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「ん・・・」 うっすらと目を開けると、窓の外には既に夜の帳が降りていた。 事後の何とも言えぬ気だるい空気に包まれながら、せつなはゆっくりと身を起こす。 身支度を整えながら、せつなはこの数日を振り返る。 いつでも優しく迎え入れてくれる父母と過ごした暖かいひと時。 固い絆で結ばれた親友達と過ごした楽しいひと時。 ―――そして、最愛の人と過ごした甘いひと時。 また新たに増えたそれらの思い出を胸に、せつなは再び旅立つ―――復興の地へ。 「ん・・・せつな・・・」 未だ夢の中にいるであろうラブを見やり、せつなは小さく呟く―――ごめんなさいと。 そして、先程まで自らが横になっていた空間に手をつき、ラブにそっと口付ける。 ―――また戻って来るという誓いを込めて。 眩いばかりの赤い光が瞬き、すぐに消え去る。 静寂に包まれるラブの部屋。 ラブの目尻から一粒の滴がすっ、と流れて落ちた。
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1 「せつなちゃん、そっちはどう!?」 「…ダメ,やっぱり見当たらないわ…」 人ごみの中、赤い浴衣を着たせつなちゃんは、そう言って首を横に振る。 今日はクローバーフェスティバル。年に一度の四ツ葉町のお祭りの日。 でもそんな日に限って、次から次へとトラブルが起きる訳で…。 「シフォンちゃん…どこに行っちゃったのかしら…」 事の発端は、わたし達も参加した、漫才コンテスト。 ひょんな事から知り合った、オードリーって人達の漫才に見入っていたわたし達は、シフォンちゃんがいつの間にかベビーバッグの中から消えていた事に気付かなくて。 そして・・・もう日も沈んでいるというのに、まだ見つけられないでいた。 「大丈夫よ、ブッキー。ラブ達も探してるんだし、きっと見つかるわ」 「せつなちゃん…」 わたしの不安を察して、せつなちゃんが声をかけてくれた。 今、わたし達は二手に分かれてシフォンちゃんを探している。ラブちゃんと美希ちゃん、そしてここにいるせつなちゃんと…わたし。 もしこんな状況じゃなかったら、もっと楽しい気分だったに違いない。せつなちゃんと二人だけになるなんて、滅多にある事じゃないのだし。そう、きっと今頃、ふたりでヨーヨー釣りや輪投げをやったり、おっきな綿飴を半分ずつ両側から食べたり・・・それからさりげなく手を繋いで・・・。 ブンブンブンッ!! そんな不謹慎で邪な妄想を振り払うように大きく頭を振る。・・・わたしったら何考えてるのよ!今はシフォンちゃんを探す事に集中しなくちゃいけないのに! えへへ、と今の行動をごまかすように、せつなちゃんの方を見る。へ、変な子だって思われてないわよね!? その顔を見た瞬間、わたしの周りから彼女以外の景色が消えた。 そこに浮かんでたのは、わたしを安心させようとしてた言葉とは裏腹に、わたし以上に心配そうで、真剣な表情。 こんなせつなちゃんを見るのは、今日二度目の事だった。 2 ラブちゃんの勘違いで参加する事になってしまった漫才コンテスト。それでわたし達はそれぞれ、今みたいに二人ずつ二組に分かれて舞台に上がる事になって。 組み合わせは、わたしとラブちゃん、美希ちゃんと・・・せつなちゃん。 本当はせつなちゃんと組みたかった、なんてわたしの願望はともかく、順番は次々と回り、わたし達のあと、美希ちゃんとせつなちゃんがネタをすることになった。 「ねえせつな、こないだ病院に行った時の話なんだけどね・・・」 「・・・え!?体調悪いの!?大丈夫美希!?」 ・・・目を奪われた。美希ちゃんのボケに対して、ツッコミも忘れて心配するその表情に。 ただ純粋に、相手を案じている事が伝わる、その必死な表情に。 そう、ラビリンスを出てからの彼女は、友達とか、仲間とかを心から大切にしている。 それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・ラブちゃんが芽生えさせた感情で・・・・・・。 その時も今も、こんな顔のせつなちゃんを見ると、わたしの心の中に黒い声が聞こえてくる。 ワタシニナニカアッタナラ、アナタハソンナカオシテクレル? ・・・嫌な子だ、わたし。 きっとわたしの中には、傲慢で、強欲で、哀れな子供が棲みついているんだ。 海でナケワメーケと戦った時だって、わたしを助けたパッションは、きっと同じ表情だった筈なのだ。違う、同じ表情だった。それは間違いないことなのに。 いくらそう考えても、その声を止める事は、出来ない。 わたしは、このままで、山吹祈里というわたしのままで、彼女に心配して欲しいのかもしれない。 プリキュアとか戦いとか、そんな事の関係無い、この姿で。東せつなという少女に。 「・・・ちょっとブッキー、大丈夫?」 「・・・え・・・あ、う、うん」 「そう?・・・なにか思いつめた顔してたけど・・・」 心配そうにわたしの顔を覗き込むせつなちゃん。それにまたわたしの黒い部分が反応しそうになる。 モットワタシニソノカオヲミセテ 「だ、大丈夫!それよりシフォンちゃんを探さないと。さあ、行きましょう!」 そんな黒い声を振り切るようにわたしは駆け出した。 「――!!ブッキー!前!!」 ドンッ!! 次の瞬間、わたしは強い衝撃とともに、地面に倒れていた。 3 「―おいおい、お嬢ちゃん、気をつけないと危ねぇだろう?!」 ああ、人にぶつかったんだ。って理解したのは少し間があってからだった。 見上げると、そこには体格のいい、クローバータウンでは珍しい、柄の良くない人達がいた。 道行く人達が、何事だ、という風に視線を向ける。 「ご、ごめんなさい、急いでたもので・・・」 「気をつけろよ!!?あァ!?」 「怪我でもしたら、どう落とし前つけるつもりなんだよ!!」 「あ、あの、わ、わたし・・・」 「・・・おい、お前ら、もういい、行くぞ。せっかくの祭りなんだ。放っておけ」 わたしのぶつかった、どうやらグループの中でもリーダーと思われる人は、仲間達のわたしに対する怒りの声を抑えると、向こうへ歩き去ろうとした。 どうやら助かった・・・のかな? ふう、と緊張の切れた溜め息をもらすわたし。変な事ばかり考えてたバチが当たったのかな。 「――待って。・・・この子は謝ったけど、あなたはまだ謝ってないでしょう?」 場が一瞬、凍りつく。 気が付くと、せつなちゃんがわたしの横にしゃがんでいた。 「・・・俺に謝れっていうのか?お嬢ちゃん?」 ゆっくりと振り向く、リーダー格の男の人。 それに対して、彼女は少しも怯まず、言葉を続ける。 「確かにこの子の不注意でぶつかったのは事実だけど、それを避けたり受け止めたり出来なかったのなら、あなたにも非はあると思います」 「なんだとォ!?姉ちゃん!?」 「お前、この人を誰だと思ってるんだよ、コラッ!!」 「――大きな身体をしてる、男の人でしょう?」 「―――」 「・・・彼女は、小さな身体の女の子だわ」 そう言うと、せつなちゃんはあたしの肩に手を回した。 「そして、あたしの大事な友達よ」 今まで沈黙を守っていたリーダーは、ふーっと息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。 「――すまなかったな、お嬢ちゃん。許してくれ」 「え!?あ、兄貴!?」 「そ、そんな!?それじゃ俺らのメンツが・・・」 「馬鹿野郎!ここで謝らない方が、よっぽどメンツが潰れるってもんだ!周り見てみろ!」 リーダーの言葉に、仲間達だけではなく、わたしも周りを見回した。 いつの間にか、わたし達の周りを、野次馬と思しき人達が取り囲んでいる。せつなちゃんに圧倒されてて、誰も気が付いてなかったみたい・・・。 「――まあ理由は、メンツだけじゃねぇけどな。・・・いい友達を持ったな、お嬢ちゃん」 リーダーはわたしに少し微笑んでみせると、今度こそ人ごみをかきわけ、仲間達と一緒に歩み去って行った。 「せ、せつなちゃん凄かったね・・・わたしの為に迷惑かけてごめ・・・」 「怪我は・・・怪我はしてない!?ごめんねブッキー!!」 彼女はわたしの両肩に手を置いて、頭を下げた。 あれ?なんでせつなちゃんがわたしに謝るの?この場合、悪いのは全部わたしなのに・・・。 せつなちゃんは少しだけ、わたしの肩の手に力を入れた。そして、俯けていた顔を上げる。 そこにあったのは、わたしの中の黒い声が望んでいた、あの表情。 「・・・怪我は・・・うん、大丈夫みたい。浴衣も破けてないみたいだし・・・」 「・・・良かった・・・本当に良かった・・・」 せつなちゃんは優しく手を引いて、わたしを起こしてくれた。 「・・・どうしてもあの人達が許せなかったから・・・。でも、あんな事言ったけど、あたし…友達失格だわ・・・。本当だったら、ブッキーが怪我してないか、それを先に確認するべきだったのに・・・」 「そんな・・・友達失格なんて事ある訳ないじゃない!・・・わたしの為にあんな怖い人達に向かって行ってくれたんだもん・・・」 「・・・許してくれるの?」 「許すも何もないわ。先に謝るのは、わたしの方・・・ごめんなさい、せつなちゃん!」 「ブッキー・・・」 「これでお互い様だね!・・・そ、そうだわ、早くシフォンちゃんを探しに行かないと!」 今度は注意して、人ごみの中を縫うように急ぐわたし。その横を、同じようにしてせつなちゃんが進む。 「ねえ、ブッキー、本当にどこも怪我してないの?・・・なんか変なトコ打ったとか・・・」 「?せつなちゃん、心配しすぎよ。本当になんともないって!」 「そう・・・それならいいんだけど・・・」 「なんでそんなこと聞くの?」 「・・・だってブッキー、さっきからあなた―――」 「―――ずっと笑ってるじゃない」 もう、黒い声は聞こえないだろうって、わたし信じてる。 4 美希ちゃんからリンクルンに連絡があったのは、そのすぐ後の事だった。 『シフォンが見つかったのよ!無事なんだけど、無事じゃないの!あー、もう!とにかくすぐ来て!!』 とても完璧とは言えない美希ちゃんの説明を受けて、わたしとせつなちゃんはカオルちゃんのドーナツ屋さんへと急いだ。 人ごみを避けつつ、角を曲がり、ようやく着いたわたし達がそこで見たものは・・・。 「わーい!せつなー、ブッキー!こっこだよー」 「!!ラブちゃん・・・ど、どうしたの、その格好は…!?」 「・・・呆れるでしょ・・・。少し叱ってあげてたとこよ。・・・まあ効いてるとは思わないけど」 わたし達を待っていたのは、全身バンソーコーだらけのラブちゃんの姿だった。・・・まあ本人が呑気にドーナツをパクついているところから判断して、それほど大きな怪我はないみたい。 「シフォンを見つけたのはいいんだけど、少し高い木の上で眠っちゃっててね。それを助けに行くって無理やりよじ登って、落ちて、この有り様よ。あれだけプリキュアに変身しろって言ったのに・・・」 「だってー!こんな人通り多いときなんだよ!誰かに見られたら大変じゃない!・・・それにシフォンがもし寝ぼけて落ちたらって思うとヒヤヒヤだったし…」 「そないなこと言うたかて、もし大怪我してたらどないしますのや!あんさんの身体は、あんさん一人だけのモンやおまへんのやで!・・・それに、ワイらがどんだけ心配したか・・・」 「まあまあ、皆抑えて抑えて。ケガあって困るのは坊主だけって言うでしょ、グハッ!・・・これくらいで済んだんだし、今回だけは許してあげれば?」 「プリプ~!」 ・・・そういう事だったのね・・・ある意味で美希ちゃんの説明は正しかったんだわ・・・。 とにかくシフォンもラブちゃんも無事?だったのが分かって、わたしの身体からドッと力が抜ける。 「・・・ま、まあ、とりあえず良かった・・・のかな。せつなちゃ・・・」 苦笑いをしながら、傍らに立つせつなちゃんへと話しかける。 わたしの、全てが、止まった。 見たことの無い少女が、そこに、いたから。 彼女は、下唇を噛み締め、眉を曇らせて、ボロボロと大粒の涙を流していた。 ぶるぶると震えているのは、心がそのまま身体をゆすっているよう。 それは、元ラビリンス幹部のイースでもなく、幸せの戦士キュアパッションでもなく、・・・いつも気丈に振舞おうとしている、東せつなでもなかった。 ただ好きな人が傷ついてて、それを悲しんでる小さな女の子・・・。 「バカァッ!!!」 せつなちゃんは叫んだ。絶叫って言ってもいいかもしれない。 そしてラブちゃんの元へと駆け寄り、その胸へ飛び込む。 「あ、あははは、やーゴメンゴメン。心配した?せつな?」 「バカバカバカ!!なんで、なんでいつも無茶ばっかりするのッ!!!」 「い、いやー、あたし的には無茶って思ってないんだけどねー、ははは」 「ラブが思ってなくたって、無茶は無茶よ!!バカバカバカ大バカ!!」 泣きながらラブちゃんの胸を小さな拳で叩くせつなちゃん。その姿はまるで駄々をこねる幼児みたい。 ラブちゃんはそんな彼女の肩にそっと手を回した。 「・・・あたしが無茶じゃないって思ったら、無茶じゃないよ、せつな。知ってるでしょ?」 「・・・知ってる・・・。でも、ラブだって、その度にあたしがどれだけ不安になってるか・・・知ってるでしょ・・・」 「…もちろん。・・・でも泣いてるせつなカワイイからね~、ついその顔が見たくて。はは」 「・・・ばか・・・」 「ごめん・・・でもせつな、そんなばかな子は、嫌いなの?」 「・・・・・・・・・ばか・・・」 ラブちゃんの浴衣の襟をギュッと掴んで、せつなちゃんはそのまま胸に顔を埋めた。 そんなせつなちゃんを、ラブちゃんも愛おしげに抱きしめる。 ドーン!ドドーン!! 轟音とともに、夏の夜空に光が咲いた。 あ、花火だ。もうそんな時間なのね。 そうだ、花火見なきゃ。花火は綺麗だもん。 顔を上に向けないと見えないよね。 そしたらラブちゃん達が見えなくなるけど、仕方ないよ。 ・・・おかしいな。花火・・・なんか歪んで見える。 まるで水たまりに映ってるのを見てるみたい。 わたしの心に、花火の音にかき消される事もなく、黒い声が響く。 ドウシタラセツナチャンノスベテヲ、ワタシヒトリノモノ二デキルノ? 了 2-84へ
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「ようこそ、お参りくださいました」 頭を上げたその姿を見て、 自然に、ため息が出た。 清楚な、白衣。 あざやかな、緋袴。 凛とした、微笑。 湖水のように、澄んだ瞳。 きれいな黒髪が、 巫女装束に映える。 「わはー!せつな、超似合ってるよ...」 「ちょっと、完璧なんだけど...」 「ぜったい、似合うって信じてた!」 働いている最中なので、 無駄話もなし。 それどころか、あたし達にも 他の参拝客と同じように、 敬語で接してくる。 完全に、お仕事モードだ。 四つ葉町にある神社は、 初詣で大にぎわい。 せつなに、初詣期間の 助勤のお願いが来た。 せつなは、もちろん 二つ返事。 あれっ、みんなで 初詣に行く予定は...? まぁいいか。 人から頼られると、せつなは 必要以上に頑張るタイプだから。 お祓いの呼び出し。 控え室への案内。 破魔矢やお守りの販売。 おみくじの案内。 御神酒の振る舞い。 せつなは、微笑みを絶やさず くるくると働いている。 あたし達が注目するのと 同じくらい、他の参拝客も せつなに注目している。 せつなが、お守りの 売り場に移動する。 お守り売り場に、 殺到する行列。 せつなが、御神酒の 振る舞いを始める。 何度もおかわりする、 おじさん達の行列。 せつなに案内してもらうために お祓いの順番を調整している 家族まで居る。 何だか、せつながあまりに 綺麗すぎて、遠くなっちゃったみたい。 嬉しいんだけど、 ちょっと、さびしい。 おみくじも、小吉。 「逃げられぬよう注意」だって。 おみくじを結んで、 ふと振り返る。 遠くで顔を起こしたせつなと、 目があった。 一瞬だけ、せつなが ニコッとわらった。 胸が、どきっとして あたしは、2歩ほど後ろに下がった。 「ラブ、どうしたの?」 「ラブちゃん、大丈夫?」 「うん...ちょっと」 あぁ。 ノックアウトされちゃった。 何度もおみくじ引いたり、写真を撮ったりして、 結局、夕方まで神社に居た。 境内を後にしようとしたあたし達は、 古札回収の箱を入れ替えている せつなを見つけた。 「せつな!お疲れさま!」 「ラブ...ごめんね、あんまり構えなくて」 「ううん!それよりもさ、すごく似合ってるよ!」 「ありがとう...何だか照れくさいわ」 「そんなことないよ、すっごく似合ってる!」 「アタシも自信を持って言うわ。完璧よ!」 「そう...かな」 せつなが、顔を赤らめる。 「せつな...この服って クリーニングに出すよね!」 「ええ、神社の方で 出してくれるらしいけど...」 「いやいや!これはやっぱり 使った人がちゃんと洗って返さないと!」 「そうなの...じゃあそう言っておくわ」 「うん!じゃああと少し、頑張ってね!」 「ええ、ありがとう」 せつなが持ち場に戻っていく。 「ちょっと、ラブ」 美希たんが肘であたしの脇腹をつつく。 「洗って返す前に、何かしようとしてるでしょ」 さすが。
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タン。タン。タン。タン。タン。 小気味良い音が桃園家のキッチンに響き渡る。 牛ロース。豚と鳥のもも。しいたけ。たまねぎ。 冷蔵庫の余りものを上手にチョイスしてひき肉をこしらえる。 「ラブ。このくらいでいいのかしら?」 「うん、バッチリ! 後はパン粉と卵黄を混ぜてこねるの」 ラブはキャベツの芯をくり抜いて細かく刻み、ケチャップ、醤油と混ぜて特性のソースを作っ ている。 おかあさんが特売で春キャベツを買ってきた。刻んでサラダにして今夜はハンバーグ! と言 うラブの提案は、この前したばかりだからとあっさり却下された。 それでロールキャベツを作ることになったのだ。 お揃いのエプロンをつけて、仲睦まじく調理を進めていく。 二人とも真剣。交わす言葉は質問と指示くらい。だけど、互いに見つめあって、微笑みかけて。 娘達の嬉しそうな表情に、あゆみと圭太郎の顔もゆるみっぱなしだ。 「もう、いいの?」 「春キャベツを使う場合はね、煮詰めすぎないようにするのがコツなんだよ」 ハンバーグが得意なラブの、自慢のレパートリーの一つだ。美味しそうな香りが食卓いっぱい に広がる。 ラブが食器を並べて、せつなが可愛らしく盛り付けていく。 おとうさんとおかあさんのグラスに白ワインを注いで完成だ。 「「「「いただきま~す」」」」 「美味しいわ。ラブ、せっちゃん」 「本当だ。春キャベツが甘くていいなあ」 「ほとんどラブの言う通りにしただけよ」 「せつなの手際は凄いんだよ」 途切れない会話。花が咲いたような明るい食卓。 せつなが突然帰って来てから一週間が過ぎようとしていた。幸せを学びたい。そう言った少女 は、たちまち桃園家や周囲の人々を笑顔と幸せでいっぱいにしていった。 「ブロッコリーの茎も、こうして煮ると美味しいなあ」 「人参も美味しいわぁ~。一緒に余り物を煮込むなんて考えたわね」 ぎくっ! ラブがよそ見をして誤魔化そうとする。 「ら~ぶぅ、に ん じ ん。食べないとね! 私も昨日はピーマンの炒め物全部たべたんだから」 「あ、ははは。その~せつな。お願い、食べて……」 「だ~め! はい、あーん」 「いや……その」 「あーん」 せつなにじっと見つめられる。せつなの口もあーんと開いてるなあと思いつつ、ラブは観念し て口を開いた。 「おいひいです」 泣き出しそうなラブの顔を見て、全員が吹き出した。 「せっちゃん。学校はどう? 少し時間が開いちゃったけど、授業とかついていけてる?」 あゆみが心配して声をかける。 食事が終わり、みんなに紅茶を入れながらせつなが答える。 「大丈夫よおかあさん。ちゃんとわかるわ」 「せつなったら凄いんだよ。間違えたとこなんて見たことないし。 スポーツも相変わらず何でも出来るし。クラスでも物凄い人気なんだから!」 頭脳明晰。スポーツ万能。容姿端麗。控えめで礼儀正しく優しい人柄。もとから人気は高かっ た。反面、遠慮がちで自分から交流を持とうとしない子でもあった。 帰ってきてからのせつなは、まるで人が変わったようだった。以前の魅力はそのままに、自ら 話しかけ、積極的に人と関わりを持とうとするようになった。おせっかいな一面も見られるほ どで、学級、学年の外にもファンは急速に増えていった。 「そう、良かった。ラブは勉強とか大丈夫なんでしょうね?」 「いやぁ、あたしは、その……」 「は~しょうがない子ね。せっちゃん」 「はい、まかせて。おかあさん」 あゆみは無言で二階を指差す。今夜のせつなとのおしゃべりは、勉強会に変更になるだろう。 「は~い」とラブはしょぼしょぼと上がっていった。 「ラブっ~! 後片付け済んだら私も行くから」 せつなが声をかけると、今度は元気な声で「早く来てね~」と返事が帰ってきた。 「せっちゃんも上がっていいわよ。片付けはやっておくから」 「ううん。私にやらせて、おかあさん」 「じゃあ、一緒にやりましょう」 「はい」 今度はあゆみと一緒にキッチンで後片付け。せつなが洗った食器を、あゆみは拭きあげて並べ ていく。 時折、チラチラとせつなの方を見る。 「どうしたの? おかあさん」 「あら、やだっ。ごめんなさい。 こうして――またせっちゃんと一緒に過ごせるのが夢のようで、ついね」 「私と暮らせるのが、楽しいの?」 「当たり前でしょ。娘と一緒に居られることが幸せで無い母親なんているものですか」 「ありがとう。おかあさん」 せつなはあゆみにそっともたれかかった。以前より物怖じしなくなった。 あゆみが優しく抱きしめた。 「ねえ、せっちゃん。遠慮も何もいらないから、あなたが思った通りにやりなさい。 そして、何でも相談してちょうだいね。必ず力になるわ」 「そうだぞ、せっちゃん。おとうさんも、せっちゃんの幸せを誰より願ってるんだからな」 おかあさんばかりずるいぞ! と言った目で見ながら圭太郎も会話に混じってきた。 「ありがとう。おとうさん。おかあさん」 せつなはしばらく二人に甘えてから、ラブの部屋へと向かった。 幸せの街、クローバータウン。 そしてきっと、どこよりも温かい幸せな家庭。少なくとも、この家の四人はそう信じられる。 待っててくれる人。迎えてあげたい人。心を優しく満たしてくれる人。 それは家族と言う名の幸せ。 優しい夜は、その日もゆっくりとふけていった。 10-910へ
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私にしか出来ない。美希はそう言った。 何となく、分かる。分かってしまう。祈里が何を望んでいるか。 でも、それでいいのだろうか。私には正しい事が分からない。 でも、祈里が欲しがっているものを与える事が出来るのは私だけ。 それが、本当に祈里の為になるのかは分からないけれど………。 心臓にラブの手の平の感触が残っている。 心は、すべてラブに預けて来た。怖いものなんて何もない。 きっと、祈里にも微笑む事が出来るだろう。 心身を苛まれた祈里との情事の記憶。それを心と体が忘れる事はない。 だけど、私は大丈夫。あれも祈里の本当の姿の一つ。 大切な親友の暗闇なら、それは私にとっても大切な一部に出来るはずだから。 私はリンクルンを手に取る。アカルンを呼び出す為に。 ……… ……………… 灰色の世界。メリハリのあるモノトーンですらない、無限に広がる薄墨の濃淡。 今のわたしがいるのはそんな世界。色もなく、音は水の中にいるように 滲んで膨張し、歪んで聞こえる。 でも、そんなわたしの様子を訝しがる人なんていない。 そんなに注意深くわたしを見て、気に掛けてくれる友達なんて あの3人の他にはいないから。 (ラビリンスって、こんな感じ……なのかしら?) 心一つで灰色に変わってしまった世界を、かつてせつなが暮らした所に 当て嵌めてみる。 (こんなのがラビリンスって言ったらせつなちゃんに叱られちゃうかな。) だって、自分以外は何も変わっていないのに。 教室ではクラスメイトがお喋りに花を咲かせている。 自分に話題が振られれば、適当に相づちを打ち、他の子に話題を流す。 ただそれだけの関係。 多分、学校ではいつもと変わりなく過ごせてる。 当たり障りのない雑談や、級友の頼まれ事をこなす。 それですべてが事足りる。 腫れ物扱いすら、されない。腫れて膿を持ち、疼く傷を抱えている事すら 気付かれない。 ラブや美希、そしてせつななら、自分がこんな風になっていたら 放っておいて欲しくても、そうはさせてくれないだろう。 それ以前に、ここまで沈み込む事を許してくれない。 悩みなんて寄ってたかって強制的にでも解決させられたかも。 色のない世界に閉じ籠る事を決めたのは自分自身。 今まで自分がどんなに色彩と温もりに溢れた世界で暮らしていたか 思い知らされる。 学校から帰ると、する事もなく冷えたベッドに突っ伏す。 もうせつなの香りもとうに消えてしまった。 けど、瞼を閉じれば有り有りと確かな感触を伴い、祈里だけのせつなが蘇る。 記憶の中のせつなを思う時だけ、鮮やかに色彩を纏って世界が変わる。 白磁の様にひんやりと滑らかなせつなの肌。 それが桜色に染まり、硬く強張っていた肢体が祈里の愛撫で 柔らかく解れてゆく。手の平に、唇に熱く吸い付き、そのまま永遠に 絡み合っていたい衝動に駆られる。 黒目がちな瞳に涙の膜を張り、望まぬ快楽を受け入れ、全身を戦慄かせる。 引き結ばれた紅唇は、何も付けなくてもいつもしっとりと艶めいて、 味わう祈里をうっとりとさせた。 白い歯の間から赤い舌が覗き、隠しきれない甘さを含んだ声がこぼれる。 それは耳から脳髄を蕩けさせるようななまめかしさで祈里を狂わせた。 その声音で名前を呼んで欲しかった。 でも体が快楽を受け入れた後は、もうせつなの中に祈里はいない。 せつなはいつもラブの幻影に抱かれていた。 だからせつなが達しそうになってくると、祈里は一切の声を発しない。 それまでは、散々に言葉でいたぶっても。強制的に祈里に愛を囁かせても。 我を忘れ、蕩けてしまえば口にするのはラブの名前だけだろうから。 息を弾ませ、胸を上下させるせつなの目に正気の光が戻ってくると、 決まって彼女は虚空を睨み、唇を噛み締める。 そこに、自分を犯し続ける憎い相手がいるように。 自分にのし掛かったままの祈里の存在を故意に無かった事にしようとするように。 せつなは、そうやって祈里への負の感情を毎回毎回、逃がしていたんだろうか。 祈里を、憎まずに済むように。 せつなはどれほど泣いても、祈里に憎悪の言葉を吐く事はなかった。 どうして、笑顔だけで満足出来なかっんだろう。 決して、手に入らない事は分かっていただろうに。 禁断の果実に手を出せば楽園を追放される。 聖書の頃からの決まりきったお約束なのに。 もぎ取ったところで、果実は食べてしまえばそれでお仕舞い。 唇を滴る芳しい果汁も心までは満たしてくれない。そんな事も知らなかった。 ラブの太陽のように弾ける眩しい笑顔。 美希の澄んだ青空のような晴れやかな笑顔。 せつなの、花がほころぶような可憐な笑顔。 自分はどんな風に笑っていたのだろう。もう、思い出せない。 「後悔なんて……してないもん。」 枕に顔を埋め、硬く目を閉じたたまま、祈里は呟く。 「謝ったりなんか、しない。」 だから気付かなかった。部屋の中に深紅の光が満ちた事に。 「そうなの?よかった。謝られたって困るもの。」 祈里の心臓は、冗談抜きで数秒止まった。 もうこの部屋では絶対に聞くはずのない声を聞いたから。 ようやく動き出した心臓を宥めながら、枕から顔を上げる。 ミシミシと音を立てて体が軋む。 ロボットのようにぎこちない動きで声のした方に視線を向け、体を起こす。 もしそこにいたのがヒグマや雪男でも、これほど動揺しない自信があった。 あり得ないだろう。 だって、彼女自身がもう来ないと言ったんだから。 「………せつなちゃん……。」 どうしてここに?理由を探るより前に、全身の細胞が歓喜に震えていた。 幻ではない、確かな質量を持った姿。空気が伝える体温。 モノクロの世界に瞬く間に艶やかな彩りが刷かれてゆく。 せつなが祈里の椅子に浅く腰掛け、背もたれに身を預けていた。 「安心した。ラブや美希の前で謝られたりしたら、どうしようかと 思ってたの。」 だって、面と向かって謝罪なんてされたら許さない訳にはいかないじゃない? せつなの形のよい唇が紡ぎ出すのは氷の破片を含んだ刃。 薄く紅唇の端を持ち上げ、清楚とも見える微笑みを浮かべている。 「謝罪なんて、そんなものいらないもの。」 私があなたを許す事なんてないと思ってね? せつなは傲然と祈里を見下ろす。少し前まで、立場は逆だった。 皮肉なものだ。ただ、座っている位置が入れ替わってるだけなのに。 せつなはベッドの上で怯え、祈里は女神のように震える囚われ人を ねめつけていた。 支配されていた。身も心も。 目の前で身を硬くして震えている小さな少女に。 今となれば分かるのに。どれほど祈里が怯えていたか。 必ず訪れる終わりに。終わりの後に待っている、終わりのない責め苦に。 せつなと再び同じ空間にいる。その喜びが祈里の全身に行き渡る前に、 せつなの言葉が脳に届く。 上昇した体温が急速に下がり、指先が冷たくなる。 何も驚く事などないはずなのに。まかり間違っても、優しい言葉や 親しみの籠った表情を貰えるはずなどないのに。 祈里は自分の卑しさに身を捩りたくなる。 期待していた。せつなからの甘い温かさを。 叶わぬ想いを抱えた祈里の辛さを労ってくれるのではないかと。 「だって、せつなちゃんが、好きだったんだもの………。」 それなのに、言葉が勝手に唇を離れて行く。 今になって、こんな事言っても何もならないのに。 「せつなちゃんが、欲しかったの。」 せつなはモノじゃない。 そう、ラブに言われたばかりなのに。どうして、こんな事しか言えないのだろう。 「わたし、せつなちゃんがいれば…他に何もいらないよ……。」 だからお願い。わたしを見て。 「嘘ばっかり。散々私をおもちゃにしたくせに。」 楽しんでなかったなんて言わせない。 今さら綺麗な言葉で取り繕わないで。 せつなの瞳に影が落ちる。憐れむような、蔑むような。 薄く微笑んだまま、せつなは祈里の哀願を一蹴する。 「……わたしの事、嫌いにはなれないって言ってくれた……。」 容赦のないせつなの爪に祈里の柔らかな部分が毟り取られる。 祈里はせつなの視線にすがり付く。 せつなを愛してる。弄びたかった訳じゃない。 それだけは、信じて欲しかった。 「じゃあ、そうしてあげるわよ?」 「……え………?」 「あなたのモノになってあげる。これから二人でどこかへ消えましょう?」 せつながリンクルンを振って見せる。 「本当に、何も分かってないのね。」 誰も知らない場所で、二人きりで生きていくの。 あなたを守ってくれる人も、頼れる人もいない。何一つ持たず、誰にも告げず ここから出で行ける? 私がいれば他に何もいらないんでしょう? だったら、出来るわよね?出来るなら、連れて行ってあげる。 そこで、あなただけを見ていてあげるわよ。 私には、本当にそれが出来るもの。 せつなは本気で言っている。それが分かり、祈里の背筋に霜が降りる。 だって、それはせつなはそれを既に経験しているから。 命すら奪われ、体一つでさ迷う事を余儀なくされたせつな。 もし、ラブに迎え入れられなかったらどうなっていたのだろう。 それを思った瞬間、祈里は底の見えない穴に引き込まれるような 感覚に、全身が総毛立った。 祈里がせつなから奪ったもの。それは一時、体を貪るだけの事ではなかった。 せつなが底知れぬ闇から這い上がり、ようやく掴んだもの。 祈里にとっては持っているのが当たり前で、存在を意識する事すらなかったもの。 人は息が出来なくなって、初めて自分が空気に包まれていることを意識する。 祈里が、せつな以外はいらない。そう思えたのは余りに当たり前に 幸せに包まれていたから。 せつなを自分だけのものに出来る。 二人だけで見知らぬ場所で。 祈里も何度も夢想した事がある。 胸を締め付ける途方もなく甘美で、少しばかりのやるせなさを含んだ妄想。 現実には起こり得ないと分かってるからこそ浸る事の出来る、 無邪気で幼稚な一人遊び。 「馬鹿な子。」 せつなは祈里に歩み寄り、惚けたように自分を見つめる祈里の顎に指を掛ける。 「こちらに来て学んだことの一つがね、豊かな人ほど欲張りって事。」 どうしてあんなに欲しがるのかしら?両手にも抱えきれないくらい 沢山持っているのに。 腕から溢れてこぼれ落ちてもお構い無し。 こぼれた分まで、また余分に掴み取ろうとするの。 ねえ、あなたは何でも持っていたじゃない。 温かい家族。分かり合える親友。未来への夢。それを叶える事の出来る環境。 出来の良い頭。可愛らしい容姿。 他にもたくさん。 それなのに、なぜ私まで欲しがるの? 私の他には何もいらない。そんなの嘘。 あなたは何一つ捨てられはしない。 だって自分がどれほどの物を持っているか。そんな事、考えたことすら ない人なんだから。 「あなたは欲張りで、傲慢で、残酷な子供よ。」 自分が持っていないから。それだけの理由で、他の子の片手にも満たない 少ないおもちゃも取り上げられるんだから。 あなたは私から、ラブへの想いと、初めて出来た親友を奪い取ろうとしたの。 打ちのめされる、と言うのはこう言う事なんだろうか。 罪を理解してるつもりだった。 償う為、自分の辛さから逃げていないつもりだった。 何一つ、理解していなかった。単なる独り善がりな自己満足。 泣いてはいけない。そう自分に課した罰さえ忘れ、祈里の頬は溢れる涙で 幾筋もの模様が画かれていた。 せつなは細く繊細な指で祈里の顔中をなぶる。 瞬きすら忘れた瞳から流れ落ちる涙を頬に伸ばし、しどけなく開いた唇を 形の良い爪で弾く。 祈里はされるがままに、せつなを見つめていた。 「……どうすれば、いいの……?」 許して欲しいなんて夢にも思わない。 ただ罪の深さに溺れたくない。 どうすればいい?教えて欲しい。どうすれば、溺れずに済むの? どうすれば………ほんの少しでも償えるの? 「奪ったものを、返してくれればそれでいいわ。」 ラブへの想いは自分で取り戻した。ラブがもう一度与えてくれた。 「私の親友を、返して。」 ブッキーはいつもおっとりと優しく微笑んでくれたの。 彼女といると、ゆったり穏やかな気持ちになれた。 我が儘で身勝手なあなたなんていらない。 ブッキーを、返して。 「………無理よ……。」 また、以前のようにせつなに微笑むなんて出来ない。 ラブの隣で、ラブの愛情で包まれてるせつなと、今までと同じように 並んで歩けと言うのだろうか。 「やりなさい、祈里。」 それ以外のものは受け取らない。あなたは笑わなくてはいけない。 私や、ラブや、美希の為に。 あなたの気持ちなんてどうでもいいの。 だって、これは罰なんだから。辛くなければ意味がないでしょう? あなたは見ていなければいけないの。私が幸せになるところを。 微笑んで、祝福して、そしてあなた自身も見付けるの。 私を手に入れる以外の幸せをね。 せつなの顔が、ゆっくりと降りていく。 祈里は自分の唇がせつなの唇で塞がれるのを、感じた。 何度も味わったはずの唇。 それなのに、初めて触れ合うかのような甘美さに、頭が痺れる。 魔に魂を奪い取られる瞬間は、こんな感じなのかも知れない。 穢れのない天使の口付けのように穏やかなのに、天使には持ち得ない 官能を揺さぶる背徳感。 舌の先すら絡まないのに、粘膜が擦れ合う淫靡さに体の奥から潤いが降りてくる。 無意識に腕が上がり、せつなの腰を抱き締めようとしていた。 「駄目よ。」 柔らかく、しかし短くせつなが拒絶する。 唇を重ねたまま言葉を発したので、開いた隙間で歯が軽く触れる。 「あなたから、私に触れるのは許さない。」 祈里はビクリと震え、所在なげにダラリと両腕を垂らす。 せつなは唇を離し、祈里の唇を指でなぞる。 祈里は自分の唇を這っている白い指の腹をちろりと舐めた。 せつなが咎めないのを見て、指に舌を絡め口腔内に引き込む。 人差し指と中指を音を立ててしゃぶり、指の又に舌を這わせる。 「触らないでと言ったはずよ。」 しばらく祈里の好きにさせた後、指を引き抜き祈里のシャツで無造作に拭う。 潤んだ瞳で見上げてくる祈里。 その胸中は多分に糖分を含んだ痛みに溢れていた。 せつなの側で、せつなの幸せを見届ける。 決して触れられない。二度と、過ちは冒せない。 祈里の背筋に粟立つように震えが走る。 一瞬で終わる許しより、緩やかに永く続く痛みと胸苦しさを。 それが、せつなのくれた罰。 また一筋、涙が流れ落ちる。 悲しいからではない。ようやく、救われた。 痛みを抱き、罰を孕んで生きていく。せつなが逃げ道を示してくれた。 祈里が壊れないように。笑う事に罪悪感を覚えないように。 「今度は、玄関から来るわね。」 ラブや美希と一緒に。 せつなが淡く微笑みを残し、消えて行った。 もう、泣いても良いんだ。後悔か、安堵か、何の涙かは分からない。 それでも、声が枯れるまで祈里は泣いた。 せつなは、祈里がせつなを愛し続ける事を許してくれたのが分かったから。 あなたを愛しています。 例え、指一本触れる事が許されなくても。 ……… …………… (私、絶対アカルンの使い方間違ってるわよね。) せつなは苦笑する。もう何度、自分と祈里の部屋を往復しただろう。 ベッドに腰掛け溜め息をつく。 その途端に、今まで大人しくしていた心臓が胸の中で暴れだした。 せつなは左胸を掴み、顔を歪める。跳ね返る鼓動を抑えようとしながら、 瞳を閉じる。 あれで良かったのか分からない。 ただ、自分は知ってる。 罪を犯した人間は許されるだけでは救われない事を。 罰を与えて欲しい。償いたい。例え、何の意味もない自己満足だとしても。 誰が許すと言っても、自分で自分を許せなければ、穏やかな眠りは訪れない。 彼女を、祈里を罰する事が出来るのは、自分だけだ。 (祈里………笑って…?) 例え、償いの為の無理強いでも。 あなたは偽りの微笑みだと感じるのかも。 でもね、私は知ってる。笑顔は幸せを呼び寄せてくれるって。 あなたが自分を騙して、心ない表情を浮かべているつもりでも。 笑顔はいつか本物になれる。 だって私の事、好きになってくれたあなたは、本当に素敵な笑顔を 私にくれてたもの。 だから祈里。最初は嘘でもいいの。 きっと、次に会った時は笑ってくれるわよね? 『せつなちゃん!』そう、呼んで手を振ってくれる。 あなたには、それが出来るって、私は信じてるから。 6-703エピローグへ
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「だい・・・・・・じょう、ぶ?」 地面に尻餅を付いて呆然とする少女に、彼女は言う。言いながら、その全身を見て、傷が無いことを確かめる。 そして、少女の答えを待たずに、笑った。 「良かっ・・・・・・た・・・・・・」 その笑顔、唇の端から、血が流れ落ちて、そして。 彼女は、うつぶせに倒れこむ。 トサッ。 そんな、軽い音がした。地面が、彼女の服が、体が、真っ赤に染まっていく。 「うそ・・・・・・」 少女は――――プリキュアとなった少女は、愕然とした面持ちで膝から崩れ落ちる。 彼女の目の前で、もう一人の少女――――もう一人のプリキュアが、倒れている。 その体を染めるのは、鮮血の赤。引き裂かれた彼女の衣、その下の白い肌が見えない程に、朱が全てを隠していて。 少女は、何も言わない。意識を失っているのだろう。痛みを訴えることすらせず、ただ横たわるばかり。 「うそ・・・・・・うそよ・・・・・・」 虚ろに呟いた後、ハッとなって、彼女は、その傷を塞ごうとする。これ以上、少女の体から血が零れないようにと。 だが、その願いは虚しく、彼女の手が赤に染まり切っても、溢れ出る紅は止まらない。 その朱は熱く、それがこぼれる程に、少女の体は冷たくなっていく。 一滴、一滴が流れ落ちる度に、彼女の命の炎が弱まっていくのがわかって。 「うそ・・・・・・うそ、うそ、うそ・・・・・・」 彼女は、ただ繰り返すばかり。 その熱を、掬い取ることも出来ず。流れ出るのを抑えることも、出来ず。 ただ。 少女の傷痕を、その手で抑えるだけ。 「うそ、うそ、うそ・・・・・・こんなのって・・・・・・!!」 頬を滂沱と流れる涙にも気付かぬまま、彼女は少女の傍らに佇む。 目の前の光景を、信じたくないと思いながら。 深い後悔に、身を苛まれながら。 助けようと、思った。 なのに。 なのに、どうして。 どうして、私を助けたの。 どうして貴方が、倒れているの、ラブ!! せつな――――キュアパッションが、伸ばした手。 キュアピーチを守ろうとして――――身代わりになろうとして、飛び出した。 だが。 彼女は――――ラブは、逆にせつなを突き飛ばしたのだ。 そして。 キュアピーチの体が、切り裂かれた。 「ラブ!!」 「ラブちゃん!!」 駆け付けたベリーとパインの、緊迫した声が、どこか遠くに聞こえる。 せつなは、ラブを見つめ続ける。 紙の様に白くなった顔。紫色になった唇。真っ赤に染まってしまった、桃色の衣。今なお、傷を抑えるせつなの指の 隙間からこぼれる、彼女の血。 ヒュイン 彼女の体が、桃色の光に染まったかと思うと、次の瞬間、変身が解けてしまって。 キュアピーチは、桃園ラブに戻る。 だが彼女が負った怪我は、そのままで。 ベリーとパインが、ラブに必死に呼びかけている。 彼女の命を繋ぎとめようと、懸命になっている。 だがせつなは、動くことが出来ず、ただそれを呆然と見つめていた。 知っていたから。 この光景を、知っていたから。 もう。 助からない。 傷を抑える指が、感じとる。 ラブの体が、冷たくなったのを。 心臓は、止まっている。 呼吸も、止まっている。 知っていた。 せつなは、これを、知っていた。 これが死というもの。 桃園ラブは。キュアピーチは。 死んだ。 もう、動かない。 キュアベリーが、うなだれながら、地面を殴りつける。何度も、何度も。 キュアパインは、それを止めることもせぬまま、顔を覆って泣き始める。 そして、キュアパッションは――――せつなは。 ただ、叫ぶ。 「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――」 ここに あなたが いない ――――Here Without You―――― その日の空は、黒雲に覆われていた。夕方前だと言うのに、街に落ちた影は、まるで太陽を失ってしまったかのような 錯覚を覚えさせて。 風が吹く。冷たく、身を切り裂くような風が。その寒さに、誰もが肩をすくめ、俯き加減に歩いていた。 彼女の――――桃園ラブの告別式は、そんな日に行われた。 告別式の会場。ラブの体は、すでに棺の中に収められている。 親族の集う席の中に、黒服に身を包んだ圭太郎とあゆみがいる。その隣に、せつなは座っていた。 泣き腫らした赤い目のあゆみは、放心してしまっているのか、膝の上に手を置いて、何も言わない。圭太郎が、焼香に 来た人々が頭を下げる度に、黙礼を返す。あゆみは、それに合わせるようにしているだけ。きっと今は、何も考えられ ないだろうから。 そして同じことは、せつなにも言えた。 視線を下に向けながら、時折、機械的に動くだけ。 「このたびは――――」 「いえ――――」 お経が響く中、次から次にと訪れる弔問客。その多さはそのまま、ラブという少女がどれだけ愛されていたかの証。 商店街中の人間が集まってきたかのようにすら思える。 「ク――――ゥッ――――ック」 不意に聞こえてきた泣き声に、せつなは顔を上げる。クラスメイトであろう少女達の嗚咽の中に、一つだけ混じる、 少年の泣き声。 「なんで――――なんで逝っちまうんだよ、ラブ!!」 彼女の棺の前。 滂沱と溢れる涙を隠そうともせず、声を詰まらせながらそう言ったのは、大輔だった。 「なんでお前が――――!!」 「大輔。もう、それぐらいにしとけって」 「気持ちはわかりますけれど、御家族の皆さんもいらっしゃるんですから」 背中を裕喜と健人に押されて、大輔はその場を離れる。彼が立っていた足元の地面には、涙の跡が残っていて。 せつなはまた、目を伏せる。 本当に――――本当にラブは、たくさんの人に好かれていたんだ。 「おじさま、おばさま」 「こんにちは」 「やぁ、美希ちゃん、祈里ちゃん」 ビクッ。 圭太郎が口にした名前に、せつなは体を硬直させる。顔を上げることが出来ないせつなの視界に入ってくる、二組の 黒いローファー。 「――――せつな」 「せつなちゃん」 呼ぶ声は、少し硬かったけれど、優しさは確かにあって。だがそれでも、せつなは、二人の顔を見ることが出来ない。 ただじっと、その足元だけを見ている。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 三人の間に、ぎこちない沈黙が落ちる。そうさせているのが自分だと、せつなは分かっていた。 分かっていて、何もすることが出来なかった。いや。 しようとしなかった。 「せつな――――」 重い静けさを破ったのは、美希だった。彼女の名前を呼んで、一つ、息を吐いて。 「こんなこと言うのはずるいかもしれないけれど。早く、立ち直って」 「――――うん、そうだよ。わたしたち、待ってるから」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 せつなは、何も答えない。 そんな彼女に、二人は背を向けて立ち去っていく。 結局せつなは、目の前に来た二人の顔を見なかった。見れなかった。ただ、二人の靴を見ながら、二人の声を聞いて いただけ。 何も答えないままに。 カタン ドサッ 音がして、そちらに目を向ける。 そこには、 「――――――――」 力が抜けてしまったのだろうか。ラブの棺に触れながら、へたりこんでしまった美希がいた。 「美希ちゃん――――」 心配そうな祈里の視線にも気付かぬまま、美希は動かない。時折、鼻をすする音が聞こえるだけ。でも、それでせつ なはわかった。 彼女も、泣いている。声を上げず、静かに――――ただ静かに。 その顔を覗き込んだ祈里が、つられるように涙を目から溢れさせて。 せつなはそんな二人の、背中を。 見続けることが出来ず、そっと、足元に視線を戻した。 ふと気が付けば、せつなは一人、歩いていた。 どこをどうしていたのか、記憶が無い。ただ、一人で、木々の中の道を歩いていた。 相変わらず、灰色の空。火葬場の隣に森があったから、そこに来たのかもしれない。 今頃、少女の細く華奢な、けれども元気のたっぷり詰まっていた体は、炎に焼かれている。 あれから、どれだけの時間が経ったのか、せつなには判らなかった。 昨日のことのようにも思えるし、一週間ぐらい経っているかもしれなかった。 それすら数えられなくなるほど、彼女の心は凍り付いてしまっていた。 彼女――――ラブの死は、通り魔の犯行ということになった。 せつなを守ろうとして、その凶刃にかかったのだと。なにしろ、彼女がプリキュアだったことは、秘密になっていたから。 あれ以来、あゆみはすっかり塞ぎこんでしまっていた。何も言わず、ぼんやりとリビングのソファに座ったまま。お通夜や 告別式の手配は全て、圭太郎がしたものだった。 せつなもまた、部屋に閉じこもっていた。 誰とも会わず、御飯も口にせず、ずっとベッドに寝転がっていた。心配したクラスメイトからのメールや電話はもちろん、 近くに住む子が家に来ても、何も返事をしようとしなかった。 一度だけ、タルトとシフォンを美希と祈里が預かりにきた時だけ、 「お願いね」 扉越しに話しかけてきた二人に、そう返した。 それだけなのに、声が喉に絡んだ。 もう随分と口を開いたことが無いような気がした。そんなこと、あるはずはないのだけれど。 ゆっくりと歩いていた彼女が、立ち止まる。 足元には、コロコロと転がってきたドングリが一つ。 それだけで、思い出してしまう。 彼女との思い出を。 共に過ごしたのは、ほんの数ヶ月。 なのに、たくさんの思い出が心に刻み込まれている。 そしてそれは、自動的に蘇る。 このドングリは、あの時のドングリと違っているのに。 記憶は想像を生み、やがてそれは連なって。 自分に向けられた笑顔が、浮かび上がる。 耳元に、声が聞こえてくる。 『いっぱい拾いたくて、皆で夢中になって歩き回っていたの』 『宝物探しみたいで、すっごく楽しかったんだぁ』 『だから、宝物なんだって』 笑っていた。 はしゃいでいた。 怒ったり。 泣いたり。 喧嘩をしたり。 仲直りしたり。 そんなことは、二度と出来ない。 ラブは、もう、いない。 最後だよ。そう圭太郎に言われて、棺の中を覗きこんだ。 薄く化粧を施されたラブは――――いっぱいの花の中で、まるで眠っているかのように目を閉じている、ラブは。 穏やかに、微笑んでいた。 最後の瞬間、苦痛を覚えていた筈なのに、何故か満足そうに。 微笑んでいたのだ。 せつなは、立ち止まる。 どうして、と心の中で呟く。 どうして、そんなにも穏やかに笑って逝ってしまったの。 皆、悲しんでる。 ラブがいなくなったことを、悲しんでる。 苦しいと思ってる。 皆、皆、皆。 皆が貴方を、愛していたのに。 あゆみはまだ、ラブの部屋に入れないことを、せつなは知っている。 気丈に振舞っている圭太郎が、深夜、呑み慣れない御酒をたくさんあおって、一人で泣いていたのを、せつなは知って いる。 皆が、悲しんでるの。貴方がいないことを、悲しんでるの。 どうして。 どうして、私じゃないんだろう。 死んだのが、私じゃなかったんだろう。 思いながら、せつなは天を仰ぐ。 ポツン、と彼女の鼻の頭に、水滴が落ちてきて、跳ねた。 程なく、曇天の空から、ポツポツと雨が降り出す。 それはまるで、この世界までもが、ラブという少女の死を悼んでいるかのようだった。 「せつな!! せつな!!」 必死に呼びかける、ラブ――――キュアピーチ。 揺り動かされて、しかし、せつな――――キュアパッションは、目を閉じたまま、開けない。 死んでいる、わけではない。確かに、ソレワターセの攻撃からピーチを庇い、彼女は傷を負った。だがそれは軽症 だったし、何より、ドクン、ドクンという鼓動が、確かに彼女から感じ取ることが出来た。 けれども。 その顔色は、青白く、血の気がまるで感じられない。そして時折、うなされている。 「ピーチ!!」 「パッション!!」 「ベリー、パイン!! せつなが――――せつなが!!」 駆けつけてきたベリーとパインに、ピーチはすがりつく。 「落ち着いて、ピーチ。パッションが、どうしたの?」 「目を――――目を、覚まさないの!!」 「当然よ。覚めない夢の中にいるのだから」 ハッ、と顔を上げる三人の少女達。その声の主、ノーザは腕を組んで、彼女達を見下ろすようにしながら、薄い笑みを 浮かべている。 「どういうこと!?」 「簡単なことよ――――以前に、サウラー君が似たようなナケワメーケを生み出したことがあったと思うけれど。たしか、 戻りたいと思う記憶の世界に送り込まれ、目覚めることのない眠りにつく――――そんな能力だったかしら」 「――――!!」 それを聞いて、ラブは思い出す。写真館のカメラに憑依したナケワメーケの力で、ラブは記憶の中の過去に戻り、 祖父・源吉と出会った。幸い、その時は、戻ってくることが出来たが・・・・・・ 「まさか、せつなも!?」 「ええ、そうよ。ただし、私はサウラー君ほど、甘くはないの」 「何が!?」 「せつなちゃんが見ているのは、とってもとっても、不幸な夢。彼女が一番、恐れていることが起きているはずよ、夢の 中ではね」 ノーザの言葉に、ピーチは自分の胸の中のパッションを見る。確かにそれは、苦痛の表情。 何が起きているのかは、わからない。ただ、最低な夢を見ているだろうことだけはわかる。 「どうしてこんなこと!!」 珍しくパインが、怒りに声を震わせながら叫ぶ。それだけ、パッションの表情が苦しそうなものだったのだ。 が、ノーザは嫣然とした表情で答えた。 「決まってるわ。不幸になってもらう方が、私が楽しめる」 「――――!!」 「楽しみだわ。せつなちゃんの不幸を、たっぷりと味わえるんですもの」 舌なめずりをせんばかりの彼女の言葉に、耐え切れずベリーとパインが腰を浮かせる。ピーチも、パッションの体を 抱きしめたまま、キッとノーザを睨みつけて。 「まぁ、けれど」 そのまま飛びかかろうとする二人、だがそれを抑えるように、彼女が機先を制す。 「解放してあげてもいいのよ。貴方達の大事な大事な、せつなちゃんを」 「だったら、今すぐに――――」 「ただし」 ベリーの言葉を遮るノーザの声が、静けさを切り裂いて。 一瞬、息を呑む三人の少女。その間に、キュアパッションに傷を負わせたソレワターセが、体をうねらせながら、 ノーザの背後に回る。 「ただし――――貴方達が、インフィニティを渡したらよ」 「な――――!!」 言葉を失うプリキュア達の様子に、満足そうな表情を浮かべた彼女は、そして、言った。 「タイムリミットは、明日の夕方まで――――それまでに決めなさい。仲間と、インフィニティ。どちらを選ぶのかをね」 7-536へ
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「あたしの部屋でいいかな?」 「ええ。畳のベッドで寝れるのね」 「もしかしたら寝辛いかも」 「大丈夫よきっと」 嵐の前のふとした瞬間。その時ばかりは二人とも、台風の事など忘れてしまっていて。 今はただただ、二人で一緒に寝られる事が優先していた。 せつなは持ち込んだ自分の枕をそっと、ラブの枕の隣へ置いた。 決して大きくはない畳のベッド。並んだ二つの枕。思わず笑みがこぼれる。 「寝返り打てるかしら?」 「せつなって寝相悪かったっけ?」 「ラブほどじゃないわよ」 「失礼しちゃうなー」 今晩だけはベッドから落ちないように心掛けなければ。ラブのちょっとした決意。 あるいは、せつなにみっともない所を見せたくないような乙女心。 ツインテールの髪の毛を結んでいたゴムを外す。それはラブの一日の終わりを意味する。 「ラブ、雨強くなってきたわ」 「ほんとだ…」 窓に映る二人の少女に飛び込んできたのは横殴りの雨。そして、強さを増していた風だ。 木々たちは揺れに揺れ、その勢いはまさに四ツ葉町を飲み込んでしまう程。 ギシギシと窓から伝わる激しい音に、果たして眠る事が出来るのだろうか。ラブとせつなの表情は一転して不安な面持ちとなってしまう。 「大丈夫…だよね」 「――――」 せつなには正直、わからなかった。こんな経験初めてだから。 両親に促され休む事にはしたが、あの時圭太郎から言われなければそれこそ、朝まで起きていたかもしれない。 それ程までに今の目に映りこむ情景は衝撃的だった。普段は静かな町がこんなにも荒れ狂うなんて、と。 「寝よっか」 「ラブは寝れそう?」 「一人じゃ無理だったと思うよ」 「…私も」 一緒に寝れるのは嬉しいし、気持ちを伝えた時は本当にドキドキしていた。子供っぽくて恥ずかしかったけど。 せつなはどうだったのかな。自分と一緒でドキドキしてくれたのかな。一緒に寝れるのは嬉しいのかな。 相手の事を想うと、不思議と眠れそうな気がした。あわよくば夢でも一緒に居られたら尚。 「入ろ?」 「じゃ電気消すわね」 ――パチン―― 壁際にせつな。ラブは寄り添うようにして隣に潜り込む。 肩と肩、腕と腕は僅かながら触れ合っている。 いつも以上の〝あたたかさ〟を感じている。 そう。 それは―――お互いに 外はさらに荒れ始めていた。 ガタガタと家が軋んでいる。とてつもない雨風。恐らく暴風域に入ったのだろう。 無意識に緊張が走る。とても眠れそうな雰囲気ではない。 「ラブ…」 「怖いね…。あたし初めてだよ、こんな台風…」 「12月は雪が降るはずでしょ?どうして―――」 「ほんとだよ…。せっかくせつなと一緒に寝れるのにこれじゃ台無し」 「また一緒に寝ればいいわよ。私、今日は今日でいい思い出になりそうよ」 「怖い思いだけは勘弁だよ…」 「だったら―――」 「あっ…」 せつなはラブの手を握った。優しく、気持ちを込めて。 右手から伝わる温もり。左手で受け取る温もり。 「私、本当はドキドキしてるの。…わかる?」 「―――うん」 目を閉じているのだけど、お互いの表情や気持ち、感情がわかるような気がした。 手と手が繋がっている事。それは今の彼女たちにとって、何よりも大きな物に違いなかった。 「ねぇせつな」 「何?」 「この先、何があっても絶対…ぜーったい一緒にいよっ」 「ふふ、おかしな事言うのねいきなり」 「笑うとこじゃないってばー」 「くすくす」 「もぅ…怒るよせつなー」 「ごめんなさい。でも聞くまでもないじゃない」 「ん?」 「私はいつも、ラブと一緒よ」 「せつな…」 ラブの胸の奥が〝きゅん〟と鳴った瞬間だった。 考えてみれば不思議な光景かもしれない。 季節外れの大型台風。家の中では少女たちの新たな一歩。 相通じるものは、どちらも緊張が伝わると言う事だろうか。 み-602へ
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「ここが私の部屋、せつなの部屋は本当はとなりなんだけどまだベットがないから今日は一緒に寝よ。」 「あ、ありがとう…」 私がイースじゃなくなったはじめての夜、食事を終えた私はそのまま桃園家の一員として招待された。 今日の食事はいままでの中で一番おいしかった。 とてもじゃないけどラビリンスの食事とは比べ物にならなかった。 ラブを騙すふりして近づいた時に食べたご飯やドーナツもおいしかったけど、 でも今日は完全にイースじゃなくなったからかな?もっとおいしい気がした。 あの頃みたいにただ一人で黙々と栄養を摂取するのとは違う…… あ、でもあえてひとつ言うなら肉の横についてた緑の苦いの…えーっとピーなんとかだっけ? あれだけは苦手だったけど、それさえも私には愛おしかった。 「あ、ごめんなさいね今日は床に布団敷くからそれで寝てもらえるかしら?」 ラブのおばさまがラブの部屋までやってきて布団を敷こうとしてくれる。 見ず知らずの何もかも失った私を受け入れてくれたとても優しい人。 「あ、いいの。今日はせつなと一緒にベットで寝るから。」 「ええ!」 ラブの提案に私は驚いた声を上げる。 い、一緒のベットってそんな… 「あらあらそんな無理言ってせっちゃんを困らせちゃだめよ。」 「ねえ、いいじゃんいいじゃん。せつなー」 そう言って私の手を取る。もうベットに連れ込む気満々だ。 でも私は嫌な感じはまったくしない。何故ならラブのそんな所に惚れたのだから。 「全く、せっちゃんも嫌だったら言えばいいのよ。」 「いえ、嫌だなんてそんな…」 「ほーら、せつなもこう言ってるじゃん。」 「はいはい、じゃあ後は2人で仲良くやるように。ラブが困らせてきた時は私の所に来てね。」 そう言うとおばさまは去って行った。 「じゃあおやすみなさーい。さあせつな一緒に寝るよ。」 「も、もう…」 結局私はラブに手を引かれるまま同じベットで眠りにつく事になったのだった zzzzzzzzzzzzzzzzzzzz 温かい布団に入ってじっくり考え込む。 私はこれまで幾人もの人を不幸にしたにも関わらず幸せゲットしようとしている。 確かに私は管理されて、闘わされて不幸だったのかもしれない。 でも他のラビリンスの人たちはどうなるの? 私はアカルンの力で本来の寿命が尽きてもこうして生きている。 でも今でもラビリンスでは命すら管理されている人たちだっている。 そして私はそれに加担し続けていたはずだ。 それなのに私だけ生き延びてこんな所でこんな…… ウエスターやサウラーは管理体制を信仰させられ今でも終わりの見えない闘いをしているのに…… そう本当の私、みんなを不幸にする存在のイースはあの時、あの森で死ぬべきだったんだ。 なんだったらいまからでもやっぱり…… 「ギュッ」 そんな事を考えているといきなりラブに背中を強めに抓られる。 「痛い痛い!!ちょっと何するのよ、ラブ」 私は抗議の声を上げるがラブは怒ったような顔をして 「せつな、今変な事考えてるよね!」 「そ、そんな事」 私はラブから目をそらして答える。 「嘘ついてもだめ!今のせつなすごく嫌な顔してた。」 いけない顔にでてしまっていたのか。 「命が尽きてもいいなんて言って、本当は幸せになりたいのを無視して、自分を傷つけようとしてた時と同じ目をしていた。」 「ラブ…」 本当にラブには何もかもお見通しの様だ。 「そんな事を考えようとするせつなには……こうだ!」 ラブはそう言って私の体をこちょこちょとくすぐりだす。 「キャッ、ちょっとラブってば何するのよー」 「さあ、笑え笑えー今夜はせつなが変な事考えられなくなるまで笑わせるんだからー。」 笑わせるって言ってもこんな強引な手で? 「ちょっと、本当に、本当に、きゃ、あはははー」 ラブの強引なくすぐりに気付いたら私は何も考えずに笑っていた。 「分かった、ラブにはもう負けたから、止め…きゃははは」 「だーめ、これは私の大好きなせつなに対して変な事考えたせつな自身へのお仕置きも含んでるの。」 「そんな、ね、ねえ…キャハ、もう許してってばー」 「ダーメ」 「ってそこはお尻……ちょっとそんなところまでくすぐらないでよー」 「今のせつなにはこれくらいの荒治療が必要なの。」 そんな訳判んない理屈で人の体、しかもお尻をくすぐるなんて…よーしこっちにも考えがあるんだから。 「こらラブ、いい加減にしなさい。」 そう言って私は逆にラブの体を逆にくすぐり始めた 「キャハハ、やったなーせつなめ、私だって負けないんだからー」 結局その日は一晩中くすぐりあいっこだった。 でもこうしていると一人でマイナスな事ばかり考えていた自分がアホらしくなってくる。 ラブにはこういう不思議な力があるから一緒にいて飽きない。 でもこういう大切な人とふざけて全てを忘れる時間が幸せなのかな? 私にはまだ幸せの形が分からない。 でも今日私をくすぐったお返しにラブにたっぷり教えてもらっちゃお。
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「心の居場所」アフター/黒ブキ◆lg0Ts41PPY 「ねぇ、ラブぅ。」 「んー?」 今までで一番印象に残ってるバレンタインって、いつ? 情事の後の甘く気だるい空気の中、不意にせつながそんな事を聞いて来た。 「あー…やっぱ、アレかなぁ。中2の時の……」 せつなと過ごした初めてのバレンタイン。 今までで、一番辛くて、切なくて。 そして、甘酸っぱく胸の疼く思い出。 「ラブ、この世の終わりみたいな顔してたわよね。」 「ホントに世界が終わったって思ったんだもん。」 まあ、今だから笑い話に出来るんだけどね。 「しかしとんでもないマセガキだったよね、あたし達。」 「『あたし達』、じゃなくて、『あたし』でしょ?」 「あっ、一人で棚に上がる気だな?あの時はせつなから誘った癖に!」 「私だってナーバスになってたのよ。ラブの落ち込みっぷりが酷すぎて。」 「………う…。」 「まあ、いいじゃない。今は幸せ。でしょ?」 「もっちろん!幸せゲットしまくりだもんね!」 そしてもう一度、汗が引いて少しひんやりしたせつなの胸元に 顔を埋める。 「……もう一回、する?」 「いいの?せつなってば今日はサービスいいね。」 「だって…、今日はバレンタインだし、ね?」 そう言う事なら遠慮なくお言葉に甘えますよ。 でも、一回だけじゃ済まないかもよ? まだまだ、離れてた時間を取り戻さなきゃいけないんだからね。
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レス番号 作品名 作者 補足 1-009 したらばのフレッシュ用スレより転載 ラブせつ 1-171 神無月の巫女12話改変ネタ ラブせつ 1-176 ラブせつ 1-247 ラブせつ 1-252 ラブせつ 1-259 ラブせつ 1-312 美希ブキ 1-353 ラブせつ 1-481 ラブせつ 1-528 ラブせつ 1-722 ラブせつ 1-841 スイーツ♪スイーツ♪ MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-846 相思相愛 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-849 ハッピーカムカム MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-864 ラブせつ 1-886 花言葉 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-918 ラブの似顔絵教室 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-937 1-940 秘密のでぇと MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-995 眠り姫 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 1-997 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 2-45 2-52 桃色片思い!? MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 2-62 ある日のお風呂 2-62 短編 ちょっぴり…H 2-101 2-101 公式メルマガから発展した小ネタですよ 2-105 もぎたてフレッシュ MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 2-106 とれたてフレッシュ MH22S ◆Tp0rBcFpoc 短編 2-154 妖精さんは見た? タルト視点 ラブせつ 2-286 2-286 こんな所にも幸せが。番外編有り 2-469 2-286 2-706 2-706 29話のちょっと百合な世界 3-31 【燃料の自覚】 3-31 短編・ラブとせつなが結婚!?おまけ付き 3-47 【MOMENT IN LOVE】 3-47 短編・なかよし必見! 3-85 3-85 31話必見 3-91 3-91 31話必見 3-111 【ありふれた日常】 3-111 3-790 3-790 33話からの妄想。4人は片思い。 3-792 3-792 33話からの妄想。せつなの心情。 3-397 3-397 3-440 【お土産】 3-439 短編・噂の〝アレ〟が行われる前のお二人 4-205 4-205 愛してるって難しいわ… 4-490 『お邪魔虫』 4-474 とりとめのない妄想、みんなキライじゃないでしょ? 4-535 「2連敗」 ◆BVjx9JFTno 泣きたい時は泣けばいい。恥ずかしい事じゃないから。噂のあの人登場! 4-558 「ラブと由美 せつな争奪戦!?」 418 419 420 443with保管屋 総受けせつなはあの人までもトリコに。 4-563 【運命の矢】 MH22S ◆Tp0rBcFpoc イースの最後の想いとは?叶わぬ夢なのか… 4-638 4-638 ラブさん取り合っててんやわんや 4-681 【感じる力】 4-681 35話から発生した小ネタ。せつなの特殊能力はダテじゃない! 4-735 【ここだけの話】 665 668 669 670with保管屋 35話から発生した妄想が暴走して一つの作品に!タルト視点。 4-758 「今はこのままで」 4-758 26話から発展したお話。微笑ましいせつなと可愛いシフォンのやりとり。心がやすらぎますよ。 4-783 「四つ葉、萌える時」 4-783 10月29日、あそびコレクション発売記念! 5-110 「ハピネスタイフーン」 5-110 10月8日台風直撃!その時ラブとせつなは!? 0-000 【最後の賭け】 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 訪問感謝作品w 0-001 【恋心】 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 0-002 【呼称名称愛称】 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 呼称一覧作ってくれてありがと記念w 0-003 【寝不足】 MH22S ◆Tp0rBcFpoc 9月12日ブッキー祭り記念