁ、よくきたね」 「こんにちわ!せんせー!」 「来てそうそうなんですが、今日も暇そうですね馬路出先生」 ゆっくり関係の本に混じって将棋の指南書が置いてある机の前に座る人物。 『馬路出 弥舞(まじでやぶ)』医師だ。 「それが一番の問題でね、患者がいないのは平和な証拠だとは言うが……。 それでは我々の存在意義が問われるよ」 「だからって堂々と目の前で将棋の本読んでるのはどうかと」 さすがの加工所も苦労して作った施設を遊ばせておくわけにはいかない。 本来なら、患者として連れてこられたゆっくりのデータを集めることも目的の一つだった。 「はっはっは、厳しいね。 まぁ、せっかく来てくれたんだから私も仕事をしよう。 ――――ではてーくんはあちらで身体測定から頼むよ」 「じゃあてーちゃんはこっちに来てくださいねー。 いつも通り、マミィさんもついててあげてください」 「すいません、ありがとうございます」 受付にいたお姉さんに案内され、てーと虐子は奥の部屋へ移動する。 これももう何度も繰り返された光景だ。 「よしでは、饅殺男くんにはいつもの事を聞こうか。 ――――てーちゃんはどうだい?」 少しでも患者を増やそうとした加工所は、飼いゆっくりの定期健診を呼びかけた。 そして特に謎が多く、データも少ない希少種の場合、その検診料は加工所負担。 そのため饅殺男とてーはちょくちょく、こうして検査のために病院を訪れている。 「めっ!ちゃ!可愛いッス!」 「はっはっは、付け上がったれいむ種を見ている気分だね」 「どぼしてそんなことー……ってまぁ前回と変わってないですよ。 特に言うなら、最近ちゅっちゅを避けることくらいですかねぇ」 飼いゆっくり向けの商品市場は加工所の主戦場である。 ちょっとした悩みが大ヒット商品を生んだ、なんて話もある。 そのためゆっくりにっくでは、飼いゆっくりだけではなく、飼い主のカウセンリングもやっている。 あくまで“飼育上の”悩みについてだが。 「口臭が嫌なんだろうね、口内は清潔にしたまえよ?」 「……口汚いのは先生じゃないですか」 「はっはっは、厳しいね。 いや、実際ほんと暇でねぇ。 患者さんが来たのなんて三日ぶりだよ」 一応“殺ゆ剤”やオレンジジュースを超えるような薬の研究開発など、することはある。 何せゆっくりはそれこそ掃いて捨てるほどいる、これほど臨床試験のしやすい生き物はいまい。 「まぁ私だって一日中遊んでいるわけじゃないさ。 この間も駆除担当からもっと効率のよいものを要求されてねぇ。 都合よく饅頭だけを殺す、というのもなかなか難しい」 「そりゃ環境に害がなくてゆっくりだけ、なんてチートですよね。 ――――っていうか研究って、どうやるんです?」 「うん?試すのさ、手当たり次第にね。 そこの部屋で効きそうなものを実験体にかけるなり投与するなり」 「無駄に厚そうなドアかと思えばそういう……」 他とは明らかに違う、重そうなドアの向こうは研究室になっているらしい。 餡医療の発展のために、無数のゆっくりたちがその身を捧げているのだろう。 自発的にではないだろうが。 「なんか赤ゆっくりに見せたら即死しそうな光景が広がってそうですね」 「いやいや、普通だよ。そうだねぇ。 例えば今、野良ゆっくりが同属を食い殺すようになる薬を開発中なんだが」 「うわぁお、過激ですね」 「これが難しくてね。なかなか“その気”になってくれない」 「ドアの向こうはやばそうですね」 得体の知れない薬を塗られ、飲まされる。 その結果、激痛に襲われる、餡子を吐き出す。 研究なので決して助けてはくれない。 「いやぁ地獄って近くにあるものですね」 「はっはっは、そんなことは無いさ。 さぁ、饅殺男くん。てーくんの検査はいつも通り一時間はかかるだろう。 将棋でも指そうじゃないか」 「またですか、俺この前だって飛車角落ちでボロ負けしたじゃないですか。 っていうかそんな素人の俺と指して楽しいんですか?」 「私も素人だからいいんだよ、もちろん私は楽しんでやっているさ」 健康状態をみるために排泄餡――つまりうんうんやしーしーも調べる。 餡子の具合を見れば、だいたいの事がわかるのだ。 「まぁ先生がいいなら、いいですけど。 ――――やっぱりちょっと相談したいこともあるんで」 「かまわないさ、時間はいくらでもあるよ。 どうせ今日の来客は君達が最初で最後さ」 「それもどうなんですか」 検査結果が出るのは一週間後らしい。診察券の裏に日付が書いてある。 予約の必要なんてないのだろうが、形式上必要なことらしい。 「なんか雨強くなったな」 「そろそろ晴れて欲しいね。 自転車使えないのがツライのよねー」 検査に疲れたてーはお決まりの虐子の腕の中で睡眠中。 慣れたもので少しくらい揺らそうがうるさかろうが目覚めない。 「そういやさっきここらへんに――――いたいた」 「うわ、悲惨ね」 饅殺男が行く途中に見た、ゆっくりの一家が避難していた公園の休憩所。 そこには親れいむとまりしゃがいた。 「あれ、自信過剰っぽいまりさがいたはずなんだけど」 「これじゃない?」 虐子が指を指す方向に目を向けると、餡子にまみれたまりさ種の帽子が落ちていた。 と、キョロキョロと不安げに辺りを見ていたれいむと目が合った。 「ああああっ!!!さっきのおちびちゃんをつれたにんげんさんっ!! こっちにきてくださぃぃぃっ!!たすけてぇぇぇっっ!!」 「あれ、すっげぇ卑屈になってる」 「ね」 先ほど饅殺男とてーが通ったときには、いかにも人間を見下している感じだったが。 「無視するか?」 「ちょっと気になるから見に行こ。タイムセールまでまだ時間あるし」 饅殺男と虐子が近づいていく。 「にんげんさぁぁんっ!おねがいしますぅぅ!れいむたちをたすけてくださぃぃっ!!」 二人が十分近づくなり頭を地に着け、土下座したれいむ。 夫のまりさが死んで数時間がたってやっと学んだのだ。 この状況は自分達だけでは解決できない。 「嫌です、ごめんなさい」 「ええええええええええええっっ!?」 まさか容赦なく断られるとは思わなかったのだろう。 まさに驚愕と言った表情を浮かべた顔を上げるれいむ。 れいむの必死に考えた“けいかくっ!”だと、 この時点でかわいそうなれいむ達を見た人間がゆっくりさせてくれるはずだったのに。 「お、おねがいですぅぅぅ!! もうれいむたちずっとここにいるんですぅっ!! さむくてぇ!あめさんもはいってくるんですぅっ!!」 「そうですか、大変ですね。頑張ってください」 眠るてーの頭を撫でながら、れいむ達を見ずに答える虐子。 おかしい、全然同情している気配がない。 「ゆぐぅぅ!うぅぅっ! もうれいむはたくさんがんばったんですぅ! すーりすーりしたけどぉぉっ!あったかくならなくてぇぇ!! おちびちゃんもしんじゃったんですぅぅ!!」 「かわいそうですね」 「こっちみてよぉぉぉぉ!!」 叫びながられいむは思った。 どういうことなんだ? おちびちゃんが死んだことを伝えたんだぞ? なんで人間は泣きながられいむ達を保護しないんだ? 「ゆ、ゆぅぅ!ほらみて! おちびちゃんこんなにあんこさんはいちゃったんですぅ!! かわいそうでしょぉぉっ!!」 もみあげでおちびちゃんの死体を指すれいむ。 初めて人間がれいむの指示する方向を見た。 「見てくれって。 ――――ちょっと転がした後があるじゃないですか。 臭いがキツイからってひどいことしますね」 「ゆゆぅぅっ!!??」 ビクッっと身体を一回痙攣させるほど驚いたれいむ。 なぜバレたんだ!?。 死んでしまったおちびちゃんからとってもゆっくり出来ない臭いがするので、確かにしかたなく遠ざけた。 あまり触りたくないから、もみあげで転がして。 「だって、おちびちゃんが……」 「はいはい、どうでもいいです。もういいですか?」 「ゆゆぅ!?ま、まってねぇっ!! まだこっちにおちびちゃんがいるんだよっ!? とってもさむいさむいでかわいそうなんだよぉっ!」 そうれいむが言うと、その身体の影に隠れていたまりしゃが出てきた。 小刻みに揺れていて気持ち悪いと思っていたが、どうやら必死にまりしゃをすーりすーりしてたようだ。 「しゃむぃのぜぇぇ。まりしゃゆっくりしたいぃぃぃ……」 どうだ。 その震える姿をみるだけで、れいむの全てを差し出してでも救いたくなるおちびちゃんだ。 そのおちびちゃんが泣きながら、寒さを訴えている。 さすがの人間もこれで――――。 「頑張ってゆっくりしてください」 「ゆえええええっ!?」 何も変わらなかった。 我慢できずに人間を問い詰める。 「おちびちゃんがこんなにないてるんだよぉぉっ!? さむくてふるえちゃってるんだよぉぉっ!? かわいそうだとおもわないのぉぉぉっ!?」 すると人間が少し考える仕草をする。 そして、れいむに質問してきた。 「寒いんですか?」 「ゆはっ?」 れいむが質問の内容を理解した瞬間、怒鳴り声が響いた。 「あたりまえでしょぉぉぉぉっ!!?? なにいってんのぉぉぉぉぉっ!!? おちびちゃんがぶーるぶーるしちゃってるのがみえないのぉぉぉっ!?」 こっちは真剣にお願いしてやっているのに、茶化すような質問。 寒いのかだと? 「私達は全然寒くないですよ? ほら私のおちびちゃんなんて、ゆっくりスヤスヤしてますよ?」 「ゆ……い?」 見れば、人間の腕に抱かれながら確かに眠っているおちびがいた。 「な、なんでぇぇぇぇっ!? こんなにさむいのにぃぃぃ!!」 「ずるいのじぇぇぇぇっ!! まりしゃもゆっくりしたいのにぃぃぃ!!!」 寒い、誰がなんと言おう凍えるほど冷たい風が吹き付けているのだ。 寒いに決まっている。 だが、人間に抱えられるおちびがしあわせそうに眠っているのも事実だ。 「さあどうしてでしょう。 ともかく私達は寒くないので、あなた達の言ってることが解りません」 「ゆっぐぅぅ」 「やぢゃやぢゃぁああ!まりしゃもぬーくぬーくしたいぃぃぃ!!」 どういうことなんだ、寒くないはずがない。 あんな幼いゆっくりがれいむより我慢強い訳が無い。 ――――そうだお飾りだ! 死んでしまった夫のまりさも気づいた、あの身体を覆うお飾り。 あれだ! 「わかったよぉぉぉぉっ!!! そのおかざりのおかげでさむくないんだよぉぉっ!! れいむにはおみとおしだよぉぉぉぉぉっ!!!」 ビシッっとポーズを決め、もみあげで人間のおちびを指しながら宣言するれいむ。 「……ちょっとビックリしました。そこに気づくなんて。 まぁお飾りではなく服ですが。」 人間が認めた! れいむが勝ち誇る。 「ゆっくりしたれいむはだまされないんだよぉぉっ!!」 「おかーしゃんすごぃぃのじぇぇぇっ!!」 母親の雰囲気がなんだかゆっくり出来そうだったので、便乗するまりしゃ。 それを見て更に調子に乗るのがゆっくりだ。 「れいむたちだましたんだから、おわびにその“ふくさん”をちょうだいねっ!!!」 「ゆゆぅ!?まりしゃもらえるのじぇ!? やったのじぇぇぇぇっ!!はやくするのじぇにんげんっ!! これでさむいさむいはいなくなるのじぇぇぇっ!!」 ゆっくりを欺いた罪は重い。これは彼女達にとっては常識だ。 「嫌です」 もちろんそんな理屈人間相手には通らない。 「はあっぁぁぁぁなんでぇぇぇぇ!?」 「なんでも何も、これは私のおちびちゃんのですので」 「やぢゃやぢゃやじゃあぁあぁぁあ! まりしゃもうさむいさむいやじゃぁぁあぁっ!! はやくあったかくなりたいのじぇぇぇぇっ!!!」 このまりしゃの言うこともわからないでもない。 今急に寒くなったわけではない。 赤ゆっくりが死ぬような寒さの中、風に吹かれながら長時間耐えてきたのだ。 温もりを欲するのは当然だろう。 「ゆゆぅ!にんげ――」 「あなただって自分のおちびちゃんのお帽子あげたりしないですよね? だから私だっておちびちゃんが着てるものあげるわけないじゃないですか」 「ゆぐぅ……ぐぐぅぅぅ!!」 ゆっくりの身に着けているものへの執着心は異常だ。 自らの命と同一視しているといってもいい。 それゆえにれいむは、抗議することが出来なかった。 だが諦めきれない。おちびちゃんの悲痛な嘆きが聞こえているのだ。 「に、にんげんさんっ!!」 仕方ない、どうやらこの人間もゆっくりの偉大さが理解できないようだ。 こういうときは優れているコチラが折れてやるしかない。 れいむは寛大な心で、言い聞かせるように言った。 「そのあったかい“ふくさん”をちょっとだけおちびちゃんにかしてあげてね? おちびちゃんがぬーくぬーくして“しあわせー!”できたらちゃんとかえしてあげるからね?」 最大の譲歩を丁寧に説明してやるれいむ。 お詫びとして差し出された物を返してやるというのだ。 これほどまでに寛大な処置ならさすがの人間も理解できるだろう。 「ブフっ!!」 それを聞いて今まで黙っていた饅殺男が吹き出した。 しかしれいむに貸してくれと頼まれた虐子は笑わない。 「嫌です」 ただ一言否定した。 「ゆゆぅっ!! ど、どぼじでぇぇっ!?ちゃんと、ちゃんとかえすよぉぉっ!?」 「信じられません」 「ゆぐぅぅぅぅぅ」 なんと断られてしまった。 焦るれいむ。 「ほ、ほらおちびちゃんもちゃんときれいにつかうよね!?」 「ゆゆっ!?そうなのじぇぇぇ!!まりしゃだいじにするのじぇぇっ! まりしゃのたからものにするよ!!」 「ほら、にんげんさん!これならだいじょうぶだよねっ!?ねっ?」 自分の子供はまったく返す気が無いことを無視してれいむがせまる。 そもそもてーが着ている服は、サイズ的にまりしゃが着れる訳が無いが、気づかない。 「嫌です」 「なんでぇぇぇぇぇっ!! なにがきにくわないのぉぉっ!!」 「ちょうだいよぉぉぉっ!!はやくぅぅ!! やじぇぇぇえっ!ゆじぇぇぇええんっ!!」 身体をぶりゅんぶりゅん降って駄々をこねるまりしゃ。 そうやって涙で濡れた身体を地面に転がすから、さらに汚れる。 「全部ですよ、全部嫌なんです。 そろそろいいですか?私達もおうちに帰らないといけないので」 さらに文句を言ってやろうとしていたが、れいむは思い出した。 おうち――そうだそもそもれいむ達の目的はおうちに帰ることだったんだ。 「ま、まってね!れいむたちもおうちにかえりたいんだよっ!」 「まりしゃもぉぉっ!まりしゃもおうちかえるぅぅぅっ!! もうあめしゃんやなのじぇぇぇっ!!!べっとしゃんですーやすーやしたいぃぃ!!」 「ええどうぞお帰りください」 そうだ、ついゆっくりできそうなお飾りに気をとられたがそんな場合じゃなかった。 「にんげんさんっ!れいむたちもおうちにつれってねっ!! もうおちびちゃんもずっとずっとさむいさむいでがんばったんだよっ!!」 この際お飾りは諦めよう。れいむにとって最大限の譲歩だ。 だからさっさとれいむ達をおうちに連れて行ってくれ。 だが――――。 「嫌ですよ」 すげなく断られた。 「はぁぁぁあああああああああ!? なんでぇぇえぇっ!!?なにいってるのぉぉぉっ!?」 「ゆじぇぇぇぇぇぇっんっ!!ゆじぇぇぇぇぇっんっ!」 おさげを振り乱し、泣き叫んでばかりのまりしゃも母親の怒りの声でさらに音量を上げる。 「れいむたちかえれないんだよぉぉぉぉっ!? なんでわからないのぉぉぉぉぉっ!?」 「理解りませんよ。帰れないのにどうして外に出たんですか?」 「そんなのあめさんがくるなんてわからないでしょぉぉぉっ!?」 「そうですか」 人間が頷いた。 「だったらそこで雨が止むまで待てばいいでしょう?」 「だからまってたらおちびちゃんがしんじゃったんだよぉぉっ!! いまだってないてるでしょぉおぉぉっ!! どうしてそこまでおばかさんなのぉぉぉっ!!」 「知りませんよ」 れいむ達にもわかるほど風が強くなってきた。 「私からすれば雨が降っただけで死んでしまうのに、外に出たあなた達がおかしいんです」 「おちびちゃんがおさんぽしたかったんだよぉっ!? しかたないでしょぉぉっ!?」 ゆっくり出来るおちびちゃんのお願いは何よりも優先される。 そんなことも分からないのかこの人間は。 「その結果おちびちゃんと夫が死んでしまったようですけど」 「それはぁぁぁっ!!おまえたちがたすけないからぁぁっ!!」 「助けるわけないじゃないですか。 あなた達野良ですよ」 「はぁぁぁぁぁっ!?」 れいむには意味が分からない。 どうしてそうなるのだ。 れいむ達が――ゆっくりがこんなところで死んでいいわけないじゃないか。 「だじぇぇぇぇんっ!!ゆっぴぃぃぃぃ!!」 まりしゃも泣き声を更に強くする。 今までは自分が泣けば、すぐ両親がチヤホヤしてくれた。 『どうしたの?かわいいおちびちゃん。なにをしてほしい?なんでもしてあげるよ?』 だが今はこれだけ泣いているのに何一つ自分の願いは叶わない。 ありえない、こんなのは間違っている。 「やじゃぁぁぁぁぁゆじゃぁぁぁっ!!」 「うぅぐぐぅぅぅぅ!!にんげんっっ!! おぢびぢゃんがないでるだろぉぉっ!!!」 何も出来ない悔しさと、おちびの悲しむ姿を見せられ、自身も涙声で叫ぶ。 「そうですね。 どうしたんです?あやしてあげないんですか?」 「ゆがぁぁぁぁっ!!!!」 笑った、ここで人間が始めて笑顔見せた。 だが到底ゆっくり出来るような優しい笑みではない。 鈍いゆっくりでも、本当に助けてくれる気がないことを理解した。 「ふんっ!もういいよっ!!もうたのまないよ!! あとでみんなにばばぁはゆっくりできないっていっとくよ! そっちのおちびちゃんもだからねっ!!!」 「ゆじぇぇぇえんっ!だじぇぇぇぇんっ!!」 言いながらチラチラと虐子を見るれいむ。 考え直すことを期待しているのだ。 「はい、そうしてください」 「ほ、ほんとにいうよっ!? に、にんげんにもいうからねっ!!」 「さようなら」 そういうと、じじぃと何かを話し本当に背を向け始めた。 もういい、こんなゲス人間じゃなくてもっとゆっくりした人間が――――。 あれ……そもそも自分達はどうしてこんなに寒いのを長時間耐えていたんだっけ? 「ゆ……?ゆぅーん」 れいむ達だけじゃどうしようもないから、人間の力を借りてやろうとして。 そうだ!それなのに人間が全然通らなかったんだ。 やっと通ったと思ったら、れいむ達を無視する。 それでれいむの話しを聞いてくれた初めての人間が今帰ろうとしているコイツらで――――。 「ま、まってぇぇぇぇぇえっ!!まってくださぃぃぃぃ!!!!」 さすがの餡子脳でもこの人間達をこのまま帰らせてはまずい事に気づいた。 先ほどとは比べ物にならないほど大きな声で叫んだ。 人間が戻ってきた。 「まだ何かあるんですか……?」 「ごめんなさいぃぃ!!れいむがまちがってましたぁぁぁっ!!」 「はぁ、そうですか」 「ゆぁぁぁんっ!ゆあぁあああんぅぅ!! やんやぁぁっ!!!」 れいむが謝罪する。 まりしゃの方は飽きもせずまだ転げまわって涙を撒き散らしている。 まるでそれが唯一の解決策のように。 「すいませんでしたっ!! れいむがなまいきでしたぁぁっ!! おねがいですからおうちかえらせてくださいぃぃぃ!!」 もうなりふり構っていられなかった。 身体全体を振っての渾身のお願いだ、口だけのそれとはわけが違う。 だというのに。 「嫌です」 「なんでぇなのぉぉっ!? こんなにれいむがおねがいしてるでしょぉぉっ!? やだぁぁぁっ!!もうやだぁぁぁあぁぁ!!!」 ついにれいむまであまりの理不尽に耐え切れず、まりしゃの様に駄々をこねだした。 赤ゆっくりと比べて数倍大きいため、見苦しさもひとしおだ。 チラリと時計を見た後、虐子が質問した。 「そもそもなんで私達が助けてくれると思ったんですか?」 「ゆっくりをたすけるのはあたりまえでしょぉぉぉっ!? すべてのいきもののぎむでしょぉぉぉぉっ!?」 いきなり何を言い出すのかこの人間は。 ゆっくりを他の生物が尊重しなきゃいけないのは、おちびちゃんだって知ってることなのに。 「そんなわけないでしょう。 それならもっと早くあなた達はおうちに帰れたんじゃないですか?」 「そ、それは、ゆぅぅ、に、にんげんがげすだからでしょぉぉぉっ!?」 「じゃあ、そこの草は助けてくれましたか?地面はあなたをおうちまで運んでくれますか? 石はあなたにむーしゃむーしゃさせてくれます? 雨はあなた達に当たらないように気をつけて降ってくれましたか?」 「ゆぐぅぅぅ……ゆうぅぅぅっ!!」 悔しいが言うとおりだ。れいむの家族が死に瀕しているのに、誰も助けてくれなかった。 「わかってくれました?みんながゆっくりを尊重するなんていうのは勘違いなんです」 「ぐぅぅうううううっ!そんなわけ、そんなわけないぃぃっ!!」 「じゃあどうしてあなた達はこんなにゆっくり出来てないんですか?」 「そ、それはぁぁっ、ゆぎぎぎぎぃぃ」 れいむの歯軋りの音が雨音とぶつかる。 悔しかった。 れいむの、いやゆっくりの常識を否定されていることが。 信じられるわけがない、そんなことがあってたまるか。 「ゆぁぁぁっ!! くささんっ!!れいむたちをたすけてねっ!! おちびちゃんがさむいさむいだよっ!!ふとんさんをちょうだいねぇぇっ!!」 全力で周りの雑草に向かって叫ぶれいむ。 しかし、いくら待っても返ってくるのは雨音だけ。 「おかーしゃん……?」 体液を撒き散らしていたまりしゃも、母親の行動に驚き泣くのをやめた。 「おちびちゃんもいっしょにおねがいしようねっ!! げすにんげんはあたまがわるすぎるからねっ! れいむたちのおねがいをきかないんだよっ!」 「ゆゆっ!?」 キッっとするどく虐子をにらむまりしゃ。 「そうだったのじぇぇっ!!まっちゃくおろかなのじぇっ! まりしゃしゃまがせっかくめいれいちてやってるのに。 わかったのじぇっ!まりしゃもおねがいしゅるよっ!」 「さすがはれいむのおちびちゃんだねっ!!」 草はれいむ達に反応しなかったが、もとより草は自分達にむーしゃむーしゃされる存在だ。 こいつらの助けはほとんど期待していない。 「じめんさんっ!!おみずさんをさよならしてねっ!! れいむたちおうちにかえりたいんだよっ!! いつもみたいにぴょんぴょんさせてねっ!!」 だから地面にお願いした。 いつもはれいむ達がその上をぴょんぴょん跳ねている。 だが今は水があって通れない、だから水をどけてくれ。 「まりしゃもかえりたいのじぇ、ゆっくりこーろこーろしてあげるのじぇ?」 おちびちゃんもお尻をフリフリ、可愛らしくお願いする。 「ねっ?じめんさん、わかるよね? ……ゆぅ?まだおみずさんあるよ? はやくどっかにやってねっ!すぐでいいよ!」 れいむの頭の中では、まさに映画『十戒』のワンシーンのように、 地面の水分が左右に別れていき一本の道が出来ることを想像していた。 「ゆゆぅ?どうしたの?はやくしてねっ? あんまりおそいとれいむおこるよ!?」 「まりしゃをおこらすとゆっくりできないのじぇ! まりしゃのぷくーはありさんもこわがらせたことがあるのじぇっ!」 ゆゆーんと胸を張るまりしゃ。 しかし残念ながら身体を膨らませようが、ゆっくりという種の偉大さを地面に語ろうが、 瞬時に雨水が乾くことなどありえない。 「ゆぅぅっ!!きいてるのっ!!いいかげんにしてねっ!! おうちかえりたいっていってるでしょぉっ!? れいむはしんぐるまざーなんだよっ!?わからないのっ!?」 ついに怒り出した。 だが変わったことといえば、風が強まったことだろうか。 屋根があるとはいえ、壁のない野外の簡素な休憩所にも雨が届き始める。 「あああっ!もうっ!いいよっ!わかったよっ! じめんさんはゆっくりできないよっ!! もうにどといっしょにゆっくりしてあげないよっ!!」 「ふふん!まりしゃもにどとぴょんぴょんしてあげにゃいのじぇっ!? ゆふふ、あやまってもおそいじぇ?しぇいじぇいこうかいするといいじぇ!」 まだ他にもれいむの奴隷たるものは“たくさん”いるのだ。 こんな地面なんかにいつまでも固執する必要はない。 「かぜさんっ!あったかくなってねっ!! いっぱいぽーかぽーかしてねっ!たくさんだよっ!」 「ゆゆっ!そうなのじぇ!さっきからさむすぎるのじぇっ! まりしゃもっとあったかいほうがゆっくりできるのじぇっ!」 ヒューという小さな風音に合わせて命令するれいむとまりしゃ。 雑草、地面、風と命令を重ねるごとに態度もでかくなっていく。 「ちょっときいてるのぉぉっ!? さむいっていってるでしょぉぉっ!? ぬーくぬーくのかぜさんとこうたいしろぉぉっ!!」 「ゆひぃぃぃしゃむいぃぃぃっ!! にゃにしちぇるにょぉぉっ!! さむいかぜしゃんはさっさとどっかいけぇぇえっ!!」 人間ですら完全に支配することなど出来ない自然に、ゆっくりが適うはずもない。 ましてや従えることなど不可能だ。 「くっそうっ!くっそぅぅっ!! おいっ!あめぇっ!!いつまでふってるきだぁぁぁっ!! ゆっくりしすぎでしょぉぉっ!はやくきえろぉぉ!!」 「まりしゃのぷれいしゅにはいってくりゅなぁぁっ!! ぷくぅぅぅぅぅっっ!!! ――――ゆぴぅ!ちゅめたい! やめりゅのじぇっ!まりしゃにしゃわりゅなぁっ! ゆやぁあぁっ!!おかーしゃあああんっ!!」 とうとう雨が風に運ばれてまりしゃに触れた。 たった一滴の雨粒の冷たさに屈服するまりしゃ。 「おちびちゃんにさわるなげすぅぅ!! くそあめぇぇっ!!どっかいけえぇぇっ!!」 怒鳴り声を上げながら身体を膨らませる、さらにもみあげを振り乱す。 おおよそれいむに考えられる威嚇行為を全て試すが、効果が得られない。 「れいむおこってるんだよぉぉっ!?わからないのぉぉっ!! ゆぴっ!あああああああっ!? れいむにもこうげしたなぁぁぁ!? せいさいするよぉぉおっ!!」 制裁といいながらその汚い身体をテーブル下の中央へと避難させるれいむ。 いくら言っても雨は逃げない。 れいむは悔しさから砂糖水の涙を流す。 「ゆがぁぁぁ!どぼじでぇぇぇ!! なんでっ!なんでれいむたちのいうこときかないんだぁぁっ!!」 「ゆじぇぁぁぁっ!もうやぢゃぁぁぁやぢゃぁあぁ!! あめしゃんきらいぃぃ!!かぜしゃんゆっくりちてないのじぇぇぇっ!」 ボスンボスンとその場で跳ね怒りをあらわにするれいむを見て、 まりしゃも自分達の要求が何一つ叶わなかったのを悟ったらしい。 「ゆがっぁぁぁっ!くそぉぉぉおっ!!」 だれもれいむ達に従うものがいない。 奴隷にならない、れいむ達を助けない。寒い、お腹すいた、おちびちゃんが泣いている。 どうしよう、他に、他に何か、誰か、頼れる存在は。 こんなゲスどもとは違う、もっとゆっくりしたなにかはいないか――――。 ――――そうだっ! 「たいようさぁぁんっ!!たすけてぇぇぇぇっ!!! おねがいですぅぅ!!れいむたちをみんながいじめるんですぅぅ!! たすけてくださいぃぃ!!でてきてぇぇぇっ!!!」 そして最後の最後、正真正銘頼みの綱とされたのが太陽だった。 いつもれいむ達ゆっくりを照らしていた太陽、それが今はいない。 れみりゃ達からも守ってくれているし、お外も明るくしてくれている。 まさにゆっくり達のために存在する守護神。 「たいようしゃあぁぁん!まりしゃもうしゃむいのやなのじぇぇぇっ!! でてきちぇようぅ!はやくぅぅ!!たいようしゃぁぁん!!」 寒さを訴えるだけだったまりしゃも矛先を太陽に向ける。 幼いまりしゃでも知っている。 眩しく輝く自分達を守る暖かな存在を。 「おねがいですぅぅ!こいつらをせいさいしてくださぃぃっ!!! げすあめなんかにまけないでぇぇぇ!!がんばってぇぇ!!! れいむおうえんするよぉぉっ!!たいようさあぁぁぁあんっ!!」 そうだ、いつだって太陽がいれば雨はいなかった。 つまり太陽さえ来てくれればこの状況から解放される、助かるのだ。 だかられいむの懇願にも熱が入る。 「たいようさあぁぁんっ!れいむたちはここにいますぅぅ!! ここだよぉぉっ!!みてぇぇぇっ!!みてねぇぇぇっ!! いまとってもさむいですぅぅ!!はやくたすけてくださいぃぃ!!」 当然ゆっくりに天候を操る力などないし、気が遠くなるほどの太陽までの距離を声が渡りきることはない。 だがそれがゆっくりには分からない。 「おねがいなのじぇぇぇっ!!はやくぅぅ!!はやくきちぇよぉぉぉっ!! ゆっくっ……たいようしゃぁんっ!!ゆっくぅっ!!」 「もうれいむたちにはたいようさんしかいないんですぅぅ!! おねがいですっ!!たいようさぁぁぁぁんっ!!」 そのために諦めきれずに声を出し続ける、頭を下げ続ける。 「だいようざぁん……どうじでぇっ……。 ゆっぐっ、ゆひっぐっ……だいようざんぅ」 「ゆぴぇぇぇぇんっ!ゆじぇぇぇぇんっ!」 先に声に限界が来た。 叫びすぎておくちの中が痛い――――それなのに太陽が出ることはなかった。 「だいようざぁんぅ……ゆえぇっ、ゆえぇぇぇ……」 「気が済みましたか?」 雨雲に覆われた空を見ながら、恨みがましくつぶやくれいむに声を掛ける虐子。 手には饅殺男が買ってきたホットコーヒーが握られている。 濡れていないベンチにすわりながら、ゆっくり達の晴れ乞いを眺めていた。 「ゆっぐ、ゆゆっぐぅぇぇぇん」 「ゆっじぇぇぇ……ゆひぇぇぇん」 涙でベトベトになった身体を虐子の方へ向ける二匹。 「さすがにもう分かったでしょう? あなた達は嫌われているんです」 「ゆあぁああああああああああああんっっ!!」 嫌われている。 その決定的な一言を聞いて、れいむが泣き崩れた。 ゆっくりは世界に愛されている。 そう信じていたのに。 「ゆっぐぅ、ひっくっ……」 「ゆじぇぇ……ゆええぇぇん」 急に孤独感が押し寄せてきた。味方がいない。 れいむ達を助けてくれる存在がいない、お話すらしてくれない。 だからもうお願いできる存在は――――。 「ゆっすん、ゆっぐぅ……に、にんげんさぁん」 「嫌です」 「っ!ゆあああああんっ!!」 何で、どうしてこんなことになってしまったんだ。 世界はゆっくり中心で回っているはずなのに。 自分の子供の泣き声をBGMに、光を失ったれいむの瞳が虐子を見て、それから抱かれているてーを見つけた。 「そうだよ……。 にんげんさんがゆっくりをきらいなら、そのおちびちゃんはなんなの……? そのこもいじめるの……?」 「おかしなこと言わないでください。 そんなこと絶対にしません」 「なんでぇ…?なんでなのぉ……? おなじゆっくりでしょぉ……?」 「全然違いますよ」 「ゆっくぅぅぅぅっ!」 まただ、また理解できない。 違うだって?どう見てもそのおちびちゃんはゆっくりじゃないか。 “どうつきさん”だろうがなんだろうが、れいむ達と同じゆっくりなのは一目見れば分かるのに。 「この子は飼いゆっくりです。人間といつも一緒にいるんですよ。 だから人間にゆっくりさせてもらえるんです」 「かいゆっくり、にんげんと……いっしょに……」 れいむもかいゆっくりを見たことがあったが、話したことはないし、詳しく知らなかった。 ただ夫のまりさが『あいつらはにんげんにこびをうっているみじめなゆっくり』と言っていたため、 れいむ自身も見下し、深く関わろうとしなかった。 「あめさんでもへいきなのは、にんげんがいっしょだから……?」 「ええそうです。こうやって傘で守ってますし、さっきあなた達が欲しがったコートも私が用意しました」 「にんげんといっしょ……それだけで……」 結局事実は違ったらしい。 雨の中“すーやすーや”出来るのがどれほど恵まれているのか。 寒い中“ぬーくぬーく”出来るお飾りはどれほどの“しあわせー!”を与えてくれるだろうか。 ゆっくりであることは同じなのに、その違いが、人間と、人間なんかと一緒にいるかどうかなんて。 ――――そんなの許せるわけがない! 「ふざけるなぁぁぁぁあっ!!!なにさまのつもりなのぉぉぉっ!! ゆっくりをっ!!ゆっくりをさべつするなんてぇぇ!!! れいむたちもびょうどうにゆっくりさせるべきだろぉぉぉっ!!! ゆがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 痛む喉が自然に声を吐き出した。 人間と一緒にいるからゆっくり出来ているなんて。そんなの認められるか。 「ん……まみぃ?」 れいむの怒りがやっと伝わったのか、人間が抱くおちびが目を覚ました。 すると目の前の人間がいきなり別人に変わった。 本当にれいむはそう思った。 「あらら。てーちゃん、起こしちゃったかな?ごめんねー」 「うぁー?まみぃ、ん~」 思わず怒りも忘れ、呆然とするれいむ。 目の前の人間の豹変っぷりはなんだ? 顔をちびに近づけ、機嫌を伺っているように見える。 「うるさかったよね、ごめんね。寒くない?大丈夫?」 「んーん、だいじょぶ!まだおそと?」 「そうだよー、もうちょっと寝ててもいいよー?」 まずれいむ達と会話していた時とは声が違う。 声色、調子、話すスピード、何もかもが違っている。 そして何より笑顔だ。 とてもいままでれいむ達に暴言を吐いていたとは思えない。 「お、おいにんげん……?」 本当にさっきまで話していた人間なのか? 「なんです?まだ何か?」 どうやら本物らしい、れいむを見る冷たい目と声と態度は先ほどと変わらない。 「えっと……」 あまりの驚きでれいむは自分が何を言おうとしていたか忘れてしまった。 それほど信じられない光景だった。 「てーちゃんほらコレ。ちょっと熱いからゆっくり飲んでね」 「やったぁ!ありがと!まみぃ!」 虐子がミルクセーキの缶を開け、てーに渡す。 缶からは、甘い、とても甘ったるい臭いが漂っている。 それを敏感に感じ取ってしまうのがゆっくりである。 「あまあましゃんだぁぁぁぁぁっ!!それあまあましゃんでしょぉっ! ぜったいしょうなんだじぇぇっ!!まりしゃも! まりしゃものむよっ!!はやくちょうだいねっ!!!」 「お、おちびちゃん。――――にんげんっ!!」 まりしゃの様子にれいむが戸惑う。 れいむは分かっている、人間がおちびちゃんの分を用意する訳がない。 この人間がゲスなのは嫌と言うほど知った。 「んっく、んっく。……まみぃものむ?あったかいよ!」 「ありがとー、でもマミィもちゃんとコーヒーあるから平気だよー」 『缶コーヒーのDOSS』のCMで有名なコーヒーを見せながら答える虐子。 「こうたい!こうたいなのじぇ!つぎまりしゃがごくごくするばんだじぇぇっ!!」 ピョンピョンと出来るだけ高く飛び、必死に呼びかけるまりしゃ。 だが両親から言われていることを守りてーは答えない。 幸せな飲み物を、母親に抱かれながらゆっくりと味わっている。 「そんなにのんだらまりしゃのぶんがなくなっちゃうでしょぉぉっ!! はやくまりしゃにわたしてよぉぉっ!!」 てーが缶に口をつけるたびにまりしゃが悲鳴を上げる。 さすがにれいむも黙っていられない。 それにこの幼いゆっくりなら従わせることが出来るだろう。 「おいそこのげすちびぃっ!!! さっさとれいむのおちびちゃんに――ゆぶぅっ!!」 「さすがにてーちゃんを脅迫するのは許しませんよ」 「まみぃかっこいー!」 後ろに三回転したところで虐子に蹴られたれいむがやっと止まる。 「いだぁぁぁあぁっ!いぃぃ!おかおいだぃぃぃ!!」 「おがーしゃあぁんっ!!ごわぃぃぃぃじぇぇぇ!!」 髪を振り乱してれいむが痛みを訴える。 「他の子の物を取ろうとするなんて野良は悪いやつだねー」 「うん、わるいやつ!あっ、だでぃーこっちきてっ!」 てーを地面に降ろし、虐子が泣き叫ぶ母子に近づいていく。 「なんでけったのぉぉっ!!にんげんにはなにもしでないでじょぉぉっ!!」 ぐちゃぐちゃになった顔でれいむが怒鳴る。 「まりしゃの“じゅーすさん”かえせぇぇっ!! まりしゃものみたいっていったのじぇぇぇぇえっ!!!」 まりしゃの方はまだてーの持つ缶を見つめながら、自分に渡すように言っている。 「あの子は私の飼いゆっくりだといってませんでしたか?」 「ゆっぐぅぅぅ……」 そんなことは完全にれいむの頭から抜けていた。 そして笑うてーを見るれいむ。 ほんとになんなんだアイツは。 こんなに寒いのに笑っている、れいむ達がこんなにも困っているのに無視する。 それなのに、そんなゲスちびのくせにゆっくりしているなんて。 「ゆぐぐぐぅぅ……」 悔しさがどんどんれいむの中で大きくなる。 人間なんかと一緒にいるゆっくりなんかが、れいむ達より幸せだなんて許せるわけがない。 認めない、絶対れいむ達のほうがゆっくりしているはずだ。 「ゆぐぐぅぅぅ、アイツよりぃ、れいむのおちびちゃんのがゆっくりしてるよぉっ!!」 「ゆじぇぇっ!?おかーしゃんぅ?まりしゃはゆっくりしてるのじぇっ!」 「別に否定しませんよ、どうでもいいです。 ねぇー、てーちゃん」 「んー?」 振り返るてーはどうもよくわかっていないようだ。 「にんげんがひきょうなてで、そのおちびにあまあまをあげてるのはわかったよ!」 「あまあまっ!!そうなのじぇぇぇ!まりしゃのとったぁぁっ!! あのこばっかりずるいぃぃぃっっ!!」 「まってねおちびちゃんっ!!」 「ゆじぇぇ……?」 悔しいが確かに人間と一緒にいれば、れいむ達よりあまあまを食べることが出来るだろう。 だが人間である以上、絶対にれいむ達に勝てないものがある。 必ず悔しがらせてやる! 「そのおちびはたしかにあまあまさんたべてるけど、おかーさんとすーりすーりできないんだよぉぉっ!」 「ゆゆぅぅ!!そうなのじぇぇぇっっ!!?? ――――ゆっぴゅっぴゅっ!!!あわれなのじぇぇぇっ!! おかーしゃんとすーりすーりできないなんて!」 れいむはニヤリと笑う。 人間はずっと一緒にいると言った。 れいむは飼いゆっくりを何度か見たことがあるが、常に一匹だけだった。 つまり飼いゆっくりは家族と離されて、人間と暮らしているのだ! なんというゆっくりした天才的な推理力だろうか! 「そうだよおちびちゃんっ!! このちびはおかーさんといっしょにくらせないんだよぉ!!」 れいむがニヤニヤと笑いながら、てーと虐子を交互に見る。 いくら人間と一緒にいるといっても、あんな幼いゆっくりが両親と会えないのはかなりの苦痛だろう。 「ゆぷふぅっ!! もしかしてぺーろぺーろもしてもらったことないのじぇ? あわれしゅぎるのじぇぇっ!!ゆっじぇっじぇっ!! おかーしゃんがいないなんてゆっくりしてないのじぇっ!!」 まりしゃも大いに自慢する。 なぜなら、自分より不幸なゆっくりを馬鹿にする行為は最高にゆっくり出来るから。 優越感、それはゆっくりにとってそのまま幸福感となる。 「そうだよおちびちゃんっ! あのちびはあわれなんだよっ!!ゆぷぷっ!!」 ゆっくりは極端に孤独を嫌う。 金バッチでさえ、孤独に耐え切れず野良を招き入れる問題が多々あるくらいだ。 寒さも飢えも忘れるほど、興奮する汚い二匹。 これ以上無いほどの優越感に浸りながら踊るまりしゃとれいむに、てーが答えた。 「まみぃはまみぃだよ?」 虐子を指差しながら言う。 思わず返答してしまったのだろう。 何言っているの?とてーの表情に書いてあるようだ。 虐子も咎めない。 「はぁぁぁぁっっ!?それはにんげんでしょぉぉぉっ! いまおかーさんのはなししてるんだよぉぉっ!りかいできるぅっ!? おまえはおかーさんといっしょにいないでしょぉぉ!!」 「ゆっきゃゆっゆっ!もしかしておかーしゃんをしらないのじぇっ!? ゆぶひゃっひゃひゃ!あわれあわれなのじぇっ!!」 さらにテンションを上げて嘲笑するまりしゃ。 だがてーは怒りや悲しみではなく、疑問を強くにじませ答える。 「まみぃいるよ?」 「はぁぁぁぁっ!?“まみぃ”? わけわかんないこというなぁぁっっ!!この――」 「てーちゃん、野良達はもしかしてまみぃが見えないのかもね。 ヘンなヤツだねー」 「うん……」 なんだが哀れむような顔をして、てーがれいむ達から身を引く。 さすがのれいむも違和感を感じる。 「それはにんげんでしょ……? おかーさんじゃないでしょ……?」 一向に悔しがるでも悲しむでもなく、“まみぃ”と呼ぶ人間をまるで母親の様に言う。 れいむには理解できない。 当然だ。れいむは知らない。 実ゆっくりの状態で二人に買い取られたてーは、生みの親を一度も見たことが無い。 てーは生き物の出生の方法など知らないし、考えたことも無い。 少なくとも自分にとっての『母親』が側にいるのに、産みの親がいないと馬鹿にされても理解できない。 「どうしてくやしがらないのじぇっっ!? しっとしてるんだじぇ!? がまんしたってばればれなのじぇぇっ!?」 まりしゃもてーが自分を羨ましがり、泣いて母親がいないことを嘆くと思っていた。 なのに涙するどころか自分達を気味悪がっている。 「ふ、ふんっ!!ばかだからりかいできないみたいだねっ! でもこれならどうかなっ! おちびちゃん!いっぱいすーりすーりしようねっ!!」 「ゆっ!ゆゆーんっ!すーりすーりなのじぇぇぇ……。 だじぇぇ……ゆっくりできるのじぇぇぇ」 「ゆふっ!!すーりすーりもできないなんて、おかーさんじゃないね! れいむがおしえてあげようか?ゆぷぷっ、うそだよっ!」 ゆっくり同士が身体をこすり合わせる“すりすり” ゆっくりの重要なリラックス方法だ。 「ゆふっふんっ! どう?うらやましい?でもおまえにはしてあげないよ! だってれいむのおちびちゃんはおちびちゃんだけだからねっ!!」 れいむが“すりすり”したまま横目でてーを見る。 もちろん調子に乗るという行為の限度を知らないまりしゃも自慢をやめない。 「おかーしゃんのすーりすーりはせかいいちなのじぇぇっ!! おまえはすーりすーりもしたことないのじぇぇ?」 これだ。 これほどゆっくり出来る行為を間近で見せられればさすがに羨ましがるだろう。 そうしたらまりしゃのしーしーを飲めばすーりすーりしてやると騙してやろう。 「えー?てーもまみぃとだでぃといっつもすりすりしてるよ?」 「ゆはぁ?」 「はーいてーちゃん。 すりすり~、なでなで~、そしてぎゅぅ~」 顔を摺り寄せられ、頭を撫でられ、そして抱きしめられるてー。 そのたびに顔綻ばせ、自身の幸福をれいむ達に教える。 「ゆぅぅぅ、そ、そんなのはぜんぜん――」 「はーい、たかいたかーい!」 「ゆっゆぅぅっ!?」 「きゃぁぅ!わぁーい!」 虐子に高く抱え上げられ、喜ぶてー。 浮遊感を覚えるだけで『おそらをとんでるみたい!』と必ず言ってしまうゆっくり。 それはもちろん、浮遊感がとってもゆっくり出来るからだ。 「ゆっゆぅぅ!じゅるぃっ!じゅるぃ! まりしゃもぉっ!!まりしゃもとびちゃいぃぃっ! つぎっ!つぎまりしゃねっ!まりしゃがとぶよ!」 数秒前の自分の計画とは逆に、てーを羨ましがるまりしゃ。 虐子に自分も上げてくれとねだる。 「嫌ですよ」 「どうぢでそんなごというのじぇぇぇぇっ!! じゅるいよぉぉぉぉぉおぉっ!!!」 もちろん叶えてもらえるはずも無い。 「私のおちびちゃんはてーちゃんだけですので。 あなたもおかーさんに頼んだらどうです?」 そういわれて気づいたまりしゃ、キラキラした目で母親のれいむを振り返る。 「おかーしゃん!まりしゃもっ!まりしゃもおそらをとびちゃいのじぇっ! たかーいたかーいしちぇにぇ!」 「ゆゆぅっ!?」 焦るのはれいむだ。急に言われても困る。 「ゆぅぅゆぅぅっ!! む、むりだよぉ、おかーさんじゃおちびちゃんをたかーいたかーいできないよぉ」 「どうしてそんなこというのじぇぇぇぇぇっ!! やぢゃああぁぁあ!やぢゃぁぁぁぁあぁ!!」 たしかにこのまりしゃは親から“たかいたかい”してもらったことがあるが、それは父親にだ。 帽子に自分の子供を乗せて、少しだけ跳ね上げ、受け止める。 赤ゆっくり程度なら受けきれる帽子があるからこそ出来るのだ。 れいむにはできない。 「ゆゆぅん、ごめんねおちびちゃんぅ、あれはおとーさんにしか……」 父親――――そうだ。 「ゆゆっ!そんなことよりおちびちゃん! あのちびにはおとーさんがいないんだよっ! おちびちゃんのがゆっくりしてるよぉぉっ!!」 「ゆぅ?そうなのじぇぇ?」 そうだ! どうやら頭の悪いちびは、あの人間を母親だと思っているみたいだが、母親だけでは足りない。 れいむに言われて、まりしゃの単純な餡子脳が活性化する。 これで今度こそアイツを悔しがらせる事ができるぞ、と。 「まりしゃのおとーしゃんはかりのめいじんだったのじぇ! そしてまりしゃをたすけるためにしんじゃったえいゆんなのじぇっ! まりしゃはえいゆんのあんこさんをひいてるのじぇぇっ!! おまえにはおとーさんなんていないからわからないのじぇ? ゆっぴゅっぴゅ――――」 「えー?だでぃそこにいるよ?だでぃ~!」 「ゆじぇ?」 てーが手を振る先を見るまりしゃとれいむ。 人間がもう一人座っていた。手を振り返している。 そういえば、さっきからチラチラと目に入ってはいた。。 今まで一言もしゃべらなかったおかげで、完全にれいむ達の意識から外れていた。 そいつが急に立ち上がる。 「はいはい、おとーさんですよー」 「っ!ゆがぁあああああああ!!! にんげんがおとーさんのわけないだろぉぉぉっ!!」 れいむが吼える。 「ははっ、余計なお世話だよ。 ――――おはようてー、おいで」 「うんっ!」 そう言って今度は饅殺男がてーを抱き上げる。 「はんそくだよぉぉぉっ!! にんげんをふたりもってるなんてはんそくだよぉぉっ!!」 「いやいや、意味解らないよ」 れいむが見た全ての飼いゆっくりは、必ず人間が一緒にいたが一人だけだった。 そのはずなのに。 「じゅるいよぉぉぉっ!!どれいをふたつももってるのじぇぇぇっ!! まりしゃもひとつほしいぃぃぃ!!!」 まりしゃは飼いゆっくりなど知らないが、 自分に持っていないものを、二つも持っているゆっくりを見て嫉妬心を抑えられるはずが無い。 「おちびちゃん、こ、こんなゆっくりできないどれいはいらないよ」 「やぢゃやぢゃぁぁぁあ!!まりしゃもほしいぃぃ!! あいつばっかりぃぃ!!たかーいたかーいまりしゃもしたいぃぃ!! にんげんしゃぁぁん!まりしゃもぉぉっ!まりしゃもしてよぉおぉっ!!」 『ゆっくり出来ない奴隷』とは言ったものの、れいむだって羨ましい。 寒さを防ぐ服、おいしそうな“じゅーすさん”そしてたかーいたかーい。 どれも全部れいむには用意できないものだ。 「れいむだってぇぇぇっ!!れいむはぁぁ!!」 何か、何かないか、れいむが自慢できること。 「れ、れいむはおりょうりがじょうずなんだよぉぉぉぉっ!! いもむしさんもぉ!おはなさんもおいしくできるんだよぉぉっ!!」 「何ですかいきなり?」 「おりょうりもしらないのぉぉぉっ!? やったぁぁぁ!!れいむのかちだよぉぉおっ!! おちびちゃあぁぁん!おかぁさんはかったよぉぉ!!」 れいむの言う料理とは、ただはっぱに盛り付ける事を指す。 ともかく、自分基準で勝利を確信したれいむが、涎を撒き散らし歓喜を表現する。 「おりょうりもできないんじゃ、おまえたちのごはんさんはとってもみじめなんだねぇぇっ!! あわれだよぉぉおぉっ!!ゆっくりしてないよぉぉぉぉっ!!」 「――――付き合ってられませんね。 饅殺男、時間は?」 「んー、そろそろ行ってもいいくらいかな。 セール逃すと今夜のから揚げが無くなる」 そうなると晩御飯のおかずは簡単なサラダだけになる。 確かに惨めかもしれない。 が、まりしゃの関心を引いたのはそこではない。 「からあげしゃんっ!!いまからあげしゃんっていった!? まりしゃもっ!まりしゃもたべちゃいよ! ちょうだいっ!ちょうだぃ!」 「今日の晩御飯っていったじゃないですか。 これから帰っておうちで作るんですよ」 「お、おちびちゃん、こいつはりょうりできないんだよ? ぜったいおいしくないよ!おかーさんのほうがぜったい――」 「うるさいのじぇぇぇぇっ!!!」 れいむのおちびちゃんが怒鳴った。 人間とげすちびはさっきからわけのわからないことばかり言っている。 おちびちゃんが怒るもの当然だ。 ――――でもなんでおちびちゃんはれいむのほう向いているんだろう。 「まりしゃをぜんぜんゆっくりさせてくれないくせにぃぃ!! おまえなんかおかーしゃんじゃないのじぇげしゅぅぅぅ!!!」 「ゆ……え?」 おちびちゃんが、れいむを見ながらぷくーしている。 何をしているんだろう。 それじゃぁまるでれいむを威嚇しているみたいじゃないか。 「に、にんげんしゃんっ!! まりしゃもにんげんしゃんのおちびちゃんになってあげるのじぇっ!!」 「どぼじでぞんなごというのおちびちゃああああんっっ!!」 「おまえはだまるのじぇぇぇっ!! ゆっふぅ?どうなのじぇにんげんしゃんっ!」 もうまりしゃはれいむの方を見ていない。 虐子に向かってのーびのーびしたまま左右に身体を振り、自分を売り込んでいる。 「あしたあめでもいく?」 「いやーさすがになぁー」 「えー?」 てーを抱えた饅殺男は既に歩き出している。 「わかりました。いいですよ? 私の所までこれたら飼いゆっくりにしてあげます」 「やっちゃのじぇぇぇぇぇっ!!! まりしゃはこれで“かちぐみしゃん”なのじぇぇっ!!」 「おちびちゃぁぁんっ!!まってぇ! おかーさんはれいむでしょぉぉぉっ!?」 「ゆぷぷっ!!しっとしてるのじぇ? ゆきゃっきゃ!みじめなのじぇ!!」 先ほどまで母親と呼んでいたれいむを嘲り笑うまりしゃ。 そしてフッっ!と虐子の方へ向き、お帽子を正す。 さぁ行こう、まりしゃの飼いゆっくりとしての幸福な日々への一歩を踏み出そう。 虐子に向かって“ぴょんぴょん”を開始した。 驚いたのはれいむだ。 「おちびちゃぁぁんっ!!なにしてるのぉぉぉぉお!!! あめさんにあたったらしんじゃうでしょぉぉぉっ!!!」 れいむの言うことは事実だ。 まだ雨が降っている、風も強い。 だがまりしゃは自信満々に答えた。 「ゆっぴゃっぴゃ!!やっぱりおまえはおばかしゃんなのじぇぇぇぇ!! まりしゃはかいゆっくりなんだじぇぇぇ!? もうあめしゃんなんかにまけるわけないのじぇぇぇぇっ!!!!」 そう、飼いゆっくりなら雨に濡れても大丈夫。 その証拠にほら。 こんなに跳ねてもちょっと冷たいだけで、冷たい、全然平気なんだけど、あんよが冷たい、痛い、冷たい。 「ゆっ、ゆぅ!?あ、あれ?いちゃ、いちゃい! にんげんしゃん!まりしゃいちゃいよっ!? あめしゃんがいじわるすりゅよぉぉ!?ねぇ!にゃにしちぇるにょ!!」 冷たい。あんよが我慢できないほど冷たい。 全然ゆっくりできない。どんどんお帽子が重くなっていく。 たまらずまりしゃは虐子に助けを求める。 「はい、ここまで来れませんでしたね。 ではさようなら」 しかし人間はまりしゃに背を向け、歩き出してしまった。 ちょっと待て、話が違う。 「まっちえぇぇ!!どこいのじぇぇぇ!! まりしゃここだよぉぉ!!!――――あんよしゃんうごかにゃいぃ!! にんげんしゃぁぁぁん!!まりしゃもだっこしてぇぇぇ!!!」 どんどん小さくなっていく虐子の姿に叫ぶまりしゃ。 必死になればなるど声も大きくなるが、それでも届かない、耳ではなく心に。 「なんでいっちゃうのじぇぇぇっ!!! もどってぇぇぇ!!やじゃぁぁぁ!! まりしゃをたしゅけるのじぇぇぇ!!! まりしゃかいゆっくりでしょぉぉぉぉ!!」 そしてついにその姿が見えなくなった。 「ああああっ!!ああああっ!!やじゃぁぁ!! ちゅめたいぃぃぃ!!まりしゃいたいのやだじぇぇぇ!!」 ついに帽子の防水性が失われ、あんよだけでなく頭から雨水が浸透していく。 自身にジワジワと水が染み込む恐怖がまりしゃを襲う。 だがもう人間はいない。さすがのまりしゃでもわかる。 このままじゃ死んでしまう。 「おかぁぁあしゃぁぁんっ!!ごめんにゃしゃいぃぃ!! まりしゃわるいこだったのじぇぇぇえ!! はんせいしたのじぇぇぇ!!たすけちえぇぇ!!!」 ころっと態度を変え、母親にすがるのだ。 なりふり構ってなんていられない。 とにかく助かりたい一心だった。 「まりしゃいいこににゃりましゅぅぅ!! ごめんにゃしゃいぃぃ!!たしゅけてくださぃぃ!!」 「おちび……ちゃん……」 れいむは自分の子供に母親失格とされたことにショックは受けていたが、怒っていたわけではない。 おちびちゃんはまだまだ幼いのだ。人間に騙されてしまうのは仕方が無い。 そして今、おちびちゃんは再び自分を必要としてくれている。 「おちびちゃんっ!!まっててねっ!!いまたすけるよっ!!」 「おかーしゃあああんっ!! ゆぇぇんっ!ありがちょぉぉぉっ!!!」 あんよでタップリ水を吸ったまりしゃが、“ゆん生”初の母への感謝を述べる。 「いまいくよぉぉぉぉ!!!」 気合と共にれいむがまりしゃに向かおうとする。 おちびちゃんへの最短ルートを最速で通り、お口に入れて戻ってくる。 よし、完璧だ。これならいける。行こう。 「ゆっ、ゆぅぅ?あ、あれ?」 「おかーしゃぁぁん!!ちゅめたいよぉぉお!!」 れいむは全力で跳ねようとしているのに、なぜか身体が小刻みに震えていて動かない。 あんよさんもブルブルと震えている。 「はやくぅぅぅ!!たすけちぇぇぇ!! もうちゅめたいのやだぁぁぁっ!!!」 おちびちゃんが泣いてる、早く助けなきゃいけない。 でも凍りついたようにあんよが動かない。 れいむのおくちから、歯と歯がぶつかるカチカチという音が聞こえる。 「ゆ、ゆがぁぁぁっ!いくよっ!れいむはおちびちゃんをたすけるよっ!! たすけるんだよっ!!ぜったいたすかるんだよぉっ!!」 叫んでも身体は動かない。 ――――無理も無い話ではある。 少なくともれいむ自身はこの世で最強だと思っていた夫のまりさが、 雨に濡れただけで死んでしまったのをじっくりと見てしまったのだ。 そしていまも大事なおちびちゃんが、あんよがダメになり、 どれほどの苦痛を受けているかをれいむに実況している。 要するにトラウマになってしまっていた。 口ではどんなに強がっても、心は屈服している。 「おかぁぁしゃあああん!どうしてきてくれないのぉぉ!! ごめんなしゃぃぃ!!もうぜったいわるぐちいいましぇんからぁぁ!! まりしゃゆっくりしたこになるのじぇぇぇ!!」 「だ、だいじょうぶだよっ!いくっ!いくよぉぉ!ほら、ほらぁぁ!!」 『ほらっ!』と言いつつ、動いているのは上体だけ、あんよは一向に進まない。 ただその場でグネグネと気味の悪いダンスを踊っているようにしか見えない。 そんなれいむを急かすように、強く風が吹いた。 れいむが雨に濡れる。 「ゆきょわぁあああああああああああっっ!! こないでぇぇ!!!あめさんこないでぇぇぇ!! れいむしにたくないぃぃぃぃ!!!!!!」 少し濡れた。 たったそれだけで、おちびちゃんのために命をかけようとしていた母親は死んだ。 今いるのはしーしーを漏らし、涙を流しながら命乞いする醜いゆっくりだけ。 その体を屋根の中央まで避難させ、もみあげで目を覆いながら恐怖に震えている。 勿論、一秒でも早い救助を望んでいたまりしゃはしっかりとれいむを見ていた。 「にゃんでぇぇぇ……にゃんでにげちゃうのじぇ……。 おかーしゃんぅ……まりしゃ、はんせいしたからぁぁ! たすけてくださぃぃ!!」 誰が見てもれいむはもう救助を待つ側だ。 しかし、まりしゃにはもう他に頼れる存在がいない。 だから母親を呼び続ける。 「おかぁぁぁしゃんっ、おねがいでしゅ、たすけてぇ! ゆっ、ゆぅぁ、まっくらだよぅ、なんでなのじぇ。 みえないのじぇぇ……きょわいぃよぉ……」 ついに雨水はまりしゃから目を奪った。 「ゆるしてくださいゆるしてくださいっ!れいむはゆっくりです、ゆっくりしたいですぅ!」 れいむの餡子脳からはもう、まりしゃの危機的状況についての記憶は消えたらしい。 今はもう、まりしゃもれいむも自分が助かることしか考えていない。 「ゆじゅっ……ゆじぇっ……!!ゆっ!」 水を吸って口の周りの皮が重くなり、自力で口を開けなくなる。 すでにまぶたは目に張り付き、所々溶けている。 それでも必死に、頭では母親に助けを求めている。 「かぜさんびゅうびゅうやめてぇぇぇっっ!! れいむはわるいことしてませんぅ!!! こわいぃぃぃよぉぉぉっっ!!」 体は既にボロボロだが、耳はなく音を餡子で感じるゆっくり。 それゆえに、母親が自身を助ける気が無いことがまりしゃにもわかってしまう。 「ゆっ……っ……」 父親は死んでしまった。 人間はまりさをおいて逃げた。 おかーさんは助けてくれない。 じゃぁ、じゃぁ後誰か、誰がまりしゃを助けてくれるんだ? おかしい、おかしいよ。ゆっくりは世界から愛されてるはずなのに。 頼るべき存在が見つからない。思い浮かばない。 「…………」 雨で体温を奪われ、体をじわじわと崩され、世界に絶望しながらまりしゃは死んだ。 「あめさんこないでっぇぇぇ!! こないでくださいぃぃぃぃっ!!!」 自分の子供の死には気づかず、ただ逃げ惑うれいむ。 「こっちにもあめさんいるぅぅぅ!!どうしてぇぇ!! れいむはにげるよぉぉっ!! なんでこっちにもいるのぉぉぉぉ!!!」 狭い屋根の下を必死に逃げるが、雨が止まない以上どの方向に進んでも同じだ。 「ゆはぁっ!ゆあああっ!!!」 ブンブン体を振り、逃げ道を探すがどこを見ても雨がある。 「ゆっくりぃ!ゆっくりぃ!!」 風がれいむを責めるように強く吹き付ける。 過剰に怖がり、しーしーを撒き散らしながらガムシャラに跳ね回る。 「ゆひっぃぃぃぃっ!!!――――ちゅべっ!!」 ボスンと音を立ててひっくり返ったれいむ。 何かを踏んで、滑ってしまった。 もしや水か! あわててあんよを見る。とってもゆっくり出来ない臭いがするものがこびりついている。 そしてれいむが踏んだ地面には――――。 「ゆぇ……あ? おり……ぼんさん……?」 れいむも付けているお飾りよりも数段小さい、とっても可愛いリボンが潰れていた。 まっくろな餡子がこびりついてるソレは、れいむによく似たおちびちゃんのもので。 それが潰れているということはれいむはおちびちゃんの死体を――――。 「ゆあああああああああああぁああああああああああ!! あああああああああああああああああああっっ!!!!」 無茶苦茶に叫びながられいむは飛び出した。 体にこびりついた死臭を洗い流すように水溜りにつっこむ。 「ゆああああああああぅ!!あああっ!!」 濡れるのもかまわずに、バシャバシャと暴れる。 死臭が取れない、おちびちゃんの死体を踏み潰した感触が消えない。 「ゆああああああっ!ゆうぅあああああっっ!!」 錯乱しながらゴロゴロと雨の中転がるれいむ。 同じ失敗を何度も繰り返すのはゆっくりの専売特許だ。 ――――プチュり。 「ああああああっ!!ゆぅ……あぁぁ?」 今度は体で押しつぶした。 可愛い可愛い、小さなお帽子を。 「ゆああああああああぁあああああっ!! あああああああああああああああ!!!」 もともと水をすってグズグズになっていたまりしゃの死骸。 ぐちゃぐちゃになってれいむの体にまとわりついていた。 「ゆぶぇえええええっ!!ゆぶぶへぇぇえええっ!!!」 冷たさと、痛みと、悪臭に責めたてられ、大量の餡子を吐き出す。 「ゆぼぉぉぉおぉっ!!ゆぶぅ!げふぅ!!」 助けて、助けて、誰か、可哀想なれいむを助けてください。 そう願うたびに、虐子の言った言葉がれいむの中でよみがえる。 『ゆっくりは嫌われている』 れいむを苛める雨も風も、救ってくれない地面も木も、 みんなみんなれいむを見ながらあの人間のように笑っている。 「ゆぶぇぇっ…………」 死の間際になってやっと、自分達が考えるほどこの世界は優しくないことに気づいたれいむ。 気づく代償は家族全員の命だった。 ざぁざぁと勢いを増した雨は、れいむ一家の死体を綺麗に洗い流してくれるだろう。 雨が降り続く、ただ上から下に。 「思ったより混んでなかったわね」 「な」 「みーんなーのたーめぇにー」 食材の入った袋ぶら下げて歩く饅殺男。 レインコートを着たてーは歌いながら、今度は水溜りを避けている。 それを見ながら虐子は考える。 「てーちゃん帰ったらすぐお風呂だよ?」 「はーい!」 『ゆっくりをたすけるのはすべてのいきもののぎむでしょぉぉっ!!』 馬鹿げた話だと思う。 野良ゆっくりなんて、愛護団体すら見捨てた存在なのだ。 あの団体ほど野良と飼いゆっくりを別の生き物として扱っているものは無いだろう。 『優秀なバッチゆっくりに愛を!』 そう言って、バッチゆっくりの不当な扱いには噛み付いてくるが、野良を誰がどう扱おうとノータッチ。 まぁ“ゆ害”なんて言葉が定着した現代では、賢いやり方だとは思う。 「おっ、晴れマークついてる。 てー!明日晴れるってさ」 「やったー!」 ケイタイで明日の天気を確認していた饅殺男が言う。 長く止んでは降ることを繰り返した雨も、今日で最後らしい。 野良にとっては喜ぶべきことなのだろう。 道に転がっている、外で雨に降られたゆっくりの成れの果てを見ながら考える。 警戒することも、抵抗することも、人間相手よりよっぽど困難だろう。 野良からしたら、雨ほど恐ろしい存在も無い。 「あんま走んな、転ぶぞー」 「うい!」 饅殺男が注意しても、てーちゃんは落ち着かない。 それもしょうがないか。 てーちゃんは雨が好きなのだから。 お読みいただきありがとうございます。 よろしければぜひ、このまま後編もお楽しみください。
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『てーと野良と長雨 後編』 62KB 愛で 虐待 現代 独自設定 こちらは後編になります ※前編の注意書きと同じ内容が含まれます 数日間にも渡って降り続いた雨が止み、ようやく太陽がその姿を見せた。 ゆっくりたちにとっては比喩でもなんでもなく救世主である。 「ゆぁぁぁぃ!ああああぃ!!おとーしゃん!! たいようしゃんだよぉぉぉっっ!!!!!」 「やったのぜぇぇっっ!やっとだよぉぉぉっ!!!」 そこそこ大きいプランターのおうちから、親まりさと子れいみゅの歓喜の声が解き放たれる。 強制的に始まった監禁生活、しかもそれがいつ終わるかわからないストレスからの解放。 二匹は涙を流している。 「れいむぅぅ!れいむみててねっ!! まりさはぜったいおちびをしあわせにするよぉぉっっ!!」 「れいみゅも!ぜったいゆっくりしたゆっくりになりゅよぉぉっ!!」 越冬する野生のゆっくりは、冬がくるタイミングを知っている。 だが野良にはいつ雨がくるかなんて分からない。 そして数日間生き延びられる量の食料が、都合よく蓄えられているはずがない。 この一家の母親であるれいむは、“おたべなさい”を実行し、死んでしまった。 そのおかげで食料は確保できた。 「おねぇいちゃんたちも……ゆんごくでみちぇちぇね」 だがやはり寒さと恐怖からくるストレスだけはどうしようもなく。 “たくさん”いたはずの姉妹はこの一匹を残すのみとなった。 「たいようさんがでてるけど、まだみずたまりさんがあるから、おそとにでるのはもうちょっとまとうね!」 「ゆっくりりきゃいしちゃよ!」 外は明るく輝き、まるで二匹は自分達を祝福しているように感じた。 だが雨がもたらす野良への恐怖はこれで終わりではない。 日差しに照らされたれいみゅを見てまりさはソレに気づく。 「な、なんで……なんでぇぇえぇぇぇ!!??」 「ゆぅぅぅうぅ!?」 突然の父親の大声にれいみゅは泣き出し、あんよを体液で濡らす。 だがまりさのほうはそれどころではない。 なぜ、どうしておちびちゃんの体に。 カビが生えているのか。 「こわいよぉぉっ!!おとーしゃんどうしたのぉっ!?」 「ゆ、ゆぐぅ、ゆうっと、ゆうっとぉ……」 マズイ。 非常にマズイ事態だ。 カビの恐怖は生まれたときから既に知っている。 とっても苦しい怖いびょうきさんだ。 だがまりさに直す方法などわからない。 おちびちゃんには自身がカビにやられていることを知られてはならない。 「ごめんね、ごめんねおちびちゃん! おとーさんその、ちょっとびっくりしちゃって」 「ゆえぇぇっ、ゆえぇぇん」 苦しい言い訳だが、赤ゆっくりには通じる。 外に出たらまずひなたぼっこさんでおちびちゃんとゆっくりして、それから、そして――――。 なんて想像していた幸せな光景が崩れ去る。 なんとかしなければならない。 カビなんかにおちびちゃんを奪われるわけにはいかない。 そして考えた。 「おちびちゃん!そとにでれるようになったら、まずこうえんさんにいこうね!」 「ゆぇ……?」 この自然公園には“まちのけんじゃ”と呼ばれるぱちゅりーが住んでいる。 きっと解決策を教えてくれるだろう。絶対に治してみせる。 せっかく地獄を耐え抜いたのに、カビなんかのせいでゆっくり出来なくなってたまるか。 「むっきゅ、あなたがぱちぇのもとにきたりゆうはわかっているわ」 「おねがいだよけんじゃぁっ!まりさのたったひとりのおちびちゃんがぁ!」 街中にある公園にしてはかなり広い。 遊具の類はあまりなく、広々とした芝生が広がり、ランニングする人間などもチラホラ見える。 その片隅に街のけんじゃぱちゅりーのもと、群れというには少ない集団が生活している。 そんなぱちゅりーの元に今日だけで数匹の野良が訪ねてきた。 理由は皆、このまりさと同じだ。 「かびさんね……」 数日降り続いた雨により湿気った空気は、ゆっくりたちの体をカビの繁殖に都合が良いものへと変えていった。 もともと不衛生で栄養を十分取ることが出来ない野良だ。 雨で少なくなった数をさらに減らすことになるだろう。 「そうだよぉっ!おちびのからだにぃ!なんにもわるいことしてないのにぃ!」 まりさが涙目で訴える。 おちびには聞かせられない話のため、少し離れたところで遊ばせている。 自身にカビが生えていることを知ったら、恐怖でパニックになってしまうだろう。 「おちつきなさい、あなたのまえにいるのは“けんじゃ”よ。 もちろん、かびさんをやっつける“まどうしょ”もすでにてにいれてるわ」 「ああぁぁ……ぁぁぁぁああああ!ありがとぉぉぉっ!!」 助かる、おちびちゃんを治すことができる。 歯がカチカチと震えるくらいの緊張がほどけていくのが自分でもわかる。 「まどうしょによると、かびさんはきれいにするとだいじょうぶみたいね。 あとごはんさんをいっぱいたべるといいみたい」 “まどうしょ”と呼ばれたのは、加工所が街の随所にある掲示板に貼り付けていたチラシだ。 『今月は雨が多く野良ゆっくりはカビが生えていることがあるので、飼いゆっくりを近づけないようにしましょう』 そんな話から始まり、飼いゆっくりのカビの予防策などが書いてある、 人間なら特に気にすることなく、隅々までじっくり読むことはしないようなものである。 「きれいにする……。ゆぅん、でもでもどうすれば、そのかびさんは……」 カビは伝染るといわれている。 親からカビゆっくりには近づいてはいけないと言われたこともある。 「だいじょうぶよまりさ。 あなたはじっさいにおちびちゃんといまいっしょにいるけど、かびさんははえてないでしょ? ぱちぇがはじめてでしょうね、うつるというのは“めいしんさん”だときづけたのは!」 「そ、そうだよ!まりさはかびさんはえてないよ! すごいよけんじゃぁっ!すごすぎるよぉぉぉっ!!」 所詮この程度なのだ、自分にとって都合のいい話はすぐに信じる餡子脳。 親が自分の子を思い、なんども教え餡子に受け継がせた情報ですら、ゆっくり出来なければすぐに捨てる。 「じゃぁじゃぁ、どうやってキレイに――――」 「ふふっ、まりさ、あなたのしたさんはなんのためにあるの? “ぺーろぺーろ”してあげればいいのよ」 所謂ドヤ顔。 自分の知識を自慢できることこそが、このぱちゅりーにとって一番ゆっくりできることなのだろう。 「ゆゆっ!!!!」 そして“ぺーろぺーろ”だ。 それはゆっくりのにとって自力で出来る最大の治療行為。 実際砂糖水の涎を擦り付ける訳だから、それなりの効果はある。 「そうだったのかだぜぇぇぇ!!!すっごいよぉぉっ!てんさいだよぉぉっ!!」 「とうぜんよ、もういちどいうわね。 あなたのまえにいるゆっくりはだれだとおもってるの?」 「まちのけんじゃさまだよぉぉぉっ!!!」 さて、どこが間違っているのだろうか。 ただの注意喚起のチラシをまるで医療マニュアルのように考えていること? 清潔にすることはあくま予防であって、治療ではないこと? カビを舐めるということは、自身を苗床にする行為に他ならないこと? 間違いを指摘するときりが無いが、解答欄がひとつならこう書こう。 野良ゆっくりとして生まれてきたことが間違っている。 「ゆゆーん、ここはとっちぇもゆっくりしちぇりゅよ!」 父親から『ここで待っていてね』と言われたれいみゅは、人生初の“ぼうけん!”を楽しんでいた。 赤ゆっくりを一人にする事は、ほとんど殺ゆん未遂なのだが。 「れいみゅこーろこーろするよ! たのちぃー!!!」 芝生は柔らかく、跳ねてもあんよが痛くない。 太陽は暖かくれいむを照らし、見上げる青空はとてもゆっくりしている。 「ゆっち!ゆっち!――――ゆ?」 意気揚々とれいみゅが進んだ先には、とても楽しそうに笑う二匹のゆっくりがいた。 「ゆわぁぁ!!!」 一匹はれいむ種だった。 その姿は幼いれいみゅが見とれてしまうほど美ゆっくりだった。 もう一匹は“どうつきさん”だった。 年は――――どうなんだろうか、おとーさんよりお顔が全然小さい。 れいみゅよりちょっと大きいくらいだろうか。 その証拠に、お飾りに“きらきらさん”を着けたれいむをおねーちゃんと呼んでいる。 「てーちゃんいくよ!ゆぃ!」 「うぃ!……とった!」 二匹は青い丸いものを投げ合っているようだ。 れいむの方はもみあげ二つを合わせて、器用に飛ばしている。 激しい動きをしているわけではないが、二匹はボールの動きに振り回されながらも笑っている。 「れいみゅも!れいみゅもあそぶよ!」 目の前で繰り広げられる、二匹の幸せな光景にれいみゅは魅かれた。 まだまだ未熟なあんよでゆっくり近づく。 そして自分の魅力を存分にアピールした。 「ゆっきゅりしちぇいっちぇにぇ!れいみゅもあそんであげりゅよ!」 二匹を見上げながら、大きな声でご挨拶。 今まで大人たちはみんな、こう言うだけで絶賛してくれた。 さて、この二匹はどんなふうにれいみゅを褒めてくれるのだろうか? 「こんどはちょっとたかくなげるからがんばってね!」 「うい!」 それはれいみゅが今まで一度も体験したこと無い反応――――無視だった。 この距離だ、聞こえてないはずはない。 それなのに二匹はお返事しないで、続きを楽しんでいる。 当然れいみゅはおこった。 「むしちゅるなぁぁっ!!れいみゅがあそんあげるっていってるんだよぉぉっ!? れいみゅにその“ぽんぽんさん”をかしちぇよぉぉっ!」 「あそばないからさっさとどっかいってね」 「ゆぇ?」 やっと帰ってきた返答はれいみゅの望むものではなかった。 「もうれいむたちにはなしかけないでね。 ゆっくりりかいしてね」 冷めた視線だ。 生まれた時から好意的な視線しか感じなかったゆえにれいみゅは分かった。 目の前の大人は、れいみゅのことを本気で嫌っていると。 「どうちてしょんにゃこというにょぉぉっ!? れいみゅもいっしょに――――」 「いやだよ」 もう一度、今度は簡潔だがそれゆえに確かな拒絶。 れいみゅには理解できない。 普通なら、れいむを見た瞬間にデレデレになるはずなのに。 他のゆっくりは優しく“すーりすーり”もしてくれたし、ごはんさんをもらったこともある。 なのに、このとってもゆっくりしたれいむは自分を拒否する。 「にゃんでぇぇぇ!?れいみゅはおちびちゃんにゃんだよぉぉ!? きゃわいいんだよぉぉ!?」 「かわいくないよ」 「どうちてそんにゃこというのぉぉぉぉぉ!!」 全然ゆっくりしてない表情でれいみゅを睨む。 このゆっくりはもしかしたらおちびちゃんが嫌いなのでは? そう思ったが。 「れいむおねーちゃん、だでぃよんでくる?」 「ゆぅ、ちょっとまってねてーちゃん。 れいむがなんとかするからね!」 今まで黙っていたゆっくりがれいむに話しかける。 するとどうだ。 そちらを見る表情は和らぎ、れいみゅと話していた時とは全然違うとっても優しい声色で話すのだ。 ふざけるな! 「さっきからにゃんでそのこばっかりやさしくするのぉぉおっ!? ずるいよぉぉっ!?れいみゅもなかまにいれちぇよぉぉぉぉっ!!」 「うるさいよ」 一蹴された。 なんの躊躇も無い。容赦も無い。 ひたすらに冷たい拒絶だった。 「にゃんでぇっ……?にゃんでそんにゃにいじわりゅすりゅのぉぉっ?」 「はぁ……」 思わずため息をつくれいむ。 せっかく久しぶりにお外、数少ない友達と遊んでいたというのに。 かといって暴力で赤ゆっくりを追い払うのも後味が悪い。 「かいゆっくりには、のらゆっくりはちかづいちゃいけないんだよ」 駄目もとで言ってみるれいむ。 「かいゆっくし……?のら……?」 言われた単語が理解できないれいみゅ。 それを見て、再びため息をつく。 「――――てーちゃん、おにいさんたちのところにもどろうね」 「えー」 「だでぃさんにおこられちゃうよ?」 「……はーい」 結局れいむは諦めた。 こういうときは人間さんに頼るのが一番だ。 近くのベンチに座っている二匹の飼い主二人の所へ進みだした。 「にゃんでいっちゃうのぉっ!?まっちぇにぇ!まっちぇええ! れいみゅまだゆっくりちてないよぉぉっ!!ちゅべっ! まっちえぇぇぇぇ!!!」 れいみゅがまだしゃべっている途中だというのに、二匹は背を向け移動を始めてしまった。 当然追いかけるが、赤ゆっくりの移動速度は果てしなく遅い。しかも転んでしまった。 このままでは追いつけない。 れいみゅがそう思ったとき、やっと心強い味方が現れた。 「おちびぃぃ!!なにやってるのぜぇぇぇっ!!」 「ゆっ!おちょーしゃぁあああん!」 父親だ、れいみゅの姿が見えないので慌てて探しにきたのだ。 これでもう大丈夫だ、とことん甘えた声でれいむが泣きつく。 「おちょーしゃぁぁん!こいちゅらがいじめりゅよぉぉっ!!!」 れいみゅにとって世界で一番頼れる存在。 ここぞとばかりに、この二匹が自身にした仕打ちを体をゆんゆん振って訴えた。 それを聞くとまりさは驚愕し、二匹に向かって大声で叫んだ。 「ごめんなさいぃぃぃっ!!まりさのおちびがなにかしたでしょうかぁぁぁっ!? あやまりますぅぅぅ!!」 「ゆぇ?」 世界一強いはずの父親による、自慢のお帽子を地面にこすりつけての謝罪。 「おちょおしゃぁぁ!にゃにしちぇるにょぉおぉ!!! こいちゅらはれいみゅをいじめたげしゅなんだよぉぉ!?」 「おちびはだまるのぜぇっ!」 「ゆひぃ!!」 父親からの一喝。れいみゅはしーしーを漏らしながら震える。 このまりさは知っていた。飼いゆっくり、そして人間に逆らうことの恐怖を。 だからこそ今まで人間からの攻撃されることなく生きてこれた。 「どうかゆるしてくださぃぃぃ!!!おねがいしますぅぅぅ!!!」 れいみゅは信じられなかった。 あんなにゆっくりしたおとーさんが、泣きながら、見ていられないくらい焦りながら謝っている。 しかもおとーさんより幼いゆっくりにも。 「まりさ、いいからちょっとだまってね。てーちゃんがこわがってるよ」 「は、はいぃ!もうしわけありませんぅっ!」 「……もういいよ」 金バッチのれいむが呆れた調子で言う。 もううんざりだ。 「かいゆっくりにかかわっちゃいけないのはしっているみたいだね」 「はいっ!まりさはぁっ!おちびのときにおねーちゃんをっ!」 今でもトラウマになっている出来事を話そうとするまりさ。 当然れいむには興味が無い。それに大体予想がつく。 「やめてね、ききたくないよ。 れいむたちよりじぶんのおちびちゃんにいろいろおしえてあげてね。 もうすこしでおにーさん――にんげんさんをよぶところだったよ」 「それだけはぁっ!ゆるしてくださぃぃ!」 「もういいよ、このままおちびちゃんをつれてかえってくれればいいよ」 「ありがとうございますぅぅぅ!!!」 まりさは自分がしーしを漏らしていることにすら気づかず、安著の涙を流した。 「そっちのおちびちゃんもすいませんでしたぁぁっ!! まりさがめをはなしたせ――――」 「やめてね!このこはまりさたちとははなしちゃいけないなんだよ」 「ご、ごめんなさいぃぃ!」 まりさの知り合いにも飼いゆっくりに話しかけただけで殺された子がいる。 人間さんが決める“るーるさん” 従わないことは、そのまま死につながる。 「じゃ、じゃぁまりさたちはおうちにかえるのぜ」 「じゃあね」 なんにせよ命拾いした、おちびが飼いゆっくりの側で叫んでいるのを見たときは中枢餡が凍りついた。 そんなまりさを再び凍りつかせたのは、他ならぬおちびだった。 「にゃんにゃのぉぉぉっっ!!?? さっきからこのゆっくりできにゃいゆっくりはぁぁぁっ!! おとーしゃんはちゅよいんだよぉぉっ!! やさしいからってちょうしににょってぇぇ!!!!れいみゅぷくーするよっ!」 『ゆっくりしてない』 これは少なくとも野良ゆっくりにとっては最大の侮辱だ。 そして“ぷくー” 人間で例えるなら相手にナイフを突きつけ、『殺すぞ』と脅す行為だ。 少なくとも“本ゆん”はナイフだと思っている。 「っ!あゆっ!ち、ちがっうんですぅっ!」 れいみゅの発言に一番恐怖を感じたのはまりさだ。 これは本当にマズイ、どうしようどうしよう、どうしたらいい? 飼いゆっくりを怒らせてしまった! まりさの中枢餡の鼓動が激しさを増していく。 「…………そう」 一方れいむは怒ってはいなかった。 汚い体を膨らませ、自分を睨んでくるれいみゅを見る。 自分はこのれいみゅくらいの時は、“ぺっとしょっぷさん”で必死に勉強していた。 何度も泣いたし、決して楽ではなかったが、今では金バッチをとらせてもらえたことに感謝している。 ――――これが野良ゆっくりか。 世の中が自分を中心に回っていると信じて疑わないれいみゅ。 ただただおびえるだけで、会話にならないまりさ。 生まれる場所が違えば自分もこうなっていたと思うとゾッとする。 「きいてるのかげしゅぅっ!! こうかいさせるよぉぉっ!!??」 「やめろぉっ!!」 「ぴぃっちぃぃ!!!!」 思わずまりさは自分のおちびをおさげで殴る、もちろん手加減はしたが。 おちびは痛みに泣き喚くが、そんなことにかまっていられない。 「いちゃぃよぉぉぉっ!!!おとーしゃんがぶったぁぁぁあぁっっ!! れいみゅはゆっくりしちゃいだけにゃにょにぃぃぃ!!!!」 自分の父親からの暴力による制止に泣き出すれいみゅ。 どうして可愛い自分をゆっくりさせないゲスを制裁しないのか。 なんで自分は殴られなけれいけないのか。 「まりさ」 「ゆひぃぃぃっっ!! まりさをっ!まりさをせいさいしてくださいぃ!!! おちびはほんとはいいこなんですぅぅ!!」 れいむが声を掛けただけで、失禁しながら謝る。 そんな惨めな様子を見ては怒る気になれない、もともと腹を立てたわけではない。 ただただ、哀れだ。 「はやくかえってね」 「――――!!はいぃぃ!!!ありがとうございますぅ!」 「もうやじゃぁぁぁぁ!!!れいみゅも“ぽんぽんしゃん”ほしぃぃ!!! おねーしゃんとあそびちゃぃぃ!!!!すーりすーりしたいぃぃ!!!!」 唯一状況を理解してないれいみゅが騒ぐ。 そんなおちびをまりさはおさげでつかみ、無理やり連れて帰ろうとする。 れいむは一瞥し、さっきから退屈そうにしているてーをあやそうとして――気づいた。 「……っ!かび!」 「ゆぇ?」 「――っ!」 れいみゅの体にカビが生えていることを。 「にゃにいっちぇるの?」 思わずれいむはまりさに言ってしまった。 「まりさ、おちびちゃんにかびがはえているよ!」 「かびしゃん……?」 言われてれいみゅは自分のあんよを見て、やっと気づいた。 自分の体にカビが生えていることを。 「ゆああああぁぁぁっ!! にゃんでぇぇぇぇっっ!!きょわぃぃぃ!! かびさんはどっかいっちぇにぇ!れいみゅきらいだよぉっ!!」 「お、おちつくのぜおちびぃぃ!まりさがかならずなおしてあげるのぜぇっ!! だいじょうぶだからぁあぁっ!!なかないでぇぇぇぇっ!!」 れいむに返答せず、切羽詰った様子で必死にれいみゅを宥めようとするまりさ。 「そ、それはおくすりをつかわないと――――」 「うるさいのぜぇっっ!!」 まりさに怒鳴られ、れいむはやっと気づく。 薬なんて野良ゆっくりが手に入れられるわけないじゃないか。 きっと隠していたんだろう、悪いことをしてしまった。 「ごめんねまりさ、れいむたちはもういくよ」 やはり自分に出来ることなどない。だからもうこの場を去ることしかできない。 「れいむ?どうした? てーちゃんが饅殺男呼びにきたから、代わりに来たんだけど」 「おにーさん……」 ベンチで話していたはずの飼い主のおにーさんが側に来ていた。 「なんだこいつら」 「ほっといてあげてね、むかえにきてくれてありがとう。 れいむたちももどろう?」 おにーさんがまりさ達を、おそらく処分するかどうか考えていたのでれいむが止める。 自分に助けることは出来ないが、かといっておにーさんが処分するというのは気分が悪い。 「やぢゃぁぁぁぁ!とっちえぇぇぇっっ!!とっちえぇぇっぇ!!」 「だいじょうぶなのぜぇっ、だいじょうぶなのぜぇぇぇぇ!!」 響く二匹の泣き叫ぶ声から逃げるように、れいむとおにーさんはベンチに向かう。 やはり聞いていて気分のよいものではない。 だが野良の生活はこれが当たり前だという。 自分は人間によって生かされている、その上でのルールは厳しい。 だがそれくらいの我慢がなんだというのだ。 ベンチにつく。 「れいむおねーちゃん!つづきしよ!」 「……そうだね!こんどはじゅっかいれんぞくきゃっちをめざそうね!」 だかられいむはそれ以上考えないことにした。 自分は幸せだ。 その幸せ全てを自分の力でつかんだわけではないが、少なくとも幸せだと感じている。 命の危険におびえることはない。こうしてご飯の心配をせずに遊んだりもできる。 ならそれでいい。それでいいじゃないか。 「てー?もうちょっとそっと投げないとれいむちゃんが捕りにくいぞ?」 「わかった!」 「はっはっは」 目の前で無邪気に笑うてーを見る。 知識の量ではれいむの方が断然上だろう、この子はまだおちびちゃんだ。 しかし、飼いゆっくりとしてどちらが優秀かと言われたら、れいむは劣っていることを認めよう。 飼い主の言うことを疑わず素直に聞ける、そして飼い主が与えてくれるすべてを“しあわせー”と感じられる。 赤ゆっくりのころから、飼い主と一緒にいたせいなのだろうか? れいむは考える。 少し羨ましい。 自分のように余計なことを考えることがない。 野良ゆっくりへ、何の助けにもならない罪悪感を感じることも無いのだから。 “まちのけんじゃ”を訪ねた日から、まりさのゆっくりできない日々は続いていた。 泣き続け、おびえ続けるおちびをなんとか宥め、教わったとおり必死で“ぺーろぺーろ”していた。 カビさんを舐めることにはもちろん抵抗はあったが、おちびの命がかかっている。 幸いにも味はなかった。 「ゆぇっ、ゆえぇ、おとーしゃん?れいみゅなおっちゃ?なおっちゃよね?」 「も、もちろんなのぜ!かびさんどんどんちっちゃくなってるのぜ! さいきょーのおとーさんにかかれば、いちころ!なのぜ!」 自信は無かった、不安はあった。 前よりも広がっているように思えるカビ。ただ前より色が薄くなっているように思えた。 おちびも痛みを感じるわけではないようだ。 「あとちょっとでなおるのぜ! そうしたらいっぱいおそとであそぶのぜ!」 「ゆぅぅん!わきゃっちゃよっ!」 『このまま“ぺーろぺーろ”だけで大丈夫なのか?』 その不安はどんどん大きくなっていった。 「あんしんしたられいみゅおにゃかすいちゃった! おとーしゃん!れいみゅむーしゃむしゃしたいよ! おさかなしゃんがたべちゃいよ!」 「ゆっ!そうだったのぜ!」 けんじゃぱちゅりーから言われていた事がもう一つ。 おちびに“たくさん”むーしゃむしゃさせる必要がある。 「じゃあおちびはおぼうしにのるのぜ」 舌を使っておちびを自分のお帽子に乗せる。 「ゆっひゅぅ!れいみゅはだいちをそつぎょうしゅるよ!」 まだまだ冬といっていい気候。 外は寒い。 「おとーしゃん、きょうはあみさんいないかなぁ?」 「ゆっ、きっとだいじょうぶなのぜ」 生ゴミに掛けられているゆっくりその他避けネット。 最近になって突然それが現れたのだ。 もちろん原因を作ったのは、毎日のように荒らしていたこのまりさだ。 「そうだにぇ!あってもれいみゅがおにぇがいしゅるよ!」 「ゆゆっ!!めいあんなのぜっ! それならぜったいだいじょうぶなのぜ!」 当然ネットは毎日のように掛けられている。 紙の回収ならともかく、生ゴミの日はしっかりと。 「さぁ、しゅっぱつなのぜ!」 「はやくむーしゃむしゃしちゃいよ!ゆっくりいそいでにぇ!」 当然――――二匹は生ゴミを手に入れることは出来なかった。 そしてそれから更に数日後。 まりさは比べ物にならないくらい焦っていた。 「ぺぇろぺろぉぉ!ぺろぺろぺろぉおお!!」 必死におちびの体を舐める。 カビはいまや体の半分を侵食していた。 さすがのまりさでも、病気の進行だとわかる。 「いちゃいよぉ……おとーしゃぁん!ぽんぽんいちゃぃぃ……」 そして最もまりさを焦らせるのがこれだ。 おちびにもとうとう自覚症状が出てきた。 それはつまり皮だけでなく中の餡子にまでカビが進んだということだ。 激痛ではない、気持ちの悪さに似た鈍い痛みが幼いれいみゅをせめる。 「むーしゃむしゃするのぜっ!おちびおくちをあけるのぜ」 結局一度も生ゴミは手に入らなかった。 そうなるともう雑草を食べるしかない。 街中で芋虫などの小さな生き物を探すのは、至難の業だ。 「やぢゃぁ……にがにがさんはやぢゃぁ……。 あまあましゃんがたべちゃぃぃ……」 「ゆぅぅぅ」 当たり前といえば当たり前の要求だった。 赤ゆっくり、しかも弱っている。 大人のゆっくりでも顔をしかめるようなにがい草を食べるはずがない。 「でもだべないとなおらないのぜ、ほらがんばってたべるのぜ!」 「むーちゃむーちゃ……ゆべぇぇぇぇ」 無理に口に入れればこのように吐き出す。 餡子に変換するためには、より甘いほうがいい。 当然こんな苦い草は身体に入ったとしても、餡子にするために余計な体力を使う。 「ゆぅぅぅぅっ!!おちびぃ!」 「ゆげぇ、いちゃぃよぉ……ゆっくりしちゃいぃぃ」 動くと痛い、じっとしていると吐き気が襲う、そして食べ物は苦い。 粗末なおうちでは寒さを防ぐことが出来ない。 このままではおちびが死んでしまう。 「おちび!……っ! ちょっとまってるのぜ!おとーさんがぜったいおいしいごはんさんをもってくるのぜ!」 「ゆえぇ、おちょーしゃん……?」 こんな状態のおちびを一人、おうちに残すなんて自分でも危険なことをしているのはわかっている。 だがもう、自分にはおちびにしてやれることがない。 だから、だからどんな手を使ってでも生ゴミさんを手に入れてみせる。 「いってくるのぜっ!!」 「おとーしゃぁ……」 そうしてまりさは一生懸命跳ねた。 あれから何度も足を運んだ自分の狩場まで。 「ゆっゆっゆっ!――――ついたのぜ!」 自分でも驚くくらいの速さで目的地についた。 「ゆっぇ?なんでなまごみさんがないのぜぇぇぇぇ!!」 ゴミ捨て場を覆う網は無かったが、肝心のゴミも無かった。 まりさに解るはずもないが、朝のうちに収集車に回収されている。 「どうしてなのぜぇぇ!?ゆうぅ!ごみさぁぁあん!でてきてぇぇl!」 必死に呼びかける。 幸い昼の中途半端な時間にゴミ捨て場に来るような人間はいない。 だからまりさは思う存分ゴミ捨て場に懇願する。 「おねがいします!おねがいしますぅ!ゆっくりしてください!」 ご挨拶。 「まりさのおちびはかびさんがはえちゃったんです!」 自分が生ゴミを欲しがるのはおちびのためであり、まだ小さいのにどれほど酷い目にあっているのかを説明する。 「だからおねがいしますぅ!ごはんさんをくださいぃぃ!!!」 渾身の土下座、帽子が振り落ちるほど頭を地面にたたきつける。 額が痛む、叫んだのどが痛む。 だがここまでしたんだ。 いつもごはんをくれる“かりばさん” 最近はゲスな網のせいでそれも叶わなかったが、今はいないのだ。 きっとまりさのお願いを聞いてくれるに違いない。 「ゆっ!」 そして顔上げるまりさ。 「な、なんで……?」 当然数秒前と何も変わらない光景があるだけだ。 「おねがいしますぅぅぅ!!!まりさのぶんはいらないですからぁぁ!!!」 足りなかった、自分の誠意が伝わらなかったと考え、再び懇願を始めるまりさ。 人間からすれば意味不明である。 だがまりさ達ゆっくりにとっては、このゴミ捨て場はごはんをくれるゆっくりした存在なのだ。 お願いすればきっとわかってくれると信じている。 「おちびをゆっくりさせてあげたいんですぅぅっ!! まりさにはもうおちびしかいないんですぅ……。 おねがいぃ!おねがいぃしますぅ!!」 だから繰り返す、何度も何度も何度も。 涙は埃やチリを顔面に張り付かせ、それにかまわずさらに地面に顔を押し付ける。 向いている方角が悪いのかと、左に謝罪、右に謝罪。 そして天を仰いで叫んだが、全て無駄だった。 「おねがいですぅぅ……ゆぐっ、おねがいですぅ……」 寒空の下、まりさの嗚咽はしばらく続いていた。 結局何も手に入れることができなかったまりさ。 本当なら一日中お願いするつもりだったが、おちびをいつまでも独りにしていられない。 それに今夜の食事も用意しなければ。 「くささん……おいしいくささんでてくるのぜ……」 夕方、気温が下がり始めた街の中をまりさが行く。 キョロキョロと辺りを探り、食べれそうなものがあれば口に入れてみる。 「ゆぐぅ!かたいのぜ……これじゃおちびがたべれないのぜ」 地面に生えている雑草など、アスファルトの街では少ない。 「おいしくなってね!おちびがよろこぶのぜ?」 草に頼もうと応えてくれるはずもなく、やはり苦い草を口にいれるまりさ。 「ゆぅぅ、どうしよう」 食料集めに大いに役立つ自慢のお帽子も、今はスカスカだ。 「ゆんぅ……」 途方にくれて明るい路地の方を見る。 人はまばらだが、まりさの様に必死な顔をしているのものはいない。 こんなに寒いのに、震えている様子も無い。 それをただただ、ぼけーっと見ているだけのまりさ。 「…………」 この差はなんなのだろうか。 あまりにも不公平じゃないか。 おちびのために頑張ってるまりさはゆっくり出来ないのに。 しかし、残念ながらどうにも出来ないことをまりさは知っている。 人間は強い、少なくともまりさよりは確実に。 「……ゆぅ」 だから諦めるしかないのだけど、それでも目を外すことが出来ない。 自分もあんなふうになれたら、そう思ってしまう。 そんなまりさの目が、おちびを抱く人間さんを見つけた。 「かいゆっくりだぜ……」 この間まりさのおちびが話しかけていた“どうつきさん”だ。 ついついまりさは、目と耳とそしてあんよで、追いかけてしまう。 「今日のメシは何にするかなあ。てーは何食べたい?」 「はんばーぐさん!」 「ハンバーグかぁ……」 そのゆっくりは、頭と身体に“ふかふかさん”を着けて、その上から人間に抱きしめられている。 まるで“すーりすーり”しているかのように。 笑って話すその姿はとても寒さを感じているようには見えない。 「いいなぁ……」 気づけば、口を開いていた。 ただただ、羨望の念がまりさを支配していた。 羨ましい。 こんなに冷たい地面の上で、汚れた身体で眺めるしか出来ない自分。 ぼろぼろの“ふかふかさん”を巻きつけて震えながらそんな自分を待っているだろうおちび。 そして人間に撫でられながら、今晩の夕食について笑って話す目の前のゆっくり。 本当に、どうしてここまで立場が違うんだ。 「ゆぅ。ゆぇえええええええええええええええええん」 気づけば泣き出していた。 あまりの境遇の違いに。 寒いだけならよかった、でも知りたくなかった。 こんなにもゆっくりしているゆっくりがいることを。 所詮まりさは飼いゆっくりそのものについては、全然わかっていなかったのだ。 人間の奴隷みたいなものだと思っていた、だから自分達が関わると怖い人間が怒るのだと。 「きょうはやわらかい?」 「どうかなー。ダディも勉強中だからなぁ」 人間が持っているごはんさんはとってもおいしくて“しあわせー”らしい。 「ゆっくぅ、ゆっくりぃぃぃぃ」 人間に優しくされ、守られ、そして一緒にゆっくりしている。 決して飼いゆっくりが羨ましかったんじゃない。 自分のおちびの望みを叶えてあげられる人間が羨ましかった。 まりさは何一つ思い通りにしてあげられないのに、健康すらあげられないのに。 そしてもっともまりさが望む、おちびからの信頼と好意を向けられていることが。 「ゆっぐぅ……ゆっぐぅぇえぇ、ごめんねぇ、ごめんなさいぃぃ」 まりさはそして謝りだした。 誰に責められているわけでもないのに。 「まりさがぁ、まりさのせいでぇぇぇっおちびぃぃぃ」 人間と飼いゆっくりが去ってからも、しばらく泣き続けた。 「ごちそうさまでした!」 「はいはい、お粗末様」 食べ終えた食器を片付ける。 結局ハンバーグは表面を焦がした。 てーはそれでもメイプルシロップのおかげでおいしかったらしい。 食事が終わると、燃料補充が終わったとばかりに部屋を動き回るてーを押さえる。 「はなせー!」 「はっはっは、非力だ非力」 テレビではアニメがやっている。 『ゆらえもーん!ジャイアンに我が社の株の30%を買われちゃったよぉぉっ!!』 そんな風に遊んでいるとケイタイが鳴り出した。 誰だ? ディスプレイには『馬路出ゆっくりにっく』と表示されている。 「もしもし?饅殺男です、先生ですか?」 「やぁ、こんばんわ。そう私だよ。 いきなり電話してすまないね、今大丈夫かな?」 膝の上で不思議そうに自分を見上げるてーのほほをムニムニと引っ張る。 「ええ大丈夫です、丁度暇してました」 「にゃにゃしぇてぇー!」 「それはよかった。 さっそくなんだが次の土曜の診察、午前中に予定が入ってしまってね。 出来れば午後に来て欲しいんだ」 「あ、はい」 もともとそんな早い時間に行くつもりは無かった。 なんだそんなことか、と了承する。 「うん、そう言ってくれると思っていたよ。 13時以降なら、いつ来てくれてもかまわないよ」 「了解ですー」 てーは飽きたのか、テレビに見入っている。 「うんそれで、てーくんの検査結果も出たから先に伝えておこうと思ってね。 いつも通り健康そのものだよ」 「ありがとうございます」 饅殺男自身そこを心配していたわけではない。 もちろん何事もなくてよかったとは思うが。 「それでこの間の君の相談に応えようと思ってね」 「はい」 こちらは割と本気で心配していたことだ。 無意識に緊張する。 「てーくんが成長しない――――という話だったね」 「はい」 饅殺男がてーと出会ってから三年、胴付きになってからは一年がたっている。 そう、てーはもう三歳になるのだ。 「この間もいろいろてーくんと話をしたが、たしかに幼いね。 可愛らしいものだ」 ゆっくりで三年、それも希少種であるてんこ種ならば三年もたてばそれなりの“ゆん格”が形成される。 中学生くらいの知識と性格にはなるはずなのだが。 どう考えてもてーは幼稚園児くらいだ。 「それでその」 思わず先を急かす饅殺男。 「結論からさっさと言おうか、問題は無いよ」 「え?」 帰ってきたのは簡単な答えだった。 「だから最初から言っただろう? 健康そのものだって。何も心配することはないさ」 「そう……ですか」 拍子抜け、というかちょっと緊張していただけに思わず呆ける。 「理由は推測になるけど聞くかい?」 「ぜひお願いします」 当然だ、そうなった訳を聞かないと安心出来ない。 「君達はてーくんを子供のように扱っているね? いや、もちろんそれが悪いというわけではないよ」 「ええ、まぁ、そうですね」 子供を持ったことが無いからわからないが、できるだけ大切にしている。 「てーくんにもそれが伝わってるのさ」 「えっと……?どういう?」 電話越しに先生が少し笑ったのが分かる。 「今の状態は彼女にとって幸せなのさ。 とてもゆっくり出来ていると言おうか」 「はぁ……」 「だからなんだよ。 無意識にその状態を保とうとしている。 だから身体も成長しない、そして体内餡の量も増えないから――――」 「精神の成長も止まっている……?」 「恐らくね」 にわかには信じられない話だ。 不安になる饅殺男。 「先生、それはやっぱりてーにとって……」 「いやいや、だから何度も言ったじゃないか、健康だって」 「それはそうなんですけど、今の説明じゃ不安にもなりますよ」 それもそうか、と言ってやはり笑う馬路出医師。 一つ咳払いをし、再び切り出した。 「ふむ、この例えは君にとって不快かもしれないが――――」 「大丈夫ですよ、っていうか先生そんなの気にしないじゃないですか。 お願いします」 「そうだったね。では言おう。 自分のペットの犬や猫が野生ではネズミやウサギを狩れないから生きていけないかもしれない、 と心配する人間がいるかい?」 「……いませんね」 当たり前の話だ。 自分が一生面倒みるつもりなら、野生に帰したときの心配をする必要が無い。 先生の言いたいことが分かった。 「さらに言うとうん、君はてーくんを一流大学にでも入学させる気なのかい?」 「はっはっは、まさか」 それこそ馬鹿げた話だ、だけどその分解り易い。 つまり自分はそれくらい意味の無い心配をしていたのだ。 「そういうことなんだよ。 決して勘違いしないで欲しいのは、君達のてーくんの育て方が悪いといっているのではないよ。 むしろてーくんは幸福で、満ち足りているからこそ成長しないのさ。 薬などで無理やり成長をとめている訳じゃないんだ、大丈夫だよ」 「はい、ありがとうございます」 よかった、安心した。 安堵のため息をつく饅殺男。 「君達がてーくんに愛情を注いでいるうちは、いつまでも可愛らしいてーくんのままさ。 てーくんが幼いと君が何か困るのかい?」 「いえ、全く」 「ならいいじゃないか」 その通りだと思う、ちょっと恥ずかしくなってきた 無駄な心配する飼い主なんて慣れているのだろう、諭し方がうまい。 「それでだね、ここからが私が話したかったことなんだが」 「え?」 「いや大丈夫、別に悪い話ではないんだ。 てーくんは他のゆっくりからも“おちびちゃん”だと思われているんじゃないかい?」 「あ」 そう言われるとそうだ。 過去に野良ゆっくりにてーを“自分のおちびちゃん”と紹介したときも、否定されたことはなかった。 飼いゆっくりに対してはてー自身が“おねーちゃん”と呼んでいる。 『このこはもうおちびちゃんじゃないよね?』 そんなことを言われたのは一度も無い。 「言われてみるとそう……ですね。確かにてーはゆっくり達からおちびだと思われてるみたいです」 「胴付だからね、外見から年齢を想像できないのだろうね。 とはいえそれだけではなく、もしかするとてーくんの思い込みの――」 「まさか、いくらなんでもそんな」 他のゆっくりにまで効果があるなんて、本当に魔法じゃないか。 「あくまで推測だがね。 でも不思議なことじゃないだろう? ゆっくりの体内餡がなぜ動いてるのかさえ解明できていないんだから」 「まぁそういわれれば」 もともとがデタラメによって生まれた存在だ。 何があっても不思議じゃない、というより不思議しかない。 「やはりゆっくりほど研究者として興味深い対象は無いよ。 まぁのめりこみ過ぎて医者が必要になることも多いらしいがね」 「笑えませんって」 ゆっくり研究に没頭しすぎて発狂、そして最後は自分がゆっくりになっていた。 有名な都市伝説だ。 「まぁそういうことだね。 ぜひともこのまま大事にしてあげてくれ」 「もちろんそのつもりですよ」 言われるまでもないことだ。 「うん、いい答えだ。 では土曜日はすまないが午後から頼む。 待っているよ、では失礼する」 「はーい、失礼します」 通話が終わった。 意外と長く話してしまった。 てーはテレビを見ながら舟を漕いでいたが、そのまま眠ってしまったらしい。 ほっぺたを突いても反応が無い。 「三年か」 そう三年もこの子と一緒にいるのだ。 「かわいい寝顔しやがって……」 布団にてーを運ぶ。 またきっと、明日は休みなのに七時くらいに起こしてくれるのだろう。 そうしたら朝ごはんを食べて散歩にでもいこう。 晴れていても雨でもてーは喜ぶから。 そんなことを想像していたら、自分も眠くなってきた。 毎日てーに引っ張られて早寝早起きの習慣がついてしまったようだ。 そのまま横の布団に入り、眼を閉じる。 「ゆっくりおやすみ、てー」 「けんじゃぁぁぁ!けんじゃぁぁ!でてきてぇぇっ!! まりさのぉぉ!まりさのおちびがぁぁぁ!!!」 広い公園の片隅。 最後に開かれたのが何時になるのかも分からない、仮設テント等が入っている倉庫。 その裏のスペースが“まちのけんじゃ”のおうちだった。 そこにカビに蝕まれるおちびをお帽子に乗せたまりさの声が響く。 「どうしたのまりさ、ずいぶんゆっくりしてないわね」 側近のまりさと共に、ぱちゅりーが出てきた。 それを見るや否やまりさは早口でまくし立てる。 「けんじゃぁっ!!まりさはぁぁ!ちゃんとぺーろぺろ!たくさんしたのにぃ! おちびがぜんぜんよくならないのぉっ!いたいいたいしてるのぉぉっ!!」 満足できる食べ物を取れない、ぺーろぺーろしても治る気配が無い。 まりさに残されたのは再びこのぱちゅりーに頼ることだけだった。 「まりさ……そのおちびちゃんは……」 「いちゃいぃぃよぉ、くるちぃぃよぉぉ」 もはや身体の半分以上がカビに覆われ、顔にも少し出始めている。 恐らく内部の餡子もそうだろう。 外傷ではないために、気分の悪さと痛みが混ざり合う。 「かわいそうでしょぉぉ!?おちびぜんぜんねれてなくてぇぇ!!」 当然だ、脆い赤ゆっくりがそんな状態で眠れるわけが無い。 もっともまりさも眠れていないようだが。 「そう、だめだったのね。きっとごはんさんをたべれなかったせいだわ」 「ゆぐぅ!そうなのぜぇぇ! げすなかりばさんがぁぁっ!!ごはんさんくれなくてぇぇっ!!」 「そうだったの……。だからぺーろぺーろしてもなおらなかったのね」 ぱちゅりーは純粋な善意から自分の知識を披露している。 問題なのは、その知識が間違っていることだ。 「どうすればいいのぉぉっ!?おちびがないてるのにぃっ!! まりさなんにもできないよぉぉっ!! おねがいけんじゃぁぁっ!!まりさなんでもするからぁぁっ!!」 「ゆぅぅ」 こうなってしまってはもうぱちゅりーにもどうすればいいのか分からない。 一つだけ思いつく方法はあるにはあるが、教えていいものか迷う。 「けんじゃぁあ!けんじゃぁぁあ!!」 「……まりさきいて」 とはいえ、このまま何もしないよりはいいだろう。 ぱちゅりーは口を開く。 「びょういんさんにいけば、おちびちゃんをなおせるとおもうわ」 「びょういんさん……?」 まりさにとっては初めて聞く言葉だが。 うっすらと、餡子には記憶があるような気がする。 「そうよ、そこにいけばどんなおびょうきもすぐになおるらしいわ」 「ほ、ほんとに!?おちびなおるのっ?」 治ると聞いて、まりさが興奮した様子で続きを急かす。 「ええ、なおるはずよ。ただ――――」 「ゆぅ?どうしたの?はやくおしえてね!?」 ぱちゅりー自身も行ったことがあるわけではない、飼いゆっくりから聞いたことがあるだけだ。 「にんげんしか、びょういんさんのばしょをしらないの」 「ゆひっ!にんげんさんっ……!」 とたんにまりさの中で恐怖心が産声をあげる。 怖い、人間は恐ろしい。 「だからどうするかはあなたがきめなさい」 「ゆぅぅん……ゆぅぅぅ!」 「おとーしゃあぁんっ……」 弱弱しくれいみゅがまりさを呼ぶ。 それを聞いてまりさも覚悟を決めた。 「わかったのぜけんじゃ!まりさはびょういんさんをさがすのぜ!」 「そう……。がんばってね」 ぱちゅりーは止めなかった。 人間の怖さは知ってるが、まりさが自分で選んだことだ。 「ありがとうけんじゃ!まりさはもういくのぜ!」 「ゆっくり……できるといいわね」 おちびを再び帽子に乗せて、まりさが去る。 そんなまりさを“まちのけんじゃ”は見えなくなるまで眺めていた。 「おちび、おちび! すぐにおとーさんがびょういんさんにつれっていってあげるのぜ」 「おにゃかいちゃいぃぃよぉぉっ!! はやくなおしちえぇぇっ!!」 ほとんど痛いか、苦しいとしか言わなくなったおちび。 ゆっくりしているヒマはない。 怖がっている場合でもない。 「ゆっ、にんげんさんがいたのぜ! おちびはここでちょっとまつのぜ」 「ゆぃぃ……げほっ、けほっ」 取りあえず話しかけてみよう。 頼んでダメと言われたらすぐ謝ろう。 そうすれば問題ないはずだ。 「ゆっし!」 気合をいれ、まりさは人間に声をかけながら近づく。 「そこのおにーさん!ゆっくりしてってね!」 「寄るな」 「ゆっぐはっぇ!」 返答は強烈な痛みを伴った。 蹴られたらしい、身体全体が痛む。 激痛を処理しようともがく中枢餡と別の餡子が、状況の理解を求める。 なぜ?どうして自分は蹴られた? 「ぎっっはぁっ!!!」 着地の衝撃でやっと中枢餡の全機能を痛覚が支配した。 身体が爆発したかのような、痛みがまりさを襲う。 「いだぎぃぃぅいぃ!!ああああっ!!」 「おとぉぉしゃん!」 痛みに転げまわるまりさ。 さすがのれいみゅも父親の様子がおかしいことに気づく。 「だいっ、じょうぶなのぜ、だから……かくれて」 自分のおちびだけは守らなくては。 気丈にもまりさはおちびに声を返す。 そして恐る恐る周りを見ると――――そこには誰もいなかった。 「ゆぐくぅっ……!」 「おちょーしゃん」 話かけただけで蹴られた。どうしてこんな酷いことをするのか。 口に出してぶつけてやりたいが、人間はもういないし、まりさの歯が欠けた口が痛む。 ――――少なくともこれでまりさが人間に話しかけるのはさらに困難になっただろう。 痛みが治まった後も、まりさはただ人間を見つけては、蹴られた恐怖を思い出し結局話しかけられない。 それを繰り返した。 カビ達は増殖することを躊躇しないのに。 「くっそ、あそこのレーンはコンディションが悪かったんだ」 「まだいってんの?ダディは男らしくないねー」 「ねー」 今日は“ゆっくりにっく”に行く土曜日だ。 やはり朝の七時頃にてーによって起こされた饅殺男達は、 時間を潰す為またボーリングに行ってきた。 ゆっくりでも投げられるように、かなり軽いボールとピンを使うため、 男女の腕力差などあってないようなものだが、ハンデとして虐子とてーはスコアを合計する。 てーは何も考えず素直にピンに向かってまっすぐボールを転がすため、意外といいスコアを出す。 結果は饅殺男の惨敗。 「最近テレビでU☆LEAGUE見てるから、うまくなったと思ったのに」 「なにそれ」 ボウリング番組を見ただけでうまくなるほど世の中甘くは無い。 そんな話をしていると公園についた。 病院に行くにはこの大きな公園の中を通ったほうが早い。 「こうえんだ!きゃっちぼーるするの?」 虐子の腕の中で少しもがくてー。 「病院が終わったらね」 それを撫でながら抑える虐子。 「そういやこの前ここで、トシんとこのれいむちゃんと遊んでたらまた野良に絡まれたわ」 「ふぅん、まぁよくある話ね」 別段驚くことじゃない、人間に関わろうとしない野良もこの街にはいる。 だけど所詮ゆっくり。 あらゆる存在の中でゆっくりが一番だと思っている奴等がほとんどだ。 「いや、そうなんだけど。小せぇほうがカビてて――――」 「ゆっくりしたそこのおちびちゃんっ!!ゆっくり!ゆっくりしてってねぇぇっ!!!」 「――――こんなふうに」 行き成り茂みから飛び出してきたのは、まりさと赤れいみゅ。 れいみゅを頭に乗せたまりさは、必死にてーに呼びかけている。 まるで饅殺男と虐子が目に入ってないかのように。 「おちびちゃん!きいてねっ!きいてほしいのぜぇ! ゆっくり!ゆっくりしてってねぇぇぇっっ!!!!」 虐子に抱かれているてーに呼びかけるため、無理やり上体を反らし大声を上げる。 だが当然てーはそれに応えない。 「見ててーちゃん。花壇の蕾が大きくなってるよ」 「もうすぐさくの?」 「そうだよー。……饅殺男後よろしく」 「む、むししないで!しないでくださいぃぃ! おねがいですぅぅ!!!まりさのはなしをきいてぇぇぇっ!!」 今度は何度も頭を振って懇願する、れいみゅがそのたびに小さなうめき声を上げていることに気づかずに。 そんなまりさに望まぬ相手から声がかかった。 「まりさ」 「ゆっひぃぃ!!!ま、まりさはにんげんさんにはなしかけたんじゃないのぜえっ!! じゃまなんてしないのぜぇ!!!めいわくかけてませんぅぅっ!」 「へぇ」 最近はなんだか意味の無い工夫をする野良が増えたように感じる。 どうやらこのまりさは、『自分が話しかけたのはてーだから、人間には関わっていない』と主張したいらしい。 虐子が抱いてるから、飼いゆっくりなのはわかるだろうに。 「落ち着いてくれまりさ。別に僕は怒ってないさ」 「ゆっふぅっ、ゆゆぅ、ほ、ほんとなのぜ?」 「ああ、でもあの子は僕のおちびちゃんでね。 話しかけるのはやめてくれ。 代わりに僕が話を聞いてあげるよ」 「ゆぅ!!かんしゃするのぜぇ!!」 話を聞いてやる、そう言っただけでとたんに笑顔になるまりさ。 「おちびがっ!まりさのおちびがかびさんでしにそうなのぜ!」 「うん。見ればわかるよ」 さっきかられいみゅのほうは、ただ呻くばかりで目にも光が無い。 そして全身にカビの生えた身体は、かなりの嫌悪感をこちらに与えてくる。 よくそんなものを自分の帽子に乗っけられるなぁと感心する。 「だから、おねがいしますぅ!びょういんさんのばしょをおしえてくださいぃぃ!!」 「ふぅん、病院かぁ」 ちょっと驚いた。 てっきりあまあまを一杯食べさせて――――といった要求だと考えていた。 「はいぃ!まりさはけんじゃからきいたんですぅ!! びょういんさんにいけば!おちびがなおるってぇっ!!」 「けんじゃねぇ」 ぱちゅりー種が言う“けんじゃ”という言葉は、『私は自分が一番偉いと思っています』という意味だ。 ようはでいぶとかわらない。 よし。こいつらで遊ぶか。 悩むそぶりをして饅殺男は応えた。 「うーん、本当は野良ゆっくりなんかのお願いを聞いちゃいけないんだよね」 死にそうな顔になってまりさが泣きつく。 「おねがいしますぅぅぅ!!もうにんげんさんしかいないんですぅぅ!!」 「病院の場所が知りたいんだよね? しょうがない、実は今から僕達も病院に行くんだけど、勝手に後を付いてくるのはかまわないよ」 「ゆぅ!??」 まりさはゆっくりしないで考える。 人間が病院に行く? まりさがその後を追っていけば。 病院に行くことが出来る! 「あ、ありがとうございますぅぅぅっ!!! これで、これでおちびをぉぉっ!!!!!」 「うん、うるさい。 後僕は何もしないよ、君が勝手についてくるだけ。 じゃあ僕は行くよ」 「ゆっ!!」 そう行って人間が歩き出す。 おいて行かれてはたまらない、痛むあんよを懸命に動かしまりさは跳ねた。 「いちゃいよぉっ!おちょぉぉしゃぁ! れいみゅいちゃいぃいちゃぃぢゃよぉ!」 まりさが急げば急ぐほど、頭の上のれいみゅが激痛に苛まれる。 だがまりさはあんよを緩めるわけにはいかない。 折角掴んだ最後のチャンスなのだ。 「おちびぃ!おちびがまんするのぜ! びょういんさんにいけばぜんぶなおるのぜ!!」 「いぢゃいぃぃ!!おとーしゃぁあん!ゆっくりしちえぇ!!」 まりさは宥めようとするが、そんなことが赤ゆっくりに理解できるわけがない。 とりあえず今痛いのだ、それを何とかして欲しい。 だがそんなこと言われてもまりさは足を止めるわけには行かない。 せめておちびだけでも――――。 「に、にんげんさっんっ! まりさはいいからおちびだけでもだっこしてほしいのぜっ!!」 飼いゆっくりを抱いている人間さんなら、おちびをまかせても大丈夫だろう。 「に、にんげんさんっ!?きいているのぜ!?」 返答は帰ってこなかった。 それよりも、人間の歩くペースが上がっている気がする。 実際はまりさのペースが落ちているだけなのだが。 「きぼちわるいよぉぉぉぉっ!!おとーしゃぁぁんっ!!」 「がんばるのぜぇっ……!がんばるのぜおちびぃっ!」 おちびの鳴き声に、まりさの決意も鈍りそうになるが心を鬼にする。 人間さんの足は速く、少しでも気を抜けばどんどん距離が開いてしまう。 「ゆはぁっ!ゆはぁぁっ!!」 「ゆひぃぅ!いぎぃっ!!」 すぐにまりさの方もおちびを気遣う余裕はなくなった。 そもそもこんなに全力で跳ね続けたことがない。 もともと無いに等しい体力がすぐに枯渇する。 「まってぇぇ!にんげんさぁん! ちょっとまってねぇぇっ!!」 そしてすぐ他に頼る。 お決まりの泣き声で人間さんに懇願するも、こちらを振り向いてもくれない。 「ゆぐぅぅ!まってぇぇぇぇ!まりさもうぴょんぴょんできないよぉぉっ!!」 公園はもう既に出た。 硬いコンクリートの地面はゆっくりのあんよに大きな負担を強いる。 「おちょぉしゃ……れいみゅ……あんこしゃんゆべぇ……」 「ゆゆっ!!? おちびぃぃ!あんこさんはいちゃだめなのぜっ! ゆはっ!?まってぇぇ!おにーさぁぁん!!まってくださいぃ!」 上から少し降って来たおちびの餡子、それに驚き思わず足を止めるとどんどん小さくなる人間さんの姿。 パニックになりながデタラメに走った。 「まってぇぇ!!!おちびがあんこぉっ!ぎゅげっ!」 走りながら口を開いたため舌を噛んだ。 「ゆぎぃひぃ!ひひぃっ!」 痛いがそれでもあんよを止めなかった。ひとえにおちびのために。 「ゆっはぁぁぁ……ゆっはぁぁ……」 人間さんが立ち止まった。 まりさのお願いをやっと聞いてくれたのだろうか。 限界まで酷使されたあんよをなんとか動かし、近づく。 「先に入ってるわよ?熱中しすぎないでよ?」 「おう。先行っててな、てー」 「だでぃもはやくきてね!」 人間さん達が何か話している。 おちびを抱いたおねーさんが、大きなおうちに入っていった。 ということは。 「ここがびょういんさんなんだねぇぇ!!! やった……やったのぜぇぇぇっっ!!!!」 「びょういんしゃん……?ちゅいたの……?」 「そうだよ、ここが病院だ」 やったのだ。ついにたどり着いた。 あんよを限界まで酷使した。おちびちゃんもよく耐えてくれた。 ここが病院。 「ありがとうなのぜぇぇっ!!にんげんさんっ!! これで、これでおちびをなおせるよぉぉっ!!」 「はっはっは、まさか」 さっそくまりさも中に入ろうとする。 「おちびぃ、やっとなおるのぜぇっ!! よくがんばったねぇぇつ!!!!」 「はやくぅ……はやくなおしちぇぇ」 そうだ、ゆっくりしないで入らなければ。 まりさが開きっぱなしのドアを通ろうとすると――――。 「君達はだめだよ」 「ゆべっっ!!」 「おちょらをとっ!ゆぃぃっ!!いちゃいぃぃああああ!!」 蹴り飛ばされ、後ろに転がっていくまりさ。 お帽子からおちびが転落する。 「まりさ、いったい何してるの?」 「いたいぃぃぃ!!なんでけったのおぉぉっ!! まりさびょういんさんにはいろうとしただけでしょぉぉぉっ!!」 泣きながら抗議するまりさ。 「何でって、君達が病院に入ろうとするからだよ。」 「ゆへぇ?はぁああああああああ!? にんげんさんがつれてきてくれたんでしょぉぉっ!?」 「うん。道は教えてあげたよ? でも中に入れてあげるなんて言って無いよ?」 「はっ……?ゆぇ?」 人間がゆっくり出来ない笑みをさらに強くする。 なんだが嫌な予感がする。 「病院には君達ゆっくりが勝手に入っちゃいけないんだよ。 人間と一緒じゃなきゃ」 「だからにんげんさんにおねがいしたでしょぉぉ!? びょういんさんにぃぃ!!いきたいってぇっ!!」 「場所を教えてくれて君は言ったんだよ? だから僕は勝手に付いて来いっていったの」 人間相手ならまったく通用しない、屁理屈以下の説明。 さすがに納得できるわけがない。まりさが怒鳴る。 「そ、そんなのってないでしょぉぉぉっっ!? まりさはびょういんさんにはいらないとぉぉっ!!」 「ああ、病院でお医者さんに見て貰いたかったのか。 てっきり道のりを教えて欲しいのかと思ったよ。 期待させてごめん、勘違いしてたよ。はっはっは」 まりさの怒りも、考えていることも、全て分かった上で饅殺男が笑う。 「ゆぐぅぅぅっ!!そんなのぉぉっ! ひどいよぉぉぉっ!!?」 ここまで来て病院に入れて貰えないなんて、そんなの酷い話があるか。 とっても優しい人間だと思ったのに。 「じゃぁ、じゃぁもういっかいおねがいしますぅぅ!! まりさのおちびちゃんをびょういんさんにいれてくださいぃ!!」 「ごめんね、嫌だよ」 「どうじでぞんなごどいうのぉぉおおっっ!!」 本当はこんなことしてる暇なんてないのに。 病院が目の前にあるのに。 「まりさたちをいれてくれないなら、にんげんさんはなにしにきたのぉぉっ!?」 「ん?ああ僕は自分のおちびちゃんを病院に連れてきたんだよ」 「おちびちゃん……?」 そう言って思い出す。 自分が最初に話しかけた、人間に抱かれた不自然に綺麗なおちびちゃんのことを。 「あのおちびちゃん……?」 「そうそう、その子」 饅殺男が認めた瞬間、まりさの口がゆっくりとは思えない速さで動いた。 「ちょっとまってね!まりさはしってるよぉぉっ!!! あのこはとってもげんきだったよっ!!ゆっくりしてたよ! こうえんさんであそんでるのもみたよぉっ!!! とってもげんきにはしって!ゆっくりしたれいむとあそんでたよぉっ!! あとねぇ!あとねぇ!」 『その子は病院に行く必要が無い』 それを説明したいがために、自分が見たてーの様子をベラベラと喋るまりさ。 全ては自分のおちびを代わりに病院に連れて行って欲しいがために。 「そうなんだよ、むしろ元気すぎるくらいでね。 どう発散させてあげようか困るくらいだよ」 人間が笑う、自分のおちびを自慢する。 「だったらびょういんさんにいくひつようないでしょぉぉっ!? ――――ま、まりさのおちびをみてねっ!みてねぇぇぇっ!!」 「すっごいカビだね」 「ゆげぇぇ、いちゃいぃぃぃ」 もはや汚れなのかカビなのか分からない黒と緑に染まった皮に覆われたれいみゅ。 汚い野良にはなれている饅殺男が見ても、気分が悪くなる。 「かわいそうでしょぉぉっ!!?? びょういんさんがひつようなんだよぉぉっ!?」 「そうだろうね。 こうなるともう自力じゃ治らないと思うよ」 「だったらおちびをかわりにつれてってよぉぉぉ!!」 「うんごめんね、嫌だよ」 「ゆっがぁぁっぁぁっ!!!」 なんで理解できないんだ! まりさはなおも食い下がる。 「びょういんさんはびょうきをなおすところなんでしょぉぉ?」 「そうだよ」 「にんげんさんのおちびちゃんはびょうきじゃないでしょぉぉ?」 「そうだよ」 「じゃぁ、じゃぁにんげんさんのおちびちゃんより、まりさのおちびをびょういんにつれていくのがあたりまえでしょぉぉ?」 「だめだよ」 「ゆっがぁぁぁぁあっぁっっ!!!」 怒りのあまり、まりさはその場でドスンドスンと跳ねる。 「一つ勘違いをしているね、まりさ」 「はぁぁぁぁ!?なにがぁぁぁっ!?」 「ここは飼いゆっくり用の病院で、ゆっくりの病院じゃないんだよ」 「ゆえ?」 飼いゆっくり――――人間に連れられ、まりさ達が話しかけちゃいけない存在。 人間にいつも優遇されてる存在。 それが病院さんまで独り占めしているだと? 「いつもいつもかいゆっくりばっかりずるいよぉぉぉっ!!!」 「ずるいって言われてもね。そういうものだし」 そんな説明で納得できるわけがない。 どうして飼いゆっくりばっかり贔屓されているんだ。。 「じゃぁまりさたちもかいゆっくりにしてよぉぉっ!! いいでしょぉぉっ!!だからびょういんさんにぃぃ!!」 「無理だよ。君達はなれない」 「なんでぇぇ!!!どうしてそんなこというのぉぉっ!!」 一呼吸を入れて人間が説明し始める。 「例えば僕のおちびちゃんはペットショップで生まれた。 ペットショプっていうのは飼いゆっくりになるためだけに生まれたゆっくりが集まる所。 わかるかな?飼いゆっくりになるために生まれたんだ」 「ゆっ、ゆゆぅぅ?」 そしてまりさを冷たい瞳が射抜く。 「それに比べて君達はどこで生まれたの? 路地裏のダンボール?自販機の裏? 室外機の横?ゴミ捨て場のすみ? まぁどこでもいいけどさ、少なくとも人間が側にいなかったろ?」 「ゆぅ……」 それはそうだ。 最初の挨拶はおかーさんとおとーさんとした。 人間なんて始めてみたのは、まりさが狩に出れるようになってからだ。 「わかるだろ? 人間と一緒に生活するために、人間に見守られながら生まれた飼いゆっくり。 そして君達みたいに、ゆっくりに見守られながら生まれた野良。 生まれた時に既に決まってるんだよ」 「そんなぁぁ……。まりさだってかいゆっくりになりたいのにぃぃ! じゃぁ、じゃぁまりさどうすればいいのぉぉっ!?」 生まれた時に決まってるなんて、まりさにはどうしようもないじゃないか。 「どうもしなくてよかったんじゃない? 野良として生まれた以上、自分で対処できないことが起こったら諦めればいい。 君のおちびについたカビとかもそうだね」 「あきらめられるわけないよぉぉっ!!!」 「じゃぁどうするの? 病院には入れない、じゃあ次は?」 「ゆぐぅぅ……!!」 そんなのまりさが知っていたらとっくに実行している。 「ずるいよぉぉ……にんげんばっかりぃぃ!! おちびをゆっくりさせられるなんてぇぇ!!」 「今度は人間がずるい、か。 でも僕に言わせれば、ゆっくりさせられないなら子供を作るべきじゃないんだよ。」 「ゆっぐぅ、だって、だっておちびはゆっくりできるんだよぉ……? そうでしょ?」 この人間だっておちびがいるんだ、おちびがいると“しあわせー!”なのは分かるだろう。 「ほらやっぱり、自分のためじゃないか。 自分がゆっくりしたいからおちびを作る。 全然おちびの事考えてないじゃないか。」 「ゆぁぁぁぁっ!!まりさはっ! ちゃんとおちびをゆっくりさせてあげたよぉぉっ!! たかーいたかーいだって!すーりすーりだってぇぇっ!!」 「へー、じゃぁそこで倒れてるのはゆっくりしてるの?」 「ゆっは?」 言われてまりさが右下を見れば、餡子を吐きながら痙攣するおちびの姿があった。 一つのことに集中すると周りが見えなくなるゆっくり。 だからといって一番優先しなきゃいけないものを忘れるとは。 「あああああああああああああああっ!!」 「ぎぅっぎっ!、おどぉじゃっ!ゆぐぅぃいぎぃぃぃ」 ついに中枢餡にカビが進行したのだろう。 れいみゅの言語に障害が出ている。 不幸にも痛覚神経はマトモらしい。 「あああっおちびぃぃ!おちびぃぃ!」 「すっごく痛そうだね」 「ああああっっ!!にんげんさぁぁん!おねがいしますぅぅ!!」 「だから嫌だよ、っていうか無理だよ」 このままじゃ本当におちびが死んでしまう。 どうしよう、どうすればこの人間を納得させられる? そしてまりさに残されたものを考え、思いついた。 これしかない。 「に、にんげん“さんっ”!まりさととりひきなのぜっ!!」 「いきなりだね。どういうことかな?」 「まりさのぉ、まりさの、おぼうしをぉぉっ!――あげますぅぅぅっ!!!!! これがあればにんげんさんのおちびでもかりでごはんさんをたくさんもてますっ!! だからぁ、ほんとうに、くっ。あげますがらぁぁ!!」 ゆっくりにとって目や舌といった五感を司る身体パーツと同じくらい大事なお帽子。 ごはんさんを“たくさん”入れられるかばんになり、雨や風すらも防いでくれる。 自慢の自身と共に成長したもう一人の自分。 それを差し出したまりさ。 未練が無いわけがないが、おちびの命には代えられない。 さすがの人間もこれなら――――。 「いらないよ」 「ゆは?」 一言だった。 自身の誇りともいえるお帽子が、いらないと言われた。 「飼いゆっくりは人間がご飯を用意するんだよ。 だからごめんね、その帽子は必要ないんだ」 「でもでもとってもかっこいいのぜぇ!? ゆっくりしてるのぜぇぇぇっ!!」 「そうかな?僕はそうでもないと思うけど」 「ゆっざけるなぁぁっ!! なんでこのよさがわからないんだぁぁっ!!」 自分のお帽子が“そうでもない”だと? この人間は目が腐っている。 「そっちこそ、何で分からないかな? もうそろそろ気づいてよ。 僕に君達を助ける気はもともと無いよ」 「ゆっ……ああ?」 なんて、今人間はなんていった? 「もうなんなのぉぉっ!?! じゃぁ……なんでまりさのおはなしきいてくれたのぉ? たすけてくれるからじゃないのぉっ?」 一応この人間はまりさの話をまじめに聞いてくれていた。 お願いは聞いてくれなかったが、会話をしてくれていた。 だからこそ、まりさも諦めずに説得を試みていたのに。 「いや、君が必死になってるのが面白くてね。 いっつも君達は言うだろ?ゲス人間って。 その通りだよ、ゲスだからね。君達が苦しんでるのを見ると楽しいんだ」 「ゆっがぁああああああああああっっ!!!」 にっこりと満面の笑みをまりさに向ける饅殺男。 やっとまりさが気づく。 この人間は楽しんでやがる。 最初っから全部知っててやったんだ。 まりさを期待させといて、病院に入れてくれる気もなく、まりさが頑張ってるのを見て笑ってたんだ。 「ゆがああああああああっっ!!ゆがぁああああああっ!!」 まりさの渾身の体当たり。 まともに当ててやった、それなのに。 「おいおい、そんな身体で走ったら危ないよ?」 白々しくまりさを気遣うような台詞と共に簡単に受け止められた。 「ほらどうしたの?いきなり甘えてきて、さすがに君の身体は汚いからやめて欲しいな」 今度こそハッキリとわかる。 この人間はまりさを馬鹿にしている。 「ゆがぁぁっ!!ゆぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃ!!!」 悔しくて頭が壊れそうだった。 人間に体当たりしたのはこれが初めてだった。 倒せるとは思っていなかったが、まさか痛がりもしないなんて。 「ゆくそうぅっ!ゆっくそぉぉお……!! ゆあぁぁぁぁんっ!!!ゆあああああんっ!!」 どうして自分はここまで無力なんだ。 悪いのは全部人間じゃないか、こちらが正しいのは分かりきってるのに。 制裁できないなんて。 悔し涙がまりさのあんよを濡らす。 「ぎゅぃぃ……いぢゃぃぃぎぃぃぃ!!」 おちびはまだ生きている。 自分の餡子をカビに喰われていく苦しみは、どれだけゆっくりできないんだろう。 血走った目で、苦しい、痛いと泣いているのに、無力なまりさは何も出来ない。 「ゆやぁぁあぁ!!!ゆうぁぁぁぁぁあ!!」 「んーなんだかちょっと悪いことしちゃったかな?」 「ゆあぁぁっっ!ゆっく、ひっくっ、だまれぇぇ……」 もういい、しゃべるな。 おまえの話なんかまりさはもう聞きたくない。 いままでの人間の行動の源が全て悪意だったと知った以上、まりさに話すことなど無い。 「ごめんね、おわびに潰さないでこのまま回収箱にいれてあげるよ」 「ゆあぁぁ?かいしゅうばこさん……? ゆっくっ、ゆゆぅ。そこいけばおちびなおるのぜ?」 どこまでも楽天的なゆっくり、『~てあげる』そんな言い方一つで簡単に好意的にとってしまう。 そんな様子に饅殺男もついつい笑う。 「いや、加工所に行くんだよ」 「っ!かこうじょはだめぇぇぇぇっ!!!!!!」 加工所と聞いた瞬間まりさは恐怖にかられる。 餡子に深く根付いた記憶が、まりさをパニックにする。 饅殺男は回収箱に付属している手袋とトングを持ち、まりさに近づく。 「あー饅殺男くん、ちょっと待ってくれ」 「先生?あれ?何してるんです?」 まりさを捕まえようとした瞬間、声がかかった。 振り返ればゆっくりにっくの入口に馬路出医師が立っている。 「いや虐子くんからカビゆっくりが来てると聞いてね。 ぜひ研究用に――――」 「おいしゃさんっ!おいしゃさんなのぜっ!? おちびをたすけてくださいぃぃぃ!!!!」 震えていたまりさが飛び起き、馬路出医師の下へ跳ね寄る。 「まりさのぉっ!まりさのおちびをたすけてねぇっ! おいしゃさんなんでしょぉっ!!」 どうも病院は知らなかったくせに医者は知っていたらしい。 「おいおいまりさ、今僕がだめだって――――」 「げすにんげんはだまるのぜぇっ!!おまえにはきいてないのぜぇっ!! おねがいだよおいしゃさんっ!まりさのおちびがかわいそうでしょぉっ!?」 なぜか強気になったまりさが饅殺男を怒鳴る。 頼られた馬路出医師は呆れたように答える。 「今までさんざん饅殺男くんが説明していたじゃないか。 君たちは病院に入ることが出来ないと」 「どぼじでそんなこというのぜぇぇぇっ!!!」 抗議するまりさを意に返さず、二人は会話する。 「聞いてたんですか、アレ」 「ああ、最初からね。なかなか面白い話だったよ」 「むじずるなぁぁぁあっっっ!!!」 我慢できずまりさが緩慢な動きで体当たりを仕掛けるが、避けられる。 「やれやれ、まだ何か言いたいことがあるのかい?」 「おいしゃさんでしょぉぉっ!! おちびをたすけてくれなきゃだめでしょぉぉ!! そうでしょぉぉ!!ぜったいそうだよぉぉぉっ!!」 はぁ、とため息をつきながら馬路出医師が答える。 「誰がそんなことを決めたのか知らないが、今日はもう予約が入っていてね。 そもそも君の子供は――もう駄目だね。 あと数十分で死んでしまうだろう」 「ゆっがぁぁぁぁぁぁ!!! だからたすけろっていってるだろうがぁぁぁっ!!!」 何度同じ事を言えばいいのだろう。 そして――――何度断られるのだろうか。 「すまないが、それはできないよ」 「ゆぐぎぎぎぎぎっ!! じゃぁ……じゃぁなんでここにきたの……? まりさたちをたすけてくれないんでしょぉ……?」 恨みがましく睨みつけながら問う。 「ああ、カビのサンプルが欲しくてね」 「カビ……さん……?」 まりさがまったく想像していなかった答えだった。 「そう君の子供と、君自身に生えているカビが必要なのだよ」 「まりさにも……?」 そういって改めて自身を見れば、おちびと同じ斑点ができていた。 別に今更驚きはしなかった。 それよりも、“おいしゃさん”が言った言葉が気になる。 「おいしゃさんなのに、まりさたちよりかびさんをたすけるの……?」 「助ける……か、まぁこのまま加工所で君達ごと燃やされる所を、 培養して保管するから助けることになるかもしれないね」 「まりさたちより、かびさんのほうがだいじなの……?」 「その通りさ、君達とは比べものにならないくらい価値があるよ」 「そっか、そうなんだ、そうなんだね」 何で助けてくれないのか、やっと答えがわかった。 人間はカビのほうが大事なんだ。 ははは、まりさがこんなに困っているのはカビのせいなのに。 なんだか勝手に笑えてくる。 「かびさん!かびさんかぁ、おちびにもたっくさんはえてるよ!」 悲しいのにおかしい、目は涙を流してるのに口は笑ってる。 笑うたびにおなかがチクチクと痛むがそれも面白い。 だって分かったんだ。 人間がまりさ達ゆっくりをどう思っているか。 何とも思ってないんだ。 だってカビのが大事なんだもん。 「はははははっ!あははははははっ!」 そんな人間が助けてくれるわけないじゃないか。 そんなのおちびだってわかるのにまりさは何をやっていたんだろう。 そのせいでおちびが死んじゃって。 でもカビさんがあるから、おいしゃさんに助けてもらえるんだっけ? あれ?それなら大丈夫じゃないか。よかった、いたい、よかったじゃないか。 「いだっ!ははははっ!いだいよっあはははあっ!!」 「……なんかすごい壊れ方しましたね」 「ふむ、カビのせいなのか、ストレスが限界を超えたのか。 そのどちらもだろうね」 そういって笑う先生はやはり自分達と同じ感じだと饅殺男は思う。 「このままだと五月蝿いね」 まりさにスプレーをかけて眠らせる先生。 そしてふと思いついたように饅殺男に言う。 「野良ゆっくりは、まさしく歩兵のようだねぇ」 「将棋ですか?」 「そう、数ばかり多いが貧弱。その多くが死んでいく。 だが人間の言うことを聞き、進歩したものだけが金になれるところとかね」 バッジか、成るほど確かにそのとおりだ。 「でもこいつ等は自分を王将だと思ってますよ?」 「そう、だから自分では前に進まないんだよ。 自分は王だから守られて当然と思っているし、周りに命令してばかりなのさ」 「そして金や銀でさえも見下す、と」 歩が好き勝手動いたら、指し手の人間は大迷惑だ。 「危機に直面したら逃げるだけさ、自称王だからね。 ただ悲しいかな一マスしか動けない歩が逃げ切れることは無い」 「あはは、割といい例えですね」 そうだろう?といって笑う先生。 手にはカビ饅頭を持っている。 「そろそろ、戻ろうか。 虐子くんとてーくんに出したお茶菓子も無くなる頃だろう」 「そんなことしてもらってたんですか。 すいません」 「いやいや、当然のことさ」 少なくとも病院では当然ではないはずだが。 「さて饅殺男くん。 野良と飼いゆっくりとかけて将棋と解く」 「い、いきなりですね。 ――――えっと、その心は?」 「全ては“たいきょく”に有り」 「とりあえずドヤ顔やめてください」 「はっはっは、厳しいね」 後編までもお読みいただきありがとうございます。 過去作 anko4095 『てーとまりしゃ』 anko4099 『てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん』 anko4122 『てーとありしゅのおかーさん』 anko4126 『choice』
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『てーとありしゅのおかーさん』 91KB 愛で 虐待 差別・格差 希少種 独自設定 ありす(レイパーにあらず)いじめです ※ご注意を ・ものすごく長いです。 ・前作『anko4095 てーとまりしゃ』『anko4099 てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん』の完全な続きになります。 ・前作までの設定をそのまま使っているので、前作を読まないと話が意味不明です。 ・虐子さんのターン。 ・相変わらず飼いゆっくりと野良の格差ものです。 ・最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 ・愛でられるゆっくりはほとんどオリキャラみたいになっております。 ・飼いゆっくりを愛称で呼びます。 ・口の悪い人間が出ます、野良をゴミ扱いします。 ・大した落ち度のないゆっくりが不幸な目にあいます。 ・鬼意惨に恋人がいます。 今日は毎週恒例のてーちゃんを連れたデートの日。 いつものゆっくりファッションショップの店員であり、 私のお友達でもあるマガトロちゃんからセールのお知らせ。 そして会って話したいことがあるとのメールをもらった。 これは行くしかない。 さらにもう一つ。 てーちゃんは私が選んだ服を喜んでくれる。 しかしこの間、饅殺男が買ってきた『アンパン○ンなりきりセット』を見たときは、 だいぶ前に卒業したうれしーしーをしてしまうのでは、と思うくらい喜んでいた。 正直に言ってとっても悔しかった。 どーせテキトーに選んだに決まっているのだ。 『てーが好きだからこれでいいべ』 とか言って。 あまりにも悔しかったので『あんパンチさん』を喰らわしてやった。 「まさおの“こんたくとさん”がぁああっ!?まだしょにちなのにぃい!」 知るか。 『こんたくとさんはゆっくりしないででてきてねぇ!?』なんて言って床を探している。 余裕あるじゃない。 『まみぃつぇー!』と言いながら私をキラキラした目で見るてーちゃんを撫でたら少し落ち着いた。 それにしても最近てーちゃんは口調がどんどん饅殺男の影響を受けてきている。 やはりここらで、女の子として着飾る喜びを教えてあげなければ。 だから今日の私は気合が入っているのだ。 「ありしゅはきょうもときゃいは!」 割れた鏡の大きめな欠片の前でポーズを決める赤ありしゅ。 それを見て親ありすは最高にゆっくりする。 それがこの親子の日課だった。 「さぁおちびちゃん、とかいはなからだを“ぺーろぺーろ”させてね」 「はーい!」 ありすは所謂シングルマザーだった。 番のまりさはある日狩りに行ったっきり戻ってこなかった。 死んだのか、あるいはありす達を捨てたのか、それはわからない。 しかし、その境遇を利用したことなんて一度もない。むしろ同情されるなんてごめんだった。 自分一人でもおちびちゃんを他のどんなゆっくりよりも“とかいは”にしてみせる。 「ぺーろぺーろ、きょうもおちびちゃんはとかいはよ!」 「おかーしゃんのおかげよ!」 おちびちゃんはありすの誇りであり何よりも大事な宝だった。 優しい子だった。 決して狩のうまくない、毎日”にーがにーが”な雑草しか食べさせてあげれないありすを責めたことは一度もなかった。 だからこそ、毎日ありすはどんなに疲れていてもおちびちゃんの身体のケアは怠らなかった。 なるべく家の中から出さなかったし、移動するときは頭の上に乗せて動いた。 その甲斐あってか、ありすのおちびちゃんはとっても”とかいは”だった。 公園で出会う他のゆっくり達から褒められた。 ここらで一番狩上手なまりさから『美ゆっくりになるおちびちゃんとそのおかーさんに』と食べ物を分けてもらった事もある。 「ゆーん、おちびちゃんはおおきくなったらすてきな“びゆっくり”になるわね!」 同じありす種からも褒められたことがある。 そのたびにありすは、自分の餡子の熱があがり、最高の気分に浸ることが出来た。 誇りだった。 自分の命よりも大事なおちびちゃん、将来はそれに見合う能力をもったゆっくりを番にして幸せになる。 そう信じて疑わなかった。 ―――――飼いゆっくりという存在を知るまでは。 「まさかマガトロさんがお店立ち上げるなんてな」 「すごいわよねーまだ若いのに。でもなんか納得できちゃう」 買い物袋をぶら下げながら駅へ向かう。 まさか新しいお店宣言されるとは思わなかった。 照れながら笑うマガトロちゃんはそれでもどこか誇らしげだった。 ちなみにてーちゃんは饅殺男の腕の中でオヤスミ中。 「どっかメシよる?」 「ん、そうね……」 私達がてーちゃんを抱き上げながら移動するのには理由がある。 まぁ、ゆっくりを飼っている人は大体誰同じようにしているのだけど。 当然、野良ゆ対策。 なぜかは分からないけど、人間による教育を受けてないゆっくりは皆が皆、自分が世界で一番素晴らしい生き物だと思っている。 それを強く主張するか、ちょっと控え目かの違いはあるけど、全ての野良がそう思っていると言ってもいい。 そんな野良が飼いゆっくりを見たらどう思うか。 ゆっくりは“お飾り”や肌の綺麗さなどが、容姿の美しさの基準になるらしい。 それはそのままそのゆっくりが“ゆっくりしている”ことに繋がるから、らしい。 正直飼いゆっくりと野良の綺麗さが違う、 というか比べる時点で間違いなんだけれども。 ゲスと呼ばれる野良なら、『ゆっくりを独り占めするゆっくりは制裁』または『そんなやつより自分をゆっくりさせろ』と脅す。 ゲスとまではいかない野良なら、『自分もゆっくりさせて欲しい』としつこく要求。 善良な野良なんていません。 「サイゼとか?」 「安いしな、“ミラノ風まりさ”」 飼いゆっくりを連れていれば、10回に20回はこんな目にあってしまう。 一日に2,3回は当たり前。 それほど野良ゆっくりは多いし、本当に迷惑な存在だから。 ゆっくりを飼っている人ほど野良ゆっくりの駆除に積極的なんていうのは、考えてみれば当然の話。 被害もそうだし、そもそもあんなのと自分達のペットを一緒にされるのは不愉快だから。 こうやって、てーちゃんを抱いていたところで―――― 「とってもきもちよさそうなのじぇぇ! まりしゃにも“たかーいたかーい”してほしいのじぇ!」 こんな風にカラまれる。 恐らくは饅殺男に抱き上げられながら移動するてーちゃんの寝顔を見て羨ましくなったのだろう、一匹の赤まりしゃがいた。 親ゆっくりは近くにいないようで姿が見えない。 それを見て饅殺男がニヤリと笑う。 無視すればいいのに。 「きいてるのじぇ?まりしゃもおしょらをとびたいのじぇ!すぐでいいのじぇ!」 ピョンピョンと私たちの進行方向に飛び出し、涎を撒き散らしながら訴えるまりしゃ。 どうして自分の要求が絶対通るものだと、こうも信じきれるんだろう。その自信は少しだけ羨ましい。 もっとも、私には『まりしゃをいますぐころしてほしいのじぇ!なにしてもいいのじぇ!』と言ってるようにしか聞こえない。 親が人間に関わってはいけない事を教えていれば、もうちょっとだけ長く生きれたのに。 まぁ、人間の怖さを知って生き延びているゆっくり自体が稀だけど。 私は無言で眠るてーちゃんを饅殺男から受け取る。 そして饅殺男は不自然なくらい明るい声でまりしゃに話しかける。 「やぁまりしゃ。“たかーいたかーい”して欲しいんだって?」 「そうなのじぇ!そっちのゆっくりはもう“すーやすーや”してるのじぇ! だからつぎはまりしゃのばんなのじぇ! もうまちきれないのじぇ!きゃわいいまりしゃは“つばささん”がほしいのじぇ!」 『待ちきれない』の言葉通りまりしゃは“のーびのーび”とピョンピョンを繰り返してる。 たしかこの前見た本によれば、潰したくなる動作の2位くらいだった気がする。 でも饅殺男から出た言葉はそんなまりしゃの予想とは正反対のもの。 「おいおい、冗談言わないでくれよまりしゃ。君はとっても汚いじゃないか、そんな君には触りたくないよ!」 「ゆぅっ!?まりしゃはきたなく――――」 「いやいや、汚い、汚いんだよまりしゃ。うん? ああ、おとーさんやおかーさんは我慢していたんだよ、君が“うんうん”みたいなおちびちゃんでも」 「なっ、なにをいってるのじぇぇ!まりしゃは“さいっきょう”のゆっくりで!とってもきゃわいいんだじぇ!」 饅殺男の言葉をきいて激昂するまりしゃ。 当然だろう、そんな事言われたら人間だって怒るし。 「たぶん君は生まれてすぐ茎を食べさせられたんじゃないかい?」 「ゆ?なんでしってるのじぇ?“くきさん”はさいっこうにゆっくりしてたのじぇ!」 赤ゆっくりの生えていた茎は甘い。 餡子と小麦粉と砂糖と過剰な自己愛で出来ているゆっくりから生えるのだから当然なんだけれど。 「やっぱり! 茎っていうのはとってもマズイご飯なんだよ? とてもじゃないが食べれるものじゃない! それを食べさせられたなんてまりしゃ! 君はやっぱり汚いから、おとーさんとおかーさんから嫌われているんだよ!」 「ゆっ゛ゆえぇえ!? そんなわけないのじぇ! “くきさん”はとってもおいしくて、“しあわせー”なのじぇ! あんな“あまあまさん”はまりしゃたべたことないのじぇ! “さいっきょう”のまりしゃにうそをつくのはゆるさないのじぇ!」 さすがに反論するまりしゃ。 しかしそこに饅殺男が笑顔のまま言葉を続ける。 「あんなものが美味しいだって!? オイオイ、まさかまりしゃ! 君は普段、雑草や生ごみを食べさせられていたんじゃないかい?」 「ゆ゛ぅ?」 「やっぱりそうなんだね? あんな苦い食べ物をいつも食べさせられているんだろう?」 まぁ、ここらの野良ゆっくりなんてみんなそれくらいしか食べれないでしょうけど。。 でももちろん赤まりしゃはそんなこと分からない。 雑草は苦いし、生ごみは臭い。とても“ゆっくり”しているとは思えない。 「で、でもそれは――――」 「君の姉妹達は毎日おいしい“あまあまさん”を貰っているんだよ? 知らなかっただろ?」 「ゆ゛ぅっ!?」 「当たり前だけど雑草なんて苦いもの食べてないよ。 だってそうだろう? あんな苦いもの食べ物のはずないじゃないか」 当然そんなことはないハズで、姉妹達も同じものを食べているだろう。 しかし、赤まりしゃの頭の中は『自分だけ苦いものを食べさせられている』ことと、 『他の姉妹だけ毎日あまあまを食べている』という事実(と思い込んでいる)で埋め尽くされてる。 「なんでなのじぇぇ!! まりしゃだって“あまあま”たべちゃいのにぃいい! ずるいのじぇぇっ!!まりちゃもゆっくりしたいぃい!」 そして癇癪を起こす。泣き叫ぶ。 もうとっくに自分がなんで人間に話しかけたかなんて覚えていないんだろう。 「それはね、まりしゃ。 おとーさんとおかーさんが君に死んで欲しいからだよ」 「ゆ”……え?」 考えることたっぷり五秒間。 先ほどよりも大きな声で赤まりしゃが叫んだ。 「なんでえええええええええええっ!? まりしゃはぁ!まりしゃはきゃわいくて!さいっきょうなのじぇぇ!?」 体全体をブンブンと振り回すまりしゃ。 泥のついた顔が涙でさらにぐちゃぐちゃになっている。 そして饅殺男は答える、もちろん満面の笑みを浮かべながら。 「いっただろう? 君が汚いからだよまりしゃ。そしてとっても臭い」 「ちがぅううっ!まりしゃくさくないのじぇぇ!」 「はっはっは、臭いよ、そしてとっても汚いよまりしゃ。 僕がおとーさんでも君には死んで欲しい。 いやもしかしたら、とっくに制裁してるかもしれない」 「まりしゃはくさくないのじぇぇ!とってもきれいなのじぇぇ!」 思い込みが激しく、少しでも事実を交えればそれを疑う知能のないゆっくり。 そのなかでもさらに頭の悪い赤ゆっくりではこの辺りが思考の限界。 もちろん饅殺男は追い討ちを止めない。 「ほら、隣のおねーさんが抱いている子が見えるかい? あれが僕のおちびちゃんなんだけど」 「ゆぅ……ゆっくりしてるのじぇ」 ぐっすりと私の腕の中で眠るてーちゃんを本当に羨ましそうな目で見るまりしゃ。 もちろん饅殺男の目的は見せびらかすことじゃない。 「それでこれがこの子のオヤツなんだけど。 少しだけ君に分けてあげよう」 「ゆん?にゃんだがおいちちょうにゃにおいがしゅるのじぇ。 し、しあわしぇええええっっ!!!」 饅殺男が差し出したお菓子を口に入れた瞬間に、赤まりしゃの歓喜が爆発したみたい。 野生には存在しない甘みと食感を味わったのだから無理はないんだけれど。 しかしそれは、たったの一口だけ。 「もっちょ!もっちょたべたいんだじぇぇえっ!! はやきゅっ!はやくたべさせるのじぇ!すぐでいいのじぇ!」 「もうないよ。 それよりお話聞いてね」 どうやら饅殺男の声は耳に入っていないみたい。 ほんの少し味わった“あまあま”のことで赤まりしゃの小さな餡子脳は一杯だから。 よだれを撒き散らしながら、お菓子の追加を要求している。 「はやきゅするのじぇぇえ!その“あみゃあみゃ”をよこすのじぇぇ!」 「おーい、話きいてよ。まりしゃー?」 「にゃにしてるのじぇぇええっ!?“あみゃあみゃ”をだしぇぇえっ!」 「うるせぇよ」 「ゆごぉっ!」 軽く、小石を一回転させるように饅殺男が赤まりしゃを蹴る。 それだけなのに物凄い激痛が赤まりしゃを襲っているのだろう。 おさげが激しく上下して別の生き物みたいになっていて気持ち悪い。 「いぎゃああああああああっ!ああああああああっ!」 涙と声を大噴火させている。 「黙れ殺すぞ」 「ゆぅ!」 自分に痛みを与えた相手が顔を近づけ、睨み付けながら低い声で脅してきている。 赤まりしゃにとってはこれが“ゆん生”最初の死の恐怖なのかもしれない。 「お菓子はおいしかったかい?」 「ゆっくっ……ゆっ……“あみゃあみゃさん”のことなのじぇ? まりしゃ、あんにゃにおいしいのたべたことなかったのじぇ……。 だから、もっとだべたいのじぇぇ……」 そう言って涙目で饅殺男を見上げる赤まりしゃ。 それを見て饅殺男はまたニッコリと微笑む。 「僕のおちびちゃんはあれよりもっと美味しいものを、毎日食べてるよ? もちろん“たくさん”の数をね」 「そんなのずるいのじぇっ!まりしゃだって“たくさん”たべたいのじぇ!」 「そうなんだ。 でも僕のおちびちゃんはあの子だからね。 まりしゃはおとーさんにもらいなよ。 人間は簡単に“あまあま”を用意できるんだよ? それなのに、“さいきょう”のはずの君のおとーさんが、 あまあまを“かり”で持って帰ってこれないわけないよね?」 「ゆぅ゛!そうなのじぇ!おとーしゃんは“さいっきょうのかりうど”なのじぇ! だからまりしゃはいっつも“あみゃあみゃさん”を――――」 ここでまりしゃは気づいた。 食べたことがない。 こんなにおいしいものは今まで食べたことがない。 でも人間の言う通り、おとーさんが用意できないはずはないから――――。 あれ?じゃあなんでまりしゃは食べたことないんだ? 「うん、ほらやっぱり。君は嫌われてるんだよまりしゃ」 「っ゛ぅう!」 違うと言いたかった。でも自分自身がもう認めてしまっていた。 酷すぎる裏切りだった。 自分達で“あみゃあみゃさん”を独り占めしてまりしゃには“にーがにーが”しか食べさせないなんて! それなのに怒りが沸くよりも早く、目の前の人間がさらにまりしゃの心をえぐった。 「でもしょうがないよ。君はほんとに汚くて臭くて、全然ゆっくりしてないから」 「ゆ……ゆぅ……! ゆ゛ぇええええええんっ!ゆ゛ああああああああああああ!!!」 結局まりしゃに出来ることは泣くだけだった。 抗議するでもなく、否定するでもなく、ただ涙と涎を撒き散らすだけ。 それくらいしか出来なかった。 「たぶん家に帰ったら制裁されちゃうね、家族みんなから」 「やじゃぁああああああ!せいしゃいはゆっくりできないのじぇぇええっ!」 次々とまりしゃに投げかけられる人間の言葉が、まりしゃを絶望と恐怖で彩る。 小さな餡子脳は完全にパニックになっていた。 「どうすればいいのじぇぇっ!まりしゃゆっくりしたぃのにぃいいいい!」 それを聞いて、待ってましたとばかりに人間が口を開く。 「死ねばいいんだよまりしゃ。うん“えいえんにゆっくり”しちゃいなよ」 「ゆ゛っ、え……?」 「帰ったら家族みんなから制裁される。 もし制裁されなくても“にーがにーが”しか食べられない。 だったらここで死んだほうが楽だよ?絶対そうだよまりしゃ!」 「やぢゃあああ!まりしゃはまぢゃまぢゃぜんぜんゆっぐりぢでないのじぇぇえっ!」 そんなこと受け入れられるはずがない。 “えいえんにゆっくり”するなんて、そんなの嫌に決まっている。 「そう?じゃぁ“おうち”に帰っておとーさんに制裁されるんだね?」 「やぢゃっぁあああああああああ!!!」 どうしよう、どうしよう、どうしよう。 “せいさい”は嫌だ。 いくらまりしゃが“さいきょう”とはいえ、まだおとーさんには勝てない。 でもおうちに帰れないのは嫌だ。でも帰ると“せいさい”されてしまう。 嫌だ、怖い、でもどうしよう。 「ゆぇええん!どうしゅればいいのじぇっ!? おきゃーしゃん……おどぅしゃぁああん! まりしゃをたしゅけてほしいのじぇぇええっ!」 「いやだから、そのおとーさんとおかーさんから嫌われてるんだって」 「ゆぁああああああっ!どうしたりゃ、まりしゃどうすればいいのじぇえええっ!」 スッと、泣きじゃくるまりしゃの前を人間の手が横切った。 「ほら、そこの排水溝。飛び込めばすぐに死ねるよ それに“さいきょう”で“きゃわいい”まりしゃなら絶対“ゆんごく”に行けるよ」 そういって人間が指差す先には穴が開いた地面。 覗き込んでも下は暗くてよく見えない。 「“ゆんごく”……! そうだじぇ……まりしゃは“さいっきょう”……さいきょうなのじぇ……」 何度も何度も呟き、自らに暗示をかけるまりしゃ。 「うん頑張れ!“ゆんごく”はもうすぐそこだよ!」 そしてついに、自ら死への一歩を踏み出した。 「おしょらをとんでぇっびぃ!い゛ぢゅぎぃいいいいいいいい!」 しかし、どうやらまりしゃの一歩は死にたどり着くには小さかったらしい。 当然“ゆんごく”行きのバスにはここからでは乗れない。 大して深くもない排水溝、水も流れていない。 着地の衝撃で下を噛み千切ってしまったのか、くぐもった悲鳴が穴からわずかに漏れる。 まりしゃが“えいえんにゆっくり”するまえに永遠にも思える苦しみを味わい続けることが決まったようだ。 「ぎぢゃぃいいい゛!ぢゃあああああああああっ!あ゛あああああああっ!!!」 「ふぅ」 まるで一仕事やり終えたという顔をした饅殺男が近づいてくる。 待たせたことに対する文句のひとつでも言ってやりたいが、実を言うと私も見ながらしっかり楽しんでいたので強く言えない。 「さっさと行きましょ、さすがにお腹すいたわ」 「へいへい」 てーちゃんと荷物を交換する。 時計を見れば夕飯にはちょうどいい時間だった。 でも私の耳は、またしてもゆっくりの声を拾ってしまった。 「とかいはだわ……」 またか、またなのか。 そう思い声に目を向けると、ビルとビルの間の狭い隙間におそらく親子のありす種が二匹いた。 その汚い身体で近寄られたら困るな。そんなに高くないけど靴も汚したくない。 声さえかけられなければ私は気づかなかったのに。 思わず二匹を私が睨むと、それに気づいたのか奥へと逃げるように消えていった。 人間の声が聞こえたのでありすはおちびちゃんを頭に載せて、様子を伺っていた。 二人の人間がいた。 こちらには気づいていないようだし、それはどうでもよかった。 しかし人間といっしょに見たこともないゆっくりがいたのだ。 人間のような身体がついているがどうでもいい。 大事なのはそんなことではなかった。 「とかいは……ね」 まず中枢案が屈服した。 目が手に入れた情報を解析した後に、そう言えと、目の前の光景に命令された。 それほどまでに人間と一緒にいるゆっくりは“とかいは”だった。 「しゅごい……」 おちびちゃんもまた見とれているようだった。 肌がとても綺麗だった。 真っ白で、汚れひとつないその肌は見ていて吸い込まれるようだった。 またお飾りも同様に汚れ一つなかった。 見たことない色のソレは、まるで“にじさん”のようにも思えた。 そしてそのゆっくりに見とれているありす達を見る人間の目が、まるで汚いものを見るような目をしていたのに気づいて。 ありすはおちびちゃんを乗せて、逃げるようにおうちに帰っていった。 そうして、ありす親子の日常は変わってしまった。 「ありしゅはきょうもときゃいは……」 いつもの鏡の前での挨拶。 それが今日は濁ってしまった。 あんなにも綺麗に見えた自分の身体、それ自体は何も変わってないのに。 どうしてこんなにもみすぼらしく見えてしまうのだろう。 決まっている。 人間の連れていたゆっくりのせいだ。 全身を覆う綺麗なお飾りは、“キラキラ”さんが散りばめられていた。 自分の宝物である、母から貰った“ぷるとっぷさん”がなんだかとってもつまらないものに見えた。 あのゆっくりのあんよは“くつさん”に覆われていた。ありしゅには無いものだ。 おかーさんの頭に乗せてもらっているとはいえ、どうしてもあんよは汚れてしまうのは避けられない。 身体の下にいけばいくほど、白から黒へと色が変わっていた。 ありしゅは人間さんと関わったことはなかったが、人間さんがゆっくりしていないことは聞かされていた。 『人間さんはゆっくりに対して何もしてくれない、それどころか意地悪をする』 それがありしゅの人間に対する認識だった。 なのにあのゆっくりは、“たかーいたかーい”されながら“すーやすーや”していた。 もしかしたら、人間さんを奴隷にしているのかもしれない。 あれだけ“とかいは”なゆっくりだ、そうであってもおかしくない。 それに比べてありしゅは本当に“とかいは”なのか? そういえば、今まで褒めてくれていたゆっくり達は、ありしゅほど外見に気をつかっていなかった。 もちろんお飾りは大事にしていたが、それよりも日々の狩のほうを優先していた。 そこまで“とかいはなからだ”を目指していたわけではない気がする。 だから他より自分の身体を気にかけているありしゅの方が綺麗なのは当たり前で。 むしろ、あのゆっくりの様に見た目を気にしている子と比べたら。 ――――ありしゅは全然“とかいは”ではない? 「ゆっ……ゆぇぇ……!ゆぇえええん……」 今まで自分が誇っていたもの、自信の源だったものがただの勘違いだと気づいたとき。 その悲しみは、絶望はどれくらいのものなのか。 涙を流しながら、嗚咽を漏らしながら宝物の鏡を見る。 今まで自分を褒めてくれたゆっくり。 それらは皆ありしゅからすれば、まったく“ときゃいは”な容姿ではなかった。 毎日の狩で生ごみの臭いが染み付き、酷使して硬くなったあんよが黒ずんでいたまりさ。 それら大人をありしゅは内心見下し、優越感に浸っていた。 『まるで“うんうん”みたいにゃゆっくりばっかにぇ』 だから気づいた。 “うんうん”と比べたらなんだって綺麗に見える。 ただそれだけなんだと。ようやく気づいた。 それからありしゅは決して鏡を見なくなった。 もっと正確にいうなら自分の姿をみるのが嫌になった。 あれだけ“ゆっくりしていた”朝のご挨拶も当然無くなり。 親ありすが世界一素敵だと本気で思っていた笑顔も見れなくなった。 そんなありしゅを見て本人より悲しんでいるのはもちろん親ありすである。 自分の生きがいであり、宝であり、誇りであり、命よりも大事なおちびちゃん。 それがこんなにも光を失った目で俯いている。 おちびちゃん自身が怪我や“おびょうき”にかかったわけではないのに。 ただ、あの信じられないほど“とかいは”なゆっくりを見てしまっただけ。 それだけなのに。 ありすはどう慰めたらいいのか分からなかった。 『おちびちゃんのほうがぜんぜんゆっくりしてるわよ!』 そんな気休めはさらにおちびちゃんを沈み込ませるだけなのは分かっていた。 おちびちゃん自身が敗北を認めてしまっているから。 そう敗北。敗北したのだ、ありすの世界一ゆっくりしているおちびちゃんは人間が連れているようなゆっくりに。 何度思い出しても腹が立つ、納得がいかない、理不尽の一言では言い表せない。 ゆっくりを尊重する知性を持たず、さらにはゆっくりに危害を加えることさえある。 言葉が通じるというのに、なんて愚かな生き物だろう。 ゆっくりのお蔭でゆっくり出来ていることがわからないというのか。 そしてそんなクソ人間なんかに“すーりすり”されながら眠るようなゆっくり。 そんな最低のゆっくりが、どうしてあんなにも“とかいは”に見えてしまったのか。 自分が毎日“ぺーろぺーろ”して綺麗にしているというのに、そんなおちびちゃんよりも美しい肌。 そして頭につけていたお帽子、それには綺麗な“おはなさん”がついていた。 とってもおいしい“おはなさん”は滅多に手に入らないご馳走だった。 それをあんなふうにお帽子につけるだなんて! そんな“とかいは”すぎる発想はとても浮かばなかった。 しかもあの“おはなさん”自体が大きくてそして形も色も何一つ欠けていなかった。 「ごめんね……おちびちゃん」 ありすはなんだが今まで自分がおちびちゃんにしてきたこと、その全てが一蹴された気がした。 あれだけ苦労して、毎日行っていたおちびちゃんのケア。 いくらそんなことをしても、絶対にあのゆっくりの様にはなれないだろう。 ならどうすればいいのか? あのゆっくりは全身を見たこともないお飾りで着飾っていた。 そうお飾りだ! それされあればおちびちゃんもあのゆっくりみたいに、いや、もっともっとさらに上の“とかいは”になれるはずだ。 「おちびちゃん!なんとしてもあのゆっくりみたいなおかざりをてにいれましょう!」 「おかざり……?」 「そうよ!それをつければおちびちゃんはあんなゆっくりよりもっと“とかいは”になれるわ!」 「ありしゅも……ときゃいはに……?なりぇる?ほんとに?」 「とうぜんよ!ありすのじまんのおちびちゃんですもの!」 それからありす親子の“とかいはなおかざり”を手に入れるための日々が始まった。 人間と一緒にいたゆっくりがつけていた夢のようなお飾りを、必ず手に入れてみせる。 ありすは必死だった。 毎日最低限の狩が終わると、すぐに情報を集めるたびに跳ね回った。 だがみな人間がゆっくりを連れていることを知っていても、お飾りについては何も知らなかった。 もちろん、ありすは直接聞いてみたこともあった。 「に、にんげんさんとそこのゆっくりしたれいむ!ゆっくりして――――」 「近づくんじゃねぇよ!クソ野良がぁっ!!」 「ひぃ!?」 「ゆ”ぇえええええええっっ!」 いきなり怒鳴り散らされた。 近づいたら踏み潰すと言わんばかりに足を地面に叩き付けながら。 おちびちゃんは恐怖で泣き出し、“しーしー”を漏らし、ありすもそれ以上何も言えずに逃げ出した。 そんなありす達を見てもお飾りに“きらきらさん”をつけたれいむは何も言わなかった。 もちろんそんなれいむにも怒りが沸いた。 同じゆっくりなのに、挨拶もしないなんてどういうことなのか。 挨拶もできないゆっくりしてないゆっくりの癖に――――どうしてあんなに“とかいは”なんだろう。 結局ありすが得た物は、理不尽に対するやり場のない怒りだけだった。 それでも諦めなかった。 自分があんなにも嫌っていた“しんぐるまざー”であることも利用した。 おちびちゃんを連れて、他のゆっくりとの交渉に使った。 『この子をゆっくりさせてあげたい』 そういって同情を引いた。 手段は選んでいられなかった。 その甲斐あって、ありすは人間が連れているゆっくりは“かいゆっくり”と呼ばれていること。 ありす達は“のらゆっくり”と呼ばれていること。 そして――――“まちのけんじゃ”と呼ばれるぱちゅりーの居場所を教えてもらった。 「むきゅ、よくきたわねありす。ぱちぇが“まちのけんじゃ”よ」 「ありすはありすよぱちゅりー。ゆっくりしていってね」 「ゆっくりしていってね。さてけんじゃのぱちぇには、もうあなたたちのもくてきがわかっているわ」 「さすがは“まちのけんじゃ”ね!あの“とかいはなおかざり”がどうしてもほしいの! ありすのおちびちゃんのために!」 そう言って、ありすはあの日から元気を無くしたおちびちゃんを見せる。 「むっきゅっきゅ。ありすはうんがいいわ。 さいきんぱちぇはあたらしい“まどうしょ”をてにいれたの」 「まどうしょ……」 ありす自身は聞いたことも無かったが、受け継がれてきた餡子の記憶がありすに教える。 ぱちゅりー種にのみ読むことの出来る、“とかいは”な知識の塊のことを。 「それによると、あのおかざりは“おようふくさん”とよばれているらしいわ」 「“おようふくさん”……とかいはね!」 なんてゆっくり出来る響きなのだろう。 そうだ、まさにそれこそがありすの求めてきたものなのだ。 名前を知った瞬間ますます手に入れたいという欲求が強くなった。 「そしてぱちぇは“まどうしょ”をかいどくすることによって、“おようふくさん”がはえてくるばしょ。 そしてにんげんが“おようふくさん”をひとりじめしていることをつきとめたわ!」 「なんて“いなかもの”なのかしら!」 やはり“おようふくさん”が生えてくる場所があったのか! あんなにも素晴らしいものを独り占めしているなんて! 許せない。 人間はゆっくりしていないとは聞いていたが、まさかここまで酷いなんて! 「そしてにんげんはじぶんのきにいったゆっくりにだけ、“おようふくさん”をきせているのよ! むっきゅっきゅっきゅ、ぱちぇほどの“けんじゃ”でなければきづけなかったでしょうね」 「きにいったゆっくり……?」 そう考えるとすべてに納得がいく。 『全ての生き物をゆっくりさせることが出来る』ゆっくりをあちこち連れまわしていた人間。 それなのに連れられているゆっくりが文句をいっているのを聞いたことが無い。 どれもみな、とてもゆっくりした表情していた。 そうか、そういことだったのか。 アイツらはプライドを売ったのだ。 人間に媚を売り、“おようふくさん”を手に入れたのだ。 他のどのゆっくりより“とかいは”なおちびちゃんが、“おようふくさん”を貰えないのは人間が独り占めしているからであり。 おちびちゃんと比べればまるで“いなかもの”なゆっくり達が“おようふくさん”を着ているのは、人間に媚びへつらっているから。 「なんて――――なんて“いなかもの”なのかしら! いなかものどころじゃないわ! “たくさんいなかもの”よ!しんじられないわ!」 あの日、人間が連れているゆっくりを初めて見てしまった日。 ありすの世界一ステキなおちびちゃんが自分に自信をなくしてしまったのが、こんな理由だなんて許せない! 「ゆるせない、ゆるせないわ! かならずあやまらせてやるわ! “おようふくさん”をきたおちびちゃんをみせつけてやるわ!」 生物の頂点の美しさを極めるおちびちゃんの“おようふくさん”を着た姿を見れば、 自分たちがどれほどおろかで、そして“いなかもの”だったのかさすがに気づくはずだ。 あの日ありすとおちびちゃんが味わった屈辱を、同じ方法で何十倍にして返してやる! いくら人間が愚かで“いなかもの”だと言っても、“おようふくさん”を独り占めすることで、 結果的に自分たちがゆっくり出来無くなっていたことを思い知る。 『ありしゅ様のような美ゆっくりに“おようふくさん”をお渡ししていなかったなんて!』 跪き、涙を流しながらすべての“おようふくさん”を献上する人間達の姿。 だが反省しても遅すぎる、おちびちゃんを悲しませた罪は何をしても償えない。 同じくそんな人間にゆっくりとしてのプライドを売っていたゆっくりと共に、“せいさい”してやる! 「おねがいよぱちゅりー!その“おようふくさん”をひとりじめしているばしょをおしえて!」 「むっきゅ、ほんらいならよそものにはおしえないのだけど。 でもありすのしゅうねんをぱちぇはしっているわ」 そしてぱちゅりーは“まどうしょ”を少しの間見つめる。 「そうね“きょうどうかりばさん”のまえをまっすぐいったさきに、そのばしょはあるわ」 「ああ……ぱちゅりー!!」 もう久しくこんな気持ちを感じていなかった。 この感謝の気持ちをなんと言って表現すればいいのだろう。 「そうなのぜ、“えきさん”のまえでにんげんたちが“みっつう”しているのをまりさはきいたのぜ。 だからまちがいはないのぜ。 かくしているつもりでも、さいっきょうのまりささまにはおみとおしなのぜ!」 “まちのけんじゃ”の側近と名乗るまりさが続けて言う。 「ありがとうっ!ありがとうぱちゅりー!まりさっ! あなたたちはほんとうに“とかいは”だわっ!!」 「ありがちょうございましゅ!“けんじゃしゃま”とまりさおねーしゃん!」 感謝の涙を流しながら、なんども頭を下げるありす。 おちびちゃんも、お礼を言う。 「いいのよ。 “けんじゃ”のぱちゅりーはとてもかんだいなの。 あなたたちがゆっくりできることをいのっているわ。 きっとあなたの“おようふくさん”をきたおちびちゃんをみれば、 にんげんたちもどれいになるはずよ」 「ありがとっうぅ!きっと“おようふくさん”をてにいれたら、またおれいをしにくるわぁっ!」 そう言い、別れるありす親子。 “まちのけんじゃ”からも成功を保証された。 後はもう独り占めされている“おようふくさん”の場所へ行くだけだ。 「もうすぐよ!もうすぐおちびちゃんはゆっくりでいちばんのびゆっくりになれるわ!」 「おかーしゃん……ありしゅはとってもうれしいわ!」 おちびちゃんが笑ってくれた! それだけで、またありすの目は嬉し涙を溢れさせる。 天使の笑顔による祝福を受け、ありすは目的地を目指す。 ――――ありすは知らない。 人間には常識だが“けんじゃ”を自称するぱちゅりーの中に、賢者はいないことを。 マガトロちゃんのお店がオープンしてから、一週間がたった。 今日も私達はお邪魔している。 まだオープン一週間だし、私のような小娘に商売のなんたるかなんてわからないけど。 お店を出て行くお客さんとペットのゆっくりの幸せそうな笑顔を見れば、 きっとこのお店はうまくやっていけると、そう思わせてくれる。 飼いゆっくり専門のファッションショップは最近では珍しくないし、お店自体広くはないけど。 それでも服を選ぶ人やゆっくりはみな楽しそうで。 マガトロちゃんも『みんなにもオススメします!』と、何人にも言われたってやっぱり楽しそうに教えてくれた。 私や饅殺男も駅前でのビラ配りを手伝ってたけど、それが少しでもこのお店の役に立ったならとっても嬉しい。 てーちゃんも自らがモデルとなってお店の広告塔の役割を十分果たしてくれていた。 なにせただ立っているだけで、『かわいー!』といろんな人が興味を持ってくれる。 そこからビラを手渡し、このお店をアピールするのはとっても簡単だった。 そのおかげでゆっくりに興味もつ人を中心にビラを渡せたのもよかった。 このお店は私が育てた!――――なんちゃってね。 「どきなさい!このいなかもの!どうしてありすをなかにいれないの! ありすはかわいいおちびちゃんをつれているのよ!」 招かれざるお客様がご来店なさりました。 はぁ……、お店の中にいてもこれですか。 「野良が来やがったのか。マガトロさん呼んでこいよ」 誰よりも早く野良の来襲を嗅ぎ付け、てーちゃんと手をつないだ饅殺男が近づいてくる。 「あ!ありすだ!」 「そうよー、悪い野良が来たからてーちゃんはダディと一緒にいてねー」 「わかったー!」 「ちょ、え?」 元気よくお返事を返してくれたてーちゃんは、お友達のいくちゃんのもとへ戻っていった。 饅殺男は自分で追っ払おうと思っていたみたいだけど、今回は私の番。 そこへ、騒ぎを聞きつけたマガトロちゃんもやって来る。 「あー、野良がきちゃったのね」 「そうなの、私が説得してもいい?」 「やってくれるのはありがたいけど、説得?潰してもらっていいのよ? お客様だって野良ゆっくりが潰されたり駆除されるのは慣れてるでしょうし」 まぁそうだろう。 山中だろうと街中だろうと海辺だろうと、どこからか生えてくるゆっくり。 今や『ゆ害』と『不況』は日本の社会問題の二大巨頭。 コンビニの自動ドアに体当たり、買い終えたお客を脅す、飲食店に侵入。 そうやって自滅した後は、汚れた餡子と小麦粉を掃除しなければいけない。 ゴキブリなんかよりよっぽどタチが悪いと思う。 加工所の一斉駆除活動のために、毎年とんでもない額の寄付金が集まる国だし。 いまさら野良を潰したところで、同情するお客様はいないでしょう。 そもそも野良と銀バッジ以上取得のゆっくりはもはや違う生き物だし。 「近くに“ゆっくり回収BOX”あったっけ?」 「ウチの倉庫にあるわよ?ゆっくり用ショップには加工所が送ってくれるの。 別にいらないと思ってたんだけど、すぐ必要になるなんて。 さすがは加工所って感じね」 すごいな加工所。 ドンッ!ドン! 入り口ではまだ野良が無駄な体当たりを繰り返している。 しょせんゆっくりの体当たりなので対して音は大きくないんだけど、ドアが汚れてしまう。 「あっ、レジにお客さんきちゃった! 本当はうちの従業員にやらせなきゃいけないんだけど、 “こういうこと”はマミィちゃんのが慣れてるだろうし、お願いしてもいい?」 「うん。ていうか私がやりたい」 「ふふっ、ありがとう。 じゃぁ倉庫の中に回収BOXがあるから使ってね! 倉庫の中ならゆっくりの声も聞こえないだろうし、その中に入れてくれるだけでもいいから! もちろん追い返してくれるだけでもいいからねー!」 「はーい!」 そういってマガトロちゃんはお店の奥へと向かっていった。 受け取った使い捨てのゴム手袋をはめて、私は入り口へと向かう。 羨ましそうな顔で饅殺男が見てるけど無視。 「いいかしら!“とうめいなかべさん” おちびちゃんはほら!とってもゆっくりしているでしょ! こんな“とかいは”なおちびちゃんが“おようふくさん”をきたら、どうなるかしら? そうぞうしてごらんなさい!」 「ありしゅはときゃいは!」 すごい。 このお饅頭さん達ドアを説得しようとしてる。 赤ゆっくりのほうはくねくねとうねりながら、ポーズを決めたりしてる。 おもわず吹き出しそうになるけど堪える。 このまま放置してみたくもなるけど、我慢。 赤ゆっくりは今度はおしりを“ぷりんぷりん”と振っている。 口元がついついニヤけてしまう。 前に私は饅殺男に『ゆっくりを虐待してるときは性格が変わるね』と言ったことがある。 主に口調がなんだけど。 でも考えてみれば当然の話で、何かを攻撃するのはすごい特殊な状況だから。 そこにちょっと後ろ暗い“楽しい”という感情が混ざるとなおさら。 そしてなんのことはない。 私達は所謂“類友”というやつなのだ。 ぱちゅりーに教えられた道を進んで行くと、たくさんの人間がいる道に出た。 当然そんな道を進むわけには行かず、狭い路地を隠れるように進むこと“たくさん” 綺麗な“おようふくさん”を着た“かいゆっくり”が出入りするおうちを見つけた。 「ここね……!ここに間違いないわ!おちびちゃん!」 「おかーしゃん……」 「ここにおちびちゃんの“おようふくさん”があるのよ! さぁいくわよ!“とかいは”になりましょね!」 ありす親子の栄光への一跳ねは、見えない壁に阻まれることになった。 ベチン!と音をたて、張り付くようにドアに顔を打ちつけたありす。 「いたっ!――――なんなのぉぉっ!? この“いなかもの”なかべはぁ!? どきなさぃ!」 「どきなしゃぃよぉおっ! ありしゅの“おようふくさん”がまってるにょよぉっ!?」 そしてありすは何度も何度も見えない壁に体当たりするが、一向に通してもらえない。 仕方が無い。 こんな“いなかもの”に見せてやるにはもったいないのだが、おちびちゃんのゆっくりしている姿を見せて、 自分の立場を分からせてやるしかない。 「ほら!みてごらんなさい! おちびちゃんのおはだを! かがみさんよりもひかっているでしょう?」 「ありしゅ“のーびのーび”するわ!ゆーしょ!ゆーしょ! ……どうかしら!」 ありすの言葉とおちびちゃんによるパフォーマンスは続いていた。 素晴らしい。完璧すぎるおちびちゃんの“のーびのーび”だ。 これを見ればさすがの壁さんも――――カランカラン! 開いた!祝福の鐘の音と共に行く手をさえぎるものが消えた! なだれ込むようにおうちの中へ入るありすとありしゅ。 するとそこには。 「はいそこまで!ちょっと止まってください!」 「すごい……すごすぎるわぁあああああああああああ!」 「しゅごおおおおおおおおぃ!これじぇんぶ“おようふくさん”なのねぇえ!」 夢に見た“おようふくさん”は想像以上だった。 今までみたどんな“おはなさん”よりも綺麗な色をした“おようふくさん”が、 “たくさんのたくさんのたくさんのたくさんのたくさん”あるのだ。 まさに、そうまさにこれこそが伝え聞いた『ゆっくりプレイス』 ありす達は今まさにそれを見つけたのだ! 「あれ?無視しないでくださいねー?」 「これがぜーんぶおちびちゃんのものなのよ!」 「しあわせぇええええええええっ!! ここをありしゅのゆっくりプレぎゅッ!……ッ!ゥ!」 「え?おちビュっ!……んっ!……ッ!」 おちびちゃんの“ゆん生”初の幸せに満ちたおうち宣言。 その瞬間に立ち会える感動を噛み締める筈だったありす。 その二つの“しあわせー!”は実現しなかった。 おちびちゃんがおうち宣言の途中で黙ってしまったからだ。 理由なら分かる、おちびちゃんのお口を中心に人間の手が覆っているせいだ。 『え?』と疑問を思う間も無く、ありすの口が突然大きな痛みの発信源に変わった。 (ぎぎぃいいいいいっ!いだぁああっ!いだああぃぃいいいいいいい!!) 一瞬で痛みを感じる意外の機能を中枢餡が破棄し、痛覚を満遍なく受け入れた。 人間の手が自分の口を握り締めている。 「うわっ、片手だと重い!」 そしてそのまま持ち上げられるありすとありしゅ。 “おそらをとぶ”ためにこんな痛みを受けるというなら、ありすは一生“ぴょんぴょん”すら出来なくていい。 (じぃいいいいいいい!い゛ぃぃいいいいいい!っ!ぐぃぃいいいいいい!) 手をはなせとか、降ろせとか、そんなことを命令する余裕は無い。考えることが出来ない。 痛い、ただそれだけ。 悲鳴をあげる口が潰されているので、ひゅーひゅーと音がするだけだが、ありす自身は叫んでいるつもりだった。 唐突に口が開放された。 とすんっ!と少々乱暴に落とされたが、そんな痛みはに火山に線香花火を落とすようなもの。 いまだに噴火を続ける痛みは、解放された口を通って叫びとなって外へ飛び出す。 「いだぃいいいいいいいい!いだっ!いぃいいいいいいい!」 「あーうるさい。倉庫に連れて来て正解だったわね……」 転がる、回る、涙も悲鳴と共に撒き散らされる。 数分泣き叫び、やっと思考が回復してきたありすの耳に、自分のではない泣き声が聞こえた。 「いぢゃぃいいいいい!ありしゅなにもじでないのぃぃいいっ!」 「っ!おぢびぢゃんっ゛!」 あわててそちらに目を向けると、大事な大事なおちびちゃんが宝石のような髪の毛を振り乱して泣き叫んでいた。 「“ぺーろぺーろ”してあげるわっ!おちびちゃんぅぅ!」 「おきゃぁしゃああんっ!ありしゅのおくちがいだいのぉぉお!」 今までおちびちゃんがこんなに泣いて叫んだことは無かった。 それほどの痛みを受けたのだろう。 ありすは必死に“ぺーろぺーろ”を繰り返した。 「あーそろそろいいですかね?」 そんなありす達に声がかかる。 そもそもの原因である、ありす達に危害を加えた人間から。 「このいなかものぉおおおおおおっ! なんてことをするのよぉっ!?」 「はいはい、ごめんなさい」 「ゆるすわけないでしょぉぉっ!?」 怒りのままに最大限の殺意を込めて睨んでやったのに、人間は平気な顔をしている。 その謝罪になんの誠意もこめられてないことはありすにもわかった。 「でもあなたたちも悪いんですよ? ここは勝手に入ってもらっては困るんです」 「くそにんげんが“おようふくさん”をひとりじめするなんて、 ゆるせるわけないでしょぉっ!?」 「あら、お洋服を知ってるんですね。 ――――でもここにあるのは、ゆっくり専用なんですよ」 「だからはやくわたせっていってるんでしょぉぉっ!?」 何だ?なんなんだこのクソ人間は。 さっきから言っていることの意味がわからない。 ゆっくり専用だというなら、尚更ありす達に献上するべきじゃないか! だから次に人間が言った言葉はありすをさらに激怒させた。 「え?あなた達もゆっくりだったんですか?」 「はぁああああああああああああああっ!???? みればわかるでしょぉおおおおおおおお!???」 ありす達がゆっくりだと分からなかっただと? もう駄目だ、人間というのはもう終わっている、お話にならない。 愚かだとか、クズだとかそんなレベルではない。 ここまで頭が悪いとは思わなかった。 「ご、ごめんなさい!私、飼いゆっくりしか見たことなくて……」 「だからなんだっていうのよぉっ!? おなじゆっくりじゃないぃ!」 また“かいゆっくり”か、だからいったい何だと言うのだ。 ゆっくりはゆっくりじゃないか。 ――――もう付き合っていられない。 人間を“せいさい”しようと考えたありすを止めたのは、その人間の言葉だった。 「全然同じじゃないですよ?」 「は?」 同じじゃない? どういことだ? ありすはもうこの人間がどこまで頭が悪いのかわからず、混乱し始めていた。 この人間は“たりない”人間なのではないか、そう思い始めたありすを。 人間が取り出した“きらきらさん”が凍りつかせた。 見たことがある、ありす自身も持っていた。 おちびちゃんが大好きだったアレは――――。 「これ分かりますか?鏡っていうんですけど」 「やぢゃあああああああああっ!! “かがみさん”はゆっぐりしてないぃいいいいい!」 人間が取り出した鏡を見た瞬間、今まで痛みに泣いていたおちびちゃんが今度は違う理由で泣き出した。 「やめなさいっ!くそにんげんっ! おちびちゃんはそれがきらいなのよぉおおっ!」 「あれ、知ってたんですか。 じゃあ話が早いです。 今からこれを使って説明しますね」 ありすの制止を人間は完全に無視する。 「じゃぁ、小さいアナタを使って分かりやすく教えてあげます」 そう言って、おちびちゃんの目の前に“かがみさん”を置く人間。 当然おちびちゃんは自分の姿を直視してしまう。 「いやぢゃああああっ!ありしゅ!ありしゅみたくないぃい!」 「やめなさいっていってるでしょ!やめろぉっ!!」 ありしゅは“かがみさん”の前から逃げようとするが、先ほどの痛みのせいでロクに体を動かせない。 それはありすにとっても同じで、叫ぶだけでも痛みを感じている。 そしてそんなありす達をニコニコと微笑みながら眺め、人間が説明を始めた。 「はい、じゃあここ見てください」 「やめてぇえええ!“かがみさん”はどっかいってぇえええっ!」 泣き叫ぶおちびちゃんを意に介さず、人間はおちびちゃんのお顔を指差す。 「ここに黒い塊が付いているの見えますよね? 汚いですね、ちょっと臭いですし。 もしかして“うんうん”ですか? もちろん飼いゆっくりは体に“うんうん”なんて付いていませんよ?」 「ちがうぅううう! ありしゅには“うんうん”なんてちゅいてにゃぃいっ!!」 「ふざけるなぁああああ! おちびちゃんにそんなものついてるわけないでしょぉっ!?」 「じゃあコレなんですか?」 「えっ!?えっと、えっと……それは……」 おちびちゃんの体に付いている黒い何か。 それが残念ながら、ゴミか汚れだということはありすにも分かっている。 だけど、そんなこと母親であるありすがおちびちゃんの前で言えるわけが無い。 かといって、餡子脳ではとっさに良い考えなど出て来ない。 「そ、それはその……えっと、と、“とかいはなしるし”さんよ! そうそれはおちびちゃんが“とかいは”だというあかしなのよ!」 「じゃああなたはこれ、好きで付けているんですね。 一生外さないわけですか、そうですか。」 「やぢゃあああああああ!!ありしゅこんにゃのいらないぃぃっ!!」 「ああああ!ちがうのっ!ちがうのよおちびちゃん! ええっと!それはぁああ!それはあぁあ!」 「はい次行きますね。 次はここ、髪の毛の間を見てください」 泣き叫ぶありしゅ。 それを慰めたいのにうまく言葉が出てこないため焦るありす。 次から次へと起こる“ゆっくりできない”事態に、ありすはもう対応できない。 そして人間は今度はおちびちゃんの髪の毛を指差した。 「ここ、ちょっと固まってますよね? 最初ネバネバしたんじゃないですか? たぶん、これガムですね」 「やめちぇええ!みにゃいでぇ!みにゃいでぇええ!」 ガムの名前は知らなかったが、自分の髪にそれが付着していることをありしゅは知っていた。 おかーしゃんと一緒に“おようふくさん”について聞いてまわっていた時。 “おようふくさん”をあんよにつけたゆっくりを連れた人間さんに、ありしゅはご挨拶した。 ありしゅは自分の可愛いさを十分に見せ付けた、とてもゆっくりしたご挨拶の後、 『こんな“とかいは”なありしゅがもっときゃわいくなれる“おようふくさん”をちょうだい!』 とごく普通に当然の要求しただけなのに人間は大声で怒鳴り、ありしゅの髪に“ねーばねーばさん”をつけた。 おかーしゃんがなんとか大部分はとってくれたが、それでも数十本の髪がくっついてしまった。 もちろんその部分もなんとかしようとはしたが、 こびりついたソレを剥がそうとすると耐えられないほどの激痛がありしゅを襲った。 だから結局、髪の毛でその部分を隠すしかできなかった。 なのに、必死に隠していたソレを見つけられて、しかも自分の眼で見せられるなんて! 「ちぎゃぅうううう!これありしゅのかみじゃないぃわぁ!」 眼に映った自分の髪のその部分は、黒く変色して不自然にまとまっていた。 とっても醜かった。 もし他のゆっくりがこんなものを髪につけていたらありしゅはどう思うだろう? きっと『とってもいなかもの!』だ。 「とっちええええ!これとっちえええええ! やじゃあああああ!ありしゅこんなのやじゃああ!」 「にんげんぅっ!はやく“かがみさん”をどけなさいぃぃっ! そしてゆっくりしないで、おちびちゃんのかみのけからその“いなかものながむ”をとれぇぇえええ!」 「嫌ですよ汚い。 それ人間が口から吐いたものですよ?」 「ゆ゛っ?……ああっ!あああっ……!」 そうだ。 あの時、ゆっくりできない言葉を叫びながら、人間は口から出したソレをありしゅの髪につけたのだ。 「普通はそんな汚いのはちゃんとゴミ箱に捨てるんですよ。 そんなものを髪の毛につけてるなんて、あなたもしかしてゴミ箱なんですか?」 「ちぎゃうちぎゃうちぎゃうぅ!ありしゅごみばこじゃないぃいいっ!」 途端に自分の髪がとてつもなく汚いものに思え、ありしゅは頭をブンブンと振る。 一瞬痛みを忘れた体はすこしだけ跳ね上がり、駄々をこねる。 それを見て、人間が驚いた表情を浮かべる。 「うぁっ!あんよすごく汚いですね! どうしたらそんなに汚せるんですか? ちょっと信じられません……」 「ゆぇ……あんよさん……?」 鏡に映った自分のあんよは真っ黒に汚れていた。 「ゆぇ……?ありしゅの……あんよさん……なんで?」 なぜこんなにも汚れているの? だってありしゅはおかーしゃんの頭に乗せてもらってたし、 外なんて最近までほとんど歩いたことなかったのに。 そう、最近までは。 そしてやっと理由に思いあたる。 そうだ他のゆっくりから“おようふくさん”の事を聞きだすために、地面を“こーろこーろ”したり、おしりを“ふーりふり”した。 それに、ご飯を食べた後はかならず体を“ぺーろぺーろ”してもらっていたのに、 最近はお外をあちこち移動して疲れたおかーしゃんは全然“ぺーろぺーろ”してくれなかった。 それでは汚いのが当たり前じゃないか。 「ありしゅ……きちゃないの……?」 「はい!とっても汚いですよ!」 ニッコリと、少なくとも表情だけは優しく人間が微笑む。 「ゆっ……ゆぇええ……ええぇぇん」 ああそうか、ありしゅは汚いのか。 “かがみさん”はいつでもどんな時もありしゅの姿を見せてくれてた。 そんな“かがみさん”が汚いありしゅを映してるということは。 ――やっぱりありしゅは汚いんだ。 声はあまり出さなかった、ただその分多くの涙を流していた。 もちろん、そんなおちびちゃんを前に、ありすが黙っているはずが無い。 「あんよはしょうがないでしょぉっ!? “ぴょんぴょん”や“ずーりずーり”するんだから、 ちょっときたなくなっちゃうのもとうぜんでしょぉぉ!?」 「当然?そんなわけないじゃないですか。 飼いゆっくりを知ってるんですよね? このお店のなかにいた子も見ましたよね? あんよが汚い子いました?」 「ゆぅぅ!そ、それはぁああああ……」 あの日、おちびちゃんが落ち込む理由をつくった、初めて見た“かいゆっくり” あのゆっくりはそう言われれば、人間に“たかーいたかーい”されながら、“すーやすーや”していた。 もしかして、自分のあんよで地面を歩いたことがないのではないか? 自分が頭におちびちゃんを乗せていた様に、人間がずっとああやって持ち上げていられるなら、それがあり得る。 「くそにんげんがひきょうだからでしょぉ!? ひきょうなてをつかって、“かいゆっくり”をあるかせないならぁああ! よごれないのはとうぜんじゃないぃ!ひきょうものぉっ!」 「ちょっと意味がわからないですけど、まあそうですね。 あんまり素足で舗装された道路歩かせる人はいないですね。 でも、公園とかではよく歩かせてる人いますよ?」 「ならよごれるじゃないのぉっ!うそつきぃ!」 「汚れません。おうちに帰ったら綺麗にしますもの、あなたと違って」 「あ、ありすだっておちびちゃんをちゃんと“ぺーろぺーろ”して、 して……」 ここでふと考える。 なんだか、最後に“ぺーろぺーろ”したのがもうずっと前な気がする。 でもでも、ありすは“おようふくさん”をおちびちゃんにプレゼントするために、 必死にいろんな所に跳ね回って、狩もしていたから疲れちゃうのは仕方なくて。 それに“おようふくさん”が手に入ればおちびちゃんはゆっくり一の“とかいは”になるのだから、 仕方ないから“ぺーろぺーろ”は諦めて、夜は寝てしまった。 あら?じゃあおちびちゃんのあんよが汚れてしまったのは仕方ないことなのかしら? 「ああ……ごめんなさい、ごめんなさいおちびちゃんぅぅぅっ!! おかーさんがぁああ!ちゃんと“ぺーろぺーろ”してあげなかったからあああ!!」 「ゆぇぇええ……ゆぇえええ……」 おちびちゃんはありすを見てくれない。 ただただ涙を流し、泣き声をあげるためだけに口を開いている。 「ほら、飼いゆっくりとは全然違いますよね?」 「ゆぎぃいいい! “かいゆっくり”はゆっくりのぷらいどをにんげんうったげすよぉっ!!」 「ゲスですか……。 まぁでもそんな“うんうん”と汚れまみれになるよりは、 人間にゆっくりのプライドっていうのを売るほうが全然マシだと思いますよ」 「ゆぇええええええええ゛っ!!」 “うんうんまみれ”という言葉に反応し、ありしゅの泣き声の音量が上がった。 「ゆぐぅうううううっ!!ゆぎぃいいい!!」 ありすは体が爆発しそうになるほどの屈辱を感じていた。 ありすの“ゆん生”の全てであるおちびちゃんをとことん侮辱された。 反論はことごとく潰され、ありすは砂糖が削れるほど歯を食いしばった。 悔しい、悔しい、悔しい。 せめて、せめて“おようふくさん”さえ手に入ればおちびちゃんの“とかいは”すぎる姿で、 人間の数多くの暴言を後悔させてやる事が出来るのに! 「あああああああっ!!ひきょうものでいなかものなくそにんげんっ!! いちどだけっ!いちどだけ“おようふくさん”をもってきなさいっ! おちびちゃんが“おようふくさん”をつけたすがたをみて、 まだおなじことがいえるなら、あやまってあげてもいいわっ!」 「“おようふくしゃん”……? ありしゅ、“おようふくしゃん”をもらえるの……?」 「そうよおちびちゃん! “おようふくさん”さえあればもうきたないなんていわせないわ! だっておちびちゃんこそがゆっくりいちの“とかいは”なんですもの!」 「ありしゅは……ときゃいは……」 妥協してしまった。 半分頼みこむ形で、人間に懇願するような形で“おようふくさん”を要求してしまった。 本当ならおちびちゃんを見た瞬間に献上するべきなのに。 この怒りは、人間を奴隷にした後“せいさい”して晴らしてやる! 「お洋服ですか。 ――――じゃあこれ見てください。 ウェットティッシュっていうんですけど。 まぁ名前はどうでもいいです」 そういって人間が取り出したのは“おようふくさん”ではなく、真っ白な“ひらひらさん”だった。 「ゆぅ……とってもゆっくりしてるわね」 「きれいにぇ……」 おうちに“こーでぃねーと”したらとってもゆっくりできるだろう。 透き通るほど白くて、フワフワと揺れている。 コレをありすに献上して、機嫌をとろうというのか。 いまさらもう遅いというのに。 しかしこの“ひらひらさん”も、もちろん全てありす達のものにしよう。 「じゃぁ、またあなたに協力してもらいましょう」 ありすが“ひらひらさん”をつかった“とかいはなこーでぃねーと”を構想していると。 人間がその“ひらひらさん”でおちびちゃんを数回撫でた。 そしてそれを、ありすとおちびちゃんの前に持ってきて広げる。 「――――え?」 「にゃ、にゃんで……?」 “ひらひらさん”は真っ黒に染まっていた。 「ね?ちょっとあなたに触れただけで、こんなに汚れちゃったでしょ?」 あんなにゆっくりしていた“ひらひらさん”はもうそこには無かった。 ゴミと汚れがこびり付いた、“ゆっくりできない”何か。 もうそうとしか認識できなかった。 「もうわかりますよね? あなたが“おようふくさん”を着たりなんかしたら、 このウェットティッシュみたいに汚なくなっちゃうことを」 「あぁあああっ!なんでぇえええ!ちぎゃうぅうう! ありしゅのせいじゃないぃいい! ありしゅはきたなくないものぉおお!!!! “おようふくさん”ほしいぃいいい!やぢゃああああ!」 「まだ洋服を欲しがるんですか? こんな風に汚してしまうのが分かってるのに? もしかして洋服を制裁したいんですか?」 「ちぎゃうっっ!ありしゅそんなことしにゃぃいい!」 “ひらひらさん”をおちびちゃんの目の前で見せ付ける人間。 ありすは自然に口が動いた。 「ちがうのぉおお!おちびちゃんはわるくないのぉっ! ありすが!ありすがいけなかったからぁああ! ありすのおちびちゃんは――――」 「えっ!? あなたありすちゃんだったんですか!」 「な、なんなの?ありすはありすよ……?」 あまりにも突然、ありすの言葉を遮って人間が大きな声を出したせいで、驚きで他の感情が沈んでしまった。 「ごめんなさい!ありすちゃんだったなんて全然わからなくて! このお店はありすちゃんのでもあるんですよ!」 「は……え……?」 「ちょっと待っていてくださいね!」 そう言ってこの部屋を出る人間。 訳がわからない、一体何だというのだ。 ありすだと分からなかっただと? あの愚かなクソ人間は“かいゆっくり”しか見たことがないと言った。 そのせいでほんの少し汚れてしまったおちびちゃんとありすを見ても、ありすだと分からなかったというのか? ありすの中で再び怒りの感情が湧き上がってきた。 どこまで“いなかもの”で頭の悪い人間だというのか! 「おきゃーしゃん、ありしゅ“おようふくさん”もらえるのかしりゃ……?」 「もちろんよ!おちびちゃん!ばかなにんげんはやっとはんせいしたんですからねっ!」 ありす達がありすと分かった以上、人間は“おようふくさん”を取りにいったのだろう。 おちびちゃんのゆっくりした姿がもうすぐこの眼で見れる。 クソ人間にも見せてやらなければならないのが癪だが、奴隷にするためだ。我慢するしかない。 それにすぐに“せいさい”するのだ、“えいえんにゆっくり”させてやる。 「ごめんなさい。お待たせしました!」 「おそすぎるわよくそにんげんっ!はやく――――」 ガチャ!とドアが開けられて、さっきのクソ人間が戻ってきた。 さっそく“おようふくさん”を要求しようとするありす。 しかしその眼がクソ人間の腕に抱えられているゆっくりを映した瞬間、餡子脳はフリーズした。 「まみぃさん、こいつらがおねーさんのおみせにはいってきたありすなの? ………とってもきたないわね、ゆっくりできないわ」 「ごめんね、ありすちゃん。協力してもらっちゃって」 「かまわないわ。ありすとしてももんくをいってやらなきゃきがすまないもの」 声を聞いた、間近でその姿を見た。――――それでも信じられない。 “たいようさん”のように輝く金の髪に、同じく金色のバッジをつけた真っ赤な“かちゅーしゃさん”を持つゆっくり。 目の前にいるのは、ありすだと。 「なんか固まってますね、聞こえますか? この子はこのお店のお姉さんの飼いゆっくりであるありすちゃんです。 とってもオシャレで都会派でしょ?」 「ありすはありすよ、はじめまして。ゆっくり――――しないでかえってほしいわ、ありす」 「なん……なの……ありす……?」 それは、ありすがおちびちゃんにこうなって欲しいと思っていた理想の姿。 それすらも霞んでしまうほど“とかいは”なありすだった。 とても現実のものとは思えない“美ゆっくり”だ、“めがみさま”かもしれない。 本気で思った、それほどまでにありすの想像を超えたありすだった。 同じゆっくり、そう、とてもじゃないが同じありすだと思えないほど。 「ほら、こんなにも可愛いありすちゃんを見てどう思います? 私があなた達を見て、ありすだと分からなかった理由が分かりますか? っていうか、あなた達本当にありす種なんですか?」 「ゆっ……ぎぃいいいいいい!」 「まみぃさん、うれしいけどこんなゆっくりしてないありすたちとくらべられてもこまるわ」 「あはは、ごめんなさい」 人間が侮辱してきていることはもちろん理解できたが、さすがのありすも言い返せない。 “おようふくさん”が無ければどうこうという問題ではない。 生まれた時から既に勝負が付いていたんじゃないかと思うほどレベルが違う。 理解してしまった。同じありす種であるからこそ、目の前のありすの様には何をどうやってもなれない。 本来ならショックを受けるハズなのに、“かいゆっくり”だというありすを見て、 今ありすはとってもゆっくりしてしまっている。見ているだけで“しあわせー!”な気持ちになる。 そしておちびちゃんの方は。 「しゅごぃぃ!しゅごくゆっくりした“かがみしゃん!”よぉおおおっ! やっとありしゅの“しんじつのすがた”をうつす“かがみさん”をもってきたのにぇ! ほら!ほら!おかーしゃんみちぇっ!ありしゅっとっちぇも“ときゃいは”よ!」 「……まみぃさん、ありすいますっごくおこっているわ。ぷくーしたくなるくらいよ」 「心中お察しいたします」 “かいゆっくり”のありすを見て、鏡だと思ったらしい。 いや鏡だと思い込もうとしているのだろう。 想像を超える“とかいは”なありすを見て、自分に相応しいと感じた。 まさに自分がこうなりたいという生きた理想像だった。 ありしゅは少し壊れてしまったのだろう。 異常なほどのハイテンションで口から言葉を溢れさせる。 「ゆ~ん!ありしゅのかみさんはとってもきれいよ! いままで“げすなかがみさん”にしっとされちぇいちゃのね! でもこんにゃありしゅをみたらむりもないわにぇっ! ありしゅとってもときゃいはでごめんにぇ!」 話しかけている相手は母親ではない、自分に言い聞かせている。 目の前の“とかいは”なありすは自分の姿だと。 そうに違いないと。 「おちび……ちゃん……」 「おかーしゃん!ありしゅが“びゆっくり”すぎるからってなかなくてもいいのよ! ありしゅはおかーしゃんのことだーいしゅきよ! だってありしゅはこんなにも“ときゃいは”にゃんですもの!」 そんなおちびちゃんに対しありすは何も言えない、言える訳がない。 今まででの“ゆん生”最高の笑顔で狂気に染まった喜びを口にするありしゅ。 そんなおちびちゃんに、何をしてあげればいいというのか。 そんなありすにとてもゆっくりした美しい声がかかる。 「ねぇ、ありす。どうしておねーさんのおみせにきたりなんかしたのかしら?」 「あ、ありすは“おようふくさん”を!」 「ここはゆっくりが“ふく”をもらえるばしょじゃないわ」 「う、うそはやめなさい!ありすは“まちのけんじゃ”からきいたのよ!」 いくら“めがみさま”のようなゆっくりとは言え、そんな嘘にはありすは騙されない。 「うそじゃないわ、ここはにんげんさんにゆっくりようの“ふく”をかってもらうばしょなの」 「え……?」 人間さんにゆっくり用の“おようふくさん”を売る? それになんの意味があるというのだ? 「ここはね、にんげんさんようのおみせなの。りかいできるかしら?」 「りかいできるわけないでしょぉおおおおお!? にんげんがゆっくりの“おようふくさん”をもってどうするっていうのぉおお!?」 「はぁ……。かいゆっくりにきせるにきまってるでしょ」 「は?」 またか、また“かいゆっくり”の話か。 もうたくさんだ、その名前は聞き飽きた。 「だから“かいゆっくり”がなんなのよぉおおおお!? あり――――」 「にんげんさんにあいしてもらえるゆっくりよ」 「――――ゆぇ?」 人間に愛してもらえる? 「ねぇありす、あなたにんげんさんはみたことあるかしら?」 「あるにきまってるでしょぉおお! そこにもくそにんげんがいるじゃないのぉおおおっ!?」 「あらヒドイですね」 人間なら何度も見てきた。 アイツらはゆっくり出来ないことしかしない、愚かな生き物だ。 ありすだけでなく、おちびちゃんにもヒドイことをしてきた。 「くそにんげんはありすたちをばかにしたり! いじわるなことばかりするのよぉおおおおお!」 「ありすはにんげんのおねーさんにたいせつにしてもらってるわよ?」 「え?たいせつ……?どおいうこ――」 「ありすをこんなにもきれいにしてくれたのもおねーさん。 まいにちごはんさんをくれるわ。 ありすにおべんきょうをおしえてくれるし、すてきなおうちにいっしょにいさせてくれる。 なによりおねーさんはありすをゆっくりさせてくれるわ」 「はぁあああああああ!?なんなのそれぇぇえええっ!?」 人間がゆっくりさせてくれるだと? 話しかけただけで怒鳴り、ありす達を無視する。 ありすのお友達の中には人間に“えいえんにゆっくり”させられた子もいる。 「くそにんげんがゆっくりできるわけないでしょぉお!? おちびちゃんは“かみさん”をよごされたのよぉおお!?」 「ありすはそんなことされたことないわ」 「それはありすが“とかいは”だからでしょぉお?」 そうだ、悔しいがこのありすは特別なありすだ。 こんなにもゆっくりしているありすに、いかに愚かだといっても人間が手出しできるはずが無い。 しかし、その考えはその“ゆっくりしているありす”に否定される。 「かんちがいしてるわ、ありす。 にんげんさんが“かいゆっくり”を“とかいは”にしてくれるの」 「……っ!だから“かいゆっくり”ってなんなのよぉおおおおっ!?」 「いませつめいしたじゃないの……。もういいわ」 冷めた目でありすを見るありすの代わりに、人間が答えた。 「飼いゆっくりっていうのはですね? まぁ、簡単にいうと人間から一緒に暮らして欲しいって思われたゆっくりですよ。 けしてゆっくりの方からではなくて人間から、です。 だからあなた達は絶対に“かいゆっくり”にはなれません」 ありすが何か言う前に、人間が続ける。 「だから人間は飼いゆっくりを大切にします。 ご飯をあげたり、あまあまだってあげます。 寒さや雨から守りますし、しっかりしたおうちも用意します。 ああそうですね、お洋服だってもらえる子もたくさんいますよ」 「ふこうへいじゃないぃいいい!“かいゆっくり”ばっかりぃいい! ありす達も“かいゆっくり”にしなさいよぉおおおおっ!!!」 “おようふくさん”だけでなくておうちやあまあまさんも人間から献上されると聞いては、 もう黙ってなんていられない。 自分達も“かいゆっくり”になりたい! こんなにも“とかいは”なありすみたいになれると“本ゆん”が言ったのだから。 「まったく話しきいてないみたいですね、嫌ですよ。 っていうか私だけじゃなく人間の全員があなた達を飼いゆっくりにはしません」 「どおしでそんなこというのよぉおおおおおっ!?」 「あなたが不潔で臭くて気持ち悪いからです。 もちろんおちびちゃんもとっても汚いですよ」 「ありすは汚く――――」 「きたないわよ」 「ゆ゛っ!!」 それは、同じありすとはとても思えないほど美しいありすからの否定。 「あなたたちはとってもきたなくていなかものだわ」 「なっ……な、なにを」 「もういちどいうわね、あなたとおちびちゃんはきたない」 自分より遥かに上の存在であると認識したゆっくり、それも同種から汚いと言われてしまった。 それは人間から言われた時とは比べ物にならないほどありすの心を深くえぐった。 「にゃにいってるのかしら!“かがみしゃん”! ありしゅはこんにゃにもゆっくりしちぇりゅにょにぃ! しっとはやめてねっ!」 「…………。 あなたはありすをじぶんだとおもうおちびちゃんをみてどうおもうの?」 「そ、それは……」 ぎょろぎょろと動き続ける眼で、鏡だと思い込んでいるありすを凝視するおちびちゃん。 自分がいかに“とかいは”なのかを語り続けたせいで、あたりには涎が撒き散らされている。 なにより、自分の何倍もの大きさのあるありすを自分だと思い込むほど、追い詰められている。 「ありすにもおちびちゃんができたとしたら、こんなにふうにはぜったいしないわ」 「っ!」 外見を貶された悲しみなど吹き飛ぶほどのショックを受けた。 「まんぞくにからだもきれいにしてもらえない、おなかいっぱいむしゃむしゃもできない。 そんなおもい、ぜったいおちびちゃんにはさせないわ」 「やめてぇえええええええ!もういわないでぇえええええ!」 違うと言いたかった。 ありすだって頑張った、精一杯努力をしたのだ。 おちびちゃんを幸せにするために。 でも今おちびちゃんは。 「ちょっと“かがみしゃん”!かってにどっかいってしまってはだめよ! ありしゅがありしゅをみれないでしょ! ……ゆーん!なんどみてもありしゅはさいっこうのびゆっくりね!」 どこか正気を失った眼で訴えている。鏡など何処にも無いのに。 とてもゆっくりしているとは思えない。 「もうかえりなさい。 いいかげん、かがみあつかいされるのもいやだわ。 このきたないおちびちゃんをつれて、でていきなさい」 「ゆぅ……ゆううううっ!」 何も言い返せない。 もう“おようふくさん”がもらえないのは分かった。 目の前のありすが言うように、自分は汚い。 認めたくはないが、おちびちゃんも少し汚れてしまっている。 「……わかったわ、おちびちゃんかえりましょう」 何よりこの“とかいはすぎるありす”をもう見ていたくなかった。 このありすを見るたびに、自分が、自分の可愛いおちびちゃんが惨めに感じる。 「わかったわ!おきゃーしゃん! でもまっちぇにぇ! この“ときゃいはにゃかがみしゃん”をもってかえりましょう!」 「お、おちびちゃん……」 けひゃけひゃと笑いながら、真紅のカチューシャをつけたありすに近づくありしゅ。 いい加減、鏡役も限界だった。 「ちかよらないでくれるかしら?きもちわるいおちびちゃん」 「にゃ、にゃにいっちぇるにょかしら?ありしゅはこんにゃにも“ときゃいは”で」 「どこが?かみのけがきたない、あんよがきたない、おかおがきたない。 ぜんぜんいなかものじゃないの」 「だきゃら、ありしゅはとっても――――」 「ねぇ、もうやめなさいよ。 とっくにきづいてるんでしょ? ありすが、かがみなんかじゃないことに」 「――――ゆっ!?ち、ちぎゃ」 「そもそもおおきさがぜんぜんちがうじゃないの。 だいたい、かがみがしゃべるわけないでしょ? もうやめなさい。ゆっくりしてないわ」 「――――ちぎゃぅううううううううううう! おまえはかがみよぉおおおおおっ!!! ありしゅだもん!ありしゅがみえてるだけにゃのよぉおおおっ!」 こうやってありしゅの思い込みの魔法は解けた。 もちろんかけ直すことは出来ない。 必死に否定し、拒絶し、泣き叫ぶことしか出来ない。 そんなことをしても何も変わらないというのに。 「ふぅ、まみぃさん。おいだしてくれるかしら」 「はいはい、了解です」 呼ばれた虐子が、ありしゅの口を覆うようにして持ち上げる。 それだけで、部屋が静かになった。 「お、おちびちゃんを放しなさい!」 「別に痛いことしてません。運んであげるだけですよ、お店の外に。 ほらあなたも」 そう言ってありすのあんよの下に手を入れ、なんとか持ち上げる。 「おそらをとんでるみたい!――――くぅっ!」 今回は口を押さえられているわけではないため、お決まりのセリフが飛び出す。 状況にまったく合わない暢気な調子に、ありす自身が虚しくなる。 虐子はありしゅを抑えている手を添えてバランスを取り、外へ向かって歩き出した。 その後ろを、親子とは対象的なありすがついてくる。 「はい降ろしますね。よいしょ!」 「ゆっ」 こうして、ありす親子は“おようふくさん”を一つも手にすることなく店を出ることになった。 おちびちゃんはありすの頭の上でいまだにか細く泣き続けている。 「かがみしゃん……ありしゅのかがみしゃんだもん……」 だがその眼はもう何処も見ていない。 「さて、本当は潰さなきゃいけないんですが今回は見逃してあげます」 「ゆぅ!つぶす……?」 「ありすのおねーさんのたいせつなおみせをあらしにきたのらだけど、 まだありすはそこまでわりきれないから……」 「そんなありすちゃんに免じて、解放してあげます! 出来れば他のゆっくりにもここに近づかないように言ってあげてくださいね」 「ゆっくりりかいしたわ……」 もうどうでもよかった。 もちろん死にたくはない、死にたくないがいまやこれからの生活に希望は無い。 目の前の人間への怒りはあったが、今や巨大な劣等感の下に隠れてしまっている。 「じゃあさよならありす、にどとあわないとおもうけど――」 「まみぃ、どこいくの?おいてっちゃやだよ?」 「えっ!?てーちゃん何で出てきちゃったの?」 突然、お店から人間とゆっくりが出てきた。 その場にいた全員がそちらを見る。 ありすには、そのゆっくりに見覚えがあった。 忘れるはずが無い、コイツ――――。 「あのときのゆっくり……!おまえがっ…!おまえのせいで……!」 あの日、それまで自分に自信を持っていたおちびちゃん。 とっても“しあわせー!”な日々。 それを奪った、ありすとおちびちゃんに劣等感を与えたあの時のゆっくり。 忘れるわけがない――――コイツのせいだ! 「あれ?私のおちびちゃんを知ってるんですか? ……てーちゃん挨拶していいよ」 「こんにちわ!てんこはてーだよ!」 人間のおちびちゃんだと? 何度も何度もありす達を罵り、侮辱し、貶し、ありすのおちびちゃんを泣かせたクソ人間。 その“かいゆっくり”が、ありす達をゆっくり出来なくした原因であるこのゆっくりだと――? そんなことって、そんなことがあってたまるか! 「とってもかわいくて“とかいは”でしょ? ――――アンタの汚ったないおちびちゃんと違って」 「ゆがああああああああああっ!!だまれぇえええ!」 劣等感を吹き飛ばし、理性を粉々にしながら、怒りが大爆発した。 目の前の人間とその“かいゆっくり”を制裁してやる! ありすは渾身の体当たりをするため、全力で走った。 「てーは俺が守るぜ!……なんてね」 「ゆぎゅぅぅぅぅっ!!ぶべぇっ!」 「だでぃかっこいー!つぇー!」 「照れるなら言わなきゃいいのに……」 ありすは顔が爆発したのだと本気で思った。 だってこんなに自分は後ろに吹き飛ばされている。 そしてこんなにも――――痛い! 「ゆひぃいー!ゆぎぃいー!」 あまりにも痛むので声が出ない。 頭の中で響く自分の悲鳴と比べて、口から漏れる音はあまりにも小さい。 歯が、ありすの歯が、壊れてしまっていて、だから痛くて、叫びたいのに、痛くて、 叫べないから、痛くて、舌で舐めたくても痛くて、痛くて、痛い。 「はい、回収箱行き決定」 「饅殺男ストップ。ありすちゃんが、ちょっと嫌なんだって」 「ごめんなさい、だでぃさん。ありすはまだちょっとなれなくて。 ありすだってあいつらには、おこってるんだけど……」 「いやいや、構わないよ。 っていうかしょうがないよ、こっちこそ気が付かなくてごめんね」 「ありすおねーちゃんどぉしてー?のらゆっくりはわるいやつなんだよー?」 「ええそうね、てーちゃんはいいこね。ありすもみならいたいわ」 もちろん痛みに悶えるありすには聞こえない。 そんな声よりも耳が優先して拾った声は。 「いぢゃぃいいぃ!!あんよしゃんぎゃぁああっ!いぢゃぃい!」 悲鳴をあげることの出来ない自分の代わりに、誰か叫んでくれている。 よかった、自分の痛みを理解してくれている存在がいるのだ。 「ありじゅのぉおお!ゆっぐりじだおがおがぁああっ!いぎぃいいい! おぎゃーじゃんぅ!!!ぺーろべろじでぇえええっ!!」 その声が呆けた頭を現実に引き戻した。 おちびちゃん!そうだ自分の頭の上にいたおちびちゃんは? あわてて周囲を見渡すと、自分のすぐ近くに、泣き叫ぶおちびちゃんの姿が見えた。 「あああああっ!おちびちゃんぅ! ごめんねぇえええ!?ごめんねえええええええ!」 激痛を堪えながら、なんとか舌でおちびちゃんを頭の上に乗せる。 人間達が近くにいる、逃げなければ、逃げなければ! 「ゆひぃいい!ゆぎぃいいいいいい!」 もうガムシャラに跳ねた。 完全にパニックになっていた。 とにかくこの場から逃げたい、怒りなんてとっくに消え去っていた。 死ぬほどの痛みによって膨れ上がる死への恐怖。 ありすはただひたすらに、あんよを動かした。 「ありがとー!追い返してくれたのねー」 「ごめんなさい、調子に乗ってやりすぎたわ」 マガトロちゃんがお礼を言ってくるが、今になって自分がどれだけアホなことしたのか後悔する。 だめね、スイッチが入ると周りが見えなくなる。 「全然!倉庫の音はこっちには聞こえなかったし、さっきも言ったけど気にする人なんていないわ」 ダディさんは参加したかったみたいだけどね?そう言って笑うマガトロちゃんに対して、申し訳なさで一杯になる。 他人のお店でやりすぎてしまった。 しかも最後はありすちゃんまで利用して。 「ありすちゃんもいい勉強になったでしょ?」 「そうね、いなかものすぎてどうじょうできなかったわ。 あんなふうにだけはなりたくないわね」 そう言ってくれると救われる。 反省しなくては、どうも夢中になると思慮にかけてしまう。 「てか話の流れブッた切るけど、てーの服は買うくせに、虐子はいっつも同じカッコだよな」 「ねぇ、いま真面目な話してんの、だいたいアンタも――――」 「てーもおもった!まみぃまいにちおなじふくきてる!」 「どぉしてそんなこというのぉおおおおおおお!? マミィは“しんぷるまざー”なんだよぉおおおお? やさしくいたわらなきゃいけないんだよぉおおおお!?」 「あっはははは」 本当に反省しよう、どっちも。 ありすはあまりにも多くを失った。“おようふくさん”が手に入らなかっただけではない、失ったのだ。 カチューシャは欠けてしまった。 野良ゆっくりは、野性ほど“お飾り無し”に厳しくは無いが、恥ずかしくてこれではもう他のゆっくりに会えない。 顔を蹴られたために歯が何本も折れてしまい、発声に苦労する。 「おちびぢゃん……おちびちゃん」 「…………」 おちびちゃんはしゃべってくれなくなった。 呼びかけてもコチラを見てはくれない。 そして、あんよがもうほとんど動かない。 ありすの頭から落とされたときに怪我をしてしまったのだ。 必死に“ぺーろぺーろ”した結果、傷口は塞がった。 しかしもう自力で“ぴょんぴょん”はおろか、“ずーりずーり”も殆んど出来ない。 「ふゆぅ゛ぅううっ!ふぃいぃいいい!」 もう何度こうやって泣いただろう。 何故だ、どうしてありす達がこんな目に。 確かに“かいゆっくり”はとっても“とかいは”だった。 でもありす達だってその次くらいには“とかいは”だったハズなのだ。 それなのに、あのクソ人間はありす達に暴力を奮ったのだ。 許せない!許せるはずが無いが――――勝てない。 悔しいが、人間の力には適わない。 「おちびちゃん……ゆっぐりまってでね……」 力の強い人間がゆっくりを“とかいは”にしていると聞かされた。 ――――結局思ったとおり、プライドを売っていたんじゃないか。 そう思ったが、ありすだってあんな姿になれるなら、プライドだってなんだって売り払うだろう。 ――――成りたい。 「ありすたちも“かいゆっくり”に……“かいゆっくり”になりたぃぃ……。 ゆぇええっ!ゆぇえええええええええええ!」 一度思ってしまうと、もう止められない。 “かいゆっくり”になれれば出来ることを次々に想像してしまう餡子脳。 “おようふくさん”を着て、暖かいおうちに住める。 そしてこんな風に生ごみを漁らなくてすむ。 「ゆぇえっ……ゆっ!?」 他のゆっくりが既に漁った後のゴミ袋、そのなかにとっても“きらきら”したものがあった。 「なんなのかしら……これは?」 したで引っ張り出すと、ソレは少し硬いが薄く、ありすの舌の動きにあわせて形を変える。 “かいゆっくり”が着ていた“おようふくさん”の中にもここまで全てが輝いているものは無かった。 あれ?もしかしてコレで“おようふくさん”が作れるのではないか? 「そうよ……、ありすが、ありすがにんげんなんかよりももっと“とかいはなおようふくさん”をつくればいいのよ!」 思いたってからは早く、いそいでおうちに帰った。 「ほらおちびちゃん!この“きらきらさん”をつかって“おようふくさん”をつくりましょう!」 一度だけこちらに視線を向けてくれたが、すぐにまた戻してしまう。 だがそれでもいい、一瞬だけでもありすを見てくれた。 「さぁおちびちゃん、“とかいは”になりましょうね!」 「すごく……ひかっちぇるわにぇ」 ほんの少しだけ口をきいてくれたおちびちゃん。 嬉しくなったありすは持ってきたそれを、ゆっくりとおちびちゃんに巻き始めた。 今日も今日とて休日恒例てーちゃんを連れたお出かけの日。 飼いゆっくりと楽しめるボーリングに行ってきた。 ゆっくり用の専用レーンのため、普通より少し高い。 胴付き用の玉を専用のピンに向かって転がすてーちゃんを何枚も写メで取った。 てーちゃんにとっては初めての体験だったけど、なかなか楽しんでくれたようだ。 私達も専用の軽い玉の扱いが難しく、意外と燃えた。 その後、饅殺男は買いたいものがあるといってお店に入っていった。 『凍るオブビューティー?』とか言ってたかな?やっとファッションに興味がでてきたのだろうか。 そんなわけで私とてーちゃんは、近くの川で鴨とコイを眺めている。 正直あまり綺麗ではない川なんだけど、野生の生き物はなかなかたくましい。 鴨やコイの動作を私に実況してくれるてーちゃんと、平和な一時を過ごしていたのに。 「みつけた!みつけたわよくそにんげんと“かいゆっくり”ぃいい!」 「ッチ!」 思わず舌打ち、いけないいけない、マナーが悪いわ。 とりあえずてーちゃんを抱き上げようとしたんだけど――――。 「ただー。なんか面白いことになってんじゃん」 「おかえりーだでぃ!」 「よーし、マミィが野良をやっつけるとこを見学しようか」 「はーい!」 いつの間にかこの場に帰ってきた、饅殺男に既に抱っこされていた。 思えば野良ゆっくりに絡まれる時は必ず現れる。呪われているのかしら。 「むじずるなぁくそにんげんがあああっ! あのときのことをわずれたのがああああっ!?」 ガラガラな声がする方を見る。 成体のありす種がいた、頭に何か乗っけている……? 「あのときって、ああ、あのありすか」 どうやら、一週間前にマガトロちゃんのお店に来たありすらしい。 よく私のことを覚えていたなぁと関心する。 ちなみにてーちゃんは、ちゃんと無視している。 というより、鴨の親子達が気になってしかたないらしい。 「なんなの、そのくちのききかたわ゛ぁああああ! ぢょうじにのるなぁああああああああ!」 「ああ、はいはい」 私の慇懃無礼な話し方を聞いて、ちゃんと格下だと思っていてくれたらしい。 「ぞうよ!くじゅなにんげんはゆっぐりじないでひざまずきなしゃぃ!」 「え?ぇえっ?」 驚いた。 成体ありすが頭に乗せていたもの、それは赤ありしゅだった。 ただ全身に、所々破れたアルミホイルを巻いているものだからなんだか分からなかった。 ってか何してるんだろう。 「おどろいているみたいね! どう!?ありすが“こーでぃねーと”しだ“おようふくさん”は!?」 「くしょにんげんは、みとれてしまっているわね!」 あー大体事情は分かったけど、理由が分からない。 「お洋服さんデスカ」 「ぞうよ!みなさい!おちびちゃんはとってもかがやいでいるでしょ!?」 「ゆゆ~ん!ありしゅ、きゃわいくってごみぇんにゃさいにぇ!」 いやまぁ、確かに光を反射してはいるんだけど。 あの日、眼が真っ黒に濁りきったいた赤ありしゅ。 絶対長くはもたないと思ったんだけど。 それがこんなに調子に乗るほど元気にさせるとは。 このありすは相当頑張ったみたいね。 いや、それよりも頑張ったのは思い込みの力か。 私が所属しているゼミの教授の口癖を思い出す。 『ゆっくりに関することでのみ、私は魔法の存在を肯定するよ』 まさに思い込みの魔法、信じきることによって自身の身体に変化をもたらす固体もいるらしい。 あれだけ格の違いというか、身の程を思い知らせてやったのに。 ここまで眼に光を取り戻すなんて、よっぽどアルミホイルが魅力的に見えたのだろうか。 「さぁ!りがいじたならありすとおちびちゃんを“かいゆっくり”にしなさい!」 「こうえいにおもいなしゃい!」 「なんだ、結局そうなるのね」 なんだが珍しい事をしているから、面白い事言ってくれるかと思ったけど。 ようするに自分達はとってもゆっくりしてるから私達を飼え!ってことらしい。 ありふれた一般のゆっくりだ。 それじゃあしょうがない、12時の鐘を鳴らしますか。 人間が驚いた表情をしたとき、ありすは勝利を確信した。 ありすお手製の“おようふくさん”を着たおちびちゃん。 驚くのも無理はない。 「ねぇありす、どうしておちびちゃんはゴミまみれなんですか?」 「はへぇ!?はぁあああああああああ!?」 「にゃにいっちぇゆにょぉおおおおおおおおお!?」 ありすだけでなく、おちびちゃんも吼える。 当然だ、こんなに輝いているものをゴミだと? 「みぐるじぃしっとはやめなざぃっ!」 「それ何処から取ってきたんですか?」 「ゆぅ? ゆっふっ!なんだ、これがほしいだけなのねっ!?」 馬鹿で愚かなクソ人間、自分も手に入れたかったのか。 だが教えるわけがない。 「ゴミ捨て場ですよね?」 「なっ!どぉしでわがったのよぉおおおおっ!?」 バレた!?どおして!? 「前にも言ったじゃないですか、汚いからですよ」 「なにをいって――」 「ねぇありしゅ、それ臭くないんですか?」 「ゆぇっ!?“おようふくさん”がくさいわけ――」 そう言われてみると“おようふくさん”からなんだゆっくり出来ない臭いがするような気がする。 でもでも、こんなにも“とかいは”でキラキラと輝く“おようふくさん”がそんな臭いをさせるわけがない。 「だからそれ、ゴミなんですよ」 「うそをつくなぁああああああ!これはごはんさんといっしょにはいっていたのよぉっ!」 「ご飯って生ゴミですよね?ゴミと一緒に入ってるのは当然じゃないですか」 「ゆぎぃい!ごはんさんがごみのわけないでしょぉおおおお!?」 「ゴミじゃないなら、人間が捨てるわけ無いじゃないですか。 生ゴミを食べているらしいですけど、臭いはどうなんですか?」 「そ、それは……」 “なまごみさん”とは呼んでいたが、 それは生まれながらに備えられている餡子の知識がそう言わせているだけ。 本当にゴミだと思っていたわけではない。 そうではないが、確かに“なまごみさん”を探しているときに同じ所から、息が出来なくなるほど辛い臭いを感じたことがある。 たまに『どくがはいっている』こともあった。 「で、でもこんなに“きらきら”してるでしょぉ!?」 そう行っておちびちゃんの“おようふくさん”を見せ付ける。 「はぁ、でもそんな硬いの肌に直接つけていたら痛そうですね。 ――――あなたは大丈夫なんですか?」 そう言って目の前の人間がおちびちゃんに尋ねる。 何を馬鹿な事を言っているのか、“おようふくさん”が痛い訳がない。 「ゆ、ゆぅちょっとかゆいけど、い、いたくないわっ!」 ほらみろ、羨ましいからってケチをつけるなんて、“いなかもの”のすることだ。 「“のーびのーび”できますか?」 「ゆぇ?のーびぃいいいいいいっ!いぢゃぃいいい!」 「え?おちびちゃん?ど、どうしたのっ!」 頭の上にいるために、おちびちゃんの姿は見えないが泣いているのは分かる。 「“のーびぃのび”ができにゃいぃい!いちゃぃいい!」 「やっぱりアルミホイルなんてずっと巻いてるから、張り付いちゃったんですね」 「おちびちゃんっ!ゆっくりじでねぇえ!」 あわてて舌でおちびちゃんを自分の目の前に、降ろす。 見た目に新しい傷は無いのに、おちびちゃんが痛がっている。 「ありしゅのかわさんがぁああ! “おようふくさん”がありしゅをいじめるぅううっ!!」 「どぉしたのぉおお!?おちびちゃんぅ!! “おようふくさん”がいけないのねぇえ!?」 「いぎぃいいいいいいいいいい!いぢゃあああああああああああっ!」 「ああっ!!!ごめんねぇぇえおちびちゃんぅっ! どうじで“おようふくさん”がとれないのぉおおおおおおおっ!」 慌ててアルミホイルを剥がそうとするありす。 だが、少し引っ張っただけで、おちびちゃんが激痛を大声で訴える。 「どうせ砂糖水でベタベタの舌で、小麦粉の皮にくっつけたんですよね。 そりゃ取れなくなりますよ」 捨てられたアルミホイル、用途はわからないが油でもくっついていたのかもしれない。 長時間肌に接触していたソレは、もはや新しい肌となっていた。 「いぢゃぃいいい!とっちぇぇええっ!これとっちえぇえ! こんにゃの“おようふくさん”じゃないぃいい! ――――いだぃいいいいいい!!ひっぱらないでぇええ!!」 「ご、ごめんなさいおちびちゃんっ!ど、どうすればいいのぉお!」 やっと自分が着ていたものが服ではないことに気づいたありしゅ。 そうなると大変だ。 『こんなきらきらでときゃいはなおようふくさんがゆっくりできないわけがない!』 そう思うことで抑えられていた不快感が全て飛び出してくる。 「いちゃぃいぃい……ゆ゛ゅぅ!くしゃぃいいいいいい! これ、とっちぇもくしゃいわぁあああ!」 「ゆぇええ!なんでぇええ!? どうしてそんなごというのぉおおおおっ!?」 生ゴミは食べれるから臭いも我慢できる。 舌が肥えているわけではないから、おいしいけど臭い。そう思える。 だがこのアルミホイルはありしゅに痛みを与えてくる、それに臭い。 しかもそれを自分の体から離すことが出来ない。 あっという間にお手軽な地獄が完成した。 「やぢゃああああっ!もうやぢゃあああ! おきゃーしゃんっ!にゃんでこんにゃことしたのぉおおっ! やぢゃよおおおっ!これとっちぇよぉおおおお!」 「ぇえっ?おちびちゃんだってそれは――――」 「あ、それ私も聞きたいです。 どうして自分の子供にゴミを貼り付けたりしたんですか?」 「ちがぅわよぉおおおお!ありすはぁあ! おちびちゃんを“とかいは”にしてあげたくてぇええええ!」 「それでこんな姿にしたんですか? おそらくもうそのアルミホイル、一生とれませんよ?」 「ゆぴぃいいいいいいい!いやぢゅああああああああああ!」 死刑宣告を受け、ありしゅが拒絶の絶叫を響かせる。 「どぉしてぇええええ!?ありしゅ!なんにもわるいことしてなぃのにぃい!」 無罪を主張するが、判決はもう覆らない。 「ゆがあああああ!にんげんっ!ゆっぐりじないでおちびちゃんから、 この“いながもの”をどりなざいぃいいいいいい!!はやぐしろおおお!」 「無理ですよ。 だから聞いてるじゃないですか、どうしてこんなことしたの?って」 「あああああああああっ!!!」 ただありすは羨ましかった。 自分の“かいゆっくり”をとっても“とかいは”に出来る人間が。 「ありすはぁ……ただ、ただにんげんみたいにおちびちゃんをぉ……」 「人間みたいに……ですか」 「そうよっ!そっちのゆっくりだって“おようふくさん”をつけてるじゃないのぉっ! だからありすだって!ありすだっておちびちゃんをきかざってあげたかったのよぉお!」 「そうですね、私もおちびちゃんをオシャレにしてあげるのがとっても楽しいんですが。 はぁ……よく聞いてくださいね」 人間がゆっくりしたペースで話し出す、ありすに言い聞かせるように、理解できるように。 「私だってホントはおちびちゃん専用のお家を建てて、その中で四六時中一緒にいたいですよ。 もちろん“かり”にもいかないで、毎日違う種類の最高級の“あまあま”食べたいです。 でもそんなことしません。なぜだかわかりますか?」 「そ、そんなのむりにきまってるでしょぉおおおおおおお!?」 「そうです、だからしません。 ありすは本当に服を貰えると思ってましたか?」 「あたりまえでしょぉおおおお!?ゆっくりしたおちびちゃんをみせればにんげんなんて――――」 「それでどうなりましたか?」 「ゆぐっ……!!」 どうなったかだって? ありすは歯がボロボロになり、おちびちゃんは満足に歩けなくなった。 でもそれは人間が卑怯で、乱暴だからだ。ありすは何も間違っていないはずだ。 「それはにんげんが“いなかもの”だからでしょぉお!? ありすよりちからがつよいからぁああ!」 「違いますよ」 「ゆぇえっ!?」 「違います、力じゃないです。 ただ私はさっき言った願望を無理に通そうとすると、不幸になると知っているだけ。 そしてあなたにはそれが分からない」 「なにいってるのよぉおおおおおお!! おちびちゃんはゆっくりしてたのよぉおお!? それをにんげんがぁあ!ぼうりょくをふるってぇえええ!」 「おちびちゃんはゆっくりしてたんですか?」 「あたりまえでしょぉおおおおおお!?」 「じゃぁそのままで良かったじゃないですか」 「――――あぇ?」 固まるありす。 「ゆっくりしたおちびちゃんと生活していたんですよね? おちびちゃんと一緒で幸せだったんですよね?」 「それは……そうだけど」 「じゃあそのまま幸せでいればいいじゃないですか。 人間に関わって、勝手に服が貰えると思ったのはあなたのせいですよね?」 「ち、ちが、えっとそ、っそ、それ」 声が震える。 恐怖?違う――――これは後悔だ。 「勝手に欲張って、今までの幸せを全て壊したのはありす、あなたです。 あげくの果てに、自分の子供にこんどはこんなものを貼り付けて幸せを奪って。 もう何度目か分かりませんけど、ほんとにどうしてこんなことしたんですか?」 おちびちゃんの足が動かなくなったのも、 おちびちゃんの綺麗な肌にゴミをくっつけて、泣かせたのも。 全部ありすのせい。 勝手にありすが勘違いして、行動したから? 「ちっちが――――」 自己弁護のためにありすが叫ぼうとした否定は、 「ずるい……」 自分のおちびちゃんによって止められた。 「おちびちゃん……?」 「にんげん“しゃん”、そのゆっくりちたこはにんげんしゃんのおちびちゃんにゃの……?」 ありすを無視し、おちびちゃんは人間に話しかける。 「てーちゃんのことですか?そうですよ、私のおちびちゃんです」 「とっても“ときゃいは”ね」 「どーも」 おちびちゃんは何を言っているのだろう。 ありすには分からない。 「その“おようふくさん”はにんげんしゃんがよういしたのよにぇ? それはおかーしゃんだから?」 「はいそうですよ、今までの話をちゃんと聞いてたんですね」 おちびちゃんが質問しているのは分かる、しかしその意図が全然理解できないありす。 「ありしゅも……ありしゅも……」 「おちびちゃん…………ねぇ、どうしたの……?」 なんだかゆっくり出来ない予感がする。 どうしておちびちゃんはおかーさんには答えてくれないんだろう。 「ありしゅも、にんげんしゃんのおちびちゃんになりたかったわ……」 「―――――――ッヒ!」 ありすは中枢餡に太い“ぷーすぷーすさん”が刺さったかのような衝撃を受けた。 「気持ちはわかりますが、あなたはもう飼いゆっくりには一生なれないですよ」 「そうよにぇ……。 こんな……こんな!こんなっ!こんなからだじゃ! のーびのーびも!こーろこーろ!もできにゃぃ! こんないなかものじゃ!もうゆっくりできにゃぃわあああああっ!!!」 「ゆ……ゆぁ……」 おちびちゃんが泣いている、心の痛みで。 ありすはそれは分かったが、自身も先ほどおちびちゃんが言った言葉によって泣いている。 あまりにも悲しすぎて、涙も声も出なかったが、泣いている。 「ああああああああああっ!!!あああああああっ!!」 「ゆっ……ゆっ……」 おちびちゃんは大声で、ありすは絶望の底で泣いた。 「ねぇ、ありす」 そんな二匹にかまわず、虐子は声をかける。 「ゆぅ……あぁ?」 かろうじてかすかな反応を返すありす。 それを見て虐子は口を開いた。 「じゃぁ最後の質問しますね? ほんとこればっか聞いて申し訳ないんですけど。 ―――――どうしてこんなことしたんですか?」 「あああああああああっ!!!ああああああああああっ!!!」 ありすは舌でおちびちゃんを掴み、逃げ出した。 このままではおちびちゃんが人間に捕られると恐怖した。 おちびちゃんは抵抗しなかった。 他のすべてもしなかったが。 「あーあ、逃げられてんのヘタクソ」 「うっさい」 「まみぃまみぃ!かもさんがね!ぶわぁっってとんでね!すごかったんだよ!」 「うっそーマミィも見たかったなぁ!」 本当はありすに狂って欲しかったんだけど、饅殺男みたいにうまくはいかない。 正直、結構悔しい。 てーちゃんはといえば、野良なんか眼中に無く鴨に夢中だったらしい。 くそう、ハシャぐてーちゃんと一緒にいたほうが絶対楽しかった。 「詰めが甘いんだよ」 「ゆっくりに爪なんかないわよ」 次の日のお昼タイム。 今日は饅殺男は授業が無いため、大学に来ていない。 なので私は今、直前の授業が一緒だった友達とご飯を食べている。 いるのだけど――――。 「あのね?虐ちゃん、ちょっと相談があるんだけど……」 「うん、いいよ」 良いわけがない。 相談内容なんて分かりきっている。 この子は優しくてとってもいい子で、私も大好きなんだけど。 前からゆっくりを飼いたがっていた。 てーちゃんの写メを見せて欲しいとせがまれ、私も嬉しくなって何枚も見せたし、 ちょっと調子に乗って、『プチ飼いゆ自慢』もした。 それでもニコニコと話を聞き、お礼まで言ってくれるような子だ。 でもそれがいけなかったんだと思う。 ついにゆっくりを飼い始めた。 それが希少種や金バッジならいい。 だが買ったのは赤ゆっくり、最初っから失敗が決まっていた。 もちろん私は何度も、金バッジを勧めた。 値段は段違いだが、初心者は絶対そうすべきだとお節介なほどに忠告した。 でも彼女は赤ゆっくりの時から一緒に暮らしたいと言って聞かなかった。 てーちゃんを赤ゆっくりから育てたことを話したのがまずかったんだろう。 ウチのてーちゃんはそんじょそこらのゆっくりとは違うザマスのに。 「――――それでね、全然言うことを聞いてくれないし、ご飯に文句言うし」 「そっかー、大変だねー。わかるよー」 『初心者がやってしまう失敗例』を音読される私。 たとえ、赤ゆっくりとはいえ優秀な固体はいる。 親の餡子をある程度受け継ぐため、教育なしでもある程度人間と暮らしていけるゆっくりは売っているのだ。 高いけど。 でも彼女は見た目の可愛さで選んでしまったらしい。 一緒に行ってあげればよかった!付いていってあげればよかった! 写メと共に『飼い始めました』のメールが来たのが三日前。 さすがゲス、調子に乗るのが早い。 「お部屋をすぐ散らかしちゃうし、おトイレも覚えてくれないの」 「赤ゆっくりはねー、育てるの難しいからねー」 これがネットの体験談なら『ばかいぬし』の一言で済む。 けど友達ではそうはいかない、極力言葉を選ばなければ。 どう言えば、彼女を傷つけることなく『廃棄』を勧められるだろうか? 「それでね、この子なんだけど……。 虐ちゃんなら、なんとかできないかと思って」 「あーごめん、私もそんな“悪い子”は初めてだから……その」 ラムネか何かで眠らされた赤ゆっくりを見せられる私。 まさか持ってきていたとは、冗談じゃない、そんなゲス確定の固体なんて嫌だ。 「そう……だよね。ごめんね」 彼女自身あまり期待していなかったのだろう。 「あのね、その、残酷な事言うようだけど、その子はもう人間とは暮らせないと思う」 「そっか……私のせいなんだね」 「違うよ、その子がっていうよりゆっくりがそういうものだからしょうがないよ。 赤ゆっくりはプロでも本当に育てるのが難しいから……さ」 慰めるために言ったが、半分は嘘じゃない。 どう考えてもつけあがるゆっくりが悪い。 優しくすればするほど勘違いするような害虫、潰さなかっただけすごいと思う。 部屋汚されちゃったみたいだし。 悪いのは教育できなかった事じゃなくて、赤ゆっくりの実態を知らないで飼ったこと。 「その、加工所に行けば……“引き取って”くれるからさ」 「うん、ありがとう」 あえて言葉を濁したけど、彼女はそこを汲み取ってくれたらしい。 本当に優しい子だと思う、なんだが悲しませたゆっくりに腹が立ってきた。 「私、もう少しゆっくりについて勉強するまで、もうゆっくりは飼わない」 「そっか、まぁそこまで思いつめなくてもいいと思うけど……」 「虐ちゃんは“ゆっくりに関する法ゼミ”だよね? いろいろ教えて欲しいな」 「えっ、ああうん、オーケー」 あんまり関係ないんだけど、まあいっか。 「ね、昨日もてーちゃんと出かけたんでしょ? また話してほしいな」 「喜んで!」 その後は暗い話題を忘れるかのように、ハイテンションで話した。 午後になって、大学を終えた私はてーちゃんを連れた饅殺男と駅で合流した。 今日は特に用は無く、お散歩するだけ。 同じく飼いゆっくりとお散歩している人と出会って、 てーちゃんのお友達が増えることもあり、てーちゃんはただ歩いているだけでも楽しそう。 でも今日出会ったのは、もっとも会いたくない存在、野良ゆっくりだった。 「おねがいじまずぅううううううう!!」 物乞いゆっくりか。うるさいなぁ。 「市民を代表して潰してもいいけど、回収箱あったけ? 後処理がなぁ……」 「近くのセブンが確かおいて、た……けど…」 叫ぶゆっくりに近づく私達、そこで私は気づいてしまった。 あのありすだと、それだけなら良かったんだけど――――。 「おねがいじまずぅうううう!にんげんさんぅううううう! おちびちゃんに“おようふくさん”をくださぃいいいい! すこしでいいんですぅうううう!おねがいしますぅう!!」 「――――あっはっはっはっは!」 そのありすが人間に洋服を要求してることに気づいて、吹き出してしまった。 すごい、その発想は無かった。 「そごのおにぃぃさん!きれいなぁおかざりですねぇっ!! おちびちゃんにちょっとかしてあげてくれないかしらぁああ!! ああっ!!?どぉしていっちゃうのぉ!!すこしでいいんですぅ!」 おそらく腕時計に目をつけたのだろう、ありすが近づくも男の人は早足で去っていた。 やめて、笑いが止まらなくなっちゃう。あなた達は腕無いじゃない。 饅殺男も口元を押さえている。理由は私と同じだろう。 「そごのおねぇさんぅっ! “おようふくさん”をかしてくださぃい! おちびちゃんがつければ、おねえさんもゆっくりできるんですぅう!! おねが、ああっ、まってぇえ!いかないでぇええ!」 すごい、今度は路上で女性に脱げと要求してる。 当然またしても無視される。頑張るなぁ、あのありす。 側では、ありしゅが感情の無い顔でそんな親を見ている。 もちろんアルミホイルはついたまま。 「あのねマミィ、えっと」 「ん?どうしたのてーちゃん」 珍しく歯切れの悪いてーちゃん。 そして意を決したように口を開く。 「ちょっとだけ、あのこかわいそうだなっておもった!」 そういっててーちゃんが指差すのは、アルミホイルが全身につき、かすかに動くだけのありしゅ。 ふむ、野良は悪いヤツとはいえ、まだまだ赤ゆっくりのありしゅ。 しかもてーちゃんより幼い。 そしてありしゅ自身は騒ぐでもなくじっとしている。 「そっか、同情しちゃったのかー」 「あのこ、おかざりとおかおがすっごくよごれちゃってるから」 「そうね、カビも生えてそうだけど」 「かびさん……」 てーちゃんが少し悲しそうに目を伏せる。 えーと、なんか野良にくれてやってもいいのあったかな? カバンの中、ガサゴソとてーちゃんのアクセサリー入れなどを探る。 ――あ、これでいいか。 「はい、てーちゃん。じゃぁコレあげてもいいよ、これなら元気でるでしょ」 「え……?うわぁ!まみぃすごぃ!これならよろこんでくれるよ!ありがとう!」 「おいおい、あんまり野良と関わらせるなよ……」 饅殺男が何か言ってくるが却下。 てーちゃんを悲しませるなんてありえない。 「はい、じゃあコレ。でもてーちゃん、野良とはダディかマミィと一緒じゃなきゃ話しちゃ駄目だよ?」 「はーい!」 私から受け取りながら元気よくお返事したてーちゃんが、ありす達に近づく。 私達もいかなきゃ。 ありすが近づいてくるてーちゃんに気づいた。 「そこのゆっぐりしたおちびちゃんんぅうう!! おかざりをくれるんですねぇええええっ!!! ありがとうございますぅうう!これで!これでぇ! おちびちゃんがゆっくりできますぅうう!!!」 「えいっ!」 そう言って、てーちゃんは私が渡した赤ありしゅ――さっき大学で相談してきた彼女から引き取ったもの――を、 アルミホイルが巻かれたありしゅに投げつける。 グチャと音がしてあっけないほど簡単に、下敷きになったありしゅは潰れる。 そしててーちゃんは決め台詞を言うのだ。 「ありしゅ!あたらしいかおだよ!」 元気100倍になった親ありすを饅殺男が潰し、散歩の続きを楽しんだ。 あとがき 最後までお読みいただきありがとうございました。 前作ではたくさんの感想、そしてアドバイスとご意見等、とっても嬉しかったです。 ここからは作者の言い訳と説明になります。 今回、あまりにも容量が増えてしまったのですが、やはり前編・後編等、分けたほうがいいでしょうか? 良ければご指導お願いします。 やはり『てー』について描写が曖昧なことを気にしていただいた方が多いようですね。 私自身も気にしていたのですが、残念なことにうまく説明しつつ物語を進めるのが難しいため、 今作でもまた、『てー』については曖昧なままとなりました。 いずれこのシリーズが増えれば、一度私の独自設定中心の考証もののお話を書いてみたいと思いますので、 それまでどうかよろしくお願いします。 ちなみに私にファッションセンスは皆無でございます。
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『てーと野良と加工所と愛護団体』 84KB 愛で 虐待 愛護人間 虐待人間 よろしくお願いします ※ご注意を ・一話完結となっていますが、過去のてーシリーズを読んでいただかないと話が意味不明です。 anko4095 てーとまりしゃ anko4099 てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん anko4122 てーありしゅのおかーさん anko4203 4204 てーと野良と長雨 前後編 ・最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 ・愛でられるゆっくりはほとんどオリキャラのようになっています。 ・飼いゆっくりを愛称で呼びます。 ・独自設定てんこ盛りです。 ・鬼意惨に恋人がいます。 ・これでも注意書きが足らないかもしれません。 以上、少しでも嫌悪感を抱かれましたら、読まれると不快な思いさせてしまうかもしれません。 公園を出ていくらもしない場所にある古ぼけたアパートの裏。 人々が行きかう路地のすぐ近く。 そこから人ではない物による会話が聞こえてくる。 「このくささんはにーがにーがだけど、れいむとおちびとたべればしあわせーなのぜ!」 「おとーしゃん!まりしゃもゆっくりがまんできるのじぇ!しあわしぇできるのじぇ!」 「ゆゆーん!おちびちゃんったらとってもいいこだよー!」 れいむとまりさの両親、そしてまりしゃ。 野良として実にありふれた家族構成である。 彼女等が言っているのはつまり家族と一緒ならどんなものでも美味しく感じるという勘違い。 だがこの勘違いもゆっくりにとっては馬鹿に出来るものではない。 “思い込み”という力が良くも悪くも異常に作用するゆっくり。 「さぁからだをぺーろぺーろしようね!」 「ゆゆーんっ!くしゅぐったいのじぇっ!」 家族と一緒ならゆっくり出来る。 そう信じることによって、結果的になんとか自分を誤魔化せているようだ。 「ゆゆっ!ちょっとさむいさむいだねっ! ゆっくりおうちにもどろうねっ!!」 「おとーしゃん!まりしゃだっこしてほしいのじぇ!」 「ふふっ、おちびはあまえんぼうさんなのぜ! ゆっしょっと」 三匹がおうちとよんでいるのは、建物の間の狭い隙間においてある室外機の横。 そこにビニール袋やビラなどのゴミを丸めて集めただけの、屋根すら無い家。 狭い故に雨などは入り込まないが、風は吹き込む。 「すーりすーりしようね!すーりすーり」 「しゅーりしゅーりはゆっくりできるのじぇ!」 「ふふぅ!まりさもこっちからすーりすーりしてやるのぜ」 しかしそれでも三匹は幸せだ。 寒さを紛らわすためだろうか、家族の会話は止まらない。 「おちびちゃんもおおきくなったね。 とってもかっこいいよ」 「ゆゆーん!てれるのじぇぇっ!」 「ふふっ、いけめんさんのおとーさんにかんしゃするのぜ!」 ゆへへっと自身のもみあげで口の上をこすりながらまりさが言う。 そんな夫を見ながられいむが語りだす。 「ふふっ、おかーさんとおとーさんのであいはとっても、うんめい!てきっ!だったんだよ?」 「よすのぜ、てれるのぜ!」 「ききたいのじぇっ!!」 顔を気持ち赤く染めながら馴れ初めを語ろうとするれいむ、照れると言いつつ先を急かすまりさ。 そんな両親の様子に子まりさもぴょんぴょん跳ねながら笑う。 「おかーさんがとりさんにいじめられてるところを、まりさがたすけてくれたんだよっ!」 「おとーしゃんすごいのじぇぇぇぇ!!」 「ふんっ!とうぜんなのぜ! あんなとりごときがまりさのれいむをいじめるなんてゆるせないのぜっ!」 スズメを追い払ったことを自慢するまりさ。 その汚い帽子も身体の動きに合わせて揺れる。 「まりさは“ひーろーさん”なんだよ!」 「まりしゃもっ!まりしゃも“ひーろーしゃん”になりたいのじぇ!」 「ゆふふっ、きっとなれるのぜ。 そうしてすてきなおよめさんをもらうのぜ!」 「やっちゃぁ!」 両親から頭を撫でられ、容姿を褒められながらまりしゃは眠りにつく。 明日もゆっくり出来る日がくると疑わずに。 縦浜駅にあるスポーツ用品店。 そこからてーを連れた饅殺男が出てくる。 大学で体育をとったはいいが、適当なジャージがなかったため買うことにした。 身体を動かすことが大好きなてーのジャージまでもが、その買い物袋に入っている。 「だでぃだでぃ!もうおうちかえる?」 「ん、そうだなー。バスで帰ろう」 そういえばと饅殺男は入口の大時計を見る。 昔は中から人形が出てくるなかなか凝った演出があったが、今はもう終了してしまったらしい。 てーはきっと喜ぶだろうに、一度くらい見せてあげたかったが残念だ。 まぁ、他に用事は無い。 ヘタにどこかによるとすぐ金を使ってしまう。 一人なら寄ったかもしれないゲームセンターの横を通り過ぎ、駅に向かう。 「だでぃだでぃ!」 耳を軽く引っ張られる饅殺男、てーはともかく饅殺男や虐子を呼びたがる。 「だでぃ!なんかやってる!」 「ん……?」 車の上に足場と看板、そして複数のスピーカー。 いわゆる選挙カーかと思い、早くも関心を失う饅殺男。 だがその演説の内容は想像とは全く違った。 「――確かに野良ゆっくりの被害は決して少ないものではありません!」 「……お?」 「んぅーうるさぃ!」 てーはスピーカで拡張された声にご立腹のようだが、そのおかけでわかった。 ――――ゆっくりの愛護演説だ。 「私は決して加工所の駆除活動に反対するものではございません! まことに残念なことに、野良ゆっくりとの共存は現代社会では不可能であります!」 マイクを握っているのは、最近TVや雑誌でチラホラ見たことがある男だ。 割と有名だったと思う。 それほど真剣に見ていたわけではないので、名前は覚えていない。 「しかし!ペットとして人間により教育を施されたゆっくりは違います! 彼等は人間の都合で調教され、並々ならぬ努力によってそれを身につけたのです!」 てーに謝りながら少しずつ近づいていく。 『飼いゆっくりは保護するが、野良はゆっくりじゃないので無視します』 こんな主張が通ること自体、今の社会のゆ害の深刻さを象徴している。 「これで大丈夫だろー?」 「むぅー」 誤魔化すようにてーにフードを被せる。 「よって野良ゆっくりの命を奪っている加工所には、 人間と共存の道を歩むゆっくりの生命を保証する義務があるのです! 我々は加工所に対し“ゆっくりにっく”の設立を要請し、 多くの署名を得ることによって、それを実現しました!」 違和感を覚える饅殺男。 ゆっくりにっくが愛護団体の要請から設立された? 馬路出医師からはそのようなことを一度も聞いた事が無い。 「そしてもちろん、ゆっくりを飼育なさっている皆様にもその責任はあるのです。 例えばゆっくりにっくでは健康診断を受けることが出来ます! いまだ謎が多いゆっくりだからこそ、健康には人一倍気をつかう必要があるのです!」 マイクを握る姿にも熱が入っているように見える。 健康診断か、最近行ったばかりだ。 「ゆっくりは無力です! しかし飼いゆっくりには知識がある! それは彼等の努力によって身に着けたものなのです! ならば!それを無駄にしないであげましょう! 我々はさらに加工所に対し、教材、しかるべき施設! バッジシステムの統制!娯楽施設の普及を訴えています! ぜひそれらを知っていただきたい、利用していただきたい! ――――あなたたちの家族のために!ぜひ!“飼いゆっくりに愛を!”」 周りから拍手が上がる。 なかなか面白い話だったとは思うが、あれでは加工所を宣伝している様にも聞こえる。 少し饅殺男が笑う。 「だでぃだでぃ!いつもとすうじがちがうよ?」 「……ん?あっ!間違えた」 てーがバス亭に書いてある大きな番号を指差しながら言う。 考え事をしていたからだろうか、上る階段を一つ間違え、違うバス乗り場に来てしまった。 もう一つ右の階段だった。 「ていうか、良く気がついたなてー」 「んー?」 好奇心旺盛なてーは、バス停すら興味の対象なのだろう。 考えたところで間違えた事実は変わらない、階段を下りなければ。 思わず舌打ちしそうになる饅殺男の目に、道路を挟んだ本来のバス停に目的のバスが来たのが映った。 乗り場には列がほとんど無い。 今から急いで向かっても間に合わないだろう。 「てー」 「んぅ?」 「今日は公園通って帰るよ……」 「やったぁ!」 無邪気に喜ぶてーの頭をポンポンと軽く触り、バスの時刻表を確認する。。 家の近くのバス停に行くものは、かなり待つことになりそうだ。 少し遠くはなるが公園行きのバスに乗り、そこから歩いたほうが早い。 「あーあ、まったく」 「だでぃ?」 「あーいや、運がいいのか悪いのかわかんなくてね」 「うん?」 なかなか面白い話を少し聞けたこと、ちょっとした有名人に会えたこと。 それと目的のバスを乗り過ごしたことを比べると、微妙なところだ。 てーを反対側に抱き直しながら普段と違うバス亭に並ぶ。 まぁ散歩は嫌いじゃない、てーを連れているなら尚更だ。 「ひーろーまりしゃのぴょんぴょん!なのじぇっ!!」 「ゆふふっ、おちびちゃんったら」 昨日れいむとまりさの馴れ初めを聞いてから、まりしゃはもう完全に“ひーろーさん”になりきっていた。 こうやって公園に散歩に来ていても、小枝をくわえながら落ち着き無く飛び回っている。 まりさもそれをみてニコニコ笑っている。 そんな二匹をみるだけでれいむも自然に笑顔になるのだ。 「こんにちわ!きょうはみんなでおでかけなのね!」 「ありす!ゆっくりしていってね!」 「ありしゅおねーしゃんこんにちわなのじぇ!」 まわりを良く見れば、かなりの数のゆっくりがいる。 とにかく広い自然公園。 街中で数少ない雑草が安定して手に入る場所であり、人間のすぃーも入ってこない。 「いいてんきだからおさんぽにきたんだよっ!」 「ちがうのじぇおかーしゃん!ひーろーまりしゃのぱとろーりゅなのじぇっ!」 「あらあら、おちびちゃんはひーろーなのね。とかいはだわ」 「ゆっふっふなのぜ」 野良だけではなく、バッジをつけた飼いゆっくりも多い。 飼い主の人間たちは皆、野良をみるたびに顔をしかめ、舌打ちするものもいるが。 野良達も人間に声を掛けはしないが、内心馬鹿にしながらひそひそと話をしている。 「とてもとかいはなおでかけね!」 「そうなのぜ!こんないいてんきにおそとにでないのはおばかさんなのぜ!」 「みちぇみちぇっ!まりしゃすぱーくっ!」 「ゆふふっ、かっこいいよ!おちびちゃん」 それぞれのゆっくりを楽しむ野良達。 春先の長雨を乗り切って、やっと暖かくすごしやすい気候を手に入れたのだ。 「でもね?“けんじゃさま”がおかしなことをいうのよ…」 「なんなのぜ?」 「あんまりみんなであつまりすぎちゃいけないっていうの……」 「えええっ!?どうしてぇっ!?」 孤独を嫌うからこそ、群れることを好むゆっくり。 こうして何の障害もないのに集まってはいけないなんて。 「みんなでゆっくりするからゆっくりできるのに! どうしてけんじゃはそんなこというのっ!?」 「ありすにもわからないわぁ。 たださっきもたくさんいたみんなに、はやくかえりなさい!っておこってたわ」 「ゆゆぅ、なんでなんだぜ」 この公園に住む“まちのけんじゃぱちゅりー”は数々の伝説を持つ。 なんでも人間の使う“もじ”というものを解読できるらしい。 この間カビが流行したときも、落ち着いて対処法を授けたと言う。 そんなけんじゃがなぜゆっくり出来ないことをいうのだろうか。 「よくわからないけど、にんげんさんをおこらせてしまうからっていってたわ」 「ゆゆぅ!?にんげん?」 ゆっくりが集まると人間が怒る? 意味が分からない。 分からないがそれならば問題はないじゃないか。 「ゆゆっふっ! そんなことならぜんぜんへいきなのぜっ!! たしかににんげんはひきょうで、“さし”ならかてないかもしれないけど! こんなにたくさんのなかまがいたらまけるわけないのぜっ!! いまだってまわりのやつらはてだししてこないのぜっ!!」 そう言って、ゆっくり特有の馬鹿にするようなニヤニヤ笑いで周りの人間を見る。 もちろん人間の耳にはまりさの声が届いているが、誰も反応しない。 通常なら腹を立てる人間もいたかもしれない。備え付けの回収箱もある。 だが今日に限っては誰もそんな無駄なことをしようとは思わない。 「おとーしゃんかっこいいのじぇっ!やっぱりおとーしゃんもひーろーなのじぇ!」 「そうだねまりさっ!やっぱりたよりになるねっ!」 「あたりまえなのぜっ!」 得意げにふんぞり返るまりさ、チラリと飼いゆっくり達を見る。 自分達とは比べ物にならないほど綺麗な容姿、そして近くにいる人間。 いつもは劣等感と羨望の眼差しで見ていた。 ――――だがこうして、仲間が“たくさん!”になった今、 自分達のほうが明らかにゆっくりしてるのではないか? 捻じ曲がった口がさらに厭らしく湾曲する。 「そうなのぜ。ゆふふっ! あいつらはおちびもいなければ、ともだちすらいないのぜぇ~!! そんなやつらをつれてるにんげんなんてこわくないのぜっ!」 「――ゆぇ? えーとっ、かいゆっくりのことだよねまりさ? ゆふっ、だめだよっ、ゆふふっ、そ、そんなこといったらかわいそうだよっ! ゆぷぷぷぷっ!!」 「そうね、いくらびゆっくりでもねぇ。 さすがにうらやましくないわ。とかいはじゃないもの」 ゲラゲラと笑いながら、飼いゆっくりたちをおさげで指すまりさ。 改めて見れば、飼いゆっくりの連中は皆暗い顔をしている。 いつもは見ていて腹が立つほど人間の側でゆっくりしているのに。 ――――もしかして、たくさん仲間がいるまりさ達が羨ましいのだろうか。 「ゆぜへっへっへ! あいつらうらやましそうにこっちをみてるのぜ! おちびがいるゆっくりもしらないのぜ!」 「ゆぷぷぷぅっ!しっとしてるんだね! さすがにあわれだねっ!ゆははははっ!」 一度そう決め付けたら、もう彼女等にとって飼いゆっくり達は引き立て役だ。 自分達のゆっくりっぷりを指をくわえて眺め、自分達に優越感を与えるだけの存在。 「なにしてるのー?」 「なんだかたのしそうだね!れいむにもおしえてねっ! すぐでいいよっ!」 まりさ達一家の幸せな様子に、他の野良達も集まってきた。 得意になってまりさが話す。 「あいつらはまりさたちがうらやましいんだぜぇぇぇ! おともだちもいなくてっ!おちびをいっしょうつくれないんだぜぇっ!!」 「ゆゆぅぅ? そっかぁ!!そうだったんだねぇっ!!」 「れいむもきいたことあるよ! あいつらはにんげんのどれいなんだよっ!」 ゆぷぷぷ、ゆふふと笑い声が重なる。 そんな野良達を飼い主の側で、悲しそうな瞳で見ている飼いゆっくり達。 その視線が野良達を喜ばせていると知らずに。 「ゆぷぷっ!にんげんのどれいだってね! ゆっくりなのに!あわれにもほどがあるねっ!」 「ゆひゃひゃっひゃ!おちびはぜったいあんなふうになっちゃだめなのぜ!」 「あたりまえなのじぇ!まりしゃはひーろーなのじぇ!」 久々の幸福感を味わう野良達。 彼女等は知らない。 飼いゆっくりが沈んだ表情をしているのはこれから起こる惨劇を知っているからだと。 彼女等は知らない。 一週間前から加工所がこの公園で一斉駆除を行うと通知していたことを。 そして――――それが今日行われることを。 「――根公園前です、ご乗車ありがとうございました」 公園前のバス停で降りたはいいが、あれほど遊ぶのを楽しみにしていたてーは寝てしまっている。 饅殺男も多分寝るだろうなとは予想していた。今日は昼寝もしていない。 「さて……と。ん?」 ふと公園の入口を見ると、同じ塗装をされたトラックが数台止まっている。 そして同じ服に身を包み、手に細長い棒を持った人間達。 「ああ、そうか今日か」 今日は加工所による“清掃活動”の日だった事を思い出す。 どうやら今から始まるらしい。 やっぱり今日はツイているようだ、と思わず笑顔になる饅殺男。 加工所職員達の後をゆっくりとついて行く。 公園内を少し進んだだけで、もう野良達の姿が見える。 確かに結構数が多い、しかも街ゆっくりとは思えないほど能天気な姿だ。 「ゆひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」 何故かはわからないが、多数の野良が集まって馬鹿笑いしている。 そして視線の先には飼いゆっくり。 「あー、やっぱ“お客さん”いっぱい来てるなー」 野良が笑っている理由はわからないが、飼いゆっくりがこんなに集まっている理由はわかる。 飼い主達は恐らくこれから行われる“ショー”を見学させる気なのだろう。 もちろん内容も説明してるはずだ、飼いゆっくり達のほとんどが沈んだ表情をしている。 「ゆっへへっ……?ゆゆっ?なんなのぜ? なんかにんげんがあつま……て」 やっとこっちに、というよりは加工所の人間が来たことに気づいたらしい。 周りの飼い主達が望んでいた教育番組が始まる。 ――――自分達が捨てられるとどうなるのか、だ。 「か、かこうじょだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ!!! どうしてぇぇぇぇっ!?なんでぇえええええええっっ!!!!」 加工所の職員を見て、その服装から加工所の者だとゆっくりが認識できた時。 ゆっくり達はどのような行動にでるかご存知だろうか? 「にげるよぉぉぉおおおぉ!!れいむはにげるよぉぉぉぉっ!!」 まず逃亡を図るゆっくりがいる。 しーしー、涙、涎、おおよその体液全てを流しながらがむしゃらに跳ね回る。 当然そんな跳ね方をすればすぐ転ぶ。 もちろん転ばなかったとしてもすぐつかまることには変わり無い。 「いいぃぃぃっ!!おぞらをどんでるみだいぃぃっ!! やだぁあぁぁっ!!れいむをはなしてぇぇぇっ!!!」 ほぼ全ての逃走劇はこのように失敗に終わる。 「ま、まりささまがまけるわけないのぜぇぇ!! せいさいしてやるぅぅぅぅっ!!」 果敢に職員に向かっていく物もいる。 「ゆげっ!?ゆぐっ!そ、そんなこうげききかないのぜぇっ!! しぬのぜっ!――――ゆぇ?まりざのあんようごかないぃぃぃっ!! どうじでぇぇぇぇぇっ!?」 結果は逃亡したゆっくりの末路と変わらない。 数秒捕まるのが早まるくらいだ。 「……ひぃぃぃぃっぁぁぁぁっっ!!」 そして意外と知られていないが、その場で硬直するゆっくりも多い。 なぜなら、加工所職員の姿は餡子に刻まれた恐怖を掘り起こす。 生まれながらに持つ記憶が加工所の恐ろしさを強制的に伝える。 尋常じゃないほど身体が震える。それは得体の知れない恐怖。 ただの人間が、見たことも無い化け物に見える。 「ああぅ……おぁがあ……」 そして異常な恐怖は呼び覚ましてしまう。 自分は入ったことが無いはずなのに、加工所内部で行われる拷問の数々。 覚えているはずの無い生き地獄、そこで死んだ先祖が感じた狂気の苦痛を。 足を焼かれ、目を潰され、口を塞がれ、ひたすら死ぬための子孫を製造させられるもの。 すり潰され、押しつぶされ、自分がなぜ死ぬのかも分からずに消えていった幼い命。 死の間際の記憶が強烈にフラッシュバックし、パニックを引き起こす。 「やだぁあああああっ!!いやだぁああああああ!! いだいのばやだぁぁああああああ!!しにだぐないぃぃぃっ!!」 連れて行かれたら、死ぬよりも辛い目に合わされる。捕まれば地獄に落ちる。 逃げよう、逃げたい。少なくともそう考える。 ――――だがそこでまた受け継がれた記憶が教えるのだ。 悲惨すぎる過去の逃亡者達の末路を。 逃げでもすぐに捕まった。逃走は無駄だった。隠れても見つかった。 今までどのゆっくりよりも足が速かったのに、“ぴょんぴょん”する前に捕まった。 ――――逃げても必ず捕まるぞ、と。 「こないでぇ……!くるなっ!くるなくるなくるなくるなぁあああああああっ!!!」 逃げるのは無駄、そもそもあんよは震えて動かない。 でもでも、じゃあどうすればいい? 何も出来ない、ただ懇願するだけ。 「やめてぇえええええええええええええええっっ!! れいむにさわるなぁあああああああああああああっっ!!」 職員は答えない。 逃げないなら捕まえやすくていい。 逃げたところで追いかける手間はほとんどない。 ただ回収していくだけだ。 そうして公園はあっというまに野良達の悲鳴に埋め尽くされた。 「なんでっ!どうじでまりざのあんようごがないのっ!! なんでっ!なんでええええええええええええ!!!」 職員達が手に握る黒い棒。 ゆっくりにっくの研究チームが開発したゆっくり捕獲用ロッド『カラス』 ゆっくりの天敵だとか、ゆっくり達の巣を空にするからだとか、名前の由来は多々ある。 だが職員の関心が向くのはその使用方法と効果だ。 「うごいてぇぇ!!!うごかないとまりざじんじゃうよぉぉっ!!」 使用法はただ『カラス』でゆっくりを叩くだけ。 それだけで自身の体内餡をゆっくりはほとんど制御できなくなる。 外傷はないのに、痛みは感じないのに。あんよが、体が動かない。 まるで一瞬で動かし方を忘れてしまったような感覚。 焦れば焦るほど混乱し、意味を成さない奇声を辺りに散らす。 「びょんびょん!びょんびょんずるんだよぉぉっ!! ほらぁっ!こうだよぉぉっ!!ほらぁぁ!!ああああっ!!」 本ゆんはあんよを動かそうとしているのだろうが、身をよじることすらろくに出来ない。 音を耳ではなく、餡子の振動によって感じるゆっくり。 『カラス』はそれを利用した道具だ、内部から発せられる特殊な音がゆっくりの餡子を狂わす。 半狂乱になりながら、暴れることすら出来ないゆっくりを職員が持ち上げる。 「はなぜぇぇぇぇっ!!!まりざにざわるなぁぁぁぁっ!!!」 『カラス』の優れているところはゆっくりを傷つけずに捕獲できる所だ。 ほぼ無傷のゆっくりなら、加工所での利用の幅が広がる。 すり潰してエサに加工するにしても、生きたままの方が都合がいい。 「いやだぁぁぁぁぁぁ!!まりざどこもいきたくなぃぃぃぃ!! おうぢかえじでぇぇっ!!おうぢぃぃ!おうぢがえるぅぅぅ!!」 運ばれた先にはかなり大きな台車があった。 その広い広いスペースに、捕まった野良達が並べられている。 無論『カラス』によって身体の制御権を奪われている。 「あああああああああああ! やだやだやだやぢゃぁあぁぁあぁつ!! これこわいぃぃぃ!!まりざのりだぐないぃぃぃ!!」 この台車には染み付いている。 恐ろしくて、気が狂いそうなほどの恐怖によって漏らしてしまった体液の臭いが。 声が出なくなっても流し続けた涙が。 極度のストレスで抜け落ちたどの種ともわからぬ髪の毛が。 もはや加工所の記憶があろうと無かろうと、この台車に乗ったものがどうなったかが嫌でも解ってしまう。 「おろぜぇぇぇぇ!!でいぶをここがらおろぜぇぇぇぇぇ!!!」 「ごんなのとがいはじゃないわぁぁぁぁっ!! はやぐおろじなざいぃぃぃぃ!!」 「ゆっぇぇぇ……ゆえぇぇぇん」 先客達は抗議を続けるもの、既に諦めているものに別れている。 「おちびちゃんぅ!ぜったいここからだしてあげるからねぇぇぇぇっ!!」 「ゆぇぇぇぇぇぇっ!!ゆべぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」 気丈にも子供を励ましている物もいるが、その決意も無駄に終わるだろう。 「やぢゃぁあぁぁぁぁっ!!まりざをおろじでぇぇぇぇっ!!! のりだぐないぃ!こんなのやだぁぁぁぁっ!!ああああああああっっ!!」 どんなに騒ごうと、ここに乗せられたが最後。 何をしようと行き先は変わらない。 たとえ死んだとしても途中下車は出来ないのだから。 「ほら、よく見ろよー? お前も俺の言うことを聞かなかったら加工所に引き取ってもらうからな」 「ゆっぐりりかいじまじたぁぁぁっ!!! まりざいうことぜったいききますっ!! ――だがらもうおうぢがえろうよぉぉぉぉぉっ!!」 一方飼いゆっくり達も泣いていた。 身体を持ち上げられ、悲惨な野良達が良く見える位置に固定されている飼いまりさ。 帽子には銀のバッジがついている。 そのバッジによって自分が生かされているということを、嫌と言うほど教え込まれている最中だ。 「ほーられいむ、近づいたほうがよく見えるだろ?」 「もうじゅうぶんみえるよぉぉぉぉぉっっ!!! かえろっ!!!もうわがったがらぁぁぁぁぁっっ!!」 こちらの飼い主はれいむを抱えながら、台車へと近づいていく。 一歩進むたびにれいむは律儀に悲鳴を上げる。 野良に身分を落とすと言うことはそれだけで極刑に当たる罪なのだと。 野良とはそれだけで悪なのだと。 「どうぞどうぞ、近くでごらんください。 稀に唾を飛ばす固体がいますので、ご注意ください」 「どうもです」 職員達もこのショーを盛り上げる。 ゆっくりを飼っている人間は、そのほとんどが加工所の製品を利用しているだろう。 その点では彼等は全員お客様だ。 ――――とはいえ、一般の飼い主がこのような教育方法をとることは少ない。 恐らくはペットショップに卸す前のゆっくりだったり、再教育中の固体だろう。 半分くらいはブリーダーかもしれない。 職員にとってはどちらでもかまわない。 「ぞごのれ、れいむっ!れいむっ!!ゆっっぐり!!ゆっぐりぃぃっ!! はやぐれいむをだずげでねっ!!ゆっぐりしないですぐだすけてねぇっ!!」 「ざぎにまりざをたずげでねっ!!まりざのほうがゆっぐりしているよぉぉぉっ!!」 「ざぎにちぇんをだずげてねぇぇぇぇ!!ぞうなんだよねぇぇ!!! わがるよぉぉぉぉっ!!ゆっぐりじなぐでいいがらねぇぇぇ!!!」 「どがいはなありずをざぎにたずげなざいぃ!!!」 飼いれいむが台車の上でさらされる野良達に気づかれた。 途端に救助要請の大合唱が響く。 この状況で無事なゆっくりなら、自分達を助けられるとでも思ったのか。 『助かるかもしれない』とほんの少しでも考えたら、『助かるはず』に変わる。 一匹が騒ぎ出すと、瞬く間に台車に乗る全てが命乞いし始めた。 「ひぃぃぃぃっ!!こわいぃぃぃ!!」 もちろん飼いれいむに怯える以外の事が出来るはずもない。 「騒ぐな、何したってもうお前等は死ぬんだから」 今まで野良達に一言も答えなかった職員が死刑を宣告する。 もちろん、ショーを盛り上げるためだ。 おかげで台上はますますヒートアップする。 「やだぁあああああああああああっ!!!」 「じぬぅ!?うぞだぁぁぁっ!! れいむがじぬはずないでしょぉぉぉっ!? ばかなこというじじぃはしねぇぇぇっ!!!」 「たずけてくだざいぃ!まりざだけはたすけてぇぇぇっ!!!」 役者達はどんどん台上に追加されていく。 そして皆同じ台詞を吐き続けるのだ。 誰でもいい、何でもするからどうか助けてください、と。 「おどおしゃぁぁぁぁんっっ!!! なんなのあいちゅらぁぁぁっ!!こわいのじぇぇぇっ!!」 ヒーローを自称していたまりしゃがしーしーを盛大に漏らしながら父親にすがる。 「ど、どうしよっ!どうしようまりさぁぁ!! かこうじょだよぉぉっ!!あれかこうじょだよぉぉぉっ!!」 「お、おちつくのぜれいむっ!!だ、だいじょうなのぜ! ま、まりさならぁ!まりさならだいじょうぶなのぜ!」 震える声で落ち着けと繰り返す親まりさ。 次々に人間に捕らえられる知り合い達の悲鳴が恐怖を煽る。 「お、おちびはここにかくれてるのぜ! おとーさんがよぶまでぜったいでてきちゃだめなのぜ!」 「やじゃぁぁ!ひとりはこわいのじぇぇぇっ!!」 あたふたしながら、泣き叫ぶまりしゃを植木の影に隠す。 「がまんするのぜ!まりさがあいつらをやっつけるまでまってるのぜ!」 「おとーしゃぁんっ!!」 「でもどうするのまりさぁ!あいつらたくさんっ!いるよぉぉっ!!」 もみあげで指すれいむ、心底怯えきった目がまりさを見る。 自分がしっかりしなければいけない。 「ま、まりさが、まりさがまずひとりをやっつけるんだぜっ! そうすればほかのやつらはびっくりしてにげるんだぜっ! それでみんなをたすければ!みんなもきょうりょくしてくれるのぜ! そうすればだいじょうぶなのぜぇぇぇぇっっ!!」 「ま、まりさぁ……」 正直怖いが、自分で言っているうちになんとかなる気がしてきた。 うんそうだ、なんとか一人を倒せれば英雄の自分に勇気づけられた他の仲間達だって立ち向かうはずだ。 そしてその後、自分は誰からも認められるヒーローになれる。 「そうなのぜ、そうなのぜ!ひーろーはだれにもまけないのぜっ!! れいむっ!!まりさのかっこいいところをみているのぜ!」 決意を秘めた目で一番近くにいる職員を睨むまりさ。 体当たり、全ては全力をだせるかどうかにかかっている。 自分の渾身の体当たりをまともにくらえば、人間といえど即死だろう。 問題はしっかりと当てられるかどうか。 「ゆぐぐぐぅ……」 最初の一撃を外せば苦戦を余儀なくされるだろう。 しかもその後も、たくさんの人間との戦いが控えているのだ。 出来るだけ一撃で終わらせたい。 そんな夫の苦悩を感じ取ったのか、れいむが申し出る。 「まりさっ!!れいむがさいしょにこうげきっ!するよ!」 「ゆゆうっ!?」 「れいむじゃたおせないかもしれないけど……。 だから、れいむがおとりになってるすきにまりさがたおしてね!」 「れいむ……」 危険だ、あまりにもれいむが危険な作戦だ。 番のれいむにそんなことをさせるわけにはいかないが、正直すごくありがたい。 それに人間に反撃する暇を与えずにさっさと倒してしまえばいいのだ。 れいむが注意を引き付けてくれるというなら簡単な話だ。 「それに、はやくおちびちゃんをゆっくりさせてあげたいよ! あのこはきっとまりさみたいにかっこいいゆっくりになるんだからね!」 「ゆっ、へへへっ、よすのぜ。てれちゃうのぜ」 こんな状況なのに笑ってくれるれいむ。まりさも思わずほほが緩む。 「――――ねぇまりさ。 もしぶじみんなでまたゆっくりできるようになったらさ。 れいむは……おちびちゃんのいもうとをつくってあげたいな!」 「ゆゆっ!それはいいかんがえなのぜ。 きっととってもゆっくりしたおちびちゃんがうまれてくるのぜ!」 「うん!」 これで負けられなくなった。絶対にゆっくりプレイスを取り戻す。 れいむと頷き合い、覚悟は決まった。 「いくのぜれいむっ!!」 「うんっ!!れいむががんばってさきにたいあたりするよっ!! ――――ゆぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」 れいむが今まで見たことないほどの速さで跳ねていく。 もちろんまりさもすこし遅れて全力のスタートを切る。 作戦はれいむの体当たりで怯ませた隙に、まりさがトドメを指すというもの。 だがこれなら自分の出番は無いかもしれない。 そうまりさに思わせるほどれいむの跳躍は力強かった。 人間はこちらに背を向けている、まだ気づいていない。 もうすぐ、もうすぐれいむの体当たりが炸裂する! 「ゆああああああああああああっっ!!くらえぇぇぇぇっ!!」 「ん?」 れいむの咆哮にやっと人間が振り返るが、もう遅い。 今更避けることは出来ないだろう。 驚いた表情をした人間が手に持つ長い棒をれいむに突き出し―――― 「ゆぇっ!? ――ゆばべぇげえろえぇぇがあがががががっ!! いがががが!がが!つぇうえぇうえぇういえぇ!!!」 ――――『カラス』はれいむの眼球を貫通し後頭部を突き破った。 「――――ゆ?」 「がぐげげげっ!!れげげげげげっ!!げえぇぇごご!ごげぇっ!!」 あまりの出来事にまりさの中枢餡とあんよが止まる。 『カラス』はれいむの勢いのままに、その体内餡をたやすくつき抜け、中枢餡を削りながら飛び出した。 本来それに触れたゆっくりは動けなくなるのだが、刺されたれいむは異常な痙攣を繰り返している。 微妙に中枢餡の中心をそれたために即死出来なかったのだろう、言葉にならない苦痛の叫びが響く。 だが意味をなさない音の唸りが、より鮮明にれいむの苦しみを表現している。 「あびゃががごがががっごごがぁけききききっ!!!いがぁぁぁぁぁぁっっ!!」 「れ、れいむぅぅぅぅぅっ!!うああああああああああああっっっ!! ゆっくりぃぃぃぃ!!ゆっくりぃぃぃぃぃ!!!」 滅茶苦茶に暴れるれいむの姿は、それはそれは恐ろしかった。 もう人間のことなんてまりさの頭には無い。あんよは自身の漏らしたものでビショビショだ。 ――頭から“ちくちくさん”を生やし、それにぶら下がりながら餡子と悲鳴を漏らし続けるれいむ。 あんな姿でもまだ生きているのが不思議だった。 あんな姿で生きているのはどれほど苦しく、そして痛いのだろうか。 「面倒だ」 「びびゅぅぅっ!!ひゅー!ゆばゆぅぅぅぅ!!」 人間がれいむから“ちくちくさん”を引き抜く、するとやっと地面に降りたれいむがのた打ち回る。 「……ん」 「あべええがげあがががっ!!あああががぁぁ!!」 職員は髪の毛を掴み、ねずみ花火のように暴れまわるれいむを持ち上げる。 たかだがれいむ種一匹を壊してしまった所で何の問題も無い。 回収箱の中身と一緒に廃棄物として回収するだけだ。 「よし」 「っひぃぃぃぃいいいいいいいいいっっ!!」 その手の『カラス』を持ち直し、震えるまりさを見る。 それだけでまりさはもう逃げることしか考えられなくなる。 「ゆっぐっ!!ゆっぐぅ!まりざはにげるのぜっ! いだっ!!……ゆぐぅ!いだいぃ!にげなきゃぁぁ!! にげなきゃぁぁぁっ!!ゆぅ? ――――なんでびょんびょんできないのぉぉぉぉぉぉっ!!」 当然逃げることは不可能だ。 「ざわっ!さわるなぁぁぁぁぁぁ!! はなぜぇぇぇっ!!やめろぉぉぉぉぉぉぉっぉ!!」 「ふぅ」 職員が機械的に台車へと歩みを進める。 まりさにいたってはもう気が気ではない。 捕まったというのに、自分の身体は思うように抵抗できない。 必死に暴れたいのに、身体が動かない。 意識はこんなにもハッキリしていて、心が壊れそうな恐怖を感じているのに。 「ゆあぁっぁぁぁぁぁぁっっ!!ゆあああああああっ!!!」 死にたくない、ゆっくりしたいと願うまりさ。 唯一自由に動き回る目を、ギョロギョロと動かし救いの手を探す。 そして気づいた。 「あああっ!!ほらっ!うじろぉっ!うじろぉぉお!あれぇぇっ!! ねてるおちびがいるのぜぇぇぇっっ!! さぎにぞっちをつがまえるのぜぇぇっっ!! ずーやずーやしでるがらまりざよりつかまえやすいのぜぇぇっ!!」 「後ろ?……あっ」 職員が振り返ると、胴付きゆっくりを抱いた青年が立っていた。 てーと饅殺男だ。 職業柄思わず胴付き、それも希少種であるてんこだと相当になる――などと値段を頭で計算してしまう。 思いもよらぬ存在がいた驚きと、若いのに高価な飼いゆっくりを、等また考えてしまい反応が遅れる。 先に饅殺男のほうが口を開いた。 「すいません。 ちょっと“こういうの”が好きなので見学させてもらってたんですけど。 もしかしてお邪魔でしたか?」 「ああ」 なるほど、お客様だということか。 それなら自分がやることは何一つ変わらない。 それに、自分の仕事を楽しんで注目してもらえると言うのは悪い気分ではない。 「いえいえ、どうぞ見てやってください」 「ありがとうございます」 ニコニコと笑う饅殺男からまりさに向き直り、その汚れた身体を持ち上げる。 「お、おぞらをとんでるぅぅっ!!とびだぐないぃっ! どうじでまりざがさきなのぉぉぉぉっ!? そのおちびのがつかまえやすいのぜぇぇぇっ!! まりざはそのあいだににげるよぉぉぉぉっ!! いいでしょぉぉっ!?」 必死に理由にならない理由を説明するまりさ。 自分が助かるための生贄に選んだてーを、必死におさげで指しアピールしている。 苦笑しながら職員が饅殺男に伺うように視線を向けるが、饅殺男はニヤニヤと笑っている。 野良が乗せられる台車に近づくとまりさの訴えもますます必死なものになる。 「ぎいでぇぇ!!まりざのはなしきいでぇぇっ!! あいつをさきにっていってるのぜぇぇぇっ! にんげんのどれいのゆっぐりなのぜっ!だがらぁぁっ!!」 「ははは」 「ゆゆっまっでぇぇ!!ちょっとだけはなしてぇぇぇっ!! まりさのぉぉっ!!まりさのはなしをきいてぇぇぇぇ!! なんでぇぇぇっ!!なんであいつらはつかまえないのぉぉぉぉっ!!」 てーだけでなく、周りの飼いゆっくり達の事を言っているのだろう。 希少種、それも胴付きを抱いた人間がいることもあって、この場は注目を集めている。 飼いゆっくりとその人間だけでなく、台上の野良達も。 ここで説明してやるのも悪くない。職員が口を開く。 「飼いゆっくりである以上、我々が加工所に連れて行くことは絶対無い。 飼いゆっくりである以上はな」 「なにぞれぇぇぇぇぇえっっっ!!!!!」 「ずるいよぉぉぉぉおぉぉぉっ!!」 「ふこうへいよぉっぉぉぉ!!! ありすもたすけなさいぃぃぃぃぃっ!!」 もちろん野良達が納得するわけがない。職員にもそれはわかっている。 だが、捕まれているまりさは違う反応を示した。 「まりさもぉぉぉぉおっ!!まりさもかいゆっくりなんだぜぇぇぇっ!!」 嘘としての基準にも達しない戯言。 しかし決して覆らない飼いゆっくりとの格差に文句を言うよりは、建設的な行動かもしれない。 が、意味は無い。 それでもまりさは必死だった。 「まりさはぁぁっ!ゆっと……ゆぅーん……! そうだよぉおぉお!!そこのおにいさんのかいゆっくりだよおぉぉおっ!! そうだよねぇ!?そのおちびちゃんともなかよしさんなんだよぉぉぉぉっ!! おにぃさんっ!?ゆっくり!ゆっくりしてってねぇぇっ!!」 「ふぅ」 呆れながら職員は突然飼い主にされた饅殺男を見る。 『どうしますか?』そう伺うような視線で。 それを受けて、饅殺男がまりさに答えた。 「んー、そうだね。そういえば僕まりさを飼ってた気がするなぁ」 わざとらしく、大きな声でゆっくりにも聞き取れるように言う饅殺男。 それを聞いてぐしゃぐしゃに顔を歪め、助かったと確信するまりさ。 身体が動いたら飛び跳ねながら、騒いでいただろう。 実際うれしーしーを漏らしている。 「!!っ!!そうなのぜぇっ!!まりさがまり――!!」 「ちがうよっ!!!」 「ゆえっ!?」 そんなまりさに台車から待ったがかかる。 「おにぃざぁぁんっ!!れいむがまりざだよっ!! ゆっぐりおもいだしでねっ!!」 「ゆゆぅっ!?」 台車に乗っていた一匹のれいむが大声で叫んだ。 おおむね予想通りの展開に饅殺男は笑う。 とはいえれいむ種がまりさを名乗るとは思わなかった。 てっきり『飼いゆっくりのまりさ』の座をまりさ同士で奪いあうとおもったのに。 一方驚いたのはまりさだ、冗談ではない。 せっかくのクモの糸を奪われてたまるか。助かるのは一匹なのだ。 「うぞつくのはやめるのぜぇぇっ!! れいむはれいむでじょぉぉぉっ!?まりざがぁ――」 「おまえじゃないのぜぇぇっ!! まりざこそがゆっくりしたおにーさんのまりさなのぜぇっ!!」 「おにぃざんっ!ありすがとがいはなまりざよっ!? どがいはでゆっぐりしてるおにーさんならわかるわよねっ!? このこたちはまりさのゆっぐりしたおちびちゃんよぉぉぉっ!!」 「ゆえぇぇっ!?」 「ちがうよぉぉぉぉっ!! ちぇんがまりさだよぉぉぉぉっ!!わがってねぇぇぇっ!!」 口々に自分こそが“まりさ”だと訴える野良達。 ちゃっかりと自分の子供をも飼いゆっくりにしようとしている個体もいる。 「えー?みんなまりさのかな? うーん、僕はあんまり覚えてないから良くわからないなぁ。 でも確か帽子を被ってたよ、僕のまりさは」 「ゆゆっ!!」 帽子、その言葉を聞いて勝ち誇った笑みを浮かべるのは本物のまりさ種達だ。 「おぼうしぃぃっ!!ほらっ!みてぇ!! まりさのおぼうしだよぉおぉぉっ!みるのぜぇぇっ!!」 「ちがうのぜぇぇぇっ!!ほらあぁぁ!!! まりさのおぼうしのほうがゆっくりしてるのぜぇぇぇぇっ!! おにぃぃさぁぁんっ!!おもいだしてよぉおぉぉ!!」 「ちがうよぉ!!まりしゃがまりしゃだもんっ!! みちぇにぇ!みちぇぇぇにぇぇ!!」 成体だけではなく赤ゆっくりすらも饅殺男に向かって必死でお帽子を見せる。 思い出せと言われても、そもそも飼ってないのだから無理な話だ。 そしてお帽子を持つのはまりさ種だけではない。 「ちぇんのおぼうしをみてねー!! わかるよねぇぇ!?ちぇんがおにーさんのまりさんなんだよぉぉぉ!!!」 「はっはっは!」 人間達は笑うが、必死なゆっくり達は気づかない。 満足に動かない身体で必死にお帽子を饅殺男のほうに向けている。 もちろん帽子を持たない種も黙ってはいない。 「れいむにおぼうしをよごぜぇぇぇぇぇっ!! れいむはしにたくないんだよぉおぉぉぉお!!」 近くにいるまりさ種から帽子を奪い取ろうとするれいむ。 だが身体を一歩も進めることが出来ない。 もみあげを伸ばそうにも届かない。 「ゆっくっく!おまえはばかなれいむなのぜ!! ゆっくりできるわけないのぜ!!」 「ゆがぁぁぁ!!ふざけるなぁぁぁっ!!れいむにはやくおぼうしわたせぇぇっ!! れいむがゆっくりできなくなるだろうぉぉぉ!!」 持たぬ物は口々に帽子を要求する。 もちろん差し出されることはない。 「おにいぃさぁぁぁぁん!!きいてねぇぇぇっっ!! ありすはほかのゆっくりにおぼうしをとられちゃったのぉぉぉ!! だからありすがまりさよぉぉっ!! おにーさんならわかるわよねぇぇぇぇぇっ!!!」 「わからんわからん」 職員ですら野良達の様子に笑いをこぼす。 台上のゆっくりはいまや全てが饅殺男に自分こそが飼いゆっくりであると主張していた。 ――――たっぷり反応を楽しんだ後、饅殺男は一番最初に飼いゆっくりだと主張した、 今やヒーローを待つ側となったまりさに話しかける。 「んー、そうだね。どうやら君が僕のまりさみたいだね」 「そうだよぉ!!そうなんだよぉぉ!まりさっ!まりさですぅぅ!! おにぃぃぃさんぅぅぅありがとおぉぉおぉおおおっ!!!」 「ちがうぅぅよおにぃぃざぁああん!!まりざがまりざだよぉぉぉ!!」 「れいむがまりざだよぉぉぉぉぉ!!ねぇぇぇ!!きけぇぇぇぇっ!!」 涙を流しながら、感謝の言葉を大声で饅殺男に叩きつけるまりさ。 それよりも更に大きな声で、思い直してくれと叫ぶ他の野良。 「ゆっゆっ!まりさうれしいよぉぉおぉ!!おにぃぃさぁぁんっ!! まりさはちゃんと――――」 「じゃぁこのまりさ捨てますので、持っていってください。 よろしくお願いします」 「はい、かしこまりました」 「――――はぇ?」 まりさの笑顔が凍りつく。そして溶け、不安に歪む。 今、ねぇ今、まりさのおにいさんは何と言った? 自分を捨て―――― 「やだぁあああああああああ!!すてないでぇぇぇぇぇぇっ!! まりさだよぉおぉおぉぉ!!おにぃぃぃさんんぅっ!! まりさなんだよぉぉぉぉおぉっ!!」 元々が助かりたい一心でのでまかせだったことをもうまりさは覚えていない。 せっかく助かると思ったのに!やっとこの地獄から抜け出せると思ったのに! 諦めきれるはずがない。 「うんだから捨てるんだって、ばいばーい」 「なんでぇえええええええええ!!なんでまりさをすてるのぉぉぉっ!!」 「だってほら、バッジ無いじゃないか君は。 周りの飼いゆっくりを見てごらん?みんなお飾りについてるでしょ? バッジ」 「ばっじさん……?」 バッジと言われてもまりさは解らなかった。 とりあえず目の前のおにーさんが抱く見たこと無いゆっくりには、キラキラなお飾りが一杯ついている。 そして周り、他の飼いゆっくり達はお飾りに何か丸いものを付けている。 あれの事なのだろうか、飼いゆっくりになったらみんなもらえるのか? 「ま、まってねっ!まりさまだばっじさんもらってないよっ!」 「じゃぁ、もともと飼いゆっくりじゃないんだね。 他のまりさだったかな……?」 おにーさんがまりさから視線を外す。 それだけで餡子が口から逆流するかと思うほどの恐怖がまりさを覆う。 「う、うそだよぉっ!!ちょっとかんちがいしただけですぅぅ!! まりさもらいました!ちゃんとばっじもらいましたぁぁっ!!」 「そっか、じゃあ無くしたんだね。そんな子はいらないなぁ」 「まっでぇぇぇぇ!!ちがうぅぅっ!!ちがうよっぉぉおぉっ!! ちゃんとあるぅ!ありますぅっっ!!」 慌てて自分の帽子をおさげで引きずり降ろし、バッジがついていないか確認する。 表――白かったはずのリボンが今は真っ黒になっている、もちろんバッジは付いていない。 裏――生ゴミや雑多な草を詰め込んでいたために、腐臭がする。良くわからないものがこびり付いている。 もちろんその中にもバッジは無い。 「あ、あれー、おかしいのぜっ、さっきまであ、あったはずなのに……」 必死で誤魔化そうとするまりさを職員が台上に下ろした。 「ゆわああああああっ!!まっでぇぇぇっ!!まっでぇぇぇぇ!! いまさがすぅぅ!!いまさがすのぜぇぇぇぇl!!! ああああああああっっ!!ほらここにあるはずだよぉぉぉっ!! ゆぅぇぇぇ!?どうじでばっじさんないのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 何度も何度もくるくると帽子を回し、必死に探すまりさ。 溢れる涙のせいでまともに見えていないだろう。 まりさが捨てられたために、自分にもまだチャンスがあると勘違いした野良達が饅殺男へのアピールを再開する。 「おにぃさんっ!!ほられいむはちゃんとばっじさんもってるよ!! ほらっ!!これでしょ!わかったらさっさとれいむもだっこしてねっ!」 そう言ってれいむがベトベトの舌で差し出したのは、ただの小石だ。 れいむの宝物でお飾りに隠していた、少なくともれいむにとっては綺麗な小石。 もちろん人間からすればただのゴミ。 「うんそれバッジじゃないから」 「どぼじでええええええええ!!うぞづくなぁぁぁっ!!!! よぐみろぉぉぉぉっ!!ばっじだよぉぉおっ!!これがばっじさんなんだぁぁぁっ!!」 小石を握ったもみあげを千切れんばかりに振り回すれいむ。 だがもう饅殺男はれいむを見ていない。 「おにーさん!あ、ありすはちゃんとばっじさんをしっているわっ!! とってもとかいはよね!」 「ん?べつにバッジはとかいはじゃないよ?」 「ゆひぃ!? じょ、じょうだんよ!ばっじはものすごくいなかものなのよね! あ、ありすもすっごいめいわくしてるの!」 「うん、別にいなかものでもないよ。バッジはバッジ」 「ゆゆゆぅぅぅ!? じゃぁぁいったいなんなのよおぉぉぉっ!!!」 抗議の声はもう届かない。 「ちぇんはばっじさんのことわかるよー!わかるんだよー! だからおにーさんもわかってねー!」 「うん、じゃぁバッジって何?なにがわかるの?」 「にぎゃ?え……とっ、とにかくばっじはわかるんだよぉぉおっ! わかるでしょぉぉぉっ!?」 「全然わかんない、ばいばい」 「ああああああああっ!!」 バッジを求め一心不乱に辺りを探す野良達、身体が動かないために目だけを必死で動かす様子は実に気味が悪い。 ばっじ、ばっじさん、それさえあれば助かる。 でもどこにも無い、今まであんなものが落ちていたなんてことは無かった。 「おにぃぃさぁぁんっ!ばっじないよぉぉっ! まりざなくしちゃったよぉぉおおぉっ!!!」 一度は飼いゆっくりと認められたまりさが泣いて饅殺男にすがる。 「そっか、まぁ無くす子は捨てるから大丈夫だよ、あやまらなくていいさ」 「……ゆぇぇぇぇぇ!!!」 涙でグシャグシャになった目に映ったのは、饅殺男が微笑みながら別れを告げる姿だった。 まりさはこんなに一生懸命頼んだのに、まりさじゃどうしようもないのに。 バッジなんていう良くわからないものが無いから助けてくれないなんて。 「ひどいよぉぉぉぉっ……ひどいよぉぉぉぉっぉ!!!」 そうこうして間に、台車は回収されたゆっくり達で一杯になった。 「それでは、こいつらをトラックに運びますねー」 「お疲れ様ですー」 職員が周りの人間ににこやかに挨拶する。 そして台車は動き出す、野良達が唯一の希望だと思っている饅殺男から離れていく。 「まっでぇぇぇえぇ!!!ちゃんとばっじあるからぁぁあぁぁっ!! ああああああっ!!どうしてはなれちゃうのぉぉぉっ!! おいていかないでぇぇぇっ!!まってぇぇ!!!」 「まってぇぇぇ!!ありずとおちびちゃんもづれていきなざぃぃ!!いながものぉぉぉっ!!!」 「なにしてるんだぁぁ!!でいぶがまだゆっぐりじでないだろぉっ!!」 台車ごと自分達が移動していることがわからない野良達。 必死に身体をひねり、なんとか饅殺男の方を向き、自分を、自分だけは助けてくれと叫ぶ。 「うぅぁあああああああ!!みでないでだずげろぉぉっ!! おいぃぃ!そごのれいむぅぅ!はやぐれいむをだすけろぉぉぉぉおぉっ!!!」 「………………うぅ」 饅殺男だけではない、もう相手を選ぶ余裕は無い。 飼いゆっくりの近くを通れば飼いゆっくりに。 「そごのどれいぃぃ!!まりざはざいぎょうなんだぜぇぇ!!!! ぶぐぅぅぅ!!……ゆ、ゆうぅぅ!?ぷくーでぎないぃぃぃ!! あああっ!!!どれいぃぃなんとかするのぜぇぇぇ!!」 その飼い主が近づけば飼い主へ。 騒音を撒き散らしながら台車はトラックへと進んでいく。 「たすけてぇえぇぇ!!ほんとにれいむしんじゃうよぉぉぉ!! ねぇぇぇ!!だれかあぁっ!!それでもいいのぉぉぉっ!?」 「とかいはなのぉぉっ!!ありずどおちびぢゃんはとってもどがいはなのよぉぉっ!!」 もう無駄な工夫をする余裕は無い、口々に助けてくれと叫ぶだけになっていく台上の死刑囚。 しーしーとうんうんが混ざった悪臭すら気にしていられないほどの恐怖。 「おにぃぃさぁぁぁぁん!! もっかいぃぃぃ!!もっかいだけばっじちょうだいぃぃぃ!! こんどはなくさないよぉぉ!ぜったいなくさないからぁぁぁ!!」 諦めきれず、おさげをプルプルと震わせながら饅殺男へと伸ばし続けているまりさ。 必死で伸ばしているようだが、一人と一匹の距離はおさげが渡りきるにはあまりにも遠い。 そして饅殺男が背を向ける。 「ああああああああああああああああああ!! まっ――ゆげっほぉっ!げへぇぇぇぇ!!」 待ってくれと叫びたかったが、せり上がって来た自身の餡子によって阻止される。 切れてしまった蜘蛛の糸。あと少しで地獄から出れる所まで行ったはずなのに。 「ああぁぁぁ……」 他の大勢の仲間は未だに叫んでいるが、重くのしかかる絶望のせいでもう大声を出せなかった。 暗い眼で、てーを抱く饅殺男の後姿を見つめ続ける。 ――――そんなまりさを呼ぶ物がいた。 「おとーしゃん!」 「あっ!!……おちびぃぃ!!」 れいむと一緒に植木に隠れさせた、たった一匹のおちび。 いつになっても帰ってこない父と母に、心細くなって出てきてしまったのだ。 そして信じられない光景を見ることになった。 最強の父親が何かに乗せられて泣いている? 「おとーしゃん!どぉおしたのじぇぇっ!! はやきゅそいちゅをやっつけちぇぇよぉぉっ!! おとーしゃんはひーろー!ひーろーしゃんでしょぉぉ!!」 何かの間違い、もしかたらおとーしゃんはすごい作戦を実行中なのかもしれない。 絶対そうに違いないと考え、まりしゃが叫んだ。 対する父親の返答は―――― 「おちびぃぃぃぃ!!たすけてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 「ゆ……じぇ?」 ――――自分への命乞いだった。 「おちょ……しゃん?」 「はやくたすけてよぉぉ!おちびぃぃぃ!! このままじゃまりさかこうじょつれてかれてしんじゃうよぉぉぉ!! ねぇぇ!!おちびぃぃ!はやくぅっ!!はやくたすけてぇぇぇぇ!!」 見たことも無いほど歪んだ、父親の顔。 まりしゃは父親が泣く姿なんて見たことなかったし、自分を頼ってくるなんて想像したこともなかった。 強くて、優しくて、ゆっくりしているおとーしゃん。そう思っていた。 「おちびぃぃ!おねがいぃぃ!はやくこいつらやっつけてぇぇ!! たすけてぇぇぇ!!ねっ!?ねっ!?おとーさんゆっくりできなくなっちゃうんだよぉ!?」 「ゆわぁ……ゆあっぁああああ」 目の前の、こいつはなんだ?本当に父親なのか。 醜く崩れ、涙を滝のように流し、まりしゃに何かを叫んでいる。 もし本当にこれが父親のなのだとしたら、最強の父親をここまで追い込む。 この人間は―――― 「ゆじぇぇぇぇんっ!!まりしゃはにげるのじぇぇぇ!! ゆっくりしにゃいでしゅぐにげるのじぇぇぇぇっ!!!」 「ああああっ!!まってぇぇぇ!まっておちびぃぃぃ!! もうおちびしかいないのぉぉぉぉぉ!!!まってよぉぉぉっ!! みすてないでぇぇぇ!!!おちびぃぃぃぃぃ!!!!」 泣きながら子供、まだまだ幼いおちびに訴えかけ同情を引こうとするまりさ。 もはやヒーローどころか、父親ですら無くなった。 「…………」 一方職員も追いかけて捕まえるようなことはしない。 もともと成体ゆっくりを中心に回収しているのだ。 あくまで数を減らしているだけで、殲滅が目的ではない。 そもそも、親がいなくなった子ゆっくり達の末路を考えれば捕まえる意味は無い。 「まってぇぇぇ!!!おとぉぉぉさんをたすえけてぇぇぇ!! おちびぃぃい!!!おちびぃぃぃぃぃぃ!!!!」 「ひぃぃぇえええんぅ!きょわいじぇぇぇぇぇえあぁあぁっ!!」 おちびは一度も振り返らない。 後ろからついてくる父親の声が恐ろしいから。 「ふぅ」 ――――とうとう台車はトラックの下へ着いた。 野良達が台車ごと中に入れらていく。 「ひぃぃぃぃぃっ!!なにここぉぉぉぉぉ!! ぐざいぃぃい!!ごわいぃぃよぉぉぉぉ!!」 「こっちくらいぃぃぃ!!れいむやだぁぁぁぁぁっ!! もうおうちぃぃ!!おうちがえらせてぇぇぇぇ!!!」 トラックにもゆっくり出来ない臭いが染み付いている。 荷台が閉められ、光が一切無くなる。 暗い、見えないと叫ぶがもう遅い。 ここ入れられた物達の未来に光がさす事はもう無い。 タイミングが悪いことに、家についてすぐてーは眼を覚ました。 とはいえ、公園で起きたとしてもあの状況では遊べなかっただろう。 しかし、しっかり公園を通ると言われていたことは覚えていたらしく。 「ん……だでぃ?こうえんついた?」 眼が覚めるなり饅殺男に尋ねるてー。 「いや、もう家。ご飯にするぞー」 「ええっ!?なんでー!」 と猛抗議を始めるてー。 自分が寝ていたことを説明しても納得しない。 「おらおら!」 「はははっ!やめてよぅ!はははは!だでぃ!! もー!きいてよぅ!」 くすぐって有耶無耶にしようとしても駄目だった。 仕方が無いので、明日また行くと約束した所でやっと落ち着いた。 「ううぅぅ」 ぐりぐりと料理中の饅殺男の身体に頭を押し付けている。 消費する予定だったエネルギーが余っているようだ。 「ほらほら。歪なコロッケが出来たぞー」 「むぅー、たべる……」 植木の下でぶるぶると震えながら、一睡も出来なかった夜が明けた。 まりしゃの両親は結局帰って来なかった。 泣きながら自身へ助けてくれと何度も繰り返していた父親の姿。 涙と涎でぬらぬらと気持ち悪い顔、恐ろしい表情。 あれは本当に現実のものだったのだろうか。 「ゆっ……」 明るい空。ポカポカと気持ちのいい暖かな空気。 しかし、それを分かち合える存在がいない。 人間がいなくなったのはいいが、大人達もみんないなくなってしまった。 いつもは賑やかな公園に、今は見渡してみても誰もいない。 「おなか……すいたのじぇ……」 幸いにも雑草には困らない。 ただし一度噛み砕いてから与えてくれる母親の姿はここにはない。 「ゆげぇぇぇぇぇぇ」 苦い。 くささんとはこんなにも苦いものだったのか。 辛い。 一人っきりの食事はこんなにも辛いものだったのか。 「ゆえぇぇぇぇぇ……おかーしゃん……! おとぉぉしゃぁぁぁぁんっ!!!!!」 なんで、どうしてこんなことになってしまったんだろう。 本当にあれは悪夢だったんじゃないかと思うほど急だった。 たった半日前まで両親に抱かれながら、しあわせーだったのだ。 本当に、これが夢なら。 「ゆっぐぅ!ゆっぐっ!! おとーしゃんとおかーしゃんはかえってくるのじぇ」 苦い草を食べた気持ち悪さと、極度の寝不足がまりしゃの意識を遠ざける。 次に目を覚ましたら、きっとおかーさんが『おはよう!ねぼすけのおちびちゃん』 そう言って笑ってくれるはずだ。 だからお願いします。もう二度とこんな悪夢は見せないでください。 気絶するようにまりしゃは眠った。 「いい天気だ」 「だでぃ!はやくっ!はやくぅ!」 約束どおり公園に来た饅殺男とてー。 さすがに昨日加工所が来ただけあって、静かなものだ。 野良達の姿は見えない。 トテトテ先を走るてーに急かされ、視線を戻す。 昨日買ったばかりのジャージが嬉しいのだろう。 一秒すらも惜しいと言う感じで、芝生へ駆けていく。 「さて、何しようか?」 「えっとね、たっち!」 「うい、おーけー」 “たっち”とは、目を瞑ったてーを少し離れたところから手拍子や声で誘導、 てーが饅殺男の下までたどり着けたら成功というゲーム。 勝ち負けも何もない、本当に単純な遊び。 それでも一生懸命なてーの姿は可愛い、こっそり位置を変えたり、捕まえやすいよう近づいてやったりする。 「たっちっ!」 「おっ、はははっ!早いじゃん」 「うん!」 てーが飽きることは無い。 カバンにはボールも入っている。 とことん付き合おう。 「ふぃー。てー?そろそろ帰ろうぜー」 かれこれ4時間は公園にいる。夕方という時刻だ。 かけっこ、それから始まったおにごっこ。 遊具を使った遊び、そしてキャッチボール。 「やーぁ!もうちょっと!」 「だめだめ、もう今日は帰んねーと」 それでもまだてーは満足していないらしい。 とはいえ、今日は虐子の家で夕飯をご馳走になる約束をしている。 遅れるわけにはいかない。 「あとちょっと!だでぃ!!」 「だーめ」 問答無用で抱き上げる。 いつもならこれで大人しくなるはずが、じたばたと暴れるてー。 「ん、今日はご機嫌斜めだな」 「やーぁぁぁ!!あそーぶぅー!!」 ついに泣き出してしまった。 これは本当に珍しい。 てーが、というよりはてんこ種は飼い主の注意を常に自分に向けたがる。 逆に言えば、かまってさえ貰えれば満足するのだ。 実際てーも抱き上げるなり、頭を撫でるなりすれば、大抵素直に言うことを聞いていた。 「うーぅ!だでぃ!かえるのやぁーあ!」 「もう十分遊んだだろ? それにマミィが待ってるぞ?早く帰らなきゃ」 「やーあうぅ!!」 虐子を引き合いに出しても、納得しないなんて。少し驚く饅殺男。 実際てー自身、何か特別な理由があったわけではない。 今日はとっても楽しくて、だでぃも笑ってくれてて幸せだった。 でも帰ろうといわれて、なんだが途中で遊ぶのを飽きられてしまったように思えて。 それがなんだが寂しかったのだ。だからもう少し遊びたかった。 「また来よう?そろそろご飯だからさ」 「んーん!あああうぅぅ」 首を振るてー。抱き上げたてーを撫でつつ饅殺男は歩き出す。 別に遊ぶ内容はなんでもよかったのだ。 もう少し一緒に遊びたかった。 でも一方でご飯の時間には帰らなきゃいけないのも分かっているし、 だでぃの言うことをきかなければいけないのも分かっている。 でもやっぱり言葉にできないモヤモヤが気持ちに残っている。 だから首にしがみ付いて精一杯泣く。それを全部吐き出すように。 「んー、てー?泣くのはいいけど一回これ飲みなさい」 「ひっぐぅ。うっぐ、ん……こくっこくっ」 「よしよし、と」 差し出した水筒のゴムストローに素直に口をつけるてー。 饅殺男もあやしながら考える。思いっきり泣いたほうがスッキリするだろう。 てーにはてーなりの理由があるのだろう、だから叶えてやる事は出来ないけど。 決して『泣くな』なんて言わない。気が済むまで抱っこして、撫でてやる。 だから―――――― 「ひーろまりしゃがきたからにはもうだいじょうぶなのじぇ!!」 今は野良なんかに構っている暇など無いのだ。 まりしゃが目覚めると外はもう暗くなり始めていた。 両親はまだ帰ってきていなかった。 ちょっと時間が掛かっているだけですぐ帰ってくるはずだ。 そうに決まっている。 「ゆっ、ゆっ、おとーしゃんたちがかえってきたときのためにごはんさんをあつめとくのじぇ!」 一回の睡眠を挟むことによって、恐ろしい記憶は全て夢ということで折り合いをつけたらしい。 両親は今帰り道を急いでいることだろう、そう自分に言い聞かせている。 そうやって臨時のおうち代わりにしている植木から外に出て、見つけた。 表現することが出来ない、今まで見たことも無いくらいの美ゆっくりを。 「ゆっ、ゆへへぇぇっ」 汚れ一つ無い肌、綺麗な髪、きらきさんが散りばめられたお飾り。 そして“どうつきさん” 衝撃だった、初めての恋愛感情は強烈だった。 「ゆわぁぁ!しゅごいっ!しゅごいのじぇぇっ!!」 ただ見てるだけなのに照れてしまう。おかおが赤くなってるのが自分でも分かる。 人目惚れだった。フラフラとそのゆっくりに引き寄せられていくまりしゃ。 「ゆっとぉ、ゆっ、ゆっとぉ」 どうしようか、最初の挨拶はなんて言おう。 やっぱり『ゆっくりしていってね!』だろうか。 いや、ここは自分のカッコイイ所を見せるために『ゆっくりしていくのじぇ!』が一番だろう。 ゆへゆへと、だらしなく口を緩ませながらまりしゃがどんどん近づく。 「ゆぇっ!?」 見とれていたまりしゃの瞳に信じられない光景が写った。 突然その美ゆっくりが泣き出したのだ。 それだけではない、人間に捕まってしまった! 「な、な、な!」 一瞬慌てるまりしゃ、だが思い出す。 父と母に聞かされた二人の馴れ初めを、そして自分はヒーローだと言うことを。 そう、考えてみればこれは千載一遇のチャンスなのだ。 あの人間を倒し、彼女を救う。 そうすれば―――― 「ゆへへへなのじぇ」 頬が緩む、ヒーローとしての確固たる地位ととびっきりの伴侶。 その両方を手に入れることが出来る。 さて行くか。もたもたしている暇は無い。 早く助けてあげなければ、未来のお嫁さんであり囚われた“おひめさま”を。 「ひーろまりしゃがきたからにはもうだいじょうぶなのじぇ!!」 大声で叫んでやった。 「――――ゆっ!?」 全力の大声を出したのに人間はまりしゃを見ない。 そしてあの子はまだ泣いている。状況は何も変化していない。 どういうことだ? 「おいぃっ!きいているのかにんげんぅ!! そにょこをゆっくりしないではなしゅの――ゆゆっ!? とまれぇぇぇ!!ひーろーまりしゃがさんじょうしたんだじぇ!?」 人間のあんよは止まらない。 恐らくまりしゃには敵わないので、逃げる気なのだろう。 そうはいくか。 「まりしゃからにげられるとおもうにゃぁぁ!!」 全力で追いかける。相手はトロい。このまま体当たりを喰らわせてやる。 「ゆっ!っしょ!ゆっ!っす! ゆん?あ、あれ?」 タイミングを計るため顔上げたが、おかしい。 人間との距離が全然縮まらない。 息が切れるほど一生懸命跳ねているのに追いつかない。 「まっ、まつのじぇぇぇっ!! ひきょうものぉぉぉぉっ!! まりしゃとたたかえぇぇぇっ!!!」 体当たり、一発でも当てることが出来れば動きを止められるはずだ。 それにあの子の救いを求める泣き声、そしてきらきらさんの涙が見えているのだ。 「ゆぉぉぉぉっ!!ぜったいにがしゃないのじぇぇぇっ!!」 「ひっぐ、ひっぐ、ふぇぇっく」 「今度はマミィも一緒に行こうなー。ちゃんとジャージも着てさ」 こんなに全力でぴょんぴょんした事なんて今まで無かった。 それなのに、何で追いつかない? 「はぁ、はぁ――ゆびぃ!?」 突然あんよに痛みが走る。 じめんさんが急に硬くなってしまった? コンクリートなんて言葉を知らないまりしゃには理由は分からない。 いつの間にか公園を出ていることも。 ジンジンと痺れるような淡い痛みが断続的にまりしゃに響く。 「まちぃぇぇ、まりしゃ、はぁぁぁっ……! ひーろぉなのじぇぇぇ……!」 やっと距離が縮まって来た。 あと少し、あと少しで追いつく。 「ゆああああああああっ!!」 こてん、とまりしゃが饅殺男のジーパンに当たる。 反動で体制を崩したまりしゃが、うまく着地できず顔から地面に落ちる。 「いぢゃ!ゆぐぅぅぅ!や、やったのじぇ!これで……!」 地面に倒れ付す人間にトドメ刺すためにまりしゃが起き上がり。 平然と歩く饅殺男に驚愕する。 「にゃんでぇぇぇ!!どうしてなのじぇぇ! あてたのにぃぃ!あてたのにぃ!!どうしてぇぇぇ!!」 残された全ての力を一撃に託した。 反動で自分が動けなくなるほど強烈な体当たりだったのだ。 その証拠にまりしゃの身体はボロボロだ。 絶対死ぬはずだ、そんな一撃だったのに。 当てれば倒せると思っていただけに、ショックは大きい。 「まぁっ、ちえぇぇっ……まつのじぇぇぇぇ……!!」 それでも諦めきれない。 引きずるようにして身体を饅殺男の方へと移動させる。 「ひっく……うっくぅ」 「よしよし。……ふん」 「くら……うのじぇ……!」 何故か急に立ち止まった人間。 チャンスだ、人間のあんよに必死に噛み付く。正確に言うならジーパンの先っぽに。 「ゆっぎぎぎぃぃ!いぎぃぃ!」 硬い。なんて硬いんだ人間のあんよは。 だがこれで今度こそ死んだはずだ。 「いぎぃぃぃ!ぎぎぃぃぃ!!」 饅殺男はまったく気にしない、ただ歩くために足を動かす。 それをまりしゃは最後の悪あがきだと受け取る。 人間が苦しんでいる。このままかみ続ければコイツは死ぬ。 引きずられ、身体がものすごく痛い。それでも絶対に離してたまるものか。 「ぐぎぎぃぃ!じぬんだじぇぇぇ!!はやぐじねえぇぇぇえ!! ゆがぁぁっ!?いっ、がぁぁぁぁっ!!」 だがもともとあごの力は強いほうではない。 そして砂糖細工の歯は脆い。 だからまりしゃの歯が生地に引きずり折られるのは当然だった。 当然支えを失い、そのままアスファルトに二度目の顔面着地を果たす。 「いだいぃぃぃ!!まりじゃのぉぉぉおあああっ!! ばがぁぁぁ!はがぁぁぁいだぃぃ!!おぐちがばくはつしだぁぁぁ!!」 この痛みはさすがのヒーローも我慢できるものではなかった。 かすかに残った力で痛みのやり場を求めてゴロゴロと転がる。 「ゆっぐいぃ、いだぃぃのじぇぇ……」 人間が何か卑怯な技を使ったんだ、それでまりしゃのおくちが爆発したんだ。 そうじゃなきゃ、まりしゃのどんなごはんさんでも噛み砕いてきた歯が折れるはずが無い。 「ぐじょぉぉっ!いだぃぃ、ぐやじぃのじぇぇ!! なんでぇぇ……なんでしなないのじぇぇぇ……くやじいよぉぉっ!!」 あの子はまだ泣いている。それがハッキリ見えているのに。 もう動く力が残っていない。自慢の武器は砕かれてしまった。 助け出すことが出来ない。 自分はヒーローなのに、卑怯な人間の罠にかかり負けてしまったのだ。 悔しい、こんなゲスに屈服しなければならないことが悔しい。 自分の未来のお嫁さんを、まんまと攫われてしまうことが悔しい。 「ゆぇぇぇ、ゆじぇえぇぇぇぇぇん!!ゆえぇぇぇぇぇん!!!」 そして声をあげ涙を滴らせながら泣いた。 そうすればいつもは両親が助けてくれたから。 「ん」 「ひっく、ひっく」 饅殺男が軽く後ろを振り返る。 どうやら後をつけて来ていたうっとおしいヤツは諦めたらしい。 てーはしゃくりあげるだけになって来た、このまま寝てしまうだろう。 ずっと掴まれていた首の裏がジンジンと痺れる。 背中をポン、ポンっと軽く一定の間隔でたたいてあやす。 やっと落ち着いてきたときに限って、邪魔するものは現れるものだ。 「あの、すいません! てんこちゃん泣いてるみたいなんですけど!」 「はい?」 「……ひぅっ!」 いきなり後ろから肩を叩かれた。 聞き慣れない大きな声にてーが一瞬ビクっと体を震わせる。 振り替えると饅殺男と同世代の女性が立っていた。 「すいません、うるさかったですかね。申し訳ないです。 今ちょうど――――」 「いえ、そうではなくて。ずっと泣いていたようでしたので。 どうかしたんですか?なにかてんこちゃんが悪いことでも? しかしだからといってあまり酷いお仕置きをするのは――」 饅殺男の返答を待たず、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。 整った顔に人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。 オリジナルの飾りを何一つ付けてないてーを一目見ただけでてんこ種と判断できるあたり、詳しいようだ。 そしてこの態度――――まちがいなく愛護の連中だろう。 「大丈夫です、ちょっと窘めている途中ですので」 「そうなんですか……ねぇてんこちゃん?よかったらお姉さんに」 「ふぇぇぇ、ひっく……?」 いきなり話しかけれ、てーも戸惑っているようだ。 てーが饅殺男の首に回している腕に若干力が加わる。 「すいません、この子ちょっと人見知りするとこあるんで。 勘弁してください」 「そうなんですか?あのねてんこちゃん、お姉さんの名前は――」 「うぅぅ」 「あの、ちょっと!」 饅殺男の話を聞いていたのかどうなのか、無理やりてーの側に回りこみ自己紹介を始める女性。 彼女に悪意は無いのだろう。 しかし野良のように、簡単に追い払えない分何十倍もタチが悪い。 てーの方はこの女性というより、不機嫌になっていく饅殺男に戸惑っているようだ。 「すいません。ちょっとマジ急ぐんで」 「あっ、ま、待って!少しだけでも話をっ!!」 露骨に足を速める。言葉が通じないのなら逃げるしかない。 「あっ、あの!私こういう団体に入ってるんです! もし何かありましたらぜひ相談しに来てください!」 それでも女性は小走りで前に回りこみ、半ば押し付けるようにしてチラシを差し出してきた。 「ありがとうございます、では失礼します」 「ええ、てんこちゃんもまたね」 受け取った後また早足に歩き出す。 チラシを一瞥。 『飼いゆっくりに愛を。ゆっくりんピース』 確かめるまでもなかった。 「だでぃ……?」 心配そうにてーが顔を近づけてくる。 あやしていたはずなのに、いつの間にか立場が逆だ。 「ごめんごめん」 「わぁっ、やめぇだよだでぃ!」 おどけた調子でてーにちゅっちゅを繰り返す。 どうやら泣き止んでくれたようだ、そこは女性に感謝――は微妙なところだ。 「さっ、まみぃとぐらんぱとぐらんまと一緒にもうすぐご飯だ」 「うん!」 向こうにしてみれば完全に善意からの行動なのだろう。 だから怒りを覚える自分がおかしいんだ。 だから冷静になろう。冷静になりたい。冷静になれるといいな。 ――てーを見ていれば家に帰るまでにはこの怒りも収まるだろう。 「ぐなしやきそば?」 「ないない、それだけはない」 「えー」 「悪い人、じゃ無かったみたいね」 女性がほっと息をつく。笑顔を確認することが出来たので安心する。 どうやら虐待されていたわけでは無かったらしい。 とはいえ泣かせるなんて――とは思ったが、強く言って激昂されても困る。 まぁ自分にできることは全てやったわけだし、これ以上は考えるのはよそう。 「ぐじょぉぉ……ゆぇぇぇああっ!ゆえぇぇっ!!」 「ん?」 声が聞こえたほうに視線を下げると、ボロボロのまりさ種がいた。 まだ成体になりきっていない――というよりは子ゆっくりと赤ゆっくりの間くらいだ。 歯が何本か無い、最近抜けたのかそれとも前からなのかはわからない。 野良みたいだけど、見つけた以上このまま放って置くのは可哀想だ。 ウチの団体は、残念ながら野良を差別するけど少なくとも私は絶対そんなことしない。 「こんなところにいたら危ないわよ? あなたどこから来たの?」 「ゆぇぇぇんっ!!ゆぇぇぇぇ!!」 泣いているばかりで、話を聞き出せない。 見たところ死んでしまうような傷はないけど、あちこちに小さい傷が一杯ある。 もしかしておうちに帰れなくなったのだろうか。 「公園に連れて行ってあげる」 「ゆっ!おしょらを……!ゆっ、おねーしゃんだれなのじぇ……?」 野良らしく、ちょっと汚れていたがそんなものは後で手を洗えばいい。 むしろこういった弱い存在を汚いからといって、ゴミあつかいするような人が心が汚れていると思う。 ゆっくりのおうちがありそうな所なんて近くでは自然公園しかない。 ここからなら近いし、たぶんそこから来たのだろう。 少なくともここにいるよりはずっと安全だ。 「ゆゆっ、ここはこうえんしゃんなのじぇ……」 それを聞いて安心する女性。 やっぱり公園から来たみたい。 まりしゃに話しかける。 「やっぱりここがあなたのおうちなのね?」 そっと芝生の上に降ろすと、キョロキョロ辺りを探し始める。 「おうち……? そうだじぇ!おきゃぁしゃん……おとぉしゃん……!! もうかえってきちぇるはじゅなのじぇぇ!! さっさとおろしゅのじぇ!まりしゃはかえるのじぇ!」 「まってね、傷の手当てだけさせてね。 ……はい、気をつけて帰るのよ?」 ゆっくりにっくが作った応急ジェルを塗り、 地面に降ろしてあげるとキョロキョロしながら振り返らないでおうちに帰っていく。 よかった、少しは元気になったようだ。 自分も家に帰ろう、そう思ったときだった。 「おねぇぇぇざぁぁんっ!!おねぇぇえざんはとっでもゆっぐりしたひとですねぇっ!!」 「ありすもみてたわぁぁっ!!おねぇぇさんはとってもとかいはねぇぇぇっっ!!!」 「えっ!?」 急に二匹のゆっくりが女性の目の前に飛び出してきた。 ありすとれいむだ。 突然のことに戸惑ってしまう。 「おねぇざんおねぇざんっ!れいむのおちびちゃんはぁぁ!! きのうからとっでもゆっぐりできてないんですぅぅぅ!!! なにもないのにずっとこわがっちゃってぇぇ!!! だからぁぁ!!れいむにはあまあまがひつようなんですぅぅ!!」 「おねぇさんぅぅ!!ありすのおちびちゃんもゆっくりできなくなっちゃったのぉぉ!! ずっとぶるぶるふるえてとってもかわいそうなのよぉぉっ!!とかいはなのにぃぃ!! だから“びょういんさん”にすぐつれってってちょうだいぃぃ!!ありすは“けんじゃさま”からきいたのよぉぉっ! おねがいよぉぉぉっ!!」 「えっ?えっ?“ふたり”ともちょっと落ち着いて」 右と左の耳が、バラバラに大音量のノイズを拾ってくる。 このれいむとありすはずっと見ていたのだ。 昨日の加工所の清掃活動から生き残った数少ないゆっくり。 だがストレスから子供が危険な状態になってしまった。 かといって自分達ではどうしようもない。 「おねがいぃぃぃ!!おねがいですぅぅ!! おねぇぇざんはやさしいんでしょぉぉっ!? ねっ!?ねぇっ!?おねがいきいてくれるよねぇぇぇ!?」 「ありすについてきてぇぇ!!おちびちゃんのもとにあんないするわぁぁ!! こっちぃ!!こっちよぉぉぉぉ!!!」 だから人間の手を借りるしかなかった。 とはいえさすがに昨日人間の恐ろしさは十分すぎるほど学んだ。 だから人間を見かけるたびに、遠くから眺めることしか出来なかった。 だがこの人間は、幼いまりしゃに優しくしていた。手当てをして微笑んでいた。 この女性ならきっと助けてくれると確信したのだ。 ――――そうなるともう止まらない。 「ゆゆぅぅ!?ここがらあまあまのにおいがするよぉぉぉっ!! ちょうだいちょうだいぃぃ!!!おちびちゃんのためだからいいよねぇぇっ!??」 「ち、ちょっと引っ張っちゃダメ、きゃぁ!」 れいむが手から下げていたカバンに喰らいつく。 驚いて手を離してしまい、落下したカバンから中身がこぼれる。 「ゆゆぅっ!!これだねぇぇぇぇ!これがあまあまでしょぉぉぉぉっ!? れいむにはわかるよぉぉっぉぉっ!!」 「あっ、それはだめよれいむっ!ねっおねがいだから――――きゃぁ!」 目ざとく先ほど買ったたい焼きの紙袋を見つけたれいむが、ビリビリと紙袋を千切る。 さすがに制止しようと女性が慌てて近づこうとするが、足に絡みつくように迫ってきたありすに躓き転んでしまった。 「おねぇぇぇざんっ!!ありずはあんないなかものなことはしないわぁぁぁっ!! ねっ!?ありすのほうがとかいはでしょぉぉっ!?だからありすのおねがいからききなざぃ! はやぐぅぅ!はやぐごっちにぃぃ!」 「お、落ち着いてありす!足に乗らないで……」 「あっだぁぁぁ!!みつげたぁぁあああああああああ!!」 倒れた女性にありすがグイグイと体を押し付けながら、大声を発する。 勢いに押され、対応できない女性。 その先ではついにたい焼きを見つけたれいむが歓声を上げる。 「ゆわぁぁぁぁ!!すっごいおいしそうだよぉぉぉっ!!! たべたいよおぉぉぉっ!!めっちゃたべたいよぉぉっ!! でもがまんするよっ!れいむのおちびちゃんがこれでなおるよぉぉぉ!!」 「ダメよ!ああれいむ、それは待って!ねぇれ――――」 「ねぇぇぇぇ!おねぇぇさん!?はやくたちなさぃぃ!! あんないできないでしょぉぉっ!?とかいはじゃないわぁぁ!? おちびちゃんがまってるのよぉぉっ!? 「その前にありす退いて、ねぇありす!聞いて!」 あらゆる意味で話にならない。 れいむがもみあげで掴み、口の中にそっといれて運ぼうとしているたい焼き。 今日のはいつも行く屋台の無愛想なおじさんが、『いつもありがとな』そう言って一個おまけしてくれたものなのに。 転ばされたことよりも、カバンを落とされたことよりも、その好意を無駄にしてしまったことが悲しい。 なんだか、ありすを退かそうとする自分の手に力があまり入らない。 全てが信じられない、なんなんだこれは? どこか他人事のように自分の状況を捉えている。 「やっだぁぁぁぁ!!これでぇぇぇ!!これでおちびちゃんとまたゆっぐりできるよぉぉ!!」 「出来るわけねぇだろ」 「ゆばあぁぁぁべぇぇがっぁぁぁぁ!!おぞらをどっごっ!ゆべぇ!あがぁぁぁぁ!! いだぃぃぃぃぃぃっっ!!!じんじゃうぉぉぉぉっ!!!」 だから突然現れてれいむを蹴り飛ばした男性を見ても、それほど驚いたりはしなかった。 「ひぃぃぃぃっ!!どがいはじゃないわぁぁぁっっ!」 「大丈夫ですか?厄介なのに絡まれましたね」 「あ、ハイ。えっと……だいじょうぶ……です」 覗き込む男性の顔を見て、心配されていることに気づく。 とりあえず別段痛むような箇所はないし、攻撃されていたわけではない、と思う。 「じゃぁ俺はあのれいむを片付けてきますね」 「あ、はい……すいません」 男性が自分で蹴り飛ばしたれいむの下へと歩いていく。 残されたのは女性と、震えるありす。 そんなありすを見ながら女性は違和感を覚える。 どうして自分は今、あの男性がれいむを処分しに行くのを止めなかったのだろうか? だってあの男性よりも先に自分は“こいつら”に怒りを―――――― 「いびゃぁぁぁぃぃぃょよぉっ!!げほぉっ!! いきできないぃぃ!!れいむじにたくないぃぃぃ!!」 三バウンドに数回のおまけを繰り返し、れいむは止まった。 苦しい!痛い!それだけが頭の中を支配する。 なんでこんなことになったんだ? れいむはただおちびちゃんのためにあまあまを手に入れたかっただけなのに。 「ゆびゅっ!? あばあまっ!れいむのおちびちゃんのあまあまば!?」 折れた歯を吐き出しながら起き上がり、たい焼きをさがす。 少しはなれたところに、泥と汚れにまみれた魚の形を保っていないソレを見つける。 「よがったぁぁぁ!!あっだよぉぉっ!! おちびちゃんぅ!!れいむがからだをはってまもったよぉぉっ!! ぜったいもってかえるからねぇぇぇぇぇっっ!!」 ずーりずーりと真夏にコンクリートの上に出てきたミミズのような動きで近づいていく。 そのたびに体が痛むけど、おちびちゃんの痛みと苦しみを考えればこのくらいなんだというのだ。 「あぁぁよがったぁぁ!まだちゃんとあるよぉぉっ!! あまあまざんぅ!おちびちゃんのためにゆっぐりしていっでねぇぇ!!」 子供達を救う極上の薬へゆるゆると舌を伸ばしていくれいむ。 グチュッ!! その目の前で人間の靴によってたい焼きの残骸は踏み潰され、その舌は行き場を失った。 「ゆ……?は……え? ゆぅ、ゆ?あえ?な、えあ、あまあまざぁああああああああんっ!!! ああああああああああっ!!あまあまざんがぁぁぁぁぁぁ!!」 酷くゆがんだ口から、聞き苦しい騒音が生み出され公園内に広がる。 その絶叫はとてもボロボロの体から出ているとは思えないほど大きかった。 「うっせ」 「いだぁあっ!!いぎぃ!」 また蹴られた、がすぐに起き上がり、噛み付く勢いで人間に抗議する。 「なんでぇぇぇ!?なんでれいむのおちびちゃんのあまあまざんつぶしちゃったのぉぉっ!? あれがないとおちびちゃんがゆっぐりできないんだぞぉっ!?」 「テメ何勝手に自分のもんにしてんだ?あ?」 「れいむがあのおねーざんにもらっだんだよぉぉぉっ!! ばがなじじぃはみでながっだだけでじょぉぉ!? おちびちゃんがかわいぞうだからって!おねーざんがくれたんだよぉぉっ!! れいむはあまあまもっでかえらなきゃいけないのにぃぃぃ!!!」 「あっそ」 れいむのもみあげを掴み上げ、すぐそこの回収箱に入れる。 「お前もう出れねーから」 「はぁぁぁぁぁぁっっ!??ふざけるなぁぁぁぁっ!! れいむをはやくだせぇぇぇっ!!それでかわりのあまあまもだせぇぇぇ!! れいむのおちびちゃんが――――」 「出さねーよ、テメーも絶対自力じゃ出られねぇ。 まぁ、お前はいいんだけどよ。子供家で待ってんだろ? 病気かなんだか知らねーけど。テメーが助けてくれるって信じてよ。 ――――どう思うだろうねぇ、そんな母親が帰って来なかったら」 「ゆっ?な、なにいってるの……?」 「何も持って帰れませんでした、ならまだいいよな。 でもさ、お前が帰って来なかったらホントどう思うよ? 見捨てられたと思うだろうね、足手まといだから捨てられたんだ、ってよぉ」 「ゆ、ゆ、ゆゆ、ち、ちがうぅぅぅぅ!!ちがうよぉぉぉぉっ!!! れいむはちゃんとおうちがえるぅぅぅ!!ゆあああ!!ゆああああ!! どけぇぇぇぇ!!どけぇぇぇぇ!!じゃまなかべさんはきえろぉぉぉ!!」 ドン!ドンッ!と音を立て何度もれいむが体を内側から回収箱にぶつけるが、その程度ではビクともしない。 れいむ自身も蹴られたケガと痛みで、全力とはいかない。 だから頼る。 自分に出来ないなら他人をアテにし、依存し、断られると理不尽だと怒る野良の性質ゆえに。 「おにぃぃざぁぁぁんっ!!だしてぇぇぇ!れいむをおねがいだからだしてぇぇぇっ!! れいむかえらなきゃいけないんですぅぅ!!おちびちゃんがぁぁぁ!!」 「知らねーよ。 めんどくせぇし、お前もわざわざ殺したりしねーからずっとそこにいりゃいいんじゃね? ほら、これが欲しかったんだろ?」 そういってグチャグチャになった元たい焼きを、ちり取で箱の中に入れてやる。 「あまあまざぁぁぁん!!よがったぁ!!ちょっとよごれちゃったけど、まだあまいにおいするよぉぉっ!!」 「よかったな、満足するまで食っていいぞ?」 「ち、ちがうよぉぉぉっ!!これはおちびちゃんので――――あああっ!! そうだよぉぉっ!!れいむかえらなきゃあぁぁっ!! はやくここからだしてよぉぉぉぉぉっ!!」 「じゃぁな。 テメーがウマイもん食ってる間に、子供達は腹すかせながら待ってるってさ。 今日の夜もわりと冷えるぜ?まぁ体すり合わせてりゃ大丈夫かもな。 ――――テメーがちゃんと家に帰ってくるなら、な」 「ああああああああああああっっ!!おちびちゃぁっぁぁん!! おねがいですぅぅぅ!!おに―――」 回収箱のふたを閉める。防音に優れる容器が、中と外を完全に遮断する。 もうれいむの声が自分のおちびちゃんに届くことは無いだろう。 れいむと男性のやり取りを女性は呆然と見ていた。 普段なら怒りを覚えたであろう男性の行為。 もちろん今だってそうだ、そのはず――なのだが。 「ははは……」 自分の口は笑みを作っている。 野良と飼いゆっくりは違う。団体の代表でさえそんなことを言う。 今やっとその意味が分かった 汚いのは身体や飾りじゃない、もっと内面の深く、根底そのものが汚れているんだ。 そうだ、だとするならあの男性の行為は教育なのだ。 確かにあのれいむという固体は死んでしまうが、それを見たほかの野良は学ぶだろう。 愚かな行為は必ず罰せらると。 そう教育、これはゆっくりという種に対する教育なのだ。 「うん……仕方ない。仕方ないわよね」 「ねぇっ!ねぇぇねぇぇねぇぇ!おねーざんっ!いまのうぢよぉぉっ!! あのじじぃがいないうちにありすのおちびちゃんをたすけにいきましょぉぉっ!? ねぇぇぇぇ!!おねぇぇざんぎいでるのぉぉっ!? ありずどっでもおぎょうぎよぐじでだでじょぉぉぉっ!?」 相手の事情を全く考えず、要求ばかりをひたすらに大声で訴えてくるこのありす。 先ほどからまったく話が通じなかった。 だったら、だとしたらもう。 ――――こうするしかないじゃないか。 「ねぇねぇねぇねぇべげぇぇぇっ!! いだいぃぃぃぃっ!!どぼじでありずをぶっだのをぉぉっ!!」 思いっきりありすを腕で打ち払った。 顔を叩いた手の甲がジンジンと痺れている。 そして何とも言えない満足感。 「ふふふっ」 やっとマトモにコミュニケーションがとれた気がする。 だってほら、ありすは自分に向かって叩いた理由の説明を求めている。 さっきまで自分の言うことになどまったく耳を傾けなかったのに。 たった一回で分からせることが出来るなんて。 ――――最初からこうすべきだったのだ。 「いだぃぃぃ!だからぶたないべぇっ!いだっ!いだぃわぁぁぁっ!!」 「あのね?相手の事を考えないで自分の要求だけを一方的に通そうとしちゃだめなのよ?」 一言ありすに告げるたびに叩く、そうしないとこのありすは理解しないから。 「いだぁっ!にんげんざっ!ずいばっ!ずいばぜっ! ありずがいながものでっ!じだっ!ぼうっ!ぼうぶつのやべっ! やべでっ!やべでぐだざっ!いぃぃっ!!」 「あははっ、そうよありす。偉いわ。 ちゃんと自分が悪いって分かったら謝りましょうね」 れいむ、まりさ種と違って手の代わりに動かせるものが無い。 だからありすはその身を庇うことが出来ない。 もっともゆっくりの髪の毛を数本まとめた程度で、緩和できる痛みではないが。 「いだっ!ごめっ!ごめべっ!ぶゅべぇんなざぃぃっ!! いぎぃぃっ!おめべっ!いだぃ!おめべぎゃぁぁがっ!」 「ねぇありす?謝るだけじゃダメよ? どこが悪かったか分かってる?説明して?ほら?」 既にありすに振り下ろされる手が、硬く握り締められていることに女性は気づかない。 「いだぁ!いぎぃ!あぐぅ!うげぇ!げぇ!ごぉ!ごほぉ!おぼぉ!」 「ねっ?目を背けちゃダメじゃない。話をしているときは相手の目を見なさい? ほらどうしたの?ちゃんと説明して?」 「がはっ!がぁ!ごぉ!うごぉ!あっ!」 殴られるたびに餡子を散らすありす。 既に身体はとっくに円形ではなくなっている。 説明しろと言われても、口が潰れているのでは不可能だろう。 今はただ、圧力で餡子が飛び出してくるだけの穴となっている。 「ふふっ、もうありす、涎を零すなんてお行儀悪いわよ?」 「いっ、あっ……かっ……っ……」 もはや痙攣するだけとなったありす。 その痙攣が止まっても、女性の教育は終わらなかった。 「あの?すいません、ソイツもう死んでますよ?」 「あっ、え、あっ。そう……ですね」 いつの間にか横に立っていた男性に言われて、やっとありすの現状に気づいた。 いやもはやこれはありすとは呼べないだろう、グチャグチャになった何か。 そうとしか呼べない。 「大丈夫ですか?」 「あっ!えっと!はい!平気です!ありがとうございます!」 男性の表情に本気の心配を感じ取り慌てて答える。 ゆっくりの死体に話しかけながら一心不乱にコブシを振り下ろす姿は、さぞかし不気味だったろう。 「ははは、でもカバンとか汚されて、お菓子まで奪われちゃったんじゃ無理もないですね。 怒って当然ですよ」 「あ、はい……そう、なんです」 怒って――――自分は怒りを覚えていたのだろうか。 本当に、怒りだけを理由にありすに暴力を振るっていたのか? 恐らく違う。 だって覚えている。自分の薄暗い笑みの感触を。 そう、楽しかったのだ。 「じゃ、コレも片付けちゃいますね」 そういって箒とちり取で自分が散らかしたゴミを集めてくれる男性。 「すいません!何から何まで」 「いやいや、俺も十分楽しませて貰いましたから」 「あっ……」 楽しかった、男性もそう言った。 そういえばれいむにした行為は妙に手馴れていたのを思い出す。 「あはは」 そうか、やっぱりこれでいいんだ。 今日自分は大きく変わってしまった。 その変化もやっぱり楽しい。 うん、やっぱりあのありすとれいむに怒っているわけが無い。 だってこんな自分の一面を気づかせてくれたんだから。 立ち上がり、服についた汚れを払う。 「ふふふっ、ありがとう」 野良達にお礼を言う。 勿論、親切なこの男性にもしっかりと改めてお礼をしなければいけない。 変わった自分、変わった自分の愛し方。 この両方にもお礼を言いたい。 まりしゃの奴隷になったおねーしゃんに送られ、公園に戻ることが出来たまりしゃ。 父親と母親にあの日隠れていろと言われた植木に向かう。 きっともうとっくに帰ってきているだろう。 やっと両親に再会できる。そしたら自分の大冒険を聞かせてあげよう。 きっと『たくさん頑張ったね』そういってすーりすーりしてぺーろぺーろしてくれるに違いない。 植木が見えた。やっと寂しさと心細さから開放されるのだ。 「ゆっきゅりしちぇいっちぇにぇ!おとーしゃん!おかーしゃん! まりしゃがかえっちぇきたよ!」 「ゆっくりしていっちぇにぇ! ゆっ!?ここはれいみゅといもーとのおうちだよ! はいってこにゃいでにぇ!」 「そうだよっ!れいみゅとおねーちゃんいがいははいちゃだめにゃんだよっ!」 「ゆゆぅ!?」 父と母の姿はなく、代わりにそこには二匹のれいみゅが住んでいた。 といっても家具になるようなものもご飯も置いていない。 「にゃんでぇぇぇ!?にゃんでおとーしゃんいないのじぇぇぇ!? おかーしゃんはぁぁぁ!?」 「にゃにいっちぇゆにょ? おかーしゃんたちはみんなかこうじょにころされちゃったんだよぉぉぉっ!!」 「ひっぐおかーしゃんぅ!おとーしゃんぅぅぅ!!」 いまや公園にはこの三匹のような孤児ゆっくりが溢れていた。 成体はほとんど連れて行かれた。子供達の目の前で。 そのことを理解していてもしていなくても、状況は変わらない。 「か、かこうじょ?そ、それなならだいじょうぶなのじぇぇぇっ!! まりさのおとーしゃんもつれていかれちゃったけどぉぉっ!! きっとにんげんをやっつけてぇ!!!みんなをたすけてかえってくるのぜぇぇぇっ!!」 まりしゃが自信満々に胸をそらせながら言った瞬間。 れいみゅ達は激怒した。 「そんにゃわけないでしょぉおおおおおおっ!? みんなぁ、みんなしんじゃったんだよぉぉぉっ!! れいみゅのおとーしゃんもぉぉっ!!おかーしゃんもぉぉぉっ!!」 「そ、そんなわけないのじぇ――――」 「だっちゃらぁぁっ!!なんでちゅれていかれちゃったのぉぉっ!? にんげんをたおせるにゃらぁぁぁっ!!なんでつかまっちゃったのぉぉっ!?」 「ゆじぇ?」 何で捕まったかだと?捕まった? まりしゃのおとーしゃんが?そんなはずは無い。あれは悪い夢だったはずだ。 まりしゃに向かって涎と涙としーしーを飛ばしながら、助けてくれと言っていたおとーしゃん。 あれは、だってあれは、あんなの、あんなの現実のわけが無い。 「にんげんにはかてにゃいんだよぉぉおぉぉおっ!! みんなっ!たくしゃんいちゃのにぃぃぃ!!! みんなつれてかれちゃったんだよぉぉぉっ!!!」 「ち、ちがうのじぇぇぇぇっ! それは、だってそれはゆめさんなんだじぇぇぇえぇっ!!」 「もういいよっ!ゆっくりできないまりしゃはどっかにいっちぇにぇ! れいみゅぷくーするよっ!!」 泣きながらまりしゃに向かってぷくーをするれいみゅ姉妹。 ここで待ってなければ、両親が帰ってきてもまりしゃを見つけられないじゃないか。 あれ?でもおとーしゃんはまりしゃに『たすけて!』って『このままじゃしんじゃう!』って言っていた。 違う!あれは夢だ、夢のはずなんだ。 でもでも実際もうたくさん時間が過ぎたのに、おとーしゃん達は帰ってこなくて――――。 「ちがうちがうのじぇぇぇぇっ!!あれはゆめなのじぇぇぇっ!! まりしゃはここでまつのじぇぇぇっ!!どけぇぇぇっ!! どくのじぇぇぇっ!!まりしゃはぁぁぁぁっ!!」 「ゆひぃ!?にゃにするにょっ!?こっちにこないでにぇ!? れいみゅぷくーを――――ゆべぇっ!?」 「れいみゅのいもうちょがぁぁぁぁぁっ!!!」 混乱しそれでもハッキリと感じる恐怖に背中を押されるまま、まりしゃは体当たりした。 「しねぇぇぇっ!!おまえたちをたおしてぇぇっ!! ここでまってればおかーしゃんたちはかえってくるのじぇぇぇっ!!」 「いちゃぃぃぃ!!」 「やめろぉぉぉぉっっ!!」 「いたいのじぇぇぇっ!?なんでまりしゃをかむのぉぉっ!?」 体当たりを続けるまりしゃに、姉のれいみゅが噛み付く。 そのまま噛み千切るには、れいみゅの顎は未熟だがしっかりと喰らいついて離さない。 「やめりゅのじぇぇぇっ!!まりしゃをはにゃしえぇぇぇっ!!」 「おにぇぇちゃ、いちゃ!ゆびゅぅぅっ!!」 「ぐぐぐぐっぎぎぎぎぎぎぃぃ!!」 半身に食いつかれている激痛にまりしゃが悶える。 そのたびに、まりしゃの下敷きになっている妹れいみゅから悲鳴が上がる。 悲鳴を聞いた姉れいみゅはますます必死になって、噛む力を強める。 さらなる痛みにより一層激しくあばれるまりしゃ、そのせいで自身の皮にダメージを与えていることに気づかない。 「いじゃいぃぃぃ!!まりじゃのかわさんがみちみちいっでるのじぇぇぇっ!! なんでまりしゃをいじめるのじぇぇぇっ!?いちゃいぃぃぃぃ!! おどーじゃあぁぁん!!おがーじゃんっ!!!」 「ゆべぇぇ!ちゅべぇぇぇ!れいみゅのうえであばりぇにゃいでぇぇぇっ!! ちゅぶぅ!ちゅぶれぇぇ!げぇぇぇ!!ゆべぇぇっ!!」 「ぎぎぎぎぎぃぃ!!!」 余りの痛みにがむしゃらに跳ねるまりしゃ、下の妹れいみゅを踏み台にしながら。 それでも妹思いの姉れいみゅは離さない。だからまりしゃは暴れるのを止めない。 そしてついに、プチっと潰れるような音と共に。 「ぎゃぁああああああああああっっ!! あがあぁぁ!!まりじゃのがわざんがあぁっぁぁぁぁっ!!!」 「ゆっ……っ……」 「やったよぉ……れいみゅはゆっくりできないまりしゃをたおしちゃよ……」 まりしゃの皮が引き千切られた。 体内餡が流出していく、まりしゃが暴れるせいで余計に速く。 それは下敷きとなっている妹れいみゅからはみ出た餡子と混ざっていく。 「れいみゅ……だいじょう……?」 妹は酷い有様だった。 上から押しつぶされた顔は目が完全に押しつぶされドロっとした液が漏れていた。 無数にある皮の切れ目から餡子が飛び出し、明らかにマズイ状態だ。 「ぃ……ぁ……」 それでも歪みきったおくちからは、声がかすかに漏れている。 ――これでも、こんな状態でも生きているというのか。 「ゆぼぉぉぉぉぇぇぇぇぇっ!!げぇぇぇぇはぁぁぁぁぁ!!」 激しい吐き気に耐え切れず、餡子を放出する姉れいみゅ。 昨日からマトモな食事をとっていないため、簡単に致死量に達する。 「ゆっ、ゆっ、ゆっ」 瀕死の妹の横で、痙攣を始める姉。 姉妹仲良くこの世から旅立とうとしている。 この世に居場所を探せなかったものが、あの世でも居場所を見つけられるとは思えないが。 「いじゃぃのじぇぇぇっ!!あんこしゃんでないでぇぇぇっ!! かわしゃんなおるのじぇぇぇっ!!おにぇがいぃぃぃぃ!!!」 まりしゃもまだ生きてはいたが、身体の半分が欠けているような状態では長くは持たない。 刻一刻と自身が死に近づいていくのが餡子の流失と共に分かってしまう。 「じにちゃくにゃぃぃ!まりしゃはまだぁぁ!!しにたくにゃいのじぇぇぇっ!! どうしてぇぇぇ!!おとぉぉしゃぁぁん!!どおしてたすけてくれないのじぇっ!!」 まりしゃがこんな状態になっているのに、帰ってきてくれない両親。 ヒーローは無敵で最強のはずなのに。 「なんじぇ……なんじぇまりしゃがしななきゃいけないの……。 まりしゃはひーろーなのにぃ、ひーろーさん……」 ヒーローが死なないはずなら、なぜ自分は死んでしまうんだ? 必ず迎えに来ると言って帰って来なかったおとーしゃん。 嘘つきだ、まりしゃは信じてたのに。 じゃぁそんな嘘つきのおとーしゃんからヒーローだと言われたということは。 ――――まりしゃはヒーローではない? 「……ゆじぇぇぇぇぇぇん!ゆえぇぇぇぇぇ!! うそちゅきぃぃ!うそちゅきぃぃぃ!!まりしゃはしんじてたのにぃぃ!! ひどいよぉぉぉっ!!まりしゃをだましゅなんてぇぇぇぇ!! ひどいぃぃぃ!!まりしゃはぁぁぁ!!あぁぁぁぁぁ!!」 遅すぎる後悔、遅すぎる気づき。 死の間際に気づいた所で何が変わるというのだろうか。 「ひじょいぃよぉぉっ、まりしゃはぁぁ! ああぁっ、ゆっぐりしたいのじぇぇぇ、ゆっぐりぃぃぃ。 たすけちえぇ、ひーろーしゃんぅ!たすけにきちぇぇぇ!!」 父親が帰ってこないことを知った。 他に助けてくれる存在なんて、空想のヒーローしかいない。 しかし、ヒーローとしての役割も父親であったために、それも信じきることが出来ない。 「じにちゃくなぃ……じにちゃくないのじぇぇぇぇ……」 死の抱擁より先に絶望がまりしゃを抱きしめる。 やがて植木は静寂を取り戻すだろう。 三つの餡子の塊と共に。 一般人が気軽に利用するには辛い料亭。 和室に並べられる豪華な料理を挟み、二人の男性がいた。 「最近はなんか雑誌とかにも取り上げてもらっちゃって。 なんか恥ずかしいッス」 ゆっくり愛護団体の代表の一人。 饅殺男とてーが駅で聞いた演説をしていた人物。 「はっはっは、こちらとしては助かるよ。 まぁ確かに、あまり有名になられても困るがね」 答えた男は、加工所の中でもそれなりの地位についている者だ。 「しかし、一昨日縦浜駅でのはちょっと露骨でしたかね」 「いやいや、大丈夫さ。 実際君のおかげで、何件か縦浜のゆっくりにっくに予約が入ったそうだ」 「それはよかった」 つまりはそういうことだった。 この最も有名な愛護団体の最大のスポンサー、それが加工所だった。 愛護団体が推奨する飼いゆっくりの立場向上、そしてバッジシステムの更なる定着化。 それは飼いゆっくりと関連商品の普及を目指す加工所の利害に一致するものだった。 「まぁ別段後ろ暗いことはしてませんしね。 飼いゆっくりの不法投棄の防止、バッジ試験の最適化、ゆっくり教育……と」 「飼いゆっくりに愛を、か。 我々の場合は買いゆっくりに愛を、だがね」 「あははは」 会話は進む、ゆっくりに関する話題は尽きない。 野良を否定し、飼いゆっくりとの差別化を図ることで理解を広げようとする愛護団体。 野良と飼いゆっくり、そのどちらも利用して利益を得る加工所。 両者の関係はおおむね良好だ。 最後までお読みいただきありがとうございます。 遅くなりましたが、本スレにてanko4203及び4204の挿絵、本当にありがとうございます。 レインコート姿の可愛いてーしっかりと保存させていただきました。 今作もお楽しみいただけていれば幸いです。 過去作 ・anko4095 『てーとまりしゃ』 ・anko4099 『てーとまりしゃとれいみゅのおとーさん』 ・anko4122 『てーとありしゅのおかーさん』 ・anko4126 『choice』 ・anko4203 4204『てーと野良と長雨 前後編』 ・anko4206 『全部漢字表記になった理由』 前作『全部漢字表記になった理由』について 余計なあとがきにて混乱させてしまったことをお詫びいたします。 感想にて解説いただいたとおり、 『お兄さんから鬼意惨になった』というオチのつもりでした。
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『てーとまりしゃ』 48KB 愛で 虐待 飼いゆ 捕食種 都会 独自設定 飼いと野良の絶望的な差がテーマです。よろしくお願いします ※ご注意を ・最後の最後まで愛でられる希少種がでてきます。優遇どころの話ではないです。 ・愛でられるゆっくりはほとんどオリキャラみたいになっております。 ・飼いゆっくりを愛称で呼びます。 ・口の悪い人間が出ます、野良をゴミ扱いします。 ・大した落ち度のないゆっくりが不幸な目にあいます。 ・飼いゆっくりと野良の格差がテーマですので、かなり愛でます。 ・鬼意惨に恋人がいます。 以上について少しでも嫌悪感を覚えた方は不快な思いをされるかと思います。 大丈夫という方のみお読みください。 急に目が覚めた。 枕元の時計を見ると朝の七時になったばかり。 今日は休日だというのに毎日この時間に起こされていた体は自然と覚醒していく。 「んーっ……!」 大きく伸びをし、上半身を起こす。 今日は約束があったことをボンヤリと思い出したところで―― 「だでぃ!起きろ!」 扉をドンッ!と音がするほどの勢いで開きながら、愛娘であるゆっくりてんこがはいってくる。 「起きてるよ……それともうすこし扉さんにやさしくしなさい。」 「はい!」 ゆっくりてんこは希少種に分類されるゆっくりである。 この娘との付き合いはもう三年になるが一年前から胴付きになった。 特徴的な桃のついた大きな帽子を外し、パジャマを着ていると人間にしか見えない。 俺のことをダディと呼び、その太陽のような笑顔で俺を癒す姿は、まさに天使といっても過言ではない。 今日もキラキラと輝くその笑顔を見て一日がはじまるのは――笑顔が近い。どんどん近づいてくる。 「おいっ、てー!"たっくるすりすり”はやめなさっ――――ぶへぇ!」 「だでぃ!おはよう!!!」 ベットから出るのに十分ほどかかった。 「まみぃは?いつくる?」 「あー今日はマミィとは公園で待ち合わせだ。だから遅れないようにはやくご飯食べなさい」 目玉焼きにメイプルシロップを掛けたものをおいしそうに頬張る胴付きゆっくりをせかす。 俺はてんこを「てー」と呼んでいる。 てーがマミィと呼ぶ人物、俺の交際相手であり同じ大学に通う”夕栗 虐子(ゆうくり しいこ)”が 「私達の娘を“てんこ”なんて総称で呼ぶのはへんでしょ?」 とか急に言い出し、あまつさえ俺がてんこのことを”てー”と呼ばなかった場合には、その名に恥じぬ想像を絶する虐待(オシオキ)がなされる。 もちろん俺に。 「だがだでぃ、お行儀が悪いのはだめだ」 「うんそうだな、だからお行儀よく迅速に急いで早くスピィーディーに食べなさい」 当然だが、えー?とか文句をいいながら気持ちフォークを早く動かすてーとは血が繋がってるわけでもないし、 法律で認められた親子関係というわけでもない。 「ごちそうさま!」 「はいよくできました。ほら、お着替えするぞ」 虐子と付き合い始めたその日に、諸々の事情の末にてーをペットショップから家に連れてきた。 「今日は寒いからこれも着なさい」 「これごわごわしてうごきにくい。すぐつかれるだろ!」 「いつも抱っこされながら移動するやつが何を言う」 最初は俺のゲーミングマウスより小さい赤ゆっくりだったてーが、胴付きになり、いまでは人間の4歳児くらいの大きさにまでなった。 それに伴い、つたない言葉で「ゆっきゅりしちぇいってねっ!」としかしゃべれなかったこの娘が、 随分と知識も増えやんちゃな言葉遣いをするようになった。 それについては虐子から「まんまアンタのしゃべりかたじゃん」とか言われたが。 「きがえた、おわった!いこうだでぃ!」 「まだまだ時間はあるが……たらたら歩けばちょうどいいか」 虐子が自身のために使う洋服代の数倍の金額を投入することによって、俺の家の収納を9割を占領するほどの量になったてーの洋服達。 その中から昨日の夜のうちに虐子に「今日コレ着せてきて」と指示された通りのものをてーに着せる。 なるほど、俺の彼女は服のセンスはなかなかであるらしい。 はやくはやく、と俺を急かすてーは世界で一番かわいい。 「じゃぁいくぞー。ほれ」 「だっこ、だっこ!………いぇーい!」 財布は持った、ケイタイもある。 カバンには非常用オレンジジュース2リットルとスポーツ飲料。 そして、てーのお菓子が色々入っている。 しかしこいつも大きくなったものだ。 とはいえカバンのほうがまだ重いのだが。 「いってきます」 「いってきます!」 野良ゆ対策と戸締りの確認も終わり、我が家のアイドルを抱きながら待ち合わせ場所へ向かった。 まりしゃはわからなかった。 一番最初の記憶は「ゆっきゅりしていっちぇにぇっ!」といった自分に対する 両親の「ゆっくりしていってね!」のお決まりの挨拶。 先に生まれた姉、そして自分と同じように生まれ挨拶する妹。 姉妹は”たくさん”いたと思う。 一番最初の食事はもちろん自分達が生えていた茎だった。 姉妹と分け合いながら口にしたソレは、これ以上おいしいものなんてないと思えるほど美味だった。 みんなで「しあわせー!!」と言った。 実際まりしゃはそれ以来おいしいものを食べたことがない。 一番最初の犠牲者は妹だったと思う。 まりさおとーさんが狩に出て、れいむおかーさんがちょっと目を離した隙に「たんっけんっ!」に出た妹。 「にゃに?にんげんしゃん?ゆっきゅりし」 の言葉の後、気づいたおかーさんが向かった先で永遠にゆっくりしてしまったらしい。 おかーさんはにんげんさんが妹を殺したといって、泣いていた。 なぜ”せいさい!”をしないのかと聞いた。 おかーさんは「にんげんさんはゆっくりしてないけど、とってもつよい」と言ってまた泣いた。 まりしゃはおとーさんなら勝てるはずだと思い、狩から戻ってすぐ怒り、涙する父親に言った。 「にんげんさんを”せいさい!”しよう」と。 おとーさんはすぐに首を横に振って否定した。 信じられなかった。とってもゆっくりした両親二人が、にんげんさんには勝てないと言う。 「にんげんさんはゆっくりをみると、かならずえいえんにゆっくりさせる」 そう付け加えられたがまりしゃはまだ納得がいってなかった。 それからまりしゃは両親にいっぱい“すーりすーり”してもらったし、“たかーいたかーい”もしてもらった。 自分は愛されてると感じていたし、おとーさんもおかーさんのことも大好きだった。 ただ、食事だけは毎日、”にーがにーが”な草さんや生ごみさんだったため、ゆっくりできなかった。 まりしゃはなんとかそれを食べたが、一番末っ子のれいみゅなどは全くといっていいほど口にしなかった。 「あみゃあみゃたべぇち゛ゃぃぃいいい!!!」 そう言っていつも泣いて、しーしーを漏らし、こーろころして自分の不幸を全身で表現していた。 おとーさんとおかーさんはとっても困っていた。 他の姉妹たちもあまり草さんや生ごみさんを食べなかったし、それなりに我慢できたまりしゃですら どんどん痩せていった。 そして末っ子れいみゅが細くかすれるような泣き声しかあげられなくなってきたころ、ついに両親が決意した。 「にんげんさんはあまあまをもってる。にんげんさんにゆっくりみんなでおねがいするしかない」 まりしゃは大賛成だった。 絶対にんげんさんよりゆっくりであるまりしゃ達のほうがゆっくりしている。 きっとあまあまをたくさんもらえるはずだ!と。 「じゃぁみんないくよ」 そうしておうちからみんな出て、”おおどおり”に向かうことになった。 “おうち”が取られないようにおかーさんが“けっかい!”の確認。 おとーさんがお帽子のなかに食料、お帽子の上に我が家のアイドルを乗せて一家は出発した。 「あっ、まみぃ!」 「うぉっ」 急にてーが耳元でしかも大声で叫んだため、金属と金属をかち合わせたような音が脳内に響く。 てーは地面に降ろすと、そのまま公園の入り口まで走っていく。 すると公園内からこちらに向かって猛ダッシュで近づいてくる女が見えた。 もちろん、待ち合わせしていた虐子だ。 「てぇぇぇちゃぁぁあんっ!」 「まみぃー!」 ガバッ!と、てーを抱き上げ頬ずりを繰り返す虐子。 これも毎回お決まりの光景だ。 「うっす」 「うい……ちゅっちゅっ」 「やめろーまみぃ!」 俺への挨拶もそこそこに、てーにちゅっちゅを繰り返す虐子。 恥ずかしいのか、てーはじたばたしてるがまったく抵抗になっていない。 ご多聞に漏れず、ゆっくりは家族でのスキンシップを好む。 希少種とはいえてんこもゆっくりである。てーもかなりの甘えん坊だ。 内心嬉しいのだろう、声がいつもより弾んでいる。 「よし、俺も混ぜろ」 「やめろー!」 だから俺も参加することにした。 虐子の口から逃げるように顔を背けるてー、だがその方向にはちゅっちゅのために迫る俺。 結局抵抗を諦め、最後にはてーから俺達に抱きついたり、ちゅっちゅして甘えてきた。 公園から出るのに十分かかった。 「にんげんさん!おねがいします!まりさたちのはなしをきいてください!」 「おねがいします!おねがいします!」 「おにぇがいしゅるのじぇ!まりしゃたちのおはにゃしをきいてほしいのじぇ!」 まりしゃは初めてにんげんさんを見た。 小さな体になんだか長いひょろひょろのお飾りが数本ついている。 どうやらそのうちの二本を使って歩いているらしい。 しかも全然ゆっくりしていない。 それなのにゆっくりしているまりしゃたちがこうやってお願いしているのにすごい速さで歩いていく。 こちらを見ようともしない。 まりしゃはだんだん腹がたってきた。 「おねがいしますっ!おちびちゃんがしんでしまいそうなんです!」 「おちびちゃんのぶんだけでいいですのであまあまをわけてください!」 どれだけ叫んでいただろうか。 まりしゃにとっては“たくさん!”の時間叫んでいた。 それなのに、にんげんさんは一人も立ち止まらなかった。 もういいわかった。お願いじゃ駄目だ。 まりしゃのゆっくりしてるところを見せ付けてやる! まりしゃが我慢の限界を迎えたとき。 「うるっせぇっ!」 「びゅぅぶっ!」 おとーさんの体が後ろに吹き飛んだ。 「おちょーしゃっ「「黙れってんだろっ!」」 グチャっ!っとにんげんさんのお飾りでおとーさんに駆け寄ろうとした姉が潰された。 「あ……え……?」 姉があった場所ににんげんさんのお飾りがある。 まりしゃにはそれが、にんげんさんのあんよだということがわからなかった。 そして姉がどうなったかも、自分がどうすればいいのかも。 そんなまりしゃを現実に引き戻したのはおかーさんの悲鳴とにんげんさんの怒鳴り声だった。 「どぼじでごんなごぶっっっッ!」 「最初からこうすりゃよかったな」 にんげんさんがおかーさんの口を押さえている。 実際はそんな生易しいものではなく握り潰すといった表現のほうが近い。 まりしゃにもおかーさんがとても苦しんでいることがわかった。 しかし恐怖で何もすることができない。 にんげんさんが怖いのではない、おくちを握られ目から涙を流し、しーしーを漏らしながら、「ゆっ……ぐっ……」と苦しみを訴える母親の姿がまりしゃを凍りつかせた。 「いいか?黙れ。手を離してやるが俺が質問するまで決して口を開くな。喋ったら糞チビを潰す。いいな?」 「……びゅはっぁ!どういう――」 グチャリ。 おかーさんの目の前で、まりしゃにそっくりのおうたが大好きな可愛い妹がぐちゃぐちゃになった。 本当ににぐちゃぐちゃとしかいえない。 真っ黒なあんこさんが“たっくさん!”飛び出し、すてきなおうたを歌っていたおくちは、あんこさんと砕けた歯で見えなくなっていた。 そしてまりしゃの方に転がってきた“きらきらさん”が妹の目玉だと理解した瞬間、まりしゃは餡子を吐き出した。 おかーさんはそんなまりしゃに気づけない。 なぜならにんげんさんが再び「いいな?」といいながら、変り果てた妹をおかーさんのおくちに突っ込んだから。 強烈な死臭と極上の甘さを同時に味わい、吐き気がするのに飲み込みたい。 そして飛び出さんばかりに開かれた目は、無言の圧力をかけるにんげんさんが目の前にいることを教えている。 そしておかーさんは飲み込むことを選択した。 「てめぇら朝からそうやって騒いでたよな?」 「はいっ!だっておちびちゃ――」 「理由は聞いてねぇんだよっ!」 「ねギィっ!」 死にたくない一心で吐き出した餡子をなんとか口に入れていたまりしゃの目に、殴られる母親の姿が写った。 わからない、なんなんだこれは。なんでにんげんさんはおかーさんにひどいことするの? 「朝はよ、とっとと駅向かわなきゃいけなかったり、チャリで学校なんかに行かなきゃいけねぇから、 てめぇらみたいなしゃべるクソに構ってる暇ねぇんだよ。 下手に片してスーツをクソまみれにされちゃたまんねぇからよ。 だからってよ?許したわけじゃねぇんだわ。まだ眠ぃ朝っぱらからキメェ声で叫びやがってよ。 さんざんこっちの神経逆撫でしまくっといて、“どうしておはなしきいてくれないの”とか言ってやがったよな」 「え……?」 思わず声をあげるまりしゃ。幸いにんげんさんには聞こえなかったみたいだが。 おかしい、おかしい、おかしい。 にんげんさんが、ゆっくりを“うんうん”に例えて馬鹿にしていることも理解できた。 でもそんなことよりにんげんさんがまるで「話しかけた」ただそれだけの理由で怒り、妹たちを永遠にゆっくりさせたといってるように聞こえる。 「うんうんさんじゃない……とってもゆっくりした」 「キメェんだよ。たださえ泥だかクソだかカビだかわかんねぇもん、体にこびりつかせてよ。 視界に入るだけでもウゼェのに、わざわざ人間“みたい”な鳴き声だしやがって。 死にてぇならドブ川にも飛び込めよ。死ぬ前にすこしはキレイな体になんぞ?」 「れいむは……にんげんさんにおちびちゃんをたすけてェッイぃぃいいいっっっ!」 おかーさんが吐き気と激痛と永遠にゆっくりしたくなるほどの悲しみをなんとか堪え、怒りをこめながらやっとの思いで口に出せた反論は、十分の一も言えずに目に串を突き刺される激痛により途絶えさせられた。 「あ゛がぁあぁぁぁああああ゛っっっ!」 「ほんとにメンドくせぇなコレ……。立てオラっ!」 「ギュベッ!ギヒィ!ぎゅべっ!ぼっ!ぼっ!」 激痛で転げまわるおかーさんを蹴り飛ばすにんげんさん。 立つことを要求していながら、何度も何度もおかーさんを痛めつける。 歯が折れ、砕け、飛び散り、餡子と涙としーしーが飛び散りまさに汚物となっていく母親を見て、せっかく集めた餡子をまた吐きそうになるまりしゃ。 残念ながら、まだまだ非ゆっくり症はまりしゃの意識と命を奪ってはくれない。 「やべ…………もウやべテ」 「やっと黙ったか。理解が遅すぎんだよてめぇ。“ゆっくり”とか、ざけてんじゃねぇぞコラっ!」 「ウベッ!」 止めとばかりに蹴りを一発。 黙れといわれたからじゃない。 声を出したくても痛みが、表現できないほどの激痛がおかーさんから声を奪っていることをまりしゃは知っている。 でも、にんげんさんにとってはまったく気にならない事情だということをまりしゃは知らない。 「関わってくんじゃねぇっつってんの。おねがいしますじゃねぇよ。 てめぇらが、ゴミ漁ってそこらの路地裏に汚ねぇもん撒き散らしながら潜んでんのが不快なんだよ。 わかるか?わかってねぇんだろ?俺等の目に写んなっつってんの。」 「ゆ゛……ゆ゛っ……」 音にならない悲鳴をあげながらピクピクと痙攣するおかーさん。 涙を流す瞳はもう潰れてどこにあるかわからないが、それでもまりしゃは母親が泣いているのがわかった。 「死ねって言ってんだよ。マジで。 比喩でも冗談でもなんでもなくてフツーに絶滅しろよ。 オメーらの事情なんて、そこらの蟻の事情よりどうでもいいんだよ。 おちびちゃん?しらねぇよ。クソ袋の区別なんてつくわけねぇだろ。 もういっぺん言うぞ?マジで全滅させてーんだよ、人間はテメーらカス饅頭を。 だが殺しても殺してもテメーらは減りゃあしねぇ。 だから我慢してんだよ、テメーらが俺等の生活圏でウロチョロしてんのを」 まりしゃは知らずに涙を流していた。 母親がとうとう“えいえんにゆっくり”してしまったからではない。 やっと自分達が何をしたのか理解してしまったからだ。 にんげんさんはゆっくりを生き物として認めてないこと。 それだけではない、死ねと“えいえんにゆっくり”してほしいという。 それがまりしゃ達家族だけじゃなくて、すべてのゆっくりが死んでほしいのだという。 そんな相手に、まりしゃ達は助けを求めてしまったんだと。 「みつかんねぇようコソコソしてりゃ、手だせねぇのによ。 わざわざ殺してアピールしてさ、何がしてーんだよ? こっちの言葉がわかるから、それがなに? テメーらの汚ったねぇ身体についてる泥やホコリが助けもとめてきたら、テメー助けてやんの? メシくれっつったらやんのかよ?やらねーだろ? なら俺等の“おうち”についたヨゴレが何言っても無視して、キレイにしようとすんのは当たり前だろ?」 まりしゃの頭の中にはもう、自分が殺される心配とか、おかーさんが殺された恨みとかは無かった。 にんげんさんが言ってることの内容が理解できてしまったから。 そして抑えきれないほどの悲しみが涙となって溢れ、かってに口が叫んでいた。 「じゃあっ!じゃぁ、まりしゃはどうすりぇばよかったんだじぇっ! まりしゃだっていきてるんだじぇ!?おなかだってぺーこぺーこになるし、 かぞくみんなでしあわせーしたかったんだじぇっ! いきてるだけでにんげんさんに“せいさいっ”されるならまりしゃはどうすればよかったんだじぇ!」 殺されるかもと思ったが、それでも止められなかった。 理不尽を叫ばずにはいられなかった。 自分のゆん生をかけてでもにんげんさんの言ったことの一割でもいいから撤回させたかった。 だから吼えた。本当はもっといろんな事が言いたかったが、これが精一杯だった。 疑問をぶつけた。 目の前のにんげんさんが言った言葉がすべての人間の総意なのだとしたら、自分達はどうすればよかったのかと。 答えてみろ、まりしゃが納得できるほどの生き方を示してみろ! 「死ねばいいじゃん」 それに対する答えはあまりにも単純で残酷だった。 「……え?」 「いや、なんだ。俺が言った事結構理解できてんじゃん。 ゼッテーわかる訳ねぇとか思ってたのに、お前やるじゃん」 いきなり笑顔になるにんげんさん。 今度こそまりしゃはわからなかった。 にんげんさんが、目の前の生き物が。 自分の家族を殺し、自分のすべてを否定しながらも笑顔で話しかけるその心が。 「だから死ねばいいんだよ。 生まれたときにな?“生まれてきてごめんなさい”そう言って死ねばよかったの。 理解できる?」 もう言葉はでなかった。 顔もあげられなかった、反論もできなかった。 「さすがに生まれた直後は無理か、お前等馬鹿だもんな。 じゃぁ何?あのお前等風に言うと“ゆっくりできない”っての? あれ感じたときに死ねばいいんだよ。どうせお前等自身じゃなにも解決できねーだろ。 そこで死んどきゃそれ以上苦しくねーぞ?カンペキじゃね?」 なぜか機嫌がよくなったにんげんさんが、諭すように話す。 まりしゃの嗚咽がまるで相槌を打つかのように響く。 「それかあれだわ。子供が生まれた瞬間親が殺してやりゃいいじゃん。 いや違うわ。そんなこと思う前に死ね。ガキなんかつくんな! ってかそうだな、もう今すぐテメーら全員死にゃいいじゃん。 それが一番だわ」 言い返したいことは“たくさん!”あったが、それをにんげんに言っても意味が無い。 この短い間でまりしゃはやっと、にんげんと意思疎通できないことを学んだ。 考え方が違いすぎるというのを理解できてしまった。 「オッケ!お前殺すのやめるわ。けっこう頭いいみたいだしな。 さっさと仲間のところ戻ってすぐ自殺するように言ってやんな。」 それだけ言って男は去った。 まりしゃは止まっていた。 あんよが、目が、そして思考が。 死んでしまいたかった。 むしろこんなに苦しいのに、死なないのが自分でも不思議だった。 「……しゃ……せー……」 「ゆ……!」 そんなまりしゃを動かしたのはどこからか聞こえた声だった。 ゆっくりとそちらを向くとそこには一番に人間によって蹴り飛ばされたおとーさんがいた。 てっきり永遠にゆっくりしてしまったとおもっていたが、かすかに動いている。 「おとーしゃん!」 少しだけ、ほんの少しだけまりしゃの瞳に希望の光が灯る。 吐き気をこらえ、“ずーりずーり”しながらおとーさんへ近づく。 ゆっくりと時間をかけて、なんとか目の前にたどり着いた。 だがおとーさんのようすがおかしい。 蹴られたときにどこかへいったのだろう、お帽子と左目がついていない。 さらにおでこの部分から餡子が露出している。 そして無事なほうの眼も真っ黒で歪んでいて、とても正常に機能しているとは思えない。 そして――気づいてしまった。 おとーさんが永遠にゆっくりしてしまったことが一つ。 そしてもう一つは、 「むーしゃっ!むーしゃ!しぃぃいあぁあわせぇええええっっ!」 末っ子のれいみゅが血走った眼でおとーさんの体内を食い荒していることに。 「ゆげぇぇっっ!」 「あみゃあみゃっ!あみゃあみゃだぁっっ!」 れいみゅがしゃべるたびに、飛散る鮮血代わりの餡子。 今日で何度目になるだろうか、またまりしゃの口から命の欠片達がとびだしていく。 砂糖水の涙を流しすぎたせいで、まりしゃの顔はグズグズと所々が溶け出している。 「もうたくしゃんにゃんだじぇっ!どぼし゛て゛ぇええええええええ! あ゛あ゛゛ぁあああああああああっっ!も゛う゛いやだぁぁっ!」 走った。 とにかく遠くへ逃げ出したかった。 感情が、悲しみ、怒り、恐怖、絶望、“ゆっくり”とは無縁の感情が爆発していた。 光から逃げるように、人間の目から逃げるように、まりしゃは路地裏へと走った。 「で?何処いくん?」 「んー、とりあえずてーちゃんの服見にいくわよ」 「おようふく!やったー!」 「もっと可愛くなろうねー」 「ねー!」 今てーは虐子の腕の中に抱かれながら、二人して顔を見合わせて首を傾けている。 愛らしい。もちろんてーが。 休日はだいたいこうやって、ほとんど目的も無く“三人”で縦浜駅に出る。 神奈子県でも有数の大きな駅だ。大抵のものはここでそろう。 「ばすでいくの?だでぃ」 「んー。てーはどっちがいい?」 「てーはだでぃとまみぃといっしょがいい!」 「うちのてーちゃんが可愛すぎて生きるのが楽しいわ!」 質問の答えになっていないが可愛いので許す。 虐子がてーを抱えたままピョンピョン跳ねてる。 無邪気に喜ぶてーをみていると虐子のテンションも納得できる。 全てがそうなのかは知らないが、 少なくとも縦浜市では銀バッチ以上のゆっくりと、胴付きゆっくりは飼い主さえいればバスを利用する事ができる。 もちろんタダではない、てーの場合子供料金を取られる。 「時間もちょうどいいしバスで行くか」 「はーい!」 「てーちゃん見て。あの信号さんの色はどういう意味だっけ?」 「とまれ!」 「はいよくできましたー!」 最近は街を歩いていると、胴付きゆっくりを連れた人を多く見る。 理由は、希少種はゲスになりにくく、知能も高いため多少高価でも希少種を購入する人が増えたためと。 希少種の個体数もだんだん増えてきたからだろう。 そのうち希少種とも呼ばれなくなるのかもしれない。 そんなことを考えているとバスが来た。 「お待たせいたしました。43系統縦浜駅西口行きです」 「Ibukiで払います。大人二人と子供一人分お願いします」 Ibukiとはバスや電車で使える電子マネーである。 てーは運転手さんに見えるように俺が渡したIbukiを掲げる。 もちろん虐子が十分な高さまで持ち上げている。 「はいじゃあこちらに。“ピッ!”ご乗車ありがとうございます」 「ありがとー!」 てーがにっこり挨拶すると、運転手さんも微笑んでくれる。いい人だ。 中途半端な時間なので車内はガラガラだった。 「だでぃ!まみぃ!あそこあそこ!」 「はいはい」 「あんまりうるさくしちゃだめよー」 窓際にてーを抱いた虐子が座りその横に俺が座る。 てーは窓に顔がくっつくくらい張り付いて外を観ている。 俺も小さいころは電車に乗るとかならず窓にへばり付いていたなーと、ちょっと懐かしい気分になる。 「服っていつもんとこ?」 「そうそう、新しいの結構入ったらしいし」 俺達がよく利用するその店はかなり広い胴付きゆっくり用のコーナーがある。 店員さんもゆっくりにくわしく丁寧なので、いつもお世話になっている。 虐子にいたっては、スマートフォンで会員登録している。 車内でケイタイを弄るのはマナー違反なので今はだしていないが、虐子のUphoneは球体を削ったような形をしている。 使いづらくないのだろうか? 「てー、次で終点だけどボタンは?」 「おさなくてもとまってくれる!」 「大正解」 てーの頭を撫でる。 青い髪が窓から入った光を反射してとても綺麗だ。 本当に笑顔が似合う。 ちゃんと躾はしているつもりだが、大抵のわがままは許してしまいそうになる。 もっとも、素直な子なのでそれでもあまり困る事はなかったが。 「毎度ご乗車ありがとうござい――」 「はーい到着」 アナウンスとともにドアが開く。 暖かかったバスを降りるとよけいに寒さを感じる、だがそれよりも数倍不快な声が聞こえた。 「……でぇ!……ごどじでなぃいい゛っ!」 「チッ」 どうやらゴミが駅前で物乞いか飼い主探しでもしていたのだろう。 奥のほうに加工所の車が見える。 だれかが連絡したのだろう。加工所職員さんの姿がここからでも分かる。 「いつもご苦労様です……と」 てーは気づいていないみたいだが、虐子はしっかり気づいてるらしい。 「ごにょごにょごにょ」 「やー!まみぃくすぐったい」 口をてーの耳元に近づけ意味のない単語をささやいている。 自然とにやける口元を抑える。 虐子に気づかれたらまた「キモイ」とか言われるのだろう。 加工所の車が去っていく。 虐子からてーを受け取り、目的地のお店へ向かった。 「いらっしゃいませー!あっ!てーちゃんとマミィちゃんとダディさん!」 「こんにちわー!また来たよー」 「おねーさんこんにちわ!」 「どもー」 「ハーイ!てーちゃんこんにちわ!今日も可愛いわねー。それ前買ってもらった服でしょ? とっても都会派で似合っているわよー」 この名札にマーガトロイドと書いてある店員のお姉さんは金髪に青い瞳のかなりの美人さんだ。 自分でゆっくりありすに似ている事をネタにしていて、接客にもそれを使っている。 お客さんからの反応も中々らしい。 周りを見ると胴付きゆっくりを連れた他のお客さんがチラホラ見える。 この手のショップは最近増えたのだが、その中でもここは割と人気があるようだ。 「新作できたんでしょ?取り置きしといてくれてるって聞いたからさっそく来ちゃった」 虐子はメールでやり取りするほど、マーガトロイドさんと個人的に仲良くなったらしい。 なんでもゆっくりに関する趣味が合うとかなんとか。 そしてもちろん店員さんだけあって、とってもセンスがいい。 しかもちゃんと似合うものだけオススメしてくれて、てーのこともベタ褒め。 虐子が足繁くかようのもこれでは仕様がない。 「さっそく案内しますねー」 「よろしくー。じゃぁ決まったらメールするからー!てーちゃん後でねー」 「うい」 「まみぃいってらっしゃいー!」 腕のなかでぶんぶんと小さな手を振るてー。 虐子はてーの服選びに本人を連れて行かない。 なんでも、集中しすぎてかまってやれなくなるかららしい。 「てーちゃんに嫌われたくないもん」 と物凄く真剣な顔で言っていた。 そのため、決まったものを最後に試着するまで、てーの出番は無し。 当然俺にいたっては最初から考慮されていません。 「絵本でも見に行くか?」 「うん!アン○ンマンさん!」 「あいあい。そうだ、建物内だしコート脱いどきなさい」 「はーい」 てーが脱いだコートをカバンに引っ掛ける。 小さいっていうのはこういうときにも便利だ。 コートを脱ぐと洋服の胸についている金バッジが見える。 そうすると周りから「えっ!?あの子ゆっくりなの?」とかそういう声が聞こえる。 もう慣れたことだ。 それに確かにてーはゆっくり特有のお飾への固執が全然ない性格なので、いつも家に帽子は置いてきている。 それでは間違うのも仕方ない。 「なにがきみの~しあわせ~♪」 てーがお気に入りの歌を口ずさむ。 本屋は二つ上のフロアにある。 前にエレベーターに乗せたら、ちょっと泣きそうになりながらしがみついてくるものだから焦った。 あわてて直近の階のボタンを押して降りたが、どうやら独特の浮遊感が怖いらしい。 逆にエスカレーターに乗せるとこのようにご機嫌になる。 ちょうどいいスピードで自分と抱いている俺が止まっているのに進んでいる状況が楽しいらしい。 目的のフロアに着いたが。 「てー、トイレは平気か?」 「んーまだへいき」 こういったデパートには多目的トイレが必ずあり、そこでゆっくり、胴付きゆっくりも利用できる。 胴付きになったとはいえ、まだまだ幼いてーが生理現象を我慢するのは難しく、俺もそんな負担を 強いるのはごめんなので非常に助かる。 「じゃ、いくか。マミィがお洋服かったらご飯にしような。何食べたい?」 「だでぃのぐなしやきそば!」 「あーお外じゃつくれないなぁ。そしててーちゃんいいこだから大声でそういうこと言うのやめようね」 「えー」 クスクスと笑い声が聞こえる 具無しやきそばとはその名の通り、やきそばの面を茹でてソースをからめ、てー用にメイプルシロップを塗りたくった料理である! これを料理と呼ぶのは料理にたいする冒涜ですね。 「あとでマミィと一緒に決めるか」 「うん!」 絵本を三冊持ちレジに向かったところでメールが着た。虐子からだろう。 「マミィが決まったってさ」 「おきがえ?」 「するかもなー」 下りのエスカレーターはどうやらちょっと苦手らしい。 俺の胸に顔うずめて下が見えないようにしてる。 「大丈夫か?階段使う?」 「みえないとへいき。……だでぃなでなでして」 「おう」 結局エスカレータを降りて、虐子の元に付くまでずっとなでなでしていた。 「よう――――っておいこの量はマジですか虐子さん」 「まみぃ!」 「てーちゃぁん!……マジですわよ饅殺男(まさお)さん」 てーを受け渡し、代わりにカゴを受け取る。 大きめのカゴ二つ分にいっぱい詰まったお洋服。 4着分らしい。 そんな金何処からと言いかけて、スポンサーを思い出す。 「また……。いくら奪ったんだ?」 「奪うだなんて、むしろこれで買って来い!着せて来いってうるさかったんだから」 「あの二人は……」 「ぐらんぱ?ぐらんま?」 「そうそう!自分達も休日に会いたいーっていっつも言ってるわよー。 一応これでも娘のデートなんだけどねぇ」 「てーもあいたい!」 スポンサーであり、てーが“ぐらんぱ”“ぐらんま”と呼ぶのは虐子の両親である。 俺は一人暮らしなので大学にいっている間、てーは一人になる。 そうなると俺と虐子が心配で1時間持たずに発狂してしまう。 そこで比較的家が近い、実家暮らしをしている虐子の家に預けているわけだ。 朝起きてママチャリにてーを乗っけて虐子の家へ。 お義父さんもお義母さんもてーを可愛がってくれている。 それこそ実の孫以上に。 「じゃぁてーちゃんは試着室にいきましょうねー。ダディさんはどうしますか?」 「あーここで待ってます。だが虐子、1セット着替え終わるたびに呼んでくれ」 「めんどくさいヤツ」 「いってきまーす」 うんメチャクチャ可愛かった。 一回一回ちゅっちゅするほど。 マーガトロイドさんも慣れてるのか微笑んでいた。 その前にさんざん虐子にもちゅっちゅされていたのか、てーも逃げなかった。 「で、この量になるわけですな」 俺の両手には紙袋が二つぶら下がっている。 子供服とはいえそれなりに重い。しかもカバンも背負ってるし。 スポーツ飲料はてーがちょっとづつ飲んではいるが高が知れている。 まぁ愛娘のためだと思えば、苦労に入らない。 そのてーといえば虐子の腕の中で眠そうにしている。 「てーちゃーん?もうご飯さんに着くよー?」 「ん~わかった……」 うんすっごく半眼だ。 とりあえず近くにあったファミレスに入る。 「いらっしゃいませ!三名様ですか?」 「はい。禁煙でおねがいします」 「かしこまりました。どうぞこちらへ」 昼時から微妙にずれた時間だがそれでも結構人いるな。 奥の座席に案内されて一息ついたころには、半分寝ていたてーも眼を覚ました。 食欲を誘う匂いに、お腹を刺激されたんだろう。 「ご注文お決まりになりましたらお手元のボタンでお知らせください」 「はい、ありがとうございます」 「それでは、ごゆっくりどうぞ!」 「ゆっくりしていってね!」 「っ!?はいっ!ありがとうございます!」 てーが店員さんの言葉にお決まりのセリフを返すと、そこで初めて胴付きゆっくりだと気づいたんだろう。 店員さんがかなり驚いた表情を見せた。 まぁ、そんなことよりメニューだメニュー。腹減った。 「てーちゃん何食べたい?」 「だでぃのぐなしや」 「まった。わかった明日作ってあげるから今日は我慢しようねー」 「……てーちゃんに何食べさせたの?」 「シンプルさを追い求めたやきそば」 そんなに気に入ったのか。 さすがに用意できるわけ無いので、てーの関心をメニューの写真の方に逸らす。 てーも興味津々に見ているが、きっと虐子に絵本を呼んでもらってる感覚みたいだ。 写真だけではいまいち、どんな料理か分からないんだろう。 「饅殺男がろくなもの食べさせてないからじゃないの?」 「マジ家庭料理勉強します!」 「……?」 結局てーは定番のお子様ランチにした。 胴付きゆっくりは、通常のゆっくりとくらべてだいぶ丈夫になる。 ちょっとくらい辛いもの食べたくらいでは、ぜんぜん平気だ。 本人の好みは別として。 そしてお子様ランチは見た目でも楽しめる。 「わー♪すごい!すごい!まみぃ!だでぃみて!」 「おー旗がついてるな!こっちにはゼリーもある」 「てーちゃんの好きなハンバーグもあるわね~」 てーに話しかけながら息を吹きかけてハンバーグを冷ましてやる。 その間に虐子がハンバーグを食べやすい大きさに切り分ける。 箸はまだうまく使えないが、フォークとスプーンなら十分使える。 子供用フォークを口に運びながらどんどん笑顔を輝かせるてー。 「おいしいか?てー」 「すごくおいしい!だでぃ!まみぃ!しあわせーっ!」 「ふふっ、マミィもしあわせ~」 「む~しゃ……む~しゃ……ふしあわせーっ…………」 まりしゃが家族を失ってから二週間たった。 身体は汚れに汚れていた。 おうちなんてものは手に入らなかった。 家族で使っていたおうちには知らない野良がすんでいる。 まりしゃにしても、あんな人間の通り道の近くに戻る気はなかった。 人間は恐ろしい。 強いだけじゃない。それだけなら猫やカラスにすらゆっくりは勝てない。 悪意を知ってしまった。いや悪意なんてものすらないのかもしれない。 あの人間はゆっくりを汚れだといった。おうちについた汚いうんうんやホコリや泥と同じだといったのだ。 ゆっくりがそれについて何を考えるかどうかなんて関係ない。 ただ洗うだけ、汚いから殺す。それだけなんだと。 あれ以来、まりしゃは一度も身体を洗ったことがない。 洗ってしまえばあの人間が言った事のすべてを認めることになるようでどうしようもなく怖かった。 だからまりしゃはとっても汚れていた。 「ゆべぇえっ……まだにがくてたべりぇないのじぇっ……」 まりしゃは人間だけじゃなく人間に関係が近いものすべてが恐ろしかった。 街の野良ゆっくりの主な食料になる生ゴミ。 おとーさんもその生ゴミを狩りの主な対象にしていた。 末っ子れいみゅには食べられなかったようだったが、今食べようとしている“にーがにーが”な草さんよりマシだった。 それでもおとーさんが言っていた「にんげんさんがすてたもの」という言葉が頭から離れない。 つまり人間に出会う可能性があるのだ。それだけでまりしゃのあんよは震えが止まらなくなる。 「まりしゃのだえきでべとべとだじぇ」 砂糖水である唾液がついていると、少しは“にーがにーが”もマシになる。 だが、自分が一度吐き出したものをまた口にいれる行為がゆっくりできるわけがない。 そんなものでも食べないと生きていけない。 一度空腹に耐え切れず、生ゴミがある場所へ行ったことがある。 そこは凄惨な殺害現場だった。 もはや、どの種のゆっくりなのかもわからないほどに潰れ、千切れ、混ざりあった“たっくさん”のゆっくりの死骸。 ただよう強烈な死臭に必死に歯を食いしばって耐えるまりしゃの耳に人間の言葉が飛び込んだ。 「毎回ゴミを荒らしやがって!」 それだけ、その一言だけいうとその人間はゆっくりが荒らしたゴミとゆっくりの死骸をいっしょにすぃーに詰め込みどこかへ行ってしまった。 まりしゃは思う。 ゴミなんでしょ? 今人間はゴミだとはっきり言ったハズだ。 そのゴミをゆっくりは食べるから、そうしないと死んじゃうから仕方なくふくろさんを破ってゴミを食べた。 それだけなのに。 人間にとっていらないゴミですら、ゆっくりは近づいてはいけないというのか。 少し袋に穴を開けただけでゆっくりの家族は全て殺されてしまった。 もう涸れはてるほど流した涙を、また大量に放出しながらまりしゃは闇雲に走った。 「むーしゃむーしゃ、ふしあわせー」 一斉駆除にも出会った。 おうちを持たないまりしゃが放浪していたとき、同じ格好をしたたくさんの人間を見た。 まりしゃにはわからなかったが、加工所の職員だった。 幸い人間をみると反射的に逃げてしまうため、まりしゃは駆除を逃れた。 ただゆっくり達の耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びは聞こえていたし、どんなに遠ざかっても後ろから死臭が追いかけてきた。 「まだおにゃかぺーこぺーこなのじぇ」 同族の死体を食べる事ができるゲスなら、禁忌を犯し、あまあまを味わう事ができたかもしれない。 たとえゲスでなくても、耐え難くそして収まらない空腹から、その死骸を口にいれてしまったかもしれない。 だがまりしゃにはそれができない。 あの日、家族がみんな永遠にゆっくりしてしまった日。 自分以外の唯一の生き残りである末っ子れいみゅが、父親の死体を貪りながら「しあわせー!」と口にした顔。 異常なほどに血走った眼が、今でもまりしゃを浅すぎる睡眠から唐突にたたき起こす。 死骸を口にしたら自分もそうなってしまうのではないか。 まりしゃはそう考えていた。 「ゆ゛……くさしゃんゆっきゅりでできちぇにぇ……」 季節は冬。 苦しみながら、痛みと吐き気を堪えながらやっと飲み込む事ができる草さえ簡単に見つけることができない。 何処に行けばいいのかわからないまま、黒ずんだ身体を“ずーりずーり”と引きづる。 ひょっとしたら、すでにまりしゃの身体にはカビが生えているのかもしれない。 「あみゃ……あみゃ」 食べたい。 いちども食べた事が無い。ゆっくりなら誰もが憧れるその味を、一度でいいから味わってみたい。 お腹いっぱいたべて、「しあわしぇえええっ!」と叫びたい。 その願いが絶対にかなわない事を理解しているからこそ、まりしゃはまた涙する。 「……ぃ!……ぁ」 ――そんなまりしゃに同族の声が聞こえた。 思い返せば、まりしゃは家族が死んで以来ずっと全てにおびえていた。 そのせいで、同じゆっくりの仲間にはほとんど会えなかった。 会いたい! 寂しさが急激に溢れてきた。 そうだ、ご飯さんを満足に食べる事ができなくても。 仲間なら、おなじゆっくりとならゆっくりできる! 今まで気づかずにいられた孤独感が意識しだすと無視できないほど大きくなってきた。 まりしゃは、声が聞こえるほうにボロボロの身体を引きずっていった。 その声は近づくにつれどんどん大きくなり、やがて何を言ってるのかハッキリ聞き取れるようになった。 同族に間違いない! まりしゃは久しく感じなかった希望を胸に、その歩みを速めた。 「あんなに眠そうにしていたのに、ずいぶん元気になったな」 「マミィとのちゅっちゅで元気出たのよねー」 「はずかしいっていっているのに!だでぃもたすけてくれないし」 「喜んでいたくせによく言う」 「だでぃのばか!」 「こらこら暴れちゃだめよー」 食事の後、インテリア専門店に行きいろいろ見て回った。 やはりというか、ここでもゆっくり関連商品はかなりの数があった。 てーが目を輝かせながら「あれは!?これはなに!?」と俺達に質問の雨を降らせていた。 それに一つ一つ答えながらくまなく商品を見て立てたらかなり時間が立った。 午後5時になったばかり、今日はいったん虐子の家によってスポンサーのお二人にファッションショーを催さなければならない。 「あっ、ちょっとそこのコンビニ行こうぜ」 「ん」 「つかまえた!」 コンビニに意識が行ったせいで、てーの目の前でチョロチョロうごかしていた指を掴まれた。 麦茶のパックとメイプルシロップ切らしてたんだよな。 「いらっしゃいませー」 「こんにちわ!」 てーが元気にご挨拶。それを見たバイトの女の子は笑ってお辞儀してくる。俺達も会釈を返す。 あーそういや食パンもなかったな。 虐子はてーとアイスのコーナーにいる。 「てーちゃんどれがいいー?一個だけ買ってあげるよー」 「はーい!このももさんのやつ!」 捕食種用の餌赤ゆも売っているのか、質は良くなさそうだが。 俺が近づくとすごい表情で何かを叫びながらガラスに体当たりしてる。 ケースが特殊なのか、声は聞こえない。よくみると何かを懇願するようなもの、チラッと一瞥し、また無表情になるものと様々だ。 れいむ種とまりさ種しかいないな。 ふと気づくと胴付きふらんを連れた女性がケースを見ている。 俺は見やすいように場所を譲った。 「とっても可愛らしいふらんちゃんですね」 「あら、ありがとうございます」 「うーありがと!」 飼いゆを連れた人との初対面での会話はゆっくりを褒めるべし。 これで確実に相手は気をよくして、円滑なコミュニケーションをとれる。 だって俺もてー褒められたら機嫌よくなるし。 「ふらんちゃんのおやつですか?」 「ええ、そうなんですよ。値段も手ごろですし、野良なんか食べさせられませんから」 「確かに、かわいい家族に不衛生なもの食べさせられませんね」 「ええ、当然です」 「うー!このまりさにする!」 とついつい個人的な意見を述べてしまう。 もともと捕食種は頑丈で、野良のふらんやれみりゃは当たり前だが野良ゆっくりを狩っている。 だから別に野良ゆっくりを飼いゆっくりにあたえても全く問題は起こらないだろうが、飼い主的にはやはり落ち着かない。 というのも人間は野良の汚さ、見た目だけではなく考え方も知っているから。 「だでぃー!」 「おっと!」 虐子に降ろされたてーが、俺に“たっくるすりすり”を仕掛けてきた、そのまま抱き上げる。 「あらっ!ゆっくりてんこちゃんなんですね!?人間の娘さんかと思いました」 「ハハハ、よく言われます」 「てんこはてーだよ!こんにちわふらんとおねーさん!」 「うーこんにんちわ!」 虐子も寄ってきた。 「あら、てんこちゃんの服…」 「これいつも行ってるお店で――」 服の話になるとこいつは長い。 しかも女性同士結構盛り上がってる。 先に会計済ましておくか。 てーとカゴをもってレジヘ向かう。 「いらっしゃいませー。お預かりします」 「おねがいします、あっすいませんアイスだけシール張ってもらっていいですか? 他はすべてまとめていれてもらって結構ですので」 「かしこまりました」 ピッ!ピッ!と音を立てながら、バーコードを読んでいく店員さん。 てーはイマイチ何をしているか分かっていないっぽい。 「あーこれはな、全部でいくらか計算してもらってるんだ」 「どうやって?」 「どうやってって……この機械さんは頭がいいんだ」 「だでぃより?」 「くっ!……まぁたぶん俺よりいいだろうな」 単純な足し算とはいえ最大4、5桁の計算をこんな一瞬でできません。 ちょっと落ち込む俺。 「でもだでぃのがかっこいいよ!」 「お前はホントにいい子だな、ご褒美のちゅっちゅだ」 「うわーいらねーやめろー!」 まぁさすがに他の人に迷惑なんで本当にはしないが。 顔近づけるだけで、ちょっと顔赤くしながらてーが逃げようとする。 俺の腕に抱えられている状態では全く意味がないのだが。 「ありがとうございましたー!」 「虐子、終わったぞ」 「それじゃ、失礼しますね。またねふらんちゃん」 「はい、いろいろ教えてもらってありがとうございました。 こんどふらんを連れてお店にいってみます」 「うーばいばい!」 店内が明るかったせいか随分暗くなった感じがする。 時間が中途半端だったので、たいした距離でもないし、帰りは歩きで行く事にした。 「結構寒いな」 「そうね、てーちゃんはアイス食べてるけど。おいしい?」 「うん!まみぃとだでぃにもあげるね!」 「ありがとー!うーんほんのり桃の味がいいわねー」 「ホントだ、ウマイな」 「おいしー!」 この笑顔のためなら高温に焼けた鉄板の上で額が焦げ付くまで土下座できるね。 自然と俺と虐子の顔もニヤける。 「なっ、なんでなんだじぇぇっ!」 そんな癒し空間を台無しにするような声が足元から聞こえてきた。 声の方に振り向く俺の顔は、てーには絶対見せれらないほど歪んでいたに違いない。 コンビニの裏手の狭い通路の入り口、そこに汚物としか言いようの無いものが転がっていた。 声を頼りに痛む体に鞭打ち、まりしゃが向かった先には信じられない光景があった。 人間と見たことのないゆっくりがいる。人間みたいな体がついているが、同族を間違えたりしない。 しかもそのゆっくりは人間の腕の中で笑っている。かなりの美ゆっくりだ。 綺麗なお飾りを着て、手にはここで匂いを嗅いでいるだけで“しあわせー”と言ってしまいそうになるあまあまを持っている。 そしてなにより驚いたのは人間と一緒なのにそのゆっくりが最高に“ゆっくり”しているということだ。 思わず飛び出し、そして叫んでいた。 「なっ、なんでなんだじぇぇっ!」 「……なにこれ」 「うぁ、汚い。ちょっと蹴ったりすんのやめなさいよ?靴汚れるわよ?」 「あーまりさだ!」 「なんでゆっくりとにんげんさんがいっしょにいるのじぇ!なんでころしゃないのじぇ!」 まりしゃの言葉をうけて、人間の顔が険しいものに変化していくのにまりしゃは気づかない。 「ちょっとてーまかせた」 「よいしょ。……アレ触ったら、一週間はてーちゃんに触らせないからね?」 「わかってるよ……」 おねーさんのほうの人間がゆっくりを受け取り、すりすりしながら遠ざかっていく。 まりしゃに一度も視線を向けないで。怒りが噴き出した。 「むしするんじゃないの――」 「飼いゆっくりだからだよ」 「ゆ゛……?」 “カイユックリ”?なんだ?こいつは何を言っている? 「おまえみたいに好き勝手生きてるゴミとは違って、人間のいうことをちゃんと聞いて、人間に守られながら生きているゆっくりのことだよ」 「に、にんげんしゃんはゆっくりをすべちぇころしちゃいんじゃないにょじぇ?」 「それは極端な話だと思うが、俺も少なくとも野良は絶滅すりゃいいと思うよ」 「にょ……ら……?」 「言ったろ?そこらで勝手に自滅したり、殺されたりするやつらだよ」 好きに生きている?まりしゃたちが?冗談じゃない! 「すきにゃことにゃんてさせてくれにゃいくせにぃっ!まりしゃは」 「そりゃお前らの自由にさせたら人間は迷惑するからな」 「じゃ――」 「でもするだろ? 人間に見えないところで、ゴミ捨て場を荒らす、公園の花壇を荒らす、 人間が飯くってりゃ大声で寄越せとか言って断ると“せいさい!”とか言い出す。 駅前であまあまくれだの、飼えだの叫ぶ。 挙句に人の家や庭に入り込んでおうち宣言。 そりゃお前――――殺されてもしかたないわ」 「でもまりしゃたちだってそうしないといきていけないのじぇっ! ごみさんをたべないとおにゃか“ぺーこぺーこ”になるしっ! おうちがないとあめさんにあたってしんじゃうのじぇっ!」 「うんそりゃそうだ」 「だったらすこしくらいゆるしてくれてもいいのじぇっ!? かだんのおはなさんをたべたって、ごみさんをたべたってにんげんしゃんは“えいえんにゆっくり”したりしないでじょぉっ!?」 「しないけどさ、じゃあまりさは自分のおうちにうんうんあったら片付けないの?」 「かたずけるにきまって」 「なんで?くさいだけで“えいえんにゆっくり”したりしないでしょ?」 「……ゆ゛ぅ゛あ゛ああああああぁああぁぁあっ!」 その一言で理解してしまった。結局は無駄なのだ。 どれだけこっちが生きていることを主張しても。 「結局さ、お前らが弱いのがいけないんだよ。簡単に潰されちゃうからだめなの。 カラスとかもさ、ゴミ漁るけどに人間が来たらすぐ飛んで逃げれるだろ? だから殺されないわけ」 そうだ。わかっていたはずだ。あの日、まりしゃの家族が殺された日に学んだはずだった。 人間はゆっくりを汚いものだとしか思ってない。助けてなんかくれない。 そうだと知ってたはずなのにこんなにも怒りがこみ上げたのは――。 「じゃあなんでそこのゆっくりはゆっくりしてるんだじぇぇっ! にんげんさんからあまあまをうばったんでじょぉっ!? “せいさい!”されもじないでどぼじでぞんなに“すーりすり”されでるのじぇぇっ!? まりじゃがっ!にんげんさんにゆっくりさせでもらえにゃいのにっ! どおじでぞんなにゆっぐりしでるんだぁあ゛ああああっ!」 「だって愛してるもん」 「ゆ゛!?」 「ちなみにあのあまあまはアイスっていって冷たいけどとっても“しあわせー!”な食べ物な。 奪ったんじゃなくて俺が買ってあげたの。てーのこと好きだから、可愛いから」 「はぁぁ゛あぁあぁぁぁっ!?なんでぇぇえぇえ!? あれもゆっぐりでじょぉぉっ!?ゆっぐりはころしたいんじゃないのぜぇええ!?」 「だから言ってるだろ?飼いゆっくりなの、人間が価値を与えたゆっくりはゆっくりできるの。 殺すのが人間の気分しだいなら、生かすのも人間の気分しだいなの」 「じゃぁばあっ!どぼじでぇ!まりしゃはたすけでくれないのじぇぇっ!? おなじゆっぐりでじょボギゅえっっ!グァッ!…ゆ゛っ……」 いきなりまりしゃの身体が後ろに飛んだ。 “おしょらをとでるみちゃい”とは言えなかった。 なぜなら人間のあんよが当たった目が痛かった、左の目が潰れたがそれすら気づかなかった。 お口が痛かった、折れた歯が押し込まれ口内をズタズタにしていた。 吹き飛んだ着地の衝撃であんよが痛かった。 もがきたいのに、どこも動かせなかった。 おさげを動かすだけで身体が痛かった。 餡子がおくちにせりあがってきていたが、おくちは陥没していて開けなかった。 苦痛を訴えることができなかった。 その分頭の中で叫んだ。 (いじゃいいじゃいいじゃいぃぃいいいいいっい!いぢゃあああっいいぃぃぃいいいい!) 人間が会話していたが、気づく余裕は全くなかった。 「結局蹴ってるじゃない、蹴るなっていったのにー」 「だでぃ!だでぃ!てーもすきだよ!」 「さんきゅ、てー。……コイツ、“おなじゆっくり”とか言いやがった」 「……!新しい靴買ってあげるわ」 思わず蹴っ飛ばしてしまった腐敗物に近づく。 「ぎゅっっっ!っ!ぃっ!」 片目をグルグルと動かし、潰れた方の目からもドロドロとした汚物が流れ出ている。 狂ったように、本当に狂えたほうが幸せなんだろう、おさげがグネグネと動いている。 手に持った紙パックのオレンジジュースを、数滴こぼす。 それだけでは傷自体が治るわけがないが、ほんの少しは痛みが和らいだのだろう。 動きが若干おとなしくなった。 「いだぃぃいいいっ!いぢゃい゛よ゛ぉぉおおおっ!」 口に垂らしたからだろう、そのおくちとやらはかろうじて役目を果たしている。 「よぉ、“おなじゆっくり”とかふざけたこと抜かしやがったけどさ」 「いぢゃっ!いぢゃぃぃぅぅ……うぇっ…いじゃぃぃ」 「お前ほんとにゆっくりしたことあんの?」 「ゆ゛ぅ゛?」 “ゆっくり”という単語に反応したのだろう、無事な片目が俺を見た。 「ま゛りしゃはっゆ゛っぐりだよっ!だかっらっ!じでるにぎばっでるでじょっぉっ!」 「ふーんじゃぁ聞くけどさ」 これはてーが大好きな歌の引用になる。俺も子供のころ好きだった。 「何が君の幸せ?まりしゃ?」 まりしゃは一瞬考えた。 幸せ?そんなの決まってる! 「むーしゃむーしゃすると」 「本当に?」 「ゆぇ゛?」 “むーしゃむーしゃ”すると幸せ。 本当にそうだろうか、生まれた時に食べた茎さんはおいしかった。 それは本当だ。だが他はどうだ? おとーさんが狩りでとって来てくれた草さんと生ごみさん。 それはは末っ子れいみゅが食べることができないほど、“にーがにーが”だった。じゃあ他は? 他に……何か食べたことがあったっけ? 「ゆ゛ぅ……ゆぅ、そ、そうだじぇすりすーりぃ!」 「そんな汚い体で?」 そういわれて思い出す。 まりしゃは体を洗うことが怖くて仕方ないことに、あの日以来一度も洗ったことがないことに。 そしてまりしゃは家族以外のどんなゆっくりともまともに会ったことがないことを。 思い出してしまった。 「ま、待つのじぇ!ゆーん……ゆーん」 「……。ねぇ?てー。てーはどんな時に幸せかな?」 悩むまりしゃを尻目に背後のゆっくりに人間は話しかける。 すると“てー”と呼ばれたゆっくりがすごい勢いで口を開いた。 「てーはね!だでぃとまみぃといっしょにいるとしあわせー! あとさんにんでおふろはいるのもすき!ぐらんぱとぐらんまにあたま“なーでなーで”してもらうのもしあわせー! あとねだでぃとまみぃといっしょにねるのでしょー?あとね……」 止まらない。止まらなかった。 少しも悩まずにスラスラと自分の幸せを語る目の前のゆっくり。 聞き取れなかったり、よくわからない行為もあったが、それを語る表情がゆっくりしていた。 それを見てまりしゃは、潰れた方の目で涙を流していた。 「出てこないのかな?まりしゃは。じゃあ次の質問にしようか。 まりしゃは何をして喜ぶのかな?」 「ゆ゛?」 まりしゃは本当にわからなかった。 「喜ぶ」という言葉の意味を。 「ありゃ、意味を知らないのかー。そっかそっか。そりゃだめだね てーは……ってまださっきの答えているのか。ちなみに俺はこういうてーを見て喜ぶよ。 君にはわからないみたいだけどね」 「ゆぁ、ゆ゛ぅゆ」 「答えられないみたいだね。ハハッ、そんなのは嫌だってね」 もうほとんどまりしゃは聞いていなかった。 自分の中の幸せな思い出を探し続ける。 なにがおかしいのか、目の前の人間は笑っている。 「じゃぁ、まりさ。最後の質問なんだけど。 いままでの質問を踏まえてさ。 ――――ほんとうにおなじゆっくりだと思うか?」 「ゆぅ゛ぁっ!あああっ!あああああぁぁあぁあ! まりしゃはっ!ゆっぐりぃぃぃ!ゆっくりだじぇぇ! ゆっぐりぃ!ゆっぐぢぃ!ゆっぐち!ゆっくち!ゆっくち!」 「あらあら、非ゆっくり症か。なんだか病名にまで存在否定されてるみたいだね。 その状態ってさ。こっちの声聞こえているんだっけ?たしか初期なら意識はあるよね? だから教えてあげるけどさ。お前の身体、ヤバいくらいカビ生えてるよ?」 おくちは絶え間なく“ゆっくり”としか言えなくなったが、人間の言うとおり意識はあった。 男はどんどん遠ざかっていく、まりしゃは恐怖した。 てっきり“えいえんにゆっくり”させてもらえるものだと思っていたのだ。 どーせ殺されるなら言いたいことを言ってやる。その覚悟だった。 だが、この状態で放っておかれるなんてヒドすぎる。せめて殺してくれ! と叫びたかったが、おくちはいつまでも憧れ続けてそれでも手に入らなかった願いを叫び続けている。 人間はまりさが持っていない全てを持っているゆっくりの頭を撫でながら、そのまま見えなくなった。 「さて、てーちゃん?野良ゆっくりとは?」 「はなしちゃだめ!」 「ご名答!」 「しかし饅殺男はさ」 「なんだよ」 「虐待してるときは人格変わるよね」 「ほっとけ」 「てーちゃん、よく来たねー」 「あら~とってもかわいい服着てるわねぇー!」 「ぐらんま!ぐらんぱ!こんばんわ!」 「こんばんは~休日にまでお邪魔してすいません」 「んな水臭いこと言わないでくれよー、饅殺男くん」 「さぁ、どうぞ入ってゆっくりしていってくださいな」 虐子の家に帰った俺たちを迎えてくれたお義母さんお義父さんは、さっそく「てーちゃん撮影会」を始めた。 実際夕食になるまで、やってるんだから大したものだ。 この日は結局虐子家にお泊りすることになった。 お義父さんとお義母さんの二人にお風呂に入れてもらったてーはご機嫌だ。 「あまり甘やかさないでくださいね」とは言ったが、二人は爆笑していた。 俺が言っても説得力が全くないのだろう。自分でもそう思う。 そのあとはてーがどちらと寝るのか?をかけた麻雀大会が始まった。 すなわち、マミィ、ダディ対グランパ、グランマの勝負だ。 さすがにてーは麻雀なんて理解できないので、虐子の膝の上に座りながら無邪気に「これなーに?」とか聞いていた。 そんなちょっとしたハンデを背負っている俺たちにも容赦ないお二人。 特にお義父さんはイカサマし放題の大暴れだった。 俺は文句を言うことはなかった。 なぜならうちの娘は勝負の行方に関わらず、俺と虐子と寝たがるだろう。 さすがのお二人も、てーを泣かせてまで一緒に寝ようとは思わないはずだ。 ――予想外だったのはお義父さんが泣きながら駄々をこね、結局“五人”で寝ることになったことだ。 あとがき 最後までお読みいただきありがとうございました。 多くの方が思ったでしょうが、青い髪みて普通の人間の女の子とはまず思いませんよね。 完成してから気づきました。次回からは気を付けたいと思います。 挿絵: